◇
なんだかんだ言って、ナナと歌姫のおかげで客の入りも良くなり、毎日が充実してきた事をロイは心の中で感謝していた。テオナナカトルの様子はと言えば、相も変わらずの大人気である。山が雪に閉ざされているせいで旅人も少ない冬の時期とはいえ、アルナ半島北端の港町ケルアントとイェンガルドを行き来する物流商たちにも好評で、常連さんと一見さんで差別化するのには苦労したものである。
テオナナカトル本来の活動の方も好調らしい。最近、宝石商から依頼があったとかで、テオナナカトルのメンバーは薬の材料集めに躍起になっているらしい。いったいどのような依頼があったのかロイには知るべくも無いが、なんとなく気にはかけている。
そんなある日のこと。
「リーバー。明日の朝も勉強しような」
店の後片付けの最中、蔓を器用に操りきびきびと働くリーバーにいつも通り話しかける。いつもならば、『うん、ありがとう』なり何なり喜ぶ言葉が入ってくるのだけれど、今日は何やら事情が違う様子。
「ごめん、兄ちゃん……」
「ん、どうした?」
「あのね、ナナさんと歌姫さんの家に遊びに来ないかって誘われているの。なんでも僕、もうすぐフシギバナに進化できるみたいでその前に何かやってみたい事があるんだって。で、明日の朝はナナさんの家で過ごすから……今日は泊まっていけってさ。ユミルさんも来るんだって」
「へぇ……」
「『へぇ』って、ちょっと何さその顔」
不安がないわけでもなかったが、まぁナナ達ならば夜道を歩いても問題ないだろうし、たまには勉強を休むのもよかろう。ロイはリーバーと勉強するのは嫌いではなかったが、年中無休の酒場の仕事に加え勉強というのはやはりつらいものがあるので、休みたい欲求はあった。
「いや、ちょっと気になる事があってね。でもいいや……明日くらい勉強は休憩にしてもいいだろう。何やるかは知らないけれど、夜道の独り歩きは危険だから気を付けて行けよ」
「大丈夫。ナナさん強いでしょ? 送ってもらう予定なんだ」
ナナの戦闘能力は確かに高い。国家のために戦う事を信条としていた貴族として情けない事に、集団を相手にするときの強さはロイ以上の強さだったりもする。ロイとて一対一ならばナナに後れをとる事は無いだろうが、持久戦を得意とするロイは集団を相手にするのにはとことん向いていないのだ。
こだわりスカーフを巻いて、良く研ぎ澄まされた爪で敵の急所を一閃するナナの腕前は、ロイには持ちえない戦闘能力の一つである。それを利用した戦闘では、酔って喧嘩を始めた客達の騒ぎを一瞬で止めたほどだ。ロイの主力技である毒々ではそうまで器用にはいかない。
(リーバーの勉強が十分になったら、俺も特訓する必要があるかもしれないな。体だけ鍛えても戦闘の勘はどんどん失われていく)
「あ~、うんそうね」
ナナの戦闘能力を悔しく思いながら苦笑し、ロイは生返事をリーバーに返す。
「もう、どうしたの? あ、もしかしてナナさんの家に誘われたことで嫉妬している?」
「違うよ。大体、言ったろう? 俺は奴らが酒場で働く前からちょっとした知り合いだったって。俺が嫉妬したのは、ナナの喧嘩の強さだよ……いつかまた特訓しなきゃって思ってる。とりあえずはまぁ、あれだ。楽しんでこいよ」
「うん、いつもありがとう兄ちゃん」
そうして、掃除が終わったリーバーは後意気揚々とナナについて行く。殺されたりする心配はないだろうが、ナナだけでもそこはかとなく危ないというのに、加えてユミルが居る以上(居なくても)何かよからぬ目的があるだろうなぁ――とは薄々感づいている。何せ、テオナナカトルは役割分担がきちんとなされていて、ジャネットは薬の調合が仕事で、他の三人と違って客寄せはほとんどしない。歌姫は人体実験の被験者及び客寄せ。ユミルは偵察、配達及び薬の材料の調達。ナナは薬の材料の調達と客との交渉。
必要があれば身に降りかかる火の粉の除去も彼女がメインで担当していて、ロイがうらやましがる戦闘能力の秘訣もそこにある。
つまるところ、薬の材料の調達係が二人も居る場所へリーバーは誘い出されたことになる。
「
リーバー……何か変な事されるんだろうなぁ……」
何が行われるのか激しく気になったが、だからと言ってナナ達を監視するのも野暮であるし、危険がないのであればまぁいいだろう。休みの欲求には勝てないロイは、その日大人しく酒場の二階にある住居にて眠ることにした。
この住居の借主シドは特に身寄りのないままに死んでしまったので、家はそのままロイが管理することになっている。無論のこと、家賃は今までシドが払っていた通り家主へと渡しているが、リーバーと一緒に住めるだけの広さと家具があるというのはお得なものである。
