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第一話:悪ノリはほどほどに

/第一話:悪ノリはほどほどに

Written by水無月六丸
前回のお話:プロローグ:回想と喧騒
 
注意?:ほんのちょっぴりえろちっくな表現があります。レベルはかなり低めですが。
213番道路の施設は大幅に脚色が加えられています。


 
 
 
 
 夕日の光が全てのものを包み込む。
優しく、慈しむようなその光は、昼間忙しなく動き回った生き物達の体へ、休息の時間が近いことを知らせた。対して夜に生きる者達にとっては、目覚めの時が近いことを示す光でもある。
浜辺は昼間の喧騒が嘘の様に、今はただ波の押し寄せる音が聞こえるばかりである。
唯一砂浜の足跡だけが流れた時の残り香を湛えていたが、明日になればまた新たな足跡が刻まれる。砂浜にとって、今日という一日の余韻に浸れるのは今宵限りなのだ。
 毎日のように、繰り返し上書き(レポート)されていく、短い夏(人とポケモン)の思い出。それは日記帳(ぼうけんノート)のようでいて、その実書き記したページが次に開いた時には消えてしまっているちっぽけな記憶の器。
記憶霞みし者は心に刻み付ける事を望む。もし砂浜に心があるのなら、今日の彼らの姿を心に刻みたいと、七夜の願い星に願をかけるだろうか?

 さて。その彼らはと言うとすっかり疲れ果てた様子で、しかし遊び倒した、という満ち足りた表情をして、高台の上へと続く階段を上っていた。銀髪の少年レイガと、そのパートナーであるフライゴンのデューン、サーナイトのアリス。彼らは高台にあるホテルに一晩宿を取っている。
もう一人の赤帽子を被った少年、ユウムは宿を取るような金銭的余裕が無いという理由で、浜辺の近くで野宿をしている。
もっとも、余裕があったとしても生憎ホテルは満室であり、何れにせよユウムとそのポケモン達は草木と共に一晩を過ごす運命にあったようだが。
更に余談だが、客室準備の都合や、業界内の慣例として所謂「飛び込み客」は歓迎されない傾向がある。
事前予約はホテルに対するエチケットでもあるし、この213番道路にある「グランドレイク」は高級リゾートホテルに分類されるものであるから尚更であった。
 
「はー……。あんな大騒ぎしたのは、ホウエンリーグの時以来だな」
 
 レイガが重い足取りで階段を踏みながら言う。満足と疲れがないまぜになった顔に、左頬の切り傷が騒ぎの盛り上がりを雄弁に物語っていた。いつもの明るさも余裕も馬鹿さ加減も無く、足を段差に取られまいとするのが精一杯なようだった。
 
「ですねぇ……私、少しはしゃぎ過ぎちゃいました」
 
「砂の感触なんて飽きる程味わった積もりでいたけど、やっぱり海は違うね……」
 
 こちら二匹は、ポケモンなだけあってレイガよりは幾分足運びが軽い。レイガを挟んで互いに顔を合わせる位には、まだ余裕もある。
 西日は木立に遮られて、彼らの居る階段には差し込んでこない。空は夕日で茜色に染まり、その茜色が、目に映る景色をまた自身の色に近づけていく。鉛の様に重い手足には些か意地悪な段数の階段を、ゆっくりゆっくり、散発的に言葉を交わしながら上り終えた頃には、一等星が我先にと自らの存在を誇らしげに主張していた。
 
 
 
「うわぁ、やっぱりすげぇ。何か俺たち、激しく場違いな気がするぜ……」
 
 
 
 レイガが圧倒されながら言った。
 何処と無く威圧感さえ感じさせるような、聳え立つ巨大な建造物が階段を上りきった彼らを出迎えた。
世界が違う……そんな文句のCMを流していただけはある、と納得するべきか。
「流石高級リゾートホテルだ、格が違うぜ!」と初めて訪れた時のレイガの感動張りに、飾らない言葉で褒め称えるのが正解なのか。
目の前に佇む巨大な鉄筋コンクリートの宮殿は、何とでも言うがいい、と言わんばかりにあまりにも威風堂々とそこに突っ立っていた。突っ立っていたのは一人と二匹も同じだったが。
 
