※ご注意
・本作品は某漫画の設定を流用していますが、世界観は共通していません。
・本作品は前述の漫画に対し否定的な立場で書かれています。その漫画を絶対視される方はご注意ください。ただし、書いた者としては、その漫画を好きだった方にこそ、最後まで読んで頂きたいと思っています。
××××
「ぐはぁっ!!」
吹き飛ばされた身体が、岩壁に激突してもんどりを打つ。
衝撃で戦士の身体から引き剥がされ、石は虚しく土の上に転がった。
その石を、荒々しく伸ばされた手が掴み上げる。
「俺さまの勝ちだな。それじゃ、こいつは頂いていくぜ」
「戦利品ゲットだぜってか! ひゃははははっ!!」
男の下卑た声に続いて、たった今褐色の豪腕による気合いパンチで戦士を叩きのめしたポケモン、ガルーラが得意げに笑う。その懐では仔ガルーラが、母親お手製の身代わり人形を弄びながら一緒に無邪気な声を上げていた。盗賊たちがどれほど高らかに勝ち誇ろうと見咎める者もない、そこは無法の荒野だった。
と、震える呻きが、彼らの哄笑を遮る。
戦いに敗れ地に倒れ伏した、戦士の呻きが。
「う……嘘だ……」
「あン? 何だって?」
怪訝な表情で覗き込んだ盗賊とガルーラ母仔を振り仰ぐこともせず、戦士は虚ろな瞳を泳がせたまま、ただ呟き続けた。
「ボクは……最強の、無敵の、戦士なんだぞ……じゃ、弱点一つない、完全無欠の戦士、なんだ……負けるはずがない……負けるはずなんてないんだ……こんな奴に、こんな奴らなんかに…………」
敗れた事実も、大切な石を奪われた事さえも直視せず、戦士はひたすらに現実逃避へと浸って行く。
その有様に、盗賊たちはすっかり気勢をそがれて思わず顔を見合わせた。
「やれやれ、呆れたもんだ。こんだけ一方的にボッコボコにしてやったのに、何が解んないっていうのかねぇ? これ、仔供が見るもんじゃないよ。バカが伝染る」
顔をしかめつつ仔ガルーラを腹袋の奥に押し込んだガルーラの隣で、盗賊は頭を振って肩を竦める。
「フン、ここまで現実が見えてないからこそ、いまだにこんなもんを使ってやがったんだろうよ。何が完全無欠だ。お前らの弱点も欠陥も、もうとっくに世間にバレバレだっつーの!!」
ドス黒いブーツの底が、戦士の胸を踏みにじる。気合いパンチに折られた肋骨が、たちまち軋んだ悲鳴を上げた。
「ぃぎゃああぁぁぁぁぁぁっ!!」
吐き出された苦悶の声と共に、戦士の両腕が跳ね上がる。
しかしその腕が捕らえたのは、狼藉を続ける盗賊の足でも、痛みを訴える自らの胴でもなく、
「!?」
彼自身の、両耳だった。
耳を塞ぎ、視線を相変わらずどこともしれない方角に漂わせながら、戦士は喉笛を震わせて叫び始めた。
「ボクが最強なんだ! ボクが最強なんだぁ! ボクが! ボクが! ボクがボクがボクがボクがぁぁぁぁぁぁっ!!」
「…………あ~あ、ダメだこりゃ。完璧にイカレちまった。もう始末するまでもねぇな。後はこの辺の野生ポケのお迎えにでも任せておくか。行くぞ、お前ら」
戦士から離した靴底を、まるで汚物でも踏んでしまったかのように地面に擦り付けた後、盗賊はガルーラに向けてモンスターボールを開く。これ以上見るに耐えんとばかりにガルーラが飛び込んだボールをホルダーにしまうと、代わりに先刻奪い取った石を取り出して、喚き続けている戦士の方へと突き付けた。
「ほら、ご主人様と会えるのもこれが最後だぜ。別れの言葉でも掛けてやったらどうだい?」
「……………………」
けれど、石は何も言わなかった。
「何か言ってんのかな? 分かんねえなぁ。なぁ、お前は一体全体何が楽しくてそんなところにいるんだ? それで本当に――――」
至極真面目な表情で、盗賊は石に問いかける。
「〝***で***る〟って、言えるのかよ?」
「……………………」
けれど、やはり石は何も応えなかった。
「知ったことかい! そんなもんさっさとブラックシティに行って売っ払ちまっとくれ! あぁもう、胸糞悪いったらありゃしないよ!!」
腰に据えたボールホルダーの中からガルーラに急かされて、盗賊は石への問いかけを諦めた。
「ま、そうだな。持ってたところで俺らにゃ使えねぇし、使えたって役に立たないことは見ての通りだし。飯代にすんのが一番の有効活用ってもんだ。こんなつまらんもんでも物好きなコレクターが良い値を付けてくれるって言うんだから、まったくボロい話だぜ。ガハハハハ…………」
石をポケットに乱雑に突っ込んで、盗賊は歩き出した。
後方で、取り留めもなく喚き散らしている戦士の気配が。
遂に最後まで石の方を向くことのなかった、その気配が。
足音につれて徐々に遠ざかり、そして、消えていった。
××××
訪れた暗黒と静寂と孤独の中で、石は独り考えた。
何故、自分は動かなかったのか。
あの時、石は本当に何も語っていなかった。
戦士に対しても、何一つ。
盗賊にも分かる言葉で話すことだって、石には可能だったのに。
その気になれば、盗賊の手を振り解いて戦士を守って戦う事だって、石には可能だったのに。
なのに、何もしなかった。
何故。
いや、『動かなかった理由』そのものはハッキリしていた。
分からなかったのは、『動くことを選ばなかった理由』の方だ。
何故、動くことを選ばず、動かない方を選んでしまったのか。それが分からない。自分の選択が納得できない。
何故。
何故。
何故。
何故。
『――――お前、それで本当に〝***で***る〟って言えるのかよ?』
盗賊の言葉が思考の中を交錯し、やがてある一つの答えを引きずり出した時。
石は――――……
××××
××××
黄昏迫る広野の街道を、黒と白とに色分けられた影が来る。
すらりと伸びた全身に、夜天と電光のストライプを纏った獣――雷電ポケモン・ゼブライカ。
その鞍上に跨がる人影も、愛馬同様にコントラスト鮮やかな風体をしていた。
肩から羽織った濡れ羽色のロングコート。その懐から伸びて手綱を掴む双椀も、襟を割って掲げられた彫りの深い精悍な顔の色も、やはり同じく炭を塗りたくったような漆黒。しかし射抜かれれば切り裂かれそうな程に鋭く研ぎ澄まされた双眸と、ライボルトの鬣のように逆立って揺らめく髪は眩いばかりの銀白色。
一目見た者に鮮烈な印象を残さずにはいられないであろう、それは異様だった。
そして姿以上に、その佇まいが醸し出す人間離れした威圧感が、この人物がただ者ではないことを告げていた。
どこか、幼い日に戦場に散ったおれの父に似た気配だった。
間違いない。彼こそが、ずっと探し求めてきた相手だ――!!
確信を胸に抱き、おれは隠れていた岩陰から飛び出して、ゼブライカの前に立ち塞がった。
「たのもうっ!!」
呼びかけつつ、マントのフードを跳ね上げる。
蜂蜜色の髪を風に晒して、おれは名乗りを上げた。
「〝
袖口に縫いつけた故郷の市章*1――2本の線が縒り合わさった文様を相手に示し、口上を一息に吐き終える。
言われた相手は、数瞬銀色の瞳をパチクリとさせていたが、おもむろに片手を額に当てて溜息を吐いた後、素っ気なく返答した。
「断る」
「なっ……何故だ!? 男と男の勝負が受けられないっていうのか!?」
声を荒げたおれに、異相の男は至極落ち着いた口調で諭すように言った。
「まず一つ目の理由。私はBURST戦士ではない。従って〝BURST戦士同士のバトル〟になど応じられない」
「う、嘘だっ! それだけの気配を放っておいて、おれの目を誤魔化せるものか!!」
決めつけてはみたものの、これはほとんどハッタリだった。おれがこの男から感じ取った共鳴のような感覚を、他人に説明するのは難し過ぎるのだ。
「嘘ではない。ゼブライカに跨がって移動するBURST戦士がいると思うのか?」
「うぐ……っ」
痛いところを指摘され、思わず声が詰まる。
確かに、BURST戦士ならポケモンに頼ったりはしないはずだ。しかし……
「二つ目。BURST能力を使ってみだりに戦闘を行うことは、10年ほど前に定められた条令によって禁止されている。お前さんの歳では知らなかったのだろうが、そちらの勝手な都合で他人を犯罪に巻き込むのはやめてもらいたい」
「……ハッ、語るに落ちたな! BURST戦士になってからあちこちの街を回ったが、年輩の人でさえBURSTの事を覚えている人なんてほとんどいなかったんだぞ! なのにあんたは、おれがいきなりBURST戦士だと名乗っても訪ね返しすらしないばかりか、BURST戦士がポケモンを使わないことや、条令のことまで知っていた。それだけBURSTに詳しいことこそ、あんたがBURST戦士だという証拠だろう!!」
これもハッタリである。今でこそすっかり廃れてしまったBURSTだが、おれが子供の頃はBURST戦士だけの武道大会が各所で開かれるほどの隆盛を誇っていたのだ。男の年齢は黒い肌に紛れて読みづらかったが、今の話からしても確実におれより一回り以上年上なのだろう。覚えていたところで何の不思議もない。
けれど、こんな状況下でやっと出会えたそれらしい相手なのだ。簡単に逃すわけにはいかなかった。おれはどうしても、戦果を急がなければならなかったのだ。
「おれだって条令のことなら知っていたさ。その条令が、10年前の〝あの大戦〟の時、BURST戦士が負けた側に与していたってだけのとばっちりで押しつけられたものだってこともな! そんな理不尽な決め事に従えるか! BURST戦士はバトルするからBURST〝戦士〟なんだ。是が非でも相手をして貰うぞ! さぁ、さっさとBURSTしておれと戦え!!」
「……戦えない理由、三つ目!」
ここまで、淡々と続けられてきた男の言葉が。
急激に勢いを増して、おれへと叩き付けられた。
「病人は速やかに医者に掛かって安静にしていろ!!」
「…………!?」
見透かされていた。
戦果を急いでいる理由を。
ジトリ。頬を伝った冷や汗に、肌色の粉が浮いていた。
「そんな化粧で顔色を隠したぐらいで、私の目をこそ誤魔化せるものか。呼吸の乱れ、眼球や唇の具合、手足の挙動にも異常が丸見えだぞ。本当は立っているのもやっとなのだろうが。…………心臓だな?」
ギグゥッ!!
