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テオナナカトル(11):ホウオウ信仰の聖地、焼却の雪原・上

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ホウオウ信仰の聖地、焼却の雪原 


『リムファクシとの街の警護。資金源には苦労するなぁ。最初は教会の無償医療行為と同じく寄付によって成り立たせようと思ったが、この寄付金の集まりにくいこと。リムファクシさえいれば何とかなると思っていた俺が恥ずかしかった。まぁいいさ。親父のように立派になるためにはこれくらい通過儀礼みたいなものさ。
 まぁなんだ。成り行きで強盗を一人捕まえてから評価は変わったな。救われた人は感謝感激って感じで評価は上々……ただし、まだ寄付は集まらないけれどね。経済の不安と治安維持軍の不在で治安の悪くなってしまったこの街だ。空から見張れば犯罪者はちらほら見かけることが出来るから、俺の頑張りも無駄じゃないと信じたい。
 みすぼらしい姿をした子供が食料を盗むのだけは見逃しているけれど、問題ないのだろうか……? とりあえず、凶悪犯罪を取り締まっていればいつかは食費に十分な寄付金くらいは集まるだろう(と、思いたい)。酒場の常連だったトニーとジョーにも、酒場再開しろと文句を言われながらも応援されて寄付金も少しもらったよ。こういうことをしてもらえるとやる気も出てくるものだ。

 とりあえずは、活動資金の確保。貯蓄はナナからもらったのと酒場の経営で得た金とで十分にあるけれど……底を尽きるのは目に見えているしね。それに早い所リムファクシがアグノムの力が籠る神器(スモーククォーツ)無しでも喋られるようにしなきゃならない。文字を教えることもしなければならないし、冬に備えて少しは太らなきゃな……やる事がいっぱいのようだ。
 リムファクシは可愛いが体が俺より小さければ最高なんだけれど……ね。なんだかもうそろそろナナに届きそうな身長で甘えられると反応に困ってしまう。
 あーあ……リーバーもフシギソウの頃は可愛かったんだよな。リムファクシに至っては今は可愛らしいけれど成長したら5メートルかぁ……教会の礼拝堂でもなければ住処に出来なそうだ。いくら俺達の仲間になってくれたからって言ってフリージアはいい顔しないよな、きっと……
 リムファクシがそこまで成長する前に俺もこんな子供欲しいなぁ。このリムファクシの騒がしい感じが大好きだし、こんな子供がいたら生活が楽しそうだ』

テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、11月4日
***


 3番街の通りに店を構えていた酒場「暮れ風」は今、ルギアの意匠が施された警察の看板が下がっている。黒白神教における平和の象徴であるゼブライカの意匠を施そうか、それともトゲキッスの意匠を施そうかなど悩んでいたのだが、ナナとユミルの熱烈な推薦によりルギアのデザインに決まったのである。
 リムファクシは何だか照れ臭そうにしていたが、今はだいぶ慣れているようだ。何かと目立ちたがり屋なリムファクシだ、慣れてからは結局、自分が警察の象徴みたいで嬉しいと口を漏らす始末だ。
 ナナはというと、計画していた旅に出ようと言う予定がある事情によって中止になり、この街に留まりロイの仕事の補佐をしている。ロイがしている警察の仕事は、基本的に夕方から深夜まで当たりを見回ることになる。
 ナナがする仕事の補佐とは、文字通りロイと一緒にパトロールすることもあるが、基本的に食事を用意してあげる通い妻的な役割が多い。ロイが眠っていることの朝の時間帯をさけ、昼になると食事を届けに毎日訪れている。
 その光景は近所の住人からは冷やかしの的であるが、リムファクシを含めて誰も気にしていないようであった。

 ロイ、ナナ、歌姫ともに酒場をやめて新しい生活を始めたが、テオナナカトルとしての義務を果たさないわけにはいかず、便利屋のようなシャーマンとしての力を高める仕事は未だに行われているのだ。しかし、フリージアが仲間になってからは場所を変えて、なんと教会の一室を借りて行うこととなっている。懺悔だったり悩みの相談だったりと、教会で働く者達と一対一で話が出来るこの空間は秘密のお話をするにはもってこいだ。
 フリージアが勧めたその場所はなるほど使い心地は悪くなく、しかも不自然さが少ない。個人の家に行くという行為にどこか抵抗のある者もいるので、今度からは教会で依頼を聞きましょうとフリージアが提案したのだが、存外使い勝手がよい。
 今では教会の一室が正式にテオナナカトルの依頼交渉場所となっている。

 今回の依頼人はザングースの女性で、夏の間は農作業。冬の間は煙突掃除で金を稼ぎ、夫と共につつましく暮らす一般人である。どうやら、知も才も無いがコネだけで税金取り立て役人となったハブネークに立場を利用されたいやがらせを受け、性的にも金銭的にも搾取されている――とのこと。
 ロイにとってはどこかで聞いたような案件である。
「スラムの子供にお金を握らせてターゲットの家を見張らせたのですが……ターゲットはやはり貴方以外は家に連れてくることは無いようです。まぁ、つまるところ巻き添え被害を喰らう可能性も極めて低いと言う事ですよ」
「では……」
 と、ザングースが希望に満ちた表情をする。
「えぇ、私達がきっちりカタを付けてあげるから安心して。確認するけれど心の迷いは無いのね?」
 ナナはザングースに対して厳しい眼差しを据える。
「俺たちテオナナカトルは秘密厳守だ。お互い、口を固く閉じような? あとで罪の意識を感じてどうこう……というのは、好ましくないからな」
 酒場の仕事が無くなってもやることには変わらない。不妊治療から暗殺まで何でもこなすテオナナカトルはきちんと存続しているのだ。
 今日は久しぶりの殺しの依頼ということで気分は重いが、ロイは忌まわしい思い出であるシドを彷彿とさせるターゲット像に憤慨していたせいかいつもより心なしか積極的である。
 そんなナナとロイの眼差しで見据えられても、ザングースの意志は揺るがなかった。
「殺して下さい」
 真っ直ぐと二人の眼を見て、ザングースは力強くそう言った。
「かしこまり!!」

 ◇

「敵は大のフルーツ好き。しかも来客は彼女しかいないとすれば毒殺は簡単じゃから……そういうものでいいかのう」
 作戦の概要を聞いて、ジャネットが家の薬置き場に目をやりながら尋ねる。
「えぇ、オボソの実を使ってみましょうか……それとも、トリカブト団子なんていうのも良いかしら……」
「わかった。少々待っておれ」
 オボソの実。オレンの実によく似たオレソの木にオボンの木を接ぎ木したものである。先日この街を訪れたワンダの土産であるこれは劇物であり、味も見た目もそっくりなのだが飲んだ瞬間に喉の粘膜がはれ上がって呼吸困難になってしまう、危険なアレルギー物質を含んでいる。
 実際、ワンダ達「シード」もこれを使った暗殺をよくやるなど、便利な木の実であり、これを食べた物は毒殺には見えないとお勧めの品であった。
「で、どういうプランで行くんだよ? 敵はオボンの実が好きかどうかはともかくとして……まぁ、オレンの実を食べられるポケモンならばそこは心配ないかな?」
「えぇ、ターゲットがオボンの実を食べる前提での作戦だけれど……失敗したらそれはそれで何か別の作戦を考えればいいじゃない?」
「また……リーダーは気楽じゃのう」
「ふふ、そんなこと無いわよ。きちんとプランは練ってあるわ……ジャネット、シーラちゃんを使っても良いかしら?」
「……はい?」
 ナナの突拍子もない発言に、思わずジャネットは聞き返した。
「なに、他人の家に勝手に入って怒られるだけの簡単なお仕事よ。シーラちゃん……見る見るうちに成長しているし、ここらで一皮剥けさせてみないかしら?」
 と、ナナはプランの詳しくを語り、ジャネットを納得させる。最初は難色を示していたジャネットだが、実際にシーラに対して仕事の概要を説明すると彼女は驚くほどの早さでナナの意を汲みとり、そして練習を容易に成功させる。
 もちろん、本番もその通りに行くとは限らないわけだが、もしもの時は他のメンバーが助けに入るとの約束を取り付けたうえで、ジャネットは納得した。
「さぁ……それじゃいつものように。叫びましょう? 美しき神、レシラムがため!!」
「猛々しき神、ゼクロムがため!!」
 いつも通りの掛け声で士気を上げテオナナカトルのメンバーは計画のための準備をそれぞれ始めるのであった。