それまで寝起きしていた地下室では寒さが外よりも凌げる程度であったが、今はベッドで眠る事が出来る。リーバーが隣にいないのは久しぶりで、最初は少しばかり寂しかったが、今ではもう新しい寝床に慣れていてロイはすぐに眠りについた。
◇
ナナの住処は、住宅街のアパートの一室にある。ロイが訪れた事のあるジャネットのアパートに比べると、管理が行き届いていると言えるアパートではあるが、所々老朽化が進み建てつけが悪い場所もそこかしこに見受けられる。
そんなアパートにあるナナの部屋は、小ざっぱりとした木製の調度品が多数置かれた部屋である。ジャネットの部屋とは違って薬の材料の匂いはしないけれど、爪磨き用の布やオイル。髪の手入れに使うのであろう櫛や手鏡。メブキジカの角で出来たペーパーナイフ。その他色々な物がそこらへんの机に転がっていたりとだらしなさが垣間見える。
「ごめんね~、散らかっていて」
「ナナってば、相変わらずだらしないでやんすねぇ」
「もう、相変わらずとか言ったら、いつもこうしているみたいで誤解されちゃうじゃない」
「いつもこうでやんしょ」
うねうねとしながら形を一定にしないユミルが、お手上げポーズのつもりなのか、触手のように体に一部を伸ばして見せた。
「はは、ロイさんはいっつも綺麗にしていなきゃ落ち着かないから、何だかこういう部屋は久しぶりだなぁ……美人な人はきっちりしているイメージがあったけれど違うんだね」
「こいつぅ! それ、美人って褒めているのか、だらしないってけなしているのかはっきりしろぉ」
ナナの部屋を見た感想を思いのままに口にするリーバーにカチンと来たのか、ナナはリーバーの首を腕でくるんでこめかみを拳でグリグリする。
「わわ、勘弁してよナナさん」
口では嫌そうにしているリーバーだが、顔は笑っている。まだ、ナナや歌姫が酒場で働き始めて一ヶ月と経っていないのだが、大分打ち解けている様子。
「はいはい。それじゃこの辺で勘弁してあげますよ、っと。さて、それじゃあ今日リーバー君を呼んだ理由を説明するわね」
「はい、何でしょう?」
酒場で働いている時そのままの口調で、リーバーが答える。
「貴方がフシギバナに進化すると、他人の闘争心を押さえる香りを背中の花から出す事が出来るの」
「うんうん」
「進化する直前になると、進化に備えてその香りがする蜜をため込む袋が体の中で発達してね……フシギバナになるとその香りが一気に外へ放出されるわ。でも、進化する直前と、進化した直後は本当に濃い香りなんだけれど……進化してからは一日も持たずに香りが4分の1以下になってしまうのよ」
「へぇ~……そうなんですか」
「でね、その香り成分なんだけれど……今のうちに採集しておけばとてもいい薬になるのよね」
「薬……に、なるんですか?」
「絶対痛くさせないから、採集させてくれないかしら? お礼もするし、美味しい料理も出してあげる」
「え~……いいけれど、具体的にどういう風に?」
何やら訳の分からない展開にリーバーは付いていけない様子。ロイのようにある程度の学がないと理解するのはつらいのだろう。そもそも、薬がどんなものから作られているのかすらリーバーは分かっていないのだから。
「まずはね、貴方の背中に付いている蕾を緩ませる作業から始めるの。これは私がメインでやらせてもらうわ」
「そこから先、緩んだ蕾の中にアゲハントのような長い口のポケモンが突っ込んで吸い出すでやんす。これは、アッシがアゲハントに変身してやるでやんす。ちょっと気持ち悪いかもでやんすが……それ以外はあんさんに痛い事も嫌なこともさせないつもりでやんす」
「う~ん……」
ユミルの言葉に怖気づいたのか、リーバーは考え込んでしまった。
「仕方無いわね」
悩むリーバーを見て、ナナは微笑みながら溜め息をつき、肩をすくめる。
「作り置きしておいた食事と、すぐに料理できる食材があるから、温めて食べましょう。話はそれから。とびっきり美味しいんだから」
「ナナの料理は最高でやんすよ~。リーバー君も運が良いでやんすね」
「え、食べさせてくれるの? やったぁ!!」
客の食べ残しや売れ残った料理はまかない料理代わりに従業員全員で処理するとはいえ、最近はナナと歌姫のおかげで客がひっきりなしに来るため、売れ残りの量も極端に少なくなっている。そのせいでまかない料理を殆ど食べられない日も多く、最近は仕事が終わってから何も食べていない時は、腹が減る前に寝てしまうのがリーバーの定番となっていた。しかしながら、今日のように起きていると当然腹が減る。
そのせいなのだろう、ナナが食事の話を切りだした時のリーバーの嬉しそうな顔。リーバーの顔を見て釣られて気分が良くなったのだろう、ナナは笑顔を綻ばせる
「そうよ。友達が薬に使うコショウを少しだけれど譲ってくれたのよ。他にも香辛料がたくさんあるから、出来たて料理に挽きたて香辛料を掛けて食べましょう」
