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デコボコ山道の眠れぬ一夜

/デコボコ山道の眠れぬ一夜

泥舟と共に沈む獣の第一回SS選手権作品
『デコボコ山道の眠れぬ一夜』



智喜(トモキ) 先生、智喜先生ったら、もういい加減起きて下さい」
 頭の下からの呼び声と優しい揺さぶりに清々しい香りが加わり、俺はとうとう夢の世界から引き戻された。
「ふあぁぁ……ん……ムギ、おはよ」
「早起きするはずでしたのに、もうだいぶ日は昇っちゃいましたよ」
 枕にしていたパラセクトのムギが、ふかふかな茸の身の下から困り果てた目を向ける。
 まだもう少しこの心地のいい感触と香りに浸っていたかったけど、ムギの円らな瞳でそんな風に見つめられてはたまらない。
「いいじゃないか。これからしばらくお前を枕に出来なくなるんだから」
「まったく、こんな事で明日からちゃんと寝起きできるんですか?」
「シマナやゼキたちがちゃんと見ててくれるから大丈夫だよ」
「……一人でちゃんと起きられない様では心配で仕方ないんですけど」
「わかったわかった。努力するよ」
 擦り寄ってきたムギの紅葉色の頭を撫でつつ、俺は苦笑しつつムギをこれ以上困らせないように強がって見せた。けれど、
――むしろ心配なのはお前の事の方なんだけどね。
 心の中で、俺は憂鬱に呟いていた。
――だってこんなに永い間俺の手持ちから外れるのなんて、お前が生まれて以来なかった事だもんな……。

 ☆

 俺の名前は智喜。
 ジョウト地方ワカバタウン出身のトレーナーだけど、今は故郷を遠く離れてここホウエン地方で行われるポケモンリーグ出場を目指し各地のジムを巡っている。
 既にカナズミシティでストーンバッジを、ムロタウンでナックルバッジを、そしてここキンセツシティでダイナモバッジを獲得し、いよいよ今日からは煙突山の向こうにあるフエンタウンへ向かい4つめのジムに挑戦する。
 だけどここで問題が生じていた。
 フエンタウンのジムトレーナーは炎ポケモン使い。しかもキンセツとフエンの間にある煙突山は炎ポケモンの巣窟。
 そして俺がジョウトから連れてきた一番の相棒パラセクトのムギは虫&草ポケモン。致命的に炎に弱いのだ。
 強力な茸の胞子を使った戦闘能力だけではなく、緊張すると不眠症になりがちな俺の枕になって胞子で寝付かせてくれる事、それに何より俺の最初の相棒であるメガニウムのリョウの愛息で初めて俺の手で孵化させたポケモンと言う事もあって、正直ムギとは片時たりとも離れていたくない。
 だけどそんな大切な相棒だからこそ、下手に連れて行って大怪我をさせるわけにはいかない。
 万が一なんて事になったら、ワカバの実家に置いて来たムギの父親のリョウと母親のシネンシスに合わす顔もない。
 悩みぬいた末、今回は泣く泣くムギを手持ちから外す事にしたのだった。
 本当はフエンに着いた後にすぐに呼び出せるようにポケモンセンターに預けておきたかったけれど、仲間と協議した結果ムギはある〝仕事〟をしてもらうためこの街に残る事になっていた。

