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天国への道は遠く

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天国への道は遠く 


作者:オレ
残酷な表現があります。苦手な方は気を付けてください。






「やあ戦士様! お勤めご苦労様!」

 小麦畑の中から、高らかな声が上がる。そちらを見ると、ルガルガンの女性が笑顔で手を振っているのが見える。この地域での生産は農地とダンジョンでどちらも限られたものなのだが、直立して手を使える種族は農業に従事する者が多い。夜中に進化して手を使えるようになった彼女もそちら側だ。

「お嬢さんも、いつもお仕事頑張っていますね」
「おいおい、あたしは『お嬢さん』なんて柄でも立場でもないって何度言ったら……まあ戦士様ならいいか」

 ルガルガンの「お嬢さん」の表情こそ明るいが、真夜中の姿とあって地の勝気な表情と赤い瞳は気の弱いものからは避けられがちである。しかし「戦士様」と呼ばれたルカリオは全く気にせず、それどころか顔を綻ばせている。ルカリオの方は腕章をつけている正式な身分を持つ者であるのに対し、この口調は丁寧とは言えないだろう。が、ルカリオはそれさえも好意的に見ている風だ。

「それで、礼拝の帰りかい?」
「ええ。戦士という立場になれば、こういった戒律はおろそかにするわけにはまいりませんから」

 話しながらルガルガンはおもむろに小麦畑から出てくる。ルカリオと喋る時間は休憩にするつもりらしく、抜いて集めた雑草の束をルカリオの足元に転がす。土地を耕すような大きな仕事は四足かつ大型の種族の方が向くが、それが終わったら基本的にこういう細かい仕事が中心になる。手を使える種族の者が農作業に重宝されることが多い理由だ。

「戒律を守って生活するってのも大変だろうに。頭が下がるね」
「それを言うなら、お嬢さんも『家族のため』というのは一つの戒律です。頭が下がります」

 ルガルガンでも特に真夜中の姿の者は血の気が多く、戦いの類を好むのは彼女も例外ではない。だが彼女は面倒を見なければならない弟や妹が多くおり、ダンジョンや戦場に行き留守にすることができないため仕方なしにこの仕事を選んでいるのだ。高ぶる血の方には似合わない仕事を選ばざるを得なかったわけだが、それでも腐らずに真面目に働いている姿をルカリオは好ましく思っていた。

「生まれが違っていたら、あたしも戦士様と背中を預けあって戦いに出れたかも……なんて考えても仕方ないんだけどね」
「それは……実際仕方ないことですけどね」

 ルカリオもルガルガンもこれにはあんまりは言えなかった。ルガルガンの両親は彼女に幼い弟や妹を残して早々に他界してしまったからだ。死んでしまった両親は文句を言っても生き返るものでもないし、まさか弟や妹たちに不満を持つわけにもいくまい。ただこの一言を聞いた瞬間、ルカリオは「そんなことがあるのもいい」とも感じていた。

「でもま、仕事だの弟たちの世話に追われて忙しいからね。あたしもたまには夢も見たくなるもんなんだ」

 言いながらルガルガンは腕を上に伸ばす。割と年の近い異性の前だというのに、随分無防備な格好だ。一見すると華奢な体つきのようで、好戦的な血に似合う引き締まった体。あくせく働いている毎日が伺える健康的な表情。貧しい生活ではあるが最低限身なりに気を遣っているらしく、隣にいて感じる彼女のにおいは刺激的で……。そこまで感じたところで、ルカリオははっと我に返る。

「ところで戦士様……好きな女とかはいるのかい?」
「え? い、いきなりですね?」

 ルガルガンの思わぬ追い打ちに、ルカリオは思わず取り乱しそうになる。ひとまず平静を取り繕っては見せるが、脈が速くなってしまっているのは自覚できる。何は無くてもまずは戒律……ルカリオは必死に自分に言い聞かせ、芽を出しそうになっている欲望を押さえつける。

「まあ、いきなりなのは間違いないな。それに……」

 そこまで言ったところで、ルガルガンは黙り込む。先程の「夢も見たくなる」の一言に、この大胆な振る舞いの魅力的な異性。戒律の蓋で必死に抑え込んでいるというのに、欲望はその隙間から沸騰するがごとくあふれ出ている。とはいえいきなり逃げ出しても彼女から変に思われそうで、それもなんとなく嫌だと思った瞬間だった。

「いや、やめておこう。虫が良すぎる」

 立ち上がって腕を伸ばしながら言った彼女に、ルカリオの欲望は底が抜けたように鎮まっていった。動きは大胆で無防備なのだから、もっと押してくれるものだと期待した自分が虚しくなる。仕方なしに、ルカリオも立ち上がる。

