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時渡りの英雄第29話:ともに歩む世界

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時渡りの英雄
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414:悲しみを乗り越えて 


 トラスティはアグニに泣き付かれ、困惑しながらもそれを受け入れ胸を貸した。アグニが落ち着くまで待っていると、すっかり日も暮れて辺りは真っ暗になっている。
 アグニに泣き付かれままの状況で考える事ではないのだが、今日の夕食は無しだなと頭の片隅で考えながら、トラスティは自分からすごすごと離れていくアグニを見つめる。
「落ち着いたでゲスか?」
「うん……」
 自分でも醜態をさらしてしまった自覚があるのか、少し恥ずかしそうに目を伏せてアグニは答えた。
「で、具体的にどうしたんでゲスか? アッシ、あれだけじゃ何も分からなくって……どうにも答えようがないでゲスよ……」
「シデンがね……いなくなった穴を、私達で埋めませんかって、フレイムって探検隊のソーダって子が……提案してきたの」
「その子なら知ってるでゲスよ……フレイムは、それなりに有名な探検隊でゲスからね……」
「そっか、それなら話が早いね……それでね。オイラは、その提案を受けようと思ったの……それで、手繋ぎ祭りで、フレイムのメンバー皆の手を繋いで、そうして仲間にしてもらおうと思ったんだけれどね……そのためには、自分の気持ちにケリをつけないとダメなんだって。
 そんな風に思っていたら……シデンと初めて出会ったここに、自然と足を運んでいたんだ……そしたら、シデンの事が溢れちゃってさ。あとはもう、あの有様……」
「仕方がないでゲスよ……アッシは、そこまで大切に思える人に会っていないから何とも言えないでゲスが……そんなに簡単な事じゃないでゲスし。
 だからアッシは、アグニの事を責めるだなんて出来ないでゲス。むしろ、こんな時くらい先輩風を吹かさせてほしいでゲスよ。最初だけ先輩面出来ても、すぐに追いつかれて……色々悔しかったし、こんな時くらい……」
 少々強気な態度でトラスティは言う。こんなに精神的に参っているアグニなんて、もう見られる機会はないだろうから、今ぐらいは頼れる先輩であろうと。
「ありがとう……これからも、こうして泣くかもしれないけれど、そんな時でも、こうやって慰めてくれるかな?」
「もちろんでゲスよ。アッシ、ケチではないでゲス……多分、フレイムの皆さんも、それくらいの器量はあるでゲスよ。だって、ソーダさんがとりあえずは立ち直っているわけでしょ? だったら、アグニを支える器量くらいあるでゲスよ。だからこそ、誘ったんだと思うでゲスよ? 大丈夫……『ナカマ』はみんな意外と優しいもんでゲスよ」
「……受け入れてくれる、か」
「もちろん、アグニが自分で乗り越えようとする素振りがあればでゲスが……でも、一人で乗り越えろとは、きっと誰も言わないでゲス……」
「うん……ありがとう。今のオイラには、本当にそれくらいしか言えないや……」
 トラスティの言葉を受けて、アグニの決心は固まった。手繋ぎ祭りの日に、正式に仲間入りを申し出よう。そしてシデンが残してくれた石鹸という遺産を売って、シデンの存在を誰もが忘れないように刻み付けてやるんだと、アグニは嬉々として自身の野望を話す。
 その収益も、皆が忘れられない何かに使ってやろうとか、そんな風に話す姿は、吹っ切れたようにも無理して元気に振舞っているようにも見える。
 だがいつかは、シデンの事を胸の内に留めたままでも幸福であれるように。アグニはそれを目指して、日々を精一杯に生きる事だろう。

