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漆黒の双頭第9話:暴君の帰還

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作者……リング


第1節 

「そして僕は旅立って……それで、勉強した。楽しかったなぁ……」
帰ってきた僕がまず最初にしたことはえっと……そうそう、カモネギることだったね♪

「ああ、懐かしいなぁ……」


女は今、死のうとしていた。

もちろん、自殺しようとしているわけではないのだが……


トレジャータウンのスラム街の片隅にある酒場はいつものように賑わっていた。
 死や病気、飢餓や犯罪があふれるスラムという負のエネルギーの塊の中に、それを必要とされるように活気が集まる場所として、陰のエネルギーを中和させるがごとく陽のエネルギーが集まる。そこは騒がしくも、生き生きとしていた。

 ここでは主に男達がそれぞれのテーブルに別れ、酒を飲み交わしながら賭け事をしたり、娼婦として生計を立てている酒場の女に声を掛けたりしている。その酒場の一番奥のテーブルを数人の男達が囲んでいた。

「へへ、またもや俺の勝ちのようだな」
そのテーブルには向かい合うように一組の男女が座っている。男は中年のテッカニンで顔は酒の為に少し青らんでいた。
 男の視線の先に座っているのは美しい毛並みのヘルガーの女性であった。鈍く輝く白い角と黒い毛並みが酒場の照明によって妖しく照らされている。
 明かりを燈すランプが天井から吊り下げられているも、光の集まるここは闇もまた深く、ランプの明かりでは照らしきれない場所も在る。闇に目が慣れたつもりで踏み込んだ先が予想以上に深い谷となっていて、大怪我を負う事もザラだ。この女性もその口である。
 二人の間にあるテーブルの上には数枚のカードと金貨、そして深い暗黒色の半透明な結晶に金と銀でそれを象徴する怪鳥の模様を描く装飾をあしらい螺鈿(らでん)*1できらびやかに飾った宝玉が置かれていた。

「さて、約束通りあんたのダークジェムをいただくぜ」
 
 男は自分が賭けた金貨を懐にしまい、相手が賭けた宝玉を手に取った。
 「ほう、これが探検隊に恐れられてる『黒い戦乙女(ヴァルキリー)のライラエル』の悪タイプ専用道具か。素人でも綺麗だって分かるなぁ、こいつは……」
 男は宝玉に歪んで写る自分の顔を眺めていた。

――くそっ……なんで私が……

事の始まりはお尋ね者の情報を求めてこの酒場に訪れ、飲んだ勢いでテッカニンと始めた1回の勝負からだった。
その勝負の内容とは単純なもので……

①1から5までの数が書かれたカードを出し合い、数字の多いほうがその対戦の勝ち。
 ただし同じカードはその対戦中使うことが出来ず、1は例外として5に勝つことが出来る。
②5回対戦をして1ゲームとし、その対戦の勝利数が多い方がそのゲームの勝ち。
③ゲームの敗者は掛け金を渡さなければならず、5戦全敗で負けた場合は掛け金の12倍を払う*2必要がある。


というゲームをを何戦か行い、途中までの勝率は上々だったのだが……
 好調に勝っていった矢先『無料で取って置きの情報をやる』という甘い言葉に乗って大勝負を仕掛けたところ、それまで好調でありながら5-0の大負けを喫してしまった。

 その際完封負けになると掛け金の12倍を取られるというルールを適用され、ライラエルは今までの儲け分ごと有り金をゴッソリと取られてしまう。
 酒癖の悪い彼女は、酒が入るごとに負けん気が強くなる厄介な性格である。そのためか、負けた事に納得がいかず、負けた分を取り戻そうと躍起になって、逆にずるずると有り金を全て取られてしまったのだ。
 そこまではまだ良かった。触れれば燃えてしまいそうなほど熱くなった彼女は、取られた金を取り返そうと無駄に装飾を施したダークジェムまで賭けて勝負をしたが、またも男に負けてしまったのだった。
 幸か不幸かそんなところで、血の気が引いて全身が冷えるよな感覚を覚えるとともに、酔いも醒めてしまったのだが……

ライラエルがこの店に来るのは初めてではなかった。だが、この男と勝負をすることはおろか、話したことすらも初めてである。最初に勝たせておいて、後で大勝負をかけて、イカサマによって大負けさせるこの男のやり口――非常にありがちなやり口をライラエルは全く知らなかった。

 「さて、どうする?俺はまだ続けてもいいぜ」
 男はそう言うと、今さっき手にしたばかりのライラエルの宝玉をテーブルの上に置いた。
 彼女には最早、賭ける物が一つしかないのを知って挑発しているのだった。彼女もその事は知っていた。だが、金も宝玉も無いとなるとこれから先、探検隊として生きて行く事には困る。
 なにせ、ダークジェムは悪タイプのポケモンが近くに置いていれば、それだけで霧やモヤの立ち込める場所において、状態異常から守ってくれる代物である。

 常に霧が立ち込める場所での仕事を優先的に請け、救助やダンジョンに潜伏するお尋ね者の掃除を行う彼女にとっては、これの有無は死活問題なのだ。
 彼女は、忌々しそうに男の手に渡った自分の宝玉を睨んでいた。ダークジェムは貴重品であるために、絶対ににとりかえさなければならない。
 しかし、次に負けた事を考えると躊躇してしまい、喉まででかかった一声が凍ってしまったかのように声を詰まらせる。

「あれ、やらねえのか? 俺はそれでも構わねえぜ。高値が付くだろうからしばらくいい酒が飲めそうだぜ。だが、お前さんが買い戻したいって言うんならこいつも15万ポケで売ってやるぜ。予約しとくか?」
 実のところ、男が提示した値段は適正価格より2~3万ポケは安い。こういう言い方も変わっているが、かなり良心的な値段だ。だからと言って、立ち去ろうとする男にそのまま持って行かせるわけにはいかない。
 なぜって、15万ポケと言えばつつましく暮らせば1年もつのだ。もちろん、ライラエルはつつましい生活とは無縁だが、それでも3ヶ月分は十分に賄える。

 「待って、もう一度勝負よ」
 ライラエルは詰まっていた言葉を叩き出すように、慌てて男を呼び止める。酔いも醒めた今となっては金貨など取られてもどうでもいいが、デルビルの頃から共に戦ってきたダークジェムを取られるのは我慢ができなかった。
 これ以上あんなやつに触れさせているのも納得いかないのも理由のひとつだ。男は浮かせた腰をゆっくり下ろしながら宝玉から手を放した。

「続けるのはいいが、お前はいったい何を賭けるつもりなんだい。見たところ、持ち物は何も無いようだが?」
 男は薄く笑いながらライラエルの答えを待った。

 「負けたら……次、負けたら、今夜中私を好きにしていいわ」
 ライラエルは雌のスイクン(戦乙女)に例えられるほど美しい顔を歪めて覚悟を決め、心の底から絞り出すような声で言った。その言葉を聞いた瞬間、テーブルの周りに集まっている男達からは喚声が上がった。

「おい、あのヘルガーが自分を賭けたぞ!!」

「テッカニンの旦那! 絶対勝てよ!」

「女の喘ぎ声を俺達にも拝ませてくれよな!」
 ギャラリーの声にテッカニンの男は笑う。

「ああ、こりゃ見物料と合わせてとれば元が取れそうだなお譲ちゃん」

 その男達の言葉を聞いてライラエルはせっかく酔いも醒めたというのに完全に熱くなってしまった。自分達は何が出来るわけでもないのに、自分達が相手より優位となると急に威張り出す男達の態度に我慢がならない。

「いいわよ! 私が負けたら本番でもなんでもやってやるわよ!」
 ライラエルは大声で叫ぶとカードを手繰り寄せ、机の下で丹念に混ぜ始め、腕が自由に使えないポケモンのためのカード立てに手札を差し込んだ。


 結果はあえて言及するまでも無いだろう。

 「あらら、かわいそうに……残念ながら勝負あったみてえだな」
 ということだ。ライラエルは自分が広げたカードと男が広げたカードを呆然と見比べる……確かに自分の負けである。
 ジージーと耳障りな音を立てるテッカニンの男も、周りの男達の喚声も耳に入って来なかった。
 ただ、血の気がザァッと引いて、炎タイプであることすら忘れるほどに体が冷えていく。反面、ヘルガーが唯一汗をかくことが出来る肉球からは汗がじっとりと染み出している。
 酔いが醒めたというのにこみ上げる吐き気は、怒りによるものか? それとも嫌悪と恥によるものか? もしくはその両方か? それは本人のみぞ知るところであろう。

