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漆黒の双頭“TGS”第2話:KillとFeelの申し子前篇

/漆黒の双頭“TGS”第2話:KillとFeelの申し子前篇

作者……リング
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第0節 

「一騎当千もやっぱりキール君一人で何とかするしかないかぁ……」
 エレオスの成果報告を聞いてレアスは残念そうにぼやく。
「もうそのセリフ何回目だ? そうは言われてもな……レイザーならうまく探してくれるんだろうが、さすがに彼でも一騎当千のスカウトは荷が重すぎるだろう?
 レイザーでさえ、倒せる数はせいぜい百だ。キールを相手にしたら彼でさえ手も足も出ない……だからこそ、お前は私に頼んだのだろうに?」
「それはいいんだけれどさキール君じゃ不安なんだよ。強さは一騎当千どころか二千位は行けるだろうけれど……とっくにサーナイトに進化してもいいはずなのに、まだエルレイドに進化してこの仕事から逃げたいって思っている。
 こっちが……キールが年を重ねるうちに、期待される恐怖を知るって言う事を僕達が考えていなかったのが原因ではあるけれど。何か、キール君が決心する切っ掛けが必要だよ……何かいいアイデアない?」
 その切っ掛けの話も何番煎じか分からないほどに話しつくされた会話であった。それをいつまでたってもどうにもできないことに、二人は焦りを感じている。
「恋人……という訳ではないが、信頼における者のひと押しがあればな……。キールは岩タイプだから……水・草・鋼・格闘・地面の後押しさえあれば……と言いたいが、そう簡単に行くものか?」
「その、鋼と水がキチンとアプローチしているけれど、二人とも男だから……どこか気を許せないところがあって、格闘タイプは押しも弱いし、めざパも弱いニュクス……駄目だね……」
 レアスは手上げと言った様子でがっくりと項垂れる。
「どっかにいい子いないものかね?」
 項垂れた首を振って、レアスはぼやいた。

第1節 

 子供を抱きしめて、男は言う。
「この子は……レアスの言う表舞台に姿を表わし、民にとっての英雄となる存在になりえる……しかしそれは、修羅(Killer)の道。
 ただ、角の力が無尽蔵に強すぎるだけだというのに……不幸な子だ。私もなまじ力があるだけに苦しんだが……それ以上だな」
 愛おしそうに子供の豊かな頭髪を撫でながら、起こさないように語り続ける。

「だからこそ……お前には……幸せを感じて欲しい。そうだな、お前の名前は……英雄(Killer)であり、幸せを感じる(Feeler)子……で、あって欲しい……だから、キル(Kill)フィール(Feel)を合わせて、キール(Keel)だ」
 男は子供を起こさないように。しかし、暖炉の近くで後ろから吹きすさぶ隙間風の冷たさを感じさせないように、しっかりと子供を抱きしめる。
 これが、男の子が名前の通り『殺戮』と『感知』に目覚めた経緯。



「俺の房がなんだかむず痒い……近いな」
 足音とともに聞こえてきたその声の主は、後頭部についた房を立てて周囲の波導を探る。
「ここら辺にゴキブリが紛れ込んでるってぇことだな」
 こちらは細長い舌をちろちろと覘かせながら、嘲笑うような口調で言った。
 一方はルカリオ。後頭部に生える四つの房をててることで波導を通じ相手の居場所を探ったり感情を察知することに長けている、もう一方はハブネーク。ピット器官と呼ばれる熱で物を見る感覚器官により闇夜でも獲物を正確に見つけることが出来る。
 居場所がばれている事は明らかだった。わざわざ絶望を与えて精神的にも肉体的にもなぶり殺しにするつもりである事を、私の胸と背中に付いた角が感じ取る。
「ったく……ゴミ屑以下のくせに仕事ほっぽり出して逃げるとはあの女やってくれるじゃねぇか」
 私は祈った。神に祈る知識もないほど、頭の悪い私でも祈るという発想だけはあった。誰でもいい、何者かに助けてと祈る。それしか出来なかった。
 誰か、誰か、誰か……助けて……助けて、助けて。

