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テオナナカトル(10):結果的には復讐の手助け・上

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結果的には復讐の手助け 


 まだ日が沈み切っていない開店直後の酒場、『暮れ風』。開店直後に人がいないのはいつものこと、こうした閑散としている時間帯に数少ない女性の常連はよく訪れる。
「よう、シーラ。元気にしてたか?」
 その常連客の片割れに、ロイは笑顔で応対した。
「ロイおじちゃん、おはよう」
(おじちゃん……はぁ)
 出会った頃に比べて大分まともに喋られるようになったシーラの笠を、ロイは頬で撫でる。4足歩行のポケモンが前脚で撫でるのは失礼に当たるので、ロイにとっては一般的な子供の可愛がり方の一つである。
 ユキワラシらしいひんやりとした体は、まだ残暑の残る9月中旬には嬉しい所。まだ、シーラはおはようとこんにちはの区別がつかない年齢であろが、ロイは優しい人物であると理解できるようになった。シーラは、目が赤いからと言ってロイを怖がることもなくなったおかげで、最近ようやくシーラをに好かれ始めたのだ。
 そんなシーラの反応を見てロイは顔がほころぶのだが、その親のジャネットの顔は曇っている。
「ジャネット、どうしたんだ? ユミルはもうすぐ帰ってくると思うが……あいつの浮気の証拠でもつかんだか?」
 と、ロイは冗談を言ってみたが、どうやら冗談は通じない。
「違うことで悩んでいるようだな。まだ客は少ないから愚痴に付き合う。話してみろよ……はい、シーラちゃんには葡萄ジュース。俺からのおごりでね」
「ありがとう、おじさん」
(おじ……二回目かよ。早く結婚しなきゃな……)
 すっかり叔父さんと呼ばれ慣れてしまったことに若干焦りを覚えながらも、ロイはシーラの前では笑顔を保った。

「昨日、ワシのお客さんに会いに行ったのじゃ。卵の経過をみるためにのう……そしたらじゃ、お客さんが麻薬をやっていたのじゃ。大麻ではないみたいじゃが、よく似た効果の液体状の何か……ほら、例のズルズキンの娘さんに使っておったあれのようじゃ」
「あれ……か」
(最近多いけれど、何か引っかかるな……)
 と、ロイは思案するが、その『何か』はもやもやしたまま答えが出なかった。
「……へその緒で繋がっているポケモンじゃのうて良かったと思ったわ。そう言うポケモンじゃへその緒や母乳をを通して、赤ちゃんに麻薬の悪い成分が体にたまるからのう……不幸中の幸いじゃが、それでも辛いものは辛いんじゃ。母親がそんな状態では生まれた子供が可哀想でのう……あの子、無事に育つじゃろうか?」
「で、その親は今どうしているんだ?」
「ワシが治療しておる……とりあえず、教会にはもうほとんど人が居なくなって居るから、大変じゃろうが……申し訳ないと思いつつも教会に預けた。あそこは病人を治療する施設が揃っておるからのう。麻薬を使いたくなったら……フリージア達に縛ってもらうよう頼んでおる。それに、治療にはテオナナカトルを使用しておる……あまり使いたくない薬じゃが、止むを得ん」
 気が滅入って、ジャネットは重い溜め息を吐く。それが冷気である事が残暑の残るこの季節にはありがたいが、そんなことを言う気分でもない。
「テオナナカトルって……あの幻覚を見られるキノコの事だよな? 麻薬とかの中毒も治せるのか?」
「あぁ。酒中毒もタバコ中毒も、もちろん麻薬中毒もな……あれは、テオナナカトルは心の深淵に触れる力を持つのじゃ。中毒を治すだけでなく、心の傷に立ち向かう力すら与えると言われておる。ナナも例の娼館に捕らえられていた女性達に使う薬はそいつを渡しておるのじゃぞ。
 さらには、シャーマンとしての力を一時的に高める力もあってのう……普段の瞑想の数十倍は効果的なんじゃ。まぁ、景色が歪むせいで戦いに利用するにはちと厳しいがな。
 故に、あれはテオナナカトル(神のキノコ)と呼ばれておる。無論のこと、テオナナカトルが大陸を渡ってもたらされる前からシャーマンが使っていたベニテングダケなんかにもそのような効果はあるぞ……と、愚痴を垂れに来たはずなのに妙な講釈になってしまったな。どうしてこうなるのやら……」
「いいじゃないか、お前はうんちくを偉そうに垂れている時のが結構楽しそうに見えるぜ……とりあえずさ、鬱屈とした気分なら美味い物でも食べて気分とり直せ。今日のお勧めは秋の名物キノコづくし定食だ。酒にも合うぞ」
「キノコの話をしとったと思えばまたキノコか……。ふむ、じゃがあっちのお客さんが食っとるのをみとると美味しそうじゃ。傷ついたワシのためにその定食奢ってくれるか?」
「いや、そこまでは無理だ。葡萄ジュースは安いからともかく、そんな高い品をサービスする義務は無いな……。心配するな、愚痴なら聞いてやるから我慢してくれ」
「仕方ないのう……ワシの愚痴は長いぞ」
 と、ジャネットが言って、宣言通りに愚痴を言うだけ言って帰って行った。流石に客が多くなってくると自重したのだが、本当に長いその愚痴には、ロイの方が参ってしまった。


 その数日後のことだ。もうそろそろユミル達が帰ってくる(予定)と言う時に、ルインが無断欠勤している。遅刻には遅すぎる時間帯まで待っても音沙汰一つない。あの真面目な子が何も言わずに休むなんて信じられないこと。何か事件に巻き込まれたんじゃないかと嫌な予感もするが、店を抜けるわけにもいかずロイは困っていた。
(昨日今日で強盗殺人があったって話は聞かないけれど……一体どうしたんだろう? 最近本当に治安が悪いからなぁ……神龍軍が居ないだけでこうも犯罪者天国になるとは思わなかったよ……)
「兄さん……」
 こうして心配事が増えると、ロイでなくとも憂鬱な気分になる。その憂鬱な気分にとどめを刺す出来事が、このリーバーの一言から始まった。
「昨日、ジョーさんがフリアおばさんとルインさんが一緒に歩いている所を見たって……」
「ルインとフリア……? 二人は家の方向全然違うだろ?」
「だから僕も妙だなって……今日ルインさんが来ないことになんか関係あるのかなぁ?」
 見ておれば、リーバーは青い顔をしていた。何故って、先程フリアおばさんはルインを最後に見たのはいつかと聞いた時、『店で見たのが最後だ』と言ったのだ。ルインと一緒に家へ帰って行ったなら、それをきちんと報告するべきだと言うのに。
 妙、というよりはもはや確信だった。先日に盗まれ減っていたお金、最近のフリアおばさんは妙に元気だったり……かと思えば、急に気分が悪くなったり……かと思えばすぐに治ってしまう。そんな事がよくあった。それに、フリアの体臭は日増しに悪くなっている。そして、ジャネットの言う麻薬。
(でも、それはいいとして……まさか金の都合に困って人身売買のようなものにも手を出しているのか? ルインさんが居なくなったのは……いや、考えるよりも確認した方が早い。もう、悠長に構えても居られないみたいだし)
「リーバー……」
「ん、何?」
「今日、問い詰めてみる……フリアさんに色々と……」
「そう……ねぇ、僕らの酒場、どうなっちゃうのかな?」
 リーバーの問いかけにロイは渋い顔をして首を横に振る。
「分かったら、苦労しないよ……未来ってのはどうなるか分かったもんじゃないんだから」


 営業時間が終了し、後片付けも終了した。結局ルインは来なかった。皆で座って、余った料理の後片付け――というのが今までの日課なのだが。今酒場に居るメンバー、ロイ、ナナ、リーバー、フリアの4人の全員がルインを心配するせいか、沈んだ表情をしている。いつも明るく天真爛漫なナナでさえも暗い顔を見せている。
「皆、と言っても……歌姫とルインがいないだけで随分少なくなってしまったな。まぁいい、すまないが今日は楽しい話は出来そうにない……今日、無断欠勤したルインさんについてなんだけれど、変な目撃証言があったんだ」
 ロイの射抜くような眼差しがピンポイントでフリアに降りかかり、彼女は肩をすくめる。
「わ、私……その前にトイレに……」
「その前に?」
 ロイがテーブルに座ったまま黒い眼差しで逃走を封じる。
「漏らしてでも良いから聞けよ、フリアさん」
 声を荒げたロイの眼にはすでに涙がにじんでいる。
「……先日、俺が金庫にお金をしまう前に一時的に保管しておくタンスから……金が消えていたことがあった。何の先入観なしで匂いを嗅いでみると、フリアさん。貴方の匂いがした……その後に、ナナにも匂いを嗅がせたが、フリアさんの匂いがしたそうだよ」
 ロイがナナに目を配るとナナはおずおずと頷いた。
「金を盗まれていたことも、フリアさんが怪しいことも告げずに、ナナに匂いを嗅がせることを頼んで……そしたら、ナナもフリアさんの匂いがするって言った。そうだな?」
「えぇ、確かに微かだったけれどフリアさんの匂いがした……」
「俺は気のせいだったと信じたかったけれど……でも、今はその信じたい心ですらどうにもならなそうなことを聞いてしまったんだよ……お客さんが、昨日フリアとルインが一緒に居る所を見たって……言ったんだ。なぁフリアさん……なぜ、嘘をついた? 何かやましい事でもあるのか、フリアさん?」
 一方的なロイの語りに委縮したフリアは答えられなかった。
「最近、麻薬がここいらで流行っているけれどさ……フリアさんの匂いが悪いのに、元気いっぱいだったり、かと思えばすぐに気分が悪くなったりするのってそこら辺が原因じゃないかな?」
「何よ、話が見えないわ?」
 フリアが突然激情に駆られて机を叩く。ブーバーンらしいと言うべきか、怒りに呼応して体温が上がり、果てに陽炎が立ち上るのを見て流石にフリアも机から手を離したが、机は僅かに焦げていた。
「はぐらかすなよ、凄んでも俺には無駄だ。素人が元軍人の俺を気押せるとでも思っているのか? ……麻薬を、どうやって手に入れた? そして、ルインさんはどうした?」
「……私、知らない」
 フリアがゆっくりと首を横に振る。
「本当か? なら、さっきこっそりとナナに調べさせた、フリアさんの荷物のこれは? 最近は液状の麻薬が流行っているらしいが……これは何の液体かな?」
 ロイが差し出した小瓶に入った液体の正体をフリアは答えられなかった。
「私がやっていたのは、疲れが取れる薬だったはずなのに……こんなことになるなんて聞いてなかった……」
「そんな虫のいいものは存在しない!! 存在するとして、それはどうやって手に入れた? 答えろ!!」
 ロイがこんな風に声を荒げることなど、これまで一度たりともなかったことだ。リーバーもナナも話題が話題だけに、ロイが暴力に訴えでもしない限りは止めることが出来ない。
「路上で……無料で配られて……」
 フリアが震える。
「そうかよ……そんな方法に乗っちまったのかよ。で、ルインさんはどうした?」
「お金が無くなって……盗んでも足りなくなって……新しい客を連れてくれば薬をやるって……でも」
 フリアが顔を伏せ、机に突っ伏した。すすり泣く声が腕の隙間から洩れだし、彼女の悲哀が察せられる。フリアも被害者である事は分かったが、だからと言って許せる物ではない。
「でも……何だよ」
「私よりずっと量を少なくしたのに……一回飲ませただけで……死んでしまった」
 リーバーが小さい声で『え』と言ったきり、全員が沈黙する。
「『だけ』って何よ? 貴方、薬の危険性も知らないで……そんなことをしたの?」
 ナナが机を叩き身を乗り出す。
「私は……」
 ナナに尋ねられて、フリアは顔を背ける。
「フリア。死体はどうした?」
「家に……」
「じゃあお前の家に俺達を連れていけ……今すぐにだ」
 ロイが立ちあがる。
「ナナも、リーバーも来い……いや、リーバーはどっちでもいいが……」
 今まで見た事がないほど苦い表情をして、二人が頷く。しかし、もう誰にも表情を気にする余裕などなかった。


