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許嫁を取り戻せ6:それぞれの旅路、後編

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前……許嫁を取り戻せ5:それぞれの旅路、前編

 

 翌日、俺達は四天王のゲッカが経営する非公式ジムへと出かける。野宿から一夜明けて下山し、せっかくなのでストーンヘンジの周りを観光し、コモルーにポケモンと遊んでいる光景を見ていたら、丁度時間もいい具合で、昼食後に約束していた時刻はもうすぐだ。
 時間を確認しつつなんともメルヘンチックな見た目の外観を持つジムの中に入ると、内部もまたなんだかメルヘンチックで不思議な気分になってくる。
「ここに来たのは初めてだけれど、甘い匂いのするジムだな」
 ドワイトはそう言って顔をしかめている。
「咳の方は大丈夫?」
「平気。喉や肺にくる匂いじゃないから」 
 ドワイトが臭いのことを言及すると、なんとなく身構えてしまう。ジムやポケモンセンターはポケモンの出入りが多いからと、マスクをして入室しているあたりも、何だか心配になってしまう要因である。今は本人が大丈夫というので問題ないのだろう。
「こんにちは、ゲッカさん」
 ジムのバトルフィールドへ続くドアを開け、ドワイトが元気よく声を上げる。ジム生の視線が一斉にこちらに集まり、私は何とも言えない緊張感に包まれた。
「あらぁ、ドワ、お久しぶり。元気にしてたー?」
 出迎えてくれたジムリーダのゲッカはとてもうれしそうで、私ですら呼んだことがないようなあだ名で彼の名を呼んでいる。
「へへ、実は旅に出てから少しずつ体調が良くなっているんだぜ。今まで咳が出るからって運動しなさすぎたのがまずかったのかもな」
「そうなのぉ? でも、さすがにまだ陸上グループの子はダメなんでしょ? ここ、ニンフィアとかデデンネの毛が舞ってるかもしれないから気を付けてね?」
「わーってるって。今のところ危険な感じはしないから多分大丈夫だ。マスクもしてるしさ」
 ドワイトの表情伺い知れないが、声色を聞く限りではとても気分が良さそうだ。
「それにしてもドワ、またかわいくなったね? お父さんそっくり。将来は良い男になるねこりゃ」
「男に向かって可愛いはねーだろうがよ」
「あら、ごめんなさい。それで、こっちの子はガールフレンド?」
「んー……旅に同行してもらっているだけで、別にそういう特別な関係とかってつもりはないけれど……でも、友達なのは確かだな。えっと、お互い自己紹介しましょう」
 そう言えば、ドワイトが大人と話しているところを始めて見た気がする。ドワイトってば子供相手には不器用だけれど、大人相手には本当にごく普通に話している。家が一応客商売ということもあって、大人への対応は心得ているのだろう。周りの門下生は四天王とため口で話すドワイトは何者なのかと顔をしかめている。
「それでは、改めまして。私の名前はゲッカ=アイゼンハワー。このジムを取り仕切っております。どうぞよろしくお願いします」
 そう言って。ゲッカさんは深々と頭を下げる。
「ご丁寧にありがとうございます。私は、アンジェラ=スミス。旅のポケモントレーナーなんですが、その……あんまり強くなることは求めていなくって、こういう場所はちょっと場違いかもしれませんが、よろしくお願いします」
「それで、えーと。俺はドワイト=マルコビッチと申します。えっと、ゲッカさんがよく利用している育て屋のオーナーの息子で、昔からよくしてもらっているんです。今日は遊びに来たっていうのもありますけれど……挑戦もしに来たから、ゲッカさん、よろしくお願いします」
 しかし、ドワイトは私と話している時とはまるで態度が違う。これが大人に対する彼の態度なのか……初対面の日と相手にこの振る舞いが出来れば、普通の好青年になれるのに、もったいないなぁ。

2 

「えーと、みんな。そういうわけだから、皆さん丁重におもてなしをお願いしますね。私も、おもてなしがわり今日はこの子とバトルをします。あぁ、そうそう……このドワイト君なんですけれど、ものすごく強いから注意して下さいね。私、久々に公式試合以外で本気を出しちゃうかもしれません。
 なのでみなさん、貴重な資料と思って、闘い方や指示の出し方など、どんどん観察してくださいね」
 四天王にこんなことを言わせるとか、やっぱりドワイトは普通じゃない。いったいどんなバトルをするのやら、楽しみで仕方ない。ドワイトがそんなにも強いトレーナーには見えないのだろう、ジム生たちは半信半疑の目でドワイトを見ている。
 無理もない、あんなトレーナーを始めたてのような年齢のドワイトが強かったら、それより年上なのに成長できないトレーナーとしては面白くないだろう。
「それじゃ、早速始めちゃう?」
「おいおい、俺達一応知り合いだけれど、なんというかこう……もうちょっと四天王とかジムリーダーらしく振る舞うとか、そういう心がけは無いのかよ?」
「ははん、大事な友達の一人息子ですもの。そんなの、私の子供と変わりませんし、ラフな態度でいいの」
「えー、そりゃおかしいんじゃねーの。確かに親父の友達に会いに来たつもりだけれどよ……もっと四天王の威厳も欲しいぜ?」
「ふふん、いいじゃあないですか、威厳だなんてそんな難しいことは気にしないでも。どちらにせよ、勝負は本気でやるから。手加減なんて期待しないでね、ドワ」
「手加減しねーのは嬉しいけれどよ、俺のポケモン……旅を始めるにあたって新しく育て直した奴らばっかりで、まだ育て途中だから、さすがに手加減してくれねーとエース以外は相手にならないかもだぜ? さすがにそうなったらジム生を失望させちまう」
「おやおや……そういえば貴方のお父様が、貴方のポケモンを大切に預かっているだとか、そんなことを言っておりましたね、でしたら、私も育て途中の子が二匹いますので、その子と達戦った後……改めて、お互いのレギュラーメンバー同士で戦う。こんなところでどうかしら?」
「良いぜ。それくらいなら俺のポケモンも大暴れできる……」
 ゲッカさんも、育て途中のポケモンでドワイトに挑む……それならお互いハンデなしの真っ向勝負だ。しかし、如何にドワイトが強いと言えど、四天王と真っ向勝負なんて大丈夫なのだろうか?

 そんな私の心配をよそにバトルはあれよあれよという間に始まってしまい、まずは先鋒として出たハッサムのアビゲイル。ゲッカさんの育て途中だと言うバリヤードが相手になったが、炎タイプの技を持っていないのが痛かった。アビゲイルは高い耐久力で相手の攻撃を耐え、剣の舞で強化された攻撃力で、一撃で相手を追い詰める。
 このジムがフェアリータイプのジムということもあり、バレットパンチがとりわけ有用なようだ。

