◇
数日経って、大多数の商人たちがこのイェルンガルドまでたどり着き、大きな市場を形成し始めた。この街では、物と金と情報が嵐か吹雪のように行き交っている。
情報、というのは鳥ポケモン達の行う空路だけでは伝わりきらない、他愛のない噂話やら嘘のような話まで。ライボルトとアブソルの二人組みが手をかざすだけで、歩けなかった子供が歩けるようになったとか、春を伝えに来たファイヤーがとある果樹園の果物を大量に食べていったというめでたい話もあれば、麻薬の売人を始末しようとした神龍軍が捩じ切られ焼き払われ全滅したとか、流行り病によって壊滅状態の村があるとか物騒な話にも事欠かない。
物の流れ、というのは食料だったり、香辛料だったり、民芸品だったり毛皮だったり、もちろん薬の材料となる物もあるわけだ。テオナナカトルの使う薬は、本来毒とされているものやポケモンの体の一部を材料としているものがあるだけに、大っぴらに売るわけにはいかず、また売る者も少ないが。
とは言っても、市場の開催は同時に無数の材料が手に入ることを意味している。市場の開催を誰よりも心待ちにしていたのはジャネットであった。彼女は夫のユミルをケンタロスへと変身させて、荷物持ちの仕事を担当させ、嬉々として買い物を続けている。車輪のついた籠を引っ張るユミルも慣れたもので、人の波を縫うように、危なげない移動を見せている。その横でジャネットは子守唄を歌っていた。
「ドーブルさんの染め物屋。ゼクロムさんは黄色に染めて、カミナリ色になりました。でもでもでもねゼクロムは、山火事消しに忙しく 煙を浴びてまっ黒け
ドーブルさんの染め物屋。ペラップさんはお洒落好き、全身鮮やか綺麗だね。でもでもでもねペラップは、手入れに時間がかかり過ぎ、遊べる時間も少ないよ……」
と、ジャネットはそこで子守唄を止める。
「あら、もう寝ちゃってる……可愛い寝顔。なんて思うのは親馬鹿かしらね……」
ジャネットの娘であるユキワラシのシーラは、迷子にならないようについて来てはくれるのだけれど、すぐに玩具に興味を引かれてしまうために目が離せない。結局おんぶをするのだが、おんぶを続けているとすぐに眠くなって寝てしまう子なので楽なものだった。
ジャネットは辺りを見回しながら、顔見知りを探している。こういった毎回開催される市場では、馴染みの顔を探すのは楽しいものだ。二年連続で世間話した親子や、去年母乳が良く出るように薬を渡した夫婦。掘り出し物の素材を扱っている民芸品店等、様々だ。
伝説のポケモンの体の一部。例えば鱗や羽などを扱っている店は、装飾品として売っていることが多いが、ジャネットにとっては薬の材料である事も多い。去年に良いものを売っていたお店では優先的に買い物を。以前見た顔を捜すのは骨の折れる作業だけれど、見つかったときに行う世間話は、普段顔をあわせ気心の知れた仲間と行うそれとは趣が違う。
「へぇ~、そうなんでやんすかぁ」
「幸運じゃな」
ユミル、ジャネットともにヌオーの店主の自慢話に相槌を打つ。
「そりゃもう、伝説の用心棒ってなすごいやつだったよ。俺は俺で別口の用心棒雇っていたんだがね。思いがけず一緒になったらもう、俺の用心棒は出番なし。たった2人で盗賊7人、滅多打ちよ。いやはや、これこそ思いがけない幸運ってやつなんだろうね。
用心棒がいたところで、積荷の一つや二つは覚悟していたってのに、損害はゼロさ」
気分よさげなヌオーは、見た目だけでなく本当に気分が良いようで、お目当てのなど、伝説のポケモンの落し物をいつもより安い値段で売ってくれた。
気分の良さが連鎖して、ジャネットまでもが上機嫌になる。まだ肌寒いとはいえ、氷タイプである彼女には暖かいと思える季節。うららかな日差しを浴びて、歌姫がよく歌う歌の中でも歌いやすいものを鼻歌で口ずさみながら、見慣れた顔を探して次の買い物へ。
数分かかってようやく見つけられたのは、毎年これでもかと言うくらい多種にわたるキノコや薬草を取り扱っている夫婦であった。
◇
もちろん、他の者も仕事に勤しんでいないわけがない。酒場の目玉料理とするために香辛料を購入するロイ。旅の吟遊詩人相手に唄の交換を申し出る歌姫。お祭り気分で楽しむ者ももちろんいて、フシギバナに進化したリーバーはロイの荷物持ちを担当していながらも、貰った給料で珍しい物を購入するなどしている。大人の姿になったぶん、子供が買うようなおもちゃではなく、部屋に飾るような小物を買う事が多くなっているようだ。
そして中には、少々変わった買い物をしている者も居る。
カツラや付け毛を作るために髪の毛を売る商売がある。例えばラルトスやその進化形のポケモンから取れる若草色の毛は装飾品として人気があったりするし、聖職者の体毛には御利益があるからと、ミミロップやエネコロロなどメロメロボディのポケモンの体毛を売り捌くことだってある。
そうでなくともポケモンの体毛から作った服は、普通の動物のそれよりも遥かに丈夫だ。例えば、メリープの体毛であれば羊のそれを遥かに超える強度と耐電性を兼ね備えた服となる。戦争の時には、兵隊が苦手なタイプを防ぐためにお世話になるのが通例である。
そんな体毛ショップにて、モッサモサの頭髪を抱えながら左手を脇に挟みこむ腕組みをして赤黒い体毛を選ぶ美女が居た。
「どうしようかしらね」
オレンジ色や朱色の体毛を持つポケモンは少なくないが、真っ赤と言われるとそのポケモンは大きく限られる。ウィンディは柿色、バクーダは朱色と、微妙に色が違う。即ち、真っ赤な髪、しかも長いと言えばゾロアークしかいなく、必然的にその女性が選んでいる髪もゾロアークのそれである。
「お嬢さん……自分と同じゾロアークの毛なんて眺めてどうしたんだい? 値段交渉の参考かな? アンタはべっぴんさんだし、ピンク色なんて珍しい色しているし、あんたみたいに美しい艶の毛の持ち主ならいい値で買い取らせてもらうよ」
「いえ、私は売りに来たのではなく買いに来たの……ついでに言うと、私の毛もそろそろ刈ろうと思っていた所だし……」
「おや、布商かもしくは衣服商か何かかな? かぁ~……っていうかさぁ。買い取るなんて言っておいてなんだけれど、そんなに良い髪持っているんだ。自分の髪を使った方がよっぽどいいってもんだ。エスパータイプの攻撃を軽減する効果があるんだろうけれど、それ以上につけているだけで幸せな気分になりそうじゃないか」
「いえ、防具とかそういうのではなく……私が作るものは客に出す代物ではありませんので……」
