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シチューにとろり、なかなおり

/シチューにとろり、なかなおり

大会は終了しました。このプラグインは外してくださってかまいません。
ご参加ありがとうございました。

エントリー作品一覧



♂×♂、失禁


◣ キャラクター ◥

〇アローラキュウコン:しっぽが伸び盛りな男の仔。年上のアブソルと一緒に居たいが忙しそうなので遠慮がち。ニンジンは嫌い。

〇アブソル :面倒見のいいお兄さん。四足歩行だが家事の腕前はバリヤードにも劣らない。キュウコンが可愛い。

〇ルカリオ:耳の高さも身長に入る派。腕相撲はネコより強い。

〇ゼラオラ:耳の高さは身長に入らない派。駆けっこならイヌに負けない。

〇ヤドラン:やぁん



 ユナイト・バトルで奇抜な戦術を前に為す術なく大敗したこの日、かつてないほど険悪な空気がチーム全体に立ち込める。
いつもは温厚なアローラキュウコンとて今日の敗北を受け入れられず、試合から半日が経った今も内心に苛立ちの火種を燻らせ続けていた。

 帰宅早々、白狐は誰とも口を交わすことなく自室へと駆け上がると、9本の尻尾を枕にベッドの上で丸くなり不貞寝を決め込もうとする。だが安眠の世界に逃げ込めることは叶わず、下階のリビングから漏れ出る口論の声で却って神経が苛立つ始末だった。
 声の主はきっとゼラオラとルカリオ。歳が近い故のライバル意識からか、二匹は事ある毎にいがみ合う仲で、彼らの口喧嘩は珍しいことではなかった。だが悶々としている今の子狐にとって、床越しの微かな音響もドゴームの騒音に比するものに思えた。
 雑音から逃げるようにお気に入りの毛布に頭を埋めてみたが、心中の焔は熱り立つばかり。

「……くそっ!」
 
 意を決したようにベッドから飛び出すと、仏頂面のまま階段を下り切って廊下に出る。
リビングへと一直線に伸びる磨き立ての滑りやすいフローリング、尾先を掠めるハンギングの観葉植物、ちょっと届きにくい位置にあるドアノブ。普段なら気にも留めないような事すべてが、今日は酷く癪に障る。
 ストレスで過敏になったキュウコンにとっては、知覚を刺激する何もかもが不愉快極まりない。だがたった一つの例外が、少年の嗅覚に優しく触れた。

(……?)

 ふわり、と。
 リビングとキッチンに分かれる丁字路で、ホワイトソースの微かな芳香がキュウコンの興味を傍へと誘う。
足を止め、香りの誘いに応じて左に首を回すと、観音開きに放たれたキッチンドアの奥に誰かがいる気配がする。
 色とりどりの具材が並べられたテーブルの一つ向こう。大鍋の掛かるコンロの前で踏み台に立つのは、少し歳が離れた年上のアブソルだった。
 桃色のエプロンの紐が結ばれた白い背中は、テーブルのスピーカーから流れるポップのリズムに合わせて軽やかに揺れている。篦を前脚で器用に支え、鼻歌交じりに大鍋を掻き混ぜる彼の心境は、おおよそ今のキュウコンとは真逆なのだろう。

 チーム内でも獣型ポケモンはアブソルとキュウコンだけとあって、仔狐はこの白い鎌獣に良く懐いていた。
普段なら、迷わずキッチンに入って晩ご飯のメニューを聞くがてら、摘まみ食いの一つや二つをねだっていたかもしれない。
 だが今は到底、甘えつきたい気分じゃない。
不機嫌な姿を見られて心配されたくないし、何よりも苛立った感情を制御できずに大切な存在を傷つけてしまうかもしれない自分が怖かった。

 キュウコンは視線を廊下に戻し、硬い表情のまま再び歩き出す。
彼が怒りをぶつけるべき相手は、その先のリビングルームにいるのだから。


 一方のアブソルはキュウコンが見ていた事など露知らず、リビングの騒ぎも調理音と流れる曲によってかき消され耳に入らず終いだった。
 だが青年が熱心に煮込むホワイトシチューは、他でもないキュウコンの大好物。今日の献立はカレーだったが、落ち込むキュウコンを励ましたいと、外出中のトレーナーに連絡して無理を通したのだ。直前の変更とあって、あの仔が大好きなモーモーチーズは用意できなかったけれど、代わりに苦手だと言う人参は下拵えでしっかり臭気を抜いておく。
 最近は手の掛かる育ち盛りのゼラオラやルカリオに付きっきりで、最年少のキュウコンに十分構ってやれているとは言い難い。だからこそ、こんな時には甘やかしてやりたかったから。

(……今日は、遅いな)

 コンロ横に置かれたボウルを側目にかくと、少し前に茹で上げた粗挽きヴルストがほんのりと湯気を立てている。
もう鍋に入れてもいい頃合いだが、いつも小腹を空かせてぴいぴいと鼻を鳴らしながらキッチンに入ってくる仔狐の為に、程良く粗熱を取って待っているのだが。
篦を回す脚を止め、少年の姿を探すようにキッチンの入り口へと振り返るが、廊下のセンサーライトは暗いまま。
 曲間に差し掛かったスピーカーから音が消え、火に掛かるシチューの静かな泡立ちだけが、調理場の空間で囁いていた。


シチューにとろり、なかなおり



 雪なだれを絶妙な位置に投射してフィールドをコントロールし、代名詞の大技であるサークルネージュで相手の戦列を掻き乱す。壮麗なオーロラベールを纏いながら変幻自在にレーンを凍て付かせるアローラキュウコンの少年は、幼いながらもマスターランクに匹敵する技量と評され、彼も己が実力を自負していた。チームに加入してからはほぼ負け知らず、とんとん拍子でエキスパートランクまで歩を進めてきた。
 だがスタンドプレーがいつまでも許容されるほど、チームバトルは甘くない。

 この日の試合はエキスパートからマスターへの昇格戦で、気が抜けない真剣勝負。
その対戦相手が講じてきた戦術は一般的なセオリーとはかけ離れた、チームの要であるキュウコン一匹を徹底的にマークする奇策だった。
あらゆる局面で白狐に火力を集中させ、時には温存すべきユナイト技を発動してでも少年をフィールドから排除し続ける。狙い撃ちの徹底ぶりたるやはスポーツの健全性からはかけ離れ、実況席からも批判的な苦笑が繰り返される程であった。
 当のキュウコンは情け容赦の無い仕打ちに涙を堪えながらもフィールドに戻り続けるが、相手からの注意が手薄になっている筈の、ルカリオやゼラオラの動きは芳しくない。
ハーフタイムがないため仕切り直しも難しく、終始相手に主導権を握られたまま大差を付けられて試合は終わる。
リザルトボードに表示された普段の半分にも満たないキュウコンのスコアは、ほぼ無敗で勝ち上がってきた少年の自負心を酷く打ち据えた。

 初めて経験した大きな挫折へのショックは、直ぐにチームメイトへの苛立ちへと移り変わる。
特に、常日頃から互いに口論ばかりで他のメンバーを顧みようとしないルカリオとゼラオラへのフラストレーションは頂点に達していた。

 今日という今日は、言いたいことを全部ぶつけてやる。
積もり積もった恨み辛みを前脚に込めてリビングの両開き戸を押し放つと、開口一番、ありったけの声量で吠え掛かった。

「喧嘩やめてよ!!」

 サイコショックのような甲高い怒声がリビングルームの隅々にまで反響し、ソファーの上で取っ組み合ってたゼラオラとルカリオは思わず手を止める。二匹の視線の先には、廊下の前で仁王立ちのアローラキュウコンが眉間に皺を寄せていた。
 滅多に聞くことがない狐の怒号に犬と猫は一瞬臆したものの、再び顔を見合わせるとそれぞれ相手を突き飛ばし、互いにソファーの端に陣取って睨み合う。

「元はと言えばルカリオが下ルートの癖に二回目のルンパッパに手を出したのが悪いんだろ! このチビがそういうことばっっっかりするかオレのレベル上げが遅れてサンダー戦で負けるんだよ!」
「チビはお前だろドチビ! 中央ルートなのにだらだら動き回るばっかり、ビークインに遅れてくる、カジリガメで真っ先に死ぬ! 第一テメェなんでゴール加速装置使ってんだ? 突っ込むことばっかりの脳筋思考だから相手とのレベル差がどんどん開いていくんだろ、引くことを覚えろカス! チビィッ!」
「おまえがチビだろ121センチ!! 干からびたコイキングみたいなユナイト技しか打てないくせに!! さっきのカジリガメのスティール狙って撃った波動弾とか、かすりもしてなかったからなこのドへたくそ!!」
「はぁッ!? てめえだって訳分からんタイミングでユナイト使ってばっかりだろ! あと俺は141だっつってんだろうが137センチ!!」
「耳はしんちょーーに入ぃーりぃーまぁーせぇーんーー!! 頭から足先で130センチもないおめーの方が圧倒的にチィィビィィーーーー!!」
「んだとテメェやんのかクソネコ!? てめぇなんかグローパンチ一発で十分なんだよ!」
「いいよ来いよやってみろよ! 当てられるもんならなァ!!」

 言うが早いかゼラオラが前傾姿勢で腰を落とし、相対するルカリオは腕を突き出して拳を構える。
 一触即発の二匹を前にした時、いつものキュウコンなら間に割って入って収めるか、酷くなる前に年長のアブソルを呼んでいた所だ。
だが如何せん、今日は虫の居所が最悪だった。キュウコンの奥歯がぎりりと軋み、通った鼻梁に波が立つ。
狐の少年が体内で冷気の概念を凝縮するに従って、髪と尾がふわりと浮遊を始める。

 一触即発で互いに睨み合う蒼と黄の少年二匹の頬を、突如として前触れのような冷気が凍て刺した。そして――


「――いい加減にしろッ!!」


 吹き荒れる氷吹雪が轟と巻き立ち、氷霰を帯びた念動力が同心円状に波を打った。横殴りの豪雪風を間近に食らったルカリオとゼラオラは、二匹仲良くソファーの向こう側へと弾き飛ぶ。全方位に発せられた冷気は尚留まる処を知らず、あらゆる家具を瞬く間に凍てつかせ、空間の悉くを霜と氷柱で覆い尽くした。
 やがてキュウコンの力が収束するに従い、狐を渦巻いていた暴風が解かれ四方に散り消えていく。
木材の艶が美しい暖かみのある居住空間から一転、冠雪原のような銀世界へと変わり果てたリビングルームには、ジーヴルシティのような静謐が後を引くばかり。

 未曾有の騒ぎを聞きつけ、エプロン姿のまま駆け込んで来たのはアブソルの青年だった。

「どうしたの!? キッチンまで大きい音が聞こえた...…けど…...」

 部屋に一歩踏み入れるや、もはやリビングなどとは呼べない程に荒れた空間を目の当たりにして白毛の青年は言葉を失う。
ゼラオラとルカリオの喧嘩が一線を越えて家具や壁天井を傷つけることは過去にもあったとはいえ、部屋全体に影響を及ぼす程の例はない。しかも氷属性の痕跡から、アローラキュウコンの力によるものである事は明白。
 リビングルームを一巡したアブソルの視線は最後にキュウコンへと収まるが、荒々しい呼吸で上下する細い背中を前にして、アブソルの青年は言葉と思考を詰まらせる。普段は大人しいキュウコンがこんな惨状を作り上げた事実に動揺し、どう接すればいいのか分からなかった。

