ポケモン小説wiki
許嫁を取り戻せ2:アンジェラとの二人旅、前編

/許嫁を取り戻せ2:アンジェラとの二人旅、前編

まとめページ……許嫁を取り戻せ
前……甘んじてはいけない

キャラ紹介 

デボラ=スコット
ミクトヴィレッジのウイスキー醸造所の取引を取り仕切る、この村の経済の立役者の娘。
一年の間にものすごく成長し、ポケモンバトルの実力もめきめきとつけている。もう頭の緩い女性とは言わせない

 トワイライト
ギャロップの雄。もともとは兄のポケモンだったが、兄が死んでしまったために引き取った。去勢済みなので生殖能力がない。特性はもらい火である。

 エリン
ニャオニクスの雌。許嫁への贈り物として雌雄セットで子供に送られた。実はデボラは雄の方が好きなのだが、貰ったのは雌である。特性は勝気。

 シャドウ
アブソルの雌。舐め癖のある子だが、舐め癖はウィリアムの趣味であるため直されなかった。あの舌が顔を這う感触がたまらず、ゾクゾクと快感が走るためにやめられないのである。デボラへのプレゼントとして、旅の安全に協力してくれるようにと、災害を感知するアブソルが選ばれた。村では番犬としての需要のほか、農作物へ降りかかる災害の感知もしてくれるため、育て屋への需要は高い。
 特性は強運、サイコカッターや辻斬りを覚えていて、ご丁寧にピントレンズを持たされている。


アンジェラ=スミス
この村唯一の大工の家。兄が三人もいるため男勝りの性格で、身体能力も肝の座り方も男子顔負けでずば抜けている。
ついでに言うと職場兼自宅も男だらけ、ポケモンもローブシンやカイリキーなど男だらけ。男の半裸を見たところで顔を赤らめすらしないが、さすがに下着姿で家の中をうろうろしたりはしない。

 タフガイ
ドテッコツの雄。暑苦しい。鉄骨がさびないようにオイルを塗ったら大惨事になったことがある。特性はちからずく

 ラル
ドリュウズの雄。泥臭い。格闘タイプとの相性補完を考えた結果、この子に落ち付いたとか。大麦畑の作業員としても需要が高いポケモンであるため、育て屋としてのノウハウは多いのだとか。特性はすなのちから。

 


「エリンもせっかく進化したのに、中々エリオットと会わせてあげられなくってごめんね」
 今も学校では時折顔を合わせているものの、二人とも忙しいために、長い時間を遊ばせられることはないし、休日に一緒に遊ぶようなことは、婚約の破棄を宣言されてからというものまったくしていない。そのおかげで毎日のように遊んでいたエリオットとエリンの距離は近くて遠い。私がこうして部屋に戻った時も、エリンは寂しげでいつも窓の外を覗いては、エリオットが尋ねてこないかと待っているかのようなそぶりを見せている。
 去年まではしたことがなかったこんな仕草を見ると、自分のせいではないのになんだか申し訳なく、そしてもどかしく思えてしまう。そうやって見つめても何の成果もないとわかると、エリンは決まって私の下へ甘えに来る。勉強机に座る私の膝に乗り、膝の温かみに縋りつく。いつもジト目なニャオニクスだけれど、慣れればその表情の変化も何となくわかってくる。エリオットと共に生活できないのは寂しくてたまらないので、甘えさせてほしい。人間の言葉に直せばこんなところだろうか。
 観光客のポケモンと戦ってみたりなんかして遊ばせているおかげでレベルは上がっているものの、愛しい相方と会えないようでは心の隙間は埋められないようだ。ギャロップのトワイライトも時折兄を思いだしているのか、悲し気にいななくことは少なくない。思えば、たった一人死んだだけでも、多くの人間や、多くのポケモンが影響を受けるものだ。父親が私の身にも何かあったらと考えるのも無理はない。
 勉強が成功して、旅に出ることになったとして。ウィル君がプレゼントしてくれる約束のアブソルならば災害は跳ねのけられるかもしれないが、逆に言えば災害以外の災難には弱い。事故とか、事件とか。兄さんが死んだ交通事故なんてのは、悪意もなく起こるのだから、例え心を読めるポケモンでも防ぐことが出来ないのだ。
 そう言った危険から身を守るにはもっと別なポケモンが必要だろう。それは例えば未来予知が使えるポケモンになるわけだが……きっと、それは未来予知も出来るこの子なのだろう。
「……いつになるかはわからないけれど、きっとウィル君と添い遂げるからね、エリン。そのためにも、一緒に頑張ろう」
 彼女の喉を撫でてあげると、気持ちよさそうにゴロゴロと音を立てる。エリンが甘えて来るおかげで自分も少し癒されたが、そればっかりにかまけてはいられない。自分は前に進み続けなければいけないのだ。
「よし」
 目の前のノートと教科書を見つめ、気合を入れる。ただ学んで、必修科目を取れる程度では父親も納得するはずはない。提示された条件以上の自分を見せてやるんだ。それこそが、私が取るべき行動だ。

 そうやって勉強に取り組むこと半年ほど。カロス語の勉強も一応は進めているが、それはやはり独学よりも学校などで教えてくれる人がいるところで勉強したほうがいいだろう。だから、今は変なくせがついてしまわないように、あまり勉強せずにいた。
 代わりに今は日本語を優先的に覚えたかった。カロス語は中学で学ぶとして、独学では限界のある日本語は基礎だけでも覚えておかなければ、後々学ぶ際に付いていけなくなるかもしれない。私は図書館に赴き入門書を漁り、日本のアニメやゲームを辞書片手に見て回る。家にインターネットがあるのは本当に良かった、こういうものを自由に閲覧できるのは、この田舎街じゃ貴重だ。
 日本で使われている子供の知育用ビデオを少しだけ理解できるようにはなったが、この程度の耳ではまだまだ二歳児以下だろうし、発音なども人と話したことは皆無なので、どれだけ話せるか全くわからない。ともかく、父親に認めてもらうためにもがむしゃらにやってみるしかない。
 しかし、日本はパンやライスボールが空を飛んだり闘ったり、中々カオスな国だな……ネズミの国のあいつは日本でも知育に使われているあたり、やっぱり人気があるのだなぁ。


 そうして月日は経ち、私達は小学校を卒業して、9月の新年度をむかえて中学校へ入学する。予定通り、ウィルは中学校へ入学し、私とアンジェラは8月の、まだ学校が始まらないうちに旅に出る。この日は気温も一九度と非常に暖かな日で、絶好の旅立ち日和だ。
 島にある草タイプのジムはアンジェラも私もすでに制覇している為、二人ともジムバッジ一個からの旅のスタートだ。島と本土の物資輸送も兼ねた定期便へと乗り込む前の見送りで、私はウィル君からポケモンを貰う約束を取り付けている。
「全く、ウィリアム君。もう君は婚約者ではないというのに……なんというか、厚かましいとは思わないのか? こちらとしても不本意な結果ではあるが、今でも諦めていないように見えてあさましくはないか?」
 ただ、見送りにくるウィリアム君に対して父はあまり良い顔をしていない。実際、まだウィル君は諦めていないし、あさましいかもしれない。けれど、相思相愛なんだ。大だ、新しい婚約者のパルムは、こうして旅に出ようとする私に対して、興味もなさげで、怪我だけはしないでくれと電話を一つ寄こしただけ。もう少し安全を祈るとか、お節介なくらいに世話を焼いてくれた方がまだ好感が持てる。それをしないという事は恐らく、私を愛してるとか、そんな感情はないのだろう。
「友達の無事を祈るのが、何か問題でもありますか?」
 そんなパルムとは対照的にウィルは私の安全をきちんと祈ってくれるし、祈りなんて抽象的なものばかりではなく、こうしてポケモンも送ってくれる。
「……本当に友人としてみているのかね?」
「はい、大切な友人です。当然でしょう、今までは家族のように過ごしていたのですから」
 父親に睨みつけられても、ウィル君は睨み返すことはせず、かといって眼を逸らすような真似もせず、堂々と言ってのけた。これで嘘をついているのだから、ウィル君は強かなものである。
「じゃあ、デボラにはこの子を……アブソルの女の子だよ。この一年で必死に育てたから、受け取って」
 言うなり、ウィルはモンスターボールの中からアブソルの女の子を繰り出し、アブソルの頭を撫でる。この子はすでに学校で何度も会っているため、慣れた顔であるが。
「六二レベル……何かの間違いじゃないの!? しかも、何かレンズのアイテムまで付けてくれてるし」
 今日初めて手渡されたライブキャスターを手にしてレベルをスキャンしてみると、そのレベルの高さには驚いた。強く育てていると自信満々に言っていたウィルの言葉は嘘ではないのだとよくわかる。
「いや、一昨日ポケモンセンターで健康診断のついでに計った時もそんなもんだったけれど……売れば200万を超えるからね。婚約破棄の慰謝料がそれくらいだったでしょ? 付き返すつもりで育てたから、これで貸し借りはゼロだからね。そのピンとレンズはサービス、攻撃が急所に当たりやすくなる道具だよ」
 と、誇らしげに言ってウィルはウインクをする。つまり、婚約は破棄されていないとでも言いたげな彼の顔に、アンジェラも感心して頷いている。

2 [#6TQIGf3] 


「で、アンジェラはこっち。ドリュウズの女の子。結構家にガタが来てるから、建て替える時はサービス頼むからね」
「うん、ありがとう。こっちも……59レベルかぁ。すごく強いね」
 アンジェラも、ライブキャスターの使用法を確認するためも兼ねてレベルを計る。そのレベルの高さには驚き、思わず口笛を鳴らしている。
「大工仕事では穴を掘ったり地面を削ったりとかって作業も多いだろうから、それに特化したポケモン。ローブシンはいたけれど、そういうのはいなかったはずだし、丁度いいでしょ?」
「そうだねー……今は結構機械任せだけれど、この子がいてくれたら楽になるかも。ってか、こんなの貰っちゃったらリフォームの時は本当に割引しないとな……お父さん、そういう事でよろしくね」
「えー……困ったなぁ。まぁ、仕方ないね」
 娘に振られたアンジェラの父親は困った顔をしつつもまんざらでもなさそうだ。
「ウィル君、娘のためにありがとう」
「いえ……俺も、落ち込んでいた時に随分と励ましてくれたお礼ですよ」
 はにかみながらウィルが言う。演技が自然で、私への未練を完全に断ち切ったように見えるのは彼が腹をくくった証拠なのだろうか。一年でこれだけのポケモンを育てているのだから、率直に言って頼もしい限りだ。
「……ところでお父さん。私の婚約者は、今はこの島に戻ってきているはずだよね? 仕事だって休みなんていくらでも撮れる業種なんだし、見送りに来ないの?」
「文句を言うなデボラ……。あの人は優秀なんだから」
「あのさぁ、私ウィル君にポケモンを育ててもらっていたけれど、きちんと何度も顔を合わせて慣れさせたうえでこうして貰ってるよ? アブソルは賢いポケモンだから噛みついたりはしないまでも、慣れない人の手に渡ればぎくしゃくするからって……人間も同じで、こう言う時に時間を取ってくれないような相手じゃ、私だって心を開けないよ。パルムさんに伝えておいて。私に噛みつかれても知らないよってさ」
 ウィル君が最高の男だとは思わないけれど、パルムは間違いなくはずれの男だろう。一度だけ話したことはあるが、見た目には大して気遣っていないくせに、ボディタッチの多さは吐き気がするほどで、胸を触られそうになった時は思わず払いのけて、エリンが入ったモンスターボールに指をかけてしまったくらいだ。結婚してもあの調子なのかと思うと、いくら学歴が高いとはいえ不安しかない。
「そんな失礼なことを言えるわけないだろう!? こちらは結婚させてもらう立場だぞ」
「分かってるって、結婚はするよ。でもそれ以上のことは保証しないって、私は言っているの。それじゃ、私は行ってきます……」
「えー、ちょっとデボラ。そんなんでいいの? えっと……お父さん。私も行ってきますね。私も健康と事故に遭わないよう気を付けるので、お父さんも滑って転んだりしないようにね」
「大丈夫、生まれてこの方大きな事故は一度もないんだ。生涯現役でやって見せるさ」
 娘に心配されるアンジェラの父親は誇らしげに胸を張る。そんな彼女の父親を見る父さんの顔はどことなく寂しげだ。
 もしもウィル君との婚約が今も継続していたのであれば、私も父親に柔らかい態度をとれていたのかもしれないけれど、今はすっかり親子関係もぎくしゃくしてしまっている。前は娘として愛されていたような気もするけれど、今となっては家を守る道具として大事にされているような気がしてならない。
 そうとも、家を守るための道具ならば、確かに冒険に出る必要もない、勉強をする必要もない。むしろ、親や婚約者パルムの傀儡であったほうが父さんにはきっと都合が良いのだろうから、昔の素直で従順な私とは違う今の私を疎ましく思うのも頷ける。父親に素直だった私は、ウィル君がいて、兄がいて、初めて成立するものなのだろう。
 だけれど、好きな人と引き裂かれるような選択を、私の意思を無視して進めるような父親では、今はもう尊敬など出来ない。兄は、同じ苦しみを抱えていたのだろうか? こうして、自分が家のために行動させられる立場になってみると、珠に思ってしまう。今の私は不幸な気分の中にいるが、兄もこういう思いを抱えたまま死んだのだとしたら、それはあまりに不憫すぎる。
 せめて、この旅の最中に事故現場へと寄った際は、花でも添えてあげなければ。
「それじゃあ、ウィル君。本当にありがとう。天災には絶対に遭わないように気を付けるからね」
「私も、穴を掘る機械にはぜひ活用させてもらうから」
「どんな状況だよそれ~。ま、いっか。お二人さん、お元気で」
 そう言ってウィルは手を振って寄こす。
「デボラ、ちゃんと食事も睡眠もとるのよ!」
 母さんも同じく手を振る。
「きちんと一年、挫折せずに頑張れよ!」
「家が恋しくなったら電話するのよー!」
「お土産話期待してるよー」
 アンジェラの方は両親と姉が大声で見送ってくれる。
「怪我だけはするなよ」
 最後に、ため息交じりで控えめな声で発せられた父親の言葉が、私は虚しかった。心配してくれるのは嬉しいのだけれど、その心配はきっと、娘そのものではなく、後継ぎに対する心配なのだろうなと。

