日記にはその日の事がとても楽しそうに刻まれている。
「そう、実際に楽しかったんだよね……酷いな、僕。ライラエルを奴隷にしたことは良いとして……ノイは、僕のカリスマ攻撃無しで仲間になったのかなぁ……
ふぅ、過去に過ぎたことをいくら言っても仕方ないことだよね……僕はマナフィ……生まれ持った力を使って……何が悪いんだ」
僕がページをめくる手は、自然と次の日へと移って行った。
「ただ~いま~……」
小声の帰還。室内を移動する歩みは、そろりそろりと忍び足。もうすっかり深夜であるために、親を……そして自分が霧の湖に居る間に生まれていたという子供を起こさないよう、レアスは息を殺してサメ肌岩に帰還する。
子供も二人生まれて一人はピチュー、もう一人はヒコザル。その寝顔を見ると、自分の可愛らしさや小ささを棚に上げて、思わず微笑みが漏れる。
その二人――ライチュウのシデンと、ゴウカザルに進化していたアグニを起こさないように……と、思いながらも、一度寝顔を見ておきたいと、レアスは静かにシデンの元に近寄った。
「ふふ、夜這いをかけるだなんて、レアスも大人になったものだね、アグニ」
「うん、でも……それ以上近づくと……インファイトだよレアス」
からかうように二人は言う。レアスも思わずつられて顔を綻ばせてしまった。
「起きてたの……? 相変わらず……神経が研ぎ澄まされているんだね」
「そりゃあ、もちろん……お帰り、レアス」
レアスの体に尻尾が絡みついて、レアスはゆっくりと引きよせられた。
「ただいま」
母親からの抱擁を受けとって、昔子供だった頃との再会よりも激しさが身を潜めた、大人としての再会の挨拶をかわす。
「シデン~~浮気?」
恨みがましそうに、そして子供を起こさないような小声でアグニがせかす。シデンは困り顔で苦笑しながらレアスを尻尾から解放してアグニの元へと向かわせた。
「ただいま、アグニ」
「はは、シデン。レアスはオイラの名前を呼んでただいまって言ったよ。オイラの勝ちだね」
「えぇ~? 自分はそんな勝負をした覚えはなかったんだけれどなぁ……まぁ、いいや。今日は、アグニがレアスを枕にして眠りなよ。
自分は、いつも通り眠るからさ」
「さすが、話が分かるね。じゃあレアス。今日はオイラの抱き枕になって……御休みなさい」
レアスは苦笑した。両親が愛してくれているのは分かるのだが、その他にも自分を玩具のように扱う一面がどこか子供の面影抜け切っていないような印象を感じさせる。
そんなのは自分だけで十分だ……と、レアスは思いたくなるが、自分が両親に似ているのか、自分が両親を似せててしまったのかと、どう転んでも影響を与えあった結果なのだろうと感じると、親子って良いな……そんな感情が素直に湧き上がった。
「じゃあ、お二人さん……御休みなさい」
「もう……父さんも母さんも乱暴だなぁ……でも、嬉しいよ。御休みなさい」
懐かしさにこみ上げる涙が、瞼を閉じると同時に絞り出された。アグニの温かい体と腕を全身に感じながら、レアスはゆっくりと意識を手放した。
先程まで、借金だとか仕事だとか、そう言った生臭いお話をしていた者だとは思えない寝顔を見せ夜が明けるに身を任せる。
・
・
「起きて、アンリ、ハロルド……」
翌朝、シデンが静かに寝息をたてて眠るピチューの弟――アンリと、豪快な寝言を口走りながら寝相悪くそこら辺を転がりまわるヒコザルの兄――ハロルドを起こす。
「んぁ……おはよう母さん」
眠たそうに眼をこすりながら起き上り、習慣と化した洗顔へ向かう。寝ボケているせいか、シデンの隣に立っているレアスのことはまるで目に入っていない。
対して、アンリは母親にすり寄ろうとして、その横に居るレアスに気が付き、興味深々と言った様子で近づいて行った。そしてひとまず、あいさつ代わりに電気ショック。
「アバババババシ……」
突然の攻撃にはさすがのレアスも対処が不可能だったらしく痺れさせられた。
「あぁもう……アンリ。何やっているの? お兄ちゃんを痺れさせちゃだめでしょ?」
「んん? 母さん、オイラはここにいるよ……あれ、その子誰? その子もオイラの弟? 可愛いね……遊んでもいい?」
お兄さんと聞いて、自分のことだと思ったのか、ハロルドはようやく反応し、注視した母親の傍らに立つレアスに興味を示す。
「うわぁ。冷たい、柔らかい……何食べるのかな? 電気とか炎とか出せる? 名前は? てか、こいつ刺身にして食べられるかな母さん?」
あんまりな質問攻めに、レアスは戸惑った。好奇心の強さは親譲りなのか、他の子供よりも一言多い質問には呆れてしまいそうだ。
――どうしよう……家族にカリスマ攻撃するのもなぁ……
カリスマ攻撃をすれば、子供なんて赤子の手を捻るように服従させることが可能だが、それは躊躇われた。困ったレアスは、苦笑しながらシデンを見る。
「ふふ、ハロルド……この子はねぇ、ハロルドお兄ちゃんの、お兄ちゃんなの。だから、ハロルドお兄ちゃんよりも偉いんだぞ~~強いんだぞ~~」
シデンは腰をおろしてハロルドに視線を合わせる。
「オイラのお兄ちゃん? ってことは、こいつがレアス……? ふ~ん、父さんや母さんと違って全然強そうじゃないや。お兄ちゃんって弟より弱くてもなれるものなの?」
シデンとアグニは微笑んだ。