「アグニ。アッシは昔……アグニが入ってくる前に、ジラーチにお願いして『可愛い後輩が欲しい』ってお願いしたんでゲス……」
 ん? と首を傾げてアグニが聞く態勢になったところで、トラスティは続ける。
「もしも願いが叶うならば、アグニ……シデンを生き返してほしいと願うような事は……ないでゲスか? ジラーチのいる場所……アッシ、教えてもいいでゲスよ……」
「ないよ。死人を……ホイホイ生き返すのはいい事じゃないと思うから……今は、割り切れないけれど……そう思う事にする。でもありがとう、トラスティ」
「アグニ……アッシは小さな望みでも……」
「いいんだよ。その通り、小さな望みでもかけてみるべきだとオイラは思う……けれど……オイラのわがまま一つで、世界の在り方を変えるわけにはいかないでしょ? シデンが折角守った世界なんだ。あまり神様を困らせて、逆に大変な事になったら逆に悲しむよ。
 それに、オイラはヒコザルだから。この手で願いを叶えるわけにはいかないんだ……」

 そういってアグニは夜空を見上げる。クラブの泡吐きも終わったトレジャータウンの夜空は、綺麗に澄み渡って星が瞬いている。結局、ギルドの夕食を食べ損ねた二人は、その日は外食にして強い酒をちびちびと飲みながら夜を明かした。柔らかな春風と程よく酔った体が、ふわふわと悲しい気持ちを浮かび上がらせ、シデンの面影の見ないフリを助けてくれるようような気がするのだ。

415:間に合わせでも 


 後日、フレイムの元に訪れたアグニは、彼らと共に手繋ぎ祭りに参加して正式に仲間になる事を誓い合った。体の構造上、ソルトやソーダとは握手も出来ないため、肩を寄せ合って触れ合わせる事が精々である。特に巨体を誇るソルトに対しては、アグニも壁に寄り掛かるような感覚で寄り添う事になり、体の大きさが不釣り合いな光景には苦笑するしかなかった。
「アグニさん……貴方をフレイムに誘おうと提案したのは、私なんです」
 日も暮れて、手繋ぎ祭りも終わりまで近付いてきたころ、アグニはソーダをフレイムの集団から連れだし、二人並んで海岸に座って話を始める。頭上の泡と夕日を見つめながら、二人は手を繋ぐ代わりに肩を寄せ合ってじっとしている。
「コリンさんに、貴方の事を頼まれたんです……それが貴方を励ます事なのか、なんなのかは分かりませんでしたけれど、とりあえず、頼まれて……何をすればいいのかも分かりませんでしたが、貴方の様子を聞く限りじゃ、まだ引きずっているようでしたので……だから、私達が一つのきっかけになればと思ったんです……」
「それなら、そのもくろみは見事成功って感じかな……オイラは、きちんと立ち直れたと思う……君のおかげで」
 アグニは首を傾け、ソーダの首筋に側頭部を立て掛ける。首の血管からわずかに彼女の脈動が感じられた。
「貴方は、きっかけが欲しかっただけなんですよ……きっと、私じゃなくっても良かったんですよ、だから、そう言われるとなんか照れちゃいますね……」
 謙遜のつもりなのか、ソーダははにかんだ。
「いや、そうだけれど……確かに慰めてくれるなら誰でもいいけれど、誰もやらなかった事を君はやった。それに恩を感じない話がないじゃん」
「ですよねー……なんですけれど、誰かからそういう風に感謝されるの、慣れていないんですよ」
 照れ隠しにソーダは笑ってごまかす。
「それと、ですね……なんというか私は、すっごく恥ずかしいんです……」
「なにが?」
「貴方が、誘えばフレイムに入ってくれる事を、私が心のどこかで望んでいたのかもしれません……貴方と、傷を舐めあえるようにって……」
「それで、あわよくばオイラと恋仲にでもなろうとか?」
「……あたり」
 気まずいのか、間を置いてソーダは答える。
「まぁ、こうやって普通に恋人みたいにしている事からも結構分かるけれど……オイラもソーダと同じ事を考えていたよ。誰かに、心に空いた穴を埋めて欲しくって……それが恋人ならいいなって思って……結局、オイラ達がやっている事は、ただの恋人ごっこ、ままごとなのかな……
 オイラはシデンの。君はコリンが抜けた穴を埋めようとしている……そのために、ちょうどいい相手をお互い求めていただけ、なのかな」
「私は、そうだと思います。少なくとも、こうして恋人同士でいたほうが……楽、ですから。何も考えずに楽しんでいられれば……幸せな振りぐらい出来ますし」
 ソーダは罪悪感を抱えて、自嘲気味にそう言った。

