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テオナナカトル(1):子供を守るお兄さん

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子供を守るお兄さん 

 交易で栄える街、イェンガルドの3番街に建つ酒場『暮れ風』にて。
「ひどい話さ」
 その酒場の従業員ロイは気がつけば客の愚痴を聞くべき自分が客に愚痴をぶちまけるという始末だ。
「俺だけなら大人だから耐えられるけれど、奴は子供にまで手を出すんだからな」
 その客が愚痴を言ったり酒を飲むためでなく『愚痴を聞くために酒場へ来ているのです』と変わった自己紹介をしたせいかもしれないが。それに、まだ日も高い客の少ない時間帯であったのも大きい。
 ロイが愚痴をぶちまけているその客というのも変なものである。何が奇妙って、聖職者は清貧*1・貞潔*2・神に対する従順という建前があり普通はこんな酒場には来ない(隠れて酒を飲む聖職者は多いが)。まず、こういう風に楽しんでお酒を飲む酒場に表立って来ている事が奇妙な存在だ。
 しかも、その聖職者はかなりの身分である。末端の下っ端や助司祭であればともかく助司祭と司祭には埋めようのない壁が存在する。その客というのは大司祭の長女だと名乗り、なるほど神との婚約者たる第一条件『メロメロボディ』の特性を満たしたチラーミィだ。名前はフリージアと言うらしい。

 神龍信仰では伝統的に長女もしくは長男を神への婚約者として差し出し一生を独身で過ごさせる。フリージアもどうやらその口であるらしく、純潔の証たる刺青を左腕に彫っている。その模様は確かに大司祭の模様であるが、身につけている装飾品は(本来そうあるべきではあるが)質素だ。神龍の彫りものは青銅製だし、手にした杖も飾り気の無い木彫りである。かぶる法衣だって紺色が色あせてくすんだ青になっている、そろそろ買い替え時なんじゃないかと言う時期を遥かに過ぎたボロボロだ。みすぼらしいツギハギが哀愁を誘う。
 教会に破滅させられた経緯を持つロイはそれを期に聖職者を毛嫌いするようになったが、このチラーミィの持つ物腰の柔らかな立ち居振る舞いと清貧な様は、なんとなく好感が持てた。
 美麗にして質素という分かりやすい魅力だけではない、神龍信仰のあるべき姿とも言える気品の魅力は、ますますこんな場末の酒場に居るべきでない印象を持ってしまう。なんと奇妙な女性だろうか。

 神との婚約者がこんな酒場に来てもいいのかと思ったのは前述したとおり。だが、フリージアはきっちりと清貧であった。酒場だというのに、酒は一滴も飲まず葡萄のジュースのみを口にするだけ。食事も野菜スープにパンだけだ。酒場に来た意味が何もない。
 そして、ロイが愚痴をもらしても、悩みを聞く事を楽しむかのような笑顔。柔らかな笑みによって滲み出る包容力はさながら聖女を彷彿とさせた。客と従業員の立場を覆してまで悩みを言わせるだけの事はあると、ロイは感心した。
「結構ショッキングな話だから、女性である貴方には聞きづらいかもしれないけれどさ……」

***

「……大きくなってきたな。相変わらず敏感なエロい体をしている」
「うぅ……やめてぇ」
 リーバーの膝が震えた。まだ甘い香りを放つ事の無い背中のつぼみは力なく前へと垂れ、ただでさえ緑がかった体表からも血の気が失せている。背中にある性感帯の一つであるピンク色の蕾を撫でつけられて、すでに先走りを垂らしながら雌の胎内へ入り込む事を待つ肉棒は、風と空気のみがそれを包むだけ。
 リーバーの後ろから九本の尻尾で執拗に厭らしく愛撫を続けるシドは、そろそろ悶える姿を観察するのにも飽きたようで、歪んだ笑みを浮かべる口元をぺろりと舐めた。
「気持ちいいんだろ?」
 背中で開花を待つツボミを甘噛みされ、リーバーの体がビクリと反応した。
「……っひ! そ……そんなこと無いよ」
 甘噛みされたくらいで甘ったるい声を上げていてはそんな虚勢に一かけらの説得力もない。
「なら、その証拠見せてみろよ」
 シドの前脚が背中から離れリーバーの側面から下半身を覗き見る。重厚だが短いリーバーの四肢の隙間には、きっちりと肉棒がそびえたっていて、しかも高鳴る鼓動に合わせて微かに揺れている。誰が見ても感じている事を否定するのは不可能だ。
「……もの欲しそうにしてるぜ、お前の」
「や……やだぁ、見ないで」
 リーバーは四肢を曲げ、体を伏せて局部を隠そうとするが、それは神通力であっさりと掬われた。毒タイプのリーバーは、サイコキネシスで操られては抵抗も出来ず、半ばひっくり返すようにそこを暴かれる。

「うん、元気いっぱいだなぁ」
 シドはしゃがみ込み、まじまじと視線を股間に注ぐ。それだけで、感じたのかどうかは本人のみぞ知る所だが、ビクンと肉棒が跳ねた様子には余すところなくリーバーの動揺が伝わってくる。
「み……見るな!」
「可愛いじゃないか」
 そこにシドの顔が舌が伸びてきて、スリットから覗かせた肉棒に舌を這わせた。
「ひあっ……!」
 意志に反して出される甘い声。強引に行われるこの行為が苦痛であれば心の安定を保てないと考えた体の防衛本能なのか、しかし湧きあがる強制的な快感は屈辱と言う形でリーバーの精神を犯している。
 シドは手なれた舌遣いでリーバーの心を苛み続け、甘い声を引きずり出されるリーバーは次第に涙を流し続けた。その涙も、シドの嗜虐的快楽を悪戯に刺激するだけで無意味を通り越して逆効果だ。それを理解していても、リーバーは進化前ゆえかまだ幼いところがある。幼いから、涙するしか防衛の手段はとれない。
「やめ……っ…やめて! やめてぇっ!!」
 シドは、涙を流して恥辱に耐えるリーバーの表情を楽しみつつ肉棒を貪る。次第に、リーバーのソレが限界近く張り裂けそうなまでに肥大化した所でシドは舐めるのを止めた。
「やめてやるよ」
 そう言って浮かべた笑みは、相手を慈しむ者でも労わる物でもなく、むしろその逆。相手を辱めて悦に浸る冷たい意図を秘められている。それがわかって、リーバーは行為を一時中断されたことに全く安堵を感じる事は出来ない。
「代わりに俺を気持ちよくさせてもらえるかなぁ?」
 ロクに洗われていない、シドの肉棒がリーバーの前に差し出される。
「早くしないと、ロイとお前がどうなっても知らないぞ?」
「ヒッ!!」
 リーバーはシドに、『逆らえばお前が路頭に迷うぞ』と脅されていた。しかし、それでもリーバーが逆らうようになってからシドは、ロイの名前を持ち出してリーバーをいいなりにさせている。リーバーにとってロイは唯一の心の支えで、その名前を出されてはグゥの音も出ない。
 大粒の涙を流しながらリーバーは差し出されたものにかぶりつく。吐き気がしそうな匂いと、生理的な嫌悪感ですぐにでも吐いてしまいそう。でも、吐くと怒られるから、こみ上げた胃液すらも飲み込むしかない。
 あどけないリーバーの舌遣いには奉仕しようなんて気はゼロで、当然のように下手だった。けれど、そんなんでも時間を掛ければ相手を快感に導かないはずもなく――前兆は、シドの腰が僅かに移動した事。そして、シドが僅かに呻いたくらいか。
「ん!?」
 その一瞬、シドはリーバーの喉の奥まで乱暴に突く。喉が押しつぶされる感覚、押しつぶされた喉に精液が流れ込む感触。どれも耐えられるものじゃない。咳こみながら白濁液を吐き出し、涙混じりに鼻水を流した。

「さて、メインディッシュだ」
「やめて……もうやめてぇ」
 懇願するも、それが受け入れられるはず無く、今度はリーバーの肛門に舌が這った。じっとりとした厭らしい感触を尻に感じ、ひくん、肉棒が揺れる。シドの舌だ、と感じて恥ずかしくて身体中が熱くなるが、それでいて寒気すら感じるいような怖気(おぞけ)
 吐き気がするけれど、この後に待ち受ける快感に心がなびくようになってしまった自分がリーバーは嫌だった。これから先、待ち受ける快感に自分が喘いで声を上げてしまう姿が思い浮かんでしまう。今は亡きお母さんもロイも助けてくれない状況とあっては、もうただひたすら耐え抜くしかなかった。
 ググッ……
 本来排泄物を排出するための場所であるそこに異物が入り込む。始めは痛くてしょうがなかったそれも、慣らされ続けた今となっては痛みは無かった。最初にそうされる時に感じた息がつまるような感触ももう無く、こんな事嫌だと思う反面やっぱり期待してしまう。
 ずぶりずぶりと中へ侵入して行くたびに次第に恥よりも期待が上回って、それが嫌でこのまま壁に体当たりして死にたいとすら思えてしまう。が、当然リーバーにそんな勇気など無い。
 シドが数回往復するうちに、期待と否定が綯い交ぜになっていた現象がついに訪れて――
「う、あ……ぁ……」
 体内にある弱点を刺激され、理性が吹っ飛んだ。リーバーはだらしなく唾液を流して床を踏みしめた四肢を駆使して体を前後する。彼の思考は、羞恥心も嫌悪感も後回しにした。"気持ちいい"だけを最優先事項にしてリーバーを突き動かす。
 支配者のシドは、リーバーの締め付けによって感じる快感よりも、痴態を覗き見ることで生まれた優越感など精神的な快楽に笑みを浮かべる。蕾が邪魔で正常位の体位になれないリーバーには知る由もないが、シドの笑顔は汚い。とても汚い笑顔だ。
 今度も予兆らしい予兆は与えず、リーバーにとっては完全な不意打ちでシドは自身の欲望を垂れ流す。最後の一突きで流し込まれた白濁液によって理性と意識が叩き起こされたリーバーは、屈辱と嫌悪感とでただただ涙を流すしかなかった。

「やっぱり淫乱じゃないかお前は……」
「うぅ……」
 目から涙。余った分が鼻水として流れるリーバーをシドは労わることも無く、肛門から引き抜いたそれをリーバーに見せつけて――
「ほら、舐めてきれいにしやがれ」
 ロイもやられていた。ロイは耐えられた。けれど、リーバーはいつもここで涙して、胃の内容物を吐いては炎で焼かれる。それでも抵抗できない。

 ◇

 客がいなくなった酒場『暮れ風』の中で、ロイは微かに聞こえる声に溜め息をついていた。フシギソウの少年、リーバーの叫び声が聞こえるが、リーバーに性的虐待を加えているシドの声まではドアに阻まれて聞こえなかった。叫び声が聞こえるのは少々心が痛む。
「リーバー……大丈夫かな?」
 聞くに堪えない、そんな叫び声だけれど、弟分の苦しみを知ってあげ、少しでもそれを慰めてあげるのが義務のように思えていたから。