「この『僕達の身の丈に合わない宿』に予約を入れたのはレイガでしょ。景気付けにって」
 
 デューンが弱々しく苦笑する。
 そう、何故わざわざお高い宿を取ったのかといえば、レイガが「シンオウリーグ制覇の英気を養う為に、どこかで息抜きをしよう」と思いついたからだ。デューンとアリスは遠慮し、口を揃えて丁重にお断り申し上げたのだが、結局強行され今に至る。
 
「本当に私達だけでなんて、いいんでしょうかね……」
 
 アリスが遠慮がちに言う。
私達だけで、というのは、レイガには二匹の他にもポケモンがいる。
彼らをこちらに呼び寄せる事無く自分達だけで楽しむのは如何なものか、とアリスは考えているのだ。
ただ、全員となると手持ちの制限数……六匹をオーバーしているので、どの道誰かが溢れることにはなるのだが。ならばせめて、何らかの公平な手段で決めて欲しかったとアリスは思っていた。
 
「いいんだって。あいつ等は連れ合いや子供と一緒に過ごす方がいいと思うし、俺としてもそういう時間を大切にしてもらいたいからな」
 
 歩き出していたレイガが振り返り、はっきりとアリスに言った。
その声は言い訳をする風でもなく、レイガの本心から出た言葉だと確信できた。
これなのだ、とアリスは改めて思う。彼が皆から絶対的な信頼を受けている理由は、仲間を思いやるということに関してぶれない軸を持っているからだ。すれ違いも時々はあるが、常に自分を想ってくれている。
その安心感と一体感から生まれる力がどれ程大きいのかは、苦楽を共にしてきた全員が身に染みて実感している事だろう。感受性の強い種族……サーナイトの彼女は、特にそれを強く感じているに相違ない。
 
「最初からそう言ってくれれば良かったのにね。変な所で恥ずかしがり屋だからなぁ、レイガは」
 
 背中を向けた少年を優しい目で見つめながら、デューンが言った。
 
「そうですね。私とデューンだけ連れて、シンオウに行くと勝手に決めてしまった時の主人(マスター)の言った事、覚えてます?」
 
「『てめぇ等はトゥートゥー鳴かずに黙って俺に従え。俺の存在そのものがてめぇ等の見る未来だ、恐れ平伏せ!』。レイガじゃなくてもこの台詞、本心と思えそうに無いけどね。てか意味不明
 
 デューンが呆れ笑いを浮かべた。アリスも全くです、と笑ってそれに同調する。
 
「おい、何時まで外観に見惚れてる積もりだ。真の美しさは内面にこそ現れるものなんだぜ! 早く来いよ!」
 
 レイガが少し離れた所から二匹に呼びかける。二匹は肩を竦め、何だかなぁ、と顔を見合わせた。
 
「行こうか。涼しい部屋と柔らかいベッドが待ってる」
 
「ええ」
 
 レイガに追いつこうと、小走りで二匹は駆けていった。
 
 


 

 一人と二匹には、十分過ぎる広さの部屋だった。入り口から向かって左側にベッドが四つ置かれ、ベランダを隔てる大きな窓がある。右側にはテーブルと椅子、化粧台、白いソファにテレビ。
照明をつければ、独特の柔らかな淡い光が室内を満たした。これで夜の帳が落ちた頃に、光り輝く街並みでも見えればもう文句無しと言いたい所ではあるが、ご存知の通りここは213番道路。無理な注文である。その代わり、この部屋のベランダからは海が見渡せる。海面に映る月の影が煌めく様は、ヘタな夜景よりはずっと見ごたえがあるし、良い絵になるだろう。
 
「あぁ~っ。癒されるぅ」
 
 部屋に入るや否や、真っ先にベッドへダイブしたレイガは、思わず声が裏返る程脱力していた。
ありとあらゆる戒めから解き放たれたとでもいう様な、下手をすればそのまま昇天してしまいそうな程安らかな寝顔を天井に向けている。
肉体的疲労から開放されていく時のどこかむず痒さにも似た快感が、彼の体を巡っていた。暫く経てば、次は睡魔の出番が来るはずだ。
 
