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凍える世界のサマヨール

/凍える世界のサマヨール

狸吉作『からたち島の恋のうた・飛翔編』
~凍える世界のサマヨール~


 朝、目が覚めたら、世界が変わっていた。

 ●

 夕べはクマシュンにでもなってしまいそうなとても寒い寒い冷え込んだ冬の夜で、毛の先端まで震える身体をモンスターボールの奥深くに押し込んで眠りについたものだった。
 一夜明け、俺様は今愕然としていた。
 住み慣れた小屋の奥に据えられたボールに入って寝ていたはずだったのに、小屋の外に広がっていたのは何もかもまるで見知らぬ光景だったのだ。
 見渡す限り、一面の白、白、真っ白。周囲にそびえる建物の屋根や塀の上も足元に広がる道の上も、さながら大量のワタッコかモンメンが群を成したかのような白い何かで覆い尽くされていた。
 何だこれは。いや、それよりここはいったいどこなんだ!?
 こんな白いモコモコだらけの場所は知らない。見たこともないし匂いも嗅いだ覚えがない。
 我が家は、俺様の愛する家族は、いったいどこへ消え失せてしまったんだ!?
 とにかくこのままでいても埒が開かない。とりあえずは前に進んでみようと、足元の白いそれを恐る恐る踏み付けてみた。
 サクッ、とそれは呆気なく崩れる。途端にジンとした冷たさが肉球に突き刺さり、思わず出した脚を引っ込めてしまった。
 駄目だ……こんな得体の知れない代物に包まれたわけの分からない場所を独りで闇雲にさまよったりしたらどうなるか知れない。どうしよう。どうしたらいいんだろう。
 凍てついた静寂が重苦しく支配する中で、俺様は途方に暮れてただそこに立ち尽くしていた。
 ――と、その静寂を一つの気配が打ち破る。
 ザク、ザク、ザクと、綿雲を割砕く鈍い音が一つ一つこちらへと近付いてくる。
 誰だ……? いったい何者だ?
 訝しんで身構えた俺様の前に、やがてそいつは現れた。
 白く飾られた塀の陰から、ぬっとその身を出した大きな影。太い二本の足でのし歩くその全身はこんもりとした布で幾重にも覆われ、頭頂部に揺れる房飾りと首元から垂れた大きな布切れが寒風の中で踊っている。
 こいつ……サマヨールだ。間違いない。これまで会ったことはなかったが、聞いた通りの姿をしている。
 どうしてサマヨールが俺様の前に……? まさか、こいつが俺様をここに連れてきたのか?
 黙ったままキッと睨みつけていると、奴はおもむろにブカブカの布に包まれた大きな手を差し出し、
「……行くぞ」
 くぐもった声で、俺様をいざなった。
〝手招きポケモン〟の異名そのままの仕草で。
 一時逡巡したが、結局俺様はその誘いに乗った。いつまでもこんな場所に独りで留まっているわけにはいかない。早く俺様の家族の元に帰るのだ。
 とにかく怪しいことこの上ないサマヨールだが、奴の気配に悪意は感じない。布地の奥から漂うプレッシャーも、威圧的と言うより何だか……馴れ馴れしい? 物を感じられる。
 こいつについて行っても、何も悪いことにはならない――明確な根拠はなかったが、俺様はそう感じていた。

 ●

 ザク、ザク、ザク、ザク。
 道を覆う純白に足跡を点々と刻み付けながら俺たちは歩いていく。
 どちらも何にも語らぬまま、ただ黙々と歩を進める。
 坂を登り、角を曲がり、小さな橋を渡って。
 どこまで行っても、どこまで行っても、ありとあらゆる場所が白まみれ。ここがどこなのかも、我が家がどこにあるのかも分からない。さっぱり何の手掛かりもつかめない。
 心細さに捕らわれて傍らを歩くサマヨールの足にすり寄るようにしながら、何度も何度も振り仰いで奴の様子をうかがった。けれど、たっぷりとした布に隠されてその表情は見えず、当たり前のように奴は前進を続けていく。
 いったいこいつは、どこへ行くつもりなんだろう?
 俺様を、どこへ連れて行くつもりなんだろう?
 そうこうしているうちに、俺たちはいつしか木々に囲まれた細い道を進んでいた。
 白いフワモコを花のように咲かせた枝の間を抜ける細道の先には、やはり白く彩られた階段が丘の上に向かって続いていた。
 どうやら俺たちは、この階段を登って上へと進むらしい。
 登って…………
 ――――!?
 刹那。
 周囲の冷気よりなおゾッとする感覚が、俺様の背筋を震わせる。
 ま、まさか。
 まさか、俺は。

