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許嫁を取り戻せ5:それぞれの旅路、前編

/許嫁を取り戻せ5:それぞれの旅路、前編

前……アンジェラとの二人旅、後編

キャラ紹介 

ウィリアム=ランパート
主人公のはずなんだけれど、出番がドワイトよりも少ないのは内緒である。
結局、故郷の島に戻ってポケモンを育てている始末です

デボラ=スコット
ミクトヴィレッジのウイスキー醸造所の取引を取り仕切る、この村の経済の立役者の娘。
旅の最中にジムリーダーの半生などを聞いているうちに、どんどんと考えることが過激になって行く。それに色んな事に動じない精神力も手に入れられた。
理不尽に対するには理不尽しかないと学んだ彼女は、もはや誰かの言いなりにはならない

 トワイライト
ギャロップの雄。もともとは兄のポケモンだったが、兄が死んでしまったために引き取った。去勢済みなので生殖能力がない。特性はもらい火である。
じつはよく荷物運びをやらされているが、雨が降った時はボールに収納されている

 エリン
ニャオニクスの雌。許嫁への贈り物として雌雄セットで子供に送られた。実はデボラは雄の方が好きなのだが、貰ったのは雌である。特性は勝気。
気まぐれに甘えて来る。

 シャドウ
アブソルの雌。舐め癖のある子だが、舐め癖はウィリアムの趣味であるため直されなかった。あの舌が顔を這う感触がたまらず、ゾクゾクと快感が走るためにやめられないのである。
案外母性は強いようで、ジェネラルが危なっかしい事をしようとすると、口に咥えて連れ戻すような面倒見の良さがある。しかし、やんちゃなのかエリンとよく遊びたがっている。

 ジェネラル
リオルの子供からルカリオにスピード進化した子。割と人懐っこい性格なので進化にはあまり困らなかった。
悪い事をしようとしている人間の考えを読み取ることが出来るため、犯罪避けには最適だが、例えば通り魔的な犯罪に対しては強いものの、悪意を持った人間がその場を去るような時限爆弾を用いたテロなどは避けられない。


アンジェラ=スミス
この村唯一の大工の家。兄が三人もいるため男勝りの性格で、身体能力も肝の座り方も男子顔負けでずば抜けている。
筋肉のある男が好みのタイプである。ドワイトは喘息のせいで運動が出来ないためひょろひょろのもやしっ子であるが、何だか放っておけない感じなために世話を焼くのもやぶさかではないようだ。
デボラと別れてしまったため、彼と旅をすることを考えてコンタクトをとっているようだ。

 タフガイ
ドテッコツから無事ローブシンに進化した雄。特性はちからずく
野外でランチを食べるときに、珠に石柱をベンチがわりにされることがある

 ラル
ドリュウズの雄。泥臭い。格闘タイプとの相性補完を考えた結果、この子に落ち付いたとか。大麦畑の作業員としても需要が高いポケモンであるため、育て屋としてのノウハウは多いのだとか。特性はすなのちから。
強い日差しは苦手

 ラーラ
カエンジシの雌。リテンの象徴となるカエンジシとギャロップという組み合わせだが、象徴となっているカエンジシは雄である。これじゃ意味ないんじゃないかと若干思われているが、そんなことはさて置き実は狩りが下手で群れではごくつぶし扱いだった個体。
群れで生活するポケモンゆえ、子育てには真摯に向き合うようで、ジェネラルが小さい頃はよく面倒を見てくれた。今はもう進化してるから、一人前の雄扱いである。

 モスボー
マリルリの雌。タイプのバランスを考え、ちからもちの個体を捕獲した。ちなみに素手で捕獲したのだが、体を鍛えているアンジェラだから出来る事であり、良い子は真似をしてはいけない。

ドワイト=Y=マルコビッチ
優秀な育て屋の子供。親が優秀なトレーナーであり、それが原因となって人づきあいが苦手で、上から目線が崩れないうざったい奴だが、年下なのでデボラもアンジェラも多少大目に見てあげている。陸上グループアレルギーのため育て屋で売れ筋のポケモンを一部育てられないのを負い目に感じている。

 ニドヘグ
ガバイトの雄。洞穴で暮らすポケモンであるため、暗所での戦いに強く夜の警備員としての人気は高い売れ筋のポケモン。
夜間の砂がくれは、発動すれば闇と砂にまぎれる相乗効果により、試合で行われるそれよりもはるかにやっかいなのだが、施設内を砂まみれにするわけにもいかないので敬遠されている。そのため、砂がくれの子はある程度育てて里子に出されているとか。

 ダイフク
タブンネの雌。アレルギー症状により喘息や発疹の発作が出た際は、飛び出してきてドワイトに癒しの鈴をかける。吸入器以上に即効性があり、喘息のみならず発疹にも効果があるため、戦力関係なしに頼りにされているが、その実七〇レベルを超える女傑である。

1 


 そうして、私はシイさんと共にリテン地方を歩むこととなった。
 なのだが……
「よし、それじゃあ国会議事堂を上から眺めて見よう」
 一瞬、私は硬直する。忘れていたが、シイさんはバッジコレクターとは言っても、観光もまた目的の一つである。ウィル君と回ったデートスポットをこんなに短い期間で回ることになるとは思わなかった。
いや、すごいねこの景色。夜景が宝石のように美しい
はい、二回目ですがいいものです
 そんな状況に、私は少々苦笑する。悪い人じゃないんだけれど、間をおかずに二回も同じ場所となってしまったが、これに関してはウィル君の言った通りだ。私もウィル君と一緒に乗っている時は景色がまともに見えなかったけれど、今回は割と夜景を楽しめたかもしれない。

 一日かけて一通りの観光を終えて、私達はこの街のジムへと赴く。ウィル君はこのジムに行く前に連れ戻されてしまったため、行くのは今回が初めてだ。ここのジムリーダーは、飛行タイプのポケモンを繰り出してくるのだが、その外見がなんとも言えない緑色の服を着た少年である。
 ジムリーダーに就任したころは一四歳と非常に若かったのだが、十年も続けていればもう二四歳。流石に痛い格好だ。
 モデルはもちろん、大人の存在しない国、ネバーランドに住む少年であり、それを意識してなのか、彼はフラエッテを隣に侍らしている。飛行タイプのジムリーダーじゃなかったのか……?

 そんなことはさて置き、バッジコレクターを名乗るだけあって、シイさんは非常に強い。事前の申告でバッジ八つ目に挑戦するときの難易度でお願いしていたらしいのだが、それですらもなんなく突破してしまい、その余裕そうな態度は『よし、次だ』といわんばかりであった。
 自分はまだこのジムには挑戦していないので、ついでではあるが、私もジムに挑戦する。
 このジムの得意とするポケモンは飛行タイプ。エースであるフワライドを筆頭に、素早い動きとフェザーダンスなどによる搦め手を得意としている。散り際に追い風を利用するファイアローの補助から、剣の舞を利用したムクホークの怒涛の攻撃で攻め、それを潜り抜けても今度は耐久お化けのフワライドが降臨するというわけである。
 バッジ五つ目からはフラッターという装置を用いてポケモンを弱体化させ、バッジ八つ目のポケモンと同じ編成で挑んでくる。先ほどのシイさんのバトルを見て予習は出来たが、どこまで対応できるかはわからない。

 紆余曲折は省略するが……対応できず、私は惨敗した。シャドウを使えば楽勝だっただろうけれど、やっぱりあいつを使うのは卑怯な気がして、エリン、ジェネラル、トワイライトで挑んでみたが、ムクホークの大暴れに対応できずに負けてしまう。
まぁ、仕方ないさ。まだ旅立って三ヶ月なんでしょ?
でも、育てるのは一年前からやってた。だから、私は弱い
いやいや、君のアブソルを育てた人や、私と比べると弱いかもしれないけれど、そんなことないよ。その証拠にルカリオは強く育ててるじゃないか
えっと……『しょうこ』ってどういう意味でしたっけ……
証拠……そうだな。物事を、正しいと、決めるために必要な、もの……かな。英語だと……『Evidence』とか『Proof』って言うらしい、ね。えーと……君たちの言葉に直すと……
 この人と一緒に行動するようになって一日。たった一日だけれど、私達は辞書が手放せない。会話の最中に気になった単語があれば、逐一聞きなおして分かった振りはしない。シイさんも同じようにして、イッシュで英語を覚えたそうなので、こっちが聞き直した時も嫌な顔一つせずに、私にその意味を教えてくれる。
 そして、この人のいいところはそれだけじゃない。私が聞きなおした文章は、文字に書いて起こしてくれるのだ。これによって生の日常会話で発生した最高の例文が出来て行くというわけである。
 しかし、その場合の問題点としては、日本語の教科書に乗っているようなきれいな日本語にならないということ。やや砕けた表現も多いということだ。それについては仕方あるまい、教科書に乗っているような整いすぎていて気持ちの悪い会話と違い、実用的な会話が出来ると、ポジティブにとらえるしかない。
 ちなみに、お互い勝手な訳文を作るため、それが正解である保証はない。もし間違いであったとしても、間違いを繰り返しながら学んでいくしかないのだろう。なに、間違って恥ずかしい思いはするかもしれないが、言語が違えば多少の間違いくらいは結構大目に見てくれる。何せ、自分がそうだったから、とシイさんは言う。
 そんな彼の失敗だが、猫系のポケモンが好きな姉妹が所有しているポケモンについて褒めたことである。猫系のポケモン達を総称して『pussy』と表現したのだが、それが女性器の暗喩や成功を意味する言葉だということも知らなかったために年の離れた姉は顔を赤らめていたとか。
 日本語にも辞書に載っている物から載っていないものまでいくらでもそういう失敗はあるだろうから、間違えても問題ない相手と話しているうちに間違えておければいいねと、シイさんは言う。
 『日本語の使い方を間違っていたら、私が注意してあげる。ただし、私が間違っていたら指摘して欲しい。そうやって助け合って過ごそう』と笑顔で語る彼との時間は、アンジェラとの二人旅と違って頭をフル稼働させなければならないために、世間話の最中でさえ気の休まる時間が少ないが、しかし自分が着実に成長しているような充実感があった。

2 [#5wTul84] 


 ところで、リンドシティにいる間、私達は安宿に泊まるのだが、初日は互いに別々の宿に泊まったものの、二日目からは同室である。お金を節約するためだといって、料金は相手の奢りだったのだが、その日は全然眠れない。
 彼の手持ちはマフォクシー、レントラー、ミルタンク、チョロネコ、ブイゼル、コジョフーなど陸上グループが多いのが特徴だ。彼曰くモフモフが好きなのだとかで、毎回どんな旅でも陸上グループの雌で統一しているらしい。マフォクシーとレントラーは長年の相棒で、旅の護衛であるという。そしてその他の四匹は今回リテンを旅するにあたって、事前にゲットしてきたポケモンで、この旅が終わったら売り払われるのだという。
 彼は、旅をしてその際の体験記を本にすることと、ゲットしたポケモンを売ることで生計を立てているそうで、故郷には家もあるのだが、ずっと空き家ではすぐに劣化してしまうので、手入れをしてもらうことを条件に親戚に住まわせているそうだ。

 グループなんてものはどうでもいいが、レベルも高いため、襲われでもしたら抵抗することは難しいだろう。幸いにも、ここは安宿。防音性は悪く、大声を出せば隣にも聞こえる。
 声を出したら殺すだとか、ナイフやポケモンの爪をつきつけられたら不味いかもしれないが、叫び声を上げれば何とかなるかもしれない。まぁ、実際は……緊張しながらずっと寝返りばっか打っていた挙句に、隣部屋のバカップルの話し声がいつまでも途切れず、それのせいで安眠妨害されてしまったのだけれど。
 シイさんは普通にさっさと眠っていた。家族以外の男の人と寝るのは、ウィル君以外では初めてなので緊張して眠れなかったのだが、見事にそれは空振りになってしまったというわけだ。
 私の心配は一体何だったのだろうか? まぁ、襲ってくるような人だったらルカリオであるジェネラルならば容易に4それに気付いてくれるだろうから……ジェネラルが警戒しないということはそういう事なのだろう。

 翌日、さわやかな目覚めとなったのはシイだけであった。旅慣れていることもあってか、彼は眠りたいときにすぐに眠れるくせがついているらしい。そして、驚くことに彼は全く私に性的な意味での興味を持っていなかった。私の身の上話はよく聞いてくれるし、父親との関係を心配してくれたりなど、精神的な面については程よい距離感だといってもいいのだけれど。
 でも、私の事を女性として魅力に思うことは露ほどもないのだろうか、眠る時に私の方を見もしない。最初は、気遣っているのかもしれないと思ったが、一度だけ彼の前でトップスの着替えをして上半身をブラ一丁の大胆な格好になってみるが、彼は私を一瞥すると『男の前でそういう格好はやめたほうがいいよ』と、抑揚のない声で注意して、その後こちらの様子をうかがうこともなく日本のニュースを読みふけってた。
 彼がそういう人だったというのは、女性として有難い事なんだけれど、それはそれで何となく女として魅力がないようで、私は少しだけショックだった。なので、ちゃんと着替えて聞いてみた。
シイさんは、女性に興味がないのですか?
あるよ。でも、私にとっては女性っていうのは……ううん、やっぱり止めておこう
 シイさんは言いかけて口をつぐむ。
なんですか? 私は気になります
 気になってさらに踏み込んで聞こうとすると……
「子供は知らないほうがいいよ」
 さらに突っ込んで聞こうとすれば、『子供は知らないほうがいい』と、彼は私達の言葉で言う。一体、何を知らないほうがいいと言うのか、もしや私より幼い子供でないと興奮しないのか、もしくは私が子供すぎるのか。
 いや、それならば、君より年上が好みなんだ、といっておけば特に当たり障りもない。ただ、想像するにろくでもない理由であり、そして彼はろくでもないということを理解しているのだろう。うーん、変態的な趣味だからとても言えない、とかなら私がターゲットにならないわけだからいいけれど……ジェネラルが警戒しないということは、危険な理由ではないということなのだろう。

3 [#6lzLxHF] 


 一夜明けたが、私はリンドシティのジムへの再挑戦はしなかった。ジムバッジ集めは目的の一つではあるけれど、今の目的はそんな事よりも、シイさんと一緒に旅をして日本語を覚えることだった。だから、彼の旅の足手まといになってはいけない。シイとしては、時間が危うくなったら交通機関を使うなりポケモンに乗るなりして時間を短縮するから、そんなに急ぐ必要はないと言うけれど、やっぱり旅は徒歩でのんびりというのがポケモントレーナーのたしなみだと思うから。

