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街を二つと山を二つ、あと大きな河を一つ越えただろうか。
旅を始めたあの頃は、こんなに遠くに来れるとは実は微塵も思っていなかった。
既に旅を始めて半年近く、途中で寄った街のポケモンジムに挑戦したら、ルナとユリの大奮闘により難なく突破でき、僕もバッチを二つも持った正真正銘のポケモントレーナーになっていた。
これも偏にルナとユリのお陰であり、あの二年とは比べ物にもならないほど、長い時間を共にしているようにも感じる。
だからこそ勿論、既にルナともユリとも仲良くなって……いたかったんだけどなぁ……。
ユリは未だに爪の先すら触れないほど常に距離を保っているし、そんなユリに何とか打ち解けてもらいたいと試行錯誤する内に、二人きりだった頃よりも明らかに常時不機嫌になったルナのことも気に掛けてあげないといけない。
ルナの方は理由は明白だからこそ、もっと構ってあげないといけないのだが、如何せん半年もずっと同じ調子のユリは原因が分からない分、尚更放ってはおけなかった。
まずスキンシップ程度のボディタッチは断固拒否。
名前を呼べば耳が動くので気が付いてはいるのだが、名前を読んだ理由がなかったり、他愛のない事を話すと一切の反応を示さなくなる。
かと思えば野営の準備のために薪を集めたり、水を汲んできたりなんかはお願いしなくてもやってくれる。
まあ、勿論助かってるから誉めてはいるんだけれども、さも当然といった反応を示すだけなのでそういった些細なことから親睦を深めることも厳しいのが現状だ。
どうしたものかねぇ……。
そういえば頭を悩ませているのは何もユリのことだけではない。
もっと構ってあげるべき、とだけでさらりと流したが、なんだかルナの方は旅に出てから段々と僕の言うことを聞かなくなってきた気がする。
ルナはユリと違って四足歩行のポケモンだ。
だから薪集めや水汲みは得意ではないのだが、どういうわけか大人しく待っていてくれない。
理由も説明したが、あまり効果はなく、折角の綺麗な毛並みを枝と枯れ葉まみれにして帰ってきたときは思わず脱力した。
あぁ、そういえばユリはトリミングすらさせてくれない。
ようやく入手したポケモン図鑑によると、どうやらあの子もメスらしいので、多少なりは……いや、結構身だしなみは気にしているはずだ。
というのも僕は全くもってトリミングさせてもらえていないが、それでもユリの毛並みはかなり綺麗に保たれていた。
とはいえ流石に自力では限界もある。
遠目ならばそれこそ綺麗だが、近くでしっかりと見れば泥や枯葉の残骸がくっついていたりするし、若干ながら毛玉もできている。
ともすれば獣臭さも他人からすれば気付くほどになってしまっているだろう。
そういった些細な事はかなり気を遣っているつもりだが、本人に協力する意思がなければどうしようもない。
更に言えば抱えているのは何もルナとユリのこれからのつきあい方だけではない。
今まではイメージトレーニングだけだったポケモンバトルも、今では当然のようにするようになった。
そうなると必然的に自分の経験の浅さが滲み出てきてしまう。
今はなんとかルナとユリの地力のお陰で勝ててはいるが、だんだん自分が想定していなかったような戦術を使われる機会も増えてきたため、圧勝と呼べるようなバトルの方が少なくなってきた。
それとこれまた困るのが、案外対戦で負けたトレーナーとよく戦術での意見の交流が増えてきたことだ。
嬉しい悲鳴ではあるが、実戦で試したことのない確証を持てない戦術を紹介するわけにはいかないし、逆にそんな事を想定して戦術を組み立てているのか! と驚かされることも間々ある。
そのためトレーナーとしての勉強は今までの比ではなくなっていた。
日が高い内は戦術の実践に向けたトレーニングをしつつ、次の目的地を考えながらの武者修行。
たまにトレーナー同士でのバトルになることもあるけれど、そうなれば勉強することが一気に増える。
日が傾いてからは野営の準備と戦術の勉強。
ルナとユリはボールから出して自由にさせてあげている。
たまに様子を見ると……やはりと言うかなんと言うか、二人の仲は良いとは言えそうではない。
テントから少し離れた位置に、料理用で起こした火の跡を挟んで寛いでいる。
ただ寛いでいるのなら話は別だろうけれど、どうみてもルナの方は意図的にユリから顔を背けている。
一方のユリは瞑想しているのか、瞼を閉じてじっとしたままだ。
そして大抵の場合、ユリはそういった個人での修行を終えると、ボールの中へ引っ込んでしまう。
二匹の関係は大体のところこんな感じで、ルナの敵意に対してユリはどこ吹く風といった感じで、気にも留めていないのが余計腹立たしいのか、たまにルナがギャンギャン吠える声が聞こえては宥めに行く日々だ。
既に半年も経っているというのもあり、僕自身も現状には少し焦っていた。
ルナの我儘に依然頑ななユリ、更に自分の経験不足が重なっている現状に……重ねるように厄介事は増えて行く。
よりにもよって次に近いポケモンジムは格闘タイプのジムトレーナーだときた。
これだけの不安要素を抱えたまま、タイプ相性の悪いジムには挑めない。
かといってこの子達を絶対の信頼をもって攻撃を避けさせる指示を出せる程に経験を積むことは、いくらなんでも現実的ではない。
そうなると必然的に選択肢は一つに絞られてしまう。
「アブッ!」
「ん? あぁごめんねルナ。考え事してたんだ」
ふと気が付くと僕の右隣にはルナがちょこんと座っていた。
夜の間にルナが僕の元へ来る理由は二つ。
一つは単純に人恋しくなったから遊んでほしいという理由で、もう一つは……まあ……そういうことだ。
一応、ルナが求めてくるまではいつも通り頭を撫でてあげたり、トリミングをしてあげたりするが、僕の足に前足を掛けて股間を撫でるように触ってきた時はルナからの催促の合図だ。
初めは毎晩相手してあげることも覚悟していたが、案外頻度は多くはなく、とはいっても大体一週間に一、二度催促してくる。
求めてくる時は分かりやすく、キラキラとした輝く瞳ではなく、独特な妖艶さを含んだしっとりとした瞳になる。
そうなったら『ポケモンとトレーナー』から『一組の秘密の恋人』へ対応を変える。
わしわしと頭を撫でるのではなく、指通りの滑らかなルナの毛を整えるようにゆっくりと頭から首元へ撫で下ろす。
そうするとルナの顔は必然的に上を向くので、既に物欲しそうに潤んだ瞳で見上げるルナの口元へそのまま自分の顔を近付けていき、彼女の柔らかな唇に自分の唇を重ね、誘うような舌使いで僕の舌を求めている彼女の舌に自分の舌を重ね合わせた。
重ね合う舌がそのまま絡み付き、二人にしか聞こえない、クチュクチュという小さくそしてとても興奮させてくれる音を脳の奥まで響かせてくれる。
暫く続ければ興奮と幸せな息苦しさで次第に呼吸が乱れ始め、互いの鼻息が頬をくすぐるのがまた堪らなく心地よい。
先に僕の呼吸が持たなくなり、彼女の口と舌から離れると、彼女の舌が切なそうに僕の口から離れ、舌先から二人の唾液を混ぜ合わせた液体が溢れ落ちる。
それから少し息を整えるついでに服を脱ぎ、彼女との会瀬に備えると、まだかまだかと待ちきれない様子で傍をそわそわと動き回っている彼女を見て、少しだけ笑みが零れた。
「さて、今日はどんな風にいてもらいたいの?」
軽く頭を撫でてあげながら彼女にそう聞くと、ニヤリという言葉が似合いそうな微笑みを見せたあと、ごろんと僕の前に仰向けに寝転び、尻尾を振ってみせた。
交尾……もといセックスをする時は、体位等は彼女に選択権を与えている。
立ったままこちらにお尻を向けた場合はそのまま後ろから、逆に顔をこちらに向けている場合は向かい合った状態で抱き上げる姿勢で、そして今回の場合は僕が彼女に覆い被さり、僕のペースでしてもらいたい時だ。
彼女がまだなの? とでも言うように顔を少し持ち上げてこちらを確認してきた時点で僕も彼女に被さるように移動する。
僕のペースで、とは言ったけれども実質、激しい行為がしたいだけで主導権は常に彼女にある。
そういう関係が好きというわけではなく、単純にモンスターボールのお陰で僕の言葉は彼女には伝わるが、彼女の言葉は僕には分からない。
そんな僕が独り善がりな行為を行えば少なからず彼女を傷付けることがあるだろう。
それならば僕の言葉が分かる彼女に合わせた方が、双方が傷付かない正しい愛し合いかたができるからだ。
そんなことを考えながら彼女のシルクにも引けを取らない柔らかな胸毛をそっと撫でる。
僅かに触れただけだが、少しだけ恥ずかしかったのか彼女は僅かに身を捩らせていた。
トリミングの時以外は殆ど触れない彼女の胸毛はとても美しく、毛量に反して全くと言っていいほど指に絡み付かない。
そのままゆっくりと顔を近付け、最高級の贅沢を味わう。
洗い立てのままのような石鹸のいい匂いとと同時に、草木や花の柔らかな自然の香りもする。
大抵、僕とセックスをしたい時は汚れないように細心の注意を払っているのがよく分かる。
彼女としてもこの行為は好きなのだろう。
十分に彼女の匂いと柔らかさを味わってから、その手を全身を撫でるようにしながら脇腹、お腹、腰とゆっくり下って行く。
それに合わせるようにして、顔は彼女の紅の瞳と黒に程近い紺の肌のコントラストが素敵な顔だけが視界に入る距離を保ったまま、彼女の瞳を見つめる。
見つめ合うのが恥ずかしかったのか、それとも彼女のぷっくりと膨れた柔らかな肉の蕾に指先が触れたからか、頬を更に紅潮させながら視線を逸らした。
念のために中指と人差し指を使って蕾をゆっくりと開くと、やはり彼女の蕾の中からは、既に透明な液体が零れそうなほどになっていた。
そのまま指を中に滑り込ませようとしたが、それよりも先に体を捻って抵抗されてしまった。
前戯などするまでもないが、正直な所、しなければ僕の体力が持たない。
求めてくる回数自体は想定よりも少なかったが、体力や一度の満足してくれるまでの時間は概ね想定通りで、何も考えていなかった最初の頃は当然のように四、五回戦までする位求めてきていたため、次の日は腰が震えて真っ直ぐ立つのも辛かった程だった。
かといってそんなことで彼女に遠慮させるのも一人の男として申し訳ないので、求めてくる分には全力で応え、より体も鍛えるようにしたが……そもそもの地が人間とポケモンではあまりにも違いすぎるため、そこは知恵を絞ることにした。
単純な話、前戯に掛ける時間を長くしたのだが、彼女としては前戯はあまりお好みではないのか途中から指はおろか、舌で弄る事さえ拒否された。
しかし彼女はディープキスはかなり好きなようで、こちらはかなりノリノリで求めてくれるようになったうえに、キスだけでかなり興奮してくれるらしく、長いキスはもはや定番になっていた。
また、彼女は焦らされるのも好きなのか、今もそうなのだが、長いキスを終えてからぺニスを彼女の蕾に軽く宛がい、外周をゆっくりとなぞるとそれだけで軽く体を強張らせる。
十分に滑らかな彼女の華開いた美しいピンク色の花弁の内側をなぞって少しだけ中に挿れ、クチュリという卑猥な音を立てて彼女の膣内が収縮したらすぐにまた外周をゆっくりとなぞる動作に戻す。
何度か同じ動作をすると次第に溜まっていた愛液は自然と溢れ落ちるようになり、か細い切なげな声が聞こえ始める。
始めこそは嫌がっているのか心配になっていたが、どうやら単純に気持ち良すぎて声が漏れているだけなのだと気付いてからは愛しくて仕方がない。
瞳が今にも涙が流れそうなほど潤み始めたら流石に挿れてあげる。
焦らすのは好きだが、苛めるのは趣味ではない。
彼女の興奮も最高潮だったのか、挿れるとすぐに彼女の膣内が僕のぺニスに絡み付くようにキュッと締まった。
しかし十分に濡れた膣内は僕のぺニスをすんなりと受け入れて行き、根元までしっかりと咥えこんでくれた。
「キュー……キュー……!」
端から聞けば助けを求める鳴き声にしか聞こえないが、僕からすれば挿れただけで絶頂してくれた愛らしい鳴き声だ。
勿論これも最初は気が気ではなかったけれども……。
彼女の荒く短い呼吸の吐息が頬にかかり、僕のぺニスは更に固さを増してゆく。
それに呼応するように彼女の締め付けも更にキツいものになってゆくが、構わずにゆっくりと最奥の固い場所へ先端を押し付ける。
悲鳴のような鳴き声を上げながら更にぺニスをギュプッギュプッ! と締め付けてくる。
流石にこのままでは僕も挿れているだけで果ててしまいそうになるため、緩やかに彼女の中からぺニスを引き抜いてゆくと、柔らかな膣壁がカリを塞き止めなんとも言えない快感を与えてくる。
カリ首以外の殆どが彼女の外へ出るほど引き抜いて一度今にもはち切れそうな劣情を鎮め、呼吸を整えながら彼女の顔をしっかりと覗きこむ。
瞳には零れるほどの涙を蓄えていたが、静かに見つめているとグイグイと僕のぺニスがまた彼女の中へ呑み込まれていた。
早く早くとせがむようなその腰使いと瞳に応えるように一気に挿入する。
背中から首元へかけてを抱き上げるように腕で包み込みながら腰を落とし込むとジュプッ! という卑猥な音と共に彼女の顔が恍惚とした表情を浮かべる。
そのまま間髪入れず、一気に奥まで挿れては抜く激しいピストン運動へ移行する。
互いの腰が打ち付けられる乾いたパンッ! パンッ! という音と、グチュッ! という水音が混じり合い、僕の荒い呼吸音と彼女の甘美な嬌声が一気に僕の興奮も最高潮へと高めてくれる。
そのままでは僕もすぐに果ててしまうため、腰の動きを少しずつゆっくりにしていきながら彼女の口の中へ舌を滑り込ませると、荒い吐息と共に彼女の舌も僕を求めて絡みついてきた。
互いに荒くなった吐息を交換しながら舌を絡め合い、ジュプジュプと彼女の膣内へと挿入を繰り返す。
ギリギリまでお互いを求め合っていたため、今度は潜水していた状態から水面に顔を出して呼吸をするように重ねた口が離れると同時に荒い呼吸音が二人分響いていた。
そのまま獣のような荒い呼吸で息を整え、既に限界がほど近いペニスに意識を集中する。
彼女も既に限界……を明らかに越えたようで、涙と唾液でグチャグチャになった顔で虚空を見つめているようだった。
「ルナ……もう、出すよ!」
これならばもう問題ないだろうと彼女に伝え、更に腰の動きを早めていく。
我を取り戻したように彼女は僕の顔を必死に捉え、快感からか顔を時折振り回すような仕草を見せる。
そして苦しいはずの呼吸を一度完全に辞め、彼女の中へ精液をドクンッ! ドクンッ!! と放出していった。
激しい脈動と反比例した彼女の切ない鳴き声を暫く聞いた後、忘れていた呼吸を声とも聞き取れるほど大きく始めた。
そして脈動するペニスと精液を一滴たりとも逃さないように締め付けていた彼女の膣内も次第に弱まり、呼応するようにペニスの脈動も静かになっていった。
体全体の硬直が解け、自分の心臓の鼓動がはち切れそうなほど響く中、彼女の身体を押し潰してしまわないように脱力しながら彼女の体にもたれ掛かる。
彼女も十分満足したようで、涙を浮かべた瞳は恍惚とした表情ととても満足した表情でこちらを見つめていた。
互いに呼吸も元に戻り、すっかりと萎えたペニスを引き抜くと、最後に彼女の唇に自分の唇を重ねる。
そのあと彼女は本能的になのか、自分の膣から溢れ出てくる僕の精液を舐め取り、満足気な表情でまた僕の横に体を預ける。
そうして幸せな一時を終えると、そのまま気怠さに身を任せて眠りに就く。
これが僕の大体の日常だ。
少しだけ大変ではあるけれど、毎日が幸せで掛け替えのないものだ。
そう……僕にとってはとても素晴らしい毎日なのだが、あくまでそれは僕にとってであり、ポケモンにとって幸せであるとは限った話ではない。
ユリにとって今の生活は幸せなのだろうか? そもそもいつか僕と仲良くなりたいと思っているのだろうか?
