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違う道の先に見るものは

/違う道の先に見るものは

この作品は第一回ポケモン小説wiki交流企画に投稿された作品です。



作者:オレ
官能・死の表現があります。苦手な方は気を付けてください。





「このあたりだと聞いていたが、ふーむ?」

 地味な褐色のマントに身を包んだ四足のポケモンは、首を伸ばして周囲を見回す。土手の上に整備された道からは、左右どちらを見ても手入れの行き届いた小麦畑が広がっている。この地の領主は良い施政を行なっているというのが肌で感じられる。マントの地味さとは正反対な鮮やかな桃色の両耳を立て、ニンフィアは周囲を探る。

「あー、そこな方。ちょっといいかな?」
「ん? 旅の方か、どうかしたんだい?」

 土手の下の方に腰を掛けて休憩している風だった真夜中のルガルガンの女性がいたので、ニンフィアは声をかける。旅の者をいぶかしがる風もなく、ルガルガンは気さくに顔を向ける。

「この辺の領主の方は、デュラスって名前で合っているかな?」
「ああ、そうだ。デュラス様に用があるのかい? 何なら見回りがてら案内するよ」

 ニンフィアの返事を待たずにルガルガンは立ち上がり、土手の上まで来ていた。全身に土の香りをしみこませ、真面目に働いている風なのが分かる。彼女が特別といった風でもない。休憩時間なのか土手の所々で寛いでいる者は見られるが、皆仕事への意欲は高そうだ。

「領主のデュラスさんは、好かれているのか?」
「ああ。荒地だったこの辺一帯を整備してこの立派な農地に……私たちも手伝いはしたが、あの方無しには思い描くこともなかった」

 それを聞いたニンフィアの顔には笑みはなく、何やら重苦しいものを抱えた様子だけをにじませており。何を目的に彼女らの領主であるデュラスに会うのかはわからないが、あまり良い用事でないのだけはわかる。その様子を悟られないためか、ニンフィアは道案内のルガルガンからは距離をおき気味だ。






違う道の先に見るものは






「ちょっとここで待っていてくれ。お会いできるか確認してくる……と、名前は?」
「フィウド。多分デュラスさんは知らないと思うが」

 十数分ほど歩き着いた邸宅の前で、ニンフィアはルガルガンに呼び止められる。さすがに領主たる立場の者を誰彼構わず会わせるわけにはいかないのだろうという取次で、そのために名前も確認される。ルガルガンがデュラスの家に入っていったのを見送ると、フィウドはしばらくはまた一人。

「領民に慕われているか。こうなると同名の別の者であってほしいが……」

 フィウドは重々しく息をつく。まとっているマントは砂埃でだいぶ汚れており、ここに至るまでの旅路が短くはないのが伺える。しかしそれでも善良な市民に慕われる相手であれば心苦しいし、目的の相手であれば次の瞬間には自分がどうなるかもわからない。
 ここに来た目的は、仇討ちだからである。

「セチ……どう思う?」

 フィウドはマントの襟首にリボンのような腕を突っ込むと、首から紐で下げた小石を取り出す。かつては「光の石」であったものだが、進化に使われたために力を失っている。石で進化する種族は力を失った石を自らの半身とし、まじないとして持ち歩いたり大切な相手に渡したりする……フィウドの住む地域でのしきたりである。フィウドは婚約者であったチラチーノの石に、彼女の姿を呼び出すように語り掛ける。

「理由次第というのも、間違いないよな……」

 フィウドが知る限り婚約者のセチは、殺されるような間違いを犯す者ではない。だが誤解もすれ違いも世の常である以上、善良な者同士での殺し合いも時には起こりうることだとフィウドは考えている。もっとも相手が善良であった時の話で、デュラスが領民たちを騙している可能性もある。手下もいるという話だから、相応の性格を持ち合わせている可能性もある。いずれにしても目当ての相手でありフィウドの目的まで勘付かれていたなら、隙を突いて取り囲まれるかもしれない。

「お待たせ! 会うってよ!」
「わかった。すまない」

 玄関の戸口からルガルガンが顔を出す。中でどんな会話をしていたのかは聞き取れなかったが、長い時間ではなかったのでそんなに踏み込んだ話はしなかっただろうかと予想はできる。勿論それでもまだ油断はできないので、フィウドは気を張りながら戸口をくぐる。

「お連れしました」
「ご苦労様ね。どれどれ……」

 何事もなく廊下を進んで、行き着いた客間は緑を基調にした絨毯が広げられていた。その中央に鎮座するサザンドラの女性は、来客を迎えるにしては子供っぽい態度で声をかけてきた。これも場合によっては油断させたり挑発したりするための見せかけじゃないかと、フィウドは警戒を緩めない。

「唐突の訪問失礼します。フィウドという者ですが……」
「名前は聞いたよ。ふーん……」

 まずは正面からフィウドの顔を見つめて、次はゆっくりと顔を近付けてくる。属性的な相性はあってもこの距離感には圧を感じ、フィウドはのけぞり加減になる。襲われることには警戒しなければならないが、かといって外れた相手であれば失礼があっては悪いと飛びのくこともできず。難儀な立場である。

「へぇー……」

 フィウドの苦心などお構いなしに、サザンドラは今度は長い首を横に伸ばし。唐突な態度に戸惑う横顔を眺め、さながら品定めするがごとく。ルガルガンは特に仕掛けたりしてくる様子はないが、慣れていても若干呆れていると言わんばかりの空気が伝わってくる。

「あ、もう戻っていいよ」
「はい、わかりました……」

 言われるが早いかルガルガンは挨拶一つ、足早に客間から出て行った。その瞬間フィウドは警戒対象が減ったことに安心する一方で、この状況でふたりっきりにしないで欲しいという妙な絶望感を覚えた。相性的には圧倒的に有利な相手だというのに、まるで飲み込まれるかのような不安に駆られ。なおもサザンドラの品定めは続き。

「んふっ! 旅人だって聞いていたけど、なかなか素敵な顔じゃない?」

 ぺろりと舌なめずりをして、改めてフィウドの正面で顔を合わせ。サザンドラの言葉にフィウドは自分のここまでの警戒が馬鹿らしくなり、中から何かがせりあがってくるのを感じた。いやまだ何か試しているのかもしれないと思い直した時には、サザンドラは主頭の口先をまっすぐこちらに伸ばしてきて。食らうためではない。

「待て! 唇を奪おうとするとはどういう了見だ!」
「あら、かわしちゃうの? 結構やるじゃない」

 サザンドラのキスには寸でのところで飛び退きかわし、フィウドは叱りつける。しかしその怒りの言葉すらも楽しむように、サザンドラはなおもフィウドを見据える。虎視眈々と何かをしようという欲望は窺い知れるが、敵意は微塵もなく。

「旅人ってみんな痩せてボロボロで興味がわかないんだけど、あなたは違うわね」
「君の好みはわかった。だがこちらは君の思うような理由でここに来たわけじゃない」

 もう一度近付いて来ようとしたサザンドラの顔を、フィウドは触腕で押さえつける。左右の頭でもいいから口付けしようと伸ばしてくるので、フィウドも四本の触腕総動員である。たとえ目的から外れた相手であっても、もう失礼だの言っていられない。

「ここに来た男ならみんな同じよ。私の好みでなかったら適当にあしらって、好みだったら……」
「私がここに来た理由は仇討ちだ!」

 もう怒鳴りつけるしかなかった。まだ名前すら確認できていない状況で、ひとまず自分がここに来た理由だけでも言いたかったフィウドだったが。明らかに自分の話しかしそうにないサザンドラであるから、力業になるが「ハイパーボイス」気味の声で怒鳴りつけるしかない。

「私の婚約者が半年ほど前に殺害された。彼女は致命傷を負いながらも、下手人が配下から『デュラス様』と呼ばれるのを聞いたと伝えてきた。君と同じ名だと思うが?」

 この怒鳴り声には、サザンドラも若干たじろいでいる。特性の「フェアリースキン」で変性した「ハイパーボイス」は相性的には致死性すら持っており、軽く打つだけでも彼女にとってはかなりのダメージとなっているだろう。強引だがペースを持っていき、とりあえずここに至るまでの事情を聞かせるだけ聞かせるが……。

「ふふ、そうなると今は婚約者はいないってことね? なら私と一緒にぐぅっ!」
「答えろ! 次はない!」

 フィウドは「ハイパーボイス」のブレスを細く鋭く吐き、サザンドラの腹を打ちつける。その一撃に突き飛ばされ、サザンドラは絨毯の上に仰向けに倒れる。そして衝撃で動けなくなっているサザンドラの喉元にのしかかる。再びこちらを向こうとした頭を顎の下から触腕二本で押さえつけ、完全に動きを制する。

「殺すの? あなたのような美男子になら、殺されるのも悪くないわね」
「だがこのままではもう美しい顔も見れないだろう? そもそもその美男子の言葉だ。答えろ!」

 自分で自分を美男子と言う高慢さには虫唾が走るが、それは頭から追い出しすっかり開き直っていた。こめかみの触腕でサザンドラの顎を押し込んで目線を床に押し付け、胸元の触腕で息がしづらくなるように首を絞める。だが殺しはしないと、軽く絞めただけですぐに緩める。

「仕方ないわね……チラチーノの女性が殺された事件が起きたって聞いたのは三か月前。その件かしら?」
「お前のしたことではないが、知ってはいるわけか」

 サザンドラが息をついたのは、首を絞められた息苦しさだけではないだろう。だがフィウドはいつでも再びサザンドラの首を絞めれるように力加減を調節する。殺しはしないが苦痛は延々と与え続ける、もしまた茶化すような態度をとってきたら……。フィウドとしては納得のいかないやり方ではあるが、相手がこの態度なのだから仕方ない。

「デュラスは私にとっても仇なの。だから奴の名前を名乗り続けて、奴が誘い出されてくる日を待っているの」
「なるほど、ではお前は本当はデュラスという名前ではないんだな? そして動向を追い続けていたからセチが……チラチーノの女性が殺されたのも知ったんだな?」

 ようやく大人しく答え始めたことにフィウドの目元は若干緩んだ。暴力的な締め上げよりもどちらかというと「美男子の言葉」であることの方が効いたような気はしなくもないが。とにかくこのサザンドラが追い求めていた仇ではないことはわかった。

「本当は今すぐにでも殺してやりに行きたい。でもあいつ自身も強いけど、手下が多くて厄介なの」
「そうか。それならお前に当たるのは違っていたわけだな?」

 そこまで聞いたところで、フィウドはサザンドラを絞めていた触腕を緩め喉元から退く。だがサザンドラはらしくもなく息をつき、床に体を投げ出したままである。なんとなくだがサザンドラの息の中から、本物のデュラスに手を出せないことを認めてしまった屈辱感が感じ取れた。領民に好かれていることが信じられなくなるような傲慢な発言が散見されたサザンドラだが、だからこそこういったことを認めることへの苦痛は大きいのかもしれない。