 ◇

「へっへーん!! ここまでおいで、ベロベロバー」
「ま、待ってちょうだいアレッサ」
 夕暮れ時、買い物を終えた親子連れの片割れ、無邪気なユキワラシが通りを元気に走る走る。母親が好きな木の実を奪い取って走り回るなど、子供が無邪気な事はいいのだけれど、その無邪気さはときに無鉄砲である。母親の制止を聞かないまま、ユキワラシはとある家へと逃げていった。このユキワラシ、もちろんシーラであり、アレッサというのもただの偽名である。
 とにもかくにも、女の子にあるまじき無邪気さで他人の家にずかずかと上がり込まれれば、当然家の持ち主はいい顔をしない。
「な、なんだよてめぇら!!」
 そして、追っている親は当然ユキメノコのジャネットである。鍵を掛けていなかった家の主の責任もあるが、追って入ってくる親子のユキメノコの暴挙は当然許し難い物となるだろう。
「ひぃっ……ママこわい」
「バカ、私だって怖いわよ……」
 怯えた目の親子を、家の主たるハブネークは睨む。いくら勝手に家に上がってこられたからといってほどほど怒鳴りつけたら返してやろうかと、相当心の狭いものでなければ思うだろうし、この男も一応の考えはそうだった。
「ほら、早い所謝りなさいアレッサ」
 ジャネットは痛い音がするように。しかしあまり痛めないように絶妙な力加減でシーラを頭を殴る。
「いたッ!」
 演技もばっちり、とても4歳児とは思えない演技力でシーラは涙ぐむ。
「ふぇ……」
「泣く前にきちんと謝る!! 悪いことしたのは貴方でしょう!? 謝る時はごめんなさいでしょ!!」
「う、うぅ……あやまるときはごめんなさい」
 予想外の言動にジャネットは頭を押さえて溜め息をつく。まだ「ごめんなさい」の意味も良くわかっていない年頃だから仕方がないと言えばそうなのだが。まさか素ではそんなことは言わないでしょうねと思いつつ、ジャネットは続けた。
「ごめんなさい……まだ謝る言葉の意味も良くわかっていないようで……」
「ったくよぉ。酒を飲んでいたっていうのに、びっくりさせんじゃねーよ……」
「申し訳ございません……」
 不機嫌そうに舌打ちするハブネークに、再びジャネットは頭を下げる。
「あの、お詫びと言っては何なんですが……このオボンの実をどうぞ。迷惑掛けたので……」
「……あいよ。今回は木の実に免じて許すけどよ……次回からは気をつけろよ?」
「は、はい……すみませんでした……」
 すごすごとハブネークの家を出て行ったジャネットの第一声は――
「ありがと、シーラちゃん。頭は痛くなかった?」
 である。
「えへへ……ちょっと痛かったけれど、大丈夫だよ。約束通りお菓子買ってよね」
 微笑むシーラを見て、幼いのにこんなことが出来るなんて神童かもしれないなどと親馬鹿な考えを張り巡らせながら、ジャネットは悠々とターゲットの家を去って行った。


 ジャネットの身に何かがあってもいいように待機していたロイとリムファクシだが、もうそれも必要ないようだ。
「流石だな、ジャネット達は」
「……うん」
 リムファクシは元気のない生返事を返す
「どうした?」
「いや、何でも無いよ。それよりさー、早く行こうぜーロイー」
「そうだな」
 ジャネットを見守っていた二人はパトロールへ戻って行った。

 ◇

 すっかり日も落ちて、通りならともかく狭い路地や路地裏など、人気(ひとけ)の少ない場所を歩くのが危険な時間帯。二人は小休止のために焼き鳥を食べるために屋台に座っている。リーバーに恋人が出来たとか、陸の文化だとか他愛のない話と共に食事を楽しんでいると、アブソルを連れたライボルトの女性がおもむろに隣に腰掛けてきた。
「となり、いいか?」
「あ、あぁ……」
 座る前に言えばいいのに、わざわざ座ってからそんなことを言って、ライボルトは笑う。ロイは同種の中では体格も良く大きい方だが、それでも平均的なブラッキーのより30cmほど大きなアブソルや、60cmほど大きなライボルトには敵うべくもない。それが自分と同じ4足歩行なのだから自分の身長の低さが嫌になってくる。リムファクシとライボルトという圧倒的な巨体に挟まれて、窮屈な思いをしながらロイは苦笑した。
 ふと見上げてみると、角度が急なので見づらいとはいえライボルトの毛艶や肌の張りは悪くなく健康的な見た目。鮮やかな青い体表も、派手派手なな金色の鬣も、どちらも稲光のような鋭さと力強さを携えている。
 アブソルの方は、なんというか寡黙そうな雰囲気を持った女性である。毛の一本一本が触れれば刺さりそうに鋭く長いが、全体を見てみれば雪の結晶のような鋭い美しさと気品を備えている。
 顔の右についた角は、良く研がれているのか鋭さは怖いくらいで、切っ先の鈍い光が使い込まれていることを伺わせる。
「いらっしゃいませ。何でも頼んでいってくれよな」
 整った容姿の女性二人が店に訪れたおかげで、店主は僅かに顔を綻ばせた様子で二人に声を掛けた。
「では、とりあえずこれを三つお願いするわ。串ではなくお皿でね」
 ライボルトが店主へと頼む。
「あいよ。モモ三本な」
 串ではなく、お皿で――というのは大抵の4足歩行のポケモンがそう頼むので、店主とて言われるまでも無く串で出すほど無粋ではないが。
 こう言った店に慣れていないのだろうか、様子を伺いながらの二人組は、ロイの眼には奇妙に映った。
「すまんが、あんたは……」
 訛りの酷いライボルトがロイに話しかけてくる。なんだと思ってロイが振り向くと、ライボルトは何やら新聞の切り抜きを咥えて訪ねる。
「この新聞記事のブラッキーさんでよろしいでしょうか?」
 ライボルトが尋ねる。
「……見ての通りだな。ブラッキーよりも隣のルギアを見ればわかると思うぞ。ルギアとブラッキーが二人組で歩いている光景が他に在るなら見せてもらいたいところだな」
 ロイは一応警戒を固めてそう答える。
「せやな、いい目をしとるもんなぁ」
 横顔を見ながら、ライボルトが笑いかける。
「……ウチがアンタに話しかけたのは、世間話のためやないんや。ウチ、アンタにお礼言わんといけなくってなぁ」
「何だー? ロイってばお前モテモテだなー」
 二人はそれなりに整った顔立ちな上に、二人の卵グループはどちらとも陸上。リムファクシが囃し立てるのも無理は無いが、ロイは苦笑していた。
「あはは、そんなにウチら美人かなぁ? 照れるやないか。でも、違うねんで。ウチらの不始末付けたってくれたことに対するお礼なんや……」
 ライボルトは照れたような表情でロイに言う。
「なるほど、やっぱり……お前らはティオルとか言うバシャーモの……」
 ライボルトとアブソルの組み合わせを見てもしや、と思っていた予感が確信に変わりロイは一人納得したように頷く。
「知っておったんか?」
「……ライボルトとアブソルのヒーラー。ホウオウ信仰における、焼き畑によって失った命の償いをする償い行者を立てなければいけない……お前らは、そのヒーラーなんだろう? ヒーラーは全員、シャーマンの力を持っていると聞いたし……それに、お前ら噂はかねがね聞いている。
 聖なる灰は神器じゃないから言葉を発しないが……アブソルの胸にあるその音符型の黒曜石は何かの神器だろ? 差し支えなければどんなものなのか教えてくれよ」
「なるほど、そこまで理解されていたか……に、してもやはりお前らはシャーマンだったのか。この神器については詳しい事は俺も知らないが……神器に宿る神の名前がメロエッタという事と、身に着けていれば歌が上手くなるくらいの事だけは分かっている。歌と踊りが上手い者を見ると興奮してくれる可愛い奴さ」
 と、アブソルが酷く渋い声で口にする。焼き鳥のせいで匂いが分からなかったが、この声の低さから察するに男のようだ。
「ふぅん……しかし、お礼……か。なんというかまぁ……お礼なんてもらっても良い物やらって思ってしまうな」
「だよなー……色んな人が迷惑こうむって、しかも他の街では死者も無茶苦茶出てるんだろー?」
 ロイとリムファクシが畳みかけるように毒づいて、ついでに溜め息をつく。

「それについては……申し訳ないとしか言えないな」
 難色を示しながらアブソルは謝罪した。
「だが……迷惑掛けたことも、お礼についてのこともゆっくりと話したいと思っていた所だ。今日じゃなくても構わない、話をする時間をくれないか?」
「嫌味を言って悪かったな。あいつらには苦労掛けさせられたから、ちょっと意地悪したくなっただけさ。お礼をしてくれるって言うんなら……是非俺達からも頼みたい事があるんだ」
「おー、陸のお祭りだなー」
 たった一言の愚痴を言い終えると、ロイは穏やかな口調に戻ってはかなげな笑顔で語りかけ始めた。
「だから明日の昼辺りにでも、3番街にある俺達警察の詰め所に来てくれないか? 元は酒場の「暮れ風」って店だったんだが……今はまぁ、俺達の詰め所として使っている。明日はそこに俺達のシャーマンとしてのリーダーも連れてくるからさ。
 こんなこともあろうかと、リーダーには街に待機してもらっていたんだ」
「お、おおきに。ウチらもお礼しなきゃ収まりが悪かった所やからなー。自己紹介通りウチらはヒーラーやってんねん、腰痛や関節痛治すのは得意分野やで。ま、そんな小さな事やったらお礼にもならんやろうけれど、治したい病気や怪我があったら任しとき!!
 ホウオウの加護を受けたウチらが治してやるさかい、どんな病気や怪我でも気軽に頼んでーな。本来なら順番待ちが大変なウチらがタダで付きっ切りの出血大サービスやで!! 今日はもう遅いし、仕事中やろ? せやから明日の朝一番やってやるから。積もる話もその時にな~」
「いや、朝は起きられないから昼に頼むってさっき言ったんだけれど……朝は自由にしててよ」
「あちゃー……細かいこと突っ込むやっちゃなぁ。言葉のあやってもんがあるやないか」
「……お前が言うと本気に聞こえるからな」
 ライボルトの女性が騒ぐ横で、アブソルの男性は真顔で突っ込みを入れる。

