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ミュウツー母さんと、みんなのニコニコハウス、ロズレイド編

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シャムロックに出会えなかった者 



 アルトとポルトと話をして仲直りできたあの日から、カノンは自分を呼ぶ声が気にならなくなり、修行にも集中することが出来るようになった。相変わらず自分を呼ぶような声は聞こえているが、『ちゃんと行くから待っててね』という気持ちでいるだけで、随分と相手の声も気にならなくなった。
 急かされることがなくなれば気分も楽なもので、カノンは卒業するまでの期間を修行と、人助けと、後輩たちの相手をすることでゆっくりと、それでいて充実させて過ごしていた。アルトとポルトの家に居候することとなったアイロンは、慣れない果樹園の仕事も頑張ってこなした。器用な手と、切れ味の鋭い刃を持つためか、道具の扱いも刃物の扱いも長けている為、長く続ければ果樹園の大事な戦力になるだろうとのこと。
 よく親や祖父が邪険にしているという報告も上がっていたが、アルトとポルトは本当に反省していたようで、『色違いを産んだ汚い雌め』と突っかかるたびに彼女を守っているのだとか。仕事中、子供のスティールはニコニコハウスに預けているが、毎日子供に顔を見せては、遊んであげる時間を作って、アイロンはいつも笑顔でいる。
 そんな光景を見ていると、家庭を持つことについての憧れも強くなるというもので、いつになるかはわからないものの、カノンはユージンとともに築く家庭を想像しては、ちょっと照れくさくって顔を赤らめるのであった。

 カノンはと言えば誕生日が近くなる前に、光の石を持っていることはあらかじめみんなに伝えておいた。イレーヌ達の性格だと、サプライズパーティーだとか言って黙って光の石を購入される可能性があるからだ。実際、メラ先輩が卒業するときには、それでマグマブースターが無駄に三つもあるような状況になってしまったという酷い過去がある。
 シャムロックは全ての進化道具を一通りそろえていて、メラは自力で購入しており、イレーヌ達がサプライズで購入し……そんなこんなで三つのブースターがそろってしまった時は、なんとも微妙な雰囲気になったものである。今回もシャムロックに購入した旨を伝えると、揃えてあるから買わなくともよいのにと苦笑されたが、カノンは『ならば、私が買った物はまだ見ぬ後輩のために使ってください』と笑顔で言う。
 それに対するシャムロックの答えは、「十年か二十年かわからぬが、また同じような事を言われる気がしてきた。あぁ、一年後かもな」であった。光の石に限らずに言えば、進化道具を使う必要がある子供は、直近だとテラーを進化させる闇の石がある。シャムロックの言う一年後とは恐らくテラーが卒業する時の事だろう。

 そうして、数ヶ月。卒業できるようになる年、十三歳の誕生日を明日に控えて、カノンはオノノクスの弁当屋、ホリィの下を尋ねていた。話す内容は、今はもう亡きホリィの娘、ロディについての内容だ。シャムロックに引き取られた彼女は、強すぎる程強いシャムロックというもう一人の母親の下で、いじめっ子たちに負けないように強く鍛えられた。
 シャムロックのしごきは、それはもう強烈なために、彼女が涙する日は少なくなかったが、泣いた日は一杯抱きしめて慰めてもらい、そのおかげでロディは強く、そして賢く育った。一歩間違えれば、ギスギスタウンのダンジョンを作った者と同じ運命をたどりかねなかった彼女は、シャムロックとホリィ、二人の母親や父親。兄弟代わりであったユージンの親、スティーブやそのほか色々な年上にも、ニコニコハウスの後輩など年下にも恵まれ、いつしかシャムロックの様に孤児院を作りたいという夢を持つようになった。
 シャムロックの最終段階一歩手前、首と脚のバンドを外した状態にも勝利できるほどの強さを持っている為、何かあっても乗り越えてくれるだろうと安心して送り出したが、しかし結果は芳しくなかったという。シャムロックが誰にも見せなかった涙を、唯一流した瞬間が、行方不明の彼女の死を確信して帰宅した時だという。
 行方不明のロディを探した際にはランランタウンを襲撃されてユージンの両親や、他の多くの友も失ってしまっており、同時にたくさんの大事な人を失ったシャムロックは、しばらく口もきけないほどにショックを受けていたという。
 シャムロックにとっても大きな存在だったロディは、当然のことながら今でも行方不明である。そのせいなのだろう、シャムロックは色違いの者に対して、ロディのようにはなるなと言い聞かせているし、何はなくとも体を鍛えておいて有事の際に反撃できるように鍛錬もさせている。ミックが街を出る事を諦めた理由も、ロディのようになるなと言われ続けたのが一つの要因だった。
「私の子供は、ロディ以外にもいたけれど、それぞれが普通に、平凡に生きてしまって、穏やかだけれど、つまらない人生を送っているよ……ロディだけは稲妻のようにあっという間に過ぎ去ってしまった人生だったけれど、あの子はきっと幸福だったわ」
 そんなロディの人生を振り返って、ホリィおばさんはそう語る。
「やっぱり、そう思いますか?」
「うん。他の兄弟の誰よりも、あの子は強くたくましく育ったし、笑顔も素敵だったから。だから、孤児院を作りたいと言った時、危ないから止めたい気持ちももちろんあったけれど、応援したい気持ちが勝ってしまったの。他の子供に、あんなに目をキラキラさせた子は、他にいなかったから……ロディが若くして死んでしまったのはもったいないけれど、それでも私は自信を持って言えるわ。あの子は、色違いに生まれて幸福だったって」
「私も、みんなからそう言われるくらいになりたいな……」
「何言っているの。あなたの事、時折見ているけれど、貴方だって幸福じゃない。イレーヌちゃんやパチキ君、テラー君。あんなに素敵な仲間に囲まれて、不幸だなんて言っていたら贅沢だってみんなに叱られちゃうでしょ。でも、今よりも幸福になることを誰も咎めはしないから、やりたいことがあるなら何でもチャレンジしなさい。でも、うちの息子みたいになっちゃだめっていうのは私もシャムロックさんと同意見だから。
 危険なことをするのなら、絶対に誰か協力者と一緒にやること。貴方ならばみんな協力してくれるでしょうから、無理はしないのよ?」
「はい。そうですよね……私も一人じゃ今の自分にはなれなかった。だから、これからも仲間を頼ろうと思います……」
「頼るって言い方だと、ちょっと違うかもしれないかな。一緒に、同じものを目指すの。頼るだけじゃなく、頼り合う。助け合うっていう関係になれるのならば、きっとそれが一番理想的な関係だと思う。貴方の兄弟は皆自分のやりたいことを見つけたけれど、その合間に出来ることがあれば、きっとみんな協力してくれるはずよ。
 だから、カノンちゃん。貴方が色違いのポケモンに対する理解を深めてほしいと思うのなら、それは皆と行いなさい。一人では出来ないことも、皆とならきっと出来る。何か大きなことを始めるときは、皆に相談して、手を貸してもらって、そうして挑みなさい。貴方が出来ることは少なくないけれど、一人で出来ることは多くないから」
「はい、わかります」
 ホリィの言葉に、カノンは頷いた。
「こうして、こんな話をしに来たってことは、何か思う事があるんだろうけれど……明日は、貴方の誕生日よね? 私も料理のお手伝いを頼まれたから覚えているけれど、それに合わせて何かやるとか?」
「最初は、その……進化パーティをやるだけのつもりだったんですけれど。でも、それとは別件で、私は行きたい場所があるんです……なんというか、分かるもんなんですね、何か悩んでることがあるのって」
「女の勘よ。悩んでいる女の子っていうのは、人に話を聞いてもらいたがるものだからね」
 そう言って、ホリィは笑みを浮かべる。やはり年を経た女性にはかなわないなとカノンは苦笑した。
「私ですね、ギスギスタウンに行こうと思っているんです。今は寂れてしまって誰も行かなくなってしまった街ですが、その街でこそ、私にしか出来ないことがあると思って……もちろん、かなり危険なので、仲間と一緒に、それなりの準備をしていこうと思っています」
「ギスギスタウン……あそこは色違いの子には危険な場所だっていうけれど、大丈夫なのかしら?」
「仲間たちがいますから」
 ホリィの心配する声をかき消すかのように、カノンは笑顔で言い切った。パチキやイレーヌ、テラーが居れば大丈夫だと、今は確信をもって言える。みんな素敵な仲間なのだから、それだけで何の問題もないのだと。


 翌日の誕生日パーティは盛大に行われた。このニコニコハウスでは、子供が多いために毎年誕生日を祝うというのは基本的にせず、今日のように一三歳の誕生日を迎えた日以外は誕生日も普通の日である。誕生日が分からない子供は、このニコニコハウスに訪れた日を誕生日の代わりとして祝われるのだが、カノンは親であるノブレスがきっちりと誕生日を覚えていたために、雪も降らない穏やかな春先に誕生日を祝われるの。
 その場で革袋越しに光の石を取り出し、口付けするように石に触れたカノンは、真っ白な光に包まれて、今までと比べて約三倍ほどの大きさになるまで急成長する。目元はマスクのような葉に覆われ、頭の棘帽子は白く可憐な花となり、両手の黒と紫の花弁はさらに美しく成長し、背にはマントのような器官を背負う。
 成長した花びらの中には棘の生えた蔓が仕込まれており、それを伸ばして鞭のように敵をひっぱたいたり、その棘を鉤代わりにして噛ませて、拘束することも容易である。ロゼリアのころからあった毒も健在で、その棘から分泌される毒を敵の体内に直接打ち込むことも可能だ。
 そうやって、比べ物にならないほどに成長し、美しくなった姿を見て、先輩も後輩も、我先にとカノンに抱き付いた。一番早かったのはシャムロックで、いつの間にか手・足・首につけていた力を抑える革のバンドを外していた彼女は、ご丁寧にメガシンカまでしてカノンをさらっていた。
 非常時でもないのにメガシンカをするものだから、その場にいる全員から『あんたは街を滅ぼす気か!』とツッコミを受けるのであった。それに対して、シャムロックは不敵な笑みを浮かべて、カノンをなでなでしているだけである。やがてそれに満足するとカノンは解放されるのだが、するとまず最初にイレーヌにもみくちゃにされ、パチキに乱暴に頭を撫でられ、テラーに冷たい手で首筋を触られ、散々な目にあってから、ようやくふらふらとユージンの下に倒れ込むのであった。
 もちろん、ふらふらなのは演技ではある。精神的にそれくらい疲れたのだという抗議の意味を含めたその行動に、みんなは大いに笑うのであった。

 そうして、大盛況のうちに誕生日パーティーが終わり、晴れてカノンは卒業が可能となるが、今のところはまだ卒業の予定は未定である。とりあえずはシャムロックが首に付けた革のバンドを取り外した状態で勝利できた時に卒業しようとしているが、その前に片付けなければならない問題が一つある。
 パーティーの片づけが終わり、落ち着いたところでカノンは皆を集めて、これからの話をする。
「もう夜も遅いのに、集まってくれてありがとうね」
 テラー、パチキ、イレーヌ、そしてシャムロックとユージンを見回し、カノンは微笑む。
「なに、良いってことよ。めでたい祝いの席なんだ」
「そうねー。たまには夜更かしもいいものよ」
「むしろ僕は夜の方が調子いいし」
「未来の嫁なんだ、何だって付き合うさ」
 パチキ、イレーヌ、テラー、ユージンは口々に言う。
「だが、明日はちゃんとよく寝るんだぞ」
 シャムロックは皆に言い聞かせるように口にする。皆はそれにはーいと応えた。
「それで、今日集まったのは何の用かしら?」
 シャムロックが尋ねて、カノンは頷く。
「私ね、ギスギスタウンのダンジョン……『血塗られた川』に行こうと思っているの」
 カノンがその言葉を口にすると、皆の表情が険しいものに変わる。
「また、なんでそんなところに?」
 一番最初に尋ねたのはイレーヌだ。
「私ね……以前にも言ったと思うけれど、スティールを救出しようとあの街に行ったときに、帰り道で私を呼び止めるような声が聞こえたの。それについては、テラーが残留思念のような者が私を呼び止めたんだって説明してくれたと思うけれど……」
「うん。そして、その残留思念が君を選ぶ何かの理由があるんだと思うって、言ったのも覚えているよ。それが、君が色違いだからなのか、それともそれ以上の何かの理由があるのかはわからないけれど……そういうのに敏感なはずの僕が聞こえずに、君にだけ聞えるという事は、特別な何かがあるのだと思う」
 テラーの言葉を聞いてカノンも頷く。
「私はテラーに言われたことの意味を考えてみた。いくつか予想は立てているけれど、とにもかくにも私が色違いであるという事が理由の一つであることは間違いではないと思う。それで、私を導く声があるなら、それに誘われてみようかなって、私はそう思ったわけ。それでね……その時は、貴方達にいて欲しいの。イレーヌ、パチキ、テラー、ユージンに」
「私はダメなのか?」
 カノンに仲間外れにされて、シャムロックは眉を顰める。
「えっと……母さんはその、なんというか、色々台無しになっちゃう気がして。その、あまりに楽々とクリアしちゃったら、何か私をダンジョンに呼んだ声の人が、不満になっちゃうんじゃないかと思ってさ」
「むぅ……なら仕方がないか」
 シャムロックは不満げだが、カノンの言葉に渋々と納得する。
「それでね、シュリンさんやナオさんみたいに、プロのダンジョンエクスプローラーと一緒でもいいんだけれど……多分、それじゃ意味がない。あの人達にも色々お世話になったけれど、私が一番お世話になったのは貴方達だし、私を支えてくれたのも貴方達だから。あのね、私が誘われている理由はね、きっと私が色違いってだけじゃない。色違いで、なおかつ『みんなと仲良くしている』ってことだと思うの。
 だからこそ、私と最も仲がいい、貴方達に頼みたいの……かなり難しいダンジョンだけれど、私達はすでに一流のダンジョンエクスプローラーと比べてもそん色のない実力を持っている。だから、いける」
 カノンが皆の顔を見まわして言う。皆は頷き、微笑んでいた。
「なるほど……そりゃ僕たちしか出来ないわけだね。最近あんまりダンジョンに行っていないけれど、腕落ちてないといいなぁ」
 と、テラーは言う。
「じゃあ、いつ行くかしら? 明日? 明後日? 予定開けておくよ」
 イレーヌが尋ねる。
「あー、俺も親方に言って予定開けてもらわねーとな……ともかく、カノンのためなら何でもやるからな」
 と、パチキはぼやく、
「それなら、俺も一日予定開けなくっちゃな。あの、シャムロックさんはその日はランランタウンの治安を頼みますよ」
「分かっている。平和な街だから、そう心配する必要もないと思うがな」
 ユージンが言って、シャムロックはそれに頷いた。
「ところで、ギスギスタウンの血塗られた川と言えば、確かまだ誰も奥地に到達したことがないダンジョンなのよ。出来た理由が理由だけに、奥地に宝物が隠されているだとかそんな事は特にないし、色違いのポケモンの魂が眠る不吉な土地だとかで、誰も行きたがらないからって。
 当然ね、赤い川の源泉などに行ったら、真っ赤な血液が湧いている場所があってもおかしくないわけで。そんなに気味の悪い場所に、わざわざ危険を冒して進むようなことは誰もしたくないというわけ。要するに、何が起こるかわからないわけだけれど……それでも大丈夫?」
 と、シャムロックがカノン達に問う。
「うん、大丈夫。一応、それなりに準備はしておくよ。なにがあっても逃げられるようにさ」
 それに対しては、カノンが真っ先に答えた。
「うーん、怖いけれどそんな素敵な場所があるなら見て見たいかも」
「だな。危険ならば準備すればいいだけだ」
「夫の俺が逃げるわけにはいかないだろ?」
「えぇ、私もカノンの妻候補として頑張らないとね」
 そしてカノンに続き、テラー、パチキ、ユージン、イレーヌが言う。
「いやあの、妻って、私とイレーヌは女同士だからね?」
 カノンはイレーヌの言葉にすかさずツッコミを入れるが、イレーヌは悪びれずにクスクス笑うばかり、
「妻が二人でも俺は構わんが……」
 ユージンも悪乗りしてそんなこちうものだから、カノンは焦る。
「ちょっとユージン、浮気はダメだからね!?」
 思わず声が大きくなる彼女に、その場にいた全員はいおお笑いするのであった。
「貴方達ほど仲が良ければ大丈夫そうね。ならば危険についてはこれ以上言わない事にする。それと、いい機会だからダンジョンエクスプローラーの調査員を連れて行くといいんじゃないかしら? ダンジョンに出現するポケモンの種類や、ダンジョンの様子、広さ、深さ、難易度などを記録する仕事なんだけれど、前人未到のダンジョンならば調査員と一緒に行動すると、協会の本に名前が載るのよ」
「そうなの? でも、コネは……あるの? 色違いの私と、不吉なダンジョンを調査してくれるようなもの好きなんて……いないでしょ?」
「コネならあるわ。ミル・オホス学園長兼、ダンジョンエクスプローラー協会会長よ。あの方ならば、色違いであることも、呪われたダンジョンであることもどちらも問題ない。これ以上の人選は私はしらないわ」
 カノンが心配そうに尋ねる言葉をさえぎって言ったシャムロックの言葉に、全員が驚きで目を見開いた。
「マジですか? めっちゃ重役じゃないですか」
「さすが母さん……すごいコネですね」
 パチキとイレーヌが驚きながら口にする。
「もちろん本当よ。というか、長生きしていると長生きの友達が欲しくなるのよ……みんな死んじゃうから」
「あー、それは確かに寂しいですもんね」
 シャムロックがぼやくと、ユージンはそれに同調する。
「ともかく、色々あって彼と知り合いになったわけだけれど……彼は、部下の監視の仕事が多忙だから……本当の姿で来ることはないでしょうね。だから、ダンジョンエクスプローラーの身分証バッジに描かれているヘルガー体型か巨竜体型の状態でなら来てくれると思うわ。あの方と一緒ならば、例え色違いであろうと狼藉を働く者はいないでしょうね。
 ミルに睨まれたら、千の目に監視され、追い詰められるともっぱらの噂だから、誰も怖くて手を出せないし、私ですらあの人を怒らせるのは怖いから。それでね、カノンが良ければ、ミルを調査員として連れて行ってほしいのよ」
「良ければって……むしろ、そんな人物をこの目で見られるのならば、ぜひとも。実物見て見たかったんだぁ」
「そんな人物って、私もこう見えてミュウの亜種みたいなものなのだけれどねぇ……私自身もすごいポケモンのはずなのに、あんまり注目されないのってなんか寂しいわ」
 カノンの応答に若干ショックを受けつつ、シャムロックはぼやく。
「いいなぁ、それなら私グランドフォース覚えなきゃ」
「お前はそればっかりだな、イレーヌ……技マニアも重症だぜ」
 イレーヌのつぶやきにパチキが呆れたように言う。
「だってイレーヌからスケッチを取ったらただの置き物でしょ?」
「こら、人聞きの悪い事を言うな」
 パチキのボヤキに、テラーとイレーヌは仲良くそんな事を話す。そんな三人を見て、ユージンとカノンは二人で顔を見あわせながら微笑んでいた。
「じゃあ、ミルさんを呼ぶのは決まりね。まだミルさんは起きているでしょうから、ちょっとテレパシーで連絡してくるわ……」
 そう言って、シャムロックは外に出る。皆はそれを見送って、ふぅと息をつく。
「行っちゃったね……皆、私のためにありがとうね」
「良いってことよ。俺はお前の可能性に惚れているんだ。俺達には出来ないことが、お前には出来るんだから」
「うんうん、可愛い妹を助けるのに理由は要らないでしょ? 貴方が笑顔なら、もっと可愛くなるんだから」
「カノンになら、僕はどこまでも憑いていくよ」
 いつもの仲間は、カノンを信頼してそう言った。
「そういうわけだ、カノン。お前の兄弟が頑張るのに、旦那の俺が何もしないわけにはいかないからな。お前の笑顔は、俺の笑顔でもあるんだから。お前しか出来ない事なら、胸を張って挑めよ。俺達が絶対に成功に導いてやるからな」
 ユージンが微笑み、ウインクをする。一晩で見下ろす身長になってしまった彼だが、彼の表情はいまだ頼もしい。カノンはそれに静かに頷き、仲間がいる事へのありがたみを噛み締めるのであった。


