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漆黒の双頭“TGS”第5話:魅惑の療法士・前編

/漆黒の双頭“TGS”第5話:魅惑の療法士・前編

作者……リング
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第0節 


 キールから手紙が届いた……のはいいのだけれど。
「また……惚気話……キールってば」
 最近キールから届く手紙はのろけ話が多かった。
『前も言った通り……救助隊をやっていれば、助けられた人は僕のことを信頼して頼ってくれるのさ。
その感情は、母さんが僕を愛してくれた時のよりも心地いいからその感情が好きで好きでたまらないんだけれど……
アサは、記憶までなくしていたから、それが人一倍強いのかな? 僕へ向ける心地よい感情が半端じゃないのさ。
そのせいで僕まで胸がドキドキするんだけれど、これって恋なのかなぁって……レアスさんはどう思う?

でも、変なのさ。もう、アサはあの時ほど僕に頼ることもしないから、感謝の感情も弱くなっているのに、
僕ってば前よりドキドキしているのさ。……僕は岩、アサは草タイプ……確かに相性はいいけれどさ。
アサは魅力に強く目覚めているわけでもないのにこんなに惹かれるものなのかなぁ?
僕とし』
 僕は下手な文字で書かれた手紙を読むのに嫌気がさして、読み途中で保留する。

「草の魅力は『誘因』……自分に役立つ者を引き寄せ、また引き寄せられる方も自分を必要としているという、ものすごく都合のいい魅力……
 まったく、キールにとって、アサとかいう女の子は、必要不可欠みたいね」
 さて、面倒だけど続き読まなきゃ。でも、いつ読もうかな――と、僕は手紙の続きを読むのがひたすら面倒だった。

第1節 

「そんなの……嘘だ」
 言葉とは裏腹に、少年は心から否定することが出来ない。
「どうかな? 例えば、その病気は神に見放された者の病気……そうだろう?」
 自分たちを閉じ込めた者たちが『――は神に見放された』と言っていたのを思い出し、少年は自分の体を見る。
 醜いミミズ腫れが浮き上がった自分の体は、神に見放されたのだな――と、感じるには十分すぎた。
「だが、その病気を治せるものがいたら、それは神様ってことになる考えは……あまりにも簡単過ぎるかな?」
「治せるの……?」
「あぁ、でも今は信用しなくてもイイ……後になって断ってくれようともかまわない。
 お前をこっち側に誘うことそのものに意義があるものでな……」
 もう神に愛されたいだなんて、自分は願っちゃいけない。そんな風に思っていた彼にこの言葉。
 これが、4つの力に目覚めながら死を前にした少年が、命を長らえる経緯。



 遮るものの無い太陽光が褐色とアイボリーカラーの体毛を焼く。お腹をすかせたミミロルの少年が、道の傍らに見える草を物欲しそうに眺める。
 だが、勝手に食べているところが見つかれば最悪、殺されても文句は言えないと唾液を流すのみである。
 少年は桶を頭の上に乗せながら持ち、水を汲んでいた。こうして働かせられるのは初めてのことではない。今までも物乞いをする代わりに荷物運びを手伝ったり、道行く人の体を拭いたりして日々の実入りを得て、暮らしてきたのだ。

 少年は手や首の痛みに何度も桶を置きたくなる。だけどそんな風に休み休み行っていたらダメだと、必死に耐え忍ぶ。そうして少年は街へと戻っていった。
 その町の水は汚れていた。流れが殆どない淀んだ支流が街のいたるところを流れ、そのいずれもに糞尿が垂れ流しになっている。その不衛生な水で遊ぶ子供や涼をとろうと浴びるものもいるが、流石に飲む者はベトベトンでもなければいない。
 悪臭を放つその川を尻目に、少年は母親の元にたどり着く、指も腕も首もようやく苦痛から開放されたことにホッとするのもつかの間、再び水汲みを要求される。少年は、文句を言えずに憂鬱な気分で水汲みに向かっていく。

 ◇

 その町でミミロップの母親は、ミミロルの少年が汲んだ水を口から青白い光線を放って凍らせる。そうして作った氷を自身の大きな耳で殴りつけて砕き、それを売っていた。氷売りといういわゆる物乞いに近いことには変わりないけれど、誰もがそんなものだから贅沢は言えない。
 冷凍ビームを使えるポケモンはこの街では案外貴重で、魚を売る店に対して需要があるし、時には水を持ち寄られて直接凍らせることを頼まれることもある。
 そうして手にいれた金は、夜に縄張りを持った者に手渡し、草を食む権利を得るために使う。新鮮な草の匂いが口にほおばると、お腹が空いている分とても美味しい。
 けれど、まだ満足しきらないうちに今回もらった金ではここまでだと、縄張りの持ち主に食事を中断させられるのがいつもの流れだ。目の前にあるのに食べられない。食事を取り上げられた僕は駄々の一つでもこねたいところだが、その口は母親に塞がれる。
 少年は仕方がないので、その手に噛み付くこともせず静かに俯いた。……お腹すいたな。