「悪いね、いきなり呼び止めた上に変な話振っちゃって」
「……いえ、いいんです」

 ルガルガンが小麦畑の中に戻っていったのを見て、ルカリオはその背中に「ではまた」とだけ声を掛けて帰り道に戻る。時折ルガルガンはその背中をちらちらと様子見し、戻ってくる様子が無いのを確認すると軽く息をつく。そしてうつむき加減で一言。

「でもまあ、実際虫が良すぎる話だよね……下の妹を貰ってくれなんて。年もあいつと戦士様じゃ釣り合わないし」

 本音を口にする。まだ独り立ちまで先が長い一番下の妹が早々に嫁いで出ていけば、それだけ自分が自由になれる時期は早まる。ルカリオに持ち掛けようとした話は、そんな彼女の打算でしかなかった。自ら「虫が良すぎる」と切り捨てるのも当然だろう。ルカリオの内心を掻き乱したのも知らないまま、彼女はいつもの農作業に戻っていく。






 厚い革で覆われた藁巻きに、ルカリオは猛烈な勢いで拳を打ち込みまくる。ルガルガンとの会話での思わぬ空転で起こった虚しさをぶつけるため、というのが深いところでの本音である。ただ本人はそれも誤魔化しており、自身には「欲望に流されそうになった情けなさを振り払うため」と必死に言い聞かせていた。

「あいつ、すげえな」

 ここは戦士たちが調練をする場で、ルカリオのその様子を同僚の戦士たちが呆然と見ている。彼にあったことなど知らない同僚たちには、彼が単に「いつも以上に熱がこもっている」くらいにしか見えていなかった。だが全員ではなく、何かあった程度に察していた者も中にはおり。拳を打ち込んだ反動で間合いを取る動きを入れたルカリオの背中に、サーナイトの柔らかい体が当たる。

「うわっ! 隊長、打ち込み中にここまで入ってこないでください!」
「悪い悪い。お前が随分と荒れていたようで見ていられなくてな」

 隊長と呼ばれたサーナイトは、ルカリオの苦情にも悪びれもせずにけらけらと笑う。その態度にルカリオはあからさまに嫌そうな顔を見せる。性格的に真面目が行き過ぎる部分のあるルカリオにとって、このような豪放な態度をされると対応しづらくなる時もある。勿論それが常というわけではないが、気持ちに後ろめたいものを抱えている現状では苦しい。

「荒れて……ですか?」
「ああ。その様子じゃ、大方雌にでも振られちまったか?」

 そしてその弱さのど真ん中に遠慮なく踏み込んでこられ、ルカリオは目を剥く。一応「振られた」のとは若干違うし、もしそうだとしても認めることは無いだろう。痛く突かれた傷口を慌てて戒律で塗り固め、違うということははっきり言わなければならない。

「隊長っ! 聖戦士の我々がそれを望むと思っているんですかっ!」
「まあ戒律はあるが、お前も俺も雄だ。望むようにできてしまっている体なのは仕方ないだろう」

 下手に語気を荒げすぎるのも認めるようなものであるが、それでも最優先としなければならない戒律に触れたことははっきり非難しなければいけない。ルカリオの心の中でのそんなやり取りもどこ吹く風で、サーナイトは子供をあやすような態度だ。頭に血が上りそうになるのを、ルカリオは寸でのところで堪えてはいたが。

「でも聖典の教えでは邪淫は禁止されていて……庶民ならともかく戦士ともなれば教えから外れるわけにはいきません!」
「優等生の答えだが、それは……まあいいか。どちらにしろ肩の力は抜け。今から力み過ぎるな」

 そんなルカリオの様子を感じ取り、サーナイトも宥め方を改めることにした。表情から気楽さを追い払い、両手でルカリオの左右の肩を軽く叩く。急にこんな風に表情を切り替えられ、ルカリオも若干戸惑う。

「隊長?」
「他言無用だが、近く聖戦がある。こんな態度でいたらその時にはボロボロの体で真っ先に戦死だぞ?」

 細い触手のような腕の先の指が、ルカリオの額を軽く押す。ここまで言わせるなとばかりに。聖戦とは言っても戦争であるのは間違いないわけで、その情報を軽々しく流すわけにはいかない。軽々しく他者に話すことは無いだろうかとルカリオの性格まで考える必要があるわけで。ここまで戒律を重く考えられるのだから大丈夫だろうという思いと、それでもここから話が漏れないかという不安と。

「あ……すみません」
「他言無用だからな?」

 こういう話を出してでも宥めないといけない、そんな自分の状態をようやく自覚し。ルカリオがしぼむように大人しくなったのを見て、サーナイトはもう一度念を押し。そしてわかればいいんだとばかりに頭を撫でた後、踵を返して悠々とその場を後にした。ルカリオはその場で少々迷った後、仕方なしに道具を片付け始めることにした。






