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七光の軌跡 雨浸り編

/七光の軌跡 雨浸り編

by緋ノ丸


七光(ななひかり)軌跡(きせき) ()(いち) 雨浸(あまびた)り編 


※この作品は流血・グロテスクな表現などが少々含まれていますのでご注意ください。


 はぁ、はぁ、はぁ。
急げ急げ。あいつ等に追いつかれる前に。
走れ走れ。どんなに体が傷つこうが。
泣くな泣くな。いつまでも過去を嘆くな。今は前を見ろ。
 痛っ。
 休むな。早く足を動かせ。
月を眺めている暇があるなら早く。
あぁ、うるさいうるさい。私も、早く終わらせたい。
終わらせて、早くあのひとに会いたい。
なのに、なのに。足が、目が、勝手に休むの。勝手に見るの。
あなたも分かっているでしょう。
 私は今まで、誰かを裏切ったことは一度もなかった。
だから、皆、私を信じて期待している。
期待しているから待っている。必ずやり遂げて帰ってくると信じて。
だけど、頑張っているこっちの身にもなってよ!
いろいろ我慢して、涙を見せずにがんばった。
そして、やっと幸せになれたと思ったのに、ナンデ!? ドウシテ?!
なんで、あんなことになるの? こんな仕打ちがあってたまるか!
やっと一緒になれると思ったのに! 思ってたのにぃぃぃ!!
 ごめんね……言い過ぎた。
今日はこれくらいにして、いっぱい泣こう。
泣いて、泣いて、泣いて、辛かったことも、悔しかったことも。
全部、この岩にぶつけるんだ。思いっきり。
 今日は雲一つもなく、月がきれいだ。明日も晴れそうだ。
 だから、明日もがんばろう。
 涙を零して……オヤスミ。


 ザッ、ザッ、ザッ。
 額に汗が流れていくのを感じた。こんなにも熱い日差しが体に容赦なく降り注いでいるんだ。
無理もない。一歩一歩、歩く度に体が火照っているみたいに暑い。
半そででも暑い。リュックを背負っている背中はもう、汗で楕円を描いているに違いない。
っていうか、18度ってこんなにも暑いんだ。水、持ってくりゃあよかった。
「お~い。ハ~ク~ト。もうすぐだぜ! へばってんじゃねぇぞ」
 顔を上げると緑に染まる草っ原と真っ白の門が目に映る。
門の前には、小さな影が手を振っている。
その影が人間ではないと、すぐに分かった。ポケモンだった。小さい人型の。せいぜい半mくらいあるだろう。
そのポケモンのいる、あの門に向かって歩いているのか。ようやく思い出した。
 けれど、一歩歩いた途端、急に感覚が薄くなっているように感じ、横に倒れそうだった。
その時、背後から誰かにポンと肩を小突かれた感覚がした。そいつもポケモンだった。しかも、人間と同じくらいデカく、同じく人型だった。
「大丈夫か、ハクト。町はもうすぐだぞ。リュック、持ってやろうか?」
 話しかけているポケモンは心配そうに顔を覗き込む。そして、そのポケモンは肩を貸そうと思い、横に寄って来た。
その気遣いを無視して、前を睨んで歩く。
 気づけば、あの白い門をくぐっていた。すると、さっきは吹きもしなかった、少し寒く、けれどちょうどいいぐらい涼しい風がふいている。
その風に当たった瞬間、体のだるさ、熱さが吹き飛び、軽くなったような感じがした。
 不意に足が止まり、二、三度深呼吸する。最後に胸いっぱいに息を吸って。
「暑かったー!!」
 と叫んだ。
「あのさぁ、普通そこは、『着いたぞぉ! くそったれ~!!』じゃねぇのか?」
「『くそ』は余計じゃないか?」
「『ったれ~!!』」
「……」
 今、息を整えるために、もう一度深呼吸している間、さっきの二匹が漫才のような会話を交わしている。
聞いているこっちは全然、オモロくもない。
その二匹を無視して180度体を回転し、あの白い門の裏を目にする。
『ようこそ! 鮮やかに花香る町 ソノオタウンへ』
 自然に笑みがこぼれる。そして、反回転に180度体を戻す。
「じゃあ改めまして、着いたぞぉ! くそったれ~!」
 二匹はププッと笑い、皆で一回深呼吸をする。
その次に、吐息にしか聞こえないような「せ~の」で二匹に合図を送る。
「「「着いたぞぉ! くそったれ~!!」」」
 三人(一人と二匹)の見事に重なった『くそたれ』は、遥か遠くに広がる花畑にまで響きわたっていた。
「噂どおりに咲き乱れている花畑だよなぁ。あの中に寝そべって“こうごうせい”する夢がとうとう叶うんだなぁ」
 足元でロマンティックでのんびりとしたことを呟いているこのポケモンはヒコザル。
ちなみに愛称(ニックネ―ム)は『セキマル』。
さっきのように、たまに先走る時もあるが、バトルになれば心強いやつなんだ。
「セキマル、お前は一応炎タイプだから“こうごうせい”は覚えられないだろ。
なんなら、いっそ生き埋めにし、お前自身の肉体の栄養で植物に生まれ変えらせてやろうか? 光合成したければ」
 そして、こっちのデカイポケモンはルカリオ。
愛称(ニックネ―ム)は『ソウル』。
この世で知らないものは何もないといえるほど知識があり、付き合いが長いパートナー。
「ぅおっ、凄く怖い発言。それにしても、ホント綺麗な町だよな。
後でさ、ここで有名なフラワーショップにでも寄っていこう。そこで少し休もうよ」
「お前、女か。まぁ、いいだろう。さっきまでここに着くのに千鳥足で歩き、
汗水垂らして頑張った体力のない御主人様のために一日ぐらい休ませてあげましょう。
後、今のうちにいうが次のジムのハクタイは三匹制だぞ。どうぞ、指を折って数えても構いません。
明日から何をやればいいのか、よーく考えて下さい」
 とソウルから指摘された僕の名前はハクト。もちろん人間であり、この二匹のトレーナーだよ。
フタバタウンっていうところから来たんだ。今ジム巡りの旅の最中、といってもバッジはたった一個しかないけれど。
 しかし、実家には沢山バッジがある。ということは最近、旅に出たばかりの初心者ではないということ!
バッジの種類はカントー、ホウエン。後、ここシンオウのバッジもすべて獲得済み。
なら、なぜまた集め直しているかだって?
 実は、四年前にシンオウのポケモンリーグで四天王全員撃破し、殿堂入りを賭けチャンピオンと戦えることになった。
けれど、ただでさえ強い相手に僕は焦り、誤った判断をしてしまい完敗。
自分の未熟さを思い知しった。
この悔しさバネに他の地方の全てのジムへ行き、全てのバッジを獲得し、見事二年間でカントーとホウエンの両リーグを殿堂入りした。
そして、シンオウに戻り四年前のリベンジを果たすべく、新たなチームで旅に出た。
それが今いる、セキマルとソウルの二匹。これからどんどん仲間を増やし、そのチームで今度こそ、殿堂入りする。
 これが僕の理想。
「なぁハクト、あれナンダ?」
 セキマルはソノオタウンの東ゲートの向こうを指差した。爪まで立っているその指の行方を追う。
それは、小高い丘にある白い風車だった。しかも一つだけではない。数台の風車がブンブン回っていた。
その姿が脳裏に焼き付く。そして過去の記憶が蘇ってくる。今まで旅をして来て、町には個性があることを知った。だからすぐに思い出した。
「あぁ、あれって確か谷間の発電所にある風力発電のための風車だよ。風を使って電気を作るんだ。
あそこは強い風が吹いてくるからね。それに、ある一定の曜日にフワンテというポケモンの群れが
風に乗って発電所に訪れるっていう噂があるんだって」
「フワンテといえばゴースト・飛行タイプを持ち、“かぜおこし”を覚えられる。
次のハクタイジムは草タイプを使い手とするから、一度そこに行ってみないか?」
 とソウルはフワンテのデータを読み上げ、発電所に行くことを勧める。
そっか、次はハクタイシティに行くんだっけ。ソウルに言われるまで忘れてたわ。
 草タイプは多くの弱点が存在する。毒、虫、氷等々、初心者には扱いづらい。
逆に弱点だらけのタイプでも上手く使えば、勝てることも。
ジムリーダもあえてそういうタイプを育てて挑むこともある。
旅に出て間も無い頃、有利なタイプばかりのポケモンを連れて行って、勝てなかったことも少なくない。
 気を引き締めないとな。
「ぃよおぅし。次のジム戦に向け、そのフワンソとやらをとっ捕まえに、早速レッツ・ゴオオォォ……!」
 途端にセキマルは砂煙を巻き上げ、あっという間に東ゲートの向こうに走って行く。
「あぁっ! ちょ、ちょ待てぇ。まだ着いたばかりで休んでもないのにぃ。
それに『フワンソ』じゃなくて『フワンテ』だー!」
「やれやれだぁ……」
 そして僕とソウルはセキマルを追い、発電所に向かった。








 ソノウタウンの花畑は噂以上に凄かった。どこを見ても花、花、花。
けど見飽きたくないほど綺麗だ。
205番道路に入った。
 あの後セキマルは道のド真ん中でバテたようで、大の字で横になっていた。
しょうがないと、ついでにソウルもボールに戻したとゆう訳。
 目の前には白くて大きな風車が数台、ブンブンと高速で羽が回っている。
風車から送られる涼しい風が吹き、木々や花達が揺れる。
おもわず僕は深い深呼吸をする。
鼻の奥が居心地の良い草木の香りで、充満する。
胸いっぱいの空気を吐いて、また大きく深呼吸する。そして鼻がまた違う、花の花粉の匂いと、

 生臭いにおいで充満した。

 異臭が気になり、咄嗟に後ろを振り向いたが花畑以外、なにも目に映らなかった。
気のせいかと思い、前を向き歩こうかと思ったその時。


 ガサ……ザザザ。


 草が風で揺れているには、やけに重みがある音。
明らかに草の中に『何か』が潜んでいる。
振り向こうと思うが体がいうことをきかず、硬直する。
ついに腹をきめて、体を捻りだそうとしたその矢先。

 ドンッ。

「おわっ」
「キャッ!」

 急に左足に違和感を感じたと思う前に、僕は尻もちをしてしまった。
「ぃつつ……」
 僕は尻を擦りながら今の状況を確認する。
すると、目の前には、ポケモンがいた。
 四つん這いのポケモンだった。
小さかった。
毛が茶色だった。
だが首周りの毛だけ白かった。

 『イーブイ』だった。

 ポケットにある図鑑を取り出さなくても分かっていた。
しんかポケモンとよばれている。
その名の通りに、不安定な遺伝子を持ち、現在は七つの進化系の存在を確認している。
生息地もなぜこんな遺伝子になったのかも、未だに不明である。
数もそんなになく、特に雌は非常に少ない。
最近ではブイズというイーブイを含む、その進化系を集めるトレーナー数多くいるらしい。
今目の前にいるイーブイは雌か雄すら分からないが、珍しいことには変わりない。
「き、君、大丈夫?」
 少しずつイーブイに近づき優しく声をかける。
声に反応したのか、イーブイはビクンッと体を大きく震わせて後退りする。
「い……いやあぁ」
 雌だった。
 さらに後退するイーブイ。
彼女の目を見ると、それはどんよりとして光さえも感じない暗い眼球だった。
僕はもう一度近寄る。
 すると彼女の体毛に、不規則に浮かび上がる複数の赤黒いシミがあったことに気がついた。

 え……血?

 最初は見間違いだと思ったが、いや、あれ本物?
彼女はガチガチと歯をならし、ガタガタと体が震えて、
目は、これから起こる不幸に絶望するかのように僕を見ていた。
 そんな彼女に大丈夫だよともう一度声をかけようとするが。

「いやあああぁぁ!!」

 突然、叫び出すイーブイ。あまりにも唐突であったから、僕は思わず耳を塞いだ。
相手は雌だ。こんな近距離で甲高い声を出されちゃ、鼓膜が破れそうだ。
彼女の両前足は頭を掻き毟るかのように、髪の毛を乱していく。
「もう嫌ぁ。いや。私をどれだけ生かせるつもりなの? お前達は何が目的なの?
ここまでズタズタにして死なせないつもりなの? そうなの?
私の命が欲しいなら、くれてやるわ。早く私を殺してよ!」
 え?
 耳を塞いだ両手はしだいに耳から離れる。
『殺す』。そんな物騒な言葉がイーブイの口からはっきり言っていた。
それは僕に対して言っているのか?
正解ならば、大丈夫。こんなにも幼い君を僕は殺せない。
この子は途轍もなく、辛い思いをしてきたのだろう。
だが、言っていることが全く分からない。彼女を困らしている『お前達』しか知らない事情。
 イーブイは嫌、嫌、と叫ぶ度に頭を掻き乱す。
が、さっきまで髪の毛を乱していたイーブイの両前足の動きがピタリと止んだ。
そして、イーブイはゆっくり顔を上げ、両前足の肉球の面を見つめる。
「イヤ、もう、誰も……誰も……殺さないで!! うわああぁぁ」
 今度は泣きわめいてしまった。
こんなにも、今でも狂いだしそうな声を上げさしているのは何処のどいつなんだ?
僕はいつの間にか右手の拳が、指の根元を食い込むかの様にグッと力をいれているのに気づいた。
はっ、今はそれどころじゃない。
「い、イーブイ。落ち着いて。僕は君を殺したりはしない。君には何もしないからどうか落ち着いて。
僕を信じて!」
 何言っているのかな……僕は。
出会って間もないのに、『信じる』わけないだろ。
けれど、どうしよう。どうしたら泣き止むのか。
僕はとうとう戸惑いを隠せられなかった。

 ジャラ……ジャリ。

 イーブイはまだ泣いている。
にも拘らず、後ろからはっきりと足音が聞こえた。
最初は気のせいかと思ったが、二つ目の足音で確信がついた。
「あ、あの、すみません。助けて……」

 バチンッ。

 振り返って助けを求めようと後ろに振りかえるが、
突然、大きな音が鳴り響き激しい光がした。
その瞬間、目の前が真っ黒に塗りつぶされたのだ。

 あれ……?
もしかして、僕死ぬのかな。
 死ぬって感覚、こんな、も……ん、なん……だ。












 あれから何時間経っていたであろう。ようやく重いまぶたが開く。
それから、横になった重い体を起き上げる。
目の前には真上に向かって、思いっきり花びら開く花達の姿があった。
僕は暫く辺りを見渡す。
花畑以外なんにもなかった。
すると、正面からなんの前触れもなく涼しい風が吹いてきた。
 僕は今まで何をしていたのだろう。
以前の記憶を辿っていく。
あれ、生きてる。
けど首辺りが少し痒い。
そして、最も重要な事を思い出す。

