狸吉の第一回帰ってきた変態選手権参加作品
『からたち島の恋のうた・豊穣編』
~寸劇の奈落~
※この作品は『第一回帰ってきた変態選手権』投稿作品であり、読み手を選ぶ場面が多分に含まれます。
家庭内暴力、放尿プレイ、アナルセックス、ポケモンの死など、他にも特殊な場面が多々ありますので、閲覧の際には十分ご注意ください。
平和な一日だった。
昨日までと対して変わらぬ、そして明日からもずっと続いて行くのであろう、そんな一日が暮れようとしている。その時はそう思っていた。
ただ一つだけ、その時点で非凡さを認識出来たことがあったとすれば、作らなければならない夕餉の量がいつもより多めだということだけで。
だから私は、窓から茜日射すキッチンの中、ひたすら慌ただしく支度に奔走していた。
『今夜は新しい友達を家に連れてくるからね。いつもの舌がとろけるように素敵なとびっきりのご馳走をたっぷり作っておいておくれよ』
我が最愛の夫が家業の山菜狩りに出かける際、そう言い残していったのが今朝方のこと。
あんな優しい笑顔で期待を込められてお願いされては、妻として張り切らないわけなどあるものか。
保存してあった山菜の中から色つきが青く張りのある葉を一枚一枚厳選し、ふっくらとした香りのいい茸や硬く瑞々しい根菜たちと共に刻んでまとめて鍋に放り込む。
調味料を具に浸透しやすいものから順に入れ、香り立つ鍋をゆっくりと掻き混ぜる。深く、優しく、愛情を込めて。そう、夫がいつも私にそうしてくれるように…………なんてね。
そうやって煮込みながら少しずつ味を調えているうち、ふと時計を見るといつの間にか夫の帰宅時間が近付きつつあった。
しまった、ちょっと夢中になって手間を掛け過ぎたかしら、と急いで食器の準備に取りかかろうと戸棚に手を伸ばす。
だが既に遅し。
耳慣れた足音が玄関前を叩いたのは、ちょうどその時だった。
「……くれぐれも言っておくけど、妻がどんなに可愛くて料理が上手いからって、変な気を起こしたら承知しないからね?」
玄関の向こうから聞こえてくる夫の様子に、あらまたなのね、と熱くなった頬を掻く。
夫はいつもこんな調子なのだ。友達を家に引っ張って来ては私との惚気ぶりを披露しようとする。余りの惚気っぷりに辟易したのだろうか、2度来た友達は1匹もいない有り様で、妻としては嬉しいやら恥ずかしいやらで困ったものである。
今夜のお客さんの方も、もうどうもてなされるかは察していたのだろう。呆れと苦笑の入り交じった声で答えてきた。
「やれやれ、今更そんな心配をするぐらいなら無理に招待なんかしなければよろしいでしょうに」
少し高めの、上品で落ち着いた雄の声。
それが今夜、夫に招かれた客の声で。
「酷い方だ。ご夫婦の睦まじい様子を見せ付けて、わたしが妬くのを見て愉しむおつもりなのでしょう?」
…………木製の椀が指からこぼれ、床の上で乾いた音を立てた。
これは、幻聴か。
それとも私は、夢でも見ているのか。
外から聞こえたその声は、聞き覚えのある、よく知っている者の声だったのだ。
2度と聞けはしまい。そう思って諦めていた声。
夫のいる前では思い出すことさえ禁忌と心に決めていた、その声が今、夫と共に扉に近づいている……!?
恐れにも似た衝撃に捕らわれた私は、取り落とした椀を拾うことも出来ぬまま立ち竦んでいた。
「あはは、勿論そうだとも。アツアツな僕らの仲を胸焼けがするぐらいご馳走するよ。――ただいま!」
上機嫌に弾んだ声が玄関の戸を開け、
「……あれ、どうかしたのレイリー? ぼうっと突っ立って」
私の名前を呼ぶ声が、怪訝な響きを伴って耳に届く。
しかし私は、返事どころか見向きもしなかった。
ただ呆然と、その影の後ろにいる誰かに意識を捕らわれ続けた。
「ねぇ、お客さんを連れてきたよ。ご馳走の準備は……」
「レイリー、ですって!? まさか、」
その声が。
その姿が。
土留色の後ろから、鮮やかに現れた。
帽子にも見えるほど整ったグレーの髪の下に、眼鏡のような黒縁模様に囲まれた双眸。
痩身の後ろにすらりと長く伸びた尾は先端だけが柔らかな長毛に覆われ、その奥から分泌される煌びやかな色彩の粘液に潤っている。
絵描きポケモン、ドーブル。
そして紛れもなく、私の唯一の――――
「グラフ、さん……」
「あぁ、やっぱり! まさかカインの奥さんが貴女だったなんて……」
再会の驚きから爽やかな笑顔へと、彼、ドーブルのグラフさんの顔は色彩を変えた。
「大きく、なられましたね。レイリーさん」
それは、そうだろう。
あの頃ニドランだった私も、今ではすっかり貫禄の付いたニドクインだ。背丈も僅かにではあるが私の方が追い越している。*2
でも、覚えててくれた。
最後に交わした約束を、ちゃんと守ってくれたんだ。
水晶のように曇りなく澄み切った眼差し。官能的なほどに艶を帯びた色合いの唇。みんな懐かしいあの頃と変わらないまま。
あぁ、まるで自分も、幼きニドランの少女だった頃に戻ったかのように思えてくる。
あの頃のように彼の柔らかな胸に飛び込んだら、両腕と尻尾で優しく包み込んでくれるだろうか。
そしてその塗れた筆先で、私を…………
「……レイリー?」
横合いから不意に飛んだ声に私は我に返り、そして。
愕然と、した。
私は――信じられないことに今ようやく、先刻から隣に立っている土留色の影が自分の最愛の夫、ニドキングのカインであることを思い出したのだ。
後ろめたさで咄嗟に顔を背けて項垂れる。
もう少し声を掛けられるのが遅かったら、危うく私は夫の目の前で妻としてあるべからざる破廉恥な振る舞いに及ぶところだった。
否。
それ以上に重大なのは、私の過去が、夫にだけは絶対に隠しておかねばならない
いけない。何としてもあの事だけは夫に知られるわけにはいかない。
どうにかして場を取り繕おうと、とりあえず夫の顔を見上げ、
――冷凍ビームのような冷たい視線がそこにあった。
飲み込んだ息に声を詰まらせ、慌てて再び顔を逸らす。
何てことだ。
あの毒々しい、死者のように血の気の引いた表情。
激震する瞳。巌のように強張った唇。
夫はもう、あの事を知っている……!?
いや、勘付いているのだ。
恐らく既にグラフさんから、彼が昔、何をしていたポケモンだったのか聞かされていたのだろう。
もしそうならば、私と彼とが顔見知りだと知られた時点で、どんな関係だったか悟ることなど余りにも容易だ。
まったく……何という運命の悪戯か。
まさかグラフさんが、夫の友達になって我が家に来てしまうなんて。
そのグラフさんは、私たちの様子を見比べながらしばらく無言で思案げな表情を浮かべていたが、おもむろに夫に話しかけた。
「あ~、すみませんカイン、わたしは今突然急用を思い出してしまったみたいです。食事はまたの機会ということで」
「みたいって何……いや、そうだな、うん。僕もそうした方がいいと思う」
グラフさんも夫もやはり相当動揺しているのだろう、台詞の文脈が支離滅裂に乱れている。
でも、どちらの様子からもひとまず仕切り直して私を落ち着かせよう、という心遣いが感じられた。
「カイン、もう事情はお察しと思いますが、しかしわたしは決して……」
「分かってるグラフ。心配しなくていい。いずれ埋め合わせはするよ。それじゃ」
扉の閉まる音がやけに冷たく響き、その向こうのグラフさんの気配が遠ざかった後。
残された私たちは、鉛のように重苦しい空気の中、互いに俯いたまま暫くの間凍りついたように固まっていた。
「ねぇ、レイリー」
立ち込めた空気を、夫の声が打ち破る。
緊迫した視線が針のように迫り、私の背筋に戦慄が疾る。
やめて。
何も言わないで。
何も聞かないで。
緊張でカラカラに渇いた喉は声を放てず、首を小刻みに横に振って必死に拒絶を示す。
だか夫は容赦することなく、激しく震える声を私に叩き付けた。
「……焦げ臭くない?」
…………声にならない悲鳴が喉笛から迸った。シチュー鍋!!