ナナはそんなことを良いながら嬉々として台所へと向かって行った。
時間帯は深夜。すでにこの集合住宅の住民はこの部屋を除いて全員が寝静まっているが、この部屋は大いに賑わっていた。ナナが暖めなおした兎肉を煮込んだシチューに、その場で複数のスパイスを混ぜ込む。
粉末が真っ白なシチューの表面に浮かび上がると、熱によって発生する上昇気流で食欲をそそらせる香りが舞い上がった。
「うわぁ……こんな香り始めて」
時に、同じ重さの貴金属で等価交換
*3とさえ言われるほどの高級品と認識されていた調味料を小さじ一杯加えたのだ。これだけで何の変哲もないシチューが酒場には気軽に出せないほどの高級料理に変わった。スパイスに慣れないリーバーの賞賛も頷ける。
「私たちは鼻がいいから、香りをつける料理は得意なの。はい、もう一品」
そして、そのもう一品は塩コショウとナツメグを効かせたシンプルな肉の串焼き料理。厚切りにされた草食獣の肉は、顎が筋肉痛を起こしそうなくらいに硬く締まり、いかにも美味しそうだ。
肉のうま味を引き立てるスパイスの風味は、ただでさえ腹が減っていた三人の食欲を一気に掻き立てた。ロイから(有料で)譲ってもらったラム酒も添えられたそれは、祝い事と見まがうばかりの高級料理さながらだ。
リーバーはそれらを夢中でかぶりつくのだが、その料理には幾つか精力剤として使われているものが混在している。ニンニクや蛇の肝といった民間でもよく用いられているものは当然として。これはテオナナカトルならではとも言うべきか、和え物として添えられた本来は食べられないが、毒抜きによって食用に耐えうるキノコや根菜なども存在している。
「そんなにもリーバー君はロイを尊敬しているの?」
「そりゃそうだよ……前の店主には色々迷惑掛けられていたけれど、それを助けてくれたのも兄さんだし。本当に女でない事を恨んじゃうくらいロイは格好良いんだから」
「そう……もう悪夢は見ないのね?」
「うん、ってなんで僕が悪夢見ていたこと知っているのさナナは?」
尋ねられて、ナナは妖艶な表情でリーバーを見る。
「なんとなく、よ」
「なんとなくでわかるモノなの?」
「うん、分かるわよ。ところで、女の子とは恋愛してみたいとか思ってる?」
「そりゃ、まぁね……っていうか、初体験が男なんで、早く消毒したいって思う」
「やだ、ストレート!!」
と、ナナはおどけて笑い、リーバーの額にデコピンを喰らわせた。
「いやぁ、本当にロイ君がいなかったらリーバー君はもう自分に自信が持てなくなっていたかもしれないわね。けれど、ロイは君を支えてくれた……自分も辛いはずなのに。貴方は幸福ね、ロイに出会えて……」
「あはは……やめてよ。このままじゃ僕ロイに惚れちゃいそうじゃない」
「うん、それくらいなら大丈夫かしらね……」
「なんのお話?」
「薬の材料の採集のお話よ。貴方の事も考えないといけなかったけれどその必要もないみたい」
「な、なんか怖いんだけれど……」
「さぁ、どうでしょうね?」
ナナは優しく微笑んでリーバーの鼻先を指でつついた。
そして、リーバーが皿を空っぽにすると、ナナは食器を片づけ始める。
「おなか一杯食べちゃうと、それはそれで眠れないからね。今日の夜は少しだけ。残りは朝に食べましょう」
ナナの言葉どおり、シチューの量も串焼きの量も控えめではあった。腹八分目までいかず五分目ほど問いったところだろう。この後すぐに眠るのだから、それでも十分といえばそうなのだけれど、もうちょっと食べたかったなぁ――と思っていたのはリーバーで、目的が目的なためか他二人にとってはこのくらいがちょうどいい。
「さて、ところでどうかしら? お薬の材料の採集に協力してくれるかしら?」
「ちょっと断りにくい状況作っちゃって申し訳ないでやんすがね……」
リーバーはラム酒によって少々ほろ酔い気分。満腹感とも合わさって警戒心が鈍くなってしまったためなのか、ナナとユミルの頼みごとには、
「うん、いいよ」
と答えてしまった。
「そう、ありがとう」
言いながらナナはリーバーの頭を撫でる。
「それじゃあ寝室に向かいましょ。ベッド二つしかないから狭いけれど、あなたはいつもロイと一緒に寝ていたんだし、構わないわよね?」
「あ、うん……でも、いいの? 確かにロイとは一緒に眠っているけれど……その、ナナは女の子だし」
「いいのよ、貴方が襲ってきたところで私には勝てないでしょ? それに貴方が私に欲情して襲いかかるなんて無いと信じているわ」
「またナナはそんなことを言って……相手はまだ子供でやんすよ」
母親以外の女性と一緒に眠った経験がなかったリーバーは、一緒に寝ることにドキッとしていた。男に強引に犯されたときはとても怖くて痛くて苦痛だったけれど、女性との性交は対照的に憧れである。
