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七光の軌跡 人齧り編

/七光の軌跡 人齧り編

by緋ノ丸


七光(ななひかり)軌跡(きせき) ()() 人齧(ひとかじ)り編 


※この作品には官能表現や嘔吐の描写が含まれております。
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前作はこちらからです。


 人殺し。人殺し。人殺し。
こんなところまで追ってくる。皆の眼が。
逃げても隠れても皆見てる。
影のように、ピッタリついて来る。
皆、ワタシに怖がっている。
 ねぇ、なんで皆はそんな怖い目でワタシを見つめるの。
そもそも人殺しって何?
ワタシがいつ、誰を殺したっていうの。
なぜ疑われなければならないの?
なんで誰も信じてくれないの。
ワタシはやってないよ。人殺しなんて。
 そもそも、ワタシは皆に幸せになってほしいだけなのに、笑顔が絶えない世界を求めただけなのに。
なんでこうなったの。
ねぇ、教えてよ。雲よりも遥か遠い空から眺めてる事しかできない神様!
これがワタシの受難なの? これが、ワタシにとって受けなければならないものなのですか?
さっさと降りて来いよおおおおおお!!
 かつて、ワタシは皆の目線を浴びることが大好きだった。
東の野原にお日様の顔が出てきた途端、真っ先に家を出て、この森を大暴れして皆と遊んだ。
落ちている小枝を拾い、ゴースを的にして投げたり。
草や花を繋げて作った首飾りを皆で飾り合ったり。
それを使ってキレイハナとフラダンスしたり。
夜中には皆と肝試しをしたり。
あと、鬼ごっこにかくれんぼに木登り、だるまさんが転んだ。
一日中遊んでたっけ。
あ、そうそうコロトックさんの音楽鑑賞もあったし。
ラッキーさんからくれたイースターエッグで取り合ってたっけ。
それにそれに。
 なんて、こんなに悲しく素敵な思い出なのでしょう。
 もう、皆、いないのにね。


 ピ……ピ……ピピ……ピピ。
 ピピピピピピ……――。

 やけに頭上が五月蝿い。
小型ながらもこんなに大きい音が出るとは思ってもなかった。
まだ昨日の疲れが十分にとれてなく、ものすごく眠い。
力を抜けば、また瞼が閉じそうだった。
しかし早く止めないと隣の部屋から苦情が飛ぶだろう。
だが、まるで背中に黒い鉄球を抱えているみたいで、思うように体が動かぬ。
腕だけでもいい。出来る限り伸ばし、急いで手探りをする。
人さし指にプラスチックの感触が。
その物体の上部にあるスイッチを押す。
 カチッ。
 一気に静寂が広まった。
布団の中にいるのになぜか寒気を感じる。
だけど、ここで安心すると眠気が一気に僕の体を包み込むだろう。
いい加減起きよう。
朝も待ってはくれぬ。
腕を伸ばした先に顔を上げる。
鉛色をした、手のひらサイズの小型時計に手が触れていたのだった。
時計内の二本の針は、内角が直角になっていた。
九時半過ぎって、寝過した。
上半身を起き上がらせ、周りを見渡す。
窓から照らす陽光は、いつもの朝よりも白くて優しい。
その陽光に当たる埃は弱々しく光って舞う。
ポッポなのかムックルなのか分からないけど、何処か遠い止まり木でピヨピヨとお寝坊さんを起こしている。
太陽もまだ眠いのか。時折、光が弱くなったり、強くなったり。
 静かでかつ早い朝はこうして迎えたのだった。
さて、急いで支度をして出発だ。
ガバッと毛布から飛び出し、着替えに向かう。
着ていたパジャマをベッドに放り投げる。
それから、使い込んでいる黒の長ズボン、稲妻マークの黄色いTシャツ、コトブキで購入した明るい青の長袖の上着、と順に着用する。
 後は朝食。ボックスに向かう。
三つの紅白のボールを手に取り、ボタンを同時に押す。
白い光の中から、お馴染みの二人と新入りの一人が姿を現した。
約一名、顔を伏せて尻を向けている奴がいるが。
「おはようございます。って、ハクトさん! どうしたんですか、その顔」
 新入りのイーブイはギョッと目を開き、僕の顔を見つめ驚く。
隣のルカリオ、ソウルは見た途端にヒーヒーと腹を押さえて爆笑。
ど、どうして笑われてるんだ。顔一面に小麦粉でも掛ってんのか?
頬や額に手を当てても、何も出てこない。
ふとソウルは手鏡を渡してくれた。
まだ笑うか。
すぐさま鏡を覗く。
「なんじぃやぁこりやああ!!」
 テレビアニメによく出てきそうな、おバカな紳士が鏡に映っていたのである。
鼻の下に数字の3の様な髭。極太三本の睫毛。
頬とおでこに渦巻きの模様。口元には葉巻。
全て黒のマジックペンによって書かれていただろう。
こんな笑える顔しているなんて。どこのどいつ、って僕じゃねーか。
あぁ分かった。人の顔を落書き帳みたいに荒らしやがった犯人を。
「セキマルッ! お前だよな、人の顔(こいつ)を見事チャップリンみたいに再現してくれたのは。
芸術的才能がありそうだなと、褒めようかと思ったが。
今日という今日はもう許さん! もしかして、そうやってやり過ごすつもりか。いつまでも床に伏せてないで」
「ムゥ……クゥ、スゥ……ムニャ。野口、英世」
 寝言。っていうか、マジでまだ目ぇ覚めてなかったのか。
「全然似てねーだろ。起きろ、セキマルッ!
まさかコレ、油性で描いたんじゃないだろーな、なっ。
どうなんだよ。自分の口からはっきり言って、それから洗って貰うからね」
 セキマルを大きく掲げ上げ、前後にシェイクする。
無論、お酒やコインが出てくる訳ではないが。
「大丈夫、大丈夫。オイラ、顔に油性ペンで描くようなぐらいハクトは嫌いじゃねぇよ。……グヘヘヘ」
「オー○リーの見すぎっ。起きやがれクソー!!」
 セキマルを片手にドタバタと洗面所に叫び走った。


「くすくすっ。朝から元気の良い事ですね」
「全くだな。セキマルがいるだけで、朝がこんなにパワフルな時間に変形するんだなんて、今でも信じ難い。
セキマルがいたおかげで、本当に一日がガラリと変わったな。
ハクトもだ。ほんの半年前まではアイツ、本気で俺達と向き合ってなかったのにな」
「以前は、どの様な方だったんですか? 私はてっきりいつもソウルさん達の事を真剣に接しているかと思ったんですが」
「昨晩話したが、ハクトは10歳から12歳の間に三つの地方を、俺達と共に旅した。
一つの地方を自らの足のみで、たった半年の歳月をかけてバッジを獲得し、四天王やチャンピオンに勝利した。
これは、世界中のマスコミに大きな衝撃をあたえた。
プロのトレーナーでも、頑張っても八ヵ月程度だ。
それなりにハクトは才能があったんだろう。
誰もがそう思っているが、実は、焦ってたんだよ。
五年前、ここシンオウのチャンピオンに敗れて落胆したんだ。
だからもっと強くなろうと、必死に戦うつもりでジムのある町しか訪れなかった。
そのお陰であっという間だったってわけ。
それと同時に、ハクトは、俺達をポケモンとしか見てくれなかった」
「え? それって、どういう事ですか」
「今のハクト、人間とポケモンという文字に違和感を感じるらしい。
人間もポケモンも同じ動物だから、区別はしたくない。
これがハクトの思想であり、この旅のモットーだ。
だが以前までは、俺達の実力以外に興味を示さなかった。
ジムに挑む度にパソコンでパーティー編成をし、短期集中特訓をした。
勝てば褒めてくれるが、負けると連帯責任で説教された。
今更こんな事をハクトに言っちゃぁ悪いが、少々乱暴に扱われたよ。ははっ」
「それでも、今のハクトさんには関係ないというのですか」
「勿論ッ。アイツはこれを機に変わってくれた。だから、俺もこの旅で変えてみせる。
(あるじ)を満足させることが俺達の宿命だからな。
お前もだ。このチームに入っている限り、連帯責任なんてことで巻き込むなよ」
「覚悟してます。どんな辛い練習だろうと頑張りますとも。
練習試合の時には容赦しませんよ!」
「おっ、言ったな。ちなみにだが、俺は三つ全てのリーグにも出場経験があるからな。
その言葉、そっくりそのまま返してもらうぞ」
「臨むところです! あ……」
「ん? どうかしたか」
「あの、気になっている事があるのですが。
ハクトさんが12歳までに、他の二つの地方で活躍したそうですよね。
今のハクトさんは15歳になられているんですよね。
すると、その間の三年はどちらに……」
「お~い。お二人さ~ん! 朝飯出来たから運んで~!」
「おぅ。もう出来たかセキマル。行くぞイーブイ」
「あ、はい。わかりました」


「んじゃ。オイラもソウルに負けないためにも、そろそろ新しいカケラ技を研究しようかな」
 背の高い草むらから無駄にデカイ声を張るセキマル。
「かけら、ワザ?」
 イーブイは可愛いく首を傾げる。
「あぁ、やっぱり知らないよね。ふふふっ。
うっふふふーっ。それじゃあしょーがないなー。そんなあなたに分かり易くご説明いたしましょう!」
「ハクト。何カッコつけてる。てゆーかそこ川。危ないぞ」
 ソウルのツッコミを小川の様に軽ーく流す。
ズボンのポッケからゴソゴソと何かを取り出しイーブイに見せる。
「これがそのかけら。赤、青、黄、緑の全四色。
一見、ただのプラスチックの欠片みたいに、何の価値もなさそうに見えるが。
実はこんなにも小さいのに、もの凄い力を秘めているんですよ。
まずシンオウの伝説から、こういう噂があります。
太古の昔からも、ポケモンの技の威力を向上させる道具もありました。
それはプレートと呼ばれていました。プレートは16の種類が存在しました。
この16という数字には、ポケモンのタイプと深く関係しているのではないかと今の考古学者達は唱えています。
現代の我々の様に、バトルを通して人間とポケモンとの交流をしていたそうです。
しかし、ある年の皆既日食。
まるで夜みたいに暗いシンオウの島に最悪な事故が起きます。
突然大きな地震が起きて建物がみな崩れ落ちました。
更に、嵐でもないのに巨大な大波が襲い掛かってきました。
人々は逃れようと、高く聳え立つテンガン山の頂に向かって必死に走りました。
しかし、逃げ遅れた者は忽ち沖へ流されてしまいました。
月に隠れた太陽が顔を出すと、波は静かにひいていきました。
無事に助かった者達は一日を掛けて下山しました。
波が島を削り、山は更に高くなったからです。
という、テンガン山の伝説があるんだけど。
ほんの百年前に、地下から一枚のプレートが丸ごと発掘したらしいよ。
そこを基点に掘り進んでいくと色んな種類のプレートの一部らしきものも発掘された。
そう、それが『かけら』。だけどまだプレート=かけらという確信はないけどね。
十数年前に、ある科学者がプレートと同様に道具として使用できる事が判明したんだ。
しかも、いくつものかけらを組合わせる事により、未知なる技も開発できるようになった。
これにより、ポケモンバトル協議会から新たなルールを取り入れた。
個数は限定せず、錐で穴を開け、糸を通して身に着けるものを使用すると。
ちょっとソウルのも見せてよ」
 僕はソウルの腕を小突いた。
ソウルは手首に付けているものをイーブイに見せた。
「これが規定の腕輪。あと、首にも足にも掛けていいらしい。
この様にオリジナルの技を研究する事で益々ポケモンとの絆を深めるということなのです」
「ムダに長~い話をお聞かせて頂き、アリガトーゴザイマシター!」
 パチパチパチパチパチパチッ。
 セキマルの閉めにより乾いた拍手の音はハクタイの森に響き渡った。
「さてそろそろ本題に入って、オイラのカケラ技をとくとご覧あれってんだ!」
「研究じゃなかったのか~? それにアレは流石に止めろ。森全体を燃やすつもりか」
「大丈夫、大丈夫。そこそこでいくから」
 お前のそこそこは信用ならん。
何の躊躇もなく腕を広げるセキマル。
ここだとちょっと狭いと思った。
まさにその瞬間、静寂な空気は一変重くなった。
なんとなく違和感がする。背中を見られているようだった。
 ガサガサガササ。
 ほらきた。何かいる。
すかさず後ろを振り向く。
「……」
 僕は微動だにしなかった。相手もそうだった。
そう、これが何かの正体。
 四つん這いのポケモン。
スリムな身体。
クリーム色の体色。
耳や尻尾は植物の様にも思わせる。
大きな眼に、頭には特徴的な緑色のクエスチョンマーク。
 しんりょくポケモン、リーフィアだった。
だけど、僕はイーブイの進化系に遭遇したことに驚いてはいない。
首元にある、あの首飾りに目がいってしまった。
 イーブイのと、似てる。
色違いだけど、似てる。
最近、人気のあるアクセサリーなのか。
それにしても、なぜあのネックレスに注目してしまったのか、自分でも分からなかった。
だが、ここでリーフィアに遭遇するなんて滅多にないはず。
いたんだね、この森にも。野生なのかな。
「イーちゃ~ん。待って~。どこにいるんだ~い?」
 ドスンドスンドスンドスンッ。
 リーフィアの背後から急に野太い声と駆け足の様な地鳴りが聞こえた。
察するに、とんでもない大男がこちらに向かって来るのだろう。
もしかしたら、コイツの主人(おや)がやってくるのか?
地鳴りは段々と大きくなる。近い。
木々の葉が何枚もヒラヒラと落ちる。
 そして、リーフィアの真後ろの茂みを乱暴に掻き分け、姿を現す。
一目瞭然。人間ではなかった。
 またもやポケモン。大型だ。
僕の身長を超えるかもしれないデカイさであった。
全身は紫色。
ゴツゴツとした鎧の様な体。
背中には四本の大きい棘。
頭から突き出た角。
ドリルポケモンのニドキング。
この静かな空間に、こんなデカブツが存在することに我が目を疑った。
ソイツは眉間にしわを寄せて、こちらに凝視する。
夢に出て来そうな顔だった。
いつでも襲って来そうな形相に、僕は硬直してしまう。
蛇睨みってやつですかな。
完全に僕は(エサ)になってしまった。
もうだめだと思った。
「あ! イーちゃんみーっけ。捜したよ~。急にいなくなるから心配したよ~。
安心しろ。俺はイーちゃんの味方だ。皆嘘っぱちな話に喰いつき過ぎて酷く言っただけだよ。
だけど俺はイーちゃんじゃないって知ってるぜ。本当はイーちゃんが濡れ衣を着せられているんだって。
たまたまそこに居合わせただけなんだよ!なのに皆酷いよなぁ。
だからイーちゃん! 俺と一緒に皆の所へ行って無実を証明しよっ、なっ!」
 ソイツはリーフィアに目を落とし、さっきまでの恐ろしい顔が一変穏やかな笑顔とフォルムチェンジした。
とりあえず、僕たちには興味がない事に安堵した。
イーちゃんと呼ばれたあのリーフィア、ニドキングの話によれば『皆』から非難されているらしい。
何やら理不尽な理由で責められたのか。ここまで逃げたのだろう。
ニドキングはそんなリーフィアを慰めに来たのか。
それにしてもあのリーフィア。このデカブツを味方につけるなんて、よほど強いのか?
もしかしたら僕はこの森のトップに立つポケと遭遇したって訳か?
身震いするような光景だ。
「さぁ、一緒に行こう!」
 ニドキングは拳と呼べるべき手をリーフィアに差し伸べる。
リーフィアは暗い表情のまま、下に俯いている。
折角助けに来てくれたのになぜ答えない。
暫し時間が経ち、彼女は不意に僕を見るなり走ってきた。
そして僕の二本の足に隠れてこう叫んだのだった。

「助けて下さいっ!!」

 ふぇ?
 その一言で僕はこの状況に騙されたのであった。
「アイツ、ずっとワタシを追いかけて来るんです! いっつもあーやって言葉巧みに騙すんです。
他にも沢山可愛い()がいるのにワタシだけ付き纏うんです。影みたくぴったりくっ付いて気持ち悪い!
俺のチ○ポ舐めろとか言って変態なんです。お願い、やっつけて下さい!」
 じゃぁ、さっきの天使みたいな台詞と行為はニドキングの芝居だってのか?
確かに、読点が見当たらないよなぁ。
「そっちの問題じゃねーだろ」
 的確なツッコミをありがとう、ソウル。
「えぇ! ちょっと待ってよイーちゃん。変な事言って逃げないでくれよう。
何で俺まで敵に回す必要があるんだよ。俺じゃぁ力になれないのかな。それともさっきの事で……」
「任しとけ。オイラの腕力にかかればあんな変態、月の彼方まで飛ばしてやるぜ! ドルゥアアアアァァァ」
 ちょっと、セキマル! 勝手に突っ走んじゃねー。
「“みだれひっかき”!」
 一瞬にしてニドキングの顔にジャンプし、手足の爪で引っ掻きまくる。
だが相手はあのニドキング。鎧の様にズッシリと重く、硬い体をしている。
痛みを感じる前に爪あとが残るかどうかが問題だ。
「うぉ。何だコイツ。お願いだ、邪魔しないでくれ。“どくづき”!」
 ニドキングの巨腕は猛毒の腕と化した。
大きく振りかぶり、セキマルを地面まで叩きつける。
 ドッシーン。
 大きな音と砂煙が舞う。
身軽なヒコザルなら振り落とすほんの間際にかわせるが、当たってるのだとすると回避は絶望的。
もし“どくづき”を喰らい運が悪ければ、「どく」状態を引きおこしたとしたらバトルは一気に不利になる。
だが、野生(のら)ポケ如きにやられるもんじゃ、即除名確定だな。
僕のパーティメンバーに加入する際には、ある程度の戦力や能力を備わっている、
トレーナーの指示が無くとも、自身が考え行動する心掛けを配慮できる等の、見込みのある者しか受け入れない。
セキマルはこの課程をこなしてメンバーに入ったんだ。
何でもかんでも先走ってる様に見えるけど、本当は考えて動いているんだよ。
 そろそろ薄茶色の霧が晴れていく。
ほらね、言った通りだろ。
半透明のドーム型シールドがセキマルを覆い、ニドキングの“どくづき”を受け止める。
セキマルはこちらに顔を向け、余裕の笑みとピースサインを送る。
「あれって、“まもる”ですか?」
 正解です、イーブイさん。
なにせアイツの息子だからな。
ホント、笑っちまうくらい似てるよ。戦い方。
「どうした、どうした。こんなんで本気とは言わせねーぞ。
それともチビだからって手加減してんのか?
ヘッ、そいつは残念だなぁ。
オイラはな、いつだって可愛娘(かわいこ)ちゃんの味方なんだよ!
こんなもん、漬物石だ! すぐ飛ばしてやっからよ。
フゥ~ンヌヌヌヌ……」
 セキマルは踏ん張る。守られているにも関わらず。
いや、自分の技だからこそ踏んばる。
少しずつであるが、“まもる”の体積範囲が増していく。
 最初はセキマルの頭がギリギリ当たりそうであったが、いつの間にかニドキングの胸辺りまで広がった。
そして、さっきとは打って変わって一気に膨らんだ。昨日闘ったエレキブルがすっぽり入れそう。
「うおっ。おわ~」
 膨らんだ勢いでニドキングは後ろに転がる。
「おらいくぜー、“かえんぐるま”!」
 高速回転による発火でセキマルは火だるまへと変形した。
“まもる”を突き破り、猛スピードで、起き上ったニドキング目掛けて飛ぶ。
たまらずニドキングは“かえんぐるま”の両サイドをがっちりと押さえる。
しかし、“かえんぐるま”はまだ回り続く。摩擦により炎はゴウゴウと唸る。
流石にこれでは手が熱い。だが炎は容赦という言葉を知らない。
とうとう“かえんぐるま”はニドキングのゴツゴツした両手を突破し、顔に命中する。
ジュゥゥッとまるで肉が焼かれるかの様な大きな音がした。
「ヌアァァァァァ」
 もう声にならない苦痛の叫びだった。
ニドキングはグルングルンと後ろに二回転した。
反動でセキマルは宙に放り投げられたが、二ィと白くて小さな牙をむき出した。
最終攻撃(フィナーレ)だ。
セキマルは胸がパンパンになるまで大きく息を吸う。
その時間は本当に長い気がした。
背中に見えない翼が生えて止まっているにも思わせる。
だが本当に瞬間であった。
「“ひのこ”!」
 気がつけば、ソイツはもうすでにはき終えた
一個なんて、そんな大胆かつ勿体ない話ではない。
“りゅうせいぐん”に見間違えてしまう。
一つ一つが暁の矢に化してニドキングの胴体を突く。
突く度に一転び。二つで二回。個数と回転数は常に比例している。
もはやマシンガンだ。
「ウオゥ。ウォォ、オワァァァァァ……」
 早い水流を受ける水車の如く、ニドキングは後ろに転がったまま日光の届かない深い樹海へ、そして太い木々の間へ真っ黒に染まっていってしまった。
 クルクルクル、シュタッ。
 森がまた静寂を取り戻したこの場に、セキマルが湿った土に着いた着地音しか支配せざるを得ない。
セキマルは回れ右でこちらに体を向け、得意顔で紳士みたいに胸に片手を置き、頭を下げた。
そう、全ては彼の計画(ショー)であったのだ。
恐ろしい程の攻撃力と身体能力、更にはこれ程のものを自由自在。
我がチームの『天才』であろうか。
「何皆黙ってんだ? てかオイラ、この空気だけは居心地を感じないんだよなぁ。
ヘイッ、緑ッ娘チャン! 変態を追っ払ってやったぜ。ど~よ、オイラの燃え上がる熱き攻撃劇を楽しんでもらえた?
お~っと。オイラに抱きつきたいところ悪いけど。
まだ体は“かえんぐるま”の熱が冷えてないから、火傷どころか燃えちまうぜベイベ~」
 ナニ言ッテンダ、コイツ。
だが、何はともあれ、しぶといストーカーを撃退することに成功した。
今はセキマルの勇気ある行為に証して、僕は頭を撫でる。
ちょっと荒かったけど。
それにリーフィアはセキマルに抱きつこうとしたい態度が微塵もないが、まぁ感謝しているだろう。
「まさか、セキマルの一人劇で終わるとは。
女の子の前だからってカッコツケてんじゃないのか~? 心底気持ち悪かったぞぉ」
 ソウル君、そんな毒のきく言葉をどこで覚えたんだね。
「……」
 そして、照れながらも僕の手をはらうセキマルを見るイーブイ。
絶句と言えるね、その顔。
もうなんか、セキマルのおかげで変な空気になったじゃない。
「た、助けてやったのにそーゆー返事はないと思うぜぇ。
ソウルは分かってないな~。さっきのなんて加減なんだぜ。一瞬で倒すのもつまんないから、わざと時間を持て余そうとしたかったけど」
 『けど』? あれでもまだハジケ足りないっていうのか。
セキマルの本気って、底なし沼よりも近寄り難い存在なのかも。
「す、すごいよ~。ヒコザルく~ん!
本当に追い払ってくれるなんて。アリガト~、アチッ」
 だがなんと、さっきまでイーブイと同様に目も口もだらしなく開いていて虚を突かれた様子のリーフィアが、
短距離走ゴールみたいに胸から、マッスグマ顔負けの素早さでセキマルに抱きつく。
が、途端にセキマルの体から離れ、胴体に両手をあてる。
マジで“かえんぐるま”による熱があったんだ。
昨日の事件があったせいか、やたらに変なところで感心してしまう。
「ホ、ホントにありがとうね~。まさか、あんな大きいのを転がしまくっていくなんて。
ヒコザル君、見た目によらず意外に強いんだね~。ビックリしたよ~」
 時間をおいてからそっとセキマルを抱きしめるリーフィア。
こころなしか、セキマルの顔がほのかに赤い。
元から赤いから照れているか分からない。
「えっ、まぁな。オイラは皆が思っている以上に強いんだからな。
チビだからとか、チビのくせにって考えてる奴はあんまり好きじゃないんだよ。っていうかブッとばす。
よくこんな言葉があるんだぜ。『一寸のレディバにもゴハンの魂』って」
「セキマル、それをいうなら『五分(ごぶ)の魂』だ。
(こぶ)五分(ごふん)で間違えると思ったが、そこは心底驚いたぞ」
 そんな涼しいツッコミは蛇足ではないのかソウル。
っていうか、誰が作ったのこれ。
諺の中のわずか3・3センチのレディバって実在すんの?
あとゴハンの魂って、それじゃぁただの食いしん坊(ゴンベ)じゃねぇかよ。
「ねぇねぇ、ちょっといいかな? 君たちって、今晩どこで寝るつもりなの?」
 助けられた身なのにちょっと馴れ馴れしい口調で尋ねるリーフィア。今晩?
「あぁ、それなら心配御無用。今オイラ達はこの森を抜けたハクタイシティっていう町に向かうつもりなんだ。
聞くところによると、ここってかなり広いらしいじゃん。だから久しぶりに野宿かなって検討してるんだよ」
 いつからタウンマップを見るようになったのか。
セキマルの言うとおり、この『ハクタイの森』は西シンオウの目玉と呼んでもいいくらいの広大な樹海。
広いうえに、推定五百年以上の樹木が至る所に生えていて地盤の段差が激しく、森を抜けるのに相当な時間がかかる。
まだ奥部まで道は作られておらず、遭難に遭う可能性が非常に多い。
中には一週間かけても戻ってこれなかった者もチラホラ。
道がないということは宿泊施設もろくにないことに。
来る者を拒むこの森の脅威に怖気ついて脇道を使ってゆく方が主流になった。
 それなのに、この能天気ボウヤは。
「『だったらオイラは一日で抜いてやるぜ!』って実験的に入ったんだよな。
タウンマップ(これ)にも書いてある通り、森には宿なんて一つもないわけなんだぞ。
早いとこ町に着いて、ジムに挑んで、勝って次の町へっていうシナリオがあるもんだぞ。
もたもたしてたらライバルに差がついて……」
「わーったよ、分かった! そんなアツい主人公文句はもーいいって。
もちろん、ハクトの言いたいこともオイラ一理あるぜ。
だけどこれも一つの体験、そして経験にもなるんだ。
強くなるためにもこういう遠回りもいいもんだぜ」
 うむむ。それを言われちゃ弱いなぁ。
だけどホント、今日どこで寝よっかぁ。
「あの~、もしよかったら紹介しましょうか? 寝床を」