 シイさんの旅路を優先する代わりに、私はうざったく思われようともちょっとしたことでも積極的に話しかけることを優先する。
そのマフォクシー、耳の毛が綺麗です
 眠る前、狭いテントの中で、シイは軽いポケパルレの一環として、ポケモン達のブラッシングをしている。彼のポケモンは豊かな体毛の陸上グループが多いためか、
毎日ブラッシングしているからね
それは私も同じです。大切にされている証拠ですね
 ここで、私は覚えたての言葉を使ってみる。
そうだね
 と、彼は返す。使い方は間違っていなかったようだ。そう言えば、他人のポケモンにおいそれと触るのは不躾かなと思って、今まで私は彼のポケモンに全く触っていなかった。ウチのポケモンはなんというか自由奔放なので、きちんと釘を刺しておかないと目についた人間に甘えたがってしまい、すぐに尻尾を振ってしまうのだが……そのせいで、シイはシャドウやジェネラルに触れている。エリンとトワイライトはあまり人懐っこいほうではないのでまだだけれど、ポケモンといえばトレーナーの体の一部のようなもの。人間同士の仲が悪くなくとも、そのポケモンに嫌われていては非常に居心地が悪い。
 シイさんのポケモンは別に人見知りの癖があるわけでも無いし、こちらを警戒しているわけではないのだが。でも、躾が行き届いているようで、人間を見てもポケモンを見ても飛び付いたりするようなことはしない。それゆえ、私は触れる機会がなかったのだが、シイさんに体を預けて毛づくろいをしてもらっている彼女らを見ていると、こちらとしても触れてみたいという衝動が抑えきれない。
あの、その子に……達に、触っていいですか?
 声を掛けると、マフォクシーもシイもこちらの方を向いている。
どうぞ。この子も喜ぶよ
 シイはそう言って、両腕を枕にしてうつぶせに姿勢をとっているマフォクシーをこちらに寄こす。私よりも背の高いマフォクシーは、うつぶせの状態から起き上がると、私の前に正座して私を押し倒さんばかりに上から覆いかぶさった。こちらに体重を預けて抱きしめられると、ものすごい獣の匂いと高い体温。この寒い冬にはその体温はありがたいけれど、息が詰まりそうだ。
 更に私は体中の匂いを嗅がれる。嫌ならやめてと言われれば止める賢い子らしいけれど、ポケモンに甘えられるのは嫌いじゃないので身を任せる。こんなに彼女の臭いをつけたら、手持ちたちに首を傾げられてしまうんじゃないだろうかと思いつつも、温かいし、仕草が可愛いしで何だかくせになってしまいそう。
 抱きしめたままほおずりだとか、こいつは甘え方が上手い。ジェネラルのようにがっつくでもなく、ほどほどに甘えるだけで心はつかず離れずなエリンとも違う。顔に触れるだなんて、そんなに気持ちのよいものではないけれど。なぜるような、揉み解すようなそのしぐさがやたらと気持ちいい。それに、覆いかぶされレているというのにあんまり重さを感じず、まるで毛布をかぶっているかのような軽さと心地よさ。なんだか眠くなってくるが、この衝動に負けてはいけない……

 などという決意など吹いて飛んで、気付けば隣にはエリンやジェネラルがいて、一緒に眠っている始末。しかしこのマフォクシー、名前をミカというのだが、非情に手癖が悪い。起きてみると、財布がない事に気付いて慌てて探すと、マフォクシーのスカートの中にあるのをシイが発見してくれた。
 彼女の特性はマジシャン、人から物を盗むのは得意中の得意なのである。『彼女が甘えてきたときは、大体何かを奪う時だから、一般人に甘えた時は毎回調べるのが大変なんだよ……』と、シイさんは愚痴をこぼしていた。それ、何をどう考えても躾が悪いんじゃないかと思うけれど、旅の最中にロケット団のようなならず者に絡まれた時は、そのまま懐に入れてしまうのだそうだ。
 そういう日は、美味しいものを食べさせてあげるんだ。笑顔でそう語られるが、美味しいものを食べたいがために盗むような子はいろいろ問題があると思う。いずれ警察に捕まらないか心配である。
 だが何にせよ、相手の警戒心を解かせながら、ゆっくりと骨抜きにして財布を奪い取るその手腕。それはやはりある種の才能だろう。今はプラズマ団だけじゃなく、ポケモンの密売組織であるイビルペリッパーズとかいう謎の組織も暗躍しているらしいから、是非ともそいつらからお金を奪っておいしいものでも食べたいものだ。

4 [#0fX6U0e] 



 その翌日は、レントラー、キリカと戯れさせてもらった。
 こっちの子も大人しく、躾がよく出来ているのは同じで(いや待てよ? ミカは致命的な部分で躾が出来ていなかった気がするが)私が毛づくろいをしている間も大人しく身をゆだねてくれている。その大きな肉球は揉み甲斐があり、お手のポーズをさせて親指で肉球を揉んでいると、そのボリュームの心地よさに思わず顔がにやけてしまうほど。
 時折、前足を上げ続けているのも疲れてくるのか足を下ろそうとするが、そうすると次はもう片方の足揉んでくれといわんばかりにあげてくる。可愛すぎていくらでも足を揉んであげたくなってしまう魔性の魅力の持ち主である。このレントラー、あざとい。
 歯も非常にきれいで、口を開ければ凶悪な牙がずらりと並んでいるものの、舌を出したその顔はどこか笑っているようにも見えて愛嬌がある。この二匹、戦いのレベルが高いことは元より、人に媚び、甘えることに対するレベルが非常に高い。地面に転がって肉球を見せつけるようにしてひっくり返った態勢を見せたりもするし、分厚い鬣に守られた首を撫でればゴロゴロ言って甘えて来る。
 そのレベルの高い甘えぶりは、レントラーというよりはぶっちゃけでかいチョロネコのように見える。実際、同じくシイさんの手持ちであるチョロネコ、アッカは彼女の背中を見て育っているのか、甘え方が彼女そっくりだ。しかし、私としては肉球のボリュームが少々物足りなく思えてしまう。きっとレパルダスに進化しても、肉球の大きさで上回ることは不可能だろうから、肉球が好きな人の心は恐らくキリカになびくのだろう。
 何より優れているのは、エリンもジェネラルもシャドウも甘えることはあるけれど飽きっぽく、甘えている時間は短いのだけれど、この子は甘え出したらいくらでも甘えて来る。だからこっちもいくらでも戯れていたくなる、そんな気分にさせてくる。
 だけれど、それはエリン達には少々気に食わないらしい。キリカをずっと撫でていたら、『ご主人は自分の物だ』といわんばかりに、私に撫でられようと仰向けになって自己主張する。エリン以外も、前に出て来てまで自己主張したりはしないものの、こちらを物欲しそうに見ている視線を感じた。
 危ない、ミカもそうだが、キリカも危ない。こいつら二人、甘え上手すぎて他の子がおろそかになってしまいそうだ。自分の子の存在を思いだしてエリンを撫で始めると、我慢していた他の子達も一斉に集まりだして順番待ちを始める。トワイライトだけはそんな彼女らの様子を暖かな目で見つめているのは、彼が大人だからであろうか、それとも元は兄のポケモンだからであろうか。
この子達、とても甘えるのが上手です
 シイさんのポケモンを褒めたたえると、彼は嬉しそうに微笑み返す。
私がそうして欲しいと願ったからね
願ったって、どういうことですか?
 願った、とは一体どういう事なのか。文字通り、こういう風に甘えて欲しいと頼んだということなのだろうか。
甘えてもらうと私が喜ぶし、彼女達は私が喜ぶことをやってくれるから。それぐらい、私達は愛しあっているという事さ
 自信に満ちた顔でシイさんは言う。
すごく仲がいいのですね。どうすればそれくらい仲良くなれますよ?
あー……それはね、夫婦になることかな? あ……
 言ってはいけないことを言ってしまったのか、シイさんは目を泳がせて言葉を濁す。もしかして、彼が私のような女性に一切の興味がないのは……何か聞いてはいけない事を聞いてしまったような気がするが、きっと気のせいだ。
なるほど、夫婦ですか……残念ながら私は婚約者がいるから出来ませんね
 とりあえず、変な意味に捉えなかったことにして、文字通り受け取って私は言う。
そうだね、私は独身だから出来るんだね
 あはは、と乾いた笑い声を浮かべてシイさんは言う。目が笑っていないというのはこういうことを言うのだろうか、明らかに失言したと思えるその表情。きっと、私が感じ、そして想像したよこしまな考えは、間違っていないのだと私は悟る。
 まぁ、いいさ。本人が幸せならば、私にはそれを邪魔する権利はないし。それに、人間に興味がないのならば、それはそれで安全が保障されているという事ではないか。何の問題もない。

5 [#6Ol4oUB] 


 リンドシティを発った私達は、数日かけてリンドシティから西に二百キロメートルほどの場所にある環状列石のある観光地、ストーンヘンジへとたどり着く。ここは四年に一回、とある大会の会場となる遺跡で、ごく普通の岩に見えるこの列石は、ラティオスの竜星群を喰らっても傷ひとつつくことのない、途方もなく丈夫な岩で出来ている。
 ここは、若いポケモン達が激しい戦闘を行うことにより、漏れ出た特殊な生命エネルギーを吸い取り、新しくメガストーンやキーストーンを生み出すことが出来る場所。それゆえ、ここでメガシンカを可能とするポケモンが暴れまわることで、それに対応したメガストーンが生まれるという摩訶不思議な場所である。
 その性質ゆえ、かつては若いラティアスとラティオスがこの場所で戦いを繰り広げ、メガストーンを生み出しては、メガシンカして外敵を排除するために使用していたのだという。
 それが今では大会として盛り上がるようになり、その大会というのが、ウィル君が代表に選ばれることを目指す赤青対抗幼獣喧嘩祭(レッドアンドブルー アンダーワンバトルフェスティバル)と呼ばれる大会である。メガストーンを生み出せる時期は限られており、四年に一度、夏至の日。大会が行われる日が最もメガストーンを生み出す力が高まる日である。
 しかし、普段はただの観光地。今は岩が環状に並んでいるだけで、それ以外は殺風景な野原である。ただ見て回るだけでもそれなりには楽しめるのだが、ここには、このリテンを代表する強豪トレーナーの経営する非公式ジムがある。
 非公式ジムというのは、ジムバッジを授与することが出来ないジムの事であり、要するにポケモントレーナーとしての腕を鍛えることだけが目的のジムである。非公式ジムは国からの援助を受けることがないため、よほどの腕がなければ経営が赤字になってしまうことは少なくないのだが、しかしこのジムに限ってはそんな心配とは無縁である。

 このジムを経営しているのは、四天王のゲッカ。この地方きっての強豪トレーナーである。彼女はフェアリータイプの使い手で、同じく四天王の妹ビジンはドラゴンタイプの使い手というエリート姉妹である。
 彼女の家は三代続くドラゴン使いの家系であり、彼女もそれを期待されてこの世に生を受けたのだが、どうしても自分の生き方に納得できなくなり、フェアリータイプを使うことを選び、妹にドラゴン使いの継承権を譲ったという。妹は『女だから継承権はない』という親の反対を押し切る際、だった二匹で相手の六匹をねじ伏せる腕前で、若い頃から親を超える程の努力をしてきた執念と、得られた強さは四天王という立場が証明してくれる。
 継承権のない女性である妹、ビジンは親からポケモンバトルについて何も教えてもらえていなかったため、彼女にバトルの手ほどきをしたのはゲッカである。妹にバトルを教えただけあって、姉のゲッカはポケモンを育てることは勿論、人間を育てることに関してもまた秀でた才能を発揮している。
 彼女に見てもらったトレーナーは、皆バッジ八つを手にする実力を得られるという。もちろん、才能がなかったりやる気がないようなジム生もいるが、そういったジム生は早々に切り捨てるそうだ。
 切り捨てるといっても指導する際に無視するだとか、そういうことはしないが、投げかけられる言葉がものすごく辛辣になり、それによってトレーナー本人やその親などとのトラブルが絶えないことから、やがて相手も自然に通わなくなるのである。ただし、あまりにもそういったトラブルが多いため、ポケモンバトル協会からは公式ジムへの認定を見送られたという過去がある。
 本人は、ポケモン協会から五月蠅い指示を出されることなく自由に指導出来るならば、それでいいやとばかりにあまり気にしていないようだが、しかし非公式ジムは公式ジムと違って挑戦者がいない。毎日門下生同士で鹿バトルが出来ないというのはあまりに寂しいため、このジムでは有料ではあるもののいつでも挑戦者を受け入れている。
 そういう形で四天王に挑めるような場所は今までなかったらしく、十年以上旅をしているシイさんも、四天王に挑むのは初めてだという。
 四天王が相手では、手加減してもらったとしても負けるかも知れないというのが、シイさんの見たてであった。

 今日、私達がこのジムにやって来たのもシイさんが是非ともゲッカさんと戦いたいとのことで。ゲッカの本気を相手にすることは到底できやしないだろうが、シイさんはバッジ八つを取得するに足るレベルは十分にあるから、育てられた彼女のポケモンの動きをいろいろと参考にしたいのだと。

6 


 ストーンヘンジの付近には、食用となるドラゴンが放し飼いにされる牧場があるくらいで、周囲の開けた草原には、ストーンヘンジの景観を守るためか、全くと言っていいほど建物がない。整備された道路を経由して、北に行けば小さな町がある。町の南側には花畑があり、そこの真ん中に例のジムがある。お花畑は、一部のフェアリータイプ(主にフラベベ系統)が落ち付く効果があるから作られたものだとか。
 近くを通ればそれだけでいい香りが漂い、花畑に囲まれ広大な平原の先にあるストーンヘンジを臨むジムは、ポケモントレーナーでなくとも記念写真を撮って行く観光客も多い。このジムの設立当初は、心無い人間によって時折、『四天王やめろ』だとか、『汚らわしい』だとか落書きや張り紙をしていたので、現在はピクシーが寝ずの番についている。と言っても、ピクシーは夜行性のポケモンなのでむしろ自然な勤務時間と言って差支えないだろう。
 普段は温厚なポケモンではあるが、もしも不届き者が現れれば、途方もない強さで相手を圧倒する豪傑である。昼は眠っているので、その姿もまた癒されると評判だ。

 そんなピクシーの寝姿を拝見しながらジムの中に入ると、パステルカラーの内装が出迎えてくれる。まるで赤ちゃんの遊び場のようなふわふわとした優しい色合いの内装には、キテルグマやリングマ、ミミロルやピカチュウなど、いかついポケモンも可愛らしいポケモンもデフォルメされて描かれている。絵本の一枚絵のようにそれらが仲良くしている光景はなんというか、子供っぽい印象を受ける。ほのかに漂う甘い香りはバニラだろうか、苦手な人には辛そうだ。
「予約していたシイです」
 と、受付に告げて、ジムの修練場へと行くと、そこはなんとも面白みのない、固められた土で出来た床面と、その周りに数百人を収容できる観客席のある試合場だ。フェアリータイプのジムと言えど、試合場までファンシーな雰囲気ではないのである。
 その室内では、十人以上の門下生がポケモンバトルの動きをゲッカに見せていた。
 ゲッカさんはここでもまじめそのもので、化粧もしないで土ぼこりを被った顔を真剣な表情で固め、ボードの上のレポート用紙にペンを走らせている。フェアリータイプの四天王だとは言っても、こんな時までほんわかとした雰囲気ではなく、ジム生のポケモンを指導する際は泥だらけで汗臭そうだ。
 ポケモンとトレーナー、共に慕われているのか、彼女が言葉を発すれば、皆が元気よく返事をする。なるほど、良いジムじゃないか……なんて、ポケモンバトルにまじめに向き合っていない私が言っても説得力はないけれど。シイさんも、予約した相手が来たことを告げればいいのに、その練習風景を見たままいつまでたっても話しかけることなく見守っている。
 見かねて、ジム生が『何か御用でしょうか?』と話しかけてきたところで、ようやくシイさんは用件を告げた。ジム生はその用件をゲッカさんに告げると、ようやく彼女はこちらへ向けて歩いてくる。
「見学の方かと思っておりました。お待たせしてすみません。わたくし、このジムを取り仕切っております、ゲッカ=アイゼンハワーと申します。どうぞよろしくお願いします」
 彼女はとても背が高く、一七五センチメートルはあるシイさんよりも拳一つ分背が高い。立ちあがるだけで威圧的な雰囲気すら漂う彼女に近寄られると、思わず身がすくむ気分だ。しかしながら、ポニーテールのシンプルな髪型と、温和そうなその表情には女性らしさが備えられており、ディアンドルと呼ばれる東の山岳地帯で用いられる民族衣装をまとった姿は男性には出せない気品に満ち溢れている。