「消えていった人の分まで幸せに生きるべきだ……というのは分かるんだけれどね。オイラも、こうしていると……幸せなのか、悲しいのかわからなくなるよ。コリンは君の事をいい女だって紹介していたし、君だってコリンにオイラの事を悪く紹介されたりはしていないと思う……だから、普通に出会っていれば普通に恋仲になっていたとしても、今のこの状態じゃ、本当に傷の舐めあいのような感じだし……お互いに『間に合わせだ』って言っているようなものだ」
「それでも、お互いが歩み寄って……本当に好きになればいいのですかね……こんなきっかけなんて笑い飛ばせるくらいに」
 ソーダはコリンの面影を思い出して、静かに涙を浮かべる。鬣の炎で照らされた涙は、夕闇の中でも闇にまぎれる事なくはっきりと映る。アグニの涙もソーダの鬣に照らされ、はっきりと見えた。
「コリンが惚れた女だもの。ハズレを引くとは思えないし……」
「そうですね。コリンさんも、貴方の事は非常に評価しておりましたし……幻の大地以降で何か変わった事があっても……まぁ、問題ないでしょう」
 ただ、寂しい者同士が寄り集まっただけ。本当は、誰でもよかったアグニとソーダは、隣り合う相手にではなく、かつて想いを寄せた相手に心を馳せる。触れ合った肌に感じる感触を、もう決して届かない想い人に重ねながら、揺蕩う泡と寄せては返す波を見つめ、会話を交わす事もなく。

 やがて夕凪が浜風に移り変わった夜風の流れの中で、二人はそれぞれの場所に帰る。コリンとシデン、消えていった二人に対する申し訳なさや、手ごろな異性を捕まえてしまった自分達の浅ましさ。そういったものを感じてあんな会話をしてしまったが、二人で道を別れる時には互いに離れたくないと確かに感じていた。
 アグニがギルドへ、ソーダが宿屋へ帰る時、二人は名残惜しくて離れるのをためらい、何度かふり返ってしまった事を、同じタイミングで振り返る事で二人は互いに知り合うのである。

最終節:ともに歩む世界 


 そうして、アグニがフレイムと行動を共にしてから月日が過ぎるうちに、アグニは徐々に商売に慣れて売り子としての役割もきちんと果たせるようになってゆく。たまに、大きな隊商の用心棒としてフレイムを引っ張って行ったりしているうちに、ソーダも積極的にアグニと一緒に最前線で戦う機会も多くなる。
 コリンががっかりしないような強い女になろうと思っていたソーダは、危険な前衛で戦う機会を増やし、傷を増やしながらもその分だけ経験を得て強くなった。
 アグニはシデンが絶対に世間から忘れられないように、彼女が残した石鹸という物体を売る際に、客に向かって自身の旅の思い出を聞かせる。並行して本も書き、サニーに構成を頼んだりなどの紆余曲折を経て出版したりもした。
 その本を書くにあたって、コリンと何度も話をしたソーダも大きく協力し、コリンの視点でのエピソードを語る際には大きく役立ったという。
 そうして、二人は仲を深めていく。コリンのために強くなろうとしたソーダは、いつしかアグニのために強くなろうと頑張るようになり、一対一での強さで語ればアグニに匹敵とは言わないまでも、貰い火の特性を生かした彼女の炎はアグニに負けない貢献度を誇るようになる。
 二人がフレイムを抜け、独立した探検隊を名乗るのも遅くはなかった。改めてギルドに入ったフレイムと共に卒業試験を突破したアグニ達は、初めて顔を合わせた者達と、初めて見る前人未到の地を踏んだりして、沢山笑って沢山感動して。そんな充実な日々を過ごしていた。
 その過程で、時間の流れが正常となったためにようやく進化も出来るようになったのだが、時渡りを経験したアグニだけは進化が出来ないと言われてしまった。体が完成され、十分進化が可能であったソーダは名残惜しそうにしながらもポニータの姿のままでいる事を選び、二人は仲良く未進化のままでの生活を続ける。

