ポケモン小説wiki
多岐にわたる現実

/多岐にわたる現実

多岐にわたる現実 


ちょっと久々に実験作。
設定は現実と悪夢の出会いをベースに・・・ってわからないか。

青浪


さくっとキャラ紹介

リョウ・・・人間。

ユーリ・・・エーフィ。♀

ソラ・・・グラエナ。♂。チビ犬。

クレア・・・サンダース。♀

タオ・・・ヘルガー。♂

クロノ・・・ブラッキー。♂。アオとの間にコロナ、ナオ、クリスの3匹のイーブイの子供がいる。
アオ・・・シャワーズ。♀。クロノとはラブラブ・・・のはず。
コロナ・・・イーブイ。♂
ナオ・・・イーブイ。♀
クリス・・・イーブイ。♀




朝の弱い日差しがゆっくりとした時間を作り出す。

あくびをするエーフィ。・・・その表情にはどこか幸せなものが感じられる。
「ユーリ?くーちゃんどこ行ったの?」
リョウが不安げな表情を浮かべて、床に薄紫の肢体を横たえているエーフィのユーリに聞く。
「こ・こ。」
楽しそうなユーリは身体をころころころがして、お腹に隠れていたものを見えるようにした。するとグレーと黒の毛並みを持つ小さなグラエナがくぅくぅと眠っているのがリョウの目に入った。
「寝顔をずっと見てたの。」
「ほんとに・・・くーちゃんはよく寝るね。」
やや呆れた表情を浮かべてリョウは言う。くーちゃん、とは、この幼く、丸っこいグラエナのことである。つけた名前はソラだけれど、みんなくーちゃんと呼ぶ。
ソラの体長はお世辞にも普通と言えるものではない。まだ幼いまま進化したせいもあってか、いまだにガーディより小さく、猫にも、子犬にも、見えないことはない。
「だってまだまだ子供なんでしょ?私もそうだけどね。」
「いやまぁ・・・そうなんだけど・・・今日はポケモンセンター連れて行こうかなって。」
起きるかな?と床に寝そべっているソラを抱えるリョウ。ソラは唸りはするけれど、なかなか起きない。諦めてリョウは起こさないように、と温かいソラの毛並みを優しく抱く。
「ぅぅん・・・」
リョウはソラを抱えたままユーリの部屋を出ると、リビングへ降りて行った。そのあとをゆっくりと追うユーリ。

リビングに着くと、まだ寝てるソラをテーブルの下に置いて、椅子に座るリョウ。
「でさ・・・学校の生態学の先生に聞いたんだけど、進化が早すぎると、やっぱり身体にかかる負荷もそれなりになるみたいだって。」
「へぇ・・・」
リビングでテーブルの上に乗っかっているユーリは、目の前で頬づえをついているリョウの話に頷く。
「でもくーちゃんには申し訳ないけど・・・なぁ・・・こんな生活させて・・・まぁ、もう卒業間近だし・・・卒業したら研修で・・・勤務だからな。」
「くーちゃんはコロナとかナオちゃんとかクリスにも大人気だもんね。歳が近いせいか。私がくーちゃんの傍にいないときは、だいたいコロナ達と遊んでるし。」
ちらっとユーリがテーブルの下を覗いて、ソラの様子をうかがう。ソラは黒とグレーの毛並みの身体を横たえ、呼吸に合わせて、ゆっくり動いている。
「くぅくぅ・・・」
すやすやと寝息をたてて気持ちよさそうに眠っているソラ。
「夢・・・覗いちゃおうかな?」
「やめときなって。」
リョウがユーリに言うけれど、ユーリは止める気はないようだ。テーブルの下に潜るユーリ。
「いいじゃん・・・憶えてないって・・・」
ユーリはそう言うとソラの額に手を当てて、目を閉じた。
「うーん・・・なんも見えない・・・」
ぱっと目を開けてユーリはソラから手を離す。
「ノンレム睡眠だね。深く眠ってるんだよ。」
「なにそれ・・・」
ユーリにはリョウの言ってることの意味がさっぱりだ。そしてまたテーブルに上った。
「眠ってる時はね、夢を見るときと、見ないときがあるってこと。」
「ふーん・・・」
なんだかよくわからないけれど、とりあえず頷くユーリ。
「ん?」
眠っているソラの尻尾でも当たったのだろうか、不意にリョウの足にくすぐったい感触・・・毛並みのもふもふが当たる。
「んっ・・・ん~・・・ふぁ・・・ここどこぉ?」
テーブルの下からソラの声がしたので、リョウもユーリもテーブルの下を覗く。
「りょう・・・ゆーりさん・・・」
「おはようくーちゃん。」
リョウとユーリに囲まれて、目を覚ましたばかりのソラはなにが起きているか理解できてないみたいで、ちょっときょとん、としている。
「ぉはよ・・・」
眠そうに前肢で目のあたりを擦るソラ。澄んだ赤い瞳はまだ虚ろだ。
「起きなよ。」
「ぅん・・・」
ユーリがソラに起きるように催促する。ソラもゆっくりと身体を起こした。不意に2階の方からどたどたと元気な足音が聞こえてきた。

「くーちゃん!おはよー!」
ソラを見つけたらしいイーブイが3匹。コロナ、ナオ、クリスだ。中でもとりわけ元気な♂のコロナ。すぐにソラのいるテーブル下へ滑り込んでくる。
「きょうもおひさまがおちるまでかけっこしようよ~!」
クリスもソラを引っ張って遊ぼうと、急かす。ソラはうん、と答えてイーブイの輪に加わる。
「ちょっと待った。」
コロナとクリスの前に立ちはだかるリョウ。
「なに・・・ごしゅじん?」
ぐいっ・・・
リョウはソラの首根っこを掴んで引き留めた。コロナが少し嫌そうな顔をしてリョウを見つめている。
「くーちゃんはポケモンセンターに行かないといけないから。」
「くーちゃんびょうきなの?」
心配そうなナオが、リョウに尋ねる。
「違うの。いろいろとお話しないといけないことあるから。タオとかと遊んでて。」
「う~っ・・・わかったよぉ・・・」
不満げなクリスとコロナ。そんなにソラの方がいいのか、とリョウは苦笑しつつ、ソラを抱き上げる。どたどたとイーブイ3匹はどうやら父親であるクロノのところへ向かったみたいだ。
「くーちゃん。」
「なぁに?」
ニコニコ笑顔のソラ。相変わらず可愛いなぁ、とリョウは思いつつソラを抱えたまま甘えるようにソファーに座りこむ。温かく、いい匂いのするソラ・・・そしてリョウは優しげに語りかける。
「今日ね・・・ポケモンセンター行こうね。」
「うん。」
愛らしく耳もたらり、と垂らしてソラはコクリ、と頷く。これではリョウがソラに甘えているのか、ソラがリョウに甘えているのか、さっぱりわからない。
予想に反して、ポケモンセンターに行くことを特にソラが嫌がりもしなかったので、リョウはあれ?と首をかしげつつソラに温めたミルクを与える。ミルクを見たソラはつぶらな瞳を細めて、本当にうれしそうだ。
ポケモンセンターで検診するときは、リョウは飲み物しか与えない。何かが見つかって何の検査が必要になるか、わからないからだ。ぴちゃぴちゃと嬉しそうにミルクを舐めるソラ。
「くーちゃん?」
「なに?」
ソラが顔を上げると、鼻先から下あごの先っちょまで、ミルクで真っ白になっていた。その様子はとてもポチエナやグラエナという種族のイメージからは想像がつかないものだ。
「なんでもない・・・ふふっ・・・」
「なにそれ。」
ホントに子犬か猫みたいだな、とクスクス笑うリョウにソラはちょっとむすっとしたけれど、またすぐにミルクを飲み始めた。

リョウはミルクを飲むソラを見ていて、その1日ごとに見せる変化に、ユーリの手腕は確かだな、と感じていた。最近では話す言葉も、理解できる語彙も増えて、リョウも驚くこともある。
ソラは年齢とその幼さをカバーするために必死にユーリと勉強している、クレアからそう聞いた時、ちょっとかわいそうかな、とも思ったけれど、ソラと意志の疎通が出来ることに、リョウは何よりの幸せを感じていた。
ポケモンセンターに行くのは、リョウがソラにかかる負担を思ってのことだ。まだ進化して・・・ソラがリョウのパートナーになって1カ月。
年齢不相応に進化してしまったソラは毎日がかなり疲れるようで、よく眠っている。それを見ているとリョウは不安になるのだ。

ソラと出会った一件ののち、林に人間が分け入って生態調査が行われるようになった。ソラの事件もあったが、それだけのせいではない。グラエナによる被害が大きくなっていたからだ。
今ではリョウの家の近くにも、学者や猟師が来ては、手持ちのポケモンと一緒に周囲を警戒している。

「ごちそさま・・・」
気付けばソラの目の前にある器は綺麗に空になっていた。リョウはソラの頭を撫でると、真っ白なタオルでミルクだらけになったソラの口の周囲を丁寧に拭く。
「んゅ・・・ゃ・・・」
慣れない感覚みたいで、時折声にならない声をだすソラだったけれど、リョウが優しく、かつ素早く拭きとったこともあってか、拭き終わっても上機嫌だ。
リョウはまだ起きてこないタオとクレアのために、ご飯をお皿に盛って置いておく。そしてそれを終えるとタオルを収納しているケースから綺麗な白のスカーフを取り出した。
「くーちゃんっ。」
「りょう?・・・どしたの?」
怒らないように、と祈りつつリョウはソラに近づいて白のスカーフを首に巻いた。
「ひゃぁっ・・・りょぉ・・・なにするのっ?」
驚いて・・・しかもなおかつ不機嫌になったソラ。
「ごめんごめん・・・くーちゃんとお出かけするんだから、おめかししないとって。」
必死に理解を得ようと説得するリョウに、ソラは少し首をかしげる。そしてがくっとうつむいた。
「りょう・・・ごめん・・・りょうのきもち・・・わかんなくて・・・ごめんなさい・・・」
「あ、いや、そんなつもりじゃなくて!」
途中から涙声になったソラ。あわわ・・・とソラをまた抱きかかえて必死に泣くなよぉ、とあわててあやすリョウ。リョウがソラの顔を覗くと、ソラの赤い瞳はうるうると潤んで、今にも涙があふれそうだった。
ゆさゆさと軽く揺らして、子供をあやすようにリョウはソラに呼びかけたり、時にはぎゅっと抱いてソラの黒とグレーの毛並みを抱きこんだりしているうちに、どうにか落ち着いてきたみたいだ。
「泣かないでって。」
「うん・・・ところでさ。」
まだ少し涙で光がゆらゆらと揺れている瞳を向けるソラは口元を綻ばせてリョウを見ていた。
「なに?」
「おめかしって・・・なに?」
「・・・あああ・・・ああ。それはね・・・」
とりあえずソラの望むとおり、おめかし、の意味をリョウはソラに伝える。ふんふんとソラが感心するとリョウはソラを床にゆっくりと降ろす。そのままソラはお座りの姿勢を取る。
「ありがとっ・・・」
嬉しそうに笑って、そしてちょっぴり照れくさそうなソラ。そんなソラを見ているうちにリョウまで口元がほころんでいた。