 ルカリオは自室に戻ると、呆然とベッドに仰向けになっていた。隊長の言う通り聖戦が近いのであれば、さっきのように無茶な体の使い方はできない。勿論体の動きを確認して慣らし続ける必要はあるが、今日は先程あれだけ暴れたのだからこれ以上はやめておくべきだろうと。

「戦死……か」

 隊長の言葉を思い出し、呆然と聖典の一節を頭に浮かべる。聖戦で命を落とした戦士は、その魂を天国に運ばれる。天国では美女に囲まれ美食も美酒も思いのままの幸せな日々を送れるという。だがこの世に想う相手を残した場合、それが幸せなのだろうか?

「お嬢さん……」

 少なくともルカリオ自身は、小麦畑のルガルガン以外の女性といて幸せになれる自信はない。美女という観点で言えばルガルガン以上の美女も過去にいくらも見てはきている。だがどんな美貌をもってしても、彼女ほどルカリオの気に留まる存在にはならなかったのだ。

「ぅう……」

 融け出しそうなまでの腹の奥の熱は、ルカリオの股間の欲望の証を膨張させ。内からの圧迫に耐えかね、無意識のうちにその証に手を伸ばしていた。それを握りしめると、全身を打ち砕きそうなまでの痺れに貫かれ。

「ひぃあっ!」

 握りしめる手には一気に力が入り、更に強まる感覚に体をよじらせる。布団に押し付けこすりつける感触も助けとなり、更なる熱を呼び起こす。二度三度、ルカリオはその手で繰り返し欲望を撫で上げ。今にも破裂せんばかりにせり上がってきたところで……。

「駄目だ! 何をやっている!」

 絶叫と共に欲望から手を放す。同時に睾丸の裏の辺りから鈍痛が響き始め、突然の寸止めをした自身に苦情を入れる。しかしルカリオは必死に耐える。邪淫は許されないという聖典の教えがある以上、性欲に流されるのは許されない。思考にこれだけの欲望を入れた自責の念でもって、必死に鈍痛を抑え込む。

「ぐ……うっ!」

 ベッドの上で悶え回りながらみぞおちを掻きむしり、見るに堪えない七転八倒。戒律と欲望の板挟みは、日に日にルカリオを追い込んでいく。破裂せんばかりの痛みを伴い勃起した性器は、ある瞬間にするすると収まっていき。

「ふぅ、危ない……」

 睾丸に異様な感覚は残ったが、それでも性器が収まった感覚に安堵の声を漏らす。過去には快楽に負けて射精に至ってしまうこともあったが、今回は打ち克てた……その達成感でもって必死に満たされなかった自分を慰める。そんな無為な時間がどの程度過ぎただろうか。

「おい、いるか?」

 隊長のサーナイトが扉を打ち鳴らす。ルカリオが慌てて起き上がったところで、サーナイトは扉を開けて入ってくる。手招きされるままにサーナイトの法に寄ろうとした瞬間、ルカリオの耳に鐘の音が飛び込んでくる。

「この鐘、全戦士集合の合図ですか?」
「ああ……『いよいよ』だ」

 サーナイトはそれしか語らなかったが、それだけで十二分に通じる。先程「近く聖戦がある」とは語っていたが、それから一時間も経たない内に開始の報が鳴るとは思わなかった。或いはルカリオをなだめるための出まかせだったのかもしれないが、今更の詮索である。先程とは打って変わって、胸の奥に寒いものを感じるルカリオ。

「急げよ」
「はい、大丈夫です」

 常在戦場という言葉はサーナイトから日々言い聞かされており、ルカリオの準備は脇のカバンを取るだけで終わった。集合場所へ急ぐサーナイトの背を追うルカリオの頭には、今はルガルガンの姿は無かった。ルカリオにとって「聖戦」ははじめてのことであり、野生とは違い意志を持って戦う集団への不安で一杯だからである。






「では帰順し改宗するわけでもなければ、異教を許すための寄進もしないということだな?」
「くどい! 我らは我らの神を捨てる気も、お前らの弾圧に屈する気もない!」

 城壁の陰に張り付き波動で中の様子を探るルカリオの耳に、部隊の総隊長と相手方の異教徒の幹部と思われる者のやり取りが入ってくる。サーナイトの説明ではこの会話も大半は最終確認のための形式的なものらしい。こちらの軍勢を見て降伏して改宗を受け入れる選択をするかもしれない、神の教えを受け入れることこそが何よりも上に来ることだからだ。