「約束通り好きにさせてもらうぜ? じゃあ、まずは……ここの酒場の皆に服従の意を示す仰向けになってもらおうか。まあ、ここら辺は無料での提供ですかね」
 男はイスを移動させてライラエルが見やすい位置に座ると、手招きで早く始めるように急かした。やつらの耐え難いほどのいやらしい笑みは、普段ならば殴り倒してしまいかねないところだが、今は出来ない。
 
「くっ……どうしてこんなことに……」
 彼女の腕なら宝玉を奪って酒場から逃げ出す事など容易い事である。しかし、賭け事とは言え約束を破った事が世間に知れると、この先探検隊としての信用は地に堕ちる。
 情報屋からの信用を失えば、それはすなわち耳を失うも同然である。 第一、お尋ね者を追う者がお尋ね者まがいの行為をしては世間からの視線も決して良いものではなくなるだろう。

 彼女は今、死のうとしていた。
 もちろん自殺しようということではなく、『死ぬほど恥ずかしい思いをする』か『この業界で生きていけなくなるか』の選択を迫られているというだけである……が、どちらの選択肢も辛いことに変わりは無い。

 考えた末、彼女が選んだのは前者である。

「これで満足か?」
 ライラエルは仕方なく仰向けになって腹を見せる。背中の骨のような塊と角がゴツリと音を立てる。手足の枷のような部分は、まるでライラエルが見えない鎖に拘束されているようにも見える。
 周りからはその艶めかしい姿に歓声が上がった。

 ヘルガーにとって『無抵抗です』『降参です』の意思表示を現すこのポーズは、屈辱以外の何物でもなかった。
 さらけ出された彼女の秘所は、探検隊としての仕事に精を出していたことが原因で、未だ使用されていないようであり、処女のソレは一切の汚れを纏わぬきれいな色をしている。
 その様子をまじまじと見るために、いつの間にかライラエルの周りには男性の人だかりが出来ていた。

「おいおい、尻尾もどけてくれよな。いくら細い尻尾だからって隠されたらよく見えないじゃねぇか」
 テッカニンの男は手を伸ばしてライラエルの尻尾をどかそうとする。

――ああ、もう私の女としての人生はここで終わったな……
ライラエルがそんな事を考えていた矢先に入り口から音がする。ガタン……キィキィ……と、扉が音を立てた。どうやら新しい客のようだ。

「おや、新しいお客さんかい? 運がよかったな。ちょうど今からこの女の見物を……って、子供? いや、待てあいつは……」
 テッカニンは遠くまでよく通る声でその客に声をかけたが……その子供は青い全身、2本の触角、胸のボタンの様な模様、目の上の丸い模様、体は極めて小さく……可愛らしい。
 どこをどう見ても子供である。彼の種族にとっては、これでも大人であるのだが、初見の者でそう捉えることが出来るものはそうそういるものではない。
 テッカニンの男以外は、その客を子供だと思っていた。

 「レアス……さん?」
ライラエルは頭だけを動かしてその姿を確認すると、頭上に疑問符を掲げるような声で呟いた。

――何でこんなところに居るの? 彼は確か霧の湖に留学していて……

「ん~~確かに僕はレアスだけど……キミって誰だっけ? 僕の知り合いにヘルガーなんていたかなぁ……ちょっと、話しかけないで待っててもらえるかな? すぐに思い出すから」
 レアスはカウンター席へ座る。席へ座ると言うよりは身長の関係で、カウンターの上に座っているのが適切ではある。レアスはメニューを端から見て、注文を始める。

 「マスター。カルアミルク*3のホットを一杯と、スモークサーモンのサラダをお願い。
 カルアミルクの味付けはこれでもかってくらい甘くして、トッピングには生クリームとミント加えてね。僕は甘党だからさ~~」
 そう言ってレアスは再びライラエルの方を見る。顔を見つめてしばらく考え込んでいたが、やっと思い出したように手をポンッと叩く。

 「ああ、思い出した。君は確かデルビルのライラちゃん*4だね。すっかり美しく成長しちゃったから気が付かなかったよ~~。
 同期にカゲボウズがいたけど……リーベルト君は元気にしてる? ていうか、そんな格好して何やっているの?」
レアスは今更ながらに、あられもない姿を晒すライラエルの格好を気に留める。

「はい、リーベルトはジェペッタに進化して元気に……って。そんな場合じゃないですよ! レアス先輩~~。実は……」
泣きそうな声色で体勢を変えずに、ここに至るまでの経緯を説明し始めるライラエル。

「あいつは……マナフィ」
 情報屋のテッカニンは知っていた。あいつは生きた伝説の探検隊『ディスカバー』の一番弟子であることを。
――とある豪商の屋敷の惨殺事件の犯人だと言われているが、事情が事情のために保安隊につかまることも無くどこかへ姿を消していたといわれていたが……なんでそんなやつがこんなところに……


ライラエルはレアスへ一通り事情を伝える。
 「ふ~ん、いいじゃない。君ってなんだかんだでまだ処女なんでしょ? それなら価値も高くなるだろうから、この際ダークジェムを返してもらえるくらい満足させるまで体で払っ……

 「よくないです! ていうかむしろ処女だからこそダメですって」
大声でライラエルはレアスに突っ込む。処女ということを聞いて、テッカニンの男はゴクリと生唾を飲み込む。

「だいたい、そんなことになったらきっと……『お前の樹液の味はどんなかな?』とかいって私のあそこにあの樹液を吸う口を突っ込んでチュルチュル吸って行くんですよ。そして私は『くそ……早く終わらせろ、この淫虫めが!』とか言って強がっては見たものの、結局のところは為すすべもなく……犯されるんです。
 そして私はここで晒しものにされつつ、こいつが卑しくもギャラリーからせしめた見物料を懐に入れつつ、『明日もまた来いよ……一週間分俺を楽しませてくれたらダークジェムを返してやっても良いぜ?』
 などと言って、それを信じて私は泣く泣く一週間通い詰めたかと思いきや利子が付いたとかほざいて……」

「いや、そんなことしないから……
 テッカニンの男は気の抜けた声色で否定する。

「~~~ほざいてきて、思わず私が突っかかったら『冗談だ、これで最後だよ』とか言って睡眠の種を飲ませてきて私が眠ったところで足の健を切った上に鎖でつないで、飼われるんです。
 そして情報屋としての情報能力を駆使して人買いに上玉として売り出され、その後鎖に繋がれたまま多くの美しい娘と共にギャロップ車でどこへともなく運ばれて息、趣味の悪い男に目をつけられて買われた揚句、
 買われた先ではしまっちゃうよルカリオ*5によって乱暴に暗い所に押し込まれしまわれちゃうんでぼへぇぁ!!」
 そこまで言ったところで、レアスの素早いアッパーカットを喰らう。そのアッパーカットには何の波導もこもっていないため、そういう意味では手加減はされているが、肉体的な面では容赦はされていない。彼女は恐らく盛大に舌を噛んだことだろう。

「ライラ、妄想には付き合ってられないから、僕は夜食を終えたらさっさと帰るね♪」
 このようにレアスはうんざりしてライラエルを突き放す。

「すまん、俺……そんなに悪役に見えるか?」
 あまりに勝手な妄想にテッカニンの男も呆れ顔である。ライラエルは、やはり舌を噛んだのかしばらく口を閉じて舌をモゴモゴさせながら苦しんでいたが、やがて立ち直りレアスに向かって懇願する。

「あ~~ッ……御免なさい! お願いです、必ず返しますからお金を貸してくださいレアス様
 ライラエルは四足の体勢になり、後ろ脚を伸ばし前脚だけ曲げて『四足ポケモン式』の土下座の体制をとる。
 さっきとは打って変わって、口調が違う。自分より立場が上のものに対してはすっかり丁寧語を使いながら話してしまうあたり、ライラエルは実のところこの酒場の男たちと大差が無いのかもしれない。

第2節 

「ふぅ……しょうがないなぁ。自業自得って言いたいところだけど、助けてあげちゃおうかな♪」
 笑顔のまま、レアスは男たちの方を見る。対して男は、いやらしい笑みを浮かべて口を開いた。

 「助けたいならこのねぇちゃんの賭け金分と宝玉分の計25万ポケでこいつの体は許してやるぜ。
 追加で15万ポケ払えばこの宝玉も勘弁してやるよ」
 そこまで言うと、テッカニンの男は下品な笑い声をあげる。