「いえ、指導の仕方を観察していました。だから問題ないです。人間への指導は私にはあまりなじみがないです。だが貴方は人間への指導もすばらしいのが分かります」
「それはそれは、光栄です。えっと、見たところ異国の方とお見受けしますが、こちらの言葉も上手いのですね」
 シイさんに褒められ、ゲッカは嬉しそうに微笑む。
「旅は長いもので。それに、最近はこちらの子が語学の練習相手になってくれるので、とても助かってる。逆にこちらも、故郷の言葉を教えてもらっているんですよ」
「あら、そうなんですか? お互い助け合って旅をしているだなんて良い関係ですね。そういえば、こちらの女性は……」
「あ、私はデボラ=スコットと申します。私はこのジムに来たのはただの付き添いで……今は訳有って日本語を覚えたいので、この人に付いて回って勉強しているんです」
「おや、勉強熱心なのですね。ボールを持っていられるようですが、ポケモンバトルはなさっているのでしょうか?」
「ポケモンバトルは、少し……その、身を守れる程度には鍛えていますが、本気で取り組むようなことはしないですね……なので、こんなところにいてもいいのか……ちょっと心苦しい気分ですよ」
「そうですか……それは残念です。ですが、人それぞれやりたいことは違いますし、仕方がないですね」
 ポケモントレーナーはやはり、ポケモントレーナーとバトルで語り合うのが好きなのだろうか、微笑みの中にも残念そうな顔が浮かんでいる。
「さて、門下生への指導もありますし、あまり長話もなんですね。トレーナー同士ならバトルで、語りましょう。皆さんは休憩がてら、観戦をお願いします。私や対戦者の動きについて気付いたこと。また、私達が何を考えてその技を選んだのかとか、そういうことに気付いたことがあれば、何でも言ってください。
 こうして、外部のトレーナーを招くというのは、今まで見たこともない戦法、戦闘スタイルを目にすることで、貴方達に新しい可能性を見出したり、新たな対策を打ち建てたりなど、そういった出会いのためにやっている側面もあります。見学もまた、勉強ですよ」
 ゲッカさんが門下生に向けてそう声をかけると、毎度のことなのだろう、門下生はバトルフィールドの周りにある観客席の方へとなれた動きで散って行く。ポケットからペンやメモ帳を用意する者や、カメラなどを向ける者もいて、なるほど教育が行き届いている事が伺える。
 シイさんは散った行く門下生を見ながらボールを構え、ゲッカさんは師範代と思われる一人に指示を出し、審判を頼む。それが終われば、さぁバトルの始まりだ。

7 


 ルールは、ジムバトルと同じ方法に則り、三匹のポケモンを使い先に全員が倒れたほうが負け。ただし、挑戦者は交換が自由だが、ゲッカさんは交換出来ないという、ごく普通の戦闘方式である。ちなみに、いくつか手加減のコースも用意され、バッジ八つ相当の場合は彼女は自分のポケモンを五五レベルにするようフラッターで調整する。フェアリータイプなので恐らくは無理だろうが、五五レベルくらいならばシャドウでも一人で勝てなくはないレベルだ。
 上の段階に挑戦すると、六〇、六五レベルと上がっていき、そして真の実力の彼女と戦う際は、ハーフバトルではなくフルバトルとなって、七〇レベルを超えるポケモン達に加えてメガシンカまで駆使して、必要とあらばポケモンの交代もして、本気で叩きのめしにかかってくるのだ。
 シイさんは、六〇レベルの彼女との戦いを選んだ。流石に彼女の本気に勝つ自信は無いこともあるが、戦えるポケモンも二匹しかいないので、これが一番いいのだそうだ。勝てば、賞品としてお姉さんのきんのたまを送られる。本気の彼女に勝った場合はでかいきんのたまを貰えるのだが、四天王を相手にするわけなので、滅多なことじゃお目にかかれないそうである。
「では、始めましょう。あなた以外に飛ぶ者がいない、平和な空を作りなさい、プライズ」
 ゲッカさんがそう言って、ポケモンを繰り出す。あの、それ物凄い物騒なことを言っていません?
 最初に繰り出されたポケモンはトゲキッス。高い耐久と、嫌らしい特性の合わせ技で敵に何もさせずに勝つことを得意とする、邪悪な平和主義者である。基本戦術は電磁波で麻痺をさせてからのエアスラッシュの連打。対策をしていなければ、本当に何もさせずに散ってしまうこともあるのだとか。
 性質上、麻痺もしないしエアスラッシュも効果はいまひとつで、しかも素早いポケモンの多い電気タイプのポケモンは非常に苦手だが、岩タイプのポケモンに対しては波導弾でお茶を濁すことも出来るなど、ゲッカ曰くやればできる子である。まぁ、七〇レベル超えてるんだから、何も考えずに使っても強いけれどね……
 対するシイさんは、まず最初にレントラーを出す。良い選択だ……と、言いたいところだが、ゲッカさんは本気で相手をするとき以外は初手にトゲキッスを繰り出すため、当然のチョイスといえる。
「あちゃー、電気タイプのポケモン、持っていたかぁ」
「私の嫁です!」
 シイさんは何を宣言しているのやら、困っている振りをしながらしっかり笑っている。
「そうですか、貴方の嫁でしたら、丁重におもてなしいたしましょう! プライズ、マジカルシャイン!」
「キリカ、接近しながら十万ボルトだ!」
 二人の指示が交錯する。広範囲かつ光速の攻撃は、バトルフィールドに立った直後では避けづらい。そのため、シイさんがまず最初に指示したのは接近することだ。無論、近づけばそれだけマジカルシャインの威力は高くなる。だが、接近戦を得意とするレントラーもまた、至近距離物理攻撃を放てばそれだけ威力は高い。
 キリカはマジカルシャインを喰らいながらも前に進み、シイさんはマジカルシャインを伏せて凌ぎつつ、キリカへ再度の指示を伝える。
「そのまま狙いすませてワイルドボルト!」

「空中に退避して波導弾!」
 キリカの接近を嫌い、プライズという名前らしいトゲキッスは空中へ退避。狙いもそこそこに放った波導弾だが、そこは狙いを絶対に誤らぬ波導弾。ワイルドボルトを空かしつつ、青い波導の塊がキリカの肩で爆ぜる。耳をつんざく轟音と強烈な痛みを歯を食いしばって耐え、キリカは今度こそ狙いを定めてマジカルシャインを放たんとするプライズを、瞼を閉じて睨む。
 瞼に生えた体毛と、瞼そのもので眼球を保護しつつ、壁をも透過する透視の眼光で敵を見据え、地面を蹴ってワイルドボルトを叩きこむ。マジカルシャインは強烈だが、歯を食いしばってそれを耐えた後に、跳躍からの電気を纏った強烈な体当たりでがプライズを貫いた。弱点タイプの攻撃をまともに受け、プライズは羽ばたくことが出来ずに地面へとポトリと落ちる。そこへ、キリカの牙が強烈な電撃を伴って添えられて、それが相手の戦意を見事に折り取った。
「戦意喪失のようですね。ゲッカさん、新しいポケモンを出してください」
「ですね、電気タイプが相手とあっては、さすがにこれは仕方がありません」
 そう言って、ゲッカさんはため息をつきながら次のポケモンを繰り出す。まだ態度が余裕たっぷりだ、どっちが勝つかはまだわからない。

8 



「では、もてなして差し上げなさい。ブリーズ」
 二番手はエルフーン。彼女の切り札であるサーナイトは最後の最後まで取っておくのだろう。このブリーズという名のエルフーン、web上にあるトレーナー名鑑によればすり抜けを用いるエルフーンで、神秘の守りだとかそういうのを無視して毒を放つ厄介者だ。
 基本戦術はコットンガードで耐久し、毒々で攻め、ヤドリギとみがわりで粘るというものである。食べ残しを持つことにより体力の回復にも優れるため、この戦法ゆえ物理型のポケモンにはめっぽう強いが、ピクシーのような天然の特性もちのポケモンや、コットンガードで対応しきれない特殊技もちのポケモンには弱い。
「一旦退くんだ、キリカ。ミカに代われ!」
 故に、特殊技で攻めるのが正解だ。今回はおあつらえ向きに炎タイプを得意とするマフォクシーのミカが居るので、そいつに役に立ってもらおうということだろう。
「まずはヤドリギの種よ!」
 ゲッカさんが指示を飛ばす。交換の隙を突かれ、繰り出されたばかりのミカは体にヤドリギを植え付けられる。汚いものに触れられたかのように手で払おうとするミカだが、しかし粘ついた種はその程度では剥がれるはずもない。
「火炎放射!」
 こんなものすぐにでも外したいとばかりに額に縦筋を浮かべながら、ミカは結局ブリーズに向き直って炎を放つ。当然、みがわりを盾にしてブリーズはそれを防ぎ、表面が燃えているみがわり人形の陰から毒々を放つ。腕に仕込んでいた杖を振るって、念力でその毒液を逸らし、今度は広範囲に火炎放射を薙いだ。
 威力は落ちるが、炎が拡散することで相手は前後左右からの火攻めにさらされる。
「堪えて追い風よ!」
みがわりの盾も意味をなさないため、ブリーズは本体を守るべく、分厚い綿とみがわりに含まれた空気を断熱材にして耐え、熱気を風で振り払う。
「風上に立つんだ!」
 突如湧いて出た追い風を受け、ミカは風上に移動してやろうと走り出すも、しかし風向きはブリーズの自由自在。如何に回り込もうとしても、サイコパワーで空中に浮こうとも、追い風は向きを変えてミカに襲い掛かる。追い風なんて、一回放てば向きなんて変わらないと思っていたけれど、あのエルフーン、方向転換をあっさりやってのけるだなんてバケモノだ。そうして移動しているうちに、攻撃を当てることばかり考えているものだから、ヤドリギの種に少しずつ体力を奪われる。
「やむを得ない、火炎放射でゴリ押すんだ!」
「堪えなさい!」
 ゲッカの指示に従い、ブリーズは再度のみがわり。威力の減退した火炎放射を受け止めるなど造作もない事で、その最中に口にため込んだ毒液を吐きだそうとすると、ミカは思いの他近くまで接近している。とっさに毒液を吐きだしてけん制するも、ミカは腕の毛で毒液を受け止め、ブリーズの体を押し倒すようにして掴みかかる。
 ブリーズは抵抗のためにミカの腕をビシバシ叩くも牙をむきながら殺意までむき出しにしているミカの握力が勝った。至近距離の火炎放射は、自身の腕ごと焼き払って、毒を蒸発・変質させる。それによって腕にダメージを負って、ミカの握力は緩んだものの、すでにブリーズはボロボロだ。最後っ屁としてマジカルシャインを放とうとしたが、その前に木の枝を腹に突き立てられて悶絶し、再度の火炎放射……を、放つふりをしただけで戦意を失い抵抗をやめた。
「……エルフーン、戦意喪失です。ゲッカさん、この人やりますよ」
「勝てる自信があるからこのレベルに挑んだわけでしょうし、驚くには値しません。では、そろそろメインディッシュを召し上がってもらいましょう!」
 そう言って、ゲッカさんが最後のポケモンを繰り出した。最後のポケモンはやっぱり彼女の切り札であるサーナイト。このレベルでの挑戦だと、メガシンカをしてくる強敵だ。
「さあ、優雅に踊れ、プリズム」
 口ずさむなり、ゲッカさんは髪をまとめるヘアバンドに仕込まれたキーストーンに触れて、プリズムという名のサーナイトのメガシンカを促した。
 プリズムはスカート上の膜を広げ、ウェディングドレスを思わせるような傘状の形状へと変貌する。胸の角は二股に分かれたさらに感度を増し、強化されたサイコパワーはノーマルタイプの攻撃を強力なフェアリータイプの攻撃に変えて相手を殲滅する力を持っている。
 さぁ、言うまでもない強敵だ。シイさんはどう挑むんだ?

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「マジカルフレイム!」
「瞑想を!」
 ゲッカさんの指示は、まず決定力と耐久力を底上げすることで長期戦に備えると言ったところ。シイさんは、マジカルフレイムで決定力を下げはしたものの、このままでは耐久力はどんどんとあげられてしまう。一応、物理型の攻撃を得意とするレントラーのキリカならば有効なダメージは与えられようが、それまでこうして我慢比べであろうか。だが、ミカの体には未だにヤドリギの種がついている。体力は徐々に奪われ、しかもそれは目の前のプリズムに送られてしまう。
 瞑想により特攻、特防を上げてもマジカルフレイムですぐに特攻を下げられるという鼬ごっこ。耐久力はジワリと上がって行っても、体に残る火傷は徐々に増えて行く。その状況を打破するべく、最初に動いたのはゲッカさんだ。
「せーの、ワーーーー!!」
 何の合図かと思いきや、ゲッカさんの指示に呼応してプリズムは、言われた通りに『ワーーー!!』と大声を出す。まさかハイパーボイスの指示だとは。
 しかしながら、サーナイトお得意のフェアリータイプもエスパータイプもマフォクシーには今一つ。大きな音を全身に浴びて怯んだミカだが、それもほんの一瞬。ムキになってマジカルフレイムでやり返し、特攻を下げてやろうと躍起になり、距離を詰めて飛びかかる。
 抱擁ポケモンを抱き返さんばかりの勢いで掴みかかってマジカルフレイムを放とうとするも、プリズムはそれを伏せて避け、ミカの足に肩から体当たりをしてすっ転ばせる。派手に地面に転がったミカに、プリズムは四つん這いの姿勢のまま相手を見据えてシャドーボール。口元でチャージされた深紫色の球体は、まだ体勢を立て直す前のミカに当たって炸裂し、地面から数センチメートル浮かせて転がせる。
 ヤドリギの種による体力減少も手伝ってか、ミカはようやく動かなくなって、少しずつ縮小されていく。どうやら瀕死状態に近いらしく、本能的に小さくなる能力が働いているらしい。この旅を始めてから、この状態になったポケモンは久しぶりに見た気がする。
「ミカ!! 無理をして……」
 シイさんはすぐさまミカをボールの中に回収する。ヒーリング機能を持つ緊急用のヒールボールに入れているので、死ぬ心配はまずないだろう。あれは使い捨てではあるが、内部はポケモンセンターの治療装置に入れられたのと同じ状態だ、よほど重症でなければ治療が間に合う。今回の場合は外傷は少なめなので、先ず問題はない。
「すまないな、無理をさせ過ぎた。キリカ、行くぞ!」
 今回は戦えるポケモンが実質二匹しか持っていないため、この子が最後のポケモンだ。
「ワイルドボルト!」
「ハイパーボイスで攻めなさい!」
 一応、プリズムはマジカルフレイムのおかげで少しだけ特攻は下がっているが、それでもすでに疲弊しているキリカには痛い攻撃だ。その上、プリズムはヤドリギの種で回復しているため、体力はほぼ万全の状態で。
 突進するキリカの攻撃をいなしつつ、『ワッ!』と短く切るようなハイパーボイス。ダメージは少ないが、それでも一方的にやられれば焦りも出て来る。キリカの攻撃は、ひょいひょいと踊るように身をかわすプリズムにまるで決定的な一撃を与えられない。優雅に踊るようなしぐさで、まるで闘牛でも見ているかのように的確に避けられ、反撃を受ける。サーナイトはサイコパワーで体を支える種族、メガシンカによってサイコパワーが高まった結果、身のこなしもまた普段とは比べ物にならないほどの力を発揮しており、そう簡単には当たらない。
 十万ボルトでけん制を行うことも考えたが、度重なる瞑想の後では蚊が刺したようなダメージしか与えられないだろう。
「……ダメだな、もういいよ、キリカ」
 これは負ける、シイさんもそう確信したのだろう、彼は諦めてキリカに帰る指示をする。メガシンカしているとはいえ、まさしく手も足も出ないとは。
「すみません、この勝負私の負けです。私のポケモンでは勝てません」
 キリカまで瀕死になる前に退かせたのは良い判断だとは思うが、これが四天王の壁か……バッジコレクターを名乗るだけあって相当強いはずのシイさんですら歯が立たないだなんて。しかも彼女はまだ本気を出していないと来た。旅の理由が理由だけに、強いポケモンが二体しかいなかったとはいえ、例えもう一体が健在でもあのサーナイトに勝利出来たかどうか。
「もう終わりですか? 三体目は……?」
「それが、二匹以外はこの旅の少し前から育てていたポケモンなのです。なので、弱いのです。ポケモンはいますが、まだ成長してないい」
 審判が怪訝な表情をするも、シイさんはそれについてたどたどしく事情を説明する。
「なるほど、分かりました。チャレンジャーの棄権により、勝者はジムリーダーのゲッカさんです。シイさん、ゲッカさん、対戦お疲れ様でした」
 審判役は事務的に言うなり、頭を下げる。