「へぇ、じゃあそれは自分に使うものかい? それにしたってお前さんの付け毛にするような上質な髪は……正直扱っていないなぁ。全く、お前さんの髪を譲ってほしいくらいだよ」
「ふふ、おほめの言葉として受け取っておくわ。それよりも、これを……買って行きたいと思うの。美人割引という事で一割くらいお安くならない?」
「おや、もっと吹っかけられるかと思ったけれど、一割ならば全然構わんよ。それに、俺は買いに来てくれるお客さんは全員が美人だって心に決めてんだ。よし、その髪の量なら代金はこれだけだ」
店の主人はソロバンをはじき、それをナナへと提示する。
「うふっ安いわね。是非いただくわ」
ナナは自身の豊かな髪の中を探って財布を取り出し、提示された額を払って店を笑顔で後にした。
◇
抱えきれないほどの香辛料を買い付けたロイはその整理を終え、今日の目玉料理としてボードの書きかえを行っていた。料理を行う人員として雇っているブーバーンのフリアおばさんは香辛料の香りを嗅いで、どんな料理を作るのかを考えるのが楽しくてたまらないらしい。煮込んだ野菜と小さなケースに小分けしたスパイスの間を行ったり来たり。
鼻と経験を頼りに何度も試行錯誤を繰り返す様を見ていると、この人は本当に料理が好きなのだとよくわかる。
看板には『高級スパイスをふんだんに使った 』とだけ書かれている。フリアおばさんが試行錯誤されている間どんな料理になるかもわからないうちは『使った』の後ろがいつまでも空白のまま埋まらない。早く補完したい所ではあるが、急かしたら悪いからロイは先に別の仕事を片付けることにする。水よし、酒よし、食材よし、燃料よし、灯りよし、紅茶よし、残っている仕事と言えば掃除くらいだ。
「リーバー手伝うよ」
すでに掃除を始めているのは住み込みで働いているリーバーくらいなもの。
「ご苦労様です兄さん」
春の日差しを切っ掛けについにフシギバナに進化したリーバーの声は野太くなり、少々おどおどした喋り方はしっかりとした自信に充ち溢れた者に変わっている。春を迎えてロイは、サイコキネシスで清掃用具入れを開け、雑巾を手繰り寄せて前脚で押さえつけたまま、後ろ足だけで歩くことになる。
貴族をやっていた頃はこんな事をするなんて思ってもみなかったが、やってみれば雑巾がけも案外楽なものだ
しばらく掃除を続け、バケツの底が見えないほどに濁ってゆく頃には床も見違えるほどの光沢を放つようになっている。商売に勤しむ旅人達を迎える準備も万端だ。厨房の方からもよい匂いが漂ってきて、ようやくフリアおばさんが料理を作り始めたのだとわかった。
もうすぐ掃除も終わりだし、立札に書き加える項目もそんなに時間はかからない。今日はサービスでいつもより開店時間を早めようか、なんて思いながらまだ磨かれていない床を磨いている最中の事。
「ほら、ロイさんはあそこだよ。会ってきな。私は今大事なところだから、後で何かあったら説明しておくれよ」
厨房の方からフリアおばさんの声が聞こえた。どうやらロイへの客人のようで、ロイは厨房の方へと目を向ける。
「兄さん!!」
「よう、ローラ……」
ロイは無意識で返事をして、自分の口と耳を疑った。
「ローラ?」
凝視する。
ラベンダー色の細かい体毛が風もないのに揺れ動いている。藍色の瞳は吸い込まれそうなほど深い。室内を照らすランプの炎が揺れているせいだろうか、目の光は
水面のように静かに光が揺れている。ナナには劣るものの、家族の欲目を抜きにして美しいその見た目。しなやかな肢体から繰り出される演舞のような所作は、一挙手一投足に意味を求められるほど。
間違いなかった。
「……ぁ」
声が出ず、震える足を引き摺るようにしてロイは歩み寄る。掃除などもちろん中断だ。
「ローラ……どうしてこんなところに? 元世俗騎士は関所なんて通れないはずじゃ?」
収まりがつかなかった感情が爆発し声、次いで足が勢いよく出て、突進と誤解されても仕方のない速度でロイが駆け寄った。前脚を上げれば顔に触れる距離、すでにして涙目になったロイが震えながら深呼吸したのち、破顔した。
「関所なんて、この季節たくさん人が通るのよ? 一々全ての荷物を調べられるわけなんて無いじゃない……荷物に紛れ込んできたのよ」
「ポカーン……」
「わざわざ口に出さなくっていいから、リーバー」
二人のやり取りを見て口をあんぐりと開けるリーバー。わざわざ擬音を口に出しているあたり本気で呆然としているようではなく、あくまで『早く何が起こったか説明してくれ』とった様子。
「見てのとおり、聞いてのとおり妹だよ、こいつは……ローラって言うんだ。とりあえず会えてよかったぁ」
ロイがローラの細い首に自信の首を絡ませると、頬の下にある飾り毛と互いの大きな耳が触れ合った。毛皮がすれる感触が心地よいのか、ロイはそのまま頬擦りまで始めていた。
「兄さん興奮し過ぎ」
あらかじめここにいることを知って街を訪ねたのであろうローラは喜びながらも冷静で、ロイの抱擁に苦笑で返した。言われてようやくロイは自分が周囲の目を気にしていなかったことに気が付き、ロイは恥ずかしさで顔を伏せて一言。
「ごめん」
ローラは肩をすくめて笑った。
「ま、いっか。とりあえず、今日はご馳走してくれないかしら? お互いに色々話しましょう」
「……と、言うわけなんだけれどリーバー、構わないよね?」
◇
と、言っては見たものの、踊り子ナナの噂はすでに旅人達の間に伝わっているようで、市場が築かれて初日の今日からすでに店は大盛況。常連客との仕分けには冬のとき以上に苦労して、とてもローラに付き合っている暇は無く、結局話をする時間が出来たのは営業時間が終了してからであった。
「ごめんごめん。結局待たせちゃったね」
「いいのよ、兄さん」
客が居なくなった酒場だけれど、いつもは帰っていくメンバーも今日ばかりは残っていてそれなりににぎやかな様相を見せていた。酒場の店員であるロイとリーバーとフリアおばさんとカブトプスのルイン。そして、客寄せのナナと歌姫にゲストのローラ、計7人が一つのテーブルを囲んでいる。
「それにしても、ロイの妹がこんなにもべっぴんさんだったとはねぇ」
「トニーとジョーもミス・イェンガルド候補だって褒めてたよね」
この酒場の店員、フリアとリーバーがそうやってローラを褒める。
「あら、フリアさんにリーバーさんでしたっけ。お褒めの言葉ありがたく受け取っておきますね」
ローラは世間知らずのお嬢様のように無防備な笑顔を振りまいた。その仕草、その口調、その笑顔、何も変わっていないとロイは安心もしたが、逆に何も変えないようにどれほど苦労したのかを想像させる。無理しているんじゃないか――と、考えずには居られない。