幸せの定義は人それぞれ……もといポケモンそれぞれである。
ルナの幸せが僕と居ることであるように、ユリの幸せは多分、別にあるのだろう。
もしそうなら、ユリを縛り付ける今の生活はただの拷問でしかない。
それならいっそのこと……と考えてしまうが、同じ過ちを何度も繰り返すつもりはない。
ユリときちんと話し合ってから決めるつもりだ。
だからこそ、ユリが後腐れなく自分の幸せを掴める状況だけは作っておかないといけない。
そのため、翌日は早くから二匹をボールから出し、一つお願いをした。
「ルナ、ユリ、今日は新しい仲間を増やそうと思う。もうそろそろ君達だけじゃきついしね」
それは新しい仲間の探索。
理由は格闘タイプの対策とユリのことの半々といったところだ。
正直、ユリは既に僕にとってはなくてはならない戦力であり、大切なパートナーだ。
だからこそ出来ることなら仲良くなりたいが、それは僕の我儘になってしまう。
そのため、三匹目の仲間が加わった時点で個人的に話すつもりだ。
それはそうとして、二匹を出したまま野営地点の付近を探索していたのだが、何故だかコラッタやキャタピーの一匹すら見かけない。
この辺りに来るまではそこそこポケモンの姿を見かけていたのだが、風にさざめく木々の音が聞こえる以外は鳴き声も物音も何一つ聞こえないほど不気味な静けさが漂っている。
そんな時、不意に後ろの藪から音が聞こえ、遂にポケモンが姿を表してくれたのかと思い、振り返ろうとしていたはずだった。
そう……僕は振り返ったんだ。
気が付けば僕の体は何かに巻き取られ、森の中を恐ろしい速度で引きずられていた。
緑色の太い蔓のようなものに引きずられながら、ルナとユリの居た場所からあっという間に全く知らない薄暗い洞窟の中へ引き込まれてしまった。
そのまま放り投げられるように洞窟の奥に離され、先程まで僕の体を絡め取っていたものが蔓ではなく、太く長い体であることを知った。
目の前にいるポケモンは逆光を浴び、若草色と白の輪郭が辛うじて判別できる蛇体を晒していた。
確か前に図鑑で確認したことがある……。緑色の太い蔓にも見えるその姿はロイヤルポケモンとも呼ばれるジャローダだ。
気品溢れる佇まいとその体から繰り出される様々な技はまさにロイヤルの名にふさわしいのだが、今目の前に居るジャローダはおおよそその呼称とは程遠い姿をしている。
というのもそこにいるジャローダの目は明らかに血走り、暗闇で開ききった瞳孔は見るだけでゾッとする。
その上、口からは蛇独特の細く長い舌が飛び出し、周囲の臭いを探るというよりは明らかにご馳走を前に舌なめずりするような動きを見せていた。
人間とパートナーになりたいと思うポケモンならば、近くにポケモンがいる人間を見つければ迷わず『飛び出す』はずだ。
しかし、このジャローダは僕を一人引き離した。
人間よりも大きなポケモンが人間を襲う話は別段珍しい事ではない。
自然の中では人間もポケモン達からしてみれば自分よりも弱い獲物でしかないわけなので、人気の無い洞窟に手持ちのポケモンと引き離された状態で入り口を塞がれていると言うことは、つまりはそういうことだ。
このジャローダにとって、このポケモンの少ない森では僕は久し振りの食事なのだろう。
何か行動を起こすよりも先にその蛇体に身体を今一度絡め取られ、新緑と同じ美しい色とは相対的な瞳と同じ色の空間が目の前で僕の頭よりも大きく広がってゆくのがなんとも絶望的だが、今更僕にはどうしようもない。
そんな時に考えるのは案外、自分の安否よりも、残してきたルナとユリの事だった。
ルナは恐らくパニックに陥っているだろうし、僕がいなくなったらあの子は生きていけるのか心配でもある。
ユリは恐らく問題はないだろう。
ただ一つ、せめてきちんと僕の口から伝えたかったという思いだけが尾を引いていた。
そんなことを考えている内に、僕の目の前は真っ暗になった。
いつもと変わらない毎日。私が永遠に叶わない夢にしてしまいそうになっていた日常に身を置けているだけでも私は幸せだった。
それなのに毎日ホンキのバトルをして褒めてもらったり、たまに負けて一緒に悔しがったり……そしてユウヤにこれほど沢山愛してもらったり……想像もしていなかった日常に包まれた私は本当に夢でも見ているのかもしれない。
夢としか思えない現実の毎日はそれだけで楽しく、それゆえに自分自身の過去の過ちを身に染みて痛感させてもいた。
だからこそもう二度とユウヤにあんな顔をさせたくない……そう思っているのだけれど、私の横に居るコイツはそういう気持ちは微塵もないのがよく分かる。
そう、ユウヤの優しさで新たに旅のメンバーに加わった、このユリと名付けられたムカつくルカリオのこと。
クールを気取ってるのか何なのか知らないけれど、とにかく愛想が悪く、鼻につく言い方しかしない。
ユウヤに褒めてもらっても
「命令された通りのことをしただけだ。私に構うな」
ユウヤが丹精込めて作ってくれたお祝いの料理も
「作ってくれなど頼んでいない。食えと言うなら命令だから食べるまでだ」
全っっっ部こんな感じ!
最近では怒りを通り越して、よくここまで他人の良心を踏みにじれるものだと感心するほど。
何度か直接ユウヤにこれから先も仲間として行動するべきではないと直談判もしたけれど、当然ながら言葉の通じないユウヤには遊んで欲しがっていると勘違いされて優しく撫でられてしまうだけ。
ならばとユリに頼まれた仕事も私がこなし、二人分の仕事でも私一人でも充分だとユウヤに感じさせようとしたが、流石にユウヤがユリだからできると任せたことは私では難しく、尚更私一人では不安だと思わせてしまっただろう。
結局のところ、私のやることなすことの全てが裏目に出て、ユウヤはいっつも困った表情を見せた後笑って許してしまう。
変わらなくてはと決めたはずなのに、あの頃から結局何一つ変われていない。
これでは私だけがいい思いをして、ユウヤを苦しめて自分の幸せを手に入れているようで、とてもではないけれど私の良心が持たない。
そして先程、ユウヤが今から更に仲間を増やすと言い出した。
前々から次に挑戦するジムの話は聞いていたし、私やユリの事を考えての事だとは分かっていたけれど、私としてはユウヤの事の方が心配だった。
ただでさえ私とユリが意図せず喧嘩をして、毎日のように困らせているというのにも拘わらず、更に仲間を増やすとなればユウヤの負担は更に増えるばかり。
だからこそ新しい仲間を増やすのであれば、私は尚更先輩として頑張らなければ! とそう思っていた矢先、ユウヤの姿が煙のように消えてしまった。
ほんの一瞬、本当に瞬きをするぐらいの時間、ユウヤから目を話した隙にユウヤが茂みの激しく揺れる音と共に消え、何が起きたのか分からず、頭が真っ白になってしまった。
「どうしよう!? ユウヤが! ユウヤがいなくなっちゃった!!」
「そうだな」
焦る私を見てソイツは特に慌てる様子もなく淡々とそう言った。
それまでなら唖然とする位で済んだのだろうけれど、事もあろうにソイツは近くの木陰に腰かけて寛ぎ始めた。
「アンタ何考えてんのよ!? ユウヤが居なくなったのよ!? しかも間違いなく野生のポケモンに連れ去られて!!」
「だろうな。 だが私はポケモン探しを手伝ってほしいとお願いされただけだ。連れ去られた時の保証まではしかねる」
「アンタ……!! こんな時じゃなければ殺してやりたいぐらいよ!」
「それは困る。別に私は貴女とマスター程親しくしたいわけではないからただ『道具』として使われているだけだ。別にマスターがこれで死んだのならばまた次のマスターに従うまで。私怨を此方に向ける余裕があれば助けにいけばいい」
「言われなくても! ただもしユウヤが無事じゃなかったらアンタを只では済まさないから!」
すぐにでもこいつの喉元に牙を立ててやりたかったけれど、そんな余裕は何処にもない。
踵を返してユウヤが消えた茂みの方へ走り出す。
まだそれほど遠くにはいっていないはずだし、人間を拐ったとしても、それほどの図体を持つポケモンが高速でこの場を離れられるとは考えにくい。
そう思って走ること五分ほど、私の見当は見事に外れ、何処にもユウヤの姿は見当たらなかった。
当たり前だ。
目的は何にせよ、トレーナーだけを拐っていった相手がわざわざ姿を晒すような場所を移動したりするはずがない。
となれば有り得るのは深い茂みや洞窟や虚のような穴蔵、元々この森でそういった狩猟をしながら生きているポケモンの住処のはずだ。
でも地の利のない私にはそんな場所が何処にあるかなど見当もつかない。
焦る心は嫌というほど私に最悪の状況を脳裏に思い浮かべさせる。
狩猟目的のポケモンならばもう既に……。いや、そんなことだけは絶対に有り得ない。有り得てはいけない!
考えるのよ……。どうすれば何処に行ったのか分からない相手を見つけだせる? それどころか相手の姿すら見ていない相手を見つける? 無理よ。到底思い付けもしない……。
こんな時、ユウヤならどうするのだろう……。ユウヤなら……!
絶望から折れそうになっていた私の心を奮い立たせてくれたのは私にとっては馴染み深いユウヤの匂いだった。
そうよ、生まれた日から今日までずっとユウヤの匂いを知っている私にとって、この匂いはどんな道標よりも正確に場所を教えてくれる。
そしてここにその匂いが残されているということはそれほど離れていないという証拠でもある。
嗅覚をフルに働かせてより匂いの強い方へ可能な限り駆け足で移動する。
そして一つの洞窟に辿り着いた私の目に飛び込んできたその光景は言葉を失うには充分過ぎた……。
何故なら……何故かユウヤが見ず知らずのポケモンと交尾をしているからよ!!