この冬の季節、草タイプの自分が一人で眠ると寒くて眠れないけれど、これでは熱くなって眠れないかもしれない。
「そ、そうだよね……ロイから毒々を教わったくらいの僕じゃあ襲うのは無理だよね」
もちろん、そんな女性との添い寝に高ぶる本心を口に出すのは恥ずかしいのでリーバーは適当に誤魔化した。
「あら、女の子と一緒に寝るのは母親以外では初めて? そんな初めてを貰えるなんて嬉しいわ」
でも、ナナにはリーバーの気持ちなどお見通しのようである。何せ、リーバーの顔はわずかに赤らんでいるので、商売人として顔色を伺う経験がたびたびあったナナには、それを見破ることなど造作もない。
ナナに自分の気持ちを看破されたリーバーは、さらに顔を赤くして顔を伏せる。その様子が非常に可愛らしいので、横目で見ながらナナは微笑んだ。
リーバー達がベッドルームへ行くと、甘ったるい匂いと、苦い匂いがわずかずつ漂っている。それに蜜と乳の匂いも混ざっているようだ。
「ふあ……これ、何の匂い? いい匂いだね」
「バニラとカカオの匂いよ。バニラはお菓子などに甘い香り付けするためのもの。もう一つのカカオは、泡立てて香辛料を加えて飲むためのものよ
*4。二つとも、大人の男女をソノ気にさせる効果があるのよ。貴方が襲うまでもないわ」
「え」
という間もなく、抱き上げられたリーバーはベッドに投げ出された。
「あの……」
「何かしら、リーバー?」
意地悪な瞳でナナが尋ねる。
「何、じゃなくてその……」
「嫌なら言ってくれてもいいのよ。私たち、無理やりにでも薬の材料が欲しいわけじゃないから」
「え~と……なんていうか、本当に嫌なら言ってくれでやんす」
不安そうに顔を引きつらせるリーバーへ、ナナは悪びれる様子のない笑顔で答え、いつの間にか雌のチラーミィ、リーバーは気にも留めていなかったフリージアに変身していたユミルは少々申し訳なさそうに答えた。
「嫌じゃなくて……こういうのはダメなんじゃない?」
「嫌じゃないならいいじゃない。大事なことだから二回言うけれど、嫌だったらいつでも『嫌だ』言ってね。で・も……『やめて』って言っても『ダメ』って言ってもや・め・な・い・か・ら」
「同じく。アッシもその方針で行かせて貰いやす」
ウフフ、とばかりに誘惑する笑みを浮かべて、ナナがそっとリーバーの耳を食む。同時にユミルに舌を絡められ、二人に押し付けられた刺激を受けて全身に電撃が走ったかのようにリーバーは硬直。眠気で萎れかけていた背中の花もピンと立ち上がってしまった。
「あの、その……」
「嫌かしら?」
「嫌でやんすか?」
今までになく緊張した心と体を抱えて、リーバーはまともに言葉も出ない。言いあぐねるリーバーを、二人はたたみかけるような言葉で状況を脱出する手段を封殺する。だけれど状況を脱しようと考えている時点でまだ不十分だ。そんな考えも起きないように、とナナはリーバーのわきの下をくすぐり、ユミルは先ほどナナが食んだ耳をもう一度食む。
「ひぅっ!!」
まだ熱を帯びない性感帯を触れられても快感こそ走らなかったが、さらに体を萎縮させる効果があった。すっかり縮こまって湧き上がる欲求に耐え抜こうとする姿は、まるで蛇に睨まれた蛙のよう。
「嫌じゃないのね?」
我を取り戻してしまう前に、快感の虜にさせてしまおう。ナナは少々急ぎすぎな気もしたが、股下にあるスリットまで指を這わせる。今まで男にこういうことをされた経験はあっても、女性に対してはまったく免疫がないリーバーは、スリットの中で自身の肉棒が徐々に肥大化するのを感じた。
性別が違うだけでこうまで違うのか――なんて胡乱な頭で考える余裕があったのはそこまでで。
「嫌じゃないなら、続けさせてもらうわ」
リーバーは前足を浮かされ、ベッドの上に座らされる。なされるがままのリーバーの視線の先には、30度ほどの角度をつけた膝立ちで雌の割れ目をさらけ出すユミル。ユミルが行うチラーミィへの変身は、その種の知り合いと深い親交があるだけに堂に入ったもので、嫌でもリーバーの目に入るそれはまさしく処女のそれといえる桜色。
そんなものばかり凝視しているからナナやユミルが触れているわけでもないのに、気がつけば彼の肉棒はきっちりと自己主張をする。
「わわぁ……見ないでぇ」
羞恥心から紡ぎだされるそんな言葉も、シドに犯されている時と比べれば弱々しいもの。本心ではもっと見てくれとねだっているようにすら思える心の迷いが見て取れる。
「やーだ」
四肢の構造上、手も足も大切な所を隠すのには向いていない。四肢を床に触れさせている状態ならば隠せようが、座らされた状態では四つん這いに戻ることもかなわない。強引に戻ろうとしても、二人掛かりで抑えられてはまず腕を離させることを考えなくてはいけないけれど、攻撃したくなるほどの嫌悪感はもち得ない。