「……この一年半、何をしていたんだ?」
「別に……貴族の娘として暮らしていればいずれはたどる道が少し早く、極端になっただけの事よ」
やはり、と言うべきか。暗い影を落とした表情でローラが答えた。
「いずれはたどる道、ねぇ……何回か愚痴をもらしていたもんな、お前。それについては兄妹だけの秘密にしておこう」
ローラの言葉から何を読み取ったのか、ロイはなんとなくローラが言いたいことがわかってしまったが、ロイとナナ以外は誰もローラの言葉の意味がわかっていないようで、頭上に疑問符を浮かべている。
ローラは、自分がここに来たのは酒場で働いているロイの噂を旅人づてに聞いたからであって、当ても無く旅をしていたわけではないと言う。裸一貫でこの町に来たために、路銀の残りが尽きればもう無一文なのだとも告げた。給料が競合すると言う危惧からか、ロイを含めてこの酒場で働くことを進めはせず、その空気を読んだのかローラもまた『この酒場で働かせてください』とは言わなかった。
ローラの身の上話が終わると、次はロイの身の上話となる。ロイは、自分とリーバーがシドに犯されていたことをそっと心の中にしまっておいた。リーバー以外の従業員はその事実を知らないので、今は暴露できない。無論ナナと歌姫もシドとの件について口を挟むような無粋な真似はしなかった。
ロイとローラの身の上話はいつの間にか親自慢になっていく。今まで家族は死んでいるものと思って、家族のことを話したがらなかったが、ロイもこんな風に楽しそうに家族のことを話せるのだと、この場にいるロイの知り合いは内心その変化に驚いていた。
「まぁ、初めての女の子だから舞い上がっていたって言うのもあるんだろうけれどさ。こいつ、3歳も年下の癖に俺よりも早くエーフィに進化してやがんの。さすがの親父もこれにはびっくりでさ……まだ変わらずの石も用意していなかったのを後悔していたよ、ま、5歳で進化するなんて誰も思わないもんな」
「うちの父さん……私達を見てのとおり子供を大切にしているんです。親に相当愛されないとエーフィやブラッキーに進化出来ないというのに、兄弟も父さんもみんなエーフィとブラッキーなんですよ?
そんな父親ですから……こうして離れ離れになった今も、父さんは家族にも領民にも慕われているのでしょうね……」
「へぇ、だからロイはリーバー君のことをこんなに愛しているんだ。きっと家族を大事にする癖は付いているのね……それで、弟みたいな存在のリーバー君が大事にされるわけ。
世が世ならいいお父さんになっていたでしょうねぇ。ロイにイーブイの子供が生まれたら子供もみんなエーフィかブラッキーになったりして」
ロイとローラの父親自慢を微笑ましい目で見ながら、ナナは祝福するようにそんな言葉を口にする。当のロイとリーバーは少し照れていた。
「まぁね……リーバーとは、新しい弟が出来たんだって気持ちで付き合ってきたからさ。本当、俺の存在をローラに伝えてくれた旅人には感謝だよ」
言い終えてため息をつくと、ローラはネックポーチから思い出の詰まった懐中時計を取り出した。
「なんか切りもいいみたいだし、もうこんな時間だし……そろそろお開きにしないかしら? 私、もう眠くなって来ちゃった」
ローラが時計を見てみると、時刻は午前2時を示していた。もう閉店から2時間も経っているようだ。ローラとロイが見渡してみても、特に反対意見らしきものは無いので、結果的にローラが仕切ったような形で今日はお開きとなった。
小さな飲み会が終わったあとも、ロイはローラと二人きりで話したいことがあって、客のいない酒場に残っていた。しかし、二人きりでと言ったはずなのにナナはフリージンガメンを弄りながら待ち構えていた。ローラは『厚かましい』と言ったが、ロイはこれでも別に構わない、とナナがここにいることを許した。
先ほど、前の店主が強盗によって倒れたときに、ロイがこの店を継続したというのを説明したものの、その真実についてもローラには聞かせておくべきだ。そのためにはナナがいてもらったほうが説明しやすいと考え、ナナがいることを許可したのだ
「ねぇ、ローラちゃん?」
「何ですか、ナナさん? 二人きりでって言ったのに……なんで貴方がいるんですか?」
「……私が関わるお話だからよ。不満なら、貴方が貴方の話をする時はここを出るわ」
兄妹同士の会話を邪魔されたのが世ほど不満なのか、それとも美しいナナへの嫉妬なのか、ローラはご機嫌斜め。ナナは笑っていなかった。
「……貴族は、愛し合うもの同士で結婚できるのは稀だそうね。貴族の娘として生きていればいずれ通る道と言うのは、愛しているわけでもない男に抱かれることかしら?」
「くっ……」
図星なのだろう、ローラは憎々しげに唇を噛んだ。
「貴方が路銀や生活費を稼ぐために行ったことは、そう……娼婦ね。生意気な貴族を泣かせてやりたかったと望む男はいくらでもいるから、買い手は星の数。おまけにその美貌とあればボロい商売ね」
「そんなこと……」
「大体、当たりじゃないのかしら? 大丈夫よ……綺麗な仕事だけじゃ生きていけない事なんて私も同じ。私は体を売った事は無いけれど、いけない仕事は何度もしたから」
ナナの言葉にローラは何も言い返すことが出来なかった。
「ロイ、今日からローラがこの酒場で働いたとして……給料払える?」
「払えるよ。つつましく暮らせば十分足りるくらいは払えるけれど……他の従業員の給料が減ってしまう。って、ナナ!! ちょっと待て……お前ローラに何をさせる気だ?」
ロイはナナがやりたいことが大体わかってしまったが、ナナに対してごねる事は出来ても不思議とナナを止められる気はしなかった。
「決まっているじゃない。私たちの仲間にするのよ……もちろん、その前に貴方がここの店主となれた経緯の真相も話すことになるけれど、それについては……話してもいいかしら?」
ナナはロイに耳打ちをはじめる。
「恥ずかしいことも打ち明ける必要があるから、一応……ね。貴方に許可を取っておかなきゃまずいわよね」
言い終えて、ナナは耳から口を離した。
「それについてはもともと話すつもりだったよ……ローラ、聞いてくれ」
ロイはこの店の前の店主シドが死んだのは自分とテオナナカトルのメンバーの力で強盗に見せかけたのだと説明する。そうする経緯に至ったのは性的搾取を受けていたからとも付け加えて。そしてそれ以降、なにかとテオナナカトルが関わってきていることも説明した。