 一匹目、バリヤードはリフレクターを張って力尽きる。二番手はクチート、威嚇の特性が来ると思って身構えていたが、その心配はなし。しかし、不味いことに、そのクチートは珍しい特殊型、しかも命の珠を所持した力ずくのクチートだ。火炎放射を放たれたアビゲイルは見事に丸焼けにされて力尽きる。
 後続で出てきたガブリアスのニドヘグは、クチートに向かって地震を放つ。跳躍して冷凍ビームを放とうとするクチートだが、ニドヘグは地面を隆起させて、その陰に隠れて冷凍ビームをやり過ごす。
 そのまま腕で抉った地面を弾き飛ばしてクチートをけん制し、クチートがかわしつつ距離を縮めたところで、待ちの体勢に入った。じゃれつこうとするクチートの動きを冷静に見切り、ニドヘグは地面から岩を突きだしてクチートを転ばせる。
 地面に手をつくことこそしなかったが、よろめいたらその一瞬で十分だ、相手がこちらへの意識を少しでも手放した瞬間にニドヘグは地震を放ち。隆起した地面の一撃でクチートは吹き飛んだ。
「ひゅう、あぶねぇ。特殊クチート、以外と侮れないんだよなぁ」
 ともあれ、これでドワイトは二対一で勝利。さて、ゲッカさんの相手のポケモンは何が出て来るのだろうか? 少しでもダメージを与えるために、有利なポケモンが出て来てくれると助かるが……。
「お見事、育て途中のポケモンでは相手になりませんね。ではでは、ドワイトさん。私の真打ちとの対戦をお楽しみください」
 ゲッカさんが不敵に笑んで繰り出したポケモンは、ピクシー。マジックガード、天然、メロメロボディと防御向け(天然は攻撃にもやたら強いけれど)の特性を多く持つポケモンだ。

3 


「さぁ、マスク。サービスです。その子の攻撃を一度だけ受けてあげなさい」
 四天王のデータベースを調べてみると、マスクという名のピクシーの特性は天然。威張ると小さくなる、そして毒々と自己再生で耐えつつ毒で削り殺すという性悪ポケモンである。大した攻撃技は持っていないが、相手は混乱によってジワリと体力を削られて、マスクが持っているアイテムは食べ残しなのでじわじわと回復する。
 性根の悪さで右に出る者はいない、凶悪なポケモンであるといわれている。
「舐めやがって……ニドヘグ、地震だ!」
 相手はフェアリータイプであるためドラゴンタイプの技は通じないため、地面タイプの技で攻撃するしかないニドヘグは地面を勢いよく踏みつけて地面を隆起させるが、可愛らしいピクシーは歯を食いしばりいかつい顔をしながらもそれを耐えた。
「さぁ、サービスタイムは終わり。次からはぶちのめしなさい」
 ゲッカさんの物騒な笑みが光る。真っ向からガブリアスの攻撃を受け止めて、涼しい顔で居られるだなんて、やっぱバケモノだなぁ。
「……よし、積まれる前に戻れニドヘグ……そんでもって、行け! ダイフク」
 ドワイトはそう言ってタブンネを繰り出す。
「相手は強敵だ、簡単に勝てる相手じゃないけれど頼んだぞ!! メガシンカ!!」
 そのままベルトに触れて、彼がメガシンカを促すことで、ダイフクは光に包まれ純白の毛皮を身に纏う。柔らかさも強さもアップした、メガタブンネの降臨である。
「まずは小さくなりなさい」
「瞑想だ!!」
 二人はまず、戦う前に準備を整え様子見と言ったところか。どちらも放置すれば痛い目に合うような積み技を積んでいるが……あれ、ドワイト。なんで瞑想を積んでいるの!? ピクシー相手に瞑想したところで、意味なんてないはずじゃ……
「ドワイト、相手の特性は……」
 私が大声で注意をすると、ドワイトの口元が少しゆがんだ気がした。
「もう一度、さらに小さくなりなさい!」
「瞑想だ!!」
 あぁ、ダメだ。ドワイトは聞いちゃいない。
「さぁ、マスク! そろそろ行きなさい! 毒々!!」
「スキルスワップ!! 特性なんぞ知ったことかよ!!」
「あ……」
 ドワイトがスキルスワップを命じると、ゲッカさんが間抜けな声を上げる。これにより、小さくなっても回避が上がる効果は無効になってしまうし、ダイフクは瞑想を積めるようになる。反対に、メガタブンネの特性である癒しの心は、シングルバトルでは全く役に立たない。こんな特性をスワップされた以上、これはもう、ゲッカさんの詰みか……

 終わりはなんともあっけないもので、ダイフクがそのままマジカルシャインで押し切ってしまった。相手も威張ると自己再生で粘り、毒で削り切ろうとはしたものの、メガシンカにより強化された攻撃力の前には無駄だった。
 ダイフクは荒い息をつきながらも勝利して、どっかり座り込んで毒に侵された体を休めた。彼女は癒しの鈴をかき鳴らして自分の体調を元に戻すと、ドワイトの抱擁に体を預けて微笑んだ。
「良くやったな、ダイフク。流石俺のポケモンだ」
 ぎゅっと抱きしめプニプニと彼の頬を弄る。ダイフクは父親から貰ったポケモンだったはずだけれど、きっと一緒に居た年月は彼の方が長いのだろう、俺のポケモンという表現も問題はないか。
「参りましたね。貴方がタブンネをエースにしていたのは知っていましたが、まさかスキルスワップを使えるとは……」
「ダブルでは、まずタブンネの状態でスワップして、そこからメガシンカとかそういう使い方も出来るんだぜ。もともとダブル向けのポケモンだし、一応スキルスワップを覚えさせておいたが、おあつらえ向きのポケモンが出て来てくれてよかったぜ」
「……悔しいけれど、これは私の完全敗北ね」
「いやいや、それでも良く育ててあったからな、瞑想を積んでも押しきれないかとひやひやしたぜ、マジで。威張るもあるし、本当にいやらしいポケモンだぜ。作戦勝ちしていても運が悪ければ負けていたよ」
 ドワイトが言う通り、威張られたダイフクは混乱して前後不覚に陥っていた。その状態できちんと瞑想をきめ、猛毒にも耐えてマジカルシャインをきちんと当てられたのは、運と根性と、ドワイトの期待に応えたいという彼女の執念だろう。
「何にせよ、私に見事に勝利した以上、商品を渡さないとね。さあ、お受け取りください……でかいきんのたまです。大切に扱ってよね、おねえさんの、きんのたまなんだからね」
「おう、記念に取っておくよ」
 なんだろう? 何故だか知らないけれど、今猛烈に変な違和感のようなものを感じたのだが、その正体が分からない。『おねえさんのきんのたま』、その言葉に何か変な意味はないはずなのに……。
 私の中に生まれた小さな疑問。そのもやもやの正体はつかめそうにない。

4 


「うっし、ちょっとジムの治療装置を貸してもらいます。その後、まだ元気なポケモンの指導を少しお願いしようかな」
 勝利したドワイトは上機嫌でゲッカさんに言う。変則的とはいえ、本当に四天王の一角に勝ってしまうのだもの、そりゃ上機嫌にもなるよね。やはりドワイトがとんでもない人材なのだと再確認させられる。 今のうちにサインでも貰っておけば、後々価値が出そうである。
「はい、ドワ。今日はゆっくりしていってくださいね」
「おう、ゲッカさんも、また戦いましょう」
 対戦を終えたドワイトは、ポケモンの治療を終えると、言葉通りにポケモンの指導をお願いしていた。ドワイトほどに観察力が優れたトレーナーであっても、人が変われば視点も変わるもので、ゲッカさんの指摘する点を興味深そうにメモにとどめている。
 そのドワイトも、彼女のポケモンの動きの気になったところをまとめたりしているから、やっぱりドワイトはバケモノじみた才能の持ち主だ。私は恥ずかしながら見ているだけしか出来ず、新人トレーナーだという子が連れたチルタリスと、先日ゲットしたコモルーのフレーズを遊ばせたりして時間を潰していた。
 フレーズはフェアリータイプばかりの空間だけにものすごく居心地が悪そうであったが、幸い同じドラゴンタイプのチルタリスを連れていた子がいてくれたのでそちらと遊ぶことになったのだが、その内容は中々にハードな遊びであった。一度進化しているだけあってフレーズの身体能力は中々の物で、不意を突いて後ろから持ちあげでもしなければ、本来は私だってやすやすと勝つことは出来ない相手であり、頭突きも体当たりもかなり痛い。チルタリスは私のような陰湿な戦い方をするポケモンではなかったため、ほどほどに体を動かすには役だったようだ。

