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許嫁を取り戻せ1:甘んじてはいけない

/許嫁を取り戻せ1:甘んじてはいけない

まとめページ……許嫁を取り戻せ

キャラ紹介 

ウィリアム=ランパート
本作の主人公。この島唯一の育て屋兼ゴーゴート牧場の実家の一人息子。
主な業務内容は番犬の育成及び販売。作業用、愛玩用ポケモンの躾。ポケモンの交配、出産、初期育児の世話などである。

デボラ=スコット
ミクトヴィレッジのウイスキー醸造所の取引を取り仕切る、この村の経済の立役者の娘。
ウィリアムの婚約者で、将来の夢はお嫁さんという、ちょっと頭の緩いお嬢様

オーリン=スコット
デボラの父親。彼のおかげで、国内の大手企業としか契約を結んでいなかった村の醸造所が、国外のレストランや小売業などとの契約を結ぶことが出来、村は豊かになっている。
娘の事は出来の悪い娘だと思っており、あまり彼女に可能性を感じていない。

アンジェラ=スミス
この村唯一の大工の家。兄が三人もいるため男勝りの性格で、身体能力も肝の座り方も男子顔負けでずば抜けている。

パルム=アルトマン
デボラの新しい婚約者。どうやらろくでもない人物な模様

1 

 ここはウイスキーとチーズの名産地、海に囲まれたライズ島にある村、ミクトヴィレッジ。自然がたくさん残る風光明媚なこの島は、のどかな自然と、渡り鳥の到来、グラシデアの花畑、そして草タイプのジムが見どころの観光名所だ。

 俺はこの村で、生まれた時から嫁がいた。いわゆる許嫁という奴だ。この許嫁という風習について自分が思うことは、世界では幼い少女が年を重ねた男性の妻として『売られ』るような問題などあるようで、必ずしもプラスに働くものではないと思うし、ウチの村でもそのような問題はある。まだ若い二十歳過ぎの女性が白髪だらけの男性の妻をしている光景は、子供心にもすこしばかり哀れに思えた。
 けれど、自分に関して言えば、許嫁という制度の恩恵にあずかれたといえるだろう。将来自分の妻となる女性は二日違いに生まれた女の子で、家はゴーゴートに乗って行けば三分もかからない。彼女とは家こそ別々なものの、親同士も仲が良く、兄弟のように遊んで育った、自慢の彼女だった。
 そんな彼女の家なのだけれど、この村のウイスキーの取引を一手に引き受ける貿易商。この街に置いては家族の名を知らぬものはない、スコット家の長女である。ウチのランパート家は村の住民の足となるゴーゴートやギャロップ。機械の入れない場所や機械を使うには大袈裟な作業に使うカイリキーや、牧羊犬のヘルガーやトリミアンなどのポケモンの育成をしているくらいで、小さな育て屋兼ゴーゴート牧場であるウチが本来結婚出来るような家柄ではないのだが、彼女には兄がいる。家は兄が継ぐのだからと、気楽な立場であると彼女の母親は告げていた。
 俺と彼女は、一〇歳の誕生日に雌雄のニャスパーを送られ、それが婚約の証となって、二人で可愛がって育てている。ポケモンの育て屋の俺は強いポケモンを持っていないと格好がつかないので、手っ取り早く育ててすぐにニャオニクスにしてしまったが、彼女はゆっくり育てていくようで、戦いとは無縁に生きた雌のニャスパーは未だに進化せずに灰色の体のままだ。
 けれど、ニャスパー同士も俺達と同じくらいに仲が良く、一方だけが進化していてもじゃれ合うことは止めず、顔を合わせれば並んで歩き、別れるときは名残惜しそうな顔をしていつも俺達を困らせている。

 世の中、嫁が見つからないだとか、彼女いない歴が年齢と同じだとか、そんな人間も少なくないらしいが、俺は彼女いる歴が年齢と同じである。誇らしいわけではないが、許嫁の恩恵にあずかれなかった同級生を見ると、この上ない優越感があった。
 何もない街だから、遊びらしい遊びは何も出来ないけれど、二人で野山を散歩しているだけでも楽しいものだ。俺の家で育てられたゴーゴートの助けを借りて、険しい丘を登って見晴らしの良い場所へ。
 吹き付けるそよ風を浴びながら肩を並べて会話をするだけでも、二人の時間は心が満たされていく。
「ねぇ、ウィル。今年のウイスキーなんだけれどさ……今年のって言っても三年前に樽に詰めた奴だけれど。なんだかすごくいい出来だってみんな喜んでいてさ。こんどウィルのお父さんも呼んで飲み会しようかって計画しているんだって」
「不味くても普通の味でも飲み会はするくせに、好きだねぇ。俺は飲めるまであと五年かぁ……一六歳、待ち遠しいなぁ」
 世間話をしながら、雲が足早に流れる空を見上げて、俺は大人の生活への憧れを騙る。
「隠れて飲んでみたら?」
「無茶言うなよ。顔でも赤くなったりしたらばれるだろ? あれでデボラの父さん厳しいんだから。げんこつでもされたら涙が出るほど痛いんだから」
「ポケモンに突撃されても平然としてるウィルがその程度でまいるわけないじゃん」
「全然大丈夫じゃないから。ゴーゴートの頭突きを受けて前歯吹っ飛んだし。それにさ、デボラの父さんに怒られるだけならばまだいいよ? でも、俺はその後親父に怒られるからな。家族の付き合いのおかげで寛容な父さんも怒らざるを得なくなるってのが怖いところだよ」
「いつかは正式に家族になるんだもんねー。それも五年後。お酒を少し飲みながら結婚式……はぁ、憧れちゃうなぁ」
「憧れる必要なんてないでしょ? 事故でも起こらなきゃ、俺達はいずれその晴れ舞台に立てるだろうし。だから健康と安全に気を付けるのが最優先だってことで」
「そうだね。あんまり危ないところに行くのは良そうね……なんて、こんなところにいるとちょっと説得力がないけれど」
 見下ろした丘からの景色は、登るのがきつそうな壁のような斜面にある。高原に生きるゴーゴートは壁のような斜面だろうと平然と登れるし、野生の勘という奴なのだろうか、足元が崩れるような場所は絶対に踏みつけたりしない賢い奴である。だからと言って、この斜面を転げ落ちれば、俺はともかくデボラの命の保証はないから、危ない橋を渡っていると言えばそうなのかもしれない。
 ただ、誰にも邪魔のされない空間で、気持ちの良い風邪を浴びながらこの景色。ゴーゴートを我が子のように乗りこなしてきた俺達だからこそ気軽に堪能できるこの高揚感は何物にも代えがたい。