3 


 船上でポケモンバトルが出来るような豪華客船ではないので、数時間船に揺られている間はトレーナー同士おしゃべりしたり眠ったりする時間である。その道中で私は……
「ねぇ、シャドウ。いつになったら貴方は満足するのかしら?」
 それはもう、シャドウに舐められ尽くしていた。薄い唾液を伸ばすようにして顔中舐められて、頬を引っ張って押しのけようにも全く意に介さず、前足を以って持ちあげても、首を限界まで前に出して舐めようとする。
 非常に鬱陶しいこと仕方ないけれど、意外な効果もある。私は船に弱くて、本土へ渡るための船に乗る時はいつも船酔いしてしまうのだけれど、今回はシャドウのおかげで船酔いしなかったのは幸か不幸か……べとべとだけれど気分が悪くないのは嬉しいことだ。
 ともあれ、私達は無事に本土への上陸を果たす。コンクリートの港は殺風景で、漁に出た漁船が多数止まっているということもなく、小さな売店兼事務所、待合室の建物と、大きな駐車場があるだけだ。ここら辺は本当に何もなく、数キロメートル離れたところに僅かな民家と農場があるくらいである。なんというか、ワクワクしない場所だなぁと思わずにはいられない。
 観光客はここから出ているバスを利用して街まで行くのだろう、私達旅のトレーナーはここから北にある街まで歩き通しになるのである。

港のある場所は半島となっており、本土にたどり着いて最初に訪れることになるその目的の街は、半島の反対側にある。道なりに北へと進んでいくと、周りは森に囲まれてはいるものの、車道として整備されているので非常に歩きやすい。歩く間にも野生のポケモンが顔を出してはこちらを伺っており、草むらを歩いているわけでも無いのに挑みかかってくるジグザグマなどもいる。こういうポケモンは、人間に保護されることで安定した食事や安全の供給を求めているポケモンで、人間に掴まるということがどういう事かを良いほうに捉えているポケモンだという。『人間に掴まったら自由がなくなるぞ』と考えているポケモンもいれば『人間に掴まったらいい暮らしが出来るぞ』と考えるポケモンもいる。バトルに出させられることが幸福か不幸かは、価値観の問題だろう。


 ただ、こちらとしてはすでにニャオニクスのエリン、ギャロップのトワイライト。そしてアブソルのシャドウと三つも手持ちの枠が埋まっている為、何でもかんでも捕まえるわけにはいかない。アンジェラはまだドテッコツのタフガイとドリュウズしか所持していないが彼女はどうするかというと。
「えっとじゃあラル! 私達の初戦闘、行くよ!」
 アンジェラによりラルと名付けられたドリュウズは、今まで顔合わせや遊んだりとかはしたのだが、こうして戦闘を行うのは初めてだ。のお手並み拝見と言ったところらしい。とはいえそのドリュウズのレベルは59。野生のポケモンには少々酷である。案の定、ドリュウズが脅しのためにジグザグマの目の前の地面に巨大な爪を突き立てただけで、ジグザグマは恐れをなして逃げてしまう。
「わーお……速いし強い……」
 ウィル君の育成能力の高さがうかがえる。アンジェラも驚いて気の利いたことは言えなかった。

 結局、野生のポケモンではあまりに相手にならないので、ドリュウズとアブソルはお守りというべきか切り札というべきか、しばらくは使わずに進むべきだろう。下手すればラルやシャドウだけでジムバッジの8つ目をクリアできてしまうレベルだ、頼りすぎれば他の子が育たなくなってしまう。ジグザグマの他にもミミロップ、ナゾノクサなど様々なポケモンと出会いはしたが、それらはどちらのお眼鏡にもかなうことなく、エリンやタフガイによって追い払いながら私達は突き進んだ。
 そうこうしているうちに、道の両側にはまばらに広大な畑や牧場を持つ民家が見え始め、そこではゴーゴートやケンタロスなどがのびのびと草を食んでいる。まぁ、これらはライズ島でも珍しい光景ではないので特にこれと言った感動もない。
 そこからさらに進んでいくと、小さな港町へとたどり着く。体はまだまだ元気だが、これから先は車を使う距離まで街がないため、今日はここで休むことになる。でも、まだまだ日は残っているので、当然まっすぐポケモンセンターに向かうわけもなく。
 ライズ島に向かう途中の観光客や、港町の住人に積極的にポケモンバトルを挑んで経験を積ませ、これからの旅を楽にしなければならないと、私達は街の外れにあるポケモンバトルが出来る運動場へと向かった。
 思えば、婚約破棄をするまではバトルというものを忌避していたが、やってみれば案外面白いものだ。ポケモンも力いっぱい体を動かすことは非常に楽しいらしい。流石に体力が尽きるまでの勝負はポケモンも嫌がってしまうから無理強いは出来ないが、力比べ程度ならば勝気な性格のエリンにはもってこいであった。
 戦っては休み、戦っては休みを繰り返しても、エリンは疲れた様子を見せないのだが……しかし、この子というか、この特性を持つポケモンは、意地っ張りじゃなくても意地っ張りな性格だ。勝気なだけに、弱みを絶対に見せようとしないせいもあってか、エリンはこまめに体調を確認しないと頑張りすぎて倒れてしまうことがある。
 ライブキャスターで彼女の状態をスキャンしてみると、へ行きそうに装っていても、彼女の体はもうボロボロで。かと言って、『彼女のために』今日は止めようなんて態度だと、彼女は意地を張ってしまう。
「もう疲れちゃったな。エリン、もう帰っていいかな?」
 そう話しかけることで、エリンも角が立たないように休んでくれる。これが、島にいた頃に学んだ彼女の御し方であった。

4 [#588EuO4] 


 夕方になったところで私達はようやく海沿いにあるポケモンセンターへと向かい、ポケモンは治療器に入れ、私達は観光客から巻き上げた賞金で明日の旅路に備えての買い物を行い、部屋にてシャワーを浴びる。
「……まだまだ街同士があまり離れていない楽な場所とは言え、こうやって旅をするのって疲れるね。ってか、こんなに歩いたの初めて。明日も同じ調子で歩けるかなぁ?」
「そのうちなれるでしょ。っていうか、デボラってば、自分から対戦に向かったりして、自分から疲れに行ったくせに、疲れたーとか白々しいことよく言うよ。あーでも、観光客っていろんなところからきているからいろんな話が聞けるから楽しいよね。私達が住んでるところと全然違う生活しててさー……。言語が違うから喋れない人も多いけれど、こういうのが旅の良さなんだろうね」
「いやはは、それについては観光名所で暮らしているんだから、いろんな話を聞くのは前からやってたよ。そういう意味じゃ、私って結構恵まれたところに住んでたんだなぁ」
「そうだったね……デボラはすごいね。黒髪の人を見つけたら積極的に話してたよね……日本語で。島でもやってたんでしょ? 勉強のために。私にはとても真似できないよ」
「そりゃね、せっかく勉強しているから。下手でも何でも、話さないと覚えられないし」
「ははは……私にはまねできないなぁ……話しが通じなくって空気が重くなるのが怖くて話しかけられないよ……」
 アンジェラにそんな事を言われると、私は意外と勇気があるのだろうかと不思議な気分になる。
「しかし、見たことがないようなポケモンを連れている人がいて、みんな可愛いね。その子を育てるうえで苦労したこととかを聞いていると、どんな地域から来てもどんなポケモンでもみんな躾に苦労しているんだね。どんな場所でもポケモンの躾を一瞬で終わらせるような楽な方法はないもんなんだね。日本でもアメリカでも変わらない事実みたい。
 育て屋ってのはポケモンの躾も代行していたりするから、これならウィル君の育て屋ってのは当分仕事がなくならないわけだ」
「そうだね、頭に機械をセットして、ギュイーンと一発で躾が完了する世界になるまでは廃業しないよね。そこはうちの大工仕事も一緒だけれど、安定した仕事ってのは将来を決める上では結構なアピールポイントだし……もしもデボラが結局ウィル君とどうにもならないのなら……私がとっちゃおうかな?」
 いたずらな目でアンジェラは言う。安い挑発だけれど、そんな挑発に乗るほど私は子供じゃない。
「そう、いいよ。でも、そうならないように私もウィルと添い遂げられるように頑張るよ」
 そんな事あってはならないけれど、ウィル君には何であれ幸せになって欲しいし。もしも私が
「いいよって気軽に言える当たり、怖いわー。私が下手に手を出したら火傷させられそうで……絶対にウィル君と添い遂げるって意思がなきゃ言えないよね」
「当然。この旅だって、父親に旅をしても大丈夫だって証明するための旅なんだから。アンジェラには渡さないよ」
 私は言葉にすることで自分に言い聞かせる。そうとも、この旅の目的はそういう目的なんだ。ついでに言語も覚えられれば言う事はない。日本人と話せるチャンスがあるのならば、積極的に話して少しでも経験を積まないと。


 シャワーから上がって部屋でまったりとしていると、私達を呼ぶアラームが鳴ってポケモン達の治療が終わりを告げる。アンジェラの手持ちであるタフガイはともかく、私のポケモンはトワイライトが四二レベル、エリンが四〇レベルと結構高く、相手選びにも苦労してしまったものだ。相手もそれなりにベテランなので、攻防もそれなりに激しい。
 たまに火の粉が髪を焦がすし、サイコキネシスで放った飛礫がこちらに飛んでくることもあり、誤射で傷でもついたら早速父親に何を言われるか分かったものではない。常に警戒していつでも避けられるようにしないと、いずれ大事故に遭ってしまうだろう。それでトレーナーの道をあきらめた者もいるというから、今のうちに慣れておかないとね。
さらに言えばウィル君から貰ったラルとシャドウはかなりレベルが高く、ライザ島に向かう途中のバッジコレクターだと名乗る男以外は相手になりそうもなかったため、非常に退屈させてしまっていた。こんなことはこれからも続きそうなので、対戦相手がいないときはお互いのポケモンを遊ばせるのが良さそうだ。
「お帰り、シャドウ、エリン、トワイライト。今日はお疲れ様。旅の初日だってのにちょっとはしゃぎすぎちゃったけれど、楽しかったかな? ここら辺道が狭くってあんまり外に出してあげられないから窮屈だったでしょ?」
 この辺の道は、基本的に歩道がない。その上、道の左右は森であるため、カーブでは所々見通しが悪く、常にポケモンを出しておくことが出来なかった。部屋に全員を出してくつろぐことが出来るのは、やはり開放感があっていい。
 ポケモンセンターの個室は全てポケモンをボールの外に出しても良いタイプの部屋である。ポケモン達はトイレの時はボールに戻り、ボールの中のトイレスペースで用を足すように躾をしておいたため、部屋を汚してしまう心配はないはずだ。

 いくらポケモンセンターが大型のポケモンに対応しているとはいえとはいえ、シャワー室も流石にギャロップにシャワーを浴びさせるほどのスペースはない。なので、とりあえずはトワイライトの体を拭いて体を撫でる。だが、彼にばかり構っていると、私の事も構って欲しいとばかりにシャドウが私の腰に頬を擦りつけて来る。エリンに至っては肩に掴まってに乗ってきて構えと要求してくるので、鬱陶しいことこの上ない。
 根負けして座りながらエリンの毛づくろいを始めれば、トワイライトは大人の振る舞いを見せて待っているが、シャドウは絶対にあきらめてなるものかと顔を舐めてまで毛づくろいを要求する
「なんというか、デボラのポケモン大変そうだね……」
 アンジェラの方はと言えば、ドテッコツは一人鉄骨で筋トレをしており、ドリュウズの毛は地中に生きる生物ゆえか非常に短く、あまり体毛を整えるのに時間はかからない。そのため、手で撫でていればそれだけで満足してしまうようだ。
「大変だよ……育て屋の人って何匹も育てるみたいだけれど、六匹以上のポケモンなんて相手にすることできるのかなぁ、こんな状態で。一匹増えただけでもう大変」
 シャドウのおねだりによって、デボラの顔はもうべとべとのドロドロだ。外では危険が迫っていないか警戒しているのもあるのだろうか、きりりとした端正な顔立ちのシャドウだけれど、安全な場所に入り込んでしまえばその辺のヨーテリーのように甘えて来る。勝気なエリンも、こうして身内だけならば強がる必要もないのか、表情からはあまりうかがい知れないが、毛づくろいの要求の仕方は一流である。
 どちらも美しい真っ白な毛並み、綺麗に保たなければもったいないとはいえ、こんな調子で甘えられては先が思いやられる。次にゲットするなら毛が生えていないポケモンがいいだろうかと、私はふとそんなことを考えてしまった。でも、これはこれで幸せな気分だ。

5 


 翌日は、昨日の二倍近い距離を歩くことになる。そのため、昨日のうちに食料と水を買いこんでおいたが、これが結構重いのである。
「どうしよう、この荷物」
 食料はドライフルーツと肉の缶詰だけだからまだいいが、水はたっぷり五リットル。雨具や替えの服なども満載した荷物は二〇キログラム以上あって背中に背負ったら肩が凝りそうだ。
「重いならポケモンに持たせればいいんじゃない? タフガイなら全く問題ないし、トワイライトだって荷物くらいは問題ないでしょ?」
「ギャロップの背中、大丈夫かなぁ……普段はあの炎は熱くないけれど、戦闘態勢に入ると一発で火傷するから……」
「そうならないように他のポケモンに戦闘を任せないといけないね。でも、タフガイなら荷物はそこそこ丁寧に扱ってくれるだろうし……最悪食料くらいなら放り棄てられても何とかなるしね」
「じゃあ、タフガイに荷物持ちを任せちゃう?」
「筋トレ好きだから問題ないっしょ」
 こんな調子で、私達は二日目の旅路である、北へと歩み出した。