「くそっ」
 ロイが毒づく。
 ロイと言う男は情に熱い男で、民衆の話をよく聞いた。ロイの親であるロノは税の徴収も穀物の備蓄も、領地の財源を獲得するために行う穀物や工芸品を商人へ引き渡す量も、それこそロースティアリ家は名君と声高らかに呼ばれるほどによく考えて決定していて、ロイはロノの血を確かに受け継いでいると父親や叔父にほめられる名君の器であった。
(だと言うのに、今の俺は何もできない。今やこのざまだ)

 そんな名君の家に生まれついたロイは3つ下の妹を可愛がり、二人の弟とは互いに切磋琢磨しながら親を継ぐ日を待って家督権を巡り競い合っていた折。政教分離の是非を巡って国王との権力争いを繰り返していた神龍軍が世俗騎士に対して大掛かりな戦をしかけてきた*3
 国家に忠誠を尽くして戦ってきたロイの家であるが、形勢は完全に神龍軍のもの。地域によっては問答無用で死体をさらしものにする場所もあったが、ロイが住んでいた地域は『降伏すれば殺さないし奴隷に身分を落とす事は無い』と勧告を受ける。
 その時ロイはとある理由で心を病んでおり、城壁を囲んだ敵に対して『死なば諸共、一矢報いてやる!!』と捨て鉢な戦いを挑もうとしたが、父親であるロノは逆の選択をした。神龍軍に臆病者と嘲笑を受けながらも生き残る事を選んだのだ。
 サンダースの母親を除いて親兄弟全員がブラッキーかエーフィなだけはある、子供を愛するが故の決断であった。
 とはいえ、ロノたちが王への忠誠を忘れることなく、『今は退く――しかし、後々自身の領民を決起させ領地を取り戻そう』と考えていては困る。司教連中はそう考え、クーデターをみすみす許すほど馬鹿ではなかった。
 神龍軍はロノ達の財産を没収した後、家族を名声の届かない遠方へバラバラ追いやることで、民衆に『貴族』と言う色眼鏡でしか見てもらえない場所に放り出され、両親・兄弟共に離れ離れとなってしまった。今ロイが住んでいるこの街も、同じ国だが辺境もいい所だ。語学を熱心に学んだおかげで言葉が通じる場所とはいえ、遠方の外国に追いやられた家族も居るのだから、気が気ではなかった。
 ロノやその一族が財産を没収され素寒貧(すかんぴん)になったとて、彼の生まれ育った地でなら余程心ないか、無知である者でなければ彼等を蔑む者はいなかったはずである。しかし、遠方に追いやられた今、『名君ロノが子、ロイ』の名声もない状態では、身分は平民の最下層――奴隷と犯罪者の上に立つのが精いっぱいだ。
 ロイが拾われたのは、職が得られず酒場のゴミ漁りをしている時であった。今はもう何の役にも立たなくなった貴族の証である銀の首飾りを、もしもの時のために現金と交換できるよう懐深くに仕舞い込み、身を守るための丈夫な木の棒一本と黄銅の貨幣をわずかに入れた布袋だけが唯一の財産で、ゴミを漁っている時に酒場の店主と目が合ったときはひどく気まずかったものだ。
「す、すみません」
 目があって、いたたまれないロイはそそくさとその場を去ろうとするが、目元にしわのあるグラエナの女性店主はお待ちなさいと笑った。
「酔いつぶれたお客さんが残したものでよければ、まだ中にあるよ」
 女店主はいい人であった。ロイは彼女の優しさに甘えて、食べ残しを食べる。見た目は食いかけではあるが、味と鮮度は屑かごに入っている物ではない、久々にまともな食事。みすぼらしい自分に優しくしてくれる彼女の心遣いに感謝せずにはいられない。
 その感謝の代価は彼女の悩みを聞くこと。ひもの男性にいいように犯されているだとか、老眼が始まって最近は家計簿をつけるのにも一苦労だとか。
「それなら、俺が簿記くらいやってあげますよ。これも、お礼ということで……」
 ロイは元貴族。読み書きも四則演算もお手の物だ。これがサラとの出会いであった。

 だが、サラは出会ってから一年、半年ほど前に急病で息絶えた。そして、そこで店の実権を握ったのはロイではなく、件のひもであった。サラを体で惑わし、財産をむしっている寄生虫のような男、シドである。
 男は、同じくサラと肉体関係を持っていたロイを憎み、毛嫌いしていた。なんせ、ロイはシドと比べ二十四も若い。シドと同じく四十二のサラにとって十八のロイの体というのはとても魅力的で、サラの体は徐々にロイだけのものへと移り変わってしまうのであった。
 とうのロイはといえば、十三の年のころに婚約者と交わって以来性交というものに魅力を感じていなかったし、サラと交わることさえ『これも仕事』と割り切っていたのだが、熟年の技や気遣いというものはいいもので、悪い気もせずにのめり込んだ。
 もしくは、セックスに対して傲慢な貴族が婚約者のイメージが付きまとっていたが、それがはがれおちたせいなのか。その真相はわからないが、年老いたサラとの性交に彼自身ものめり込み、知らず知らずのうちにシドの恨みを買っていた。
 都合のいい女を取られたシドは、媚薬という名の麻薬を用いて、サラを犯し、最終的には中毒で死んだ。挙句の果てに、麻薬によって与えられる強烈な快感に流されるままにサラは死の直前酒場の権利まで譲ってしまい、シドが酒場を横取りだ。
 算数と読み書きが出来るからという理由で、この酒場に就職できたのは天の導きとも言える幸運だった……が。
(無様だ……こんな状態になっても、貴族の権力さえあればリーバーを助けられるだなんて思っている所が)

 そこから先は辛い日々であった。元貴族、その上皿を横取りしたと言う事で何かと目をつけられていたロイの扱いは、サラの死を契機に途端に悪くなった。男女の両刀使いのシドは、ロイを犯し始めたのだ。
 それでもロイは、体を貪られたりするような仕事しか貰えない者が自分以外にもいる事を知っていたから、体を貪られることになっている今でも、自分だけならば耐えることも出来たろう。
 でも、同じくサラに雇われたリーバーが自分と交互に犯されている事を知っては、ロイの厚い情がそれを見過ごせるはずもなかった。仕方ない、人生こんなこともあるさ――と割り切れる思いも、憎悪と殺意に変わっていく。しかし、だからと言って現状はなんともし難い。一番簡単なのはシドを殺すことだが、殺したいと思って実行した際真っ先に容疑が自分かもしくはリーバーに向く状況では如何ともしがたい。
 平民ならば言い訳も出来るが、今は悔しい事にロイは平民以下の存在だから。

「どうしようもないな」
 なんとなしに、リーバーの叫び声を聞きながらまどろんでいたロイは、むなしくなって思わず独り言を漏らした。リーバーへの性的虐待が終わるまで、寝ないでただ待っていても睡魔に襲われるだ。だから独り言でも呟かないと起きていられないと言う理由もあるが。
 答えの出ない考え事をしていて、全く進展がなくとも時間は確実に過ぎていった。欠伸を三回ほどしただろうか、無意識のうちに起こる生理現象をいちいち数えてなどいないから、それくらいしか分からない。
 シドが自分のベッドルームに帰るのを息を潜めてやり過ごす。国のために戦うべくよく鍛えられたロイの体は昼なら目立って見えるけれども、暗闇の中では完全に闇に同化するほど黒い。案の定、シドは気がつくことなく通り過ぎて行ったので、足音が聞こえなくなるのを確認してからリーバーのもとへ行く。
「大変そうだな……手伝ってやるよ」
 蝋燭代をケチるためなのか、まともな明かりの無い部屋を、自身の月輪で以ってロイが照らす。美しい黄金色に輝くロイによって照らされた室内は、闇になれていないリーバーでも文字が読めるくらいには明るくなった。もっとも、リーバーはまだまともに文字は読めないが。
「兄ちゃん……」
 シドは生粋のサディストで、しかも男女に節操のない両性愛者だ。ロイは、前の店主であるサラが死んで悲しみに暮れている時に、自分が犯され、その時はこのシドという男が理解できない怪物に見えた。何故、他人である自分がサラの死を悲しんでいるのに夫であるはずのシドがサラの死を哀しまないのかと。
 それに、シドはエチケットも出来ていない。初めて犯された時は後片づけや後処理をロイの身に任せて自分はさっさと寝てしまう。処理には苦労したものだ。まだ慣れていないリーバーも大変だろうと思い、後片付けを手伝う事を初めて申し出る。初めて申し出た時なんて、リーバーが目一杯泣いて飛びついて抱きついてきた事さえある。
 その時からふつふつと煮え続けてきた殺意もそろそろ限界に達していた。
「痛かったよ……怖かったよ……ウゥッ……」
 今日もまたリーバーは泣いて、しゃくりあげ、鼻水なんかも流しながら抱きついてくる。ブラッキーであるロイはフシギソウであるリーバーよりも小さな図体をしているため、リーバーが甘える光景は少々滑稽ではあるが、ロイの包容力はその光景を見るだけでも伝わってこよう。


「さ、これでよしだ……今日はもう寝よう」
「いつもありがとう」
「なに言ってんだ。『親父には子供には優しくしろ』って言われている。親父みたいになるにはこれくらい通過儀礼だ」
 ロイは微笑み、手早く後処理を終わらせると。ロイはまだぐずっているリーバーを連れて酒樽の置いてある地下室で眠る。宿の無い二人は、ここの硬い床を寝床にしていた。酒樽は専用のハンドルを使うか、もしくは壊すかでもしなければ中身を出す事は出来ないので、大量の酒を盗み飲む事は出来ないが、ここは地下にあるおかげか夏でも涼しく冬でも暖かい快適な場所である。冬のこの季節でも肩を寄せ合えば凍える事が無いのはありがたい。路上暮らしをしていたロイたちにサラが与えてくれたこの寝床は、酷い扱いのようでよい気遣いだ。
「御休みリーバー」
「御休み……兄ちゃん」
 リーバーの体は震えていた。毛布をかけて寄添いあっている今の状況を考えれば寒さのせいではない。酒場で働いている間は、毎日強姦されていることを表面に出そうとしない気丈な子だが、こうして自身を守ってくれるものの前ではとことん弱い。
 可愛い弟を失ってから、弟代わりのリーバー。ロイはそれを守ってやりたくて、それは出来そうにないのが悔しくて、ひたすら歯がゆかった。