10 

すまないな、私のミスだ
 シイさんは、キリカに直接、ミカにはボール越しにそう言って一人落ち込んでいた。手加減されていても負けたとあっては、やはり悔しいのだろう。落ち着いた大人の雰囲気だった彼の顔が、初めて悔しさで歯を食いしばっている。
「ありがとうございます、自分の未熟さを確認できました」
 しかし、そこはシイさんも大人である。きちんと挨拶はして、礼儀をおろそかにしない。
「そうですね、まだまだ貴方のポケモンには成長の余地があります。もっと強くなって、また挑戦してください」
 そんなゲッカさんのフォローが入るが、なんだか同情されているようで尚更惨めな気持ちになりそうだ。
「しかし、貴方はいま戦った二体以外はあまり強いポケモンをお持ちではないのですか? 他にもボールをたくさん持っている様子ですが、それをお使いなさらないようなので……」
 ゲッカさんに尋ねられると、シイさんはハイと頷いた
「私は旅をしながらポケモンを育てて、育てたポケモンを売却するお仕事をしています。そうして売却したお金が旅の資金です」
「なるほど。それで、戦った二匹は護衛として、相棒として、長く連れ添っているわけですね。倒れるまで戦えるあたり、貴方の事を良く信頼し、貴方に命をささげんばかりに奮闘している良い子達のようで……しかし、すこし思うところがあるとすれば。彼女達は貴方に対して不満がないわけではなく……うん、後輩たちをもう少しかわいがれないかということに、何か思うところがあるようです。
 それだけに、どこか心に引っ掛かりを感じて、貴方に対して信用しきれないというか、不信感というか……不満というべきか。わだかまりが残っていることは間違いないようです。古参よりも、後輩たちを可愛がってあげたほうが、古参の二匹もすっきりしてくれるかもしれません」
「そういう気持ち、分かるんですか?」
「プリズムをメガシンカさせた時だけ分かります。胸の角二倍は伊達じゃありません。相手のトレーナーや相手のポケモン気持ちもメガシンカしたおかげで手に取るように分かるので……えぇと、つまりですね。肉体的なことや、技についてもまだ成長の余地はありますが、精神的なことに関しては比較的多くの成長の余地が見込めると思います」
「分かりました……とはいえ、どうしたものやら」
 シイさんはゲッカさんにアドバイスを貰っても、ポケモンと話す方法なんてない。
「今日の門下生のトレーニングが終われば、すこし付き合っても大丈夫ですが……」
「でしたら、今日一日ジムの見学をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、どうぞ見ていってください。このジムは見学自由ですので」
 結局、シイさんはこの言葉に甘えることになる。
 ジム内には、彼女が宣伝に利用されている商品のポスターが飾られており、入り口近くには門下生募集のチラシももちろん大量にある。
 また、ゲッカさんが参加するらしいLGBT*1のイベントのチラシが置かれており、合わせてゲッカさんが書いた本も置いてある。見学に飽きてしまった私はその本を読んで、彼女がまだ男性だった頃の体験などを読んで時間を潰した。シイさんはといえば、ジムの回復装置に預けていたミカとキリカの回復を確認すると、今回の戦いで特に傷付いたミカに膝枕をしてあげ、その顔や顎を優しくなでて宥めている。
 力尽きるまで戦わせてしまった事を謝りながらの愛撫であるが、ミカはあまり気にしておらず、膝枕の上で寝息を立てている。その様子もふて寝という感じではなく、安らいだ寝顔をしているところを見ると、もう怒っている様子はないということだろう。
 シイさんは彼女が眠ってしまったのを確認すると、覚えている限りの問題点をレポート用紙にまとめ、またゲッカさんが指導する様子を真剣なまなざしで見ていた。

11 

 そうして、日が暮れて数時間ほど経った頃にトレーニングは終わる。シイさんはミカの後にキリカにも同じように膝枕をしてあげて、ポケモンを最大限労っていた。ただ撫でるだけでも満足してくれるのだから、彼がよっぽどポケモンに好かれているのだとよくわかる。
 私達は見学をさせてもらったお礼にジムの後片付けや掃除などを手伝ってから、改めてポケモン達が思っている事を代弁してもらう。それについては私もついでにということになり、シイさんも私もポケモンを繰り出して、メガシンカしたプリズムに見てもらう。
 まず最初に、マフォクシーのミカとレントラーのキリカがメガサーナイトの二つの角に挟まれるように抱擁され、ゲッカさんは背中の角に触れて伝わってきた思いを読み取って行く。
「ふむ、多分ですけれど……貴方のポケモンは『もう少し別れる予定のポケモンでも可愛がってあげたい、大切にしてあげたい』のではないでしょうか? なんというか、シイさん。貴方がポケモンを愛していることは十分に伝わってくるのですが、それだけに……別れが辛いからだとか、そういう理由でミカさんとキリカさん以外のポケモンには多少冷たい扱いをしているのではないでしょうか?」
 ゲッカさんに指摘されると、シイさんはバツの悪そうな顔をする。
「そのとおりです。ポケモンが、親離れできないのも困るし、私も子離れできないのは困るから、意図的に扱いに差を出しています……それが……まずかったんですかね」
「そうですね……しかし、ポケモン達はもう少しそれら幼いポケモンを可愛がってあげたいようです。野生でも、成長すれば子供も巣立っていくもの。それを割り切れないほど、ポケモン達もやわではないと思いますよ。
 ですので、他のポケモン達もただ育てて売るだけでなく、真剣に向き合って可愛がってあげてください。もちろん、こちらの二人との関係も今まで通り、ですよ」
 ゲッカさんはそう言い終えて、なぜか急にもじもじとしだす。
「あー……でも、その……私もその、褒められたものではないのですが、貴方もあなたで、病気には気を付けてくださいね……?」
 ゲッカさんは一体何を言っているのか? 病気とは一体何の病気なのか? ポケモンから病気がうつるとでもいうのだろうか、はははまさか。
「え? あ、はい……そんなことまで分かるんですか?」
「いや、まぁ……ポケモンは素直ですから、その……はい。世の中、色んな人がいますからね」
 ゲッカさんはあはは、と苦笑する。いったい何のことを話しているのやらわからないが、ゲッカさんが多少理解を示しているところを見るに、性に関する話題なのだろうか? 男性から女性になるために手術までするようなゲッカさんがいるのだから、いまさらシイさんがどんな性癖を持っていようと別に驚きはしないけれど。
 話の流れからすると……もしやポケモンと? たまに防音性の高いホテルに行ったときなど、シイさんは別々の部屋で眠ったりして怪しいことはなくはいが……まぁ、いい……私の身に危険が及ばないというのはいいことじゃないか。

「それでは、気を取りなおして、デボラさんのポケモンを」
 苦笑しつつ、ゲッカさんは私のポケモン達にも同じことをする。最初から私と一緒に居るエリンやトワイライトの気持ちを代弁してもらうように頼んだわけだが、果たしてその結果は……
「貴方、『昔とは急速に変わった』という印象がポケモンからは強いようですね。『人間は進化するわけでも無いのに、ある日を境にいきなり進化したかのようだ』と、ポケモン達は言っています」
「いやまぁ、本当にそんな感じですよ。私、旅に出る前から別人みたいに成長したって言われているし、旅に出てからも……多分、それ以上に成長していると思いますから」
「だから、今までは頼りない主人だと思っていたけれど、今は安心して指示を任せられるって、ニャオニクスの女の子は言っているみたいです。愛されていますね」
 そう言って、ゲッカさんはにっこりと笑う。
「うーん、それでですね。この子曰く、『アブソルの女の子がよくちょっかいだしてきてうざったいから、もっと彼女と遊んでやってくれ』と、そんな要求もしています」
「う、そうでしたか……エリンとシャドウはほほえましく遊んでいると思っていたんですけれど、そんな事思っていたんですね……シャドウももうちょっと空気読んでくれないかなぁ……」
「ポケモンときちんと向き合って話をすると、案外それくらいの心は分かるものですよ? 今すぐできるとは思いませんけれど、ポケモンと目を見て話しかけてみてください、きっとポケモンも応えてくれると思います」
 自分もそれが出来るのだろうか、ゲッカさんは言う。自分に出来ないことを他人に出来るというような人でもないだろうし、彼女も恐らくは目を見て話しかければポケモンの気持ちも何となくわかるのかもしれない。
「そういえば、なんですけれど……」
 ポケモンの言葉を聞かせてもらい、一通りの用は済んだけれど、一つだけ聞きたいことがある。
「あの、ゲッカさんってグレトシティで結婚式を挙げたって聞いたんですけれど、その時って家族の反応はどんな感じでした? ちょっと、私も結婚っていうのがどんな感じか気になって……私も下手したらグレトシティで結婚式を挙げそうな状態なもので」
 家族に反対されながらの結婚とはどんなものなのか、私は恐る恐る尋ねる。今ではいい思い出なのか、ゲッカさんは微笑んでいた。

12 


「あぁ、結婚式……その、夫の家族は意外に祝福ムードだったけれど、ウチの家族は妹しか出席してもらえなくって、すごーく寂しかったけれど……でも、そうね。一人でも祝福してくれる人がいれば、心は救われるから問題ないと思うよ。もしかして、デボラさんは女性同士で結婚したいとか? それとも、ポケモンと結婚したいとか思ってたりとか? グレトシティのジムリーダーのウドさん、ポケモンと結婚するカップルの結婚式もやったことがあるんですって」
 なんだろう、ゲッカさん。その質問はアウトでは?
「どうしてみんな私をそう変態にしたがるんですかぁ!? ってか、ポケモンと結婚なんてしませんから!!」
 ウドさんにも、なぜか私は女性と結婚したがっていると思われてしまった事を思いだして、私は顔から火が出るような思いであった。というか、ポケモンと結婚したいっていう発想はどこから? シイさんか? シイさんからか? あの人明らかにそういう性癖あるっぽいし!
そうか……そうだよな。やっぱり
 シイさんは何か一人で納得しているし! なにが『そうだよな』なのか!? 日本語で独り言を言ってるけれど、私は意味が分かってるんだからね?
「あら、両親から結婚を反対される何かがあると思ったのだけれど……別にそれはレズビアンとかポケフィリアというわけではないのですね……」
「いやまぁ、反対はされていますけれど、別にレズビアンとかじゃなくて……その、ちょっとしたお金絡みというか。父親が学歴と収入の高い男性を紹介してくれているんです。性格は悪いからそれが嫌で……ですので、私は性格のいい男子と結婚したいんです」
「おやまぁ、それは大変ですね。ですが、貴方はポケモン達から見ると、『強くそれに逆らおうとして努力している』と思われているようです。私も、強くあろうとしていたから、親に反対されてもその逆行を乗り越え、今は幸せに暮らしていますし。時には力づくで、なりたい自分になるんですよ。その時、ポケモンもきっと助けになってくれますよ。親に逆らうのって体力も度胸もいりますけれど、ポケモンがそれを補ってくれます」
「ははは……なんというか、やっぱりなりたい自分になるのって、ある程度力技が必要なんですね……」
 こんな言葉、毒タイプのジムリーダー、トリカさんにも言われた。自分に打ち勝つ努力も必要だけれど、他人の反対をねじ伏せるだけの心の強さもまたそれだけ重要なのだろう。この人の場合は……
「えーと、ウチは……その、四年に一度の夏至の日にストーンヘンジにて若いポケモンを戦わせて、その若いポケモンの生命エネルギーを集めるお祭りがあるのですが……私達の一族は祭りの度に、戦いに出すラティアスとラティオスを育てる役目があるんです。
 親は、その役目は家の長男に課せられるものだって……あー、長男っていうのが私の事だったのだけれど、その役目を私に強要したの。
 父親は『長男じゃないと絶対ダメ』だって、そんな風に強く言ったんだけれど……でも、正直な話、育てられるラティアスもラティオスも、人間の性別が男だろうと女だろうと気にしていないから……長男がやる必要とか全くないのよね。むしろ、女でも何でも、向いている人材がやるのが一番いいの。
 それに伝統的ったって、まだ三代しか続いていなかったから、そんなに由緒ある伝統でも無かったから、力づくで辞めさせちゃったのよ。妹が」
「妹が、ですか?」
「うん、父さんと妹のビジンが、同じ日に生まれた同じポケモンを一緒に育てて、そしてバトルしたんだけれど、結果はまぁ、ビジンの圧勝だったの。父さんは『女ごときに負けるなどありえん!』とかって言っていたけれど、何回やっても父さんはビジンに勝つことが出来ず……最終的に、美人は父さんを足蹴にして唾を吐いて笑ってたわ。
 それからというもの、父さんは私たちに強い物言いが出来なくなってね。私も父さんを簡単に下しちゃってから自分の好きなように生きて、男から女になった。そしてビジンはドラゴン使いの後継者になったというわけ。
 夢を追いかけるには……結局なりたい自分になるためには、努力で何かを乗り越えるしかないわけで……自分が強く、能力があることを証明しないといけないの。貴方が何を乗り越えるべきなのかはわからないけれど、どんな壁があっても怯んじゃダメよ。ぶち壊してやりなさい。
 本気でやって、一つの方法であきらめることになっても、別の方法で試してまた挑戦して、それでもダメなら妥協して見ることよー」
 ゲッカさんはあっけらかんとしてそう語る。この前向きさが無ければ、悩みの内容が内容だし、自殺でもしていたんじゃないだろうか。