「アンタいったい何してんのよ!!?」
「何って交尾よ? というよりもあの時傍にいたポケモンよね? ついてこれないと思ってたのに面倒ね~。私が用があるのはこっちの人間の方だけよ」
「用事って交尾の事!?」
「何当たり前の事言ってるのよ~。あなたはメスでしょ? だからあなたには用はないわ~。久し振りのおちんちんなんだもの♪ 堪能させて頂戴よ」
「嫌よ!? ユウヤは私のパートナーなのよ!? ユウヤとそういうことしていいのは私だけなのよ!」
「あら? ちょっとぐらい良いじゃない♪ 最近はこの辺りのオス達が皆逃げちゃって干からびちゃいそうだったのよ?」
「それって自業自得でしょ!? っていうか話してるとき位交尾するの止めてよ!」
──遡ること十数分前、ジャローダがユウヤの顔にかぶりついた頃、欲求不満で見境がつかなくなっていたジャローダは久し振りに見つけた人間の男を昂らせようと大きく口を開けてユウヤの口内へ、その蛇独特の細長くも充分な重量を備えた舌を滑り込ませる。
ジャローダとしては単なるディープキスのつもりだったが、体格差があり、加減が利かなくなっていた状況だったため、口の中にユウヤの顔が収まる勢いで口付けを交わしていた。
始めこそユウヤは何が起きているのか状況が理解できなかったが、慣れた手付きで長い尻尾の先端を器用に使い、ユウヤのズボンのベルトを外し、そのままぺニスに尻尾を絡み付けてゆく。
その辺りでユウヤはこのジャローダの真の目的に気が付いたため、自分の安否のためにもジャローダを満足させようと考え、舌を絡めた。
ユウヤが乗り気になった事が嬉しかったのか、ジャローダはかぶりついたままだった口を一度離し、その大きな深紅の瞳でユウヤの目を見つめる。
そしてユウヤはハッとした表情を見せたが、ジャローダはお構い無く巻き付けた尻尾を上下に動かし、ぺニスをしごき始める。
人肌よりも冷たい、しかし独特の温もりが伝わってくるその尻尾は何とも言えない不思議な心地良さを生んでいた。
意識をしているとユウヤのペニスはその心地良い刺激で見る見るうちに硬さを手に入れた。
ある程度の硬さを手に入れた時点でジャローダはその動きを緩め、尻尾から根元に向かうようにゆっくりとペニスの先端をなぞってゆき、先端に湿り気を感じた場所で動きを止めた。
と次の瞬間、グニッとペニスの先端がその湿りを帯びた感覚で包まれてゆく。
先端を覆ったと感じた次の瞬間にはカリ首全体が、そしてすぐにペニスの中程までが中程まであっという間に呑み込まれていった。
中も独特の温くも暖かさを感じる絶妙な温度感になっており、ペニスを伝って流れ出るほどの愛液がなんの抵抗もなくペニスが一番奥まで呑み込まれていった理由を物語ってもいる。
ペニスの全体が呑み込まれると、ジャローダは待っていましたと言わんばかりの満足気な表情を浮かべ、すぐに上下に動かし始めた。
上下の滑らかかつ程よい締めつけがユウヤに未体験の快感を与えていたが、それとは別にジャローダの膣内はユウヤのペニスを貪るように全体がうねる様に蠕動し、全体をマッサージするような動きまでもが加わった。
それは言いようによっては極上の快楽だが、現状のユウヤにとっては文字通り蛇に呑み込まれたまま生き地獄を味わっているようなものだ。
滑らかな膣内はジュプジュプと興奮させる水音を立て、ペニス全体を獲物を締め上げるように動くため、限界を迎えるのはそれこそ数分と持たないほどだった。
あっという間に果て、ドクドクと精液をジャローダの中へ放っていく。
が、その脈動が弱まりきるよりも先にジャローダは二回戦を開始し始めた。
行為そのものを楽しむというよりは、それこそ食事のために獲物を呑み込むような激しい交尾。
それが既に四回戦ほど行われた後、ルナがユウヤを発見した所へと戻る。
押し問答が繰り返されること三十分ほど経ったかしら……。ようやく私の言葉を聞き入れてくれたのか、単純に満足しきったからなのか、ぐったりとしたユウヤを解放してくれた。
解放してくれた……はずなのに……。
「ユリ、このジャローダはさっき新しく仲間になったポケモンだよ。みんな仲良くしてね」
おかしい……。何もかもが間違っている気がする。
ユウヤが嬉しそうにジャローダを新たな仲間としてユリに紹介していることも、当たり前のように野営を行った場所に戻って寛いでいるユリも、さも当然のように既にユウヤに張り付いて馴れ馴れしく接しているこのジャローダも……。
確かに私は良い先輩にならなければと考えたけれども、こんなやつらの先輩だからといって私が色々と譲歩しないといけないのは絶対に間違っている。
「ていうか何でユウヤはこんな奴を仲間に加えてるのよ!? バカじゃないの!?」
「ゴメンゴメン。でも許しておくれよ。ルナなら分かるだろ? このジャローダ、放ってはおけないんだ。なんというか……目に陰りが見える気がするから」
「何よ! 放っておけないって!? そんなにこいつは名器だったの!?」
「あら。蛇ってスゴいのよ?」
「ややこしくなるからアンタは黙ってて!」
「あぁ……二人とも仲良くしておくれよ」
聞くところによると、このジャローダにはユリにも似た闇が見えるような気がしたらしいわ。
私から見ればこのジャローダはただの痴女にしか見えないのだけれど……というかユリも私からすれば只の厚顔無恥の恩知らずにしか思えない。
……なんだか私も前科があるから他人の事を言えない気もするけれど、だとしてもユウヤはあまりにもお人好しすぎる。
もしもこのジャローダが普通の感覚しか持っていないのならば、最悪ユウヤは今頃胃袋の中だったかもしれないというのに……。
色々と言いたいことが溢れかえって胸の中は悶々とした感情が溜まっていたけれど、ユウヤが決めたことなら私にどうこう言える問題ではない。
仕方がないので諦めはついたけれども、深い溜め息を吐いたらやはりユウヤは申し訳なさそうに謝ってきた。
最近分かったことがあるとすれば、ユウヤがなんとも言えない表情を浮かべて謝る時は大抵、自分のためではなく、誰かのために動く時。
でも、それと同時に誰にも言わずに何かを抱え込んでいるときでもある。
「ユウヤ。無理だけはしないでね」
「大丈夫、大丈夫。今までもこれからもルナは僕にとって一番大切な存在だから」
「そんなこと心配してないわ。私の時みたいに、ギリギリまで溜め込まないでね」
多分、私の言葉が届いていたとしても、ユウヤのこの性格を直してあげることはできないのだろう。
どこまでも優しくて、どこまでも他人のために尽くす。
でも……本当にあなたの全てを尽くしてしまわないでね。
あなたにとって私やユリ、そして新しく仲間に加えたジャローダが大切で、心配で、掛けがえのない存在だったとしても、それは私にとっても同じだということを……。
多分、ユウヤもそれは分かっているとは思う。
だけれど、いざとなった時は必ず頭よりも先に体が動くような人だから、ここにこんな問題児が三匹も集まったのだろうとは容易に想像できるけれどね。
結局、その日はそのまま新たに仲間に加わったジャローダにユウヤの旅の目的や私達の簡単な説明、そして簡単なバトルの練習をすることとなった。
けれど、またも驚くことにこのジャローダは全くもってバトルの経験がないどころか、バトルという行為そのものの意味が分かっていなかった。
そのためまた急遽予定を変更してそもそものバトルとは何か、トレーナーとポケモンの関係とはという所からの説明になったのだけれど、その最中も私が目を光らせていないといけないほど不審な動きをずっと繰り返していたのにはこれからの心労を考えると溜め息しか出ない。
あれよあれよという間に日は随分と傾いてきたため、野営地点から全く動かず、実質一日分無駄にしたような形になってしまった。
「それじゃユリは水汲みをお願い。ルナは食べられそうな木の実や植物を。ヒトミはいい感じに乾いた小枝を集めてきて。初仕事頑張ってね」
そう言ってユウヤはいつものように簡単な仕事を頼んで送り出し、ユウヤ自身は晩御飯の支度を始める。
木の実は主に私達ポケモンのオヤツとして使ったり、料理に使ったり、後々のための保存食にしたりしているため、怠ることはできないのだけれども、どうしてもヒトミと名付けられたジャローダの動向が心配で仕方がない。
目を離した隙に何をするやら気が気ではない。そう思ってほんの少しだけユウヤの様子を見に戻ったが、案の定というかなんというか、既に襲いかかっていた。
「ヒトミ! 駄目だよ! ちゃんとお仕事をこなして、一日良い子にしてたら相手をしてあげるからね?」
「良い子って?」
「今言われたままよ。自分がシたいと思ったとしても大人しくしていること! きちんとユウヤの言うことを聞くこと! そしたらユウヤが良いって言ってくれるからそれまできっちり我慢すること! いい!?」
「なんでよ~。楽しいことを我慢しないといけないなんて可笑しな話じゃない」
「なんでもくそもないわよ! ルール! 守らないといけない約束事なの!」
「も~。意固地になっちゃって。私とユウヤちゃんの方が仲良くしてるから嫉妬してるの?」
「それだけは絶対に有り得ないし、単純にユウヤの心配をしてるのよ! ていうかまだ出会って数時間も経ってないでしょ!?」
「ああもう、ルナもヒトミも落ち着いて」
結局、説得して無理矢理納得させるのに更に時間を使ったため、それから食べられそうな物を探してきて……としている内にあっという間に日が沈んでしまった。
いつもなら日が沈みきる前には夕食を摂って私たちは各々やりたいことをやる時間、そしてユウヤは毎日の勉強時間になるというのに、この日は全ての予定がぐちゃぐちゃになってしまった。
半分は私のせいでもあるから仕方なく今日は静かに日の番をしながら、寛いでいた。
ユリは相も変わらず一人でトレーニングをしたりしている。
あちらから声を掛けてくることはまずないため、ユリと仲良くなるために何か会話をするならば私から話題を振らないといけないのだけれど、無愛想で仲良くなろうとする気配が一切ないこいつと共通の盛り上がれる話題など皆無。
しかし、良い先輩にならなければと誓ったばかり。こんなところで挫折していたのでは話にならない。
「ねえユリ。いっつもどんなトレーニングをしているの?」
「自己鍛練と瞑想だ。基礎筋力は決して落とせないし、精神統一も欠かせない。この一セットが終わったら瞑想をするから話しかけないでくれ」
「あぁ……うん。ごめんね」
少しだけ会話はできたけれども、会話の無いこの空間はあまりにも居心地が悪すぎる。
でも、彼女は一日も欠かさず鍛練を続けている。
それは本当に凄いことだし、事実バトルでは悔しいけれどユリの方が活躍できている気がする。
バトルも強くて、ユウヤの身の回りの手伝いもできて、私と違ってとてもユウヤに対して従順……。
挙げれば挙げるほど悲しくなるけれども、このままでは本当にユリの方がユウヤにとってはとても頼もしいパートナーになることでしょうね。
……多分、嫉妬しているのよね。
私はただユウヤと一緒に居た時間が長いというだけ。
これから先、もっと仲間が増えて、バトルももっとギリギリの戦いになっていけば、私はただみんなの足を引っ張るお荷物でしかなくなる。
その時、多分ユウヤは私を捨てない。捨てられない。それがユウヤだから……。
もしもその時が来てしまったのなら、私は自分でユウヤから離れなければならないのでしょうね……。
どれほど私が一緒に居たいと願っても、私には叶えなければならないもっと大切な夢があるから……。
『ユウヤを世界一のポケモントレーナーにする』
一度その夢を壊そうとした私が、もう一度その夢の障害にはなりたくない。
……頑張ろう。まだ私にもできることは沢山あるはず!
そう自分の心を奮い立たせて周りを見渡した時にあることに気が付く。
ヒトミの姿が何処にも見当たらない。
今までが私とユリだけだったから何も違和感を感じなかったけれど、よくよく考えてみれば、ここにヒトミの姿がないのはかなり問題がある。
気付いた瞬間急いでユウヤが使っているテントの中へと飛び込んでいく。
「ん”ん”ん”~~!!」
ホントにこのド変態は油断も隙もない!
