第三回短編小説大会参加作品
とある緑多き街の外れに、木造の大きな建物が穏やかに佇んでいました。
そこはトレーナーズスクール。旅立ち前の新人トレーナーを育成する学校です。
けれどこの街のトレーナーズスクールは、他の地方のそれとは一風変わった校風を持っていました。
それは、教員がポケモンだということです。
生徒は指揮する相手から直接指導を受けて、ポケモンとのつきあい方を学んでいく。ここはそんな学校なのでした。
☆
木々の蕾が膨らむ季節。
その日はこのトレーナーズスクールの卒業式でしたが、行事は既に滞りなく終わり、子供たちが級友や先生たちと最後の時間を過ごしていた頃。
喧噪を遠くに聞きながら、職員室の椅子の上、緑の葉玉が一つぼんやりと座っていました。
と、ガラリと扉が開き、立派な角を2本生やした黄金色に輝くポケモンがやってきました。この学校の教頭先生、色違いのケンタロスです。
「こんなところにいていいんですか? クルマユ先生」
呼ばれたクルマユ先生は、身を包む葉っぱの間から虚ろな眼差しを向けて静かに応えました。
「最後のホームルームはもう済ませました。時間が余ったので休んでいるだけです」
「いやしかし、先生にとっては初めて世に送り出す生徒たちでしょう? お別れまで見送ってあげても……」
「私はもう、来期の生徒のことに頭を切り替えたいんです。卒業させた生徒たちのことなんていつまでも考えちゃいられませんよ」
まだ赴任して初年度を終えたばかりのクルマユ先生は、堅苦しいほどに生真面目でした。
「野生のポケモンの親子だって、巣立ちの時はみんなサバサバしたもんでしょ? 育った子はさっさと叩き出して、ハイお終い。それでいいじゃないですか。いちいち心を掛ける必要なんてどこにあるんです?」
突き放すように言った後、フッと吐息がこぼれます。
「っていうか、ろくな思い出もありませんし。あの子たちに振り回されて、この一年というもの散々な目に遭ってたんですよ?」
何しろこの学校で預かっているのは、旅立ち前の子供たち。皆、未熟な上にとっても元気盛りな子ばかりでした。
「無茶な突撃ばっかりしたがるし、タイプ相性なんて知ったこっちゃないって感じで」
「先生は特に相性が極端ですからなぁ。でも、ご苦労されたおかげで子供たちの上達も早かったようで」
「ついでに悪戯の腕も、ですよ。教室の扉にトラップを仕掛けられたりとか、私の葉っぱをめくられたりなんてしょっちゅうでしたわ」
「よろしいじゃありませんか。子供は子供らしく、明るく健やかなのが何よりです」
「そりゃあもう、その点に関しては私の生徒たちはいつだって満点で――」
いつしか。
気付かないうちに頬に浮かんでいた感情に気が付いて。
クルマユ先生は恥ずかしげに、それを葉っぱの中に隠しました。
ろくな思い出がないなんて、そんなのは全部強がり。
初めての生徒でした。初めての卒業でした。
名残惜しくないはず、なかったのです。
これ以上生徒たちの顔を見ているとますます別れが辛くなる。だからクルマユ先生は独り職員室で来期に想いを馳せながら、自分の心を押し殺していたのでした。
「…………おや?」
ふと、ケンタロス教頭が金色の長い耳をそば立てました。
戸を開けて廊下を覗くと、足音を立てて走り去っていく影が見えました。廊下を走ってはいけませんね。
辺りを見回してみると、職員室の前になにやら小さなものが置いてあります。
それを見たケンタロス教頭は、厳つい顔に柔和な微笑みを浮かべると、
「クルマユ先生、こちらに来てご覧なさい」
と、三つ叉の尻尾を振って誘いました。
怪訝な顔で廊下に出たクルマユ先生は、示された物を見て、
「…………!?」
思わず、目を見張りました。
そこには、小さなクルマユが、満面の笑みを浮かべていたのです。
紙風船を緑の折り紙で包み込んだ、手作りのクルマユ人形でした。
クルマユ先生はそれをそっと掴み上げ、じっくりと見てみました。
折り目の一つ一つまで丁寧に折られていて、作り手の真剣な真心が伝わってきます。
細書きのマジックを幾重にも重ねて書き込んだ笑顔は、見ているだけで温もりを感じるほどに幸せそうでした。
「これを作ったの、きっとあの子ですわ」