 イーブイの泣き声が聞こえない。いや、姿も見えない。

泣き止んでどっかに逃げたのだろうか。
いや、そんなはずない。
なぜ?
意識を失う直前に背後から、何者かが攻撃をしかけたから。
それとイーブイとなんの関係がある?
大ありだ! 僕を気絶させ、人の目を気にせず、なにか都合の良いことをしているに決まっている。
 その『なにか』とは。
二通りある。
一つは、後ろから襲った犯人がポケモンなら『誘拐』。
二つは、同じく後ろから襲った犯人が人間なら『捕獲』。
いや、人間ならば、まずトレーナーに攻撃するなどありえない。
他のトレーナーに邪魔されずにゆっくり捕獲する。
そこまでしてイーブイを捕まえたいのか?
それに攻撃そのものがたまたま当たったのではないか?
だったら、なぜ息まで殺して近寄って来た?
分からない。
「そう一人だけ悩むなよ。俺達がいるじゃねえか」
 不意に声をかけられ、ドキッとした。
後ろを振り向けばソウルとセキマルがいた。
 いつの間に出てきたんだ、お前ら。
「ねぇ、二人に聞きたい事があるんだけど、さっきいたイーブイを知らない?」
「人間が、モンスターボールを使わず、強引にイーブイを捕まえ、連れ去った」
 ソウルは唐突に訳の分からない事を言い出したが、すぐに意味を把握できた。
 犯人は人間だった。
ボールを使わないなら、それは『捕獲』の範囲に入らない。
『誘拐』と見做(みな)す。なんてヤローだ。
 そして、僕はソウルのその冷たい一言があまりにも気に入らなかった。
「見てたの、見たの? なら、なぜ助けないんだよ!
見てたのにも拘わらず、助けろよ! 起こせよ! なんで見殺しにするんだよ!
お前らポケモンだろ? なんで仲間でもあるイーブイを……」
「出来たらとっくのとうにやってるって!!」
 セキマルが怒鳴り出す。
「オイラ達は自由にボールを出入りできる訳がないんだぜ!
オイラ達が現にここにいるのは、ハクトが起き上った時にスイッチがは入って出てきたからだぜ!
オイラもポケモンだ! 真っ先に助けようと思った。なのに、見てるだけでしかできなかった。
あの時、オイラがボールに戻らなければ、ギタンギタンにやっつけたのによぉ!
クソ、くそ、くっそおぉ!!」
 セキマルは大粒の涙をボロボロと零し、大きく足を地団太を踏む。
 そうだ。こいつ等はなにも悪くない。
なのに、僕は何を怒っているのだ。別にその連れ去られたイーブイが殺される訳でもないのに。
なぜ『見殺し』なんて口にしたんだ。
僕は姿勢を低くし、涙でグチャグチャになりそうな顔をしたセキマルの目を見る。
「ごめん、セキマル。僕が言い過ぎた。悔しいのは僕だけじゃなっかたね。
けど、今度は話してくれないか?僕には知らない、君たちが見た真実を」
 そう、僕は助けたい。
あんな汚いやり方でイーブイを捕まえたヤツを追い、やっつけ、イーブイを救う。
僕は決意した。
僕は左腕に付けたポケッチのデジタル時計を見る。
丁度10時。
 その後、セキマルが信じ難い言葉を口にした。
「ていうかさ、いくらなんでもその……イーブイ? が珍しいからって、首に“でんきショック”を
あたえてまでゲットしたいなんてな。イーブイってすっげーポケモンなんだなぁ」
 え、なに? “でんきショック”?
「ちょっと、セキマル。それ、どういう事? “でんきショック”ってなんなの!
順を追って説明しろ! 何それ?」
 それって、ポケモンの技だよね? 電気タイプのだよね?
しかも首? それで僕、気絶したの?
テレビとかで見たことあるけど、本当の本当に『最悪』の場合、死に至ることもあるよ、“でんきショック”。
威力は最弱だけど、種類が違えばかなり差もあるよ。
それを後ろからだよ。どんなポケか知ったこっちゃないが、本当で殺す気なのかよ!
 いつの間にか僕の両手が、セキマルの両肩を掴みユッサユッサと大きく揺らしていた。
するとソウルが僕の腕を横から抑え、前に乗り出す。
「落ち着け、ハクト! ちゃんと説明するから口を閉じろ」
 僕は言われるがまま口を閉じた。
するとソウルは、ゆっくりとはいえないが丁寧に喋り出す。
「ハクト、あのイーブイに関してなにか感じとれなかったか?」
 ソウルの言っている意味が少し分かった。
「あの体の様子じゃ、ただごとじゃないと思ったよ。
あれってやっぱり、血なのかな? 特に右前脚が濡れていたね」
「『体』からではない。『心』からだと聞いている」
 意味不明だった。
ソウルは僕の顔を見て一つ溜息を吐く。なんだよ。
「ハクト、悪い。単刀直入に言うが」
 ソウルの眼球がギラリと僕に向く。
僕はゴクリと唾を飲む。

「あのイーブイに、近づくな」

 え?
 『近づくな』、『ちかづくな』、『チカヅクナ』。
唐突に何の前触れもなく、ソウルは確かに言った。
いや、聞き間違えではないのか?いくらソウルでもそんな冷たい事を言う筈がない。
「聞こえなかったのか? ならもう一度言うぞ。よく聞け。
あのイーブイに、もう近づくな」
 今度はハッキリ、ゆっくり喋った。
 なんだよ、それ。今、イーブイを助けに行こうっていうのに、なんでだよ。
警告のつもり? お前は何を僕に訴えているんだ。
いつの間にか僕は怒りが込み上げてきた。
 いかんいかん、さっき謝ったばっかなのに。
冷静になれ、ハクト。とりあえず話を進めよう。
「近づくなってどういう意味? お願いだから早く事情を話してよ」
 暫くソウルは固く口を閉じ、ジッと僕の目を見る。
すると数秒もしない内にソウルの口がまた動く。
「ホントに知らない様だな。すまん、ハクト。次はちゃんと話す。だから、冷静に聞いてくれ。
ボ―ル内にいた俺は、どんなに強く波導を出しても、ほんのわずかしか情報を得られなかった。
ルカリオとして俺は無念だった。ロクに助けにも行けなかったのに。
だが。これだけは分かった」
 いつの間にか、ソウルの目頭にうっすらと涙が浮かんできた。
「あのイーブイは、かなり人間を嫌っている。
迂闊に近づけば爪や牙で襲い掛かり、無事に五体満足で帰れる訳がないくらい、嫌っている。だから近づくな」
 五体満足で帰れない?
冗談は休み休みにしてくれ。お前達も見ただろ、あの怯えた顔を。
一歩近づいても、襲って来るどころか怖がって退いたんだぞ。
それなのにソウルは、イーブイからそんな怖いオーラを感じたとでも言うのか?
牙を剥き、爪を立てて襲いかかる? 想像もつかない。
「俺も最初はそう思った。しかし、ハクトが気を失っている間、
もう二人の人間がきたのだが、イーブイはその後豹変したかの様になんと、戦ったのだ。
十分以上、三人相手によく頑張って戦った。
だが、結局イーブイは力尽きて捕まり、あそこの発電所に去っていった。
これが全てハクトの知らない真実だ」
 信じられない話だが、今のソウルの眼に嘘は吐いていなかった。
僕にも感じる、見える。ソウルの眼に映る、イーブイの勇姿が。
大人三人相手に必死に抗い、戦った。そう、それは『舞』。それは踊るかの様に戦ってた。
その姿は、とても美しかった。
 僕は何を考えていたのだ。
僕はポケモンが好きだ。なのに見ず知らずの野良ポケ(イーブイ)が心配だからって、
相棒(パートナー)の失敗だと怒鳴り、挙句の果てに言っている事を信用すらしない。
どうしようもないな、こりゃ。親として失格だ。
そう落ち込んでいる僕にソウルは肩を叩いた。
「もう気にするな。それに話はまだある。よく聞けよ。
『誘拐』をしたその三人だが、妙におかしいんだ。さっき発電所に去ったって言った話をしたが、
ハクトが起きている今でもそいつ等はなんの動きがないんだ」
 え? それって、つまり。
「まだ、『ヤツら』は、あそこに居る!」
 ソウルは大きく腕を振るい、真っ白な建物をビシっと指差す。
『ヤツら』。そんな言葉を聞いて思わず息を飲む。こんなにも近くに敵がまだ潜んでいる。
心臓はこれ以上にないくらい高鳴っていた。
今からでも十分に、助けられる。
「――行こう、二人共!」
 ソウル、遅れてセキマルもコクンと頷く。僕が走り出せば二人も付いてくる。
走っている間、もう一度二人に謝罪しようとするが「いつでも聞いてやるから」と言いたげな顔をするセキマル。
 ありがとう。
 今はやるべきことに集中しろ、だね。
僕はセキマルに犬歯も見せびらかすかのように笑い返した。
前を向けば何本も立ち並ぶ風車の間にちょこんと置かれた白い二階建ての建物が次第に大きくなっていた。












「……」
 僕は息を殺し、ゆっくりと窓に近づき中の様子を確認しようとしたが、
シャッターが下されていて中の状況が全く分からない。
仕方なく入口に戻りセキマルと合流する。
「だめだったかぁ」
 セキマルは両手を頭に組み、一つ大きなあくびをする。
僕はつい軽い溜め息をしてしまう。途端に、目を瞑り波導を送り込んでいるソウルに目を配る。
彼はどうなのだろう。そう思った瞬間、彼はこちらの目を見てから小さく顔を横に振る。
「無数にある強い電波が邪魔で中に誰がいて、何人居て、どこにいるのかすらも分からなかった。
すまん役に立てなくて」
 御手上げの様だ。
「いいよ、こっちもさっぱりだったし。だけど情報が一つもないとすると、かえって不安だな。
間違いないんだよね。この発電所にまだ『ヤツら』がいること。
むぅぅんん、むむむ。
やっぱり窓からもう一度調べに……」
 その時、急に体が氷つく。冷たくは感じないが突然硬直する。
 なんだ、この感覚。体中からヌメリと汗が出てくる。そして耳が幽かな声をキャッチする。
「……ーブイ……どう……?」
「さっきまで……~、もう、オイ」
「心配……ぉ。……だぁ」
 聞き覚えのない二人の声。両方男だ。何か会話していた。
どこから? ドアから聞こえた。すぐ近くにいる。
二人は何について語り合っているのだろう。いや、全部聞こえていた筈だ。
間違いがなければ、こう話していただろう。


 そのイーブイの様子はどうなってる?

 さっきまであんなに暴れてたのにな~、見ての通りもうバテて寝込んでいる。ってオイ、そう乱暴に扱うなよ。

 心配すんな、わーってるよぉ。司令室に移動するだけだ。しっかり見張っとけよ。
 しかし、なんでこんな変哲もないこのポケが、計画に欠かせない重要なカギになるのか、
 さっぱりだぁ。


 流石はルカリオ。いや、流石はソウル。
さっき聞いた話が見事に噛み合っていた。それにイーブイは今、建物内(司令室)にいる。
だが一つ、寝耳に水的な事を耳にした。
 『ヤツら』はある計画を立てて、イーブイはその計画の成功を左右する重要な『カギ』だと。
正直、驚いてしまった。
まだあの二人は喋っているのか?
そう思いドアに近づいてドアに耳打ちしようとしたが、その刹那。
ガチャリという音がしたと思ったら、いきなりドアが開いた。
開いたドアからヌッと何かが出てきた。それは、変な格好をした『おかっぱ』だったのだ。
 まさか、さっきの二人の内一人がコイツ?
「ん? なんだ、お前は。って、えぇ! お、お前は確か、あの時くたばったと思ったが。
こ、この死にぞこないが! ここでもう一度叩き潰してやる。勝負!」
 彼はモンスターボールを投げた。出てきたのはエレブー。
なるほど。じゃあ僕を襲った奴はアイツか。あのエレブーの“でんきショック”で。やるねぇ。
「じゃあここでカリが返せるってワケか。フッ、上等じゃねぇか。受けてやらぁ。
いくぞ。セキマル、バトル・イン!」
「オーケー、任せな」
 僕の指示に反応したセキマルはエレブーとの適切な間合いをとり、戦闘体勢に入る。
その後、二匹はじりじりと少しずつ間合いを詰める。
「“かみなりパンチ”」
 おかっぱはエレブーに指示を出した。エレブーは拳にビリビリ来る電気を溜めて殴り掛かって来た。
「“かえんぐるま”!」
 紅蓮と呼べるほどの紅い炎がセキマルの体を纏い、目にも止まらぬ高速回転を繰り出しエレブーの“かみなりパンチ”とぶつかり合う。
セキマルは更に回転速度を増し“かえんぐるま”の威力を上げ続ける。
威力が増し続ける“かえんぐるま”を抑えきれなかったエレブーは、腕から体全体へ、一瞬の内に炎に包まれる。
その後セキマルは大きく後ろにジャンプし、空中で三回転回る。そして僕の足元に着地した。
まるで体操選手の技を見ているかの様だった。それくらい余裕なのだろう。
うん、悪くない。10・0! なんてね。
 そのままセキマルは体勢を整え次の攻撃を仕掛けようとするが、
エレブーが同時に倒れてしまう。
おかっぱは慌ててエレブーをボールに戻す。
「かぁ、くそ~。育てが甘かったか。それより早いとこマ―ズ様に報告に行かねば。
オイ、ボウズ! 俺を追ってもコテンパンにやられるだけだから、付いて来ても無駄なだけだぜ」
 おかっぱは乱暴にドアを開けて発電所の中へ走り去って行った。
って、えぇ?
“かえんぐるま”一撃で戦闘不能?
一体あのエレブ―のレベルの数値でいったらいくつなのだ。
 まだ何も進化していないポケモンの、“かえんぐるま”一撃でダウンするエレブーは見た事も聞いた事もない。
しかし、ついさっきまでそのエレブーを見たか。
未だに信じられん。開いた口が塞がらないくらいに。
それとも自分がそれなりに強かったのか? いやいや、違うな。
 話を変えるが、たったの11行という途轍もなく短いバトルの前におかっぱ達が会話していた内容と発電所の広さを考えれば、
そいつ等は数人くらいのグループどころではなく、もっと人数が多い『裏』の組織にあたるだろう。
とにかく、先へ進まなければ何も始まらない。
僕は周りに誰も居ない事を確認し、ゆっくりと入口から侵入する。
さっきまでヒヒヒと笑ってたセキマルも僕の後に続く。
 でも、やっぱり、弱いでしょ。アイツ。
プックックック。あっはっははは!