 ぬぁにぃぃ!?

「もしかして疑ってる?
ダイジョーブ。ゴミ置き場でもなければ草やコンクリートの上でもないの。
ちゃんとしたフッカフカのベッドがあるところだから!」

「「「マ、マジで?!」」」

 僕とセキマル、それからソウルまでの破裂した声が聞こえた。
ベッド? フッカフカ? それはもはや穴場どころではない。この森にいる我々にとっての幻の寝床ではないか。
一体そこにはどんな光が待っているのだろうか。
「もしよかったらご案内しましょうか」
「ほ、本当にいいのですか? そんな場所に連れてってもらい、私達が使用しても構わないのですか?」
 イーブイも動揺しつつも喜んでいるようだ。
「うん、大丈夫だよ! あそこはね、もともとは人間さんが作った建物なんだけどね、捨てられた訳なの。
取り壊しが行われてなかったから結構汚いけどね、十分に眠れるよ。
あそこは誰にも邪魔されない私のお気に入りの場所だから保障するよ」
 なるほど、廃屋かぁ。
「それじゃぁ、お邪魔させてもらおうかな?」
 これでケムッソやキャタピー等の虫系ポケを気にせずグッスリできそうだ。
「ありがとうな緑ッ娘チャン。
さぁて寝床の予約も済んだし、ここで話題転換しましょうか」
 再びあの赤い頭が輪からはずれ、皆の目線を浴びる。
「今はちょうど真昼間。時計の両針はともに真上をさしているにちがいない。
日が暮れるまでのこの時間、そしてこの森を有意義に使うにはオイラ達は何をすればいいのか」
 小さなこの指止まれは高くて眩しい木漏れ日を指さし、意味深な笑みを浮かべて僕達の顔を窺うセキマル。
どうやら、ニドキング戦は延長戦に向かうらしい。
全く、真黒に手が焦げるヤツだなオマエ。
リュックを背負ったまま、器用にチャックを開け、中の一冊のノートを取り出し掲げる。
 『絶対強化! 絶対勝利! 絶対完全個人戦術ノート』。
表紙には太く大きな字でこう綴られていた。
分厚いゲームの攻略本みたいなタイトルだよね。
「しょーがない。いっちょやるか。
今日からイーブイを入れての本格練習にいくよ。
ソウルはイーブイとペアになって慣れさせて、セキマルは僕と一緒に集中練習。
次のハクタイ戦は素早さと特殊状態を武器にするリーダーだ。
こちらはそれに対等する素早さ、そしてどんな状況になっても焦らず確実攻撃する命中率を鍛える。
イーブイのデビュー戦という輝く戦歴を残すためにも、気合いを腹いっぱい食っとけよ!」
「「おう、任されよぅ!」」
「了解です!」
 (おとこ)達は勇ましい、(おんな)は自信のある返事をしてくれた。
「という訳でリーフィア、夕方頃ここにまた来てくれてもいいかな?」
「ううん。ワタシもここでお手伝いする」
「というと、戦闘方面で支持してくれるのか? オイラ大歓迎!」
「それなら助かる。草タイプがいれば、バトルのイメージがしやすいかもな」
「お互いに頑張りましょうリーフィアさん」
「うん、こちらこそイーちゃん
 思いもよらぬ飛び入りも来てチームのモチベーション上昇。
一番星がきらめくまでの始終、参考にさせて頂きます。








 すっかり空は蓋を閉められてよう、森は一層漆黒に染まってしまった。
寒気を装う風は次第に強くなってきた。
今僕たちは夕食を終え、リーフィアを前についてきているところ。
月光しか照らさない暗い夜道を歩く中、期待と不安と疑問が膨らみ始める。
 どんな宿かな? もしかして結構オシャレなホテルだったかも。
だけど廃屋っていうからかなり汚くて寝づらいかも。
そもそもこの森にそんな宿泊施設なんてあったのか? しかもだいぶ昔らしいけど。
 この三つの思考が頭の中を幾度となく回り続ける。
けれど、そんなのついてから見ればわかるはずだ。
百聞は一見にしかずという諺もあるよね。
「おつかれ皆。あちらがワタシのお気にの洋館で~す」
 数本の細い木を前に止まり、リーフィアは奥の漆黒の館を指さす。
目が慣れているにも関わらず、その存在は見えるか否かぐらいに真っ黒に染まっていた。
想像していたよりも不気味だが、悪くない立派な洋館であった。
「コ、今晩ハ、アソコデ泊マルノ、カ?」
 隣から情けなく声が張っていない彼の呟きが聞こえた。
ソウル?
「どうなさいましたか? ソウルさん、顔色が良くないですよ」
 呟きに気がついたの僕だけではなかった。イーブイは心配そうに寄り添う。
「はは~ん、ソウルもしかしてビビってんじゃね~のか~?」
 顎を撫でるセキマルは、まるで鬼の首を取ったかのような顔つきで彼の顔を窺う。
「ベッ、ベベ、別ニビビッテイルノデハナイ。
練習ノシ過ギデ、武者震イガヒドイダケダ!ナハハハハ」
 声も足も異常な程震えていて恰好が悪い。
「アァ、目マイガシテキタ。はくと、チョットノ間、俺ヲ戻シテクレナイカ?」
 その症状は「こんらん」と「まひ」だろうか。ろくに抑揚が安定していない。
僕は二つ返事で彼を紅白の球体に戻す。
ボールがガタガタと小さく振動しているように感じるのは気のせいだろうか。
セキマルを除いた彼女達は案の定、「どうしたの?」と心配めいた顔で僕を見つめる。
「実はね、ソウルはお化けとか妖怪、ゴースト系のポケモンとかは大の苦手でね。
お化け屋敷を目前に暴れ騒いだぐらいに怖がるヤツなんだよ。
知識を得てからは少し大人しくなったけど、まだ気絶すら治んないんだよねぇ」
 彼にとっての赤恥マル秘事情を二人に話した。
彼女達は「あぁ、なるほど」と頭をコクコクと二回頷き、クスクスと囁き笑う。
コイツの場合キャッキャキャッキャと腹から大声がすっ飛ぶはずが、口の端がひきつっているだけだった。
以前にもこんな話を何度も聞いたせいか、笑いあきたのだろう。
 そうこうしている内に、僕達は伸び伸びと墨の空に伸びた邪魔な草を掻き分けながら洋館の入口に向かう。
近づくと不気味さは一層大きく、人気がすっかり失せてしまった。
赤く錆びたドアノブ。不具合に傾くフロントドア。猛獣の牙にみせる割れた窓ガラス。
そして窓から、アンモニウムどころではない怪しい薬品の臭いが。
下手に吸ったら危ない。そんな緊張感が熱い心臓を圧迫させる。

 ピイィィィィッ。

 手先が悴むこの凍てつく空間に突如大きく鋭い音が走った。
発生原因はリーフィア。彼女であった。
彼女は自信の身体から生えている草を摘み、ムクホークのような鳴き声の草笛を吹いたのだ。
しかし、草笛というものは本来相手を落ち着かせたりと、心を和ませるための自然楽器である。
先ほどの笛の音色というよりは、まさに女性の絹を裂く絶叫に似たものだった。
これでは逆に驚いて起きてしまうではないか。
「この中は夜になるとゴース達がさまよっているんです。
それを追い払うためにいつもこのワタシ独自の草笛で吹いて入ってるんです」
 なるほど、魔除けのような役割もあるのか。
それにしても、どのようにしたらあの鋭い音が鳴れるのだろうか。
機会があったら教えて貰いたい。
リーフィアは腐って傾いた扉を手前に引き、僕達が入れるよう招き入れた。
優しく扉が閉まると、外で嗅いだあの異臭がツンと鼻をくすぐらせる。
見渡す限り、彼女が言っていた通り廃屋であった。
蜘蛛の巣が掛ってないところを探すことは難儀であった。
ボロボロの敷物。埃まみれのシャンデリア。
しかも明りが灯っていないから外よりも寒く感じる。
 今更だが、こんなところにフッカフカのベットが存在するのであろうか。
捨てられて何十年も経った洋館(ここ)に、フッカフカはおろか破れて綿が全然入ってない毛布があるのかどうかも疑問視してしまう。
それでもリーフィアは満面の笑みで「騙してなんかないよ」と自信満々。
「この二階の奥にその寝床があるんだけど、
放って置きっぱなしで汚いかもしれないから、掃除してくるね。
ちょっと時間潰しに回ってみてもいいよ~」
 スリムな体の彼女はヒョイヒョイと階段を上り、暗い奥へ飛んで行った。
もの怖じせず勇敢に暗闇に突っ走る彼女に、僕は度肝を抜いた。
流石にお気に入りの場であるからなぁ。
埃でいっぱいの部屋をあの小さな体で掃除というと、かなり時間がかかりそうだ。
 彼女に言われるがまま、僕達は散り散りになって館を回ることになった。
イーブイは正面からみて左の階段を、セキマルは真反対の右の階段を上り、それぞれ上った正面の部屋に入る。
それじゃぁ僕は、その二つの階段と小さな銅像に挟まれた一階奥へ。
玄関よりも大きいシャンデリアが吊るされていることに気づく。
かなり広い。
 そう思った瞬間、つい鼻をつまんでしまう。
気になった異臭はどうやらこの食堂みたいな部屋からのようだ。
目の前には左右に伸びる長テーブルが置かれてあった。
その上にはこれまた錆だらけロウ立てに、シミやカビがいたる所に付いているテーブルクロス。
目を落とせば、絨毯や床が見苦しく剥がされていた。
椅子の数からして、この館はどこかの富豪の家か別荘に使われたのだろう。
十数個もある椅子を順に目を追う。
どれも壊れかけ。中にはもう粉々になって元の形が検討がつかないものも。
 そのまま、長テーブルの奥に飾ってある絵画にも目を向ける。
人が入ってない風景画であった。
上から雲一つもない青空、額縁の端から端まで連なる緑の山、小さく一つの窓しかない赤い屋根の家、一本杉、空にまけない広い野原と、いたってシンプル。
こんなにも立派なお屋敷には随分と質素な絵画だなと思う。
だが、そのキャンパスに描かれた野原達は、まるで写真を撮ったかのように、はっきりと繊細に生きていた。
太陽は登場してはいないが、日光に当たる木や山はその暖かさを共感しようと笑っている。
見てて心和む作品であった。
この絵に入ってみたい。魅了されてみたい。
だんだんと美しく見えるこの絵に向かって飛び込もうとした、まさにであった。

 突如絵画は霧状になって姿を消した。

 辺りを見渡せば、食堂は白い魔境と変化した。
本当に突然であった。
手を伸ばせば指先が消えかけそうなぐらい濃い霧。
そしてこの寒気。
季節が逆転したかのような寒さだ。
館に入る前の、外にいた時よりも寒い。
身が、筋肉が凍える。
そうだ、こんな時こそあの緑生い茂る草達に春の穏やかな暖かさを貰おう。
そんな思いで、体温に飢えて目眩がする神経を叩き起こし、あの絵画に目を向ける。
まず僕の目に飛び込んできたものは。


 ボロボロの貴族風の洋服を召した、後ろに手を組んでこちらをじっと見つめる老男爵であった。


 長テーブルを挟んで、絵画の前に彼はいた。
先程も言ったが、人気など全く感じなかった。
それに彼の眼差しから生命の温かさも読めない。
頬の肉はダランと落ちて、少々上目遣いで見つめている。
もしかしてあの人は、この見捨てられた廃屋を管理している者だろう。
勝手にここに入ってしまった事に怒っているのか?
それ以外に何を不快に思うのだ。
そうだよ、さっさと謝ろう。
「え~、あの、その本当にすみません。
僕は森に迷ってしまった旅人の者で、寝床を探してたんです。
日が暮れるてもマシなところが見つからなかったんです。
そしたらこの屋敷を発見、潜入した訳です。
今晩はここで寝ようとしたかったのですが、まさかここを管理している人間がいたなんて思いもよらなかったです」
 実を言うと、最後の方は嘘。
何十年も取り壊しを免れたこの館には、取り壊しを反対し続けている者がいたからではないかと思った。
その館の持ち主の子供、親戚、友人等、様々な立場の方達であろう。
彼もその一人なのかも。
「勝手に潜入したことには深く詫びます。
ですが、今晩だけ泊まらせて頂けないでしょうか。
僕はポケモントレーナーでもあるんです。
闘い歩き疲れた相棒達がいるんです。
どうか、今晩だけでも」
 だが、あのチビはどうなのだろう。
なにせ底なし沼の体力だ。有り余ってベットをピョンピョンと飛ぶにちがいない。
いや、やりかねない。
それにしても、あの老男爵の返事が全く来ない。
そこまで機嫌を損ねてしまったのか。
許してもらえそうもないな。これは参った。
 そしたら彼は。
下に皿が乗ってあって回されているみたいに、老男爵は静かに回れ右をする。
そして、動く歩道に乗ったかのように、足音を立てず歩く。
不自然かつ不可思議な動きだ。
機械的に言えば歩くというより、進むが正当なのかもしれない。
とにかく気味が悪い行動であった。
老男爵は迷いもなく深い霧に消え去ってしまった。
たまらず僕も追った。全力疾走。
床がタイルに変わった。見上げる。
台所のようだ。
流しと冷蔵庫が奥に置かれてあった。
それだけだ。
 あれ。
彼は、何処(いずこ)へ。
辺り一帯を素早く見張らした。
通った形跡が何一つない。
無論、隠れてもない。
ここに彼と僕が来た間隔は秒の数で数えられる程度。
ここに入ったのは間違いない、はず。
まるで水蒸気みたく消えたよう。
そう、最初から感じた取れたじゃないか。
 彼は端っから、生命体(ニンゲン)ではないんだ。

「ウォッギョアアアァァァァ」

 この表現しにくくて、言いにくい絶叫は、セキマル?
三人と分かれたあの階段へ。
「うっ!」
 ぞっと背中が凍り付く光景だった。
セキマルがシャンデリアの下で、頭を抱えグルグルと走り回っている。
十の塊になって舐めてくるゴース達に追われながら。
これほどの数多いゴーストポケが潜んでいたとはまた思いもよらなかった。
いきなり攻撃されたせいか、全く反撃する余裕がみられないセキマル。
正直言って、彼が焦っている姿を見たのは久しぶりである。
まさになす(すべ)なし。
 なんて卑怯で薄汚い奴等だ。
全員まとめて地獄行きのチケットを再来世の分まで送ってやる。


