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心臓の音が煩いほど高鳴り、その度に余計なことを考えてしまう。
雑念を振り払うように深呼吸をし、心臓の鼓動を少しでも鎮めようとする。
しかし、既に何度も経験しているはずであるにも拘らず、この瞬間はあまり好きになれないし、緊張が解れる気がしない。
今、僕は最後のジム戦を控えていた。
夢見ていたはずの世界がどんどん近づくにつれて、それがどうしても夢幻だったのではないかと信じることができない。
あれから更に半年以上、まさか旅を始めてからたった一年足らずで夢の舞台の入口までやってきてしまった。
何度かトレーナーセンターにも足を運んだが、こんな快挙を成し遂げた者はこれまででも数えられるほどしかいないととても驚かれていたが、もっと驚いているのは自分の方だ。
ルナと二人きりだった時間が長く、それまでのバトルの経験も少なかったため、自分の自信と呼べるものが全くなかったせいもあるのかもしれないが、旅を始めてからというもの、僕は誰からも『未来ある有望なトレーナー』だと褒めちぎられるのが嬉しい半面、恥ずかしくもあった。
すごいのは僕ではなく、僕と共に戦ってくれたルナ、ユリ、ヒトミの三匹の方だと伝えたいが、そう言葉にしても認めてくれるのは僕の存在を前提としたポケモン達の評価だ。
今の僕がこうして評されるのは、それこそ今日まで僕の事を信じてずっと支えてきてくれたルナとユリとヒトミの存在のお陰だ。
一度は夢を諦め、ルナの気持ちを考えずに一人で全てを投げ出そうとしていたのに、そんな僕にそれからもずっと尽くしてくれるルナ。
これからの事を考え、僕を諭してくれたあのトレーナーから受け取り、新しく仲間に加わったものの、僕の考える幸せを当てはめたせいで上手く関係を築けなかった中、ポケモンがトレーナーへ感じている思いを気付かせてくれたユリ。
そして、僕も一番驚いているけれど、ヒトミは本当に大きく変化したと思う。
普通のスキンシップはおろか、バトルのことも、トレーナーとポケモンの関係のことも、普通の生き方すら知らなかったヒトミはとても素直に僕の言葉を聞いて、色んなことに興味を持って、そしてその全てをしっかりと吸収していった。
幼い頃のルナとの純粋に世界最強を目指していた頃のような付き合い方を思い出すような純粋さで、好奇心に満ちたヒトミを見ているとまだ常識を教えてあげないといけないと感じる多少の不安はあるものの、やはり楽しそうにしているのを見るとこちらも楽しくなる。
心配していたルナやユリとの関係もあっという間に良くなってゆき、今では一緒に居ない時の方が見かけないほど仲良くなっていた。
バトルに関してもルナやユリが沢山教えてくれたのか、ヒトミのバトルでの成長度合いはそれこそ破竹の勢いだった。
一抹の不安さへも吹き飛ぶほどヒトミは成長し、今ではルナやユリと同じく、僕のパーティになくてはならない頼もしい存在になっていた。
そんなみんなが僕の元へ来てくれたからこそ、僕は今、こうして最後のジム戦に挑めるのだろうと考えると、本当に感謝以外の言葉が思いつかない。
「それでは挑戦者、ユウヤさん。どうぞバトルフィールドへお進みください」
「はい!」
一歩ずつ噛み締めるようにしてスタジアムの中央にあるバトルフィールドのトレーナーのスタンディングポジションへ歩いてゆく。
フィールドの向こう側に立つジムリーダーは、やはりその立ち姿を見るだけで分かるほど、堂々とした立ち振る舞いで僕の事を待っていた。
「ようこそユウヤ君。いいバトルにしよう」
「はい! よろしくお願いします!」
ジムリーダーの方との挨拶が終わると、ジャッジが互いのポケモンを出すように指示してきた。
心臓の音が更に高鳴ってゆくのがよく分かる。
もう一度深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出してからボールに手をかける。
「よし、ルナ! 出番だ!」
「小手調べだ。迎え撃て! ゴローニャ!」
「それではジムバトル、開始!!」
お互いのポケモンがフィールドへ降り立ち、準備ができるとジャッジが戦闘開始の声が響き渡った。
「アブッ! アブルルル……!」
「そうだね。大丈夫、僕達なら勝てる! ルナ! サイコカッター! その後はすぐに高い場所に移動するんだ!」
鳴り止まない旨の高鳴りは僕を不安にさせるが、いつも最初にやる気に満ち溢れたルナが、僕を勇気づけ、不安を忘れさせてくれる。
後はいつも通り。皆が全力を出して戦えるように、僕は全力でルナ達の戦いをサポートするだけだ!
今回のジムは岩タイプや地面タイプのポケモンを主軸にして戦うジムリーダーが相手。
そのためか、フィールドは全体的に岩場のようにでこぼこしていて足場があまりよくない。
そしてジムリーダーの戦いかたは、ある程度は事前情報として公開されているため、一戦目でジムリーダーが繰り出してきたゴローニャの戦術も把握していたため、一先ずルナを先制攻撃で牽制を行いつつ、高い位置へ移動するよう指示した。
このジムのジムリーダーの戦いかたは至ってシンプルで、地形を利用した高機動、高威力かつ動きの読みにくい『ころがる』と、『あなをほる』を主軸とした反撃しにくい技で急接近し、高火力技を叩き込まれることが多い。
接近を避けるために高い場所で遠距離攻撃を主軸にして戦えば、同じように遠距離攻撃を多用して持久戦に持ち込む……ように見せかけてジリジリと距離を詰めながら回避が困難な『じしん』を使ってくる。
シンプルが故に攻略も難しい。
しかし、ジムバトルは関門であって絶対に勝てない訳ではない。
戦いかたや編成には必ず弱味もあり、ジムリーダーは挑戦者が来る度に立ち回りを変え、気付くことさえできれば勝てるように戦ってくれる。
とはいえ相手は世界に名を馳せる本当のポケモンバトルのプロ。
そうそう簡単に弱点にも気付かせてはくれないし、気付いたとしても実力が足りなければ成す術もない。
だけど勿論負けるつもりはない。
今の皆が最大限の実力を発揮できるよう、何度も何度も戦術を考え、的確な指示を出す方法を考え、皆と心を一つにできるように皆と沢山の時間を過ごして仲良くなり、皆がどんな風に動きたいのかを考えたり、実際に動きと指示を合わせたり……本当にできることはなんだってやって来たつもりだ。
だから、ジムリーダーの方々には失礼かもしれないけれど、僕は
「なるほど、予習はバッチリ済ませてきたというわけか。ならば君の想像通りに事が運ぶか……その身をもって確かめてみたまえ! ゴローニャ! 転がれ!」
ルナの角が薄い紫色に発光し、その光がそのまま光の鎌となって帯を成してゴローニャに向かって飛んでいった。
牽制のサイコカッターをものともせず、明らかにわざと僕に先制を取らせたジムリーダーは想定通りゴローニャに転がるよう指示した。
岩を削る轟音と共にゴローニャがフィールドを縦横無尽に走り回る。
唯一想定外の事態が起きたとすれば、その速度が自分の予測を遥かに上回っていたことだ。
他の方とのバトルの様子が幾つか一般公開されているが、その動画で見ていた時と実際のに目で見る動きは大袈裟ではなく、二倍以上の差があった。
「どうした? 少年。事前情報と違い過ぎてついていけなくなったか?」
「いいえ。確かに想像していたよりも早いです。でも、まだ想定の範囲内ですよ! ルナ! 電光石火で追いかけろ!」
「いい返事だ! ゴローニャ! 更に加速しろ!」
僕の表情を見てジムリーダーは問いかけてきたが、問いかけの意図はすぐに分かった。
想定外などこれから先のバトルでは当たり前になる。
つまり、このジムでは公開されていたバトルの様子そのものがブラフであり、事前情報と違う相手への即対応力を確認しているということだ。
先程も言った通り、ジムバトルは関門であって通常のバトルとは違う。
それぞれのジムリーダーは故意的にポケモンのタイプを片寄らせ、タイプでの弱点を作り、戦術もジムごとに偏りがある。
その時点でかなりのハンデを背負っているにも拘わらず、どのジムリーダーもギリギリの戦いを強いられるように仕掛けてくるのだから、一切ハンデの無い状態だとそれこそ勝ち目も見えないだろう。
だが、それだけのキャリアを積んでいるからこそ、後輩である僕達に優れたトレーナーとして必要なことを実戦の中で教えてくれる。
流石に手持ちポケモンや技などの情報に偽りはないが、それ以外の部分ではほぼどのジムでも一つはブラフがある。
その上細かく変えてくるため、戦略の練り直しや立ち回りの従順な変更が必要になる。
一番ビックリしたのは大声や歓声でポケモンに正確な指示が出しにくい状況という中でジムバトルをしたことだろう。
だけど勿論あの時も問題なく勝てた。
ジムリーダーに想定内だと言ったのは虚勢でもなんでもなく、本当にその速度なら今のルナの電光石火を使えばギリギリ追い付けるからだ。
高速で岩場の谷間を駆け抜けるゴローニャをルナが対戦前に予め指示しておいた通り、ゴローニャよりも少し高い岩場を走って追いかける。
そして高く、簡単には乗り越えられない岩が連なる方向へ追い込むことができた。
「今だ! 飛び掛かれ!」
「良い機転だ。だがゴローニャにしてみればこんな岩場は障害ですらない! 見せてやれ!」
壁伝いに反転してくると考えていたゴローニャはなんと逸り立つ岩場を難なく登っていったため、ルナの攻撃は外れ、予測していた地点に着地する形になった。
「まずい! ルナ! 避けるんだ!」
避けるよう指示を出した時には既にゴローニャは岩場を登りきり、丁度ルナがいる辺りに落ちてくるような軌道を描いて宙に舞っていた。
「キャン!」
「ルナ!」
ルナもそれに気付いたため、急いで後ろに飛び退いたが、直撃は免れなかった。
しかし判断が早かったためか、ルナはすぐに身を翻して綺麗に着地した。
ダメージもそれほど大きくはないようで、すぐに身を低く構えて臨戦態勢に入る。
「上手く避けたようだな。だがまだ続くぞ!」
「今しかない! ルナ! 悪の波動で押し返せ!」
「何っ!?」
そのままの勢いで突っ込んできたゴローニャに臆せず、悪の波動の指示を出す。
予想よりもゴローニャの速度が早かったものの、速度が落ちたタイミングでなら当初の作戦が使えると考えたが、どうやらルナもそれを感じ取ってくれたらしい。
作戦は上手くいき、ルナを中心に黒い霧のようなものが現れ、それが衝撃波となってゴローニャに命中し、そのまま押し返した。
ダメージ自体はさほど与えられていないようにも感じられたが、あの高速機動を止めること自体が目的だったため問題はない。
しかしもしこのままだったとしても耐久力を活かした大技による連続攻撃を仕掛けてくるだろう。
だがそれも想定済みであり、ルナはしっかりと僕が想定していた最良の状況を生み出してくれた。
僕の基本戦術は意外かもしれないが、一瞬のチャンスを作りだして連撃を叩き込むのが得意だ。
そのために通常は出来る限り慎重に立ち回り、隙が生まれた瞬間に相手を崩し、ポケモン達の動きに合わせて技の指示を出す。
普通は『何を』しながら『どの技を』出すのかまでが指示のセオリーなのだが、それでは指示が長くなり、相手にも何をしたいのかが筒抜けになるため対策を立てられやすい。
そのために僕なりに考えて導き出した戦法だ。
なにもポケモンは必ずトレーナーの指示に合わせなければならないわけではない。
事実、他人から譲り受けたポケモンが、前のトレーナーの方が優れた指示を出していたためにトレーナーの指示に従わないことは間々ある。
それはつまり、ポケモン自身も『前のトレーナーの方が的確だった』と判断しているからこそ見くびられるのだろう。
逆に言えばトレーナーがポケモンに合わせてもいいはずだ。
人間に好きな戦術や試合展開があるように、ポケモンにもやりやすい戦いかたや好きな動きがあるはずだ。
勿論それは容易な努力で成り立つものではなかった。
それこそルナとはもう覚えてないぐらい昔からその練習をほとんど毎日やっている。
「電光石火!」
「近距離なら間に合うと思ったか? ゴローニャ! ストーンカッターで迎撃しろ!」
ゴローニャに向かって高速で駆け出すルナに対し、ゴローニャもすぐに体勢を立て直して、岩の刃を作り出してルナめがけて振り抜いた。
流石はジムリーダーのポケモン、対応もトレーナーの指示の理解力も高い。