飛び上がって大慌てで踵を返し、キッチンへと走り出し、
否、走り出そうとして脚を縺れさせ、盛大にすっ転んで頭から椅子に突っ込んだ。
ゴン。
「だ、大丈夫かい!?」
「う……うう…………」
全然大丈夫じゃ、ない。
おデコと両膝がジンジンと痛い。多分擦り剥いた。
腕によりをかけて作った山菜シチューも、きっと台無しになってしまった。
そして、そして何より、夫に知られた。
どんなに夫に捧げたいと願っても、もう決してあげられない愛の証を、
捧げた相手が、私にいた事を――――
「ぅわぁあああああああああああああああん!!」
板張りの床に突っ伏したまま、私は大声で泣いた。
痛みと羞恥に塗れて、めちゃくちゃに泣き喚いた。
ポケモンの自由意志の尊重が叫ばれるようになって久しい昨今においても、結局人間というものは管理するポケモンを自分たちの思い通りにしたいというのが本音のようだ。
より優秀で従順なポケモンを求め、繁殖においてもそんな仔供を作れる相手と番うよう求めてくる。
勿論私たちポケモンの性的自己決定権*3が法律によって保障されている以上、これを侵害する性行為及び繁殖の強要は一部の例外を除いて認められていない。*4
だから人間たちは、私たちが私たち自身の意思で彼らの望みに叶った繁殖活動を行うよう、様々な手段を使って仕向けてくるのだ。
本来トレーニング施設である〝育て屋〟の宿舎を利用して雌雄のポケモンに自由なひと時を過ごさせるのもその一環。
そして、その育て屋での〝トレーニング〟の〝パートナー〟となる相手を求めるポケモンの……もしくはそのトレーナーのニーズに応えるべく、優れた資質を持ったポケモンとの短期契約を仲介する業者も存在している。
それってほとんど援助交際斡旋なんじゃないかと言う声も無くはないが、建前的にはあくまでもトレーニングのパートナーとして一緒に過ごすだけであって、過ごしている間にどうこうなったりするのはポケモンの勝手なので問題ない、という理屈らしい。
まったく人間のあざとさにも呆れたくなる話だが、現実として出会いに恵まれないポケモンにとっての救済になっている面もあり、問題視の声も大きくなることなく黙認しているのが現状である。
当時トレーナー付きのポケモンだった私もある日、やはり短期契約でやって来た見知らぬ雄ポケと共に育て屋行きを勧められた。
我が親愛なるトレーナー様が何を期待しているのかは、まだ
そもそも今時〝ポケモンの雄と雌が一緒に育て屋に入る〟のを単なる共同トレーニングだなどと言うのは〝人間の男と女が一緒に寝る〟のを単なる睡眠だと言っているようなもの。そうすることの意味も知らずに雌雄を一緒に育て屋に送って後で結果に慌てるような天然トレーナーなんて寡聞にして聞いたこともない。
しかも相手がドーブルだというのでは白々しいにもほどがあるというものだ。
絵描きポケモン、ドーブル。あらゆる技巧を絵として
その芸術的
故にケモノ系で年頃の雌を育てているトレーナー達の間では、ドーブルの雄の優秀な個体は婿候補として引く手数多なのだとか。
とは言え、その〝優秀〟さはトレーナー側の価値基準での話であって、私には私の価値基準がある。
当時まだまともな恋愛経験の一つもない私ではあったが、だからこそ運命的な大恋愛っていうものに強い憧れがあったし、他人の思惑のままに仔供を産まされるなんて真っ平だった。
『とにかく入るだけ入ってくれさえすれば、後はどうするもお前の好きなようにしてくれればいいんだから』
などと終いには頭まで下げて泣き付かれては仕方なく、しぶしぶ育て屋入りだけはひとまず了承したが、
育て屋経験のある仲間たちの中にも、
『心に決めた相手が他にいるから相手には指一本触れなかった』
『毅然とした態度で突っぱねたから何もなかった』
と言う声はあったし、最悪無理強いされるような事態に陥っても、身を丸めて背中のトゲで威嚇しておけば何も出来るまいと思っていたのだ。
結果的に、私の認識は甘かったと認めざるを得ない。
所詮私はお尻からお腹まで全身薄ら青いニドランの小娘*5に過ぎず、そして相手は正真正銘、筋金入りのテクニシャンだった。
彼が私の神聖な
無理強いなんか全然されなかった。まさに〝エッチ・スケッチ・ワンタッチ〟と呼ぶべき流麗な筆裁きに誘われるまま、私は自らトゲを倒して彼の為のキャンバスとなり、身体の外も中も心の底までも何もかも徹底的に彼の色で染め上げられた。
やがて私は彼の卵を産み落とした。トレーナーが求めていたのは雄の仔だったので雌の仔が産まれてくれれば彼ともう一度、という望みもあったかもしれなかったが、幸か不幸か一発で当たりを引いた。
もう勤めは果たしたからと別れを告げた彼に、今度こそ私は猛烈に抵抗した。
ずっと私の傍にいて、ここにいるのが駄目ならいっそ一緒に連れて行ってとごねて駄々をこねて泣き叫んだ。
彼は尻尾の筆で私の頬を濡らす涙を拭いながら、優しく諭すように囁いた。
「どうかわたしの息子をお願いします。わたしの分も大切に愛を注いであげて下さい」
それを言われては、我が仔を置いて一緒に行くわけにもいかない。私の息子を望んでいたトレーナーさんのことを考えれば一緒に連れて行くのも論外だった。
最後の望みに縋り付くように、私は彼に訴えた。
「なら、せめて私のことを忘れないで……お願い…………!」
私の願いに彼は、天使のように優しい微笑を浮かべて頷いた。
「それだけは約束します。わたしは付き合った雌を誰ひとり、忘れたりなど決してしませんから」
……悟らざるを得なかった。
結局私は彼にとって大勢の〝客〟の中のひとりでしかなく、それ以上には決して成り得なかったのだ、と。
こうして私の初恋は終わった。花を咲かせて実を作った上で終わったのだから、或いは大成就だったとも言えるのかもしれない。
そして私にとって、それは一生の恋の終わり。その時はそう思った。
だからニドリーナへの進化の兆しが来たとき、私は迷わずその道を選んだ。
ニドランの雌は進化をすると不妊になる。まだ若いのだからもうひとりぐらい産んでからでも、とトレーナーや仲間たちから言われたりもしたが、既に彼との連絡は取れなくなっていたし、彼以外の雄の仔を産むことなんか考えられなかった。
何より、一番の問題として。
『わたしの分も大切に愛を注いであげて下さい』
そう彼に頼まれた息子の眼差しが、日に日に彼の面影を帯びて来て。
ニドランのままでは、危険な誘惑に耐えられそうになかったから。
そして時は流れ、ニドクインになった私は肉体的にピークを迎え、息子がすっかり一人前になったと言うこともあって、私は息子に後任を継がせてトレーナーの元を引退し、遥か南の海のポケモンだけが住む島、カラタチ島*7で独り暮らしをすることになった。
静かで、平穏で、安楽で、そして余りにも……寂しい日々。
思い出だけを抱えて生きていくのを辛く感じ始めていた頃、ふらりと迷い込んだ居酒屋でひとりのニドキングと席を隣り合わせた。
共に寂しさを語らいながらお酒を飲んで、ただ飲み続けて。
触れ合っていた肩を先に相手にもたれさせたのはどちらだったか、どちらが相手を住処まで送っていくと言い出したのか最早定かではないが、後で店主のウツボットさんから聞いた話だと私たちは互いの身体を支えあうようにしながらふらふらと店を出て行ったらしく。
とにかく揺り起こされて気が付いた時、私は近くの森の茂みにだらしなく身を横たえていて。
隣には何やら慌てふためいた様子のニドキングさんがいて。
自分の身体を確かめると、祠の中に白い雫が滲んでいた。
気の毒にもどうやらニドキングさんは何も覚えていなかったらしくひたすら私に頭を下げていたが、朧げに状況を覚えていた私は、
「どうか気にしないで。私の方から誘ってしまったみたいなの」
と彼を宥めたのだった。
そう、確かに私の方から誘った。
息子と同じニドキングである彼に、息子に向けたくても向けられなかった想いをぶつけてしまったのだ。さすがにそんなことまで打ち明けられるはずもなかったが。
一度箍の外れた欲情の奔流は留めようもなく、それ以来度々私は彼の傍に寄り、身体を重ねては寂しさを慰め合うようになった。
私としてはそれは本当に一時の慰めでしかないつもりだったのだが、彼にとってはそうではなかったらしい。
しばらくして、突然彼は私に告白してきた。
「もう離れたくない。どうか僕の家に来て、夫婦として暮らして欲しい」
「……それは駄目よ。だって私、あなたの仔供を産んであげられない。何も返せないのにあなたを縛りたくない」
「もう僕の心は縛られてる。君じゃなけりゃ駄目なんだ。君さえいてくれれば、僕はそれだけでいい」
彼の寄せてくる真剣な熱情の波に、私も頑なだった心を揺り動かされ、いつしかこの身を委ねていた。
こうして私、ニドクインのレイリーはニドキングのカインの妻となった。
幸せだった。時折親仔連れの姿を見かけてふと寂しさに疼く事があっても、夫がひたむきな愛情で私を包んで満たしてくれた。
そんな夫にだから、私に既に仔供がいることは言えなかった。
その事実を知られることで、一途な夫を傷つけたくなかった。夫の愛情を失う事が怖かった。
そんな私の様子をある程度察してくれたのだろうか、夫も私の過去には決して触れようとしてこなかった。また自分の過去も語ろうとはしなかった。
私もそれでよかった。刺々しい
そうやって私たちは今日まで平和な日々を過ごしてきた。
これからもずっとそんな日が続くのだと信じていたかった。
それなのに。
とうとう夫に、私の決して触れられたくない
グラフさん。
先刻夫と共に家にやってきたドーブルの名前。
そして――私の生涯たったひとりの息子の父親の名前。私の初恋を捧げた相手の、それは名前だった。
鉢合わせってレベルじゃない。唐突過ぎる恋ポケとの再会に、私は成すすべもなく夫の前で過去の自分の姿を曝け出し、全てを……知られてしまったのだ。
突然奈落の底に落ち込んだ私たちに、信じていたはずの明日は果てしなく遠かった。
「そうか……やっぱりグラフは、君と…………」
それ以上は言葉にするのも辛かったのだろう。夫は固く唇を噛み締めると、皿からモコシを取り皮を剥いて、口を塞ぐように青い果肉を頬張った。
結局シチューは黒焦げで、仕方なく手早く作れる晩御飯の材料を探したところ、モコシの実があったので塩茹でにしてウイの実のジュースと一緒に晩の膳に並べたのだ。
モコシもウイも渋い味わいで好物*9だとは言え、予定していたメニューとの著しい落差を思うとますます気鬱になってくる。
重力を増したような暗澹たる空気の中、私は夫にグラフさんとの過去や息子の存在など、夫と出会うまでにあった事をほぼ一通り打ち明けたのだった。
ただし、息子に対して抱いた感情や、夫と初めて出会った夜に夫を息子の代わりにしたことなどは伏せておいたが。そんなことまで話して夫に追い討ちをかける必要などどこにもないだろう。
「仔供ぐらいいるんだろうなとは思ってたよ。ニドクインである君を娶った以上、いつかこういう話をされることも覚悟はしてた。けど、まさか……」
深々と溜息を吐き、夫は群青色のウイジュースを喉へと傾けた。
淡々と綴られるその声は言葉こそいつものように優しげだったが、微かに震える語尾に押し込められたものが見え隠れしていた。
「よりにもよってグラフとだなんて……今更言っても仕方ないけど、こんなことが起こる前に昔のことを聞いておいた方が良かったのかもね…………おっと」
夫の指が、皿の中で空を掻く。見ればもう中のモコシは既に皮しか残っていなかった。ひたすら口に運んで動揺ごと噛み殺していたのだろう。
「あの、良かったら私の、余ってるから……」
「ん、ありがとう。君もちゃんと食べなよ」
曖昧に頷きはしたが、しかしまるで食欲が湧かなかった。
渋甘いはずのモコシの実が、何だか酷く苦い。青味がかっているはずの色も灰色に見える。
早く片付けて寝床に潜り込みたいと思う反面、食事が終わってしまうのも恐ろしくて、私はもうどうしたらいいのか分からなくなってしまっていた。
「どうして、今頃になって、グラフさんが…………」
自然と恨み節が口から漏れる。
私、まだグラフさんへの想いを整理できていない。あの育て屋での日々からずっと心に抱えたままだ。
本当は巡り会える日をずっと待っていたかった。
だけどいつまで待っても会えないと思ったから、私は夫の愛にすがってしまった。
今日まで夫婦の絆を大切に育んできた。これからもずっと夫だけを愛する貞淑な妻であろうと思っていた。
なのにどうして今頃になって、私の前に現れたりするの!?