シドに犯されている時は恐怖で抵抗できなくて、それはもう酷く泣きたい気分にさせられた。だがしかし、女性にこうして見られることは案外悪くないかもと、異性に対しては寛容なリーバーの性的思考が抵抗心を妨げる。
「さて、どこが気持ちいいかしら?」
「うぅ……」
あんなに触れられるのが嫌だった肉棒も、乱暴に握って無理やり快感を引き起こすのではなく、柔らかい手のひらで卵を握るような手つきで触れられては激しく拒むことなど出来ない。
身をよじって逃げようとして、体は意思に反して腰を突き出す。
「嫌がっている割には体は素直じゃない。嫌がるのは私をその気にさせるためのフリかしら?」
「そんなこといわれてもぉ……」
「嫌なら嫌と、はっきり言わなければダメでやんすよ。言っていないから、ガンガンやっちゃって大丈夫でやんすね。照れることは無いでやんす……男の子はみんなエッチで丁度いいくらいでやんすから。もっとエッチになっても問題ないでやんすよ?」
耳に息が触れる距離からのユミルのささやき。生暖かく甘ったるい香りのする吐息に快感を呼び起こされ、リーバーの体はゾクゾクと震え上がった。
ナナもユミルも攻めるときは容赦ない。親しく仲の良い相手からもてあそばれる快感を知らない幼いフシギソウには本気で嫌がるなんて出来ることではない。好奇心と本能だけが先走って、心のどこかにあった貞操観念は置き忘れ。
ロイに言われた『性病には気をつけろ』なんて言葉だって、最早どこまで意味を成すことやら。肉棒をやんわり包み込んだナナは、じれったいほどにゆっくりと扱きあげるだけ。本能は、腰を前後に動かしてしまえば気持ちよくなれるぞと教えてくれるが、座らされた体はその行為を許してくれない。
「あぁっ!!」
そうして前方にばかり気を配っていると、不意打ち気味な背中の愛撫に対応できない。まだ硬く閉じられた蕾の花弁を、これまた綺麗なピンク色の舌で撫でられる。加えて、数多のポケモンの中でも格別な手触りの良さを誇る体毛を押し付けられて、思わず上がる甘い嬌声。
初めて攻められた場所でも感じてしまうのは、チラーミィに変身したユミルのメロメロボディの力か、それとも絶妙な力加減を与えるテクニシャンの力か。
「よし、その調子でやんす」
「その調子その調子。どんどん気持ちよくなるのよ」
背中をじわじわ支配していく快感に負けて、徐々に体は
海老反っていく。容赦の無い快感から逃れようと、リーバーは首を振り体を捻って抵抗する。
「こっちも無視しちゃいけないわ」
が、今度は背中にばかり集中しているせいで、ナナの不意打ちがクリーンヒットする。
「うあぁぁ!! ……ふぇ?」
突然に握る力を強められて、まだ射精にはいたらずとも肉棒がビクンと跳ね上がった。すぐにでも防波堤が破壊されそうな快感をナナに与えられて、しかしてナナは射精を許さない。一回の不意打ちだけして、そこから先は手を離し、鼓動に合わせて揺れさせるに任せる。
「じゃ、ユミルお願いね」
射精してからでは、蕾の感触も鈍ってしまう。今回、快感を与えることが目的ではなく蕾から匂い成分を抽出することが目的なのだからまずは蕾から処理しなければならない。
「かしこまり、ナナ」
『お願いね』の一言と長いまつげを揺らすウインクで、ユミルはそろそろなんだと理解して、最後に蕾一舐めするとアゲハントへと姿を変えた。
行為に入る前は硬く閉じられていたそこも、二人掛かりによる愛撫の波状攻撃が程よく解していた。わずかに隙間が開いてヒクつかせる未発達な花弁を細長い口器が押し広げ、貫いた。
「はあぁぁぁぁっ!!」
思わず咆哮を上げるほどの快感。驚愕よりも羞恥よりも先に本能が快感に身を任せろと命じたようで、絶対に離さないぞとばかりに蕾が口器を咥え込む。お世辞にも強い締め付けとはいえないため、ユミルが匂い成分を吸い取る作業に支障は無い。
方向を上げるほどの快感に飲まれたリーバーは精根尽き果て、荒い息をつく。その傍らでユミルはアゲハントの口に含んだ香り成分をビンの中に封入していた。
「蜜腺の刺激……お尻のほうにある前立腺よりも強いのかしらね? ここまで激しく感じられると……まぁ、いいか」
ぐったりしたリーバーを眺めながら、ナナはこともなげにそんなことを言っていた。
「リーダー、すごい投げやりでやんすすね」
「あら、変身を解いたってことは、瓶への封入は終わったのね? 首尾のほうはどうかしら、ユミル? すごくいい香りがするけれど」
「ばっちりでやんすよナナ。フシギソウの処女蜜は思わず飲み込みたくなってしまうくらいいい香りでやんしたが、きちんと全部ビンに入れたでやんす……ちょっともったいない気分」
「よし、それは明日ジャネットに渡してあげるとして……まずはリーバー君をどうにかしなきゃ……」