 建物の中は意外に広い。それに道はまるで迷路の様に入り組んでいる。
下手したら迷子になるかもしれない。
そうすると敵に見つかり易くなり、捕まったら助けようがない。
慎重に歩かなければならない。
と、言っても、ある程度歩いても足音は殆ど聞こえないと思う。
なぜなら、ここは風力発電所だから。だけ言えば分かるかな?
大概の風力発電所は多分こういう仕組みだと思う。
 谷間(ここ)に来る最低風速1・5m/秒以上の風があの大きな風車を回します。
風車が回った分の回転運動をナセル*1内部にある発電機に電気を変換し、
室内等にある変圧器等の変電装置が変電し、家庭や工場に電気が送られるというシステムになっています。
さらに余談ですが、ブレード(羽)を回す風の電気のエネルギーは風速の三乗に比例すると言われています。
つまり、風速が二倍になると出力する電気のエネルギーは八倍になるということです。
それに風力発電は、風力エネルギーの約40%を電気エネルギーに変換できるという比較的効率の良いものです。
さらに地球温暖化防止対策の意味で、発電時に温室効果ガス、二酸化炭素や廃棄物等を排出しないクリーンエネルギーシステムにもなっている。
そう、風力発電は、今後益々注目されるエコ発電システムの一つなのです!
 と、話がかなり脱線してしまい、変な方向に盛り上がってしまいました。
えぇ、ですから、結論から言えばさっき説明した変電設備が変電するって所から。
グオングオンという変電機械の機械音が、今でも五月蝿いくらいにこの建物内に響いています。
だから足音を掻き消しているから、殆ど聞こえないっていう意味なのです。
分かって頂けましたか?
「そんな調子だとまた後ろから“でんきショック”をもろに受けて伸びるんだろうな」
 また勝手に人の心を読みやがったな、ソウル(コイツ)は。
「その辺は心配御無用ですから。それにこう大人数集まって行動したら
足音関係無く侵入した事がバレるって。
幸い、監視カメラの数が少ないけれど、このままじゃどっちみちまずいよ。
とりあえず、二人共ボールに戻しとくね。
だーい丈夫。二度も同じ技で伸びると思ったら大間違いだ。次は用心していくから」
「ハクトちょっと耳、借してくれないか」
 二匹分のボールを取り出そうとするが、セキマルに聞きたい事があると言われ耳を傾ける。
暫くして。
「なるほど。確かにセキマルにしか出来ない事だね。
その代わりジッと堪えてよね。もしそのチャンスがあったとするなら逃さない様にちゃんと準備をしとくんだぞ」
「任されよう!」
 セキマルは小さな体で大きく胸を張り、さくさくと作戦を実行する。








 あれから数分後、未だに司令室の場所が分からず右往左往の繰り返しをしている。
幸いにも誰一人も見つかっていないが、逆にもう逃げられたのではないかという疑心暗鬼の思いが膨張するのである。
あ~も~。標識かなんかでも出てきてこないかなぁ。
早く救助しなければ、彼女の身に被害を及ぶかもしれない。
次の角を曲がろうとしたその時、
「一体、君達は何者かね!」
 廊下の隅にある部屋から男性の声が聞こえた。
突然、僕は気持ちが安堵してしまう。
まだ、イーブイがいるかどうかも分からないんだ。
素早く、けれど足音をたてずに近寄り、部屋を覗く。
なんとそこには、さっき戦ったあの弱っちぃおかっぱがいたのだ。
あれ。よくよく見れば、部屋に居る殆どのやつは皆同じ服装と髪型をしていた。
始めは此処の従業員かと思ったが。
いくらなんでも髪型まで同じ従業員がずらりいるなんておかしい。
なんなんだ、この気持ち悪い集団は。
 だが、あそこに居る、髪型が赤い色で、おかっぱ達の服装にスカートが付いている服装をした、
おかっぱ達の仲間、あるいは上司にあたる奴だろう。
そしてそれ以外の人は、部屋の隅にいる白衣を着た中年と小さくて幼い少女の二人。
もしや、被害者? うん。間違いない。どう見ても『捕まってます』っていう顔してるからね。
「このこのこのー! パパの発電所から出て行け、この宇宙人! じゃないとブッ飛ばすぞ~!」
 さっきまで大人しくじっとしていると思ったら、いきなり、可愛らしくない乱暴な罵倒をおかっぱに浴びせる。
「うるせーよ、チビ! ちたーおめぇも頭を使えよなぁ。
チビのお前に何が出来るってんだよ。俺達をどう阻止するってんだよ。
お前もコイツみたいに大人しくすれば、少しは解放してやろうかと思ったのによ~」
 多分あいつの言う事は嘘に違いない。
解放してしまったらすぐに助けを求めて、いずれは見つかってしまう。
だから人質としているに違いない。
たちが悪いあの弱っちぃおかっぱは少女を怒鳴りつけ、手元にあったショーケースをバンバンと叩いていた。
そんなに叩いたらケースの中が危なくないかと心配し、
 ついショーケースの中身を見てしまう。


 あ……イーブイが、中に、入っていた。


 四つん這いのポケモン。
体は小さく、体毛色は茶色。
だが首周りの毛だけ白色。
そして何よりも目立つ印象的な、まるで返り血を浴びたかの様に思わせる、荒々しい体毛に付いた赤黒いシミ。
 うん、間違いない。
今から推定三時間前、205番道路で出会ったあのイーブイだ。
 落ち着けハクト。焦るな。部屋の中をもう一度確認だ。
そして、『ヤツら』の仕草にも見逃すな。
『ヤツら』の目的にも興味深い。
なぜイーブイを捕まえ、こんなにも離れてない最寄りの発電所に居座っているのか。
勿論此処にも『ヤツら』にとっての目的があるからじゃないか。
いやいや、そんなのは今どうだっていい。
イーブイの事について、『ヤツら』にとってなぜ必要なのか。
金か、奴隷か、それとも何かとの交換条件。
とにかく、『ヤツら』は世の中に良くない行動を起こしているのは間違いない。
早いとこ食い止めなければ。
 それにしても、発電所に入ってきてから首辺りが妙にジンジン痛む。
今頃、“でんきショック”の痛みが来たのか。い……つぅ。
「マーズ様、充電が完了致しました。すぐにお伝え下さい」
 奥からまたおかっぱが、マーズとかいうあの態度のデカイ赤毛の女性に報告らしき一言と書類を渡した。
ただ充電する度に報告するなんて、やっぱり怪しい。
イーブイに引き続き、もしかしたら此処の電気を盗む気だろう。
マーズは書類を受け取り、素早く耳に取り付いてある小型の通信機らしき物の電源を入れ、誰かに交信をしている。
「こちらG-3。こちらの進行状況を報告します。
例のポケモン一匹捕獲に成功。
それに加えエレキブル一匹、エレブー三匹の計四匹分の電力の充電完了。
この五匹を後にトバリ本部に転送致します。
只今、臨時転送装置による手続きの作業を進めております。
今暫くお待ちください。交信、終わります」
 やっぱり、そのエレブー達が貯めた分の電気を盗もうとしているんだ。
それであのおかっぱも電気タイプのポケモンを所持してたのか。
例のポケモン。それは言わずとも分かっている。
マーズはプツンと通信機の電源を切り終えると、イーブイが入っているショーケースに体を向ける。
「あんたもよく此処まで逃げ切ったもんだね。
私が幹部昇進してからこんなにも手古ずらせたのはあんたが初めてよ。
けど、あんたのお陰で二つ感謝しているわ。
一つ、今までのつまんなかった仕事をやってきたストレスを発散出来た事。
今までは遺跡や神殿みたいな『動かないモノ』を追ってばかりの仕事だったの。
それであんたを追うっていう仕事が入った時、ワクワクしたの。
やっぱ、『動くモノ』を追うってのは鬼ごっこみたいで楽しかったの。
こういう肉体を使う仕事を作らせてくれてホントにありがとう」
 イーブイは最後の「ありがとう」を聞いた途端、暗い表情を浮かべる。
そりゃそーだ。あんなの感謝として受取りたくないはずだ。
なにがワクワクだ。追われる気持ちを考えないでよくもあんなことを口にして。
「一生懸命走りまくって、流石に此処までは追いつきはしないだろう、と思ったんでしょ。
ところが残念。あんたが走った方向はまさかの発電所。そう、此処よ。
あんたが逃げている間、此処では私達の別チ―ムが占拠してたの。
折角息が荒くなるほど頑張って走ったのにまた捕まった、骨折損の何とやらね。
そして、これがもう一つの感謝。
あんたのその失敗は無駄にはならなかった。
なぜなら、そのお陰で作戦が飛躍的に進んで、ボスからの私の株を上げてくれたから。
以前は怒られてば―っかだったの。
ホーントに、ありがとう」
 アイツ!
もう我慢ならん、ブッとばしてやる。
 殴り込みに行こうと足を動かす直前に、マーズの次の一言で熱が一気に冷める。
「聞けばあんた、見た目によらず……すっごい強いって噂があるんだけど、それ本当なの?」
 『強い』。
 あ、また。
また、ソウルが言った様なまた信じられない一言。
僕は思った。自分がどう否定しようがもうこの時点で、イーブイの真実がハッキリとしてきたのだ。
ショックを受けた僕に構わず、マーズは更に喋り続ける。
「私からすれば、極々普通のイーブイにしか見えないんだけどね。
でも、あんたと私がこう顔を合わせるのもこれが初めてでもない事もある。
結構前からだったわよね。去年の、四月くらいかしら。
こんなにも長く追い続けるモノだもの、意味なんてあるのかしら。
ボスは何をお考えになっているのやら」
 あのイーブイはとんでもなかった。
あんなに小さい体をして、一年以上も及んで『ヤツら』に逃げ続けていたなんて。
こんな得体の知れない奴を助ける事が出来るのか。
さっきまで燃えていた闘志の炎がだんだんと消え失せてしまう。
「や~い、オマエ。その子に手ぇ出すな~!
近づいたらただじゃすまね~ぞ~。聞いてんのか~、ウチュージン~!」
 あのおかっぱ同様、少女はまた可愛らしくない口調でマーズに警告する。
「たくっ、うるさいガキだねぇ。そっちこそ私の話を聞いてんの。
それに私は宇宙人じゃない。歴とした人間よ。
そもそも、あんたは今どういう状況に巻き込まれているか分かってんの。把握出来てんの。
恨みたければ、あんたのパパを恨みなさい。
パパがこんな人気(ひとけ)のない風通しのいい草原の上で発電所を建てた事にね。
クックック、アーッハッハハハ」

「いい加減にしやがれ!!」

 いつの間にか僕は部屋に入って『ヤツら』に囲まれる様な配置で立っていた。
部屋は水を打った様に何一つ物音がしなかった。
大声を出した張本人である僕は立ち眩みしそうだったが、怒りが断然大きくて気に留めず、マーズを睨み付ける。
暫くしてマーズが口を切り、ややデカイ彼女の声が緊迫した空気を解き(ほぐ)す。
「あんた誰」
 その質問には迷いもなく答える。
「それはこっちの台詞だ。お前達、此処の従業員じゃないよね。あぁ分かってる。
今までの話の内容を一部始終聞かせてもらったからな。このままあっさりトンズラできると思ったら大間違いだ!
そんなお前達に宣言してやる。
オイ、ここにいる変な服を着たおかっぱ宇宙人等。勿論お前も含む。聞け!
このハクト、今からお前達のクズな考えをした頭を人数分全て矯正する。
この言葉に対して、気に入らないなら戦うがいい。怖気づくなら逃げるがいい。
それでも僕は一人逃さず警察へ突き出してやるからな。
覚悟しやがれぇ!!」
 僕は眉間に思いっきりしわを寄せ、再び大声を上げる。
部屋はまた水を打った様に静まり返る。
調子に乗ってついこんな暴言を吐いてしまった。
果たして『ヤツら』の反応は。
 パチンッ。
 それはマーズが指を鳴らした音だった。
気づいたら地面に十何の影が浮かび上がる。
上を向けばスカンプーやズバットなどのポケモンがいた。
明らかに彼等は僕を襲いかかろうとしている。
僕の目にはまるで時間が止まっている様に見えた。
 だけど、いい加減こっちもアイツを出すとするか。
結構危ないからね。ヤバイヤバイ。
なのに僕は腰にあるモンスターボールを無視して、背負ったリュックを素早く下ろし、ジーッとチャックを開ける。
 そしてリュックの中から、ソフトボールくらいの大きい火の玉が十数個、飛び出してきた。
火の玉は全てズバット達に命中。そして僕は無傷。
思わぬ事態にマーズ達は思わずリュックに凝視した。
その時、リュックがモゾモゾ動く。
中身は一体。
 リュックの中にはなんと、セキマルが入っていた。
「ぷはぁ。涼しー空気だぜ。何十分もリュックに入ってたから、窮屈だったぜ。
おまけに酸素が少なかったから、思ったよりもすごく小さい“ひのこ”しか出来なかったよ」
 セキマルはリュックから顔を出す。
それから腕、上半身、足、尻の順番に出し、リュックから降りる。
僕から見れば、そんなに小さい“ひのこ”には見えないとは思うんだけど。
どんくらいの大きさが望みなのだろう。
セキマルの事だ。どうせバスケットボールくらいの大きさに作るだろう。
「あっはっはははは」
 マ―ズは突然笑い出す。
「いいねぇ。あんた、相当強いじゃない。気に入った。
こんな小細工しても勝てないとは思ったけど、まさか各一匹に“ひのこ”一発で仕留めるとは、驚いたよ。
堂々と自分の名を明かして、おまけに私達に挑発までして来た。
こんな面白い子がいたなんて思いもしなかったわよ。
いいわ、私もついでに名乗っておく。
ギンガ団最高三幹部の一人、このマーズが次の対戦者として、存分に潰してやるわ!!」
 シュッ ボム。
 それはマ―ズが自分のモンスターボールを投げた音だった。
中からドーミラーが現れた。
マーズの眼は、いままで見た中で最も怖い眼をしていた。かなり本気のようだ。
「セキマル、バトル・イン!」
 セキマルに指示を出す。
二、三歩踏み行って“ひのこ”を撒き散らす。
だが、相手は“てっぺき”を使い、“ひのこ”の威力を減らす。
ドーミラーは素早く“ジャイロボール”を数個放つ。
三発は回避。だが残りは窓ガラスを破壊。
鋭利に尖った破片で攻撃かと思ったが、違う。
ドーミラーとマーズは割れて穴が開いた窓から外に出た。
反射的に僕もそこから外に出る。
むわぁっとした暑い空気が体を包む。
ギラギラする陽光を浴びながらマーズを追う。
するとマーズはこちらに体を反転する。
僕とマーズの間合いには、お互いのポケモンを暴れさせるのに丁度良いステージと化した。
「“あまごい”!」
 マーズから指示を受けたドーミラーは踊るかの様にくるくる回る。
すると快晴だった空が急に曇り出し、シンシンと雨が降り始めた。
これでドーミラーが受ける炎攻撃のダメ―ジは、
(多分)特性「たいねつ」・技“てっぺき”と“あまごい”の三重による防御で大幅に下げられてしまった。
これはかなり長いバトルになりそうだ。