 休日はこうして景色が良いところでおしゃべりでもしながら、たまに筋トレをしたりゴーゴートと乗馬の稽古をしたり。そうして家族の手伝いや、勉強の時間が来たら、デボラをゴーゴートに乗せて彼女の家まで送って、自分もまた家に帰る。娯楽らしい娯楽は、ビリヤードやダーツが出来る酒場くらいしかないこの街だけれど、何よりの娯楽が二人でいる時間であった。


 それだけでよかったのに。

2 


 ある日の昼頃。家族そろって昼食を食べていた時、育て屋の電話ではなく家の電話が着信を告げる。最初は穏やかに対応していた父の顔がすぐに険しくなり、母親も俺も不安げな表情でそれを見守っていると、電話を置いた父親はため息交じりに言う。
「スコットさんの長男が……ジョセフさんがあっちで車の事故に巻き込まれたらしい」
 デボラの兄は、現在大学に進学しており、隣の国サウスリテンに滞在中だ。どこでどんな事故に遭ったのかまでは聞いていないようで、事故の状況については良くわかっていないそうだ。
「う……そ、でしょ? それで、大丈夫なの? 容体は?」
 母親がうろたえ尋ねる?
「危ないそうだ。連絡先が分かったから病院の方が家族に連絡してくれたそうなんだけれど……それでしばらくは忙しくなるかもしれないからって、エレーナさんが連絡してくれたんだ」
 エレーナ、というのは確か俺の許嫁であるデボラの母親の名前だ。
「忙しいなんて、そんなこと気にしなくっていいのに……デボラは、どうしているだろ……」
 兄が死にかけた、なんて、デボラも絶対動揺しているし心配しているはずだ。
「そうだな、デボラちゃんも心配しているだろう。ウィル、元気づけてやりなさい。傍にいてあげて……」
 父親は俺にそう言ってくれた。そうだ、デボラに会いに行かなきゃ。

 昼食をほとんど食べ残して、俺は走り出していた。自分が育てて来たゴーゴートに乗り、ドシドシと荒々しい足音を立てながら家に向かう。この村でもひときわ大きい彼女の家を訪ねると、声を聞いてすぐに通してくれた。中では予想通りデボラが泣きそうな顔で兄の事を心配しており、一緒に並んで無事を祈ろうと優しく声を掛けると、押せば壊れそうな頼りない素振りで手を合わせ祈っていた。
 いったいどれくらいそうしていただろうか。心の中では祈っていても意味はないと冷めた思いもあったが、それでも何も縋るもののないデボラが満足するまでは一緒に居て、同じことをしてあげる。俺達のニャオニクス達もそんな彼女を心配そうに寄り添っており、事情がいまいちわかっていないであろうが、飼い主が一大事なのはポケモンでもわかるようだ。
 そのお祈りが、本当に意味のない行動になったのはすっかり日も落ちて夜になってからの事であった。

 翌日には葬儀の準備が始まった。死亡してから二日後には葬儀が始まり、俺達ランパート家も葬儀に参加して、棺に入れた彼を墓に安置するまでの始終をデボラと共に見送った。
 親どころか祖父や祖母よりも早くに死んでしまったジョセフ兄さんの事を悔やむ声が耐えず、そしてデボラもずっとふさぎ込んだような表情で毎日を過ごすこととなる。どんな声を掛ければいいのかもわからず、とにかく一緒に居てあげようとしてとなりを歩いていたが、ほとんど喋ることなく俯いた日々が続き、ついにデボラが俺と会うことも拒否したのは、事故から一月半ほどたっての事であった。
 学校では毎日顔を合わせるが、俺を露骨に避けるようになり。話しかけようとしてもどこかへ行ってしまう。酷い時は女子トイレにまで逃げ込まれてしまうため、取り付く島もない。学校では『家にも尋ねてこないで』とすら言われてしまって、俺はデボラの家に行くことも出来なくなってしまう。デボラに言われた通りに俺もデボラの家にを訪ねることもせずに一人の日々を過ごし、ポケモン達に囲まれることでせめてもの寂しさを埋めようと頑張っていた。


 広い土地を持つ俺の育て屋。うちは育て屋の他にも、チーズの原料となるゴーゴートのミルクをチーズ工房に売却しており、そのためのミルクを寄越してくれるゴーゴートを遠目に見ながら、牧場の端っこで柵にもたれかかっている。
 ゴーゴートは呼べば寄ってくるけれど、呼ばなければ自由にのんびりしているから、気が向いたときに呼べばいい。今はニャオニクスと一緒に居て、ため息をついていたかった。
「ニャオ」
 トレーナーである俺に同調するかのようにニャオニクスのエリオットが寂しげな声を上げる。胡坐をかいているとすぐに俺の膝の上に乗ってくるあたり、こいつも寂しがっているのか、それとも俺の寂しさを紛らわせようとしているのか。
「お前も寂しいか……だよなぁ、一体どうしてあんなに俺を避けるようになったのか、わけわからねーし。どうにか話だけでも出来ないのかな……」
 そんなことを愚痴っていても仕方がないというのに、誰かにこの話を聞いてもらいたくって仕方がない。かと言って、家族に話すわけにもいかないし、こんな事を話すことを出来るほど信頼し合える同級生もいない。今は、デボラと一緒に居るよりも、そっとしておいてやったほうがいいのだろうか?

