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許嫁を取り戻せ4:合流して三人で

/許嫁を取り戻せ4:合流して三人で


まとめページ……許嫁を取り戻せ
前……アンジェラとの二人旅、後編

あらすじ 

ウィリアム=ランパートとデボラ=スコットは許嫁であり、仲良しのお似合いカップルであった。
しかし、デボラの兄、ジョセフが事故死してしまった事により、ウィリアムとデボラの婚約は解消されてしまい、デボラは別の男性と婚約させられてしまう。
だからと言ってデボラも黙って従うつもりはなく、旅に出て自分が守られるばかりの存在ではないことを証明し、旅の最中にウィリアムと密会するなどの行動に出る。
旅先でいろんな人と出会うことで、デボラはどんどん考えることが物騒になって行くのだが……とりあえず、ウィリアムとそろそろ合流できるので、大人しくなることを祈ろう。

キャラ紹介 


ウィリアム=ランパート
主人公のはずなんだけれど、出番がドワイトよりも少ないのは内緒である。
デボラの後に旅に出て、大急ぎで合流するためにポケモンに乗って高速移動中

 ブレイク
オノノクスの雄。毒突き、地震、ドラゴンクロー、龍の舞を覚えており、鋼タイプやフェアリータイプへの対策もばっちり。エアームドは知りません。
型破りの特性もあるため、汎用性の高さでは随一のポケモンであり、番犬の代わりとしても人気。育て屋でも売れ筋の種である。


 バスター
ギルガルドの雌。ギルガルドは夜行性であり、集団にも対応できる技を持つことから、やはり番剣としての需要がある種である。昔はニダンギルが大麦の収穫の手伝いなどもしていたので、年を重ねたニダンギルは徐々に曲刀になっていったのだが、今は機械化で収穫の手伝いをすることもなくなってしまったため、曲刀のニダンギルはすっかり見かけなくなってしまった。
今は草刈りに適したニダンギルではなく、ギルガルドの形態で売りに出すことが多い。

 メテオラ
ファイアローの雄。育て屋の孵化要因であり売り物になることは少ないが、取りあえず移動手段として連れてきた。
疾風の翼ではないけれど、結構強い。
 
エリッオット
ニャオニクスの雄。
悪戯心の特性を持ち、いばる、電磁波、神秘の守りなど補助はばっちり。攻撃が全然できないのが珠に瑕だが……愛玩用なので仕事を期待してはイケナイ。

デボラ=スコット
ミクトヴィレッジのウイスキー醸造所の取引を取り仕切る、この村の経済の立役者の娘。
旅の最中にジムリーダーの半生などを聞いているうちに、どんどんと考えることが過激になって行く。
夢をあきらめられない人間の悲惨な状況を見て、あぁはなるまいと強く思うのだ。

 トワイライト
ギャロップの雄。もともとは兄のポケモンだったが、兄が死んでしまったために引き取った。去勢済みなので生殖能力がない。特性はもらい火である。
じつはよく荷物運びをやらされているが、雨が降った時はボールに収納されている

 エリン
ニャオニクスの雌。許嫁への贈り物として雌雄セットで子供に送られた。実はデボラは雄の方が好きなのだが、貰ったのは雌である。特性は勝気。
気まぐれに甘えて来る。

 シャドウ
アブソルの雌。舐め癖のある子だが、舐め癖はウィリアムの趣味であるため直されなかった。あの舌が顔を這う感触がたまらず、ゾクゾクと快感が走るためにやめられないのである。
案外母性は強いようで、ジェネラルが危なっかしい事をしようとすると、口に加えて連れ戻すような面倒見の良さがある

 ジェネラル
リオルの子供からルカリオにスピード進化した子。割と人懐っこい性格なので進化にはあまり困らなかった。
悪い事をしようとしている人間の考えを読み取ることが出来るため、犯罪避けには最適だが、例えば通り魔的な犯罪に対しては強いものの、悪意を持った人間がその場を去るような時限爆弾を用いたテロなどは避けられない。


アンジェラ=スミス
この村唯一の大工の家。兄が三人もいるため男勝りの性格で、身体能力も肝の座り方も男子顔負けでずば抜けている。
筋肉のある男が好みのタイプである。ドワイトは喘息のせいで運動が出来ないためひょろひょろのもやしっ子であるが、何だか放っておけない感じなために世話を焼くのもやぶさかではないようだ。

 タフガイ
ドテッコツから無事ローブシンに進化した雄。特性はちからずく
野外でランチを食べるときに、珠に石柱をベンチがわりにされることがある

 ラル
ドリュウズの雄。泥臭い。格闘タイプとの相性補完を考えた結果、この子に落ち付いたとか。大麦畑の作業員としても需要が高いポケモンであるため、育て屋としてのノウハウは多いのだとか。特性はすなのちから。
強い日差しは苦手

 ラーラ
カエンジシの雌。リテンの象徴となるカエンジシとギャロップという組み合わせだが、象徴となっているカエンジシは雄である。これじゃ意味ないんじゃないかと若干思われているが、そんなことはさて置き実は狩りが下手で群れではごくつぶし扱いだった個体。
群れで生活するポケモンゆえ、子育てには真摯に向き合うようで、ジェネラルが小さい頃はよく面倒を見てくれた。今はもう進化してるから、一人前の雄扱いである。

 モスボー
マリルリの雌。タイプのバランスを考え、ちからもちの個体を捕獲した。ちなみに素手で捕獲したのだが、体を鍛えているアンジェラだから出来る事であり、良い子は真似をしてはいけない。

ドワイト=Y=マルコビッチ
優秀な育て屋の子供。親が優秀なトレーナーであり、それが原因となって人づきあいが苦手で、上から目線が崩れないうざったい奴だが、年下なのでデボラもアンジェラも多少大目に見てあげている。陸上グループアレルギーのため育て屋で売れ筋のポケモンを一部育てられないのを負い目に感じている。

 ニドヘグ
ガバイトの雄。洞穴で暮らすポケモンであるため、暗所での戦いに強く夜の警備員としての人気は高い売れ筋のポケモン。
夜間の砂がくれは、発動すれば闇と砂にまぎれる相乗効果により、試合で行われるそれよりもはるかにやっかいなのだが、施設内を砂まみれにするわけにもいかないので敬遠されている。そのため、砂がくれの子はある程度育てて里子に出されているとか。

 ダイフク
タブンネの雌。アレルギー症状により喘息や発疹の発作が出た際は、飛び出してきてドワイトに癒しの鈴をかける。吸入器以上に即効性があり、喘息のみならず発疹にも効果があるため、戦力関係なしに頼りにされているが、その実七〇レベルを超える女傑である。



1 

 親の目も気にならなくなった俺達は、ライブキャスターで頻繁に連絡を取り合うようになった。そして、大急ぎでバーミリオンシティまで向かった俺は、すでに先に到着していた二人と合流する。俺が手を振る姿を見た時、アンジェラは空気を読んで何も言わずに立ち去って行った。アンジェラはホテルに一足先に向かうとのことで、二人でデートを楽しんで来いという事らしい。
 高鳴る胸を押さえつけながらアンジェラが消えるのを見送った俺達は、早速いつかの時のように手を繋いで街へと繰り出した。城跡跡や博物館など、デートスポットとなりえる部分はバーミリオンシティにもいくらでもあるが、俺達はそう言ったところで観光するでもなく、ただ街をぶらつきながら歩いている。
 クリスマスまであと二週間ほど。寒さの厳しいリテン地方では、握り合った手すらも冷たく感じる。けれど、何も語らずとも伝わってくる互いの心境で、俺は思わず涙が出そうだった。
「ようやくまともに話せるけれど……長かったね」
「うん。でもこういう時が来るから、私も我慢して頑張ってこれたんだもの。この旅が終わったらまた、会いたくてもどうにもならない日々が続くけれど……それでも、大丈夫だよね?」
「大丈夫だよ。俺の愛は変わらないし」
 こそばゆいくらいのセリフを口にすると、顔がほてって熱くなる。似合わないことを言うもんじゃないなと照れていたら、デボラは小さく『嬉しい』と答えて肩を密着させてきた。
「なんだか、旅に出た影響なのかな……デボラの匂いが随分と、逞しくなったね」
「臭いが逞しいって何よ!? いや、今日はホテルでシャワー浴びるつもりだったけれど、洗濯もシャワーもここ二日間御無沙汰だったからさぁ……匂いはそれが原因。逞しくなんてなって無いし、女の子に臭いのことなんて言わないでよ!」
「ごめん……いい匂いだったから、褒めたつもりなんだけれど……」
「っていうか、逆にウィル君も匂いがきつくなってるよね? やっぱり、ファイアローにしがみつくのも楽じゃないかな?」
「そうだね。そりゃもうすごく大変だよ。握力ものすごく使うし、バランスをとるために体のいたるところに力を入れないといけないしで。でも、ポケモンに頼っているから、今までの君の旅路に比べれば楽なもんだよ。デボラはずっと歩いてきたんでしょ?」
「うん」
 今までの事を、何をどう話していいのかもわからず、俺達は取り留めのない事から会話を始める。これまでどれだけ会いたかったかなんて、言葉にしても語りつくせなくって、それが分かっているのか二人とも分かりやすい言葉でそれをアピールをしなかった。しばらく話していると、デボラは旅の最中にいろんな人の言葉を聞いて、自分なりに考えたこと。その中でも親には話せなかったことを少しずつ口に出す。
「それでさ、その……私はね、もしもウィル君がダメだったときは、旦那を……バルムを教育しようって言う話をしたんだよ」
「またそんな不吉な『もしも』の話をするね」
 デボラの思いがけない話に俺は苦笑する。
「たとえ夢が破れても、別に幸せになる権利がないわけじゃないしね。そして、そう言う心構えもしておくべきだって思ったわけ」
「でもさ、デボラは頑張っているんでしょ? ちゃんと勉強して認められれば、父さんも君に仕事を継がせられるって、納得するんじゃないの?」
「そうなんだけれど、多分そう簡単には行かないよ。だって、父さんはけっこう家柄とか気にする性質だからさ。私は、二人目の子供だから別に家柄なんて関係なかったけれど、それもなくなっちゃった以上、私は言え柄の高い男と鹿結婚させてもらえない。お兄さんだって、許嫁だったナノハ=カンバイさんは、ヒホウ=カンバイさんの娘……ジムリーダーの娘だったんだよ?
 しかも、観光地になっている湖一帯の土地を所有する大地主。シェイミの研究の第一人者だし……ウィル君の家を馬鹿にするわけじゃないけれど、ただの育て屋とはわけが違う」
「でもうち、ライズ島じゃ唯一の育て屋だから、結構需要あるし、生活も安定していると思うんだけれどなぁ」
「その程度じゃ、ダメなんだよ……父さんは」
「でも、父親は俺にはデボラが家を継ぐ能力が足りないからって言っていたし、それなら強引に家を継げるようにライザ島の人やその取引先へ、先手を打って色々交渉しておけばいいんじゃないの? パルムさんとやらが介入する余地もないくらいにさ」
「それもありかもね……私に出来るかどうかは分からないけれど」
 まだ見ぬ未来予想図を喋り合いながら、俺達は目的もなくひたすら歩いていく。そうこうしているうちに酒場の並ぶ場所に迷い込んでしまい、そこで男女が抱き合いながら熱い口付けをしているのを見て、俺は思わず眼を逸らした。
「やってみる? 私達も」
 なんて、恥を知らないデボラの言葉にハッとして彼女の表情を見ると、応じずにはいられないくらいの妖しい挑発の顔。生唾をごくりと飲んでキスをすると、デボラは俺の首を押さえつける力を強くして、離そうとしなかった。逆らおうと思えば逆らえたのだけれど、あいにく俺にそれをする気力は生まれず、こんな長いキスは人生で初めてだと、終わった後は放心状態である。

2 [#0vzJIXx] 