 数日後の朝早く、カノン達の下に、黒い犬のような体型と、緑のマフラーのような器官を携える、特異なポケモンが現れた。口周りや足先、そして前脚の付け根も緑色で異様な雰囲気のそのポケモンは、名乗る前からシャムロックが言っていたミル・オホスなのだとわかる。なにせ、ダンジョンエクスプローラーが身分を証明するバッジの裏面に描かれた通りの姿をしているのだから、見間違えるはずもない。
 ニコニコハウスの門の前でたたずむそれは、なるほど、確かに姿形や体型がヘルガーと似ている。闇夜で見れば大きさなどから見間違えてもおかしくはないだろう。シャムロックがヘルガー体型と言うのも頷ける。ベルを鳴らして呼ばれたが、明らかに怪しい人物なので庭で遊んでいた後輩たちは警戒していたため、ニコニコハウスで彼を待っていたカノンとイレーヌが応対にあたった。
「おはようございます……えーと、もしかしなくてもミル・オホスさんでしょうか?」
「あぁ、貴方はカノンさんだね。以前見た通り、美しいお嬢さんだ、あの時はロゼリアだったが、今はさらに美しくなっていらっしゃる。イレーヌさんも、愛らしいお嬢さんだ」
「はい? 私は初対面のはずですが」
「ですです、お会いしたことありましたっけ?」
 いきなり訳の分からない事を言うミルの言葉に、カノンとイレーヌは首をかしげる。
「私の目は、大陸中にちらばらせている。この周辺にも一匹私の目を潜り込ませていてな」
 言いながら、ミルは自分の体を見る見るうちに崩していく。ノコッチにも似た体型の、緑色の塊に別れた彼は、胸に赤いコアがある個体が本体のようで、代表するようにそれが語り始めた。
「このようにして、体を分けて監視し、部下の様子を見守って指示を下すのが私の仕事だよ。私の分体は中々可愛いだろう?」
 小さくなって甲高い声になり、ミルは自慢げに言った。
「へぇ……お初にお目にかかりましたが、すごく独特な身体をしておられるんですね」
 そう言ってカノンはぺこりと頭を下げた。
「グランドフォース使えます?」
 イレーヌは相変わらず、自分の技を増やすことばかりである、
「あぁ、使えるよ。だが、ここだけの話、この体型だとあまり強くないからダンジョンではあまり前に出られないかもしれないが、よろしくな。今日は一人の調査員として、立ち回らせてもらう」
 カノンとイレーヌにそう言って頭を下げ、ミルは挨拶を終える。その後、ニコニコハウスで待機していたユージンやテラー、パチキとも合流し、少々の休憩時間を挟んだ後に一行は出発した。
 ヘルガー体型の彼は素早さを活かして戦うスタイルではあるが、彼が弱いと自称するように、その攻撃は威力不足で動きも悪く、道中の簡単なダンジョン程度ならば問題のない強さでも、血塗られた川の難易度では辛そうだ。グラウドフォースも威力はそれなり、地震の技を少々便利にしただけというような印象で大したものではない。真の姿でなければこんなもんかと意気消沈する一行だが、イレーヌはその技に秘められた可能性を理解してスケッチし、数分後には真似してグランドフォースをを放って見せた。これにはミルも驚きである。


 そうして、ギスギスタウンにたどり着いた一行は、街の近くでヒメリの実を食べて一休みしてから、いよいよ難関ダンジョンである血塗られた川へと向かう。かつてこのダンジョンに挑んだ者は、その難易度の高さと広さ、そしてのしかかる重い空気に耐えかねて、たまらずダンジョンを脱出したという。
 なんせ、足元を赤い川が流れているのだ。口に含めばかすかに血の味もして、あまりの気味の悪さに、体調を崩してしまいそうだ。

 難易度の低いダンジョンならば通り道にもなるが、どうせこの難易度では通り道にするにも適さないと、ここの調査は打ち切られる。ここに来るのは指名手配された犯罪者くらいだと吐き捨てて、ベテランの探検隊も穴ぬけの珠を使って匙を投げる始末だ。肝心の内部だが、食料はリンゴなどのそのまま食べられる食料は少なく、ベトベタフードが多い。そのため肉食のポケモンでなければまともな食料にありつくことも難しかったため、それも難易度の上昇に一役買っている。
 誰も攻略したことがないというのも頷かざるを得ないほどに難易度は高い。ユージンが先頭に出て、攻撃を引き付けてパチキやイレーヌ、カノンの援護を受けるという戦略で進んでいったのだが、きちんと役割を決めてそれを遂行できるような仲間でなければ、とてもじゃないが乗り切れるようなダンジョンではないだろう。
 幸いにも、カノンは特殊、パチキは物理、イレーヌは両刀、テラーは補助、ユージンは囮といったように、役割がきちんと分かれているために上手く運用していけば突破は十分に可能だった。ちなみにミルは蛇睨みをすることで相手の行動を制限するのが得意なこともあり、補助に徹して攻撃は大体カノン達に任せている。

 最初の方は順調だった一行だが、進むごとに得体のしれない雰囲気がまとわりついてくるような気がして、テラーとカノン以外はその重苦しさに精神を削られる。テラーはともかく、カノンがその影響を受けないのは、やはり彼女がここに呼ばれたからであろうか。
 階層を進むごとに水はより赤く濁り、空気には体に悪い物が含まれているかのような嫌悪感すらある。それについてはミルも感じており、ねっとりとした空気の重さに、皆集中力が奪われ、細かいミスが目立ち始めて行く。
 そうなると、唯一その空気の悪さの影響を受けていないカノンとテラーが前に出ることで皆を引っ張るような長出が自然に出来ていた。前衛になることで必然的に狙われる機会は増えてしまったが、仲間の命を背負ったカノンは普段以上に強く、集中力も増している。敵の攻撃を紙一重で縫うようにして攻撃を叩きこむ彼女の勇姿には、イレーヌが思わず絵にかいてしまいたいと思ったくらいだ。

 そうして、カノンが率いる一行は、助け合い、励まし合い、傷ついた味方を庇いながらダンジョンを突破していく。持ち込んだ道具を使い果たして、ダンジョンで手に入れたピーピーエイダ―や食料で疲れをいやし、腹を満たし、受けた傷は自然回復に任せることもあれば、オレンの実や癒しの波導で急速に癒すこともした。

 状態異常の治療はカノンが一手に引き受け、睡眠や混乱などの緊急性の高い状態異常に対してだけは、テラーが味方に木の実を投げて、カノンがアロマセラピーを行うよりも素早く治療を行う。道中、その基本的な対策法を守りながら進軍した一行は、苦労の果てについに最深部の到達を果たす。フロアにして五一階、一つのフロアが広く階段を探すにも手間取るダンジョンでこれだけの階層、しかも敵が強いという三拍子の上に食料もまともなものが少ないと、あまりの難易度に最深部に差し掛かった一行は、思わず倒れ込むように座って休憩を取った。
 最深部の床は、もはや血液にしか見えないほどにどろどろの赤い水が足元を流れている。生えている草花も赤く染まり、まるで地獄のような光景で、体は休まっても心はとても休まりそうな場所ではない。
「奥に、何かいるな……すさまじい気配だ。しかも、禍々しい」
 その気配について最初に言及したのはミルであった。彼の鋭い視線は、壁の向こうにいるであろうまだ見ぬこのダンジョンの主に注がれている。
「母さんと違って、隠そうとする気配がないからよくわかる。禍々しくって……それでいて強い」
 ユージンはそう言ってため息をつく。
「でも、待ってくれるだけ良心的だね。一人だけ見張りを立てて、少し寝よう」
 テラーはそう言って、バッグの中にある食料をつまみ始める。
「見張りならば私に任せておけ。いくつかの分身に任せて、私は寝る」
「本体が寝てても分身は問題ないんだ……」
 ミルは寝るのだか寝ないのだかよくわからない事を言うが、自信満々なので、イレーヌ以外は彼の申し出に無言でうなずいた。ミルは少しため息をつくなり、四体の分身を周囲に置いて、たどり着いた部屋の入り口を見張る。それを見て安心した一行は、食事を終えると仮眠に入った。
 待ってくれるだけ良心的と言ったテラーの言葉通り、敵は悠然と待ち構えたまま、こちらに攻めてくる気配もない。ダンジョンでは傷がすぐに回復するように睡眠の効果も高く、数分だけ眠った一行は、大きく伸びをしてもう一度食料を胃袋に放り込み、立ちあがる。


「はっきりとわかる……これは、私を呼んでいた気配だ。きっとこれは……自殺したゲッコウガと……殺されたケロマツの……思いが……形になったものだ」
 言いながら歩いていくカノンの目には、意味もなく涙が浮かぶ。
「悲しい気分が伝わって……私にも涙が……」
「大丈夫? カノン……僕も、この悲しい気配は分かるけれど……その、無理しちゃだめだよ」
 突然意味もなく泣き出すカノンに、テラーが気を使って話しかける。カノンは大丈夫と頷き、それでも前に進む。そうして、曲がりくねった廊下を進んだ先にある、どれだけ暴れまわっても問題がなさそうなくらいに大きな部屋ににそれはいた。
 足先が影に解けてしまいそうな不安定なフォルムだが、しかし上半身はしっかりとした形のゲッコウガだ。舌を首に巻いてマフラーのように姿も、太ももにある水手裏剣の発生器官も、普通にその辺を歩いているゲッコウガと変わりはない。だが、彼の体色は青色ではなく、暗闇にもよく溶け込みそうな夜の帳の色。ゲッコウガの色違いのそれである。
「貴方が、私を呼んだのね?」
 恐る恐るカノンが問う。周りの者は誰も口を挟まなかった。ゲッコウガは静かにカノンを見下ろしながらゆっくりとカノンの下に歩み寄るだけで、頷くことすらしない。禍々しい気配を放つそれが悠然と進む光景には、どうしても恐怖が付いて回る。
「カノン、気をつけて。奴から憎しみと、嫉妬の感情があふれている……」
 テラーがそう言っている間に、ゲッコウガはカノンに蹴りが届く位置まで歩み寄る。息が詰まるような緊張の中、カノンはじっとゲッコウガを見つめていた。
「殺気だ! 来るよ皆」
 突如あふれ出したその感情に、テラーは大声で警告する。彼の警告を聞いて全員が身構え、一瞬遅れてゲッコウガが水手裏剣を放つ。全員に向けて放たれたと思ったその水手裏剣だが、唯一ミルにだけは投げられておらず、彼は眼中にないようだ。
 狙われたのは、カノン達ニコニコハウスの仲間のみ。テラーの警告のおかげで身構えていた全員は手裏剣を避けることが出来たが、それも相手が無茶な体勢から全員を狙って投げたからである。一人にきっちりと狙いをつけた状態では、きっと避けられる攻撃ではない。
「こいつ、母さんよりも強いぞ! 一瞬でも油断したら負ける!」
 ユージンが叫びながらこの指とまれを発動する。それによりゲッコウガの意識はユージンに向いた。同時にユージンへ向けた攻撃が開始され、ユージンはただ避ける事、受け流すことに徹するしかなかった。敵の攻撃を守って、緑の障壁で弾き、その効果が尽きたら神通力からすり抜け、熱湯を躱し、悪の波導からは全力で距離を取る。その猛攻に、クリーンヒットこそないものの、僅かにかすった攻撃もあり、ユージンの体には確実にダメージが蓄積されていく。
「ユージン、壁を張るわ!」
「頼む!」
 イレーヌが叫ぶようにして光の壁を張り出す。その横を、地響きを立てるような勢いでパチキが走り抜けていく。
「いくぜぇ!!」
 と叫び、パチキも自慢の頭を振りかざしてゲッコウガの横っ腹を叩き潰す。か細いボディのゲッコウガなど、彼の諸刃の頭突きを喰らえばひとたまりもないはずだが、しかしゲッコウガは吹き飛ばされて猶立ちあがる。
「混乱させる!」
 ダンジョンの中では効果が高い不思議枝も、こう言った最深部やダンジョンの外では効果が薄い。そのため、前に出たテラーは怪しい光を用いて、自身の力でゲッコウガを混乱させる。
「っしゃあ! 行くぜ!」
 一瞬ふらついたゲッコウガに、攻撃を叩きこんだのは他でもないカノンである。
「イレーヌ、仲間づくりを!」
 叫びながら突撃して放つ技は花びらの舞い。体を回転させながら、一切の手加減無しで攻撃を叩きこむ。この攻撃は連続で強力な攻撃を叩きこむ代わりに、疲れによって平衡感覚を失ってしまう技。だが、イレーヌの特性であるマイペースを仲間づくりで移してもらえれば、混乱することなく問題なく撃ちつづけられる。
 舞い散る花びらが、ゲッコウガの体を削って行く。敵の体は実体がないらしく、血が飛び散ることもなかったが、体のそこかしこが砂のようにさらり空気に溶けて消えて行くところを見ると、ダメージはある。だが、一緒になってミルも攻撃しているのだが、ミルの攻撃ではダメージを全く受け付けないようで、彼の攻撃は素通りするだけであった。
「私の攻撃が素通りだと!? 私は、蚊帳の外と言うわけか……舐めおって」
 最初の攻撃でミルだけ水手裏剣が投げられなかったのも、眼中にないという事なのだろう。
「ミルさん、下がって見ててください! きっと相手は貴方をお呼びじゃないんです」
 と、言いながらユージンはこの指とまれを解かずにいるが、カノンの攻撃を受けていたゲッコウガは、ユージンの行動に気付いていないようだ。ゲッコウガはユージンの方を見向きもせず、腕を顔の前にかざして防御していた腕を下げ、カノンを睨みつけて神通力で攻撃を加える。あの猛攻から反撃に転じるなどありえないと思っていたカノンは神通力に掴まれ、投げ飛ばされる。投げ飛ばされたカノンは、地面に強烈にたたきつけられたのち、地面を転がって草や木の枝で皮膚を切り裂かれた。
 光の壁を全員に張り出していたため、投げ飛ばされる力も弱体化していたが、それでも体が壊れそうなその衝撃。いまだこの指とまれを使用するユージンすら目に入っていないゲッコウガは、止めを刺さんとカノンに襲い掛かろうとする。
「させない!」
 イレーヌがそれを阻止せんと、前に出て空中で緑色の障壁を張りだした。『守る』の使用中は動けないが、空中で発動すれば慣性でそのまま飛んでいき、体当たりとなる。イレーヌの体当たりで行く手を遮られたゲッコウガは、守るが解けたイレーヌを長い舌を叩きつけて払いのけた。
 防御し損ねて吹っ飛ばされるイレーヌと入れ替わりでユージンが立ち向かい、彼はゲッコウガとすれ違いざまに頬を擦る。それによってゲッコウガの体には電流が流れ、ゲッコウガは一瞬の硬直。
「でかしたぜ、ユージンさん!」
 その瞬間、再度のパチキの強烈な頭突きで吹き飛ばされた。
 だがまだ終わりではない。普通のゲッコウガならばこれで倒されているだろうが、こいつは明らかに普通ではない事はパチキにも分かる。よって念入りにゲッコウガを破壊するべく、攻撃で吹っ飛んだゲッコウガが立ち上がる前に再度の追撃を仕掛けるべく、跳躍してからゲッコウガの体を踏みつけた。ゲッコウガの体から黒い砂のようなものが大きく散って行くが、それでもまだ終わりではない。ゲッコウガは寝転がったままにパチキの胸を蹴って、その反動で後ろに回転しながら立ち上がる。
 パチキはその蹴りでバランスを崩して転んでしまい、水しぶきを立てながら地面に転がった。その方向を見もせずにゲッコウガは水手裏剣を放ってパチキを攻撃する。攻撃に使う足を傷つけられてしまい、パチキはもはやこの戦いでは役に立つまい。
 その攻撃が終わるころにカノンは立ち上がり、ゲッコウガを睨みつけている。その間にイレーヌはリフレクターを張り、テラーはゲッコウガの死角から忍び寄る。立ち上がったカノンを見たゲッコウガは、そうこなくちゃとばかりに笑みを湛え、黒いオーラを放つ水の刃を手の平から作り出した。浮いているために足音を立てずに忍び寄ったテラーだが、息遣いでばれたとでもいうのか、ゲッコウガは目の前にいるカノンよりも先に、後ろから十万ボルトで攻撃を仕掛けてきたテラーの方へ振り返り、攻撃する。結果は、ゲッコウガは電撃を喰らいつつも斬撃をテラーへとクリーンヒットさせる。辻斬りはゴーストタイプである彼には効果が抜群で、傷は内臓までは達していないものの、腹を大きく切り裂かれたテラーは痛みに耐えかね地面に落ちる。
「この指とまれ!!」
 ユージンが声を張り上げ注意を引く。彼の目論見通りゲッコウガは彼の下に向かい、彼の体を水の刃で切り裂かんとする。両手のみならず舌や脚による打撃も含めたその猛攻のすさまじさたるや、ユージンは長い時間」凌ぐことが出来ないと直感するほどだ。出来ることは、緑色の障壁を張り出し、一時しのぎをするだけだった。
「させない!」
 その障壁が消え去る前にカノンが声を上げて動く。彼女の蔓がゲッコウガの脚を引きずり倒し、転んだところを他の蔓でも縛り上げて行く。計六本の蔓が相手のいたるところに巻き付いて、ゲッコウガはそれを解こうと物凄い力で暴れまわる。このままでは蔓が引き千切られるのも時間の問題、誰かの援護を期待して、カノンは棘の付いた蔓に力を籠める。
 その期待に応えてくれたのがユージンとイレーヌであった。ユージンは雷、そしてイレーヌは地割れ。縛りつけられていたゲッコウガは、雷で体が硬直したその一瞬に、抵抗することもままならずに地割れの中に落ちて行き、ダンジョンの床にたまった血のような赤い水がその中に流れ落ちて行く。それによりゲッコウガは地面に挟まれ身動きが取れなくなり、地面に全身が圧迫されて呼吸も不可能となる。
 普通のポケモンならば地割れで挟み込んでしまえば勝利は確定なのだが、それだけではまだ安心できない。ゲッコウガからあふれ出る禍々しい殺気は未だそのままだ。
「これで、終わりだ!」
 ユージンの雷が少し流れてダメージを負ったカノンだが、まだ体は動く。カノンは痛覚のない蔓の雷で焼けてしまった部分をを引き千切って腕をフリーにし、血だまりとなった地割れの中に手を突っ込み、地面に挟まれたゲッコウガへと向けてギガドレインを放つ。身動きできない敵の体から体液を吸い取っているうちに、ようやく敵の体は全て黒い影となり、空気に溶けて消えてしまう。
 あまり実感はないが、どうやら勝利したようだ。

「勝ったのか? 見た目は勝ったような感じだけれど……」
 見た目は、とユージンが言う通り、周囲にはまだ禍々しい気配が残っている。ひとまず敵が消え去ったことで、テラーとパチキは安心してオレンの実を傷口にこすりつけている。ただしユージンの言う通り、禍々しい気配は未だ部屋の中を漂っている為、油断はせずにカノンの方を見ている。当のカノンははと言えば、落ち着いた様子で深呼吸をしていた。
「大丈夫……気配はまだあるけれど、今は……憎しみも、嫉妬も感じない。テラーはどう?」
「確かに、感じるのは悲しみだけ。ただ、さっきもこの状態から急激に襲ってきたわけだし……油断は出来ないよ」
 テラーはそう言って、周囲を警戒している。
「いや、大丈夫。あっち……」
 そんな中、カノンが何かに気付いて部屋の奥を指さす。カノンが指差したその先には、先ほどのゲッコウガから溶けていった黒い影のような者が集まり、形を成している。黒い靄のような塊は、部屋の奥、階段のすぐ手前で静かに鎮座している。見ているだけでも、めまいを起こしそうな嫌な気配が
「あれが私を呼んでる……」
 ふらりと引き寄せられるようにカノンが歩きだすと、ミルは慌てて前に出る。
「待て待て! あれは危険だ! あれは……アンチハート。負の意識の塊が形を為したものだ。あれが集まると、ピュアイーヴィルやら氷触体やらダークマターやら、大変な存在へと変化する材料になるんだ……触るとその感情に支配されて自我を失うぞ?」
 ミルがカノンの事を遮る形で警告するが、カノンはそれに首を振った。
「大丈夫、あれは危険じゃない」
 カノンはミルを手で払う動作をする。
「いやいや、こういうのはダークライとか、湖の三精霊のような心の扱いにたけた者達に任せるのが得策で……あれは本当に何とかできる代物じゃないんだ」
 なおもミルは説得するが、カノンはもう一度彼を手で払う動作をする。有無を言わせないカノンの態度に、ミルも仕方なく道を譲る。
「どうなっても知らんぞ。お前が自我を失ったら、縛りつけてでも知り合いに引き渡すからな」
「うん、そうして」
 厳しい態度を取るミルに、カノンは望むところだと頷いた。そうして、カノンはゆっくりと歩いてく。覚悟はあるく間に済ませ、目の前にたどり着いた彼女は一度だけ深呼吸をして黒い塊に触れる。途端、カノンの体に黒い塊が取り込まれ、彼女は膝から崩れ落ちて地面にうずくまる。
「彼女に近寄るな! お前達も影響を受けるぞ」
 すぐさま走り出そうとする仲間達に、ミルが警告する。
「いや、これは大丈夫だ……」
 ミルの警告を受けてなお、テラーは首を振り真っ先に走り出す。
「僕にもはっきりわかるぜ……問題ない。むしろ、行かなきゃ!」
「なら、俺が行くぜ!」
 テラーの言葉を聞いて、ユージンは誰よりも早くカノンの下にたどり着く。短い手足で彼女の花弁に触れると、カノンの体は少し震えており、ユージンが触れるとその震えも徐々に収まっていく。
「大丈夫、カノン?」
 イレーヌが心配そうにのぞき込む。流石に警戒しているのか触れることはしなかったが、カノンは無言でそれに頷いた。見ると彼女は、歯を食いしばって震えている。その顔は血走っていて、とても正気とは思えないが、それでも何とか感情を抑えているようだ。
「まだちょっと無理そうだけれど、これなら問題なさそうだね……。カノン、辛いかもしれないけれど落ち着いて……」
 テラーもカノンの手に触れて、彼女を落ち着かせようとする。
「あぁ、ミルさん……これなら多分大丈夫。アンチハートが危ないのは知っているけれど、全部が全部危ないわけじゃない……」
 カノンの事を気遣いながら、テラーはミルに振り返り言う。
「だからと言って勝手に行動する奴がいるか……危ないものは危ないのだ。頑固者と呼ばれるかもしれんが、お前ら年寄りの言う事はちゃんと聞け」
 テラーの言葉に、ミルは呆れてため息をついた。