 その後も、二匹の闘いは二十分以上も及んでいた。
ザーザーと烈しく降る雨の中、“ひのこ”を撃てば威力が下がり、
ドーミラーの輝く全身の銅まで攻撃が至れない。
ならば“ひのこ”よりも威力は勝る“かえんぐるま”で接近しようとするが、
攻撃を受ける直前に“てっぺき”をまた重ねて防御。
次に“たいあたり”を喰らって同じ位置に戻される。
それをまた始めの“ひのこ”を撃つところから再三再四を繰り返す。
アホかと思うほど繰り返す。
だけど僕等はそれほどアホではない。寧ろこれは作戦だ。
 何回も“たいあたり”を喰らい、セキマルの体力は無論減る。
このままレッドゾーン、つまり瀕死寸前の状態まで至れば、普通力尽きる。
だがセキマルは範囲外、やらればやられるほどますます強くなる。
根気ィ、とか根性ォ、みたいな理屈がない意味で指した訳ではなく、ちゃんとした理由がある。
チコリータやポッタイシなどの特定のポケモンに、名前はそれぞれ違うがある特性を所持している。
何故いきなり特性の話に?
まあまあ、話を最後まで聞いてから意見を言ってくださいな。
水系には「げきりゅう」。 草系には「しんりょく」。
そして、ヒコザルなどの炎系には「もうか」。
この三つの特性は体力の三分の一に至れば、技の威力が上がる効果がある。
セキマルの体力だと十分「もうか」が発動できる条件に入っている。
それが何だっていうんだよ?
「もうか」で少し威力が上がっても、どうしようもないじゃないか?
だったらコイツが、学校の教科書に載るぐらいの凄まじい手本を見してやろうじゃないか。
「セキマル、“かえんぐるま”!」
 ボォ。
 火炎の如く燃え上がる炎はセキマルの体にまとい、まるで火だるまになって走りだすタイヤのように回転し始める。
「「うおおおおおおおお」」
 マーズは思わず耳を塞ぐ。
自分自身も、耳がビリビリして気持ち悪い。
だが、僕等の雄叫びの大きさに比例するかの様に“かえんぐるま”の炎は更に燃え上がる。
接触したドーミラーは一瞬に火だるま。
炎がバッと消え、ドーミラーの輝く銅が焦がれた。
プスプスと黒煙を吹き出しながら、ゆらゆらと地面に倒れる。
敗北を確信しボールを取り出し、ドーミラーを戻すマーズ。
まだ余裕の表情だが内心驚いているだろう。
間もなくブニャットが出現した。
「セキマル、ダッシュ&“ひのこ”!」
 セキマルは手足を使い、風をきるスピ―ドで接近し“ひのこ”を二、三発撒き散らす。
全てブニャットに命中。
すかさずセキマルはなんと、セキマルがすっぽり入れそうな大きい“ひのこ”が出来上がる。
それをサッカーのスローインみたいに投げ出す。
特大の“ひのこ”を受けたブニャットは吹き飛ばされ、マーズの足もとに転がり、ぴくりとも動かなくなった。
マーズは歯をぎりりと歯軋りしながらブニャットを戻す。
「どーだ。マトマ頭のネーチャン! これで勝負あったぜ」
 セキマルはマーズに指指し勝利を確信した。
「……」
 マーズはなんの一言も言わない。
これでチェックメイトだ。
あの二人とイーブイを解放し、荷物をまとめてさっさと出ていきやがれ。
 そう怒鳴ろうとした直前。
「くくく。こんなんで終わらす訳には、いかねぇんだよ!
アーッハハハ」
 マーズは甲高く笑いながらギュッと手袋をはめ、もう一つのボールを投げる。
 そんな、確かコイツは腰に二つだけボールを備えていたはず。
いつの間に。
空中でボールが紅白に分かれて開かれ、何かが地面に着いた瞬間。
 ズキンッ。
 首の痛みが激しくなった。
大体予想はつく。
いや、この痛みからどんなポケかはっきり分かる。
 そして、目の前には、
体中ピリピリと少量の電気を放つエレキブルの姿があった。
あんなにもバチバチと音を立て、あんなにもブルルと唸っている。
だが、出て来たばかりなのに、何故か肩で息をしている。
「どうして、電気を盗んでいるの」
「逆に聞くわ。何でそう思うの」
 僕はマーズのエレキブルに指さす。
「漏れているよね、電気。
どのエレキブルも最低二十万ボルト以上自力で電気をためられるっていわれているけど。
ソイツ、体からかなり電気が漏れているんだよ。
冷えたてのアイスの冷気みたいに。
こんなにも大量の電気を自力で発電なんか出来る訳がない。
ただ体調を悪くするだけだ。
無理矢理に他の奴が押し込んだとしか考えられない。
そう作業をしたのがお前等なんだろう。
そのエレキブルだけじゃない、進化前のエレブー三匹もなんだろ。
なぜそこまでして盗むんだ!」
 ズシャァ。
 それは僕の足元から聞こえた音だ。
地面に目を落とせばそこには、セキマルが倒れていた。
「セキマル!」
 即座にしゃがみ込みセキマルを抱き、尻の炎を確かめる。
それはとても小さく、とても弱々しかった。
「あんたに教える事なんてなぁんにもないのよ。
ただ覚えて帰ってもらいたいのが、此処では何にもなかった事かな。
それとさっきからギャーギャー五月蝿いのよあんた。
少し冷静に、少し黙ってくれない?
何、そんな怖~い目で睨んで、悔しいの。悔しいのぉ。
だったら反撃をなさいな、ほら」
 顔を上げれば、いつの間にかマーズは傘を差していた。
 ギリッ、シュッ ボムッ。
 ソウルのボールを爪が食い込むくらい握り、力強く、空高くに投げる。
すると小さくなったボールを中心に十発くらいの青白い弾が雨に溶け込むかの様に降ってくる。
それをエレキブルは腕でバッテンを作り、全弾を受ける。
見上げればルカリオのソウルの姿があった。
さっきの青白い弾は“はどうだん”だったろう。
少しよろけるエレキブル。かなり効いた様だ。
だが彼はニヤッと僕に笑いかける。
 なんだ、あの笑みは。
 するとエレキブルは灰色の空に向かって人さし指を立てる。
その途端に真上からゴロゴロと鳴る。
 マズイ、あの構えは。
僕はソウルに注意を呼び掛けようとした。
「ソウ……」
 もう遅いっ!
 エレキブルは上げた腕を、思いっきり降り落とす。
 ピシャァ。
 その時、灰色の空は黄金に輝いた。
目が開けられないくらい眩しかった。
それからドサリという鈍い音が走った。
その音を聞いた僕は目を開けるのが怖くなってきた。
ああ、いきなり大技を喰らってしまった。
 エレキブルの技、“かみなり”だ。
通常は命中率が低いが、天気が雨の状態になれば必中する特殊な技。
さっきのドーミラーの“あまごい”はセキマルの炎技の威力を下げらせるためだけだはなく、
“かみなり”喰らわせるためにも使ったなんて。
 雨曝しになっているソウルには想像もつかない程の大ダメージを受けたろう。
それでも恐れずにゆっくり目を開ける。
 その光景に僕は安堵の胸をなでおろす。
そこには、地にしっかり二本の足を立たせて僕の顔を窺っているソウルの姿があった。
「ソウル、大丈夫……だった?」
 僕はとんでもない質問をしてしまった。
あんな技を喰らって大丈夫の訳がない。
けどソウルは心配させないように、僕に向かってニッコリ笑いかける。
「大丈夫だ、こんな程度でくたばらねーよ。不屈の精神、なめんなよ」
 そう言ってソウルは右手の甲の角を胸の角にコンコンと叩く。
 これがソウルの癖。
動作も言葉も、心配症の僕に安心してほしい時の癖。
思い出すなぁ。
 あの時、初めて聞いた口癖に、笑ってしまった。
 あの時、初めて見たあの癖に、可笑しく思った。
 あの時、あの笑顔で、キュンってなって、頑張れた。
 男同士なのにキュンとなってしまう。
だから頑張れたんだ。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
 感謝の言葉を贈る。今までの感謝を。
ソウルは受け取ってくれた。
 何だか顔が熱く感じる。赤くなってるのかな。
思っていた事が見透かしたかの様な言い方だったもんね。
 もしも僕が女だったなら、さっきの言葉はもう告白にしか聞こえなかったろう。


 『愛している』。


 まるでさっきまで雰囲気の良い音楽が流れていたのに、この言葉が表記した途端に無音になったかの様。
胸の中が静まり返る。
 男である今の僕にはライク(like)の意味でしか使えない。
同性愛なんて以てのほか。したくてもできないんだ
 あぁ、女になれれば、女になりたい。
 女になれれば彼の両腕に包まれる事も、お互いの唇を重ねる事も出来るのに。
そうやって僕は自分自身の体に嫌気がさす。
なんだか体中に、何かが這いずり回っている。
 すると突然、なんだか眼に熱いものが溜まり出した。
 気づいてしまった。
初めて、「嫉妬」という感情を芽生え、覚えてしまった。
僕は思う。これで、一度芽を摘むってもまた生え、摘むっては生え摘むっては生えを繰り返す人生になるのだと。
そう思うと目から段々、熱いものが零れる。
 ははっ、まずい、今戦闘(バトル)中なのに。
 思わず目を擦る。
すると指に付く熱いものに、ドロドロの嫉妬と……ジャリジャリの違和感を感じる。
小さな粒々みたいな、でも硬かった。何かの塊らしきモノも感じる。
 咄嗟に左手の指を確認する。
そこには、あってはならないものが、流れてはならないものが付いていたのだ。

 泥。

 なんでこんなものが。
こんなのが涙と一緒に、目から流れるなんてありえない。
だがこうなったのは僕だけではない。
ソウルも、なんと拳いっぱいに泥が掛った右手で目を擦っている。
擦り終えたと思った瞬間、今度は泥が飛んできた。
ビチャッとまたソウルの目に泥がかかる。
 もしやこれって。
 即座にソウルの周りを見渡す。
 やはりか。
 それはエレキブルがソウルに向かって、水溜りや盛り上がった土を蹴り飛ばしていた光景だった。
エレキブルの技、“どろかけ”。
泥を掛けて攻撃をしつつ確実に命中率を下げらせる、とても厄介な技だ。
電気タイプらしくない妙技を覚えやがって。
だが、どんなに命中率を下げらせても、必中・高ダメージの“はどうだん”には逃れられない。
 ソウルの拳から生まれた青白い弾が、エレキブルめがけて一直線に飛ぶ。
「エレキブル、“かみなりパンチ”」
 ぼそりとしか聞こえないマ―ズの声に反応したエレキブルは、左拳に大きなたてがみを生やすかの様に電気を帯びる。
その拳で飛んできた弾をパンチング。
あっという間に弾は破裂した。
破裂した欠片達は蒼い雨粒となってエレキブルの足下に落ちる。
エレキブルは“かみなりパンチ”を維持した状態で、ソウルに向かって助走をつけて走り込み、またもやパンチング。
ソウルは腹部を喰らった。
凄まじいパンチを受けたソウルの体は、地面の平行線上に飛んだ。
落ちることのないソウルの体は真っ白い壁に叩きつけられる。
 訂正。ソウルの体が壁を打ち壊したと言った方が正しかった。
広々とした大きな壁はソウルを中心に、瞬時に無数の亀裂が走る。
そして、またあっという間に壁が崩れる。
一気に大量の砂煙が舞う。
その姿は、もはやただのコンクリートの山。
建物の半分以上が無くなっている。
 なかなか消えない砂煙の中から、一筋の光が放物線を描く。
流れ星みたいで綺麗だ。
雨に濡れれば、更に光が輝き出してもっと綺麗だった。
 ガッシャァン。
 万有引力の法則に則り、光は地面に叩きつけられ、更に無数の光が零れ落ちる。
まるでガラスが割れた様。うぅん。ホントに割れた。
僕は光が落ちた位置に焦点を合わせる。
そこには、大小様々なガラスの欠片が散らばっていた。
 それだけ?
 体中に流れる熱い血が一気に凍りつく。
 ホントにそれだけ?
 悪魔は囁く。
僕の耳元で。
 なんで、こんな時だけ、出てくるんだ。
聞きたくなかった、見たくなかった。
 さぁ、ハクト。今度こそ、自分の眼で見た光景をそのままお前自身に言い聞かせるんだ。
いいなぁ。
 そう言って悪魔は僕の顔を覗き込む。
それは“くろいまなざし”の様、逃げたいのに動けない。
これはもう、諦めるしかない。
 分かった。分かったから、そんな恐ろしい眼で見ないでくれ。
 そこには、大小様々なガラスの欠片が散らばっていて、その向こうには、
茶色い物体が転がっていた。
 そう、イーブイだった。
綺麗な放物線を描いたさっきの光の正体は、イーブイが入ってたショーケースだったのだ。
“かみなりパンチ”を喰らったソウルが、壁を壊した衝撃で吹っ飛んでしまったのだ。
恐ろしい、考えるだけでも恐ろしい。
軽く10m以上は飛んでいた。
雨で地面が濡れて、そんなに硬くはないと思った。
だが、10mも飛んで落下すれば、クッションには到底出来ない。
下手したら、骨折したのかもしれない。
 イーブイは顔を伏せたまま、微動だにしなかった。
余計心配になり、彼女の下に全速力で走った。
雨で遮られてよく見えない。
それでも、一刻も早く彼女の手当をしなければ。
もうバトルする余裕なんかなかった。
なのに、エレキブルは僕の前に立ちはだかる。
通してくれない。
だったら倒すまでよ。
「“ドレインパンチ”!」
 ソウルに指示を出す。
すぐさまソウルはエレキブルの真横から、お返しのパンチを繰り出す。
「“どろかけ”」
 ソウルの攻撃の痛みを味わう時間がなく、忠実にマーズの指示を全うするエレキブル。
泥を掛けられ、二段階命中率を下げられる。
それでも迷わず“はどうだん”を出す。
しかし、前と同様“かみなりパンチ”で打ち砕かれる。
そんでもってまた“どろかけ”を仕掛ける。
これを数ターン繰り返し続く。
ソウルの眼は完全に閉じていた。
“はどうだん”以外殆ど命中しなかった。
ここでまた“かみなり”を撃たれてはもう、絶望しか視えない。
なのに、マーズはあの大技を指示しない。
もう一度“はどうだん”を撃つが、“かみなりパンチ”で処理される。
 その時だった。エレキブルは走る。
そしてなんと、ある程度の所で逆立ちをし始める。
 一体何が起こるんだ。
「“まわしげり”よぉ!」
 エレキブルは逆立ちをしながら、コマの様にクルクル回る。
回りながらソウルに近づき、蹴り技を浴びる。
 どかどかどかどかっ。
 ソウルに襲いかかるいくつもの脚。
休ませないために連鎖を仕掛ける。
攻撃が終わったのか、エレキブルは逆立ちをやめて、地面に足を着く。
 よし、ここからが反撃だ。と、思った刹那。
「あ……」
 ソウルは体を動かさない。
なぜ?
「怯んだのよ」
 まだ雨が勢いよく降ってるにも関わらず、マーズの声がはっきり聞こえる。
「“まわしげり”はね、一定の確率で怯ませる効果を持ってるのよ。
やっと反撃のチャンスが来たと思ったのにねぇ。
ざぁんねん!」


 残念?