不規則に脈打つ左胸を反射的に庇う。
まさか、そこまで見抜かれているなんて…………!?
「やはり、な。仮に私がBURST戦士で、条令を気にしなかったとしても、そんな体の人間なんかと戦うのは御免被る! もう一度言う。今すぐ医者に行きたまえ!!」
厳しい声が、おれを打ち据える。
しかしだからといって、すごすごと引き下がるわけにはいかなかった。
「確かに……おれの心臓は病に冒されている。だが、気遣いは無用だ」
男を睨みつけたまま、左胸に当てていた右手を、マントの内ポケットへと潜らせる。
熱い鼓動を掌に掴み、おれはそれを取り出した。
「こんな病気……こうすれば、何の問題もない!!」
掲げた手の中で赤く妖しい光を放つのは、六角形を成す美しい宝石。
「!? 待て、やめろっ……!!」
男の制止になど、一切耳を貸さず。
おれは宝石を左胸へと押し当て、定められた言葉を叫んだ。
「BURST!!」
刹那、宝石から閃光が迸る。
カッと熱を増した心臓を中心に、凄まじいパワーが爆発的に溢れ出し、おれの全身を包み込んだ。
六角形の赤い宝石の名は〝BURSTハート〟。
1匹のポケモンを中に封じ込めた神秘のアイテム。
このBURSTハートを、自らの生命エネルギーの集中する当てどころ、〝BURSTトリガー〟に触れさせて*2「BURST!」と呼びかけることにより*3、使用者は封印されたポケモンと融合し、ポケモンの能力を得た〝BURST戦士〟となる事ができる。
BURSTトリガーの位置は人によって異なるが*4、おれの場合は左胸……文字通りの
ポケモントレーナーがポケモンを出し入れして戦わせるのに対し、BURST戦士は自らがポケモンの能力を振るって戦う、まさしく革新的な戦士の姿なのだ!
光輪が弾け飛び、おれはBURSTを完了した。
深緑とベージュとで迷彩された全身鎧を、すっぽりと覆う若葉色のマント。
マントと同じ色のヘルメットの上には、V字型の角飾りが鋭く屹立している。
どこから見ても威風堂々たる、緑の騎士の出で立ちだった。
「葉ごもりポケモン・クルマユのBURSTだ! これで体調は万全も同様。さぁ、あんたもBURSTしてガッツリ戦おうぜ!!」
漲る活力のままに、改めて戦闘を要求する。
男は唇を噛みしめたまま、じっとおれを凝視していた。
黒いコートを掛けた肩が、小刻みに震えている。
何だ、こいつ、おれのBURSTにビビってやがるのか……!?
と、鼻先に浮かべようとした余裕を、
「この……バカ野郎ぉ!! 自分が何をやっているか分かっているのか!?」
轟雷の如き怒号に吹き飛ばされ、おれは痛烈に竦み上がった。
「何が万全も同様なものか! BURSTハート内のクルマユの健常な臓器がお前の体を支えているだけだ。実際に治ったわけじゃないんだぞ! しかもBURSTをする事自体によって、お前の本来の肉体には非常に大きな負担が掛かっている。言うなれば、副作用の強い麻酔を掛けているのと同じことだ! その状態で安静にすると言うのなら延命治療の手段としてありだと言えるが、言うにこと欠いて戦おうなど自殺行為そのものだぞ! 自分の命は大切に扱え!!」
空気までが怖気るほどの激昂に、思わずしばらく硬直していたおれだったが、言われた言葉を脳裏に浸透させると、闘志を再燃させて向き直った。
「おいおい……BURST中の使用者やポケモンの肉体の状態なんて、直接BURSTに触れたのでもなきゃ知り得っこない話だぞ!? あんたいくらなんでも、この期に及んでまだ自分がBURST戦士じゃないなんて言うつもりじゃないだろうな!?」
「……………………」
「医者になんて、とっくに匙を投げられてるんだよ。銀の滴を使っても治しようのない身体なんだとさ。おれはナワメの剣士だ。ベッドの上で死を待つぐらいなら、BURST戦士として戦いの中で死ぬ方を選ぶ! 」
「……話にもならんな。行くぞ、
忌々しげに吐き捨てて、男は馬首を巡らし立ち去ろうとした。
「ま、待てっ!?」
追い縋ろうと一歩踏み出した、その瞬間。
男が羽織っていたコートの裾がふわりと翻り、内から何か丸い物が躍り出た。
「!?」
黒い顔が、ぎょっとした表情で振り返る。どうやら男にとっても想定外の出来事らしい。
馬上から跳ねるように転がってきたのは、紅白2色のオレンの実ほどの球体……いわゆる普通の〝モンスターボール〟だった。
否、『普通の』と見えたのは最初だけだった。
おれの目前まで到達するなり、そいつは突然ポンッ、とカイスの実大にまで膨れ上がったのだ。
「び、ビリリダマかっ……!?」
一瞬、モンスターボールに化けるポケモンの一種か、と思ったのだが、そうではなかった。今度はボールの上面に一筋の黒い亀裂が音もなく走り、そこから紫色をした影が煙のように立ち上って渦を描き出した。
「こ、こら
叫ぶ男と、呆然となったおれとの間で、勢いを増した紫の渦の中に緑の燐光がいくつも浮かび上がる。
程なく燐光は、不気味な顔のような文様を形作った。
つり上がった目の部分でこちらを見据えると、そいつは開口一番、物々しい声で、
「うわぁダッサァ! 今時BURST戦士とかアリエなくな~い!? ちゅ~かあんた、ナニいいトシして葉っぱのおくるみなんか被ってカッコつけてるワケぇ!? 見てて痛々しいっちゅ~の!!」
……もとい、騒々しいコギャル言葉で喋り始めた。
「な、何だお前は!? これはおくるみなんかじゃない、騎士のマントと甲冑だ! お前こそ、何でモンスターボールに入ったまま出てきてるんだ!?」
おれの知識が正しければ、この紫の渦は確かミカルゲとかいうポケモンだ。だけどミカルゲの渦は、本来岩の塊から生えるものだったはず。ビリリダマサイズのモンスターボールから直接生えているミカルゲなんて、これまで見た本には載ってなかったぞ!?
「あぁ、モンスターボールを着てるのはちょっとしたおしゃれよ。気にしなくていいじゃん。あたしはミカルゲの紫影螺。紫の影の螺旋って書いてシエイラ。このラハード
見たまんまの名前だな。
「でさぁ、ナワメの里だかナワメ村だか知らないけど、どこのド田舎ぁ? 聞いたこともないんだけどぉ~」
「村なんかじゃない! ナワメシティだ!!」
「へぇ、そうなんだ? だったら最初っからそう言えっちゅ~のよ。単にナワメなんて言うから、あたしゃてっきり竪穴式住居に住んでいるような景色を想像しちゃったじゃん!」
「どっから湧いて出た妄想だよ!? そりゃ確かにナワメの市章の縄目文様っていうのは、それぐらい大昔から工芸品に刻まれているような伝統ある文様*5だけどさ、だからって石器時代みたいな暮らしをしているわけじゃないぞ!!」
「フンだ。石コロの力を振り回して得意がってる脳筋戦士には、石器時代がお似合いだしぃ!」
「何だとぉぉっ!!」
無礼なミカルゲと口論していると、ゼブライカを降りてボールにしまった黒肌銀髪の男ラハードが、側まで歩いて来て口を挟んだ。
「ちょっといいか? 〝ナワメタウン〟が、」
「シティって言ってんだろっ!!」
「……かつてその名で呼ばれていたのは、もう随分昔の話だろう。お前自身言っていたように、数多くのBURST戦士を輩出して財を得ていたナワメシティは、10年前の〝あの大戦〟で多数の戦死者を出したことによる人材及びBURSTハートの大幅な減少と、BURST戦士自体の人気低下、更にBURSTによる戦闘行為の禁止令まで出されたことも重なって、今ではすっかり寂れ果ててしまったと聞いているが?」
「……そうだよ。本当にあんた色々知ってんだな」
ちっと舌打ちして、おれはラハードに向き直った。
「だったらおれがバトルを求める理由だって解るだろう!? 〝あの大戦〟で戦死した父さんたちの無念を晴らすため、故郷ナワメに人を呼び戻すため、そしてBURST戦士の汚名挽回のため、おれはこの身体が動く内に名を揚げなければいけないんだ!!」
「汚名は返上するものだぞ? 挽回してどうする」
「……よ、よくあるミスだ! わざわざツッコむな!!」
「お前さんの事情は大体分かったが」
しかしそれでも、ラハードは冷たく言い放つ。
「最初から言っている通り、私はBURST戦士ではないのだ。悪いが他を当たってくれと言うしかない」
「またそんなしらを切って……っ!」
「ねぇ、話聞いてりゃさ、あたしの言ってたこと、当たらずと言えども遠からずだったんじゃん」
「いや遠いよ果てしなくっ! いくら落ちぶれたからって、洞穴暮らしはあんまりだろ!!」
急に脇から割り込んで混ぜっ返してきた紫影螺にツッコみを入れると、何故かラハードが怪訝な顔をした。
「……待て、今『洞穴暮らし』と言ったか?」
「……? あぁ、さっきそのミカルゲがそんなことを言っていたじゃないか」
返答すると、ラハードは黒い顔をますますしかめて言った。
「こいつが言っていたのは〝竪穴式住居〟だぞ? 地面を掘り下げて、その上に屋根をこしらえる建築方式の事で、洞穴暮らしとは全く別物なんだが」
……う。そう言われればそう習った気がする。
「だあああああっ! いちいち細かいんだよ! どっちにせよそいつがおれの故郷のことを石器時代呼ばわりしたのは変わりないだろ!!」
「ふむ、ごもっともだな。では細かい話はここまでということで。さらばだ」
強引に話を切り、ラハードは再度背中を向けた。
ここまでにべもない姿勢を取られたのでは、最早追求のしようがない。ここまでか……?