黒白神教と言う名の異教徒に兄が関わっている事についてローラは驚いたが、それ以上に自分達を引き合わせたことに感謝するなど、ローラも異教徒について寛容な面が伺えた。
そして、その感謝が好感にすり変わることでローラのナナに対する第二印象は存外に良いものになった。そしてもう一つ。サイリル大司教とその派閥の権威を貶める計画についても事細かに話す。ロイがその計画に一枚噛んでいることも併せて話すと、ロイが色々苦労していることについても理解してくれた。
「とまぁ……『苦労したり、貞操を売り物にしたのはお前だけじゃなくって俺もだ』って言う話をしたかったんだけれどね。ナナはそれ以上のお話をしたいようだ……あんまり気は進まないけれど、ローラの意思もあるし……一応聞くだけ聞いておいてくれ」
ロイに視線を向けられてナナはコクンッと上機嫌で頷いた。
「さっきも言ったとおり、ロイはここの従業員に払う分の給料だけで手一杯みたい。だとしたらどうするかしら? この街、イェンガルドは人の往来も激しいから体を売る商売の客には事欠かないでしょうけれど、そんな職業に舞い戻るのがお好みってわけじゃあないわよね」
「……そりゃ、出来れば健全な職業で稼ぎたいです。客は鳥ポケしか取っていないから処女膜は破られていないけれど……無防備な股をさらし、あげたくもないあえぎ声をあげる仕事なんて、やっぱり屈辱的。
私、算数も読み書きも出来るからそれで何とかそう言うスキルを生かして雇ってもらえればいいんだけれど……」
ローラの敵意が薄れ始めたのを感じたのかナナはロイの隣、ローラの正面に座る。
「屈辱的なら、その仕事を辞めたいんでしょう?」
「出来れば……」
ナナは微笑んで、身に着けている首飾りに手を掛ける。
「ならば、突然だけれど……これに触れて頂戴。琥珀の珠を、前足で」
数日前にロイにやらせたように、ナナはローラに美しい装飾の首飾り、フリージンガメンを差し出した。
「ナナさんは身につけると良く似合うけれど……これ、私じゃ似合わなそう。もしかしてこれを付けるのにふさわしくない女は呪われるとか?」
ローラは美しいという自覚はあっても、ナナには足元にも及ばないと言う自覚でもあるのか、苦笑しながら前足を伸ばした。
「相応しいか否かは美しさでは無く、貴方がこれまで生きてきた道のりで決まるわ。拒絶されても大丈夫……むしろ拒絶されるくらいがちょうどいいわ。それに触れても呪われることもないから安心して」
ローラは珠に触れるや否や、尻尾を含む全身の体毛を大きく逆立てて跳び退った。
「今の何!?」
「ピンクセレビィの声が聞こえたかしら? お・め・で・と・う。貴方もイモムシレベルからのスタートね」
「イモムシ……って、失礼じゃありません?」
「いや、ローラ。実は失礼じゃないんだなこれが」
数日前にナナに教えてもらったことを、ロイは受け売りで説明する。何度もナナのほうを見て説明していることが正しいかどうかをお伺いを立てながらの説明は、特にお咎めも無いままに終えることが出来た。
「いや、言いたい事はわかりましたが……イモムシなんて呼び方ではなく、もう少しまともな呼び方は出来ませんかね?」
「あぁ、それについてはごめんなさい。もうかれこれ300年以上この呼び方で通っているもので……黒白神教が異教徒狩りにあうずっと前からこういう呼び方をされて来たらしいのよ。確かに、イモムシって呼ばれていい気はしない事は分かるのだけれど……それ以外にピンとくる呼び名が無いのも事実なのよね」
ごめんね、とナナは舌を出して笑う。
「わかりました。では、それはいいとして……その、テオナナカトルが私たちに何の用でしょうか?」
「うん、今度は二人で同時にこの琥珀の珠を触れてみて。面白いことが起こるわよ。本題はそれから」
ロイとローラは顔を見合わせながら首をかしげて見せた。言葉が無くとも同じ動きをしてしまうことは兄妹のなせる業か、ナナはその様子を笑って見ていた。
そして、二人が恐る恐る触ると――
『二人で触れると、やっぱりより強い力を得られるようね……でも、二人で私に触れたところで貴方達はまだその力を使いこなすことなど出来ないわ……あせっちゃダメ』
僅かにだが口調も穏やかになったセレビィの声が、ロイの頭の中に聞こえた。
「珠はなんて言っていたかしら?」
「俺は『私に触れたところでその力を使いこなすことなんて出来ない』って」
「私は『私に触れても満足な力は得られないわ。まだ力不足よ』って」
互いに細部は違えど言われたことは同じ。互いに言い終えた後、二人はきょとんとしてお互いを見詰め合った。パンパンと手拍子して、見つめあう二人の視線を自分のほうへ釘付けにさせ、ナナは言った。
「貴方達二人は兄妹だけあってとても相性がいいのね……これなら、すぐにでも二人で一人の神子として活動することが出来るレベルだわ……上出来ね。貴方たちなら……腕のいいシャーマン……いえ、神子になれるわ。
すごいじゃない、フリージンガメン……貴方がロイを呼び寄せたのはこういうことなの。貴方の神託もたまには役に立つのね」
ロイをシャーマンに誘った時とは段違いの興奮を帯びて、ナナは二人を勧誘した。
「……シャーマン?」
「……シャーマン?」
ロイとローラの言葉が重なった。
「いや、俺は婚約者とか、ここの元店主
*1とか婚約者とか、元店主と肉体関係を持ったことがあるから……無理だと思うよ?」
ロイは動揺しながらそう言って反論を続ける。
「大体、俺たちがシャーマンになって、お前はなにを得するんだ? シャーマンってのは、祭りとか占いとか雨乞いとかで大事な役割を持つんだろうけれど……俺たちにそんなことをやらせないでも、お前たちで何とかなるだろう?」
今までなんとなく聞けないでいたロイだが、ようやく思い切って質問した。
「祭りをやるのよ……貴方の言うとおり。私達がこうして活動を続けているのもとある祭りをやるためよ」
ロイの言葉に小さく頷きながら、ナナは言った。
「そんなことのために俺たちを……?」
「そんなことって……お祭りに失礼じゃないかしら?」
口を挟もうとしたロイに負けないよう、語気を強めてナナが凄む。
「確かに……すまねぇな」
ナナの睨みを利かせた表情に、ロイは思わず足をすくませながら謝った。ナナの表情は硬いままだ。
「どんな祭りかというとね。教会の派閥同士の対立が原因でダトゥーマ帝国で始まった魔女狩りや異教徒狩り。その余波を受けたこの国でも魔女狩り、魔女裁判が行われたことは知っているわね?