***

「……と、言うわけでな。本当に、あの子だけでもどうにかしたいんだ。シドが死んでくれれば、文字を読めるのも掛け算割り算が出来るのも俺だけ……俺が店を乗っ取れる。乗っ取ってリーバーによい環境を与えられるのにな。
 フリージアさん。神様の力でどうにかならないかい?」
 ロイがリーバーを横目に見ながら自嘲気味にフリージアへ呟くと、フリージアは長いまつげを揺らしながら絵画に描かれた天使のように微笑んだ。
「あらあら、その刺青で神様の力なんてよく言いますね」
 ロイは自分の刺青を見る。爵位をもった騎士階級で、侯爵(こうしゃく)の地位を占めるものだ。ただし、それだけでは今となっては何の価値もない。その紋章を囲うように神龍の紋章が付いていれば別だろうが。
「元世俗騎士……だもんな」
 騎士であり、聖職者として神に使えるようになればその身分は修道騎士となる。その場合は騎士の刺青に加えて騎士の刺青を囲むように自身の尻尾を咥えた神龍の意匠が施されるのだが、ロイの腕にはそれが無い世俗騎士のもの。境界の物にはいい顔をされない。
「でも……神の愛ってのは敵さえ愛するべきなんだろう? 平穏無事に暮らしていた俺たちをないがしろにした修道騎士なんて……神の愛のかけらもない。いや、すまない。今のは聞かなかったことにしてくれ」
 愚痴を言わざるを得ない心境になって、ロイはうだうだと文句を言う。下手すれば大問題になる発言だと思って流石に撤回はしたが、そもそもこんな愚痴を話しても大丈夫だと思わせるこの女性の纏う雰囲気はそれほど包容力にあふれていると、驚嘆すべき領域に達している。
「マタギ5章第44『それでも、我らは汝らに告ぐ。汝らの敵を愛し、汝らを迫害する人のために祈れ』。私があなたのために祈ることに、貴方が私たちを嫌っている事は関係ありません」
 フリージアはショルダーバッグに入れていた聖書を得意げに開き、そう言った。
「いいのですよ、貴方の言うとおりです。先の革命の顛末は知っております……聖書においても救世主はっきりと述べられた、『世界は邪悪な者に支配されている』という大義名分を理由に貴方達貴族を悪に仕立て上げて攻め込まれたその不満はもっともです。『例え、汝らが多くの祈りをささげようとも、我らは聞いてはいない。汝らの手は流血で穢れている』。つまるところ『血に汚れた者達が祈ったところで意味はない』と、神龍様は告げておられるのに……これは確かそう。イザワの第1章15でしたね」
 慣れた手つきでフリージアは聖書を捲る。テクニシャンの特性ゆえか、分厚い本だと言うのに正確にページをめくる手つきは鮮やかだ。
「それに、信仰とは教会のためのものではなく民のためのものですから……強制されて祈るものではありませんし、強制された祈りはむしろ神龍様に悪い影響を与えますので。これはネコブ第1章の26……」
「いや、一々聖書開かなくってもいいから……」
「そうですか」
 再び、絵画に描かれた天使のような柔らかな微笑みを浮かべてフリージアは言う。意外そうな顔をして顔を起こしたロイに、フリージアが語った。

「神龍への信仰が薄いものが……そうして神の力に頼りたいというのならば、一ついい方法があります。中央広場の日雇い募集掲示板に『ナナ狩り、お願いします』と書き記すのです。そうすれば、ちょっとした暗号文で住所が送られてきますのでその場所へ赴いてあげてください。お金は張りますが、貴方ならば依頼料金をお金で払う事も体で払うことも出来るでしょう」
 フリージアと名乗る麗しいチラーミィは、笑顔でそんな事を教えてくれた。
「体……いや、まぁいい。しかし、神の力に頼るってどういうことだ?」
「神とは、神龍だけではないのです……」
 すまし顔でいい終えて、フリージアは舌を出して笑う。
「でも、今の言葉は内緒にしてくださいね。私が邪悪な者扱いされかねませんから」
「あ、はい……」
 肩をすくめたフリージアに、ロイは頭を下げて了承した。
「ありがとうございます。あ、お客さんが来たようなので、その……」
 一呼吸おいて、ロイは改めて深く頭を下げて礼を言う。常連客が顔を見せたのは一瞬遅れてのことだった。
「えぇ、いってらっしゃいませ。お仕事がんばってください」
 酒場の敷居をまたいだ客の元にロイが向かう。
「あ、トニーさんにジョーさん。今日もいつもどおりミートボール入りのスパゲティでよろしいですか?」
 今日も訪れたこの酒場の常連、ハリテヤマのトニーにオーダイルのジョーに、ロイは笑顔で応対する。

「あぁ、ロイは良くわかっているじゃねぇか!! ミートボールを多めにな」
 ロイは、フリージアに教えられた解決方法を記憶してその日の業務に勤しんだ。

 ◇

 掲示板に返信された紙に書かれていた住所はここで間違っていないはず。
 それにしても、汚い所ではないか。漆喰の壁や床の所々にひびが入り、ロクに手入れもされていないと推測できる安アパート。蜘蛛の巣も張られ、歩けば埃舞うこの場所の管理人はロクな奴では無いに違いない。もう少し掃除を行き届かせて欲しいものである。まぁ、いいか……どうせ長居する気も無い。
 裏社会の人間に仕事を頼むと言うのは少々……否、かなり勇気がいる。とはいえ、法律があてにならない今のロイには、それしか選択肢が無いのも事実であった。
(表札はジャネット=サンダーソン……ここだ)
「……ごめん下さい。テオナナカトルさんでしょうか?」
 いかにも建てつけの悪そうな、蝶番が錆びついたドアをロイはノックする。敏感な鼻からはオイルの匂いを感じ、きっとそれはこの部屋の住人が自主的につけたものなのであろう。廊下がこんなに汚いままで放っておく管理人がそんな気遣いをしてくれるとは思えないから。
「はい。如何にも私はテオナナカトルだけど……どちらさまからの御紹介で?」
 扉の向こうから聞こえる声は、わざとらしい位にお色気たっぷりな声色でロイを迎える。
「フリージアってチラーミィから紹介されました。とある酒場で……そして、昨日掲示板に書き込んだのは俺です」
「あらぁ。またフリージア……あの子にはお世話になるわね」
 その声は扉越しでも笑っているとわかるような声色だった。
 ガチャ

 そして扉が開かれる音。バリアフリーの行き届いていないドアは物を掴めないポケモンは極端に回しづらい丸いドアノブ。それが内側から回されたと思うとドアが開く。顔をのぞかせたのはうら若き女性のゾロアーク。圧倒的な身長差で、腕組みをしながらロイを見下ろして営業スマイルを向けた。
「こんにちは」
「あ……」
 ロイはそのゾロアークに声を掛けられても言葉を返せず、ただ言葉を失った。そのゾロアークは、まず美しいの一言に尽きる。目の下の隈どり模様と唇の周りは雲のように柔らかな桃色。つま先から耳の先までを覆う体毛の一本一本は、風がなくとも振れるほどに細かく、そして艶やかだ。
 よくまとまった頭髪は香りのよいオイルで整髪されているのか、姿を見ると同時に漂ってきた匂いで途端に深呼吸したくなる程の芳香。普段体を洗いもせずに、香水だけで匂いをごまかす者とは大違いで、ほのかで程よい獣臭さに交じるアロマなオイルの香りは数多のポケモンと一線を画している。
 膝もとまで垂れ下がる落ち着いた桃色の頭髪には一切の傷みが見られず、セクシャルなピンク色が危険な香りのする美しさを孕んでいる。その髪の先端近くにある珠もまた傷一つ、歪み一つなく、琥珀色の鈍い光沢を放っている。どうやら、このゾロアークは俗に言う色違い。しかもとりわけお色気たっぷりだと言う理由からピンクメスアークと呼ばれるカラーリングであり、この土地の土着神話で語られる豊穣の女神*4と同じ縁起の良い色でもある。
 眼球の表面は赤ん坊のそれのように真っ白な白目で、細かな血管は浮き出ておらず淀みも汚れもない。黒目の部分は海より深いエメラルドブルーで、それを泣いた後と言っても信じられるほどに潤んでいて光が揺れている。

 胸元に光る首飾りは、金と銀に彩られたフレームに濃厚な蜂蜜のような美しい黄色と白のうねり模様を持つ虫入り琥珀*5を埋め込んだもので、普通のポケモンが身につけると首飾りが主役になってしまいそうなほど雅やかなデザインである。しかして、このゾロアークにとっては、普通の首飾りがそうであるように、装飾品のほうが引き立て役に過ぎない。
 そして、何よりも若い。ゾロアークがリーダーだと聞いたのだが、このゾロアークは15か16くらいの年齢にしか見えない……もちろん、この女性がゾロアークである以上は、幻影か何かで年齢を偽っている可能性があるわけだが。
「あら、かわいい依頼人さんね。どうぞ入っていらっしゃい。お話はそれから」
 爪先から髪の先まで全てが非の打ち所のない見た目をしていながら、ブラッキーのロイを見ての第一声は、見た目との差異がない美しい声だった。
「貴方、北の大通りでいつも踊っているって言う……」
「えぇ、ゾロアークのナナよ。私の事を知っているなら、今度踊りを見に来てね。私、貴方のために喜んで踊ってあげちゃうわ」
 あまりの魅力的な容貌に我を失っていたロイだが、だらしなく半開きになった口を閉じて真面目な顔に戻る。
「気が向いたらね」
 ゾロアークのナナに屈託のない笑顔で迎えられたその溜まり場には、草やらキノコやら虫の死骸やらの変わった匂いがする場所ではあるが、中は埃ひとつ落ちていないほどに清潔な場所だ。天井は補修されているし、壁にも補修用の塗料が塗られている。
 中にいるメンバーを確認すると、一人目のメタモンは居眠りしていて、黄色水晶(シトリン)のようなものを体内に埋め込んでいる。紅、蒼、翠の三色の宝石で装飾された腕飾りで顔から垂れ下がる腕のような部分を飾っているユキメノコ。3歳くらいのユキワラシを抱いているが子供だろう……な。ユキメノコは胴体に酷い噛み痕があるが、戦争にでも巻き込まれたのであろうか?
 そして、最後に若葉色と白の二色で彩られる湾曲した羽にローズクォーツをあしらった髪飾りを頭に挿したハピナス。ユキメノコとハピナスの二人はチェスに勤しんでいた最中といったところか。
 この女性集団、変わっているのは、変な臭いはしても香水の匂いはしないということだ。これほどの女性が集まっているのであれば、室内は体臭をごまかす香水で噎せ返りそうになるほどだと言うのに、ここの人たちは鱗剥がしの咎(うろこはがしのとが)*6恐れていないらしい。