 ☆

 顔を洗い服を整え、ブルーの『ポケモンウォッチ』、通称『ポケッチ』を腕に巻く。
 ほんの少し前までポケモントレーナーの使うモバイルツールといえばポケナビだったが、シンオウでポケッチが発売されて以来あっという間にこのホウエンにまで広がり今ではすっかり主流だ。俺のは最新のカラー液晶版で、携帯性といいアプリの豊富さといい実に重宝している。
 さていざ出発しようとモンスターボールを手に取ると、6つのボールのうちムギの物を除く1つが留守なのに気がついた。
「あれ? 紅刃(クレハ) どこいった?」
 見渡してみると、宿の天井の梁のところにうごめく影が1つ。
「いたいた。お~い紅刃、降りといで~」
 呼びかけてみるが、相手は梁の上に留まったまま動こうとしない。
「お~いってば、く~れ~は~!!」
 何度呼んでも答えない相手に困り果てていると、見かねたムギが俺の後ろから、
「紅刃ちゃん、こっちに……」
 おいで、と言い終える間も無く――――
 ジィィィィィィッ!!と翅音を立てて、赤銅色の影が俺の頭上を跳び越しムギの後ろに降り立った。
「……おはよ、紅刃」
 挨拶をしてみたものの、彼女……ハッサムの紅刃はムギの後ろに隠れながら俺を睨みつけているばかり。彼女はいつもこの調子だ。
 実はムギにこのキンセツでやってもらう仕事とは、この紅刃に関する件だった。
 彼女は元々俺がゲットしたポケモンじゃない。
 ムロ島からカイナ港への船旅の途中で出会ったトレーナーと意気投合した際、当時俺の手持ちだったラルトスのアストと交換して手に入れたポケモンだ。
 しかし、交換されたことが余程ショックだったのか一向に俺になついてくれない。
 彼女より後に同じく交換で手に入れたナックラーの黄沙(コウサ) は素直に俺のいう事を聞いてくれるのに、紅刃は未だに心を開かないままだ。
 俺がフエン挑戦を急ぐ理由のひとつが彼女だった。フエンジムで『ヒートバッジ』を獲得するとトレーナーとしての格が向上するという。
 ポケモンは強いトレーナーにつく。俺のトレーナーとしての格が上がれば紅刃を俺に振り向かせることが出来るかもしれない。
 出来るものなら彼女の目の前でジムを攻略し実力を見せ付けてやりたかったが、あいにく虫&鋼タイプである彼女もまたムギ同様非常に炎に弱い。
 だからフエンには連れて行けないわけだが、紅刃の鋼の肉体はフエンの次に目指す予定のジム、トウカジムのノーマルポケモンの攻撃に対し非常に有効。ポケモンリーグまでのスケジュールを考えるとフエン戦が終わるまで遊ばせておくわけにもいかない。
 そこでフエン攻略までの間、紅刃にはこのキンセツシティの西の外れにある『育て屋』に入れて鍛えておいて貰う事にした。
 だけど1匹で預けておくというのも、ナーバスになっている彼女の精神を思うと可哀想だ。
 それでムギをお目付け役として一緒に預けておく事になったわけだ。
 俺とも他の仲間たちとも反りの合わない紅刃だけど、誰にでも優しく面倒見のいいムギの事だけは信頼しているらしく、モンスターボールの外に出す度にいつもムギの後ろに隠れようとする。柔らかいムギの茸に触れていると安心する様だ。その気持ちはとてもよく分かるが……。
 フエン戦で使えないムギは丁度体が空いている。他に選択肢はない。
 色々と不安は尽きないが、やむをえなかった。

