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ミュウツー母さんと、みんなのニコニコハウス、ロゼリア編

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引っ越しと恋 


 カノンがニコニコハウスに訪れてから二年半ほど経ち、カノンはその後も順調に成長していった。彼女は夏を迎える前にロゼリアに進化し、その後はそれまでにも増して積極的にダンジョンに挑むようになる。年上、年下関わらず兄弟姉妹を誘いながら、無難な難易度のダンジョンから、少し背伸びのダンジョンまで幅広く挑戦した。先輩の言う事はよく聞くし、決して無理はせずに的確なサポートをする。言われずともそれが出来た彼女は、少々実力に不相応なダンジョンに赴く際にも誘われるなど、その才能は高く評価されていた。
 実際、彼女の攻撃力は心もとないものの、草タイプゆえの補助技の豊富さと、不思議枝を自作して的確に使いこなす彼女の器用さ、先輩はどちらも評価していた。

 一方、イレーヌとパチキは、9歳を迎えてから生活をする広間を移して、別の部屋で寝起き、勉強をしながらマイペースに修行を続けている。二人はダンジョンに行くのみならず、ニコニコハウスの蔵書室で本を借り、イレーヌは技の本を片手にさまざまな技を自己流で覚え、使える技の種類を二年前とは比べ物にならないほどに増やしていた。時には背中に翼をはやして空を飛び回り、時には相手の爪や牙を折る王の盾を出現させたりなど、その器用さは非常に高い。
 パチキの方はと言えば、彼はダンジョンに潜って小遣い稼ぎをするだけでなく、街の大人の仕事を見ながら、その手伝いをさせてくれといろんな場所を回っていた。その固い頭を活かし、頭突きで何でも破壊するのが得意な彼の種族だが、仕事の中で彼がとりわけ興味を示したのは。大工仕事であった。
 今ではレンガの作り方、積み方。基礎工事の仕方、屋根の作り方。あらゆることをを貪欲に学びながら、それをメモに取りまとめる毎日だ。親方以外は文字を読めない者も多く、そんなメモが何の役に立つんだという声もあったが、そんな言葉を彼は気にしなかった。シャムロックがまずは勉強するために文字を教えてくれたことは正しいのだと証明するべく、彼は自分なりのやり方で仕事を覚えようと必死である。

 テラーはと言えば、マイペースに工作に励んでいる。彼は、多目的な広間の片隅に机と工作道具を広げ、熱心にモノづくりに取り組むことを覚え、毎日失敗しながらも少しずつ上達していっている。高額な工作道具と机は、みんなと一緒にお金を稼いで買ってもらった自品で、援助してもらった分は出世払いとなっている。
 その出世払いの恩恵を最も受けるのは、きっとカノンだろう。
「ねぇ、カノン。新しいリングルを作ってみたよ」
 リングルとは、使用者の体の大きさに合わせて不思議に伸び縮みする未解明の物質で構成された、不思議な腕輪である。それ単体でも様々な効果があるが、ダンジョンにのみ存在できるラピスという装飾品をリングルのくぼみにはめ込むことで、強力な効果を発揮できるものだ。テラーなりの出世払いは、カノンに無料で新作を譲ること。このおかげで、カノンは変わったリングルをいくつも所有しているのだ。
「どれどれ、今回はどんな感じかな?」
 テラーが新しいリングルを作る度に、その実験台は決まってカノンであった。要するに、出世払いというのは建前である。
「今回のリングルはねー。ゴツゴツリングルっていうの。ほら、シュリンお姉さんはサメ肌って特性だけれど、あれと似たような効果を持ったリングル。直接攻撃を受けるたびに、これで相手の手足が傷ついたりするの」
「へー、すごいじゃん。結構優秀な効果だけれど……でも、くぼみが一つしかないねー。これじゃくぼみの珠を使わないとまともに使えないよ」
 ラピスを嵌めるくぼみは、くぼみの珠と呼ばれるもので増やすことが出来るが、しかしいつでも手に入るものではないため、あまり頼ることは出来ない。トゲトゲリングルが優秀な効果であることは分かるが、流石にくぼみが一つしかない状態では、あまり役に立ちそうにない。
「あはは……それについては頑張るよ。もっとくぼみを増やせるようにして、いつかは僕のリングルがないと冒険に行く気にならないって言わせるからね。でも、今はとりあえずくぼみの数は気にしないで! このリングルに利用価値があるかどうかを見て欲しいの」
「分かった。じゃあ……くぼみの数については後々改善してもらうとして……棘の効果がどれくらいかを見たいから、私がそれ付けるから、君が攻撃して」
「えー。僕痛いのやだなぁ……そのゴツゴツリングルは自信作だから、尚更そんなのに攻撃するのは嫌だよ」
「もう……なら分かったわ、ダンジョンの中に持って行くよ」
「今日はダンジョンに行く予定あったの?」
「いやぁ。先輩たち、ダンジョンを越えた先にある街まで依頼を頼まれたとかで……私はこの街から出れないし、だからこの街でお留守番。シュリンさんもナオさんも、近頃は有名になって来ちゃったから、近隣の街からも依頼が舞い込んでくるのよね。ペリッパーのエアメール便とか、テレパシー通信局とか、いろんなところから。ユージンさんも村の困りごとを解消するためにダンジョンに行くことはあるけれど、今日は特に困りごともないみたいだし。
 お手伝いでも出来れば楽しかったんだけれどなぁ。平和なのは喜ばしい事なんだけれど……はぁ。退屈だから不思議枝でも作ろうかと思ったけれど、せっかく新作のリングル貰っちゃったし……ダンジョンに潜ってお小遣い稼ぎと、珠もついでに取ってくるよ」
「そっかぁ……先輩が遠くの依頼を受けちゃうと、やることなしなんだね」
「全く、やんなっちゃうよね……ランランタウンはいいところだけれど、それが全てじゃない。そう思うと、なおさらにやるせない。家から一歩も出られない頃の事を思えば、ぜいたくな悩みかも知れないけれど……」
「仕方ないさ。この街のヒメリ農家だって、外に出ることは出来ても、そのまま何処かへ行ってしまう事なんて出来る人はそういないんでしょ? みんな、何らかの理由でこの街に留まるものだよ。生まれ育った町を出て生活するなんて、一割いればいい方なんだから。人生の中で一番遠くまで言った経験が隣町くらいだとか、そんな人だって珍しくないんだ……」
「うん……そうだよね。私だって、恵まれているわけじゃないけれど、かといって最悪でもないんだよね」
 テラーの正論を聞いて、カノンは落ち込み気味に自分の手を見る。進化したあの日、その美しいしろと黒と紫のバラを皆が美しいと褒め称えてくれた。きっとそれは全く悪意のない褒め言葉だったのだろうけれど、今では少し恨めしい。
 これが普通の色であれば、きっと今頃色んな街に出かけていたのかもしれないと。ただ、その反面でニコニコハウスのみんなに出会うこともなく、文字を教わることもなく、ダンジョンに小遣い稼ぎに行くこともなく、アルトやポルトのように、故郷のシンゲツタウンで色違いを馬鹿にしていたかもしれない。
 そんな人生とどっちがいいのだろうかなんて、二回の人生を生きてみなければわからないことだ。だから、やっぱりぜいたくな悩みなのだとカノンは自分で納得する。これ以上答えのでない考え事をするのも嫌なのでカノンは自分の花弁を見るのを止めて、自分の荷物置き場から空っぽのバッグを取り出した。
「それじゃ、行ってくる。善は急げね」
「そのバッグ空っぽだけれど、荷物持たないでいいの?」
「軽い方がいいもん。今はもう、ラグラージだって余裕な私だよ?」
 カノンは得意げに胸を張る。
「だよねー。あの時にそれぐらいの強さがあれば、パチキもお尻を腫らさないで済んだのに」
 そう言ってテラーは苦笑する。
「あれはパチキが焦るからいけないんだよー。正直に大人に頼ればよかったのに。しかし、あの時の尻叩きは本当に痛かったな。あれを六〇回喰らった奴は今でも怯えちゃっているし……いったいどれくらい痛かったのやら」
 想像したくないよねと、カノンは苦笑する。
「あいつら大人しくなっちゃったよねー。将来はヒメリ農家でひっそりと暮らすのかな」
「きっとね、もう私に突っかかることもしないんじゃないかな? 一年前に私が結局一人で毒々だけで倒れるまで鬼ごっこしてあげたら、それ以降同級生にすら相手にされていないんだもん。もう、誰も手を差し伸べてはくれないだろうね……女の子も寄り付かなそう」
 カノンがあきらめ気味にそう言った。
「あの二人は親もいるし、色違いじゃないしで、恵まれて生まれてきたのにねー……どうしてそういう子がそんなに落ちぶれちゃうのか。あの二人の妹のスカンプーはイレーヌと仲がいいけれど、その子はまともに育ってほしいよね……」
 憐れみと疑問の声で、テラーはため息をついた。
「思えばカノン……君は、本当に強い子でよかったよ。なんというか、僕は臆病でダンジョンでもあんまり前に出来ないから、ちょっと情けなくって。僕だったら、きっとあいつらに泣かされちゃってたと思うと、本当にカノンが強くって良かった」
「そりゃもう、私だってあいつらに初めて会った時は、泣きたいくらいにショックを受けたよ。でも、イレーヌやパチキが全力で守ってくれたから、何とか泣かずに済んだ。臆病かどうかは関係ないと思うな……それにさ、別にテラーが臆病だっていいんだよ。人には向き不向きがあるわけだし。テラーはテラーが出来る事を探せばいい話じゃない。私も、私にしか出来ないことをやる……お母さんはそれでいいって言ってたよ」
「うん。僕はリングル職人をがんばって目指すよ。カノンは強くなって、みんなの役に立つんだよね? なーんか、志も立派なのが少し嫉妬しちゃうよ」
「大丈夫大丈夫。君のリングルが私が強くなるのを助けてくれるかもしれないわけだし。そしたら君も間接的にみんなの役に立てるわけでしょ?」
「そうだね。じゃあ、僕は君の助けになるように頑張るから、カノンも頑張って行ってらっしゃい」
「はーい」
 カノンは二年の間、親とは一度も会うことなく過ごしてきた。手紙のやり取りはしているが、母親は文字を読めないため、手紙は別の誰かに読んでもらっているのだろうし、自分の下に届く手紙も、明らからに母親が書いたものではないのが分かっていた。ただ、兄弟の様子を教えてくれたりなどしてくれる内容も多く、日々成長していく兄弟の近況を聞いていると、自分も頑張ろうという気持ちになれる。
 幸せになって欲しいという母親の想いをかなえるため、カノンは毎日を一生懸命に生き抜いていた。

 そんなある日のことである。
「カノン、少しお話をしたいのだけれど、時間はどうかな?」
 不思議枝を作るべく、部屋の隅で机を広げ、彫刻刀と木の枝を弄るカノンに、不意にシャムロックが話しかけて来る。
「どうしたの? 珍しいね。話したいことがあるなら構わないよ。よいしょっと」
 と、カノンは立ち上がり、シャムロックを見上げる。
「いつもの蔵書室?」
「いや、いまはあそこは使用している人がいるからね。別のところで話そう。そうだなぁ、少し散歩でもしながらでどうかしら?」
「いいよ。行こう行こう」
 ずっと枝を弄り続けていて、少しくらいは体を動かしたいと思っていたところだ。ちょうどいいしと、二人は外に出る。

 そうして二人は外を練り歩く。季節は秋を迎えており、街は寒く食料に乏しい冬を前に、保存の利く穀物の収穫に追われ、またそれらを加工する仕事には子供も総動員である。こういう季節はダンジョンを練り歩く者達にとっても商売の時期である。低レベルのダンジョンのポケモンは死体を持ち帰ってもドロドロに崩れ去ってしまうが、ある程度高難易度のダンジョンであれば形や質感を保ったまま持ち帰ることも出来、その肉は冬を越すための食料となる。
 そのため、何も依頼が無い日でも、とりあえずは高難易度のダンジョンに行けばお金がもらえる。ダンジョンを旅する者にとって、秋とはそんな季節である。だから、カノンも近場にある強めのダンジョンに行けば仕事が取れないこともないのだが、まだ一人で赴くには心もとなく、シャムロックには止められているし、自分でも今の強さでは無理だという事は自覚している。
 先輩のシュリンとナオは、今日も少し遠くの街まで依頼に駆けつけている。シャムロックが話しかけてきたのも、それで暇なのが伝わって来たからなのだろう。
「周囲の環境はすっかり秋めいてきたね。外の世界に出て三回目の秋はどんな気持ちかな?」
「えー……よくわからないなぁ。外の世界に出てからは、一年くらいは新しい発見の連続だったけれど、今はそんなでもないって感じるかな。この街が悪いってわけじゃないし、私が贅沢なのは分かっているけれど……たまに、遠くの街の事とかを嬉しそうに話す先輩の事が羨ましくなる。
 私にだって、遠くに行くだけの足がある。力もある。けれど、この体が……憎いくらいに私をこの街につなぎとめるから。でも、私はこの体に感謝もしている。お母さんと離れてここで暮らすのは寂しいけれど、でも悪い事ばかりじゃなかった。ここで勉強できたし、パチキやイレーヌ、テラーはもちろん、ミックやメラ、ユージンや、何よりお母さんに出会えたことが、すっごく嬉しいんだ。
 それに、どうせ通常の色の子供に生まれていたら、平凡に生きていればあのシンゲツタウンからも特に出る用事もなく、せいぜい隣町に行く程度で終わっていただろうし。通常の色で生まれたほうが恵まれていたのか、そうでないかは、正直わからない。兄弟やシンゲツタウンのみんなと比べれば何となくは分かるのかもしれないけれど……そういうのって、比べられるものじゃないからね」
「やっぱり、カノンもそういう事に悩むんだね。みんなそうだった」
 シャムロックが力のない笑みを浮かべて言う。
「メラやミックも、同じことに悩んだの?」
「そうだね」
 と、シャムロックはカノンの問いを肯定する。
「そして、私が最初に育てた子供、ロディも同じことで悩んだよ。だから、彼女は……『色違い生まれて不幸だなんて思いたくない。私はこの体で生まれて幸運だった』と言うために、旅に出たんだ……新しくニコニコハウスのような孤児院を立てるために。でも、その途中で行方不明になってしまった。誰かに殺されたのかは分からないけれど、酷い話だよ」
 言いながらシャムロックがぐずっと鼻をすする。その時カノンから目を逸らし、指を目に当てていた。高い場所にある彼女の目を見ることは叶わなかったが、きっとそれは泣いていたのだろう。
「全く、飛んだバカ娘だったよ。恩返しの一つも出来やしないで……私が首と足の拘束具を外しても、それに打ち勝つだけの強さを持っていたのに、それでもあの様だ。まったく、面白くない」
 精一杯の呆れたようなシャムロックの口調。カノンはそれを強がりと解釈しながら聞く。
「でも、ロディさんは努力はしようとしたんじゃ……それは考えないの?」
「結果だけが全てじゃないけれど、あの結果じゃどんな過程でも、志でもダメなものはダメさ。全く、馬鹿は馬鹿らしく、無難に生きればいいってのに、背伸びどころかジャンプして、着地に盛大に失敗するだなんて……情けない」
「そうか……ロディさんは情けないのか」
「カノンはそうならないで欲しい。だから、今から話すの」
 そう前置きをして、シャムロックは言う。