 カノンはしばらく蹲ったまま、不意にすすり泣きを始めた。大丈夫かとユージンが尋ねたが、カノンは頷いて大丈夫と即答する。彼女は、意味もなく悲しい気分になり、涙があふれはしたものの、悲しい以外の感情はなく、憎しみや嫉妬は感じられない。
 泣いていればいずれ収まるよとテラーが言うので、テラーとユージンで傍にいながら彼女の花弁を握ってあげて、カノンを落ち着かせた。数分してようやく落ち着いたカノンは、涙をぬぐって立ち上がる。
「ありがとう。もう大丈夫……ミルさんも心配してくれてありがとう。でも、憎しみとか、そういう嫌な感情はなかったから……だから大丈夫」
「全く、無茶をしおる」
 力を使い果たして枯れたようなカノンの声を聞いて、ミルは呆れていた。

 そうしてカノンが落ち着いたところで、ようやくイレーヌも彼女に近寄って行く。
「カノン、色々怪我してるし、私が傷口を舐めてあげるね」
「あのね、イレーヌ……そういうのはいいから普通に治療してね? 塩水とか癒しの波導使えるでしょ?」
 疲れ果てた彼女の下ににイレーヌが語り掛けて来るが、カノンは強張った笑顔で彼女の申し出を断り、ため息をつく。そうして俯けば、カノンはあることに気付いた。
「ねぇ、皆……これ。ダンジョンの水の色が変わってない?」
 地面に目をやれば、血液そのものだった地面の水たまりが、徐々に透明に澄んだ色へと変わっている。
「確かに、見るからに変わってるな……」
 カノンに言われてユージンも気付き、地面を見る。
「さっきまで飲む気がしなかったけれど、これなら……いや、まだ飲む気がしないわな」
 パチキは徐々に澄んでいく水を見て、苦笑する。
「血まみれの床、結構好きなんだけれどな……でもま、皆が好きな水の方がいいよね」
「うーん、確かにこれはこれで芸術的よね。特にカノンの頭の白い花弁が赤く染まっているの、美しいやら残酷やらで……素敵!」
 テラーとイレーヌは芸術や好みの面でこれはこれで良かったと語る。そんな二人を、何言っているんだこいつとばかりにユージンは手を広げる。
「ふむ……なるほど、素晴らしい結果だな。これは経過を見守って、きちんと大々的に発表しなければいけないようだな。色違いのポケモンが災厄を運ぶなどという馬鹿な事を言う輩も、私の言葉ならば耳を傾けるはずだ」
「賛成! ギスギスタウンが寂れた原因の一つが消えるんだもんね! 私達だけの秘密にしてたらもったいないよ」
 ミルの言葉を聞いてイレーヌが声をあげる。
「そうだな。そうやって、色違いへの偏見を解いていくことから始めよう」
「いいじゃねえか! そうすりゃカノン達もきっと、いい事になるぜ!」
 適切な表現が思い浮かばないのか、パチキはあいまいな表現で盛り上がる。
「……こいつは、大当たりな女を嫁に迎えられそうだ」
 同年代の子供達と盛り上がるカノンを見て、ユージンは彼女らをそう評する。徐々に澄んでいく水に体ごとつかり赤い血糊を洗い流す後輩たちは、いつまでも笑い合って、勝利の余韻に浸るのであった。

挑戦の時 


「ところでだ、カノン」
「はい、何ですか?」
 仲間たちではしゃぐのもひと段落したところで、ミルがカノンに尋ねる。カノンはようやく落ち着いてはいたが、それでもまだ顔に生気がない。
「アンチハートを体の中に取り込むというのは一体どんな感じなのか、出来るだけ詳しく聞かせてはくれないか?」
「あぁ、あの時の感覚……ですか。なんというかですね。取り込んだ時は、もうすっごく悲しくって……意味もなく涙があふれて来るって感じでしたけれど、時間が経ってみると、鮮明な記憶を埋め込まれたような、人格を乗っ取られたような、そんな感覚なんです。なので、私は全く知らないはずの人の名前とか、死んだ時の映像とか、そういうのが浮かんできてしまって……ヘンドリクス。それが、ゲッコウガの親のが子供につけようとしていた名前で……子供は、頭から落ちて、脳みそをぶちまけて死んでて……そういうのが、分かってしまうんです。知ってしまったんです」
「そりゃ、なんというかきついわな……」
 カノンの言葉に、ユージンが言う。
「うん。多分、あのダンジョンを形作ったポケモンの、死んだ時の残留思念がダンジョンの中でそのまま保管されていたんだ。目に焼き付いて離れないくらいに鮮明な記憶で、ニギヤカタウンだった頃の街の住人に言われた言葉もまだ覚えている。そのせいで、今更になって怒りもこみあげてきて……でも、こうやって街を苦しめ続けていてもだめなことは何となくわかってる。だから、子供を殺されたことについては考えないように努めているよ」
「そうか……」
「こんなんで何か参考になりましたか?」
「うーむ……まだどうとも言えないな。ところで、カノン。お前は、どうやってその怒りを克服したんだ?」
 ミルに尋ねられ、カノンは考える。
「うーん……悲しみの感情が強くって、憎しみの感情は後からやって来たから何とも言えないけれど。でも、私は……許さないと、終わらない気がしたから。自分のためにも、ギスギスタウンに住む人達を赦して、赤い川を元の澄んだ水にしないとどうにもならないし……『だから許せ、ゲッコウガ!』みたいな気持ちでひたすら怒りを抑えようとしてて。
 そうだなぁ、私も一人だったらきっと許すことは出来なかったでしょうね。悲しみが収まったら、憎しみが湧き上がってきて、そのままぶち殺しに行っちゃったかも。でも、皆がいたから……殺しに行ったりなんかしたら迷惑もかかるし。それに何より私の目的が達成できないし。
 許すって、一人でする行為だけれど……でも、皆に支えられないと絶対に出来ないことだと思う。ゲッコウガの中には許せないくらい酷い記憶もあったけれど、でも私の中にはそれ以上に素敵な記憶があって、そしてそれを失いたくないという思いがあったから、私は怒りを堪えることが出来た。ゲッコウガには失うものが何もなかったし、私も同じように失うものがなかったり、目標がなければゲッコウガに負けていたと思う。
 ゲッコウガの代わりにギスギスタウンの住民を殺して回っていたかもね。なんだか、大変なものを託されちゃったな……シャムロックに出会えなかったら、私もこんな風になっていたのかな……なんだか、怖いな」

「許すという行為は一人ではできない……か。なるほど」
「それにもう、ギスギスタウンの連中はもう十分報いを受けているからね。一人じゃ許すことが出来ないっていうのは、許される相手の償いや受けた罰も必要なんだと思う。だから、本当に……ゲッコウガが復讐しようとしていたことは、否定できないよ。あれは復讐したくなっても仕方ない、彼には何も残されていないもん復讐以外にすることがないから」
「要は、俺達がいなかったらギスギスタウンの連中が殺されていたかもしれないってことか」
 パチキに尋ねられて、カノンはうんと頷いた。
「本当は今でも殺したいくらいに憎い。自分の事じゃないはずなのに、亡き妻の面影だとか、そういうのが頭に浮かんできて……他人の痛みを代わりに背負うって、すごく覚悟が必要なんだなって思った。昔、パチキが尻を叩かれそうになった時に、二回分肩代わりしたことがあったけれど……その時はきっちり二回分尻を叩かれたっけ。それとおんなじ。
 誰かの痛みを肩代わりするっていうのは、同じだけ痛い思いをしなければいけない。大切な人が死ぬような映像が頭に浮かんで……そしてそれを強要したニギヤカタウンの住民の顔が浮かんで……今もやばいくらいいらついていますもん……もっとうまい表現の一つでも思い浮かべばいいんですけれどね、詩人じゃないと難しいものですね」
「そうか……アンチハートを取り込んだ者は君以外にもいるが、それらは心を壊して牢に閉じ込められたり、正気を失って殺すしかなくなったりと、ろくな結果をむかえていない。しかも、そういった時には呪われたダンジョンが及ぼす悪影響は解消されていない……仲間を失うだけなのだ。
 アンチハートを取り込むなど、誰にでも出来る仕事じゃないというよりは、誰にも出来ないとすら私は思っていたが……いるものだな、不可能を可能にする者が。もしかしたらアンチハートを取り込むことは、カノン……君にしか出来ない仕事かもしれん」
 ミルはカノンがした行為をそう評して笑む。
「だけれど、どうせやるなら私じゃなく、色違いを憎んでいるギスギスタウンの連中にも同じだけの憎しみを知って欲しいと思います。私が他人の痛みを知るよりも、加害者の方に知って欲しいですし」
「確かにな……ああ、言われて気付いたが、今回はカノン以外に影響がないからよかったが……さっきも言ったように、アンチハートを取り込んだ者は気が触れたような行動をとることもある。それでもここにいる者達の気が触れたくらいならば何とかなるが、最悪の場合街一つ壊滅させかねないようなシャムロックは連れて行かないほうがいいかもしれない。あいつは、怒ると手が付けられないからな」
 ミルはため息をつきつついう。
「た、確かに……そうか。母さんを連れてこなかったのは正解だったね……」
 カノン他、ニコニコハウスの面々はミルの言葉に納得して苦笑した。
「本当に、カノンのような他人ではなく、当事者に背負わせることが出来れば苦労しないのだがな。他人の苦しみを想像し、皆が仲良くなれれば……理想的な世界だが、絵空事だ」
 ミルはそう言って俯いた。
「だから誰かが我慢するしかない。その後に、報われるならばそれも良いが……私の言葉すら届かぬような根の深い問題に、果たして解決の手段などあるのかどうか」
「報われるくらいに頑張ればいいんですよ」
 ミルの言葉に、カノンは笑顔で返す。ミルはその表情に期待を込めて笑みを返す。
「その覚悟があるなら、私も協力を惜しまぬよ。いつかこちらから、解決困難な仕事を頼むかもしれないが……受ける気はあるか?」
「私の目的に近づけるのであれば、是非とも」
 ミルに仕事を頼まれると聞いて、カノンは一も二もなく頷いた。
「了解した。色違いが報われるように努力するお前の姿を、皆の記憶に残るようにせねばな」
 ミルは、嬉しそうに言う。その後も、勲章の一つでも作らせようかだとか、そんな事を話しながら、カノンという新しい期待の星を評価するのであった。


 ダンジョンから外に出て一日ほど様子を見ると、ギスギスタウンの近くを流れる川は、赤い色から透明な澄んだ色へと変わっていった。街の住人はその奇跡のような光景を大いに喜んだが、当然のことだがどうしてそんな奇跡が起こったかについては理解していなかった。
 そのため、カノン達はミルと共に街へ赴き、今回の事のあらましを説明する。ダンジョンエクスプローラー達が身分を証明するバッジには、裏と表にミルの姿が描かれており、今のヘルガー体型のミルは裏面に描かれていて、ダンジョンエクスプローラーについて一般的な知識がある者は、その見た目を知っている。彼がジガルデという伝説のポケモンであることは周知の事実であるため、ミルのような姿をした者は世界全体を見回してもそう多くないことは誰もが理解するところだ。
 そのため、ミルの言葉を疑う者はいなかった。神の近い、尊い伝説のポケモンが嘘をつくことなどないだろう、と。

 そんなミルの事はともかくとして、カノンの存在を街の住民は許せなかった。街の住民としては、彼女は色違い故に追い出してしまいたいのに、ミルの近くにいては手を出すことも出来ず、歯を食いしばることしか出来ない。ミルから聞かされた内容も、色違いのロズレイドであるカノンが街を救ったという説明には、はらわたが煮えくり返るような思いだった。
 彼らは色違いが活躍することを認めることすら出来ないのだと思うとカノンはため息が出たが、そのあまりのノリの悪さに腹を立てたのはカノン達だけではない、ミルもであった。
「ふむ、お前達は街を救ったダンジョンエクスプローラーにすら敬意が払えないようだな。仕方ない、ダンジョンエクスプローラーに敬意を払えないような街には、私もこの街そのものを冷遇せざるを得んな……お前達、ダンエク協会は私の組織だという事を忘れてはいないだろうな? 私の一存で、この街の仲介料を二倍にも三倍にもすることが出来る事を忘れてやいないか? ダンジョンエクスプローラーへの敬意も払えず、拍手の一つも無いようでは、そうするしかないようだな」
 彼は、自分が組織の長であるのをいい事に、仲介料を釣り上げて住民を脅す。ダンジョンエクスプローラーの仕事の仲介料が値上がりすれば、同じ値段で発注しても、受注する側の食いつきも悪くなり、発注する側は多くの報酬を払わなければならない。そんな事になっては、ただでさえ経済的に危機的状況なこの街が何か問題を抱えても仕事を頼むことが出来ず、この街の経済がさらに危なくなることは明白である。
 当然、そうなってしまうくらいならば、拍手の一つでもした方がましだ。彼らには色違いのポケモンを憎むよりも、生活の方が大事という、その程度の覚悟しかないのだ。結局、嫌々ながら拍手をさせられ、ギスギスタウンの住人は大人も子供も不機嫌そうで、ミルが行ったこの発表も、反感を煽っただけに終わったが、ミルは最後にこうも付け加える。
「色違いのポケモンが災厄を引き寄せるなどというのは迷信だと、お前達はまだ気づかないのか? 私も昔は、色違いのノコッチだったというのに……それでも色違いが災厄だというのならば、私を殺してみろ。全力で相手をしよう」
 呆れたようにそう言った彼の言葉には、頑固な大人も、純粋な子供も、少しは考えるところがあったようで。感情論では理解したくなくとも、頭では認めざるを得なかった。そんなギスギスタウンの住民の反応を見て、ミルは自分なりに筋を通せたと満足している。


「なんだか、さっきの演説じゃ、逆にさらに色違いのポケモンが嫌われそうな感じだけれど……あれで大丈夫なんですか?」
 街を出て、開口一番にカノンは言う。したくもない拍手をする際の街の住民たちの顔と言えば、まるで道端に打ち捨てられた汚物でも見るかのような目であった。
「なに、あれだけ言っても理解できない奴はいないさ。今すぐには無理かもしれんが……徐々に変わって行くだろう」
「本当かねぇ? 生理的に無理ってものはあるぜ?」
 ユージンはそう言って、肩をすくめる。
「色違いのポケモンが生理的に無理なわけではないからな。大半が『皆が嫌いと言っているから嫌い』という理由ではないか? 私は、奴らが色違いを毛嫌いする理由などその程度の認識だと思っている」
 と、ミルはユージンに反論する。
「だなー。俺達だって、母さんから普通に付き合うように言われたからこそ、カノンとこうして付き合っているけれど……きっと、シャムロックじゃない、別の母さんの下に生まれていたら、カノンを嫌っていた気もするし」
「僕もそう思う。そうじゃないって……別の場所で育っていてもカノンの事は好きだったって信じたいけれど、それはけっこう非現実的な考えだからね。言いたくはないけれど、僕達の両親が健在だったら僕はカノンを嫌っていたかもしれない……その点に関していえば、両親が死んでいてよかったと思うよ。カノンを嫌いになるだなんて、今更考えられないもん」
 パチキとテラーが言う。その言葉にカノンも少し胸が抉られる気分だが、彼らが言うこともまぎれもない事実だというのは理解出来る。
「うーん、難しい問題ね。確かに、外の大陸では色違いを嫌う人なんていないっていうし、確かに生理的にいやってわけではないわけね。だから、意識を変えさえすれば色違いを嫌いになる理由なんてないわけだけれど、問題はさっきのやり取りで意識を変えられるかって話なわけで……」
 イレーヌが言って、ううんと唸る。
「どうかなー。今は反感を買っていたかもしれないけれど、時間が経ってそれがどう転ぶかだよね。まだ親の考えに染まり切っていない子供ならあるいは、話を理解してくれるかもしれないし……でも、まずは水の色が元に戻ったことで、街に活気が出るかどうかだよね。不気味な水の色はもちろんだけれど、ダンジョンが交易の邪魔になっていることが活気を無くした要因の一つだし……そっちの問題は残念ながら解決していないんだよね」
 テラーが言う。
「それについては、水の色が変われば少しは活気も戻ると思うよ。そうだねぇ、そしたら少しは色違いのことも見直してもらえるかなぁ?」
 イレーヌが首を傾げた。
「誰もがそういうわけじゃないとは思うけれど……でも、きっとできる」
 カノンはアルトとポルトの例を思い起こし、言葉通りの事を確信する。
「でも、今回のだけじゃまだ足りないんだ。小さな人助けからでいい、色違いでもいい事は出来るんだって。みんなに知らしめなきゃ」
「私達の戦いはまだ始まったばかりってわけね!」
「そりゃいいじゃん。僕達、ニコニコハウスを卒業しても、ずっと一緒だね!」
「おうおう、めでたい事じゃないか! 俺達で世界を変えようぜ!」
 盛り上がった四人が、誰ともなしにハイタッチをする。パァン、と乾いた音が、澄んだ青空に高らかに鳴り響く。若いってのは羨ましいなと、ユージンは羨ましそうに苦笑した。


 しばらくして、カノン達はミルと別れて、ニコニコハウスへの帰路を急いだ。みんなの母親に、自分達の成果を伝えたくて、出来る限りの速さで家まで駆け抜けたのだが、その結果は酷いものだった。
「あら、お帰りなさい。ミルさんから聞いたわ」
 テレパシーの存在をすっかり忘れていた四人は、サプライズをしようという目論見が脆くも崩されて、四人は意気消沈する。
「私は強くって無敵だけれど、それでも人の悲しみを癒すことは、そう簡単にできることじゃない。なんていうのか、貴方達は、ついに私では出来ないことを成し遂げたってわけね」
 言い終えたシャムロックは、上機嫌で鼻から息を吸い込んだ。
「本当は、今すぐにでも町中の皆に自慢して回りたいくらいなんだけれど、そんな事をしても迷惑だからね……だから、今はこれだけにする」
 言うなり、シャムロックはメガシンカして、巨体を誇るメガミュウツーXとなる。どうしてこの形態になったかは、すぐにわかる。
「愛しているよ、みんな」
 皆を抱きしめるためだ。カノン、イレーヌ、テラーはサイコキネシスで引き寄せられて腕に抱かれ、パチキはハブられたが腕で抱きしめてもらう代わりに尻尾で抱きしめてもらう。パチキは、尻尾に抱かれるのが何か違うような気はしたが、これはこれで幸せなので、パチキは何も言わずにシャムロックの抱擁に甘えるのであった。
 あたたかなシャムロックの腕に抱かれて、母親から褒められる至福に浸っているひと時もおわり、四人は解放される。
「今日は皆のために、とびっきりの料理を……と言いたいところだけれど、ちょっと前に誕生日パーティーやっちゃったしなぁ。どうしようかしら」
「いいんじゃないですか? なんならニコニコハウスじゃなくって、俺の家でパーティーしませんか?」
 嬉しそうに悩むシャムロックにユージンが提案する。
「うん、たまにはそういうのもありかしら。それじゃあ、ユージンは料理の用意頼むわね」
「え、俺? いいけれど、料理そんなにうまくないんだけれどな……ホリィさんに頼むか」
 シャムロックに役目を押し付けられたユージンはどうするべきかとううんと唸る。
「よーし、ユージンさんのおごりなら、俺はガンガン食っちまうぞ!」
「そうね、お腹いっぱい食べましょう」
 パチキと、イレーヌがクスクス笑う。
「あら、それならお母さんも本気を出しちゃおうかしら」
「ちょっと、母さんとパチキは本気を出すのは勘弁してくれ。俺は体が小さいから食費なんて少ないのに、二人が本気だしたら、俺の何百倍になるかも見当が付かないじゃないか。特に母さん、食べる量もすさまじそうだし」
「あら、食べる量はお察しの通りすさまじいつもりよ。そんなこと言われるとますます頑張りたくなっちゃうわ。足りなかったら暴れちゃうわよー? どうしましょ、どれくらい食べちゃおうかしら」
「勘弁してくれ、母さん」」
 不敵な笑みを浮かべるシャムロックに、ユージンは頭を抱えてため息をついた。