 ☆

「じゃあ2匹とも、おじいさんやおばあさんの言う事を良く聞くんだよ」
 キンセツ―シダケ間を結ぶ、草花薫る117番道路。その北側に広大にひろがる育て屋の受付所にて。
 2匹を預ける手続きを済ませた後、ムギと紅刃をモンスターボールから出して最後のお別れをしていた。
「はい。先生もフエンジム頑張ってくださいね」
 優しく微笑んだムギの顔を目に焼き付けるように俺はじっと見つめ続けた。しばらく会えなくても寂しくないように。
 紅刃は朝からずっとムギの背中に抱きついたままで一言も喋らずじっとしている。
「あの、先生。そろそろ行きませんと」
 背後から俺のポケモン、グラエナのシマナが声をかけてくる。
「うん……でももうちょっとだけ」
「まだですか? ただでさえ朝遅れたのに。本当に日が暮れちゃいますよ」
「なぁシマナぁ……やっぱり紅刃に付けておくの、他の奴に出来ないかな?」
「ちょ……この期に及んで何を言ってるんですか!?」
 俺の悪あがきはたちまちシマナの呆れ声に一蹴された。
「パラセクト先輩……」擦れる様な声が聞こえる。
 声の主は紅刃だった。ムギを連れていかれると思ったのか、抱きついている腕に力を込めている。
 その様子を見て俺はますます不安を募らせた。
 ムギに対してさえ名前では呼べず種族名で呼んでいる程俺たちに馴染めないでいる紅刃をムギと2匹( ふたり ) っきりにさせておいて本当に大丈夫なのだろうか。
 無駄とは思いつつももう一度シマナに説得を試みてみる。
「だからさ、タイラーならフラッシュで攻撃をかわせるし、コゼットなら虫技への耐性があるからもし紅刃と何かあっても……」
「ですからバルビートでもドクケイルでも結局は燕返しの一撃で終わりだって何度も言っているじゃないですか!」
「だからそれ、パラセクトにはもっとやばいだろ……」
「どの道一撃なんですから同じ事ですってば!」
 所詮は何度も交わした議論。違う結論に到達するはずも無く全て退けられてしまう。
「紅刃もうちで最もレベルが高いムギさんの言う事だけは聞くんですから心配ありませんよ。もう少し信用してあげたらどうなんです?」
「先生、シマナさんの言うとおりですよ。万一心配されるような事があっても私が責任を持って胞子で鎮めますから。紅刃ちゃんの事は任せてください」
 力強く胸を張るムギの姿が、何ともけなげでいじらしい。
「ほらムギさんも言っているじゃないですか。それでも心配ならセグか黄沙と入れ替えるしかありませんよ。 うちのメンバーで紅刃に弱点を突かれる恐れがないのはあの子達ぐらいですから」
 俺は頭を抱えた。キャモメのセグとナックラーの黄沙はフエン攻略の主戦力。外す訳には行かない。
「紅刃の件を何とかしたいのなら貴方がヒートバッジを手に入れて、ムギさんに頼らなくっても彼女が安心できるトレーナーだと言う事を示すのが一番です。いつまでも師父( おや ) バカめいた事を言っていないで早くフエンに行かなくては」
 結局ムギを取り戻すには、一刻も早くこの山場を文字通り乗り越えるしかない、という事か。
「……解ったよシマナ。じゃあムギ、紅刃、そろそろ行くよ」
「はい先生。道中お気をつけて」
「うん。すぐ帰ってくるからね……」
 二つの赤い背中が育て屋の奥に消えるのを、俺は涙で曇った眼で見送った。
「育て屋さん、ムギと紅刃の事を宜しくお願いします」
「なぁ、兄ちゃんや。あんまりあの仔達の事が気になるんじゃったらええもんが有るんじゃが。ポケッチは持っとるんじゃろ?」
 俺がポケッチを見せると、育て屋のおじいさんは機械を取り出してきてポケッチに向けた。何かのアプリがダウンロードされて来る。
「これは……」
「『育て屋チェッカー』ちゅうてな。うちでは預かっているポケモンを監視カメラで随時撮影しておるんじゃが、その映像をポケッチでモニターするためのアプリなのじゃ」
 アプリを起動させると、ポケッチの画面の中に育て屋の奥の林道にいる2匹の姿が映し出された。
 紅刃はようやくムギの背中から離れた様で、今は鋏をつないで並んで歩いている。
「これでいつでもこの仔たちの様子を見ることが出来るぞ」
「あ……ありがとうございます!」
「良かったですね先生。さあもうポケモンセンターに行きましょう。セグやイシアたちも待ちくたびれていますよ」
 服の裾に噛み付いて引っ張るシマナに引きずられる様にして、俺は育て屋を後にした。
 
 ☆

 キンセツシティのポケモンセンターの転送機を使い、オダマキ研究所に預けておいたキャモメのセグとアメタマのイシアを呼び出してムギと紅刃が抜けた分開いたモンスターボールホルダーへと収める。
 キンセツジムでは活躍の場がなかった彼らだけど、煙突山やフエンジムでは彼らの水技が頼りになるだろう。
 これにキンセツでも大活躍したハスブレロのリボルバーと、ついこの前ナゾノクサのトーマスと交換して仲間になったナックラーの黄沙で炎ポケモン対策は完璧。
 そしてサブリーダー格のグラエナのシマナと力仕事要員のマクノシタのゼキ。
 以上6匹の仲間たちを伴い、俺はキンセツを後にした。