 聞いたことが、ある。
 サマヨールの進化系ヨノワールは、死んだ人間やポケモンの魂を集めてあの世に連れて行く役目を担っているのだと。
 もし、もしこのサマヨールも、同じことをしているのだとしたら……!?
 ……………………
 ――あぁ、そうなんだ。
 俺様は。
 俺は。
 死んじまったんだ、な。
 だからきっと、この真っ白な階段は、天国へと昇るための階段なんだ。
 やだよ……やだよぅ。
 みんなのところに帰りたいよぅ。
 一か八か、こいつを噛み倒して一目散に逃げ出してしまおうか? 相性から言えば容易く勝てるはずだ。
 ……でも、逃げたところで、こんな寒くて白い世界をどこに向かって走れば我が家に辿り着けるのかも分からないし。
 それにもし、本当に俺が死んじまってるのならば、もう何をやったって無駄かも知れない。
 どうせ誰だって一度は死ぬのだから、先に行って待っていたっていいではないか。きっと天国は暖かくて楽しいところに違いないし。
 それに、それに…………。
 何故だろうか。この階段を見ていると、来たことなんてあるはずのない場所なのにまるで毎日通い慣れた道であるかのような既視感が感じられてきた。
 もしかしたらこの階段を登れば、案外その向こうはもう見知った場所で、愛する我が家がすぐそこに見えているのかも知れない。
 そうさ。どっちに転んだって、悪いことになんかなるもんか。
 何だかどんどんそう思えてきて、俺様は急ぎ気味の足取りになって、白い欠片を蹴散らして階段を登って行った。

 ●

 階段を登り詰めた、その上には。
 暖かな天国も、見知った景色も、どこにもなかった。
 あったのはこれまでと同様、否、これまで以上にどこまでも果てしなく白い白の海。
 地平線の彼方まで続いていそうなその白の大海原に、天国っていうかあの世なんてこんなもんなんだろうな、と妙に納得した。一切の色を失った、まさしく死の世界に相応しい光景だ。
 俺様の魂も、この無数の白の中に溶け込んで行ってしまうのだろうか。そんなことになっちゃっても、みんな俺様のことちゃんと見付けてくれるかなぁ……?
 思わず漏らした俺様の溜め息が、白い世界に更なる白を足す。
 と、それに合わせたかのように、サマヨールもまた顔を覆う布の間から白い霧を吐き出した。
「ふぅ……」
 え。
 吐息に混じって微かにこぼれた奴の声。
 相変わらずくぐもっているその声に、しかし何かを感じて顔を上げると。
 唐突に奴はその大きな手を顔の布にかけて、そして。
 引き下ろした。
 ――――――――!?
 顕わにされたサマヨールの布の奥。
 驚愕に見開かれた俺様の視線が、そこに吸い込まれた。

 ●

 ○

「はー、さすがにこれだけ着込んで歩くとそろそろ暑いや……ん?」
 鼻まで覆っていたマフラーを引き下ろして火照った顔を外気に晒すと、足元でまん丸に開かれた眼がこちらを仰視していることに気が付いた。
「どうした? オチャ丸」
「あ……あれぇ!? マサオ坊ちゃん!? な、何で!? どうして!? サマヨールが坊ちゃんに変わっちゃった!?」
「……はぁ!? 誰がサマヨールだ誰が!?」
 いきなり素っ頓狂なことを言い出した我が愛ポケ、ポチエナのオチャ丸にすかさず僕はツッコミを入れる。
 まったく、さっきからそわそわと様子がおかしいとは思っていたけれど、まさかポケモンと間違えられていたとは。そりゃまぁ毛糸の帽子を深々と被り、鼻から下をマフラーで包み込み、お父さんにもらったダブダブのダウンジャケットを羽織って、手袋と長靴で完全武装したこの姿はちょっと見サマヨールに似ていなくもないかも知れないけど、それにしたってさぁ。
「お前もポチエナだったら、いくら防寒具で顔が見えなくたって家族ぐらい嗅ぎ分けてくれよ。言うに事欠いてサマヨールはないだろサマヨールは!?」
「そ、そうなんだけどおかしいんだ。こうしていても全然坊ちゃんの匂いがしてこないんだよ!? まさか坊ちゃん、本当に幽霊になっちゃったりしてるんじや……!?」
「なわけないだろ!! ……あぁ、そうか。なるほど」
 得心して、僕はいまだにパニクっているオチャ丸の鼻面を優しく撫でた。
「お前、この寒さで鼻がバカになっちゃってるだろ?」
 寒さに慣れていないポチエナやブルー、ヨーテリーなどの仔供には、割とよくあることらしい。*1
「ほ、ほえ? あぅ、そうかも……じゃあ、本当に、本物のマサオ坊ちゃん…………?」
「当たり前だ!」
「……うぁあぁぁぁぁぁぁん! 坊ちゃ~ん!!」
 僕の正体に納得すると、突然オチャ丸は僕の胸に飛び付いて凄い勢いで泣きじゃくり始めた。
「こらこら、今度はどうしたんだよ」
「酷いや酷いや!! 俺様が寝てる間にこんな変てこな知らない所に運んで、そんなおかしな格好して何にも言わずに連れ回すなんてぇ!! 俺様がいったいどんな思いをしたと思ってんだよぉ!!」
 支離滅裂に頓珍漢なことを喚きだしたその顔を、両側からガッシリと挟み込んで捕らえる。
「ふにっ!?」
「つくづくとことんおバカさんだな! お前はどこにも運ばれてなんかいないし、ここはお前の知らない場所なんかでもないんだよ!」
 そのままグイッと、これから行こうとしていた方向へオチャ丸の顔を向ける。
「ほら、よく見てみなよ。夕べ降った雪にすっかり埋もれちゃってるけど、ここは僕らがいつも遊びに来ている空き地じゃないか!!」