しかし、ルナはそのまま正面から飛び込むように見せかけて、ゴローニャの左脇へ抜けて行き、振るい降ろされた強烈な一撃の下を潜り抜け、後ろへ回り込んだ。
「何!?」
今度はジムリーダーが驚きの表情を浮かべる。
それもそのはず、僕はルナに対して『回り込んで』なんて指示は与えていない。
だからこそこの動きは予測できない。
そのまま後ろに回り込んだルナは後ろ足を軸にして反転し、おもいっきり後ろからぶつかる。
不意を突かれたこともあり、ゴローニャの巨体はそのまま前のめりになる。
そしてルナはそのゴローニャの体を使って高く飛び上がった。
「サイコカッター!」
「くそっ! ゴローニャ! 躱せ!」
高く飛び上がったルナはすぐに薄紫の刃を作り出し、少しだけ体を捻り、すぐに状況や指示が理解できていないゴローニャに向けて撃ち出した。
こういう場合、人やポケモンは問わず、『躱せ』とだけ指示されると理解できなくなる。
何処から来るのかも、何が来るのかも分かっていないせいで、まずその対象を探してしまうからだ。
そのせいでルナが上にいることに気が付くのに遅れ、シャドーボールが直撃した。
「シャドークロー!!」
そのまま落下する速度に合わせてシャドークローを指示すると、
「トドメだ! サイコカッター!!」
着地するのが先か否か、今度は前足を軸にしてルナはすぐさま指示通りサイコカッターを角に成型していく。
大きく体を一回転させてから纏った光を今度はそのまま刃にし、振り抜く角の先にある光の刀身でゴローニャを真一文字に切り裂いた。
流石のゴローニャもその攻撃は耐え切れなかったのか、刃をもろに受けて大きく後ろへ吹き飛び、そのまま地面を転がって岩壁にぶつかって止まった。
「ゴローニャ!!」
「やったぁ!! ルナ! よくやった!」
「アブッ!!」
「ゴローニャ戦闘不能。次のポケモンを準備してください。チャレンジャーはポケモンの交代が可能です」
「いいな……。実にいい。これなら私も久し振りに本気が出せそうだ。ゴローニャ。よく頑張ってくれた」
伸びたまま動かなくなったポケモンを確認し、ジャッジは高らかにルナが先生の白星をあげたことを告げる。
ルナは喜び勇んで僕の方へ飛んできた。
あれだけの連撃を繰り出してかなり疲れているはずなのに、そんなことは微塵も感じさせない。
だけど油断もしない。
そのまま次のポケモンも続けて倒せるならこれ以上いいことはないが、僕の戦い方の弱点は短距離走に近い戦いかたのため、ポケモンへの負担が重いことだ。
そのため殆どの場合、一戦毎にポケモンを切り替える。
連戦すればもしも勝てたとしても、交代してまた次の交代までの間に体力が回復しきらないだろう。
それに幸い、今回のジムはユリとヒトミはタイプ相性が良いため、ルナがあまり無理をする必要はない。
「ルナ、少しの間だけど休んでおいて。また頼むよ!」
「さあゆくぞ少年! ここからが本番だ! ドンファン! 出番だ!」
「よし……! ユリ! 頼んだよ!」
ジムリーダーが次に繰り出してきたのはドンファン。
戦いかたは先程のゴローニャに近く、『ころがる』による高速移動で撹乱し、『ころがる』の直撃か、動き回ってへばった所を『ギガインパクト』や『たたきつける』等の高火力技をその体重や、鼻の長さを利用して絶妙なリーチで使ってくる。
そうなれば立ち回りは先程とほぼ変える必要はない。
が、相手はジムリーダーだ。
恐らく同じ手は通用しない。
「二戦目、開始!」
「先手必勝! ユリ! 波導弾!」
「叩き落とせドンファン! そしてそのまま転がれ!」
ユリが先制攻撃で繰り出した波導球はドンファンめがけて飛んでいったが、ドンファンはそれをしっかりとその鼻で叩き落とし、ほぼそのままの勢いで転がり始めた。
当然のようにドンファンの移動速度も事前情報とは違い、恐ろしい速さだったうえ、先程とは違ってまっすぐユリの方へ向かった来た。
「ユリ! 躱せ!」
「ルァン!」
しかしユリならばこの程度の速度は問題ない。
体を半身後ろへ下げて戦闘態勢を取り、猛進するドンファンを相手に待ち構える。
直撃するかと思われた次の瞬間、闘牛士の如くギリギリでひらりと躱し、すぐに向きをドンファンの転がっていった方向へ向き直していた。
ユリは元々育てていたトレーナーの鍛え方が凄かったのか、それともユリの天性のセンスなのかは分からないが、僕の手持ちのポケモンの中ではずば抜けてバトルのセンスが良い。
心を開いてからというもの、ただ強かったユリの動きは更に洗練され、まるで何年来ものパートナーかのように動きを合わせやすかった。
僕のバトルのスタイルを考えてか、動きは可能な限り最小限に、かつ決める時は決して反撃も回避も許さない怒涛の攻め込みなのに、僕には何をしたいのかを動きで分かりやすく伝えてくる。
今回のユリの躱し方も完全に一つの動きを僕と合わせるためだろう。
その後も連続で高速で走り回るドンファンの動きを完全に捉え、攻撃のタイミングで全てを紙一重で躱し、ひたすらにチャンスを待ってくれた。
「今だ! ドンファン! 叩き落とせ!」
「この瞬間だ! カウンター!」
ジムリーダーが攻撃を躱し続けるユリに対してフェイントを掛けるために転がる速度に乗せて別の攻撃を繰り出してきたが、その攻撃こそが僕が待っていたチャンスだ。
高速で転がり続けるドンファンに対して、下手な攻撃を行えば巻き込まれてしまう。
かといって遠距離攻撃は高速で動き回る敵に対しては確実に当てるのが難しくなる。
無駄撃ちをすればそれだけ体力を消耗してしまう。
そのため、ユリの動きから敵の攻撃をいなせる一瞬を探っていることに気が付いた僕は、ユリを信じて相手の得意とする近距離での高火力技が来る瞬間を待っていた。
期待に応えるようにユリの頭上から力強く振り下ろされた太い鼻の一撃を綺麗に受け流しながら強烈な一撃を胴体めがけて叩き込んだ。
「バレットパンチ!」
強烈な一撃で僅かに体が浮かび上がった瞬間、間髪入れずにマシンガンの如き連撃を叩き込み、そのまま決して地面にすら下ろさせない。
そして連撃の最後に両の手をまたドンファンの胴体に密着させた状態で呼吸を整えていた。
「発勁!」
僕の指示に合わせ、鈍く重たい音が地鳴りのように響いた気さえもするほどの強烈な一撃が放たれ、息つく間も与えぬままにうまくドンファンを麻痺させ、身動きを取れなくしたようだ。
身動きが取れなくなったドンファンから飛ぶように距離をあけ、すぐに溜めの構えを取る。
「止めだ! 波導弾!!」
通常よりも更に波導を溜めてゆき、ユリの身の丈の半分ほどにまで大きくなった波導球を一気に圧縮し、ドンファンへ向けて放つ。
もちろんドンファンは避けられるわけも無く、その特大の波導弾は直撃し、当たると同時に元の大きさに戻り、ドンファンの身体ごと勢いを殺すことなく突き進み続け、場外まで吹き飛ばした。
「ドンファン戦闘不能。次のポケモンを準備してください。チャレンジャーはポケモンの交代が可能です」
「よしっ! ユリ流石だ!」
「フルルッ……!」
「まさかここまでとは……。少年。すまないが私も全力で行こう。少々昔の血が騒いだのでね。恨むなよ! 行け! ダグトリオ!」
「恨みなんてしませんよ! それよりも是非、全力のジムリーダーの腕前、拝見させていただきたいです! ルナ、まだ行けるか!?」
「クルルァ!」
あっという間にドンファンが倒され、ジムリーダーは一瞬呆気にとられた表情をしていたが、その表情はあっという間にこれまで何度も見てきた、ポケモントレーナー達の真剣な眼差しと同じものへ変わった。
その表情を見る限り、恐らく先程までの言葉は僕を鼓舞するための言葉であり、本当に全力を出すつもりはなかったのだろう。
そう考えるとその言葉と表情は本当に嬉しい限りだ。
僕と、ユリやルナのことをジムリーダーが実力を認めてくれて、本気で戦ってくれる。
一人のトレーナーとしてそんなレベルにまで到達できたのかと考えると、これ以上の賛辞はないだろう。
次のポケモンを倒せば、全部で三体のポケモンを倒したことになる。
ジムバトルのルールとして、六体のポケモンの内、どちらかのポケモンが先に三体戦闘不能になった時点で勝利となる。
ジムリーダーは次に繰り出すポケモンが最後の一体になるだろう。
そこからは本気のバトルをしてくれるというのなら、この圧倒的有利の状況から逆転負けなんてこともあり得るだろう。
だからこそここはほとんどダメージも受けず、息も切らしていなかったため、ユリに続投してもらうことにした。
「それでは三戦目、開始!」
僕がポケモンを変えないことを把握すると、ジャッジがそう告げた。
「行くぞ! ダグトリオ! 手加減は無しだ。敵を撹乱しろ!」
「よし、ユリ! 波導弾だ!」
三戦目の開始の合図と共に先に動いたのはジムリーダーだった。
先程までと違い、ジムリーダーの指示には技の名前が含まれていない。
つまり、今度は僕を鼓舞するためではなく、本当に全力で来たということだ。
どんな攻撃が来てもいいようにまずは波導弾で牽制を仕掛けた。
ダグトリオ目掛けて飛んでいった波導弾は直撃間近で虚空を切り、そのまま後ろの岩場に直撃した。
攻撃を回避されるまでは予想していたが、回避したダグトリオの姿は何処にも見当たらなかった。
ということは間違いなくジムリーダーの指示によってダグトリオが繰り出した技は『あなをほる』だ。
地面が僅かに盛り上がりながらこちらへ向かって動いてきているのが見えた。
「ユリ! ダグトリオの位置を波導で探るんだ!」
地面の下にいる敵は流石に僕では感知することができない。
しかし
それを使えば例え相手が地中にいようと問題なく相手を視認することができる。
しかし、僕がユリにそう指示した途端、何故かユリはこちらへ振り返り、動揺した表情を見せた。
「ユリ……?」
「ル、ルァン!」
ユリはすぐに返事はしたが、その姿は明らかに動揺を隠せずにいた。
僕からユリはすぐに視線を外し、ダグトリオが向かってきている方向へ向き直したが、その動きは明らかに一瞬目を離したためにダグトリオを見失った様子だった。
流石はジムリーダーのダグトリオだ。
時折地面傍を通っているのか、僅かに地面が盛り上がる時があり、元々戦闘センスの良いユリは的確にその方向を読み続けていたが、盛り上がらないほどの深さを進んだりとかなり読みにくい動きを続けていた。
こんな動きをされては勿論僕では的確な指示は出せないし、もしもユリが波導を視る能力を使用していないのなら、同様にユリもダグトリオの正確な位置は把握できていないはずだ。
なんとか合わせて指示を出してあげたいが、動揺してからというもの、構えすら崩すほど周りが見えていない状態になってしまった。
「ダグーッ!」
「キュアン!」
「ユリ!」
そうこうしている内にダグトリオはユリの真下から勢いよく飛び出し、今度はユリが宙に放り出された。
「好機だ! ダグトリオ! トライアタック!」
「ユリ! 波導弾で打ち消すんだ!」
ダグトリオはすぐに指示通り三つの頭それぞれから虹色の光線を打ち出してきたが、ユリはまだ上空。
すぐに空中で身を捻りながら波導を溜め、指示通りに光線に対して波導弾を撃ち出したが、不安定な場所で構え、更にどんな攻撃が来ているのかも正確に把握できていない状態で放った波導弾はダグトリオのトライアタックと相殺しきれず、そのままユリに直撃した。
吹き飛ばされたユリは受け身も取ることができずにそのまま地面に叩きつけられ、更に最悪な事にユリがすぐに立ち上がろうとしたものの、動きが鈍かったため、恐らく麻痺も受けてしまっている。
「ユリ! 頑張れ!」
「先程までの威勢はどうした!? 止めだ! 泥爆弾!」
なんとか鼓舞しようとするが、既にかなりのダメージが入っているうえに体が麻痺している状態では碌に動けない。
戦闘態勢を整えようとするよりも先にダグトリオが作り出した泥の塊がユリの前へ着弾し、激しい爆音と共に弾け飛んだ。
「ユリーーーッ!!」
「ルカリオ戦闘不能。次のポケモンを準備してください。交代が完了次第、次のバトルを開始します」
吹き飛ばされたユリはそのまま身動きが取れなくなっていた。
思わずフィールドの中へ駆け寄り、ユリの身体を抱き上げたが、バトルというのもあり、身動きができないほどのダメージは受けてはいたものの、命に関わるほど危険な状態ではなかったため、思わずホッと胸を撫で下ろした。
今までも何度か皆が戦闘不能になったことはあったものの、やはりこの瞬間は無事かどうか気が気ではない。
「ユリ……。ごめんね」
そう言ってユリをすぐにボールに戻してあげた。