3 


 話しかけることすら諦めてからさらに数日後。俺はデボラが怒っているのかと思い、もしそうだとしたら誰かを経由してでもいいから理由を聞きたかった。かと言って誰に話しかける勇気も持てなかったが、そうやってうじうじしていると――
「ねぇ、ウィリアム君? デボラちゃんの事なんだけれど、ちょっといい?」
 見かねた女子の同級生、アンジェラから俺に話しかけてきた。アンジェラはこの街の大工の一家の娘で、資材の運搬などの手伝いを小さい時からやってお小遣を貰ったりしている。そのおかげなのだろう、まだ小学生だというのに体は逞しく、そこら辺の男子では力で勝てないくらいに鍛えられている、学年一の活発な女子である。
「ちょっとさ、ランパート君。最近デボラちゃんがものすごーく元気がないけれどどうしたの?」
 話しかけてくれたのは良かったが、彼女はデボラの近況を良く知らないらしい。少し期待はずれな言葉に、俺はため息をついた。
「いや、兄さんが死んでしまったって言うのは聞いてるよね? それが原因だとは思うけれど……最初は俺が傍にいてあげなきゃって思ったんだけれど、なんだか最近は避けられていて……」
「そう、家族が死んじゃったのとか、避けられてるのは知ってるよ。私も、ウィリアム君が避けられているのは見てて感じたし。私もそっとしておいてあげたほうがいいのかなって思っていたけれど、ランパート君はデボラに何か変なことを言って傷つけたとかそういうのはないよね?」
「うぅん、心当たりはないよ。俺もそれは考えたんだけれど……思えば、『元気出せよ』とか言っちゃうのが無神経だったのかな? 他にも『そんなに悲しんでいちゃお兄さんも心配するぞ』って言ったんだけれど、それがもしかしたらうざったかったのかな」
「そう……もしあんたがデボラちゃんを傷つけたのだとしたら許せないって思っていたけれど、そういうわけでも無いんだね?」
 アンジェラが俺の目を見てにらみつける。傷つけただなんてうかつに言ったら、殴られそうな威圧感がある。
「そうだよ。俺もどうすればいいか分からなくって……肉親が死んだのはショックだろうし、事故の加害者が憎いだろうってのは分かる。そういう事に耐えられないならば、尚更、誰かに……俺に傍にいて欲しいんじゃないかって思うんだけれど……でも、それって俺の勝手な思い込みなのかな? 俺としてはとにかくデボラに元気になって欲しいし、俺を避けるのもやめて欲しい……」
「確かに、ランパート君がひどいことを言うとは思えないし。でもそうなると本当にどうして避け始めたんだろ? 辛い時こそ好きな人にいて欲しいもんじゃないのかな」
「ねぇ、アンジェラ……出来るなら。聞いてくれないかな? 俺の代わりにさ、どうして俺を避けるのかって……デボラに聞いてくれないかな?」
「うーん……それが私もちょっと聞いてみたんだけれど、何でもないから放っておいてって……デボラに言われちゃってね」
 アンジェラはそう言って顔を俯かせる。そうか、ダメだったか……
「様子を見る限り、デボラが本当に『何でもない』ってことはないと思うんだけれど、ランパート君がひどいことを言っていたりするわけでもなさそうだし。本当に、そっとしておくのが正解なのかなぁ?」
 アンジェラはため息をつく。みんな口には出していないが、アンジェラの他にも同級生は皆デボラの事を心配している。それがどうにもならないというのは、歯がゆくて仕方がない。
「親に、聞いてみよう」
 もはやこの手段しかあるまい。デボラの親ならば何か知っているのかもしれない。
「親に聞くって、デボラの両親に?」
「そうだよ。もうそれしか手段はないでしょ。それが納得できる理由なら、俺も接し方を考えることも出来るし。だから、もうこうなったらそうするのが一番の解決方法なのかもしれないな」
「でも、大丈夫? ちゃんと聞きだせるの?」
 アンジェラの問いかけに、俺は首を振るしかない。
「分からない。俺も失礼にならないように気を付けるし、これまで家族ぐるみで付き合ってきたんだから多分……大丈夫だと思う」
 とはいっても、確証なんてない。ジョセフさんが死んで以降、デボラの家には一度も行っていないし……今更行って、邪険に扱われやしないだろうか。
「じゃあ、任せるよ。私達もデボラちゃんの事は心配しているんだから、頼んだよ?」
 けれど、アンジェラにこう頼まれた以上は、後には引けまい。
「うん、任せて」
 強がりでも、任せてと言うしかなかった。

4 [#9SJD1JQ] 