「ま、金を持っていればの話だがな」

「ふふん♪」
 レアスはニッコリと笑ってバッグから麻の巾着袋を取り出した。
 テーブルに置いた時に重厚なジャラリという音が周囲に響く。音から察するに密度が高いことをうかがわせるその中身は大量の金貨だった。口を開いて中身を見る限りでは、50万はゆうに超えている。

 「本当にあった……いいぜ、女もコイツも持って帰りな……」
ライラエルにお預け喰らった代わりに、この金で他の女でもひっかけるか。などと男は考えるのだが……

 「違う違う。購入じゃなくてさ、僕とも賭けをやろうよ」
思わぬ朗報が舞い込んできた。なぜか? と、言うまでもなく男は負けるはずがないのだ。
 男が使っているカードには、虫タイプ以外は数えるほどしか視認できる者はいない塗料を塗って、裏側からでも絵柄が分かるようになっている。
 無論、水タイプであるレアスには見えるはずも無く、よってカードゲームで負けるはずはない。
 何より賭け事とは言え、あの『ディスカバー』の一番弟子を打ち破ったとなれば自分の名も上がる。惨殺事件の犯人だとか、妙な噂もたっていたが賭け事で勝負する以上関係は無いだろう。
 
「へへ……坊ちゃん。話がわかるじゃねぇか」

「そう? お褒めの言葉として受け取っておくね♪ じゃあ、勝負を始めるその前に……」
 レアスは祈るようなしぐさをして、触角から淡い光を放つ。その光がフワフワと自分の方へ寄ってきて触れたその刹那、テッカニンの男の風景が一変する。
 味気ない色であったその景色に色が宿る。それも今まで見えなかった模様やら汚れやらもくっきりと。
 何気ない日常の一部であった、不衛生で閉鎖的な見慣れた酒場が、突如として幻想的で神秘的とさえ思わせる景色に変わり、男は視覚以外の感覚などしばらくは気にも留めていなかった。

 「勝負を始める前にこのカードを君の目で見たらどんな風に見えるのか確かめたいんだ☆」
 正面にいるテッカニンの男がまるでレアスの様な口調でそういった。へえ、この目で見るとテッカニンはこういう風に見えるのか。ってこれはどういう冗談だ?
 何で俺がそっちにいるんだよ。あれ? よくよくみれば自分の体は……丸っこくって……マナフィになっている?

「…………アンダロラァ~~!?」
 声を出そうにも訳の分からない不明瞭な声しか出せない。

――これは……聞いたことがある。マナフィと呼ばれる種族の専用技である、心を入れ替える技『ハートスワップ』。
  どうやらそれを使われたようだ。この技を使われた者は大抵、慣れない自分の体に戸惑うことしかできないと聞いている、どうやら、俺も例外では無いようでからだお動かすのはかなり難しい。
  ただし、マナフィに関しては体をで使いこなすことが出来、レアスもそのご多分には漏れないとか。と、言うことはつまり……

「へぇ、このカードって便利だね。テッカニンなら裏側からでも絵柄がわかるなんてすごいカードじゃん♪ 僕も欲しいなぁ……。ねぇ、ライラ。カードの他にはなにかゲームをしたかな?」

――こういうことだ……。イカサマがばれた。レアスの体に入った男は動揺して体中からどっと粘液を噴き出した。

ライラエルはレアスの能力を何度か体験した事はあるが、こんな使い方もある物かと感心して、答える。

「一応サイコロを使ったゲームを……やりました」
レアスはテッカニンのウエストポーチをガサゴソと漁る。普通ならなんとしてでも止めるべき場面なのだが、
 体を交換されているという異常な状況のせいで、止めようとしても、体が思うように動かない。

「例えばこの4・5・6しか出ないサイコロでとか? これって便利だよね~~♪」
 テッカニンに入ったレアスが浮かべる笑みは、テッカニンの男のものよりよっぽど自然であり悪い印象は皆無だ。
 それだけに今やっている容赦ない行為とのギャップがの激しさは、その寒暖の温度差で一陣の強い風を巻き起こしそうだ。事実、レアスの体に入ったテッカニンの男は臆病風に吹かれたように縮こまってしまう。

「おっと、そろそろ本人に体を返してあげなきゃね」
前触れも無く二人の体が元に戻る。レアスがニッコリと笑いながら見つめるとテッカニンの男は「ヤベェ」……と小さくつぶやいた。漸くいかさまをされていることに気が付いたライラエルはというと……。

「おい、お前……私を騙すとはいい度胸だ」
 ライラエルはイカサマをされていたことに腹をたて、牙をむき出して威嚇しながら詰め寄って行く。

「その外骨格の関節をすべて切り裂かれた揚句に、その気門を生クリームで一つを残して塞がれて窒息寸前の気分を味あわせられ、熱く焼いた靴を履かされ死ぬまで踊らさせられたり、
 裏側に棘が付いた箱に入れられ鉄の処女に愛されながら死んでいったり、万力で四肢を徐々に潰されたり、頭上から水滴をポタポタ垂らされながら磔にされて数日間放置されたり、
 ギザギザの台の上に正座をさせて膝の上に重しを載せられたり、カマキリの体の中に住んでいる寄生虫*6を爪の間に入れられたり、口から洋梨と言う拷問器具を入れて

~中略~

そしてしまっちゃうよルカリオに……」
 そしてライラエルは古今東西あらゆる拷問を口に――体形などの関係で明らかにテッカニン相手には出来ないような拷問も口にしながらテッカニンを脅す。レアスはそんな彼女の角を引っ掴んで床に叩きつけ、『慣性の法則』で自身は天井まで高速で吹っ飛びながら天井に着地(?)して、猛スピードで落ちながら覇気(ノーマル)の波導を込めた強力な一撃(ギガインパクト)を加える。

「をろあっ」
一撃を加えられた時、ライラエルはそんな風に汚らしいうめき声を上げる。

「ライラ、こういう酒場では騙される方が悪いのさ。その場で見破れなかったら、君の言葉は言いがかりにしかならない。だって、万が一だけれど君との勝負の後に誰かが塗ったものかもしれないでしょ? だから、今みたいに脅すのはルール違反にして、マナー違反だよ。以後、気をつける事♪」
 ライラエルは何かいいたげな表情を浮べるが、レアスの攻撃の痛みが勝って何も言えないでいた。レアスはライラエルのことを放っておいて、男の方をくるりと向き直り、笑顔を浮かべて問う。

「こんなゲームじゃつまらないでしょ? 僕がもっと楽しいゲームを教えてあげたいんだけど……どうかな? まさか、一度受けた勝負を断るとかそういうことはしないよね? ねぇ? ねぇ~~?」
 レアスがニコニコしながら問いかける。その顔は、おもちゃをねだる子供を彷彿とさせる。だが、レアスから漂う邪気のような物がおもちゃをねだる子供を遙かに超える逆らい難さを演出している。
 もちろん、その原因はレアスが『かわいらしいから』ではなく『怖いから』である。まともに対峙すれば極めて恐ろしいライラエルに、『さん』付けで呼ばれているような、ましてやライラエルに容赦ない攻撃を加えられる奴だ。
 おまけに惨殺事件の犯人という噂を持っている奴を、断じて敵になど回したくは無い。一度受けた賭け自体を断ったり、ゲームの変更を断ればどんな目に遭うかも知れないため、男は仕方なしに頷いた。

「よかったぁ、受けてくれるんだね♪ 勝負の説明のその前に……ちょっとライラに説教してくるから……その間は……そこのテッカニンさん。君って好きなお酒は何?」

 「ウ、ウイスキーだ……」
 突然の質問に、普段の自分からは想像できない裏返った声を上げて答える。心臓がありえない速さで脈打ち、気門が詰まりそうな気分だ。

「マスター、この人にウイスキーのロック(氷割)を。僕の奢りでね。飲んでて待っててよ♪」
 レアスは気前よくテッカニンに酒をおごると、話し込んでいる間にカウンターに出されていたカルアミルクとスモークサーモンのサラダを持って、ライラエルを連れて店の隅へ行く。

――あの餓鬼……ひょっとしたら俺よりはるかに上手なんじゃないだろうか?
 店の端へ行くレアスを見ながら男は思っていた。


 「ライラ……君は何やってるの? 賭けで破産するわ、イカサマ見破れないわ、体賭けちゃうわ……あの人を脅すわ……何一つ褒められる事をしていないじゃないか。全く、なさけない……君もどこかに留学した方がいいんじゃない?
 僕いいところ紹介するよ。空の裂け目*7とか」
 心底呆れた様子でレアスは深いため息をつく。レアスの言葉には情けないと思いながら言った反面、何処かに親が子を心配する心情も混じっている様子だ。