「あと一か月で、メラはこのニコニコハウスを卒業できる年齢になる。知っての通り、このニコニコハウスは一三歳から一五歳の間に卒業をすることを義務付けている。ミックなんかは貴方達に勉強を教えるのに便利だし、私と一緒に勉強したいからという理由でギリギリまでニコニコハウスに暮らしていたし……シュリンはナオと一緒に火に卒業するために、なんだかんだで一五歳までこのニコニコハウスにいたな。ミックはニコニコハウスの近くに家を建てたし、ナオとシュリンは今はランランタウンの外れにある家で同居中。
 それでね、ミックは本当はコウゴウシティの学院に進学して、学者になりたかったと言っていた。けれどあの子は色違いで、コウゴウシティなんかに行けば……」
「絶対に、何か嫌がらせをされる?」
「そうよ。コウゴウシティ学園兼、ダンジョンエクスローラー連盟の長、ミル・オホスは人格者で……色違いのポケモンが災厄をもたらすなどという伝説は、眉唾物と思っているのだけれど。それは彼自身が昔は……そう、ホウオウの事件があるより昔の話だけれど、彼が元々は色違いのノコッチで、色々あって成長してみたら実はジガルデだったという経緯があったからでもあるんだけれどね。
 そんな学園長の下にいれば、色違いを差別しない者が大半だろうけれど……そう言う分別のある者ばかりでもないでしょうから。だから、ミックは進学を諦めて、子供達のために塾を開くことにしたんだ」
「ミックさん、夢をあきらめたのか……そうするしかなかったんだ」
 カノンは自分のことのように残念そうにつぶやいた。
「うん、諦めたの。諦めたけれど、私はそれを間違いだとは思わないの。だって、どうにもならないこともあるもの」
「お母さんや、その学園長は何も出来なかったの? ジガルデって伝説のポケモンだよね? そんなに強いポケモンでもどうにもならないの?」
「その気になれば、出来るかもね。だけれど……怖いのよ」
「怖い? ないない、嘘でしょ? 母さんが怖いとかありえないし」
 無敵のシャムロックの弱気な言葉を聞いてカノンは首をかしげるが、シャムロックはそれを首を振って否定する。
「確かに私は強いよ? 強いから、大抵のことは力でどうとでもなるけれど……色違いのファイアロー事、ホウオウは街を焼き払った際に影踏みで縛られ、ストーンエッジの集中砲火を受けて死んだのよ? 伝説のポケモンで、何百人で挑まないと勝てないような力を持っていようとも、負けるときは負けるの。
 ましてや、ランランタウンならともかく、コウゴウシティは大都市だもの。恐怖で人を支配するとなれば、それはこのランランタウンよりもはるかに大変なのは火を見るよりも明らか。正直、私でもあの街を相手にするのは流石に怖いのよ」
「そっか……」
「だから、好き勝手するのも私はこの街の中でだけね。近隣の町にも睨みは聞かせているけれど……せいぜいそれくらいしかどうにも出来ないの。人を縛るのが恐怖ならば、この国では色違いのポケモンもまた恐怖だもの。私の強大な力のように見える恐怖ではなくとも、人は恐れているの。眼に見えない可能性を……。
 だから、ミックはそういった者に疎まれることを恐れて、この街に住み続ける事を選んだ。でもね、道は他にもあるの。メラは、誕生日と同時にこの大陸を去ろうとしているのよ」
「この大陸を? それってどういう事?」
 シャムロックの言葉にカノンはオウム返しに尋ねる。
「色違いが恐れられているのはこの大陸だけだから。だから、他の大陸に行けば、色違いであることに悩む必要はないってわけ。知り合いのラティアスが送ってくれるから……。珍しがられはするだろうけれど、それほど厄介なものでもないんだって。むしろ、他の大陸から来たってことの方が、いろいろ聞かれて厄介だと思うくらいだわ」
「そっか……寂しくなるなぁ」
 カノンはうつむき、そう呟いた。
「そういうものよ。この場所が生きづらい場所ならば、どこか遠くに引っ越せばいいの。ミックはそれを選ばずに、ここで生きる事を選んだけれど、別にあの子がどこへ行こうとも、私はあの子が幸せならばそれでよかったんだけれどね。みんな、妥協や我慢をしながらも、今を生きている。
 メラも、本当はここを去りたくないけれど、自由な場所で生きたいって言ってて……寂しがっていたけれど、自由には勝てないみたい」
「それでも、メラは外の大陸に行きたいんだね。そんなに嫌な目にあったのか、それとも私みたいに冒険をしたいのか……」
 シャムロックが首をかしげると、シャムロックは少しためらいがちに口を開く。
「うん……貴方には、子供がどうやってできるかもう学んだわね?」
「学んだけれど……それがどうかしたの? まさか、男の子のあれにそんな意味があったなんてねぇ……ミックとか、二足歩行だから、たまにチラチラ見えちゃうことがあるから、何だかたまに恥ずかしくなるよ」
 授業の内容を振り返りながらカノンは苦笑する。
「メラはね、それを強要されそうになったの」
「えー……それっていけない事だよね? 私あんなのを誰とも分からない奴とするのは……ちょっとやだな」
「だから下半身を燃やしたのよ。嫌なことをされそうになったから」
 シャムロックは細かくは説明しなかったが、それだけでカノンも理解してしまった。
「あぁ……あぁ、うん」
「そしてそれは、色違いである彼女を前々から目の敵にしていたコジョンドだった。押し倒され、首を絞められ殴られて、半狂乱になったメラは、全身を赤く燃え上がらせて相手を火傷させて……それで相手が怯んだ隙に、相手の股間を蹴りあげた。そして、相手が痛みに耐えかねて倒れたところを、彼女は……二度と使用不可能になるように、黒焦げになるまで焼き尽くしたというわけよ」
 シャムロックはその惨状を思い出して、どんな表情をすればいいかもわからず苦笑う。
「想像したくありませんね」
「手の施しようもなくって、体の中に管を突っ込んで排尿するしかなかったからな。そんな事があってから、メラはこの街、ではなく大陸を離れたいとすら思うようになった。北国に引っ越したいと言っていたよ」
「北国かぁ……北はここよりもあったかいんでしょ? 炎タイプには良さそうなところだねー。私もちょっと行ってみたいかも」
「そうだね。ちょっと、で行ける距離ではないけれど。それでね、カノン。貴方は強い。強いからメラのような目には合わないかもしれない。けれど、それでも嫌な目にあうことは多いと思うの。この街には、私が怖いから表面上は普通に付き合っているだけで、内心では色違いを疎んでいる輩なんていくらでもいる。だから、色違いという理由だけで結婚を反対されたりするかもしれないし、そもそも恋人になろうとすらしたがらないかもしれない」
「うん」
「だからね。貴方には、この街に留まること以外にも、いくらでも道があるという事。それをきちんと意識しておいてほしいの。貴方が本当にしたいことが、ここでは達成できないと感じたのならば、迷う事はないわ。外の大陸に行きなさい」
「逆に、メラさんは何がしたかったの?」
「ロディと同じ。あの子も誰かを助け、育てられるだけの力が欲しかった。孤児院のお手伝いをしたいって」
「そのための資金はどうするつもりなんだろう……先立つものがないと。ロディさんは、凄腕のダンジョンエクスプローラーだったわけだし、納得だけれど」
「そのお手伝いこそが、彼女の目的。要するに、寄付とお手伝い出来ればそれでいいって。メラは料理の腕は一流だから、その気になればどこに行っても受け入れてもらえると思う。そのために、料理が不味くって有名な大陸に行くんですって言っていたよ。料理の楽しさをその国に伝えたいんだってさ」
「あはは、それは確かにもてはやされそうだね」
「でも、孤児院のお手伝いだなんて、この大陸ではランランタウンを出られない彼女には無理な話だから。だから、彼女は外の大陸に出る事を選んだ。そういう話よ……」
「そっかぁ……寂しいけれど、でも夢をかなえるためなら仕方ないよね」
 カノンが言うと、シャムロックは少し寂し気にえぇ7と頷いた。
「カノン……あなたは何をしたいのかしら? 以前、ユージンに憧れていると言ったわね? それはまだ変わっていないかしら?」
「うん、変わっていないよ。ユージンさんみたく、人助けのために迷わず飛び出せる人になりたい。シュリンさんやナオさんも、そういうところがあるから憧れだよ。それは……もしかしたら、街の外の遠くまで行かないといけない依頼だったら今と同じように、その仕事を受けられないかもしれないことが残念だけれど。それでもできることはたくさんあるはず」
 カノンは、そう言って自分を鼓舞するように頷いた。
「そっか。じゃあカノンは努力してもっと強くならなきゃね。強くなれば出来ることは増えるから」
「うん、頑張る」
 シャムロックの言葉にカノンは頷いた。そうして、二人は景色を見ながら歩いていく。歩幅の小さなカノンに合わせるようにシャムロックはゆっくり歩いていたが、そんな彼女の足を、カノンは恥ずかし気に突っついた。
「どうした、カノン?」
「あのさ、お母さん。何だか、こんな話をしていたら少し本当のお母さんのことが恋しくなっちゃった……」
「あぁ、そうか。今なら誰も見ていないが、抱いてあげようか?」
「うん」
 シャムロックに言われるがまま、カノンは嬉しそうに頷いた。シャムロックはサイコキネシスで拾い上げられ、大きなシャムロックの胸に収まる。シャムロックの胸の呼吸と、温かみに抱かれ、カノンはそれに夢中で縋りつく。シャムロックもまた小さい彼女のすべすべな身体を感じながら、その小ささと儚さを感じてため息をつく。
「きっとお前は、私よりも先に死んでしまうだろうな……なんとも寂しい事だ」
「お母さんは長生きだもんね。何歳だっけ?」
「うーん……あと少しで三三〇歳。ロゼリアがそんなに長く生きた記録はない……だから、子供達には精一杯生きて欲しいの。貴方は私が出来ないことをして、生きた時間のながさではなく、何を成し遂げたかで生きた証を残してほしいの。だからこそ、私は貴方達に私を超えて欲しいのよ」
「それなんだけれど……人を守ることくらい、お母さんなら簡単に出来そうな気がするから、お母さんに出来ない事とかあんまり自信がないんだよね」
「そうでもないって。比較的簡単にできることだってあるよ?」
「例えば?」
「子供を産むとか。それが一番簡単に達成できそうな、私には出来なかったことね。卒業生の中には既にそれを達成した子もいて、孫が出来たみたいでなんだかうれしかったわ」
「うーん、あんまりイメージ湧かないなぁ。お母さんみたいに上手く子供を育てられるかな……」
「分からない。けれど、大人になったらやってみるといいわ。その時は、貴方がこうやって子供を抱きしめてあげるのよ?」
「抱きしめる……」
 まだ、遠い未来のように思えて実感の湧かない事を言われて、カノンは漠然とした未来を想像する。ユージンのように街を守る未来を想像することはあっても、自分が母親のようになることは一切想像していなかった。
「ま、焦る必要はないわ。貴方は皆と仲良くすることが出来るし、仲良くした者を大切にすることが出来る。その心があれば貴方はきっと子供が生まれても愛することが出来るはずよ。だから難しく考える必要はないの。努力して、その後大切な人を見つければ、貴方ならきっと幸せな家庭を築けるから」
 シャムロックにそんな事を言われても、カノンにはまだよくわからない。ただ、褒められていることや、期待されている事はよくわかる。
「ねぇ、お母さん」
「なあに?」
「ありがとう。色々と」
「えぇ、こちらこそありがとう」
 何についてお礼を言ったのかお互いよくわかっていなかった。言った本人も、色んな事を総括してお礼を言ったため、何に対していったのかはよくわかっていないのだから当然とも言える。ただ、このありがとうという言葉のおかげで、お互いの心は満たされるのであった。抱きしめられる事で体がポカポカと温まってきたあたりで、シャムロックは額に口付けをして彼女を降ろした。
「それでね、外の大陸の事なんだけれど……私やラティアスが紹介できる街がいくつかある。もしよければ聞かせてあげるが、どうだ?」
「参考までに、お願いします」
 シャムロックの言葉に、カノンは頷いた。自分はこのままこの街にいていいのか、それを自分自身に問うためにも、カノンは改めて外の世界や自分の未来について考えることにした。


 数日後、ニコニコハウスでミックの授業を終えたカノンは、ミックに呼ばれて彼の家に招かれた。中にはメラが待ち構えており、オレンなどの誰でも食べられるような無難な果実の天日干しを出されて、スパイスの利いた甘いお茶と一緒にそれを頂くこととなった。
「母さんから、色々話してもらったと思う」
 ミックがそう話を切り出す。
「はい。外の世界の事についていろいろと教えてもらいました。いい事も悪い事も色々あって、どこが一番いいのかとか、そういうのは全然わかりませんが……でも、外の国に興味は出ました」
「そうだろうな。俺も、同じような話を母さんから聞いて、いろいろ考えたよ。たくさん学んで、将来は学者をやりながら子供達を育てて行きたいだとか夢を見ていて……でも、壁がありすぎた。夢を目指すには、分厚い壁がね。俺は外の世界に出たかったけれど、やっぱりこの街で暮らすのが一番だって悟るくらいには、分厚い壁だった」
「あの、外の大陸に行こうというのは考えられなかったのですか?」
「どうだろうね。俺は考えようとしなかった。異国の地が怖いって言うのもあるし、ここから離れるのも嫌だった。俺は皆に勉強を教えてあげたかったから……そっちの方を優先したかったって言うのもある」
「そうですか。それで、今の生活には満足していますか?」
「してないけれど、そんなの誰もからもおんなじさ。みんな、何か不満を抱えながら生きているんだし。だから、満足できなくったって、悪い人生とは思わない。不満だけれど妥協できる範囲だし、学院に進学したいだなんてぜいたくな悩みなのさ」
 ミックはそう言って力なく笑う。
「贅沢な悩み、ですよねぇ。私も同じような悩みを抱えています。みんな同じ悩みを抱えちゃうんですね、きっと」
 ミックの言葉に、カノンはそう言って頷いた。そんなカノンを、メラは寂しそうな顔で見ている。

「カノン、私は、この街が嫌になったの」
 メラはそう言ってカノンの目を見る。
「はい、そう聞いていました……そんなに、辛い事があったのですか?」
「好きな人が居たけれど、でもね、相手は、その、ね。私が接していた時はなんだかまんざらでもなかったような感じではあったんだけれど、でもダメだった。『シャムロックが怖いからお前とはそこそこの付き合いをしているし、君がが悪い子じゃないのは知っているけれど、でもやっぱり色違いは怖いし、関わり合いにはなりたくない』って。そんなのありかって、本当に辛かった。
 女として、人間としての魅力はあっても、でも色違いじゃダメなんだろうね。それを聞いた瞬間に、私はなんというか心が冷めちゃったの。ここにいたらいけないんだって。私に偏見を持たない誰かを好きになればいいだけの話かもしれないけれど、でもきっとそれって、例えば私に子供が生まれて、その子が通常の色だったとしても……きっと言われるでしょ? 『君の親が色違いだから、僕は君の事は好きになれない』って。どうせ言われるんだ」
 言い終えて、メラはため息をつく。
「あぁ、確かに言いそう。昔、私に絡んできた悪ガキは、色違いの私だけじゃなく、ニコニコハウスのみんなも罵倒していたから……きっと、そういう事になるかもね」
 自分で言いながら、カノンは惨めな気持ちになってため息をつく。
「私ね、皆に祝福されながらポップコーンの道を歩んでみたかったのになぁ……ポップコーンを踏みしめながら、永遠の愛を誓ってさ。でも、この街でなら出来るかと思ったけれど、色違いの私には無理な話だったのかも……諦めないことは大事だけれど、いつまでも同じ方法に執着するのは愚かな事ね」
 メラは俯き、目を潤ませる。
「ま、そういうこった。俺はこの街に好きな子を見つけたし、いつかは子供も生まれてそれなりに暮らす未来もあると思うけれど……でも、その時子供に恨み言の一つでも言われることは覚悟しなきゃな。『なんで色違いのくせに僕を産んだんだ!』みたいな事を言われる覚悟を……な。ま、そんときゃ息子にランランタウンを出る事をお勧めするわ、それが一番だと思う。こんな小さい世界以外にも、良い場所なんていくらでもあるわけだからな」
 と、ミックは言う。
「カノンは誰か好きな人は居るかしら? そういうのがないならば、この街を思い切って出て行って、どこか遠い場所に行くのも手だと思うわ」
「え、好きな人ならいますよ」
 カノンは少しだけうつむいて、顔を赤くする。
「お、いるのか? いいねぇ、そいつとの恋が実るならこの街にいろよ。ダメそうならばメラみたいに吹っ切れるのもいいと思うし。差支えなければ誰だか教えてくれよ」
「ユージンさん。今もたまにお手伝いしてる」
「え……?」
「あぁ……」
 恥ずかし気に語るカノンの言葉に、二人は一瞬言葉を失ってしまう。
「おいおい、結構年の差があるなぁ」
「いや、でもそんなに悪いもんじゃないんじゃない? ほら、モコシの実を栽培してるフラエッテの女の子は一三歳だけれど、財産と進化道具を貰って三五歳のマリルリのところに嫁いだって言うし。それに比べればカノンが一三歳の時はユージンは、えぇと……」
「それって親が決めた結婚だろ……」
 カノンが正直に告白するものだから、メラは少し下世話な事を言う。そんなメラの発言に、ミックはそれはちょっと違うんじゃないかと苦笑する。
「私とユージンさんは九歳差だから、二二歳です。ちょっと差はありますけれど……今だあの人は独身ですし、チャンスあるかなって……子供すぎますかね、私?」
「そうなんだよなぁ。ユージンの奴なぜかずっと独り身だからな。まぁ、本当に好きならちゃんとその気持ちを伝えればいいさ。その恋が実るならば、俺は応援するよ」
 ミックはそう言って笑顔になる。それを見てカノンは安心して笑みを漏らす。
「実るのかな……だといいな」
「いいじゃないか、積極的にアプローチをしていけよ。ユージンくらいに気のいい奴なら、俺はいいと思うぞ。問題は奴の好みにお前さんが合うかどうかだが……」
「ユージンさんの好みって何ですか?」
「強い女。パチリスのタマゴグループって、妖精と陸上を併せ持っているんだが、妖精のタマゴグループの奴は平和主義者が多いからな……なら陸上の方をと言いたいところだけれど、何分平和な街だもんでな。あんまりお眼鏡にかなう女がいないんだと」
「なら、私でいいじゃん。それなら……私強い女になるし。絶対に振り向かせる」
 ミックに好みのタイプについて聞かされると、カノンはそれならばと奮起する
「そっかぁ……そうなんだ。カノンは、この街に残ることになるかもしれないのか……」
 メラが寂しげに微笑む。心なしか、彼女の全身を覆う炎も少し弱くなっている。
「それが、何か?」
「うん。少し羨ましいなって。私は、一回失恋しただけで外の大陸に行きたいなんて思っちゃって……」
「でも、私もユージンさんに失恋したら、どうなるかわからないから、まだメラに羨ましがられるような感じじゃないって」
 悔し気に羨ましがるメラに、カノンは謙遜する。
「そう。じゃあ、私みたいにならないように。応援するよ。きっと恋をかなえてね」
「カノンの恋が叶うといいな。俺も応援してるぜ」
 メラとミックがカノンに言う。
「うん、頑張るよ」
 メラとミックの話を聞いて、確かにこの街に執着する理由はそれほど多くない事に気付く。ならば、ユージンに思いを告げてみない事には始まらない。今はまだ子供すぎて相手にしてもらえないかもしれないが、さきに恋人でも作られたらたまらない。応援してくれる人達のためにも、少しずつアプローチを仕掛けていくのもいいのではなかろうか。
 年下には興味がないかもしれないが、それでも。
「でも、どうやって切りだせばいいのかな? パチキやイレーヌみたいに年が近い子ならよく話すから、どういえばいいか分かるけれど……ユージンさんみたいな大人と話すのって少し具合が違うからなぁ」
「確かに、年が離れている分、少し心配なところはあるなぁ。まあでも、あいつは気取った奴じゃないから、変に考えるよりもユージンへ思いを率直に告げればいいんじゃないかな。シンプルでいいんだよ。だからって、いきなりがっついてもいけないから、一応塩梅は考えるんだぞ?」
「分かった、頑張ります」
 ミックからアドバイスをもらい、カノンは奮起する。その日から、彼女は積極的になっていく。