「そうだね、お兄ちゃんは、弟より、強くなきゃ、なれないね。でも、そう言うことなら、レアスお兄ちゃんは、オイラや、お母さんの、お兄ちゃんになれるくらい、強いんだよ」
アグニはレアスの強さをそんな風にアピールし、小さな二人の頭を軽く叩いて促す。
「言ってみるより、試した方が、早いよね。ハロルド、レアスお兄ちゃんと、戦ってごらん。レアスも、構わないよね?」
「うん、構わないよ父さん」
レアスはアグニへ微笑みかけて、ハロルドを見る。
「へへ~~……先手必勝!!」
にやにやと笑いながら、言うが早いかハロルドは右拳を突き出してきた。レアスは左腕で軽くいなして、ガラ空きになった胸へ向かって手を伸ばし、右手で押し倒した。
「あま~いよ」
地面に倒れながら驚いた表情でレアスを見るハロルドに、おちょくるようにレアスは言う。
「こんにゃろ~」
かわし、いなし、受け止め、そうした後は押し倒したり足払いをかけたり背負い投げをしたりと、レアスは完全にハロルドを玩具扱いにした。
「父さ~~ん……勝てないよ……あいつに弱点ないの?」
精根尽き果てたハロルドは、アグニに抱きついてアドバイスを求める。
「だから、レアスは、お兄ちゃんだって、言ったでしょ? 弱点があっても、今のハロルドじゃ勝てないよ」
甘えるハロルドに、アグニはあきらめろとでも言いたげに優しく突き離した。
「うぅ……しょうがないなぁ。これからは弟になってやるよぉ……でも、絶対にいつかお兄ちゃんになって見返すからなぁ」
やんちゃな血の流れる好戦的なハロルドは、レアスのことをあくまで超えられる壁と思いながらレアス言い捨てた。
「そうと決まれば、修行だ修行!! 広場行ってくる」
「こらぁ、朝御飯食べてからにしなさい!!」
外へと通じる階段へ向けて走っていこうとするハロルドの髪を掴んで止めるシデンの声は、すっかり母親の風格が出ていた。
この家で食べる久々の朝御飯を満喫して、両親とは大いに語り合った。旅のことや学んだこと。そして、ユクシーから譲り受けた大量のお土産の披露。
そのモロモロがあまりにも懐かしくて、レアスは二人きりだった生活を改めて寂しかったのだと知り、家族の温かみを改めて感じる。
「んじゃぁ、行ってくるぅ!!」
ハロルドは誰よりも早く朝食を食べ終え、誰よりも早くサメ肌岩を出て行った。レアスがそれを見送ると、何を言っているか理解できないであろうアンリを除けば、レアスとアグニとシデンの三人しかいないその空間で、神妙な面持ちでレアスは口を開いた。
「……父さん、母さん。時の探検隊――時渡りの英雄のコリン=ジュプトルは、彼の世界にとっての過去……つまりこの世界で、ヴァイスと名前を偽りながら多くの者を傷つけ、多くの者を騙し、目的を成功させようとした」
「ふふ、昔の話だよ……」
シデンは、懐かしげに。それでいて寂しげに呟いた。
「そして、少なくとも未来に生きる者たち……ドゥーンを代表とするさまざまな者たちの人生を終わらせた。それを正しいことだと信じて……
僕も、そう言うことをしようとしている。きっとこれから、様々な人を不幸にする。死人も出ると思う……けれど、困っている人たちを救いたい。
ねえ父さん、母さん。僕が、悪いことをしていると思ったらいつでも止めて……それが、これから僕がやろうとしていることについて言える……ただ一つのこと。お願いします」
レアスは、これ以上不可能なほどに頭を下げた。いわゆる、土下座と言う体勢だ。
「顔を上げなよ……」
アグニが心の奥まで見透かすような表情でレアスを見つめる。
「ユクシーはね……心の、知識を司るポケモン。知識を与える者はきちんと選ぶ……だから、こそだよ。レアスが持って帰って来たオイラたちへのお土産の量……それが、君の人のよさを表しているんじゃないかな?*1
オイラ達は、正直に言って人を見る目には自信がない……けれど、君に長く触れて、そうして
そんな風に思うなぁ。だから、存分にやりなよ。それが探検隊ディスカバーの子供だよ」
「あちゃ~……自分が言いたいことを持って行かれちゃったねぇ。そうだね、それが探検隊ディスカバーだよ。名前を継ぐとか、そういうつもりは無いんだろうけれど、しゃんとしなさいよ」
レアスハッとして過去のことを思い返す。昔はカリスマ攻撃が無意識に発動しては、話を聞く人々に対し無条件で信用や共感をさせていた。だが、今はどうだ。
ユクシーの元で勉強の傍らの修行により、意識的にカリスマ攻撃を発動できるようになってから、何かとそれに頼ってきたが、今家族と話している時はそんなものは使用していないと断言できる。
自分は、親に大きく信頼されているのだ。それが確かに伝わってきて、自分がいかに親のことを知らなかったのかと思えたことが、嬉しさと相まって涙と言う形をなした。
「じゃあ、やらせてもらうよ。でも、いつだって止めてもらっていいからね。僕……父さんと母さんを信頼しているから……僕は、二人の言い分が正しいと思ったら、いつでもやめるから」
二人はしばらく無言だった。しかし、そのうちに互いに顔を見合せて息子――と言っても性別はないが、その成長を確かめるように微笑みあった。
「存分にやってらっしゃい。レアスがいつでも私たちの言うことを聞いてくれるなら……私達はいつだって、貴方の帰りを待っているから」