「エスパーでは読めないか。波動の方は?」
「全然ですね。内壁の塗装で阻まれている感じでしょうか?」

 見るからに周辺の土を積み上げて固めた素材の城壁に波動を送るが、壁の内側でその感覚ははっきりとストップしている。表での様子からすぐに戦闘になるのは間違いなさそうだが、そうなると中の様子が掴めないことには焦りを感じずにはいられない。

「恐らくはまじないの類でしていた塗装が、よりにもよってこういった種類だったんだろうな」
「どうしますか? 壁も低いですし、登ればすぐに行けそうですが……」

 サーナイトは思案しながらも、同時にテレパシーで他の部隊に連絡を取っている。他の探知メンバーが焦りを浮かべている中流石は隊長、冷静である。とはいえ次の行動の決定は急がなければならない。既に総隊長は攻撃の指示を出しており、籠城する敵の城門に対して破城槌を打ち込み始めていたのだ。ルカリオは這うように数十センチ登り、その手は既に屋上に届きそうだった。潜入を狙うにしても本隊と合流するにしても急がないといけない、サーナイトがそう思った瞬間だった。

「何をしている?」
「えっ? なっ!」

 どこからともなく聞こえてきた声と共に壁から影が突き出す。それは真っ直ぐにルカリオの胸元へと伸び、そのまま貫通する。何が起きたかわからなかった。続いてゆっくり出てきたのは、自分の胸に腕を伸ばすゲンガーの胴体だった。波動やエスパーで探知できない壁のすぐ向こうで、相手も張り付いてこちらを伺っていたのだ。探知できないという意味では向こうも同じではあるが、すり抜けることができるならこちらの様子を知るのに波導やエスパーは要らない。

「人質にするために押さえつけても良かったが、綺麗に貫いちゃったな? ま、そんなチャンスまだいくらでもいくらでもあるか。あんたは、バイバイ」
「ぐっ! がっ!」

 伸ばした「かげうち」の手を刃の返しに変形させ、ゲンガーは悠々とルカリオの胸から引き抜く。骨が砕かれ内臓が引き裂かれ、既に痛みすら無く。笑いながら壁の中に戻っていくゲンガーの姿は落下と共に遠ざかっていく。サーナイトたちが自分を呼ぶ声も、地面に落ちる前に既に消えてしまっていた。






 暗い、そして明るい。柔らかいものに包み込まれるような感覚に現実味は無い。何なんだろうか、自分はどうしたのだろうか。

「そなたたちは、聖戦で命を落としたのだ」

 その瞬間、一気に視界が開ける。ルカリオの前には巨大な黒い竜が鎮座し、周囲には今回の戦いに加わっていたと思われる者たちが並んでいた。中には見知った顔もある。声を掛けようかと思った瞬間、ルカリオの隣に光の柱が迸り。中から見慣れたサーナイトが姿を現した。

「隊長!」
「ここは……?」

 やはりサーナイトもいきなりこの見知らぬ場所へ飛ばされたことには思考がついてきておらず、周囲を見回し戸惑っている。ルカリオの顔を見て自らの戦死は理解しただろうが、それよりも正面の黒い竜に気付き。

「ここは、聖戦で命を落とした戦士たちが送られる天国の入口だ」
「あ、あなたは、ゼクロム神?」

 戦士たち一同に声を掛ける竜に、驚きの声を返す。聖典ではゼクロムは理想の元に邁進した者に力を貸した神として登場している。戦いそのものだけでなく、戒律等を盛り込んだ聖典を作ることにも手を貸したと伝わっている。聖典の記載でも黒い巨大な竜とあり、サーナイトの一言にようやく気付いた戦士たちは騒然とする。

「如何にも。理想の元に作られた我らの教えを敬虔に守り抜き、命まで捧げたそなたたちを労いに来た」
「そうだ! 戦いはどうなったんですか?」

 目の前にいるのが自分たちの生活の根底にまで影響を与えた存在と知り、戦士たちはそれぞれに驚嘆の声を上げる。しかし直後のルカリオの疑問に一瞬静まり返ると、また動揺して騒然とし始める。確かに自分たちが命を捧げ戦いが無駄になっていたのであれば、天国に行けるにしても悔いは残る。ゼクロムはそんな様子も特に気に留めることなく、答えてくれとサーナイトに目線を向ける。

「敵は殲滅できた。俺は最後の最後で隠れていたやつにやられちまったが、そいつももう死んでるだろう」
「見ての通りかなりの犠牲であったが、理想たる教えに歯向かう邪なる者たちは滅びた。皆々、よくやった!」

 サーナイトとゼクロムの宣言で、戦士たちは一斉に喜びの声を上げる。ルカリオも一緒になって喜び叫ばざるを得なかった。この喧騒を、ゼクロムの方は特に一緒になって喜ぶ様子もなく眺めている。それも束の間。