 結局、その日はユージンが財布をひっくり返す勢いで金を使い、ホリィおばさんの弁当屋に大量の仕出しを頼むこととなった。そうして出された料理の数々は、カノンがギスギスタウンの水の色を元に戻したという、小さいけれど多くの人を救った偉業を称える宴を大いに彩ってくれた。
 卒業できる年齢に達している者は、無茶しない程度に酒を飲み、テラーもシャムロックに言われて少しだけ酒を口にした。まだ酒の味に慣れていないカノンとテラーはアルコールの匂いに少しだけ顔をしかめたが、酔いが回ってくると気分も良くなってまさに夢見心地になるのであった。そうして酒の酔いが回りながらも、彼女は思う。
 自分は色違いに生まれてよかったと。自分にしか出来ないことがあるのは素敵だと。


 そうして翌日。カノンはシャムロックと、ランランタウンの原っぱにて向かい合っていた。進化してから向かい合うのは初めてで、シャムロックも大きくなったカノンがどれほど強くなったか、早く確かめたくてうずうずしている様子。いつも仏頂面の彼女の顔が、少し緩んでしまいそうだ。
 向かい合っている理由は、当然のごとく、カノンがユージンと結婚するための条件を満たすためである。すなわち、首のバンドを外したシャムロックを相手に、戦って勝利をするという事。ここ数年、連日戦い合っていたため二人にとってはいつもの事ではあるが、やはりあれだけ大きく見えたシャムロックが、今は少しだけ小さく見えるというカノンの心理的な作用は大きかった。
 先日は、完全に力を解放したシャムロックよりも強いゲッコウガと戦い、仲間の助けがあったとはいえ見事勝利を収めることが出来たのだ。首のバンドを外しただけのシャムロックが相手ならば、今の自分が勝てる自信は十分にあった。
「母さん、行くよ」
 悠然と棒立ちするシャムロックの前で、カノンは深呼吸の後、宣言する。
「いつでも来い」
 シャムロックは棒立ちの構えを解かなかった。この距離ならば十分に反応できると踏んでいるのだろう。カノンはそれを舐めた態度とは思わなかった。今までロゼリアだったころは、シャムロックもそれでも何とかなっていたから。だが今はロズレイドに進化している。だから負ける気はしない。立会人を務めてくれるイレーヌにアイコンタクトを送ると、彼女は笑顔で頷いた。
「はぁぅっ!」
 カノンが掛け声とともに駆け出すと、同時にシャムロックのサイコキネシスに足を取られ、転ぶと同時に体を掴みあげられる。
「甘いぞカノン! このまま……」
 ふわりと持ち上げられたカノンは回転させられてどこが天地すらも見失う。シャムロックはすっかり素を出しており、不自然な女声ではなく低い男性的な声でカノンを威圧する。
「叩き付ける!」
 シャムロックの宣言通り、カノンそのまま地面に叩き付けられるが、カノンは両手の蔓を伸ばしてそれをクッションにして受け身を取る。
「甘いのはどっちが!?」
 蔓を伸ばして、それによって衝撃を和らげるなど、ロゼリアのころには出来なかった動作である。それを目の当たりにしたシャムロックは、ほうと感嘆の声を上げて笑みをこぼした。
「今度は私! 今まで通りじゃない!」
 サイコキネシスの攻撃を受けて体中が痛かったが、まだ戦いは始まったばかり。カノンはシャムロックめがけて、毒液がにじみ出る蔓を投げかける。音速を超えて空気すら破裂させるその蔓は、いかにシャムロックと言えど避けることは敵わず。左手から伸ばした三本ある蔓のうち、サイコキネシスで止められたのは一本のみ。二本の鞭がしたたかに体を打った。
「相変わらず、毒が好きか!」
 棘によって右腕から毒液を体内に注入され、シャムロックは毒に侵される。集団戦ならば弱らせるよりも攻撃した方が速いが、一対一ならばこうやって徐々に弱らせるのがカノンの基本的な戦術だが、今はそれだけではない。棘の付いた蔓は相手の肉に食い込み、絡み付いたら中々離れはしない。シャムロックは手痛い棘付きの鞭を切り離すため、サイコカッターで蔓を切り裂いた。念の刃は蔓を切り裂いたまま、一息の動作で軌跡を変えてカノンの方へと刃を飛ばしていく。
 文字通りひやりとするようなその一撃を、カノンは上体を伏せて避けると、蔓を伸ばしたままシャムロックの横を駆け抜ける。てっきり正面から何かの攻撃を仕掛けてくるものかと思っていたシャムロックは肩透かしを食らい、振り向いてサイコキネシスを加えようとするも、もう遅い。怪我をしていない右腕に棘付きの蔓が絡み付き、サイコキネシスで吹き飛ばしてやろうにも、今のカノンはシャムロックと蔓で繋がっているため、浮かすことは出来ない。蔓を巻き取ろうとするカノンの抵抗のせいで十分に高度を稼げず、地面に叩き付けたところで威力は低い。
 すぐさまサイコカッターで左手に絡み付いた蔓を切り裂こうにも、傷と毒のせいで感覚が鈍くなった右腕では、僅かな隙を与えてしまう。カノンにはその隙で十分で、彼女はさらにシャムロックにエナジーボールを叩きつけた。それをまともに喰らったシャムロックはバランスを崩しながらも体勢を立て直してカノンを睨みつけ、いつでも技を出せる準備をする。
「カノン……その若さで大した奴だお前は……」
「お母さんが言うと、皮肉にしか聞こえない」
 褒めるシャムロックにカノンは苦笑しながら言う。イレーヌも、本当にそうよねと苦笑せざるを得なかった。戦況であるが、まだこちらのダメージは軽微、しかし毒に侵されている為シャムロックは時間をかければかけるほど不利になる。もはや、カノンは攻撃を避けているだけでも勝てるような今の状態だが、シャムロックはいったい何を仕掛けてくるのやらわからないため、油断は一瞬たりとも出来ない。
「そんな事はない、楽しいぞ!」
 シャムロックが声を上げながら、雷光のような青白い光を纏う、黒い弾を投げつける。巨大なサイコブレイクだ。これはイレーヌ曰く、カスタムしがいのある技である*1。例えば、直線状にいる相手をなぎ倒しながら攻撃する、集団を相手にするのに適したタイプもあれば、何かに着弾した時点でその場にとどまり続け、例え『守って』いても技の効果が切れるころに相手の体をねじ切ってしまう。
 他にも色々なカスタムが出来るとイレーヌは言っていた。
 今、個人を相手にしているのだから、このサイコブレイクは何かに着弾した時点でその場にとどまり続けるタイプであろう。放たれたサイコブレイクは巨大、故に避けることは敵わない。ならばと、カノンは蔓を伸ばした。それに着弾したサイコブレイクは、蔓だけをねじ切って破壊していく、危うく蔓に引き込まれて自分も巻き込まれるところであったが、何とか蔓を切り離してカノンは事なきを得る。
 一番の大技をすかされ、シャムロックが次の技に転じるまでの隙にカノンはシャムロックを飛び越えて後ろに回る。もはや短くなってしまった残りの蔓を首に巻き付け、カノンはシャムロックの背中に張り付いた。
「く、貴様……小癪な真似を」
 いかにシャムロックと言えど、背後に張り付いた敵に対する有用な攻撃手段は少ない。カノンがギガドレインで攻撃を始めると、シャムロックも対抗して自分ごと包み込むように吹雪を発するが、カノンの体は大きなシャムロックの体に密着したおかげで吹雪によるダメージは軽微、その上にギガドレインで回復している為、毒による体力減少も相まって、さきに音をあげたのはシャムロックであった。
 降参を宣言することも出来ずにがっくりとうなだれ、吹雪も収まってしまい、首から頭に毒が回っているのだろう、苦しそうに息をついていた。

「母さん、毒……治すよ?」
 シャムロックは口では答えず、無言でうなずきカノンのアロマセラピーに身を任せる。
「ほら、カノン。あなたの体も結構傷ついているわけだし、治すよ?」
「うん」
 自分の傷を放ってシャムロックを治すカノンに、イレーヌは癒しの波導を掛けてあげる。カノンのアロマセラピーのおかげでシャムロックの呼吸が安定してきたところで、シャムロックは手足に付けていた制御用のバンドを外し、仰向けになりながらフルパワーで自己再生を始めた。
「思えばカノン……お前がやって来た時は、お前は本当に体の弱いもやしっ子だったな。親に背負ってもらわなければ、まともに移動することも出来ない弱い子だった」
 満足そうな表情をしてシャムロックは空を見上げて語る。
「そりゃもう、それまで家から一歩も出たことがなかったからね。弱いのも当たり前だよ」
 カノンはシャムロックに言って、はにかみ笑う。
「昨日、お前が家に帰って来た時な。お前の表情を一目見ただけで分かったよ。お前が心も体も強くなったという事。お前は負けず嫌いで、その上体を鍛えることにストレスを感じない性格で。その上気丈で、聡明で……全く、面白みがないくらいに非の打ち所がない」
 やれやれと、シャムロックは言う。
「でも、それだけじゃない。私には仲間がいて、お母さんも居たから何とかなった。そうじゃなかったら、私は色違いを嫌う人達と仲良くしたいなんて思わなかっただろうし……きっと、一昨日のように、誰かを救うような真似もしなかった。全部、導いてくれた人がいる。私だけが強いわけじゃない。皆がいるから強くなれたんだ」
「そうね。私達もカノンのためにたくさん頑張ったわけだし」
 カノンに褒められてイレーヌは胸を張る。
「うん、イレーヌ……本当にありがとう。お母さんも」
 カノンはイレーヌにお礼を言ってから、自信に満ちた笑みでシャムロックを見る。シャムロックは黙ってうなずいた。
「本当に、良い顔になった。特に、誕生日を迎えてからのお前は、目を見張るほどだ」
「うん、そう言ってもらえると嬉しい。なんというか、ついに認められたって感じで……すっごく嬉しくって、言葉に出来ないほど。まだ、ギスギスタウンの住民から感謝の言葉の一つもないけれど、でも、大きな一歩だと思う」
「だから何だろうな。今日のお前は強かった。進化した直後と今のお前では、まるで別人のようじゃないか……今回の戦いも結構余裕をもって勝てたようだし、この調子ならば首と足のバンドを外した状態でも勝てるようになるのはそう遠くないかな? そんなに育ってくれて、母さんは嬉しいよ……」
 仰向けに倒れながらそう言っているうちに、シャムロックは口調をいつもの調子に戻し、深くため息をついてから起き上がる。
「早速、また特訓ね」
 そう言って、シャムロックは微笑んだ。
「いやいやいや、お母さんは気が早いから……でも、いつかは次の段階もクリアできるように頑張るよ」
 カノンが苦笑しながら言うと、シャムロックはそうかもね、と笑った。
「よし、とりあえずはこれで、ユージンとお前が結婚するための条件は果たしたわけね? みんなを集めて、結婚式の準備をしないといけないわけだ……これから忙しくなりそうね」
「そっかぁ。ポップコーンも作らなきゃ。食べても美味しいし」
「結婚式なら、私がとびっきりの絵を一枚描いてあげなきゃ!」
 シャムロックが今後の話を始めると、カノンも、イレーヌも気分が盛り上がって嬉しそうに声をあげる、
「そうだ、カノン。お前の両親も結婚式に招待してみるか? 今まで手紙のやり取りだけじゃ寂しかったろう?」
「本当? いいの?」
「もちろんだ。金の事は気にするな、アウリーに送り迎えを頼んでおく」
 シャムロックの言葉に、カノンは胸に厚い物がこみ上げる。
「お母さんやお父さん……それに、兄弟とも……会えるんだ、久しぶりに」
 人生の半分をニコニコハウスで過ごし、もう母親の顔もおぼろげであった。そんな家族に会えるチャンスと聞いて心が躍る反面で、何を話せばいいのかわからず、胸の高鳴りは中々押さえられそうになかった。

結婚式と、その後に 


 二日後の夜、結婚式の話し合いのためにニコニコハウスの一室に、カノン達や卒業生を集めての話し合いの最中。もう幼い子供は寝静まって、ある程度大人のメンバーだけが起きている時間帯。話し合いもだいぶ進んで、今日はお開きというところで、シャムロックが不意に口を開く。
「ところで、皆……ちょっとミルさんから小耳に挟んだのだけれど……あなたたちが戦ったゲッコウガっていうのは、私より強いらしいわね?」
 シャムロックが問うと、ユージンが口を開く。
「あぁ、まぁ……そうだと思う。メガシンカした時の母さんよりかは弱いと思うけれど、あのゲッコウガは、かなりの強さだった。それこそ、首と手足のバンドをすべて外した時の母さんよりも……」
「ふうむ、貴方が言う私というのは、この状態の事かしら?」
 言うなり、シャムロックは自らの力を制御するバンドをすべて外す。
「そ、そうだけれど……ここで暴れるのはよせよ、母さん?」
「分かっているし、暴れるつもりはないが……お前達は一つ勘違いしている」
 いつもと口調が違う。その場にいる全員が、嫌な予感しかしなかった。
「私は、じっと動かずに力を溜めることで、最高のポテンシャルで戦闘をすることが可能になる*2。そこでだ、私は明日一日休んでじっとしている。本当は数日休むのが一番調子が良くなるのだが、そういうわけにもいかないしな……ユージン、ぐっすりリングルを返してもらうぞ。明日は一日中それを使う」
「母さん……街を滅ぼす気ですか?」
「さあな。滅ぼしたくなければお前達が止めろ」
 低い、素の状態の彼女の声でシャムロックは言う。それとも、この状態の時は彼と呼ぶべきだろうか、それはニコニコハウスの子供達が父さんと呼ぶべきかどうかで迷っていることからも、いまだ答えは出ていない。

 そして、二日後に十分に休憩を取り、すべての戒めを解いた状態のシャムロックが戦った結果なのだが、カノン、イレーヌ、パチキ、テラー、ユージン、ナオ、シュリン、ミックと、ニコニコハウスの中でも手練れである面々が揃ってシャムロックを囲い、ようやく勝てるというレベルでの戦いとなった。久しぶりに本気を出せたシャムロックは、負けておきながらも満足そうに笑みを浮かべ、久しぶりに本気で運動を出来たことで高笑いするほど上機嫌であった。
「母さん、鬼か……」
 と、ミック。
「もう二度と戦いたくない……」
 と、ナオ。他の面々も大体同じような意見で、半死半生のニコニコハウスの仲間たちは、改めてシャムロックが化け物であると認識しなおすのであった。


 そんな事がありつつも、時間は過ぎてゆく。カノンの家族を呼ぶ日が決まり、皆その日に予定を合わせて休みを取る。結婚式の日に合わせて、ポップコーン用の固い品種のモコシの実を大量に購入し、血糊代わりの真っ赤なマトマの実も用意した。
 当日は、料理は当然食べ切れないくらいに大量に用意しており、盛大に祝う準備は万端だ。ニコニコハウスの庭には、所狭しと料理が並べられ、入りきらない分は室内にも置かれている。
「すごく立派になったね、カノン」
 控室では、カノンとその母親、エブリスが久しぶりの対話をしていた。このニコニコハウスに来た時は、母親におぶってもらいながらこのランランタウンにたどり着いたが、今はもう進化してしまった事もあり、すっかりカノンが見下ろす立場だ。
そのため、カノンは床に座り、母親は立ち上がっての会話である。それでもカノンが見下ろす立場なのはご愛嬌だ。
「うん、立派にしてもらえた。このニコニコハウスで、たくさんの人から大事にされて、ゆがんだり曲がったりしないように、導いてもらってきたから。なんか、こういう事を言うと親不孝に思われちゃうかもしれないけれど、きっとお母さんの下で育つよりも、ずっと幸せに生きてきた気がする。進化できたからってわけじゃないけれど、進化石を使って進化できたのは経済的に豊かだからなのは間違いないし、勉強も教えてもらえたし、強くもなれた。
 兄弟みたいに平凡な暮らしでもないし……ニコニコハウスにいられて、本当によかった。それでもって、色違いに生まれることが出来て、本当に幸せだったよ」
「カノン。私、普通の色に産んであげられなくって、ごめんなさいって何度も思ってたけれど……あなたが書いてくれた手紙、最初は不安そうで、寂しそうで、私も悲しくなっていたけれど、いつしか貴方はニコニコハウスの兄弟の事を自慢したり、嬉しかったことや楽しかったことばかりを、書くようになって。少し寂しいけれど、もう大丈夫なんだって安心できたこと、今でも覚えている。
 貴方の事、諦めずにダークライに相談して、こうして立派に成長して、何もかもが最高に嬉しい。それに、許嫁とかそういうのじゃなくって、恋を経て夫婦になるなんて、どこまでも羨ましいくらい」
「努力したからね。毎日ダンジョンに潜って、皆のお母さんとも戦って」
 母親に褒められて、カノンは照れながらはにかんだ。
「母さん。私はこれまで幸せだったけれど、これからはもっと幸せになるから。だから、今はもう安心して弟たちの事に集中して欲しいな。これからも手紙は送るし、元気で暮らすって約束する。だから、私以外の人も幸せにするために頑張って、お母さん」
「もちろん、そのつもり。みんな幸せにするのが母親の務めだからね」
 母親はそう言ってカノンを抱きしめようとする。しかし、彼女の腕では長さが足りず、逆に抱き返したカノンの腕の中にすっぽり収まってしまい、お互い何だか妙な恥ずかしさを覚え合った。
「お父さんや兄弟とも話さなきゃね」
 カノンが言うと、エブリスは行ってらっしゃいとカノンを促した。