 そんな生活でも夏は良かった。氷を売って日々を(ながら)えることが出来るし、草は縄張りのない場所に黙っていても生える。
 しかし、冬はそうは行かない。働くための技術が無いものなど、職にありつくことは難しいし、だからといって体を売った先に訪れる末路は恐ろしい性病にかかることだってある。
 夏なら、体を売る必要もないからそれを気にすることもない。辛い事は辛いけど、死の恐怖が少ないっていいことだ。
 でも、夏なら大丈夫っていう思い込みがあったけれど……母さんが明らかに僕を邪険にしている。体を売っているうちに僕を身ごもってしまって、愛と言うよりは情けだけで育てられていた僕は、役立たずと思われているのかもしれない……


 月日は流れ、その年の冬が訪れる。夏ごろから感じた母さんの視線の鋭さは日増しに強まっている。冬という、ただでさえ食料が希薄になるこの季節である事もその邪険に拍車をかけているのは間違いないだろう。母親に捨てられて、盗みに走るしかなくなった子供は何人も見ている……僕もそうなるのかと思うと、不意に怖くなって眠れなくなることすらある。
 そんなとき、母親が突然吐き気を覚える。原因は分かりきっていて、いわゆる妊娠と言うやつだ。何回も何回も男に体を売ってきたのだ。いつかはそうなるという事だ。
 その時、その吐き気の意味が分からなかった僕は、母親が殺意にも近い決意を固めた事なんて気がつく由もなかった。
 要は、僕が邪魔で、生活の負担にだから、生まれたばかり子そ持っていた情もいつしか薄れてしまっていたという事。
 僕は知らないうちに、地獄の入り口に立たされていて、次の日にはなんの前ぶれなく母親は消えた。文字通り僕は路頭に迷い、食べ物を探すも路傍の草にすら縄張りを敷かれていて食物にはありつけそうもない。
 体の大きいポケモンが草むらを見張っていれば、小さなミミロルである僕がその目を盗んで草を食もうとする決意を沸かせるには余りにも過酷で恐かった。
 四日経った。食料にはまだ有りつけていない。虚ろに消えかかる意識の中で、あらゆるものが自分から遠くなるような――奇妙な感覚の中で思考が朽ち果てる。
 僕には唯一、死だけが身近に感じられた。

 追い詰められれば不意に変な考えも浮かんでくるもので、ミミロルとして生まれた種族柄、一度では消化しきれない栄養を再び消化するために自分の糞を食べる事は今まで何度もあった。
 そうして連想された『他人のでも……』などと言うあまりにも馬鹿げた――そして吐き気がするような考えでも、今の僕になりふり構おうとする気力は湧かなかった。
 路上に垂れ流され放置され、そのまま悪臭を放ちつつ朽ち果てようとしている醜悪な排泄物に手をかける。いつもは食事にありつくときには主神アルセウスと副神の三人にお祈りをささげるところだが、それすら意識の外にあって。
 口に含む。味とか匂いとか、やはり自分のものと違う。自分が出した物はまだ草の匂いがするのだが、匂いが全く違い吐き気がこみ上げる。
 それでも、大丈夫だとひたすら言い聞かせて、吐き気を必死でこらえながら流し込んだ。その翌日には、腹の痛みで目が覚めて、徐々に殺意を帯びていくかのような激痛にのた打ち回る。
 鼻水も涙も唾液も、顔から出る全ての液体が道端に滴り、腰に蓄えた豊かな体毛を抱きかかえるようにして痛みを逃がそうとするが、全く意味を成さない。
 目の前を黒い星が横切り、耳元を大量の羽虫が鳴いた。全身が痺れ、体表のすべてに蟻が沸いたような感覚がして、這い登り体を侵される気がした。このまま死んでしまうと思いながら何も出来なかった。

 不意に、にっこりと微笑んだキュウコンの女性が、少年の体を豊かな体毛を持った尻尾でそっと抱き上げる。口に何かを入れられる感覚で意識が戻ると体の表面を這っていた虫はいなくなっていた。
 どこだかは分からないが年季の入った木材と煉瓦と漆喰で構成された家。そこで少年はとても優しいキュウコンの……エリーって名前の女性に介抱されていた
 優しかった母さんがいなくなった僕に主神アルセウスが遣わしてくれた新しい母親。そんな想像が僕の頭に浮かぶ。優しく解放される数日間、僕は最高に幸福だった。
 やがて、数日経って死から逃れた体力も回復した僕は、別の場所に移動するとのことで嬉々としてキュウコンについていく。どんな場所に案内されるのかと、楽しみにしていたけれど案内されたのは真っ暗で変な臭いのする地下室。

 僕は戸惑いながら周りを見渡してみる。漆喰によって構成された壁に格子の張られた窓がぽつんと付いているだけの場所だった。暗闇に目が慣れると隅っこに寄り添う自分と同じくらいから上に見える子供たちが見えた。戸惑っている僕が不安げにキュウコンを見つめると、キュウコンはぼくの首すじを噛みながら隅っこの方へ放り投げた。