「見~つけた!! ほ~ら、毒で駆除しちゃいますよ」
 ハブネークは毒液のまぶされた牙を深々と腕に突き立て、サーナイト腕をここぞとばかりに紅に染め上げる。傷口より毒が浸透して侵された私の体は、その場所から体内の肉をゆっくりと溶かされる。
 噛まれることで毒という名の絶望を注入され、私は痛みと共に絶望で意識が遠のく。
「いやはや……ゴキブリたちは世界の役に立つ形で働かせてもらっているだけで幸せに思うべきなのに、逃げるだなんてどうしようもないやつだ」
その様子を見てハブネークはとぐろを巻いてしみじみと言う。
「いや、相変わらず見事な毒だよお前。こんな穢れたやつらに牙を突きたてるなんて、俺は考えたくも無いね」
 ルカリオも同じく私の表情を見て、愉快そうにハブネークに労いの言葉を送る。
 私が侵された毒は、血流に乗じて流れる肉を溶かすハブネークの出血毒。傷口から順に大きく腫れ上り、注入された場所から次いで毒がたどり着いた先まで、即効で激痛を与える。徐々に激しさを増し、拡大する痛みという抗いがたい苦痛に私は七転八倒しながら、悲鳴とも呻き声とも付かない叫び声をあげる。その様はまさに阿鼻叫喚であった。
 その緑色の指は痛みに耐えかね、地面を掻き毟り、そのうちに爪が剥がれ赤く染まる。もともと炎症で常に充血していた目も、これまでの赤みがあってないようなものだと感じさせるほどに赤みを増していく。歯は音を立てないのが不思議に思えるほど固くきつく喰い結ばれていた。
 それらの行動が原因で、毒の回っていない場所の痛みも相当のものであるはずだ。だが、爪などの相当なものであるはずなのにそれを意識の外に追いやるほど、圧倒的で残酷な毒。彼女は今、激痛に支配されていた。

 ◇

「4回目っと。やばいなぁ……この調子じゃ5回までに死なないぞ?」
 ルカリオは持っていた砂時計をひっくり返す。3分ほどですべての砂が落ちるこの砂時計。
「はは、そりゃそうだぜ。ちょっとばかし毒の量は少なめにしたし噛む場所も工夫したからなぁ」
砂時計をいったい何に使うのかといえば……
「なんだよ、そりゃないだろうがよ。卑怯なやつだなお前……」
 彼らは砂時計を用いて賭け事に興じているのだ。何回ひっくり返すまでにサーナイトが死ぬか……を予想して、近い方が勝ちという至極単純で、至極残酷な賭けを。
 サーナイトのほうに目をやれば、涙がボロボロと雫となって地面に零れ落ち、歯を食い縛るために"へ"の字に開かれた口からは唾液を止める術は無い。全身の穴という穴から噴出す液体は当然のごとく尿にも及び、股間の回りから地面を濡らしていった。
 元が消化酵素であったハブネークの毒は、生きながらにしてサーナイトの体を内側から消化する。その毒は彼女に対し地獄と比べて渡り合えるであろう苦痛を与え続け悲痛な叫び声を生み出していく。
「あ~もう……5回過ぎちゃったじゃねぇかよ。しぶてえこ奴だぜ……早く死ねよな」
 サーナイトが眼前に迫る死を切に感じながら悶えるその様の横、同じ場所にいながら別世界を楽しむような目で二人は観察していた。やがて腕から肩にかけてが目を背けたくなるほどに腫れ上がり、彼女には死という形での終焉が当たり前のように訪れた。賭けの結果は6回半で、ハブネークの勝ちであった……それだけの時間彼女は苦しんでいた。


「よ~し、俺の勝ちっと 今度酒でも奢れよ?」
事切れたサーナイトと、さらさらと流れる砂時計を満足そうに眺めながら、ハブネークは言う。
「ち……次からハンデつけないか? 有利すぎるじゃねぇかお前?」
「そうだなぁ。お前が勝ったら3回連続で奢ってやるよ。こんな条件でどうだよ?」
「微妙だなぁ……」
苦しみながら失われた命を、二人はサイコロ代わりにしか思っていない。それが、当時のこの国の現実であった。
「さて、どうするよあのラルトスは? テレポートで逃げちまったけど俺達からは丸見えだしなぁ……かくれんぼでもして遊んでやろうか? あ~……それにしても寒い。やっぱ冬は引きこもってるべきかな……」
 ハブネークは体温で闇夜にぼんやりと浮かんで見えるラルトスを尻尾で指し示す。サーナイトは捉えられる際に呪い(まじない)を掘り込まれたが、ラルトスは勿論綺麗なままであり、テレポートは使える。
 しかし、生まれたばかりでろくな食事もとっていないラルトスが手レポートで長距離を稼げるはずもなく、夜目の利く者ならば簡単に姿を捉えることが出来る距離で、さめざめと泣いている。