強い女が好きだから 


 ユージンは、交番兼自宅に暮らしていて、基本的に昼は見回りか、家に待機して街の治安を守っている。とはいえ、街はとても平和で、正直彼が居る意味があるかどうかと言えば疑わしい。平和な理由というのも、食料が豊富な田舎町だからというのがあるが、一番の理由はシャムロックのせいだろう。
 シャムロックは、目の前で犯罪行為を見つけると、それが老若男女のいずれであろうとも尻叩きで処罰をする。時にそれは公衆の面前での公開処刑じみた処罰になることもあり、その痛みのみならず周囲の目にさらされることも含めて恐ろしい。かつて遠方から現れては女性や子供、食料などを略奪して回る部族が数十人で攻めてきたときも、シャムロックがほとんど一人で何とかしてしまったのだから、彼女のいるこの街で犯罪を起こすものなどいるはずもない。
 もしも何か犯罪が起きても、シャムロックが山へ行って、木の枝葉や下草の手入れをしていない限りは街の住人はシャムロックを頼るはずだ。年寄りはシャムロックを嫌っている者も多いからともかくとして、若い者はシャムロックが最も頼りになることを分かっている為、大抵が意地を張ることなく彼女に頼るであろう。
 そのため、ユージンの警備団という仕事は、本来の目的である治安を守る仕事よりも、街のみんなの困りごとを解決する仕事の方が多めである。例えばそれは、腰痛の薬や風邪薬に使えるような薬草を摘んできてくれという依頼だったり、畑にうろつく虫対策のために農薬の材料になる毒虫を採集したり、夜の生活に便利な夜光虫を元気にするための餌の採集をお願いされたりもする。ダンジョンで行方不明になったものの捜索とか、無くしたものがダンジョンの崩壊に合わせて消える前に取りに行ってほしいという依頼もある。
 そういったものはダンジョンエクスプローラーが取ってくる物であるが、あいにくこの街にはダンジョンエクスプローラーが少なく、いたとしても割高で取引される肉や骨を採集してくる者の方が多く、ニコニコハウスの子供(教育方針ゆえか、同年代の子供よりもやたら鍛えられている)がお小遣い稼ぎに採集してくる方が圧倒的に多いくらいだ。
 それで、ユージンは結局供給の少ないダンジョンエクスプローラーとして生計を立てているような状況になっている。近くに強盗やら危険人物が潜伏しているとか、そういった理由で出動することも少ない。そのせいもあって町長から頂いている警備団の給金は、僅かな分を除いて断っている状態である。個人的に頼まれたお仕事はきちんと報酬をもらっている為、本業である警備団の給料は要らないくらいなのだ。
 だが、本業に関わればその強さ、街で二番目の強さと言われている。シャムロックが盗賊の部族を相手にしていた時は、八人からなる別働体の攻撃を『この指とまれ』を用いてすべて一人で一手に引き受け、他の力自慢たちに攻撃を任せて全滅させたという功績を持っているなど、体の小ささを活かしてちょこまかと相手の攻撃をかわす腕に関しては右に出る者はいない。
 その分単体としての攻撃能力は正直な話微妙なところがあるが、相手の股をすり抜ける間にも頬をこすりつけて麻痺をさせるほっぺスリスリ、頸動脈をはじめとする急所を噛みちぎる怒りの前歯、どうしても攻撃が避けられない時は『守る』で誤魔化しつつ、体を丸めて慣性で飛んで行って安全圏に離脱するなど、器用さを語れば枚挙にいとまがない。

 そんなユージンは、カノンがこの街に来て初めて会話した母親以外の相手であり、そしてダンジョンで行き倒れたパチキを救ってくれた人物として、カノンの中ではユージンの存在は非常に大きなものとなっている。一目ぼれではないが、パチキを助けに走るあの後ろ姿に惚れこんだカノンにとっては、この二年半の間ずっと思い続けた相手である。今までは胸に秘めてきた想いであったが、この街を離れようとしていたメラの言葉を聞いて、少しだけ積極的になってみようという気持ちも出た。
 やらない後悔よりも、やって後悔しようと、カノンは次の日には行動を始める。ミックの家で午前中の勉強を終えたカノンは、開け放たれている交番の引き戸に入り、細く丈夫な植物の茎を束ねて作られた御座の上で本を読みながらくつろいでいるユージンの下へと参る。
「こんにちは、ユージンさん。今日は困りごとやお手伝いはありますか?」
 まずは、シュリンとナオが遠出で不在の際の常套文句を使う。
「あぁ、今日は悪いけれど暇だね。その、緊急の用事はないから、適当にどこかダンジョンにでも潜ってくるといいよ」
 平和な街ではいつもの答えだ。そもそもユージン自信があまり手伝いを必要としないほどの強さを持つため、そっけない返事は毎度のことである。
「そうですか……それでしたらユージンさん、今日はちょっと一緒に居てもいいですか?」
「いいけれど、なんだ? 世間話でもしたいのか? 珍しいな、いつもはじっとしてられない感じの子なのに」
 ユージンがそっけない返事をした時、普段のカノンは『ならば別の作業をしています』と素直に引き下がるのだが、今日は違う。カノンも御座の上に座り込むと、ユージンの隣に座って、距離を縮めた。
「いえ、世間話……ではないですね。なんというか、年下な私ですけれど……私、ユージンさんの事が好きなんです」
「えっと、それは……」
 カノンが直球で告白をすると、ユージンは平静を装いつつも言葉に詰まる。
「それは、俺を恋人にしたいってこと?」
「はい。私が来て間もない事の話ですけれど……無謀にもダンジョンに突っ込んでいったパチキのために、私が助けを呼びに行ったことがあるじゃないですか。その時、パチキを助けに走って言ったあなたの後ろ姿に惚れてしまいまして……すっごく、格好良かったんです」
「あぁ、そんなこともあったなぁ。あの時が、パチキの最後だったっけ……いい奴だったよ。それがあんなことになっちまうだなんて」
「パチキが死んだみたいな言い方は止めてくださいな! いやまぁ、確かにあれ以降パチキは尻叩きされていませんけれど……そういう意味では最後ですけれど」
「ははは。で、その時の俺の後ろ姿に惚れたって?」
 ツッコミを軽く流しつつユージンが言う。
「はい。助けを求めている人の声に応じて、一も二もなく飛び出していくのが、なんというか……頼もしいなって思いまして。だって、すごく格好いいじゃないですか。皆が必要としてくれるし、憧れるし、それにすごく優しい人なんだなって……お母さんに、どんな大人になりたいかをきちんと決めておけって言われて、それで一番最初になりたいと思った大人が、貴方なんです。ユージンさん」
「なるほど。確かにあの時の俺は格好良かったかもしれないな。だけれど、その……カノンは、年齢差とか大丈夫なのか?」
「はい」
 ユージンに問われて、カノンは即答する。
「そうか……別に、俺としては年下の子は嬉しい限りだけれど、カノンがそういうのなら……まぁ、悪くはないかな。良い子だし、要領もいいし、申し分はないが……」
「それじゃ、私が恋人になってもいいのですか?」
 カノンに問われ、ユージンはうんと頷いた。
「だけれど、お前さんは……俺に憧れるのはいいけれど、でも大丈夫か? 俺に憧れて、それで……お前は……なんていうかな。強いのか?」
 唐突なユージンの質問にカノンは言葉に詰まる。
「同年代の子供よりはずっと、強いと思います。今では、パチキやイレーヌとも並ぶくらいに強いですし、もっともっと強くなります」
「そっかぁ。確かにそうだな。お前はいっつもダンジョンに潜ってるような奴だし、初めてのダンジョンでも冷静に動けるような奴だからな……なら、強さに関しては大丈夫か……これから強くなれるかどうかは別かもしれないが」
 独り言ちてユージンは納得する。ミックからあらかじめ、ユージンは強い女が好みだというのを聞いていたが、何故こだわるのかカノンには疑問である。
「ユージンさんは、強い女性が好きなんですか?」
「あぁ、そうだよ。でも強い男も好きだぞ」
 カノンに問われて、ユージンはにっこり笑う。
「なんでですか? パチキは、なんというか競い合える相手が好きだから、強い男が好きとかそういう感じのところがありますけれど、ユージンさんは競い合うのが好きとかそんな感じではないですし……」
「あぁ、それなんだけれどなぁ……俺はお前と違って通常色だろ? なのに、どうしてお前みたいにニコニコハウスに預けられたかって話になる。この地方には、盗賊で生計を立てている部族が居るのは知っているな?」
 ユージンに問われて、カノンはうんと頷く。
「母さんが、それを撃退してからというもの、その部族はすっかり大人しくなったと聞きました。今はひっそり山奥で暮らしてるとか」
 カノンの答えを聞いて、ユージンはその通りだと頷く。
「そう、俺が六歳のころの話なんだが……俺の両親はそいつらに立ち向かって殺されたんだ。奴ら、物を奪っていくだけじゃなく、逆らうものは家や果樹園に火を放ったり、毒を撒いたりやりたい放題で、場合によっては女もさらって行ってしまう。そいつらにさらわれた女性はどうなるかなんてのは、想像もしたくない……」
 ユージンの言葉に、カノンは嫌な想像をする。きっとメラがされたようなことを、際限なくやられるのであろう。
「だから、俺の親父は奴らを赦そうとせずに戦ったんだ。街や、ニコニコハウスも守るために。とはいえ、敵はこれまで討伐隊を出しても返り討ちにあわされた手練れたちだ。勝ち目はあるはずもなく、親は敵を数人殺したが……そう、殺したところで自分も死んだよ」
「その時、ユージンの母さんは?」
「『いのちがけ』を使って、子供を守って死んだよ。どちらも、立派な死に様だった……言いたくはないけれど今はそう思うよ」
 ふぅ、とため息をついてユージンは暗い顔をする。
「それで、シャムロックさん。みんなの母さんは、その時行方不明になったロディさんを捜索していたんだ。そのせいで運悪く不在でな、テレパシーすらも届かない場所で、何かしていたみたいなんだ。で、両親が死んで俺は一人になっちまったわけだ……思えばニコニコハウスが武闘派になったのも、そのせいだったな。母さんは、俺の父親っていう親友と、ロディという大事な娘を同時に失ったわけだから、これ以上失わないためにきちんと鍛えておけってな。
 俺も、復讐も兼ねて、強くなろうとがむしゃらに鍛えたわけだよ。母さんから直々に手ほどきを受けて、無茶な特訓もやらかした。今でも夜は毎日ダンジョンに行ってる」
「それじゃいつ寝ているんですか? 仕事とダンジョンじゃ寝る時間ないじゃないですか」
「母さんが持っていた私物の一つに、何やら別の大陸で発見したぐっすりリングルとかいう一点もののリングルがあるんだ、眠ることで回復する技があるけれど、その効果を数倍にまで引き上げるもので……ま、要するに睡眠時間が短くって済むってわけだ。すさまじい効果の分、やたらくぼみが少ないのが弱点だけれど、ダンジョン内で使わない分には非常に役に立つものだよ」
「そっか、なるほど……壮絶な生活をしているんですね」
「まあね。ともかく、そうやって鍛えた俺は、四年前……俺が一三歳の時にまたこの街を襲撃してきたんだ。大半は母さんに任せてしまったが、それでも八人は俺が引き受けたよ。今は卒業してしまっている喧嘩自慢とかに攻撃を任せて、自分はこの指とまれをしながらひたすら攻撃を引き受けて、隙だらけな敵の背中に攻撃をぶち込んでもらうだけの簡単な仕事さ。
 三対八で人数は倍以上の差があったけれど、見事に俺の勝利。ちなみに、母さんは流石に五〇人を相手にするのは厳しかったのか、メガシンカして戦ったそうだ。そうなってしまったら、相手が人質を取ったところで何もかも無駄で、まぁ……本来なら俺も必要ないくらいだったんだけれどな。わがまま言って復讐させてもらったんだ
 その時、母さんさんはそいつらを殺したりはしなかったが、ある意味それ以上にえげつない事をやってのけたおかげで、俺も復讐が何だか馬鹿らしくなっちまったよ」
「えげつない? お尻叩きよりも怖い処罰があるの?」
「催眠術さ。ただ、眠らせるとか好き勝手に行動を操るとか、そんなレベルじゃない。奴らが人からものを奪ったり、暴力を振るおうとするだけで、立っていられないくらいのめまいと吐き気を催す呪いのような催眠術で、奴らはシャムロックを殺そうとしても、立ち上がることすら出来なくなっちまったんだ。当然、他の奴らからものを奪う事も暴力を振るうことも出来なくなったおかげで、奴らの人生をそのものが破壊された。
 母さん曰く、『ただ殺すだけじゃ面白くないから、農耕でもして健全に暮らせ』ってさ。復讐は一番されたくない事をするのが一番だって。奴らは死なんて恐れていないから、ならば今までの暮らしを捨てることの方が恐ろしいのではないかって。それにさ、母さんは『殺したら面白くない』って言って、無暗に殺すことを嫌うんだ」
 そう言って、ユージンは誇らしげに笑う。
「母さんは、そういうところがあってさ。面白いかどうかを重要視して、変わった人だよ。ニコニコハウスを建てたのも、子供が野垂れ死ぬのはもったいないって感じで……面白くないから孤児院を建てたらしい。本当、尊敬する」
「そのおかげで、私もユージンさんも救われたんですもんね」
「あぁ。だから俺は、母さんが喜ぶことなら、何でもやってやりたいって思う……」
 そう言ってユージンは微笑むが、そこでようやく彼は話題がそれてしまった事に気付く。
「で、話がそれちまったんだが、ともかく俺は復讐のために鍛えたわけだけれど、もうその必要もなくなっちまったからな。だから、今はこう……誰かを守るために使いたいとか思っているんだけれどね。でも、幸か不幸か、鍛えた力は役に立ちそうにないんだよなこれが。母さんがこの街にいるだけで、悪い事なんて出来る奴はいないから。
 でも、俺達が強くなると母さん喜ぶから、だから今も鍛えているんだ。母さんは、自分の子供がいつかメガシンカした自分を叩き潰してくれるのを楽しみにしてるとか、訳の分からない事を言っていてさ……まぁ、大した戦闘狂だよ。だから今の俺が体を鍛えているのは、愛する人に死んでほしくないからって言うのもあるけれど……母さんに恩返しするために、メガシンカした母さんぶっ飛ばすという目標のため。
 カノンちゃんはどう思う? 母さんに挑んでみたいと思わないかい? あの人、いっつも首と手足に革のバンドをつけているけれど、あれを外せば外すほど強くなるからさ、全部のバンドを外した姿と戦ってみたくはないかな?」
「あ、ちょっと興味あるかも。母さんはお尻叩きをするときはバンドを外すから、あのバンドが力を封じ込めているのは何となくわかっていたけれど……ちなみに、ユージンさんはどれくらいまで行けたんですか?」
「母さんが首のバンドを外したところまでは勝てたよ。でも、次の段階……首と両足のバンドを外した状態で戦っても、まだ勝利できていない。そうだな、カノン……俺のことが本当に好きで、そんでもって結婚したいって思っているのなら、まずは首のバンドを外させるところを目標にしてみよう。二人で、いつか母さんを乗り越えるために、一緒に頑張ってみないか? いつかさ、メガシンカしたお母さんを夫婦でぶっ飛ばすって素敵じゃないか?」 
 ユージンに言われて、カノンは目を見開いた。
「それは、私の告白を、受け取ってくれるってことですか?」
 カノンはもじもじと恐れながら尋ねる。
「うん。なんかさ……強くないからって理由で女性の誘いを断り続けてたら、俺によりついてくる女も少なくなっちまったしな。だから、妥協ってわけじゃないけれど……カノンなら強いし、文句なしだなって思うから。だから、一緒に強くなろうぜ。俺も手伝うし、母さんだって、稽古なら付き合ってくれるだろうし。シュリンやナオと一緒にダンジョンに出かけるのもいいだろ? 俺の好みの女を目指すっていうのなら、何でもやってみるといい。俺も協力を惜しまないからな」
「うん、そうと決まれば私も強くなるためにもっと頑張るよ」
 年の差があるから断られると思っていた告白は、案外にもすんなりと成功してしまう。こうして告白する前は、初恋というのは成功しにくいものだとメラから散々脅されたものだが、そのあまりに拍子抜けな結果に、カノンはほっと胸をなでおろした。
「でも、結婚するのはどうあがいても卒業してからだからな? 例え、卒業するまでに母さんに勝てたとしても卒業までは結婚を我慢しろよ」
「うん、我慢する」
 ユージンに念を押されたが、そんな事はどうでもよかった。憧れのユージンのお嫁さんだなんて、素敵な夢をかなえられるのならば、少しくらい待つことなど惜しくはなかった。