第2節 

「な、なに……何するのエリーさん」
「じゃあ、シーム。後は頼んだわ」
 僕が震えた声で呼びかけるが、しかしエリーは答えず、恐ろしく冷たい声で何者か――シームの名前を呼び、部屋を去っていった。
 エリーに入れ替わりでカイロス――恐らくシームという名前のカイロスがその部屋に入り、今にもとって喰いそうな表情で少年を睨む。
「そこのミミロル……フライって言ったな? いいか、お前はこの家の子になった。だから俺たち親の言う事は全部聞けよ」
「え、それってどういう……」
「最後まで聞け!!」
 シームの言葉を遮ろうとした僕は腹に蹴りを入れられる。腹に衝撃が走り、目の前が真っ暗になって、何がなんやらわからず。うずくまって咳をする。自然と嗚咽が漏れ、吐き気とともに泣き出しそうになる。
「おっと……声を出すな。泣いたらまた蹴り飛ばすぞ。泣くんじゃないぜ?」
 その一言で凄まれた僕は、胸を震わせるような小刻みな呼吸をしながら必死で涙を押し殺す。物凄く怖くって、涙が出るのだけは止めようもなかった。
「よ~し、上出来だ。さて、続きだ。お前はここで、客の相手をするんだ。今と同じで泣きわめいたり、客の要求に応えられないようなら容赦なく痛い目にあわせてやるからな。飯も与えない
 逃げようなんて間違っても考えるなよ? もし逃げようものなら……おい、ジャン!! こっちに来い」
 ジャンと呼ばれたラクライが……後ろ足の腱を切られて引きずっているラクライが暗闇から這い出した。もう傷はふさがっているようだけれど酷い怪我だ……
「こいつは、1年前逃げ出そうとしてこんな目にあったんだ。足のこの部分も切られちまったし、今でも何かあるたびに率先して殴られたり蹴られたりしてるんだ……なぁ、ジャン?」
 『今でも』、という事実を見せ付けるようにジャンはシームに腹を蹴り飛ばされた。一瞬痛そうに呻いたジャンだが、それっきり何も言わない。多分逆らえないのだろう。
 今の僕と同じで。
「よし、分かったところで……新入りの調教を始めるぞ。おい、ティネケア、リーズ……こっちこい。ジャンは邪魔だ!! 早くどけ」
 シームの男がジャンを蹴りつつ、そう叫ぶ。ティネケアと呼ばれたロゼリアの女の子とリーズと呼ばれたポチエナがしずしずと歩いてきた。何を始めるのかは分からないが、よからぬことであることだけは、僕にもはっきりと分かった。それは呼ばれたときの二人の表情がひどく強い恐れを抱いていたから……しかも後々それを僕もやらなければいけないってことなんだよね。
 なんで、僕がこんな事をしなきゃならないの……?

 異様な光景だった。命令されるがままに、二人は姿勢を変え、口付けをかわし、体を舐め合い、そして互いの性の象徴を慰め合う。僕とて、母親が何をやっていたかを見ていないわけではなかったが……それがまだ、明らかに幼いと思える二人が――しかも体格差のかなりある二人がそうしているから訳が分からない。
 母親の行為を目の当たりにしていた時も、まともに見ていられなくて顔をそむけた思い出は何回もあるっていうのに……母さんのやっている事に興味がないわけでは無かったけれど、他人の体に自分の体の一部を入れるというのが想像できなかった。
 母親の時は目を逸らしていたけれど、きちんと見ていなければ殴られそうな気分がして、僕はおびえながらそのすべてをじっと見た。頭には上手く入ってこないけれど……
 後ろのカイロスから、ティネケアとリーズの二人に命令を下されるたびに、僕が殴られるのではないかという気がして、反射的に体を強張らせることもしばしば。ここに連れて来られて早々、僕は恐怖で何も考えられなくなってしまった。
 二人が行う事に、手順の間違いがあればそれを指摘されると同時に蹴りが飛ぶ。そのたびに二人は嗚咽を漏らしながら、涙も込み上げる吐き気もぐっとこらえて行為を続ける。まるで地獄じゃないか。
 目の前で起こっている光景が自分にも起こることが頭の中でリアルに再生されては、二人が蹴られたところや触れられて痛がっている所で、自分にまでその感覚が飛び火したような気分になる。
 苦痛まで、リアルに感じられてしまって、思わず僕は涙を流した。
「ギャッ!!」
 何ら前触れも無しに、蹴りが飛ぶ。脇腹の奥まで響くような鈍い痛みが呼吸も封じられるほど痛い。
「何泣いているんだ? そんなんでここで生きていけると思うのか? おい!? 答えろよ!!」
 僕、何も悪い事していないのに……理不尽だとしか思えなかった。僕はしゃくり上げながら涙を流し、まともな呼吸のリズムを保てなかった。カイロスの質問には答えない――そもそも答え答えられるような呼吸の状況ではないが、答えられなかった僕は、さらに蹴り飛ばされ足蹴にされた。
「ひぐっ……そんな…こ……言われても……」
「言い訳は聞きたくないな……」
「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 フライはせめて急所の集中する体の前面だけは守ろうと体を丸め、そう連呼した。しかし、蹴りが止むことはない。
 そのうち泣いているのか咳むしているのかの区別もつき難くなったところで蹴りはようやく止んだ。