レアスは答えなかった。自分がやろうとしているのは正しいことだと思う反面、それをよしとしない者はともかく、悪だという者も必ず出るであろうことは分かっている。
その迷いを全否定されたのはレアスにとっては殴られるよりも衝撃的だった。
「時には敵にもなると思う。それでも、甘えることはいつだって許してあげるよ。レアス」
「……うん。ありがとう……これからも見守ってくれるって約束してくれて」
その言葉には、レアスが使うカリスマ攻撃では持ち得ない誠意が、重く濃厚に乗せられている。その気持ちを余すことなく存分に伝えるために、レアスは自身の能力の最後の一つ、ユニオンハーツ*2で、心を共有し合った。
そうして、両親の心が自分の中にも流れ込む。レアスが分かったのは、双方が少しばかり恥ずかしがって照れが残っていたのだが、言ってよかった。そんな風に思っていることが、伝わってくる。
二人のレアスに対する思い、レアスの二人に対する思いが、互いに混ざりあい、溶け合い流れこんできた感情の余韻が、言葉よりも確かに思考の中心を乗っ取り続けた。
やがて、その余韻が潮風に溶けるように消え去っていくと、レアスの脚は自然に海へ向かおうと疼きだした。
「それじゃあ、話したいことも話したし……久しぶりに、海で泳いでくる。……行ってきます」
「行ってらっしゃい」
アグニは三年ぶりでも変わらないところがあるレアスを見て、笑顔になる。
「気を付けるのよ」
シデンは手を振って見送った。
――さあ、昼までにはまだまだ時間がある。ノイと話をする前に……久しぶりの海で貯まったうっぷんを全部落としていこう。
二人の視線の温かみを、太陽のように確かに感じて、レアスはサメ肌岩の口から海へと飛び降りる。その水しぶきを見送った二人は、アンリを連れて広場へと向かって行った。
その喫茶店――
それでいて、客はマイペースに比べれば見劣りするものの、少ない訳ではなく、むしろギルドの者とは違うタイプの"仕事屋"が集まるため、情報はこっちの方が集まりが良い。
ただぼーっとしているような素振りで聞き耳を立てるのが得意なノイは、大量の言葉が飛び交う中でも一つの音を違うことな、捉えることが出来るため、ここでの休息でも耳を休めることだけは無い。
「……相変わらず、この髑髏クッキーは美味いなぁ」
ドクロマークの形をしたクッキーの目の部分に果実が埋め込まれたそれは、この喫茶店
樹液を吸うための口ではそれを咀嚼することが困難なため、サクサクとした歯に心地よい食感も売りであるこのクッキーを紅茶に溶かして食べるのが彼流である。この紅茶はクッキーを溶かすのによく合う香りなのだ。
「さて、少々早く来すぎたかな……? まぁ、マスターなら居座っても嫌な顔はしないだろうさ」
秋と呼ばれる季節となり、暇な時間に海水浴を楽しむ子供もすっかり少なくなっていった。ノイもとっくに性欲は収まっていてもいい季節だったが、それでもライラエルを誘おうとしていたあたり、かなりの絶倫である。
そうして、ノイがいくつものクッキーをゆっくり溶かしながらそれを吸っていると、小さな影が店の外から中へ、入ってきた。
「こんにちは、レアス様」
昨日のやり取りのおかげで、『餓鬼』から『名前+様』にまで昇格したレアスは、ピョンと軽い跳躍で、ノイが待っていたテーブルの上に座る。
「うん、こんにちは。でも、様付けはやめてね? 僕は普通に呼ばれる方が好きだから」
そういってレアスは笑った。
「へっ……そうかよ。じゃ、レアス。俺に頼みたい仕事ってのはなんだ? 情報屋、仲介屋、工作屋……色々受け付けているぜ」
ハードボイルドな雰囲気を出したつもりでノイは言うが、レアスは一切耳を貸した様子もなく、メニューを見ている。
「聞けよ、おい……」
ノイが不満を漏らしたところで、レアスは顔を上げてノイを見る。
「聞いてるよ……君には仲介屋をお願いするよ」
店員を呼ぶためのベルを鳴らし、レアスはニヤリと笑った。
「何を仲介して欲しい?」
レアスの言葉に、ノイは不敵な笑みを浮かべる。
「運び屋……
もう一つは、交渉が上手い子。……もし問題がなければ、交渉だとか難しいことを言わずに君がやってくれてもいい」
「俺に……何をさせる気だい?」
「アルセウス教……知っているよね?」
「探検隊連盟の中ではその文化と接触を持つ事は危険であるとされ、禁止行為とされている。つまり、ただダンジョンを経由していくためだけにアルセウス教の領地へ行くならばギルドを通す必要は無いが……その文化に触れるような仕事を頼む場合は……
健全なギルドにとっては依頼を断わる対象であり、ついでに場合によっては捕縛される可能性すらある。
……一応、他にも知っている事はあるが、基本情報はコレで構わないか?」
レアスは静かにうなずいて、自身も語り始める。
「……こっちではね。プラチナは神の象徴ではないせいか、神格的な象徴としての付加価値は低い。つまり、金は相対的に価値が高いんだ。
同じ価格に調整するためには、プラチナを、『3単位重量』得る為には金を『5単位重量』。つまりは、3kgのプラチナと5kgの金で等価交換と言うわけ。
あっちでは……プラチナ『2単位重量』に対し『5単位重量』。つまりは2kgのプラチナと5kgの金で等価交換……他の物価の高さは関係ない。