「ご主人?」
ユーリの声に、リョウが振り返る。
「どした?ユーリ?」
うつむいてなんだか少し恥ずかしそうなユーリ。リョウは何があったのか、不思議でならない。
「あのさ・・・一緒に連れてってくれない?くーちゃんと。」
「え?ああ。いいよ。行こう。」
そんなことを恥ずかしがるのか、というリョウの戸惑い。けれどユーリは思いを受け入れてもらってとっても嬉しいみたいだ。
「く~ちゃ~ん~。」
「ゆーりさん・・・どぉしたんですか?」
甘えるような声をだすユーリに、ソラは不思議そうな表情を浮かべてユーリに近づく。そんなソラを見るなり飛びかかるユーリ。
ぎゅぅ・・・どさっ・・・
「きゃうん!」
ユーリはソラをギュッと抱きしめてそのまま床に倒れこんだ。ユーリのお腹の上であおむけにひっくり返されたソラは必死に四肢をばたばた動かすけれど、ユーリには効果が無いようだ。
「ゆ、ゆーりさっ・・・やめぇくだぁぃ・・・」
「だめだめ~。」
いくら必死にもがいても、ユーリは自分の顔をソラの後頭部に擦りつけるだけ。次第にソラは疲れて、息を荒くしている。リョウは、このまま見ていようかな、と思ったけれどソラが可哀想なので、ひとまず止めることにした。
「ユーリ、やめろって。」
無理やりリョウはソラをユーリから引っぺがして抱き上げる。疲れたみたいでソラの黒とグレーの毛並み、身体はふるふると震えていた。ちょっと不満げなユーリがリョウを睨む。
「邪魔しないでよねぇ?」
「くーちゃんがしんどそうにしてるじゃんか。」
リョウに抱かれ、はぁはぁと息の荒いソラを見たユーリも少し罪悪感を感じたみたいで、ごめん・・・と声にならない声で謝った。
「さてと・・・くーちゃん?外行こうか。」
「うん。」
笑顔でうなずくソラ。ユーリもソラの笑顔を見て一安心した。
「ユーリもスカーフつける?」
「うん。じゃあ、赤の・・・お願い。」
あいあい、と適当に返事をしたリョウは、ソラを抱えたままさっき白のスカーフを取り出したところから、赤いスカーフを取り出す。
「じゃあ、ユーリ、こっちに来なさい。」
リョウはソラを降ろすと、やってきたユーリに、赤いスカーフを巻き付けた。
「さ、行こっか。」
「うん。くーちゃん、行こう!」
「ぅん・・・」
はしゃぐユーリと、やっぱりどこか照れくさそうなソラ。ユーリの先導でソラは玄関へ向かう。逆であっても面白そうだな、とかどうでもいいことを思いつつ、リョウも準備を整えて外へ出た。

ギィィ・・・ガチャ。カチャカチャ。リョウは外に出て戸締りを確認すると、足元でおとなしくお座りをしているユーリとソラを抱きかかえて林道を歩きはじめた。


道が2つ
リョウの家
ポケモンセンター


リョウの家 


リョウがドアを閉めた・・・直後。アオとクロノの部屋。
「ぐぇっ・・・」
ブラッキーのクロノは倒れた。黒と黄色の肢体を無残に晒す。ブラウンとクリームの毛並みを持つイーブイのコロナとクリスがその上に乗っかって遊んでいる。
「おとうさんよわーい。」
「僕は弱くないわ!」
父親としての威厳をフルに・・・使おうと使わまいと、この局面を乗り切ることはどっちにしろ出来ない。後ろ脚にはコロナが乗っかって尻尾を引っ張っているし、クリスは耳を引っ張っている。
もう一匹のイーブイのナオは、母親であるアオと一緒にクレアを起こしに行った。
「アオ・・・助けて・・・」
クロノは必死に助けを呼ぶけれど、声が弱々しくて届きそうにもない。
「おとうさんってよわいね~。」
「ほんきだしてよ~。」
自分の子供にこんなこと言われて黙っていられないクロノは力を振り絞る。
「あくのはどウッ!!」
技を使おうとした瞬間、ちょうどお腹の弱いところの裏、背中の上でコロナが跳びはねたので、嗚咽感を催してクロノは技を使えなくなってしまう。
「おとうさんよわ~い。」
「・・・よわくなぃ・・・」
クロノは倒れた!コロナとクリスは様子を窺うようにちょんちょん、とクロノを突っつく。
「ただのしかばねのようだ。」
コロナが言う。クリスは相変わらずキャッキャとはしゃぐ。
「おと~さんよわ~い。」
「くーちゃんとあそぶほうがたのしいなぁ。」
自分の子供に一緒に遊んでて楽しくない、と言われて、悔しいクロノだったけれど、ソラがいつもどんなふうに遊んでいるのか、そっちの方が気になった。

「おとーさん!」
「クロノ・・・」
クレアの部屋から戻ってきたアオとナオはあわてて倒れているクロノに駆け寄る。息も絶え絶えなクロノ。
「アオ・・・うちの仔は・・・おてんばだよ・・・」
「もういないって。」
アオの言葉の通り、クロノが身体を引きずって辺りを見ても、コロナもクリスもいない。
「タオのところにでも行ったのかな・・・」
ちょっと心配なクロノ。タオはなんだか気難しそうだから、コロナたちが遊んでもらえるかどうか・・・わからない。
「ナオちゃん?」
「なぁに?おかぁさん。」
アオは笑顔のナオにコロナとクリスを探すように言う。笑顔のまま、ナオも頷いてアオの部屋から出ていった。
「はぁ・・・」
「とりあえずお疲れ。」
ぽんぽん、とクロノの身体を叩くアオ。クロノは痛い身体を起こして、ため息をつく。
「なぁ・・・」
ちょっと深刻そうな口調で、クロノは言ってみる。
「なに?」
「ご無沙汰・・・だよな・・・」
は?とアオは首をかしげる。
「最近さ・・・」
「・・・ああ。」
むぎゅっ・・・
「いてて・・・」
なんだそんなことか、と気付いたアオはクロノの頬をつねる。
「そんなに満ち足りて無かったんだ。それにまだ昼でしょ?ほんとにもう・・・変態なんだから・・・最低・・・」
罵倒する割に、アオの顔は少し赤い。クロノもそれを見透かしていたように頬をつねるアオの手を払いのけて、素早くアオの身体に前肢を回すとぐいっとアオを手繰り寄せる。
「ちょっ・・・子供が見てたらどうすんの?」
「大丈夫だって。ひぎゃぁっ!」
もういい加減にして、とアオはクロノの腹に必殺のパンチを食らわす。クロノは今度こそ意識が遠のくのを感じていた。
「うぅ・・・」
「ちょっとは反省しなさい。」
「はひ。」
流石にクロノも諦めてがくっとうつむいている。
「言ったでしょ?まだ昼だって。」
「それって・・・」
淡い期待を抱いて、クロノは瞳を輝かせる。単純なんだから・・・とアオもあきれ顔だ。

「くれあさん!あそぼーよー。」
コロナとクリスが瞳を輝かせてサンダースのクレアに迫る。
「あれ?くーちゃんは?」
「いない。」
ソラがいないのか・・・ソラになにかあったのかなぁ、とちょっと不安になるクレア。
「ああ、ポケモンセンターに連れていくって言ってたね。で、何して遊ぶの?」
クレアはソラがいつもどんなふうにコロナたちと遊んでいるのか、気になっていた。それを知るいい機会だと思って、コロナの願いを快諾する。
「えっとねー!おいかけっこにかくれんぼでしょ?それからぼーるあそび!!」
「え・・・」
いつもこんなに遊んでるのか、と驚くクレアだったけれど、いちど引き受けてしまった以上、もう断ることはできない。
「ひょっとしてくーちゃんって・・・結構強いのかな・・・」
いつも謙虚にソラはクレアに接する。その姿はシャイな子供そのもので、クレアにはコロナたちと同じくらいの体力かな?と勝手ながら思っていた。まさか、と思いつつもとりあえずコロナとクリスと遊ぶことにする。
「あれ~?なおもいっつもみたいにあそぼうよぉ!」
「きょうはいいよぉ。くーちゃんいないもん。」
残念そうな表情を浮かべるコロナ。
「くれあさん、きょうはくりすとおれとあそぶの。」
「あ・・・そう。」
「じゃあいくよ!」
元気に構えるコロナとクリス。嬉しそうに尻尾を振っている。
「あ!待って!」
「なぁに?」
遊ぶ気に満ちあふれているコロナは、クレアが止めて、少し不機嫌になった。
「ルールを教えてよ。」
「えっと・・・さいしょはおれがおにで、さわられるごとにおにがかわるの。」
どうやら追いかけっこというのは、鬼ごっこのようだ。
「へぇ・・・ありがと。」
「じゃいくよ!」
再び元気良く構えるコロナとクリス。クレアは戸惑いつつ同じように姿勢を低くした。
「よーい、すたーと!」
ばっ・・・号令とともに2つのブラウンとクリームの肢体の片方・・・コロナは勢いよくクレアに飛びかかった。とっさの動きに驚くクレアはその場から動けない。
「やばっ・・・」
クレアはもういいや、と身体のとげを硬く尖らせ、電気を放つ準備をする。
「じゅうまんぼると!」
びりびり・・・
「うきゃぁぁぁぁぁ!!!」
稲妻がクレアの身体から放たれ、コロナの身体に直撃した。あっという間に黒焦げになったコロナ。綺麗だったブラウンとクリームの毛並みも、すっかり乱れて粗末なものに変わっている。
「ひっ・・・ひどいよぉ・・・くーちゃんならこんぁことしないのにぃ・・・」
コロナはぼろぼろと涙を流し始める。クレアも申し訳ないな、と傍によって震えているコロナの身体をさする。クリスもナオも心配そうにコロナに駆け寄る。
「コロナ!コロナっ!」
アオがあわてて部屋から飛びだしてコロナに呼びかけた。背筋が寒くなるクレア。
「ごめん!ほんとごめん!」
クレアは何度もアオに謝る。けれどアオは少し笑顔だ。
「大丈夫だって。あれだけ手のかかる仔なんだから、少しくらいおとなしい方がいいの。ナオちゃんだったら心配するけどね。」
「・・・」
しっかりと母親になっているアオに、クレアは驚きを隠せない。リョウとアオたちと暮らし始めたついつい2年ほど前までは、クレアと変わらないくらい見た目も性格も幼く、喧嘩もよくした。
けれど、今のアオは親そのものだ。それに気付いて、クレアは不安になる。
「はぁ・・・ごめんねコロナ・・・」
そう言うと、意気消沈して黄色と白のとげとげがすっかり萎えてしまったクレアはリビングのテーブルの下にこもる。
「そんなにショックだったのかな・・・クレア。」
心配そうにクレアを見守るアオ。コロナはプスプス煙を上げていたが、のんびりとクロノが水を持ってきてくれて、ちょっと元気がなくなったくらいで、特に前と変わった様子はない。
「どーしたんだ?そんな心配そうな顔して・・・」
クロノがアオに声をかける。
「うぅん・・・えっとね・・・」
アオはクロノに、クレアの元気がない、ということを伝える。
「そっか・・・クレアがねぇ・・・まま、僕にまかしとけって。」
クロノはアオの額を撫でると、クレアのいるリビングに駆けていった。クロノの様子を見て、アオも口元がほころぶ。