「あの、アグニさん……」
 そんなある日、今にも泣きそうな顔をしてソーダはアグニにそう告げる。ギルドを卒業して以降、サメ肌岩に舞い戻った二人は、休息期間をマイホームで悠々自適にすごす習慣が根付いていた。とある超有名探検隊との探検を終えて、しばらくはゆっくり過ごそうと決めていた時にこんなソーダの顔を見るとは思わず、アグニの顔は思わずひきつった。
「ごめんなさい……最近、体調が悪くって……それで今朝お医者さんに見てもらったんですが……私、探検できなくなるかも……」
 震える声で、目を逸らしながらソーダが言う。床に寝そべっていたアグニは跳ね起きソーダの顔を見上げた。
「ど、どうしたの?」
「……子供が、出来たんです」
 泣きそうな顔はすべて演技で、今の彼女はとても素晴らしい笑顔であった。

 ◇

 と、いう夢を見た。
 ひどく生々しい夢を見て、またこの夢かと思いながらアグニはギルドの自室で眠るシデンの寝顔を見る。
 シデンもシデンでいつもの悪夢を見ているのか、少々うなされている。
(最近シデンの見る夢の内容は……星の停止を食い止めた後、再び危機に陥った世界の平和を、オイラ達が守りきれなかった世界で……シデンはその世界で、また戦って心半ばで死んだ……でも、実際のところはこういう風に、シデンはトキの粋な計らいで元に戻った……なんで今更こんな夢を見るのか、訳が分からないよね……)
 今でもアグニは覚えている。トラスティの胸に抱かれて泣いたとき、トキの声が聞こえてきた。

『アグニ。お前がここを離れる時……虹の石船でここから別れを告げる時。お前の悲しみが、ここまで強く伝わってきた。お前が今も願うなら……そして、シデンも同じく望むなら、私もそれを受け入れよう』
 と。
 完全に消え去ったはずのシデンが、どこでどんなふうにアグニとの再会を望んだのかは知らないが、その呼びかけにアグニは答えた。トラスティ曰く、泣きながら、『会えるものなら会いたいよ、畜生!!』と叫んだらしいが、無我夢中でよく覚えていなかった。
 そのすぐ後に、シデンは蘇ったのだ。
(超越者は……歴史が改変されても自己の存在を保ち続けるって言うけれど……もしかして、本当はシデンが生き返らない世界が、正史だったのかなぁ……いや、シデンはオイラとの再会を望んでいたという事は、どこかで……シデンは生きていた。そして……再会を望んだ。
 シデンが再会を望んだのはどんな時代だったのか? 最近シデンが見ている悪夢のような状況だったのかは分からないけれど……いつかの時代の、どこかで……彼女が望んだのだろうか)
 何度も夢に見るソーダとの光景は、夢の中なのにとても生々しい。シデンがいなかったら本当にこうなるんじゃないかと、そう思えてならない内容だ。トラスティに泣き付くところまでは同じだが、現実はアグニが泣き止む前にシデンが復活していた。
 そして、なし崩し的に結局シデンと一緒に手繋ぎ祭りに参加して、それに嫉妬したソーダは一日中ソルト相手に泣いていたそうだ。
 自分が悪い事している訳ではないと分かっていてもソーダに対して申し訳ないと思う展開に、トキのタイミングの悪さを恨まずにはいられないエピソードである。
 結局あれからソーダが立ち直れたかどうかは分からないが、一応石鹸は売れているらしい。あの夢と違って、ソーダの態度が今でも素っ気ないのは残念で仕方がなかった。
(夢の中じゃ、ソーダに炎の誓いを食べさせるシーンだってあるくらいに仲が良かったのに……今じゃ無理だよなぁ……)
 そんな物想いに浸りながらシデンの寝顔を見てみたが、一向にシデンは起きる気配がない。
「シデン、朝だよ。今日は墓参りの日だから早く起きてよ」
 アグニはじれったくなってシデンを起こした。二人の一日が始まった



