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ノーマルテラスしんそくエース型ルカリオはパルデア環境で肩身が狭くない

/ノーマルテラスしんそくエース型ルカリオはパルデア環境で肩身が狭くない
本作は♂同士の恋愛・性的描写、並びに多大な解釈違いを含みます。お楽しみください。

 前々作【ようき最速ASルカリオは禁伝環境で肩身が狭い
 前作【A特化ダイマエース型ルカリオは伝説幻無制限環境でもっと肩身が狭い
 



 ×は言語である。
 言語であるからには、文法と文脈が必要だ。
 それを語るための習熟が必要だ。




 ポケモンバトルについて。
「環境」を切り取るというただ退屈一途な作業が最初にある。流行の潮流という観点からいえば、パルデア地方にはカイリューの存在があり、カイリューを中心とした再構築がなされていた。
 再構築は、すべての文化の最先端である。そもそも再構築は古代の人間の文化として常に彼岸に存在し、すでに完成したデザインをバラバラに分解したあとでつぎはぎにしてそこに新しい意味を与える――という試みは、デザイン、映画、絵画、小説といったように文化の種別を問わず、人間は常に行ってきた。あるいは、再構築とは単なる文化的の交雑進化の過程にすぎないと言ってしまえば事足りるのかもしれず……まあ、とにかく環境におけるパーティの再構築というトレンドはやがて商業主義的の戦略に呑み込まれ、いつしかそれが正しくひとつのモードとして収まったというところで崩壊し、最後には切り取られた環境の、その断片だけが残る。
 ポケモントレーナーの観点によれば、「しんそく」で3タテするルカリオというスタイルは、イッシュ地方で栄華を極めた、所謂「カバルカイリュー」の並びに対する悔悛じみたノスタルジーを喚起するところに主眼があった。「りゅうのまい」を積んで「しんそく」するカイリューが強い環境であれば、「つるぎのまい」を積んで「しんそく」するルカリオが弱いはずがなく、ルカリオを軸としたパーティで環境を戦い抜くというおれの主人の態度を表明するのに、パルデア地方は実に都合がよかったといえる。真実、パルデアへやってきた我々は新環境が混迷を極めた中でさえ、悪くない勝率を維持して戦い続けてこられた。マスターランクでも十分以上に通用したそのスタイルは、実際おおきな成功を納めたのだ。相手はカイリューを対策することからはじめ、同じような手段でルカリオの全抜き阻止に動き、主人はそこから全抜き阻止をさらに対策する。もちろん主人はおれとポケモンバトルを戦うために現在のスタイルを選択し、おれはこのパルデアでそれを果たし続けてきたわけだが、結果として、おれ、あるいはおれと仲間たちがそのように環境で活躍できたことも、それに伴って起きたことも、ひとつの想定外だった。
「お疲れさま! 今日もとってもカッコよかった。きみは最高だ!」
「あう……ウェーニバル、そっちもお疲れ」
 おれは過去、かくとうタイプとパーティを組んだことがあまりなかった。おれ自身がかくとうタイプだから当然なのだが、今のパーティにおけるおれの役割は、ノーマルタイプにテラスタルし、可能であれば「つるぎのまい」も積み、威力のあがった「しんそく」で上から敵を倒してゆくというもので、それを止めにくるスイーパーの役割破壊に重きを置くための「じしん」と「かみくだく」も採用している。すなわち、「インファイト」や「コメットパンチ」などのかくとう・はがねタイプの役割は完全に放棄している。かくとうタイプを持つウェーニバルにおれの本来の役割を譲ることで、同じタイプながらパーティに共存することになったわけなのだ。
「おれの3タテなんて、派手に見えるだけだよ。それだって、みんながサポートしてくれないと、おれだけでできることは限られてる。毎回選出されるわけでもないし……」
「でも、きみにしかできないことだ」
「おまえの戦法も似たようなものだろ?」
「そうだね。ぼくは場合によっては自分だけで完結して動ける。だけど、それできみが格好悪くなるわけじゃないさ」
 ウェーニバルはおれをハグして頬擦りしてくる。
「わ、わ……」
「きみのためにぼくらがいる。ぼくらの手に負えない敵はみんなきみが倒す。それが基本。そういう仲間(パーティ)だろ?」
 心臓が、ぎくり、と震えた。それはいつかのとき、仲間のバンギラスがおれに言ってくれた言葉を反転させたものだった。今はおれがその立場に立っているのだ。バンギラス……
 ウェーニバルは、美しいポケモンだった。友達の顔がすぐれているのは結構だ。きれいな顔が近くにあると気分がよい。
 見事なたてがみや、美しい尾羽根はどうだろう。おれはそういう自分を想像してみた。すると鏡がやかましそうだと思った。それならおれにはたてがみも飾り羽根もいらない。
 バトルの腕前はどうだろう。それこそ結構なことである。友達が強いことになんの不満があるというのだ。
 同じかくとうタイプとしてはどうだろう。単純な力では、ウェーニバルのほうがすぐれている。「つるぎのまい」によるパワーアップが可能な点は同じだ。あちらの「インファイト」は舞うように颯爽としていてさまになっているが、こちらはひたすら腕力をぶつけてゆくだけで、どうにも芋のにおいが拭えない。しかし今のおれはかくとうタイプとしてパーティに参加しているわけでもなく、「しんそく」とサブウェポンで十分である。同じ分野を競う理由がない。
 自分に不満はない。自分が友達よりも劣っているとも思わない。それなのに胸の内を去来する、この焦燥感はなんなのだろうか。
 気味が悪い。馬鹿だ。




 おれが、ウェーニバルの友達としてのスタイルを演じる態度には、普通ではないところの卑しい顕現性があった。おれのスタイルはひどく反社会的で、好みの相手とはパーティとして打ち解けたあと、遅かれ早かれ交尾することに根づいていた。
 ガラル地方でのおれといったら、どうやって言葉にできるだろうか。環境におけるルカリオなど、いつだって吹けば塵になって消えてしまえそうだった。それはルカリオという種族が持つ語彙と、ガラル地方の環境という文法の噛み合わせがあまりにも悪かったせいだ。状況を言うなら、安定や充足から最も遠い境地にあったわけだ。もちろん、当時のおれのようなポケモン自体はさして珍しいものでもない。
 たとえば反社会的組織で常に命を秤にかけながら生きることを選んだ人々や、過酷な戦場でしか生を見出せない兵士たちについて語った映画や小説がどれくらいあるだろうか。でも、それは特定の状況下でのみ許される態度である。我々は、映画で戦場の狂気を覗き込み、帰りにレストランでパスタでも食べながら語らううちに、それを忘れてしまう。当然、おれには精神的の貧困という特定された極限状態があった。おれがルカリオということはどこまでいってもおれのスタイルとしてそばにあり、そのスタイルが通用しない環境では、おれの力、姿勢、決意、仲間想い、自己肯定などの炎ごとき、常に今にも消えてしまいそうなものだったのだ。そしておれは、役立たずな自分の後ろめたさを、仲間への体を使った奉仕という形で慰めていた。
 おれがまったくバトルで勝てなかったわけではなく、そのなかにはおれが満たされるような内容のものだってある。それはルカリオのスタイルを知らしめるためによく用いられる手法のひとつにすぎないが、そうして気持ちの昂りがある閾値を越えたとき、おれはときどき仲間を交尾に誘った。こんなおれであっても、仲間たちはおおむね、ごく自然な友情を向けてくれていて、愛おしく交尾するなかで愛情を返してくれる姿を見て、おれはひとつの自己批判的の感傷を抱くのだ。いわば、おれが得られる彼らの寵愛はおれにとって特別ないっときのものにすぎないのに対し、かえって彼らのスタイルを参照した際には標準的な仲間想いの姿なのであり、自己批判の追及から逃れるための交尾を通じてでも自己批判を行っていたような……まあ要するに、やっぱりおれのスタイルはどこまでいっても最も輝いていた時代への悔悛的のノスタルジーなわけで、なんだかむしゃくしゃしてしまい意味もなく当たり散らすように仲間との交尾を繰り返すといったような話だが、しかし実際のところ、仲間たちはその愛情の加減によって、むしろおれを癒やしてくれていた。結局、彼らは仲間へ忖度ない愛情を向けることができた、というだけでしかない。そして、それはごく自然な友情であり、おれには当然なかったものだ。おれはたとえ華々しく3タテを演じた日でも、いつでもどこか死にかけていた。おれにとってのガラル地方は並程度の活躍すらままならず、しかし相棒枠である以上どこにも行けないというところから始まり、やがてその態度を仲間にぶつけることで最後の絆を築くのに成功していた。
 環境に刺さらない事実は、呪いみたいなものだった。そもそものルカリオのスタイルを踏襲するなら、それは単にダイマックスとの相性の悪さに対するひとつの換言にすぎなかったが、ダイマックスという現象を起こすガラル環境と友達になれないポケモンは、みんなこの呪いにかかっていたのだ。
 そんな呪いに苦しめられたおれでも、パルデア地方ではちょっとしたものだった。やがてルカリオのスタイルは再び世界中に知られる、細やかだが確実なモードになる。この環境でならおれも、忌憚なき友情を仲間に向ける余裕くらいは持てるかもしれない。それでもおれは、結局どこまでいっても、単なる局所的なノルタルジーにすぎない。夏の午後五時半の夕暮れ時にしか通用しないような……
 だからやっぱり、おれはウェーニバルへの気持ちをどう扱えばいいのかわからない。