「はは、女の人みたいだね」
 
 デューンがすかさず冷やかしの言葉を入れる。
レイガが適当に投げ捨てたリュックをソファの上にきちんと置き直し、彼もベッドに飛び乗った。アリスは静かにベッドに座り、一つ伸びをした。
 
「ほっとけ、お前だってベッドが恋しいとか言ってただろが。少しはその幸せを表現しようぜ?」

 間延びした声でレイガが反論した。どうやら、早くも睡魔に襲われているらしい。声にいつもの覇気が無い。

「手を叩けばいいんでしょうか?」

 アリスが音を立て、二度手を合わせる仕草をした。
いつものレイガなら、ここから話を明後日の方向に発展させていくのだが、骨の髄まで開放感に浸っている今の彼にはそんな余裕は無かった。気の無い返事をのろのろと返すのが精一杯のようだった。
 
「そんな歌もあったな……とにかく俺は、少し寝るぜ。もし腹が減ったんなら、リュックの中に木の実とか菓子とか、ポフィンとかが申し訳程度に入ってるから、それで今夜は勘弁してくれ」

「えー?」
 
 戯けた口調でアリスが異を唱える。
彼女にとってレストランは、ここへ来る楽しみの一つだったからか、料理では無くお預けを喰らう事になってしまった事に不満を隠せない様子だ。頬を膨らませ不機嫌をアピールしている。

「ぶーぶー。レストランに行かせろーっ」

 デューンも同様、口を尖らせて抗議の声を上げる。彼はアリスに乗っかって遊んでいるだけで、食事のことはどうでも良さそうである。
 レイガは起き上がり、不平不満を漏らす二匹を一瞥する。少し考えるような素振りをしたはいいが、彼はすぐに思考を放棄して逃げを決め込んだ。

「じゃおやすみぃ!」

 二匹の不平不満を華麗にスルーし、レイガは薄い掛け布団を被って就寝体制に入ってしまった。恐らくこのまま朝まで寝続けるつもりだろう。
 
「しょうがないなぁ……お休み、レイガ」
 
「お休みなさい、主人(マスター)
 
 渋々お休みの挨拶をした二匹は、自分達も眠るしかないかと諦観の表情でお互いを見る。
本当ならばこの疲労感に満腹感が加わって、実に幸せな眠りの境地へといざなわれる筈だったのに――これだから人間は。
と心の奥底で小さく悪態を吐いて、気を紛らわせようとした。
が、余計に鬱憤が溜まるという残念な結果に終わったのは当然の事なのか。ちょっとこいつを困らせてやりたい。そんな意地悪な感情が二匹の中に芽生えつつあった。

「さて、僕らはどうしようか。アリスも一眠りするかい?」

 デューンがアリスに聞いた。この部屋で暇潰しになりそうなものと言えばテレビだけだ。
確かに食料は少しリュックに入っているが、普段食べている様なありふれた木の実やポフィンで胃を満たしたいとは二匹は思えなかった。いつもなら喜んで飛びつくお気に入りの味も、レストランの魅力の前では霞んでしまっている。
勝手に財布を盗って、二人だけで食べにいこうか。邪な考えがデューンの頭をもたげたが、流石にまずいと思って自重した。

「ええ。私も少し休みます」

 じゃ決まりだ、とデューンは小さく言って、アリスにお休みの挨拶をした。
一人ではテレビを見る気も、何かを食べる気も起こらない。話し相手がいなくなってしまえば、後に残された自分がすることは一つだとデューンは思った。毎日欠かさず続けているトレーニングだけは、休暇中だろうが何だろうが極力取り組むと彼は自分に誓っていた。

「お休みなさい。何かあったらキスして起こしてくださいな」
 
 何を言い出すんだか、とデューンは苦笑する。
アリスは悪戯っぽい笑みを浮かべて、曰くありげな目線をデューンに向けた。
数秒掛かってその意図を察知した彼は、自分の事を一先ず棚の上に置き、彼女に付き合ってあげる事にした。
  