 その後、懐かしい面々と話して、カノンは大いに満足をした。マラカッチの兄や、スボミーだった弟と、そしてマラカッチの父親。それぞれと積もる話をした。何度か涙ぐみそうになりながらも、潤む目を堪えるようにしてカノンはたくさんの話をする。父親と母親は涙ぐんでいたが、そういう風に大っぴらに泣くには、まだまだ若いカノンには恥ずかしかった。
 家族との団欒の時間も終わり、ついに結婚式の宴が始まる。進行、司会役はシャムロックが務め、まずは参加者に祝いのための特別なリンゴ、セカイイチを配らせる。それらを皆で分け合って食べたあと、カノンとユージンが並んで入場する。化粧の必要すらなく美しいカノンの隣には、体毛の手入れをされていつもよりも毛並みが艶やかなユージン。
 ロズレイドの方が圧倒的に身長が大きなこともあり、中々歩幅を合わせるのも辛そうで、カノンは出来るだけ小股で。ユージンは出来るだけ大股で歩みを進める。そうして無難なあいさつを終え、家族やニコニコハウスの兄弟、シャムロックへの感謝の言葉を述べて、いよいよ結婚式は佳境に入る。
「いままでは、この二人は別々の家族として生きてきました。しかし、これから先は、家族として、夫婦として、新しい人生を過ごすことになります。それは今までの自分と決別し、新たな自分に生まれ変わるに等しい事です。故に、新たな門出を行く二人には、一度死に至り、そして新たな自分へと生まれ変わる必要があります。それでは、二人に命を象徴する赤の水を吐きだしてもらいましょう」
 シャムロックはすました顔で言う。その赤の水というのは、血のように赤いマトマの実のジュースなのだがこれが『死ぬほど辛い』のだと経験者から教えられて、カノンもユージンもその味に恐怖しながら、コップになみなみと注がれた液体を覗く。立ち上る匂いだけで目が痛くなり、くしゃみも止まらなくなるその液体。辛さを緩和するために、バターを口に含み、口の中に脂の膜を作ることを進められてその通りにしたが、それでも辛いと経験者は言う。
「二人には、ひと時の死の後に、永き再生のあらんことを。さぁ、赤き水をお飲みください! コップに注がれた水がすべてなくなったら、皆さんは盛大に解けない雪をばらまき、二人に祝福を!!」
 シャムロックの力が篭ったこの合図で、二人は意を決して口の中にマトマの実を流し込んだ。一瞬口に入れただけでは、まだ辛味は回ってこない。
「よーし、皆! 雪を降らせるぞ!!」
「おー!!」
 イレーヌの言葉に、たくさんの参列者が声を上げて、ポップコーンを投げつける。ある者は手づかみで、ある者はサイコキネシスを使い、またある者は籠ごとポップコーンを投げつけて、マトマのジュースを口に含んだ二人の周りに溶けない雪を作る。やがて、辛味によって口の中にマグマがあふれている二人が、こらえきれずにジュースを吐き出すと、二人はその雪に向かってばたりと倒れ込む。
 服毒自殺をした際には溶けない雪を浴びながら『常夏の永久凍土』と呼ばれる不思議のダンジョンとなって、誰にも邪魔されることなく永遠の命を得た二人の男女のように。カノンとユージンは誰にも邪魔されることのない夫婦としての人生を歩むのである。
 が、その前に。
「うぐぅぅぅぅ……」
「うあぁぁぁ……」
 二人とも、悶絶するようなその辛さに、しばらく死んだように苦しめられるのが、この地方の結婚式の定番だ。苦しんでいる間も、ポップコーンで出来た雪が降り続け、新しい生活へと生まれ変わる二人への祝福は止まない。ただし、二人は口の中の火事でそれどころではない状況で、それでも容赦なく解けない雪が叩きつけるのであった。
 幸福と苦痛がないまぜになる最中、どちらのせいかも分からない涙が二人の目元を濡らす。泣いても恥ずかしくないのはいいのだが、利点の割に苦痛があまりに強すぎるのは言うまでもない。

 結婚式も、その後の食事会も終わり、カノンとユージンは二人の家となる場所へと帰り、皆から貰ったお祝いの品を眺めていた。リンゴを乾燥させた保存食やジャム、お酒など日持ちのするリンゴの食品や、大量のポップコーン。そして、ダンジョン内では使えない、お祝いのための不思議枝や不思議珠など、様々だ。
 その中には、ミルからの贈り物もある。一つは、千の眼リングルという、ダンジョン内の敵、罠、アイテム、それらすべてを見通すという、オーダーメイドの秘宝だという究極の装飾品。ミル曰く。これだけでも豪邸が建つほどの価値を持つと自信満々に書かれている。そしてもう一つのプレゼントは、呪われたダンジョンの情報が書き連ねられたリストであった。
「ねえ、ユージンこれ……」
「どれどれ」
 気になる中身は、呪われたダンジョンの名前、そのダンジョンにまつわる伝説、そしてダンジョンが周囲に及ぼす被害について書かれている。
「『砂晒しの村』。砂嵐の力が制御できず、村の外れで暮らしていたバンギラスと、肌の病気で醜い顔になり、街の外に生きるしかなかったサンドパンが、街のために盗賊と戦って、その傷が下で死んだ後に出来たダンジョン。傷は治療すればなんてことはないのに、医者が断固として治療を拒否ししたために、死んでしまったため、その悲しみがダンジョンを生み出したって。そのダンジョンは、周囲に砂嵐を振りまいて、数年で森を砂漠に変えてしまったって」
 言い終えて、カノンはページをめくる。
「『毒煙の沼』。卵を抱えていたゴルダックの女性が、種族が同じという理由で、強盗と勘違いされて攻撃を受け、卵を破壊されてしまい自身も背骨を折られて動けなくなってしまい、死を選んだ場所。毒ガスが湧き出て、周囲には人が住めなくなってしまったそうだね。
 なんか、そんな感じの恐ろし気なダンジョンがたーくさんリストアップされてるの。あの日、ダンジョンで見たようなアンチハートは、何回処理してもダンジョンが存在する限り次から次へと生まれるから、何年かに一回はそれらを処理できるポケモンに頼むしかないんだけれど、今はとにかくアンチハートが生まれるダンジョンが多すぎて人手が足りないしし、処理できるポケモンがその仕事から解放されるにはダンジョン自体が消滅するのを待つしかないんだって。
 でもダンジョンが消滅するのは何百年もかかるから、途方もなく手間のかかる作業になるし、伝説のポケモンでもあのレベルのダンジョンはきついみたい。だから、私がアンチハートを消滅させたり処理するんじゃなく、悲しみを癒すことで浄化することが出来たから……『そうして周囲に害を振りまく呪われた不思議のダンジョンのを浄化できれば、きっと皆が君の事を。ひいては色違いのポケモンの事を見直すかもしれない』ってさ。
 気に入らないならリストは捨てても構わないが。その時は『眼』に話しかけて連絡してくれって……」
「『眼』、ってなんだ?」
「一緒に送られてきたこの、ミルさんの体の一部の事だと思う……この眼と本体は繋がっているから、眼に話しかければ本体と会話できるんだって。用があるなら話しかければすぐに飛んでくるっていうから、貰っておこうよ」
 そう言って、カノンは緑色した半透明の物体を指さす。確かに、血塗られた川に赴く際に見せてくれた分体と同じもののようだ。
「まぁ、ジガルデなんて伝説のポケモンが力を貸してくれるなんて夢のようだし……『眼』は貰っておくとしてだ。それはそれとして、アンチハートを消滅させる仕事、カノンは受けてみようと思うか?」
 ミルから送られたリストに目を通しながら、ユージンが尋ねる。
「うーん……色違いのポケモンっていう、同じ境遇だったからゲッコウガの件は何とかなったけれど、他のケースは私で何とかなるのかどうか……ちょっと不安だな。興味はあるけれど、失敗したら大変なことになりそうだし」
「なんとかなるんじゃないのか? 八つ当たりを受け止めてやるだけの力と、人を赦すことが出来る愛があれば」
 心配して顔が曇るカノンに、ユージンは言う。
「でも、私が赦してもダンジョンに潜むあのあれ……アンチハートの主が皆を赦さなきゃいけないわけだし。それは……私がどうにかできるのかどうか」
「出来ないなら出来ないで、放っておけばいい。出来る奴だけでもやって行けばいい話だ。全部をやることが出来なくったって、評価はされる。それに、このダンジョンの主が何かを恨んだり憎んだりしているとして……その憎む対象も恨む対象も、もうとっくに死んでるような奴だって多いだろう? なら、もう誰かを恨む必要はないって、悲しむ必要はないって教えてやればいいんじゃないかな。真摯に訴えれば、きっと聞いてくれるさ。
 お前が無理なら俺も頑張る。きっと、イレーヌやパチキやテラー、ナオやシュリンだって、協力してくれるはずだ。やってみればいいんじゃないか? 俺達で、色違いのポケモンを見る目を変えるんだ。そのための、足がかりなんだよ、このリストは」
 ユージンが興奮気味に言う。カノンは彼の言葉を自分の中で反芻し、その心地よい言葉の響きを気に入って頷いた。
「分かった、やろう! 眼だとか千の眼リングルだとか、こんなものを貰ったんじゃ断るのも悪いし、何よりユージンの言葉でやる気が出てきた。私が小さい頃に憧れた人助けにもなる。それに何より、みんなと一緒に頑張れる! みんなと一緒に居られる!」
「みんなと一緒、か。なんか年下ばっかりなのがちょっと気が退けちゃうけれど……そういうのも悪くない。せっかく夫婦になったことだ、どこまでだって付き合うぜ。一緒に幸せになろう、そんでもって皆を幸せにしよう!」
 希望に満ちた二人の弾む声が、二人の家に流れて行く。
「うん、ありがとうユージン! 大好きだよ」
 ありきたりな言葉と共にカノンはユージンを抱きしめ、その幸福がいつまでも続くことを願った。

おまけ(本編その1) 


 結婚式を終えた夜、みんなからの贈り物を見終えた二人は、普段ならとっくに眠っているような時間にベッドに入る。そのまま何かあるんじゃないかと期待していたユージンだが、そんな期待は虚しく色々疲れていたために彼女はさっさと眠ってしまった。悶々とした思いはユージンの中に残ったが、しかし無理強いは出来ないし自身も非常に疲れている為泣く泣くユージンは眠るしかなかった。
 その後も彼は、カノンがその気になるように、口付けを交わしたり、抱きしめてあげたりとスキンシップを取るのだが、カノンは察しが悪いのか、それとも知識がないのか、はたまたその気じゃないのかはわからないが、ユージンの遠回しな誘いには乗ろうとしなかった。
 ともに難関のダンジョンに入り込み、苦境を乗り越えたりもした時は確かに心が通じ合えている気がしたが、その割に夜は心が通じ合えない。そんなこんなで二週間が過ぎたころ。
「あー……あのね、ユージン。取っても言いにくい事なんだけれどね」
 カノンはランランタウンのパトロールの最中にユージンを抱き上げると、小声で気まずそうに耳打ちをする。
「私ね、まだ子供を作る気はないからね……?」
 それは無慈悲な宣告であった。カノンはユージンの誘いを純粋無垢な知らないそぶりでかわしてきたが、あまりにとぼけ続けても限界だと悟ったのだろう。正直に言うしかないと決心したのだ。
「そ、そうか……」
 ニコニコハウスでどうすれば子供が出来るかなど、とっくに習っている。そして、大人になれば特に男性はそういう気分になりやすいものだというのは、パチキやテラーから何となく聞いている。正直な男性の気持ちを聞くと、赤面してその場から立ち去りたい気分になったのは今でも、消したい思い出だ。昔は男性器の名前を平気で口にしていたりもしたが、今ではもう顔を赤らめずにはいられない。
 当然、ユージンが求めていることは察しているし、実を言うと自分も興味があるし、何より愛するユージンのためにその欲求にこたえてあげたいという思いもある。だが、万が一ということもある。
「あー。いや、ね。確実に子供が出来ない方法でもあるのならって思うけれど、母さんが言うには本格的なアレ……あの、あれだよ……やっぱり外で話すのやめよう」
 周囲に誰がいるだけでもないけれど、口に出すのが恥ずかしくなって、カノンは口をつぐむ。
「そうしよう、外で話すことじゃないし……」
 言いながら、ユージンは自分の気分が落ち込んでいくことを感じていた。しかし、嫁の前で自分だけ不幸な顔をするわけにもいかず、ユージンはその後夜までなんてことない振りをして過ごすのである。

 そうして、夜。二人は顔を見あわせながら、全く違う食材を使った料理を囲み、デザートのリンゴを一緒に食べる食事を終えて、お互い気まずそうに見つめ合っていた。昼間の事があるため、お互い無言で、どうやってこの沈黙を打開するのか、二人は俯きながら相手が喋るのを待っていた。けれどそれも限界になり、先にカノンが口を開く。
「あのね……昼間に話していたことなんだけれどさ。お母さん曰く、その……中に射精しないでいてもね、少しだけ漏れ出した分だけでも、子供が出来るかも知れないって……いうから……だから、あまり外だしというのは信用しないほうがいいって、こっそりと教えてくれて……一年くらい前に。それで、その……私が子供を作りたくない理由、なんとなくわかるよね?」
「まだ子育てに囚われずに、ダンジョンを冒険していたいんだろ? 確かに子供が生まれたら、あんまり自由には動けなくなるからな、それは分かる」
「うん、そうなんだよ。なんというか、本当にごめんね、ユージン。私、私も興味はあるし、ユージンの想いに応えたいけれど……でも、どうしてもこのまま冒険できなくなったらどうしようって思って……だって、楽しいんだもん。みんなが休める日に、みんなで一緒にダンジョンへ行って、それで一つ一つ問題を解決するって、楽しくって。
 まだ血濡れの川と人食いの流砂だけしか解決していないけれど、ミルさんや母さんに褒められるのも嬉しいし、でもそれが子供が生まれたら出来なくなっちゃうのかなって思うと、何だか一歩踏み出せなくって。子供が生まれたらそれはそれで幸せなのはわかるけれど、やっぱり私は……まだ母親ではいたくないの」
「なんとなくそんな気はしてたから……まぁ、そこまで驚きはしないけれど」
 言いながらユージンはため息をつく。
「少し、ショックだな。夫婦だからそういう事をしなくっちゃいけないわけじゃないけれど、やっぱりそういうのに憧れていた身としては……」
「ごめん……私のワガママだよね」
「いや、いいんだ。お前が正直に言ってくれたから、俺はお前の意思を尊重するよ。俺はもう二二でいい年かもしれないけれど、お前はまだ一三なんだから無理しないで、もっと子供でいられる時間を満喫するといいよ」
「うぅ……」
 自分はまだ母親になりたくないというのは紛れもない本心。だが、かといってユージンを放っておいて、形だけの夫婦だなんてのも嫌である。こんなことでは、せっかく首のバンドを外したシャムロックに勝利したとて、こんな調子ではまるで意味がない。せめて、自分のワガママを押し通しつつも相手を楽しませることが出来れば。
「ねぇ、ユージンは何か私にして欲しい事ってあるの?」
「いや、あるけれど……それはついさっきお前が嫌だって言ったから……諦めるよ」
「それじゃダメ! 私は我慢してばっかりは嫌。代わりに何でもする」
「えっと……それじゃあ」
 どうすればいいのだろうと、ユージンは考える。正直な話、本番交尾をしたいところだが、それは万が一にも子供が出来て欲しくないからカノンは嫌だという。ならば、子供が出来ない方法なのだが。
「そうだ、それじゃあ……まずはえっと、あれだ。じっくりと……キスをしよう」
「じっくりと? えっと、それじゃあ……うん、しよう」
 ユージンの他の実なら何でも聞くといった手前、何をさせられるか少しだけ怖かったカノンだが、変なものを頼まれるでもなく、むしろそれくらいなら自分もしたかった位なことをお願いされては、少々拍子抜けというもの。そう言えば、結婚してからというもの軽い口付けをしたくらいで、それ以上の事をしなかったし、いい機会だとカノンは頷いた。
「それじゃ、始めるぞ!」
 と、言っておいてなんだが、ユージンも改めてこんなことをしようと思うと体が震えた。こんなよくわからない雰囲気で始めてしまってもよいのだろうか、もっとロマンチックにするべきではないか、考え始めるときりがない。だけれど、カノンに立ってはユージン以上に何をしたいかわからないようで、もじもじとしながら目を泳がせている。
「カノン、俺を見ろ」
 まともにユージンを見ることが出来ないカノンに、ユージンは言う。このままお互い遠慮し合っていては、何も先に進まない。ここは男である自分が主導権を握るべきだろう。ユージンに言われた通りに、カノンは彼を見る。まっすぐ見るカノンめがけて、ユージンは胡坐をかいた彼女の体に乗り、精一杯背伸びをして彼女の顔に口を届かせた。
 お互いの口が触れるとともに心臓が高鳴った。いつもは、こうして軽く口付けをすれば終わりという、味気のないキスだけれど、それで終わりになんてしない。ユージンは小さな口を精いっぱい開けて、カノンの口の中に舌を入れる。残念ながら彼の舌はそんなに長くないためか、カノンにはあまり感じるものはなかったが、こういう事をすればいいのだと分かったカノンは、お返しとばかりに彼の口の中に舌を差し込んでいく。
 彼は、ほお袋の特性こそ持っていないが、食料を口の中にため込もうと思えば、頭の大きさが二倍になるくらいには容量がある。図体がユージンよりも比較的大きなカノンの舌であっても、彼の口は容易に受け入れ、そして中をまさぐられる。自分のものとは全く違う味、匂い、体温。互いにそれを堪能して、鼻で呼吸をしながら終わりを決めずに二人は熱中する。
 不意にカノンがユージンの小さな体を抱き、二人の体は先程まで以上に密着する。そうすることで、お互いの興奮はより高まって行くのだが、それが意味するところは、男性ならば言わずもがな。
 カノンも気分が高まって、キス以上の事をしたいと思いつつも、それは出来ないといった手前、出来ないジレンマ。その雑念を振り払うように、カノンはユージンを抱きしめる腕の力を強めていく。だがそんなに密着すると、ユージンの股間も密着してしまうわけで。ユージンはまずその事に気付いて、体を離そうと躍起になるも、するとカノンはより強く力を込めてしまう。
 こうなったら覚悟を決めて、なすがままになるユージンと、胸のあたりに当たる違和感に気付いてしまうカノン。キスに夢中になり、陶酔しながらも、少し湿ったユージンのイチモツの感触で正気に戻ってしまったカノンは、ついつい腕の力を抜いてしまう。
「えっと、ユージン、その……それ」
 カノンはユージンの股間にいきり立つイチモツ。体を離して改めて覗いて、カノンは思わず頬を赤らめた。
「あ……すまん。その……流石にこれはどうにも出来なくって」
「やっぱり、やることやりたいんだよね?」
 言い訳の余地もなく、ただやまるユージンに、それ以上に申し訳なさそうな表情でカノンは言う。
「まぁ、そうだけれど……」
 カノンに見つめられて嘘が付けるはずもなく、ユージンは顔を俯かせて言う。
「……ちょっと、明日まで待って! お母さんに相談してくる」
「いや、そんなに深刻に考えないでいいって」
「深刻には考えていないけれど、真剣に考えるべき問題だよ。夫婦は遠慮し合ってたら絶対にうまくいかないって、ミック先輩は言っていたもん! 妥協と譲歩はしあっても、遠慮はするなって……それが夫婦円満の秘訣だって」
「そうか……なら、頼むよ。俺も、遠慮ばっかりじゃ……やっぱり、夫婦である必要がなくなっちまうもんな。うん、分かった。俺も相談する。必要があったら一緒に母さんと相談しよう」
「そうする。ユージンに我慢ばっかりさせてらんないし」
 カノンはそう言って、力強く頷いた。こうなった時のカノンの行動力は侮れない。夜までには解決策の一つでも見つけて来るだろう。