「いや~、寒いのにご苦労。ゴキブリの子供と遊んであげるだなんていいやつじゃないかお前。それでさ、かくれんぼもいいけど、ボール遊びなんてどうだよ? きっと楽しいぜ」
「ボール遊びは……苦手なんだよなぁ」
ハブネークは苦笑しながらラルトスの方へ這いずって近寄った。
「いいじゃないかよお前。別にゴールに入れなきゃ得点にならないとか、サーブが入らなきゃ相手の得点とか、俺たち二足歩行のポケモンがやるような、小難しいあそびじゃないんだぜ」
ラルトスに肉薄したルカリオは軽く蹴り飛ばす。痛みから悲鳴を上げてラルトスは再びテレポートをする。さっきより距離は短い。
「そうだな……さっきのサーナイトの砂時計勝負無しにしてさ……最低でもこのガキをひっくり返すぐらいの蹴りを順番にやって、殺した方が負けっていうのはどうだ?」
「いいねぇ、面白そうじゃないか。ナイスアイデアだよお前。あったまいいなぁ」
「へへ、それじゃあ俺の番っと」
太い尻尾がラルトスに襲い掛かる。ラルトスはワンワン泣き叫びながら、時折(むせ)びしゃっくりをあげる。横隔膜が痙攣しまともな呼吸すら出来ていないような泣き方をして、その声を遠く、遠くに響かせ必死で助けを求める。
「うっるせぇなぁこいつ……」
首を蹴る。ラルトスは激しく咳き込みながら、吐くものが何も無い胃袋から胃液を吐き出す。周囲に酸味を伴う匂いが広がる。
「それにくっせぇ……早く風上にテレポートしてくれよ」
足掻き続けるラルトスを楽しみながら見物する声が、冬の夜に響いていた。
ラルトスの赤ん坊は、言葉を知らない。だが、人の気持ちを敏感に感じる事は角の力によって本能的に知っている。
 多くの生物が腐敗したものを間違って食べないように、腐敗したものの発する匂いは悪臭として認識される。それと同様にラルトスとその系統は、何が危険な感情か、何が安全な感情かは本能的に共通した嗜好を持っている。
 例えば敵意、殺意、また食欲なども時としては危ない感情だとして、不快な感情として角に認識される。

 いま、ラルトスを蹴り飛ばして遊ぼうとしている二人から感じる感情は、角がなくても誰だって分かる。危険な感情だ。角を貫き溶かしてしまいそうな悪意が真っ直ぐに自分に向けられ、吐き気を催しそうなほどラルトスを包んでいた。
 ラルトスにしてみれば、糞尿の池の中に落とされるにも匹敵する不快感。それに加え、まず最初にルカリオに蹴られる苦痛が織り成す危機感の中、ラルトスは親が生前そうしたように、誰にともなく助けを求めた。
――誰か僕を守って……
言葉は持っていないがそんな意味を持たせた、心の悲鳴。しかしそれは不器用で弱々しく、例え同族でも感知できそうにないほど儚かった。
 やがてラルトスは、呼ぶのではなく自分から探すことを決め込んだ。角の感度をひたすら高めて、優しい気持ち、愛する気持ち、そう言った類の、とにかく誰でもいいから自分を守ってくれそうな感情を。
 ただひたすら、本能に従って逃げながら時間を稼いで探す。角の感度はただただ高まっていった

