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許嫁を取り戻せ3:アンジェラとの二人旅、後編

/許嫁を取り戻せ3:アンジェラとの二人旅、後編


まとめページ……許嫁を取り戻せ
前……アンジェラとの二人旅、前編


キャラ紹介 


デボラ=スコット
ミクトヴィレッジのウイスキー醸造所の取引を取り仕切る、この村の経済の立役者の娘。
旅の最中にジムリーダーの半生などを聞いているうちに、どんどんと考えることが過激になって行く。
弱い女じゃいられない、そのために強くなるんだ!! という意気込みはいいのだけれど、やりすぎはイケナイ。

 トワイライト
ギャロップの雄。もともとは兄のポケモンだったが、兄が死んでしまったために引き取った。去勢済みなので生殖能力がない。特性はもらい火である。
じつはよく荷物運びをやらされているが、雨が降った時はボールに収納されている

 エリン
ニャオニクスの雌。許嫁への贈り物として雌雄セットで子供に送られた。実はデボラは雄の方が好きなのだが、貰ったのは雌である。特性は勝気。
気まぐれに甘えて来る

 シャドウ
アブソルの雌。舐め癖のある子だが、舐め癖はウィリアムの趣味であるため直されなかった。あの舌が顔を這う感触がたまらず、ゾクゾクと快感が走るためにやめられないのである。
その癖のせいで、アレルギーの人に害を与えたらどうする気だと怒られたため、現在躾の真っ最中だ。


アンジェラ=スミス
この村唯一の大工の家。兄が三人もいるため男勝りの性格で、身体能力も肝の座り方も男子顔負けでずば抜けている。
筋肉のある男が好みのタイプである。そういう意味ではウィリアムも結構好みのタイプであったのだが、当然デボラを裏切るようなことはしない

 タフガイ
ドテッコツから無事ローブシンに進化した雄。特性はちからずく
野外でランチを食べるときに、珠に石柱をベンチがわりにされることがある

 ラル
ドリュウズの雄。泥臭い。格闘タイプとの相性補完を考えた結果、この子に落ち付いたとか。大麦畑の作業員としても需要が高いポケモンであるため、育て屋としてのノウハウは多いのだとか。特性はすなのちから。
強い日差しは苦手

 ラーラ
カエンジシの雌。リテンの象徴となるカエンジシとギャロップという組み合わせだが、象徴となっているカエンジシは雄である。これじゃ意味ないんじゃないかと若干思われているが、そんなことはさて置き実は狩りが下手で群れではごくつぶし扱いだった個体。
群れのカエンジシが皆闘争心持ちなので、雌を狙って狩りをする際に遅れが出ていたことが狩りが下手な原因であり、自信過剰の特性のため、一回でも狩りに勝利すれば自身もついただろうが、その前に人間に飼われて安定した生活を求めたようである。


ドワイト=Y=マルコビッチ
優秀な育て屋の子供。親が優秀なトレーナーであり、それが原因となって人づきあいが苦手で、上から目線が崩れないうざったい奴だが、年下なのでデボラもアンジェラも多少大目に見てあげている。陸上グループアレルギーのため育て屋で売れ筋のポケモンを一部育てられないのを負い目に感じている。

 ニドヘグ
ガバイトの雄。洞穴で暮らすポケモンであるため、暗所での戦いに強く夜の警備員としての人気は高い売れ筋のポケモン。
夜間の砂がくれは、発動すれば闇と砂にまぎれる相乗効果により、試合で行われるそれよりもはるかにやっかいなのだが、施設内を砂まみれにするわけにもいかないので敬遠されている。そのため、砂がくれの子はある程度育てて里子に出されているとか。

 ダイフク
タブンネの雌。アレルギー症状により喘息の発作が出た際は、飛び出してきてドワイトに癒しの鈴をかける。吸入器以上に即効性があり、喘息のみならず発疹にも効果があるため、戦力関係なしに頼りにされているが、六〇レベルを軽く超える女傑である。

 


 アンジェラが行うジムリーダーとの再戦は勝利で終わる。レベルを上げたのはもちろんだが、野生上がりだったラーラもようやく人間の指示を受けて行動することに慣れたらしい。前回よりも指示を受けた時の動きがいい。あと、バトルの時とは関係ないが、トイレもきちんとボールの中に戻って出来るようになっていた。トイレの仕方を覚えたのならば、そろそろラーラを室内に放しても大丈夫だろう。
 また、タフガイも経験を積んで強くなっており、ローブシンへと進化した身体にも慣れ、進化した時よりもより逞しくなっている。そうなってしまえば、バッジ三つ程度の敵など相手ではなく、以前とは立場が逆転する形で勝利を飾ったのだ。
「いやー、負けちゃったなぁ。お嬢ちゃんとお嬢ちゃんのポケモン、強くなったねぇ」
 ジムリーダーのウドはアンジェラの成長を素直に喜び称賛する。そんな、バッジ三つ目程度でこれでは少し褒めすぎではないだろうか。
「まだまだ、成長期の子達ですし、当然ですよ。ウドさんなんて、全然本気を出していないわけだし……もっともっと強くならなくっちゃ」
 アンジェラも、バッジ三つ程度で喜んではいられないと謙遜する。
「お、もしかしてチャンピオン志望かい? 未来のチャンピオン!?」
 そのアンジェラの態度がウドさんは気に入ったらしい、いきなり興奮して食い付いている。
「いやいや、違いますよ。私はこう……結婚の許可を貰うための旅をしていて、私はその……」
「マジで!?」
 未来のチャンピオンと言われて慌ててアンジェラが否定するとともに告げたことに、ウドさんはさらに勢い良く食い付いた。
「いや、そうか……なるほどなるほど。うちは同性愛者でも歓迎だから、結婚式なら任せてくれよな……バッジ付けてれば割引するからさ」
 ここ、グレトシティでは教会の牧師やら神父やらではなく、鍛冶屋が結婚式に置いて重要な役割を持つ。ので、現役の鍛冶屋であるウドさんが興奮するのも分かるのだが、どうやらすさまじい勘違いをしている。
「あの、ウドさん。最後まで話を聞いてください。結婚の許可を貰う旅をしているのは、その……連れのデボラちゃんであって、私はただの旅の付き添いです」
「あの、アンジェラの言った事で何の誤解をされているのか大体予想はつきますけれど、私達はレズビアンじゃないですからね!? 私もアンジェラも男性が好きですから」
 私達がレズと勘違いされてはたまらず、アンジェラと私で勢いよくウドさんにツッコミを入れる。
「え、そうなの? なあんだ、四天王のゲッカさん以来にそういうカップルが来たかと思ったのになぁ……ちぇっ」
 すごいビッグネームがこのジムで結婚式を挙げているようだけれど、そんなこと私達に期待されても困る。
「『ちぇ』、じゃないですって! 私は……私は……」
 ウィル君と結婚できない理由を思いだして、私はため息をつく。
「まぁまぁまぁ、デボラ。あのですね、ウドさん。私は、彼女の結婚に関しては協力はするけれど当事者ではなくってですね……同性愛の禁じられた恋っていうのも刺激的ではありますが、デボラの恋路もそれはそれで刺激的なんですよ。……だけれど、デボラ? 話す?」
「うーん、そうだね。別に話してもいいけれど、そろそろ夕方だし、先に明日の宿を決めたいのですけれど……野宿したほうがいいかな?」
「街にいるのに野宿だなんてもったいない! よし、ウチの家に来るんだ! 大丈夫、俺は妻が一人に娘が二人。おまけに息子も一人いるぞ! 君達に手出しなどしない! トレーナーを泊めて世間話するのは日常茶飯事だから気にするな!」
「あ、どうも……」
 炎タイプかと思うほど暑苦しい声で告げるウドの好意に、何だか断れそうな雰囲気ではないため、私は思わず好意に甘える言葉を第一声で発してしまった。
「いやちょっとデボラ。そこはもう少し考えて言うべきじゃない?」
「いやだって、アンジェラ。今ちょっとお金節約しなきゃいけないし……」
「うーん、まあそれもそうか……では、お願いします、ウドさん」
 そう、学習装置を買ってからの金欠はまだ続いているのだ。観光客に勝負を挑んでお金を巻き上げてはいるものの、それも微々たるもの。路銀で大体消えてしまう。食事や屋根を無償で提供してくれるであろうジムリーダーの家に泊まれるのであれば、それに甘えるべきだろうし、きっとジムリーダーなのだから今まで受け入れたトレーナーにも金に困っていた子供が一人や二人いたはずだ。
 土産話くらいしかお返しできないが、こう言う時に甘えておくこともまた、旅を続けるには必要なことだと私は思う。

2 


 夜、暖炉の中でヒードランがお湯を沸かしマシュマロを炙り、部屋の片隅ではリザードンが尻尾を丸めてのんびりしている部屋。鋼タイプのジムだというのに、鍛冶屋であるせいか炎タイプのポケモンも多く、冬は暖房代わりのようである。
 二匹のポケモンのおかげでとても暖かな室内にて、私達はウドさんの奥さんが提供してくれた温かい食事にありつくことが出来た。食事の最中、私の身の上話を聞かせると、ウドさんはうんうんと頷きながら感心して聞いてくれる。
「泣けるねぇ……いや、本当に泣けるよ。ジムリーダーやってると、ロクでもないトレーナーにもたまに出会うし、そういう奴は将来結婚出来るのかなー? とかって心配になったりもしたけれど、そうかそうか……君もそういうろくでもないトレーナーと結婚させられそうなんだなぁ。そのせいで人間との結婚が出来ないかもしれないのか……」
「そうなりますね。有能なのに、この年になっても嫁の貰い手がいないというのはそういう事なのでしょう」
 パルムは、別に女性に興味がないとかそういうわけでもないようだし、ね。
「そうなると、相手の男は恋人が出来なければ許嫁を取ってしまえばいいって事か、悪い男だねぇ。あんたみたいないい子がそんなろくでもない男の嫁にされたらかわいそうだよ」
 ウドさんは、何だか私の事を大きく買ってくれる。私は私自身、そんなに優れた人間だとは思わないけれどなぁ。
「えぇ、私もあの男は嫌ですが……でも、父親の言う事も分かります。村の経済は父が向上させたので、今の村の豊かな暮らしは父親のおかげなんです。ですから、その後を継ぐ者が必要なのは分かるけれど……それを、そんな外れクジのような男ではなく、私が後を継げればって考えていて。それで私は、こうして旅をすることで父親に認めてもらいたいんです。私は逞しい女であるってことを。それでもって、旅の間に外国からの観光客に話しかけまくって外国語の勉強もしているんです」
「ほー、外国語の勉強か。すごいねー……いやさ、俺もね、外国語の勉強してるんだよ。だってさ、相手がポケモンに指示を出した時に、俺も反射的に何か指示を出さなきゃいけないじゃない? 例えば、相手が火炎放射をして来たらこうしようとか、地震をして来たらこうしようとか……でも、言語が違うとそういうのに困るんだよ! 相手が何を言っているか分からないから反射的に動けなくって、外国人相手には勝率が落ちたなぁ……」
「ジムリーダーって大変なんですね。私も観光客と何度も戦っていますけれど、Hado-danとかTsuzigiriとか、そんな技が何を意味するのか分からなくって戸惑いましたね。」
「そうそう。とにかく技名とポケモンの名前だけでも覚えておかないと、本当に苦労するの。特に観光客が中級者くらいまでならまだ対応も出来るけれど、上級者で、なおかつあっちだけ英語が分かるとかいう悪夢のような状況になったら、負けるね、負ける。だからね、ここだけの話、チャンピオンって結構何か国語も出来る奴が多いんだよ。ウチの地方のチャンピオン、クシアさんはポケモン博士も兼業しているけれど、国際的な場で発言することも多いからって、母国語含めて4か国語喋られるんだって。すごいよねー、クシアさんは。
 ホウエンのダイゴさんも大企業の御曹司だけあって英才教育の賜物なんだね、他にもカントーのグリーンさんも三か国語喋られるっていうし、もう頭が良く無きゃ強くなれないんだってひしひしと伝わってくる。だからデボラちゃん! 頑張れよ! マジで頑張って言語を習得するんだよ」
「いやまぁ、そうするつもりですけれど、それが終着点ではないんですけれどね……っていうか、私ジムリーダーにはならないからそんなことはどうでもいいですってば」
 いつの間にかウドさんの中で手段が目的にすり替わっており、私は苦笑する。
「やーねー、あなたったら。お嬢さんにそんなこと言われちゃってますよ。貴方は話しているうちにすぐに話題が変わっちゃうんだから」
 ウドの奥さんも笑っている。ウドさんは少しお酒が入っているし、興奮していて論点がずれてしまったということにしよう。
「ねえ、お姉さんはそのパルムって人をいい子にしてあげられるようにしようって思わないの?」
 一通りの話を終えた時、ウドさんの娘が問いかける。
「いい子に? やだ、もう相手は大人よ」
 そう、大人の性格なんてそう簡単には変わらない。年上すぎるのは我慢できても、性格までは流石に……ため息をつきたくなるが、客として招かれている手前、ため息をつくのは止めておこう
「えー、でもお母さんはお父さんをビシバシしつけてあげたって言ってるよー?」
「ちょ、マイ! おまえなぁ、そういう事を教えたら父さんが恥ずかしいだろうが!」
 子供の無邪気な言葉に、ウドさんは恥ずかしそうに子供を責める。思わず笑顔になってしまいそうなそのやり取りに、私はふっと神から啓示が下りて来たような、目からうろこが落ちたような気分になる。
 そうか、ビシバシと躾してやればいいんだ。私は『結婚しなさい』とは命じられたけれど、『パルムに従いなさい』とは命じられていないのだ。たとえ命じられても、そこまでしてやる義務はあるまい。もしもウィル君と結婚できなくとも……私は徹底的にパルムを教育しよう。例えウィル君と結婚できなくとも、それでも私を幸せにしようと精一杯頑張ってくれるならばそれでいいんだ。。
 けれど、『もしも私の幸せをないがしろにするならば、徹底的に叩きのめす』。それが私のするべきことなのだ。そう、トリカさんも言っていたではないか。理不尽な行いには理不尽な行いで返してもいいと。私は、毒のある女になるべきなんだ。

3 


 一宿一飯の恩恵にあずかり、私達はウドさんの家を去る。客人用のマットレスまで用意していただいた感謝は計り知れず、何度も頭を下げてお礼をしたが、ウドさんは『そんな事よりも結婚式はぜひうちで』と、その事をアピールすることにばかり余念がないようだった。
 翌日、立ち寄ったポケモンセンターで、家族にその時の出来事を報告すると、アンジェラは貴重な経験をしたなと父親に褒められて、私も似たような感じで母親には褒められたのだが。父親はあまり男を信用するなと難色を示す。相手は社会的地位もある人間、ウドさんと二人きりでホテルに泊まるとかならばともかく、家族が住んでいる家に泊めてもらったのだというのに、何を怖がる必要がある? 父さんは、ジムリーダーが家族ぐるみで追いはぎやら裸の写真を撮って金銭を脅し取るような真似をするとでも思っているのだろうか?
 楽しい話をいろいろしたのだけれど、父親の余計な言葉のせいでなんだか色々と台無しの気分である。


 ともあれ、楽しい旅路をそんな父親の一言で台無しにしてはもったいない。私は母親の言葉や表情を心の深くに刻み込んで次の目的地を目指す。
 次のジムはチェストシティ。この街は皆で知恵を出し合い、協力して生きることの象徴として、ビークインとミツハニーが街の象徴として扱われている。そんな街に住むジムリーダーは虫タイプのポケモンを操るほか、ドラピオンなどタマゴグループが虫のポケモンも繰り出してくるらしい。私達には炎タイプのポケモン、ギャロップのトワイライトが居るので、弱点を突くにあたっては引き続きその子達で問題ないだろう。
 しかし、岩タイプの攻撃は、アンジェラはタフガイに任せれば何とかなるとして、私はどうするべきだろうか? ストーンエッジか岩雪崩を使えるポケモンがいればいいのだが……新しくゲットしないことには難しそうだ。
 まぁ、チェストシティにたどり着くまでの移動距離は長い。寄り道もしながら考えればよいことだ。その寄り道をどうするべきかという話になると、私達は古都コリーへと向かうことに決まっている。
 コリーはリテンの中でも比較的大きな聖堂がある場所だ。その建物の荘厳さは写真で見ただけでも圧倒的だが、その周囲の街並みも、時間に取り残されたかのような趣のある光景で美しい。とはいえ、そんな街並み自体はリテン地方全体で見ればそう珍しいものではなく、コリーの大きな特徴は街の小さな区画を取り囲む城壁から大聖堂や街並みを見下ろすことが出来る事。その際の美しい俯瞰はこの街に訪れるにあたって最大の魅力といえよう。
 そこへ訪れるにあたり、私達は二〇〇キロメートルの道のりを歩かなければいけないわけだ。トワイライトに乗って行こうかな? と弱音も吐きかけるが、そうやって楽をしていると私達の足腰が育たないだろうから、やはり野生のポケモンや観光客などと戦いながら、ゆっくり向かうのが最善だろう。でないと、急ぎすぎればジム戦も厳しくなってしまう。
 そんなわけで、今回も変わらず歩いていくことに決めた私達は、進路を南東に、約二週間の旅路をスタートさせる。
 グレトシティを南にひたすら進み、途中にある国立公園を突っ切って行く。これから向かう土地は、ヨーテリーがネズミ退治要因として重宝された場所。犬系のポケモンがネズミ退治というのは少々意外なようだが、気まぐれな猫系のポケモンよりも、きちんと命令を理解しやすい犬系のポケモンの方が都合のよいこともあったのだろう。国立公園には野生のヨーテリーもちょくちょく見かけ、勝負を挑んで来ようとする子もちらほら見かけるが、それらはシャドウを出すだけでその力量差を理解して逃げて行ってしまう。
 ヨーテリーたちは育てれば強くなるかもしれないが、今から育てるのは少し時間がかかりそうだ。ムーランドでも歩いていればゲットしたいのだが、ムーランドに進化してしまった子は、人間に頼りたい。飼われたいと考える子も稀である。人間の暮らしは楽だと知ってか知らずか、野生のまま最終形態まで成長したポケモンは、人間の前にわざわざ姿をあらわしたりしないのだ。
 だからと言って道を外れた場所に行って、獰猛なポケモンに囲まれてしまえば笑えない。シャドウとラルがいれば大抵は何とかなるだろうが、それでも用心しておくに越したことはなく、ポケモンを置く服掻くまで探すことは自重するべきだろう。