「あー……流石にやり過ぎたかな?」

 まだ気持ちの奥底にはサザンドラの態度への苛立ちは燻っているが、苦痛に打ちのめされた相手の姿を前にしていつまでも締め上げるような態度でいる気にはなれない。サザンドラが動かない一瞬一瞬が、フィウドの脳裏に申し訳なさを募らせていく。しばらくしてサザンドラは仰向けのまま大きく息をつくと、それで全て無かったかのように勢いよく起き上がる。

「そう思う? ならキスの一つもしてくれない?」
「……呆れたものだ。元はと言えば君の悪ふざけからの自業自得なのだが?」

 起き上がり際に見せた目線は、また隙あらば唇を奪おうと言わんばかりの虎視眈々としたものだった。或いは一度でも弱い様を見せたことを否定したい虚勢による部分もあるのだろうか。フィウドはため息一つ、振り返りサザンドラに後ろを見せる。

「出て行っちゃうの? 部屋なら用意するから、泊まっていきなさいよ」
「寝込みを襲う腹が見え見えなのだが? 悪いが失礼するよ」

 逃げるように客間を後にするフィウドの背後から、白々しく「酷い」だのの言葉が投げつけられるが気にならない。すぐに頭の中は今夜の宿のことに切り替わる。先程ルガルガンに案内されて通った町の中にそれっぽい建物があったと頭を巡らせつつ戸口をくぐる。相手がわからなかった来る時とは違い、ようやく緊張がいくばくか緩んだ状態になれたフィウドであった。






 フィウドが町の中に戻り、宿を探すついでにのんびりと散策する。あのサザンドラが発展させたという点だけ目をつぶれば、なかなかにのどかで落ち着く町並みである。サザンドラが好みそうな悪趣味な像が立っているとか、そういうのもない。

「落ち着いて見ると、いい町だな」

 別れ際は元の態度で取り繕ったが、正直今なおフィウドの頭はストレスでかき回されている。散策は宿探し以外にも気分転換を兼ねており、元来た道以外にもいろいろな路地に入っている。すれ違う住民の目線が妙に集中してくるのは気になるが、別段何かあるわけではないと気にせずにいた。

「あ、兄上……探したぞ!」
「ウィダム! ってことは、伝令か」

 フィウド同様安物のマントの隙間からは、とげとげしく逆立った黄色い毛並みが見えている。ウィダムと呼ばれたこのサンダースは、言い方からするにフィウドの弟らしい。周囲をいぶかしげに見まわした後、ウィダムは耳打ちするためにフィウドの耳元に寄り。

「町中噂になっているぞ。なんでも『フィウドという旅ニンフィアがデュラス様に気に入られた。結婚も近そうだ』ってな」
「な、なんだって?」

 その瞬間、フィウドの脳裏に屋敷まで案内してくれたルガルガンが浮かんだ。恐らくサザンドラがフィウドを変に気に入っていたのは気付いていただろうが、そこからこんな形に余計なものをつけて広めてくれるとは。住民の目線が旅ニンフィアである自分に集中するわけである。

「これはもう……野宿覚悟で今から町を出るしかないか」
「残念だが兄上、国の方の返事待ちの案件がだいぶ溜まっているんだ。数日はこの町で宿をとって腰を据えてやってほしい」

 絶叫したくなるのをこらえるフィウドに対し、ウィダムは更に容赦ない現実を突きつける。それはつまり、あと数日はこの奇異な目線に耐えながら生活しないといけないということである。

「なら、せめて終わるまでは引きこもらせてもらう。食事とかの準備はお前が頼む」
「ああ、そのくらいは構わないが……そこにするのか?」

 フィウドが触腕で木製の押戸を開けると、フロントで対応している真昼のルガルガンの男性と目が合った。床に敷かれた緑を基調とした絨毯はサザンドラの部屋と同じ柄で、いい具合にトラウマを刺激してくれる。この辺ではよく作られているのだろうかとかは今は考えたくなかった。

「いっらっしゃ……いらっしゃいませ」
「明らかに私を見て噛んだだろう?」

 ルガルガンの男性はフィウドを見るなり珍妙な物を見る表情を見せていた。このご挨拶な接客に対するクレームを言い終える頃には、顔中の毛を逆立てて笑い出している。フィウドが触腕を怒りのまま伸ばそうとしているのを見て、ウィダムは戦慄する。

「話は姉から聞いたよ。あ、あんたを案内したのが私の姉なんだがね」
「お前の家族か!」

 その瞬間にはフィウドはルガルガンの首を締め上げていた。ウィダムが止める間もない「電光石火」の早わざに、ルガルガンはカウンター越しに呻きを聞かせる。フィウドの脳内には「今日は締め上げてばかりだ」という嘆きも若干だが存在している。

「ぐ、う……。姉から聞いた時点ではまだ『今日来た旅人ニンフィアのフィウドはデュラス様に気に入られたから屋敷に泊められるだろう、ここを使うことはないだろう』程度の話だったよ」
「そうなのか?」

 追及するフィウドの目は殺意に満ち溢れており、ウィダムも止めるに止められないとルガルガンに目線で謝罪する。本人ではなく家族のこととはいえ、結婚まで含めた話をうわさを流すなど度が過ぎるというのもある。ウィダムから見るとやりすぎの気はしなくもないが、それはまだウィダムがここの領主のことを知らないからである。フィウドにしてみればあれと結婚などとんでもない話だ。

「小さい村だしデュラス様絡みだし、みんな話に飛びついちゃってね。いつの間にか話が大きくなってたよ」
「……君だけに言うのは酷なわけか」

 まさに不承不承という態度であったが、それを聞いてフィウドはルガルガンを解放する。ルガルガンの首元の毛並みが乱れたのを軽く整え、丁寧な態度だ。それでも収まらないものがまだ駄々洩れなのにはウィダムもルガルガンも恐怖するばかりだが。とりあえず泊まるために記帳等を済ませようと、フィウドはルガルガンの差し出した筆に触腕を伸ばす。

「まったく、兄上がこの剣幕になるなんて珍しいな」
「デュラス様もあの性格だからな。よっぽど詰め寄られたんだろう」

 その瞬間受け取った筆をカウンターの机にたたきつけるように置き、またしてもルガルガンの首を締め上げていた。目を大きく見開き、何かのトラウマが再燃したのが伺える。この瞬間になってようやく、ウィダムもここの領主がフィウドを相応に怒らせる性格であることまでは理解した。

「あのサザンドラは何なんだ!」
「兄上、領主のサザンドラじゃ完全にその店番には関係ないだろう?」

 ルガルガンを締め上げて叫ぶフィウドは、どう見てもただのヒステリーだ。再びの剣幕に身をすくませつつも、ウィダムはフィウドの触腕の一本に触れ声をかける。今度は申し訳なさそうに触腕を戻すフィウド。感情的なものに負けてしまったことへの申し訳なさがあり。

「うむぅ……これは申し訳ない」
「ぐぅぅ……まあ早いとこ部屋に行って、頭冷やした方がいい」

 言いながらルガルガンの男性は記帳を前足で指さす。名前と種族と年齢と出身を書く欄がある。寝せていた筆を拾って、フィウドは罰が悪そうにそれらを記入していく。ウィダムの方もすぐに記入は終わる。首を絞めたことに気を悪くして「泊めない」と拒否されなかったのは幸いだと、フィウドは息をつく。

「二名様ご案なーい! それにしても、兄弟で旅をしてるんだね」
「ああ……ちょっと事情があるんだ。ところで、ここの領主以外にデュラスという名前は聞かないか?」

 それを訊いたところで、フィウドは自らの言葉にはっと息をのむ。サザンドラは自身もデュラスを仇として、動向まで詳しく追っている様子だった。それに対してこちらは種族すらもわからない「デュラス」という名前だけで手探りの状態だ。サザンドラの奇行に気圧されたにしても、もう少し詳しく聞いておけばよかった……。

「いや……聞かないね。ひょっとしてその名前だけで訪ね歩いているのかい?」
「ああ。じゃあ……ここの領主のデュラスさん、誰かの足取りを追っているみたいな話をしてたんだけど知らないかな?」

 今から再度サザンドラを訪問しようものならどんな態度をされるかわからない。なので訊けるところから訊くことにする。首を絞められた直後だというのに、その相手にも気を悪くせず受け答えするルガルガンにも感心しつつ。

「ああ、そうだね……。そういえば西の山賊の動向を時折調べてるって聞いたことがあるね。凶悪な連中だけど、表に出ない親玉のことは名前すらわかってないらしい。物騒なもんだよ」
「西の山賊……あの者たちの活動範囲だと、この村が襲われる心配はそうはないと思うが?」

 ルガルガンの口から出た山賊の話はフィウドも耳にしている。周辺の村や旅人を襲い略奪や凌辱の限りを尽くしていて、一方で用心深く、差し向けられた討伐隊も姿を捉えることもできないでいるという。一部の下っ端を捕まえることはあるが、全体のことをろくに知らないため手掛かりは掴めないままらしい。

「言われてみれば確かに……。まあ用心に越したことはないと思うし、あの方のやることなんていつもそうだけどな。結果が俺達のためになるならいいと思うよ?」
「そうか。あの性格でも信頼されて……いるのかな?」

 続いて出てきたルガルガンの言葉に、ウィダムが噴き出すのが聞こえた。領民が思いつかないようなやり方で村を整備したという意味では、ルガルガンの言う通りまさに「結果」なのだろうが。理解はできないのに信頼はされるということが矛盾なく存在している……それに意外さを突かれたといったところだろうか。

「と……長話してしまったが、この部屋だよ。ごゆっくりどうぞ」
「あ、ああ。ありがとう」

 ルガルガンは扉を開けて室内を示し、フィウドとウィダムが入ったのを見て扉を閉める。そして受付に戻ろうと振り返り数歩歩きだしたところで……。

「姉さんも予想してたけど、あの兄弟相当な身分っぽいな。デュラス様には悪いけど、こんな辺境の村の領主じゃ叶わぬ恋になりそうだ。噂はその辺無視して先走っちゃってるけど、どうなることやら……」

 一度だけ部屋の方に目線を向けて首をかしげる。身分や事情を言ってきたわけでもないので極力他の客と同じように接したつもりだが、それでも疑問が湧くのは仕方ない。一つ思うことがあるとすれば、叶わぬ恋が不幸を招かないでほしい。何はともあれ信頼している領主なので、不幸なことは持ち込まないでほしいと何となく思うルガルガンであった。






「そういえば兄上」
「どうした?」

 ウィダムがマントの中に詰め込んでいた書類が机に積まれ、それを前にフィウドは特に腐る様子も見せず仕事を始める。外見は普通にマント一枚の姿だったというのに、どうして山をなせるほどの書類を詰め込めていたのかは疑問だが。フィウドは慣れた目つきで書類に目を通し、触腕で握った筆で記入を始める。