 その日はユージンと世間話をしながら一緒に街の見回りをして夕方までを過ごした。鍛えると宣言した日に、いきなり鍛錬を休んでしまったため、少々消化不良な気分になったカノンは、ニコニコハウスに帰りついてから、真っ先にシャムロックの元に頼み込む。
「お母さん! 私に修行をつけて欲しいの」
「ん? いきなりどうしたの?」
 唐突にやる気を出したカノンの態度に、シャムロックは訳も分からず素っ頓狂な顔をする。
「私ね、強くなりたいの。お母さんに勝てるくらいに強くなりたい」
 強くなりたいのは分かるのだが、『なぜ』かはカノンの言葉だけでは分からない。要領を得ない彼女の言葉に、シャムロックは苦笑する。
「あぁ、それは嬉しいんけれど、今は夕食の準備の最中だから……修行をするのはいいけれど、全員でごちそうさまをしてお皿を洗い終えるまでは待ってくれるかな?」
「う、うん……」
 カノンの修行はいきなりこんな感じで、やる気も削げるような形で始まる。仕方がないので、カノンは夕食の時間まで毒針を飛ばす練習をして時間を潰し、全員が食べ終えたら皿洗いを手伝って、早いところ修行をつけてもらおうと張り切っていた。
 結局、カノンのお手伝いのおかげで少しだけ皿洗いの終了も早まったとはいえ、シャムロックはきちんと食休みをしてからだとカノンを落ち着かせて、少しだけ二人で話をした。話し合いの内容を要約すると、どうして急に張り切りだしたのかというシャムロックの質問に対して、カノンは昼にユージンと会話した内容を語るというものである。
「そっか。けれど、いきなり首のバンドを外して戦うというのは無理だからね? まず最初は、足のバンドを外して戦うくらいから始めないと、大怪我させちゃうから」
「そのバンドって、力を封じているそうですが、重いんですか?」
「いや、軽いわよ。だけれど、これを装着しているとサイコパワーを練るのが難しくなるから、私のように体を動かすのに、筋肉ではなくサイコパワーを使っているような種族は、下手すると立ち上がることすら難しくなるのよ。例えばフーディンとか、サーナイトは、立ち上がるのにも苦労するでしょうね。
 だから、必然的に動きも悪くなるし、言うまでもなく攻撃力は落ちるというわけ。あんまり強い力を使いすぎると、皆が怖がってしまうから……普段は自制のためにも、こうやって力を抑え込んでいるのよ」
「自制って?」
「我慢をするってところかな。不便な状況に慣れていないと、いざという時に困ってしまう。だから、私はわざと不便な状況にするために、こうして自分の力を押さえているんだ。それに、そうでもしないと日々の仕事がすぐに終わってしまうから……そうなると退屈なのよね。
 木こりの仕事もね、木を育てて切ればいいだけではなく、枝を切り落としたり下草の処理をしたり、間伐といって……まぁ、元気のない木を切り倒して元気な木を育ちやすくしたりとか、そういう仕事があるんだけれど、すべての力を解放して行うと、すぐに終わっちゃうから、のんびり時間を過ごすために、力を抑えているのよ」
「でも、ガンガン木を切っちゃえば孤児院の経営も楽になるんじゃないの? なんだか、毎日の食事を安く済ませるのが大変だって……いっつも愚痴をこぼしていたような」
 カノンが問うと、シャムロックは空間に穴をあけて、滝のように銀貨と金貨を垂れ流す。
「毎日のやりくりを大変にしないと、面白くないからよ。質素な暮らしを皆に覚えさせるのも教育のうちよ」
 しれっと言い放つシャムロックに、カノンはその言葉の意味を考える。
「……縛りプレイって奴だね。大人が子供とボードゲームするとき、駒を減らしてハンデをつけるような?」
 問うと、シャムロックは頷いた。
「まぁ、そんなところね。私は最強すぎて、縛りプレイでもしないと考える事を忘れてしまうもの。そうなると、日々毎日ナマケロのように暮らすことになってしまうから。そういう事を防ぐためにも、私は日々考えて生きるために、自らに制限を課しているのよ。それに、私が戦う時も、本気で戦うとみんな誰も戦ってくれないから。だからね、私は皆が私に挑んでくれるように、こうやって自分の力を押さえているのよ。
 私に子供でも生まれれば、子供も同じくらいの力を持っているかもしれないし、子供と大岩でキャッチボールしたり、音速の数倍で追いかけっこしたりとか、そういうのはあこがれだったんだけれど……」
「そりゃ、母さんにしか出来ないよ……」
 あまりにぶっ飛んだシャムロックの願望を聞いて、カノンは苦笑する。
「そう、私にしか出来ないの。子供が出来なかったから、子供とそういうことも出来なくってねぇ。子供が親を超える瞬間とか、そういうのがあればよかったんだけれど……ないのよねぇ、これが。
 だからね、私は貴方達に私を越えて欲しいと思っているの。これは、以前にもあなたに言ったと思うけれど、私を超えるのなら何でもいい。私以上の功績を残してくれるなら何でも。別に音速の何倍で飛べとか、大岩でキャッチボールとかそういうのじゃなくって、絵が上手いとか、歌が上手いとかそういうのでいい」
「ミックとか、そういう点ではお母さんよりも勉強を教えるのは上手いよね。頭はお母さんの方がいいって言っていたけれど」
 カノンが言えば、シャムロックもうんと頷いた。
「そうなのよ。私は、なぜ子供が簡単な数式を理解できないのかとか、そういうのが分からないから……だから、勉強が分からない子の気持ちが分からないの。勉強が出来過ぎるってのも考えものね」
「なるほど、出来る人には出来ない人がどうしてできないのか理解できないと……」
「そう。ミックは、昔っから利口で何を教えてもすぐに吸収しちゃうけれど、その割には理解できない子に、物を教えるのも上手かった。そうやって、私には出来なかったことを出来るような子を見ていると、こうして孤児院を経営してよかったって、私は思えるの。でも、本音を言うと、私に強さで打ち勝ってほしいとか、そういう目に見えて分かるようなことで越えて欲しいというのもあるわ……
 だから、私は……本当ならば今すぐにでもすべてのバンドを放り棄てて、本気の状態で戦いたい気分だけれど……でも、ダメね。ゆっくりとあなたのいいところを伸ばさないと」
「多分、いきなり母さんに本気出されたら私死んじゃうと思うの。ははは……」
 平静を装ってはいても、少々興奮気味のシャムロックの態度にカノンは苦笑する。
「分かっているわ。食休みを終えて、準備体操をしたら、相手をしてあげる。逃げるんじゃないわよ?」
「逃げないよ。まだ逃げるようなことになっていないもん」
「ふふふ。それは楽しみね」
 胸を張るカノンに、シャムロックは笑う。

 二人で生姜湯を飲み、食休みを終えて準備運動もして体が温まったところで、小さな庭では狭すぎるので、二人は外に出る。夜は静かなランランタウン、綺麗な星空の下二人は原っぱの上で並び合った。
「さて、カノン。お前が一人でクリアできるダンジョンはどんなところだ?」
 しかし、第一声ですでにシャムロックの声がいつもより低く、そして口調も違う。
「えー? 一人でクリアとなると、ぽっかり洞窟あたりかなぁ。もっと強いところにも行けるとは思うけれど、無理して倒れてみんなに面倒をかけるのも嫌だし……だから、そこそこに無難なぽっかり洞窟で我慢してる」
「なるほど……ぽっかり洞窟、か。少々見くびっていたかもな」
 カノンの言葉を聞いて、シャムロックは考える。
「やめた。両足外しで行こうかと思ったが、それでは失礼なようだな。まずは両手のバンドから外そう」
「両手と両足で違いがあるの?」
「このバンド、脳に近い部分程効果が高いんだ。だから、足の部分を外すよりも、手の部分を外したほうがよっぽど効果が高い。故に、だ……両手のそれを外すというのはお前の事をきちんと評価している証だよ」
 言いながらシャムロックは手に付けていた革のバンドを外す。それまで彼女のプレッシャーなど大したことがないと思っていたカノンだが、両の手からそれが放り棄てられた瞬間、空間が歪んだかと思うような錯覚と共に、全身に緊張が走る。
「さぁ、いつでも来い。来ないなら私から行くぞ」
 いつもとは口調が全く違い、声もやたらと低いシャムロックの雰囲気に気おされて、カノンは一歩前に踏み出すことが出来ない。それに痺れを切らしたシャムロックがまず最初に、小手調べとばかりにサイコキネシスを使う。棒立ちのまま放たれたサイコキネシスに、カノンは一瞬だけ迷いを見せたものの、念によって作られた見えざる手からすんでのところで逃れる。一瞬だけ足に糊が絡みつくような嫌な感覚を覚えて、カノンは思わず安堵の息をつく。
「やはり、これを避けるだけの実力があるか」
 シャムロックが得意とするエスパータイプの技は、カノンには弱点であるため相性は悪い。けれど、どんなに相性が悪くとも、技は当たらなければ問題ない。今だってそうだ、サイコキネシスの見えざる手に捕まれ、壁や地面に叩き付けられさえしなければ、ダメージはない。無論、それをさせ続けてくれる相手ではないことは本能的に悟っているが。
「ならば、これでどうだ?」
 シャムロックがわざとらしく胸の前で腕を組む。なにをしてくるかはわからないが、攻めねばやられる。それだけは間違いないと、カノンは攻める。まずは駆けだしながら毒針を投げる。紫色の毒に塗れた針がシャムロックの下に飛ぶが、彼女はそれをサイコキネシスで受け流す。毛先をかすめる程度にいなされた毒針が虚しく空を切り、それとほぼ同時に、周囲へ重力の技が発動する。
 ぐん、と体が重くなる感触。重い荷物を背負った時のような重圧が足にかかり、思わずカノンは転びそうになるも、なんとかバランスを立て直してシャムロックに肉薄、カノンは腕を振るってシャムロックに攻撃せんとするが、シャムロックが後ろに体を逸らすと、攻撃は虚しく空を切る。力の弱いロゼリアが意味もなく直接攻撃をするとは思えないが、いったい何をするつもりかと考えていたら、シャムロックは一瞬で理解させられた。
 ふと呼吸をしてみれば、そこに混ざる甘い香りに気付いて、シャムロックは焦って呼吸を止める。むせ返るような甘い香りの中で、その心地よさに心を奪われてしまう。
「小癪な!」
 と、シャムロックがカノンを蹴り飛ばす。ふわふわの花弁でその蹴りを受け止めたカノンは、大きくふっ飛ばされたものの、体重の軽さゆえかダメージは少ない。逆に、吹っ飛ばされて受け身を取りながら、空中で不可避の毒々を放ちシャムロックに猛毒を見舞った。
「貴様は持久戦が好きか……ならば速攻で仕留める!」
 シャムロックは地面に倒れているカノンにサイコキネシスをかけて攻撃する。寝転がった体勢から、重力を増した状態ではかわすことは難しく、カノンは容易にサイコキネシスに捕らわれてしまう。所詮は軽く小さなロゼリア、重力下でもサイコキネシスで持ち上げることは楽々行え、十分な高度まで持ち上げたところで、シャムロックは重力の力も借りてカノンを地面に叩きつける。
「ぎゃん!」
 と悲鳴を上げながらカノンは倒れる。しかし、受け身はきちんととれたのだろう、フラフラになりながらも立ちあがって見せた。
「ほう、良い根性だ」
 二度目のサイコキネシスをしようにも、カノンは流石に警戒してか近寄ってこようとしない。サイコキネシスは距離が離れれば急速に威力も落ち、発動までに時間がかかるので、遠くにいては容易に裂けられてしまうだろう。しかし、このまま待っていては毒に侵されたシャムロックはジリ貧になるばかり、毒が回りきる前にシャムロックは距離を詰めながらサイコブレイクを放つ準備をする。だがここにシャムロックの誤算があった。シャムロックはまだ甘い香りのせいで頭はぼんやりしている。そのおかげか、カノンが口に自らの花弁を咥える動作の意味に気付くのが遅れてしまう。
 ぴゅうい、と綺麗な音。夜の空気に良く響くその音は、心地よく脳を眠りに導く草笛の音色。一瞬だけ眠気で意識が遠のいたその隙に、サイコブレイクは見当違いの方向に飛んでしまい、地面を抉って消えていく。そのサイコブレイクのすさまじい威力を横目に、カノンが間合いを詰めて至近距離でシャドーボールを放つ。紫色の爆風と共にシャムロックは吹っ飛び、自身が増させた重力の影響で地面に急降下して受け身も取れずに叩きつけられる。
 肺が叩き付けられて息が詰まる感覚でシャムロックが起き上がると、カノンが手に持った鋭く尖る毒びしをシャムロックの喉元につきつけていた。カノンが殺す気であるならば、毒びしで喉を貫かれて殺されていたであろうことは、想像に難くない。
「はははは……ふふふ。これはいい、これはいいぞ!」
 カノンは体の所々から擦り傷の血を流していたが、それでもなお恐れずに向かってくるその意気を感じて、シャムロックは思わず笑いが漏れてしまう。
「私の負けだ、カノン。だが、次の難易度に挑戦した際はこんなに簡単にはいかないからな? 次は両手両足のバンドを外してお相手する。その時、せいぜい怪我をしないように鍛えておくんだな。くくく……楽しみだ」
「両手両足のバンドを外すって、やっぱりそれ……強いの?」
「強いさ。今のお前ではさすがに勝てぬだろうな……コホン」
 カノンの質問に答えている間に、思わず口調が変わってしまった事に気付いてシャムロックは咳払いをする。
「でも、努力すればきっと勝てるようになるから、頑張りましょう」
「お母さん、何か戦っている時口調が違うね……」
「ごめんねー。私って興奮すると少しだけ地が出ちゃうの。それで、えっとね……ちょっと毒が回ってくらくらするから、カノンはアロマセラピーをお願い出来るかしら?」
「は、はい! どうぞ」
 シャムロックに言われて、カノンは手の平の花弁から香しい芳香を醸し出す。それを鼻から吸い込んで鼻腔を満たすと、それだけで全身の解毒機能が活性化してシャムロックの全身をめぐる毒が癒される。
「ふぅ……さて、と。毒も癒されたことだし……本来の稽古に戻ろっか? 稽古をつけてあげると言いつつ実戦稽古になってしまって、なんだか申し訳なかったわ。それで、技の切れだとか、敵の攻撃に対応した受け方、避け方、いなし方などの勉強をしようと思うのだけれど、まだまだ大丈夫よね?」
「もっちろん!」
 やる気も十分にカノンは答える。夜の修行は皆が寝静まるまで続き、一歩も動けなくなるくらいになってようやく音をあげた彼女は、そのまま地面に倒れ伏して、もう動きたくないといった雰囲気である。
「ふむ……まぁ、今日はこんなところね」
 仰向けになって天を仰ぐカノンを見下ろし、シャムロックは笑う。
「あの、お母さん……」
「あら、何かしら?」
「明日もお願いします」
「あらあら、やる気十分ね。いいけれど、ちゃんと疲れを取らなきゃだめよ。明日はきちんと光合成もしなさいね」
「はーい」
 焦点の定まらない目でカノンが答える。
「よし、いい子ね」
 そういってほほ笑み、シャムロックはカノンをサイコキネシスで拾い上げ、怪しく光る眼でカノンを強制的に眠らせる。土まみれの体を拭いて、同級生が用意していた藁のベッドの上にそっと置いた。カノンが静かに寝息を立てているのを見て、シャムロックは空間に穴をあけて不格好なリングルを一つ取り出した。
「ぐっすりリングルのレプリカよ。私は不器用だから、効果も低いしラピスをつけることすら出来ない不良品だけれど、日常で使う分には問題ないわ。疲れもきっといつもより癒されるはずよ」
 彼女の耳元に囁き、頬にキスをしてシャムロックはその場を立ち去る。その口元には、カノンの成長に期待して笑みが浮かんでいた。