13 


「ゲッカさんでも妥協しないといけない事とかあったんですか?」
「えー? 私女の子になりたくってホルモン剤治療とか手術とかいろいろしたけれど、それだと結局は子供は産めないからね……だから手術は個人的には最終手段だったんだ。出来る事なら、ジラーチに性転換を頼もうとしたり、正反対の境遇の女性……『男性になりたい女性』と『私』の、心と体をマナフィ使って入れ替わるとか考えてたのよ。難しそうだったから妥協して手術で何とかしたけれど……私って馬鹿でしょー?」
「それは、幻のポケモンだなんて……入手は難しいですし仕方ないですよ」
「そりゃそうよ。今でも機会があれば探しているけれど、なかなか見つからなくってね、ラティオスとラティアスには懐かれるんだけれど、マナフィに懐かれることは一生ないかもしれないわ……。
 そうやって、性別やら親の境遇やら人生なかなか思い通りに行かないものよ。でもね、そんな思い通りにならなくっても、人生悪い事ばかりじゃないから。私だって、女の子らしくなるためにホルモン注射したり、色々切り取ったりしたおかげで、戸籍上は女になれたし、男の人と結婚できたし、そうやって妥協しながら生きていくのも悪い事じゃないの。
 貴方も想い人と結婚するためになら、やるべきことを惜しんじゃダメ。そして、切り捨てるべきものをきちんと決めて、取捨選択を適切に行わないとダメだからね?」
「うーん、私の場合、好きな人と結婚したいのに、婚約者を立てられちゃったんですよね。でも婚約者をどうにかするなんてさすがに法的に許されませんし。いつか天然ボケを装って一発殴らせて、反撃で金玉でも潰してやろうかとも持っているんですけれどね」
 ゲッカさんの言う事はよくわかる。私も、正当防衛の範囲で何とかできないかというのは何度も考えている。
「あら、いいじゃない。婚約者を殺せとまでは言えないけれど、恐怖を与えるのはいい手段ね」
「そんなこと、そう簡単にはできませんけれどね」
「ううん、確かにそうかも知れないけれど、時間はあるんだから、いい方向へ持って行くための手段を出来うる限り考えてみればいいんじゃないかな。方法は一つじゃないの、ポケモンリーグでチャンピオンになるのは強くなるしかないけれど、結婚をあきらめさせるくらいなら選択肢なんていくらでもあるんだから。簡単よ?」
 簡単そうに言わないで欲しい、と言いたいところなのだが、ゲッカさんが今までの人生で何をしてきたかを考えると、なるほど確かに簡単なものなのかもしれない。いじめを乗り越え、偏見に耐え、自分自身の体を作り変え、そして親とのいさかいも乗り越えて、そして四天王になってからも逆境に耐え続けたうえで今の彼女があるのだから。
 彼女の壮絶な人生に比べれば、私の人生なんてまだまだ簡単な方なのかもしれない。
「何にせよ、貴方のポケモン達も、貴方に幸せになって欲しいって願っているのは確かだから。もしも何かの障害にぶち当たっても、ポケモンに頼れることがあるのならば、ポケモン達を頼ってあげなさい。きっと、喜ぶよ」
 そう言って、ゲッカさんは私のポケモンを撫でる。こんな愛おし気な目をする人が、色んなものと戦い、そしてリーグでも四天王に上り詰めるのだと思うと、本当に信じられない気分でいっぱいだ。もっと殺し屋みたいな目をしていてもいいくらいなのに。
「私からのアドバイスは以上です。これからの旅、頑張ってくださいね」
「ありがとうございました」
 私が頭を下げてお礼を言うのを見届けるように、ゲッカさんはメガシンカしたプリズムに口付けをして、元のサーナイトに戻す。あの姿はあまりに感度が高すぎて脳に負担がかかるそうなので、休むことが出来たおかげかプリズムの方からは力が抜けているようであった。
「ところで、今日の宿は決まっておりますか?」
 サーナイトをボールにしまい、彼女は尋ねる。
「いえ、私達はずっと見学していましたので、決まっていません」
 そういえば、重要なことを忘れていた。今日泊まるところがまだ決まっていない。これでは野宿をするしかないではないか。もう慣れたけれど。

14 

「おやおや、それはイケナイ。私の家、開いておりますけれど……旅人を泊めるのは慣れていますし、一晩どうでしょうか?」
「えー、いいんですか?」
 と、尋ねつつも私は全く断る気はないのだけれど。
「もちろん。ウチの旦那は料理上手ですから、食べてくれる人が多いと燃える性質なんですよ」
 私もそう、食べてくれる人が多いと張り切ってしまうタイプだけれど、そんな人が旦那さんだなんていうのは幸せなんだろうなぁ。
「私はいいですが、シイさんは?」
「構いませんよ。リテンは日本と違って、冒険者に優しい国ですね。日本は街中じゃあんまり警戒しない割に、他人を家にいれるのは警戒する人が多いのですよ」
「いやいや、私もか弱い乙女ですから警戒だってしますけれど……」
 どの口が言うんだろう、ゲッカさん。貴方がか弱かったらチャンピオンでもない限りは弱いことになってしまう。
「でも、プリズムが怯えないような人間ということは、きっと大丈夫ということですので、客人として迎え入れることにしているんです。万が一の事があっても、お星さまにすればいいだけですしね」
 ゲッカさんは笑顔で怖いことを言う。四天王の実力を持つこの人が本気を出せば、この世の99%の人間はお星さまに出来るだろう。元からゲッカさん相手に不届きなことをするつもりはないけれど、そんな事怖くてできるわけがないと改めて思う。
 その日お世話になったゲッカさんの旦那というのはごく普通の一般人で、顔も世間には公になっていない。ごく普通、というには好きになった女性の事情があまりに特殊ではあるが、ただ単に好きになることに性別を気にすることがなく、そして好きになった人が偶然トランスジェンダーだったというだけらしく。
 そんな旦那さんは、ゲッカさんの事を、素敵な『人間』だと感じたそうだ。女性でも男性でも、正直どちらでもよかったのだと、懐の深い人である。私は……まぁ、アンジェラは良い人だとおもうけれど、あの子と恋人になれるかといわれると、少し首をかしげてしまうだろう。
「それでも、俺達の価値観が普通だとは思わないけれどさ。俺達を汚い奴みたいに扱う輩は、正直うんざりするよ」
 旦那さんは、そう愚痴を漏らす。
「やっぱり、『オカマが四天王をするなー!』 みたいな中傷が?」
 シイさんが尋ねると、旦那さんもゲッカさんもともに頷く。
「私が四天王に就任する際にもそんなヤジが飛んできましたとも。『お前みたいなできそこないが四天王なんて汚らわしい。男同士で非生産的な!! 神の意思に背く悪魔め! お前なんて四天王を止めろ!』ってね。でも、チャンピオンのクシアさんが面白い返しをしてくれて、今では私もすっかりあの人のファンなんですよ」
 思わせぶりにゲッカさんは微笑む。
「なんて言ったんですか?」
 と、私が尋ねれば待ってましたとばかりに彼女は言う。
「『四天王を止めさせるのですか! ぜひ、そうしてください! 貴方の挑戦を私は待っています!』ですって。つまり、チャンピオンが言いたいのは『強くなってゲッカさんを超える実力になったら、いつでも四天王止めさせますよ』っていうことなんですよ。ぜひ、そうしてくださいの一言で私はひどく傷ついたけれど、その次の言葉で見直したわ。チャンピオンはヤジを逆に利用して、ヤジのせいで白けた場を再び熱くしたの」
 あぁ、なるほど。至極全うな手段で四天王をやめさせてくれるならむしろ大歓迎という事か。
「それって、そのヤジを飛ばした人への挑発のために言ったんですかね?」
「さぁ、あの人って頭はいいけれどちょっと馬鹿っぽいというか天然ボケなところがあるからなぁ。どっちかは、本人に聞いてみないとわからないでしょうね。今度は、会場全体がヒートアップして、私を非難した人が逆に『いいぞー! やめさせて見せろー!』『挑戦者かー!? 頑張れよー』、『おいおい、下剋上宣言とは格好いいじゃねーか! 未来のチャンピオン!!』なんて、煽られる始末よ。そうやってヤジを挙あげた人が小さくなるのは爽快だったし、みんなの声が温かくって、目が潤んじゃったわ」
 何だかチャンピオンがひどい言われようだけれど、少なくとも一瞬で白けた場に熱気を取り戻すだけのカリスマはあるということだ。バトルなんて興味がなかったから、ポケモン博士兼、大学教授兼、チャンピオンというものすごい肩書の持ち主だということくらいしか知らなかったが、尊敬されているのだろう。
「その時の経験で、私はポケモンバトルの実力だけではチャンピオンや四天王にふさわしくないというのはよーくわかった。だから今は私も、四天王として戦う以外の事で、頑張るようにしているの。LGBTの集会に参加したりとかね」
 ゲッカさんと話していると、今まで四天王だなんて強いことばかりしか知らなかったけれど、それ以外にも色々な一面があるのだと伝わる。
 彼女の妹もまた四天王の一人なのだが、妹は自分を一番に支えてくれた最高の家族であるという。人の事を紹介するときは褒めるところから入るこの人当たりの良さがあるからこそ、彼女にはファンが多いし、支持者もつくのだろう。
 私は父親の愚痴ばっかり述べているような気がするが、いつか愚痴なんていう暇もないくらいに人を褒めることが出来るようになるだろうか。そんなことを恥じていると、シイさんも含む皆は『子供なんてそんなもんだ』と言う。子供扱いされているのは嫌だったが、今までよりも強く大人になりたいという思いは強くなった。
 午前中に歩き通し、その後も見学の間ずっと起きていたため私達はくたくたで、食事会がお開きになるとすぐに眠くなってしまう。私達はゲッカさんに一室を与えられて、寝袋を並べて眠ることとなる。室内はアロマキャンドルがたかれており、良い香りの中では上質な眠りにつくことが出来た。流石の気遣いである。
 翌日、ゲッカさんから朝食まで頂いて私達は旅だつ。四天王の強さを目の当たりにしたシイさんは、『まだまだ未熟だな……俺は』とため息をついている。シイさんもかなりの実力を持ったトレーナーだというのに、それよりもはるか上に位置する四天王。さらにその上にチャンピオンという存在だっているのだから、ポケモンバトルは頂点の見えない戦いである。
 私が目指していたら、確実に挫折していただろうなと、上を目指せる人のメンタルには感心せざるを得ない。

15 


 我ながら思い切ったものだ。デボラと別れた後にすぐドワイトと一緒に旅をしようだなんて。ドワイトと交換したはいいものの。全く使っていなかった電話番号へと掛けるときは緊張したが、話してみると最初こそ驚いていたものの、デボラと別れるに至った事情を話すとドワイトは大変そうだなと私の事を心配してくれた。

 私にはウィル君が育ててくれたドリュウズ、ラルがいるから安全面はあまり心配してはないが、それでも一人旅と言うのは少し寂しいのでドワイトと一緒に旅をしたいというと、ドワイトは電話越しでも分かるくらいに照れていた。彼は素直じゃないから「お前がそうしたいって言うんなら……」と、言葉を濁していたものの、内心では大歓迎なのだろう。
「なぁ、アンジェラ? おまえさぁ……デボラと別れたからって……俺なんかと旅をして本当にいいのかよ?」
 今まで歩きだったのを、バスを乗り継いで追いついて、一緒に歩こうとなった時にドワイトが尋ねる。
「何? 貴方と一緒に歩くのに、何か断る理由でもあるの?」
「そういうわけじゃないけれどさ……俺、歩くの遅いし。疲れたらポケモンにおぶってもらっているんだ。カメックスのグレンに……」
「いいんじゃないの? 何なら私が歩調を合わせるよ。っていうかさ、体が弱い事なんて気にしないでいいって。ゆっくり旅をするのもいいものだし」
 ドワイトは、一緒に旅をすれば迷惑をかけると思っているようだ。今までそういう経験でもあったのだろうか、だが私だってそれくらいはきちんと想定済みだ。観光地を回るのもいいけれど、誰かと一緒にのんびり歩くのもいいことだし。
「それとも、昔歩くのが遅いことで何か言われた?」
 ドワイトに、良い意味で普通の少年になってもらいたい。この子は、間違いなく優秀な実力を持っているトレーナーだ。ウィル君もかなりの腕前のトレーナーだけれども、それと勝るともとらないこの子の才能が変なことで潰れてしまったら社会の損失だ。
「言われたよ。ダサいって、皆が普通に出来る事がお前には出来ないって」
「なるほど、ダサい奴らが周りにいたわけだ。体が弱いからって人を馬鹿にする奴らはろくなもんじゃないよ。だから気にしちゃだめよ」
 私はドワイトを励ますように強気なことを言う。私はドワイトの才能を伸ばすような師匠にはなれないけれど、人間関係が上手くいかないこの子に、何かのきっかけをあげられれば、もっと楽しく生活できそうだと私は思っている。
 何度か出会った時にこの子を観察してみたけれど、ドワイトは尊大な態度をとってはいるが、本心ではとっても卑屈な子だ。
 自分に自信があるのはポケモンバトルの強さだけで、それ以外は点でダメだと思っている、そんな節があるように見えた。確かに、彼はポケモンバトルやポケモンの育成意外には特に際立った才能は無いのかもしれないが……だからこそ、ドワイトは自信を持つことで化ける気がするのだ。
「そう、でも、そんなの笑ってやればいいのよ。貴方、ポケモンバトルの強さなら街では敵なしでしょ?」
「そりゃあな。俺は、俺の家の従業員を除けば、中学校の高学年でも俺には勝てないよ」
「それなら、思いっきりそいつらを笑ってあげなさい。『俺の足が遅いのを笑いたいなら、せめて街で一番足が早くなってから同じセリフを言ってくれないかな?』ってさ
「俺はそこまで口は悪くねえんだけれどな……。まぁ、でも似たようなことは言ったかもな」
「それだけ言えるのならば大丈夫だよ」
「そんな……簡単じゃねえよ」
 私が励ましても、ドワイトは結局否定する。自分には自分の長所も短所もある。そして、短所がよっぽどの事でも無ければ長所のほうが大事だというのは分かっているはずなのに。一体、彼は何が不満なのだろうか。
 確かに、彼の歩みは遅い。呼吸を少しでも激しくすると、途端に咳が出やすくなってしまうのだろうから仕方がないのだとは思うが。それがコンプレックスになっていることは間違いないのだと思うが、本当にコンプレックスはそれだけなのだろうか?