「ち……埒があかねぇや。おい、こら……続きをやらせるから、今度こそきちんと見るんだぞ? いいな?」
 フライは耳を引っ掴まれ強引に起こされた揚句、シームの頭にある角で頭が割れるんじゃないかと思うほどに強く顔を挟まれ、視点を固定させられる。
「は、は…はい……」
 あふれる涙を強引に押さえつけるようにして、僕はその光景を見た。

「お前らもさっさと続きをやれ。こいつが仕事を覚えなかったらどうするんだ? お前らが変わりに罰でも受けようって言うのか?」
 睨まれて、言われた二人は悪いと思いながらもフライが蹴られている時は、少なくとも同時に蹴られることはないとある種の安心を感じていた。
 それで、気の抜けた精神はカイロスの言葉で一気に現実へと戻され、急いで行為を続ける。
「さて、フライ……」
 名前を呼ばれ、僕は体をこわばらせる。

「は……は、はい……」
 震えた声で、また蹴りが飛んでくるかもしれないと怯えながらフライは振り向いた。
「リーズと同じようにやれ……お前は小さいから、そう難しいことじゃないだろう?」
 何をやっているか分からなかったし、目の前の光景のあらゆるもの信じられなかったし受け入れたくなかったが、頷かなければまた蹴られる。
 僕は本能的に――性的な本能ではなく、苦痛を避けようという本能で性交を始めた。
 当然、ぎこちない上になれないものなので、最初はティネケアにリードされながら、所々でシームに蹴り飛ばされた。それでも女性を相手にしているだけ、まだ幸福であった。

「よし……女の相手の仕方は大体わかったようだな? じゃ、次は……リーズ。お前フライを相手にしてやれ」
 え……? リーズは……男の子。女性と男性の交わりと言うのは何度も見てきた……が、男性同士なんて、見た事が無い。大体、僕は何をすればいいのか教えてもらってすらいない。
「フライは、とりあえず股を広げて黙っていればいい。いいな、黙っているんだぞ?」
 なんだ……黙っているだけならば簡単じゃないか。と、浅墓にも僕は安心した。安心した……が、リーズが自分の股ぐらに鼻面を当てて、肛門を一度舐める。
 くすぐったくて、思わず体が跳ねそうだった。で、でも、まだ大丈夫だった。その、張り子のレントラーのように薄べったい余裕もそう長くは持たなかった。リーズの股間のイチモツ――要するに雄の象徴が肛門に宛がわれる。
 生暖かく、固くもなく柔らか過ぎもしない雄が触れる感覚は、舐められる時よりもくすぐったさがない分、不快さは少ない。
 大丈夫……大丈夫。黙っていれば……黙っていればいいだから、黙っていられる自信があった。それでも、どうだ。不意に肛門が押し広げられる感覚――それも自分より体長がかなり大きな相手のモノで。
 激痛が下半身を貫き、焼けた空気が喉を通ったような感覚と共に、腹が強張り息すら出来ない。肛門から入った異物が大量に押し寄せて胃袋がせり上がる錯覚を覚え――その錯覚は半分が正解で、胃の中に入っていた物すべてが強烈な酸味と共に床を汚す。
 うつ伏せになって吐くことが出来れば楽だったのに、仰向けで吐き出したせいで呼吸はさらに困難になり、咳き込み、飛び散ったゲロが頬に付き、眼に入って涙が流れた。
「助け……助け……て……誰か……許して、許して。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 悪いことをして罰を受けた時はとにかく『ごめんなさい』と謝る癖が身についていた。今の状況では何が悪かったかなんて僕には分からないけれど、ここまで酷いことをされるという事は、きっと僕は悪いことをしてしまったんだ……と、僕は小さな脳で判断した。
 もちろん、後になって思えば全くの的外れではあったのだが。

 僕はリーズの腕から必死に逃れようとして、叶わなかった。逆にリーズはここで離してしまえば自分に蹴りの矛先が向くと思い、そうなることを恐れて絶対に逃がさないように僕を抱きかかえている。
 リーズとて、強すぎる締め付けには痛いと感じてはいるが、泣くほどではない。それでも、今にも涙ぐみそうなリーズの表情が意味するのは、ただただ僕の叫び声が耳に痛かったから。いわゆる、同情と言う奴だった。

「うゃぉ……」
 蹴り飛ばされて、甲高いうめき声と共に僕が転がった。
「黙っていろって言っただろうが! てめぇ、ここを汚して何様のつもりだ? 掃除するのは誰だと思っているんだ、ほかの商品が汚れたらどうするつもりなんだよ、あぁん!?」
 蹴りの数は数えることが出来なかった。犯され、裂けた肛門の鋭い痛みに、全身に鈍く残る痛み。その痛みで体が鉛のように重くなったと思ったころ、僕の視界は暗転する。
「……ふぅ……眠っちまったか……呑気な野郎だ」
 最後に転がすような蹴りを入れられる時、夢うつつのまま僕はその言葉を聞いた。カイロスは桶に入れた水を持ち出し、僕にぶっかける。多分、そんな感じだったんだと思う。
 跳ね起きた僕は呆然と辺りを見回している最中に、また蹴り飛ばされる。
「おら、起きろよ……まだ終わっちゃいないぞ。お前には、ヤる以外生きている価値はないんだ。しっかり、覚えてもらわなきゃ困るんだよ」
「ひぐっ…!」
 体中の表面は季節柄の冷え切った水のせいで冷たいのに、薄皮一枚隔てた体の奥底が、蹴られたせいか燃えるように熱い。
 体を動かすたびに激痛が走ってしまい、体を強張らせながらも何とか仰向けの――さっきと同じ体勢に戻る。体を貫かれるような痛みに耐えながら、フライはなんとか歯を食いしばり、泣き叫ぶのを耐えた。もちろん、涙を流すことまで耐えられるわけもなく、その顔は濡れた筋が出来ていた。