 とにかく、アンジェラに言ってしまった以上、俺も腹を決めなければならない。本当はずっとこうしなければいけないと思っていたのだけれど、誰かに後押ししてもらわなければ勇気が出なかったのかもしれない。俺はゴーゴートと共にスコット家に立ち寄り、ドアについたノック用の振り子でドアを叩いて家主を呼ぶ。
「はい、どちら様でしょうか?」
 ドア越しに声が聞こえる。デボラの父親、オーリンさんである。
「ウィリアムです。デボラさんの事で話があって参りました」
「君か……気持ちは分かるがいい加減にしないかね?」
「はい? もしかして、デボラさんは迷惑でしたか? せめて励ましてあげようと思いまして……」
「迷惑に決まっているだろう! もう君は許嫁ではないんだ」
「はい? なんですか、そんなの初耳です」
「……何だって?」
 どういう事なのだろう。許嫁ではないというのは、そんな話を聞いたこともない。このままドア越しに話すのも何なのでと、オーリンさんはドアから顔を出し、少し離れたところで話しることになる。
「本来ならば、ジョセフがうちの家業。つまりウイスキーの出荷に関わる事業を統括するつもりだった」
 オーリンさんは非常に語学が堪能で、母国語である英語に加えカロス語*1と日本語もペラペラと口にすることが可能である。その語学を用いて世界中を飛び回ることで、この国の企業としか契約を結んでこなかったうちの村は、直接世界中の店や企業を相手に商売する村となったのだ。その後を継ぐジョセフさんは、この村を担う非常に重要な役目を担っていたのは言うまでもない。
「だが、先日の事故でそれも不可能になってしまった……そうすると、家を継ぐのは必然的にデボラということになるが、私の仕事は女性には難しい。だから、別の婚約者を立てることになった……のだが。もう君の家族にも伝えているし、私も君に伝えようとしたのだが、デボラが自分で伝えたいと言いだしていたので、それに任せていたのだが……まだ、言いだせなかったんだな」
 頭が真っ白になってしまい、俺は何も言えなかった。
「娘も、伝えるのは辛かったのだろうが、そこまで思いつめていたのであれば私の口から伝えたのに……すまなかったな。私も娘の意思を尊重してあげられなくって、そして君にも申し訳ない」
 違う、俺が欲しいのはそんな言葉じゃなくって。
「待ってよ、女性には難しいって何!? そんなの、やってみなきゃわからないじゃないですか」
「女性は家を守るべきだろう? 海外に飛び回るのは男の役割じゃないか」
「そんな……ポケモントレーナーとかだって女性も多いですし、それに海外じゃ女性が仕事をするのだって珍しくないって聞いてます」
「海外ではそうだろう。だが私の娘はそう言うふうには育てていない。私は小さい頃から国外を夢見て外国語をいくつも勉強してきたし、外国語の映画のビデオもたくさん借りた。ポケモントレーナーとして旅に出た時は、積極的に外国人と話をしたもんだ。だから、私はこうして仕事をしている……ジョセフもそうして育てた。
 だが、娘は……将来はお嫁さんになるだなんて甘い考えで、のほほんと生きてきた出来の悪い娘だ。あまり勉強させなかった自分も悪いが、成績はあまり良く無いだろう? 確かに、女には無理という言い方はまずかったかもしれないが。だが、私は娘をそう言うふうには育てていなかったんだ……ジョセフのようにはなれぬよ」
「今から育てれば……」
 俺が反論をする前に、オーリンさんは俺を睨みつける。無駄だとでも言いたげだ。
「じゃあ、そのデボラの新しい許嫁って誰なんですか? デボラさんを幸せに出来るんですか?」
「……君程、気立ては良くないが、パルムという男だ。この村の大麦の大きな農場を持っているアルトマン家の当代の弟、先代の三男坊だ。彼もポケモントレーナーとしていろんな国を渡り歩いて、語学も悪くない。海を越えてすぐそこのカロスや、極東の国やフィオレ*2の言葉も喋られる。きっと仕事は上手くやってくれることだろう」
「確かに、優秀そうなその人なら、この家もお金……儲けられるでしょうね。でも、それだけですか? 仲がいい私達を引き裂くほどの価値があるんですか?」
 苛立たし気にそう問うと、オーリンさんは仕方ないなとばかりにため息をつく。
「分かっているのかいないのかは知らないが。確かに、幸せがお金だけではないというのは君の言う通り正論かもしれないが。私も、妻とは喧嘩こそ少ないが、息子が生まれるまではあまり会話もせずぎこちない夫婦生活だった。君達ならばそんなことはないだろうし、子供が生まれればより一層仲睦まじくなるだろう。
 だが、うちの家業は村全体の経済に関わっているということを忘れてはいないか? 私はだね、ウイスキーのみならず、チーズの交渉も頼まれているんだ。ゴーゴートの乳で作ったチーズの美味しさは世界に伝えていくべきだと前々から考えていてね。私の家業が潰れてしまったら、そのしわ寄せは村全体に及ぶのだよ?
 私の家だけの問題であれば、君の言いたいことも分かるが。だが事は村全体に影響が及ぶということを忘れないで欲しい」
 家柄だとか、そんな見栄の問題が関わっているのかと思い頭に血が上ってしまったが。この村全体に影響が及ぶと聞いて、俺は血の気が引いた。大人の正論を聞かされて、子供ではどうしようもない現実を見せつけられては、俺はどうしようもなかった。
「すまんな。うちの息子を呪いたくもなるかもしれないが、あいつも死にたくて死んだわけじゃない。相手方の責任が百パーセントで死んだのだから、責めないでやってくれ。代わりとなれるような後継者をきちんと用意できなかった私が悪いのだ」
「……デボラは。デボラは、本当に世界を飛び回るのは無理だって、言っているんですか?」
「今更、無理だ。それに今度こそ娘が事故にあっても困るだろう」
 親の気持ちは分からないけれど、今度こそ子供を失いたくないという気持ちは理解するしかないし、そんな事を言われると俺も何も言えなくなってしまう。
「分かりました」
 こうまで言われては俺も引き下がるしかなかった。挨拶も忘れ、ふらふらとゴーゴートを繰り出し、俺は自宅へと帰って行った。デボラに話しかけるのはもう諦めるしかなかった。

5 


 そうして数ヶ月が経った。オーリンさんからの話を聞いたその日は一人で泣き続け、翌日にはアンジェラに事の次第を告げ、俺もしばらくは魂が抜けたように生活していた。デボラだけでなく俺まで心配されるようになって、二人の仲を取り持つ計画が立ちあがったとアンジェラから聞いたことで、結局デボラ自身が皆に婚約を解消したということを伝えて回っていた。
 それを、同級生から励まされると、自分がもうデボラとは結婚できないのだということを自覚させられてよけい惨めな気持ちになってしまう。俺も似たような状況で、誰に話しかけられるのも嫌になって生気のない日々を過ごさざるを得なかった。