16 


 夜、私は昼に来ていた服を着替えて、ドワイトのテントを訪ねる。私のテントはポケモンの毛が舞っているので、ドワイトを呼ぶことは出来ないし、服も着替えたばかりのまっさらなものでなければ彼にはきついだろう。
 旅を始めて一日目の夜は、二人っきりで会話と言うのもいいものだろう。デボラと旅をした時、一日目の夜は大いに語り合ったけれど、ドワイトはどういう話が出来るだろうか。愚痴を話されるだろうか、それとも自慢話をされるだろうか。ともかく、せっかく一緒に旅をする以上ドワイトのことをもっと知りたかった。
「そう言えばさ、ドワイトは親に黙って急に旅に出ちゃったんだよね?」
「あぁ、そうだよ。思えば父さんには心配かけたけれど、怒っていなかったっていうのは前にも話したよな?」
「えーと……あぁ、確かにデボラには伝えてくれたみたいだけれど、ドワイトがウィル君に負けて逃げるように人ごみに消えたから……私はデボラ経由で話してもらっただけなんだよね」
「そうだっけ……まぁ、いいや。いやな、俺の親父は……俺のことをもう少し弱い子供だと思っていたらしいんだ」
「喘息のせいで?」
 私が尋ねると、ドワイトはうんと頷いた。
「まぁ、仕方ないさ。喘息で何回か死にかけたこともあるし、咳のし過ぎで吐いたり涙が止まらなくなったりとか日常茶飯事だし。だから、ポケモンを育てたり、旅をしたりは無理だと思われていた。だから親父は、俺に無理に育て屋を継ぐ必要なんてないぞって言ってきて……まぁ、言いたいことは分かるけれど、俺が期待されていないような感じでショックだったよ。
 俺が健康に育っていたとしても、子供の自主性を尊重だとかそういう理由で同じセリフを言ったかもしれないけれど、俺はひねくれているのかね……自分が要らない子扱いされたような気がして何、だか嫌だったんだ。暗に、『お前には育て屋は出来ない』って言われているみたいでさ」
「確かに、自主性を尊重とも、育て屋は無理だとも、どっちとも取れない事はないけれど……」
 私が彼の話に相槌を打つとドワイトは『だろ?』と力ない笑みを浮かべる。
「そりゃ、完全に父さんと同じことをやるのは無理さ。俺もポケモンを育てているからよくわかる、同じ種族のポケモンでも、個性があって全然違うし、親子であってもまるで違った育て方をしなければいけないこともある。何より、俺は陸上グループのポケモンを育てることが出来ない。
 だけれど、俺は俺のやり方で育て屋をやれる自信はあるんだ。根拠はないし、経営の事とかも学ばなきゃならないし、それについてはまだまだ勉強しなきゃいけないことは多いけれど……でも、ポケモンを育てることに関しては、俺は親父にだって負けない自信はあるんだ。
 でも、そのやる気の一切合切を無視して、俺の体の事ばかり心配されたらそりゃ、反発したくもなるだろうよ! だから俺は、親父の下を去ったんだ」
「思い切ったことするねぇ」
「まあな。タブンネと、育成途中のポケモンを二体連れて飛び出したわけだから気が気じゃなかったとは思う。だからかな、初めてのジムバッジを取った時にメールで報告した時は『そうか、好きにしろ』だったけれど、一見冷たい返事に見えるけれど……なんとメールが返ってきたのが一分ちょっとくらいだったんだ。
 父さん、仕事用の携帯電話とプライベート用の携帯電話を分けて使っているからさ。だから、仕事中は俺のメールを見る必要なんてないんだ。なのに、仕事中の時間なのに、一分で返信をくれたってのは、相当心配していた証拠なのかなって思ってさ……親父は、俺が何か危ない目にあってやいないかとひやひやしていて、ずっと待っていたんだろうなって言うのが伝わってきて、ものすごく家に帰りたくなったりもした」
「でも、帰らなかったんだ?」
 私の質問に、ドワイトは無言でうなずく。

17 

「そりゃそうさ。俺も、親父に甘えてばっかりじゃダメなんだって、自分を奮い立たせてさ。親父を見返すって目的はもうないけれど、今は親父を安心させたいって思いながら旅してる。旅を無事に終えれば親父も、俺が一人前のトレーナーだって安心できると思うんだ」
「確かに、旅ができれば体の方は安心できるかもだけれど……しかし、その前の前提として、『どうしてお父さんに期待されていないんじゃないか』って思ったの? 喘息、このまま治らないことだってあるだろうけれど、大人になれば大したことがなくなる人もいるって聞くよ? 現時点のドワイトが旅に出るって言ったら、父親の立場で考えれば渋るかもしれないけれど……少し成長して喘息が良くなってきたら許されたんじゃないのかな?」
 私がそう尋ねると、ドワイトは少し黙る。
「まぁ、それだけじゃないところもあったな。今、アンジェラが言った事は、親父にも言われたよ。『成長すれば喘息もマシになるかもしれないし、なにも十歳になったらすぐに旅に出なきゃいけないわけじゃないんだぞ』って。だから、親父に関してはそれで良かったのかもしれない。そうやって心に整理を付けられたのかもしれないけれど……一番嫌だったのは、学校かな」
「苛められていたとか?」
「まさか。俺を苛めようとしたのなんて、ごくごく最初の一部だけさ。むしろ、俺を苛める事が出来る奴なんてこの世にどれくらいいるんだろうねって話だろ? 苛めたら俺もポケモンでやり返すよ」
「だよね。ドワイトみたいに強いポケモンを連れていたら、気軽にはいじめらんないわ」
 ドワイトはイジメと言う言葉を軽く鼻で笑う。
「だけれど、まぁ……なんと言うかな。イジメはなかったけれど、俺は昔っから、どうにも褒め称えてもらえないんだ。さっき話したっけ? 俺は運動が得意じゃなくって、同級生と鬼ごっこすることも出来やしない。
 それをからかわれて……『親父は逞しいのにお前はいまいちだな』って感じでよ。そのくせ、俺がポケモンバトルで一番になっても、親父がアレなんだから出来て当然って風に言われてよ。
 同級生は俺の努力をちっとも認めちゃくれないんだ。確かに、俺も自分は才能があると思っている……親父の才能を受け継がなかったわけじゃないとは思う。親父はスゲー才能だし、俺も人より優れた才能は持っているかも知れないけれど、けれど俺だって努力無しじゃどうにもならなかった」
「そりゃそうだよね。ドワイトのレポート、物凄く書き込まれていたし、ポケモンに指導する時もポケモンと会話しているって感じだし。ポケモンと真摯に向き合って、それでもってポケモンの事をきちんと理解してやろうって気概がなきゃ、ああはならないよ。
 その、同級生にレポートは見せなかったの? 『お前らもこれくらい書き込めるようになってみろよ。努力ってのはこういう事を言うんだ!』って」
「見せたけれど、そんなに書き込めるのも才能がなきゃ無理だって」
「怠け者の言い訳で自分を慰めてるのね……同級生はかわいそうな子だわ」
 ドワイトの愚痴を聞いて、私もため息をつきたい気分だ。
「俺が強いのはさ……家に俺を鍛えてくれる父さんや、従業員がいたっていう環境に恵まれたのもある。でも、それを羨ましがるばっかりで、努力してねー奴には何も言われたくなかったよ。でも、そんな風に言い返しても奴らの心には全然響かなくって、不満でたまらなくってさ。だから、俺はどんどん虚勢を張るようになったんだと思う。
 開き直って『お前らは才能がねーからな!』とか、そういう憎まれ口を言って、嫌われていると思う」
「自分を強く見せるために偉そうな態度を取るようになったわけだ」
「うん、そうだな。あいつらのせいではあるけれど……俺も素直になれなくって、才能がどうとか父親がどうとか言われるのは辛いとか、止めてだとか、弱音の一つでも吐いてりゃもう少しましになっていたかもしれないのにな。まー、そんな状態じゃ、俺も素直に誰かと仲良くしたいなんて言葉も言えないし……俺ももう少し器用だったら友達もいたのかもなー。
 なぁ、アンジェラ。お前は友達どれくらいいるんだ?」
「えー? 四人くらいかなぁ。デボラと、あと故郷の島に二人。それと、貴方が以前出会ったウィル君。この旅に出る前はそこまで仲良く無かったんだけれどね、話しているうちに仲良くなってさ。今では大切な友達だと思ってる」
「そうか……」
 私の話を聞いて、ドワイトは少しだけ羨ましそうに言葉を飲み込んだ。

18 


「ドワイトは大変だよね。学校でそんな雰囲気じゃ、貴方と仲良くなりたくっても仲間外れが怖くってどうにもならなそう。貴方も素直じゃないから、貴方とはより分厚い壁が出来ちゃって……」
「まあ、な……」
 私が彼の境遇をそうぞして口にしてみると、ドワイトは否定をせずに頷いた。
「貴方は、もしかして友達が欲しくって旅に出たとか?」
「……そう、かもな。大人たちは俺のこと評価してくれるけれど、なんだか大人の言葉は全部社交辞令ないんじゃないかとか思ったりして、どうにも疑う心が働いちゃって。でも、同年代だったらどうかなとかって、考えたんだ。でも、俺って人とどう接すればいいか分からないからさ。出たとこ勝負でお前達に話しかけて……まー、偉そうな態度だったよな。でも、そんな俺でも、偶然二回目にあった時は色々と会話もしてくれて……
 実は三回目からは、匂いと音でポケモンに探知させてお前達を探していかにも偶然出会ったふうに話しかけてたんだ。それで、まぁ、どうしてそんなことをしたのかって言うと……」
「あんた本当に素直じゃないね……というか、回りくどいよ。友達が欲しくって、私に友達になって欲しいとかそういうことでしょ、どうせ?」
 なんだかじれったくって、ドワイトが求めているであろうことを先んじて言う。ドワイトも、大きな声で口にされると非常に恥ずかしいのか、顔を俯かせながら頷いて、顔を上げようとはしなかった。
「いやさぁ、貴方のいないところで、私とデボラの二人でさんざん言ってたのよ。『あいつ友達いないんだろうねー』って」
「お前ら酷いな……事実だけれどさー」
「でも、根は悪い子じゃないんだろうなとは思っていたんだ。ポケモンに懐かれてるってのが何よりの証拠でしょ、特にタブンネなんて人の気持ちに敏感なポケモンが懐いているんだし、変わり者だけれど話せばわかる奴だって思ってた。
 けれど、なんだ。あんたこうして旅に同行するってすり寄ったらたった一日で自分の気持ちを暴露するとはなぁ……君はよほど友達が欲しかったと見える」
 私は、俯いた彼の顔を見てからかうように笑う。
「うるさいなぁ。俺だって、普通の皆みたいな事に憧れることだってあるんだよぉ! それで、そこまで分かってるならだ。俺と友達になってくれるのかよ?」
「あのさぁ……その、そういう言い方は止めようよ? そんな上から目線じゃなくって、ほら。素直に、下手に出る勇気も貴方には必要だと思うよ」
 私は苦笑しつつドワイトにもう一度やり直すことを促す。するとドワイトも恥ずかしそうに、困ったように頭を掻いて仕切り直す。
「俺と、友達になって欲しい」
「うん、いいよ。一緒に旅を楽しもう」
 どうやらドワイトはものすごく照れているようで。私が彼の頼みを了承したというのに、顔を背けてしまっている。
「あんた本当に友達がいなかったんだね……」
「っていうか、同年代の女性と話したのもかなり久しぶりで。っていうか、俺の態度が悪くなってきたら威勢どころか同性まで全然話しかけてくれなくなっちまったな」
「これは重症ねぇ。そりゃ、初対面の時の態度だったら、友達も出来ないわけだ」
 まったく、言葉通り重症で、どこから手を付けていいものやら分からない。いいさ、ゆっくりとやって行けば、きっともっと人当たりも良くなるでしょ。

19 [#2KCloGu] 


 そういえば、デボラがいなくなって、料理が出来る人がいなくなってしまった。とはいっても、旅先ではまともな調理器具をそろえられるわけでも無いので、デボラがいたところで凝った料理など望むべくもないのだが。
 ただ、ドワイトの食料事情を鑑みると、レストランや食堂に行ったとき以外はシリアルやサプリメント、ドライフルーツくらいと言うことで、外食じゃなくとも何か別のものが欲しいところ。そう考えたところで、私が選んだのは果物と野菜である。果物ならば皮をむくだけで食べられるし、外食でやたらと高いサラダを食べるよりかは幾分か経済的である。
 ドライフルーツもコストパフォーマンスや携帯性は優れているが、やはり生の果物でなければ得られないみずみずしさと言う魅力には叶うまい。包丁を使えなくても、ピーラーを使えば皮をむくことは出来る。

 そして野菜だが、こちらは緑黄色野菜を多くとらなければいけないが、生でニンジンやらピーマンやらを食べろというわけにもいかないので、茹でる、煮込むだけで簡単に食べられる料理を作ることにする。例えるならばコンソメスープや、ジャガイモやカボチャ、コーンなどのポタージュ。ホワイトシチューなんかも良いだろう。幸い、調味料はどこのスーパーマーケットに行っても売っているので、街についた時に数日分を買いこんでおけばそれなりにもつ。
 野菜と果物さえあれば、あとは缶詰だけでも何とかなる。缶詰や保存の効くビーフジャーキーなどは少々塩分は濃い目だけれど、歩いて運動しているから知らず知らずのうちに、分厚いコートの下で汗をかいているから問題あるまい。
 デボラと一緒の時よりも食事の質は落ちてしまったが、それでもドワイトが一人の時は温かい料理を野外で食べることもなかったため、彼は私の気遣いを気に入ってくれたようである。包丁の使い方も全くと言っていいほど未熟だったため、私は少しずつ教えて行こうと思う。デボラみたいに料理が上手くなる必要はないけれど、それでも何かのきっかけでドワイトが一人暮らしをした時に、自分で料理を作れないようでは苦労も多いだろう。
 ニンジンやキャベツを薄切りにし、暖をとるための炎を囲んでじっくりと煮え立つのを待つ。待っている間は暇なので、おしゃべりをしたりレポートをまとめたり。ドワイトは私のポケモンの分までレポートが脳内にあるらしく、やっぱり素人の育てたポケモンは弱点が多いなぁと感じるところを遠慮なく言ってくれた。
 ちょっとイラッと来る発言だけれど、彼のポケモンが私のそれよりもはるかに上を行っている以上、ぐうの音も出ない正論なのだろう。相変わらず、発言をオブラートに包むということは出来ないようだから、それもおいおい覚えさせておかないとまずいかもしれない。
 一応、育て屋は客商売だし、学校生活でも本音でしか喋られないようでは何かと苦労するだろうから。

 さて、そうこうしているうちにスープが出来上がり、私達はポケモン達の目の前で食事をする。しっかりとお座りをしたまま舞っているポケモン達をしり目に食事を続け、二人とも食べ終わったところでようやくお待ちかねの、ポケモン達の餌の時間である。
 一番最近に仲間入りしたマリルのモスボーも、食いしん坊な子で最初こそ苦労したものの、今では他の仲間に合わせてじっと耐えている。少しかわいそうではあるけれど、主従関係が大事という決まりを守るため、こればっかりは厳しくしなければ。
 ドワイトのポケモンは相変わらずびしっと決まった格好で待てをしている。しかしながら溢れる食欲まで抑えることは出来ないのか、口の端から唾液が漏れていたりするなど、顔まできめることは出来ないようだ。餌を差し出すと、待ってましたとばかりにくらいつく。運動量が私のポケモンとは違うせいか、私のポケモンと比べてかなり食欲が旺盛に見える。
 ガブリアスやハッサムの荒々しい食事風景は圧巻だが、タブンネの食べっぷりも負けていない。レベルが高いというのは、それだけエネルギーの消費も多いという事か。