 そうして幾度蹴り飛ばされたことだろう? ラルトスは全身痛みの伴わない場所はなく、口の中が切れて血のにじむ唾液を吐き出していた。
「次俺な。相手を負かすためにはちょっと強めに蹴ったほうがいいのかなっと」
 ルカリオが蹴り飛ばす。
「ああ……こいつはひでぇや。慎重に蹴らないと俺の番で死んじゃいそうだな」
ハブネークが弾き飛ばす。
 苦しみを呑んで横たわるラルトスの瞳は虚ろに地面を見ているのみで、いまや全ての景色が記号を下回る意味すら成さない。苦痛から開放されることを望み、助けを求め優しい感情を持つものを探すためにひたすら上げ続けた角の感度はサイコパワーの源となる明るい感情を、埃のように儚い濃度の感情でさえ捉えて離さなかった。
 ラルトスの心にふと浮かぶ殺意。感度の高まった角は二人から自分に対して向けられる無尽蔵な悪意を、"不快"であると、『排除したい』、『抹消したい』、『消し去りたい』とひたすらに願う。
 それが死を避けようと"逃走に向けられた本能"から、不快分子を消し去りたいという"闘争に向けられる本能"がゆっくりと凌駕する。

 助けを求めるために強烈な感度を得た角は、もともと明るい気持ちをサイコパワーの源として使うこの種のエネルギーの供給源である。その強力な力の源ラルトスが幼さ故に(しがらみ)もなく歯止めの効かない強烈な殺意、敵意と合わさり変異し、幼子には手にあまるほど強烈な力を授ける。
 確実な死によって事態を終息させようと黒く渦巻いたラルトスの怨念が、明確な結末を伴って二人に振り下ろされた。構えた腕の眼前に出現した黒い塊が、ルカリオとハブネークの二人を引き寄せる。周りの草木も木の葉も小石も、全てがその球体を目指して殺到し、石がぶつかり合う乾いた音とともに二人の体を覆い隠す。ラルトスは自分の体に小石が当たり、小さいとは言え無数に刻まれて血を流す背中を意に介しもしない。
 石や土が折り重なり、徐々に自分を押しつぶす物体の質量が増していく中、ルカリオとハブネークは&ruby(もつ){縺}れ合いながら意識を恐怖の中に溶かしていった。
 ラルトスは二人が感じている恐怖さえも不快な感情として捉え、敵意、殺意、悪意……その全てが萎えている二人に最後に残された恐怖の感情を、不快な感情と断じて消しに掛かる。感情を消す最も確実な方法、"死"に依ってだ。
 死の境界は曖昧だった。二人はいつの間にかゆっくりと押しつぶされ、あらゆる感情が消えうせる。ラルトスは消えていった感情に安堵するとそのまま倒れた。死んだのか眠ったのかは定かでは無い。

 ◇

 黄昏を見送った夜が(とばり)を下ろし、丸みを取り戻しつつある月が星を従えて太陽のいない安寧の時を謳歌する時間、一人の訪問者が目を覚ましました。
 秋ごろに賑やかな様相を呈した虫たちは()うに姿を消して活気を潜め、静寂を破るのは時折吹きすさぶ夜風だけの時期に、寝返りを打ったり起き上がったりと、そう言った一挙一投足で太陽の支配する時間に静寂を破り続けた訪問者が、夢の世界からこちらの世界へ徐々に意識を手繰り寄せます。
 周りでは、針のように鋭い空気が、(くる)まっている毛皮より晒け出された肌を容赦なく刺し貫いていた。

「うぅ……&ruby(さぶ){寒}っ……幾度の冬が訪れようとも……冬は夜起きるのが辛いな」
 私は腕を交叉させるようにして胸の前で手を合わせ、擦り合わせる。吐く息もまた白い。その息に負けないほど私の髪は白かった。
「はぁ……早く新月来ないかな……」
 どうせ誰もいないからと、包み隠す様子もなく寝起きの小用を足し、私は空を見上げる。その暗黒の空には上弦(じょうげん)の月が浮かび神々しく光っている。対して私の体は暗黒の空よりも黒かった。
 私は枯れ草を集めて、鬼火の技で火を燈す。炎に照らされた彼の胸とも首ともとれる部位には、赤い牙のような器官があり、片目だけ覗かせる目は払暁(ふつぎょう)の色であるターコイズブルーに染まっている。
 私は炎の風下に立って炎の恩恵を十分に受けながら、不思議のダンジョンで捉えた獲物の肉を干し肉にしたものに噛り付いた。右手は肉を握り締めつつも精いっぱい丸まり、左手はしっかりと丸められている。肉が口の中で咀嚼されている間は右手も左手の冷える胸に寄り添うのだ。