「どちらが残念ですかねぇ」
「何っ?」
 僕の挑発染みた一言にマーズは驚くしかない。
 そりゃそーだ。
僕の攻撃のターンがお流れに終わって、次でやられるっていうのに。
だが先手などさせない。
見せてやるよ。
お前の判断ミスのザマを。
「あんまり茶化すと痛い目見るわよ!!そうら、また“どろかけ”。
本当に目が見えなくなるくらいやっちゃいなさぁい!」
 マーズは叫ぶ。まるで勝ち誇っている様。愚かな。まだ理解していないようだ。
そしたらエレキブルは右脚を分厚い雲に向かって垂直に立てる。
 あちらもそうですね。主人(おや)に似て、あんな顔してるよ。
馬鹿だなぁ。まっ、好きにすればいいさ。
当てられるもんなら当ててみろってんだ。
 丁度、いい感じに盛り上がっている土を、エレキブルはやや横に蹴る様にして泥を放つ。
五歳前後の子供がボールを思いっきり蹴る姿同然だった。
横いっぱいに広がる泥は雨に負けず、風にも負けなかった。
スピード、威力、泥の大きさ、全てにおいて劣る事もなくソウルに襲う。
 残り一mも満たないぐらい近づいても、動くも庇うもしない。
 もう腕の関節まで来た。それでも眼を閉じようとしない。むしろ笑ってる。
 字の如く、既に目の前。ここで時間切れ。
結局ソウルは動かない。あとは見事泥が眼に入る瞬間を待つだけ。
そう、そこにいるソウルが左右どちらに動いても、眼を瞑っても、結果は同じ。
今がその時、全ての泥はソウルの体と眼に命中し、そして。
 全ての泥はソウルの体と眼を貫通した
 ビチャビチャーッと地面に叩きつけられる。
貫通したソウルの体と眼がくっきり跡を残した。
「こ……これは、もしや“かげぶんしん”で回避したの?」
 なるほど。技の使い方次第で別の技にも化けさせる事も出来るんだね。
全然違うよ。回避技じゃなくて、攻撃技。これはね。
「“しんそく”」
 そう呟いた途端にソウルに化けた陽炎はスーと消え去る。
そうすると何処に本物のソウルがいるかって、皆気になるだろうね。
実はね、エレキブルが“どろかけ”を仕掛ける直前に攻撃をしたんだ。
嘘なんかじゃない!これもちゃんとした理由(わけ)もある。
確かにさっきのターンで“まわしげり”を受けてソウルは怯んだ。
 怯み、ひるみ。
もうわかった? そう、特性だよ。
特性「ふくつのこころ」。
 怯む度に素早さが上がる、これまた特殊なシステム。
すばしっこくなった上、“しんそく”で更にスピード上昇。
“しんそく”によって出来た陽炎を、エレキブルが攻撃している間にソウルも攻撃態勢に入っているんだよ。

 ドコに?

 いい質問だけど、どこにいるかなぁ。
地上にはいないよね。もちろん、建物の陰には隠れていないよ。
「まさか……」
 すぐさまマーズは上空を見上げる。
まさか、そんなとこにいるわけない。
そんな風に思っているでしょう。
 でも、マーズ的には期待を裏切られた結果でしたよ。
あなたも、雨に怖がらずに見てご覧なさい。
ほら。あそこにいたよ。
 はるか上空からゆっくり降りてくるソウルの姿が。
「ふくつのこころ」&“しんそく”×1だけで陽炎が出来たり、あんな高く飛べたり。
「“あまごい”が続いている事も忘れないでね。
そろそろくたばりな。エレキブル、“かみなり”!」
 マーズの声は、もはや悲鳴でも叫び声でもない、咆哮。余裕など感じなかった。
 だから先手は取らせないって言ったじゃん。
僕たちの真の本気をみせるよ。
「カケラ技、発動!」
その刹那、ソウルの右の手首が蒼く光り出す。
その後、ソウルは右拳を後ろに大きく引く。
とうとうこれを出さざるを得ないのか。
「無限の称号を授かりし、神よ。
その力を蘇らせたまえ。さあ、いまこそとき放て。
青き拳の流星。その名は……〝はどうすいせい〟!」
 ブンッ、ブンッ、ブンブンッ、ブンブンブンブンブンブンブンブンッ。
 呪文のような何かを唱え終わると、ソウルは右、左、右、左と高速パンチを繰り出す。
なにをやってるんだと思ったその瞬間。
パンチした拳から、半透明の蒼白い拳が飛んできた。
それも二、三発どころではない。
目にも止まらぬ高速パンチによって、何十発の拳が上空から一斉にエレキブルに襲いかかる。
状況を全く飲みこめないエレキブルは、とりあえず両腕をバッテンにして守る。
だが、そんな軽い防御で〝はどうすいせい〟は守りきれないぞ。
ほらほら、押されているよ。反撃はどうした。このまま川に落ちるぞ。
まだまだパンチは続く。この調子でいけば、川に落ちてノックダウンだ。
 だが僕はある重大な事をすっかり忘れてしまった。
エレキブルのちょうど真後ろに、イーブイがまだ倒れたままだ。
このままだとエレキブルと一緒に川に落ち、下敷きにされる。
だけど、〝はどうすいせい〟のパンチのスピードを劣る様子が全くない。
まずい、まずい。
 頼む、どうか止まってくれ。
僕は強く願う。
ソウルでもエレキブルでもイーブイでもない。
 無限の称号を授かりし神よ、神よ。
その時、僕の目の前にソウルが飛び降りる。
技は終わった。
エレキブルは……川に落ちてない。
よかった。
だがそう思ったのもつかの間、エレキブルは物凄く怖い眼で睨みつける。
「なんだかよくわかんないけど、やっと私のターンのようね。
今度こそ、容赦なく、徹底的に潰す。“かみなり”でとどめよ。
あんた達仲良く楽にしてやるわ。くすくすくすくす、あーっははははは」
 エレキブルはゆっくりと右腕を上げ、人指し指を立てる。

 ああ、もう終わった。
 うまくいったのに、終わった。
 ごめん。セキマル、ソウル。
 旅はここで終わりだ。
 最後、あんな技なで出しといて、負けるなんて。
今まで付き合ってくれてありがとう。
 ごめんね、イーブイ。
全然駄目だったよ。
 こいつらに勝って、お前を自由にしようとしたのに、出来なかった。
 ホントに、ごめんなさい。
 さようなら。そして、また、会おうね。

 動かない……振り下ろさない。
ただジッとして動こうとしない。
 なんで?
「どうしたの、エレキブル? はやく“かみなり”を……」
 ドスウン。
 なんと、重さ130キロもあるエレキブルの体は崩れるように倒れてしまった。
それを目の当たりにした僕たちは驚くほかなかった。
時間差で体力を失ったのか。それとも痛みを我慢できず倒れてしまったのか。
 どっちにしろ、助かったんだ。
「エ……エレキブル! そんな、なんでなの。なにが原因なの?
あのままいけば勝てたのに。
なんで倒れるわけよ。あーもー、わっけわかんなーい!」
 マーズは地団駄を踏む。
エレキブルをボールに戻した途端、急にパァーと青空が顔を覗く。
僕もそれに答えるかのように、空を見上げる。
ギンギンと地上を照らす陽光の温かさが、体中の疲れを癒してくれる。
 あぁ、僕も訳が分からなくなった。
でも助かったんだから、終わり良ければ全て良し。
「あ、そうだ。お前等。約束通り、大人しく警察に連行する気にはなったかな?
って、あれ。『ヤツら』はどこだ!」
 振り向けば誰もいなくなった。
「ここよ~。聞こえないの~?」
 上から、バラバラという大きな音と共にマーズの声が聞こえる。
見上げれば、ヘリに掴まっているマーズの姿があった。
「こんなんで決着はまだ着いてないわよ。
今回はあんたの運がよかっただけよ。
いつか、またあんたと戦える機会があった時は、本当に容赦なく潰すからね。
気をつけることよ、バ~イ」
 ヘリはグングン上昇し、無数の花びらを撒き散らす。
やがてヘリは真っ青に広がる空に消えていった。
暫くの間、僕とソウルは静寂に浸ってた。
「「あ」」
 二人揃って声を漏らし、建物目がけて猛ダッシュする。
ぼろぼろの発電所の中に、まだあの二人がいるんだ。
「あ、いたよ。ソウル、こっち。よかった、二人共無傷だ。
もしもーし。しっかり。しっかりして下さーい。返事をお願いしまーす。もしもーし」
二人の安否を確かめ、即座に意識があるかどうかも確認する。
すると少女が先に起きる。
「う……ん、あれ? マミ、どうしたんだっけ。なんでこんなところで寝たんだろ。
あれ、お兄ちゃんは誰?
あ、そうだ。お兄ちゃんたちが助けてくれたんだね。あの変なうちゅーじんをやっつけたんだね!」
 マミという少女は意識に問題はなかった。
どころか元気でかつ大きな声で、状況を把握した。
起きたばかりだというのに、いきなりぴょんぴょんと両脚揃えて跳ぶ。
「マミちゃん、大丈夫だった? 変な宇宙人に変な事をされなかった?」
「うん、大丈夫。なにもされてないよ。お兄ちゃんも大丈夫だったの?
マミね、発電所の壁がバクハツした時に寝ちゃったみたいで。
ちょうど目の前に起きたの。お兄ちゃんも怪我してなかった?」
 マミちゃんは僕の安否も心配してくれた。
その後、マミちゃんと一緒にマミちゃんのお父さん(あの白衣を着た中年)を起こし、今までの事件を説明した。
「そうでしたか。いやすみません。私達を助け、悪者を追っ払ってくれて。
一体私は何とお礼を言っていいのか」
「礼なんてそんな。こっちだって発電所壊してしまって、
それよりなぜ『ヤツら』はおたくの発電所を襲ったんですか」
「それが私もさっぱりで、何が目的でここまで来たのか」
「『ヤツら』、確か、『ギンガ団』って名乗ってましたよね」
「えぇ、確かにそういってましたが、なんなんでしょうかねぇ。
すみません、あまり役に立たなくて」
「え、い……いいえ、いいえ。そんなことないですよ。
突然のことで気が動転しただけですよ、きっと。
ほかに、なんか妙なこと言ってませんでしたか」
「宇宙エネルギー、とかなんとかを聞きました。
あなたが来る前に、通信する際に言ってまいした」
「宇宙エネルギー……なんのことだろう」
 『ギンガ団』。宇宙エネルギー。
 まるで宇宙センターに関連する用語みたいだ。
聞けば聞くほど、この地上では見つからない、何億光年の世界にしかない未知のエネルギーっぽい単語だ。
けどあいつ等は何故単なる電気を盗みにきたのか。
その宇宙エネルギーを探索も入手にいく事なく、ただの電気を盗んだだけ。
いや、逆かもしれない。
本命の電気を強奪しているところで、宇宙エネルギーなどと関係のない事で単にお喋りをしてしまったからか?
『ヤツら』の謎の言動、この矛盾は一体なんなのか。
「そういえば、あのイーブイはどうなっていますか」
 あっ。
 その一言で勝手に体がすくっと立ち上がる。
すっかり忘れてしまった。
ボロボロの発電所を出て、一目散にイーブイの元に駆けだす。
 いた。
即抱きかかえる。
この赤黒いシミは雨でもまだ消えてなかったのか。
じゃなくて、こんなにもぐったりしてる。
それに寒気も感じる。イーブイの体がぶるぶる震えている。
「すみません。僕、このコをセンターにすぐ連れて行こうと思うんですが」
「あぁ、そうしなさい。私達のことは構わんから早くいきなさい」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
「がんばってね、お兄ちゃん」
 右腕にイーブイを抱え、左腕にセキマルを抱え直す。
こっちも忘れてた。ソウルのバトルでも、ずっと抱えたままだったんだ。
雨曝しになっているにも関わらず、全くと言っていい程違和感がない。
僕は一度深々と頭を下げ、猛ダッシュでソノオタウンに向かった。
ソウルも僕を追ってついてくる。



「パパ。マミ、あのお兄ちゃん知ってるよ」
「うん、パパも知ってるよ。さぞ激しい戦いがあったんだろうね」
「お兄ちゃん、頑張っていけるよね」
「あぁ。あの人なら頑張れるよ。いつの日か、また会えるよ。」
「うん。また、いつか、会えるよね。マミ、信じるよ!」










「はい、それではイーブイちゃんとヒコザルくんをお預かりします」
「どうぞ、お願いします」
「大丈夫ですよ。二人共、衰弱にはなっていますが、ちゃんと休めば回復できますから。
ところで、イーブイちゃんの、その、一体……何がありましたか」
 やはり、この不気味な赤黒いシミをジョーイさんは見逃さなかった。
改めて近くで見ると、右前脚から体へ、まるで赤き彗星の尾を引く様にも思わせた。
シミっていうより、かつて赤い液体を塗られて時間が経つにつれ、固まった様なものだった。
首周りの白い毛に付いているその汚れを押しつぶしてみた。
汚れはパキッと小さな音を立てて粉々に散った。
「ええっと、最初にこの子と会った時も、これと全く同じ状態でして、
この子の身に何が起こっているのか、僕にもわからないんです」
 僕の口は、今度は素直に開いてくれた。
全く重みを感じなく、思いのまま喋ってくれた。
それと同時に、情けないくらい小さな声になってしまった。
『ヤツら』にどうしても答えてほしかったこの謎。
ヘリで去る前にどうしても確認したかった。
しかし、その時は、エレキブルの時間差によって戦闘不能になった奇跡を目の当たりにして、思わず口が固まってしまった。
しくじってしまった。
 もしかしたら『ヤツら』にも、事実を知らないのかもしれないのではないか?
そんな徒労の想像がむんむんと膨れ上がる。
いつの間にか僕は眉間にしわを寄せる。
その後、僕の顔を窺ってからジョーイさんは突然にっこりと笑う。
それはまるで天使のよう。
「わかりました。その事については今後一切何も問いません。
ここ最近、自分のポケモンに暴力をふるって怪我をさせる事件が多発しているから。
それで心配しただけなんですよ」
 知ってる。ニュースなんかでちょくちょく見ている。
ホント、最低なヤロー共だよ。
あんな利口そうなのに、なぜ殴る、なぜ蹴る!
 いや違う。逆だな。利口なのに理解してないんだ。
どのポケモンも立派に強くなれる可能性が秘めている。
それをどう力として生み出せるのかがトレーナーの役目。
だが、誤った育成を続ければレベルの数値は一向に上がらず、敗北の日々を味わうはめになる。
なのに、その敗北の原因を自分とは全く考えず、自分のポケモンだと断定してしまう大間抜け共がいる。
それで酷いお仕置きをされ、身体にも心にも深い傷跡が生じてしまう。
腕力だけでも十分息の根を止められるのに、わざわざ武器を使う。
武器といってもいろいろ。棒だったり、レンガだったり、首輪を使って拘束したり。
少しずつじわじわと暴力されるっていうのもあるし、一発で蒸発されたのもいる。
地獄に墜ちればいいんだ。あんなクズ共。
トレーナーの、人間の風上にも置けない信じられない奴等だよ。