 そのまま放って置けばすぐにでも崩れ落ちてしまいそうなフリアを連れて、ロイはフリアの家の門をたたいた。残暑の暑さで死体が腐り始めているのか、玄関口に立てばすでに微かな異臭が漂い、その先にあるものを連想させた。
「……二人とも、辛かったら見なくってもいいから」
 ナナは恐らく大丈夫だろう、とは思いつつもロイはナナとリーバーに合わせて警告し、フリアから手渡された鍵を使って扉を開け、家の中に入ったら、匂いの発生源を目指して進む。
「お前、……誰だよ?」
「五月蠅い」
 途中、フリアの夫であるドクロッグが話しかけてきたが、ロイはその一言で一蹴した。悲しみに加えて、強い怒りが生み出す殺気は不法侵入同然のロイを攻撃することも追いだすことも躊躇わせた。
 クローゼットを開ける。ハエがたかるカブトプスの死体が顔を出す。
「う……うあぁぁぁ……ルイン……」
 ロイが床に崩れ落ち、歯を強く食いしばりながら静かに泣いた。ロイの後ろで、フリアとその夫が何かを喋っていたが気にするだけの余裕も無い。
「どうして、あんなにいい子がこんな……」
 涙で死体をまともに見ることもできずに、ロイは頭を垂れる。
「……こんな所に押し込まれて」
「酷い……」
 リーバーが呟き、目を逸らす。しかしこみ上げるものを押さえきれずにリーバーは床に先程食べた物を吐きだした。

「なら」
 その一行の後ろでフリアの夫の敵意を孕んだ声が聞こえた。ロイは眼を瞑って瞼に溜まった涙を弾き飛ばし、ナナは髪を硬質化させる。
「こいつらを始末しねぇと俺達が捕まっちまう」
 フリアの夫は、自分達が裁かれるのを恐れて毒の爪で二人を突き刺し、残ったリーバーを押さえこもうとした。しかし、それはロイのアイアンテールとナナのアイアンヘアーによって骨が折れる音と共に簡単に阻止される。ロイとナナの間合いの差のせいで、ロイの攻撃は空を切ってしまったがナナが手を出さなければきちんとヒットしていただろう。
「くそ……なんでこんなことに」
 その場にへたり込むフリア。死体をまともに見ることもできずに泣いているリーバー。そして、恐らくはフリアと同じく薬にはまっているのであろうフリアの夫。そして極めつけはルインの死体。
 頭の整理がつかず、ロイは苦々しく毒づいた。

 ◇

 その頃のユミル達一行はというと、街に起こっている異変など知る由もなく、陸に訪れたリムファクシがはしゃぐ事に手を焼いていた。子育て経験の有無と(この時点でウィンとユミルに絞られる)機動力の差で、リムファクシのお目付け役は必然的にユミルとなったのだが、リムファクシはユミルの手に負えないやんちゃボーイだ。
 例えば、陸に生えた海草がどうのこうのと言って木の葉をむしり食ってみたり。
『バリバリしてて美味くねーなーこれ!! 海の海草はもっとずっと柔らかくってうめーぞ!! 陸の者はこんなもん食って生きているのかよー、おい!?』
 陸に着いた途端、走り出すリムファクシ。彼が何かに興味を持ったらすぐに何らかの対処が出来るようにと、ユミルは他人の心の動きを感知できるサーナイトに変身していた。
 木を見るまではリムファクシの心の奥で悲しみがくすぶっていたが、木に興味を示した途端そんな感情はすっ飛んで行ってしまった。リムファクシの感情を支配するのは、それはもう強烈な好奇心。ユミルは角がむずがゆくなって変身を解きたくなってしまうほどだ。
『いいから……陸を見た途端にはしゃいで飛ぶのは止めてくれないでやんすかね……ほら、周りのポケモンめっちゃ引いているでやんすし……』
『ルギアだ……』『ルギアだぞ……』『あのムクホーク何もんだ?』『あのルギア可愛い……』
 ユミルが周りを見渡してみれば、口々にそんなことを言われて、すでにリムファクシは注目の的。
『早いとこトンズラするでやんすよ、リムファクシ!!』
 非常に気まずくなったユミルは、リムファクシの目のヒレを足爪で掴み、リムファクシを飛ぶように促した
『いたたた、いてーよユミル!! もう少し優しくやれってばよー』
『いいから、勝手な行動は慎むでやんす!! アンタのせいでやんしょ、この状況』
 結局、飛行タイプのポケモンに追われて色々尋ねられる事になり、人だかりを突っ切るのには苦労したものである。

 そうして一息ついたのもつかの間。リムファクシは炎に興味を持ってトコトコと近づいて行った。
『なーユミル、あれなんだ? すげー暖かいもん見つけたって……痛い!! なんだよこれ―?』
 注意する前にリムファクシは炎の中に翼を突っ込む。
『触っちゃダメって言う前に行動するなでやんすよぉぉぉぉ!!』
『なんだよこれ、あったかいけれど痛くって……なんか海底火山で焼かれそうになった時みたく熱いぞこれ!!』
 と、言いながらリムファクシは火傷した部分に軽く冷凍ビームを浴びせて冷やす。子供でありながら中々技は多彩なようである。その熱さで何やら哀しい事を思い出したらしいリムファクシの感情が揺れ動いて、ユミルは胸の角をさするがそれよりももっとまずい感情を受信してしまった事に気づく。
『俺の白い羽毛が台無しじゃねーかよ!! このヤロ、このヤロ!! エ・ア・ロ』
 リムファクシが腹を大きく膨らませ、強靭な肺に空気をため込んだ時、ユミルはぞっとした。小さなリムファクシがどれほどの水準でルギアの看板技を使えるのかは不明だが、威力が炎を消すだけでとどまらない事は明白だ。
『ダーメだって言ってるでやんす!!』
 ユミルはリムファクシの顎にサイコキネシスを掛ける。効果は今一つなエスパータイプの攻撃だが、口を閉じさせるくらいの力は余裕である。
『なーにすんだよ!! あの変な物吹き飛ばしちゃいけねーのか?』
『あんさんがエアロブラストなんてやったらあの建物まで消えるでやんしょーが!! 大体、あれは炎って言って、陸ではとても重要な物なんでやんすから、大体の場合は勝手に消したら怒られるでやんすよ』
『むー……』
 リムファクシはふくれっ面をする。
『火傷したのはあんさんが気をつけないからいけないでやんすよぉぉぉ……ってか、また視線が釘付けに……逃げるでやんすよ』
『なんだよー、視線が釘付けなんて海じゃ慣れっこだってばよー』
『行く先々でこんなことになっていたら、時間が喰われるでやんすよー……もう大人しくして欲しいでやんすよ』
『仕方ねーな……従ってやるか』
(はぁ……子育ての自信なくなってくるでやんすね……)

 それが終われば、海底で見つけた物が陸で動いているのを見てはあんな風に使うんだとはしゃぎ出しては、どうやって使うのかと聞いてみたり。
『お、これ海底で見つけた事があるけれど、どー使うんだ?』
 ショーウィンドウから見える商品を見て、リムファクシが尋ねる。
『俺が教えてあげよ……』
『あぁ、これはオルゴールでやんすね』
 ワンダの親切を無視して、ユミルが教える。
『その、銀色のゼンマイって物を回すと……音が鳴ります……知っている音色が流れたら歌を歌ってもいいですよ……』
 と、歌姫がリムファクシに微笑みかける。
『へー……』
 と、興味を持ったリムファクシが意識を集中し、念力によって――動かす前にユミルが制す。
『リムファクシさんがやると壊しかねないから、アッシが回すでやんすよ』
『えー……俺そんなに信用ねーのかよ?』
『ハッハッハ、ユミルはもうリムファクシのあやし方を覚えたってか? 子持ちだとは聞いたが良いパパさんになれそうだな』
『962……』
 ユミルとリムファクシの二人を見てクリスティーナが呟く。意味はよくわからないが、呆れているような微笑んでいるような奇妙な表情をしている。
『果たして扱いを覚えられたのかどうか……もう、笑い事じゃないでやんすよ……はぁ』
 今回は特に何も無くリムファクシをやり過ごせて、ユミルはほっと胸をなでおろした。のはいいのだが。