 私達の旅は二日目も三日目も順調に進み、心配していた母親も徐々に第一声が『大丈夫か?』とか『寂しくないか』のような心配から、『今日はないか楽しいことがあったか?』のような質問へと切り替わって行く。父親は相変わらず、『怪我はしていないか?』だけだが。アンジェラは両親はもちろんのこと、兄達にも旅の話を聞かせており、遺跡や大きな教会を訪れたこと、雨が降って来たので徒歩での移動を中断して、二人でギャロップに跨り駆け抜けたこと。そんなことを楽しそうに話していた。
 対する私だが……話を聞きたがるのは母親くらいだから、気分が悪い。父親は無事ならそれでいいし、出来るだけ早く帰ってきてもらいたいといったふうで、私が楽しんだり経験したことについては興味がない。パルムに至ってはそんな報告すら聞こうともしない。
 ウィル君は、家にインターネットをひいて育て屋の業務に使用できるようになったとかで、これからはテレビ電話も自由に出来る……と、言いたいところだが、今は連絡をとりすぎては怪しまれる。一応、シャドウやラルの事があるから、その子達の近況報告という名目で電話を取り次いでもらうことはあるが、あんまり長話をしていてはまだ私とウィル君の関係が恋人という関係で続いていると勘ぐられそうだ。だから、詳しい話をする前に、ウィル君が受話器を置いてしまうのが悲しかった。

 ともあれ、旅は続いていく。街から街までの距離に応じて、野宿が必要な時は食料や水も多めに確保し、歩き通しで野宿する必要がある時にはトワイライトの炎で暖を取りながら、時にはフライパンで真空パックされたハンバーグをお湯で温め食べたりもした。魚を釣ったらその場で焼いて食べるなど、初めての経験だ。トワイライトを火種にして、湿った木の枝ばかり落ちている森から薪を四苦八苦しながら調達したのも、もちろん初めての経験だ。

 牧場に立ち寄って仕事を手伝いながら食事を貰ったり屋根も貸してもらったり。見知らぬ他人の家に泊めてもらうなんて体験はこんな機会でもなければありえないだろう、貴重な体験の連続であった。
 森の多い国立公園を抜ていく最中は、寒い土地ゆえかマニューラやのような肉食獣の姿も時折みられるほか、オドシシなどが木立から顔をのぞかせている。途中、まだ夏も終わっていないというのに吹雪が吹き始めたが、それは子育て中のユキノオーが外敵との戦闘を避けるための威嚇行動なのだという。その外敵というのはメブキジカやオドシシと言ったいかにもな草食のポケモンのみならず、コバルオンのような(こいつもいかにもな草食だが)伝説のポケモンもユキノオー追い回すことがあるのだという。草食のポケモンにとっては背中の木の実がとてもおいしいのだとか。
 ただ、伝説のポケモンは大人のユキノオーを狙うことはあっても、子育て中のユキノオーは決して狙ったりせず、個体数を減らさないように気遣っているという言い伝えがあるのだとか。それどころか、コバルオンは森にシキジカやオドシシが増えすぎたり、大規模な飢饉の前には、積極的にそれらを殺しにかかるという。かつてこのリテン地方に前代未聞の大雪に見舞われた際は、その前に返り血で赤く染まったコバルオンが人間の老人や大人を殺して回ったとする伝説もあり、その年は『餓死した人間』はおらず、死体がその辺に転がり、しかも雪のおかげで腐らないこともあってわざわざ森に踏み入って狩りをする必要もなかったそうだ。もちろん、おびただしい犠牲の上に起こったそれが、めでたい事であるはずもないが。
 しかし、近代になってもこの地方が大飢饉に見舞われることはあったのだが(もちろん、人間は他の土地から食料を輸入したり、備蓄した食料を消費してしのいだおかげもあるが)やせ細り行き倒れるポケモンを見かけることはあっても、人間はもちろん草食のポケモンすら、コバルオンに殺された様子はなかったそうだ。
 先にあげた伝説は、文字通りただの伝説で事実ではないのか。それとも、人間が食料を巡って引き起こした惨殺事件の罪をコバルオンに擦り付けたかではないかと言われている。

 コバルオンは相変わらず森の中で目撃情報があるため、コバルオンがいなくなったというわけではないらしい。相当個体数が少ないために私達が見つけることは叶わなかったが、国立公園の中にある小さな集落では、コバルオンの体毛を見つけたら記念に持ち帰る者も多いらしく、今回の伝説を語ってくれた老人も針金のように固い真っ青な体毛をいつまでも額に飾ってとっておいているのであった。
 触らせてもらうと、それは針金のように固く、先端を触るとチクチクとして痛い。こんなものが全身を覆っているなら、いかな牙も爪もその体に傷をつけることは叶わないだろう。体毛だけでも伝説のポケモンの威厳を感じさせる、そんな代物であった。

 その匂いをシャドウに覚えさせて、探すことが出来ないか試してみる。シャドウは翌日鼻をひくつかせて周囲を探索したのだが、けっきょく収穫は体毛の一本すらも見つからずじまいだ。時間を無駄にしたけれど、色んな野生のポケモンとのバトルも出来たし、それで良しとしよう。

6 


 ノースリテンは爪でひっかいたように海が入り組んでいる為、半島の対岸にはフェリーやラプラス便を使えばすぐにたどり着くことも出来るのだが、私達は旅を満喫するために敢えて徒歩で遠回りしてポケモンを鍛え上げ、国立公園を数日かけて散策したりなどを繰り返し、一ヶ月かけてノースリテンの首都、グレイスシティまでたどり着いた。ようやく、ここには二つ目のジムがある。
 このジムのリーダーは毒タイプを愛する女、トリカ。
 毒々しい赤と黒色のドレスを身にまとい、赤紫色の液体(ブドウジュース)を片手に戦う風変わりな人物で、巨乳、くびれた腰、安産体型、その上ウェーブのかかった髪は非常につややかと、見た目に関してはモデル級と言ってよい(顔は正直普通なんだけれど)。しかし、戦闘スタイルは陰湿そのもの。初心者相手にも容赦なく、攻撃力を下げたり壁を張ったりなどして耐久し、悠々と毒を投げつけ勝利をむさぼるという、初心者泣かせのジムだとか。
 その反面、神秘の守りのような毒を防ぐ方法があったり、鋼タイプで挑むなどすれば途端に弱くなってしまう……のだが、そういう小賢しい真似をすると、地震や火炎放射などが飛んできたり、すり抜けの特性を持ったクロバットで攻撃してくるなど、対策の対策はばっちりである。
 とはいえ、二つ目で挑む分にはそれほど強敵ではなく、対策をしていれば何とかなる程度である。対策の対策が必要になるのはバッジ5つ目に挑戦するところからだというから、今のところはエリンがいれば問題なさそうだ。旅に出る前に育てていただけあって二つ目のバッジなど余裕でクリアしたわけだが、彼女の本気には遠く及ばないから、トリカさんの値踏みするような余裕の表情は最後まで崩せなかった。
 大抵の人はバッジを八つ集めることが出来ずに挫折していく者も多いというのだから、彼女の本気はまだまだ先、今の状態では彼女の表情を崩すなどということは到底できないだろう。
 ジムを制覇するのをあきらめたくなるような壁が出来て来るのはいつぐらいになるだろうか、この旅の間にそこまで歩いていけるだろうか。私はそんなことを漠然と考えていた。
 ジムバトルが終わった後、私達は少しだけトリカさんと話をした。
「ところで、貴方達の旅の目的は何かしら? バッジ二つにしては強いポケモンをお持ちのようだけれど、もしかしてポケモンバトルをサークル活動か何かでやっていたとか、ジム生だとか?」
「えっと……私はですね……特にサークルだとかジムに所属とかそういうのはやっていません。観光客に話しかけまくって、日本語の勉強したいので、その……旅に出ながらいろんな人の話を聞けたらなって。ウチ、地元が観光地なもので、ポケモンバトルを仕掛けることで会話のきっかけをつかんだりとかして、それでこんなに強くなったのです」
「へぇ、あの極東の国の言葉、ねぇ。私もあの国の製品は好きだけれど……なに、いつか旅行したいのかしら?」
 トリカさんは日本という国がどんなものか、少なくとも高い技術を持っているとか、安全性が高いとか、そういう面では一応知っているらしい。これなら話がしやすい。
「その、今は外国に行くほどの度胸はないんですけれど……あとは、父さんが私が世界を旅するような仕事をするなんて無理だっていう感じの人なので、女だけでも旅を出来るって証明する……みたいな。いつかは、そうですね……外国に行って、そこで現地の人に話をしてみたいです」
 私がそう答えると、トリカさんは興味深げに頷いて微笑む。
「へぇ、旅を出来るって証明する……か。それならジムバッジは一つの目安になるね。バッジ五つからが一つの壁よ、頑張りなさい」
「あ、はい。頑張ります」
 激励されて、なんと返すべきか分からず、私はいい加減な返答をしてしまって、少し気まずい。
「それで、貴方は……」
「あ、私は特に目的もなく思い出作りで……別にチャンピオンとかは全然目指していないんですけれど。でも、旅をしているうちに、何か価値観が変わったりとかして、すこし大人になれたらいいなとかって、希望的観測をしているんです……」
「そう。いい事じゃないの。自分は何も知らないということを貴方は知っていて、だからなんでもいいから旅に出てがむしゃらに見て回る。そんな経験が若い頃にあってもいいものよ。思い出作りも頑張りなさいな」
 トリカさんはそう言ってアンジェラにも微笑みを向けた。ジムリーダーだけあって、愛想は良くないと務まらないのだろう。
「ところで、デボラさん。貴方は世界を回る危険な仕事をしたいらしいけれど、それって具体的に何かしら?」
「え、えっと……実を言うと、父の仕事を継ぐことなんです。その、私の村って、結構父親のおかげで裕福になったところがありまして……」
 私はジムリーダーに、この旅に出た目的の、そもそもの原因を話す。兄が死んだこと、父親がいなくなると村に入るお金が少なくなること、そしてその仕事に私はつかせてもらえないことを。そのためにどんな努力をしているかを、アンジェラが補足してくれた。
「ふむ……それで、もしもこの旅で貴方がきちんと旅をやり遂げても、父親が認めてくれなかった場合、貴方はどうするべきか、何かプランはあるの?」
 トリカさんが私に尋ねる。そんなことを言われても、私はこの旅でなんとしてでも認めさせてやるんだって気持ちでいたから、そういえば父さんには何を言っても無駄かもしれないという可能性は考えていなかった。
「え? いや……そういうのは……特にない、のですが」
「そうでしょうね。世の中ね、正攻法で、理詰めで話していっても、どうしても話が通じない人間がいるものでね。そう、いわゆるー……話にならない人間というのがいるのよ。そういう相手には、真正面から戦っちゃだめ、ちょっとくらい卑怯な手を使いなさい」
「あー、ウチの父さんは若干、そういう面がある。母さんや私に対しては話を全然聞かないし。そういう相手になら……トリカさんは卑怯な手を使ってもいいと思っているのですか?」
 私が問うと、トリカさんはうんと頷いた。
「例えばそれってどんな感じですか?」
 アンジェラが尋ねると、トリカさんはフフフ、と妖し気な笑みを浮かべた。
「暴力、とか」
 およそ、ジムリーダーが口にするにふさわしくない原始的手段を口にして、トリカは微笑んだ。
「暴力といっても、別に殴ったり蹴ったりじゃなくてもいいの。そう、例えば毒を盛ってもいい。貴方の決意の強さを、心ではなく肉体に響かせるの」
「なんだカス的なことを言っているように思えますが……それって違法な手段じゃ」
「なあに、親はよっぽどのことじゃなきゃ、娘を警察に送りだしたりなんてしないから、ほどほどな暴力ならば大丈夫よ」
 確かに、体面を重視するうちの親は、家の恥を外にさらしたりはしないだろう。そう言う意味では彼女の言う通りだけれど、だからといって父に暴力を振るうのは勇気がいる。
あぁ、そうねぇ……ちなみに、暴力の他にも、写真や音声の録音という手もあるのよ? いや、ね……ジムリーダーになる時、多くの候補者からの選考のために多くの人の前でアピールをするのだけれど……その時、『一晩私に付き合ってあげたら貴方を推薦してもいい』って、一番のお偉いさんが言ってきたのよ。
 私、その男の人から『個別に話がある』って呼ばれた際に、胸のポケットにスマートフォンを録画状態で忍ばせておいて、むしろその時の動画を材料に脅し返したのよ。そのおかげかしら? ジムリーダーになれたの」
「……それは、また。すごい思い出ですね」
「そもそも、私とデートしたいという欲望、それをその男が持っていようと、私は構わない。けれど、その欲望を満たす方法は、正攻法であり、道理にのっとったものであるべきだと、私は思っている。
 でも、ジムリーダーになりたいという夢をちらつかせて、私とデートしたいだなんて、そんなのは正攻法じゃないでしょう? 卑怯ものには、卑怯で返す。それくらいのことをしてもいいと、私は思っている。もしも、貴方の周りの人が、貴方との話し合いを拒否する卑怯ものであるというのなら、躊躇うことなんてない。貴方は、卑怯でありなさい」
「私の父親は、卑怯……なんですかね?」
「話合いを拒否するというのは、一方的に要求を押し付けるということ。そして、まともな話し合いをすれば言い負ける事を知っている。それを卑怯と呼ばずになんと呼ぶのか? いいかしら? 貴方の人生なんだから、貴方が道を切り開きなさい。その過程で、卑怯な手でその道を阻む者がいるなら、同じく卑怯な手でやり返せばいい。
 でも、やりすぎない程度にね。毒は少量ならば薬だけれど、薬も多量で毒になるものだから。自分の行いを正義と信じてやりすぎないようにすることだけは、覚えておいて」
「そ、それは……肝に命じます」
 トリカさんは、何回か正攻法ではどうにも行かないような出来事にぶち当たったのかもしれない。話が通じない相手、話をしようとしない相手を解き伏せなければいけない状況があったのだろう。
 それがどんな状況かはわからないが……
「ちなみに、最初にこんな風に考えたのは、むかーしスクールカーストで最下位だったからなの、毒タイプって、陰気な人とか、陰湿なイメージとかがあるらしくって、トレーナーズスクールじゃいじめられていたの。でも、色んな音声や動画を撮りためたり、集団で苛めているときばかり威勢の良い奴らが無様に負けて命乞いする際、恥ずかしい格好をさせたり。
 そうやって脅して、スクールカーストの上位にこびへつらう同級生を寝返らせてしまえばあとは可愛らしいものよ。リーダー格は私よりも強かったけれど……倍の戦力で戦えば私が勝つから」
 この人がどうして毒タイプなのか、何となくわかったような気がする。
「貴方も、強くたくましくありなさい。腕力ではなく、心で。心が強ければ、今の時代、知力も暴力も金で買える時代だから。暴力はポケモンで、知力は弁護士、貴方のお好きなように料理しなさい」
「トリカさんは、悲境に対して卑怯で返して、後悔したことはありませんか?」
 私が尋ねると、トリカさんは素敵な笑顔を私に向ける。
「全っ然。後悔なんて、九牛の一毛ほどにもなく、誇らしさだけが私の胸にある。貴方も、夢があるならそれを叶えなさい。そのために、邪魔な障害を跳ねのけることは罪じゃないわ」
「は、はい」
 彼女の話すことは色々と強烈で。その場で飲み込むことは出来なかったけれど。でも、彼女が私の夢を応援してくれていることは分かった。アンジェラが私の努力を認めてくれていたからこそ、私が夢に対して本気であるということを理解してくれたのかもしれない。
 貴重な話が聞けたお礼を言って、私達はジムを出る。自分の要求を通すために卑怯なことをしてもいいのかと考えると、私の中にはぼんやりと、未来に取るべき選択肢が広がったような気がした。