「……ねぇ先生、今の話マジ?」
妙に真剣な紫影螺の声が、立ち去ろうとしたラハードを呼び止める。
「……? 何のことだ?」
「いや、だから、ほら」
渦の中の燐光を滴の形に、まるで冷や汗のように浮かばせて紫影螺は言った。
「…………〝竪穴式住居〟って」
「……お前なぁ」
思わず、おれの脳味噌が大爆発した。
「うがああああああっ!! 洞穴のつもりで言ってやがったなこのクソミカルゲ! てめぇっ、ケンカ売ってんのかぁ!?」
「はぁ!? 何ボケたこと言ってんのよ。先生大変。こいつマジ自分が何やってんのか分かってない」
「……!?」
はて。今の台詞は先刻おれがラハードに言われた事の繰り返しだが、どうしてここでその台詞が出てくるんだろう?
「ったく、どっちがケンカを売ってんだっちゅ~の。あたしゃ買ってやろうっちゅ~てんじゃん。あんた一体何しに来たつもりだったワケぇ?」
「なっ…………!?」
ズレ過ぎた言い分に絶句した。もちろんおれは〝BURST戦士〟に戦いを挑んでいたのだ。ミカルゲにバトルを買われても一体どうしろと!?
「待て紫影螺、だから、条令が……」
「そんなもんあたしらの特訓に付き合って貰ったってことにしときゃ問題ないじゃん。ポケモンのために能力を使うことに関しては規制されてないんでしょ?」
って、それで問題ないのかよ!? 何だかどんどんおかしな方向に進もうとしている彼らを、慌てておれは遮った。
「ちょ、ちょっと待てよおい、まさか本当にミカルゲに戦わせるつもりなのか? BURST戦士の相手にただのポケモンじゃ負け決定だぞ?」
指摘するのもバカバカしかった。ポケモンと融合したBURST戦士がポケモンより弱かったら融合の意味がない。比べる必要もないことだ。
比べる必要もないこと、なのに。
「はん! 負けかどうかなんて、やってみないと分かんね~でしょうが!」
「……と言うより、その自信の根拠はどこにあるんだ?」
まるで、汚名挽回や竪穴式住居について指摘したのと同じように、
まるで、明らかな間違いを訂正するかのように、ラハードは言った。
「まさか、知らないのか? 10年前の〝大戦〟がどういう物だったのか。BURST戦士たちがどんな相手に、どんな負け方をしたのか……」
「勘違いしてんじゃねぇーーっ!!」
分かってない。
何もかも知ったフリをして、こいつら何も分かってない!
こんな〝事実〟が、〝結論〟であるワケないのに――――!!
「お前らの言いたいことぐらい分かってるよ! 父さんたちはポケモンに負けたって……それも、トレーナーの指揮さえ受けていない野良ポケモンの群れに負けたって言うんだろう!!」
××××
10年ほど前。
ある大規模な組織のポケモン研究施設を、宇宙人が襲撃した。
……突然何だそりゃ、と聞いた誰もが思いたくなるであろう話だが、正真正銘〝大戦〟の概要である。
宇宙人は施設のポケモンたちを洗脳して操り、組織の人員を殺害し施設を破壊し続けた。
対応しようとした組織のポケモンたちまでもが次々と洗脳され、状況は悪化の一途を辿っていた。
最初は施設の1ブロックだけだった被害区域は、いつしか組織全体のポケモンにまで及び、ついには組織外のポケモンまで洗脳の魔手を伸ばし始めていた。
事態が自分たちの手に余ると判断した組織は、BURST戦士の里ナワメシティにポケモンたちの鎮圧と宇宙人の退治を依頼。これを受けたナワメ側も全国に名を売るチャンスと見て、市内外の有志を募り大規模な宇宙人討伐隊を組織した。
宇宙人に操られているとはいっても相手は所詮ポケモン。BURST戦士が集団で掛かれば鎮圧するのは造作もないことだと考えられていた。壮大なる〝駆逐ショー〟を公開するためTVレポーターまで引き連れて、BURST戦士団は件の施設へと向かった。
ところが彼らを待ち受けていたのは、ポケモンたちによる想像を絶する規模の攻撃だったのだ。
余りにも絶大な戦力差の前では、さしものBURST戦士と言えども太刀打ちできず、やがて瓦解して散っていった。
追い詰められた戦士団はBURST禁断の秘術〝アルカデス〟まで持ち出して反転攻勢を試みたが、戦局を変えるには至らず、結局大量の戦死者を出しての壊滅、という無惨な結果となった。
しかし、本当の悲劇はここからだった。
戦士団が連れてきたTVレポーターたちが独自の調査を行い、驚愕の事実を明らかにしたのだ。
宇宙人の襲撃も、ポケモンたちの洗脳も、実は真っ赤なデタラメだった。
組織は違法な実験を行って、施設のポケモンたちを酷使していた。これに堪えかねたポケモンたちによって起こされた反乱――これがこの〝大戦〟の真の姿だったのである。
宇宙人云々は、施設の責任者たちが自分たちへの追求を逃れるために流したデマだった。
呆れたことに、組織の上層部はこれがデマであることを把握しておらず、施設側の言い分を鵜呑みにしてナワメシティに依頼したらしい。そうでなければTVレポーターの調査など叶わなかっただろう。
組織のポケモンたちが寝返ったのも、決起したポケモンたちに同調しただけ。これだけ無能な組織なら、見限りたくなったポケモンたちの気持ちも分からなくはない。
そして、最も救われない事実が判明する。
反乱を起こしたポケモンたちは、人間の通信を傍受して『宇宙人がポケモンを乗っ取って侵略してきた』という情報を入手していたのだ。
それが自分たちのことだなどと知る由もない彼らは、遭遇したBURST戦士を、ポケモンと融合した異形の人間たちを見て、つまりこれこそがそうなんだ、と判断してしまったのである。BURST戦士団が大量の戦死者を出すほどの苛烈な攻撃を受けた所以だった。
かくして、互いが互いを宇宙からの侵略者だと勘違いして地球を守るために殺し合うという、歴史上他に類を見ないほどに虚しい戦争は終結へと向かっていった。ナワメのBURST戦士たちの生命と名誉に、凄惨な被害を残して。
この戦いを語る際、多くの人が〝あの大戦〟と曖昧に呼称するのも、施設の地名や組織の名称を出さないのも、BURST戦士が衰退してすぐに忘れ去られていったのも、こんな恥ずかしい戦いの記憶はさっさと封印してしまいたい、という心理からなのであろう。
封印の内側に閉じ込められた側としては、それで済ましておくワケにはいかなかったが。
××××
父さんたちは、ポケモンに負けた。それは歴史上の事実だ。
しかしそれだけで、BURST戦士が貶められる理由にはならない!!
「よっく聞けよ! 〝あの大戦〟でBURST戦士たちがポケモンに負けたのは……多勢に無勢だったからだ!!」
施設の奴らが流したデマは、宇宙人や洗脳のことだけではなかった。
彼らは失点を隠すため、反乱に加わったポケモンの戦力を過小報告していたのだ。
想定外の物量を持って奇襲され、隊列を整える暇すらなくズタズタに分断され、多数のポケモンに群がられて為すすべもなく斃されていったBURST戦士たちの死に様は、TV中継に克明に映された、紛れもないあの〝大戦〟の真実だった。
「決して実力で負けたワケじゃない! タイマン勝負なら、数の不利がないなら、ポケモンと融合したBURST戦士の方が強いに決まってるだろ! たかがポケモン1匹でBURST戦士相手に何ができるんだよ! やられたくなかったら、こいつを引っ込めてあんたの本当の力を表せっ!!」
返答は、憐憫すら含んだ冷たい2組の視線だった。
「…………どうよ先生。こいつ、放っとける?」
「確かに……重症だなこれは。処置なしと言いたいところだが…………いや、やはり緊急に治療するべきだな。やれやれだ」
深々と溜息を吐いて、ラハードは紫影螺越しにおれと対峙する。
どうやら本当の本気で、ミカルゲでBURST戦士と戦うつもりらしい。
しかしその言い分に気になることを感じて、おれは訪ねた。
「治療って言ったな? おれの病気を治す方法を知っているって言うのか?」
「はっ! あんたの病気の治し方なんて、子供でも知ってるっちゅ~の!」
何故か紫影螺の方が、ふざけた調子でおれに応える。
「!? どういう意味だよ?」
「分からないか? 紫影螺はこう言っているんだよ」
皮肉めいた冷笑を浮かべて、ラハードは自分の頭を指差した。
「〝死ななきゃ治らん種類の病気〟だとな!!」
「……!? 貴様ら、揃いも揃ってバカにしやがってっ……! いいだろう! そこまで言うんなら、BURST戦士の本当の実力を教えてやるから覚悟しろっ!!」
これだけ侮辱されては、もう後には引けない。
それにナワメの名誉のためにも、まずはポケモン相手に〝大戦〟の時の借りを返すというのも悪くはなかった。
「決まりだな。では、シングルバトルのルールでお相手しよう」
「何でもいいさ! 戦士のバトルに細かいルールなんて不要だ!!」
「またカッコ付けちゃって。ど~せルール聞いても覚えられないだけでしょ」
……どうしてこう、何もかも見透かされてるんだ?