正直、ユリが負けることは予想していなかった。
先程難無くドンファンを撃破したせいで調子に乗ってしまった僕の判断ミスだろう。
それにあれほどユリが動揺していたこともとても気になる。
恐らく予想は付くが、今は一先ずユリが無事だっただけでよしとしよう。
だがジムバトルはまだ続いている。
僕の手持ちは少しダメージを受けたルナとヒトミ。
この二匹で本気のジムリーダーを相手に突破しないといけない。
ならばこちらも手段を選んでいる場合ではないだろう。
「任せたよ……ヒトミ! 出番だ!」
高らかに投げたボールからヒトミが飛び出し、優雅にフィールドに降り立った。
ヒトミはこちらへ向き、少し笑って見せるとそのまま前へと向き直し、戦闘態勢に入った。
「それでは四戦目、開始!」
「グラスミキサー!」
「構わん! ダグトリオ! 攪乱しろ!」
四戦目はダグトリオが動き出すよりも先にヒトミに指示を出し、大量の木の葉をまき散らして、それらを竜巻の如く周囲に旋回させたが、先程と同様に地面の中へ逃げ込まれてしまった。
しかし先程の戦いで攻撃を回避されるのは想定済み。
目的はその大量の木の葉を舞わせること。
そしてダグトリオは僕の思惑を知ってか知らずか、先程同様にフェイントを掛けながら地面を掘り進んでくる。
その移動は先程自分の指示したグラスミキサーも相まって僕の位置からではほとんど把握することができない。
結局ヒトミもその攻撃を回避することができず、『あなをほる』の一撃で同じように宙に打ち上げられた。
「どうした! その程度か! ダグトリオ! トライアタック!」
「ヒトミ! 巻きつくんだ!」
先程と同様に追撃としてトライアタックを使用してきたが、そうなることを想定して予め展開しておいたグラスミキサーによる緑のカーテンは僕の予想通り上手くいき、その光線はヒトミに命中しなかった。
いくら手練のポケモンやトレーナーでも見えない相手に対して正確な攻撃は行えない。
そしてその一瞬の隙をついて、吹き飛ばされた時点で姿勢を素早く移動できるようにしながら着地したヒトミはダグトリオが逃げるよりも先に巻きついて動きを封じた。
「ダグトリオ! くそっなら大地の力だ!」
「ギガドレイン!」
締めつけを緩め、技を構えたダグトリオにヒトミが思い切り噛み付き、エネルギーを吸い取る。
噛み付かれた衝撃とエネルギーを吸い取られる感覚でパニックに陥ったのか、ダグトリオは先に必死にヒトミの攻撃を振り解こうとしてきた。
「やどりぎのたねだ!」
必死にもがいて振り解こうとするダグトリオに追撃するように宿り木の種を植え付け、更に動きを封じる。
「くそっ! ダグトリオ! 何とかして離れろ!」
「グラスミキサーでトドメだ!」
もがくダグトリオを再度しっかりと締め付け、動けなくした上でもう一度グラスミキサーを展開した。
そしてヒトミ達がいる地点を中心にして緑の竜巻は吹き荒れ、また大量の木の葉を周囲に撒き散らした。
だがその中心には既に決着が付き、少し離れた場所から誇らしげにぐったりとしたダグトリオを見下ろすヒトミの姿があった。
「ダグトリオ戦闘不能! 三体のポケモンを戦闘不能にしたため、チャレンジャーユウヤ選手の勝利です!」
「やった……やったー!! よくやったね! ヒトミ!」
ジャッジの掛け声と共にオーロラビジョンに僕の勝利を告げる映像が映し出され、ヒトミの元へ駆け寄ってしっかりと抱きしめた後、ワシワシと頭を撫でてあげた。
ようやく……ようやく僕も夢の舞台である、ポケモンリーグへの挑戦権を得たのだ。
夢ではないとしっかり分かっているはずなのに、まるで今夢の中にいるのではないのかと思えるほど信じられなかった。
「やられたよ。悔しいが、同時に誇らしい。さあバッチを受け取ってくれ」
「ありがとうございます! これで……これで僕もポケモンリーグに出られるんだ……」
「ほう。ということはやはり八個目のバッチか。胸を張りたまえ。君のようにポケモンと心を重ね合わせ、動きの指示を出さずに技の指示を出すタイプのトレーナーは、今まで見てきた限りだと皆強いトレーナーになっている。君のことも応援しているよ」
「そうなんですか!? でも……僕は、皆が僕のために動きを合わせてくれるんです。だから、僕もみんなに技の指示が合わせやすいんです。上手く言えないんですけれど、僕の場合は僕を支えてくれる皆のお陰なんです」
「はっはっはっ! そう! 皆そう言う。技の指示を出さないトレーナーは多い。練度を上げれば割と誰でもそこまでは行けるからだ。行動の指示を予め技と同義にしておけばいいからな。だが技に行動の指示を付け足すことはできない。同じ技でも使う状況は毎回違う。だからこそポケモンとの信頼がなければ成り立たない。言ったはずだ。ポケモン達を誇りに思え。そして自分自身を誇りに思え。君は誰が何と言おうと間違いなく素晴らしいトレーナーだ。次のポケモンリーグの開催は大分先になるが……君の活躍、是非とも期待しているよ」
豪快に笑いながらジムリーダーは僕の背中を叩き、褒めてくれた。
嬉しかった。
今まで多くのトレーナーやトレーナーコーチが僕に対して投げかけてくれた言葉も勿論嬉しかったが、やはり今までに数え切れない程のトレーナー達を見てきたであろうジムリーダーからの言葉は格別なものだ。
全ての言葉が本物だからこそ、僕の描いた信念は間違いではなかったのだと肯定してくれるからこそ、ようやく僕は間違っていなかったと自信を持てる。
思わず涙が込み上げてくるが、感傷に浸るのはまだ先だ。
ポケモンリーグの舞台、そこで僕がどれほど通用するのかは分からない。
けれど、今なら例えどんな結果に終わったとしても納得できるだろう。
泣くのはその時だ。
その後はジムリーダーにもう一度お礼を言ってからすぐにジムを後にした。
その足でそのまま急いで向かったのはポケモンセンター。
いくら危険な状態ではないといえど、みんなダメージを受けている状態だ。
急いで治療して元気にしてあげたいのもあるし、何よりも早くみんなにこの感謝の気持ちを伝えてあげたい。
「それではポケモンをお預かり致します。後程お呼び致しますので、待合室で少々お待ちください」
ジムまで来ていたこともあってポケモンセンターも近く、すぐにみんなをジョーイさんに渡すことができた。
今だに僕がポケモンリーグへの挑戦権を得たことがにわかには信じ難いほど嬉しく、待合室でも多分僕は常にニコニコしていたと思うし、落ち着きがなかっただろう。
しかし、少し待つ間に少しだけ心の中になった色んなことを整理している内に、ふと両親の事を思い出した。
まさかこんなに早く夢の舞台への挑戦権を得られると思っていなかったため忘れていたが、旅を始める時に連絡をして以来、まだ一度も連絡を入れていなかった。
その内、電話が掛かってくるだろう程度に考えていたが、これほどの嬉しい出来事は報告しないと罰が当たる。
そう考え、すぐに家に電話を掛けた。
「もしもし。お母さん?」
「あらユウヤ。久し振りね。元気にしてる? ルナちゃんも元気?」
「うん。僕もルナも元気だよ。お母さん達こそ元気?」
「ええ。こっちは相変わらずよ。あ、でも旅に出てからお父さんはちょっとだけ元気がなかったかしら? 旅の方はどう? 順調?」
「それなんだけどさ、順調なんてもんじゃないんだよ。僕、もうポケモンリーグへの挑戦権を得たんだ。それに旅の仲間も二匹増えたんだ」
「あら! すごいわね。それならお祝いしなくちゃ。お父さんにも教えてあげたいけれど、丁度今仕事で出掛けちゃったのよね」
「お祝いにはまだ早いよ。これからなんだから。ポケモンリーグでどれだけ通用するか……。でも今は正直すごくワクワクしてる」
「それはいいことじゃない。でも、私達はユウヤから良い知らせが届いただけで嬉しいのよ。あ、そうだわ! もうちょっとしたら旅の足しにしてもらおうと思ってたお金、折角だしご祝儀ってことでもう送っちゃうわね」
「いいよそこまでしてくれなくて! お金だってちゃんと小さい大会に出たりして稼げてるんだから!」
「あら、大会でも優勝してるのね! それなら尚更送らなくっちゃ。こういうのは送りたいっていう気持ちなの。受け取っておきなさい。それに、あるに越したことはないでしょ? こっちは心配しなくてもいいから、自分で納得するまで頑張りなさい」
「お母さん……。分かった。お父さんにもありがとうと元気だよって伝えておいて」
「分かったわ。それじゃ気を付けてね」
「うん。また連絡するよ」
そう言って電話を切ると丁度ポケモン達の治療も完了したのか、館内アナウンスで僕の名前を呼ぶのが聞こえた。
みんなを受け取り、ポケモンセンターを後にし、先に買い物を済ませる。
みんなを早くボールから出してあげたかったが、どうせボールから出したらすぐにじゃれてくるだろうと考え、ある程度広い空間のある場所を探して回り、町外れの森近くにいい感じの空き地があるのが見えた。
そこで先に荷物を降ろし、全部のボールを放り投げた。
意識を失い、気が付いた時には既にボールの中にいることに私は戦慄していた。
よりにもよってユウヤさんにとって負けることが許されない大切な試合で、私はユウヤさんの命令を無視し、そして……見事負けた。
私の我儘のせいでもしもあの試合に負けていたら……そう考えると最悪の事態が脳裏をよぎる。
不安で呼吸が乱れ、胸が押し潰されそうな程痛む。
そして次に目にした光景は何処かの広場のような場所。
その場所は勿論初めて見るが、その体験は初めてではない。
目の前には町ではなく、鬱蒼とした森が広がっている。
その景色が目に写った瞬間から、身体中が震え、抑えが利かないのがよく分かる。
いや、分かりたくもない。
嫌だ……嫌だいやだイヤだ!!
また捨てられる!
あの時のように負けてしまったから。
私が命令を無視し、『使えないポケモン』になってしまったから……!
「ユリ?」
ユウヤさんがそう声を掛けながら私の肩に手を置く。
瞬間、私の中で時が止まった。
終わった……何もかもが……。
「ユリ。ごめんね」
その言葉の続きは知っている。
既に一度経験している。
だからこそ聞きたくないが、原因を生み出したのも私だ。
結局私はあの日から何も進歩していない。
また私が過去のトラウマを勝手に掘り返し、その傷を抉りたくないから無視をして、結局また傷が深くなってゆく……。
私はそれしか能がない不器用なポケモンだ。
「ここ最近は人一倍頑張ってくれてたし、さっきだって一番調子よく勝ってくれたせいで、僕も調子に乗って連戦させちゃって……結果、君を大怪我させちゃうところだったし……。それに、君が波導を普段から使ってないのには気が付いてたのに、ルカリオだから使えるのが普通だと考えて、君がその能力を使うことで傷付いたことがあったかもしれないってことまで考えてあげられなかった。だから……本当に辛い思いをさせてごめんね。これからはそのことも考慮して戦術を組み立てるよ」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
まさかそんな言葉を掛けられるとは夢にも思わなかったため、私はあの時どんな表情でユウヤさんを見つめていたのか分からない。
気が付けば体の震えも止まり、ふと振り返ったそこにはユウヤさんのいつもと変わらない優しい笑顔が待っていた。
心の底から安心し、思わずユウヤさんに抱きついたが、不思議と涙は出なかった。
さっきまであれほど恐ろしかったはずなのに、何故捨てられるなどと恐怖したのか分からないほど今は確信に満ちた安心感が心を満たしてゆく。
ユウヤさんも私を優しく抱きしめ、頭を撫でたりポンポンと優しく叩いてくれる。
しっかりと心が落ち着いてからユウヤさんから離れると、ユウヤさんは私の瞳を真っ直ぐに見つめてくれたのだが、私は思わず目を逸らしてしまった。
別に嫌いだとか見られたくないという思いはない。
しかし何故だか最近はこういうのがどうしても苦手になってしまった。
長く見つめられたり、抱きしめられたりすると嬉しいはずなのに何故だか恥ずかしくてすぐにでも離れたくなってしまう。
ずっとそうしてほしいのにそうされ続けると思わず顔が熱くなる。
今までこんなことは一度もなかった。
それこそ前のトレーナー達全員、私を捨てたあいつも含めてだ。
本当ならルナさん達のように目一杯甘えたいのだが、ユウヤさんの服の端を握っているだけでも何故か心が満たされていく。
ユウヤさんが本当に信頼出来る人だからなのだろうか?