 最後にやってきたヤドランは、ドアの前に立つ白い2匹の脇を通り抜け、真白の世界で首をかしげる。
リビングへ来た理由をど忘れし、己の特防をぐーんと上げた。

 やがて強制的に頭を冷やされた元凶の二匹は、凍り付いたソファーの背から恐る恐る首を覗かせた。縮み上がった二匹を目にしても腹の虫が治まらないキュウコンは、日頃の鬱憤を怒声に込めて更に一歩踏み出した。

「いっつも勝ったときは自分のおかげ、なのに負けたら他人のせいにして! エースがそんなんだからチームのランクがずっとエキスパートのままなんだろ!!」

 初めて感情を剝き出しに吠え掛かるキュウコンを前に、ゼラオラとルカリオはすっかり気圧されて耳を伏せる。

「とくにゼラオラ! 中央ルートって一番重要なの分かってるでしょ!?」
「知ってるって……だからファイトでも真っ先に前に出て流れを――」
「それがおかしいって言ってんの! バフ抱えたまま死んじゃうから経験値と一緒に敵にバフ渡っちゃうんでしょ!」
「だーかーら、毎回言ってっけど、突っ込んで倒されたとしてもオレの技で相手だって削れてるんだから、そいつらをキュウコンやルカリオが倒せばいいだけの話だろ? そすりゃバフだって回収できるし経験値もお相子になるじゃん!」
「無茶言わないでよ、こっちのことも考えないで!」
「止めとけキュウコン、こんな片道特攻バカには何言っても無駄だ」

 ソファーの背凭れに片肘を突いて呆れ気味にゼラオラの持論を聞いていたルカリオが、意地の悪い笑みを浮かべて横槍を入れる。

「このネコがケツを拭うメンバーのこと考えてるワケねぇじゃん。この前なんてハピナスにぶっ倒されてたしなコイツ」

 最後に「全体見れねぇなら中央やめちまえよ下手くそ」と付け足し、鼻で笑う。この場で一番癪に障る相手に小言を挟まれたゼラオラは堪らず両腕に電流を帯びながら立ち上がり、なりふり構わず激越を飛ばした。

「ざッけんなよルカリオてめー!! お前がビビッて後ろの方でヒヨッてたからあのハピナスだって仕留めきれなかったんだろ! ケツだってルカリオの方が弱いだろうがよ、この前なんてちょっと入れただけですぐにもごぉッ?!」

 藪から棒に爆弾発言をぶつけられ、ルカリオの房が跳ね上がる。
咄嗟にゼラオラの口を両手で抑え込むと、血相を変えて怒鳴り立てた。

「おまっ、今それカンッッッケェェェねぇよな!? ぜんッッぜん違うことだよな!? アブソルとキュウコンの前でさ、何考えてんだよお前!? もう二度と喋るなこのクソバカドアホッ、チビィィッ!!」
「関係ないことないよ!」
「ほぁッ?!」

 帯電した爆発寸前のマルマインを過充電するような霹靂が、あろうことか最年少のキュウコンから打ち込まれると、奇声と同時にルカリオの浮かんでいた房が天井を指した。

「 いや、ちょっ、なんでキュウコンが俺らのこと知って――」
「ルカリオ、僕なんかよりずっとタフなのに全然前に出ないじゃん!  そーゆうビビりなとこあるから相手のダウン取れずにカジリガメやサンダーの時に押され気味になるんだろ!」
「ああ、なんだそっち……いや、うん……うん」

 自分の勘違いだったことに気がついて、安堵の声を滲ませる。
重力を無視して空中に立っていた房が、ゆっくりと下に降りていった。

「オレ……は無駄に死なないように、それでいて弱った相手の止めをさせるようにだな……」
「そう言って草むらの中でグローパンチ溜めてばっかりじゃん!  しかも肝心な時に外すし! 今日なんて、なんで弱ったサーナイトじゃなくてヨクバリス殴ってたの!?」
「あ、あれは……腹立つ顔で飛び出されたから手元が狂ったんだよ!」
「意味わかんないし! あれでサーナイトが生き残ったからロトムだって取られたのに!」
「外したもんは外したんだからしょうがないだろうがよ!」
「しょうがなくないよ、無責任! あのロトムを押し込まれたからファイナルまで開通してレジェンドピットが中途半端になったのに!」
「うッるさいなァ!」

 試合での悪手を掘り返されたことで気分を害したルカリオは、ゼラオラのマズルから左腕を離し、怒りに任せてソファーの肘掛へと拳を振り下ろした。
ばきりと、皮革を覆っていた氷層に罅が入る。

「俺だって分かってんだよ、一々言われなくたって! つかさ、キュウコンだって俺たちのこと言えるのか!? さっきの試合なんて、何回もダウンしまくってたのキュウコンだろ!」

 年下から立て続けに浴びせられる非難に苛立ちが募り、ルカリオはつい狐の失敗を俎上に引きずり出した。
怒鳴った拍子にソファーにめり込ませていた拳に体重が掛かり、罅が亀裂へと広がっていく。

「あんなのッ!」

 あんなの、どうしようもないじゃないか。
単騎でゴールを守っていれば、三匹がかりの畳み掛けに逃げる間もなく押し潰され、集団戦で後方に控えていても障壁と念力で拘束された直後に天空から火の鳥が紅蓮の火箭として突っ込んでくる始末。キュウコン只一匹を狙い撃ちにする戦術であることは自明、特にリーダーと思しきリザードンは一寸の迷いもなく無く持てる全てのユナイト技を狐の少年に向けて来た。
 とはいえ試合自体は5匹と5匹の同数対決。アローラキュウコン一匹に戦力を集中させているならば、裏を返すと他の4匹は自由に動けているはずだった。
なのに、なのに。

「さっきの状況だったら、僕が引きつけている間にミドルゴールまで壊せてたはずだろ! それなのにタブンネ追っけてたのはルカリオ達じゃんか!」
「キュウコンが倒されまくったからレベル差開いてファームしなきゃ追いつかなくなったんだが!? 俺らの悪口ばっか言う前に、自分のミスを自覚しろよな! そうじゃなくても集団戦の時に遅れて倒されてんの、大体キュウコンだろうが!」
「ちょっ、ルカそれは駄目だって」

 流石に言葉が過ぎると判断したゼラオラが腕を引っ張って止めに入るが、時既に遅く。
チームのために要点を防衛していた自らの行動を貶められ、更には脚の遅さを侮辱され、堪忍袋の緒がはち切れる。

「何がぁっ!!」
「キュウコン!」

 日頃の鬱憤全てを注ぎ込む勢いで一歩踏み出したキュウコンの首元に、ずいとアブソルが滑り込んだ。
全身を使って荒い呼吸の狐を受け止めたエプロン姿の青年は、あやす様なトーンでゆっくりと言葉を紡ぐ。

「一旦落ち着こう、ね?」

 優しい音色を片耳にアブソルの少し硬い上毛へと鼻を埋めると、ふわりとシチューの仄かな香り。
ロコンから進化したばかりの小さい時から、嫌なことがあってもアブソルがいつも慰めてくれていた。
それでも、今日の怒りは特段、幼い心で呑み下すのが難しくて。

「駄目だよキュウコン、ゼラオラやルカリオもみんな、チームのために一生懸命なんだよ? だから、大きい声で怒鳴っちゃ……」
「ーーッ!!」

 二匹を擁護する青年の言葉が、今のキュウコンにはどうしても許せなかった。煮え切らなかった激情のうねりが突如として弾け、怒りの突沸が理性の蓋を跳ね除ける。
 どん、と。行き場のない憤りを前脚に込めて、アブソルの白い身体を突き飛ばした。

「えっ……」

 まだ細い体幹から繰り出された一撃など、青年にとっては痛みにもならない。
だが実弟のように愛情を注いできた少年から初めて強く拒絶された衝撃で、アブソルは驚愕と戸惑いの表情を顔に張り付かせた。

「…こが…っ、どこがっ、チームのためなんだよぉ……!」

 ありったけの気勢を込め言葉を床に放ったつもりが、絞り出てきたのは弱弱しく震えた声。
 一方的に負けた悔しさに、いつもと変わらず好き放題ばかりしているチームメイトへの怒り。少年の気持ちを汲み取ってくれないアブソルへの失望感と、それでも優しい彼の温もり。そんな大好きだったはずの暖かさを拒絶してしまった自分に対する哀しさと、喪失感と。
 ぐちゃぐちゃな思いでごった返す感情のスープは、幼心の小さな鍋には収まりきらず、涙となって溢れかえる。
ただ一つ分かるのは、摂氏がとうの昔に沸点を超えて、ぐらぐらと煮え立っていることだけだ。

 キュウコンが目頭に熱を孕んだまま首を上げて視界を開くと、溜まった雫が頬を滑り落ちていく。
止めどなく涙腺を駆け上がる涙に視界が暗れる。怒っているはずなのに何で泣いているか、もう自分じゃ分からない。

「全然、チームのために動いてなくって……さっきの試合だって、何も考えず勝手にどんどん突っ込んでっ、勝手にダウンしてっ、勝手に僕ひとりにゴールの守りを押しつけてさぁっ……! 」

 啖呵を切って日頃の不満の全て吐き出そうとするが、嗚咽と鼻声で言葉が詰まる。
瞬きをするたびに涙が零れた。滲む視界じゃみんなの表情なんて分からない。もう、分かりたくもなかった。

「いつもいつも、ゼラオラとルカリオはうろうろしてて、ヤドランは言ったこと全部忘れるし、アブソルは……アブソルはあっ!」

 ――なんで僕の辛さを、分かってくれないの。
 項垂れながら絞り出した一筋の思いは、泣き声の中に消え萎んだ。
降涙の雫がぱたぱたと、霜の掛かる絨毯に跡を残す。

「キュウコン……」

 初めて感情を爆発させて取り乱す雪狐を前に、アブソルは掛ける言葉が見当たらなかった。
思えば、今のチームはキュウコンにとって戦いやすい環境とは言い難い。フィールドで戦いのポイントが動くとき、重要なゴールポストを守備していたのは白狐ただ一匹。集団戦でも健脚快速なメンバー達に付き従って、オーロラベールの加護で苛烈な技の数々からチームメイトを守り抜いてきた。
 だが、アローラキュウコンという種族は元来、耐久力や俊敏性に秀でている訳でも無く、むしろ打たれ弱い。まだ成体になり切れていない彼のフィジカルは、更に一段劣っているはず。それでも今の構成が破綻していなかったのは、狐の我慢強く温厚な性格と種族差を覆すような才能によって強引に補完されていたからに他ならない。チーム全体が、キュウコンの稟性に甘えていたのだ。
この欠点が今日、敗北を通じて露呈した。
本来ならばもっと早く、相手チームの分析係なんかよりも、ずっと長くそばにいるアブソルが気付いてやるべきだった。

