ポケモン小説wiki
陰キャ(ロースト)が陽キャ(エースバーン)に恋をするラブコメを本気出して書いてみた

/陰キャ(ロースト)が陽キャ(エースバーン)に恋をするラブコメを本気出して書いてみた
本作は♂同士の恋愛・性的描写を含みます。 





「オレ、キョダイマックスできるようになったんだ!」
 ボックスへ戻ってきたエースバーンは、たいそう興奮していた。主人に連れられて、ヨロイじまでダイスープを飲んだという。
 俺の気分は落ちるところまで落ちてゆく。
 通常のダイマックスとは異なるキョダイマックス。エースバーンは、ますますパーティの中核をなしてゆくだろう。でも……エースバーンはキョダイマックスなんかなくたって、トップクラスに優秀なポケモンだった。もともと強かったヤツが、さらに手の届かない存在になった。正直なところ、祝福する気持ちよりも「どうしておまえばかりが」という不公平感のほうが強い。
 俺だって努力していないわけじゃない。ストリンダーという種族の中では、俺だってずば抜けて優秀な個体だ。それでも俺はストリンダーで、あいつはエースバーンだ。俺がどれほどの努力を積み重ねようとも絶対に叶わない望みというものはある。そしてそういうものを。あいつはあっさりと手に入れてしまえる。それがエースバーンだ。エースバーンであるという、ただそれだけで。
 馬鹿馬鹿しい。「ポケモンは友達だ」とか「いらない命なんてどこにもない」とか、人間は綺麗なことを大真面目に言う。しかし現実、重宝されるのは結局、バトルで活躍できるポケモンだろう? 強者が勝つ。それはごく当然の現実だ。そうでなくてはおかしい。そうでないなら世の中が間違っている。
 身のこなしが速いヤツ、力の強いヤツ、頭のいいヤツ、美しいヤツ、裕福なヤツ――そういう不平等は存在するのだ。確実に。そしてとりわけ、ポケモンの世界においては、「持って生まれた違い」は大きい。
 綺麗ごとで希望を持たせてから現実を突きつけるのは、なによりも残酷だと思う。そうだろう? どんなおためごかしも、勝負の世界に身を投じれば無意味だ。そこには反証不可能な「勝敗」という結果が待っている。
 俺は、エレズンとしてタマゴから誕生し、ストリンダーに進化した。人間が「A抜け5Ⅴ」と呼ぶ存在。それでも覆せないものはある。だからそれこそが、生まれの違いだ。井戸の中のガマガルだって、外の世界の物語を読むことができるなら、井戸の外に広がる大海を理解もできよう。
 俺は……ダイスープを飲ませてもらえなかった。
 飲めなかったことは不満じゃない。そもそも、特性「パンクロック」のストリンダーは、ダイマックスとの相性が悪い。基本的には、ダイマックスエースの枠はほかのポケモンに譲るのがいい。
 だいたい、キョダイマックスを使いこなせるポケモン自体が稀だ。キョダイマックスという、ごく限られた恩寵。それを正しく活用できる、さらに恵まれた存在。エースバーンがそれだ。だからポケモントレーナーはエースバーンにダイスープを与える。きわめて自然なことだ。
 人間だって、わかっているのだろう。どんなに美しい理屈を並べたてても、本当に本当の意味でポケモンを平等に扱うなんて、最初から無理な話だから。俺はつまり、そういう欺瞞くさい綺麗ごとが嫌いだ。
 エースバーンだけがダイスープを与えられたという現実の中、俺はどのような美辞麗句でスタジアムに駆り出される? どんな顔をして敵と戦えばいい?
 心底、憂鬱だった。
 だけどあの日――エースバーンが初めてキョダイマックスしたあの日――俺は見た。
 エースバーンの得意技のかえんボールが、ダイマックスポケモンのように巨大化する。その上に立ち、悠然と敵を見下ろすエースバーン。それがあいつのキョダイマックスだった。その美しさと、力強さ。まさに太陽のような輝き。まるで俺と正反対のような。
 なんて神々しいんだろう。そう思った。目が離せなかった。俺だけではなく、スタジアムじゅうが目を奪われていた。
 ――綺麗だった。
 それだけのことだった。「でも」とか「そうは言っても」とか余計な物がいっさい付け足されることのない、純粋な気持ちだった。
 俺はストリンダーであり、あいつはエースバーン。生まれの違い。俺はエースバーンではないからこそ、エースバーンがどんなに強くて綺麗なポケモンなのか、理解できてしまった。それだけでじゅうぶん。それだけが真実だった。自分以外のすべてを舐め腐っている(ストリンダー)が、あいつを好きになってしまった理由なんて、それ以外には見つかりっこない。
 太陽のようだと思った。
 俺はエースバーンに目覚めた。




 池に顔を寄せて泥水を飲む。ストリンダーはどのような汚水でも飲むことができる。ここの泥水はケミカルが多くてジャンクな味がするので、とても俺好みだ。
 俺がいるのは、通称「ボックス」――要するに人間がポケモンを管理するための場所だ。トレーナーはスマホロトムやパソコンなどの端末を通じて、預けたポケモンをボックスから連れ出す。旅やバトルに駆り出されるだけでなく、いろんなポケモンとチームを組んで街で仕事をする場合もある。用があれば呼び出すが、そうでないときは預けておく。そういう場所のことだ。
 ポケモンとは人間の奴隷であるのかもしれない。現に家畜として飼育されるポケモンもいるし、食用のポケモンだっている。しかしそれを言ったら、ポケモンだって人間くらい簡単に滅ぼせるだけの力は持っている。モンスターボールで捕らえられようが、俺たちには人間ごとき、どうとでもできる。だからポケモンは、自分たちの都合のいいように人間を飼っているとも言える。少なくとも俺は、自分がそういう扱いを受けることについて、とりたてて文句はない。
 だいたい、俺はタマゴから孵った瞬間から人間といっしょに暮しているのだ。これ以外の生き方なんて知らない。元・野生のポケモンたちも、みんな口を揃えてこう言う。「野生で生きることに比べれば、ボックスは天国だ」――。ここでは食う物に困るということがなく、確実に命が保証されている。縄張り争いや(つがい)の確保に必死になることもなく、したがって同じボックスのポケモンとは無理に敵対的にならずに穏やかに過ごせる。
 ボックスとは、生物が獲得しうる中で理想ともいえる環境のことである。トレーナーがポケモンにそうした場を与えている以上、トレーナーは少しくらい都合のいいようにポケモンを使う権利がある。
 野生には野生のプライドがあるのだろう。でもさすがに俺の知るところではない。
 ボックスは快適だ。照射機で好きなときに好きなだけ電磁波を浴びられるし、泥水の池は体内で毒液を作るのにもってこいだ。草原や森や山、洞窟、海や河……いろいろな環境が再現された広大なボックス。実際にここがどういう場所なのか、そんなことは知らない。でも俺たちはこの場所で比較的、好き勝手に暮らしている。そうすることが許されている。
 不満がないわけではない。ここには()()がないから。
 自分が音に関わりの深いポケモンだからだろうか。かつて主人の手持ちにいたころ、俺はよくスマホロトムをねだって音楽を聴いた。キャンプで主人や仲間たちが寝静まったあとなどは、テントの外にこっそりスマホロトムを持ちだして、小さな音で音楽を聴いていた。ジャンルとか奏者とかは、あんまりこだわらなかった。好きな曲が好きだ。パンクも聴くし、ダンス・ミュージックも聴く。クラシックもメタルも聴く。
 音楽は面白い。人間なんて、嘘をつくことができるくらいしか能がないと思っていた。ポケモンにも出せる音というのは色々とあるが、人間は音を無数に組み合わせて色々な音楽を作りだす。音と音が繋がると、それらはただの音の集まりでしかないのに、聴いていると楽しくなったり、胸が熱くなったり、悲しくなったり、寂しくなったりする。音そのものに意味性があるわけではない。にも拘わらず、意図を感じる。聴き手はそれを信じる。情動が喚起される。
 ポケモンの中にもたまに、きわめて音楽に近しいことをやるヤツはいる。例えばアシレーヌの歌声のように。でも違う。ああいうものは、そいつの中で完結された音だ。表現も論理も計算もなく、競争や試行錯誤もない世界で生まれたものだ。アシレーヌの歌声は、アシレーヌという種族に最初から許されている自由のうちのひとつに過ぎない。美しい音をだすことができるという、ただそれだけのことでしかない。人間ほどに情緒豊かな音を、アシレーヌの歌声は奏でられない(ただ、いくら人間の音楽とはいっても、わざわざ感情を操作しようとする歌詞は、俺は好きじゃない。あんなのはやかましいだけだ。音楽の楽しさは聴く側に委ねられるべきだ。誘導したり、規定したり、されたくない。せっかくご機嫌な音楽があるのに、意図の強すぎる詞は邪魔くさく感じる。俺は音そのものの持つ快楽が好きだ。言語による伝達は、音楽には求めていない)。
 ボックスでの生活は悪くない。でも人間の音楽がないのは寂しかった。
 泥水に満足したので、俺は池のそばに座り、胸の突起を叩いた。
 ボンボン、ボボボボ……ベース音を鳴らす。近くにいたマタドガスやドリュウズが、なんだなんだと寄ってきた。
 以前、ポケモンリーグのテーマソングを担当した「マキシマイザズ」というバンドが話題になったことがある。四匹のポケモンによって編成された、謎のバンドだ。なかなかホットなヘビメタをやる。そしてマキシマイザズには、俺と同じストリンダーがいる。
 ポケモンにも音楽なんてできるものなのだな――と思い、試しに自分の音でお気に入りの曲をコピーしてみた。ひとつひとつ音をとって、記憶の中のフレーズを手探りで再現する。曲の方はうろおぼえだったとしても、音を鳴らすのは自分の体のことだから、思い通りの音を出してゆくのはそんなに難しい作業じゃない。そうして一曲をまるごと演奏できるようになると、強い歓びがあった。一部とはいえ、愛する音楽を自分のものにできた!
 そんなふうにして覚えた曲を、ボックスの仲間たちに披露するのだ。近くを通りがかって立ち止まるやつもいるし、興味がなさそうに行ってしまうやつもいる。誰かが聴いていてもいいし、誰も聴いていなくてもいい。誰かが生み出した音楽を、俺は演奏する。理由らしい理由なんてなくて、だいたい好きな曲だから、感動した曲だから演奏する。そうやって音楽に至ろうとする。
 胸の突起を指で弾くごとに、体の中に電気が作られてゆく。俺はそれを背中から発散させた。倒錯している。この胸の器官は本来、発電のためにあるものだ。ストリンダーにとって本来、音が出るのは副次作用でしかない。
 ベース音っていうのはギターみたいに派手な音ではないから、みんなたいてい、すぐ飽きて離れてゆく。ちょっと悔しい。このボックスにプクリンかチルタリスでもいればよかった。ボーカルがいれば音楽は一気に華やぐ。
 淡い青色の電気が、背中からトサカのように放たれる。体の中に溜め込んだものを解き放つのは快感だ。音楽とは違う、身体的・物理的な快楽。それでもバチバチと音をたてると曲の邪魔になるので、可能な限り静かに発散させる。音の盛り上がりに合わせて強さを変えたりもする。
 自己表現は楽しい。曲を作った人間は、俺に演奏されることなんて絶対に想定していない。音楽というのはおそらく、誰かに奏でられるために作られるものではない。だから感情移入は俺のでたらめだ。この部分は陽気に……この部分はたおやかに……解釈が正しいのかなんてわからない。興味もない。でも俺は、そうする。そうするのが好きだから。たまらなく楽しいから。
 なんたって、ボックスの中は自由だ。
「やってるねえ」
 沼地の方からヌオーがやってきた。芝の上にぬめぬめした足跡を残しながら、のんびりと声をかけてくる。
「なんだ、おまえ。今日は留守番か?」
 手を止めてヌオーに尋ねた。ヌオーといったら、最近はバトルでもっぱら流行しているポケモンだと聞いていた。
「そうみたい」ヌオーはじわじわした速度で頷き、またじわじわと顔を戻した。「対策されちゃってて、なかなか活躍できないんだよねえ」
 鷹揚な性格のポケモンだ。バトルメンバーからリストラされてしまっても、あまり気にしていないように見えた。ヌオーは強力なポケモンだが、環境の移り変わりによって活躍できるかどうかはかなり左右されてしまう部分がある。バトルに採用されるかどうかも頻繁に変わるし、こんなのはいつものことなのだ。
 それだって……環境によって活躍の余地が残っているのだから、どんなにか恵まれている。俺はこのヌオーや、環境で活躍するポケモンたちにコンプレックスを感じる。
 ストリンダーという種族には、「ハイ」と「ロー」の分類が存在する。俺は「ローのすがた」と呼ばれるストリンダーだ。ハイとローではごくわずかだが、覚える「わざ」に違いがあるらしい。詳しい説明はしないが、そのわざの違いによって、バトルにおけるローはハイの下位互換と言われている。今の環境でストリンダーは、はっきり満足には戦えないポケモンだが、仮にストリンダーをバトルに採用するにしても、わざわざローを選ぶ理由はない。
 主人が俺を育てたころは、まだバトルの知識が浅かった。ローがハイに劣っていることを知らなかったのだ。主人は俺に対してそれなりの愛着を持っていた。ハイのストリンダーをわざわざ育て直しはしなかった。でも事実の上では、俺は自分と同じストリンダーという種族にすら劣る存在だった。この先の環境、万が一ストリンダーが重要視されたとしても、(ロー)はもうバトルには出られない。
 仕方ない。真剣に勝ちを目指すなら、勝てるポケモンに拘るのも必要だ。理解できる。理屈としては。生まれの違いとはそういうことだ。でも、感情の方はなかなか理屈についてこない。俺は今でも納得しきれずにいる。
「どうしたの?」
 ヌオーが俺の顔を覗きこんでくる。今日の演奏はおしまいなのかと言われた。こいつは同じボックスにいるとき、よく俺の音を聴きにきた。体の奥深くを震わすような俺の低音が好きなんだという。ヌオーってのはどうにものろまなポケモンだが、こいつは頭が悪いわけじゃないし、音に対する感性のようなものも持っているらしい。だったら俺も気分よく聴かせてやろうも思う。でも、つい最近までバトルで注目を集めていたこいつに対して、今はそういう気にはなれなかった。
「どんな感じなんだ、最近のバトルは」
 釈然としない苛立ちを隠すために、俺は別にどうでもいいことを訊いた。自分が出られるわけでもない環境のことなんか、興味を持てるわけがない。でも、そうとは気づかないヌオーは律義に俺の話に乗っかった。
「ラプラスとザシアンの組み合わせが流行ってるみたいだよ。キョダイセンリツでザシアンのサポートをするんだ。それで、ぼくがザシアンの前に出ていったら、ラプラスに交代されちゃうんだよ」
 ラプラスは「フリーズドライ」というわざを使える。こおりタイプのわざなのだが、本来は耐性のあるみずタイプに対して高い威力を発揮する。みずとじめんの複合タイプであるヌオーが喰らえば、たちまちやっつけられてしまうというわけだった。
 ラプラス……
 あれも強力なキョダイマックスを修得するポケモンだ。そして、キョダイマックスなんて現象がバトルで確立されるまでは、俺が何度も倒してきたポケモンでもあった。それなのに、耐久力を上げながら強烈な攻撃を繰り出せるキョダイセンリツと、「じゃくてんほけん」というアイテムのコンボで、相性的には有利だったはずが、いつの間にか狩る・狩られる関係が逆転してしまっていた。
 とてつもない不条理だ。俺が弱くて負けてしまうのなら、納得できた。次は勝てるように対策を練ることもできる。でもラプラスはそうじゃない。俺はそれまでと同じように戦っているのに、向こうが勝手に強くなった。なにかの気まぐれのように。神の寵愛を受けているとしか思えない。
 俺だって――
 俺だって強力なキョダイマックスさえ使えれば、あんなヤツ……
「ゴリランダーは少し減ったみたい。でもカイオーガやドサイドンが多いから、バドレックスがエナジーボールを使うようになったり、ナットレイが増えたりしてるんだ。伝説のポケモンをサポートするリフレクターやひかりのかべが流行ってるから、こだわりハチマキを持ったウーラオスも増えてるし、ぼくなんてついでに倒されちゃうんだよね――」
 ヌオーが続ける環境の話は、この世の終わりのことみたいに聞こえる。俺がボックスに預けられているうちに、ポケモンバトルは伝説のポケモンが参加できるという特別なレギュレーションに変わっていた。今や、力こそが物を言う時世。リストラの憂き目に遇うポケモンも多い。俺みたいなヤツがザラにいるというわけだ。
 聞いているだけで、胸が悪くなった。どいつもこいつも、俺では手も足も出ないようなポケモンばかりだ。ドヒドイデやエルフーンは今の環境にも一定数は存在しているようだし、俺がそいつらを容易に倒せることは変わらない。でもそれ以外に俺が持てる役割といえば、ほっぺすりすりで相手をマヒさせてすばやさを奪うことくらい。それだって、凄まじい火力を持ったポケモンがゴロゴロしているこの環境、敏捷性や耐久性に優れているわけでもないストリンダーが満足にこなせるか、怪しいもんだ。メタというのは、それ以外においては弱体化せざるを得ないという性質のものだ。必要な対策は、やれることの多いポケモンに任せれば済む。汎用性に欠けるストリンダーはお呼びでない。ハイの劣化であるローなどもってのほかだ。
 思えば――どんな思いで戦えばいいのかなど、贅沢な悩みだった。
 ポケモンバトルはもはや、俺が生きてゆく世界ではなくなったのだ。
 ヌオーの話を聞くともなしに聞いていると、不意に主人からの呼び出しがあった。ポケジョブの時間なのだった。そらとぶタクシーのアーマーガアが代表するように、ガラル地方では人間と一緒にポケモンが働くのが一般的だ。
 ヌオーが言う。「今日もポケジョブなんだ」
「ああ。もう行かねえと。じゃあな」
「うん。頑張って」
 そそくさと会話を切りあげ、ほどなくしてモンスターボールへと転送される。
 強いて、頭を切り替える。そうとも。バトルで戦うことができなくたって、俺には俺にしかできない仕事がある。ポケモントレーナーにとってバトルはもちろん重要なライフワークだが、世の中バトルがすべてじゃない。今の仕事に就くようになってから、俺はいくらか心穏やかだ。これまでと同じようにはバトルで活躍できない屈託。それを、このごろはポケジョブで埋めあわせている。
 バトルのことさえ考えずにいられる限り、俺は今の生き方に比較的、充実を感じる。それこそ、野生のポケモンなんかよりずっと豊かだ。ひょっとしたら、バトルに明け暮れるポケモンたちよりも。
 俺は、あいつらとは違うんだ――
 そういう想いが、いつもどこかにある。それがストリンダー。それがローのすがた。俺のデフォルトだ。
 モンスターボールから出されると、そこはエンジンシティのポケモンセンター前。主人に見送られ、俺はいつもの仕事先であるレストランへ向かった。