 たとえば、マスカーニャとのこと。
 このところ、バトルで3タテを演じた興奮のままにムラムラきたとき、おれは以前のように仲間を交尾に誘うことができないでいた。以前はごく稀な活躍のどさくさに紛れるような気持ちでそれをしていたのだが、ある程度の好成績を獲得した今となっては、パーティの中核を担っている自分をスターのように扱う感じがして、とてもいやらしい。「エースのおれから誘いを、おまえは断るはずがないだろう?」って圧迫するみたいでさ……
 かといって、仲間からの愛情を一身に浴びる交尾の満足感を忘れることはできない。おれは、環境に刺さったら刺さったで、うまく解消できない性欲が蓄積してしまっていた。
 ウェーニバル……誘ってしまおうか……あれだけ気さくにスキンシップしてくるやつだから、悪しからず思われていることは間違いない。意外とあっさりと乗ってきてくれたりしないだろうか……ウェーニバルとエッチがしたいな……でも、うん。今日のところはマスターベーションで抑えておこう……
 野営のテントで主人が眠り、仲間たちも大概が落ち着いたところでこっそり抜け出して、森の茂みのあたりでちんぽを扱いていたところに、マスカーニャがやってきた。
「あっ」
「あれ、ああ……こんなとこにいたんだ」
 マスカーニャは用足しに来たのだった。マスカーニャは謝るが、おれも悪い。夕飯のサンドウィッチを食べているときから、おれはムラムラしっぱなしで、さっさと抜いてしまいたくてしょうがなかったので、身を隠すにも森の深いところまで行くのが面倒だったのだ。
 みっともない姿を見られる恥ずかしさに股間を隠すが、マスカーニャは妖しく笑ってにじり寄ってきた。
「キミもそういうこと、するんだね。ボクも混ぜてよ」
「えっ、えっ……いや、いいのか。おれなんかと……」
「ないね」
「ないって、なにが」
「今の言葉に。キミとしちゃいけない理由が、どこにもない」
 おれはもちろんうろたえたが、マスカーニャが言うとおり、おれのほうから拒否する理由はなかった。マスカーニャは可憐なポケモンで、でもこういう姿でもやっぱりオスはオスだから、おれと同じような性欲がこみ上げてくることも当然あるだろうと思うと、なんともぐっときてしまう。おれのマスターベーションを見て、無邪気に便乗しようという気安さも都合がよかった。
 お互いに脚を開いて股間同士をくっつける格好になった。マスカーニャはみるみる勃起した。
「おっきいね」
 種族柄、おれのちんぽはそれなりのサイズだった。体格ではマスカーニャのほうが一回り大きいが、細かいトゲにまみれたマスカーニャのちんぽは、完全に勃起してもおれのちんぽに隠せてしまえそうだ。でもこういうことは別に、デカいからエロいというのでもない。マスカーニャがその気になり、お互いの恥ずかしいところを見せあって、サイズを比べっこする。そこに興奮がないわけがなかった。
「ほら、いっしょにしよ」
 片手ずつ、互いのちんぽを握り合う。用足し直後のマスカーニャのちんぽからは、いくらか尿のにおいもして、扱くとぴちゃぴちゃいう濡れた音を最初からさせていた。とてもラッキーだ。こんなかわいいポケモンの、最もダイレクトなオスのフェロモンを嗅ぎながら、いっしょにマスターベーションできるなんて。
「あふっ、あ……だ、だめ、おれ、いっちゃう……」
「お預けしちゃったもんね。でもだめ。先にイかれたら寂しいよ。ゆっくりやろうね」
「うん」
 おれがイきそうになる度にマスカーニャが寸止めして、何度も楽しんだ。相手をよがらせるために手を動かせば、自分も気持ちよくなって追い詰められる。額を擦りあわせ、吐息を嗅ぎあい、どちらのものともつかない我慢汁に毛を濡らしながら、果てるのを惜しんで扱きあった。
「マスカーニャ……こういうことに、けっこう気が乗るんだな」
 何度も繰り返すうち、興奮しながらも余裕がでてきていた。
 こんなふうに――ウェーニバルともエッチなことがしてみたいな。
「今、違うヤツのこと考えてたでしょ」
「う……」
「まったく」
 ずい、と顔を寄せてきて、キッスされる。おれはドキリとさせられながら、閉じた口に押し当てられる舌を受け入れた。
 舌と舌でキッスしながらの手コキは、至福だ。いくらかあった余裕なんて簡単に吹き飛んでしまい、マスカーニャの背を片腕に抱き寄せて、とろとろと舌を触れ合わせる。おれのちんぽにぴったりとくっついているマスカーニャのそれも、カチカチに固くなっているのがよかった。
「んふ……い、いくっ……いきそ……」
「んー?」
 握りあった手で扱かされる。手コキであり、マスターベーションでもある。ここまで寸止めを繰り返して、おれの絶頂の兆しにマスカーニャは気づいているはずなのに、キッスを続けながら、今度は手のほうも止めてくれないのだ。おれをイかせようとしている。イきそうだと訴えるのをねじ伏せるように、マスカーニャの舌が深くまで入り込んできて、おれの舌が吸引される。がっちりと口の部分を結合されて、舌までさらわれると、まともな声にはならなかった。
 ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅっ――
「んっ! んっ! ふんんっ! んうぅぅ――!」
 精液の飛沫が、胸や顎のあたりまで飛び散った。射精しながら、いちばん気持ちいい瞬間に扱かれ続ける快感で、体が波打つ。マスカーニャはふすふすと鼻息を荒げながら、ほどなくしておれの後を追うように射精した。おれたちは互いの体を汚しあうようにザーメンのマーキングを吐きだしあった。
 おれとマスカーニャは、まだ出会ったばかりだ。パルデア地方でのランクバトルが始まってすぐ、おれはマスカーニャと引き合わされた。それはパーティ構築の戦略のひとつにすぎない。主人は、パルデア地方におけるトップメタはカイリューだと気づくとすぐにルカリオの「しんそく」による全抜きを軸にパーティを考案した。それについて、おれとマスカーニャのスタイルの噛み合いがとくによかったわけではなく、おれの選出が難しい場合のプラン、サイクル戦を持ち込む役割としてのマスカーニャだった。相手の先発に対して有利が取れると見た場合に、マスカーニャが出てゆき、不利を取った相手の交代先に「はたきおとす」を当てて、負荷をかけながらもちものをチェックし、相手の型を判別しつつ弱体化も狙う。そういうポケモンだから、サイクル向きでない調整の現在のおれは、あまりいっしょに戦ったことがない。
 マスカーニャの最初の印象といえば、変なところでよく笑う、というものだった。自分のわかっていることは相手もわかっているだろうと思っているのか、とにかく自分勝手な……自分にしかわからない話をする癖があった。なんだか気まぐれでマイペースで、自分がペットとして愛されていることをよく知っている嫌なチョロネコのようだとおれは考えていた。
 お互い、ひとしきり余韻に浸っていると、突然マスカーニャが、ニャオハ、と言う。
「ニャオハ?」と、おれは訊いた。「ニャオハがいるのか?」
「ニャオハはいるよ。たくさん。そして、ニャオハを好きな人間の女の子がいる」
「いや……」
 近くにそういう波導は感じられなかった。もしかすると、マスカーニャはなにか()()()タイプのやつなんだろうか? おれはそういうのはなんとなく苦手だ……
「それでね、ニャオハを好きな女の子は、大好きなニャオハに触れたら、真っ赤になっちゃうんだよ」
「うぶなんだな」
「違うよ。アレルギーなんだよ。ニャオハに触れたら体がかぶれちゃうんだよ」
「ふうん」
「でもその女の子はニャオハが好きだからニャオハを抱くんだよ。大好きなニャオハに触れると体がかぶれちゃうのに、かゆくてかゆくて、痛くて苦しいのに、ニャオハを抱くんだ」
「うん」
「ねえ、それって悲しいお話かな?」
 おれが応えずにいても、マスカーニャは気にするふうでもなく、おれの手を握って立ち上がり、水浴びへ促した。森を出ると、空を見た。深夜で、月が出ていたし、薄い雲もあった。
 おれたちは川で適当に体を洗って、野営に戻って寝た。おれは寝るまでずっとマスカーニャが言ったことの意味を考えて、それで翌朝、言ってみた。
「なあ、マスカーニャ」
「なあに」
「別に、悲しい話じゃないと思う」
「なにが?」
「ニャオハの……」
「え、ニャオハがいたの?」
「ああ、ニャオハはいるよ。パルデアにはたくさん。それに、いろんなニャオハがいる。たとえば、絵に描かれたニャオハや、想像のニャオハも」
「うん」
「それなら、アレルギーとは関係なしに触れるじゃないか」
「まあ、そうだね」
「それなら悲しい話じゃない。どうだ?」
「うーん、どうかな……」
 そこに、「なんの話をしてるんだ?」とウェーニバルがやってきた。主人が朝のサンドウィッチを作るのを手伝いながら、おれたちの話を聞いていたのだ。
 おれが昨夜のマスカーニャの話を聞かせると、
「あ、じゃあこうしようよ。人間の男の子がいるんだ」
 そう言いながら、ウェーニバルはおれと肩を組むようにして身を寄せてくる。ウェーニバルと気安いスキンシップができて、もちろんおれは嬉しいが、そんな態度を見せるわけにもいかず、ぎくしゃくとするしかなかった。そして、そんなおれのことをマスカーニャが見ていた。
「で、男の子は足が悪いことにしょう。それでいつも部屋の窓から外を見て、その絵を描いてるんだよ。ある日、ニャオハアレルギーの女の子を見つける。それでその子の絵を描くんだよ。絵の中で、その子はニャオハを抱いている。少しもかゆくないし、痛くない」
「あ、もうわかった」と、マスカーニャが言った。「それで、やがてその男と女がいい感じになって、ベッドの上で触れたら真っ赤になっちゃうんでしょ?」
 ウェーニバルは愉快そうに笑った。「いやいや、そういう話じゃないよ」
「それで、やっぱり子どもとかできちゃうわけだ。一発で。一撃に二人くらいポンポン産まれるんだよ。ニャフフ、四発で八人だね」
「人体ってそういうふうにできてないと思うけど」と、おれも口を挟んでみる。
「で、やっぱり八人も子どもがいると生活は困窮するね。貧困によって父親と母親の喧嘩は絶えないし、そんなところで育ったガキども、みんな悪ガキになる。非行だね、全非行。八人オール非行。父親は現実から逃げ出すために酒浸りになるし、母親はストレスと過食でブニャット並にデブる。それって、悲しい話だと思う?」
 正直、目の前に迫っているウェーニバルのすらりとした胸元が気になって、半分くらい頭に入ってこなかった。尻尾、揺れるなよ。頼むから……
「まあ……どうかな。けっこうそうかも」
「でしょ」
「でも思ったんだけど」と言って、ウェーニバルはマスカーニャの肩も抱いた。「ぼくたちって気が合いそうだよね?」
「そう……か?」
「まー、そう……ちょっとはね」
 マスカーニャが差し向けた冷笑的のアイロニーも撥ね退けてしまえるのが、ウェーニバルのスタイルだった。