 「ゴメンなさい……私は酒癖が悪くって……今は冷静です、反省しています」
最後の勝負に負けた時から腹の方へ丸まりっぱなしの尻尾が、さらに腹の方へとくっ付くように丸まってしまう。
 シュンとした表情からは深い後悔が見て取れる。

「ま、やっちゃったことはしかたが無いさ。そ・れ・に……あっちがイカサマ使うなら、こっちもイカサマして勝てばいいだけのことだし」
 レアスは安心させるように笑いかけてポンとライラエルの腕を叩く。穏やかな表情と声色だが、言っている事はなんら穏やかではないことをライラエルは気にとめる余裕も無いようだ。

「ところで……レアスさんは霧の湖に留学に行っていたのですよね? もう勉強は終えたのですか?」
 レアスは得意そうに腕を組んでこう言う。

「ふふん。バッチリさ……テレスもさすがにユクシーなだけあっていろんな知識が豊富だよ。
 その知識をもとに、僕はいろんなイカサマを考えてみたんだ。町へ買い出しに行った時にお小遣いのほとんどすっちゃったね経験があってね。それでもって、そいつらに負けないようにって考えたものさ。君も今回のアシスタントを頼むかもしれないから少し学んでもらうよ♪」

「あの……私は」
 断ろうとするライラエルだが……

「じゃあ、テッカニンのおじさんとお熱い夜を~~♪
 レアスは有無を言わせない無邪気な口調で脅しかける。

「すみませんでした……」
 最早従うしかなかった。従わなければ結局助けてはもらえないだろう。それは困る。

「よく聞いてよ。ゴニョゴニョゴニョ……」
 
「……」
 ライラエルはその内容を必死で暗記するしか道は残されていないようだ。


「さて、ルールを説明する前に……ライラエルを隣においても良いかな? 勝利の神は女神だから、女性と一緒に居た方が縁起がいいんだ」

「あ、ああ……構わないぜ」
 テッカニンの男は頷く。その顔にはレアスの得体の知れない威圧感のせいで心臓がつかまれたようで、握りつぶされた果実のように緊張がにじみ出ている。
対してレアスは、構わないという答えを聞いて満足したように笑顔になる。

「じゃあまずはサイコロを使った勝負だね……君はこの……4と5と6しか出ないサイコロを使いなよ。そして僕はこの普通のサイコロを使う。使い慣れたサイコロの方が縁起もいいしね。
 サイコロを一個振って、その時テーブルに載っている自分が振ったサイコロの目が大きかった方が勝ち……引き分けの場合はやり直し。
 ただし、僕が勝つ確率は無作為にやった場合3/15*8。つまりは1/5なんだ……だから、君が勝ったら掛け金は2倍になって帰ってくる。僕が勝ったら掛け金は5倍になって帰ってくる……それでいいかな?
 掛け値なし……真っ向勝負。イカサマはしばらく忘れて……最初くらいは楽しくやろうよ。最初からイカサマっていうのも縁起悪いしさ」
 無邪気な少年の笑顔。その奥には、触手のようにねっとりとからみつくような悪意で以って、罠にかけようとたくらんでいるのだが、それは表に出さずにひた隠す。
 代わりにマナフィの人を信頼させるカリスマとでも言うべきもの*9を、意識的に表へ放ち、対峙する者を誤解させる。

――なんだ、俺より上手というのは俺の思い違いか……。ならばこの勝負は……
と。
 実のところその勝負は、とある理由によってテッカニンの男にとっては目が覚めるように有利な勝負だった。

「俺は良いぜ……だがいいのかい? その勝負なら、お前が勝つ確率何ぞ1/10くらいだぜ」

「またまた~~♪ だったら、ハンデとして僕が最初に掛け金を決める親になってもいいかな? 次かは君が親でその次は僕っていう交代制でさ」
 普通に勝負した場合、レアスが勝つ確率は実際に1/5なのだが、テッカニンの男には勝算があり、そしてその勝算が適用される場合は1/10という確率も嘘では無かった。ただ、レアスはそれを聞き流し勝負を取りやめにはしなかった。

「ふん、好きにしろ」

――こいつはカモネギだな……
 レアスの毒気に呑まれたテッカニンの男は、疑う事も忘れてレアスのことを甘く見た。しかし、一応念のため……というのは忘れない。

「悪いな……勝負とは関係なくて良いから、そのサイコロを振ってくれないか? おっとその前に、他のサイコロと取り替えられないように印をつけておかなきゃな」
 イカサマのあるサイコロを使われたら流石にたまらないと、レアスがバッグから取り出して手にしているサイコロにインクで軽く印をつけた。

「ふむ、まぁこれくらいは当然かぁ」
 イカサマがないかを簡単に調べるそのテストの結果は……


 3、4、1、4、6、3、6、3、1、2……ごく普通の出目だ。レアスの持っているそれはごくごく普通のありふれたサイコロに見えた。
 『イカサマ無しで』という言葉を信頼させられてしまったテッカニンの男には、それ以上疑えない。
 疑う事をさせないからこその、マナフィという種族だということすら忘れて。

「ふん、どうやら本当にイカサマではないようだな……じゃあ行くぞ。掛け金はいくらだ?」
 とりあえず適当にカモネギってやろうと、

5万ポケ♪
 この時点でテッカニンの男は自分の過ちに気付き始め。自分を呪う。

「いきなり……女を取り戻そうって言うのか? おまえ、何を考えている?」

「断るの? ふぅん、つまんないの」
 だが、レアスの口調が後戻りを許さなかった。

「いや……」
――やられたか? くそ、とにかくやるしかない。やつが俺と同じ技術を持っていようとも、俺が負ける確率は1/6。一応勝てる数値だ。
  やつが一方的に俺の技術を持っていれば……俺が負ける確率は3/10になるが……残念だったな。お互いに同じ技術を持っていると言うのはお前にとっては予想外だ。
 そして同じ技術を持つ者同士なら俺のが有利だ。と、言いたいところだが……くそ、負ける気がする。

テッカニンの男は今更ながらに後悔した。負けるはずはないと思いながらも、心の中で負けのビジョンを意識してしまう。
 そんな雑念は振り払ように心の中でレアスに虚勢を張ってみるが、レアスの技術はテッカニンの男の想像を超えていた。
 なにはともあれ1投目。

――6か……いい感じだな。

「それい♪」
――餓鬼の目は6……運がいい奴だってだけならいいんだが。

「引き分けやり直しだな……」
――俺の目は6……一応好調だ。

「わぉ、1/9の確率だね♪ 僕も頑張らなくっちゃ」
――餓鬼の目はまたも6……実は俺は1/4の確率で、それを言うとお前は1/36の確率なんだが……やはり偶然じゃない。いったいどうやって?

「わぁい1/36の確率ぅ♪ 次は君だね」

「くっ……」
――俺の目は5か……だが、まず負けることはない。はずだが……6を出しそうな気がする……

「えい♪」
――餓鬼の目は6……1/216の確率なんだが……ていうか俺負けたんだよな? 嘘だろ?

「いやったぁ!! 僕の勝ちだね♪ いやぁ、1/216の確率が出るなんて僕は運がいいなぁ♪」

「な……何故? まさかお前……サイコロの出目を完全に操れるのか? サイコキネシスを使った様子もないし……」
 あり得ない確率ではないが、なかなか起こることはないその結果に、テッカニンの男は呆然とした。

「知りたい……? 教えてあげてもいいよ……君が1/10と言った理由と交換でね」
 今までの子供っぽく可愛らしい表情をすべて捨て去ったレアスは、まるで大人の女性が初心な少年をいけない世界に誘い込もうとしているかのように甘い。
 一瞬ぞくりと全身が強張ったが、刺激された好奇心は誘惑には逆らえずに口は勝手に動き出した。

「教えてくれ……いや、まずは俺からだな。
 俺は、ドンブリではなくテーブルの上で転がす場合はサイコロの出目を正確にまっすぐ転がすことで1/4にする技術を持っている。
 だから、もともとイカサマサイコロ何ぞ使わなくとも、それだけでいろんな場面で勝利は盤石だ……。
 しかも、通常のサイコロは6の裏は1になっているが、このサイコロは6の裏は6……イカサマサイコロなら確実に5と6だけを出すことが出来る……つまり、負ける確率は1/10だ……
 これでいいか?」