 翌日の朝、ニコニコハウスのシャムロック私室にて。
「ほい」
 シャムロックは空間に穴をあけて、謎のリングルを取り出した。
「ほいって、何これ……」
 相談内容に対し、あまりに雑に手渡されたそれに、カノンは思わずツッコミを入れる。
「これは……孕まずリングルと言ってね。男に持たせればその男の種では孕まなくなり、女に持たせればその女は孕まなくなるというものよ。ただし女性は行為の時だけ付けていても意味がないし、数日はつけっぱなしにしておかなければいけないから、男に付けておくのが望ましいかな……オリジナルは二百年くらい前に乱交を楽しもうっていう……社会の風紀を乱す集団として取り締まられた連中が持っていたリングルで、大半が闇に葬られたものでね。
 それだけに現存している物がものすごく貴重で、売れば豪邸を建ててもおつりがくるようなものなのよ。それはそのレプリカなの。良く出来ているでしょ? ダンジョンでは使えないからくぼみは無しだけれど問題はないわね」
「こんなのあるんだ……」
「ほら、貴方達ダンジョンエクスプローラーばっかりがリングルの上客だから……だから一般市民が使いたがるような、需要が少ないリングルはオーダーメイドなのよ。なんせ、一般市民はあんまり金が豊かじゃないから……ダンジョンに鵜毎日潜っているような人は金があるから、職人ならば普通はお金持ちを優先するでしょう?
 この差は大きいわけ。だから、市場には出回るような代物ではないし、ダンエクの奴らはダンジョンで使えないなら見向きもしないから……知られていないだけだと思うの。一応、変なリングルを作るのが大好きな、変わり者の諸君さんもいないことはないけれどね、生活が懸かってるわけだし。
 他にも、太りすぎた成金に人気な、ダイエットに役立つ腹ペコリングル。風邪などの軽い病気を治すときに役立つ免疫リングル、逆に子供が欲しいときに使う孕ませリングル。女性の月に一度の憂鬱な時間を無くす月無しリングル。酒に悪酔いしなくなるうわばみリングル……いろいろ持ってるけれど、使うかしら? 特に月無しリングルは妊娠しない効果も……ってこれはダメだ、常につけてなきゃならない奴だから無理ね」
「あ、いや、大丈夫……それじゃ、孕まずリングルだけ、貰っておくけれど……これってどこで買えるの? 貰ってばかりでは悪いし、どこかで買えたら返そうかと」
「テラーが作ってくれたの」
「あ、はい」
 まだニコニコハウスを卒業できる年にもなっていない子供だと言うのに、一体テラーは何を作っているのだと、そして母さんは何を作らせているのかと突っ込みたくもなったが、何だか話が長くなりそうなのでカノンはそれを口の中にとどめた。
「それがあれば一応、大丈夫だとは思うけれど……まだ試したことはないから慎重にね」
「ちょっと、不安なこと言わないでよ母さん」
「一応、私が使っていた頃は誰も妊娠しなかったから大丈夫じゃないかな……私は使わなかったのに妊娠しなかったけれど」
「あー、うん。それはまぁ、きっと母さんの種族が……あれだからなんでしょう」
 残念そうに口にするシャムロックに、カノンは適切な言葉を選ぶことが出来ずにあいまいな物言いをする。
「雄としての立場でも、雌としての立場でもやったことがあるだけに、少しだけショックよ。まったく、子宝に恵まれないというのは悲しい事ね」
 半ばやけになった口調でシャムロックが言う。
「しかし、なんで母さんは子供が出来ないんだろうね? ヌケニンやフィオネみたいな特殊なポケモンならば子供が生まれないのも納得だけれど……」
「私は十分特殊だから。私は、あらゆるポケモンの破壊衝動だけを抜き出して作られた生き物だから、生殖という要素を欠いて生まれたのかもしれないわね」
「……よくわからないけれど、それって子供を作らず、破壊するためだけに生まれた作られたの生物ってこと? 確か、ポリゴンやゲノセクトが作られた生物だって聞いたけれど……でもそっちは生殖能力があるよね?」
「私にもよくわからないわ。だけれど、昔は確かに破壊衝動というか、人を支配し、屈服させることが快感だったこともある。恥ずかしい過去だけれどね……あるいは、そんな私が生殖によって数を増やしてしまえば問題が出ると、創りし者が考えたのかもしれないわ……私を創ったニンゲンが滅びた今となっては、分からないけれどね」
 シャムロックはそう言ってため息をつく。
「でも、それならばどうして母さんは、母さんになれたのかな? どうして、男と女の両方の性質を持っていたのかなって、ちょっと思うな。なんというか、男の方がちょっと乱暴というか、喧嘩っ早いイメージがあるけれどな……ほら、パチキとかみたいな。私によく喧嘩を売ってくるアルトとポルトも男だし。こう言っちゃなんだけれど、そんなに破壊衝動を持たせたいなら、もっとバンギラスやサザンドラみたいな、狂暴なポケモンの男! って感じの性格で良かったと思うし、女の性質を持たせる必要もなかったと思う」
 カノンにそんな事を言われて、シャムロックは思わず笑ってしまう。
「ふふふ……うーん、カノンの言う通り、確かに男の方が戦いを好むというのはあるわね。ニドクインやラティアスのように、女性が明確に穏やかな種もいることだし。でも、私は女性的な部分も破壊衝動を持たせるには必要だと思うわ」
「それはどうして?」
 シャムロックの言葉を聞いて、カノンは疑問を感じて問う。
「太古の昔は、強さこそ男の全てだったから、女を得るためには戦って勝たなければいけない。それが男の闘争本能で、破壊衝動なの。だけれど、女でも肉食ならば子供のために食料を取らねばならないわね? それに関してはグラエナやニャオニクスなどには顕著に見られる特徴で、女性の方が好戦的な珍しい種だわ。つまり、雌には雌の闘争本能があり、破壊衝動があるの。
 それに……憎しみや怒りと言った、社会的に高度な感情を含めなければ……そう、本能的な感情で、最も強い攻撃衝動は何から生まれると思う?」
「え?」
 シャムロックに問われて、カノンは思わず考える。
「それはね、母性本能よ。我々は性欲のためや、縄張りを得るために命までは掛けない……ミツハニーのように女王のために死ぬことを運命づけられたポケモンでもなければ、死ぬくらいなら縄張りを奪われることを選ぶでしょう。飢えた時に食料のため、無謀な敵に挑むことはあっても、絶対に勝てない敵には挑まないでしょう。でもね、母性本能……それさえあれば、女性は絶対に倒せないような相手にも立ち向かえる。
 現に、伝説のポケモンを除いて、私に唯一、一対一で戦って勝てたポケモンは……戦闘訓練も積んでいない母親だったわ」
「え、それ本当? その頃、例のバンドはしてたの?」
「いやぁ、当時はそんな物付ける必要はなかったから、最初っから本気状態よ? あの頃はよく体を動かしていたから、貴方達が戦ったゲッコウガよりは弱いかもしれないけれど」
「母さん根に持ってるね……」
 じろりと睨むシャムロックの目を見て、カノンは苦笑する。
「勝ったと言っても、反則勝ちだけれど、それでもあの時の敗北は……衝撃的だったわ。とある街を、たった一人で占領していた私はね……ある日、料理を運んでいるカゲボウズが粗相をして、私の料理を床にぶちまけちゃって、だから私はカゲボウズを殺そうとしたの」
「それだけで殺しちゃうの?」
 カノンが尋ねると、シャムロックは暗い顔をしながらうんと頷いた。
「そしたら、母親のジュペッタが大声を上げて『やめろー!!!』って叫んだの。カゲボウズを殺す予定を変更してその母親を殺そうとしたら、そのジュペッタは自分の腕にナイフを刺して私に呪いをかけ、その上で腹や心臓にナイフを刺して痛み分け、さらに首をナイフで掻っ捌いて道連れをしたから……私は、テレポートで遠くに逃げるしかなくって、しばらく熱に魘されながら自己再生で傷を治す間、地獄のような苦しみを味わったわ。一人を相手にして、本気で逃げたのは、あれが唯一だったわ。
 相手は死んじゃって、その結果だけ見れば私の勝ちに見えるかも知れないけれど……あれは、生涯で唯一の、恐らく後にも先にも唯一の一対一での完全な敗北。私はそう思っている」
「恐ろしい母親がいたもんだね……でも、そうか。以前助けたニダンギルのアイロンさんも似たような感じで子供を守っていたし……母親っていうのは、時にそういう行動もするのか」
「そういう事よ。それだけの破壊衝動をのある母性を、私を作った者達は組み込まないわけにはいかなかったわけね。私がこうして落ち着いていられるのも、その母性を出来る限り高めた結果……だから母性を組み込んでもらえて本当に良かったと思ってる」
 言いながら、自分に言い聞かせるようにシャムロックは頷く。
「ジュペッタに負けてからは私も反省して、私も人に迷惑をかけないように生きたんだけれど……罪を償うために、色んな所を旅して人助けもした。その過程で、私にも母性があることが、なんとなくわかったの。弱い者を守りたいっていう気持ちが、きっとそれ……それがあるからこそ、私も許してもらえて、罪を償ことが出来たの。後々に色違いのポケモンを引き取ったのも、その母性本能がどれほどのものかを試したかったっていう側面があるわ。
 要するに、私が破壊衝動を抑えて貴方達のお母さんでいられるのは、最も強い破壊衝動である母性が貴方達に向けられているからよ。それが母性本能、素晴らしい感情だと思うわ。だから、私としてはカノンも母親になってみて、母性というものを堪能してみるのもいいと思うんだけれど……でも、貴方達がやることを応援したいとも思う。
 ダンジョンの中で燻っている苦しみの感情。アンチハートを浄化するお仕事は、きっと心身に負担がかかるものだと思う。だから、夫婦で支え合って、苦しい事は分け合って歩んでいくのよ。そのためには、眠る、食べる、交尾する。それらの生活の足並みがそろっていないことには、難しいことも多いと思う。もしも夫婦の間で問題が出たなら、その時は遠慮せずに相談しなさいね。みんなのお母さんは、いつでも貴方達の味方よ」
「うん、ありがとう……お母さん」
 優しい笑みを投げかけるシャムロックに、カノンは少し恥ずかしそうにお礼を言う。
「あぁ、そうだ」
 思い出したように語るシャムロックに、何だろうとカノンは首を傾げた。


 シャムロックが語ったことは、あまりに酷い内容である。
「『……男性は、年頃になると性欲が抑えきれずによく自慰をしていたりするけれど、女性というのはそういう経験があまりない者もいてだな』」
 カノンは朝にシャムロックから聞かせてもらった言葉を反芻する。
「『酒の味わい方を知らぬものが酒を飲んでも美味しく感じないように、多少の自慰の経験がなければ、交尾を楽しむのも難しいんだ……本当にユージンとやるのなら、その前に自慰の一つでもしてならしておけ』か……というか、あの時の口調が、お母さんじゃなくってお父さん口調だったから男と話しているみたいですごく恥ずかしかったなぁ……」
 自慰、と言うもののやり方は、シャムロックから教えてもらったが、具体的にどうやるのかを見せるのは流石に無理だとシャムロックは言う。理由は、興奮すると男女の器官がどちらとも反応するからだという。一応旦那がいるお前にそんな姿は見せられないのだと。仕方がないので、カノンは顔から火が出そうになる思いでその内容を聞き、実践してみろとシャムロックに言われたのである。
 いまさらやっても夜までに感度が良くなるようなことはないだろうが、それでも練習をしてみて悪い事はないだろうと。しかし、自慰というのは具体的にどうすればいいのか見当もつかず、やめとけばいいのに。思わずカノンはニコニコハウスで子供に勉強を教えているイレーヌに話しかけて、どうすればいいのかと相談を持ち掛けてしまう。

 ニコニコハウスを出て、少し離れた場所にある小さな岩のある空き地までイレーヌを誘い、カノンはそこで岩に座りながら、シャムロックと話したことの内容をかいつまんで伝える。
「カノンって、変なところで頭が悪いのね」
 イレーヌの第一声、呆れた言葉がぐさりと刺さる。彼女はカノンの良き相談相手なのだが、こんな事を言うのは初めてだ。
「な、なんでよぉ」
「いやぁ、ほら……ニコニコハウスなんて常にだれがいるかもわからないよう場所で、そういう事を出来ると思うかしらー? ってこと、カノンが出来ないんだkら、私も出来ないって考えるのが自然じゃない?」
「それも、そうね」
 イレーヌの正論に、カノンは何も言い返せなかった。
「と、言っておいてなんだけれど、実はそういう経験もあるのよ。ダンジョンの奥地、敵が出現しないフロア……あそこでなら、滅多に人が入ってくる場所ではないし、見つかる前に気配で察して誤魔化せば何とかなるから」
「そうなんだ……良かった」
「そうだ、カノン。貴方が男の子だったら私が結婚しようと思っていたけれど……こんな時なら私が夫の代わりをしても罰は当たらないね」
「え?」
 カノンはいつのころだったか、イレーヌに『性別なんて気にしないで』と言われた事を思い出す。そう、確かあの時はイレーヌの胸に抱きしめられながら、ユージンに嫉妬しているとイレーヌは告白していた。
「あのね、イレーヌ。私さ、イレーヌの事は大好きだけれど、そういう趣味は、その……女の子同士で何をどうするのかは知らないけれど、夫の代わりとかそういうのは……」
「ふうむ、まだカノンは常識の枠にとらわれているようだ。考えても見なさい、女性の体の事を一番知っているのは女性よ」
「説得力あるけれど、教えてほしいとは、ちょっと……」
「わかった、じゃあ直接指導は無しにする」
「そうしてもらうよ」
 危なかった、とカノンは安堵する。イレーヌは、いつからかよからぬ趣味に目覚め始め、男性に対してだけなく女性に対しても性的な興味を持っている。以前、嫉妬された時は冗談だと思っていたが、いつしかスキンシップは激しくなるし、そういえばこの前ゲッコウガと戦った時も傷口を舐めようとしてきた。
 どういうつもりなのかはわからないが、イレーヌが自分に深いスキンシップを求めているというのは確かなようで。イレーヌはそれが、カノンが望まないことであるならば潔く引こうという心構えはあるようだが、それでも希望は捨てない、捨てたくないような、そんな思いを感じる。
「あの、イレーヌは私にどうしてほしいの?」
 夫婦は遠慮し合ってはいけないというのはもちろんそうだが、友達も遠慮し合ってはいけないとカノンは思う。特にイレーヌは、友達であることはもちろんだが、それ以上に姉とも呼ぶべきほどに親しく、そして可愛がってくれた存在でもある。家族同然なのだから、ユージンにした質問と同じことをカノンは尋ねる。
「うーん……具体的には分からない。だけれど、私は貴方にとって特別な存在でありたい、かな。もう十分に特別な存在かも知れないけれど、なんというか、違う……もっと、違う特別な存在。恋人、なのかなぁ? 具体的には分からないけれど、私よりもユージンさんと一緒に付き合うようになってきたら、ユージンさんに嫉妬もしたし、彼の居場所に私が収まりたいと思ったことは一度や二度じゃない。
 貴方と私、どちらかの性別が違えば、恋人に出来たかもしれないと思うと悔しくってね。私達は同じ屋根の下で一緒に暮らしているんだもの、好きになってしまうのは当然よね」
「いや、私もイレーヌの事は好きだけれど、それはあくまで友達として、姉としてであって」
「んー……そうね。いや、そうか……なんとなくわかって来たわ。私が貴方を好きになる理由も、ユージンさんに嫉妬する理由も。だって、私の夢ってただ道場を建てるだけだもの。立派な夢って思うかもしれないし、そうかもしれないと私も思う。けれど、貴方の夢に比べると、見劣りするような気がしてならないの。あなたの夢は皆を笑顔にする……か。何だか、貴方の夢が立派に思えて仕方なくって。だから、そのお手伝いをしたい。
 もちろん、今の関係のままでも出来るけれど、きっとそれを一番近くで手助けできるのは、ユージンさん。危ないときに守って揚げられるのもユージンさん。傷ついたときに一番癒してあげられるのもユージンさん。癒しの波導は得意だけれど、心の傷は技じゃ癒せないからね」
「そんなことないよ、イレーヌには今まで何回も助けてもらったし、癒されてもいるし……」
「でもそれはいままでのお話、ね。今までは私が一番だったけれど、これからはきっとユージンさんが一番ね」
 イレーヌに言葉をさえぎられて、カノンは口を閉ざす。
「私はね、貴方を奪われたことが悔しいだけなんだ。悔しく思う事は、恥だとは思わない……当たり前の感情だと思う。だけれど、その感情を暴走させてしまう事は恥だと思う。だから、私はカノンが嫌というのならば絶対に、絶対に貴方の嫌がることはしない。母さんからあなたを守れと言われた以上、色違いだとかそんな事が関係ない事がらでも、貴方を守ることは変わらない。だからカノン、気に病む必要はないの。私もいつか、貴方よりもお熱になるような男が見つけるから」
「……そう。でも、それでいいの? 友達って、遠慮しないものじゃないの?」
「えぇい、くどい! そんなに言うなら、貴方の恥ずかしい姿をスケッチさせなさい」
「わ、わか……やっぱりお断りします」
 いきなり大きな声をあげるイレーヌに、カノンは勢いに押されてついつい了承してしまいそうになったが、何とか踏みとどまって断ることが出来た。
「よし、それでいい!」
「いいの?」
 突如大きな声でカノンを褒めるイレーヌに、カノンは本当にそうなのかと尋ね返す。イレーヌはこくりと頷いてカノンの言葉を肯定した。
「遠慮しないという事は、相手に要求を受け入れさせるという事じゃない。要求に対して自分が譲れないものがあるなら相手にそれを尊重させることもまた大事。カノンには譲れないものがある、ならば私は無理強いしない。これは夫婦の関係でもきっと一緒よ、遠慮はしなくてもいいけれど、譲れないものはきちんと守りなさい」
「でも、妥協っていうのはないの? 一〇の要求には応えられなくても、五の要求には応えられるかも知れないよ?」
「そっか。じゃあ言うね……私の一〇の欲求は、私の手であなたを幸せにすること。五の欲求は、貴方を幸せにすることよ」
「それって、つまりさ……最悪の可能性としては、イレーヌは私に何もしないでもいいってことじゃない? もちろん、イレーヌの力を借りるようなことはあるかもだけれど、イレーヌがいなくっても欲求は満たされるんじゃ……」
「私は傍観者でいいのよ。それが一番。あなたとの結婚は、チャンスが来るまであきらめる」
「あはは……チャンスが来る時ってそれ、ユージンが死ぬか浮気でもするか、どちらにしても絶対私が不幸になってるよね? それは勘弁だなぁ……」
「うん、だから一〇の欲求は諦めるの。でも、何か物足りないと思ったら相談に乗るし……直接指導して欲しいなら、是非ともやらせていただくわ」
「じゃ、じゃあ……やり方だけ教えて欲しいな……イレーヌがいつもどうやっているのか」
「ふむぅ……そうねぇ。じゃあ私が胡坐をかくから、貴方はその上に座って聞いてくれるかしら? 私の胸を背もたれにしてね」
「なんでまたそんな体勢を!?」
 イレーヌは自分の本心を明かしてもカノンがそれを受け入れてくれたおかげか、彼女は欲望までも隠さなくなってしまった。イレーヌはカノンの耳元で、自分がどのようにいたしているかを囁くように語るのだ。耳から燃え上がってしまいそうなほど恥ずかしい気分を味わったカノンだが、しかし彼女の脚の上に座っているおかげで顔を見られないのは幸いだったのかもしれない。
 もしかしたら、イレーヌは顔を見ないであげるためにあんな体勢を取ったのかもしれない……と、一瞬思ったカノンだが、すぐにそれはありえないだろうと乾いた笑いを漏らすほかなかった。


 とりあえず、カノンはイレーヌと別れて家へと帰宅して、先ほど教えてもらった事を思い出す。
「……出来るのかな」
 カノンはとりあえず言われたとおりにやってみることにする。まずは壁に背をつけ、股を開く。そして、自身の指を使い、体のいたるところを官能的に撫でるのだという。舐めるような、くすぐるような、もみほぐすような。いろんな力加減を試してみろと言われた。特に股間周辺は性感帯だから、まずはシンプルにそこを攻めてみろとイレーヌは言った。
「どうしよう、あんまり気持ちよくない」
 花弁で触ってみても、何だかよくわからない。棘付きの蔓の先端は丸くなっていて物を掴むにも適している為、それで強めに股周辺をなぞってみる。最初はよくわからない。本当によくわからないのだけれど、続けて行くうちにカノンは自然と手が動いていることに気付く。嫌じゃない、面倒じゃない。そんな、なんとも言えない妙な感じ。
 それを続けて行くと、カノンは明確に違和感を感じ始めるではないか。その違和感は、苦痛ではなく何か心地よいふわふわとした感覚で。くすぐったさとはまた違うけれど、開いていた股を閉じて、花弁を挟みこんでしまうような不思議な感触。
「これでいいのかな……」
 なんだかよくわからないが、この心地よいのに、なぜかうずく感触。それは例えば、空腹の時にちびちびと物を食んでいる時のようなもどかしさに似ている。芽生えた心地よさは弱い感触なのに、指を離してしまうとなんだかものすごく物足りない。弱い感触が、もっと強い感触にしろと訴えかけているような、そんな気分だ。
 こうすることで、イレーヌの言葉の意味も何となく理解できたような気がした。この状態に至るまでにも時間がかかるのだ。もしも男性を相手にしていたら、こうして気持ちよさを感じるまでに、すでに行為が終わっているかもしれない。ユージンがどんな行為を望むのかは分からなかったが、自分のペースで出来なければそういうこともあるのだろうとおもう。