 あるいは、コライドン。
「ウーーン……ウーーーーン……ウウウウ……」
「うるせえなあ……」
 コライドンがおれを睨んだ。
「え?」
「唸るなよ」
「だれが」
「おまえのほかに誰がいるんだ」
「おれ……唸ってたか?」
「おう。『ばんけん』のマフィティフだった」
 指摘されて恥ずかしくなる。おれが格闘していたのは「The Art Of Loving」という本で、もちろん人間の字なんて読めるわけがないから、テツノツツミに朗読してもらっていたのだが、内容がいかにもむずかしく、理解の欠片も掴めそうにない。
「なんなんだ、哲学の本なんか読んで。頭がよくなりたいのか?」
 おもむろにコライドンが言った。
「頭? 別にそういうわけでも……」
「推理小説じゃあ足りなかったのか」
 テツノツツミが文字を理解できると知って、興味本位で主人の持っていた文庫本を朗読させてみたことがあった。それが推理小説で、思いの外おもしろかったのだ。もちろん、一冊を丸ごと朗読するには時間がかかるので、寝る前の暇な時間などに頼んで少しずつ楽しんでいる。
「推理小説? あれは別に……頭がよくなるってふうでもないだろ」
 刹那――馬鹿にしくさったようにテツノツツミの爆笑が響いた。
「ええ、ええ。そうですか、そうですか。推理小説は馬鹿ですか……ヒヒ、ヒヒヒヒ! ええ、ええ。そうですとも……馬鹿で……ひけらかしで……」
 機械の体を得た未来のポケモンたちは、擬似的な感情がある故に、我々と同じように主体性を持って思考し、行動するという。ならばそこに情緒が宿っていても別におかしなことではないのだ。もっとも、それを確認することは、できないけれど……
 テツノツツミが急にまくしたてるので、気味が悪かった。
「だから……馬鹿とかじゃなく……別に頭は関係ないって」
「どういうだよ」
「ウェーニバルが……」
 コライドンがウェーニバルを見る。ミミズズと追いかけっこのようなことをしていた。無論、身のこなしの軽くないミミズズを普通に追いかけたのであればウェーニバルが容易に捕まえてしまうので、ミミズズは地中に潜ることでウェーニバルから逃れようと頑張る。逆に、ミミズズが追う番になると、ウェーニバルは遠く離れることはせずに、ミミズズのレンジの中でのたくる体をひらひら避け続けるという遊びをしているのだった。
「あいつがどうかしたのか」
 コライドンの問いかけに、おれは押し黙った。今の自分の胸を明かすのがどうにも恥ずかしいと思ってしまった。
 しかし、こうも考えられる――あるいは自分とコライドンの交友には共通点があるんじゃないだろうか。
「コライドンは、大昔のポケモンだろう」
 おれは質問に質問を返したが、コライドンは別に不満そうなようすもない。
「まあ、そうだな」
「それで……思ったりしないか。世間が違う、とか」
「それは時代の話か?」
「違う。いや……違わないかもしれないけど……それだけじゃなくて、全部なんだ」
 コライドンはテツノツツミが開いたまま持っている本を一瞥して言う。「じゃあ、教養とか、振る舞いか」
「それも違う。近いけど……違う」
 おれはどうも、言葉が下手だ。コライドンがおれの言葉を分析しようとしている。
「今さら、そんなこと気にしねえよ。気にしてもしかたねえだろ。だから、おまえらとも友達をやれるんじゃないか。オレは時たま、冗談で腕っぷしを自慢したりするけど、別に本気でやってるわけじゃない。もし、オレがみんなに施しでもしたら、オレたちは絶縁しなきゃいけなくなるぜ」
 それに、とコライドンは言った。言って、またウェーニバルとミミズズの方を見た。
「あいつは、そんなに脆いヤツじゃねえだろ。ああやって、みんなと仲良くなってきたヤツだ」
 ウェーニバルの話だと露見しているらしいので、おれは素直に切り出すことにした。恥を隠すもなにもないように思うから。
「そういうふうにして、迷惑がられることもあるだろう」
「あることはあるんじゃねえか。でもオレが見る限りはもてもてなヤツだぜ」
「そう……か」
「つまり、意外ってところがじゃねえか。バトルで大活躍するエースだが、それをひけらかすでもない。活発で、闊達で……そのくせ野花でも見かけると不意に上品なところも見せる。それに一発でやられちまうわけだな。ああいう感性は、真似しようと思ってできるモンでもねえな……どうにも」
「ちがう。そんなのは別にすごくもなんともないんだ」
 おれはコライドンの言葉を切断した。全身がむずがゆくなったような気がしてくる。血管の中でなんらかの――()()()()()()()が這いまわっていた。おれは、なんとしてもコライドンの言葉を制服してやりたくなる。
「そんなのは、立派でもなんでもないんだ。それだったら、レイドバトルに出ずっぱりのおまえのほうが、何倍もすごいことだよ」
「じゃあ、あいつはすごくないのか?」
「ちがうけど……あいつの、ウェーニバルのすごいところは……そんなことじゃないんだ。あいつのすごいところはさ……誰よりも『インファイト』がきれいなところだよ」
 わかるだろ、と言外にした。同じかくとうタイプならさ。
「ルカリオ」
「うん?」
「そうだな、今の時代の言葉で言えば……キモい」
 おれがコライドンの頭にコメットパンチしたので、その話はそれで終わった。
 



 今でもおぼえている。
「アクアステップ」で敏捷さに磨きをかけ、「インファイト」で全抜きしてゆくウェーニバルの美しさ。それに仕草だけではなかった。ふわふわのたてがみ。トレーナーの指示を待つときの踊るような身の振りとステップ。利発そうな顔の立ちかた。それを総合的に美しいと思った。
 おれは――バトルのあとで、ウェーニバルに近づいた。そわそわとして、手を出さずにはいられなかった。
「綺麗だった」と、おれは言った。
「なにが?」
「だから、おまえのバトル。すごく綺麗だったよ。あんなに綺麗に『インファイト』をやるポケモンを、はじめて見た」
「そうなの? ありがとう」
 ウェーニバルは素直に笑ってみせた。好意を、取り繕わず受け取ることのできる者の笑みだった。
「ルカリオは、ガラル地方でも戦っていたんだって? ぼくよりも強いポケモンもいたんじゃないかな?」
「それは、まあ、いたよ。ガラル地方は、とんでもなかったんだ。伝説のポケモンとか……幻のポケモンとか……」
「聞きたい。その話」
 それは、生まれてはじめてのことだった。なぜって、ガラル地方の環境ではない場所での、はじめての仲間(パーティ)だったからだ。おれの過去をまったく知らない、はじめての友達。
 おれは話して聞かせた。環境のこと。伝説や幻のポケモンのこと。頼もしい仲間たちと、「相棒枠」のおれのこと。環境に刺さらないルカリオのこと。
 そうした話をする中で、不意に、ウェーニバルは笑った。
「馬鹿だなあ」
 おれは気がつけなかった。自分が、生まれてはじめてのことを次々に経験していると気がつけなかったのだ。
「きみは、ポケモンなんだよ。一匹の、普通のポケモンなんだ。ぼくたちの仲間で、友達じゃないか」
 おれは、()()とこなかった。呆然として、ウェーニバルを見つめるしかなかった。
 空白の瓶、とウェーニバルは言った。
 ウェーニバルは見抜いたのだ。おれが、仲間たちの文脈の外にあるということを。そして、仲間たちにはおれに対する忖度のない親しみがあったことを。「相棒枠」のおれは、それによって漠然と世間を受け入れがたいような情緒を持っていた。「相棒枠」に理由はない。トレーナーからの無条件の寵愛を受ける存在。そうすると道が割れる。道が割れると、孤独になる。孤独になると、手本がいなくなる。
 だから、おれがこんなふうになったのだということを、ウェーニバルは見抜くのだ。
 ときにはおれと笑ってくれる。ときにはおれと泣いてくれる。ときにはおれを叱ってくれる。そんな仲間が、おれの周囲には常にいたのに、おれの側では仲間たちをそのように了解していなかった。
 おれには基準がなかった。また指標がなかった。おれは、()()の手本を必要としていた。
 ()()()()()()()が内部に吹きすさんだのは、そのときだった。
 それは、物事を深くに考えさせた。物事を、深くに考える――それは、生まれてはじめてのことだった。
「知りたいとは思う?」
「え?」
「『インファイト』の、綺麗なやり方」
 ウェーニバルは、初対面のおれに真剣な目で言ってくれた。その瞳孔は、おれの内部を捉えるためにひりついていた。それが、視線の言語でおれの中心に穴を空けたのだ。真剣な瞳の美しさに、呆然とさせられる。
「うん」
 おれの返事も、呆然としていた。
 でも、それは確かにおれの、()()()()()でもあったはずだ。
 ウェーニバルは笑顔を返した。「ぼくが教えてあげるよ」