「はぁ・・・私って・・・まだまだ子供なのかなぁ・・・」
テーブルの下で、ため息をつくクレア。結局、ソラがいつもどんなふうに遊んでいるのか、わからずじまいのままだ。
クレアは悩んでいた。少しだけ年上のアオとクロノは夫婦になり、自分と同い年のユーリはソラの面倒をみるお姉さんになっている・・・けれど自分は・・・なにもしていない・・・
「いつまで子供のままなんだろう・・・」
ユーリが羨ましい・・・というのもある。アオとクロノも羨ましい・・・
「はぁ・・・」
だめだだめだ!と意気込んでクレアが首を振ってみても、不安な思いは消えない。
「よっ!」
「クロノ・・・」
落ち込んでいるクレアの目の前に、クロノが赤い瞳を輝かせてやってきた。そしてテーブルの下に同じように潜ってきた。
「なんで落ち込んでるんだ?」
「クロノ・・・えっとね・・・ユーリはソラのお姉ちゃんをやってるし、アオとクロノはコロナたちがいるじゃんか・・・でも、私には何もないなって・・・」
クレアはクロノに思いのたけを全て話す。クロノもふんふん、と頷きながら、クレアの話にじっと聞き入っている。
「・・・私ってまだ子供だよね。」
悲しげなクレアの呟きに、クロノは、そんなことない、と言ってふふっと笑う。
「僕もアオもまだまだ子供だよ。もちろん、ユーリもね。」
そっとクロノは諭すようにクレアに語り始める。
「でも・・・クロノは子供いるじゃん・・・」
「子供がいるいない、で決まるものじゃないって。」
反論するクレアの頬をクロノはちょん、と突いた。クレアも反論するのは止めよう、とクロノの話に聞き入ることにした。
「ユーリはソラのお姉ちゃんだって、クレアは言うよね。確かにユーリはお姉ちゃんだけど、姉弟って言う言葉がぴったりなんだよね。くーちゃんとユーリには。」
「へ?」
首をかしげるユーリ。
「ソラはユーリにいろいろ教えてもらってるけど、その逆もある。ユーリがソラに教えられてることもあるんだって。ユーリもそう言ってたよ。」
「ふ~ん・・・」
ユーリがねぇ・・・と少し驚くクレア。ユーリは昔から気難しいというか、どっちかって言うと自分の興味にだけ貪欲で、タオとの仲もそんなに良くなかった。
タオのことを無視するし、なにか突っかかればユーリもタオも年甲斐もなく大ゲンカを繰り広げ、周りを巻き込んでいた。それでタオも、ユーリも怪我をしたことがある。
けれど、クロノとアオが育て屋さんに行ってしまった時、ユーリはクレアにもタオにも心を開いて、愉しく過ごしていた。楽しそうなのは、今も全く変わらない。
そんな時、ソラがやってきた。ユーリはソラの過去を覗いた時、初めてクレア達の前で涙を流した。そしてソラにいつもくっついて様子を見守っている。ユーリは子煩悩なんだな、とクレアも思った。
「あいつ・・・ユーリはくーちゃんが来てから、僕たちと分け隔てなく接するようになれたし、やっぱりユーリもまだまだ学ぶことがあるんだって。」
クロノはクレアの頭を撫でる。クレアも迷いが吹っ切れたらしく、瞳を細めて嬉しそうにしている。
「ありがとう・・・クロノ。」
「どういたしまして。ところで・・・」
ところで・・・と話を続けるクロノ。なんだろう?とクレアは気になる。
「タオのこと、好きじゃないのか?」
「はぁ!?」
何のことかと思ったら・・・とあきれるクレア。
「いや・・・タオがモテないモテないって結構気にしてるから。」
「お断りします。」
これだけは本心だ。タオなんて・・・とちょっとむっとするクレア。クロノは、そっか、とだけ言い残してテーブルの下から出ていった。
「はぁ・・・がんばるか。」
クレアもテーブルの下から抜け出ると、階段を上がっていく。実はこの家には隠し部屋がある。それを知っていたのは、リョウ、ユーリ、クレア、クロノ、アオだけ。
最初にリョウが大はしゃぎで見つけて、それ以来屋根に通じる屋根裏部屋として、気分転換にたまに使っている。最近はソラとコロナが遊びに使っているようだ。
クレアはみんなの部屋の前を通り過ぎて誰も使っていない部屋のドアを開ける。ドアノブがあってもなくても、サンダースほどの大きさのあるポケモンなら、少し力をかければ開く。この家のドアはみんなそうなっている。
ギィ・・・
「ここだここ。」
クレアの目の前に、少し埃っぽい階段がある。ぎし・・・ぎし・・・クレアは壊れないか、と音を確かめながらゆっくりとそれを登る。
「わぁ・・・」
屋根裏部屋に着いたクレア・・・その目の前には、天窓から光が差し込む優しい情景が広がっていた。リョウはこの部屋に荷物をほとんど置いていない。非常用の食糧だけだ。
だから綺麗と言えば綺麗なのだ・・・それにたまにみんなで掃除をするし。頑丈な板張りの床に、太い柱・・・壁も綺麗に塗装がされ、カビすらない。
「今日は独り占めできるなぁ。」
クレアはそう呟くと、歩みを部屋の奥へと進め、さらに奥にある梯子を上っていく。さすがに屋根が近づくと、天井が傾斜してくる。
「よいしょっと・・・」
ギギギ・・・
梯子の頂上に着いたクレア、そのまま屋根を前肢に力を入れて思いっきり開く。さすがに鈍い音を立てながらゆっくりとしか開いてくれない、けれどそうでなければ家の強度が心配になる。
ガチャ・・・バタン・・・
「よっし・・・」
クレアは屋根に出られる扉を開くと、そのまま屋根に飛び出した。さわやかな風が、クレアの身体を打つ。気持ち良くて、黄色と白のアクセントのある身体をぐっと伸ばし、クレアもついつい伸びをする。
「ん~っ・・・うはぁ・・・綺麗だなぁ・・・ここ・・・」
屋根から見える景色は、薄い雲の広がる青空、奥深い緑の林、それにリョウが行っているポケモンセンター。彼方にエンジュシティが見える。
「うふふ・・・」
さすがに自然の中。絶景とまでは行かないが、かなり壮大な景色が望める。その景色にうっとりするクレア。
「はぁ・・・ここに独りで来るのも久しぶりだしねぇ・・・」
まぶしい太陽を背に、クレアは遥かかなたを見つめる。エンジュの街並み・・・クレアがあこがれる都会。といっても今の生活の方がいいんだけれど。
「きもひいいなぁ・・・」
伏せたクレアは身体の動きが鈍り・・・意識がなくなるのを感じていた・・・

「ふぁぁ・・・クレアどこいったんだろ・・・」
乱れた毛並みのまま、眠るコロナを横目に、寝転がるクロノは大あくびをして、前肢で眠い目を擦る。アオもクリスとナオを寝かしつけると、ひと段落して微笑んでいる。
「タオも起きてこないよね。」
「だよなぁ・・・」
もう昼前だというのに、一向にタオが起きてくるような気配はない。
「心配ではないけど・・・どうせ寝だめでもしてんだろ。」
クロノはあきれ顔で言う。アオもクスッと笑って頷く。アオと話しているうちに、クロノの眠気が少しずつ取れていく。ふと昼ごはんの時間だ、というのに気付いたクロノ。
「そう言えば・・・昼ごはん・・・持ってくるから。」
身体を起こしたクロノはそう言って部屋から出ていった。
「あっ・・・ありがとー。」
アオは聞こえるかどうかわからないけれど、クロノに礼を言ってみた。案の定、反応はなにもない。代わりに聞こえてきたのは、とことこと階段を下りるクロノの足音。
「ふふ・・・可愛い寝顔・・・」
そっとアオは前肢でナオの頬にそっと触れる。この3兄妹のなかで、一番おとなしいナオは、アオの手を焼かせない、と言う意味で安心であったけれど、クロノは大いに心配している。
クリスとコロナは一緒に悪戯をしたり、ソラに遊んでもらったり、子供っぽい子供で、そっちのほうがおとなしいナオに比べて、クロノには安心のようだ。
「ナオちゃんは遠慮してるのかなぁ~・・・コロナが強烈過ぎて・・・」
遠慮している、そう考えると、アオも少し不安になる。自己主張が出来ない、というのも困りものだからだ。
「もうちょっと遊んでほしいのになぁ・・・」
はぁ、とため息をついて考え込むアオ。
ギィ・・・
「ご飯持って来たぞ。」
クロノが嬉しそうにご飯を差し出す。ご飯は2つの器に、コロナたち子供用と、クロノたち用に分けられている。背中に器用に2つの器を載せたクロノは屈むと、アオに手伝ってもらい、器を降ろした。
「いただきます。」
「いただきます。」
食事の挨拶もそこそこに、クロノもアオもご飯を食べ始める。
「もしゃもしゃ・・・アオ・・・どうしたんだ?・・・」
「えっ?何か変かなぁ・・・」
クロノにはアオが悩んでいたことが見抜かれたようだ。何も考えてないふりをアオがしてみても、クロノは何かあるな、と諦めてくれない。
「変だって。」
「うーん・・・あのね・・・ナオちゃんのことなんだけどさ・・・」
「やっぱりそれか。」
悩みを打ち明けるアオに、クロノはやっぱり、と最初からわかっていたふうな口をきく。
「ナオちゃんって、やっぱり遠慮してるのかな・・・遠慮しない環境って・・・なんなのかなぁって。」
「うーん・・・」
クロノも頭を抱えて考えている。その間にアオはご飯を食べて、器を綺麗にした。
「あっ・・・何食べてんだよぉ・・・考えてるのに・・・」
「いいじゃん。先手必勝。」
せっかく考えてたのに!と怒ったけれど、後の祭り。がくっと肩を落とすクロノ。けれど何かひらめいた。
「そういえばさ・・・」
ふと思いだして顔を上げるクロノ。
「なになに?」
アオも興味ありげにクロノの顔を覗く。
「今朝なんだけど、・・・ナオちゃんがさ、こんなこと言ってたんだよね。」
「なによぉ?じらすのはよくないよぉ?」
ごめんごめん、とアオに謝った後で、クロノは言う。
「”くーちゃんがいないから遊ばない”って。」
「へ?」
クロノの言葉の意味は分かっていたけれど、いまいち半信半疑なアオは首をひねる。
「くーちゃんとナオちゃんって、仲いいのかなぁ?いっつも遊んでるところ見るけど、くーちゃんはみんな分け隔てなく接してて特別ナオちゃんとだけ遊んでるのは見ないなぁ・・・」
「さぁ・・・僕もくーちゃんとナオちゃんだけのツーショットは見ないけどね・・・」
ふふっと愉快そうに笑うクロノ。戸惑いも消えて、アオもどこか嬉しそうだ。
「ま、くーちゃんに任せようか。」
「そうだね・・・親は口をはさむべきじゃないね。」
ナオもなんだかんだで楽しいんじゃないのかな、とアオもクロノも笑顔で頷いた。そして愛する3匹のすぅすぅと寝息を立てるイーブイに、再び目を移す。

パァァンッ・・・
突然響く音に、びくっと、屋根の上で意識を失っていたクレアは身体が震える。
「ふぁぁぁ・・・・何の音だろう・・・」
警戒して、身体を伏せたままじっと周りを見回すクレア。けれど耳はじっと立てたままだ。
パァァン・・・
「まただ・・・」
じっと辺りを見ても、何もない・・・さっきと変わらない静かな林。
パァァン・・・
「林からだ・・・」
林をじっと見つめているうちに、その音は深緑の林から響いていることに気付いたクレア。
「何なんだろう・・・いつもこんなこと無いのになぁ・・・」
首をかしげて、それでも身の危険を感じたクレアは、せっかくの独りの時間を・・・と思ったけれど、また屋根裏部屋へ戻る。
ぐぅぅぅ~・・・
「はぁ・・・お腹すいた。」
日差しの暖かい、屋根裏部屋を空腹に負けて後にするクレア。
「ふぁぁ・・・いま何時だろ・・・」
リビングまでやってきたクレアは、ちらっと時計を見た。そして愕然とした。
「もう1時半じゃん・・・もしかして私寝てたか・・・」
そりゃお腹もすくわけだ、とリョウが作り置きしてくれた昼ごはんをクレアは出す。
「ふぁぁ・・・」
そして伸びをする。
「ご主人・・・いただきます。」
クレアは目の前のおいしそうなご飯に、がつがつとがっつく。犬のごとく。
「うぅ・・・お腹いっぱい・・・」
食べ終えて、空になった器を台所へ戻すと、クレアはまた伏せてのんびりしている。
「ご主人たち・・・いつ帰ってくるのかなぁ・・・」
退屈なクレアは、あくびをすると、昼寝を始めた。