もう一度、彼に抱かれたい。
あの涼風のように穏やかな口調で、この耳にまた愛の言葉を囁いて欲しい。
心地よい筆先に、私の身体中隅々に至るまでしっとりと撫で回されたいよ…………
「……グラフのことなんだけど」
見透かしたような一言に、ギクリ、と全身が震える。
そうだ。私はもうこのひとの、カインの妻なのだ。
夫の求める愛にしか応えてはならない雌なのだ。
わかってるのに。どうしようもないのに。
「あいつがこのカラタチ島に来たのは今月の頭だったよ。ほら、僕が山菜を採りに行く山の麓の谷にある、以前イワークさんの巣穴だった洞窟。あそこに住みついたそうで、絵を描きに山に登ってくるから僕とは度々顔を会わせるようになったんだ」
どうやら夫は私が漏らした一言を、グラフさんが今日ここを訪ねるに至った経緯を尋ねられたのだと思ったらしい。
淡いトーンを変えないまま、夫は言葉を続ける。
「どこか憂いげな表情で独りキャンバスに向かっている姿が印象的でね。試しに話しかけてみたら、割りと気のいい奴ですぐに仲良くなれたんだ。この前僕が持ってきた茸があっただろ? あれは実はグラフの家で採れた奴で、僕の山菜と交換してもらったんだよ」
「そうだったの……美味しかったわね、あの茸」
「うん。そりゃあ君が丁寧にソテーしてくれたからね」
少しずつ、夫の顔にいつもの陽光のように朗らかな笑みが浮かび始めた。
それを受け、私の凍てついて強張っていた頬も徐々に溶けていく。
「茸はもうないけど、山菜ならシチューに使わなかったのが残ってるから、明日の朝は炒め物にする?」
「それは楽しみだね。是非お願いするよ。で、話を戻すんだけど……彼、あれほどの美丈夫だろ? 島の外にいる頃には随分モテたんじゃないかと、からかい半分に聞いてみたんだ。そしたら昔……つまりその、そういう仕事をしていたと」
「やっぱり……グラフさんのお仕事は知っていたのね」
「うん」
さっきまでの空気のままだったら、こんな話題はさぞ黒い鉄球のように重苦しく感じられただろう。
一度料理に話題を振ったお陰で緊張が程好く解け、するりと気軽に話が進められた。
「それで、育て屋で色々な雌とお付き合いして別れてを繰り返しているうちに、やっぱり彼も辛かったりしたんだろうね。今は……雌とのお付き合いの話は一切お断りしているんだって。そう言ってた」
「そう……なんだ…………」
ほぉぅっ……………………
体内の全ての空気を吐き出すような、長い長い吐息が漏れる。
そう、グラフさんは、今は誰とも――――
「……どういう意味で受け取ればいいのかな。今の溜息は」
険しい、声。
不意に私に突き刺さった、さっきよりずっと冷たい感情を秘めた言葉に顔を上げると。
机の向こうで夫が、最早隠しようのない感情を顕わにして私を睨み付けていた。
とても夫のものとは思えぬ、鬼のような恐ろしい形相。
何故。どうして。
もう怒ってないと思ったのに。仔供がいたことも、それを隠していたことも、全部許してくれたと思ったのに。
混乱した思考の中、私はまた逃げるように顔を背けようとして、
「眼を背けるなよ。ほら、僕の方を向いてちゃんと答えろよ」
しかし逃げ損ねた。
答えろって、何を? ……あぁ、さっきの溜息の理由だっけ。
あれ、わからない。私にもわからない。
うろたえて何も応えられずにいると、夫は苦々しく舌打ちし、机を軽く叩いて吐き捨てる。
「レイリー、はっきり言っておくよ。僕にとっては君の過去のことなんてどうでもいい。問題は
少し待ってよ。まだ考えてるんだから。
さっき……そう、さっき夫から、グラフさんが今は雌とお付き合いするつもりがないんだと聞かされて、だから私は、
わからない。わからない。いったい、どちらだったんだろう。
グラフさんが独り身で安堵したのか。
それとも、雌と付き合う気がないと知って落胆したのか。
わからない。私は、今のこの気持ちをどう答えたらいい…………?
グラグラと混乱する私を、夫の怒気を孕んだ声が激しく揺さぶった。
「君は、さっきからずっと僕のことを見ようともしない。ずっとグラフだけを見てる。ここにはもういないグラフのことだけをずっと見続けている! そうだろうレイリー!!」
違……! そんな事…………!?
ううん。違わない。言い訳なんか出来ないほど、完璧に私はグラフさんの出現に心を乱されてしまっている。
どうしよう、どうしよう?
どうしたら、夫を宥められる?
「こっちを向けよ!!」
空気が震える。
考えを巡らせている間に、また顔を逸らせてしまったらしい。
怒涛の剣幕に気圧されて竦んだ弾みに、ガタリ、と椅子が悲鳴を上げた。
その音が、夫の怒りに油を注いだ。
「逃げるな!!」
夫の豪腕が跳ね上がり、机が勢いよく引っ繰り返された。
モコシの皮が木の葉のように舞い、転げ落ちたコップから飲み残しのウイジュースが飛び散る。
咄嗟に立ち上がって皮や飛沫から身を守ろうとかざした腕を、真っ直ぐ伸びてきた土留色の腕ががっしりと掴んだ。
「!? は、放して、あっ……」
振りほどく間もなく、部屋の景色が横に振れる。
頬が焼かれたかのように熱い。
叩かれた、と理解した瞬間、反対側の頬にも衝撃が飛んだ。
「痛、痛い! 放して! やめて!!」
叫ぶ声に答えはなく、ただ平手だけが呵責なく返ってくる。
苦痛と恐怖に耐え兼ね、私は無我夢中で悲鳴を上げた。
「嫌! 嫌!……た、助けて! 助けてぇっ! グラフさぁん…………っ!?」
気が付けば、口走っていた。
愛しいひとの、その名前を。
慌てて自らの口を塞ぐ。
何てことを。何で彼の名前なんかを。
後悔してももう手遅れだった。零れ落ちた言葉は、事態の悪化を決定的にした。
「やっぱりだ……」
掌打は、止まっていた。
ただ私を捕まえている腕が猛烈に激震して、圧し折らんばかりに強く握り締めて。
そして、天井を打ち壊すかのような怒号が轟いた。
「やっぱりお前の中には、グラフが塗り付けたものがまだ染み付いていやがるんだぁぁっ!!」
次にきたのは平手ではなく、硬く握り締められた拳。
視界に飛ぶ火花。板張りの床の上にもんどりうって倒れる私の身体。赤いものが零れた。鼻血。気持ち悪い。
仰向けに転がったお腹の上に、ズドン、と重いものが跨がる。
押し潰される苦しさに顔を上げると、
けだものが、いた。
他に例えようのない、それはけだものだった。
凶暴で、残忍で、貪欲で、醜悪極まりない、けだもの。
傷つけ、奪い、貪ることしか考えていない、けだもの。
理解し合えることなんか決して有り得ない、けだもの。
そのけだものは私を跨ぐ後肢の付け根から、とてつもなく醜いものを引き出した。
どす黒い欲望でゴツゴツと歪に膨らんだ、雄の毒針。
その見るからに汚らわしい毒針の先端が、私の胸の方に、顔の方に向けられる。
フン、と吐き出されるけだものの息吹。
漂う異様な気配。
まさか…………!?
「や……やめて、やめてぇ…………」
「黙れ、黙れ! お前の中のあいつの臭いを消さなきゃいけないんだよ!!」
けだものが、咆哮と共に気を解き放つ。
「これでも……喰らえ!!」
ジャアアアァァァァァァッ!!
熱い、灼熱の奔流が私に襲いかかった。*10
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
飛沫と共に立ち上る毒々しい臭い。眼に鼻に口に毒水が侵略してきてたちまち噎せ返りそうになる。椅子にぶつけた額の傷や叩かれて腫れた頬が濡らされて沁みる。痛い。痛い!!
「ぃびやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ひぎいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! た、たすけてぇっ!!」
殺される。このままじゃ私、めちゃめちゃにされて殺されちゃう!?
得体の知れない恐怖に駆られ、私は悲鳴を上げて必死でけだものに抵抗した。
排水を放出し終え、放心していたけだものを押し退けて振り払う。
身を翻して背中のトゲを恐怖に逆立て、びしょ濡れになった床の上を這いつくばって逃げる。
身体中に染み付けられたけだものの臭いに、全身を鷲掴みにされ続けているような錯覚を感じる。
体を洗わなきゃ。
お風呂場に逃げ込んで内側から鍵をかけて、けだものに付けられた汚れを一刻も早く洗い落とさなきゃ……
「どこに行くつもりだ、こらぁっ!」
しかし、キッチンの出口に手をかけるより早く、私は右後肢を捕まえられてべしゃりとその場に倒れ付した。
あっと悲鳴を上げる間もなく掴まれた脚をぐいと持ち上げられてひっくり返され、左後肢と尻尾の上にまとめてドシンと座られる。
こんな体勢にされては背中のトゲももう役には立たない。
踏み躙られた左膝の擦り傷が千切れそうに痛い。
だがけだものはそんな私の痛みなど意に介する素振りさえ見せず、右後肢を更に高く持ち上げて股を開かせた。
ギラギラと煮え滾る視線が、肢の付け根に、私の祠に突き刺さる。
「ここだ……まだこの中にあいつが……」
……!?