「ウワッチチー。ウォッチー。フェッチッチー!」
 焼けるような痒みが全身に走る。
更に一舐めされると新鮮な痒みが上付けられ電流みたいにまた体を駆け巡る。
さっきからこの繰り返し。自身は飽きるが、コイツ等は飽き足りないようだ。
たく、参っちゃうよなぁ、部屋を出た途端コイツ等に舐められっぱなし。
いつもならお約束の反撃のつもりが、なぜか今は体がシビレてとにかく技が出せない。
初めて体のコントロールを失う体験を味わった。
手も足も出ないって、こんなにも悔しくて歯がゆいものなのかぁ。
あーもー、いー加減にして下さいよー、ちょっとデッケー黒い“おにび”さん方。
オイラを舐めてもカジっても何も出ねーし、毛がぬけるだけだってーの。
「セキマル!」
 と、ここで懐かしき主人の声が。
たっくもー、こんな時だけいつも遅いんだからー。
そんなんじゃぁ、オイラの秘書になるは、だいぶ先の話。
「ハクト?」
 塊をはらう手の指と指の間から、ハクトの顔が映る。
怒りに満ちたハクトの顔が。
おふさげは一切許して貰えなさそうな形相だった。
「ガアアアアアアアアア」
 信じられないくらいの怖い目つきでオイラに向かって来る。
「ヒィッ」
 体がピョコっと身が縮んで、オイラにとって相応しくない、情けない声をあげてしまった。
おまけに両手を頭に伏せてしまった。
『手ーをヨッコにー、アーラあっぶない』の最速バージョンの完成だ。
ってだからフザケてる場合でもメアリーでもないって。
頭上からバッサバッサて音が聞こえる。
その音にぶつかって「ギョエ~」と叫ぶ奴も。
ハクトって飛行タイプでもなくポケモンでもないのに、なんで“つばさでうつ”なんて覚えてるんだ。
ゆっくりと顔を上げる。
 正体はこれだ、ワンツースリー。
上着。そいつで塊をはらってたんだ。
オイラが見ていることに気がついたハクトは、オイラを片手で持ち上げた。
はらいながらキョロキョロと周りを見渡す。
 さっきの顔は一体。
怯え気味でそんなことを考えてた。
「フワァ! ナニこれ~」
 そしたら二階から緑ッ娘チャンことリーフィアのご登場だ。
アイツの大声で塊二匹がその存在を確認、襲ってきた。
 ピィッ。
 警笛みたいな高い音の草笛を鳴らし、塊達を阻止する。
そしてなんと、塊達は天井へと飛んでっちまった。
 すっげ~よ、緑ッ娘チャン!
歓喜の声をかけようかと思ったが、やめた。
だってその倍に塊が同じ天井から現れたんだもん。
「ハクトさん。こちらです、早く!」
 二階のオイラが入った真反対の部屋からイーブイが顔を出す。
反応がいいハクトはすかさず階段を上がって、部屋に入ろうとしたが。
 ベロン。
「うがっ」
 一匹の塊がオイラを抱えていた腕に舐めてきた。
その反動で腕がビンと伸びて、オイラは臭い床に叩きつけられた。
なにやってんだよ、ヘボトレーナー。
「ハクトさん早く!」
 イーブイはハクトのズボンのを引っ張って、無理矢理に部屋へ連れ込む。
オイラもその部屋に急いで入ろうと思った、なのに。
「セキマルちゃん、こっち!」
 オイラはリーフィアに首根っこをくわえられ、連れてかれてしまった。
いつの間にかドアが閉まった。バタンと。
「ハァ、ハァ、ハァ、君って、意外に、重いんだ、ねぇ」
 息切れしてる中、失礼なこと言うやつだな。
ハクト達と別々になったが、とりあえず一安心って訳だな。
ここドコだ?
部屋を見てみよう。
結構広い。
たいして臭くない。
テレビもある。古そうだけど。
そして、小さい灯りが灯っている横に。
「ぬぁあ! ベットー」
 これ見て飛び込みざるをえないだろ? 皆の衆。
ホント~に、フッカフカ~。
「マジで寝心地い~わ~」
「ウフフ、そんなに喜んで貰えて嬉しいよ」
 続いてリーフィアもベットに座る。
「よーし、じゃここオイラのだからな~。
アンサンは別のベットにしてね~」
「別の? ここ一つしかないよ」
 あら、マジだ。ということは。
「今晩はワタシと添い寝のオヤスミになりそうね」
「お前、それが目的でオイラをこの部屋へ強引に……」
「ううん違うよ。ゴースから逃げるのに必死でたまたまこの部屋に飛び込んだだけだよ~」
「ならオイラが別の部屋に行って、そこで寝るよ」
 女と添い寝なんて考えられなぇよ。
「あぁ、だめ! まだゴースがうろついてるから危ないよ~。
それにいーじゃない添い寝くらい、減るもんじゃないし~。
今晩だけなんだから~」
「ハァ……わーったよ。今晩だけ、な」
「わ~い、アリガトーセキマルちゃ~ん!」
 また抱きしめんじゃねぇよ。
顔が狭くて、息ができねーじゃねーかよ。
「全く。なんか調子狂うな~。ま、いっか。
すっげー疲れたし、もう寝よっかな~」

「まだ早いよ、セキマルちゃ~ん」

 ん、なんだ?
「まだって、もう九時回ってるぜ?」
「九時に寝るなんてお子様ねぇ。
夜っていうのはね、なんでもやりたい放題のチャンスなのよ。
親に内緒でいろんなことを朝までやるのって楽しいもんだよぉ。
セキマルちゃんはあの人の目を盗んでやってみたいことってあるでしょ?」
「いろんなことって、ウノとかババ抜きとかで?」
「お子様なお遊びじゃな~く~て、どうせならオトナのお遊びもやってみない?」
 オイラは誤って彼女の危ない仕掛けのスイッチを押したかもしれなかった。


 カチャ。
「だめだ……まだウヨウヨしてるよ。」
「困ったものですね。まさかあんな数のポケモンが潜んでいたなんて。
それに、出るに出ようとしても、
セキマルさんとリーフィアさんと分かれてしまって、助けに行こうも攻撃されるし。
あぁ、どうしたら良いのでしょう」
 再び僕は潔く扉を閉める。
「参ったなぁ。この屋敷、どうにかなってるぜ。
どんくらい前から捨てれば、あんなに住み着くってんだよ。
それにあの管理人さんも変な感じだし、不気味だし、わっけ分かんねぇよ」
「人を、見かけたんですか?」
 問われた直後、彼女に振り向く。
彼女の表情は堅い。
堅く口をむっと閉じて、どことなく否定してるような鋭い目つきで僕を見つめている。
素直にありのまま話したつもりだが。
「う、うん。一階の奥の部屋に入ったら、僕の肩ぐらいの身長のおじいさんがいてね。
もしかしてここの管理人かなって思って、泊まって貰えないかって聞いたら、どっかに消えちゃったんだよ。
イーブイは見かけなかった?」
「気配は感じませんでしたね。
それに、何十年も放ったらかしのようで、カビや埃の量が凄まじいことが何よりも気になります。
もし、管理を担っている人間がいるというなら、おかしいはずです。
屋敷が汚いだけならず、あれだけのポケモンが住み着いた訳です。
ろくに整理がなってないです。
これだけのマイナス的理由が転がっているのに、管理し続けているなんて信じ難いです。
いいえ、管理というより放棄に近い有様ですね。
住み着いているポケモンを見れば察しがつきます。
あのポケモンは何なんですか? ハクトさん」
 彼女に言われるがまま、ズボンの左ポッケから真っ白い長方形の電子図鑑を取り出す。
ぱかっと上下の画面を開き、該当するポケモンの情報を探す。
「ん、あった。『ゴース ガス状ポケモン
ガスから生まれた生命体。毒を含んだガスの体に包まれると誰でも気絶する。』
って、書かれてあった。」
「ようするに、特有の有毒ガスの塊ということですね。
それなら話が見えてきました。
ハクトさん、ここに入ってから異臭を感じませんでしたか?
私も強烈に臭いました。
手あたり次第、それらしきものを探してみたんですが、この部屋ではなさそうでした。
しかし、この屋敷内のどこかに必ず臭いの何かがあるはずです。
でないとゴース達があそこまで集まることはありません。」
 彼女の考えはごもっともだ。
あの呼吸し難い異臭がゴース達を多く引き寄せたに違いない。
何の薬品か知らぬが、何やら危なさそうなモノであろう。
 いや、以前に何度か嗅いだ覚えがある。
鼻がそう言う。
クンクンと部屋の臭いを鼻で探る。
キッチンよりはきつく臭わないが、なんだろう。
幾度といろんな所で遭遇、又は使用したかも。
ならそれほど危なくないはすだ。
だけど思い出せない。
五年前のシンオウを駆け巡ってた時によく使ったような。
何だっけ、何だったっけ?
「それにしても、おかしくないですか?」
 また彼女も問題を見つけたようだ。
僕は思い出にふける時間は無いと中断し、イーブイの大きい茶色の瞳を見つめ直す。
今にも噛みつきそうなトゲのある目つきであった。
「この館に入る前に、あらかじめリーフィアさんは草笛を吹きましたよね。
リーフィアさん曰く、ゴースを追い払う特殊な草笛と。
もう逆効果じゃないですか。
沈めるどころか、セキマルさんに群がって襲ってきたじゃないですか。
本当はあの草笛、ゴース達への合図だったに違いありません。
何が目的か知りませんが、セキマルさんを狙ってたことは事実です。
早くセキマルさんを守りにいきましょう!
何をされてるかわかりません。ハクトさん、一刻を争います。
私にドアの破壊を命じて……」
「す、ストーップ! 落ち着け、イーブイ。
お前、リーフィアをそんな風に見てたのか。
けどお前も見ただろ? リーフィアは今までずっと、屋敷に入るまで一緒にいたんだろ。
ずっと僕とセキマルと練習をやってたんだぞ。
屋敷のゴースがセキマルだけを狙うはずないだろ。
部屋を掃除してくるって行ったぐらいしか、別れてない。
たとえその時間を使ってゴース達を指示するとしても。
あの数で、五分もない時間でどーやって指示したらあーなるんだよ。
それに、僕はあのリーフィアが故意にやったとは考えにくいし、きっと偶然に起こった事故だと思うんだ」
「ハクトさんはなぜそこまでして、リーフィアさんを庇うのですか」
 あのひとなんて信じられない。
彼女の行為に疑いの目を向けるイーブイ。
その意志は固く痛々しい。
 庇う、か。
「僕はリーフィアを信じる。あのコの優しさは本物だよ。
たとえ襲われたとしても、アイツは大丈夫だ。
昼間のニドキングと戦った時を思い出せ。
セキマルは僕の指示無く自らの戦略で勝ったんだぞ。
あんな調子で今まで付き合ってられたんだからなぁ。
それに、すぐ人を疑っているようじゃ信頼の芽が出るより、種も手に入んないぞ!
信頼することはこの旅において死を意味することに同様なもんだ。
強くなるには仲間同士信じなければならない。信じるには信頼を持たなきゃ話にならない。
一人じゃ出来ないことも仲間がいるだけで越えられる。
だから僕もアイツ等を信じたい。アイツ等に信じて貰いたい。
ここ、テストに出やすいですよ。」
 と言ったものの、全くセキマルには気がかりではないと言ったら嘘になる。
力があってもまだまだ子供だからね。
さっきゴースに襲われた時だってないも出来なかった。
何を取っても経験が浅いセキマルにトラブルの対処なんぞ知っている訳がない。
だからほんの少しだけ、拘束や口封じされたのではと思ってしまう。
 ついに行動した。入ってきた腐った扉に向かう。
外れそうなドアノブを引く。
 キテレツな光景だ。
さっきまで目障りにウヨウヨ漂ってたゴース達が横切らない。見かけない。
恐る恐る隙間から頭を出し、辺り一帯を目を回して探る。
やはりいない。
「やった、とうとう消えた。
よし、これでセキマル達と合流出来るぞ。
行くぞイーブイ!また現れない内に……」

 ドンッ。

 部屋に一歩戻ってイーブイを呼んだ同時。
腐っていたドアが勢いよく閉まり、ついにはドアノブも外れた。
とても扉が閉まったとは思えない音。爆発したよう。
嘘だろ? こんなジョークもクソもあるもんか!
我を失った僕は夢中で扉に体当たりを連発する。
見た目によらずなんて堅かったのだろう。
薄い障子に化けた鉄壁か。
何なんだよ、この異次元空間はよお!
 そろそろ肩が痛い。
攻撃を中止。何の変化が起きない。
するとイーブイの心配そうな驚いたような表情に、僕は遅れて気づく。
疲れた体を崩し、できるだけの笑顔でこう告げる。
「ダメでした。たは……」
 今晩の寝床は厚くて埃まみれの数々の本のようだ。


 とある寒空の中の寂れた洋館の灯りが一つだけ灯る小部屋。
赤くて暖かいランプの灯りが床に壁に天井に、部屋全体を暁に染める。
マッチ一つ分しか燃えぬランプの火は弱々しい吐息で敏感に揺れる。
暖炉の炎の色をした温もりを感じる光景。
だが、所詮はランプだけ。
ランプ自体が発光し、発熱しているだけ。
いくら見ても体が暖まる訳でもない。
いくら照らしても凍える空間は温まらない。
 そんなはずであった。
なのにどうして体は、まるで灼熱みたく燃え上がっているのだろう。
火照ってるっていうのか、サウナに入った気分みたいに。
体がムワァと、とにかく熱くて。
特に下半身辺りが。
「むはぁ、ふぁぁ。ぐる……みゃぁ、うぉぉ……くぅぅ」
 お尻も体も頭も真っ赤のコザルは、
苦痛か快感かも知らない刺激を受けながら、虚ろにこう思った。
広々したベットの上で、両目を瞑って刺激を耐えている。
その顔は見てて非常に息苦しそうであった。
肩、というより全身で息しているようにも見える。
 再びこの紅の天井を目にする。
先程、部屋全体にランプで照明されたとあったが、想像すると怖いものだ。
大事な部分を忘れてしまった、訂正。
壁と天井の二次元に移る墨黒の影が。
それはベットの上に横たわる二人の長い一つの影。
一匹の若葉がコザルの下腹部にうずくまっているのが見えますか?
「フフ、セキマルちゃん今頃になって初めて気持ちよさそうな顔になったね。
何でさっきまであんなに我慢してたの?
こっちの方が可愛いのに」
 若葉はコザルの股の間から顔を上げ、微笑で上目遣いにコザルを見つめる。
激しい息づかいから呼吸するのにも一苦労。
めいっぱいによく冷えた酸素を吸う。
蒸気に見える『シーオーツー』をはく。
そんなこんなだから、コザルは返事が一向に来ない。
コザルは睨みつけているつもりだろうか、涙で潤う赤い瞳はなんとも綺麗だった。
「んも~、そんな可愛い目で見られるともっとイジメたくなるじゃな~い。
そんなに気持ちよかったのかな~?
それなら今日だけサービスするよ~」
 そう言い終わるやいなや、再び股に顔をうずくまる。
それからであった。軽くはじける水の音が聞こえたのは。
口を動かす度に乾いた唾液が、ネチャネチャと音をたてている様。
「ふぇ……アッ!」
 コザルは震える甘い声を出したと同時に体を少し捻る。
その光景は若葉にとって、極上の猫じゃらしそのものに見えたであろうか。
たまらない。我慢できない。食ベテミタイ。
若葉の第二の危ない何かのスイッチが、またもやこのコザルにより作動してしまったのだ。
若葉は加速する。
胸が、脈が、血の塊をバクバクと轟き流れる。
若葉は、さっきまで両前足で手にしたモノを口に含む。
「くぁぁっ……つぅ」
 口内よりも熱く、太く、以外にも堅かった。
それは決してランプではないはずだ。
発熱はしているが、発光はしちゃあいない。
ガラスや電線で出来ている訳でもない。
 いわゆる生物だ。
だが手も足も尻尾もない。無論、顔もない。
必要がない。ただそれだけ。
ただ作るためだけにあるだけ。
作るには順序よく準備を整えなければならない。
今の若葉はその段階に過ぎない。
そろそろこんな遠回しはよそうか。
それでは改めて若葉は一体何をしたかを説明しようじゃないか。


 口で愛撫。


 柔らかな舌や口内でマッサージ。
暖かく荒々しい息で緊張をくすぐらせる。
口内を出たり入ったりする度に、かかった唾液はテラテラと長く白い光沢が輝く。
それは更に赤く照り、フィギュアスケーターのように伸び反らす。
若葉は伸びたそれを器用に前足で掴み、舐めたりくわえたりして愛撫する。
「セキマルちゃ~ん。そろそろワタシにも気持ちよくしてくれないかな~?
セキマルちゃんだけじゃズルいよ~」
 若葉はそれを手放した後、コザルに体をつめ寄って甘えた一言を口にする。
コザルはお尻の炎が顔に移ったかのように思わせる程、真っ赤になっていた。
それも、あと少しで破裂寸前の状態であった。
お互いの唇は触れるか否か検討がつかないくらいであった。
「だいたいは分かってたけど、君って童貞クンなんでしょ。
わかんない? つまり、今までエッチをしたことがないっていうことなの。
そうでしょ? だってこんなに可愛い顔で我慢してるところなんていたってそうじゃない。
大丈夫。痛い目にはあわないよ。ただ気持ちいいことをするだけだから。
それに、逃げようとして無理に体を起こすと痛痒いどころじゃないよ。
ゴース達に“したでなめる”であんなに舐められたからね。
全身「まひ」に近い方かしら。動けないでしょ。諦めなよ~」
 若葉はそう言い捨てると、コザルに四本の足で挟む様に立ち、モゾモゾと前進する。
コザルの目の前に若葉の股間が重なると同時に前進中断。
女性としてなんとまあ、破廉恥な姿勢であろう。
だが若葉はお構いなしに股間をコザルの顔に接近する。
見ると不思議な感覚に浸っているようだ。
 女性のアソコとはブラックホールだったのだ。
雄の何もかもが吸い込まれそうなものだ。
光も目線も逃してくれない。
遂には頭が空っぽ。ただブラックホールを眺めているだけだった。
そしたら次第に、とんでもない羞恥心から不思議な好奇心へと変わった。
意志的にみたいと思ってしまった。
「ね~ぇ、早くソコ舐めてよ~」
 頭上から、外見に似合わない幼稚な、甘えて強請る若葉の声が聞こえる。
聞こえたはずが、コザルは思いもよらない若葉からの『お願い』に、躊躇を覚える。
本来ならば雄と雌が重なる場所、新しい生命(いのち)を宿す入り口でもあるそこに、
病体が侵入しやすい口内の舌で、彼女が満足するまで愛撫することなんぞ汚らわしい。
だが、ついさっきまで若葉もやっていたではないか。
自分には理解が難しい快感を求めるだけ。
これもお互い様。
それに相手は大人。下手に逆らえば自らの生命も危ういことになる。
 しょうがない。
恥じらいを捨て、舌を伸ばすコザル。
遂にコザルの若々しい舌が、肌色のブラックホールに触れる。
「うん、ぅああ! ああん……いやぁぁん」
 紅く彩った部屋は黄色い声と一体化になって混じる。
若葉なのに黄色。
「あぅぅ、もっと、やってぇ」
 コザルはベロリンガの舌を持っていた。
ホールに付いている液体ごと舐め取るように、柔らかなスジをなぞった。
まひの上に更にまひ。
若葉、後ろ足の二本は小刻みに震えている。
 そして、コザルは宇宙(オンナ)の味を知った。
ほろ苦く、しかしストロベリーの様な甘さも混じり口内に染み込む。
子供には理解に苦しい程の、性欲に満たす蜜を味わった。
今度はコザルにも、触れてはならぬ危ない仕掛けのスイッチがはいった。
舌はまず、流れが変わったように素早く左右にスライド。
ホールはそれに従って波になる。非常に柔らかなものだ。
「あぇっ!? ふえぇぇ! やぁ、ああん。うぁああ、ん。や……だ。
セキマル、たん。すっごい、気持ちぃよ~。
けどぉ……急に、早くするなんて、ひどいよぉ。ああぁ……ん」
 自分でそう指示しておいてそれはあんまりではないか?
コザルは若葉の反応の声を耳に入れず、一心不乱にホールを舐め回す。
とうとうコザルはベロベルトに進化した。
“ころがる”を覚えた訳でもなく。これは実に滑稽だ。
コザル自身、心のどこかで若葉の反応を見て楽しんでいるのだろうか。
時計回り、反時計周り、縦横に遅く舐めたり、急に早くしたりとランダムで繰り返している。
更には『押し込む』という妙技までにもなった。
その時の若葉は決まって。
「あぅ……ぁ! ぁ……あ、あっ!
にゃあああああぁぁぁぁぁぁあああぁ」
 背骨を横に揺らしたかの様に激しく体を捻る。

 

 絶叫の直後、若葉は腰を高く上げて、コザルの舌から離れる。
ホールと舌の間に一本の蜘蛛の巣の糸ができた。
屋敷の至る所にある蜘蛛の巣よりも、透き通りきらびやかなものだった。
しかし、全ての美しいものは皆、生涯はとても短く儚い。
糸は蒸気に溶け込み消えていった。
「はぁ……はぁ……はぁ。
もう、セキマルちゃんたら、得意ならはじめっから言ってちょうだいよ~。
途中、ワタシの友達が化けているかと思ったじゃな~い」
 『友達』。もちろん、普通の遊び相手と想像するには怪しい。
 性友達(セックスフレンド)
 若葉の発言から、まずそんな単語が思い浮かぶのが自然だろう。
若葉はまたビードルになってモゾモゾと後退する。
さあ、今度はお互いの胴体がほぼ重なったところで再び制止。
二本の後ろ足で上手に『ちんちん』で立つ。
右の前足をコザルの横腹に置き、支えとする。
反対の足でそれを握り、ホールへと近づける。


 舞台は白く輝く浜辺。
一匹のゴマゾウは散歩をしていた。
ゴマゾウは波と遊んでいる中、小さな貝殻を見つけるのである。
砂と同化しそうな肌色の貝殻はまだ眠たそうだ。
貝が少ししか開いてなかったのだ。
ゴマゾウは、もしかして中には真珠か何かが入っているのかなと、好奇心が湧いた。
短い鼻を使って貝殻の中を探りに入れた。
そしたら貝は指に弾かれたかの様に跳ね上がった。
貝の反応にびっくりしたゴマゾウは一瞬硬直したが、勇気を出して奥へと鼻を進める。
それから、貝は鼻がくすぐったくてたまらず、微少に震えて耐えている。
途端に貝は中身から我慢汁を噴出。
ゴマゾウの鼻は案の定濡れて、ギラギラと輝かせる。
すると鼻は更に長く、太く、熱くなり、コクーンへと進化する。
この小さな体から、こんな巨根の棒が生えるとは。
ゴマゾウ自身も面食らう光景。
 しかしコザルは一体、何体の『ぽけもん』を所持しているのであろう。
そんなことは露知らずに、自慢の鼻を貝の中から、出したり入れたりのピストンを繰り返す。
「ああん! あんっ、ぃやん! あっ、あぁん! あんあんっ、ああぁん!
やぁん……セキマル、たんの、意外にぃ、おっきぃ。
はああん! いいよぉ、熱くてぇ、堅いのが、ぁん!
おちんちんがぁ、すっご……く、気持ちい~よ~!
ふあぁん、あん、あん! それから、キミのぉ、アツいものが、欲しいよ~。
早くぅ、出してぇ……思いっきり、出してえぇぇ!」
 白き砂浜は嵐の様に揺れる。
ゴマゾウ達の目の前にある、大きくて豊かな二つの山もプリンとなって揺れる。
揺れはゴマゾウの心と同一し、最高潮へと差し掛かる。
ピストンの早さは限界を越えようとするだろう。
鼻がちぎれそうだ。
「ぅ、がぁっ。なんか、来る……」
「あぁん! あっ、あっ、ああっ!
いいよ、そのまま、中にぃ、入れてねぇ。お願いよ。
んああああぁ! だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
ああんっ、イクぅ、イクう……イっちゃうよおおおおおおおおおお!!
ああああああああああん! イクううううううううううううう!!」