歯軋りするおれを、紫影螺は追い打ちとばかりにせせら笑う。
「こっちこそ教えてやろうじゃん。あんたが纏っているそれが、騎士の甲冑なんかじゃなく、赤ちゃんが着るおくるみだってことをねっ!!」
「おのれ、おれのことだけならともかく、クルマユのことまでよくも……っ!!」
怒り心頭に発したおれは、自らのマントの右裾を左手で掴んだ。
その左手の掌に、エネルギーを集中させる。
高まったおれのエネルギーが、呼応したクルマユの虫タイプエネルギーと絡み合う。さながらナワメの市章、二重螺旋を描くように。*6
放した左手を左上空へ向けて振り上げると、おれとクルマユのエネルギーを編んで紡ぎ出した銀色の糸が、5本の指から斜めに伸びてピンッ、と張り詰める。
「ラハード共々、まとめてぶっ飛ばしてやる! 食らえ!!」
研ぎ澄ました右手の爪先を糸へと……否、〝弦〟へとあてがい、鋭く弾いて掻き鳴らす。
奏でた音は若葉色のマントの中で共鳴し、増幅され、超強力な衝撃波へと変換される。
おれなりにアレンジした、BURST版〝虫のさざめき〟。その名も、
「
解き放たれた
「お前のような悪タイプには効果抜群の虫タイプの必殺技だ! 効いただろう!?」
粉塵の中へ向かって勝ち誇った、その瞬間。
おれの胸を、抉るような激痛が襲った。
「ぐあっ……!?」
胸元を見下ろして、ぎょっとした。
左胸に埋め込まれたBURSTハートに、巨大な漆黒の杭が突き刺さっていたのだ。
……と、思った瞬間、その杭は掻き消えた。胸にもBURSTハートにも、傷跡一つ残っていない。
どうやら本物の杭ではなかったようだ。だが、今の痛みは一体……!?
「〝呪い〟よ」
不適な声が、粉塵の中から響く。
「防御を貫通して、問答無用で相手の体力を削っていく技。病気を押して心臓を酷使させてるあんたには効果抜群だったんじゃね?」
徐々に晴れていく景色の中に、紫の渦がその姿を現した。
心なしか、渦が小さくなったようにも見える。だが、それにしても……
「紫影螺……!?
「〝効果抜群〟ではない」
「!?」
紫影螺に続いて、その後ろから黒い大きな影が現れる。
ラハードだった。肩から羽織っていたコートを片手に持った姿勢で、しかし平然とした顔で佇んでいた。
「呪いの攻撃を受けてもまだ分からないか? ミカルゲはただの悪タイプではない。ゴースト・悪タイプだ。悪タイプには効果抜群な虫タイプの技も、ゴーストタイプを併せ持つミカルゲには抜群というほどにはならない。加えてこいつ自身の耐久能力も極めて高い。例えBURST戦士の必殺技でも、十分受け切れたという事だ」
「そ……そうか!!」
複数のタイプを持つポケモンは、共通する相性は相乗し、相反する相性は相殺する。
知らなかったワケではない。おれのBURSTポケモンクルマユは、相性の相乗が特に激しい。草タイプや地面タイプには非常に強いが、炎タイプや飛行タイプには全く適わない……それぐらいは知っていた。
だが、単タイプだけで十数種類もあるポケモンのタイプの組み合わせを、全て把握してはいなかった。
咄嗟に悪タイプだけを注視してしまい、もう一つのタイプにまで気が回らなかったのだ。
「……あんまり口と性格が悪いから、悪タイプの相性だけで通じると思ってたよ」
「なるほど、それは仕方ないな」
「先生ナニ納得してんのっ!? ちなみにね、悪タイプのもう一つの弱点、格闘技もあたしには効かないのよ。ゴーストタイプの弱点も悪タイプの耐性で全部打ち消しちゃうから、弱点なんか一つもないの。どうしようと
変な横文字まで使いつつ、紫影螺は燐光を揺らして得意がった。
「くっ……だがラハード、どうしてあんたまで無事に立っていられる!? そんなコート一枚で
「フッ、あれぐらいの衝撃波など、ポケモントレーナーなら防げて当たり前だ」
コートに付いた埃を払い落とし、ラハードは事も無げに言い放った。
「そっ、そんなワケないだろ!? いつもバトルをポケモンに任せて命令するだけのトレーナーに、そんな戦闘技術なんて……」
「トレーナーはな、常にポケモンに指示を与えられる位置にいるものだ。攻撃の余波や流れ弾など、捌く術がなくては務まらんのだよ」
おれは激しい戦慄に震えながら、目の前に立つラハードを見つめていた。
そんなはずない。こんなバカなことがあるワケがない。
BURST戦士がポケモンどころか、ただのトレーナーひとりも倒せないなんて、そうだ、そんなことは絶対にないんだ!!
「……上等だ! だったらこの攻撃も、防げるもんなら防いでみろっ!!」
ミカルゲに二つのタイプがあるなら、こっちにだってもう一つの必殺技があるんだ。
腰の左に両手を添え、クルマユの草タイプのエネルギーをおれのエネルギーと絡ませる。
左手の中で〝ある形〟へと紡ぎ出したそれを、おれは右手で握り締めて引き抜いた。
「
極限まで研ぎ澄まし、剣の形へと変化させた葉っぱカッター。*7遠距離攻撃用の
「〝弱点〟がないなら、こいつで〝急所〟を突いてやるまでだ! 行くぞぉぉっ!!」
エメラルドグリーンに輝く剣を構え、おれは紫影螺に向かって突撃した。
「ふぅん……剣士って肩書きは伊達じゃなかったんだ」
「悪くない作戦だ。いや、むしろ最良の攻撃だ」
迫るおれを、ラハードは泰然と見据えて迎える。
と、その手が唐突に上がった。
「ただし、あくまでも紫影螺を相手にすることを前提にした場合……の話だがな。戻れ、紫影螺!」
指示を受けた途端、紫影螺の渦がフッと消失し、台座のモンスターボールが縮小して、まるで現れたときの映像を逆再生するかのように宙を跳んでラハードの手に収まった。
「出よ、雷妃!!」
間髪入れず、ラハードは最初に乗っていたゼブライカを繰り出す。
紫影螺が消えて雷妃の縞模様が現れるまではあっという間の出来事で、剣を引く余裕もなかった。電光を帯びたストライプが眼前に広がって、それが右に流れたと思った、次の瞬間。
「うわっ!?」
振り上げていた右手から、
鈍い音を立てて、
「な、何……っ!?」
形状を維持できなくなりはらり、と崩れた草エネルギーの塊は、地面に落ちる間もなくほんの数噛みで雷妃に飲み込まれた。
「くっ……喰った? こいつ、おれの
電光を激しく漲らせて満足げに鼻を鳴らす雷妃。愕然と狼狽えたおれの呟きに、応えたのはラハードだった。
「特性〝草食〟だ。草エネルギーによる技を無効化・吸収して自分の力に取り込んだのさ」
「とくせい……?」
「知らないのか? ポケモンが生まれつきその身に持っている特殊な能力のことだ。タイプだけがポケモンの全てではないんだよ」
その声に無知への嘲りを感じて、ようやくおれは困惑から我に返った。
「くそっ、ズルいじゃないか!? シングルバトルとか言っておきながら、ポケモンを交代するなんて!!」
「ズルくない」
眉一つ動かさず、ラハードは反論する。
「ポケモンバトルでシングルバトルと言えば、3体までのポケモンを1体ずつ出して競い合わせる勝負形式のこと。3体の中でなら試合中の交代もありだ。そのルールで相手をすると言ったはず。しかもその時お前は『戦士の戦いにルールは不要』と言ったのではなかったかね? ルールが不要なら、ズルいも卑怯もないだろう」
「ぐ……ぐぬぬ…………」
「私の手持ちに紫影螺の他に雷妃もいたことは、バトルを挑んできた段階で知っていたはずだ。にもかかわらずお前と来たら、目の前にいる紫影螺しか数に入れずに『数の不利はない』と言い張っていた。それが要治療のバカでなくって何だっていうんだ?」
一言も言い返せない。悔しさに身を震わせていると、更にラハードは付け加えた。
「そもそも、指揮をする私も数に含めれば、最初から2対1だろうに」
この言葉に、先刻
「ふざけるな、何が2対1だ! そのゼブライカを忘れていたことはともかく、直接戦いもしないトレーナーなんか数に入るか! BURSTして戦うっていうのなら話は別だけどな!!」
「なるほど、つまり私がトレーナーの役目に徹する限り、この状況でも1対1だという事だな」
拍子抜けするほどあっさりと、ラハードは頷いた。
「いいだろう。ならばもう交代はしない。この雷妃を倒せたならお前の勝ちでいい」
「数の優位を自分から捨てようっていうのか!? 何で…………ぐうっ!?」
再び心臓が、杭を穿つような激痛に貫かれる。
「さっきの、呪いの効果がまた……くそっ!!」
もう交代しないと言われても、これでは結局紫影螺と雷妃を同時に相手しているのと同じようなものだ。しかしそれを訴えたところで、『直接戦わない奴は数に入らない』ってこっちが言ってしまった後だし、抗議に時間を費やしている間にもどんどん体力が削られてしまう……待てよ!?