「レアスはしっかりと目標を達成しているというのに、私は情け無い……今日こそ……今日こそ……」
 ぼやきながら干し肉を齧っている内に、口の中には否応無しに唾液がたまっていく。
「うう……離れたくない」
 噛めば噛むほど味が出る干し肉をただひたすら噛み続けて、このままずっと火に当たっていたい。私は冬の間中そんな欲求に負けてしまいそうになる。
「いけないな……けじめをつけねば」
 私は誘惑を押し退けながら、名残惜しそうに土をかぶせて火を消した。炎の盾を介して届いた温かい風を失い、訪問者の体は末端から冷気に犯される。少しでも風に触れる場所を減らそうと、両肩にたなびく布状の器官は腕に巻き、スカート状の膜の後端にたなびく同様の器官は腰に手繰り寄せ、帯で巻いて毛皮の中に固定してある。
 火に当たっている時は露出させていた収納が可能な脚はスカート状の膜にしまわれていた。

「はうぅ……私もイノムーのような毛皮が欲しい……」
 ウタンの実をくりぬいて作られた水筒に湛えられた水は、保存性を向上させるために酷く苦い味がする香草を入れられている。その水を飲み、体の中から冷えていく感覚に身震いをする。
「うぅ……苦いし冷たいし……好きな渋い味ならまだしも……こんなことなら暖まっている内に飲めば良かった……」
 いい加減に愚痴が多すぎる訪問者は顔を除いた全身を毛皮で包み、フワフワ浮かびながら闇夜に消えていった。

 私の名前は、言うまでもなくエレオスという名のダークライである。私はある目的を以って年に何回も旅にでていた。それは一騎当千の(つわもの)のスカウトである。色々あって漆黒の双頭というチームを組み、相方となったレアスはひたすら金を集めることに専念し、対してエレオスは……ということである。
 一騎当千の者こそが今の自分たちの計画に最も必要なものであるとレアスに言われたのだ。とにもかくにも、私は人の集まる街を目指して歩を進めた。人材を見つけるために夜の街で暗躍するのがこの頃の彼の日課である。
 そういえば、ここら辺にはサーナイトたちが強制的に働かされている農園があったなと、私は思い出す。
 捕まっている者達のことを思えば潰してしまいたい場所ではあるが、単独の判断で動いたらレアスに怒られると、名残惜しくも見放すことにし、未練がましく農園があると(おぼ)しき方向を一瞥して立ち去ろうとする。その時だ……私は突然肌が粟立ち、髪の毛が逆立った。寒さによってではない。左後方に強烈な念の波導を感じてだ。
 本来悪タイプであり、PSI(サイ)の力を無効化できる彼はPSIなどに恐怖する事は決してなかった。それだけに、悪タイプの彼がエスオパータイプに対し恐怖を感じるなどあってはならないことだ。
 それも、普通のポケモンならばまだしも幻のポケモンに分類される彼であるから、その性質の悪さは言葉で説明できる範疇を容易に超えている。

 急いで様子を見るために影を用いた瞬間移動をしてみれば、念の波導が強大な重力に変換されて球体を作り上げていた。私はその様子にギラティナを連想した。知り合いのユクシー曰く、重力が出鱈目な破れた世界とやらを作り出すらしいあのポケモンならば、あの光景を作りだす事も不可能では無いだろうと。
 しかし、それならそれで、こんな月の大きな夜に、夜目の利くダークライの目にさえ、巨大な体躯を持っているギラティナを捉えられないのは考えられないことだ。怪訝に思いつつ、不意に現象が終わったその場所を覘き見に低空飛行をしてたどり着く。