 ビュルルッビュウウウウ。
 ビュッビュゥゥゥゥ。
 ビュッ。

 ブラックホールはホワイトホールに変化(へんげ)した。

 どのくらいの時が流れたのであろう。
コザルはベッドの上で仰向けになり、
若葉はコザルの股間と接したまま、屋根に体を見せつけるかの様に反らす。
その状態のまま、お互い「ハァ、ハァ、ハァ」と荒い息づかいを繰り返す。
相変わらず、部屋はまだ寒い。
しかし、二人は体内に太陽があるように熱く感じた。
 少しずつ、若葉は呼吸を整え、体を立てて股間に目を落とす。
「セキマルちゃん……すごく気持ちよかったよ。
きっとワタシの中は、セキマルちゃんでいっぱいかもね。
久しぶりに興奮しちゃった。とても童貞クンとは思えない。
あ、もう童貞クンじゃなかったんだよね。セキマルちゃん?」
 若葉はコザルの顔を凝視する。
それは穏やかな表情。夢の国へと招かれて、楽しんでいる様。
「寝ちゃったかぁ。それもそうよね。初めての体験だったもの。
でも、悪いことしちゃったかな。結果的に童貞クンを奪っちゃった訳だけど。まぁいっか……」
 若葉のそのあっけない開き直りはどこから降ってきたのだろう。
未だに股間を離れようとしない若葉。体を上下に揺らし、また快感を求めているよう。
まだ名残惜しそうだ。
「もういいか。十分付き合ってもらったし。
さて、始めようか。んん……」

 ポワァァァァ。

 雌にとっての新しい生命(いのち)を宿す場所。
明らかに体内から発している。
木漏れ日のような優しく暖かな光。
大きくなったり、小さくなったりと、星みたいに輝く。
太陽の赤でもなければ、月の黄色でもない。
それは若き新緑の色。ランプよりも明るくなった。
いつまでも見ていたくなる不思議な光景。
その奇跡はほんの僅かであった。
次第に光は体内に戻っていくように消滅した。
そして、いよいよ若葉は後ろの足を伸ばそうとする。


 彼女はどこの『マジシャン』なのか。


 ここで一つ、性行為の歴史を丁寧にあげていこう。
エッチだと言わずに。考えて下さい。
なぜこの世は、雄と雌の二種類しか存在しないのか。
『確実に子孫を残すため』。
どうやって子を生むのか。
『雄から精子を、雌から卵子を合わせて受精する』。
お互いの生殖器になんらかの刺激を与えさせれば出るもの。
コザル達の性行為も出たはずだ。精子と卵子が。
しかも若葉の膣の中で。子づくりの域である。
子づくりのための行為でもないのに。
だが、問題となる話はそこではない。
若葉の股間を見てごらん。恥ずかしがらずに。
とうとう足を上げた。
 膣からは、何も、出てこなかった。
水一滴も。本当に何も。
ただ、綺麗な肌色の可愛らしい膣があるだけ。

「……ッ!!」
 若葉は突然ひらりとベッドを降りると、ドアの正面の奥にあるひびだらけの窓ガラスめがけて走る。
その様子は、血を吸い取られたかの様に真っ青だった。
さっきの穏やかな顔とは一変、苦しそう。
乱暴に窓を開け、頭を外へ出す。
 そしたら、なんだこの感覚は。
腹から喉に、喉から口へと、何かが猛スピードで這い上がってくる。
熱い熱い何かが。頭の中まで熱くなってきた。
くる!何かがもうすぐ口へ。

 
 

「うおぅええええええええええええええええええええ!!!」

 
 

 ボトボトボトボトボトーッ。
 ビチャビチャビチャーッ。

 世界遺産登録並の滝であった。しかし、たかが「並」。
これを美しいと言えるであろうか。
全て汚物。灰色や緑色の滝。
生物が嘔吐したとは信じ難い量。
そう、これらは、窓から湿った地面へと雨の如く落ちる。
 一回吐き終えた暫くの時、また吐き気を装う。
口の中は汚物まみれで酸っぱい。
頭がぐらぐらする。空と地面が混じっているように見える。
黒い空が、赤に青、黄色から紫、綺麗な七色の空が光る。
「んはぁ、はあ、はあ、はあ、はあ。
やった。遂に、やっと手に入れた! あの力が、ワタシのものに!
なったんだ、すごい! これもセキマルちゃんのおかげね」
 汚物のかかった口元を拭いながら、若葉はよろよろとベッドに身を投げる。
そして、居心地のよさそうな呼吸をしているコザルを、そっと抱き寄せる。
「これでセキマルちゃんも、ワタシのもの。
そしてワタシも、更に『進化』を遂げた。
もう、これでワタシを抑える者などいない!
これでワタシは、最強になったわ!
あとは、皆に見せしめすだけで、いいんだ! 
ホントにありがと、セキマルちゃ~ん」
 んちゅ。
 若葉はコザルの真っ赤なでこに口づけた。
二人だけのアツい舞踏会は、ちょうど真夜中の12時で終了を告げた。


 長い間、漆黒と寒冷に浸っていた森に。
さんさんと照りつける黄色い太陽がひょっこりと頭を出した。
音は鳴らないが、森に住む者にとっての目覚まし時計が朝を告げる。
そして、目覚めた鳥達も朝を迎えたことを祝し、ピヨピヨと鳴き出す。
一匹から二匹。二匹から四匹。四匹から八匹。
遂には、森全域に住む鳥達の大合唱が森に、太陽に、安らぎを与えたのだった。
驚異の巨大スヌーズ付きの時計と化したハクタイの森。
その森の奥地にてひっそりと佇む洋館。
 その周辺で鳥を追って訪れた巨人がいた。
「やっぱり、ここしか考えられねぇよな。
遊ぶ時だって、嬉しい時だって、悲しい時だって、いつもあそこに行ってたよなぁ。
ホント、イーちゃんはあそこが大好きだったよなぁ。
あの時のイーちゃんの笑顔が恋しいなぁ。
俺は昔っからあの子の笑顔を見たくて、
いろいろと助けようとしたり、笑わせてみようと試みたんだよな。
その度にイーちゃんはあの可愛い笑顔で返してくれた。
俺はそれを、生き甲斐に感じるまで好きになった。
だから、俺のやってること全部がイーちゃんにとっての幸せな存在だと思うようになった。
けど、もう違うんだよな。イーちゃん、すっかり変わっちゃったもんな。
ガキの頃に見たイーちゃんは、可愛くて、活発で、元気で、明るくて、友達思いで優しかった。
たぶん、今でもまだ心の内に残っているかもしれない。
けど、ずいぶんと大人になったなぁ。
なんか、どことなく、淋しい。
仕方がない事かもしれないけど、やっぱり淋しい。
あの時、俺はただ、イーちゃんの助けになりたかっただけなのに」
 どうやら、この巨人(ニドキング)はきっと、フられたのだろう。
憧れの思い人に錯覚の心が生じたまま接して、永い幸せを手に入れることが出来なかったのだろう。
別れる直前になってまでも、その心が変わらなかったことに腹立たしいと思うだろう。
しかし、これも全て自分自身が引き起こした事故なんだと。
今更悔し涙を流しても、過ちの時は戻って来ない。
 なぜ自分勝手な考えを改めなかったのか?
 なぜ彼女の気持ちを考えずになったのか?
 なぜ、自分はこんなにも鈍感だったのか?
 思えば思うほどに、大粒の実となった涙がポロポロと落ちる。
 もう一度、やり直せるチャンスが、欲しい。
あの時みたいに、失敗はしない。だから。

「そんじゃぁ、俺様がそのチャンスを恵んでやろうか?」

 思いっきり考え、自信を責め、深く悩み、落ち込んでいるニドキングの後ろの者は、
彼の心を覗き込んだかのような、同情じみた台詞と共に舞い降りたのだ。
「あんたはどこの人間さんだ? すまないが、俺を一人にしてくれ。
今はそんな冷やかしに聞く興味も関心もねぇんだ」
ニドキングはその声の主に寂しい背中を向けたまま、溜め息まじりの情けない声で口を動かす。
「遂には冷やかしと言われるとは。
本当に声だけチンピラにしか聞こえないと確定するな、参ったな。
って、今は俺様の声なんぞ話題にすべき問題でも時間もねぇだろ。
もう一度だけ言うぜ。
そのイーちゃんって子にまた会って、お前の実力を見せて認めて貰うよう手伝ってやろうじゃねぇか。
なあに、話は簡単だ。俺についてくるだけでいい。
お前達にいいムードを作ってやるために、俺様厳選の特等席へ案内する。
あとはお前が精一杯のアプローチをするだけでいいんだ。
ちなみに言うが、俺様は一度も約束事を破った事なんぞない! こんな声だが。
その代わりだな、こちらにもちょ~っと手伝ってくれればそれでいい。
力仕事になるが、そんなに手間はかからない。
そう悪くない話でっせぇ?」
「断る。それだと、俺一人の力でも彼女は見向きしてくれないことを自分で認めてしまう。
ましてや人間に手を貸してまで振り向いて貰おうなどと、昔の俺に見せる顔向けがねえ。
結局、俺は力もなく、彼女の助けにもならなかった。
同時に、もうイーちゃんに会う顔向けもねえんだ」
「いいや、お前は強い。力がないなどと寝言は叩く問題はねぇんだよ。
俺様の目に狂いなどない」
 背を向くニドキングの左腕から、正面に出たおかっぱはそう言った。
胸の真ん中に位置する、『G』という黄色い文字が刻まれているおかっぱは言ったのだ。
「お前には誰にも負けない自慢の力を持っていると自覚しているはずが、
たった一匹の雌ポケの心を掴めないからと言って挫折するとは、非常に嘆かわしい。
それとも何だ? イーちゃんってのは、お前にとって命よりも勝る特別な存在とでも言うのか、あぁ?
正直言うが、俺様は恋の価値など、オギャーと泣いてから、一切理解が出来ないんだよ。
まぁ、盲目だの夢中だの、頭から離れないって所は共感は出来そうだな。
だが所詮、恋愛の力ってのは本当にくだらないもんだぜぇ。
愛してるとか言って結局は別れるんだぜぇ。
ずっと守ってやるとか言ってすぐ置いて行くんだぜぇ。笑えるよなぁ!
二人を結ぶ運命の赤い糸なんて、
本当はただ細くて(もろ)いだけのボロい糸に過ぎないんだぜえぇ!」
 このおかっぱは何をしにニドキングに声をかけたのだろう。
誘っているつもりなのか、責めているつもりなのか。
ニドキングは右の巨腕を振るって、「黙れっ!」と怒鳴りつけた。
巨腕からは大木が揺れそうな程の強風が吹く。
おかっぱは足の裏を付けたまま、体の重心を踵に移動し、体を反らして巨腕から回避。
「いいじゃねぇかよ。いい力じゃねぇかよ。
それだよ、それがお前の弩濤の力ってやつだ。
いや、本来ならばこんなの、まだまだ序の口のジョの字にもなってないはず。
俺様が見た、昨日の、お前が通った数多く倒れた樹木達の道を!
お前が作り出したのだろう。
散々、恋愛の力を否定してこう言うのも何だかなとは思うが、
その糸がどうして(もろ)いかってのはな、お互いの全てを知らないからだ。
お前はその子の性格、好きな食べ物に長所や短所、全てにおいて知り尽くしている。
分かる。お前はイーちゃんの全てを知っている事がよく分かる。
有り余る程に分かるぞ。
それに比べて、その子はお前への関心は全くだな。
また聞くぞ。どうしてだと思う?
力を使わなかったに決まってるだろ。
今からでも遅くない。今すぐに会いに行きやがれ。
そして、またここに連れてこい。
力を、お前の全てを、投げ出す覚悟で見せつけるんだ。
さぁ、早ぉ行けぇ!」
 なんと挙げ句の果てに命令形に変換。
この男、やはりただの企業宣伝マンではなさそうだ。
こんな奴に俺の気持ちが分かってたまるかっ。
呆れ顔をおかっぱに見せ、時計回りに体を回し、お暇しようとするニドキング。
だが、このおかっぱは何故これほどまでにニドキングを求めているのだろう。
 頭上から紅白の球体UFOが飛来してきた。
手のひらに乗れるくらい小さい。
グングンと回るUFOは、次第に回転速度を落とす。
それは決して未確認飛行物体ではなかったとニドキングは分かった。
人間がポケモンを捕らえる際に使用するモンスターボールだということが分かった。
だがこの場合、捕獲のために投げられた訳ではなさそうだ。
なぜなら、球体はニドキングの頭上からアーチ状の放物線を描いて、足下に落ちそうだったからだ。
理解が早い方にはなんとも焦れったい話ですが、ご了解をお願いします。
先ほどモンスターボールは、ポケモンを捕らえるためにあると綴ったが、まだ役には立てるのです。
捕獲に成功した後、ポケモンはどうなるでしょうか。
 ボール自体を住処にするわけです。
したがって、おかっぱが投げたであろうこのボールは、既におかっぱのポケモンが占拠している。
さあ、一体何が出てくるかは、このおかっぱ以外知る由などないでしょう。
球体は紅白の色に割れて、中から白銀の光が出てくる。
 バーチャルポケモン・ポリゴン2。
ギラリと光る鋭い視線、ニドキングに“ロックオン”をかける。
「悪いがお前さんに拒否権など存在しない。
我々の計画にお前が必要なのだよ。
お前の力がうってつけだからな。
それに、ポケモンの分際で人間に逆らうとはかなりの挑戦状だ。
おとなしくすれば早く会わせてやってもいいぜぇ」
 ニドキングを挟んだポリゴン2とおかっぱは、
じりじりと間合いを詰め、ニドキングの脱走を阻む。
「拒否権はない?
何で人間さんってのは、俺らポケモンの意志を尊重せず、後回しにしちゃうのかな?
俺は良くないと思うぜ。
今後、そんな論法主義な奴に捕まえられたら、すぐ逃がしてくれそうだな。
全くつまんねぇ人生だろうよ。
あんたもそう思うだろ? こんな主人によくついていけるな」
 ニドキングは「2」に問いかける。
「2」は一変に表情を変えずに、浮いているのにも拘わらず、
足があるかの様な重みを感じる前進で詰め寄る。
「馬鹿が。そいつはお前みたく山や森が故郷ではない。
人間の手で作られ生まれた、いわば唯一の人間賛成派ポケだ。
それと同時に、お前とは理解をわかち合えない存在でもある。
正真正銘の敵だ。おっ魂消げただろ~? この世にはそーゆー変わった奴がゴマンといるんだぜぇ」
 おかっぱの勝ち星であった。
ニドキングが思った、僅かにある同情心を蘇らせる戦略は、あっさりと無効になってしまった。
 人類の技術発展はもはや日進月歩。
生物をコンパクトに携帯できるモンスターボールが開発されたその翌年。
人類科学史上初の人工ポケモンが誕生した。
その名はバーチャルポケモン・ポリゴン。おかっぱの持っている「2」の進化前。
電子機器の回路やネットワークにまで進入可能。
更にはその内部からあらゆる操作を行えることも出来る。
当時にしては驚異の科学力であったろう。
その後、改良や修正を重ねて進化系を更新した。
無論、おかっぱの「2」もだ。
 しかし、現在は2段階進化を遂げる事が出来たが、更なる能力発展までには至れなかった。
今のところ、人類科学で生物を完全に服従する力というものは、全くもってない。
よって人間は、拒否権という戯言をぬかす権限すら存在しないのだ。
 それなのにこの男は。

 そう絶望している間に、ニドキングは腹を決める。
途端にニドキングがそっぽを向いたと思ったら、
いきおいよく長い巨根の尾を「2」の体めがけて振り回す。
先程のおかっぱと真似をしているのか、体を傾けて回避。
遠心力で更にもうひと振り。
案の定、余裕シャクシャクな笑みを浮かべてまた回避。
この後は空振りの応酬だった。
遂に、体を回転させる我慢は限界を迎えたのだ。
ニドキングは力尽きるコマのように、足と体をフラフラと揺らし、地面に両腕を崩す。
大きく肩で息をして暫く、フォーカスを外さず「2」に睨む。
 「2」は、からかいが好きらしい。
ニドキングの千鳥足でふらつく姿を真似して笑っている。
それはニドキングの導火線に火を走らせた。
疲れも我も忘れて、がっつきに行くように“どくづき”をおみまいしようとする。
これも当たらなかったが、意外だ。
顔面ど真ん中に当たるはずであったのに。
「2」は体や顔を微動だにしなかったのだ。
つまり、自らの空振り。
錯覚に陥ったよう。
「“いばる”だよ。バァカ」
 二人揃ってニドキングを貶す。
最初のニドキングの巨根攻撃にて、胸を反らし避けたついでの“いばる”。
相手の攻撃力を増す代わりに、「こんらん」状態を引き起こす特殊技。
その「こんらん」が空振りの大盤振る舞いの原因だったのである。
 だが、こんなにもターン数が経てば状態回復するのが自然。
とり憑いた何かが抜け落ちていくように、体が軽く感じるようになった。
今度こそ、腕は当ててくれる。
そう願うばかりである。いや、確信する。
「ちんたら動いてんじゃねぇぞぉ!」
 ニドキングの咆哮と共に、“どくづき”を飛ばす。
 ドゴォッ。
 ジャブとフックの中間を取った鋭いパンチングだった。
音から察するに、鉄板が深くへこんだかのような大きな音。
まさに直撃。お構いなしの本気(マジ)パンチ。
「2」の顔は、きっとアルミホイルみたく押し潰された様な、痛々しくデコボコになったろう。
ようやく一発当てたニドキングはそう勝ち誇った。
だが、おっかぱは不安な顔色一つも見せない。

 さっきと同じ技だったからに決まってんじゃん。気づいてねぇのかよ、馬鹿が。

 胸の内で嘲笑するおかっぱ。
思えば、ニドキングの「こんらん」回復前と回復後の各攻撃との間に、「2」は一体何をしたのだろう。
別のポケモンに交代したり、回復させたりなどしなかった。
そもそもバトルターンに『パス』は存在しない。
そう、おかっぱは技を指示ざるを得ないはずだった。
いいや、出したのにニドキングが気づいていないだけだ。
 そう証明するかのように、「2」はニドキングの拳から顔を覗かす。
アルミホイルでも鉄板でもない。何もなかった様な、何喰わぬ顔ぶりであった。
その時ぞっと背中が凍り付いたのはニドキングのみ。
殴った後の拳のギシギシという痛みが感じたのにも拘わらず、あいつは平気そうな素振りをしているのだ。
「こういうのってのは、あんまりお目にかかれないだろうよ。
知らないなら教えてやろうか? “テクスチャー2”。
ぶっ壊してやるってぐらいの顔だったろぉ? おんもしれ!
がーっひゃひゃひゃ」
 おかっぱは澄んだ水色の空に口を大きく開き、腹の底からから騒々しい高笑いを飛ばす。
名前だけでも紹介してくれたその技はユニークな特色を秘めている。
相手の出した技のタイプを分析し、そのタイプの苦手となるタイプに自ら変換するという機械じみた技である。
例えば、相手が炎攻撃を仕掛けた後に使用すると、使ったポケは水タイプになる。
電気ならば地面、ノーマルならばゴーストといったように、使った技を無効させることも出来る。
ニドキングの“どくづき”の毒タイプに対して、「2」が鋼タイプに変えたように。
 半分未だに理解が出来てないが、半分怒りに燃えているニドキング。
結局は無傷、無駄、無意味。
この上ない屈辱。
とうとうニドキングの火走る導火線は火薬の中へと突入し、爆発を迎えた。
「フオオオオオオオオオオ」
 渾身の“つのドリル”。
大地を揺るがす駆け足で頭を突きだし突進する。
その姿はまさに戦車。
横槍を突く余裕を与えさせまいと言わんばかりの気迫である。
真正面にたつ「2」は一体どのような心境なのか。
そう心配する顔を一切出さないおかっぱは、むしろ呆れてため息をかるく一回。
「2」も焦る様子が全くだ。


「おい、もういーだろ。とどめだ。“トライアタック”!」


 突如に色鮮やかな三角柱体(プリズム)が「2」から放たれた。
横断歩道などに設置されている信号の三つの色を合わせたような色合い。
ソレは地面を裂くようにニドキングに向かって走る。
火走り、雷の如く轟く、冷たい攻撃。
そしてニドキングの胴を突き殺す。
その瞬間、巨大とも呼べる『氷の塔』がニドキングを包み、冷却させる。
彼を絶対零度の世界に(いざな)ったのだ。
 もはや息の根すら聞こえない。言わせない。
おかっぱは手のひらサイズの無線通信機を取りだし、耳にあてる。
「こちらG-21。生きのいいヤツを確保。至急搬送を頼む。
とにかくでけぇぞ。ヘリで来てくれると有り難い。
すぐ? おぅ分かった。んで、今何時? 六時? オーケー」
 電源スイッチを切り、「2」をボールに戻す間際に凍ったニドキングに体を向ける。
「悪いな。これも仕事の内なんだよ。正直言って俺様はこういうのメンドイんだよな~。
だが、おめぇとならやれる気がする。なんせおめぇは強いからな。
ある意味丁度いいかもな。俺様が教育してやっからよ。
そして、掴んでみないか? 宇宙絶大のパワーをよ!
その方が余程お前に似合うぜぇ。クァーッカッカッカッカ」
 朝の六時を告げるスヌーズ音は実に耳障りであった。