 毎日が続いてゆく。
 なんかこう、イイ感じで今の日常が永遠に続くんじゃないか……ということを、以前の俺は思っていた。朝起きて、キャンプで主人が作るカレーを食べて、バトルして……すべてが適当に、順当に進む感じだ。でも常識的にはそんなことはありえない。ありえないということを、俺は知らなかったから。
 例えば、いつもボックスでよだれを垂らして寝ているガブリアスのおっちゃん。イッシュ地方からはるばるやってきたというおっちゃんは、かつてはそれはもう持て囃されたポケモンだったという。おっちゃんにも、たぶん俺と同じようなことを思っていたときがあって、そのころは、毎日が――今の自分みたいにイイ感じの今が、永久に続いてゆくような気がしていたのだと思う。
 でも、永遠に続くかと思われたイイ感じの毎日も気づいたら、ハイ環境変化です、ハイ新レギュレーションです――みたいな感じで加速的に変わっていったんじゃないだろうか。俺の知っているイイ感じの毎日から、ガブリアスのおっちゃんの毎日に。
 おっちゃんはこう言うかもしれない。オレは昔のままだ! 気分的にはおまえらと変わらんよ……
 気分的にはね。
 いやいや、おっちゃん……気分的にはそうかもしれないけど、今のあんたは、昔のあんたとは違うよ。あんたがどう思おうと、時間はちゃっかりしっかりどっぷり進み、どんどん日常は濁った感じになってゆくんじゃないか?
 俺の日常とおっちゃんの日常はやっぱり違う。おっちゃんの日常は……なんか得体の知れない、俺が知らない日常だよ。 
 俺だって、そう思っていたのだ。
 一時は、ストリンダーっていうのはミミッキュやドラパルトやトゲキッスなんかをやっつけるために一定の地位を確立したポケモンだった。ドヒドイデやアーマーガア、ギャラドス、じめんタイプのわざを持っていないヌオーや、いろんなフォームのロトムなんかにも強かった。環境に蔓延る厄介なポケモンに対して、ダイマックスをしなくても強気に立ち向かえる貴重な存在だったのだ。
 だから、そうだな。あいつと――エースバーンと友達になったのは、それが理由だったと言えるのかもしれない。
「おまえ強いなあ! あのばくおんぱのスッゲエ威力!」
 はじめていっしょに選出されたバトルで勝利を収めたあと、あいつはそんなことを言った。でっかい目を、ニンフィアのねがいごとのようにキラキラさせて。
 ダイマックスで自己強化して次々に敵を倒すエースバーンにとって、特性「てんねん」を持つヌオーは天敵だった。高いすばやさで上からダイジェットを放ってくるドラパルトや、とびひざげりを耐えておにびを撃ってくるロトムなんかもそうだ。そういうエースバーンの邪魔者には、俺のわざがきわめて有効だった。
 今でこそボックスでは友達みたいに接しているヌオーだって、そうだ。俺にとってヌオーってポケモンは格好の獲物だったのだ。あのころ、ヌオーはじめんタイプのわざを採用することも稀だった。さすがの俺にも、弱点でもないぱくおんぱ一発でヌオーを倒せるほどの火力はない。それでも俺の火力を舐めているヌオーどもは、たくわえる込みのばくおんぱ二発できっちり倒してきた。それが今となっては、ばくおんぱを一発耐えたあと、ザシアンを倒すためのじしんで適当に処理されてしまう。もともと相性不利の相手だったとはいえ、完全に立場が逆転してしまっていた。
 俺のコンプレックスにも、ヌオーはきっと気づいていない。そういうところも「てんねん」なのかもしれない。かつては役割対称と見下していた相手に、逆に見下される。その屈辱は激しい。
 進化したばかりのころは、こんなふうに思ったことはなかった。ストリンダーの高い火力を活かして、俺は色々なポケモンを倒しまくったし、時にはわざを変えて搦め手を使うこともあった。己の能力を十全に発揮して数々の戦いを制してゆくのは快感だった。俺はおまえよりも強いのだと、思う存分、悦に入ることができていた。
 もちろん、俺にはどうしようもない相手もいた。バンギラスやドリュウズ、ナットレイなんかがそうだ。
 そこで、エースバーンの登場だ。
 俺の苦手なポケモンは、エースバーンがまとめて相手をしていたのだ。白状してしまえば、パーティを組むのにとても頼もしいヤツだった。
 でも、俺はエースバーンのことがあまり好きにはなれなかった。エースバーンなんて、最初はアイアントに強いことくらいしか取り柄のないようなポケモンだったのだ。弱いわけでもないが、より高火力でより効果的にダイジェットを使えるリザードンに比べれば、全体的に見てたいした脅威でもなかった。俺はそういう環境の中でだって戦ってきた。ガラルじゅうで暴れ回る強敵を相手に、主人の色々な工夫のもとで抗い続けてきたのだ。
 なのに、隠れ特性「リベロ」を持つヒバニーが発見されてからは、エースバーンは常に環境の最前線だ。高い火力とすばやさを持っているだけでさえそれなりの地位にあったくせに、突然めちゃくちゃな特性まで具えはじめたのだ。これによって、エースバーンを対策できるとされたアシレーヌすら単騎で倒してしまえるようにもなった。
 馬鹿げているだろ。こんなに不平等なことってない。エースバーンは、降って湧いた恩恵で突如として頂点に君臨したポケモンなのだ。適当に戦っているだけでほとんどのポケモンより格段に強い。そんなヤツ、好きになんてなれるわけがない。
 やっかみだという自覚はある。だいたい、俺たちの仲間のエースバーン自体は、いいヤツだった。
 俺はこういう性格のポケモンだから、環境の変化にあわせてめまぐるしく変わるパーティに馴染むまで、そりゃあもう時間がかかった。三日に一回くらいは見たこともない新入りポケモンとキャンプでメシや寝床を共有していた。そんな中で、ずっとパーティの中核だったエースバーンは、いつも俺と一緒だった。あいつはけっこう最初のうちから、誰よりも――おそらく主人よりも――俺の実力を信じていた。懐っこい性格で誰とでもすぐ仲良くなるから、俺と新顔たちとの橋渡し役みたいにもなっていた。
 それでも……エースバーンの実力も、心根がやさしいことも、嫌ってほど認めていながらも、俺はあいつが嫌いだった。結局は持てる者の自信だろ。現状に喰らいついてゆくのが精一杯、そんな持たざる者の気持ちなどわかるわけがない。さぞいい気分だろう……でも俺はおまえみたいなポケモンをたくさん倒してきたんだ。俺を助けた気になって、調子に乗るなよ――
 そんな想いが頭を離れなかった。
 だからエースバーンがキョダイマックスできるようになったときも、「ああそうですか」と俺はうんざりした。ブラックナイトでさえ真昼に変えてしまいそうな、いかにもほのおタイプらしい、あの笑顔。あまつさえ、「もうおまえにミミッキュを任せなくても済むよ」などとのたまう始末。よっぽどオーバードライブを浴びせてやろうかと思った。
 また、おまえみたいなヤツばっかりいい思いをするのか。そうやって、おまえも俺の居場所を奪うつもりか。
 だけど――キョダイマックスしたエースバーンを見て、俺は放心してしまったのだ。翼のように大きく広がる耳を翻しながら、自分より遥かに巨大なかえんボールを蹴り飛ばす。その力強さと美しさは、俺の知るエースバーンと同じ生き物とは思えなかった。千年その場に根付いた大樹のように佇む、強者のカリスマを持った貫禄の姿。
 あのとき、俺は生まれてはじめて心から感服してしまっていたかもしれない。エースバーンのキョダイマックスは、あまりに美しくて、神々しくて……
「カッコよかったじゃねえか」
 エースバーンがキョダイマックスで華々しい勝利を飾った日、俺はキャンプでそう言ってやった。するとあいつはキョトンと俺を見つめてから、両手に一本ずつ立てた指を口元に当て、祈りを捧げるみたいに天に掲げたのだった。
「おまえの邪魔をするやつは、オレが倒してやるからな!」
「それ、どっちかってえと俺の役割だから」
「ガラルの平和は、オレが守る!」
「いちばん環境壊したの、おまえだし」
 あの日から、俺はエースバーンに対して捻くれるのをやめた。まあ、だからといってわかりやすく接し方を変えたつもりもないんだが……あいつが俺を構いたてることは、いっそう増えたように思う。それをもう邪険には思わなかった。俺はエースバーンに憧れていた。
 それからの環境も厳しかった。中でも、ヨロイじまで新たに発見されたジバコイルが台頭してきたのがつらかった。以前からでんきタイプの火力役としてパッチラゴンの存在が大きかったが、すばやさの高いポケモンのおにびや、ミミッキュで簡単に止まってしまうし、ダイマックス後は特性「はりきり」でわざの命中率に不安が生まれるという弱点があったから、俺はなんとか差別化できていた。しかしジバコイルは火力と耐久力を両立させる特殊アタッカーで、タイプ的にミミッキュにも強く、その高い汎用性が人気だった。そこまでいってもまだ、ジバコイルは同じく新発見された強力なポケモンであるウーラオスに隙を見せてしまう。まだしも俺の出番は残っていた。
 それもいよいよ限界だった。カンムリ雪原で発見されたサンダーやレジエレキは、誰がどう考えてもストリンダーより強力なポケモンだった。環境上位にランドロスが居座るようになったことも苦しい。俺の役割対象であるドラパルトやミミッキュなど、わざわざ対策せずともどうとでもできてしまえる環境になっていた。
 そうして――気づけばスタメン落ちというわけだ。
 今や伝説のポケモンが大暴れする環境。そのような中でさえ、エースバーンは当然のように環境上位を維持している。やはり生まれの違いは歴然としていた。さすがに妬む気にもならない。
 もっとあいつと仲良くしておけばよかったな。
 ボックスに預けられ、バトルに呼びだされることがなくなってから、俺はそんなふうに思った。そして、いちばんうまくやってるときや、いちばんまともなときというのは、実はいちばんクソなのだと思い知った。なぜって、うまくいってることに気がつかないから。それが普通だと思ってしまうからだ。ガブリアスのおっちゃんの日常は別世界の出来事で、俺の世界は基本的に順風満帆、キラキラ輝く人生が普通なんだって無根拠に信じてる――そんなのちっともまともじゃない。でもまともじゃないことに気がつかない。すべてが光っているから……眩しすぎるから……見ることができない。
 俺たちが会える機会といえば、同じボックスに預けられたときに限られる。俺たちの主人がパーティからエースバーンを外すことは、まず、ない。バトルにおいてエースバーンは出ずっぱりなのだが、それでもボックスに預けられる機会というのはそれなりにある。それは主に主人が「厳選」という作業に入るときだ。というのも、厳選のときは可能な限り手持ちを空ける必要があるらしく、エースバーンもボックスに預けられるのだ。俺のいるボックスというのはバトルのために鍛えられたやつらがまとめて預けられるところで、エースバーンも大抵はここに来る。主人は育成に熱心な人間で、環境にあわせて色々なポケモンを育てる。厳選は育成の前の必須作業である。パーティに新しいポケモンを加えるときには、俺はエースバーンと顔を合わせる機会を得る。
 久しぶりに会ったとき、エースバーンはバトルについていろんな話をしてくれた。最近はどんなポケモンが人気なのかとか、よく見かけるポケモンだけど新しい戦い方をするやつが現れたとか、勝った話とか負けた話とか、本当に楽しそうによく話す。エースバーンはパーティの花形で、俺と違って性格も明るいから、ボックスでも人気者だ。多くのポケモンとパーティを組んできたし、強力なポケモンとも仲がいい。伝説のポケモンすら抑えこんで環境を制する王者だ。存在の規格が違う。俺みたいなポケモンはあいつには吊りあわない。
 エースバーンはおれのことを友達だという。こんなこと、素直に認めるのは柄じゃないんだが……あいつが俺を友達だと言ってくれることが、存外嬉しい。あいつといっしょにいるのは心地よかった。ボックスに預けられると、あいつはほかのどんなヤツよりも、一番先に俺のところに来る。エースバーンがそばにいると、俺は自分もなにか素晴しい存在の一部になれたような、誇らしい気持ちがする。
 陰気な俺のことだから、エースバーンのような華々しいポケモンと友達であることに、優越を感じたりもする。俺は、あのエースバーンの唯一無二の友達なんだぜ。こいつがいちばんの友達だと思っているのは、ドラパルトでもゴリランダーでもなく、この俺なんだ。そういう意味でも、エースバーンがいっしょにいてくれるのは心地いいものだった。
 エースバーン。頂点に立つポケモン。ガラルじゅうの憧れの的だ。
 だけど、陽気で純真で、いかにも陽の光のもとで生きているという風情のあいつにも、秘められた部分があることを俺は知っている。そのことを思うたびに、俺は気持ちの外側がざわざわと粟立つのを感じる。俺はそれを知っているんだぞと、俺がもし打ち明けたとしたら、あいつはいったいどんな反応をするのだろう?
 それを話してしまいたい好奇心と、そんなことはできない、友達を傷つけたくないという自制心がせめぎあって、俺は狂いそうなほどあいつのことが気になってしまう。
 やっぱり俺はストリンダーなのだということが自覚された。誰かに優しくしてやることよりも、誰かに意地悪をして困らせることの方に愛情を感じる。もちろんそれは諧謔(かいぎゃく)の領域だ。本当に迷惑をかけたいわけじゃない。あくタイプのポケモンのような、それそのものを目的とした悪意ではない。