確信を込めて、クルマユ先生は言います。
「教室の扉にトラップを仕掛けて、悪戯ばかりしていた子。手先が器用で、こういう工作が得意でしたから……きっと、これを外に置いていったのも、最後のトラップのつもりだったんだわ……」
毎日のように悪戯を仕掛けて、困らせて。
それだけその子は、クルマユ先生のことが大好きだったのでしょう。
「よく、できていますねぇ」
ケンタロス教頭の言葉に、クルマユ先生も頷きます。
「えぇ……でも…………」
人形の笑顔を見つめながら、クルマユ先生は戸惑いげに言いました。
「この人形みたいな素敵な笑顔、私、あの子たちに見せれていたんでしょうか……?」
クルマユ先生は、自分の笑顔に自信がありませんでした。
鏡に見る顔は、いつも仏頂面をしていたからです。
けれど、ケンタロス教頭は言いました。
「……ご自分では分からないものなんですなぁ」
「え?」
「あの子たちと一緒にいる時のあなたは、よくそんな顔をして笑っていましたよ」
「…………!!」
もう一度、クルマユ先生は、人形の笑顔をじっと見つめました。
小さなクルマユが、もうひとりの自分が、語りかけてくるようでした。
そうだよ。
あなたは、私は、この一年間あの子たちといられて、こんなにもこんなにも幸せだったんだよ、と…………
「クルマユ先生、私は常々思うんですがね……」
言いかけて。
ケンタロス教頭は、クルマユ先生の様子に気付きました。
「……駄目ですよ。もう少しだけ我慢なさい」
優しく諭すように言って、角先をさっき影が走り去った方へ向けます。
「それは、あの子たちの前で。分かりますね?」
クルマユ先生は、黙ったままで頷きました。
唇を噛みしめていなければ、心が溢れて止められそうにありませんでしたから。
そして、今にも剥がれ落ちそうな葉っぱをしっかりと抱きしめたまま、愛する生徒たちを追って一目散に駆けていきました。
きっとこれが見納めになるであろうクルマユ先生の丸い背中を、ケンタロス教頭は暖かな眼差しで見送るのでした。
「常々思うんですがね、生徒が教師から教わるように、教師もまた、生徒から大切なことを教わっていくんですなぁ……」
ポケモンの進化。
その瞬間を共に過ごすことは、トレーナーとして旅立つ子供たちにとっても、新しい生徒たちを迎えるハハコモリ先生にとっても、素晴らしい経験になることでしょう。
☆
そんな一部始終を、隣の学園長屋の扉から覗きつつ、感動の涙を拭っていると。
「…………ねぇ、学園長」
図々しくも学園長の席に座って煙草を吹かしていた、養護教諭のミカルゲ先生が。
冷ややかにシラケた声を、僕に投げつけてきました。
「いくらBURSTものやるからってさぁ、こんな単行本のオマケまで拾ってくる必要あったワケぇ?」
「いやいや、物拾い特性持ちとしちゃぁ、猫の話を拾えないのが心残りなくらいだもよ!」
☆
ジグザグマ学園長作
『エルナスの花嫁』&『吐き出す心』トリックルーム
『ティーチャーズルーム』~完~
【原稿用紙(20×20行)】 10(枚)
【総文字数】 2912(字)
【行数】 99(行)
【台詞:地の文】 35:64(%)|1042:1870(字)
【漢字:かな:カナ:他】 32:55:7:4(%)|950:1623:218:121(字)
ってなワケで、本作品の正体は、投稿時点で未発表だった第五回仮面小説大会参加両作品の先行自己パロディだったのです……が、大半の人には何でこの作品が『エルナス』&『吐き出す』のパロディになるのかさっぱり分からないと思います。単に、両作品のBURSTハートと同じポケモンが出ているだけじゃん、と。
解説すると、両作品の発端となった件の漫画の4巻以降には、オマケとして登場キャラを使った学園モノの4コマ漫画が掲載されているんです。
本編でさえポケモンとかけ離れた内容なのに、そのオリキャラだけ登場する自己パロ漫画なのでますますポケモン無関係の内容となっており、ギャグの滑りっぷりもあって評判は最悪なんですが。
んで、今大会の僕の作品は両方ともBURSTネタで行こうと早くから決めていましたので、毒を食らわば皿までと、ついでに学園モノもトリックルームで描いてしまおうと計画しておりました。ただしもちろん、原作とは違ってちゃんとポケモンの話として。