「さて、それで……伝えた通りここは天国の入口だ。特別な場所で、長くはいられないのだ。そちらを通り、すぐに天国に向かうのだ」

 ゼクロムは戦士たちに宣言し、向かい側の壁を指差す。皆が一斉にそちらを見ると、壁の一部が開かれた戸口のように光り輝いているのがわかる。向こう側がどうなっているのかは見えないが、通り抜けられるのは間違いないだろう。戦士のうちの数名が真っ先に歩み寄り、何度か角度を変えたりしながら眺める。一名が光の壁に手を当てると、そのまま吸い込まれるように入っていった。周りにいた者たちもすぐに続き、外から眺めていた者たちも三々五々入口に向かっていく。

「まあ、行くより他にないよな?」

 言いながら、サーナイトも仕方なさそうに向かっていった。ルカリオはサーナイトに家族がいるのを思い出し、何となくその様子に納得する。現世に残した家族に、今もなお未練があるのだと感じた。そう思った瞬間ルカリオは小麦畑のルガルガンを思い出し、足が止まってしまう。

「どうした? 行かぬのか? いつまでもここにいては、本当に消えてしまうぞ?」
「ああ、はい……」

 いつの間にかこの空間には自分とゼクロムだけになっていた。入口の前に立っても、向こうは見えない。ルカリオは首を振る。よく考えれば彼女も自分のことをどう思っていたかなんてわからない。サーナイトの言った通り、行くよりほかに無いのだ。せめて同じルガルガンがいれば慰めになるかと願いながら、振り払うような気持ちでルカリオは入口へと足を踏み入れる。






「ここは……」

 柔らかい芝が生い茂り、周りの木には実がたわわに成っている。その向こうはよく見えなかったし、なんとなく行く気にもなれなかった。他の戦士たちはおらず、個別に宛がわれた小さい空間なのだろうかということを感じた。個別の空間なら他の戦士たちがいないのは納得できるが、自分を囲うという美女らしき者も見当たらなかった。振り返ると、入口になっていた光は消えている。

「誰もいない……?」
「ここにいるぞ!」

 不安になったルカリオの鼻腔に、小麦畑のにおいが飛び込んでくる。驚いて背後を振り向こうとするよりも早く、胸のとげの下に腕を回しこまれ。背中側も相手に胸を押しつけられ、しっかり押さえつけられていた。相手の顔はまだ見えていない。だがこの声にこのにおいでは間違うことは無い。一瞬あって向こうが腕を緩めると、ようやく振り返って相手の顔を見ることができた。

「お嬢さん!」
「ははっ! 来ちまったぜ!」

 小麦畑のルガルガンだった。ルカリオの脈が速くなるよりも先に、ルガルガンは相手の顎に手を当てて口づけをする。呆然とするルカリオに対して、にんまりと笑うルガルガン。

「そなたがその者を望んでいることが読み取れたからな。その者からも供出の申し出があったので、そなたと逢わせることにした」
「そういうことだ。他にもそういうやつはいるらしいぜ? あんたが戦死したって聞いて柄でもなく礼拝所に駆け込んだら、そんな話が出てな」

 頭に響くゼクロムの声に、ルガルガンも答えを重ねる。そんな風に思われていた驚きと嬉しさにどうしようもなくなっているルカリオ。その胸をつつき、ルガルガンは座るように促す。黙って尻餅をつくルカリオに覆いかぶさるように、ルガルガンは向かい合って屈み気味になり。今までなかった近い距離での息遣いに、ルカリオの欲望は一気に噴き上がる。

「弟たちがいるから迷ったけど、代わりに面倒見てくれるやつが来てくれるって話になったからもう一も二もなかったね」

 しかし今までは戒律のままに欲望を抑え込んでいた身で、この急なことに対応できないまま。異性と行為にあたって最終的に行うことは分かるが、そこまでに何をどうすればいいのかが想像もつかない。思考も回らない。

「まったく……生きている間は感じなかったのに、死なれてあんな気持ちになるあたしの鈍さは情けないよ」

 そんな戸惑うばかりのルカリオに対して、ルガルガンの方には迷いはない。ルカリオの左右の腰に手を当てて、そそり立つ雄が自らの顔の前に来るように位置をとる。はち切れんばかりの勢いで飛び出しているルカリオの雄は、ルガルガンの息遣いの一つ一つに震えている。

「それにしても……あんたの方は仮の肉体を与えられるって聞いてたけど、こうしてみると生きている時と変わらないね」
「お嬢さ……ひゃんっ!」

 ルカリオの雄のにおいを楽しんだ次はと、ルガルガンは思いっきり舌を伸ばす。そして裏側を根元から先端まで一気に舐め上げる。その一閃が終わるよりも前にルカリオの体からは、全ての力を奪われていた。全身をびくびく震わせながら、ゆっくり仰向けに倒れていく。