この比率だけが問題として……金の相対的価値が1,5倍。こっちからプラチナを6持ってあっちで金と交換すると15。それを持ち帰って見るとプラチナが9。
それをあっちに持っていくと金が……22.5。それをこっちに持ってくるとプラチナが13,5」
「分かった……もういい。その交渉をやれということか?」
「一応、必要経費なんかもあるけれど……正確に3:5と2:5って訳じゃないから、その端数で経費をまかなうとすれば……20回で3330倍。
まぁ、やっているうちに、価値の比率が変わらなければのお話だけれどね*3」
「僕のヨマワル銀行への貯金……今は、サマヨール銀行になっているけれど、その預金が400万ほどあるんだ。
それがさっき言った比率のままなら……130億」
ノイは目を丸くする。
「それだけあったら本当に一生掛かっても使い切れないな。して、客へのあまり詮索は好まないんだが、何に使うつもりだい? 興味本位で聞いているから、秘密ならそれでかまわんが」
「世界を動かす……。君は、僕のことを伝説のポケモンって呼ぶけれどね……単独の力で世界を動かすことが出来るポケモン……目覚めの力を持っているポケモンをこそ、幻のポケモンと呼ぶ。
そして僕はその、幻のポケモンなんだ。とはいっても、僕にはセレビィのように時を渡る力もなければ、ダークライのように悪夢を用いて誰かを騙すことも出来ない。
ましてや、日照りや大雨、時空の操作や生命の創造なんて出来やしない。
なればこそ、僕は僕のやり方……生まれつき備わっているカリスマ攻撃でコミュニティを作り、それによって世界を動かす……。
そのためには、僕の力を及ばすことが出来る幹部だけでなく、僕の力の及ばない者達……末端も動かさなきゃならない。そのためにはね、お金が必要なの♪」
「……ふん、その徹底した用意……まるで探検隊ディスカバーを苦しめたエレオスみたいだな。だが、いいだろうよ……どう世界を動かすつもりだとか、それ以上は詮索しねぇ。金さえくれりゃぁ、客は客だ。
極上の運び屋……盗賊団MADやチーム『フロンティア』に匹敵する実力を持った
レアスは興味津々と言った様子で身を乗り出した。
「チーム名は?」
「本名不詳……まぁ、当たり前だがな。トリデプス率いる重量級運び屋チーム
「ほう……なるほど、僕の知らないチームだね。そのチームは……信用できるのかい?」
「俺のお墨付きさ。その実力は……さっき言ったチームに匹敵するってな」
「……流石にチャームズやレイダーズみたいなマスターランククラスは無理かぁ」
レアスのぼやきに、ノイは酷く愉快そうに笑う。
「豪気だな……紹介は出来るが値が張るぞ? 依頼人の好みに口出すわけじゃねぇが……今はまだ、そこまで金をかけるべきじゃない。
それでもいいって言うんなら……金に汚いあいつらの手も借りようか?」
「いや……君の言う通りかもね。下手に呼び出し料とか取られたら嫌だし……ちなみに、二つのチームの相場は?」
「山越えなら……往復で急いで1ヶ月半ほどか。クラウンベアラー<王冠の運び屋>なら30万……俺が紹介出来うる限り最強のチーム……ミロカロスを筆頭とする正真正銘最強の運び屋……
この値段は経費で賄えるレベルかい?」
「……やめとく。クラウンベアラーを誘うよ」
ノイは笑って、請求書を書き始める。
「それが賢明だよ……毎度あり……って言うのは常連に言う言葉だが……まぁいいか。あっちでの貴金属の交渉についても、さっきもらった3万ポケでやらせてもらうよ。
アルセウス教のことは……サイからいろいろ聞いて勉強しているもんでなぁ……問題なくやれるさ」
「ありがとう」
満面の笑みを浮かべて、レアスは笑う。
「ふん、ビジネスだ。金の切れ目が縁の切れ目だと思ってくれ」
「じゃあ、僕たちずっとお友達でいようね♪」
ノイは黙っていたが、やがて耐えきれなくなったのか、声を立てて笑い始める。
「よく言うぜ。じゃあ、俺も体の動く限りお前の友達やってやるぜ。……金はたんまり用意しておけよな?」
「もっちろん♪」
年の差を感じさせる二人の楽げな声が喫茶店に響く。傍から音声を消して見れば微笑ましいことこの上ない風景は、決して耳をそばだててはならない不穏な会話。
漆黒の双頭の本格始動は秒読み段階であった。
「あ、あと……チャットが2代目プクリンのギルド親方になるとか言うお話が持ち上がっているからさぁ……いつでも僕が支配権を奪い取れるように弱み握っておいてくれると助かるんだけれど」
「………………まいどあり」
こいつには敵わない。ノイにとってはそんな思いが強くなる、レアスとの最初の商談であった。
「……とりあえず明後日の昼までは情報収集のために確実にトレジャータウンにいる。何か契約内容に補足や変更があるようならば、その内に言ってくれ。
少なくとも昼には
仕事……何時に予約する? お前らがずっとこの街にとどまるって言うなら、見つけ次第すぐに仕事に取り掛からせようと思うが……」
「2ヶ月後……僕もちょっと行きたい場所があるものでね」
「……OK。そんじゃ、早速、クラウンベアラーの行方に関する情報収集に行ってくるわ」
ノイは立ち去り際、レアスへ振り返る。
「今後は、情報やノイを御贔屓にな」