 イレーヌはこうも言った。気持ちよいのを自覚したら、『私はもっと気持ちよくなるのだ』、『気持ちよくなれるんだ』と自己暗示をかける事。『愛する者に抱かれ、そいつも楽しんでいる状況を想像すること』、と。愛するものとはすなわちユージンであることは言うまでもない。彼に抱かれているところ。そう、あの大きな尻尾に包まれたりだとか、あの時の濃厚なキスだとか。そしてあの時押し付けられた彼のイチモツ。それが自分の胎内に滑り込むことを想像する。
 そして、想像した上で、カノンはいつの間にかとめどなく溢れる情欲を象徴するかの如く蜜を流す膣へと、自身の蔓を滑り込ませる。棘があるためあまり深くは突っ込めないのは残念だが、細い分だけすんなりと入り込んでいく。だが、自分の体の中に異物が入り込む感覚は耐え難いくらいに怖い。そして、少しだけれど痛い。
 鼻の穴や耳の穴は、表層付近ならば痛みもないが、奥の方に異物が入れば痛みを感じるように。奥の方まで蔓を突っ込むと、軽く触れただけでもちょっとした痛みと、強い不快感を感じてしまう。こんな調子で気持ちよくなるのだろうかと不安を抱くカノンだけれど、やってみない事にはわからないし、それにそんな痛みを感じていてなお、心地よさも綯い交ぜになって指使いが止まらない自分がいる。
 今はまだ、心地よさの方が弱いけれど、きっと続ければ、コツを掴めば気持ちよくなれるはず。イレーヌ曰く、男は自分の相手が気持ちよくなっている方が幸せだから、とのことだ。要するに、お互いが楽しめてこそ交尾は最高のコミュニケーションになるのだという事らしい。
 ならば、このまま突き進み、楽しむという事の完成形を知っておくべきだ。
「もっと、気持ちよく……」
 少し痛いけれど、それでもこの先にもっと強い快感があるならば、そこに到達してみたい。痛みのせいでたらだが時折びくびくと震える。傷口に染みる薬ををつけられたような、その時よりも穏やかだけれど、痛みから来るびくつきが生じる。それによって、花弁から取り出した蔓が締め付けられるのが分かる。でも、そのびくつきはきっと痛みのせいだけじゃない。
 きっと、男を気持ちよくさせるための、満足させるためのものなのだろう。股を突き上げようとする見えない力も感じている。男は交尾の際に腰を動かすとは聞いていたが、女性もそうなのだろうか、自然と体が動いてしまう。指を動かすのも体を動かすのも疲れるけれど、しかしなかなか手は止まらない。
 こんな気持ちは初めて。いや、気持ちというよりは状態というべきか。もしもこれが、ユージンによって与えられるものだったのならば、夢の様だ。その状況を夢想して股座にユージンの姿を思い浮かべる。あの可愛らしい顔を上気させた彼が、一心不乱に腰を振る。彼も楽しみ、私も楽しんでいる。
 それを想像すると、楽しくて、もっと気持ちよくなりたくて、カノンはまだまだ手を止めず。だんだん痛みまで麻痺して、体の中には快感だけが残ったのだが、それ以上の快感に上り詰めるところまで行けなくなると、今度は徐々に疲労が自己主張をしてきてしまう。そうすると、何だか虚しさまでもこみあげてきてしまい、気分が盛り下がったカノンはため息をつくなり手を止めてしまう。
「はぁ……私何やっているんだろう。ユージンさんとしたい」
 こんなことをやってしまったせいで、今まで抑え込んでいたユージンへの肉欲が高まってしまった。
「今日は誘おう。お母さんがあんなものをくれたんだから有効活用しなきゃ」
 自らが出したむせ返るような甘い香りの中、カノンはそう誓う。

おまけ(本編その2) 


 ユージンはと言えば、仕事が終わった後、夕方にシャムロックの元に訪れていた。
「母さん……俺は、少し急ぎ過ぎなのかなぁ? 夫婦になったらそういう事をするもんだと思っていたから、露骨すぎるくらいにアタック掛けちゃったけれど」
 彼はカノンが子供を欲しがっていないことを理解せずに、遠回しに誘ってカノンを困らせた事。いくらシャムロックが相手と言えど、それを語るのは少し恥ずかしくもあったが、適切なアドバイスをもらうにはやはり包み隠さないほうが良いだろう。
「そんなのただの会話不足じゃない。恥ずかしいから会話が難しい話題なのは分かるけれど。でも、昨日は会話で来たんでしょう? きちんと会話が出来たのならばそれでいいんじゃないかしら?」
「そうか……そう言ってもらえると、いくらか心も救われるけれど」
「カノンも朝に相談してきたけれど、彼女は怒っていなかったし、むしろ少し貴方に引け目を感じていたくらいよ。大丈夫、対策法についてはきちんとカノンに教えておいたから、今夜また話してみるといいわ」
「そっか……カノンはもう大丈夫か」
 シャムロックが対策法を教えたと聞いて、ユージンは安心して微笑む。相手の問題が解決してそれに安堵するだなんて、良い関係じゃないかと思わずシャムロックもつられて微笑んでしまう。
「きちんと相談して、事態を解決しようとしているあたりいい夫婦ね。お母さんも若い頃を思い出しちゃうわ」
「そういえば、母さんも若い頃は恋愛していたんだよね? 今も肌が若々しいけれど、昔はどんな感じだったの?」
「昔……昔は、そうねぇ。お母さんはやんちゃで、昔はニンゲンが作った機械遺跡で眠っていたところを起こされてから数ヶ月で言葉を覚えて、喧嘩に負けなしになって大人にも喧嘩で勝てるようになって、もはや自分を脅かす者がいないくらいに成長したころには、一人で人口数万人の街を支配して王様気取りだったわ」
「すさまじいなそれ!? いや、本当にすさまじい……はは」
 シャムロックが語るのならあながち嘘でもないだろうと思うと、ユージンは苦笑するしかなかった。
「それで毎日女を犯し、泣かせていたけれど、誰も身ごもらなかったのよね……」
「それ最悪じゃねえか!?」
 嘘か本当かもわからないようなシャムロックの言葉に、ユージンは律義に反応してあげる。
「他にも色々やりすぎて、たった一人のジュペッタに殺されかけちゃったけれどね。それが十歳くらいまでのお話……それ以降は反省して、人生を滅茶苦茶にしたポケモンの数以上のポケモンを助けて生きていたつもりよ」
「うーん、あまりに現実味がなさ過ぎてどう返したものかわからない……ってか、十歳かよ。カノンよりも年下じゃないか……嘘くせぇ」
「ふふ、嘘と言われても仕方がないわね。私って昔は今以上に普通のポケモンには想像もつかないようなことばっかりしていたから。それでね、人助けもを常識はずれなレベルでしていたから、十分罪も償えた……と思いたいわ。良いことをしていると、自然に私の傍に女性も男性も近づいてきてくれてね……いつしか私も、皆に大切にされたし、恋人も出来た。もうみんな死んじゃったけれど」
「やっぱり、無理やりするよりも恋人とした方が、気分はいいもんですか?」
「うん。無理やりすると、際限がないから。一時的な身体の満足度は無理やりやったほうが気持ちいというかすっきりするけれど、でもそれは後で虚しくなるだけ……恋人というか、妻や夫とした方が、後味が良かったというか、満足したわ」
「やっぱりかぁ……母さんがそういう人で良かったよ。あ……それじゃあさ、お母さん。話せる限りでいいから、妻や夫をどんなふうに誘ったかとか、そういうのを教えてほしいな。俺そういうの全然わからなくってさ」
 シャムロックの話を聞いているうちに興味が湧いたユージンは、下心を隠そうともせずに尋ねる。
「そうね。うーん、じゃあ私の最初のお嫁さんの、ペンドラーを誘った時の話をしようかしら……彼女の名前はシスナって名前でね……」

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 彼女、シスナはとても大きなポケモンで巨躯を誇るシャムロックですら見上げる程の巨体である。そんな彼女との初夜は、二人暮らしを初めてようやく落ち着いてきた三日後のことであった。
「なぁ、シスナ……俺、昨日からちょっとあるものを作っていたんだが。ちょっと、気が早いかもしれないけれど、その……」
 そう言ってシャムロックが差し出したのは、精液が入った袋を包む籠である。ロウのような物質で作られた籠の中には、たっぷりの精液が詰まったチーゴの実程の大きさの袋。
「その、シスナが問っても魅力的な香りを放っていたからさ。それに、すぐにでも子供が欲しいなんて言っていたから、相談もせずにこんな物作っちゃって……迷惑じゃなければ受け取って欲しいんだけれど」
 恥ずかし気に言いながら、シャムロックは籠をシスナに差し出した。
「シャムロックは、私の体の中に卵が出来ていたのを知ってたの? やだ、何だか恥ずかしいな……あなたと一緒に居たらつい、そんな気持ちになって卵が出来ちゃって……うん、ちょっと恥ずかしいけれど、でも嬉しいよ。これ、今入れてもいい?」
「もちろん。俺、タマゴグループが何かも分からないようなポケモンだから、子供が出来るかは分からないけれど、丈夫な子供が出来るといいな」
「そうね。でも、貴方の子供なら丈夫なのは当たり前だろうし、私は優しくて思いやりのある子がいいかな」
 そんな会話をして笑い合いながら、シスナはチーゴの実程の大きさの精液が入った袋を取り出し、それを器用に後ろ足で掴んでは、それを生殖口の中にのみ込ませた。恥じらいながら体内に押し込む彼女の表情たるや、顔を真っ緑色にして恥じらう表情は非常にそそる。精液を包み込む袋や籠を作る際に想像したよりもずっと魅力的な顔をしていた。
 受精のための行為は、夫であるシャムロックが相手でも恥じらいがあるのだろう、チラチラとシャムロックの方を伺いながら懸命に足を動かす彼女は煽情的で。思わずもう一度袋を作ってしまいたい衝動に駆られてしまう。

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「その時のシスナの表情たるや、とてもきれいで……今思い出しても、とてもいい女性だったわ」
「あの、全く参考にならないんだけれど……まぁ、タマゴグループが虫のポケモン相手だし、俺達とやり方が違うのは別にかまわないけれどさ……俺、そんな袋作れないから! 無理だから! ってか、交尾してないじゃん! 俺どうやって参考に死すればいいんだよ!?」
 昔を懐かしみながら、穏やかな表情で語るシャムロックに、ユージンは無情なツッコミを入れる。
「む、そうね……確かに、陸上グループの者達には馴染みが少なすぎるかも知れないわ……」
「う、うん。俺達大体は女性の胎内に直接注ぎ込むタイプだし……妖精グループならトゲキッスとかいるけれどさ」
「そうなると確かに参考にならない……けれど、卵に直接精液をかけるとか、そんなのは割と当たり前の行為だと思うわ? 実際虫タイプの子にはそうするように教えてるし」
 そう言って、シャムロックは首をかしげる。
「俺達には当たり前じゃねーから……ってか、母さんそんなことできるんだ。そんな精液を入れる袋とかどうやって作るんだよ……虫タイプの奴が出来ても別に気にしないけれどさ」
「いやぁ、私はいろんなポケモンの遺伝子を持っているから……彼女の事を思いながら自慰にふけってたら出来てた」
「出来てた、って……母さんはそう言う生物なんだな、うん」
 何から何まで常識はずれなシャムロックの言動に、ユージンは呆れて苦笑した。
「では、今度は植物グループだ、文句はないな? 一応、カノンは妖精グループも入ってはいるが、どちらかというとあの子は植物よりの子だし」
「そうだね。植物の子なら参考になるかもしれない……」
「ならば語るわね。あの時の私は、男性ではなく女性の立場でね」
「雌雄両性ってスゲー!」

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 パンプジンの男性、チャボとの初夜は、彼が最も性欲の高まる秋の終わりのころである。作物の収穫を祝い、悪霊たちよりも恐ろしい格好をして悪霊たちを街から追い出すための祭りの日である。この日はいつもパンプジンが祭りを仕切り、張り切るのである。酒を飲み、食料も好きなだけ食べ、大地の神に捧げるこの祭りが終われば、その興奮の余韻も冷める前に夫婦の営みを交わすのが、パンプジンたちの間では当たり前のように行われている。
 そのため、食べ過ぎて吐くことがないようにというのが毎年ある注意喚起なのだ。

 さて、夫婦の寝室には、チャボと、シャムロックと、ビークイン。パンプジンによく似たカボチャという植物は、花に雌雄があり、同じ株から生えた花同士では受粉せず、その受粉を蜂などの虫に任せるという特性がある。それゆえ、パンプジンが行う夫婦の営みもそれを模して、スピアーやアゲハントなど、虫タイプのポケモンを介して行われるのだ。
 今宵、それを申し出てくれたビークインは、この道数十年のベテランであり、この祭りの日に彼女を呼べるのはよっぽど運がいいか、魅力的な男女であると言われている。今回の場合は、シャムロックがそれだけ魅力的だったとビークインは言っていた。
「さぁ、チャボさん。楽にしてください」
 彼女は囁きながらチャボをごろりと床に寝かせると、ビークインは普段のプレッシャーからは想像も出来ないほどに繊細な手つきでチャボの腹にある口のような模様の周りをなぞる。口のような模様にある穴は、入り口はともかく中の方は敏感で、普段は触れられることもないため、甘い香りを絶え間なく放つ彼女の前では、気を抜けばすぐにおしべが盛り上がってしまう。
 ざらついた体内、彼女の尖った指が這いまわり擦るたび、抗いがたい信号が脳に送られていくのだ。『さぁ、雌と番う準備をしろ』、『気持ちよくなって雌を孕ませろ』と。ましてや、今宵は祭りの日。パンプジンの力も、性欲も最も高まる日なれば黙っていてすらもおしべがいきり立つ個体すらいる。チャボはそこまで興奮してはいないものの、それでもビークインの妖艶な手つきで触れられてしまえば、嫌でも性感を意識せざるを得なくなる。
「おご立派ですね。これは弄りがいがあります」
 立ち上がったおしべを見てビークインは妖しい笑みを浮かべた。チャボは、シャムロックの三分の二ほどの身長ながら、下半身の大きさに比例して、おしべもシャムロックのそれよりサイズが大きい。それが力強く屹立するまで撫で続けたビークインは、角ばった口を目一杯開けて彼のおしべを口の中に含んだ。ローヤルゼリーのように粘ついた粘液がチャボのおしべの先端にかかり、絶妙な口の力でおしべを揉まれ、手でもゆったりと擦られては、抑えきれる欲求などありえない。
「どうです、気持ちいいかしら?」
 妖艶に微笑みながらビークインが尋ねる。
「はい、とても」
 女王の魅力に屈しながらチャボは答えた。毎日のように数百のミツハニーを相手にし、射精の何たるかを心得た彼女の手つきには一切の迷いも間違いもなく、観察された対象はまるで体の上に弱点が書かれているかのように性感帯を見破られてしまう。ビークインの攻めによりチャボの興奮が見て取れてからは、彼女は自分の下半身から部下を呼び出し、チャボの体にフェロモンを塗りつけてあげた。
 ビークインの部下には舌で奉仕するように命令し、チャボへの攻めはより苛烈になる。女王の指導の下、連携の取れた愛撫がチャボの体を弄んだ。そうして、そろそろ射精が近いと見るや、手を挙げて部下を下がらせた。最後のとどめは自分で刺すのだ。
 ビークインはぎゅっと彼のおしべを握りしめて射精に導くと、その精液を逃がすことが無いよう、自身の下半身に保管する。さぁ、そうして精液を採取し終えたならば、次はシャムロックの番だ

「さぁ、シャムロックさん。夫の精液を受け取る準備はいいかしら?」
 そう、吐きだされた精液は、ビークインを介して女性に贈られるのだ。
「はい、来てください」
 愛し合った男性の精液を憧れのビークインに入れてもらえるのを目前にして、シャムロックの心臓は高鳴っていた。
 ビークインはシャムロックの体に蜜を塗り付け、べとべとした手でシャムロックの体を撫ぜる。むせ返るような甘い香りに浮かされたような意識の中、気付けばビークインの手はシャムロックの敏感な場所を撫でている。普段触られることのない脇腹、首筋、うなじ、太もも。いららしい手つきのその中で、シャムロックは気恥ずかしさゆえに感じているのを隠そうとするのだが、無表情に徹しようとしても、ムズついた表情はベテランには見抜かれてしまうもので。
 奉仕されることに慣れていなかったシャムロックは、彼女の手つきに翻弄されるままに、性感を高め、全く触れられていないはずの秘所がもう濡れてしまう。ビークインはシャムロックの口の中に蜜まみれの指を突っ込んだりしながら反応を探り、目がとろんと、焦点が定まらなくくらいに焦らしたところで、ようやく彼女はシャムロックの待ちわびている秘所に触れてあげるのだ。
 甘くはない蜜をにじませた彼女の秘所に、粘つく蜂蜜をまぶした指を入れれば、興奮によって高められたシャムロックの情欲は爆発し、体が勝手に動くと言っても差支えないくらいに彼女は背を逸らした。仰向けになりながら、無意識のうちに腰を突き出して雄を深く受け入れんとする体勢を取ったのだろう、体の熱の赴くままに行動するシャムロックはまさしく淫らな雌。
 ビークインはシャムロックのリズムに合わせて指を差し入れし、シャムロックが腰を引けば指を引き、シャムロックが指を突きだせば指を突き出す。そんな風に呼吸を合わせていると、奉仕される方にとってはそれが一番気持ちいいのだ。ゆっくりだと物足りないが、早ければいいものではない。シャムロックが望むリズムが本能的に彼女の腰振りに反映されるのだから、ビークインは同じリズムを取って彼女を喜ばせるまでである。シンプルだが、こうやって相手に合わせるというのは、初心者には中々に難しい。
 そうして、シャムロックがすっかり性感のとりこになり出来上がったところで、ビークインは生殖口の中にためておいた精液を指にまぶし、それをシャムロックの中に注ぎ込んでいく。大半はこぼれて床などに落ちてしまうが、それでも普通の雌を孕ませるには十分だろう。
 なぜなら、こうして女性への行為がひと段落着く頃には、祭りの日のパンプジンなら大抵おしべが復活しているからだ。チャボはまだまだシャムロックを鳴かせるための余力を残している。夜はこれからである。


 ▲

「いやぁその時のビークインの手つきは、人生の中でも最高のテクを持っていたわ……私は、あれ以上に優れた性技をもつ女性を知らないわ。それで二回目なんだけれど……」
「ダウト」
 その後もビークインとの情事を語ろうとするシャムロックに、ユージンはストップをかける。
「なぜだ!? これからがいいところなのに!?」
 思わず声を男性のような低い声に戻してシャムロックが声を上げる。
「いや……確かに植物グループなのは間違いないけれど、そんな文化聞いたことねーよ! ってか虫タイプとやたら縁があるな!?」
「でしょうね、もう二百年前の文化だもの……許されるなら私が同じことをやりたいけれど、確か現地でも五十年前くらいには一部の神職を除いてパンプジンにそういう事をする習慣がなくなっているそうよ……全く、虫ポケモンを介した生殖法は実りをもたらす神々への感謝を表すという意味合いもあるというのに、若い者は良き文化を台無しにして……嘆かわしいわ」
「いやいや、俺も嫌だから……現地の若い子達も嫌だったんじゃない?」
 シャムロックが語る性癖にはついていけず、ユージンは笑う事すらできない。
「ちなみに、その後ハッサム、フライゴン、スピアーと、色々なポケモンを介して子作りをしてみたが、私が身ごもることはなかったのよ……残念なことにね」
 シャムロックは残念そうにため息をつく。
「そ、そうですか……残念ですね。ってかフライゴンは虫か」
 と、ユージンは当たり障りない言葉で相槌を打つ。
「なんにせよ、他人の初夜の様子なんて聞いても、あんまり参考にならないんじゃないかしら? 私とユージンは違うし、カノンだって私とは違う。それぞれに合ったやり方があると思うの。だから、ユージン。貴方に合うと思う方法で、彼女を喜ばせてあげなさい」
「……うん、分かったよ母さん。分かりやすすぎるくらいに。ってか予想以上に参考にならなかった」
 そう言ってユージンはため息をついた。
「よし、もう相談の方は大丈夫ね?」
 シャムロックはそう言って笑む。ユージンも、結局あまり実のある会話は出来なかったものの、何だか気分が楽になった気がして、ニコニコハウスを出る時の足取りは、入る時よりも軽やかであった。



 そうして、夜。ユージンと共に夕食を終えて、カノンは今日一日の話をユージンにする。
「と、いうわけでね。多分、大丈夫だと思うの……その、ユージンと交尾すること、出来ると思う」
「そうか……その、一日でそこまで答えを見つけてくれて嬉しいよ。俺はお前を気遣うにはどうすればいいかだけ考えていて……お前の要望を飲むことではあっても、消極的な方法しか思い浮かばなかったから」
「いや、そんなことないって。こんなの、お母さんに相談したら『ほい』ってなもんで譲ってくれたものだし……だから、私自身は全然努力はしていないというか……」
 自慰の事については話さなかった。匂いでばれているかもしれないが、そこまでばらしてしまうのともかく恥ずかしかった。
「しかし、なんというか……それで楽しみになっちゃったのかな? メロメロ的な匂いが家に充満しているけれど……」
「あはは、それはちょっと、私も期待していたから……」
 しかしその匂いはしっかりとユージンにばれてしまっていたらしく、カノンは赤面する。
「そっか、カノンもなんだかんだで興味はあるって言っていたからな。そう思ってくれるなら嬉しいけれど……どうするんだ? 俺も、いきなりっていうのが嫌なら待つよ。確実に相手をしてくれるってわかるなら、何だか待てるような気がするからさ」
「大丈夫、待たなくていい。今からだって出来るよ!」
 ユージンに『待つ』と言われると、心がドキリとする。それは、相手に我慢させるのはまずいという罪悪感から来るものだが、それだけじゃない。今となっては自分もお預けを喰らうという気分になってしまう。
「無理してないな?」
「もちろん」
 ユージンに念を押されるが、カノンはもちろん無理などしていない。
「じゃあ……まずはそのリングルを装着して、だ」
 カノンが差し出した、孕まずリングルを装着し、ユージンはごくりと唾を飲む。これだけで本当にカノンが望まない結果を引き起こすことがなくなるというのか、不安である。
「昨日と同じように、軽い事から始めよう……その、キスから、ね?」
 ともあれ、不安を抱えたまま行為に至っても、そんなんじゃ純粋に楽しむことは出来るはずもない。ともかく、心配事も忘れてしまうくらいに楽しまなければ相手に失礼だ。だから、今は相手を感じよう。相手を感じて、心配事なんて忘れるのだ。
 カノンも同じ心配を抱えているので、まずはスイッチを入れるためにもユージンの提案を聞き入れた。