 九月を過ぎて学年が上がると、季節も徐々に冬に近づき、太陽を拝める時間も少なくなっていく。この島は暖流が近くを流れているおかげで気候は非常に穏やかだが、それでも太陽の短さは深刻で、休日でさえも外で遊ぶ時間がないくらいだ。島にいるモココやゴーゴートの体毛も、そのままベッドに出来そうなくらいに毛深くなっており、秋の間にたくさんの草を食んで肥え太ったおかげでミルクも美味しい季節である。正直、それを味わう気力もあまりないが。
 そんな日々の中で、聞こえたうわさ話なのだが、デボラの新しい婚約者だというパルムという男は、何でもデボラの二十も年上で今は三十二歳なのだという。これまでも縁談はあったのだが、その縁談がことごとく失敗していたのは、彼の性格によるものだという。彼は女性に対して高圧的な態度で接し、一時的に取り繕うことが出来てもすぐにボロを出すのだとか。昔、ポケモンを連れて旅をしていた頃は、少しでも気に入らないことがあるとポケモン達に当たり散らすらしく、そのための強力なスタンガンを常に携帯していた危ない奴なのだという。
 パルムとの婚約はデボラだけの問題じゃなく、村全体に関わる問題だと言われて納得していたが、そんな情報まで聞かされると、俺も気が気ではない。どうにか、彼女を守ってあげられる方法があればいいのだけれど、いっそのことそんなクズにも負けないだけのポケモンを育ててプレゼントすればよいのだろうか?
 いまさらそんな物を渡されても迷惑かもしれないけれど、例えば地面タイプのポケモンならば俺の家でもホルードやドリュウズを育てている。もちろん、あいつの攻撃手段がスタンガンだけなんてことはないだろうが、力持ちの特性を持ったホルビーと勝気なニャオニクスがいれば、きちんと育てていれば勝てなくはないはず。そんなことを漠然と考えながら、俺は極上のポケモンでも育てようかと計画していた。
「え、嘘!? デボラちゃん、この村から引っ越すの?」
  そんなおり、聞き捨てならない彼女の情報を聞いた。
「何それ、どういう事?」
 普段話すことのない女子、アンジェラとシビルに、俺は身を乗り出して尋ねる。俺が突然やって来たことに、その女子は大層驚いたようだが、俺の鬼気迫るような迫力に、黙っていることは出来なかったらしい。
「えっとね……デボラちゃん、何だかこの街にいるのは辛いからって、引っ越すことになったんだって。なんでも、今はその……貴方に。ランパート君に会うのが辛いんだって……許嫁、なくなったんでしょ?」
「うん……」
 アンジェラに言われて、俺はまた辛い事を思いだしてしまう。もうため息も涙も出なくなってしまったのがまた悲しい。
「それで、デボラちゃんは親戚のところに引っ越して、島を出て別の中学で一八歳*3まで勉強するんだって。それが終わったら、大学には進学せずに結婚するって……本人が不安そうに話してたの」
 アンジェラは、そんな運命にあるデボラの身を案じており、デボラを心配するその表情がこちらまで辛い気分になる。
「そんなことになったら、なんというかショックだよねー。デボラ、ランパート君とはあんなに仲が良かったのに」
 シビルは言う。文字通り他人事とは言え、当事者を目の前にして他人事のような物言いに、怒りを感じてしまう自分が情けない。
「それにさ、婚約者の名前をデボラから聞いたことがあるんだけれどさ……パルムだっけ? 私んちの従業員からうわさで聞いた程度なんだけれど、その人は評判があんまりよくないんだよね。なんだっけ、そのパルムって奴は女性と無理やり……体の関係を持ったとかでさ。被害者との問題はお金で解決したけれど、本当なら今頃犯罪者だったとかって……外国を渡り歩いて仕事をしていた時も、そう言うことをしていたんじゃないかって噂があるよ。『日本人は白人男性とみれば簡単に股を開く』だとかどうとかって、そんなことを口走っていたんだって。
 三〇にもなって縁談が成功しないのも、そういう性格の悪さがにじみ出てるのよ、きっと」
「マジかよ……」
 そんなの初耳だった。確かに語学とかが優れているというのは本当なのだろうけれど。でも、そんな人が行き遅れているというのは、やはりそれなりの理由があっての事なのか。
「くっそ……そんなの、放っておけるかよ」
 そうだ。そいつが幸せにしてくれるならって思っていたけれど、俺はパルムの事を何も知らなかった
「気持ちは分かるけれど、だからと言って実際どうするの? デボラの事を今更どうにかすることも出来ないでしょ?」
 シビルが言う。シビルの言う事は正論だ。まさか直接的な手段に訴えるわけにもいかないし……。でも、だからと言って黙ってみていていいわけがない。
「だけど、このまま何もかも親たちの言いなりじゃ、あまりにもデボラが……かわいそうだろうが。そうだよ、俺は何も出来ないかもしれないけれど、何もしようとしないのはダメだ。何かをしなきゃならないんだ。それを考えなきゃ」
「でも、具体的にそれってどうすればいいの?」
 シビルが問う。そこまで考えていなかったので、俺は少し唸りながら考えた。アンジェラが俺のことを真剣なまなざしで見ていて、少し焦りながらも俺は答えを出す。

「……要はさ。デボラの父さん。オーリンさんが言っていたことは正論なんだ。デボラのお兄さんが将来この村の経済をしょって立つ人材だったってこと、確かに間違っていない。オーリンさんがそうだったのだから、きちんと英才教育を施されたジョセフさんならそれも出来たはず。だけれど、それが死んでしまった以上……代わりを立てないといけない。デボラは、その……正直言って頭はあんまりよくないから、ジョセフさんの代わりにはならないし、ジョセフさんの代わりにはパルムがふさわしい……学歴を考えれば、確かにそうかも知れない。そこまではいい。
 でもね、デボラはそういう教育をしてこなかったから、今更無理だ……なんて、デボラの父さんに言われたんだけれど。だからって、俺は納得できないし、したくない。デボラが諦めるなら、俺も諦めるけれど……でも、もしもデボラが父親に抗いたいのなら……俺は、俺もそれに協力したいんだ」
「いや、だから具体的にどうするのかってことを……」
「まずは、デボラの父さんが、『デボラがいろんな国を飛び回るのは危険だ』って言っていたけれど、そこの認識から改めなきゃいけない……デボラに、このリテン地方を旅をさせるんだ」
「ポケモン連れて?」
「うん、ポケモンを連れて……そうだよ、俺だって腐ってられない。そのためにも、デボラにいいポケモンを譲れるように、ポケモンを鍛えなきゃ。俺がポケモンをプレゼントする」
「まだデボラがどうするかすら決めていないのに……」
 アンジェラは呆れたように肩を落とす。
「じゃあ、決めなきゃ。アンジェラ、シビル……協力してくれない?」
「仕方ないね。デボラのためだもの」
 アンジェラは即答した。なんてありがたい。
「ねぇアンジェラ……仕方ないとか言ってる割に若干嬉しそうじゃない?」
 アンジェラの顔はシビルの言う通り、幽かな笑みを浮かべているように見える。
「だって、友達や同級生がやる気を出してくれるのって、嬉しいじゃない? まだデボラがやる気を出してくれるかどうかは分からないけれど……でも、もしかしたらっていう希望があるのはいい事でしょ? シビル、そういう事だから協力してよ。ただデボラとランパート君の話し合いの場を設けるだけでいいの」
「私、あんまり口は上手くないから、あんまり期待しないでね?」
 シビルはそう予防線を張って期待するなと言いたげだけれど。しかし、学校が終わってその結果を見る限りでは、仕事はきちんとしてくれたようだ。