「ふむふむ、すごいんだね、君って……僕は液体と固体の中間の性質を持ってが劣化しない……スライムという物体に砂鉄を混ぜ込み、サイコロに仕込む。
 そのサイコロは立方体の中で三つの筒がそれぞれ直角に交わった状態になるんだ。そのために立方体を半分に割ったサイズの直方体へ正確に溝を掘るんだけれど……大変だったなぁ。さらにそれを,
外目からはばれないようにコーティング。
 そしてそれを、どこがしかに仕込んだ……今回の場合はライラエルがテーブルに乗っけている左前足に仕込んだ強力な磁石で移動させる。これで、出目を好きに操れるサイコロの完成さ……面白いでしょ?
 スライムの作り方は……とあるユクシーから教わって、役に立たない知識だと謙遜されたのを今でも覚えているよ。そんなことないのになぁ……
 なんにせよ、これを作るのには時間がかかったよ……削る段階でゆがんだり削り過ぎたり……ね。
 ほしい? 上~げな~いよ♪」
 テッカニン男は戦慄した。出目を操作する重しを自由に移動させる重し入りのサイコロ――夢のサイコロを、こいつが作ったのである。テッカニンの男が、レアスを大いに尊敬するとともに恐れを抱くには十分だった。

「さて……ライラエルとお金を返してもらえるかな?」

「……残念だが、お前に帰っていくのは25万。ライラエルを返す場合、お前の5万は帰ってこなくなっちまうんだ

「む……確かに、じゃあダークジェムだけもらうよ。代わりにライラは好きにしていいよ♪ これで僕は5万ポケ儲けて、ダークジェムは取り戻し、ライラは処女を卒業と……めでたしめでたし♪
 じゃあライラエル……明日サメ肌岩に来た時にこれ渡すから、今夜は楽しんでいってね♪ テッカニンのお兄さんもやさしく扱ってあげてよね? ライラまだ処女なんだから」

「………………」
「………………」
ライラエルとテッカニンの男とギャラリー他は絶句した。

「ま、待って下さいよ~~」
「ま、待て……もう一度勝負だ。っていうか俺が言うのも変だが不憫すぎるだろそれ……」

「んもぅ、二人とも可愛いなぁ……僕ってばそういうの好きだよ♪」
 その答えを待っていたのかと大声で突っ込みたくなる様な困った言動に、レアスを呼びとめた二人は大きなため息を付いた。

第3節 

「僕との勝負したいんだよね? でも僕……本当はギャンブルの運には恵まれない方でねぇ。もともと運で君を如何こうしようなんて言う発想は無かった。 っていうか、最初の勝負は君に勝たせるつもりはなかったんだ……だからイカサマだけじゃなくちょっとしたズルい能力使っちゃった。
 この能力は伝説のポケモンの役得だね。
 帰ろうとしたのも、ただライラの可愛らしい反応を見て楽しみたかっただけで……本当は最後までやってあげるつもりだったんだ」

「そ、そんなぁ……私玩具扱いですか?」
「どんだけSなんだお前は……お前の方がずっと可愛い顔しているって言うのに」
 同時に声を上げる二人。実は仲良くなれるんじゃないだろうか。

「私をこの時点で玩具扱いするって言う事は、私がお金を払えなくなった時は……私を家に鎖で縛った挙句に口輪をして大声を出せないようにしながら監禁して……」

「いや、僕の家両親いるから監禁とか無理だって」

「~~~監禁して、毎日昼も夜もなく性欲を満たすためだけに私は使われて、毎日犯されるうちに私が食欲と性欲だけしか生きる上での快感がなくなったころにはすでに子供を孕まされたところで」

「卵グループ違うし……いやまぁアグニなら孕ませられるけどそれはねぇ……僕そう言う趣味ないし」

「~~~孕まされたところで、もう興味がないとばかりにポポポーイと人買いに売り飛ばされ

~中略~

しまっちゃうよルカリオにしまわれたわばっ」
 レアスはライラエルの腹の下から胴上げするようなフォームで一撃を見舞い、体――殴った場所が腹だったために主に下半身が浮き上がったところで、その勢いを無駄にしないように、滝登りからの腹への頭突きによる追撃で大きく一回転をさせる。
 一回転させられた体が地面へ落ちたところへ、差し出す様に近くにあるライラエルの角を掴むことで、反作用により体が浮き上がることを阻止しつつ水の波導を纏った触覚で鞭のような攻撃を喉へ繰り出した。
 喉への強烈な一撃で、ライラエルは意識を手放してしまった。

「酔いを覚まさせるにはどうすればいいんだっけ……? 寝てれば覚めるかな……」

「俺どんなに強い酒飲んでも酔わないし、飲めば飲むほど相手は弱くなるから考えたこと無かったわ」
 レアスの毒気を存分に浴びたせいか、先程騙されたことも忘れているかのように少し打ち解けあった様子で、テッカニンの男は言ったが……

「って、俺はお前に騙されたんだ……何打ち解けて……」
 自分のレアスに対する感情から怒りも憎しみも薄れていることに気がついて、レアスの毒気に呑まれないように必死で抗う。

「言ったじゃない……最初は、絶対に勝たせる気がないって。でも、次からは、普通に勝負しよう。ただし運の勝負になるとは思わないでね?」

「俺を出し抜こうってか……? いけすかねぇ餓鬼だが……運以外の勝負ならなんだって言うんだ?」
 レアスは冷たい笑みを浮かべて、テッカニンの男を見つめる。

「洞察力」
 そう言ってレアスはため息をつくと、パァッと子供らしく明るい表情に打って変わり、テッカニンの男を魅了(ヽヽ)した。

「それじゃあ、ルールを説明するよ。使うものはこのカップ」

「旅して来た割には無駄な荷物が多いな……」
 テッカニンの男の鋭い突っ込みにレアスは口ごもる。

「いや、それは……ニュクスなんてタイプライターを土産に持って来たくらいだから……僕はコレ、とっても小さな時計の腕時計。僕の場合は腕につけるには大きすぎるけれどね……
 欲しい? 上げないよ」

「……賭けで大負けしたらくれよな」
 テッカニンの男は可笑しそうに笑った。また、レアスの毒気に当てられ魅了(ヽヽ)されていることに気が付けていない。
 レアスは自身の能力の聞き眼に満足しながら、机の上に三つのカップを逆さに重ねる。その上の二つをまずひっくり返して中身を見せる。
 一つの内側には黒いテープが、もう一つにも黒いテープが張られていた。そしてもう一つをひっくり返すとこちらは黄色。

 「ルールは簡単。僕がこのカップをかき混ぜて、かき混ぜ終わったら君がどれか一つを指定する。その時テープの色が黄色だったら君の勝ち。黄色じゃなかったら僕の勝ちってわけ。勝った方は掛け金が倍になって帰ってくる……と。
 本当は中に音がしないナニかを入れるのが一般的だけど、すり替えたり落としたりって言う、イカサマを防止するためにテープにしたんだ~~♪
 さて、どうする? さっきは僕が掛け金決めちゃったから今度は君が掛け金を決めていいよ……」

――恋は盲目、僕に恋せよ……

 レアスはマナフィの能力による精神攻撃を続けた。これが馬鹿ならば一度地の底にまで落とした信用を最大まで回復させることだって出来る。
 間違っていることに気付けても抗いがたい蒼海の皇子のカリスマに呑まれて、テッカニンの男は拍子抜けし、『テッカニンは素早さに定評のあるポケモンとして知られ、動体視力もまた無類の良さを誇る。こういった勝負で負ける道理など無いのだ。しかもご丁寧にイカサマ対策をしてくれている。
 先ほど、レアスに騙されたが、今度こそは大丈夫だ』と、心の中で思う。

 それが、レアスの計画。しかし、そうなるほど、男も馬鹿ではなかった。

「へへ、いいぜ。了解だ……2万で行く」
――だいぶ分かってきた。奴は……言ったんだ。
  トイレにて赤いシフォンと青いシフォンのどっちを着るかと聞いてきて、どちらを選んでも死ぬ……違う色を答えても死ぬという都市伝説。
  こいつは……そういうやつだ。それに俺は見たんだ……黒のテープのカップがレアスが触れる瞬間に一瞬曇ったところを。そして、あいつはこの勝負を動体視力ではなく洞察力の勝負といった。
  言葉通り受け取るならば……その意味は……

「OK! それじゃあ始めるよ」
 黄色いテープのカップを真ん中に置き、それを十分確認させた後ひっくり返す。

「さ、それでは勝利の女神様に息吹を吹きかけてもらいましょう♪ さ、ライラお願い」
ライラエルは言われたとおり、ひっくり返ったカップに息を吹きかけた。その息は悪タイプと炎タイプを併せ持つヘルガーらしい、暖炉の近くにいるような熱い息吹である。