 昨日と同じ、カノンがユージンを抱き締めての口付け。今度は、抱きしめられて体が押し付けられることになっても遠慮はしない。カノンはユージンの口の中に舌を突っ込み、彼の口内を存分に弄った。今度は彼が暴走しようと構わない、どれだけ官能を刺激しても構わないし、そして自分も本気になって構わない。
 だから、彼のイチモツが自分の腹に触れながら、徐々に大きくなっている感触には、ゾクゾクとした心地よさがあった。彼の事を喜ばせている、興奮させている、彼が楽しんでいる。そして自分もこれで楽しむのだと思うと、心が躍るのだ。ユージンの方はどう思っているのかカノンは気になってしまったが、それを尋ねれば自分も言わなければいけないような気がして、それは恥ずかしくってとても口に出せなかった。
 熱を持った彼のイチモツを感じながら、口付けは続く。カノンは自身の紫と黒の花弁から甘い匂いを発することで、ユージンを骨抜きにしていく。戦闘中は回避を下げるものだが、これは集中力を奪うほどに心地よい魔性の香り。戦闘中に集中力を奪われればそれはマイナスでしかないのだが、今はそれがいい。ユージンが自分に見とれてくれるならばそれが一番いい。
「カノン、いい匂いだな……」
「そうでしょ? 戦闘中はあんまり嗅いじゃいけない香りだけれど、こういうときはすごくいいもんでしょう?」
「うん……こんなキスじゃなくって、お前を食べてしまいたいくらい。甘くておいしそうだ」
 言いながら、ユージンは口を離し、カノンの頬を舐める。くすぐったい、ゾクゾクする。けれど、その感触は全く嫌なものではなく、くすぐったいのに心地よい。カノンは、何も言わず、しかし彼をもっと強く密着することでおかわりを要求する。彼女の頭の中では、イレーヌが言った、気持ちよいのだと自己暗示することが大事という言葉を反芻し、精一杯自分が気持ちいいのだと自己暗示をしている。
 カノンの要求に気付いたユージンは、その要求に応えてあげることにして、彼女の頬だけではなく、首筋を舐める。小さな舌をチロチロと這わせて彼女の青い草の香り、彼女の肌の舌触りを楽しむと、彼女の方が強張ったり時折甘い声が漏れたりする。イレーヌが言った言葉をきちんと実践していなければこの反応はありえなかっただろう。
「気持ちいい?」
 耳元に囁けば、カノンは恥ずかしそうにこくんと頷いた。気持ちよいと思い込もうと努力していると、不思議なもので本当に気持ちよくなってくる。シャムロックが言った、酒の楽しみ方を知らなければ酒を楽しめないというのも、ここに通じるのだろう。身を縮めるようにして快感を享受するカノンはたとえようもなく煽情的で。体の方もすっかり出来上がってきているのか、新しい雌の匂いがほのかに漂ってきている。
 見ていると、嗅いでいると、ユージンはすぐにでも本番まで行きたくなってしまうけれど、それだけでは味気がなさすぎる。いつまでも射精し続けられるのならばそうしたいところだが、あいにく自分の体はそんな風には出来ていない。だからユージンは、カノンの体を隅々まで調べ上げるように、首筋だけでなく胸や、花弁の付け根など、舐めるだけでなく尻尾でそっとなでたりしながらカノンを高ぶらせる。
 そうして、カノンの体のどこかに力が入るたびにユージンも少し悦に浸っていたが、それだけではつまらなかった。なにより、カノンがこのままでいいのかも不安になってくる。
「カノン、お前はされるがままでいいのか?」
 なので、ユージンも独りよがりになりすぎないように、素直にカノンに尋ねることにした。
「私からも何かしていい?」
「うん、もちろんだよ」
 カノンはかわいらしい声で、おどおどとしながら尋ねるが、そんなのユージンにとっては聞くまでもない事だと思っていた。ユージンからの答えを聞いて、カノンは花弁でわしゃわしゃとユージンの股間を撫でる。ユージンの感想としては、悪くはない。だが感触が弱くって、これでは射精に至ることなど出来る気がしない。
 けれど、それを口に出すのは悪い気がして、ユージンも少しだけ感じている振りをする。それを喜んでいると受け取ったのか、カノンは調子に乗って弄りだした。それによって、力を少し強くしてはもらえたが、まだ足りない。もっと強くお願いできるかな、とユージンが言えばカノンはそれに応えてくれるけれど、強くやってもツボを押さえてくれないから結局気持ちよくないのだ。
 なんとか気持ちよくなろうとして、ユージンはイチモツに意識を集中して快感を拾おうとしてみるが、しかしその程度じゃ下手な愛撫の下手さを補うことは出来ず。このままじゃ気分も盛り下がって、イチモツが萎えてしまいそうな気すらした。
「カノン、ごめん……それあんまり気持ちよくない」
「え……そ、それはごめん」
 夫婦は遠慮しないとは、すなわちこういう事だ。本当にお互いの事を思い合うのであれば、例え相手に不快な思いを与えようとも、こういったことを指摘し合えなければ。
「じゃ、じゃあどうしようか……」
「えぇと……」
 こんな戸惑いばっかりでは、なんとも盛り上がらない。しかしどうすればいいのかもわからず、二人は顔を見合ったまま、沈黙してしまう。
「でもまぁ、お互い初めてなんだし気持ちよくするのが難しくっても、仕方ないよ……うん」
 なんだか気まずい雰囲気になってしまい、ユージンはそう言って相手と自分を同時に擁護する。
「で、でもぉ……」
「このままじゃ悪いのは俺も分かってる。ただ、どうすればいいのか本当にわからなくって……そうだ、もうこうなったら、素直に本番に行っちゃった方がいいのかもしれない」
「え、待って。私まだ心の準備が……」
「そう……待つよ」
 気持ちを逸らせ過ぎたと反省しつつ、ユージンは気まずそうな顔をする。
「まってて……今準備するから」
 準備がまだと言われて意気消沈しかけたユージンに、カノンは念を押して言う。そうして彼女が始めたのは、自慰である。もうなりふり構ってなどいられない、このままユージンにを待たせ、期待を裏切るのは嫌である。そうとも、イレーヌが言っていたように女性の体を石版知っているのは女性だ。なにより、自分自身の体ならば、どうすれば痛いのか、どこが気持ちいのかだって分かる。
 気持ちよくなれば痛みが和らぐのならば、まずはその状態まで到達して、ユージンに抱かれる最中に痛みを訴えて中断なんてことは決してないようにしなければ。初めては痛いとよく言うのだ、その痛みでユージンを気遣わせてはいけない。
 そんなカノンの気持ちはつゆ知らず、準備すると言っていきなり自慰を始めたカノンを見たユージンは。見ているこちらまで恥ずかしくなって目を逸らしたくなる。しかし、甘い声を上げて、時折自分の名前を呼んでしまうカノンを見ていると、顔を背けていても無視なんて出来ず。そもそも、大きく開かれた股の中心、彼女の割れ目から液体が漏れているともなれば、男としてそれを見ずにはいられない。
 恥ずかしさはあったが、徐々に欲望に抗いきれずにそれを見て、カノンも見られていることに気付いて恥じらうも、ここまで来たら止めるわけにもいかなかった。声を押し殺して自身の準備を推し進めるカノンは、蔓の先端を用いて隠された陰核を撫で、膣をまさぐり、自身の性感を徐々に高めていく。昼間感じたように、痛みが消えるころになれば大丈夫だろうと、カノンはそれくらいまで自身の体が昂ぶるのを待ち、こんな時にすぐさま本番に移れない自分を恨めしく思う。
 だが、ユージンの視点から言わせてもらえば、この光景は苦痛ではなかった。体と心はお預けの生殺し状態だが、だからこそ腹が減るような思いだ。性欲に飢えれば飢える程、それを解消した時の快感は強くなるだろう、痛みが快感に押しつぶされるのを待つ間、ユージンは触れてもいないのにイチモツが復活する。夢中になっていたカノンも、ようやく体の状態が整ったのを確認したら、彼女は潤んだ眼と、息も絶え絶えな声で『いいよ』と口ずさんだ。

 飛びつくような下品な真似はせず、ユージンはそろりそろりと忍び足をするようにカノンに覆いかぶさる。仰向けの彼女は、胸ほどまでしかない彼の体を柔らかな花弁でふわりと抱きしめる。二つの甘い香りに包まれながら、ユージンは念願の女性とのつながりを果たそうと、強く自己主張をする彼女の秘所へと腰を下ろす。
「ん……来た?」
「大丈夫? 痛くないか?」
「うん、問題ないよ。入っているか不安なくらい……」
「お前、それ傷つくから」
 種族柄、体が小さい分、モノも小さいのは当たり前の事。だというのにカノンの容赦のない言葉を聞いて、ユージンは地味に心へローキックを喰らったような気分になる。
「あ、ごめん。ほら、パチリスは小さいから、分相応ってことで……」
「いやもうわかったから……」
 これ以上言われ続けると、自分の尊厳を根こそぎ傷つけられそうな気がして、ユージンは苦笑する。
「ねえカノン」
「うん、なあに?」
「動くよ」
「大丈夫」
 大丈夫とのお墨付きに、ユージンは腰を動かした。慣れない体勢、慣れない動きなこともあって最初はコツをつかむのに苦労して、ユージンもカノンもあまり快感を得られなかったが、コツをつかんで少し早く動けるようになると、ユージンは自らのイチモツが彼女の秘所に包まれる感覚で、じんわりとしみいるような快感を得る。ただし、カノンの方は結局あまり快感を得ていないが、それについてはもう言及したら台無しな気がしてカノンは何も言わなかった。
 腰を動かすごとに積み重なっていく快感に促され、ユージンは本能のままに腰を振り、イチモツを突き出していく。息切れも疲れもそっちのけで、気持ちよさそうに目を細めて喘ぐカノンに自分の欲求をぶつけていく。時折漏れる甘い言葉に興奮するし、た妻を喜ばせるという事は夫としての冥利に尽きる。心でも体でもカノンを楽しみ、ユージンも終わりが近い事を少しずつ自覚していく。
 カノンの表情がふやけたような笑顔に変わっている。ユージンはそうして荒い息をつくカノンに、そっと告げた。
「ごめん、もうすぐ終わらせるよ」
 カノンはまだ全く満足していないのだが、笑顔になってこくんと頷いた。
「う、ぅん……」
 唸るようにしてユージンが声をあげ、カノンの中に射精する。子供が出来ないようにするリングルはきちんと装備されているので、恐らく問題ないはずだが、終わってみてユージンは不用意だっただろうかと少し反省した。
「大丈夫? カノン」
「問題ないよ、ユージン」
 そう言ってはにかみ笑うカノンだが、心中は『あんまり気持ちよくなかった』と言ったところである。それでも、それを察されないように笑顔を取り繕った甲斐もあり、ユージンは『よかった』とつぶやき、笑顔を見せた。
「で、大丈夫なのは分かったけれど、楽しめた?」
 鋭くないのかそれとも不安なのか、ユージンはさらに突っ込んでカノンに尋ねる。
「苦しかったり痛くはなかったけれど、あんまり気持ちよくなかった……かも……」
 こうなると嘘もつけず、カノンは起き上がるなりそう言って目を逸らした。気まずい沈黙が場の空気を支配する。
「あの、ごめん。なんか俺だけ楽しんで……」
 ユージンはそう言って、頭を下げるしかなかった。
「いや、そんな……アレだよあれ。昔も今も、ニコニコハウスではドッジボールが流行っているけれど、最初っから楽しめる子はけっこう珍しいって……皆言ってるし、私もそう思うから、それと同じような感じなんだと思う、よ……うん、きっとそう。最初から楽しむのは難しいよね」
 カノンは自分に言い聞かせるように、ユージンを諭した。
「というか、あんなんで楽しむ人なんていないもん。好きな人と、楽しめる事をしたはずなのに、こんなに気分が盛り下がるなんてありえないし! 今日のは失敗……」
「失敗、なのか……」
 カノンに明言されると、男としては落ち込むしかなく、ユージンは先程までの夢心地が消え去る勢いで落ち込んだ。
「いいじゃん。失敗したって死ぬわけでもないし、私の愛も消え去ったりなんてしていないから……またやろう。一回や二回の失敗じゃめげずに、何度でもやればいいじゃん。失敗っていうのは、よりよいものに出来るってことだし、いいじゃない」
 カノンはそう言って、落ち込むユージンを励ました。
「う、うん……そうだな。前向きなところがお前のいいところなわけだし」
 ユージンはそう言って、無理やり笑顔を作る。まだ少々へこんでいるところはあったが、カノンが前向きなのに自分がヘタレていては情けない。
「じゃあ、もう一回やろうよ」
「あ、それはちょっと待って。今は無理」
 お互い、異性の体の事についてはよくわかっていないことが多いようだ。男はそんなに連続では難しいのだと知らないカノンに、ユージンは苦笑するほかなかった。
「えー……じゃあ、休んだらもう一回ね。次はもっと頑張ろう」
「お、おう……分かった、頑張るよ」
 夫婦間で遠慮しない関係というのがこれでいいかはわからないが、夫婦の営みを通して、お互い素直に意見を言い合う事については心配ないのかもしれない。カノンは向上心もあるし、夫に尽くそうという精神は一人前だ。これからもまた意見や価値観の違いはあるだろうが、意見をぶつけ合い、妥協しながらもうまくやって行くことは難しくないだろう。
「あぁ、それと……言う機会を逃しちゃったけれど……愛してるよ、カノン」
「ありがとう。私も愛してるよ、ユージン」
 とりあえず今は、カノンの体を拭いてあげて、綺麗にしておかないと雰囲気が台無しかもしれない。大きなカノンの体に抱かれながら、自分の体の汚れに無頓着な彼女をユージンはやれやれと苦笑する。
 改めて愛情を確認し合った二人は、今宵三度交わって、疲れ果てて寝た後も、その愛情に陰りを見せることはなく。二人はいつまでも、仲睦まじく年月を過ごすのであった。

後書き 


第五回帰ってきた変態選手権、参加者の皆様お疲れ様でした。読んでくださった皆様もお疲れ様です。
長い作品が私のを含めて二つもありましたもので、本当にマジでお疲れ様です。
それと、この作品を投稿したのは締め切りの一日前ですが、実はその翌日は着ぐるみのイベントが差し迫っていたため、その日に登校せざるを得ず……ロクに手直しもしないままに投稿してしまって、色々なところであらが見つかってしまい情けない状態でした。今回は修正して投稿したので、以前よりは見苦しくなくなっていると思いますが、未完成のような状況で投稿してすみませんでした。


さて、この作品は、察しの良い方からの指摘通りセ・ジュン選手のパチリスがモデルのユージンを書きたいがために書いた作品です。その割にタイトルはミュウツーだし、主人公はスボミー系統ですが、セジュンのパチリスもシングルじゃ弱い子ですし、サブに徹するしかないんですよね……。
ともあれ、そんなパチリスを目指して奮闘する少女の物語を書くに当たり、タマゴグループが同じで電気タイプ以外で色違いが分かりやすく、なおかつ石で進化するポケモンという事で、チラチーノやトゲキッスなどの候補から選ばれたポケモンがロズレイドとなり、そこからカノンの主人公が決まり、そして色違いのポケモンが皆にその価値を認めさせるという物語の方向性を決待ったところで、誰も逆らえないような強大な力を持つポケモンを親にするという事で、シャムロックの種族も決まりました(後述する官能シーンも理由の一つ)。
他の候補はジガルデやダークライがいましたが、ジガルデはダンジョンエクスプローラー協会会長兼コウゴウシティ学園長という重役に収まり、ダークライは地味にカノンの故郷のお偉いさんという役割で登場させました。
シャムロックの強さですが、すべてのバンドを外した状態が、ポケダン超での仲間としての強さ。すべてのバンドを外しつつ、数日眠って力を蓄えた状態が敵として登場した時の強さという想定です。いやですね、ゲームでのミュウツーの強さは本当にアホみたいな強さで、体力が千を軽く超えているのに自己再生をして粘る鬼畜ポケモンなんですよ。その割に仲間になると弱いので、どういう事だと考えると、図鑑設定どおりきちんと休んでいないと本来の力を発揮できないという解釈となりました。
ミュウツーは最強というイメージを汚さないためにも、強さの底が見えないように

そんなこんなで色々なポケモンの種族が決まり、書いていくうちにものすごく長くなって色々すまない事になってしまい、最終的な官能シーンにこぎつけるまでもものすごく長くなってしまいました。官能シーンもせっかくの変態選手権であることや、あらゆるポケモンの遺伝子を持つというミュウツーの設定を活かさない手はないと、パンプジンやペンドラーのシーンを入れてみました。前作の『緊張感は男の敵』という作品では出来なかったビークインの官能シーンのリベンジも兼ねて……。
結果ツッコミどころ満載になってしまいましたが、それを楽しんでいただければと思います。
本当はラティオスとかゴローンとかも書きたかったけれど、時間がなかったこともありますが、あれ以上色々なパターンを聞いていたらユージンが変態になってしまう気もしたので自重しました。ユージンは通常性癖ですよ。



 感想に対する返信

>面白い超ポケダン小説を読みたい! と思っていたので、たっぷり楽しめて大満足です。&br ユージンのモデルは以前WCSで世界の頂点に立ったパチリスさんでしょうか。 (2015/12/03(木) 22:05)


 お察しの通りです。あのパチリスをどうにか扱ってみたいと思いまして。ゲッコウガ戦くらいしか見せ場がありませんが、パチキの攻撃を二回、カノンの攻撃を二回もアシストしているなど、モデルになったパチリスのように活躍で来ていると思います。
 超ポケダンの設定は使っているものの、超ポケダン小説といえるかどうかは微妙な内容ですが、面白いと思っていただけたならこちらとしても嬉しく思います。

>ストーリーはとても素晴らしかったです。生まれついて厳しい迫害を受けながら、仲間たちに支えられて逞しく成長していくカノンを、暖かく力強く見守ってきたシャムロック母さんに深い共感を覚えました。
 しかし、変態小説大会で官能が丸々おまけというのはどう評価したものかと。

 それに、文体から予想される作者さんの傾向から、童貞×処女の初体験が無駄にリアルでロマンのない描写をされることは容易に予測できまして、実際案の定だったわけですがw
 とはいえ、不器用なりに一所懸命性感を学ぼうとするカノンの様子や、シャムロック×虫ポケの過去話などは十分変態的でもあり、総じて問題点を加点が上回ったと判断します。 (2015/12/05(土) 01:25)


 元は健全用に構想していたお話だったもので……変態選手権ということもあって最後の最後ではっちゃけましたが、おまけ以外は他の所にも投稿できるようにするにはこれしかなかったんや……そのため、本編は当たり障りのない無難な仕上がりになってしまいましたし、そもそも官能シーンを入れる場面がなかったというのもあります。子供達の頑張りを書く上では、そんなものを書くのは無粋な気もしますからね。その分、ストーリーも評価していただいてうれしいです。
 作者さんの傾向? なんだろうなぁ、私の仮面は分厚いのになぁ( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \。いやいや、現実的とか、童貞と処女の夫婦の初夜というシチュがすでに夢のある状況じゃないですかぁ……そもそも、夫婦というシチュでは快感よりも雰囲気と、相手を楽しむという要素が必要なのです。相手を楽しむという要素は恋人や夫婦ならではなので、変態性よりもそこを楽しんでいただければと!

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*1 スマブラ、本編、トレッタなどで、技の見た目が全く違う。この場合前者がスマブラ、後者がトレッタ
*2 たたかいで ちからを さいだいげんに だせるように ふだんは すこしも うごかず エネルギーをためている。
  ソウルシルバーの図鑑より


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Last-modified: 2015-12-06 (日) 22:02:29
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