「話だと領主のサザンドラ、セチさんの仇を追っているんだよな? しかもそれが西の山賊で」
「集めた情報を組み立てるとそうなるな」

 正直なところ、フィウドはまだその西の山賊が下手人であるというのは若干疑っている。その者たちの活動範囲がセチの殺された首都からも遠いからだ。凄惨な所業を繰り返していることから放っておけない存在であるとも思っているが、今のところは討伐隊に任せておくべき仕事だと考えている。

「自分も西の山賊の話が出るとは思わなかったが……もう少し詳しく聞いて来た方がいいんじゃないか?」
「行く必要などない。できることならあのサザンドラとはもう関わりたくないというのもあるが……」

 ウィダムの疑問に対し、フィウドは書類仕事の手を止めず憮然としたまま答える。よっぽどそのサザンドラに嫌な目に遭わされたのかと同情しつつも、大きな問題なのだから私情で切り捨てては欲しくないとも思った。

「兄上らしくないな。いつもなら『庶民を悩ます賊徒の情報、見過ごすわけにはいかない』ってキラキラ輝いた顔で言い出すもんだと思っていたんだが」
「私も疲れることがあるのだよ。それにウィダム、君の思うような心配は必要ない」

 筆を進めながらも、フィウドは自分の顔に関しては「そんなに輝いているのだろうか?」と苛立ち交じりの疑問を浮かべている。今までは「別段問題ない無難な顔」と鏡を見てその程度の認識だったが、サザンドラに詰め寄られてからは自分の顔が恨めしくなる。一方のウィダムは山賊の情報が優先で兄に腰を上げてもらいたかったが、珍しくこうも「行く必要などない」で動かなくなっている姿に驚きを隠せない。しかしその答えはすぐに出てきた。

「フィウド、来ちゃったよ!」
「行く必要、無かっただろう?」

 満面の笑みで部屋の扉を開けて入ってくるサザンドラに、ウィダムは絶句する。来るのがわかっているならわざわざこちらから赴く必要などない。欲望一直線であたり構わないサザンドラの性格を知れば、あれだけにべのない態度をとってもまだ諦めるわけがないだろうと踏んでいたフィウド。言った通りだろうと伝えようと向けた目線の先では、ウィダムがサザンドラに品定めされ始めていた。

「なんで自分を見るんだ? 用は兄上にじゃないのか?」
「弟さんなのね? 男は一度は必ず見ることにしているんだけど、あなたも悪くないわ。でもやっぱり一番はフィウドかしら?」

 サザンドラが嘗め回すようにウィダムを眺めている間、フィウドはそちらには全くの無反応で書類仕事を進めていた。正直なところサザンドラの欲望の矛先がウィダムに向かってくれるなら、フィウドにとってはその方がやりやすいと考えたからである。流石にそこまで思い通りにはならず、すぐにサザンドラが自身の背後に寄ってきているのをフィウドは感じ取り。

「大体なんでここにいるってわかったんだよ!」
「この村で私に隠し事ができる奴がいると思って? 唯一の宿がここってのもあるから、店番に訊いたの。一度は『客の情報なので……』って隠そうとしたけど、睨みつけたら部屋まであっさり」

 ウィダムが叫んだ疑問に対し、サザンドラは一度廊下に目線を向ける。ウィダムがそちらを見ると、先ほどのルガルガンが許しを懇願する目線を向けてきた。それに対してウィダムが目線にありったけの恨みを込めると、それ以上は無理だとばかりに部屋のドアを閉めて逃げ出した。フィウドもサザンドラに引っ付かれそうだったので、書類仕事の継続は諦める。

「それで、来たなら丁度いい。君に訊きたいことがまた出てきてね」
「こいつがここに来た理由は訊かないのか?」

 普通の相手であれば、まずは自分のところに来た理由を聞くのが順当だろう。だがフィウドは何も言わずに首を振る。会話の主導権を渡すと何も進まなくなるのは先刻の訪問で理解していたので、こちらの言いたいこと訊きたいことに終始することにする。

「酷いわね。私はただの情報源?」
「それ以上の立場を与えると面倒だからね。君は訊かれたことだけ答えればいい」

 会話をしながらもサザンドラは抱き着こうと三本の首を伸ばしてきて、それに対してフィウドも押さえる触腕に力を込める。顔面を思いっきり触腕で抑え込まれているのになおも引っ付こうとするサザンドラに、ウィダムは絶句するばかりだ。

「せめてお礼に抱き着かせてくれたっていいじゃない。意地悪なんだから」
「デュラス、君が西の山賊のことを追っていると聞いたけど本当なのか?」
「酷いスルーね。あとあなたにはユエラって本名で呼んで欲しいんだけど?」

 お互いがお互い言いたいことしか言わず、我ながら酷い会話だとフィウドは思っていた。一方で、やはり素直には答えないかと面倒くささも感じる。フィウドはユエラの左右の頭を引き寄せると、触腕で一本に束ね……。

「ならユエラ、君が追っているという西の山賊のことを答えて欲しいんだ」

 空いた触腕でユエラの主頭のあごを真上に持ち上げる。マズルが大きい顔のつくりになっているため、こうされるとユエラはフィウドの顔を見れない。それに対してユエラもその触腕から解放されようと首を傾けるが、残りの二本の触腕も絡まされて許されない。しばらく攻防は続いたが、やがてユエラは折れ。

「仕方ないわね……。確かに、私はあいつらを追っているわ。あの警戒ぶりだから、首領の種族も名前も知られてないだろうけど」
「君はその首領の名前がデュラスだっていうのは知っているんだな? 一体どうやって知ったんだ?」

 先程ウィダムと話した通り、西の山賊の情報は専門の討伐隊ですら掴むことができないでいる状況。それを知れたのだとしたらどのような事情があるのか、聞く必要がある。もう一つ、セチを殺害したのがそのデュラスで合っているかも。この村を襲うかも疑問だが、そういった普段の活動範囲から外れるようなことをするのかも気になる。

「言わなきゃダメ?」
「まあ、そうでないと信用できないな」

 言いながら、フィウドは喉元に触腕を絡める。適当なことを言うようならまた締め上げるという意思がありありとしている。まるで拷問だと、ウィダムはその光景に唖然としている。サザンドラは口の中でぶつぶつと呟き始める。よほど言うことにためらいがある様子だが、しばらくあって意を決したように息を吐き。

「……犯されたの」
「え?」

 ユエラの一言に、フィウドの触腕の力が緩む。その瞬間下りてきた目線からは全く力が感じられなくなっており。傍若無人さも鳴りを潜めて意気消沈状態である。これを見て過去の傷を踏み抜いてしまったことには気づいたフィウドだが、もう遅い。

「私を襲ってきたのは、あいつの配下でも精鋭部隊だったんだと思う。数に押されてついに捕まったところに、現れたのはジャラランガだった。配下の一人がそいつに『捕らえましたよデュラス様! こいつは楽しむにはちょうどいいんじゃないですか?』って言ったの。その後は……」
「もういい。辛いことだったのか……」

 フィウドが触腕を緩めても、ユエラは先程のように抱き着いたりするそぶりは見せない。まっすぐフィウドに向けた両目は、その時の屈辱を追想させられ潤んでいる。傍若無人でしたたかなユエラらしからぬ姿だが、だからこそ凌辱されたことへの心痛は著しいのだろうか。その上に仕返しをしようにも手を出せないものだから、悔しさは甚大だろう。

「あいつは普段は拠点周辺で活動しているけど、たまに単独だったり限られた仲間だけで遠出して、権力者とかを殺すことがあるの。チラチーノのお嬢さんもその一環。他にも犯人が分かってない有力者の殺害事件、あったでしょう?」
「全部ではないにしても、そいつがかかわっている件が多くあるわけか……そうか。すまない、教えてくれてありがとう」

 ユエラは声を絞り出して、なおも話を続ける。それが婚約者だったセチに関する内容だったのにフィウドは驚きを隠せない。確かに自分の求めている話を向こうから出してくれるのは楽だが、触れてはいけない過去に触れてしまったことへの申し訳なさの方が先に出ている。思わずフィウドが詫び、礼を言うと……。

「お礼なんか言わなくても……その代わりに一緒に寝てくれない?」
「待て。それとこれとは話が違う」

 一呼吸おいて元の傍若無人で悪戯好きな表情に戻る。そして主頭の口をまっすぐ伸ばしてくる。食うためではない。フィウドはユエラの顔面に触腕を当て、さすがにそれは違うぞと口付けを防ぐ。そしてさり気なく要求の度合いが上がっているのにも苦笑する。彼女は計算ずくなのだろうかと、フィウドも呆れるばかりである。

「あんなやつとは違う、素敵な男で記憶を書き換えたいの。つまらない男じゃ書き換えられないだろうから、ね?」
「そのようなことを言われてもな……私にも立場だったり色々なものがある」

 第一に出た気持ちは、このテンションが乱高下する性格に振り回されるのが厳しいという気持ち。その意味で「こちらにも選ぶ権利がある」という言葉が喉まで出かかったが、やめた。今はこのテンションだが、数十秒前まではつらい記憶を引き出していた相手である。それに言う言葉ではない。

「なに? あいつは立場も何もあったもんじゃないのに、あなたのような素敵な男が素直に動けないの?」
「そのような賊徒と同じ尺で測られることが既に心外なのだが」

 こちらの方は本心である。フィウドの流儀として「賊徒でもそこに至るまでの事情があるだろうから、理解する努力も忘れてはいけない」という考えはあるが、一方で「それでも鼻から他者に害をなすことが前提の立場にだけは絶対になってはいけないのに、そうなってしまっている」姿には嘆かわしいものを感じているからだ。

「いいわ……だったらその立場も忘れたくなるところまで、私が引き込んであげる」
「不穏なものだ。あまり他の者を困らせるんじゃない」

 ユエラは顔面を押さえつけるフィウドの触腕に、首を伸ばして口付けする。この行動は予想していなかったため、フィウドは思わず触腕を引っ込める。フィウドの触腕に触れた唇部分を、ユエラは嬉しそうに舌なめずりする。フィウドは口調こそ取り繕っているが、これには恨みを込めて睨みつける。

「仕方ないわね。明日また来るね」
「もう来なくて構わんのだが」

 ユエラが諦め気味に振り返ると、忘れられたかのようにたたずむウィダムと目線が合った。目の前のやり取りについていけずに呆然としている様子なのに対し、ユエラは可愛いものと言わんばかりにウィンクする。ウィダムは一瞬で身を震え上がらせ思いっきり後ずさりし、後ろの壁にぶつかる。それを見てにやけながら、ユエラは部屋を後にする。