「……あの、アンジェラさんでしたっけ」
「はい、何でしょうか?」
 私がフレーズとチルタリスのじゃれ合いをほほえましく観察していると、ポケモンの休憩タイムに入ったゲッカさんが語りかけてくる。私なんかのようななんちゃってトレーナーなんかに構っても何も出てこないと思うのだけれど、一体何のようなのだろうか?
「あのコモルーですが、なんというか貴方に対して恐怖心のようなものを抱いていないでしょうか? なんというか、あのコモルーが貴方に抱きしめられるとき、どこか怯えたような……体が強張るような、そんな印象を受けたのですが……」
 さすが四天王、ポケモンの仕草をよく見ていらっしゃる。
「えっと、それはですね……」
 隠しても仕方のない事なので、私はコモルーを捕獲した経緯について説明をする。コモルーを背中から抱きしめることで短い手足をばたつかせても抵抗できないようにし、V字谷の底を流れる河につけて窒息させたこと。
「なるほどね……まぁ、捕獲方法というのは色々ありますから、素手で捕まえるのは別に問題はないとは思いますが……」
「やっぱり、さすがにやりすぎでしたかねぇ?」
「ふーむ……普通に殴るよりかは少々陰湿な手段での戦い方による捕獲方法が割と印象に残っているのかもしれませんね」
「どうすればいいですかねぇ?」
「少しずつ食事などを通して仲良くなるしかありませんね。一応、私からも貴方は安全な人間だということは教えておきますが」
「あの、『教えておく』って……そんなに簡単に教えることなんてできるものなんですか?」
 私が尋ねると、ゲッカさんはふと考える。
「……まぁ、気合でなんとかなります」
「もう少し分かりやすく……格闘タイプみたいな表現じゃなく、もっとこう、フェアリータイプらしい表現でお願いします……」
「そうね。ポケモンの仕草を確認して、彼らがどんな時にどんな顔をするかを察してあげて、それによって相手の感情を読み取り、その上でテレパシーをするくらいのつもりで脳裏に映像を思い浮かべながら相手の目を見つめて話せば結構伝わる……かな?」
「ほ、ほう……」
 テレパシーをするくらいのつもりで語り掛ける、か……無茶言うな。
「私達人間の言語は文字を音にすることで、様々な情報を通じ合うことが出来ますが、ポケモンの言語は映像を音にすることが出来るんですよ。その言語をごくわずかに真似をすることなら出来るんですが……まだまだ修行不足なので、私程度では完全にポケモンに伝えることは不可能ですね。ですから、コモルーに伝わったかどうか……」
 ゲッカさんは少々心配そうにぼやく。教える、というのはどうやら文字通りのようである。
「わずかにでもマネできるってだけで一般人には不可能なんじゃないですかね……」
 まったく、ポケモントレーナーというのは、本当にとんでもない特技を持つものがごろごろいるもんだ。
「その不可能を可能にしないと、もっと上に行けないんですよ。この地方のチャンピオンとか、世界チャンピオンとかね」
 ゲッカさんは不敵に笑んでいる。四天王まで上り詰めても、やはりまだまだ満足などできないという事だ。世界を相手に戦うところまで見据えているあたり、遊びでポケモンバトルをやっている私とは比べ物にならないくらいの隔たりがあるというわけだ。
 ゲッカさんはポケモンを休憩させている間、私にコモルーの世話の仕方について、色々アドバイスをしてくれた。もともとは家がドラゴン使いの家系だったこともあり、ゲッカさんはコモルーの扱い方も熟知していて、私がコモルーと仲良くなるために、アドバイスをしたり、一緒に話しかけてくれたりなどしてくれた。
 休憩が終わると、鬼のような強さでポケモンを指導し、ドワイトもそんな彼女の後姿に色々学ぶことがあったのだろう、レポートを片手に色々なことを書きこんでいた。
 夜になり、ジムを後にしたドワイトは野宿の際にはそのレポートを眺めて何度も読み返していたあたり、今日こうして彼女の非公式ジムを訪ねたことは決して無駄ではなかったのだろう。
「よし、みんな! 今日は添い寝よ! フレーズも一緒にね」
 私もコモルーと少しだけ仲良くなれたような気がする。けれど、添い寝をしようと持ちかけても、コモルーはテントの端っこでこちらの様子を窺っているのみ。
 少しだけ仲良くなれても、まだまだ時間はかかりそうだ。私が他のポケモンと仲良くしているのを見て、コモルーも少しずつ警戒を解いてくれると嬉しいのだけれど。

5 


 私たちはゲッカさんのジムを訪ねてからも旅を続けて、一ヶ月。最初は警戒していたコモルーも、徐々に差し出された食べ物を警戒せずに食べるようになり、手渡しでも食べるようになり、今ではポケパルレも許してくれるようになり、すっかりと懐いていた。
 そんなある日のこと……
「なんじゃあこりゃ?」
 ある日唐突に、ドワイトは顔をしかめる。突然の雨にレインウェアをかぶりながら歩いている時に、ライブキャスターへ届いたメールを見ての反応だ。
「どうしたの?」
「あー……親父からのメールなんだけれど……件名が『結論から言うと、ポケモン・人間ともに被害ゼロです』って……えっと、内容が……『今日の早朝、イビルペリッパーなるポケモンの密輸、強奪、密売組織からの襲撃に会い、ラティアスとラティオスの家族やその他のポケモンを狙われました。あとはメールの件名通りですが、ニュースになって色々忙しくなる前に伝えておきます。』だそうだ……何か当然のように言っているけれど普通はとんでもない事態のはずなんだがなぁ……やっぱ親父スゲーな……」
「スゲーで済ませちゃうあたり、ドワイトも慣れているわね」
「まあな。その組織の下っ端がたどった運命なんだが、殺しはしていないけれど関節を外されたり足を折られたりとちょっと悲惨な状況らしい……まぁ、問題ないだろ」
 本来ならここは、親の活躍を目を輝かせて喜ぶべきところなのだろうけれど、ドワイトの反応は薄い。恐らくそれだけ信頼におけるポケモンを育てる人なのだろう、だからこそこういった活躍も当然のように思えてしまう。ドワイトはそんな父親に追いつけ追い越せと頑張っているわけだから、理想が高い。
 しかし私は……やっぱりお洒落な家具を作る職人というのをやってみたいと思っている。これまで寄った街にあった宮殿や城跡。それらに飾られたお洒落な家具は、持っていると生活というか、気分を豊かにしてくれるものだと私は思っている。
 そんな物を自分の手で作れたら、なんとも素敵じゃないか。旅を終わらせたら……私は、その道に向けて努力をするべきなのだろうな。ドワイトはもう、夢に向かって歩きだしているのだから、私もちゃんと歩き出さないと。