「病気……治せるの?」
 ライボルトの女性が恩返しの具体的な内容を語り出してから黙っていたリムファクシがおどおどと口を開く。どこか聞くのが怖いと言った様子の表情で、リムファクシの大きな瞳は微かに揺れ、泳いでいる。
「あぁ、もちろんウチらにも治せない病気はあるんやけれどな。せやけど、ヒーラーの名前は伊達やないで。今までどんだけの人に感謝されたか、目ん玉かっぽじってよーく見とき!」
 ライボルトは羊皮紙を取り出し、無数の縦棒4本横棒1本の記号*1を見せびらかした。
「なんなら、あんたらもここに書いたってえぇんやで」
「そうかい……と言っても、俺は健康体だしなぁ。他のメンバーも皆出かけてるし、リムファクシはも健康そのものだもんな?」
 ロイが微笑みながらリムファクシの方を振り返ると、リムファクシは長い首を振って否定していた。
「いや、俺は……健康じゃない」
 リムファクシの翼の先が震えていた。ロイは何だか気まずくなって口をつぐんだ。いつもの騒がしく人懐っこい雰囲気を排したリムファクシは話しかけ辛く、ロイは放っておいてあげることにする。
「と、とりあえず恩返しはヒーラーじゃなくっても構わない……俺達の悲願を達成する手伝いだけでもいいんだ。詳しくは明日話すから……それでいいかな?」
 ライボルトとアブソルも空気を読んで、リムファクシには触れないよう黙って頷いた。
「それじゃあ……明日、やな。ほな、行きますか」
「……時間を取らせてすまなかったな。それでは、私もこれで失礼」
 アブソルは礼儀正しく去ってゆき、その場を後にする。
「そういや名前聞いてなかったな……」
 リムファクシの事はひとまずおいて、ロイは聞き忘れたことに微妙な後味の悪さを覚えつつその後ろ姿が見えなくなるまで見送る。

 彼らの姿が見えなくなると、ロイはさて、リムファクシに眼をやり、極めて穏やかな口調でリムファクシに語りかけた。
「なぁ、リムファクシ。病気って何の話だよ?」
「伝染病だよぉ……ルギア達にしか伝染らないからロイは心配しないでいいけれどよ……」
 泣きそうな瞳でリムファクシはうつ向いていた。
「治らないのか?」
「そりゃ、治らないから海を追い出されたわけだし……母親も、意地でも陸へ追いやろうとしていたし……海底火山の熱、無茶苦茶熱かったし、火傷にも思いっきり苦しんだよ……
 俺さー、本当は陸の祭りが楽しそうだから陸に来たってのは嘘なんだ。海に俺の居場所がないから……それにな。俺は生きた証を残したかったんだ……誰かが俺のこと覚えていればまだ死んでないって母さんが言ってくれたからよー。
 海の歌謡祭を見学しに来たのも……クリスティーナだっけか。あいつの噂を聞いたからなんだ……陸に行けば親切な誰かが拾ってくれるって思ってたんだ」
 リムファクシ泣きそうな顔でかろうじて笑う。その表情が何だか心に痛い。
「お前のせいでいきなり事件に巻き込まれた時は冗談じゃねーって思ったけれどよー……逆にこりゃチャンスだって思ったんだよなー。俺、この街の歴史に名前刻めて誇らしーんだ。今更なんだけれど……俺を巻き込んでくれて……ありがとな、ロイ」
 今更お礼を言われて、ロイはどう反応したものかと肩をすくめる。
「いや、お礼を言いたいのはこちらのほうさ。……まぁ、要はどっちも利用しあったってことなんだけれどさ……どうして、俺たちに病気を持っているってこと言わなかったんだ?」
「迷惑掛けたくなかったんだ……陸の奴は、病気に感染した奴をとことん迫害するって……海の奴だってそうだ。俺が病気に感染して、いい匂いを振りまくようになってからは……それまでの恐れ敬っていた事なんて無かったかのように食べようとしてきやがる……病気が治るなんて聞いて舞いあがって口走っちまったけれど……秘密にしてくれよな……」
「何言っているんだお前は? むしろ、その秘密を打ち明けた方がよっぽどお前のためになるぞ。テオナナカトルのメンバーに……そんな風にお前を迫害する奴なんていないさ……大丈夫。陸ってのはいい所だっていくらでもあるんだ」
「……ホントか?」
 口の中に籠るような小声で、リムファクシは尋ねる。
「あぁ、少なくともテオナナカトルにはそんな奴はいないって断言できるさ……例え伝染病だとして、お前を毛嫌いはしないだろうよ……」
 ロイはしばし照れたように前脚で顔を撫でてごまかすが、かぶりと振って気を取り直す。
「だからさ、これからも持ちつ持たれつやって行こうな、リムファクシ。病気なんて言ったらみんな心配するけれど、その分皆が協力してくれるだろうよ……お前を治すためにさ」
「おう、お前いい奴だからずっと一緒にいてやるぞー」
 リムファクシは首を大きく倒してロイの頬擦りに応える。ロイは気持ちよさそうにそれに頬擦りに応じてあげた。
「さて、食休みがてら歩いて見回りだったけれど、そろそろ空に戻ろう……リムファクシ、飛んでくれ」
「あいよ!! しっかりつかまっててくれよなロイ!!」
 ロイの頼みに、リムファクシは笑顔で応えた。ロイは尻尾を足がかりにリムファクシの背を掛け登り、彼の翼に前脚を掛ける。幼いながらも、空を翔け海を翔け巡って鍛えられたルギアの筋肉が羽毛の下で感じられる。きちんと隆起した形が、胸や腕の皮膚を通して伝わる感触に、ロイはリムファクシのたくましさを感じた。
(あぁ、いい匂いだ……)
 こんないい匂いが病気であることの証明。信じたくはないけれど、リムファクシの尋常なら無い真剣な顔はきっと真実だということなのだろう。でも、余り病気のことを考えさせるのも体に毒。リムファクシには精いっぱい生を謳歌してもらおう。明日、またリムファクシの笑顔を見れるよう祈りながら、ロイは暖かなリムファクシの肌に顔をうずめた。

 ◇

 ロイの家へ集まったメンバーはテオナナカトルのほぼフルメンバーであり、フリージア以外の7人にシーラを加えた8人。さらに恩返しに来たと言う二人組も合わせて総勢10人が揃っていて、酒場の許容人数には程遠いとはいえ中々に賑やかしい。
 元々酒場であったここだが、最近は活気もなくなっていたので久しぶりの大人数にロイはどこか嬉しそうな表情をしている。

 会話はまず自己紹介から始まった。ロイが二人の名前について尋ねると、相手に名前を聞く時はまず自分から――などといいつつ、ライボルトの女性はクララと名乗り、アブソルの男性はセフィリアと名乗った。セフィリアは昨日女性と間違えてしまったが、今日は食べ物の匂いが混じっていないせいかはっきりと男だとわかる。
 二人にはまず例の祭りの計画や、ティオルとルバスについてを話しておきたかったが、リムファクシにとってはそれよりも自分の病気の方が重要であるようで、彼はすがるように病気を治せるのかと尋ねた。
 クララはなだめすかしてリムファクシを落ち着かせると、まずは病気の説明を求める所から。
「ふむ……手足のしびれが徐々に広がって、そんでもって段々と記憶の欠落が始まって来るんやな。で、リムファクシはすでに痺れが始まっとるん?」
「うん……まだ普通に物も掴めるし、生活には全然支障は無いんだけれど……ちょっとビリビリする。本当に軽くなんだけれど……あと、この体臭も病気の兆候……」
「ゆっくり確実に広がっとるんやろ? なら、早う治さなあかんなぁ」
「うん……」
「とは言えな。ウチら海の民に関しては素人やってん。それに加え、民どころか海の神ゆうたらもうお手上げやわ……対症療法も効くかどうか分からへんし」
 リムファクシの翼の先を触りながらクララはぼやいた。
「じゃあ……」
 リムファクシの泣きそうな瞳がライボルトを射ぬく
「心配する必要はあらへん。ウチらには秘密兵器があるんやで……その名も、聖なる灰!!」
 クララはリュックサックから取り出した純白の粉薬を置く。
「と、間違えた。これはただのトウモロコシの粉やな……」