 閉じ込められたまま一日が経過した。いきなり、僕にとっては何一つ訳の分からない理不尽な調教が行われて、僕の頭は混乱していた。
 この世界のすべてが敵に回ってしまったような思い違い。同じ部屋に居る自分と同じような境遇の者たちを、同じ境遇と理解しない、出来ない、したくない。こいつらのせいで僕はこんなところに呼ばれてしまったんだ!! そんな風に敵と認識していた。
 暗い部屋の隅っこで越しの豊かな体毛を抱えながら震えることしかできず、声を押し殺して――声を上げたらまた蹴られそうな気がして静かに泣いた。
 その間にも、名前を呼ばれては同じ部屋に居た子供たちや、子供では無い者たちも憂鬱そうな顔をして連れて行かれる。逃げ出したいけれどジャンの酷い脚の怪我を見ると逃げる気が起きない。
 その薄暗い室内で、いつ名前を呼ばれるかもしれない恐怖に震えながら、僕は青白い光を放ち続けるジャンだけを見ていた。ラクライと言う種族柄なのか、彼はいつも放電しているらしい。体が燃え盛っている炎タイプのポケモンがいないここでは、彼が唯一の明りだった。
 全てが訳の分からぬままいきなり地下に閉じ込められて失った、温かい太陽をそこに求めるかのようにジャンを見ていて、そのせいかジャンだけは僕の中では最初から敵とは思えなかった。

「おい、フライ」
 名前を呼ばれて僕の血の気が引いた。行きたくないけれど、逆らう事で与えられるであろうそれ以上の苦痛から逃れたくて、従った。
 最初の事は少ししか覚えていない。覚えていないが、泣かずに頑張って、部屋に戻った後はひたすら震えていたことだけはいつまでたっても忘れられない。
 下半身にとどまらず、それ以外の全身に走る痛みによって何度も死ぬのではないかかと思いながら……何度も何度も、部屋に戻った瞬間に泣き腫らして、月日がたつとそのうち涙も浮かんでこなくなる。
 酷いもので、フライはは自由だけでなく、感情すらも奪われてしまった。その一因は、さっきも言及したリーズの台詞――『お前には、ヤる以外生きている価値はないんだ』ってのが関わっているのだろう。
 性質の悪いことに、このセリフはリーズだけでないく、エリーやその他の職員もたびたびフライやその他の者たちに使っている言葉だ。

 いつしか、性的に熟し始めて快感というモノを感じること出来るようになってからは、フライにとって本当に食糧と快感だけが生きる意味になっていた。
 フライを閉じ込めた者たちの言葉通り『フライには、ヤる以外生きている価値はなくなっていた』

第3節 

 年月が流れ、その体は美しいミミロップへと成長した。腰についたアイボリーカラーの体毛は消え去り、変わりに巨大に成長した耳へと豊かな体毛が移っている。
 丸っこい顔つきは相変わらずだが、葉巻よりも太く長い眉毛が乗っかった目の配置は、ミミロルのそれよりも少し上へと移り、大人としての魅力と子供としての魅力の中間くらいの魅力を放つようになった。

 もともと体型の美しさが他のポケモンと比べて魅力的な種族であり、顔は一目で男と分かるものの仕草や表情の取り繕いや声色のちょっとした変化で女性のふりをすることも不可能ではない。
 両性と両年齢と言う4通りの良さを自在に使い分けるその様や、異性を惑わす香りを放つメロメロボディ。それらが醸し出す魅力は、当然と言えばそうだが特に女性から押しも押されぬ人気があり――今までのトップと同じくらいに人気のある商品(ヽヽ)と肩を並べるまでになった。
 その最高峰の人気は、僕が望んだことでは無かった。女性の比率が増えたのは、自分の局部に客のを挿れられることがないから楽である……と言いたいところだが、一概に楽とは言えない。
 勃たなくなったら、肛門に指を突っ込まれてでも、薬を飲まされてでも強制的に奮い立たされる。そうして精を吐き出す度に痛みを増していく彼の雄、時折下半身に走る鋭い痛みや薬の副作用。
 そのいずれもが、毎日のように拷問と呼んでも差支えない苦痛を与えている。……快感だけの人生など、ありはしないのだ。