「体ならアッシが拭いておくでやんすから、リーダーは手を洗ってきたらどうでやんすか? 射精はさせなかったとはいえ、色々匂いも付いているでやんしょ?」
「そうね。じゃあ、後始末をお願いするわ」
ナナは部屋を出て行こうとして、一度だけリーバーを振り返る。
「あ、リーバー君。こんなのでよかったらフシギバナに進化してからも、いつでもお相手してあげるわよ」
「リーダー……」
呆れたユミルは思わず普段の呼び名でナナを呼ぶ。
「勘弁して」とリーバーが漏らした声は、ナナには聞こえなかった。
「リーバー君……ロイの言った通りきちんと乗り越えているみたいね。強い子だわ」
「テオナナカトル。無駄になっちゃいやしたね」
ナナ達の所属する団体の名であり、服用する薬の名前でもあるテオナナカトルとは『神のキノコ』と言う意味だ。リーバーの心の傷をえぐることになるとも考え、数年分の精神治療を一晩でやり終えてしまうとすらいわれているこのキノコを使うことも考えたのだがどうやらその必要もなかったようだ。
「このじゃじゃ馬……フリージンガメンがロイを仲間にしろと言ってきたけれど、ロイ……案外、良い逸材かもしれないわね」
ナナは自身の首にかかった琥珀の首飾りを見て微笑んだ。
「そうでやんすね。ロイさんがリーバー君を立ち直らせたんだとしたら……そりゃ、すごいことでやんすし」
「うふっ。ロイってば酒場の件や大司教の件も含めて、持ちつ持たれるやるのが楽しくなってきたわ」
世話焼き上手なロイの手腕に改めて感心した所で、ナナは嬉しそうな笑いを見せる。リーバーを通してロイの良さを知ったナナはふふっとほくそ笑んだ。
◇
リーバーの目覚めは存外にさわやかな物であった。行為の直前に精の付く料理を食べたとて、行為に際して積極的になれるほどの即効性はないのだが、明日の朝の目覚めには影響したようで。不思議と体に湧きあがる気力や、力がこもる四肢の感触は今までに感じた事が無い程だ。それが、セックスによって与えられた活力なのか、それとも料理によって与えられた活力なのか――実際の所は後者であるのだが、未熟なリーバーはいまいち理解する術を持ち得なかった。
目覚めてみるとベッドルームにはすでに自分以外に誰もおらず、慌てて居間に躍り出るとそこには例の二人が居た。安心したのやら恥ずかしいのやら、複雑な気分がこみ上げる。すでに朝食の用意をしているようで、しかもその様子が楽しそうだからとても話しかけづらい。
「おはよう……」
何とも控えめなリーバーの挨拶。声の大きさはやっと聞こえる程度。目線をまともに合わせることもなく、気まずさだけは一人前に強かった。
(昨日は酔っていたからなぁ……)
どうやら、今の挨拶は小さ過ぎて聞こえなかったようだ。
「おはよう」
昨日の事が夢だったら良いのにと、溜め息をついてもう一度リーバーは挨拶をする。
「あら、おはよう。体の調子はどうかしら? 昨日は元気が出るお料理たくさん食べてもらったけれど……効果は出てる?」
「……体の調子はすこぶるいいけれど」
「けれど、何かしら? そんなに連続して背中の香り成分は取れないから、昨日の続きをやりたいのならば後一週間は待ってもらわなきゃ。処女蜜よりも品質は落ちるけれど、フシギソウであるうちは非常に質のいい蜜が取れるからね」
「勘弁して……」
「あら、昨日も同じ事言ってやんしたね。ナナ、やっぱり子どもには刺激がきついんでやんすかね……無茶でやんすよぉ」
「そうね~……お子様だし。でも、フシギバナになっちゃったらそれはそれであの純度の高い香りは得られないし……ふふ、残念ね」
自分を置いて進んでいく会話によって込み上げる強烈な恥ずかしさと若干の悔しさ。ロイに子供扱いされるのはいいけれど、こいつらに言われるのは我慢できない。
「子供じゃない!! 子供扱いしないでよ」
「じゃあ、一週間後またこの家に来て同じことをやりましょう。大人ならそれくらいできるからね……うふ、歓迎するわ」
「あ、いや……それは勘弁して」
「あら、大人の男に二言は無いのに……子供扱いされたくないといいながらも、やっぱりお子様ね。なら、仕方ないわね……お子様だもんね」
「また、来ます……」
どうやらリーバーはまきびしを踏んでしまったらしく、腕組みをしながら見下ろすナナによって言いくるめられてしまった。そのやり取りを笑いを噛み殺すようにユミルが見ている。
「ナナってば相変わらずでやんすねぇ」
「いいじゃない」
未だに笑い続けるユミルとほくそ笑むナナ。リーバーだけが、その顔に笑みを保ってはいなかった。
◇
最近のロイは仕事の休憩中にナナと話すのが日課となっている。この休憩時間と言うのも大抵は数分くらいしかないのだが、立ちっぱなしの仕事が続いた後に足を落ち着けることが出来るのは貴重な時間だから、出来れば心まで休ませたいものだ。