 その後、一行はダービーの館に帰って温かい食事を出してもらうことになる。その席で出された食事は海の民にとっては信じられないほど美味しい食事であったらしい。
『へー……陸の食べ物ってうめーなー……こう、いろんな味がしてさー』
『おや、気に行ってくれましたか? 作ったのは使用人ですが、もてなす甲斐があるというものです』
 
『もっち……』
『海のやり方で褒めちゃダメでやんすよぉぉぉぉ!!』
 リムファクシが翼を振り上げて机を叩こうとしたところを、すんでのことろでユミルが止める。ユミルはサーナイトの姿をしていたので咄嗟にサイコキネシスで止められたが、もしもルギアが悪タイプだったら褒めるときに海面を叩く海の慣習に従って机は叩き壊されていただろう。恐ろしい。
『いいでやんすかぁ……陸上では物を褒めるときに何かを叩くのはマナー違反でやんす。普通に言葉で褒めるか……もしくはこうやって拍手をするかでやんす。まぁ、こういう席では拍手で褒めるのはしないでやんすがね……はぁ』
 と、ユミルは拍手のお手本を見せる。
『今回の場合……というか陸では普通に言葉だけが望ましいでやんすよ……分かったでやんすか?』
『拍手をするときっていうのはどんなときだー?』
 ユミルは褒めるタイミングについてを詳しく一から教えて見せる。ダービーが教えるのを手伝ってくれなければ、ユミルは力尽きていたかもしれない。

 ◇

 軍隊と治安維持がイコールで結ばれるこの時代、神龍軍がいない今のこの街には刑罰を与えるものは存在しない。ならばどうするか? 答えは私刑しか存在しない。だが、個人の裁量で行われる復讐じみた罰なんて、大概エスカレートしてしまうものであり、いくらフリアが悪いとは言ってもルインの親兄弟にフリア達を引き渡してしまうのは心配であった。
 フリア達にも子供がいるわけだし、いつの間にか復讐合戦になってしまう事も想像に難くない。
 考えた挙句、刑罰よりもまず先に、ロイ達は2人を教会の看護施設に送ることにした。今まで教会には100人以上の人員がいたが、今となってはフリージア達ウーズ家の他はに数人しかいない寂れた教会へ。
 その道のりの途中にさえ、注意深く路地裏などに気を配ると薬を飲んでいると思われる者がちらほらいて、それが全員の背筋をぞっとさせる。注意深く見れば、街の住民のどれほどが被害にあっているのか、考えると恐ろしい。

 もはや時間帯は深夜も深夜。眠っていない者は稀である。例に違わず、眠っていた所を叩き起こされたフリージア達は気分が悪そうだったが、事情を話せばまるで自分の事のように涙を流すなど、至極真面目に取り合ってくれた。そんなフリージアの優しさも、悲しみに暮れたロイ達は気づこうともしなかった。
 教会では大量に空きの出た寝室が病室代わりになっていて、そこにはジャネットが言っていたもうすぐ親になるカモネギの女性もいた。
 無性に悲しくなって、けれども泣く気力も残っていないロイは大きなため息を吐く。
 疲れた。もうロイにそれ以外の感情は無くて、家に帰るのも億劫になって、ロイ達3人は教会のベッドで眠りに落ちた。

 翌日。ルインの親兄弟にその死を伝えると、殴り込みと言っても差し支えない剣幕で家族が押し寄せ、敵討つべしとばかりに殺気の籠った表情で教会に押し掛ける。
「ここは神聖な教会だ。何人たりとも、ここで罪を犯すことは許さんぞ」
 と、フリージアの弟にしてミミロップのセージが止めようとする――が、結局は10秒も持たずに押し切られ、ロイとナナそして念のために呼んでおいたローラが行き過ぎないように止めることになる。3発まではフリア達を殴らせることも許したが、流石にそれ以上はまずいということで押さえつける形で。
 そこから先、ルインの家族はフリアをさんざん罵倒したり、わんわん泣いたりと収集のつけようもなく、結局ローラをフリージア達の手伝いに置いてロイ達は行くことになる。


 騒ぎが静まった頃には、すでに昼時を過ぎていた。
「今日だけじゃなく……しばらく酒場はお休みだな」
 酒場に帰ったロイは、胸が痛くなるほど深く溜め息を吐いてから店の入り口『しばらく休業します、次回の開店は未定です』と書いた紙を張る。
(この問題……放っておくわけにもいかないが……この街には人口がどれくらいいるんだ……そんで以ってどれくらいの中毒者や売人が居るんだ?
 外でやっている者もいれば。当然屋内でやっている者もいるんだろうし……いや、数なんて関係ない事か。縄張りを侵されたら……戦わなきゃ。
 だが……どっちにしろ味方を募る必要があるな……ナナやユミルあたりにも頑張ってもらいたいところだが……いや、一人二人でどうにかなる感じでもなさそうだし、それならいっそのこと……仲間を募るか。まず俺が行動して……具体的な被害の数を見せつけてやらなくっちゃ。
 それに……この麻薬を浸透させていくやり方は……神龍軍と事を構えているとかいう、捩じ切りと消し炭の奴ののやり方だし、使っている麻薬の種類も聞いていた話しと一致しているんだよな。確かナナが奴らに関する情報を集めていたはずだし……調べた資料を活用させてもらうしかないかな。
 俺はどうするか……どうせ、この街に治安維持という言葉は無い。なら邪魔する奴は、片っぱしから片付けるまでだ。まず最初に、昨日の夜に路地裏で見たような薬漬けの連中(ジャンキー)どもを手当たり次第に一か所に集めてやろう。
 そしたら、その親兄弟、恋人、友達、ご近所さんすべてに訴えかけるんだ……『このまま好きにさせていいのか?』って。
 ……なんにせよ、今はナナに会いに行くか)


「ナナ。お前、今回の件で何か動く予定あるか?」
 散らかったナナの家にお邪魔したロイは、影を落とした顔でナナに尋ねる。
「ロイは復讐を考えているの?」
「まぁね。っていうか、このやり方から考えて敵は例の神龍信仰と事を構えて、神龍軍を二人で壊滅させたとかいう化け物のやり方にそっくりって言うか……完全に同一人物だろう。つまるところそんな事が出来るのはシャーマンだろ? 雪解け人の季節に聞いた噂の二人……俺たち以外に何とかできる問題じゃないだろう……」
「仲間に引き入れるのかしら? マンヅの時と違って性質が悪い相手のように思えるけれど?」
「そういうわけじゃない。待ってても犯人が捕まる可能性は皆無ってことだよ」
 表情を変えずにロイが言うのを聞いて、ナナは深いため息を吐きながら黙って立ち上がり、資料を漁る。
「海の歌謡祭までの間にユミルに調べさせた情報によるとね……何度か噂を聞いたライボルトとアブソルの二人組のヒーラー。ローラに追わせたりユミルに追わせたりしているけれどなかなか尻尾を掴めないあいつらは、恐らくだけれどその二人……種族はバシャーモとメタグロスの二人を追っている。
 出現する場所が、どう見ても捩じ切りメタグロスと消し炭バシャーモを追いかけているのよね。だから、待っていれば、そのアブソルとライボルトに捕まる可能性の一つや二つあるんじゃないかしら?」
「ふむ……なるほど。だが、それを待つのも癪だしな。俺達で行動して先んじてその二人をブッ潰してし待った方がよくないか?」
「出来るならね……」
「出来るならって……そうは言われたって……このままじゃ、街の教会が焼かれるぞ……まぁ、確かに敵の正体が確定出来ていない以上は、そうなるかどうかは分からないわけだが」
 どうしてもルインが死ぬ原因を作った奴を許せないのか、ロイは少々周りが見えていない。ナナはというと、どう見ても得策でない事は分かっていたが、フリージアの住処が焼かれると言うのは少々かわいそうな気がした。
 教会が無くなれば、フリージアももしかしたらテオナナカトルに仲間入りしてくれるかもしれないなんて考えも一瞬頭をよぎったがそんな考えをしてしまった自分を恥じてナナは溜め息をつく。
「分かったわ……とりあえず調査だけでもしておきましょう。敵がとるに足らない模倣犯なら、私達で抹殺すればいいことだし……逆に、敵が例の軍隊と二人で戦い勝った奴ならどうするの? 強いわよ……まぁ、私たちもそれくらい……いや、私には軍隊と戦うなんてこと出来ないか。私の悪夢見せる能力は集団戦向きの能力じゃないからね。無理だわ」
 どう考えても勝つのは無理だと、ナナは苦笑する。

「さぁな……闘うとなったらその時考えるさ……軍隊と戦うのなら無理だが、あくまで強いだけの二人と戦うんなら条件も違うわけだしな」
「ふぅ……勝手になさい。じゃあ、今日から調査に向かいましょう……私は地道に聞き込み調査するわね……チャンスがあったら始末するから。貴方はどうする?」
「中毒者をボコッって、売人の元へ案内してもらい、売人をぼこって、もっと上の階級の売人に案内してもらう。何回かやれば最終的に元締めまでたどり着くさ」
「乱暴ねー……危なっかしいから、身を守れる物は持っておきなさいよ」
「何を持っていけばいい? ローラの持ってる火山のおき石か? アレはもらい火の力が炎を防いでくれるって聞いたが……」

「貴方が使っても防いでくれないわよ。アレは現在ローラ以外を主と認めようとはしないみたいだし。……仕方がない、私達は悪タイプだし、メタグロスの強化されたエスパータイプの技は警戒する必要もないから……危なっかしい貴方にはこれを貸してあげる」
 ナナは床に置かれていたペーパーナイフを拾い、それをロイに渡す。
「なんだこれは?」
「メブキジカの角で作られたペーパーナイフ……炎の軍勢の王、ビクティニと戦う時に豊穣の神が身につけて行ったものよ。炎を切り裂く効果があるわ……まぁ、手に持つんじゃなくって貴方の場合口に咥えなきゃいけないけれど、サイコキネシスでナイフを操っても炎を切ることが出来るみたいだから、それでなんとか頑張りなさい」
「……分かった」