「3・2・1・0!」
ゼロのカウントと同時にレアスはカップをかき混ぜ始める。小さい体だけあってなかなかの高速だが、
 テッカニンである彼にとってはそのスピードを見きることなど、容易であった。
 更に、テッカニンはただ素早いだけでなく、集中しているうちにさらに加速する特性を持っている。混ぜ終わるころには片目でも余裕で見きれる自信があるほどに目が慣れてきている。この程度の事スピードを見間違うことは無い。

「終了!」
 の言葉と共にレアスはカップから手を放す。

「普通にやっていれば……本当に何の細工もなければ右のカップなんだがなぁ……なぁ、レアス君。物は相談だ……ルールを変更してくれないか?」

「場合によってはいいよ~~♪ 具体的にはどんな風に?」

「二つのカップをひっくり返して、それがどちらも黄色じゃなかったら……俺の勝ちにしようや?」

「ああ、それくらいなら問題ないよ~~。黒だったら君の勝ちだね? それじゃあ、存分に選びなよ♪」
 ニコニコとした満面の笑顔を崩さず、『恋は盲目、僕に恋せよ』とレアスが念じる精神攻撃を繰り出した。
 その精神攻撃に負けてテッカニンの男は思わずハイと言いたくなる衝動に駆られたのをギリギリのところで気付いて、テッカニンの男は食い下がる。

「いや、黒じゃなかったら……だ。まさか、黒じゃなきゃいけない理由でもあるのか? 掻き交ぜているうちに色が変わるわけでもあるまいし……」
 だが、それに負けなかったテッカニンはこれで勝利を確信した。まだレアスが精神攻撃を続けていることえお知ってか知らずか。

「ふふ……いくら警戒している人でも、そこまで言ってくる人はいなかったよ。すごいね~~、やっぱり警戒しちゃうものなんだ。
 それって僕が伝説のポケモンだからかなぁ? だとしたら、やっぱり役得だけなんて調子のいいことばっかりじゃなくって損もあるってことだよね~~♪」
 レアスは、ドキリと心臓をつつかれたような気分になるがそれを表には出さないように魅了(ヽヽ)する精神攻撃を繰り出す。そして、話を引き延ばそうと、急に饒舌になる。

「確かに、お前が伝説のポケモンではなく能力に乏しいポケモンだと知らなかったらもしかしたら警戒しなかったかも知れんな。 けれど、お前は違う……なぁ、生まれながらに皇子――支配者のポケモン、マナフィ。
 伝説には、面白い童話が一つあったじゃねぇか。水のハーモニカの伝説がよう?」
 そのお話にはテッカニンの男も乗ってくる。思い通り……とばかりにレアスは心の中でほくそ笑む。

「まいったね……童話も馬鹿にしないとは、なんともまぁ情報屋とは面白い。
 とある町に流れ者のマナフィがたどり着き、困っている町の住民を見て、水のハモニカ*10でならず者の盗賊を討伐してやると言った。
 相応の報酬を支払うことを約束した上で、マナフィは盗賊たちを濁流へ引き連れほぼ全員を溺死させたとも言われている。
 しかし、街の住民がそれに対する報酬を支払わなかったことで、マナフィは怒ってどこかへ行ってしまった。今度戻ってきた時は子供たちを濁流に引き連れほぼ全員を溺死させてから海へ消えて言ったともされている。童話のマナフィと僕を比べるの?」
 レアスは子供に読んで聞かせるようなゆっくりとした口調で語り終えた。

「お前ならやってもおかしくない気がするがな」
 テッカニンの男は笑った。

「流石に僕もそこまでは出来ないよ……近いことは出来てもね……泥沼に落とすくらいなら。簡単だよ、君みたいに警戒心の強い子ならば大丈夫かもしれないけれどさ……」
 殺意にも似た悪意を以ってギャラリーたちにそのまなざしを向けた。それが向けられたものは一様に心臓を抑えその鼓動が早まることに不安を覚えた。
 意を自分に向けられていないテッカニンの男ですら余波を喰らって気圧されている。

「ふふ、なんだか気味に段々興味がわいてきちゃったなぁ……絶対に勝つ自信がある勝負しかやらないって言うのはいいことだよ」
 そう言ってレアスはカルアミルクを一口飲み、サラダをつまんだ。

「ところで、どこで分かったの……? 僕って結構ばれないように警戒していたつもりなんだけれどな~~……やっぱりあからさま過ぎた?」

「最初にカップをひっくり返すときに一つだけ一瞬僅かに曇って水滴が付いたことで疑った。『黒じゃなかったら僕の勝ち』と言ったから疑いを深めた。
 なぜ、『黄色だったら』僕の勝ち……じゃないんだ?
 って思ったんだ。あからさま過ぎたかどうかって聞かれれば、最後に勝利の女神様の熱い息吹をふきかける行為で確信した。それがあからさま過ぎたな」

「ふ~んすごいね……そこまで警戒しているなんて。僕損しちゃった……」
 魅了(ヽヽ)する攻撃を最大限に発揮して、レアスはテッカニンに開示を進める。

「そこまで警戒しているだけじゃだめなんだろ? わかっているさ」
 不敵な笑みを浮かべてテッカニンの男は天井へと飛びあがり照明のランプを手に取った。そしてその火でカップを温める。

「これくらい警戒すれば勝てるんだろう?」
 テッカニンの男は自信たっぷりに左のカップをひっくり返す。色はオレンジだ。そして真ん中もひっくり返すと、これまたオレンジ。

「温度で、色が変わる。原理なんて小難しいことはお前の知り合いの知識ポケモンに任せていればいいが……お前は話を引き延ばして温度が下がるのを待っていただろう?
 それを警戒しなきゃ勝てないと言いたかった……な?」

「いくらたくさんヒントを与えてあげたからって……僕のカリスマ攻撃を掻い潜っての完全正当とはね。まぁ、なんにせよ君の勝ち……っと♪
 さて……4万だったね?」

第4節 

レアスが差し出した金は4万ポケを受け取り、テッカニンの男は気の抜けたような声で聞いた。

「あ~あ……まだまだ全然取り返せないな。どうする。まだ知恵比べをつづけてくれるかい?」

「だいぶ僕の好みが分かってきたみたいね……僕の技にはハートスワップ以外にももう一つハートに関わる技があるの。カリスマ攻撃って僕は呼んでいるんだけれどね。
 それの前には心理戦も駆け引きもほとんど無駄になっちゃうから、ポーカーとか全然面白くないんだよねぇ……
 だから、僕は知恵比べを賭けにしているんだけれど……気に入ってもらえた?」

「本当にいけすかねぇ餓鬼だな……。だが、いいだろうよ。今回もお前の勝負に乗ってやる」
 
「わぉ、嬉しい事言ってくれるね。じゃあ、褒められて気分が良くなっちゃったから相手しちゃおうかな?」
 これはもう、ギャンブルではなく知恵比べだと言い切ったレアスにテッカニンは面白いと勝負を受けた。いかに嘘を言わずに相手を出し抜くかの勝負……相手の言葉の裏に隠された真実を見抜けるかどうかという勝負にはテッカニンもそれなりに自信があった。
 対してレアスは、精神的な攻撃はもうしなかった。このテッカニンの男にはそれは無駄だと悟り、あくまで対等の知恵比べを楽しむことに決め込んだ。
 両者とも、大人の遊びをするだけで、子供のように楽しむばかりだった。

「ていうかギャンブルしてないじゃん……二人とも」
 ライラエルはその傍らで、他人事のようにそう呟いた。彼女は一番の当事者のはずなのだが。

「じゃあ、かけ値なしのくじ引き勝負なんてどう? 面白いよ~~♪」
 笑顔を崩さずにレアスは言った。天使のような笑顔だが、内面にはナックラーが息を潜めて獲物を待っているようにも見える。
 絶対騙されてはいけない。

「とりあえず勝負の説明をしてからだな」
 男の言葉を待ってましたとばかりにレアスは机の上にバラバラとコインを並べる。けたたましい音が酒場に鳴り響いた。
 このコインには、表面に何も描かれておらず、大きさも均一である。ただ、色が違う。

 「さて、ここに並べたのは、鉄にそれぞれ10枚ずつの金・銀・青銅*11・黄銅*12をメッキしたコイン。このコインの価値は、金が1000点 銀が500点 青銅が300点 黄銅が200点。