「……兄上が言うのもわかる部分はあるが、兄上の方も女性にあんな抑え込み方をするのか」
「色々驚かされたようだな」

 ひとしきり体を震わせた後深く息をつき、ウィダムは苦しげに口を開く。先程のルガルガンに対する怒り方でもある程度は覚悟していたのだが、この部屋に上がり込んだ時点で既にそれを超えられていたらしい。仕方ないとばかりにフィウドも息をつき。

「仮眠をとらせてくれ。書類の方は日付が変わったら再開する」
「ん? 夜中にやるのか?」

 言いながら洗面所に入ると、先程ユエラに口付けされた触腕を洗う。書類仕事を始めてからすぐにユエラが来たので殆ど進んでおらず、戻ってきて机の上の山を見ると悔しそうな表情を見せるが。それでも気が重い様子でベッドに上り。

「彼女は『明日また来る』って言ってたが、それは日付が替わってすぐくらいに寝込みを襲いに来る可能性も含むだろう」
「それは、考えすぎ……まあいいか。自分もあのサザンドラがどういう行動に出るか想像がつかんな」

 フィウドに言われて、ウィダムも呆れたようにまたため息をつく。流石に「日付が替わってすぐ」に関しては可能性の一つくらいにしか思えないが、寝込みを襲うというのは目に浮かぶようだと言わんばかりである。噂のおかげで外出もままならなくなったフィウドたちだが、それに加えて睡眠も交代にする必要まで出てきてしまった。顔を見合わせると、揃ってまたため息一つ。

「そういうことだ。食事は、今夜は手持ちの保存食にする。お休み」
「ああ、お休み」

 言い終わるや挨拶も中途半端に、フィウドは寝息を立て始める。不貞寝というのも間違いなくあるだろうなと、ウィダムは何となく感じていた。ユエラの「明日」という言葉通りならすぐに戻ってくることはないだろうが、それでも一応見張っている必要はあるだろう。ウィダムは体を伸ばし、来たる暇に備える。

「ふふ、殺されたチラチーノのお嬢さんはそれさえなければあれだったってことは……。フィウドも偽名名乗っているけど、正体バレバレじゃない。ユエラ様は狙った獲物は逃さない。どう料理してあげようかしら?」

 一方、宿屋から出たユエラ。先程口付けした触腕の感触を思い出しながら、もう一度舌なめずりする。ただでさえも目立つ存在の上に今は噂が立っている状況、だというのに領民から集中的に受ける目線も心地よくすら感じているようだ。店番のルガルガンがどう感じているかなど知った風でもなく、転がり込んできた恋に胸を高ぶらせている。






 ウィダムが寝息を立てる脇で、フィウドは黙々と書類仕事に勤しんでいる。夜半が過ぎて日付が替わり交代したのだ。先程とは打って変わって窓の外も静まり返っているが、書類仕事をするならこのくらいの方がいい。

「フィウド、いるー?」

 そんな静寂を引き裂く頓狂な声と共に、派手な音を立てて扉を開けるユエラ。他の宿泊客がいるかわからないにしても、迷惑な話である。一度は部屋に鍵が無いのを恨めしく思ったフィウドだが、夜中にこうも騒がれたらあったとしても対応せざるを得なかっただろう。どうしようもない相手である。

「本当に来たか……」
「あら、寝てなかったの? ていうか面倒くさそうなことしてるのね」

 仮眠の前にウィダムと話したことは、フィウド自身もあくまで可能性の一つにしか思ってなかったが。絵に描いたように目の前に現れた現実にはため息も出ない。

「大事な仕事の最中だし、周りも寝ている時間だ。騒がしくするならお引き取り願いたい」

 言いながら、フィウドは目線でベッドの上のウィダムを示す。彼も彼で余程に疲れていたのか、この騒ぎでも起きる様子が無い。フィウドに示されるがままにユエラもウィダムをのぞき込み。

「あら。弟君の寝顔、可愛い」

 刹那、ウィダムは体をけいれんさせてうなされ始める。夢の中までこの声が届いたのかはわからないが、フィウドは弟に心の中で猛烈に詫びる。流石に起こしてまで直接詫びることはできないが。

「まったく……嫌がらせに来たのか?」
「それを楽しいことに変えるかどうかはフィウド次第ね。そういえば、この『フィウド』って名前も偽名よね」

 ユエラは若干声のトーンを落としている。周りに対して気を使うというより、ウィダムの寝顔を見続けていたいかららしい。こうして話している間も、ちらちらとウィダムの寝顔をのぞき込んでいる。

「私が旅をしている目的は知っていよう? うかつに本名は名乗れないから、一般には出回らない幼名を名乗っているのだ」
「あらあらなるほど。あなたの可愛かった頃なのね、うふふ」

 幼い頃のフィウドの顔を求めて、ユエラはウィダムの顔をさらに凝視する。ウィダムのうなされようは酷くなる一方だ。本当に彼女には夢に干渉する能力でもあるのだろうか?

「どうしようもない奴だな、君は。最初の時も私に殺されるなら構わないとか、復讐の目的があるのによく言えたものだよ」
「だって、フィウドがあんまりにも素敵なんだもの。他のことなんていちいち考えていられないわ」

 いくら能力が高かったとしても、住民にここまで慕われるほどの土地開発を行うなど簡単なことではなかろうに。そこまでして成し遂げようとした目的を簡単に捨て去れるとは、場当たり的な者もいたものだと愕然とする。フィウドにはこれが良いことなのか悪いことなのかまではわからなかったが、自分ではそのような生き方はできないししたくないと感じた。

「恐ろしい生き方だ……。恐ろしいって言えば……デュラスをここに誘い出すとか言っていたが、住民たちが巻き添えになるとは考えないのか?」
「そんなの私には関係のないことよ。それがどこか恐ろしいのかしら?」

 ただ、領主として大勢の者に干渉する立場である。そうである以上ついて来る者たちのことは考えるべきだとは思っている。フィウドが聞いているだけでも、西の山賊たちは略奪殺戮の限りを尽くしている。それを住民の生活の場に招き入れるなど、フィウドの感覚からすると受け入れがたい。

「これが恐ろしいと思えないわけか。君には君の目的があるにしても、それで住民を巻き込むなど領主としてあっていいことではないだろう」
「興味ないわ。あいつが引き連れていた手下が村中に散っているから、あいつの周りは手薄になる。むしろ名案じゃない」

 だがユエラの方は、どこまでも自分の欲望だけで考えているらしい。確かにユエラの目的だけを考えれば合理的だろう。悪逆非道な西の山賊たちであれば豊かになっていっている村には目を付けるだろうし、その領主が自分たちの頭目と同じ名前を名乗っているのであれば感情を逆撫でされるだろう。かつて犯した相手であることまで気付くかは疑問だが、狡猾さと慎重さを考えると調べ上げるだろう。誘い出される要素は並んでいる。つまりは最初から住民を巻き込む前提なのだ。

「君は……どうやら力を持たせてはいけない者のようだな。武力にしても知力にしても、権力でも財力でも……周りの者たちとの相互関係の中で使うものだというのを知らないのか? 力を持つことの責任を知らないのか?」
「フィウドって本当に面倒くさいこと考えるよね。私がやりたいことのためになんだってするの。それでいいじゃない」

 住民たちが巻き添えになるとわかっていて、見て見ぬふりはできなかった。西の山賊たちが既にこの村に対して動き出しているかはわからないが、相応の準備が必要だろう。王宮に連絡を取って討伐隊との協力を仰ぐでも、住民や旅人から戦えるものを募るでも。それをしないということは、最低でもデュラスと戦っている間は住民のことなどお構いなしなのだろう。上に立つのであればそんなことはしてはいけない、下にいる者たちを守ることを最優先にしてほしい。そうでなければ上に立つような真似はしないで欲しい。フィウドは真っ直ぐに、ユエラに厳しい目線を送る。

「君には君の欲があるのはわかるが……それ一辺倒で周りに害をなそうとお構いなしなら、デュラス以外にも敵を作ることになる。君はそれでいいのか?」
「本当に面倒くさいのね。そうやって大人びているけど、本当はまだ子供でいたいんじゃないの? いくら本名を名乗れないからって幼名を名乗っちゃってさ」

 言われた瞬間、フィウドの中で何かが切れた。頭の中を強烈な熱が支配し、自分の持っているものが全て焼き切れたような感覚。昨日も繰り返し怒りを露わにしてはいたが、その時でもここまでにはならなかった。

「何て……言った?」
「あなたも本当は、まだまだ好き放題な子供でいたいんじゃ……って?」

 顔中の毛を逆立てて、フィウドの怒りに流石のユエラも息を呑んだ。だが、その原因は何故かはわからなかった。誰もが自分の欲望のために生きていて、周囲などそのための道具くらいにしか思っていなかった……ユエラの中では。相互関係とかフィウドは言ったが、どんなことがあっても突き詰めていった最後は自分のはずなのに。フィウドは何を怒っているのか理解できなかった。

「どんなに子供でいたくても……逃げられなくなる時は来るんだ。君のように自分の勝手ばかりを先に立てて周囲を害してお構いなしの者を、私は許さない!」
「何よその目! 自分が好きなようにできないからって、嫉妬でもしてるの? そんな怒り方するくらいなら、最初から好き勝手にやればいいのに!」

 フィウドの声のトーンは低いままだが、それは唸るように周囲の空気を震わせている。一方のユエラの方も、理不尽な怒りの矛先を向けられて狂わんばかりになっていた。昼間に首を絞められたのはフィウドが情報が欲しいからで、それを無視して引きずり回した部分は言われても納得できる部分はあったが。それにしてもそれを含めて、なんでここまで嫌われるのか理解できず不満であった。

「何とでも言え! 君とはもう関わりたくもない! 仕事もあるし出て行ってもらいたいのだが?」
「いいわ、わかった。もう知らない!」

 ユエラは最後にひとしきり叫ぶと、フィウドに背中を向けて部屋から飛び出す。浮かんでいるので残していった音はわずかな羽ばたきだけだったが、扉は開けっ放しだったので廊下から異様な空気が流れ込んでくる。ユエラが去ってもなお怒りに掻きむしられて、言った手前ながら仕事に移れないフィウド。そして直前までの異様な空気を異変と感じた敏感な客が目を覚ましたのか、何となく廊下が騒がしくなる。

「兄、上……?」
「ウィダム、起こしてしまったか。すまないな」

 ここにきてようやくウィダムも目を覚ます。疲れていたにしても、うなされていた上にこの騒がしさでは仕方ないだろう。押さえきれない苛立ちを必死に飲み込んで、フィウドは寝ぼけまなこのウィダムに謝り。状況が読めないウィダムはしばし茫然と兄の顔を見つめ、一方のフィウドも何かを考え込んでいるのかぶつぶつと口の中で呟いており。

「誰か来て……ああ、あのサザンドラか?」
「そうだ。すまないが……十分に休んだら、王宮まで急いで走って貰いたい。その間に手紙を書いておくから、それを届けて貰いたいんだ」