それもあるのかもしれないが、それなら別にルナさんやヒトミさんが、ユウヤさんに遠慮せずに甘えるのを見て羨ましいなどと思うのは何かが違う気がする。
いつから私はこんなに面倒な考え方をするようになってしまったんだろう。
いつでも構って欲しい。
でもそれは迷惑になると分かっているから、たまに撫でてもらうだけでも構わない。
ユウヤさんなら間違いなく、今胸の中に飛び込んでも笑顔で抱きしめてくれるはずだが、そんなことをするよりもユウヤさんが喜んでくれることをしたい。
私へ向けてくれる笑顔は勿論欲しいが、それ以上にみんなと一緒に笑ったり、遠くを見て微笑んでいる姿の方が何故か心が満たされる。
恩なのだろうか?
そういうのとも違う気がする。
というよりも私は何故、これほどまでにユウヤさんの事しか考えられなくなってしまったんだろう。
「ねぇユリ。さっきはどうしたの? なんだかすっごく怯えてたみたいだけど」
「あ、あぁ。実は……」
ユリさんとヒトミさんが、先程の私の様子を見て心配したのか声を掛けてきた。
隠す必要もないので、過去のトラウマの事、ユウヤさんの命令を無視したこと、そしてバトルで惨敗し、捨てられるのではと恐怖していたこと、その全てを隠さず話した。
「あ~……それでユリちゃんあんな顔してたのね。そのわりには今は結構落ち着いてるわね」
「一瞬爆発して、ユウヤさんの顔を見たらすぐに落ち着いたよ」
「それなら良かった! あ、そうだ。ユリ。全く関係ないんだけど、折角だしついでに聞いていいかしら?」
「別に構わないが、何をだ?」
「んー。別に大したことじゃないんだけど、ユリって未だに私たちの事、さん付けで呼んでるから別にもうそろそろ呼び捨てでもいいんじゃないの? ってだけの話。それともまだ慣れない?」
「慣れない訳ではないし、私としてはかなり親しみを込めていたつもりだったんだが……」
「あっ、そうだったんだ! ならごめんね。なんかヒトミもちゃん付けで普通に呼んでくるからてっきりまだ畏まってるのかと思ってたの」
「私の場合は初対面から二人ともちゃん付けだったけどね~」
「確かにな。まぁ、私はそもそも名前すら覚えていなかった。そういう意味ではやっときちんと名前で呼びたい仲間だという考え方だったんだがな。それに私の性格と口調じゃ呼び捨てはぶっきらぼう過ぎるように感じてな。だからさん付けだったというのもある」
「なるほど。そういう考え方もあるのね。じゃあ今まで通りで問題なさそうね」
そんな他愛のない話が暫く続き、みんなで談笑していた。
考えてみれば、これほどまでに誰かと楽しく話したことも、自分というものをさらけ出したのも、この二人とユウヤさんだけのような気がする。
確かに最初のパーティーでも私は明るかったかもしれないが、まだあの頃は未熟で、未熟が故に無知だったからこそ今みたいに笑い合えたのだろう。
結局、自分で様々な事に対して熟考するようになってからは既にあのパーティーは異質で、気が付いた頃には自分以外も含めて皆との会話はなく、トレーナーだけを盲信するように怯えて過ごしていた気がする。
そう思ってふと長々と話し込む私達の傍でただ座っていただけのユウヤさんの方を見ると、ユウヤさんも何か本の様な物に書き込みながら、たまにこちらを見ては微笑んでいる様子だった。
それを見ていると、やはり私の過ぎた過去でいちいちユウヤさんを心配させるのは失礼なような気がした。
多分、ユウヤさんはそれも含めて大切にしてくれるのだろう。
でもふとした瞬間に思い出してしまう嫌な過去に振り回され、その度にみんなを心配させるのは私も嫌だ。
もう皆と旅を共にするようになって一年以上経つ。
私ももうそろそろ過去と決別するために、向き合うべきなのだろう。
「二人ともすまないが、少しだけ協力してくれないか?」
「協力? 全然いいけど急にどうしたの?」
「なぁに? ユウヤちゃんに遂に告白しちゃうの?」
「違う。協力といっても、ただ波導の力の対象になってもらいたいだけだ」
「えっ!? 大丈夫なの?」
「寧ろ貴女達二人だから大丈夫だ。信頼できるから安心して使える」
「あら。嬉しいこと言ってくれるじゃない♪」
そんな会話をした後、私は二人から少し離れ、ユウヤさんが視界に写らない位置へ移動し、少しだけ呼吸を整える。
波導を視る能力、この能力は本来ならば非常に便利な能力だ。
壁越しや不可視化状態の敵だろうと関係無くこの目に捉えることが出来る。
だが、それなら単にゴーストタイプのポケモンだろうと、敵の生命エネルギーを見ることが出来るポケモンと大差無い。
波導が特別視される理由はそこにある。
『波導』とは単に生命体の持つエネルギーの事を指すのではなく、意識や思考、性格……上手い喩えを思い付かないが、魂や精神と呼ばれるものを視覚的に捉えることのできる能力だと思う。
故に波導を視れば、その対象者の嘘偽りのない真実が分かる。
……それこそが私が波導を使いたくなくなってしまった理由だ。
原因は至極単純、またしても私に忌々しい過去を植え付けてくれたあのトレーナーが、私を捨てたとき、あまりにもその事実が受け入れられず、嘘であって欲しいとあいつの波導を視てしまった。
対象の思考や性格は波導の立ち昇り方で、その者が自身に向ける善意や悪意は色で、健康状態は波導の量で分かる。
あの時のあいつの波導は、それはまるで悪意を具現化したかのような、黒に程近い血のような赤い色だった。
それ以来、私は他人を信用できなくなっていった。
絶対の信頼を置いていたあいつが、結局はその信頼していた言動の全てが真実と真逆だった経験が原因で、他人の優しさの根源を勘ぐるようになってしまい、にも拘らずあの光景がまた現実になるのが嫌で、人間でもポケモンでも関係無く、相手の波導を視るのが嫌になってしまった。
そんなひねくれた考えとトラウマがある意味では絶妙にマッチし、長い暗黒時代をつくる羽目になったが、ユウヤさんの元で心許せるようになってからは、本当に素直に生きてきたと思う。
それでも本能的に人間を……ユウヤさんを視るのはまだ抵抗があるため、せめてルナさん達のようなポケモンぐらいは視れるようになっておかなければ、バトルでもこれから先ずっと使えずユウヤさんに負担を掛けるだけになる。
それだけは避けたいと、久し振りに両の目に意識を集中する。
無意識に能力の発動が妨げられるかと考えていたが、そんなこともなく案外すんなりと波導が視れる状態に変化した。
ルナさんとヒトミさん、二人の波導はほぼ想像通りというか、いつも話していて感じるままだった。
ルナさんは波導で視てもいつもと全く変わらない元気溌剌とした見た目。
私もあまり見たことがないが、絵に描いたような綺麗な青色の炎が体全体から立ち昇っており、綺麗に塗り潰したように全身にエネルギーが満ち溢れている。
正真正銘、明るく活発な元気ちゃんだ。
ここまで分かりやすい人もいるのかと逆に感心するほどだが、普段の彼女を見ていれば納得できる。
ヒトミさんの波導も同じく綺麗な青色で、立ち昇る波導は霧よりははっきりとしている、塗り潰したような靄。
こういう波導を出す人は思慮深く、様々な事についてよく考えている人だ。
出会った頃ならまた違ったのだろうが、今ならそれも納得できる。
ヒトミさんは出会った頃に比べると口数が減った。
悪い意味ではなく、色々なことを知り、様々な事を考えてから無駄なことや余計なことを話すことが減ったためだ。
今も三人の中では一番好奇心が強い。
知らないことはいの一番に食い付き、その事に関して詳しく知ろうとする。
気付けば少し抜けたところのあるルナさんよりもしっかりとした存在だ。
「ありがとう。久し振りだから緊張したが、これならバトルでも問題なさそうだ」
「ねぇねぇ! 私どんなだった!?」
「そういうのは私も結構興味あるわ」
「残念ながら二人とも見たまんま同じだ。意外性がないから頼んだというのもあるがな」
「えー……。まぁ普通に考えてそうよね。自由に生きさせてもらってるし。なんならもうユウヤも見ておいたら?」
「それなんだが……。絶対に大丈夫だと頭では分かっているのに、どうしても二の足を踏んでしまう。もしもを考えると……有り得ないはずなのに幻覚すら見えそうで……」
「そっか……。まぁでも見る時は安心していいと思うわ。そうしないともしユウヤの性格が真逆なら私なんて今頃サイコロステーキにでもされてるんじゃないのかしら?」
「自覚はあるんだな……」
「あるわよ。そうじゃなきゃ今の私がこんなに変われるとは考えられなかったもの」
「変わった……というのは、私達に出会う前と比べてということか?」
「ううん。寧ろ出会ってから。ぶっちゃけた話、二人ともユウヤの事好きでしょ?」
「それは勿論♪」
「私も好きだ。恩もあるし、何より信頼できる」
「そういうのじゃなくて! あぁもういいや! ぶっちゃけユウヤと交尾したいと思わない?」
ルナさんから飛び出した予想外のぶっちゃけ話には度肝を抜かれた。
あれはルナさんとユウヤさんの秘め事で、更に言えばヒトミさんとユウヤさんも似たような秘め事をしているだけの話だと考えていた。
そこでまさか私にまでそんな話のお鉢が回ってくるだろうか?
というよりも、そういうことは基本的にルナさんが嫌がるものだと考えていたせいで、そういう意味も含めて二重で衝撃を受けた。
暫く呆然としていると流石に流れが止まるため、ルナさんはそのまま続きを話しだした。
「一応続けるね? 変わったっていうのはそういうことに関しての考え方。前ならユウヤの事を好きで、ユウヤから愛されてるのも私だけが良かったんだけれど、ヒトミもユウヤの事が大好きで、今でもたまに交尾してるの」
「聞きたくなかったぶっちゃけ話だな」
「私とルナちゃんは割とその話題で盛り上がってるわよ?」
「反応に困る補足事項を有り難う……」
「まぁ話を戻すけど、ヒトミやユリがユウヤの事を大切に思ってて、結果好きあうような関係になったとしても、今の私はそれが嬉しいの」
「……確かにそれは以外だな」
「私が好きなユウヤをみんなも好きでいてくれる。そして話で聞く度に、私の知らなかったユウヤの一面やみんなのユウヤへの思いが聞ける。それだけでユウヤは幸せなんだって感じれるし、そんなユウヤとみんなが巡り会えて良かったと本当に心の底から思えるようになったの」
「ユウヤさんの……幸せか……。私も最近はそればかり考えている気がする」
「あら、てことはユリちゃんももう、好きの先まで進んじゃってるのね」
「好きの……先?」
「ええ。なんでも『好き』には度合いとか種類があるらしいの。で、その見分け方が好きな相手への思いなんですって」
「へー。誰に聞いたの?」
「ユウヤちゃんが持ってる機械あるじゃない? あれを適当に弄ってたらそんなことをしゃべる人が写されたの」
「アンタ……。壊したらどうするつもりだったのよ……」
「ユウヤちゃんに許可もらった時だもの♪」
「……納得」
「で、見分け方というのは?」
「えっとね……。好きな人に好意を持ってもらいたい、好きな人にちやほやして欲しいって思うのが恋。好きな人を幸せにしてあげたい、好きな人の喜ぶことをしてあげたいと思うのが愛。だそうよ」
「その恋だとか愛だとかっていうのはどういう違いなんだ?」
「恋は自分を満たして欲しい。愛は相手を満たしてあげたい。だったかしら? 要約されてたのがそんな感じだったわね」
「あー……確かに。ヒトミと一波乱あるまでは確かに私の思いは恋のそれだったわね。ユウヤが私のことを好きでいてくれるのが嬉しくて、他の人を見ないように必死だった。でも最近では私の事を見て欲しい気持ちは変わらないけれど、それ以上にユウヤが私だけじゃなく、ヒトミやユリに囲まれて楽しそうに笑ったり、旅を続けて夢へ近づいていく度にユウヤが楽しそうに猛勉強しているのを見ると、これまでの分、もっとユウヤのために頑張りたいと思うし、ユウヤが笑ってくれるのならこれから先、もっと仲間が増えてもきっと楽しくやっていけると思えるようになったわね。ううん、もっと色んなユウヤを見たい。だから、せめて進み続けるユウヤの傍らにあり続けたい。そして……もしユウヤを支えられなくなったのなら、その時はきっと沢山泣いて、うんと泣いて、誰にもばれないように泣き枯らすと思う。そして泣き止んだら笑顔でユウヤを見送りたい」
「そんな日は決して来ないわよ。でも……そう言えるっていうのはとても素敵ね」
ヒトミさんのその言葉は私にはあまり分からない。
でもルナさんのその言葉は、私には経験がないことなのに、何故か私にも想像しやすく、もしそうなったとしても悲しさはきっと耐え切れないほどだが、想像すればするほど後悔しないことだけははっきりと分かる。
何も旅のメンバーとして共に行動できなくなるだけではない。
怪我や事故、大病を患うことは人もポケモンもある。
もしユウヤさんの身にそれらが降りかかったのなら、私は一生寄り添いたいし、逆にもしも私がそうなったのなら、私がユウヤさんやルナさん達の足を引っ張りたくはない。
そうなった時、卑怯かもしれないが別れの言葉もなく消えるように居なくなるだろう。
ヒトミさんやルナさんの言葉に自分の思いを重ね合わせてゆくと、ふと一つの答えが浮かび上がった。
そもそも考えてみれば私は恋などという経験をしたことがない。
もっと言えばそんな経験をできるほどあの頃の私には余裕がなかった。
だが……もしこの心の中に渦巻く喩えようのない感情が、ユウヤさんと視線が合った時のこの胸の高鳴りが、愛のそれだというのなら私は随分と何もかもが常識離れした存在だ。
ポケモンなのに全ての物を懐疑の目で見て育ち、ルカリオなのに波導を使うのが恐ろしく、初めての恋の相手がせめて卵タイプの違うポケモンならまだしも散々距離を置き、傷つけ続けてきたトレーナーで……。
でも、私にとってはそれぐらいが寧ろ丁度良いのかもしれない。
そんな過去がなければと考えたことは星の数ほどある。
だがそんな過去でも否定してしまえば、今の私を否定しているようなものだ。
私は今不幸か?