 シャッ。
 埃にまみれたボロい紺のカーテンを開けると、
黄色と白が混ざった様な色の陽光が部屋全体を照らす。
まだ太陽が昇ったばかりで日が傾いているせいか、容赦なく瞼、そして瞳に直射日光が当たる。
とても眩しくて目が覚めた。
次に壊れかけの小さな窓を開け、換気を行う。
開けた途端に窓は掃除機みたいにカーテンを吸う。
カーテンはバサバサと羽ばたくように音を立てる。
その代わりに外の冷たい新鮮な空気が飛び込んでくるのを感じた。
 その風のパンチを喰らったみたいに顔を横に回す。
ランプの灯りとはわけが違う。
部屋全体が発光している様に明るかった。
枕となった一冊一冊の本の色や大きさがくっきり見える。
本に囲まれ、赤くて暖かそうなマフラーに包まれて体を丸めているポケモン、イーブイ。
まだお眠のようだ。
穏やかな呼吸に、優しい寝顔。まるで天使や妖精のよう。
それは決して邪魔を許すことなど出来ない。
見ると心和む寝姿だった。
手元のポケッチ、デジタル時計は『6:34』と表記しているが、今は別にこれといって急ぐ必要はない。
それに昨夜の事でどっと疲れたはず。
今回ばかり、少しくらいの寝坊も目を瞑ってやろう。
 暫くして僕は窓から離れ、寝ているイーブイの奥に位置する、壊れかけの扉に向かって足を動かす。
今に押せば倒れそうという不安がよぎる。
だが、昨夜と同様に体当たりを幾度となくおみまいするが、倒れる気配も壊れる音もしない。
不安を裏切ったのだ。
もしかして実はトリックアートで、本当は壁なんじゃないか?
 答えは、ノー・イトゥイズントゥ。(NO,it isn't.)
正真正銘の扉である。
この扉以外に出入り出来る所は、さっき開けた窓しか存在していない。
無論、人間の体に合わない小さな窓だ。
だが現にこの部屋に入っている。いや、閉じ込められているとう方が正当か。
昨夜もこの扉から入ってきたわけだ。今は押しても引いても変わりはないが。
そんなに開けられないのなら、ポケモンの技で何とか破壊出来るんじゃないか?
 出来たらとっくにやってることぐらい察してくれ。
別に破壊出来ないわけではないが、ただ出せないだけなのだ。
ボールのスイッチを何度も押しても何も出てこない。
この中に住居しているソウルが出てこない。
だがこんな事は別に不思議でもない。
外側からの指示だけでなく、中にいるポケが意志をもって出入りすることもあるのだ。
それにしてもしぶとい奴だなぁ。
いくら幽霊嫌いだからって、朝になっても出たくないはわがまま過ぎる。
そう説教したい心境だ。
「ぅん。ふぁあ、ハクトさん。おはようございます」
 背中に向かって聞こえてくる張りがなく眠気を含む少女の声。
声がする方を向けば、天使(イーブイ)が起きていたのだ。
前足で器用に両目を擦る。
その姿は眠っていた時よりも、一層眠気を漂わせている。
見ている僕もあくびが出そうであった。
「あら、おはよう! 結構グッスリ寝ていたからすぐ起きないかと思ったよ。
昨日は夜遅く付き合わせてくれちゃってゴメンな。まだ眠たいでしょ?
どうせならお昼ぐらいまでお休みになってもいいのに」
 そう、彼女にも扉の開放の手助けをしてもらったのだ。
扉に何か細工が仕掛けているか、押すか引くかどちらだったかの調査。
一人ずつタックル、二人一緒にタックル、イーブイの“てだすけ”による僕のタックルでの強行破壊の試み。
どれを試してみても、さっき述べた結論に至ったというわけだ。
だが、骨折り損で終わることなどなかった。
昨夜の調査から新事実を発見したのだ。
 それは、『人間にポケモンの技の効果は、無い』だ。
改めて思うと、非常に落ち込む。
その徒労に彼女を巻き込ませたのだ。
「大丈夫ですよ。私、こう見えて夜には強い方ですし。
必死になってドアとにらめっこ状態になってまで頑張って下さったハクトさんの方が尊敬してます。
そう簡単に諦めない根性のある方には私、足下にも及ばないし。
せめて、ここにある読める限りのもの読んで、少しは知識を入れようかなと。
今後、足を引っ張られないよう、皆さんのお役に立ちたいと思って」
 そう言いながら、枕となった本の束を目にするイーブイ。
イーブイの手元には既に、1000ページを超える厚さの辞書みたいな書物が開かれていた。
「へぇ、イーブイは字も読めるの? すごいね!」
 そう感心した僕はイーブイが読んでいる書物に集まる。
はにかんだ彼女は書物に顔を俯く。
「えぇ、父が人間文学を学んでいた影響から読むようになったんです。
けれど、まだまだですよ。未だに『れ』と『わ』と『ね』の区別がはっきりしないんです。
自分では、どれも似てると思っているのですが」
 彼女の人生そのものに、僕は度肝を抜いた。
この子の達者な喋り方はそこからだと感じた。
いやいやいや。それだけ読めればもう十分ですよ。
もしかして、漢字やアルファベットも読めたりして。
 『父が人間文学を学んでいた』? そんなものがあるんだ。
イーブイのお父さんは相当な勉強家だと僕は確信する。
彼女が読んでいるそれを覗けば、僕はめまいを覚えたのだった。
一つのページにのる活字の量が、端から端まで最大限に活用されていたのだ。
それをイーブイはまじまじと読んでいる。
父譲りの文学少女だ。
「そうか。お父さんは偉いなぁ。自分の愛娘にまで影響するほど勤勉してたんだろうなぁ。
それに並んで一緒に学ぼうとしている娘さんも、もっと偉いよなぁ。
勉学することで、一つの世界を異なる視点から見る能力や相手の心理状態を理解出来たりするかもしれないし。
もしかして、ゆくゆくは博士の称号とか貰うようになって、ソウルを見下すようになるんじゃないのかなぁ」
「ソウルさんの知識は計り知れません。
たとえ私がソウルさんと同じ量の知識を得たとしても、それを取り出す時間は圧倒的に遅いと思います。
あの方とは張り合えませんよ」
「そう、その、決して自分を(おご)らないという心掛けを持たせている。
それこそまさに良教育の証! 父は偉大だ。
どれだけの愛情を注いだのか、胸にしみてくるくらい分かるっ。
顔立ちも良く、優しく、勉強や運動が出来る。それは完璧な女性像に近いもの。
そう、まさにこの子は、『才色兼備』と呼ぶに相応しい!
いや、この子のための言葉なのだぁ!」
 ああ、いつの間にか、こんなにも熱演してしまった。
なんだか目頭も熱くなってきたぜっ。
お父っつぁん。あんたは幸せ者だよぉ!
 朝だとはいえ、まだまだ猛暑の夏。
朝からテンションがいきなり高く張り詰めてしまった。
もうイジメはこのくらいにしよう。
当の本人は、良く熟れたマトマの実みたいに顔が紅潮している。
「ごめん、調子に乗り過ぎた。忘れていいよ。
それにしても、本当に偉いよね。
あぁ、やっぱり漢字も読めるんだ。スゲェ!
ていうかこの本、難しい言い回しがたくさんあって辛くない?
僕こういうの苦手なんだよねぇ。
あれ、今更聞くのも変だと思うけど、お父さんはやっぱりポケモン?」
 イーブイは「えぇ」と縦に頭を揺らす。
僕は更に感心した。
「もちろん、両親ともポケモンです。
私の故郷はここから北の山脈近くにあります。
そこは緑豊かで、争い知らずな平和があって、人とポケモンが交流して暮らしている私の大好きな故郷です。
そこの町には古代遺跡と言われる古い建築物があって、父はそれを私が生まれる前から探検したそうです。
私も何度か一緒に連れて行ってくれたこともありました。
そして後に、ハクトさんみたいな、ポケモンと人間の歴史や関わりについて独学で調べるようになりました。
人間の言語や生態に、思想などいろいろと学んでいました。
それを父は私にいつも喜んで話してくれます。
私も同じように学びたくなって、文字を練習しようとしたのですが。
どうしても、問題の『れ』と『わ』と『ね』を間違ってしまうんです。
読みも書きも両方ダメでした。
そしたら父は、そんな私にこう言ってくれました」

 

 『れ』と『わ』と『ね』の書き順はみんなほぼ同じだけど、
最後の最後ではねたり、回したりすると全く別の文字になってしまう。
我々の人生も文字と同じ。全く同じの人生を歩む者は二人もいない。
それらは長い歳月をかけて出来た一つの作品に過ぎない。

 思い通りになれず、大きく道がそれてしまった。失敗の『れ』。
見事に綺麗な湾曲を描き、些細なずれもない。成功の『わ』。
成功でも失敗でもない。苦労が報われない、骨折り損の振り出し。輪廻の『ね』。

 人生や歴史にはこういった「選択」で決まる。
それは一回につき最低三つ。それが幾度も飛び出してくる。
最初で三分の一、次に九分の一、その次に二十七分の一、更に八十一分の一。
数々の「選択」を選び抜く末に、一つの物語が出来る。
そう、「選択」が全てを作っている。
今いるお前もきっと素晴らしい物語となるだろう。

 

「つまり、失敗を恐れず、何度も挑戦するという闘志を燃やせ。
そうすれば必ず努力が報われ、『成功』を選択出来るようになると父は言いたかった訳です。
ちなみに、この論を『れわねノ選択』と父は呼んでました」
 狐につままれたように、僕は呆然とイーブイの大きな瞳を見つめる。
だが、僅かにある意識はこう叫んだのだ。
彼女のお父さんはもはや、哲学者だと。
「だけど、父の勉強熱心には頭を抱えるんです。
朝から遺跡の探索だとかいって、丸二日閉じこもったこともありましたよ」
 勉学にどんだけ熱いの? 君のお父さん。

 バラバラバラ。

 途端に、天井から何かの機械音と振動が部屋を伝う。
地震にしては不自然。空から降ってきたかのようだ。
再び、あの窓に顔を突っ込む。
果てしなく高い、蒼い空を見上げる。
表現のしにくい角ばった影が空を支配していた。
それが何者かは、人間である以上、すぐに把握できる。
ヘリコプターといわれる飛行物体だ。
その物体の胴体の横には、大きく『G』という黄色い文字が表記されている。
その文字を見た瞬間、昨日の記憶が巻き戻される。
 『ギンガ団』……『ヤツら』だ。
懲りないなぁ、あの宇宙人。
イーブイの次に何を企んでいるのか。
今度こそ、暴いてみせる。
「ハクトさん。あれって」
 ようやくあの飛行物体の実態を知ったイーブイ。
本当は彼女を思って、関わらせないようにしたかったが。
「イーブイ。あいつ等に恩返しに行くぞ。
土産物をいっぱい用意して、そんでもって最後に、お前自身であいつ等に玉手箱を直々に渡してやれ!」
「ハイ……」
 そう、あの飛行機は、彼女の復讐劇を暗示させるものであるのだ。
さあ、こうしちゃいられない。
すぐに扉の破壊に向かう。
僕は頭を引っ込め、そのままの助走で体当たりを仕掛ける。
目の前まで来て、更にはジャンプ。渾身のタックルを浴びせる。
 打ち砕くはずだった。なのに、なんだ。この呆気なさ。
まるで衝立(ついたて)に向かって身を投げたみたいだ。
やはり腐った扉はバラバラにされる運命であった。
これを僕は一晩中、格闘していたのだと?
信じ難い。扉にかかった魔法や呪いが解けたように、容易く突破した。
それから、僕はボロイ木製の扉を打ち破り、そのままカビの生えた床に叩きつけられる。
さほど痛くはなかった。
痛みを感じる場合でもなかったから。
 二階奥へ向かう、五つのドアが現れた。
僕はとっさに右奥から準々に扉を乱暴に開ける。
真ん中の部屋だけ、他の部屋より、空間が広く、二つもベットがあり、テレビもついている。
二人はあのような寝床で一夜を過ごしたのだろうか。
ドアノブを握る手が止まったと同時に、心なしか、羨ましく思う。
隅々に部屋を見渡し、急いで扉を閉める。
続いて左隣のドアノブを握る。
 ツン、と鼻の奥が察知する。
今度は別に、血生臭いものではない。
生温かいような、湿気に近いニオイ、空気だろうか。
他の扉からも、こんなに臭うことなどなかった。
明らかに、中身にはこのニオイを発生している何かがいる。
二人以外に、あの老男爵以外に、どんなものが潜んでいたのだ。
だが、迷う暇などない。
 今度こそ、『ヤツら』に一泡吹かせるのだ。
ただ能天気に見えるアイツも、内には悔しい思いを抱いているはず。
この千載一遇を無駄にする訳にはいかない。
固唾を一つ飲み込み、ドアノブを捻る。
ガチャリと開けると共に、ニオイが飛び出すかのように僕の体を包む。
すると、ベットらしき布の塊の上に、二体の影が横たわっていることに気づく。
小型と中型。どれも僕が探した、二人に違いない。
二つの影に駆け寄ろう。と思い、一歩足を前に踏み出す。
 グシャリ。
 爪先辺りにガムみたいな、柔らかい物を踏んだ感触。
足に目を落とす。それが、このニオイの根源だと気づいた。
さほど時間はかからなかった。
それは、容易に言えばシーツの塊。
十何の塊。しかも液体に浸っている。
シーツからではなく、この液体から放っているニオイだと裏づく。
この液体の正体は。と深入りする場合でもない。
塊にかまわず、もう一度ベットに歩み出す。
先程の液体が爪先を、ねちょねちょと音たてる。
気味の悪い音だ。そして、靴と靴下に染み込んで気持ち悪い。
 遂に二つの影の存在を確認した。
二匹のポケモン。赤と緑。炎の尻尾と若葉の尻尾。
ヒコザルとリーフィア。
仲良く寄り添って眠っているこの二人こそ、紛れもない、僕が求めていたものだ。
こいつらの寝顔もイーブイに勝るとも劣らない、居心地の良さそうな、愛くるしいものだった。
もう少し寝かせようか。
もちろん、そんな無駄を作る間もない。
僕は躊躇を忘れ、頻りに二人が寝ているベットを叩いた。
「おい、起きな。特にセキマル! 腹出してると風邪ひくぞ。雷様が鳴ってると、いつでもヘソを取られるぞ。
いや。お前にとって、ヘソよりも奪われたくないものがあったろう。
命とか名誉だとか、そんな重いもの以外でな。
昨日、お前泣いたろ。
なんで泣いたか理由は聞かない。聞く必要もない。
僕はお前の主人(おや)だからな。分かって当然。知って必然だ。
とうとうお前も思春期に入ったのか?
だけど、黙ったままなんて、バカバカしくてむしゃくしゃしないか?
悔しいだろ、『ヤツら』のマトマ頭に負けて。
イーブイのこと心配だったろ。『ポチャケーン』を見る余裕がなかったくせに、変に見栄張って。
そんなんじゃ、自身の感情や意志の歯車がかみ合わず、狂って、本当の気持ちが分からなくなっちまうぞ。
もどかしいってのは僕も味わったこともある。
だがはっきり言うべき時に、言い訳を盾にする自由など、僕は与えさせない。
それが、僕達が仲間以上の関係である限り。
さぁ、もう一度、一言でもいいから、答えろ。
お前にとって、絶対に奪われたくないものは、何だ?
僕の予想だと、外へ出たところに模範解答があるのだが」
 いつの間にか、ベットを叩く手は疲れたように、静かに止まった。
辺りは物一つ音は立てていなかった。

 ウヒヒヒッと不気味が入れ混じったセキマルの笑い声以外は。

 むくりと体を起こすセキマル。まだ睡たそうな半開きの目で僕を見つめる。
表情もそうだが、その奥の瞳からも、鼻で笑っているようにも見える。
「はは、何だって? オイラにとっての? 奪われたくないもの、ねぇ。計算問題よりも簡単じゃね~か。
それとさっきから聞いてりゃぁ、笑える話ばっかしてんじゃね~ぞ。
分かって当然? 知って必然だぁ? くくく、わっけかんねぇし。
それに、オイラ、ハクトのおかげで朝からスッゲー、ムカつくんだけど。
思ってもいねぇ事をベラベラ喋りやがって。
ハクトってさ、なんでそう色々とからんだり、首突っ込んだりするのさ。
別に、あのイーブイを放って置いたって、自分で何とかなるんじゃない? その方がアイツも楽なんじゃねぇの?
オイラには、半ば強引に連れていくようにしか見えなかったし。
もう少しは、アイツの発言や意見を尊重して、耳を傾けるべきなんじゃぁねぇの?」
「そういうお前もなかなかの思いやりを持ってんじゃん。
なんだかんだ言って、大人になったじゃない」
 こう褒めた途端に、セキマルはすぐ俯く。
ほら、それが証拠ですよ。

 

「『努力』だ……」

 

 はい?今何て、おっしゃいましたか。
「さっきハクトが言った質問の答えだ。
旅に出る前、周りはスッゲーうるさかったな。
チビがパーティーに入れるワケがない、とか。どれをとってもお父さんに似てるね、とか。
み~んな、偉そうなことばっか言いやがってよぉ。
捕まってから一度もメンバーに入ったこともないくせに。一日中、オイラ達を監視してるわけでもないくせに。
み~んな口だけの脳なしで、スッゲー腹立つ。
そんなやつらに驚かせるぐらい強くなって、見返そうと思った。
だから、オイラは昼夜を問わず、ずっと特訓してきた。
強くなるためにも、チビだからって馬鹿にされないためにも、そして何より、親父を超えるためにも特訓し続けた。
そして旅に出るとなったら、みんなのあの驚きようはなかったぜ。
とんだアホ面だったぜぇ。ウヒヒッ。
だけど、そんなんでオイラの強さが完全に認められたってワケにはいかなかったんだよな。
旅先でも同じようなやつらもいる。けど、いざ闘うとなれば、反応も同じ。
なんたって、オイラは『努力』を惜しまずに特訓したからだ。
こんなにも見返す力があるのは、ずっと『努力』したおかげだと思う。
その『努力』があってこそ、オイラがあるんだ。
だから、今までの『努力』を失えば、オイラじゃなくなる。親父と一緒にされちまう。
そんなのは御免だ。そんだったら死ぬ、地獄を選ぶ。
オイラの実力、全てとなる『努力』は絶対に、誰にも渡せない!
見せてやる、オイラの強さを。そして掴んでやるさ、親父を超す完全なる力を!」
 目覚める活気。蘇る闘志。
目的をはっきりしたところで、僕はドアノブ捻る。
「じゃぁ見せておくれよ。『ヤツら』にさ。お前の『真』を」
扉を手前に引き、廊下を走る。この館の入り口まで。
「よし! そうとなったら、ジム戦のシュミレーションといきますか~。
しっかり掴まれよ、リーフィア!」
「ぐぅ、スカァ……むにゃっ?」
 どうやらあの猿は、若葉を凧にして追ってきてるのだろう。
階段を降り終えたら入口はすぐそこ。全開であった。
外には既にイーブイが待機していた。
イーブイは駆け足の音に気づき、こちらを振り向く。
「あ、ハクトさん。さっきまで森の中に隠れたのですが、遂に動き出しました」
 その茶色の腕は真っ青な空に浮かぶ、あの飛行物体を指す。
だが、先ほど見かけた時と比べて大きく見える。
それが、胴体にさっき見かけなかった鉄格子が接着したからであろう。
その鉄格子の中身までは、まだはっきりしない。
荒い息遣いの中、リーフィア。彼女は声を張り詰めて呟く。

 

「ニド君……!」

 

 その単語が出てきた途端に、フォーカスが定まった。
 アイツだったのだ。
昨日セキマルに散々遊ばれた、あのニドキングだ。
彼女の言動にも気になった。
あの時は、見知らぬ変態と罵倒した。
だが今度は、別人が来たかのような態度であった。
まるで、友人であるあいつの愛称を呼んだかのよう。
しかし別人ではない。間違いなくあいつだ。
根拠なんて特徴はないけど、確かなんだ。
「おいおい、何捕まってんだよ。アイツは。思った以上にショボくねぇか?」
 セキマルも同一だと確信している。
「これでようやく分かりましたね。あの人たちは単なるポケモンの密猟グループですね」
 イーブイはそう分かりきったように言った。
 いや。僕からすれば、『ヤツら』は密猟だけを求めてるわけではない。
宇宙エネルギー。それが目当て。
あのニドキングにもあるのだろうか。『ヤツら』の計画のカギが。
「おたおたしてらんねぇ。皆、そろそろ真上に来るぞ。
各自、攻撃態勢に入れ。カケラ技の使用制限も意識しなくてもよし」
「いやっふ~! そんじゃ、お披露目といこうか。
まず一番にオイラが……」

 

 ボォッ。

 