7 


 ジムを後にした私達はファッションの聖地とも言うべきアウトレットモールへと繰り出し、服を見て回る。まぁ、こんな旅の最中に服を買ったところで、着て行くような場所もないのだが。ドレスコードのあるような高級レストランに行くわけでもあるまいし、お洒落な服装を見て回る意味はないし、家に送って旅を終えてから着ようにも、こんな旅の最中にも私達の体は成長しているのだから、せめて旅の終わりに買うべきである。
 要するに、ここを回る意味なんてものは特にないのだけれど、長い子と着れそうなチラチーノ毛皮のコートとか、ジャロ革のベルトなど、お洒落な小物には思わず心が躍ってしまう。せめてハンドバッグの一つでも買って行きたいところだが、それも値段を見ると手が出ない。スマイル&スタイルなんて名前の付いた区画だけれど、ここはお金がなければスマイルにはなれなそうである。
「あー、もう……買えないよ」
「デボラの家はお金どれくらいくれたの?」
「一応、週ごとに振り込んでもらえるけれど……基本的には必要な時に申請して貰うから、最低限のお金しかもらえないんだよね」
「あー、それじゃやりくりも辛いね。私とおんなじ値段だし。なるべく節約して、なるべく野試合で稼いでお金を持たせないと、余計な買い物は出来ないや」
「うん……今までも積極的にバトルしてきたけれど、お金を持っていそうな人に狙い目付けるか……紳士的な人とか、お嬢様とか。こういう場所だし、お金持は多いでしょ」
 金欠の辛さを思い知った私達は、お金こそ正義なのだと実感した話をしてこの悔しさを紛らわせる。外国人観光客なんてみんな裕福な人が多いのだから、巻き上げてもいいよね? 相手の実力が思ったよりも高くてピンチになることも多いが、そのたびにシャドウやラルが出動するので、騙しているような気分になるのが少々申し訳ないが。だが、そんな申し訳ない気分に浸っている暇はない、何故なら、勝つたびにシャドウを褒めてあげるのは当然として、その時に思いっきり、それはもうべとべとになるほどシャドウが私の顔を舐めて来るからである。
 彼女にとっては、おやつがご褒美なのはもちろんとしても、顔を舐めることも立派なご褒美となっている。可愛いけれど、これはどうなのよ。

「おい、そこの二人! さっき戦っているのを見たぜ? 特に赤毛の女、バッジ二つの癖に随分強いポケモン連れてるじゃねぇか!」
 お金もたくさん手に入ったし、芝生の敷き詰められた公園のベンチ残しかけて、そろそろ帰ろうかと話していた矢先。前に立ちはだかった少年から放たれるのは威勢のいい声。赤毛の女、というのは私の事だろう。私が気にしていること*1を大声で言いやがって……
「あらぁ、随分と可愛い子ね。何歳かしら? ママは?」
 だけれど、その身長は私達よりも頭一つ分小さい。見るからに年下のようだ。私と同じくらいの色白だけれど、髪色は銀と表現するにふさわしい、つややかな灰色。その目の色は宝石のように美しい青色。私の地味な茶色と違って華がある。外見だけ見ればこそ、綺麗な美少年といえる。
「俺はもう一〇歳だ! ポケモンを持って旅に出てもいい年なんだよ! 馬鹿にするんじゃねえ! 俺の名前はドワイト=Y=マルコビッチ! いずれポケモン界の頂点に立つ男、ドワイトだ!」
「そっかー。頑張ってね。お姉さん応援してるよ」
 アンジェラが腰を屈めながら笑顔で言う。
「なんだよその態度! 俺、同級生の中じゃかなり強いほうなんだ! 俺とバトルしろ!」
「……まぁ、いいけれど」
 なんだかしつこそうなので、付き合ってあげよう。
「じゃあ、一対一のバトルで、負けたほうが賞金を払うってことでいいかしら?」
「いいぜ! 俺は一番強い奴を出すからな、お前も一番強い奴を出せよ!?」
「え、一番強い奴? いいけれど……」
「よし、バトルスタートだ!」
 どうしよう、一番強い奴と言っても、常識的に考えるとトワイライトの事なんだろうけれど、言葉通りシャドウを出したほうがいいのだろうか……
「おい、早くしろよー!」
「あ、ごめん」
 相手はカメックス。あ、これギャロップに勝てると踏んで出してる奴だ。炎タイプがくることが分かっていて水タイプを出すのはちょっと……よし、容赦しなくていいね。
「行きなさい、シャドウ!」
 と、いうわけで私はシャドウを出す。
「アブソル!? くそ、そんな奴もいたのか……よーし、グレン! 熱湯だ!」
「シャドウ、辻斬り!」
 広場で放たれた熱湯は、シャドウの体を狙って降りかかる。狙いは正確にシャドウを狙っていたものの、喰らったのはかすかな飛沫だけ。咆哮一つでシャドウは熱湯を飛散させてしまい、そうして出来た隙間を潜り抜けて相手に接近。命令違反にはなるが、彼は辻斬りなど必要とせず、相手の胴体を思い切り蹴飛ばして、曇り空を仰がせた。
 腹の衝撃で起き上がることすらできないほど苦しいのだろう、シャドウは今度こそグレンという名前らしいカメックスの下に近寄り、黒光りする刃を喉元に押し当てる。
「……戦意喪失、みたいね」
 カメックスは動くことなんて出来なかった。首を切られることが分かっていたら、反撃のしようもない。実力差は歴然だ。戦意がない事を読み取ったシャドウは、やれやれとばかりに首元から二歩身を引いた。
「な、な……俺のポケモン四五レベルなのに! なんでだ! お前のそのアブソル、おかしいだろ! グレン、お前大丈夫か?」
「あぁ、この子貰い物で。その……六〇レベル超えてるから……一番強い奴を出せって言われたけれど、これでいいんだよね……?」
 しかし、四五レベル。トワイライトやエリンを見て勝負を挑むだけあってそこそこ強いし、それだけにせこい。
「なんだよー! 勝てる自信があったから勝負挑んだのによー! うわ、六三レベル!?」
 ドワイトはライブキャスターのスキャナーでシャドウをスキャンしてそのレベルに驚愕する。そりゃ、バッジ二つの人間が持っていたら驚くか。
「っていうか、炎タイプに水タイプだして、勝てる自信って……それって微妙に情けなくない?」
 悪態をつくドワイにアンジェラが優しく問う。
「う、うるせえやい! ちくしょー、貰い物のポケモンなんかで威張りやがって! 今度会った時は俺が勝つからな! 覚えてろよ!」
「えー……っと。ま、またねー」
 忙しすぎてこちらの自己紹介もいいわけもさせてもらえなかった。色々言いたいこともあったのに、人の話を聞かない奴である。
 と言うか、バッジがいくつかは知らないけれど、結構強いポケモンを手にしていたなぁ。十歳と言っていたし、まだポケモンを手にして一年も経っていないのだろう、ウィル君みたいに家の関係で小さい頃からポケモンに触れていた可能性もなくはないが、一応……将来が楽しみな子である。
「ねぇ、さっきの奴、逃げ足速いねー」
「いや本当。いったい何しに来たのやら……でも、元気なことはいい事だし、これからの成長に期待しよう」
「アンジェラ、全く期待してないでしょ……」
 彼女の恐ろしく適当な物言いに、私はそう確信して苦笑する。

8 


 夜、私は久しぶりにウィル君と長く話す時間を取ることが出来た。今はどうも両親がゴーゴートの出産にかかりきりらしい。
「ねーねー……ウィル君さぁ。どうしてシャドウに舐める癖を治すような躾をしておかなかったの?」
 ジム制覇の報告をするべくポケモンセンターのテレビ電話で通話をしたのだが、出しっぱなしにしていたシャドウは尻尾をぶんぶんと振ってじゃれついてくる。それだけならばいいのだが、かつての主人であるウィルの姿が画面に映れば、それにまでペロペロと舌を這わせる始末である。今までシャドウを出しっぱなしにして電話をしたことがなかったのだが、ジム制覇ということで今の手持ちを全員出して報告……なんてしゃれた事をしようと思ったのが間違いだったようだ。彼女がぶんぶんと振っている尻尾が体に当たって痛い。
「ごめん、俺ポケモンに舐められるのが好きで……特に耳とか」
「私が舐めてやるからそれで満足しなさい! もう、可愛いけれど、ここまでべとべとで、なおかつテレビ電話の画面まで舐めるくらいの重症だとさぁ……」
「いやははは、ごめんごめん。でも人間ので満足できるかな……あぁ、そうだ。舐めるのがうざったい時は、舐めても反応せずに無視することだよ。ほっぺた引っ張ったり顔を押しのけたりしようとすると、遊んでもらってるのかと勘違いしてより顔を押し付けて舐めようとしてくれる子もいるし。でも、一応『待て』の指示で舐めるのを止めるように調教しているから、それでダメだったらまた連絡してよ」
「そういうことは早く言ってよ……」
 こうして話しているうちでも、シャドウは未だに疲れることなく画面を舐めている。画面越しに舐めても何も反応がもらえないのだから無視しているのと同じようなもののはずなのだけれど……しかし、めげずに舐めているシャドウを見ていると、本当に無視が効果的なのかどうか疑わしい。まぁいい、無視するよりも有効な方法があるのならば、それを使うまでだ。
「待て!」
 ぴたり。シャドウはお座りの姿勢でこちらを見る。
「……あのね、シャドウ。公共の場所にあるものはあんまり舐めちゃだめだからね」
 後で画面を拭いておこう。
「でも、みんな元気そうでよかった。どう、次のジムはクリア出来るかな?」
「うーん、私は行けると思うけれど、アンジェラの方はポケモンを育て始めるのが遅かったから、ドテッコツ一匹しかいないからなぁ。だから、ポケモンの種類を増やしたり、鍛え上げたりで時間かかりそうな感じ。でも、立ち止まるのも旅のうちだしね。私はゆっくりアンジェラと付き合おうと思ってるよ」
 私はそう言ってウィルにウインクをして見せた。ウィルは黙って頷き、笑顔を向ける。言葉にはしなかったけれど、私達の絆はまだつながっている。そう、今はそれで十分じゃないか。寂しいけれど、それでもだ。ウィル君と添い遂げる道はまだ残されているはずだ。その時のために、私達は頑張ることをやめてはいけないんだ。
「ねー、私が弱いみたいに言うの止めてよー」
 物思いにふけっていると、アンジェラが空気を読まずに割り込んでくる。いや、この場合は良かったというべきか。別にこの会話を常に監視されているというようなことはないだろうとしても、それでも沈黙が多いとそれを見られて何かを勘繰られたくもない。だが、アンジェラだけでなくシャドウまで空気を読んで私の顔を舐めにかかる。どうやら画面を舐めても無駄だと悟ったらしいが、やめてくれないだろうか……。
「私だって頑張っているんだしね、それに次のジムが鋼タイプだから、新たに炎タイプのポケモンをゲットする予定なんだからねー? なんでもジムリーダーはヒトツキ系統を使用してくるとかで、格闘タイプのタフガイじゃダメージ与えられないみたいでさぁ。炎タイプのポケモンをゲットしたら私はもっと強くなるんだから、見てなさいよ?」
「ラルは使わないの?」
「そりゃそうだよ。今の段階でラルを使えば勝てるのは当たり前じゃん? だけれど、それじゃジムに挑戦する意味がないし、せめてバッジ五つくらい手に入れるまではね……」
「そっか、確かにお守り代わりに渡したポケモンだからね、それに頼りすぎるよりかはそうしたほうがいいね。それで、何をゲットするの? 何かアドバイスして欲しい事とかあったら何でも聞いてね……あんまり発注を受けないポケモンだと分からないこともあるけれど、資料なら家にいくらでもあるから調べておく」
 ウィルに尋ねられ、アンジェラが口を開く。
「ふふん、聞いて驚く……程の物でもないけれどさ。うーん、何でもグレトシティっていう国境の街に行くまでの間にシシコとかが出没するスポットがあるらしくってさ。運が良ければ野生のカエンジシにも出会えるかもしれないんだって。地面タイプも有効だから、どちらにするかは迷うところなんだけれどさ、でもやっぱりノースリテンの象徴のギャロップがデボラの手持ちのわけだから、私はサウスリテンの象徴のカエンジシが欲しくってさ」
 アンジェラの言葉に、ウィル君は頷いた。
「なるほど、たしかに二頭揃って繰り出すと絵になるよね。そっかぁ、カエンジシかぁ……ギャロップはたくさん育ててきたけれど、カエンジシは育ててこなかったから、育て方勉強しようかな」
 ウィルはそう言って笑う。彼も彼で非常に勉強熱心なのだと私は感心する。
「それで、グレトシティって言ったら……駆け落ちの名所のだよね。昔はノースリテンとサウスリテンで結婚に関する法律に大きな差があって、サウスリテンでは結婚できなかった男女がグレトシティまで逃げ込んで結婚したとか何とか。今はもう法律が変わったから駆け落ちのためにノースリテンにくる必要もなくなったけれど、そういう事が昔はあったらしいよ。いや、デボラと行きたかったよ」
「駆け落ちの名所? へぇ……そんなのあるんだ」
 ウィルの言葉に反応しながら、アンジェラは私に振り返る。その時のいやらしい表情ったら、殴りたいとまでは言い過ぎかもしれないが、デコピンの一つくらいはしてやりたかった。
「いいねぇ、男女のそう言う話は好きだよ。ちょっとその名所ってのも調べてから行ってみるよ」
 画面の方に向き直ってそう言ったアンジェラの顔は殴りたいほどにやけていたのだろう、画面に映ったウィルの顔が苦笑している。
「あとさ、サウスリテンには飛行タイプと水タイプのジムもあるでしょ? どの順番で挑むのか知らないけれど、サウスリテンの電気タイプのポケモンならば東海岸にサンダーランドっていう電気タイプの楽園があるから、良かったら行ってみるといいよ」
「りょうかーい。電気タイプかぁ。うーん、私エレキブルが欲しいなぁ」
「そこは普通ピカチュウとかじゃないの!?」
 アンジェラの好みが良くわからない。私は苦笑する。