 
――昼間のどんちゃん騒ぎでスイッチが入っちゃったか。彼女の悪い癖だね……可愛いけど。
 
 
「それアリスじゃない(・・・・・・・)し。大体、この状況だと僕かレイガが王子様?そんなのでいいわけ?」
 
 とりあえずデューンは、これからする事に関して打ち合わせることにした。
アリスと同じように、曰くありげな流し目を送りつつ、自分のベッドに腰掛ける。それに対してアリスは、一度レイガの方を見やってから左目でウィンクした。
 
「ふふ……どうでしょうね。でもお二人でしたら私、迫られても拒みませんよ」
 
 デューンは一つ溜息を吐いた。全て心得た、という合図の代わりに。もっとも内心では、やれやれという気持ちも少なからずあったわけだが。
  
 
――本当にやる気なのかねぇ。実に気乗りのしないドッキリだよ。
 
 
「不用意な発言は慎んだ方が身の為だよ。男二人と相部屋だって事、忘れてない? それとも――」
 
 デューンはベッドの上で軽くジャンプをした。
翼を見事に操り、紙飛行機のように滑らかに空中を滑って移動し、アリスのベッドに飛び移る。
 
 
……そして、勢いを殺さないまま体をアリスにぶつけて、彼女を仰向けに押し倒した。
 
 
ベッドのスプリングが軋み、衝撃と二匹分の体重を吸収する。デューンは、アリスの上に馬乗りの形で圧し掛かっていた。
 
「……んっ……」
 
 突然の襲撃に、アリスは驚くでもうろたえるでもなく、首を傾げてただ静かに微笑を浮かべていた。
最初に振ったのはアリスなのだから、当然最初からこうなる事を予期していたのだろう。その様子は魅力的で……誘惑しているかのようにも見えて、デューンは思わず我を忘れて突貫したくなる衝動に駆られた。
が、そこは厳しいバトルの中で培われてきた精神力を駆使し、雄としての本能を強引に叩き伏せる。
少し心理的な余裕を取り戻した所で、デューンは改めてアリスの顔を正面から見つめた。
 
「誘ってるのかな、君は」
 
 瞳を逸らさず、妖しげな響きでデューンは問いかけた。
申し合わせたようにアリスも呼応し、今度は容赦無く、雄を激しく刺激する生々しい妖艶な表情を見せる。更に追い討ちを掛ける様に右腕を伸ばし、触れるか触れないかの絶妙なタッチで、首筋から腹部にかけてを指の先で、ゆっくりとなぞった。くすぐったさからか、或いは快感からか。デューンの体がぴくりと震える。
 
「だとしたら、どうするんですか?」
 
 甘美な艶めかしい声で、アリスが囁いた。
 アリスは、自身の性的な魅力を最大限に引き出す積もりでいた。大抵の雄なら、この時点で容易く理性が融解して、たちまち本能の支配する所となってしまっただろう。
しかし、今相手にしているこのドラゴンポケモンは違う。そんな彼女の様子を見ておきながら、実に楽しげで嬉しそうな……性的な意味とは真逆の、幼い子供が見せる緩みきった笑顔を浮かべているのだ。
自分が攻勢に出られると思っていたアリスは、認識を改めざるを得ない。
だが寧ろ、それくらい手強い相手の方が攻略のし甲斐があると、彼女はそう思っていた。これは単純な我慢比べなのである。先に耐え切れなくなった方の、負け。昼間砂浜でたっぷりと堪能した、サバイバルゲームの延長戦。
さて、この後どう動くべきか。アリスが次の手を思案していると、今度はデューンが動いた。
馬乗りの姿勢から体を倒し、お互いの顔を近づける。より大きな圧迫感と密着感、加えてデューンの体温がアリスを襲った。
そのままキスすると見せかけて軸をずらし、彼女から見て右側に頭を落とす。わざと息を吹きかれるように、デューンは耳元で言葉を放った。
 