 僕たちは机に並べられたこれらを、目隠し及び、手触りによる判別を防止するための手袋をして10枚選び皿の上に置く。
そしたらその合計点数を競うんだ♪ 

まず最初に先攻が10枚選んでお皿に置いた後、点数を計算してコインを元に戻し、後攻が同様の操作をする……と。ただし、先攻は不利なため、後攻は1000点マイナスのハンデでスタートするって感じかな? 点数×指定したポケが相手への賞金……コインを選ぶための制限時間は10分間。やる?」

 男は言われた瞬間に言葉の真意を理解する……
――先攻は不利と言うのは何かしら嘘だ。くじ引きと言う心理的な駆け引きとは無縁のこの勝負で、同じ動作を繰り返すゲームでありながら、後攻であることに何の意味があるのかと考えれば、答えはなにも意味がない。
  つまりは裏技があり、それを見られてしまうと真似をされる。真似されたら負けになる可能性があるからということだ。
  実質、このゲームはそれを見切れという知恵比べ……制限時間は裏技の方法が時間がかかうということだろう。
  なんにせよ、先攻でないと勝ち目が薄いのは確かだが、逆に言えば……裏技を見付けだせば、普通のやり方と比べて1000点をものともしない点差が付くということ。レアスの言葉の一つ一つにちゃんとヒントが隠されている。
  ならば裏技とはなんだ……?

「やらないの? 詰まんないなぁ……じゃあ他のゲー」

「いや、やる……先攻ならやっても良いぜ……」 
 レアスはニッコリと笑う。

「いいよ♪ 掛け金は点数×いくらにする?」
了承のようだ。続いて、男は話を引き延ばそうとゆっくりと息をつき、ゆっくりと語りかける。

「1点につき100ポケだ……それともう一ついいか? お前じゃなくて、そっちの姉ちゃんにお前の代打ちを頼んでも良いかな?」
 男の言葉にレアスはさらに笑顔を咲き誇らせる。真意は定かではないが、この女にも何か吹きこんでいることがそこから分かる。

 「いいよ♪」
――イカサマをやるには技術がいる。この餓鬼はイカサマに慣れているかもしれないが、この女は騙しに関しては赤ん坊みたいなもので、難しいことをやる技術はない。だが、それでもこの女にゲームをやらせるという事は、裏技には技術はいらないということ。これも重要な情報だ。

「じゃあ、ライラを起こすかな……ライラ~~♪」
 レアスは気絶して今まで伸びていたライラエルの顔に水をぶっかけたり揺すったりで起こし、事情を説明する。そして、酔いを醒ますためにも大量の水を飲む必要があるだろうと、大皿に水をたっぷりと湛えさせて、テーブルに置く。

「これを……飲めと?」

「とりあえずね、全部じゃなくていいから。てか、飲め!!」
 ライラエルの疑問に対し、レアスは有無を言わさない口調で答えた。

「さて、今から10分間目隠しをしてコインを選んでもらいます。目隠しをはずした場合はその時点で終了……と」

――ふん……こんなギャンブルは初めてだ。知恵比べといい切っている時点で、ギャンブルですらないのかも知れないが。

「それでは……始め♪」
 五感の中で最も大事な視覚が失われ、聴覚や触覚が頼りにならなくとも他の感覚ではどうだ……と。ヘルガーの鼻でしか判別できないにおいであるのならばお手上げだが、それ以外にも確かな感覚……舌がある。
 つまり、裏技の方法とは味で判別することだと、試合を開始する前に男は結論付けていた。少なくとも金と銀は味がしないから、それを選べばいい。
 テッカニンの男がコインに口を近づけた時点でレアスは言う。

「あちゃ~~ばれちゃった? ふふ、そうこなくっちゃ」

これで味は分かった。この方法なら、確実に金か銀を取れるということだ。全く以って便利な裏技である。
後は目隠しをして判別するだけだ。
 その結果……金が6枚で銀が4枚。つまりは8000点だ。1000点のハンデが付く以上、めったなことで負ける道理はない。
 目隠しして全部金を取る方法などあるはずはないと、テッカニンの男は勝負の成り行きを見守った。

「次……私の番ね」
 ライラエルはすべての金と銀を一度1か所に集め、山にした。

「まさか……全部金を選ぶやり方があるって言うのか? んなわけ……」
 戸惑うテッカニンをよそに、ライラエルはそのすべてを口の中に咥えこんで、炎の牙の要領で熱した。

「ごめんね。実はね……あるんだ、全部金を選ぶ方法が。鉄は……金と銀よりも遥かに溶けるための温度が高く……金は銀より僅かに高い。
 君の目の届かないところでライラエルに吹きこんでいた時に……保険として教えておいた。銀が融ける温度を覚えさせた……悔しいかもしれないけれど、これが現実。
 『石橋叩いて渡る』なんて言葉があるけれど……こういうのを、『石橋叩いて割る』って言うのかな? 素直に……僕にやらせれば勝ったのに」

「な……」
 銀メッキが溶け、その下にある鉄が露になる。それを感じたところで、ライラエルは水をなみなみとたたえた皿にコインを投入し味や舌触りを確かめる。そして、正確に金のコインだけを選び出した。
 ライラエルが行ったゲームの結果はレアスの宣言通り10枚全部金のコイン。ハンデの分1000点があるので、8000対9000……結局は1000点差と言う事になる。
 1点につき100ポケというルールを適用するのならば賞金はレアスへ10万ポケと言う事になり……

「ふう……これで僕の収支は28万ポケプラス……と。ライラエルを引き取っても3万ポケ余るね」

「……くそ野郎」
 自分の出した答えが正解だと確信しながら、その実どう足掻いても勝利は不可能なその戦いに対して、テッカニンの男は悔しそうに毒づいた。
 ただし、自分もライラエルに対し同じことをやっていただけに、罰が当たったぐらいにしか思ってはいない。

「そんな顔しないでよ。君は……幸運だよ~? だって、今の僕は機嫌が良いから、余りの3万ポケは、明日君にあげる。だから僕はライラエルを引き取るだけでも十分だよ♪」
 子供の表情に戻ったレアスは楽しげにテッカニンの男を励ました。
 
「俺に3万を……どういう風の吹き回しだ?」
 だが、テッカニンの男は金が戻ったことを嬉しく思う半面、情けを掛けられた事に対して不機嫌そうにレアスを睨んだ。

「君を雇いたい。情報屋の仕事料は3万ポケじゃ不服かな? 勿論、それは手付金だから、成功報酬はそれ以上を十分に期待してもいいよ♪」
 子供でも理解できる簡単なことを言われたはずなのに、テッカニンの男はわけが分からないといった風にしばらく考えてしまった。

「仕事によるな。だが、情報屋のほかにもギルドを通せない仕事の仲介屋とか、そういう仕事も受け付けているわけだが……よっぽどの長期間俺の行動を制限するものでなければ、手付金だけでも十分なくらいだ」
 ただ、整理が出来てからもともと難しいことではなく普通に応えられた。

「じゃあ、この3万ポケを、明日の昼ごろ、パッチールのカフェ、『マイペース』で渡してもいいかい?
 そこでお仕事一緒にやることになったら……これからは仲良くしようね~~♪」
 テッカニンの男は、一度気だるそうに冷めた目をしたが、レアスと言う者の、今日の出来事で感じた性質を思い出すと、目つきを変える。

「じゃあ、俺もお前さんと仲良くしようか? だが、伝説の探検隊ディスカバーのみなしごは、俺みたいな、日陰者でも歓迎してくれるのかい?」
 テッカニンの男は自嘲気味に笑い、尋ねる。

「それが、蒼海の皇子……マナフィだ」
 冷やかな口調でレアスは言った。自分と言う存在に対し絶対の自信を持っていることが見て取れる。

「だって、君は僕が歓迎したいくらいなんだもん♪」
 レアスは再び子供に戻って、テッカニンの男へ精神的な攻撃を再開した。

「僕との知恵比べ……2回目と3回目に僕の言葉の裏をあそこまで深読みできたのは君だけだ。2回目の問題は完全正当。コレはユクシーでさえ、僕の前には成し遂げられなかったこと。
 3回目のは、君が口でくわえて判断するというのは本当は100点満点の答え。あまりにも悔しいから、意地悪しちゃったんだ。
 それで思った……君は素晴らしい逸材だ。対戦相手が僕みたいに特殊な能力を持っていなかったら一回目のイカサマも見破れただろうに……もったいない。
 騙してごめんね。お詫びに、後で使い切る前に死んじゃうほど儲けさせてあげるから♪」
 テッカニンの男は声をあげて、夏に見せる耳障りな音も立てながら笑いだした。