 険しい岩道の続く111番道路を北へ、北へとペダルを漕ぐ。
 道をふさぐ岩をゼキの『岩砕き』で吹き飛ばし、砂嵐の舞う谷間の分かれ道を左に曲がり坂を登れば。
 いよいよそこは112番道路。眼前に雄大に聳え立つ煙突山が天高く黒々と噴煙を吹き上げていた。
 数年前にはこの辺りは大規模な地殻変動に見舞われたり怪しげな連中が暗躍したりと物騒な事件が相次いでいたらしいが、現在では地脈も治安も安定している。
 とはいえ野生のドンメルやワンリキーたちは普通にちょっかいを出そうとしてくるが、水ポケモンたちの水技や黄沙の地面技、シマナの威嚇などを駆使し退けて進む。
 靴跡に磨かれた山道を登り、岩壁に沿うように回り込んで行くうち、目指す建物が見えて来た。
 山麓と山頂を一気に結ぶ煙突山ロープウェイ。これに乗って山頂まで登れば後は下り道だけだ。
 ゴンドラに揺られ斜面上空を登りながら、俺は振り返り広がって行く景色を見つめていた。
 東に砂漠の渓谷。そこから南へと続く111番道路。その南に連なるキンセツシティ。
 そこから少し西。つまりここから見てほぼ真南。丘陵地の向こうに帯の様に広がっている117番道路。
 あのどこかにムギがいる。目を凝らしてみたけれど、余りにも遠すぎて見えるはずもなかった。
 そうこうしている内に山頂駅に着いた。ゴンドラを降りて南西に進めばフエンタウンへとジグザグに降りていく山道、通称『デコボコ山道』がある。
 そのデコボコ山道の先へと視線を巡らせれば、目的地フエンタウンの町並みが見える。そして更に西、遥か彼方を見渡せば――――
 ……ムギの背中と同じくらいに鮮やかな茜色に染まった夕焼け空が、広がっていた。

「ほらだから言わない事じゃない! 朝といい育て屋といい、あんなにもたついていなけりゃ本当は今頃はとっくにフエンに着いて温泉三昧だったんですよ! 大体あなたと言う人は……」
 デコボコ山道にシマナの愚痴が延々と響き渡る。余程温泉に入りたかったらしい。
 何とか急いで下山を試みるも、迫り来る宵闇は容赦なく視界を奪っていく。そろそろ足元も見えづらくなってきた。
「こんな暗い中をこれ以上降りるのは危ないですよ」イシアが不安そうに言う。
「まだ周囲が見えるうちに、この辺でキャンプでもした方がいいんじゃないのかぁ?」のんびりした調子で言ったのはリボルバー。
 一応、備えは持ってきてある。2匹の言う通りもう限界だろう。
「よし、黄沙!そこの山肌に穴を掘ってくれ」
「はい、わかりました!」
 元気に答えた黄沙が後ろ足で穴を掘りかけた時、
「ちょっと待った! その必要はないかも知れないぞ!」
 上空を偵察していたセグが戻ってきて叫んだ。
「あっちの岩を越えた向こうに小屋があった。明かりがついていたから誰かいる様だったが行ってみるか?」
 多分山の観測所か何かだろうが、頼めば泊めてもらえるかもしれない。最悪小屋の側に寝させてもらうだけでも大分マシだろう。
「よし、その小屋へ行こう。セグ、暗い中悪いが上から道案内してくれ」

 ☆

「はぁい~い湯加減だわぁ。ほんっと私たちツイてましたねェ」
 先刻の怒りっぷりはどこへやら。今やすっかり機嫌を取り戻したシマナが、湯船の中で裸の俺の膝の上によじ登ってきた。
 山道で凝っていた彼女の背筋を揉んでやると気持ちよさそうに目を細める。
 まったく俺たちは幸運だった。
 観測所の管理人のおじさんは俺たちの宿泊を快諾してくれたばかりか、山奥の秘湯まで案内してくれたのだ。
 見上げれば近い満天の星空。見下ろせばその星々と月明かりに照らされたホウエンの大自然。
 その素晴らしい景観に囲まれながら、岩で形作られた湯船の中で養分たっぷりの野湯に浸る。
 フエンに到着していても出合えたかどうか分からぬ程の極楽気分を俺たちは味わっていた。
 隣ではゼキが肩まで湯に使って鼻歌を歌っている。
 湯煙の向こうではイシアとリボルバーが仲良く湯にたゆたいながら水遊びをしている。
 唯一湯に入る事の出来ない黄沙は温まった岩の上に寝そべって地熱に当たりながら、洗い終えた羽根を乾かしに来たセグと談笑している。
 みんなそれぞれに温泉でのひと時を満喫している様だ。
 ムギもここに連れて来たいなぁ……。
 いつか誰かに空を飛んで俺たちを運ぶ技を覚えさせてムギと一緒に来よう。
 えっと、確か今のメンバーの中では空を飛ぶを覚えられるのはセグだけだったかな……。