 ロイはその夜から、半ば八つ当たりかヒステリーのように薬漬けの連中(ジャンキー)を狩り始める。フリアの家から押収したあの薬の匂いを察知したら近づき、一言二言の簡単な質疑応答。こいつはクロと判断すれば、そこから先は問答無用で襲いかかる。脅し程度であり、目立った傷を残すような真似はしないが、逆らうのが嫌になるくらいの苦痛を与えることはする。
 夜と言えど、まだ灯りの灯る大通りなどで血の匂いを漂わせて歩く姿は異様で、ロイは危険人物視される。しかし、誰もが関わりを恐れてロイに干渉しようとしない。
 黒い体に赤い返り血が所々こびりついて行く様子は、深紅の眼と相まってそれを見る街の住人を恐怖させる。売人の上司の上司の上司、と辿って行く頃にはロイも疲労していたが、最終的に9番街の廃屋に陣を構えている事はとりあえず分かった。そして、元締めが、やはり噂のメタグロスであることもついでに分かった。

 治安の悪い事で有名な9番街である。ここに陣を構えていると聞くと納得できるが、案内なしに闇雲に探しても見つかることはなかったであろう。ロイは、中にメタグロスが居るのを確認したら、その廃屋の周りで体調に異常をきたすお香を焚いて、中に居る者への搦め手を行う。ナナにアドバイスされた時間分嗅がせると、ロイは――
「ごめん下さい。殴りこみに来ました」
 自分自身も悪い薬にはまっているんじゃないかと思うほど傲慢な台詞と共に、ロイはメタグロスがいる廃屋の扉を開ける。扉は開けただけで、中には入らず外から内部を見渡した。中は山小屋のように部屋の仕切りもない簡素な場所。家具らしいものは薬品棚くらいという、寝てちょっとした作業するだけの部屋のようだ。
 まぁ、9番街の家屋などそんなものである。
 柱のように極太の四肢。歩くたびに踏みならす重厚な音は、その規格外の重量をもった金属質のボディには似つかわしい。背の低い円柱状の胴体にはX字の模様と巨大な口。
「メタグロス……本当にいたのか」
 ろうそくの頼りない明かりで照らされた室内ににメタグロスが居ることなど先程窓からそれを覗いて知っていたが、ロイは如何にも今知ったふうを装う。堂々と改めて中を確認してみると、紅茶のようにエキスを抽出されている植物の葉っぱ棚に並べられているのが見て取れる。
(あれを飲むと、麻薬の効果が出るのだろうな……)
「なんだお前は?」
 慌てず騒がず、メタグロスがロイに尋ねる。
「いやね、身内がお前の売った麻薬にやられてね……いや、確認するけれどお前が……この薬の元締めか?」
 フリアの荷物から奪い取った薬の瓶を転がし、ロイは訪ねる。
「あぁ、確かに元締めだな」
 メタグロスはにんまりと笑う。
「疲れが取れるだとか健康になるとか言って、いけない薬を売りつけ金を貪ったらしいじゃないか」
「それで、元締めの私を倒しに来たというわけか……? 何故私が元締めと分かったかは……新聞かなんかを見て手口を知っていたからなんだろうが。その新聞記事には載っていなかったのか……私が神龍軍をたった二人で退けたとな」
「大丈夫……俺もお前と同じく神の力を使える同類さ」
 明らかに作り笑いをして、ロイはウインクする。ウインクと同時にロイはメタグロスを黒い眼差しで睨み、ロイの視界から消えることが出来ないよう呪いをかけた。
「同類……シャーマンか……だが、私ほどの力はあるまい。黒い眼差しなど、小技に頼るのがその証拠だ」
「あぁ、そうだな。俺は小物だよ、自覚している。ところでその周りの瓶……大麻によく似た効果の何かと思ったらありゃなんだ? 麻薬の正体は紅茶だったなんてことはないよな……」
「紅茶か。まぁ、熱湯につけて成分をとると言う所では似ているが……ん?」
「まだ残暑が残ると言うのに。収穫祭のような篝火は辛いね。すまんな……俺、ドアを開ける前から窓からお室内にお前しかいないの見てたんだわ。それに、中から麻薬の匂いがしてしまったらもうクロと判断するしかないだろ? だから、無関係の誰かがいたら放火も出来ないなんて発想も無い……お前を焼き殺すことを躊躇する理由は全くないんだ
 放火したのがばれた以上、もう会話を引きのばす必要もないな。すまんね、これが悪タイプのやり方だから」

「……大層な御挨拶だな」
「おう、戦争はより良い奇襲出来た方が勝つんだ」
 メタグロスが憎憎しげに睨み付けるのを見て、ロイは額の月輪を赤と緑に点滅させる。
「むっ……」
 ピカチュウだかポリゴンだかが元祖とされる怪しい光とフラッシュの複合技。俗に言うポリゴンショックと呼ばれる敵の平衡感覚を狂わす技だ。酷いときには嘔吐や痙攣の症状すら引き起こす、ロイの必殺技の一つである。
 それをまともに見てしまって、メタグロスは膝を折った。
「聞くところによると、相当なエスパー能力の強さだそうだけれど……エスパータイプの技は悪タイプの俺には通じないし、無駄だよな。さぁ、ゆっくり死ね」
 ロイが語っているのは、会話によって冷静な思考を邪魔するため。如何にロイと言えど、岩などを念力で操ってぶつけられればダメージは免れない。相手がそれをしてくる可能性を分かっていてなお、ロイは語ることで相手の思考を邪魔し続ける。
「小物がどうとか言っていたが……相手が格上のシャーマンだから勝てないとかそんなこと関係ない。死ね、害悪」
 ロイは口に咥えた革の袋の紐をとき、眠り粉がたっぷり詰まったそれをなげつける。メタグロスに対して教えてはいないが、あらかじめ麻痺作用と催眠作用のあるお香を焚いて起き、さらに平衡感覚を狂わす効果。
 物を投げつける攻撃もナナのように、実戦で使えるような威力はないが、悪タイプであるロイが投げるそれはいかなる念力でも軌道を逸らすことはできない。薬と光の効果で正常な判断を阻害されているメタグロスにはとっさに鋼技で返すという選択肢も浮かばなかった。
「くっ……」
 メタグロスは眠り粉を吸気しないように四肢を捩じって顔を逸らす。ロイはその隙に革の袋よりも遥かに重い蒸留酒の瓶を、サイコキネシスで投げつけ、メタグロスの硬い体にあたったそれは粉砕、中身をぶちまける。トドメは咥えたクラボの実に炎を纏わせ吐き出す。
 燃え上がってはたまったものではないと、メタグロスは燃え上がるクラボの実をサイコキネシスで跳ね返した。自分の技を返されて、ロイは舌打ちしながら跳ね返されたそれを避け、もう一つのクラボの実を取り出す。
(さて、このまま普通に撃っても跳ね返されるだけ……どうすれば当たるか?)
「さてさて、どうすればこの状態から脱出できるか、そろそろ真面目に考えだした方が良いんじゃないかな? 俺はお前を殺す気だから、簡単には脱出させないがね」
 結局、ロイは話術で気を逸らし、隙を伺うことに決める。
「ほら、どんどん熱くなってくるぞ。きちんとした家とはいえ、木造建築の上に古いから燃えるのが早い。さてさてピンチだ……このまま地獄に堕ちて地獄の業火に焼かれる予行練習でもするかな?」
 しかし、どれだけ言葉を掛けてもメタグロスは動じる様子がない。
「フンッ……中々いい線いっていたが……」
 メタグロスは左腕に取り付けていたラムの実を食む。
(神器は集中していないと使えない……混乱・麻痺・眠気で集中を阻害してやったというのに……ラムの身を食われたらお香の効果も消えるじゃないか……。用意が良い奴だ)
「封印や、トリックでこだわりスカーフを押し付けられる仲間を連れていた方がよかったんじゃないのか?」
 得意げな顔でメタグロスが口をゆがめる。
「かもな……」
 ロイは強がって見せたが、次の瞬間にはエスパータイプが相手だと言うのに思わず全身の体毛が逆立つのを感じてたじろいだ。
(やばいな、こいつの力……強いぞ。逃げられる準備しておいた方が良いなこりゃ)
 しばらく睨めっこが続く。ラムの実とて効果が出るまでには時間が掛かるので、敵が神器を使える体調に戻るまでは睨み続けてやろうとロイは見張り続ける。メタグロスは降り注ぐ火の粉や燃えた瓦礫をサイコキネシスで的確に避けるが、それでもサイコキネシスの包囲網を破ってたどり着いた火の粉が酒に着火し、メタグロスは燃えさかった。

 それは良いのだが、メタグロスが醸し出す気配や覇気は徐々に無視できないものになっていく。徐々にラムの実が効いてきて、神器を扱う準備が出来ているということだ。
 ロイがもうダメだと思った頃には、メタグロスは高笑いをしながらサイコキネシスを発動する。メタグロスの前方にある壁が砕けるよりも先にロイは尻尾を巻いて逃げ出した。
 売人を狩っている間に帰り血を浴びて、すっかり血に染まっていたロイは目立ちやすい月輪も血に隠れ、夜の闇の中においては非常に見つけにくい保護色となる。ムーンライトヴェールに守られたロイは無尽蔵のスタミナで夜の闇に紛れていった。
 メタグロスはロイをやり手と判断し、追っても逃げられると判断したのか、廃屋を完全に解体して自身の体に土をかぶせて炎を消した。

 ◇

 一方ナナは、強引な調査ではなく聞き込みによる調査を行っていた。旅人が多く宿を取る5番街と酒場や外食店の多い3番街。昼は市場や日雇い掲示板設置場所として利用される中央広場がある4番街。ナナはまずそれらの周辺に焦点を絞って聞き込み調査を始める。