 大きな発火の音だ。
しかしセキマルが発火しているわけじゃない。
ありえないところから発火している。
「え……リーフィア?」
 彼女は熱気に覆われている。
不自然極まりない。彼女は草タイプだ。炎を所持してないはずが。
みるみる内に、熱気は増し、彼女の背中が炎上する。
マグマラシに進化したみたいに。燃え上がる。
「うおおおお、飛べぇ!」
 ヒュヒュヒュヒュッ。
 背中からロケット花火の如く、彼女の体毛一本一本が紅い矢となって飛び出す。
上空に飛ばされた毛は燃え尽きるどころか、包む炎が大きくなる。
その熱気はまるで、太陽から生まれ放たれた針状体(スピキュール)
だが全て、花弁を開かせるかのように逸れて、飛行物体を外した。
「なら……」
 なら? 一体何をしようというのだ。
リーフィアが身を屈める。背中の炎はもはやバクフーン。
四本の足を全て伸ばし、僕の身長をも超す大ジャンプ。
またもや背中から幾つもの紅い体毛が飛び出す。
しかも矢はリーフィアの体の周りをグルグル回り始める。
それが筒状の渦を作り出し、彼女を包む。
巨大な針状体(スピキュール)となって、飛行物体目がけて発射された。
 無論、それが確認出来たのは、顔を上げてからである。
 ゴウゴウと唸る、炎の渦。
ぐんぐんと昇る、真っ赤なリーフィア。
理解し難く、我が目を疑ってしまうそれは、容赦なく飛行物体に向かって急上昇。
止まる勢いが微塵もなく、衝突する気満々。
 いや、たった今、衝突。もちろん、激しい轟音が両耳の鼓膜を振動させる。
黒も混じった彼岸花(ひがんばな)が爆発と共に開花した。
飛行物体の横腹からモクモクとほとばしる黒煙は、徐徐に物体を包み込む。
毒々しく漂わせる黒煙はなかなか晴れない。
 その姿は雷雲。見てるだけでも、何が落ちてくるか分からないような、胸が緊張する。
そしてその緊張はプツリと切れる。雷雲が落とす。
墨をつけた筆を縦に走らせるかのよう。小さな落し物が降ってくる。
そんな穏やかな物ではなかったと予想はした。
だってそれ以外落ちてくるもんなんてないだろ?
 見ろよ。あの、薄緑。
彼女だ。頭から、雷雲から抜け落ちる。
あの紅い矢が飛行物体は貫通した様子など全く見なかった。
つまり、表面しか接触しただけ。
当然だ、相手は鉄の塊。ちょっとやそっとで貫けるものではない。
逆に、ダンプカーやトラックをほんの一握りで粉砕する怪獣がこの世に多々いることに、恐ろしく思う。
だが今一番に恐ろしいのは彼女だ。
彼女はもうじき三階立ての民家の高さぐらいに位置し、しかも水面が迫る。
つまり、彼女は今、ハクタイの釣り名所の上空。
 なのに彼女は意識がなさそうである。頭を庇わない。
走って行こうと思うが、そこまで距離がありすぎて間に合わない。
それなのに、僕の足はいつの間にか動いていた。
やっぱり、無理だ。どうしよう。どうする。
もうどんなに走ったって、彼女の身と僕の間は、雲や星のように届きそうで届かないものだった。
 よぎる絶望。真っ暗になりそうな視界。
そして、震える肝。
そう、さっきから横腹が気持ち悪い。走りにくい。
だがそれが、腰を見た後に、自らの臓器ではないと分かった。
 紅白の球体。モンスターボール。手持ちの先頭(パーティトップ)のソウルの待機室。
上下左右関係なく無秩序に震える。
先ほど、外側からの指示だけでなく、中にいるポケが意志をもって出入りすることがあると説明したが、
そのスピードに個人差がある。いとも簡単に破るヤツと手こずるヤツ。
コイツは中間をとったようなものかな。
もう一歩ってところだ。
つまりなんだ。今更出ようとするところなのか?
 こうなったらジム戦で、めいっぱいこき使ってやるからな!
模擬試合開始。ソウル、バトル・イン!
 腰に付いている例の球を横に投げる。
瞬く間に開き、閃く稲妻になって彼女に向かって走る。飛ぶ。
ありゃま。もう救っちゃった。
 タムッ。
 桟橋が架かる池を超え、乾いた土の上に、立派な黒い二本の足が立つ。
長い両耳を翻しながら、こちらに微笑みを送る、我らの波導使い。
リーフィアをお姫様だっこで抱えている。
「どんなもんだ。不屈の精神、なめんなよ!」
 本日の第一発言は、まさかの信頼のお言葉。
「何が『どんなもんだ』だよ。お前今頃になって出てくるなんて、この臆病者」
「おいおい、なんで早朝いきなり俺が罵倒されなきゃないけないんだ。
出たけりゃぁ、早く出てますよ。それを拘束したお前が何を言い出す」
 はぁ? なんだそりゃ。
「はん、何を今更、言うに事欠いて。こっちも出したけりゃぁ、とっくに出してるよ。
それを頑なに開けようとしなかったお前こそ、戯言をぬかすんじゃないよ」
「悪いが俺は、お前の言っている意味が全くもって理解出来ない。
頑なに出ようとしない、だと? 何のことやら」
 意地の張り合いみたいでばかばかしい。
だが彼は、一切白を切らない。不器用だねぇ。
「え~、あの……その、お二人? 喧嘩は、良くないと思うよ。
せっかく、助けてもらったのに。
もうちょっと、清々しい感謝の言葉を送る方がいいんじゃない?」
 お姫様。悪いが、あなたはこんな弱腰騎士(ナイト)の肩を持つ必要はない。
別に、彼から盾を奪うつもりなどはない。
むしろ僕は魔法使いで、強力な武器を揃えようと彼に教えているのです。
救いを求めるだけのお姫様は、それ以外の心配をかけなくても結構です。
 こんな張り合いもいい加減に飽きた。もう、僕の負けでいいよ。
もうこの話題は出さないようにするよ。
 決着がついたと悟ったソウルは、リーフィアを後ろ足からゆっくり地に降ろす。
降ろされたや否や、リーフィアは大きな伸びを行う。
そして、ハクタイの空に浮かぶ、黒煙に巻かれる飛行物体を見上げる。
その眼差しは厳しいものだった。
僕もそれに目を向ける。
 黒い血が出血したかの様に、ほとばしる煙の量は絶えない。
そして機体はよろめく。左右にゆっくり揺れながら下降している。
雷雲から黒き流れ星に変わった。上昇する勢いが全く感じられず、だんだんと下がる。
僕は機体の着陸地となる場所を探すために、頭を横に回す。
残念なことに、飛行物体の目の前には、トゲが生えている青い建物が立ちはだかっているため、予測することはできない。
だが、あの建物に接触するかは言うまでもない。
いや、接触というより、それこそ着地になりそうだ。
あの建物を上空に吸い込まれるように、飛行物体は絶妙に浮遊する。
 無事に着陸。その建物の全体像を確かめる。
 気味が悪い。ただそれだけしか感じなかった。
だって、あのトゲトゲビルの、ど真ん中に、また大きく……『G』という文字が浮かんでいるんだもの。
こんなときに限って、登場する。『ヤツら』の会社だ。
つまり、くい止めるどころか、『ヤツら』の作戦進行を、より促進させてしまったのだ。
「あ~りゃま。あんなにモクモクと煙っているのに、爆発一つしか出ないなんて面白くねぇな」
 後ろからセキマルの声が飛んでくる。
「まさか、またあそこに戻ることになるなんて……」
 同じ方向からイーブイの意味深な言動も聞こえる。
「あれってさ……もしかして、『ヤツら』の基地みたいなところだよな。
イーブイ、お前は以前にあの中に連れられたこともあるのか?」
 えぇ、と彼女はこくり頷く。
マジか。これじゃぁ僕がイーブイのトラウマ現場に連れて行ってしまった事になるな。
だが、朝から何回も言ったように、これに挑まなければ、克服することなんぞ出来やしない。
本人さんも端っからその覚悟でついてきたんだ。
「それにしても、あいつ等はよく街中で、あんな際どいデザインの建築物を建てられるよなぁ。
社長様の趣味が疑われるぜ」
 ため息混じりでそんなことを呟く。
このまま『ヤツら』と関わることになると、
自身に何らかの影響が起きるのではないかと不安がよぎる。
呆れるくらいに趣味が悪い。
あの服といい、あの髪型といい、あの建物のデザインといい。
 しかし、これこそ引き下がってはいけない。
イーブイのためにも、こいつ等のためにも。
そして、あの「ニド」のためのも。
「そう遠くないな。よし……このまま突っ込もうじゃないか。
猪突猛進。一気に最上階(あそこ)までだ」
「なんかお前らしくない戦法だな。
だが、俺はそんなお前も嫌いではないが」
 僕らしくない、か。
そうさ、僕はもう変わってるんだ。
今までにない、誰も予想がつかない思考じゃないと成功できないから。
時代はひたすら流れるもんだぜ。
 ああ、もう足が勝手に動く。
まるで下り坂を走っているみたいに、あっと言う間に風景は皆後ろに吸い込まれる。
もう彼女達が追いついて来ているかなんて、確認するのも面倒臭い。
この気まぐれな足についてこれなくても、どんなに方向オンチであろうと、
目的が目に入っている限り、迷うなどない。
 いよいよ、建物の入り口に迫る。
その前には、柵や木々の植込みが。
だがそんなのはお構いなしに、ハードル扱いに飛び越す。
反応が良い自動ドアは、僕を受け入れるかのように開く。
冷房がきいた、涼しい受付である。
「何だお前達は! どこのイタズラもんだ」
 もはやここは、大気圏を越えた異世界のよう。
そこに待機していたおかっぱ、10人は軽くいる。
そいつ等は僕を中点に、円形に囲んだ。
掌中に球体をかまえる奴がいれば、既にポケを出現させている奴もいる。
こんな雑魚に、球遊びを教えてやる予定なんてスケジュールに入ってないね。
「セキマル、盛大にばらまいとけ」
 ジュオオーッ。
 おかっぱ達の足元に小さな火炎放射の素を落とす。
地雷を踏んだみたいにそれは紅きベールが放たれた。
衝撃波を喰らったかの様に、皆後ろに吹き飛ぶ。
 いちいち現状を説明するのも面倒臭くなった。
上階に繋ぐ階段を見つけると同時に、また地面を踏み飛ばす。
上を見上げれば、案の定『ヤツら』が降りてくる。
しかし、ここでいちいち足を止めさせる訳にもいかない。
リーフィアを含むこの四人を先頭に、強引突破を試みよう。
これって野生のポケモンの戦闘よりも面倒臭いし、イライラする。


「イーブイ、“てだすけ”はいいから攻撃に専念しろ!」
 ハクトさんに言われたように、私は“でんこうせっか”を繰り出す。
スカンプーと呼ばれるそのポケモンは、私の攻撃を受けて倒れる。
けどその最中、横からズバットが襲ってくる。
あれは“かみつく”……かしら。
不意打ちなんて卑劣な行為、よろしくないと思う。
私はそんなズバットに尻尾で叩きつける。
もちろん、技を使って。“アイアンテール”っていうの。
「そう! それだよイーブイ。その調子でガンガンいってくれ」
 ハクトさんから、お褒めの言葉を頂いてしまった。
すぐにお礼を返答しようとするが、ポケモンの数が多すぎて声が届かないし、暇もない。
 ハクトさんはすごいお人でした。
とても目が二つしかないとは思えない程の、観察力をお持ちになっている。
素早く進行する戦闘パターンを四つ同時に指示を出す。
さすが、チャンピオンと戦ったトレーナー。
人並み外れた統率力も備えている。
 まだハクトさんの戦法に慣れず、行動がぎこちないこんな私でも、
いともたやすく癖を見つけて、調節してくれた。
尋常なき適応力。
 これほどの能力を無駄なく活用、応用してきたトレーナーはハクトさん以外見たことがなかった。
過去に二つのリーグを制覇した、という戦歴を挙げるだけでも大変驚く。
しかし、成し遂げたからこそ、これほどまでのスキルを身につけたと言えよう。
 それとは裏腹に。
再び、昨朝にソウルさんが口にしたものの疑問が蘇る。
カントーとホウエンを旅した後、また違う別の地方にトレーナー修行に行かれたと。
それまでの旅はトレーナー修行とは分類しないのか。
その修行はそれまでと一体、どのように違いがあって三年を過ごしたのだろうか。
二つの地方の栄光を掴めた時点で、十分にローカルリーグに再挑戦できるはずが、
三年という長期間の修行を、なぜ挑戦を前に実行したのか。
 まだ納得のいく実力じゃないという謙遜な時間にしては長すぎる。
一体、その時に何をなさったのか。
一員である私にとって、ハクトさんは最も信頼できる主。
主の配下にいるからこそ、知りたい。
いいえ、知る権利がある。


「いいぜ、リーフィア。そのスピード、その動き。
そのまま保ってもいいけど、もっと暴れてもいいよ。
君の実力を見せておくれよ!」
 ハクトと呼ばれるその少年は、お仲間でも何でもないワタシに、やたらに指示を出す。
監視されているように思うが、不快とまでは感じない。
むしろ褒められているから、ちょっと有頂天。
「しかしリーフィア。そのスピードといい、さっきの炎といい。
どうやってそれらを得たんだ?
昨日の練習時には見かけなかったけど。
まるでセキマルがのり移ったような……」
 そりゃそーよ。
だってこの速さは、セキマルちゃんから直々に貰ったんだよ。
まぁ……正確に言えば、ワタシが強引に奪ったようなものだけど。
奪ったっていうより、小さくて可愛い青い果実をひと齧りした、つまみ食いでもした。
とでも言った方が正しいかも。
あ、青い果実じゃなくて、まだ未熟な見かけ倒しの赤い果実か。
本人も分かってないし、いいじゃない。
 まさに風を切っている感じ。
気持ちいい。
こんなに強くなるワタシが気持ちいい。
 もし、このチームに入るとなれば。
今度はソウルさんのものも奪おうかな。
イーちゃんも気になるな。別に、女の子に対してそんな趣味はないけど。
そして、いつかは……ハクトさんも、やってみようかな。
 女の欲求なんてこんなもんじゃ済まないよぉ。