既にユウヤは襲いかかられ、行為の真っ最中だった。
「あんた人の話聞いてたの!? そういうのはダメって言ったでしょ!?」
「あら~五月蝿いメスね~。そんなにギャンギャン吼えてたらオスに嫌われるわよ~?」
「そういうのはどうでもいいから! 今すぐ止めなさいよ!」
「ルナー!! 助けてくれー!!」
乱入してからはまたも激しい口論。
そうなるとヒトミはまたあまり反省の色が窺えない顔でユウヤから離れる。
ようやくユウヤもホッとしたのか、ヒトミに優しく諭していたけれど、効果はあるのかないのか生返事をしているだけ……。
「あんたちゃんと反省したの?」
「なによ~。反省したわよ~。ていうか別に私しか交尾しないんだから私に合わせてくれてもいいんじゃないの?」
「あんただけじゃないわよ! だから言ったでしょ!? 本当はユウヤは私のパートナーで同時に秘密の恋人なの! 普通は人間とポケモンの恋人は隠すものだし、あんたみたいに見境無くヤるようなもんじゃないの!!」
「じゃあしないの? 交尾」
「えっ」
思わずそう言われて昨晩の事を不意に思い出してしまった。
チラッとユウヤの方を見るとぺニスはまだ硬さを保っている。
というかなんで真っ先に目に飛び込むのがそこなのか……。
違う違う! 私は別にそんな目でユウヤを見ていたわけではないし、あまりユウヤに負担を掛けたくない。
しかし、先程までは中途半端に行為を行っていたためか、ユウヤの雄の匂いがテントに漂っているのが分かるし、その匂いが呼吸をする度に私を昂らせる。
シたいかシたくないかでいうなら勿論したい。
もっと言えば毎日愛し合いたい。子供が欲しい。
でもそんなことが叶わないことも分かっているし、そんなことをすればユウヤが……。
そう思って再度ユウヤの方を確認する。
ユウヤのペニスは心なしか硬さが増したような気がするし、ユウヤの目は何処か蕩けたようにも見える。
そんな状態のユウヤを放っておくわけには行かないわよね。
どう見てもユウヤは苦しんでいる。
そうよ! 私がユウヤと一度だけ交尾すれば全て解決する問題なのよ!
「ねえユウヤ……今日ぐらいはいいわよね?」
そう言ってユウヤの方にお尻を向ける。
それだけでは足りず、ユウヤの体に触れるまで後ずさっていった。
するとユウヤの手が恐る恐るといった感じで私の腰の辺りを撫でたため、全身の毛が逆立つような何とも言えない感覚が襲ってきた。
普段のユウヤからは感じられないような不思議な圧力とも呼べる雰囲気。
でも決して恐ろしいものではない。
なんと喩えればいいのでしょう……。それこそ大切なメスを前にしたオスのような、絶対的な支配と絶対的な愛情の入り混じった不思議な圧迫感。
振り返るに振り返られずにいると、私の秘部にユウヤのペニスが宛てがわれたのが分かった。
期待から私は自然と尻尾を逸らし、腰周りはゆったりと、でも足にはしっかりと力を入れて彼を待つ。
グニュッという音がしっくりとくるような感覚と共に私の中をかき分けてユウヤのペニスが入り込んできた。
その感覚に思わず全身の筋肉という筋肉が彼を受け入れるためにギュッと縮む。
ピリピリと脳の奥を刺激するような火花のようなものが弾け、呼吸が浅くなってゆく。
腰と腰が触れ合っているのが伝わって来る体温からしっかりと分かり、そして言葉もなくその体温は不意に離れたかと思うとパンッという肌がぶつかり合う音と共に一気に奥まで入り直した。
多分、今までで最も野性的な後尾だったと思う。
愛は感じれど、それ以上に欲を満たしたいというような激しい交尾。
いつもと違うその交尾は私を予想以上に興奮させてくれた。
ユウヤもそうなのか、とても荒い息遣いが聞こえる。
「ごめん……ごめんルナ……。もう……!」
「出そうなの!? 私ももう……! お願い!」
言うが早いか、まるで暴発するように私の中のペニスは脈動を始めた。
それから遅れるように一番奥まで深く挿し込み、私に子供を授けてくれるような吐精をしてくれる。
一段とユウヤの息遣いが荒く聞こえる気がして、私も思わず感情が昂る。
電撃が頭の先から足の付け根まで駆け抜けるような衝撃と共に大きすぎるようなユウヤのペニスを必死に受け止める。
「ひゅ~ 魅せてくれる~」
「あんた……ちょっと雰囲気とか考えなさいよ」
「なによ~ちょっと正直な感想呟いただけじゃない」
「タイミングとか言い方とかってものがあるでしょ! っていうか何で見てるのよ! こういう時ぐらい気を使って外で待ってるものでしょ!?」
「だって私が何かするよりも先に始めちゃったんだもの♪ いいわぁ……。あんまり他人の後尾とかって興味なかったんだけどいいわね。グッとくるものがあるわ♪」
「アンタ本当に黙っててくれない!? 大体がこうなった理由はアンタでしょ!?」
「煩いっ!! 全く瞑想に集中できない!! だいたい夜中なんだからお前たちも少しは静かに……!?」
「あっ」
折角のアフターもヒトミのおかげで雰囲気はぶち壊し。
恥じらいというものを知らない彼女と口論をしているうちにヒートアップしすぎたのか、痺れを切らしたユリが最悪のタイミングでテントの入口を開けてきた。
忘れていたが、ユリはまだ起きている。
いつもならばユリがボールの中へ戻るまでは大人しくしていたため、ユリはこの阿鼻叫喚の地獄絵図を知らない。
というのもユリから見れば、恍惚とした表情を浮かべて私とユウヤの行為を眺めているヒトミ、そして私の腰をしっかりと押さえて残りの精液を私の中へ送り出しているユウヤ。
唖然とし、一瞬理解できずに表情が無くなった後、般若のような怒りの形相へと変わってゆくユリのその貌はまさに百面相だった。
「何をやってるんだ!! お前たちは!!」
「ちょ、ちょっと待ってユリ! 違うんだ! これにはワケが!」
ユウヤが浮気現場でも目撃された間男のような定番の台詞を言って、慌てて私の秘部からペニスを抜く。
しかしユウヤが動き出すよりも先にユリは何処かへ行ってしまったのだが、ユウヤは慌ててズボンを上げてテントの外へ駆け出していってしまった。
馬鹿げている。
今のマスターとあのアブソルがやたらと仲が良いのは知っていたが、一線を越える程の大馬鹿者だとは思ってもいなかった。
やたら無理矢理親しげに接してくるとは思っていたが、つまりはあれが目的だったということだろう。
くだらない。今のマスターとは恐らく、一番長い間行動を共にしているが、その理由がそんな狂った下心だったとは心外も心外だ。
ほんの少しでもこのマスターなら信頼しても問題ないのではないか? などと考えた自分に嫌気が差す。
だがこれで私の中にあった迷いも見事に払拭された。
つまり、何処まで突き詰めたとしても、トレーナーにとってのポケモンは道具であり、ポケモンとトレーナーの間に信じられる絆などはありもしないという現実が、きっちりと答えとして返ってきたということだ。
遠くからあの不遜な輩の声が聞こえてくるが、私は歩を緩めない。
怒りで歩調の歩くなったズンズンという足音がよく似合う威圧的な早歩きで、夜闇に包まれた森の中を進んでゆく。
私は夜でも目が利くし、耳もいい。
本来ならば波導を感じ取れば、月明かりすらない真っ暗闇だろうとなんの問題もなく歩けるが……色々あって波導を視る力は使いたくない。
いや……使わなくても私は十分に道具として役目を果たせている以上、使う価値はない。
見えないものは見えなくていい。
「ユリーーッ!! 待ってくれーーっ!! 誤解なんだよーーっ!!」
考え事をしながら歩いていたせいか、いつの間にか歩く速度が落ちていたようだ。
というよりも、どう足掻こうと道具である私は、結局あの変態の餌食になる未来は変わらない。
ならば何故私は何処へとも知れず、歩を進めているのか……。
自由になりたいから? それとも単純にそういう道具にされるのは御免こうむるからか?
いや、多分答えは分かっている。
「良かった! 追い付けた! ユリ!」
「私に触るなこの変態!!」
思いに耽っている間に追い付いたこの変態は、事もあろうに私に触れてきた。
反射的にその手を払いのけ、触りたくもないそいつの腹部にきつい一撃をお見舞いすると、声も出さずにその場に崩れ落ちた。
加減はしているから大事には至っていないはずだが、これ以上追い掛けても来れないはずだ。
既に怒りも覚めて、随分と冷静にはなっていたが、冷静を通り越して何処か心は冷めていた。
どうせ人間とはそういう生き物だ。
そう自分に言い聞かせてそいつを背にしてまた歩き出す。
でも何処へ?
逃げる場所も無い。
頼れる仲間もいない。
信じられる人もいない。
私は……
「待って……。きみに……せめて……」
「しつこい!」
まさか動けるとは思っていなかった。
一瞬思考が固まるが、不意に掴まれた手を振りほどき、もう一度殴ってやろうと拳を握り締めて振り返ると、思わずそいつと目が合った。
止めてくれ……。
その目だ。その目が私に淡い希望を抱かせてしまった。
思いを振り払うようにもう一度緩んだ拳に力を込めて殴り飛ばす。
一瞬体が宙に浮いたのではないかと思うような緩やかな速度で地面に倒れ伏す。
「これだけは伝えたい……伝えたいんだ!」
間違いなくただの人間だ。
でもそいつは起き上がって、片膝をついたままそう言った。
いくらでも殴れたはずだったのに、私は恐ろしくなって踵を返して走り出した。
後ろを確認しながら走っていたが、それでもやはりあいつはついてこれなかった。
当然と言えば当然だ。
人間の脚力でポケモンの脚力に太刀打ち出来るわけがない。
あいつの姿が完全に見えなくなってから暫くして、走るのを止めて天を仰ぐ。
どこからか降り注ぐ月明かりに照らされた雲と、木々のさざめきが聞こえるだけ。
流されてゆく雲は自由だとどこかの誰かが言ったが、実際は風にさらわれてゆくだけ……。
自由に生きているように見せかけているだけだ。
「ハァハァ……。君のためにも……これだけは伝えなくちゃならないんだ……!」
「近寄るな! 貴様の愛の告白など怖気がする!」
本当にこいつは人間なのか?
全力で引き離した筈なのに、今もすぐそこで肩で大きく息をしながらも話しかけるだけの元気は残っている。
性欲の塊なのか? というよりも私でなければ駄目なのか?
想像すれば想像するほど全身の毛が逆立つのがよく分かる。
できればこれ以上は本当に近寄ってほしくないが、こいつはまたゆっくりと歩いてくる。
思わず後退りしてゆくが、こいつも歩みを止めない。
というよりも話すだけなら近寄る必要もないだろう。
恐ろしくて仕方がない。
まさか今すぐここで襲う気なのか?
そうなのだとしたら退いている場合ではない。
「待って!! 後ろ!!」
「その手は喰わん!!」
一気に近寄ってくるそいつに殴りかかるために足を大きく一歩引く。
いや、引こうとしたが引くための場所がなかった。
後ろを振り返るとそこは崖。
既に虚空を踏みしめるために下げた足が原因で、体勢は既に大きく崩れていた。
落下を覚悟し、体を丸くして少しでも怪我をしないようにして歯を食い縛り、衝撃に備える。
ドサッと重たい布袋の落ちるような音と衝撃、転がる大小の石のぶつかり合う音、枝の折れる音……。
それらの音も少し経てば止んだため、ゆっくりと目を開けると、そこには何故かそいつの顔が飛び込んできた。
「貴様っ!! 今すぐ離れろ! この変態がっ!」
咄嗟にそいつの体を乱暴に振りほどき、急いで飛び退く。
そして落ち着いて自分の手を見て思わず目を見開いた。
手に僅かだが、血が付いている。
確かに殴りつけはしたが、殺すつもりはおろか、大怪我をさせるつもりなど毛頭無い。
先程咄嗟に振りほどいたのが原因かと思い、すぐにそいつの方へ向き直すと、明らかに体のあちこちから血が流れ出していた。
無数の赤い斑点が滲みだし、それらが次第に彼岸花のように花開いてゆく。
「な……なんで……」
「ゴホッ! ゴホッ……! あぁ、よかった。無事みたいだね……」
「無事!? その何処が!?」
そいつの背中に見える崖を見上げると、大体四、五メートルはくだらないであろう高さがあった。
幸い岩や枝は見えているものの、多祥なりは壁伝いで転げられる位の傾斜はあった。
もし、それこそただの断崖だったのなら、今でこそ無事ではないが、話すことすら叶わなかっただろう。
だが私にとって問題なのはそこではない。
ポケモンならばこの程度、軽い怪我で済む。
ポケモンの方が体が丈夫なのは常識として、こいつがそれを知らないはずがない。
にも拘わらず、こいつはわざわざ安全を確認できてから助けに行けばいいものを、安全かどうかも分かっていない内に私を庇ったがためにボロ雑巾のようになっている。
「少しの間でいい……から、聞いてほしいんだ」
理解できないことが立て続いて起きたせいで、困惑が顔に出ていたであろう私に向かって、そいつは倒れたまましっかりと私の目を見つめ、話し始めた。
「僕にとって、ポケモンの幸せというのは、大切にしてくれるトレーナーと出会うこと……そう思ってる。だけど、それはポケモンにとっても……いや、ユリにとっても幸せなこととは限らないかもしれない。ユリにとって、僕はとても思いやりのないトレーナーだったと思うよ。ずっと嫌がっていたのに、無理矢理仲良くなろうとして、触ろうとしたり、話しかけてきたり……。人間に不信感を抱いてる君にとっては、拷問のような日々だったかも知れないけれど、僕は君と仲良くなりたかったんだ……。本当ならもっと早く話すべきだったんだけれど、僕にとっては、ユリはもう大切なパートナーだったんだ。だから君に笑ってほしかった。幸せにしてあげたかった。でも、今回の件もあるし、僕のせいで君は人間を信用できなくなったと思う……。ごめんね。でも、僕みたいな人間は、ほんの一部の人間だから、一度人間のことを忘れてしまえばいいよ。いつか、もしもまた人間と生きてみたいと考えたら、その時に君のことを大切にしてくれるトレーナーを探せばいい。だから……ここでお別れしよう」
そう言って……そいつは笑ってみせた……。
私は何をやっていたんだ……。そもそも私は知っていたはずだ。
こいつは……いや、この人は、私を初めて名前で読んでくれた。
ずっと気に掛けていてくれた。
ずっと私と他のポケモンたちで態度を変えるようなこともなく、分け隔てなく優しく接してくれた。
それを私が、人間はどれも同じだと決めつけ、疑い、その優しさを全てねじ曲げて捉えた……。
馬鹿馬鹿しさが込み上げて、自虐の笑みが溢れた後、沢山の後悔が頬を伝い、流れ落ちた。
私だけは傷付きたくない。
もう二度とあんな思いをしたくない。
そうやって人間はポケモンを道具として扱う生き物だと自分に言い聞かせ、全てのトレーナーを同じものと考えた。
あの時、私がされたように……。
滑稽な話だ。
私が初めて出会ったあのトレーナーが、
私の思いなど露知らず、去っていったあいつと今、自分だけは傷付かないように全ての優しさを踏みにじる私。
自分が一番嫌っていた筈のあいつと、私は面白いほど全く同じことをしているではないか。
そんな救いようの無い私をこの人は、全身全霊で救おうとしてくれていたんだ。
全てが府に落ち、理解した瞬間、胸が張り裂けるような痛みに襲われた。
もしもこれが、私が犯してきた罪への報いなのだとしたら、あまりにも残酷過ぎる。
私の罪を私が償うのは当然の報いだが、何故私ではなく、この人にそんな罰を与えた?
