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魔女先生とメイド長

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魔女先生とメイド長 [#1w3FHcK] 

Written by March Hare

※このお話は魔女先生+二番目でもいいからの後日談になります。


◇キャラクター紹介◇

○マチルダ:マフォクシー
 セーラリュートの元教師。今は酒場の警備員をしている。

○橄欖:キルリア
 シオンの元侍女。ヴァンジェスティ家使用人。

 etc.


1 


 フィオーナの自室に呼び出されたときから、覚悟はしていた。
「貴女を呼んだ理由(わけ)……わかっているとは思うけれど。私が留守の間に、シオンと随分距離を縮めたようね」
 不貞をしてしまったことまでは発覚していないにしても、フィオーナが二匹の関係の変化に気づかないはずがなかった。
「そ、それは」
「疑っているわけではないのよ。私は貴女のことも、シオンのことも信じているから」
 心が痛い。
 一緒にお酒を飲もうと誘ったのも、お酒の勢いのまま襲ってしまったのも、橄欖が起こした行動なのだ。
 シオンに全くその気がなかったとは言わないにしても、あんな強引な誘い方をしなければ、シオンを酔わせなければ、彼はこんな裏切りみたいなことはしたくなかったはずだ。
「でもね、橄欖……信じたくても、近頃の貴女とシオンを見ていると、どうしてか、胸がざわつくの……シオンと揺るぎのない関係を築いている、そう自覚している私が……嫉妬なんて、おかしいかしら」
「……申し訳ありません。悪いのはわたしです……わたしが、フィオーナさまのご厚意に甘えて……」
「謝る必要はないわ。私も、やっぱり素直になろうと思うのよ」
 フィオーナは立ち上がって、鋭い眼差しを橄欖に向けた。まだ独占欲が強かった頃の、昔のフィオーナを思い出して、身が竦んだ。
「今日限りで、貴女にはシオンの世話係、そして護衛の任を下りてもらうわ」
「な……」
 わかってはいたけれど、いざ告げられると鉛を飲み込んだみたいな冷たい感覚に襲われた。
「もちろん、シオンと口を利くなとは言わないわ。でも、このままでは私……自分が嫌な女になってしまいそうで……」
 それでもなお、フィオーナは橄欖を咎めることはしなかった。
「いいえ。わたしが……わたしが悪いんです。フィオーナさまは何も悪くありません……嫌な女だなんて、そのような……あなたほど優しくて、心が綺麗なご主人さまは他にはいません! ですから……だからこそシオンさまは、あなたのことが好きなのではありませんか。こんなわたしが申し上げるのも恐れ多いことですが、フィオーナさまが気に病む必要なんてないんです。本当なら、わたしの心にお気づきになられた時点で、シオンさまのお世話係の任を外されていてもおかしくなかったのですから」
「……そうね。そうした方が良かったのかもしれないわね」
 フィオーナは深く溜息をついて、手元の鈴を鳴らした。
 自身の付き人である孔雀を呼ぶための。
「はい、何でしょうフィオーナさま……あれ? 橄欖ちゃん? どうしてここに」
「孔雀。明日から貴女がシオンの世話係です」
「ほ?」
 これにはさすがの孔雀も目を丸くして、橄欖とフィオーナを交互に見た。
「橄欖ちゃんと交代、というコトですか?」
「いいえ。私の護衛と世話役は……そうね、もともと貴女の代わりをするはずだった鈴にお願いするわ。橄欖にはメイド長として、しばらくは使用人の仕事と、新人たちの教育に専念してもらおうかしらね」
「ははぁ……なるほど。近頃のシオンくんと橄欖ちゃんはちょっと仲良くしすぎですもんねー。それはまるで愛人のようで」
「……孔雀。貴女、私を怒らせたいの?」
「いえいえ滅相もありません! 不肖孔雀、主のご命令とあらば、しっかりとシオンくんのお世話係を務めさせていただきます!」
 孔雀は胸に手を当てて、満面の笑みでフィオーナに頭を垂れた。
 それは嬉しいに違いない。この役割だけはずっと変わらないと、橄欖も孔雀も思っていたから。
 ――残念ね、橄欖ちゃん? シオンくんはわたしがいただくわ。
 横目で橄欖を見ながら、挑発的なテレパシーを送ってくる孔雀に、返す言葉がなかった。
 これは当然の罰だ。むしろ、これくらいで済んでいることのほうが怖い。
 フィオーナは疑っている。信じたいと思いながら、葛藤しているのだ。彼女をそんな気持ちにさせてしまったことが、ひどく心苦しい。後ろ暗い。
「……承知いたしました。姉さん、シオンさまのこと……よろしくお願いします」
 橄欖は深々と跪いて、頭を下げるしかなかった。