「そういうことか……企みが読めたぞラハード!!」
その手には乗るものか! 痛みを噛み殺して、おれは叫んだ。
「BURST戦士の持つ最大の欠点……それは肉体への負担の大きさから来る持久力の無さだ!! あんたはそこにつけ込んで、呪いでおれの体力の消耗を激しくしておいて、ゼブライカの機動力を活かしてチョコマカ逃げ回りながら、力尽きるのを待つって作戦なんだろう!? ポケモンの後ろに隠れて戦うトレーナーらしい姑息な作戦だな! 男なら正々堂々と真っ向勝負しろっ!!」
言われたラハードの銀白色の瞳が、ギラリと煌めく。
「挑戦してきた相手に戦い方を指図されるいわれはないんだがな……言われなくてもそのつもりだ。どの道呪いを受けたその身体では、雷妃の次の一撃は受け切れんよ!」
バカめ、挑発に乗ったな!
BURST戦士の体力を甘くみるなよ。呪いで消耗していようが、雷妃が
攻撃を耐えつつ、
次の一合に勝負を掛けて、おれは雷妃に向かい身構えた。
「呪いがキツいなら降参してもかまわんぞ。再挑戦は受け付けんがな」
「誰が降参するか! 勝つのはおれだぁーーっ!!」
「フッ、気合だけで勝てれば苦労はない……行け、雷妃!」
ブルルッ! と鼻息を荒げ、蹄音を蹴り立てて雷妃の馬体が迫る。
ふと、背筋を奇妙な悪寒が走った。
この一撃、食らってはいけない……!?
何故か回避を訴える両足を、おれは決死で押さえ込んだ。
バカな気の迷いだ。ここで躱しなどしたら相手の思うつぼ。逃げに入られて呪いでやられるだけだ。ナワメの剣士の誇りにかけて、何としても耐えてみせる!!
大丈夫だ、耐えられないはずはない。草タイプは電気タイプの技に耐性がある。虫タイプ複合による相性の相殺は……ない。今度こそ間違いない!
電気タイプの突撃なら、絶対に受け止められるはずだ!! 電気タイプなら――――
「今だ! ニトロチャージ!!」
「!? なっ…………」
瞬間、地を駆る雷妃の蹄が、炎を上げる。
吹き上がる炎を纏って加速した雷妃は、
「ぐぁああああああああああっ!!」
紛れもない、炎タイプの攻撃!? ヤバい、と思ったときには既にどうしようもなかった。
虫・草タイプのクルマユにとって、炎タイプの技は最悪の相性。
亀裂から入り込んできた熱に体内を焼かれながら、おれは茜空に焼かれた大地を転がった。
「あづい、あづ、あづあぁっ、ああああああぁ……っ!!」
何度ものたうち回り、悶え苦しみ、やっと身体の熱が引いた頃には、もう――
指一本動かす力も、残ってはいなかった。
「勝負は付いたな」
黒肌銀髪の顔が、倒れたおれを見下ろす。
「言っただろう? 受け切れないと。BURSTしている限り、タイプの相性による影響を大きく受ける……まだ生身で受けた方がマシだったかもしれんな」
「嘘……だろ…………? こんなの、ありえない……」
朦朧とする意識の中、やっとの思いで声を絞り出す。
「ゼ、ゼブライカは電気タイプだけのはず……なのに、なんで炎タイプの技なんか…………まさか、他のポケモンの技も使えるっていうのか…………!?」
「つくづく付ける薬もないな、お前」
心底呆れ果てたと言わんばかりの声が、おれに浴びせられた。
「ニトロチャージを使うゼブライカなど、その辺の草むらに入ればいくらでも出会える。進化前のシママですら普通に使ってくるぞ」
「……え!?」
ぽかんとして顔を上げたおれに、ラハードは解説する。
「ポケモン自身が持つタイプと、そのポケモンが使う技のタイプは同じとは限らない。自分のタイプの技では突破できない相手や、苦手な技を使ってくる相手に対抗するための、自分とは違うタイプの技……いわゆるサブウエポンの修得は、野生のポケモンすらやっていることだ。ましてやトレーナーのポケモンなら、使いこなして当たり前だ」
知らなかった。
そんな、当たり前と言うほどのポケモンの知識さえ、おれは。
「もっとも、中には他のタイプの技を覚えるのが苦手なポケモンもいる。特性や能力の都合で、器用に立ち回ることのできないポケモンもいる。そんなポケモンたちでも活躍できるよう、他のポケモンと組み合わせた作戦を考え指示するのが我々トレーナーの役目だ」
皮肉めいた笑みが、ラハードの声に混じる。
「そう、例えば――呪いなどを掛けて徐々に相手の体力を奪いつつ挑発することで、技を回避する選択肢を失わせたり、な!!」
「!?」
ここまでのバトルの流れ一つ一つが、脳裏にフラッシュバックした。
「そん……な、まさか、それじゃ、この技を確実に決めるために、最初から何もかも計算して……!?」
「その通りだ。そちらに余力のあるうちにこちらの手の内を晒して、万一躱されてしまったら、お前は雷妃の攻撃を決死で躱しつつ、私を直接狙い討とうとしていただろう? 奥の手は出す場所を選ぶものだ」
まるで、ずっと黒い巨大な掌に閉じ込められた中で戦っていたことに、たった今気付かされた気分だった。
もし、あの時こうしていたら、こう動いていたら……
駄目だ。駄目だ!
何もかも読まれ、先手を打たれて負けるビジョンしか思い浮かばない――!!
「分かったか。これがポケモンバトルだ。広い視野を常に確保し、敵味方双方のポケモンの戦力と状況を見定めて、それに応じた最適の指示を下すのがポケモントレーナーの戦い方だ。人とポケモン、それぞれが与えられた役目を全力でこなしてこそ、最高の結果を上げられるのだ」
漆黒の指を突きつけ、ラハードは言い放った。
「だが、常に前線で戦うBURST戦士は、そのために視野が狭く戦況の把握が困難だ。その上自意識が強すぎる傾向もあって、仲間と連携した行動を取ることも満足にできない。無理にコンビネーションをしようとしても、すぐに分断されて各個撃破されるか、もしくは隙を突かれて一網打尽にされるかのどちらかしかない……*9」
そう、だ。
それは、まさしく――
「そう、まさしく〝あの大戦〟で、BURST戦士たちがそうしてポケモンたちに敗れていったように、だ! 『数の不利』で負けた!? その通りだとも。容易く数を不利にさせられる戦略性の無さ、それこそがBURST戦士の致命的な欠点なんだよ! あの戦いを見た人々の多くは、それを理解したんだ。どれほど高い能力を得られようと、BURSTが戦いの役に立つことはない、とな!! だからBURSTは見放されたんだ。条令など関係なく、BURST戦士は廃れる運命だったんだよ……」
完敗、だった。
おれを構成する何もかもが、完膚なきまでに敗れ去ったのだと、思い知らされた。
敗北感に飲み込まれながら、意識が沈んでいく。
見上げれば、灯り始めた星明かりを、遮って立つ黒い影。
その肩の上がぽんっ、と丸く膨らんで、紫の渦を浮かばせた。
「悲願達成おめでとさん。したかったんでしょ? 『汚名挽回』。けゃはははははは!!」
身にも心にも止めを刺され、おれは目の前が真っ暗になった。
××××
××××
「会いたかったぜ、クルマユ!おれ、この日のためにこの10年、鍛えに鍛えて強くなったんだ!!」
BURSTハートの中へと入り、初めて最深部に辿り着いたあの日。
緑色の葉に包まれて、虚ろな眼差しを向ける小さなポケモンに手を伸ばし、おれは呼びかけた。
「さあ、父さんたちの名誉を守るため、BURSTの力を世間に知らしめるため、おれに力を買してくれ!!」
〝あの大戦〟で父さんたちがポケモンに敗れた後、ナワメシティが味わった苦境は生半可なものではなかった。
収入の要であったBURST戦士たちを数多く失ったばかりか、組織に報酬はおろか、戦死者手当も、情報を偽った賠償すらも拒否されたのである。
それどころか、組織は自分たちへの世間の矛先を分散させるために、BURST戦士へのネガティブキャンペーンまで行い始めた。『我々がポケモンを虐待していたというのならBURST戦士は何だ。ポケモンを石の中に閉じ込めて能力を吸い上げるのは虐待ではないのか』と。
この流れにポケモン協会までもが乗った。〝大戦〟で明らかになった組織の違法行為の数々に激怒していたポケモンたちを宥めるため、彼らもまたスケープゴートを必要としていたのだ。
その結果、ポケモンと締結することになった数々の友好条約の中に、BURSTによる戦闘行為を禁止する一文が盛り込まれてしまったのである。これで〝BURSTの里〟としてのナワメシティの命運は完全に断たれた。
苦難はなおも続いた。〝大戦〟でBURST戦士がポケモンに敗れたことを知ったならず者たちが、多数のポケモンで武装して生き残りのBURST戦士を襲撃、当時非常に高価な値が付けられていたBURSTハートを強奪するという、〝BURSTハート狩り〟が各地で相次いだのである。
戦闘禁止令のために戦うこともできず、条令を無視して迎え撃っても――実際、大抵は正当防衛が適応されたが――、複数のポケモンに取り囲まれて弱点を突かれてはひと溜まりもなく、更に数多くのBURST戦士が犠牲になった。
いや……今にして思えば、それもBURST戦士に戦略的な戦いができなかったため、だったのだろう。