 ルカリオというポケモンの絶頂期には、その信仰の集積の証として様々なバトルでの成績を集めせしめたわけだが、ガラル地方での戦いでおれが受け取ったものといえば、ほとんど「相棒枠」のポジションのみに限っていた。「それは単にスタイルの問題だよ」と言ったのは、ウェーニバルだった。実際、ガラル環境という文脈と、ルカリオというポケモンの語彙の相性がなんとも悪い以上、バトルでの活躍などはもってのほかだったのだ。一方で、カイリューがトップメタを張るパルデア地方においては、人々は当然カイリューを対策はするけれど、似たような戦法を取るルカリオまでは対策しようとはあまり思わないらしい。そもそも、ルカリオの語彙は「なにをしてくるかわからない」ところに特徴があり、戦法がノーマルテラスしんそくに限らない以上、ルカリオの強さはバレないし、悪いこともない。たとえば、カイリューが「りゅうのまい」で突破力を上げてゆくのと同じで、ルカリオが「つるぎのまい」でカイリュー以上の破壊力に至ることも事実だ。むしろ、サブウェポンでの役割破壊がある程度は想定できるカイリューに対し、ルカリオのサブウウェポンにはそれほど関心を持たれない。「なにより意表が突ける」の街道を、おれは堂々と闊歩できたのだ。カイリューと違い、おれのスタイルは見えにくい。やがてはルカリオのスタイルとして、これが広く伝播してひとつのモードになるのかもしれないが(それはつまりノーマルタイプにテラスタルするルカリオ自体がさして目新しくはなくなり熱狂的なうねりも治まったあとということだけど)、そもそもはじめの時点で主人がここまで予期していたのか、それは知らない。たぶんそうなんじゃないだろうかとは、なんとなく思う。やはり、ポケモンについてのほとんどのことはトレーナーが決定する。起点作成にカバルドンではなくミミズズを採用するのもそう。ルカリオとミミズズが並べばほのおタイプのポケモンが選出されやすくなることを見越して、「くだけるよろい」ではなく「もらいび」のグレンアルマを採用しているのもそうだ。そうして、役割破壊に技スペースを使い切ったおれに代わり、かくとうタイプとしてウェーニバルが採用されもした。そうして出会ったウェーニバルに、おれはこんなにもご執心である。
「そういうわけか」と、コライドンは言った。「このところ、お呼びがかからねえなとは思ってたんだ」
 体を丸めてうずくまったまま、首だけ曲げておれを見て、かすかに笑う。
「え? あ……」
 強いポケモンというのは、みんなそうだ。ひとつの命を演じる態度の完成度。コライドンはなんだか、険しい山々の頂点に君臨するようだった。まるで宇宙空間の奇蹟のように、あたり三六〇度を球状に厳しい生存環境に囲まれているのだ。コライドンの爪先のかすかな震えや、首をもたげるとともに靡く触覚や、ささやくように絞り出す重低音の声音が、すべて、コライドンの周りのすべてを征服するためのようだった。そして、しばらくするとコライドンの肢体とその延長にある支配との境目が合間になってゆき、いつしかコライドン自身が畏怖や尊敬や威厳そのもののように思われるのだった。それは、たったかすかな爪先の震えによって拡がり、その波動が治まってしまったら、山々には再び静寂が訪れて、コライドンはもうどこにもいないのだと、そんな気持ちさえする。ゆったりとくつろいでいるコライドンの姿に、おれはいつでも見入ってしまう。王者のスタイルの、その完成度。
 それは、どことなくバンギラスのことを思わせた。強者の、そのスタイルが。
 おれの恥部を知り尽くし、長くをともに戦った相棒。パルデア環境は物理偏重のきらいがあり、特殊受けのバンギラスは、ひとまずの休息期間だった。あいつは今はボックスの中でどうしているのだろうか。それだってトレーナーが決定することで、ノスタルジーに関することだった。
「オレのこと、愛想が尽きたのか?」
「そっ! そんなわけない!」
 くつくつと笑い、コライドンは首を伸ばしておれの顔を覗きこむようにしてきた。
「でも、ずいぶん久しぶりの感じだろ。最近はどうしてるんだよ?」
「そう、だな……ううん、どうかな……」
 もう読書の気分でもなくなったので、テツノツツミを朗読から解放してやった。主人の荷物に本をしまい、コライドンの傍に腰を下ろす。
「おれは……わからないんだ。こんな素敵なこと、おれなんかが、簡単に手にしてしまっていいのかって。それはもっと……色々な努力を尽くしたうえで得るべきものだって思う」
「オレと交尾するのが?」
「そっ、それは……! いや……うん。そう……それもある」
「でも、おまえみたいになりたいヤツもいっぱいいると思うぜ。番を見つけようとしてもうまくいかねえポケモンなんてよ」
「コライドンも?」
「オレか? オレは別に。かわいーヤツとテキトーに楽しめれば、それでいい」
「おまえって、最初からそうだったもんな」
「そう、そう。大穴のヌシとか、最初からオレには向いてなかったんだよ」
「そんなことないよ。おまえはすごく強いし、とっても格好いいじゃないか。それを言うなら、おれだって……」
「ああ」
 コライドンは、弱い力でおれを前足に抱き寄せようとした。おれは……おれは、拒まなかった。
 こんなことは、駄目なのにと思う。ウェーニバルに心惹かれながら、コライドンに口説かれるのをよしとしては、駄目なのに。たとえば、その太く逞しい四足。長い尻尾と、頑丈な爪と牙。奔放な性格に、強い好奇心。圧倒的な強さの自覚。そういうものを、おれを攻め落とすためだけに使われてしまうと、おれは抵抗なんてできなくなってしまう。マスカーニャのときは、ただの偶然だった。コライドンの誘惑は違う。瞳におれしか映していない。
「な、ルカリオ……」
 耳の内側のにおいを嗅がれる。
「――うん」
 そんな声で、名前なんて呼ばないでほしい。首を縦に振る以外に、やりようがなくなってしまうんだから。
 だから――結局、こうなってしまうのだ。
「あ゛っあ゛っあ゛っ! あんッ! イくぅ、いぐ、いぐうぅうぅぅ!! あ゛あ゛――ッ!!」
 コライドンの背に負われて空を飛び、目についた崖を這いのぼったところの草原で、とくに身を隠すでもなく組み敷かれた。二足で立ち上がるバトルフォルムに姿を変えたパルデアの王者は、野生ごときに交尾の隙を晒すことをまったく厭わない。むしろ、全身でおれを征服する姿を見せつけることで昂ぶるようなところさえあった。
 後ろ脚のあいだのヨコワレから、ずろんとまろび出てくるコライドンのペニスは、でこぼこと節くれだって突起にまみれている。地面に腹を押しつけるようにねじ伏せられ、尻に詰め込まれた極太のちんぽで延々、イかされ続けるのだ。
「ひんっ、ひいんっ! やあっ、もお、やだあぁ! ゆるじでっ、いぐっ、いぐいぐいぐッ!! お゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
 胸のトゲが地面に突き刺さり、楔になって固定されている。寝バック……背中から体重の圧をかけるコライドンに閉じ込められて、どこにも逃げられない。 
「なに言ってんだ。アナルぎゅうぎゅうしてきてかわいいぜ。ほら、ココ好きだろ?」
「ひッ、ぎ――ッ!! そごっ、いぐっ、いぐ……!」
「だろう。こうやって……太いとこで、いっぱいぞりぞりしてやらねえとなあ」
「あがッ――あ゛――ッ!!」
 呼吸さえ奪われる、激しく、あまりにも長いオーガズムに、押さえつけられているはずの体の、どこもかしこもが浮遊する。コライドンはおれを溺れさせながら、顎を掴んで頭を仰け反らせ、上からキッスをして空気を吹き込んでくる。
「ん゛っぶ……! あひ……は、へ……ゆ、ゆる、し……も、いくの、しんどい……」
「気絶しても、ちゃんと綺麗にして連れて帰ってやるよ」
「やっ、やあ……」
 元始の生物の、交尾の手慣れたこと。コライドンはこちらの()()()()()を常に抉り続けてくる。それも、おれを壊してしまわぬよう本気の腰振りはしないのだ。したがって、コライドンが昇りつめるには非常な時間がかかる。コライドンが()()()になったが最後、達するまでの長いあいだ、やさしくやさしく、手心を込めて性感帯を責め続けられる。その凄惨な量のオーガズムときたら、いっそ虐待じみていた。
 この竜の真骨頂を一度でも味わわされてしまえば、もう誘いを断ることなんて、できるはずがないのだ。
 オスがオスを愛してしまうことの災難がここにある。これほどの量の快感。極上の交尾。それは心に決めた愛をもってさえ等価になりえない。おれは定期的にオスに抱いてもらえなければ、生きた心地がしない。宿痾である。しかも、そうでありながらおれはウェーニバルの愛までもねだろうというのだ。
 止められない。止めなくてはと思いはしても止まれない。
 おれはウェーニバルになにも伝えてはいない。だからこんなことにもなるのだと思う。それは、おれが悪い。いつだって、災いするのはおれが取り続けてきたスタイルだ。原因はわかっている。おれの感性が間違っているのだ。
 でも、でも――清らかに、慎ましく生きたいとどれほど願っても、おれはあのガラルでは、こうでもしなければ生きていかれなかった! 生まれの違いや……かつての輝きや……友情に報いたい気持ちがあったんだ……もちろんおれは、オス同士の交尾を歓んではいた。でもそれって、なにか悪いことなのか? それくらいの楽しさが与えられたっていいじゃないか! 嫌がる相手に無理を強いたわけでもない。おれは、仲間とのエッチがやりたかった。それがおれの文法だった。ただそれは、今のおれの文法ではない。それは、相性の悪い環境にあったころの文法だった。今、じゅうぶんに活躍できるパルデア地方に同じ文法を持ち込んでいるおれが、絶対に悪い。
 ウェーニバルだけを望むなら、おれはこんな交尾を止めなければならない。しかし、それはおれの感性の判断ではない。世間の反応を慮って、それを目安にした考えだ。なぜって、おれは愛されているじゃないか。こんなふうに、コライドンに抱かれて、壮絶なほどの気持ちよさを味わわされて……だって、それってウェーニバルへの愛情と両立できる。ミステリーとファンタジーは互いを否定しない。奇跡もあれば魔法もある。コライドンを愛しながら、ウェーニバルを愛することは、できるとしか思えない。
 ――じゃあ、教養とか、振る舞いか。
 コライドンは、そう訊いてきた。
 おれは、ちがう、と答えた。これは絶対に、ウェーニバルの教養や振る舞いへの羨望ではなかった。さらに底のしれないことがあった。
 おれは没頭していた。それはもっと()()()()()()()だ。
 おれは――そう、ウェーニバルに、今までの文脈を切り離し、おれの文脈へ()()()()()きてほしいのだ。活発で闊達で美麗なウェーニバルが、おれの世間の文脈へ墜落してきてはくれないか……
 同じパーティで戦い、交友をしてゆくに連れ、おれの気持ちは強まってゆく。同時に、おれはウェーニバルとの距離をどこかに感じている。それは、ウェーニバルがどこまでも違う世間の文脈の住人だからなのだ。
 同一の文脈で会話がしたい。同一の文法で遊びがしたい。
 しかし実感するのは、認めさせられるのは――
「インファイト」の美しさ。
 取り繕うことのない友情。
 だからおれは、そんな世間の文法をきらいになる。
 ――そんなきみとは付き合いたくないよ。
 おれは単に、そう言われることを恐れている。また要因を恐れている。しかも、それがむしろ()()()()()()()を肥大させてゆくらしいのだ。
 ウェーニバルは……その気になりさえすれば、いつでも番を見つけられるだろう。いとも簡単に。
 それをできるだけの下地が、ウェーニバルには十分あった。容姿があった。性格があった。力があった。ほかにも様々なことができるだろう。すべて、メスを射止めるには十分な技術だ。あの美しいポケモンが、今は同じパーティにいるからといって、それがなんの保証になってくれるだろう?
 メスと親しくなる。それから恋をする。子供などもできるかもしれない。急に友達は世間の文脈にかかりきりになり、そうなると絶対におれの文法は永遠に使えなくなる。いとも簡単に。
 ウェーニバルの友情を信用していないわけではない。文脈の逆転などいくらでも起こりうると思われる。その判例はおれ自身なのだ。
 なぜって、そうだろう――おれはウェーニバルの「インファイト」のやり方に一発でやられて、愛してしまったのだ。
 それは、価値観が簡単に変わりうるという、模範的な症例にふさわしかった。
「んはっ、あっ、しゅご、いぃ……」
「アツアツだろ。コッチでも楽しませてやらねえと、不公平だもんな」
 散々にイかされながら、たっぷりと中出しをもらったら、今度は仰向けに転がされ、総排泄腔にちんぽを犯される。コライドンの交尾は、そうなのだ。単におれを性処理にしておしまいではない。おれをオスとして尊重してくれるのだ。具合のいい尻穴だけを見るのでなく、じゅくじゅくに総排泄腔を濡らして、体ぜんぶを使って、おれを求めてくれる。
「うあっ、あっ、あっ! おしり、漏れちゃう……」
 コライドンのスクワットに下腹部を押しこまれると、尻に出された大量の精子が押し出されるように溢れてしまう。
「ケツの中たぷたぷだもんなあ。ひりだすの気持ちいいだろ? 掻き出してやるよ」
「ふやっ、あっ、あ――ッ!」
 騎乗位のまま、後ろ手にアナルをほじくられる。それは前立腺刺激なんかではなくって、本当に尻をほじりまわすだけの動作だった。後ろを失禁させるようにして、いじめてくるのだ。でも、それがもう、どれほど快感かって……
「あー、イイ。このコブのとこ、あ~、きもちー」
 ざわめきが、ずっとある。当然だ。視界を遮るもののなにもない草原で、思うまま声をあげて、堂々と、長々と交尾なんかしていたら、野生どもの目を引くに決まっている。そんな有象無象、コライドンは恐れない。なんら脅威たり得ない。最初こそ、凄惨なエッチに悲鳴をあげるおれを見て、生きたまま食われているんじゃないかとも思ったろう。恐々と成り行きを観察していただろう。しかしそれは実際ではなかったことなど、すぐにわかる。おれがどれだけの快感に引きずり込まれているのか。
 グレッグルがくさ葉の影で呆然と口を開けている。ナゲツケサルが木立から出てきて股間をいきりたたせている。ペリッパーがいつまでも飛んでゆかずに旋回している。どいつもこいつも、「あのルカリオ、とても気持ちよさそうだな」という目でおれを見ている。
 いいだろう? 羨ましいだろう? それを認める世間は、確かに存在するのだ。おれはずっとこんなふうにしてきた。こんな、極上のオスにめいっぱい愛されることが、快感でないはずがないんだったら!
「コライドンっ、ああ、ああっ!」
 おれを見下ろしながら、べろりと舌なめずりする、その上気した表情。オスの顔だ。支配者の顔なのだ。それがすごくかわいい。コライドンはとても綺麗だ。最高に格好いい。
「おまえのほうが、ずっと、な」
「うあッ、あッ――!!」
 最後には、おれを抱きしめてくれた。ドライでイッてばかりで金玉でグツグツ煮えていた精子をぜんぶ総排泄腔に射精してしまうまで、コライドンはずっと抱いていてくれた。
 だからほら……なあ、わかるだろう?
 こんなもの、手放せるわけがないって……ウェーニバルを愛しているからって、コライドンを愛さないなんて、おれにはそれは、あまりにも無理なんだって。
 そういうスタイルで生きてきたんだから、おれは。
 マスカーニャに訊いてみたくなる。それって悲しい話だろうか?
 ああ――
 気味が悪い。馬鹿だ。