 そんな出来事がありつつも私達の旅は続き、ドワイトと共にゆっくりと歩きながら私にとっては五つ目の、ドワイトにとっては四つ目のジムがあるエクセロスシティにたどり着く。と、言っても私はまだバッジは三つしか持っていないから、恐らくはここで追い抜かれるのだろう。
 旅路はドワイトの歩調に合わせてゆっくりとしたものであった。バッジコレクターと旅をしているらしいデボラは、もうすでにはるか先を行ってしまっている。リンドシティにたどり着いたころには、ドワイトが持っていたタマゴからプテラが生まれていたので、その気になれば一日でこの街に来ることも出来たらしいけれど(合計一〇〇キログラムくらいなら飛行するのも余裕だそうで)、ドワイトは自分の力で歩くのが旅の醍醐味だと、あまりそういうのを良しとはしなかった。
 ただ、今の季節はもう二月。ここでバッジを手にしたら、次は私の故郷へとプテラに乗って行こうと申し出てくれた。私の故郷は、そろそろ渡り鳥がやってくる季節である。そこには季節を同じくしてシェイミがやってくる。ドワイトは、それを一目見ておきたいのだという。
「いやー、この町の大聖堂も立派だな……重機もない時代にあんなもんをどうやって建てたのか、ほんとスゲーよな」
「そうだね……私達現在人も負けてられないよね」
「しっかし、これまでさ、色んな観光地に行ってみたけれど……お前さん、いっつも変なところばっかり見ていたな?」
「変じゃないでしょべつに? 私はその……家が大工で、小さい頃から家の建て方とか学ばされてきたから。と言っても、漆喰を固めて作ったような家が多くって、木造建築とかこういう大聖堂みたいな立派な建物っていう感じではないけれど、建築の勉強は小さい頃からいろいろな本を読まされたから詳しいんだ。
 私は、家よりも家具の作り方に興味があったから、そっちの本も読んでて……まぁ、ドワイトが言う変なところばっかり見ているってのも、家具を隅々まで見ていたのがそう捉えられたのかもしれないね」
「家具? 意外だなぁ」
「うん、ウチは大工をやっているんだけれど、小さい島で人口も少ないから、家を建てる人はあんまりいないし、修理依頼もそこそこってところでね。それで、仕事がなくって暇な時は、父さんは木材を使って家具作りをしていたんだけれど……私も、小さい頃から玩具代わりに廃材を与えられて、ノミやノコギリの扱い方もすっかりマスターしちゃった。
 でもさぁ、家で作るのはけっこう飾りっ気のない家具ばっかりだったから……宮殿とかにある立派な家具、そういうのを作ってみたいなって思うようになってさ。あー、でも……極限までシンプルな家具っていうのも一つの魅力ではあるんだけれどね。日本にある釘を一切使わない家具とか……」
「良くわからねえが、家具なんて場合によっちゃ一生付き合うもんだし、そりゃいいじゃないか。手先が器用なら目指してみるといいんじゃないのか? 俺達育て屋も種によっちゃ一生付き合えるポケモンを育てるんだ、同じくらいに素晴らしい職業だと思うぜ?」
「でも、ポケモンと一緒に旅をして見つけた夢がポケモンと関係ないっていうのもなー……なんか、旅に出してもらったのにちょっと申し訳ないわ」
「何言っているんだ? ポケモンと旅をして見つけるのは、何もポケモンに関わる仕事ばっかりじゃないぜ? ポケモンがいなくたって旅は出来る、ポケモンはあくまで旅の安全のために居るって側面もあるからな」
「流石に、親から逃げるために旅立つ若者を送りだしていた家は言う事が違うね……」

6 


 確か、彼がチェストシティで出会った時にそんな話をされた気がする。親から逃げるためにポケモンを貰い、旅立つ若者がいるそうなのだが、ドワイトの育て屋はそういったトレーナーのために、商品としての適正が足りないポケモンをある程度育てて与えていただとか……親の虐待やら過干渉やら、ネグレクトやら、そういった理由で家を離れたいトレーナーが育て屋を頼るらしい。
 ドワイトが少々達観したような話をするのも、育て屋としていろんな客に出会ってきたことが原因なのだろう。彼の実家のお仕事はお金持ちや企業、四天王やチャンピオンなどの大物を相手にすることもあるから礼儀正しくすることも出来るし。
 逆に貧困にあえぐトレーナーを相手にするときもあるから、それに関して何か思うところがあったりするのだろう、ドワイトは意外といろんなことを考えている。
 そのくせ同年代と普通に関わるのが一番苦手というのが、何だかアンバランスな奴である。もうちょっと素直になれればいいんだけれどなぁ……
「そりゃな、俺自身親からは『ポケモンに関わらない人生を送ってもいいんだ』って言われて育ったんだ。お前がそういう人生を歩んだところで、大工の親が文句言うわけもねーだろ? お前しか家業を継ぐ者がいないとかなら別だけれど」
「そうだね……旅から帰ったら、親と色々話をしようかな。お洒落な家具を作って、それで生活する……私も、何を以ってしてお洒落というのか分かっていないところがあるから、そういうこともきちんと勉強したいな」
「いいじゃん。そういうのを見つけられただけでもこの旅をした価値はあると思うぜ」
 ドワイトが笑顔で私の事を褒めてくれる。こいつ、ポケモン意外には素直になれないから、こうして手放しで褒めてくれるのを見たのは初めてかもしれない。
「ありがとう、ドワイト」
「なんだよ、俺当たり前のこと言っただけだぜ?」
 けれど、ドワイトは普通にお礼を言うと照れくさいのか、照れ隠しのように自分の気持ちを隠す。男のツンデレなんぞに、需要なんてないというのに。


 エクセロスシティには、ゴーストタイプのジムがある。この街にも大聖堂があり、その内部にかつての聖人の墓が存在する。そこではレベル一三〇を超えるという強力なデスカーンが聖人の墓を守っているという。例によって例の如く、個人が所有するポケモンは一〇〇レベル以下に調整することが義務付けられているが、個人が所有しているポケモンではないので一〇〇レベルを超えていても咎められないのだとか。
 このデスカーンは平均的な寿命と比べると非常に長大だが、その代わりにそこら辺にいるデスカーンと違って普段の時間のほとんどを眠りながら過ごしている。普通のポケモンののように毎日活動していると普通のデスカーンと変わらない寿命になってしまうが、毎日眠ることで長大な寿命を確保することに成功しているのである。
 どうしてそんな休眠が出来るのか、レベルの関係か、突然変異か。それともいまだ科学で解明されていない聖人達の聖なる力の賜物か。聖人には極稀に遺体が腐らない者が存在するが、そういった力がデスカーンに作用するのかもしれないというオカルトな説も根強い。
 そのデスカーン、科学者たちには垂涎ものの研究素材だが、当然そのデスカーンは文化的にも非常に価値があるもので、伝説のポケモンと同レベルの保護対象に指定されている。捕獲しようとしたところで返り討ちにあうのが常のため保護する必要もないほど強いけれど……そのため、あのデスカーンの体の秘密が明かされることは、よほど非合法の手段でも使わなければ無いだろう。