 死ねばいいのに。

 いっそ逆の立場になって死ね。

 死んでくれれば、こっちも楽になるのに。

 なんで生きてんの。生きて何になんだよ。

 生きててもロクな事しか脳にない**が。

 死んじゃえよ。***の分際でよぅ。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね






























   死ね                         死ね
     死ね                     死ね
       死ね                 死ね
         死ね             死ね
           死ね         死ね
             死ね     死ね
               死ね 死ね
                死ね
               死ね 死ね
             死ね     死ね
           死ね         死ね
         死ね             死ね
       死ね                 死ね
     死ね                     死ね
   死ね                         死ね












 どうせなら、眼玉くらい引っこ抜かれて死んでしまえ。




「あの、大丈夫ですか?」
 その言葉にふと我にかえる。
しまった……またこの悪癖が。
「は、はい」
 とりあえず返事をした。
「クスッ。あなたもお疲れのようね。
今夜はぐっすり眠ることですよ。
それでは、二人の具合が良くなり次第ご連絡を回しますので、その間、ゆっくり休んで下さいね。ハクトさん」
 ジョーイさんは深々一礼をして奥の部屋に向かう。
その後、僕はフロントのテレビに近いソファーに腰掛ける。
しかし、よく覚えているなぁ。あのジョーイさん。
まだ名乗ってもないのに。
十分ずつ時間が経つにつれ、脚の組み方を変えたり、右手の人指し指をリズムよく脚に打ち付けたりする。
「そんなにCMが長いか」
 隣にいるソウルが、不意に問いかける。
テレビの画面を確認する。
迫力のあるグラフィック映像や盛り上がる音楽を使用した、最新作ゲームのCMだった。
ちょうど欲しかった物だ。じゃなくて。
「もうすぐ一時か。そういえば、この時間はアニメがあったよな。お前の好きな」
「うん、小さい頃からずっと、毎回欠かさず観ているよ。
『魔人改造ポチャケーン』。って、そうじゃなくて」
 僕はそう言って、右手を勢いよく脚に叩く。
その乾いた音はさっきジョーイさんと会話してたカウンターにまで、響き渡っていた。
「今はテレビなんてどーでもいーんだ。
イーブイの安否が気掛かりなんだよ」
「そんなに心配か」
「ああ、そーだよ。それに、あの赤い何かも気になるんだよ。
やっぱり血生臭かった。あれはどう考えても血だね。
しかもあんな多量に。殺人事件の臭いがするね」
「俺は、それ以外にも気掛かりなものがあるが。」
「ギンガ団とか名乗る、ヘンテコな奴等のこと?」
「エレキブルとの闘いについて。おかしいんだ」
「おかしいって?」
「俺の〝はどうすいせい〟だけで、あいつを倒せるはずが、ないのに!」
「だけ?」
 何言ってんだ、コイツ。
「だけって、そりゃなんの話?」
「お前も見ただろ、あいつの防御力を。タダモンじゃないさ。
俺の“はどうだん”を打ち砕くほどなんだぞ。
しかも“かみなりパンチ”でだぞ? 技の威力では勝っているはずなのに!」
 ちょっと、そんなに熱くなるなよ。
「い、威力だけの話で片付くもんじゃ、ないんじゃない?
腕を捻るとか、パンチを出すタイミングとか、そんなちょっとした小技を加えたに過ぎないんじゃない?
でも結局はさぁ、あの〝はどうすいせい〟でエレキブルをズザズザーって押したじゃない。
それで最終的には倒したんじゃん」
「だから、俺はそれについておかしいって言ったんだよ! あ……」
 まるでクラッカーのよう、突然に凄まじい大声がソウルの口から勢い良く飛び出す。
また今度はブーメランの様に、フロント中に広まったそれは、ソウルの元に響き返ってきた。
決して騒いではいけない公共施設の場だと思いだし、ふと小さな声を漏らす。
二人揃ってゆっくりと後ろを振り向く。
数人こちらを睨む。
「スイマセン」の代わりに、軽く頭を下げて謝罪をする。
「スマン」
 ソウルからも謝罪の言葉を。
「うぅん、そもそも僕が種を撒いたせいだから、こっちもゴメン。
で、何がおかしかったの?」
 すぐさま、話題を戻す。
「ん、あ……あぁ。で、実は。
あの時の〝はどうすいせい〟の威力では普通、エレキブルの体力を上回る事ができなかったんだ」
 衝撃発言だった。
「えぇ、なんで! ムグゥ」
 咄嗟に手で口を抑える。
危ない。また懲りずに騒いだと釘を刺されるとこだった。
「忘れたのか、ハクト。〝はどうすいせい〟の攻撃パターンは二種類で存在すると」
 あぁ……そうか。そうだったね。ようやく気付いたよ。
「ごめん。あの時なぜか忘れちゃったんだ。
でも大丈夫。ちゃんと説明できるよ。えぇと、まず。
さっき話題にした、エレキブル戦に使用してたパターンから説明するね」
 僕はリュックからノートと筆記用具を取り出す。
「問題のその〝はどうすいせい〟では、名前と異なった攻撃演出だったね。
実際には彗星というより、流星と呼んだ方が相応しかったかもしれない。
だけど、これも一つのパターンとして扱う。んで、このパターンが『流星』」
 ノートに簡単なイメージ図を書き留める。
棒人間を飛ばし、パンチを繰り出し、パンチから何本もの直線や放物線を描く。
「次に、パターン名『彗星』。
これが真の〝はどうすいせい〟の攻撃演出。
『流星』と同様、“しんそく”を使い、遙か上空へ登り、高速パンチを繰り出す」
 さっきと同様にパンチを出す体勢の棒人間をまた書く。
「けどここから演出が異なる。
左右交互に高速パンチし、一時的に波導を溜める。
ある程度大きな塊が出来たら、思いっきりそれをパンチング。
放ったその姿は正しく彗星。
これがパターン『彗星』」
 棒人間の拳の前の大きめの黒い塊から、一直線に大きな拳が飛ぶ姿まで書きなぐる。
「以上が〝はどうすいせい〟の攻撃パターンです」
 すると、ソウルがぽんぽんと拍手してくれた。
「御名答。更に補足する。
その二つのパターンは攻撃演出だけではなく、能力にも変化がある。
溜めに溜まった波導を一気に放つ『彗星』は特攻が高い。
逆に、何十発もの波導が乱舞する『流星』は素早さに特化している。
エレキブルの真後ろにイーブイという最悪なアングルから撃つには、
威力を遠慮し、普段はあまり出さない『流星』での〝はどうすいせい〟を撃ったんだ」
「だから、エレキブルの体力が尽きることがありえないはずだっていうんだね」
「そうだ」
 じゃあ、なぜエレキブルは倒れたのだろう。
更に余談だけど、この技を完成した当時は、〝はどうすいせい〟と〝はどうりゅうせい〟として
分けるべきではないかと、数々のスポンサーからの電話が殺到した。
今ではもう解決済みだから関係ないけど。
 今日は朝から変だ。
通りすがりのイーブイは血まみれ(?)で出て来て、助けようとしたら“でんきショック”で気絶。
誘拐したにも関わらず、最寄りの発電所に留まる。
『ヤツら』の目的が不明。エレキブルの奇怪な戦闘不能。
なにからなにまで変だ!
「あぁ、もう。なんだってんだよ!」
 カリカリと髪の毛を掻き乱す。
ホントにワケわかんなーい。


「うおおおおおぉぉぉ」
 廊下をドタバタと駆けてくる誰かが、叫び声を上げながらこっちに向かう。
どっかで聞き覚えあるような。


「ハークトー! しそーのーろー、シソーノーロー!!」
 どがっ。
「ぐほぅばっ!!」
 誰かが僕の背中にタックルをしかけた。
思わず体がくの字に変化し、地面に叩きつけられる。
「いつつ~。たく誰だよ。ってセキマルじゃないか。いきなりなんだよ」
 セキマルはかなり息切れになっている。
廊下をそこまで走るか、普通。
「そ、そんなことより。イーブイがいなくなったんだ。シソーノーローだ!」
 あん? 何言ってんだ、コイツ。
「も、もしかして、歯槽膿漏じゃなくて、失踪だっていいたいのか?」
 ソウルはセキマルに問う。
「おう、そうだ。シッソーだ!」
「な、なーんだ。失踪かよ。驚かすなよ、って、
えぇ!? 失踪ぉ?!」
 僕は、叫んだ。
場所を弁える余裕などなかった。
「いなくなったって、どうゆうコト?あ、跡形もなく消えたなんて言うんじゃないだろうな。
っていうかセキマル。なんでお前がここにいるんだよ!
なんでイーブイがいなくなったって知ってるんだよ。
あぁもう、この際そんな事はどうだっていい。
それより、いつ、どこで、何が、どう、なったか、早く、言、え、セ、キ、マ、ル!」
 僕はセキマルを高々と持ち上げ、前後上下左右、不規則にブンブン振り回す。
変な言い方で言えば、遊園地によくある人気アトラクション。
人間ではなくロボットが動かせば、あっという間に行列が出来上がるだろう。
「おい、ハクト。落ち着け。とりあえずセキマルを降ろせ。
セキマルはまだ病み上がりなんだぞ。だから止めろ! 聞いているのか?」
 あぁ、またやってしまった。つい気が動転して。
はぁ、僕も今朝からおかしい。
ソウルに言われた通りに、セキマルをゆっくり降ろす。
セキマルの二つの眼には、ニョロゾのお腹の模様がぐるぐる回っていた。
「ごめんセキマル。大丈夫……じゃないか」
「お~。らいひょ~ぶ~。おぅ、そうだ。
オイラ、ラッキーと一緒にイーブイが休んでいる部屋まで案内してもらったんだ。
ドアを開けた時、ベッドには誰もいなかった。代わりにそのベッドの隣の窓が空いてたんだよ。
もしやと思って部屋中を捜してみたんだけど、やっぱりいなかったんだよ。
間違いなくイーブイは部屋から逃げたんだって思って、大急ぎでハクトに知らせようとしたんだよ。
一刻を争う事件だって思って来たのに、まさかシェイクされるとは。
オイラの身体からはコインは出ね~って、おい。ハクト!」
 僕はリュックを手に、急いで入口へ向かう。そして、自動ドアの前まで来て又もや180度体を反転する。
「ソウル、セキマル。早く来いよ。まだそんなに遠くへは行ける身体じゃないはずだ。
けど、体調が悪化するのも時間が問題だ。早く行かないと。
僕はもう行くよ。イーブイにこれ以上心配させないためにも」
 それだけ言い残し、開きっぱなしのドアから腕を大きく振り、走る。風になる。
あの時よりも、外は一層暑い。
「えぇ、ちょっと待てよ。もうすぐ『ポチャケーン』が始まるっつうのに」
「また来週見ればいいだろ。それにお前が来なければ、どっちに行ったか分からないからな」
「そんなの知るか~。そんなのソウルの波導で捜せば一発だろ。ぽちゃけ~ん……」
 二人も走ってくる。約一名、凧になりながらでも出発を拒み続けるヤツがいるが。
 そうだ。
彼女の身体を見れば、一目瞭然だった。
僕と会う以前は、僕たちも考えられないほどの恐さと辛さを抱えたに違いない。
何者かによって殺されかけになったのか。
何かの集団に暴行を受け、逃げたのか。
理由はともあれ、彼女は不安でいっぱいで逃げたんだ。
何であの時、イーブイの傍にいなかったんだ。
のん気にTVなんか見るんじゃなかった。
一緒に連れて行ってもらえれば良かったのに。
そうしたら彼女が目覚めて、もう少し近い目線で見て、安心させて、
初めて、彼女のとびっきりの可愛い笑顔を見れるというのに。
 気が付けば、薬品臭いニオイの誰一人もいない病室のベッドの上に佇む。
それはなんという息苦しいのだろうか。なんという心細いのだろうか。
何一つ音を立たない空間にセキマル達の声が聞こえ、一気に恐怖心が高まる。
正体が分からないモノが接近し、ますます冷静さを失う。
あまりの恐怖に耐えきれず、窓をガリガリと爪を立てる。
それによって少しずつ窓は開き、脱出を試みて体を入れる。
そして、自分の力が尽きるまで全力で走る。
やった、うまくいった。これで自由だ。もう誰も追って来やしない。
ところでどこへ行くの? どこまで行くの?
『ヤツら』に絶対に見つからないくらい、なるべく遠くまでだ。
でも、なんだか目の前が歪んでて、霞んでて、何も視えない。
おまけに眼から、なにやら熱いモノが流れてて、痒い。
それでも前だけ目指して、走るのみなんだ!
 そんな思いで走ったのだろう。
僕も今、同じ様に走ってる。
けど、僕はこんな思いで走った事は一度たりともしたことがない。
イーブイはなぜこんな思いを抱いて走って行ったのか。
なぜ目の前が歪んでいるのか。




















 それは僕のせいだ!