レアスの言葉に頷きながら営業スマイルを見せて、ノイは目にも止まらないような速さで街の中へと消えていく。
「さて、次はライラエルでもからかいに行くかなぁ……」
今日の一日にやらなければいけないことの中で、まずノイとの商談を終えたレアスはSっ気をフルに発揮した妄想を抱きながら、プクリンのギルドにあるライラエルの部屋へと向かっていった。
・
・
ノイと別れたレアスはプクリンのギルドに赴き、以前両親が使っていた部屋で生活するライラエルの部屋を尋ねる。
プクリンのギルド地下二階。地下と言う事で地上の温度の影響を受けにくい構造になっている部屋もあれば、崖に近くて気温の影響をもろに受ける部屋もある、この弟子たちの寮。
とはいえ、ライラエルはレアスの両親である伝説の探検隊の使っていた部屋で仲間とともに寝食を共にしている。
部屋の内装は寮生活の探検隊らしく殺風景なものだったが、ライラエルの藁で作られたベッドには粗末な麻布で作られたグラエナのぬいぐるみが添えられている。
そんなところを見ると、昨日言っていたグラエナズへの恨み事とは裏腹に、グラエナには結構未練があるようである。
今回、最初は世間話からスタートし最初に上がったのは『炎タイプや氷タイプのような温度差の激しいポケモンはここみたいな外側の部屋に追いやられるのが慣習らしい……』と言う話題。
二番目は『昔、日記を書いている途中にくしゃみをして日記帳が全焼したのを繰り返しそうになった話』などと、微笑ましい。だが、もちろんレアスはそんな世間話をしに来たわけではない。
「でね、ライラ。本題と言う事で……昨日君に貸した借金のことなんだけれど……」
本題は生臭いお金の話である。ライラエルは『来た……』という、あからさまな気まずい表情を浮かべて、現実逃避をしたそうに窓越しの空を見た。
つられて見たレアスには身長の関係で空しか見えないが、ライラエルの視点から見た北の空高くに座する太陽からの眩しい光線に照らされた水平線がきれいである。
「それ、ですか……」
ライラエルは空を見ながら文字通り上の空でごくりと唾を飲み込む。この様子では、話の最中に口の中が乾いてしまいそうだ。
「うん♪ まずね……体を売って払うか、体を張って払うかなんだけれど……ライラはどっちがいい?」
「二択……ですか? ふざけないでください……そのような二択なんて私、お受けしかねます」
「敬語の割には、相変わらず威圧的な口調だね。まぁ、そんなことはいいとして」
レアスはあきれ顔でため息をつくと、冷やかな感情が籠っていない眼で、ライラエルを見上げる。
「僕に逆らうようならば……ハートスワップでいろいろと、いけないことしてくるよ? とりあえず、お金持った男たちを誘惑してみたりとか……
君ほどの美人ならば客もいっぱい集まるだろうねぇ。むしろ、身籠ってみる? 妊娠した状態でのプレイがお好みの方もいるだろうし、身ごもった卵の父親が誰か分からないなんて言うスリリングな展開……楽しそう」
「ごめんなさい……勘弁してください」
ライラエルは四足の体勢になり、後ろ脚を伸ばし前脚だけ曲げて『四足ポケモン式』の土下座の体制をとる。それを見送ったレアスは満面の笑みを浮かべた。
「
「もう嫌です……ていうか、昨日の私って『しまっちゃうよルカリオ』とか口走っていませんでした?」
「……4回か5回くらい」
レアスの返答を待たずして、ライラエルは崩れ落ちるようにため息をついた。
「っはぁ……どんだけ私酔ってたの……。それを口走ったってことはもう完全に酔いが回っていたってことですよね……はぁ」
どうやら、あのセリフは酔っていることのバロメーターとなっているようで、やはり昨日の道化のような彼女は彼女の本来の姿ではないようである。
しかし、レアスの手にかかれば
「まぁ、お酒は適量ってことだね、ライラ。今度からは……グラエナズの三兄弟にも嫌われないように気を付けるんだよ?」
「ぶはぁっ!!」
ライラエルは唾液の代わりに炎を吹き出す。
「熱……いきなり炎はかないでよ」
レアスは腕で顔面をかばいながら顔をしかめた。
「なんでレアスさんがグラエナズのこと知っているんですか!? 大体、その話題デリカシーのかけらもない……」
レアスの思いがけないセリフには、ライラエルの表情は怒ったり嘆いたりと、忙しい。
「君が口走っていたからだけど? 『グラエナズなんてしまっちゃうよルカリオにしまわれちまえばいいんだ!!』とか……面白いね♪」
そして、彼女がいくら嘆こうとレアスはこうなのだ。諦めるしかない。
「泣きたいです……」
大きく顔を打つ向かせ、熱気と共に大きなため息を吐きだした。さっきまで唾液でテラテラと鈍い光を反射していた口はいつの間にか乾き切っている。
ライラエルの体は中々単純である。
「ふふ……泣いている暇はないよ? 僕の前にひざまずけば……泣かないで済むように取り計らってあげるけれど……」
「そんなこと言って、何かわけありの仕事でしょうそれ?」
「そうでもないよ? 仕事の内容は、運び屋の手伝いだから♪」
「危ない匂いがプンプンしているんですが……」
「ライラ。探検隊は……ただ儲かるからやっているってわけじゃないよね?」
「……もちろんですよ。知っていますか? 火山帯の島のダンジョン――灼熱温泉は私が見つけたダンジョンですよ?