 なだらかな起伏の山と草原が続く国立公園の内部は相変わらず牧畜が盛んで、どこへ行ってもモココとゴーゴートの姿は絶えないし、石垣の柵も延々と続いている。それを外敵から守るためのポケモンはやっぱりムーランドで、その傍らには時折バンギラスのような狂暴なポケモンも見かける。砂嵐の下でのムーランドは素早さと強さを兼ね備えたポケモンとなる。特に、覚えさせた技を極限まで絞り、『吠える』と『とっておき』しか覚えていない極端なムーランドなんてのもこの土地にはいるらしい。ゴーストタイプ以外には対応が可能だし、そもそもゴーストタイプのポケモンが家畜を襲うことが。そして少ない。仮にゴーストタイプが現れたのであればバンギラスが前に出ればいい。大会ではあまり活躍できないかもしれないが、なるほど効率の良い番犬だと感心する。
 その道のりの過程で、私はようやく新しいポケモンとしてリオルを譲ってもらった。なんでも、番犬として繁殖させたものなのだが、ムーランドと番わせた際には予想外に雄側の種族が産まれてしまったために、引き取り手を探していたらしい。
 自然災害に対して力を発揮するアブソルもいいが、ルカリオは人の感情を察知することが出来るため、そっち方面での危険を回避するには最適だ。生まれたばかりということで今のところ一番弱いため、以降はこの子を優先的に鍛えることになるだろう。

4 


 ともかく、その日はリオルを譲りうけたことをウィルに報告する。育成するにあたっての注意点などを教えてもらえるだろうか?
「へぇ、リオルを譲りうけたんだ。いいじゃん、転ばぬ先の杖にはもってこいだよ」
 ウィル君も、何のためにリオルを引き取ったかよく理解しているようだ。リオルがルカリオに成長すれば他人の考えていることをある程度よ見とれるようになるという。少なくとも、敵意が歩あるかないか、悪意があるかないかなどはわかるのだ。
 災害を予知するアブソルと合わせれば、突発的な事故以外は大抵防ぐことが出来る。
「うん、確かに転ばぬ先の杖にはもってこいなんだけれどさ。今はなんというか、やんちゃ坊主でね……すぐにどっかいっちゃって危なっかしいから今はリードが手放せないのよ。一応、ちゃんとしつければ忠誠心の高いポケモンになるんでしょう? 早く格好いいルカリオに進化しないかしらね……」
「うーん……リオルを進化させるには懐かせることが重要だからねぇ。それまでは本当にぴょこぴょこせわしなく動くからリードは手放せないし、外に出す時は他のポケモンに見張らせておかないとマジでどっかいっちゃうこともあるらしいから気を付けてね。
 これってさ、ルカリオが感知能力が高いおかげって言うのもあるんだよね……親がルカリオなら、リオルが迷子になっても簡単に見つけられるから、リオルってそれに甘えてどこまでも走って行っちゃう性質があるんだって。こうすることにより、母親の感知能力が高ければ高いほど生き残る確率も高くなるんだ。そうやって、優秀な遺伝子以外が淘汰されていったんだろうねぇ……。
 リオルの波紋は、ルカリオの波導による感知の範囲外からでも同族のポケモンに届くから、最大十キロメートルくらいの距離まで助けを呼べるんだって……要するにね、リオルを迷子にさせるとそれくらい平気でどっかに行っちゃうから……最悪死ぬよ」
「うわぁ、そりゃ絶対に見つからないね……シャドウ臭いで追えるかな?」
「そういうわけで、リオルからは絶対に目を離さないであげること。俺は育てたことがないから偉そうに言うのもなんだけれど、それで衰弱死したリオルって少なくないらしいから……野生のリオルも、異種交配で母親が別種だと似たような事態に陥るんだって。マジで気を付けてね」
「わ。分かったよ。気を付ける」
 なるほど、リオルを譲り受けた時に首輪とリードを貰ったが、それがなかったら迷子からの衰弱死を決めるようなこともありえるわけだ。そうならないように気を緩めないようにしなければ。
「そうだ、最近サウスリテンに……何だっけ? プラズマ団とか言うイッシュで活動している団体の支部が出来てるらしいから、注意してね」
「何それ? 初耳。じっくりテレビ見る時間も最近はないもんでさ」
「えー……確かに旅の途中はテレビなんて見られないかもしれないけれど、ニュースくらいは見たほうがいいよ? えっとね、どういう団体なのかというと……その、ポケモンの解放を目的に動いているそうなんだ」
「解放、というと?」
「うん、人間のトレーナーの手を離れて野生に戻そうって言う意味だと思う。ポケモンが苦しんでいるとか、ポケモンのあるべき姿が野生だとかっていう話なんだけれど。劣悪な環境にいるポケモンの話とかも聞くから、プラズマ団の言う事にも納得できる部分もあるんだけれど、一部の団員は暴走してポケモンを持つことそのものがいけないとかって、ポケモンを強奪したりとかそういう事件があるみたいでさ。
 全部の団員がそういうわけじゃないだろうから、あまり警戒しすぎてもいけないとは思うけれど、気を付けて」
「分かった。でも、変なことをされてもシャドウがいるから大丈夫だよ」
 ウィル君の言う通り、確かに最近は全然ニュースを見ていなかった。どんな問題行動を起こしておかも含めて、警戒しておくに越したことはないだろう。

 新たな仲間を連れての旅路の途中、宿を得られなかった私達は牧場主から倉庫を借りてそこを寝床にした。出来れば部屋に泊めて欲しかったが、それは出来ないと相手が言ったため、仕方なく倉庫で眠る。客人があまり歓迎されないのは久々だったが、それでも屋根のあるところで眠れるだけましだろう。
「ただの倉庫でも、炎タイプのポケモンがいれば寒くなくっていいねぇ」
 私はトワイライトの白い肌を撫ぜながら言う。
「ちょっと熱いくらいだけれどね……あと、周囲の物が燃えないか心配」
「ギャロップの炎は懐けば炎は熱くないから大丈夫だよ。ほら、手を入れても大丈夫」
「カエンジシはそこら辺の温度管理苦手みたい。いつ触っても熱いの」
 言いながら、アンジェラはカエンジシの鬣に一瞬だけ手を入れて見せる。一瞬ならば大丈夫なようだが、長く入れれば火傷してしまう程度の温度なのだろう。下世話な話だが、炎タイプ以外のポケモンと交尾するときに困りそうだ。
「でも、この子のおかげで震えずに眠れるんだから、感謝だよ」
 一応、鬣以外の場所は触れても大丈夫なのだろう。アンジェラは胴に手を入れて暖かな毛並みを掻き分けて笑う。しかし、ベッドではない場所に眠るのも板についてきて。お互い逞しくなったものである。
 旅を始めた最初のころこそベッドどころか枕が違えば眠れないとすら思っていたが、今はソファの上や、固い床の上でも温かくさえしていれば眠れるようになってしまったから、慣れというのは恐ろしいものである。この地方は寒い地方ゆえ、短い夏が過ぎれば、眠る時にはトワイライトの存在が欠かせない。もちろん、家の中に招かれた時は暖炉に火の温めてもらうが、ある程度体毛が飛び散っても問題のなさそうな場所では、ラーラやトワイライトにたたずんでもらって部屋の気温をあげてもらうのがこの旅での恒例となっている(しかし巨大な暖炉でヒードランが眠り始めたのは驚いたものである)。
 しかし、ようやく落ち着き始めたところで、何やらリオルが不穏な動きをしている。周囲の匂いをしきりに嗅いで、後頭部の房を立てて何かを探すようなそぶりを見せている。
「あらら……もしかしてホームシックなのかな……」
 思わず私は口に出して困惑する。昼は元気いっぱいで走り回り、リードが手放せなかったリオルも、夜に落ち着いてくると母親がいない今の状況を寂しく思うらしい。しきりに悲しそうに声を上げる彼を落ち着けるべく、鳴き声を聞いたラーラとシャドウは寄り添うようにして彼の下に腰を落ち着けている。
 どちらも雌ということもあって、母性でも発揮しているのだろうか。特にラーラは群れで生きるカエンジシの雌ゆえか、他人の子供でも献身的に世話を擦るようだ。私もリオルを抱きしめて落ち着かせてあげようとしているが、抱きしめられながらもきゅんきゅんと鳴いて悲し気な彼を見ていると、少し引き離すのが早かったかもしれないと後悔してしまう。
「こんなに早く母親と引きはがしちゃったのは失敗かなぁ……」
「なあに、その子が辛いのは今だけだよ。いずれ慣れるさ」
 その様子をはたから見ていたアンジェラは微笑みながら言う。
「ちょっと冷たいんじゃないの?」
「だっていずれは親離れするんでしょ? それが早いか遅いかってだけで……今たしかに悲しんでいるかもしれないけれど、いずれ慣れるの。それに、いずれ慣れるからって今優しく落ち着かせることがいけないとかそういうわけじゃなくって、後悔するよりも、居間で着ることをしてあげなきゃいけないってわけで」
「あぁ、まぁ……そうだよね」
「いずれ私達の匂いに慣れれば、お母さんからも卒業できるって。だから、ずっと抱きしめてあげなよ、デボラ。っていうか、そんな顔してたらリオルも不安になるよ? もっと笑顔で、優しく見つめてあげないと」
「うん……分かった。ほら、落ち着いてよリオル。大丈夫だからさ」
 きゅんきゅんと泣きわめくリオルは、暴れ出して私の抱擁を振りほどいた。私が立ち上がって追いかけようとすると、シャドウが目にもとまらないような速度で駆けだして彼の首を咥えて持ち上げる。一気に大人しくなったリオルを私の目の前まで持って行くと、ゆっくりと下ろして渡してくれた。
「ありがとう、シャドウ。ほら、外に行こうとしちゃだめだからね?」
 そう優しく諭してリオルの体を撫でてあげると、リオルも逃げることは出来ないと悟ったのか落ち着きを取り戻すも、寂しそうに俯き気味だ。結局、泣き疲れて眠ってしまうまでの間、ずっと落ち着かずにきゅんきゅんと鳴き声を上げていた。途中でくるくると匂いを嗅ぎまわっていたので、すぐさまボールに入れて、その中でトイレを済ませる。ボールの中には糞尿を自動で処理してくれるスペースがあり(らしい)、リオルは一応ボールの中にいればそのスペースでトイレを済ませるのだが、自分からボールの中に入ることはまだ覚えていないらしい。とりあえず、今回は上手くボールの中でおしっこを出来たので、あとで餌をあげて目一杯褒めてあげなければ。
 せっかくボールに入れても、寂しいのかリオルはボールの外に出てしまい、何度も母親を求めて泣き叫ぶ。結果翌朝は体の疲れは取れていても、寝不足で眠くなってしまい、この日は早めに泊まれる場所を見つけて、早めに眠りにつくのであった。

5 


 リオルの名前をジェネラルと名付け、私達は国立公園を徒歩で突破した。リオルの名前は将軍と呼ばれるような強い子になるように……と言う理由ではあるが、正直なところチェンピオンやジムリーダーが使うようなルカリオと比べれば、どう考えても劣るような実力しかないだろう。別に私達はポンマスターやチャンピオンを目指しているわけでも無いし……ね。
 まぁ、言う事だけはでっかくてもいいだろう。
 古都コリーに到着して、私達は早速城壁のある街の中心部へと歩みを進める。街の一画をぐるりと囲む城壁の上を歩いて、見下ろす街の風景を楽しむのだがこの城壁の楽しみ方は風景を楽しむだけではなく、回りながら所々でポケモンバトルが出来る場所があるのだ。合計八つのチェックポイントをすべて勝利で一周出来たトレーナーは記念のメダルが授与されるのだが、なんとこのチャレンジはこの地方のチャンピオンですら失敗したという難易度を誇っている。
 なぜかってそれは、チャンピオンが前日にここにチャレンジするのが楽しみだとブログに書いたため、ネット上の掲示板に『チャンピオンの挑戦を失敗させようぜ!』と書き込まれて、チャンピオンを泣かせるために強豪トレーナーがずらりと集まったせいである。
 いかにチャンピオンといえど、状態異常による搦め手や、道連れなどを利用した捨て身の戦法をやられれば苦戦は必須である。チャンピオンが六人目の相手をしているところで手持ちが全滅し、ネットの住人の大勝利で終わった際は『君たちひどいよ』とブログに乗っていたのだそうだ。当時その様子を間近で見ていたという案内人の男性は、あの時ほど面白いことはなかったと笑顔で語ってくれた。
 城壁をグルリと回って街の内外の景色を楽しみ、そしてチェックポイントでは戦いも楽しんだ。4回目にはシャドウも倒れてしまったが、素人の私には上々と言ったところか。一応、ファイトマネーもそれなりに懐へ入ったので、全体的に良しとしよう。
 城壁を回り終えた私達は、ポケモンセンターでポケモンを治療したのちに、コリーミンスターという大聖堂に向かって、内部の探索をする。入場料は少々高いが、それだけ管理が大変なのだろう。美しいステンドグラスや、顔が映りそうなほど綺麗に磨かれた大理石の床。見上げる天井は息を飲むほど高く、建物は何もかも巨大なのに、石を削って掘られた彫刻は反比例するように美しく繊細だ。機械の手がない時代にこんな建物が建設できたとは、当時の人間の技術に驚かされる。アンジェラは特に、木で出来た家具の彫刻に強い興味を示していて、自分でもこんなもの作れるだろうかと隅々まで調度品を見回している。

 流石にここではポケモンバトルは出来ないが、そう言えばカロス地方のチャンピオンの部屋がこんな感じだったなぁと思いだしつつ、荘厳な雰囲気を存分に堪能する。かつてのリテンの王の彫像が並んでいたり、地下には聖人の墓があったり、静かな雰囲気で声を出すのもはばかられて、終始息が詰まりそうだ。
 地下の墓場の前にはゴルーグがいて、彫像のようにじっとして動かないが、もしも粗相があった時は周囲を焦土に化すレベルで大暴れするとか。ちょっと興味本位でライブキャスターでレベルをスキャンしてみたら、測定不能と表示される。一〇〇レベルまで測れるはずのスキャナーなんだけれどな……個人が所有するポケモンは一〇〇レベルを超えるとリミッターをかけなければいけないし、そもそも一〇〇レベルなんてポケモンは生まれてこの方見たことがなかったからそんな法律の事など忘れていたが……」
 なるほどここのポケモンは『個人』が所有しているわけではないから、問題ないというわけか。そんな化け物ポケモンは野生の伝説のポケモンか、もしくは軍隊が所有しているくらいなものかと思ったが……昔は聖職者も軍隊であったということを今更ながらに思いだしてしまった。しかしこのゴルーグは人間が従えられるレベルを超えているような気がするが、こんなのが街中にいるというのは、いくら何でも恐ろしすぎないだろうか?
 昔、子供が職員の制止を振り切って墓に悪戯しようとした時は、パンチ一発で子供の原形が残っていなかったそうだ。
 そうして、大聖堂の中を一通り回って、私達はその日の観光を終わりにした。
「ふーむ……ジェネラルのレベルは一〇か」
 城壁の上での臨時収入もあったので、今日は暖かいポケモンセンターに宿泊する。持ってきたライブキャスターでジェネラルのレベルを計ってみると、今日はシャドウが頑張ったおかげもあってか、学習装置により彼のレベルも上がっていた。貰った直後はレベル五だったのが、この四日でこれだけ上がったという事か。そろそろ野生のポケモンに戦いを挑まれた時は彼に任せてみてもいいかもしれない。
「こらこら、ジェネラル。あんたタフガイの石柱を勝手に使っちゃだめでしょ」
 個室にてポケモンを出してみると、ジェネラルはタフガイが持っている二つの石柱のうち一つを、よたよたとおぼつかない足取りで持ち上げている。
「すごいねー、ポケモンって。こんな小さい頃からこんなに重い物を持てるなんて。でも、危ないからタフガイに返してあげてねー」
 と、アンジェラがジェネラルごとひょいと石柱を持ちあげてタフガイに渡すのだ。しかし、タフガイは笑ってそれを拒否して、ジェネラルに石柱を好きにさせてあげる。
「なに、これ持たせちゃっていいの? あんた親切ね」
 タフガイは、子供が体を鍛えようとしているのならば、それを尊重するつもりらしい。ジェネラルも意地っ張りな性格だし、無理やり奪っても怒るばっかりだと他のポケモン達も分かっているのか、他の皆も空気を読んでいる。強くなりたいと体を鍛えようとするジェネラルの姿が愛らしいので、タフガイもそれを見守るつもりなのだろう。
 けれども、ジェネラルは自分の体が疲れても、意地を張って休もうとしないせいで、おぼつかない足取りはさらにふらついて。大きな音を立てて床に転がる……かと思われたが、前に、エリンがお得意のサイコキネシスで石柱を拾い上げた。
 エリンの表情はいつもと変わらないしかめっ面なので、彼女が何を考えているのかはいささか伺いにくいが、ため息交じりにタフガイへ石柱を投げてよこしたことを見ると、彼女の言いたいことは『まったく、ちゃんと見てなさいよ』と言ったところだろうか。
「ありがとう、エリン」
 とりあえず大きな音を立てずに済んだことに対するお礼を言って彼女の事を撫でてあげると、嫉妬したのかシャドウとジェネラルが揃って私の前にワラワラと集まってくる。シャドウは私の顔を舐めて来るし、ジェネラルは体を擦りつけて私にマーキングをしてくるし。とりあえず非常に鬱陶しい。この上なく鬱陶しい。けれど、この鬱陶しさや圧迫感がくせになるくらいに。至福のひと時であった。