私のせいでこの人はこんな大怪我をする羽目に遭い、この人の帰りを待つアブソルとジャローダは大切な人を喪う。
勿論、このままではそうなる。
させない……そんなことには絶対にさせない!!
でも……どうすれば……。
「大丈夫だよ。君のせいじゃない。僕は昔からおっちょこちょいでね。小さい頃にルナが川で溺れかけたときも迷わず飛び込んだしね。今だって……ほら。見ての通りちょっと怪我して血が出ちゃっただけだから」
「な……何をしてるんだ!? そんな無茶をしたら……!?」
その人は私を心配させまいと、崖に手をつきながら無理矢理立ち上がり、落ちる血に混じって滝のような汗をかいているのが一目で分かるのに、そう言った。
これ以上状況を悪化させるわけにはいかないと思い、初めてこの人の手を掴み、なんとか安静にしてもらおうと訴えかけた。
けれどその時、私がどんな表情をしていたのかは分からない。
その人はとても驚いた表情を見せて、一呼吸おいてまた笑顔に戻った。
「心配しなくても大丈夫だよ。それに君が責任を感じる必要はないからね。寧ろ……僕の事は忘れて、自分の幸せを考えたらいいよ」
「私の幸せなどどうでもいい!! 私のせいで貴方はどうなる!? 貴方の帰りを待つアブソルとジャローダは!? お願いだから……少しでも安静にしててくれ……。もう、私のために無茶をしないでくれ……」
この人が私に優しくする度に、胸が張り裂けるような痛みが襲い掛かり、呼吸をするのさえままならなくなるほど辛かった。
今ならこの人はまだ動けるだけの元気は残っている。
なら今のうちに急いでポケモンセンターまで連れていければ、まだ間に合うかもしれない。
私ならば、人間一人を抱えて走ることなど造作もない。
しかし、血が滴るほどの大怪我で、無理に動かせばそれこそ取り返しがつかなくなってしまうかもしれない。
何もかもが既に遅い。
もし私があの時、立ち止まって話を聞いていれば……。
そもそも私が一度でもこの人の事を信じていれば!
ただひたすらに後悔だけが込み上げ、悔しさが募っていった。
そうこうしている内に、その人はやはり限界を迎えたのか、酷い痛みに顔を歪め、緩やかに崩れるように崖に背を預けて座り込んでしまった。
「大丈夫……大丈夫……。少し休むだけだから……。少し休んだら……すぐに皆の所に戻るから……。だから……」
「駄目だ……。駄目だ、だめだ! ダメだ!! 目を閉じるな! あの子達を……私を……置いていかないでくれ」
私の手の中から彼の手が力なく滑り落ち、眠るように静かになってゆく。
思わず肩に手を掛け、全身を揺する。
反応のない様子に泣き崩れそうになるが、その前に彼の胸に耳を当てる。
心臓の鼓動はまだ間違いなく聞こえる。
まだ生きている。
だが、このままでは彼が緩やかに死んでゆくのを看取るしかない。
考えろ……! まだ何か方法はないのか。奇跡にほど近いことでも構わない。
何なら私の命をくれてやってもいい。
こんな時になって彼が私に投げかけてくれた優しさと言葉が走馬灯のように脳裏を駆け抜けてゆく。
縁起でもない。
彼はまだ死んでいないし、死なせるつもりもない。
私が彼の傍に居る資格が無いのはもう分かりきっていることだ。
それでもせめて感謝だけでも伝えさせて欲しい。
もしも、この世界に人間が言うように、世界を作ったような凄い力を持つポケモン達が居て、もしもこの瞬間を見てくれているのなら、この人を救って欲しい。
お願いだから……奇跡を……。
彼の身体を少しでも血を失って熱が逃げないようにするために、しっかりと抱き寄せようとした時に、ベルトの辺りに何か硬いものが付いていたのか、手に触れた時にカチャンと音を立てた。
それは奇跡と呼ぶにはあまりにもお粗末なものではあったが、私はそれに見覚えがあった。
レスキューコールと呼ばれる、トレーナーやポケモン研究家等が携帯する、緊急救助要請のスイッチだ。
迷うまでもなかった。
焦りと手にベッタリと付いた彼の血がその装置を何度も滑らせ、なかなかボタンが押せなかったが、ついに中央のボタンを押し込み、それが赤く点滅しだしたのを確認した。
使ったのは私も初めてだったから、それで正しいかは分からない。
だが、もうそれで間違っていないと信じることしか私にはできない。
奇跡を……。
「全く……。もうこんな無茶はしないでくださいね? 本当に後ほんのちょっと遅れてたら手遅れになっていたかもしれないんですよ?」
「それに関しては本当にすみませんでした。以後は十分に気を付けます」
「ああ、それと。あなたのポケモンにちゃんとお礼を伝えてあげてくださいね」
「勿論ですよ! それではお世話になりました」
「はい。お大事に」
あの日から三日後、正確には二日後には意識を取り戻していたのだけれど、精密検査と治療のために結局一日追加でポケモンセンターのお世話になることになってしまった。
とはいえ、全身の打撲と擦り傷や切り傷が大半で、数箇所の骨折や多少の内蔵炎症がありはしたものの、それらもあっという間に直してしまうポケモンセンターの医療技術の素晴らしさに感動を覚えると共に、それだけの施設をトレーナーだからというだけで無料で使用させてもらうことに対して、かなり気が引けてはいたが、そのおかげで今、こうして無事に退院することができた。
僕のトレーナーカードに登録されていた識別番号でルナたちも無事に保護され、同時にテントなどの僕の所有物もきちんとすべて回収され、受付でみんなのモンスターボールと一緒に返却された。
ポケモンセンターを出て、すぐにルナたちをボールから出してあげようかと考え、ボールに手を掛けたが、その後の状況が容易に想像できたため、止めてフレンドリィショップ等に寄って、ついでに必要な物を買い足して元々居た森の方へ向かうことにした。
街からおおよそ三時間ほど歩いただろうか、大体元居た辺りまで戻ってきたため、念のため先にリュックを下ろしてからボールを全員分投げる。
「キュァーーーーン!!」
出てくるとほとんど同時だっただろうか、やっぱりルナが目からボロボロと大粒の涙を零しながら、僕に飛びついてきた。
支えようと頑張ったものの、流石に受け止めきれずに押し倒される。
「ハハハッ。ごめんごめん。心配させたね。もうすっかり大丈夫だから気にしなくていいよ」
そう言って僕の胸の上で泣きじゃくるルナの頭を優しく撫でてあげる。
十数分ほどそうしていると、ようやく落ち着いたのか、泣き腫らした顔を上げてこっちを見たため、もう一度優しく頭を撫で、頬も涙を拭うように撫でると、ゆっくりと僕の上から動いてくれた。
ヒトミの方は、特に何が起きているのか分かっていないというような感じで、キョトンとしていたため、ただ優しく撫でてあげた。
そして最後にユリの方を見る。
僕が意識を向けたことに気が付くと、ユリは耳をピンと立ててこちらを見た後、すぐに目を逸らした。
様子から察するに、恐らく未だ人間のことは信じられないけれど、今回の件に関してかなり責任を感じているように見えたため、ゆっくりとユリの前まで歩いてゆき、ユリの目線に合うように腰を屈め、
「ユリ。助けてくれてありがとう。君のおかげでこの通り無事だよ」
「クゥ……」
あまり元気がない返事をユリは初めて返し、申し訳なさそうに顔をこちらに向けた。
気を失う前の時といい、今といい、ただああなったことへの申し訳なさでそうしているというよりは、多少なりはユリは僕のことを認めてくれてはいるのかもしれない。
とはいえ、今まで接触されることを避けてきたユリの頭をいきなり撫でるのは嫌がるだろうと考え、ありがとうとだけ伝えて微笑んでみせた。
その後は特に変わったことはせず、ユリも含めた全員でいつもと同じように野営の準備に取り掛かった。
というのも、ようやく新たな仲間は見つかりはしたものの、この状態のヒトミを連れて街へ行くのは自殺行為に程近い。
せめてもう少し、常識というものを教えてあげてからではないと恐らく普通に街中を連れて歩くことはおろか、バトルすら難しいだろう。
幸い、ここはあまりトレーナーがやってこない森なのか、ほとんど人と出会うことがないため、例えヒトミに何をされたとしても問題ない。
そのため、暫くは滞在する事をヒトミをゲットした時点で既に決めていた。
そしてヒトミをゲットした時点で決めていたことはあともう一つある。
「よし。じゃあルナはいつも通り食べられそうな木の実とかを集めてきてね。ヒトミは薪用の枯れ枝を集めてきてね。ちゃんと出来たら後でご褒美あげるから。ユリは今日は野営の設置のお手伝いをお願いするね」
そう言って各自に仕事を割り当てて散開してもらう。
テントを組み立てたり、調理道具を出したり、そうやって準備をしながら周囲にルナやヒトミがいないことを確認する。
「ユリ。改めてあの時はありがとう」
ユリに向かってそう話しかけると耳がピンと立ったのが分かった。
動きを止めはしたものの、こちらを振り向こうとする気配はなかったため、そのまま話し続けることにした。
「君のおかげでこうやってまた無事に旅を続けられてる。僕のことをほんの少しだけでも信頼してくれてありがとう。今はもう元気だし、周りには誰もいないから改めて聞くね。君が望むなら、一度人間と関わることを止めて、自然の中でゆっくりと生きていけばいいと思う。勿論、僕のことはもう気にしなくて構わないよ。僕のせいで君が望まない選択を選んで欲しくないからね。そして幾らか時間が経って、その時もまだ人間を信頼したいと、人間と一緒にいたいと思えたら……その時は君のことを分かってくれるトレーナーを見つければいいよ。ポケモンの幸せを決めるのは
風に揺れる木々の音だけが場を包む。
僕の言葉に対する返事はなく。ただずっと背中を向けたままだった。
ただ肩を僅かに震わせ、その場に立ち尽くしすぐにその場を立ち去る様子もない。
だから、もう一つ言葉を続けた。
「それとも……僕とこれからも一緒に旅を続けてくれるかい?」
途端にユリの肩の揺れが止まり、蹲るように小さくなってゆく。
「クァァァァァァァン!!」
振り返るが早いか、ユリは倒れこむようにして僕にしがみついてきた。
目一杯の力を込めて、必死に手繰り寄せるように抱きしめ、声も殺さずに泣き叫んだ。
必死にしがみつくユリの手を少し緩めさせ、同じようにしっかりと抱きしめる。
「大丈夫。僕は何処にもいかないよ。大丈夫……これから少しずつ、お互いの事をより分かり合えるようになっていこう」
返事らしい声は聞こえなかった。
ただ必死に抱き寄せ、咽び泣くこの声こそがどんな言葉よりも答えだということもよく分かっている。
だからこそ僕はやはり、思いやりのないトレーナーなのだろう。
ユリはこれほどまでに思い悩んで、それでも僕の事を信じようとしてくれていた。
切欠はなんにせよ、これ以上この子を悲しませてはいけない。
これから君が沢山笑えるように、僕は君のことをもっと理解してあげたい。
とても繊細で、純粋で、そして優しい君を……。
だから今はこれでいい。
ただユリが泣き止むまで優しく頭を撫でながら、子守唄のように大丈夫と言葉を唱え続けた。
十余分程泣き続けただろうか。
漸く落ち着きを取り戻したユリは嗚咽混じりの呼吸を続けてはいたが、涙で泣き腫らした目でしっかりと僕を見つめた後、何度も顔を拭いながら必死に野営の手伝いをしてくれた。
休んでいていいと伝えたのだが、首を横に振り、何事もなかったようにテキパキと進めてくれたおかげで、なんとかルナ達が戻ってくるまでの間に寝る場所の準備は出来た。
「それじゃ……。これからもよろしくね。ユリ」
「……クァン!」
声にはあまり元気はなかった。
目も合わせず、斜め下を見て返事をする。
でも、それが嫌だという返事でないのは多分、僕の思い違いではないだろう。
とても恥ずかしそうに声を振り絞ったように聞こえ、その考えが間違いではなかったことを確かめさせるように、もう一度しっかりと僕を抱きしめる。
今もこうしてここにいられることが奇跡のようだ。
いや……あまりにも奇跡が起き過ぎて今も夢を見ているとしか思えない。
とてもではないが、私はこの人の……ユウヤさんのために何かをできた気がしない。
その上、あれほどまでにユウヤさんを毛嫌いし、挙句逃げ出した私を引き止めてくれるとは夢にも思わなかった。
あの時の話の続きとユウヤさんに言われた時には、自分の罪を償うべきと言い聞かせ、痛みすら覚えるほどの苦しみを誤魔化そうとしたほどだ。
更に言えば先程は触れるのすら嫌がっていた私が急に抱きついてきたのにも拘らず、何も言わずに抱きしめてくれた。