犯す気だ……このけだもの、この上まだ私を辱める気だ!!
「いや……もういや、いやいや……あぁっ!?」
拒絶しようとした私の濡れた顔にまたしても掌打。血混じりの飛沫が舞う。
「このあばずれめ、不貞の淫婦め」
罵りと共に続けざまに殴打が襲い来る。
今度は顔だけでは済まなかった。
両の乳房が打たれて揺れる。
お尻も叩かれて跳ね上がる。
雌の柔らかく敏感な部分が、次々とけだものの暴力に曝されていく。
「一体あいつはどんな風にお前を抱いたんだ!? あの筆でここを撫でられて悦んだんだろう!? ここを! ここを! ここも撫でられたのか!? どうなんだ!? 言ってみろよぉぉぉっ!!」
もう抵抗も出来ず、悲鳴も上げられず、私はけだものの成すがままにされていた。
幾度目の衝撃を感じた時だったろう。
突然頭の中が真っ白になって、股間から熱いものが迸った。
私もけだもののようにおしっこを漏らしてしまったのか、それとも心ならず愛液を漏らしてしまったのか、もうめちゃくちゃになっていて判らない。
どちらにせよ明らかなのは、その放水が更に猛烈なけだものの激情を呼び起こしてしまったということだった。
「何だよ、こんなになって! そんなにあいつに抱かれた思い出が気持ちいいか!? くそぉっ、許せない! いくら仔供を作った仲だからって! 今は僕のだぞ、僕のなんだぞ!? 全部僕のなのにぃぃいぃっ!!」
唸りを上げて猛り狂い、けだものが腰を引き寄せる。
熱く尖った強張りが、ぐちょぐちょになってしまった私の祠の門を叩く。
陵辱の恐怖が、背筋を這い上がった。
最早完全に弛緩しきった身体ではどうすることも出来ず、せめて私は心の声で絶叫した。
やめて。
そんな臭い汚らわしい針で、グラフさんとの大事な思い出に触らないで……!!
だが、その願いがけだものに届くことは、遂になかった。
「闘争心だよ! 僕の中の闘争心が、あいつの筆跡がここにあることを許せないんだよおぉぉぉっ!!」
とうとう。
汚れた毒針が、私の祠の門を押し開いた。
当然それだけで済まされるはずもなく、けだものは横倒しになった私の身体を捩じ曲げ、双方の後肢を深々と交差させる体勢を取らせて、祠の最奥まで刺し貫こうとばかりの勢いで腰を打ち付ける。
「応えろ! あいつとの思い出をどこに隠しているんだ!? ここか!?」
いや!
「ここか!?」
いや!
「ここか!?」
いや!
「ここかぁぁぁっ!?」
いやよぉぉぉぉぉぉっ!!
上に、下に、右に、左に、激しく穿たれまくる衝撃の嵐に、私の祠の中は掻き回されていく。
全身が軋む。バラバラになりそうだ。
気が遠くなる。頭の中まで弛緩してきたかのように。
もうおかしくなってしまっているのかもしれない。こんな惨い目に合わされているのに、祠を淫らな汁で濡らしてしまうなんて。
何時になったら、終わるのだろう。
毒針が淀んだ粘液を吐き出して私の祠を穢し切るまで、終わらないのだろう。
いや。
もう嫌。
穢されるのも嫌。
濡らされるのも嫌。
たすけて。
どうして、こんな目に遭わなきゃいけないんだろう…………
その時。
一粒の飛沫が、私の頬に当たって弾けた。
否。
一粒だけではない。二粒、三粒、次から次へと落ちる雫。
それは、汗ではなかった。
撒き散らされた排水でもなかった。
見上げた私の眼に映ったのは。
涙を溢れさせて泣きじゃくる土留色の……夫の、顔だった。
どうして……
どうして、けだものだなんて、思ったりしたのだろう。
どうして、嫌だなんて、汚らわしいだなんて思ったりしたのだろう。
夫のなのに。
我が祠に収まっているこの熱い毒針は、毎晩いつもいつもこうやって愛してくれた夫の針だというのに。
あぁ。
私、ほんと最低だ。
グラフさんが雌ともう付き合わないと言っていたと聞かされて、安堵したのか、落胆したのかわからない、って?
そんなの、どっちだって最悪に決まってる。
いくら初恋の雄だからって、夫の目の前で見境もなく浮気心を丸出しにするなんて。
分かってたのに。
夫に仔供を産んであげられない私に、かつて他の雄と仔供を作っていたという
なのに、私はグラフさんとの再会に夢中になるあまり夫に背中を向けてばかりで、振り返らせようとした夫にトゲを剥いて拒絶して。
挙句、こんなにも怒り狂ってしまうまで、夫を傷付けた。
叩かれた頬が痛い。おっぱいが痛い。お尻が痛い。
踏み付けられている膝の傷口が痛い。
身体中の擦り傷に夫のおしっこが沁みて痛い。
乱暴に突かれ続ける祠も痛くて堪らない。
でも。
この痛みは、私の痛みじゃない。
夫の、このひとの痛みだ。
こんなにも、これほどまでにも、私は。
愛する夫を、傷付けてしまったんだ――――
「ごめん、なさい……」
肩を押さえ付けている夫の前肢に頬を摺り寄せて、私は声を振り絞った。
「ごめんなさい。許して、愛してるわ。あなた…………」
言いながら私は、愛しい夫の針を、しっぽりと愛液に満ちた祠でぎゅっと抱き締めた。
「……………………ぅうぅっ!!」
どくり。
夫の針が、愛の毒液を噴出する。
私の祠に、夫の愛が捧げられる。
身体の中に巡って行く夫を、私は精一杯受け止めた。
「レイリー、あぁ、レイリー…………」
私の胸の上で、おっぱいに顔を埋めて夫が泣いている。
まるで仔供のようで、何だか限りなく可愛くて。
頭を撫でてあげようかとも思ったけれど、もう腕を上げる力も残っていなかったので、私はそのまま眼を閉じて意識を闇に落とした。
目を覚ますと、私は柔らかな寝床の中にいた。
窓の隙間から吹き抜ける朝の風が心地よい。
キッチンの床に転がっていたはずなのに、一体いつの間に寝床に……?
でも、昨夜の出来事が夢などではなかったことは、身体のそこかしこに残る鈍痛が教えてくれている。
ふっと臭いを嗅いでみた。
かけられた夫のおしっこの臭いは、石鹸の香りと傷薬の匂いで飾られていた。
どうやらあの後、私は夫に担がれて風呂場に運ばれ、身体に付いたおしっこや汗やその他諸々を拭ってもらった後、擦り傷や殴られた箇所を治療されて寝床に運ばれたらしい。
そういえば朧げな意識の中で、丹念に身体を撫で回す柔らかく温かい感触を感じていた気がする。
それと、
『ごめんね、ごめんね……』
と囁きかける涙声も。
それでもまだ臭いは身体に染み付いていたけれど、もう、ちっとも不快ではなかった。
夫はすぐ隣で、うつ伏せになって眠っていた。
シーツもろくに被らずに突っ伏していたので、肩までしっかりと覆ってあげる。
横を向いて深い寝息を立てている、夫の可愛らしい寝顔。
その閉ざされた瞼の横に切なく残っている涙の跡に、そっと唇を当ててみた。
それでも起きる気配を見せなかったので、私は朝の支度をしにキッチンへと向かった。
昨夜の惨状の跡を想像して開けるのが躊躇われたキッチンの扉だったが、中を見て驚いた。
倒された机や椅子は元に戻され、散らばったゴミも全て片付けられていた。
落ちた食器は丁寧に洗われて、焦げたシチューの処分を済ませた鍋共々籠の中に重ねられていた。
おしっこを撒き散らした床は顔が写るほどにピカピカに磨かれ、以前からあった汚れすら見当たらなくなっていた。
昨夜の記憶を残すのはやっぱり漂っている臭いだけで、それも料理を始めればすぐに判らなくなるだろう。
夫は私を洗って手当てしてくれたのみならず、他の行動の結果にも全部始末をつけて、その後で寝床に向かい、力尽きたのだ。
道理であんなに深く眠っているはずである。
疲れていただろうに。
山菜狩りから帰って来たばかりで、碌に休む間もなく御馳走もモコシの塩茹でしか食べられず、興奮して暴れてあんなことまでして、心身ともにどれほど疲れていたか知れないのに。
『山菜ならシチューに使わなかったのが残ってるから、明日の朝は炒め物にする?』
『それは楽しみだね。是非そうしてくれよ』
……そうだったわね、あなた。
火にかけたフライパンにたっぷりと油を引いて暖めつつ、まな板の上で山菜をざくざくと切り刻む。
油が十分に温まったら香りの種を割り入れて炒め、次いで山菜を投入。しっかりと、じっくりと混ぜて油を葉に絡ませる。
油の爆ぜる音と芳ばしい香りの中、山菜の葉がエメラルドの光沢に染まったのを見計らい、塩と胡椒をかけて更に炒め合わせ、仕上げの醤をひと回し――
「……ごめん、レイリー」
その小さく掠れて消えそうな囁きは、醤が焼けるけたたましい響きの中でもはっきりと聞こえた。
何故なら、その声は私の頭のすぐ後ろから囁かれたものだったから。
「本当にごめん。絶対にもう、あんな酷いことはしないって約束するよ…………ごめんなさい」
言葉の度に、吐息が耳にかかる。
それぐらいすぐ後ろに、夫は立っていた。
即ち、私が背中のトゲを逆立てれば、柔らかなお腹を串刺しにしてしまえる、そんな位置に。
そこに立つ事が、夫の謝意の証なのだろう。
いいわ。だったら串刺しにしてあげる。
ただし、背中のトゲなんか刺してあげない。刺すのは……
火を止め、出来上がった山菜炒めを菜箸で一つまみ。
フ~フ~と吐息をかけて冷ますと、私は振り向きもせず肩越しに夫に差し出した。
菜箸が軽く揺れた後、咀嚼する音が続き、そして。