6 [#1R7G5ie] 


 私達は古都コリーを後にして、南西の街を目指す。南西にある街は、かつてこのリテン地方に栄えた貴族の片割れである白薔薇の街、デールズへと向かう。この街はかつて虫タイプのジムがあるチェストシティと争い合っていた過去があり、その際象徴となったのが純白のロズレイドである。通常、ロズレイドと言えば頭が白、そして両手に青と赤の花弁というのが普通だが、この地域では純白、そしてチェストシティ付近ではすべての花弁が真っ赤なロズレイドがいたという。栄養満点のわき水を飲んだロゼリアは、珍しい色の花を咲かせるという話があるが、そうやって人工的に色の違うロズレイドを育てる方法は秘伝中の秘伝であるが、しかしチェストシティに栄えた貴族の家は争いに敗れ、すべての花弁が真紅に染まったロズレイドを育てる手段は失われてしまったそうだ。
 デールズシティには観賞用として、すべての花弁が真っ白に育てられたロズレイドがいる。ウィル君の育て屋とはだいぶ毛色の違う育て屋だが、そんな育て屋もあるのだと感心する。写真で見た限りでは、確かにその姿は非常に美しい。白く煌めく花弁はまるで絹のケープのようだ。雑誌によれば手触りも香りも気品を感じさせるとのことで、一度はお目にかかってみたいものである。
 ちなみに、純白のロズレイドは育て屋で購入するほか、リテン地方で最も可愛らしい城と名高いデールズ城の中庭で触れ合うことが出来る。小さい頃から人の手で手厚く育てられたため、人を全く恐れることなく朗らかに笑う姿はとても可愛らしい……らしい。だが、『観賞用』と銘うたれれている通り、戦闘能力は皆無で子供にすら負けてしまうのだという。
 ジェネラルに野生のポケモンの相手を頼み、倒しきれないような強い相手は強い先輩たちに任せてあげる。今度の旅路はそうやって過ごすことで、ジェネラルを生の戦いに慣れさせる。今まで戦いを憧れながら見ているだけだった彼は意気揚々と繰り出して、時折返り討ちに遭いながらも諦めきれずに突撃しようとして、エリンにつまみ出されたり、トワイライトの足踏みでビビらされたり。
 そうして後ろに下がらせても、彼は先輩達の戦いを良く見ていた。見ていたといっても、闘い方も体格も全く違うし、何をどのように学んでいるかはうかがい知れない。でも、じっと見てイメージトレーニングでもしているのであれば、きっと成長するのではないだろうか。ウィル君は、よく考えたりよく観察しているポケモンは伸びると言っていた。何も言わずとも先輩ポケモン達を良く観察しているジェネラルは、きっと強くなってくれるはずだ。

 さて、デールズに訪れた私達の前に現れたのは……あの中世の騎士のような、フード付きの白い服。見間違えることもないだろう、プラズマ団であった。しかし、街のど真ん中でやっている行為はと言えば、地道な広報活動で、特に悪事らしい悪事、問題行動はしていない。
「……白いロズレイドは虐待。解放するべきである。署名運動実地中」
 この街で彼らが活動している理由というのが、秘伝の技法で純白のロズレイドを育てる育て屋や、デールズ城にいる虚弱体質なロズレイドは人間から解放されるべきであるという訴えである。いや、解放されたところで絶対に野生に出たら生きていけない気がするのだが……まぁ、そこは意地悪な解釈をせずに、『もうこういったロズレイドを育てるのは止めさせよう』と言う意味で解釈しておこう。
 読み進めていくと、プラズマ団の信条というのは生き方を強制させられ、人間の勝手で苦しんでいるポケモンの解放というものである。どこまでを強制、どこまでを苦痛と呼ぶのかは人によって判断されるため良くわからないが……場合によっては『モンスターボールに入れられること自体が苦痛』だとか、『人間に所持されること自体が苦痛』という主張もある。もちろん、ボールの内部が嫌いというポケモンもいるし、野生の生き方の方が性にあっているポケモンもいるだろう。彼らの主張をすべて肯定することは出来ないが、すべて否定することも出来ないし……私が握るリードの先。ジェネラルも思えば母親から半ば無理やり引きはがしたポケモンである。
 それが不幸なのか、それとも幸福なのかはわからない。
「おい、そこのお前!」
「はい?」
「そうだ、そのリオル連れた生姜(ginger)の女!」
 イラッと来る。&(生姜色){赤髪};は母親から受け継いだもので、それ自体は別にいいのだが。これのせいで父親は私がか弱い女の子だと決めつけていたからだ。そりゃ、肌も白くて紫外線には弱いので、天気のよい日は、冬でも日焼け止めを塗ったりはしているが……こんな粗野な言葉を使うような奴、ロクな奴ではあるまい。
「なんですか?」
 振り向いてそこにいたのは先程パンフレットを配っていたのとは違うプラズマ団の団員である。
「リオルにリードを取り付けて生活だとか、お前はそれがポケモンの虐待につながるということを理解できていないのか!?」
「はぁ!?」
 アンジェラと私の声が重なった。
「あのさぁ、リオルの子供って、人間の子供なんかよりもよっぽどやんちゃ坊主なんだよ? リードがなかったらそのままどっかいっちゃって最悪死ぬんだよ?」
 私が説明をする前に、かばうようにして前に出たアンジェラがそう突っかかる。
「あのね、リオルのここ、後頭部。ここから親や同族に助けを求める波紋を出せるんだけれど、その距離が十キロメートルとかかなり広いから、リオルっていうのは気軽に迷子になれるわけ。分かる? 迷子になってもルカリオならばママが助けてくれるからね。でも、人間の場合は――」
 言いかけたところで発言を遮られ、私達は口を結ぶ。
「知ったことか! 人間の驕りでそんな物付けられて行動を制限されることなど虐待以外の何物でもあるまい! 即刻解放するべきだ」
 あぁ、これが問題行動を起こすプラズマ団という奴か。確かにポケモンにリードを付けるというのは見ていて気持ちのよいものではないかもしれないが、ここまで話を聞かないというのは、プラズマ団として失格かどうか以前に、人間として欠陥があるような気がする。
「デボラ、こいつは会話にならないし、行こう」
「こら待て逃げるな!」
 私は肩を掴まれる。すごい力で掴まれて痛い……その上もう一方の手で顎まで掴まれて、怖くて体が動かなくなったところで、ジェネラルが団員を蹴り飛ばす。確か現在の彼のレベルは一二である。大の大人ならば、面と向かって戦えば負けはしないが、蹴られれば飛びあがるほどに痛いはず。ましてや、ジェネラルのそれは不意打ちである。防御も何もしていない状態で彼の攻撃を喰らえば、相当鍛えていなければ蹲るような痛みだ。
「ぐぅぅぅ」
 案の定、団員は蹴られたふくらはぎを抑えて蹲る。ジェネラルは蹴りを加えた後に、これ以上主人に手を出すならばもっと痛い目に合わせてやるぞとばかりに睨みつけて唸り声をあげている。
「……そのポケモンが人間を傷つけるのを望んでいないというのに、俺を攻撃したのかぁ!? どこまでも勝手な……トレーナーだな」
「いや、この子が命令せずとも、リオルは自主的に威嚇を始めたんですけれど? リオルって、怖い時は波紋を使って仲間を呼び合うし、そうすると大人たちが駆けつけて来るからね。そういう種だから仲間がやられるのは黙ってみていられない性質のようで……で、自分勝手がなんだって? 私の友達に手を出すんなら、大工仕事で鍛えた私のボディーブローを炸裂させるよ」
 アンジェラが私の肩を叩きながらプラズマ団員を睨みつけると、団員は舌打ちをして悪態をつきながら、すごすごと帰って行く……が。
「おい、またお前は問題を起こして!」
「問題なんて起こしていないです! 」
 どうやら今度は団員同士でのいざこざのようだ。団服は違わないけれど、腕章が違うところを見るとあちらは上司なのだろう。
「いーや、さっきの一部始終を見てたぞ? お前が女性の肩を掴んでいて、そこのリオルに蹴られたところまで全部な」
「……それがどうしたよ!? どうせお前に俺を止めさせる権限なんてないくせに」
「そうかも知れんが、報告はしておくからな」
「はん、勝手にしろよ!」
 どうも、プラズマ団というのは問題を起こしてもあまり処罰がないのだろうか。さっき絡んできた男の態度はあまりに尊大である。出来る事なら後ろからつばの一つでも吐きかけてやりたいくらいだ。

7 


「……はぁ。申し訳ありません、ウチの団員が迷惑をかけたようで」
 上司らしき男は、まじめそうな顔の大男。背が高いだけじゃなく体格もいいので、喧嘩をすれば先ほどのチンピラまがいの奴には絶対に負けなそうだ。と、言っても持っているポケモンが弱ければどうかは分からないが。
「本当に迷惑ですよ。なんですかあれ、団員を止めさせることは出来ないのですか?」
 私も思わず憤って、上司らしき人間に抗議する。
「さっきの話を聞いていれば分かると思うが……私にはその権限がない。その上、我らの事を取り仕切る七賢人の一人は、『どんな人間でも思想を同じにするのであれば団員として認める』などといっており、素行に問題のある者もやめさせようとしないのだ。あいつに至っては警察沙汰も犯しているというのに……七賢人は何を考えているのか」
「そんな上司、殴ってしまえばいいのに。思想が同じならクビにならないんでしょ? 膝蹴りしてやりなよ」
 アンジェラが煽り口調で団員に言う。しかし、膝蹴りは流石にどうなんだ?
「そうしたいな……あぁ、ちなみに七賢人に平手打ちした奴は賢人様のポケモンに滅多打ちにされたそうだ。そのポケモンもねじ伏せられればいいのだが、残念ながら私が敵う相手ではないよ」
 だが、相手は怒るどころかため息交じりに項垂れる。これはけっこうな重症の組織だ。
「私は、あくまでポケモンが人間の手によって苦しむところを見たくないだけで……例えば滅多に外に出ることも出来ず、ストレスで毛を毟ったりとか、無計画な繁殖で飼いきれなくなって道端に捨てられたポケモンとか、そういうのが嫌いなだけなのに……七賢人の思想はそういうところにはないらしい。ポケモンと人間を切り離すことが出来ればそれでいいようなのだ。
 それどころか、あいつみたいに、ただ暴れたい、喧嘩を売る大義名分が欲しいだけのような奴が団員ですら、必要とあらば利用する。そんなんで叶えるポケモンの解放などという思想は、とてもじゃないが理解できんよ。君の場合は……そうだな」
 言いながら、男性はジェネラルを見る。睨みつけられたと感じたのか、彼は私の体の後ろにこそこそと隠れていった。
「絡まれた理由は大方リオルを縄でつないでいるのがダメだとかそんなところだろう? あぁ、俺は怖くないよ……」
 そう言って男性はジェネラルに微笑みかけるが、プラズマ団の格好そのものが嫌なのか、ジェネラルは前に出ようとはしなかった。
「ビンゴです。まさにそんな感じで。リオルは、非常に迷子になりやすいポケモンなんですよ。でも、野生ならばリオルが波紋で助けを呼べば、ルカリオの母親が助けてくれるから大丈夫だけれど、ルカリオの母親から離しちゃうと……迷子になった時に探す手段がなくなるんです。だから、きちんと躾が完了するまでは絶対にリードを手放せないんですけれど……と、説明しようとしたのに全然聞いてもらえなくって……あいつらの耳、切り取りたい」
 あんなに役に立たない耳は、お父さん以外だと初めて見たよ。本当、鼓膜をドリルで穿ちたい気分だ。
「だろうな……私も同じ気分だよ。でも物騒すぎる気がするけれど」
 二言目は小声で男が呟く。
「あいつは喧嘩を売る大義名分のためにプラズマ団を利用しているような奴だからな……怪我はしていないかい?」
「いや大丈夫です。そんな事より、リオル以上にあいつに首輪とリードを付けたほうがいいんじゃないでしょうか? 内側に棘でも付けて」
 アンジェラも物騒なことを言う、男性は『なんなんだこの二人は』といわんばかりの表情で私達を見ていた。
「おっしゃる通りだ……あぁ、もう。迷惑かけたお詫びにちょっとアイスでもなんでも奢るよ。あっちに屋台が出てるだろ?」
「え、いいですよ。あいつの財布からアイスの金が出るなら是非とも、ですが」
 私としては、迷惑をかけた張本人がのうのうとしていて、こういう良い人そうな奴が損をするのは嫌なのだ。
「残念ながら。それは無理そうだ。全く、いつかトレーナーにボコボコにされて痛い目でも見てくれないとな……」
「あ、お兄さん。じゃあ私チョコミントで」
 だがアンジェラは違うらしく、迷惑をかけられた以上は奢ってもらうなどしてお詫びを貰わないと気が済まないようだ。ウドさんに宿泊を誘われた時はアンジェラがあまり乗り気ではなかったけれど、お詫びという名目でなら奢られるのもやぶさかではないのだろう。


 結局、アイスを奢ってもらうことになってしまった私達は、アイス片手に近くのベンチに座り、少し団員の男性と話をした。彼の家は両親が最悪で、自分もポケモンも虐待されているような家であったと。両親は飽き性であり、ポケモンを捕まえてきても、すぐに飽きてしまって世話をしなくなり、衰弱死してしまうことが多かったという。
 彼は一六歳となり義務教育を終了したことを契機に、親元を離れてこの街の工場に住み込みで働き、プラズマ団の(広告に書かれた)思想に惹かれて今に至るのだという。それで、私は彼に『私はポケモンを虐待していますか?』 と問いを投げかける。ポケモンを手に入れた経緯を一匹ずつ話してみたところ、彼は頷きながらそれを聞いてくれる。そしてそのうえで、彼は『すべて問題ない』と言う。ジェネラルを親から引きはがしたことについても、少しかわいそうだけれどその農場にいるよりはいいだろうと。
「しかし、生き方を強制されるのが虐待って言うのなら、私ももしかしたら虐待されてるのかねー」
 そんな話をしながら、私は親の愚痴を漏らす。
「ねー、許嫁なんて今時はやらないし」
「君は許嫁を決められているのかい?」
 ふと、なんとなく思ったことを口にすると、アンジェラもそれに食いつくし、男性も愚痴に釣られる。もうとっくにアイスは食べ終えてしまったのに、男性も暇なのだろうか。ともかく、今旅をしている理由が、父親に自分は旅を出来るだけの逞しさがあるということを伝えるためだったり、語学を学ぶために日本人観光客に話しかけまくったりしている事などを伝えると、彼は微笑んでいた。
「なるほど。では、君が父親の決めたレールから解放されたがっているというのは分かった……ならば、君も誰かに生き方を強制されるということの辛さは分かるだろう?」
「えぇ、はい……もしも子供が出来たら、ああいう親にはなりたくないですね」
「それじゃあ、もしもポケモンが『どうしても別の道を歩みたい』と言ったら? 言葉は喋られなくとも、そう訴えていることが分かったら、君はどうしたい?」
「あ……うーん……ちょっと寂しいけれど、その道を行かせてあげたほうがいいのかなぁ。嫌々私の下にいたところで、私も気を使っちゃうだろうし……コンテストだとか、バトルとは無縁の農場とか、そういう風に道はいくらでもあるしね」
「そうか。今の言葉を忘れないでくれるなら、プラズマ団として私が言う事はないよ。プラズマ団に入ってくれとは言えないけれど、君ももし苦しんでいるようなポケモンを見つけたらプラズマ団に連絡して欲しい。私達が保護を出来るように働きかけるから。えっと、パンフレットに電話番号が」
「あ、パンフレットなら持ってます。さっきもらったので」
 男性がバッグからパンフレットを取りだそうとするのを、私達は手で制した。
「あら、もう受け取っていたか。これは失礼……それでは、大分時間を取ってしまってすみません」
「いえいえ、私達も楽しくお話が出来ましたので」
 男性の言葉に私は笑顔で返すと、彼は立ち上がり頭を下げる。
「お嬢さんがた、良い旅を」
「はい」
「貴方も、お元気で」
 私とアンジェラはそう言って手を振り彼と別れた。変な奴に絡まれはしたものの、いい話も出来たので、少し心は穏やかな気分になった。さぁ、今日の残り時間、観光を楽しもう。


 おおむね予定通りにデールズ城を見て回った私達は、複雑な思いで純白のロズレイドを見る。すべての花弁が真っ白なそのロズレイド、確かに見た目には美しいし、人懐っこく愛らしく、積極的にこちらに触れて来るので気軽に撫でることが出来るのはとてもいい。手触りも最高で、すべすべのその花弁がくせになる。香りもいい。鼻腔の奥をくすぐるような甘く高貴な香り、一緒に居るだけで女の価値を高めてくれそうだ。だけれど、虚弱体質……か。スキャンしてみると、立派な成体だというのにレベルはたった一三。いい年してこんなに弱いポケモン、見たことがない。周りにいる草タイプのポケモンや、飛行タイプのポケモンなどは、結構まともなレベルで三〇から四〇前後と言ったところだから、このロズレイドが異常に弱いのが良くわかる。プラズマ団が解放したがるのも無理はないように思えた。
 ロズレイドの他にも城の内部で見るところはいくらでもある。むしろ、城は広すぎて、半日くらいじゃ回り終えるのも難しい。庭園、見張りの塔、地下の貯蔵庫、居住区域、ブドウ園鳥ポケモンと草ポケモンが放し飼いになっている庭等々。通り過ぎるだけならともかく、じっくり見るには時間が足りない。
 結局、行きたいところやペースの違いで喧嘩するのも嫌なので、途中からアンジェラと私は分かれて城の敷地を見学し、夜のホテルで大いに語り合ってから眠りにつくのであった。