 惰眠ばかりするのは、ローのすがたの生来の怠惰さかもしれない。バトルに出られなくなってからというもの、何事にもやる気の起きない時期があった。
 バトルばかりしていたときは、いつかのんびりできる時間ができたらやってみたいことを、これでもかと思い浮かべていたはずだ。でも、いざいつでもできる状況になると、ひとつも気が乗らないのだから困ったもんだった。
 やりたいこともなく、やるべきこともない。俺はそのうちに、ボックスの中で自由を持て余すようになっていた。きっと今日も明日もこのまま、適当な森の木陰でダラダラして一日を過ごすのだろう――
 俺がはじめてポケジョブに出されたのは、そんなある日のことだった。
 ボックスに預けられているポケモンでグループを作り、企業や大学へ働きに出る。それがポケジョブだ。この場合、ポケジョブに出されるのは言ってしまえば落ちこぼれのポケモンだ。「厳選漏れ」と呼ばれる連中。バトルの資質を欠いて生まれてきたポケモンたち。ポケジョブに出されるということは、すなわち弱者の烙印でもある。スタメン落ちの焼きごてが、とうとう俺にも押し当てられるときがきたのだと思った。
 ただ、俺に用意された仕事というのは少しばかり特殊なものであるらしかった。主人が選んできたのは、エンジンシティのレストランのBGMを演奏するという内容のもの。募集するポケモンは一匹だけ。質ではなく量で雇われる通常のポケジョブとは違っていた。
 スマホロトムで流す音楽を片っ端から耳コピしていた俺のことを、主人は覚えていたのだ。ロトミでこのポケジョブの募集要項を見て、主人は俺にうってつけの仕事だと思ったらしい。三十分のベース・ソロを、休憩を挟んで二回演奏するという依頼。そういう仕事のできるローのストリンダーを募集しているのだという。
 ポケジョブに出されると聞いて、いよいよ落ちこぼれの仲間入りかと思っていた俺だが、それですぐに頷いた。音楽の仕事を任せられるというのはなかなか悪くなさそうな気がしたのだ。
 主人がポケモンセンターのロトミで手続きを済ませると、依頼人がポケモンセンターへ迎えにきて、職場となるレストランへ連れられた。初日は演奏はせずに、人間のベーシストの演奏を見学した。フロアの中央に、巨大なウッドベースを立たせた人間が座っていて、リピートされるピアノの録音の伴奏に合わせ、軽快なソロを奏でる。穏やかで陽気で、主張の少ないベース・ソロ。俺はそれを真面目に聴いた。
 音を聴けば、俺は胸のどの突起を弾けば同じ音が出るのかが瞬時にイメージできる。具体的な指運びを想像し、ひとつずつ音を足して、記憶する。ある程度まとまった長さになったら実際に突起に指を運んだ。そういう作業。もちろん実際にその場で音は出さなかったが、そうして繰り返してゆくうちに俺は、最初の三十分が終わる前には、件のベーシストの演奏にあわせてそっくり同じ曲を演奏できるようになった。
 これは俺の音楽的センスが特別優れていたわけではない――と思う。基本的には繰り返しの多い曲で、それほど複雑なテクニックも要求されず、覚えやすい曲だったのだ。いくつかのパターンが順番にやってくる、シンプルな内容。それを三十分間、続けて演奏すればいい。簡単な仕事だ。
 翌日からさっそく、俺は一匹だけで演奏を任された。スピーカーから流れるピアノの音にあわせて、胸の突起を弾いてベース曲を奏でる。足元には、淵が波打ったような形の、洒落たガラスの器が置かれていて、そこには依頼人が入れた紙の金が入っていた。レストランを訪れた客は、まず最初にフロア中央の俺の姿を目にして、店のBGMを演奏するポケモンを物珍しそうに眺め、ときどき器にチップを入れた。それほど興味がなさそうな客もいれば、食事をしながら面白そうに俺を見ている客もいた。
 いい気持ちがした。バトルにしろ音楽にしろ、注目されるというのは気分がいい。
 まさしく新世界だった。俺にとって、世界とはバトルのスタジアムとボックスによって構成されたものだった。それだけでほとんどすべてだった。バトルに出られることと、バトルに勝つこと。強さとは物事を秤にかけるための最も基本的な基準だった。また、俺には強さのほかに基準になりうるものがなにもなかった。
 しかしこのとき、俺の中で価値観がいっぺんに塗り替わった。音楽によって。ポケジョブによって。レストランのBGMを奏でながら、俺はこのうえなく満たされていた。
 思えば――俺が見下していた厳選漏れの連中にしても、人間の生活に様々と貢献していたのだ。バトルに出ることがなくとも、労働力として社会に参加している。あるいはその中に、バトル以外のなにかの分野で才能を発揮するポケモンもいるかもしれない。強さとは与えられた属性のごく一部分に過ぎず、世界は一部の天才だけで構築されているわけでもない。俺はそのことに気づいた。弱いということは、決して悪ではなかったのだ。ハイの下位互換でしかない俺にも、レストランでベースを奏でることができるように。
 合計一時間の演奏は、あっという間に終わった。依頼人から賃金と、チップの中からいくらかの分け前を受け取る。生まれてはじめて、自分の力で稼いだ金だった。俺の音が獲得した成果だった。その報酬の金銭的価値が実際にどれほどのものか、そんなことはわからない。でも、それはあまり重要じゃない。俺にもできることがあるという、その実感が尊かった。対面からドラパルトを倒してのけた勝利の味よりも、ずっとずっと豊かな気持ちだった。
 そういう仕事を何度か繰り返した。レストランでの稼ぎがよかったのか、そのうち主人から、報酬の中からこれだけなら使ってもいいと、ある程度の小遣いを許されるようになった。それからは仕事帰りにエンジンシティをブラつき、ポケモンだけでも入れてもらえる店で旨いものを買い食いし、満足したらポケモンセンターへ帰る。そういうのが、俺の新しい日常だった。
 ところで、新しい日常を与儀なくされたのは俺だけではなかった。もちろんエースバーンの話だ。俺がレストランで仕事をするようになってから一ヶ月ばかり経ったころ、なんとエースバーンがバトルから出禁になったのだ! 俺はその話を、ボックスに預けられたエースバーンから聞いた。
「今度のレギュレーション、人気上位のポケモンは参加できないんだってよ。ひっでーよなあ!」
 生まれてこの方、環境上位を退くことのなかったエースバーンが、はじめてスタメンから外されることになった。
 となれば、強敵がこぞってバトルから退いた中、俺の出番もあるかといったら……別にそんなことはなかった。俺には対処できないドリュウズやジバコイルがいなくなったはいいものの、主にやっつけていたドラパルトやミミッキュ、ギャラドス、トゲキッスなんかも出禁になっていた。ロトムやアシレーヌやマリルリなど、役割を持てるポケモンも残ってはいたが、それらは結局パッチラゴンがどうにでもしてしまえるし、パッチラゴンは俺とは違ってダイジェットが使える。つまりは強力なポケモンであるウーラオスにも強く出られるということでもある。ダイマックスエースとして採用しない手はない。同じでんきタイプの俺をわざわざパーティに加える必要もない。だいたい、本当にストリンダーを採用したいのならハイのすがたを使うべきだ。
 まあでも、俺は自分でも意外なくらい悔しくなかった。ローに生まれてしまった以上、俺にはどうしようもないことだ。なにより今の俺にはポケジョブがある。意義……と、そう言っていいと思った。バトルに出ることへの執着は、それほど強いものではなくなっていた。だからエースバーンが出禁になったことも、とりたてて愉快だとも感じなかった。環境を荒らしまくった罰だと何度かからかいはしたが、それくらいだ。
 そのような次第で、エースバーンも厳選漏れや出禁の連中と一緒にポケジョブへ出される日が続いた。どうということもない、点描的日常である。仕事をして、買い食いを楽しみ、あとはボックスでダラダラ。気が向いたら店で耳にした流行りの曲なんかをコピる。そんな毎日だ。
 あるとき、たまたまポケジョブ帰りのエースバーンにバッタリ出会った。俺はもちろんレストランの仕事で、エースバーンはエンジンシティで掃除屋の手伝いをしていたという。
「お疲れ」
 俺はなんの気なく手をあげた。するとあいつはいっぺんで笑顔になり、無言で俺の手を引くと、ポケモンセンターに向かって歩いてきた道をすっかり逆戻りしていった。
「おい、なんだ。どこ行くんだよ」
「着いてからのお楽しみだよ!」
 振り返りもせず、街中を軽快に進んでゆく。俺の足取りは重かった。別に仕事疲れというのでもないが(そもそも疲れるほどの仕事じゃない)、基本的にはぐうたらしていたいのが俺なのだ。仕事明けに街を散歩するのも満足していたところだし、本当は足を止めて引き返してしまいたかった。でもエースバーンってヤツはあれで力がとても強いから、手を引かれている以上それもできない。
 目的のわからない外出を強要される俺は、非常にだるかった。帰って寝たい。反面、エースバーンは鼻歌なんか歌っていた。しまいにはスキップでもしてしまいそうな勢いだ。なんでそんなに上機嫌なんだ?
 視線を落とせば、アスファルトは濡れていて水溜まりもできていた。雨が降っていたらしい。よって足も濡れる。だるい。頭上では夕暮れを待ち構えていたかのようなアオガラスが一定間隔で奇妙な声を発し続けている。耳が痒くなる。だるい。ショッピング・モールにでも向かっているのか、歩を進めるにつれて人混みも密度を増してゆく一方だ。押し寄せる人間たちのあいだに体を割りこませるみたいにして歩き続ける。だるい。
「ストリンダーはだるだる星人だなあ」
 エースバーンはなおも上機嫌だ。繋いだ手が振り回され、俺の体もふらふら揺れる。だるだる星人ってなんだ。そんなヤツらが暮らす星はすぐに滅ぶだろ。
 着いた先は焼き菓子店だった。扉に貼られた紙を見ると、もう数十分ほどで閉店時間だ。しかしながら店の前には十人以上の人間と、若干のポケモンが列を成している。誰も彼も、エースバーンと同じように期待に満ちた顔をしている。気持ち悪いな。
「やった!」と、エースバーンは耳をピコピコ振りながら飛び跳ねた。「今日は食べられそうだぞ。雨だったからかな。この店さあ、いつ来てもすっごい行列でさあ、たまに並んでみるんだけどいっつも売り切れちゃってさあ」
 さーさーうるさいヤツだ。さーさー星人め。
 エースバーンも俺と同じように、ポケジョブ帰りに街をうろついている。というか、俺がそういうことをしているとボックスで話したので真似しはじめたのだ。
「来てよかったな!」と、エースバーンは言った。
「おまえだけでも来られたろうに」と、俺は言った。
 なんで俺を巻きこむんだ。いや、知ってるけど。
「えー! 俺だけじゃつまんないだろ!」
 エースバーンは「さみしがりな性格」だ(タスキカウンターのためだ)。単独行動を可能な限り避けたがる。
 一匹よりも大勢でいた方が楽しい、という感覚は俺にもわかる。でも俺は単独行動を好む。なぜって、一匹だけでいた方が圧倒的に楽だからだ。俺にとって他者との付き合いはあまりにも面倒くさすぎる。
 ウキウキと列に並ぼうとするエースバーンに、並ぶのはおまえ任せて俺はどこか別の場所で順番を待つ、という提案をしたら、がっちり腕を組まれた。逃げられなかった。あわよくばひと眠りしようかと思ったのに。
 それにしても、並んでまで食わねばならない菓子とはなんだろう。わざわざ仕事帰りに寄り道して、ただ立って何十分も待機することに費やすのであれば、ボックスで寝ていた方が同じ時間で味わえる満足度は高いんじゃないか。そういった主張をしたところ、エースバーンは満面の笑みで答えた。
「おまえといっしょなら、並ぶのだって楽しいよ」
 俺にだって良心はある。閉口するほかなかった。
 結局のところ、焼き菓子は間違いなく旨かった。ポケモンだけでの来店も、ちゃんと金があることを伝えれば認められた。ただし、価格は俺がふだん入るような店よりも高かったし、並んだ時間も加味すればもう一回来たいとは思わない。少なくとも俺だけなら。
「うーんまい!」
 まことにファイニーである。迷惑だから大声で騒ぐな、と思う。でもポケモンの言葉など人間にはわからないし、喜色満面の声は店のそこらじゅうから聞こえるから、ほどほどに騒いで外にも聞かせた方が店側としても宣伝になるのかもしれない。そう考えてしまうほどの喜びようだった。
「すっげえぞこれ! 口の中でとろけて、とろけて、さらっとしててあっまい!」
 食レポはヘタクソだが、その表情を見ていれば旨さはじゅうぶん伝わってくる。俺も頼めばよかったかな、と思った。すでに買い食いしていて満腹だったのだ。でもそんなに旨いのなら俺も食ってみたくなる。ひと口くれ。
「あれ、おまえも来てたのか。おっすー」
 エースバーンの食いっぷりを鑑賞していると、不意に背後から軽薄な声が聞こえてきた。振り返ると、色黒の少年と三匹のポケモンがこちらに近づいてくるところだった。声をかけてきたのはアーマーガア、あとはバイウールーとインテレオンもいた。
 ホップのポケモンたちである。ホップは主人の実家の隣に住んでいる少年で、ガラルリーグのチャンピオン、ダンデの弟だ。
「店の外まで声がきこえてたぞ」
「相変わらず元気だなあ」
「ホップといい勝負ですね」
 口々に言う三匹の姿を見たエースバーンは、口の中のものを慌てて飲みこんで、咽せた。なにやってんだ。落ち着け。
「よお、みんな! 久しぶり!」
 三匹はそれぞれエースバーンに声を返す。エースバーンはホップにも抜け目なくお愛想を振りまいて、頭を撫でてもらっていた。そういうところなんだよなあ。
 ホップたちは俺たちの隣のテーブルに着いた。ポケモンたちはメニューを見ながら、あれがいいこれが食いたいとホップにせがみはじめるが、とはいえ三匹あわせてもエースバーンには及ばない。こいつの騒がしさはおかしい。
「仲、いいのか?」と、俺は尋ねた。
「リーグで賞金稼ぎするときに、たまに戦うんだ」
 こいつ、リーグになんて出てたのか。知らなかった。俺もホップに会ったことくらいはあるが、手持ちのポケモンと話したり、バトルしたりということは一度もなかった。
「なあ、そいつが前に言ってた友達かー?」
 隣の席から、アーマーガアが話しかけてきた。声の調子から仕草、態度に至るまで一貫して軽薄さが溢れでている。まあ、何事も重いよりは軽い方がいい。重いものは面倒くさい。
「うん、そう! ストリンダーだよ」
 というか、いつも俺の話をしてるのか、こいつは。俺のことを勝手に言いふらさんでくれ。
「どうも」
 紹介されてなにも言わないのもどうかと思うので、おざなりに挨拶をする。おざなりなのは、ちゃんとした挨拶をするのが面倒くさいからだ。
「つまらなそうなポケモンですね」
 インテレオンが不愛想に無遠慮な評価をくだす。その明け透けさに好感を覚えるところだが、エースバーンはなぜか怒って立ちあがった。
「おい! なんてこと言うんだよ!」
「落ち着けよ」と、俺は言った。「なんでおまえが怒るんだよ。俺は別にいいから」 
「よくない!」と、エースバーンは言った。「じゃあおまえは、オレが馬鹿にされても落ち着いてられるのかよ?」
 なだめようとしたが、失敗みたいだ。でもこいつとの付きあいが長い俺は、こういうときの対処法も心得ている。
「いや、おまえは実際バカだし」
「こらーっ!」
 なんとか怒りの矛先を俺に向けさせることに成功した。よそといざこざを起こすのは面倒だからやめてほしいのだ。
 ふと、隣の席から笑い声が聞こえた。見ると、三匹揃ってケラケラ笑っていた。インテレオンなんかテーブルに突っ伏して震えている。ツボに入ったか。
「案外、面白い友達なんだね」
 バイウールーが言ってきた。案外、ということはこいつも俺をつまらなそうだと思ってたわけか。物腰はおだやかだが、三匹の中ではいちばん裏表がありそうだ。
「面白いのはエースバーンだよ」
 とくに反応が面白い。そう言うと三匹はますます笑って、エースバーンはますます怒った。ほら面白い。
 その後も店を出るまで、三匹といっしょにエースバーンを弄り倒した。エースバーンがあまりにも怒るので、ホップも手持ちたちを何度か叱り飛ばしたが、面白かった。エースバーンの機嫌は、お土産のシュークリームを買ったら直った。チョロいヤツだぜ。
「オレたち、これからホテルに行くんだ」
 アーマーガアが言った。コーカイシューロクのウチアワセ、とかなんとか。ホップといったらガラルトーナメントをセミファイナルまで勝ち抜いた凄腕のトレーナーでもあり、ムゲンダイナ騒動を鎮圧した英雄でもある。テレビ番組やネット動画では引っ張りだこなのだ。
「あそこのホテルって、料理がめっちゃ旨いんだろ? いいなあ!」
 エースバーンは目をきらっきらさせている。
「公開収録っていつ? うちのトレーナーにも教えた方がいいかな!」
「やめておいた方がいいですよ」と、インテレオンが忠告した。「一般見物は地獄ですから」
 どういう意味かはわからないが、行きたくはない。
「地獄ーっ!?」
 しかしエースバーンのテンションは上がる。なんで?
「エースバーンの好奇心は底抜けだね」
 バイウールーが呆れながら笑う。実際、それでヒバニーだったころから何度か痛い目は見ているのだが、一向に変化はない。人間が言うところの「三つ子の魂百まで」というやつだ。
「ストリンダーがいっしょだから平気だよ!」
 おい、俺を勝手に巻きこむな。抱き着くな。
 インテレオンは奇妙な音色の口笛を吹いた。その口の形状のどこからそんな音が出るんだと思った。
「じゃ、またね。エースバーン、ストリンダー」
「またリーグで会いましょう」
「バイビー」
 三匹は最後までかしましく、ホップに連れられて去っていった。アーマーガア、バイビーってなんだ。
 あんな連中と戦うリーグっていうのは、いったいどんなバトルが繰り広げられるのだろう。俄然、興味が湧いた。しかし自分の怠惰さを考えると、明日以降は興味も薄れて、結局すぐに忘れてしまうんじゃないか、とも思った。どのみち主人の手持ちに入って旅をすることもないだろう。
「うん! 絶対また戦おうな!」
 エースバーンは手を振りながら声を張りあげた。そんな簡単に約束をしてしまってだいじょうぶなんだろうか。俺は具体性のない約束が苦手だ。自分の性格を知っているからだ。明確な予定でないと動けない。
「ストリンダーも、いっしょに行こうな、リーグ!」
「ああ、まあ」
 言葉を濁す。エースバーンは屈託なく笑う。その笑顔の眩しいことといったら、俺は思わず目を逸らしてしまった。
 帰り道、エースバーンに付きあって店を覗いていたら、タチフサグマとアママイコに遭遇した。トレーナーはおらず、雑貨屋の店先に座りこんでなにをしているのかと思ったら、チェスを差していた。この店のポケモンなのだろうか。
「よっ! 今日もやってるなあ」
 エースバーンが気軽に声をかけたので、俺は驚いた。相変わらず知り合いが多いんだな。真剣な顔の二匹はエースバーンを一瞥し、すぐに目線を盤面に戻す。が、アママイコの方は再び顔を上げる。
「あなた、その箱」
 エースバーンが持っているシュークリームの箱を見ていた。
「ああ、あの店か」
 タチフサグマも知っていたらしい。そんなに話題になっているのか。知らなかったのは俺だけか。
「いーだろー」
 エースバーンが自慢げに、というか完全に自慢のために箱を掲げる。アママイコは眼を輝かせている。甘いもの好きか、そうか。
「並んだのか。あんな長蛇の列、よく並ぶ気になるな」
 タチフサグマが言った。ようやく意見が一致する相手に出会った。
「閉店前に並んだら、けっこうすぐ入れたよ」
 エースバーンが言うと、アママイコは「明日行こう」、ぽつりと零したのが聞こえた。
「俺はおまえらと違って忙しい」と、タチフサグマは言った。
「遊んでるようにしか見えないんだが」と、俺は指摘した。
 タチフサグマはケケケと笑い、「遊ぶのに忙しいんだぜ」
 もし次に行くことがあったら、俺のぶんも買ってきてくれ。別れ際、タチフサグマはそう言った。なかなか具体性のある約束だな、と俺は思った。
 その後も興味本位であちこち立ち寄りながら、俺とエースバーンはポケモンセンターに戻った。するとそこにはガブリアスのおっちゃんもいた。例によって、おっちゃんもポケジョブ帰りだろう。
「ああー!」
 おっちゃんはシュークリームの箱を見て愕然とする。あんたまで知ってるのか。いや……でも思い返すとおっちゃんはバトルでもなんでも、流行り物には敏感な方だった。そういう情報を積極的に集めて食いついておけば、ガラルでも仲間に入れてもらえる……あわよくば尊敬を得られる……そういう打算もあったようだ。
「おい、なんで誘ってくれねえんだよ!」
「ふっふっふ~! いいだろ。ストリンダーが買ってくれたんだ」
「お、お、オレのぶんは!? ストリンダー!」
 あるわけない。なに言ってんだ。
「オレだって仕事がなければ……」
 おっちゃんはがっくりと肩を落とす。長い尾もぺたりと地面に垂れていた。
「相変わらず忙しそうだな」
「違うぞ、エースバーン。おっちゃんはな、必要とされてる実感がほしいんだ。そのために必須じゃない仕事まで好きこのんでやってるだけで、実際は別に忙しくはないんだよ」
 おっちゃんがジロジロと俺を見つめる。
「おまえさん、オレにはいやに厳しいよな。なんでだ?」
「俺なりの愛だよ」と、俺は言った。
「そんな愛はいらん」と、おっちゃんは言った。
 俺とおっちゃんのやり取りを、エースバーンは目をぱちくりさせながら眺めていた。なんだ? 見世物じゃないぞ。
「今度はオレも誘ってくれよ。絶対だ!」
 おっちゃんは羽ばたくように両腕のヒレをバタつかせながらそう言って、先にボックスに戻っていった。
「今度って、いつだろう」
 また具体性のない約束が増えてしまった。嫌だな、と思った。これから先、ポケジョブ帰りにおっちゃんに会うたびに今日の約束を思い返すことになる。果たせていない約束を抱えたまま会うことは、後ろめたさになり、ストレスになる。そうして会う頻度が下がり、いつしか疎遠になるのだ。
「いつでもいいじゃん。明日でも、明後日でも」
 エースバーンはこともなげに言った。
「どうせみんな退屈してるんだから」
 唐突に――目の奥で光がはじける。雲が左右に流れて、エンジンシティの夕焼けがより広がったように見えた。
 毎日が退屈なのは、俺が怠惰だからだと思っていた。行動することを避け、現状維持を旨にしているからだと。
 でもそれは違った。俺だけじゃなかった。
 今日会ったポケモンたちを思い受かべた。ホップのポケモンたちも、雑貨屋のタチフサグマとアママイコも、ガブリアスのおっちゃんも、みんな退屈していた。エースバーンはそれを知っているから、誰かに会いにゆくことも、誰かと約束することも、躊躇しないのだ。
「すげえな、おまえ」
 俺が言うと、エースバーンはきょとんとした顔をしてから、にいっと笑って言った。
「ストリンダーはダメダメだな」
 ムカついたので、ポケモンセンターに入るまで耳を引っ張ってやった。