 その大聖堂の管理及び、デスカーンの監視を行っているのが、ジムリーダーのミスティル。輝石サマヨールを初心者にぶつけてくるという鬼のような戦法が得意な陰湿なトレーナーで、呪いや影分身、鬼火などの様々な補助技で攻め立てる嫌われ者のカリスマである。
 彼自身は聖人として認められているわけではないが、敬虔な宗教家であり、祈ることよりも実働することによって神に仕える活動家でもある。彼はジムの他にも会社を経営しているが、その収入を自分の贅沢には使わず、難民を支援するために使ったり、移民たちに仕事を与えたりと様々な活動をしている。
 リテン地方の各地に営業所や工場を持っているおかげもあってか、様々な地域で感謝されている彼なのだが、その実それは各地の営業所や工場がある地元の人間には好かれていない。彼が守る難民たちが仕事を奪い、またその地域の文化や宗教を踏み荒らし、その自治体のルールを守らずに暮らしていることが原因だ。
 移民や難民がせめてルールを守り生活しているならばその地元住民の反発も少しは抑えられるのだろうが、実際は難民が言葉すらままならない者が多い。紛争が行われている国には、空を飛べるポケモンやダイビングを使えるポケモンを使役して国境やぶりを支援するような輩がいるらしく、そいつらの手引きにより不法入国の難民が大量に流れているのが原因だ。

7 


 その難民のせいで、このリテン地方ではトラブルが絶えない。ジムには『売国奴』とか『国の癌細胞』などという張り紙や落書きに溢れ、しかし修繕されることも処罰されることもなくそのままとなっている。
 その上生ゴミまで投げ込まれて悪臭がひどく、このリテン地方の中で最も不潔なジムという不名誉な称号を付けられているのが特徴だ。ポケモンに宗教や政治を持ちこんではいけないというのは当たり前のことだが、公式試合などに出た際はその強さに反してブーイングが起こるのも、彼ぐらいだ。
 人格者であり、ジムリーダーに相応の実力も兼ね備えてはいるのだが、あのゲッカさん以上にアンチが多い彼は、ジムリーダーとして不適切であるという苦情があまりにひどいためにポケモンリーグ協会も扱いに困っている。
 しかし、十数年前に中東の組織のテロ事件により大聖堂が破壊され、先述のデスカーンが一暴れ出した事件があった。その時は、テロリストのみならず周囲の住民が胸の激痛を訴えて病院に運ばれ、数百人が間もなく死亡した事件があったのだが、そのデスカーンの怒りを鎮めたのも彼である。その時は周囲の住民にも感謝されたのだが、喉元過ぎれば熱さを忘れるとは良く言ったもので、今は批判の的である。
 その際のテロ事件が、彼を難民の保護活動のきっかけとなったのだから、皮肉なものである。
「だ、そうよ……何というか、すさまじい経歴を持つジムリーダーね」
「ふーん……まぁ、俺達にゃ関係ない事だな。ウチは能力があれば中東だろうが南アメリカだろうが、インドだろうが中国だろうが、どこ出身だって働いてもらって構わないし。第一、俺の父さんだってリテンの北東にある寒くて大きい国の出身だからな。移民だとかみんな気ししねーで働きゃいいんだよ」
「いや、そういう問題じゃない気がするけれど。例えばほら、列に並ぶ習慣のない国の人とかが、列を割り込んできたりとか、ゴミを出す際にきちんと分別しない奴らが居たりとか、それこそゴミをポイ捨てする奴がいたり、ポケモンの排せつ物をそのまま放置したり……噴水で泳ぎだしたり体を洗ったりする人とか、女性の言動やら服装やらを厳しく注意するような奴がいたりとかしたらいやでしょ?」
「うーん……確かに嫌だ。移民が起こす問題ってのはそんな問題なのか? そりゃ確かに嫌かもしれない……」
「カロスでは、中東からの移民が給食に豚肉を使わないでくれとかって五月蠅いのよ。じゃあ食うなって話なんだけれど、そうすると『差別するな』って騒ぐし」
「えー、好き嫌いする奴らが悪いんだろ?」
「権利を主張するときだけは声が大きくなるのが厚かましい奴らの特徴よ」
「あー、なるほど。文句だけしか言わない奴っているからなぁ……」
「そうやって、移民はトラブルばっかり起こすから嫌われるの。それに、貴方達みたいに才能にあふれた人ならば気にならないかもしれないけれど、簡単な仕事を奪われるのは辛いのよ?
 学生のアルバイトが取られるし、子育ての片手間に女性が出来るような仕事も失われるかもしれないし。学歴がない人達は賃金が安くなって暮らすことが出来ないかもしれない。
 それだけじゃなく、リテン地方はEUに所属しているから、EUの国籍を持っているだけで医療費とか教育費がタダになっちゃうんだよ。それを求めて、自国よりも高度な教育や医療を受けられるからって、EUの比較的貧しい国からこのリテンに移民が押し寄せて来てみなさい。
 私達は外国人のために高い税金を払わなきゃいけなくなるし、その外国人が仕事を奪っているし、治安も乱すのよ? 貴方の家は、一流の育て屋だから所得が減ってもあんまり気にならないかもしれないけれど、一般市民には結構ダメージがでかいのよ?」
「う、そう言われると嫌だな……」
「だもんで、それを助長するここのジムリーダーが嫌われるのも、納得いくっちゃ行くのよね。根は悪い人じゃないんだろうけれど……優しさは、自分を含む他の誰かをないがしろにしなくてはいけないから……」
「難しい話だなぁ……」
「このままじゃリテン地方がEU連合を離脱したりして……とかって言われてる」
「うーん、離脱するとどうなるんだか良くわからねーが、それって大問題なんじゃ?」
「そりゃ大問題よ? 関税のこと、ビザの取得のこと、国同士の外交のこと、問題は山積みだもの。そういうことはきちんと、学校に行って勉強しなきゃね」
「うー……旅をするのもいいけれど、そういわれると勉強しなきゃいけない気がしてきた……」
 ドワイトは気まずそうな顔をして言う。勉強は不得手ではないようだし、ドワイトもその気になればこの程度の問題はすぐに理解するだろう。それとも、ポケモンに関すること以外は頭が悪かったりするのだろうか? するかもしれないのが、こういうポケモンのことばかり考えているトレーナーの怖いところである。