20 


「ねぇ、ところでさぁ。私ちょっと空を飛べるポケモンが欲しいんだけれど……どんなポケモンを入れたほうがいいかなぁ?」
 食事中、ふと気になったことを聞いてみる。
「んー? 別になんでもいいんじゃねーの?」
「そんなぁ、ドワイト冷たくない?」
 と、私が言うとドワイトは苦笑する。
「いやほら、お前は別にバトルで勝つために旅をしているわけじゃないんだろ? それだと、パーティーのバランスだとか、そういうのを考える必要もないわけで。そうでなくともバトルスタイルとの相談もあるし……せめて、どんなポケモンがいいか教えてくれないことには、アドバイスなんて出来ないよ」
 ドワイトと旅を始めて三日目。私達は西を目指して旅をしている。今度のジムはリテン地方の南西にあるゴーストタイプのジムなので、ジムの攻略にはこれと言って役立てるつもりもない。そもそも、私はジムの制覇を目的にしているわけではないし、記念だからね。
「そうか……そうなると、まずは飛行できるポケモンということが大前提で」
「うんうん」
「それでいて筋肉質で……」
「胸筋ならほぼすべての鳥系ポケモンが当てはまるんじゃねーかな? 虫ポケモンが嫌だって意味なら考慮するけれど」
「そうね……筋肉があって飛行できれば……あとは……何でもいい」
 我ながら、条件はこれだけしかないのかと思う。しかし、あまり条件を付け過ぎても見合うようなポケモンがいない場合もあるし、二つくらいならばそれなりのポケモンを見繕ってくれるのではないだろうか?
「そ、そうか。ならばあれだな。ここから西に数十キロ行くと、ストーンヘンジっていう遺跡があるんだけれど……そこにドラゴンタイプの楽園があるからさ。そこで……タツベイ捕まえねーか? その進化形のボーマンダならお前さんの好きそうな筋肉と鋭い爪や牙の持ち主だぞ?」
「ボーマンダ……あぁ、思いだした。あのポケモンなら筋肉も十分あるし、好みのタイプかも」
 そのポケモン、見たことある。映画の題材になったり、飛行レースでは毎回常連となっている赤い翼と青い体の、強いコントラストが警戒色となっているポケモンだ。
「いいね……でも、私に育てられるかな?」
「いやぁ、あいつはなぁ……捕まえるのは簡単なんだ。タツベイのころは崖から飛び下りて、いっつも傷だらけでスタミナもすり減っている状態だから。だから、そういう状態のタツベイを見つけて勝負を挑み、何が何だかわからないうちに捕まえる。それがセオリーだな。
 ただ、気を付けないといけないのは親の存在だ。親って言っても、ボーマンダは産みっぱなしで産まれたタツベイの面倒を逐一見るようなことはしないけれど、子供の叫び声が聞こえたら、とりあえず助けに来るからな。ボーマンダは、餌はタツベイに自分で捕らせるし、住処の面倒も見ないけれど、安全が脅かされれば全力で助けに来るってわけだ。タツベイを助けるために現れたボーマンダに襲われた人間は最悪死ぬ、ってか殺される」
「そりゃ、確かに死ぬね……」
「まぁ、でもお前さんなら問題ないだろ。ラルって言ったっけ、あのドリュウズが居れば大丈夫だし、万が一だがボーマンダが二匹以上来た時は、俺も一緒に戦うよ……ついでにゲットしちまうかな?」
「ボーマンダが寄ってくるって、そんなことあるんだ……」
「そうなんだよ。かつてはその習性を利用して、大音量でタツベイの鳴き声を流して、ボーマンダを大量に乱獲する業者が現れてね……まぁ、強引に捕まえてすぐに懐くようなポケモンじゃないから、はく製にされたり、牙などを美術品の材料にされたりとかで、酷いことになったらしい」
「酷いこと?」
「うーん、俺も詳しくは知らねえんだけれどな。ヌメラやらポニータ、シママあたりの数が増えて植物系の食料不足になって農作物に被害が出たり、ボーマンダという強力なライバルがいなくなったせいでサザンドラが幅を聞かせて、近隣の町の家畜まで襲われるようになったとか。
 ボーマンダは縄張りを荒らす相手には容赦しないが、基本的に威嚇すればほぼすべてのポケモンは退散するから、最低限の獲物しか狩らないんだよなぁ。だけれど、サザンドラは威嚇無しで襲い掛かるから、食べるつもりのないポケモンも狩ってしまう。その際に人間にも被害が出ることが多くなって、周囲は壊滅的な被害を受けたとか。
 条例でタツベイの鳴き声を使っておびき寄せるのが犯罪として扱われるようになってからも、密猟者はそんな事お構いなしだった。そんな状況を打破したのが、今の四天王であるゲッカとビジンさんの祖父と親御さんだな。ラティアスとラティオスを使役して密猟者をガンガン捕まえたんだ。ポケモンレンジャーも協力したけれど、その二人はレンジャー、一五人分の活躍をしたそうだ。伝説のポケモンの力が大きいだろうけれどな。
 今もなんだかイビルペリッパーズとか言う密売組織の噂が聞こえ始めてきたが……本当にまた生態系とかが崩されてひどいことになりそうだから止めて欲しいもんだ」
「確かにね。密売組織とか言うのは出来ればお近づきにはなりたくないもんだわ……しかし、ドワイトってものすごく物知りだね……どこからそういう情報は仕入れてくるの?」
 ドワイトは案外もの知りだ……しかし、いくらなんでも詳しすぎるような気もする。テレビ番組で特集でもしていたのだろうか?

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「そりゃ、アレだよ。四天王のゲッカさんがウチの常連でな。よく、俺の親父と食事をするし、俺も一緒に連れて行ってもらえるからだ。彼女のポケモンを交配させて、子供をある程度まで育ててあげたりするのがうちへの主な依頼で、他にも彼女のジムを警備しているピクシーはうちの従業員が調教したんだぜ。それに、四天王のポケモンの子供は高く売れるからな。繁殖させて販売するのも俺の家が受け持っているんだ」
「……貴方の家って、本当にすごいのね」
「まぁ、だから同級生に嫉妬されるってのもあるのかねぇ? 俺が同級生と仲良くなれない理由を、自分以外の何かのせいにするのは良く無いことだってわかっているけれど……普通の家庭に生まれれば違う人生もあったのかなって思うと、たまに恨めしくなるぜ。
 で、えーと……ここのボーマンダに関するお話だったよな? とりあえず付近にボーマンダが生息する場所があるわけだから……寄り道くらいなら行ってもいいぜ。あと、ついでだからゲッカさんのジムにもちょっくら挨拶にでも行ってくるよ」
「あい、ありがとう」
 そういうわけで、私達はドラゴンが生息するというストーンヘンジの周辺へと向かう。いきなり旅に同行させてもらったのに、急ぎの旅ではないからと、寄り道をさせてくれるのは非常に有難いことである。

 ストーンヘンジのある街には非公式のジムがあり、その南側周辺にはドラゴンが住む険しい山岳地帯がある。この辺は温泉が湧く地帯でもあり、湿度が高めで湿気を好む水タイプや電気タイプのポケモン、熱いお湯を好む炎タイプのポケモン、そして寒さを嫌うドラゴンタイプが生息しやすい環境だ。
 それゆえ、モノズ、チルット、タツベイ、ヌメラ、キバゴなど、様々なポケモンとその進化形が暮らしているというわけだ。その山岳にある、高い崖のあるV字谷。ごうごうと流れる川を下に臨むその場所で、タツベイ達は元気に飛び下りて飛ぶ練習をしている。
 この行為、怪我をするばっかりで生産性はないのだが、タツベイ達はこうして打たれ強い体を作ることで、簡単に外敵には負けなくなる。食料となるコラッタやミネズミの牙も、ポニータの蹴りも、崖から突き出た岩に叩かれ続けたボディが耐えるのだ。
 特に、頭の鍛え方は格別だ。空を飛べないことに苛立ち、そのいら立ちをぶつけるため大岩に八つ当たりをして割り砕くことが出来る。そんな鍛え方をしている為、タツベイは体中が筋肉の塊で、子供であっても油断はできない力の持ち主である。
 ドワイトはやっぱりポケモンに関する知識は異常なほど脳内に詰め込まれているようで、暗記するほど読みふけった知識は尽きるところを知らないようだ。

 ◇

 山を超えて崖のある地帯へと行く最中、湿度が高い分ある程度肺は耐えてくれたが、それでも激しい運動を続けたおかげで、途中から咳が止まらなくなる。吸入器で薬を吸い込み、カメックスのグレンに背負ってもらって山を越えた。アンジェラの奴は、俺がグレンにおぶってもらうと、歩調を合わせる必要もなくなったとばかりにずんずんと歩いていってしまう。グレンは当然ひょいひょいと付いていったが、やっぱりあいつは俺に合わせてゆっくりと歩いてくれていたんだな……情けない。
 しかし、こうなにも会話がないと退屈だ。俺もカメックスに掴まっている間に咳も治まり大分体調も良くなって来たし、一つ重要な事を思いだしたので話しておかねばなるまい。
「そう言えば、ここでポケモンを捕獲する際は、主に注意しろ」
「ヌシ? って何?」
「ここのポケモンの、文字通りの主だ。伝説のポケモンじゃねーぞ……その、な。以前話した通り、ここには密猟者がたくさん来ていたんだ……ところで、密猟者の気持ちになって考えてみてくれ。お前さんがタツベイの密猟者だったら、どんなポケモンを連れてくるよ?」
「そりゃ、フェアリ―か氷タイプかなぁ?」
「そういうこった。氷タイプにはこの辺の環境は合わないが、フェアリータイプには適応出来ちまった奴がいてな。グランブル、ってポケモンなんだが、こいつはタツベイのみならず、モノズ、ヌメラ、キバゴなんかも好き勝手に捕食し始め、その上現地のポケモンと番って繁殖、帰化しやがったんだ」
「あれ、チルットは捕食されなかったの?」
「アイツは空飛べるからグランブルが相手なら結構逃げられるんだ。というか、チルットは進化するまでドラゴンタイプじゃない。で、そこでグランブルが繁殖したことにより、ドラゴンタイプの楽園は一気に地獄へと変わってしまったんだ。それに対する救世主が、四天王のビジンさん……ゲッカさんの双子の妹だな。あの人はゲッカさんと違って生まれた時から、女性の人だ」
「へー……四天王のビジンさん、そんなことやってるんだ……四天王ってやっぱり多芸に秀でるんだね……」
「あぁ、俺もゲッカさん経由で聞いたことがあるだけなんだがな……その頃のビジンさんは若干十五歳だけれど、『ポケモンを野生に返すことが出来る資格』である『ポケモン放流士』の免許を持っていたんだ。本来は大学で『下級第三種ポケモン生態系学』『上級第三種ポケモン生態系学』二年以上学ばないと取れない資格だけれど、飛び級重ねて若くして資格を取っちまったバケモノの人だ。
 で、その資格を持っていると出来る業務の内容なんだけれど……飼いきれなくなった、扱いきれなくなったポケモンを生態系に影響を与えないように安全に野生へ返すための資格で。単にポケモンを元の生活圏に返すだけじゃなく、病気がないかとか、狂暴性が増していて他の野生のポケモンをむやみに傷つけたりしないかとか、妙な知恵をつけて群れを先導しないかとか……まぁ、いろいろ考えることがあるらしい。一度教科書読ませてもらったけれど難しくって……
 野生に戻す依頼料金は高額だもんで、個人からの依頼はほとんどなくって、国から依頼を受けることの方が多い職業であり、そのための資格なんだ。
 本来ならば、野生に返すポケモンは、他の野生のポケモンに対して無意味な攻撃性は持っちゃいけないんだ。例えば、腹が減っているわけでも無いし、縄張りを犯したわけでも無いのに、無差別に、無意味にポケモンを襲うようにしつけられたポケモンなんかは野生に返しちゃいけない。これは分かるよな?」
「うーん……そんなポケモンがあんまりイメージできないんだけれど、確かにそんなのが野生に放されていたら問題ね」
 ドワイトが話す言葉は、なんだか、私の知っている日常とはだいぶ違う、テレビの中のお話の様で、現実味がない。話を理解するのも大変だ。