 状況を理解したウィダムの声で何かに押されたように、頭の中が一本にまとまった。すぐに机に向かうとユエラの乱入で途中になっていた書類をどかし、自分の荷物の中から白紙を取り出して入れ替えに広げる。ユエラが備えをしないのであれば、自分がやるしかない。

「わかった……が、食事とかはどうするんだ?」
「ああ……では夜が明けたら適当に保存食を買い込んでおいて欲しい。それが終わったら、すぐに走って欲しい」

 この村から首都までは、普通の種族の足では何日もかかる。だがサンダースであるウィダムなら「高速移動」でその時間を大幅に短縮できる。伝令としてウィダムが選ばれた理由もそこにあるのだが、ウィダムのマントの中にペンダントとなって下げられた抜け殻の「雷の石」が、本懐を遂げたとばかりに鈍く光る。今は再び眠りについて「可愛い」と言われる寝顔を晒しているウィダムだが、兄を支えたいという思いがあってこの姿を選んだことに変わりはない。






 ウィダムが宿を離れてから一昼夜。フィウドはウィダムに用意させた食糧を食つなぐことで引きこもり、黙々と書類仕事を進めることができた。手厳しく叱りつけた先日のせいもあり、ユエラの邪魔も入ることはなく。

「あとは……。ああ、これで終わりか」

 最後の書類にサインをすると、終わったものの山に乗せて息をつく。のしかかっていたものが崩れるようで、気分がいい。

「さて、あとはウィダムを待つだけか。もうしばらくかかるかな?」

 机から離れて体を伸ばし、仮眠でも取ろうかとぼんやり考えていたその時。窓から入ってくる風に乗って、忍び寄るような足音が聞こえてきた。ひとりとか数名ではないことも含めて、フィウドの中で危険信号が鳴り始めた。

「既に狙われていた方だったか! ウィダム……気付かれるなとは言ったが、急いでくれ!」

 ユエラから聞いた西の山賊の情報を書き、急ぎ王宮宛ての手紙を持たせたウィダムに出発させた。知られている活動範囲外にも部隊を組んで襲撃することがあること。近くに討伐隊がいれば警戒心の強さから取り逃がす恐れがあるため、気付かれないように注意すること。一方で既に目を付けられていたら猶予が無い可能性があること。フィウドはマントをまとい、部屋から飛び出す。

「こんな時間にお出かけですか?」
「皆さんに絶対に外に出ないように伝えて、あと扉を固く閉ざして!」

 耳を澄ませば、他の客室の旅人にも異常を感じている者がいるようであった。声がする。その辺はいつ襲われるかわからないだけあり流石だと感じているが、だからといってパニックになれば下手に飛び出すこととかも心配される。フィウドは店番のルガルガンに一言いい残すと、未明の空の下に飛び出し。

「うわあああ!」

 ひとしきり雄たけびを上げる。未明だというのにそこら中に怪しい影がうろついている。それらの影はフィウドの突然の奇行に、一斉に目線を引き付けられる。そうだ、それでいい。

「なんだこいつ?」
「やかましいな。先にシメちまえ!」

 近くの賊たちが一斉にフィウドの前に駆け寄ってくる。そうだそれでいいと、フィウドは胸の中で笑う。住民たちに加えようとしている危害をそのまま自分に向けて欲しいと。真っ先に飛びかかってきた二つの影。ゴーリキーに「電光石火」で当たり、跳ね返り際に「サイコショック」でヒノヤコマを打ちのめす。

「ユエラ!」

 そして喧嘩別れになった相手の名を叫ぶ。村が襲われていることに気付けば、彼女はデュラスを討つために飛び出してくるだろう。住民たちをほったらかしでデュラスを探すだろう。だから自分が住民たちを守らなければならない。飛びかかってきたコドラの「アイアンヘッド」をいなし、振り向きざまに「ハイパーボイス」で打ちのめす。

「このニンフィア!」
「相性もクソもねえのか? 全員でかかれ!」

 賊たちは「ハイパーボイス」の範囲攻撃に警戒しながらも、波状攻撃を掛けようと間合いを取る。やはり訓練されていると感じる相手だ。ユエラのことは嫌いだが、大事な情報を与えてくれた恩のある相手でもある。そんなどちらの方向への理由付けよりも先に体が動いていた。ユエラに喝破されたのは図星で、本当は自分はまだ子供でいたいのかもしれない。滅茶苦茶に好き放題したいのかもしれない。再び「電光石火」で賊たちの真ん中に飛び込み。

「うわあああ!」

 頑強そうな相手もものともせず「ハイパーボイス」で吹っ飛ばす。店番のルガルガンが様子を覗き、状況に気付いて慌てて扉を閉めたのが見えた。フィウドはこの場は捨て置き次の敵を探しに駆ける。きっと敵は村を手分けして襲っているだろう。自分が守らなくては……責務を果たすことが力を持つことの責任である。ユエラに説教した時のことを思い出しつつ。

「なんだこいつ!」
「ぎゃあああ!」

 次の賊を見つけ昏倒させる。






 数名の賊たちが周りを囲み、物陰に住民の怯える目線もある中。ユエラが三つの口から「竜の波動」を放つと、ジャラランガは振り下ろそうとした「ドラゴンクロー」の構えを解いて飛び退き。

「俺様の名前を騙るだけはあるな?」
「あんたをこの口(て)で食いちぎる日を待ってたのよ、デュラス!」

 叫ぶのが早いか、ユエラは間合いを取って再び「竜の波動」を撃つ。それを躱すとデュラスは「ドラゴンクロー」を構えつつ距離を詰める。ユエラはそれを躱すと滑空して横を抜け、デュラスの背後に回り込む。デュラスも素早く振り返り。

「へ、へ。物騒な領主様だ。その前にこいつを食っておけよ」

 言うやデュラスは右手を空に掲げると、その手先の空間が歪み始める。周囲もろともに敵を破壊しつくす「竜星群」が飛び出してくることは、同じ竜属性であるユエラであれば当然わかることである。急いでその空間を破壊しようと「竜の波動」を撃とうとしたその時。

「させねえよ!」
「こ、この!」

 今まで参戦せずに見ていただけの賊たちが、一斉にユエラに飛びかかる。一騎打ちと油断させたのは卑怯だとしても、こういう相手に油断した自分の失敗にも歯噛みする。手下たちは簡単に吹っ飛ばされるが、その間にデュラスは発動以上の最大級のチャージを進め。

「こいつが、俺様の味だぜ?」

 ユエラも見たことのない禍々しい空間が口を開く。チャージを深めたが故の通常ではありえない高火力が見て取れる。もう破壊できないと直感し躱すことに集中しようとしたその瞬間、背後からの目線を感じる。状況に恐怖している住民の目線だ。

「力を持つことの、責任……!」

 フィウドの言葉が口から漏れる。ここで自分が躱せば、この「竜星群」の火力だとすぐ後ろの住民は近くの建物もろとも消滅させられるだろう。自らが呼び寄せた賊のために住民が犠牲になることが、あの時のフィウドの怒りを思い出した瞬間怖くなった。これ以上フィウドに嫌われたくない……ユエラは動いた。

「なっ?」

 まっすぐに空間の歪みに向かって、三つの口に「竜の波動」をチャージしながら。必死に躱そうとする姿を見れると思っていたデュラスは目を見開き。その手から「竜星群」が離れないうちに突っ込まれ、爆発。爆風はユエラはおろかデュラスをも吹っ飛ばし。

「ぐ……」

 動けない。もともと「竜星群」は反動の大きい技であるが、それを必要以上にチャージをした上で爆風に飲まれたのだ。そうすぐに動けるはずがない。

「馬、鹿、野郎……。死ぬのが、怖くねえのか?」

 薄目を開けると、同じく地に伏しているユエラ。盛大に吐血し、既に死んでいるようだった。あの爆発で原型を残しているなんて大したものだと逆に感心する。もう少し……呼吸を整え、何とか起き上がる。首を振って意識を揺り覚ますと、ユエラの脇にはいつの間にかニンフィアが現れていた。

「お前は……ああ。その無様な領主とお熱いって聞いたぞ? フィウドとかいったな?」
「君に……訊きたいことがある」

 フィウドはユエラのまぶたを閉じさせると、おもむろにデュラスに向かう。ユエラに目の前で倒れられて愕然とする住民たちの目線で、フィウドはその思いを察した。最後の最後で自分の言葉を選んだ、力を持つ者として庶民を守ることを選んだ……その結果だということを。

「君は半年前、首都城下町でチラチーノのセチを殺した。間違いないか?」
「あ? ああ……ニンフィアって言えば、あのメスガキの婚約者か。こんな所で楽しくお過ごしかい?」

 デュラスのたっぷりの挑発に、しかしフィウドは鼻先一つ動かさない。まっすぐに冷徹にデュラスを見つめる。その目線すらも心地いいかのごとく、デュラスは声を上げて笑う。

「答えていただきたいのだが?」
「あー、冥途の土産に教えてやるよ。確かに、俺様が殺してやったな」

 何も感じなかった。セチが殺害されてから半年もの間探し求めていた仇敵に、フィウドは自分でも恐ろしくなるくらい何も感じなかった。一瞬の沈黙ののちに、まだもう一つ聞かなければならないことを引きずり出す。

「理由は?」
「はっ! 権力に守られてぬくぬくとしている連中が許せねえからだよ! そういうやつ、もう何匹殺したかね?」

 やはり何も感じなかった。自分やユエラがデュラスを狙ったのはこちらに害を与えたからであるが、向こうは何か害を受けて権力を恨んだわけではないらしい。そもそもが「ただ害を与えること」だけが身上なのだろう。そこに「権力の不正に逆らう」なんて理由付けをしているが、ただの正当化であり偽善であるのは見え見えだ。ユエラのように欲望に身を任せているのとも違うのだなと、フィウドは相いれなさを感じた。

「そうか。権力は本来民との相互関係の下で使うもので……」
「あー、うるさいうるさい。権力を持つ連中はみんなそういう綺麗ごとを言うんだよ。そして自分たちのいいように持っていく。いいか? 権力だから悪で、政権だから悪なんだ」

 それでもとばかりに、ユエラに対してしたのと同じように話してみる。ここまで理解できない存在になるのにも、どこかに仕方ないだけの理由があるのかもしれないと。

「なるほど。実際にそれを持っているそれぞれがどうかは確かめないということか」
「確かめるまでもねえ。権力だから悪、政権だから悪。これが鉄則だ」

 デュラスの手下たちは、首領の言葉に「よく言ってくれた」とばかりに大喝采を上げる。ここまで跳ね除けられると、いっそ清々しい。彼女が死ななければならないだけの理由を知り、同じことが繰り返されないための何かがあって欲しかったのだが。どうしてもこのような者が生まれてしまうのだろうなと、フィウドは何となく諦めがついた。

「その程度の認識しか持てないとは、僻んだ者もいたんだな」
「僻んで結構よ。悔しいか? ただ、お前さん。俺様の前でその素性を明かしたからには、覚悟はできているだろうな?」