 クララの見事なボケにロイの膝の力は抜けてガクッとなる。
「おい、クララ。聖なる灰は私が持っていると言っている。全く、のろまな奴だな……」
「そないにきついこと言うなや兄さん。誰にだって間違いはあるやろ?」
 ヒーラーであるライボルトは表の世界で活躍しているシャーマンだ。それだけに、どんな高尚な人物なのかとローラが心躍らせていたイメージがあったが、実際は訛りのきつい(しかも何故か一人だけ)普通の女性にしか見えないとは何ともおかしい話であった。
 そんな自分の心境から、何故かロイはローラの耳についている火山の置き石の耳飾りを連想する。何せローラはヒードランを格好良いポケモンだと思い込んでいる(ナナの言い方のせいもあったが)。
(ヒードランの正体はいつ教えるべきだろうかな……俺は絵を見た事があるが……お世辞にも格好良いとは言えなかったしなぁ……俺みたいに軽く、そういうものなのだと受け流すのか、それともショックを受けるのか見ものだな)
 などと、どうでもいい事を考えているロイとは裏腹に、リムファクシ達の方は真剣そのものだ。
「それ持っているが……そう言えばリムファクシが病気のこと隠していたから使ったこと無かったな……」
 ロイは聖なる灰に目を見張る。
「なんや、何でも試してみないと損やで。本当に効果が高いんやから。せやけど、この聖なる灰、むっちゃ苦いから、水で練った粉に包んで飲むのがええんや。トウモロコシの粉も案外必要なもんやねんで。ほな、飲みや」
 ライボルトがリムファクシに小麦粉を差し出す。

「噛まずに丸のみするんや。飲みにくかったら水あるがどないする?」
「ん、だいじょーぶだよー。丸飲みくらいできるから子供扱いするなよー……」
 丸呑み出来なかったら子供扱いなのか、頬を膨らませてリムファクシが抗議する。
(ルギアは幼い頃は母親から噛み砕いたものを口移しで食べさせてもらうのかもな……なんだか、想像すると微笑ましい)
 リムファクシを見守っていると、ロイは時折そういう気分になる。
(言いたかないけれど、子供が欲しいのかもな……そろそろ本気で身を固めないとな……もう19だし。ナナと結婚出来る時期も、この二人が仲間になってくれればそう遠くない気もするし)
「でも、これ飲んでどれくらいで効果出るんだ? ティオルは……海のポケモンには効くかどうかわからないって言っていたぞ?」
 心配そうな面持ちのリムファクシが訪ねる。
「分からへんわ。ティオルの言う通りかもしれん……ま、少なくともすぐに治るような病気やあらへんやろうし。ちょっとずつ飲んで様子見といこうな。ウチら、本気で恩義を感じ取るんや、リムファクシ君が満足するまでここにおってやるからなー」
「私も同じくだ。各地に名が知れ渡る私達の治療を受けるんだ、死ぬか治るまでは付き合おう」
「うん……ありがとう……」
 リムファクシはまだあまり信用しきれていないらしいが、それでも希望に縋る事はするつもりのようだ。
(生きた証を残すために……陸で俺たちと暮らす、か。こんな子供に見えても生きる意味をちゃんと見据えているのは……神だからなのか、それとも親の教育が良かったのか。こいつにはいつまでも生きて欲しいものだな……)

「さて、そんじゃま楽しいお喋りタイムにでもするか」
 リムファクシがお礼を言ったのを見届け、セフィリアが切り出した。
「あ、あぁ。治療と言っていいのかどうかは分からないが、とりあえず治療の方ありがとう」
「私からも、大切なメンバーをよくしてくれてありがとうございます」
 治療が終わったと感じて、ロイとナナは二人に頭を下げる。
「何言っとるんや? ウチらの治療はまだ始まったばかりやで。電気マッサージから普通のマッサージ。喋りながらでも出来る事が一杯やで」
「なるほど、そういうことか。ワシもよくマッサージはやるんじゃが……とは言え、電気マッサージというのは聞いたこと無いのう……それ、どういったものじゃ?」
「微弱な電気をビリビリやったら気持ちいいゆう感じかなぁ」
 ジャネットが尋ねると、的を射ないと言うよりは稚拙すぎて要領を得ない回答が帰ってくる。
「細かい事は気にするなや。普通のマッサージはセフィリアがやってくれるんやで。後こいつ、滅びの歌でガンを治すこともできるんや……すごいやろ」
「まぁ、否定はせんが……あまり自慢をして期待させるものではない。期待はずれになった時は命がかかっている分落胆も大きいのだぞ」
 あまりにお気楽なクララの言い分に、セフィリアは呆れて溜め息を漏らす。
「何言うとるんや? 病は気から、って言うやろ? すごい医者に書かっとるんやから、大丈夫や思わせるんが、病気治すにはもってこいやないか。で、とりあえず電気マッサージはウチが、普通のマッサージはセフィリアがそれぞれ担当するんや。それぞれ良い所がいうと言うだけやが、関節痛や腰痛にはどっちも効くでぇ。さ、リムファクシ。マッサージするからうつぶせに寝そべってくれへんか」
「ん……分かった……」
 セフィリアがそう促すと、リムファクシは言われるがままに寝そべって見せる。
「ほな、行きまっせー」
 セフィリアがリムファクシの上に乗る。二人とも真っ白な体毛であるだけに、何だか妙に違和感がない。
(きっと(はた)から見たら俺はさぞかしリムファクシに似合わないことだろうな……それはいいとして)
「なぇ、お二人さん。俺達に恩返ししてくれるってことでちょっと頼みがあるんだけれどさ」
「お、いよいよ本題でやんすねー」
 ナナが話を切り出すのをみて、ユミルはわくわくと心躍らせる。

 ナナの説明はいつも通りの説明であった。祭りを行いたい理由。祭りの効果。神龍信仰との関係は云々。ナナはそれを率先して引っ張っていった事を話し、言いだしっぺのジャネットもまた大した熱意が篭っている事をアピールする。
 協力している面々もまた祭りに掛ける想いを語ったりなどして、テオナナカトルの面々は大いに祭りの素晴らしさをアピールした。
「と、いうことでじゃな。祭りを復活させることは、神を身近に感じるためには最も有効な手段なんじゃ……そりゃ、神龍信仰ゆかりの祭りではないからあまりこういう街では公にすることは出来んのじゃが……やる価値はあると思うんじゃ。
 どうじゃ? ワシらの祭りに参加して盛り上げてくれんかな? これは今や、ワシらテオナナカトルの悲願なんじゃ」
 ジャネットが話し終えると、兄妹は顔を見合わせた。
「どう思う? 兄さん」
「良いんじゃないか? どうせ私達はあてのない旅だし、祭りの時期は春分……里帰りの時期とはかぶらない。あての無い旅なら寄り道したって問題ないだろう。そもそも、ゼクロムは我が神ホウオウの親友……レシラムと合わせて、姿を拝んでおいて損はあるまい」
「せやな。ウチらかてホウオウ以外の神も見てみたかったところや。ウチら黒白神教やない、ホウオウ信仰やがよろしくなー」
 リムファクシのマッサージを続けながら、クララはそう言って笑顔を投げかける。

「なー、そのホウオウ信仰ってのはどういう信仰なんだ―? 楽しいのか?」
 祭りへの参加の話は思いのほかとんとん拍子で決まって行った。次に話題が移ると、兄妹の活動についての話へと自然にシフトする。
「楽しいかどうかは……まぁ、普段はともかく儀式の時なんかは結構盛り上がるなぁ」
「へぇー……儀式。祭りみたいなものかー?」
「ま、祭りのようにどんちゃん騒ぎをする感じではないんやが……そんなモノやな。でも、ウチらはたいへんやな。ウチら、焼き畑をしながら移住を繰り返す一族の償い行者いう役職なんや」
「やきはた……ってなんだー?」
 クララの言葉にリムファクシが首をかしげた。ロイはナナと一緒に勉強しただけに知っているが、勉強不足なリムファクシにはここで学んでもらった方がよさそうだ。
「大雑把には、森などを燃やしその灰を肥料に農業をやる農法やで。色々な作法に細かい違いはあるんやけれど、燃やして灰を利用することにはどれも変わりはないんや。山火事の後なんかは農作物がよく育つんや……その火事を、人工的に起こす。それが焼き畑や」
「へー……なんか乱暴だなー」
「そ、乱暴なんや。定住して農業やっている人にはそう映るんやなぁ。だから、いつしか燃やした森への償いのために各地へ赴いて癒しを与える、償い行者という役職が出来たんや。それがウチらの使命として与えられたものなんやでー。
 定住しとる奴らには蛮族言われとるが、これでも焼き畑に関して、少しは心を痛めておるんやで」
 誇らしげな様子でクララは言った。
「蛮族かぁ……確かにお前ら東南の民族をそう言う奴がいるって貴族時代の頃は聞いていたな。でも、別に戦を仕掛けてくるわけでもないし、そんな農法もあるんだなって感じで思っていたけれど。周りはそうは思わないってのは世知辛い世の中だよなぁ」
「そうなんよ。ウチらの評判めっちゃ悪くってなぁ」
 クララが愚痴をこぼす。
「炎は生まれ変わりの象徴。一つの終わりは一つの始まりを意味するという、再生の象徴なんやで……そんだけに、炎を扱う神との友好の深さは他の信仰に負ける気は無いんやで。ホウオウと繋がりが深いからこその、焼畑やってのに……」
 クララが溜め息をついた。