 トレジャータウンの南にある海岸。徐々に夏も近づき、照りつける太陽は徐々に勢いを増していく昼前の頃、二人の男女がトレジャータウンの海岸にて世間話に興じていた。大きい方は海暮らしであるせいか暖かい空気も嫌いではないようだが、小さい方は段々暖かくなる気温に対しては少し憂鬱だ。
 潮風に混じって運ばれる磯の匂い。美しい草花の匂いには心踊らざるを得ない。アグニのはるか前方でお話をしている二人もそれは例外では無いのか、会話の内容までは分からないものの、潮騒の音にまぎれてチラホラと楽しそうな声が届いている。
「本当に、ゼロの島はそこにあるんだな……サイモン?」
「もちろんですよ。私はこれでも世界中の海を旅しておりますので、そのたびに色んなものを見てきております故」
 一人は、貧乳で姉御気質の強いマニューラの女性リアラ。盗賊を生業としている自称悪党の盗賊団チームMADのリーダーである。手には火のついたタバコが挟まれており、煙が空へ伸びている。
「ときに、リアラさんの方は順調に宝物など漁れておりますか?」
「ぼちぼちって言ったところだねぇ。それにしても……私達盗賊の被害が海にまで及ぶ事がないから、蚊帳の外のアンタは気軽なもんだな」
 もう一人は、ディアルガのいる幻の大地への橋渡しを行う仕事に就くラプラスの男性サイモン。リアラとは仲が良いのだか悪いのか、幻の大地への入島を断られた事がありながらも、やけに親しげにお話している。
「サイモンさん……おはよう」
 そんな話に割り込むのを少し申し訳なく思いながら、控えめにアグニが入り込んだ。
「えぇ、おはようございますアグニさん」
「おはようさん。アグニ」
 サイモンが丁寧に、リアラがぶっきらぼうにその声に答え、振り向いた。
「おや、アグニさん……顔が明るいですが、もうシデンさんの事は吹っ切れたのでしょうか?」
 サイモンがその質問をした所で、何かを思い出したようにリアラは言う。
「ふん、積もる話に水を差すのもいけないね。私は退散するよ」
 そう言って、リアラは踵を返すようにその場を立ち去った。アグニのような幸せそうな暮らしもよさそうだとリアラの胸がうずき、そろそろ身を固める事も考えようかと思いつつも、リアラの頭には盗賊家業しか思い浮かばない。結局堅気に戻るなんて選択肢が言葉だけでしか浮かばない自分の馬鹿さ加減にリアラは苦笑する。
 後姿をアグニに見送られ、リアラはトレジャータウンで仲間が滞在中の宿街への道を歩き始めてアグニとサイモンがいる場所から消える。
「ふふふ……まぁ、リアラにはもう退屈な話かもしれないからね。で、明るい顔の事なんだけれどサイモンさん……」
 アグニは後ろを振りかえり、軽く炎を噴き出して合図をする。
「じゃじゃ~ん!! シデンは、蘇ったんだ!!」
 リアラは振り返りながらすでに小さく見える無邪気なアグニの仕草を見ていて、その無邪気さが伝染したように理由もなく笑う。