休み時間を重複させるわけにもいかないため、リーバーとは話せない以上、ナナとの会話で心まで休まるのは嬉しく、この日もまた設けた休憩時間中にナナとの話に興じていた。
「と、言うわけなのよ」
ほのかにフシギバナの花弁を彷彿とさせる匂いをかもし出しつつ、ナナは昨夜の顛末をかいつまんで話し終えた。
「案の定薬の材料の採集か……リーバーは抵抗しなかったのか?」
「もちろん。貴方が思うほど、私達は鬼畜じゃないわ。それに、出来れば貴方にも嫌われたくないしね……楽しんでもらったわ。」
「うん……まぁ、そうだろうな。男に犯された時は物凄く泣きわめいていたし俺に甘えてきたけれど、あんたからはされても大丈夫みたいだ。ま、女に犯された事なんて恥ずかしくって話せないのかも知れんがね。だが、お前のやっている事はあまり褒められる事じゃない……子供を弄ぶのは程ほどにしておいてくれ」
「心得ているわ……というか、本当は昨日の内に薬を採集するつもりじゃなかったし」
ロイが不思議そうな顔をしてナナを見る。
「貴方が、リーバーの心の傷をよく癒してくれたからよ。貴方が支えてくれたからこそ、あの子はセックスに寛容になれた節があるわ。貴方は面倒見が良いのね」
「そ、そうかな? 俺は弟が出来たみたいで可愛かったから……大切にしただけなんだが」
「そういう打算のない愛が、人のささくれ立った心を癒すのよ。そして、リーバーが私のことを本気で嫌がったら、薬の材料の採集なんて出来なかった……だから、私達はまず心の傷を癒すことから始めようと思って……その必要もないから早いうちに採集してしまったわけだけれど」
「それ……俺は褒められているってことで良いの?」
「もちろん。貴方は、慕われる才能があるわ」
それにね、とナナはブリっ子のようなポーズをとって笑う。
「それに、リーバー君の意志以上に大切なこと。本番はしていないの……貴方の時もそうだったでしょう?」
ロイは、初対面の日にされた記憶を呼び起こす。テオナナカトルの力によって曖昧な意識の中であったが、確かにロイはナナの秘貝に触れた覚えがない。
「確かにほっとしたが……考えればそれはそれで残念だな」
記憶をたどって確かにそうだと納得したロイはおどけて笑う。
「だがまぁ、性病には気を使っているようでいいことだな。でも、どちらにせよリーバーは俺の大切な弟だ。あまり変な道に引き込まないでくれ」
「変な道? 大丈夫。次は自分から『来る』って言ってくれたのよ」
「それ、大丈夫って言わないから……変な道に十分片足浸かっているじゃないか? いや、奴が幸せならそれでいいって言ってやるべきなのかなぁ?」
「大丈夫だって、あの子も正常な男の子っていう意味では。貴方の知らないうちにリーバー君は大人の階段登っているみたい。貴方も登り遅れないように注意しなくっちゃね」
「大人の階段とか、生まれた時から婚約者がいたから考えた事もなかったなぁ……。男は妻が嫌がろうとも強引に持ち込み、女は夫から持ちかけられたら、相手がゴキブリでもそれに応じろって言う世界だから」
ロイは自嘲気味に笑う。
「でも、庶民は愛し合って伴侶を決めるんだったな」
「ふふ、そうよ。愛し合う必要があるの……精神的な意味でも、肉体的な意味でも。それをしないで伴侶を決められる貴族は、浮気が日常茶飯事だとすら聞いたわ」
「そうだね、親父の友人もみんなしていたよ。親父も誘われた事があるんだって。……伴侶に恋を出来ない分、浮気に恋を求めるんだろうね」
「そうね、恋って素敵だもの。素敵な恋をしたいならば……惚れ薬、貴方になら安くしておくわ」
「いらねぇよ」
ロイは口を尖らせた。
「あら、そう。恋は自分の力で勝ち取るだなんて……純粋な子ね」
ぶっきら棒なロイの答を楽しそうにナナは受け入れ、ロイの頭を面白がって撫でる。
「それはそうとさ、リーバーを弄んだ結果どんな薬を作りだしたんだ?」
「まだ完成していないけれどね……この薬の名前は『
原初の牝牛のアルセウスの母乳』。ミルタンクの母乳に含まれる子供を安心させる香りを抽出した物と、貴方にテオナナカトルを食べさせた時の汗をごく少量と、それとフシギソウの香り成分とを合わせると、他人の警戒心を極限まで引き下げる力を持つの……世界の始まりからいたという生物の母乳もきっとこんな匂いだったのでしょうね。いい香りよ。
母親に抱かれている赤ん坊のよう名安心感を得ることが出来、匂いになれていない人は子供のように甘えたい気分になるわ……と、言っても貴方の場合は母親に抱かれるんじゃなくって咥えられているような気分かしら? 貴方の母親もイーブイなんでしょう?」
「ん……まぁね。まだ元気にしているかな? ま、どっちでもいいけれど……でもさ、いない家族の話はやめよう。お前だって、どうせ家族についてはロクな事を話せないんだろう?