ようやく私の心の中にあった薄汚さも、閉じていた瞳も綺麗に洗い流されたような気分だ。
謝りたいことはまだまだ沢山ある。
ユウヤさんにはこれから先、行動で示すことはできるだろう。
しかし、それまでの私と少なからず関わったトレーナーの人達には本当に申し訳ない。
だからこそ考えてしまうのが、今ここで私だけが求めていた幸せを得ていいのかという不安。
今ここにいるユウヤさんやアブソル……恥ずかしい話だが、半年もの間一緒に旅をしていたというのにも拘らず、未だ他の仲間の名前も覚えていない。
ユウヤさんの名前も先程アブソルが口に出していたからようやく覚えたほどだ。
それほどまで自他を隔離していた私がこれまで出会った人達に与えた痛みはそれこそ数えられない。
今共に旅を続けると決まった仲間やユウヤさんには今から幾らでも恩を返すことができる。
だが、ようやく心に余裕ができたからか、昔私と行動を共にしてくれた者達との日々を思い出すことができた。
私が身を守るために誰とも分かり合わず、望んで孤立したがためにトレーナーはポケモン同士を仲良くさせようと必死になり、ポケモン同士の関係はどんどん悪くなっていく。
その後がどうなったかまでは私には計り知れないが、多少なりとも嫌な思いをさせいる上、最悪の場合トレーナーの自信を失わせていたり、ポケモン同士の不仲の引き金になっているかもしれない。
全ては憶測だが、その一端になってしまっているかもしれないと思うと不安で仕方がない。
もしも何処かでまた出会うことがあって、その時に今の私を見れば彼等はどう思うだろう。
なんとも思わない者や既に忘れている者もいるだろうが、いい顔をしない者がいるのも事実。
自意識過剰だとは分かっているが、ユウヤさんと出会うまでの間の盥回しの時代はそこそこ長く、故に様々な人と関わってきた。
そしてその度に周囲との軋轢を生み出し、敵を作って去ってゆく。
恨んでいる者の一人ぐらいいるだろうと考える方が自然だ。
考えれば考えるほど悪い方向へ思考が働き、深い溜息が自然と出てしまう。
自分では意識していなかったせいで気付いていなかったような溜息までユウヤさんは気付いて心配そうに声を掛けてくる。
こんな私を見捨てずに理解してくれた人は他にはいない。
だからこそこの人にはこれ以上、私の事で苦労をかけたくないのだが、今までの積み重ねてきた罪の重さが今になって痛いほど分かるようになってしまい、未来への期待と過去の不安が心の中でグチャグチャに混ざり合っていた。
「ただいまー!! 沢山採ってきたよ!」
そうこうしている内にかなり時間が経っていたのか、食べられるものを採りに行っていたアブソルが帰ってきたらしく、元気な声が聞こえてきた。
今まで私に対して明確な敵意を示していた相手に対して、私の意識が変わったからといっていきなり友好的に接されて心地良く思うだろうか。
絶対にそう思うはずがない。
しかし今のままでは私が開けた溝が狭まることはない。
「どうしたの!? その顔!? 何かあったの?」
「えっ!? わ、私の顔がどうかしたか?」
「目真っ赤だよ! まさかとは思うけど、ユウヤになにかされたの?」
「いや! そんなことはない。それだけは絶対にない!」
意を決して振り返った私に対して彼女はまるでこれまでの私の振る舞いがなかったかのように、私の状態のことを心配してくれた。
というよりも先程まで泣いていたせいで、私の顔が酷い状態になっていることなど今指摘されなければ忘れていたほど、私にとっては色々なことが起こりすぎていたせいでもあるが、まさか彼女にまで好意的に接されるとは思っていなかったため、非常に驚いた。
だからこそ心の中にあった一抹の不安が払拭され、自然と言葉を発することができた。
「その……。今更とは思うかもしれないが、今までの無礼な態度を詫びさせて欲しい」
「えっ。ちょっと待って本当に何にもなかったの? ユウヤにボコボコにされたりとかしたんじゃないの?」
深く頭を下げて謝罪を伝えると、彼女は呆気にとられた様子で私の言葉に返していた。
それから色々と心の中にあった思いや、これまでの葛藤、そして……全てではないが私が何故あんな態度を取っていたのかの理由を話した。
「そっか……。やっぱり色々あったんだね……。それこそ誰も信用できなるくらい辛い事が……沢山。でも安心した!」
「安心? 何に対してなんだ?」
「あなたも私と似た境遇で、ただ私と違って救ってくれる人がいなかっただけ……。あなたも本当は好きで他人と距離を置いてたんじゃないんだって分かって色々とスッキリしたこと!」
「……許すのか?」
「フフッ。笑っちゃうかもしれないけどね、私もあなたと似たようなことをユウヤにしちゃったことがあるの。それが原因で初めてユウヤをあんなに悲しませてしまったのに、そんな私をユウヤは笑って許してくれたの。しかもね、それってあなたと出会う一日前のことなのよ? 意外でしょ?」
「たったそれだけのことで許すのか?」
「『それだけ』で片付けられるほど、自分の中の後悔が軽くない事は私もよく分かるつもりだから。そんなことで自分のことを責めるよりも! ねえユリ、ユウヤと出会えて幸せでしょ?」
「……。ああ、幸せだ」
稲妻で撃ち抜かれたような衝撃だった。
もし、彼女やジャローダが私を拒絶したのであれば、ユウヤさんや彼女ためにも私は去るつもりだったのだが、もはやそんな事を考えるのさえ愚かだと思わさせられるような
彼女に過去ではなく、今を聞かれた時、思わずまた涙が溢れそうになったが、幸せだと答えた時、私の肩に乗っていた何かがズルリと滑り落ちたような気がした。
呼吸が、心が、そして体までもが軽くなったような気がする。
「ありがとう……」
「お礼なら私じゃなくてユウヤに伝えてあげて。まあ、私も自分の気持ちがなかなか伝えられなくて苦労するんだけどね」
「そうだな。なら失礼ついでにもう一つだけ聞かせて欲しい」
「なに? 私とユウヤの関係?」
「それも気になるところではあるが、それよりも先に名前を教えて欲しい」
「ちょっとー! それって結構酷くない? なんだかんだで半年も一緒に旅してたのにー!」
久し振りに笑った気がする。
涙を流したのも、これほど心が安らいだのも……本当に、本当に久し振りだ。
私だけが幸せになることはやはり、許されないことだと私は思う。
多くの者は彼女のように許してくれるのだろう。
だとしても、それに甘えてはならない。
私がしたことは間違いなくあの時、私がされたことと違いなかった。
私があいつを今での許せないように、私がしたことも同時に決して許されるべきことではない。
私がこれから先、本当に何も心配せず、幸せに生きていくためには、私がしたことを忘れるわけにはいかない。
……だが、今ぐらいは私のために生きても許されるだろう。
誰かに聞くわけでもなく、心の中に答えはあったが自分に言い聞かせるように心の中で呟いていた。
それから少し談笑している間にジャローダ……ヒトミさんも沢山の薪を集めて帰ってきた。
彼女が戻ってくるとユウヤさんはすぐに夕飯の準備をし始め、私達には自由に寛いて待つように言ったため、ヒトミさんにも念のため謝罪したのだが、
「そうなの? 私もまだあなたのことよく知らないから、まあこれからよろしくね?」
こちらからもかなりさっぱりとした返答を頂いた。
ヒトミさんの返事は好意や敵意、そういった感情的なものではなく、本当に知らなかったのが分かる好奇心に満ちた言葉。
事前にルナさんからヒトミさんがどんな感じの人か聞いていたが、本当に何も考えていないのか知らないのか、大抵のことに興味を持って接する。
それこそまだ物知らぬ子供のようだ。
そのままヒトミさんも話に興味を持ったため、全員で夕飯ができるまでの間、今更ながら自己紹介気味にお互いの事について聞いたり話したりしていた。
「そういえばユリ、ユウヤとはどんなことを話したの?」
「話した、というよりはユウヤさんに一方的に私の事を許してもらって、そのまま優しく抱いてくれただけだな。久し振りの感覚だったよ」
「はぁ!? 嘘でしょ!? あんだけ怒ってたのにあんたもユウヤに抱かれたの!?」
「? い、いや? どちらかというと私からユウヤさんに飛び付いた形だが……」
「何よー!! 結局アンタもヒトミと同じで変態か! あれね!? あの時怒ってたのは私が一番乗りじゃなかった的な怒りだったのね!?」
「怒っている所申し訳ないが、ルナさんの言っているあの時は何時の事だ?」
「私とユウヤの交尾見た時よ!」
「!? それとさっきユウヤさんに抱いてもらったことが同意と? 私はただ慰めてもらっただけだ! そもそも私は人間と交尾したことなど今まで一度もない! というより私にそういう趣味はない!」
「抱いてもらったって自分から言っておいてどんないい訳よ!」
「ユリちゃんってあんまり話さない子だと思ってたけど、案外大胆なのね♪」
「違う! 今まではただ感情を押し殺していただけだ! そもそも今回もただ感情が爆発したようなもので……」
「アンタたちホントに信じられない! 愛とかユウヤへの気遣いとかってものはないの!?」
「みんなー! ご飯できたよー……って、なんで喧嘩してるの!? ストップストップ!」
ユウヤさんの制止のおかげで不毛な言い争いは早めに沈下したものの……早とちり、基言葉の意味を勘違いしていたルナさんが一人顔を真っ赤にして夕餉に着くのが遅れた程度で済んだ。
というよりも、まさか『抱く』という言葉にそんな隠語としての意味があるとは知らなかった。
とはいえ、常識的に考えればそんな感謝や後悔という感情で満ちている時に、たとえ相手が好意を寄せている相手であったとしても情事に耽ろうとは考えないと思う。
まあそういう場合、自身にそういう経験があると経験則から発想に至るらしいので、流石に聞く気はしないが……つまりはそういうことだろう。
ようやく羞恥心も収まったのか、最終的には初めて全員で火を囲んでの食事を楽しんだ。
今までは私がすぐにその輪から離れていたため、どうにも会話が生まれにくかったが、今日は誰からというでもなくよく言葉が飛び交っていた。
ユウヤさんの夢、ルナさんのユウヤさんへの思いや、これから旅をする私達への思い、ヒトミさんのどこか抜けているようで的を得た言葉……。
そして私のこれまでの思いと、これからの思い。
今日の食事はとても暖かく、美味しく……そして時間を忘れられるほどとても楽しかった。
夕闇すら薄れ、囲う炎だけが周りを照らすほど暗くなった頃に、ようやく食事は終わり、ユウヤさんは慣れた手つきでサッと食器を片付け、いつものようにテントの中へと消えていった。
本来ならば私は日課の瞑想をして寝るだけだったが、今日はそういう気分にはなれなかった。
もっとユウヤさんの話を聞きたいし、ルナさんやヒトミさんのことを知りたい。
そう考えていると自然と私から二人に話しかけていた。
「そういえばヒトミさんはこの前仲間になったばかりだから知っているが、ルナさんとユウヤさんはどれほどの時間を共にしているんだ?」
「私は……もう覚えてないなぁ。多分生まれた時からユウヤと一緒にいたとは思うけど、物心付いた頃にはもうユウヤと一緒にポケモンマスターを目指してバトルの練習をしてたわね。それから今まで……二十年近いかな?」
「幸せ者だな。ルナさんは」
「やっぱりそうだよね……。ユリから見ても私は恵まれてて、幸せ者……だよね。恥ずかしい話だけど私、自分で一度この幸せを壊したことがあるのよ」
「言っていた、似たような境遇……のことか」
「うん。ユウヤを独り占めしたくてね……ユウヤがポケモントレーナーになろうとするのを全力で阻止したの。そんな酷いことしたのにさ、悪いのはしっかりと私の事を理解することができなかった自分のせいだってユウヤは言ってね……。私を他のトレーナーに託して自分の夢を諦めようとまでしたのに、私の事を許してくれて……その上、私はユウヤの恋人にしてもらえた」
「恋人……か。成程。だからあの時、人間と交尾をしていたのか」
「へぇ~。交尾って恋人同士がするものなの?」
「あなたの感覚からすると分からないでしょうね……。私としてはヒトミに逆に聞きたいんだけど、恋人だとか、愛したトレーナーだとかはいないの?」
「愛ってなに? どういうものなの? 一応、後尾の事に関しては前のトレーナーが教えてくれたわよ? それと何か関係あるの?」
互いの恋愛観、基、情事に関する痴話の流れになり、そういう話ならばヒトミさんからは仰天するような話が飛び出して来るものだとばかり考えていたが、恐らくルナさんも私と同じで予想していなかった方向での驚愕させられる言葉が飛び出してきた。