「やっぱり効いているか。子供の前で平然と交尾してたうちの親にはどうかと思い続けてたけど、こうしてあんたを悦ばせる方法を教えてくれたって思えば悪くないね」

 普通なら「なんでこんなところを舐めるなんて思いつくんだ」と疑問が出てもおかしくないのだが、あまりの刺激に思考が砕けたルカリオにはそんなことはできない。既に上体を芝生に投げ捨て、全ての感覚が雄のものに流れてしまっている。そのルカリオの全てが集中している部分の前でルガルガンは口を開け。

「それじゃあ、貰うよ?」

 答える間もなかったし、あっても答えることすらできなかっただろう。ルガルガンは口の中に一気に咥えこむ。

「ぁっ! ぁっ!」
「ふぅぐ……」

 声にならない声を漏らしながら、ルカリオはただただ全身を震わせる。長いマズルのルガルガンの口で雄を咥えこむと、全体が綺麗に口内にはまる。前歯だけは当たらないように気を付けるだけで、舌を前後左右に動かせば激しく裏側を擦りまわせる。わずかに身をよじり雄で突き込んでしまうが、ルガルガンが気になるほどではなく。

「はぁぁぁあああっ!」

 完全に抑え込まれたまま、ルカリオは達した。生前ずっと溜め込んでいたものも持ち込んでいたのだろうか、自分でも信じられないほどの量を出したと感じるルカリオ。しかしそんな壮絶な射精すら意に介さず、ルガルガンは雄を咥えたまま放さない。

「ぅぐ……。たっぷり出したね」

 ルカリオの雄の力が少し緩んだところで、ルガルガンもようやく口を離す。口元と雄の間では、唾液も精液も一本の糸さえ成さなかった。満面の笑みで開く口から漏れるにおいは、精液のものも先走りのものもわずかであった。一滴すら惜しんで飲みつくす、それは限られた飲料を無駄にしないという彼女の性格でもあろうが。

「でも、まだいけるよね? この一回で終わっちゃ、あたしが足りないんだからね?」

 徐々に皮の中に納まりつつあったルカリオの雄。ルガルガンはその根元を猛然と握りしめる。手つきは荒っぽいが、先ほどの絶頂に朦朧とする意識を呼び戻すには丁度いい刺激で。揉みしだく間に何度もルガルガンの爪が当たって痛いが、これは恐らくわざとだろうとルカリオは思った。先程の口淫の際は歯を立てないようにと気を遣った彼女だから、理解した上での行動なのだろう。

「ふふっ、いい感じに復活できてきたね。それじゃああたしの初めて、あげるよ?」

 言い終わる頃には、ルガルガンの割れ目はルカリオの雄の先端に宛がわれていた。しかしここで一瞬だが、緊張を顔に浮かべる。両親の交尾を目の前で見てきていたという酷い過去を持つ彼女だが、自らの中は未だに誰かに許したわけではないのがわかる。だが一度目を閉じて息を吐いた後、目の前で伸び切ったように仰向けになっているルカリオを見て……それでにんまりと笑みを浮かべる。

「あたしの初めて、あんたにあげられて良かったよ」

 ゆっくりと腰を落としていくと、温かい内壁に包み込まれる感覚でルカリオの雄は再び硬く突き立つ。その先端が少し入ってきた感覚に、ルガルガンはそちらに目線を向ける。腰を落とせば落とすほど、ゆっくりだが確実に雄を飲み込んでいく雌。その光景を一瞬たりとも逃さじと、ルガルガンは目を見開く。舌はだらしなく口から垂れていて、幸せ以外の言葉は無いだろう。

「おじょ……さ……!」

 ルカリオの方は肩も腰もよじることすらできないまま。わずかにルガルガンの膝に片手を乗せはしたが、それが何になるわけでもない。しかしそんな何になるわけでもない動きすらルガルガンには愛おしいらしく、もう少し腰を下げたところで自分の手を重ねる。

「ははっ……それじゃあ、奥まで行くよ?」

 言いながらルガルガンは腿を伸ばし、地面に膝をついて。ルカリオが何を思う間もなく、一気に腰を落とす。

「ひゃぁあっ!」
「くっ……」

 この一飲みも強烈な刺激であったが、それでも一度達したばかりだからまだすぐ出るようなほどではない。だが股の奥では確実に、次のものが湧いてきている。一方のルガルガンも、誰を入れたことのない初めての拡張の感覚に息を呑んでいる。そんな両者の息遣いだけが、この静かな空間に二重奏で響いている。

「それじゃあ、動くよ?」
「あっ……ひゃっ!」

 ルガルガンは力むように腰を少し上げ、抜くように腰を下げ。ゆっくりではあるがピストンを開始した。ルカリオの方は嬌声を上げるばかりで、自ら動くことは全くできないままだ。