 そういえば、「The Art Of Loving」を読んでもらう前に、テツノツツミとこんな話をした。
「あなたが愛の哲学を学ぶことを、私は歓迎しますよ。よろしくお願いします」
 なにかの玩具みたいにとても角ばった動作で頭を下げるということを、テツノツツミは流れるように違和感なくやってみせた。
「どうかな」と、おれは言った。「おれ、あまりひとつのことを続けた経験がないからさ。うまくやれるかどうかわからないよ」
「そうですか。それでは、短いあいだですが、よろしくお願いします」
 そんなんでいいのかよ。
「おれを更生させようって気があるんじゃないのか?」
「どうでしょう」テツノツツミの頭部が体から少し外れて、傾く。ただ首を傾げるだけで、なんとも生物離れしている。「そもそもあなたが更生されるべきポケモンなのかどうか、私にはわかりません」
「わからないのか」
「ええ。どう思いますか?」
「それは、懺悔しろって言ってるのか?」
「いいえ。懺悔という人間の文化を私は好ましいものとして捉えません」
「そうなのか?」
「あなたはなぜ、人間が懺悔をするのだと思いますか?」
「それは……なんていうのか、ほら、自分のやった悪いことを口に出せば、それを再確認するだろう。つまり、反省するんだ」
「そうでしょうか。私は悪いポケモンだ、と考え続ければ、そのポケモンはたちまち悪いポケモンになってしまいます」
「ふうん。そういうものなのか」
「ええ。実はそういう本を書こうかと思っています」
「本。ポケモンが、本?」
「知能があれば文字は使えます。知識があれば字を書くことも読むこともできます。字には感情を込めることも。感情を伝えるためにわざわざ知識を用いるのは、人間くらいですが、文字を支えているのは知識です。人間の知識で創られたものだから当然といえば当然ですが、要は気持ちですよ。文字という知識は、気持ちを乗せるための媒体でしかないのです。しかし、いくら文字の意味が伝わっても、気持ちが伝わらなければ意味がありません」
 強い核力、弱い核力、電磁気力(電磁力)、重力。この四つを統一・制御したことは、未来の人類の歴史であっても新しい――と、テツノツツミは語っていた。しかし、機械が擬似的な感情を得たことは、すでに久しい。AIによる執筆も。
「ですので、私の気持ちを届けるために、本にしたいと思っています。『自己暗示で自分を変える12の言葉』という題目にしようと思うのですが、どうでしょう?」
「ううん、なんかそれ、あまり有り難みとかなさそうだな」
「そういえば、財布を盗む人間の話があります」
「財布」と、おれは繰り返した。
「ある人間がいて、財布を盗む癖がある友人がいます。人間は人づてに友人の癖を知っていますが、そのことについてなにかを言うことはありません。なぜなら、自分はその友人に財布を盗まれたことがないからです」
「それで、最後は自分が盗まれる?」
「いえ、別にそういうことではないのです」
「じゃあ……」
「結局ずっと、友人は他人の財布を盗み続けるし、しかしその人と友人であり続ける。なにひとつ変わらず続いてゆくという話です」
「マジで。それ、どういう教訓なんだ?」
「わかりません」
「わからないのかよ?」
「はい。それがいったいどういうことなのか、ずっと考えてるのに、未だにわからないんです」
「ふうん……」
 でも、なんだかおもしろいかもしれない。禅問答とかいう、そういう感じなんだろうか? 人間はいろんなことを考える。それくらい、未来の人類は平和で暇なのかもしれない。
「でも」と、テツノツツミが言った。「これは私が考えた話なんですよ」
「はあ?」
「なんとなくこの話を思いついて、なんだか教訓がありそうじゃないですか。だから、いわゆる新作説話みたいにできるかなあと考えていたんです」
「いや、それ……順序が逆なんじゃないか? ふつうは教訓があって、それを伝えるために物語があるものだろう」
「そんなことはないですよ」
「だったら……その人間が財布を盗まれなかったのは、財布を持ってなかったから、というのはどうだ?」
 びよん、とバネが伸びた。さっきより大きく首を傾げたのだ。
「つまり、貧困なら、奪われるものもないから、たとえスリとだって仲良くなれる。生涯の友達でいられる。だから、清貧でいましょうって、そういう話」
「ふむ」テツノツツミの頭が元の位置に戻る。ガチャン、と嵌まる音がした。「それはもしかして、あなたのことを言っているんですか?」
「まあ……どうかな。でも、結局、今だけかもしれない」
 でも少なくとも今は、ウェーニバルのために愛の哲学を知りたいと思っている。それが正しいやり方なのだから。しかしテツノツツミは、それはわかりません、と言うのだ。またわからないってなにもわからないんだなおまえは、と毒づくと、テツノツツミはそうですねと言って、目の光が笑った形に表示された。でもわかることもあります。たとえば今日の夕飯にはサンドウィッチではなくカレーが出るでしょう。そうしてわかるんだ。街の方から足音が聞こえます、ご主人と買い物に出かけたミミッキュの足音が。足音? はい、あのミミッキュは、あなたといっしょにガラルから来ましたよね、いつも食べているようなサンドウィッチなら、ミミッキュはとくに好きも嫌いもなく食べていますが、たまにはガラルで親しんだカレーを作って食事を楽しもうということで、ミミッキュもそれを喜んでいるのではないでしょうか。おれはもちろんカレーが大好きだけど、そんな喜びについてわざわざ語ったりはしない。それでもテツノツツミは、その軽い弾むようなミミッキュの足取りによってカレーの喜びがわかるのだという。そして当然、今どこにいるかもわからないミミッキュの足音なんか、おれには聞こえなかった。
「私もカレーが楽しみです」
「そう言ったって、おまえ、ぜんぜんごはんを食べないじゃないか」
「単純に体重によって食べる量を決定しています。やはり体重の重い者は、その体を維持するためにたくさんの食べ物が必要です」
「いや、そんなことを言ったら、際限がなくなるじゃんか。デブがよりたくさん食べるなら、そいつはどんどんデブになるし、痩せてるやつは痩せ続ける」
「それが物事の道理ですよ」
「そう、か……? そんなルールに従っていたら、デブのやつは、いつか太りすぎて脂肪にまぶたも覆われて、目が見えなくなるぞ」
「そうですね」
「そうですね、ってなんだよ」
「お星さまを知っていますか? 丸くて光る、夜にたくさん現れるあれです」
「いや、星は知ってるよ」
「あの星は、そうしてぶくぶくと太って丸くなってしまったポケモンたちの成れの果てなのです」
「なんだそれ……どういう話だよ?」
「どうっていうかそういう話です」
「ええ……やっぱり、なに? それも教訓みたいなことか? でもそれなら、そこらへんの丸石になっちゃいました、とかのほうがいいと思う。星になるんだと、なんかちょっとロマンティックで、ブレる」
「ロマンティックのほうが素敵じゃないですか」
「素敵かどうかの話じゃないだろが」
「でも、本当の話なんですよ。私が愛したポケモンたちは、いつかみんな星になっちゃったんです」
 それって、悪い魔女が怪しげな魔法で星に変えちゃったとかそんな話だろ、とおれが言うと、テツノツツミは頭をびよよんと伸ばして笑っていた。もうそんなのはいいから早く「The Art Of Loving」を読み聞かせてくれよ、とおれは言った。そして、愛を勉強したあとは久しぶりに主人が作ったカレーを食べたいなと思った。