なんでも彼女は、記憶を遡っていけばルナさんと同じく、物心付いた頃には元々ヒトミさんを育てていたトレーナーと生活していたらしく、前提に関してはルナさんに近しい。
しかし、そこから後はルナさんとは真逆で、ヒトミさんのトレーナーだった人間は、彼女に生まれた頃から性知識のみを与えていた。
とはいっても生まれてから身体が成熟するまでは直接手を出されたわけではなく、幼いツタージャだった頃は口淫や秘部を弄られることへの抵抗感の排除、性行為そのものへの誤った認識を植え付けるものだった。
そうして彼女の変態的とも言える、交尾に対する異様なまでの抵抗のなさが培われた。
おかしいとは思っていたが、ヒトミさんにとっての交尾は、私にとってのユウヤさんへのボディタッチとほぼ同意であるほど、日常的で自然なものだという認識。
先程の前提を聞いていなければ、それこそただの痴女なのだろうが、話を聞いてからであれば、彼女が表情一つ変えずそう話すのはかなりゾッとするものがある。
それからヒトミさんも成長し、進化してジャノビーになったことによって十分人間とも性行為が可能になると、間髪いれずに行為にまで及んだそうだ。
いくら身体が大きくなったとはいえ、人間と大人になったばかりのジャノビーではかなり体格に無理がある。
その上、そのトレーナーは聞く限りでは正真正銘の性欲の獣。
ヒトミさんの体を気遣うような優しさなど持ち合わせていない。
初めての日はそれこそ地獄のような苦しみだったのは聞くまでもなく分かる。
それからはほぼ毎日、どれ程ヒトミさんが拒んだとしても行為を強要されたそうだ。
慣れが出てくればある程度身体への負担は減る。
普通ならば例え身体への負担が減ったとしても、心がそれ以上の性行為は望まない。
しかし、前もって性行為への抵抗感を極限まで無くされていたヒトミさんは、次第に性行為そのものの快楽だけを楽しませるように調教されていった。
慣れさえしてしまえば確かに行為には少なからず快感や幸福感がもたらされる。
とはいえ、聞いているだけであまりの惨さに私もルナさんも顔を顰めていた。
そして更に時が経ち、求められる時に求められるままに交尾をするのが当たり前になった頃、ヒトミさんはついにジャローダに進化した。
体躯は人の胴より太く、全長は人よりも高く、そして体力も性欲も人間よりも上回ってしまった。
そうなれば後に何が起きたのかは容易に想像できた。
既に性行為に依存させられるほど調教されていたヒトミさんは、力関係が逆転したこともあり、その長い体を使って最初にユウヤさんを襲った時と同じように彼女のトレーナーを貪った。
全ての箍が外れたヒトミさんはそれこそ毎日彼と"スキンシップ"を愉しんだ。
決して逃がさぬように大事に抱きしめ、永遠のような時間を彼と共にしたが……勿論そんなふうにしてしまったような男が、それほどの愛を受け止められるような器量はあるはずもない。
そしてついにある時、ヒトミさんが眠っている間にボールへ戻し、トレーナーの登録を抹消してからヒトミさんの目が覚める前に、この森の中へ捨てられ、目が覚めた頃には周りは見たこともない場所になっていた、とヒトミさんは語った。
その時の混乱と不安はそれこそ言葉にできないほどだろう。
自分の好きなようにヒトミさんを弄び、自分の手に負えなくなった途端に捨てる。
とてもトレーナーの風上には置けない性根の腐りきった人間だ。
だがそんなトレーナーでも、ヒトミさんにとっては世界で唯一の大切な人だった。
ボールから出てきた後、元トレーナーの姿を探して宛てもなく森の中を彷徨い、何日もかけて必死に探して回ったが、当然彼の姿は何処にも見当たらなかった。
空腹と疲労が襲い掛かり、不安が精神を削る。
その上、元トレーナーがプレゼントしてくれた性欲という最悪の置き土産が、彼女の不安定さに拍車をかけた。
野生で生きたことなどないヒトミさんは幸か不幸か、ポケモンを食事として襲うことはなく、元々与えられていた食事の記憶から木の実を探し回って食べた。
幸いこの森は元々木の実も豊富だったため、食うには困らないような土地だったことが、彼女がユウヤさんと出会えるまでの時間を生み出してくれたことには元トレーナーに感謝するしかないだろう。
しかし毎日のように交尾をするのが当たり前だったヒトミさんは段々と欲求不満になってゆき、苛々が募るようになっていった。
希に出会えた野生のポケモンに襲いかかり、己の欲求を満たすために貪るように愛し、時には相手の命が尽きるまで行為に及んだ……彼女の口からそう伝えられたわけではなく、『気が付いたら全く動かなくなったし、おちんちんも勃たなくなっちゃってたから、諦めて別の人を探した』と、これも同じように一切の感情の起伏のない声で語られた時には寒気すら覚えた。
それから暫くの間は同じような生活を続けていたため、この土地は元々住んでいた野生のポケモン達にとっては危険な土地になってゆき、自然と彼女を避けるために住処を移したのだろう。
それがユウヤさんが言っていた、『豊かな自然の割にはポケモンが少ない』原因だろう。
そのせいでまた欲求不満になり、雄を求めて彷徨う。
話を聞いているだけで彼女の人生があまりにも不憫で、いたたまれない気持ちになっていた。
「そんな時だったわねー。ユウヤちゃんを見つけたのは。久し振りに人間のオスを見つけたからかなり興奮しちゃったわ♪」
「そっか……。ごめんね、色々と酷いこと言っちゃって……」
「? 私何か謝られるようなこと言ったかしら?」
「今は分からなくて当然だろう。だとしても、今のヒトミさんの感覚は正常ではないということだけはしっかりと知っておいた方がいい」
「そうね……。でも、良かったわね。出会えたのがユウヤで! これから先、沢山正しい知識と、正しい幸せを知っていけばいいと思うわ」
「んー……。何となーくあなた達二人を見てたらそんな気はしたけれど、やっぱり交尾以外にも楽しいことっていろいろあるのね。どんなことがあるの?」
「そうね……。教えたいけれど、多分今のアナタじゃ分からないと思うわ。だから、ちゃんとユウヤの言うことを聞いて、ユウヤの言ういい子になりなさい。そうしたら多分、アナタも納得する普通の幸せっていうものを感じられるようになると思うわ」
「えー。いいじゃないの交尾ぐらい。私も嬉しいし、ユウヤちゃんも気持ちいいんでしょ?」
「駄目。本来、交尾は愛し合ってる人同士がするものよ。私とユウヤみたいな」
「ルナさんは本当にユウヤさんを愛しているんだな」
「もちろん! そういえばあなたはどうなの?」
「ん? これまでに愛した人がいるかということか?」
「あー、それも気になるけど、ユウヤのことはどう?」
「どう……と言われても。私にとってユウヤさんもルナさんもヒトミさんも、全員が私の恩人であり、心から尊敬しているし感謝もしている。だが、私もそういう意味で言うならば、愛や恋といったことはよく分からない。ヒトミさんのように愛の無い交尾なら私も経験しているがな」
「あ……。ごめんね。そういう意味で聞いたつもりはなかったの」
「あら? やっぱりユリちゃんも私と同じ感じ?」
「いや。特に深い意味はないし、別に聞かれたくないようなことではない。……まあ、私の元マスターだった人の頼みでな。信頼していた人の頼みだったから、私は名前も知らない相手と交尾をして、子供を産んで……。そして結局それが原因でこうなっただけだ」
「あ、ごめんね! ホントに思い出したくないことだろうし、無理に話さなくても……」
「思い出したくない……というよりは、もう思い出せないだけだ。あの時の記憶は随分と曖昧になってしまった。……そうだな。これから先、二人とは長い付き合いになるだろうし、互の為にも私も話しておこう」
ルナさんはかなり申し訳なさそうに謝り、ヒトミさんは興味津々といった感じで私の話を待っていた。
言葉にした通り、あれほど信頼し、慕っていたはずのマスターの名前も顔も思い出せない。
断片的に残っている、淡く、儚く、そして私の絶望が始まったあの日の記憶をゆっくりと思い出しながら、それらを言葉として紡いでゆく。
――私は二人とは違い、生まれた時は野生のポケモンだった。
父と母、二人の兄妹に囲まれて幼少を過ごしていた。
兄妹も私もまだリオルではあったが、十分に成長し、一人で生きていけるようになってから私は兄妹の中で一番に親の元を離れた。
家族と離れる不安よりも、まだ見たことのない世界への期待の方が大きかったからだ。
それからそれほど経たずに私はあの人と出会い、初めてのポケモンバトルを経て、あの人のポケモンになった。
「これからよろしくな。リオル。一緒に強くなろう」
その時、私はこの人と共に強くなってゆくのだ、と幼いながらに期待と信頼を込めて、元気よく返事をした。
毎日のようにトレーニングとポケモンバトルを続け、もっと強くなり、もっとあの人に褒められたい、あの人の為に強くなりたいと心に決め、果てのない闘いの日々を楽しんだ。
私にとってその日々は幸せそのものだった。
沢山の仲間達と互いに技を合わせ、より高め合ってゆく日々。
一日一日と着実に勝てるようになってゆき、あの人の笑顔を多く見れるようになってゆく。
そしてルカリオへと進化し、更に高みを目指せるように大きくなったような身体を見て、私は嬉しさで打ち震えていたのは、今でもよく覚えている。
だが、そんな日々が続いたのも数年だっただろうか……。
より強い敵と戦い、激闘と評することができる戦いも増え、昔よりも負けることも増え始めた。
だが私は負けを糧とし、負けないためにどうするべきか自分なりに考え、より強くなれるよう努力を続けた。
しかしもうその頃にはあの人は、私の勝ち負けを見てもあまり私に対して笑顔を見せてくれないようになっていた……と思う。
思い出そうとするが、やはりこの辺りの記憶はかなり曖昧になってしまっている。
無理に思い出そうとすれば呼吸が苦しくなる程だったせいでルナさんに止められるが、私の忌むべき記憶と共に私の罪の原点もここにあると考えると、今語ることを止めることはできなかった。
ゆっくりと深呼吸をしながら思い出せる範囲を思い出してゆく。
そう、この頃から私はあの人にあまり相手にされないようになっていた。
怒りや罵倒ではなく、単純に私への興味が失せたといった様子だった。
まるで空気のように私は相手にされなくなり、その頃から共に戦っていたはずの仲間達がいつの間にか知らないポケモンに変わっていた。
何が起きているのか私には分からなかったが、その答えは思ったよりも早く、私の元へも訪れた。
「ルカリオ。ようやく友達から強いヘルガーを借りられたよ。返すまでそんなに時間がないから、早いとこ俺のために強い子供を産んでくれよ?」
久し振りにしっかりと声を掛けてもらったと思ったら、あの人の横には見たこともないポケモンがいた。
「よう。よろしく頼むぜネーチャン」
「あ、貴方は誰だ? 宜しく頼む……とは何をだ?」
「おいおい、とぼけてるのか? 交尾に決まってんだろ? 俺はもう慣れてるから何発でもいけるぜ?」
「交尾!? 何故今知り合ったばかりのお前と交尾をしなければならないんだ!」
「はぁ? そんなもんトレーナーが望んだからに決まってんだろ?」
そのポケモンの言葉の意味が理解できず、頭が真っ白になってゆく。
救いを求めるようにあの人の顔を見上げると、そこにはいつか私が求めていた私への期待を込めた笑顔があった。
……私には、その時の私があの人の笑顔に応えられるのは、この見ず知らずのポケモンと交尾をすることしかない。
今こうして思い出せば、私もあの人のその期待という呪縛に囚われていたのだろう。
だが私にはもうそれしかなかった。
幾ら技を磨いても、幾ら勝利を重ねても、いつかのように私に微笑みかけ、褒めてくれることはない。
そして、あのポケモンと永く短い、身体だけの関係が始まった。
見たこともない施設に二人きりで預けられ、朝から夜、それどころか日が沈んでも、寝ても覚めてもずっと交尾をし、子供を作り、子供を受け取る度にあの人は嬉しそうに受け取って、私の頭を優しく撫でて、また施設へ預けた。
あの人の笑顔を見た時に心が満たされ、このすえた臭いのする納屋へ戻ってくる度に感情が薄れてゆくのがよく分かった。
そんな日々が数日続き、疲れきった精神と肉体で既に私は何もかもがギリギリまで追い詰められていた。
今日もまたあの人はやって来て、子供を受け取り、頭を撫でて去ってゆく。
「やったじゃないかルカリオ! お前のおかげで俺の理想のポケモンがようやく手に入ったぞ!」