「あら、お主が例の新しいお客さんじゃの。丁寧にもてなさなくてはな」
「ママ……?」
「はいはい、シーラ。あのオジ……お兄さんは怖くないから大丈夫じゃ」
 一瞬おじさんと言いかけたのにロイは苦笑した。ユキメノコは子供(ユキワラシ)をあやしながら立ち上がりどこかへと消えていく。食材の匂いが漂う方向へ向かっているということは、台所であろうか。お茶でも入れるのであろうか?
「こんにちは……私の名前は……歌姫(ディヴァ)、です……ほら、ユミルさんも起きましょうよ。眠ってたら依頼人呆れて帰っちゃいます……」
「ふぁ?」
 美しい、しかしぼそぼそとした声をしたハピナスがメタモンをつついて起こすと、メタモンは飛び起きて依頼人を迎える。
「あ、こ、こんにちは。あっしの名前はユミルでやんす。以後、宜しくお願いしやす」
 本人はお辞儀をしたつもりなのか、ユミルと名乗るメタモンは地面にのっぺりと広がったような体制になっただけで、お辞儀らしいお辞儀には感じない動作だ。初見には礼儀がなっていないようにも見えるが、あれで精いっぱいなのだろう。
「全員女性ですか……?」
「ユミルは……あのメタモンはまぁ、あのユキメノコの夫だから男性寄りかしらね。一応それ以外は女性よ。そうそう、あちらのユキメノコさんはジャネットっていう名前だから覚えてあげて。歌姫ちゃんはまだ未熟者だけれど……よく働くいい子ね」
 ゾロアークは笑顔で答えながら手招きし、四足歩行用の背もたれの無い椅子を差し出し円形のテーブルに案内する。
「さぁ、お掛けくださいませ」
「どうも……」
 ゾロアークはどっしりと、重力に任せるように腰を落として無造作に座る。残念ながら、机に阻まれてブラッキーからは死角に位置するが、テーブルの下から見れば美しい脚線を隠すことなく、むしろ見せ付けるように脚を組んでいる。
「それでは、まずは自己紹介から。私の名前はナナ……って、さっき紹介したわね。チーム名のテオナナカトルから抜いたもので、(いにしえ)のシャーマンが霊界や神界との交信の際に使用したというキノコの名前が由来よ。と、言ってもテオナナカトルは大航海時代にこっちに渡って来た代物で、こっちではまだ歴史の浅い代物なんだけれどね。
 ところで、貴方の名前はなんと呼べばいいかしら? 偽名でも本名でも一向に構わないわ」
「ロイ……って呼んでもらえるかな、とりあえず。偽名を名乗る意味もないし本名だよ」
「ふむふむ。ロイ様ですね……我らテオナナカトル一同、なにとぞよろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
 ナナがお辞儀をするのに合わせて、ロイもまた頭を下げた。

「して、本日のご用命はどのような理由かしら? それと、今日はお時間どれくらいあるかしら?」
 ナナは机にひじを付き、組んだ指の上に自身の顎を置いて身を乗り出す。ちょうどわずかながらに上目遣いになるので、どこか誘惑しているように見えなくも無い。
「一応今日は休みを貰ったから一日中暇だ……それで、依頼だけれど、殺しの依頼は受けておりますか?」

 『殺し』とは口にするのが恐ろしいことであるとは承知しているのであろう、わずかに口ごもったロイではあるが、誰の耳にも聞き取れるほどはっきりと言い切った。
「えぇ、得意分野よ。無論、殺害方法のリクエストによってはお断りする場合もあるけれど、ちょっとした注文ならいくらでもどうぞ」
「殺しの仕事は怖いからあんまり気が進まないでやんすねぇ~……あ痛っ!!」
「お客さんに……愚痴を垂れ流すのはダメです……殺しのお仕事だって立派なお仕事なんです……から」
 ゾロアークがこともなげに依頼を受けるといっている横では、メタモンとハピナスのなんとも間の抜けたやり取りが繰り広げられている。こんなスタッフで大丈夫なのかとは思いつつも、ロイは話を続けた。
「……王家が没落してから、元貴族階級のイーブイは平民下級の最下層に位置づけられた……法の上では平等に保護されているとはいえ、俺たちが泥棒か何かの犯人に仕立て上げられてしまえば、ろくな調査もされずにその責任を追及されるし、最悪罰金を払わされたり処刑されたり、殴られ蹴られと散々だ。
 事実上の平等なんてあったものじゃない……」
「あら、そんなのは昔貴族が平民に対して行っていたことなのですから仕方が無いことじゃない。天秤が逆に傾いただけだと思って、耐え忍ばないと」
 ごもっともではありつつも、癪に障る物言いをするナナに対し、ロイはわずかに舌打ちをして不快感を露にするする。
「……まぁそれについては納得しているよ。自分は違うと言いたいが、貴族が平民を見下していた事なんて周知の事実なわけだしな。俺だって本当は職がもらえるだけでも満足しなきゃいけない。でも、本来の雇い主が死んで、あいつが雇い主になってからは酷いもんさ。
 俺の雇い主は『店の金を盗んだと言って店を追い出せば、新しい就職先も見つからずに野垂れ死にだな』なんて脅して、俺を犯し続けてやがるんだ。俺への尊厳なんて一切お構いなしに、男色を強要するんだ……しかも、自分は働かないし給料だってはまともに払いやしないでな。お前だって、レイプされたら嫌だろう?」
「そうね。見知らぬ男だろうと見知っていようと、愛しても居ないやつにそんなことされるのは屈辱的ね」
「特に女性なんてセックスを気軽に出来る物でもないだろうしな……だからといって男でよかったとは言えんがな」
「ふふ、一般論ではそうね」
 ナナは口に手を当てくすくすと笑った。
「ちょっとリーダー。アッシはその一般論の人ですよ~」
「えっと、私も……どんな男とでも寝られるのはリーダーだけです……」
 ユミル、歌姫ともに否定するに対し、ナナはそっちの方を見ながらくすくすと笑って言い返す。
「大丈夫。私自身が一般論の範疇に無いなんて言った覚えはないわ。私だって見知らぬ男に孕まされるのは嫌よ」
 言い終えて、ナナはロイへと視線を戻した。

「それで……仕事が貰えるのは嬉しいのだけれど、やっぱり仕事なんて依頼しないほうがあなたのためになると思うのよね。だって、仕事にはお金がかかるから……話を聞けばまともに給料をもらっていない貴方に払えるのかしら?」
 ロイは首にかけていたポーチから懐中時計を取り出し、机に置く。
「金は無い……が、なんとか没収を逃れた財産ならばある。ものすごく複雑な機構を搭載した懐中時計でな。持っているだけでもステータスな懐中時計の一般的な相場の約3倍の値段……構造だけでその値段だ。さらに装飾もあいまって、中級所得層の給料二年分はくだらないはずだ。
 あんたの首飾りには敵いそうもないけれどね」
 ナナはロイがウエストポーチから取り出したハンカチ越しに時計を掴み、まじまじと見つめる。
「ふむ、これは後でジャネットあたりにでも鑑定させるかしらね。でもぉ、貴方はブラッキーなんだから体で払ってもらうって手もあるのにぃ……。お金を無駄にしたら罰が当たるわよ?」
「フリージアにもそう言われたよ。あんたを抱いてやれば依頼料がタダになるって言うんならやるがね。そういうわけじゃないだろう? ……薬の実験とか、危険な仕事に協力させられたりとかいうのならごめんだよ」
「あらぁ嬉しい。それは私を抱きたいって遠まわしに言っているのかしら?」
「なんか怖いから、遠慮しておく」
 ロイは肩をすくめて苦笑する。

「むしろ、貴方がピンポイントで欲しかった所なのに……まぁ、いいわ。で・は、早速ターゲットの詳しい素性を教えてくれないかしら?」
 ロイはナナの不穏な言動は無視することにした。
「ターゲットは、キュウコン。シドって名前の腹黒い奴だ……路傍に迷っていた俺を雇ってそいつの奥さんはいい人だったけれどさ。去年肺炎で死んじゃってね……そこから先は、さっき言った通りだよ。
 ほぼ一日おきに俺ともう一人。フシギソウの子供が一日起きに犯されている。俺がやられた次の日はその子……ってな具合にな。そんで、俺達だけだと飽きるのか、一週間に一度は街で男を買う変態さ」
「……あらぁ、貴方は美味しそうだけれど、いつも同じ料理じゃ飽きるってことかしらね」
(美味しいって……背筋がぞくぞくするようなことを平気で言う女だな)
 誘惑しているのか、ナナは腕を組んだままウインクを交えて色っぽくロイへ言った。ただし、ロイは子供には興味がなく、つとめて冷静にナナを観察する。そのおかげで今更気がついたのだが、ナナの腕組みは少し変だった。
 普通の二足歩行のポケモンは一方の手を肘の後ろ側に。もう一方の手を肘の前側に置き、なおかつ左腕と右腕が交差するように行うものだ。だが、ナナの腕組みは左手が脇の下に挟まれ左腕は全体的に右手に庇われるような形になっている。
(いや、気にする事ではないか……誘惑された気になってしまうのも駄目だが、変な事ばかり考え過ぎるのも駄目だな)

「なんか引っかかる言葉が聞こえたけれど……そう言うことだ。犯されるようになってから以前とは違う悪夢を見るようになったし……さんざんさ。それ以上に、俺はともかく子供の方は許せない。あいつも悪夢を見ているようなんだが……うなされかたは尋常じゃない」
 ロイは溜め息をつく。
「……あんた言ったよな天秤が逆に振れただけって」
「傾いた、とはいったけれど?」
「どっちでもいい。ともかく俺は貴族の時から弱い者いじめが嫌いだったんだ。俺だけならともかく……子供にまで手を出すのは許さない」
「あら、子供は好き?」
「取り立てて好きじゃないけれど、守るべきものだとは思っているよ……それを、あんな風にするのは許せない」
 ロイは前脚に力を込め、木の椅子をギギギと鳴らして傷をつけた。
「ふむ……そうなの。そのために没収を逃れた財産を差し出す……ねぇ。献身的な事じゃない」
「骨董品には興味が無いし……それに、今の俺が普通に売ろうとしたところで、平民の最下層の俺では買いたたかれてしまう。買い叩きとか、そういう事をしないっていう意味では、あんたらなら信用できるってフリージアとやらが言っていたよ」
「キャッ嬉しい!」
 フリージアと名乗るチラーミィに褒められた事が余程嬉しいのか、ナナはわざとらしく指を組んで手は耳の横に置くポーズをとる。傍らでは、歌姫と名乗るハピナスが肩をすくめて苦笑している。
「して、殺害方法だけれどどのようにするのかしら? 特に毒殺は、得意中の得意、悪夢を見せることで反省させることもいっそのこと自殺させる事も出来るわ……っていうか、基本それくらいしか出来ないけれど。貴方もそれ目当てで参ったのでしょうし、良いわよね?」
「毒殺で構わないよ……悪夢ってのはよくわからないから遠慮しておく。あ、毒殺で構わないけれど……無論、俺に疑いがかからない方がいいな」
「かしこまり……では、歌姫さん。アレを持って来ていただけないかしら?」
「かしこまり!」
 この場所では、了解の意を示す時は『かしこまり』と言うのであろうか。変わった場所である。