「もう、いいよぉ……」

 重い沈黙の中で口を開いた雪狐の少年は、声に深い落胆を滲ませる。
そのまま顔を伏せたまま数歩廊下へと後退り、

「こんなチーム、大っ嫌いだッ!!」

 少年はありったけの感情を吐き捨てると、踵を返して廊下に飛び出した。
階段へと消え去っていくキュウコンの背中を呼び止めることすら出来なかったアブソルは、顔を歪ませたまま短く息を吐く。
 全員が押し黙る中で、キッチンから届く吹き零れのアラーム音だけが、雪の中で鳴り響いていた。



 複数本の侵攻ルートから構成されるユナイトバトルのフィールドでは、各ルートそれぞれに均等なメンバーを割り振るのがセオリーだ。
しかしながらキュウコン達のチームは機動力に優れたチームメンバーの特性を活かし、戦力の流動的に相手ゴールへと一極集中させ、電撃的にゴールポストを破壊する。とはいえこの戦法は他のルートにおける数的不利を導く諸刃の剣であり、だからこそ只一匹でルートの要点を維持できる要員がチームの柱となる。
アローラキュウコンの類稀なる素質は、正に打って付けのものだった。

 いつも通っているスタジアムの、見慣れたフィールド、草木の中に混じるエイパム達。
藪に隠れて息を潜める彼らの視線の先には、レーンの上で相手ゴールに攻め入る二匹のポケモンと、それをたった一匹で迎撃するアローラのキュウコン。
攻勢側はキュウコンを排してゴールを決めようと躍起になるが、絶妙な交戦距離を維持し続ける狐を落とし切れず、二匹の体力だけがじわじわと削り取られていく。
焦りを滲ませる二匹に隙を見出した少年は、己が冷気を解き放ち、荒れ狂う猛吹雪で決めに掛かる。
轟、と氷の力場が励起するや、藪に隠れていたエイパム共々、レーンが銀の嵐で塗りつぶされた。

 相手のポケモンを悉く飲み込んだ氷雪が晴れ上がれば、残されたのは守手を失った無防備なゴールエリアだけ。
白狐は跳躍と共にその身体を一回転させ、凝縮されたエオスエナジーを白絹の尾束で円状のポストに叩き入れた。

――ゴォォオオルッ!!

 キュウコンのフルスコアダンクが決まるや否や、実況が高らかにコールを謳う。
ゴールポストの残滓が飛び散り消えていく中、観客席から響く歓声の音圧がスタジアム中を打震わせる。
 身体と心が歓喜で満ちるこの瞬間が、ユナイト・バトルの醍醐味だ。
だが、

(あれ…?)

 来るカジリガメを狙うべく下ルートで味方と合流するが、そこに普段のチームメイトは一匹もいない。
代わりに彼を待つのは見知らぬバリヤードにカビゴン、そしてプクリン。同じチームであろう彼らはキュウコンの姿を認めると、声を合わせることもなく皆が皆、少年を守る陣形で前進を始める。
 彼らは一様に防御や支援を得意とするポケモンで、攻撃の担い手となるアタッカーはこの場にキュウコン一匹だけ。
いつもなら攻勢に長けたメンバーと共に前線に近い場所で戦っていた少年は、初めて経験する堅牢なフォーメーションに逡巡する。
だが――

「――待たせてごめんね、どんどん行こう!」

 いつだってゼラオラやルカリオは打たれ弱いキュウコンの身を案じること無く、攻めたい時に突っ込んで、移動技を使い退いていく。
自分勝手に戦う二匹に、少年の嫌気は頂点に達していた。勝っても負けても、チームに対する不満は募るばかり。
それでも耐えてこれたのは偏にアブソルの存在で、青年の優しさに甘えているときは不平不満も忘れられた。
けれどもう、それも終わりだ。



 前衛の三匹が相手のポケモンを抑塞し、後方から雪狐が強力な氷技を投射する。
安全圏から術式を以て相手の戦力を削いでいく。アローラキュウコンという、機動力に欠けるが補って余りある火力を持つ種族の本来的な戦法だ。
いつもは少年を振り回していた我の強いアタッカーによって前線付近でのファイトを余儀なくされていたが、このチーム構成なら思う存分、自分に合った戦い方ができる。

(ここが僕の居場所なんだ……ッ!)

 足元でうねり立つ、風水の気配。
技による攻撃を察したキュウコンが弾けるように後方に飛ぶと、先いた場所に渦潮の激流が巻き上がる。

(そこかッ!)

 螺旋状に立ち登る潮水の奥に、翼を広げたまま固まるウッウの影。子狐が着地ざまにその背後へと雪崩を放ち、青鳥の退路を塞ぎ切る。
間髪入れずバリヤードが念の波動で鵜の鳥を氷壁へと叩きつけると、蒼い身体は力なく地面へ崩れ落ちた。

 自律式モンスターボールが力尽きたウッウを回収するのを見届けると、束の間に息を一つ吐き、精神と身体を休ませる。
相手のチームは先の接触で壊滅、近場のゴールポストも既に破壊されている。
反面、こちら側は中央エリアを担当する一匹を除いてチーム全員が集結し、ゴールも未だ無傷。
カジリガメを巡る戦いを前にして、戦況は圧倒的に有利だった。

(いける!)

 レベル差が絶対であるユナイトバトルにおいて、経験値量が多いカジリガメを制する意義は大きい。
そこで得られたアドバンテージを利用して雪だるま式に彼我の戦力差を広げていけば、やがてはレジェンドピットを巡る攻防戦の担保となるからだ。
序盤のカジリガメを巡る戦いは特に重要視されるのだが、その布石ともいえる前哨の集団戦で既に相手チームを圧倒している。レベル差が付けば、もはや単純な正面衝突では負けることはないはず。
勝負はもう、決しているようなものだ
 見えてきたマスターランクへの道筋に、少年の胸は喜びに高鳴る。
だがその興奮に水を差すように、ふとした疑問が脳裏を掠めた。

(マスターランクになって、それからどうするんだろ……?)

 ユナイトバトルに参加するポケモン達にとって、一つの到達点であるマスター帯。
最高位のランクに至ることで、今シーズンの目標は達成されることとなる。
しかしキュウコンには、そこから先のビジョンが何一つ浮かばなかった。
少年はユナイトバトルに初めて参加したその時からずっとアブソル達とチームで戦ってきた。たった一匹でマスターの階位に登ることなど、今まで思いもしなかったのだ。

(マスターランクに上がったらお祝いにみんなでテーマパークに行って、ゼラオラとルカリオにエオスマートへ連れてってもらって、アブソルが一緒にジェラート作ってくれるって……)

 メンバーと交わした心躍る約束の全ては、最早何の意味も持たない。
偏に、彼が勝利と引き換えにチームを捨てたから。
 その事実を知るや、少年の心を虚無感が襲う。全身から血の気が退いていき、小さな身体がぶるりと震えた。

「やっ、やだよ……」

 一時の感情で失った絆の重さに慄いて、少年は尾を丸めて後退る。
 そんなキュウコンへと振り返る前衛の面々は、ことごとくが無表情だった。彼らと自分の間には信頼や友情などありやしない、ただ一試合のために作られた薄氷のような関係。あるのは勝利を目指すという相互利益だけであり、勝った時の喜びも負けた時の悔しさも、分かち合えはしないのだから。

「ヤドラン! ルカリオ、ゼラオラ! ねえ、どこ!?」

 キュウコンは親と逸れた幼子のように、右往左往とチームメンバーの姿を探し求めた。
いつの間にか、スタジアムを覆っていた溢れんばかりの歓声は消え失せ、熱気で溢れていた筈の観客席も今や人一人居ないがらんどう。
深い霧のような沈黙が漂うフィールドで、名前を呼ぶキュウコンの声だけが木霊する。

「僕、もっと我慢するから、我儘ももう言わないからぁっ!」

 少年の希う声に応える者は誰もいない。得点版の間で光るタイマーが、戻せない時の流れを進めて行く。

「イヤだよ、アブソル……あんなのでお別れなんてーー!」

 絶望に打ちひしがれていたキュウコンの背後で突如、がさりと藪が揺れ動き、影が一つ躍り出る。
音に反応して振り向いたキュウコンの視線の先には、彼の良く見知った三日月状の鎌を側頭から尖らせた白き獣の立ち姿。
焦がれていたポケモンを前にして、少年は思わずその名前を叫んだ。

「アブソル!」

 耳をピンと立て、嬉しさに弾かれるように青年の元へと駆け出した。
が、顔を俯けたまま異様な雰囲気を醸し出す姿に気圧され、数歩ばかりで脚を止める。

「アブ、ソル……?」

 少年の問に、獣は押し黙ったまま首を擡げた。
蒼顔から覗く双眸は、確と紅蓮の光を放つ。目付きには想い出にある優しさなど微塵も無く、只静かにキュウコンら4匹のポケモンを見据えていた。
まるで、眼前の命を値踏みする死神の如く。
 血塗られた視線と眼がかち合った時、ぞわりとキュウコンの毛が粟立ち、疑念が確証へと変わる。
アブソルはもう、味方じゃない。

「……敵!?」

 キュウコンが声を上げるや否や、アブソルが側頭の鎌を水平に振り抜いた。刃の軌跡をなぞる様に顕れ出でた思念の具現化たる滅紫の刃は、立ち処に密集するポケモン達を貫通し、その身に三本の黒痣を刻み込む。サイコカッターは痛みこそ無いものの、技が残した痣跡より染み込む疼きが獲物動きを鈍らせる。
これから貴様らを斬り捨てる。大鎌を携えた死神の、焼印が如く宣告文だ。

 サイコカッターの残滓が消えるのを待たずして、アブソルの四肢が地を蹴り上げた。白い影が一瞬の裡に少年へと肉薄するが、バリヤードの展開した隔壁が瞬時に両者を分け隔てる。されど半透明の光板に鎌獣が激突する寸前、その残像が弧状の軌跡を描く。
一条の影が、キュウコンを掠めた。音も無く、代わりに走る斬撃の激痛。

「う、あっ!?」

 銀狐は辻斬りによる痛みに呻きながらも、本能的に地面へ転がることで技の勢いを削ぎ致命傷を回避した。
そのまま回転の勢いを活かして瞬時に立ち直り身構えるが、既にアブソルの姿はない。
 慌てて前衛達へと視線を向ければ、バリヤードの懐に取り付いた死神の横薙ぎ一閃が放たれた直後だった。
アブソルは力尽き膝から崩れ落ちる男を後ろ脚で蹴り飛ばすと、勢いそのままにプクリンへと距離を詰め、催眠歌を紡ぐ喉元に剛爪の一撃を打ち込み技の発動を阻害する。
蹌踉めく兎の頸に食らい付き、そこから韌に身体を捻って突進するカビゴン目掛け桃色の肉体を投げ飛ばした。
鈍い音を発して前衛二匹が折り重なるように地面へ倒れ込むと、白き獣は無防備な二つの巨体に鎌を振り下ろし、一刀両断の元に切り捨てる。
 三匹のポケモンだった光が、モンスターボールへと吸い込まれていく。
残るはキュウコン、一匹だけだ。

「あ、あ……」

 白獣の鬼神の如き獅子奮迅によって一挙に前衛全てを失い、キュウコンは言葉もなくその場にへたり込む。
最後の一匹へと視線を戻したアブソルは、戦意を失った子狐の元へ一歩、また一歩と歩み寄った。