9 


「いや、だって……私は筋肉もりもりのポケモンの方が好きなのよ。別にピカチュウが嫌いなわけじゃないけれど、筋肉の魅力とは別次元の魅力じゃない? 他には……ゼブライカとかも好みの筋肉かなぁ」
「そ、それは、筋肉が好きなら否定できないね、うん……意外な好みをお持ちのようで……」
 なるほど、アンジェラはそういうポケモンが好みなのか。思えば以前も初心者向けのポケモンで話しをすれば一番好きなのがバシャーモだったり、エンブオーなどにも興味を示していたが、そういう事だったのか。
「デボラ、女の子がみんな可愛いものが好きだと思ったら大間違いだよ。育て屋をやってると分かるけれど、好みなんてのは本当に千差万別だから」
「そっか……まぁ、そうだよね」
 ウィルに言われて、私は常識に凝り固まりすぎだったなぁと反省する。
「そういうわけでさ。カエンジシをゲットして躾とかに悩んだらちょっと相談させてもらうわ」
「よし来た。育て屋の勉強の成果を見せちゃうからね。あ、カエンジシの躾は雌の方が楽だって聞いたことがあるから、見た目全然違うけれどゲットするなら雌の方がいいよ」
 ウィル君は誇らしげに網を浮かべる、全く、頼もしくなっちゃって。
「ところでランパート君、中学校はどう? 勉強付いていけてる?」
「あぁ、それならデボラに負けないように頑張って勉強してたから余裕余裕。でもカロス語の授業はあれだね……なんというかよくわからないよ。こればっかりは、先生の話をちゃんと聞いて覚えるしかなさそうだね」
「そうなんだー。その点デボラは頑張ってるよ。カロス語じゃないけれど結構外人とコミュニケーションとってるんだ」
「へぇ……きちんと会話出来てるの?」
「何度か聞き返されたりしているし、親切な人は文法の間違いとかを指摘したりとかしてくれてるよ。二歳児か三歳児くらいには喋れてるっぽいね。頑張ればすぐにマスター出来るでしょ」
 アンジェラは私の代わりにウィル君へ報告していく。聞く方も語る方も自分の事のように話す二人の会話が効いていて耳に心地よい。

「それじゃ、デボラ。あとは貴方の番よ」
 私はアンジェラがウィルと話している様子をずっと見ていたが、アンジェラは私がウィル君と話したくてうずうずしているのを肌で感じたらしい。適度な世間話をした後にアンジェラは私に席を譲り、今度こそ私はウィル君と話が出来る。
「後ろでずっと話を聞いていたけれど……」
「うん、何かな?」
「グレトシティ、あそこが駆け落ちの名所だっていうの、私も知ってるよ」
「へぇ、どうやって知ったの? テレビでやってたとか?」
「貴方と婚約を解消されたって事実を認めたくなかった時に、『駆け落ち』で検索した結果だよ」
「なんだ、俺と同じじゃん」
 ウィル君はそう言ってくすくすと笑う。
「俺も君も、未練があるのは同じ。こんな旅で、認めてもらえるわけじゃないけれど、認めてもらうための準備くらいにはなる」
テレビ電話を終了して、微笑みながら私の肩に手を置いた。
「頑張ろう。ウィル君も頑張っている。貴方はジムを突破して、そして外国語も喋られるようになって。お父さんに認めてもらおう」
「うん……早く普通に会話できるようになろう」
 今はまだ寂しくとも、こうして友達がいてくれて、お互い思い合っていることが分かればいい。それでも寂しい時は、エリンを抱いて気を紛らわせよう。寂しい気分を共有していれば、いくらかは気分もまぎれるはずだ。
「俺はまだ、ただの育て屋の息子でしかないけれど……強くなって、リーグに挑戦して、それでパルムなんかよりもよっぽど優れた男だって認めさせる。君は、お父さんの仕事を告げるだけの学力があるって証明する」
「ついでに、外国で仕事をしても危なくないってことも証明しなきゃいけないよ。まだまだ先は長いけれど、それでも君となら乗り越えていけると思うから。旅、頑張ってね」
「ウィル君も、勉強頑張ってね」
 お互いテレビ電話越しで、触れることは叶わなかったけれど、それでも気持ちは伝わった。お互い見つめ合ってから通話を終えて、私はため息をつく。
「恋する女の子って、眺めていて飽きないねぇ。デボラ、貴方素敵よ」
「飽きていいよ。なんだか、鬱陶しそうだから」
 アンジェラの空気を読まない発言に、私は苦笑しながら返すのであった。

10 


 翌日からのグレトシティへの旅の途中に、私は初めての月経をむかえた。突然の腹痛から、まるで漏らしてしまったかのような液体の感覚。普段感じることなんてありえなかった場所から液体が伝って行く強烈な出来事に私は狼狽える。もうとっくに初潮をむかえていたらしいアンジェラは苦笑しながらも色々と教えてくれた。実は旅に出る前に母さんがきちんと生理用品を持たせてくれていたが、本当に有難い。やれやれ、これからは月一で、こんな風にお腹の中で膝小僧をスリムいたような痛みと戦わなければならないと思うと、すごく憂鬱になる。けれどその反面で、私はもう体は大人になっているのだとわかる。ウィル君はもう……精通してるのだろうか?
 さすがに生理が来たことや、ウィル君のそんなことに関する疑問はテレビ電話どころか面と向かってさえ話す気にもならないので口をつぐむが、自分の体が大人になって行くのを感じるとともに、パルムの存在がより重くのしかかる。体が大人になったという事は、パルムともいずれ大人の行為をしなければいけないというわけだ。
 旅の最中に道すがらに捨てられたポルノ雑誌を見て、二人で下品に盛り上がりながらよからぬ想像を巡らせることもあるが、そこにパルムと自分を当てはめるのは、虫唾が走るくらいに嫌だった。反面、どんなページを開いても『男ってサイテー』みたいな反応をして楽しんでいたが、そこに自分とウィル君を当てはめて、顔がにやけてしまいそうになるのを堪えていたのは、アンジェラには一生秘密にしておこう。
「……ねぇ、アンジェラ。こう、生理の時に臭いを消す方法ってないの?」
「いや、人間はあんまり鼻が良く無いから気にしたこともなかったけれど……基本的に、ポケモンの嗅覚の前にはそういうの無駄よ?」
 困ったことに、私の匂いがよほど気になるのだろうか、シャドウは私の股間の匂いを嗅ぎながらしきりに飛びついてくる。
『どうしたの? 調子悪いの? 困ってない? ほら、匂いがしていると獲物にばれるでしょ? 私が舐め取ってあげましょうか?』といわんばかりのその態度。確かに、血の匂いを振りまいていれば狩りの時には不利になるかもしれない。舐めようかと提案してくる彼女の態度は有難い事なのかもしれないけれど、しかし私は狩りなんてしないのだ。なんでこんないらんところで彼女は野生を発揮してしまうのか、迷惑なものである。
 とりあえず、飛び付かれるたびに『待て』の指示を下す。待てが出来たら餌を上げる。それを繰り返して、シャドウに飛び付くのは止めて欲しいと伝えるしかないのだ。こっちは体調悪いってのに手間をかけさせる奴だ……。しかし、この人懐っこさ、可愛いのはいいけれど迷惑に思う日Þもいるだろうし、早めに躾を進めておかないと不味いかもしれないなぁ。

 そんな嬉しく無い初体験や寄り道も挟みつつ二週間でたどり着いたグレトシティは、かつては駆け落ちの名所として知られた場所である。二百年以上前の話ではあるが、かつてのサウスリテンでは男女が結婚するには良心の許可が必要で、それも二十一歳以上である必要があった。しかし、ノースリテンでは男子なら一四歳。女子なら一二歳以上の年齢で、親の許可なしに結婚することが出来、そのため駆け落ちしたカップルはノースリテンに入って最初の街。このグレトシティにて婚礼を上げるのである。
 このグレトシティで有名なのは結金式*2が行われる鍛冶屋である。教会ではなく鍛冶屋で結婚式を行うというと何だか変な感じだが、この街では割と平然とそれが行われているのだから驚きだ。鍛冶屋の一部は観光名所にもなっており、カップルを見守るヒードランの彫像がひときわ目を引くその施設では、当時の様子をうかがいしれるような絵画や資料が残されている。
 色とりどりの花で彩られた記念撮影の場所もあり、ここで結婚式を挙げた新郎新婦やカップルなどが写真を撮って行くのである。私達は女二人の旅路なので、そこで写真を撮ることはないが(ないったらない)仲のよさげなカップルが記念撮影をしているのを見ると、すこしばかり羨ましくなる。
 私もここで結婚式を挙げたいなぁと思いつつも、それが叶うのはいつになるだろうか。パルムとは、今見ているカップルのような素敵な笑顔は出来ないだろう。是が非でも、この旅で語学と身を守るためのスキルを身につけねば。

 観光名所を一通り回り終えた私達は、この街のジムに挑む。この街のジムリーダーは現役の鍛冶屋であり、炎と鋼の熱きジムリーダーを自負している。そんな彼の手持ちなのだが、ジムリーダーとして戦う時は鋼タイプとその複合オンリーで固められているのだが、本気で挑むときはギルガルド、ヒードラン、メタグロス、トリデプスなど強力な鋼タイプのポケモンを繰り出すだけじゃなく、酸素を送り込み炎の勢いを上げるスピンロトムやら、金属を冷やすのに水が必要だという理由でミロカロス。さらには強力な炎が必要ということでリザードン(しかもYにメガシンカする)を備えるなど、鋼タイプのジムリーダーという称号自体にはあまり興味がない事が伺える編成だ。
 ジムリーダーだけあって、流石に弱点タイプへの対策もばっちりで、ハガネールはストーンエッジと地震で炎対策。ルカリオはサイコキネシス、水の波導、ストーンエッジと弱点に対して徹底的な対策をとっている。切り札である進化の輝石を持たせたニダンギルは岩雪崩で攻撃を繰り出してくる。
 私もそのニダンギルには、苦戦……と、言いたいところだが、その前に素早さで優るトワイライトの催眠術により眠らされて、一方的に焼き溶かされていた。催眠術と言えば、たとえ格下相手でも外れるリスクは低くない技だが、ニダンギルがノーガードの特性なのが悪いのだ、うん。切り札が一番簡単に倒せてしまったのは少々心苦しかった。
 そしてアンジェラはというと、二週間の道のりの間に、手持ちに新しく雌のカエンジシを加え、三匹編成となっている。タフガイはハガネールの非常に硬い体に苦戦し、続くルカリオ相手にサイコキネシスで叩きのめされる。カエンジシのラーラはルカリオの波導弾を一撃耐えて火炎放射を見舞うも、続く追撃の前にあえなく沈んでしまった。
「はぁ……急ぎすぎかなぁ、私」
 ジム戦を終えて戻って来たアンジェラは、ジム横にある小さなベンチに座りながらため息をついた。
「うんうん、そりゃまぁ寄り道はしたけれど、基本的に鍛えるのもあんまりしていないからね、仕方ないよ。それでどうするの? この街にも観光客はたくさんいるし、野生のポケモンだっているしさ。鍛えるためにしばらくポケモンバトルに集中するのもいいんじゃない?」
 しょげるアンジェラに私は提案する。
「そうだねぇ……一度ウィルに進められたサンダーランドに行ってみるかぁ……」
「そうだね、それもいいかも。別にジムを八ヶ所制覇するのだって旅の必須条件じゃないしさ。ゆっくりやって行けばいいんだよ」
 今は、とりあえず急ぐほどの事でもないので、私はアンジェラの案を尊重する。
「それもそうなんだけれどさ。あー……ちょっとデボラを待たせるのは心苦しいなぁ。もし待つのが辛かったら置いていってもいいんだからね……」
「いやそれは流石に不味いでしょ? やっぱり二人で足並みそろえて行きたいしさ。なに、道草食うのだって楽しいんだから頑張ろうよ。元気出して」
「うん……とにかく、鍛えなきゃ鍛えられないわけだしね」
 アンジェラは、私だけジムをクリアしたことが少なからずショックな様子。私のポケモンはエリンもトワイライトも二歳以上の年齢で、育てる期間がずっと長かったのだから仕方ない。二年間以上ずっと鍛えてきたわけではないし、ウィル君ほど徹底的に鍛えたわけじゃないから中途半端なレベルではあるが、それでもバッジ五つか六つくらいのレベルまでなら突破できるはずである。
 そうだ、次の目的地であるサンダーランドはエレクトロニクスの聖地である。学習装置を使えば、観戦しているだけでも疑似的な経験が得られるからポケモンの成長をかなり早めると聞いている。それの入手を目当てにしてみるのもいいかもしれない。