6 


「あれ、ウィル君……?」
 俺の姿を見て、デボラはどういう事なのかと、アンジェラ年ビルのことを見る。
「ごめんね、ウィル君に頼まれて」
 アンジェラは悪びれることなく知れっと言い放つ。デボラは渋い顔をするが、諦めて俺の方に振り返る。
「何か、用なの?」
 辛そうな表情と声色でデボラが尋ねる。本当は嬉しいだろうに、素直に喜べないのだろうその表情が辛かった。
「ごめん、デボラ。アンジェラとシビルに呼んでもらってなんだけれど、用があるのは俺で……」
「ううん、私こそごめんなさい……私から言うべきだったことを、結局お父さんに言ってもらうことになって……」
 お互い、第一声が謝罪なので、お互い無言になってしまう。このままではいけないと、俺は先に口を開く。
「それはもういいよ。言いにくいことだってのは俺にもわかるから……でさ、今回こうして話す機会を設けてもらった理由もその事なんだけれどさ……デボラは、このままでいいの?」
 問われて、デボラは答えようと口をもごもごと動かすが。だけれど、素直に口にできるものではないようだ。
「いやだよ、けれど、どうしようもないじゃない……お兄ちゃんさえ生きていればって、今でも思う」
 精一杯出した答えがそれだった。本心は、『いやだ、本当は君と結婚したい』あたり何だろうけれど。けれど、そこまで口にすることは出来ないのだろう。
 俺に問いかけられたデボラは、辛そうな表情を浮かべて顔を背ける。
「なら、抗おうよ。君の父親の言う事は正論だ。この村の経済を支えて来たデボラの父さんみたいな人物がこの村には必要だよ……だったらデボラ。それに君自身がなろうっていう気はないの? 語学の勉強して、外国を飛び回る仕事を自分でやってやろうって気はないの?」
 俺が尋ねると、デボラは俯いてしまった。そうして流れる沈黙に耐えかね、アンジェラが問う。
「さっきから気になっていたけれど、それランパート君はどうなの? 君がお兄さんの代わりに、貿易の仕事は出来ないの?」
 アンジェラに尋ねられて、俺はバツが悪そうに顔をゆがめるしかない。
「……正直、俺もそれは考えたんだけれど、俺は俺で、実家が唯一の育て屋で、しかも一人っ子でしょ? 俺の家……育て屋がないとこの村、ひいてはこの島全体で足とか労働力に困る人が出るし。たとえ語学を学んだりしたところで、外国を飛び回ることは出来ないと思う」
「確かに、うちにも、ランパート君の家から買ったローブシンが一匹いるから由々しき問題ね……」
 だが、俺の事情を話せばアンジェラ自身も俺の家の恩恵にあずかっていることもあり、割とすんなりと納得してくれた。そうして、アンジェラはふむ、と考える。
「確かにそうなるとデボラ自身が何とかしないといけないっていうのは納得だけれど、問題はデボラにそれをやろうと思う気概があるかどうかよね? デボラはどうなの?」
 アンジェラがデボラに問うた。デボラは少し考え口を開く。
「……正直なところ、パルムは嫌だ。だからと言って、父さんと同じ仕事が出来るように勉強したとして努力が報われなかったりしたら、もっと悲惨だよね……だからさ、怖いよ……でも、あれだよ。私が、何がなんでも勉強して父さんの仕事を継ぐために努力するって言ったら、ウィル君も協力してくれるんだよね?」
「うん、俺が出来ることは何でもする」
「なら、私も頑張る。ウィル君と一緒に……今まで、私はずっと一人だと思っていたけれど、ウィル君が一緒なら頑張れる」
 まだ、デボラの言葉は頼りない。煮え切らないというか、決心しきれていない雰囲気がある。手が、少し震えている。
「へぇ……お熱いねぇ」
 デボラが勇気を出した一言に、アンジェラは茶化すような言葉で気分を冷めさせる。今、そんな風に茶化さないで欲しいのに、まったくもう。

7 [#78BQmPu] 