 道ゆく人に情報料を渡しながら、ナナは恐らく敵であろうバシャーモを探してゆく。幸いにもバシャーモの卵グループはナナと同じ陸上。情報によればきちんと雄であるから、適当な理由をつけて近づくのは難しくない。何回、何十回と聞きこみ調査をするほか、スラムの子供に金を握らせ共同捜索。
 次のバシャーモはどうも酒場で暇を潰しているらしい。メタグロスと一緒に居るかどうかについては問わなかった。別行動をしている可能性もあるし、そもそも捩じ切りメタグロスと焼却バシャーモの二人をセットで探しているとなどと言えば、目的もバレバレになってしまう。
 この街にバシャーモはそれほど多くないから、丁寧に聞き込みをすれば幾つかの情報も手に入る。ナナは5人目のバシャーモの元を訪ねたところで、とある気配を感じ取った。そのバシャーモは、V字型のカーネリアンの首飾りを身につけた男性で、他の客とは明らかに雰囲気が違う。
(強烈な神器の気配……やはり敵はシャーマン。これが、敵を焼却し消し炭にするほどの力を持った神器を扱う敵……この感触……見たことはないけれど心当たりがある)
 ナナも警戒してすぐには近寄らなかった。適当に他の男と話しをして、とっかえひっかえ手当たり次第に『いい男ね』などと理由をつけては口付けを交わす。淫乱でふしだらな女性になりきって、ナナは徐々にバシャーモとの距離を詰めていた。
 そうして近づくごとに、ナナはバシャーモから湧き出る強烈な邪気を感じて怖じ気づきそうになる。それをこらえて、ナナは平静を装いながら近づいて行く。

「ふふ、貴方もいい男ね。名前はなんていうのかしら?」
 近くで見てみると、いい男というのには少々年が過ぎていた。27か8の、ナナより一回り年下と言ったところだろうか。精悍な顔つきで鷹のように鋭い眼をしたその顔は決して悪いとは言えないがいい男というには少し辛い。しかし、羽毛はやわらかそうで、頭から垂れ下がる毛髪はハリがあるなど、随分と若々しさを伺わせる。
 深紅の羽毛も非常に鮮やかなのが仄暗い酒場にはもったいない印象で、太陽の元でこその輝かしさを持っているはずだ。
(やっぱり……一応いい男で間違ってないかな?)
「ティオルだ。で、用件は何かな? シャーマンのお嬢さん……コジョンドのように見えるが、この匂い……ゾロアークかな?」
 ナナは驚き、肩をすくめる。
「私の正体……バレてたの。しかも、シャーマンって事どころか……種族まで……」
「匂いでな……匂いは健康状態を知るのには重要だ。年齢は25か6と言ったところかな?」
 バシャーモの診断は、実年齢から考えれば間違いだが、フリージンガメンの若さを保つ力で実年齢よりもずっと若く見えるナナの身体年齢を見れば間違っていない
「御名答……私はナナ。よろしくね」
 ナナは苦笑して、やらなきゃよかったと肩をすくめて変身を解く。キスに乗じて無味無臭の睡眠薬を飲ませる計画もおじゃんだ。
「さて、シャーマンという事は、お前は神龍信仰の物ではないようだな」
「ええ、黒白神教という、レシラムとゼクロムを主神として崇める土着信仰よ。この街に隠れ住んでいるの」
「……して、その者達が何の用だ?」
 ナナは髪を掻きあげてポーズをとりつつ、ティオルの隣まで椅子を引き寄せ、座った後は体を抱き寄せるようにして擦りよった。
「いやなに。私は気に食わなかっただけよ……なんでこんなことするのかなってさ。なんせ、あんたのせいで私の大切な人も被害にあっているのよ……正体を隠すつもりだったけれどシャーマンだってばれてるなら仕方がない……シャーマンの掟、分かっていないのかしらね? 神器を悪用する者は裁き無き死刑を意味するのよ。
 それでなくっても、私はあんたを許すつもり……無いからね」
「いきり立つなよ」
「生意気ね」
 驚くほど軽い口調で二人は張り詰めた空気の会話をし合う。
「まだ役者がそろっていない……隠れ住んでいると言う事は、お前らも神龍信仰に従順な振りをしているのだろう? お前では力不足だ……」
「今すぐアンタ殺してやりましょうか?」
 声を荒げず、穏やかな笑顔でナナは脅しにかかる。
「まぁ、待てよ。罪の無い民衆を巻き込みたくはないだろう?」
 酒場の客や従業員を盾に取られて、今すぐにでも喉元に食らいつきたくなる欲求を押さえて、ナナは拳を握りかためる
「……目的は何かしら。金?」
「いいや……」

 ティオルの男は髪を掻きあげた。
「復讐さ」
 ゆったりとした口調で、凄味をつけながらティオルが言う。
「復讐?」
 オウム返しに聞き返され、ティオルは小馬鹿にしたような笑いで返す。
「異教徒ならば、虐げられた我らの気持ち……少しはわかるだろう? 神龍信仰に虐げられた我らの屈辱や無念を晴らすため……今度はこっちが神龍信仰の評判を貶める番さ」
「何を馬鹿な……この街は神龍信仰に見捨てられた街だと言うのに。標的のいない街で復讐するなんて何を考えているのよ?」
「だからいきり立つなよ」
 ティオルは、牙を剥いているナナを翳した手で制す。
「例えば、Aという人物に復讐する時に、Aに危害を加えなきゃいけないのかい? Aの恋人や子供に、危害を加えることだって、復讐の形だ」
「その発想……下衆ね」
「あぁ」
 ナナの蔑みに動じず、ティオルは頷く。
「だが、その台詞は神龍信仰の屑どもにこそ向けるべきだ。私がこんなことをしているのも……元はと言えばそう、奴らのせいなのだからな」
「神龍信仰の者にだって、まともな奴はいる。この街にだって神龍信仰の者に私の大切な人がいる……それを奪おうと言うのならば。地獄を見るじゃ済まない事を覚えておけ?」
「やってみろよ……この酒場に何人いるか数えてみるか? 巻き込んで殺さない自信はあるか? 俺は無い」
 ティオルは腕を広げて、人質の存在を強調する。
「く……」
 ナナは悔しげに歯を食いしばる。こめかみをピクピクと動かしながら、憎しみを込めてティオルを睨むが、やはり動じようとはしていない。ナナは深呼吸で気を静めると、踵を返して酒場の出口に向かう。
「……もう話す事はないわ。首を洗って待ってなさい」
「そうか……おっと」
 ティオルはわざとらしくコップを倒し、中に入っていたラム酒をテーブルにぶちまける。ナナはコップの中に致死性の猛毒を入れていたのだが、どうやらそれすらも見破られてしまい、そのことに腹を立てたナナは憎々しげに舌打ちをして店を出て行った。

 ◇

 翌日、二人はナナの家で落ち合い、互いの首尾についてを語り合った。
「全く……催眠のお香焚いて、火事を起こして、おまけに強い酒で火攻めにしてしかも黒い眼差しまでしたの? それだけのお膳立てして負けるなんて……」
 ナナはあきれとも憐みともつかない笑顔をしている。
「仕方ないだろうナナ? 俺が使える神器なんて、クレセリアの羽根くらいなんだ……」
「ま、私も人のこと言えないんだけれど……幻影を見破られちゃうし、毒や睡眠薬を飲ませようと思っても見破られるし……それでもあんた、奴らを倒そうっていうの?」
「ルインさんの仇を取らなきゃ……それに、街自体潰されたら嫌だし……」
 ロイの発言を聞いてナナは肩をすくめる。
「ごもっともなんだけれどさ。そのために死んじゃうのはもったいないわよ? 何か死なない確信でもあるの?」
「無い……だから、今日敵とやり合うのは控えることにする。とりあえず、何か良い策が浮かぶまでは……売人からチマチマと半殺しの血祭りにあげておくことにする。ナナに何かいい策でもあるのなら、従うが……」
 ナナは深くため息をつく。
「しょうがない……しょうがないから私も手伝うわ。テオナナカトルとして、シャーマンとして……他人の不幸を黙って見過ごすわけにはいかないし……あんまり強い相手に挑むのは気が進まないけれど、一緒に奴らを殲滅しましょ。全く、知らぬ存ぜぬで過ごせたら良かったのに……」
 愚痴を言いながらナナは頭を掻く。
「とりあえず、私も貴方に協力して、ちまちまとやって行くわ。あくまで目立たずにね……で、半殺しにした後はどうするつもりなのロイ?」
「縛りつけて晒しものかな。俺ら二人がやるなら、俺らだけが奴らの標的になるだろうから迷惑もかけんだろうし……晒し物を用意してこの街の住人に危機感を植え付けておくのもいいだろう。麻薬は危険だよってな」
「……そう。でも気をつけましょうね? 相手結構強いから、一度追われれば逃げるのも一苦労だと思うわ。私も頑張れば幻影の力で神器の気配を消すこともできるけれど……それでも敵さん私の正体に気付いたのよ? まさか、レプリカグレイプニル(この子)やフリージンガメンに黙っててもらったのに気付かれるなんて思わなかったし」
 ナナは髪を結んでいるレプリカグレイプニルを弄りながら、肩をすくめて苦笑する。
「俺も大事をとって神器を装備せずに行ったんだけれどね。あ、……だから負けたんだからな? 神器無しでガチ勝負だったら勝ってたんだ……」
「どうでもいいわよ」
 負けた事が悔しいのか言い訳するロイを、ナナは笑いとばす。
「全く、お前みたいに水瓶に睡眠薬でも入れておけばよかったよ」
「ふふ、そうね、寝首をかくんなら神器を持っていようが神と呼ばれるポケモンだろうが関係ないもんね。でも、私達が持っている神器の気配を感じられるってのは逆に言えば私達も敵の神器の気配を感じられるということ。
 敵が神器無しで挑んでも私達には勝てないだろうし……必然的に敵は神器を持つことになる。私達が追われるほうなら逃げるだけでいいから気も楽ね」
 余裕をたたえた笑みでナナは笑っていた。
「よし、じゃあこうしましょ? ロイはこれから寝る時も食べる時も私と一緒に行動すること。二人なら逃げるのに邪魔にならないし、場合によっては返り討ちにして殺してしまいましょう」
「わかった……ありがとう、ナナ」
「なに、部下想いの上司ってことよ」
 ナナはおどけてウインクして見せる。殺伐とした非日常がやってくるというのに、ロイはその動作一つで心のささくれが取れていくようだった。