「どうぞ……リーダー」
 歌姫と名乗るハピナスが持ってきたのは分厚い本だった。表紙の部分は、端っこどころか真ん中あたりまで擦り切れが及んでいることから、相当に古い本のようである。
「これには、私たちテオナナカトルが誇る薬の数々が製造法と共に記載されているの。貴方が好みそうな毒を、幾つかピックアップするわね」
 言いながら、ナナは本のページをめくる。やけに胸を強調するようなめくり方をされたせいで、嫌でも視線が胸に行ってしまう事を楽しんでいるかのような流し眼も添えて。ナナを見ていると何のためにこの場所に来たのだか分からなくなって来るような変な気分になってしまう。
「どうぞ、お茶と軽食じゃ」
 嬉々として毒と薬の書かれた本を捲るナナの横で、ジャネットと名乗るユキメノコが紅茶と……スクランブルエッグを差し出した。紅茶を出すのは、庶民にも紅茶が買える値段になってからはよくあることだが、スクランブルエッグとは珍しい。
「どうぞ、お食べになりながら聞いてくだされ。ここから先は、ワシも毒の説明をさせていただく」
 軽くなったトレーをわきに挟みつつ、ユキメノコのジャネットが笑顔で会釈を。ユミルは、ジャネットの姿に変身して彼女から受け取ったのであろうユキワラシのシーラとやらをあやしている。
「さてさて」
 シーラの方をよそ見しているうちにナナは使う毒を選び終えたのか、ページを開いたまま笑っている。
「こんな毒などいかが? 名前は『禁欲の誓い』。材料はスピアーの毒と、ラムの実果汁とパラセクトの胞子……を、ブラッキーに飲ませるっと。もう一つターゲットにセックスさせたくない性別のポケモンをブラッキーに宛がう、か」

「な……俺? ちょっと待て、どんな毒なんだそれは?」
「リーダー、さわりの説明をお願いいたす。ワシはトレーを片付けてくる」
 驚いて尋ねるロイに対して、ジャネットは澄まし顔だ。
「いえいえ、貴方の体で払うっていうのはこういう事というわけなのよ。毒や薬を作る材料になってもらうの……軽いものだと体の一部……棘や角、血液や唾液などを採取するだけ。依頼にもよるけれど、目玉や内臓、尻尾を要求する事もあるわ。大丈夫、私の代になってからはそんな材料を要求する事なんて一度もなかったわ。人生を失いかねない材料を使ってもたいしたものが作られるわけじゃないからね」
「うわぁ……血はともかく、眼球だなんて」
 あからさまにいやそうな顔をして、ロイは眉間に縦じわを寄せる。
「だから大丈夫だってば……今回必要なのは貴方のあ・せ。と、精液。これで、貴方の望むお薬を作れるわ。貴方の体を使えば他の薬も作られるからそうしたいところなんだけれど……」
 ナナが言葉を詰まらせる。
「俺の汗を使う……のか? あと、もう一つ何か不穏な言動も聞こえたけれど」
「うむ……毒性はかなり弱めているのだけれど……要するに貴方は毒を飲んで、毒の汗を出す必要があるわけよ……だからそこはまぁ、要相談なんだけれど……ここから先はジャネット、貴方が説明して頂戴」
「かしこまり」
 いつの間にか戻ってきていたジャネットと名乗るユキメノコが、部屋の端においてあった自分用の椅子を念力で引き寄せてロイの90度左側に座る。
「さて、この毒じゃが、スズメバチの毒と言うのをまず知ってもらわなければいけない」
「スズメバチ? ってあの凶暴なハチだよな?」
 えぇ、と頷いてジャネットは続ける。
「スズメバチの毒というのは、一回目に刺された時よりも二回目に刺された方が危ない*7と言う事を知っておるか?」

「聞いた事はあるけれど……一回も刺された事がないから実感はないなぁ」
「知っているなら話が早い。この毒、お主にスピアー毒を飲んでもらうことで、それと似たような毒をお主の汗から抽出させると言う原理なのじゃ。つまるところ、これを飲んだお主が掻いた『スピアー毒の汗』を二回浴びれば死亡というわけじゃ。
 お主が飲む毒にラムの実を混ぜるのは、毒を飲んだ時の症状を必要以上に悪化させないためのものじゃ。モモンの実ではないのは、モモンだと思った通りの汗が得られないことに起因する」
「ちょっと待って、その毒を俺の汗から作らないといけない理由は何だ? 他の毒はダメなのか?」
「出来る。じゃが……」
 ジャネットが嬉々としてページをめくる。
「……これの優れた所はじゃな。この毒を飲むと……お主の汗を浴びれば死亡というのはもちろんの事じゃが、正確に言えば『メロメロの香りを体に毒と勘違いさせる汗』を分泌させるのじゃ。ようするに、この毒を飲んだお主と誰かが性交したとしよう。そしたら、その誰かは一生男性との性交が出来なくなるのじゃ。『誰か』の性別に関わらずな。もしもお主が女性なら、その誰かは一生女性との性交が出来なくなるのじゃ。
 これはアナフィラキシーショックと言っての、スズメバチの毒ならば多数の者が起こる現象じゃが、人によってはピーナッツや、虫さされやミルクでも起こり得る現象じゃ。無論、この毒の汎用性の高さはスズメバチ並じゃから、失敗する可能性は低いものと見て安心せい」
「その汗を飲ませると……どうなるんだ?」

「お主のターゲットの場合は……次に男と性交した時に、心臓が止まって七転八倒しながら死ぬな。材料であるスピアーの毒とラムの実の薄め液、そしてパラセクトの胞子を混ぜ込んだこれをお主が飲もうとも……ちょっと心臓がドキドキするくらいじゃ。激しすぎる運動は厳禁じゃが、ちょっとした運動……例えばセックスならば問題はない」
「……セックス前提かよ」
「メロメロ臭を嗅がせながらお主の汗を当てなければ、ショックを与える効果は見込めないものでな。メロメロ臭は、性交をしていればどう足掻いても出てしまうものじゃ。つまりは、性交中は貴方が汗をターゲットに浴びせるのが最も容易な機会と言う事になるのじゃ。
 無論、それなら毒を飲み物や食事に混ぜる必要もない、じゃから怪しまれにくいというわけじゃ」
「チッ……毒を飲ませるためとはいえ、またシドに犯されなければならないのかよ……」
 ジャネットの言葉に、ロイは忌々しげに舌打ちをする。ナナは溜め息をついていた。
「何十回も犯されているんじゃなかったのかしら? 今更一回くらい増えたって変わらないじゃない。それに……ターゲットが貴方のセックスを最後の快感にして、次のセックスの最中に死ぬなんて最高の屈辱だと思わないかしら? 快感を得るための行為で、七転八倒の苦痛を与えられるままに殺されるなんて」
 ナナは上目遣いでロイを見て笑う。
「ふむ……確かにそうかもな」
 ナナの言葉はいちいち癪に障ったが、今回ばかりはロイもしぶしぶながらも納得した。
「で、結局この薬はどんなふうに使うんだ?」
 ロイがジャネットに尋ねると、ジャネットはコホンッと咳払いした
「薬を飲んだお主が、性交中にかいた汗を浴びさせればよいのじゃ。その、シドとやらにな。浴びせてから一日経つと、シドとやらはその頃にはもう男性のメロメロ臭を嗅いだだけで心臓が止まるようになるのじゃ……かつてはこれ、黒白神教と言う土着信仰に於いて神との婚約を誓った存在。
 シャーマンの中でも神子という特別な地位に就く者が、覚悟を示すために服用したものじゃ。しかもブラッキー汗を採集してそれを飲むという方式のために、童貞もしくは処女を破る事が死に繋がったのじゃ。
 これを飲まなければ神子になってはいけないと言うわけではないのじゃが、やはり一生独身を誓う分、他の者より尊敬を得られる神子となるのが定石であったと知らされておる。
 今使われない理由は、元はこの地の土着信仰……つまり異教徒が使っていた薬であるという理由と、神子となるシャーマンがこれを使っていた時代には、メロメロボディのポケモンがこの地方に極端に少なかったことに起因するのじゃ。
 神龍信仰にも神への婚約者と言う考えはあるのじゃが、神龍信仰に於いて神の婚約者となれるのはメロメロボディの者のみ。この薬を使ったら家族に会うことすらできなくなるからな。今神龍信仰が支配するこの地でこれが使われなくなるのも仕方がない事じゃ」
 うんちくをたれながらジャネットが笑う。
「ところで、お主が達二人が犯されずに他の男を買う日と言うのは……お主が犯された次の日か? それともフシギソウの男の子が犯された次の日か? その如何によっては、いきなりこの計画も頓挫してしまうことになるのじゃが」

「週によって変わるよ……先週、フシギソウの子が犯された次の日だったから……今週は俺だ。だから、大丈夫……一日でセックスが不可能になるっていうんなら、今週末にその薬を飲めばいい事になる」
「ふむ、なるほど……それでは、お主が依頼を頼みたいのであれば、今すぐにでもお薬を作る。どうするのじゃ?」
「だ、そうよ。ロイさん、貴方はどうするの?」
 ナナに尋ねられたロイは悩まなかった。

「毒を飲むって言われると少し不安だが、出来るだけ早い方がいいし……頼むよ。早い所あの子を苦痛から解放したい。やるよ……」
 ナナの問いにロイが答え終えると同時に、ナナは突然柏手(かしわで)をして皆の方へ笑顔を向ける
「と、言うわけよ皆。頑張りましょう……美しき神レシラムがため!!」
 かつてここで信仰され、そして神龍(レックウザ)信仰に駆逐された神の名を叫んでナナが笑う。
「雄々しき神、ゼクロムがため!!」
 そして、仲間の3人も同様に信仰を駆逐された神の名を叫んだ。子供を寝かしつけている最中のユミルは流石に小声であったが、きちんと叫んでいる。
 つまるところ、このテオナナカトルという集団は黒白神教の異教徒と言う事になる。フリージアは聖職者……こいつらは宗教の敵対する存在である異端者。一体どういうつながりで神龍信仰の司祭であるフリージアとテオナナカトルが仲良くしているのかなのか見当もつかない。
「それでは、ワシはロイさんに飲ませる薬の調合してくる。しばらく待っておれ」
「わかった……」
 ジャネットが果実の臭いがする棚を開けて、そこからラムの実を取り出す。他の部屋にも棚があるのか、実を取り出すと別の部屋にいってしまった。子供を寝かしつけていたユミルはと言うと、抱いていたユキワラシを今度はナナに預けてジャネットの手伝いに向かう。
 子供を預かったナナはユミルと同様にユキメノコに姿を変えて子供に笑顔で語りかけている。なんとまぁ、良い子育て支援ではないか。
「あらら……チェスの相手(ジャネット)が消えてしまいましたね……。そうだロイさん、一緒に……戦ってみませんか?」
「俺……弱いけれど、それでいいなら」
「大丈夫です……私もそんなに強くないから……」
 歌姫と名乗るハピナスが途中で放置されたチェスボードを指さして手招きする。暇つぶしにはちょうどいいか、と始めて一回目のゲームを勝利で収め二回目の中盤……