 ようやく、うざったいおかっぱ達をなぎ倒し、最上階にあたる階を目前とする。
周りは機械の排気音と足音しかない静寂の空間であった。
そして、最上の階段を踏み出す。
それは、一際目立つ大きな足音であった。
 左曲がりの廊下を静かに歩く。
「の」の字を描くように。ついに行き止まり。
行き止まりにしては、立方メートル単位が高いような。
簡単にいえば、広い。
部屋と呼ぶに相応しいだろう。
しかも薄暗く、四方の壁には星が煌めく様にチカチカと点滅する電球が、張り巡らせれいた。
 今の僕は、その部屋を前に突っ立っている。
薄暗く息苦しいこの部屋に、蠢く二つの物体。
その物体とは、すなわち人間。
前後に位置している。
奥にいる一人は男性のよう。
こちらを見て大変驚いている。
追いつめられている様な心境。
もしかして、これまた人質?
ポケモンだけじゃなく、人間もさらってく連中なのか?
 そしてその手前にもう一人、優しげな紫の瞳がギラリと僕を睨む。
ただの女性ではないことに気づく。
胸元に、『ギンガ団』の一員を表す『G』マークが記してあったから。
もちろん今までのおかっぱと、一昨日に戦ったマーズとは全く違う印象であった。
タイツみたいなストレートの仕様。
マーズと同じく、位が高い者だろうか。
 しかし、何があっても敵は敵。
制裁すべき悪でもある。
後方にいるポケモン達の思いを代表に、また一歩踏みだしこう言い放った。
「取り込み中のようで、悪いな。僕は今んところ、こことは無関係の者だ。
だが、今後お前等と関わっていく者でもある。
もし、お前等にとって僕が邪魔な存在だとしたら、逆に僕はお前等が目障りなんだよ。
堂々と前を向かない低脳の思考をお持ちになっているからな。
潔く世界を見ようぜ。ソウル、バトル・イン」
 僕の物静かな指令によって、ソウルは僕の前を飛ぶように移る。
それと同時に、紫の瞳を持つその女性は紅白球体を投げる。
この部屋に似合う、毒々しい色を持つゴルバットがソウルと向き合い現れる。
 おっ、厳しそうな人だと思ったけど、結構ノリがいいね。
「マーズから聞いたわ。あなたが発電所で暴れたボウヤよね。
あの子を泣かすだけあって、よほどの強気ね。
もし、代わってそこの監督を務めていたら、気迫だけでも気圧されそう。
なんて、こういう弱音を聞かれると幹部の顔が立たないってまた怒られそう。
けど、戦うとなると怖いよ? お姉さんね、結構強いよ。
ゴルバット、“きゅうけつ”」
 とかいって強引に始めるね、あなた。
相手は大きな四つの牙を剥き出し、急いで羽ばたき襲いかかる。
ソウルは攻めたり守ったりせず、首筋に噛みつくゴルバットに身を委ねるかの様に微動だにしなかった。
彼の顔に苦痛を感じている様子が全くない。
ゴルバットは、不思議と焦りの複雑な表情をして“きゅうけつ”する。
あの子は戦闘経験が乏しいと判断できる。
格闘・鋼という希少な合成タイプは、場合によって通常より四分の一のダメージしか与えられない。
それに、レベルの差が広がれば更に希望はない。
まずはこの子に現実を見せてやろう。
 ソウルに“はっけい”連発を指示する。
まず噛みつく顎に一発、次に翼や胴体。
各所に素早く重い張り手を激しく繰り出す。
絶え間がなさそうに見えるが、これでも結構ムラが生じるもの。
反撃できそうな瞬間、こんな時に限って動かない。
“はっけい”による「まひ」さ。
結局、手も足も出ないダルマ状態のまま、張り手の応酬を喰らうはめに。
 いいとこなしの可哀想なゴルバットは、弱々しく床に落ちる。
戦闘不能と察知した紫の瞳は球体に戻す。
迷いもなく、二匹目のご登場。
縦横に割れた球体から、嘔吐を装いそうな異臭を感じる。
元凶はスカタンク。スカンクポケモン。
なんとまあ、不遇なヤツを出したものだ。
冷徹な鋼に毒などが利くはずがない。
もしかしたら、手持ちにはもうコイツしかいないことになるのか?
「“つじぎり”でお願い」
 スカタンクに指示を出す紫瞳。
どっしりとした体を瞬く間に、ソウルの目前まで飛ぶ。
刃のような、鈍い銀色の光を放つ両前足の爪が振り下ろされる。
 鋼タイプとはいえども、黒板に爪を立て引っかく「ギギギギー」という単純な音は出やしない。
だが、彼にとっては音が表している以上の苦痛を味わうはめに。
ほとんどのタイプに対して、相性不利にさせる事で有名な鋼。
“つじぎり”もそれに分類する。なのに、この威力だ。
 やはりアイツは、一昨日戦ったあのマーズという女性と同様、おかっぱ共とは格違いの幹部!
違いない。でなきゃこんなに骨があるはずがない。
だから真剣に向こう。絶対に後ろ姿を見せるな。
「“ドレインパンチ”を使え。後は好きに動いていいよ」
 様子見の指示をソウルに出す。
まずは右ストレート。スカタンクは九時の方向に移動し、回避。
もういっちょ、やはり同じ方向に回避。
なら今度は左フック。やった、見事に命中した。
すると相手はその場で屈み込む。一瞬の充電みたいに。
そして地を蹴り、また鋭い爪をソウルにぶつける。また“つじぎり”か。
お次は両拳をまとめて相手の顔面に強く押し込む。
地に一回叩かれ跳ね上がり、仰向けに倒れるスカタンク。
 当然、瀕死寸前に近いだろう。
だが、こう裏切ってくれなければ困る。
こんなにあっさりと終わるはずがない。策があるんでしょう。
この僕に本気で挑まざるをえないからな。
「今度は“ふいうち”よ」
 “ドレインパンチ”を放つ寸前に、相手は起き上がらずに尻尾を使ってソウルの足をはたく。
不意に足下をすくわれたせいで、床に崩れ倒れる。
「“のしかかり”」
 ズンッ。
 まばたき一回、真実を逃した。
一体どのようにしてソウルの上に飛び移ったのだろう。
一気に形勢逆転。手のひらを返したよう。
だったらまた返すまで!
僕はソウルに押し退けるよう指示した。
が、彼は腕を立てただけで体を起こさない。
なぜなのか。それはあの“のしかかり”に原因がある。
「くそ、『まひ』ったかぁ」
 そう、追加効果によるものだったから。
十分に引きつけておいたのは、このためだったのか。
好きではないが、さすがに戦法もひと味違う。
「“かえんほうしゃ”で……」
 スカタンクの口から放たれた炎がソウルの上半身を焼きつくす。
こげ臭い煙が鼻の奥を刺激する。
このこげ臭さが、ソウルの体力を削るという暗示のようにも感じた。
だがこんな時に焦る必要はない。
ゴウカザルを始め、様々な炎タイプのポケモンを扱ったことがあるこの僕に。
“かえんほうしゃ”などの放射型の技には、正面及び口元の視野が遮断する。
トレーナーからの指示がない限り、相手の位置が見定めにくい。
更に、放った直後、一気に視野が元に戻り、目の前の状況を確認せざるを得ない。
つまり、反撃すべきはその一瞬。
もちろん彼も対炎対策は把握済み。
指示やアイコンタクトなしでも自ずと分かるはず。
 さあ、だんだんと炎の尾が引っ込む様に小さくなる。
いいか、あの炎が、あの赤がなくなった時点でしか手は返せない。
そして炎のカーテンが取り払われる様に、バッと燃え尽きる。
瞬間、スカタンクは宙に舞う。
クリーンヒット。人間でいえば鳩尾(みぞおち)の部分に当たったのだろう。
床に落とされたや否や、必死になって腹をおさえるスカタンク。
ゆっくりと体を起こし、反撃の一撃を、“ドレインパンチ”を喰らわすためにスカタンクに向かって飛ぶソウル。
相手はまだ腹の痛みが引かないが、回避のために左に身を傾ける。
 ここで結局、僕の手中にハマるはめになるわけか。
実はもうそいつの癖を見つけた。そして今、その癖を利用する決定打を仕組んだところだ。
カギは相手の回避癖。
奴は場に登場してから、こちらから見て、最近やっと的確に投げることを覚えた左腕の側しか動いてない。
常に左へ左へ足を滑らす。決して方向転換せず。
ソウルが右腕で殴ろうとも、左腕で突こうとも。
スカタンクは左の横腹をかばうように回避している。
この偏った回避方法から打開策は現れた。
しかし、だからといって弱点となる左腹を狙うわけではない。
一点に集中するということは、同時にそれ以外は無防備の状態であると意味する。
つまり、気づかないうちに無駄な標的を作ってしまっている。
 あの紫瞳は、各ポケモンの種族の特徴を理解しているが、肝心である個人の能力を見落としている。
これだけの戦術があるのに、もったいない。
 床に転がるスカタンクに拳を投げるように迫らせるソウル。
だがしかし、また一度その場で体を傾かせる。
無論、彼の拳は床を貫くだけだった。
腕を引き抜く間、スカタンクは地に足を立たせ、体勢を直す。
そして休む間もなく、“つじぎり”を繰り出す。
 ソウルはゆっくりと右手を前方に浮かせる。
今ここでとどめをさそうというスカタンクの激しい戦意に対する、ソウルは五感を研ぎ澄ます様な静けさをまとう。
熱と冷、水と油、白と黒。
これほどはっきりした言葉しか出てこなかった。
そして、この大気中を自身の体で切るかの様に、走り出すソウル。
瞬く間にお互いの合間が狭くなる。
そして、お互いの体が接触するとき、胸の鼓動が最高潮にのぼる。
ソウルが、浮かせた右腕をすみやかに引く。
利き腕の“ドレインパンチ”と察したのか、スカタンクは流れるように左に身を傾ける。
またこの問題回避。
改善どころか、まだ癖に気づいていないことになる。
よって、これが命取りになることも到底気づかないであろう。
 頭の真後ろまで引かれたソウルの拳は、未だに引かれ続ける。
とうとう胸を反らさずにはいられないくらいに。
ついには、腕に引っ張られるように体は回転。
自然に体の前に、右腕が現れる。
言うなれば、裏拳。
そう、狙いは急所と思われる左腹ではなく、無防備に晒された右腹。
確実にダメージを与えることしか考えていなかったが、ソウルの手の甲を見たら、
むしろ急所を生むことになると感じる。
彼の手の甲は、鋭利に突起したツノらしきものが生えているからである。
刺さるほどの殺傷力には及ばないが、致命傷を負う。
 そして今、予想した結末は一寸たりとも狂わず的中した。
見事なまでに、ソウルの手の甲はスカタンクの右腹を命中する。
急所直撃並の衝撃であったか、横に飛ばさるスカタンク。
床に転がり、死体のように動かなくなった。
戦闘不能。誰もがそう認知する。
「驚きしか言いようがないわ。
幹部に昇進してから、それなりの力はつけたつもりなのに。
マーズの言うとおり、おっかない子ね。
あなたの闘志の目が恐すぎて気圧されちゃった」
 スカタンクを手元に戻す際に、あの紫瞳は焦りや混乱の様子を見せず冷淡に話す。
発電所で会ったマーズと同様の幹部と名乗りながら、なんともマイナーな奴だ。
 通りすがりのごく普通の少年に二連敗という、恥ずかしい戦歴が残ってしまった今。
これ以上戦闘を続行する必要はない。
こちらの妨害は十分に効果があったのだから。
無駄な悪あがきはただの時間稼ぎに過ぎない。
捕らえている人やポケモンを解放し、すみやかに立ち去れ。
そう警告しようとしたかったが、紫瞳は腰から小型のリモコンを取り出した。
十字キー、そしてその真ん中には丸いエンターキーらしき(とつ)部分が見えたからだ。
「けど、幹部の一人であるからには、組織の柱であるからこそ。
目標を達成する意地を貫き通したい。
何を失えども、必ず私たちの理想を掴みとってみせる!」
 ボチッと丸いエンターキーを親指で押す紫瞳。
数秒した後、鉄の棒が何本か落ちてきた音が紫瞳の後ろから聞こえた。
「ひょわっ、何事!?」と言いたげに忙しくキョロキョロする人質の男性。
だがその心配はすぐに失せる。
音の正体であった、まさしく鉄の棒が転がってきた。
落下地点はそう遠くない。
いや、まさに紫瞳の真後ろ。
 そして、新たに「恐怖」がやってくる。
解放してくれた、とでも言うのか?
静かな足音が響くが、そんなに軽い小動物だととても思えない。
暗室の中、セキマルに(あぶ)りに炙られたニドキングが僕達を見下ろす姿勢で現れた。
この「恐怖」を一番に受けたのは、友人疑惑が浮上するリーフィアであろうか。
「ね、ねぇ……ニド君。何で黙ってるの?
君らしくないよ。いつもニコニコした君はどこに行ったの?
初めてだよ、そんな無表情な顔を見るの。
毎日ワタシと遊ぶ時の、あの優しい目を忘れたの?
もしかしてワタシのせい? ワタシが原因なのかな?
ワタシがこんなに変わっちゃったから、ニド君も変わっちゃったのかな?
昨日、冷たくしたから怒ってるの?
もし、そうなら……ゴメンね。
ワタシは、今までやってきたこと全てがニド君のため、皆のためだと思ったの。
ワタシを元気づけてくれた君に、お返しがしたかっただけなの。
でも、やっと、ホントに今更、知ったの。
ワタシは英雄でも友達でも、森の一員でもないことを。
ワタシのやったことは、皆や森を傷つけた。
そして君にも傷つけてしまった!
けど、もちろん悪気なんて全くよ。それは確かなの。
昨日だって、ニド君には何の恨みも嫌悪もなかった。
ただの気まぐれ、ただ一人になりたかったワタシのわがままで。
本当は、頼りになる心強いニド君に救ってほしかった。
なのに、突き放してしまった。訳の分からないあの時の感情のせいで。
たくさんの迷惑をかけてゴメンね。
こんなにも謝るのに遅れてしまって、ごめんなさい」
 後方から聞こえる。やがて僕の足下へ、そしてニドキングを進行に移動する。
泣いている。リーフィアが、声が震える程に心から泣いている。
必死に何度もニドキングに謝罪する。
溢れんばかりの涙が、足跡を描く様にボロボロと流れ落ちる。
言わずとも分かった。彼らは純粋なお友達であった。
性別の壁を越えた遊び友達に過ぎなかったのだ。
彼女の涙の量からして、たいそう仲が良かった事が伺える。
ところが何かの行き違いによって、二人の信頼にヒビが生じた。
早い内に修正すべきであったが、時が経つにつれヒビは深く、拡張した。
そして崩壊した。おそらく昨日のリーフィアの発言によって。
当時そこに僕等も傍聴した。
思えば、ニドキングにとっては想像絶する致命傷となったと察する。
生涯掛けても癒えない深い心の傷と言っても過言ではないだろう。
だが、もし、彼らの絆がそれを上回るのなら、
彼女の多々の謝罪の言葉で、ニドキングはもう一度彼女に心を開くのであろうか。
それは、ニドキングの返事で二人の信頼の価値を表す。
「悪いけどお嬢ちゃん。この子オネムだったのよ。
私が呼び出したせいで気が立ってるの。
だから迂闊に近づくと、危険よ」
 紫瞳がそう注意すると、ニドキングはあのご自慢の巨腕を振りあげる。
そして何の躊躇の様子を見せずに、リーフィアに拳を振り降ろす。
彼女の思いが通じてなかったであろうか、慰めが逆に怒りへと形になった。
「バカ、よせ!」
 ニドキングの拳が接触する寸前、ソウルはリーフィアを素早く押し退けた。
結果、リーフィアは拳を受けずに済んだが、ソウルの背中にずっしりと“かわらわり”を喰らうはめになった。
即、戦闘不能。
彼を球体に戻すことになったのは言うまでもない。
 なぜ? なぜニドキングはいきなりリーフィアに攻撃しようとしたのか。
様子もおかしい。
なぜこうも黙り続けるのであろうか。
『悪いけどお嬢ちゃん。この子オネムだったのよ』
 ふと、紫瞳のあの注意事項を思い出す。
眠ってたというと、それまで安らいでいたことにも指す。
しかし、先ほどの状況からしてそれはありえない。
突然、訳の分からない人間達に身柄を拘束されては、一片も安らぎを感じるはずがない。
だが現実にこうも落ち着いている。
「白々しい。催眠か何かかけたくせに!
その見え透いたトリック、この僕が見落とすとでもお思いで?」
 紫瞳は両肩を上げ、まだ白を切る態度。
彼女の言葉自体が届いてるわけではない。
『ヤツら』が強引にそれを妨げているに過ぎない。
これで必然的に敵に回したわけか。
 正直言って、ヤバイ。
三つのリーグを共にし、熟練したソウルが尽きてしまった。
あとは未熟で半人前にも届かないセキマルと、一昨日入ったばかりの新入りイーブイ。
それと、野生でありながらも僕の指示に従ってくれたリーフィア。
ニドキングのタイプ相性や持ち技、体力などを比較する。
唯一、数頭に関しては勝っているが、どう考えてもこちらが不利。
だがそれは、あくまで公式のバトル上での秩序だ。
相手は野生ポケにボールを使わず捕獲し、その上戦闘に出したのだ。
とすると、このバトルは公式であらず。無秩序であり、ルール破りである。
なら、僕もそれに見合う反則をしてもいいよね。
セキマル、いってこい
同じ相手であれ、決して油断するんじゃないぞ」
「おうよ!」
 威勢の良い返事と共に、飛ぶようにニドキングに向かうセキマル。
昨日、炙ってくれた相手だと感づいたか、ニドキングは先ほどより低い姿勢にかがめて威嚇する。
操られながらも、本能はまだ生きている。
昨日と同様に、まず“みだれひっかき”からセキマルの戦法が始まる。
大きなダメージにならなかったと察したか、“かえんぐるま”を繰り出す。
まさか、森で戦った時の手順そのまま?
この単純な戦法に気づいたニドキングは、“どくづき”で抑えにいく。
火傷を恐れない猛毒の腕は、真っ赤な炎の渦を受け止める。
黄金(こがね)色の火の粉が拳からほとばしり、飛び交う。
 やはり野生の掟は破れないものか。“かえんぐるま”はニドキングの背中へ弾かれた。
身をまとう炎は取り払われるように消え、体勢が崩れ、床に背中を打つ。
しかし、すぐに起き上がり、ニドキングの背に体を向ける。
磁石に引き寄せられる様に、ニドキングはセキマルと顔を合わす。
顔を見るなりすぐ、ソウルを沈ませた“かわらわり”を繰り出す。
セキマルは軽やかなサイドステップで回避する。
また“かわらわり”を一振れば右へ、もう一振れば左。
振るタイミングを狂わせても、両手を使っても、どんな状況下でもセキマルは反復横飛びでのみ回避する。
これはすごい。ジャンケンの勝負になったら負けることはないであろう、この洞察力。
それとも、ニドキングがそれほどまでに浅はかであったためか。
だがすぐに、そのどちらでもないことを、セキマルの口から知ることになる。
「うわ! おい、そっちかよ……」
 今、セキマルが口走った内容によると、完全にニドキングの攻撃策を読んでいないことになる。
しかし不思議だ。この“かわらわり”の猛ラッシュの中、一度たりともセキマルに当たっていない。
なぜこれほどまでに当たらないのか。
それは、あの紫瞳とニドキングのみ知る由はないであろうか。
「あらあら。どうも変だと思ったら、あなたの後ろにイーブイちゃんが“てだすけ”していたのね。
これじゃ実質、二対一。ちょっと卑怯じゃない?」
 やっと紫瞳がカラクリに気づく。
それは、昨日の夜から一度もボールに戻していない、足下にいるイーブイの補助であの回避劇が生まれたのだからだ。
この“てだすけ”姿を見られないよう、セキマルはニドキングの視点転換及び、紫瞳の視野を狭めるために、
その二人の間に位置してイーブイの指示通りに回避し続けたのだ。
ということは、最初の“かえんぐるま”と“どくづき”の激突の時は、ニドキングの腕力が上回ったのではなく、
セキマルが“かえんぐるま”の威力を考慮した結果で、意図的にあの位置に着地した作戦となった。
またもやニドキングは同じ相手に辱めを受ける始末になった。
「あんたも野生を無理に戦闘に出すこと自体が卑怯だから。
僕もそれに対して見合う卑怯な行為をしてもおかしくもないだろ?
もうこれはどうせ公式試合でもなんでもない。
秩序もへったくれもねぇ、野蛮な戦いだ。
果たして二対一でおさまる話になるのかな。
あんたが『力』なら、こっちは『数頭』で勝負!」
 セキマルは“みだれひっかき”でニドキングに、ザクザクと音を立てるまでひっかく。
ニドキングはまるで周りにうろつく飛ぶ蚊をはらう様に、セキマルを叩き落とそうと腕を振り回す。
だが、こんな程度の妨害は無意味と言わんばかりにひっかき続ける。
ならばこれはどうだ! ニドキングの大きく堅い両腕はセキマルの横腹をがっちり挟む。
そして、縫い針のように鋭く尖る自慢の頭の角を、容赦なくセキマルの腹に突く。
“メガホーン”を突かれた。
効果いまひとつとはいえども、絶大なパワーと驚愕的飛距離だ。
暗い壁に吸い込まれる様に平行に飛ばされる。
壁に衝突するのは、時間の問題のみ。
しかし、衝突することによって生まれる反動を使って素早く反撃するやり方はいくらでもある。
 例えばこんなの。
衝突寸前に“かえんぐるま”を発動。
身にまとう炎をクッションにして衝撃を抑え、パチンコ玉のように弾く。
天井や、壁に、床と、幾たびに高速に弾かれ、僕らの目を眩ます。
それはモウカザルに進化したみたいに、四方の壁を、六面の空間を空中さっぽうする。
あちらでぶつかった音がしたら、こちらで焼けた音がする。
炎の車は音速の如く、この薄暗い部屋を飛び交う。
描いては消える、赤い軌跡を無数に残す。
その軌跡をニドキングはただ目で追うだけしか術はなかった。
刹那、炎の車はニドキングの腹で焼き回っていた。
腹はだんだんと燃やされた炭と化す。
本当に炭になってはいないが、そう思わせるぐらい黒々とした焼け跡が残る。
それでも腹の煉獄の苦しさを、歯を食いしばって耐え、腹で回っているセキマルを“どくづき”で叩き潰す。
地面にまでめり込ませる。
セキマルは、めり込んだ穴から脱出することが出来ず、ただただ“どくづき”の圧迫を受けるのみであった。
 ビー、ビー、ビー、ビー。
ビブラーバの羽音に似た無線着信音が紫瞳の腰から微かに聞こえた。
それに反応して、紫瞳は無線機を耳に当てる。
「こちらG-2。配達係の人?
やっぱり……あなたなのね。
あなたが見つけた子ねぇ、随分と力があって相当頑張ってくれそうよ。
今ねぇ、突然の進入者を追い払っている最中でねぇ、ええそう。
よくあの子を見つけだしてくれたわね。
今後の活躍として、ボスから貢献者として称えられる日もそう遠くないでしょうね。
圧されてる……ですって? くくく。
私を誰と見受けているわけ?
まだ名前も付かぬ下位隊員のくせに。
聞けばあなただってフルボッコにされたらしいじゃない。
あなたのその減らず口も含めて、慎むよう努めなさい。
それだと貢献者になるどころか、裏切り者を増やすばかりよ。よくって?
それで、今どこを飛んでいるの?
あら近い。それじゃあ開けとくね。
丁寧に運んで頂戴ね」
 ガー。
 それは遙か上空から聞こえる。
それと同時に、光の刃がこの暗い空間を真っ二つに切るように現れた。
黄色い光の刃はますます太く切り開く。
音と光が放つ上空に顔を上げる。
四角い部屋かと思ったが、天井だけがテントのように湾曲していた。
その天井が、何かの拍子に中央から開いたのだ。
恐らく、紫瞳が交信相手のために開かせたのだろう。
 「あなたが見つけた子」。言わずと知れたニドキングのことだ。
そしてその「あなた」が、ハクタイの森でニドキングを発見し、捕獲した張本人。
そいつは今この場にはいないが、早くもこちらに向かっているらしい。
ニドキングを送るために、着々と実行を進める。
突然の進入者であるこの僕に阻まれないために、大事なニドキングを使ってでも、撃退するよう努力する。
「あなたのヒコザルちゃん、たぶん『どく』状態ね。
だからなかなか“どくづき”から解放されないわけね。
随分と苦戦を強いられているのに、制限時間が迫ってるなんてね。ヒヤヒヤするでしょ。
それでも諦めずにこの子の搬送を阻止するボウヤの勝ちか。
ボウヤを退け、無事に搬送の成功を収める私ジュピターの勝ちか。
もうじき見えるわ。
まだ結果は見えないけど、刻一刻と近づいてくる。
そして、その時に勝利をもたらす者が私であると信じる」
 遂に自分の名前を明かした紫瞳、ジュピター。
言うからには随分と勝ち誇っているようだ。
「結構かっこいいこと言ってるけど、やってること自体がかっこわるいぜ。
それに僕だって負ける気なんて全くだよ。
あんたが望む結果を覆しに僕はここに来たんだよ。
セキマル! 振り払え、そして“からげんき”だ!」
 あの重い拳が、嘘のように宙を舞う。
そしてセキマルはニドキングの懐に飛び込み、暴れるように攻撃する。
「うおおおおお!!」
 雄叫びをあげ、全身全霊で「どく」を取り払おうと必死になっている姿があった。
好都合。かえって仇になったな。
「どく・まひ・やけど」といった状態異常に陥った時に、通常の倍ダメージを与えられる“からげんき”。
本来は、ハクタイジムの対策として覚えてもらったのだが。
これはこれでラッキーであった。
なんとまあこんなに戦運がいいのでしょうか。
だがここで自惚(うぬぼ)れている暇も余裕もない。
搬送に向かう応援が来る前に早いとこ倒そう。
しかしながら、正気に戻すためだとはいえ、リーフィアの友人であるが故に、とどめをさしにくい。
いや、それ以外の平和的解決手段は望めそうもないだろう。
なら構わず攻め落とすしかない。
「もういっちょ“かえんぐるま”だ!」
 暴れたかと思えば、途端に炎の車と化し、ニドキングの顎を叩き上げる。
炎の車は自然に跳ね上がり、僕に向かってゆっくり下降する。
睨むように顔を上げ、セキマルを掴もうと手を挙げるニドキング。
だけど手が届くどころか、逆に遠ざかる悲劇となった。
今、僕の足下にセキマル。
そして、またニドキングの懐に今度はイーブイ。
“アイアンテール”を叩き込ませた。
流れるような交代と素早い攻撃のコンビネーション。
ポケモンカードゲームみたいで面白いでしょ。
本当は“でんこうせっか”でより先制攻撃を浴びせたかった。
なにせニドキングの体は堅い鎧でもあり、猛毒の鎧でもあるのだ。
直接攻撃を与えれば、「どく」の犠牲になってしまう。
残念まがらイーブイは状態異常対策において無策。
だから、毒の相性不利のタイプ、無難な鋼の“アイアンテール”に託したのだ。
しかし結果的には、理想に近いコンビネーションが出来上がったから万々歳であった。
 『何を失えども、必ず私たちの理想を掴みとってみせる』
ニドキングが出現する直前に、紫瞳ことジュピターはそう言った。
「理想」、それは発電所所長が聞いた宇宙エネルギーのことであろうか。
それを獲得するために、なぜこんな関係のなさそうな行為がつながるのであろうか。
所長親子と同様、人質にされている男性。
自分の発電所にマーズが率いたギンガ団によって身動きの自由を奪われた所長に対し、
この男性の場合は明らかに異様だ。
今ここにいる建物は人質の男性ではなくギンガ団の所有地である。
ということはだ、この男性はわざわざ連れさられたことになる。
身柄を完全に拘束した、いわば「拉致監禁」という言い方が正しいかもしれない。
そして異様なのはニドキングにもある。
イーブイと同じ、ギンガ団の計画に基づく「カギ」だとしよう。
発電所でマーズは充電確保のために使用したエレキブルを出したが、ジュピターは捕らえたニドキングを使用した。
それに、二匹は幹部二人から『強い』と言われた共通点がある。
ジュピターはそれを理由に使用したのに、なぜかマーズはショーケースに入れて貴重そうに扱っていた。
この二匹の違いはどこにあるのか?
『強い』という言葉のニュアンスが異なっているのか?
はたまた、ニドキングは「カギ」に値しない存在なのか?
どんどん深まるギンガ団の謎。
更に目的が分からなくなってきた。
「ジュピター様ぁ。お迎えに上がりましたぁ。
搬送準備はすでに整えていますぅ。
合図が出て次第、いつでも実行できまぁす!」
 プロペラの騒音と共に、近い内に聞いたことのあるつぶれた声が降って聞こえた。
青天白日の丸い空を見上げれば、それを覆う影となすヘリコプターが低空ホバリングをしていた。
そして、脇腹の出入り口に立つ人影を見捕らえ、驚きを隠さずにはいられなかった。
「ああ! お前……って」
 発電所の玄関で戦った、弱いエレブー使いの口の悪いおかっぱ!
「む! お前はあの時のクソガキ。
ジュピター様が意外にも手こずらせていると聞いて誰かと思えば。
そうか、お前だったのか。
フフフ、本当にお前は愚かな奴だ。
本当に愚かで実に嘆かわしい。
俺様達ギンガ団と関われば後悔するというのに。
いいか、ギンガ団には壮大な計画を担っていて、現在実行しつつある。
それをお前は妨害している。その支障も同じく絶大なものだ。
支障は計画の狂いはもとい、お前に危害が及ぶ可能性が大いにある。
まあお前がそれを望んでいるのなら勝手にしても構わないが。
発電所みてぇに手加減なんざあしねぇからな!」
「なんか随分とオイラと互角にやりあったみたいに言ってるよな。
ソッコーで負けたくせに。
それに、大して偉くねぇくせになぁ。むしゃむしゃ……」
 僕の背中に乗ってリュックの中身を漁るセキマルは、あのおかっぱの揚げ足を取る。
中身からちゃっかりとモモンの実をかじって「どく」を回復する。
「だが思った以上に苦戦したわけでもねぇな。
見ろ、そこのイーブイなんて防戦一方じゃねえか!
“かわらわり”を“アイアンテール”でぎりぎりに抑えることぐらいしか出来ねえぜえ?
お前のそのウザい涼しい顔すんのもとうとう見納めだなぁ!
アーッヒャヒャヒャヒャヒャ」
「お喋りが過ぎるわよ。G-21。
あなたは黙っているのが丁度いいわ」
 全く、セキマルよりもうるさい奴が乱入してきたな。
上司も困ったものね。
確かにイーブイは“アイアンテール”を攻撃に使っているのではなく、防御に使っている。
僕はそれだけを指示している。
別に、“かわらわり”の威力がありすぎて攻撃に回せないわけではない。
それに何もイーブイに攻撃させようなんて思ってもない。
決定打は、こいつの気持ちに答えやすい奴に打ってもらう。
「まだだ。体の軸を左にしろよ。それともっと屈め。
結構辛いけどお前ならいけるぜ。
自分にも言い聞かせるんだ。俺は出来るって
そしてら力(みなぎ)るパワフルだぜ!」
 私は出来る。私は出来る。私は出来る!
肩からセキマルがエールを送ると、答えるようにイーブイの根性が現れた。
女の子らしくない凄まじい気迫とオーラが滲んでいる。
そして力へと結びついていく。
ニドキングを前かがみにした姿勢より下がっても上がってもない。
定位置に保っている。
これが、マーズの言う隠された強さなのか。