11 


 道中、比較的平坦な道を徒歩で行きされた観光客や現地民からお金を巻き上げつつ(ラルとシャドウを出すと大抵倒せるため)私達は徒歩で四日かけて東海岸沿いにあるサンダーランドへとたどり着く。ここでは電気タイプのポケモンが跳梁跋扈しているのだが、電気タイプのジムリーダーがいるかと言えばそうでもなく、いたって普通の工業都市である。工業都市とは言っても多くの自然が残っており、夏場は海岸で泳ぐことも可能で(恐ろしく寒いけれど)、街の中心部には野生のポケモンも顔を出す自然公園がある。パチリスやピカチュウなどの電気袋族も住んでおり、ここに住むそれらのポケモンは人間に慣れている為、餌を手渡すことさえ可能である。この街がかつて炭鉱出会った頃の名残も所々に見られ、かつての道具が市役所などで保管されているのを眺めるのも楽しく、町全体がゆったりと出来る憩いの空間だ。
 国が建てたガラスの工芸品の展示施設もあり、冒険に役立つビードロなどを購入できるほか、その他お土産にしたいような美しい工芸品も取り揃えられている。ギャロップとカエンジシのガラス細工は、家に飾っておきたくなるほど見事なクオリティである。その分値段は張るが……
 アンジェラはそこでいくつものガラス製品を見て回り、そこで強いポケモンと出会いやすくなる黒いビードロを手に取った。アンジェラはそれを用いてポケモンの育成に有効活用をするそうだ。
 そして肝心の学習装置なのだが。なんでも、最新のバージョンが登場したらしく、これがまた非常に高機能なのだ。これまでの学習装置が持たせたポケモンに、実際に戦いを行うことの半分ほどの経験しか与えられず、また実際に前に出て戦うポケモンも装置が脳波をスキャンする際の影響で記憶力が阻害されて、半分ほどしか経験を得られなかったのである。
 しかし、このたび劇的に改善されたバージョンが発売されたとのことで、戦うポケモンは本来の経験を得られ、控えのポケモンも五匹分、実際に戦ったポケモンの約半分ほどの経験を得られるという夢のような学習装置*3が店頭に並んでいたのだが……

「高いね……でも、科学の力ってスゲー」
「路銀、使い果たしちゃうね……でも、それだけの価値があるくらいに科学の力ってスゲーわ」
 ギリギリ買えないことはない値段だが、何かあった時にバスや飛行機などの移動手段で家に帰ることが出来ないし、病気出止めを喰らった際に治療費に困ることになるだろう。もちろん、その時は銀行から下ろせばいいのだが、母親からは支給されたお金とバトルで得たお金だけでなるべくやり取りするように言われている。それはアンジェラも同じようで、しばらくの間値段とにらめっこして出した結論は……
「よし、今日は野宿しよう! ポケモンセンターだって格安だけれどタダじゃないしね。しばらく節約して、観光客や地元民からチップを取って……」
 アンジェラの出した結論がこれである。確かに、学習装置を購入するならしばらくは節約した方が良さそうだ。
「要するに節約生活ってことね。どうしよう、それなら食事も自炊したほうがいいよね? 久しぶりに何か作る?」
 私は専業主婦になるつもりだったから(実際ウィルの母さんは専業主婦で何とかなっていた)料理は上手いと自負しているが、それでも水も調理器具も皿も限られた状況ゆえ、最近は料理なんてさっぱりだった。
「いいじゃん、二人で料理しようよ。フライパンと包丁しかないけれど、作れば安い! これ常識」
 アンジェラはあまり料理が出来る方ではなく、リンゴを剥く時の手つきなどは危なっかしい。だが、思い切りは私よりもずっと良く、為せば成るとでも言いたげだ。しかし、何を作るべきだろうか。調理器具も限られているから、あまり凝ったものは作れないだろうし。
「あはは……ねー、エリン、シャドウ、ラーラ。なんか食料でも狩ってきてくれない?」
 この際、何かの肉の丸焼きにでもしてみるのはどうかとも思ったが、どうだろう。
「えー、でもこの街のポケモンは狩猟は大丈夫なんだっけ?」
 アンジェラが言う。ポケモンの捕獲は禁じられていなくとも、狩猟が禁じられているような場所は少なくなく、観光地ではショッキングな光景を観光客に見せてはいけないという理由で狩猟が禁じられてる場所もある。そうでなくとも、ゲットしたポケモンにあんまり狩りをさせると、トレーナーとの対戦で相手のポケモンを殺してしまうこともあるらしいから、流石にそれは……という事情もある。
 ウィル君曰く、『完全にポケモンを御せるような有能なトレーナーなら、狂暴性をある程度持たせたポケモンの方が対戦でも強くなるからやってみてもいいんじゃないかな』、とのこと。ただ、ウィル自身は『自分もできるかどうかは分からない』と言っていたので、素人に毛が生えた程度である私達には、ポケモンに狩りをさせるのは止めたほうが良さそうだ。
 結局、私達は海岸沿いの街で魚の鮮度も十分ということで、島暮らしで慣れ親しんだ魚料理を食べることに。ただ、結局街にまで来て野宿という案は却下されて、私達は冒険者を泊めてもらえる親切な家を探してそこに泊まることにした。もちろん、いくら身を守ってくれるポケモンがいるとはいえ男性の家に泊まるのは不安なので、女性がいる家に泊まり、その人と一緒に料理をして、この旅の思い出話に花を咲かせた。

 近所のスーパーマーケットで購入した新鮮なお刺身と、白身魚のバター炒めにほうれん草を添え、白身魚のアラはスープにして出汁を取って飲む。
 料理は三人分だが、外食するよりもよっぽど安く済んだので問題はなかろう。
 私達がこうやって他人の家に押しかけるという案を出せたのは、時折冒険者を家に泊めているというウィルの家や、故郷の島にあるジムの影響だろう。彼の父親はライザ島にあるジム戦を前にしたポケモントレーナーをこうして泊めては様々な思い出話を聞くのが好きなのだという。ジムリーダーの家も似たようなもので、よく冒険者を泊めては土産話に花を咲かせるのだという。兄の婚約者であり、ジムリーダーの娘であるナノハさんは、自分は旅に行かない代わりにそう言った人達の写真や思い出話で楽しんでいたのだとか。
 私達もこの旅の途中で牧場の手伝いなどで家に泊まったことはあるが、それは街が遠くにあって他に泊まる場所もなかった時くらいのもの。ホテルもポケモンセンターも当然のようにあるこういった街で民家に泊まるというのは初めての経験だったが、意外なことにやってみれば案外出来るものだ。宿泊を頼んでも一七件ほど断られてしまったが、三〇件回ってダメなら諦めようと話していたので、一七件目で見つかった時は思わず二人でほっと胸をなでおろしたものだ。

12 


「また会ったな! ギャロップのトレーナー!」
 一夜を過ごしたアパートから出て、さてグレトシティに帰ろうというところで、どこかで聞いた声。
「またアンタ? あのね、私にはちゃんとアンジェラ=スコットって言う名前があるのよ、ドワイト君?」
「そうか、お前はデボラって言うのか。前回は名乗りもせずに不躾な奴だと思ったが、キチンと名乗れるじゃないか?」
「名乗る前にアンタが逃げたんじゃない……あぁ、私はアンジェラ=スミスって言う名前よ。貴方、私達が覚えてあげているんだから、自分も私達の名前を覚えるのよ?」
 私とデボラに畳みかけるように言われて、ドワイトは硬直する。
「ふ、ふん。良いぜ。曲がりなりにも俺に勝った女だからな、覚えておいてやるぜ」
 どこまでも上から目線なその態度に、私とアンジェラはため息をつく。
「それで、今回は何の用かしら?」
 私が尋ねると、ドワイトはアンジェラの方を指さす。
「お前、アンジェラとか言ったな」
「何かしら?」
「お前の、ドテッコツ! そいつを俺に貸すんだ! その代り、俺はストライクをお前に貸す!!! どうだ、悪い話じゃないだろう?」
 一瞬、何を言っているのかよくわからなかった。私達二人は硬直しつつ、互いを見る。
「あぁ、あのさぁ……あなた、素直にストライクをハッサム進化させたいって言いなさいな……ってか、男のツンデレって需要ないけど?」
「素直じゃなくって可愛いのは小学生までよ、今のうちに楽しんでおきな、坊や」
 私とアンジェラが二人そろって彼の態度を子ども扱いすると、ドワイトは明らかに不機嫌そうだ。
「わ、悪かったな。お前らが交換進化について理解しているかどうかを試しただけだ」
 交換進化、というのは、コンピューターで手続きする際にポケモンに特殊な刺激が加わるらしく、その刺激がポケモンを進化させることを言う。なんでも、異世界の空気に触れることがその刺激に関係があるらしく、かつてコンピューターなど存在しなかった時代は、異世界の扉が開いた際。例えば、お祭りの最中なんかに進化することがあったそうだ。死後の世界とこちらの世界がつながるハロウィンだとか、聖人が復活するイースターだとか、そういうタイミングで進化する。
 ドテッコツもそういうポケモンで、ドテッコツがローブシンに進化するには、今主流のポケモンセンターでの交換をするか、お祭りに参加してその空気に触れることで進化が可能だ。もちろん野生のドテッコツでもローブシンに進化しないわけではないが、その場合は大抵、成長に伴って自然に進化するようである。
 私達も、ドワイトがいきなり交換を申し出てきたときは訳が分からなかったが、恐らくは交換進化をしたいだけとか、そういうことなのだろう。
「はいはい、それで、メタルコートは持っているの?」
 また、交換すること以外にも条件があるポケモンがいて例えばハッサムがそのうちの一種。メタルコートを持たせて交換することでようやく進化する。
「当然だ、グレトシティではなぁ、鍛冶が盛んだからメタルコートが名産品の一つだ! 当然ぬかりなく、ストライクに持たせているさ」
「じゃあ、交換してあげるから、近くのポケモンセンターに行きましょうねー、ぼくぅ」
「俺の名前はドワイトだっつーの!!」
 そうやって向きになるから子供扱いされるのだけれど、ドワイトはまだ気づけないのだろうか。
「それよりも、今日はお前! アンジェラと勝負するぞ!!!」
「え、私?」
「そうだ。今回は俺が勝つからな、お前は一番強いポケモンを出して来い!」
 と、言われてアンジェラは何を思ったのか。迷わずドリュウズのラルが入っているボールを手にする。まぁ、あの態度じゃ、手加減してあげようっていう気も失せるのは分かるよ、うん。
「わかった、空き地に移動しましょう」
 ため息交じりにそういったアンジェラは、どうやらドワイトを完膚なきまでに叩きのめすつもりのようであった。

13 


 そうして、空き地に移動してお互いポケモンを繰り出した。相手のポケモンは……ガバイト。 相性は良く無いが、問題なく倒せるだろう。どちらも砂嵐で輝くポケモンだが、相手はどうやらサメ肌の特性の様子。ゴツゴツメットをつけているからよくわかる。
「……何だよそのポケモン!」
「いや、育て屋さんから育ててもらったポケモンだけれど……いま六一レベルくらい」
「なんだってんだよもー! なんだよそれー! 育て屋に育ててもらうとか、俺は親父に頼らなかったって言うのに、贅沢な奴らだなー……旅のポケモンくらい自分で育てろよ!」
「いや、貴方みたいに半ば無理やり勝負挑んでくる人もいるしさー。女二人旅は物騒だから、強いポケモンを一匹くらい持っていたほうがいいって感じで、友達も言っていたし……ま、いいや。とにかくやるよ。ラル、剣の舞!」
「くっそ、やるしかない! ニドヘグ! 地震を起こせ!」
 相手のガバイトの攻撃は、鋼タイプを併せ持つドリュウズ相手には悪くない選択だ。だが、レベルが違いすぎる。ぴょん、と一歩で跳躍しつつ距離を詰め、アイアンクローを脳天へと叩きつける。固い衝撃に地面を舐めさせられたガバイトは、そのまま後頭部に爪を押し込まれ、いつでも殺せるぞとアピールされる。しかしながらラルも無傷ではない。彼の手からは鮮血が滴っており、どうやらゴツゴツメットとサメ肌の特性で大いに傷つけられてしまったらしい。ラルの血でガバイトの背中が赤く染まって行く。
 剣の舞という命令だったはずだけれど、それすら必要もないと言いたげなその戦いぶりに、苦笑しか漏れない。
「くっそー……どうしてお前ら自分で育てたポケモンで戦わないんだよ!?」
「いや、一番強いポケモンで来いって言われたから。とりあえず、一番強いポケモンを出しただけなんだけれど、何か間違ったかな?」
「お前なぁ、そこは空気読めよ!」
 ドワイトは喚く。しかし、その程度で怯むほどアンジェラは甘くない。
「いやだって、賞金渡したくないし……もうちょっと礼儀正しい相手なら、少しくらいは考えたんだけれど」
 正直にその気持ちを告げつつ、前に手を差し出す。賞金をよこせと言わんばかりに。
「そう言えば、私も前回の分の賞金貰っていないな……」
 私も思いだして口に出し、ドワイトの前に手を差し出す。年上二人から賞金を他駆られる経験など、そうそうあるものではなくドワイトは非常に戸惑っている。
「……えーい! 出せばいいんだろ出せば!! 畜生!!」
 けれど、彼も観念するしかないと悟り、財布から札を一枚ずつ出す。
「まぁ、年下からむしり取れるのはこんなもんか。ありがとねー」
「ありがとー。また私のアブソルと対戦してねー」
 アンジェラと私は、投げやりなお礼を言っていやらしく微笑んだ。
「アブソルともドリュウズとも対戦なんてしねーよ! 全く、覚えてろよ!」
 悔し気に捨て台詞を吐いたドワイトは、そのままどこへとも知れない方向へと逃げようとする。だが……
「ちょっと、待ちなさい。本来の目的忘れてるんじゃない!?」
 アンジェラの大声で、ドワイトは本来の目的を思いだし……
「い、良いぜ。交換進化、手伝ってやるよ」
「いや、別にデボラとやればいい事だし、私はやらなくてもいいんだけれどね……素直じゃないならやらなくっていいよ? 貴方のストライクはストライクのままね」
 アンジェラに冷たく言い放たれて、ドワイトは数秒、考える。
「すみません……し、進化させてください、お願いします」
 考えた末に、私達に従うしかないと確信して、彼は頭を下げるのだ。
「よろしい。親切な私は進化を手伝ってあげますよ」
 そうして、私達は傷ついたニドヘグやラルを治すついでに、ポケモンセンターへと向かうのであった。