新たな命を救おう 


 その日、遠くの街では小さなヒトツキが生まれていた。ただしそのヒトツキは通常の色ではなく、刀身がまるで幾多の血を吸ったかのような深紅の色をしている。卵からかえった子供がヤブクロンなのか、それともヒトツキなのか。男の子なのか、女の子なのか、ワクワクしながら待ち構えていたというのに、その結果は拍子抜けというレベルではない。
「なんてこった……うちの子供がまさか色違いだなんて」
 ダストダスの夫はあまりの失望に頭を抱え、ニダンギルの妻はこの後予想される周りの反応に怯えていた。

 この街、ギスギスタウンは色違いに対して他の街よりも非常に厳しい態度を取られてしまう。以前、この街で色違いの子供が生まれた時には、母親すらも穢れた存在として扱われて、母親ごと殺されてしまった事すらある。もちろん、この街には明確に色違いの子供を産んだ母親を殺さなければいけないとか、殺しても構わないとか、そんな物騒な法律はないし、殺人事件などが起きたら通常ならば犯人を暴き出してきちんと裁くはずである。しかし、街の住民の私刑によって色違いの子供やその家族に被害が及ぼうと、警備隊などの街の治安を預かる組織は腰を動かそうとしない。色違いの子供が殺されても、見て見ぬふりである。
 ニダンギルの母親は、いずれ自分も子供も殺されてしまうならばと、周りの殺気立った大人たちを黙らせるべく、『私を殺す気ならばお前らも殺す』と、『みちづれ』の構えを取ったのである。ニダンギルの殺気があまりにすさまじく、その場にいる全員を殺しかねない殺気であったため、色違いの子供を殺そうと殺気立った大人達も、一歩引いてしまわざるを得なかった。
 だが、いかにニダンギルが不眠不休で睨みを効かせていても、それがいつまでも続くわけではなく、そして子供の体力もいつまでも持つわけではない。家に備蓄していた食料で食いつないではいるが、その前にニダンギルの体力が尽きてしまうだろう。
 困極まったニダンギルは、本来こういう時に使うものではないが、テレパシーを発信することが出来る不思議な珠を用いた救助要請をダンジョンエクスプローラーに出す。『この街から私を助けてください』と、そういった内容のテレパシーを周囲に飛ばして、助けを求めた。
 その結果、ランランタウンのシュリンとナオの下にも、その内容の知らせが届いた。テレパシーによって発信された情報を閲覧する不思議珠を覗いて、マッスグマのナオは眉を顰めながらクリムガンのシュリンにその内容を見せた。
「シュリン、これを見ろ。件名が『助けてください』で、内容が……『色違いの子供が生まれたことで、私の周りのみんなが殺気立っています。今はなんとか道連れをちらつかせて脅して、何とか相手を退けてはいますが、それもいつまで続くかはわかりません。誰か、誰でもいいので、私達を安全な場所に逃がしてください。私が出来ることは何でもします、何でも差し上げます』……だと。これはまずくないか?
 ほら、ギスギスタウンと言えば、色違いに対する世間の目が他の街よりもすごくって、カノンとかミックが暮らしていたような町とすら比べ物にならないだろ? 助けてあげないと、この人近いうちに死ぬぞ」
 ナオに言われ、シュリンもその内容を覗く。
「これは問題ね。助けに行きましょう……でも、これじゃ私達で助けられるかしら? こんな仕事受けたがるエクスプローラーもいないだろうし、そうなると孤立無援で仕事を受けることになりそうじゃない?」
「……母さんにでも援護を頼むか? お母さんならば、やる気を出してくれると思う」
 シュリンが戦力の不安を口にすると、ナオは真っ先に思いつく手段を提案する。
「それが一番簡単よねー……でも、お母さんに頼っているようじゃこの先似たような事があった時も、何回も頼ることになってしまうし……私達だけで出来るといいんだけれど。だってさ、ほら……確かにお母さんならば簡単に解決できるよ? でもさ、もしも奴らが、母さんさえいなければ大丈夫だとか、そんな事を考えたらどうするのかしら? 母さんが不在の時に襲撃でもされたら面倒よ」
「どうするって……」
「マッスグマのあなたには、真っ向勝負以外は考えられないかもしれないけれど……母さんがいない時を狙って、ニコニコハウスに放火とか、そういう強引な手段を取ろうとした老人がこの街にもいる。その時は、近くの住民やニコニコハウスの子供が協力して炎を消し止めて、犯人は母さんと共に大空に高く飛びあがって、全町民に公開尻叩きで事なきを得たけれど……」
「それ事なきを得ているのか? いや、確かにニコニコハウスは無事だが」
「ま、そんな事はどうでもよくって、ともかく、ニコニコハウスに暴徒が押し寄せて直接殺しに出も来られたらどうするのよ?」
「……確かに、そこまで行くといかに母さんでも止められないタイミングもあるかもしれないが」
 シュリンの言葉に、ナオも頷く。
「だからこそ、母さんだけに頼っちゃダメなのよ。母さん以外にも、たくさんの兵隊がこの街にはいるんだって、理解させなきゃ。そのために、母さんに頼らず私達で何とかしたいな」
「一理ある……だが、色違いの子供を救出などという酔狂な依頼は、受けてくれる者などごくわずかだぞ……コネは……あるか?」
 そんな仕事を受けてくれる知り合いはいないと、ナオは考える。
「あるじゃない。カノンちゃんやイレーヌちゃんが。今ではそこら辺のエクスプローラーよりもよっぽど優秀よ。それに、いっつも暇そうなユージンさんも誘おう。パチキは……今は暇あるかなぁ?」
 難しく考えるナオにシュリンは気軽に言う。
「確かに、彼らなら……強力な戦力だな。だが強くとも幼い子供に、喧嘩ならともかく殺し合いになりかねない戦いをさせても大丈夫だろうか? 彼女はまだ、お尋ね者の逮捕には参加させていないぞ。それに、色違いの子供を差別するような奴らに引き合わせて大丈夫なのか? 彼女にとっては辛い記憶なのでは? 私は、まっすぐに生きてきた。だからカノンにもまっすぐ生きて欲しい」
「鉄は叩かれて。麦は踏まれて強くなるのよ。辛い事があってもまっすぐ生きるには、大きな辛い事を体験する前に少し辛いことで心を慣らしておかなくっちゃ」
「あのなぁ、シュリン……そんなに簡単に考えるものではないぞ? 今のカノンは一二歳。多感な時期なんだ。あまり変な影響があることはよした方がいいんじゃ……」
「でも、あの子は色違いだからと言って馬鹿にしている子供を一人で叩き返していたじゃない? 彼女を嫌う老人に対しても毅然と反論して逆に論破する始末だし。あの子は強い子だから。それに、仲間を募るにあたって、一番誘いやすく、話が早いのも彼女らよ? 急がないと死ぬんだし、悩んでなんていられない」
 シュリンの言葉に、ナオは考える。
「分かった、本人次第だ。ユージンさんからも意見を聞く。だが、人数が集まらなければ母さんと一緒に行くからな」
 ナオはあまり乗り気ではなかったが、シュリンが引き下がろうとしないので諦めて彼女の意見を尊重することにした。



 カノンがランランタウンに訪れてから、六年が経っていた。メラはニコニコハウスを卒業して別の大陸へと行き、ホーホーのアウリ―もヨルノズクに進化して卒業し、高速飛行便のエージェントとして、毎日忙しく周囲の街を飛んでいく毎日だ。
 イレーヌは卒業できる年になったが、彼女はまだニコニコハウスに所属して、ダンジョンに出かけながら力をつけ、お金を溜めて別の街に旅立つ準備をしている。道場を建てる場所はランランタウンではなく、もっとダンジョンエクスプローラーが多い場所を想定しており、そんな街に集まる猛者が自分に教えを乞いてくれるようになるには、まず自分が弟子たちよりも強くあらねばならない。そのため、日々精進の毎日だ。
 カノンも日々精進の毎日であることは変わらず、今ではシャムロックに首のバンドを外してもらって相手をしてもらう日々である。イレーヌと一緒であればこの状態のシャムロックでも十分に勝利は出来るのだが、一人でシャムロックに勝利するのはまだまだ厳しい状態だ。ただ、以前から鋭かった彼女の技はさらに鋭さを増しており、シュリンが言う通り大人のダンジョンエクスプローラーなんかよりも、彼女の方がよっぽど優秀であることに疑いの余地はない。
 勉強ほうもおろそかにしないように、五日のうち四日はミックの下で勉強を受けている。結局、生まれた子供をチョロネコのままでは抱くことが出来ないからとレパルダスに進化した彼は、あと一年もせずに基礎の教育を終える彼女の事を惜しみながらも、勉強の最終段階を嬉々として教えていた。
 パチキはと言えば、卒業できる年齢になった際には皆に惜しまれながらも卒業し、彼は建築家の親方の下に弟子入りした。すでにラムパルドに進化した彼は、短い手足で器用に仕事をこなしており、勉強の成果もあってか仕事の覚えが早いと親方にも褒められていた。
 要するに、イレーヌとカノンは未だに戦いの中に生き方を見つけているのだが、パチキはすでに戦う必要のない生き方を見つけているという事だ。シャムロックの教育方針が活きたのか、今でも体の鍛錬は欠かしていないものの、血気盛んだった昔と比べると、今は落ち着いてしまったと言えるだろう。力だけならばイレーヌとカノンの二人が束になっても敵わないだろうが、戦いにおける強さでは、もはやイレーヌとカノンのどちらにもかなわない。
 テラーも今は材料集めにダンジョンに潜ることはあれど、難しいダンジョンに挑戦してお金稼ぎなどという事はやらなくなってしまい、すっかり戦いからは身を引いてしまった。それでも、後輩たちがお小遣い稼ぎに出かけようとすると、自作のリングルを持って見守りに行ったりなど面倒見はいいし、最低限の自衛のために体を鍛えることはきちんとしている。ユージンの親が殺された件以降の武闘派な教育方針は、彼らに根強く刻み込まれているのだ。
 テラーがコロボーシのボックルや、その下に新しく入って来たビッパのオックスなどの安全を見守っているおかげで、ニコニコハウスはいつでも安全で、皆がニコニコ笑顔なのは変わらない。

 そんな生活の中、カノンはあいも変わらず不思議枝を作っており、食休みの最中や、シャムロックとの鍛錬の後で体が疲れている時に、木の枝に文様を刻み込んで探検に便利な道具を作っている。ダンジョンに出かける際にはそれらを有効活用するのだが、最近ではピンチになることも少なくめっきり使用していないとか。
 そのため、余った分は仕事で難易度の高いダンジョンに向かうシュリンやナオ達に譲ったり、子供達に託している。今日も、そうして枝を作っている最中にカノンは呼ばれ、作業の手を止めて立ち上がる。シュリン達に促されるままテレパシー情報の端末を覗くと、あまり目にしたくない目をそむけたくなるような情報が映る。
「色違いの子供とその親から救援要請ですか? それは、助けないとダメなんですか? 私はほら、村から子供を追放すれば大丈夫って感じでしたけれど……送り迎えじゃ、ダメなんですか?」
 自分の場合は、母親のノブレスはカノンを死産だったという事にして、カノンを家の中でかくまっていたが、それが発覚した時も、村から追い出せば許してもらえるような感じであった。もしも、今回の依頼人が言うように、母親も合わせて殺されるような町であれば、今頃カノンは生きてはいない。
「ギスギスタウンはそんなもんじゃないのよ。色違いの子供が生まれたら、それだけで母親まで非難されるような場所で……だから、早めに助けに行かないといけないんだけれど」
 ナオが語る言葉を現実のものとは認めたくなかったが、いつもまっすぐな彼女が嘘をつくとは思えず、カノンは言葉を信じて頷いた。
「分かりました、行きます。場所はどこですか……ってギスギスタウンでしたね」
「そう、ギスギスタウン。それで、イレーヌはどこにいるの? あの子も誘いたいんだけれど」
 シュリンに言われて、カノンは記憶を思い起こす。
「あの子なら今、街の広場で子供達に技を教えている最中じゃないかな? 道場を建てる前に、技を教えるのに慣れておくんだって」
「分かった、行きましょう……と、その前にナオから聞いておけって言われたことがあったわ。その、今回はダンジョンに登場するものではない、生きたポケモンを相手にすることになる。それはつまり、私達のように言葉を操るものを相手にすることになるし、貴方も色違いである以上、酷い言葉を投げかけられる可能性もある。それでも大丈夫かしら?」
「問題ないってか、むしろぶっ飛ばします。私は、何も恥ずべきことをした覚えはありませんので、色違いが生きているだけで文句を言うような恥ずかしい奴に負けてなんてやりませんとも」
「わかった。それだけ言えるなら大丈夫ね。」
 毅然と言い放つカノンを見て、大丈夫そうだと判断したシュリンは連れて行くことを笑顔で了承する。その後、イレーヌを誘うと彼女もすぐさまついていくことを決めた。話しを聞いていたテラーも、何かの助けになれればと参加を申し入れたため、シュリンは参加を認めるのであった。