ポケモンセンター 

静かな街並み・・・と言ってもあるのは数軒の家、ショップ、ポケモンセンター。

ポケモンセンターにいるリョウとユーリ、ソラ。リョウは受付で検診のための書類を書いている。ユーリはソラの背中の可愛い黒の毛並みをがしっと掴んで、動きを抑えている。
「くーちゃん。」
「なぁに?」
身体の自由が無いというのに、ソラはそんなことを気に留める気配はない。それどころか耳をぺたっと寝かせて、けっこうリラックスしているようだ。ふいふいと振れるソラの尻尾のもふもふが、ユーリのお腹に当たる。
「くうちゃんってほんとにちっちゃいよね。」
「・・・おぉきくなる・・・もん・・・」
さすがに言いすぎたかな?とユーリは反省する。言葉通り、今のソラはユーリよりもかなり小さく、一緒にお座りの姿勢を取っても、ユーリの方がユーリ自身の頭一つくらい大きい。
ソラもちょっと拗ねたみたいで、そっぽを向いてそのつぶらな瞳を物憂げに下へ向けている。
「あ・・ご主人だ。」
受付を終えたリョウがゆっくりとユーリとソラのところへやって来た。
「おまたせ。ユーリ、ありがとう。」
リョウはソラが逃げるんじゃないかな、と思ってユーリに身体を抑えてもらうように頼んでいたのだ。ソラから離れたユーリはちょっと不満げな顔をしている。
「別にくーちゃんを抑えて無くても、くーちゃんは逃げたりしないって。」
「そっか・・・」
あれ?と首をかしげるリョウ、そしてソラに申し訳ないな、と思ってソラを抱き上げる。
「わぅっ・・・」
びっくりしたのか、ふいふいと振れていたソラの黒いもふもふの尻尾がだらり、と垂れた。ソラは上目遣いでじっとリョウを見つめている。
「ごめんなぁ、くーちゃん。」
「りょぅ・・・?」
リョウはソラの喉元のグレーの温かい毛並みを撫でて、ソラの背中の柔らかい毛並みに頬ずりをする。なんだろう?と不思議そうに首をかしげるソラ。
「さ、そろそろ行かないとな。」
時計をちらっと見たリョウは、ユーリを連れ、ソラを抱いたままポケモンセンターの奥へ歩いていく。そして診察室、というプレートがある部屋に入っていった。

「どうぞ。おかけになってください。」
「ありがとうございます・・・」
診察室の中で、ジョーイさんがリョウに座るように言う。ユーリはすでに診察室内にあるベッドに乗って、お座りをしている。
「えっと・・・ソラくん、元気かなぁ?」
瞳を覗きこむようにして、ジョーイさんはソラに聞いた。戸惑いを隠せずソラはあちこちをきょろきょろと見回す。
「ほら、くーちゃん、元気だよね。」
リョウは抱いてるソラをゆさゆさと軽く揺さぶって、ソラに答えるよう促そうとした。
「うん・・・」
ふいっと軽く頷くソラ。ジョーイさんはにこっと笑い、カルテを取り出した。
「うーんと、触診からしようかな。リョウさん、ソラくんを逃げないように捕まえててください。」
「はぁ。」
ペンライトとピカピカの金属板をジョーイさんが手繰り寄せると、リョウは言われた通り、ソラのお腹に腕を通して逃げられないように抑える。
「じゃ、診ていくから。口あけて。」
ジョーイさんの言葉に反して、ソラはぷいっと横を向いた。リョウはあわててソラをなだめる。
「ほらくーちゃん。お口を開けないと、見れないから。」
「やぁっ・・・やだよぉ・・・」
ソラは澄んだ赤い瞳を潤ませて、それでもリョウの言葉に従ってくれた。
「くーちゃん、あ~ん。」
「あーん・・・」
ぱかっと開いたソラの口に、ジョーイさんは金属板を入れて、中を覗いていく。
「つめひゃいよぉ・・・」
「もうちょっと我慢して。」
なだめるリョウを横目に、ジョーイさんはてきぱきとソラの歯並びや牙の生え具合を診て、カルテにすらすらと書き込む。
「はい、ありがとう。ソラくん。」
ソラの口から金属板を取り出すと、にこっと微笑んでジョーイさんはソラの頭を撫でた。恥ずかしいのか、ソラはそっぽを向いている。
「じゃ、次、は骨格を見たいから、機械にかけようかな・・・」
「きかぃ?」
首をひねるソラに、リョウは説明をする。
「そうそう。身体を輪切りにしたり・・・」
「えっ・・・わぎりっ・・・」
しまった・・・とリョウは思った。ソラは明らかに額面通りの言葉の意味しか理解しておらず、血の気を失いつつあった。
「あ・・・いやちがうの・・・」
「そうだよ。真っ二つにするんだって。」
ユーリが横から口をはさむ。
「まっぷたつ・・・」
ぷるぷると震えるソラ。リョウにはソラが恐怖を感じている、ということがよく理解できた。
「ぼくのこと・・・ころすんだ・・・りょうも・・・」
「違う!違うんだって!」
ソラの様子を見たユーリも顔から血の気が引いているのを感じていた。
「なにがちがうのぉ!」
ジョーイさんもあわてて鎮静剤らしき注射を用意しているが、リョウはアイコンタクトでそれを下げさせる。
がぶっ!
「いだぁっ!」
きつくリョウの手の甲を噛んだソラは、身体を抑えるリョウの隙をついて振りほどく。
「くーちゃん、違うんだって・・・」
ユーリが諭すようにソラに近づく。けれどソラの瞳は怒りに震えている。尻尾をぴんと立たせ、体毛も逆立ち、がるるる・・・と唸る。小さいながらも、グラエナなんだな、とリョウにも理解できる振舞いであった。
「がうぅ!」
ソラは走り出す。出口に向かって。
「ユーリ!抑えて!」
「あいよっ!」
元気良く返事したユーリは、出入り口に向かうソラの前方に立つ。ふふふっとユーリは余裕の笑みを浮かべている。
「くーちゃん!ごめんね!シャドぐふっ・・・」
シャドーボールを放つ直前に、ソラがユーリのお腹に、鋭い体当たりを決める。苦悶に表情をゆがませ、ユーリは倒れた。
「ユーリ!」
あわててユーリの元に駆けつけるリョウ。ユーリは痛そうにお腹を抑えている。
「ふいうちくらった・・・」
そうリョウに伝えると、ユーリは痛みをこらえきれず、瞳を閉じた。リョウはその場を看護師のラッキーに任せると、出入り口から出たであろうソラを追うべく、受付に向かった。

「がうう!」
受付に着いたリョウが目撃したのは、開かない自動ドアに体当たりをするソラだった。
「ソラ!」
「がるる・・・」
ソラは精いっぱいにリョウを威嚇する。リョウも怯まず、ソラと対峙する。
”なによ~!”
リョウの耳に、愉しそうな声が聞こえてきた。後ろを振り向くと、ライチュウとデンリュウ、そして小さなガーディが楽しそうにトレーナーらしき男の子と歩いている。
「あれ?自動ドア開かないの?」
ライチュウが不思議そうにリョウ達を見る。どたどたとジョーイさんも受け付けに走ってきた。
「あ、すいません。あのグラエナのソラくんを逃がさないように、ドア締め切ってるんです。」
ライチュウのトレーナーに事の次第を説明するジョーイさん。ライチュウは明らかに嫌そうな顔をした。
「要するに、あのちっちゃいグラエナを捕まえたらいいわけね?」
「はい・・・そうです。」
「任せときなさいって。ショウ、いくよ。」
「おっけ。」
「ヒカリ、ショウ、やり過ぎんなよ。」
「マモル、わかってるって。たかが知れてるじゃん。」
デンリュウとライチュウは一歩ずつソラに近づいてくる。会話を聞いていたリョウも少し後ずさりをした。

「おとなしく、しなさい。」
ヒカリという名前のライチュウは、ふっと手をかざす。ショウという名前のデンリュウも、バチバチと電気を起こす。
そしてヒカリがかざした手から電気を放とうとした刹那、ソラがヒカリの真っ白なお腹にタックルを決めた。
「でんじぐぅっ!」
ヒカリはふらふらとふらつくと待合用のベンチに腕を置いて、必死に身体を支えている。
「はぁぁ・・・」
「ヒカリ!マジかい・・・」
余裕ムードだったショウの顔にも焦りが出る。
「くっそ・・・」
「がるるるる・・・」
ソラも、やるのか?と挑発するような表情を浮かべて、ショウに迫る。あわてたショウも起こした電気をソラに放とうとした。
「じゅうま・・・」
ふいにショウの身体が固まる。黄色い身体はぶるぶると震えだし、恐怖を感じているようで、明らかに様子がおかしかった。
「ひっ・・・やめっ・・・やめてくれ・・・」
直立不動になったショウ。顔からは血の気が引き、青ざめている。
「ソラ・・・?」
リョウもソラの変化に戸惑いを隠せない。ソラの強さは、おそらく自分の手持ちのポケモンの中では一番強いんじゃないか、とリョウは感じた。
「あくのはどう・・・か。」
ショウとヒカリのトレーナーがそう、呟いた。
「ソラ・・・仕方ない・・・」
リョウは覚悟を決めてソラの前に座る。もう死んでも文句は言えない、という覚悟をよく見せるように。
「くーちゃん?」
「がるる・・・」
優しく呼びかけても、ソラは唸ったままだ。
「えっと・・・俺がくーちゃんを・・・怒らせたこと今まであったっけ・・・」
聞こえようとも、聞こえなくても、とにかくリョウはソラに語りかける。
「がう・・・」
「ん?」
ソラは首を横に振った。聞こえているみたいだ、と安堵したリョウは、同じように喋っていく。
「くーちゃんはさ・・・まだ分からないことも多いし、俺の言葉を・・・言ったままの意味しか聞きとれないこともあるけどさ。」
「がぅ・・・」
頷くように唸るソラ。もうちょっとだ、とたたみかけるリョウ。
「俺は、いたらないパートナーかもしんないけど、ソラと一緒に大きくなりたいから・・・俺を信じてくれないか?」
「くぅん・・・」
リョウの一言一句に、ソラは頷いたり、逆立っていた毛並みを普段通りに直したり、とリョウが想像していた以上の感受性を見せる。そんなに時間も経たないうちに、獰猛さは影を潜め、いつものソラに戻った。
自分のしたことを理解してるみたいで、ソラは落ち込んで、うつむいている。
「きゃぅっ・・・」
耳をペタッと寝かせたソラを、リョウは抱き上げる。リョウは普段、ソラのことをくーちゃんと呼ぶけれど、真剣な場面ではソラ、とちゃんと呼ぶように、それだけはしていた。ソラには、それも伝わったようだ。
「ごめんなぁ・・・くーちゃん。」
「りょぉ・・・ごめんなさぃ・・・みんな・・・いたぃよね・・・」
つぶらな赤い瞳を潤ませて反省の言葉を述べるソラに、リョウはチラチラと周りを見る。確かにヒカリはベンチに突っ伏しているし、ショウも呆然自失としている。ユーリはかろうじて、と言う感じでジョーイさんの傍にいた。
「まぁ、みんなは痛いけど・・・悪いの俺だから・・・ごめんなくーちゃん。」
ソラはふいふいと何度も首を横に振る。そんなソラをギュッとリョウが強く抱くと、そのまま診察室へ連れていった。

プラスチックの硬いベッドに無機質なドーナツ状の機械が縦にくっついている。そのベッドの上に仰向けに寝かされているソラ。
結局写真を撮るから、と無理やりジョーイさんに納得させられたのだった。相変わらず今にも泣きそうなソラはグレーのお腹を上にして、ふるふると身体を震わせている。
「ひっ・・・つめたいょ・・・」
「大丈夫だから。」
マジックテープのついたベルトを、ソラのお腹に巻きつけるジョーイさん。リョウはソラの傍にいて、安心させようとぎゅっとソラの前肢を握り続ける。温かみと、毛並みの繊細さとがリョウの掌に伝わり、なんともいとおしい。
「じゃあ、写真、撮るから、10分くらい、我慢しててね。」
ジョーイさんはそう言うと、リョウを退避させる。リョウはソラの頭を撫でてから部屋から出た。

ウィィィン・・・機械が動き始めた。機械の操作をしているジョーイさんの傍で、リョウはガラス越しにソラの様子を見つめている。
ユーリはさっき、ソラのふいうちを食らってから、気分が悪くなったみたいでラッキーに治療してもらっていた。
ショウとヒカリのトレーナーに何度もリョウは謝ったが、ソラがしたことをあまり気していなかったみたいだ。むしろ一緒にいた小さなガーディがぐずっていたので、それをあやすのに一生懸命だった。
最後には、そのトレーナー、マモルとアドレスの交換もしたし、リョウも得るものが多かった。