 ミミロップへの進化条件は、誰かをこの上なく愛するしたり、守りたいと思うこと。もしくは生きる力を学び、賢さを手に入れることである。ここで、思う。生きる力とは何なのだろう? 僕はどうすれば苦労せずに、体に負担をかけずに客に満足してもらえるかを考えながら生きていたら、進化が可能になる平均年齢の半分ほどという、驚くほど早い段階でミミロップに進化出来た。
 皮肉にもそれで、逆に客が増えてしまい、苦痛が増えた。生きるための知恵が逆に首を絞めたという事になる。

 それは、今までのトップである商品(ヽヽ)――ジャンについても同様だった。
 ライボルトに進化した彼は、進化後の美貌もさることながら、足がまともに使えないというのが、そう言った者を蹂躙する嗜好がある者には非常にそそるらしく、格好の獲物である。
 そのせいか、もう一人『誰か売れ行きの悪い奴の脚も折ってやれば売り上げが上がるんじゃないか』などと言われては、いつ足を折られるとも知れない恐怖に怯えている者なんかもいる。僕達は本当に物としてしか扱われていない。

 美貌の他に、フライとジャンはとても仲がいいことも相俟っているのか、ジャンとフライの二人はセットで客に呼ばれることも多かった。
 そんな境遇の日々が続いたある日、今日も二人セットでフライ達は呼ばれた。
 成長に応じ、力が強くなってきた商品(ヽヽ)は、手枷や足枷を嵌められている。客にはそれを嫌う者もいるが、そう言う場合は逃げる可能性も考慮した上で有料で枷を外すことになっている。
 今回の客はその枷を嵌めたままでよいと言い、フライ達は客の待つ部屋へと向かい、客の要望にこたえさせられた。

 ジャンはここ最近、連日の酷使をされており、勃たなくなっては肛門に指を突っ込まれ、それでも駄目ならば薬を飲まされる。この薬が厄介なもので、服用すればさまざまな副作用を伴わなければならない。それを何度も飲まされれば、当然身体には負担がかかるのだ。特に心臓に。

 すでにジャンの体がボロボロであることは、暗いのに瞳孔が縮まり涙や鼻水が悲しくもないのに止まらない。そのような状態で彼の体が悲鳴を上げていることは一目瞭然だった。
 それでも、『ジャンには、ヤる以外生きている価値はない』のだ。彼の体調などお構いなしだ。
 ジャンは朦朧とした意識の中、恐らく自分が何をされているのかすら分かっているのか怪しい。何回ヘタったかも分からない性器が、薬の効果で再び立ち上がろうとした……が、それを待つ間にジャンの胃袋に残った水分が喉を逆流して流れ出した。

 僕がジャンの胸を抱えて、吐瀉物が撒き散らされるのを補助したが、その流動体に鮮やかな赤が混じっているのを見て、僕は恐れおののき、叩きつけるようにジャンから腕を放す。
 吐き終える前に気管が痙攣して吐瀉物ごと気管に空気が取り込まれ、ジャンは激しく咳き込む。その咳に呼応するように吐瀉物は赤みを増し、ジャンはその時白目を向いていた。
 完全に横たわりながら吐いた血で窒息するように、ジャンは痙攣し僕は商売中であることも忘れて部屋の隅に後ずさり、自身の耳を抱きかかえる。
 ミミロップに進化してから、腰の毛に抱きついて恐怖などを凌ぐ行動は、巨大で豊かな体毛を持った耳に抱きつく事に変わってこそいるが、大人らしい体形に成長していても、小さくなって震える姿は子供そのもので、精神的に成長していない。
 というか、こんな場所で精神的な成長が出来るはずもなかった。

 しばらく、何も考える事が出来なかった。いつの間にか死体が消えても(誰かが片付けた斧だろう)しばらく状況が理解できず、数日たってジャンの死を理解できるようになって、ようやく僕は必死で何が起こったのかを考え始めた。『原因はあの薬を飲まされたこと』と、それだけは理解できる。理解して、どうするか。薬を飲まないでも満足させられるようにさせるしかない。じゃあ、勃つ勃たないに関わらず満足してもらう。それが僕の結論となった。

 その日から僕は寝ているとき以外はメロメロボディの力を高めるように、行住坐臥をメロメロの特訓に当てた。匂いは、自分のヘソあたりから出ていることを、僕は知っていた。だから、その場所に全神経を集中させて、より強い匂いを出すようにとひたすら念じ続ける。
 それまでは、暗闇でも火花を立てながら光るジャンを見ながら、何も考えずに呆けていることが出来たが、今の僕に打ち込める事なんてもうそれくらいしかなくなっていた。
 暗いところが怖いから、少しでも気を紛らわせるために自身の体に神経を集中させる。それしか出来ないからそれしかしない。
 その果てに手に入れたのは、女性が近づいただけで失神するような強力なメロメロボディだった。