14 


 アンジェラのドテッコツ、タフガイとドワイトのストライク、アビゲイルが中に入ったボールをそれぞれの端末にセットし、交換を始める。これにより持ち主の変更手続きが行われ、お互いの所有権は入れ替わる。
 とはいえ、それは一時的なものだ。連続で刺激を与えすぎると体に悪いことや、同じポケモンの交換には回数の制限があるため、今日一日はお互いの手持ちのまま過ごすことになる。
 タフガイはローブシンに進化し、アビゲイルはハッサムに進化し。一回り以上大きくなったそれぞれの手持ちは、一時的に新しい主のもとで過ごすことになる。そのため今日は、旅立つのを止めにしてサンダーランドへの滞在期間を一日延ばすことになった。
 その日は、一日街へ滞在するため日中暇なので、観光客を相手に野良試合を繰り返して路銀を稼ぐ。そこで初めてドワイトのバトルぶりを観察したが、ポケモンを見る眼が私達とは違う。他の事が何も目に入っていないんじゃないかというくらいに彼は眼を見開き、何か気づいたことがあれば即座にレポートに記す。勝っても負けてもすぐにどこかへ行って、手持ちのポケモンへの指導をする。
 挨拶もまともに出来ないというのは非常にマナーが悪いとは思うが、それだけポケモンに熱意を向けているのだ、あの年齢の割にものすごいポケモンを抱えているわけである。

 強豪トレーナーに負けたことはあっても、しかし滅多なことでは負けはしないし、レベルが高い相手にも指示の差、読みの差で勝っているときすらある。私は、自分にポケモンを育てる才能が特別あるとは思っていないが、しかしこのドワイトという少年には勝てる気がまるでしない。
 こういう人が上に行くのだろうと、納得できる強さであった。

 夜になって、私達は宿代を節約するため、街の空き地にテントを一夜を張って過ごすことにした。眠る前の腹ごしらえに、テントの近くでたき火をして料理をする。品は折ったパスタをフライパンでゆでて、それにアボカドとエビ、バジルとニンニクをオリーブオイルで炒めて塩コショウで味付けする料理である。料理の正式な名称は知らない。
 しかしながら、今日は二人分ではなく三人分の量を作っている。これまでドワイトと戦ってきた勝負で、結果だけ見れば私達の勝ちは勝ちなのだが、やはり自分達も半ば反則技のようなものだという自覚はあったし、それが負い目でもあったため、今日くらいはと私達はドワイトを招いて食事会にする。昼、ポケモンを交換する際に連絡先を交換しておいたのが早速役に立ったわけだ。
「何だこの木の実? 見たことねーぞ」
「森のバターって呼ばれる、栄養価の高い木の実だよ。美味しいから期待しててよ」
 ドワイトは、アボカドを見たことがないらしい。あまり買い物に行ったり、漁売りをしたりしないのだろうか、サラダやパスタ、SUSHIやトーストの上に塗るソース、何に出も使える万能の食材なのに、その魅力が分かっていないのならば教えてあげねば。
「いや、ドワイト。デボラの将来の夢はね、昔は最高のお嫁さんになることだったからね。だから、料理やらせたらかなりの腕前なんだよ。旅の最中はあんまり料理できなかったから、久しぶりに食べるけれど楽しみだよ」
「おいおい、料理が上手いのはいいけれど、今時お嫁さんとか……今は夫婦で共働きで支え合って行く時代だろー?」
 パスタがゆで上がるのを待ちながら、私は大皿の上に具材をぶちまけ、パスタに掛けるソースを作る。流石にフライパンだけでは不便だったために購入した小さな鍋では、乾燥させたガーリックにばかりの水分で戻したものは、オリーブオイルで炒めて香りを出す。それがいい具合に色づいてきたら、今度は塩コショウと乾燥したバジルなどの調味料、スプーンですくったアボカド、混ぜ合わせる。
 ガーリックに色がついてきたら、摘んできたハーブや缶詰の中身を投入してソースを温めるのだ。
 調理器具が不十分な旅の最中であるため、いつもはここまでしないのだけれど、今日は客人もいるし、少しだけ豪華にしている。
「いやまぁ、婚約者の実家がね、育て屋だったのよ。だから、もちろん仕事の手伝いはするし、それで十分収入が足りる見込みはあったから……でも今は、色々あって婚約破棄になっちゃったけれどね」
「ふーん。ってことは、その育て屋とやらが、アブソルやドリュウズを育てた奴だってわけか? 何歳だか知らないが、中々……やるじゃねえか」
「まーね、一歳半でここまでの強さ間で育てられる育て屋さんは、結構な値が張るって彼も言ってたし」
 ドワイトは、あまり自分より優れた相手を認めたくはないのだろうけれど、それでも自分に嘘はつけないらしい。『中々』と誤魔化しているものの、内心ではラルとシャドウの年齢を聞いて驚いているようだ。 
「そういえば、ドワイト君も実家が育て屋なんだっけ? お父さんだかお母さんだか知らないけれど、強いの?」
「強いぞ。俺が知ってる限りじゃ、育て屋としての実力で、親父に勝てる奴はいねーぞ。ポケモントレーナーとしての実力だったら、他に上の奴がいるし、父さん自身、強さ以外の要素で考えれば絶対に勝てない育て屋ってのがいないわけじゃないんだけれどよ。でも、育て屋の実力は本物だ。
 だからこそなんだ、他人に育ててもらったポケモンで偉そうな顔をする奴が許せねーんだ。俺の父さんのポケモンを犯罪に使った奴だっている……お前らは犯罪に使ったわけじゃねーけれど、あれはちょっと屈辱だったぜ」
「ご、ごめん……なんか、バトルへの誘い方が強引だったから、つい」
 確かに、他人のポケモンで勝って得意顔というのが、あまり気分が良くないというのは分からないでもないのだけれど。でも、私も態度の悪い人間に気遣ってあげるほど親切ではないのだ。
「だよねー。『俺と勝負しろ!』だもんね。『俺と勝負してくれませんか?』って、きちんと頼むのならばそれなりのポケモンで相手したかもしれないけれど……要は言い方? ドワイトさぁ、ちょっと口の悪さを治した方がいいと思うよ」
 それはアンジェラも同じようで、彼女も態度がここまで悪く無ければ、年下相手にまでラルを繰り出すような真似はしなかっただろう。
「……じゃあ、何かお前ら? 俺の態度が良かったら、自分で育てたポケモンで相手したかもってことか?」
「まぁ、一応印象が良ければ大人げない手段も使わなかったなぁとは思うよ?」
 アンジェラが言うと、ドワイトはバツが悪そうに顔をしかめた。
「親にも、もう少し謙虚でいろって言われたよ。俺、学校じゃ一番強いってのによ……自慢しちゃいけねーのかよ」
「うーん……弱い犬程良く吠えるって言うし。逆に自慢してると弱く見えるというか……」
「小物臭がするよね。ポケモンは幼い割に良く育っているし、実力は少なくとも私なんかよりもよっぽど高いとは思うんだけれど、それなのに何か馬鹿にされるって、少し損な気分じゃない?」
 アンジェラも私も、ドワイトに掛ける言葉は辛辣であった。

15 

「わ、分かったよ……」
「でもまぁ、あれよ。貴方強いんだから、変に尊大な態度をとったりせず、心を大きく構えていればいいのよ。実力に見合った風格で堂々としていれば、もっと好きになってくれる人もいると思うし」
 頭を掻きながら苦い顔をしているドワイトに、アンジェラが優しく諭している。
「俺、学校で友達いねーんだよな……俺が強すぎるのかと思っていたけれど、もしかしたら、態度が原因なのかな」
「うーん、多分、そうだろうねぇ。『強すぎて、釣り合わないから友達になれない』、みたいに思っている子もいるだろうけれど、別にポケモンバトルが強くなきゃ友達が出来ないってわけじゃないし」
「そうね、私の元婚約者は、貴方に負けないくらいに強いけれど友達はきちんといるし、アンジェラとも仲良くしているし……」
 自分に友達がいないことを告白してため息がちなドワイトを見て、アンジェラも私も改善の兆しが見えたと考え、自分の意見を告げる。
「わかった、俺は生まれ変わるよ」
「いやそこまで思い詰める必要はないけれどね?」
 言う事が大袈裟だな、と私は苦笑する。
「でも俺、この態度で文句言われたことなんてなかったから……間違っていたなんて分からなかったよ」
「あらあら、上級生に良く目を付けられなかったものね」
「だって、上級生なんて弱いもん。俺は、一〇歳になる前からポケモン育てていてさ、その頃からタブンネは六〇レベル超えてたんだ。格闘タイプのポケモンで挑んでもタブンネ一匹に勝てないような奴が何言ったところで、ただの負け惜しみだろ」
 ドワイトは、気持ちに嘘をつくような発言はしても、こういうことで嘘をつくような性格ではない気がする。彼の発言が真実ならば、こりゃ相当の逸材だ。
「多分、文句を言いたくっても文句を言えなかったんだろうね……あー、そうだよ。相手が弱いからと言って、馬鹿にするよりも、見下すよりも、まずは相手を尊重しないとダメなんじゃないかな? 例えば、勉強が出来る人に、『君、こんな問題も解けないの?』とか言われたらむかっと来るでしょ?」
「うん……」
 私が具体的な例を挙げて説明すると、ドワイトも納得したらしい。
「そういう時に、貴方だったらどういう態度を取って欲しいのかを考えて、自分がして欲しいことを相手にも出来るようにすることが一番なんじゃないかな。もちろん、人によってはどういう態度をとってもらうと嬉しいのかは違うから、何にでも当てはまることばかりじゃないけれど……少なくとも、偉そうな態度をとるよりかはいいんじゃないかな?」
「……分かったよ。流石に、ポケモンの交換進化すらしてくれる知り合いがいないってのはまずいからな」
 ストライクを進化させようとして知り合いを訪ねたりしても断られ続けてたのだろうか、ドワイトは言う。
「あんたどれだけ皆から避けられてるのよ……その態度は問題ね」
 アンジェラは呆れている。当然、私も飽きれていた。
「どんなに、勝負に勝っても、俺の親父がすごい奴だから、その事もも強い奴なのは当然みたいな態度でいられたら、こういう態度にもなるさ」
「なるほど、親が優秀っていうのは辛いわけだ。確かにそんなこと言われたら、腹も立つわね」
 ドワイトが漏らした本音を聞いて、アンジェラは彼を励ました。彼のことを否定ばかりするのもなんだし、アンジェラがああいってくれてよかった。
 
「こんな話していたら、そろそろパスタも茹で上がるね」
 こんな話をしていると気が滅入ってしまいそう。まだもうちょっと時間はかかるけれど、そう言っておけば気も逸れるだろう。
「ソースの方もなんだかいい匂いがしてきたな……さっきまで腹減って無かったのに、なんか急に腹減ってきたぜ。こんなの久しぶりだな」
「そりゃありがたい。腕の振るい甲斐があるよ」
 匂いを嗅いだら腹が減ってきた、なんていわれたら料理を作る立場としてこれほどうれしいことはない。いただきますの挨拶をすれば、ドワイトは早速がっついて食べ始める。
「どう、美味しい?」
「美味いじゃん。店で食べる時以外はパンとか、シリアルとか缶詰くらいしか食べていなかったから……こう、温かい料理がホテルやお店以外で食えるとは思っていなかったよ」
「やっぱ、料理したことがない人が旅に出るとそうなっちゃうんだ」
「オムレツだけでも作れるようになると違うと思うけれど、それだけでも包丁やらフライパンやら荷物増えるもんね。重さは大したことがなくても、かさばると結構負担になるし」
「それもあるけれど俺料理したことがなかったからさ」
 そう言って料理を見る彼の表情は、どこか羨ましそうな顔をしている。
「俺も料理……いや、無理か」
「料理って作るだけでも根気が要るけれど、こんな旅の途中だとなおさらだからね」
 アンジェラの言う通りだ。それに、私達だって常に料理をしているわけではなく、シリアルやらドライフルーツやらで済ませることは日常茶飯事だ。街に早めにたどり着いて、時間も心理的余裕もあるような時だけだ。
「うーん……やっぱり止めとくかぁ」
「お金あるんだったら外食で済ませるのも一つの手段だよ。強いんでしょ?」
「いや、それもそうかぁ。外で料理の練習なんてするもんじゃねえよなぁ……炎タイプいないし」
 ドワイトは、迷っているのだろうか、少し釈然としない顔をしながらもパスタを食べ続けた。よほどおいしかったのかぺろりと平らげてもらえて、後片付けも楽しい気分だ。