今では海のリゾートに匹敵する快適さが売りの湯治場になっていて、島流しに合ったポケモンたちの憩いの場。
そういった未知を追い求め……それを発見する時の喜びを……
レアスはそう切り出して、先刻ノイに説明した青写真をライラエルに説明する。
金とプラチナの交換を何度も繰り返すことで、そのレートの違いを利用して儲ける……と言う事なのだが、ライラエルはノイより遥かに理解力が劣っていて、微妙に時間を食ってしまった。
「あぁ、なるほど……でも、儲かることはいいんですけれどそれ……アルセウス教に踏み込むってことですよね?
ばれたら探検隊連盟から追放されるじゃないですか……それをやれって言うんですか?」
レアスの目が少し曇り、その直後には笑顔になった。
楽しむ。それが探検隊ではないですか……例えレアスさんといえども……それを馬鹿にするのは許せませんよ」
レアスの問いに、ライラエルは毅然とした態度で反論する。
「僕が言いたいことは……そう言う事じゃない。未知は、探検家じゃなければ、未知は見つけることは出来ないのか……って言いたいんだ。
科学者だって、技術者だって、それこそ……新しい世界を切り開くことが未知を暴くという意味ならば……芸術家だって、犯罪者だってそうじゃない?
君は……その先駆者になるんだ。僕と一緒に……」
レアスは昨日から連続で使用しているカリスマ攻撃を放ちながら、ライラエルを見つめる。
「でも……私、探検隊を辞めるのは……それに、犯罪者の片棒を担ぐような仕事もあんまり……」
「僕の仕事は……未知に満ちているつもりだよ。だって、誰もやったことのないお仕事だからさ……。それに、犯罪者の片棒じゃない。
その金を使って、いろんな人たちを救えたらどんなにか素晴らしいことだって思わない?」
レアスの声はまるで自慰のようだった。『言葉を遮れない』感覚が、『弄る
ライラエルは自分の信念に合わない話なのだから、話を遮ることに戸惑ってはいけないはず。
「これはね、悪いことじゃないんだ。もちろん探検隊連盟が間違っている訳じゃないし、むしろ正しいことなんだ……けれど、探検隊連盟の決めた規約は、僕のようなイレギュラー存在を想定してはいない。
僕と言う存在だからこそ、探検隊連盟の決まりを破らなきゃいけない。とびぬけた力は余らせるのではなく、使ってこそ有意義。そうでしょ?」
しかし、言葉の一つ一つが自分の中にある何かを目覚めさせてくれるような感覚は、幼いころに架空も現実も入り混じった冒険活劇を聞いた時の気分を彷彿とさせた。
ライラエルはワクワクしている。幼い頃に憧れを投影した結果今の姿になったように、レアスの言葉に憧れを投影して未来を描き出す。
「わかりました……借金返すまでなら付き合います……」
ライラエルに見えない位置でレアスはほくそ笑む。
「しょうがないなぁ……っていうか、大歓迎だよ♪」
引っかかった……と、心の中で、表面に見せるものとは違う顔で笑って、レアスはライラエルの真正面に座る。
「探検隊連盟に目を付けられないように……君にこれ以上の迷惑をかけはしないためにも、僕が上手く誤魔化すって約束するよ。
まず、計画を実行することになったら、僕がニュクスに頼んで架空の病気の診断書を作ってもらって治せる薬の採集が出来る所にでも出張って形を取らせるよ。
具体的な話は……それからってことにね。だから、それまでは普通にお仕事をしていてね……」
「しかし……本当に、未知の発見があるのですかね?」
しかし、カリスマ攻撃が中断されて、自分のさっきまでの気分の高揚を疑わしくなり始めたのか、怪訝な表情でライラエルは
「うん……きっと、お腹いっぱいになるくらいにね。……それにね、ゆくゆくは探検隊連盟が禁忌と指定されている場所を変えようって計画なんだ。
多分……君が生きている間には無理かもだけれど……僕は、二つの国を手を取り合う関係に出来ると思うよ。
それこそ、探検隊の仕事じゃないかってね? 僕は、探検隊そのものも変えたいんだよ。だって、僕たちだけ規約を破るなんてずるいでしょ?
みんなに破らせるわけじゃないけれど……いらない規約をなかったことにする……あぁ、なんて素敵なこと!! ……そう感じない?」
最後にわざとらしく言って見せて、間髪いれないまじめな口調。この演出にライラエルは思うところもあったようだが、それを態度に出すのは彼女のプライドが許さないようだ。
「……気に入らなければ、借金を返し終えるまでですからね。レアスさん」
そんなライラエルは強がりのために念を押したが、心は完全に傾いている。
レアスの能力の恐ろしさはあえて言及するまでもないが、ライラエルのツボをつく未来を描いたこともまた、傾けることに一役買っている。
「構わないよ……今はエネコの手でも借りたい状況だってだけだから」
しかし、レアスは分かっていた。喰いつきさえすれば、後はカリスマ攻撃など使わずとも、彼女はのめり込んでいくだろうと。
好奇心が強く、意地っ張りで、熱しやすく冷めやすい。そんな彼女に、退屈をさせないように、いろいろ考えているのだ。
「じゃあ、ひとまず解散という事で……他にも話をしたい人がいるんだけれど……今、リーベルト君どこに居るか知っている?」
「オフの日の日中は……大体刑務所です。自分が捕まえたお尋ね者の前にわざわざ姿を現しては、その憎しみを食べているサディストな方なので……」
「ふぅん……リーベルト君は僕好みだね。ふてぶてしくって貪欲で……惚れちゃいそうだよ」
口に手を当てながら、含み笑いを抑えきれないレアスを見て、こんなやつに仕えるのかと思うとため息をもらす。
「でも、今はお尋ね物を追って旅している最中ですから、向こう1ヶ月は戻ってこないかと……」
「ふぅん……残念。じゃあ、待つっきゃないね……」
自分は利用しやすい人材だったからわかるとして、何故リーベルトなのか。ライラエルにはどうしようもなく疑問がわく。
「あの、何でリーベルトなのですか? 確かに彼は有能ですが……他にもいろんな方がいるのに……」
不思議そうに尋ねるライラエルに、レアスは笑顔になる。
「別に、リーベルトじゃなきゃいけない理由はないさ……けれど、マックローのエイミはドンカラスのパートナーがいるし、彼はフリーの一匹グラエナだから……ってところかな?