「うん。とっても美味しいよ。レイ――――」
夫の口が閉じるよりも早く、私はすかさず身を翻して振り返り顔を寄せて。
その唇を舌で貫き、残されていた味を確かめた。
「…………本当。いい味ね」
「レイリー…………」
照れた顔で微笑みを交し合いながら、私は夫の胸元に顔を埋める。
太く逞しい腕が、私の身体をぎゅっと包み込んだ。
「あのね、私、マゾッ気があったみたいなの。夕べあんなに激しくされたから、凄く……感じちゃった」
「……………………」
「それに、元はといえば私の所為だし。他の雄にフラフラ心を揺らすような悪い妻は、あれぐらいのお仕置きを受けて当然だわ。だから……もうそんなに気にしないで」
「うん…………」
顎下に添えられた夫の指が、私の顔を優しく持ち上げる。
潤んで揺れている瞳があった。やっと、見ることが出来た。
「渡さないよ。僕の、だからね」
「私も、もうあなたしか見ないわ。愛してる…………」
見つめ合った眼を閉ざし、もう一度、唇を重ね合う。
今度はしっかりと、深く、深く、舌を絡ませて。
私たちは夫婦の絆を、改めて強く結び合った。
「改めて本っ当に美味しいなぁ。やっぱり君の料理は最高だよ」
「ふふ、でも、さっきのキスも美味しかったわ」
「そうだね、ハハハ……」
雨降って、地面ポケモン夫婦固まる。
もうすっかりいつもの朝食の風景であった。
「でも、グラフには悪いことしちゃったな。あいつとも一緒にこの料理を食べたかったのに……」
「そうね……」
そして本来なら、この強烈なラブラブアタック*11も御馳走するはずだったのである。昨日の私の心境では、とても出来そうになかったが。
でも。
「あなた、またグラフさんをうちに誘って来て。私ならもう大丈夫。ちゃんとあなたの奥さんとして彼を迎えられるから」
「そうか、そうだね……折を見て声をかけておくよ。……信じてるからね」
「大丈夫だってば。でも、もしまた昔の恋の思い出に流されそうになったら、その時はまた夕べみたいに折檻していいのよ」
「だからもうしないってば。頼むよ」
夫が今にも泣きそうな顔をして睨むので、思わず噴き出してしまった。
釣られるように夫も笑い出す。
平和な朝だった。
明日もその先も、こんな朝が続いていくだろうって信じられる、そんな朝だった。
朝食を終え、山菜狩りに行く夫の背中を見送った後、私は昨日夫が採って来た山菜の処理に取り掛かった。
不要な部分を一つ一つ取り除いた後、塩水をたっぷり張った大鍋で茹でて灰汁を抜いて、鍋から上げたら手早く流水に晒して冷やし、よく水を切って氷室に保存するのだ。
町で売る分、自分達で食べる分、それに今夜にも来るかもしれないグラフさんの分も、しっかり用意しておかないと。
鼻歌を口ずさみ、尻尾を軽く振って踊りながら、私はテキパキと作業を進めていった。
正午も回って一連の作業を終え、最後の山菜を氷室に収めた後。
一仕事終えた安心感ゆえか、それとも冷水と氷室で冷えてしまった為なのか、とにかく急激に尿意を催した。
あわててトイレに駆け込み、便器に腰を下ろす。
シャアアアァァァァァァ…………
尿道を震わせて勢いよく飛び出したおしっこが、白い便器に当たって小気味良い音を立てる。
むっとする臭いが、湯気になって立ち上る。
この音。
この臭い。
あぁ。
昨夜の夫とのまぐわいが、脳裏に蘇ってくる…………
仰向けにされた私の上に、豪快に馬乗りになった夫。
その股間に凛々しく反り返った毒針から、熱いシャワーが私に降り注がれる。
濃厚な夫の臭いが、夫の香りが私を包み込んで、グラフさんへの想いで汚れた私を洗っていく。
そうよ。そうだわ。
私、嫌がってなんかいなかった。
あの時嫌がっていたのは、グラフさんへの恋心に染まっていた私。
夫を愛する私は、夫の温もりと香りを全身に浴びながら悦んでいたのだ。
その後いっぱい叩かれ、ううん、愛撫されて。
脚を開かされ、抱き締められて、そして。
「あっ……あぁぁーーーーーーっ!」
気が付けば。
私はおしっこを迸らせている場所のすぐ後ろに、私の祠に、自分の指をねじ入れていた。
手に当たったおしっこが周囲に飛沫を撒き散らしても、構わず私はそこを掻き回す。
突いて、突いて、突いて、突いて、
指を捻って、腰を振るって、もっと深く、もっと激しく、
あぁ、足りない、全然足りない。
昨夜の夫はこんなものじゃなかった! もっと、もっと――
「はぁ……はぁ……あぁぁぁ…………」
もうおしっこは止まっていた。
びしょびしょに汚れた便所の床にへたり込み、熱く火照った祠に指を突っ込んだまま、私は官能に酔いしれた頭で思案を巡らせていた。
愛する夫に言った言葉に、ひと言の嘘すらあるものか。
私は本当に昨夜、マゾに目覚めてしまったのだった。
きもちよかった…………
もっと突かれたい。もっと叩かれたい。もっと罵られたい。おしっこだってもっといっぱいかけて欲しい。
自分で慰めているだけじゃ全然足りないよぉ…………
……なのに。
『絶対にもう、あんな酷いことはしないって約束するよ』
冗談じゃない。
私をこんないけない身体にしたくせに、もうあんなに激しくいたぶってはくれないなんて、そんなの余りに無責任じゃないの!!
どうしよう。
どうすればいい。
どうすれば、夫の激情に火を点けられる…………!?
そうだ。
いっそ本当に、グラフさんと不倫してしまえばいい。
もとい。実際には不倫をする必要はない。
というより多分、グラフさんに断られる。育て屋でのお仕事が原因で、彼はもう雌と付き合う気はないといっているそうだから。
だから不倫をした振りをするだけでいい。
グラフさんにわけを話して、彼の尻尾の筆で私の内股にでも印を描いてもらうのだ。
夫の嫉妬を誘って煽るためだと本当のことをちゃんと話せば、グラフさんもきっとお願いを聞いてくれるだろう。どうせ彼もお付き合いしている相手はいないんだし。
最初私はそれを隠す。けれど夜の時に見られそうになって、隠そうとする手も払い除けられる。
ドーブルのインクの色彩は1頭ごとに違っている。*12誰がつけた印なのか一目でバレてしまうだろう。
どういうことだと問い詰めてくる夫に、私は必死な顔で言い訳をするのだ。
『不倫なんかしていないわ! 私はただ、昔愛し合った思い出をこの身体に書き残して欲しいとお願いしただけよ!』
真実の一端も含まぬではないこの台詞を、しかし夫は信じるだろうか?
いや、信じる信じないの話ではない。どんな理由であれ、他の雄に、しかも過去の情夫に後肢を開いて見せ、あまつさえその内側に触れさせたなどと、それだけで効果は抜群だ。
きっと夫は昨夜のように、いや昨夜以上に怒り狂い、猛り狂う。
2度と他の雄が近づけないよう、自分の香りを徹底的にすり込ませるために念入りにおしっこを浴びせかけ、実際には存在しない〝グラフさんが新しく付けた筆跡〟を掻き消そうと、闘争心に熱く滾った毒針を突き入れてくるに違いない。
あぁ、何と素晴らしい夜になることだろう。
こうしてはいられない。善?は急げだ。
私は便所から出ると、おしっこでベタベタになった前肢や股を洗いもせず、ふらついた足取りで外へと向かって歩き出した。
そう、平和な日常の、外へと向かって。
『僕が山菜を採りに行く山の麓の谷にある、以前イワークさんの巣穴だった洞窟。あそこに住みついたそうで……』
グラフさんの所在について、夫は確かそう言っていた。
実のところ、夫の職場周辺のことは余り把握していなかったので言われてもすぐに思い描くことは出来なかった。
だけど辿り着きさえすれば、見つけるのはそう難しい話ではないはずだ。
白昼堂々、四肢から異様な臭いを放ち、股間から淫らな毒液を滾々と垂れ流し、いやらしい薄笑いを浮かべながら山へと歩いていくニドクイン――
まったく、こんなあられもない姿、もし誰かに見咎められたら一体どう思われるやら。
それが性に飢えた雄だったりした日には、いきなり襲われても文句も言えやしない。
……あ。
行きずりの見知らぬ雄の白濁液に汚された私の祠。
それを夫に見せ付けるというのも、それはそれでありかもしれないなぁ……
などと埒もないことを考えている内に、目的の谷へと降りる道まで辿り着いていた。
どうにか誰にも見つからずに済んだようだ。
……少し残念な気もするけど。
グラフさんの住処は、いともあっさりと見つかった。
ドーブルというポケモンには、尻尾の筆から出るインクを使って、自分の住処の周辺に印を描く習性があるのだ。*13
前述の通り、ドーブルのインクは1頭ずつ色彩が違う。グラフさんの色を、私はちゃんと覚えていた。
グラフさんの色の印が描かれた洞窟の門を潜り、岩を削って作られた階段を下りて行くと、奥に一枚の扉があった。
扉一面に、印と同じ色の幾何学模様がびっしり。
間違いない。グラフさんは、この部屋に住んでいるんだ。
あ、でも、絵を描きに山に行っているかもしれないんだっけ。
しまった。留守だった場合のことを考えていなかった。
とりあえずノックして声をかけてみようか……
扉に当てようとした拳を、しかし私は寸前で止めた。
音なんか出して、声なんか上げて、もし他の誰かに見られたら?