2 [#1vNnhq2] 


「いらっしゃいませ……ん? 一匹で来るなんて珍しいっすね」
 それから数日の後。いつもはお酒を買い集めるくらいで、一匹で喫茶店に行こうなんて考えもしなかったけれど、少し気分転換がしたくて、以前シオンやフィオーナと訪れた『ウェルトジェレンク』にやってきた。
 ルギアの破壊活動で住宅街にあった店はなくなってしまったが、最近港市場の近くに新装開店したこのカフェは、以前よりも人通りの多い場所柄のお陰か、なかなかに繁盛している。以前に来たとは言っても、移店後に来るのは初めてだ。
「こんにちは、エリオットさん。お元気そうで何よりです」
 ウェイターのエリオットは物言いこそぶっきらぼうだけど、親しみやすいリーフィアの男の子だ。場所が変わっても、アットホームな雰囲気は変わらない。
「一名様、ご案内しまーす!」
 カウンター席について、アールグレイミルクティーを注文した。
 シオンはいつもこれを頼んでいるらしい。屋敷でも同じセルスエラ産の茶葉を用意しているのだけれど、やっぱりここの味は違うのだとか。
「はぁ……」
「なんだいアンタ、屋敷を追い出されでもしたのかい?」
 ひとつ溜め息をついたら、ミルタンクのマスターに話しかけられた。皆にマスターと呼ばれている彼女の名前はまだ知らない。
「いえ……そういうわけではないのですが」
「ははーん。恋の悩みってやつかい。アンタ、シオンちゃんのことが好きなんだろ?」
「っ……な、何を……」
 一度だけ、皆と一緒に来ただけなのに。
「丸分かりだよ。なぁイレーネ」
 ウェイトレスのブースター、イレーネはエリオットの姉なのだが、弟とは対照的に物腰は柔らかだ。
「え? ええ、そうですね。シオンくんの侍女って聞いてたけど……大丈夫なのかなぁって思ってました」
「……だ、大丈夫ですっ! わたし、シオンさまのことも……フィオーナさまのことも、大切に思っていますから」
 語気を強めてしまったのは、かえって不自然だったかもしれない。
 まさか本当にシオンと関係を持ってしまったとは思いもしないだろうけど。
「禁断の恋……か」
 と、呟いたのはマスターではなく、隣の席に座っている若いマフォクシーだった。
「マチルダさんも、随分前のことですけど……一匹の少年を巡ってセルネーゼさんと激しく争っていらっしゃったことがありましたね……」
 イレーネがマフォクシーのつぶやきを拾って、ここでまた意外な名前を出してきた。セルネーゼがここに来ていたこともあるのか。というか、喧嘩をするということは、知り合いなのか。
「争うも何も、バカみたい。なにが婚約者よ……私とセルネーちゃんは同い年なのよ?」
「まぁまぁマチルダさん……」
 何やら込み入った事情を抱えていそうではあるが、不思議と通じるものを感じた。
「わたしと同じ……なのかもしれませんね」
「え?」
 イレーネとマチルダがふたりして橄欖の方を見た。
「いえ……わたしが好きなひとにも婚約者がいて……」
「へぇー、シオンくんのこと好きなの認めるんだ? 私、そういう素直な子は好きだな」
 イレーネが不思議と嫌らしくもない、屈託のない笑顔を浮かべながらそんなことを言う。
 なんだか、自分がちっぽけな悩みを抱えた少女みたいで恥ずかしい。
「アールグレイミルクティーお待たせ! 姉貴、あんまりからかってやるなよ」
 そこへ絶妙のタイミングで、エリオットが助け舟を出してくれた。もしかしたら狙っていたのかもしれない。
「ありがとうございます」
「ねえ君、名前は? あ、私はマチルダ。これでもセーラリュートで先生をしてたのよ」
「橄欖です……ヴァンジェスティのお屋敷で働いています」
 マチルダに話しかけられた。セルネーゼと同い年ということは、橄欖とは二つしか変わらないのだが、ずっと大人っぽく見える。
「橄欖ちゃん、かぁ。その名前、陽州の出身よね? 学園にもいたな、陽州の子」
「ええ、まあ……」
「この国にいるってことは何かワケありなんだろうけど……大変ねえ。それでも、ヴァンジェスティの屋敷でって、すごいじゃない。橄欖ちゃんって年いくつ?」