 呆然と地面を見つめるキュウコンの視界に、鎌佩く獣の影が差す。
少年は一抹の希望に縋りながら、恐る恐る顔を見上げた。もしかしたら、想い出の中の優しい青年が立っているかも知れないからと。
だがキュウコンを見下すアブソルの瞳は、先刻と変わらぬ冷たさを帯びたまま。

 がぶり、と。鋭い牙が幼い喉笛に食い込んだ。

「かっ、はぁっ……!」

 キュウコンを地面に押し倒したアブソルは、馬乗りのまま更に顎へと力を掛ける。
気道が圧迫され酸素が届かぬ苦しさに、狐の四肢が虚しく空を掻いた。必死にその名を叫ぼうとするが、潰された喉では言葉の一つも通らない。
息が、出来ない。

 白に消え行く視界の中で何とか青年の身体に触れようと、痙攣に震える片脚をアブソルの胸元へと伸ばす。
その手が胸毛に触れた途端、頸椎が砕ける音がした。
 果てる意識の常闇で、死神の声が最後に轟く。

ーーお前が捨てたんだろう、と。



「うわっ!?」

 アローラキュウコンが跳ね起きると、見慣れた天井のシーリングライトが常夜灯モードの仄暗い明かりを放っていた。
心臓が早い鼓動を刻み、肉球が脂汗でじっとりと湿っていた。確かめるように喉元へと前脚の付け根を当てながら、荒い呼吸を繰り返す。
噛まれた傷など無く、無論骨にも異常は無い。が、厭な感覚は残ってる。
いつの間にか寝入ってしまったらしいが、どうやらその間、随分と酷い悪夢を見ていたらしい。
 スタジアムの出来事が全て現実ではないと知るや、心の底から安心感が湧き上がる。
深呼吸で肺に目一杯空気を送り込めば、体中に酸素が沁み込んで行くようだった。

 神経が落ち着くのを待って上体を起こすと、照明の微かな橙色の光が家具を朧気に浮かび上がらせている。
ナイトテーブルに置かれたスマートスピーカーのディスプレイに映る時刻は日付の変わる二時間前。いつもなら、キュウコンは既に寝入っている時間帯だ。
 もう一度眠りにつこうと再びベッドに転がるが、すっかり冴えた頭に睡魔の付け入る隙は無く。気晴らしに音楽でも聴きたいところだが、こんな時間に音を流すのは憚られる。
そう、みんな寝静まっているはずのこんな時間に激しい物音がするのは非常識。
なのだが。

(なんの音……?)

 下階から僅かに響く、断続的な高い声とそれに伴う振動のリズム。
音に苛まれているのは数時間前と同じだが、今度の音源はリビングではない。
方向は直下、ルカリオとゼラオラの相部屋だ。
テレビや映画の音漏れが真っ先に候補として浮かんだが、それにしては聞こえてくる音の種類がワンパターン過ぎるし、何より絶えず刻まれる振動の説明が付かない。
腑に落ちる仮説としては、一つ。

(また喧嘩、してるのかな)

 途端に、リビングで暴れ回って怒鳴り散らした数時間前の嫌な記憶が蘇る。
ぎゅっ、と体を横向きに丸めて尻尾を抱きかかえると、過去から逃げるように豊富な尾束の中へと顔を突っ込んだ。
心地よい冷感に包み込まれて安堵感から深呼吸ひとつ、胸腔から零れ出る。
 それでも後悔の念はとろ火に掛かるシチューの泡のように、胸の底から絶えずぽこぽこと湧き上がり続けた。

(どうしてあんなにイライラしてたんだろう……)

  あれほど心を焚き付けていた怒りの炎は跡形もなく消え失せて、今や後悔だけがこびり付いて離れなかった。
梁に連なってぶら下がる氷柱、霜に覆われたソファ。その後ろで怒りで牙を剥くルカリオと、彼の手を取って落ち着かせようとするゼラオラ。
そして、最後の一言を言い放ったときに見たアブソルの、少年が一番見たくなかった表情。
 傷つけたポケモンの顔は、鮮明に浮かび上がって消えなかった。感情はするりと喉を通り過ぎていったのに、過去の苦味だけはしつこく後を引く。

 時を追うごとに深まる自己嫌悪を振り払うために、キュウコンは再び夢の世界に逃げ口を求めようとする。
だけどーー

(だめだよ、これじゃ……)

 このままだと、また悪夢に魘されるかもしれない。恐れていた夢が、現実になるかもしれない。
自分が犯してしまった過ちに、けりを付けるまでは。

 思いを定めて前脚に力を入れると、持ち上がった身体から毛布がずるりと横に滑り落ちる。
 毛並みを整えるために全身をぶるりと震わせて、ベッドから飛び降り階段へ。
目指すは一階、先程と変わらず騒音の源だが、今回は怒鳴りに行くのではない。
ちゃんと、謝りに。



 夜中と言うこともあり、爪音に気をつけながらフローリングの廊下を進んで、二匹の寝室の前に辿り着く。
ドア一枚を挟むだけとなった今、漏れ出る音はより鮮明に聞こえるが、依然その内容は杳として知れない。
 規則的な律動と、対応するように発せられる痛みに耐えるような苦悶の声。
そういえば、スタジアムに併設されているジムでもうこうダンベルを持ち上げていたカイリキーがこんな声を出していたっけ。
だけどこんな時間に限界まで追い込むような激しい筋トレをするのだろうか、それも二匹で。
 色々と思索してドアの前でノックを逡巡していると、突如部屋から一段と大きな悲鳴が上がる。
ただ事ではないと察したキュウコンは、合図も無く寝室のドアを開け放った。

「どうしたの!?」

 間接照明だけが灯る薄暗い空間に廊下からの光が差し込む中、いの一番に眼に飛び込んできたのは、ベッドの上で重なる二人の異常な体勢だった。
ベッドの柵で下半身の方はキュウコンからは死角になっているものの、ルカリオはうつ伏せ状態で組み伏せられ、その背後からゼラオラが馬乗りになって首元に牙を立てていたのは見て取れた。
ルカリオが全身が僅かに痙攣しているのは、ゼラオラが電気を流したからだろうか。
 突然の闖入者に対して二匹の表情は固まったままだが、ルカリオの眼は遠目で分かるほどに涙で溢れ、収まりきらずに目尻から流れ落ちている。
漂ってくる奇妙な匂いは、最早この際どうでもいい。
 喧嘩という度合いを通り越した一方的な暴行に近い様態を目の当たりにしてキュウコンが呆気に取られていると、ゼラオラが驚嘆の声を上げた。

「キ、キュウコン!? 何でおまっ……何してんのさ!?」
「こっちの台詞! ゼラオラこそルカリオをいじめて何やってんの!」
「い、いじめじゃないし! これはルカが後ろから噛んでって言うから!」
「嘘! ルカリオ泣いてるのに」
「こ、こいつはこういうのが好きなの!!」

 ゼラオラの返答に、子狐は首を傾けて疑問符を浮かべた。幾ら世界広しと言えども、マウントポジションから首に噛み付かれて感電させられるのを好むポケモンなんて聞いたことがない。ルカリオは電気タイプじゃないんだし。

「ホントにいじめじゃない?」

キュウコンが真偽を問う視線をルカリオに投げると、犬の少年は何かを堪えるように押し黙ったまま、首を縦に振って肯定。
 どうやら喧嘩などでは無いらしいが、すると当然、次なる疑問が浮かぶ訳で。

「じゃあ二匹ともベッドで何してるの?」

 キュウコンの至極当然な問をぶつけられると、二匹の目線は水を得たニョロボンもかくやと泳ぎまくった。
不自然な程に長い間を空けた後に、ゼラオラはようやく答えを絞り出す。

「な……」
「な?」
「なかなおり……」
「仲直り?」
「ほ、ほら、オレたち、良く喧嘩してるけどさ……こうやって、その、夜になると、こう、仲直り、して……て……」

 ゼラオラはその場しのぎで産み出した言い分を補完するためにそれっぽい理屈を並べてみるが、語るに落ちると察したのか、語尾がどんどん萎んでいく。
 再び沈黙が両者の間を支配する。キュウコンが傾ける首の角度は、ますます深くなるばかりだった。
 
「ぐぁっ……」

 そうこうしている内にゼラオラによって押さえ付けられているルカリオが、苦悶の呻きで沈黙を破る。

「ねえ、上から降りたら? ルカリオ潰れちゃうよ」
「あ、ああ! そう、だよな」

 ゼラオラはキュウコンの提案に賛同しつつ、ちらちらと下腹部の方を確認する。
そしていざ退こうと腰を上げるが、それを制したのはルカリオだった。

「ま、待ってゼラ……ヤバいっ、から」

 辛うじて絞り出されたようなルカリオの掠れ声は、コンディションが想像以上に悪化している事を示していた。
 普段のどこか偉そうな雰囲気は完全に消え、正に死に体と呼ぶに相応しい様な声音。このままだとルカリオが死んでしまうのではないかという不安が、幼い心にさっと過った。
夢の一件で普段以上にチームメイトの容体を心配していた狐は、助けを呼ぶために部屋から出ようとベッドから背を向ける。

「大丈夫? 僕、アブソル呼んでくる!」
「「やめろッ!!」」

 部屋を出て行こうとしたキュウコンの背中目掛け、二匹同時に声を飛ばす。
強い静止を掛けられた事に驚いて、びくんと子狐の身体が少し跳ねた。

「その……ルカなら大丈夫、仲直りするとき毎回こんな感じになってっから」
「いっつもこうなるの? 仲直りで?」
「そうだから、キュウコンは出てって……いやもうそこで黙ってじっとしてて! 後でちゃんと仲直りについても言うから!」
「……分かった」

 ゼラオラに言われて二匹の方へと向き直る。心配そうな目つきで、事の経過を見守った。

「ルカ、とりあえず、その……抜くぞ」
「や、まって、むりっ、抜いたら、だめ……」

 何を?

「離れないとやべえって。 我慢しろよ不屈の心だろ」
「動くなよぉ……いま、限界っ、だからぁっ」

 何で?

「ゼラぁ、そこどけ、てぇっ! 当たってるっ……からぁ………あ、待っ、動くなぁっ!」
「動いてねえし!」
「無理っ、むりぃぃ……も、出そぉっ……!」

 何が?