「時々、もう一線超えてしまえばいいんじゃないかとか、思ったこともあるけれど……流石にそれはダメだよね」
 そう言って、デボラは力なく笑う。
「それ、俺もあるけれど……でもどちらかというと俺の場合はただの好奇心かもなぁ」
 女の子と一線を超えてしまいたいのは男の悲しい性である。デボラが言いたいであろう意味でも、一線を超えてしまえば楽になるかもしれないけれど。
「一線を超えるのは好奇心でやるべきことじゃないよ。あー……それでさ、なんというか、『一線を超えて、私はもう処女じゃありません。だから許嫁とは結婚できません』だなんてのはちょっと違う気がするんんだ。もちろん、いざとなったらそれも有りなのかもしれないけれど。
 私達も、父親が聞き分けが良いうちは正攻法で私達は結ばれるべきだと思う」
「要するに、どういうこと?」
「私は仕事を継げるようになる。ウィルは家の格を君の手で上げる。やっぱりコレが一番だよ、それだけやっても父さんが私達の結婚を認めないというのなら……」
「いうのなら?」
「婚約者の前で、私達の愛し合う光景を見せつけてやる?」
「悪趣味だね」
 デボラの突拍子もない提案に、俺は苦笑する。
「ウチの育て屋……島の住人からしか注文受けないからね。ある意味それが普通なのかもしれないけれど、もっと島の外からも受注を受けるようじゃなきゃダメなのかなぁ」
「だったら、ポケモンリーグとかでいい成績を残してみるとか。ウィル君のポケモン強いし、バッジ八つは余裕でしょ?」
「まあね。ヒホウさんと本気でバトルしても四回に一回くらいは勝てるし……ただ、それだけじゃリーグ本戦で勝ち抜くのも余裕というわけにはいかないだろうね。俺程度の奴はゴロゴロいるだろうから」
「何にせよ、私達の関係がまだ切れていないことを親に打ち明けるのは、この旅が終わってからだね……それまでは、つかの間のこの時間を大事にしよう」
「だね。しかし、観光しているふうに偽装するのも疲れそうだな……まったく、疲れるよ」
 俺は苦笑しながら、デボラの腕を抱き寄せる。
「でも、どんなに疲れても、この笑顔がその先にあるのなら……頑張れるよ」
「……何それ、きざったらしい」
 馬鹿にしたようにデボラが微笑む。その顔が溜まらなく愛おしくって、俺はついつい彼女の事を強く抱きしめる。苦しかったかもしれない、けれど、今だけは我慢して欲しかった。

 俺は親と連絡をとる際は、離れた街までわざわざ空を飛んでいき、そのポケモンセンターで話をした。必然的に夜にデボラと一緒にいられる時間は少なくなってしまうが、この旅を邪魔されたくはなかった。親との連絡は三日に一回で、親に言い訳するための申し訳程度の観光も、その時に一緒に済ませてしまえばいいのである。
 クリスマスの時もデボラと一緒に過ごせて、久しぶりの幸せの絶頂であった。

 そうこうしているうちに、俺達はサウスリテンの首都であるリンドシティにたどり着く。海沿いのこの街にはカロス地方まで伸びる海峡鉄道や、大きな港があり、この国の物流や人の流れの一大拠点となっている。当然観光地もたくさんあり、ライトアップされればその圧倒的な巨大さと美しさに言葉を失うタワーブリッジ。テミズ河を挟んだ向こう側から眺めれば、神々しさすら覚えるような時計塔のある国会議事堂。近くにそびえる世界最大の観覧車、リンドアイ。室内だというのに開放感を感じるほど広々とした国際鉄道駅。この街には水タイプのジムもあり、空港からこの街に降り立ったトレーナーはまずここで最初のバッジを得るのだとか。どれをとっても申し分ない観光地であり、デートスポットだ。
 そして何より、この街にはジョセフさんが交通事故に遭って死んだ場所がある。俺がそこに訪れるのは初めてだったが、どうにも加害者の家族が花を添えてくれるらしく、一年以上たった今でも割と新しい花がそこに添えられている。俺はそこに加える形で故郷に生えたグラシデアの花を添えて、デボラと共にジョセフさんの冥福を祈った。

3 


 ジョセフさんへの黙とうを終え、俺達はその後もリンドシティで旅を満喫した。二人組推奨の観覧車であるリンドアイでは美しい夜景を見下ろしながら二人で見つめ合い、その時はデボラが俺に密着しての耳を舐めるという大胆な行動をしてくれた。『シャドウの真似だよ、舐められるの好きなんでしょ?』と微笑む彼女の顔をまともに見れないほど恥ずかしかったけれど、それで興奮して勃ってしまっただなんて、とても口には出来ない。
 ただでさえ、雌どころか雄のポケモンにやられても感じてしまうことを、大好きなデボラにやられてしまえば、興奮が収まらなくなるのは当たり前だ。
 その後話したことは恐らく当たり障りのない事だったと思うけれど、覚えていなかった。ただ、腕をデボラの胸に当てられていて、二人きりとはいえここまで大胆になって大丈夫なのだろうかと、大丈夫じゃない頭でそんなことを考えていた。

 そのころ、アンジェラはといえば……

 ◇

「押忍! そこのお嬢さん、一人でありますか!!! 私は武者修行の最中の空手家、マキシムと申すものです!」
 彼女は彼女で、リンドアイに一緒に乗る相手を探していた。この観覧車、リンドアイは一人で乗っても二人で乗っても同じ値段。カップルならば割り勘だったり奢りだったり、とりあえず一人でリンドアイに乗るのは負け組の証拠である。
 一人でここに訪れた場合は、ポケモンバトルで負けたほうがお金を払うというのが恒例だ。それで、デボラとランパート君が二人でいちゃついている間、私は地上でボーっとしているのも辛いから、一緒に乗る相手を探していた時の事。
「あら、一人よ。お兄さん、乗りたいのかしら?」
 私が捕まえたのは、空手王のお兄さんであった。打撃に特化し、引き締まった筋肉は一切の無駄がなく美しい。というか、こんなにクソ寒いというのに、道着一枚というまるで夏かと錯覚するほど薄着なのは驚嘆に値する。暑いを通り越して熱い男なのかしら?
「本音を言うと乗りたくない……でありますが、高いところが怖いせいで山籠もりが出来ない、情けなくて不甲斐ない自分と決別するため、高いところを恐れない誰かと一緒に夜景を見下ろしたいのであります! これも武者修行の一環であります!」
「うん、いいよ。あなたのその美しい腕と胸の筋肉に惚れたから、ぜひ。あ、申し遅れたけれど……私の名前はアンジェラ。友達と思い出作りの旅の途中なんです」
 はきはきと答える空手王に微笑みかけ、私はモンスターボールに手を掛けた。
「それじゃあ、バトルと行きましょうか。タフガイ、貴方の出番よ」
「光栄であります! いざ、行かん! バウンド!」
 さぁ、どんな格闘タイプのポケモンが出て来るのかと期待して、私は空気を読んでローブシンを繰り出す。だけれど、相手の空手王が繰り出したポケモンはなんとソーナンス。やられた、私のローブシンは積み技を持っていない! これじゃこのソーナンスに負けちゃう。
「え、えーと……ドレインパンチ!」
「カウンターだ、バウンド!!!」


 以下略……


 当然、私が負けた。いやね、こういう一対一のバトルでソーナンスはずるいと思うの。

4 

「奢ってもらえるなんて、光栄であります!」
「いや、一応そういうルールだしね」
 しかし、まさか空手王がエスパータイプなんて持っているとは思わなかった。なんであんなポケモンを持っていたのやら。
「うぅ……地上がどんどんと離れていく。ここから落ちたら怪我する可能性があります」
「なあに、受け身を取れば例え上空一キロメートルから落ちようと大丈夫だって。きちんと空気抵抗に気遣って減速してー、そして足から膝、腰、銅、肘、肩って、順番に着地することを意識してみるだけでも随分と違うよ?」
「お嬢さんは飛び下りの訓練でもしているでありますか?」
「まぁ、その……ウチの職業大工さんでね。二階やら三階やらから落ちることもあるものでさ。もちろん、落ちないようにっていうことで、安全ベルトをしたり、滑らない靴を履かせたりとか工夫もあるし、ヘルメットの着用は義務付けられているよ。でも、最後に頼りになるのはこの体だからね。どうしてもって時のために、受け身の練習は父さんからされていて……これで、貿易センタービルのてっぺんから落ちようとも大丈夫って言われるくらいまでには練習したわ*1
「それは、頼りになりますなぁ」
「でも、受け身って言っても、柔道の受け身とはまた違うからね。でも、貴方も空手王ならばどこかで高いところから飛び降りる必要もあるだろうし、どこかでやり方教えてもらえばいいんじゃないかな」
 どんな時に必要なのかはわからないけれど……。
「け、検討してみます……」
 そう言って、彼は小さくなる。その前に少しだけ外を見たので、その高さに怖気づいたというところか。
「見てください、夜景綺麗ですよ」
「き、綺麗……うむ、写真で見る分にはその夜景も平気なのだけれど」
「なら、実物を見てみましょう。落ちたりしませんよ。私が手を繋いであげます」
 言いながら強引に手を取ると、空手王は震える足で立ちあがる。歩き方、手の関節にはいる力、酷く怯えている様子はまるで小動物のようだ。私よりもはるかにでかい図体をしておきながら情けないけれど、それに向き合って克服しようとしているのだから、偉いというべきなのだろうか。
「すごい……キラキラして……でも、怖い」
「いいじゃないですか、美しいですよ」
 チラチラと、地上を直視で来ていないマキシムの顔を見ていると可笑しくなる。まだ頂上にも行っていないというのに、すでに恐怖心に支配されている顔や体を見ていると、不思議なことに私はは逆に冷静になってしまう。
「そういえば、私に出したポケモン……ソーナンスでしたね。あれは何故? 手っきり格闘タイプのポケモンを出してくるものとばかり」
 一生懸命目を背けたそうにしているマキシムの気を紛らわせるべく、私は話しかける。
「それは、その……私が師匠よろ教わったことの一つに、『殴るということは、殴られる覚悟をするという事だ!』と、教えられたことに起因します! いや、というかむしろ師匠が譲ってくれた最初のポケモンこそがあいつであります!意外に思われるかもしれませんが、師匠は『強くなりたいなら、殴る手段を身につけることよりも、殴られる経験を積むことが大事だ』と言っており、それに最も適していたポケモンこそがソーナンスであります!」
「へぇ、確かにカウンターやミラーコートしか使えないそのポケモンは殴られる練習にはもってこいだけれど……」
「殴った分だけ殴り返される、そんな悪夢のようなポケモンではありますが、だからこそ、良い鍛錬であります! 殴られることを恐れず、殴られても怯まず、そんな精神力をつけてから、ようやく正しい拳の使い方や防御の仕方を教えられて……ソーナンスは私の原点のポケモンであります!」
「だから、私とのバトルで出したのか……いや、空手家ともあろうものがエスパータイプだなんて珍しいって思っていたけれど、そういうこと」
「押忍! 殴られる痛みが骨身に染みたおかげで、師匠の拳を恐れずよく見て防御し、攻撃に転じられるようになったであります! まだまだ、師匠には到底勝てる気がしませんが、そのためにも武者修行を進めなければならないのですが……やはり、このまま下を見るのは辛いものであります」
 彼は立ち上がってはいるものの、その視線は完全に私の方を向いていて、観覧車から夜景を覗くようなことはしない。
「高いところがダメでも、師匠に勝てないなんてことはないんじゃないですか? 自分に自信を持ちましょうよ」
「うぅ……こんな年下に慰められるだなんて、情けないであります」
 結局、マキシムは最後までほとんど地面を見ることなく、私とのひと時を終えた。人間だれしも苦手なものがあるのは仕方がないけれど、確かにこれは治さないと幻滅する人がいるかも知れないわ。

5 


「それでは、今後とも良い旅を」
「押忍、そちらこそ良い旅を、お嬢さん!」
 地上に降り立ったマキシムはすっかり元気になり、堂々とした足取りで人ごみの中に消えていく。普段はあの態度なのに、本当に高所恐怖症なところだけが残念な男だ。

 さて、先に降りているはずの二人はいまどうしているのやら……。
「シングルのハーフバトル、三体で戦うルールだ。三体選び終えたら、合図しろ」
 聞き覚えのあるこの声。すっかり忘れていたけれど、あいつもこの街に来ていたのか……ドワイト。