 デュラスが構えるのに合わせて、周囲の手下たちも本格的に殺気を迸らせる。この者たちもデュラスと同じ救いようのない連中なのだろうと感じ取りつつ、フィウドも四肢と触腕を構える。

「悔しいも覚悟もあったもんじゃないよ。君にしたことの報いを受けさせる、それだけだ」
「はっ! ここまで俺様の子分たちをいたぶって、だいぶボロボロなそのザマでか?」

 それを聞いて、フィウドは一度深呼吸する。それで堰を切ったように息が乱れ始める。デュラスの言う通り、ここに来るまでにかなりの数の賊を打ちのめした。中には難敵もおり疲れは確実に溜まっていたのだが、それを感じ取らせないために抑えていた。こういうところは理解するのだと、フィウドは初めてデュラスに感心する。

「それを言うなら、君も今の爆発で随分な目に遭ったみたいだね」
「ちっ! なめた態度してるようじゃ、同じ死ぬでも楽にはさせねえからな!」

 デュラスが力を蓄えた頭は、一瞬で鋼の如く硬化する。それをフィウドに叩きつけるべく肉薄する。首領の「アイアンヘッド」を躱させまいと手下たちも一気にフィウドに飛びかかる。その手下たちの間を縫うように、フィウドは「電光石火」で後退し。

「思い通りに行くと……思うなっ!」

 対象を失った手下たちは、フィウドの目の前でもみくちゃに絡み合う。そのど真ん中に「ハイパーボイス」を放つと、手下たちは突っ込んできたデュラスの方に吹っ飛ばされる。そのうちのひとりがデュラスの振るう「アイアンヘッド」に直撃し、鈍い音を立てて地に転がる。

「部下たちを使い捨てた戦い方が好みかな? 自分の手で無駄死にさせる気分はいかに?」
「てめ! 馬鹿にしやがって!」

 フィウドは言いながら、その光景を示すようにデュラスの手下たちを見回す。首領がいるはずの場所での爆発を聞いて様子を見に戻ってきた者もいれば、フィウドに打ち倒された後意識を取り戻して戻ってきたものもいて。しかし誰もがデュラスの足元で仲間が転がっていることには絶句する。衝撃で眼球を飛び出させ、あまりに無残な姿だ。

「来るんなら来るといい! 私ではなく、デュラスの手で命を絶たれるようにしてあげよう!」
「はっ! 残念だが俺様の部下たちは死ぬことは恐れねえぜ! 見せてやれ!」

 フィウドの威圧に対し、手下たちはすっかりすくみ上ってしまった。その威圧の声が「ハイパーボイス」に乗せられているおかげで、集団では掛かり辛いというのもあるが。デュラスの叱咤に慌ててひとりが飛び掛かるが、動きは完全に鈍っており。フィウドは触腕を伸ばして絡ませると、飛び掛かる勢いに流してそのままデュラスの方に投げつける。ひとりしか掛かってこないことを見て、フィウドは鼻で哂って見せて挑発する。

「君が言うほど命知らずではないようだな。君自身も決め手に欠くみたいだし、どうする?」

 飛ばされてきた手下を受け止め、周りの目線に否応なくゆっくりと降ろす。本当なら乱暴に蹴飛ばしつつ突っ込みたいのだが、フィウドの挑発もあって仕方がない。フィウドは「電光石火」を打撃には使わず退避に使っており、近づくには面倒な動きをしている。肉薄せずとも大技の「竜星群」が有効ならいいのだが、フィウドが体に持つ「フェアリー」のエネルギーが「竜」の攻撃エネルギーを無力化してしまうのは彼らの常識であり使えない。

「言いやがって! 決め手がないのはてめえも同じだろ! いつまでも持つと思うな!」

 デュラスは吼えながら、頭に「アイアンヘッド」のエネルギーを溜めつつ肉薄する。得意の「竜」「格闘」の技は「フェアリー」のフィウドの体に弱められて、肉弾戦ですら戦法を制限されるのが忌々しい。一方のフィウドも先程の手下たちもろともに浴びせた「ハイパーボイス」が効かなかったことで、デュラスの特性の「防音」で無効化されることを知らされる。同じく「電光石火」も「フェアリースキン」で変質してはいるが、肉弾戦が苦手なニンフィアが突っ込んでいくのは無理がある相手だ。

「さて、持ちこたえるのはどっちの方かな?」

 間合いを取ったフィウドは、突っ込んでくるデュラスの導線上に「サイコショック」を放つ。これも「フェアリー」ほどではないがジャラランガの闘気に刺さる技である。しかしデュラスはそれを躱そうともせず、防御姿勢をとることで受け止める。他の手下たちとは比べ物にならない屈強さだ。振り下ろされた「アイアンヘッド」を「電光石火」で寸でのところで躱す。迂闊に近づけない相手だ。フィウドは脇を抜けて距離を保ち。

「ちょこまかと鬱陶しいやつだ!」

 弱点を突かれるだけあって「サイコショック」は手痛かったが、それでも自分を倒すほどではないことにデュラスは吼えながら勝機を見る。退避に使っていても「電光石火」とて技であり、切れ目もあれば撃ち尽くしもある。飛んでくるのが「ムーンフォース」であればこうもいかなかっただろうが、フィウドが使える技にセットしていることはまず間違いなくないだろう。セットできる技の数に限りがある以上、変質した「ハイパーボイス」と役割が似通う技を入れるような無駄なことをする者はそうはいない。時間はかかるかもしれないが、冷静に打ち倒すことを考えればいい。デュラスは一度深呼吸。

「残念が勝ち目はないよ、デュラス! 大人しく降伏すればまだ救いはあるかもしれないよ?」

 挑発か虚勢かと、デュラスはフィウドの言葉を鼻で笑う。既に時間の問題なのを認められず掻き回してきているのだろうと足元を見る。だったら盛大に掻き回されて見せよう。掻き回されてどうしようもなくなったと思わせて飛び込ませて、粉々に叩き潰してくれよう。

「馬鹿に……するなあああ!」

 ひとしきり叫ぶと、躱されることが目に見える正面からの突進。フィウドは横に躱すと、その動きをばねに飛び上がってデュラスの背中に飛び乗り。デュラスが振り払おうと暴れだす前に、真後ろに飛び退く。完全な挑発だ。苦々しいが、無駄な動きが出始めるまで耐えようと腹に決め。三回、五回。もう一度叫んで掻き乱された様子を見せてやろうと息を吸い込む。

「ぎゃあああ!」
「何だっ?」

 その声を吐き出すよりも一瞬早く、周りを囲んでいた手下たちが悲鳴を上げ始める。思わず動きが止まる。誰かこの集団に襲い掛かる者がこの村にいただろうかと疑問に思い。フィウドがここまで厄介な相手だったのは予想外にしても、こいつを討つまでのあと少しの間も止められないのだろうかと面倒に思いながら。

「デュラス様! 王宮の軍です! もうおしまいだあっ!」
「何? なんだと?」

 慌ててデュラスの脇に転がってきた手下の声に、デュラスの表情が固まる。事前の調査ではそんな最大の警戒対象など近くにいなかったはず。しかし手下たちの囲みのすぐ外から「放電」の音が響き、続いていくつもの悲鳴。ただでさえも首領が苦戦していたのに、王宮の軍まで現れては絶望するほかない。デュラスにとっては苦戦の「ふり」だったが、手下たちにそれがわからないため完全に裏目に出た。

「お前たち、落ち着け! 戦うんだ!」
「もう無理……首領、前!」

 混乱する手下たちを一喝しようと振り向いた。それはフィウドに目を離した瞬間だ。手下の声にフィウドの方を向きなおした瞬間、デュラスの息が止まった。凍てついた表情でフィウドが放とうとしていたのは「サイコショック」ではなく白銀の光の球体。セットしていないと踏んでいたはずの「ムーンフォース」だ。

「何故、その技を……!」

 光のエネルギー体は「防音」では防げない。そうなると「竜」の鱗肌を溶かし「格闘」の気を打ち砕く最悪のダメージが入ってくる。だが「ハイパーボイス」とターゲットが被るため使える技にセットしているはずはないと踏んでいたのに。デュラスの疑問に対し、フィウドは先程までの饒舌さが嘘のように答えない。向こうも向こうで見せかけていたのだろうか。

「首領ーっ!」
「よりによってこんな奴に、負け……!」

 自らの立場を求めて最も批判していた存在の中でも、その中心にいる者に討たれようとしている。絶対に認めたくない事態だというのに、それを振り払おうと動く前に入ってくる痛みで打ち砕かれる体。今度のフィウドに容赦はなく、既に二発目のチャージを終えていた。わずかに見えたその目には、感情は一片たりとて見出せなかった。怒りも憎しみも、デュラスに殺された者たちへの思いも。

「そんな……!」

 二発目の「ムーンフォース」で、デュラスの上半身はありえない形に爆ぜ散った。その光景を見せつけられ、手下たちは愕然とするばかり。その姿を見てもなお、フィウドは哀れとも感じなかった。全ての感情を締め出しているのだ。自分が戦うのは他の者たちを救い守るためであって、そこに自分の感情が入るものではないと信じているからだ。セチやユエラの無念も、今だけは出て行ってもらう。

「兄上!」
「ウィダム、待っていた」

 デュラスの手下たちの囲みを突破して、ウィダムはフィウドの隣に駆け寄る。こちらも息を切らしここまで必死に駆けてくれたのがわかる。そんなウィダムの肩を触腕で軽くたたき、到着のねぎらいで迎える。だいぶ上っている朝日に照らされ、誇らしげに光る抜け殻の「雷の石」。ウィダムは兄の無事に喜ぶ一方、地に伏しているユエラには愕然と言葉を失いそうになる。

「兄上、指示を!」

 しかし嘆いてはいられない。首領を失い軍隊に囲まれ、賊たちは絶望のあまり逃げ出し始めている。破れかぶれで襲い掛かってくる者は見受けられないが、逃がすわけにはいかない。全員を捕らえ、やってきたことを裁かなければならない。それは同じことをしようとする者を踏みとどまらせる未来のためであり。

「首領のデュラスは討ち取った! 手下は誰も逃がすな! 住民の保護も急げ!」
「おおー!」

 フィウドが高らかに叫ぶと、軍隊の者たちも声を上げて応える。最初からデュラス自身だけでなく、その手下たちまで捕えるのを狙っていたのである。相手がジャラランガと聞いた時点で「防音」を予想し、同じ宿に泊まっていた旅のルチャブルに頼んで技のセットを変えてもらっていたのだ。そうして入れた「ムーンフォース」をすぐに使わなかったのは、ウィダムが王宮から軍隊を連れて到着する時間を稼ぐためだ。既に村全体に賊たちが入っていた以上、住民たちに被害が及ぶことを完全に防ぐのは諦めざるを得なかった。それならばと確実に全員を捕える方に切り替えたのだ。