 本当は、匂いの強さはコントロールできるが、それに構わずもっともっと匂いの強さを――と、念じ続けているうちにそうなってしまった。
 常に全力でメロメロボディを開放し続けるあまり、相手した女性を全員人形のように呆然とさせてしまうし、同じ部屋に閉じ込められている女性にもその毒牙がかかる。
 それが原因で、僕は隔離された挙句、男の相手専門にされてしまった。勃たないからと言って薬を飲ませるのは殆ど女だけであるため、ある意味当初の目的は達している。
 しかし、辛いのはその後だった。男が相手だと、肛門が多少裂けてしまい、傷口からはたくさんの見えないモノが入り込む。
 ややあって僕は不治の性病になり、とうとう使い物にならなくなったからと捨てられてしまった。
 二度と帰ってくるな……とでも言いたいのだろうか。僕は手足を縛られたまま、ゴミの山の中に捨てられていた。彼の女性を惑わす体臭を掻き消して余りある悪臭の中、フライは転がることしか出来ずに呻いていた。そんな時に……である。
 僕の前に、救世主が現れたのは。

 ◇

 周囲には耳障りらしい翅音を立てながら空を飛んでいる俺は、今日も今日とて空色と緑色のシフォンを纏い貴族らしい身なりをしていた。話し相手もいないので退屈に思い、軽快なジャズの音楽に惹かれて売春宿に降り立ってみると、そこにはよく熟れた大人の女性が俺に金を落としてもらおうと次々と誘惑してくる。
 ……正直うざったかった。俺は、蟲タイプ以外のポケモンと生殖する気もないし、そもそも妻のヘラクロス以外の女と交わるつもりはない。自分自身、家族を奪われそうになってからは自分の家族を何よりも大事にしているとは自負している。最近、営みもなく欲求不満ではあったが、妻と自分以外の臭いを自身の雄に付けるつもりはない。
 音楽と言うのはイイ物で、このジャズとかいう音楽はとても愉快な気分になれる。
 主の命令によって、現状に対して一定以上の不満を持ちつつも才能にあふれた者を探す仕事なんかをしていると、どうしても不満に溢れた者を重点的に探すことになる。
 不満に溢れていると言えば、つまり恵まれない環境に身を置いている者がどうしても多くなり、その多数を助けることも出来ずに見捨てる結果になるというのがやるせない。本当は、シリアやリムルのような奴だけでなくもっとたくさんの助けたい人物がいるというのに。
 そんな者たちを星の数ほど見捨てて歩いて陰鬱になった気分も、愉快な音楽を聞いているとなんか癒される気がした。
 ひとしきり音楽を聞き終えて、この辺から始めてみようと歩き出した俺は、一つの売春宿から異様な気配を感じた。物凄く濃厚な目覚めのパワー……すでに覚醒済みのその力は、伝説のポケモンに匹敵しているように思えた。
 空中から窓に張り付いて覗き見た結果、鋼タイプの強力な目覚めるパワーを持ったポケモンは、まだ若いフライと言う名前のミミロップだ。男の俺から見ても美しいと思える表情をしているそいつは、どうやら大人気のようで、かわるがわる男に犯されている。女の客は取れないのかとも思ったが、臭いを出す器官を切り取って床に火ドゲたんじゃないかと思うほどの強力なメロメロボディ臭を感じると、その理由も納得がいった。
 あれじゃ女は、意識がもうろうとして何も記憶に残らない。

 ともかく、俺はあれを何としてでも手にいれたくなって、モモン毒と言う不治の性病に侵されたゴーリキーを雇い、連日フライの相手をさせた。なぁに、モモン毒は、こちらでは治る病気だ。病気になったら、血を抜くことで治そうとしたり、庶民は下剤代わりに朝顔の種を飲んで病気を体外に流そうとしたりそういう治療をしている奴らには及びもつかないことだろうが……な。


 フライに性病を仕込む間も、近くの町で才能のある者を探しては見たものの。結局見つからなかった。モモン毒の兆しが見え始めてからは、毎日監視した。何らかの形で処分されるならば見過ごしてはならない。
 とも、思ったが待つのがかったるくなり、俺はフライの権利を買い取ることにした。俺はまた、金で人を雇いフライを引き取らせることにした。ただし、引き取らせる方法にも趣向を凝らせる。
 俺が雇ったザングースには店の者に『フライはゴミ捨て場に捨ててやれ』と言って、買い取らせたのだ。『ゴミ捨て場に縛られたまま捨てられれば、確実にフライは絶望する。そんな時に助けてやれば、簡単に懐いてくれるはずだ』と、付け加えて。
 俺自身は、正直そこまで上手くいくとは思っていない。世の中に、見返りなしに親切をしてくれる者なんていない――と、フライは思い込んでいるに違いない。だから、近づいてきた俺を警戒することは目に見えている。
 それでも、だ……根気よく付き合っていけば心を開いてくれるかもしれない。そのためならば、どんなに悪漢をけしかける事でもしよう。