「今夜はきっと、忘れられない夜になるよ」
 
 アリスの中で、少し理性が揺らぐ。一瞬黄信号が点灯するが持ち直し、回復を待って反撃に転じた。
頭の位置をずらしてデューンと密着させる。腕を彼の背中に回し、右手で首筋を、左手で翼の付け根を優しく愛撫し始めた。そうしてから小さな囁き声でデューンに言葉を返す。
 
「どんな風な?」
 
「どんな風だと思う? 当ててみてごらん」
 
 この密着状態では、お互いの表情をうまく見ることができない。しかしアリスには、デューンが意地悪い笑みを浮かべた事に何となく気が付いた。若干不利になった状況を薄々認識しつつも、アリスは愛撫を止め、少しむくれた感じの声を繕ってデューンに抗議した。
 
「意地悪ですね。(おんな)の私に言わせるんですか?」
 
 この返答に対する答えを、デューンは既に用意していた。一気に主導権を掌握する決断を下した彼は、体を起こしてアリスの目を真っ直ぐに見つめる。満面に優しげな微笑を貼り付けて、無駄に爽やかな声で言い放った。
 
「君の口から聞きたいんだ。言ってくれなきゃ――やめちゃうよ?」
 
 軽く跳ねて馬乗りの姿勢を解き、デューンはベッド下のカーペットに着地する。スプリングが再び軋み、アリスの体を小さく揺らした。

「あ……」

 反射的にアリスは上半身を起こした。お互いの視線がぶつかり、重大な局面に入ったことを二匹とも理解する。
落ち着け、まずは分析しよう、とアリスは自分に言い聞かせた。偽りとは言え十分に甘い空気に、麻痺しかけている脳をフル稼働させ状況を飲み込もうと尽力した。
 
 
……まず、ここで彼の言う通りにすれば確実に敗北が決定する。言う通りにしなければ「先に逃げたから」という理由で自分の勝利を主張することができるけど同時に、あちらは「勝負に乗らなかったから」という理由で異議を唱えてくる可能性がある。
要は相手の意図がどこにあるのか、ですね。駄々を捏ねれば最悪でも引き分けには持ち込めるという分だけ、この状況は相手が有利。となれば……いやちょっと待て待て待って下さいな。
私は当初の目的を忘れてました。何時の間に主人(マスター)への嫌がらせが、勝負にすりかわったんでしょう? 
デューンの勢いに乗せられていたんじゃないでしょうか。まずい、もしかして私本気になりかけてました? それとも本気になってるのはデューンの方ですか? ……彼に限って多分それは無いでしょう、ええ。
……餅搗いてじゃなかった落ち着いて、まだ私は冷静です。こうして考える余裕があるのが証拠ですよ。ええ。今から仕切り直せばいいでしょう? Okey.Yes,I can!
 
  
 逆立ちしてもこの場のムードにマッチしていない、脳内で展開される思考が可笑しくて、アリスは笑ってしまいそうになった。もしかしたらそれこそが、ムードに飲まれて倒錯し始めた事の現われなのかも知れなかったが。
主人(マスター)をドッキリで困らせる為だけにこんな事をするなんて、全く馬鹿げているとアリスは思った。しかし、調子に乗ったときにはそんな馬鹿を平気でやってしまう自分の一面も、彼女はよく理解していた。少々暴走気味なレイガの相棒役としては、寧ろそれ位の方がいいさじ加減だろう。平時は勝手にヒートアップする彼を諌めることが出来るし、楽しむべき時には一緒に思い切り楽しむことができるのだから。便利な性格だ。 
 
 
――調子に乗ると周りを引っ掻き回すのは主人(マスター)、貴方も同じですしね。これでおあいこでしょう。
 
 
 これは只の演技に過ぎない、と自分にしっかり言い聞かせてから、アリスは再び雌を演じ始める。
うっかり自分の仕掛けた罠に自分で引っかかっただなんて、今回に限っては笑い話にもならない。
 