それだけははっきりと違うと言える。
「幸せに……幸せを手に入れたいと願ってもいいのだろうか……」
「それを否定できるのはこの世の何処にも居ないわよ。否定するのも肯定するのも絶対にユリちゃん自身だけ」
まさか口に出しているとは思わなかった。
そしてそんな言葉が帰ってくることも考えていなかった。
……やはりルナさんの言葉にはいつも背中を押してもらえるし、ヒトミさんの言葉はいつも答えのような核心を突いた言葉が多い。
「二人共ありがとう。やっと私の中にあった重たい物が全部落ちたようだ」
「よかった。なんだかんだ私、ずっとユリのこと心配してたのよ? いつまで経っても悪い意味で肩の力が抜けてないし、ふとした時に遠くを見つめて切ない顔してたし。でも、もう安心していいのね」
「すまない。ずっと迷惑を掛けてたんだな」
「あら? 悪いと思ってるのなら行動で示さないと……ねぇ?」
「! そうねー。例えば今日中にでもユウヤと密な関係になっちゃうとか?」
「は?」
「いいわね~。折角ならその時にユウヤちゃんの波導も確認しちゃえば? どうせ二つの意味でくっつくんだし♪」
「ユウヤなら初めてでも優しくしてくれるわよ? あ! もちろん私達はしっかりと夢の中なのでご心配せず!」
「……二人の事はこう見えて尊敬しているし、信頼している。でも今回だけは言わせてもらう。ルナ、ヒトミ。ちょっと一回だけ殴らせろ」
「あぁ! ユリの呼び捨て確かに怖い!」
「絶対に呼び捨てだけじゃないけどね~」
勿論二人、もとい二匹の出歯亀共を追い回したが、二人には感謝してもしきれない。
沢山笑って、たまに泣いたり怒ったりして、こんなに私が心動かされるようになるとは思ってもみなかった。
そうやってみんなで走り回っていると、私達が全員元気になったからか、それとも単にかなり時間が過ぎたからか、ユウヤさんがみんなを集めて一緒に買い物に行くよと言い、みんなを集めた。
暫くは旅の記録をつけながら皆が元気になるのを待っていたが、元気に走り回るほどユリの心も回復したようなので、折角なら街に来た時しかできないことをしようと考え、早速買い物に向かった。
ここ最近はユリと微妙な距離感があったような気がしたが、今もう一度頭を撫でながらじっと目を見つめると今度は嬉しそうに笑い返してきたため、どうやら僕の思い違いだったようだ。
何かユリのトラウマを掘り返すようなことをしてしまったのでは? と気が気でなかったが、先程気のせいでなければ波導も使っていたようだし、咄嗟だったせいで使い方を忘れていたりでもしたのだろうか?
しかし間違いなくあの怯えようは尋常ではなかった……はずだったと感じたのだが、今一度ユリに波導が使えるのか聞いてみると普通に首を縦に振った。
どうやら僕のポケモン達を見る力はまだまだ鍛えなければならないようだ。
そのままポケモン可のショップを探しては店に入り、元々手元にあるお金とお祝い金で十分な贅沢ができるようになったため、必需品の買い物ではなく、みんなの欲しい物を買いに来た。
と考えてきたものの、どうやら皆のお眼鏡に適う物がないらしく、あんまり興味を示してくれない。
柔らかそうなクッションやそこそこの弾力があり、僕が握っていても結構楽しいボール、ポケモン用の可愛らしいアクセサリなんかも売ってあるが、何とも言えない反応ばかりだ。
仕方がないので一度そういったグッズが売ってあるお店から美味しいものが売ってあるお店へと入ってゆく。
こちらはどうやら琴線に触れたのか上々の反応を見せてくれた。
元々ルナは甘いものに目がないのもあり、ルナに連れられる形で残りの二人も尻尾を揺らしながら、しかし周りに迷惑が掛からないように行儀良く店内を回っていた。
最近は荷物になるからあまり買っていなかったミックスオレやサイコソーダなんかの飲み物に興味を示したので一先ず一人一個ずつ。
自分も久し振りに飲んでみると、遠い昔に両親に連れられて買い物に行った時のタマムシの自販機の事を思い出した。
家族で旅行に行ったのだが、僕とルナはまだ小さくて買い物の時間は退屈で仕方が無かった。
そんな時、お母さんは僕を屋上まで連れて行き、タマムシデパートの最上階から見える美しい景色を僕に見せてくれた。
大きな街がとても小さく見えるほど高く感じ、その向こうに続く山々や海の景色も相まってそれは本当に壮大な世界が広がっているように見えた。
いつかそんな世界を旅するトレーナーになる! と幼少ながらに目標ができ、退屈だったはずの買い物も、あの時自販機で買ってもらったサイコソーダの初めての感覚に意外とドキドキしたものだ。
美味しいという感想よりも先に、昔のそんな何気ない記憶がふと蘇り、それも含めてとても懐かしく、変わらない味だと安心するようになったのは僕も年を取ったからなのか、それともあの夢の始まりからここまで歩いてきたという感傷からなのだろうか。
まだ浸れるほど世界を巡ってもいないくせに、と自傷気味な笑みが溢れたが、何時かの時とは違い、なら地の果てまで旅をしたいと考えられるようになったのは偏にみんなのおかげだ。
全員が飲み終わるとまた移動し、甘い物をいくつかすぐに食べる分と一緒に後々食べさせてあげる分を購入してまた席に着いてゆっくりと食べさせてあげる。
というのも、飲み物なら僕も飲めるが、ポケモン用のスイーツというのはすごく可愛らしい見た目でいい匂いがするのだが、その実味は人間からするとかなり薄い。
前にポフィンという物を知り合いから貰い、あまりにもルナが美味しそうに食べるものだから一口もらったのだが、すごくいい匂いが口の中に広がった後、消え入るように一瞬味がフワッと浮かんできて消えたような感覚に囚われたほどだ。
人間的な感覚では不味くはないが好んで食べようとも思えない、そんな食べ物なのだが当のポケモン達は皆目を丸くして次々と口に頬張っていく。
ポケモンにしか分からない味覚の範囲だったりするのだろうか? と少し不思議には感じつつも、みんなかなり満足気なので思わずこちらまでつられて微笑んでしまう。
その後は順番的には逆だとは思うが、お肉や野菜、ポケモン用の総合食等が売ってあるコーナーへ。
料理自体は一人暮らしも長かったため全然問題はないのだが、こういうところで材料を買っても長持ちしないため最近ではめっきり寄ることも減っていた。
たかが一年で大袈裟かもしれないが、それでもやはり商品の進化には驚かされるものがある。
いつの間にか見たことのない食品の缶詰なんかも売られるようになっているのだから、一人暮らしや旅するトレーナーには本当にありがたい商品が目白押しになっているのには思わず僕もテンションが上がった。
ここでは逆にテンションが上がったのは僕だけで、先程までとは打って変わって僕の後を付いてくるだけになっていたのは本当に申し訳ない。
だが久し振りに海産物や肉類だけではなく、野菜まで保存食になっていたため思わず多めに買ってしまった。
一通り店内を回ったため、その店も後にし、今度はポケモンの専門店へ移動した。
大きい街にはこういった専門店が沢山あるのは本当にありがたい。
ポケモンの道具やわざマシンは勿論、ポケモンの基礎能力をしっかりと伸ばしてくれるサプリメントやトレーナー向けの指南書なんかも置いてあるのは一トレーナーとしてテンションが上がる。
まあ当然ながらルナ達にはあまり楽しくない場所であるため、ここでも僕の後を付いてくるだけ。
折角なら奮発してわざマシンなんかも買おうかと考えたが、今から戦術を変えて、そのための立ち回りや指示を覚え直して……と考えると、到底僕の技量ではリーグに来るような強豪相手に十分な武器になるまで仕上げるのは無理だろう。
それこそ折角仕上がっている動きをわざわざ変えてまで付け焼刃を磨く必要はないはずだ。
そうやってああでもないこうでもないと考えながら店内を歩いていると、ふと見慣れない一角が目に留まった。
「ポケモンかわいさコンテスト近日開催、コンテスト特設コーナー?」
コンテスト……昔からバトル一筋だった僕にとってそれはとても馴染みのない言葉だった。
テレビで見たことはあるのだが、ポケモンの強さを競い合うのではなく、ポケモン本来が持つ魅力で勝負するのがコンテストだと言っていたような気がする。
そこにあった大きな広告に映るポケモン達は名打ってある通り、確かに皆とても可愛かった。
「参加賞は南国アローラ地方の銘菓、アマサダ……。へぇ、ポケモンと一緒に食べられるんだ。開催日もそんなに離れてないし、何かの縁だと思ってちょこっと練習して記念にするのもいいかもな」
ポケモンリーグへの参加権が手に入っただけだというのに、意外と僕の心には余裕が生まれていたからだろうか、折角ならこういうバトルに直接関係しないことでも皆と楽しみたいと考えられるようになっていた。
それと……まあ、正直親バカだとは思うが、ルナもユリもヒトミもこのポスターの子達に負けないぐらいには可愛いと心の底では思っていたのもあると思う。
バトルではないため本気ではないが、それでもいい所までいけるぐらいの努力をして、少しでもみんなの可愛さを知ってもらいたい……なんて考えるのは親バカみたいではなく親バカそのものだろう。
しかし、なんとなく乗り気になってしまい、みんなにもコンテストに出てみたいか一応聞いてみたが、当然といった感じで首を縦に振った。
結局そのあとはコンテスト用のグッズと、初心者向けの指南書を悩みながら買っている内に随分と時間が経ってしまった。
店を出る頃には日は傾きかけていたので、夕食を摂りに行くことも考えたが、時間的に考えるなら先に宿を探すことにした。
「よし! 今日はみんなも頑張ってくれたし、大きめの部屋を借りてみんなでゆっくりしようか」
そう言った途端に何故か全員が全力で首を横に振った。
ユリは人の手を渡り歩いている期間が長いため、野宿の方が慣れているのかもしれないし、ヒトミも野生だった時期が長いかもしれないから、慣れている野宿を優先してホテルを嫌がる理由はまだ分かる。
しかしルナは嫌がる理由がないはずだ。
そもそもずっと僕と暮らしていたのだから、実家の布団か一人暮らし時代の僕のベッドがルナの定位置のはず。
もっと言えば、ジムバトルを挑んだ日の夜はホテルで何度か泊まったことがあるし、割とみんな寛いでいた気がするのだが、どういうわけか今日だけは頑なにホテルを拒否し続ける。
個人的にはこの時期は夜も冷え込むし、手入れの行き届いたふかふかのベッドで久し振りに寝たいというのが本音だが、ここまでみんなに全力で嫌がられたら流石に諦めざるを得ない。
まあ、街のすぐ近くにいい感じの森があったので、野宿するならそこでいいだろう。
そのためまた予定を変更して夕飯を先に済ませることにし、飲食店を巡る。
飲食店はやはりポケモン可のお店となると案外限られてくるため、みんなの好み等は考慮せず、最初に目についたお店に真っ直ぐ向かった。
割と手頃な値段でみんなお腹一杯になれたようで、かなり満足した笑顔を浮かべていたのはありがたかった。
そうこうしているうちに日は傾き、夕日が街にも差し込むようになってきた頃、流石にこれ以上遅くなるとテントを張るのも一苦労するため、昼頃に見つけた街の近くの森の中まで入っていき、いつもの要領で夜営地を完成させた。
案外こんな生活も長く続くと、テントを張るぐらいはサッと済ませられるようになったのは僕の小さな自慢だ。
なんとか日が沈みきる前には準備も完了し、今日はもう料理もしないので火は起こさずにライトを一つ外に置き、僕はすぐにテントへ入る。
「あ、そうだ。今日はもう火の番もないし、寒くなるだろうからみんなテントに入ってきてもいいよ」
そう言ってすぐに今日のジムリーダーとの対戦のデータを引っ張り出し、何が良かったか、何が悪かったかを短い映像を絡めながら確認しなおしてゆく。
バトルにおいて、無傷の完勝ということはまずない。
だからこそデータを見ながら、受けたダメージがどれほど自分の想像していた範囲内だったか、また与えたダメージが概ね予想値通りだったかをノートに記しながら感覚を思い出してゆく。
イメージトレーニングとバトルの時の感覚を思い出す練習は一日も欠かしたことがない。
この感覚はみんなの動きに合わせる上で必須となるからでもあるが、単純にみんなが無茶をしてほしくないからこそ、みんなの限界といつも通りの動きができるラインを知っておきたい。
自分のバトルの復習の後は必ず他人のバトルの映像を確認する。
みんなが参考用に上げている動画をいくつか探し、そのポケモン達の動きに合わせる練習をして対応力や想像力を鍛え、その後はトレーナーの指示を確認して、彼等の意図やその後の展開を考えながら見てゆく。
後は基礎としてトレーナースクールが提供している教習動画を復習も兼ねて見直す。
大抵の場合、僕の勉強が終わるよりも前にルナかヒトミ、たまにユリがテントの中へ入ってくる。
何故だかは知らないが、二匹以上で入ってくることは決してない。
後ろを振り替えると、今日は前もってみんな入ってくればいいと言っていたのだが、やって来たのはやはり一匹だけで、珍しいことにユリが僕が見ていた動画に興味を持ったのか、静かに後ろから見ていたようだ。
「ごめんごめん。気が付かなかった。今日はありがとう、それとごめんね、ユリ」
「クゥーン……」
悲しげな声で鳴いたように聞こえたが、表情はどちらかというと恥ずかしそうな顔だった。
ということは、恐らくバトルの件で起きたトラブルのことについて考えているのだろう。
結局、ちゃんとした原因は分かっていないが、恐らくルカリオの持つ波導の能力が絡んでいるのは間違いないだろう。
以前ルナ達、アブソルの持つ能力である、ずば抜けた危機察知能力を過小評価していた時があり、外出しようとした僕を必死に止めようとし、結局バイトがあったこともあって無視して出掛け、大怪我をしたときも同じような反応をルナがしていたことを思い出した。
こういった種族特有の能力というものは、別の誰かには伝えにくいものがあるはずだ。