 エースバーンの出禁は、正味二ヶ月くらいで終わった。レギュレーションが変更されて、環境にはカンムリ雪原で発見された強力なポケモンたちが新たに参入した。もちろんエースバーンは新環境でも大活躍。俺も相変わらずスタメン落ちだ。
 俺もエースバーンも、以前の日常に戻った。そして俺は、思いがけずあいつの秘密を知ることになる。
 それはワイルドエリアに連れ出されたときのことだった。ワイルドエリアには、ダイマックスポケモンの巣穴があちこちに点在している。ポケモントレーナーはそこを巡って特別なポケモンを探したり、ダイマックスポケモンが落としてゆく貴重なアイテムを集めたりする。ただ、そういうのはザシアンやウオノラゴンといった強力なポケモンがいれば事足りる。だから俺とエースバーンが同じ手持ちに入ってワイルドエリアを探索したのは、本当に珍しいことだった。あのときは、主人が隠れ特性のギャラドスを探していたんだったかな。ザシアンやウオノラゴンよりはストリンダーの方が適役だったというわけだ。
 それでその日の夜、俺は久しぶりにエースバーンとキャンプで過ごした。あいつのほかにも、ザシアンにねだられて駆けっこしたり(勝てるわけがない)、ミミッキュを撫でて遊んだり、主人のスマホロトムで音楽を聴いたりして、それなりに楽しかった。
 主人は俺に、バトルに出せなくてごめんね、というようなことを言っていた。我らが主人はスタメン落ちしたポケモンだからといって、愛情を注がないわけではない。けっこう長く共に戦ってきた俺に対しても、自然な愛情を感じているようだった。それでも勝負に勝つためには勝てるポケモンを選ばなくてはならないこともある。そのためにある種、俺を切り捨てた。それを後ろめたく感じているのだ。
 仕方のないことだ。俺がパーティに入ったところで、戦術の幅は狭まり、仲間の負担が増えてしまう。そうまでしてバトルに出たいとは俺も思わない。だいいち、いくらなんでも「準伝説」だの「UB(ウルトラビート)」だのと渡りあってゆける自信もない。またバトルで活躍したい気持ちは、ある。でも己の力量不足を「仕方ない」として納得できるくらいの時間も経っていた。リストラに傷つくだけの俺では、もうなくなっていた。元より、ポケモンバトルというのはそうした世界だ。数少ないひと握りのポケモンだけが頂点を競いあえる。
 俺があの舞台で戦えていたのは、一時の輝き。苛烈さを増してゆく環境で、ストリンダーというポケモンの、そこらが限界だった。環境に適しているかどうか。それはバトルにおける切実な問題であり、ポケモンに愛情を感じるかどうかとは切り離して考えるべきだ。そういうひとつの線を引いた主人の現実主義を恨みはしない。俺は俺で、ボックスとポケジョブを行き来する生活に満足している。ときどきこうしてキャンプで音楽を聴かせてもらえれば、それでいいと思っている。ポケモンの生き方として、じゅうぶん上等じゃないか。
 みんなで鍋を囲んでカレーを食べたあと、主人は夜更かしはほどほどにと俺たちに言いおいて、ひと足先にテントに入った。ポケモン同士で思い思いに過ごし、やがてみんなが寝静まってしまうと、俺は主人に渡されたスマホロトムを持ってテントから離れ、音楽を聴いた。
 しばらくそうしていると、テントからエースバーンが出てきた。主人や仲間たちが眠っていることを確かめながら、こっそりと。そのまま気配を消してキャンプを離れ、森へ入ってゆく。
 俺は気づいていた。もちろんあいつも、まだ起きている俺のことは警戒しているみたいだった。でもあんまりにもコソコソするものだから、俺も音楽に気をとられて気づいていないようなフリをしてやったのだ。胸の突起を弾いて音を出し、いかにも旋律に浸っているふうを装った。テントに身を隠すみたいにしながら、エースバーンは森へ消える。
 俺はいくらか間を置いて、後をつけた。理由らしい理由なんかない。ただの好奇心だ。いつだって明快で裏表のないエースバーンが、あんなふうにコソコソするのは気になる。なにか後ろめたいことでもあるのだろうか?
 森に入ると、エースバーンは野生のポケモンを追い払っているところだった。俺はそれを見て最初、バトルがしたくて寝つけなかったのかと思った。エースバーンというのは仲間意識を大切にする一方、とても好戦的なポケモンでもある。野生を相手に、寝る前にもうひと暴れしにきたのかもしれない。そう納得しかけた。
 でも見ていると、どうやらそういうことでもなさそうだった。エースバーンは長い耳を神経質そうに震わせ、全身の毛を逆立てて、いかにも剣呑な雰囲気だ。そんな調子でエースバーンが近寄ると、並のポケモンは泡を食って逃げていった。その辺りをシメていそうな強力なポケモンに対しては、エースバーンは適当な感じでわざをひとつふたつ放ち、威嚇する。でもぶちのめすのではなく、追い払うだけだ。本格的にバトルするつもりはないのだ。
 あいつは戦闘意欲を満たしにきたわけじゃない。そうなるとますます怪しい。あいつの目的はなんなんだ?
 俺は森の中に身を潜め、離れたところからエースバーンを観察した。木陰や茂みであいつを見失わないよう、慎重に。
 周辺のポケモンをあらかた追い払ってしまうと、エースバーンは溜め息をひとつ吐く。そうしてきょろきょろと辺りを見回しながら、太い木にもたれかかるようにして腰をおろした。それから両手で股間をまさぐりはじめる。毛を掻きわけ、普段は毛並みの中に埋もれているペニスがぴょこんと露出するのが見えた。もこもこした小さな両手でそれを揉みしだき、エースバーンはもどかしげに息を吐く。
 俺は目を瞠った。そうか、あいつは自慰がしたくてここに来たのだ。
 思えば、エースバーンは明けても暮れてもバトル浸けだ。番なんて作る暇もない。出禁の時期だって、別に自由に表を歩けたわけじゃない。そしてエースバーンはとても繁殖欲の強いポケモンだ。こうして自分を慰めるのは必要なことかもしれない。
 鮮やかに赤い滑らかな毛並みの中から、可愛らしいピンク色のペニスが顔を出していた。先細りの形をした肉の突起物。エースバーンはそれをしげしげと眺め、揉んだり扱いたりして具合のいいように手を動かす。両脚を伸ばし、股を大きく開いてマスターベーションに没頭した。
 俺は、エースバーンの思いきりプライベートな瞬間を目にしていた。普段のあいつとのギャップに驚愕する。友達としての気さくなエースバーン。次々と敵を打ち倒し、環境を支配するキョダイマックスのエースバーン。昂った体を持て余し、自分で慰める、ただの一匹のオスであるエースバーン。それらはどれもたった一匹のポケモンの姿なのに、実際に目にしても、うまく重ねることができなかった。同座標にエースバーンが複数同時に存在しているような、とても奇妙な違和感だ。
 エースバーンはペニスを扱きながら、ときどき肩や足をビクンと震わせ、跳ねさせる。強張った両脚は爪先までピンと伸ばされていて、とても気持ちよさそうだった。手のひらで先端を撫でると、刺激を嫌がるように体を捩って悶える。切なそうな表情を浮かべ、ごくごく小さく喘ぎ声を漏らしながら、オスの快感を貪り続ける。
 とてもチャーミングなひとりエッチだ。俺は茂みに隠れながら、忘我の心地でそれを鑑賞した。
 ひときわ強く、エースバーンが全身を跳ねさせる。達したのか、と俺は思った。でも違った。エースバーンはでんきタイプのポケモンの体に触れてバチッと電流が走ったように、素早く両手をペニスから離す。それから両手をじっと見つめて、腹立たしそうに表情を歪めた。
 ああ、そうか。エースバーンは運動すると手足の肉球から高熱を発する。いかにほのおタイプといえど、そんな熱い手でペニスに触れるのは苦痛なのだ。
 快感が育ってゆくままに昇りつめることができず、エースバーンはもどかしさで顔をクシャクシャに歪めている。膝と膝を擦りあわせ、腰をくねらせる。「うう~」と、小さな唸り声が聞こえた。
 かわいい――
 メスのポケモンにメロメロをかけられたみたいに、俺はエースバーンの自慰に心を奪われていた。このままあいつの前に出ていって、熱くて触れない両手の代わりに、俺がペニスを慰めてやろうか? よっぽど、そう思った。あいつは恥ずかしがるだろうか? 恥ずかしくて恥ずかしくて、でも求めていた快感には勝てなくて、俺に身を委ねてくれるだろうか?
 それでも、俺はあいつがこのあとどんなふうにして昇り詰めるつもりなのかが気になった。誰にも見られていないと安心しきって、最後まで思う存分オナニーに没頭するあいつを見てみたかった。
 じっと観察していると、やがてエースバーンはその場で立ち上がった。月の光だけがうっすらと差す闇の中、先走りの我慢汁にまみれたペニスがてろりと光る。エースバーンはもたれていた木に向かいあい、そのまま股間の部分を押し当てたのだった。
 押し当てるだけだ。腰を振って擦りつけはしない。ゴツゴツした樹皮にペニスを擦りつけるなんて、さすがに痛いだろう。だから下腹部と木とのあいだに圧迫して、それだけで快感を得ている。ほんの少しだけ腰が前後に揺れて、圧迫を強めたり緩めたりを繰り返す。
 なんていじらしい。圧迫するだけの弱い刺激でどうにか射精しようとしている。エースバーンはぺったりと頬を木に寄せたブサイクな表情のまま、眠たそうにとろんとまぶたを落としていた。あいつの視界には、俺が隠れている茂みも入っているかもしれない。でも気づいていない。あいつはチンポをイかせることで頭がいっぱいだった。胡乱なまなざしはなにも見ていない。しなだれかかるように木に体を寄せて、一心不乱に、非常に長い間隔で腰を「ヘコ……ヘコ……」とさせる。
 そうして唐突に息を詰まらせる。木から体を引きはがし、下半身だけを擦り寄せて、エースバーンは射精した。
 びゅぱっ、と木の幹に白い飛沫の模様が追加された。刺激が弱くてなかなか達せなかったからだろうか。おあずけをくらい続けた精液はずいぶん量が多く、顔の高さにまで飛ぶ勢いがあった。
「くっ……くう、うぅ……」
 何度も何度もザーメンをぶちまけ、そのたびにペニスが気持ちいいのだろう。あいつは自分の射精をじっと見つめながら、抑えきれないよがり声を呻くように漏らした。
 長い時間をかけて、エースバーンは射精の快感を味わった。そうしてすっかり精液を放ってしまったあと、あいつは一歩下がって木から離れ、自分が射精した場所に向かって尿を吹きかけた。ただ用を足したのではない。スプレー行為だ。自分のにおいでマーキングして、縄張りを主張するのだ。俺はそれを見てぎょっとしてしまった。友達の、オスとしてこれ以上のない自己主張。頭がくらりとするほどに心臓を鷲掴みにされてしまう。
 熱い溜め息を吐く。それでずいぶん気が済んだのだろう。エースバーンは軽い足取りでその場を去っていった。ただ、向かったのはテントの方向とは真逆だった。さすがにあのままテントには戻れないのだろう。キバ湖あたりに行って体を洗うのだと思われた。
 最後まで見届けて、俺もキャンプに戻った。でもそれからも夜のあいだじゅう、俺はエースバーンのことで頭がいっぱいだった。スマホロトムで音楽を流しても、心に膜でも張ったようで、意識に届いてこなかった。テントに入って寝転がっても悶々として寝つかれない。
 俺は興奮していた。オスの魅力たっぷりのエースバーンのマスターベーションを見て、自分もマスをかきたいという気分がしていた。でも俺は、そんなことが果たして許されるのか、わからなかった。あいつは友達なのに……俺と同じオスなのに……オカズになんかしてしまったら、もう二度と後戻りのできない場所へ足を踏み入れてしまうような気がしていた。
 しばらくしてエースバーンがテントに戻ってきたとき、俺は寝たフリをしてやり過ごした。あいつからはマスターベーションの残り香は少しも感じられなかった。それでも俺は、あいつの全身からオスのにおいを嗅ぎとれてしまうような気がしてたまらなかった。隠しきれない性欲がじわりと沁みだして、オスのフェロモンがムンムンと香りたっている――そんな気がして。
 その夜のことがあって以降、俺のエースバーンを見る目は変わってしまった。ボックスでいっしょになったとき、嬉しそうに俺に擦り寄ってくるエースバーン。明るく気兼ねなく、俺のことをいちばんの友達と言って話しかけてくるエースバーン。俺は内心などおくびにも出さないように振る舞いながら、でもこいつは夜になるとキャンプを抜け出して、ワイルドエリアの森の中であんなふうにオナニーしているんだ――そのことばかりを考えていた。
 少しもおかしなことじゃない。オスだろうがメスだろうが、自分で体を慰めるくらいのことはする。頭ではそれはわかっている。でもあいつは、それまでそのような素振りを一切見せてこなかった。それだけに俺が受けたショックは大きかった。傍目にはとても清らかそうなあいつにも、オスとして当然の欲求がちゃんとあるのだ。そのことにどこか親しみを覚える一方で、ひどく個性的なあいつのマスターベーションがまぶたに焼きついてしまって、俺のところにやってくるあどけないあいつの顔を見るたびに、なんともいえない不明瞭な気持ちにさせられた。もちろん、それは決して不快な気持ちではなかった。むしろ、どちらかといえば俺はその感情を愛おしんでもいたと思う。自分でも判断がつかない微妙なその感覚は、あいつを目にすると何度も蘇る。その気持ちをどのように扱えばいいのか、俺はずいぶん混乱させられた。
 そんな気持ちになるのは初めてのことだった。俺たちはもう同じパーティでバトルできるわけでもなく、おそらくはいっしょにキャンプで過ごす機会も非常に少ない。相棒とか仲間とか、そんな言葉を持ち出せるほどの確かな繋がりはすでに失われている。ただの「友達」。俺たちのあいだには息づく関係は、本当にそれしか残されていない。
 俺は、この気持ちをどんなふうに理解すればいいのだろう? とても曖昧で、そのくせ頭をいっぱいに満たしてくる強い気持ちだ。朝な夕なに。眠れない夜に。怠惰に目覚める朝に。ポケジョブへ行き帰りする街の中に。寄る辺なさが身にしみる日暮れに。
 だけど――そう。俺はストリンダーで、あいつはエースバーンだ。ガラルの頂点と、落ちこぼれ。
 たとえ俺の気持ちがどのようなものであろうと、その違いだけは弁えねばならないと思う。あいつが俺を友達と呼ぶ、その気持ちはエースバーンの単なる厚意。通常にいって俺はあいつの隣には相応しくない。あらゆる意味において。
 それだけは……その一線だけは踏み越えられない。俺はストリンダーだから。たったひとつ、たったそれだけの理由だが、俺はあいつになにかを求めることをやめてしまっている。

 



 ポケジョブ帰りにいつも寄り道する店に行ったら、やっていなかったことがあった。
 年中無休の店だったはずだから、その日はたまたま臨時休業だったのだろう。せっかく労働を終わらせて清々しい気持ちで来たのに、肩透かしである。だからといって、どこへも寄らずに帰るのではつまらない。
 そう思って適当に街を歩いていたら、慣れない道に入って迷ってしまった。エンジンシティというのは建物が密集していて路地が多く、ゴチャゴチャしているうえに同じような道ばかりで迷いやすい。こっちの道へ行けばポケモンセンターの方角だと思っても、途中で道が曲がりくねったり、行き止まりだったりもするので思った場所になかなか辿り着けない。そんなことをしているうちに、だいぶ帰りが遅れた。
 ポケジョブが終わってポケモンセンターへ帰ると、いつも主人に代わってジョーイがボックスに入れてくれる。俺のポケジョブのスケジュールを聞いているはずのジョーイは、帰りが遅れた俺を見ても、とくにこれといって反応しなかった。あとになってから、帰りが遅れたことを主人から叱られるというようなこともなかった。
 なるほど。仕事を終わらせて、ちゃんとボックスに帰りさえすれば、俺はかなりの程度、自由なわけだ。
 それがわかったから、だろうか。別の日のポケジョブ帰り、俺はふと、無性にエースバーンのことを考えた。あいつはあれからも、ワイルドエリアのあの場所でマスターベーションしているのだろうか。ああいうふうに、誰にも内緒で発散する時間をこまめに作れているだろうか。
 エンジンシティからは直接ワイルドエリアへ出ることができる。その気になれば、俺も一匹だけでエースバーンの秘密の縄張りまで出かけてゆけるのだ。俺は曲がりなりにも、数々のトレーナーとバトルを演じてきたストリンダーだ。ワイルドエリアのポケモンは多少手ごわいが、俺にとっては問題にはならない。
 一度そう思ってしまうと、もういても立ってもいられなかった。俺は一目散にエンジンシティを出て、ワイルドエリアを駆けた。街の外壁に沿うように西へ向かい、森へ入る。あの夜キャンプをした獣道を辿り、あるところで道を逸れて茂みの奥へ分け入ってゆく。
 身を隠しながら――エースバーンの後を追ったあの夜の記憶を思い返しながら――俺は思った通りにあの場所に辿り着いた。エースバーンが抱き着いてオナニーしていた木のところに。
 マーキングのにおいはしっかりと残っていた。鼻の奥がツンとするような排泄物のにおいが、フェロモンとなって縄張りを主張している。
 ――あいつの場所だ。
 思いのほか、後ろめたさが感じられた。俺がここに来ることを、あいつは嫌がるんじゃないだろうか? 自分だけの秘密の場所を、友達に知られていた。オナニーを見られていた。そればかりか、俺はあの日のおまえのことばかりを考えて悶々としてしまっているんだ――そんなことを知ってしまったら、あいつは傷つくかもしれない。失望して、おまえなんかもう嫌いだと言われてしまうかもしれない。
 不道徳だ。つきなみな良心が、俺の行いをにわかに咎める。
 それでも、オスくさいエースバーンのにおいを嗅いでいるうちに、俺は我慢できなくなってマスターベーションをはじめてしまった。さすがに気が咎めて木そのものには近寄らなかったが、茂みに籠り、エースバーンがスプレーした小便の残り香をクンクン嗅いで、股間のヨコワレの両側から、逆向きのトゲがびっしり生えたペニスを一本ずつ、にょっきりとはみ出させる。片方のチンポだけを握り、トゲが刺さらないようグニグニと揉む。そうしながら、尻尾のつけ根にある総排泄腔にも指を伸ばした。地面に体を横たえて、敏感な尾の根っこを撫でてマッサージする。手のひらにチンポを包んで、圧迫を加える。
 俺は俺で、トゲが邪魔で思うようにチンポを扱けない。こんなところでエースバーンとの奇妙なシンパシーを感じる。でも俺にはチンポの代わりに総排泄腔という性感帯もある。マスターベーションのときは主にこちらを使う。
 指をしゃぶり、毒液をたっぷりとまぶす。体内で調合した催淫効果のある猛毒だが、自分の体に自分の毒なぞ効くわけがない。ただの気分だ。毒液に濡らした指を穴に当てて、ゆっくりと飲み込ませる。尿道と肛門を兼ねた排泄器官が、異物をひり出そうと排泄欲求を錯覚させる。その錯覚と排泄性感を味わうために、俺は何度も指を出し入れした。
 ぬぽ、ぬぽっ、くちゅ……ぐちぐち、にゅぽっ……
「はあっ、あぁあ……」
 吐き出す息は震えていた。自慰の快感を手繰り寄せながら、俺は夢中になってエースバーンのことを思っていた。達したくても達せない、もどかしげなあいつの姿を。どうにかこうにか射精するために、あいつは木にチンポを押し当てていた。ヨーグルトみたいに濃厚なザーメンをたくさん木にぶっかけて、そのうえションベンまで引っかけて――あいつはオスとしての行為を最後まできっちり果たしてみせた。本音のところでは、もっとあの木に寄ってみたい。においの素を本当に強く嗅ぎたい。エースバーンのぶっかけがされたあのポイントに舌を這わせてみたら、いったいどんな味がするんだろう?
「うあ、ああッ」
 あっけなく射精は訪れた。ヘミペニスの外壁の精溝から、どろどろと精子が溢れだす。それを絞り出すように、トゲチンポをぎゅうぎゅうときつく握る。体内からザーメンを送りだす快感にあわせて、きゅっ、きゅっ、ときつくなる総排泄腔に強引に指を捩じこんで、何度も抜き差しして自分を虐める。そのキツさが射精とあいまって気持ちよくて、あまりに短い間隔で疑似排泄を繰り返すものだから、しまいには総排泄腔からちょろりと本当の失禁をしてしまった。
 絶頂し、快感の余韻が等速的に鎮まってゆく。突然に、俺は自分の行いが恐ろしかった。俺は今、エースバーンをオカズにして抜いてしまったのだ。
 あんなヤツ……俺は最初から大嫌いだったのだ。でもそれほど嫌いなだけに、あいつの素晴らしさだって誰よりもちゃんと知っていた。そういう友達を、欲望のはけ口にしてしまった。オスに欲情し、秘密を暴き、のうのうと縄張りを踏み荒らして――
 地面に垂れたあらゆる体液を、慌てて毒液で上書きする。俺がここにいたことを、あいつに知られるわけにはいかない。無臭の毒液を入念に振りまいて、自分がこの場にいたことの痕跡をすべて消す。その作業を済ませてから、俺は一目散にキバ湖へ走った。ざぶんと頭から飛びこみ、急いで体を清めていると、いよいよ自分の行動が思い知られた。あいつで抜いてしまった。あいつの秘密をオカズにした。友達なのに。あいつは俺の友達なのに――
 恥知らず。ひどい後悔と虚無感が苛んだ。自罰の感情は、それまで俺が抱いてきたどのような想いよりも激しく、つらいものだった。俺がやってしまったことは、決して取り返しのつかない過ちであるように思われた。最低の形でエースバーンを裏切ってしまったように感じられた。痕跡を消す行為など無意味だ。誰が知らなくとも、俺が知っている。自分自身がいちばん知っている。それが不道徳であることを、誰より自分が激しく責める。
 でも次の日になると、俺はまたあの場所に行きたいと思ってしまっていた。エースバーンの存在を強く感じながら、あいつのことをたっぷり考えながら、オナニーがしたい。そういうたまらない欲求がこみあげるのを、自分でもどうしようもなかった。そんなふうに思ってしまうことには、あの日のマスターベーションの快楽がまさしく極上だったという理由もある。その快楽は身体的なものでもあり、同時に精神的なものでもあった。そんな自慰は生まれてはじめてだった。たった一度の自慰で、俺は病みつきになってしまったのだ。怠惰者のローのストリンダーにしては、驚くべきモチベーションだ。
 結局、俺はポケジョブのある日はかならずといっていいほどワイルドエリアへ出かけていった。一度などは、お気に入りのおやつを買って、陽が暮れるまであの場所で過ごしたりもした。もう最後にしよう、こんなことをしちゃだめだと、射精した直後は強く思うのに、罪悪感は回数を重ねるごとに薄れてしまった。
 エースバーンはどうやらこの場所に強いこだわりをもっているようで、マーキングのにおいはときおり新しいものへ上塗りされていた。あいつは折を見て、ここへやってきてはオナニーしているのだ。縄張りからエースバーンの残り香が薄れて消えることはなかった。俺はそれが嬉しかった。運良く新鮮なフェロモンにありつけたときなどは、俺はとても興奮してしまって、エースバーンのにおいがたくさんするのを嗅ぎながら、二回でも三回でも四回でも、連続で自慰に耽ることができた。
 そのうちに、俺はとうとう辛抱がたまらなくなり、エースバーンがマーキングしたあの木のすぐそばでオナニーしてしまった。あいつのテリトリーに完全に踏み入って、姿形すら幻視してしまえるほどの濃厚なにおいに包まれると、恍惚の気持ちになった。あいつがやったように木にチンポを押し当てて、指で無造作に総排泄腔をほじくる。そうして絶頂したら、俺は自分の精液をエースバーンのマーキングに塗りたくった。俺のチンポはエースバーンのように勢いよく尿道から精液を飛ばすわけではない。そもそもヘミペニスは構造上、尿道を貫通させられない。だから射精した精子を手に受け止めて、それを樹皮に塗りたくるのだ。
 これは、かなりの屈辱であるはずだった。縄張りを主張するマーキングの上にさらにマーキングするということは、完全に相手を舐め切ったうえで縄張りを横取りしようという、この上ない卑下の意志提示であった。
 すると、次に来たときにはマーキングした俺に対して、さらにエースバーンのマーキングがなされていたりする。好戦的なエースバーンらしい反応だった。俺はまたそれをマスターベーションのオカズにして射精し、エースバーンのにおいのもっとも濃いところへ愛おしく精子を塗りつけるのだ。見知らぬポケモンとの縄張り争い、あいつは絶対に退いたりしない。だから俺にオカズにされていることなど露知らず、何度でもこの場所へ来てオナニーとスプレーを繰り返すだろう。
 あいつのそういったバトル好きな性格を利用して、自分の興奮材料にしてしまっていること。それから、あいつの大切な場所を強姦している不義理などに、罪悪感がまったくないわけではなかった。しかしもう俺はこのマスターベーションに強い愛情を感じてしまって、たまらなくなっている。頭がおかしくなりそうなこの性欲を、あいつのにおいが溜まりに溜まったスポットで慰める。その楽しさが、どうしようもなく病みつきになるのだ。
 ガラルの頂点に立つエースバーンの、エッチなひとり遊びのためのこの隠れ場所を、俺は知っているんだ。そこには優越があった。とても理不尽な優越だ。俺はおまえを見ているぞと、マーキングによって知らしめる。そうすれば意固地なあいつは、「オレはおまえに知られていようが関係ないね」と思ったとおりのフィードバックを与えてくれる。それはもはや互いの公開オナニーといっても過言ではない。オレはここで抜きますけど。悔しかったらかかってこいよ。あいつはそういうメッセージを残してゆく。この場所を決して譲らないという意図を、エースバーンのスプレー行為に読み取ることができる。ああ、エースバーン……
 今日も俺は、ポケジョブが終わったらあの場所へ行くだろう。今日はあいつのメッセージは届いているのか。それともバトルで忙しくてまだやり返せてはいないのか。そんなこともまた楽しみのひとつだった。俺の新しい日常というわけだ。
 ポケジョブに向かう足取りも、自然と軽くなる。そのようにして、俺はいつものようにレストランへ向かった。