「ラルトス……?」
 その場に生きているのは私を除くとラルトスだけだった。勿論ギラティナなどという神と呼ばれるポケモンはいない。攻撃の中心にいたと思われるルカリオとハブネークは全身の骨がひしゃげ、血液も糞尿も臓物も脳漿(のうしょう)も骨も、全てを寒い外気に晒している。
 私は記憶を呼び起こす。サーナイトにはブラックホールを作ることが出来る者がいると言う記憶を。そして、『悪魔の子』という単語を。もしかしたらこのラルトスも……そう考える以外に辻褄は合わない。
「だとすれば……やはりこの子がこれをやったのか? だとすれば、英雄としてのこれほどの人材は……」
 青写真を描きながら、ようやくレアスに報いることが出来るなどと考えるが、すぐに私は頭を首が取れそうなほど激しく左右に振る。
「どうやらそんなことを考えている場合ではなさそうだな……」
 私が周囲を見る限りでは危険らしい危険はなさそうなので、そのラルトスに近寄ってみたのだが、そのラルトスを見てみれば、全身に痣を作っている上に、指を濡らして口元に当てなければ感じ取れないほどに小さな呼吸しかしていない。
「人材だとかそんなことを考えている場合では無い……このまま放っておけば確実に死ぬ……」
 私は周囲を見回す。頼れそうなものなど何一つ無い。私とて傷口を縫ったり包帯を巻いたりといった応急処置には多少の心得があるが、どう見てもそういう事でなんとかなるレベルの怪我ではなさそうだ。

「とにかく、体を温めなければ……」
 自分が包まっている毛皮の中にラルトスを入れ暖める。その後、全力で今後の行動で何をするべきかを考えた。
 街の医者は……今開いているのだろうか? 大体……私はこっちでは夢を通じる以外の方法では迂闊に姿を見せられないし、この子はラルトスだ。
 差別されている者を治療してくれるだろうか……? 金を積めば……いや、それではだめか?
 だとすればどんな時でも治療をしてくれる、自分が最も信頼を置ける医者……ニュクスだ。それに今ならば時差であっちは夕方だし……まだ診療所は開いているはず。

 思い立った私は自分の影を広げて遠くの土地に一瞬で移動するフィールド技、『ダークパワー』を発動する。自らの影に頭から飛び込むと、その場所は先ほどいた場所から遥か遠くにはなれた場所。だが、距離が足りない。新月ならもっと長い距離を稼げるというのにと思うとやり切れない。
 月の満ち欠けに左右される自分の不甲斐ない移動能力に私は歯噛みする。あせっても仕方がないと深呼吸をして、再度ダークパワーを試みる。今度は空を見ればようやく夕日に追いついた。
「くそ……この様子で間に合うのか?」
 私は、くそ……不甲斐ない。私の力は殺すことには適しても救うことは出来ないか?
 自己嫌悪にさいなまれながら深呼吸をし、ダークパワーの連続使用で疲れた体に歯を食い縛って鞭を打って3回目のダークパワーを発動する。
 たどり着いた場所はまだ空は青から紅に移り変わる時間帯の場所。そこでは潮騒の音が遠くから聞こえる。間違いなく、ニュクスが診療所を経営する海沿いの街、トレジャータウンである。
「やっと着いた……」
 感無量に浸る間もなく、私は体を支えることも億劫な体力しか残されていない状態で自身の体を浮かび上がらせた。眩暈がする……ダークパワーの使いすぎか……だが、ここで倒れてはダメだ。この子を……運ばなきゃ。
 大分日も傾き、長く伸びる影を眼下に望みながらエレオスは飛ぶ。意識が朦朧とし、疲労で歪む景色を無視しようと勤めてエレオスはニュクスの診療所の扉を乱暴に開く。
「いらっしゃ……エレオスさんですよね? どうされましたか……何か急病でも」
 戸を開いた先に居た、助手であるデンリュウの女性がエレオスを確認し、その息も絶え絶えな様子を見て患者と見間違えたのかエレオスの体を支える。
「いや、私は良い……それよりもカイロ。この子を……金ならいくらでも払うから」
 私は羽織ったままの毛皮を放り捨てて、中からすでに呼吸の止まっているラルトスを取り出す。その子供の酷い外見に、カイロと呼ばれたデンリュウは驚愕していた。
「これって……」
「事情は何でもいいから、頼む……このままじゃこの子は確実に死ぬってこと、医者なら分かるだろう?」
それだけ言うと私は死んだように待合室の長椅子に倒れこんでしまった。