 というか、子供扱いされていないか。変わらずの石で進化が止まっているとはいえ、そろそろ年相応に見られてもいいくらいには老けて……いないかもしれない。不自然に成長して体は大人になってしまっているけれど、まだ一目見て進化障害だとわかるほどではない。
「二十一歳です」
「は?」
「事情があって、進化が止まったままなんです」
「そ、そう。ごめんなさい、私てっきり十五、六歳の女の子だと思っちゃって」
「お気になさらないでください。いつものことですから」
 マチルダはコーヒーを口にして、また横目でちらりと橄欖の方を見た。
「キルリア……ぁあぁ、あの子のこと、思い出しちゃうわ……」
「どうかされましたか?」
「なんでもないのよ。あの子は違う。ちょっと気の迷いで……って、君に言っても仕方ないわよね。それより、好きなひとに婚約者がいる、ってところが気になってさ」
「先程のお話から察するに、マチルダさんの想い人にも婚約者が?」
「まぁ……そういうことね。それが学生時代の友人で、今や偉そうにも王様の専属護衛なんてやってて……」
「それが、セルネーゼさんというわけですね」
「そうなのよ! ……って橄欖ちゃん、セルネーちゃんのこと知ってるの?」
「戦友……と言うと大袈裟かもしれませんが、ルギア討伐の折には共闘させていただきました。それに、わたしの主は王女のフィオーナさまですから」
「そっか、ヴァンジェスティの家で働いてるなら、顔見知りでもおかしくないかぁ。って橄欖ちゃん、もしかして私が思ってるよりスゴイ子?」
 年齢を明かしてもマチルダの態度はあまり変わらなかった。もとは先生だったというし、年下に対してはずっとこうなのかもしれない。
「フィオーナさまの婚約者であるシオンさまの専属護衛で、侍女でもあり……それがわたしのお仕事でした」
「へー! それってセルネーちゃんに匹敵するくらいの地位なんじゃない? あ、でも過去形ってことは」
「今は、屋敷のメイド長……と言えば聞こえはいいですが、シオンさまのお付きの役目を降ろされてしまいました」
「ふんふん。繋がってきたわよ。そのシオンさまってのに恋をして、それが王女様にバレてしまったのね」
 マチルダはやけに楽しそうだ。でも、不思議と悪い心地はしなかった。
 イレーネも横でふんふんと頷いている。
「シオンくんも罪作りねえ。私ももう少し長くシオンくんと過ごしていたら……」
「面白くない冗談はやめろよ、姉貴」
 イレーネの言葉をエリオットがぶっきらぼうに遮った。こんな風に、隠さずに大っぴらに嫉妬し合える本当の姉弟というものを羨ましくも思う。
「マチルダさんの方は……セルネーゼさんの婚約者って、どのような方なんですか?」
「それがねえ……私の元、教え子っていうか……そりゃ、教師が中等部の生徒に恋なんて、良いことだとは思ってないわよ。でもね、その生徒が私と同い年のセルネーちゃんの婚約者だって知ったら、私がバカみたいじゃない」
 中等部。どうやら橄欖の悩み以上に、闇は深いらしい。
「綺麗な子でね……すごく大人っぽくて、子供には思えないのよ。ライズくんっていうニンフィアの男の子なの」
 さっきも口にしていたライズという名前。ニンフィア。どこかで会ったような。
「あ……」
「どうかした?」
「いえ……わたし、ライズ君ともお会いしたことがあります。学園祭を訪れたときに、シオンさまが自分に似ているなんておっしゃって、珍しく気にかけていらっしゃったので、よく覚えています」
「えー! それってすごい偶然!」
 マチルダはぱん、と手を叩いて笑った。こうしてみるとやはり同年代の女性なのだと実感する。
「そうよ、シオンさまって名前もどこかで聞いたと思ったら、風紀委員長……私、学生時代彼のファンだったのよね。そっか、今は王女の婚約者……ああ、君と会えて良かったわ、橄欖ちゃん」
「学生時代のシオンさまをご存知なのですか……? それはぜひ色々とお聞きしたく……」
 気を紛らわせようと来てみた喫茶店で、意外な出会いがあった。
 外に目を向けたら、わたしなんてまだまだ幸せなのかもしれない。