恐らく悲しげな鳴き声はそういった申し訳なさからだと思う。
もうひとつ恥ずかしそうな表情をしている理由については、恐らくあの昼間のリラックスタイムで実はトラウマを克服したというのが一番妥当な気がする。
対戦中のあの怯えようは間違いなくトラウマに触れてしまったはずだ。
ボールから出した時も体が震えるほど怯えていた。
……もしもルナやヒトミと話し合って、二人に勇気をもらったのだとしたら、それは僕としてもとても嬉しいことだ。
互いが互いを思い合えるような仲になっているのだとしたら、僕の想いはみんなの中にも息づいてくれている証拠となる。
後はもう僕がする心配ではないだろうと考え、優しく頭を撫で、両の頬をモニモニと撫でて遊んだ。
気持ちいいのかどうか分かりにくいが、あまり嫌そうにしていないのでこっそりルナやヒトミにもして遊ぶのだが、絶妙に不細工になる表情が逆に可愛らしい。
その後はいつものようにブラッシングをしてあげ、爪やユリの場合はそれと一緒にトゲの手入れもする。
胡座をかいてそこに座ってもらい、手の爪と手のトゲ、胸のトゲ、足の爪と手入れをしていく。
「はいお待たせ。これでバッチリ!」
「クゥ……」
そう言ってユリのお手入れを済ませると、いつもなら嬉しそうに体をすみずみまで見回すのだが、その日は立ったままモジモジとしていた。
どうしたのか様子を見ているとその場にそっと座り、恐る恐るといった様子で僕の股間の辺りへ手を伸ばしてきた。
相当恥ずかしいのか目線は逸らし、遠くの方を見つめているが、その手の動きは決して緩めない。
恥ずかしそうな表情の正体はどうやらこれのようだ。
あの時はユリに考え直す時間を与えたが、どうやらあれから半年経った今でも思いは変わらなかったようだ。
そっとユリの頭を撫で、そのまま優しく頬を掴み、静かにユリの唇に僕の唇を重ね合わせる。
びっくりしたのか一瞬体が跳ねたが、そのまま静かにその時間をユリも堪能していたようだ。
少し長めのキスを終え、そっとユリの唇から自分の唇を離し、目を開くと明らかに顔を真っ赤にした、何とも言えない初々しさと愛しさを併せ持った表情が出迎えてくれる。
考えてみると、ルナとそういう関係になってから僕の考え方は随分と大らかになった気がする。
ポケモンとトレーナーの関係はそれ以上でもそれ以下でもないと考えていたが、ポケモンからすればバトルを共にする仲間でもあり、自分のことに親身になって接してくれる最も身近な存在でもある。
その関係は上司と部下、監督と選手、そういった関係の枠には収まっていない。
ポケモンと人間だからこそ、どこまでも近くてそして遠い存在だからこそ、そこにただの親切心や恩を越えた異性に対する純粋な好意を抱き、そして恋心へと発展するのだろう。
その思いにはポケモンも人間も関係ない。
あるのはただ異性への純粋な想い。
しかし僕からは決して踏み込まない。
今の僕ならポケモンに対してそういった感情を持っていないわけではないが、ポケモンにとってのトレーナーは謂わば絶対的な存在。
もしそんな相手に好意を寄せられたら……自身の思いを無視した妄信的ともいえる恋をするだろう。
それは人によってはそれでもいいというのかもしれないが、僕は自分の心に従って欲しいと思う。
きちんと自分の心で感じ、頭で考え、様々な世界に触れて、それでも想いが変わらないのであれば、それは本当にトレーナーとそのポケモンという関係を越え、身も心も任せられる大切な存在なのだろうと思う。
「ユリ……ありがとう。君の想いはあの時からずっと変わらなかったんだね。そうだとすると長い間返事を待たせてごめんね。知ってはいると思うけど、ルナやヒトミも僕に対して君と同じ感情を抱いてて、同じ関係を築いてる。ルナにも言ったことだけれど、ポケモンの倫理観とかがよく分からないから一応個人的に感じるままで答えて欲しい。僕がルナやヒトミを同じだけ愛することを君は良しとする? もしできないのであれば、僕は君の想いに応えてあげることができない。まあ、もっと言うと僕的な感覚で言うならルナ以外に恋人ができるとは思ってもみなかったけれど……。そういうのを踏まえて、ユリは僕と一歩踏み込んだ関係になりたい?」
「ワウ」
返事はとても力強いものだった。
あまり心配はしていなかったが、それでもユリの嬉しそうな笑顔と、安堵に満ちた表情はこちらとしても嬉しい限りだ。
結局、どうなるか分からなかったユリとも旅を共にするだけではなく、恋人としての関係に発展するとは思ってもみなかった。
多分ユリは真面目過ぎる所があるのだろう。
トレーナーの手を渡り続ける間も、決して暴力という形で反撃したことはないはずだ。
ポケモンの力ともなれば、どんな小さなポケモンだろうと本気で掛かられれば命にも関わる。
それをしなかったということは、同時にトレーナーとポケモンの絶対的な関係を破ってまでトレーナーへ復讐しようと考えなかったということだ。
根本では人を裏切ることができず、付き従うのがポケモンのあるべき姿と考え続けたのだろう。
そんなユリが今、僕へ告白してくれている。
これは恋心というよりは、その変化に心の底から喜んでいる親心のようなものだ。
だからこそユリの納得する形で応えたい。
「どうする? 今日はもう普通に一緒に寝る? それともルナ達から聞いてるとは思うけれど……えっとユリ達からしたら交尾って言った方が伝わりやすいのかな? いきなり交尾をするような所まで発展したい?」
言葉らしき鳴き声は帰ってこなかったが、いつもシャンと立っているユリが僕の首元へ絡みつくように手を回して唇の辺りを舐めてきた。
思っていたよりもユリは情熱的なようだ。
そのまま僕も彼女の舌を辿るようにして口の中へと舌を滑り込ませた。
だが、次の瞬間驚いた表情を見せて飛び退いた。
嫌がったというよりは単純に何が起きたのか分からず、混乱したようだ。
「あ、ディープキスとかそういうのは聞いてなかったんだ。てことは交尾も初めて?」
「ル、ルァン……」
かなり戸惑っている様子ではあったが、首は横に振っていた。
交尾自体は経験があるのにも関わらず、この驚きようということは、恐らく噂では聞いたことのあるポケモンを子供を産む機械としか思っていないトレーナーにそういう扱いを受けたのだろう。
そう思うとユリのその反応はとても寂しいものを感じた。
例え野生のポケモンであったとしても、そこには少なからず相手への愛や、子を成したいというような何かの感情は伴うはずだ。
僕がポケモンと身近な存在になったからかもしれないが、ポケモンにも感情はある。
何もトレーナーの言う通りに全てを全うするような奴隷や機械ではない。
そういった心無い人達が、ユリやヒトミのような無機質な恐ろしさを孕んだ悲しいポケモンを生み出してしまうのだろう。
「大丈夫。君を傷つけるようなことは絶対にしないよ。それにさっきのも嫌ならもうしない」
言葉はなかった、というよりは口に出すのも恥ずかしかったのか顔をまた赤くして首をブンブンと横に振った。
興味はあるが初めてだから驚いたのだろう。
そういった初めての反応や、それでもそれ以上の好奇心に突き動かされるような様子はとても愛おしい。
自然とペニスも硬さを持ち始めるが、流石にまだそういうのは早い。
望んでいたとしても僕の体力が持たないし、それまでにユリの愛に応えたいし、ユリに僕の想いも伝えたい。
だからもう一度頬を撫でるようにして顔を正面に向けさせ、唇を重ね合わせる。
暫くもしないうちにユリが僕の唇を舐めてきたので、そのまま先程の続きを始めるようにユリの口の中へ舌を入れようと口を開くと、それよりも先にユリの舌が僕の口の中へ滑り込んできた。
以外にも三人の中でここまで積極的なのはユリが一番であったため、今度は僕が驚かされる番になったが、そのまま舌を絡め合わせてゆく。
絡める、というよりは僕の口の中を舐め回すようなその必死な感じは結構ぐっと来るものがあるし、一人の男としてリードしてあげたくなる。
舐め回すようなユリの舌の脇を抜けて、ユリの口へ舌を滑り込ませ、重ね合わせるようにゆっくり、しっかりとユリの舌を包むようにしてなぞってゆく。
するとユリも気が付いたのか動きの激しさが落ち着き、真似をするように舌を絡めるが、元々マズルの長いユリの舌は絡めるというよりは僕の舌を包み込んで巻き付くようにうねっていた。
グチュグチュと互いの唾液を混ぜ合わせる音が響き、ユリの息遣いは鼻息が耳にまで届くほど荒くなり、興奮しているのがよく分かった。
時折引き抜かれるのではないかと思うほど強く巻き付いてくる舌をスルリと抜け、同じようにしっかりと絡め返そうとしても、その上から更に巻き付いてくるユリの舌には、僕も顔を傾けてより深くまで舌が届くように口を重ね合わせるほどには興奮していた。
流石にそれほど濃厚なディープキスを交わせばぺニスはもうはち切れそうなほどに固さを持っていたため、次に移ろうと舌を彼女の中からすり抜けさせると、それを必死に止めようとするような舌遣いが僕を更に興奮させてくれる。
「フフッ。ちょっとビックリしちゃった。それじゃ、もっと先に進もう」
そう言葉を投げ掛けると、既にユリは恍惚とした表情を浮かべ、初めての情事をしっかりと愉しめているようだった。
ユウヤさんと出会って、一緒に旅をするようになってからは新しい体験の連続だ。
主に自分がこれほどまで変わっていく事に驚いているが、今の舌を絡めたキス……ディープキスと呼んでいた行為は自分でも驚くほど心地が良かった。
ホテルに泊まろうとされた時は交尾ができなくなるのではと流石にみんな揃って焦ったが、なんとか恥ずかしさも乗り越えてようやくここまでこぎ着けた。
キスだけでこれなのだから、ユウヤさんとの交尾は一体どれ程のものなのか、もう想像もできない。
交尾がこんなにドキドキするものだとは知らなかったし、興奮しすぎている自分を押さえるので精一杯な程だ。
今自分で自分の手綱を離せば確実にユウヤさんに襲い掛かることだけはよく分かる。
というよりも今ゆっくりと服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になってゆくユウヤさんを眺めているだけでかなり我慢ができなくなっている。
服を脱いでゆく度に、見た・を幸せにする優しい笑顔が似合う普段の見た目とは対を成すような雄を感じさせる逞しい肉体が露となってゆく。
体のあちこちにある傷痕を見ると、あの時のことを思い出して少しだけ胸が苦しくなるが、今はそれを表情には出さないようにしていた。
私の中ではあの日、私の心は救われたが、あと一歩間違えば二度と消えることのない傷跡になって、大切な人を喪っていたかもしれないと考えると手放しては喜べない。
しかし私がそれを謝ろうとすれば、ユウヤさんは絶対に許してしまうし、自分のせいにして笑い話にするだろう。
だからこそその傷の重みを、恐ろしくて大切な思い出を、私は……私だけは戒めの意味も込めて忘れたくない。
「お待たせ。それじゃあどうしようか? 僕が上か……おおっとと!? ユリさん!?」
だがそれはそれ、これはこれ。
目の前にギンギンに滾らせたユウヤさんの逞しいアソコを見ていると、本能的に舐めてしまう。
あまり好きではなかったはずの雄の匂いが鼻腔に舌に広がってゆき、私の股間も熱くなってゆくのがよく分かる。
交尾に良い記憶など無かったが、そんな記憶も全部吹き飛ぶほどユウヤさんが欲しくて仕方がない。
戸惑う様子のユウヤさんを尻目に、飴でも舐めるようにユウヤさんのアソコを舐めてゆく。
裏側や先端、窪んだ溝などを舐めると一層雄の匂いが濃くなり、塩味のような味が口に広がる。
ユウヤさんはそんな私の頭を優しく撫でてゆっくりと座るが、座ってくれたことによってもっと舐めやすくなり、ユウヤさんの優しさを逆手にとって口にユウヤさんのアソコを頬張った。
体が一瞬ビクンと跳ね、押し殺したような声が聞こえるが、お構いなしに舐め続ける。
舌と舌を絡めた時のように、ユウヤさんのアソコ全体を絡み付けるように舐めてゆくと、ユウヤさんの全身に力が籠っているのが分かり、思わず口と舌の動きに力が入る。
「まっ、待って! ユリっ! そんなに激しくされると……! もう出そう!」
何が出そうかなど考えなくても分かる。
何故出してしまうのがいけないことなのか私には分からないが、顔の側で手をパタパタとして抵抗とも言えない抵抗をしているのが逆に可愛らしい。
早くユウヤさんの精液が欲しいと喉にまで届きそうなほどかぶり付き、更に激しく全体を舐め回す。
すると一瞬力んだかと思うと、口の中へユウヤさんの雄臭さが弾けた。
今度はそれを一滴たりとも逃すまいとかき集めるように舌を動かしながら飲み込んでゆく。
息を切らしながら、しかし絶えず溢れてくる精液を私の口の中へ放ちながら脱力する姿は、何か嗜虐心のようなものがくすぐられる。
アソコの脈動も弱くなり、口一杯に広がっていたはずのユウヤさんの匂いも随分と少なくなってしまったが、まだまだ先端からは少しずつだが溢れてきている。
それを吸うように舐めていると、遂に私の肩に手を掛け、ゆっくりと体を押して遠ざけた。
「はぁはぁ……。流石にそれ以上されると本番を出来るだけの体力がなくなっちゃうよ。それに、そんなに夢中になるほど美味しかったの?」
「……美味しいです」
ふと我に帰り、顔から火が出そうなほどその言葉から先程までの自分の行動が恥ずかしくなるが、嫌な気持ちはしない。
それよりもさっきから不思議とそわそわとして落ち着かない。
体の奥の方から全身を撫でられているようなぞわぞわとした感覚が襲い掛かるが、同時にそれがとても心地が良く、なんとも言えない感情が沸いてくる。
好意や信頼ではないが、それらと良く似たとても肯定的な感情。
心地の良い違和感が身も心も支配し、ひたすらにユウヤさんの姿や匂いにしか興味が沸かない。
そこでふともう一つの目的を思い出した。
今なら抵抗無くユウヤさんの波導を視れるのでは?