「ソラくん・・・あなたのことを相当信頼してるみたいですね。」
ジョーイさんの呟きに、え?と驚きを隠せないリョウ。
「あなたといるときは、とっても嬉しそうにしているし・・・リョウさん・・・あなたもソラくんに甘えてますしね。」
クスクス笑うジョーイさん。リョウは照れくさかったけれど、嬉しかった。他の人が見て、良い仲だ、と言ってもらえることは、自覚にもつながるし、何より嬉しい。
「ソラくんにはあれだけの力があるのに・・・リョウさんの前ではきちっと抑えられていますし・・・」
と、機械の音が止まり、終わりましたよ、とジョーイさんがソラのいる部屋に入っていった。リョウも後を追って眠そうにしているソラをまた抱き上げた。

診察室で待ってるリョウ、ユーリ、ソラ。ユーリはまたベッドの上に乗っているし、ソラはリョウに抱きかかえられたままだ。
「これ・・・なに?」
CTの画像にびっくりしているソラ。蛍光灯のバックライトに照らされて、張り出された黒い画像には、猫みたいな白い骨格が写りこんでいた。
「えっ・・・これ、くーちゃんだよ?くーちゃんの骨とか。」
「へぇ・・・ふぁぁ・・・」
あくびをしたソラの頬をちょん、と突いたリョウ。ソラは照れくさそうにリョウを見ている。
「くーちゃんちっちゃい。私がエーフィになってから写ったやつはもっと大きかったよ?」
「おっきくなるもん・・・」
いつものユーリの挑発に、ソラはぷくっと頬を膨らませて、そっぽを向く。
「くーちゃん・・・大丈夫だって。」
「うん・・・」
リョウの励ましに、ソラは口元をほころばせた。かなりご機嫌な様子だ。

「お待たせしました~。」
忙しそうなジョーイさんがカルテを持って椅子に腰かける。リョウはソラの前肢の脇に手首を通し、お腹の前で両手を組んで、自分の膝の上にソラを座るような姿勢にさせた。
「ええと、ソラくんはとっても健康ですね。順調に成長してると思います。」
ペラペラと何度もカルテをめくってリョウに説明するジョーイさん。そしてCTの画像を何度か指さす。
「ソラくんの骨格は人間で言うところの8歳くらいのポチエナのものとそう変わらないくらいの大きさですね。やっぱり小さいんです。」
ジョーイさんの小さい、という言葉に、ソラの身体がぴくっと震えたのをリョウは感じる。
「あ、くーちゃん・・・」
「おおきくなるもん・・・」
幼いその口調にも悔しさをにじませるソラ。ジョーイさんは、ごめんなさい、悪いこと言っちゃったかしら、とソラの頭を撫でた。
「で、さっきの騒動で分かったかと思いますけれど、ソラくんは、かなり、強いと思います。最初処置に来られた時は意識がなかったのでわからなかったのですが。」
「どれくらい・・・ですか?」
リョウの問いに、困ったのかジョーイさんは頭を2,3度ポリポリと掻く。
「そうですね。さっきいたライチュウのヒカリちゃんはカメックスとラッタとマルマインを一度に相手にして、見事に粉砕したそうですけど。」
「えっ!?」
さっきソラがふいうちを食らわせた相手はそんなに恐ろしい相手だったのか、とリョウは唖然としてしまう。
「ヒカリちゃんは油断してましたから、それを加えたらまぁまぁ同じか、少し弱い程度だと断言はできますね。」
「くーちゃん。」
リョウは組んでいる手を離すと、ソラの喉元を優しく撫でる。
「んっ・・・」
ソラは嬉しそうに身体をリョウに預けてきた。ソラの背中の温かい毛並みが、リョウのお腹に、着ているシャツの上から柔らかく、優しく当たる。顔をあげてリョウを見つめるソラ、その赤い瞳は光を受けてきらきら輝いている。
ジョーイさんも、もちろんリョウも、こんなに幼くて甘えるソラが、抑えがたい怒りに震えたとき、何よりも誰よりも強くなるということに、驚きを隠せない。
「ふふふっ・・・まぁそんなところですね。」
笑顔のジョーイさん。その後もジョーイさんはリョウ達にわかりやすいように、ソラの今の状態を伝えていった。
先ほどまで驚いていたリョウもソラを怒らせたり、自分が慄いて態度を変え、ソラの気持ちを裏切ってソラが悲しんだりしないように、いつもと同じように接することを心に決めた。

「ありがとうございました。」
受付でジョーイさんにお礼をいうリョウ。
「いえいえ、また来てくださいね。楽しみに待ってますから。」
ジョーイさんはそう言うとリョウの両腕に抱かれて眠っているソラの頬を何度か撫でた。
グレーのお腹を上に向けて、すやすやと眠るソラは、無防備で、どうにも強いようには見えない。白のスカーフがソラのグレーの首周りに、いいアクセントだ。
リョウはもう一度お礼を言うと、ポケモンセンターを後にした。ユーリも退屈そうにリョウの背中におぶられている。
「すっかり疲れちゃって・・・」
背中のユーリと、お姫様だっこをするような形で抱いているソラを見て、リョウは自然と笑みがこぼれた。くぅくぅと寝息を立てるソラもよほど気持ちいいのか、にんまりとほほ笑むような表情を浮かべる。
「はぁ・・・くーちゃんと私って・・・どっちが強いんだろう・・・」
ユーリは油断があったとはいえソラに負かされたことがよっぽどショックだったみたいで、ため息ばかり、ついている。
「ユーリも強いよ。くーちゃんとだったらタイプの相性もあるじゃん。」
「そっか。よし、がんばる。」
出任せで言ってしまって、本当は違うだろうな、とリョウは思ったけれど、ユーリが一応元気になったから、いいや、と気にしないことにした。

林道をてくてくと歩いているリョウ、ポケモン図鑑の時計を見ると、もうお昼の2時を過ぎている。
「早く帰って、晩御飯の準備でもするかな。」
リョウの独り言は木々を吹き抜ける風にかき消されていった。

緑のいい香りを体いっぱいに浴びながら、リョウは林道を進む。ユーリはリョウの頭頂部に前肢を置いて、あちこち楽しげに見ている。
リョウはソラの柔らかい毛並みを腕に感じながら、幸せも感じている。
自分の想像以上にソラが自分を信頼してくれていること、そしてソラは怒っても自分の言うことをきちんと聞いてくれたこと、ポケモンを持つ人間にとってここまで嬉しいことはない、リョウはそう思う。
「あ、ご主人?」
不意にユーリがリョウの耳を軽く引っ張る。何かあったのか、とリョウも歩みを止める。
「あれ・・・アブソルかなぁ?」
ユーリが指した木立の先には小さな白い毛玉のようなものが見えていた。薄暗い林には、まぶしいくらいの白さだった。
「うーん・・・この辺でアブソルとか見たことないけどなぁ。多分猟師さんか学者さんが連れて来たんじゃないのかな?」
リョウはアブソルがいたところで気にも留めない。というより、リョウは自分の腕に抱かれて眠っているソラがいつ起きるか、かなり気になっていた。
眠ってるなら、このまま早く家に帰ってふかふかの毛布に寝させたいし、起きれば普通に抱っこするか、地面に置いて一緒に歩きたいし。今のままでは少し、不安定で不安なのだ。
「ちょっとぉ。ちっとは興味示しなさいよ。獣医なんでしょ?」
「中身は変わらないよ。」
リョウの言う中身、とは内臓とか骨格のことだろうか、ユーリはうう・・・と軽い嗚咽感を伴って気持ち悪くなってしまう。
「気持ち悪くなるでしょぉ?中身とか知るわけないじゃんか。」
「あ?・・・ああごめんユーリ・・・ちょっとした職業病みたいなもんだよ。」
気が抜けていると、ついつい学校での言葉づかいが出てしまう、自分の悪いところだな、とリョウは思いつつ、アブソルの方に顔を向ける。
「可愛いな。あのアブソル・・・の毛。」
「中身の次はそこなの?」
ユーリは呆れてため息をつく。ふとアブソルの蒼い顔が、リョウたちの方を向いた。アブソルの身体はプルプルと震えだし、それを見たリョウも攻撃されるかな?と不安になる。
”わああああん!!”
何か恐ろしいものでも見た後であるかのように、アブソルは号泣してリョウたちのもとへ駆けてきた。
「こっちきたよ。」
「なんだろう・・・一応警戒しとくか。」
リョウはじっと走ってくるアブソルを見つめている。必死にドタバタと走るアブソルは何度も草地に足を取られ、こけそうになりながらも、何とかリョウたちのところへたどり着くことができた。
小さかったので、結構遠くにいる、と思っていたリョウは、思わぬアブソルの速さと、そして実際のアブソルを見て、首をかしげた。
「あれ?小さいなぁ。」
アブソルが、腕の中で眠っているソラとあんまり大きさが変わらないことに、リョウはちょっとだけ、驚いた。
「くーちゃんよりちょっと大きいくらいだよねぇ。」
ユーリも小さい、と言う。
「遠くにいたんじゃなくて、本当に小さいだけだったんだな。」
一方のアブソルは伏せてわんわん泣いている。
「ぇっ・・・ふぇっ!ふぇぇぇぇぇぇっ!ふぇぇぇぇぇん!」
泣き声の大きさに、ユーリもリョウもたじろがざるを得ない。
「ふぇぇぇぇぇぇぇ!・・・ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
はぁ・・・と、困り果てて事情を聴くことすら、リョウにはしようとは思えなかった。
「ん・・・」
よっぽどうるさかったようで、眠っているソラの身体がぴくっと震えた。そしてパッチリと瞳を開く。澄んだつぶらな2つの瞳は、すぐにリョウを捉えた。
「くーちゃん、おはよう。」
「りょぅ・・・おはよぉ・・・」
仰向けのまま、リョウを見つめるソラ。その無防備な姿に、ちょっとドキッとするユーリ。ユーリはリョウの頭の上からソラを見ているので、ソラの全てがよく見えていた。
「びぇぇぇぇぇぇぇん!」
まだアブソルの泣き声が響く。ソラもちょっとびっくりしている。
「うぅん・・・うるさぃ・・・」
「だよね。」
いつ泣きやんでくれるのか、困惑するユーリと、事態が掴めていないソラの耳に、ガサガサと草を踏む音が聞こえてきた。
「なんかくるよぉ?」
「えっ?」
リョウは、まだ寝たままの姿勢のソラのその耳が、ぴくぴくと敏感に動いているのに気付く。
「だよねぇ。」
同意するユーリの声に、人間は耳が悪いなぁ、とリョウは苦笑いしつつ、思った。けれど、何が来るのか、そちらの方が今は気がかりだ。

ガサガサ・・・草むらから現れたのは、ソラと同じ柄の・・・というより、単に成獣のグラエナだった。
「ナイト!」
「こ、コウ~!ふぇぇぇぇっ!」
コウ、とアブソルが呼んだグラエナに、白い身体を埋めるアブソル。そして身体をびくんびくん震えさせながら泣いていた。
「ナイト、だからあれだけ離れるな、って言ったじゃんか。」
「ごぉっ・・・ごめんなさいぃぃ!えぐえぐっ・・・」
ナイトと呼ばれたアブソルはコウのお腹にぐいぐいと頭を押し付けてあやしてもらっている。その姿に、リョウは自分とソラの姿を重ねた。
「くーちゃんもあれぐらい大きくなるんだよ。」
「ほんと?」
リョウの話に、嬉しそうにくいつくソラ。うん、とリョウも大きく頷いた。
もう目も覚めたしもういいかな?とリョウは仰向けのソラの身体を起こして、いつものようにソラのお腹を組んだ両腕とお腹で軽く挟んでしがみつかせる。それに応えて、ソラもリョウの腕に前肢をちょこん、と置いた。
けれど、ぴくぴくと動き、起きていたソラの耳は、リョウが喉元を撫でるなりまた力が抜けてペタッと寝てしまった。
「なんで耳が寝るの?」
「う~?わかんない。」
とってもニコニコしているソラ。ユーリもそんなソラを見ているのが楽しい。