あとは……自分の目的に貪欲ってこと。それと、僕の頼みたい仕事がリンクすれば……最高じゃないかな?」
「はぁ……レアスさんとチームを組むジュペッタが欲しい……と? ジュペッタに何をさせる気ですか?」
「ふふん、秘密だよ♪」
「……どうせ良からぬことを考えているのでしょうね」
自分も当事者に近いはずなのに人事風にライラエルはぼやく。
「……さぁ、僕は両親に顔向けできないような事はしないよ? ……あくまで、僕の正義に従い、僕が僕に顔向けできない事はしないつもりだよ。
まぁ、その『僕が顔向けできない』範囲内によからぬことがあれば……君の言うとおりになるだろうよ。ぼくは、手段を選ばないつもりだからね」
「本当に何をする気なんですか? 気になって眠れなくなっちゃうじゃないですか」
レアスは言葉に詰まる。
――やれやれ……カリスマ攻撃にも限界があるね。
「世界平和を目指しているの。世界っていうとちょっと広すぎるけれどね……とりあえずこの大陸だけでも救えたら良いなってね。
伝説の探検隊……僕の両親のディスカバーは世界を救ったんだ。僕に出来ない筈がないってね……そのために、君やリーベルト。それに昨日のテッカニンだって誘ったんだ」
「じゃあ、私はそのための仲間ですか……光栄なんだか、不名誉な役に仕立て上げようとされているのか……
レアスさん……失望させないでくださいよ。ディスカバーの養子を信じたいのですから」
「でも……信じると痛い目にあうのが世の常だよね。僕は、幻のポケモンでも出来なかったことをやるんだ。だったら、ただの幻のポケモンじゃダメなんだ。
伝説の探検隊の養子でもダメ。だから、君の言うことなんて……僕にとって武器となる要素の小さな一つでしかないし、場所によっては『何それ?』だ。
世界を動かすのはそういうものじゃなくって、いつだって数の力だからね。
だから、ディスカバーの養子であることはどうでもいい。代わりに信じて、僕は世界を救うために動いているんだから」
「むぅ……話を聞く限りは理想的なんですけれどね。どうしても、信頼性に掛けるって言うか……」
問答無用に信頼を寄せさせることが出来るカリスマ攻撃でも、警戒を根底から拭い去らせることまでは出来ない。
それでも、通常ならありえないくらい、付き従いたくなる衝動を与えられると、ライラエルは言葉に出来ない部分が刺激されていた。
「でも、レアスさんが言うならそうなんでしょうね……」
だから、こうして少しづつ知らないうちに信用させられてしまう。
レアスのカリスマ攻撃は言葉より上位の目覚めの力で、それこそ言葉以上の力があった。まだ警戒が残っている事は明らかだが、徐々に傾かせることが出来る心持ちであるのは、言動から察せられる。
もう、落ちたも同然な彼女に安心させるように微笑みかける。
あまりに急いてはことを仕損じる。まだ腑に落ちないことがあってもそれはそれでいいんじゃないかな、とレアスはカリスマ攻撃をやめる。
あまりに急いでカリスマ攻撃にかかっていることを悟られても困るからこその行動だ。
「そう、昨夜君の事を放って置かなかったのも……ただの正義だけじゃないけれど、ただ利用するためだけでもない。それは君を思う親心みたいなものがあったってこと……
だから、ね。君だってこの国を思う心があるから、ただ未知を求めて旅するだけでは収まらない。
探検の合間にお尋ね者を発見すればを追っているんでしょ? ならば……その心を、別の場所に向けてあげてもいいんじゃない?