16 


 食事と後片付けを終えて、私達は芝生の上で、まったりと過ごしていた。上下関係をポケモンに教え込む都合上、ポケモンに食事を与えるのは私達が食事を終えた後だ。そのため、後片付けが終わったら、そこでやっとポケモンに餌を与える時間である。こう言った育て方の関係上、サザンドラなどは主人に腹を立てて喰らい殺すこともあるそうで、狂暴なポケモンを飼育する際は身を守るための従順で大人しいポケモンも育てておくことだ、というのがウィル君からの注意である。
 私はサザンドラを育てるつもりはないが、そう言う注意点があると聞けば、サザンドラは一生育てないようにしようと思ったものである。目の前にいる少年も育て屋なので、そういうものなのかと尋ねてみるが……。
「確かに、家でも俺達の食事が住んだ後に餌を上げるのが原則だな。食事の匂いをぷんぷんさせていると、『俺達は後回しなんだな』って言うのを理解しているみたいだぜ? でも、うちじゃサザンドラは扱ったことがないから、具体的なことは分からないなぁ。リザードンとかならいくらでもあるけれど、あれで温厚なポケモンだからそんなことはやらないし……
 基本さ、ウチの育て屋は建物を警備するポケモンや、人や物の輸送・移動を警護するポケモンを育てて売ることで儲けているから。だから、狂暴なポケモンとかよりも、従順で集団行動が得意なポケモンの方がいい。警備のメインがルカリオ、ガブリアス、クロバットとか、暗所、閉所での戦いを得意とするポケモンで、警護のメインがルカリオ、サーナイト、バリヤードあたりで、危険察知や逃げに特化したポケモンとか……どれも、狂暴とは程遠いな。
 あと、一応強豪トレーナーのポケモンや、ポケモン博士が少年少女に渡すポケモンの繁殖なんかも承っているけれど、バンギラスとかサザンドラみたいなポケモンはまだ受けたことがないね。少なくとも俺が物心ついた時は、だから何とも言えないけれど」
「最初に渡すポケモンだから、リザードンは扱ったことがあるのね? ってことはフシギバナも?」
「そういうこと。この前見せたカメックスも、同じくだ。あと、ちょっとした依頼で四天王の手持ちに親父が調教を施したことがあったな。ピクシートガブリアスに警備のノウハウを仕込んでたりとか。俺の親父はスゲーんだ。俺はもっとすごくなる予定だがな」
 私が問うと、ドワイトは自慢げに言う。
「じゃ、とりあえず俺もポケモンに餌あげるかなぁ。今日はいっぱい戦ってもらったし、お腹すいてるだろうし」
「そうねー。ハッサムには頑張ってもらったからしっかり労ってあげなきゃ」
「お前俺のポケモンあんまりこき使わないでくれよ……?」
「無茶はさせてないから大丈夫」
 そう言えば、アンジェラはハッサムを何度かバトルに出していたことを思いだす。ハッサムは進化した体に若干戸惑いがちだったが、ラーラやタフガイとじゃれ合っているうちに体にも慣れて、午後になるころには立派に戦っていた。
 覚えている技もそれなりに良い構成で、剣の舞、バレットパンチ、虫食い、つばめがえしと隙のない構成(というか、調べたらテンプレと呼ばれるくらいの構成だそうだ)であるため、地元のトレーナーと戦っても連戦連勝である。育て屋は誰の指示でも動けるように育てる必要があるとは言うが、その点に関してもドワイトの腕が伺える。
「さあさ、出ておいで」
「みんな、出て来なさい」
「よし、お前ら餌だぞ!」
 私とアンジェラとドワイトはポケモンを繰り出す。ドワイトのポケモンはカメックス、ガバイト、アンジェラから預かっているローブシン、タブンネ、クロバットと、割とバランスのよい構成となっている。タフガイは本来の主の下へと戻り、ハッサムもそれに倣った。
 そう言えば先ほど、タブンネのレベルが六〇を超えていたと言っていたのを思い出す。このタブンネのレベルはどれくらいなのかと、ライブキャスターでスキャンしてみると、なんと六九レベル。
「うわすっごい強い」
 驚いて声を上げている最中、シャドウは私の足元にすり寄っていたのだが、私がライブキャスターを弄っていて構ってもらえないことに拗ねたのだろうか。諦めたようにドワイトの下に近寄って行って、飛び付こうとする。
「近寄るんじゃねぇ!!」
 と、そこで大声を張り上げられ、思わずシャドウはしり込みした。おどおどしながらお座りする様は、今まで見たこともないような彼女の仕草だ。
「なに、どうしたの?」
「俺は陸上グループのポケモンの多くにアレルギーがあるんだ。アーボックとかは大丈夫なんだが……育て屋としちゃ致命的なんだが、そういうことだ……っていうか、そいつ育て屋が育てたポケモンだろ? 躾をきちんとしておけって言って来い! 下手するとブツブツが出て、咳が止らなくなるんだぞ?」
 ドワイトは口が悪いところはあったが、別に怒ったりすることはなかっただけに、今回の\大声を張り上げられたことは驚きだ。けれど、言っていることは至極もっともで、反省するべき点だった。
「ごめんなさい……アレルギーの事とか、全然考えてなかった」
「いや、俺も大声出して悪かったけれど……タブンネも、危なくなった時のためにって、今回の旅について着てもらったポケモンだこれまでも旅の途中にポケモンに飛び付かれてお世話になったことがあるから……本当に死活問題だから、全部のポケモンに同じ躾しておけよ? 不定形アレルギーも妖精アレルギーもいるんだから」
 ドワイトは早口でまくしたてた。私は反論の余地もなく、黙って説教に耳を傾けた。こればっかりは全面的に自分が悪いから仕方がない、か。
「今回は触れられる前で良かったよ」
 ため息交じりに言って、ドワイトは自分のポケモン達に餌を与え始める。私は戸惑っているシャドウを宥めて、餌を上げ始めた。

 その後、しばらくは悪い雰囲気がその場を支配していたが、アンジェラがドワイトに自分のポケモンを見てもらうことで、彼は人が変わったように饒舌となる。生き生きとした様子ラーラやタフガイの改善点を語り、そのためのトレーニングのメニューまで考えるなど、と手も年下とは信じられないほどの振る舞いを見せた。
 ウィル君も自分が育てているポケモンに対してのレポートは驚くほどびっしりとつけていて、手持ち全員でノート一冊などとけち臭いことは言わず、一匹に対してノート一冊だったから、優れた育て屋というのはそういうものなのかもしれない。
 アンジェラに指導している最中の気分が良さそうな時に乗じて先ほどの事を改めて詫びると、今度は『次から気を付ければいいから』と、それだけ言って許してくれる。どうやら、シャドウの躾についてはまじめに考えなくてはいけないようだ。

17 


 翌日、私達は改めてハッサムとローブシンをお互いに返し、道を別れてグレトシティへと戻る。その道中、二人は学習装置の恩恵にあずかりながらポケモンを鍛えていく。今度は南寄りのルートを行き、街も店もしばらくないようななだらかな山道を歩く。クソが付くほどど田舎の山越えルートは、土地を安く自由に使えることを活かしてのびのびと牧畜をしている家がポツリポツリとあるくらいだ。家畜たちは元気いっぱい……と言うべきなのだろうか。石を積んで作った柵なんてお構いなしに飛び越えて草を食べに行く子もいるが、野生のポケモンに喰われていなければ夜には戻ってくるのだという。
 そんなわけで家畜に注意の看板もあるのだが……ゴローン注意の看板まであるのが怖い。ゴローンが転がって自動車の横っ腹をぶち抜いて、エンジンがやられて立往生というのは数年に一回は起きることらしい。本当かいな?
 今回ここに来たのは、このなだらかな山脈にはかつて鉛の原料となる鉱山があったのだが、そこにはレジロックが出没していたのだという。今でも時折目撃談があったりするので、運が良ければ会えるだろうかと考えていたが……どうやらそんな偶然も起こらずに山を超えることになりそうだ。道中にある村の住民が言うには、子供を怖がらせるためのお話としてレジロックを利用しているので、その影響だろうという事らしい。なんでもここら辺の村では、『悪い事をするとレジロックがお前の体を自分の体にくっつけて一部にしちゃうぞ』と脅すらしい。
 実際に目撃証言があるのはでっち上げか、もしくはゾロアークあたりのポケモンがイタズラしたのではないかという。実際、このルートではレジロックの目撃情報が多いのだが、伝説のポケモンはつかず離れずの距離でこちらを伺い、その隙にゾロアやらエテボースやらのポケモンが人間の持ち物を奪うという事件が必ずセットで伝えられるのだ。
 それは確実にゾロアークが絡んでいるのだろうと悟った私達は、レジロックはいないのだと諦めることにした。

 私達は適度に休憩を取りながら山を歩く。吹雪くことはないものの雪も降っているし、山道ということで体力の消耗も多いので、今回は荷物持ちをトワイライトに頑張ってもらうことにした。自分達は持ってきた服を出来る限り着こんで暑いくらいに防寒対策をし、折り畳み式のテントがあるとはいえ、寒さは厳しいのでなるべく野宿なんてことにならないように、集落が見つかった時はなるべく早めに休む場所を決めた。
 山の中にあるキャンプ場へとたどり着いた際は、そこで知り合った団体さんと、メェークルの肉と野菜たっぷりのリトニッシュシチューを作ってお腹がいっぱいになるまで食べた。歩き通しで体は熱いくらいだったが、四肢や顔は冷え切っていたため。暖房の効いた部屋で熱くなった器を囲んで食事をすると、生きた心地のしない道中の疲れが一気に抜けていくようだった。
 レジロックの噂なんぞに踊らされて、二度と来るまいと思っていたが、こういう交流が出来るならばまた来てみるのもいいかな、とひそかに思うのだが……
「あー、すごく気持ちいいし楽しいけれど、もう二度とこんな寒いところを長い時間歩きたくない……」
 アンジェラとしてはマイナスの方が大きいようだ。
「はは、私も二度とこんな過酷なのは結構だけれど、こういう交流は楽しくてくせになりそうだよ……」
「ソーナノ、デボラは旅に向いているよ……いいじゃん、貴方の将来。ウイスキーを売るために世界中飛び回るかもしれないんでしょう? いいじゃん、本当に向いてるよ……すっごく」
 疲れているせいかちょっと投げやりな調子のアンジェラは、二段ベッドの上の段で天井を見上げながら私に言う。
「確かに、なんというか性にあっている気がするんだよね。あの島でウィル君と一緒に専業主婦を目指して生活していた時も楽しかったけれど、少し退屈なところもあったから……なんだろうな。私、兄さんが死ぬまで、全く生産性のない暮らしをしていたって思い知るよ。いや、料理の勉強くらいはしていたけれど、それだって大したことないしね。
 今の生活も、特に生産性があるわけじゃないけれど。この旅で得た経験を将来に活かせるのならば、父さんみたいに村の皆の役に立てると思うし」
「まだこの旅の経験を活かせるかどうかわからないけれどね。『女性は家にいろ』なんてのは古い価値観だよ。デボラの家はうちの村でも結構偉いというか、格式の高い家かもしれないけれど、悪い伝統や役に立たない伝統なんて続ける必要はないよ。語学が出来ないことにはどうしようもないけれど、それがどうにかなったならデボラは絶対に父さんの仕事を自分で積むべきだって思う。
 この旅を楽しめるってのは、才能なんだから。いろんな場所で、変化に満ちた生活が苦痛じゃないってのはきっと才能だから。その才能を活かして、リテン地方だけじゃない、世界に羽ばたくべきなんだよ」
「うん……ありがとう。はぁ、このルート、流石に日本人がいないから話しかけて日本語の勉強って言うのは無理そうだね……これはこれで楽しいけれど、この旅のもう一つの目的を見失わないようにしなきゃ」
「勉強熱心だね……私なんて日本語は挨拶くらいしか分からないって言うのに。あー、でも努力の対価とはいえ、羨ましいな。いずれ日本語のアニメとかゲーム、そのまま原語で見れちゃうわけでしょ? 駄洒落や言葉遊びとか、翻訳されたものでは分からないような表現をそのまま楽しめるって、すごく楽しそう。努力すれば私にも覚えられるかもしれないけれど、その努力が私には出来ないから……努力するっていうのも才能だよね、努力していない私が羨ましいとは思わないけれどさ」
「努力しないと覚えられないからね。大変だけれど、それに見合うだけの成果ってことなのかな? アンジェラは何か第二言語を覚えるつもりはないの?」
「うーん、学校で習うカロス語だけでいいかなぁ。結局、世の中の大多数の作品は英語なわけだしさぁ」
「そっかぁ、私に本の作品で盛り上がれるような人がいて欲しいけれど……うーん、仕方ないか。無理強いは出来ないし」
「翻訳版があれば私でも読めるよ」
 アンジェラは苦笑していた。ま、それが無難だね。
「ジムの再戦、ポケモンは順調にレベル上がってるけれど、勝てるかな?」
「何、心配してるの? 別にジムに勝てないからって、それで旅が終わるわけでもあるまいし、気楽に行こうよ」
「いや、デボラの足を引っ張ってしまいそうで……」
 気弱なアンジェラの声で、そういう事かと私も気付く。
「気にしなさんな。健康に良くないよ? メインの目的は、ウィル君と結婚するための布石だけれど、でもあなたとの思い出作りって目的も嘘じゃないんだから」
「でも、その思い出が私のせいで台無しになっちゃったらって思うとさ……」
「だからそれが気にしすぎなんだって」
 そう、そんなに気にするべきことじゃない。一年の旅を無事に終わらせられるなら、きっとどこへ行ったって大丈夫だと父親も納得するだろう。ジムバッジも一つの目安となるだろうが、それはあくまで目安なのだから。

次……アンジェラとの二人旅、後編

お名前:
  • コメントテスト --

最新の5件を表示しています。 コメントページを参照


*1 赤毛の人間は体が弱いことも多く、そういった偏見を持たれるためコンプレックスの対象になりやすい
*2 welding(溶接)と、wedding(結婚)をかけたシャレである
*3 前者が第5世代までの仕様であり、後者は6世代の仕様である

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2016-08-08 (月) 23:44:31
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.