「・・・ごめんなさい。ご迷惑をおかけしたみたいで。」
コウは自分にくっつくナイトをずりずりと引きずってリョウに近づくと、お詫びを言う。リョウもいえいえ、と断る。
「あれ?」
コウが首をかしげる。その視線の先にあるものは、ソラ。
「グラエナ・・・に間違いないな・・・ちっちゃいな・・・」
信じられない、といった感じで、コウはソラをまじまじと見つめている。リョウはソラをゆさゆさと揺さぶってコウに見せる。
「ソラっていうんだよ。」
リョウがソラを紹介する。ソラはなぜかそっぽを向いている。膝を折って、リョウは中腰の姿勢になる。
「はぁ・・・よろしくな、ソラくん。俺はコウって言うんだ。」
ソラの頭を撫でるコウ。物珍しそうな視線が嫌だったソラは、コウのことをまともに見ようとしない。
「ほら、くーちゃん、ちゃんとコウくんのこと見てあげないと。」
リョウの催促にもぷいっと首を横に振るソラ。その様子を見てたコウは、今までの自分の態度がソラを不機嫌にさせたことに気付いた。
「ソラくん、ごめんなぁ。」
コウは前肢でソラの頭を何度も撫でる。はじめはむすっとして首を振っていたソラだったけれど、コウがやたらに頬に触れたり、頭を撫でたりするうちに恥ずかしそうにコウを見た。
「ソラくん、よろしくな。」
「ぅんっ・・・」
リョウはソラがコウを受け入れたことに安堵しつつ、気になっていたことをコウに聞いてみることにした。
「あのさ、コウくんだっけ。」
「呼び捨てでいいですよ。なんだか気恥しいですし。」
ソラと同じ、澄んだ赤い瞳を細め、照れながら話すそのコウの言葉は、謙遜している、というよりは率直にそう思っているのだろう、リョウにはそう思えた。
「ああ、じゃあ、コウ・・・ええと、君たちってご主人さんいるの?」
「いますっていうか、この、ナイトを探すために、別れたんです、さっき、そこで。」
コウは話しながら前肢であちこちを指す。アブソルのナイトは、まだコウのグレーのお腹の毛並みに真っ白な毛並みの身体を埋めたままだ。時折うれしそうに前肢でコウの毛並みをまさぐっている。
ふーん、とリョウはあちこちを見渡して、コウたちのご主人が来るのをじっと待つ。このまま帰ってもよかったけれど、リョウにとっては気が引けるから、待つことにしたのだ。
「そのアブソル・・・ナイト君だっけ、って何歳くらいなの?」
ナイトの小ささのことを思い出したリョウは、間を繋ぐべくコウに聞いてみる。けれどコウは動きが止まってしまった。
「えっ・・・えーっと・・・えー・・・」
憶えてないようで、頭をポリポリ掻いて必死に思い出そうとするコウ。
「ま、まぁそれなりの子供ってことですよ。」
「なんだそれ。ふふっ・・・」
結局誤魔化すコウに、リョウは笑う。
”コウ~?ナイト~?”
林の緑の奥から、女の声らしい高い声が聞こえてきた。
「ご主人さんみたいだね。」
「はい。まぁ・・・ほっといてもこっちに来るから吠えませんけど。」
なんだか嫌なグラエナだな、とリョウは思いつつ、やってくるであろうその人を待つ。
「仲悪いの?ご主人さんと。」
リョウが聞くと、コウはぷいぷいと首を横に振った。
「俺のご主人・・・じゃないんです。正確には。姪っ子で・・・なんだか若いから。」
「ふーん。」
そんなにそのご主人は未熟なのかな?と首をかしげるリョウ。
「あっ・・・」
リョウが林に再び目をやると、人型が次第に自分たちの方に近づいてくることに気付く。
「来た?」
「はい。」
コウは頷いて、ナイトを優しくさする。
「ご主人さんが来たぞ~。」
「うんっ・・・」
ナイトは顔をあげてコウをじっと見つめている。リョウはコウの口ぶりから、コウの主人は、相当優秀なんだな、と思えた。

ガサガサと草を踏み分ける音が大きくなり、その人型ははっきりと捉えられるようになった。
「ナイトぉ?コウちゃーん!」
林から出てきた人は、リョウは最初は男だと思ったけれど、よくよく見ると、女性だった。肩まで伸ばした髪、アウトドアに好適なライトグレーの上着・・・どこか活発そうだ。
「ごしゅじん~!!」
ナイトはばたばたと走り出して、そのご主人の女性に飛び付いた。
「あれがナイトの主人です。」
「ほぉ。」
コウの紹介に、リョウも頷く。ユーリとソラは退屈そうだ。

「すいません・・・ナイトがご迷惑をおかけしました。」
リョウの目の前にいる女性は、綺麗ではある。が、リョウのストライクゾーンの斜め上だ。それに何より身長が低い。実年齢を推し量るのが難しいほどに。
「いえいえ。じゃあ、元気でな、コウ、ナイトくん。」
ナイトの主人も来たし、もうここにいなくていいかな、と思ったリョウは足早に立ち去ろうとする。
「あっ!ちょっと待ってくださいよ。」
女性はあわててリョウの前に立ちはだかった。リョウは自分のしたことが失礼になってないかな、と途端に不安になった。
「どうか・・・しましたか?」
「せっかく出会ったんですから・・・ぜひ。」
女性の手には、紙コップが2つと、”コーヒー”と書かれたポットがあった。
「あっ・・・お気遣いなく・・・でも甘えて・・・」
リョウは女性が差し出したコップを受け取る。そして二人とも道端に腰をかけた。ユーリとソラも、リョウから離れた。気付くと、さっきまでいたナイトも、コウも女性の傍にはいない。
「はじめまして・・・私・・・このあたりで、グラエナの生態の調査をしてる、ミズキっていいます。」
「こちらこそ・・・俺はリョウっていいます。獣医の学校に通ってます。」
「リョウ?」
コウが反応した。
「ああ・・・コウちゃんのご主人もリョウって名前だったね・・・今会議に行ってていないけどね。」
「奇遇ですね。」
挨拶もそこそこに、ミズキはコップにコーヒーを注ぎ始めた。
「どうぞ。」
「どうも。」
ミズキはコーヒーのカップをリョウに渡すと、リョウの影でお座りをしているソラをじっと見つめる。
「コウ?あれ?こんなに小さかったっけ。」
あれ~?という具合になんども首をかしげるミズキ。ソラはまた不機嫌そうにプイっとそっぽを向いた。
「そっちじゃないって。」
「あれ?」
コウが茂みからナイト咥えて出てきた。ミズキは混乱したように何度もソラを見たり、コウを見たりしている。その光景が可笑しくて、リョウはついつい笑ってしまった。
「ふふふっ・・・」
「このグラエナ・・・小さいですよね・・・」
「もぉ・・・みんぁひどいよぉ・・・」
拗ねるのにも限界がきたソラは、瞳を潤ませてリョウのわき腹に、顔を埋める。あらら、とリョウもコウの背中を何度も撫でた。
「ごっ・・・ごめんなさい・・・泣かせるつもりはなかったんだけど・・・はぁ。私も小さい小さいってよく言われるから・・・その気持ち・・・わからなくもないな。」
悪気を感じたミズキはしみじみと話をしている。
「ミズキは配慮が出来ないから、俺に逆らわれるんだぞ?」
コウがたしなめるように言うと、ミズキもわかってるけど・・・とコーヒーの入ったカップを置き、リョウの傍にいるソラのもとへやってきた。
「ほら!」
「ひゃぁっ!」
ミズキはソラの前肢の脇に両手を通すとそのまま持ち上げた。そして女性にしかない膨らんだ胸で、ソラを受け止める。最初はぱたぱたと抵抗していたソラも、あまりに強い抱擁力に抵抗できなくなった。
「名前・・・何て言うの?」
「そら・・・」
楽しそうなミズキ。ソラを優しく抱いて、軽くゆさゆさと揺さぶる。
「ソラくんか・・・いい名前じゃん~。わたしはミズキっていうの。よろしく~♪」
柔らかいソラの毛並みを堪能するように何度も撫で回るミズキ。リョウはなんだか羨ましくなった。
「ご主人?羨んだりしちゃ、ダメよ。」
「・・・うぅ。」
釘をさすユーリの言葉に、リョウはソラをまた見つめる。
「やめてくだぁい・・・」
「だめだめ~。私が悪いと思ったんだから、ソラくんのご機嫌が治るまでやめないよ~。」
ミズキはソラをギュッと抱いて、とっても嬉しそう。ソラは疲れたみたいで、瞳が虚ろになって、息も荒い。身体の力も入れられなくなって、ミズキのなすがままだ。
「もぉ・・・いぃでふ・・・」
「え?」
ソラの言葉はミズキにははっきり聞きとれず、まぁいいや、とミズキはさらにソラを強く抱く。柔らかい毛並みと、その小さな身体から溢れる温かみを、ミズキは確かめる・・・弄ぶ。
まだまだ止める気のないミズキは何度もソラの顔に頬ずりをしたり、尻尾を掴んだりして、なかなか自分の胸からソラを離そうとしなかった。小さな身体のソラをいじくりまわすミズキに、ソラは泣きそうになるけれど、疲労でその余裕すらない。
「羨ましいなぁ。」
「こらぁ!ご主人!」
なんだかのほほんとした空気に、リョウはついつい本音が漏れる。

「はぁはぁ・・・もぉ・・・だぇ・・・」
フラフラと進むソラ。リョウは心配になってソラが自分のところへ来るのをじっと待つ。
「くーちゃん・・・」
ミズキから解放されたソラは、リョウの足元にたどり着く前に四肢の力が抜けて、ばたっと倒れた。伏せた状態のまま、荒い呼吸をし続けるソラ。身体はその呼吸に合わせて、大きく動いていた。
「くーちゃん?」
リョウはあわててソラを抱き上げる。もう元気のないソラはぐてーっとリョウに伸びた身体を預けて、はぁはぁと荒い呼気を出し続けていた。
「きゃぅ・・・」
「すっかり弱っちゃったなぁ。」
ソラの頭を何度も撫でるリョウだけれど、ソラが元から耳が寝ている種族かと思うほどに、ペタッと根元から耳が垂れていた。
「きゅぅぅん・・・」
幼年期特有の、ちょっと高い唸り声を出すソラ。ミズキもやりすぎた、と思ったのか、すまなさそうな瞳をソラに向けている。
「ソラ君、ごめんね?」
「きゃぅ・・・」
喋る気力も残ってないソラは、精いっぱいの返事をした。なんだかいとおしい気持ちになったリョウはソラを軽く抱きしめて、背中をそっと撫でてみた。
「ぅぅん・・・」
「くーちゃん・・・」
リョウの頬に、ソラの前肢がペタッと当たる。けれどそれは偶然ではなく、ソラが自分の意志でしていることだ、とソラの優しい笑顔からリョウは読みとれた。
肉球と、幼く、まだ生えそろっていない柔らかい爪の感触がリョウには心地よく感じた。
「さて・・・帰るか。な?ユーリ?」
「うんっ。」
笑顔でうなずくユーリ。
「もう帰っちゃうの?」
なんだか寂しそうなコウ。
「あそこに住んでるから、ぜひぜひ来て。」
「うん。」
コウに、自分の家を指すリョウ。ミズキは、遊びに行っちゃおうかな~と楽しげに呟いて、コウは笑顔でリョウを見ていた。リョウはミズキとコウにお礼を言って、家路を急ぐ。