お互い、辛い過去は突っつきあいは無しの方向でいこうぜ」
「痛い所を突くわねま、肯定だけはしておくわ」
ナナは相変わらず笑顔のまま葡萄酒を口にした。確かに表情は笑顔のままであったが、ロイの目には少々影を落としたように見えたのは、きっと間違いではないはずだ。
「おやまぁ、勘で言ったが本当だったとはな」
「なに、騙したの……悔しいわね」
ナナはぶすっとして口の形を歪めて見せた。珍しい表情をしたナナに、ロイは微笑んだ
会話が止まって話題も無くなると、ナナは頼まれもしないのに語り始める。
「この薬はね。そうやって落ち着かせる効果を楽しむ事……例えば、貴方が赤ちゃんみたいに甘えてみたくなったら、この薬を服用させていくらでも甘えさせてあげるわ」
「赤ちゃんプレイは遠慮しておく。年下……に、見えるだけかもしれないけれど、年下に甘えるほど俺は落ちぶれちゃいないから。俺は18だから……ね。15の小娘に見える今のナナじゃあ」
甘えたい気分になるというその薬の効果に少しばかり心惹かれながらも、それを感じさせないようにロイはやんわり断った。その裏では、ナナが実は大人の女性なんじゃないかと淡い期待を描いている。無論、そうでもなければテオナナカトルのリーダーとやらになれない気もするが。
「あら、ざ・ん・ね・ん。私の実年齢はあなたよりも遥かに上なのになぁ……」
と、思っていたらどうやらそれは本当だったらしい。ロイは心の中で『よっしゃぁぁぁぁぁ!!』と叫んでいた。
「貴方のように年下に甘えたくないとか言っている、そういう人こそたまには甘えさせてあげたいのに。まぁいいわ。この薬の他の用途は、そうやって警戒心を薄れさせたところで、上手いお話を持ちかけるためのものよ。例えば……今回の依頼人の宝石店とか。この使い方をする場合は、この薬を鯨油と混ぜ、蝋燭であぶって揮発させればいいの。最初は店員さんにまで効果があるけれど。ずっとこの匂いを嗅いで慣れてしまえば効かなくなるから、それまでの辛抱ね。
他にも、この匂いを嗅いだ者を怒らせないような効果もあるわ……貴方にも一回使ったことがあるの」
「……お前に逆強姦された時の匂いはあれか」
「そうよ」
苦虫をかみつぶしたような表情のロイを見ても、ナナの笑顔は歪みない。
「それに加えて、赤ちゃんのように甘えさせて商品を買わせる宝石店か……なんて店だ。全く、盗み聞きしていた宝石店からの依頼がそんな内容だったとわな」
「あら、盗み聞きをしていたの? 趣味が悪い事」
ミロカロスが水を飲むように酒を飲めるこの女に酔いが回ってきたわけでもあるまい。だというのに、酒に酔ったような妖艶な顔をしてナナはロイに顔を寄せる。
「趣味が悪くて結構」
その顔をロイは、やんわりと前脚を上げて振り払った。
「俺の店の経営に関わるかもしれない事だ。俺にはこの店を守る使命があるものでね……ま、健全な商売のようでよかったよ」
ナナの顔は美しいと思ったのが第一印象で、最初こそ心臓が高鳴ったものだ。だが、慣れ切ってしまったロイは改めて言い寄られることにはもう殆ど何も感じないようである。
「そうね、私がテオナナカトルを守るように、貴方もこのお店を守るのね。さて、これで昨日のことについてのお話は終わり。私達と一緒のお仕事もがんばりましょう」
「分かったよ。サイリル大司教を失脚させるんだったな……頑張らせてもらうよ」
ふぅ、とロイは軽くため息をついた。
「そんじゃ、俺はそろそろ仕事に戻るよ。ナナも休憩が終わったら客の前で踊ってくれ。みんな心待ちにしている」
「かしこまり」
ナナは元気良く答えてグラスに注がれた葡萄酒を飲み干す。ロイが去った後でまたグラスに注ぎ始めたことなどもちろん秘密にして。
***
『まさかリーバーの奴にまで毒牙に掛けるとは。本番はしていないとのことだが、それ以上の事をやっていたようだから、どうにもコメントがし辛かったな。……とにかくまぁ、なんだ。リーバーは嫌いな相手との強引な性交は本気で嫌がるが、ある程度気を許した相手とならば応じる
性質のようだ。少しMの気でもあるのだろうか?
そんなことはともかく、ナナの実年齢が俺よりはるかに上と言うのが朗報だ。流石に40以上ともなるときついが。30代前半ならベストだな。……しかし、ゾロアークの髪をまとめる珠は幻影を見せる効果があるとは聞くが、それに常に年齢を偽るまでの力があるとは驚きだったな。
しっかし、俺に打算のない愛があるとか、慕われる才能があるとか、歯の浮くようなセリフをバンバンいいやがって……ナナの奴。照れるだろうに』