その影響で黒白神教が活動を自重したことが原因で、もう何十年も行われていない祭りがあるの……春分の日に行われる黒白神喧嘩祭りってお祭りでね、私達はそれをやろうとしているのよ。私たちテオナナカトルに限らず、黒白神教に属し信仰を捨て切れなかったものたちが『行いたい、行いたい』と思ってやまなかったその祭りを……みんなの無念を晴らす意味でも、やりたいの。
南南西の山奥にあるヴィオシーズ盆地に、未だに黒白神教の土着信仰が残っている土地があるけれど……不便な狩猟採集生活から貨幣経済を求めて旅立つ若者。いつ神龍信仰の標的にされるかもわからない恐怖に負けた者……そんなのが重なって、2000人ほどいた集落群も500以下に減ってしまった。
祭りを行うには腕の良い神子が最低16人。シャーマンは神子と合わせて32人以上。そして男女それぞれ64人以上の喧嘩屋が必要なの……喧嘩屋は足りるとしてもね……神子があと4人、シャーマンはあと9人足りない。才能のあるシャーマンを集落の住人、たった500人からじゃ輩出しきれないっていうのもあるけれど、どの道シャーマンを増やしすぎては集落が立ち行かなくなる。
だから、外からシャーマンを連れてくる……そういうことなの」
「その、外から連れてくるシャーマンが俺達ってわけか……?」
ナナが頷く。
「貴方達が神子をやる時は二人で一人だから……シャーマンとしては二人。神子としては一人と数えるとして……もし貴方達が貴方達がシャーマンになれば残るノルマは神子があと3人、シャーマンがあと7人よ。
このお祭りの計画は……この街でフリージアさんの家族、ウーズ家の保護を受けながら黒白神教の教えを隠し持って生まれたジャネット達テオナナカトルが、親と共に立てた計画。私は縁があってそれに賛同して今テオナナカトルにいるの」
ロイもローラも、ナナの真剣な表情と声色に圧され、口出し出来ずにいる。
「レシラムもゼクロムも……神龍信仰における主神は『神龍信仰の
神龍』とは違って唯一にして絶対の神ではない。けれど、本当は神龍レックウザや虹環牛アルセウスだって私たちの信じる神と同じように、世界を支える重要な要素の一つなの。その要素としてのあり方は、世界に恵みを与えるという方法で存在している……いうなれば、私達を見守ってくれる家族のような存在だってジャネットの両親は教えてくれた。
お祭りを通して家族に会いたいって思う気持ちは、間違いじゃないって信じたいの。レックウザを呼ぶ祭りはこの国や東の隣国で。パルキアを呼ぶ祭りは
南西の大陸で今でも行われている……けれど、黒白神教の神を呼ぶ祭りはもう絶えて久しい。こんなの不公平よ。
酒樽を丸ごと神にささげ、歌と踊りと戦いで持て成し、その見返りに大地へ力を送り込み豊作や幸福を祈願する祭りだったのに……どうして、異教徒だなんだと言う理由でそれを我慢しなければならないのかしら? きっと、レシラムもゼクロムも酒が恋しくなっている。それに、私も会いたい理由がある……神龍信仰にいたら絶対に果たせられないような理由があるから。神も民衆も、双方が会いたがっているとなればやるしかないわ。
こんな計画、『今更な計画だ』ってヴィオシーズの集落群の人たちは笑ったけれど……現に私や歌姫やユミルがテオナナカトルの仲間になった。だからきっと、頑張れば出来るって信じている。不可能な計画じゃないと信じている。
サイリル大司教の派閥を貶めるのだって、この祭りのためにやっている事なんだから。魔女裁判なんかに怯えていたらオチオチスカウトも出来ないしね」
長い長い台詞の後、ナナはふぅっと溜め息をつく。
「そんなこと言ったって馬鹿馬鹿しい事は変わらないよ……そういう類の祭りに本物が降臨してくれたことなんて、生まれてこの方無かったぜ? お前はそんなことのためにローラを仲間に引き入れて金を捨てようって言うのか? ローラの生活を保障してくれるのは嬉しいが……そう言うのは無しにしようや。一方的な貸し借りなるのはダメだと思う……」
ナナはゆっくりと首を横に振る。首を振り終わった後にロイを見据える眼差し。否定の勢いは弱いが、否定の意思は揺ぎ無く自分が正しいと信じている眼だ。
「今の教会に、フリージアのような良く出来た子ばかりならあるいは。例えば収穫祭などで本物の
神龍が降臨することもあったでしょうね。でも今の教会は腐敗している……純潔を保つべき神の婚約者は、男性は影で女をあさり、女性は影で男をあさる始末よ。
そして清貧を心がけるべき彼奴等は、金銀の装飾品で身を固めている。神に対して従順であるならば、聖地を奪い合って殺し合うような真似はしないはず……巡礼の旅の最中に虐殺も略奪もしないはず。
ま、一部のきちんとした階級を持った聖職者以外は飢えと病気から抜け出すために巡礼を行うような貧しい経済状況だったっていう事情もあるから仕方ないのかもしれないけれど。
でも、巡礼や聖地の防衛を指導したのは紛れもなく、平民を足蹴にしても文句を言われないくらい身分の高い聖職者。貴方がレックウザだとして、誰がそんな奴らと結婚したがるのかしらね? 私は女だけれど、フリージアとか一部のまともな聖職者以外はとてもじゃないけれど結婚したくないわ。
つまるところ、今の教会に私たちで言うシャーマンに当たる役職の者に、まともな人材は数えるほどしかいないわ。だから、本物が降臨する事もなくなってしまう。権力争いに明け暮れる馬鹿神官の元に神は降りて来てくれない」
「確かに……レックウザは両性具有だって聞きましたけれど、そうですね。女性の立場で言わせて貰えば、婚約者が浮気していたら嫌ですね……まぁ、貴族だって浮気するものですけれど」
そういう浮気をする
輩を軽蔑するようにローラが言った。
「だが、その言い方だとまるで……ナナ、お前達ならゼクロムやレシラムを呼べると言っているようなものじゃないか?」
「そういう風に言っているようなものよ。そのとおりなのよ、ロイ」
ロイの言葉を聞いて、ナナはきっぱりと言い切る。
「それを証明する手段はないけれど……金をゴミ箱に捨てるようなものだと思っているならそれでもいいわ」
「いや、俺やローラをゴミ箱扱いしないでくれ」