 温泉から上がった後持ってきていた携帯食を分け合い、管理人さんにお礼を言って早めに寝る準備をする。
 ムギの代わりの枕役はゼキに頼む事にした。
 シマナも「私がやってもいいですよ?」と言ってくれたけど、マクノシタのゼキのお腹の方が感触が近い。
 温泉と食事と睡眠で存分にリフレッシュして、明日こそ下山しフエンジムに挑戦だ。

 ☆

 ふと、目が覚めた。
 まだ暗い。ずいぶん早起きしたなと思って時計を見たら、就寝した時間から1時間と眠っていなかった。
 再度横になって眠ろうとしたが、だめだ。眠れない。
「まいったな。ムギ、ちょっと胞子を頼めないか……あ」
 ……そうだった。ムギはいないんだ。
 やはり枕が替わると眠れないらしい。
 ゼキのいびきがこんなに大きいとは知らなかった。そりゃいつもはムギに熟睡させてもらっていたんだから知るはずもないか。
 誰かを起こして相手をしてもらうかと思ったが、夜行性のグラエナであるシマナすら山旅と湯疲れでよく眠っている。起こすのも可哀想だ。
 ムギがいてくれたらなぁ……。
 目を閉じて心を落ち着けてみても、ムギへの想いばかりが溢れて来て止まらない。

 俺がウツギ博士から貰った初めてのポケモンだったチコリータのリョウと、ウバメの森でゲットしたパラスのシネンシス。
 初めの頃は仲が悪くて顔を見る度にケンカをしていた2匹だったのに、それぞれに進化をした頃から急に親密になりだした。
 多分だけど、シネンシスがパラセクトになって茸の……つまり植物の部分が大きくなった事も関係していたんだろう。
 で、ある日突然、
「先生、出来ました。僕たちの愛の結晶です」
 そう言いながら寄り添って真っ赤に頬を染めた2匹が僕に差し出したタマゴ。
 やがてその殻を割って小さなパラスが産まれてきて。
 背中の茸の感触がムギュムギュと気持ちよかったから『ムギ』と名付けた。
 初めはおどおどと気弱な性格だったのに、パラセクトになってからは母親同様落ち着いたしっかり者になっていった。
 強い技をどんどん覚えて、バトルでも頼れる存在になって。
 俺がつらかったり悲しかったりした時や今のように眠れない時はいつも胞子や香りで助けてくれて。
 だからホウエンにも一緒に連れて来た。ムロやキンセツのジムでも大活躍してくれた。
 何時でも一緒にいた、そのムギが……今は側にいない。
 ムギ。
 ムギ。
 俺のいない夜を、あいつはどんな思いで過ごしているんだろう?
 会いたいよ。
 せめて顔が見られたら……
 ・・・・・・!
 そうだ、忘れてた! 『育て屋チェッカー』!!
 ポケッチを使えば今すぐにでもあいつの顔が見られたんだ。
 俺は跳ね起きて荷物の中からポケッチを探り出し、液晶のバックライトを灯らせた。
 こんな時間だ。ムギたちも眠ってしまっているだろうけれど、寝顔に「お休み」を言うだけできっと心が落ち着くだろう。
 アプリケーションメニューから『育て屋チェッカー』を選択し、起動させる。
 通信中を示すアクセスランプが点滅し、待つ事数分。
 やがてポケッチの画面に、見慣れたパラセクトとハッサムの姿が現れた。

 ☆

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 ……バックライトのスイッチを切った暗闇の中、俺はしばらくの間放心状態のままで座り込んでいた。

 とんでもないモノを見てしまった。
 いやはや。
 物凄いモノを、見てしまった――――
 あいつら、あんな事をしてたんだ。あんなふうにするんだ。へぇ……
 ふと考えてみる。リョウとシネンシスがムギを作った時はどんなふうにしていたんだろう。
 故郷に帰って2匹に聞いたら教えてくれるだろうか……?
 ……無理だろうな。絶対恥ずかしがってごまかそうとするだろう。人間がああいうところを目撃できる事は滅多に無いらしいし。
 してみると俺はずいぶん貴重な体験をしたわけだ。
 つくづく、今夜は幸運な夜だった。