「ホウオウとつながりが深いってことは……つまるところ……お前ら炎の扱いに特化してるって事に繋がるモノなのか?」
 ロイが感心したように尋ねた。
「あぁ、そうやで。最高神のホウオウは生命の想像と治癒に携わり、一方で全てを焼き払い浄化する神やからな……それに倣い、ウチらも火の扱いは得意というか、幼い頃に叩きこまれるんや。それこそ、ホウオウを尊敬する上で最も表しやすい敬意の表し方なんや。炎崇拝の意識も強く、炎の伝説ポケモンに対するあこがれも深い。ホウオウは縁あって毎年会えるんやが、祭りでレシラムに会えるんやったら、ウチらごっつう楽しみやな」
「あ、あぁ~……それなんじゃが……もし来年に祭りを行うとすると、ゼクロムになるんじゃよなぁ。暦の関係でな」
 クララの言葉を受けてジャネットが申し訳なさそうに言うが、ヒーラーの二人は気にする様子も無い。
「あぁ、構わん構わん。ゼクロムはホウオウの親友やからな。そっちに会えても会う意味はある」
 と、気楽に言ってのけるだけである。
「ありがたいことじゃのう……ワシらの悲願ももう目の前じゃな」
「えぇ、旅に出ずに待っていて良かったわ」
「同じく、ありがとうございます。協力して下さって俺も嬉しいです」
 ジャネット、ナナ、ロイが屈託ない笑顔を二人に向けた。
「ほんとだなーおめぇらいい奴だなー……ふえぇ」
 リムファクシはマッサージを受けながら眼がとろんとしている。眠いのか気持ちいいのか、マッサージなんてくすぐったいばかりである子供にそう思わせるのだから大層なテクニックである。
「恩返しのついでみたいなものだ。感謝される程褒められることしてるわけでもないさ」
 セフィリアはそう言って謙遜する。セフィリアの場合は謙遜というよりは本心で言っているようでもあるが。
「ウチらはむしろ恩返しが出来る内容があってよかった思うとる所や」
 クララもそう言って笑っていたが、ロイは思い出したように顔を曇らせる。
「ところで、その恩返しっていうのはいいんだが……」
 ロイが切り出した話題に二人は肩をすくめる。
「俺達が倒した二人っていうのはどういう奴だったんだ? お前らの言う恩……というのも気になる所だ」
 溜め息をついてクララが切り出す。
「恥ずかしい話なんやけれどな。聖なる灰ってのはホウオウの羽根を原料にするんは聞いてるか?」
「あぁ、知ってる……でも、聖なる灰を作れる場所が……神龍信仰に壊されるような噂を聞いて……それに変わる炎の力を探しているうちにビクティニの神器を手に入れたってことだけは聞いたよ。それから……奴らは変わってしまったのか?」
「せやな、ティオルは少々嫌味な所はあったんやが……本当は正義に燃えた良い若者やったんがな。勝利ポケモンの意志に徐々に支配され、最終的には乗っ取られて教会を燃やすようになったんやな……炎を悪用することはタブー中のタブーやのに……ティオルがあないなことになるやなんて悔やんでも悔やみきれんわ」
「聖なる灰は植物を育てる時の肥料としても優秀だ……麻薬を育てるために聖なる灰を利用されているとあっては、もはや殺すしか手段はないと思っていた」
 クララの言葉に追従するよう、セフィリアが溜め息をついた。
「自殺したがってたわ……」
 ナナが悲しげに顔を伏せる。
「でも、ビクティニは自殺することすら許してくれなかったそうよ。だから、負けるが勝ちと言う形、神龍信仰への復讐を成就するという形で彼らは私達に殺されることを望んだ……」
「ふむ……詳しく聞かせてくれないか? 私達の同胞が何を思って死んだのか、知りたい……」
 ナナはセフィリア達に請われて、ティオルとルバスの顛末を話した。ティオルはシャーマンとしての腕前は自分たちよりも上で、その上医者としての嗅覚も十分に備えた者であったと語る。
 残念ながら、ルバスとはほとんど話さなかったためにどんな人物であったかは定かではないが、グレイプニルでビクティニの力を封じ込めた後は普通に自殺もできるようになったし、それを望んで行った節があると。
 色々といらだたしい奴ではあったが、普通にであっていれば分からなかったとフォローして、ナナは話しを終える。

「ビクティニの神器はグレイプニルで封印した状態で砂になるまで砕いて、複数の河と湖に捨てておいたから安心して……もう、二度とあんな事がないよう……しておいたから」
「……ますます恩返しをせざるを得なくなったな」
「だが、マッサージをしてくれるのは嬉しいんだけれどさ……俺達聖なる灰はもう持っていたりするんだよね。まあ、灰の光沢がちょっと違うみたいなんだけれど……」
 ロイの言葉にセフィリアが食い付く。
「……それは本当か? 灰に光沢があるってことは……相当な炎の力で羽根を灰にしたと言うことだぞ……」
「と言うと、どういうことでやんすか?」
 ユミルが尋ねる。
「新しい羽根を灰にするのと、古い羽根を灰にするのとでは効果が違うんや……もちろん新しい羽根を燃やした方がええんやがな。ウチらが今持っている灰は全部粗悪品や。本物の聖なる灰は死人すら生き返す言うからねんな」
「え、粗悪品って……つまりは安ものだろー? そんなんで俺大丈夫なのかよー?」
 クララは首を横に振る。
「分からへんわ……質の良い聖なる灰が手に入るかどうかは運次第やから、こればっかりはウチらにもどうにも出来へん。あんたらが持っている灰を見る限りビクティニには……比較的新しいホウオウの羽根をも灰に出来るんやな……ごっついのう。もし、この粗悪品で駄目なら、年の移り変わりにはまたホウオウに会えるんや。その時にいい灰が手に入るのにかけてみるのがえぇかもしれへんが……レシラムならあるいは……せやけれど、ゼクロムか……」
 粗悪品で駄目だった時の話をされ、リムファクシは不安そうな眼差しを湛える。
「ほらほら、病は気からやで? あんさん、そないなくらい顔しとったら治るもんも治らへんわ」
 クララが錘状にとがった鬣でリムファクシの顎をつつき、元気づける。
「大丈夫や。あんたらから受けた恩は、命がけで返さなあかんもののようやからな……何があってもウチらは見捨てんわ。いい聖なる灰が手に入ったら真っ先に使ってやる」
「全く……成り行きとはいえ、贅沢な約束をしたものだな……今年いい物が取れるとは限らんのだぞ」
 セフィリアはそんなクララを冷めた瞳で見つめる。見下しているわけではなさそうだが、少々あきれている様子ではあった
「しかし、いい灰が取れる年と取れない年というのは……何か違いがあるのじゃろうか?」
 ジャネットが問いかける。
「ああ、あるぞ。素材となる物が古いか否かというのは……先ほども言ったな。新しい羽根は燃えにくく、古い羽根は燃えやすい……何ごとも鮮度が大事ということだが、そうだな……最近は聖地の状態も荒れてきている。
 新しい羽根を燃やす事が出来るのは……本当に狭い条件をくぐりぬけなければならないものでな。人為的にその条件を満たせられるとしたら……恐らくはフリーザークラスのポケモンが必要だ」
「ん!?」
「え!?」
 リムファクシはフリーザーというポケモンを知らないせいか特に疑問を抱く事は無かったが、それ以外のテオナナカトルのメンバーは全員が首をかしげた。

「どうして、羽根を燃やすのに氷タイプのポケモンが必要なんでやんすか?」
 みんな疑問をユミルが代表して訪ね、「確かに疑問だろうな」と、セフィリアは笑う。
「氷タイプではない。厳密には氷タイプと飛行タイプ……二つの力が必要なんだ。まぁ、別に空を飛べて強力な吹雪がうてれば飛行タイプで無くても氷タイプで無くとも構わないがな。私達が聖なる灰を入手するのは、太古の昔に隕石が落ちた高原でな……緩やかだが、完全な放物線を描くそのクレーターは、雪の季節……冬至の日に真上から太陽の光を一点に集中させる時間帯があるのだ。いや、とあるシャーマンの命令によりそういう地形を作らされたと言うべきか……。
 あぁ、言い忘れていた。恩返しのためにお前らにつきっきりで……とは言ったが、この時期は流石に聖地へと向かわせてもらうからな……俺達がいなければ締まらないものでな……」
「それくらいなら別にかまわねーさ」
 リムファクシの言葉に『そうか』、とセフィリアは安心する。
「ともかく、隕石が落ちた当時は、隕石の衝突により生じたクレーターを、我らの祖先は必死で切り開き、掘り起こし、成形したと伝えられている。馬鹿らしくなって作業を止めた者も多いが……隕石の衝突により一足も二足も早い冬を迎えた大地ではもはや共食いするしか生き残る術は無く、それゆえに惰性で続けた者もいる。
 そうして、例年よりも遥かに多い雪が降り積もり、迎えた冬の日……その奇跡は起こった。冬至の日の、太陽光が集まる時間帯……ホウオウ様は水浴びで垢を落とすかのように放物線の雪原で凝縮された太陽の光を浴びたのだ。雪は多くの光を反射するから、雪の日の外は月さえ出ていれかなり明るいだろう? ホウオウ様は降り積もった雪に特別な神通力を働かせることで、その反射する方向を鏡のように一定に出来る。
 そうして光を浴びた、自身の炎と合わせて燃え盛るホウオウ様の姿……それはそれは美しく、神々しいお姿で……その時に、大量の羽根が灰になるのだ。さっき言っていた、盛り上がる儀式というのはこれのことだよ……その様子を称えて、そのクレーターは私達の間では『焼却の雪原』と呼んでいるのだ……だが、今は……」