ロイは苦笑した。
「言葉のあやよ。そこはどうでもいいでしょ? ともかく、何でもいい……私たちに力を貸して欲しいの。豊穣の女神の加護がこもるフリージンガメンが貴方を導いたのも……きっとコレを見越してなんだと思う」
ナナの目がこれほどまでに真剣になるのは初めてのことだった。
「いや、だから最初にも言ったけれど……神子は童貞もしくは処女じゃないといけないんじゃなかったっけ?」
ロイは負けじと食い下がるが、ナナは面白い説明をしてくれた。
◇
セックスし放題で神子になる方法その2。異性同士の陰性のポケモンと陽性のポケモンが二人でシャーマンになること。つまるところ、エーフィのローラが陽でブラッキーのロイが陰という組み合わせだということだ。そして、エーフィとブラッキーの他にも陽のトゲキッスと陰のドンカラス。陽のルカリオと陰のゾロアークなど、いくつかの組み合わせがあるとの事。
だったらナナに対して『自分がルカリオを探せよ』とも言いたいところであるし、実際にロイはそう言ったのだが、ナナは『私と同じくらいの才能を持った雄のルカリオがホイホイ見つかったら苦労しないわよ』と笑い飛ばして、そんなことより神子になりたくないかとぬけぬけと誘ってきた。
組み合わせの相性次第では、二人が一緒に居るだけでシャーマンとしての力も高まるらしく、兄妹だから相性もいいんじゃないかとナナは言う。先ほど同時に触れた時の反応がいい例なのだと。
畳み掛けるように『ローラがテオナナカトルに入るのならば生活は保障する』などと、甘い餌をぶら下げて誘われて、ローラは『考えておきます』と、早速ナナ側になびいてしまっている。ナナは『夜は判断力が鈍るからじっくりか・ん・が・え・て』と言って笑った。
笑いながらナナは髪の中をまさぐって何かを取り出した。神の力が宿る装飾品と言って、歌姫がつけていたものと同じ三日月型の羽を餞別にと譲ってくれるのだが、そんなものをいつも髪の毛に収納して持ち歩いているのかと思うとなんとも不思議な気分である。
そして最後にもう一つ、シドが死んだあとに酒場を再開して店の経営も落ち着いた頃にユミルから話してもらったテオナナカトルの大仕事。
ロイやローラの生死にすらかかわる大仕事についてもローラに話した。ローラも最初こそ荒唐無稽なお話だと思い訝しげな表情だったが、全ての話を聞き終えるとどうやらナナの話を信じたようで、テオナナカトルの二人が店にいる理由も納得してくれた。
全ての話が終わると、ナナは『もう寝るから』と足早に家へと帰って行った。酒場に残されたロイとローラはとりあえず眠ることにする。
しかし、寝ると言ってもベッドの問題がある。リーバーが進化してからは、さすがフシギバナの巨体に押しつぶされてはかなわないと、眠る部屋は別々にしてあった。当然、この家にベッドがいくつもあるわけではなく、二つしかベッドがないこの家では何らかの形で犠牲者が出ることになってしまう。
今は春。冬を越すための分厚い体毛が覆っているので、寒くは無いが、やはり柔らかいベッドの上で眠る感触は恋しいもの。ローラはずっとその感触を感じていないのだろうから、今日はそれを譲って自分は床で寝ようなどとロイは考えていたが、先手必勝と言うはままあるもので。
「兄さんに床で寝させるのは忍びないし……一緒に寝ない?」
「え……いくら兄妹だからってそれはまずくない?」
ロイは苦笑して肩をすくめる。
「大丈夫。お兄さんがそんなことするはず無いって信じているから。それに……たまには安心できる人の隣で寝たい……父さんも兄弟も行方不明なことだしさ」
嬉しいのやらそうでないのやら。言い争いとまではいかないが、あーでもないこーでもないと会話し続けるうちに結局折れたのはロイであった。
「わかったわかった。何もしないからな」
「だからこそじゃない。何かしてくる相手ならそれを受け入れられる相手と一緒に寝るわ」
本心では何かをしたいと言う気分はあることはある。どうしようもなく年上が好きなロイだが、ナナやローラほどの美人だと年下でも少々意識してしまう。隣で肩を寄せ合って眠ると言うシチュエーションでは、美しさでナナに見劣りしても、妹だとわかっていても、衝動の沸き方は桁違いだ。
体の底からわきあがってくるドキドキ感にあてられてまともに眠ることも適わず、目を瞑って無心になろうとしたロイがその目的を果たせるようになるにはたいそう時間がかかった。なんせ、眠れないと『明日大丈夫だろうか』なんて余計なことまで考え出してさらに眠りにくくなってしまうのだ。
「兄さん」
「ん?」
妹の声で起き上がってみたはいいものの、体は動かせなかった。眠気で力が入らないから動けないと言うのならまだ可愛げもあったのだけれど、性質の悪いことに手足が鎖につながれていて身動きが取れない。
それも、4足歩行のポケモンにとってはもっとも無防備な姿の仰向けの姿勢で。ロイが首を起こすと、ローラは真正面に鎮座していた。
「どこも痛くない?」
「痛くは無いけれど、俺の手足に鎖付いてるよ……なにコレ?」
「痛くないなら問題ありませんね」
昔、優しい兄に対してローラが浮かべた偽りなき親愛の笑顔。それをこの状況で向けられる意味がわからなかった。いや、理解はしているのだけれど認めたくないといったほうが正しい。
「さっきナナさんからされたシャーマンのお話なんですけれど、私……受ける事にいたしました。収入を約束すると言うのも勿論ですが、二人でシャーマンの中でも神子を務める場合はその二人で体を交わらせることが最重要と言うにも惹かれまして……」
「いやいやいやいや!! それはむしろ神子になることを断る理由として最も重要なことだろうが。っていうか、そんなことナナは言っていない!!」
「兄さん……いえ、兄さま。私、ローラは幼少のころより貴方をお慕い申しておりました。娼婦に身を落としながらも、処女膜を破ることなき相手のみを客に選んだのはこのため。
こうして貴族が没落し、私が婚約者の下へ嫁ぐことなくこうしてここに戻ってこれましたのも何かの縁。どうか、私と快楽に身を
窶す事をお許しください」