 この仕事も、もはや勝手知ったるもの。やり方を教えてもらったので、ピアノの伴奏を鳴らすための装置もだいたい扱える。店に着いた俺は依頼人と顔をあわせることもなく、ガラスの器に紙の金が入っているのを確認し、仕事に取りかかるためにピアノ演奏を流した。
 すると、不意に呼び止められた。
「よう、お疲れさん」
 言いながら寄ってきたのは依頼人だった。
「今日はちゃんと、注文どおりに鳴らしてくれよ」
 口調は軽いが、込められた怒気は本物だった。
 実は前の仕事で、依頼人からクレームを受けていた。決められた曲を演奏するという契約に違反して、俺はフリーで音を鳴らしてしまったのだ。
 なぜそんなことをしたのかといえば、単調な演奏に耐えられなくなってしまったからだった。決められた動作を繰り返しているうちに、音楽は完全なルーティーンに変化してしまった。演奏も次第に効率化されてゆく。運指がより正確になり、どこまでも無駄が削ぎ落とされてゆく。動作そのものは同じでも、相対的に曲の難易度は下がり続ける。完全に体に染みついてしまった曲は、もはや欠伸をしながらでも演奏できてしまうのだ。そうしたゲシュタルト崩壊の中、俺を主観とする体感時間は伸びてゆく一方だった。単調な三十分間。今やこの店で奏でる音楽は、俺にとってそれなりの苦痛であった。だからつい、俺はフリーで()ってしまった。
 ひとつだけ言い訳を許してもらえるのであれば――俺は、曲というのはひとつの物語だと思っている。物語と同じように、音楽にもそれを紙に書き落とす作者がいるのだ。感動、怒り、嫉妬、憎しみ、色々な感情を、旋律をもって表現する。そして、後世になりそれを奏でる奏者や聴衆の数だけ解釈がうまれる。まさにこれは、物語と同じなのだ。
 なのに――俺がこのレストランで演奏するのは、物語のない、ビジネスとしての旋律だった。
 耳触りは、悪くはない。音としてのクオリティーは担保されている。だけど、それだけだ。そこにはどのような情景も含まれない。それで俺は、そこに自分の解釈を投げ込んでしまった。アレンジして、音を装飾し、俺だけの新しい曲に仕立てあげた。ほとんど反射のようなプレーだった。
 レストランの客たちは、俺の演奏を讃えてくれた。料理を食べる手を止め、俺がベースを奏でる姿を見つめ、三十分の演奏が終わると拍手をくれた。はっと我に返った。気持ちよかった。自分の音楽を奏で、それを認めてもらえたことが嬉しかった。だけど、ここはそういう場所ではない。そのことはちゃんと理解できていた。自分の音楽を持ちこむのが俺の仕事ではない。俺の役割はあくまでBGMだ。料理から客の感心を奪ってはならない。
 休憩中、俺は依頼人に滾々と叱られた。
「わかってるよ」という意味を込めて、依頼人に頷く。
 そういえば、俺にポケジョブを依頼するこの人間は、このレストランではどういう立場なのだろう? オーナーか、店長か、それともボーイ長? わざわざ厨房から出てくるのだから、料理人ではないと思う。俺はしばらくこの店で演奏を任されているが、思えばそんなことも知らないままだった。
 でも……でも一曲くらいはいいだろう? たとえば、十分に一回くらい。十五分に一回でもいい。自分の曲をやりたいと、俺は言葉の通じない依頼人に身振り手振りで訴えた。
「宇宙人か?」と、意味を汲み取った依頼人は、それでも俺の願いを跳ねのけた。「楽譜どおりにやれ」
「わかったよ」という意味で、俺は両手をあげた。「あんたが百。俺はゼロ。それでいこう」
「交渉成立だ」
 依頼人は立ち去った。感情のない、退屈な三十分が始まる。
 別に、単調な音楽が楽しくないわけじゃない。曲は毎日変わる。今日の曲だって感じのいい曲だ。モダンジャズ。いいね、イカしてる。だけどこれは、BGMになることを想定された曲だった。食事を決して妨げることのない、一切の主張がない音楽だ。BGMというのはそうでなくちゃならない。場面を損ねることはなく、しかし雰囲気を華やがせる役割はまっとうする。客の手を止めて、出来立ての料理の味を損なわせてはならない。
 でも、だったら、ここに俺がいる意味はなんだ?
 決まっている。ポケモンがBGMを奏でるという、それだけのために俺はいる。物珍しさに、客がリピートする効果を狙っている。これはそのためのポケジョブだ。実際にチップを入れてくれる客はたくさんいる。音楽ではなく、俺自体を愛でてくれる客もいる。
 ベース・ソロを奏でる。誰も俺を見ていない。いや、厳密には俺を見る客はいる。大部分は料理と、料理を共にするパートナーとのお喋りに夢中だが、中には俺に視線を送る人間もいる。でもそれは、ポケモンがBGMを担当していることへの好奇の目だ。音楽に胸を打たれているわけではない。
 客と目があえば、俺はお愛想の笑みを浮かべる。どうぞごゆっくり――という意味の、教育の行き届いた従業員の顔だ。一生懸命にならずにソロを演奏できる俺は、店のマニュアルをつつがなく守ってみせる。
 でも――音楽を与えられたら、俺は楽しくなってしまう。大勢に聴かせるための音を委ねられた瞬間、俺は音楽という最大の武器をこの手にとってしまうのだ。あらゆる音楽は、寵愛を受け、誰かのために音を奏でることを目的に作曲されている。あのピアノで聴いたあの曲、あのバンドのあのメタル、すべてに誰かの想いがある。だから俺は、このレストランで出会ったシンプルなモダンジャズに、魂を吹きこみ、誰かの記憶に残せるような音楽にしたいと願ってしまう。その欲望は、俺というストリンダーの根源から立脚するものだった。いっそ「本能」といっても的外れじゃない。
 バトルに出られなくなった俺にできることがあるとすれば、それはもうこの体、この音だけだ。俺の体は楽器であり、スピーカーであり、アンプリファーでもある。まるで音を奏でるために生まれてきたようなポケモン、それがストリンダーじゃないか。現にマキシマイザズの音楽は無数の人間を魅了している。ストリンダーっていう生き物は、そうした資質を持って生まれてくる。
 そのことを、ほんの少し――そう、大勢でなくてもいい。たまたま今日という日にレストランを訪れた客たちにだけでも、知ってもらいたい。そう願うことの、なにがいけないっていうんだろう。俺は貢献しているじゃないか。俺がいるからこの店を選ぶという客は、わずかながら、存在する。その見返りとして……俺に魅力を感じてくれた客に対してだけでも……せめて少しの恩返しをしたいって思うのは、そんなに間違っていることなのか? 俺の音楽は、朝露のように美しくはないだろう。でも、だからといって醜くもない。音にさえ尊厳がある――
 そう思っていた。でもそれは、()()()()()()()()だった。大きな思い上がりなのだ。間違いであるということを……どれほど重大な事態に根差したものかということを……俺は本当のところではちっともわかっていない。
 気づけば俺は、またフリーの演奏をしてしまっていた。三十分のピアノ演奏が途切れ、はっと見渡せば客たちが俺を見ている。俺の演奏を――最高にホットなベース・ソロを讃える眼差しがあちこちから向けられている。
 だめだ、だめだ。ここはそういうところではないんだ。俺の音楽に気をとられ、刻一刻と出来立て料理の味が落ちてゆくのをよしとする、そんな店であってはならないんだ。
 契約違反。俺は血の気が引く思いだった。ささやかに拍手を送ってくれる人間たちに、俺は憎悪にも近い感情を抱いていた。なにを呑気にクラップしてやがる!
「クビだ」
 俺のところへやってきた依頼人はそう言った。俺はかぶりを振る。まだ次の三十分がある。次はちゃんと譜面どおりにやるから。俺はこの店に従うから。
「宇宙人か?」と、依頼人は三十分前と同じことを言った。「帰れ。明日から来なくていい」
 取りつく島もない。依頼人はさっさと店の奥へ戻っていった。なんとか縋りつこうとする俺は、関係者立ち入り禁止の扉の前に立つ警備員によって食い止められた。俺は驚く。警備員なんてものを、このレストランはわざわざ雇っているのだ。そんなに上等な店だとは知らなかった。どおりで主人に許された小遣いも旨い食い物に化けるわけだ。
 前半三十分の賃金は、もらえなかった。これじゃあ今日の報酬を主人に渡せない。さすがに主人に叱られるかもしれない。
 せめてと思い、俺はガラスの器に投げこまれたチップを根こそぎいただいた。コインの一枚すら残さずかき集める。
 また誰かが俺のところに寄ってきた。これまでも、三十分の演奏が終わると俺に声をかけてくる人間はいた。最初は俺も、いい気分でそういう相手と接していた。でもそれだって、別に俺の音楽に惚れこんだわけじゃない。店の真ん中で、トレーナーも伴わずに音楽を奏でるポケモンがいる。それを面白がって寄ってくる、そういう客なのだ。憑りつかれたように音を並べてパフォーマンスする俺に、大道芸のような関心を引かれただけ。音楽に関してはずぶの素人だ。
 無視しようと思った。俺はたった今、この店をクビになった。もうあんたらに媚びへつらわなきゃならない理由も、店に貢献する必要もなくなったんだよ。
 でも、振り返って俺が見たその姿は、人間ではなかった。
 ()()()()()()
「なあ、今の……」
 見間違いではない。種族が同じだけというのでもない。今、目の前にいるのは、()()エースバーンだ。
 唯一無二の友達。目下の性的対象。毎日のように、俺はこいつのことを考えた。この仕事が終わったら、俺はまたおまえをオカズにしようって考えてた。おまえがみんなに隠してる秘密を、俺だけは知っていて、そして俺はそのことを自分の慰みものにして――
 なんでだよ。なんで、おまえがこんなところにいるんだ? よりによって、こんな日に、なんで……
「おまえが働いてる店だからって、みんなで晩メシに……」
 最愛の友が振り返った先には、主人がいた。そして、「みんなで」というからには、主人だけではなかった。ホップである。相棒のバイウールーもいっしょだった。みんなが、俺を見ている。
 見られていたのだ――
 俺が粗相をはたらいてクビになる、まさにその瞬間を見られてしまっていた。
 俺は目の前が真っ暗になった。
「あ、おい!」
 エースバーンの脇をすれ違い、俺は店を出た。そのまま歩いた。歩いて、歩いて、どこへ向かうでもなくエンジンシティの中を歩き続けた。
 どうしよう。
 どうしよう、どうしよう?
 環境についてゆけず、バトルに出られなくなった俺は、ポケジョブで賃金を稼ぐことだけが、まだしも役立てる手段であった。あの仕事は、俺と主人との最後の絆だったのだ。でも俺は、そんな仕事さえクビになってしまった。
 いや、そうじゃない――
 俺は、実は自分の無力さが不便ではなかった。俺のスタメン落ちというのは結局のところ、周囲が強くなったことによる相対的な弱体化であって、俺自身が弱くなったわけではなかった。戦う相手とさえ戦えたなら、今の俺だってちゃんと戦果をあげられる。
 もちろん、俺も敗北は何度も味わった。勝負の世界に百や二百の敗北は当然だ。そんなことで、主人も俺を嫌いはしなかった。失敗や敗北であれば、主人は責めないだろう。
 でも自爆は許せない。さすがにそれは度が過ぎる。俺のコンプレックスというのは常に「俺は俺にできる限りのことをやっている」ことに執着していた。なのに、このザマだ。言われたことを守れない、ただの馬鹿。その自覚がなによりも巨大な()()の証拠として、俺の胸に突き刺さっていた。
 環境のポケモンに劣っているから……ハイではなくローだから……俺には音がすべてだった。俺は、自分の馬鹿さ加減によって、それを侵害したのだ! 仕事の能力がなかったわけじゃない。店に不利益をもたらしたわけでもない。ただ俺の身勝手で……欲求で……間違いなく自分の意志で……俺は仕事をクビになった!
 ああ、ムカつく。ムカつく! タマゴのカートンを壁に投げつけるような気持ちで、俺は街の中で音をかき鳴らした。八つ当たりの音だ。自分というヤツが、気が狂うほどムカつく。殴りつけて血を流したい……この手で殺してやりたい……そういう狂気すれすれの怒りの音を、コータスのふんかみたいにそこらじゅうにぶちまける。でもそれはただの騒音ではない。あくまで音楽としての旋律だ。音というロマンティックに挑むというのはそういうことなのだ。すべての物語を旋律に置換するのだ。俺はもう、どうあっても音楽を手放せない。
 突如として開始された俺のストリート・ライヴを、行き交う人間やポケモンが気まぐれに鑑賞する。スラップで胸の突起を叩き、叩き、叩き、すれすれの狂気を吐き出し続けた。そうして発電される体内の電気もあらん限りに解放してやった。背中のトサカが弾けて明滅し、街灯よりも何倍も明るく街角を照らした。そのようなパフォーマンスを前に、ある者は興味もなさそうに立ち去り、ある者は俺の音に応じて歓声をあげ、にわかにギャラリーが生まれる。だけどどうでもいい。俺は今、誰のためにも演奏していない。称賛も同調もいらない。俺には今、俺のためだけに音を出すこと……それそのものが……()()()()()必要だった。
 暴れ散らした。奏でまくった。どれくらいそうしていたのだろう。さすがに疲労を感じるようになってきてから、俺は演奏を止めた。まばらな拍手が聞こえた。それが音としては、俺の鼓膜にも届いた。でも頭はそれを理解しなかった。完全に意識の埒外でのことだった。
「馬鹿野郎……」
 誰に向けられたものでもない。自分自身に対する言葉だ。真実、俺は大馬鹿者なのだ。
 道の端まで歩いていって、体ぜんぶを放り投げるように、べたっと腰をおろした。ライブはおしまいだ。ギャラリーもそれを理解し、すぐにはけてゆく。誰も俺に声をかけてはこなかった。というか、自分でもどんな演奏をしたのかもわかってない。上等な演奏でもなかっただろう。どうでもいい。レスポンスに期待して演っていたのでもなかった。
 そうして若干の人混みが消えたあとには、エースバーンが立っていた。
 いったい、いつからそこにいたんだろう。いつから見ていたんだろう。俺は今、こいつにこそいちばん会いたくない。太陽に顔を向けられるような状態じゃない。
 エースバーンがやってくる。俺のそばに立ち、見下ろした。
「イイじゃん」と、エースバーンは言った。
「なにがだよ!」と、俺はエースバーンにも苛立ちをぶつけた。
「今のも、店で演ってたのもさ。カッコよかったぜ」
「うるせえんだよ……」
 これ以上に惨めなことはない。俺は道に唾を吐いた。アスファルトが泡立ち、少し溶ける。
「機会があれば」と、俺は自分をあやすようなつもりで言った。「あと一歩って感じだったんだ。バトルでも音楽でも、別になんでもかまわない。でも俺になにが足りないのかもわからねえ。俺は本当はただの馬鹿なのかもしれねえ」
 俺がブツブツ言うのを聞くと、エースバーンは「体にカビが生えそうだな」と言って、横に座る。
「アプローチを変えようって思わないか?」
 エースバーンが呆れているのがわかる。
「どういうんだよ」
「よくないって思うんだよ。バトルがだめなら音楽で、ってさ。なんでもかんでも、価値をつけようとしてさ」
 ハッ! 俺は鼻で笑ってしまった。
「価値なんて言葉……おまえにだけは言われたくないね」
「でも別にいいだろ。なにかをやり遂げないと、生きてちゃダメなのか?」
「そうは思わない。でも俺はいやなんだよ」
「どうして?」と、エースバーンは言った。
「とにかく、いやなんだ」と、俺は言った。
「言えよ」
 今のは、睨んだわけではなかったが、少し脅迫的だった。
 なので俺は渋々……本当に嫌なんだが、心中を吐露することにした。自分の胸の内を明かすなんて、俺はとても嫌いだった。
「逃げるのと同じじゃねえか。自分の実力を信じずに諦めてるだけだ。そんなの美しくねえし、ちっともロマンティックじゃない」
「ポケモンなんて」と、エースバーンは言った。「ロマンティックの現象じゃんか。現象の生き物だろ」
「そういうことだじゃねえよ。こだわりの話だろ!」
「冗談だって。ふざけたんだよ」
「するな。二度と」
「ごめん」
 俺は鼻から息を吐いた。そしてエースバーンは言った。
「おまえって、究極の負けず嫌いだよな」
 そうかもしれない。言えば、俺は天下一の負けず嫌いなのだ。それは他者ではなく、自分の至らなさに負けたくないし、それを認めることもできない、そんな部類の負けず嫌いだ。このうえ、もし音の才能を取り上げられでもしたら、俺は即座に自殺してしまうだろうと思った。
「真面目な話、さ」不意にエースバーンが言う。「おまえに必要なのは、適度な気晴らしだと思うよ」
 気晴らしなんて……
 音楽が好きだから、さすがの俺にも情緒はある。でも世間への関心は埃にまみれていた。俺は基本的には、ボックスの外の世界について目を向けたいと思わない。そのことを、エースバーンが残念に思っていることは知っている。でもそこから先は余計なお世話だと思った。
「アプローチだよ」
 だから、こういうふうにけしかけたりもしてくるのかもしれない。
「散歩でもしようぜ。街の外は残雪がきれいだよ」
 