「ゼラやめっ……動くなぁ、しゃべんなっ、何もすんなぁぁ!」
「さっきから何もしてないって、お前が一人で勝手にイこうとしてんだろ!」
「いっ、あっ、イくっ、いくぅぅ、いいっ、あ、あああああっっ!!」

 何処に? うわっ。

 何かが限界に達したルカリオが、一際大きな悲鳴を上げた。
拷問を耐え忍ぶように瞼と口を堅く閉じ、ビーチで跳ねるトドグラーのように、ルカリオが全身を痙攣させる。
少年が引き攣るリズムに連動して、パタパタと粘性の液体が飛び散る水音。独特の臭気が、より一層強くなった気がした。
 キュウコンは余りの異常さに若干引き気味に、そしてゼラオラは他人の不始末を見守るような眼で、ルカリオの反応が収まるのを待った。

「うっそだろ、キュウコンに見られながらイくって……ガチのマゾ犬だなこのチビ」
「あうっ」

 ばちん、とゼラオラがルカリオの後頭部を引っ叩くと、青い身体がびくんと跳ねる。
その反応に一瞬驚いたゼラオラは、何が起こったか察して、次いで心底呆れたような溜息を吐いた。

 一連の展開から完全に置き去りにされていたキュウコンは、目の前で起こっている「仲直り」の全容が気になってしょうがない。
兎に角ベッドの柵で視線が通っていない二匹の下半身の状況を確かめる為に、室内へと一歩を踏み出した。
ーーその途端


「ーーキュウコン!!」


 呼び止められて振り向くと、アブソルが廊下から大慌てで迫り来る。

「アブソル! ルカリオがーーぶわっ」

 四肢を使ってドリフトしながら減速するアブソルに状況を説明しようとした途端、豊かな胸毛で顔面を捕らえられ、視界一面が白毛で埋め尽くされた。

「起きてたんだねキュウコン、大丈夫? 気持ちは落ち着いた?」
「うん。でもルカーー」
「ごめんね、またルカリオとゼラオラの喧嘩がうるさかったね! 僕がちゃんと注意しとくからね!」

 アブソルは胸毛でがっちりと子狐をホールドしたまま、部屋の外へと押しやって誘導する。
キュウコンはアブソルが来てくれた嬉しさで尻尾を振りながら、青年の半ば強引な案内に従い廊下に出た。

「ううん。喧嘩じゃなくて、仲直りしてた」
「え、仲直り?」
「ゼラオラがそうだって」
「そっ……かぁ、そうだね、仲直りがやかましかったね!」

 アブソルは適当に会話を続けて誤魔化しつつ、キュウコンの揺らめく尻尾全てが完全に部屋から出ていることを確認し、寝室の扉を後ろ脚で蹴り飛ばした。
勢いよく扉が閉まり、二つの空間が隔絶される。
廊下からゼラオラとルカリオの姿が見えなくなたった所で、ようやくキュウコンを胸元から解放した。

「仲直りって言ってたけど、苦しそうだったから、ルカリオ。どっか怪我してるんじゃないかって」
「それは、えっと……大丈夫! 苦しそうに見えてもね、あれはその、本当は気持ち良くなっているだけだから」
「気持ちいいの?」
「そ、そう。その……マッサージされると気持ちよくても声出ちゃうでしょ? あれと同じ」
「ふーん。 ……じゃあさ、どんな風にやっーー」
「キュウコンさ! 晩ご飯食べずに寝ちゃったから、お腹空いてるでしょ?」

 不自然な形で新しい話題を被せられたが、アブソルの言う通り、思い返せばユナイトでの敗戦から何も口にしていない。
腹の虫は鳴動せずとも、強い空腹感が子狐の腹部をじわじわと蝕んでいた。

「今日はホワイトシチューにしたんだよ。キュウコン、大好きでしょ」
「うん!」
「じゃ、シチューを温め直してくるから、上で待っててね」
「何で? ……あっ」

 どうしてリビングで食べないのか聞こうとして、自分の失態を思い出す。
尻尾を萎ませてみるみるうちに落ち込んでいくキュウコンを励ますように、アブソルは鼻先で子狐の横顔を撫でた。

「大丈夫。イライラしちゃうことは、誰にでもあることだから。今日は特別に僕の部屋に入ってていいよ」
「……分かった」

 アブソルが鼻で少し押すと、キュウコンはやや重い足取りで彼から離れ、階段を一段一段と登っていく。
少年が上の部屋のドアを閉めた音を聞いて、アブソルはほっと胸をなで下ろした。
なんとか、乗り切った。

「はぁぁ……」

 目の前にあるゼラオラとルカリオの寝室のドアを見ながら、ぽつりと溜息を零す。
プライベートにどうこう言うつもりはないけれど、「仲直り」をするときは、せめて部屋の鍵くらい閉めてほしいものだ。



 キュウコンがアブソルの部屋のドアを開けると、自動照明が室内を照らす。
憧れていた場所にドキドキしながら足を踏み入れ、マズルを使ってドアを閉じきった。
しん、と。小綺麗に整頓された部屋に少年一匹。他人の寝室は、いつも不思議な香りがする。
 部屋をぐるりと見回せば、本棚には雑誌やコミックが番号順に整えられ、その一角を占める大きなガラスケースには、光沢を放つ大型戦闘機の模型が一つ鎮座する。
木製の靴箱にはポケモン用にデザインされたブーツが何足か収納され、獣型用に設計された机には最新号の雑誌とカバーに入ったタブレットが置かれていた。
壁掛けラックにはユナイトバトルやポケモンバトルで勝ち得た表彰や盾が一列に並ぶ。その一つには前シーズンのマスターランカーに贈られる虹色の盾もあった。下部に書かれた4桁の数字は、彼がマスターの上澄みで戦い続けてきた経歴を如実に表わす。キュウコンは初めて、アブソルの本来の実力を知るのだった。


 雑誌もコミックも読む気になれず、ベッドの上に飛び乗った。
すん、とシーツの表面を嗅げば、染み込んだ匂いが香り立つ。
いい香り、大好きな香り。
 身体を丸めてベットに寝そべり、瞼を閉じて香りの持ち主に思いを馳せる。

(一番悔しいのは、アブソルなのに……)

 マスターランクを経験したことがないキュウコンよりも、前期にマスター帯で戦っていたアブソルの方が、エキスパートで藻掻く苦しみは大きいはず。
それなのに自分は勝手に怒って、暴れて、泣いて、傷つけて。

(アブソルに捨てられてもおかしくないのは、僕の方だったんだ)

 瞼の裏にあの死神が浮かぶ。その目元は見えはしないが、でもアイツだとはっきりと判る。
果たして、あの死神と、この香りの主が、同じポケモンじゃないと誰が言い切れるのだろうか。
いや、ともすると。

 (僕が、アブソルを、死神に……――)

 自己嫌悪の悲しみに暮れながら、それでも良い匂いの安心感に包まれて、意識が微睡みの底に沈んだ。



「キュウコン」

 肩を叩かれ、びくりと意識が覚醒する。
見上げると、アブソルの瞳と目が合った。暖かみのある二つの珠玉が、少年を優しく見下ろしている。
 アブソルは湿った鼻先同士を擦り付けて、寝起きの挨拶をキュウコンと交わした。

「シチュー、暖まったよ」


 身体を起こしたキュウコンの前に、食膳が一つ供される。
ボウル皿を暖めるホワイトシチューから立ち上る芬々とした香りは、キュウコンの腹の虫を刺激した。
ぐう、とお腹を鳴らしながら、子狐は湯気立つシチューの表面へと舌を伸ばす。
 氷タイプ故の猫舌が真白の液体に沈み、その温度を確かめる。問題ないと判断するや、そこからはもう子供の食欲だった。
 
 アブソルはベッドに身体を横たえて前脚に顎を置き、夢中で皿にがっつく子狐を眺める。
ニンジンは苦手だというキュウコンが、手間暇掛けて仕込んだニンジンを難なく飲み込んでくれる瞬間を見て、得も言えぬ幸福感に目尻を下げた。
 やがて、空になったボウルを隅々まで舐め尽くしたキュウコンが顔を上げる。ご馳走様と言わんばかりに、シチューの付いた鼻先を舐めた。

「美味しかった?」
「うん!」
「そっか」

 自分よりも一回り小さな頭を撫でてやった後に、口と前脚を使って器用に食膳をベッドから降ろす。
その後は特に理由も無く再びベッドに横たわると、今度はキュウコンの方からアブソルに擦り寄って来て隣り合わせに腰を下ろす。
 暫くの間は青年の胸毛に鼻を埋めていたキュウコンは、程なくして意を決し、アブソルの顔と向き合った。

「……ごめんなさい」

 開口一番、俯き加減で出てきた謝罪に、アブソルは驚いて眉を上げる。
話を掘り下げていくと、今日はあれからずっと、一連の出来事を気にし続けていたらしい。
チームがバラバラになる夢を見たことや、自分勝手なことを言ってしまった反省、そして他のチームメンバーに謝りたいこと。
 全部を打ち明けた後のサファイアの瞳は、涙で光が屈折していた。
耳を垂れてしょぼくれた子狐の横に座り直したアブソルは、指先を使って手櫛で少年の絹糸のような長髪を梳かしてやった。

「リビングで怒って技を使っちゃったのは、確かに駄目な事だったね」
「……」
「でもね、本当に謝らなくちゃいけないのは、キュウコンじゃないんだ。僕たちなんだよ」
「……えっ」

 意外そうな声を上げ、キュウコンが首を持ち上げた。
真白に埋め込まれた二つの碧眼は、少し明るさを取り戻している。

「キュウコンはずっと、チームのためにゴールポストを守るって大切な役割をしてくれてて、集団戦も苦手なのに我慢してみんなと一緒に動いてくれてたんだよね」
「うん……」
「持ち物も、チケットがないからってキュウコンだけ新しいもの買ってあげられなくても、文句一つ言わずに古いのを使い続けてくれてる。嫌いなニンジンも残さず食べて、掃除もちゃんと手伝ってくれてるし、お買い物にも行ってくれてるよね。本当に偉いよ、キュウコンは」
「そうお?」

 当たり前だと思っていたことも褒められた気恥ずかしさに、子狐は小さく尻尾を振る。

「そのことを、当たり前だと僕たちが勘違いしちゃったんだ。一番年下で、こんなに頑張ってくれているのにね。そうやってどんどんキュウコンに負担を増やしてって、あんなに怒るまでほったらかしにしてたのは、他でもない僕らなんだから、キュウコンに謝るべきは僕らなんだよ。ごめんね、キュウコン」
「いいよ、いいよ、えへへっ」

 アブソルがやっと自分の気持ちを理解してくれた嬉しさに、揺れる尻尾の角度が増した。

「でもね、アブソル。やっぱりちゃんとルカリオやゼラオラ、ヤドランにも謝っときたい」
「どうして?」
「あんなこと言っといて、僕だけ謝ってもらうって、なんだか納得できなくて……」
「……キュウコンはホントに偉いんだね。分かった、明日になったらちゃんとみんなで話し合おう」
「うん!」

 笑顔を向ける健気な子狐の頭を、再度前脚で摩ってやる。
気持ちよさそうに撫でられるキュウコンの笑顔がもっと見たくて、アブソルはついつい言葉を紡いだ。

「キュウコンはさ、何か欲しいものとかある?」
「どうして?」
「いつも頑張ってるご褒美に、僕が買えるものだったら、何か一つ買ってあげるよ」
「ほんと!? でも、うーん……」

 元々物欲が少なくユナイトバトル一本なキュウコンにとって、青年のお小遣いの予算範囲内で買って欲しいものを導き出すのは困難だった。
もうすぐやって来るクリスマスのサンタさんに頼むプレゼントですら、まだ決まっていない。
 頭を捻っているキュウコンの様子を見て、アブソルが助け船を出す。