8 


「とか何とか言っているうちに、あそこにあるのがエクセロスジム……に、捨てられたごみと、そこへ集まっているポケモンの群れでございます」
「匂いがひどいし、ポケモンもひどいな……」
 まだここからはジムは見えないのだが、しかしジムがあることはここからでも分かる。なぜかというと、悪臭を好むポケモンではない小さな虫はもちろん、生ごみを狙って訪れるコラッタやヤブクロン、ベトベターが我が物顔で歩いているからだ。特にベトベターは、ヘドロではなくゴミを食べているためか、なんとも言えない、油膜のような淀んだ虹色の体色をしており、見た目は綺麗な透明の結晶を析出させている。
 あの結晶は命を脅かす猛毒なので、絶対に触れてはいけないもので、毒・悪タイプの亜種……この地方では珍しいポケモンではあるが、あまりうれしくはない。
 ジムは生ゴミを毎日片付けているのだが、それでも掃除しきれない分が出て来てしまう。それを処理するためにベトベトンやダストダスを飼い始めたら、繁殖してしまってあの有様だそうだ。
 ゴミはただ処理場に送り出すのみならず、ゴミを空き地に掘った穴に埋めたりもしているのだが、その穴もそれらのポケモンの溜まり場となっている。
 ジムの周囲には空き地ばかりで住居も施設も無いのが救いだが、これでは地元住民もいい顔はするまい。たとえそれがジムリーダーが直接の原因ではないにしても、だ。
「なんというか、そう言えばここにいる時点でほのかに嫌なにおいが漂ってくるな……」
「毒タイプのジムだったらこれもまたありだったのかもしれないけれどね」
 苦笑しながらジムに近づいてみると、ジムの周りにいる清掃員が見えたのだけれど、どうにも言葉がまともに通じそうにない。
「こんにちは!」
「コ、コニチハ!」
 予想通りである。挨拶くらいはできるのかもしれないけれど、会話をするとなると少々怪しいものがありそうだ。ジムリーダーのミスティルが雇った移民であろうか? さすがに、立場のある人なので不法入国者を雇ったりはしていないだろうが、それでも少し危うい感じはある。
「おいおい、あんなんで大丈夫なのかよ? 言葉も分からない人が大量に街をうろついていて、妙な権利を主張し出したら確かに嫌だぞ? そりゃ、移民を手厚く保護するようなジムリーダーが嫌われる理由もわかっちまうよ」
 ドワイトも、この街が抱えている事情を理解したらしい。そう、こんな移民が街をうろうろしているせいで、地域の住民は不安でたまらないのだ。そのおかげか、周囲の育て屋で育てられたポケモンを買い付け、護身用に連れあるくようになった家庭も多いという。
「……ね? なんとなく彼が嫌われるわけが分かるでしょう? こういうのが街に一杯増えるのよー? 職場が違っても、お店とか、交通機関とか、役所とか、病院とかで鉢合わせになるかもしれないの。そういうところのケアまで出来ているのなら、地元住民からも反発は少ないと思うんだけれど……」
「うーむ、難民や移民を助けているとかって聞くとすごい人格者に聞えるんだけれど……善意だけじゃ上手くいかねえもんだなぁ。勉強になるぜ」
「神も悪魔も、誰かを幸せにする一方で誰かを不幸にするものよ。ミスティルさんは貧しい人達にとっては神様みたいな存在かもしれないけれど、そんな存在のせいで不幸になる人もいる……もう、難しいものね。
 地元リテンの人達の我慢がたりないかもしれないけれど、それだけが原因ではないのは明らかよ。何よりも、移民や難民の方に我慢と理解が足りてないし、そしてそれを放置しているミスティルさんに罪があるのは間違いないわ。
 要は、ミスティルさんはポケモンにその辺におしっこやウンチをしないように躾をしていないのと同レベルの罪なのよ」
「……アブソルとかな」
 私の言葉に、ドワイトは恨みがましげにポケモンの名前を口にする。あぁ、覚えていますとも、シャドウに飛びかかられそうになった時、貴方はものすごく怒っていたわね。
「シャドウの事はその、ごめんなさい」
「なるほど、シャドウがその辺に放置されていると思ったら、俺も気が気じゃねーわな」
 ドワイトは鬼の首を取ったように言って、くすくすと笑みを浮かべていた。

 さて、今回のジム。私はバッジ四つ目に挑戦するわけだが、果たしてクリアできるだろうか? ラルを出せば楽勝だろうけれど、それはやっぱり気が引ける。となると、マリルリのモスボー、ローブシンのタフガイ、カエンジシのラーラ、コモルーのフレーズ、このメンバーの中から三匹選んで挑むことになる。
 ラーラはゴーストタイプの技をすかしつつ、炎技をタイプ一致で放てるポケモンなので、採用決定。フレーズは今はゴーストタイプに対抗するだけの技のレパートリーがいまいちなだけに、少々辛いだろうか? 消去法で、モスボーとタフガイで挑む方がいいだろうか。
 ドワイトは、ごく適当に選んでいた。彼のポケモンは軒並み強いので選ぶ必要もないのだろう。本当、同じポケモンを育てているとは思えないような成長スピードで、一緒に歩いていると恥ずかしさすら感じてしまうレベルである。
 フレーズだけでもドワイトに育ててもらえば、私も強いボーマンダを連れて多いばりできるだろうか? でも、まだ小学生とはいえ、育て屋の仕事をしてもらうわけだから、タダでしてもらうわけにもいかないし、やっぱりフレーズは自分で育てなきゃいけないよね。育ててもらうなら、お金を稼げるようになってからにしよう。

9 


 最終的に、ジムバトルの戦略が決まって私たちは挑戦を開始する。まず、ドワイトを先に試験を受けさせることで、ジムリーダーのポケモンは疲労が残り、さらにドワイトは強いから、対戦相手のポケモンは負けて勢いを無くしていることだろう。そのバッドコンディションのポケモンを、私が追い打ちをかける形で勝利した。これでもギリギリだったため、まともにやっていたら負けていたのは私だっただろう。
 今回頑張ってもらったのはカエンジシのラーラである。鬼火も効かない、ナイトヘッドも効かない。そんなラーラはは相手エースである輝石サマヨールでも相手に出来ず、なんとか押しきれた形だ。彼女は自信過剰の特性を持つため、味方に弱らせてもらったところを噛み砕いて一撃で仕留め、その後は上昇した攻撃力を手に大暴れする形での勝利である。
 カエンジシは素の攻撃力はあまり高くないため、徹底的に攻撃を鍛える方向に鍛え上げ、そうして場を整えた状態で出せば活躍は難しくない。途中の街で木炭を貰うことが出来たため、それを持たせていたのも大きいだろう。
 ポケモンにアイテムを持たせるのは基本中の基本ではあるが、そのためのアイテムをようやく手に入れ、ようやく活かせたと言ったところか。木炭をくれた農場主の老紳士には感謝しかない。

 ジムを制覇した私たちは、二人で大聖堂を見て回り、最終的に旅費の節約のために野宿に落ち付く。二人で歩いていると少しデートをしているような気分で、デボラとウィルを見ていて羨ましく思っていた自分の心が満たされるようだ。
 ポケモンの事については膨大な知識のあるドワイトだけれど、他のことに関してはからっきしなので、観光スポットの予習内容を色々聞かせてあげると、興味深そうに聞いてくれるのが嬉しい。ドワイトが自主的に勉強するのはポケモンのことくらいだけれど、私が聞かせると素直に聞いてくれるあたり、ただのポケモン中毒でもなさそうだ。
 本人曰く、ポケモンのことだけ考えていると視野が狭くなるからいけない、だそうで。デートの時間はポケモンを休ませる時間と思って、満喫するのが楽しむ秘訣だそうである。