 ◇

 観覧車を降りると、なぜか狙ったようなタイミングでドワイトが居る。なんであんたは約束したわけでも無いのにこうやって鉢合わせするんだ……しかしあいつ、今は何だか変な奴に絡まれてるようだ。
「ねぇ坊や、可愛い子ね。お姉さんと観覧車に乗って色々なことを教えてあげるわよ?」
「え、いや……俺は別に観覧車に乗りに来たわけじゃねーし」
「あらあら、じゃあこんなところに迷い込んじゃった迷子の君には、お姉さんがいいこと教えてあげるわ」
「迷子じゃねーっての!? ってかどんだけ俺にいいことを教えたいんだよ!?」
「これくらいよぉ?」
 胸の谷間を強調して言うなこのビッチめが。まぁ、いいか……ドワイトは顔だけはウィル君の数段上だもんね、ああいう手会いに絡まれるのも仕方ないね。
「どうせそんなのただの交尾だろ!? 実家が育て屋なんだから、そんなの見慣れてるんだよ!! 大体胸だって……子持ちのサーナイトの方がよっぽども見甲斐があるわ!」
 ドワイト、若干引くよその発言!?
「あらぁ、そんな野生の荒々しいものじゃなく、もっと大人の甘ーい雰囲気の物よ?」
 引かないのか、アロマのお姉さん!? それはそれですごい。
「俺はなぁ、人を探しに来たんだよ! こいつが、知りあいが居るって俺を連れてきたから!」
 ダイフクの奴、余計なことを……そうか、タブンネって耳がいいから、もしかしていく先々でドワイトと出会うのってタブンネに探させてたのかな?
「あら、そのタブンネが? そっかぁ、じゃあその人を観覧車で上から探しましょう」
「お断りい・た・し・ま・す!!!」
 ドワイトは毅然と断っているようで大丈夫そうだし、まぁいいや、放っておこう。
「あ、おいデボラ! ちょっと変な奴に絡まれているんだ、助けろ!!」
 放っておきたいのに何であいつはこっちに気付くんだ。あぁ、ダイフクの奴がこっち指さしている……そういうこと。
「あら、アロマなお姉さんに観覧車に誘われているんだ。お似合いね、楽しんでらっしゃい」
「ごめんなさい、デボラさん。お願いします! 助けてください」
「よろしい。最初っからそうやって下手に出て頼みなさい、ドワイト」
 そんなやり取りを見ていたウィル君は、どういう事かと目を丸くしている。
「あの銀髪の子、知り合い?」
「あの子が以前話していたドワイト君よ。すみませんね、その子私の事を探していたんです……その、一緒に行きましょう、ドワイト」
「ちょっと、私その子と話している途中なんだけれど」
 アロマのお姉さんは私に言われても怯まない。全く、面倒くさい。
「おばさんはすっこんでなさい!」
 最後の一言をあらん限りの低い声で言って、私はドワイトの手をとる。
「おばさんだなんて……あんた小娘の癖に生意気よ!?」
「この子、年上の女性は好きだけれど、十五を超えたら対象外なんです。分かったら黙ってろ、しまいにゃ怒るぞ?」
 ボールを掴みながらの私の脅しに何を感じたのかはわからないがアロマなお姉さんは一歩引いた。そこで私はドワイトの手をひいて、少し離れたところまで引っ張って行く。
「全く、あんたは面倒をかけさせるわね……」
「すまねぇ、デボラ。ところで……アンジェラにお礼を言いたいんだが、どこにいるんだ?」
「アンジェラは今観覧車に乗っているよ」
 なんだ、私に用があるわけではなかったのか。
「そ、そうか……その、花が届いてな……メールが帰ってくるまでに随分と時間がかかったんだが、親父が怒っていなくって、俺の旅も応援してくれるそうだ……何でも、親父の従業員たちの話によるとどう返せばいいのか何日も悩んでいたそうで……それで、チェストシティであった時までに返してくれなかったんだってさ。
 へへ、親父もなんと言うか大袈裟だよなぁ? なんも考えずに返せばいいものをさ……って言うことを報告しようと思ったんだが……親父すっげー喜んでたし、それがあいつのおかげだって報告したいのに、なんだかタイミング悪かったなぁ」
「あら、良かったじゃない。タイミングはまぁ、悪いかもしれないけれど、もうすぐ来るでしょ。下りてくるまで待ってなさいよ」
 なるほど、アンジェラが父親への謝罪を付き合ってくれたから、ドワイトはお礼をしたかったらしい。ちゃんと、そういうところは躾が行き届いているようである。いい子じゃないか。

6 


「えっと、君は、初めまして……だよね? ドワイト君、だっけ?」
 ウィル君は、観覧車から下りたら、いきなり知り合いでも無い男性に上から目線で話しかけられて混乱しているようだ
「あぁ、この人が前に話していたドワイト=Y=マルコビッチだよ……」
「そうだ、俺の名前はドワイトだ。で、お前の名前は?」
「こっちの男性はウィリアム=ランパート、ウィル君っていっつも呼んでるの」
「えー、ウィリアムです。よろしくお願いします」
 ウィル君はそう言って、戸惑いがちに挨拶をする。ドワイトは何かに気付いたようにうんうんと頷いて見せた。
「そうあぁ……ウィル、か。もしもお前が、アブソルを育てたトレーナーだというのなら、一言いわせてもらうことがある!!」
 ドワイトはウィル君の正体に気付いて、まくしたてる。
「え、なに……?」
「お前のアブソル、随分と躾のなっていない奴だな!! 俺は陸上グループのポケモンにアレルギーがあるって言うのに、お前のアブソルは俺に飛び付いてこようとしたんだぞ! 咳が止らなくなったらどうする!? 痒くなったらどうするんだ!?」
「え、えっと……どういうこと?」
「俺みたいにアブソルのアレルギーの奴だっているんだよ!! それに配慮もしないで、飛び付く癖のあるようなポケモンを客に渡すんじゃねえ! お前のアブソルのせいで、体調が悪くなる奴がいたら大変だろうがよ!!」
 ドワイトの説明の仕方があまりに急なため、ウィル君は少々戸惑っていたが、怒られているうちに彼の言わんとしていることの意味が分かったらしい。
「えっと……つまり、まとめると。俺のポケモンが、アレルギー体質である君に飛びつこうとして、一歩間違えば君が体調不良になるところだったってこと?」
「そうだ! お前謝れ!!」
「ねぇ、ドワイト君……君は間違ったことは言っていないけれど、そういう言い方じゃ伝わるものも伝わらないからね?」
 こうまくしたてられては、ウィル君も素直に謝ることは出来なかろう、私は二人の緩衝材になるべくドワイトを宥める。
「ほら、ウィル君……この子なんだけれど、前に言った通りアレルギーの子で……シャドウが迷惑をかけてしまった子なの。それで、アレルギーの人間がいることも考慮せずに無差別に飛び付くポケモンを客に渡すだなんて、育て屋にあるまじき行動だーって、怒っているわけ。そうでしょ、ドワイト?
「そうだ! 全く、俺も親父が育て屋なんだがなー。お前、強いポケモンを育てる腕は確かだが、きちんと躾もしていないようじゃ、二流だぞ!!」
「そ、それは……俺のポケモンが迷惑をかけて、大変申し訳ありません」
 職業柄なのだろうか、ウィルは決まり文句のような言葉を吐いて頭を下げる。しかし、ドワイトはやっぱりウィル君の実力は大いに認めているようだ。素直ではないけれど、自分に嘘はつけないタイプなんだろうか。
「……分かったらそれでいい。以後気を付けろよ」
 しかし、ドワイトの態度のでかいこと。年上を相手にあそこまで大きく出られるのだから、大したものである。でも、誤れば許すあたり悪質なクレーマーというわけでも無いし……同じ育て屋だからこそ許せなかったことなのかもしれない。

「よし、言いたいことはそれだけだ……だが、俺の用事はまだ終わっちゃいない! ウィリアム! 俺と勝負しろ!」
「……え、いいけれど。あー……その、俺、まだ名前以外の自己紹介していなかったね。俺の家、ライズ島で育て屋をやっているんだけれど……もうライズ島のシャイミと渡り鳥が訪れる湖のほとりにあるジムにはいったかな?」
「あそこはまだだ。二月になると渡り鳥と……シェイミがやってくるって聞いたんでな。捕獲できるかどうかは分からないが、シェイミをゲットできるチャンス、その時を狙って行く」
「へぇ、なるほど。でも、シェイミの休憩地点はジムリーダーが土地を保有しているから捕獲するの犯罪だし、マスターボールですら周囲のシェイミがボールをぶち壊すから捕獲できないポケモンだよ。仲良くなって、相手から捕獲して欲しいって頼まれるような状況じゃないと捕獲させてもらえないから気を付けてね」
「えー、そうなのか? まぁいいや。野生のポケモンと仲良くなることだって、育て屋にも時には必要なことだ。ともかく、俺とバトルするのか、しないのか!?」
 ドワイトははやる気持ちを抑えきれないのだろう、どうしてもウィル君とバトルしたくて仕方がないようだ。
「するよ。じゃあ……ルールはどうする?」
「シングルのハーフバトル、三体で戦うルールだ。三体選び終えたら、合図しろ」
「いや、もういいよ。いつでも始めて」
 ウィル君はもうポケモンを選び終えたらしい、というよりは頼りになるメンバーはもう決まっていると言ったところだろう。
「じゃ、じゃあ私が開始の合図をするからね……」
 なんだか、いきなりバトルが始まりそうな雰囲気に私は苦笑しつつ、息を吸う。
「勝負、開始!」
 観覧車の前の広場で、バトルが幕を開けた。

7 


「あのー……デボラ、これどういう状況?」
 バトルが幕を開けたところで、アンジェラが観覧車から下りてくる。彼女は少々呆れているようだ。
「あぁ、アンジェラ……見ての通り、ドワイトがウィル君に喧嘩売ってるの。っていうか、何でドワイトって私達とこうも偶然同じ場所で会うんだろう……?」
「ストーカーなんじゃないの? ポケモンを育てる腕とかは悪くないと思うけれどあんなのと運命の赤い糸でつながっているのはちょっといやよ」
 私達が間抜けな会話をしている間に、バトルはもう始まっている。
「行けよ、ブレイク!」
「さぁ、暴れてこい、アビー!」
 ウィル君の一番手はオノノクスのブレイク。対するドワイトの一番手はハッサムのアビゲイル。どうやらいつの間にかアビーというあだ名になっているらしい。
 ハッサムと言えばオノノクスでは弱点を突くのが難しい厄介な相手だ。炎の牙さえ覚えていれば何とでもなるけれど、そう都合よく覚えてはいないだろうし。
 補助技の龍の舞も、ハッサム相手には無意味だろう、偶然かはたまた読み負けか、厄介な相手である。
「そいつ……型破りか!? アビーは異性だし闘争心だったらありがたかったがな」
「へぇ、分かるんだ」
 ドワイトがブレイクの姿を見た瞬間にその特性を見破る。一目見てわかるだなんて育て屋ってすごい。地味に性別まで見切っているけれど、オノノクスの性別はどこを見ればわかるのか、ペニスも見えなければわからない私には皆目見当もつかない。
「性別のあるポケモンを見た時の反応や、手の発達具合で分かる。型破りのオノノクスは闘争心に比べて手が発達しているんだ」
「ふぅん、良く知ってるじゃない! じゃあ、知識はさて置き実際の強さを見せてもらうよ! ブレイク、距離を詰めるんだ!」
「アビゲイル、剣の舞をして迎え撃て」
 相手のハッサム、アビゲイルは定石通りの指示を下される。テクニシャンなバレットパンチによる素早くも重い攻撃を得意とするハッサムは、高い攻撃力を剣の舞でさらに底上げして叩くのを得意としている。一方、オノノクスは、龍の舞や剣の舞で攻撃力を底上げして戦うのが一般的だが、鉢巻を巻いて圧倒的な攻撃力で叩き潰すような個体も存在する。だけれど、ウィル君は攻撃力の底上げを無意味と思ったのか、距離を詰める指示。
「掴みかかってハサミギロチン」
「バレットパンチ!」
 恐ろしいのは、オノノクスの膂力か。バレットパンチに頭を叩かれるも、ひるまず掴みかかったオノノクスのブレイク。バレットパンチの後、一歩下がって理想的なヒットアンドアウェイを見せるハッサムだが、猛進したオノノクスがハッサムの腕をつかむと、腕を下に引っ張ってハッサムの体勢を崩し、抵抗させる前に強烈な顎の一撃をハッサムに見舞う。
「まずは一匹」
 ブレイクは、大きなハサミではたかれた頬を痛そうにさすっているが、しかしまだまだ戦えそうだ。
「……ブレイクのレベル、六七。すごい」
 私はライブキャスターでスキャンして思わず声を上げる。対するアビゲイルのレベルは六一だ。どちらも良く育っているけれど、ウィル君の方が一枚上手である。
「さ、次のポケモンだしてよ」
「くそ……お前のポケモン、年上じゃねえか。一歳にもなっていないこいつじゃ荷が重いな……」
 毒づきながらも、ドワイトは二匹目のポケモンを出す。ドワイトの言うことはもっともだが、それでも割と戦えているあたりは流石としか言いようがない。ウィル君のポケモンは私のポケモン程度じゃ触れることすら許されないレベルだというのに……