「何だか……頭がぼうっとする……」
「あらあら、卵に入れたお薬が効いてきたようね」
 ナナは、指を加えて熱っぽい視線をロイに向ける。彼女の髪には、いつの間にか山吹色の鉢巻のようなものが巻かれている。確かあれはキーの鉢巻*8だと理解した頃には、さらにまた景色が歪む。
「薬ってな、なんだよ……? それに、卵って……」
「卵に、ちょっとばかしテオナナカトルを混ぜさせてもらったの……もう効果も出ているみたいだし貴方はもう、私のえ・も・の」
「何を言っ……て…………?」
 ロイの視界がゆっくりと傾いた。
「おっと……私が抱きしめるのが遅かったら床に落ちていましたよ……リーダー。もう少し早めに……獲物宣言をしなくっちゃ」
 ロイはボソボソと喋る歌姫に抱きとめられたおかげでなんとか椅子に座ったままであるが、すでにロイの平衡感覚は完全に死んでいた。自分が傾いているのに、地面が傾いていると思い込むほどの浮遊感にを感じ、吐き気や腹痛、目眩も覚えている。
 景色が歪み、目の前が異様なほどに色鮮やかに見えるなか、歌姫からナナへとロイの体は手渡された。逆にユキワラシは歌姫の手に渡っている。
「……ごめんなさいね。新規のお客様が殺しの依頼をする場合、こうやって薬を飲ませて洗いざらい吐かせるのが慣習なの」
 自分の体がおかしくなっていることに気がつきつつも、ロイは抗うことも逃げことも出来ず焦点の定まらない目でナナを見ていた。まずいと思って居ながらも、まるで瓦版を読んでいるときのように他人事な気分が抜けず応接室から運ばれてベッドルームまで運ばれた。
 そこでロイはナナにされるがままに仰向けにされ、四肢の一つも地面に触れない無防備な体制にされる。雄として大切なところまで丸見えなこの体制を、ナナは怪しく光る目で見つめていた。
「……俺に何をする気だ?」
 凄んで脅してやりたいところなのに声にも顔にも力が入らない。
「何でも、よ」
 呆けてだらしなく開いたロイの口はわずかに涎を流していて、その涎をぬぐうようにロイの口元をナナの舌が這った。
「ひうっ!!」
 それだけで背筋にヒルが這うような快感が走って、ロイは思わず情けない声を上げる。同時に、肛門付近から、睾丸、陰茎、副乳、胸、首、顎と、マグマッグが這うような、粘っこい手つきがロイを襲う。
「んあぁぁぁぁ……」
 ゾクゾクとした快感が背骨を通じて全身にいきわたり、ロイは雌のように喘ぎ声を上げた。『やめろ』の一言も出ない。
「あら、かわいい。童貞じゃないのが残念だけれど、もしかして女の子とは初めてかしら?」
「そんな、ことは……ない」
「そう」
 質問に答えようとしたロイの口をそれより大きな口でナナが食む。
「でも、結局は同じこと」
 ロイから口を離したナナは、口元に妖艶な笑みを浮かべて自身の赤い唇を舐めて濡らし、その水分で唇を潤わせる。その所作にロイの目が向いているうちに、すでにして硬さと大きさを得ようとしている肉棒の根元を花を愛でる様な軽いタッチでなで上げた。
「ひゃわぅ!!」
 触れられた瞬間体が跳ね上がり、しかしそれに動じることなくナナは愛撫を続ける。
「今まで感じたことのない快感を感じるという意味では、童貞のそれと、処女のそれと、相違はないわ。さ、もっと可愛らしく私に甘えて頂戴」
 その愛撫は刺激としては非常に中途半端で、快感を得るには足りない。しかし、熱を冷まさせてはくれない。愛撫とは別に行われている、口の中をまさぐる一方的なキスも熱を冷まさないように一役買ってくれている。
「ふぁぁ……」
 そんな意地悪な愛撫に対し、さらなる刺激を懇願するように腰を動かしたロイではあるが、
「ダ~メ」
 気がつけばナナは触れているのがかろうじてわかる程度の力加減で指先を肉棒の根元に触れさせているだけ。
「いい子にしていないと、イかせてあ・げ・な・い」
 口にも体にもお預けを食らったロイは、自身の舌で口腔を慰めるほどに堕ちていた。しかし、昂ぶり始めてしまったロイの肉棒は、そんなことでは快感も平静も得られない。まだまだ、熱くさせるだけさせても燃え上がることを許さない愛撫に翻弄されっぱなしで、本能に突き動かされて腰を振ろうとするたびに、ナナはそれを許さなかった。
「うぅ……」
 苦しそうに、悔しそうに呻いたところでナナが動いた。ナナはロイの後ろに回り、ロイの体をまたに挟んで耳をそっと食む。耳にジンワリとした快感が走るけれど、薬で感度が上がった今でさえもそんな刺激では下半身にまで快感が届かない。
 快感で強張った肩から力が抜けるのを見計らい、ロイの下あごを指の腹で撫でながらナナがロイの耳元に語りかける。
「さて、どうして欲しいかしら? 私に聞こえるように言ってみなさい?」
「……イかせて欲しい」
「うん、そう。正直に言えていい子ね……でも、もっといい子になってもらわないと残念ながらそれは出来ないわ。ロイ、あなたのことを色々と教えてもらえるかしら?」
「は、はい……」
 テオナナカトルを食べて理性の吹き飛んだロイは、容易くナナの言葉に堕ちる。
「まず、は……あなたの名前をもう一度教えてもらえるかしらね」
「ロイ……」
「よし。それで、あなたの目的はフシギソウの男の子の性奴隷からの解放だったわね?」
「あぁ……」
「本当に?」
「あぁ……」
「本当に本当にそれだけが目的かしら? 答えてくれないと、一生イけなくなるお薬を飲ませちゃってもいいんだけれどな。ずぅっとこの状態のお薬、をね。それでもいいなら……本当のことを言わないでもいいわ」
「それは……勘弁して」
「じゃあ、本当のことを言いなさい」
「わかった……雇い主も含めて読み書きと会計が出来るのは俺だけだから、やつが死ねば……俺が店をのっとれるんだ。というか、先代は……」
 ナナは最後まで聞かなかった。
「うふっ……悪い子だわ。でも、私の前ではいい子で居るみたいだから……約束どおりイかせてあ・げ・る」
 本来の目的とは別の目的があったり、何かターゲットに秘密があったりすることは慣れていて、ナナは驚くこともなかった。今回は大きな事件に巻き込まれたり、お偉いさんと係わり合いになって事を構えることになる心配はないようだ。ならば、迷う事は無い。
 考えもまとまった所で、ナナは目の前の獲物を楽しむことに決めて立ち上がり、ベッドの下から何物かを取り出した。
 ガキリ、ガキリとゼンマイを巻く音を響かせながら、熱っぽい視線でナナを見上げるロイに近づく。妖艶な笑みを崩さないまま、手に持ったそれにクリームのようなものを塗る様を見せ付けた。

 男性器を模した張子(それ)は、ぜんまいの力で細かく震えている。ロイが冷静であったのであれば、いまだに高級品であるゴムの樹を材料にした樹脂で出来たそれを見てその価値を推察したことだろう。自身の肉棒ごと体を押さえつけられ、性器を模した物体を持つナナの手が肛門に近づくことを恐れたことだろう。
 けれど、ロイは雇い主に犯され続けたことで開発され、曲がりなりにもそこを貫かれる快感を知っている。熱を帯び、薬に脳を侵された今は屈辱よりも快感を得たいという思いが優先された。
「ぐあぁぁぁっ!!」
 断末魔のような大声で、しかして甘みの混じる声でロイが鳴く。振動する物体をはじめて不浄の穴に入れられたロイは、テオナナカトルの力も相まって快感に支配される。
「どうかしら? 気持ちいい? 気持ちいいって言ってくれたらもっといいご褒美あげる」
 ほとんど触れられないままに怒張し、こらえきれず先走りを流す肉棒をフニフニと力を込めずに つまみながら、ナナは意地悪に笑いかけた。
「気持ち……いい」
「あら、嬉しい」
 声まで震えた状態で答え、更なる快感を欲したロイに気をよくしたナナは、先ほどのようにロイを抱きあげ彼の体を股に挟んで耳を食む。左手で腹にある副乳をぐりぐりと弄くると、その手つきに合わせてロイが鳴く。
「あうっ……ふぅっ……ひや、ひゃ、はぁ……うあぁぁぁぁぁっーーーーー!!」
 生殖器以外の性感帯を余すことなく刺激され浴びせられる快感に翻弄されたロイは、絶頂を迎えて咆哮した。それでもナナは変わらずに刺激を送り続け、そのせいでロイはなかなか絶頂から降りることが出来ない。
 涙と鼻水と唾液と、顔から出せる液体を垂れ流すままに任せているうち、ようやくロイは絶頂から降りることが出来た。
「ふむ、ぜんまい切れちゃったわね」
 まだ快感の余韻に浸り、口が半開き生までの息切れの最中に、再びガキリガキリとゼンマイを巻く音。
「さ、準備はいい?」
 まだ肛門に刺さったままの張子のゼンマイを巻き終わると、ナナが尋ねる。しかし、答えは聞かずぱっと手を離した。
「やぁぁぁっ!!」
 それだけでロイは咆哮をあげて再び快感に支配される。今度は、ナナもいきなり容赦なく攻めるようなことはせず、じらすようにまずは耳から。首をねじるようにして耳から送られる快感に耐える。
 次は腹。副乳の並ぶそこに手を当て、乳首を重点的に。しかし、絶頂に達しない程度に攻め立てる。わずかながらロイの肉棒にナナの手の甲が触れられ、肉棒の刺激を得んがために浅ましくロイは腰を振る。けれど、ただ触れて揺られるだけの刺激ではどうしても絶頂へ達するまでのとどめになることもなく、恨めしそうな目でナナを睨むしかなかった。
「どうして欲しい?」
 と、体を愛撫しているナナが尋ねれば、ロイは迷わない。
「イかせてくれ!」
「かしこまり」
 ニヤリ、怪しい笑みを浮かべて、ナナは利き手である右で肉棒をしごき上げた。
「あっぐ!!」
 多くの性感帯を同時に攻められて為す術なく最高の絶頂を迎えたロイは、攻撃を受け止めようとするサンドのように体を丸めた。射精する瞬間、大量の精液を浴びて受け止めに回ったナナの右手は、真っ白な精液にまみれ、ねばついている。ナナはそれを、舐めるでもなく拭うでも無くしばらく面白そうに見つめながらロイを弄んだ悦に浸っていた。
 絶頂から開放されたロイは、四肢を横に投げ出したまま荒く息をついている。薬の作用と疲労で、しばらくは動く気も起きないだろう。

 ◇

「……っ」
 目覚めた時、記憶が混乱していた。
(蜜と……乳の匂いがするな……ここは何処だ?)
 始め、どうしてここに居たのかも忘れ、冷静になろうと辺りを見回していた時に真っ先に目に入ったのが、歌姫だった。