「地形が変わっているのか?」
 ロイが首をかしげる。
「そうだ、それもある。今は風食や氷食のような浸食(エロージョン)によって地形が変わってきて、綺麗な放物線が崩れてきている……まぁ、それでも雪さえ降り積もればそれなりに上質な物を作ることはできるだろう。……元々、結構南にある場所なものでな、冬の高地とはいえあまり雪は降らないんだ。しかも、南に暮らしているものでね……吹雪のような技を使える奴が極端に少ない。これが致命的だ」
「雪の問題はともかくとして……地形の問題は祖先はクレーターを切り開いたんじゃねーのか―? おめーら根性出せよー」
 リムファクシが入れた茶々に、セフィリアは苦笑する。
「完璧な放物線をデザインするには……少々コツがいる」
「コツ……ですか?」
 歌姫がオウム返しに訪ねて、クララが頷く。
「測量の技術が必要なんや……それこ神懸かった、ごっつい測量技術がな。ほら、メタグロスのルバスゆう奴がいたやろ? あいつなんかはその末裔なんやがな……あるシャーマンの命令でって言うのも、実はメタグロスの命令なんや。その時代にはなぁ……狙ったように頭のおかしいダンバル……レギンという名のダンバルがおったんや」
 「頭のおかしい」という言葉に、全員が反応した。
「な、なんや? なんか悪いこと言うたか、ウチ?」
 クララは肩をすくめて焦るが――
「いや、何でもない」
 とのロイのフォローを受けたので、続けることにした。
「とにかくなぁ……そのダンバルは、合体したら自分まで気がくるってしまうから……と、とっくに成人していてもおかしくない年になってもダンバルのままだったんや。
 そんなある日、隕石が落ちた時から……そのダンバルはクレーターに向かい、地形を変え始めたんや……また、馬鹿なことしとるなぁと、誰も相手にしなかったんや。せやけど、食料も無く極寒の世界となってしまった絶望の中や……『気が狂ってしまった方が幸せや』と、考えるもんが現れるのも無理のないことやったんやな。
 そうして、気が狂ったダンバルのレギンと……もう一人のダンバル、アシェンが合体し、メタングとなったんや。レギンの行動を理解したのはその日のことや……」

 ふぅ、とクララは溜め息をつき、セフィリアに説明を引き継がせる。
「即ち、クレーターを作れば灰を作ることが出来るとね。メタングの形態はその姿でいた期間が短いおかげで名前が付いていないのだが……便宜上レギン・アシェンと呼ぶそのメタングは、レギンだった頃の彼の真意を懇切丁寧に説明した。
 信じない者も多かったが……だが、話の最中にホウオウ様が現れ……『その案を試してみよ』と仰られたのだが……完璧な放物線を作るための測量技術は、レギン・アシェンでさえメタグロスに進化しないとどうにもならないんだ。
 だから、レギンアシェンと合体したのがリャイシュという名のメタング。最終的なメタグロスの名前はレアリック……ホウオウ信仰の中では英雄とされている者の一人だよ。
 その時代に都合よくそんな存在がいたのは、時代が必要としたからなんだろうね……だが、もう私達は聖なる灰を必要としていないのかもしれないな。聖地で手に入る大量の聖なる灰も元は万能薬ではなかったのだし。隕石が落ちて舞いあがった土埃によって太陽光が遮られることで起こった、壊滅的な冷夏に対応するように……元は冬を乗り越えるための肥料だったのだ。
 お前らが見た麻薬の性能というのが本来の大麻より、良くも悪くも上の性能だったように……隕石の冬が終われば、必要ない物と考えてすたれさせるのが正しいのかもな」
 ふう、と溜め息をついてセフィリアは話しを終える。
「ところで……何の話だったっけ?」
 セフィリアの間抜けな一言で沈黙が入る。
「リムファクシが、根性出してクレーターを治せって言ったから、治せない理由を話していたんじゃないかしら?」
「そ、それだ」
 ナナにフォローされて、セフィリアは相槌を打った。
「ねぇ、そんなことよりも……そのメタグロスというか……レギンっていうダンバル。もしかして、私達の呼び方で神憑きの子と呼ばれるポケモンではないかしら?」
「あぁ、よく知ってるな。神憑きの子は本当に珍しい存在なんだぞ……どうした?」
 セフィリアが周りを見渡すと、皆絶句していた。
「いや、一名ほど知り合いがいるのよ……それ」
「何……だと?」
 ナナの言葉に、セフィリアが聞き返してしまうのもいたしかたないことだ。
「それ、マジなん? それ、ウチらに合わせてくれへんかな?」
「う~ん……いいけれど、どうだろ……クリスちゃん忙しくなければいいけれど……」
 クララにせがまれて、ナナは困り顔をする。そのクララの金色の鬣を弾くようにしてセフィリアは言う。
「いや、今年はどうせ無駄だ。もう冬至も近いしな……来年でも構わない……が、紹介してくれると嬉しい」
「うん、それなら問題ないわ」
「ふむ……また恩返しする内容が増えてしまったな……」 
「何言っているの。損得だけで世界は出来ていないわ」
「そうか……」
 ナナとセフィリアの掛け合いが終わって、ジャネットは考えを口にする。
「のう……恩返しついでと言ってはなんじゃが……ワシ、見ての通り雪を降らすのが得意なのですが……そのクレーター……部外者が入って言ってもよいのじゃろうか? 先程……雪が足りない事も火力が弱い原因の一つのような事を言っておられたようじゃが……」
 どうにか、リムファクシのために私が力になれないか、と。
「それは非常に助かるんだが……一人でどうにかなる広さじゃないぞ?」
「いえ、ワシはシャーマンですので……今はもっておらんが、知り合いが吹雪や粉雪を強化する神器を持っているので、そいつを使えば……なんとかなると思うのじゃ」
 ジャネットが熱弁をふるうが、クララは良い顔をしていなかった。
「う~ん……よそ者連れてっても大丈夫かなぁ? ウチら、一度よそ者に対して神経質になっとるからなぁ」
「たしかに皆、クララの言うとおり神龍信仰のクズを警戒してよそ者に対して神経質になっている……が、お前らには恩もあることだ。文句はなるべく言わせないようにしよう。それにゼクロムに仕える者達なら無碍には出来ないしな……神が親友同士だ」
「う~ん……せやな。ここはなるようになれって感じで行ったるか」
 
「ありがとうございます……それで、その……リムファクシ殿……飛行タイプが必要だそうではないか。ワシは、お主の病気が少しでも治りやすように……その灰が欲しいと思っておる。じゃが、ワシだけでは出来ぬなら……お主が一緒に、どうじゃ?」
「俺が……ジャネットと、雪を降らせるのかー?」
 リムファクシの問いかけに無言で頷き。ジャネットはその先を促す
「やる……皆がここまで期待してくれるなら……やらなきゃ……その方がよっぽど病気だろ」 
 何だか酷くむずがゆそうな顔をして、リムファクシは力強く応えた。

 ◇

 その夜、街の警護で二人きりになったロイとリムファクシは、昼間の余韻に浸るようにその時の話をしていた。
「な、話してよかっただろ? リムファクシ」
「うん……みんな親切なんだなー……怖がってた俺が馬鹿みたいだ……」
 恥ずかしそうに顔を伏せるリムファクシの脇腹を頭突きで小突いて、ロイは笑う。
「過ちを正さざること、これ過ちなり……お前は、間違っていることが分かっているなら、それを正せばいい。大丈夫だリムファクシ……お前はまだまだ頭をよくする事なんていくらでも出来るさ。
 それに、さ……余裕の無い生き方をしていると心も荒んじまうものだよ。テオナナカトルに属している奴らは余裕がある生き方をしている奴らだから、皆優しいのは当然。他人の善意を学ぶのも良いけれど、悪意を学ばなければいけないと気がお前には必ず来る……神と呼ばれたお前は、俺たち人間と違って圧倒的な力を持つが故にうとまれることも、逆に利用されることもあるのだからな」
「んー……よくわかんねぇぞ」
「……そうか。なら、全ての人間が善人というわけじゃないってことだけ覚えていてくれ。世の中には悪い奴もいるってさ」
 とりあえず最低限必要なことを伝えて、ロイはリムファクシに笑いかける。
「ロイ……お前って本当にいい奴だなー。俺、結構好きになってきたぞー」
「恋人は予約中だ。恋人候補になりたいって言うんなら他をあたってくれ」
 冗談めかしてロイが言うので、何だか馬鹿にされた気分のリムファクシはむくれていた。しかし、互いに自分の気持ちを再確認するいいきっかけとなった。
(あぁ、俺ってこいつのこと好きなんだな)
 今まで身近に感じていた異性に対するそれや、母親に対する本能的なそれとは違う、群れの仲間であるという家族としての「好き」。互いにその想いに気付いて、二人は意味無く照れた。