先ほどまでのローラは砕けた庶民的なしゃべり方もしっかり板についてきた感じだというのに、貴族であったころのような口調でローラはロイに迫ってきた。起き上がろうにも、鎖が音を鳴らすのみでそれは適わず、適うはずもない。
「俺には選択肢が残されていないじゃないか……」
この解けない鎖に縛られながら、妹に犯される以外どんな選択肢があると言うのか。
「いえ、私は兄さまからの許可がない限りは、自ら快感に浸る行為は慎みます。全ては、兄さま次第でございます」
言って、ローラはロイの股の間に首を挟み、ロイの肉棒に舌を這わせる。寝ていた最中だからだろうか、それとも心のどこかで妹に犯されることに期待していたのか、仰向けにされたロイが意識したころにはすでに肉棒がそそり立っていた。
「ダ、ダメだって……」
「兄さま、体は正直なようですね。心まで正直になるのが神子の資質だとナナさん仰ってましたよ。理性を捨て去って獣になることで、世界と一体になるのです。それが神の力を高める秘訣」
「そんな秘訣冗談じゃない。そんな方法で神の力とやらを高めたところで、親兄弟や世間に顔向けできなくなったら外を歩くことも恥ずかしい。余計神の力を使う機会すら得られなくなるじゃないか」
「テオナナカトルの皆さんは尊敬してくれるでしょうし、一般市民にはバレなけれは問題ありません」
ペロッ。一瞬送れてビクッ。ローラの舌が自分の肉棒に触れるたび、ロイは快感に身を任せろと叫ぶ体の声を聞く羽目になる。
体は意思に反して快感を得ようと、舌が這う時間を長く保とうと体を仰け反らせてしまう。
妹の攻めはあくまで容赦ない。快感への切欠は与えるのに、与えるのは切欠だけ。起爆剤としては十分すぎる刺激でもただ舐めるだけでは絶頂への階段を上るには足りなすぎる。
「やめろ、やめろぉ」
なすがままにされるしかないロイは、快感から一刻も早く逃れようとしてその身をよじるが、舌の攻めを避けることも出来なければ体の疼きを冷ますことも出来やしない。
「申し訳ありませんが兄さま。やめることは出来ません……この先へ行けと言うのなら、喜んで従いますが」
兄を慕っていた可愛い妹の面影はもはや顔と声だけだ。目の前にいるのは淫乱な痴女。
そのうち、やめてと言う声に対してさえ反応してくれなくなり、ロイの声のほかに部屋に響くのはジャラジャラと鎖がこすれる音だけ。いっそのことリーバーを呼んで助けてもらおうかとも考えたけれど、ローラは何の訓練もしていないポケモンに負けるほど弱くはない。
タイプ相性だって悪いのだから、返り討ちにあうだけだ。
「許してくれ……」
思わず出たのはそんな泣き言。妹じゃなかったらとっくに身を任せていたのに――そんな心持ちでつぶやいた言葉は、誰に対して放った言葉なのか。
「もう快感でも何でも感じてくれていいから、早いところ俺をここから解放してくれ」
ロイの言葉が向けたのは両親か。もしくは良心に対してのものだったらしく、ロイは体が命じるままに妹の言葉に従った。
「やっと……お慕いしていたお兄様の体を。あぁ、お父様が『妹に体を許すなどあってはならないことだ』とか言っていなくてよかったわ。」
ローラの眼は正気には見えなかった。悪魔に取りつかれたような……というよりかは
夢魔に取りつかれたような熱狂的な視線。暗がりの中でさえ血走って見える妹は、まずロイの後ろ足の鎖を口に咥えた鍵で以ってはずした、が前脚は外さない。あくまで拘束はしたまま、逃がすつもりはないらしい。
「兄さま……さぁ、私を味わってくださいませ」
まだロイは触れてすらいないのに、ローラが見せ付けた女性器は濡れて光を照り返している。クリトリスと一体化したその穴を見つめると、幼いとか年下とか見下していた妹が、すでに大人として完成された体を持っていたことがわかった。頭ではなく体で。
視認した瞬間、体は妹を求めてしまった。舌で舐められ続けた時よりも、雌に出したい、中で果てたいと体が欲する声が聞こえる。ロイは逸る気持ちを抑えるのに苦心して、立場を逆転してやろうとたくらんだ。
「ひゃん!!」
ラベンダー色の体毛から覗かせた大人のそれに、ロイは前足の甲で触れる。
「本当は自分が俺を味わいたいだけの癖に……いつからお前はそんな子になったんだ? 父さんが泣いちゃうぞ」
自分のしていることも十分父親が泣きそうなことなのだが、それは棚に上げてロイは笑う。
「意地悪な事を言わないで……兄さま」
「そう言われたかったんじゃないのか?」
「そ、そんなこふぇっ」
言い訳するローラの花弁にグイグイと鼻を押し付け、喘がせる。
「そんな……なに?」
「い、いじわるぅ……ひゃん。言い終わるまで待ってくだ……んっ……さいませ。お兄さま」
調子に乗ったロイは、ローラに遠慮しなかった。兄妹間にあった本来の力関係そのままに妹を支配する。恨めしそうな視線で振り向いたローラを見るロイの顔は、どこまでも意地悪な笑みを浮かべていた。
このままでは屈辱を与えられる――と、わかっていてローラは口元が緩むのを抑えられなかった。
「意地悪な奴にそんなに喘がされる淫乱な妹はどこのどいつかな? 世が世なら貴族の品格が疑われていたんじゃないかな。こんなに卑しい妹の体なんて味わえた物じゃない」
「そんなこと言わないでください、兄さま」
まだロイの足には鎖がついたままだと言うのに、ロイの言葉一つ、形勢は逆転した。
「それじゃあ、それらしい頼み方があるんじゃないかな? 服従のポーズ、とかさ」
言って、ロイは顎をクイッと動かした。羞恥心からか、ローラはおどおどと辺りを見回しながらも、すでに半身が浸かった肉欲に抗いきれず、ごろりと仰向けになって見せる。先ほど拘束されていたロイとまったく同じ体勢だ。
「どうぞ、お兄さま」
さらに湿り気を増した花弁だけでなく、普段見えない乳房の列まで露になって、こみ上げる恥ずかしさに負けてローラは眼を瞑った。
「ちゃんと眼を見て言うんだ。それに、態度もなっていない」
ロイはローラの上にのしかかる。ローラは副乳の間に肉棒が触れる感触で、女の悦びに打ち震えるのを抑えられない。
「コレが欲しいのなら、もっとそれらしい態度をとらなくっちゃ」
ローラの震える口もとが緩んだ。