8 


「ニドヘグ! 相手をしてやれ!」
 勇んで出てきた相手は、ガブリアス。強いポケモンとして名高い相手で、レベルは六三。良く育ってはいるものの、正直相手は悪い。というか、いつの間にかガバイトから進化してるし……すごいね。
「ブレイク、龍の舞!」
「ニドヘグ、防御を固めて相手の攻撃を受けろ!」
 そこで、相手が選んだ方法は防御に徹すること。サメ肌の特性を持つガブリアスがゴツゴツメットを装備していれば、物理攻撃の使い手は引け腰になるしかない。しかし、防御を固めろとは言っても、オノノクスはただでさえガブリアスよりも力が強く、その上レベルも高く、ダメ押しで龍の舞を積まれた今、防御に徹したとしても相手の拳をずたずたに出来るだろうか?
「ブレイク、自分の手が痛く無い方法でやってやれ!」
「空へ退避、そのままぶつかれ」
 ウィル君とドワイトの指示が交差する。ブレイクが地響きを起こす勢いでニドヘグに駆け寄り、地面を叩いて地震を起こす。地震を起こせばサメ肌もゴツゴツメットも関係ない。周りのギャラリーまで転んでしまうほどの揺れを引き起こし、それは何とかニドヘグも避けて、相手にドラゴンダイブをかます。ゴツゴツメットで頭を守りつつのドラゴンダイブ。ブレイクはそれを自慢の牙で受け止め、ゴツゴツメットごと叩き割る勢いで押し返す。
 ガブリアスの細い体では、大木のようなオノノクスの首の筋肉には勝てず、ドラゴンダイブで首を痛めたのかニドヘグがヒレの手で首をさすっている。ブレイクも牙の付け根にダメージを負ったものの、相手のゴツゴツメットにはヒビも入っていて、双方ともにダメージは大きい。
「決めてやれ、ドラゴンクロー!」
「やり返すんだ!」
 ここでウィルとドワイト、二人の指示が同時に行われる。しかしだ、ニドヘグのドラゴンクローはブレイクの腕を狙った、浅い一撃。その踏み込みの甘さを見切ってか、紙一重でかわしたブレイクのドラゴンクローが、サメ肌も生えていない脇腹のあたりを突き砕く。ダメージは見るからに甚大、ニドヘグは地面に跪く。
 ニドヘグがありったけの敵意を込めてブレイクを睨みつけるも、ブレイクは冷静に鋭い爪を構えたまま眉間につきつけており、相手を殺さんばかりの殺気で睨みつけている。
「うん、次だね」
 ウィル君はあくまで冷静にそう告げる。
「しゃーねぇ……奥の手、出すか。今までのはまだ若くって成長途上だからいいわけも出来ていたけれど……こいつやられたら言い訳はできねーわな」
 悔しそうに歯を食いしばりながらドワイトが繰り出したポケモンは、タブンネだ。改めてスキャンをすれば七一レベル。あれからさらにレベルが上がっている。しかも、ウィル君のオノノクス以上だ。
「いでよ癒せよ、ダイフク! メガシンカ!!」
「メガシンカが終わったら毒突きだ、ブレイク!」
 それだけじゃない、どこで手に入れたのか、ダイフクはメガストーンまで首に下げている。ドワイトのキーストーンはベルトにあるようで、腰に巻かれたベルトのバックルに触れることで、タブンネはメガシンカする。メガシンカする際には猛烈な勢いで周囲からの攻撃を拒む生命エネルギーの波導が出るため、メガシンカの最中に攻撃することは出来ない。その間、ブレイクは呼吸を整え毒突きの準備。フェアリーには効果が抜群……容赦がない。

9 


 メガシンカが収まると、白と桜色の混じる、丸くて柔らかそうな体がいかにも気持ち良さそうな見た目に変化したメガタブンネが、すでに技の準備に入っている。
「観客の奴らは伏せて目を閉じるんだな! ドラゴンタイプなんぞ蹴散らしてやれ、マジカルフラッシュ!」
 そうはさせるかと毒づきを構えて相手の喉元を狙う。ダイフクという名前のメガタブンネは、体をよじってその爪を紙一重で避けて、後ろに下がりながらマジカルシャインを放った。ドワイトの警告通り、その激しい光の前では目なんて開けていられなかった。桃色の優しい色の光が、猛烈な殺意を伴ってブレイクに襲い掛かる。やや上向きに放たれていたため、観客に誤射されることはなったが、それにしたってブレイクの体に当たって反射した光を見るだけでも眩しいとは、すさまじい威力だ。
 ブレイクは腕をかざして顔を守るも、その程度ではダメージを抑えることは難しい。
「ブレイク、続けるかどうかはお前が決めろ!」
 ウィルがブレイクに命令を下す。彼はこのまま退くことを選ばずオノノクスの固い鱗を貫くような強烈な光を浴びてなお、歯を食いしばりながらも前に出ようとするブレイクだが、その体に戦う力は残されておらず、毒を帯びた爪でダイフクを引き裂いてやろうとするも、ダイフクはブレイクの懐に潜り込むと、振り下ろした爪の下を悠々と潜り抜けて頭突きを喰らわせる。
 ブレイクもそれでついに膝を折り、ダイフクは手の平にマジカルシャインの光を構えたままブレイクを睨みつけている。勝負は決したようだ。
「流石メガシンカ……すごいな」
「へへ、親父から貰ってもう四年間育て続けた珠玉のポケモンよ! そこいらのポケモンに負けるような奴じゃねえ!! さぁ、あんたも次を出せ!」
「そうだな、じゃあこいつだ」
 ウィル君が楽しそうに舌なめずりをして、次のポケモンを繰り出す。出てきたのは、ファイアロー。レベルは……六二レベルか。ブレイクよりも幾分か低いのか。
「本当はこの子よりもふさわしいポケモンがいるけれど、メガシンカしたポケモンと当たるのも経験だよね……この子疾風の翼だから、孵化の役に立たないし旅に連れてきちゃったんだ」
 そう、子のファイアローというポケモンは育て屋の必携である炎の体を持つポケモン……なのだが、何の偶然か疾風の翼を持って生まれた為、育て屋には不要と判断されたファイアローだ。
「対戦的にはそっちの方がつえーんじゃねーの?」
 ドワイトの言う通り、対戦ではむしろ炎の体よりもよっぽど強いのだけれど、育て屋的には不要なので、せっかくなので旅に連れて行って売りに出すつもりだだそうだ。
「まあね、超強いよ……さぁ、カーマイン、自然の恵み!」
「叫べ!!」
 ウィル君の最初の命令は自然の恵み。カーマインはサンの実を持っており、それを飛行タイプの力に変えて敵に投げつける。疾風の翼をもつファイアローは、飛行タイプの技を使う際は恐ろしく速い。
 目にもとまらぬ神速の投げに、さすがのメガシンカポケモンも太刀打ちできず、サンの実はダイフクの胸に当たって乾いた音と共に弾ける。数メートルほど弾き飛ばされてしまうも、ダイフクは空中で体勢を立て直して前傾姿勢のまま着地、地面を後ろに滑りながらも敵から目を離すことなく、体制が安定したところで大声で叫ぶ。
 ハイパーボイスは言うまでもなく音速だ。ファイアローならば音を置き去りにすることは難しくないが、この距離ではそれも不可能だ。私たちは耳を塞いだが、耳を塞げないファイアローにはハイパーボイスは酷である。
「さぁ、瞑想だ!」
耳をつんざく轟音に耳から脳を揺さぶられ、平衡感覚すら歪められてカーマインは空中でバランスを崩す。
「聞こえるか!? アクロバットだ」
 ハイパーボイスをまともに喰らってしまったのだ、聞こえるわけがないとは思うけれど……その間、ダイフクは悠々と深呼吸をする。そうして精神を落ち着け、次の一撃をより重くするのだ。眼前にはすでに体勢を立て直したカーマインの爪が迫っている。ダイフクは弾丸のような足爪で腕を抉らせるも、飛び散った血液をものともせずにニヤリと笑んでさらに叫ぶ。
 音を置き去りにしようとカーマインは攻撃の後素早く退避しようとするが、音は逃がさなかった。空中でバランスを崩したカーマインはそのまま観光客へとぶつかり、後ろにいた数人を巻き込んで倒して地面に伏せった。観光客も悲鳴を上げちゃってるよ、大惨事じゃない。
 ダイフクはドシドシと足音を立ててカーマインの首根っこを掴み、地面に押さえつける。もう戦えるコンディションじゃないのは見ればわかるし、カーマインも抵抗する気概はなかった。
「よっしゃ、良くやったぞダイフク!」
 ダイフクがカーマインを撃破したことで、ドワイトは大いに喜んでダイフクを褒める。
「ちぇ、カーマインも負けか……まあいい、まだまだこいつは強くなれるし、今回の負けを糧にしてもらおう。じゃあ、いよいよこいつで終わりにしよう、バスター!」
 ウィルはカーマインをボールの中に収納して『ありがとう』とつぶやき、次のポケモンを出す。

 しかし、さっきカーマインに体当たりされた人大丈夫かな? まぁ、人とポケモンの距離がやたら近いリンドアイではこういうこともよくあることらしいし……一応、立ち上がってよろよろと歩いているから大丈夫かな……? お大事に。
 タブンネなんだから、あとであの人達治してあげなよ、ダイフク……

10 


 次のポケモンはギルガルド。故郷の島では草刈りやら家畜の番やら、様々なことに利用されているポケモン、ギルガルド。きちんと世話をしてあげれば百年だって生き伸びる長寿なポケモンゆえ、需要の高さは折り紙付きだ。
「この子、バスターって言うんだけれど、フェアリータイプ相手なら得意中の得意だ。ダイフクちゃん、死なないように注意しなよ」
「げ……最悪な相手」
 ウィル君にとっては昔からなじみのあるポケモンで、旅を始める前どころか、物心ついたころからニダンギルと共に暮らしてきた相棒である。ウィル君のギルガルドは、確か旅に出る前は七〇レベルだったはず。今は、七二レベル。相性もいいことだし、相手がメガシンカしていようと関係あるまい。
「バスター、剣の舞だ」
 落ち着き払った声でウィル君が告げる。
「くそ……瞑想だ!」
 しかし、メガタブンネなんて高い耐久力を活かして瞑想を積んで、高威力の攻撃を放つとか、そう言った戦法が得意だが……ギルガルドはそれ以上に高い耐久力で剣の舞を積んで、しかも性質が悪い事に瞑想では対応できない物理攻撃をしてくるようだ。
 リフレクターは覚えられるが、このタブンネは持っていない様子。大文字を覚えていて、それで攻撃しようにも、半端な一撃では弱点保険などのアイテムを発動させる恐れがある。まったく、本当に隙のないポケモンなのである。
「アイアンヘッド」
「敵が切りかかってくるところを狙って大文字!」
 ドワイトの指示はおおむね正しい……だが残念ながら、アイアンヘッドは剣の柄の部分で叩く技。シールドフォルムを解かずに攻撃できるわけではないが、盾を構えたままでも突撃できる。ダイフクが圧縮した炎を眼前に吹き出したところで、バスターが相手の胴体めがけて頭突きを飛ばす。
 ほとばしる炎がバスターを襲うが、それは盾により大部分が防がれ、火傷を負うも攻撃に支障はなし。攻撃力が高水準なギルガルドが、剣の舞を積んだうえで弱点の攻撃を放ったのだ。たとえメガシンカしていようと、そのすさまじい威力に耐えられるのはメガボスゴドラのような一部の例外くらいだろう。
 炎を浴びて刀身は溶けかかっていたが、ダイフクは突き飛ばされて地面に転がり、立っていたのはギルガルドのみ。この勝負、ウィル君の勝利である。ダイフクは尻もちをついたまま胸元を抑えているが、もう戦意は失われてしまい、自分からメガシンカを解いてしまう。大きな怪我はないようでよかった、バトルで大きな怪我をさせるのは二流だというし、ウィルもドワイトも一流のトレーナーだしポケモンにも力加減を覚えさせているのだろうなぁ。

「……強いね、君。今まで戦ってきた同年代以下のトレーナーで君以上のトレーナーは見たことないよ。君が俺と同年代だったら、俺が負けていたかもね」
 ウィル君は半ば挑発とも取れるような褒め言葉でドワイトを褒める。いや、本当に素直に褒め言葉を述べただけなのだろうけれど、ドワイトのようなタイプはこういうことを言うと逆に怒るタイプだ。だって、この褒め言葉は自分の立場が上であることが前提じゃないと言えないような上から目線の褒め言葉。当然ドワイトは……
「くっ……ちくしょーめ! 今度会った時は俺が勝ってやるからな!! それまできちんと今以上に鍛えておけよ!」
 大声で喚くも、食ってかかったりはしないだけまだましか。ドワイトは割と努力家だから、少なくとも今のウィル君に勝てるだけの強さを得て帰ってきそうだ。その時のウィル君に勝てるかどうかは不明だとして。
「……あ、待って」
 そのまま見物客の隙間を抜けて人ごみの中に消えようとするドワイトを、ウィル君が呼び止める。
「な、なんだよ! 無様な俺を見て楽しもうってのかよ!?」
「いや、負けたほうが観覧車の代金を奢るのがここのルールだし……俺と観覧車に乗りたかったんじゃないの?」
「いやいや、ランパート君、公開処刑じゃないんだから……そういうことを言って後に引けなくさせるの止めようよ?」
 アンジェラがツッコミを入れるけれど、ウィル君としては、いきなり不躾に勝負を挑まれた仕返しのつもりなのだろう。
「い、いい度胸じゃねーか! そんなに俺と観覧車に乗りたいなら乗ってやるぜ、ウィルとやら!」
 結局ドワイトの態度は偉そうなところが全く改善されていないし……今回の場合は意地を張ってるだけかもしれないけれど、そういうところが子供っぽいんだよなぁ。

11 [#7SLcez0] 

 ポケモン達は少々傷ついてはいるが、ドワイトのポケモンも流石である、今すぐ治療をしないといけないようなポケモンは一匹もいないし、それについては俺のポケモンもおんなじで、ドワイトのポケモンは全員無事。ハサミギロチンを喰らったハッサムも、軽く前後不覚に陥ったくらいで、意識はしっかりしていたから問題なかろう。
 先ほどメテオラの体当たりを喰らってしまった人間は、どうやら自力で病院に向かったらしい。リンドアイでの観戦は基本的に当たるほうが悪いという認識なので、よほどのことがない限りは軽い謝礼だけで済む場合が多い。アンジェラが連絡先を聞いておいてくれたので、そっちは後回し。