「……俺さ。全部本当の事を言うとな……このいい匂いが病気の証だって言ったのは昨日話したよな?」
「う、うん……」
「この匂いがし始めると……深海ってさ、ほら……暗いだろ?」
「いや、知らないが……」
「と、とにかく日の光が届かないから滅茶苦茶暗いんだよ。だから、ランターンはともかくハンテール達は視力が弱いんだ。だから、ルギアはこの病気を持ってると匂いと音で深海のポケモンばれちまって、標的にされやすくなるんだ……」
「そりゃ、罰あたりだな……だが見えなければ関係ないのか」
 うん、とリムファクシは頷く。
「そう。俺達、暗闇でも微妙に輝いているけれど……相手は殆ど目が見えないから、俺がルギアかどうかも知らずに襲って来る。母さんも、俺が殺されそうになったのを何度も守ってくれたんだ……」
「良い母親じゃないか……」
「でも……俺を守りきれないと悟るや否や、陸へ行けと急かすばかり……ついには海底火山で焼かれる始末……もし、お前らに似たような事をされたらと思うと怖くって……」
 リムファクシの表情は、すぐにでも泣く準備が出来ている風に変わる。
「陸に上がったルギアはな。10年かそこいらで死んでしまうって言う話をナナから聞いた……」
 ロイが話を始めたので、怪訝な表情でリムファクシは聞き入った。
「そこで、何か特別な病気が流行ったという例は聞いていない……多分、そのルギア達はお前と同じく……同じ病気だったんじゃないかな? お前が変な病気を流行らせる可能性は多分ない……」
 ロイに諭されて、リムファクシは押し黙る。
「だから、お前は大手を振って歩け。例え、病気が治ろうとも治らなかろうとな」
 ロイはリムファクシに肩を寄せて寄り添う。そのぬくもりを味わうように、リムファクシはそっとロイを抱きよせる。
「……陸って暖かいな」
「今更だな」
 涙目で言うリムファクシの表情に、ロイは笑ってしまった。笑って、しばらくしてロイは真面目な表情をする。
「なぁ、リムファクシ……」
 ん? と、リムファクシが首を曲げる。
「親父から教わった言葉があるんだ。生きているうちに親孝行が出来ない時は、墓の前で手を合わせるよりも重要な事があるんだってさ……」
「何だ? もったいつけるなよ」
「立派に生きろってさ。それが最高の恩返しだって。……母親は、お前が疎ましかったからお前を陸に追いやったのか……それとも、お前に少しでも長く生きて欲しいから陸に追いやったのか、それは分からない。けれど、お前を愛していたから……お前に長生きして欲しいからだって考えてやれ。
 そして、陸で立派に生きてやれ。それが、お前が出来る……多分、唯一の親孝行だ。」
「……立派に、生きてるよ」
 何かに安心したように、リムファクシはほっと息をつく。そして次は照れたようにもじもじしながらロイに笑いかける。
「銅像は立たなかったけれど、俺は英雄扱いじゃないか……全部お前のおかげ。ありがとな……今までも、そして今日大事なことに気づかせてくれたことも」
「恩はルギアを育てた事で俺が称えられるくらいに立派になることで返せよ。あの二人にも病気を治してもらわなきゃな」
「おう、任せとけよー」
 冗談めかしたロイの言葉に、リムファクシは力強く応える。人間と共に生きることを選んだ神の表情は、頼もしさに満ち溢れていた。

***

『リムファクシ可愛いなー。やっぱりこう言う子供が欲しいな俺は。
 あそこまで無邪気で元気な子は中々いないだろうし、今から子育てに慣れておけば本番であたふたしないで済みそうだ。
 ま、そのためにもリムファクシには長生きしてもらわないとな。
 あの子は素直でいい子だ……伝染病を恐れて陸へと追いやられたのはかわいそうだが、俺達と触れあううちにそれもいつか忘れてくれるだろう。
 さて……良質な聖なる灰を作るには、神憑きの子と大量の雪か。その内一つの条件は今年、ジャネットがいるからクリアできる……しかし、聖地へ行くってことはホウオウに会えるそうだが、何気に神様とよく会うよな……俺達って。
 でもその俺たちに俺は含まれてな……いや、ルギアに会えただけで良しとするべきなのかな?


 しかし、メロエッタ……の神器だっけか。音符型の黒曜石も幸運だな。ナナと歌姫なんて、メロエッタが好きそうな二人に出会えるなんて。生憎、付けた本人にしか神器の声は聞こえておなかったみたいだけれど、ナナの踊りと歌姫の歌は大絶賛だったとさ。神に褒められるとは流石ナナと歌姫……喧嘩祭りにも前座として歌と踊りがあるらしいけれど。それについても安心かもな。
 自分が医療に使っていなかったら譲ってやりたかったというセフィリアの言葉も良く分かる。滅びの歌でガンを治すって言うのは確かに有意義なことだもんな。……しかし、ナナ達が使えないのはもったいない。
 だからと言って、旅人と定住……共有出来るような立場ではないのが何とも歯がゆいところだな』

テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、11月20日
***

「中々、痺れが消えないなぁ……」
「期間が短いだけに確証は持てへんが、治って行くような兆しは見えへんなぁ。やはり粗悪な灰やと治療にも限界があるんかなぁ……」
 電気マッサージを終えたクララはかぶりを振って疲れた顔をごまかす。
「……時間はあるんだ。気長にやっていくしかないだろう。冬至も近づいたし……もう少ししたらしばらく休むことになるだろうが、休んだ後の方針を固めておくのもいいかもな」
 セフィリアの言葉に意気消沈したリムファクシは深くため息をつく。
「やっぱ無理なのかなー……海には、フィオネの滴って海に住むポケモンにとっての万能薬があるんだけれど、俺達の病気にはそれも効かねーんだってさ。だから……多分聖なる灰も。なぁ、俺さー……お前らが頑張ってくれただけでも嬉しーんだ。だからとりあえずはよ……俺より、他の誰かのこと治してやれよ。
 俺ばっかりに時間かけても骨折り損のくたびれ儲けってこともあると思うぜー」
 リムファクシはふざけているわけでなく真面目に言っているのだが、二人はリムファクシの言うことに従うような事はしない。
「病気とは薬の力だけで治るものではない。体を強くし、そのうえで薬を使うことで始めて治ることだってある……心も大事だ。いつもこいつが言っているような病は気からということだって往々にしてあり得る」
「そうそう。万能薬は全能薬やないんやで? もし質のいい聖なる灰が手に入ったかて、そんなに簡単なもんやあらへんのや。こういう地道なことの積み重ねが後々響いてくることもあるんや……せやから、そないなつれないこと言わへんでくれや」
 セフィリアもクララも、リムファクシの言うとおりにする事を良しとしない。
「そーかい……ありがと」
 恐縮して、リムファクシは照れ隠しの意も含めてそっけなくお礼を言う。
「どういたしまして。お前は素直でいい子なやっちゃなー」
 そんなそっけない態度にも、クララは笑って対応していた。後ろでは、一連の様子をジャネットが舐めるように見ている。
(そろそろ今日の治療も終わりでじゃな……)
 聖なる灰を使うと植物の性質が強化された状態で育つということで、それを使った薬による治療法は目を見張る。クララが行う電気マッサージも、強力な電気は必要ないので電磁波が使えるだけの力があれば難なく真似することが出来た。
 彼女の表の職業は産婆であり、出産や妊娠、不妊治療。更には新生児と妊婦の健康など、医療とは切っても切れない関係にある。こうして見学するのもそういう理由があってのこと。
「さて、今日はとりあえずもう終わりだな。また明日、マッサージに薬を与えるから、朝は時間を作っておいてくれ」
「ほな、お大事にな。あと、ジャネットさんも毎日お疲れさん」
「えぇ、こちらこそお疲れ様じゃ」
 セフィリアとクララを見送ると、ジャネットはリムファクシの方を振り返る。