ドアを開けるリョウ。まだ太陽は高く、時計を見ても、まだ3時半だ。
「ただいま~・・・」
何の反応もない。心配になったリョウはあわててリビングへ向かう。
「あれ?クレア・・・寝てるのか。」
リョウとユーリの目に黄色の白の身体をすうすうと呼吸に合わせて動かしているクレアが飛びこんできた。とても気持ちがよさそうだ。
「起こすね?」
「うん。」
了承を得たユーリがリョウの背中から飛び下りて、伏せて眠っているクレアの前に立つ。
「起きろぉ!」
そう叫ぶと、ユーリはクレアの前肢の脇に自分の手を潜り込ませてこちょこちょとくすぐる。するとクレアはぱたぱた暴れたり、その様子は明らかに可笑しくなっていった。
「ぅっ・・・ぅっ・・・」
なんだか息苦しそうな声を出して、けれどクレアは意地でも眠ろうとしている。ユーリも見ていて面白いので止めずに続けている。
「ひぐっ・・・ふぁ・・・やめてやめて!」
突然ぶるぶるとクレアの身体が震えだして、クレアは目を覚ました。最悪の目覚めだったらしく、げんなりとしている。クレアが目を覚ましたのを確認すると、ユーリはくすぐるのを止めた。
「はぁ・・・ひどい目にあったよ・・・ってお帰り。」
クレアはリョウを見つけると、にこっと笑って挨拶をした。リョウも、ありがと、と言ってソラを抱いているうち、空いた片方の手で、クレアの頭を撫でた。
くぅくぅと、静かに呼吸をするソラはさっきからまたリョウの腕の中で眠っている。リョウはたたんであった毛布を片手で開くと、その上にゆっくりとソラを横たえた。
「くーちゃん、お疲れだね。」
毛布の上で気持ちよさそうに眠っているソラを見て、なんだか嬉しそうなクレア。澄んだ黒の瞳をやや細める。
「いろいろあったからね・・・」
今まであったことを思い出して、心労でユーリは、はぁ、とため息をついた。
「なんかあったの?」
「あのね・・・くーちゃんが・・・」
不安げに首をかしげてユーリに聞くクレア。ユーリは怒ったソラに不意打ちを食らったことを説明する。
「へぇ・・・」
驚きを隠せないクレアは、ユーリも油断してたのかな?と考えて、リョウにも事情を聞いてみる。
「ねぇ・・・ユーリの話なんだけど。」
「ああ・・・俺のせいでくーちゃんが怒っちゃって・・・」
リョウはソラが怒った原因は自分にある、そうクレアに言って、謝る。
「ご主人が謝ることじゃないよ・・・」
「クレア・・・これだけ約束してくれ。」
自分をなだめるクレアに、懇願するリョウ。
「なに?」
「くーちゃんは自分を抑えてるんだ・・・だから、この話を聞いて、俺たちもくーちゃんに過剰に慄いたり、無意味にご機嫌とりをするのは止めよう。今のままでいいんだよ。」
リョウのセリフを聞いて、クレアは眠っているソラをまたちらっと見た。クレアは自分のソラに対する気持ちに、とくに揺らぎが無いことに、当然か、という気持ちを抱きつつも、どこか安心しているのも否めなかった。
「わかってるって。くーちゃんはくーちゃんじゃんか。今までもこれからも、私たちの可愛い弟だよ。」
クレアはにこっと笑ってリョウの顔を見つめる。その笑顔を見たリョウもそのクレアの気持ちに感謝して、クレアの頭を撫でてほほ笑む。
「ご主人、お昼寝してくるね?」
「ああ、ほんとお疲れ。」
ユーリもニコニコして自分の部屋へ帰っていった。リビングには、眠ってるソラを除けば、リョウとクレアだけが残された。
「クレアは昼寝・・・ってさっきまで寝てたか。」
「うん。」
気遣いする必要なかったな、とリョウはイスに座った。クレアは精いっぱいに伸びをして、眠気を追っ払うと、リョウに近づいていく。
「ねぇ・・・」
「ん?」
リョウはクレアの口調がいつもと違うことに気付いた。
「私ってさ・・・ご主人の役に立ててるのかな?」
なんだか不安そうなクレアを見て、リョウは安心させようとほほ笑む。
「当たり前じゃんか・・・クレアは・・・」
「ふぁぁ・・・」
リョウが続きを言おうとした途端、ソラが大あくびをして、目を覚ました。クレアとリョウがソラを見ると、ぱっちりと目を見開いて、自分たちを見つめていた。
「おはよーくーちゃん。」
「くれぁさん・・・おはよござぃます・・・」
眠そうなソラを見て、なごんだ気持になったクレアはクスクスと笑う。リョウはいいことを言おうとした瞬間に邪魔をされてしまったので、何か微妙な気分になる。
ソラにそっと近づくと、クレアは頭を撫でる。あくびをしながらも、ソラは嬉しそうに瞳を細めた。なんとも居心地の悪いリョウは、ひとまずリビングからいなくなることにする。
「ちょっとタオ、見てくるから。」
「うん。行ってらっしゃい。」
クレアの優しい言葉に、またリョウは微笑む。

足早にリョウは階段を上がって、タオの部屋の前に立つ。起きてるかな?と何度かドアをノックしてみる。
”はい・・・ふぁぁ・・・”
タオはあくびをしているようだ、というのがはっきりとリョウの耳にも聞こえた。
「入っていいか?」
”どぞ”
今まで寝てたのか・・とリョウは呆れつつ、タオの部屋のドアをゆっくりと開いた。
ぎぃ・・・開いたドアから明らかになっていくタオの部屋。リョウが目にしたのは、眠そうに自分を迎えるタオだった。
「今まで寝てたのか?」
「ああ・・・ちょっとばかり夜更かししてたから・・・太陽が昇ってからも起きてたから・・・眠くて眠くて・・・」
眠そうに言うタオに、よくそんなに起きてられたな、と思ったリョウ。
「もう晩飯のほうが近いぞ。昼飯は食ったか?」
リョウの問いに、タオはふるふると首を横に振った。
「ったく・・・」
呆れてものも言えないな、と軽くタオの額を小突くと、リョウはどこか申し訳なさそうにしているタオをつれてリビングへ再び向かった。

リビングに降りてきたリョウの目に、クロノが飛びこんできた。
「あっ・・・ご主人、お帰りなさい。」
気付いたクロノは、嬉しそうにリョウに挨拶をした。にこっと笑うクロノに、リョウも上機嫌になる。
「ただいま。なんかいいことあったのか?」
「え?うん。あったよ。」
リョウの質問に、変わらずに楽しそうに応えるクロノ。ふいにソラとその前で楽しそうに話をしているイーブイ1匹が目に入ってきた。
「あれ?ナオちゃんだよね?」
「そだよ~。」
クロノが嬉しそうな理由が解ったリョウはちょっと聞き耳を立てる。

ナオはソラの前肢を触ったり、頭を撫でたり、とても愉しそうにソラとスキンシップをしている。
「くーちゃんかわいいなぁ。」
「もぉいいじゃんか・・・」
愉しそうなナオと違って、ソラはなんだか遊ばれている気がして、あんまり楽しくない。ナオはそれを知ってか知らずか、すりすりと自分の顔をソラの顔にすりつけた。
「いやなの?」
ナオの問いに軽く首を縦に振るソラ。
「いやっていってるくせにたのしそうだけどなぁ・・・」
呟くように言うと、ナオはふいふいと振れているソラの黒いもふもふの尻尾に抱きついた。
「にゃっ・・・ゃめてょ・・・」
にこっと笑うナオ。
「くーちゃんのしっぽきもちいいもん。」
「しっぽならなおちゃんにもあるじゃんか・・・」
自分の意思とは無関係に尻尾が小刻みに動いてしまうソラは困惑しつ、どうにかナオを離そうとする。
「わたしのしっぽ・・・そんなによくないもん。」
とか言いながら、ナオはソラの尻尾の毛並みを離そうとしない。
「くーちゃんのしっぽがとまったらはなしてあげてもいいよぉ。」
ソラはナオの言葉を信じ、集中して自分の尻尾の動きを何とか止めようとする、けれど思えば思うほど尻尾は嬉しそうにふいふいと振れた。
「ゆーりさんがうらやましいなぁ・・・くーちゃんひとりじめだもん。」
ぎゅーっとソラの尻尾を抱いたままのナオ。自分の言い分が通じないソラは知らないうちに瞳から涙が溢れそうになっていた。

「ナオちゃん?」
スキンシップを続けるナオの耳に、聞き慣れた恐ろしい声が聞こえた。
「ゆっ・・・ゆーりさん・・・」
ユーリの顔は少しひきつり、目に力を入れてナオを見つめている。五感で危機を感じたナオはとっさにソラを離して、逃げ出した。
「こわいよぉぉぉ・・・」
ばたばたとブラウンの足をもつれさせながらも、命からがら、と言った感じでナオは母親であるアオの部屋へ向かう。
「くーちゃん?」
撫で声でソラを呼ぶユーリ。ソラも怒られる、と思っていたのでびくっとして、嫌な予感とともにゆっくりユーリの方に顔を向けた。
「今日はお疲れ様。」
蒼い瞳を細めて労をねぎらうユーリ。前肢でソラの頬に触れてにこっと笑う。
「ゆーりさん・・・」
さっきまでの涙で赤い瞳に差し込む光をゆらゆらと揺らすソラ。瞳を閉じると、一滴の涙がこぼれた。
「ごめんなさぃ・・・」
「ん?あ・・・あれのことならもういいよ。私の方が、言葉を選ばなかったから・・・」
ふいうちを食らわせたことを謝るソラに、ユーリは母親になった気分で、ソラを諭す。
「ただし。」
語気を強めるユーリ。ソラもやっぱり怒られるのかな、とユーリの顔を見つめる。
「これからもっとお勉強しようか。・・・ね?」
「うんっ。」
快い返事に、ユーリも安堵してソラの頭を撫でた。ソラも瞳を細めて嬉しそうだ。
「さ、晩御飯までもうひと眠りしてこようっと。」
ユーリはまた自分の部屋へ戻っていった。ソラもまた、ゆっくりと瞳を閉じる。

リョウが台所でせっせと晩御飯の準備をしている。包丁で野菜を刻んでいるところだ。
「いでっ・・・」
突然リョウの指先に痛みが走った。
「うわ・・・切れてるし・・・」
指の腹に、小さな切り傷が出来て、赤い血が出ていた。
「クロノ?」
「はい?」
リョウはすぐ近くにいたクロノを呼ぶ。クロノもすぐさまリョウのもとへ駆け寄る。
「手、切っちゃった。絆創膏持ってきてくれないか?」
「おっけー。ちょっと待っててね。」
クロノは黒い肢体を駆り、台所から去っていった。血の出たままの指ではどうすることもできないリョウは小休止することにした。
「くーちゃんは・・・寝てるのかな?」
ひょいっと台所の隅から顔を出して、リビングを覗くリョウ。さっきまでソラがユーリと何かを話をして、また眠そうにしているところまでは見ていた。
「テーブルが邪魔で見えないな・・・」
ソラはちょうどテーブルの配置の影響で、見えないところで寝ているみたいだ。
「ま、いっか。」
台所で切った野菜を見ているリョウの耳に、またバタバタという音が聞こえてきた。
「ご主人!絆創膏だよ。」
音のした方を向くと、クロノが息を切らせて絆創膏を咥えていた。リョウはクロノの頭を撫でると、絆創膏を自分の指に張って、また調理を再開した。クロノは赤い瞳を輝かせて、リョウを見つめている。
「もうすぐ晩ご飯だから・・・」
「うん、じゃ、僕みんな呼んでくるから。」
クロノは嬉しそうに階段を上っていった。

辺りはすっかり闇に包まれ、電気が煌煌と灯っている。
ご飯の終わったクロノやユーリたちは、思い思いの時間を過ごしていた。
「お~い・・・みんな風呂に入れよ~。」
リョウはいつもと同じように片手にはフライパン、もう片方にはお玉を持って、カンカンと鳴らしている。みんな適当に返事を返してきたようで、リョウの耳にも適当な返事が返ってきた。
「ふぅ・・・」
フライパンとお玉をテーブルに置くと、リョウは床の毛布の上で眠っているものを見つめた。
「くーちゃん・・・また寝てる。お疲れだな・・・ホントに。」
いろいろあってかなり疲れていたみたいで、ソラは晩御飯が終わると、すぐさま眠ってしまった。
「にしても・・・ほんとにグラエナなのかな・・・」
リョウは思った。目の前にいるソラはグラエナにしては可愛すぎる。ポチエナの時に比べて、成長した要素も少ない。精密に体長を図っても、60センチを遥かに下回る。ジョーイさん曰く、標準のポチエナと身体の小ささは変わらない、そうだ。
すやすやと寝息を立てるソラに、リョウはなんだかずっと傍にいてやりたい気持ちになった。
「ふぁぁ・・・」
ソラの眠っている毛布に身体を置いて、ソラの顔がよく見えるところで、うとうとしてしまう。
「眠い・・・」
リョウはなんだか気持ちよくなってそのまま・・・気を失うことにした。