 さて、観覧車も二週目。実は、さっき観覧車に乗った時は景色を楽しめなかった。なぜってそれは、ずっとデボラのことを見ていたからだ。こんなところに来たんだから景色を見ればいいのに、本来の目的を忘れてデボラの事ばっかり見ていたというのは、話したら笑い話にされてしまいそうな失態だ。
 そんな時に、このドワイトとかいう奴が挑んできてくれて丁度良かった。
「旅を始めて、君ほど息の良いトレーナーに出会ったのは初めてだよ。強いんだね、君」
「そりゃどうも」
 目があったらバトルをするのがトレーナーの流儀だとか掟だとか、そんな言葉があるけれど、あそこまで強引に誘ってくるようなトレーナーは本当に見たことがない。
「改めて自己紹介をするよ。俺の名前はウィリアム=ランパート。えっと、ドワイト=Y=マルコビッチだったっけ? 君の事はデボラからよく聞いているよ、初めまして……だね。正直な話、アブソルについて全く気遣うことをしなかったことは、一度詫びたいと思っていました。申し訳ありません……」
「それはもういいよ……その、あれだよ。話しかけるというか、因縁を吹っ掛けるきっかけみたいなものだし」
「君、随分と意地が悪いんだね……その、初対面の人にこういうことを言うのもなんだけれどさ、初対面の人にそんな風に突っかかるのは止めたほうがいいよ?」
「それ、あいつらにも言われたよ……」
 ドワイトはため息交じりに愚痴をこぼした。
「バトルしたいなら、素直に言ってくれればバトルしたし……それに、俺達のレベルだと、こんな狭い場所で争うのは危険じゃないかな? ここってあくまでお遊びでバトルするような場所だしさ。そういうのをちゃんと考えて、ポケモンセンター付近にある演習場とかでやるとか、そういう考えを巡らせたほうが良かったかもね。
 すぐに直せって言われて治るもんじゃないとは思うけれど、徐々に良くなって行くように気を付けないとね……ところで、君って一緒に旅を行く相手はいないの? 多分だけれど、一人でもいいから一緒に旅を出来る人がいれば、結構治るんじゃないかと思うけれど」
「いや、いないな……あいにく、誰にも相談せずに飛び出してきちゃったもので」
「そっか、残念だね。俺も、デボラが好きだからって言うのもあるけれど……誰かと一緒に旅するのって結構楽しいよ? いいじゃん、誰とでもいいから、一緒に旅してみればさ」
「でも俺、強すぎるからなのかな、みんな遠慮しちゃって……」
「君が強すぎて遠慮って言うのもあるんだろうけれど、それ以上にその態度が原因なんじゃないかなぁ? もっとこう、仲良くなりたいですって感じを前面に押し出すとかさぁ」
「ぐっ……」
「とはいえ、そういう態度になってしまった原因が必ずしも君だけにあるわけではないと思うし……もしも、一緒に旅を出来るような人を見つけられたなら、徐々に柔らかい言い方とかを覚えていけたらいいね」
 笑顔でそう諭すと、ドワイトはものすごく恥ずかしそうな、むずがゆそうな顔をする。デボラから美少年とは聞いていたが中々かわいい顔をしているじゃないか。
「それで、ドワイトの地元ってどこなの? 俺さ、ライズ島って言って、ウイスキーとゴーゴートの製品なんかが名物の島に住んでいるの。そこのミクトヴィレッジってところのはずれでさ、ウチの両親が育て屋やっていてさ。だけれど、ウチの育て屋ってあんまり強いポケモンを育てるとかそういう感じじゃなくってさ、野生のグラエナから家畜を守るための番犬を育てるとかそういう感じのゆるーいところなんだよね。
 ドワイトの家も育て屋なんでしょ? どういう感じの傾向でポケモンを育てているの?」
「ウチは、偉い人や高い物を守ったりするポケモンとか、建物に泥棒が入らないように守ってくれるポケモンを育てているんだ。主に企業や政治家からの依頼が来るお仕事だからな、そりゃもう強いポケモンが求められるわけだよ。父さんはたくさんの人に感謝されて、お手紙も感謝状も飾り切れないくらいに貰ってるんだ」
「すごい父さんだね。ウチは、よく街の人達に野菜を送ってもらったり、チーズを貰ったり飲み会に誘われたりとかはよくあるんだけれど、感謝状なんて一度も貰ったことはないよ。だけれど、ポケモンの事は大好きで、強く育てようと頑張っていたら、今こんなにポケモンのレベルが上がってね。俺、結構強いでしょ?」
 包み隠さず尋ねてみると、ドワイトは認めたくなさそうに渋々頷いた。
「まーな、強いよ。お前の方が先に生まれた分有利だってのもあるかもしれないけれど、それにしたって、強い。悔しいけれど今の俺じゃ敵わない」
 ドワイトは認めたくはなさそうだけれど、自分に嘘はつけないのだろう。素直に俺のことを上だと認めている。可愛くない奴だと思ったけれど、案外かわいい奴じゃないか。なんてことを考えていると、ドワイトはどこか痒いのか、手の甲から腕にかけてを掻き始める。これって、もしかして……

12 


 彼の仕草が気になるけれど、とりあえず話を進めよう。
「でも、君もまだまだ強くなるだろうし、どっちが上かはまだまだ分からないよ。頑張って強くなろうね」
「言われなくたって……俺はお前よりも強い親父よりも、強くなることを目標にポケモンを育てているんだ。げほっ」
「へぇ、父さんに憧れているんだ?」
「そりゃそうさ、あんな姿を見てたら憧れないほうがおかしいさ。それで、ごほっ……父さんみたいになりたくって、今はとにかくポケモンリーグを足掛かりに強くなろうって努力してい……ゲホッ努力しているんだ。それで、やるからには優勝だな。それが終わったら引退して育て屋をやるって言うのが俺の人生設計だ」
「そう簡単に上手くいくといいけれどね」
「ごふっごっ……」
 大きな事を言うドワイトに、俺は少し笑ってしまった。だが、そこら辺の身の程知らずならばともかく、そんなに強い父親とやらを持ちながらこれだけのことを言うのだ、四天王くらいなら上り詰めるのかもしれない。しかし、さっきからドワイト異常に痒そうなんだけれど大丈夫だろうか? 咳も出始めているし、これは完全にやばそうだ。
「そうだな、先ずはお前を超えなきゃ、父さんを超えることなんて出来ないわけだ。……じゃあ、げほっ……まずはお前をライバルと認めてげふっげふっ……ごほっ」
 多分、格好良くライバル宣言しようとしたところを邪魔されて、ドワイトは全身を掻きむしりながら、ポケットに入れていた薬を取りだした。
「んぐ……ちょ、ダイフク……癒して」
「だ、大丈夫?」
 薬を水無しで無理やり飲み込んだあと、彼はダイフクという名のタブンネを出して、苦しそうに咳を連発するドワイトに、俺は何も出来そうにない。けれど、何かせずにはいられず掛け寄った。
「……の観覧車、ごふっ……掃除されてない。メガシンカも連続じゃできね……くそ」
 本来観覧車の中でポケモンを出すのは禁止されているがこればっかりは仕方あるまい。癒しの鈴と癒しの心のダブルで癒され、ドワイトの体に浮き出ていた赤いポツポツは引いていき、咳も徐々に収まって行く……が。
「ご、ごめん……無理やり誘っちゃって悪かったかな」 
 そう謝る俺に対し、ドワイトは咳き込みながら大丈夫と答える。しばらく咳は収まらず、観覧車が全行程の四分の三を回り終えるころ、ようやくドワイトは落ち付いてきた。
「えらい目にあった……」
 ドワイトはそう言って毒づきながら、ため息をついた。
「多分だけれどこの中でポケモン出した奴がいるんだろうな……本来出しちゃいけないはずなのに。くそ……特に陸上の犬系のポケモンがダメなんだ。よりにもよってウチで売れ筋のルカリオとか……けほっけほ……苦手だから、親には心配されっぱなしで……」
「しかし、そんな調子じゃポケモンの育て屋なんて大変だろうに」
 タブンネのおかげで、すこしばかり呼吸が楽になっているようではあるけれど、それでもポケモンの毛が少しでもついてしまえばこの調子という事ならば、育て屋は難しそうだ。
「分かってる。でも、だからこそ俺は俺が出来るだけのことをやる。リーグでの優勝は、陸上グループがいなくても何とかなる。俺が有名になれば育て屋の客が増える。ルカリオは別の、信用できる奴に育てさせればいいんだ。ウチは優秀なスタッフが揃っているからな! ルカリオを育てることに関してだけなら親父よりうまい奴だって……げほっ、いるんだ」
 なんだかちょっとムキになった様子でドワイトは言う。こうやって強がるのは、父親には体を気遣われて、あまり期待されていないからかもしれない。そうでなくとも、父親以外の誰かが『無理だろう』みたいなことを繰り返し言ってきたら、反動でこんなに意地っ張りで、弱気な自分を隠すために態度がでかくなるだとか……考え過ぎかな?
 でもまぁ、何にせよだ……これだけは言っておこう。
「その優秀なスタッフに逃げられないようにね……その、口調というか、態度のせいで」
「あぁ、また言われた!? 俺そんなに口調ダメなのかよ……」
「少なくとも俺は、君を上司にはしたくないかなぁ」
 まだ仕事がどうとか、そんなことを考える年齢ではないが、言っておくべきだろうか。
「……えぇい! ごほっ。とにかく、強くならないことには部下はついてこないんだ、口調なんて後だ後! 強くなることが先決だ」
「そ、そう思うならそれでいいと思うけれど……」
「ともかく、まずは俺はお前を倒すことを目標に頑張るからな! いいな、他の奴に負けるんじゃねーぞ」
「えっと、どうも……頑張ります」
 これは、応援されたのであろうか? 応援されたのであればお礼を言うべきではあるが、果たして今ここでお礼を言うべきであったのだろうか? 男のツンデレはどうにも扱いが難しい。
「……まぁ、なんだ。今日は負けたが、年がさほどはなれていなくとも、強い奴がいるって言うのはいい勉強になったぜ。感謝してやる」
「どういたしまして」
「さて、そろそろ観覧車も下につくな……けほっ。ポケモン出すのは禁止だし、ダイフクはしまっておくか」
「癒しの鈴の音でばれてるんじゃない?」
「緊急避難だ、それに掃除をしていない職員が悪い」
 ドワイトは開き直りながらタブンネをボールにしまい、観覧車から出た彼は大きく深呼吸をする。
「はぁ……やっぱり、ポケモンが集まる場所は危険だなぁ」
 そう毒づきながら、ドワイトは今度は俺に振り返る。
「まぁ、なんだ。最初は俺を笑い物にするのかと思ったけれどよ、すこしは話が出来て良かったぜ。そこでだ!」
 そう言って、ドワイトはライブキャスターを取りだす。
「これからも話がしたくなった時のために連絡先を渡してやるからな。俺に何かポケモンの事で聞きたいことがあったら、いつでも電話して来いよ!」
「あ、うん……」
 彼は高らかにそう宣言した……男のツンデレって、面倒くさいな。などと思いつつも、俺はそれに対応してあげた。これだけ強い奴ならば、連絡先を交換しておいても損はあるまい。

13 


 ドワイトとは観覧車を降りた後にすぐに分かれたのだが、その後結局ポケモンセンターで鉢合わせして、俺達は苦笑いをしていた。あれだけの戦闘を終えた後なのだから、考えることは同じか。
 そのポケモンセンターで宿泊した時は、今日見た自棄のすばらしさを語るだけでいくらでも時間が過ぎた。俺達は、エリンとエリオット、二匹のニャオニクスが見守っている部屋の中で、人目も気にせずいちゃついていて。何だかエリンの目がいつもよりも冷ややかだった気がしたが、きっと気のせいだろ。
「でも俺さ、デボラと一緒に観覧車に乗ってた時は全然夜景を楽しめなかったんだ。お前のせいで」
「え、なんで?」
「当然だろ、お前しか見えないんだから。ドワイトと一緒の時は良く見えたけれどね」
 デボラにそう告げると、若干ショックを受けて悲しそうだった顔も、見る見るうちに明るくなった。
「んもう、ウィルったら……」
 顔を赤らめながら俺の体にすり寄られると、不覚にも体が反応してしまいそうになる。まだそんな年齢ではないので自重しなければならないが、いつかはこのまま次の段階まで進めるような関係になってやるんだと、俺は難く心に誓うのであった。