 ワイルドエリアを歩くと、すぐに息があがりはじめた。
 ストリンダーの短い足では、跳ねるように軽快なエースバーンの歩みについてゆくのは大変なのだ。すぐに帰りたくなってしまった。引き返したい、と思った。
 ロマンティックにしろよ、と架空のエースバーンが頭の中でにやつく。
 うるせえんだよなあ……
 ガラルには冬が訪れていた。ボックスで生きる俺は、季節の巡りからさえも遠ざかっていたのだ。寒い。ただ立っているだけでさえ凍える雪の中を歩く。
 エンジンシティは暖かい街だから、雪は積もらない。だからそもそも、雪が降ったことなんて俺は知らなかった。とはいえ、ワイルドエリアの残雪も浅かった。それでも俺の足には鬱陶しいほどだ。別に虚弱なつもりはないが、ストリンダーなんてポケモンは身体性能に特別優れる種族でもない。
 雪はずるがしこい、雪はずるがしこい……俺は頭の中で二度も唱えた。
 外は晴れでも曇りでもあった。雲は切れ切れで、その隙間に月が光を通していた。天使の道だ、と俺は努めてロマンティックになる。
 やがて、自分の足に親しみと侮蔑が沁みこんだころ、キバ湖に辿りついた。今夜のキバ湖には霧が蔓延している。それがこの場所の特性なのか、ワイルドエリアというのは天候がめまぐるしく変わる。興味はない。キバ湖の霧は、単に湖のまぶたなのだと思った。
 今日の霧は、インテレオンの瞬膜のように淡かった。景色もそれなりに見えていた。
「アプローチ」
 呟くと、エースバーンが振り返った。俺はそれを「馬鹿くせえ」と思ってしまった。俺はすでに疲れ切っていた。疲れたので、雪の少ない木の根へ座りこんだ。
 目を閉じる。思考でも空想でも、耽こむのは好きだった。頭の中は、いつも春草の芝生と同じくらいに気分がいい。
 俺はこれでもじゅうぶんに幸運すぎるくらいなのだ。そしてそれを理解しているつもりなのだ。野生のエレズンやストリンダーというのがどんなふうに暮しているのか知らないが、俺のようなポケモンが野生で生きるのは、ほとんど不可能だ。
 それでも、俺はへつらうのが大嫌いだった。そして、エースバーンはへつらうヤツが大嫌いだった。だから友達にもなれたのだと思う。
 もし俺が野生に生まれていたら、あっという間にどこかで野垂れ死んでいて、ココガラやアオガラスの餌だろう。なぜって、雪の上を歩くだけでこうも疲れてしまうのだ。
 目を開いた。立ちあがり、尻をはたいて、ぼうっと湖を眺めるエースバーンのそばに寄っていった。不用心だ。不用心の極みだった。今の俺は不用心すぎる。俺は世の中をあまり知らないから、自分で信じているよりも警戒心がなかった。それにしても、ワイルドエリアで回想に耽るなど、あまり賢いことじゃない。俺は本当に()()()()。苦笑しながら、そう思った。
 湖の浜には、砂だけがあった。踏むとしゃらしゃらと鳴った。この湖には浜も岸もある。しゃがんで湖の肌に触れると、その温度は拒絶や断絶のように鋭かった。水で冷えると足も冷たい。カチコールになったような気分だった。冷気が体の芯を駆けあがる。
 その感覚が、俺を少し優しい気持ちにさせた。過去の出来事がまた、泡のように胸に浮かびあがってくる。
 水だからだ。それは水に関することだった。
 まだ俺が主人の手持ちにいたとき、どこかの川辺でキャンプしたことがあった。主人がカレーを作っているあいだの暇潰しに、俺は川でサシカマスを捕まえた。魚捕りにてんで疎い俺が捕まえた、貧弱なサシカマスだ。
 主人にねだって、切り身にしてもらった。油缶にひたして、生でがつがつ食った。味は最悪だった。どんな汚水よりも灰色の味がした。でも生涯で最高の一瞬だった。油を飲み干すと、俺はなんでもできると思った。不安などなにもなかった。代わりに信念がみなぎった。主人のもとで、俺は誰よりもバトルで多くの勝利をおさめてやると決心した。
 ――今の俺に、あのがつがつの野心があるのだろうか?
「勢いや流れ」というのがある。統計では説明できない、急成長と大成功へのアリアドスの糸。そして人間が言うところの「運命」というのもそれに含まれるのだろう。それを掴むには野心が要るのだ。俺はそう信じていた。
 あのころは野心があった。それは野卑でがさつだった。でも確かな熱と壮大さがあった。今の自分にはあれがないのかもしれないと、俺は思った。
 だからスタメン落ちもするし、仕事もクビになるのだ――
 俺が陰気を深めようとするのを、エースバーンが咎めた。
「カッコいいよなあ。あんなふうに音楽ができてさあ」
 エースバーンが湖に石を投げる。水切りだ。オタマロが跳ねるように石が水面をスキップする。どこで覚えたんだろう。主人に教わったのか。
 さすがに無関心ではいられなかった。こいつにそんなふうに言われてしまえば、俺はクビになってでも自分の音を鳴らせてよかったと思ってしまいそうになる。でも俺にだってつきなみの良心とプライドはあった。自分の過失で周囲に迷惑をかけることなど、あってはならない。
 だいたい俺は、おまえにカッコいいなんて思われる資格がない。秘密を暴き、マスターベーションのダシに使っているような、しょうもないヤツには。
 砂が風に流された。空は完璧に晴れてきていた。冬の空気と、月の光。その静謐さが鮮やかだった。
「おまえの縄張りを知ってるんだ」
 ()()()()()で、俺は言ってしまった。ポケモンなど、きわめてプリミティヴで文学的な現象なのだ。
 エースバーンは言葉を失っていた。いつもの元気を失いかけているこいつに、俺はなおも言った。
「おまえのマーキングを、何度も塗りつぶしてやった」
 それは最初、反撃の合図だった。それがアプローチだった。でも俺は途端に劣勢になる。心に、力が入らない。真実を打ち明けようとする気持ちが萎えてしまう。
 歪んだヒトツキ。ランドロスを前にしたレジエレキ。常に疑っているような確信のなさ。おくびょうな性格……猜疑心……弱腰……不安の証拠……ちくしょう! ちくしょう! なんのためのパンクロックなんだ! こういうときに反骨心を震わせるのが、音楽の役割だろう……昨日や明日に勝ちたいのではない……まさに今日、この一瞬に……俺は勝ちたい……これからは負けてもかまわない……何度だって、負けてやる……でも、負けるために争うヤツがどこにいる……そんなのはあまりに八百長すぎる……
 俺は、次第に殴られるのを待つだけの砂袋に成り下がっていった。湖の冷たさに、全身を這い回る血のぬくもりを感じる。みっともなさと恥ずかしさが時を引き延ばし、静寂は度を越える。
 この静寂を敗北と結びつけるのは嫌だった。それは、あまりに残酷すぎる。でも本当は知っていた。これが報いなのだ。悪党に対する最大級の罰は、道徳の資格を剥奪することなのだ……
 俺はもう、こいつの友達ではいられないのだ。絶望的な気分になる。
 夜が暗い。
 水が冷たい。
 かろうじて、幼稚な感想。
 諦念の俯瞰。強がり。俺の感性に、間違いはなかったらしい。
 森羅万象が崩れてゆく気がした。俺は、エースバーンに嫌われることが、こんなにも怖い……
「ストリンダー」
 そのときだ。声がした。エースバーンの声だ。
 その声はやさしげだった。俺の身を案じている。それがつらかった。おまえはまだ、俺を心配してくれるのか。馬鹿で、意気地がなくて、惨めったらしくて、そのくせプライドだけは高いこんな俺を……
「ずっとオレのところに来てたのは、おまえだったんだな」
 破竹の勢いで、エースバーンが飛びついてきた。駆け寄り、抱きしめる。俺は慌てて背中の電気を止めた。
「ごめん……俺……ごめんなあ……ごめんなあ」
 安堵感、安心感、頭がめちゃくちゃになる。暖かい。エースバーンに触れられているところに春がくる。
「なんで言わないんだよ!」
「おまえを、弄んだから……」
「なんだよそれ」と、エースバーンは言った。「バカ! バカ、バカ、バカ! おまえマジで、最低のバカだよ! 今まででいちばん最低だ!」
 気が緩む。エースバーンの腕が、俺を抱きしめるためだけに使われている。そのことが嬉しかった。
「でも話してくれてよかった」
「なんで?」
「オレも」エースバーンの声は、天使のようにやさしい。「おまえに、なにかを返せることがわかったんだ」
 エースバーンは、体を離した。
「オレはさ、誰かがオレのために頑張ってくれると、死ぬほど幸せなんだよ」
「頑張ってるよ」と、俺は言った。「おまえは、たくさん頑張ってる」 
「おまえはカッコいい。カッコいいよ。なあ、ストリンダー」
「なんだ?」
「好きだよ」
 俺は絶句した。
 本当に――本当に突然の告白だった。
「今、この瞬間に好きになった。オス同士で、おかしいって思うか? こんなに、瞬間で好きになるなんて、ふしだらだって思うか? でも、好きになるのもしかたないだろ? だって、おまえがたぶらかしたんだからさ。あんなに何度も、何度も。オレは、オレのためにバトルで頑張ってくれたおまえを友達だって思った。だからオレも、おまえのために頑張りたいってずっと思ってた。でも今、ぜんぶわかったよ。オレのために一生懸命なおまえのこと。なあ、それはさ、おまえがカッコいいのが悪いんだよ。オレがおまえを好きなとき、おまえもオレが好きだって、そうであって、ほしくなっちゃったんだから」
「エースバーン……お、俺……俺は……」
「好きだよ」と、エースバーンは言った。「大好き」
 ――その日の夜。
 ボックスに戻った俺は、徹夜で音楽を奏でた。




 嬉しかった。
 それは信じられないような、非常の感動だった。俺は生涯のあらゆる体験の最高を更新していた。心臓が破れてしまいそうだった。巨大なときめきで心を満たされていた。
 でも、待ってほしい。俺は愛を説かれるのなんて、はじめてだった。それに俺はずっとエースバーンに対して罪悪感を抱いていた。だから整理する必要があった。心の整理だ。
「時間が欲しいのか?」
 エースバーンは言った。俺はうなずいた。
 せめてと思い、俺は言った。「また、いっしょに出かけよう」
「かならず」と、エースバーンは言った。「かならずだぞ」
 俺は、約束できなかった。いたずらに苦しめたくはなかった。自分が期待に応えたいのかもわからなかったのだ。
「なんだか荒れてるねえ」
 ボンボン鳴らしていると、沼からヌオーが顔を出した。
「ねえ、なにをそわついてるのかな」
 ――ボックスでの日常が戻ってきた。
 俺がクビになってから、一ヶ月も過ぎてしまっていた。あれからエースバーンと顔を合わせる機会は、一度もなかった。それは幸いでもあった。俺は臆病風に吹かれていた。
 あのあと、主人は俺の勝手を依頼人から怒られただろうか。うちのストリンダーがすみませんと、ホップの見ている前で頭を下げなければならなかっただろうか。わからない。主人はなにも言わなかったから。あの夜、俺とエースバーンが帰ってくるのを、主人はポケモンセンターの外で待っていた。俺は叱られなかった。主人はただ、俺とエースバーン、二匹ぶんのカレーを作ってくれただけだった。それがなによりありがたかったし、申し訳なかった。
 一ヶ月、俺は音を鳴らした。とにかく旋律を奏でた。それが心を整理してくれると思った。日常の反復は気分を平常に導いてくれるはずだった。
 でも俺は今のところ……だめだった。千の音を奏でたけれど、頭の中はダストダスが集めたものをぶちまけたみたいにごちゃごちゃとしていた。
「エースバーンと会うのが怖いんだよ」俺は泣きたい気持ちになる。「あいつのは愛なのか、それとも信奉なのか」
「なにを言ってるの?」
「俺を好きだって」
「ええーっ!!」
 俺史上、ヌオー最大の大声だった。 
「いつ!」
「一ヶ月前」
「言ってよ!」
「からかうだろ」
「逃げるようなヤツはからかわれるべきだよ!」
 いつものんびりとしているヌオーも、さすがに失望を露わにした。自分でもわかっている。あまりにロマンティックではなさすぎた。
「じゃあ……えっと、きみは自分の音楽でクビになって? それを友達に聴かれて? 誉められて、好きと言われて? なのに相手を待たせて? 音楽の相手をするんだ」
 ふん。
「あーーあ! くだらない」
「おまえの感想なんかどうでもいい」
「バカ! きみがするべきなのは創作楽曲なんかじゃない。エースバーンにハグすることだろ!」
「まだ番になったわけじゃない」
「気がないのなら断りなよ。相手に恥をかかせる前に」
「いちいちうるせえんだよ!」
 言われっぱなしは趣味ではなかった。
「わかったような口聞きやがって。てめえだってスタメン落ちのくせによ!」
「その話はナシだろ! それに全然関係ないことだ!」
「ンなもん()()()だよ!」
「ぶっ飛ばすぞ!」
「くたばれ!」
 俺とヌオーは同時に立ちあがった。一触即発だった。とくに俺の方は一ヶ月も心に膿があったので、怒りも尋常ではなかった。
 でも、頭の隅には妙な冷静さも残っていた。俺たちの喧嘩はなにか――必然のようだった。一種の劇のようだった。俺は暴言を引き出してもらうことで、心の膿を吐き出しているように感じていた。まるでヌオーに操られているようだった。
 茶番だ、と俺は思った。
 それから互いにさまざまの言葉を存分に吐き散らかすと、そのうち互いに疲れ果てた。
 俺は馬鹿だ、と思った。それに、ヌオーがこういうヤツだとも知らなかった。
「ごめん」と、俺から言った。
「ううん、ぼくも……でもバトルのことはナシだよ」
「気にしてたんだな」
「するよ。本当にさ……きみじゃないと……」
「俺じゃないと?」と、俺は尋ねた。
「やつざき」と、ヌオーは答えた。
「そいつはこええな」
「だろ」
「しないよ。二度と」
 沼のそばに、二匹で座り直した。
「いつの間にか……トゲが抜けたよね」
 ヌオーは沼を眺めた。そこに昔を見ているような目をしていた。しかし沼になにが見えているとしても、それは淀んで見えるだろう。
 今でもそれなりにという意味で、俺は他者を見下している。それでも長いことボックスに預けられて、身の振り方を変えたのだ。競争から解放されたこの場所において、優劣は意味がない。それはなんとも無駄なことだ。それを知り、俺も少しは変わったのかもしれない。
「前のきみは、それこそロック・アンド・ロールだったね。ほとんどきちがいみたいだった。音楽も、ぎりぎりって感じで」
「そうか」
「今のほうが()()()()や」
 ()()()()と訂正するのは、さすがの俺も恥ずかしかった。
 俺たちのあいだで、過去が現在の代わりをしていた。しばらく黙りあった。そこには静かで誠実な空間があった。
 これも新しいアプローチかもしれない。エースバーンは「散歩も意外と悪くないだろ」と言っていた。俺は「散歩も意外と悪くない」と思っていた。
「きみのバトルは」と、ヌオーは言った。「いつも怒りに満ちていた。世の中の至らなさと、自分に対して。いくらぼくでも、あれには()()ときたね」
「フェアじゃない」
 俺は懺悔のように言った。それはヌオーにではない。俺は自分のプリミヴィティズムに(こうべ)を垂れているのだ。
「ポケモンバトルは、望むすべてのポケモンに開かれるべきだ。ごく一部のポケモンしか戦えないのはフェアじゃない。どんなポケモンにだってアプローチの権利がある。戦えないことでつらくはさせない。それが俺みたいなポケモンでもだ」
「ロマンティックだ」と言って、ヌオーはヒレのような両手を広げた。「おいでよ」
「うん」
 俺は従順になった。ヌオーのそばに寄ると、痛いくらいに抱きしめられた。
「きみは素敵だね」
「そんなことはない。俺は生まれながらに卑しい」
 だから、俺が恋をするなどありえなかった。なんとはなしに世の中のすべてを嫌い、自分と他者を隔てる。心を自家中毒に陥らせる。ローのストリンダーが平均的にそういう生き物なのかどうかは知らないが、少なくとも俺はそうだ。したがって、俺がエースバーンに恋を望むなら……俺は自分と向きあわなければならなかった。おそらくより確実に、俺は世界でいちばんあいつに相応しくない。その事実に。
 ヌオーの体温を、俺は氷のように思う。
「あいつのキョダイマックスを見たとき、恋をしたと思った」
 それは俺の内へ()()()として、あまごいの最中のかみなりのように走り抜けた。
 簡単に受けいれられたわけじゃない。俺は論理で反駁しようと試みた。
 ――俺はあいつが大嫌いだ。
 ――太陽のように眩しいあの存在に、陰湿な俺が惚れるはずがない。
 でも、そんな論理は肺の中で空転した。恋を否定するための言葉も、まるで出口を拒んだように喉でつっかえた。
「でも……それは誤解だったかもしれない。俺は愛と信奉を誤解してたんだよ」
 そして俺の心は、感情の中でもとくに大きな苦難を呼びこむとされる「それ」に、見事に囚われた。きっかけは、エースバーンのマスターベーションを見てしまったことだ。
 俺はいささか、童貞すぎた。
「エースバーンは、好きだって言ったんだろ?」ヌオーは諭すように言った。「だったら本当に好きなんだと思うよ」
「そうかな」
「もちろん。次はちゃんと、素直に想いを伝えてあげなよ。きっと、きみは素敵なパートナーになれるさ」
 プリミティヴだ、と俺は思った。俺は根源的な身内の愛情を味わっていた。
「世の中、そうでなくっちゃね」