そう思っていた私を抱き上げ、その人は満面の笑みで私にそう伝えてくれた。
やっとこの日々が報われた。
疲れきっていた私には泣く気力も残っていなかったが、その言葉とその笑顔はそれこそ涙が出るほど嬉しかった。
やっと今まで産んだ子供達にも会える。
そう考えると喜びも感無量だったが、それを喜べるような気力も体力もない。
やっと施設の屋根を抜け、久し振りの陽の光の元にやってこれた。
疲れきった身体をあの人の腕に預け、ゆっくりとしていたが、それわすぐに終わりを告げた。
「今までありがとうルカリオ。そしてこれからよろしくな! 新しいリオル!」
私を森近くの草原に座らせて、あの人はそう嬉しそうに言った。
既にその笑顔も、言葉も……私ではなく、
私の沢山産んだ子供達は何処にも居らず、あの人の笑顔のために文字通り粉骨砕身、全てをあの人に捧げたのに、あの人はもう何処にも見当たらない。
日が暮れ、夜の帳が緩やかに訪れる空を呆然と眺め続けている内に、疲れ果てて流れることのなかった涙が頬を伝った。
私の全てを捧げたあの人は……。
「必要だったのは私ではなく、強いポケモンだったということは……それから大分経ってからだったよ……」
「ユリ……。ごめんね、ずっと酷いこと言って……」
「ルナさんが謝ることではない。事実、あの時から今まで、私が取った態度は決して許されることではない」
「だとしても……! あんまりだよ……。その後は一人で……」
「いや、夜になる前に通りがかったトレーナーが、異様な雰囲気だった私を感じ取ったのか、すぐに保護してくれたよ」
ルナさんは私の話を聞いて思わず涙を零していた。
私にとってもこの記憶は辛く苦しいものだが、それと同時に私が間違った決意をした切欠でもある。
その後、保護してくれたトレーナーは私の事を精一杯大切にしてくれたが、その時の私には既に、私の回りで何かがうろちょろしているとしか感じられなくなっていた。
人間とはより強い道具を求める者で、ポケモンとは替えのきく道具。
ならば私は道具に成り下がろう。
あのトレーナーも私に沢山、笑顔になってもらおうと、辛い過去を忘れて前を向けるようにと気に掛け、細心の注意を払って私に接していてくれた。
だが、程無くして私はそのトレーナーの分け与えてくれる優しさを全て無下にし、自分の殻の中に閉じ籠った。
もう誰も信じない。誰も受け入れない。誰も許さない。
人間を一括りに纏め、理解することを拒み、私の思いを一方的に押し付けて、自分の居場所と心を護り続けた。
それからは人の手から人の手へ渡り続ける疫病神のような存在になっていた。
単に私が友愛を拒んだがためにそうなったのにも拘わらず、私の考えは正しかったと間違った悟りを開き、ただ道具として強くあることだけに執心するようになった頃には、一人のトレーナーの下にいるのは長くて一ヶ月ほどになっていた。
そうして……長く人を拒み続けたお陰で、ようやく私の心も疲弊していった。
元々は裏切られた形にはなれど、根本としては私は人間のことが好きだ。
暗い闇の時代よりも、あの人が投げかけてくれた言葉や笑顔の方が、私にとってはとても嬉しく、眩しく、容易にあんな終わり方をしたことすら忘れさせてくれる。
答えなど随分昔に出ていたはずなのに、また誰かと信頼関係を築けたらそれがああも簡単に崩されてしまいそうで……そう考えるとどうしても最後の一歩がずっと踏み出せずにいた。
「お陰で随分と遠回りをしてきた。そのせいで今でもユウヤさんへ寄せている感情は信頼ではなく、信頼したいという願望だ」
「それならもう願望で止めなくてもいいじゃない! 今すぐテントに入って確かめてくればいいわ!」
「何を言っているんだ!? 流石にそこまでの関係になる気はない!」
「あ、そっか。ユリはあの時の光景しか知らないもんね。本当はあのテントは二人きりになりたい時の暗黙のルールみたいなものだったのよ。だからテントに入ったら周りの目を気にせずに思いっきり甘えていいってだけ」
「しかしそれでユウヤさんが勘違いする可能性は?」
「ないわ。交尾して欲しい時はユウヤの股間の辺りを撫でるの。それが交尾したい時のサインにしてるから、逆にそれがなければ絶対にそういうことはしないわ」
「……分かった。そこまで言うなら確かめに行こう」
既に私の顔は元に戻り、今度は逆にルナさんが顔を涙で濡らしながら、必死にそう訴えかけてきた。
信じられないまま生きるのはどれほどの苦しみか……ルナさんはそう語ったが、経験していないはずの彼女のその思いは間違いなく的確だった。
私のこの苦しみから解き放たれる方法は一つしかない。
私がこの欺瞞の心を捨て去り、誰かを信じること。
ルナさんに後押ししてくれたことへの礼を言ってからユウヤさんが勉強しているというテントへと向かう。
だが、私はルナさんが思っているほどいい奴ではない。
ルナさんの言葉を聞き、私はユウヤさんの優しさを確かめに行くのではなく、優しさを試しに行こうと考えた。
私もユウヤさんのことは信じたいし、私の呪縛を解いてくれた恩もある。
だが、私からすればポケモンと情事に耽るような人間は今まで見たことも聞いたこともなかった。
人間といえど所詮は生き物。
もしも性的な対象として見ているポケモンと二人きりになり、いきなりとはいえ交尾を相手からせがんできたら、果たしてそれでも私の事を考えてくれるのか?
私の過去に何があったのか知らないユウヤさんが、私に性的なトラウマはないとしても、あるかもしれないと想定できるだろうか?
勿論、私がしていることは恩人を試すようなこと。決して褒められるような行為でも、致し方なしと思われるようなことでもない。
だからこそ私は知りたい。
『本当にこの人を信頼していいのか』
勿論信頼している。
だが口では何とでも言える。
どう転んだとしてもユウヤさんが恩人であることに変わりはない。
ならばこれからの付き合い方を知りたいだけだ。
もし……ユウヤさんが事に及んだのであれば、優しい人ではあれど、私が信頼したい人ではない。
その時はユウヤさんの言った通り、暫くは一人で生きた方がいいのだろう。
後悔はない。
寧ろ、心が冷静になれた今だからこそ知りたい。
ユウヤさんの気持ちと……私自身の気持ちを……。
テントの入口の前で暫く悩み、覚悟が決まると同時にテントの中へと踏み込んだ。
「あれ? ユリが入ってくるなんて珍しいね。まあいいや。もう少しだけ待っててね。もうちょっとで終わるから」
入口から入ってきた時の音で気が付いたのか、振り返ったユウヤさんがそう言ってニッコリと微笑むとすぐに前へ向き直していた。
横へ回り込んで様子を伺うと、そこには簡易的な机にノートと何かの機械を置いており、その機械を時々操作してはある程度その機械からの情報を読み取り終わるとノートへ筆を走らせる。
ノートに書いてある内容はほとんどが文字だったため、何を書いているのかはよく分からなかったが、その機械の方はどうやら何かの映像を移していることは分かった。
映像は誰かのバトルだったり、文字だったり、二人の人間が話し合っている映像だったりと様々だったが、それらの映像を一つ見る度にノートへ更に文字を書き込んでゆく。
その様子は真剣そのものだった。
普段の彼の顔はとても柔らかく、見る者を幸せにするような僅かに広角の上がった顔だが、そこにいる彼の顔は口を真一文字に結び、殆どの場合眉間に皺を寄せている。
何度か頷いては更にノートを書き進め、三十分もしない内に機械を止めて、大きく伸びをしてからいつもの柔らかい表情へ戻る。
「ごめんね。随分待たせちゃったね」
そう言ってユウヤさんは私の頭を撫でようとしたのか、頭に手を伸ばし、ハッとした表情を見せて手を止めた。
恐らく、私がまだ触れられるのを嫌がっていると考えたのだろう。
伝えにくい誤解を伝える方法は遠回しでは分かりにくいと考え、その手を掴んでそのまま頭に乗せた。
すると何事もなかったかのように優しく頭を撫でてくれる。
何時振りだろうか、目を瞑って優しい手の感触をしっかりと味わうと、とても心が安らぐ。
「なにかしたい事でもある?」
撫で終わるとユウヤさんはそう訪ねてきた。
思わず私の中の決心が揺らぎそうになるほど、先程の行為は嬉しかったが、私のこの荒みきった心を元に戻すには鬼になるしかない。
躊躇すればまた心が揺らぐため、迷わずに振り返ったユウヤさんの股間の辺りを撫でた。
聞いた話が本当ならユウヤさんは私と交尾をするだろう。
恐る恐る顔を見上げると、そこに写りこんできたユウヤさんの顔は笑顔ではなく、怒った表情だった。
「こらっ。多分ルナが教えたんだろうけど、そういうことは軽率にしちゃダメだよ。それこそ一時の感情に任せるのはもっとダメなこと。これから先、もっとちゃんと仲良くなって、それでもその気持ちが変わらなかったら、その時、もう一度お願いしてね。その時はちゃんと応えるよ」
怒ったといっても、それは決して激しい怒りではなく、言葉と同じく私を優しく諭すための優しくも厳しい表情……何時かの悪い事をして叱られた時のような、母の表情を思わずユウヤさんのその顔に重ねていた。
心の底から安堵した。
そこにあったのは私の浅はかな考えだけ。
この人は間違いなく私の事を見てくれていて、私の事を思ってくれている。
そう思うと自然とユウヤさんの胸に抱きついていた。
母に甘えた時のように、顔をその胸の中に埋め、ぐりぐりと押し付ける。
母とは違う汗の匂いと、私達のために一緒に駆け回ってくれるおかげで染み込んだ草や土の匂いが鼻腔を満たす。
とても……とても安心できて、とても信頼できる人の匂いだと私は思う。
目一杯ユウヤさんの匂いを堪能し、ユウヤさんの顔を見上げると、そこにはいつものように優しく微笑んでいる顔が私の瞳を捉えていた。
優しく背中を撫でていた手を片方を私の頭へ移し、優しく撫でてくれる。
「そうだ。折角だし、今までずっとやりたかったことやってもいい?」
「ああ。何でも好きにしてくれ」
ユウヤさんの言葉にそう答えると、頭を優しくポンポンと叩き、上半身だけ後ろへと振り返った。
荷物の中から何かを取り出し、振り返ったユウヤさんの手には大きな櫛があった。
「ユリも女の子だからね。やっと綺麗にしてあげられる」
そう、櫛を持って嬉しそうに話したユウヤさんを見て、思わず笑いが込み上げた。
この人は、私の事をずっとそんなに大切に見ていてくれたのかと思うと、今までの自分が馬鹿馬鹿しくなってしまい、同時にとても嬉しかった。
「本当はすぐに体も洗ってあげたいんだけどね……。近くに川もないし、街にはまだヒトミのことがあるから行けそうもないし……。だから明日からは川を探して、川傍へ移動しよう。だからヒトミが普通に生活できるようになるまではちょっとだけ我慢してね」
「幾らでも待つさ。ヒトミさんも貴方じゃないと助けてあげられない。今度はヒトミさんを助けてあげてくれ」
小さなハサミで毛玉を切りながら丁寧に櫛を通し、ユウヤさんはヒトミさんのことも語った。
長い事放置していた私の体は、それこそ綺麗に整えるのは骨の折れる仕事だっただろう。
なのに文句一つ言わずに一時間以上掛けて丁寧に毛並みを整えてくれた。
一仕事を終えたユウヤさんはもう一度大きく伸びをし、それと一緒に大きな欠伸をしていた。
夜ももう深くなり、聞こえるのは起こした火の音ぐらい。
「一緒に寝る?」
「是非」
ルナさんの時もそうしていたのだろう。
薄いブランケットを一枚取り出して、床に敷き、もう一枚を横に置いてから敷いたブランケットの上に横になり、私も横になれるスペースを確保してからユウヤさんはそう聞いてきた。
私も快諾し、そのまま横に寝転がる。
それを確認してから上から優しくもう一枚のブランケットを掛けてくれた。
「おやすみ。これからもよろしくね」
そう言って私の頭を優しく撫でてから、ユウヤさんはすぐに目を閉じた。
暫くはユウヤさんの方に背中を向けて大人しく寝たふりをしていたが、ユウヤさんが寝息を立て始めたのを確認してから、こっそりまたユウヤさんの胸の中へ顔を埋めた。
こういうのもどうかと思うが、ユウヤさんへは何故かとても甘えたくなる。
確かに優しいからというのもあるのかもしれないが、それ以上に何故か母に近い親しみを感じる。
だが、相手は仮にも人間で更に言えば雄だ。
こんな感情を抱いているというのは人にとっては嫌だろうし、私もまさかこんな風に甘えたくなるような人が現れるとも思っていなかったせいで、とてもではないが恥ずかしい。
だから……今だけはこの温もりに包まれていたい。
遠い、遠い、いつかの優しい記憶の中で眠るように……。