8 [#4XF9Q3o] 


 翌日、私達はデールズを後にして、チェストシティへと向かう……ところだったのだが。
「よぉ、また会ったな! デボラとアンジェラ!!」
「またあなたなの?」
「またアンタか……」
 ドワイトに呼び留められて、私とアンジェラの声が重なる。
「お前ら、今からこの街に観光か!?」
「あ、今から出るところよ。すれ違いね」
 ドワイトが偉そうに尋ねるが、そういうことだ。私達はもう出るとこ、構ってあげるつもりはない。
「……えっとね、その。俺、ちょっと相談したいことがあるんだけれど……」
「頼みたいことがあるなら最初からそうやって下手に出なさい」
 アンジェラは威圧的に言う。態度がでかいと、本当に親切にしたくなくなってしまう。こいつ、どうしてこうもやる気を削がせる才能だけはあるのだろう。
「で、用件は何かしら? 少しだけなら付き合ってあげるけれど」
 とりあえず、困っていて頼れる人もいないみたいだし、少しくらいは付き合ってあげるか、やれやれ。
「あの、ですね。その……俺の故郷は、ワスターってところなんだけれどな」
「あれ、ワスターってバーミリオンシティの南でしょ? チェストシティよりもさらに南にあるんだから、それだったらジム回る順番とかおかしくない? 確か、私達と一緒にサンダーランドで過ごした時はバッジがトリカさんところと、ウドさんのところの二つだったよね? チェストシティのバッジはまだとってないの?」
「あぁ、その事なんだけれどさ……俺、本当は親に旅に出してもらえなかったんだ。その、アレルギーのせいで、親父は無理に家業の育て屋を継ぐことはないって言われて、旅も喘息があるから今はダメだって、止められていたんだ。でも、俺はなんだか、自分が一人前の男に見られていないみたいで……だから俺、それが嫌で家族旅行の最中に抜け出したんだ。
 それから、親とはメールでしかやり取りしてなくって……。旅に必要なものもさ、絶対に欠かせない吸入器とか、トレーナーズカードとか、そういうの以外は全部旅をしながらそろえたんだ。俺、上級生や社会人まで相手にしてお金稼いでいたから。それで、一応毎日父さんと連絡して、父さんは『覚悟があるなら好きにしろ』って言ってくれているけれどさ……やっぱり黙って出て行ったのは済まないって思ってて」
「ふむ……っていうか、母さんはどうしたの? 全然話に出てこないけれど……」
「母さん、離婚しちゃったんだ。俺が、両親とも持っていない喘息とアレルギーにかかったのは悪魔のせいだとかって……母さんは変な宗教にハマって、俺を毎日集会に連れ出そうとして。しかもその集会、いい匂いのするお香を焚くんだけれど、それが俺には全然合わなくって咳が止まんなくって、でも『薬に頼るな!』とか『お香が辛いのはお前に悪魔が取り憑いているからだ』って、ずっと許してもらえなかったんだ。吸入器も取り上げられちゃったし。
 泣いて拒否しても母さんが集会に連れて行こうとしたから、その……俺、ダイフクに……タブンネに、攻撃させて重傷を負わせちゃったんだ。それから、色々あって離婚して、だから、今は父さんしかいない……ゲホッ」
 ドワイトは、聞かれてもいない事をペラペラと良く喋る。きっと、誰かに愚痴を聞いてほしかったのだろう、目が少し涙ぐんでいる。しかし、そんな精神状態になったのがまずかったらしい、嗚咽を漏らすとともにいきなり咳が漏れ、ドワイトはダイフクという名前らしいタブンネを繰り出し、癒しの鈴をかなでさせた。
「それで、昨日の夜にこの街の人と色々話をしたんだけれど、父さんにすぐ謝ったほうがいいからって、夜に泊めてくれたおばさんに注意されて……父さんに謝りたくって。この街は薔薇が美しい事でも有名だけれどさ、他にも色とりどりの花があるだろ? 父さんに花でも送ろうと思うんだけれど……」
「えー、そんなこと言われても……私花なんて送ったこともないし。せいぜい母の日にグラシデアの花を送ったくらいで……」
 私は花なんて全く詳しくないのに、どうすればいいのやら。私は助けを求めるようにアンジェラを見る。
「ふーむ……私も、お祝い用の花ならば何回か買いに行かされたから分かっているけれど……んーでも謝罪のための花かぁ。でも、確かに謝罪は大事だけれど……でも、子供は元気な姿を見せる事が一番だと私は思うのよね。だから、どちらかというと、父親には感謝の花を送ってあげたほうがいいんじゃないかなぁ?」
 しかしながら、アンジェラは具体的な案は出せないにせよ、彼女なりの考えはあるようだ。
「感謝の花、なのか? でも、そんな物を送って怒るられないかな? だって、ごめんなさいって言うべき時にありがとうっていうわけだろ?」
「うん、でも、貴方の父親は、貴方が嫌いだから旅をさせないわけじゃないんでしょう? 多分だけれど、喘息とか、そういうのが不安だったから旅をさせたくなかっただけで……実際のところどうなの? 咳は、今はあんまり出ていないみたいだけれど……」
「激しい運動は出来ないけれど、走りさえしなければよっぽど空気が悪いところ以外は大丈夫。一応、発作に備えて薬と吸入器は持っているし、タブンネのダイフクがいれば何とかなることも多いよ。癒しの鈴と癒しの心があれば、すぐに咳も止るしかゆみもマシになるし……」
 ドワイトがアンジェラに答える。
「それでも、父親は貴方の事が心配だったわけだ。親なら、自分の子供が大事なのは当然だしね……それに、妻と離婚しちゃった以上貴方はもう大事な一人っ子なわけだし。だから、旅に出したくなかった父親の気持ちをまず理解してあげて……それで、謝りたいっていう気分になったのなら、それなりの態度は見せないとね」
「それなんだけれど、謝るのって具体的にどうすりゃいいかな?」
 アンジェラはドワイトの話を聞きながら、積極的に話しを進めていく。その様子が何だか女の子っぽく無くて、アンジェラの態度には男らしさすら感じてしまう。
「じゃあ、まずは花に手紙を添える。手紙の内容はまず、『勝手に出て行ってごめんなさい』って謝りましょう。そしたら『喘息で倒れるようなことは今のところなかった』って伝えてあげて……親を案させてあげなさい。その後、いきなりの一人旅で大変だったことを書いて、父親の存在がありがたかったって言ってあげなさい。
 きっと、父さんも喜んでくれるだろうから。あとは、ポケモンとの写真も撮るとか……今回の旅で新しく育てたポケモンもいるんでしょう? 仲間が増えたっていうのはきっと嬉しいはずよ」
「うん、タブンネのダイフク以外は、ハッサムは旅を始めてから最初にゲットしたポケモンで、カメックスとガバイトは旅を始める直前から育て始めたポケモンだ。あと、プテラの卵も貰ったよ」
「じゃあ、成長した姿を見せたら立派にやってるってわかるし……それを見れば許す気にもなると思う、確かに謝罪そのものは大事だろうけれど、きっと父親が一番みたいのは貴方の感謝と成長だよ。で、『心配してくれてありがとう』って言おう。あと、そうだなー……あれよ、貴方今まで友達いなかったんでしょ?」
「あぁ、俺も色々意地張っちゃってて、そのせいでな……」
「じゃあ、私と写真を撮ってさ。友達も出来たって言っちゃおう」
「え? いいのかよ。友達なんて俺一人もいなかったのに」
「いいじゃん、それとも私が友達じゃいやだ?」
「いや、いいけれど……」
 アンジェラは、ドワイトにボディタッチをしながら、非常に積極的に話を進めていく。第一声は『またアンタか!?』だったくせに、友達になろうかだなんて手の平を返し過ぎだと思うくらいだ。
 けれど、そんなアンジェラのなれなれしさを、ドワイトはあまり嫌だとは思っていないらしい。実際のところ、ドワイトは多分意地っ張りなだけで寂しがり屋なので、こうやって相談に乗ってくれる友達が欲しかったのかもしれない。

9 


 結局、私達は街を出ようとしていたところだったというのに、何故だか今日もドワイトと行動を共にすることとなった。一緒になって始めたのは、まずは手紙を書くことから。
 それについては先ほどアンジェラが口にしていた内容を、ドワイトの言葉で、そしてドワイトなりの解釈で書き綴る。アンジェラのアドバイスのおかげでドワイトも書くべきことは大体わかっていたので、すらすらとまでは行かないが、二時間時間もすれば書き終えることが出来た。
 内容自体は三〇分ほどで書き終えたものだが、そこからさらに時間をかけて、一文字一文字丁寧に何度も書きなおしたあたり、ドワイトも父親が大好きなんだとわかる。それが終われば、次はメッセージに添える花。
「花はどれくらい買えばいいんだ?」
 次に私達は花屋を訪れ、色とりどりの花に囲まれその香りと色合いに見惚れている。
「そんなもん、一本でいいの。多ければ多いほどか気が高くなるって思っている人もいるけれど、派手なことばかりがいいことじゃあないんだよね」
 アンジェラは確信めいた口調で言う。何本も派手に飾ろうとして失敗した経験でもあるかのような言い方だ。
「そうなのか?」
「多すぎるってのは下品だよ。重いし、飾る場所にも困ることだってある。それに、お金もかかるからね、子供はそんな背伸びなんかせずに、上品に一本。綺麗な奴を見繕ってもらうのがいいの。感謝の花ならば、グラシデアの花がいいね。私達の故郷、ライズ島にもある花だよ」
「たしか、シェイミって祖の花を世界中にばらまいているんだよな? だから、グラシデアの花が咲いているとそこにシェイミが渡ってくるっていう話だけれど」
「そうよー? 渡ってくるシェイミはウチの島の大事な観光スポットなのよ。渡り鳥やシェイミが来る湖は、ヒホウ=カンバイっていうジムリーダーが個人で所有する土地だけれど、好意で開放してもらってるの。すっごい綺麗な場所だから、もしも島によるんなら案内してあげるからねー。あと、シェイミを間近で観察できるけれど、土地の中で捕獲したら犯罪だから行く時は捕まえようとしちゃだめだからね」
「あ、ど、どうも……ありがとう。そっかー、シェイミをゲットしてみたいけれど犯罪じゃ手出しできねーよなぁ」
「一応、ジムリーダーの許可を取れば大丈夫なんだけれど、滅多なことじゃ許可出されないからね」
「そうかー。許可欲しいけれど、さすがに俺じゃ無理だよなー」
 アンジェラは上機嫌で語り、ドワイトも楽しそうに話に乗っている。アンジェラがあれだけ上機嫌なのは、ドワイトの世話をするのがよほど楽しいからだろうか。
「それじゃ、グラシデアの花を探そっか」
 店の中では人間のみならず、ドレディアとフラージェスが働いている。フラージェスは傍目には花に語り掛けるように覗き込み、息を吹きかけているだけにしか見えないが、あれで花が元気になるらしい。らしい、というのはそういう研究結果があるからなのだが、ドレディアの方にはそんな能力なんてないはずなのに、なぜかフラージェスの真似をしている。無駄なことかもしれないけれど、花を愛でるその姿は理屈なしにとても愛らしく、彼女のファンは絶えないのだという、このお店の名物店員なのだとか。
 ドレディアにグラシデアの花を欲しいと告げると、彼女は笑顔でこちらについてきてくださいと意思表示をして、透き通るような薄いピンク色の美しい花が並ぶ場所へと案内される。そこから漂う甘い香りを堪能しつつ、二人は一本選んで人間の店員さんに包んでもらう。あとはそれを郵送するだけだ。
 花のような繊細なものでも送ってくれるコースで宅配業者に頼み、私達がそれを見送ったころには、時刻は昼時を過ぎていた。もう遅くなってしまったけれど、今からこの街を旅立つべきだろうか? そんなことを考えていると、ドワイトがアンジェラの方を向いて言う。

「あのさ、二人とも……今日、付き合ってくれたお礼に俺が飯を奢るよ」
 柄にもない事を言おうとしたためだろうか、ドワイトの声が少し震えている。女の子に格好いいところを見せたいという欲求はあっても、それを表に出すのは慣れていないようで。なんというか、全く子供である。
「いいけれど、お金あるの?」
「あるよ、俺の収入、舐めるなよ」
 ドワイトはつい先ほど花を購入したばかりである。決して高い物ではなくとも、日に何度もお金を出させるのは気が引けたが、ドワイトは全く怯むことなく金はあると言ってのける。恐らく、お金は本当に十分に潤っているのだろうということが分かる。
「じゃ、あなたに甘えさせてもらいましょうか。ありがとね」
「おうよ。美味しい店に連れて行かないとな」
 アンジェラは微笑みながら奢られることを了承し、礼を述べる。
「えっと、私は……」
 でも、アンジェラはいいとして、私はアンジェラに付いていっただけだ。それなのにお食事をごちそうしてもらおうなんてのは厚かましいような気が……
「何言っているんだ。お前も来ないと収まりが悪いじゃねーか! この街はおいしくって安いレストランがあるんだ、この前は俺が食事をごちそうしてもらったしさ、な?」
 けれど、ドワイトはそんなことを気にする様子もないようだ。ここは甘えておこう。
「わかった、ありがとう、ドワイト」
 やっぱり、この子は素直になれないだけで、根はいい子だし気のいい奴なんだろう。それがどうしてあそこまで変な態度をとるようになってしまったのか、家での親子関係は特に悪くないようだし、学校生活ではよっぽどのことがあったのかもしれない。旅に出なければやっていけなかったのも頷ける気がした。

10 


「では、バトルと料理をゆるりとお楽しみください」
 連れてこられたレストランは、バトルも料理も楽しめるというこの上なくエキサイティングなレストランである。アレルギーのお客様にも配慮して、体毛、唾液、血液、その他体液などは絶対に飛び散らないように排気、排水設備などは充実しており、強化されたバトルガラスはあらゆる流れ弾をシャットアウトしてくれる。バトルガラスは水や炎、岩などの攻撃はもちろん、音や光の攻撃すらもシャットダウンする優れものだ。マジカルフラッシュやパワージェム、ラスターカノンなどの光を用いた技を使うと、瞬時に不透明になり光を遮断、ひびが入っても一時間もすれば自己修復するという。
 それにより、客は安全を保障されながらバトルを観戦することが出来、バトル会場から離れた席でも様々な角度から撮影された映像を大画面で楽しめるというバトル狂に人気のレストランである。
 バトルに勝利しても賞金はもらえないが、四人分まで割引となり、店員の強さに合わせて割引かれる料金も違う。私達のように三人で訪れた場合は、ドワイト一人が頑張れば全員が割引かれるし、四人以上の大人数で訪れた場合も、テーブルの代表が戦いに勝利すれば割引になるというシステムである。
 ちなみに、テーブル二つ分の人数で押しかけるも、テーブル一つだけ勝利した場合、割引されるテーブルの方ばかりで料理を頼みまくり、席を移動したり皿を移動したりという方法で強引に割引してもらおうとする団体客もいたとか。その際は、結局割引されたテーブルで頼まれた品はきちんと割引したのだが、以後『割引されたテーブル間で人や食事を行き来させた場合は割引を取り消すことがあります』という注意書きが加えられたそうだ。せこい人間もいたものである。
 さて、そんなことはともかくとしてドワイトは上級コースを選んだ。上級コースはかつては強豪トレーナーであったこのレストランのオーナーが、フラッター*1で六〇レベルに合わせてバトルを挑むというもの。
 六〇レベルのポケモンと、客のポケモンによる一対一のバトルを三回行い、すべてに勝利をすれば私達の食事代金が割引されるというわけだ。なのだが……そのお値段を見る限り、割引されていてもかなりのお値段で、ポケモンセンターに一泊するよりも高い値段だ。高級店と言うほどではないものの、この前私達が振る舞った料理など比べ物にならないくらいの値段ではないか。

 ドワイトはこの旅を始める前から育てていたというタブンネを筆頭に、私達のシャドウやラルを借りて勝負に出る。他人が育てたポケモンで戦うのはあまり好きではないという彼だが、今回はウィル君が育てたポケモンを指示してみたいとのこと。シャドウもラルも割と誰の指示にも素直に従うのでバトルに出す分には問題なく働いてもらえるだろう。