 当然、ポケモンの鍛錬も忘れてはいない。ドワイトのポケモンには物足りないジム戦の後で、暴れ足りないポケモン達を大いに遊ばせる。自分のポケモン同士を戦わせ、終わった後は全員のよいところを褒めてあげ、抱きしめたり撫でてあげたり。
 ガブリアスが相手でも構わず抱きしめほおずりしたり、ハッサムの額に口付けをしたり、カメックスには肩をポンポンと叩いて褒めたりして。ドワイトのスキンシップは潔く、そして愛情深い。ポケモンが懐くのも良くわかる。
 ドワイトはどこを撫でられると嬉しいのかをきちんと把握していて、それだけじゃなく日によって気まぐれに撫でて欲しい場所が変わる子であってもその場所が分かるのだとか。触れて欲しい場所、愛撫の仕方はじっくり観察していればポケモンが何を望んでいるのか分かるというのだが、どれだけ観察しても私にはわからなかった。
 一応、ポケパルレをしていると、撫でて欲しい場所を押し付けてくるような積極的な子は良くわかるのだけれど。ドワイトは私のポケモン相手でさえも、どこを触って欲しいのか一目で見ぬいてしまうから恐ろしい。
 そして、同じ場所を触っていても力加減やら手の形やらで気持ち良さも全然ちがうので、私がドワイトの真似をしても、ポケモンは『違う、そうじゃない』とでも言いたげだ。ドワイトの観察眼は才能もあるのだろうが経験もあるのだろう、父親に育て屋として期待されていなくともそうして努力をしたのだ、本気でポケモンが好きじゃなきゃ出来ない。
 ポケモンなんて二の次で始めた旅だけれど、ドワイトのように本気で何かに打ち込める人間と出会えて本当に良かった。

「ところでさ、ドワイト……ジムバトルのために私の故郷に行くって話だけれど……ジムバトル以外に何か予定はあるの?」
「何もないなー。ジムバトルのついでに、湖のほとりで渡り鳥とシェイミの観察をしたいとは思っているくらいだよ。シェイミは捕獲できないみたいだからな。ウイスキーが美味いとは聞いているけれど、まだ酒は飲めないし、チーズでも食べて回るかなぁ……」
「なら、私の家に泊まらない? 私も久しぶりに家に帰りたいし」
「おう、お前が良ければそのつもりだったぜ」
 結構勇気を出していったつもりなのだが、ドワイトの反応は意外にもあっさりしたもので、何か物足りない。男同士だったならば、これくらいに淡泊でもいいと思うんだけれど。
「お前の家って大工なんだろ? 家は立派なのか?」
「いやぁ? 結構普通よ。子供が私を含めて四人もいるから、その分ちょっと増築して広くなっているくらいかな。お爺ちゃんとおばあちゃんも一緒に暮らしているから、八人家族なの」
「そうかぁ。旅先で他人の家に泊めてもらうことはあったけれど、友達の家に泊まるってのは始めてだから、どんな感じか気になるなぁ。料理とか美味いのか?」
「母さんの料理はおいしいよ。従業員の分まで作っているから。でも、男連中がお仕事で体力使う分いっつも大盛りになっちゃうのが難点だけれどね。ダイエットには優しくないから、運動不足だと太っちゃうよ」
「あぁ、俺ちょっと小食だからなぁ……」
「でも、レストランでフルコース食べ切ることが出来るなら大丈夫だって。あー、でも確かにドワイトは太っちゃうかもね。しばらくダイエットするといいかも」
「俺に走れって言うのかよ? 喘息ひどくなるから無理無理」
「ま、母さんにはあまり盛りすぎないようにって釘刺しておくよ。でも、男友達連れてくるのは初めてだからなぁ……いやな予感がするよ」
 そう、あれは一年前の話。
「え、嫌な予感って、何?」
「一年前、お兄ちゃんが彼女を連れてきたときの料理が、嫌がらせかと思うくらいに大量で……止めて聞くようなお母さんじゃないから、釘はさすけれど期待しないでね」
「お前の母ちゃん、もてなし……好きなんだね」
「好きだよー……しかも島の外からのお客さんとか、狂喜乱舞しそうで怖いなぁ」
 そう言いつつも、私の口元には笑みが浮かんでしまう。お母さんとも久しぶりに会うことになるし、どんな顔をするか楽しみだ。

10 


 私達はプテラのドレイクに乗ってひたすら北を目指した。ドレイクはまだまだ成長途中ということもあって、重い荷物を背負った私達二人を乗せて飛ぶことはまだまだ辛いらしい。三日かけて休み休みの旅路であったが、それでも歩くよりかはずっと速い。途中、空を飛んでいる光景にあまりに興奮したのかコモルーのフレーズはボールを飛び出して空をダイブすることもあった。
 タツベイやコモルーが空を飛ぶのを夢見るポケモンだとは知っているが、ここまで命知らずだとは思わなかった。フレーズの怪我は軽傷で済んだものの、道中は肝を冷やしたものである。
 フレーズ以外には特にトラブルもなく久しぶりの故郷の島に降り立った私達は、これから歩きで家に向かうことになる。今回は空の旅。島の南側にある小型機専用の小さな空港、ライジア空港の付近はポケモンによる飛行が禁止されている為、私達はフェリーが寄港するこの島で一番大きな港を着地点にする。
 空から見たのは初めてだが、ライズ島はあいも変わらず人間よりもゴーゴートの方が多いのどかな島で、車も渋滞知らず。信号機は、子供が外に出た時に困らないように、島に一つだけ学習用として置いてあるのみだ。
 この島の移動手段は、車の運転が出来なければ自転車を使うかゴーゴートに乗るのが一般的で、狭い島なのでトレーナーならば歩いて回ることも苦ではないだろう。
 港の南南西にはなだらかな山が広がっていて、標高約六〇〇メートルの、この島で一番高い場所がそこにある。山頂には石碑も立っていて、そこから見える景色は絶景である。斜面の角度は緩やかでも、大きな岩がごろごろと転がっている。その為、山頂まで行くのはゴーゴートに乗って行くのが一番安全な方法であり、ここは、ゴーゴートを自在に乗りこなせるウィルとデボラのデートスポットだったとか。
 そのなだらかな山を左手に私達は南西へ向けて歩く。空港の北には入り江があり、そこには漁師たちと、スーパーマーケット用の物資を補給するための小さな港がある。当然、その周りに街がある。その街こそ、私達が暮らす街、ミクトヴィレッジである。島の中心であるこの場所には、蒸留所が二つ(一つは街の外れの南西にあるが)。病院が一つ、教会が一つにポケモンセンターや観光客向けのホテルなど、一通りの施設が揃っている。
 ウィル君の家は街から外れた南東の場所にあるけれど、デボラと私の家はこの街にある。デボラの家は蒸留所のウイスキーの売買を取り仕切ることはもちろん、蒸留所の見学ツアーもデボラの父親、オーリンの手腕で切り盛りされている。この街にあるホテルもオーリンが経営しているし、新鮮な海の幸を取り扱うレストランやカフェも彼の手がかかっている。デボラが高級な料理の味に慣れているのも、そうした彼の経営するレストランなどの味に口出しが出来るようにと言う英才教育の賜物である。
 観光客も多く、お土産の工芸品などに力を入れ始めたため、民芸品を作るための工房なども作られている。その工房の作品なのだが、一部は私の父さんが大工仕事がない時に暇つぶしに家具や木彫り細工を作っていたりする。手先の器用さ、木を扱う技量は家を作る時以外にもいかされているというわけだ。
 以上、これだけ語ればデボラの父親がどれほどこの街の経済に貢献しているかもわかるだろう。ドワイトも、デボラがどれだけ大物なのかなんとなく理解できたようだ。
「……デボラが背負っているものの大きさ、これで分かったかしら?」
「うーん……この街がそんなにデボラの親父に頼り切りなわけかぁ。なるほど、父親に逆らうのに難儀するのも頷けるぜ」
 と、言葉では分かっていてもドワイトはまだピンと来ていない様子。まぁ私だってオーリンさんがいなくなったらどうなるか、なんて詳しくわかるわけじゃないからその反応も当然だろう。
「それで、デボラの親父はデボラにその仕事を継がせるのは心配だから、優秀な男に結婚させてそいつに継がせるってわけか?」
「表向きの理由はね。でも、個人的には家柄とかが重要らしくって……お相手のパルムって奴、そいつもやり手のビジネスマンだし……その、大麦畑の農業従事者を束ねる大地主の三男坊だしね。家の肩書だけ見れば、デボラの家には劣るけれど、能力的には申し分ないよ、パルムって奴は……
 でも、性格がちょっと問題でね、それでそれだけ優秀なのにもかかわらず。三十過ぎても嫁の貰い手がいない人が、デボラと普通に結婚生活を営めると思う?」
「会ってみないことにはわからねーけれど、二〇歳くらい年の差もあるわけだし、女じゃなくとも嫌だろうし……俺もデボラには幸せになって欲しいからなぁ。だから、そいつが本当にろくでもない奴だっていうのなら、その……俺もデボラを助ける協力したいぜ」
 ドワイトは言う。デボラもドワイトの事をよく気にかけていたが、それはドワイトの方も同じようで、彼もまたデボラのことを気にかけているようだ。彼がどんなふうに役に立てるかはわからないが、気持ちだけでももらっておこう。
「ありがとう。頼りにしてる」
 そう笑顔で返すと、ドワイトは『任せとけ』と胸を張る。うーん、以前は男のツンデレなんて需要がないと思っていたけれど、私と旅を続けるうちに今はなんというかちょっとだけ素直になったなぁ……素直なドワイトも可愛いけれど、生意気さが消えた彼はちょっと面白みがなくなった気もする。