不倫だと噂されて、夫の耳に届く……のならいい。だって元々その為に来たんだから。
でも、もし〝不倫の振りをしようとしている〟ことまでバラされてしまったら、せっかくの計画が台無しになっちゃう。
ここはもう少し慎重になった方がいい。
こんな格好で、こんな仕様もないことしようとして、慎重も何も既にない気がしないでもないが、とにかく音は出さない方がいい。
まずはそっとノブを回して、扉が開いていたら中を覗き込んで、グラフさんがいるかどうかを確かめよう。
もし鍵がかかっていたら、出直すか、それともここで待つか、その時に考えればいい。
ノブを握り締め、ゆっくりと、ゆっくりと回す。
やがて突き当たって回らなくなり、はい、残念。留守でした――――
ということにはならず、ノブは何の抵抗もなく回り続け。
カチャリ、と
開いた…………!?
ドキリ、と心音が一気に跳ね上がる。
鍵がかかってない。いるんだ。グラフさんが、この扉の向こうに。
どうしよう。何て声をかけよう。
やだ、私、計画を立ててきたつもりだったのに、結局何の心の準備もできてない。
グラフさんに何て言って説明すればいいんだろう。昨夜の夫とのことを。
そして私が、夫にどうなって欲しがっているのかを。
その上で、彼の前で後肢を開いて、内股のどこかに筆で印を……!?
やだ、やだ、彼の筆でそんなところに触られたら私、それだけでイっちゃうかも!?
あ……
『またグラフさんをうちに誘って来て』
『そうだね……折を見て声をかけておくよ』
そうだ。グラフさんがここにいるのなら、夫もここに来るかもしれない。
もし、もしも、印を描いてもらっている最中にやってきたら…………!?
薄倉い部屋の中、ベッドの上に腰掛けて、後肢の付け根をグラフさんの尻尾の筆先で撫でられて喘ぐ私。
ふと物音に眼をやると、いつの間にか開いていた扉の向こうに呆然と立つ夫の姿。
血走った瞳。響き渡る怒号。
奮い立ち、荒れ狂い、燃え盛り、炸裂する闘争心。そして阿鼻叫喚の修羅場地獄……
……最高じゃない、それ。
だって私は、そんな夫の姿が見たくてここに来たんだもの。
ふしだらな妻でごめんなさい、あなた。
だけどこんなことをするのも、全部あなたを愛しているからなのよ。
許してなんてくれなくていいわ。
叱って。
壊れるぐらい猛烈に、いっぱいいっぱい折檻して頂戴――――!!
ノブを手前に引く。
禁断の世界への道が、音もなく開かれる。
ごくり。溢れ出る唾液を飲み込みながら、私は開いた隙間へと首を入れ、中を覗き込んだ。
薄暗く伸びた玄関の廊下。雑然と転がった画具の数々が、いかにも雄の部屋らしさを感じさせる。思えば結婚前の我が家もこんなもんだったし。
その突き当たり、無造作に開かれた扉の奥で、灰色の影が蠢くのが見えた。
天井からの明かりに照らされたその背中には、くっきりと映える足跡模様。
いた。
グラフさんだ。やっぱり家にいたんだ。
何か声をかけなくちゃ、と、乾いた声を絞り出そうとして。
「ぁあぁぁ…………ぁんっ!」
漏れてきたその声に、出かかった自分の声を飲み込んだ。
今の、声。
グラフさんの声だ。
育て屋にいた時、私の上で何度も聞いた、グラフさんの喘ぎ声だ。
よくよく眼を凝らせば。
尻尾を前に回した彼の柳腰は、なまめかしくも巧みに突き動かされていて。
その動きの度に、彼の腰の両横で揺れる影があった。
ポケモンの脚だった。
上体はグラフさんの身体が影になって見えず、脚も尻尾もびっしりとグラフさんの筆によって染め抜かれていて何のポケモンかも判らなかったが、何にしてもとにかくそれは、その
軋む寝台の音。絡み合うふたつの吐息。
あぁ。
かつて私もああやって、グラフさんに身体中を尻尾の筆で愛撫され、濡らされた祠に彼の雄筆を収めてもらっていたのだ。
……なぁんだ。
いるんじゃないの、彼女。
雌と付き合う気はない、って言っていたはずだったのに。
恥ずかしがって夫には隠していたのか。
それとも、夫にそう言った後にいい雌と巡り会えたのか。
どちらにせよ情事の真っ最中ときては、とても入って行ける状況ではない。
それにグラフさんに彼女がいるのでは、不倫の芝居をしてくれなんて馬鹿なことを頼める訳もない。
馬鹿なこと――――
不意に。
紅潮していた頬から、血の気が引くのを感じた。
私、何て馬鹿なことをしようとしていたんだろう。
夫を愛するが故だなんてどんなに言い繕おうが、結局私がしようとしていたことは夫への裏切りに他ならない。
私の中にグラフさんへの想いが残っていたという、ただそれだけでさえ泣くほど傷付いた夫に、より決定的なものを見せつけて苦しむ様を見て楽しもうとしていたのだから。
第一、叱られるならともかく、嫌われてしまったらどうするのか。夫からの愛を失ってしまったら本末転倒も甚だしい。
グラフさんに対してもだ。彼女がいようがいまいが、こんな芝居に付き合わされたら少なくとも夫との友情は確実に壊れる。折角あんなに親しげに名前を呼び捨て合っているのに。
私、つくづく最低な雌だった。
自分の浅ましい欲求を刺激することばかり考えて、夫への愛もグラフさんとの思い出も汚そうとしてたんだ。
いや、奈落に落ちる崖っぷちで気が付けてよかった。
今からならまだ間に合う。さっさとこの扉から首を抜いて引き返し、近くの川で汚れた身体と心を清め、貞淑な妻に戻って家に帰るのだ。
夫には何て言おう。この愚行を正直に話して謝ろうか? それだけでもお仕置きしてもらえるかもしれない……
いや駄目だ駄目だ、この期に及んでまだ懲りていないのか私は!? それだけでも十分夫を傷つけるし、無関係のグラフさんにだって迷惑がかかってしまうと先刻理解したばかりではなかったか!?
不用意にトゲを晒したり、夫のトゲに踏み込んだりして、傷付くのも傷付けてしまうのももう避けるべきだ。柔らかなお腹だけを擦り合わせて、それを幸せに感じていた平和な日常に戻ろう。夫にはお詫びの心を込めて料理でも作ってあげればいい。そうだ、昨晩台無しにしちゃったシチュー。あれをもう一度作ろう。早く帰って準備を始めなくちゃ。
よかったね、グラフさん。お仕事の相手じゃない恋ポケが、ちゃんとあなたにも出来たんだよね。
何だか不思議。別れた頃は、グラフさんがどこかの雌に筆を揮っている場面を想像するだけで身を掻き毟りたくなるほどの嫉妬に駆られたのに、今その場面を目の当たりにしながら、こんなにも素直に彼の幸せを祝福していられる。これも夫が私を愛してくれたおかげだわ。
さぁ、もうこれ以上ふたりの邪魔をすることのないように…………
と注意深く首を抜こうとした、その、時だった。
「んうぅ……っ、もう勘弁してよ、グラフぅ…………」
グラフさんの向こうで、〝彼女〟が呻いた。
場違いな、そう、場違いなほどにハスキーな、それは声だった。
その声に。
有り得ない、そこにいるはずのない者の声に、仰天して見開かれた私の眼の前で。
グラフさんが、相手の上体を引き起こし、抱き寄せた。
隠れていた相手の姿が天井の明かりに晒され、グラフさんの色に隈取られた顔が露になる。
…………!?
カクン、と顎を落として一歩も動けなくなった私の耳に、グラフさんの声が、
「フフフ、まだまだこんな位じゃ許しませんよ……ねぇ、」
相手の名前を囁くのが、聞こえた。
「カイン……………………!!」
何。
何、これ。
我がかつての恋ポケ、ドーブルのグラフさんに抱かれて、雄筆で祠に――
否、お尻の
ガッチリとした頬。ヤツデのように大きな耳。眉間にそそり立つ、刀のように雄々しい角。
あぁ、紛れもない我が最愛の夫、ニドキングのカイン……!?
そんな、そんな……馬鹿な!?
夫を発奮させる為に、不倫の芝居を相談しにきたグラフさんの家で、どうして夫がグラフさんと抱き合っているわけ!? しかも夫受け!?
一体全体何がどうなって、こんな奇天烈なことになっているっていうの…………!?