「欲しいものじゃなくても、何かやって欲しいこととかでもいいよ?」
「やった! じゃあニンジン減らして!」
「それはちょっと……ダメかなぁ」
「えぇ~」

 狐の膨れっ面を見て、栄養取らないと大きくなれないんだよとアブソルが諭してやる。
そもそも具材の大まかな裁量権はアブソルには無く、トレーナーがポケモンの栄養バランスを考慮して購入する事がほとんどだ。
たまにリクエストを受けて、それぞれの好物が追加の材料として加味されることがある。例えば、キュウコンの好きなモーモーチーズであったり。

「ごめんね、他に何かあれば、何でもしてあげるから」
「んんー」

 この時のキュウコンからはモーモーチーズという選択肢がすっぽ抜け、どうにかしてお願い事を探すために、過去の記憶を漁っていた。
アブソルの部屋で得も言えぬ鈍い光沢を放つ戦闘機の模型が欲しいと言えば欲しいのだが、同じモデルを買うとすれば、今のアブソルのお小遣いでは到底足りないだろう。
服だって何か欲しいものがあるわけでもないし、雑誌やコミックも追いかけているものは無い。
 アブソルの部屋に来る前へと記憶を遡って、階段の下、ルカリオとゼラオラの寝室の前。アブソルが蹴り飛ばして閉めた、ドアの向こうで見た出来事。
 願い事一つ、見つかった。

「じゃあさ、アブソル」
「ん?」
「なかなおり、したい」
「仲直り? それでいいの?」
「うん」

 こくこくと緊張気味に頷くキュウコンとは対照的に、アブソルは少し肩透かしを食らう。
仲直りと言えば、喧嘩の和解などで行う儀式的な仲直りのハグが真っ先に思い浮かぶ。
願い事という枠を消費しなくてもやってあげるような、当たり前の事。
とはいえ、陳腐だからとこれ以上断ってしまうのも可哀想だし、アブソルの気分も乗っていたので、ここはしっかり甘やかしてやることにした。

「おいで」

 胸を開いて招き入れると、子狐がそろりと胸元に入る。
前脚を閉じて子狐を引き寄せ、二匹が一つに密着する。
ひんやりと冷たくて、だけど柔らかく細い身体。頭頂部に鼻を密着させると、健康な子供の匂いがした。
一方のキュウコンは、よく手入れされたアブソルの胸毛にマズルを沈め込み、気持ちよさに鼻を鳴らしていた。

 時が静かに滴る中で、一心同体の時間を過ごす。
多幸感に満たされたアブソルは、しかしこれ以上は危険と感じて、キュウコンに離れるように催促した。
 幾らヤドランを除く4匹の中で最年長とはいえ、アブソルはまだまだ思春期真っ盛り。
油断すれば、キュウコンの体温と香りで勃ってしまいそうだった。
事実、下腹部から不穏な気配がする。

「キュウコン、もういい?」

 そう言って白狐の様子を伺うと、更に何かを請い求めるような表情。

「どうしたのキュウコン?」
「仲直りって、これで終わりなの?」
「え?」

 そこでやっと、今日の出来事を思い出した。

「仲直りって――」
「ゼラオラとルカリオがしてたやつ」

 おっと。


 
 アブソルはこの状況から何とか平穏無事に終わらせる術が無いかと思いを巡らせるが、彼の全身は思考の命令を無視して股座へと血流の増援が送り込んでいく。
こうなったら手が付けられないのを、彼自身がよく分かっていた。この前は遠目にヤドンの交尾を見ただけで、局部は臨戦態勢を整えていたのだ。
そうでなくとも何の前触れもなく肥大化する股間の命令逸脱っぷりには普段から手を焼いているというのに、いい匂いのする柔らかい同じ体型のポケモンを抱きしめた日には、制御なんて望むらくもない。この年頃の雄の体内では、それほどまでに陰部の影響力が大きいのだ。

 脚の付け根の反乱分子がクーデターを成功させて理性の実権を握る前に、どうにかして「お願い事」を断る理由を探し出さなければならなかった。
キュウコンにはまだ早すぎるから? でも大して年が離れていないゼラオラとルカリオはやっていた。
雄同士でやるものじゃないから? だけど、ゼラオラとルカリオはどっちも雄だった。
本当に好きなポケモンとやることだから? これだ、これでいこう。ゼラオラとルカリオには相思相愛になってもらおう。というか、毎日やってんだから実際そうなんだろう。

「キ、キュウコン。その仲直りはね、大好きなポケモンがやる特別な仲直りなの。だから――」
「僕、アブソルのこと好きだよ」
「――ッ」

 予想だにしなかった切り返しに、心臓がドクンと脈を打つ。
急速に理性が犯されていき、身体が徐々に熱を帯びるのを感じた。
口調にどこか湿り気を帯びながら、キュウコンは言葉を続ける。

「夢でアブソルみたいなヤツに噛み付かれてから、アブソルとバラバラになるのが凄く嫌って気がついて……チームでずっと嫌なことがあっても、アブソルと一緒だから我慢できたんだ。さっきアブソルに褒められたときだって、トレーナーに褒められるよりもずっとずっと嬉しくて……ぎゅっとしてもらって、身体がぽかぽかして……だから、だから――」
「キュウコン」

 青年への愛を紡ぐキュウコンの顎を、アブソルそっと前脚で持ち上げた。
サファイアの瞳とルビーの眼が交差する。

「だから、ぼく、アブソルが大好き」
「キュウコン、僕も――」


――大好きだよ


 言って、アブソルはキュウコンと鼻先同士をくっつける。
一呼吸置いて、お互いの口を重ね合わせた。
ぐっと、大きい獣が小さな狐を押し倒す。

  仰向けになった子狐は、突然のキスに驚きはしたものの流されるように青年の唇を受け入れる。
 最初は表面だけのキスだけが、口唇を動かす度に深度を増していき、やがて角度を調節してマズル同士が組み合うほどに深まっていく。
 そこから更なる刺激を求めて、アブソルは舌を差し込んだ。

 唇と歯列の隙間を縫って、肉厚な舌が少年の口内に到達する。
そのまま子狐の薄肉に絡み付こうと先端同士を直に触れさせるが、初めての刺激に臆した少年は反射的に舌を退けた。
突然消えた相方を逃がすまいと青年は舌を伸ばし続けるも、子狐はどんどん入り込んでくるアブソルの触手から逃げるように引いていき、終いにはマルヤクデのように喉元へと丸まり込んでしまった。子供とはいえキュウコンのマズルはアブソルよりも長く、奥に引っ込んでしまうと手の出しようがない。
 ディープキスのメインディッシュを取り上げられてしまった形だが、幸いオードブルは選り取り見取りだ。
手始めに、前列にある切歯の付け根から。

「ーーんっ」

 上顎の歯茎を舌になぞられて、キュウコンの喉が高く鳴った。
次いでアブソルが硬口蓋へと肉食の引き締まった舌先を滑らせると、初めて感じる擽ったさに白狐は溜らず鼻で鳴く。立ち耳が頻繁にくるくると回り動き、獣毛越しに子狐の速い鼓動が伝わってくる。
 そうした初心な反応の一つ一つが嬉しくて、アブソルは住人不在の口腔を隅々まで調べ尽くした。
前歯の裏に擦り合わせ、まだまだ丸い犬歯を撫でて、頬肉の柔なポケットに寄り道した後は、生え替わったばかりの後臼歯の根元をぐるりと一周。
そうして一番敏感なリアクションが返ってきた口蓋を強く攻めようとしたところで、キュウコンから呼気が全然聞こえて来ないことに気がついた。

「ぷ、はっ……」

 互いのマズルが離れると、息を我慢していた少年の胸が酸素を求めて上下する。
アブソルが少し頭を離してキュウコンの顔色を伺うと、僅かに潤うサファイアの瞳と眼が合った。

「息、大丈夫? 苦しかった?」

 前脚を折って首元に顔を近づけながら語りかけると、頭上で銀の首がふるふると横に動く気配がする。

「じゃ、気持ちよかった?」

 前菜だけでは物足りない舌体を慰めるように、首元から頬へと狐の銀毛を梳きながら聞く。少年が縦にこくりと頷いた。
そのまま頬毛を解しつつ、横顔を通って耳元へ。
顔の部位の中でも一際敏感な三角形を縁取るように、舌先をそっとなぞらせた。

「ひぅっ……」

 唐突に背骨を走った擽ったさに腰が浮き、思わず口から嬌声が漏れ出る。
慌てて声を出さないよう口を一文字に結んだものの、アブソルが唇で外耳を食めば、今度は高い鼻声が飛び出した。

「もっと、気持ちよくなりたい?」

 そっと耳元で囁けば、こくこくと二度の肯定が返ってくる。

「じゃあ、ベロで気持ちよくなろうね」

 暗に舌を引っ込めないように伝えて、回り道を終えた舌は再びキュウコンの口蓋へ。
今度はちゃんと横たわっている狐の薄く長い舌目掛けて、肉食獣の分厚い肉の触手が襲いかかった。

「ひゃっ……ふぁぁ」

 絡みつき、吸い付き、甘噛みして、また絡み付いて。
舌同士の交尾と言えば穏やかだが、実体はアブソル一方的な蹂躙に近かった。
 本来は味を感じるはずの器官から、おぞましいまでの快楽が押し寄せる。
猫舌なのが幸か不幸か、他の個体よりも遙かに敏感な子狐の薄肉は、アブソルの舌で全身を犯される快感を高い解像度で脳に送り続けた。
今現在の唯一の気道である少年の長い鼻は、より多くの酸素を肺に取り込もうと、音を鳴らしながら空気を取り入れ送り出す。
じんじんと、下腹部で何かが育つのを感じるが、今はそれが何なのかを確かめる余裕もなく。
只ひたすらに、アブソルとの絡みつきを、全身全霊で感じ取っていた。
 やがて陵辱から解放されたキュウコンの舌は、戻る力も無く口外にてろりと置いてけぼり。
アブソルの舌を失った口はぽっかりと空いたまま、じんじんとした快楽の後味に支配されていた。



 存分にキュウコンの舌を堪能したアブソルは、仰向けに横たわる銀狐の瘦軀を見下ろしていた。
「仲直り」のお約束。上が終わったら、今度は下。
 子狐の蕩けきった顔を出発したアブソルの目線は、細い首を通って荒い呼吸で上下する胸へ。
柔らかそうな腹部を通過して、終点は小股に生えた一本の鞘。
まだまだ幼いオスの象徴は準備運動が功を奏して小刻みに震え、蕾にぬらり、蜜を蓄えていた。

 「あっ……」

 青年の視線を股間に感じ、白狐は慌てて自身を尻尾を包めて隠そうとする。だがファーストキスと同じ轍を踏みたくないアブソルが先んじて肘と脇とで尾束を挟み、9本の動きをまとめて封じ込める。
そこから両前脚でキュウコンの後ろ脚を開帳させたまま押さえ込めば、白い獣の目と鼻の先には10本目の幼い尻尾が無防備に曝け出されていた。

 ぴくぴくと震えるほどに誇張しているにも関わらず、下から上まですっぽりと毛皮の鞘に収まったままの幼茎。円筒型の基底部にある球形の膨らみは、鞘の中身がアブソルと同じ亀頭球である事を物語る。目や耳、口や歯の形状は違うのに大事な部分はそっくりという生命の不思議を思いつつ、銀狐と新たな共通点を見つけた嬉しさに尾を揺らす。
 上目でキュウコンの表情を探れば、陰部をまじまじと観察される恥ずかしさに耐えかねてか、両脚をマズルに置いて顔を覆っていた。