 厳選漏れたちといっしょに出されたポケジョブは、無事に終わった。あつらえたように、今度の仕事もエンジンシティだった。
 ポケモンセンターに戻ると、主人と、そしてエースバーンが待っていた。帰ったらエースバーンに会いたいということは、仕事の前に主人に伝えておいた。俺はエースバーンといっしょに街へ繰り出した。
「魚が食いてえ」
 二匹で歩いてほどなくして、俺は急にそう思った。原体験をなぞりたかった。ワイルドエリアへ行こうとエースバーンに言って、俺たちはキバ湖に向かった。
 この一ヶ月のあいだに、季節は春にバトンタッチしていた。吹きつける風は冷たいが、街から歩いてやってきた体には心地よい程度のやさしさも感じられた。
 俺は釣りをしたことがない。捕まえようと思えば手掴みだ。トサカの電気をおさめながら、湖に浸かる。
 キバ湖は夕陽で波にオレンジ色の線をえがいている。その日は――世の中のすべてが美しかった。少なくとも俺にはそうだった。
「釣り針に喰らいつくのなんて、バカなポケモンだけだな」と、エースバーンは言った。「でも、ここのポケモンは賢い方だよ」
 言葉を切る。エースバーンは、俺が勇気を出すのを待っていた。
「俺は……なんというか……独り言を話しにきた。おまえはそれに返事をしても、しなくてもかまわない」
「誰かに話しちまうかも?」
「そんときは絶交だ」
「そんな!」
 じっと湖面を眺める。
「バトルしてたときの俺は、なんて言えばいいのかな。ヌオーは『怒りに満ちてる』って言ってた」
「若者ってそうだよ」と、若いポケモンが言った。
「俺は、なにもかもをぶちのめしたかった」
 馬鹿なコイキングが、ゆうらりと泳いで俺のそばにきた。
「自分の環境とか、すべての嘲笑を手の上で転がしてやりたかったんだ」
 水に飛びこむようにして両手に抱えこみ、コイキングを捕らえた。強いて電撃は使わずに、ジタバタと派手にもがくのを浜に抑えこみ、息の根を止める。
「そのためにバトルで勝とうって思ったんだよ。ストリンダーの中でも、俺には才能があるんだから。でも実力が伴ったころには、俺はバトルが好きになりすぎてた。そんな動機には使えないくらいに」
 あるいは、音楽に対しても俺は同じ気持ちを抱いていたのかもしれない。
 そのことで、ずいぶんと荒れたような気もする。ただ、以前の方がよかったかと言われれば、どうだろう。そういうのは往々にして、過去の自分が情熱的だったから、世の中が輝いていただけのことかもしれない。今の俺は比較的、平穏を得ている。それでもボックスの中の退屈さに失望したのも事実だ。
 独り言は終わった。俺は採れたてのコイキングに生で噛みついた。そして食い終わると、血まみれの手を舐め尽くした。我ながら、それはなにかの儀式みたいだった。
 エースバーンは誠実に言った。
「おまえが頑張ってくれたから、オレはたくさんのバトルに勝てた」
 向きあう。俺たちは向きあった。互いに向きあっているのだ。
「会いたかったよ」と、エースバーンは言った。「でも……いつまで待てばいいのかわかんなくってさ。しんどかったなあ」
 こいつはバカだ、と俺は思った。そして、一途だ、とも思った。
「俺は」声が震える。「誰かに、自分のために頑張ってもらうと、死ぬほど幸せ……」
「うん」
 俺は、エースバーンの言葉を痛いほどに実感していた。
 心臓が破れそうだ。ときめいていた。さすがにときめいていた。
 こいつも、この気分になったのだろうか? と、俺は思った。
 こいつと同じように、俺はバトルで何度もエースバーンから、自分のために頑張ってもらったことがある。でも、それは互いが益をもたらすからだ。俺たちは友達だった。同時に、単なるパーティの一員でもあったのだ。それだけが、俺の愛を隔てた。
 今、太陽が向けてくれているのは、無償の愛だった。
 陽の光に暖められると、氷は音をたてて割れ、やがて自由な水に変わる。そうして雪が溶けると、春になるのだ。
 俺は苦悶を抱えることになった。わからなかった。怖かった。逃げだしたかった。でも……嬉しかった。
「ストリンダー」
 急に声をかけられて、俺は肩が跳ねあがった。エースバーンは真剣な表情をしている。そして、表情の中に心配の色も浮かんでいた。返事を欲しがっているだろう。
 青い、だろうか。ヌオーに訊いてみたいと思った。俺とエースバーンは、どちらのアプローチが青いだろう?
 でも、青いのも悪くないよな。青色極星ってのは、月よりも巨大だ。それにごうごうと燃えているらしい。
 世の中は、()()()()()だ。俺は、そう決める。
 俺はエースバーンのそばに歩み寄った。並び立つと、こいつの目線は俺よりもだいぶ低くなる。そんなことも、俺は今になって気づくのだ。馬鹿だから。俺はそういうストリンダーだった。
 目を閉じる。
 目を開く。 
「よろしく……」
 こんなことしか言えない俺はひどく惨めで、とんでもない痴れ者だった。
 歓びの象徴に、エースバーンは俺を抱きしめた。俺もエースバーンを抱きしめた。
 太陽に抱きしめられた、と俺は思った。
 世界が美しいのは、きわめて破滅的だからだ。死と、血と、争いと、それにまつわる生存競争。それがすべて命を壊すものだから、美しさを際立たせる。ポケモンバトルもそうだ。そうしたものをスポーツのかたちに規定しているだけ。本質は同じだ。
 でも俺が今、抱きしめているもの。それは死や、血や、争いではなかった。
 ほら、それは、その輝きが答えなのだ。地上へ降り注ぐ羨光。俺が見つけた導きの糸。
 浜に腰を下ろし、密度を増す夕闇の湖を眺めた。俺はエースバーンの肩を抱き寄せた。エースバーンは俺の腰に腕を回した。
「永遠なんかないんだ」と、俺は言った。「時流れの川で生きるなら、俺たちはいずれ死ぬ」
「おまえの破滅願望に付きあうのはいやだけどなあ」
「違うよ。どうせ死ぬなら、せめて色々なことを……楽しまないとな」
 できることなら、おまえといっしょに。
「そうだよ、ストリンダー。世界には面白いことがたくさんあるんだ」
 そう言ったエースバーンの方を見ると、エースバーンも俺を見ていた。必然、俺たちの顔は口づけられそうなほどに近づいた。
 時が止まったように、互いに黙りこむ。俺は、今にも触れあいそうな口先を通して、急に俺たちのあいだに芽生えた感情に食い入った。それはしっとりとして、熱っぽかった。
 湖が反射するわずかな夕陽に、エースバーンの目はきらきらと輝いている。それを見て俺は、この感情を育てたい、と強く感じた。俺は見てきた感情のすべてを覚えていられるわけじゃない。世界には情景が溢れすぎていて、かたちは消えて忘れられる。それでもわかるのだ。この感情は失われない。なにがあっても。それを俺は魂で理解していた。
 知りたい。おまえのことを。
 そう言った。途端、俺の口に激しいキッスが振りかかった。
 驚愕と狂悦を化合した脳内麻薬が、頭の中で分泌されはじめる。底知れないもので力がみなぎる。俺は興奮して、この世のすべての建物にある窓という窓をばくおんぱでブチ割ってやりたいと思うような、乱暴な側面に囚われる。
 俺はバネのようにエースバーンに掴みかかり、立ちあがって森へ引きずりこんだ。すぐにエースバーンと交尾したい! 想いが実った幸福を、そのままエースバーンへの興奮につなげて、より活き活きとした解放感を味わう機会を逃すのは、ヴルストのせカレーのヴルストを残すくらい冒涜的ではないだろうか?
 あっという間に()()()()場所に辿り着く。俺とエースバーン、互いのフェロモンがムンムンに立ちこめる二匹の縄張り。オーバードライブをバリバリかき鳴らし、そのへんの野生どもを追っ払った。オラ、あっちへ行けよ。俺たちは今から交尾するんだってば!
 それからすぐにエースバーンを押し倒した。エースバーンの手を引く俺の手から興奮が伝染したのか、エースバーンはなんの抵抗もなく倒れてくれる。その従順さが、さらに俺を煽りたてた。少しは抵抗でもすれば罪悪感も覚えるだろうに、エースバーンがすべてを受け入れるサンドバッグの態度でいるから、それがかえって心の乱暴な部分をざわめかせる。
「ふう……うっ、うっ……」
 小さな口に分厚い舌をねじこむ。歯列に、上顎に、舌のつけ根に、たっぷりと唾液を塗りたくってやった。俺の唾液はもちろん毒液だった。興奮に呼応するように、俺の体は自動的に体液を調合してしまっていた。エースバーンの性欲を促進させるための、たいへんスケベな毒薬だ。でもそんなものは必要なかったかもしれない。俺が怪物のように呻きを漏らしながらエースバーンの股間を弄ぶと、ペニスはすでにビンビンに硬くなって我慢汁にしっかりと濡れていた。
 邪魔な毛をかきわけて抑えつけ、ペニスだけを露出させる。エースバーンは挑発的に股を開いて見せびらかし、それでも顔を両手で覆いながら、ハアハアと息を乱していた。
 生ぐさいようなオスのかおりが、むわっとたちこめるようだった。生のフェロモンに鮮烈なパンチを感じる。
 俺はたちまちむしゃぶりついた。毒液のローションでねっとり包みこむ。頭を上下させて扱くだけでは飽き足りない。両手をエースバーンの腰に回して思いきり揺さぶって、強引に腰振りをさせてやった。ガクガクと腰を揺らし、いかにもオスくさくチンポを突きこませる。エースバーン一匹だけでは決して味わうことのできない激しい性感を、俺が代わりになってぜんぶ味わわせてやりたかった。
「はあっ! うあっ、あっ! すごいっ、ストリンダー……気持ちいい! おまえの口、すげえよお!」
 そうだろう、そうだろう。エースバーンの甘え声がそのまま俺の快楽でもあった。じゅるじゅると毒液を吸引すれば、まるでエースバーンがエロ汁をじゃぶじゃぶ噴いて俺の口を満たしているようにも錯覚される。根元まで咥えこむたび、我慢汁に濡れた股の毛がチンポくさくてたまらない。
 環境の頂点としてのエースバーンは、いつだって凛々しかった。友達としてのエースバーンは、騒がしくて懐っこくて、愛らしいポケモンだった。でも股間を嗅いでやれば、ばっちりオスのにおいをさせている。興奮の先走り汁によって乾いていたションベンが溶けだした濃厚フェロモンだ。このにおいには違いがなかった。生まれ持ったものの見えない壁は、エッチな物事に限ってまったく存在しない。エースバーンは俺と同じだった。我々は、ただのムラムラしたオス同士だった。そのことがどんなにか嬉しい。いっぱい射精させてやりたい。
「ほら、ちゃんと腰振れよ。射精するまでちんぽサボるな」
「そんな……く、口に出ちゃうだろ!」
「誰がだめだと言った? ぜんぶ飲ませろ」
 俺の性欲を映す鏡のように、エースバーンは俺の言うことに素直だった。股を開いたまま両足を地面につき、自分でも腰振りをはじめる。ガチガチに硬いおちんちんをずこずこ突きだしてくる。見ていただけで想像していたよりも、エースバーンのペニスはボリューム満点だった。ぶっくりと竿が太く、先端は俺の喉の入口あたりまで届いている。俺はそれを毒汁ローションで受け止めてやるだけでよかった。ミックスオレをストローで飲むときのようにぢゅうぢゅう吸いあげる。段々と俺のよだれにしょっぱいような味が混ざってくる。
 エースバーンの手をとって、頭を掴ませてやった。好きに使うといい。肉球がホカホカと熱い。でもシャンデラのオーバーヒートに比べれば楽勝だった。俺はとつげきチョッキを着けてヒートロトムをボコボコにしたことだってあるのだから。
 ぢゅううぅううぅ……
「うううッ!! 出る、出るっ! 出るってばあ! そんな吸ったらチンコ気持ちいいっ!」
 我慢しろなんて頼んでない。好きなだけ射精しろと思う。いつものもどかしいオナニーとは全然違うだろう? おまえは俺のおしゃぶりでメロメロになればいいんだよ!
 じゅぽじゅぽぬるぬる、チンポを虐め続けるうちにエースバーンも気が乗ってきた。腰振りといっしょに俺の頭をぐいと引き寄せる。股ぐらを顔にぶっつけて、慰みもののように両手で頭を揺さぶった。エースバーンがようやく俺を支配してくれる。チンポへのドレインキッスもはかどった。
「はっ、はっ、はっ、はっ!」
 エースバーンの呼吸が小刻みに忙しない。見れば腹もきゅうっとへこんで肋骨を浮かびあがらせていた。お手本のようなよがり姿を見せてくれるものだ。気持ちよくて明後日の方向へよそ見しているエースバーンの顔を、俺は上目にじいっと観察してやった。とろんと眠たげに緩んだ顔がかわいい。オナニーを覗き見したときよりも遥かに愛おしい。
「あう……!」
 びゅうっ、びゅううっ、ビューッ――
 呆気なくエースバーンは絶頂した。強ばる体を丸めて縮め、俺の頭を股間へ抑えこむ。ブルッ、ブルッと寒気のように体を震わしながら、断続的に射精して俺の口に種付けする。
 イくならイくと言えと思った。急に喉へ注がれるものに思いきり咽せそうになる。次はちゃんと声に出させよう。抑えられて顔を股間に密着させたままなんとか堪え、口の中に受け止めたザーメンをゴクリと飲みこむ。オスくさいエースバーンの股間を嗅ぎながら、口から精子をごくごく摂取するのは幸せだった。
 できる、と思った。オスとオスだろうが、ときめきをちゃんと感じる。しようと思えば、なんとでもできる。恋の道はむしろ、茨であればあるほどいいのかもしれない。太陽が地上を照らす世界で、俺は地下に閉じこもっていた。それがどれだけ惨めで、まともでいられないことか。愛したエースバーンを前にして、どうして心震えずにいられるものか。
 俺の恋は、きわめて正常な由来だった。決して狂ってなどいない。仮に狂っているのだとすれば、それは俺たちだけじゃない。小児性愛癖が、薬物中毒者が、閉心症が、不感症が……このように数えてゆくといずれ百になり千になり、すべての者が狂っている理屈になりうる。理屈で狂いが計れるわけがない。そんなことでは音楽など愛せない。
 鏡の中の自分も育てずに、物語を紡げるわけがない。俺は世界を知らなさすぎるし、まわりのやつらは善良すぎた。それでは俺のための物語など、まだ奏でられない。
「うわっ! えっ、う、嘘……」
 エースバーンの両足を肩に抱え、俺は尻の穴に口づけた。舌を差しこみ、ぐちゅぐちゅとほじくる。
「だ、めだ……ストリンダー! きっ、汚いだろ、そんなとこぉ!」
 汚いとはどういうことか。俺は汚水を飲んで暮らすポケモンだ。だいたいおまえはそういうポケモンとキスをしたのに、少々の不潔さなど今さらなんの問題になるというのか。
「今、便意はあるか?」
「はあっ!?」
「ウンコしてえかって言ってんだよ」
「べっ、別に……とくには」
「だったらきれいだよ、ケツん中」
 面食らうエースバーンは無視して、アナルにヘドロウェーブをくれてやる。ドロドロに粘度の高いやつだ。
「ひっ! な、なに!? なにしてるんだよ、いったい!」
「毒を注いだんだよ」と、俺は言った。「早く出さねえと、どうなっちまうかな?」
 薬は毒に、毒は薬に転じるものだ。俺は毒に明るく、故に薬も知っている。それは表裏一体だ。
「どうって……」エースバーンは怖々と言った。「どうなるっていうんだよ?」
「ケツが気持ちよくて、たまんなくなるかもなあ」
 エースバーンの鼻の穴が膨らんだのを、俺は見逃さなかった。年がら年中、発情しているようなポケモンなのだ。エースバーンのオーガズムへの関心は高い。溜まりに溜まったオスの欲望を、俺の毒をもって思う存分、吐きだすことができる。誘惑されない道理がどこにあるだろう?
「ほら、出しな。それとも、おかしくなるほど毒を効かせたいか?」
 促すと、うう、うう、と狂おしい呻きを漏らしながら、やがてエースバーンは肛門からヘドロを排泄した。ヘドロといっても無色透明、無味無臭だ。毒というのは感知されるようでは欠陥品だ。それと気づかれないものでようやく及第点。色味や香りづけといったエッセンスも、どくタイプのポケモンなら自由自在にできて当然だった。
 ぶりゅ……ぶぷ……ぶちゅっ、ぶぢゅう……
「恥ずかしい……く、うう……恥ずかしいよ……」
 エースバーンが大きな耳をぶるぶる震わせる。アナルが盛りあがったりすぼまったりするのを見られながら、汚らしい音をたててヘドロをひり出す擬似排泄。恥ずかしいに決まってる。でも旺盛な股間のダイマックスはまだまだターン継続中。俺は自分の手にべちゃりとよだれを垂らし、勃起したままのそれを愛おしく握った。
「恥ずかしいのが嬉しいだろ? ずっとエッチしたかったんだもんなあ……」
 野生に生まれてきたならば、こいつは労することなく番を獲得して、好きなだけ子作りに精を出しただろうに。バトルに明け暮れる毎日の中、生き物の本能に苦しみ続けた。誰もそれを責められはしない。痛みを癒すためならば、このような変態プレイにだって体を明け渡してしまう。それを俺はとてもかわいいと思う。
 だってそうだろう? こいつは今、俺にされることをひとつも嫌がっていない。こいつはどうして無力を演じるのか? どうして抵抗しないのか? 訊くまでもないし、言うまでもないことだ。
 人間が家庭内暴力に走る理由のひとつがわかるような気もしてくる。無抵抗主義者ほど、こちらをムカつかせる者もいないのだ。まあ、俺がイライラさせるのは心ではなくチンポなんだが。結局、エースバーンの態度こそ俺の態度の鏡なのだ。鏡になって、こちらの変態な側面をむやみに反射してくるから、こちらの方でも自己防衛に鏡を虐めて、頭を快楽でドロドロに蕩けさせてやらなければならなくなる。こいつが俺に抵抗しないから、かえって俺を変態に走らせるのだ。
 俺はこいつに、いろんなことをしてやりたいと、そればかりを思ってマスターベーションしてきた。拒絶されない限り、俺は今ここで思いつくあらゆる手段でエースバーンをよがらせるだろう。だからエースバーン、これからは俺たち、いっぱいエッチしよう。いっぱい……いぃ~っぱいしようぜ。
「大変そうだな。手伝ってやろうか?」
「あぐっ……はあっ、はあぁ……ああっ!」
 ヘドロを排泄し続ける肛門に、ゆっくりと指をねじこんでやる。こんなところに指を入れられて、さすがに苦しいのだろう。エースバーンの表情に険しさが混じった。息も声も苦しげだ。それでもまだ嫌がらない。投げだした両手は頭の両脇で芝の草を掴んでいる。
 肛門の抵抗は強い。痛みはあるだろうか。ヘドロのぬめりを使って慎重に指を抜き差しして、同時にペニスも扱いてやる。ケツを弄られることは快感だと、体に教えこむ。前と後ろ、ふたつの刺激を結びつけて感覚をバグらせる。
「そんなにぎゅうぎゅう締めつけるな。ちゃんとひり出さないと、本当に淫乱になっちまうぜ」
「ンなこと言ったって……ぐっ、うぅ……うあっ!」
 エースバーンがいきむと、ヘドロを指ごと吐き出そうとするアナル肉がムリムリッと表に露出されて、ぶぢゅぢゅうぅぅ、と派手な排泄音。尻肉を伝ってヘドロが垂れて、ついでに中に入りこんだ空気が抜け、ぶぴぃ、と間抜けな放屁音もたててくれる。途端、エースバーンは頭がおかしくなるかというほど恥ずかしがった。でっかい耳で自分が出す音もさぞよく聞こえるだろう。俺は口角が釣りあがるのを抑えようがない。
「ちゃんとぜんぶ出したかあ?」
「あっ、ああっ! だめっ、だめ……だああっ! 出し入れっ、するなあぁぁ……」
「まだ残ってるぞ。たっぷりほじってやるから、恥ずかしがってねえでちゃんとブリブリしろ」
「うるっ、せ……えぇぁぁああッ! やっ、いやだあぁ! 見るなっ……見るなぁぁ……」
「足ガクガクじゃねえか。効いてきちまったか? ケツほじイイかよ?」
 ヘドロをかきだす指を、肛門がキュンキュン締めつける。エースバーンの声は苦痛よりも快感に染まりだしていた。段々とケツで感じてきている。
 いいなあ、と素直に思った。俺には自分の毒が効かない。感度を増す毒液を総排泄腔に注がれて、どんなに嫌がってもソコを指でじゅぽじゅぽほじくられる心地はどんなだろう? 俺は自分でエースバーンを虐めながら、エースバーンの姿に自分を投影してしまっていた。かわいいかわいい、俺だけの相棒……もっともっと気持ちよくしてやらないと。
「チンポ、バッキバキだな。イきそうか?」
「えっ、あっ……わ、わかんね……尻の方が、気になって……」
 そうなのか。俺は日常的に総排泄腔でマスターベーションしているから、アナル初心者の気持ちがわからなくなりかけている。総排泄腔はケツもチンポも兼ねる器官といえるので、そもそも感じ方だってまるで違うかもしれない。
「こうしてたらイけそうか?」
 前と後ろを同時に責めながら、きいてやる。
「あっあっ! なんっ……これ、イッちゃう! イきそっ、イくっ!」
「おっと」
 扱いてる手を離す。フウフウ、息の荒くなったエースバーンの体を再び転がして仰向けにしてやった。
「今度はこっちに。な?」
 にちゃり――口の中に溢れる唾液がいったいどのようなものなのかわからない。尾の付け根は触る前からじゅくじゅくに濡れている。エースバーンの胴を跨いで、股間に指を添え、総排泄腔を左右に開く。
 エースバーンの目が爛々と燃えていた。その視線自体が熱を持っているかのように、急所がカッと熱くなる。それが甘美だ。大事なところ……見られてはいけない秘所……そういうものを見せつけるのは紛うことなき快楽だった。
 エースバーンの赤色の鼻に、フスフス、空気がひっきりなしに出入りする。それは羞恥であり、優越でもあった。今からこいつがおまんこする穴をばっちりと観察させてやる必要がある。
「おまえの童貞チンポ、ブチ犯してやるからな?」
 そういうわけさ、とでも言うように。俺は変態だし、お前も今から変態になるのさ。
「くあ、あ、あっ……」
 真っ赤に血の巡った先っぽをあてがい、腰を下ろす。それだけでエースバーンはよがり声をあげた。俺はマスターベーションでも総排泄腔に指を二本までしか入れたことがない。エースバーンのボリュームたっぷりのチンポは当然つらい。キツさを感じる。でもそんなものは痛くもないし、傷でもない。
 笑みを抑えようがない。切羽詰まったギリギリのエースバーンを、もっと追い詰めてやるためにこの体を使う。俺はある種の装置、あるいはシステムになるのだと思った。装填された一発の弾丸のように。本能のように。
 そう、エースバーンが心を変態に明け渡すまでは、俺が主導権を握っておかなければならない。変態に体を弄ばれているから……尻に毒を仕込まれたから……そういうアリバイだ。畜生の交尾と違って、ロマンティックにするというのはそういうことなのだ。俺は今、装置でありシステムでもあるが、エッチは体だけでするもんじゃあない。その微妙な兼ね合いを、なんと表現するべきだろうか。
「フーッ、フーッ!」
 またしても暴力的な気分。役割対象を前にして、わざを指示されたときのような。獲物を仕留める生物的・根源的興奮。所在不明、正体不明の何かに導かれでもしたかのように、俺はエースバーンの両脚を持ちあげていた。体を二つに折り畳み、股間に尻を下ろしてゆく。排泄と性感、感覚の極みであるダブルパンチを味わいながら、俺は自分に対して容赦してやれる気がまったくしなかった。竿の半ばほど、最も太い部分を通り抜けた瞬間、強烈な吸引力を持った筒のように、総排泄腔にチンポがずるりと一気に入り込む。
「イ゛ッ――‼ あ゛ッ……!」
 悲鳴だった。まともな声にはならなかったが、それはまさしく悲鳴だった。あげたのは、俺ではなくエースバーンの方だ。今日までひどく曖昧な刺激でしか絶頂を味わえなかったのだから当然と思うべきか、寸止めをくらっていたそれは、きわめて雑魚チンポであった。
 バキバキに硬いチンポが、きつい肉の穴の中でのたうち回るように脈動する。びゅうびゅうとおまんこに中出しする。ああ、ああ、と何かを嘆くような切ない吐息を漏らしながら、エースバーンは気持ちよさそうに見悶えた。足の指がぐわっと開ききり、尻に押さえつけられた尻がガクンガクンと下から突き上げてくる。
 熱い。やけどしそうなほどに……腹の奥底が。ほのおタイプの面目躍如だろうか。
 まったく、かわいいヤツ。入れただけで、俺の中でイッちまいやがって。
 太くて硬いものがいっぺんに体内へ押し込まれ、精液を注ぎ込まれる奇妙な満腹感。チンポをまるごと総排泄腔へ飲み込み、互いが完璧に結合したことによる歓喜。交尾の快楽はオーガズムだけではなかった。
 征服する――俺がこのエースバーンを、完璧に所有するのだ。
「気持ち良さそうだなあ?」
 はあ、はあ……息を乱しきって言葉もないまま、コクリと頷かれる。その素直なことといったら! いつも元気いっぱいで騒がしいエースバーンはどこへ行ってしまったのか? グツグツとキンタマで煮えたぎらせていた熱い精子を総排泄腔に射精しながらだというのに、その所作はまったくもって乙女のものだ。
 見せてやりたいと思った。ヌオーに……ガブリアスのおっちゃんに……ボックスの仲間たちに……ホップの手持ちたちに……友達のポケモンたちに……俺が……俺だけが……エースバーンをこんなふうに変えてしまえるのだということを、誰も彼もにシェアしてやりたい!
 誰か、と思った。
 誰か、俺たちを見ていてくれ。俺たちは今、これまでのどの俺たちよりも一緒にいる。いちばん()()ところに立っている。今日ここ、この瞬間から「俺たち」が始まる。新たな出発点になる。
 あのキャンプの日、エースバーンのマスターベーションを覗いたことに、俺は罪悪感を覚えた。エースバーンの縄張りをオカズにしていたことに引け目を感じていた。でもそれは必要なことだった。()()()罪悪感だった。そういう鬱屈があればこそ、俺は今、こんなにもエースバーンに夢中になれる。エースバーンのすべてを欲しいと思う。
 かき乱してやる……
 もっともっと、俺の知らないエースバーンを知りたい。いつだって直球で、ワン・パターンなエースバーン。キョダイマックスしたときの、なにもかもを越えて訴えかけてくる圧倒的なエースバーン。でもそれは、エースバーンの持つ属性のうちのひとつに過ぎなかった。そういうものだけがエースバーンではなかったのだ。秘密の隠れ家でこっそりと性欲を発散する……そのときの、誰にも見られていないと油断して無防備に自慰に耽るエースバーンの、かわいさ、愛おしさ。卑屈なローの俺に、「大好き」と言ってくれた……それはちっとも理屈にかなっていないことのように俺には思えたけれど、プリミティヴな俺たちはそういうものこそを大切にしなければならない。ロジカルに仕上げられた音楽よりも、「今、ここ」にある音を好む俺だから。
「まだまだ、こんなもんじゃねえよな?」
 休ませるつもりなど、欠片もない。エースバーンの性欲は底なしなのだ。精子を放ちきったチンポは総排泄腔の中で半勃起まで衰えていたが、それは興奮とはノットイコールだ。
 照れ笑い。エースバーンははにかみながら、また頷いてくれた。そうでなきゃいけない。一ヶ月ものあいだ愛情を煮詰めてきた俺たちの、初エッチじゃあないか。呆気なく終わっていいわけがない。
「こんなふうにしてみたら、どうだろうな?」
 後ろ手に手探りすると、ぐちゅり、濡れた感触がエースバーンの肛門にまだまだ残っている。凌辱の痕跡に再び指をねじ込んで、凌辱を重ねてやる。
「あっ! ちょ、ちょっと、そこはぁ……」
「なんだ? さっきは良さそうにしてただろ」
 そっと、エースバーンの腹に片手をつきながら腰を揺らす。前後にスライドさせるようにして、我慢汁でべちょべちょになったおまんこで萎えチンを摩擦してやる。同時にケツ穴を指でぬこぬこほじってやれば、エースバーンは「それがいい」という()()()をこれでもかと送ってくるのだから、これはいけない。
「はあっ、はあぁ……」
「ほら……息、震えてるじゃねえか。ココをこんなふうにされると、たまんねえよなあ?」
「あっ! ぐっ……はあ、はあっ……」
 腸壁を指の腹でこそぐようにして、前立腺をマッサージしてやる。内側から押されたチンポが穴の中でむくむく動く。それをみっちりと肉穴に抱きしめて擦りたててやれば、チンポがどんどん硬さを取り戻してゆく。
「あ、う……きもち、いっ……」
 毒も回っているだろう。エースバーンは顔をくしゃくしゃにしていた。湯だったようにぼうっとしたその表情が、とてもスケベでセクシーだ。
 ずくん、と下腹部がうずくような快感があった。それを逃さず、腰を揺すり続ける。また硬く、太くなってゆくエースバーンのチンポを使って、総排泄腔オナニーする。尿道を……卵管を……中に物なんて入ってはいけないような場所を……ずるずるとチンポで擦り続ける。
「ああ、すげえ……」
 総排泄腔の快感に、ヨコワレをかきわけてヘミペニスが生えてきた。とっくの昔に臨戦態勢、先走り汁でぬるぬるに汚れたスリットから、先っぽが顔を出し……長く長く伸びてゆき……緩やかな律動の中、股間に一対、トゲ付きの肉の棒が露出されてゆく。
「あっ、あっ……た、勃って、る……」
 そのさまを見ながら、エースバーンはまた、馬鹿みたいな感想を漏らすのだった。
 俺も馬鹿になろう、と思った。
「そうだぜ。お前とエッチすんのが気持ち良くて、チンポも興奮してきちまった」
 ぴょこんとデカい耳が反応した。どういう意味だか知らないが、悪いもんでもないだろう。
 見せつける。まったく形状の違う、グロテスクなおちんちんが勃起しているさまを。日常、もっとも秘匿されなければならないものを、エースバーンの見ている前で、露出させている。
 たまらない興奮だった。さあ、見てくれ。もっと俺に夢中になれ。
 と思っていたら、エースバーンが両手をさまよわせる。なにかと思えば、手の甲や指の背を、ヘミペニスの表面に滑らせるのだ。
 触りたいらしい。俺のチンポに。だけど、触れないのだ。興奮に発熱した手のひらや指先では。厄介だよな、ほのおタイプってのはさ。でもかわいい。お前はこんなときであっても、俺を気遣ってくれる。
 たまんねえ。ケツほじはやめだ。本格的に交尾することに決めた。アナルから指を抜いて、両手でエースバーンの足首を握り、地面に足をついてスクワットする。
「ふあっ! あっああ……!」
「もうビンビンじゃねえか。恥ずかしがってねえで、自分がおまんこ犯すとこ、よく見ろよ!」
 初めはゆっくりと、次第に大胆に、尻と股間を打ち合わせる。狭い肉筒を中からぴったりと押し拡げるチンポに引きずられて、内臓が引っ張り出されたり、押し込まれたりするようで、指でするオナニーとはまったく違っていた。体重をかけて腰を落とすと、ばちゅん、ばちゅん、ときわめて変態的な音がした。
「気持ちっ……! こんなあっ……、こんなのぉ!」
 エースバーンがかわいい声で嬉しがる。犯されているのは俺の方なのに。これだから俺もこいつに対して思いきりケダモノにさせられるのだ。
「ずっとこんなふうにしたかったんだろ! 木なんかより、俺のおまんこの方がずっとイイだろが! ええ?」
「いいっ、いいよぉ! ストリンダー! いっちゃう、すぐイッちゃう!」
「おーおー、出せ出せ。もっと頭トロトロにしてキチガイちんぽになれよ! おまえがもっともっと交尾したいことくらい、俺にはわかってんだ。ずうううっと見てたんだからなあ!」
 ばちゅんっ! ばちゅん! どちゅっ!
 ぬるついた穴にペニスを何度も何度も貫かせる。尻と尻を打ちつけるスクワットを止めようがない。前屈みになり、四つん這いでエースバーンを組み敷く。たまらず向こうから頭に腕を巻きつけてきた。
「べえって、しな?」
「んっ、んっ! んえ……」
 ぬちゅ、ちゅっ……ぷちゅ、じゅるっ、ぢゅうぅぅ……
 ベロをくっつけあいながら、毒液を乗せてやり、どんどん飲ませてやった。エースバーンは拒まなかった。毒にまみれた俺の唾液を望んですらいた。
「あぁあ、たまんねえ! ちょっとばかりシビれるぜ。我慢しなあ!」
「えっ? ぎっ……あ゛あ゛あ゛ッ!」
 頭に絡んだ腕を外し、エースバーンを思いきり抱き締める。そうしてから、体内に生成された電気を全身で放った。
 ビクン! ビクン! 感電したエースバーンの体が面白いように跳ねる。暴れる体を全身で拘束しながら、尻を打ち下ろす。
 どちゅっ! どちゅっ! どちゅんっ!
「なあ、ナカに電気ながしてもイイかっ? きっと気持ちいいと思うんだよ!」
「ふっ、あ゛ッ! うあ゛ッあああ!」
「イイよなあ? いくぜ?」
「まっ……まっでぇ……! い゛ぃいいぃい!」
 バリバリ、バチンバチン、狂暴なほうでんと共に背筋でトサカが稲光りする。森の宵闇が明滅する中、エースバーンの鮮やかな毛並みが……悲鳴をあげるその表情が……そのように扱われることを拒まない従順さが……
 びゅるっ、びゅるるっ――総排泄腔がオスのスケベ汁で満たされる。孕み袋にされてゆく。
「あ゛っ、あっ、んんんっ! サイコーだなあ、エースバーン! 痙攣ちんぽイイぜえ! 電気流す度に射精しやがって。そんなにビリビリおまんこで虐めてほしいかよ!」
「ぎゃっ! うッご……痺れっ、て……! や゛ッあ……! やめっ……ビリビリすんの、やめろぉ!」
「嘘つけ。もっとしてしてって顔に書いてんぜ。早く残りの赤ちゃん、ぜんぶ種付けしろッ‼」
 エースバーンは からだが しびれて うごけない!
 だから代わりに俺が動いてやるのだ。俺にしては珍しく利他的な行為だろう? なあ?
 ぐぽっ、ぐぽっ! ばちゅん、ぱちゅんっ!
「うあ゛あ゛ッ! いっ、でるッ! イッでるからァ!」
「お゛っ……お゛っ、ん゛っ! 出てる、出てるぅ……」
 でんきタイプとはいえ、こうまで体内で結合していると俺まで感電してしまう。エースバーンを抱き潰しながら互いに硬直する。電気熱でやけどしてしまったか、それとも単にエースバーンの体が熱いのか。
 どうでもいい。どうせポケモンセンターに戻れば回復する。
「はあ、はあ……童貞卒業したばっかで、電気でイッちまうなんて、変態だなあ、エースバーン……」
 射精させながらも穴に力を込めて、ゆっくりと腰を揺すってチンポを絞る。本当は自分の手でしたかったであろう、でも手のひらが熱くてできなかったであろうことを、俺の体で愉しませる。存分に。何度でも。
 ストリンダーのつるりとした体表面に、エースバーンの豊かな毛並みを感じる。場所によっては(こわ)かったり、柔らかかったりする。目の前にある耳の内側に鼻を寄せて、においを嗅いでみだりもする。余すことなく全身で、俺は太陽を抱きしめていた。
「おま、えぇ……」
 さすがにやりすぎたか、恨めしげな声。だけど俺も加減はしていた。百戦錬磨のエースバーンにとって、ダメージになるほどの電撃じゃない。白状すればトサカの電気だって、いかにも激しく虐めているという演出に過ぎなかった。というか、そんなことを言ったらエースバーンは俺の電気責めを悦んでいた。
 そう怒るなよ、よかっただろ……それくらいのことを言おうとしたときだ。
 エースバーンが起きあがった。腹筋の力だけでだ。信じられない。俺が思いきり体重を預けていたのに。そのまま勢いを乗せて、今度は俺が組み敷かれた。
 ズパンッ!
「あ゛ッ!?」
 パンッ、パンッ、ジュパッ、ジュパンッ!
「こら……あ゛ッ! かっ、勝手に……」
「うるさい!」
 半勃起になり、いくぶん柔らかくなったのペニスを突き込む。拳を下腹部へ添え、めり込ませてくる。
「ぐふ……」
「ずるいぞ、おまえばっかり! やりたい放題!」
「ち、ちがっ、それはぁっ!」
 いかな雑魚ちんぽといえど、三度も射精すればそれなりの余裕も出てくるらしい。外側からの圧迫で穴をキツくさせながら、したたか腰を打ちつけてくる。一転攻勢、マジモンのエースバーンの腰振りはハンパじゃなかった。
 ブポ、じゅぽっ、ぐちゅ、ぐぢゅっ! ずちゅ、ズチュ、ヂュパンッ!
「ひゃッ! あッ! ま、待でぇ! イッたばっかっ! あっあ゛ッ! 穴から! せーしもれてるッ‼」
「知るか!」今まで俺にぶつけたことのない、本気の声でエースバーンが怒鳴った。「おまえだって交尾したかったんだろ。こんなふうにっ! ずっと! したくてしたくて、オレのところでマスかいてたんだろうが!」
 暴力性を性欲に結び付けて燃え上がるのは、オレだけではないらしい。ファックによる報復のなか、本気汁とザーメンまみれの総排泄腔でエースバーンはみるみるボルテージをあげてゆく。
 じゅぼ、じゅっぽっ! ぶぽっ! ぐぽぐぽぐぽぐぽぐぽっ……ゴンゴンゴンゴンッ‼
「ふがっ、いぃいぃぃ……! そごッ……そご、そごぉ! やだあ……! つ、つ、つぶれ、ちまっ」
「だから知らねえっつうの! さっきも同じモン入れてたんだよ!」
 抵抗しようとする俺の両手は……片手一本で……頭の上に縫いつけられてしまった。エースバーンの手のひらや指先の肉球が、たちまち手首の皮膚を焼く。
「あづッ! あづいッ! あ゛あぁあッ!」
「こんな程度で! ひでりダイバーンだって受けてきたおまえがッ!」
 発熱が、さっきまでの非じゃない。エースバーンは()()()()()()()だった。
 イき続けて狭まる総排泄腔を、完全勃起が抉じ開けてくる……イかせ続けてくる!
 手首が熱いのに……熱いはずなのに……気持ちいいこと以外なんにもわからなくなるっ! 脳みそがとろけてゆくッ‼
「あ゛~~ッ! あ゛あ゛~~ッ‼」
「ほら、さっきみたいにやってみろ! こうすれば電気が出るんだろっ!」 
 ボン、ボン、ボボボと胸の突起をめちゃくちゃに弾かれた。勝手に発電されて、トサカがにわかに勢いづくものの、そちらにあるのは地面だけ。そんなもの、どれだけバチバチさせたって、なんの抵抗になるものか。
 それでも、体内を巡る電流にエースバーンもあてられているはずだった。いやむしろ、それを狙っていたのかもしれない。
「ビリビリセックス好きなんだろ? やれよ、ほら」
「いっ……いっちゃ……」
「やれ!」
 捻じ曲がるフェチの音を聴いた気がした。ずっと聴いていたいと思うような……極楽に流れる音楽みたいに……
 俺は言われたようにほうでんする。
「お゛ッ! あッ! あがッ!」
「ん゛ん゛ん゛~~ッ!」
 異様だった。互いに痛めつけ、ダメージを与えあう。でも、いい。俺だってずっとおまえと、こんなふうにしてみたかった。エースバーンを支配したい気持ちと同じくらいの強さで、エースバーンにメスとして扱われることも俺は望んでいた。思いきり大胆に、気持ちいいのを貪りあいたかった。だから俺は――エースバーンも――必死だった。なぜってこれは、俺たちの初めての交尾なのだ。
 俺はストリンダーで、おまえはエースバーンだから。いずれ、エースバーンはまたバトル・スタジアムへ戻ってゆく。そして俺は、厳選漏れたちといっしょにポケジョブへ送り出される。俺たちの時間というのは、ごく限られたものだ。
 終わりたくない。いつまでもこんなふうに楽しんでいたい。俺たちが「俺たち」であること、それにのみ生命を燃やしたい。忘れないために。俺たちのことを見ている「誰か」なんて必要ないくらいに。今日ここ、この出来事を魂にまで刻み込むように。激しく降り注ぐドラパルトのりゅうせいぐんのように。愛のように。
 とてもロマンティックな気分。エースバーンの力が……手のひらの熱が……今、俺のためだけに使われている。気遣いや同情なしの、必死さを心頭に。
 つきなみに、嬉しかった。
「ん゛ん゛ん゛ん゛あ゛! 俺、おれっ! エースバーンとっ、交尾してるぅ! ぎもぢいっ! おちんぽブッ刺されてイぐうぅ!」
「手首、焼かれてるのにイくのかよ。チンコどっちもビンビンにして、はしたねえげんきショックながしながら……変態はどっちだ!」
「おれっ……おれがっ、変態ぃぃ! だからあッ! いぐっ、いぐいぐッ! おまんこっ、イくッ‼」
「精子も漏らしてんだよ、バカだな!」
 だくだくとトゲチンポ全体にザーメンがコーティングされてゆく。腹に垂れて下品な水溜まりをつくり、体ごと揺さぶられて飛び散る。総排泄腔の長い長いオーガズムの中で、俺のヘミペニスはわけもわからず射精していた。触られてもいないのに。尋常じゃない。
 じくじく、やけどした手首が痛む。だけどいい。互いの体臭や体液の混じった、静謐な森のにおい。火照った体に吹きつける涼風。騒がしさにつられてこちらのようすを伺う野生の気配。置換される。間隔のなにもかもが、快楽に紐づけられてゆく。
 知らない。こんな絶頂、俺は知らない! 死にたくなるほどイきまくってる! だけど俺はその未知が、恐ろしくはなかった。
 極楽の音だからだ。それは太陽に愛される音なのだ。まことに、ファイニーである。
「ひゃあ゛あ゛! ん゛あ゛あ゛っ!」
「ぐっ……! でるッ‼」
 聞こえる。また聞こえてくる。
 こういうときは、なんというべきなんだっけ?
 挨拶。違う。
 自己紹介。違う。
 相槌。違う。
「ストリンダー」と、エースバーンが言った。「一緒に死のう!」
 バカかこいつは、と思うべきだったのかもしれない。でも俺は、「ああ、それかも」としか思えなかった。これ以上ないくらいに、()()()()きた。
 今の俺は、何者でもない。なにもない。すでに空っぽの、バトル用に育てられたポケモンの抜け殻。それは別に残酷ではない。現実は生命を考慮しない。それが世界の誠実さだ。闘争の世界であることを、生まれ持った違いのことを、恥じていないだけなのだ。
 でも皮肉にも、空白を埋め直す、その義務が俺を歩かせるだろう。
 俺は今、魂のあるじだ。もう誰にも煩わされない。ベースを打ち鳴らし、快活に布告しろ。
 俺には、おまえがいる。
 これは、そういう儀式なのだ。
 ブシャッ――
「ッッ――‼」
 全身が、内側からぶち破られたかと思うほどの、感動的なまでのオーガズム。気持ちいいを通り越した失禁。ごぼごぼと、唾液の絡んだ汚いよがり声をあげながら……痙攣マンコからみっともなく潮を吹きながら……鳥葬でもするように……体の隅々に……完膚なきまで絶頂が群がる。
 射精のあとのスプレー行為を中にされて、腹の中をたぷたぷに重たくされながら、俺はとても満足だった。
 もう……な~~んにもいらねえや。