「でも、何をどうすればいいのか、ちゃんと考えなさいよ。情熱だけで我武者羅にやったって、何の成果も得られないよ。頑張るだけじゃ何でもかんでもできるわけじゃないから」
 アンジェラはどこか大人びている意見を言う。確かに、何でも出来そうな気がするけれど、現実は……一応厳しいだろうしなぁ。
「分かってる。それでさ、まずデボラの前にある一番の難関は語学だよね? デボラのお兄さん……ジョセフさん、確かカロスの言葉と日本の言葉。あとは中国の言葉をしゃべられるんだっけ?」
「たしか、兄さんは……中国は覚えかけで、ゆっくり大学で喋られるように頑張るって言ってた。父さん自身がカロスと日本語しか喋られないから……実際、私達が今使ってる英語があればイッシュやオーレ地方の人なんかとも喋られるし、それに加えてカロス語と日本語が喋られるならば、それだけでもう十分な人数とお話が出来るのよ。だからお兄ちゃんの代わりとまでは行かなくても、とにかく二つ覚えれば、父さんに格好はつくと思う」
「中学に上がれば俺らも第二言語を習うし、その時にカロス語は習うけれど、普通に生活していたらまず日本語は触れることがないからなぁ……」
「じゃあ、まず私は日本語を覚えるのが第一の目標になるのかな?」
 デボラの問いに、俺はうんと頷いた。
「それか、カロス語の予習をするのでもいいけれどね。それで、お兄さんはほら、大学で商業について学んでいたって話だし、デボラも大学に行けるようにはしないといけない……それで何だけれど、学費や生活費は俺が何とかしようと思う」
「はいぃ!? ランパート、あんた何言ってるの!?」
 俺が今後の予定を話すと、アンジェラが大袈裟に驚いた。
「聞いての通りだよ。俺が稼ぐ……今までのんびりとポケモンを育ててきたけれど、そんなんじゃダメだ。きちんと強くて、人間に懐きやすく、そして芸達者というか仕事を円滑に出来るようなポケモンを育て上げる。そうすればポケモンは高く売れる! っていうか、俺は一応父さんよりもポケモン育てるの上手いんだから……生まれた時から、親の顔よりもヒトツキやメェークルとにらめっこして生きてきたんだから。
 だから、ポケモンを販売する免許を取得して、自分で自分のポケモンを売買できる資格を持つんだ。販売免許を取得した年齢の最年少は十歳で、トレーナーズライセンスが解禁されてすぐにポケモン取引免許を取得している子供だっている。俺に出来ないことじゃないと思う」
「あぁ、なるほど……確かに、良いポケモンを売ればお金は手に入るけれど……そのためにも勉強はもちろん、ポケモンの育成も頑張らなきゃいけないね。なるほど、ランパート君もデボラちゃんも、相当な努力が必要ってわけだ」
 アンジェラの言葉に、俺達二人はうんと頷いた。
「それともう一つ。デボラが世界を飛び回るのは危険だって、オーリンさんは言っていたけれど……そんなことはないって、デボラ自身が証明するんだ。自分で、このリテン地方を飛び回ってさ。どうかな?」
 確かに、旅って言うのは危険がつきものだと思う。だけれど、そんな時のためにポケモンがいるんじゃないかと、俺は思うのだ。
「リテン地方を旅する……ジムバッジでも集めたりとか?」
 デボラが言う。そう、俺はそう言う事で認めてもらえると思っている。
「それでもいいし、ただ観光名所を回るだけでもいい。とにかく、旅をして逞しくなれば、お父さんも認めてくれるかもしれないし」
「……それを父さんに申し込むだけでも、すごく苦労しそうだけれど、やってみる価値はあるね」
 俺の提案にデボラは乗る価値があるという。うん、手ごたえありだ。何だかだんだんと出来そうな気がしてきた。
「その旅のために、俺も強力なポケモンを一匹用意するよ。危険を避けたいのなら、ふさわしいポケモンに心当たりがあるから」
「それって……アブソルとか?」
「……よくわかってるね、シビル。うちでも、番犬として野生のポケモンからモココやゴーゴートを守る役目として育てて売っているからね。牙をむけば狂暴な肉食獣だけれど、その反面で獲物を少しでも多く生かすために、獲物を死に至らしめる災害を感知する力に関してはポケモンの中でも随一だから。だから、きっとデボラのことも守ってくれると思う
 ちょうど今育てているポケモンがいるのだ。成長したら父さんに売却してもらおうと思っていたけれど、どうやらそれはなかったことになりそうだ。売るんじゃなく、デボラにプレゼントしよう。
「うん、ありがとう……でも、そのためにも、まずは旅に出る許可を貰わないとね」
 そうだ。簡単に許可を出してくれるならいいけれど、そう簡単に行くわけじゃない。
「そうだね。それがまずは第一の関門だ。これに関しては、俺が頼んでもどうにもならなそうだし……デボラに任せるしかないのかな」
「協力できるなら、私からも一緒に頼もうか? 友達と最後の思い出作りって名目で、誘っちゃうよ?」
 デボラだけで大丈夫だろうかと心配になった瞬間にアンジェラが名乗りでる。
「え、いいの?」
 デボラは驚き、聞き返す。
「もともと、少し旅に出て見たかったしね。丁度ローブシンに子供も出来てドッコラーが生まれたし、その子を連れて旅に出るのもいいかなーって……なんて、貴方のためにって言い訳付けて、私が旅をしたいだけなんだけれどね。だけれど貴方がもしもその気なら、私を言い訳に旅に出ればいい。口裏合わせくらいなら出来るよ。シビル、貴方はどうする?」
 アンジェラの言葉には一切のよどみがない。他人事だからなのか、それとも度胸が据わっているのか。色恋沙汰が好きなのもあるのだろうが、俺達なんかよりもよっぽどまっすぐ目標を見据えているような気がする。頼もしいけれど、このままだとデボラと二人旅になってしまうだろうから、女同士とはいえ何だか少し複雑な気分である。
「え、私は……その、旅に出るのは怖いし……」
 アンジェラに問われて、シビルはおどおどと答える。そう思うのも仕方ない、デボラだってこんなことになる前は、旅に出るのは怖いからと、小学校を卒業したら俺はデボラと一緒に旅に出たい……という話さえ怖がっていたくらいだ。それを今回、一人旅に出るなんて言いだすとは、よっぽど結婚が嫌なのかもしれない。
「そう、なら無理強いはしないけれどさ。で、デボラはどうする? 説得するとき、勝手に私の名前を使っても何ら問題ないよ」
「じゃあ、ありがたくあなたの名前を出す。そうやって、女二人だけで旅をしていても大丈夫だって、証明しなきゃ。そうだ、それならポケモンにきちんと指示を出せるようにならなきゃ。私は手持ちにニャスパーやギャロップがいるし、その子達を使ってバトルの練習だ」
 ギャロップ、と聞いて俺は嫌な事を思いだす。その子は、俺の父さんが育てて、ジョセフさんにプレゼントしたなんだ。ジョセフさんの事を思いだすとそれだけで胸が痛くなるが、デボラはもう吹っ切れたのだろうか、ギャロップを繰り出すことに迷いはないらしい。
「じゃあ、私が許可を取るのは……そうね、小学校を卒業したら旅に出たいって、お父さんに伝える。それで許可が出たら、デボラも自分のお父さんにお話を持ちかけてみて。それでダメなら、他の手を考えよう……それと、その時にランパート君の名前は出しちゃだめ」
 アンジェラが言う。
「ウィル君の名前? 出しちゃだめなの?」
「うん……まだランパート君との婚約の件を引きずっているのかって思われたら、旅を許可してもらえないかもでしょ? だから、お父さんから何か聞かれない限りは名前を出さないで……それで、何かを聞かれたら、『まだ未練はあるけれど、でも仕方ないから……』みたいに言葉を濁しておくほうがいいかな? 流石に、『もうウィル君の事なんて何とも思ってないよ』なんてあっけらかんとして言っちゃったら、親としてはそういう状況を望んでいるかもしれないけれど、それはそれで不自然だしさ」
 アンジェラはこの短時間で良くもまぁ色々と考えているもので。あらかじめデボラがボロを出してしまいそうなところをきちんとフォローしている。デボラはそれに黙って頷き、父親とどう話すべきか、何度も何度もシミュレーションした。