「ユエラ、もう少しだから……」

 地に伏すユエラの脇に寄り、フィウドは彼女の顎を触腕でなでる。本当ならば残党の捕獲まで動きたいところだが、未明からずっと狂ったように孤軍奮闘し続け既に意識を保つのもやっとなのだ。首領を失い賊たちは潰走しているのもあり、そちらの方はしばらくは任せても大丈夫だろうと考え。少しの休憩の間、ユエラのそばにいてやろうと考えた。厳しい態度をとり続けてばかりだったから、せめてこの時間だけは。そう思った瞬間。

「うぅ、フィウド……」

 微かにだが間違いなく、ユエラは動いた。漏れ聞こえたユエラの声を一瞬理解できず、疲れのせいで見間違えたのかと思い。しかし茫然とウィダムと顔を見合わせた瞬間、ユエラは咳き込む。口の中にたまっていた血を吹き出し、助かるかどうかまではわからなかったが。

「なっ! まだ生きて?」
「救護部隊! ウィダム、救護部隊を!」

 休もうとしていた体に鞭を打ち、フィウドは叫んだ。






 潰走した賊たちは、昼前には全員に縄がかかっていた。ウィダムが引き連れてきたのは急ぎの機動力に優れた部隊だけだったが、残りの部隊も次々に到着。物陰に隠れたり住民に紛れたりしていないかを、住民の保護や確認と併せて進めている。一方ユエラは屋敷に運ばれ、救護部隊の治療を受けていた。

「今、戻った。ユエラの状態はどうだい?」
「ああ、まだ救護の方からの話はなくて……」

 ユエラの方は救護部隊に預け、フィウドは少しの休憩の後は再び残党捕獲に繰り出していた。それもひと段落着いたので一度ユエラの屋敷に戻ると、保護され連れてこられていた真夜中のルガルガンの女性に迎えられる。最初に村を案内した彼女だ。負傷しているらしく、肩から下げた布で腕を吊るしている。彼女もまだいい方で、寝ているところを家に押し入られ殺された住民もいる。どうしようもない部分はあったが、それでも守り切れなかったことが悔やまれてならない。

「急なことばかりで、やはりみんな驚いているか」
「まったく。デュラスはあの賊の名前で本当はユエラ様だったとか色々……今でも信じられないでいるよ」

 休憩の間にこれまでの話をフィウドは住民たちに説明し、それが他の者たちにも伝えられているのが現状だ。中でもユエラが自らの復讐で利用するために村の発展に寄与したという話は、誰もが愕然としていた。客間には多くの住民たちがいるというのに、誰も喋らず静まり返っている。

「それでも最後は住民を案じることを選んだんだ。恨まないであげて欲しい」
「ふーん? あんたが言うわけか。まあどっちにせよ……お?」

 客間から奥の部屋に続く扉が開き、白衣をまとったミルタンクが出てくる。治療が終わったのか、それとも……。重い息を呑みながらも、フィウドはそちらに駆け寄る。避難していた住民たちもその後ろに殺到する。

「ユエラは、大丈夫なのか?」
「衝撃で内臓が滅茶苦茶でした。残念ながら……持って日没まででしょう。薬を打ちました」

 告げられて空気が凍てつき、その一瞬のちに泣き出す声があちこちから聞こえ始める。住民たちが理解しているかはわからないが、フィウドは「薬を打った」という言葉に歯噛みする。助からないのはもう確実なので、せめて最期の時間は苦しまずに楽にさせる……そのためのものである。

「何か言ってたか?」
「『自分の体だからもうどうなるかはわかる。最期に、フィウドに会いたい』と」

 真っ直ぐにフィウドに目を向けるミルタンク。彼女がユエラに余命を告げたかはわからない、ショックを与えないために告げていないかもしれないが。ユエラの方がこう言っているのだから、もう気を遣う状況でもないだろう。フィウドはミルタンクを脇を通り部屋に入っていく。

「はー……。村は、どうなっちゃうんだろうね?」
「それは……まだお約束はできませんが、デュラスの討伐は色々な意味で重要事項でしたからね。あの方がこの村を蔑ろにはしないと思います」

 ため息をつくルガルガンに、ミルタンクはゆっくりと答える。賊に村のあちこちを破壊され、領主をも失おうとしていて不安に暮れる今。無責任なことは言えないにしても、少しでも慰めになるなら。

「やっぱりあいつはそういう立場なわけか。けどね……確かに今回村は荒らされちまったよ。でもデュラス……じゃなかった、ユエラ様さえいればまたどうにでもなる。みんなそう思っていたんだけどね……」
「ユエラさん、信頼されていたんですね」

 そんなミルタンクが掛けてきた言葉に、しかしルガルガンはもう一度ため息をついて首を振る。肝心なのはフィウドが信用できないとかではなく、ユエラに代えられる存在がいないということだ。その慰めになるような言葉は思いつかず、言葉に詰まる。

「子供みたいで、みんな一緒にいて楽しいと思っていたよ。そのくせ私たちの考えもしないことを思いついて頼もしかった。どうしようもない方だけど、あの方がいればどうにでもなる……そう思っていたんだけどね」

 徐々に声がかすれていき、最後の方はボロボロで聞き取れなかった。涙に膝をついたルガルガンを、ミルタンクは優しく受け止め。子供みたいに思っていた存在を失う重みはすぐに彼女だけで受け止められるものではない。フィウドが持つものでどうにかしてもらえるのを願うばかりである。






 フィウドが部屋に入ると、ユエラは部屋の端のベッドで仰向けに寝せられていた。青い鱗肌の顔は色が薄暗くなっており、生きた気配がない。毛並みに覆われた自分たちの顔とはまた違う気色の出方に、何とも言えない重苦しさを感じつつ。

「ユエラ?」
「フィウド……私、最悪よね」

 ユエラが目を閉じると、押し出された雫が頬を濡らす。最初の強気で楽しげだった姿も思い出せなくなりそうだ。

「それは、一体?」
「村のみんなを巻き添えにするし、それでおびき寄せたデュラスも倒せなかったし……。みんな、どう思って……んう?」

 フィウドは触腕でユエラの頭を抱え、唇を重ねていた。フィウド自身でも思ってもみない行動で、勝手に体が動いていた感じだった。ただ何となくだが、気弱になり切った彼女はこれ以上見たくないという思いだけが先行しているのはわかった。

「君の望んでいたことだろう?」
「フィウド、フィウドぉ……!」

 突然の柔らかい感触に、目を開けば視界を覆うフィウドの顔。全てを崩しこみあげてくるものが視界を遮り疎ましい。

「今だけは、君のために尽くさせて欲しい」
「でも、いいの? 立場とか色々あるって言ってたじゃない?」

 ユエラらしくない。立場とか諸々のことは、フィウド自身は今までもこれからも避けて通れない。だからこそ彼女には気ままな姿を見せて欲しい……そんな風に感じて。

「どうせ残るものもないし、他の誰かが見に来るわけでもない。ならばどんな間違いを犯しても問題はないだろう」
「あらあら、結構乱暴なことを言うのね」

 フィウドの言葉に、ユエラもユエラで彼らしくないものを感じ吹き出す。この数日の間に何かあったのだろうかと疑問がわく。デュラスとの戦いの中で抱いた狂気はフィウド自身には感じるものがあったが、ユエラは知る由もない。

「君の方こそ、らしくもない気弱な態度でいないで欲しい」
「それは……そう、そうね」

 フィウドに言われて軽く頭を振ると、支配していた重苦しいものが抜け去ったような気分になる。最期だとわかっているからこそ、自分らしくいるべきだろう。向けられた笑みに、フィウドは先程よりはましな印象を受ける。

「それで、君はどうして欲しい?」
「言わせるの? 決まってるじゃない。あなたと交わりたいの。私の中を、あなたので染めて欲しいの」

 ユエラは目を輝かせる。あまり身動きができる体じゃないので飛び掛かってくることはないが、それでもこの勢いには引き気味になってしまう。仕方ない相手だというのもあるが、もう一つ。フィウドは苦笑を見せる。

「……言われてみると、やっぱり自信がないな。女性と交わったことはなくて、ちょっと困る」
「えっ? 童貞?」

 言った後は顔中の毛を逆立て、猛烈な羞恥に襲われているのがわかる。声も尻すぼみで、最後の方はユエラにはよく聞こえなかった。セチとの婚約は幼い頃に決まり、挙式の後に初夜を迎えるのが前提だった。急転直下で彼女を失って、仇討ちの旅に出てからも異性と交わる気になれないまま今に至り。

「……そうだ」
「やだ! ふふ、可愛……ふふ、ごふっ!」

 意を決して認めた言葉に、ユエラは一気に吹き出す。派手に笑っては残り少ない寿命を更に縮めると一瞬は堪えたが、次の瞬間には盛大に吹き出していた。そして、吐血。仕方ないとばかりにフィウドは唇を重ねると、彼女の口の中に残った血を吸い出し飲み込む。お互いその行動はとんでもないと感じたのか、顔を離した後にも一緒に吹き出し。

「まったく……笑い過ぎだ」
「フィウドが笑わせるからじゃない。仕方ないわね。ほら、出しなさい」

 ユエラは左頭を出すと、それで顔の方に手招きの仕草を見せる。左右の腕の先の頭でもできないことではないが、主頭の口でやりたいらしい。フィウドはユエラのベッドに上がって顔の脇に腰を運ぶと、横向きに寝転がり。

「あまり見ないで……ひあっ!」

 誰かの前にこれを晒すのは初めてで羞恥心が先走り、先に出たのは凝視されることへの不安だったが。ユエラはその不安よりも先にフィウドのものを咥えこんでいた。歯が立たないように注意しながら舌先を伸ばし。体温と柔らかさの絶妙な感触に、フィウドはあっさりと嬌声を上げる。

「んうっ! んくっ!」

 漏れ出す先走りに溜まっていく唾液。ユエラは喉を鳴らしてそれらを飲み込み。右腕を腰の後ろに絡ませ、離さないと言わんばかりだ。

「ひ、ひゃ! うわあああ!」

 フィウドは絶叫と共にユエラの口の中に精を吐き出す。声が外に聞こえないかとかは、もはや考えることもできない。壁や扉は厚いので、そこまでの心配はなさそうだが。

「んぐっ! あらあら、随分早いのね」

 精液を満足げに飲み込み、そこを丁寧に舐めとる。恍惚と視界を明転させるフィウドから、これまでの気品は消え去っていた。ユエラの手前で言っておきながら、自分がらしさを失っていることにも気付かず。

「う……。あ……!」

 そんな崩れ落ちたフィウドに唇を重ね、ユエラは舌を口の中に突っ込む。口内を掻き回し喉の奥まで突っ込むと、フィウドの呼吸が止まり。フィウドの脳は空気を求め、縛り付ける虚脱が一気に吹き飛ぶ。