22 

「まぁ、いるんだよ珠にそういうポケモンが制御不能になって、逃がしたいとか言う馬鹿なトレーナーが。『野生のようにハンティングが出来るポケモンは強くなる』なんていう、あいまいな情報がネットには散乱しているからな。そういった情報に振り回されて、狩っているポケモンに生きたポケモンの血の味を覚えさせる奴がいるんだよ……」
「あ、それ私も聞いたことある。なんでも、野生の闘争本能が目覚めるとかどうとかって。それがポケモンを強くすることに繋がるんだってね」
「それで強くなることはなるんだがなぁ……狩りを成功させると主人が褒めてくれるし、美味しい生肉も食べられる。褒めてくれるから狩りに勤しむ。そうするうちに主人も目的を見失って、食べるためとか身を守るため以外に、『鍛えるため』という理由でポケモンに狩りをさせるようになる。ここまでくると、ポケモンは手遅れになりやすい。
 そのうち、ポケモンは褒めてもらいたいがために勝手に狩りをするようになる。ここで主人が褒めてしまうと、ポケモンは調子に乗って狩りをするようになる。行きつく先は、人が所有するポケモンや、人間そのものを傷つけてしまうっていう悲惨な結果さ」
「そんな状態のポケモン野生に返せるわけないじゃん。それなのに野生に返すように頼んじゃうの?」
 アンジェラの問いに、俺はうんと頷く。
「いるんだよ、そういう天変地異級の大馬鹿野郎が。野生のポケモン達を不幸な目に合わせている癖に、自分のポケモンにだけは幸せでいて欲しい、けれど自分の手元には置きたくない。そんな都合の良すぎるいいとこどりをしようとする奴が……そういうポケモンは、まず間違いなく、ポケモン放流士の判断で殺処分に回される。それでもってむっちゃ説教されるらしい」
「うわぁ……資格持っている人もお仕事が大変だね」
 そう言ってアンジェラは苦笑する。
「うんうん、全く、そういう馬鹿にはポケモンは扱って欲しくないものだぜ」
 それに頷き、俺は続ける。
「他にも人間に懐き過ぎたポケモンなんかも放しちゃいけない。例えばこれはラプラスやマンムーみたいに密漁によって野生の個体数が減ってしまったからって理由で、養殖して放流するポケモンなんかにはよくあることだ。
 そういうポケモンは人間の生活圏に近寄ってしまって、漁場や畑を荒らしてしまうことが多いからな。結局殺されてしまうことが多い」
「へー……ってことは、あれか。ビジンさんは、サザンドラとかオノノクスとか、ボーマンダとかヌメルゴンとかを繁殖させて放流したってわけ?」
「それなんだが……正解とも言えるが、それだけでは不十分だな」
「と、言うと?」
「この地域に放されているポケモンは……ありゃ、ポケモンじゃない、生物兵器だ。その……そのドラゴンたちは、密猟者が残していったグランブルに減らされた個体数を回復するため……『繁殖する』という使命を帯びて野生に返されたが、それ以上に『帰化したグランブルを殺す』という使命もあったんだ。
 そのために、そいつらはビジンさんに野生に返す前に特殊な洗脳をされたんだ。首に電流が流れる首輪をつけさせられて、そして感情を揺さぶる催眠波を操るポケモン達によって、ある一定の条件下で苦痛と怒りを与えられたんだ。
 その条件って言うのが、ブルー及びグランブルの匂いがした時や、それらのポケモンを視界に入れた際に、野生に返す予定のポケモンは首輪に電流が流れ、怒りの感情を揺さぶられるんだ。それを大人になるまで繰り返させる。
 するとどうなるか、だが……実際に現地で捕まえたグランブル達をそいつらの目の前に差しだした時、そのドラゴンたちは毒突きやアイアンテールでグランブルを殺し、その後も肉片になるまで攻撃し続けたそうだ」
「そんなの。野生に放しちゃって大丈夫なの!?」
「グランブルが生息するはずのない土地だからってことで、特例として許可されている……だが、匂いだけでも嗅がせるとやばいせいもあってか、グランブルをを所有するトレーナーは新品の服に着替え、決してグランブルやブルーを連れてこないでくださいっていう警告がなされているはずだ」
「えー……」
「そいつらを野に放したおかげで、この辺に帰化したグランブルは絶滅させられたからな。外来種とはいえ悲惨な絶滅の仕方だよ……生物兵器ってのはそういうこった。なんせ、テロリストが人間を虐殺するポケモンを育てる方法をそのまま流用したものだからな。
 テロリストは、自分達に識別のための特別な匂いや服を着せて、その識別できる記号を持たない人間を殺すように、電気刺激と催眠波を使ってポケモンを洗脳するんだ。
 ほら、遠く離れたカントー地方のロケット団とか、妙な服を着ている悪の組織ってあるだろ? あれは、ポケモンが間違って見方を攻撃しないようにするためにそういう服を着せているんだが、想定しているポケモンっていうのはそういう生物兵器じみたポケモンのことなんだ」
「おっかな過ぎでしょ!? その主っていったいどれくらいのレベルなの? ラルで勝てる?」
「いや、ラルじゃ無理だ。その主のレベルなんだが……十分に育てたサザンドラ、ボーマンダ、オノノクスの雌雄を一匹ずつ放したのが八年ほど前で、一年ほど前にレンジャーが計測した際は、発見された個体四体八〇レベル越え。恐らく、今でも存命で、この山のどこかで生きているんだろうなぁ……」
「ひえ……そんなポケモンに出会ったら死ぬよね」
「死ぬぞ。一応、人間は襲わないはずだけれど、それでも怒ったボーマンダだけは分からないからな……だから、それらしいボーマンダがタツベイの声を聞いて寄ってきたのを見たら、すぐにタツベイから離れて身を隠せ。ピッピ人形や煙玉があるならそれを使うといい」
「どっちも持っていないや……」
「そうか、まぁ……助けを呼ばれても俺のポケモンですらどうなるか分からないレベルだからな。とりあえず、もしもの時のために、ダイフクをメガシンカさせて派遣できる準備はしておく。
 メガタブンネなら、恐らくボーマンダが相手でも勝てるはずだから……ヌシのボーマンダが夫婦で来たら知らん、死んでも化けて出るなよ」
「まだ若い命を散らさないように頑張らないと……ね」
 俺でも勝てないような相手が出て来たら、アンジェラは確実に死ぬだろう。そうならないように俺に出来るのは、祈ることだけだ。
「ところで、それらしいボーマンダを見分ける方法とかってあるの?」
「雌が首に変わらずの石をつけていて、雄が赤い糸のネックウォーマーをつけている。丈夫な素材だからまだ付けているはず。流石に劣化してはいるだろうけれどな……」
「なんだか強い子供が生まれそうな持ち物だね……」
「そのための装備だからな。ま、気を付けろよ、死ぬなよ?」
「う、うん……」
 そうして諸注意が終わってからも黙々と歩き続ける。道中、実際にグランブルとブルーに関する注意喚起の看板が出ているのを見てアンジェラは苦笑していた。

23 


 数時間かけて俺達は崖につき、ひとまず腰を落ち着かせる。小休止の後、俺達は薪を集めて火を熾し、ふもとの街で購入したレトルトのキーマカレーを温め、ナンを軽く炙って食事をする。それを終えたところで、ようやくアンジェラは捕獲へと移った。のはいいのだが……
「よし、これで大丈夫」
「お前、腹に道端で拾った雑誌なんていれてどうするつもりだ?」
 アンジェラは、なぜか腹から胸にかけてを雑誌を入れて、包帯で巻いている。
「当然、タツベイに使う……ことになると思う」
「……ウチの育て屋にも素手でポケモン捕まえる奴はいるけれどよぉ。危険だぞ?」
「大丈夫だって、実はマリルリのモスボーも素手で捕まえたんだから」
 ポケモンは自分よりも強い相手には基本的に逆らわない。だから。主人が自分よりも強いと認めさせることはポケモンを懐かせるうえで重要なことである。特に、狂暴で人に懐かないポケモン程その傾向が強く、ここにも生息しているモノズとその進化形のサザンドラやボーマンダなんかは主人がよっぽど強くないと不慮の事故で死ぬこともありうる。
 そのため、未進化の頃に力の差を見せつけるというのは非常に重要だ。可能ならばボーマンダやサザンドラのような最終進化形の時に力の差を見せつける事だけれど、それが出来る奴はバケモノだ。まぁ、知り合いにはガブリアスにそれが出来る奴が何人かいるけれど。
 ヌメルゴンみたいに人懐っこいポケモンの方がよっぽど初心者向きなのだが、アンジェラはあえてイバラの道を行くようだ。怪我しても知らんぞ……
 アンジェラが素手でポケモンを捕まえようとしているのも、強さに自信があるだけじゃなく、ポケモンに早いこと命令に従ってもらえるようにしたいといったところだろう。あいつは……肉体も精神も逞しい女だ。

 アンジェラの様子を窺うと、彼女は崖をタツベイと一緒に飛び下り、しかし見事に着地して傷ひとつなく着地している。そうして悠然と歩き、傷だらけで落ちて来たタツベイを誇らしげに見下ろしている。タツベイはアンジェラに威嚇しているが、アンジェラは足元にある石を拾い上げて投げつけ目くらましをすると、相手の下半身を蹴り上げて足払い、からの後ろから抱き上げて首を絞めて意識を失わせた。タツベイは後頭部で頭突きをしてアンジェラを攻撃するが、しかし腹に巻いていた雑誌のおかげでアンジェラはノーダメージのようだ。
 そうして、アンジェラはライブキャスターを開いてポケモンをスキャンすると、どうやらお眼鏡にかなわなかったようで、ライブキャスターをしまいこんで別の場所へと向かって行った。
「おいアンジェラ、お前何やっているんだ?」
 俺もライブキャスターを起動して通話する。
「いやその、どうせなら陽気な性格の子か、もしくは強い子を育てられればなぁって……私のライブキャスターは簡易ジャッジ機能がついているからさ、素晴らしい個体がいればいいなって思ったんだけれど……あ、傷つけるとかわいそうだから、極力相手を傷つけないように首を絞めて気絶させてるの」
「……そうか。頑張ってな」
 アンジェラ、大工仕事で体を鍛えたり、男子とも普通に喧嘩をしているような奴だとは言っていたが、これほどアグレッシブな捕獲方法だとは思わなかった。

 アンジェラは、まず無傷で崖から落ちることで、タツベイに格の違いを理解させるようだ。そして、川の水や石ころを使って相手を目くらまし。戸惑っているうちに、首を絞めて助けを呼ぶことも出来ないうちに気絶させる。そうして気絶しているうちにスキャン、そしてお眼鏡にかなう個体であれば捕獲と言ったところだろうか。
 彼女曰く、レベル20くらいまでなら素手でもなんとかなるとのこと。トレーナーの下で素早く育てられた場合は三〇レベルにもなれば進化するが、野生でゆっくりと育った個体ならば、二〇レベルでもコモルーに進化することはあるから、三〇レベル以上のタツベイはまずいないだろう。それにアンジェラはいざとなれば強いドリュウズもいる。まず身体の危険は問題にはならないだろう。
 俺は崖の上から手持ちのポケモンに模擬戦をさせつつ、ゆっくり見物させてもらおう。

24 


 そう思いながらアンジェラの様子を見守っていると、彼女はどんどん先に行き、ついには視界から消えてしまった。万が一の事があっても、叫び声さえ聞こえればニドヘグが音速で助けに行けるが、大丈夫だろうか? 最近孵化したプテラのドレイクも、余力を残していつでも助けに行けるようにしておくか……
 一応、心配なので三〇分ごとに連絡を取り合っていると……
「みてー、ドワイト。コモルー捕まえたー!」
「うおい! タツベイじゃないのかよ!?」
 ライブキャスターの向こう側に居たアンジェラは予想外の事をしでかしていた。まったく、こいつも大物である。なんでも、穴倉にいるところを見つけた個体で、性格は陽気で、生後半年とそれなりに若い三一レベル。
 強さもかなり優秀で、その上龍の舞いも覚えているのだとか。すごいな、俺も欲しいくらいに優秀な個体だ。

 ちなみに捕まえ方だが、コモルーを後ろから捕まえて抱き上げることで、短い足をばたつかせても何も出来ない状況にさせたらしい。他のポケモンだと、手足が長い分、暴れまわると抱きしめていることも困難だが、コモルーは手足が短いから大丈夫なのだとか。背中には丁度持ちやすい突起もついているし……とのこと。
 その状態で、崖の底にある河に顔を付けて、窒息させたところでボールを投げたら捕まったとか。いくらコモルーに足が地についていなければ何も出来ないという弱点をついたとはいえ、野生のコモルーを素手で捕まえるだなんてよっぽどの手練である。
 そのコモルーだが、すでにアンジェラには服従している。体重も力の強さもアンジェラの遥か上を行くだろうが、それでもあいつには勝てないというのを嫌と言うほど思い知らされたのだろう。そりゃ、溺死寸前まで追い込まれれば、コモルーも弱音を吐きたくもなるか。
「しかし、ボーマンダだったら振りほどかれていたでしょうね……コモルーまでが相手を出来る限界だわ」
「お前いつか挑戦するとかいうなよ……? ボーマンダはマジで危ないから。きちんと世話しないと育ててくれたトレーナーでも殺すようなポケモンだからな?」
 いや、俺の家にも二名ほど進化したてのボーマンダくらいなら背中に乗って、翼に掴まりながら後頭部をガンガン殴ってねじ伏せる実力の持ち主がいるから、アンジェラがボーマンダに勝てないとは思わないが……。他にも暴れるガブリアスを後ろから抱きかかえて、関節を極めてギブアップさせたり、バンギラスの体を鞭で叩きまわして服従させたり、そういうことが出来る人間は存在しないわけではない。
 やっぱり、体が強い人はそうやってポケモン相手でも割と普通に勝ててしまうのだ。自分の弱い体が恨めしくて仕方なかった。

 コモルーを捕獲したアンジェラと合流するころには、あたりはすっかり暗くなっていて、今日の下山は不可能と判断して、俺達は山の中で野宿をすることとなった。その際、たき火を囲みながらコモルーの実物を見てみると、こいつはすごいポケモンだ。
「なるほどなるほど……このポケモンは、素晴らしい能力を持っている。そんな風にジャッジできますね」
 俺はコモルーのことを見て思わずつぶやいた
「ちょっと、ドワイト……いつもと口調が違わない?」
「ちなみに、一番いい感じなのはHPでしょうか。なるほど、攻撃もいい感じですね、素早さも同じようにいいですね。最高の力を持っている。そんな風にジャッジできました!」
「ドワイト、何か悪霊に取り憑かれていない?」
 彼はコモルーを見た際に、目の色を変えて口走る。
「あぁ、いや……俺、ジャッジ検定二級を持っているもんでさ。職業病ってわけじゃないけれど、自然とこういう口調が身に付いたんだ」
「そ、そう……」
 アンジェラはドン引きだ。
「多分、こいつヌシの子供だな……こんなコモルー、ホイホイいるわけない。やっぱり、ヌシはこの山のどこかでまだ生きているようだ」
「そうなの?」
「こんなのがなんの作為もなくゴロゴロいたら怖いよ……しかし、そんな主の子供でも、後ろから抱きかかえられて攻撃されると、この様か……」
「うん……さすがにちょっと怯えているよね……」
 アンジェラは捕まえたコモルーを早速外に出して、先ほど餌を差し出したのだが。しかし、相手は警戒して食べようとしてくれない。遠巻きにこちらを見守ってはいるが、餌には近寄ろうともしない。
「当たり前だろ。溺れさせられたら相手も怖がるだろうよ。うーん、でも数日も一緒に生活していれば慣れるだろうし、とりあえずは慣れてもらうために食べかけの食料を与えたり、他のポケモンと一緒に眠るとこを見せたりとかして……」
「だよね……じゃ、とりあえずオレンの実。これなら安全なものだってわかるだろうし」
 そう言って、アンジェラはオレンの実を一口齧ってからコモルーの前に投げる。コモルーは慌てて後ずさりをして威嚇するが、匂いを嗅いでそれがなんであるかは理解したらしい。更に臭いを嗅いで、腐っていないかどうかなどを調べるも、それについても異常なし。そのはずなんだけれど、一度抱いた警戒心は中々とけるはずはなく、コモルーはオレンの実にさえ口をつけようとはしなかった。
 まぁ、腹が減ったら根負けして喰らいつくだろう。それまでの辛抱である。アンジェラもその辺のことはきちんと理解していて、むやみに自分から近づくようなことはせず、コモルーが逃げだしてしまわないように様子をうかがいはするものの、それ以上のことはしなかった。
「ところでそいつの名前、なんて名前にするんだ?」
「えっと……どうしようかな? こいつ雌だし、どうせなら女の子っぽい名前がいいなぁ」
「お前筋肉があれば女でもいいのかよ……」
 こいつの好みが良くわからない。というか、マリルリは確かに筋肉はあるけれど、筋肉さえあればあんなかわいい見た目のポケモンでもいいのだろうか? 謎は深まるばかりである。
「とりあえず、明日までに決めてあげないとね。ポケモンセンターに登録しなきゃだし」
「そうか。まぁ、焦って決めることもないし、ゆっくり良い名前に決めてやれよな」
「当然っしょ。一生付き合う名前だもの、良い物を付けてあげないと」
 変わった奴だよ、このアンジェラとかいう女は。俺と旅をしてくれることもそうだけれど、ポケモンを自力で捕まえるなんてのも変わっている。けれど、悪くない。
「大事にしてやれよ。可愛い子なんだから」
 今までずっと一人旅だったけれど、こいつと一緒に旅を出来て良かったと言えるように、俺も頑張ろう。そんなことを考えていると、自分の顔が自然と笑顔になっているのが分かった。
次……許嫁を取り戻せ6:それぞれの旅路、後編

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*1 限定的な性的少数者の総称。レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字をとったもの

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Last-modified: 2017-01-10 (火) 21:40:07
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