 遠く離れたところに隠れていたシデンが、照れ気味に物陰から出てきてペコリと礼をした。懐には、コリンやドゥーンへの(はなむけ)のための木の種が仕舞われている。死人の亡骸と共に木を植えるという、ホウオウ信仰式の弔い方で、コリン達を送るための準備は万端だ。
「これからはね……シデンのお墓参りは行く必要なくなっちゃったけれど……やっぱりコリンも、ドゥーンも、シャロットも……死体がなくたって、誰かが弔って上げなきゃいけないと思う。
 だから、これからもお墓参りの送り迎え……よろしくね、サイモン。送ってくれるたびに御礼はいっぱいするからさ」

「おはよう、リアラ」
「ああ、おはようシデン。お前はいい旦那さんを持ったな」
「ちょ、旦那って!! リアラ……自分達まだそんな関係じゃ……もうすぐそうなるかも……だけれど」
「私は結婚式は行かないからな。ついつい御祝いの品を盗みたくなる」
「そもそも呼ばないよ!」
 シデンとすれ違う時も、そんな冗談を口にしてシデンを図らずも赤らめさせた。
 アグニが、シデンの蘇りの経緯やそれからの生活を嬉しそうに話す声は、徐々に波音に掻き消されてリアラの耳には聞こえなくなる。

 リアラがふと空を見上げると、コリンから預かった絵の事を思い出した。あの絵はプクリンのギルドに預けてあるから、ジャダとスコールに合流する前にソレイスのやつに会いに行くのも悪くない。コリンの絵はいつ見ても心が洗われるし、奴の面影を思い浮かべてタバコを味わうのも悪くない。
 楽しい寄り道を思い浮かべてリアラは笑う。
「今日のタバコは美味いな……」
 柔らかい木漏れ日の下、淡く揺れる森羅万象にコリンの生きた証を感じたリアラは、冷気でタバコの火を消して放り捨てる。咥えていたタバコがなくなり寂しくなった口元は、似合わない口笛を吹いて、リアラはひたすら上機嫌に春の匂いを味わう。














後書き


コメント 



お名前:
  • >2013-11-03 (日) 02:46:36
    大体はお察しの通りなのです。ダークライの件がなかったら、アグニを成長させるためにも消えたままにするのが神としての役割だったかと思います。
    シデンを復活させたのも、おそらくは苦渋の決断だったのでしょう。ソーダは……私ももうすこし救ってあげたい気持ちですw

    テオナナカトルは、その通りコリンたちの世界の未来ですね。すでにコリンたちの戦いは神話になっているようです
    ――リング 2013-11-22 (金) 00:37:02
  • ふむふむ、こうして読むともし原作のストーリーにダークライの話が無かったら、リングさんバージョンはシデンが復活しないまま終わってたのかなって思いますね。

    ソーダがちょっと可哀想でした。

    テオナナカトルって多分、コリンたちの世界の未来の話ですよね?
    ―― 2013-11-03 (日) 02:46:36
  • >狼さん
    どうも、お読みいただきありがとうございました。
    『共に歩む未来』のお話では、もう一つの結末というか、私としてはこちらのほうがよかったという結末を書いて見ました。
    ディアルガのセリフから察するに、本当の未来はシデンが生き返らない方であったという推測が自分の中でありましたので……。
    こんな長い話ですが、読んでいただきありがとうございました
    ――リング 2013-06-26 (水) 09:49:35
  • 時渡りの英雄読ませていただきました。私は探検隊(時)をプレイしたのでだいたいのことはわかるのですが時渡りの英雄ではゲームとは違ったおもしろさがありゲームではいまいちでていないところまで実際そんなストーリーがありそうな気がしたり(当たり前か)してとてもおもしろかったです。
    『ともに歩む未来』では[シデン]が蘇らないのかと思ったら[アグニ]の夢というおち、少しほっとしたり…。
    これからも頑張ってください。
    ―― ? 2013-06-17 (月) 21:31:32
  • 時渡りの英雄これから読んでいきたいと思っています。
    時渡りの英雄は10日ぐらいかかると思われます。
    読むのが楽しみです
    ―― ? 2013-05-25 (土) 02:02:01

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Last-modified: 2012-06-04 (月) 00:00:00
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