「うふふ、私はまだまだこれからよ?」
「っは! 無茶なことを……してくれる」

 快楽の残渣と空気の欠乏で、フィウドの視点は全く定まらない。だがユエラは容赦なく次をせっつく。呼吸を止めるなどという乱暴な真似はされたが、実際フィウド自身いつ倒れてもおかしくない状態だ。未明から先程まで僅かな休憩はあったにせよ駆けまわり、そこにきてこの強烈な快楽では仕方ない。

「さ、まだまだ頑張って? あなたので、染め上げて欲しいの」

 もう身を起こすことはできないが、それでもユエラはフィウドを求めて体をよじる。デュラスに犯されてから、自分の望む相手に塗り替えてもらえるのを待っていた。そんな話は今されることではないし、わかっていることでもある。ならば応えないといけない。が……。

「その……挿れればいいのだよね?」
「もう、本当に童貞なんだから。その触腕で触ってみて、ちゃんと具合を確認してよ?」

 ユエラの手厳しい口調に気持ちが折れそうになりつつも、まずはユエラの股下の方に回る。先程の口での行為で若干昂ぶったのか、割れ目は湿り気を帯びて開き気味だ。

「具合、というと……」

 フィウドにとっては未知の世界で、完全に手探りだ。上端下端に触腕を二本ずつ伸ばし、広げるような感じにそっと伸ばしてみると。

「ひゃんっ! そうね、足りなかったらほぐして?」

 ユエラは体を震わせる。弱っている体なのでまずくないかと思わず触腕を引っ込めそうになるが、ユエラが求めているのだからもう突き進むしかない。左右に引っ張り触腕の先を押し込み、愛撫とともにユエラの息も上がっていく。

「その、大丈夫か?」
「ぅんっ! いいわっ!」

 どうしてもユエラの体が心配になる一方で、雄であるフィウドの本能も徐々に目覚め始めていた。一度達したり呼吸を止められたりしてそれはしぼんでいたが、だいぶ勢いを盛り返してきていた。若干情けなくもなる。

「その、そろそろいいと思うけど……」
「そう? じゃあ、お願い」

 ユエラの顔の方に目線を向けると、彼女も首を持ち上げてこちらに顔を向けていた。交差した目線の先の瞳は恍惚として蕩けており、体への負担以上の快楽を感じているのがわかる。

「挿れるよ?」
「うん、来て……?」

 先端をあてがい腰で押し込むと、思ったよりもするりと中に入った。続いて全体を締め付けられる。先程の口内とはまた違う感触に、フィウドは焼け付きそうな熱を感じて。

「ぅう……。全部、入った……!」
「うぅんっ! そのまま滅茶苦茶に……! そう、腰を前後に振って奥まで突いて!」

 お互いに意識が砕けそうになっていたところで、ユエラは注文を付ける。フィウドがこの続きがわからないかもしれないと気付いて。全ての感覚が砕けそうになるのを堪えて、フィウドは腰を持ち上げて突き込む。二度目を打ち付け、三度目。先程出し切ったはずの熱が再びせり上がりはじめ。

「うぅあっ!」
「あぁあんっ!」

 果てた。脳髄の奥まで打ち砕くようなその感覚に全ての意識が持っていかれ。ユエラが何か言っているような気がするが、もう耳には届かない。フィウドの意識はここまでだった。






「うぅ……」

 頭の中が重苦しい感覚に支配され、できるならまだ眠っていたい気分だ。だがフィウドは意を決して目を開ける。目の前には青い柔らかいものが。

「ここは……?」

 視界が霞んでよくわからない。寝る前の記憶もなかなか呼び戻せない。混濁した意識のまま少し時間を過ごし、なんとか視界も記憶も戻り始めると。

「ユエラ……」

 目の前にあったのはユエラの脇腹だった。ようやくフィウドは自分がユエラと交わって、そのまま意識を失ったことを理解した。最後にユエラが何かを言っていた気がするが、思い出せない。ただ……。

「ユエラ、ありがとう」

 何となくだが、そう言いたい気持ちが芽生えていた。唇を合わせると、彼女の息はもうなくなっており。わかっていたこととはいえ、死の口付けにもの悲しさを感じた。

「とりあえず片付けて……」

 いくら後腐れが無いとはいっても、情事の跡をそのままにしてはまずい。幸い救護のミルタンクが治療のために用意していった布が残っていたので、それで自分とユエラの汚れだ部分を拭う。内股、触腕、口元も確認し。

「それじゃあ、もう行くよ?」

 本来であれば出会わなかったのかもしれないが、一時とは言え交わるところまでいった。それはフィウドの心の中に、確かなものを残していた。窓から入ってくる日差しは、だいぶ夕暮れが近くなっていることを感じさせる。外では多くの者たちが動いており、いつまでも待たせるわけにはいかない。ユエラとは違い、フィウドには戻って行かなければならない日常がある。

「さよなら、ユエラ」

 フィウドは元の場所に戻るべく、扉を開けた。そこにはウィダムをはじめ、フィウドを待つ者たちが控えていた。







 まず一週間にわたる遅刻申し訳ありません!
 エントリー段階でも内容が浮かぶかどうかが不安だったんですが、大会への参加が続いていたので逃したくないと勢いで突き進んでしまった結果です。内容が決まった後も筆が全く乗らず、シーンごとに難産に難産を重ねてしまいました。

 今回は某妖精さんの希望でニンフィア×サザンドラの異性CPを書かせていただきました。ええ、ニンサザです。雰囲気について「スルーして構わない」としながらも「砂糖どばどば突っ込んだ甘ったるいものだったり、張り詰めた真剣なものだったり、そんな静かな中でゆっくり進んでいく空気が大好きです」という注文を頂いておりました。前者の「甘ったるいもの」というのは自分の感覚だと全く自信が持てなかったので、後者を持ってこようと考えたわけです。結局ユエラの性格のおかげで中盤まで張り詰めた真剣なものは入る余地がありませんでした。クライマックスに持ってきましたが、果たしてどうでしょうかと思おもうばかりです。というか去年に続いてサザンドラをリョナってしまいました。わざとじゃないんです、わざとじゃ白目。自分も遠慮のない殺害は大概にしろよと思います白目。

 このところの作品では、登場キャラに名前を付けずにごまかすことを繰り返してきました。今回は名前を付けるのが久々で、この時点でもだいぶ悩んでしまいました。例によって「種族名から一文字以上取る」という縛りは変わらずですが。そしてルガルガンの姉ですが、彼女は過去作の登場キャラの設定を流用しました。あっちの方も仮面外し放置になっていて、いい加減片付けないと状態ですね白目。負債がたまっていく白目。

 何はともあれこういったイベントが執筆機会になるのは間違いないと思います。また次の作品が上手いこと思いつくかはわからない気ままさですが、それでもwikiの盛り上がりに多少なりともプラスになればと願うばかりです。

 それでは、またの機会もよろしくお願いします。


最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 書いて頂きまして誠にありがとうございまーす! 素敵!
    冒頭の次点では、殺し愛ニンサザが始まるのですか! 等と期待するところもあったりしつつ、その辺りは手段こそ違えど目的を同じくするかたで、しかし分かり合えず距離が作られる様など本当に愛おしいです。
    野心に満ち行動力溢れるユエラさんのかっこよさには、付いていきたくもなりましょう。最後、濡れ場でのユエラさんの状況なんかは、控えめに言って余裕なんてなさそうですのに、それすら楽しむ、楽しませる強かさは、彼女のカリスマ性故なのだと感じます。
    本物のほうのデュラスさんも、度々、配下に慕われているかのような描写があり、魅力的なかただったのだと思います。全体的に逞しく、前を向いて進む作風に強さを頂ける、素敵な作品でした! -- 某妖精 ?
  • 婚約者の敵討ちに出た主人公が、それを成し遂げる王道ストーリー。各所に小さな山場をつくったり、軽い文体を混ぜて飽きさせない工夫もありがたいです。宿まで押しかけてきちゃうサザンドラとのやり取りは思わず声が出ました。全体的に感情の振れ方が激しく、もっと段階的なほうが分かりやすいかな、とは思いましたが。
     憎らしいサザンドラが改心し領主として民を守る姿は、これまた王道ながらやはりグッとくる演出でした。そしてラストが凄かった。子供でいたいのだろう、と突きつけられたニンフィアが激昂したのは、やはり自分の姿をサザンドラに照らしていたからでしょうか。住民の保護もおろそかに敵討ちの感情もなく大技でジャラランガを爽快に消し飛ばす破壊衝動は、たしかに子供っぽい単純さがあります。こういう物語終盤で明かされるダークな主人公の性質はカッコいいですね。 -- 水のミドリ
  • >某妖精さん
     殺し愛にはなりませんでしたね。爆音の声で戦うということで最初はひ〇わカービィばりのギャグだの滅茶苦茶言っていましたがこの形で完成しました。
     ユエラは理想主義のフィウドに対して欲得直情で正反対のキャラとして描くことにしました。常に楽し気に生きているキャラは見ていてうらやましくなりますね。死ぬとわかっていて交尾をするというクレイジーは、理性的な考えの中で育ってきたフィウドには大きな影響を残すのではと思って突き落としてみました。
     デュラスの方は「悪にも救いが必要」というコンセプトがあります。部下たちは結構ぞんざいに扱っていますが、それでも他にすがるものが無い部下たちはついていくほかない部分もある感じですね。ユエラは自らの欲望のために様々なものを作ったのに対し、デュラスは欲望の先に破壊だけがある。そういう同じようで肝心なところが違うというのを描きたかったキャラです。

    >水のミドリさん
     特に序盤部分は書いている間はだいぶどうしようもない感じがありましたが、読み飽きない感じがあったのなら予想外の産物ですね。感情の振れ方を段階的にしていくのは意識していこうと思います。
     フィウドがデュラスを消し飛ばした際に仇討ちの感情が無かったのは、自らの意志で封じていたからなんですよね。仇討ちとはいっても戦いで相手を討ち取るわけですから、それだけの理由が必要なわけで。デュラスを討つのは仇討ちはあくまでもきっかけで、仇討ちが必要になるようなことをする者は他でも罪を重ねている可能性は高い、だから排除する必要がある。それは放置していたら傷つけられる者たちを守るためであり、目的は未来に向かっている。そうなると仇討ちはきっかけであり、そこに縛られないために仇討ちの感情を締め出すことが大事だと考えた。こうあくまでも未来志向のために、過去にあるものがどれだけ大きいものであっても気持ちから締め出すのは、自分が考え方として好きというのがあります。自分がこれを描き切れてなかったのか、そもそもこれ自体が子供っぽいのか。どちらであれ自分にとっては意外なところを突かれた感じです。ミドリさんの感想はこうして意外なところを突いてくれることが多いので好きです。

     お二方感想ありがとうございます。 -- オレ
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Last-modified: 2018-04-15 (日) 23:53:12
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