3 


「つらいですね……」
「つらいわね……」
 相手には婚約者がいて、その婚約者が身近な人だったり、想い人を意識したメニューを注文していたり。何かと共通点が多くて、気がつくと二匹は長く話し込んでいた。
「でも、側にいられるだけいいじゃない。私なんて逃げ出しちゃったからさ。それにほら、使用人と密通なんて貴族の世界じゃよくある話でしょ? 諦めなければチャンスはあるかもしれないわ」
「……わたしの悩みって、贅沢なのかも」
「そうよ。あーあ、こんなことならライズくんを本当に襲っちゃってクビになった方が良かったかな」
「……教師とは思えない発言です」
「元、だけどね」
 橄欖は真面目そうな子だけど、少し危ういものを感じる。だからこそ応援したくもなるのだけれど。
「あ、そうだ。せっかくシオンくんのお付きに会えたんだから面白いことを教えてあげようかしら」
「元、ですけれど」
 そう言ってはにかむ橄欖は可愛らしくて、女同士なのにどきりとしてしまう。彼女の姿を、同じキルリアだったキャスに重ねてしまうからかもしれない。
「面白いことって何ですか」
「あの子……セルネーちゃんね。学生時代にシオンくんに告白してフられたって噂があるのよ」
「えっ?」
「あのエネコロロ……まさか王女様だなんて思わなかったけど、あのとき実はセルネーちゃんもシオンくんにダンスを申し込んでたらしいのよね」
「なるほど……絶対に何かあったんだろうなって、思っていましたけど」
「学園祭の前から、ファンクラブの間ではセルネーちゃんとシオンくんは実は付き合ってるんじゃないかって囁かれてたのよ。風紀委員で交流もあったしね。セルネーちゃんならお似合いだし、仕方ないかなって皆言ってたわ」
「お綺麗な方ですしね」
「そうね……それは認めざるを得ないわ」
「あの方、今でもシオンさまへの慕情を捨てきれないみたいですが」
「え、それ本当?」
 セルネーゼがまだ、シオンのことを好きだったなんて。
 よく堂々とライズの婚約者だなんて言えたものだ。
「それなのにライズくんと……ますます許せないわ!」
「昨年の秋頃から、シオンさまはセルネーゼさんと同じ黒塔でお仕事をされていて、セルネーゼさんがシオンさまの教育係をされている……と聞いています」
「な、なんですって!? それじゃまるで」
「学生時代に戻ったみたいだとシオンさまも喜んでおられました。でも、少し不安です」
「ふーん……セルネーちゃんがシオンくんと、ねえ。悪くないんじゃない?」
「どういう意味ですか」
 橄欖が初めて怒った顔をした。そんな顔も可愛くて、あまり怖くはないけれど。
「だって今でも好きなんでしょ? そのままシオンくんの愛人にでもなって、ライズくんとは破談になってしまえばいいのよ!」
「あ、愛人にはもうわたしが……!  あっ」
 橄欖はしまったと言わんばかりに口を閉ざした。まさかとは思うけど、すでにシオンと関係を持ってしまったのか。 それで勘づかれて侍女を下ろされたというのなら、自業自得ではないか。
「へーぇ。可愛い顔して結構やるじゃない。でも、自分はいいけどセルネーちゃんはダメなんて可哀想だと思わない?」
「だ、だめなものはだめなんです……!」
「私はセルネーちゃんとシオンくんを応援したいわね」
「セルネーゼさんには早くライズくんと結婚していただいて、シオンさまのことは諦めていただくべきですっ」
「あら。初めて意見が違ったわね」
「そのようですね」
 敵わないと思っていたセルネーゼにも弱みがあったなんて。橄欖を味方にはできなかったが、その情報を得られただけで十分だ。今度会ったら(そそのか)してやろう。
 それに、ライズの本命の相手だって、セルネーゼではないのだ。政略結婚なんて誰も幸せにならない。
「……あ、もうこんな時間……少し喋りすぎてしまいました」
 橄欖が壁の時計を確認して、立ち上がった。
「わたしはこれで……お屋敷の仕事に戻りますので」
 そうして軽く会釈した橄欖の所作は、さすがにヴァンジェスティ家のメイドらしく、優雅だった。
「会えてよかったわ、橄欖ちゃん」
「わたしもです、マチルダさん」
 かくして不思議な二匹の邂逅が、ここに実現したのだった。
 喫茶ウェルトジェレンク。世界の継ぎ目を意味するこのカフェで、今日も新たな出会いが生まれてゆく。


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Last-modified: 2016-02-05 (金) 18:44:17
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