 それだけでだいぶ記憶がよみがえる。変な薬を飲まされて好き勝手凌辱された忌まわしい記憶が。

「犯されていたな……ナナに」
「と、言うことはです……あなたは……そんな夢を見たのですか?」
「……はぁ?」
「いえ、確かに私たちテオナナカトルで正気を失わせてあなたに隠し事がないかを問いただしましたけれど……犯すだなんてそんなことするわけないじゃないですか。何か悪い夢でも見ていたのではないでしょうか?
 このお薬、偏執にとらわれたりしますし幻覚を伴う効果もございますので……もしかしたら妄想が生み出した産物かもしれませんよ。例えば、男に好き勝手犯されるのは我慢ならないけれど、女性にならいいかなぁ……とか」
「ごまかさなくっていいから……あんなに生々しい幻覚があってたまるかっての。うっすらとしか覚えていないけれど、あいつは俺を……はぁ。どうしてあんなことを……」
「うぅ……やっぱりごまかすのは無理ですよねぇ。え、えっとですね……私たち、新規のお客さんは基本的に信用しないことにしているんです……神龍信仰が支配するこの地で異教徒がこんな活動をしているとしれれば……いつ私たちの命狙われるかわかったものではないので。
 それに、私達に与するフリージアさんだって危ないですし……
 ですから、貴方がターゲットについて何か嘘をついているなんて事があってはならないんです。特に殺しの依頼については、慎重にならざるを得なくって……」
「はぁ……いい女とは思っていたが、痴女だったなんてな。美人じゃなかったらもっと怒っていたところだよ……お前の言うことが真実だとして、もう少しやり方があっただろうに」
 まだ意識がはっきりしないロイは怒る気にもなれず、ため息をついて再びベッドに横たわる。まだ体を動かす気にすらなれない。
 ガチャ。
 ナナがベッドルームの扉を開ける音が部屋に響く。
「あら、なまじ快感が強かったから怒れないとかかしらぁ?」
「そんなこと考えていない……さ」
 ドアの枠に足を組みつつもたれかかりながら、妖艶な笑みを浮かべつつナナは言った。心を見透かされたロイは、視線をそらしながらナナの言葉を否定した。
「あの薬を飲ませて真実を吐かせることについては有無を言わせるつもりは無いけれど、悪いこととは思っている。だから、私からも改めて謝るわ……ごめんなさい」
 先ほどまでの誘惑するような雰囲気を一切排しての深い謝罪の礼。雰囲気のギャップに呑まれてロイは言い返すことが出来なかった。
「しかし、悪いとは思っていてもやらないわけにはいかない……教会にはおとり捜査のようなことをする者も居るし、実は競合する組織の回し者かもしれない。もう伝える者の少ないこの信仰を守りたいし、この子達3人も守りたい。……そのためには、仲間以外のすべての者を信用してはいけないの……分かる?
 そのために、私は慎重に慎重を重ねる義務がある。私はその義務を果たしたまでなので……」
「……だからといって、もう少しまともな方法はなかったのか? っていうか、確実に襲う必要は無かっただろう」
「あら、気持ちよくなかったかしら?」
「ノーコメントだ。それはもういいから、仕事だけはきちんとやってくれ」
「おっと、忘れていたわ」
 漫才のような二人のやり取りにあきれ果てた様子のロイの言葉で、ナナは何かを思い出したようで、手提げ袋から大匙二杯分ほどの液体が入ったガラスの容器を取り出した。
「これを飲んで、その雇い主とやらと性交しなさい。雇い主が男とまともな性交できるのは、貴方で最後になるわ。貴方のネックポーチに入れておくわね」
「……ご苦労さん」
 ネックポーチに薬を入れられたのを確認して、ロイは申し訳程度のねぎらいの言葉をかける。
「それと、これも返すわ」
「……それは、俺が渡した時計じゃないか?」
 ナナが返すといって見せ付けてきたのは、報酬としてナナに手渡したはずの懐中時計。

「貴方がテオナナカトルを飲んだときに出た汗と精液が思いのほか有能だったものでね。キーの鉢巻を髪に巻いていても、私ったら幻惑されちゃうくらい……。今回の私たちの仕事は、お薬渡しただけ。あまり高い報酬を貰い過ぎても私達気分が悪いのよ。だから私達も、薬の材料を得ただけで構わないわ。
 だから懐中時計の代わりに、貴方の汗とそれ以上に性能のいい精液……どちらも有効利用させてもらうから、今回の報酬はそれということで。襲う必要はなかったって言うけれど……襲われたおかげでその時計は無事なのよ。
 あ、でも……もし、ちゃんと報酬を払いたいって言うならば、いい払い方があるわよ。ジャネットがあなたに飲んでもらいたい毒があるっていっていたわ。貴方の汗から作る毒は、元の毒よりも性能が一回りよくなるものがあるのよねぇ。テオナナカトルの毒もその一種だから利用させてもらったのよ」
「お断りする。ブラッキーは毒物工房じゃないんだ」
 ナナの不穏な言葉だけで、報酬の意味するところがわかってしまう。また何か薬を使われて、毒の効果のある汗を採集しようとでも言うのだろう。これ以上そんなことに巻き込まれては、ロイもたまらない。

「そう、残念。じゃあ、これで仕事は終わりだけれど、私が恋しくなったらお仕事関係無しにいつでも来て頂戴ね。汗から精液から、薬の材料を搾り取ってあげるわ。
 こんなおばさんでよかったら」
 言いながら、ナナは顔の前で手を振る。一瞬にして結露して曇ったガラス窓の水滴を拭ったかのように顔が変わり、年老いて孫の一人でもいそうな痛んだ体毛の見える年齢*9になった。毛色も通常色に戻っている。だがそれも一瞬で、逆に手を振ると同時に先程までの美しい顔に戻っていた。
「なんちゃって。貴方を相手にするときは、きちんとこの美しいお顔で御相手するわ」
「い、今の……顔。老いているのと若いの、どっちが本物……?」
「どれが本物かを調べたいのなら、私の寝顔を見るといいわ。まぁ、寝顔を覗けるもんなら覗いてみろって、こ・と・だ・け・ど」
 ナナが腰に手を当て、重心が足の上の外に行く限界まで腰を曲げ、ずいっと鼻面を近寄らせる。ロイはまっさらな体にポケモンであれば匂いで性別や種族くらいならば分かるが、老いているか若いかを調べる事は髪を整えるオイルの匂いのせいで出来なかった。
「知らない事が良い事って言うのもあるものよ。さぁ、その薬を使って貴方の目的を果たしなさい。お店を自分が乗っ取るんでしょう?」
「……お前ら、それ誰にも言うなよ?」
「依頼人をゆする事なんてしません……よね、リーダー?」
「うん、その通り。頑張ってやってらっしゃい。そして、これから先何かトラブルがあれば、またの御用命を歓迎するわ」
「はいはい……」
 おかしな話になってしまった。大切な懐中時計を手放す覚悟でここに来たと言うのに、何故だか薬をタダで手に入れてしまったことになる。逆強姦の憂き目に会ってしまったが、それで何かを失ったかと言えば、プライドを失った気もするが……気にしてしまったら負けなのかもしれない。
 振り返ってみると、ナナは琥珀の首飾りに話しかけるような仕草をしていた。何をやっているのかと笑いながら、ロイはジャネット=サンダーソンの家を後にした。

 ◇

「ほら、咥えて気持ち良くさせるんだ」
 嫌悪感をこめた眼で睨みつける――それが抵抗の限界だ。
 財産を没収され平民にまで身分を落とされた貴族たるイーブイは、今や犯罪者と奴隷くらいしか下の身分と呼べるものはいない。精々、スラムに寄り集まる乞食たちと同等くらいの身分であろうか。本当は、仕事がもらえるだけでも感謝しなければならない。
 けれどこの雇い主、名前はシドと言うのだが、とても性質の悪い男である。同性愛者であることを咎めようなどと言う気はロイには毛頭ない。性癖の合う者同士やってくれるのであれば世の中に悪い影響は与えないのだから。
 しかし、(しと)やかなイメージの似合うキュウコンとはおよそかけ離れている粗暴な性格と言うだけでなく、嫌がる者を無理矢理犯すのが好きで、しかも弱みを握って犯し続けるなど手の施しようもない卑しさだ。
 何度も繰り返すことになるが、ロイは情に厚い男だ。自分のための屈辱ならば耐えられようが、子供も同じ目にあっていると思うと許せなかった。恐らくは、自信が親から存分に愛情を受けてこの姿に進化したことによるのであろう。もしもロイがブースターやシャワーズとして育っていたのであれば、こうまで怒りを露わにすることも無かったかもしれない。

 命令されて睨みつつ、舌打ちしつつもロイは雇い主の肉棒を咥える。最初は悪臭以外の何物でもない、汗ばんで発酵したとも腐敗したともとれる肉棒の匂い。心地よいとこそ思えなくとも、鼻から呼吸しても吐き気を催す事はなくなってから久しい。しかも最近は、牙による痛みを極力与えず、なおかつより強い快感を与える方法が分かるようになってきて、その舌使いを褒められる程なのだから不本意でたまらない。
 いっそのこと噛みちぎってやりたいとなんでも思っているのに、これでは全く逆の結果なのだから笑い話のようだ。
 わざわざ憎むべき相手に快感を与えるのは不快でならなかったが、その不快な表情すらも相手の快感への肥やしになるのであるから、ロイは最近は怒るのも馬鹿らしいとさえ感じていた。だが、その怒りを風化させずにいたおかげで、幸運にもフリージアやテオナナカトルに出会えた事は感謝しなければならない。
「よし、もういいぞ」
 シドの先走りの味が舌に触れてきた頃だろうか。自分としてはもごもごと口を動かしていただけで、もう意識しないでも出来るようになてしまったようだ。自分が女性で無い事が少々悲しいとさえ思えてしまい、ならば同性愛者になってしまえばいいのだと言う心の片隅の意見は無視することにしている。
「はぁっ……」
 今までは嫌悪感で出していた溜め息も、今では面倒くささで溜め息をついている。
「おいおい、なんだ今のは?」
 けれどシドは溜め息の質の違いにはあまり気が付いていないらしく、今まで通りロイが嫌悪感を一杯にして吐き出したのだと信じ込んでいる。こうして、嫌がるそぶりを見せておけばこの男のやる事は激しさを増すが、自分が楽しませないとリーバーが犯されるの比率が増えるかもしれないので精一杯シドに好かれる演技をしている。
 リーバーは、未だに本気で嫌がっているためこっちは演技で対抗しなければいけないと言うのは滑稽だが、それももう終ると思うと、犯されながらだと言うのに笑みが漏れないようにするには苦労した。
「生意気な眼をしている奴にはお仕置きだ!!」
 今のロイはテオナナカトルからもらった薬のせいで心臓の鼓動が辛いものである。犯される際に感じる心臓の鼓動がいつもとは比べ物にならない気がする。そのおかげで、いつもより辛そうな(実際に辛いのだが)表情を見せるロイの表情が気に入ったのであろう、今日行われるシシドの行為はいつもより恐ろしく激しい。
 分泌される弱毒入りの汗もいつもより大量に流れてしまった事だろう。そうして突かれているうちに、僅かながらに快感はあったものの、所詮は愛の無い一方的に強要される行為だ。先代店主との交わり程の興奮もなければ高揚感もなく……ましてやナナからの攻めを体験した後だと、愚にもつかない快感しか与えられる事は無かった
 それでも、あえぎ声を上げたり悔しがるそぶりを見せればシドは悦ぶ。これでは子供の神話ごっこ遊びに付き合ってあげる大人のようだと、ロイが心の中で見下す気持ちもシドにはきっと届かないのであろう。
 自分の中に精が放たれて、シドがその快感の余韻に浸れば後は大体それで行為も終わる。テオナナカトルの言う事が本当であれば……だが、明日を待つだけで奴は死ぬのであろう。