 そうしてロイとナナは酒場の仕事もテオナナカトルとしての仕事も休み、売人達を叩きのめす。リーバーはロイのやっていることを知って手伝おうとしたが、ロイは断る。ロイはシャーマン同士の戦いにわざわざ巻き込むことはないと、リーバーの協力を断って一方的に給料と休暇を押し付けたくらいだ。
 中毒者達の被害を見せ付けるのはひとまず放っておいた。売る者がいなければ買う者もいないと言うのが、幼稚な発想だが間違ってはいない。それに、半殺しの度合いというのが骨を折ったり毒で瀕死にまで追い込まれ熱にうなされていたりと、悪事による報酬の割に合わない見せしめをされては麻薬を売ることなんて馬鹿らしくてやめてしまう。
 そうして薬の供給源が絶たれてしまえば、中毒者は日常生活を送るのも困難なほどに気分が悪くなる。ロイやフリージアあたりが注意を呼びかけるまでもなく麻薬は危険だとわかってくれるはずだ。

 いつ敵が仕掛けてくるのかに神経を張りめぐらしながら暮らすそんな数日の後、思い掛けない組み合わせを連れてユミルが帰還した。
「お早う、ユミル……」
 ロイは窓から顔を出して、寝ぼけまなこのままユミルに挨拶をする。
「おはようってもう……昼でやんすよ」
「じゃ、おそよう……」
 ロイはそう言って間抜けな表情をする。ユミルもどう反応すればいいのか分からず苦笑した。
「ところで……家にジャネットもシーラもいなかったから、ふらふら足が向いてこっちに来てしまいやしたがロイさん……どうしたんでやんすかこれ? 街の様子が穏やかではないようでやんすが……」
 ユミルは街を散策する時のお気に入りの姿であるサーナイトに変身している。それによって感情を感知出来る彼は、街に漂う異様な雰囲気は、誰が語らずとも分かってしまうのだろう。気分悪そうに角を擦っているあたり、その推測が正しいことを伺わせる。
「それに、店は休みってどういうことでやんすか? ジャネットがいないでやんすから、酒場にでも行って時間潰そうと思っていたでやんすが……本当に一体何があったんでやんすか?」
「いや、俺も俺で物凄く突っ込ませてもらいたいんだが……後ろのは何だ? 今飛んできたアレ……スルーし切れないぞ」
 ロイは、ユミルの後ろから派手な羽ばたき音と共に降り立ったポケモンのあまりのインパクトにユミルの言葉がほとんど頭に入っていない。それも仕方がない。
「どんな偶然だか知らないでやんすが、偶然ルギアが仲間になったんでやんすよ。結構可愛い子でやんすよ」
 と、いうことなのだから。
「ま、ルギアだからってシャーマンとして不適当なわけではないでやんしょうし……それよりも、この子にはしゃがれ過ぎてアッシはもうヘトヘトでやんすよ……世話はジャネットに頼もうと思ったのに何でこうなってしまったのでやんすかねぇ」
 と、ユミルが愚痴を漏らした所で、リムファクシが翼に持ったスモーククォーツから藍色の光を灯す。
『おいおい、なーにこそこそ話してんだよー。関心しねぇぞー』
 二人だけの話が盛り上がってきた所で、リムファクシがアグノムの力が宿るスモーククォーツに力を注ぎ、海の民の言語でチャチャを入れる。
『あー……すまんでやんす』
『お、言葉がスラスラ頭に入ってくるぞ……アグノムの力を自在に扱えるってことはこの子も本当にシャーマンなんだな』
『えっへん、すげーだろ? なんせ俺は神と呼ばれるポケモンなんだからなー』
 リムファクシは翼を脇腹に当てて大威張り。この辺の動作には、伝説のポケモンの威厳はみじんも感じられない。子供が王様ごっこをしているかのようだ。ただ、その威厳の感じられない仕草ばかりのルギアでも、利用価値はあるとロイは判断する。
『そういやお前、ロイだろー? ユミルや歌姫がべた褒めしてたぜ、強いとか格好良いとか、優しいとか』
『お、ユミルありがとう』
 ロイから茶化すようにお礼を言われ、ユミルは恥ずかしそうに顔を伏せた。

『それにしても、神器を扱えるなんてすごいじゃないか。流石に海の神様と称えられるだけの事はあるってわけだな……子供ながら神々しい雰囲気をたたえている』
 ロイは窓から飛び降りてリムファクシの背後に回り、彼の体を舐めるように見回すふりをしてユミルにウインクする。『調子を合わせて』と、指示を送ったのだ。
『その、海の神としての威厳や神々しさを見込んで、一つ頼みたい事があるんだ……美味い料理をごちそうさせるから、頼まれてくれないか?』
『んー……お前、俺をそんなに評価してくれるなんていい奴だな。これまでの旅では俺のことみーんな怒ったり馬鹿にしてばっかだったけれど、お前は俺の良さをわかってくれるんだな』
『はは、とんでもない。それで、頼みたいことというのは……』
 利用価値とは、こいつをカリスマとして利用すること。今のこの街の状況を、幼い彼の頭でどれだけ理解できるかは不安だったが、ロイは今この街に起こっている事がどれだけ酷いことであるかを丁寧にリムファクシへ理解させようと説得する。
 港町と違って、ルギアが海の神と呼ばれるポケモンである事を理解している者は少なかったが、流石に何十人もの人通りがある3番街の大通りの店の前。ちらりほらりと『あれはルギアじゃないのか?』という声が上がり、次第に人だかりが形成される。
 アグノムの力がこもるスモーククォーツの効果は3人にしか及んでいないから、リムファクシが何を言っているのか、殆どのギャラリー達は分かっていないらしく、ただの音でしかないリムファクシの声を聞いてキョトンとしている。
(この子が世間知らずなのは丁度いい……ナナとこいつの処遇を話しあおう……さて、ここから先は)
『なぁ、リムファクシ。ちょっと海の民の言語で話すからスモーククォーツの力を封じてくれ』
『ん~……わかった、良いぞー』
 ロイがウインクして頼むとと、リムファクシはわけもわからずとりあえずロイに従う。
『俺たちに力を貸してくれるなら毎日美味いもん食わせてやるぞ』
『マジかー?』
 リムファクシは目を輝かせてロイを見上げる。その笑顔の輝かしさに思わずロイもつられて笑顔になり、非常時だと言うのに不謹慎だと内心思いながらも、自然と顔が綻ぶのは止められなかった。
『あぁ、ナナって言う名前の女がいてな。そいつは料理がものすごく旨いんだ。だから、そいつの家に行って旨いものを食べようじゃないか』
「な、何をする気でやんすか……ロイ? っていうか今の言葉のアクセントの付け方……海の民の言葉でやんすよね……?」
「貴族だった頃に海の民と隣国の言葉くらいは話せるようにってね……なにをする気かって質問だが、ルギアがいれば出来ないこともできるさ。今からナナと出来ることを考えにいく……それだけのことさ」
 ロイは笑う。シャーマンは神器で大量破壊を行う様を見せてはいけないと言うが、それは戦争に神器を使われることを恐れての配慮だ。だが、ルギアから授かった力であり、純粋な心の持ち主で無いと使えないとか、選ばれた勇者しか使えないとでも適当にいい訳をつけておけば神器を用いて物凄い力を発揮したとて戦争に利用するのも難しかろう。
 リムファクシが仲間になったことで、例外的に攻撃用の神器の力を街中でも発揮できるかもしれない。それだけでも価値がある。それはナナとの要相談事項ではあったが、とりあえず案の一つとしておいて置くのも悪いことではなかろう。
(それに、ナナならばもっと上手い使い方を考えてくれるだろうし……)
『さて、私の上司の家にご案内いたしましょう』
 神と呼ばれるポケモンをいいように使う気満々で、ロイはリムファクシを案内した。


 ロイがナナの家に行く間に、ユミルは中毒者達の介抱を手伝うジャネットとローラへの助っ人として歌姫を派遣させる。ハピナスである彼女は本能的な面で癒す事に長けている。歌姫の得意技である癒しの鈴を駆使すれば、ある程度は禁断症状も楽になるだろう。
 このユミルの行動は、ロイからの指示だ、これまでの長旅で疲弊している所にいきなり仕事を任されてユミルに不満が無かったわけではないが、状況が状況なのでユミルは文句が言えなかった。

 ユミルがその日と仕事を終えると、ロイがナナに対して一部始終を説明している場面に出くわした。ちょうど話はリムファクシを仲間にした経緯のようだ。
『しかしまぁ、美味しい食事なんかでルギアを釣っちゃうなんて、ロイってば罰あたりね』
『釣るとか、馬鹿な魚みてぇなこと言ってんじゃねーぞおら―』
 釣るという言葉が不服なようで、リムファクシはぶすっとしてナナを睨む。
『はは。ナナ、謝ってやれよ』
 ロイが促すと、ナナは苦笑する。
『ごめんね、リムファクシ。陸では、こちらの都合の良いものに誘う事を釣るって言うのよ』
『きっと悪気があって言ったわけじゃないから、気にしちゃだめでやんすよ』
『なるほどー……悪気なくいったんなら仕方ねーな』
 少々納得がいかないようだが、口喧嘩になるのも馬鹿らしいとリムファクシは折れることにする。
『そうそう、おいしいご飯で誘ったんだからつるって表現は間違っちゃいないさ』
『楽しみにしてるからなー。期待にあうもん作れよー。陸の食いもんは美味いからなー』
 リムファクシは生意気な口を利いて舌なめずり。調理できない海と違って、陸の料理は相当のお気に入りのようである。
『ふふ、それなら今日から毎日おいしいご飯作ってあげなくっちゃね。割にあっているって思うくらい。でも、材料費はロイ……あ・な・た・が・払うのよ?』
 ナナは何やら楽しそうにそんなことを言う。
『あらら……きつい所押し付けられちまったなぁ』
『そりゃ自分が誘ったんでやんすし、責任もちやせんとね』
 ナナの料理はかなり美味いので、毎日ご馳走というのはそれはそれで悪くない。これから毎日食費を払わせられるかと思うとやるせない。もっと金を掛けない方法はなかったのかと苦笑して、ロイはユミルに笑われながら肩をすくめた。
『おー、神様の特権だなー。陸って贅沢な所だなー』
『ふふ、神様ねぇ……可愛らしい神様だ事。後でいろいろ教えて上げちゃおうかしら。銀色の羽やヒレからは色んなお薬も作れるはずだし』
『色々ってなんだー?』
 興味津々と言った表情の顔を覗かせてリムファクシが尋ねるが、当然馬鹿正直に教えられるわけもない。
『いや、何でもないぞリムファクシ。それとナナ……そう言う事はやめろ。そんなんで人間不信に陥ったらお前の責任になるんだぞ?』
『えー……気持ちよくしてあげるのに人間不信になるだなんて、困ったわ。可愛いのに大きな体って貴重な弄りがいだけれど……でも、ロイが言うなら仕方がないわ』
『まったく……本当にお前は頭が痛いな……ナナ』
『そうでやんすよ……』
 ロイとユミルに突っ込みを入れられても、ナナは悪びれずに笑ってごまかすだけで、全く懲りている様子は無い。その仕草にはロイもため息ものだ。