 ○

 ●

「あ……ほんとだ……」
 匂いが感じられないことを気にせず、白く積もったものを無視して地形だけを見れば、毎日駆けずり回っている丘が、窪みが、広場が、いつもの空き地が、確かにそこに広がっていた。
「え、でも、雪ィ!? 雪って空からチラホラ降って来るあれのこと!? 嘘だろ、あれがどんだけ降ったらこんなにもそこら中を埋め尽くすことになるんだよ!?」
「まぁそりゃこの辺じゃ普段はそんなに降らないからチビのお前が知らないのも無理はないけどさ、北の山から雪雲が降りてくるとこんな風にいきなりドカッと積もることが何年かに一度あるんだよ」
「そっかぁ……じゃあ、俺が今朝起きたあそこも、ここまで来た道も……?」
「お前が今朝起きたのは僕ん家のお前の小屋の中で、ここまで一緒に来た道は僕らのいつもの散歩コース! どんなに雪に埋もれていたってこの町はちゃんとお前の知っているいつもの町だし、いくらサマヨールみたいにダブダブに着込んでいたって僕はちゃんとお前のパートナーのいつもの僕だよっ! 安心したか?」
 な、なぁんだ、そうだったのかぁ……。色々変な心配して損しちゃったよ。
 ほっと安堵の溜め息を白く吐き出すと、その向こうで坊ちゃんがクスクスと笑い声を上げた。
「まったくお前ときたら! いつも通りのことをしているだけだったのにこんなにもオタオタしちゃって! 本当にいったいどんな思いをしてたって言うんだよ!? このビビりめ!」
 凍えていた顔面がたちまちカッと熱くなり、俺様は慌てて言い繕う。
「い、いやぁ、もちろん俺様には最初から全部分かってたさ! ちょっとボケてみただけだよ~だ! や~い引っかかった引っかかった!」
「嘘吐けぇ! さっきまで泣きべそかいて縋り付いていた奴がよく言うよ! これでも食らえ!!」
 言うなり坊ちゃんは近くの枝を打ち払った。乗っていた雪の粒がキラキラと輝きながら俺様の顔に降りかかる。
「わぷっ!? やったなぁ! お返しだ!!」
 力一杯跳びかかり、坊ちゃんを雪の山の上に押し倒す。雪の粒が寒空に飛び散り、俺たちの笑い声と共に弾んで転がった。
「さぁ、いつもの空き地で、いつものように目一杯遊ぼう! 帰ったらお母さんがいつもの通りに温かい朝御飯を作って待ってるぞ!!」
「おぅ!!」
 新雪に足跡を連ねて、俺たちはいつものように走り出した。

 ●

 どんなに景色が変わっても。
 どんなに姿が変わっても。
 俺たちの絆はいつも、いつまでも変わらない。
 絶対に。



 からたち島の恋のうた・飛翔編『オチャ丸くん自信過剰?』シリーズ
 ~凍える世界のサマヨール・完~


※ノベルチェッカー結果
【合計枚数】 17.2枚(20字×20行)
【総文字数】 4912文字
【行数】 343行
【台詞:地の文】 25:75(%)|1247:3649(字)
【漢字:かな:カナ:他】 21:60:5:19(%)|1051:2940:246:910(字)


※あとがき
 Doble Park閉鎖記念作品として掲示板での最後の作品となりました本作品でしたが、リアルで繁忙期に入っていたこともありWikiへのUPが一月以上も遅れてしまいました。
 掲示板にも書きましたが、本作は『火の小悪魔たち』以来の登場となるオチャ丸くんの物語であり、彼のモデルとなった僕の亡き愛犬との思い出が元ネタになっています。さりげにシリーズタイトルも付けちゃいました。オチャ丸くんはポチエナなのでもちろん隠し特性は今回も前回も*2明記したとおりビビりなのですが、『ビビりのオチャ丸』なんてシリーズタイトルではいくら何でも愛犬に悪いのでタイトルだけ進化させておきました。
 愛犬は既に亡く、一緒に遊んだ空き地も今ではすっかり開発されて見る影もありませんが、想い出はいつまでも残りこうして形にすることが出来ました。 



 オチャ丸「俺様はずぅっと坊ちゃんと一緒だぞ!」

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歪んでいます……おかしい……何かが……物語のっ……


*1 童謡『ゆきやこんこん』2番で「犬は喜び庭駆け回り」とあるのも、本当は喜んでいるのではなく匂いが消えてパニクッているのだとか。
*2 前回は隠し特性が発表される前だったにもかかわらず、しっかりビビりまくっていた(笑)

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Last-modified: 2012-01-31 (火) 00:00:00
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