 まず最初は前菜が出される前にポケモンバトルが始まる。
 一戦目、相手のポケモンはキリキザン。『こう見えて(店長の紹介より。「どう見ても」だろう)このブッチャー君は食材の切断は大の得意で、鋼タイプで毛も飛び散らないため衛生面でもばっちりな食材の切断担当。いかなる魚も三枚におろし、野菜は後ろが透けて見える程の薄切りをなんなくこなす切断のカリスマ』である。これの相手を務めるのは、地面・鋼タイプの体を持つポケモン、ドリュウズのラルである。
「さぁ、ブッチャー! 相手を料理してやれ!」
 物騒なオーナーの合図とともに、オーナーはキリキザンにキリキザンは腕を前に出して防御の構えをとる。手の平をこちらに向けてまっすぐにつきだしたそのポーズは、まるで重い扉を開けているかのようで、うかつに攻めればメタルバーストで痛い目を見ることが予想できる。
「ふむ、こちらの出方を伺うか……よし、乱れひっかきだ! 相手の体を狙う必要はない、腕をへし折ってやるつもりで殴りかかれ!」
 ならば、素直につきやってあげる必要はない。メタルバーストは受けたダメージを特殊・物理に関わらず強力にして跳ね返す技ではあるが、何度も何度も連続で使用できるものではない。絶え間ない連続攻撃にて攻め立てれば、対応は難しいのだ。
 ドリュウズが持つ巨大な爪がキリキザンの腕を狙う。防御に徹した相手には、懐に入り込んで相手の急所を狙うよりも、まずはその防御を甘くすることこそ定石。鋼の爪と鋼の腕がガチンガチンとけたたましく音を鳴らし、レストラン内部に響き渡る。何とかいなそうとしているキリキザンだが、初めから腕を狙ったその攻撃に対応するうち、疲労と痛みが蓄積して腕を上げるのも辛くなる。
 しかも相手は必要以上に踏み込んでこないため、こちらから反撃に転じるにはこっちが前に出なければならない。身長がキリキザンの半分ほどしかないドリュウズゆえ、圧倒的なリーチの差があるのだが、しかしそれはお互いが懐を狙い合うと仮定した時の話。体の末端を狙うつもりで攻撃するのであれば、小柄なドリュウズにも間合いの不利は少ない。
 ブッチャーが連続攻撃を喰らいながら、一度きりのメタルバーストで小さなダメージを与えるが、ラルは、ものともしない。ブッチャーが隙を晒している間にラルが間合いを詰めてキリキザンの下腹部に頭突き。それを喰らいながら大きく下がったキリキザンに、こらえきれずにオーナーが命令を下す。
「辻斬りだ!」
「頭を出して弾き返せ!」
 キリキザンは打ち合いを止めて一歩下がり、大股で一歩踏み込み下ろした腕を抉りこむように上へと跳ね上げる。まるで野球のアンダースロー、地面を抉らんばかりに低く構えた腕がラルの急所を狙うのだが、ラルは頭についている金属の角で、キリキザンの腕についた鋭い刃を撥ねのけ、命令を待つ間もなく小さな跳躍から地面を叩きつけて強烈な地震を引き起こす。
 対応しきれず足元から打ちあげられたキリキザンが着地する瞬間を狙い、ラルは足元をメタルクローで刈る。すっ転び、体勢を立て直す前にラルの鋭い爪はキリキザンの首元に当てられていた。まだ動けそうなキリキザンではあるが、首元に刃を当てられてはどうにもならず、この勝負はラルの勝利である。

 ラルは指示をしたドワイトに掛け寄って褒めてもらおうとしたが、ドワイトは気まずそうに後ずさりをする。口ではほめたたえるも、しかし撫でたり抱きしめたりして褒めることが出来ないのは辛い。そのため、アンジェラが前に出てラルを抱きしめてあげると、彼はようやく嬉しそうにアンジェラに抱き付いた。
 アレルギーのせいで、悪気がなくとも触れ合うことが出来ないドワイトは、俯き気味にため息をついた。

11 


 第一戦目を終えて運ばれてくる料理は前菜だが、その前に私達はシャドウに頼む料理を選ばなければならない。このレストランは、ポケモンバトルで勝つと割引される他に、コース料理を頼んだうえでバトルに勝つとポケモン用のメニューが一品タダになるという特典がある。
 ポケモン用の料理のメニューはどんなものやらと思って調べてみると、なるほど。プーピッグの内臓炙り焼き、六種の木の実のソース仕立てというものがあるが、ソースはフィラ、ウイ、マゴ、バンジ、イアといった木の実を使用したものだが、ブーピッグの内臓というものは恐らく人間が食べないために廃棄される部分を使っているのではなかろうか。
 そういったものを料理に使用するせいか、例えば草食のポケモン向けならばニンジンの葉っぱだったり、ブロッコリーの枝の部分だったり、キャベツの芯だったりと、人間がまず食べないものを使っているようだ。それでも料理と言っていいのだろうか……? まぁ、きちんと味付けは盛り合わせはしてあるし。値段は格安なんだけれど。
「……『屠殺場で育った良質なマンドレイクのシャンデラオイル炒め、絶望、恐怖、憎悪、三種のソースから』。流石ゴーストタイプ向けのメニューだな、不吉すぎる」
 ドワイトが呟く。なんだそりゃと思って見てみると、本当にその通りのメニューがあって目の前が真っ白になりそうだ。シャンデラオイルというのは、シャンデラの体内で生成される、生物の魂を熟成させて作ったオイルで、シャンデラやランプラーが炎をともすために必要なものだ。
 シャンデラは弱った仲間にこれを分け与える習性があるそうで、シャンデラ同士が口付けをしていたら、どちらか一方が弱っているとみて間違いないそうだ。良質な魂をいっぱい食べたシャンデラオイルは思わず舌鼓を打つような味なのだとか。まさか人間が飲んだのか……そもそも飲めるのか!?
さらに読み進めてみると、『熟成された高級発酵生ゴミ、無添加仕立て』なんてのもある。ベトベトンが好むらしいが、お値段は嬉しい(嬉しいのか?)無料である。専用ブースで他のお客様に悪臭が届かないように提供されるそうだが、生ごみ処理の費用を省略するために料理という扱いで出すとはよい根性だ。『※ちなみに、オーナーもこれは食べたことがありません。人間にはお出しできません』とのことだが、逆に言うと他のは食べたのだろうか……?
 他にもミミズとビードルの蒸し焼き、たっぷりのクリーム状体液をほのかに辛く味付けるクラボソース仕立てとか、そういうのもあるんだけれど……オーナー、やりおる。
 まぁ、とりあえず私達は頑張ったポケモン達に御馳走しようということで意見がまとまったので、ラルの食性に合わせてミミズとビードルの蒸し焼き、たっぷりのクリーム状体液をほのかに辛く味付けるクラボソース仕立てを出そう。コラーゲンとクリームたっぷりで、ホワイトソースを絡めると非常においしいらしい。ポケモン用のそれは塩分や脂肪分が少なめだが、食べる勇気のあるご主人さま方には人間用に塩味や乳脂肪分が多めのものも出してくれるそうである。
 虫は見た目で苦手な人が多いが、味は非常に良いため愛好家がいるほどの絶品だとか。

 さて、ラルへ出すものを決め終わったところで、あとは前菜を待つのみだ。前菜は食欲を掻きたてるため、香りや味付けが刺激的で眠っていた胃袋を起こすような料理が好ましい。
 どんなものが来るかと待ち詫びた料理は、ヨワシのマリネである。片栗粉をまぶしてサッと揚げたヨワシをレタスの上に乗せて、パプリカ、タマネギ、フライニしたガーリック、髪の毛のように細切りにされたニンジンを和えて、オレンとノメルの果汁とお酢、塩、黒糖で作ったさっぱりソースを掛け、最後に辛いカイワレを添えるシンプルなもの。
 シンプルといえばそうなのだが、野菜の切り口は非常に繊細でこまやかだ。この野菜をカットしたのは先程戦ったキリキザンのブッチャーで、野菜の向こう側が透き通って見える鋭利な切れ味というキリキザンの謳い文句に偽りはなく、野菜のうまみを存分に楽しむことが出来る。あのキリキザン、私よりも包丁の扱いが上手いのはもちろん、体中の刃をきちんと研いでもらっているのだろう、その鋭さはバトルでも役に立ちそうで、フラッターをつけていたとはいえラルに圧倒されてしまったのは少しもったいないとすら思うほどだ。
「……さて、味はどんなものかしら?」
 そう呟いてフォークとナイフを構えたが、私はここで二人の視線に気付く。
「な、何よ……二人して、私の事ジロジロと見て?」
「いや、私はこういうお店に来たことがなくって……」
「お、俺も……」
 そう言えば、ナプキンの使い方、食器の取り方、そういうのは私が一番最初だった気がする。ドワイトは知らないが、アンジェラは飲食店に赴くといつもはけっこう積極的に食べていくというのに、今日は私が動くのを待っていたということは……なるほど、そういう事か。
「ほら、デボラって一応いいところのお嬢様じゃん? こういうところのマナーは心得ているかなーって思って」
「俺も、お嬢様だとかそういうことは知らなかったけれど、色んな動作に、迷いがないからさ。俺と違ってこういうお店慣れているのかなって。視線とか、全くぶれないし」
 アンジェラの言い分はともかくとして、ドワイトの言い分を聞くと、やはりドワイトがかなりの観察眼を持っているという事が伺える。
「そんな、固くならなくってもいいと思うけれどね。でもま、それで満足するならば私の食べ方くらいいくらでも見せてあげるわ」
 苦笑しながら、私は料理にナイフを入れる。
 まずは一口。ヨワシに味を付けたソースは柑橘のさわやかな甘みと酸味が効いており、そのまま食べても、一緒に出された胡椒や山椒、岩塩といった調味料で変化をつけても美味である。ヨワシの切り身を揚げる際に使用した衣にもうっすらと味が付いており、ソースをかけずに素材の香りを楽しむのもまたいいものだ。カイワレの舌を刺すような刺激的な辛みは、たまに噛むと刺激的で舌を飽きさせない。
 これ一品だけでも、いくつもの味と香りを楽しませてくれる、完成度の高い料理であった。これならば割と手軽に作れそうだし、お家で作ってみるのも悪くない。
「へぇ、美味しいじゃん」
「だなぁ、美味い美味い」
 二人も、私の真似をして食べ始める。アンジェラとドワイトを見比べてみると、アンジェラは悪くないと言ったところだが、ドワイトは驚くほど綺麗に私をまねている。……アンジェラ、昔っから大工仕事の筋がいいって親が褒めていたはずだから、真似には自信があったはずなんだけれどな。
 ドワイトが、いかにバケモノじみた観察力かよくわかる。
「二人とももうちょっと味わって食べなよー」
 私は苦笑する。二人は、何の材料が使われているかとか、野菜の風味を一つ一つ楽しむだとかそんな小難しいことを考えることなくがつがつと食べている。私みたいに小難しいことを考えながら食べるのはある意味邪道なのかもしれないけれど……まぁ、いいか。人には人の食べ方があるもんね。

12 



 次に出されたのはサラダ。サニーレタスやルッコラなどのみずみずしく新鮮な葉物野菜と共に、舌が焼けるように辛いマトマの実と、甘味と酸味のバランスがいいトマトにバッフロンの乳から作られたチーズ、スモークされたカモネギの肉を添え、タマネギを擦り下ろし酢やオリーブオイルと合えたドレッシングで味付けしたもの。ドレッシングは色鮮やかな野菜や、カモネギの肉との相性も抜群で、野菜があまり好きではないアンジェラもナイフとフォークを動かす手が止らないようだ。
 あっという間にぺろりと平らげてしまったあたり、相当美味しかったのだろう、アンジェラもドワイトも満足そうに食べている。しかし、このカモネギ、噛めば噛むほど味が出る肉の品質がいいことはもちろんだけれど、それよりも燻製にする際のチップがまた格別だ。香りのよい木を使っているのだろう、この香りだけで何も塗っていないパンを食べられそうなほど心地よい。
 さて、サラダを食べ終わったあたりでラルの食事が登場した。私はお嬢様なんて言われているけれど、畑がそこらじゅうにある故郷の村では、畑仕事なんかを手伝ったりしたこともあるのでミミズは見慣れた存在だ。流石に口に入れるのははばかられるけれど、ミミズならば素手で触れるのもすっかり平気にになってしまった。
 それが料理された姿となると、なんというか何かのパスタのようだが……深く考えなければ美味しく食べられるかも知れない。ビードルの方は大きめに輪切りにされており、香ばしいホワイトソースが食欲をそそる。バターの香りが心地よく、こちらも深く気にしなければ確かに美味しいのかもしれない。ちょっと人間用のも食べてみたくなってしまうのが罪深い。虫料理にもいつか挑戦してみるべきなのだろうか?

 ラルの食事を見終わると、終わると次はスープだ。出てきたのはジャガイモのポタージュスープで、ゴーゴートのバターの癖のある香りが、上手いことジャガイモの香りやスープや一緒に煮込まれたローレルの香りと溶けあっている。炒められたタマネギと小さくダイスカットされたニンジンも甘くて口当たりがよく、味が良く染み込んで歯がなくても食べられそうなほど柔らかい。こちらも絶品だ。浮かんでいるクルトンとパセリも口に含めばなんとも幸せな気分じゃないか。しかしこのスープ、全体的に非常に甘い……だがこの甘味、砂糖は一切使わずタマネギなどの野菜のうまみ、甘味だけで出された味だろう。きちんと素材の味が活かされていて、レベルが高い。
 ドワイトもアンジェラも最低限のマナーは心得ており、スプーンを使って手前から奥に、掬うようにしてスープを取って口に含んで美味しそうに食べている。
 付け合わせのガーリックトーストパンにもよく合い、私達は静かに完食した。

 そうして、パンを含む四品を食べ終えたところで次のバトルが始まる。
 次の相手はヒートロトム。オーブンに憑依したロトムであり食品を温めることを通り越してオーバーヒートすら繰り出してくるデンジャーな家電である。『色々ち密な計算の下に魚料理を温めてくれる料理スタッフで、蒸す、焼くという処理に関しては右に出る者がいない』らしい。もちろんに衛生的にも問題はクリアしているそうである。これに挑むのがアブソルのシャドウである。
 ドワイトはレストランに入る前に、シャドウやラルに軽く指示を出して動作の確認をしていたが、そのたびに彼は感心したような顔でメモを取っていた。シャドウ達に何を感じていたのかはわからないが、シャドウにはドワイトをひきつける何かがあるのだろう。
 オーバーヒートは連発できるものではないため、火傷による攻撃力の低下を心配する必要はないだろう。
「オーブン、敵は強いぞ! 近寄らせるな!」
 オーブンだなんてそのまんま過ぎる名前を付けられたヒートロトム。ふわふわと浮かびながらシャドウを睨みつけているが、シャドウは落ち着き払って四足で立っている。鋭い眼光は正確に相手の急所を狙うべくピントレンズを装着されて、サイコカッターと辻斬りという遠近両用の攻撃で攻め立てるのだ。
「オーブン、十万ボルト!」
「かわして掻きまわしながら接近しろ!」
 鋭い電気がシャドウを襲う。その程度のけん制攻撃は訳なく捌くシャドウだが、相手もサイコカッターに素直に当たってくれるわけではない。空中で錐もみ回転をしながらひらりとそれを交わすと、振り向きざまに十万ボルトを放つ。
 二回目のそれをやり過ごしてから、シャドウは指示通りに距離を詰め、走りながらサイコカッターを放つ、必死で走っていたせいもあってか狙いはぶれ、ロトムという小さい的には避けることなく当たる方向へ飛んでいく。体を少し強張らせながらも静止しつつそれをやり過ごしたオーブンは、シャドウが走って行くその先に向かって十万ボルトを放つ。
「相手は壁沿いにいるんだ! ならば壁を利用してやれ!」
 しかして、シャドウは跳躍してそれを避け、レストランの客と自分達を区切る硬質のバトルガラスを蹴り飛ばして空中からオーブンに切りかかる。命を刈り取る黒いカマを叩きつけるように振り抜かれ、思いがけない動きに対応しきれないオーブンは、大袈裟に避けながら反撃の十万ボルトを見舞う。
 着地のタイミングに僅かに遅れて放たれた十万ボルトは、シャドウが放つサイコカッターと交差して、お互いがすり抜けてお互いの敵を狙う。しかし、シャドウはすでにその十万ボルトから離脱。尻尾に電撃が見舞われはしたが大したことはなく、オーブンはまともに急所に当たり、吹き飛ばされてガラスに当たる。
 この瞬間、アクリルガラスに当たってしまったために一瞬だがどちらが天地かを見失ってしまったのが勝負を決めた。気付いたころにはもう、二発目のサイコカッターが目の前に迫っている。
 何とかそれを避けたオーブンだが、勢い余って体勢が崩れた結果、シャドウが下から頭を突き上げて鎌状の角で体を穿つ。大きな音を立てて吹き飛んだロトムを、シャドウは着地して待ち構え、まるでボール投げの遊びのように、オーブンを見事に空中でキャッチする。シャドウはオーブンを咥えたまま地面に叩きつけ、両前足で組み伏せると、相手の口元に角を押し当てる。
 ダメージを貰いはしたが、まだまだ元気なシャドウを見る限り、圧勝と言って差支えなかろう。

 今回もシャドウがドワイトに掛け寄ろうとしていたのだが、ドワイトは慌てて『待て』を命じて、シャドウはいまにも飛び付きたそうに尻尾をぶんぶんさせ、前足もリズムを刻んでいる。きちんと躾の成果が現れたのは嬉しいことだが、アブソルに触れられないドワイトはやはりどこかかわいそうだ。
 やり方が間違っていたのは間違いないとはいえ、母親がアレルギーを治そうと宗教に走る気持ちも分からなくもない。代わりに私が掛け寄ってシャドウの事を撫でてあげると、彼女は嬉々として私に甘えて顔を舐める。あぁもう、本当に舐めるの好きなんだな、シャドウは……ウィル君が変な調教するからだよ。
「ラルと、シャドウだっけか……二匹とも、初めて指示を出してみたがとんでもねえな。すごい奴だよ、お前は」
 戦いを終えたドワイトは、シャドウとラルをそう評す。褒められたのが分かって、シャドウは嬉しそうにクォゥと鳴く。
「そうなの? 二人とも強いっちゃ強いけれど、ドワイトのタブンネの方が強くない?」
「レベルの問題じゃない。俺の指示にきちんと従えるっていうのが信じられないんだ。いや、俺の育て屋も、育てたポケモンを依頼人に渡すわけだけれど、依頼人との調整に数日かかることが多いんだ。
 依頼人が素人だったりすると長いし、逆にそれなりに経験があれば調整も楽な場合もある……世の中、指示は得意でも育成は不慣れな奴っているからな。育成下手でも指示が得意って奴ならその日のうちにポケモンと信頼関係を築くこともあるが、それには育てる奴の技量も絡む」
「つまり、ウィル君が育てたポケモンはどんなトレーナーにも適応しやすいってこと?」
「あぁ、かなりのもんだ。俺自身育て屋やってて、ポケモンの扱いはなれているつもりだけれど……でも、さすがにこの短期間で、この二匹……俺の指示に上手く合わせて来やがった。ありえないぜ普通。悔しいけれど、よっぽど優れたトレーナーなんだな、こいつの主は」
 ドワイトは不満そうにウィル君を褒める。何だかうざったいドワイトだけれど、腕は確かなんだ。だからこそ、自分と同じかそれ以上の才能を持っているかもしれないウィル君には何か思うところがあるのだろう。
「ウチの育て屋に来たら、即主力だよ……と言っても数日は雑用と見習いだろうけれど」
 ドワイトはそう言って不満そうにため息をつく、それだけ、ウィル君を評価しているということなのだろうけれど、不満そうなのは負けず嫌いだからだろうか。