 フライは、俺に見下ろされ、恐れおののいた。取って食われるとでも思っているのだろうか? キャニバリズムはタブー視されているが……だが、ゴミ捨て場に捨てられた命など誰も見向きもしないから、そのタブーを侵されるとでも思ったのだろう。
 フライは手足が縛られているのだから、当然抵抗など不可能だ。彼に出来るのは最早、楽に一瞬で死なせてもらうことだけだとでもいうのか、目を閉じ顔を伏せて震えている。
 しかし、いつまでたっても殺されないので眼を開けてみれば、俺の様子は腹が減っているのとは少し違う。俺は哀れむようにフライを見降ろしながら、値踏みをするように彼の周りをゆっくりと一周しているだけだ。まぁ、解釈の使用によっては何処から食べようかを悩んでいるように見えなくもないが。
 しかしながら、俺の恰好はシフォンに身を包んだ貴族の恰好をしている。だから、考えて見れば貴族は食事なんていくらでも食べられるので、自分が食べられる心配をする必要なんてどこにもないのだ。それを、フライが理解しているのかどうかは定かではないけれど、フライの震えはいつの間にか収まっていた。
「『ヤセイ』ならともかく『ナカマ』をこんな風に物扱いとは酷いことしやがるなぁ……。ふふ、それにしても2~3日何も食べていない感じではあるが、体系はよく太っているイイ体つきだ。
 性病になっているから……強制的に慰安夫でもやらせられていたって所か……十分に食料与えられているってことは人気者だったんだろうな。それだけ商品として大切にされていた……と」
 俺はふっと笑い、カマを構える。フライの意識が朦朧としていることを加味したとしても、疾すぎるほど疾い不可視の太刀筋でフライを拘束する戒めを全て切り裂いた。
「あ……あ……」
 やはり、まだ取って喰われるとでも思っていたのだろうか、助けられたということは理解できずフライはゴミの山を這って逃げようとする。
「まぁ、待て……何もとって喰おうって訳じゃない……って聞いちゃ居ないか」
 俺は追いぬいて、前に立ちはだかって会話を試みたが、フライは素通りして逃げ去ろうとしている。追い抜かれた時点で逃げることは不可能と悟っても良いはずなのに。それでも逃げようとする様には思わず苦笑した。

「うん、どれだけ辛くあっても生きることを躊躇わない……生きようとする姿勢のイイ子だ それに……腹も減っているだろうし、そもそもずっと狭い部屋に閉じ込められていたって言うのにあんな風にしっかりと走れるとか……このまま死なすにはあまりにも惜しい逸材だ。ふぅ、だからこそ。ちょっと眠っていろ!!」
 俺は立ち上がって逃げ出したフライに軽く追いつき、後頭部を殴打して意識を混濁させる……
「グゥゥッ……!! や、やめて……」
 ……はずだったが、フライは一度は倒れたものの、再び一目散に逃げ始めた。殴った時の感触は、岩タイプや鋼タイプのような硬い物を殴った衝撃がカマに伝わってくる。なるほど、この鋼のような防御能力がこいつの覚醒した能力か。
 大体……むちゃくちゃ痛そうにしながら……全然止まる様子がないし……この根性もある種の能力みたいなもんだな。ずっと、苦痛に耐えて生きていたのであろうことがありありと思い浮かぶ。俺はさらにフライに興味を持ち、翅で飛び上がって空中から彼の眼前に回りこむ。
「まぁ待て……俺が悪か……うわぁ!!」
 その俺の前に飛び込んできたのは、恐がって縮こまることもなく、一切の迷いのないとび蹴りだった。
 俺にとって、格闘タイプの攻撃である跳び蹴りは、ダメージに乏しい技である。ではあるが、すでに十分すぎるほどの加速がついたそのとび蹴りには、避ける以外の選択肢――防御や受け流すといった選択肢を禁じられる。
「やたらと……イイ逸材だ。思った通り、このまま生き残れるならば、いい戦士になるかもな……レアスも、気に入ってくれるだろうよ」
 俺はほくそえむと、いまだに逃げ続けるフライの脇にカマを突っ込み、上に持ち上げて羽交い絞めにする。
 「離して」と、わめき散らすフライが諦めるのを待とうとして、俺はは羽交い絞めにしたまま待ったのだが、十数分を数えてもいまだに彼はあきらめる気配を見せない。

 ただならぬ持久力、と言うよりは最早根性なのだろうか、普通ならばもうあきらめてくれたっていいはずだ。持久力や膂力などの身体能力の、およそすべてが遥かに優れたはずの俺が先にあきらめ、フライを開放するなんて考えもしなかった。そして、フライは疲れなどどこ吹く風と、再び走り出していく。
「ありゃ……死ぬまで走るんじゃないのか?」
 思わず言葉に出してしまうほど、俺にはそう思えてならなかった。俺は走り去っていくフライをつかず離れずゆっくりと追いかける。いつしか、二人はゴミ捨て場を乗り越え街のほうまで降りていた。
「……おい待て、腹減っているだろうよ? せっかくゴミ捨て場からも抜けられたんだ、俺の持ってきた飯を食わないか?」
 そう声を掛けても、フライは止まる様子を見せない。
「仕方がない……」
 苦笑しながら呟き、フライの前に立って実力の差を分からせるようにフライの葉巻のような眉毛を切り裂いた。
「殺すつもりなら、いつでも出来るんだ。だから……な? 話だけでも聞いちゃくれないか? 首まで、その眉毛みたい泣き別れにはなりたくないだろう?」
 口調そのものは優しく、表情は穏やかだった。しかし、文面は逆らえば首が泣き別れであるということで、今まで根性で逃げ続けていたフライは、恐怖と疲れが合わさって意識を失ってしまった。

後篇へ


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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