 だから償う。


 この一分一秒は長い。


 今度こそ、彼女の笑顔を見るまで。


 走る。




















 いつの間にか僕等の周りは一面花に囲まれた。
ピンクに青、緑から黄色まで。
多彩な花びらの色で着飾る花畑は、まるで鮮やかな虹色のカーペットだ。
あまりの絶景に忙しい脚がふっと止まる。
周りを見てないでよくここまで来たもんだな。
「臭う」
 え?
 セキマルは眉間にしわを寄せ、この静寂の空間に口を切った。
何が臭うの。どこから臭うの。
口にする前に自らも鼻をクンクンと嗅ぐ。
205番道路に負けないくらい心地い花の匂いしか匂わない。
もう一度。すぅ。
するとここには相応しくない、一度は嗅いだこの臭いが。
まさか。
「やっぱりな。あそこだ」
 セキマルは指さす。遙か地平線上にある、小さな影を。
「あっ、あれって」
 僕の眼はとうとうその影を捉えた。
「セキマル、カムバック!」
 腰にあるモンスターボールを取り外し、セキマルに向ける。
「えぇ、ちょっと待て。なぜここで戻されなきゃなんないだ」
「いいからさっさと戻れ。一刻を争うんだろ?」
 ボールから出る赤い光線がセキマルに当たり、この次元から姿を消す。
正しく言えば、ボールの中に入ったともいうが。
「よし、頼んだぞ」
 再び、地平線まで続く長い虹色のカーペットの上を走る。
影にはまだまだ距離がある。
だけど、もう少ししたら間に合う。
僕はセキマルの入っているボールを足元に軽くポーンと投げる。
それと同時に右足を高々と上げる。
途端に時間がゆっくり感じるようになった。
連続写真見たいに等間隔にボールが落ちる。
足もゆっくりと降ろす。
ついにボールも地面すれすれまで落ちてくる。
だが、ここで落とすまいと足の甲がボールの下に来る。
接触。ここでもう時間が止まった。
 あとは力いっぱいに飛ばすのみ。
ぐぐ……ぐ。
 何の角もなかったまんまるのボールが、足の甲にフィットするかのように、くの字に変形した。
 人間の感覚は本当に面白いものだ。
もうボールがあの真っ青な空に向って一直線に飛ぶ。
まだまだスピードは衰えず、どこまでも飛んで行きそうだ。
だが、ある地点からゆっくり上昇を止め始めた。
アーチや虹を描くように迂曲する。
万有引力に従い、またもやボールは地表に向かって隕石の如く落ちる。
そして、地上三mくらいになれば、破裂したかの様に白く光り出す。
その光を頼りにまた忙しく脚を動かす。
 見えた見えた。
赤と茶の二体が。
茶のイーブイが、赤のセキマルを心配そうに見ている。
当の本人のセキマルは、また腕や足を大の字でうつ伏せになっている。
「はぁ、はぁ、セキマル。お前何やってんの?」
「何やってんの、じゃねーよ!
何でいきなりオイラを蹴飛ばすんだよー!
しかも変な所で出されて着地も儘ならねーよー!!」
 相当、怒っているな。
「ごめんねセキマル。だってしょうがなかったんだもん。
一刻も早くイーブイを助けようと思って焦った結果が、これしか方法がなかったんだって。
でも、外見から見てそんなに心配する様なところはないね。よかった~」
「よくなんかねー! 頭から突っ込んだんだぞ!」
「あー、セキマル。お前じゃないお前じゃない。イーブイの方」
 僕は体勢を低くし、体長0・3mしかない彼女の大きな眼を合わせる。
「大丈夫だった?どこか怪我してない?」
 まだ怯えているようだが、ゆっくりと口を動かし始める。
「あ、あの。もしかして、あなたが私を助けて下さった人ですよね。
あの時は本当に申し訳ありませんでした。何の確認もせずにすぐあなたを敵だと思って、変に暴れてしまって。
本当に、なんとお詫びしたらいいのかしら」
「そんなぁ、お詫びなんて。それどころか僕、君を足止めした様なもんだし。
それにさ、君が無事だったことで安心したよ。いなくなったから心配したんだ。
疲れたしお腹すいただろ。センターに戻ってゆっくりしていきなよ」
 最後は笑いかける。
しかし、イーブイの顔にはまだ緊張感が残っていて、ムッと口を閉じてしまった。
 暫くの沈黙。ようやくまた彼女の口が開く。
今度はなぜか、暗い顔つきだった。
「ごめんなさい。お気持ちだけ十分です。確かに、私はあなたに会ってから既に疲れていますし、お腹もペコペコです。
でも、私には、今やるべき事をやり通さなければいけない時があるんです。
私だけの問題なら、もう投げ飛ばしたのでしょう。
けど、なぜこれほどのものを私は背負ってしまったんだろう。
数多い中から何故私が選ばれたのだろう。
自分一人だけじゃ重くて死にそうなのに。
かといって他人を巻き添えにしたくない。
そう思う度に、また腸が煮えくり返ったような感覚に陥って、目の前にいる何の罪もないヒトを。
だからあなたも私から離れて下さい。
さもないと、あなたも……」
 最後の一言が言い終わると突然に彼女の声が震えだす。
さっきと全く同じ、何かに怯えているかみたいに両前脚で頭を抱える。
僕は絶句し、熱い熱い怒りを覚えた。
この子にこんなことをしたクソヤローは何処のどいつだと。
ギリギリと強い歯軋りはならしてしまった。
それでも、頬の肉を上げて話しかける。
「僕も手伝ってやろうか」
「え?」
 イーブイの大きな眼が更に大きくなって僕を見つめる。
「なんでもかんでも一人で考えちゃダメ。
自分以外の人を守らなければという思い込みで自分を追い詰めるな。
だから誤った選択しか選べられないんだ。
そんなんだから自分が憎たらしいと思うんだろ?
だから君は弱いんだ!
もし良かったら、一緒に来ないかい?
強くなって、過去の自分という抜け柄を剥いで脱出してみないか。
僕が君を強くする。約束するよ。君を信じるよ。
だから、君も、僕を……信じて!」
 ブワァッ。
 突然、今まで感じたことがなかった強い横風が吹いてきた。
髪も花びらも舞う。
ふと僕は風に乗った一枚の葉っぱを追い、左に顔を動かす。
 もう、言葉を奪われた様だった。
「「「ぅわぁ……」」」
 隣からセキマル、ソウル、イーブイ、三人の声が聞こえる。
これほどに僕達を圧巻させたものは一体。
まだ自分は眼を疑う。
目を擦って、三人の焦点を追うように上を向く。










 ホントに奇麗だ。
風に乗って散った沢山の花びらが、見事な立体芸術を造る。
まさに竜巻。滑らかで優しい動きで回っている。
その巨体はだんだん上へと上昇ていく。
それと同時に花畑のあちらこちらから、また何千何万の花びらや葉が吸い込まれていく。
絶間もなく竜巻は次第に巨大に。
 あれから何分の時間が過ぎたのだろう。
途端に竜巻は散る様に消滅した。
目の前にはもはや、オレンジに染まる雲と空しかなかった。
暫しまた静寂の時が続く。
フゥと一つ溜息を吐き、足元に目を落とした。
すると、ほんの数m先にキラリと何かが光を放った。
僕はその光が気になり、急ぎ足でその光った場所に向う。
光沢の様な輝きだった。なんだろ。
そう思ったその刹那、さっき見たオレンジの雲みたいな色の物体が転がっていた。
手に取ってみる。結構重いな。
ってこれ、ビンだ。ソノオタウンの名物、甘い蜜が瓶詰に入っていた。
「どうした、ハクト」
 ソウルの声が真後ろから聞こえる。
僕は得意げにビンを高々と上げて、三人に振り替える。
「へっへ~ん。ラッキー、どう? 甘い蜜だよ。偶然そこで見つけたんだ。
知ってる? ここはね、とっても甘くて美味しい蜜が採れることで有名なんだよ。
そうだ。これで何か付けて食べてみない? すっごい美味しいよ」
「おー。いいね、いいね。オイラ、甘い蜜食べんのも見るのも初めてなんだ。
ハクト。早速蓋を開けて……」
 セキマルが蜜目がけて飛んでくる。
それを僕は空いた左手で、セキマルの頭を掴み抑える。
「ダメ。センターに帰って、手を洗ってからにしよう。
イーブイも一緒に食べる?」
 ほんの気紛れで彼女に問いてみた。
彼女は、少し下を向いて黙ってしまったが、素早く顔を上げて笑顔で、
「ハイッ!」
 と、元気で可愛く返事をしてくれた。
「よし、決まり。じゃあセンターに戻って、先にイーブイの体を洗おう!それから食事にしようか」
「え~? オイラ早く蜜が食ーべーたーいー!」
「だだ兼ねてるんじゃない。洗い終わった後に『ポチャケーン』の再放送が始まる時間になっているはずだ」
「何! マジか、ソウル!よし、早く戻ろうぜ。ビューン」
 セキマルは脚がナルトの模様に見えるくらいの速さで南を目指す。
僕はイーブイを優しく抱き上げる。
「待てよ~。セキマル、部屋番号知ってんの~?」
「全く、やれやれだぁ」
「ふふっ」
 そして、僕たちもセキマルの小さい背中を追って戻る。
時間は、四時半過ぎだった。






















 カチャ。
 やや狭い浴場のドアの隙間から、たちまちに白い蒸気が溢れ出す。
中に入れば生温かい湿気が体を包む。
長い毛で覆われているイーブイには、相当暑いだろう。
 パタン。
 軽くドアを閉める。サウナに入っているみたく蒸し暑くなった。
イーブイをそっと床に降ろす。
彼女は不思議そうな目で辺りをキョロキョロと見回す。
えぇと、シャワーは、あった。
腕を伸ばしてシャワーを掴み取る。
右のダイヤルを手前に回す。水。これじゃ冷たい。
熱くならないように左のダイヤルを回し、温度を調節する。
 これでいいか?
「こっち来て」
 僕の声に反応したか、彼女は振り返り素直に足もとにやってきた。
セキマルとは大違いだな。
アイツの場合、浴場を暴れまくって、床に滑って、シャワーで水かけられて疲れる。
「流すよ~」
 シャー。
 まずは体。乾きに乾いた謎の赤いシミを洗い落とす。
前脚から川の様に一本の筋で流れる赤い液体と化した。
特に汚れている右前脚は入念に洗う。
その光景は、まるで真っ赤な溶岩が火山を猛スピードで流れ落ちる様だ。
一体この子は、いつどこでこんなものを浴びたんだ。
この紅い液体は何なんだ。
流す度にそんな疑問が浮かび上がる。
それから尻尾、顔、耳の順でシャワーを浴びせる。
 右のダイヤルを奥に回して止める。
大量の毛で覆われているポケを水で濡らせば、濡らす前よりも痩せてて、みずぼらしく見える。
この子の場合、初めて会った時でもほっそりとしているのに、更に脚や体が細くなった姿に変わった。
正直驚いた。本来は育ち盛りでしっかりとした体格になるはずが、5㎝の長さの細い枯れ木の枝が四本とセロハンテープ本体がくっ付いた、幼稚で低レベルな工作のような、今でも脚が折れそうなくらい細かった。
 シャワーを戻し、シャンプーを手にかけて、いざ洗おうとしたが。
首や背中のあらゆるところからピチピチと冷たい水滴が、雨にうたれたかのように感じた。
原因はイーブイ。濡れた体を小刻みに震えさせていたのだ。
「うへっ、冷て」
 反射的に声を漏らしてしまった。
正直言って僕は人一倍寒がりだ。
「あ、ごめんなさい」
 彼女は申し訳なさそうな顔で即、謝罪の言葉を僕に向ける。
「や、やっぱりさ、毛が多いやつってさ、濡れると反射的にブルルって体を震わすんだろうね。
ついやっちゃう事ってよくあるよ。そんじゃ、シャンプーいくよ~」
 と、一応慰めの言葉をかける。
それとイーブイ。いちいち涙目にならんでもいい。
そんな目で見つめるな。
ちょっとキュンってなると同時に焦ってしまう。
こっちも別の意味で泣いちゃいそうだよ。
なんて考えてないで、さっさと手ぇ動かそう。
 あと、洗っている最中に言うのもなんだが。
まさか僕がフルチンで入ってきたと思っているんじゃないだろうな。
ポケモンとはいえ、相手は雌だぞ。女の子だぞ。
それでもあなたは、構わずに入れますか、フルチンで。
今まで雌ポケの仲間はあんまりいないから、緊張すんだよね。
だから今僕は、ズボンは膝が見えるくらいに、シャツは肩まで捲くった状態になって入ってます。えぇ、それだけです。
と、言ってる間にイーブイはもう全身泡だらけになっていた。
 もう一度シャワーを取り、ダイヤルを手前に回す。
 シャー。
 まるでメリープの毛刈りの様だった。
刃が全くないただの水が、真っ白の綿毛を削ぎ落とすかのように思わせた。
雲みたいにゆったりと流れ落ちると、再び艶のある明るい茶色の毛が現れる。
今度は何故か雰囲気が変わった。
水洗いをしたよりも、毛の光沢が一層輝いて、神々しく見える。
シャンプーだけでこんなにも変わるものなのか。
まっ、いーや。
 まるで水中にいるかってくらいの湿気があるこの浴場から、ドアを開け出てタオルを取りに行こうとした。
目を落とせば、なんとせきマルがバスタオルを抱えて突っ立ていた。
「あ。おせーよ、ハクト。待ちくたびれたぜ」
「待ちくたびれたって、いつからそこに突っ立ってたんだよ」
「ハクトがドアを閉めた直後。それよりも、まだ洗い終わってねーのかよ。先に食っちまうぞ」
「待った、待った。今洗い終わって出ようとしたところだよ。まさかセキマルが親切に持って来てくれるなんて、明日から太陽は西から昇るだろうな」
「な、なんだよ。その、いつもオイラが怠けているような言い回しは!
だったらこれ、全部食べきってやるからな」
 セキマルは先ほど見つけた甘い蜜を、タオルの中から取り出し掲げる。
それでも僕は、「はいはい」と呟き、バスタオルを受け取る。
それからセキマルは蜜のビンを両腕でしっかり抱え、急ぎ足で部屋へと向かっていく。
少し仲間を思いやる気持ちもあるのだろう。
 タオルを落とし、その上にイーブイを乗せる。
下から体を包むように優しく、丁寧に拭く。
こういう時が一番ドキドキする。もしかしたら耳が真っ赤になってるかも。
間違って変なところを触って、セクハラ疑惑だと思われる。
気を付けて。
 チャリッ。
 イーブイの首元から聞こえた。
金属同士が擦りあっている音だった。
突然寒気を感じたが、気のせいだろうか。
直ちにイーブイの首周りを手探りしてみた。
 こういうのもなんだが、イーブイの首周りの毛って、触ってみると気持ちいい。
こんなにもフッサフサして、ぬいぐるみのような感触だった。
って、さっき自分で変なことするなって言い聞かせたのに。
あっ、真っ白の毛に混じっている音の正体がようやく顔を出したぞ。
手にとってみる。まずは、堅い糸状のものが見えた。
それから下へ下へと指で辿っていく。
見つけた。それはやや大きめのビー玉みたいなものが、ぶら下がっていた。
銀に近い色をしている。それだけだ。
他には何もない。その玉以外には何も付いてなかった。
 しかし寂しいものだ。
人間の女なら首や携帯電話に、ジャラジャラとまではいかないが、チャラチャラと聞こえるくらいのアクセサリーやストラップを所持している。
ポケモンも例外ではない。
好意に付けている者もゴマンといる。
それに引き換え、この子にはたった一つしかなかった。
以前にトレーナーでもいたのだろうか、その人が一つだけで十分とか言われてこうなったのだろうか?
女の子なら誰でも綺麗になりたいとか、着飾ってみたいと思うだろう。
この子もそう願っているはずだ。
それなのに、一つだけなんてあんまりじゃないか。
色なんて可愛くもない。
「ねぇ……これって一体、誰に貰ったの?」
 首に掛かった寂しいネックレスをイーブイの目の前に見せた。
しかし、何の返事もしない。
ただじっと、それを見続けていた。
やはり触れたくないところだったか。
とりあえず手を動かせ。
「ごめんね。また風邪ひいちゃ、元も子もないよね。
ハイ、終わり。綺麗になったね。そんじゃ、食べようとしますか」
 左腕にイーブイを、右腕にバスタオルを抱える。
バスタオルを洗濯カゴへ入れて、浴場を後にする。
部屋を覗けば、小型テレビをジッと見つめているセキマルと、ベッドの上で何かの本を読んでいるソウルがいた。
セキマルは不意にこちらに振り向いた。
「よし。全員揃ったところで食べるとしますか」
待ってましたと言わんばかりにセキマルは大声を張り出す。
せかせかと部屋の真ん中に移る。
「ソウル、リュックの中に食パンが入ってると思うんだけど、そこから四枚出して」
「オィッス」
 了解の合図が出た途端に人数分の食パンが出てきた。
おまけにスプーン付き。
ソウルはそれを持ってセキマルの足元に置かせた。
僕もイーブイを抱えながら部屋の中央に集まる。
ソウルは用意に蓋を開け、スプーンで器用に四枚のパンの上に均等に蜜を落とす。
後は慎重にパンの表面に伸ばし、一人一枚配分された。
セキマルはパンを受け取るとクルリと回ってテレビを向く。
画面にはポッチャマが映っていた。
『ポチャケーン』の再放送が始まったのか。
「あ、そういえばさ、何であんな所にさ、こんなに美味い蜜が瓶詰めになって落ちてたんだ?」
 再びセキマルは僕の顔に振り向き、問いかけてきた。
手元を見たら、あの白い正方形の食パンが跡形もなく消えていた。
食べるの早い。
「うん、それはね、ミツハニーのお陰とも言うのかね」
「ミツハニー、って?」
 首を傾げるセキマル。
「説明しよう。『ミツハニー。はちのこポケモン。うまれたときから 3びき いっしょ。ビークインに よろこんでもらうため いつも はなのミツを あつめている。』ほら、こんな感じだよ」
 胸ポケットから真っ白の長方形の機械を取り出し、開き、画面をセキマルに向ける。
これがポケモン図鑑
「図鑑に記した通りに、普通のミツハニーは自分達の女王のビークインのために、一生懸命に蜜を集める。
昼夜を惜しまず、ずっと働いている。
しかし、このソノオの町にいればそんな苦労はしない。
なんでか分かる? そう、さっき行った花畑みたいに蜜が出来る花がいーっぱいあるから。
その面積は世界に誇る。
町のシンボルとも言えるその花畑は地元の人達も大切にされている。
花がたくさん咲いた事で、ミツハニー達は喜んで蜜集めをしていったんだ。
ここは、花を通じて人間とポケモンの関係を深まっていたんだよ。
そして、時々ミツハニー達は花を育ててくれた人間に、甘い蜜を詰めて人間とポケモンの交流の場でもある花畑に落としていくんだよ。
更に人間側もそのお返しとして、年に一回のお祭りで大きな花束を贈呈する儀式があるんだって。
だから、こうして美味しい蜜を食べられることが出来たのには、どんな思いが込められているのか、よく考えて食べようって僕は思うなぁ」
「ふーん。あ、だけどオイラそんな歴史を考えるより美味しく食べる方が好きだな」
「まぁ、セキマルにそんな事まで考えられる暇なんてないからな。やれやれだぁ」
「ほら、イーブイも食べよ」
 僕はパンを彼女の口元に運ぶ。
彼女はゆっくりとパンを齧り、モグモグ口を上下する。
イーブイは偉かった。ちゃんと三十回以上噛んでいる。
ついに飲み込んだ。
お味をどうでしたか?そう聞こうとしたのに。