 今後はこれまでのようにムギに甘えてはいられなくなるだろう。2匹が結ばれた事を知ってなおムギを独り占めにしようと思う程俺も野暮じゃない。
 紅刃にムギを取られてしまったという感情が無いといえば嘘になるが、それより俺のムギの全てを受け入れてくれた彼女への感謝の想いの方が強い。
 あの日俺の手の中で産声をあげた小さなパラスが、次の世代へと命をつなげる程に大人になった。それをこの目で確認できた事が、素直に嬉しかった。
 これはもう、絶対にバッジをゲットして帰らなければいけない。トレーナーとして土産で負けてしまう訳にはいかない。
 ゲットと言えば、この近くにマグマッグが出る洞窟があったはずだ。
 フエンからの帰りに寄り道してでもゲットしておこう。タマゴ孵化のための温度調整に役立つと聞く。ムギの時は大変だったからな……。
 
 ポケッチを外して荷物入れにしまい、ゼキの腹を枕に横になる。
 瞼をを閉じながら、俺はムギの仔供の事を考えていた。
 ハッサムである紅刃が母親なら、産まれてくるのはストライクだよな。
 ムギの技は茸の胞子、アロマセラピー、恩返し、光の壁だ。
 前二つは無理だけど、恩返しと光の壁はストライクに遺伝されてくるはず。
 しっかり可愛がって恩返ししてもらおう。
 光の壁はリョウからの遺伝だから、父仔三代の技になるわけだ。何だか凄いな。
 ストライク特有の猛スピードを駆使して壁を張らせる。更に攻撃力を上げるために剣の舞を覚えさせたら……強いかな? うん、いけるかも……

 ☆

 愛しいムギと紅刃の仔供が、スタジアムを華麗に舞う姿を夢に見ながら。
 俺はいつしか、ゼキの腹の上で眠りこんでいった。


※あとがき山道版 

 さて貴方は『育て屋チェッカー』の様子はどこまで見てからアプリを終了させただもか?
 キスしているのを見たところまでだもか?
 それとも紅刃ちゃんがいっちゃうところまでみただもか?
 智貴くんの「お休み」は聞いただもか?
 あるいは何も見ないで真っ直ぐここに来ただもか?
 どこまで覗くかでエロさが変わる。それが本作のコンセプトだなも。
 覗かず見ればほとんど健全な非エロ小説。全部覗けば……ムフフ、なのね。
 ボクが以前書いた「くろいまなざし」は「覗きをしているカクレオンを読者が覗く」という内容だったもが、同じ覗きでも今回の「デコボコ山道の眠れぬ一夜」は「トレーナーの視点から育て屋の中を覗く」という、ダイパをプレイしたケモナーなら誰もが妄想する願望を具現化した小説なんだなも。 
 最初にこれを考えた時には、どういう風に仔作りするのか想像もつかない様なカップリングにしてどんな「物凄いモノを見てしまった」のかは永遠の謎、と言うトンデモ内容にする予定だったなもが、さすがにそれは酷いと思ったので真面目に考えたのね。で、パラセクトとハッサムのネタを思いついたんだなも。
 それで場所は「育て屋が近くにある町の次が炎のジムでハッサムが使えず、その次がノーマルジムなのでハッサムを育てておきたい」と言う育て屋行きの理由付けが見事に揃っているホウエンで即決したんだなもが、ボクはゲームをやった事が無かったので辻褄を合わせたり情景とかを調べたりするのには結構苦労したのね。
 一応ゲームと違うところは概ね説明付けしたつもりなんだなもが、多少の見落としは大目に見て欲しいんだなも。
 ナックラーをメンバーに入れてたのも実はそういう失敗だったもよ。111番道路に出てくると聞いて入れていたんだなもが、後になって「フエン攻略後でないと入れない砂漠にいる」と聞いて慌てて交換でゲットした事にしたんだなも。
 設定が決まってからは割りと書きやすかったのね。モブキャラのつもりだったシマナたちがよく動いてくれたんで助かったんだなも。
 なかなか書いていて楽しい連中だったので、ひょっとしたらまたどこかで出番があるかもしれないのね。(と、定型文を言ってみるんだなも←おいおい)

 皆様の投票に感謝するんだなも。本当にありがとうございましたなも!





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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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