寧ろ今は何故だか知りたくて仕方がない。
恐らくこんな感情は後にも先にも経験したことがないし、今を逃せばまた同じような感情が湧くとも限らない。
そう考えるが先か、気が付いた頃には既に目に力を集中させていた。
「ユリ? 急にどうしたの?」
ユウヤさんがそう言いながら私の頭を撫でた時、私も同時に波導の力を込めた瞳を開いてユウヤさんを見ると同時に、言葉を失った。
私は伝説のポケモンと呼ばれるポケモン達の姿を見たことがない。
だが、伝聞や絵画に記されるその姿はとても美しく、息を飲むほどだと言う。
私の目に写ったユウヤさんの姿は、まさにその光景だと思わせるほど神々しかった。
波導の色は青なら好意、赤なら敵意、無関心なら白ということは私なりに覚えている。
だが、ユウヤさんの波導はそのどれとも違う、太陽を彷彿とさせるような黄金のような、光そのもののような色で、波導の形すら射す光そのものにしか見えなかった。
眩しすぎて目も開けられないと感じるほどに神々しいのに、その光は木漏れ日のように優しく、まるで私の全てを包み込んでいるようだった。
ある意味では予想を裏切られたが、そこにいたユウヤさんは私が想像していたよりも遥かに雄大で寵愛の想いが止めどなく溢れているようにしか見えない。
つまり、私にとってのユウヤさんは伝説のポケモンのそれと変わりない最上の存在なのだろう。
そう思うと何故か涙が溢れた。
ユウヤさんは驚いていたが、自分でも何故涙が流れたのか分からず、少しだけ二人で戸惑っていた。
このままだと流れてしまいそうな雰囲気を醸し出していたため、取り敢えず急いでその状態のユウヤさんを視ることに慣れようとした……というよりはそのユウヤさんをもっと見ていたかった。
やはりユウヤさんのアソコは硬さを失いつつあったため、また舐めようとしたが、それはユウヤさんの手によって止められてしまい、そのままコロンと仰向けになるように転がされた。
ゆっくりと私の上に移動するユウヤさんはそれこそ太陽が昇るような美しさだったが、そのまますぐに私の身体の方へ沈んでゆき、秘部に湿り気を帯びた物体の感触があり、思わず力が入る。
それはそのままゆっくりと私の秘部の中へ割れ目を押し広げながら滑り込んでくる。
ついに……ユウヤさんと繋がった、ひとつになった……。
「ん゛ん゛っーーー!! 痛い痛い痛い! ユリさん一旦脚の力を緩めて! 頭が割れちゃう!」
「馬鹿馬鹿ばかバカ!! なんで私のアソコを舐めてるんだ!?」
挿入された結合部分が見てみたいと考え軽く頭を持ち上げると、入っているのはユウヤさんのアソコではなく、舌だったことに驚き、思わず脚を全力で閉じてしまった。
脚の力を緩めるとユウヤさんは勢い良く顔をあげ、すぐに謝ってきたが、いきなりだったとはいえ、ポケモンの力でユウヤさんの頭を締め付けたと考えると私にも十分非がある。
「ごめんねユリ。気持ち良くしてあげたかったから、人間同士でだと交尾の前にする前戯っていうのををよくするんだ。もし嫌だったら止めるけど、どうする?」
「びっくりはしたし、正直興味はあるが……。それよりも早くユウヤさんとひとつになりたい。早く挿れて欲しい」
一瞬だったが恥ずかしい気持ちは強かったし、確かにユウヤさんの言う人間の交尾というものは結構興味もあるし、ユウヤさんのことならなんだって受け入れたい。
しかしもうこんな姿のユウヤさんを視て、これ以上焦らされるのはとてもではないが耐えられない。
今のユウヤさんと交われば、私のこの能力を使えば、私はユウヤさんと本当にひとつになれるような気がする。
そう考えると自然とユウヤさんの言葉に首を振り、ユウヤさんの唇を舐めながら抱きついていた。
ユウヤさんは少しの間私に口元を舐められながら優しく抱きしめた後、子供を寝かしつけるようにゆっくりとブランケットの上に降ろし、そのまま私の足元に密着するように覆い被さり、今度こそユウヤさんのアソコが私の秘部に触れ合った。
改めてユウヤさんのアソコを視ると、とても大きくてエネルギーに満ち溢れているように思えた。
優しくお腹の辺りを撫でられると、触れているのはお腹とユウヤさんの手だけのはずなのに全身を撫でられているようにゾワゾワと毛が逆立つ。
撫でる手が少しずつ描く円が大きくなってゆきながら下がってゆき、そして私とユウヤさんが触れ合っている秘部を中心に小さく円を描き始める。
それだけで全身に電流が流れるような衝撃と心地良い痺れが全身を駆け抜けてゆく。
この程度のことで耐えられなくなるほどヤワな鍛え方はしたつもりはないが、身悶えし、今すぐにでも逃げ出したいほどに全身がざわめく。
今まで感じたことのない衝撃が止めどなく溢れ続け、思わずこのままユウヤさんと交尾を始めたらどうなってしまうのか怖くなってしまう。
始める前の時点でこれほど私は知らないことを次々と経験しているのに、繋がってしまうとどうなるのだろう。
不安と期待とが入り交じり、そして徐々に私の秘部に篭る熱が全身に広がってゆき、それに合わせるようにゾワゾワとした感覚も広がってゆく。
宛てがわれたままのユウヤさんのアソコとは違う感覚が私の敏感な部分に触れ、思わずまた下半身に力が入る。
しかし今度はなんとか腰を反らして耐えていると、ユウヤさんの指が私の秘部の内側へ触れると同時に稲妻が走り抜けた。
身体が制御できないほど反り返り、その動きで更に稲妻が波状攻撃となって私の中を駆け巡る。
「お願い! もう止めて! こんなの知らない!」
「ご、ごめん! 痛かった?」
「嫌だ! もう止めて! 早くユウヤさんのを頂戴! こんなことずっとされたらおかしくなっちゃう!」
懇願し、涙すら浮かべていたと思うが、私の手は宛てがわれたままのユウヤさんのアソコを掴んでいた。
恐怖すら覚えるほどその時間は私には耐え難い。
今すぐにでも逃げ出したいのに、今すぐそれ以上の恐怖を味わいたいと懇願している私はきっと無様だったはずだ。
なのにユウヤさんは何も言わずに宛てがったままだった自分のアソコから私の手を優しく解き、そのまま秘部に沿ってゆっくりと下へ滑らせてゆく。
秘部の内側がユウヤさんの裏側と擦れあってまた痺れが駆け回るが、ユウヤさんのアソコから伝わる熱が少しずつ熱くなってゆき、押し付けているのだと分かると全ての神経が触れ合っている場所へ集中していくのが分かった。
思わず挿る所を恐ろしいはずなのにジッと見つめてしまう。
押し付ける力が強くなってゆき、痺れを出していただけの私の秘部が不意にググッと広げられてゆくのを感じる。
プチュという小さな音が聞こえ、次の瞬間私の内側が広げられてゆく感覚が掻き消えるほどの電撃が脳天まで突き抜けた。
頭が真っ白になるなど生優しく感じるほど、目の前が色黒と弾け、視界に本当に稲妻が走っていた。
「は、入った……けど。大丈夫?」
多分ユウヤさんが何かを言っている気がする。
何を言っているのかも分からない。
まだユウヤさんと繋がっただけのはずなのに、あの時よりも私のお腹は苦しいはずなのに、そんなことも全部吹き飛ぶほど気持ちいいとしか思えない。
全身が震えているのか身動きひとつ出来ていないのか分からない。
実はユウヤさんは稲妻の化身なのではないかと思うほど、頭も体も心の中までも痺れて震えて何も分からない。
呼吸が苦しい。
虚空を掻くように手をバタバタ動かしたり、触れた物にしがみついたりしていた。
どれほどそうしていたのか分からなかったが、次にユウヤさんを視界に見つけた時には波導の視界ではなく、いつもの優しい顔が心配そうに私を見つめ、頬を撫でていた。
「今日はもう止めておこうか。先は長いんだ。今回のことで怖いと感じなかったのなら、これからゆっくり慣らしていこう」
「止めちゃう……の? だめ……まだ、ユウヤさんと一つになれてない」
私の手には恐ろしい程力が入らなかった。
でも必死にユウヤさんのその言葉を遮ろうとする。
ユウヤさんの肩に力なく手を回し、なんとか引き寄せようと藻掻く。
「そっか……。分かった。じゃあ最後までするよ? だから少しだけきつくても、怖くても我慢してね」
私の想いが伝わったのか、ユウヤさんは優しく唇にキスをしてから私の体を抱き上げてゆく。
ユウヤさんの大きな胸に包み込まれるように抱き上げられ、思わず安心するが、私とユウヤさんのお腹の間にはユウヤさんのアソコが鎮座していた。
左手を私の後ろに回し、腰から上をしっかりと支え、ユウヤさんがゆっくりと腰をずらしてゆき、また私の秘部へユウヤさんのアソコが押し当てられてゆく。
まるで電磁波でも食らったかのように体中が不思議な痺れを覚え、妙に体に力が入らないのに、またアソコが擦れあう感覚が鈍い痺れとなって全身を巡り、腰の辺りにだけ無意識に力が入る。
グチュッという音と共に私の中へユウヤさんのアソコが、体の中を押し広げながら挿って来る感覚が伝わり、鈍い痺れが鋭くなってゆく。
初めての交尾の時、私の体の中には異物が入り込んでいる感覚しかなかったはずなのに、ユウヤさんとの交尾はずっとこの痺れに支配されている。
全身に力が入らなくなるほどなのに、不思議とそれは嫌ではない。
これが……ルナさんやヒトミさんの言っていた、本当の交尾なのだろう。
あまりにも衝撃的過ぎて途中まで体も心も追いつかなかったが、漸くユウヤさんに抱きしめられながら、腰と腰が触れ合うまでユウヤさんの全てが私と繋がった時、心の中が幸福な気持ちで満たされていった。
幸福感と快感と安心感と……その全てがユウヤさんの優しい顔を見れた途端に膨れていった。
「動かしても大丈夫そうだね」
「あぁ……そうか。まだ今も繋がっただけだったな……。またこれ以上の衝撃が待っているのか……」
今も繋がっている部分から絶えず出続けている痺れは正直恐ろしい。
私が知っているいつもの私ではなくなる。
何も考えることができなくなり、ただ痺れのことしか考えられなくなる。
だが、それこそが交尾で得られる心地良さの正体であることも二人から聞いてはいる。
初めてだからなのかは知らないが、ルナさんはよくこんな衝撃を定期的に味わって平気でいられるとしか思えない。
普通ならヒトミさんのように何かがおかしくなってしまうだろうとしか思えない。
でもヒトミさんもそういう風に教えられたせいでそうなったとしか言わなかったということは、このままユウヤさんと普通に交尾すれば……あるいは……。
両の脇を軽く持ち上げられ、体の中からユウヤさんが逃げ出す感覚と共に痺れが訪れ、また波のように私の中へユウヤさんが戻ってくる。