 そうして、クリスマスも過ぎて、今はハッピーニューイヤーと沸き立つこの街で、俺達は……再び引き裂かれることになる。
 うかつだったのは、俺のポケモンには耳の裏あたりにマイクロチップが埋め込まれていたということ。生体内に発生する微弱な電気を蓄積して、数分に一度だが現在地を周囲に伝えることが出来るという代物である。これは、育て屋から万が一ポケモンが逃げても大丈夫なようにという配慮なのだが、俺の両親は今子供がどこにいるのかというのが気になって、ついついエリオットの居場所を検索してしまったそうだ。しかし、出た場所は俺がいるはずの場所とは全く違う場所。それが何度も続き、アンジェラの親と世間話をしたところ、アンジェラのいる場所と俺がいる場所が一致したそうだ。つまり俺はデボラと一緒に居るのだろうというあたりを付けられてしまったのだ。
 その結果俺は、デボラやアンジェラと一緒に泊まったポケモンセンターで待ち伏せされ、デートしていることを両親に。そしてデボラの両親にも露見することとなってしまう。逃げようと思えばそれも出来たが、そんな気力も湧かなかった
 結局、次の日にデボラの父親、オーリン=スコットが飛んできて、俺達を一か所に集める。ホテルの一室を借りて、デボラの隣にオーリンさん。ソファを挟んで向こう側に俺と父さんを座らせ説教を始める。父親も申し訳なさそうに小さくなり、聞き分けのない俺を恥じているばかりで、俺の気持ちなんてお構いなしだ。
 オーリンさんが言いたいことは、『女なんて外に出て働く必要もないし、外の知識を得る必要もない』とのこと。デボラの兄の婚約者も、ポケモンバトルはジムリーダーの娘だけあって非常に強いが、シェイミの研究と自分の家の土地の手入れに没頭しており、世間知らずなところがある。だが、それがいいのだと言う力説をオーリンさんは続ける。
 『女はいつも家にいて、旦那に奉仕し、旦那が快適に生きられるようにするのが務めなんだ』、『お前は義務教育を終えたらパルムの下に嫁がせる』と、彼は言う。それは嫌だとデボラは訴えたが、オーリンは頑として譲らなかった。
 その重苦しく、そして不愉快な空気を打ち破ったのは、部外者であるアンジェラであった。
 彼女は、ホテルの一室で説教されていた二人の話を聞いており、その話が相当苦痛だったらしい。業を煮やした彼女は、他の部屋の客にまで聞こえそうなほどに、ドンドンと扉を叩きまくる。何事かとオーリンがドアを開けると、そこにはローブシンのタフガイが待ち構えていた。オーリンさんはドアを閉じようとするも、ローブシンであるタフガイの怪力の前にただの人間が立ち向かうことが出来るはずもなく、強引にドアは開け放たれた。
「黙って聞いていればさぁ……オーリンさん、随分とまぁ勝手なことを言うじゃあないの? 要はオーリンさん、女は頭が悪いほうがいいって言いたいわけでしょ?」
 アンジェラはデボラの父親、オーリンへ向かって勇ましく吠える。彼女は村で唯一の大工である、ミクトヴィレッジでは一番のお偉いさんであるデボラの父親を敵に回そうとも、唯一の大工という強みがあるため、仕事に困ることはない分強気に出られるのだろう。
 デボラは一瞬驚いていたが、そんなアンジェラの行動に勇気づけられたかのように、デボラの顔付きは少しだけ変わっていた。

14 


「子供が口を出すな!」
「女性がどうあるのが幸せか、どうあるべきかなんてのは、貴方の主観であって、個人によって幸せの形って言うのは違うもんじゃないの?」
 アンジェラはオーリンさんの言葉をまるで無視して口を出す。
それともなに? 『頭の良い女と結婚した男は、みんな不幸だ』って。あんたそう言いたいの?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ、何故あんたはデボラが勉強することを否定する? 旅に出ることを否定するの?」
 鬼の首を取ったようにアンジェラは言う。そりゃそうだ、母親が頭が良かったら、デボラやヨセフさんが不幸になる……そう確信できるような場面があったわけでもあるまいし、むしろどういう状況なら頭が悪いと不幸になるというのか、聞いてみたいものである。
「危険だからだ! 息子を失った今、この上娘まで失うわけにはいかない」
 そう、オーリンさんのこの理由については仕方がないところもある……けれど……
「じゃあ、何故学ぶことまで否定するの? 実際さ、パルムがろくでなしだから、デボラが馬鹿でいて欲しいんでしょ、オーリンさん? デボラの頭が良かったら、悪い男とは離婚してもいいんだって気付いてしまう。弁護士に頼るだけの知恵がついてしまう。そうやって別れられたら困るんでしょ? 娘の幸せはお構いなし? 家柄は娘よりも価値が高いのかしら?」
「ふん……子供の戯言だ。所詮女にはわからん」
「え? 女にはわからない? じゃあ、男だって女の幸せなんて分からないんじゃない?」
 アンジェラが問う。
「というかさ、女の幸せなんて女にも分からんわ。デボラと私でさえ、求める幸せは全く違うだもん、それを年齢も性別も違う奴が、そう簡単に理解できるかっての」
 アンジェラはため息を挟んで続ける。
「それに、子供の戯言だっけ? 頭の良い人は、説明するのも上手いって言うよね。じゃあ、子供にも分かりやすいように説明してくれなきゃね。あなたの言い方、全然論理的じゃないから伝わってこないんですけれど?」
 アンジェラの言葉を吐き捨てるようにして誤魔化すオーリンを、アンジェラは煽る。
「それとも、大きい声を出して威圧すれば、女や子供の言う事なんて簡単に聞かせられますってかー? キャーコワーイ、ケイサツヨンダリベンゴシヨンダリシナキャー」
 アンジェラはおどけて相手を馬鹿にするますます頭に血が上るオーリンだが、具体的な反論はまだ語られない。
「で、私にも分かりやすい説明はまだですかー? 子供に言い聞かせるなら、子供だましじゃなくってきちんと分かる言葉でお願いしますよー。あー、そうだー、丁度大人が一人、ウィル君のお父さんがいることだし、ウィル君のお父さんにも分かる説明で頼むわねー」
 アンジェラは相手をあざけるようにしてまくしたてる。彼女なりに正論を用意してきたのだろう、オーリンさんも簡単には反論の言葉は浮かばない。
「家柄が……大事で何が悪い!?」
 とうとうオーリンさんは反論できなくなって、大声を張り上げる。
「おや、オーリンさん開き直り? 何が悪いって、分からないかなー……じゃあ、そのパルムさんが、家柄が良くて能力高いのに、三〇過ぎても嫁の貰い手がいないってのはどういう事かな? 顔が悪いの? デブなの? ギャンブルやアルコール中毒なの? それとも性格が悪いの? ゲイなの?
 何にせよ、お金だけでは覆せないくらいの欠点が、パルムさんには何か一つはあるってことでしょう? ゲイなだけなら無害かもしれないからいいけれど、そういう悪い特徴のある男と強制的に結婚させて、子供が不幸になると思わないの? それとも不幸になっても構わないの?
 それを、家柄さえ良ければ幸せになるとか、それはあんたの主観でしょ? あんたは、自分の妻が……私の母さんが幸せだったと胸を張って言えるの?」
「……言えるに決まってる!」
 少し、オーリンさんが応えるまでに間が開いた。きっと、本心ではオーリンさんもデボラの母親の幸せなんて考えていないのだろう。
「とにかく、デボラ。お前はパルムと結婚するんだ。ウィリアムとはもう二度と顔を合わせるな! あいつから貰ったポケモンも、ニャオニクスも処分しろ」
 部屋中に響き渡るような大声でオーリンさんは怒鳴る。アンジェラはいかにも不機嫌そうに舌打ちをして、さらなる反論をしようとするが、それをデボラが手で制す。
「もういいよ、アンジェラ」
 デボラがため息をついて言う。
「もういいってデボラ、あんたねぇ! ここで諦めてどうするのよ!?」
 そんな弱気な態度にアンジェラは憤る……が。
「誰が諦めるって言った? もう、アンジェラに私が言いたいことを代弁してもらうのはやめたいだけ」
 デボラのものとは思えないくらい低い声。アンジェラですら言葉が出ずに口をぽかんと開けてしまう声と共に、デボラは立ち上がる。これで、椅子に座っている父親の事を見下ろした。

15 


「ねぇ、父さん。一年は旅をさせるって約束してくれたよね? なのにどうして、旅を止めなければならないの?」
「お前がウィルと会っていたからだ」
 俺はデボラの発言の真意がわからなかった。オーリンさんが言う通り、俺と会うために計画した旅だなんて、止められて当然じゃないか。
「ウィルと会ったら、旅を止めさせるとか、そういう約束を取り交わした覚えはないけれど?」
「そんなものは屁理屈だ! お前も子供じゃないなら分かるだろ!?」
 いくら約束をした覚えが無いからと言って……そりゃこればっかりはオーリンさんが正論じゃないかな? 俺と会っていたら、そりゃ駆け落ちでもされるんじゃないかって心配するさ……
「へぇ、私は子供じゃないんだ? 私は子供じゃないのね?」
「……だからと言って大人でも無い!!!」
 なんだか、デボラにアンジェラの幽霊でも乗り移ったかのように、デボラの雰囲気がおかしい。まるで父親を馬鹿にしているかのような態度、今まで見たことがない。
「私は、『ウィル君とはもう、婚約者ではない。それを理解して付き合え』とは言われたけれど、会うなとも話すなとも言われていないのに、納得いかないわね」
「だからそれが屁理屈だと言っている」
「黙れ!」
 と、言いながらデボラの右フックがオーリンの頬を抉るように薙ぐ。突然のことで何も理解できないままに椅子ごと倒れたオーリンの胸ぐらをつかみ上げ、デボラは父親を片手で持ちあげて壁に叩きつける。
「ねぇ、父さん? 約束を一方的に反故にするのは悪い事だよね?」
「な、何のつもりだ……手を離せ!」
「質問に質問で返すんじゃねーよ!」
 デボラがドスの効いた声と共に、股間に膝蹴りを放つ。あれは想像したくない痛みが走るだろう。
 そのまま跪くようにくずおれるオーリンの喉を掴み、再度デボラはオーリンを壁に叩きつける。
「約束を一方的に反故にするのは悪い事だよね?」
 そうして、同じ質問。目の前にいるのは、本当にデボラなのだろうか、疑わしいくらいだ。
「そ、そうだ……だがそれがどうした!?」
「悪いと思ってるんなら約束を反故にするんじゃねーよ!」
 デボラがオーリンさんの顔を平手で滅多打ちにする。オーリンさんがいくらインドア派だったとしても、まだ成熟しきっていない女性の力なんてたかが知れているから、抵抗は容易なはず。
 だというのに、オーリンさんがデボラに対して何も抵抗を出来ないのは、この場の雰囲気をデボラが喰っているから、だろうか。
「ちょっとデボラちゃん、やりすぎだ!」
 そう言って、父さんがデボラを止めようとするが……
「子供の婚約を一方的に破棄されても何も言えないヘタレが口出すんじゃねぇ!! てめぇもガキの幸せぐらい考えやがれ!!」
 と、デボラが一喝。父さんは非常にバツが悪そうな顔をして、伸ばした手をデボラの肩までたどり着かせることは出来なかった。
 俺の父さん、喧嘩じゃ負けなし、ガルーラとの相撲に勝ち、ゴーゴートの体当たりを真正面から受け止める父さんが。小娘のたった一言の言葉に負けた……!? ただ、さすがにデボラもやりすぎだというのは理解していたのだろうか、俺の父さんに止められてからは一発も殴ることなく、ようやく手を離す。
 激しく息切れをしているところを見ると、デボラは相当興奮しているらしいことが分かる。けれど、デボラは今までの興奮が嘘だったかのように深呼吸をすると、落ち着き払った様子で言う。
「……と、父さんは今までこのように、私が正しい意見を言おうとしても大声を出し、時には暴力まで繰り出して私やお母さんを従わせようとしていましたね? それを再現するとこのような感じになります」
 憑いていた悪魔が剥がれ落ちたかのような口調でデボラが言う。オーリンさん、デボラに対していつもこんなことをやっていたのか? いくらなんでもここまでひどくはないと思うけれど。
「それを自分がやられるってどんな気分? 自分がやられて、その理不尽さが分かった?」
 悪びれることもなくしれっと言い放つデボラに、『女は怖い』という恐怖が俺の中に湧き上がった。