13 [#60FAd9Y] 


 と、いうわけで私達はメインディッシュに入る。アブソルであるシャドウにはブーピッグの内臓炙り焼き、フィラの実ソース仕立てを頼むことにして、次の皿が届くまで私達はおしゃべりをしながら待ち続けた。
 メインディッシュの一皿めはサメハダーをガーリックとバジルでムニエルにしたものだ。サメハダーの切り身に塩コショウと小麦粉をまぶして、バターとニンニクで炒める。その後、オムスターソースをキノコや数種のハーブと一緒に炒めたソースを掛けられたものである。切り身はナイフを入れれば抵抗なくほぐれていき、数種のハーブと、オムスターソースとマッシュルーム、ブナシメジ、パラセクトのアレの香りで、サメハダーの臭みは上手く消されている。口に含めばジューシーな肉汁があふれて幸せが口中に広がって行く。全く厭味ったらしい味は感じないあたり、料理人の味付けセンスは的確だ。
 何より特筆すべきはオーブンの火加減だろう。焼き過ぎても焼かな過ぎても台無しになってしまう繊細な焼き加減を腹の中でうまく調節して、まるでよ余熱が通る時間まで計算しているかのように客に出すというのは、よほど手慣れていないと出来る事ではあるまい。肉汁の豊かさが、ロトムの努力を物語っているようである。
 ブロッコリー、カリフラワー、オレンの実など、色鮮やかな野菜も添えられ、見た目にも華やかで食欲をそそる。
 メインディッシュにふさわしい味わい深さに、ドワイトもアンジェラも大満足だ。
 料理を運んできてくれたギャルソン曰く、『本当はお酒と一緒にお出ししたかったのですが……大人になったらまた来てくださいね』とのこと。この料理に合うお酒はどんな味なのだろうか、想像が膨らむ。
 それを食べている間に、シャドウのための食事も出される。最初こそシャドウは警戒してくんくんと匂いを嗅いでいたものの、私が一口とって食べると安心したのか一気にがっつき始めた。可愛い奴め。
 ポケモンは美味しいものは味わうなんて面倒なことはせず、がっついて食べる。普段とは比べ物にならないくらいの食事のスピードで、よほどおいしかったのだろうあっという間にぺろりと平らげていた。満足げにキュウと鳴き声を上げるところも可愛らしく、頑張ってもらっただけのご褒美には十分だろう。
 食事を終えたらお休みタイムなのか、ボールを構えると自分から入って行った。

 魚料理を終えると、次に出て来るのは養殖アマカジのソルベ。アマカジの骨や眼球、臭みのある大腸や直腸などを取り、血抜きをしたのちにそれ以外の内臓や筋肉を氷で冷やした塩水で洗って、ペースト状にしたものに、ライムとレモンの皮を混ぜ込んでシャーベット状にしたものである。皮に含まれる苦みや渋み、酸味が、上手すっきりとした甘さを引き立てており、口の中がすっきりとリセットされて次の肉料理に臨む準備が出来るというものだ。
 養殖と聞くとなんだか天然物よりも下のような印象だが、アマカジについては天然物よりも養殖の方がよっぽど味がよく、また食中毒リスクが非常に低くなるそうで、今ではよっぽど高級品である。その中でも最高クラスの育成環境で育ったものが、こうして一流レストランの食材にされるのだとか。

 ソルベを食べ終えて、次に出るのは肉料理。メブキジカの肉をブーピッグのベーコンを塩とワイン、カシスやローレルなどの果物やハーブと一緒に一晩漬けこんだ後、メブキジカの肉をベーコンで巻いてオーブンで焼き、ワインなどの液体はそのまま煮詰めてソースにしたものだ。
 焼き上げられたメブキシカの肉は、切り分けると中がまだ赤く、血の滴るようなレアな焼き加減。新鮮なメブキジカ肉の味を、劣化させることなく存分に楽しむことが出来る。ワインとカシスと塩コショウのソースで味付けられたメブキジカ肉は臭みがしっかり抜かれていて非常に後味がいい。その秘訣はメブキジカ自身の角に生えたハーブを刻んで振りかけられていることで、その味の相性の良さには感心する。粗挽きのの胡椒を振りかければ、その刺激的な味が上手くアクセントとなって肉のうまみを最大限まで引き立ててくれる。見え隠れするローズマリーの上品な香りも称賛ものだ。
 傍らに添えられたマッシュポテトやニンジンのグラッセと相性もよく、もう満腹も近いというのにナイフとフォークが止らない。結局、勢いは食べきるまで収まることがなく、肉のうまみを存分に堪能して私達はメインディッシュの二皿を食べ終えた。

14 


 さぁ、それが終われば最後のバトルである。最後のバトルはタブンネのダイフク。今更だが彼女の名前は日本のスイーツの名前で、柔らかそうなタブンネにはぴったりな名前である。
 対する相手ポケモンはペロリーム。甘いものが大好きで、人間と味覚の好みが似ているおかげか、スイーツづくりに採用されることもあるというポケモンである。当然、このレストランの従業員だ。
 スイーツ担当である彼女の腹を見てみると、何度も何度も叩いたような跡があり、使いこまれている様子が見て取れる。子のポケモンは腹太鼓を覚えるはずだが、恐らくそれを使う戦法なのだろう。
 しかも腰に下げているのはオボンの実。腹太鼓で失った体力をオボンの実で回復して、かるわざのとくせいで攻めるという型だろうか?
「ショコラ、腹太鼓だ!」
 バトル開始とともに、オーナーはペロリームに命じる。予想通りの指示が下されたが……
「いくぜ、ダイフク! メガシンカ!」
 さて、こっちの初手はどう来るかと思ったが、ドワイトは自慢するかのように高らかにメガシンカを宣言する。メガシンカはダイフクの桃色の体を白く染め直し、さらにもちもちとした柔らかそうな体ながら、皮膚と脂肪の下にある固い筋肉の鎧が彼女を守るため耐久力は非常に高くなる。
「そんでもって、マジカルシャイン!!」
 その一撃で終わりだった。強力な光を遮断するバトルガラスは一瞬で黒ずんだ不透明なガラスとなり、観客たちを守る。中に仕掛けられたカメラは画面が真っ白に染まり、一瞬何が起こったか分からない状況になるが、その光が収まった頃にはもうすでに終わっている。目をくらませられたペロリームは、後ろからダイフクに抱きしめられて行動を封じられている。
 ラルやシャドウと違って優しい止め方で、タブンネの優しい性格が伺える。
 ダイフクのレベル、今測ってみたところ七〇レベルである。六〇レベルに調整されたポケモンが勝てる相手ではないというわけだ。むろん、フラッターを使用しなくとも勝てたかどうかは定かではないが……。

「良くやったぞー、ダイフク。お前はいつでも最高だなー」
 そうして、勝利した際のドワイトは、嬉しそうに彼女を抱きしめほおずり、果てには額にキスまでしている。ガバイトのニドヘグが勝利した時などは流石にこんなことをしないのだが、ハッサムやカメックスが進化した際はこうやってかわいがるのが彼である。
 ポケモンを愛しているのが十二分に伝わるだけに、毛のあるポケモンを愛してあげられないのは本当に残念で仕方がない。

 最後のバトルを終えると、出て来るのはデザートだ。キャラメルアイスに、香ばしく焼き上げられたクッキーが刺さっており、イチゴベースのソースとオレンジベースのソースが美しくクロスするスイーツだ。アイスの上には数種類のナッツが香ばしく薫り、歯ごたえまでも楽しませてくれる。
 皿の端っこにはクリームチーズにベリブの実のジャムを乗せたものもあり、程よい酸味と甘みは、添えられたバッフロンのクリームチーズの滑らかな口当たりとかすかな塩味が非常にマッチする。
 満腹でもすんなりと入り込んでしまう、香り、見た目、味に至るまで非の打ちどころのない一品だ。

 そうして、最後に出された料理は紅茶だ。メブキジカの夏の葉を乾燥、発酵、熟成させて作った紅茶と、小さなマフィン。最後に甘い茶菓子で終えて、紅茶で口の中をすっきりさせるというものだろう。口に中でいっぱいに広がる紅茶の香りを堪能して、私達は全てのメニューを完食する。
 子供用のメニューゆえ、大人用よりも量は少ないものの、それでもあまり運動せずに食べると満腹で、動くのもおっくうになりそうな量だった。
「ごちそうさま。こんなところに連れてきてくれてありがとねー、ドワイト」
「なに、俺は親に謝るなんて、細かいことならともかくこういう大きいことじゃ初めての経験だから、アドバイスしてくれてすごく助かったんだ」
「いや、私なんて何もしていないのに……」
「デボラも、そう卑屈になりなさんな。アンジェラと一緒にこの街に引きとめちまったわけだし。素直に奢られておけよ。負い目を感じるんなら俺に奢り返せばいいだろ?」
 その奢り返すのが、財布に負担になるんだけれどね……。ま、いっか。
「そうね、ありがとう。また会った時は私がね」
「おう、待ってるぜ!」
 っていうか、そもそもまたどこかで会うつもりなのか、こいつは……
「それで……もう昼だけれど、私達はこのままこの街を発とうと思っているんだけれど……ドワイトはどうするの?」
 アンジェラが尋ねるとドワイトは頷いて微笑む。
「うーん……俺はちょっと薬が切れちゃったから、薬を貰ってちょっと観光客からお金を巻き上げようかと思ってる。まぁ、追いつけたら追いつくよ。何回も会っているから、いつかまた会えるだろうよ」
 確かに、また会えそうな気がする。会おうと思ってもいないのに、何度も会ってしまうくらいに腐れ縁なのだから。

 そうして、私達はチェストシティへの道のりを行く。急ぐ旅ではないからいいけれど、目的の街までたどり着くのは今日は無理そうだ。
「はー……今日の料理美味しかったねぇ」
「だねー。アンジェラが世話を焼いてくれたおかげだよ……でも、よくまぁあんな奴の世話を焼いたよね、アンジェラも」
「まーね。あいつうざったいけれど、何だか放っておけないうざったさなんだよね。あいつ、多分根は悪い奴じゃないし、不器用じゃないんだよ。ポケモンをあんなに上手く育てられて、しかも父親をきちんと愛しているし。何とか、本当に何とか性格が治ればって思うんだけれど……今日のが、いいきっかけになるといいんだけれど」
「放っておけないウザさかぁ……」
「ドワイトだって、ああなりたくってなったわけじゃないっしょ。それに、私達と話す時の態度は、大分ましになって来たような気もするし……あの子には、友達が必要だよ」
 アンジェラはそう言ってほほ笑んでいた。筋肉のある男性が好きなはずのアンジェラなのに、何だか知らないけれど……ドワイトを気にかけるだなんて、一体何が起こったのか? あれか、家族が兄ばっかりだったから年下の妹か弟が欲しかったのだろうか。

15 


 チェストシティへの道のりには国立公園こそないが、街を外れた田舎道に出れば見渡す限りの草原が広がっており、そこで牧畜を行っている場所も多い。途中に立ち寄った貯水池では、淡水を住処とするビッパや、マリルなどが生息しており、覗いてみるといくらかの野生のポケモンが勝負を挑んできたので、それを軽くいなしておいた。
 デボラはパーティーのバランスを考慮してマリルが欲しかったらしく、力持ちの特性を持ち、意地っ張りで攻撃に秀でたマリルが勝負を挑んだ時は、それをハイパーボールで捕まえた……のだが。

「とおりゃあ!!!」
 彼女は、マリルを捕まえる際にポケモンなど使わず、自らの肉体を使っていた。彼女曰く、レベル30くらいまでならばどうにかなるということで、短い手足のマリルをサッカーボールのように蹴り飛ばし、追いかけて踏みつぶし、反撃で掴まれて投げ飛ばされたら、受け身を取って体勢を立て直しつつ、尻尾を掴んで思いっきり地面に叩きつけてノックアウトにする。
 彼女自身も擦り傷や打撲を負い、鼻血なんかも出ていたが、そんな状態になることを厭うことなく向かって行くのだから、すさまじい。カエンジシのラーラを相手取る時はガチの肉食獣なので怖気づいてしまったが、マリルならば行けると思ったそうだ。その根拠はなんだ……?
 ともあれ、私達に新しい仲間が増えたのはとてもうれしいことだ。マリルは人間の下で楽をして生活して生きたいと思っていたおかげもあってか、思いっきりボコられてもそれは主人になる人間を見極めるための必要な怪我である。そのため、ボールから出されても怯えることはなく、様子をうかがうそぶりを見せつつも、従順かつ落ち着いた様子でアンジェラに従っていた。

 そうして私達は先を急ぎ、そのまま岩石群のある道へ。
 巨大な岩が斜面からゴロゴロと突き出たその場所は、本物の岩ばかりでなくギガイアスが擬態しているものもあり、触れてみるまで分からないくらいにじっと動かない子ばかりである。その岩石群のある一帯には洞窟もあり、懐中電灯やフラッシュを使えるポケモンがいれば誰でも探検が可能である。内部にはイワークやらコロモリやら、暗闇を住処とするポケモンが多く、最強のポケモンの一角としても有名なガブリアスも住んでいる。まぁ、見つかれば最悪命はないが……一応、フカマルは人間よりも近くの貯水池や用水路に住んでいたり、水を飲みに来たポケモンを主食にしているから、よほど縄張りを犯して挑発しない限りは問題なかろう。
 とりあえず、私達も探索しようと洞窟に潜り込もうとしたのだが、甘かった。悠久の時をかけて積み重ねられたコロモリなどの糞が、所狭しと積み上げられていてふかふかのベッドのようになっている……悪夢の光景であり、その上臭い。こんなところに喜んで踏み言って行けるようなトレーナーがいるとしたら、それはそれは偉大なトレーナーだろう。私達はそのすさまじい匂いと嫌悪感に耐えかねて、入り口から洞窟内を覗くだけで、その光景に断念せざるを得なかった。

 さて、そんないらない思い出も作りつつ、私達はチェストシティへたどり着く。リテン地方の中では比較的大きな町。蜂がシンボルであるが故に、スピアーやメガスピアーがモチーフのオブジェクトや工芸品などがちらほら見受けられる。季節も移り変わって、12月をむかえたおかげだろうか、街にはクリスマス風の飾りつけやイルミネーションが取り付けられて、賑やかなムードになっている。
 そんな事よりも、私としてはそんなクリスマスよりも嬉しいことが起きている。このタイミングで、ウィル君も私達を追いかける形で旅を始めて来ており、ファイアローやミロカロスを乗り継ぎながら全速力でジムを制覇するらしい。両親には偽装のために観光地を回っている風の写真も撮るそうだが、あくまでそれは最低限なのだという。ウィル君のポケモンは以前から育てていたポケモンは六〇レベルを超え、ミロカロスも四〇台後半なのだからまず問題なく突破してくるであろう。
 さて、私達がこの街でやることなのだが……この街にはサッカーのクラブチームもあって、アンジェラはそれの試合をどうしても見たいとかで、一人スタジアムに駆け込んでいった。私はサッカーにはあまり興味がないので、その間観光している日本人観光客のと思しき人物を訪ねては、日本語の練習と称して思う存分会話をする。
 夜、予約しておいたポケモンセンターの宿で落ち合うと、サッカーの興奮も冷めやらぬ様子のアンジェラが、生のスター選手を見れたことでひどくはしゃぐ様子を見せていた。私としてはそんな事よりも明日のジム戦なのだだ……まぁ、こうやって旅先でしか出来ないことを楽しむのは旅の楽しみだ。はしゃぐアンジェラと一緒に私もはしゃがないのは失礼だろう。

16 


 翌日、チェストジムに行くと、ほのかに蜂蜜の匂いの漂う六角形のジムが姿をあらわした。確か、このジムの特徴はジムリーダーのヘチマがパティシエをやっており、来客にそれを出すのが趣味だという。パティシエの腕としては一流とは呼べないものの、手ごろな値段で中々の満足度が得られると、街では評判である。
 そんなジムで、甘ったるい匂いを嗅ぎながら受付を済ませて待合室で待っていると……どうにもみすぼらしい格好の女性トレーナーがベンチに座って項垂れている。
「おはようございます。お姉さんもジムに挑戦ですか?」
 何となく気まずいので私は話しかけてみたのだが、無反応である。
「えっとバッジは……いくつですか? 今私達は三つ集めていまして……故郷の島にバッジがあったから、それを手にして旅に出て、今ちょうど三ヶ月くらいなんですよ……」
 と、私は続けて自己紹介をするも、女性は黙ったまま答えてくれなかった。
「六つ……」
「あ、六つなんですかぁ。あともう少しで八つ揃いますね。それでお姉さんは旅を始めてどれくらいなんですか?」
 と、聞いてみながら彼女の身につけているものを見る。どう見ても、世界中探しても見つからないような、最高にボロボロの服や靴、リュックサック。それらはとてもじゃないが一年や二年の年期ではない。リュックサックは自分で縫っているのだろうか、糸の種類もそろえられていないせいもあるのだろう、オレンジ色のバッグなのに、白い糸で縫われているからやたらと縫い目が目立っている。
「試合前なんだから集中したいんだけれど」
 私が話しかけても無視する理由はそう言う事なんだと言わんばかりに、不機嫌そうな声で女性は言う。
「あ、あぁ……そうですか、すみません」
 なんだか、さらに気まずくなってしまうではないか。