「今だぁ! 打ちまくれぇ!!」

 急に風を切るような音がしたと思ったら、いつの間にかニドキングは倒れた。
結果が発表されたとはいえ、何が起こったのか僕も見えなかった。
賭けは僕の勝ち。
それでは種明かしを見せよう。
倒れたニドキングの背後には、腰を落として息を荒げているリーフィア。
そして、周りに散らばる無数の葉。
「“マジカルリーフ”だと!?
まさか、アイツの攻撃を命中しやすいように、
イーブイもろとも当てずに、確実にニドキングにヒットするために、
“アイアンテール”と“かわらわり”の相打ちの時に、最適な角度を調節したと言うのか!」
 察しがいいと助かるね。君、探偵でもやってみない?
そう、全てのバトルの過程はおかっぱが説明してもらった手順のためだったからだ。
彼女に指示したわけもなく、アイコンタクトを送ったわけでもなく。
直接リーフィアが思いを伝えるように、環境を作って手助けしただけだ。
それを彼女は自ら気づき、行動をとってくれた結果がこれだ。
「ジュピター様! まだ終わっちゃいません。
こいつを本部に運び終えるまでが勝負です。
たとえ動けなくてなっても状況は一切変わったりはしやせん!」
 ガッシャアンという大きい音と鉄カゴが降ってきて、ニドキングを袋の鼠にする。
そして次第にニドキングを入れた鉄カゴは上昇する。
そのカゴの上にジュピターが舞うように飛んで着地する。
しまった。なんとか倒したものの、救済方法を忘れてた。
しかし失敗を悔やんでいたら、あっと言う間に空の彼方へ去ってしまいそうな距離まで飛んでいってしまった。
「今度こそオイラの出番よ。
イーブイ、“アイアンテール”でオイラを思いっきり弾き飛ばせ!」
「えぇ! 気は確かですか、セキマルさん。
何をするつもりなんですか?」
「いいからとっとと飛ばせ! 間に合わなくなるぞ」
 戸惑いながらもイーブイはセキマルの背中に“アイアンテール”を打ちつけた。
その拍子に高々と舞い上がるセキマル。
だがヘリとセキマルの間には、距離は勿論、高さも歴然。
無駄打ちであったと呆れるくらいに足らなかった。
どうしてこんなことをやらかしたのか。
なぜこんな時に空の散歩をしているんだ。
誰もがそうため息し、まだ未熟だからだと理論づけるだろう。
 天才というのは、全く関係のないものを意外な結果に結びつける誘導者。
そして同時に、諦めが悪く秩序に従わない頑固者だと僕は思う。
彼の有名なエジソンは、電気を通すとは思わなかった竹をフィラメントにし、長時間の照明を実現させた。
そんな彼の幼少時代では、あらゆるものに疑問が生まれる日々であったらしい。
鳥を見て、なぜ人間はとべないのか。
数字を数えれば、どうして1+1は2なの。
泥団子を合わせば大きな一個になるのに。
一般人の常識は皆、彼にとって照明し難い秩序。
自分の目で見えない限り、それは常識じゃないという強い主義を持っていた。
そして、常識としてとらえるべきかどうかを実験した。
その最中でも批判があった。けれど彼は諦めず実験を「努力」した。
最終的には、誰も思い至らなかった事実を発見する人生を送った。
それは全て実験し続けた「努力」のおかげだろう。
 セキマルも僕に竹のフィラメント並の衝撃を与えた。
まさか二匹枠しかなかったメンバーに入るなんて。
これもセキマルの影ながらの「努力」が実を結んだ。
だからアイツは「努力の天才」だ。
努力して意外な事実を発見するのもまた、アイツの人生そのものかもしれない。
「うおおお。飛べないサルはただのサルだあ!」
 セキマルの左手首が太陽のように紅く光る。
さあ、見せてやろうぜ。天才のお前が見つけた新事実を。
「カケラ技、発動! 命の炎尽きることのない不死の霊鳥よ。翼に纏う清き炎をお貸しください。
紅い奇跡の翼。その名は、〝れっかのつばさ〟!」
 唱え終えたと同時に、真っ赤な炎がセキマルの両腕を包む。
次になんと器用に両腕を、いや両翼を羽ばたかせる。
偶然なのか、必然なのか。どちらにせよ、自然に高く飛び、速く進む。
その姿は、カントー三大鳥ポケモンのファイヤーのよう。
一つ羽ばたけば高さと速さが二乗したみたいに、ヘリとの距離が一気に狭まる。
しかしあちらもセキマルが接近していることに気づいたのか、速度を上げて距離を保つ。
セキマルも羽ばたく回数を増やすが、思い通りに進まない。
もう一押しで手が届きそうなのに。
やっぱりこれ以上はいかないのか。
とうとう希望を失った。もはやこれまでだと思った。
 なのに、なんでこんなに冷たくて強い突風が吹き荒れてきたのか。
髪は勿論、腕や足、体全体が浮いてきそうな感覚がする。
とても不思議な突風だ。
だがこの不思議な事態はセキマルにもあった。
さっきまで距離を保つだけでも大変だったはずなのに、この突風のおかげでセキマルを運ぶようにぐんぐんと飛行速度が増す。
そのせいか、急速に新鮮な酸素が翼の炎に流れて、より大きな〝れっかのつばさ〟が出来上がった。
 シュボオッ。
 瞬く間にヘリ本体と鉄カゴを結ぶ鉄柵が焼き切れた。
ほんの一瞬の出来事は過ぎたら未知の世界に連れていかれたようだ。
支えを失った鉄カゴは、そのまま落下し始める。
阻止したのか? 未だに現状が飲み込めないが、僕たちは見事に搬送を阻止したのだ。
僕はほんの少しだけ安堵に浸りたかった。
だが、また新たな恐怖を味わうはめとなった。
あの突風はまだ吹き続いているのだ。
しかも今度は強力で、螺旋状に巻き上がっている。
下から風が送り込まれて本当に浮いてしまう。
「ひょわ? ひょわひょわひょわ~! フゴッ」
 人質の男性が突風によって滑られて、壁に衝突した。
その時の鈍い音が何より気になる。
宇宙飛行士の月面移動みたいにゆっくりと、しかしなるべく早急に男性のもとに向かう。
目の前で手を振ったり、大声で話しかけるが応答がない。
だめだ。完全に気を失っている。
しょうがないと、負ぶって運ぶことにした。
直ちに出口まで走ろう。このままじゃ吹き飛ばされてしまう。
イーブイとリーフィアを率いて走り出した数秒ほど、遂に現実となった。
風の冷たさと強さが最高潮に差し掛かった。
僕らは木の葉のように軽々と高く舞い上がった。
このまま落ちてしまうのかと思いきや、螺旋状にぐるぐると回される。
これが洗濯機の中で洗われる洗濯物の心境なのか。
「「きゃああああ!」」
 僕よりも体重の軽い彼女達は、より速くより激しく回されている。
物理上、この「コールドスパイラル」の上空から落とされるかは時間の問題だ。
落ち着け。まず救助できる奴からさっさと救助しよう。
イーブイを確実にモンスターボールに戻しておく。
僕よりもはるか上空に飛び回っているが、ボールの光線でも届くほどで安心だった。
さてここからが問題。
それはリーフィアの救助方法だ。
彼女は誰も手をつけていない野生のため、イーブイみたく安全なボールに戻すことは出来ない。
男性を背負っている僕は、倍近くの体重となっている。
浮かび上がろうと思っても、水中に沈む碇の如し。
少しずつ沈んでゆく運命。
だから自らリーフィアを救うことは不可能と考える。
なら、今飛んでいるセキマルに任せられるのでは。
しかしアイツは、最近飛べるようになった幼い鳥同様。
飛行の維持だけでも満足に保てないから、旋回して戻って来るのにかなりの時間を食う。
だからといってこのまま何も救いに行かなきゃ彼女の身が危うい。
冷凍の風は草タイプであるリーフィアの体力を奪ってしまう。
それで瀕死になったり、落ちて負傷してしまったりしたら元も子もない。
救助に行こうにも困難、放置でも混乱は必死。
これら以外に救済処置が存在するのであろうか。
自分に問い質した途端、ある救済方法が考え至った。
それは、早急救助可能、かつ安全な方法だ。
リーフィアを一時的にモンスターボールに収めること。
手のひらサイズの軽量だから、いち早く上空に舞うだろう。
運よく彼女に当たれば、最低十数秒はボールの中。
モンスターボールは外部からの影響を完全に遮断する。
たとえボールに外傷が及んでも、中身へのダメージはない。
別にリーフィアを捕獲しようとは全く思っていない。
僕がメンバーに入って活躍しそうだと思った時と、相手が意欲的に入りたがっている時しかボールは投げない。
しかし現在、仲間にしたいという心境ではない。
いち早くリーフィアを救うために、僕は速やかにボールを取り出し、渦の中心目がけて投げた。
紅白球体は中心に向かって徐徐に減速し、今度は螺旋状に急加速で回る。
リーフィアとボールが時計の長針と短針のように回って、緊迫の時が近づく。
小さいがゆえか、ボールは気流の乱れを敏感に感じて少々揺れる。
当ててくれるかという心配が込み上げてきた。
そして運命の時は光のように早く訪れる。
突然ボールは彼女を目前として降下する。
 一瞬、この冷たい風でも吹き飛ばしてくれない重い汗が額に流れた。
間一髪リーフィアの後ろ足が当たり、ボールは割れ吸収する。
無事に彼女を収めた。喜びもつかの間、急上昇で「コールドスパイラル」の外に脱出。
これで地面まで落下しても彼女に傷つくことはない。
リーフィアを入れたモンスターボールが地表に弾んだわずか五秒、男性を担いだ僕もやっと地表に足を立たせた。
それと同時に、恐怖のアトラクションと化した「コールドスパイラル」は、何事もなかったかのように波みたいに去った。
まるで意志を持って僕達を降ろしてくれたようだった。
荒々しい降ろし方で有難迷惑に思った中、そんな気もした。
「うう……ひょわっ! ま、眩しい
ここは、ビルの外なのか」
 人質の男性が目覚めた。すぐに僕は降ろして、面向かって確認する。
この人も外傷はなく無事のようだ。
「おお! 君か。君が助けてくれたのか!
よく悪人を相手に果敢に挑んでくれたね。ひょわ~、驚いたよ。
とにかく本当にありがとう。おかげで私のピッピを取られるとこだったよ~」
 目覚めて早々、僕に深くペコペコと頭を下げてお詫びをいう男性。
話によれば自分のポケモンを取れる最中に、僕が乱入したらしい。
「ピッピ? それじゃあ、あなたは自身のポケモンを取り戻そうとしたゆえに捕まえられたと?」
「情けない話だけど、それ図星。
『ピッピは宇宙からきたポケモンだからよこせ』って脅されて……」
「そうなんですか。それとすみません。失礼ですけど、ご職業はどちらに?」
「この街の自転車屋の店長だが」
 ギンガ団の真意が全く見えない!
なぜ自転車屋の関係者を拉致監禁してまでピッピを欲しがっていたのか。
野生ではだめな理由があるのか。テンガン山で折々出会ったことがあったが。
ピッピといえば、月から隕石と共に飛来してきた言い伝えで有名だ。
背中の小さい翼は月光から放たれるエネルギーを吸収して飛んでいるらしい。
『月』。また出てきた、宇宙のキーワード。
最初から思っていたのだが、今確信する。
ギンガ団はただの宇宙マニアでも宇宙関連の事業団体でもないことを。
ヤツらの行動は大小様々で目的の見当がなかなかつかめない。
谷間の発電所での膨大な電気の強奪。イーブイ・ニドキング・ピッピの捕獲計画。
これらが宇宙とどのように関わるのか。ヤツらの「理想」を基づくものなのか。
いいさ、これから暴いてやるんだから。
このまま好きにしたら、このシンオウ全土が巣食われるような、そんな嫌な予感がするから。
「店長は、以前に宇宙関係の仕事の経験とかはありませんか?」
 僕はギンガ団の足取りとこれからの行動を読むために、出来るだけ情報を取ろうと店長に訊く。
「いやいや。そんな偉い仕事に就いたことはないけど、天体観測っていう趣味はあるな。
私も小さい頃から宇宙に興味をもって、夜が更けってはテンガン山に登って望遠鏡を眺めたよ。
そして結構前にその観測途中でこの子と出会ったんだよ。
だから私にとっては友達みたいな存在なんだ。
それと友達を助けてくれた君に、是非お礼をさせてくれ。
君、トレーナーでしょ? 全部のジムを回るんでしょ? ここのジムも挑戦するよね。
南にあるクロガネやヨスガも勿論行くよね?
そこらに行くためには自転車専用道路のサイクリングロードがあるんだけど、自転車持ってる?
良かったら最新の四段階ギアチェンジの折りたたみ自転車をあげるよ。
持ち運びが嫌ならレンタル貸出の無料券を差し上げるよ。
とにかく遠慮いいから、ポケモンセンターの前の店に来てよ。待ってるよ!」
 と、僕の質問の“カウンター”並に喋った挙句、自分の店に行ってしまった。
おかげでまた目ぼしい情報は得ず。
まあ無事に帰らすことが出来たからいいか。
あ、帰らすというと、リーフィアは?
そう思い、辺りを見渡し、道路に球体らしきものが転がっていた。
ボールは開かれていない。これはどういうことだ。
ボールの元に行き、手に取っても変わらない。
もしやと僕はポケモン図鑑を取り出して開く。
予想は的中した。リーフィアの捕獲が成功した。
図鑑の画面に捕獲済みの印が映し出されたのだ。
ボールのスイッチを押し、リーフィアを出現させた。
間違いなく彼女だ。出されて早々、背筋を伸ばしたり、体を震わせたりしてからこちらに顔を向ける。
「テヘ、捕まっちゃった~」
 舌を出してそう呟くリーフィアであった。
「イ~ちゃ~ん! 大丈夫ぅ?」
「ハクトー! こいつ正気に戻ったぜぇ!」
 後ろから聞こえる二つの異色の声。
振り向けば、ニドキングとセキマルが走ってくる姿を目にした。
するとリーフィアもニドキングに向かって走り出した。
二人が接触すると、リーフィアは泣き出した。
ゴメンね、今までゴメンねと謝罪を連呼する。
対しニドキングは慰めるように彼女の頭を撫でる。
事情を知らない僕とセキマルは、ただ二人を見守るだけ。
けど、よかったね。ちゃんと想いが伝わって。
「ハクト隊長。任務遂行完了であります」
 足下にやってきたセキマルは胸を張って敬礼する。
それじゃあ僕も応じて。
「ウム、よくやってくれた。セキマル准尉。
だいぶ技のキレが良くなったではないか」
 このおかしな空軍ごっこもコミュニケーションの一つ。
リーフィアが泣き止むと、二人一緒に僕の元に集まる。
「ハクトさん、ワタシ達相談したけど、連れてって下さい。
捕まえられてなりゆきにってわけじゃないけど、このまま森に戻っても何の意味もないと思うんです。
もう分かってるのと思うけど、ワタシとニド君は友達なんです。
だから、会えてとても嬉しかったけど。森に戻りたいけど。
ワタシ、強くなりたいんです!
ハクトさんの連携プレーを見て感激しました。
この人なら、古い自分の皮を脱ぎ捨て、新しい自分になれると思ったんです。
ワタシ、以前に一人の友達を亡くしたことがあるんです。
大好きでいつもそばにいてくれた友達を。
その時はもの凄く悔みました。
それは自分が他人を守る力を持っていなかったからと。
今までその力を求め続けてたんです。
いろんなことに苦悩している中、ハクトさん、そしてセキマルちゃんに出会った。
セキマルちゃんはヒコザルでありながらも、あんなに強く、自信に満ち溢れていた。
羨ましく、そしてハクトさんがボールを投げて捕まえられた時、嬉しく思いました。
だから、このままワタシを連れて行って下さい。
ワタシはこれ以上、大切なものを失いたくない!
守る力が欲しいんです。
ううん、身につけなければいけないんです」
 君がそんな思いで入りたいのならば、僕は拒んだりしない。
厳しい特訓や絶対的忠実を承知の上と考えていれば、大歓迎だ。
「これからよろしく頼むよ、リーフィア。あ、『イー』っていうニックネームで呼ぼうか?」
「入れてもらえてありがたいのですが、ごめんなさい。その名前は昔の名として捨てました。種族名でも結構です」
 愛称の話になると途端に暗い表情で俯く。
友達を亡くしてよほどがっかりしたのか。それとも名前を通して過去の自分を憎んでいるのか。
「おい人間。イーちゃんの満足のいく実力にならなかったら、俺がかわって承知しねぇからな。
助けられたとはいえ、基本人間は信じきってねぇからな」
 睨んでいるように見えるが、密かに期待を寄せていることが分かる。
本当にいい友達をもっているな、リーフィアは。
そしてもう一人の、亡くなった大好きな友達も、きっと彼女のことが好きだろうな。
最後にリーフィアとニドキングはお互いに満面の笑みを送って、彼は深い森の奥へとゆっくり溶け込むように消えた。
「あら。そこにいるの、ハクト君? 久しぶりね」
 後ろからまた、今度は女性の声が聞こえた。
振り向くと、金髪の長髪に黒いコートをはおった、長身の女性がやってきた。
決して初対面ではないことが分かる。
品があり、かつどことなく威圧に似たオーラをまとっているこの女性は。
「ああ、シロナさん! シロナさんじゃありませんか」
 そう、四年前に戦ったシンオウ最強のトレーナー。
リーグチャンピオンのシロナさんが今目の前にいるのだ。
「ふーん。君にしては意外に可愛い子達を連れているね。
今この子達と一緒に旅しているの?」
 足元にしゃがみ込み、セキマルとリーフィアを撫でる。
「シロナさんはハクタイに何か用でもあるんですか?」
「私ね、趣味でポケモンの神話を研究しているの。
近くにハクタイのポケモン像があるんだけど、今日はあれを調べに来たってわけ。
形作った像はポケモンなんだけどね、大昔の人が発見したポケモンだそうよ。
シンオウにはポケモン像の他、いろんなところに遺跡だの神話に関する文献がたくさんあるの。
それを物好きに訪問したり閲覧したりするの。
ところで話が変わるけど、実はハクト君に前々から会ってみたいっていう理由も含めてここに来たの。
これを渡しに来たくて」
 そう言ってシロナさんは鳥かごの形をしたショーケースを差し出す。
そしてその中身に、いくつか大きな斑模様のついた楕円球の何かが入っていた。
けど僕はその何かの正体を知っている。
これまでに何度も見てきたそれを忘れないわけがない。
「タマゴよ。君ならきっと良い子に育てられるわ」
 自転車屋店長のピッピ、リーフィアのニドキング。
僕は彼らみたいに、こいつとお互いに信頼できる『友達』になれるかな。
新たな命と同時に新たな仲間が加わると思うと、新鮮にそう感じた。



人齧り編  完結

掻凍り編に続く


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Last-modified: 2011-01-07 (金) 00:00:00
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