 最後にシャムロックにもしもの時は助けを呼ぶかもしれませんと断ってから、シュリンとナオは合流する。ナオはユージンとパチキを連れていて、パチキは仕事中だったのを抜け出してきたようだ。
 大工の親方であるローブシンは、パチキが仕事を抜けようとしたときは、色が違うだけで殺されそうな子供が居るのであれば、助けに行けと快く送り出してくれた。ユージンは暇なこともあって一も二もなく参加を決め、ついでに、高速便の依頼待ちをしていたヨルノズクのアウリーも、半ば強引に参加を決められてしまった。
「あの、なんで僕が……僕は戦いは苦手なんですってば」
 小さい頃からお小遣い稼ぎにも消極的だった彼は、いきなり参加を決められて怯えている。色違いの子供を救出する仕事など、絶対に戦いになることが予想もつくので、参加などしたくない。
「貴方は、ダンジョンの出口で待機して、子供を無事にニコニコハウスまで届ける仕事を頼むから。血なまぐさい戦いとは無縁よ……追いつかれなければ」
 シュリンは怖いことをさらりと言って笑う。
「まぁ、私達から言えることはただ一つだ。まっすぐ帰れ。追いつかれないようにな。家まで帰れば母さんもいるから」
「は、はい……」
 ナオは簡潔にアドバイスをするが、もとよりそのつもりのアウリーはため息がちに頷くだけであった。
「大丈夫大丈夫。私達が貴方に子供を渡す予定の場所は森にあるダンジョンよ。夜の森ならば、羽ばたく音すらしない貴方の飛行ならば誰も追いつくことも、追いかけることも出来ないわ」
「だといいけれど……」
 戦闘経験に乏しいアウリーは、戦いにならないでくれと望むことしか出来なかった。
「さて、皆。作戦といえるほどのものでもないけれど、作戦を説明させてもらうわ。目的地はギスギスタウンの四番街にある一軒家。そこにはいま、多くの住民に親子が監視されている。母親の精神状態が極限に達しているせいか、挑発もいちゃもんも効かないほどに集中力が高まっている。でも、集中力が切れれば、道連れすら出来なくなって殺されてしまう。母親はそうなる前に、周囲にいる全員を道連れにして、子供を寂しくしないように地獄へ連れて行くつもりのようだ。
 だが、そうなる前に相手に取り押さえられ、眠らされたまま殺されることもありうるだろうし、犬死にの確率は高い。そんな悲しい事は断固として防ぐため、気丈な母親と、その息子を我々の手で助けることが今回の作戦だ。
 まず、先ほども言ったようにアウリーは街の付近にある森のダンジョンのとある出口近くで待機して、一気にニコニコハウスまでヒトツキの男の子を届ける役。そして、私達はそのダンジョンの反対側の出口……つまるところ、街に近い入り口であるその場所にまで逃げ込むわけだ。
 もちろん、その前にギスギスタウンに入り込んで、子供を救出しなければいけないわけだけれど、それについてはまず、イレーヌとユージンさん……そしてカノンに人目を引き付ける役を頼みたいわ」
「二人はいいとして、私? 私色違いだけれど街を歩いて大丈夫なのかしら?」
「ダメだからいいのよ。貴方達の強さなら多分問題ないと思うから、目立ってしまいなさい。目立っている位置に、私達がこっそり救出するから」
 戸惑うカノンに、シュリンはしれっと言い放つ。
「えー、でもそれって、ナオとシュリンが楽な仕事じゃない? なんだって私とユージンがそんな危険なことを……」
 さすがにこの仕事の頼み方にはイレーヌも不満なのか、彼女がそう言って不平を漏らすが、それについてはナオが説明する。
「二人はこの指とまれが出来るからな。だから何でもいい、住民に注目されればね方法は何でもいいから、私達が家に突入するまでの時間を稼ぎなさい」
「いいけれど……私は自分の身を守る方法をきちんと持って行かなきゃいけないなぁ。何人もの相手をするのは少し疲れそう」
 カノンはそう言って考える。
「それなら、私がいい技を持っているわ。その技の事でちょっと相談したいんだけれど……ユージンさん、後でちょっとお話しましょう」
 イレーヌはそう言って得意げに笑う。
「構わんが、いったい何をするつもりだ?」
 イレーヌはドーブルであり、どんな技を使うのかまるで予想がつかない。イレーヌが何かをたくらむ笑みが悪すぎて、ユージンは思わず苦笑した。
「で、俺は何をすればいいんだい?」
 まだ何の指示も与えられていないパチキがシュリンに尋ねる。
「貴方は、カノンたちを見守って、いざとなったら後ろから襲い掛かって蹴散らす係かしらね。カノン達に助けを求められたら、その時は殺さない程度に容赦なくやっちゃいなさい。貴方は守りはダメダメだけれど、攻撃ならば大の得意でしょう? 不意打ちで敵を半壊させなさい。助けを呼ばれるまでは、一般人の振りをしていればいいわ」
「わかった、手加減せずにやらせてもらうぜ」
 シュリンに仕事を与えられて、パチキは胸を張って言う。
「テラーも同じように見守っていてもらうけれど、貴方が見守るのは私達。一般人のフリをして、何かあった時のために待機していなさい」
「はい、分かったよ」
 シュリンに仕事を与えられてテラーは頷く。
「それで、私達だけれど、母親はもう命が助かるならば何もいらないと言っているわ。なので、最低限の持ち物だけを持ち出して、そのまま逃げる。ナオが前を行き、いざという時はナオとヒトツキだけでも逃がす。私がしんがりを務めるわ」
「だが、その場合俺達は街に取り残されるわけだが……注意を引いた後にどうすればいい?」
 作戦の概要を聞いて疑問に思ったことをユージンが尋ねる。
「それはね……」
 思わせぶりにシュリンが言う。
「それは?」
 それに対してユージンは律義に反応してあげる優しさを見せる。
「何も考えていない」
 しかし、それに対する答えがこれでは、ユージンもあきれるばかり。
「シュリン、殴るぞ?」
 呆れるままにユージンはそういったが、シュリンは悪びれずに笑ってごまかしている。
「でも、実際有象無象の連中ならば私達でどうにかなるし……なにより、相手だって色違いを殺しても暗黙の了解的に罪を追及されないけれど、反撃されても自己責任だという事は、街の奴らも理解しているはず。貴方達は好き勝手暴れてもいいのよ」
 少々乱暴な言葉を吐くユージンを諌めるようにイレーヌが言う。
「そもそも、ニコニコハウスで鍛えられた私達が、ただの街の住民や、それに毛が生えた程度のエクスプローラーごときにやられはしない。そして、敵に手練れのダンジョンエクスプローラーが居るのならば、とっくにニダンギルの奥さんは殺されている。つまり、相手には手練れがいないという事。それならばお前達ならば余裕のはずだ」
 と、ナオは言う。
「大丈夫、いざという時のために私も不思議珠をたくさん持ってきたから。爆睡珠、ふらふら珠、縛り珠、釘づけ珠、何でもあるよ? 枝もたくさんあるから、なんとでもなるよ」
 ナオに言われて、カノンは得意げに言った。
「カノンがそういうのなら信じるが、基本は戦うよりも逃げる事を優先するんだぞ?」
 そんなカノンが強がりではない事を信じ、ユージンはそう言って念を押す。
「大丈夫、逃げることならダンジョンで慣れている。立ち向かうだけじゃないってのは、この六年で学んだことだよ。それと……基本的に私は攻撃せず、するとしても毒々や痺れ粉まで、でしょ? 分かってる、基本的に手出しはしない」
 カノンが言うなり、パチキとイレーヌに目をやると、二人は任せろと言わんばかりに頷いた。

 その後、アウリーをダンジョンの入り口近くに置いて、カノンたち一行はダンジョンを経由してギスギスタウンに向かう。
「ところでさ。ギスギスタウンって、どうして色違いに対する風当たりがひどいの?」
 ダンジョンの道中、カノンが唐突に皆に尋ねる。それを聞いて、事情を知っているシュリンとナオは顔を見合わせ、話が得意なシュリンが話せとばかりにナオが目線を寄越す。
「え、えっとね。ここの地方の結婚式ってさ。どうしてポップコーンをばらまくか知ってる?」
 上手く説明できるかどうかは分からないが、カノンの質問にはシュリンがそう切り出した。
「話を逸らさないでよ」
「逸らしていないよ。知ってるの?」
 シュリンが話題を変えようとしないので、カノンは仕方なくこの国の結婚式の由来を言う。
「えっと……南の雪国で戦争が起こって、国を捨て落ち延びてきた姫と護衛が、この国で息絶えたんだよね? 姫様のツンベアーが『私には許嫁が居たけれど、もうそんな事はどうでもいい。本当は貴方が好きでした。ずっと結ばれたかった』って言って、護衛のマニューラも『えぇ、共に来世で結ばれましょう』って感じのお話をしたんだよね? それで、二人はその周囲に雪を降らせてから、毒を飲んで自害し……真っ白な雪に真っ赤な血を吐いて倒れたって。二人のいた場所は後に、常夏の北国でありながら雪が降る『常夏の永久凍土』というダンジョンになりました……と、そういう話だよね?
 それ以来、解けない氷を模したポップコーンの上を歩き、血の代わりにマトマのジュースを吐きだすことで、今までの自分と別れを告げて、夫婦としての新しい人生を歩み、死してなお続く愛の絆を願うんでしょう? それがどうかしたの?」
「そう。その話とおんなじ……ポケモンの強い思いは時に不思議のダンジョンすら生み出してしまう。それで、常夏の永久凍土では、生まれ変わりを望む気持ちがダンジョンを生み出したわけ。ギスギスタウンもそうだった……かつてのギスギスタウンは、ニギヤカタウンっていって、その名の通り活気にあふれた良い町だったんだけれどね。でも、貴方と同じ色違いのポケモンが生まれてしまったの」
「うん、それで?」
「そのポケモンの母親は、タマゴを産むと同時に死んでいた……そして、父親が代わりにそのタマゴを温め続けていたの。父親は『妻よ、お前が残したこの子供は絶対に立派に育てるからな……』って、心に誓っていたことでしょう。でも、生まれた子供が運悪く色違いだから……周りの人が『死ね』とか、『殺せ!』とかって言ったわけ。周りの人にそんな事を言われたら、どう思うかしら?」
「そんなの、分かんないよ……辛いことしかわからない」
 シュリンの問いにカノンは答える。
「そうね。辛いのよ。その父親は、一度町の近くにある谷底に子供を落として殺して……その後、悲しみに耐えきれずに、自身も谷底に身投げした。そしてそれ以降……そこにはダンジョンが出来たの。名前は『血塗られた川』って言ってね。血でうっすら赤く染まった水が流れるダンジョンとなった……そしてそれは、常夏の永久凍土と同じ。周囲にも影響を与えている。ニギヤカタウンの近くの川には赤い水が流れるようになったの」
「それは辛いね……なんというか、そんな水飲みたくないし」
 カノンが率直な感想を言う。
「そう? 赤いお水ってなんだか素敵な響きなんだけれど」
「いや、それはテラー、貴方だけだから」
 赤い水に嫌そうな反応を示すカノンに、テラーはとぼけた事を言ってカノンを困惑させる。
「しかも、悲劇はそれだけじゃない。血塗られた川は一つのフロアが広大で、その上階層もかなり深いダンジョンだった……その上、難易度も馬鹿みたいに高くって、私達みたいなハイパーランク以上の腕前がなければたちまちやられてしまう。不思議のダンジョンは私達ダンジョンエクスプローラーにとっては近道だけれど……そんな私達にとってでさえも、ダンジョンを通るのは困難を極めて、回り道をしなければ危険と言わしめるほどの難易度から、それが交易の妨げになっているのよ。
 血塗られた川のせいで物資の運搬は滞り、ニギヤカタウンはそのうち活気がなくなり、ギスギスタウンとまで呼ばれるほどになってしまった……今は、旅人も寄り付かなくなって、薄汚れた空家が目立つゴーストタウンよ。
 常夏の永久凍土は、周囲に害を振りまくどころか、その付近に雨を振りやすくさせて、森が形成されて近くに街も出来たくらいなんだけれどね。そう言うダンジョンは恵みのダンジョンって呼ばれて、血塗られた川のようなダンジョンは、呪われたダンジョンって呼ばれてる」
「で、それも色違いのせいなわけ?」
 シュリンの説明を聞いて、カノンは思いっきり不満げに尋ねる。シュリンは気まずげに頷き、ナオの方を見る。
「悲しい事に、そういう風に言われている。悪いのは、子供を捨てざるを得ない状況に追い込んだ者達であると思うのだが……ギスギスタウンの連中は、自分に原因があるとは思いたくないのだろう。別に、色違いでなくとも、強い感情があればダンジョンが生成されることはあるというのに」
「……これだから信じられない。色違いを嫌う奴は信じられない……自分の罪から目を背けているだけじゃん。馬鹿ばっかり」
 カノンは吐き捨てるように言う。
「なぁ、カノン。念を押しておくが、お前は攻撃をするなよ? 攻撃ならば俺達が何とかするからな、色違いの奴に傷付けられたとかって騒ぐ奴が出て来るから」
「貴方が私達より強くなろうとも、私達は貴方を守るために戦うから。母さんからの言いつけを守ろうね?」
 パチキ、イレーヌは、不機嫌そうなカノンの心を察して念を押す。カノンは黙ってそれに頷いた。

 そうして、カノン達一行はギスギスタウンへとたどり着く。数十キロの道のりを夜までに走破するのは骨が折れたが、ダンジョンを経由した分、すこしばかりはショートカットが出来た。
 街の外で少しだけ休んでから、意を決して街へと入ると、ギスギスタウンはゴーストタウンと形容されている通り、活気に乏しく住んでいる住民も揃って暗い顔をしている。かつては市場があったであろう大通りも、今やすっかり寂れてしまって、閉じっぱなしのドアが目立つ。
 助けを求めるニダンギルが居る家の区画もまた、酒場や宿が立ち並んでいた通りに面しており、かつては活気があった場所だろう事が分かる。彼女の家には人だかりが出来ていたため、場所の特定はすぐに終わり、あとやることはニダンギルとヒトツキの救出だ。
 その準備に当たって、カノンはイレーヌにボディペインティングをされていた。そのペイントの内容は、もともと色違いの彼女の上に、さらに色違いの塗装を塗るというものである。しかし彼女の特徴的な花の一部には、通常色と同じ青を使っている。これをどのように使うかと言えば、茶番を演じるためである。