11 


 そうして、私は自宅へと帰りつく。今日は平日なので、父さんとお兄さんは仕事と学校で不在だけれど、母さんだけは家にいて……
「ただーいまー!」
 元気よく声を上げて家の戸を叩く。待ちかねていた母親は家の外から出も聞こえるくらいにどたばたと足音を鳴らして玄関までたどり着いた。家の鍵は一応持っているけれど、ここはお母さんに開けてもらおう。
「お帰り、アンジー!」
 嬉しそうに弾んだ声と共に、私は瞬間に抱きしめられていた。私とは全然似ていないブロンドの髪と白い肌だけれど、幼い頃からずっと慣れ親しんでいた母親の顔や匂いはやはり安心する。苦しくなるくらいに抱きしめられて、私もそれに甘えている時間はたまらなく心地よかった。
「色々と話したいこともあるけれど、とりあえずこれ。この子の事も気にかけてあげてよ。ほら、自己紹介」
「お、おう。俺の名前はドワイト=Y=マルコビッチ。ワスタークラウズ ブロードヒースってところから来ました。えっと、実家は育て屋をやっています。今は訳有ってお嬢さんと旅をしているのですが、どうかよろしくお願いします」
「おや、礼儀正しい子だねぇ。私はジャンヌ=スミス。この家で従業員の分の食事を作ったり、広い家のお掃除や洗濯がお仕事よ。娘は元気な子だからいろいろ大変なところもあるかもしれないけれど、無理しない程度によろしく頼むわ」
「いや本当に、アンジェラの奴はたまにとんでもないことをするからな……でも、そういう奴だからこそ、一緒に楽しいと思うぜ。いや、おもいます」
「あらあら、固くならなくてもいいのよ? 楽しいってだけでわざわざ一緒に居るってことは、それはもう友達以上の存在ってことなんだから」
「え、そうなの!?」
「そうなのか!?」
 母さんの『友達以上の存在』と言う言葉に、私もドワイトも同時に声を上げる。
「友達だとは思っていたけれど……」
「友達以上なら友達も含まれているし、間違っちゃいないけれどよ……」
 母さんの発言に思うところがあるのはドワイトも私も同じようで。お互い、そんなことを意識してしまうと少し恥ずかしいような。
「それにしても、貴方が初めて連れてきた威勢の友達がこんな美少年とはねぇ……ウチの子にはもったいないわ」
「あー、俺を褒めてもらえるのはいいけれどよ、あんまりじろじろ見ないでくれよな……この前変な女に絡まれて嫌な思いをしたりして、ちょっと女の視線が苦手になりかけてて……」
 私の母親があまりにもジロジロ見るので、ドワイトは必死で目を逸らしていた。そりゃまぁ、リンドシティの観覧車では聞く限り相当ひどい絡まれ方をしたみたいだし、女性が苦手にもなるかぁ……
「あぁ、あれはね……」
 デボラとウィル君が面白おかしく話していたのを聞いたが、美人税、美男子税のお手本みたいな出来事だったそうな。ドワイトのルックスでは逆ナンパをしたくなるのも納得だが、まだ一〇歳の子供相手なのだから節度を守って欲しいものである。
「あらあら、ごめんね。なんというか、筋肉にばっかり興味があったアンジェラも、普通の男の子を連れてくるんだなぁって、ちょっと嬉しくなっちゃったの」
「あのさぁ、別にドワイトは恋人ではないから、ね? こんな華奢なのはあんまり好みじゃないし」
 母親の先走りがちな言葉に私は苦笑する。
「今のところはね。でも、大切な友達ですよ」
 ドワイトも苦笑しながら母さんにそう告げる。『今のところ』、っていうのは……期待するべきなのだろうか?
「そうなの。お母さん嬉しすぎて興奮しちゃいそう」
 てへっとばかりに母さんがおどけて笑って見せる。もう若くないんだからそういう仕草は止めてよね……
「それでさ、とりあえず今は荷物だけ置きに来て、これからジムに行こうと思ってるんだ。夜までには戻るつもりだからさ、積もる話はあるだろうけれど、話すのはその後ってことでいいかな?」
「あら、残念ねぇ。ゆっくりしていけばいいのに」
「だってさ、ほら。今日は平日、普通の生活を続けている男女はまだ学業に専念しているんでしょ? 私も、勉強をしていない分は何かをしていないと……怠けるために旅をしているみたいじゃん?」
「まじめね。分かったわ、行ってらっしゃい。その代り、今夜は寝かせないからねー」
「ちょっと、母さん。そういうセリフは恋人に言われたいんだけれど―?」
 母親は、こういう下品な冗談が好きだ。私としてはそういう冗談は顔が赤くなるからやめてほしいのだけれど、兄や父親には性格が母親によく似ているといわれてしまうのがとても恥ずかしい。私も意識をしないところで似たようなことを言っているのかもしれない……ドワイトにそんな風に思われていたら嫌だなぁ。
 そう思うと、私は何かドワイトに変なことを言っていないか心配で、そわそわしてしまう。
「さぁ、行こうドワイト」
 これ以上母親に何かを言われると恥ずかしいので、私はそう言ってドワイトを連れ出そうとする。
「そうだな。ここから先は歩きだな」
「いや、せっかくだし自転車で行こうよ。お兄さんの借りてさ」
 この島はあまり大きな島ではないけれど、それでも徒歩であるけばジムまで行って帰ってくるのは大変だ。特に走ることが出来ないドワイトにはちょっと厳しい。
「いいのか? じゃあお言葉に甘えさせてもらうぜ」
 なので、自転車による移動を提案すると、ドワイトは笑顔で応じてくれた。二人並んで歩くのもいいけれど、故郷の風を感じながらサイクリングというのも気分が良さそうだ。 

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Last-modified: 2017-03-15 (水) 00:07:51
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