「マーマー」
 と、リムファクシはクララ達が視界から消えた瞬間にジャネットへと飛び付いた。あざといほどに甘えた声を上げるリムファクシは、女性でなくとも可愛いとか守ってあげたいとかそんな気持ちが湧くか、もしくはうざったいかの二択に分かれる強烈な印象を持たせる。
「あらあら、甘えんぼさんじゃな」
 そして繰り広げられるのは、傍目から見れば理解し難いこの光景。ジャネットは確かに、産婆としての見聞を広めるために二人のやることなすことをきちんと観察している節がある。ただ、他の目的は無いかと言えばそうではない。
 彼女の娘であるシーラは、現在最初の反抗期を迎え始めている。シーラは今までの素直さを失い、母親の言うことを「やだもーん」の一言であしらうようになってしまった。そういう意味では、先日行われたテオナナカトルの仕事は殆ど素の彼女であったと言える。
 お菓子を買ってあげると言えば喜んで言い付けに従うとはいえ、いつでもお菓子を食べさせていては健康に悪いし、調子の良い子供になってしまう恐れがある。当人は産婆でありながら育児もまともに出来ないようでは恥ずかしいと、子供の心を見極め厳しすぎず甘えさせ過ぎず、上手い塩梅を見極めようとしているのだが、これが結構精神を擦り減らす。
 赤ん坊のころは泣いてばかりで意志の疎通も出来なかったが、意志の疎通が出来ればそれはそれで苦労するのだと思い知っている最中だ。しかも、その意志の疎通というのは中途半端な物で、感情は知っているのに子供というのはその感情を言葉で表現するのが苦手である。何とか子供ん気持ちを分かってあげようとするジャネットは、簡単に言えば育児に疲れているのである。
「やっぱり……ずっとこうやって抱きしめられていたいな……俺」
 そして、リムファクシは陸の民、その中でも特にテオナナカトルのメンバーが自分病気と分かっても迫害されないとロイに諭されてから、さらに持ち前の要領の良さを発揮している。
 病気のことを告白していない負い目や、病気が発覚した時への恐れ、さらにはシーラという強力なライバルのせいで特にジャネットへ甘える事はそれとなく敬遠していた節があるが、今のリムファクシはそう言った様々な呪縛から解放されている。
「全く、図体が大きいのに甘えんぼさんなんじゃのう……そんなんで旅の途中どうするのじゃ? こんな風に甘えられないぞ」
「大丈夫。俺だってちょっとくらい我慢できるぞー」
 母親を失って母親の代わりを求めるリムファクシと、素直に甘えてくれて母性本能をくすぐってくれる相手を求めているジャネット。二人の波長はぴったりと合い、浮気のようなそうでもないような微妙な雰囲気を作り出すのであった。
 ジャネットはリムファクシの唇に軽くキスをして、水流を切り裂く流線形の後頭部から首にかけ手をまんべんなく撫でてあげる。その愛撫を受け付けるリムファクシは、エネコのようにゴロゴロという唸るような鳴き声を上げ、うっとりとした様子。ジャネットは貞操観念も低くないため、ナナと違ってその方面に対する危うさは持ち合わせていないものの、これはこれで十分に危ない光景であった。

「なぁ、クララ……これ、入ってもいいのだろうか」
「兄さん……ウチに聞かへんでよ」 
 そんな声が聞こえてきては、忘れ物を取りに戻ろうとしたクララとセフィリアもたじたじだ。どうせ忘れものと言っても大したものではないので、二人のヒーラーはそのまま街へと出かけていった。


 それから数日経って、一行は旅立ちの日を迎える。
 山が雪に閉ざされるこの季節は、本来旅に出てはいけない季節である。しかしながら、セフィリアはシャーマンの力によって、普通のアブソルよりも遥かに高い危機予知が可能であり、彼らが天災で沈む事はまずあり得ない。それでも、厳しい環境を乗り越える必要がある以上は大掛かりな準備をしなければならなかった。
 だが、ここ一年全く街から出なかったように思えるジャネットも、線の細い外見とは裏腹になんだかんだで旅慣れているようで、準備は瞬く間に進んだ。そもそも、ジャネットはユキメノコ。吹雪いていようと涼しい顔を出来るし、そもそも彼女は天候を操る神の加護を受けた腕輪を常備しているのだからいざという時はどうとでもなる。
 彼女が行った食料以外の準備と言えば、登山用の杖をどこかから引っ張り出したりするくらい。防寒について考える必要がないため防寒具の分多めに食料を買い込んでいるなど、若干冬の山を舐めたような装備だがユキメノコである彼女にはそれ以上必要がなかった。
 リムファクシの方であるが、冷たい深海にも適応したルギアの体は寒さに対してある程度強く出来ているためか、軽めの毛皮で妥協した。食料となる甘味料や干し肉はロイが教えてくれた食料市場から大量に買い入れ、準備は整っている。全く、便利な体であると、ヒーラーの二人は苦笑するばかりだ。
 各種簡単な調理器具やロープなどの品はクララ達が持っていたので、わざわざ持っていく必要もないとのことで、テオナナカトルの二人は驚くほどの軽装で旅に出ることとなった。

「大丈夫か、リムファクシ?」
「大丈夫……元々ルギアは、丈夫な種族だから」
 強がるリムファクシを、セフィリアは観察する。
「顎が上がっている」
 ビクリとリムファクシが体を震わせる。
「眼が虚ろだ。どこ見ている? 足がもつれている。さっきから何度も転びそうになっておるだろう? 背中のヒレが萎びている。やせ我慢はしない方がいい。休もうか?」
「わかった……」
 セフィリアはリムファクシの疲労の証拠を次々と挙げて、休むことを促した。ああまで理路整然と疲労を言い当てられては反論のしようもなく、しぶしぶながらリムファクシはセフィリアに従った。
「強がるのは幼い証拠だ。だが、苦労するのは弱い証拠ではない……まだ完成されていない体では、出来ないことも多いだろう。疲れたら素直に言うといい……それで体を壊して、さらに苦労させたとあっては笑えない冗談になるぞ」
「むー……分かったよ、しつけーなお前」
 などと、セフィリアは説教じみたアドバイスを行って、リムファクシをむくれさせる。
「だが、素直なのは根が悪くない証拠でもある。いずれは、皆に尊敬される神になれるといいな」
「むー……お前、見てろよ。お前が生きているうちに皆に崇拝されるようになって見せるからなー。なんせ俺は街の英雄扱いなんだからなー。銅像は建たなかったけれどよー」
「そうだ。その意気で我らにとってのルーダ様と同様に、尊敬される神となれよ……」
 リムファクシは素直であるが、同時に単純な所もあった。こうしてけしかけられると、奮い立たずには居られない気質がある。それを理解して、幾度となくリムファクシをあしらうセフィリアは、子供の扱いがよくわかっているようであった。
「しかし……なんだ。ルギアって結構持久力のある種族や思ったんやがなー。以外に旅には慣れとらんのやなー」
「皆のスピードに合わせるのが難しいんだ……歩くの慣れてねーんだよ」
 リムファクシは唇を尖らせて不平を言う。
「ん……? しかし、海の歌謡祭のときは歩いて帰って来たのでは?」
「川を泳いできたから……」
「なるほど。それなら仕方がないのう」
 申し訳なさげなリムファクシを擁護するようにジャネットは微笑みかけた。
「なるほど……リムファクシ、お前地面に落ちている物を空飛びながら掴んで運ぶ技術はあるか? 俗に言うフリーフォールって技なんだが……」
 唐突にセフィリアが尋ねる。
「ん~……実戦では使えないけれど、普通に物を掴むくらいなら出来るぞ。っていうか、ロイやナナがが強すぎて、稽古の最中もまともに掴ませてくれねえんだけれどよー」
「なら、吹雪や濃霧で視界が悪い所でもなければ、それを使って追いついてくるといい。
 足並みをそろえないから……話が出来なくて寂しいかもしれないが、体力の減少が著しいのであればそう言った臨機応変の対応も必要だろう」
「騒がしい姉ちゃんから解放されたってプラスに考えるのが吉やでー」
「……クララ、自分で言うなお前は。それがリムファクシの真実になったら悲しすぎるぞ」
「はは、おめー面白い奴だなー」

 クララの言葉を聞いて、リムファクシは満面の笑み。
「ほら、ウケたで。笑わせたんだからウチの勝ちやで。いつかリムファクシが立派になったら神を笑わせたって武勇伝にしたるわ」
 リムファクシを笑わせたことを喜ぶクララの応対に、セフィリアは頭を痛くする。
「まぁ、愉快ならいいと思いますよ。とりあえず、リムファクシさんを逸れさせないためにも色々な対応が必要そうですが……保護色も多いことですし」
 自分の体も含めて、ジャネットはクスクスと笑う。
「確かにクララ以外は皆白いから、確かにはぐれそうだが……そうだな、はぐれたらクララが雷を使う。そうすれば音で気づくだろう」
「ん……ウチか? 仕方あらへんなー。神様が逸れんようにいっちょ頑張ってやるか」
「ん、ありがとなーセフィリア」
「別に、構わない。お前への恩返しをしなくてはホウオウへの顔が立たない……」
 照れもせず、奢りもせず、淡々とした口調でセフィリアは言う。

「んー……もしかしてセフィリアってつまんない奴かー」
 しかし、そのセフィリアの態度はリムファクシの言うとおりであり、先ほど、リムファクシが理路整然と疲れている証拠を挙げられた時のように、セフィリアは絶句した。逆の立場になってぐぅの音も出ないセフィリアはフォローをしてくれとばかりにクララを見る。
「まぁ、つまんない奴だからこそウチがこうして盛り上げ役をやっているんやで。一応、ティオルがおった頃はもう少し騒がしかったんやがなー。そこはあれやで、リムファクシの騒がしさで元気づけてやるんや」
「……クララ。恨むぞ」
 視線を合わせず、目の動きだけでクララを見てセフィリアは恨めしそうにそう言った。
「とりあえず……じゃが、リムファクシは休めば大丈夫そうか?」
「うん、いつも疲れるのはよくあることだから大丈夫だぞー。だから、これくらいなら休めば治るぜ」
「ふむ……それなら、休憩ついでに食事でもしておいた方がいいかな。歩かないうちに体が冷えないよう、温めておけ」
「そうですね。お腹がすいてから食べるのも大事ですが、食べられる時に食べるのも大事ですし」
「では、燃料は私が集める。その辺の枝を切るのは得意分野だしな」

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*1 5をカウントしたことを示す。日本で言う「正」のマークと同義

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Last-modified: 2010-11-13 (土) 00:00:00
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