 飛んで帰る際、コライドンはこんなふうに言った。
「おまえ、ウェーニバルに話せよ。人間だってな、問題の半分は言葉で解決してきたんだ。それは大昔から、そうなんだ」
「半分って……じゃあ、残りの半分はどうするんだ?」
「寝る。寝て、休んで……それで半分くらいは解決するんだよ。人間はそうやって、この時代までの何千年も、それでやってこられたんだ。暴力は駄目だ。無理だ。関係っていうやつは、言葉で解決するしかないんだよ」
 乱暴で物事を解決するのに慣れすぎた、元・野生の考えだった。耳が痛かった。交尾は、暴力ではないとしても、意図を吟味せずに体を使うことをおれは選んできていた。
 乱暴で物事を解決する。それは不器用さだし、すべての知的な生き物たちの弱点だと思う。
「でもおれ……おまえに抱かれた帰りに、ウェーニバルと話すわけか?」
「それはおまえが悪いよ。誘ったのはオレだけど、乗ったのはおまえなんだから」
 コライドンは急におれの味方をしなくなった。マスカーニャのように、エッチの最中にウェーニバルのことを考えていたおれを見抜いたのだろうか? そこにはいくらかの憤りがあるらしかった。結局、根本的な問題はおれの言動に帰着するに決まっている。
「好きなんだったら、本気をぶつけてみろよ」
 そのものずばりを言い当てられる。隠しだての必要も、余地もないらしい。
 好き……おれはそういう気持ちを伝えようと考えると、急に口が下手になる。なぜって、おれはウェーニバルだけを好きなわけじゃない。みんな、好きなのだ。みんなを愛したいのだ。あくまでその中で、ウェーニバルをいちばん特別扱いしたいと思っている。
 なぜって、なにかを愛したいと思うとき、ほかの愛を切り捨てなければならないなんて、不条理じゃないか。
 気味が悪い。気味が悪いったら!
 飛んで帰っても、主人は買い物から戻っていなかった。夕飯まではまだまだ時間がありそうだ。おれは、コライドンに言われたようにウェーニバルを誘った。
「海を見にいきたいんだけど、いっしょに行かないか?」
「海!」
 簡単に気が乗った。ウェーニバルは絶対に海が好きだからと、コライドンが言ったのだ。そしてそれは本当だった。みずタイプだから、だろうか。
 飛んで帰ってきてすぐに、コライドンはまた飛んでくれた。おれとウェーニバルを背に乗せて、飛んで、飛んで、マリナードタウンを目指すらしかった。
「ああ、飛んでる、飛んでるよ!」
 夕暮れには、まだもう少しかかる。急上昇し、遠のいた地上を見下ろして、吹きあげる風のなか、ウェーニバルは声をあげていた。
「飛んでるのはコライドンだけどな」
「そう? じゃあコライドン、飛ぶのやめていいよ。ぼく飛んでるもの!」
「だめ、だめだめだめだめだってば」
「どうして?」
「落っこちるだろ!」
 おれたちのやりとりに、コライドンはゲラゲラ笑った。笑ったまま体をどんどん傾けて、急に落ちてゆく。おれは悲鳴を、ウェーニバルは歓声をそれぞれにあげて、コライドンにしがみついた。そのうちに垂直に落ちるという事態からは免れ、頭から伸びる両翼を開いたコライドンは滑空して、うまくマリナードシティの埠頭に着地した。
 怖かった。
 コライドンは、もうちょっとそのへんを飛んでくると言った。そんなに飛んでばかりで疲れてないかと言うと、飛ぶのは気持ちいいぜ、と言って、どこかへ行ってしまった。コライドンはどこの空をいつ飛んでいたとしても「気持ちいいぜ」と言うのかもしれなかった。
 おれたちは海を眺めることのできる埠頭のそばのコンクリートに並んで座っていた。おれは、海なんて口実だからどうでもよかったでもウェーニバルのほうも、別に泳ぐでもなしに海をただ見つめるだけだった。おれはウェーニバルの顔を見上げた。
「で、どう?」
「え、なにが?」
「海は」
「まあ、海って感じだね」
「それだけ? あんなにはしゃいでたのに」
「うん。でも、嬉しいんだよ、本当にさ。連れてきてくれてありがとう」
「まあ」
「ぼく、海が好きなんだ」
「どういうところがいいんだ?」
「広いから」
「それは……広い海を見てると、悩みとかがちっぽけに思えてどうでもよくなる、みたいなやつか?」
「そういうんじゃないよ。ほら、広いものって、いいだろう? 大きいものとか、ぜんぶ好きだな。得した気分になるよ」
「なんか、ウェーニバルってふつうに貧乏性なんだな」
「ええ、そうかなあ」
 そこで鼻息を吸うと、わっとする海のにおいがした。「でも、おれも潮風は好きになれそうだよ」
「いいよね」
「まあ、どうかな……」
 おれは考えた。ウェーニバルの回路を考えた。
 おれはウェーニバルを考慮した。ウェーニバルの文脈。ウェーニバルの感性。ウェーニバルとの交友。それを総合的に考慮した。
 どうしたら――ウェーニバルと共有できるのだろう。自分の文法を。自分の文脈を。ウェーニバルがいることで去来するようになったこの感情を――この焦燥と不安の漠然を――どうすれば。
 おれの苦悶は、いつの時も性欲で外部に変換される。
 想いしれ! おれは心中で慟哭した。
「ん……ん? どうしたの?」
「いいから」
 ウェーにバルの足のあいだに潜り込み、鼻先で股ぐらをまさぐる。体臭に排泄物のにおいが混じり、濃いフェロモンとなっていた。この美しいポケモンにも、ごく当たり前に有機的の代謝がある。そのにおいをさせている。そのことにおれはなによりも心臓を揺さぶられるのに、コライドンとまぐわった直後のことなので、勃起はできなかった。それがあまりにも惜しい。性的なポテンシャルが万全の状態でこの状況を迎えられたならと思わずにいられない。
 つやつやした体毛のなかに、むっちりち肉の感触を見つける。総排泄腔……このかわいらしい穴がウェーニバルのペニスで、アナルなのだ。そこに口づけて、舌を這わせた。
「――汚いよ? そんなところ……」
 上目にウェーニバルを見つめ、首を振る。こんなに綺麗なおまえの、いったいどこに汚いところがあるっていうんだ? 
 ぴったりと閉じた肉の表面に唾液を塗りたくる。外側を舐めるだけで、ウェーニバルは震える溜め息をついた。
「は……ん……」
「気持ちいいか」
「ん? 気持ちいい、って?」
 ぐわ、と目が拡がる。理解は刹那のうちにやってきた。ウェーニバルは童貞なのだ。性経験がまったくのゼロだというのだ!
 く……食い散らかしてやる……ウェーニバルの快楽の在り処を解剖し、こちら側へ……導かなければならない。ウェーニバルの()()()()を、二度とは訪れないこのひとときを、きらめきとして了解させるのだ、絶対に。
「あう……あっ、そんな……は、はいっちゃう……」
 排泄以外に用いられないところに、唾液のぬめりとともに舌を押しつける。押しこまれ、舌の先っぽがわずかに食い込む。
「は、ん……」
 いきなりは突っ込まない。舌を退かせると、肉の輪の密着が、ちゅぽ、と剥がれる。そうすると、ウェーニバルは安堵のように少しだけ脱力する。そういう反応のひとつひとつに、おれは脳の血管が何本もぶち切れているような気がした。それでも、根性で冷静さを維持する。落ち着け、落ち着けと平静の呪文を何度も唱えた。決して焦ってはならない。痛みの欠片も起こさず、ただただ快楽の所在であると、この行為をインプットするのだ。
「は……で、ちゃいそうだ……」
 頭の左右を、ほっそりとした太腿がやわく抑えた。さすがにこれが性的なことと理解してはいだろうが、ウェーニバルの口ぶりはどうにも排泄のことを思っているらしかった。そこへ昇りつめ、待ち焦がれる甘さはなかった。ならばこそ教えてやらねばならない。まんこをクンニされてイくのは気持ちいいということを覚えてもらう。
「あっ……あっ……」
 舌を入れ、伸ばし、引き下がる。きつく閉じたところをくちゅくちゅとほじり、なだめる。ウェーニバルの翼が、ゆらゆらと差し出された。雨のにおいを察知したスワンナの首のように、なよやかに、おれの頭に触れようとしていた。なんの規則も感じられない、踊るような腕の動きだが、ウェーニバルにかかればそれすらも美しかった。
 これは過去の報復なのだ、とおれは気がついた。「この手を取ったから、おれはスタイルをいっぺんに変えてしまわざるをえなかった。それを承知しているのに、また触れてしまいたい。綺麗な翼だ。しかし魔性の翼だ。犯されてまで、この翼はおれに、誤ちを望むだろうか」……
 ビビヨンのようにひらひらと揺れながら、おれの両耳のあいだへ着陸したとき、ウェーニバルの翼はおれの忍耐を乱暴に蹴散らしてきた。そのやさしい触れ方によって、拒絶の意志が皆無であることが理解できてしまったから。ウェーニバルは、自らおれの罠へ飛びこんでいるのだ。
 おれはウェーニバルの股間をやわく食んだ。外側から吸引し、我慢汁を絞ってやる。
「あっ、あんっ! 吸っちゃ、だめだよ……出ちゃうよ、本当に……」
「出してくれ。いいんだよ、我慢しなくて。ウェーニバル、お願いだ。おれで気持ちよくなってほしい。頼むよ。出して……()()
 ウェーニバルの表情は困惑にも似ていた。しかしそれだけではなかった。流線と硬質が格好いい鮮やかな黄色のくちばしが少し開いていて、隙間から桃色の口内がつやめいている。様々なことがウェーニバルのなかで熟成している。体はそれを望んでいる。しかしその一線を踏みこえるべきか、ウェーニバルはわからないのだ。
 おれは、しびれた。
「ふあっ……あ、あっ――! そんなあっ、奥ぅ……!」
 これまでよりも深いところへ舌を押し込んだ。狭まっている通り道のところを、舐めて舐めてねちゃねちゃに濡らしてやる。でもおれが舐める前から、その部分はねとついて待ちわびていた。
「ルカリオ……だめ、そこ、そこぉ……! だめだよぉ……!」
 くちゅくちゅ、かき回す。そうするのが当然と思われた。突きこんだ舌を肉壁にべったりとくっつけて、軽く押し込みながらこそぎ取る。ウェーニバルはこうされるのが好きなのだという動きだけを繰り返した。すらりと長い足がまっすぐに伸びて引きつっている。おれの耳をウェーニバルの翼が包み、それによっておれは無条件で受けいれられた。
「で、るっ! ごめん、ルカリオ、くちに……出ちゃう……ごめん――ッ!」
 空色の瞳は様々なことをひらめかせていた。そのすべてをおれは見ていた。海や、空の、その青色がウェーニバルの瞳に定着していると思われた。特徴的な、勢いの強い少量の射精は、ガラスを砕くようだった。その小さな炸裂を口の全部を使って、おれは味わった。
 おれは、ウェーニバルに恋をしている!
 それが明暗だと思う。
 伝えなくてはならない。伝えたいというこの思いは、それこそ海のように、寄せては返し、絶対に尽きはしない。