やがて襲撃を恐れたBURSTハート所有者たちが自ら市場にBURSTハートを放出。その結果BURSTハートは盛大な値崩れを引き起こし、ジュンサーたちの努力もあって盗賊による被害はなくなっていった。けれど、その頃にはもう、誰もBURSTに見向きもしなくなっていた。
そんな逆風の中、おれは親族の間を盥回しにされながら、たった独りでBURST戦士を目指し続けた。
盗賊に目を付けられないよう、BURSTハートを持っていることをひた隠しにし。
『生まれついて持った病魔に堪えられる身体を作るため』と称して心身を磨きながら。
父さんやご先祖様たちが残した資料を頼りに、独学で修行を重ねていった。
母さんを早くに亡くし、気に掛けてくる親族も皆無だった孤独な環境も、密かな修行を続けるのに味方してくれた。そうでなければこの世情だ。バレた途端に止められていただろう。
そしておれは艱難辛苦の末、自らBURSTハートの中に入り、クルマユと心を重ねてBURST戦士になったのである。
だが、なったところで条令がある以上、大っぴらに実力を示すことはできない。
この身がまともに動かせるまでの間に、BURST戦士の名を揚げるためには、他のBURST戦士を見つけだしてハイレベルな戦いを行い、人々に語り継がれていくしかないと考えた。
散々各地を探し回り、ようやくそれらしい相手を見つけたのが今回の話で。
そして結果は、ご覧の有様だ。
BURST戦士ですらない相手に敗れたばかりか、今日まで目指してきた全てが無意味だったとまで、おれは知らされてしまったのだった。
××××
「そろそろ落ち着いたか? ベイガン」
ようやくベッドの上に上体を起こせるまで回復したおれに、ラハードが声を掛ける。
意識が戻ったのは、もう数時間前だった。
気絶している間に、付近の宿へと運び込まれたらしい。
呪いとニトロチャージで受けたダメージは、目を覚ますまでの間にラハードによって適切な治療が施されていた。
だがBURSTが解除された結果、病んだ心臓はおれに恐るべき激痛を訴えてきたのだ。
ニトロチャージの時をも上回る地獄の責め苦に苛まれていたおれに、しかしラハードは何もしてくれなかった。
――忠告も聞かずにバカな戦いをした当然の報いだ。その内治まるだろうから、それまで精々苦しんでいろ。もし万が一のことがあったら、遺品をナワメタウンに届けるくらいはしてやる――
そんな声を、苦悶の最中に聞いたような気がする。
まだ肩で喘いでいたおれの背中を、柔らかな感触が撫でさする。
振り向けば、おれを直接打ち倒した相手、ゼブライカの雷妃の鼻先がそこにあった。
ラハードと紫影螺が冷たくおれを見放した中、この雷妃だけはずっとおれをさすっていてくれたのだ。
「……あぁ、ありがとうよ。もう大丈夫だ」
お礼に鼻面を撫でてやると、ブル、と優しい嘶きで応えてきた。
「戦っているときから気になっていたけど、喋らないんだな、こいつ」
ポツリ、と漏らしたおれの疑問に、答えたのはラハードだった。
「あぁ。雷妃は人間語の発音が苦手でな。だがこっちの言葉はちゃんと理解しているし、それに……」
「はいは~い、雷妃ちゃんの言ってることは、このミカルゲの紫影螺ちゃんが逐一正確に通訳してあげゃああああああっ!?」
膝の上に乗っかっていた紫影裸をラハードが片手で軽く放り上げた途端、室内にピカッと電光が走る。
ピクピクと痙攣しながら落ちてきた紫影螺を、ラハードはまた膝で受け止めた。
「……こいつの通訳は時折虚言が混じるが、その時にはこのように雷妃の電撃制裁が入るから問題ない」
「『逐一正確』から既に虚言かよっ!?」
しかしまぁ、ヒアリングしかできないポケモンというのも、今時珍しいというか懐かしいものを感じる。
まだ父さんが生きていた頃は、人間の言葉を話せるポケモンなんて特別な訓練を受けたごく一部のポケモンだけで、コミュニケーションを取るのに四苦八苦するのが当たり前だったものだ。
友好条約の締結以降、ポケモンとの文化的な交流が盛んになって喋るポケモンも珍しくなくなり、最近じゃ野生のポケモンが普通に挨拶してくるぐらいである。
もっとも、当時のナワメにも喋れるポケモンがいなかったわけではない。現におれのクルマユとだって、BURSTハートの中に入った時に話をしているのだ。
と言っても、話をしたのはあの時だけだし、やっと念願のBURSTができることに夢中で、どんなことを話したのだったかろくに覚えてはいないのだけれど。
などと物思いに耽っていると、おもむろにラハードが口を開いた。
「そういえば、まだ正式に名乗ってはいなかったな。私はラハード。サザナミ湾の片隅で医師を努めている者だ」
「医者!? そうか、紫影螺が先生って呼んでいたのはそういう……」
道理でおれの病状を一目で見抜いたわけだ。それに、医者なら様々な人と関わる中で、BURSTについての知識を得ていたとしても何ら不思議はない、か……。
結局ラハードの言っていた通り、挑戦自体が見当外れだったようだ。
開かれた窓からそよぐ真夜中の風に、おれの溜息が流れていく。
と、目の前に一組の荷物が差し出された。
「お前の荷物だ。治療に邪魔だったから脱がせた衣服と、BURSTハートもそこに入っている」
「……奪わなかったんだな」
荷物の中に赤い輝きを認め、おれは呟いた。
BURST戦士のバトルなら、BURSTハートを奪い、奪われるなんてよくある話だ。BURSTハートの金銭的価値が今や暴落しているとはいえ、武装解除の理由で没収されることも覚悟していた。
その必要を求めるほどの力すら、認められなかったというわけか……。
「あんたらと一緒にすんなっ!」
紫影裸の罵声が飛んできた。おれとしては自嘲的な意味合いを込めての呟きだったんだが、彼女には侮辱と受け取られたらしい。
「まったく、ポケモンと人間の絆を勝手に奪って平気なのはね、泥棒とBURST戦士だけだっちゅ~のよ!」
「紫影螺の言う通りだ。ポケモン協会が定めた条令でも、禁じたのはバトルだけで、所持を禁じて没収することはしなかった。〝あの大戦〟のポケモンたちでさえ、戦死者のBURSTハートは奪っても、生きて捕虜になった者から奪い取ることはしなかったと聞いている。BURSTハートと所持者の関係だって、尊重されるべき絆には変わりないんだからな」
「だったらいっそ、おれを殺して奪ってくれてもよかったんだよ……!」
部屋の明かりを感じられぬほどの真っ暗な気分で、おれは吐き捨てた。
「どの道、もう長くはない身なんだ……ポケモン相手どころか、ただのお医者さんトレーナーにさえ、渾身の必殺技を振るっても通じないBURST戦士なんか、これ以上生きてたって何の意味があるってんだよ……」
膝を抱えたまま、力なく頂垂れる。
涙は零れなかった。泣く気力すら尽き果てていた。
ふと、近付いた気配を振り返ると、紫の渦がベッドに上ってきていて、
「ちょっとあんた、あたしを抱いてみ?」
と、突拍子もない事を言ってきた。
「な、何だよいきなり!? 同情のつもりか!? 突然言われても、おれにはそんな趣味ないぞ!?」
掻き寄せたシーツで身を庇いながら這いずさると、紫影螺は見る見る渦を紅色に染めて怒鳴った。
「どんな意味で取っとんじゃボケぇっ! 抱っこせいっちゅ~てんのよ!!」
「あ、そう……って、だからどうしてだよ!?」
「いいからやってみなって。そしたらあんたのさざめきもどきが先生に通じなかった理由も納得できるかもだし」
「? よく分からないけど……まぁいいか」
言われるままに、渦の下のモンスターボール部分を抱え込む。
「油断させておいて、抱き上げたとたん変なことをする気じゃだろうな?」
「別にぃ。襲ったりする気はないから安心しなよ。さぁさぁ」
促されて、おれは両手に力を込め、
「!? どわぁっ!!」
バランスを崩してベッドから落ちかけた。
重い。身軽げな動作からは信じられない重さだ。
モンスターボールの中にいるのなら、ポケモンの重量は相転移されて感じられなくなるはずだが、紫影螺が『おしゃれで着てるだけ』と言っていた事から考えてこれが本来の重さなのだろう。だが、それにしても……!?
「な、何て重さだっ!? どう考えても100kgはあるぞ!? お前、こんなにデブだったのガハッ!?」
燐光を怒筋の形に浮かべた渦に顔面を殴られ、ひっくり返ってベッドが軋む。
「う、嘘吐き……襲わないって言った癖に……」
「乙女への禁句を口にするからだバカタレっ! しゃあないでしょあたしの体重108kgは美しさの罪の重さなんだから!!」
うわー、ちゃっかりいけしゃあしゃとおこがましいことをよくもまぁ……
……って、ちょっと待てよ?
意外に重かったから取り落としかけたけど、BURST戦士なら108kg程度、両手で持ち上げるぐらいは容易い重さだ。とはいえ……
ラハードはさっき、膝の上に乗っていたこいつを、片手でバスケットボールみたいに放り上げて、落ちてきたのを膝で受け止めていたんじゃなかったか!?
い、いや、それだけじゃない。
気絶する直前、おれの見間違いじゃなければ、紫影螺は……ラハードの、肩の上に乗っかっていたような……!?