    エピローグ




「できすぎてる!」
 俺は叫んだ。すぐそばにはガブリアスのおっちゃんがいて、ヌオーがいて、エースバーンがいて……そして、そのみんなが俺を振り返った。大量の、幼いヒバニーたちに囲まれながら。
「いや……」ヌオーが笑っていた。「さすがに……驚きだよ」
「だって……そうだろう? 俺はエースバーンと番になった! でも俺は……」
 今のこの場所は、環境としては以前いたボックスと変わらない。俺の大好きな泥水の池。草原や森や山、洞窟、海や河……
 違うのは、別のボックスにいるということ。
 たくさんの厳選漏れのガキんちょと、若干の友達と一緒に。
「偶然にもエースバーンと親しくなって? それから結ばれて? その翌日に主人が厳選を始めて? ボックスがいっぱいになって? スタメン落ちが移動させられて? 同じボックスに番と友達がいて? それで!」
「いやはや」
 おっちゃんが顎の舌を爪で掻く。全身にヒバニーをまとわりつかせている。
「天文学的……だな?」
「三文小説だよ!」
 自分でもわかる。両手にそれぞれヒバニーを抱きながら、俺は生涯で一番の笑顔だった。
 ここに預けられたってことは……俺は、エースバーンと当分、離れることはないのだから!
「俺は運が良すぎる。世の中はおかしいのかもしれない!」
「三文小説でけっこう」
 ヌオーが祝福してくれた。ヒバニーたちはヌオーの体に大喜びで群がる。冷たくて気持ちいいらしいのだ。抱き寄せ……撫でてやり……背中に背負い……ヌオーは代わる代わるヒバニーを体へ貼りつけている。
「それできみが幸せを得たんだ。まったく、まったく。世の中、そうでなくっちゃね」
「俺は」おっちゃんは困惑している。「いまいち、なにがなんだか」
 それはそうだろう。おっちゃんは深い事情を知らない。俺が変になったと見えるだろう。
「いいことを教えてやるよ!」
 エースバーンが叫んだ。
「裏路地にさ、新しいジャズ・バーができた。飛び入りで演奏できる。完全に即興の、オリジナル・セッションだ! 次のポケジョブのあと、そこでデートしよう!」
 最高だ、と俺は思った。
「俺には()()()()()が来ている。風が吹いている! 俺は……俺はなんでもできそうだ!」
「言ったろ、ストリンダー。アプローチだよ。すべてはアプローチなんだ!」
「キッスしてやれ!」ヌオーがけしかけてくる。
 おっちゃんはいまだに、なにがなんだかだ。ガキどもを乗せた尻尾を振り回して、キャーキャー遊ばせている。まあ、気にするほどのことでもない。おっちゃんはおっちゃんで、また別の約束があるのだ。
 すでに俺がエースバーンを好きなとき、エースバーンはキッスをしてくれた。
 それで満足。それでじゅうぶん。
 俺はエースバーンを抱きしめた。
 エースバーンも俺を抱きしめてくれた。
 太陽に抱きしめられたと、俺は思った。
 俺は、誰かに自分のために頑張ってもらうと、死ぬほど幸せだ。
 だから俺も、おまえのために頑張りたくなる。
 おまえが俺を好きなとき――
 俺も、おまえが好きだ。
 これだけあれば、俺はもう、なにも欲しくなどない。
 でも――それはそれとして、納得できないこともある。
 現実は、我々に興味などない。現実は、弱者を考慮しない。
 もちろん現実に義務はない。それでも不条理に思うのだ。どうして現実はなにもしないくせに、我々を支配しているのだろう。あまりにも不条理だし、あまりにも不当だ。
 だから、これだけを言うための、特性「パンクロック」だ。
 俺は今日も音を奏でる。不敵に笑う。天に唾吐き、指を突き立て、そうして、きちがいのように言ってやるのだ。




あっかんべ~~~~だ!(ストリンダーの オーバードライブ!)

 こうかは ばつぐんだ!



 

 環境について描写したのにとっくに環境変わっちゃったんですけど。どうしてくれんのこれ。

 



 


トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2021-06-18 (金) 19:19:03
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.