 再び視線を下腹部に戻して、どこから口を付けるか吟味する。コブのやや下側にちょこんと添えられた白玉2つを包む柔毛の袋は舐めごたえはありそうなものの、今は棒状のナニかを咥えたい気分。折り返した目線を上へ上へと登らせて、円筒形の頂点へ。真っ白な短毛に覆われた鞘の中で、ここだけが黄色味を帯びているのはご愛嬌。鼻先を一寸の間に詰めて嗅げば、雄の生臭さなど微塵も無く、期待通りのツンとした子供の匂い。
 トイレ掃除などでは辟易する要素でしかない刺激臭も、子狐の控えめな甘い体臭と混じり合えば、たちまち魅力的なスパイスに変わる。さながら、シチューに散らされたホワイトペッパーのように。
 蕾を指先で器用に剥いてピンクの柱を少しだけ露出させると、より一層強い香りが鼻を突き、アブソルの性欲を掻き立てた。下腹部に力を込めれば、自身の尿道から先走りがぽたぽたと涎を垂らす。

「んっ」
 
 未だ陽の目を見たことが無い雄蕊が外気に晒され、そこから更にアブソルの鼻息が掛かる擽ったさに、銀狐は少しだけ腰を凹ませる。けれども行為を直視する勇気はまだなくて、顔は前脚で塞いだままだった。
 そうしたいじらしい姿を見ている内に、アブソルの心には小さな悪戯心が顔を覗かせる。
悪魔の囁きに従って、目隠しをした狐の名前を呼んだ。

「きゅーこん」
「んーっ……」
「おしっこした後は、もっとしっかりおちんちん振ろうね」
「えっ?」

 漸く前脚を降ろしたキュウコンの視界には、執拗に自分の性器を嗅ぎ込むアブソルの姿。何をされているか理解した瞬間に恥ずかしさで脳神経が掻き乱され、キュウコンの毛並みが上方向へと爆ぜる。

「や、やめてよそんなとこ、臭くないの!?」
「すごいよ、おしっこの匂いが」
「嫌ぁぁぁあああ、離してよぉ!!」

 キュウコンは羞恥心で頭を真っ白にしながら飛び起きると、アブソルを下腹部から引き剥がそうと白い肩を前脚で押し出した。
しかしながら後ろ脚が宙に浮いた状態では力の込めようがなく、また両者の体幹の差もあって、青年の身体はびくともしない。
この間もアブソルにあそこを嗅がれていると考えるだけで、顔がどんどん赤くなるの感じた。そのうちカントーのキュウコンになって頭から火を噴いてしまいそうだ。

「もぉやだぁぁ! アブソルのばかぁぁ!!」

 一方のアブソルはキュウコンのささやかな抵抗と幼い罵倒を愉しみつつ、ナナの実を指先で剥く要領で、子狐の鞘をじっくりと引き下ろしていく。
全容を現した張りのある果肉は、無垢な桃色の頂点が溢れた蜜に輝き、食されることを待ちわびているようにぴくぴくと律動する。
刺激臭に混じって漂うのは、ほんの僅かな、辛うじて嗅ぎ取れるオスの香り。アブソルは花に誘われたミツハニーのように口元を麝香の源たる肉柱へと近づけると、先端を咥え込んだ。
濃い塩の味が味蕾を充たす。

「ひゃうっ!?」

 矢庭に恥部が蠢く肉感に囚われて、少年の腰ががくりと抜ける。下腹部を見やれば、自身の陰部があった場所にアブソルの顔が引っ付いて、そこから得体の知れない快楽の電流が腰から全身へと波及していた。

「そこぉ、汚たぁ、やぁぁっ」
「はいひょーぶ、ひれいにひてふ」
 
 喘ぎ声が入り交じってほとんど言葉になっていない狐の異議は、これまた口にペニスを含んだアブソルの曖昧な声で諭される。
 舌体に十分な唾液を含ませてから、肉槍の表面をコーティング。ほどよく潤滑させた円筒形に舌を巻き付けて滑らせれば、塩気の強い粘液が尿道口から溢れ出る。
粘液同士を掛け合わせ、ちょうど良い塩梅の摩擦力で幼茎と舌を摺り合わせると、銀狐の細い腰ががくがくと震えた。

 キュウコンは生まれて初めて押し寄せる強烈な性感から逃げようと腰を引くものの、青年が狐の大腿をがっちりと脇で挟んで離さない。
幼い身体の奥底に眠る最後の本能をこじ開けるように、肉厚な舌と口腔の吸引を駆使して少年の陰茎を舐り続けた。
 やがて刺激の飽和に屈した子狐は、身を折ってアブソルの上に寄りかかる。
大好きな白い背中に顔を埋め、この快感の暴動を何とかしてくれと甘い声音で助けを請うた。

「アブ、ソルぅ……あ、ブ、ソぅっ!」

 青年は応えるように亀頭球まで口を沈めると、喉を絞って一気に肉棒を吸い上げた。
キュウコンの身体が、弓なりに仰け反る。

「あああぁぁぁっ!!」

 少年の甲高い嬌声と共に早いリズムで竿が脈動し、一拍毎にぴゅくぴゅくと透明な粘液が溢れ出る。
流石にこれ以上の刺激は酷と感じたアブソルは、刃先や粘膜に注意を払いながらゆっくりと陰茎を口内から抜き取って、あるべき鼠蹊部の中枢に場所に戻してやった。
とはいえ、膨らみきった粘液まみれの桃色の亀頭球や、痙攣と共に尿道から縷々と漏れ出る先走りは、押さえ付けた筈の青年の本能を煽り立てる。
 誤魔化すように陰部から視線を切って、アブソルに寄りかかっている脱力し切った狐の身体を慎重にベッドへ横たえる。

 キュウコンが息を整えている間、アブソルは絶頂の際に狐の性器から出てきた液体の正体を味覚で検証していた。
口に広がっているのは相変わらずの塩風味で、精液独特の臭気は全く感じられない。つまり、ただの先走り。
 キュウコンはまだ、未精通なのか。
 春を迎えてすら居ない少年を絶頂に導いた背徳感に、背筋がぞくりと震え、陰茎が苛立つのを感じる。
この随分長くお預けを食らっていた部分に構ってやる時が来たようだが、流石に疲れ切った幼い子狐に奉仕させるのは酷と思い、自分で済ませることにした。
幸い、極上のおかずが目の前にあるのだから。

 いつも通りベッドに腰を落して大股に足を開き、鎌の付け根に右脚を引っ掛ける。
普段は専用の鞘に納めていないと家中をボロボロにしてしまいかねない鎌状の形質は、こんな用途にも使えるのだ。
姿勢を安定させて準備を整えた後は、身体を丸めていよいよ処理に取りかかる。

「ん、ふっ」

 先走りでずぶ濡れになっているペニスを先端を一気に口に含めると、キュウコンの幼茎とはまるで違う、饐えたオスの生臭い匂いが口腔一杯に広がった。
肉棒の先端部分を舐って尿道口から粘液を搾り取る。この時点でもう、長時間に及んで限界までに張り詰めていた若い雄の一本槍は爆発寸前だった。
こんなに速く終えてしまっては勿体ないと、射精の気配を感じた時点で一旦止め、休憩がてら目の前に横たわっているキュウコンの方へと視線を向ける。

 再び、ルビーとサファイアが邂逅を果たした。

「……」
「……」

 いつの間にか初めての絶頂から回復していたキュウコンは、直ぐ側で行われていた年上のオナニーを食い入るように見つめていたのだ。
自慰に没頭していた状態で目が合った気まずさを紛らわすために、何か言おうとアブソルは口を開く。
そんな口から出てきた言葉は

「……な、舐める?」

 この世に生を受けてから十数年のうち、これ程までに自分が情けないと思ったことは無い。
唯一の救いは、キュウコンが快く引き受けてくれたことだけだった。

 アブソルから譲り受けるように股座へと収まったキュウコンは、大股の中央でそそり立つ青年の肉棒をまじまじと観察した。
時折鼻を鳴らして物珍しげに匂いを嗅ぐ。強い成獣の香が鼻を突くが、不思議と嫌にはならなかった。

 一方で、自分の陰茎を熱心に観察されているアブソルは、羞恥心を紛らわせるために天井のシーリングライトを茫と見つめていた。
確かに、これは死ぬ程恥ずかしい。この状態でおしっこの匂いがするね、なんて言われようものなら、「もぉやだぁぁ!」とか「ばかぁぁ!!」と絶叫するのも無理はない。
他人の立場を体験してみて、初めて理解できる事もあるものだ。あとで、ちゃんとキュウコンに謝ろう。

 そういった取り留めの無いことをあれこれ思い浮かべて天を仰いでいると、唐突に冷たい粘性の何かが性器全体を包み込む。
藪から棒に肉棒を襲った暴力的な冷感に、腰骨から背骨にぞわりとした感覚が駆け抜る。何事かとアブソルが陰部に目を向けると、キュウコンが肉槍の鋒から亀頭球のある根元まで、長いマズルで完全に咥え込んでいた。舐める動作を飛ばしていきなり全体を持って行かれた事で一瞬は動揺したものの、狐ポケモンは口に全部入るんだなぁと、自分では出来無い芸当を関心気味に見守っていた。そんな余裕も、子狐が口を動かし始めたことで一気に消し飛ばされる。
 キュウコンはアブソルのものを口に含んでみたものの、そこから先をどう進めればよいのか分からない。とりあえず口腔全体を使って吸い上げながら、舌先で陰茎の窪みを擦り上げてみる。
その瞬間に、アブソルの身体が跳ね上がった。

「うっ、くっ……あぁ! きゅ、コン……!! ちょ、ちょっとストップ!」

 強い吸引と尿道口を責め立てられる快楽に腰砕けになりながら何秒かは耐えてみた物の、程なくしてキュウコンのフェラを静止させる。
口撫に待ったを掛けられた少年は、口から棒を引き抜いて、どうしたのとアブソルの顔色を窺った。
全体を包み込まれた上で行われる愛撫は想像以上の刺激で、溜めに溜めた状態の陰茎では暴発待った無しだ。
射精したいのは山々だが、流石にそれでは勿体ない気がした。
 切なそうに見上げるキュウコンの頭を撫でてやりながら、アブソルは一緒に絶頂を迎えられる方法を探す。
 やがて一つ思いついたのか、股を開いたまま身体を横に寝かせると、キュウコンの股座へと顔を近づける。
また吐精を知らぬ幼いそこは、既に息を吹き返して、先端に透明な雫を湛えながら次なる快感を待ちわびていた。
 キュウコンを真似るように、アブソルも一口で桃色の肉を含む。