 目を覚ましてみれば、待合室の長椅子に眠らされており体には持ってきた分厚い毛皮がかぶさっている。私はそれを背中から羽織りなおして治療室の方へと行くが、音がしない、
 どうやらすでに治療は終わっているようなので霊安室に居ないことを願いながら、私は入院患者たちの寝室へと向かっていった。そこでは、胸に十字の深い傷を負ったニュクスがウトウトとしながら、ラルトスのことを見守っている。クレセリアが見守っているのだ、間違っても悪夢など見ることもないだろう。
「……終わったのか?」
 だいぶ呼吸も整った私は、胸に傷を負っているニュクスに声をかける。
 きれいに縫われた胸の傷は、自身の体力を犠牲に他人を回復させる技――三日月の舞を行うために血を流した証拠だとわかった。ニュクスに対して少し申し訳ない気持ちになる。
「すまないな……私の無茶な頼みのために三日月の舞までしてもらって……」
 申し訳なさそうに呟いたエレオスは、ニュクスに向かって深く頭を垂れた。

「ああ、兄さん……いいのですよ、それが私の仕事ですから。でも、それなりの報酬はいただきますよ? 私……レアスのせいで今月苦しいので」
『今月苦しいので』というニュクスの情けない発言に私は大きくため息をついた。呆れを具現化したような白い息はとても重く、空中に飛散して消えるまでやたらと時間がかかった印象を受ける。
「レアスとの賭けはやめろと何度言えば……あいつは弱い相手を虐めるのが趣味な奴だぞ」
「いや、まぁ……それはそうなのですけれどね」
 ニュクスがモジモジと言い訳に困っているところに、助手のデンリュウが現れる。
「頼まれたものです……どうぞ」
 デンリュウは、オレンの実とクレセリア用の毛皮のコートをニュクスに手渡した。オレンの実は単純に体力の回復。毛皮は月光を浴びるために外へ行こうとするニュクスの防寒着だろうか。
「ありがとうございます……」
 貧血と技の反動で気分が悪そうにしながらニュクスは寝室の窓から外にでた。ニュクスが月の光を浴びるために寒空に身を晒すとエレオスが窓を開いて話しかける。
「アルセウス教の話が絡むから……あのデンリュウ……カイロさんには兄妹二人きりで話をしたいと言ってきたよ。
 とにかく、賭けは卒業しろよ……あいつは鬼畜だから?」
「確かにそうなんですけれど……騙しテクニックの種明かしが面白いのですよねぇ。それに、私の経営が危ないのは……レアスの賭け云々ではなく診療代が安すぎるのが原因ですよ」
 ニュクスの言葉を聞いて、私は安心して笑みをこぼした。
「相変わらず、お前は優しいのだな……自分の贅沢よりも人々の笑顔だなんて」
「それは、貴方達ともお互い様でしょう?」
 そのまま、会話が途切れたまま数秒の時が流れた。耐え切れなくなって先に口を開いたのはニュクスであった。

「ところで、あの子は一体なんなのでしょうか? 貴方はいつも、死んでいく者にいちいち悲しんでいたら身が持たないと、ああいう子に対しては無視を決め込んでいたはずですが……珍しいこともあるものですね」
 私は返答に困り、胸にある赤い牙飾りを掻きながら応える。

「あのラルトス……信じられないかもしれないが悪魔の子なのだ」
「はい? 悪魔の子と言うのは確か……なんだっけ?」
 窓枠に腕を乗っけていた私は、ニュクスのすっとぼけたセリフに腕の力を抜かして顔面を腕の上にダイブさせた。
「ラルトスの中でも『殺戮の限りを尽くす力をもてるが、代わりに1日と持たずに死ぬ個体』といわれているアレだ」
 あぁ、思い出したとでも言いたげにニュクスは何度もうなずいた。エレオスはやれやれと腕を横に広げる
「あぁ、アレですね。あれは、アルセウス教のブイズとカクレオンがサーナイトを悪役に仕立て上げるために作った捏造なのでは?」
 エレオスは頷いたが、一拍置いて首を横に振って否定した。