「あれ……どうしたの? 寂しそうな顔して」
 
 相変わらずの実にいい笑顔で、デューンはからかうように言った。
最初は乗り気でなかった彼だが、いつの間にかこのムードに順応している。自身の演技があまりにも自然で違和感が無いが為に、アリスが若干戸惑っている事を彼は既に看破していた。
そんな彼女の様子が可愛らしくて、デューンは不覚にも気合が入ってしまっていた。地雷を避けて慎重に進めていた歩が、次第にアバウトさを増していくように。
それに気付いていたからこそ、一旦離れる事を選んだ。ここから先は口頭だけで精一杯だ。
更に根本的な問題……レイガがもう眠ってしまっているのでは、という危惧もあった。
だが時折掛け布団が僅かに不自然な動きをしている事からすれば、杞憂に終わりそうである。
圧し掛かっている所で早々に起きてくれればよかったのに。空気読んでよね、と布団に包まって忍び難きを忍んでいるレイガへ、デューンは心の内でいちゃもんをつけた。
 
 
――嗚呼、でもレイガの事だから案外本気にしてたりするかも……ま、いいよね?
 
 
「……下さい」
 
 聞き取りづらいか細い声で、アリスが懇願するように言った。
 
「何かな?」
 
デューンにはアリスの言葉が聞こえていたし、無論その意味も当然理解していた。しかし、彼は敢えて聞こえなかったふりをして流す。
 
「あぁ……えぇと……ぁぅ……」
 
 言葉に詰まる真似をするアリスは、俯き加減で体をもじもじさせている。接近戦を前提に演技を続けようとするアリスに、デューンは口の動きだけで合図を送った。
 
(もういいって。お腹一杯)
 
(了解)
 
 彼女は合図を読み取り、方針の変更を承諾した。正直、内心ではほっとしていた。
さて、これで遠慮なく仕掛けにいける。そう思ったアリスは、布団に包まって小刻みに震えているレイガを一瞥すると、止めを刺す積もりで言葉を放った。
 
 
 
 
「……デューンが、ほ」
  
  
  
 
ストップ!!
 
 
 
 
 結局言い切らずして二匹の目的は達成された。
自分の面前で堂々と危険行為に走ろうとする二匹を止めるべく、人間の限界を超えた速さ(少なくとも二匹にはそう見えた)で布団を剥ぎ、ベッドの反発力を最大限に活用して大きく跳躍。レイガは一瞬の早業で、二人の間に割り込んでいた。
着地時のしゃがんだ姿勢から、物々しい雰囲気をまとってゆっくりと立ち上がる。大股で一歩後に下がり二匹を視界に入れると、レイガはこめかみをヒクヒク痙攣させ、青筋を立てた憤怒の形相で口を開いた。
 
「お~ま~え~ら~なぁぁぁぁぁぁ……! よくもまぁ、俺の目の前でそんな事を……」
 
 二匹が変に取り繕ったような、不自然な真顔を浮かべているのが癪に障ったらしい。更にお怒りを膨張させた御様子のレイガは、溜まりに溜まったボルテージを一気に開放した。
 
「余所でやれ、余所で! 破廉恥な大馬鹿ップルめが、羞恥心ってもんが無いのか貴様らはぁぁぁぁぁ!! 水を差すなんて無粋なマネをこの俺にさせやがってぇぇぇぇぇぇ!!」
 
 天井に向かって、力の限り吼え猛るレイガ。上下左右の部屋にまで聞こえるばかりか、響いているのではないかと思わされる程の大音響。こんな所でも彼は、無駄に人間の限界を超越した性能(スペック)を惜しみ無く発揮するのだった。
 そんなレイガを見て、二匹の顔が奇妙に歪んだ。内側から沸き上がる何かを、無理矢理押し殺そうと耐えているようだ。しかし長くは持たず、二匹の様子がおかしいとレイガが気付く前に、アリスとデューンは吹き出してしまった。笑いの発作に襲われ、ベッドの上で腹を抱えごろごろと暴れまわる。
 
 
「はははははは! 最っ高の演技だったよアリス! はははは!」
 
 
「デューンこそ! 危うく私、本気になるところでしたって! あははは!」
 
 
 嵌められた。
ここでようやく気付いたレイガは、顔を左手で被い失意の感情を露にした。先程までの勢いは見る影も無く、よろよろと後退し、ベッドに足を取られて仰向けに倒れた。
 