 仕方がないので、私はアンジェラと世間話をして時間を潰していると、奥の方からトレーを持って男が現れる。
「ハイ、ようこそ未来のチャンピオン。ジムバトルへの挑戦、緊張していないかい? 緊張した時は甘いものが欲しくなるよね、どうぞ召し上がれ」
 トレーの上には二人分の紙皿とプラスティックのフォーク。そして、数種類のケーキに紅茶類。
「お嬢さん方にはこちら、ウチのジムリーダーが作ったスイーツを召し上がれ。お勧めはハチミツとバターをふんだんに使ったスフレチーズケーキのラムの実、べリブの実を添えたものが……正直な前長いから覚えていられないんだよね。まぁ、見た目とか、直感で選んじゃってよ。一人一つだからね」
「あ、どうもありがとうございます……ですけれど、二人分しかお皿がありませんが……」
 そう、ケーキは十分な量があるがこの場には少なくとも三人いる。まさか私とアンジェラが一つの皿で食べろというわけではあるまいし。
「あぁ、彼女はいいの。気にせず好きなのを選んじゃってよ。これはサービスで出しているものだから、無くても問題ないし」
 いいのだろうか? なんだか、彼女が見すぼらしいがために差別されているみたいだちょっと哀れな気分になる。
「じゃ、私はお勧めのこれで……」
「私はガトーショコラで」
 彼の言い方が少し気になったが、私はお勧めのチーズケーキ。そしてアンジェラはココアをふんだんに使ったガトーショコラを頼み、紙皿によそってもらう。
「よし来た。お友達同士なら、分けて食べるのもありだよ。それじゃ、ジム戦までもう少し待っていてくださいね。今はバッジ七つ目用のメンバーの調子を見ている最中だから、それが終わったらえーと……バッジ四つ用のメンバーの調子を見てバトルだから、あと30分くらいかかっちゃいそうだけれど……適当にウォーミングアップでもしながら待っていてください。
 あ、紅茶は飲み放題だから、おかわりが欲しかったらいくらでも言ってくださいね」
「はーい」
 『彼女はいいの』と言った職員の発言が少し気になるところはあったが、ともかく今はこのケーキを味わおう。半分ことは行かないが、少しだけアンジェラの物も食べてみたいので、少し食べたら譲ってもらうように呼びかけよう。
「で、リッシュさん。貴方は後5分もすればバトル開始ですからね。ウォーミングアップしなくって大丈夫?」
 今度は発言が気になるどころの話ではない。私達にはお嬢さんと呼ぶのに、こっちのみすぼらしい女性は、リッシュという名前で呼ぶ。しかも態度が明らかに違う。……見た目は確かに見すぼらしいけれど、きっとそれだけじゃない。名前を覚えられるほど通い詰めているというのもあるのだろうけれど、それ以上の何かがこの人にはあるのだろう。

17 


 とにもかくにも、先に来ていたリッシュという女性の戦闘が始まる。三対三のシングルバトル、ポケモンの交換はチャレンジャーのみに認められ、ジムリーダーは交換不可といういつものバトルである。
 まず、リッシュの一番手はムーランド。ふむ、コリー当たりの出身だろうか? それに対して繰り出されたポケモンはイワパレス。ふむ、虫タイプは炎や飛行に対して弱点を持つが、それを補う岩タイプとの複合タイプのポケモン。その上、高い耐久力で耐えてチャンスを伺い、殻を破るで一気に攻めるもよし、急所を隠してひたすら耐久にこだわるもよし。まぎれもなく強力なポケモンである。
「ジャック、すなあらし」
 ムーランドはまず最初に砂嵐を繰り出す。なるほど、すなかきの特性なのだろう、これで彼は素早く動けるようになるが……それはイワパレスの特防を上げてしまうことも意味している。ライブキャスターでデータを見ると、ムーランドは特殊はあまり強くないポケモンで、物理主体だから問題と思うが……
 何より厄介なのは、イワパレスが岩タイプだという事。ムーランドが得意とするノーマルタイプの技では効果が今一つ。ムーランドはノーマル技の他に、その他炎の牙や氷の牙などのサブウェポンもあるけれど、どれも決め手にかける。そうこうしているうちに、殻を破ったイワパレスに、ムーランドが『とっておき』で攻撃。すさまじい音がしたが、残念ながら効果はいまひとつである。
 対するイワパレスの攻撃だけれど、特にひねりもなくシザークロス。だが、殻を破ったその攻撃の凄まじさたるや、筆舌に尽くしがたく一発でムーランドは倒れてしまう。
「くっ……ならばいけ、バット!」
 次に繰り出されたのはエンブオー。イワパレスとの相性は悪くない……が、残念ながら今はすなあらし。彼のポテンシャルは十分に発揮できまい。

 結局、エンブオーは岩雪崩の一撃で運悪く怯んでしまい、そのまま追撃によって倒れてしまう。最後の頼みの綱のファイアローは、ブレイブバードでイワパレスを倒したが、続く二番手のテッカニンに翻弄され、剣の舞を積まれた挙句にオッカの実を持ったハッサムにバトンタッチされ(技による交換はノーカンだとか)バレットパンチに顎を打ち抜かれて倒れてしまった。それで試合は終了、ジムリーダーの勝利である。
「ダメだな、君は全然ダメだ。前回からまるで成長していない」
 勝負を終えた後のヘチマの物言いは非常にとげとげしく、きつい言い方だ。隣には先ほどケーキをよそってくれたスタッフが居るので、あの酷い態度の原因を思わず聞いてみる。
「あの、なんというかヘチマさんの態度……いくらなんでもひどすぎじゃないですかね? っていうか、貴方も態度もひどかったですよね? あの女性、何かしたんですか? このジム、さすがに印象が悪いですよ?」
「だよねー、このジムなんか感じが悪い」
 あそこまで露骨に態度が悪いと、私もアンジェラも流石に気分が悪い。私達の気分まで害している事に気付いたのか、スタッフは気まずそうな顔で頭を掻いてため息をつく。

18 


「あの子な、もう一年近くウチの挑戦し続けているんだ……」
「えぇ? そんなに足止め喰らってるんですか?」
 私は驚き思わず声を上げる。
「あぁ……そういう事だよ。いやな、私達スタッフも、君達に対して『おーっす、未来のチャンピオン!』とか夢のあることを言っているが、あの子はダメだよ、才能がない」
 スタッフはきっぱりと言う。ふとジムリーダーの方を見ていれば、あからさまに不機嫌そうな口調で挑戦者を説教している。
「大体、君はもう少しパーティーの編成を考えたほうがいいんじゃないのか? ムーランド、エンブオー、ファイアロー、クレッフィ、ギガイアス、デンリュウ……うちのジムには割かし有利だが、水タイプと地面タイプへの対抗手段が少なすぎる。ムーランドの天候を活かせるポケモンが揃っているのはいい事だが、それも弱点がかぶり気味だし……そのくせ、役割分担が上手くいってない」
「私はポケモンとの絆が――」
「絆だと? 下らんな。君は、絆を言い訳にして、ポケモンを育て直す面倒くささから眼を逸らしているだけだろう? 今のポケモンを手放す際の里親探しの面倒くささから眼を逸らしているだけだろう? 違うかい?」
 なんとまぁ、絆を下らないなどというなんて。普通ならばジムリーダー失格の言葉だが……
「あー、酷い言いようだけれど、普段はヘチマさんあんなこと言いませんからね? 蜂のように美しく、統率の取れたバトルを目指すあの人は、むしろ絆を重んじる方ですから……その、あの挑戦者に才能があまりになさすぎるから、もう諦めさせてあげたいんだって」
「えー、でもあそこまで言うことないんじゃ……」
「でも、事実だもの。証拠に……というわけじゃないけれど、あの子はポケモンに全然信頼されていない。負けたらポケモンのせい、勝てたら自分のおかげ……って言っても勝ててないけれど。そんな典型的な感じでね。ポケモン達は、負けてもとりあえず飯だけはもらえるから従っているって感じ。もはや、絆がどうだこうだと言って新しいポケモンを育て直すのを躊躇する段階じゃない。
 はっきり言って今のポケモンはもうだめだね。あの子への不信感しかないし、一度ついた負け癖、怠け癖はそう簡単には取れないよ。繰り返し言うがヘチマさんは絆が嫌いなわけじゃない。彼女に絆がないのに、絆とか軽々しく口にしているのが嫌いなだけで……」
「なるほど……」
 私は納得しつつリッシュとジムリーダーを見る。ジムリーダーは色々とアドバイスをしているというのに、その視線の方向は下を向いている。彼女の後頭部しか見えないので、その黒目がどこを向いているかまでは分からないが、恐らく彼の目を見てはいないだろう。
「それにさ、彼女本当は親から旅の援助を打ち切られているんだ……なのに、援助交際してまで旅に縋りつこうとしているんだ。前に、ヘチマさんと飲みに行ったときに、偶然援助交際をしているところを見つけちゃってね。親子ほどにも年の離れた男性の腕を抱いたりなんかして、娼婦みたいなもんだったよ。そりゃもう気まずかったさ」
「娼婦、というと……文字通り、なの?」
「ま、文字通りかな」
 スタッフは言葉を濁した。娼婦のような、というのはいわゆる援助交際だろう。この旅を続けている間に、日本人男性と話をしようとしたら、ごく一部私の事をそういう人だと勘違いしてきた男性がいて、お金と引き換えに性行為を求められたりもしたもんだ。つまり、あのリッシュという人は、それを承諾してしまうということで……。
「なぁ、お嬢さんたち。君達には夢はあるかい?」
「あります、けれど……」
「私は……特にないかなぁ。何だか、やりたいこととか漠然としてて、お父さんたちの仕事をバリバリ手伝いたいってのはあるんだけれど……あぁ、でも。旅の途中に、お城や宮殿の中にある素敵な家具をいくつも見たからね。そういうのを作りたいとは思ってる」
 私は即答し、アンジェラは言葉に詰まりながらもそう言った。次に言われることは何となくわかっている。
「その夢、目指すのはいいけれど、執着しちゃだめだからね。特にあんな風には絶対にならないでよ……僕たちジムっていうのは、夢を目指す若者を応援したいけれど、諦めなく」ちゃいけないような人も何人も見てきたからさ……追っても追っても追いつけない夢を諦めないと、夢は悪夢に変わって、そのうち現実となるからさ」
 今までのジムではスタッフもジムリーダーも陽気な人達ばかりだったけれど、今日はなんだか重い話題である。
「でも、現実に追いつかれるくらいならばまだいいよ。ああいう子、ポケモントレーナーは旅をしていても怪しまれないからって麻薬の運び屋として最適だから、お金欲しさにそういうのに手を出したり、『こんなことになったのは社会が悪いんだ!』とか逆恨みして反社会的な組織……極東の国のロケット団みたいな団体に入ったりする可能性すらある。
 でも、今別の道を探せば、彼女も間に合うかもしれないんだ。だからもう、ヘチマさんとしてはあの子に旅を止めてもらいたいんだよ。そろそろヘチマさんもジムの挑戦を断ろうかとか言い始めている。挑戦者が犯罪者だとか、そういう理由があればジムリーダーは挑戦を断ることは出来るからね……売春をしていた証拠はばっちりだから、それで断ろうかって、最近愚痴をこぼしてるよ」
 憐れみの感情しか見えないようなスタッフの顔を見て、私が漠然とした不安が胸のうちに広がるのを感じる。もしも、私がウィルとではなくパルムと結婚したら……そう思うと、どんよりとした暗いものが目の前に広がっているような。ジムリーダーに挑む前にこの嫌な気分を払拭せねば……レベルは恐らく私のポケモンの方が上だけれど、飲み込まれてしまいそうだ。

19 


 結局、今回のジムはどちらも勝利で終わる。私は主にトワイライトの炎にお世話になり、素早さとレベルの高さで圧倒する。今のところはまだごり押しが効くレベルだが、トワイライト一頭では少々苦戦したので、これ以降はきちんと戦略も練らないといけないだろう。アンジェラはタフガイに岩タイプの技をきちんと覚えさせていたのが効いたようで、虫タイプの攻撃が今一つなのも相まって、何とかダメージを与えられた。続くラーラも、炎の技で圧倒し、新入りのマリル、モスボーも記念程度に参加して戦いに勝利する。
 私達はバッジを貰えたのだが、ポケモンセンターに戻ってポケモンの治療をしに行くと、先ほどジムで出会ったリッシュが暗い表情で俯いているのを見て、私達はそそくさと眼を逸らすしか出来なかった。バッジの数が違うとはいえ、ジムリーダーに勝った私達の顔を見せて、何か睨み返されるだけでも嫌だった。なのに……
「ちょっとそこの二人……話、いいかな?」
 何で私達は話しかけられてしまうのやら? 面倒くさい
「な、なんですか?」
「いや、ちょっとね。さっきジム戦で会った二人だよね、どうかな、私とバトルしない?」
 リッシュとかいう女性に話しかけられた内容がこれである。普通に考えれば、バッジ四つめに挑戦しに来た私達と、バッジ七つめに挑戦しに来たリッシュでは私達が負けるのは明白だ。いや、シャドウやラルを出せば余裕だろうけれど、そういうポケモンを持っていなかった場合は負けてみすみすお金を渡す羽目になるだろう。
 けれど、なんというかこのなりふり構わない様子、どうも嫌な感じだ。ドワイトに似たような感じで他駆られたことはあったけれど、大人になっても同じ事をするというのはちょっと大人げないような気がしてならない。
 なんというか、面倒な奴に絡まれちゃったなぁ……どうにかできないだろうか?
「よっす、アンジェラとデボラ。そっちの奴はなんだ、知り合いか?」
 そんなことを考えていたら、なぜか都合よくドワイトが居るのだ。同じジムを目指している以上、こうして出会うのはある程度仕方のないところもあるのかもしれないけれど。でも、今回は丁度いい。
「ねぇ、ドワイト。今日はジムに挑戦してきたの?」
 私が尋ねると、ドワイトは首を横に振って否定する。
「いや、まだだぜ。俺、今日この街についたばっかりなんだ。俺歩くの遅いもんでさ、ゆっくり来たんだけれど、お前らはもうジムに挑戦したのか?」
「そうだよ、私もアンジェラも、今はバッジ四つ。そうなるとドワイトは今二つかぁ」
「へへ、明日には三つになるし、すぐに追いつくさ。ところで、こっちの女は……」
 ドワイトはそう言って、リッシュの事を観察する。
「えっと、今こちらのお二方にバトルを申し込んだところです」
「でも、ちょっと今ウチの子と一緒にジム戦の反省会をやろうと思っていて……だからバトルはちょっとね……」
 リッシュのバトルの申し出を私はそう言って断る。
「そうそう、やっぱり、買っても負けてもきちんと反省しないといけないしね」
「ほー。いい心がけじゃねえか」
 アンジェラの言葉に、ドワイトは嬉しそうに声を上げる。
「そうなると、そっちのお姉さんは戦えないってことになるけれど、俺で良ければ遊んでやってもいいぜ?」
「本当? じゃ、じゃあさ……賞金は……」
 バッジ二つの相手が戦う気になったとあって、リッシュは少し興奮している。私の見たてじゃ、リッシュが勝てる可能性はよっぽどの隠し玉でもない限り、万に一つもなさそうだ。
「賞金は要らねえよ、無理する必要はないから。まー、俺は賞金欲しいなら別に一万でも二万でも構わないけれど……」
「わかった、やりましょ」
 賞金額を聞いて、リッシュは俄然やる気を出したようで、興奮した様子だった。ただ、結果が見えている私達は、少し悪い事をしただろうかと思いつつも、ジムの職員の話を思いだすと、少しくらい強いショックを与えたっていいだろうと考えた。

20 [#9SoWtUz] 