 ニダンギルの家に群がるポケモン達から少し離れたところで、ユージンがわざとらしく大声を上げる。
「おいお前ら、そんな家に構っていないで見ろよ! ここに色違いのポケモンが居るぜ?」
 彼はカノンがかぶっていた外套を剥ぎ取っており、その色違いの姿は民衆たちにあらわになる。
「お、おい……なんでこんなところに色違いのポケモンが居るんだよ?」
「しかも、もう大人に近いじゃないか……子供のうちに殺されなかったのか?」
 ユージンがこの指とまれをして、カノンへ視線を集めると、ニダンギルの監視をしていた者達も一斉にカノンの方を向く。
「さて、なんでこんなところに色違いが居るでしょうねぇ? あんた達大の大人が、情けない事に女性を囲んでよろしくやっているからじゃないかしら?」
 カノンが挑発するように言えば、ニダンギルの家を取り囲んでいたほとんどのポケモンがこちらの方を向いている。
「私も色違いの女の子だけれど、そんなに遊びたいのなら私が遊んであげましょうか? そんなニダンギルのガキなんて放っておいてさあ」
 なおも挑発するカノンに、大小さまざまなポケモンが群がって行く。この指とまれをユージンがしたことにより、皆ニダンギルの事などすっかり忘れてカノンへ視線を向けるのだ。そんなポケモン達をあざ笑うようにカノンは相手に背を向けて逃げ出す。その際は、ふらふらと歩きながら道行く女性の影に入ったりなどして一般人を盾にして、遠距離攻撃を後ろから撃たせないようにしている。さりげなくパチキの影に入ったりもして、その際はパチキがカノンを追いかけ、盾になる。
 そのため、飛行タイプのポケモンや、その他足の速いポケモンが先回りして攻撃しようとするのだが、カノンに攻撃をしようとすればパチキが睨みを利かせるため、誤射を恐れた飛行タイプのポケモンは攻撃できない。そうしてもたもたしている間に、彼女は悠々と酒場に逃げ込んでしまう。
 お店の中で暴れるわけにもいかず、カノンを追いかけたポケモン達は店の中に入り込んでもカノンを攻撃することは出来なかった。酒場にいた客たちは、突然入り込んできた色違いのロゼリアに驚いており、どうすればいいのやらわからず動けないでいる。
「それにしても、君ら馬鹿だねー。私の腕はほら、見ての通りただ染めてもらっているだけなのに」
 お店の中に逃げ込んで、殺気立った男たちに囲まれたあたりで、ようやくカノンは自分の腕の先にある花弁の、通常色に染められた部分を見せる。
「私は通常色のロゼリアだよ? その程度も分からない、おバカさん。あっはっは、釣られてやんのー」
 カノンはそう言って、追いかけて来た者達をあざ笑う。本当は、通常色と同じ青く染められた部分もボディペインティングの賜物なのだが、頭に血が上った者達にはそれも気付かれないようだ。
「だ、騙したのかお前? ふざけるな! あの色違いニダンギルどもが逃げたらどうする気だ!?」
 カノンを追ってきた男たちの一人、レディアンの男が憤って声をあげる。 
「騙される方が悪いのよ。私に暴力を振るう気なら相手になるけれど……まさか店内で暴れる気じゃないわよねー?」
 意地悪な笑みを浮かべてカノンは笑う。カノンは中身の入った酒瓶が並べられた棚を背にしており、うかつに攻撃をすれば大規模な被害が発生するであろう場所をわざわざ陣取るのだ。これでは、よっぽど冷静さを欠いていなければ攻撃は不可能だろう。
「それよりも、貴方が囲んでいたニダンギルのお母さんたち逃げているんじゃないかしら? おバカさんが引っかかっている間に、私の優秀な味方が連れて行っちゃったから」
 カノンに言われてハッと気づいた頃にはもう遅い。ニダンギルの家を囲んでいた者達は、爆睡珠で眠らせ、ついでに釘付け珠で地面に縫い付けられている。シュリン達とニダンギルの行方を追えている者は誰もいない。
「おっと、ここから先は通行止めよ。あと数分でいいからこの街にいて欲しいのよね」
 すぐさまニダンギル達を連れだした何者かを探そうとする男達だが、そこに立ちふさがるのはイレーヌとユージンである。遠くからきちんとパチキも見守っており、戦力的には心配なし。
「ここから先を通りたければ、私を倒してからにしてくれないかしら? なんて、ありがちかしらね?」
 カノンはそう言って男達を挟み撃ちにする。とはいっても攻撃はせず、イレーヌが黒い眼差しをして足止めしているくらいで、実害を与えることは極力しない。
「どけ! 色違いの奴は殺さなければならない!」
 エビワラーの男がイレーヌへ向けて凄む。だが、イレーヌは冷たい目線で射抜いたまま、全く動じる気配はない。
「なら、自分達が殺されることを覚悟の上で家に突入しなさいよ。その程度の根性もないくせに、使命感に燃えたようなセリフは恥ずかしいわよ? 相手を殺していいのは、自分も殺される覚悟がある奴だけって、よく言うでしょ?」
 だがエビワラーがいくら凄んでも、イレーヌは全く動じることなく言ってのける。
「生意気な……女は黙ってろ!」
 と、イレーヌ相手に殴りかかったエビワラー対し、イレーヌは身をかがめてパンチを躱し、頭突きとほぼ同時に『とどめ針』をへそに刺し込んだ。激痛のあまりその場に倒れ伏そうとするエビワラーを、イレーヌは頭で支えながら、イレーヌは針をぐりぐりと捩じって、自らの攻撃力にする。そのまま放り棄てたエビワラーを、イレーヌは彼を踏みつけていた。
「……黙ったげているんだから、何か言いなさいよ。女は黙って欲しいんでしょ?」
 イレーヌ自身、この街の連中には心底ムカついているらしい。普段は見せないような態度を取って、他の者を威圧し、エビワラーの後頭部を踏みにじり続けている。
「へ、『何とか言いなさいよ』とか、一撃で叩きのめしておいてよく言うぜイレーヌ」
 そう言ってユージンは笑い、周囲の民衆を睨む。
「で、どうするんだ? お前らがニダンギルのお母様を追いかけるって言うんなら俺が相手になるぜ?」
 黒い眼差しであろうとも、ゴーストタイプであれば逃げ去ることは可能である。今もイレーヌが睨みつけているポケモンの中にミカルゲが居たのだが、どうにも臆病で飛び出す勇気もないのか、一向に動こうとしない。それも仕方がない、格闘タイプに相性が悪いはずのノーマルタイプのドーブルが、これまた格闘タイプに相性の悪い虫タイプの、しかも威力の低い『とどめ針』という技で一撃で叩きのめしたのだから、イレーヌが強いのは誰の目にも明らかなわけで、逃げ腰にもなる。
「ふん、どうやらそこのミカルゲは頭がいいようだな。この女の仲間が弱いはずがないって、分かっていらっしゃる。それでも、束になってかかれば俺を殺せるかもしれないが、やってみるかい? ほうら、この指とーまれっと」
 ユージンが挑発すると、男たちは顔を見合わせる。ここまで舐められて引き下がってはいられないと思ったのだろう、敵はロゼリア、パチリス、ドーブルの三人程度、十人以上いる男達ならきっと大丈夫なはずと一斉にユージンへ飛びかかる。
 そんな人数が小さなパチリスに飛びかかったところで渋滞が起きてしまう事は容易に予想できる。ユージンはまともに攻撃することも難しい状態の男達の攻撃をひらりひらりととかわしながら、高らかに叫ぶ。
「三秒後に放電だ、お前ら伏せてろよ! 3,2,1、ゼロ!!」
 仲間に向けての注意喚起にしてはあまりに大っぴらなその掛け声、もちろんそれはフェイクである。追いかける男たちが放電を恐れて伏せた時に、カノンは伏せるどころかジャンプする。それはユージンも同じで、彼もまたジャンプしている。
 イレーヌだけは、棒立ちのまま笑っていて、彼女の渾身の足踏みにより、ガツンという音が響けば石垣の地面に亀裂が入り込み、ぽっかりと口を開けた奈落の底に、伏せていた男たちが根こそぎ吸い込まれていく。飛行タイプのポケモンもいたが、放電を恐れて地面に伏せていたため、それらもそのまま落ちてしまう。亀裂が入った地面はすぐに閉じてしまい、地面に挟み込まれて身動きが取れなくなった男達は、蜘蛛の巣に捉えられた哀れな蝶のように動けずにいる。
 それを見下ろしながら、カノンは唾を吐き捨てた。
「何が、『色違いは殺さねばならぬ』だ。自分が死ぬ覚悟もないくせにそんな事を言って、情けないったらありゃしない。そんな根性無しのくせに、殺すだなんてたいそれた言葉は恥なだけだよ」
 そう言って彼女はバッグから青い珠を取り出し、起動する。発動した不思議珠の効果は洗濯珠と呼ばれるもので、本来は糊のように粘ついた粘液を被って使えなくなった道具を洗い流し、使用可能にするものだ。だが、今回の用途はイレーヌが施したボディペインティングを洗い流してしまうもの。大量の洗浄液が中空から降り注ぎ、きれいさっぱりに絵具を洗い流されたカノンの色は、当然のごとく色違い。
「私の正体を誰一人見抜けなかったくせに。私の事を、ただのペイントした通常色のロゼリアと思っていたくせに! 私が、災厄を運ぶ存在に見えたのか? みんな、体の一部を青く塗っておいただけで私の事を通常色だと思いこんで、ニダンギルの下に向かおうとしやがって! その程度の観察眼で、お前らは色以外の何を見ているんだ? この色か!? この花の色が災厄を運ぶのか!?」
 カノンは地割れに挟み込まれた男や、地面タイプであったため伏せる事をせず、地割れを逃れた者達に問う。
「答えろ……私のこの花の色が、どうして災厄を運ぶんだ?」
 カノンは難を逃れたトリトドンに花を押し付けて問う。
「この街に伝わる話だってそうだ! 身投げ自殺をした色違いの親と子供が血塗られた川とか言うダンジョンを作ったとして、身投げ自殺するきっかけを作ったのは誰だ!? お前達街の人間が追い込んだんじゃないのか? もしも……もしも、今回の事でニダンギルとヒトツキが絶望して街そのものを飲み込むようにダンジョンを作ったら、お前らはさらに色違いを恨む気だったのか!? 答えろ!!」
 カノンは金切り声を挙げながらトリトドンに花を押し付ける。地面と水タイプの複合である彼が最も苦手とする草タイプのポケモンに詰め寄られて、相手は酷く怯えていた。
「そうやって、自分達の罪から目を逸らして、誰かのせいにして、さぞかし楽な人生ね。自分は悪い事をしていないって、そう思い込めるのなら責任も何も感じなくっていいもの。でもね、これからは自業自得って言葉を噛み締めながら、自分を責めて生きることね。その地割れに挟まれながら、災厄を連れてきたのは一体誰なのか、考えなさい!」
 カノンはトリトドンから花弁を離し、仲間の下に歩き出す。
「帰りましょう。もうシュリン達も街の外まで逃げたはず」
 周りには、カノンの事を恐れつつも興味を持って、多くの者が遠巻きに見守っている。だが、彼ら、彼女らにあるのは色違いが汚らわしいという漠然とした嫌悪感のみ。その視線は穢れた者を追い詰めて何が悪いとでも言いたげである。
「どうしたのかしらー? 色違いは殺さなきゃいけないんじゃないのー? いいですよ、この子を殺してもー! 出来るならねー! 私が全力で食い止めるから殺してくださーい」
 カノン達が歩きだしても追いかけようとしない街の人間を見て、イレーヌが挑発するも、彼女らの強さを見てわざわざ挑もうとする者はいなかった。遠巻きに見守っていたパチキは、今更攻撃してくる者もいないだろうと肩の力を抜き、ため息をつきながらカノン達の後ろ姿を見送り、カノン達が街を出てから合流するのであった。

 街を出る間、結局カノンを攻撃する者は誰一人としていなかった。所詮その程度の信念で、色違いを批判していたのかと思うと、カノンは本当に憎たらしい気分になる。刺し違えてでも殺すような、そんな気概があるのならばまだ、他人の人生を狂わせるくらいの資格もあるだろう。だが、そんな覚悟もなしに他人の人生を狂わせようとする奴らは、本当に卑怯で情けなくて、そして憎たらしかった。
「ばかばかしい……色違いかどうかにこだわる奴らが、本当に馬鹿らしい」
 カノンは不満を隠すことなく口にして、町を出る。ここから先の道は、家の一つもなくなる、町の外。そこに差し掛かったあたりで、カノンはふと誰かに呼ばれたような気がして振り返る。
「何?」
 振り返るも、誰もいない。
「どうした、カノン?」
「誰かいたかしら?」
 ユージン、イレーヌ共に彼突然振り返ったカノンを心配して声をかけるが、彼女は首を横に振る。
「いや、何でもないみたい……なんだろ、パチキかな? パチキはしばらく後ろを警戒してくれるはずだし、その気配を感じることくらいはあると思うけれど……でも、それとは何か違う。少しだけ、何か……胸に、悲しい何かが」
 カノンは自身の胸を押さえてそう語る。そう言って俯く彼女を見て、イレーヌは彼女を抱き上げた。
「そう。それは多分、貴方を罵倒したい誰かの視線か何かを感じたのよ……その、やっぱり罵倒されちゃったけれど、今回も貴方は全く手出しせずに、よくやったわ。本当は、貴方があいつらの鼻っ柱を殴ってやりたかったところでしょうけれど……よく我慢したわね」
 イレーヌは胸に抱いた彼女をフォローする。カノンは控えめに頷いて、力のない笑みを浮かべた。
「もう慣れちゃったから……『カノンが攻撃したら、例え自業自得でも色違いのせいで傷ついたと被害妄想を抱く者がいる。だからあなたは攻撃しちゃだめ、どうしてもと言うのなら毒々や痺れ粉なら許可するわ。街中ならアロマセラピーや癒しの鈴を誰かしら使えるから』でしょ? どれほど効果があるのかはわからないけれど、ちゃんと守りますとも。
 いつか。来る日があるかどうかわからないけれど、いつか、色違いがこの国に受け入れられるその日のために、さ」
 言い終えてカノンはため息をついた。
「カノンみたいにかわいくっていい子が、なんでこんなに苦しまなきゃいけないんだろうね……世の中って不公平だわ」
 同じくイレーヌもまたため息をつく。
「うん、そう思う。でも、仕方のない事だよ。母さんに出会えたことだけでも、私達は幸運なんだから、嫌なことは考えないようにして生きていかなきゃね」
 言い終えて、カノンはふぅとため息をつく。
「そうだよ、楽しい事を考えろ。卒業したら俺と結婚するんだろ?」
 ユージンが、イレーヌに抱き上げられたカノンに問うと、カノンは顔を赤らめて、うんと言う。
「あーあ、嫉妬しちゃうなぁ。私がカノンと結婚したいのに」
 そんなカノンに、イレーヌは不穏な言葉を口走る。
「なんで、イレーヌ!? 私女の子だよ!?」
「いいじゃない、性別なんて細かい事は気にしないで。私達は色違いだとかそんな細かい事は気にしていないから、この際性別も気にしないでいいって」
「そ、そう……性別って細かいのかな?」
 イレーヌに言われて、カノンは納得しないままに頷いた。
「でも、そうだよね……女だからって見下されるのは嫌だし、色違いだからって変な目で見られるのも嫌。私、いつかそういう事を気にせず付き合えるように、この国を変えたいな……どうやればいいのかわからないけれど。ってか、やっぱり性別は気にしてもいいんじゃない? ってかタマゴグループ違うし……いや、性別が同じなら関係ないか」
「ふふ、そうね。関係ないわね」
 カノンに応える形でイレーヌがそう呟き、カノンを抱く力をちょっとだけ強くする。
「カノン……私も、貴方のため、色違いの子のために、出来ることがあれば協力するよ。パチキだってきっと……いや、ニコニコハウスの皆がきっと協力する。だからカノン、私とは結婚してもしなくっても、たとえ離れた町に住むことになろうとも、いつまでも一緒よ。心と、志はいつまでも一緒」
「俺達が居るってこと、忘れるなよ」
 イレーヌとユージンに言われて、カノンは黙ってうなずいた。シュリン達がどうなっているかは分からないが、きっと無事に送り届けているであろうことを信じて、一行は帰路を急ぐ。
 その間、カノンはずっと後ろから誰かに呼ばれているような気がして、言い知れない焦燥感を抱き続けていた。

仲直りの印、光の石 


 結局、ニダンギルとヒトツキの救出作戦は、全員無傷の状態でニコニコハウスにたどり着き、大成功という結果で終わった、無傷どころか、全く暴れることも出来なかったパチキやテラーは、無傷なことを喜びつつも、時間を無駄にしてしまった事などは少し欲求不満そうである。
 ともあれ、新しいニコニコハウスの仲間を助けるために労力を使ったことは決して無駄ではない。ニダンギルはとりあえず仕事や住む場所が決まるまでの間はニコニコハウスに厄介になることが決まり、幼いヒトツキもニコニコハウスで預かることが決まった。ちなみに、夫のダストダスだが、彼は早々に妻を見限ってしまっており、妻であるニダンギルはあんな薄情な男とは思わなかったとショックを受けており、もうあんな男は要らないと彼女もまた夫を見限るのであった。
 ニダンギルの母親の名は、アイロンと言う名前で、ヒトツキの名前はスティール。これが、新たなニコニコハウスの仲間である。

 さて、仲間も加わって少しだけにぎやかになったニコニコハウスであるが、あの日の夜からカノンは少しだけ集中力を欠いていた。
「やっぱり、あのダンジョンが気になる……」
 ギスギスタウンのすぐそばに出来た、交易の妨げになるという不思議のダンジョン、血塗られた川。あそこから自分を呼ぶ声のような者が聞こえたのだ。それは、誘うような声と言うよりは、会漬けを求めるような悲痛な声。テラーはそれを、『残留思念のようなものが君に語り掛けてきたのではないか』と説明していた。『自分がそれを感じられなかったのは、君だからこそ残留思念が語り掛けたくなるような何かがあったのだろう。例えば、君が色違いだからこそ、助けを求めたのかもしれない』とも付け加える。
 その残留思念を無視して今ここにいるわけなのだが、最近はその声が今でも聞こえるような気がして、気になって仕方がない。運動をしていれば集中力も元に戻るのだが、例えば不思議枝を作ったりなどしている時はすぐに集中力が途絶えてしまって、遅々として進まない。
 そのため、カノンは枝作りを諦め、気晴らしに街でもぶらつこうかと市場へと繰り出すのであった。