 ◇

 後片付けを命じられたロイは、顔をニヤ付かせながら明日の朗報に想いを馳せた。テオナナカトルの連中は掴みどころのない奴らだが、フリージアとか言うチラーミィには随分と信用されている様子であったし……結局金は取られなかったのだから、とロイは考える。
 反面、まさか自分が実験台にされているのではなかろうかと言う気もしてきたが、いくらなんでもそんな事をすれば奴らの立場が危ないであろう。やつらの安全対策だって完全とはいいがたいのだろうから。
 第一、薬の実験をしたいならばロイを外に出さずに監禁してしまえばいい。そうしないと言うことはそういうことなのだとロイは信じることにした。
「さて……」
 ロイは固く絞った布巾で自分の体をふき始める。ロイは自分の匂いが分からなくなる香水を体につけるのは嫌いで、性交を行っても入浴は行わず(毎日性交を行っているために、性交するごと水浴びなんてに出来たらかなり裕福ということだが)ましてや体を拭こうともしないシドの事はもちろん嫌いだ。神龍軍に貴族の身分を追われ、神龍信仰の教会そのものを敵視しいているロイにとっては、入浴や沐浴を『鱗剥がしの(とが)』とする教会への反目の意味もあったのかもしれないが。
 ロイがなんだかんだ言ってテオナナカトルへ嫌悪感を抱かなかった理由もそこにあった。年齢は隠されてしまたものの、ナナも獣の匂いがほのかに香るし、歌姫もジャネットもユミルも体は清潔に保っているようで好感を持てる。
「兄ちゃん……その、お疲れ様。大丈夫?」
 そして、体が拭き終わった頃にリーバーが。
「いつも通りもう慣れたよ……気にするな、リーバー。明日の朝にはまた読み書き教えてやるからもう寝ておけ、俺はもう少しやる事があるからさ、待ってやる義理なんて無いだろう?」
 申し訳なさそうにねぎらいの言葉を掛けるリーバーは、被害者が自分だけでなくなった事に罪悪感のようなものを感じているらしい。確かにリーバーがロイなど及びもつかないほどの美男子であればロイにまでその魔の手が及ぶこともなかったのであろうが、そういう問題ではなく誰も苦しまないことが一番なのだ。
「手伝うよ……」
「残念だな、もう後片付けは終わりだよ。いいから早く寝ろ。明日だって仕事だけじゃない、勉強もあるんだからな」
 言いながらロイは尻尾でリーバーの後ろ足を尻尾で叩いて笑う。
「……分かった、寝るよ」
「待っていてくれてありがとうな。嬉しいけれど……さ、お前が体壊さない方がよっぽど嬉しいんだから寝ちまえばいいのに」
「……いつもありがとう」
「お前に礼を言われる筋合いじゃないさ。……大丈夫、俺はなんとかやっていけるからさ。お前は、気に病むんじゃない」
 (全く、リーバーがこういう奴じゃなかったら、シドを殺すなんて選択肢は浮かばなかったかもしれないな)
「ロイはいつも待っていてくれるからさ……俺も待っていた方が良かったと思うんだ」
「お前は、待っている間に居眠りする事があるから、よくタイミング逃したりしているけれどな。何度も言うように、眠いならば無理するな……まだ子供なんだ」
 同性に強姦された直後だと言うのに、リーバーの顔を見ただけで心がさわやかになる。こいつが弟ならエーフィかブラッキーになっただろうな、とそんな光景を想像してロイははにかむ。弟も自分と同様の目にあってと離れ離れになってしまったけれど、元気にしているだろうか。
「意地悪……」
 そんな考えを張り巡らす横で僅かに頬を上気させて、リーバーは顔を伏せた。リーバーは本当に可愛い弟のような存在であった。

***

『翌日、また翌日とシドは店に帰ってくることなく二日たった日に、やっと死んでいたことが分かった。何ともまぁあっさりとしたことで、容疑者は不明……つまるところシドが買った相手は不明と言う事で、現金も持ち出されていたことから強盗目的だったんじゃないかという説も出ている。実際は強盗では無いのだろうけれど、客が死んでしまったら現金を奪って逃げるとはなかなかちゃっかりした男娼である。

 その事件が起こって、街はどうなったかと言えば、どうにもならない。強盗殺人はそれなりに珍しいとはいえ、強盗など珍しい事でも何でもない。ただ少し影響があったと言えば俺の働く酒場くらいだ。元々シドの奥さんであるサラが死んでからは、人事以外の全てを、掃除も料理も仕入れも接待も俺達だけでやっていたのだから、店の業務にはなにも変わりがない。
 その証拠に、愉快な常連客のトニーとジョーは今日もこの店に訪れては楽しく酒を飲んでいる。

 ただ、その日から、この店のリーバーと言う少年は自然な笑顔で居ることが多くなった。その笑顔が人の死の上に立っていると思うと心が痛む……はずだというのに、俺が見た悪夢は内容も覚えていないほど軽いものだった。戦争で人を殺したときは自殺したくなるくらいの悪夢を見たと言うのにな。
 死んで喜ぶ人の方が多かったからであろうか? それとも、俺も嫌っていた人物だったからであろうか? リーバーを見ていて思うのは、きっと前者なんだからだと思う』

テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴*101年、12月20日


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お名前:
  • やっと全部読み終わった・・・
    作品が凄く長いのに読み手に飽きさせない書き方を出来るのが凄いと思います!!
    ロイ・・・真っ白になればよかったのn(殴
    ―― 2014-10-18 (土) 22:55:13
  • >狼さん
    読破お疲れ様です! 他の作品も見て行ってくださいね。

    >2014-03-27 (木) 16:27:23の名無しさん
    気合を入れて書いた長編ですので、ものすごく長くなってしまいましたね。それを苦にならないくらい楽しんでいただけたようで何よりです。
    ――リング 2014-03-28 (金) 00:43:56
  • 長編かぁ面白いだろうなと思い読むことを決意したのち読み更けること既に3日目…読み終えて50万字もあったのかと後書きを見て知る私 面白いと苦にならず得した気分です(眼は痛いのですが)まさかの番外編もあり喜びましたよ この年になっても\(^∀^)/ワーイ と
    番外編にて  ナナの期待どうりロイ…真っ白にならなかったですねw
    ―― 2014-03-27 (木) 16:27:23
  • テオナナカトル 読破しました
    ↓のコメント(?)から今までかかってしまいました。 やっぱり私は読むの遅いです。(悲
    ―― ? 2013-05-25 (土) 01:53:17
  • テオナナカトル これは強敵です
    張り切って読むぞー(燃
    しばらくここから離れることが出来ないです
    ―― ? 2013-05-21 (火) 21:14:12
  • >Mr余計な一言さん
    見逃していて、ものすごく変身が遅れてしまってすみません……今日直しました。ご指摘ありがとうございます

    >2012-11-19 (月) 20:19:00の名無しさん
    こんなところにも誤字が……たびたびすみません。お世話になります
    ――リング 2012-11-27 (火) 22:54:11
  • 今更めいた誤字報告です。

    「神龍の顎には、一枚だけ他の鱗とは違う方向。逆の向きに生えている鱗があると言われているの。その鱗が逆鱗……逆鱗に触れられると、龍は怒り狂うと言われているわ。それゆえ、我を忘れて攻撃する龍の技を逆鱗と称されるようになったの。

    技を逆鱗と称される
    は間違いで、正しくは
    技が逆鱗と称される
    技を逆鱗と称する
    のどちらかです。
    ―― 2012-11-19 (月) 20:19:00
  • 番外編で、誤字がありました。

    最後のシーンで
    [ナナの神の中にいるロリエの方を見て]
    になっております。

    失礼致しました。
    ――Mr余計な一言 ? 2012-03-17 (土) 21:46:28
  • >イカサマさん
    あんな言葉遊びで衝撃を受けてもらわれると、どうにも反応に困ってしまいます><
    今はこの作品が自分の中で一番だと思っていますが、いつかこれを超える作品を作られるように頑張りますね!
    ――リング 2012-03-16 (金) 22:46:09
  • 全体を通してみてBeeキャンセルの衝撃が忘れられませんでした!
    すばらしい作品をありがとうございます!
    ――イカサマ ? 2012-03-11 (日) 22:15:45
  • >チャボさん
    まずは、誤字の報告ありがとうございます。直させていただきました。
    そうですねぇ……作者としては主人公とヒロインに人気があって欲しいところなのですが、リムファクシの謎の人気に嫉妬せざるを得ません。
    今年中にテオナナカトルのお話をもう一度上げられるかどうかはわかりませんが、また皆さんの目に触れられるように頑張りたいと思います。
    コメントありがとうございました。

    >2012-01-09 (月) 02:14:10の名無しさん
    来年のことを言うと鬼が笑い……はい、どう見ても私の方が先に来年のことを言いましたすみません。
    見ての通りのスピードで執筆しておりますが、やはり更新量にも限界があるため、来年になってしまうことは避けられないと思います。それでも、待ってくれる人がいる限り、頑張らせてもらいますとも!!
    コメントありがとうございました。
    ――リング 2012-01-15 (日) 19:05:39
  • ふぅ…リム君最高ぉーっス…
    来年も期待しております!(早
    ―― 2012-01-09 (月) 02:14:10

最新の12件を表示しています。 コメントページを参照


*1 富を求めず、正しいおこないをしていて貧しいこと。
*2 貞操を固く守り、おこないが潔いさま
*3 いわゆる、現在では神権革命と呼称されている争いである。当時は教会が焼かれたり、逆に貴族の館が焼かれたりと多くの爪あとを残した
*4 この地域ではセレビィの色違いを豊穣の女神としている
*5 名前どおり虫が内部に入り込んだ琥珀
*6 体に溜まる垢は神龍の鱗であり、それを剥がしてしまえば神龍の加護が受け取れなくなり梅毒などの病気にかかりやすくなるといわれている言い伝え。現在では衛生的・医学的な面からこの考えは真っ向から否定されている
*7 ペプチドやタンパク質によってアナフィラキシーショックと呼ばれる症状が引き起こされるため
*8 装備していると混乱状態になるのを防ぐ効果がある
*9 このお話では大体30代後半から40代前半
*10 神権革命が行われてから年月。ただし、1年目のみ約1年半の長さがあり、以降は国の教会主権が崩壊するまで1年ごとに年号が進む

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Last-modified: 2011-07-30 (土) 00:00:00
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