 
「勘弁してくれ……」
 
 
 擦り切れた声で、レイガが懇願した。一瞬でも本気にしてしまった自分の愚かしさやら、恥ずかしさやら、二匹の行動に呆れ返るやらで、心底参っている様相だった。
仮に本気だったとして、自分の見えない所でいちゃついてくれたなら、レイガに二匹を咎める気は微塵も無かった。この二匹以外の仲間は皆、既に伴侶や子が居るのだから。
今更心構えなど無くても平気で受け入れられたし、身内とくっつくならば寧ろ大歓迎したい位であった。
もし二匹までもが、他のトレーナーのポケモンと恋に落ちてしまったら(相手が野生ならゲットすればいいが)、レイガにはまともに連れて歩けるポケモンが居なくなってしまう。必要な時にパソコン通信で呼び出す事は出来るので、トレーナーは続けられる。しかし、彼にとって道連れのいない一人旅は退屈以外の何物でも無いし、ポケモンを持たないが為に道中でも要らぬ苦労をする羽目になるであろう。
 
 
「ふふん。食べ物の恨み、思い知ったか!」
 
 
 発作の治まったデューンは、踏ん反り返り得意げになっていた。アリスはそれを見て、軽く発作がぶり返したらしく、苦しそうに腹を押さえて縮こまった。
 
 
「洒落になんねぇっつーの。ったく、すっかり眠気が飛んじまった」
 
 
 レイガがうんざりとした口調で言った。やおら立ち上がると部屋の反対側、テレビのある所へと歩き出す。
 
 「まあいいや。罰として、今回の事は大幅に脚色した上で他の面子に言いふらすかなぁ? 喜べ! この瞬間からお前達二人は、ご主人様公認のカップルだぜぇ~!? 末永くお幸せに! くけけけけけ!!」
 
 
 邪悪な高笑いをしながら、レイガがデューンを嬲る。
焦り慌てる連中の面を拝ませてもらおうか、と期待に胸を膨らませて彼は振り返った。だが、真っ先に視界へ飛び込んできたのは、高速で自分に向かって突撃してくる丸みを帯びた青色の物体。オレンの実だった。
 
 
「うおわっ!」
 
 
 床に落ちて砕けでもしたら、後始末が相当に面倒な事になる。レイガの身体は素早く正確な判断を下し、額目掛け一直線に投擲されたオレンの実をほぼ条件反射的に、左手でキャッチしていた。
 
 
「へっへーだ。ほざいてろ!」
 
 
「てめっ……!」
 
 
 舌を突き出し、せせら笑いで挑発するデューン。カチンときたレイガは、腰のモンスターボールを手に取り赤い光線(キャプチャービーム)を発射した。デューンはビームをかわし、予めアリスが開けておいた窓から逃走を図った。
逃がすものか。獰猛な肉食獣を思わせる勢いで、レイガは窓に駆け寄る。片腕で窓際に佇むアリスを乱暴に押しのけ、ベランダの柵にがっついたが時既に遅し。にっくきドラゴンポケモンは姿を消していた。
 
 
「いつものトレーニングに行くそうですよ」
 
 
 一連の流れは至極当たり前の事だ、とでも言わんばかりにアリスは落ち着き払っていた。
やはり彼女も、レストランに連れて行って貰えなかった事を根に持っていたのだろうか。そんなアリスとは対照的に、レイガはムキになって柵を拳で連打し、異様に悔しがっていた。
何だか可愛いなとアリスは思う。とても人騒がせで、お調子者で、でも憎めない人。こみ上げて来る愛おしさがこそばゆくて、横になった彼女はシーツに身体を擦りつけた。
 
 
「二度と戻ってくんなー!! バカヤロー!!」
  
 
 レイガの咆哮が、夕闇に吸い込まれていった。
 
 
 
 
 
                                           第二話:孤独の理由に続く


ようやく完成に漕ぎ着けました。何か御意見などがあれば。
 
 


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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