 膝の上に水滴が零れ落ちる感覚がした。

 生暖かった。しかし、長ズボンに滲みた途端、あっという間に冷めてしまった。
だけどそれが一回ならず、ポタポタと音を立て、次々にズボンに落ちる。
「イーブイ?」
 そう、またもや原因は彼女だった。
彼女がパンを食べれば食べる程にそれは美しく流れる。


「ぅ、ぇ……っく、うぅ、ぇっく。ぅあっ……ひっく、わぁ。くぅ、ぅぇ……おいしい、ですぅ。とっても、っひぃ、美味しいです」


 涙を堪えているつもりなのか、やっと感謝の言葉を口にする。
彼女は涙が視えてないのだろうか。それとも抑えきれなくてしょうがなかったのか。
彼女の顔は床に伏せているから見えない。
けど、きっと涙で溺れているような顔なのだろう。
理由を知らない僕には何の助けも出来ない。
慰める事すらも。
 だから、僕は頭を撫でる事しか出来ない。
これが彼女にとって有難いことか、余計なお世話なことかも彼女自身が決める事だろう。
今日だけ、めいっぱい泣きなさい。



 流した涙は、君を強くする。その涙は決して裏切らない。



 ただそれだけ、君に伝えたい。

「うわっ。何だよ~。いいところだったのに~」
 セキマルの馬鹿に五月蝿い声に反応して顔を上げてしまう。
テレビの画面に目を向ければ、違和感を感じた。
時間にしてはアニメはまだ放送している筈が、どこかの放送スタジオを背景に一人の女性が映っていた。
 何、ニュースか?
「番組放送途中に臨時ニュースをお伝えします。
今日の午後三時過ぎにシンオウ本島の北東にあります、バトルエリアの火山ハードマウンテン山中にて、
三十代の男性と思われる遺体が発見されました。
遺体は下腹部と両手首が切断され、更には右眼の眼球が引っこ抜かれているという無惨な状態で発見されました。
発見者によりますと、登山時に遺体を発見したと同時に強烈な異臭を感じたと述べていました。
遺体を調べてみますと、骨にまで刃物か何かで切断された跡が残っているとのことです。
更に、右眼の眼球に複数の小さな穴が確認されました。
もしかしたら何かの器具で抉り取ったものだと推測します。
警察は集団リンチでの殺人事件だと裏付けています。
尚、遺体周辺に彩る大量の鮮血からにて即死の可能性が非常に高いようです。
犯人は勿論、犯行時刻もまだ分かっていません。
今のところ調査中ですが、また新たな証拠が見つけ次第にお伝えします」
 ここから先は、事件現場の映像とグラフィックを使ったイメージ映像が繰り返し表示された。
セキマルは貧乏揺すりをして行儀が悪かった。
僕たちがイーブイを捜している間に、そんな物騒な事件があったなんて思ってもなかった。
しかも犯人は不明。犯行動機は何のか? 他人がどう考えているのか全く分からないものだ。
いかんいかん。こんなもの眺めてたら毒だ。
 床にあるリモコンを取り、右上の○ボタンを押す。
テレビの画面は真っ黒に塗りつぶされた。
ついでにイーブイに目を落とした。
彼女は泣き止んだ。
その代わりに、顔は真っ青だった。
やはりあんな血生臭いもの見たら気分が悪くなるのもしょうがないだろう。


 血生臭い。
途端にイーブイと出会ったシーンが思い浮かぶ。
あの時、彼女は血だらけだった。
いや、あれはペンキだよ。
 どうしてそう否定するのかな。
もしかしたらお前、あの事件の犯人さんを抱いているのかもしれないんだぜ?
 そんな……馬鹿な!
何故そう言っちゃいけない事を軽々しく口にするんだ。
それにニュースでも言ったじゃないか。午後の三時にハードマウンテンで見つかったって。
出会った時間も場所も全然合わないじゃないか。
 でもさぁ、あくまでもそれは発見時刻だろ?
もしかしたら一週間前からあんな感じに殺して、何処かの船にこっそり乗り込んで、ここまで逃げたって事も。












 うるさい。黙れっ! この悪魔めが!!












 僕は彼女に約束したんだ。信じるって。
信じるってぇのはな、認めるってことなんだよ。
他者から否定されても、それでも自分は認める。
それが信じるの極意なんだよ。
しつこくあからさまに犯人扱いをするなら、守るまでよ。
そう、結局は守ることにもなるんだよ。
もしイーブイが僕に会わなかったら、お前みたいな遊び半分でしか思考が回らない奴に、ずっと否定され、責められたのだろう。
あの時僕はそう思った。
だから救い出そうと思ったんだ。
僕はもうこれ以上、誰かに苦痛な思いをさせたくないと誓ってこの旅を実行したんだ。
この旅は勝利を求めるだけではなく、ポケモンと人間の絆を学ぶためにもあるんだよ。
イーブイと、セキマルと、ソウルと、皆で学ぶんだ。
そして絶対に、守り通して、みせるんだからな。














 バフン。
 顔に布の柔らかい感触が走った。
けど、心地よくなかった。なぜなら。
「とりゃー。“はどうだん”! “いわおとし”!」
「おめぇには使えねー技だろ、セキマル。こっちだって“でんげきは”!」
「とか言いつつ、人間の感覚を忘れるハクト」
「わぁっ……いや、きゃっ!」
 そう、枕投げの戦いの真っ最中だからである。
枕がたった四個しかないのに、このはしゃぎ様。
最初は乗り気ではなかったが、こんな楽しくなるなんて思ってもなかった。
それぞれ思いついた技を再現して、枕を投げる取る跳ね返す。
ちょっとだけのつもりがいつの間にか夜の九時になった。
しかもイーブイは投げる事が出来ないので、セキマルの動く的になってしまう。
「はぁ、はぁ。ねぇ、そろそろ寝ない?
もう疲れたよ。ほら、散々お前の的にされたイーブイもこんなにぐったりだよ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「俺も付き合いきれねぇよ」
「えぇ! もう少しいーじゃねーかよー」
 全く、真っ黒に手が焼ける奴だな。
「もうこんな時間だよ。早くボールに戻った戻った」
「そういえばイーブイのボールは?」
 あ、忘れてた。
僕は体勢を低くし、イーブイと目を合わせる。
「イーブイ。もう一度聞くけど、僕たちと一緒に旅に行かない?
さっき変なこと言って傷ついたなら謝るよ。
けど、僕にいれば強くなれる絶対の保証はないよ。
嫌なら嫌で入らなくてもいい。
今のままでいいなら僕は構わない。
だけどこれだけは言っとく。
このボールに触れるか触れないかで君の人生が決まってしまうかもしれないよ。
選択は二つ。いや三つだ。
頑張って触れるか、粘って触れないか、諦めて死ぬか。
いくらでも時間を掛けていい。答えを待っているよ」
 そしたら、イーブイは一歩前に歩み寄った。
そしてこうも言った。

「私はあなたの考えを素敵だと思っています。
今まで私は他者を疑い続けてました。
自分の気持ちが分かる筈がない。何一つも分かってもらえる筈がない。
そう思い続けたんです。
でも、何も話していない見ず知らずのあなたに、あっさりと見抜かれてしまったんです。
そしたら、なんだ、自分はこの程度で悩んでたんだって開き直っちゃって。
次第に、自分自身の顔を見てみたいと思ったんです。
顔にどう書かれているのか、確かめてみたかったです。
もうちょっとあなたの存在が分かってたら、私は変わってたかもしれない。
この逃げ惑う事しかなかった人生が変わったのかもしれない。
だったら早くあなたのもとに行こう。
だから、もう答えは決めました。あの花畑に誓いました。
私を、捕獲(ゲット)してください」
 やっときた。彼女の答え。
小さい前脚は紅白のモンスターボールのスイッチをカチッと押す。
パカッと開き、バシューと中に入り、閉じて、捕獲した。
もう一度スイッチを押して出現。
もはや、目の前にいるのイーブイは野生(他人)ではなく、手持ち(仲間)である。
「これからも宜しくね。イーブイ」
「はい、ご主人様」
 え、ご主人様?
「うわ~。いいな、ハクト。こんな可愛い子に、『ご主人様』なんて呼ばれるとは、羨ましいぜ!」
「バ、馬鹿野郎。からかうんじゃないよ、セキマル。それと『羨ましいぜ!』って言いながら指をさすんじゃない。
何なんだよ、そんな目で見つめるんじゃない! あと何だその顔は」
「気に入りませんでしたか?」
「え? あ、そんな事はないけど」
「けど? まだ何かしてもらいたいのか? 随分と欲深いんだな~。ハクト……」
「いい加減にし~ろ。セ~キ~マ~ル~!」
 僕はセキマルの首を左腕で固め、右拳を頭にグリグリする。
セキマルの断末魔はとても五月蝿かった。
暫くしてセキマルを解放し、再度イーブイと目を合わす。
「僕は人間とポケモンに異種意識を作るのは好きじゃないんだ。
人間もポケモンも同じ生きてるし、会話も出来るし、差別する方がおかしいと思うんだ。
だから、僕等の間では気軽に呼び捨てでも構わないよ」
 とは言っても、僕も初めは仲間達をどう呼ぼうか悩んだことあったっけ。
「えっと、じゃぁ、『ハクトさん』。で宜しいでしょうか」
「うん、全然オッケーだよ。それじゃ、もうこんなに遅くなっちゃったし、寝ようか」
 三人はそれぞれのボールの元に戻る。
「オヤスミ……イーブイ」
「オヤスミなさい……ハクトさん」
 赤い三本の光線は三人の体をボールに吸収する。
大事なボール達をボックスに入れる。
 いい夢を。
 その後、僕はベッドではなく、小さな丸テーブルに置いてある一冊のノートを手にする。
リュックから筆記用具を取り出し、鉛筆を手にする。
該当するページを開き、鉛筆を走らせる。
 ふぅ。これでよし。
ノートと鉛筆をリュックに放り投げ、部屋の電気を消し、ベッドにダイブ。
 ん? ノートに何を書いたって?
眠いから、勝手に見てもいいよ……グゥ。



















『8月29日
ソノオタウンに到着。
205番道路でイーブイと出会った。
同じく205番道路で変な集団に襲われた。
発電所で変な集団(ギンガ団?)からイーブイを助けた。
花畑でイーブイが仲間になった。
明日から、旅が楽しくなりそうだ。
次はハクタイの森に向かう予定。
未来ある子供達と共に。

トレーナー:ハクト』




雨浸り編  完結

人齧り編に続く


コメントがあればどうぞ。




*1 風車の中心にある発電機や増速機が入った箱

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Last-modified: 2010-07-31 (土) 00:00:00
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