目と口を全開にして振り返ると、ラハードは相変わらず澄ました顔で言った。
「私が軽々と紫影螺を扱っていたことにずいぶん驚いているようだがな、10歳程度の子供でも、自分の体重ぐらいのポケモンを余裕で抱えられる子がいるぐらいだぞ。*10重いポケモンと付き合ってりゃ力なんて自然に鍛えられる。大人の私なら108kgぐらい大した重さじゃないさ」
「こういうことよ。あんたの攻撃払い除けた時も先生言ってたけど、ポケモントレーナーってあんたが思ってるよりもずっとずっと強いの。あんな遠距離からの、しかもあたし越しで威力も減ってた音波攻撃を防がれたことなんて、全然絶望するようなことじゃないっちゅ~ワケ! 解った?」
解らざるを得なかった。その強さを。
しかしだからこそ、余計に解らないことがある。
「それだけ強い力があって……どうして自分でバトルしないんだよ……?」
「あんたまだそんなこと言ってるワケぇ!? トレーナーの指揮がポケモンバトルでどんなに大切なのか、あんだけ手玉に取られて何で解んないの!?」
「納得できないんだよ! ポケモンと融合して戦っているBURST戦士が、自分で血も汗も流さずポケモン頼みで戦っているトレーナーと比べて、視野の広さや連携能力で劣ってるなんて言われても……っ!?」
どんなに結果や理屈を並べられても、受け入れられなかった。
楽をしている方が強くなれるなんて、不公平だとしか思えなかったのだ。
「『何故自分でバトルしないのか』と聞かれれば、こいつらを育てて競い合わせるのがトレーナーとしての私の役目だから、だ。他に答えようもない」
深く考え込んだ表情で、ラハードは言った。
「むしろ私の方が逆に訪ねたいね。なぜお前さんたちBURST戦士はいつも、バトルだけを基準に話をするんだ?」
この問い返しは、おれをますます困惑させた。
「は……はぁ!? 何言ってんだ!? 戦士のする話に、バトル以外の何があるんだよ!? トレーナーがポケモンを育てるのだって、バトルのためなのには違いないだろう!?」
「そこから思い違いをしているんだよお前は……」
肩を竦めて、ラハードは首を横に振る。
「我々がこいつらを育るのも、競い合わせるのも、全てはより深くポケモンと関わりたいから、だ。こいつらと過ごす時間全てがトレーナーとしての私の目的そのものであり、バトルとはそのための手段の一つにすぎない。ポケモンとの関係があってこそのポケモンバトルであって、決してバトルのための関係などではないんだよ。〝バトルで自分を強くする〟ために〝ポケモンを使っている〟BURST戦士とでは、目的と手段が根本的に逆ということだ」
そんな……!?
それじゃ、BURST戦士にとっては常識の、『ポケモントレーナーがポケモンを出し入れして戦わせるのに対し、BURST戦士は自らがポケモンの能力を振るって戦う』という比較定義自体が、根底から間違ってるってことなのか……!?
混乱の中に立ち尽くしていたおれに、今度は紫影螺が切り込んできた。
「『自分で血も汗も流さない』ちゅ~のもやめてよね。バトルで戦わなくたって、先生は普段からあたしたちのために頑張ってくれてんのにさ。毎日の健康管理やポケモンフーズの調理、一匹一匹のお悩み相談に至るまでね。ポケモン頼みどころか、むしろあたしらの方が先生を頼ってんだっちゅ~のよ」
ブルルッ! と、雷妃が紫影等に同意するかのように鼻を鳴らす。
「ところであんた、TVの『ポケモン講座』は見たことないワケ?」
不意に放たれた紫影等の問いに、おれは当惑した頭を横に振った。
「いや、子供の頃からBURST戦士になること一筋で、TVみたいな娯楽は全然見てこなかったから……」
「ポケモン研究で有名なお爺ちゃん博士*11の番組なんだけど、毎週最後に必ず、そのお爺ちゃん自身が体を張ってポケモンの技を受けてみせてくれてんのよ。そりゃもちろんじゃれつく程度の攻撃なんだろうけどさ、それにしたってあたしよりもずっと重い奴とか、力が強い奴、荒っぽい気性の奴とかの攻撃だってよ!? スタジオの外まで吹っ飛ばされたり、火炎や電撃で丸焦げにされたり、毎週毎週そんな目にばっかり遭ってるっちゅ~のに、次の回ではケロっとした顔で番組に出てくんのよ。どう? これでも『トレーナーは自分で血も汗も流さない』なんて言えるワケぇ?」
言えるワケがない。
何かを言えるほど、おれが知っていることはなかったのだから。
「そのお爺ちゃんが言ってたよ。『ポケモンと触れ合ってできた傷はトレーナーの勲章』だって。*12もちろんうちの先生の身体にだって、あたしたちが付けたげた〝勲章〟がいっぱい飾られてんだからねっ!」
「っておい、それ付けた奴が偉そうに言うところなのか!?」
「もっともらしいことを言って、日頃の悪戯の数々を美化するんじゃない!」
ラハードと同時にツッコみを入れた。よかった。この感性は正しいようだ。
「ちなみに最近の勲章はっちゅ~と、雷妃ちゃんが寝ている先生に無理矢理襲いかかって、口にするのもはばかられるような破廉恥プレイの数々を仕掛ゲギャガガガガガガガガガガッ!?」
調子に乗って何か暴露しかけた紫影螺が、雷妃から電光を浴びて香ばしい香りを立てた。
「……電撃制裁が入ったのを見れば分かる通り、最後のは紫影螺の冗談だから本気にするな」
「ちょっ、ふたりともセコッ!? 今のは実話なのにっ!?」
「何が実話なものか! あの時私を押さえつけて雷妃をけしかけた主犯はお前だろうが!!」
あ、悪戯自体はマジ実話なんだ。
「ちゅ~ワケで、あたしらポケモンの面倒を見るっちゅ~のは、それだけで半端ない苦労があんのよ。バトルで前線に立たないからってだけで、トレーナーを怠け者や卑怯者みたいに言うなんて、見当違いもいいところだかんねっ!」
あくまでも〝悪い例を見せてやった〟つもりらしい。
恐ろしいことに、こいつを性悪だと思えば思うほど、その言い分の正しさを認めたことになる。納得するより他になかった。
「すっごくよく解ったよ。酷い偏見してて済まなかった。トレーナーって大変だったんだなぁ……」
「まぁ、悪霊に取り憑かれたようなものさ」
しみじみと頭を下げたおれに、ラハードは苦笑いして応えた。
確かに、おれはポケモントレーナーについて、何も知らないのにナメ過ぎていたようだ。
そもそも戦士でないトレーナーを、BURST戦士の基準で判断すること事態が間違いだった。
その上で納得できる強さも持っているのだから、負けたおれが卑下する必要なんて、
「むしろさぁ、自分で血も汗も流してないのはBURST戦士の方じゃん」
紫影裸が放った舌鋒が、再びおれの心を揺るがした。
「……どういう意味だよ?」
「言葉通りじゃんよ。自分が受けるべき痛みをポケモンに押しつけてる。まさか、そういうシステムだってことすら知らないワケ?」
ざくり、と言葉の刃が、呪いの杭より鋭く胸を突き刺す。
確かに、BURST戦士が受けたダメージは、BURSTハートのポケモンと分け合うことで軽減されている。それがBURST戦士の超人的な耐久力の秘密だ。激しいダメージを負った直後などは、BURSTハート越しにも生命力が減っているのが分かるほどだ。*13だけど……。
「だけど、ダメージを請け負ってるとはいえ、ポケモンはBURSTハートの中にいる限り生命を保護される。ダメージなんていくら受けてもすぐに回復するはずだろ? 直接戦って傷付くBURST戦士とでは、リスクが全然……」
「なぁにが『戦って傷付く』だっちゅ~の! 好き勝手やって傷を押し付けてるってことでしょ~が! すぐに治るっつったって、痛いことには変わりないんだからね!!」
突然、紫影螺の剣幕が上がった。これまでにも増して痛烈な罵声が、おれをたじろがせる。
「あんたどうせ、親からBURSTハート受け継いだクチでしょ? ポケモンの技とか特性とか、子供でも知っているような基本的なことすら知らないのがその証拠じゃん。どうせBURSTハートを貰えるって決まってるもんね。他のポケモンの知識なんか必要ないって思ってたんでしょ!!」
怯んだまま、何も言えない。図星だったからだ。まるで記憶を覗かれたように、全て言い当てられていた。
「ポケモンを封印した初代の人間なら、そのポケモンと付き合った上で封印してんだから、ちゃんとポケモンのことを知ってるし分かってる。心だって通じてるし、自分がどんだけBURSTハートの力に護られてるかもしっかり自覚してるじゃん。それに引き替えあんたら世襲BURST戦士ときたら、ポケモンの事なんかポの字どころかeの上の点一つ知りもしないくせして、そのポケモンから力を借りといて自分が強くなったっちゅ~てんだから呆れたもんじゃんよ! 身勝手に好き放題戦って、BURSTハートのポケモンにどんだけ苦しい思いをさせても知らんぷり。タチが悪いったらありゃしないっちゅ~の!!*14」
おいおい……eの上の点とまでいうかよ普通!?
っていうか、何でお前はそこまでBURSTハートやBURST戦士のことを知ってんだよ? 医師であるラハード先生はともかく、ポケモンの紫影螺までが異常にBURSTに通じてるなんてどういうことなんだ?