 結果はもはや一方的な虐殺である。ドワイトはジムリーダーと同じくハッサムを所持しており、ハッサムのアビゲイルのレベルは五七ほど。リッシュのどのポケモンよりもレベルが高く、運が悪い事に最初に出したポケモンがエンブオーでもファイアローでもななく、ムーランド。
 ドワイトはまず最初に剣の舞で決定力を上げさせる。対するムーランドはすなあらしを起こしたが、ハッサム相手ではあまりに意味がない。その上、ドワイトの控えにはガバイトが居るのだ、墓穴を掘っているな……お互いのすなあらしと剣の舞が終わると、アビゲイルはムーランドをバレットパンチで殴り、仕留める。相手も砂カキの特性で速くはなっているものの、ハッサムのバレットパンチの攻撃速度には敵わず、無残に舞い散るしかない。
 続いて、ファイアローが出て来る。どうもそのファイアロー、通常特性なのだろう、普通にフレアドライブを命じられたのだが、ドワイトは何もさせずにバレットパンチで顎を打ち抜き撃破した。
「えーと……俺のポケモンに手加減させた方がいいか?」
 ドワイトは、バッジの数と実力が見合っていない典型的な例である。世の中、ベテラントレーナーが地方の外から引っ越してきたりなどしてバッジを集め直すこともあれば、ドワイトのように旅を始める前からジムやスクールで経験をかなり積んでいることもある。
 だから、バッジの数が少ない相手だからと言って、負けても恥ずかしいことではないと私は思うのだけれど。
「そんなのいらないわよ!!」
 それが分からないのか、それともバッジの数ではなく都市舌に舐められるのが嫌なのか、意地になってしまう者もいるのだ。
 結局、手加減はいらないといわれたこともあって。ドワイトは素直に手加減しなかった。ハーフバトルのつもりだったが、結局フルバトルをすることになってしまって、しかしそれでもリッシュはアビゲイル一匹すら突破できないまま終わってしまう。ギガイアス以外は全員、アビゲイルに一撃すら加えられずに全滅だ。
「……あぁ、まぁ、なんだ。お姉さん、才能なさそうだし、旅は止めたほうがいいんじゃないのか? 旅の目的がなんなのかはわからないけれど、もしもリーグだとかを目指しているんなら、マジ止めたほうがいいぜ?」
 ジムリーダーでも言えなかった言葉がドワイトの口から炸裂する。こんなにはっきりと聞かされてしまったら、もう立ち直れないんじゃ。
「あ、貴方に……何が分かるの、よ」
 リッシュは必死になって反論するも、ドワイトは難しい顔をして悩む。
「あー、言っちゃっていいなら言うけれど」
 そう言ってドワイトは前置きをする。リッシュは答えなかった。
「答えないってことは同意と取らせてもらってもいいのかな?」
 ため息をついて、ドワイトは始める。
「えっとな、まずお前さんの服装、ボロボロだ、靴も服もリュックサックもひどい有様だし、身だしなみも整っていない。女ならって言い方はあんまり好きじゃないけれど、女なのにそれでいいのかって話。身だしなみを気を付けることが出来ないのは、それだけガサツなのかそれとも経済的に豊かじゃないのか。
 その答えについては、お前さんの栄養状態が物語っているんじゃないかな? 髪も肌もボロボロじゃん、腕だって細いし。
 で、どうしてそういう状態になったかと考えると、まず親からの仕送りが無くて……その上、バトルでも勝てないから賞金も奪われてばかりって感じかな? ってか、俺がバッジ二つって聞いたときにお前目の色変えてたからなぁ。お前のバッジがいくつかは知らないけれど、それってつまり俺よりは強い自身があって、カモにするために勝負挑んだってわけだろ?
 いや、俺も格下だと思ったトレーナー相手に勝つつもりで挑んだことはあるから、強くは言えねーけれどさ。でも、なんというかなりふり構わない感じがして卑しいなあって思うぜ?
 あー……でも、例えば食事もまともに与えてくれないような酷い親から逃げるために、着の身着のままで旅に出るってタイプのトレーナーもいるからな。お前がそういうタイプのトレーナーならば、まだ旅に出たばかりでも服がボロボロってこともあるだろうし、その場合は弱いのも仕方ないっていう可能性も考えられるわけだけれど。
 けれど、モンスターボール。お前のモンスターボール、塗装が擦り切れてる。何年も使い続けている証拠だな。服はともかく、ボールがボロボロってことは、旅に出て間もないとか、ポケモンが生まれたばかりってこともないわけだ。
 モンスターボールは空っぽになっても再利用できないから、中古のボールだなんてこともないだろ? どう考えても、長い間付き合いのあるポケモンってことだ。なのに、長い付き合いのポケモンが弱いってのは、つまりお前か、ポケモンに才能がない証拠だと思う。
 で、お前とポケモン、どっちに才能がないかという問いだが、六匹全員が才能がないなんてのは珍しい確率だな。人間に才能がないと考えたほうが自然だ」
 ドワイトは彼女の服装から読み取れる情報を次々と口に出していく。ドワイトの言葉を聞いてモンスターボールに目をやってみれば確かに塗装が剥げかけている。そんなところまで見ているとか、ポケモントレーナーとしてはもちろん、セールスマンや探偵としても大成できそうだ。
「で、そんな長い付き合いのあるポケモンだけれど、お前さん負けた時に舌打ちして『戻れ』って言っただけだよな。なんというか、もう少し適切な声かけをすればいいのに、そんなそっけない声かけじゃ、ポケモンだって懐かないわな。
 そうそう、ちなみにポケモンの栄養状態も良く無いね。ムーランドはちょっと体毛が濃すぎて良くわからないけれど、クレッフィとかエンブオーなんかは非常に分かりやすいね。もっと飯を食べさせてあげなよ、俺がプラズマ団だったら今頃お前のポケモン解放させてるぞ? 家に帰って、飯をたっぷり食わせてやれよな。
 まー……そんなところかな。栄養状態とかに反論があるなら聞くけれど?」
 ドワイトは一通り言いたいことを言ってリッシュの反応を待つ。これだけ観察力があるからこそ、ポケモンバトルなんかも強いのだろう。

21 


 ドワイトに言いたいだけ言わせて、しかし何の反論も出来なったリッシュは肩を小刻みに振るわせていつ。
「私が弱くて何か悪い!?」
 論理的な反論は出来ないので、感情論でしか返せない。弱いことは認めてしまっているあたり、現実は一応見えているようである。
「いや、悪くはないけれど? でも、ポケモンの栄養状態が悪いのはちょっと問題だなぁ」
「じゃあなんでそんなひどいことを言うの!?」
「『貴方に何が分かるのよ』って言ったからじゃね?」
「そんなこと聞きたくなかった!」
「いや、聞きたくないなら念を押した時に『聞きたくない』って言えば良かったじゃねーか」
「あんたに私の事なんてわかるわけがない!」
「いや、間違っているところがあるんなら訂正してもいいけれど……」
 リッシュがドワイトにひたすら反論しているが、ドワイトは困惑しながらも正論しか言っていない。正論を言えば常に正しいわけではないけれど、今回ばかりはドワイトみたいにずけずけ言ってくれる方が、今後絡まれることもなさそうで、ありがたいかもしれない。
「ま、いいや。お前さんが俺より弱いことは確かなんだし、それでも頑張るって言うんなら止めはしないよ。あー、まぁ、ただ……あれだ。賞金は別になくていいって言ったけれど、やっぱりとっておいたほうがいいかな?
 俺、お前の見た目をみて、見た目で『お金がない』って判断しちゃったからな。だけれど、実際は俺、お前の事なにも分からないし、本当は経済的に余裕があったりするかもしれないから……そうなると、お前さんの財布事情を気遣って『賞金は要らない』なんて言ったら失礼だろ?」
 ドワイトは話が通じないリッシュに苛立ったのか、彼女のプライドを試す一言を放つ。彼女に経済的に余裕がない事は明白だが、かと言って『賞金はやっぱり無しで』なんて言おうものならプライドが傷ついてしまう。どうも子のリッシュという女性、プライドだけは高そうだから、そんなことは言えないだろう。
「バッジはいくつなんだろ? 六つか五つくらいの強さだったから、相場は四〇〇〇ってところか。持ってる? あぁ、経済的に厳しいのなら、別に要らないよ?」
 挑発するようにドワイトが言い放つと、リッシュは歯ぎしりをしながら眼を逸らし、財布の中からなけなしのお金を突きだして、黙って立ち去った。
「……結局逃げてやんの。本当は金に余裕がないくせに、馬鹿な奴だ。頭を下げてでもお金は守るべきだろうに」
 ドワイトは鼻で笑う。
「プライドばっかり高いくせに、大した反論も出来ないってことは大した努力もしてこなかったんだろ……ってか、なんだ」
 ドワイトはそこまで言って私達の方に振り返る。
「お前らあんな面倒そうな奴を俺に押し付けるなよ!? お前らが最初に絡まれていたんだからお前らが対処しろよな!? こっちゃ迷惑千万だぜ!」
「あー、ごめん。なんというかその、ドワイトも面倒な性格だから、面倒な奴ら同士気が合うかなって」
 アンジェラは目を背けつついう。
「俺そういう役割かよ……ってか、面倒同士だからって気が合うわけじゃねーっての」
 ドワイトは面倒な奴とはっきり言われ、ため息をついていた。しかし、ドワイト……あんた自分が面倒なのは、認めているのね。


 数分後、私達はポケモンセンターの売店で買い物に付き合わされていた。
「全くよぉ……本当に、今だけはプラズマ団になりたい気分だぜ」
 そんな愚痴を漏らしながら、ドワイトは先程の賞金でポケモン達の餌を買っている。特に栄養状態がひどかったエンブオーとクレッフィのものを選んでそれを運ばせる役が私達というわけだ。ポケモン達に持たせればいいのに、なぜ私たちなのか。
「っていうか、何で私達が手伝わなきゃいけないの?」
「そりゃあれだよ、アンジェラ。お前ら俺に面倒だけ押し付けるなよ」
 その疑問をアンジェラが問うと、帰ってきた答えは以上のものである。確かに、無駄に巻き込んじゃったわけだし、仕方ないね。
「そういえば、さっきドワイトは『親から逃げるためにトレーナーになって旅に出る奴もいる』って言っていたけれど……そんな人いるんだ……私達見たことないけれど」
 私は先程の話の中で、気になったことを訪ねてみる。ドワイトはすこしばかり嫌そうな顔をした。
「いるんだよなぁ、それが。俺の家は育て屋だから、孵化余りを貰って旅に出ようとする奴がいるの。うちでは一匹だけ産めば良かったポケモンに双子が生まれちまって、その片割れとか、そういうのの里親を募集していることがあってな。基本的に無料で引き取ってもらうことになっているんだけれど、大抵はゼニガメを貰って行くのがまた少し悲しくって……」
「なんでゼニガメ?」
「いや、ウチの地方のチャンピオン……クシアさんはポケモン博士でもあるだろ? それで、ヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメを新人トレーナーに譲ることにしているんだけれど……
 チャンピオンは晴れ状態を主体に戦う晴れパだろ? 彼のレギュラーメンバーのリザードンはYにメガシンカするか、サンパワーで戦う特殊主体の子とXで戦う物理主体の二匹。そしてフシギバナは葉緑素の特性を持った子……つまり」
「チャンピオンに憧れた子供達はゼニガメに見向きもしない、と……」
 ドワイトの言わんとしていることが分かって、私は苦笑した。
「そういう事。俺がカメックスを連れているのもそれが原因なんだ……大抵余るんだよね、ゼニガメ。持ち主が決まらないままかメールに進化しちゃいそうだから、俺が引き取ったんだ」
 なんと、カメックスにそんな逸話があったとは……いつの日も子供は残酷である。
「ともかく、話を戻すと、そうやって余り物のポケモンを無料で貰いにくる子は、経済状況があまり良くないから服とかがボロボロだったりすることもよくあるというわけね? 見慣れているわけだ」
「あぁ、そういう事。それで、そういう奴らは勉強もまともに出来ていない奴が多いから、大抵の奴は旅もあまりうまくいかないけれど……でも、旅の途中に立ち寄った場所で住み込みの仕事とかを見つけて、そのままそこに居ついちゃう奴もいるんだ。
 たまに、そういう奴らから手紙が来るんだよ……『あの時はゼニガメをありがとう』って。まったく、さっきの奴もそれくらいかわいげがある奴だったらよかったのになぁ……」
 愚痴を漏らしながら、ドワイトは買い物を続けた。

 リッシュのポケモンに対応した食料の買い物を終えて、ドワイトはタブンネのダイフクを繰り出し、耳で存在を感知させるが、中々見つからない。そこで、私がシャドウを繰り出し、余ったお札に付いた臭いをたどらせてみると、タブンネも彼女の心音なのか呼吸音なのかを見つけたようで、前に出て案内をしてくれた。
 彼女はこれまたボロボロになったテントの中で眠るつもりのようだ。
「おい、さっきの。リッシュとか言ったな、開けろ」
 ドワイトがそう言って、ノックもせずに開ける。彼女はテントの寒そうに縮こまって不貞腐れている。
「何の用よ?」
「ポケモン用の飯だ。お前の飯は知らん、お家に帰るか雑草でも食ってろ」
 そう言って、ドワイトはリッシュのテントの中に餌を投げ込み、私達にも投げ込むように顎をしゃくりあげて命令する。私も無言で餌を投げ込む。その際、どんな顔をすればいいのか分からず無表情になってしまったが、それが彼女にはどう映ったのだろうか。
「用はそれだけ?」
「……今だけはプラズマ団になりたいぜ」
 最後に、ドワイトはリッシュにそう吐き捨てて、テントを去っていった。
「あいつ……エンブオーやファイアローを抱けば温かいだろうに。それすら出来なくなるほど、ポケモンとの仲が拗れてるのかよ……」
 そういえば、この寒いリテン地方では、野宿する際は厚着をしなければ、風邪どころでは済まない。なのに、せっかくの炎タイプのポケモンで暖をとることもしないというのは、それを頼むことすらできないほど信頼関係がないという事か……? なるほど、ジムリーダーが彼女の絆という言葉を罵倒するわけだ。
あんな奴にポケモンを手にして欲しくねーな」
 いつもあっけらかんとしているドワイトが、こんなにも人を軽蔑した表情も出来るだなんて思っても見なかった。
「全く気分が悪い……ちょっと、他のポケモンも軽く暴れさせてくる」と言いながら私達を置いてどこかへ行ってしまった。

22 



「はーあ……なんだか今日は大して活動していないのに疲れちゃったな……」
 昼から夕方にかけて街を散策し、時折ポケモンバトルをしたくらいだというのに、疲れた気分になったのは恐らくポケモンセンターであのリッシュとか言う女に絡まれたからだろう。
 『夢は悪夢と変わって、そのうち現実となる』だなんて、そんな重い話をされれば誰だってテンションが下がるのは当たり前だ。さらにその上、ドワイトに打ちのめされて涙目になりながら黙って消えていく姿を見ると、こちらまで気が重くなってくる。
「私は、ウィル君と結婚するのが夢……なのは今も変わらないけれど。でも、もしもそれが叶わなかったら、どうなるのかな」
 アンジェラもいるホテルの一角で、私は独り言のように不安なことをつぶやいた。
「前、デボラ自身で言っていたじゃん。ウドさんと話した時だっけ? 夫を教育すればいいんだって。なんかそんな感じの事、言ってたじゃん? ウィル君がダメで、どうしてもパルムと結婚しなきゃいけなくなった時は、そうするべきだよ。強いポケモン連れて、夫の横暴に対しては毅然と反撃。言葉には言葉で、暴力には武器を持った暴力で。それでもダメならポケモンを持って対抗してやればいい。
 デボラさ、夢に破れた者は幸せになる権利がないわけじゃないんだよ? 清く正しく生きていれば、誰だって幸せになる権利はあるんだから、もし夢がかなわなかった時だって、自分の思うような幸せを目指せばいいじゃん」
「そっか……そうだよね、アンジェラ」
「だから、もし婚約者と結婚することになっても、ウィル君と浮気だとか、そういう方法で疑似的に夢を追うとかよりも、真正面から現実に向き合ってみたら? 今だってそうしてるんだから、出来ないわけじゃないでしょ?『日本人は白人が相手なら簡単に股を開くよHAHAHA!』なんてなことを得意顔で言うような奴には『そうですか、私はちゃんとお金を稼いで、私を気遣ってくれる人じゃないと股を開きませんよ』とニッコリしながら言って、綺麗な家と温かい料理だけは常に出してやれば?
 態度を改めない限り、絶対に貞操は明け渡しちゃだめだからね」
「あはは……ちょっと過激だね」
「女は道具じゃないんだから。夫に対して強気でもでいいんだって。デボラはこの旅でかなり逞しくなったと思うし、だからきっと大丈夫だって私は思ってる。それにほら、ウィル君もようやく旅に出たわけだし、もうすぐ合流できるんだから、頑張ろうよ」
「……うん」
 不安は未だに絶えることはない。けれど、不安があってもそれは怠ける理由になんかなりはしないのだ。

 

 ともかく、私達はウィル君を待つことはしなかった。彼がバッジを入手して追いつくのを心待ちにしながら、南南東にあるピーク・ディスキア自然公園を突っ切って行く。この自然公園には毒タイプを併せ持つ草タイプのポケモンと、それを狙うエスパータイプのポケモンが住んでいる。エスパータイプのポケモンは賢いポケモンも多く、毒を持つポケモンも全身に毒があるわけではないので、可食部を齧られて解放されるケースは少なくない。そのため、ボロボロの葉っぱを持つ草ポケモンも多く見られるのがこの場所の特徴だ。
 ちなみに、同じ毒タイプのポケモンとしてニドラン系統の雌雄がどちらも出現する。こっちは他のポケモンが食べられないような部分まで食べるし、ポケモンの意の血など知ったこっちゃないという感じで、純粋な捕食活動となってしまう。
 中にはその狩りの様子を生で見たいとこの場に来るような観光客もあり、動画サイトのPikatubeなどではその光景がアップされていたりもする。ニドクインが狩り取った獲物を夫婦でバリバリとむさぼる様は、野生のポケモンを舐めている人間達を震え上がらせるには十分な迫力だ。
 場合によってはこのニドキングやニドクイン、牧場に住んでいるゴーゴートやモココまで捕食しようとするため、この辺の番犬やゴーゴートは地震や地ならしを覚えていることも多く、シャワーズなどを番犬として使うこともある。また番犬ではなく番鳥を使うことも多く、この地域ではエアームドやシンボラーがニド対策として人気なのだとか。こういうのを育てるのも育て屋の仕事で、ウィルと似たような育て屋はこの地域にも二件あるのだ。
 人里離れた中心部には、綺麗な水と岩が突き出た地が広がっている、土が少ないために草が生えず苔生した岩があるが、ここではイーブイがリーフィアに進化出来る程の自然はないらしい。むしろ、ここは磁性の関係で特殊な進化条件が必要なポケモンがジバコイルやダイノーズなどに進化出来る場所らしい。
 岩と鋼のポケモンが住むその付近では、格闘タイプのポケモンも猛威を振るっており、野生のルカリオがここで捕獲出来るとか。そのおかげなのだろう、ジェネラルもそこかしこで同族の波導をキャッチしているようで後頭部の房を上下させては、しきりに周囲を見回していた。
 その過程で見つけたハガネールの巨大な抜け殻と記念写真を撮ったり、崖のような斜面を逞しく転がり歩むドンファンを圧倒されながら見守った。
「どうする? ゲットしたいポケモンはいる?」
 私達はライブキャスターを起動しながらそんなことを話して、私達はひたすら練り歩く。だだっ広い草原の景観は雄大だけれど流石に飽きてきているので、私達も会話は少なくなってしまう。なによりも、今の私の心はウィル君の事でいっぱいだった。いつになったら会えるのか、いつになったら追いついてくれるのか?
 それだけをひたすら考えながら、私達の旅は続いていく。

次……合流して三人で

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*1 フラットルールに使われる装置。ポケモンを好きなレベルに統一できるが、レベルを上げることは出来ず、きちんと取り付けないと効果がないため犯罪を犯したポケモンの捕縛には向かない。

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Last-modified: 2016-09-19 (月) 21:44:43
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