「ひゃんっ! ひゃあんっ!」

 それでも回を追うごとに激しさを増していく嬌声の様子から、噴き上がるものが達するところまで近づいてきているのがわかる。五度、六度と。回数がわからなくなりそうになったところで、不意にルカリオは腰を突き出す。

「ひゃぁぁぁあああっ!」
「うあぁぁぁあああっ!」

 ルカリオが達して出されたことで、ルガルガンも一気に達する。どくんどくんと脈とともに、玉の奥からも残っていた精液を絞り出す。それが終わると、ルカリオは完全に意識を失った。

「ふ……これからあんたと、ずっとこうしていられるわけか」

 ルガルガンの方にはまだ若干の余裕があるらしい。荒い呼吸のまま眠りに落ちたルカリオの頬を優しくなでると、脇に目線を向ける。いつの間にか用意されたのだろうか、酒瓶と干し肉が山のように並んでいた。彼らの天国での暮らしはまだ始まったばかりだ。






「……相変わらずだが、酷くないか?」
「レシラムか。言うな」

 仄暗い空間にたたずむゼクロムの周りには、羽虫のごとく無数に淡い光を放つ玉が飛び交っている。時折その玉から先程の戦士たちの顔が浮かぶことで、それが魂であると自然と理解させられる。幻想的な空間にいるゼクロムの背後に、いつの間にか白い竜が現れていた。柔らかみのある厚い毛並み……レシラムは、ゼクロムに対し若干苛立ち気な顔を向けている。ゼクロムも思うところがあるのか、仕方がなさそうにうつむいたままそちらは向かない。

「何度だって言う。現世では戒律で禁忌としている邪淫や酒に漬け込む『天国』など、教義の質としてはあまりに薄いであろう」
「仕方あるまい。この者たちの生きている地域は、生産の場となる農地やダンジョンが限られているのだ。だから『聖戦』の名の下に戦争をさせることは避けられないのだ」

 レシラムの追及もゼクロムにとっては繰り返しのことだったらしく、ただ首を振って答えるばかり。戦争によって他者から奪うということもそうだが、死なせることによって食料を要求する者を減らす口減らしも必要……それをただ「奪え」「死ね」と言っては出てきてしまう罪悪感を「聖戦」とすることで免れさせるのが目的だ。話としてはレシラムも理解している様子だが、なおも目線は痛い。

「戦争自体もそうだが、その先の快楽漬けは不要であろう」
「そうは言うが、戦いに傷つき倒れた者を無碍にすることなどできぬ。こうして癒せるのだから嘘は言いたくない」

 声のトーンが徐々に上がっているレシラムに対し、ゼクロムは震え気味である。言い終わる前から声はどんどんと細くなっていくような有様だ。そこには「争いたくない」という気持ちがあるのだが、レシラムの方は「争ってでも」と言わんばかりだ。

「嘘と言うなら……」

 レシラムは周囲に浮かぶ魂のいくつかに目を遣り、その内の一つをつまみ取る。しばし眺めた後それを元に戻し、次の魂を覗き込む……。それをいくつかで繰り返し、見つけた魂をゼクロムに突き付ける。そこには先程のルカリオが意識を失った状態で、雌のルガルガンに口付けされている光景が映し出されていた。

「例えばこのルガルガンはどうだ? 実際に供出させたのは数本の抜け毛だけで、ここにいるはそれで作ったコピーであろう。コピーならコピーと正直に言えば良いだろう?」

 レシラムによる魂の扱いは雑なようで、それでも中のルカリオとルガルガンは何事もなく情事を続けている。ゼクロムやレシラムが意図しない限り中の者たちへの干渉は無いのだ。自らの追及に黙り込むゼクロムを見て、レシラムは仕方なさそうに魂を元の場所に戻し。

「ルガルガンには『礼拝所に駆け込んだ』と言わせていたが、本物は『あいつのためにたまには祈るか』くらいの態度ではないか。抜け毛の供出はそこでさせていたにしても、欺瞞を貫くために嘘を重ねてどうする?」
「欺瞞ではない!」

 耐え切れずに叫んでしまった後、ゼクロムは「しまった」と言わんばかりに顔を歪める。争いたくないのに怒鳴ってしまった……見る見るうちに萎れていくゼクロムの表情。だがレシラムはそれにも呆れた表情を浮かべるばかりで、追及を緩めようとは全く思っていないらしい。

「ゼクロムよ……こういった教えの類が何のためのものか、理解しているよな?」
「その地域や社会に暮らす者たちをまとめ上げることで協力させ、そこに生きる者たちをより長く生き延びさせるためのものだ」