「なるほど……伝説のポケモン様にそう言ってもらえるのは光栄だ。じゃあ、この3万ポケは預けておくぜ……明日、もらいにいく。
 ただ……あまりマイペースみたいな明るいところでやるのは苦手なんだわ……ドラピオンとアーマルドの経営する喫茶店……商店街の喫茶店『(クロス)-poison』が好みなんだが……いいか?」
 テッカニンの男はそういって、金貨を袋に詰めてレアスに渡す。

「名前が衛生上……いや、なんでもない。確かにもらったよ。それじゃあ、気分がいいから君の分、奢るよ♪」
 レアスはにっこりと微笑んだ。

「ええ? ちょっと、本当にそんな奴に奢っちゃうんですか?」
 しかし、ライラエルはその行動をとても信じられないといった風だ。

「うん、君が必ず返すって言った借金に利子付ければ、その分十分に元が取れるしね。それに、このテッカニンとはこれから長い付き合いになるかもしれないし」

「ふえぇぇ!? ちょ、その借金の利子で私を縛ってどうするつもりですか? 何度返しても利子だ利子だって言って一向に私を開放する気配の欠片も見せずにお金を要求し続け、そのうち……利子が私の収入を越えるようになってきたと思えば、そのうち私は探検隊の仕事を取り上げられて別のとても口では言えない……

 ~中略~

 そして私はしまっちゃうよルカリオにひでぶっ」
 ライラエルは体の下に潜り込まれたレアスから至近距離で破壊光線を喰らってしまい、盛大に吹っ飛んで天井に叩きつけられた挙句床面まで真っ逆様に落ちて行った所に水の波導を叩きつけられた。

「全くこの子は……あ、そういえば君の名前聞いていなかったね。テッカニンのお兄さん」
 レアスがたずねると、ノイは思い出したように口を開く。

「ノイだ……普段はヌケニンのサイと組んで仕事をしている」

「そう、ノイさんか。覚えておくよ……」
 レアスはそう言って、気絶したライラエルの角を掴みながらくるりと向き直る。

「それじゃあ、皆さんおっ先~~♪」
レアスは思い出したように金貨をカウンターに1枚投げる。

「それで二人分足りるよね?」
店主が頷くのを確認するとレアスは店の出入り口へと向かう。
 一人の客が帰っていくところなど、普段なら誰も気にしないところだが、今日ばかりは誰もがその光景を目で追った。

 テッカニンの男に軽く手を振り、扉の方へ向き直る。ドアをゆっくりと押してもう一度振り返って一言。

「お騒がせしました~~♪」
 笑顔でペコリとお辞儀をして、扉を押す。ガタン……キィキィ……音を立てながら扉がゆれて、二人の姿は見えなくなった。

 テッカニンの男は面と向かって手を振るのが少し恥ずかしかったのか、レアスに見えないように手を振った。手を振っているだけで、なぜだか滑稽に感じられてしまい、店の客はノイを見て笑っていた。
 当然、テッカニンの男の耳はいい。ジロリと睨めば、ライラエルには及ばない腕前であろうともそれなりに修羅場をくぐりぬけてきたノイに逆らえるはずもなく、目を伏せて鉾先が向くのを勘弁してもらうしかないのだ。


酒場を後にしスラム街を抜けてギルドへ帰るべく歩いていく二人。

「レアスさん……首と左下半身が痛いんですけど。いい加減離してくださいよ。もう歩けますから……」
 ふう、とため息をついてレアスは首をつかんでいた手を乱暴に離す。ライラエルの体が地面に転がった。

「ライラ……君の酒癖の悪さには呆れたよ……」
 彼女は立ち上がって一言つぶやく。

「私ってそんなに酒癖悪いですか?」

「悪いでしょ? しまっちゃうよルカリオがどうだこうだって口走るし、勝ち目のない賭けを何度も挑むし……そんなんじゃ結婚して家庭持った時に苦労するよ?」

「どうせそうですよ……セージもバジルもローレルも、酒を飲む前はグラエナズ*13の全員が私の取り合いだったのに、酒を一緒に飲み交わした途端私の押し付け合いですよ……ちくしょーー!!
 グラエナズなんてしまっちゃうよルカリオにしまわれちまえばいいんだ!!

「ま~だ酔いが収まっていないんだね……」
 レアスは呆れ気味につぶやいた。

「はぁ……10万ポケ……」
 ライラエルも負けじとネガティブな呟きで返す。

「自業自得&授業料!」
 ふう、とため息をついてレアスは続ける。

「ライラ……次は助けないからね。お腹がすいて立ち寄った場所でなんで僕があんなことを……」
 それに対してライラエルは茶化すように言い返す。

「そんなこといって……レアスさん、思いっきり楽しんでいたじゃないですか。まるでしまっちゃうよルカ……アベシッ!
 言い終わると同時に、ライラエルは虫の波導を込められた足で肩口を軽く一発、重めに一発蹴り飛ばされて壁まで叩きつけられる。レアスは慣性の法則で吹っ飛びつつ壁に着地し体勢を立て直すと、倒れたライラエルの腹に、水流を纏いながら頭突きを加えつつ地面に着地した。
 ライラエルにとって虫の波導は弱点ではないが、酒で反応が遅れたことや不意打ちだったこと。そしてレアスの実力そのものがかなりの痛手であったようだ。そして、その追撃は文句なしの大ダメージである。

「罰として、必ず返すって言った例のお金40万は10万の利子付きで払って貰う*14からそのつもりでね♪ あ、でも……お金で返さなくてもいいよ。体を売って返すとか体を張って返すとかいろいろ方法があるからね。
 そうそう、ユクシーのテレスっていう人が人体実験の被験者を探していたからそれで返すのも……他には……」
 レアスの顔にはまた笑顔が輝いている。笑顔で借金の取り立て宣言が出来るとは普通ではない……マナフィは別名『蒼海の皇子』とも呼ばれているがレアスはどちらかと言うと『蒼海の暴君』だ……

「ふえぇぇぇぇ……」
ライラエルはため息をつきつつ、恐ろしげな外見に似合わない、かわいらしい声を上げて項垂れた。
さっきまで左右に振っていた尻尾も、いまではすっかりお腹の方へ丸まっている。

 ギルドへ帰る足取りがおぼつかないのは、レアスのせいなのか、酒のせいなのかは誰も知る由もない。

――漆黒の双頭……第3と4のメンバーは決まりだね……ノイとは仲良く、ライラは扱き使う。うん、幸先いいスタートだな♪
 あとは、サイって言うのがどんな子なのか……ヌケニンのその子は第5のメンバーになったりして……ふふふ、妄想が広がるなぁ♪

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前のwikiの消滅とともに黒歴史となっていた作品がリメイクされて復活。
今回はポケモン要素が少なくなりそうですが、個人的にギャグに思う存分走れるために大好きな回です。


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*1 貝殻の内側、虹色光沢を持った真珠層の部分を切り出した板状の素材を、漆地や木地の彫刻された表面にはめ込む手法、およびこの手法を用いて製作された工芸品のこと
*2 ちなみに完封負けになる確率は、無作為に対戦を行った場合は120分の1の確立
*3 コーヒーリキュールを牛乳で割ったカクテル
*4 漆黒の双頭第6話参照
*5 子どもたちに人気のある、ビッパとジグザグマとパチリスの少年たちが織りなすほのぼのコメディ紙芝居に登場するビッパの妄想の産物
*6 ハリガネムシのこと
*7 パルキア在住。アズレウスとクリスタルの生まれ故郷
*8 相手と自分で18通りの出目があり、その中で勝負がつく場合は15通り。
そのうちレアスが勝つことが出来るのは相手が4を出した時の5と6。相手が5を出した時の6。の3通りに限られるため、15分の3

*9 『生まれた時から備わっている不思議な力を使うと、どんなポケモンとも心が通い合う』能力。プラチナのポケモン図鑑参照
*10 ポケダン時闇で七大秘法とされている楽器の一つ。水タイプのポケモンの心を震わすことが出来る。実際は他のタイプには意味がないのだが、伝説なので誇張されている
*11 10円玉と同じ素材
*12 5円玉と同じ素材
*13 お尋ね者しか狙わないポチエナズの全員が進化して改名された探検隊。全員の名前がハーブなことから考えると、親は多分料理好き
*14 金利は25%。日本では違法金利

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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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