8 


 そうして翌日。アンジェラは自分の父親から旅に出ることを許可されたようで、にこやかにそれを宣言していた。最初のポケモンはドッコラーらしく、それを旅立ちまでの間に育てていくそうだ。中学校に上がると同時に旅に出て、期間は一年間だと。それを聞いたデボラも、その日早速父親に旅に出る許可を申し出る。最初は危ないからと却下され、友達と最後の思い出作りだと言って食い下がるも、父親に拒否される。なら、婚約の話は無しねと拗ねた表情で言うと、母親もデボラと一緒に説得に参加して父親は条件を提示して許可を出す。
「その、父親に出された条件なんだけれど……旅に出るってことはつまり、それだけ勉強が遅れるってことだからさ……だから、『父さんが中学の参考書とかをいろいろ買ってくるから、きちんとそれで点数が取れたら旅に出してやってもいい』って……とりあえず、中学一年分相当の必修科目を合格できるくらいには*4、勉強しなければいけないみたい」
「へー、こりゃけっこうヘビーな条件が来たねぇ」
「つまり、勉強出来なきゃいけないってことか……デボラ、頭悪くはないけれど良くはなかったよね?」
「うん、あんまり努力していなかったし……何だか、料理とか裁縫とかお掃除とか、お嫁さんになることばっかり考えていたからさ……そういうのは得意なんだけれど。でも、今はもうそんなことをしている場合じゃないんだよね。その情熱全部、これからの生活のために使うよ。もしも父さんが、私が頭悪いんだとかって思っているのならば……大きな間違いだって気付かせてやらなきゃ」
 今は十一月。中学校に入学するのは来年の九月だから、十分に時間はある。デボラが頑張っている間、俺もたくさんやることがある。こっちはこっちで頑張らないといけない。とりあえず、俺とデボラのどちらにも言えることは、勉強をしなければならないことであった。これまでとは比べ物にならないくらいに激しい勉強を。
 そればっかりは、傍観者のアンジェラは応援しか出来なかった。

 そうして勉強を始めた最初のころは、勉強のために友達の誘いを断ったりなどして、付き合いの悪い奴と罵られたりもした。デボラも同じような感じで、だんだんと彼女を遊びに誘う女子はいなくなって行った。だが、いつの間にか俺達が何のために努力しているのかを同級生は知っていて、皆声を大にしてはいないものの二人を応援して勉強しやすい雰囲気を作ってくれている。
 学校の休み時間さえも惜しんで勉強している俺達に気遣うように、集中を乱すような会話を近くでするようなことはなくなった。若干寂しくはあるものの、時折気分転換をしたいときはちゃんと付き合ってくれたりして、クラスの皆の友情には感謝せざるを得なかった。

 そして、やるのは勉強だけではない。俺はデボラにプレゼントするアブソルを鍛え上げることだ。この島は多くの鳥ポケモンが営巣する観光地であり、特に二月ごろは多くの鳥やドラゴンが訪れ、果てはシェイミまでグラシデアの花を繁殖させるべく降り立つこともある。それを目当てに鳥使いやドラゴン使いなどが訪れて、雄大な飛行風景を楽しむ場所として知られていて、国内外からのトレーナーの来訪には困らない。自主トレはもちろんのこと、観光に来たトレーナーを相手にポケモンを鍛え上げる。もちろん、アブソルばっかりでは彼も疲れてしまうので、その他のポケモンも戦いに出しては鍛えてあげて、売り物としての価値を高めていくのだ。
 しかし、ポケモンを売るのにも資格が必要だ。俺が勉強するべきはそれに関わることで、ポケモンを売買するにあたって覚えるべき法律をいくつもいくつも覚えなければいけない。一センチメートルくらいの分厚さの本を余すことなく見つめ、問題集の問題とにらめっこする毎日。その成果はデボラよりも早く表れることになる。
「受かったよ、父さん」
「本当か? すごいな、私がお前くらいのころは何にも考えずに遊びまわっていたものだが……その資格だって、取れたのは一五歳頃だというのに」
「へへん、努力のたまものだね」
 時期は四月。定期船でライズ島を出て、リテン地方本土の試験会場でポケモン売買免許取得試験を受ける。周りはもうすぐ社会人と言った見た目の人間ばかりで、自分のように若い年齢で受けに来るようなものは皆無である。少し緊張はしたが、問題集の通りにやれば問題などない。試験終了から一時間で結果が出て、さらに二時間で免許証が発行される。それまでの達成感に満ちた瞬間は忘れられない。
 これで俺はポケモンを売買する資格を得たわけで、これまでのように自分のポケモンを父親に預けて、父親経由で売買するというようなまだるっこしい方法を取る必要はないわけだ。

 そうして、とりあえず第一の目標は達成したわけだけれど。俺自身、デボラと一緒に少しでいいから旅がしたかった。だから、デボラから遅れること三ヶ月。一二月のタイミングで旅がしたいと父親に申し出る。デボラの父親と違って、俺の親は特に何か条件を課すようなことはしなかったけれど、やっぱり勉強はきちんとしておけと釘を刺された。まぁ、それは仕方ない。試験もひと段落したのだから、少しくらい勉強を休みたかったが、デボラが頑張っている横で自分だけ休んでいるわけにもいくまいと、俺は勉強に勤しむのであった。

 そうして、小学校の卒業を間近に控えた頃には、俺もデボラも成長していた見違えるほどに成長していた。デボラのニャオニクス、エリンは年が明ける前にニャオニクスに進化しており、勝気の特性により威嚇の特性やステータス変化技を持った敵に対するメタとして、観光客を相手に活躍しているようだ。兄から貰ったギャロップを乗りこなすのも上手くなっており、一年前まで育て屋の嫁にするには不安だった乗馬センスも大いに向上している。
 肝心の勉強の方も順調で、問題集の点数も上々だ。今までのんびりと過ごしていた彼女の面影はないが、けれどその変化は不快じゃない。俺は戸惑いながらも、新しい彼女を受け入れていく日々である。

まとめページ……許嫁を取り戻せ 次……アンジェラとの二人旅、前編

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*1 フランス語の事
*2 フィオレというのはイタリア語で『花』を意味するためイタリアに当たる地域だと思われる。
*3 リテン地方では中学校が一八歳までである。ただし、義務教育が一六歳までで終わりであり、義務教育修了の資格を得るためには試験が必要である
*4 リテン地方の教育は単位制である

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Last-modified: 2016-07-03 (日) 22:39:33
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