緩やかに、クチュクチュと水音を立てながらリズミカルに体に痺れが伝わり、少しずつ恐怖感が薄れてゆき、代わりに快感と幸福感が増してゆく。
ユウヤさんと繋がっている。
子供を作ろうとしている。
もしもユウヤさんが人間ではなく、ルカリオならどれほど良かっただろう。
でも、こうして出会わなければユウヤさんにこうして交尾がどれほど幸せなことかも教えてもらえなかった。
次第に水音はグチュグチュと聞こえるようになり始め、体の奥の奥、深い所までユウヤさんが届き、より一層大きな痺れと幸福感をもたらしてくれるようになった、
どんなことでも乱れなかったはずの呼吸がユウヤさんに呼応するように乱れてゆき、どんどん心臓の音が大きくなってゆく。
ユウヤさんの体へ手を回し、思わずしっかりと掴みかかると、同じようにユウヤさんの内側から叩くようにユウヤさんの心音も聞こえる。
下から突き上げられる度に身体がまた痺れ始め、思わずユウヤさんの体にギュッと締めるように抱きつく。
次第に水音だけではなく、私とユウヤさんの腰がぶつかり合う、パンッパンッという乾いた音も聞こえだした。
体の熱が、ユウヤさんの熱が耐えられなくなり、思わずユウヤさんの法を向きながら口を大きく開けて激しく呼吸をする。
ユウヤさんもやはりきついのか、声に出るほど大きく乱れた呼吸をしていた。
一度身体が痺れを経験したからか分からないが、今度は体全体の浮遊感が増してゆくように感じ、一度目と同じように体に力が入りにくくなってゆく。
ユウヤさんの体を必死に手繰り寄せ、恐ろしい程の快感を全身で受け止め続ける。
「ユリ……もうそろそろ……出すよ」
乱れた呼吸と共にユウヤさんはそう伝えてきた。
今度はユウヤさんがなんと言っているのか聞き取れたため返事をしたかったが、ただ必死にしがみついているので精一杯だった。
暫くすると動きさ更に激しくなり、パンッという大きな音と共に突き上げられ、一度体が宙に浮く感覚を味わい、一気にユウヤさんが体の奥深くから抜け出してまた中へ戻ってくる感覚と共にまた鮮明な稲妻を体の中へ打ち付けてゆく。
もう浮遊感なのか本当に体が浮いているのかも分からなくなり出した頃に、一度目の時とよく似た閃光のような何も考えられない感覚が一気に脳の奥を支配してゆく。
視界が端の方から色を失ってゆき、白と黒の電撃が成り代わってゆく。
きついはずなのに呼吸すらもできなくなってゆき、また脳天まで突き抜けるような衝撃と共に何も考えられなくなっていった。
ユウヤさんが私の体をしっかりと抱きしめると私の衝撃は更に増してゆき、私の中にいるユウヤさんは心臓の鼓動のようにドクンドクンと脈打つように私の体を更に広げていた。
激しい二人分の呼吸音とブビュッという押し出すような音がテントの中へ響き渡ってゆく。
その時間はユウヤさんに揺られていた時間よりもとても短かったはずなのに、時間すら私の体と共に蕩け出して言ったかのように心地よく、永く感じた。
「ハアッ……! ハアッ……! 気持ち……良かったかい? ユリ……」
言葉では言い表せない。
単に喋ることができないほどその快楽という名の衝撃を一心に受け止めていたが、私はこんな交尾を知らなかった。
いや、今知ってしまった。
もう私はユウヤさん無しでは決して生きていけないだろう。
私の中のユウヤさんがゆっくりと力を失ってゆき、逃げ出してしまう。
「お疲れ様。ユリ。とっても可愛らしかったよ。今日はもうおやすみ」
「ダメ……」
ユウヤさんは私の頭を優しく撫で、そのまま体を持ち上げながらゆっくりと地面に下ろそうとする。
しかし、流石に二度も同じ快感を味わえば多少なりは動けるようになる。
痺れる体で目一杯の力を出してユウヤさんにしがみつき、後ろ足から地面にスッと降り、そのまま持てる力を振り絞ってユウヤさんの体を押した。
当然私と同じように痺れているユウヤさんは成す術もなくゴロンと後ろへこけてゆく。
「あいたたた……。どうしたの? ユリ……さん? なんで僕の上に乗ってるんですかね?」
「今日は私の想いに答えてくれるのだろう? つまり私の思い通りだ……。今日だけは逃さない!
次に意識を取り戻したのは翌日。
しかし金縛りにでもあったのかと思うほど全身が酷い筋肉痛になり、特に腰はとてもではないが呼吸するのすらきついほどの筋肉痛になっていた。
更に言えば、朝方の冷え込みと何度したのかも覚えていないほどのセックスのせいで体が冷えきっている上に空腹感も酷い。
「ユリ……起きてる?」
「ワ、ワウ!!」
「ああ、よかった。おはよう。申し訳ないんだけれど、僕がいつも背負ってる鞄がそっちにあるんだけれど、そこから湿布を取り出してくれない? 分からなかったら悪いけれど一つづつ見せておくれ」
一先ず起きていたユリにそうお願いして湿布を背中に貼ってもらうところまで指示し、暫くゆっくりと休んでいたが、これ以上ゆっくりしているとユリが羞恥心と罪悪感からの謝罪の嵐でおかしくなってしまいそうだったため、ベトベトンのようにドロリと起き上がって老人のように立った。
「クゥーン……キューン……」
「大丈夫大丈夫。ルナも最初はそんな感じだったから! いやしかし、ホントに懐かしいね。この動けなくなる感覚も。それだけユリが僕の事を好きで、信頼してくれてるってことだからね。ありがとう嬉しいよ」
「キューーン……」
「ん? ああ、背中に関しても元々だから気にしなくていいよ。もう漢の勲章だと考えることにしてる」
背中側に回って心配そうに背中と僕の顔を見つめてきたため、傷だらけの背中に気付いたのだと分かり、優しく宥めた。
終始そんな感じでユリはずっと謝っているか、僕の心配をしているか、悲しい鳴き声を出しているかだった。
このままでは埒があかないため、なんとかまっすぐ歩けるふりをして安心させ、簡単にテント内を綺麗にしてユリの体も綺麗にし、服を着てからユリを連れてテントの外へ出て、既に起きて退屈そうに待っているルナとヒトミの分も含めて朝食……ではなく昼食を作り、なんとか無理矢理いつも通りに戻した。
本来ならば今日からはコンテストの準備に取り掛かろうと考えていたが、とてもではないが今日は平常運転は無理だ。
律儀にルナやヒトミにまで謝っているユリを見て思わず笑みが溢れ、そんな様子を眺めていたが、今日はユリの意外な一面も見れたため良しとすることにしよう。
しかし、こうしてゆっくりとした一日に身を浸しているとふとユリとヒトミとの出会いを思い出した。
初めは二匹とも決して良好とは呼べない関係から始まり、特にユリとは溝もかなり深かった。
それが気が付けば三匹の内一匹でも欠けている所が想像できないほど、僕にとって掛け替えがなく、当たり前の存在になっていた。
ユリの遠慮の理由も分かり、ホッとしたが、同時にこれからの事を考えるとかなり不安がある。
何もみんなのことが嫌いになったわけではなく、その逆、結局三匹ともと密な関係に発展していった。
もしもこれが人間同士の恋愛だったら僕はスケコマシどころの話ではない。
なんとも節操のない酷い男だろう。
ルナとだけの秘密の関係だったはずなのにヒトミに挨拶代わりに襲われ、そのヒトミとも今ではあまり密な関係の方は求めては来ないものの、時折体を重ねる。
正常といえば正常な関係になったが、そもそもこの現状が不誠実で正常ではないと言われてしまえば元も子もない。
そして遂にはユリにまで手を出した。
いや、僕から手を出したことはないが、あの日サインを送ってきた日から地味に意識はしていた。
そう考えると本当に僕は無節操だ。
話を戻すが、不安な理由はこれから先、ポケモンリーグを目指すのであればやはり仲間は増やしたい。
しかしここまで見事に皆と密な関係になってしまうと、以降何匹増やそうともそうなる気がしてならない。
いや、そこはしっかりと僕が断ればいいのだろうが、それでは後から来るポケモン達があまりにも不憫でならない。
というよりもそもそも何故、好意を寄せられることが前提になっているのだろうか。
考えれば考えるほど迷宮に迷い込んでゆくため、あまり考えないようにしているが、既に一年、全てのジムを制覇してもなお手持ちのポケモンが三匹しかいない理由はこれが原因だった。
トレーナーセンターに行き、そういう事柄に認識のあるコーチの人と話しても、自分のようなパターンはかなり稀有らしい。
大体の場合、トレーナーが全員と無理矢理体の関係を求めるようになって壊れるか、ポケモン同士の関係が非常に悪くなって瓦解するか、最初の一匹以外とは健全な関係を続けてゆく。
故に全員と関係を持ち、かつ全員から全幅の信頼を置かれ、ポケモン同士も信頼し合い、仲を保っているというのは、そちらの方面でもほとんどいないため、あまり褒められたくない方でも手を叩いて褒められた。
どうするかと考え、悩み抜いた末決めたのが今の戦いでのスタンスである、ポケモンの信頼に応える戦い方だ。
僕は司令塔ではなく、第二の目となり脳となりポケモン達と戦う。
他のポケモンの動きに合わせるトレーナー達がどういった経緯でその戦い方を習得したのか是非とも生の声を聞きたいが、皆既にフィルムの中だけの存在になっているか気安く話しかけられるような存在ではなくなっているため、とてもではないがアドバイスは頂けない。
そう考えるとこれから先も変わらず、みんなのことを考え、もっとみんなのことを知っていかないといけない。
そういった意味では、ユリのあの豹変したような積極性を知れたのは……夜限定かもしれないが良い機会ではあった。
考えど悩めど答えはなく、頼れる先人もいない。
このままでポケモンマスターになれるのかどんどん不安になっていくが、きちんと成績が残っていっているのも事実。
思わず深い溜息が漏れるが、そうやってある意味幸福な悩みを抱え、考え込む度に談笑していたはずのみんなが心配になったのか、こちらへ集まる。
その度、何でもないと笑顔を見せるが……本当に何でもないことだ。
僕にはこれほど大切にしてくれるみんながいる。
そんなみんなの姿を見れば何も心配ではない。
考え方は変わったのかもしれないが、今も夢は変わらない。
出来るところまででいい。
ポケモンマスターになる日は来なくてもいいと思えるようになったのはきっとみんなのおかげだ。
だからこそ胸を張って進み続けよう。
夢の終わりが見えるその日まで。
「みんなお待たせ。ちょっと遅くなったし、今日は量も多めに作ってるからいっぱい食べてね」
今はこの笑顔に囲まれて夢を共に歩めることが幸せだ。
いつか誰かに語れるようになるその日まで、しっかりと日々を記録してゆこう。
そうして今日も僕の日記は一日ずつ進んでゆく。