「お兄さま……この卑しい私の体を、どうか性のはけ口にしてくださいませ」
「『お願いします』は?」
「っ……お願いします」
自分の領地を手に入れたがっていたロイではあるが、支配することに快感を感じるタイプと言うわけではない。そう思い込んでいたはずの自分がこうまで豹変してしまうのは彼自身予想だにしなかったこと。
妹の豹変といい、今夜は驚きの連続だ。
「じゃあ、立ち上がって」
ローラは期待に震える花弁を見せ付ける。血の巡りが肉壁の入り口をヒクヒクと物欲しそうに動いている。ロイの肉棒も同様に、高ぶった動機にあわせて先端がゆらゆら揺れている。
ローラは娼婦として体を預けたと言っていたが、発達したペニスを持たない鳥ポケモンにしか体を許していないそこは、まだ処女のそれと同等の綺麗さを保っている。処女膜だってまだ破られていない。
実質、妹のはじめてを奪うことになる兄、ロイは固唾を呑んだ。ローラの線の細い体にのしかかると、火照った彼女の体温が腹を通して自分に伝わる。
深く息を飲み込み、尖った先端をローラの肉欲に宛がう。触れた瞬間、前脚の中で妹の体が跳ねた。
「ふぁっ」
ローラの口からもれ出る吐息。ロイを負ぶったままの前脚には眼に見えて力が篭り、二人分の体重を支える準備は万端だ。毛皮越しに伝わってきた筋肉の躍動を受けて、ロイは奥へ奥へと進みだす。包まれる表面積が増えるたび、焦らされていた肉棒は喚起に震えた。ローラの熱い胎内の中で、すでにして先走りが漏れ出す感触。
相手が妹という背徳感と愛しさだけで、母親に決められた許婚との行為なんかとは全てが段違いだ
まだ半分も入っていない段階でそうなってしまっては優位に立った甲斐もない。歯を食いしばり、なるべく無心を心がけて、まだ空気の触れる部分を中へと避難させた。
「かはっ!!」
ローラの肺を潰す勢いで空気が押し出された。泣き言を口にしないとはいえ、恐らくは激痛にやられたのだろう。だが、痛みに反して柔らかく触れるだけだった肉壁は、性を搾り取るような締め付けでロイを歓迎する。
ロイに襲い掛かったのは痛みではなくて、腰を突き動かそうとする衝動。ローラが辛そうな顔をしていなければ即座にその衝動に付き従ってしまいそうな圧倒的な快感だ。
けれど、痛みで歯を食いしばったままのローラを無視するわけにはいかなかった。心を落ち着けて首から耳へと愛撫を続けて行くと、徐々に体の強張りが消えて行くだけではない、ローラの吐息に甘い声が混ざり始める。やがて締め付けていた肉壁はその戒めを解き、緩く。しかししっかりと訪問者をもてなす強さの締め付けへと様変わりする。
「兄さま……お願いします」
そして、振り向いたローラは潤んだ瞳で懇願する。
「遠慮なく」
完全に刺さりきっていた肉棒を引き抜く。波のように快感が広がり、感覚はもはやそこだけになる。上体を支える後ろ足の重みも消えて視界もぼやけ、目の前の行為に集中しろと全身が命令した。肉棒を往復させるごとにローラの肉壁は脈打つ感触をずらし、ただの一瞬も同じ感覚を味あわせることはしない。
常に不意打ちを続ける快感の連鎖。じわじわと絶頂へとせり上がる快感は急加速して、気がつけば自分は腰を打ちつけるのをやめていた。息も絶え絶えの呼吸の中、妹の中で自身の欲望を全て吐き出す感触。筆舌に尽くしがたい快感にまみれて、ロイはローラの体の上に全体重を預けた。
それでも気丈なローラは兄を支えることをやめず、兄の分身がずるりと抜け落ちるまで四肢の力を解くことはなかった。
「兄さま……私、貴方を味わえて幸福でございます……」
秘所から血液混じりの精液を僅かに流しながら、ローラは甘える唇でロイにキスを求める。
「……あんなんで満足なら、いつでも」
ロイが応えて口を差し出すと、ローラの唇はなぜか目に当たって――
「兄さん起きてよ」
「ん……?」
目を閉じて、開ける。と、そこには背中から伸ばしたツルでロイの顔を撫でているリーバーが居た。ローラは隣で普通に眠っている。いきなり朝だ。
「もう、兄さん。昨日夜更かししたから仕方ないとは言えさ、寝坊しちゃだめだよ。さ、早くお仕事お仕事」
よくよく考えてみれば、仰向けにされて鎖を四つ付けられるまで起きないというのも薬を盛られてでも居なければ無理な話で、そんな痕跡もない。大体、ローラは鎖を何処から持ってきたのかと言う疑問もある。
どうやら同じベッドで眠っている妹のせいで恥ずかしい夢を見てしまったらしく、誰にも夢の内容はバレていないだろうというのに、ロイの顔は酷く熱くなった。
「それにしても、ローラさん寝顔まで美人だね。あ……」
ベッドの上ですやすやと眠るローラを見ている最中リーバーは何かに気がついて、それを蔓でまきとって拾い上げる。
「これ、歌姫さんが付けていた三日月の羽じゃないか。これを持っていると楽しい夢を見られるんだって歌姫さんが言っていたよ……だからか、ローラさんも兄さんもいい顔してるや。
僕も欲しいなぁ……行商が売っていたら買ってこようかな?」
自分が起き上った時は背中しか見えなかったが、ベッドを下りてローラの顔を見ればなるほど、僅かに眼元を涙で濡らしながら、しっかりと笑みを浮かべている。根っからのお父さんっ子なローラだ、恐らくは二人の父親ロノの夢を見ていることだろう。
それよりもロイが気になるのは――
「いい顔……だったのか」
自分がどんな表情をしていたかである。
「どうしたの?」
ロイはリーバーの質問に対してまともに答えるすべを思いつかず、『何でも無い』と返してリーバーに不満げな顔をさせるのであった。
***
『この三日月の羽……不良品じゃないのだろうか? いや、これに触れた時はクレセリアが「貴方ではまだ私の力は私を使いこなすのは難しいでしょうが……いいのですか? 下手に力が暴走して変な夢見ても知りませんよ……ま、悪夢を見ることは無いでしょうが」とかそんな事を言っていたような気がするから、そういうことなのかもしれないが。それならそれで、ローラだけ普通の夢を見ているのは気に食わない気がする。
いや、いい夢じゃないのかと言われれば微妙だったんだけれどね。この日記、誰に見られてもいいように書かれているから内容は書けないよ。あしからず』