16 


「例えばなんだけれど……父さん、私には部屋の掃除を命令するくせに、兄さんには甘くって、家の掃除なんて一回も命令したことなかったよね? それどころか、私に兄さんの部屋を掃除させる始末。兄さんは部屋に入って欲しくないからって拒否したけれど……私が父さんに『兄の部屋の掃除なんていやだ』って断ったら、『女の癖に口答えするな!』って、私を殴ってきたこと、覚えているかな?」
 俺は覚えている。デボラがその事を愚痴っていたのは、幼い頃の記憶に強く残っている。
「兄さんがパプリカやピーマンを残しても怒らないのに、私が残したら、私だけ怒られたこともあったよね。それで、『お兄ちゃんだって食べてないじゃん』って口答えしたら、平手打ちと共に大声で怒鳴る。父さんにはそれが『話し合い』なのかもしれないけれど……それ、『話し合い』じゃないからね?
 『脅し』や『恫喝』っていうのよ、それは」
 『父さんは大声と暴力で人を従わせる』という訴えはアンジェラが殺気やっていたことと同じレベルの恫喝なのだろうか? デボラ自身が同じことをやり返した上で口にすると、どれほどオーリンさんがデボラに対して横暴に振る舞っていたか、分かる気がする。
「私だって、本当はさっきの言葉は本心じゃないわ。流石に、『父さんが約束を一方的に反故にした』とは思っていない、私が悪いのは分かっている。そりゃ、新しい婚約者がいるのに、元婚約者に会うために旅を計画したんだから、その旅を止められても当然だとは思うし……それはまあ納得している。
 けれど、さ、父さんは、今の私と、同レベルのことを、何度も、私に、してたよね? やり返されても、仕方ないよね?」
 デボラは念を押すように父親に問いかける。やっぱり女の子って怖い。
「だ、だけれどデボラちゃん。不満なのはわかるけれど、その……今回は人生の今後に関わることだし……その、素直に帰ったほうがいいんじゃないのかい?」
 父さんはここでデボラの味方をするわけにもいかず、そう言ってデボラを宥める。悔しいけれど、父さんの言う通りだ。
「……うん。ある程度では、父さんの言うところにも納得してる。でもですね、アンディさん。貴方は、息子の婚約が解消されて、悔しくはないのですか?」
 デボラが父さんに問う。
「それは悔しいが、しかし本来、君はうちの子が結婚できるような家柄ではないというのに、病院でもそれ以降も驚くほど仲が良かったということで、そちらの好意に甘えていただいた形で……」
「それも踏まえて、今の状況を纏めたいのですよ、アンディさん」
 父さんの言葉に頷きつつも、デボラは決して父さんの意見に同調したりはしない。
「そんなのまとめる必要なんてないだろう! もう決まったことだ!」
「また、殴られたいの? 昔の私がそういう風にされたように?」
 オーリンさんが声を上げるも、デボラが尋ねるとすっかり黙ってしまった。
 結局、デボラがまとめた今の状況はこうだ。

その1:俺達の村、ミクトヴィレッジの商売はオーリンさんが仕切っている。
その2:その仕事を継ぐのは本来デボラの兄、ジョセフであった。
その3:しかし、ジョセフが死んでしまった事により、代役を立てる必要がある。

「そこまでは私も納得しているし、その代役にパルムが指名されるというのも良くわかる。あの人、仕事は良く出来るみたいだし……でも、私はあの人は嫌だ。あの人と結婚するのは嫌」
「嫌だとしても、ワガママは言うべきではない」
「その通りよ、父さん」
 父親の意見を肯定しつつデボラは続ける。
「『ワガママを言うならば、何か代案を出すべきだ』と、私も思っている。あれも嫌、これも嫌、そんなんじゃ私も聞き分けのない子供だし……だからこそ、私は提案したんだ。
その4:『私が、ジョセフ兄さんの代わりになる』って。
その5:今だって勉強している、兄さんの代わりになれるように。
その6:でも、父さんはそんな私の努力を認めようとしないじゃない?
 私がどれだけ訴えても、絶対に『もう決まったことだ』とか『どうせお前には無理だ』で通す。そんなんで、私が諦められると思ってるの?」
 デボラが感情的になって問いかける。
「無理よね……聞き分けないのは、どう考えても父親の方だもの」
 訴えるデボラに、アンジェラが助け舟を出すように言う。話の主導権は完全にデボラとアンジェラにあり、俺は何も口出しできなかった。
「村のためにパルムと結婚しろというのは分かる。けれど、私がジョセフお兄さんの代わりになって、ウィル君と結婚したら、何がいけないの?」
 デボラはようやく本題に入る。

17 


「……家柄を保てなければ、我が家は不幸になる」
 デボラの問いに帰ってきた答えは、デボラが到底納得できるものではなかった。
「『我が家』って何? 勝手に主語を大きくしないで、具体的に言いなさいよ? 一〇〇人や二〇〇人いるわけじゃないんでしょう? あんた、潔く言ってみなさいよ。『父親である私だけが不幸になるが、別にデボラやエレーナは困るとは限らない』ってさ」
 きっぱりと言いきる父親に、デボラは毅然と言い返す。確かに、デボラが父親の仕事を立派に受け継ぎ、俺と結婚したとしてもデボラは困ることなんてないだろうし、デボラの母であるエレーナさんもそんなに困るかどうかは分からない。主語が大きいというのは本当にその通りだ。
「『我が家』とは『私達』だ」
「『私達』って誰? おじいちゃんおばあちゃんと、父さんと、誰?」
「お前だって含まれているだろう! それに分家の者達だってなぁ……」
「じゃ、分家から後継ぎ選べばいい話でしょ!? 私が婿養子をとる必要なんてないでしょ? 従兄弟のラッシュなんてすごい優秀なんだし、分家を含めた家族が困るならそれで構わないじゃん」
「それは……」
 デボラの言葉はもっともだ。デボラの家は裕福なだけあって、家業を誰が継ぐことになるかで代々揉めているそうだとか。オーリンさんが分家の事を心配しているというのなら、いっそのことデボラがそれを辞退するという選択肢もあるわけだ。
 だけれど、オーリンさんは分家に家業を継がせる気は全くないわけだ。方便のためにその単語を持ち出したことは間違いない。
「ほら、答えに詰まる。やっぱり父さんは家業や家族が心配なんじゃなく、『自分』が不幸になるのが嫌なだけじゃん? 分家やミクトヴィレッジの経済どころか、私の事すら何ら考えていない。
 だいたいさ、家柄が悪いと不幸だって、誰が決めるの? 父さんが決めるの? 『私』は『私』だ、『私』が不幸か幸福かなんて、『私』が決めたいの。父さんは、どうせ主語を大きくして、『自分の幸福』を『私の幸福』だと決めつけているだけでしょ? 誰も彼も言え柄が幸せの証になるわけじゃねーんだよ、アホタレ。
 事実、家柄なんて全く無頓着なウィル君の両親も、アンジェラの両親も幸せそうでしょう? 家柄も、お金も、生きていくために、幸福に生きるために役に立たないとは言わないけれど、それだけが全部じゃないでしょ!? 私はそんな物よりも大事にしたいことがあるの。
 そしてそれは、パルム相手じゃ得られないことなの。父さん、私がウィル君と結婚するのを許せなくてもいい……でも、せめて正直に言って。この結婚、誰のためなの? 私のためだって言いたいの?」
 デボラがまっすぐに父親を見て問う。
「父さんが、胸を張って『パルムとデボラを結婚させるのは、もちろんデボラのためだ』って言えるのならば、どうして私のためになるのか、分かりやすく教えて」
 答えに詰まる父親に、さらにデボラは要求をつきつける。その要求も、当たり前のことで、難しいことではないはずだけれど、今まで大声で誤魔化していたというオーリンさんには難しかろう。
「いいのよ、父さんは父さんの幸せを追い求めるべきだし、私は父さんにも幸せになって欲しいよ……。でもさ、私の幸せのことも少しだけ考えて欲しいの」
 そう言って、デボラはオーリンさんの事をじっと見つめる。
「『家柄を気にするのは、私のため』といえば満足か?」
 オーリンさんがデボラに問う。
「質問に質問で返さないでよ、父さん。私は、父さんの答えが知りたいの。私も、お金は好きよ? 欲しいものなんでも買えるし、贅沢を言わせてもらえば、石油王と結婚したいし。パルムがお金を持ってきてくれる優秀な男なら、それ自体が悪いとは思わないよ?
 でも……アンジェラが尋ねていたけれど、私からも尋ねるよ。お金だけあれば幸せならば、どうして世の中の女がパルムを放っておいたの? お金だけ、名声だけじゃ測れない何かのデメリットが、あいつにはあるんじゃないかな?」
「そんなこと、些細な問題だ」
 と、デボラの言葉にオーリンが反論するが、しかしそこでアンジェラが口を挟む。
「うーんと、デボラちゃんのお父様。本当にそう思ってる? 普通、些細なことなら世の中の女性が黙っていないって思うんだけれど?」
 そう言いながら、アンジェラはため息を聞こえよがしに漏らしてライブキャスターを弄り……
『パルムか……あいつさぁ、昔っから偉そうな奴だったけれど、大人になって更にひどくなってやがったんだ。俺の店に来た時なんだけれど、俺の女房を恫喝しやがってさ。料理持ってくるのが遅いだとか怒ったり。「お水のおかわりはどうですか?」 って聞かれたら「いるに決まってるだろうが! 頭おかしいのか!?」とか大声張りだして。そんで、ウチの店には出禁だよ』
 これは、うちの村にある喫茶店の人の声だ。なんでアンジェラはそんな物を録音しているのか……
「あー、これね、ウチがリフォームしたお店の店主にパルムの事をインタビューしたの。他にも聞く? 私、お父さんのおかげで、村の中じゃすごく顔が広いから。他にもいろんな人にインタビューしてるけれど……少なくとも、パルムは喫茶店を出入り禁止になるような人だってことは確かね。私そういう男は嫌いよ? 人の好みはそれぞれだから、そういう男が好きな人だっていうんなら止めはしないけれど、なーんか、パルムって男は結婚したら妻や子供に暴力ふるいそうね。
 それともデボラを、喫茶店を出禁になるような男と結婚させる気?」
 アンジェラの言葉に場の雰囲気が凍る。アンジェラはこういう話合いの時のために、色々と手を回していたし、今回もすぐに映像を出せるようにスタンバイしていたのだろう。なんとも準備がいい。これにもオーリンさんは反論できなかった。

18 


「わかった、それじゃあお前の望む通り、言おう」
 オーリンさんが前置きをする。
「私は、確かに私の家のためにパルムと結婚させたがっている。だが、これはウチの家は代々地元の有力者同士と結びつくことで、より優秀な血を残すために必要なことなのだ」
「そう、じゃあウィル君が優秀なら文句ないという事ね?」
 ようやくデボラは、一番もって行きたい展開へと持ちこめた。今のデボラならば、オーリンさんが首を横に振れば容赦なく殴るだろう。幼い格闘タイプのポケモンがそうするように、力任せに殴ってやろうという意思が見て取れる。
 デボラは父親の顔を覗き込み威圧する、俺の方からは彼女の後頭部しか見えなくて、その表情は伺いしれないけれど、オーリンさんが無言なところを見ると、きっと恐ろしい表情をしているのだろう。
「そうだな。だから、そこいらにあるような育て屋の男なんかと結婚させるわけにはいかない……だが」
 デボラがさらに拳を固めようとしたところで、オーリンさんは続ける。
「ジョセフと結婚するはずだったナノハ=カンバイは、ジムリーダーの娘であり、レンジャーの資格も持っているような強い奴だ。世間知らずなところはあるが、体も健康で家柄も問題なし。そして、カンバイ家はこの島……ライズ島の観光地である渡り鳥の休憩地にして、グラシデアの花畑があるカンバイ湖付近の土地を所有している。結婚して、ジョセフがその土地を管理出来ればと思ったが……そうだな、ウィル君がポケモントレーナーとして有名になれば、いくらでも利用価値はある。スポンサーが付くほどのトレーナーになってくれるのならば、いいだろう」
「相変わらず金のことしか考えていないんだね……呆れた。遺伝子云々とか言っていたけれど、けっきょくはそれに帰結するのね」
 デボラが嫌味たっぷりに口にする。いや、なんというかオーリンさんの本性がむき出しになっているってことなのだろうか。
「妥当と思える水準の条件を出そう。この地方では祭りがあるな。四年に一度の祭り……大会の一年以内に生まれたポケモンだけで戦い、赤組と青組に分かれて戦う祭りが……確か、赤青対抗幼獣喧嘩祭(レッドアンドブルー アンダーワンバトルフェスティバル)と言ったな」
 その大会、知っている。大会開始の一年前以内に卵から育てたポケモンや、一年以内に捕まえた一〇レベル以下でなおかつ捕獲時に進化していない(カビゴンやマリル等を除く)野生のポケモンのみが出場できるという大会である。
「その代表選手に選ばれるのであれば、構わん。要するに、赤組か青組の四位以内に入れるのならばな」
 最終的な戦いは赤と青の代表選手四人によるシングルバトル勝ち抜き戦。四位以内に選ばれた代表者は、対抗戦で一人で五匹までのポケモンを出すことが出来る。
 対抗戦の大将は五匹に加えて、大会の実行委員が育てた一歳以下のラティアスかラティオスを使役することが出来るので、合計二一匹のポケモンで戦う団体戦だ。つまるところ、どちらかの陣営でベスト四に入る実力がなければいけないということだ。
 生まれてから一年以内のポケモンのみが参加資格を得るという性質状、若くレベルの低いポケモンで争うことになり、また大器晩成型のポケモンとなると少々厳しいものがある。何年もかけて育て上げた最高のポケモンで戦うポケモンリーグとは違い、いかに素早くポケモンを育てられるかが勝負となる、早熟のポケモンが好まれる大会だ。
 ある意味、それなりに使えるポケモンを手早く育てることが求められる、育て屋という職業が最も輝く大会ではあり、そう言う意味では俺が有利だ。リーグで優秀な成績をおさめろといわれるよりも、よっぽど有難い。
「このお祭りはリテン地方のローカル大会ではあるが、優秀な成績を修めた者へ送られる商品がキーストーンやメガストーン、そして場合によってはラティアスやラティオスをも入手できるとあって、色んな国から参加者が来るような国際的にも有名な大会だ。その大会で成績が残せるのならば、認めてやらんでもない。お前も何かと良い広告塔になる」
 そう、この大会は外国からも参加者が来るお祭り騒ぎの大会である。そして、時にはポケモンリーグのチャンピオンすらも参加する。どうせ、オーリンさんは俺がその中で四人に選ばれるとは思っていないのかもしれないが、『優勝しろ』と言わない当たり、俺が代表選手に選ばれるならそれはそれで結婚する価値があると考えているのかもしれない。ある意味、そこまで家柄にこだわれるのであれば清々しい。
 それなら、何がなんでもその約束を守らせて見せようじゃないか。
「やります」
 舐められているかもしれないけれど、俺が育てたポケモンは強いんだ。シャドウとラルはあらかじめ育ててあったポケモンだから、純粋に一年で育て上げたわけじゃないけれど、若いポケモンをあれだけ育てることが出来たんだ。育て屋としての腕前ならば自信はある。俺を舐めたことを後悔させて……いや、恥じらわせてやる。
「ちなみにこの大会、かつては育て屋のユーリ=マルコビッチが二度も自身の陣営で一位に上り詰めたそうだ……育て屋のお前には丁度いい目標だ」
 ユーリ=マルコビッチ……そういえば、俺が生まれる前の話だけれど、そんな名前の人が優勝していたっけ。それ、ドワイトと姓が一緒なんだけれど、まず間違いなく血縁なんだろうなぁ……。
 アンジェラやデボラも察したらしい、こんな話の最中だというのに何かを納得したような表情をしている。