 すると、市場に進化道具の行商人の姿が見える。ロゼリアは、光の石という道具があればロズレイドという新たな姿を得ることが出来、それによって強さを増すことも出来る。カノンはユージンから、卒業するまでは結婚は無しと言われたため、卒業できる年になるまでは慌てて進化する必要もないかと考えていたし、今もそう思ってはいるが、いざ卒業した後に中々進化道具が買えずに進化できないというのでは笑い話にはならない。
 なので、また卒業まで半年近くあるが、ここらへんで卒業の日のために購入しておくのも良いだろうと、カノンはお店を覗く。
「おう、いらっしゃ……お前、色違いか?」
 店の店主はドンファンで、彼はカノンの事を見るなり色違いであることに気付き、苦虫を噛み潰したような表情でカノンに尋ねる。
「何か問題でも?」
 この後の言動が容易に予想できるため、カノンの口調は少々きつい、
「問題大ありだ! この街には色違いのガキどもを飼っている孤児院があると聞いたが、本当のようだな。その醜い花を見せるな、とっととうせろ!」
 ここで反論の一つでもしたかったが、あいにく今はイレーヌもパチキもテラーもこの場にはいない。こういった手合いには、カノンの言葉なんてどれだけ真面目に訴えても効いてもらえないし、だからと言って殴って言う事を聞かせても、相手は被害者面をするだけだ。
「そうですね、色違いの私はあなたの頭に深刻な災難を連れて来てしまったようです。頭、直してもらったほうがいいですよ。おかしいみたいですから」
 カノンは吐き捨てるようにそう言ってその場を後にする。後ろ手はドンファンが、色違いのくせに生意気だ、二度とその顔を見せるなと喚いていたが、すべて無視してカノンは怒りで肩を震わせつつも帰り道を急いだ。
「あーあ……ニコニコハウスに戻って買い物頼もう。テラーかイレーヌ、いるかな……」
 独り言をつぶやきながら、カノンは憂鬱な気分で帰り道を歩む。このランランタウンでは大体のお店が色違いのポケモンに対して寛容で、そしてカノンも寛容な態度を取る店にしか足を運ばなかったため忘れていたが、やはり外から来た行商なんてものは、大体こうやって色違いを毛嫌いするのだ。
 こうなったらもう進化道具を売ってもらえないと分かるので、カノンはニコニコハウスに戻って他の誰かに買い物を頼むことにした。
「待てよ、カノン!」
 だが、それをする前にカノンを呼び止める、変に上ずった声。振り返ってみればそれは、エーフィのアルトである。顔には殴られたような痕があり、体の所々に切り傷や火傷もある。
「何、あんた? というか久しぶりだね?」
 あまり見たくもない、エーフィの顔を見て、カノンは露骨に嫌そうな顔をする。
「呼び止めちゃってごめん……その、話したいことがあってさ」
「あんたが? 昔私が毒々で攻め続けたら、アロマセラピーで治してくれって泣き付いてきたくせに、これ以上どんな恥をかくために私に話があるっていうの?」
「恥ならいくらでもかいていい! だから、今は真面目に話を聞いてくれ!」
 明らかに不機嫌そうにアルトへ暴言を吐くカノンに、アルトは必死な口調で頼み込む。
「分かったよ。なんの用なの?」
 それで、今までの雰囲気と違うものを感じたカノンは、数年ぶりに彼との会話をすることを渋々ながら了承し、アルトの事を見た。
「さっきお前が買い物をしていたところを、俺とポルトの二人で見ていたんだ」
「それで?」
「いま、俺がお前を引き留めて、ポルトには光の石を購入してもらうように頼んでいる。だから、ちょっとだけ待っていてほしいんだ」
「そりゃまた、どういう風の吹き回しよ? 私に光の石を自慢でもして悔しがってもらいたいの?」
「そうじゃない! お前にプレゼントと言うか、謝りたいんだ」
「謝るって、今更? それは一体どうして?」
 アルトの言葉に、カノンは怪訝な表情を取る。
「昨日、イレーヌの奴が、俺達の家に来たんだ。あいつ、妹のシャントと仲がいいから、先日越してきたニダンギルの面倒をうちの果樹園で見てもらえないかって頼みに来たらしい……仕事を与えてくれってさ」
「あぁ、そう言えばアイロンさんの住む場所もお仕事もまだ決まっていないからね。それで、結果はどうなったの?」
「とりあえずは、今日の朝に家族で話し合いをして住み込みで働いてもらうってもいいって事に決めたから、それをイレーヌに伝えに行こうかと思ったら、お前が進化道具を買い物してたから……そんで、購入を断られるのを見てたら、いてもたってもいられなくなって。だからさ、俺達が代わりに買い物をしたんだ」
「なにそれ……イレーヌが仕事を探していたのは知ってるけれど、あんたの家にも行ってたなんて……」
 寝耳に水なアルトの話を聞いて、カノンが眉をひそめる。
「その時、ついでに色々話してね。イレーヌさんはカノンのことをたくさん自慢して、そして自慢できる分だけ、色違いだって理由だけで思い通りに活躍させてあげられないのが悲しいって言っていた。暴言を吐かれたりするのもすごく悔しいって……もしもカノンが色違いじゃなければって、嘆いていたよ」
「それはもう気にしていないから。私は、色違いだからこそお母さんに……シャムロックさんに出会えて、そして成長できたわけで、そうじゃなかったらシンゲツタウンで平凡な暮らしをしていたはず。私は色違いだったからこそ、こうして今強くいられるの。もう、色違いの子とはどうでもいいから」
「だけれど、昔の俺達みたいに酷い言葉をかける奴がいる。俺達はそれを謝っていなかったし……今更謝っても遅いし、それを光の石をあげるからって許してもらえるとは思っていないけれど……」
「じゃあ、何なの? 私を物で釣って何がしたいの? 私は貴方達をそんなもので許すつもりなんてない!」
 呆れた様子で問いかけるカノンに、アルトは気まずくなって顔を伏せる。
「どうも出来ないさ。ただ、許さなくってもいいから、俺達が反省していることを知って欲しくって……だから、話を聞いてほしいんだ」
 嫌味ったらしく、アルトを責めていると、だんだんと彼がしょげてきているのが手に取るように分かってしまい、何だかカノンは自分が悪い事をしている気分になってしまう。
「分かった、聞けばいいんでしょ?」
「うん、なんかごめん」
 そういって、アルトはふぅとため息をついた。
「おい、二人とも! 光の石を買ってきたぞ!」
 そんな時にニンフィアのポルトが光の石を伴って掛けて来る。ただ、駆け寄る時は大声で元気よく近寄っていたが、二人の険悪な雰囲気を感じ取ってか、徐々にその声は曇っていった。ポルトの体もまた傷だらけで、どうやら最近喧嘩でもしたようだ。しかし、その傷を見る限りでは二人が喧嘩したような傷ではない。炎タイプの攻撃と、何か斬撃のような傷だとカノンは思う。
 心当たりがあるとすれば、リーフィア。この街に来てシャムロックが最初に絡まれたという、この兄弟の祖父と、二人の父親であるブースターだ。
「あー……その、なんだ。今は話はどこまで進んでる?」
「まだ何も話していないよ」
 ポルトの問いにアルトはそう返し、とにもかくにも三人は道端に座り込んで話をすることにした。


「さっきも言っていたようにさ、俺達の妹……スカンプーのシャントはイレーヌと仲がいいんだ。それで、あいつイレーヌから文字の読み方を教わっていたみたいでさ。自分が文字を読むのが完璧になったら、今度は俺達に文字を教えてくれたんだ」
 アルトが語る。
「へぇ。いい妹じゃん、もしも文字が読めない人に出会ったら文字絵を教えてあげなさいって、ミック先生から言われたことがあったけれど、イレーヌも君達の妹もそれをきちんと実践しているわけなんだね」
 アルトが語る話を聞いて、カノンは笑顔でそういった。
「そう、あいつはニコニコハウスの奴にも全く偏見を持っていないいい奴だった。俺達と違ってさ」
「どうして兄弟でそんなに違っちゃったんだろうね。あんたの妹は立派じゃん」
 アルトの言葉に、呆れた口調でカノンが言う。
「言い訳になっちゃうけれど、俺達の爺さんがリーフィアの男なんだけれどさ……なんだか、言いたくはないけれどシャムロックさんを異様に毛嫌いしているろくでもない奴でさ。『ニコニコハウスのあいつらは薄汚いから、同じポケモンだと思って接する必要はない』とか、俺達にそういう風に何回も言ってきたんだ。子供のころは、それを信じてた……
 男の俺達に対してはいろいろ気にかけているくせに、女の子にはどうでもいいらしくって、シャントについては全く興味を示していないからさ。だから、シャントは爺さんの影響を受けなかったんだ。俺達は、影響を受けまくってお前達を馬鹿にして……それで、なんだかんだあって、俺達もシャントから文字を学んだわけだけれどさ。そうして、文字を読めるようになったら……シャントがこの国、この大陸で色違いが嫌われる理由についてを調べてきたんだ。
 そしたらさ、爺さんが話していた内容と、シャントが調べた内容が大分違うんだ。ゴウカザルの王様は生まれた時から自分勝手みたいに聞かされたけれど、ゴウカザルを育てた従者も、親も、大臣も、彼をひたすら甘やかしていたらしい」
「うん、だからゴウカザルの王様は自分勝手で傲慢になった」
 アルトの言葉に補足するようにカノンが言う。
「そして、それをファイアローがきちんと諭したんだ。『国の良し悪しは王の贅沢で決まるのではなく、民の幸福によって決まるのです。贅沢三昧よりも、そのお金を民に返すことを考えましょう』って。でもさ、俺のじいさんは『とにかく色違いが悪い』って感じで、取り付くしまもないわけ。小さい頃はそれを信じていたけれど、だんだんと俺達も疑うようになってさ。
 それで、シャントがニコニコハウスから本を借りて、俺達と一緒に昔話の真実について調べてみたわけだ。内容は、どこまで正確に書き上げられた者かもわからないから、信憑性はいまいちだそうだけれど……でも、ゴウカザルの王は、祭り上げられる過程で、他の貴族や大臣などが利権を吸い取れるように都合していたんだとさ。というより、周りの奴らは利権にあやかるために、王を祭り上げ、無能な君主に仕立て上げたんだ。
 ゴウカザルの王は、周りのみんなに馬鹿であることを求められていて、しかしファイアローだけは唯一無二の親友で、彼の言葉だけは耳を傾けていたのだけれど……周りの大臣とか、そういう奴らは、賢いファイアローの存在が疎ましくなったんだ。だからファイアローを、『王を陥れようとしている悪人』として牢に閉じ込めたんだ。それからは、歯止めが効かなくなったゴウカザルの贅沢三昧はよりひどくなっちまった。
 無茶苦茶な話だろ? 結局、ゴウカザルが贅沢三昧を続けたのも、ファイアローが怒り狂ったのも、大臣やその他の貴族のせいだ。確かに、ゴウカザルがホウオウを怒らせ、ホウオウが災厄を引き起こしたのは事実かも知れないけれど、その原因は色違いなど関係ない、普通の色のポケモン達によるものだったってわけ」
 そこまで言い終えて、アルトはふうとため息をつく。
「アルトが言った通りの事さ。爺さんの言い分は間違っているって、シャントのおかげで俺達も気付いたんだ。色違いだろうが何だろうが、そんなに特別扱いされる状況になったら誰だってゴウカザルみたくろくでなしになるし、まっとうな事を言っているのに閉じ込められたら色違いじゃなくたって怒るだろうってさ……恥ずかしいよな、俺達よく知りもせずに色違いを批判していて」
「ねぇポルト、それ前から私が言っていたことなんだけれど? ……まぁ、あんたらに言ったことはなかったかな?」
 ポルトの言葉に、カノンは苦笑した。
「多分、色違いに偏見がなければ皆カノンと同じ意見になるんだよ……きっと、そうなんだ。だからさ、俺はお前の事を馬鹿にしたり、下に見るのを止めたんだ……だってさ、カノン。お前っていい奴じゃん。人助けはよくするし、怪我をした子供の手当をしたり、食中毒をアロマセラピーで症状を和らげたりとか、そういう事をやっているだろう? そんな奴が災厄を運ぶわけなんてないじゃないか。それを理解するのに、何年もかかっちまった」
「うん、そりゃあね……災厄なんて運ばないよ。私は悪い事なんてしたくないし」
 ポルトが語る言葉に、カノンは頷く。
「シャムロックさんにも言われたんだ。災厄ってのは、どこからともなくやってくることかもしれないけれど、自分だけ得しようとしたり、自分だけ助かろうとしたりすると悪化するんだって。そして、そう言った自分勝手な振る舞い自体が災厄を生み出すこともあるって。真実を学んでみれば、その通りだったよ……本当に、悪かった。
 それで、謝りたくって、でもきっかけがなくって。それで、謝ることも出来ずにずるずると、時間が経っちゃったけれど、昨日の事があって……イレーヌに頼まれたこともあってこのままじゃダメだって思ったんだ。
 あんたがヒトツキの子供を救ったって聞いて、俺も居てもたってもいられなくなった。今日の朝の会議では爺さんと親父が断固として反対したけれど、俺がいずれ家を継ぐ長男だからな。じじいも親父も殴って黙らせて、俺がニダンギルのおばさん、アイロンさんを雇うことを決めさせたよ。力づくでさ」
「家族会議って言ってたけれど、それ会議って言わないよ……」
 アルトの言葉にカノンは苦笑する。
「それはともかく、俺達が謝りたいのは嘘じゃない。俺は反省したんだ。もう二度と、ニコニコハウスの事を馬鹿にしないし、周りの奴にも馬鹿にさせない。色違いだって蔑まない。お前みたいに、どっかの街まで色違いの子を助けに行けるほど強くないけれど、出来ることなら何でもやる」
 アルトが強く訴えかけて、カノンの目を見る。紫色の澄んだ彼の目は、昔の彼とは違いカノンの事を蔑むような濁りは一切ない。
「俺も、一人じゃとてもじゃないけれど親父たちに勝てなかったから参戦したよ。それでこの傷」
 見てよこれ、酷いだろうとばかりにポルトが傷を見せびらかす。
「そのおじいさん、よくやるね……孫と喧嘩だなんて」
「爺さん、まだ元気だから。全く、やんなっちゃうぜ」
 そう言ってポルトは力なく笑う。
「ともかくさ。もしよかったら、俺達の光の石を受け取って欲しいんだ。こんなとこで許してもらえるとは思っていないけれど、もう酷い事は絶対にしないし、今ニコニコハウスにいる子達を大事にすると誓った証として。頼む、受け取ってくれ」
「俺からも、お願いだ」
 二人に頭を下げられて、カノンは言葉に詰まる。確かに、この二人には何度も絡まれて、その度に苛立ちを隠せなかった。イレーヌやパチキに助けてもらったりもしたが、その度に悔しさは増すばかりだ。こいつらの顔を見すまで悔しさも忘れかけていたとはいえ、思い出せば悔しい事は今も同じ。だけれど、二人の体に付いた傷、この光の石。それらが、この二人の気持ちがが本気であるという事を感じさせる。
「分かった。酷い言葉を浴びせられた時は傷ついたけれど、そんな傷をつけた君達が反省して、ここまで傷を負って、そして私のために買い物をしてくれた。光の石そのものの値段もさることながら、私の代わりに買いに行ってくれたっていうのが私には嬉しい。許すかどうかはこれから決めようと思うけれど、とりあえずはこれを受け取っておくよ。だから、顔を上げて」
 カノンに促されて二人は顔を上げる。
「それでね、なんていうかさ。私、皆が色違いだとか、そんな事に偏見を持たない世の中になればいいなって思っていたんだけれど……貴方みたいに、偏見をなくして付き合ってくれるなら、嬉しい。もしもあなたたちに子供が生まれて、ニコニコハウスに預けられた色違いの子供と遊ぶような年齢になったなら……その時は、子供達にも仲良くするように伝えてあげて」
「そりゃもちろんさ。いつになるかわからないけれど……でも、絶対にお前達を馬鹿にするようなことはさせたくない」
 ポルトは力強く頷いてカノンに言う。二人の言葉を聞いて、カノンは一人納得したように頷く。
「そっか……これでいいんだ。私が、いい事をしていれば、いつかは私が色違いだからと言って、災厄を運ぶ存在だなんて信じない人が出てくるはず。そういう人を増やせば、いつかは自然と色違いに対する偏見はなくなるはず……それでいいんだ」
「何のことかわからないけれど、その通りじゃないかな? カノンがいい事をしていれば、頭の固いお年寄りはともかく、若い連中なら意見を変えるさ。爺さんばあさんなんて、死ぬのを待てばいいんだよ」
 カノンの独り言を聞いてアルトは彼女を励ました。カノンはそれを聞いて、ますます嬉しくなって立ち上がる。
「そう言ってくれて嬉しいよ。その、以前は色々あったけれど……そうやって、私の言葉で反省してくれて嬉しい。だけれど、貴方みたいに表立って反論をしていなくっても、昔の貴方達みたいに私に反感を持っている人は多いから……いつかは、そういう人達にも、分かってもらえるといいよね。私はもっと頑張らなきゃ」
 希望を口にしたカノンは、それを自分に言い聞かせるように頷く。
「頑張ってるのはあんただけじゃない。ミック先生だっけ? あの人も頑張ってるみたいだね。熱心に勉強を教えて、この街で文字を読める人が増えてきてる。俺のじいさんは文字を覚える必要なんてないとか言っているけれど、俺は文字を学んでこうやってスッキリできたし、文字を学んでよかったって思ってる。
 だから、そうやってミックさんもきっと感謝されると思うし、感謝されれば皆が見直してくれるよ。すぐには無理でも、きっと変わっていくはずだ。俺達もカノンとおんなじ気持ちで、出来ることは少ないけれど、昔の俺と同じような奴を見たらそれとなく注意している。だからカノン、偏見をなくしたいって言うんなら頑張れよ。俺も協力する」
 アルトは、そう言ってカノンを励ました。カノンはその言葉に、ゆっくりと頷いてはにかみ笑う。

 その後も、カノンは積もり積もった想いを口にしていた。今まで大嫌いだった相手を許せるようになったこともあり、自分がイレーヌやパチキにどれだけ助けられてきたかを、恨み節も含めて二人に聞かせる。昔の事を持ち出されると、二人はその行いをひどく恥じているようで、恥ずかしそうに顔を伏せるのをカノンは面白がってからかった。
 やがて、話にも満足したカノンは、立ちあがって二人を見上げる。
「二人とも今日はありがとう……その、光の石は大事に使わせてもらうよ。それと、アイロンおばさんをよろしくね。ギスギスタウン暮らしで、農業とは無縁だったから、最初は右も左もわからなくってあんまり役に立てないと思うけれど。きっと頑張ってくれると思うから」
 カノンは二人に頭を下げて、微笑みを投げる。
「おう……シャムロックさんやイレーヌちゃんによろしくな」
「アイロンさんのことは、俺達に任せておけよ。親父や爺さんの好きにはさせないからさ」
 二人はそう言ってカノンを見送る。カノンは振り返って手を振り、帰路を急ぐ。今までずっと嫌っていた相手と仲直りできたその嬉しさが今になってあふれ出して、少し涙がにじんでいた。
「よし、決めた。卒業できる年になったら、私はロズレイドに進化してもう一度ギスギスタウンに行こう……きっと、そこに何かがあるはずだ」
 そう決めたカノンは、涙をぬぐって前を見る。今までの景色が違って見えるような、そんな気分だった。

ミュウツー母さんと、みんなのニコニコハウス、ロズレイド編へ続く


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Last-modified: 2015-12-06 (日) 20:37:51
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