 きっとそれはそんなに先の話じゃない。
 未来のパラドックスポケモンの発見によって、パルデアの知識人たちの興味はもっぱらサイバネティクスにあるようだ。サイバネティクスとは、工学と生物の間に共通のパターンを見出し、それを同じ理論によって統合しようとする試み――らしい。おれは、この世界の一見まったく異なるように見える様々なものたちのあいだに共通のパターンを見出すことは、不可能じゃないと思えた。そして、その等しいパターンを重ね合わせることによって、おれたち自身を統一することも。
 人間たちが見ている夢は、巨大で複雑でひとかたまりの複合体だと、テツノツツミが言った。企業はM&Aを繰り返してより巨大に多角的になってゆくし、マルチデバイスという言葉が現れ、ファッションは装飾に溢れた全部乗せが流行する。でもやっぱり、見出したパターンによって物事を重ね合わせるというのは、そうでない部分――差異を強調することにほかならない。それと同じ文脈で、おれと仲間たちは差異によって分解される。もちろんすべてが終わってしまったわけではなくて、今でもまったく別の形に再統合の試みは続けられる。そういうこともできると思う。それはおれのスタイルがそうだったから、というだけのことかもしれない。ルカリオ軸の、悔悛から始まるノスタルジーに留まろうとするという、そのひとつのスタイルをおれと主人はずっと続けてきたから、今ではたとえモードで全身を包み込もうにも、まるで皮膚のようにスタイルがおれの動きに完全に追従する。おれたちは、ある程度までは統されし、強大化もしたが、そこまでだった。それは単に再撹拌にすぎなかったのかもしれない。それだってトレーナーが決定することであり、おれはスタイルについて自分で選んだものなんてなにひとつない。ありものをなんだって食べなくてはならず、すべての隣人をとりあえず愛するところから始めなくてはならなかった。その結果、おれは多様な種族の仲間と愛情を結んだわけだけど、仲間たちをみんな満たすこと、その拡張の夢を見ることはできても、やっぱりそれをなすためには体を明け渡して与える以外の方法がわからなかった。
 レギュレーションの変更によってボックスに預けられてしまったポケモンたち。パルデアではバトルをともにできない、おれの愛情たち。でもガラルに残れば、バトルに出ることはできなくとも、それなりに楽しくやってゆけたらしかった。ポケジョブに出かけ、トレーナーから小遣いをもらい、自分たちだけで好きなところへ遊びにいって、映画なんかも観たりして、おれのことなんて忘れてしまうと思う。
 おれは、仲間との交尾を大切にする。あのときおれはちゃんと愛されていたし、おれもみんなを愛していた。交尾のときに喋ったみんなの言葉とか、どこでどんなふうなエッチをしたかとか、あとで思い出せるように。忘れないように。手持ちから外れた仲間はやがて、人間の街に辿り着く。もはやおれとのすべてを記憶しようとはしない。起こりうるすべての言葉や空気や仕草を子細に心に留めるなんてことは、日々の間延びした閉鎖的な退屈さの中でしか通用しない。ポケジョブの仕事の細則事項ももちろん、仕事明けにぶらつく遊び先……たとえば美味しいスイーツの店の場所や、今夜の映画の上映スケジュールとか……人間の街では覚えなければいけないことが無数にある。ポケモンセンターで明日の天気を知り、ポケジョブの仕事の細則事項を頭に入れ、明日の遊びのプランを考え続ければ、毎日一本の映画を観たとしても一ヶ月後にはそのほとんどは忘れている。
 おれもその輪の中に参加できたらとは、あまり思わない。おれは劣悪を嫌悪しているから。安っぽい芝居じみたおれのスタイル。そんなおれに居場所を奪われ続けるポケモンたちへのいたたまれなさ……それでもバトルによって現状に通じる歴史をなんとか積み立ててきたっていうのに、今になってそれをなくしてしまったら、おれのやってきたことがいったいどういう種類のどんな意味のあるものだったのか、いよいよわからなくなってしまう。
 なあ、みんな。最近はどうお? 最近の調子はどう……それはスタイルの問題なんだ。おれはみんなといっしょに戦っていたっていう過去のために、せめてみんなみたいにバトルで活躍したいって思ってたんだ。でもガラルでは結局だめだったな。みんな、立派だ。みんながいてくれて嬉しかった。もうどうしようもないくらい愛してるんだから。おれはたぶん、これからもずっと相棒枠のままで、誰とも、どこへも続かないけど、おれを愛してくれたみんな、もう二度といっしょに戦うこともないかもしれないみんなが、今も健康で、楽しく幸せでいたらなあと思う。そういうのは、きっと恥ずべきことだ。おれがみんなのことを大好きなのは恥ずかしいことなのだ。おれは、傲慢、だよな。神さま気取りでさあ……
 おれを愛してくれた仲間が、もう二度と帰らない。
 それは、ウェーニバルだって、そうだ。トレーナーが決める。環境が決める。活躍できないポケモンはボックスへ預けられる。おれだけが、パーティに残り続ける。
 だからおれは、みんなを愛していたい。
 それって悲しい話だろうか?




「寂しいんだ」と、おれはウェーニバルに攻め込むための最初の言葉を言った。
 おれは、言葉もそうだし、自分の気持ちの制御が下手なのだ。世間に相応しくない感性を自覚はしていたが、そのうえで他者が自分の言葉をどういうふうに受け取るかをあまり考慮してこなかった。あるいは、できない。なぜっておれには、ルカリオには波導があるじゃないか。()()()余地がなかった。
 それでも、波導による機微の探知を、肝心のウェーニバルには使えなかった。それは、ルカリオにだけ許された自由だ。ウェーニバルの理解の外側にある事柄だ。おれがウェーニバルを望むなら、波導に頼るのではいけない。肌に感じ、頭で解釈しなければならない。
 しかし、おれの自認では、おれの感性は衝動的な欲望の奴隷だった。今日には春が好きだと言うが、明日には冬が好きだと言う。今日にはバンギラスに抱かれれば、明日にはゼラオラに抱かれたいと思う。その日に感じたように動く。それがおれの感性だ。誰よりも気分屋なのだといえるかもしれない。
「どうして寂しいの」と、ウェーニバルは言った。
「わからないんだ」
「わからないなんてことはないだろう? 自分のことだ」
「本当にわからないんだよ」
 嘘ではない。自分の内部を完全に言語化できる気がしない。おれは他者にも疎いが、自分の内部の具合だって漠然だった。
「それは、迷惑なことだよ。それはわかってるんだね?」
「おまえにだけだ」
「ぼくには迷惑をしても、痛まない?」
「違う、違うよ。なぜって……いつも我慢してきた。それでも、おまえにはそれを許…す()よ。自分を許すんだ」
「許すって……」
「態度を……おれはおまえに態度を許すよ」
「だったら理由を聞かせてほしい。態度を、許せるんだろう」
 おれは抱擁をされた。柔らかい羽毛の奥に感じる熱は、残酷なほどに柔和なのだ。感触が、内部を溶かしてゆくように錯覚した。
「おれ……」
 まごついた。それはウェーニバルに致命的な隙を与えてしまう。くちばしが耳元え寄っせられた。
「言って?」
 囁きは水飴のような声だった。それは、ただ美しいだけの技術ではなかった。媚びるような声は、絶対に美しいだけの存在には出すことができない。それは悪質な――城壁を崩そうとするウェーニバルの一撃だった。
 それがおれの頭を一発でやっつけてしまった。しびれのような感覚が走り抜け、心の芯が萎えてゆくようだった。
「やめてよう……」
 おれは懇願した。まなじりになにかが滲み出していた。どうしてもウェーニバルの視線と声に抵抗できない。
 ウェーニバルの空色の瞳のために、ウェーニバルの粘着質の声色のために、おれは本当のことで返事としなければならないところへ追いつめられる。最初からそうするつもりだったのに、ここへきて、内部では極限の意固地と無自覚でいた本音が衝突を始めるのだ。
 おれはなにを言うべきだっただろう? おれは、単にウェーニバルといっしょにいたいだけだった。エッチがしたいのは、そうすることでしかいっしょにいられないとおれが思っていただけで、別に本線ではなかったのだ。いっしょにいられれば、それだけでも十分だったのだと思う。パーティでいるうちは、それが当然だった。そんなことは言語化の必要がなく、おれはそれに死ぬまで甘ったれていたかった。
 しかしそれはトレーナーが決めることだ。いつかおれたちは引き離されてしまうかもしれない。そうなったとき、おれはどうなるだろう? ウェーニバルはどうなるだろう? 永遠に別れてしまったあとでも、新たな関係が生まれ続ける世間でも、我々の絆は貫き続けられるものだろうか?
 だから、そうなる前に伝えなくてはならないのだ。
 そのための言葉が、見つからない。言語の海洋……頭の中をどのように泳ぎ回っても
。使えそうな語彙をどれほど探しても。結局は、純動を繋ぎあわせたこんなことしか出てこない。
「おまえがそこにいたから、こんなふうになったんだ。おまえがおれをこんなにしたんだから。だから、だから」
 おれはほとんど叫んでいた。
「おれにはおまえが必要なんだ。おまえが欲しい。どうしても欲しい。おれは、おまえといっしょがいいんだ」
 欲しいから――欲しいとのたまう。
 好きだから――好きだとのたまう。
 それが単純な印象だった。そういうふうに素朴でいられればよかっただけのおれは、どうしてこんなふうになってしまったんだろう?
 ウェーニバルが、急に抱擁をやめた。顔を見ると、驚愕していた。混乱し、錯乱し、目頭に翼を当てがった。
 おれは波導の誘惑に駆られた。ウェーニバルが押さえこもうとしているものの正体がなんなのか、その手がかりのひとひらでも掴みたかった。だけど動かない。それだけは絶対にしてはならない禁忌だ。肌で感じること。頭で解釈したこと。それだけで、おれはウェーニバルと対決しなければならない。
 おれたちはいっしょにいた。いっしょに話した。いっしょに戦った。いっしょに遊んだ。いっしょに食べた。いっしょに眠った。色々なことを共有した。おれにとって、それで好きになるのは必然だった。それほど長い期間ではなかったにしろ、これまでもそうやって、おれはみんなを好きになってきた。その直情の好意を伝えることだけをすればよかった。なぜそれができないのだろう? それはおれが文法を持っていなかったからだ。普通の世間の文法では、おれは生きていかれなかったから。
 誰もが当たり前に折り合いをつけているはずの痛みを、おれは今さらのように痛がっている。
「ごめん……そこまで言わせるつもりはなかった」
 目を覆っていた翼が剥がれ、つるりとたてがみを撫でつけると、ウェーニバルはおれと目を合わせなおした。
 真正面にあるウェーニバルの真剣さが、愛おしくなり、なにかを返してやりたくなった。言葉で、報いたい。コライドンが言うように、言葉での解決をしようとする。それなのに、いつも便利なのは乱暴さだ。体による解決は、恐ろしいほどの不誠実と思えた。なぜって、言語は不完全だ――この世には、愛情を完璧に伝えるための文法がなかった。
 ウェーニバルは、再びおれを抱きしめてきた。それから、おれの頬へ自分の頬を擦りつけた。ウェーニバルは肉体の言語を選択した。それはやはり、最短の択なのだ。思えばウェーニバルは、いつの時もそうだった。ことあるごとにスキンシップをしたがった。他者に触れることを愛しているヤツだった。
 しかし、それにしても体温――体温である。
 おれは目を閉じた。おれはウェーニバルを考慮した。
「ぼくがいないと、きみは困るの」
「困ると思う」
「どうして。さっき、ぼくにしたみたいなことを、みんなともしてるんだろう?」
「わかるか、さすがに」
「わからなかったよ。でもさっきわかった。だから、きみにはほかに仲の良いポケモンが、たくさんいるんだろう」
「そういうことじゃないんだ」
 おれはウェーニバルの翼の中でかぶりを振った。
「どういうんだ」
「いないから。おまえ以上に……綺麗に『インファイト』をやるヤツなんて」
 おれも「インファイト」を使いはする。それはおれのスタイルではなく、ポケモンバトル上の要請だからだ。鍛錬。技の磨き。美しくあるためのウェーニバルのスタイルと同じには語れない。
「ねえ、ルカリオ。ぼくもきみが好きだよ。なんだってしてあげたいよ。それでも……ぼくは物じゃない。ポケモンだから……きみのためだけに今後の所在を決めることはできないよ。ぼくにもきみにも、そこまでの権利はない」
「うん、わかるよ……わかる」
 ウェーニバルの言う好意は、恋愛的の告白ではない。一般の友情だ。いっしょに過ごすことで抱く当たり前の親しみにすぎない。
 ウェーニバルは息を継いだ。
「それでも……ルカリオ……ぼくといっしょにいたいなら、進退を左右させたいなら――ねえ、きみ……覚悟を決めないといけないよ」
「覚悟」と、おれは鸚鵡を返すしかなかった。
「なんとしても、ぼくにきみを愛させてみせなよ。愛してると、言わせてみせなよ。いつまでもいっしょにいたいなら、それがきみの義務だろう」
 今度は恋愛的の含みも確かにあったが、それは警告だった。
「うん……そうだ。そうだな」
 おれは頷き、ウェーニバルを抱き返した。
 これでいい、と思った。少なくとも――今はまだ。
 埠頭のコンクリートに腰かけたまま、ウェーニバルの翼の中から見てみると、西の海に夕陽が落ちてゆこうとしていた。いちばん星だって出ている。
「そろそろレギュレーションが変わる」と、おれは言った。
「きみはまだまだすごくなるよ」と、ウェーニバルは言った。
「そうかな」
「そうだよ。たくさんバトルで勝って、もっと友達が増えてゆくさ。そうしたら、ぼくのことは忘れちゃうかもしれないね」
「おれは、おまえが笑ってくれてたらそれでいいんだけどな……」
「なにそれ。さいてー」
「さいてーなんかじゃないだろ全然、もう」
 まだなにやら喋っているウェーニバルに、おれは体を預ける。肩のところに頭を乗せて、目を瞑る。
「責任がある」と、おれは言った。「おまえがおれをこんなにしたんだから。それでこんなことも起こるんだから。だから、だから……おれがおまえを好きになったのも、それがおまえの責任なんだよ。おれとおまえの責任なんだ」
 めちゃくちゃな理屈だった。少なくとも、今回はそうだ。おれは勝手に悩んで、勝手にキレて、勝手にウェーニバルを射精させた。
「そうだね」
 しかしウェーニバルは否定しなかった。穏やかに、おれの理屈を受け入れてくれた。
 このまま眠ってしまいたいと思う。海の近くで、ウェーニバルといっしょに寝てしまいたい。コライドンが迎えにくるまで。そうして主人のところに帰ったら、ウェーニバルといっしょにカレーを食べたいなと思う。それからいっしょに哲学の勉強をしたかった。それからいっしょに朝まで眠りたかった。それからいっしょに寝起きに水浴びをしたかった。それからいっしょに朝のサンドウィッチを食べたかった。それからいっしょに散歩にいきたかった。それからいっしょに昼のサンドウィッチを食べたかった。それからいっしょに夜のサンドウィッチを食べたかった。
 それから、それから、それから、それから。
 それから、それから、それから。
 それから、それから。
 それから。
 いつも。いつでも。いつまでも。
 おまえがどっかに消えちまうときまで。