「んっ・・・」
ソラはぱちっと目を覚ました。きょろきょろとあたりを見回す。真っ暗だ。
「りょぉ・・・」
不安になったソラはリョウを呼んでみるも、何も反応が無い。けれど、自分が今まで見ていた視界のすぐ下に、探していたリョウの姿があった。
「りょう?」
「すやすや・・・」
口元からよだれを垂らして、とても気持ちよさそうに眠っているリョウ。ソラは安堵とともに心配していた自分がちょっと情けなく思った。
「ふぁぁ・・・」
耳をぴんと立てて、ソラが辺りを窺ってみても、何の反応もない。どれだけ時間がたったのだろう・・・とまた不安になるソラ。
「おきるかな・・・」
ひとまずソラはリョウを起こすことにした。リョウの顔にゆっくりと前肢を近づける。
ペタっ・・・
掌をリョウの頬に当ててみるソラ。
「んんっ・・・すぅすぅ・・・」
リョウはまだ起きない。
「おきない・・・」
がしっ・・・不意にソラの前肢を掴んだリョウ。
「きゃぅ!」
眠っているリョウに、前肢を掴まれたソラはどうしていいかわからず困ってしまう。前肢を振ったり、動かしてみるけど、リョウは掴んだまま離さない。
「はなしてくれないよぉ・・・」
泣きそうになるソラは、起こすことを諦めて、自分の前肢だけでも離してくれれば、とリョウの手を舐めることにした。
ペロっ・・・
「うぅん・・・」
驚いたのか、リョウはびくびくと身体を震わせる。けれど、まだ起きはしてくれない。ひとまずソラはずっとリョウの手を舐めつづける。
ペロペロ・・・
「んっ・・・んひゃぁぁっ!・・・ふぁっ!」
何度も舐めて、ようやくリョウは目を覚ました。
「ふぁ・・・あ。くーちゃん・・・」
リョウは起きてすぐに、自分の手が冷たく、そしてソラの前肢を掴んでいることに気付いた。
「くーちゃん、ごめん・・・」
ソラは首をぷいぷいと何度も横に振る。すぐにリョウはソラの前肢を離して、時計を見た。
「あ・・・もう1時か・・・すっかり寝てたな・・・」
部屋は真っ暗・・・どれだけ寝たのだろう、とリョウが思うとともに、風呂に入ってないことを思い出した。
「くーちゃん?」
「なぁに?」
「もうお風呂入った?」
「ううん。」
また首を横に振ったソラ。
「ずっと寝てた?」
「うんっ。」
照れ笑いをするソラに、リョウは何度も頭を撫でてやった。ソラは赤い瞳を細めて、そして尻尾をパタパタと振っている。
「一緒にお風呂、入ろっか?」
リョウが優しく聞くと、ソラはちょっと悩むのか、前肢で頭を掻くように自分の毛並みに触れた。
「いいじゃん、一緒に入ろうよ。」
リョウの催促にも、ん~・・・とソラは首をかしげて、まだ踏ん切りがつかないみたいだ。
「一緒に風呂、入るぞ!」
「きゃぅん!」
素早くリョウは身体を起こして、力強くソラを抱き上げる。
「りょう・・・」
「ん?」
ソラのなんだか力の抜けた声に、何かあったのかな?とリョウはソラの様子をうかがう。
「くーちゃん?」
じっとリョウの指に貼ってある絆創膏を、ソラは見つめていた。
「これ・・・ぼくがかんだから・・・?」
涙声で言うソラに、戸惑うリョウ。
「違うよ・・・」
はっきり違う、と言っても、どこか裏があるような言い方になってしまった、とリョウは思った。そして昼間の言葉のあやから発展したポケモンセンターでのドタバタを思い出す。
「くーちゃん。これは俺がさっき晩御飯の準備中に切ったの。」
強い断定の口調で、リョウが言うと、ソラはぽろぽろと涙を流し始めた。
「ふぇっ・・・ごめんなぁい・・・うあがっありしぇ・・・」
「くーちゃん・・・」
弱いソラの口調に、リョウはただ抱きしめることしかできなかった。言葉では言い表せない愛おしい感情、そして自分にしか見せない弱々しい姿。
これまでソラが経験してきたであろう辛い思い出のことを思えば、今、ソラに安息を与えられることは何よりのリョウの幸せであった。
プルプル身体を震わせるソラ。耳はいつものようにペタッと根元から寝ていた。
「お風呂・・・入る?」
「・・・うん。」
顔を上げたソラ。赤い瞳の目じりからは涙でグレーの体毛に濃い一筋の線が描かれていた。まだ瞳に差し込む光は涙でゆらゆらと揺れている。
「じゃ、お風呂場いこうか。」
リョウはソラを抱いたまま、脱衣場へ向かった。

「お湯・・・掛けるよ?」
シャワーを持つ裸のリョウ。ソラはぷるぷる震えて、少しおびえているようにも見える。
「くーちゃん?怖い?」
「だいじょぶ・・・」
ばしゃぁっ・・・軽くシャワーをかけるリョウ。
「うにゃぁぁん・・・」
ぶるぶる震えて、かかったお湯を振り払おうとするソラ。
「うにゃっ・・・りょぉ・・・やめてよぉっ・・・」
シャワーをどしどし浴びせていくと、ソラは弱ったように床に這いつくばって、小さな身体を存分に動かす。
「くーちゃん。ちゃんとお湯かけて、シャンプーして、綺麗にしないといけないから。」
リョウはがしっとびしょ濡れのソラの身体を掴んだ。
「噛む?」
「かまないょ・・・」
ぷいぷいと首を横に振るソラに、安堵したリョウは、掴んだまま、ソラの身体を良く濡れるよう、直接シャワーを浴びせる。
「うにゃぁぁぁ・・・」
毛並みにたっぷり水分を含ませようと、シャワーをしつこく浴びせると、ソラはばたばた身体を暴れさせて、時に毛を逆立てる。
「やぁん!くすぐったぃ!」
「ふふっ・・・」
とっても愛らしいソラに、リョウもシャワーを加減していく。そして次は・・・とソラ仰向けにひっくり返す。
「ふにゃぁぁ・・・」
グレーのお腹を上に向けて、上目遣いで自分をじっと見つめるソラに、リョウはゆっくり、シャワーを浴びせる。とても♂のグラエナっぽくは見えない。
「やぁ・・・」
女の仔みたいな高い声を出しているソラ。リョウもソラが不快にならないように、気をつけて、濡らしていく。
「シャンプー付けるね。」
「んっ・・・」
十分濡れたと思うと、リョウはシャンプーを手にとって、泡立てていく。
「んにゅっ・・・んにゃっ・・・」
シャンプーを付けてマッサージしていくリョウに、ソラは身体をふるふると震わせてとてもくすぐったそうにしている。黒とグレーの身体は時折大きくぴくっと震える。
「ふにゃ!」
お腹をごしゅごしゅと泡立てようとして、リョウがお腹の毛並みを揉むと、ソラはバタバタと四肢をばたつかせてくすぐったい感触を表している。
「くすぐったいょぉ・・・」
「ごめんごめん。」
真っ白になると、リョウも安心してシャワーで流していく。
「終わったよ。先に出てる?」
「ううん。」
ぷいぷいと首を横に振ったソラ。待っていてくれている嬉しさからリョウは猛ダッシュで身体を洗い、流した。
「んじゃ。」
「きゃうんっ!」
リョウはソラの身体を掴むと、お湯の張った湯船に、一緒に沈む。バシャバシャとお湯を掻くソラ。
「こらこら。」
「うい~。」
おっさんみたいな唸り声を出すソラだけれど、表情からも安心が良く読みとれていた。リョウはソラの顔の逆三角の黒の毛並みをペタペタ触ってみた。
「りょぉ?どしたの?」
「ん?愉しいなぁって。」
リョウの言葉を聞くと、嬉しそうにソラはリョウに頬ずりをした。リョウは目の前のいとおしい存在をぎゅーと抱いて、頬ずりをやり返した。
「暑い?」
「だいじょぶ。」
ばしゃばしゃとお湯を掻くソラにリョウは聞いてみるけれど、ソラは楽しそうに答えるだけだ。

お風呂場から洗面所に出ると、リョウはソラの身体をせっせと拭いていく。白いタオルに、すっかり疲れたソラをコロコロと転がすと、また嬉しそうにばたばた四肢を動かすソラ。
「ご主人?」
「ん?」
どこから声がしたかと思えば、洗面所のドアが開いたままで、後ろにクレアがいた。
「ああ。クレア、どうしたの?」
「寝れなくて・・・ご主人も早く服、着たらいいのに。」
リョウは嬉しそうなソラを見ていて、すっかり自分で服を着るのを忘れていた。ソラの毛並みが乾いたのを確認すると、リョウはソラを抱えた。
グレーと黒の毛並みはすっかり力が抜けて、リョウに張り付いている。そしてふわわ・・・と何度もあくびをした。
「くーちゃん・・・可愛いよね。」
「そりゃ、まだまだ幼いからな。」
一応パンツを穿いたリョウに抱えられているソラは、すっかり眠たそうにしている。
「ねぇ・・・」
「ん?」
突然、重い口調になったクレアに、リョウは心配になる。
「私って・・・ご主人の役に立ててるのかな?」
その問いに、クレアの素直な気持ちを感じたリョウは、想いのままを言うことにした。
「当たり前じゃん。役に立つとか、クレアが気にすることじゃないよ。僕はクレアのことが大好きだし、それにクレアは一番の頑張り屋さんじゃんか。」
「ごしゅじんっ!」
クレアは背中からリョウに抱きついてきた。リョウも嬉しい気持ちを感じて、そのままでいることにする。

嬉しそうにしているクレアを連れて、自分の部屋に戻ったリョウ。目覚ましを確認すると、腕の中の毛並みの優しい感触・・・ソラに視線を移す。
「くぅくぅ・・・」
リョウの腕の中のソラは、すやすやと寝息を立てているように思えるが、そうリョウが思うたびにソラはうっすらと瞳を開けて、起きているというアピールをしていた。
「くーちゃん・・・」
「ぉ・・・てぅ・・・くぅくぅ・・・」
リョウがまた瞳を閉じたソラの頭を撫でても、ソラの反応は鈍い。
「もう寝ちゃいそうじゃん。」
クレアとリョウは互いを見つめあって、笑む。いつしかソラも眠気に抵抗する気もなくなったようだ。
「クレア、今日は僕の部屋でくーちゃんと寝よっか?」
「うんっ。」
つぶらな瞳を輝かせて嬉しそうなクレアに、すっかり腕の中で眠ってしまったソラ。
「くぅくぅ・・・」
「寝ちゃった。」
ほら、と気持ちよさそうに眠っているソラをクレアに見せると、クレアはにこっとほほ笑んだ。リョウはソラをベッドに置いて、パジャマを着、ボタンを留めていく。
「どこで寝る?くーちゃんのそば?僕のそば?それとも・・・」
「くーちゃんとご主人の傍かな。」
クレアはふふっと笑いながらぴょん、とベッドに乗って、ソラの傍で身体を落とした。
「ようし。」
リョウもベッドに乗って、クレアとソラの間にうまく割って入ると、布団をかけた。
「おやすみなさい・・・ご主人。」
「クレア・・・おやすみ。」
リョウはうとうとしながら・・・クレアが嬉しそうに眠っているのを見つめ・・・やがて眠りに落ちた。




ああ、やっと終わりました。WIKIが落ちたりしたので、すっかり・・・というか、自分が更新をほったらかしにしていました。
すみませんでした。
何ヶ月かぶりにようやく完結・・・ということですね。
次からはきちんとがんばります。



トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2011-01-12 (水) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.