出演させるのを大ダロス様とクルマユ母さんにしたのは、封印されていて露出の少ない彼らに出番をあげたかったからです。紫影螺さんは元々露出が多いですし、登場させたら話口調でバレてしまうため、オチ要員に回ってもらいました。
最初の予定では、大会終了と同時にひなひなのチラ裏にでも投稿しようかともくろんでいたのですが、発表された短編小説大会のテーマが、奇しくも『吐き出す心』と被る〝心〟だったため、だったらこれそのまんまこっちで発表してしまえ、どうせ原作同様本編とは無関係の内容なんだし、もし登場ポケモンが両BURSTハートのポケモンと被っていることを訝しまれたとしても、あの不人気漫画の単行本のオマケなんてほとんどの人は知らないだろうし、ですます調で描くんだからバレっこないわ。本編よりパロディが先になることになるけど、トリックルームだけにむしろ当然でしょwwwと、例によって
ちなみに、僕の作品はポケモンの名詞をタイトルに入れるという縛りをかけているので毎回仮面には苦労しているのですが、自己パロディ『トリックルーム』シリーズに関しては、トリックルームの時点で技名が入っていますのでタイトルの縛りをかけていません。この点も仮面を被るのに好都合でしたw
『吐き出す心』のテーマを極限まで縮小化したものに学園モノを被せたワケですが、関連性を隠すためのネタの制限、特に『吐き出す心』のオチを飾る『分類名・子育てポケモン』を取っておくため使えなかったなど、色々苦しかった面もありました。
しかし幸いにしてご好評を頂き、準優勝を飾ることができました。投票してくださった皆様、ありがとうございます。
>> (2013/03/11(月) 00:10)さん
>>ポケモンにとっての進化と子供にとっての成長…
>>口では逆のことを言ってもやっぱり心は正直ですね。
>>すごく心が温まるお話でした。
クルマユのムッとした表情と、なつき進化の設定からツンデレの心の成長を描いてみました。
楽しんで頂けて良かったです。投票ありがとうございました!
>> (2013/03/11(月) 18:24)さん
>> 一票!!
貴重な一票をありがとうございます!
>>(2013/03/11(月) 19:01)さん
>>自分が卒業式なので、自分の先生も…と思うとなんだか涙がでてきてしまいました。
実は当方、小六時代から登校拒否児童だった過去がありまして、卒業に関しては想像するしかない点が多いです。
卒業を迎えられる方にも満足して頂けたようで嬉しいです。投票ありがとうございました!
>>(2013/03/14(木) 00:09)さん
>>この物語にですます調は正解だったと思います。
>>ポケモンが先生をやるという逆転の発想も良かったです。
>>そしてオチもベスト!
>>これからの作品にも期待したくなるような、いい小説でした!
これからもこれまで同様にご期待くださいw
ですます調は物語のタッチを柔らかくする目的の他に、正体を隠すためでもありました。短編小説大会中はまずバレなかった自信がありますw
投票ありがとうございました!
>> (2013/03/14(木) 21:16)さん
>>別れの季節。送る側の気持ちがとてもよく表れていて読んでいて温かい気持ちになりました。
最初に『学園モノで行く』ことを決めたので、季節感は当然考慮しました。
心というテーマもあって本当に良い話が書けたので、'新学期に付ける予定のオチがもったいないぐらいですw'
投票ありがとうございました!
改めて皆さま、本当にありがとうございました。
こんな真実でしたが、どうか『おれの涙を返せ!!』とは言わないでくださいねw
・ベイガン「なぁ、クルマユ先生に悪戯ばっかりしていた悪ガキって……」
・狸吉「君をイメージしていたはずだったんなもが、描いている内に全然被んなくなってしまったのね」
・紫影螺「悪戯なトラップを仕掛ける辺り、学園長本人の分身なんじゃねw」
・ベイガン「それだ!!」
・狸吉「ちょ、ナニ納得してるんだもか!?」
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