  
  いや、まあ、これはどうでもいいといえばどうでもいいって話なんだけど、いつでも気分があるんだよ。常になにかやり残してるような気分というか、不安感というか、頭の後ろのところにタマンチュラが貼りつけてるんじゃないか? みたいなさ。たとえばたくさんバトルを戦ったあとに、あのバトルはあんまりよくなかったなって思ってちょっと萎えるような感じで……おれがそのことについて言えば、珍しくマスカーニャと意見が一致した。同じのがボクにもあるよとマスカーニャは言うのだ。最初は溜め息から始まるんだ。でも、すぐにあくびに変わっちゃうの。溜め息が溜め息でいられる時間はとても少ない。だから実際のところボクたちの体に現れる現象としては、あくびから始まる。ある日ボクはあくびが止まらなくなる。もちろん、そのあくびは偽物のあくび。溜め息がなりすました偽物のあくびだから、カバルドンの本物の「あくび」のように、技性能を発揮することはない。あくびの終わる時の、あの抜けるような感じもないし、眠気だって少しも飛ばない。酸素だって足りない。だからそのあくびは終わりのないあくびだ。始まって息を吸って口を閉じたそのあとも続いている。それなのにあくびは止まらない。終わらないあくびが終わらないまま何度も何度も重なってゆく。そうしたら、あくびはやがて嗚咽になるんだ。ルカリオの気持ち、ボクにはよくわかるなあ。ボクたちの溜め息は、いつでも嗚咽だよね。おれたちは見解の相違を見た。
 「いや、そういうことじゃないけど」
 「そうなの?」
 「というか、次はどうなるんだ」
 「次?」
 「溜め息があくびに変わって、それが嗚咽になったあと」
 「わかんないけど、予感はあるよ……」
 「予感」
 「そう。きっと次は体が裏返っちゃうんだと思う。あくびが止まらなくて、終わらなくて、口がどんどん開いてね、端から裂けてってさあ……それで最後にはくるんって裏返るの」
 「ふうん」
 「ねえ、ルカリオ。キミさ、ウェーニバルといっしょに暮らしなよ。海の見える場所でさ」
 「主人から逃げるってこと?」
 「そうだよ。キミら、遠い場所に行きなよ」
 「んー」
 「それって、表情……そんなことできるわけないって感じだね……わかった、歩き方ならボクが教えてあげよう! キミが必要だっていうんなら、その歩みのひとつひとつをぜんぶ残らず言ってあげるよ。ほら、右足を前に、左足を前に、右足前、左足前、右足、左足、右、左、右左右左右左……ってさ」
 「いやだよ、ウェーニバルといっしょにいられるのは嬉しいけど、みんなと離れるなんて……」
  それがマスカーニャといっしょに過ごした最後の一週間だった。
  マスカーニャはおれに言ったのだ。
 「ねえ、ルカリオ。確かにボクたちはランクバトルでけっこううまくやったよね。でも、ボクは、もっともっとって思うな。キミは無理だと思う? 今日このときがボクたちの最良でボクたちのすべてだと思う? そんなことないんだってルカリオに信じさせたいな。ボクたち、これからもっと、どんどんよくなるよ。どうやったら見せてあげられるかな……そうだ、キミに、最低をあげよう! 最悪のやり方で、今が底なんだってこと知らしめるよ。ルカリオの体じゅうにボクの爪でひっかき傷をつけて、開いた傷口の中に空を見せてあげる……赤い夕暮れの色じゃなくて、朝の青いやつ、快晴の色の血で……それって、泥接? キミのボクに思うことがわかる気がするよ。ボクはきっと貪欲なんだね。いつでもお腹を空かしていて、満ちるってことがわからないんだね。それはボクのスタイルに由来するんじゃなくて、劣悪な本性なんだよ。ボク、みんなに好かれたいんだよ。だから、キミがボクを信じてくれればそれで十分だよって、そんなこと言えないけど、でもキミが信じてくれなかったら、それがいちばん嫌だな。ねえ、ルカリオ。信じてね。ボクを。ボクたちのこれからを……みんなでならなんだってできるよ。本当だよ。はじめてルカリオに会ったとき、ボクびっくりしたんだから。ルカリオって、颯爽としてて、都会風で、なんだか、いつもなんでもどうでもいいっていうふうでさ、まるで映画に出てくる勇者みたいだった。だから、映画が終わって登場人物たちも消えてしまうみたいに、きっとルカリオはいなくなっちゃうだろうな、ってボクは思ってた。それからはきっとルカリオのことを思い出しては懐かしみながら暮らすんだろうって。でもキミはまだここにいて、ボクに、続くものがあるってことを教えてくれたんだよ。ねえ、これは全部キミが始めたことなんだよ。責任取ってほしい……とか、言えばいい? ニャフフ、それってさ、つまり、こういうことだよ……ねえ、ねえ、ルカリオ! これからボクたちは、みんなでパーティをやるんだよ!」
  それを今も信じたって、別に、いいか?
  また、レギュレーションが変わる。
  いつか……ウェーニバルがおれのそばにいなくなったら、最後におれは、海の広さを好きになれるかどうか試してみると思う。
  今はわからない。主人と買い物に出かけたミミッキュの足音だって、おれには聞こえないんだから。
  それは、ずっと聞こえない。
  いつかやってくるレギュレーションの変化のことを、おれはわからないから、それがやってきても、きっとおれのスタイルはウェーニバルのことを守れないと思う。
  海の広さを、おれも感じたいと思う。でも、みずタイプのウェーニバルのようには、おれは海のことを感じられないと思う。昔からずっと、海のことなんて感じてない。
  ウェーニバルといっしょにいられる。おれはその場所で安心して眠ることができる。今はそのことで満足しようと思う。
  そのためになら、おれはみんなとの絆を忘れてしまいたいと望む……そんな日もくるのかもしれない。
  なあ、ウェーニバルはそれって悲しい話だと思うか?
  


 


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Last-modified: 2023-02-06 (月) 20:22:22
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