『なんだよー。結局ナナは俺に何するつもりだったんだー?』
『子供がやっても、体が完成されていないから全く面白くないぞ。俺も、小さい頃に姉とやってみた時はくすぐったいだけで不快だったし。気持ち悪過ぎて姉とも喧嘩しちゃったくらいだしな。羽ばたくことで嵐を起こせるようになったら自分のつがいと一緒に楽しもうな』
 ロイは笑顔でリムファクシにそいう教える。ロイには姉などいないはずなのに、またもや嘘を並びたてている。嘘も方便という言葉をよく知っているようだ。
『そっかー。楽しくもないことで喧嘩するのやだしー……早く大人になりてーなー』
 姉が云々はともかくとして、ロイの『子供では楽しめないと』言う旨は間違ったことではない。その上で上手く子供のあやしているもんだとユミルは少し尊敬する。
『所で、つがいってなんだー?』
 ユミルがピクリと反応するが、何を言うでもなかった。変な所に興味を持ってしまったリムファクシに溜め息をつきつつ、ロイは説明する。
『恋人のことさ』
 ほうほうと納得したようにリムファクシが頷いた。

『つがいがいることのよさなんて、子供のリムファクシにはわかんないでやんすねー』
 ユミルはにやにやと厭らしい笑顔をリムファクシへ向けた。
『うるせーよユミル。俺がデカくなったらお前、俺の下僕にしてやるからなー』
『その頃にアッシが死んでいなければ、でやんすね』
 言い終えて、ユミルはおどけて笑う。
『で、どうするんでやんすか? 偉大な神様を利用して何をどうするつもりなんでやんすか?』
『具体的なプランなんて在って無いようなものさ……とりあえず、敵はシャーマン。親玉を潰そうとすれば、奴らも本気で動かざるを得ないだろう……だから、俺達は小物を狩る。今の所はそれしか出来やしないし……ところでナナ……お前さっきっから何だか嬉しそうだな? 可愛い弟分が出来てご機嫌か?』
 ロイに尋ねられて、ナナはわざとらしくモジモジとした動作を行う。
『ふふ、だって良い物が手に入ったんだもの……今回の戦いでキーアイテムになるであろう、神器を作るための材料が』
『……材料? 何のだ』
『えぇと……』
 ロイに問われてナナは髪を結んでいたダークライの髪で作った神器を取り外す。
『これの本物を作るのよ。レプリカグレイプニルの本物……要するに、グレイプニルよ。神すらも縛りつける魔性の縄をね』
『材料が揃ったってそれ……なんだっけ、材料は石の根に、リングマの腱に、フーディンの尻尾に、鳥の唾液に、魚の息……あとはなんだっけ』
『なー、なんだーそのグレイプニルってのはよー?』
 リムファクシに尋ねられて、ナナは笑って見せる。
『ミミロップの体毛をベースにニャルマーの足音、フーディンの尻尾、岩の根、リングマの腱、魚の息、鳥の唾液を使って作る紐よ。こだわりスカーフとか、そういう道具の効果を打ち消す事が出来るんだけれど……それよりはるかに強力な道具だって打ち消しちゃう道具……例えば、私の持っているフリージンガメンとか、貴方に預けているスモーククォーツとかね。
 あと、リムファクシ君の力もその気になれば首に巻くなどすれば封じることが出来るわ。首に巻けば貴方はもう嵐を起こせない……まぁ、それについては貴方が大人になったら首に巻いたくらいではどうにもならなかったりするけれどね』
『へぇ、それはすごい代物でやんすね……』
 ユミルは素直に感心する。
『シャーマンの存在意義をなくしてしまう代物じゃあ無いか……』
 その横では、ロイが苦笑した
『シャーマンってのは神の力で強敵を滅ぼす仕事では無いもの。ロイの言う事は的外れな意見よ』
『そーだぜロイ。なんせ俺が大人になっちまったら通じないんだもんな』
 何だか論点のずれたことを言ってリムファクシは得意げに笑った。

『ともかく、シャーマンとしての力量差が離れていたり、シャーマンの正体がばれないように戦いたいっていうのなら……コレを使えば強制的に公平な勝負に持ち込めるわ。純粋に力と技と知のガチバトルになるのよ。今までは二つ材料が足りなかったけれど……今はすべてそろう。
 コレで、敵が神憑きの子……つまるところクリスティーナちゃんみたいな奴でもない限りはごり押しでいけるわ』
『あの……ナナ。クリスティーナで思い出したんでやんすが、もしやその足りない材料リングマの腱が足りないとかいうんじゃないでやんすね?』
 が心配そうに尋ねるが、ナナは首を振る。
『いや、それは大丈夫。必要なのはフーディンの尻尾と鳥の唾液……即ち、ルギアの唾液よリムファクシ』
『俺のよだれかー?』
『ふふ、そうよ。あとでたくさん頂戴ね』
 と、言いながらナナはリムファクシに歩み寄り、軽く口を開いておもむろに自身の舌で唾液を掬い取る。
『うん、貴方の唾液なら良いグレイプニルが作れそうだわ』
『んー……なんだー? 口移しかー?』
『さぁ、どうでしょうね?』
 そのナナの一連の行為にきょとんとしているリムファクシと、頭痛がする思いのロイとユミル。ナナの子供好きに、ロイは嫉妬と焦燥を覚えながら、それをない交ぜにしたため息を吐いた。

『あとは、クリスティーナちゃんって子から……進化の許可が取れればいいんだけれど……ユミル、ひとっ飛びして交渉出来るかしら? 神憑きの子だって言う彼女の尻尾ならきっと強力な効果を発揮してくれるはずだし……って言うか、あの子以上の素材はいないと思うのよね。出来れば材料に妥協はしたくないんだけれど……』
『えっと……それはじゃあ、掛け合ってみるでやんす。でも、痛みとかは無いでやんすか? そういうのはウィンさんもダービーさんもなんだかんだ言って過保護でやんすし……痛みや感染症があるとなれば了承してくれるかどうか』
『ま、問題はそこね……でも、とりあえず交渉に行かないことにはどうしようもないし……頼むわ。出来ればこっちに招待して頂戴。今日は疲れているでしょうし……うん、明日からお願いするわ。帰ってきて早々旅立つのは苦痛かもしれないけれど……その、リーダー命令ということで』
『分かったでやんす……はぁ……』
『後でお金と休暇を十分にあげるわよ。私達も最近疲れっぱなしなんだから、我慢して頂戴』
 サーナイトの姿で頷いたユミルに、ナナは労うような笑顔を投げかける。
『それで、リムファクシ君は後でちょっとだけよだれを取らせて頂戴。美味しい物の約束どおり、焼き菓子を御褒美に上げるから』
 ご機嫌そうな顔でナナはリムファクシの頭を撫でる。
『ほんとかー? 頼むぞー』
 リムファクシは目を輝かせて、ナナの吊り下げた餌に食いつく。こんなことを続けて太らなければいいが。
『さて、私はジャネットあたりに神器の作成を手伝ってもらうとして……ロイはとりあえず小物狩りを続けていてくれるかしら。くれぐれも大将のメタグロスとバシャーモには手を出しちゃダメよ』
『かしこまり。ナナも神器作るのがんばれよ』
 軽く頷き、ロイは了承する。

『さぁ、その前に今日はは夕食を楽しく食べましょう。ロイの家に行けばお酒も飲み放題なわけだし』
『ナナ、少なくともお前は飲み放題じゃない。お前を放っておくと一日で瓶1本空にされちまうからな』
 ナナに好きなだけ飲ませたら店が傾きかねない。もう再稼動するかどうかもわからない酒場だが、高い酒を好きなだけ飲ませる気はないと、ロイはナナを冷たい目で睨み諌める。
『んもぅ、ケチなんだから』
 ロイにそんな目で睨まれようと、ナナは舌を出していたずらっ子のように笑うだけだった。