驚天動地の出来事に、思考停止状態に陥った私の鼓膜と網膜を。
グラフさんと夫の、睦み合う声と姿が、通り過ぎていった。
「そもそもあなたが悪いんですよ、カイン。すぐ奥さんの話ばかりして、こんなにもわたしを妬かせて」
冷ややかに眼を細めたグラフさんが尻尾の先端で夫の喉元をくすぐると、夫は私さえ聞いたこともないような甘い悶え声を上げた。
「あっ!? あぅんっ! で、でもぉ、君の場合はお互い様だったじゃないか。まさか僕の妻が君の、こ、仔供を……」
「昔は昔でしょう。今のわたしの恋ポケはあなただけです。奥さんと二股かけているあなたにお互い様呼ばわりされるいわれはありませんよ」
吐き捨てるように言いながら、グラフさんは夫の
「ふみゃっ!? そ、そこは駄目……駄目だってばぁっ…………ぁひぃっ!?」
「大体自業自得ですよ。恋ポケの目の前で奥さんといちゃつこうという悪趣味な目的の為にわたしをお宅に招待したりするから、わたしとレイリーさんの関係なんてものを知る羽目になったのでしょうが」
「それは……そうだけど」
「あなたのこれまでの恋ポケたちも、あなたが奥さんばっかり可愛がるから呆れてしまわれたんじゃないんですか」
「……違うもん」
仔供のように拗ねた顔を逸らし、夫は涙声で言った。
「僕はいつも妬きもちを妬かせた分だけ愛してきたもん。なのに最後にはみんな、やっぱり雌の方がいいって言い出して……」
「そういうあなたはどうなんです? 昨夜わたしが帰った後だって、この針で奥さんとたっぷり楽しんだんでしょう?」
「ぁん、だからそこは……だって、僕は受けだし。別腹だもん。妻も恋ポケも両方大切だよ」
「やれやれ身勝手な……二股は二股ですよ。何なら今日はこのペイント、そのままにして奥さんの前に突き出して差し上げましょうか?」
「だ……駄目駄目、ちゃんと全部落としてよぉ!? そうでなくたって妻には僕のこんな
「はいはい、いつもの通りちゃんと消しますから心配しなくてもいいですよ。まったく、そんなに大事に想われている奥さんが羨ましい限りだ。少しは罪を感じなさい!」
言うなり腰を突き上げるグラフさん。雄筆に洞を揺さぶられ、夫の身体が跳ね上がる。
「ああぁっ!? ぁひゃあんっ!? くぅぅ、感じる、感じてるよぉ…………」
明らかに罪とは別のものを感じている表情を浮かべ、夫はうわ言のように呟いた。
「うらやましい……僕こそ妻が羨ましいよ。あんな、雄を受け入れるための祠を生まれついて持って、その中にこんなに素敵な筆を収めてもらえて。僕よりずっと気持ちよく感じてたんだろうなぁ……おまけに仔供まで作ったなんて。僕なんてどんなに望んでも君の仔供を産むことは出来ないのにさ。狡いよ」
「昔のことは言わないでくださいってば。わたしはもう、雌なんてこりごりなんですから」
「本当だね? グラフは他の雄たちのように、やっぱり雌の方がいいなんて言い出したりしないよね?」
「勿論ですとも」
「じゃ、じゃあさ、言ってみてよ。僕の洞と、妻の祠と、どっちの方が気持ちいい…………?」
「もう、意地の悪いことを! 困りますよ、そんなパートナー業の相手のプライバシーにかかわる質問にはお答えしかねます」
「そんなこと言わないで教えてよ。いいじゃないか、プライバシーって言ったって、僕の奥さんのことなんだからさ」
「でしたら奥さんの具合ぐらい、わたしに聞くまでもなくよくご存知でしょうに」
「知ってるよ。昨夜だって……凄く、よかった。みんなあの吸い付くような気持ちよさに引かれて僕から離れていったのかと思うと、悔しくって涙が出たよ」
「カイン……?」
「ねぇ……聞かせてよ。僕は僕の具合なんて、自分じゃ確かめようもないから判らないよ。やっぱり僕のなんて、雌の代用品でしかないのかな……?」
「……代用品、ですか。そうですねぇ、 好きかどうかではなく、具合のよさで比較するとなるとさすがに…………」
「……………………」
不安げに顔を曇らせた夫が見上げると。
クスクスと悪戯な笑い声を上げて、グラフさんは。
「フフフ、冗談ですよ。可愛いひと。代用品なんてそんなことありませんとも。あなたの此処こそ、あぁ、最高です。どんな雌よりも、勿論レイリーさんのと比べても…………」
「あぁ……嬉しいよ! あのレイリーの祠より気持ちいいだなんて本当に嬉しい…………」
夫の顔の、グラフさんが描いた筆跡の下に微かに覗く土留色が、ロゼリアの右手色へと染まっていく。
「僕のだよ、グラフ。もう妻にも誰にも渡さない。君の筆は、僕のものだ…………」
「わたしも、もうあなたしか愛したくありません。大好きです、カイン…………」
…………わけのわからないことばかり言うのもいい加減にしなさいよ、この雄共。
うそ。
うそ。
うそよ、こんなの。
夫がずっと前から、私と雄ポケとで二股をかけていて。
グラフさんも雌を抱き飽きた揚句、同性愛に走っていて。
これまで夫が我が家に連れてきた友達も、実はみんな夫の浮気相手で。
夫が彼らを焚きつける為に私は、私が夫を焚きつける為にグラフさんにしてもらおうとしていたことを、ずっと夫にさせられていた!?
その上、夫が嫉妬していたのは、私に仔供を産ませたグラフさんにではなく、グラフさんの仔供を産んだ私の方だったっていうの!?
めちゃくちゃだ。
嘘よ。嘘だわ、頬を抓れば消える悪い夢よ。
痛い……消えない!? 嘘、嘘、信じない有り得ない認めない!
だって夫は昨夜も今朝もあんなに一途に私を愛してくれたじゃない。泣くほど激しく想いを寄せてくれたじゃない!?
それなのにこんなふざけた話、どこからだって湧いてくるわけがないわ!? グラフさんだって――――
あ。
あ、れ……………………
『ご夫婦の睦まじい様子を見せ付けて、わたしが(奥さんに)妬くのを見て愉しむおつもりなのでしょう?』
『しかしわたしは決して(あなた以外を愛そうなんて)……』『分かってるグラフ。心配しなくていい。いずれ(君の家のベッドで)埋め合わせはするよ』
『けど、まさか……よりにもよってグラフと(、僕の恋ポケと仔供を作っていた)だなんて……』
『彼、あれほどの美丈夫だろ? (僕が惚れるぐらいに)』
『今は(僕がいるから)……雌とのお付き合いの話は一切お断りしているんだって』
『僕(とグラフの仲)にとっては君の過去のことなんてどうでもいい。問題は
『いくら(僕には産めないグラフの)仔供を作った仲だからって! 今は(グラフの筆は)僕のだぞ、僕のなんだぞ!?』
『僕の中の闘争心が、あいつの(、僕の恋ポケの)筆跡がここにあることを許せないんだよおぉぉぉっ!!』
『(グラフの筆は、君には)渡さないよ。僕の、だからね』
『折を見て声をかけておくよ。……(グラフを奪ったりしないって)信じてるからね』
あ。
あはは。
何て、こと。
夫の言葉が。
グラフさんの台詞が。
私が信じていた、そう思い込んでいた意味と違う方向に流れて。
その上に築いていた私の世界を、ズタズタに引き裂いて破壊していく。
ガラガラ。ガラガラ。
音を立てて崩れていく、私の世界。
ガラガラ。ガラガラ。
……あ、違った。
この音は世界が壊れる音なんかじゃなくって……私の、哄笑だった。
ガラガラ。ガラガラ。
あぁ、傑作だ。
何て愉快なんだろう。
可笑しくて笑いが止まらない。
だって。
今この世の中に、私より滑稽な存在がいるだろうか?
夫のお尻のほうが、私のなんかよりずっといいんですって。
そう言われる事が、至福の笑みを浮かべるくらい嬉しいんですって。
私は、最愛の雄2匹に、雌として一番大事な部分を完膚なきまでに弄ばれ、貶められたのだ。
何という惨め。何という無様。何という。何という。
ガラガラ。ガラガラ。
ガラガラ。ガラガラ。
ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ!!
あ、奥の扉の向こうで、間抜けな眼が2組こっちを見てる。
そりゃそうだ。これだけ大声で嘲笑してりゃ、いくら夢中でヤってたって気付くわよね。
予定では今ここから中を覗いていた夫を私があんな眼をして見付けているはずだったのに、あべこべになっちゃった。ほんと、馬鹿みたい。
余程驚いたらしく、夫はグラフさんに貫かれたままじたばたと手を振って自分の顔を隠そうとしている。もう隠せるものなんか何もありはしないのに。
グラフさんは私に向けて伸ばした前肢を横に振り、動転し切った表情で何かを叫ぼうとしている。今更何を言おうというのだろう。
もう何も聞きたくない。何も見たくない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
い や だ ! !