手段を選ばないって言うのは……傷の消毒に痛みが伴うのと同じこと。僕のも……そういうことだって納得してくれないかな?」
「……はぁ。一応、分かりました」
――自分の感情への違和感に気が付かせてはならない。急ぎすぎたくらいだし……今日はほんとにこれ以上はダメだね。
「……長いこと拘束しちゃったね。じゃあ、今日はもう、終わりにするよ……君の働きに期待しているよ」
申し訳なさそうに笑って誤魔化す様な表情を見せて、レアスはお辞儀をする。
「まぁ……今日は、食事も奢ってもらいましたのでそこはかまいませんが……本当に借金をチャラにしてくれるんですよね?」
あくまでそのために自分は協力するということを強調するようにライラエルは
「うん、それは保障するよ」
振り返った屈託のない笑顔を見送らせて、レアスは部屋を後にした。
――さて、リーベルトに会おうと思ったけれどいないなら仕方がない。この機会に僕は……あそこへ行こう
・
・
「で、何故旅の道連れが私なのですか?」
結局のところ、"半ば×" "かなり○" 強引にレアスとライラエルでのチームが結成されることとなった。恩を盾に笑顔で脅すレアスの表情は、自分の10分の1に満たない体重の持ち主から感じられるそれとは思えず、とても恐い。
その恐怖に気圧されたライラエルは、今まで"保ってきた×" "失う機会がなかった○"純潔や、その他命や財産などの危機を無性に心配せざるを得なくなり、渋々承諾した……と言う訳だ
一応、正当な報酬が払われる仕事で、さらにタイプ的にも有利なダンジョンへの護衛と言う事で納得と言う形にはなったが、ライラエルはどうにもレアスと一緒に居ると落ち付かない。
「道連れの理由……それはね、僕の両親に護衛を頼もうとも思ったんだけれど……親は子供が生まれた今では育児に忙しいんだ。
一応交代で仕事に出かけてこそいるものの、『もう、オイラ達は死ぬ可能性の高い危険な場所に行くような勇気は持ち合わせていないんだ』って。
若い頃は自分が死んでも世界は回っていくけれど……今は子供たちの世界が回ってくれないからね。それじゃ仕方がないよね?」
「……探検隊で貴方の知り合いって親くらいしかいないのですか? 親以外で私を選ぶ理由は?」
その理由については納得したようだが、自分が選ばれた理由に対する完全正当にはなっていない。
「えっと、恋人無しのフリーだから」
いかにもとってつけた理由でレアスは言った。
「それじゃ私がもてないみたいじゃないですか」
自分が好きになった者以外寄せ付ける気がないと言う事を重々承知しているせいか、半ばいい加減にライラエルは突っかかる
「独身だから」
「悪化していますが……」
さらに身も蓋もない理由づけに、ライラエルは突っ込む気力を減退させる。
「その……可愛いから」
レアスは目を逸らし、はにかみながら頬を両の手で押さえる。
「そんな顔をしても騙されませんよ」
演技だと言う事は丸わかりなので、ライラエルは冷静に返した。
「じゃあ……利用しやすいから」
本音だ。笑顔でも怒りでも蔑む顔でなく、これぞ真顔と言いえよう無表情で、レアスは口にする。
「はぁ……やっと本音が出たましたか。どうせ私の立ち位置なんてそんなものですよ。昔あこがれた探検隊と私のギャップの激しい事……」
項垂れるライラエルの頭には、背伸びしても届かないレアスはとりあえず地に着いた足へ、ポンと丸っこい手を置いて、微笑んだ。
「それと、君の実力を頼りにしているから。君がまだデルビルだったころから、ずっと努力をしていたのを僕は知っているんだよ……ね、ライラ」
「むぅ……」
ライラエルは、尻尾を腰の上に丸めた。尻尾は振られてこそいないが、あの動きは少し照れ気味に嬉しがっている証拠である。
「そんなわけで、目指すはミステリージャングル!! 僕たち漆黒の双頭の原点となった場所へと行くよ
「『僕たち』って……勝手に含めないでください」
「まぁまぁ、借金返し終えるまでは僕たちでいいじゃない? 出発は明後日の昼……長旅になるだろうから、準備は念入りにね」
「確認しますが……本当にミュウに会えるんですよね? いつかは伝説や幻のポケモンに会ってみたいとは思っていましたが……」
「僕のことは何度かニュクスやエレオスが話しているようだから、最初は怪しまれたとしても、そう警戒はされないんじゃないかな?
ってか、僕とニュクスの立場は……? いつかはって言うか、毎日会っているはずだよね、特にニュクス」
「あぁ……忘れてました。探検隊を始めた頃には……あまりにも普通に貴方達がいたので。私、熱しやすくって冷めやすい性格なんですよね」
「なるほど、そう言うこと……か。もう、忘れん坊さんだなぁ」
「……すみません」
「別に、忘れてただけなら気にしてないよ」
ライラエルは謝ったが、レアスは雰囲気を悪くしないためではなく本心からそう言った。見た目に相応な雰囲気の笑顔は、カリスマ攻撃を使っていないのに自然と魅了させる雰囲気がある。
――うん、それが僕の理想の世界だね。
レアスはライラエルの言葉に、そう心の内で呟いた。レアスが幻のポケモンである事は、きっと彼女だって重々承知していることだろう。
しかしそれを知覚できないと言うのはあまりにも普通、あまりにも自然に存在したと言う日常に溶け込んだ証拠。
レアスにとっての大切な者が美しい外見をしたニュクスだけならば、そんな気苦労はきっと無かった。マナフィも、この世界に受け入れられよう。
だが、エレオスを受け入れる場所は、その見た目のせいかまだ少ない。
エレオスが変えようとした、"ただの平和な世界"では、レアスにはまだ狭い。ライラエル言われた言葉が、いつかすべての場所から誰に対しても言われる。それがレアスの最終目標。
霧の湖でユクシーと共に学んだ期間は、彼に新たな目的を与えていた。
その目的は差別が行われているラルトスだとか、ルカリオだとかそういう範疇に収まる話ではなく、何よりも自分の身内のために変わっていた。
ただし、それに手段を選ぶつもりがないのは変わっていない。
けれど、親への恩を忘れたくないという彼の思いから、彼は自分の正義に大きく反する事は出来ない。レアスの目的はあくまで『出来るだけ血を流さずに平和を作る』ことであるから。
その目的のためには手段を選ばないが、手段のために『出来るだけ血を流さない』という目的を見失ってはならない。レアスの出来うる限りの誰も血に染まらない方法の青写真――それが漆黒の双頭。
現在メンバーはレアスやエレオスを含む4人(ライラエルの正式入団はレアスの中では決定事項らしい)。だが、もちろんそんなもので納めるつもりなど、彼にはなかった。
彼の次なる勧誘のターゲットは、ミステリージャングルのポケモンと言えばミュウしかない。
「ともかく、今度こそ今日は解散という事で……ばいばい」
次回へ
子供を可愛く書くって難しいですね。
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