 ◇

 リムファクシとユミルが酒場に帰ってくる。帰りは重量も増した状態で頑張ったためか、二人とも眼がまともに焦点を合わせられないほど疲弊していて、帰って早々2階のベッドへとふらふら向かって行った。あまりに足取りが危ういので、ナナがリムファクシに肩を貸してベッドに連れて行くなどの気遣いをした。
 ユミルの方は、いつ材料が届いても良いように待機していたジャネットが運んでいく。熱くなった体をひんやりと冷やされ、ユミルは如何にも気持ちよさそうな顔をしている。
 介抱もそこそこにナナは一階へ降りて待たせていた客人への挨拶に参る。
「初めまして、俺の名前はウィンだ。テオナナカトルのリーダーナナさんだったかな。よろしくお願いする……」
「こんにちは……クリスティーナです……」
「本日はご足労いただきありがとうございます。勝手な進化の要望に応えてもらえて、こちらは感謝以外に大したものは持ち合わせておりませんが……精いっぱいおもてなしをさせていただきます」
 二人の客人を酒場に迎えて、ナナは丁寧にお辞儀をする。
「どうやら、この街大変なことになっているらしいな。鳥ポケモンの新聞屋さんも号外を出していやがるぜ。何でも、それをどうにかするための神器を作るとかどうとか」
「えぇ。もし招くならばもっと落ち着いた時にしたかったのですが……街がこんな状態の時にお招きしてしまい申し訳ありません。緊急事態なものでして」
「ふむ……まぁ、街一つの存亡にかかわる事さ。別にいけないことだとは思わないさ」
 平謝りのナナをウィンはフォローする。そのウィンの背中をクリスティーナがツンツンとつついて、振り返ったウィンに向かって彼女は一言。
「3302億7745万5984……」
「おっとと、お嬢さんがお前の第一印象を語ってくれたぞ……。気にしないでもいいんだが……よろしければ説明しようか?」
 噂には聞いていたクリスティーナの奇行を実際に目の当たりにして、ナナは興味深そうに彼女を見つめる。
「ぜひ、聞かせてください
「とても強い反面うたれ弱い所がある……で、結構一途で可愛い所もあるし、色気はたっぷりだけれど……トラブルメーカーと。ほほう、ナナさんは随分とまぁ歌劇のお姫様気質だな」
「歌劇のお姫様……ふふ、ありがと」
 喜ぶべきかそうでないのか分からず、ナナはとりあえず笑顔を作ってお礼を言う。
「ま、第一印象だから気にするな。誰だって言われればなんとなくそう思っちまうもんだから、占いみたいなもんだと思ってさ』
「……どうも、ありがとうございます」
「そう堅くなる必要もないだろう。あんたの部下のユミルさんや歌姫さんとはすでにダチだ。それに……今上で休んでるリムファクシともな。で……何でも神器とやらを作るためにはお嬢を進化させる必要があるとかどうとか……進化する際に手に入るフーディンの尻尾が必要なんだって?」
「えぇ……文献に書かれている通り、フーディンの尻尾が必要なの、進化の最中に辻斬りで切り裂いて……」
「まてまてまて……そんな乱暴なやり方でお嬢が怪我でもしたらどうする?」
「それはごもっともなのですが……その……」
 ナナの言うやり方は、ナナ自身乱暴だとわかっている。ただ、文献に書かれているやり方がそうなのでどうにも譲ることが出来ないとウィンに説明する。
 その上でナナは食い下がる。

「だからこそ、許可をとる必要があるんです……痛みは……なるべく抑えるように努力します。こうやって……」
 ナナはウィンに葡萄酒を進める。睡眠薬でも入っているのかと警戒してウィンは鼻を引くつかせるが、何の匂いがしない。
「こりゃなんだ……ワインのように見えるが実は偽物か?」
「いえ……それは幻影で味覚や嗅覚を封じているだけです。次は一口だけ飲んでください」
 ウィンは怪訝に思いながら舐めてみたが、何の味もしない。突然、ナナが手を叩き合わせると、その瞬間に嗅覚も味覚もウィンの体に正常に戻り、その高貴な香りにウィンは目を見張る。
「なんだ……この酒、美味いじゃないか」
 上手く成功した事に気をよくしたのかナナは、ほっとした表情を見せた。
「ワインの味と香りは感じられましたか? でも一瞬だけ、感じない時間があったはずです……先程申しましたように、幻影の力で味覚も嗅覚も封じましたから」
「痛みも同様に出来るのか?」
「えぇ、失敗しなければ……そして、本番で失敗した事はありません。昔は練習でたまに失敗しましたが、今はもう……失敗することの方が考えられないくらいですね」
「ふむ……尻尾を切るとのことだが、感染症の心配は? 傷口が痛むとか熱が出るとかは……」
「ゼロとはいえませんが、元々進化と同時に失われる部分です。確率は極めて少ないと思われます……そもそも文献にはそのような事実は一切ありません。ですから、信じてください」
 ウィンは面倒そうに頭を掻いて、やがて顔を上げる。
「好きにしろ。後はお嬢の意志しだいだが、あまり乱暴するなよ」
 ウィンの許可を得られて一安心と、ナナはほっと胸をなでおろしてクリスティーナに向き直る。

「クリスティーナちゃん……私に体を弄られることになっても……いいかしら?」
「頼まれるべきは……ナナさん。貴方からじゃない」
 クリスティーナはナナの顔ではなく、その後ろの髪を見た。
「え? あの、今のはどういことかしら……ウィンさん?」
「いや……こんなの初めてのことだから俺も分からない」
「フリー……ジンガメン。鹿の角……」
「ちょっと、どうして私の髪の中にある物……捨てた物まで知っているのよ」
 クリスティーナはナナの質問を無視して、ナナの髪を強引に引っ張り上げ、その中に収納されていた鹿の角で出来たペーパーナイフを掴み取る。クリスティーナは狂人のそれと変わらない目つきでペーパーナイフの先端を見つめ、呟いた。
「『貴方に……貴方に協力しろって、フリージンガメンもメブキジカの角も言っている……』」
「またお前か」
 ナナは胸に下げた琥珀の首飾り(フリージンガメン)に暴言を投げかける。
「何だか……ズルしたみたいだけれどこれはこれでいいかもね。ウィンさん……そういうわけなので、この子を借りて行きますね」
「なんだかなぁ……これ。だが、お嬢が良いって言っているんだ……はぁ。何だか納得いかないが、いいだろう」
 神のお告げのようなモノによって即決してしまったクリスティーナを見て、ウィンはどうも納得がいかない様子。しかしながら、次のクリスティーナのセリフでウィンも納得してしまった。
「でも、私に玩具くれなきゃやだ。フリージンガメンに宿る豊穣の女神は頼めばくれるって言っていたよ。……私向きの玩具を頂戴」
「おい、お前いい加減にしろ……フリージンガメン」
 呆気にとられたナナは、普段使わない口調でフリージンガメンを諌め、そして呆れて溜め息をついた。
「もぅ……私が諌めたとたんに黙りやがったよこの首飾り……ほんっとに仕方ないわね!! あぁ、もう!!」
 ナナはフリージンガメンをいらだたしげに小突いて見せる。傍目には危ない女性にしか見えないが、クリスティーナで見なれていたウィンは苦笑していた。
「シャーマンってのも大変だな」
 ウィンの言葉に、ナナはそうねと生返事で返す。
「クリスティーナちゃん。今から王宮に飾られるべき珠玉の品物を渡すから……それで我慢してね」
 眼の上をピクピクと動かしながら、ナナはそう言って自分の家へと走り去って行った。

 ◇

「そういうわけで、高級品を渡すことになっちゃったわけよ……」
 クリスティーナにナナが持つ神器の中でもトップクラスの高級品を譲った経緯を話してナナが溜め息をついた。
「ふぅん……話には聞いたとこがあるけれど、まさか所持していたとは思わなんだ」
 ロイが感心していたそれとは、半年ほど前にナナが話していた代物。真珠が埋め込まれた青銅の台座に、白金の柱が三つ。それに通すダイヤの輪っかが40という、見るからに高価そうな玩具だ。玩具としての確か名前はハノイの塔*1と言ったか。モノ自体は知恵を育てる子供用の玩具であるが、素材からして扱うのが怖くなるほどのの高級品だ。40段もあるから一生というよりは何世代にもわたって楽しめる*2だろう。
 フーディンに進化した彼女は延々とそれで遊んでいるらしい。
「そんな高級品なら一度見てみたかったなぁ……」
「彼女に会えばいつでも見られるわよ……全く、良い道具に選ばれたものね、あの子も」
 そもそもナナやワンダの所属するシードとやらはは王宮に飾られるべき代物とかいうものを当然のようにホイホイ持っている気がするが、どんな縁があればそのような物をホイホイと入手する事が出来るのだろうか。フリージンガメンは拾ったと言っていたが、もしや全部拾い物とでもいうのじゃなかろうか。

「ところで、グレイプニルとやらの制作のほうは順調なのかい?」
「今、その第3の工程まで進んでいるわ。材料集めは大変だけれど、作るのは二日で出来るから……」
 ロイはナナの言う『それ』を覗く。

ミミロップの毛糸
ニャルマーの足音⇒音によって色を変える草にひたすら足音(厳密にニャルマーである必要は無い)を聞かせて育てた物。
フーディンの尻尾⇒進化の最中に切り取ると、ミイラ状の物が手に入る。
岩の根⇒ユレイドルの根っこ
リングマの腱⇒その物。※腱を奪われたら物を握ったり歩いたりすることが困難なため、採集にはそのものの人生を奪う覚悟で臨むこと。
魚の息⇒ネオラントのエラ
鳥の唾液⇒ルギアの唾液
工程第一
 ミミロップの毛を撚って毛糸を作り、その毛糸を編み合わせて紐を作ります。その編みかたは――


 材料と工程1だけ見てロイは苦笑した。紐の形を作る時点で複雑すぎる糸の編み方が丁寧な図つきで解説されている。そう言えばナナの髪を結んでいる紐も物凄く複雑な編み方をしていて、その縫い方一つでも価値のありそうな代物だったと今更ながらに実感した。
 ちなみに工程3は、ルギアの唾液に紐を浸けて絞り、乾いたらまた唾液に浸すという繰り返し。ルギアというかリムファクシに失礼かもしれないが、なんだか悪臭が発生しそうな作業である。
(酒場で出来る神器だとか言っていたが……ちゃんと換気してくれているのだろうか……いくらルギアだって唾液の匂いまでに御利益は付かないぞ)
 グレイプニルがあるか否かで今回の敵の脅威も大幅に変わるというのに、ロイはそんな事とは全く別なことを気にして溜め息をついた。

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*1 台座におかれた輪っかを全て別の柱に移すことで頭を鍛える玩具。小さい輪の上に大きい輪を乗せることはできず、一度に一つの輪しか動かせない
*2 完成させるには約一兆回並べ替える必要がある

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Last-modified: 2010-11-01 (月) 00:00:00
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