だがそんなことより、他の何を置いても、伝統あるナワメのBURST戦士として反論しておかなければならないことがあった。
「……確かにおれのBURSTハートは、父さんの家系に代々受け継がれてきたものだ」
おれがそう切り返した時、ラハードの銀色の瞳がギラリと反応を見せた。
「やはりな。そういうこと、か……」
ちっ、こいつも紫影螺同様、世襲のBURST戦士は不完全だと決めつけているんだな。
その小さな呟きの後、何も言わずに再び押し黙ったラハードを睨み返して、おれは言葉を続けた。
「だけどっ! おれはちゃんとBURSTハートの中に入って、クルマユと直接会って力を使う許しを貰っている! ナワメのBURST戦士はみんなそうしてきたはずだ! 身勝手に戦ってるとか、心が通じてないとか、決してそんなことあるもんか!!」
いくらBURSTの有効性を否定されても、BURST戦士とポケモンの絆まで否定させはしない!
ラハードだって『尊重されるべき絆には変わりない』って言っていたじゃないかっ!!
「へぇ~…………、通じてるんだ、心」
一転、凍てつくほどに冷ややかに、けれど言葉の鋭さだけはそのままに紫影螺は言った。
「だったら教えてよ。そのクルマユの……好きな食べ物はな~に?」
「…………え?」
不意に向けられた意味不明の質問に、おれは一瞬思考を停止させた。
「な、何でそんなことを……」
「いいじゃん、言ってみてよ。心が通じてんのなら当然知ってるんでしょ?」
何のつもりなのか分からなかったが、とりあえず落ち着いて知識を整頓する。
「……バカな質問だから、答えに困っただけだ。BURSTハートのポケモンは食事を取らない。常に健全な状態に保たれるようになってるからな。だから好きな食べ物なんて答えようもないよ。2度と外に出られないし、所有者の傷みを請け負わなきゃいけないけど、その代わりにずっと飢えなくて済むし、老いたり病気になったりする心配もないんだ」
「そうね。でも所有者を介して、外の情報は感じているはずじゃん? 音楽とかだったらどんなのが好きなの? 好きな花の種類とか、好きな雄のタイプとかさぁ、何でもいいからその仔の趣味を答えてみなさいよ。まさか、心を通じ合わせたパートナーの嗜好を、何一つ知らないなんちゅ~ワケないでしょ?」
矢継ぎ早に繰り出される妙な質問が、おれの苛立ちを掻き立てた。
「い……いい加減にしてくれっ! 音楽だの花だのバトルには関係ないし、互いの趣味なんて知らなくったって心ぐらい重ねられてるよ!! それに、それにっ…………」
苛立って怒鳴り返しながら、ふと紫影螺の言葉に綻びを見つけ、おれはそれを掴んで引いた。
「『好きな雄のタイプ』って、一体何を根拠にクルマユが雌だなんて決めつけてんだっ!? 雄かも知れないじゃないか!? クルマユのことなんて何にも知らない癖に、そっちこそ勝手なことばっかり――――」
それ以上、続けられなかった。
綻びの糸を引いた結果、引き裂かれたのはおれ自身だった。
「うっわぁ……まさか、ここまで分かってない子だったなんてねぇ……」
毒々しい軽蔑にまみれた紫影螺の声が、言葉を失ったおれに突き付けられる。
相槌を打つように、ブルルルッと雷妃が嘶いた。
「そうよ。まさしく今、雷妃ちゃんにまでツッコまれた通り 、」
止めを刺すべく。
紫影螺の言葉の刃が、おれに振り下ろされた。
「もしそのクルマユが雄だったとしても、ホモという可能性だってアギャアアアアアアアアッ!?」
……豪快に空振って雷を落とされた紫影螺を見ても、おれはクスリともできずにいた。
電撃制裁をした、ということは、雷妃は違うツッコみをしたのだ。
恐らくは……正しいツッコみを。
「『雄かも知れないじゃないか』ね」
そのツッコみは、紫影螺が差し損なった止めは、ラハードが引き継いだ。
「つまりお前さん自身、相方のことを性別すら知らないというわけだな」
しかもそれを、今の今まで疑問にすら思っていなかったのだ。
自分から暴露してしまえるほどに。
ざっくりと切り裂かれたおれの心に、焦げた紫影螺が非難の声を吐き掛けた。
「まぁったく、呆れ果てたわ! あんた、自分のポケモンの事なんてそれっぽっちも把握していなかった癖して、よっくもまぁ『心が通じてる』なんてフけたもんね!? BURSTハートの中に入ってツラ会わせただけで心まで合わせた気になってたワケぇ!? ざっけんじゃないっちゅ~の! そんなのクルマユに合わせてもらってるだけじゃん!!」
どこまで言われても仕方がない。おれ自身、自分のバカさ加減を罵りたい気分だった。
「あんたさぁ、所持者を失ったBURSTハートのポケモンがどういうことになるのか知ってんの!? 次の所持者と心を合わせられるまで、ずっと暗黒と静寂と孤独しかない世界に閉じこめられんだよ!? BURSTハートの効果に守られてるせいで、意識を失うことも気が狂うことも許されずにね! そんな無限地獄の果てに、昔の所有者と似た気配が流れ込んできたら、そりゃ相手がどんなバカガキでも二つ返事で力を貸したくなるっちゅ~の! 全てを失い、孤独に陥った者を騙すのは、さぞ簡単なことだったでしょうね!」
だからどうしてお前はそういうことを知ってんだよ!? BURSTハートのポケモンの事情とか、詳しいにもほどが有り過ぎるだろ!?
っていうか、今更気付いたけど、ミカルゲが医者の助手って、一体どんなことをしてるんだ?
普通は医者だったらハピナスとかタブンネとか、でなきゃエスパータイプのポケモンを連れてそうなイメージだろう。ゴースト・悪タイプが医者の助手って、随分ミスマッチな気がするんだが……?
「実際あんたがポケモンと心を合わせれてるかなんて、あの無様な戦いぶりを見れば丸分かりだっちゅ~の。ゼブライカ見たらニトロチャージを警戒することなんてマジ常識なんよ? 当然あんたのクルマユだって知ってたと思うわ。ねぇあんた、クルマユは本当に何にも言ってなかった? 炎技との相性最悪のポケモンが、雷妃ちゃんが迫ってくるのを見て、『躱して』って言ってこなかったっちゅ~の!?」
はっと血の気が引いた。
あの時背筋に走った感覚、あれはクルマユの発した警告だったのか……!?
「へぇ、心当たりあるって顔だね。聞こえてて無視したワケ。聞こえてもいなかったっつったらそれはそれで問題だけど……どっちにせよ最低だわ。なんでBURSTハートのポケモンが出したメッセージに目を向けてやれないの!? 結局、あんたは自分のことしか考えていないんだ! そんな人間が、最強の戦士なんかになれるもんか!!」
最低か……違いない。
この上、BURSTハートの中で会った時にクルマユとどんな話をしたのか覚えていない、などと白状したら、一体何と言われるのだろうか。
「あたしらポケモンにとって、先生みたいなトレーナーは、パパやママってカンジじゃん。*15いつでもあたしたちを見守ってくれて、たくさんの事をしてくれる。だからあたしらは、先生のために力一杯働きたいって思えるんよ。それに引き替えBURST戦士ときたら、能力貰ってるあんたらの方がガキだっちゅ~のよ! ピイピイと嘴を開いて、親鳥に餌をネダってばっかりの甘ったれたヒヨッコ! 粗相の始末を親に任せて恥ずかしいとも思わないクソガキじゃん!だからあんたが纏ってんのはおくるみだっちゅ~てんのよ! 戦闘禁止令が敗戦のとばっちりってのもお笑い草だわ。街ぐるみで詐欺にあったナワメシティには同情するけどさ、ポケモン協会にしてみれば、あんたらみたいな思い上がった悪ガキ共を野放しにできなかったのは当ったり前じゃん!! 」
もう、駄目だ。負けたことより酷い。
BURST戦士の有効性のみならず、正当性まで根こそぎ否定された。
無意味を通り越して、全て間違っていた……。
「あぁ、思い上がりっつったらアレがその最たる例じゃん。ほら、〝あの大戦〟の最後の方に現れたっていう……えっと、何つったっけ? アルバカ……?」
「アルバカじゃない! 〝アルカデス〟だろっ……!!」
奇跡的に動いた口で、紫影螺の間違いを訂正する。
いや、間違いと言うより、おれを煽るために挑発したのか。
「そうそう、そのあるバカです、よ」
バカを強調された。確実にワザとだ。
下手な反論をしようものなら、今度は〝アル〟と〝デス〟を省略するつもりに違いない。歯を食いしばって耐えるしかなかった。
「もうよせ、紫影螺……」
ラハードから制止の声がかかったが、紫影螺は構わずアルカデスへの罵倒を続けた。
「うんにゃ、この際とことんぶちまけさせて貰おうじゃん! 複合BURST能力だか何だか知んないけど、大勢で戦っても勝てなかった能力を、たった一人にまとめたところで勝てるようになるワケないっちゅ~の! ハッタリだけの無駄能力ひけらかして、戦局も読まずにノコノコと出撃して、一方的にボコられて何の戦果も挙げられなかった挙げ句、力を使い果たして勝手にくたばっちゃったんだって? まさに人間至上主義の虚栄の象徴だとしか……」
「そのアルカデス能力者は……っ!!」
我慢し切れず、おれは紫影螺の言葉を遮った。
「あの〝大戦〟でアルカデスとして戦ったのは……おれの、父さんなんだよ…………っ!!」
××××
・第3章・広角と精細と
「後に何が残ったっちゅ~のよ……っ!?」
「やっぱり、駄目だ……!」
「無理じゃない」
・第4章・死と生と
「お前は戦士なんだろう!? なら戦え!」
「ったくあんたはっ! いい加減にしろっちゅ~のっ!!」
「いやだっ、て……そう言ったら、聞いてくれるんですか…………?」
果たしてベイガンの運命は?
ラハードたちの正体とは?
そして、BURSTに未来はあるのか?
吐き出す心・下に続く!!