19 


「それで、デボラは……お前は少なくとも二つの外国語をマスターできるようでなければ、認められんな」
 そんなことを考えているうちに、話は進む。
それって、今私がやっていること?
 デボラは一体何を言っているのか俺には全くわからない。どうやら異国の言葉……というか日本語のようだ。
お前、いつの間にそんな言葉を覚えたんだ?
 突然の異国の言葉に、オーリンさんも驚き目を見開いている。
冒険の最中に学んだ。もちろん冒険に出発する前にもたくさん勉強する
 デボラが何を言っているのかよくわからないし、ちょっとたどたどしく言葉にも詰まり気味。だけれど、オーリンさんの表情を見る限りでは、きちんと意味が通じている事は明らかだった。
「なるほどな……お前達も、一時の気の迷いだけで私に歯向かったわけではないというわけか……お前から突然日本語で話しかけられるとは思いもしなかったぞ」
 確かに、驚くのも無理はないけれど。デボラは俺と一緒になってからも、隙を見ては日本人観光客を世間話をしていたから、それを知っている俺達にとっては当然のようにも見えた。
「……少し文法の間違いはあったが、まだ成長の余地もありそうだし、外人が相手ならこの程度の間違いで気を悪くする者もいないだろう」
 なんて言ったのか気になってしまうが、今はそんなことはどうでもいいか。どうやら、オーリンさんは俺達のことを甘く見ていたらしく、子供達の浅い考えだと思っていたらしい。恫喝すればデボラが従うと思っていたのも、きっとそういうことなのだろう。
「分かった、いいだろう。中学を出たらお前はすぐにパルムと結婚させる予定だが……それまでにもう少し日本語をうまく喋られるようになって、その上でカロス語を話せるようになるならば、認めよう……」
 デボラが中学を出たら結婚。と、言うことは義務教育は一六、中学生期の卒業が一八歳までだから、それってつまり大会にはあと一回しか出られないということだ。いや、だとしてもやるしかない。
「……では、二人の条件は以上だ。確かに、アンジェラの言う通り、私達が取り決めた婚約に法的な拘束力はないが、こちらとしても簡単にウィルとの結婚を許すわけにはいかない。もしも約束を破るのであれば、この村に住むことは出来ないと思え」
 具体的に何をどうやって俺達をミクトヴィレッジに住めない状況にするのかはわからないが、オーリンさんの言葉はどうやら本気のようだ。睨みつける彼の視線が痛いくらいだ。 
「何にせよ、こうして密会を続けるならばこれ以上は旅を続けさせるわけにはいかんな。デボラ、荷物をまとめて帰るぞ」
「断ります」
 オーリンさんが凄んでデボラを連れ帰ろうとするも、デボラは毅然とした態度でそれを拒否する。
「ウィル君と旅をしなければいいんでしょう? 今まで出来てたんだから、出来るし」
「わかった。ウィルと密会しないのであれば……勝手にしろ」 
 デボラは今まで親に反抗したことなどなく。それゆえ、こうやって明確に敵意を向けられるとオーリンさんもどうすればいいのか良くわからないのだろう。すぐに暴力を振るう者は、逆に暴力を振るわれると一気に大人しくなるというのは聞いたことがあるけれど、これがそういう事なのか。
「それじゃあ、お前はどうするんだ、ウィル?」
 デボラが旅を続行する意思を伝えたところで、父さんが俺に尋ねる。
「俺はいいよ。デボラがいないなら、旅を続ける意味もないし……またデボラと会っているんじゃないかって疑われるのもしゃくだしね。それに、大会に参加するためには色々と回らなければいけないし、旅はその時に出来る」
 俺はじろりと父さんを睨む。父さんが余計なことをしなければ俺は旅を続けられていたんだと思うと、恨めしくって仕方がない。

 結局、俺は家に帰ってからもみっちりと怒られることになったが、それを最後まで聞くことなく俺は外に出てポケモンの育成を始めた。もう俺はポケモン売買免許を持っているんだ。その気になれば親の金がなかろうともどうにだってなる。現に今俺の手持ちのファイアローを売れば、二年程度の生活費を得ることは訳ないのだ。
 親のメンツだか何だか知らないけれど、結局のところオーリンさんがどれだけ吠えたところで、島唯一の育て屋への需要がなくなることはない。野生のポケモンから家畜を守るための番犬は、ウチが育てるのが一番強いのだから。ってか、俺のポケモン三体居れば軽くジム八つ突破できるし。

20 


 結局、私達は説教を受けたその日のうちに旅を再開して、リンドシティの街を散策する。まだこの街のバッジは手に入れていなかったが、いつまでも同じ町にとどまっているのもなんだし、一度別の街までポケモンを鍛えがてら観光しようということだったのだが……色々と考えた結果、私はアンジェラに突拍子もない話をする。
「ごめんね、アンジェラ。やっぱり私、これからは貴方と一緒には旅をしない」
 そうだ。私はこの旅の目的は、思い出作りもウィル君との密会もあるけれど、ウィル君という目的が消えた今、もう一つの目的である観光客に話しかけまくって日本語を覚えるという目的が残っている。
「えー……まさかこのまま語学留学とか言って日本にでも飛んだりしないよね? いくらパスポート持ってるからって……」
「そこまではしないけれど、でも私としては、今のままではさらなる成長は望めないと思ってね。こっちの言葉があまり分からないような人に、私が案内を買って出るの。もちろん相手にはこっちの言葉を勉強してもらうし、相手の言葉の勉強もさせてもらう。そういう持ちつ持たれつな関係が出来る奴を捕まえて、残りの期間、二人旅をするから」
「なんか、聞く限りではものすごく大変そうなことだけれど大丈夫なの?」
 アンジェラが問う。もちろん、答えはイエスだ。ものすごく大変だろうし、けれど大丈夫だ。
「この旅に出てから、名前も知らない人間に何度も何度も話しかけまくっていたからね……もうそういうのが大変って感覚は忘れちゃったよ。今まで、ウィル君だけがいればいいやなんて思っていた自分が恥ずかしいくらいにたくさんの人と話している。何とかなるでしょ」
「もう、何か変な人に掴まらないでよ?」
「……その事なんだけれど、悪い事を考えている人は」
 私はぽん、とジェネラルを繰り出す。ウィル君の助けもあって進化してルカリオとなった彼は(冬至に近いクリスマス付近の季節は日照時間短すぎて苦労した)人の考えている事がある程度読みとれるようになる。悪い事をしようとしている人間には、近づかないように守ってくれるはずだ。
 まぁ、ごくまれに人に危害を加えることを悪いと思っていない人間、いわゆるサイコパスな人間には効果がないそうだけれど……そんな人間はそうそういないだろうし大丈夫よね?
「この子に守ってもらうよ。そのために、リオルを貰ったんだから」
「なるほど。確かにルカリオなら出来るかもね……」
「それにシャドウやトワイライト、エリンもいるから。私の身の安全の事は心配しないで。みんな頼もしい私の相棒なんだから」
 そう言うと、アンジェラはうんと頷いた。
「私は一応止めとくよ、危ないって。でも、行くんでしょ?」
「貴方がトイレに行っている間に、私が手紙を残して消えたことにしておいてよ」
「何それ、迷惑な消え方だね……でも、それでいいか。私もその方が怒られないで済みそうだし……」
 はぁ、とアンジェラは息を吐く。寒さで真っ白な息が出て、空に昇って行く。
「アンジェラはどうする? このまま帰るなんてことは……しないで欲しいけれど、でも一人旅も辛いよね?」
「いや、せっかくだから旅を続けるよ。でも、確かに一人で旅をするのもちょっと不安だし……うん、ドワイトあたりでも誘うかな。あいつならば旅をする友達に飢えていそうだし、何とかなるっしょ」
「そうだね。頼りになりそうな子だし、いいと思う」
 これでアンジェラが旅を止めてしまうなんてことになったら申し訳ない気分でいっぱいになるところだ。けれどアンジェラは前向きに検討してくれているので、その心配もないようだ。
「それじゃ、アンジェラ。この三か月間、楽しかったよ。最高の思い出だった……」
「もう行っちゃうの?」
「うん、別れを惜しんでいたら前に進めなくなるもん……」
 私はアンジェラをぎゅっと抱きしめ、そのままの態勢を取る。その感触をしみじみと噛み締めながら、私は腕を離してトワイライトを繰り出す。もう夕焼け空となったリテンの空に、その名の通り夕焼けのような燃える鬣のギャロップ。跳び乗ってそれにまたがった私は、彼の頭を撫でながら、『行こう』と声を掛けた。そうして、振り返ることなく私は手を振って別れを告げる、デボラは何も言わずに黙って見送ってくれた。そう、これでいいのだ。
 寂しくとも、それに耐えられないようでは前に進めないのだから。

 私はリンドシティに舞い戻ると、真っ先にリンドシティ西側にあるヒートロード空港に向かう。そうして、黒髪で黄色い肌という日本人の特徴を強く持った、一人旅をしているであろう者に狙いを定めて話しかける。年齢とか、性別はあまり問わなかった。
 さすがに、旅に同行してくれるという人は簡単には見つからなかった。仕事で来ているからと断られたり、留学しに来たからと断られたり。中々お目当ての相手は見つからない。それでも、諦めずに探していれば条件に見合う人間も見つかるものだ。
 その人物は二四歳と年上の男性で、名前はシイ。彼はフリーのポケモンブリーダーをやっているとのこと。ウィル君のように育て屋のような広大な敷地を持たず、旅をしながらポケモンを育てて気ままに売り払うトレーナーなのだとか。そして、その旅の過程でバッジをコレクションしているとかで、今までにもたくさんの地方を巡っては八つ以上のバッジを集めて、その地方を制覇しているのだという。今年もゆっくり旅をしながらジム巡りをしたいのだという。
 イッシュへ行く際に英語は学んだらしく、リテンの英語とは色々と違いはあるものの、基本は同じだから言語には困らないという。
じゃあ……私が、日本語をまなぶたいのですが、問題ある?」
 私がシイさんに問うと、彼はにっこり笑って頷いた。
大丈夫だよ。一緒に旅をしてくれる人がいると楽しいからね。でも、君が日本語を学ぶのは構わないけれど、逆に私にもこっちの言葉を教えてくれるかい?」
 シイさんは言語を変えて続ける。
「まだ、カタコトなんです。もっとうまくしゃべるようになりたくて。私も、一緒に勉強、いい?」
 シイさんの言葉は、確かに発音とかアクセントとか、そういうのはとてもじゃないがネイティブとは違う。けれど、私の日本語よりかはましに聞こえた。
おたがい、頑張ろう」
「うん、お願いします。今日から仲間だ」
 彼は、今から俺達は仲間だと、私達の言葉で言う。さぁ、もう後に引き返すわけにはいかないぞ。身の安全を確保するのは忘れないようにしつつも、異国の人間と暮らすこの時間に慣れて行かないと


次……許嫁を取り戻せ5:それぞれの旅路、前編

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*1 ポケモン世界の人間だから出来る芸当です。良い子は真似しないでね

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Last-modified: 2016-10-29 (土) 23:50:46
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