「ふぁっ……」

 再び襲い来る快楽の波に全身を震わせた銀狐は、アブソルの意図を理解したように、負けじと自らも成獣の陰茎を咥え込み、見様見真似で口淫を施した。
 二匹のポケモンが互いを慰める淫らな音が、寝室の中に鳴り響く。最初は鼻声だけだった嬌声は、次第に口の隙間から漏れ出るようになる。
先に音を上げそうになったのは長時間お預けを食らっていたアブソルだったものの、年長者の維持を見せるため、大人気ない猛攻で幼茎の先端ばかりを集中的に舐め回し、吸い上げる。
キュウコンは焼けるような快楽に目を瞑って耐えながら、されどフェラのやり方なんて知る由もないので、アブソルを真似て亀頭の先に舌を擦り付けていった。

 こうして図らずも互いに相手を苛烈に責め立てるデッドヒートとなったものの、決着はほぼ同時だった。
限界ギリギリまで張り詰めていたアブソルの陰茎をキュウコンが吸い上げたことで、アブソルが絶頂を迎える。

「んぐぅぅ!?」

 精液が尿道を通って少年の口腔を粘液で満たす。キュウコンは本能的に溢れる液体を飲み込もうとしたものの、成獣の精子の量は伊達ではない。
亀頭球も膨張し始め、このままでは息が出来なくなると慌ててペニスから口を離す。それでも射精はなおも続き、狐の顔を汚していった。
 実のところ、既に子狐はアブソルと同じ頃合いで達していた。
しかしながら射精がないため判別が難しく、更に自らの絶頂と重なったこともあって、アブソルは先にイかされたと思い込む。
アブソルは仔狐の過敏になった器官へと、さらなる猛撃を畳み掛けた。

「ひぃいっ!? あ、やあぁっっ、あああああ!!」

 絶頂で痙攣する棒に一層激しい快感が加わって、脳裏が焼け付くような感覚を覚えながら、キュウコンはベッドで善がり狂った。
身体は極限までピンと伸びて何度も痙攣を起こし、脚の指先は開閉を繰り返す。きつく閉ざされた瞼の縁からは、止めどなく涙があふれ出していた。
 拷問染みた責め苦の末に、じょろろ、と。
暖かい液体が、幼いペニスの尿道からから漏れ出した。
強い、塩の味。

「え、あっ!?」

 反射的に口を離すと、幼い陰部の先端から黄金色の液体が止めどなく流れてシーツに水溜まりを作っていく。
キュウコンの方は息絶え絶えで、肩で呼吸をする始末。

「ご、ごめんキュウコン! 大丈夫?」

 慌てて顔同士を近づけて容体を聞くと、仔狐は静かに頷く。

「…そ…るぅ……」
「え?」
「きす、してぇ……」

 アブソルはこんな状態でキスをせがまれて躊躇はしたものの、それでも望みを叶えてやるべく、横に座ってキュウコンの口を塞ぐ。
初めての仲直りで疲れ切ったお互いを労るような、長く優しい口づけだった。

「ね……なかなおり、できた?」
「うん、上手に出来たね」
「じゃ、もぉ、アブソルは……しにがみに、ならない?」
「え?」
「どこ、にも、いかない、よね……?」

 仔狐の震える前足が、そっと青年の手に置かれる。
 夢の話だと察した青年は、キュウコンの隣に横たわると、自分の胸毛の中に子狐の顔を寝かせてやった。
そして頭をゆっくり撫でながら、子守歌のようなトーンで囁く。

「うん、何処にも行かない。ずっと、ずっと、一緒に居ようね」

 返答代わりに尻尾を微かに動かしたキュウコンは、安心しきった表情でそっと意識を手放した。
少年の夢に、もう死神は現れない。



 トレーナーが帰宅した時、当のキュウコンはこっぴどく叱られるものだと覚悟していたと言う。
だが事情をアブソルから翻訳機越しに聞かされていた主人は、玄関ドアを開くや否や、ごめんねと少年を抱き締めてやった。
 元からポケモンと人間が同棲するための頑丈な設計が為されていた住宅とあって、被害の修復は2日と掛からず終了する。
 新しく天井に取り付けられたシーリングファンを珍しがったゼラオラが、掴まろうとしてファンに爪が引っ掛かり、ヤドランに助けてもらうまで回転し続けたのは別の話。

 そんな一悶着があってから、更に一週間ほどの時が過ぎた。
今日も今日とてアブソルは、キッチンで鼻歌を響かせている。
今晩のメニューはホワイトシチュー。この前の取り急ぎで作ったものではなく、一からシチューとして調理しているもの。
切り分けられたモーモーチーズも、コンロの横に用意してあった。

 がちゃり、と。静かにキッチン扉を開ける音がする。
待ちかねた来客の音に、アブソルは無意識に口角を持ち上げた。
首だけで振り返りながら、晩御飯のメニューを告げてやる。

「キュウコン、今日はシチューだよ」

 そんなキュウコンは尻尾を揺らしてはいるものの、表情はどこかすっきりとしない様子。
いつもと違う仔狐の様子に少し心配になったアブソルの元へ、キュウコンがとてとて歩み寄った。

「どうしたの、具合悪い?」
「ね、アブソル」
「んー?」

 篦をかき混ぜるアブソルの脇に、子狐がマズルを差し込んだ。
そして、聞こえるか聞こえないかという微妙な声量で、

「……なかなおり、したいの」

 少年の告白を耳にして、アブソルの前脚がピタリと止まる。
一拍置いて、横に置かれたボウルからモーモーチーズの欠片を口に咥え上げた。
そして身を屈ませると、幼い子狐の口内へと舌を使って送り込む。
チーズを受け渡す途中で、舌と舌とが絡み合った。

 束の間のキスを終えた後、アブソルはひっそりとキュウコンに耳打ちする。

「お風呂終わった後に、僕の部屋で待っててね」

 それを聞いたキュウコンの尻尾が一際大きく振れ動いた。
相好を崩した少年は元気良く頷くと、足取り軽くリビングへと向かう。

 キュウコンの背中を見送ったアブソルは、コンロ横のボウルからモーモーチーズの欠片一つ、シチューの中に放り込む。
欠片はゆっくりと線を引き、シチューの中にとろけて行った。


fin.



▼あとがき

こんにちは
テストとかでわちゃわちゃしていて、本文の手直しもしていたらすっかり遅れてしまいました。

 前作の反省をいかして今大会ではちゃんと書き上げた上で見直しもしっかりしようなんて考えていたものの、結局当日に半分ゴーストタイプみたいになりながら書き上げてゴールイン。終わった時は筆折ろうってマジで思いまたした...。
締切ギリギリで見直しもろくに出来ないまま投稿しまして、その後に見返して誤字脱字ばかりな事に気がついてメンタルやばかったです。序盤で丸々一節抜けてるとこ発見してしまった時はスマホぶん投げたくなりました。推敲って大事ですね。

 最下位争いかなぁと気落ちしていましたが、蓋を開けると4名の方から票を頂いておりました!ありがとうございました!

>>雨降って地固まる、まさしくそんな感じのハートウォーミングなお話でした。アロキュウが♂、しかも未精通ショタという時点で好感度爆上がりです。ニンジン減らしてってたまんねえなぁおい!!!
 そして大人(といっても思春期真っ盛り!)なアブソルが話を上手く引き立てているなぁと率直に感じました。
 チーム力が試されるポケモンユナイトを軸に、チームメイトの戦略や判断の齟齬とその積み重ねで険悪な雰囲気になっていく様、無意識にエースに甘えたプレイング……。ユナイト経験者としてどれも覚えがあって、頭を抱えつつも引き込まれていきました。初めての挫折と絶望、怒り、そして悲しみに揺れる少年を、自らの非を素直に認めつつ優しく包み込むアブソルが、只々かっこいい。
 そして彼らの背徳的な「なかなおり」のシーンも読み応えたっぷりでした。初心なアロキュウもさることながら、加減が分からず暴走気味なアブソルに思わずときめいてしまいました。そんな絡みの中に織り交ぜられる、目を宝石に喩えた表現が、彼らの曇りなき情にぴったりで、読んでて前屈みになりました。いいなぁ……こんな経験、私もしてみたかった……。

 色々あって気落ちしていた私にとって、心の栄養になるお話でした。おいしいシチュー、ごちそうさまでした。

 最後に、作中で最も好きな台詞をば。

「おしっこした後は、もっとしっかりおちんちん振ろうね(ニチャァ……」

・ユナイトでアロキュウをメインにしていた&アロキュウが♂の作品って全然見当たらなかったので自分で書きました!可愛い子がオトコノコだと可愛さ二乗だなって産まれる前からずっと思ってまして。
未精通なのは元々2作構成の一作目にあたるからという雑な事情があります。そっちはクリスマス向けに作っていたのですが、ばちこり過ぎてしまった今となってはもう陽の目を見ることはないでしょう()
 アブソルはビジュアルから年上のお兄ちゃん感がひしひしと伝わってくるのでまんまその通りに書き起こしました。あのふわふわな胸毛って絶対誰かを抱き締める為に発達したんだと思うんですよね。本作のアブソルくんは年頃の有り余る性欲を家事で誤魔化していたけどこの夜にはどうにも抑えられなかったようです。

 ユナイトバトに関するアレコレは全部私のやらかしから引用しました()
特に下ガンク入ったのにスパーク入力間違えて事故死した私の経験値を吸って爆誕したサーナイトが下レーン丸ごとぶっ壊してった時は甲羅をはぎ取られたイワパレスみたいな顔になりまして、あれ以来サーナイトと会ったら目を狙うようにしてます。
 濡れ場は書くの初めて&圧倒的時間不足で出来栄えに不安しか無かったのですが、満足していただけたようで良かったです!
まさか私の作品で人を元気にさせることが出来るなんて思ってもみませんでした、ありがとうございます!

 例のセリフはカフェイン決めまくってとち狂った作者の性癖をアブソルくんに代弁して頂いたものです()
天然オーガニックなショタのあそこの匂いってそういうもんだと思ってます!

>>みんなエロ可愛くて良かったです。
特にマゾで敏感なルカリオが最高でした。

・ユナイトやってた時に体力半分になったあたりでモリッとシールドがついたルカリオを見てあーこのわんちゃんは殴られて回復してしまう天性のマゾなんだなって察してしまったのでMにしました!!普段はつんけんしてて口悪い子にマゾっけがあるとめっちゃ可愛いと思います
実はゼラに首筋噛まれて電気でビリッとされるのが好きなんて裏設定があったのですが置き場が無くて困ってたのでここに書いときます!


>>アローラキュウコンの心理描写がとても良かった。
濡れ場への導入部分も自然で読みやすかった。 (2021/12/18(土) 22:01)

・タイトルでシチューって書いてしまっているので、心理描写もシチューのように表現してみました!結構無理矢理感あるかもですが...
濡れ場まではそれはもうノリと勢いでゴリ押してしまったの思ってたので、読みやすいと言って頂きありがとうございます!


>>王道、ゾウドウ、ダイオウドウ (2021/12/18(土) 23:18)

・変態大会なのに純愛BLってドウなのかなって不安だったんですがダイじょうぶソウで結果オウライですね!




 夏までには前作を修正するとか言っておいて夏休みどころか冬休みも中頃になってしまいましたが、未だにあんまり進んでおらず、脳内プロットだけは無限に広がっております。
そもそももう誰も待ってはいないだろうと思ってますが、とりあえず作者ページは前作の修正版が完成次第作る予定です。
それではみなさん良いお年を!


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Last-modified: 2021-12-31 (金) 21:53:47
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