 ゼクロムは目を閉じたまま、機械的な調子で答える。ただし答え自体はレシラムの認識とは相違ないらしく、それを聞いて「流石に」と口の中で呟いたのが聞こえた。実際のところ教えの類にも様々なものがあり、例えば崇拝を主要なものに位置づけるものもあれば教義の中に崇拝対象が皆無のものもある。その地域や社会に暮らす者たちに必要なものを選んだもので、地域や社会が変われば教えも変わるのは当然だが。

「このような後のことを考えない教えを続けては、生き延びた先の社会の変化の中で大きな問題に当たることになるぞ?」
「だからと言って現状では無理なことを教えとしては、ここで生きる者たちに『死ね』と言うことと同義になってしまう!」

 打って変わって諦めたように、ゼクロムはレシラムの追及に対して叫ぶ。争うことなく分かり合っていきたかった相手だというのに怒鳴りつけてしまった……その現実はゼクロムの中に完全なまでの諦めを芽生えさせていた。

「だが一度受けた教えがあっては、その者たちも簡単には変われないであろう。後先考えない教えは結局生きる者たちを死に追い込むことになるぞ?」
「いや、変われる! 世の中が変わればこの者たちも必ず理解する! 私はそれに力を貸すだけだ!」

 一方のレシラムはあくまでも冷静に、教義は世の中の状況が変わる未来まで見据えてそれを受け入れられるような内容にすべきという考えを譲らない。だがゼクロムの方も最早引けないのだろうか、自らのスタンスを必死に叫ぶばかり。それを見てレシラムはため息を一つ、ゆっくり首を振る。

「良く言うなら『信じる』わけか。そのような理想を追いたいのなら悪いが、私は『信じる』ことはできそうにないな」
「なら、話はこれまでだ。私とはそこで考えが分かれてしまっているのだからな」

 開き直りともとれるゼクロムの一言にレシラムはしばし黙り込み、何も言わないまま飛び去っていった。その背中を見送ることもなく。無数の魂が浮かんで並ぶ中、ゼクロムの周りは異様なまでの静寂に包まれる。だがいつまでも黙ってはいられなかった。

「レシラム……! どうしてこうなったんだ!」

 歯ぎしりを一つ鳴らすと、次の瞬間にはレシラムとの行き違いを叫んでいた。理想を追い求めて分かり合える……そんな相手だと信じていたのに、今はもう会えば口論ばかり。周囲の無数の魂はただ浮かんでいるだけで、ゼクロムの孤独を癒すことはできない。ゼクロムはここを「天国の入り口」と語ったが、自らにとっての天国はここには無い……それだけは理解した。




 どうも自分です。大会の前後から家族から厄を持ち込まれて、新春けもけは逃すわ体調不良になるわ散々な年明けの作品。今ようやっと仮面を外します。放置申し訳ない。
 この作品のコンセプトはルガルガン♀×ルカリオ♂をやりたかった、その一点です。某支部でこのCPのケモ交尾イラストを見つけて、強烈に感じ入ってしまったというのがあります。行為の最中のワンカットが絵の場面そのままになるように書きました。以前リザルカの時はルカリオは♀でしたが、ルカリオは♂でも♀でも色々となってしまうポケモンですね。一方でルガルガンはその後の企画で書いた違う道の先に見るものはで設定を使いまわしています。一度は同一人物説も考えたんですが、ストーリーとして「この後村が荒廃し、やってきたユエラの手で再び発展していったところでお話が始まる」だと彼女も結構な年齢になっている気がしました。なので性格と設定だけ使いまわした他人の空似にすることにしました。
 結果として2票をいただきました。以下感想と返信をば。

ご都合主義をうまいこと利用した発想と、ご都合主義であるが故の羨ましい状況がツボでした。 (2018/01/21(日) 12:01)

 実在する宗教にも「天国で美酒や美女に囲まれて快楽放題」というのがあったのでそれを題材にしてみました。個人的にその宗教は酒や邪淫を戒律で禁じていて、でも天国ではそれで快楽好き放題というのは疑問があるというのも題材になっています。レシラムに「薄い」と言わせていますが、輸送や様々なものが発展している現代社会ではその薄さは害悪だと思います。ルガルカたちの時代とは違うというわけですね。



ルカリオとルガルガンのお話かと思いきや、それらは物語上些細なことで、しかしその些細な在り方を問う、という流れにいい意味で裏切られました。素敵でした! (2018/01/27(土) 17:22)

 天国で快楽好き放題と見せてそれが些細なことであると叩き落す。こういう書き方が大好きなのです。これからも読者の方を叩き落せる作品が書ければと思います。



 それでは投票してくださったお二方のみならず、読んでくださった皆様ありがとうございました。


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Last-modified: 2018-05-15 (火) 23:31:01
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