昨夜夫が私を激しく攻め抜いたのは、妻である私への愛情からなんかじゃなかった。
あの時夫の心もまた私と同様に、グラフさんの方ばかりを向いていたのだ。私にはトゲだらけの背中しか向けてくれていなかった。そのトゲに触れた結果が昨夜の惨状だった。あの涙さえ、私への劣等感から流されたものだったのだ。
道理で夫がけだものに思えたわけだ。夫にとって私は、グラフさんを奪い合う恋敵だったのだから。闘争心すら発動させるほどの……
そして、私の闘争心もまた。
初恋の雄を独り占めにした
激しく奮い立ち、
荒れ狂い、
燃え盛り、
炸裂、した。
ふたりが憎かったから、妬ましかったから、こんなことをするわけじゃない。
そもそも私にそんな資格がないことぐらい分かってる。
ただ。
ただ、私は。
目の前で繰り広げられている、この世にもおぞましく汚らわしく禍々しく忌まわしい
この手で、幕を下ろしてしまいたかった。
ただ、それだけ――――
「あっ! あっ! ぁあんっ!!」
「はぁ、はぁ、うくぅぅ……っ」
仰向けになって開いた後肢の間で、夫の土留色の身体が激震する。
逞しい前肢が私の双丘を揉みしだき、熱く張り詰めた股間の毒針が祠を貫いて穿ち、律動する。
「あぁん! あひゃぁっ! あぁあっ!!」
「あ……、ぁう……ぅんっ」
「んっ……んっ……んあぁっ…………」
その律動に、不規則な動きが加わる。
夫の後ろから、持ち上げて横に除けた尻尾の向こうから、グラフさんが夫の洞の内側に雄筆を疾らせているのだ。
グラフさんの鼓動が、夫の鼓動と重なって、私の祠に伝わってくる。
ふたり分の想いが、私の中に流れ込んでくる。
「……ねぇ、あなた、気持ちいい?」
「あぁ……最高だよ……」
「ふふ……わたしとレイリーさんと、どちらのほうが気持ちいいですか……?」
「はは、どっちって、そりゃどっちもさ……ふたりとも、素敵だ」
夫の答えにグラフさんは満足げな笑みを浮かべ、長い尻尾を私の後頭部まで回してふたりまとめて抱き包んだ。
私も前肢を伸ばして、夫の尻を掴んでいるグラフさんの前肢に添える。
そう、私たちは今、みんなで1つ。
「ん…………っ!!」
「もうイきそうなの、グラフ?」
「は……はい……イってもいいですか、カイン……」
「あぁ……僕も、僕もイきそうだよぉ……イく…………っ!」
「いいわ……いいわ……みんなで……イきましょう…………」
「あぁーーーーーーっ!!」
「くぅーーーーーーっ!!」
「ぁはぁぁぁあぁんっ!!」
…………あ、何だ。
そうしていれば、よかったんだ。
ふたりとも愛していたのなら。
夫だって、私もグラフさんも両方大切だって言ってくれていたんだから。
いっそ私も、夫とグラフさんの関係を受け入れていれば良かったんだ。
みんなで一緒に愛し合って、みんなで幸せを分かち合っていれば良かったんだ。
平和な明日を、ずっと迎え続けることだって、きっと出来たんだ。
――こんな奈落に堕ちてしまうことなんて、なかったんだ。
崩れ落ちた巨大な瓦礫の下から僅かに覗く土留色の前肢と灰色の前肢は、偶然そうなったのか、それとも最期の意志でそうしたのか、握り合うように重なっていた。
そこに私も、自分の前肢をそっと合わせる。
冷たい。
消えてしまった温もりの上に、熱い雫が落ちていく。
滲んで歪んだ視界の彼方に、ふたりの顔が見えた気がした。
ごめんなさい、あなた。
ごめんなさい、グラフさん。
もし許してくれるなら、今夢に描いたように、私も一緒に――――
重ねた前肢に頬を摺り寄せた私の頭の上から、一際大きな岩塊が
――その日、カラタチ島で発生したポケモン性*14と思われる大地震は、島の住民たちに甚大な被害をもたらした。
震源地と見られる谷の洞窟からは、居住者であるドーブル氏と近所に住む山菜取りのニドキング氏、その妻のニドクイン氏と見られる遺体が発見された。
ドーブル氏は今月になってカラタチ島の住民になったばかりだったが、島外での修行時代に育て屋でのパートナー業の経歴があり、ニドクイン氏はニドランの頃にその顧客として一仔を産んでいる。
調査委員会はこの事実を踏まえ、また、震災の直前にニドクイン氏がドーブル氏の住居にひとりで入って行ったという目撃証言もあることから、ドーブル氏とニドクイン氏が過去の関係を取り戻そうとして密通しているところにニドキング氏が踏み込み、夫妻のどちらかが無理心中を図って放った地震が今回の震災の原因となったのではないか、と見て調査を進めている――――
―完―
★ノベルチェッカー結果
【作品名】 寸劇の奈落
【原稿用紙(20×20行)】 109.6(枚)
【総文字数】 29014(字)
【行数】 1196(行)
【台詞:地の文】 20:79(%)|6008:23006(字)
【漢字:かな:カナ:他】 32:58:4:4(%)|9438:16964:1312:1300(字
★あとがき
まず謝らなければならないこと。
「やっぱり狸吉さんだったんかい!」と言いたい人たちへ。
ごめんなさい。大会期間中は『トレーナー共用のポケモンBOXのようなもの』とか言って誤魔化していましたが、どう見ても本作の舞台は僕の長編作品のメイン舞台(となる予定)の功労ポケモン保護施設『カラタチ島』です。
行間をいつものと変えてみたり、前書きで『なりすましているのかもしれない』とかいってみたりしましたが、これじゃ作者モロバレルですね。(汗)
話の都合上舞台を島にせざるを得ませんでしたが、変態性の強い話だったので大会に出してみたかったんです。既登場キャラも出ませんし、島名さえ伏せれば問題ないかなと思いまして。
もっと謝らなければならないこと。
上記の謝罪文を見て「そう言えば、狸吉さんのページにあるカラタチ島ってそういう島だったっけ。忘れてた」もしくは「カラタチ島ってそういう島だったの? 知らなかった」と思った人たちへ。
ごめんなさいリメイク放置していて本っ当にごめんなさい。(滝汗)
本編である『永久の想いのバトンタッチ』で(どころかリメイク前の『電光石火のように』すら)島に辿り着いていない以上、カラタチ島を舞台にした小説はまだ『GrassKnot』『白珠の奉納祭(Wiki版)』『溶けるビター・チョコレート』と本作だけ……? モゴモゴ。何にせよもっと頑張らなくちゃです。(汗汗)
カラタチ島よりも、雄筆だの祠だのといった独自の性器描写、あるいはラストの
さて本作ですが……どうしてこうなった?
いや、投票結果(1票14位orz)のことではなくて、全滅エンドの話ですけど。
実は最初の構想段階では、主人公は夫の方だったんです。
妻を折檻して仲直りした後、妻の元彼で今は恋ポケであるドーブルと密通し、愛妻がかつてどんな風に彼の筆裁きを楽しんだかを想像しながらその筆を味わい、その夜妻に向かって、
「渡さないよ。僕の、だからね(。あいつは)」
と密かに宣言するのをオチとするはずだったんです。中盤のハッピーな状態で終わるはずだったんです。
それがトリックルームを考えているうちに、ホモ不倫の関係が奥さんににバレてヤンデレ化する、という展開に至ってしまい、事実を知った時の妻の仰天振りをネタにするために彼女が主人公に変わりました。
ちなみに、ラスト間際の妄想3Pもトリックルームの副産物だったりします。
で、その元主人公であるカインですが、まず浮気の自覚が、相手が雄で自分が受けと言うこともあって乏しかったんですね。
彼は雄としては妻であるレイリーに一途だったんです。文字通り身体の別の場所で雄の恋ポケを愛していただけで。
それは彼なりのポリシーとして認めてもいいとしても、グラフに尋ねた質問、あれはいけなかった。
グラフのことを愛していたなら、信じていたなら、あんな質問はしなくても良かったんです。
前の晩レイリーに暴力を振るったのだって「もしかしたらグラフはまたレイリーのことを好きになってしまうかもしれない。だってこんなに素敵な妻なんだもの」という恐れに駆られてのものです。結局恋ポケであるはずのグラフを信じ切れなかった。それが彼の罪でしょう。
グラフに関しては、まずひと夫であるカインと恋をしてしまったというのが根本的な罪ですね。カインに「二股は二股」と自分で言っていたぐらいですから。あんたこそひと夫を抱いている罪を自覚しろと。
カインの質問に対する答えは、あれはリップサービスでしょう。そもそもニドラン時代のレイリーと今のレイリーとを比べる事自体ナンセンスなのですが、そんな答えではカインの不安を払拭できなかったでしょうし。恋ポケを喜ばせようとしただけです。まさかレイリーが聞いているなんて夢にも思わなかったでしょうし。
レイリーは彼女自身の罪を自覚済みですね。
貪欲に夫を求めようとして彼の
3匹とも、相手を求めようとする余り、相手を思いやる心がちょっとずつだけ不足してしまったんですね。そのちょっとずつの歪みが、これだけの大災害に発展してしまったのは悲劇的という他ありません。
レイリーの名前の由来は、地面ポケモンということで地震の表面波の一種『レイリー波』から。カインは地震の揺れの速度の単位から。
グラフはドーブルなので『グラフィック』からですが、転じて地震計の折れ線グラフもイメージした名前です。
最初の予定では本編とは無縁の話にあるはずだったのに、震災になってしまったことで本編のあるシーンと関わる事になりました。
そこまで行くのにどれぐらい時間がかかるのかは分かりませんが、少しだけネタ晴らしすると、
この震災で、別の小説に登場済みの誰かが、命を落とすことになるのです。
誰かは内緒ですが、
・既に死ぬことが発表されているポケモンであること。
・地面が弱点のポケモンではないこと。
この2点は明記しておきます。
★避難所の避難所に投稿された感想へのレス
>>えーと……
気を使っていただいてありがとうございます。お察しの通りの豆狸です。
>>初見ではニド夫婦を持って来たのは少々安易かとも思いましたが、これもまたポケモン小説らしいポケモン小説ですね。
鋭い!
と言いますのも、実は僕自身『妻の元配合相手のドーブルと夫が浮気をするネタ』を思いついたとき、「夫婦役にはニド夫妻じゃ安直だな」と思って最初に候補から外したんです。
性別狂いの闘争心は折檻のときにネタに使えると思ったので、夫はレントラーにしようかと。
それが、浮気を知った妻がヤンデレ化して、元々予定していた震災の原因になると言うネタにつながった時、じゃあ奥さんはドーブルと配合可能で、一致地震が使える地面ポケで、なおかつその地震で確実に死ねる地面弱点のポケモンがいいと言うことになって。
こっちのネタにも性別狂い闘争心が使えると言うことで、ニドクインに決定したんです。
そうなると旦那は雷の牙やスパークじゃ折檻出来なくなったわけで、まだ第5世代の情報なんかないのでオノノクスは使えず、結局ニドキングこそがニドクインの夫役に一番相応しいということになりました。なんという鼠の嫁入りw
>>闘争心を上手く絡めることやハリネズミの習性を利用するなど考えがあってのことだったのでむしろ感服いたしました。
ハリネズミではなくヤマアラシです。あしからず。
ジレンマ云々や放尿プレイなどのヤマアラシネタといい、レイリーがカインと結ばれたきっかけを『息子と同じニドキングだったから』に出来たことといい、まさに今回のネタには理想のカップルでした。
>>愛するが故の狂気を堪能できました。
楽しんで頂けたようで幸いです。感想ありがとうございました!
★投票の際に頂いたコメントへのレス
>>ポケモンというより人間のドラマを見ているようでした
昼ドラ的な愛憎劇を意識して書いたので、そのせいでしょうね。
>>投稿作品の中で最も文章的に研がれ(尖れ)ていたと思い投票しました。
貴重な1票をありがとうございます。
投稿最終日まで推敲を繰り返して文章を磨きましたので、評価してくれて嬉しいです。
>>ただこれ変態じゃ無いんじゃないでしょうか。
ふぅむ、エロネタ的にはスパンキング・放尿・自慰・♂×♂・妄想3Pと数は結構盛り込んだのですが……
ストーリーに偏りすぎてエロの文章が薄くなってしまったのが敗因なんですね。言われてみればグラフ×カインのシーンなど、ほとんど種明かしに終始しちゃいましたし。
次回作の参考にします。改めて投票ありがとうございました!
狸吉「しまった、ドーブルのアレは『肉筆』とした方がよりエロかったかも!?」
グラフ「あんたは…………」
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