「私も眉唾モノだと思っていたがな。いや、実際に殺戮する光景を見たわけでは無いが……ものすごい死体を見た。それこそ、ギラティナあたり……幻のポケモンみたいな奴が、その死体を殺したのかと思えるような。
 だが、あの死体はサーナイトの技、ブラックホールによってできたものじゃないかと思う……だが、その周囲に倒れていたのはあの子だったんだ。
 サーナイトではなく……あの子だから。だから、あの子がやったとしか思えない」
 エレオスはその時の情景をよく脳裏に浮かべつつ、それを語る。周囲を見渡す余裕がなかったとは言え確かにラルトス以外はその場には存在しなかった。

「だから……あの子が悪魔の子だと思ったわけですか?」
 それを半信半疑でニュクスは聞いている。兄の言うことだから信じたいと思いつつも、それが事実とはどうしても思えなかった。
「ああ。悪魔の子は、年に何度か目撃例があった。その時発見されたのも今回と似たような死体だ……
 今日、あれを見るまでは私もお前と同じく、それらの目撃例は国の粛清をサーナイトたちのなすり付けるためのものだと思っていた……が。
 だが、もしかしたらということもある。私が……そう思ったなんて言う儚い憶測だが」
 そうして、ニュクスが疑いの心を持っていることを重々承知しつつも私は意見を曲げない。自分が間違っているとはどうしても思えなかったのだ。
「あの子が悪魔の子と言う事は」
そのエレオスの態度に折れ、信じる事にしたニュクスはエレオスの言うことが本当であるという前提で質問をした。
「もしかしたらすぐに死んでしまうのでは? 悪魔の子は生まれてすぐに殺戮を行った後、すぐに命を散らすといわれていますし」
 私はしばらく考えた。
「そうかもしれない……が、考えても見ろ。悪魔の子は周りの物を全員殺してしまうんだ。つまり、複数の死体の真ん中にいるラルトスという状況になる。
 それを……いったいあの国の誰が助ける? あの国ではラルトス系統に対する異常な差別がおこなわれているのだぞ?」
「それは……確かに、絶対に誰も助けませんね」
 言われて見て、確かにそうだと、ニュクスは頷いた。
「だから、もしこれを乗り越えれば……生きる可能性もあるだろう。レアスに言われた精鋭だとか、英雄候補だとかそれを抜きにしてもせっかく拾った命だ。生かしてやろうじゃないか……」
 私は一度ラルトスが眠っている部屋を振り返る。
「どうせ、私たち夫婦には子供が出来ていないことだ。あの子は私たちが育てる事にしよう。クリスタルには……怒られないように上手く言わなきゃな」
 ニュクスも私から視線をはずしてラルトスの男の子を見る。
「クリスタルさんは子供欲しがっていましたからねぇ……でも、クリスタルさんのことですから何か嫌味は言われると思いますよ。不感症とか、不能者とか……」
「月食の日は出来るってば……いや、逆に言うと……その日以外は出来ない……が」
 心底、気を滅入らせながら私はため息をついた。
「なんにせよ、名前を決めねばならないな……」
 気が滅入った空気を是正するように、私は本当に子供が出来たような嬉しげな表情をする。
「どんな名前がいいでしょうかね?」

「そうだな……」
 エレオスは、ふらりと振り向いて、そばのベッドで眠るラルトスの子供を抱きしめる。
「この子は……レアスの言う『表舞台に姿を表わし、民にとって一騎当千の英雄となる存在』になりえる……しかしそれは、修羅(Killer)の道。 ただ、角の力が無尽蔵に強すぎるだけだというのに……不幸な子だ。私やレアスももなまじ力があるだけに苦しんだ経験があるが……それ以上だな」
 愛おしそうに子供の豊かな頭髪を撫でながら、起こさないように語り続ける。
「だからこそ……お前には……幸せを感じて欲しい。そうだな、お前の名前は……英雄(Killer)であり、思いやりのある(Feeler)子……キル(Kill)フィール(Feel)を合わせて、キール(Keel)だ」
 男は子供を起こさないように。しかし、暖炉の近くで後ろから吹きすさぶ隙間風の冷たさを感じさせないように、しっかりと子供を抱きしめる。
 これが、男の子が名前の通り『殺戮』と『感知』に目覚めた経緯。

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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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