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かわいい娘のロコンが進化したらえっちすぎたので僕の息子も進化しそうです(5)

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かわいい娘のロコンが進化したらえっちすぎたので僕の息子も進化しそうです 

(5)先達(せんだつ) 


 中央広場から離れた路地は、街と言えども人通りも少なく、寂静としているものだった。時折誰かとすれ違うが、キュウコンとブーピッグに目をくれることもない。キュウコンにとって、木々の香りがする分、森の中を歩く方が良いとすら言えた。
 痩軀のキュウコンは締まりのないブーピッグより歩くのが早かった。彼女が何気なく歩くだけでブーピッグはたちまち置いていかれてしまう。普段の活動量の差が如実に現れていた。
 「キュウコンさん、待ってください」
 これで三度目だ。キュウコンは脚を止めて振り返り、ブーピッグを待った。小走りしてはいるが、脚が短いために歩幅も短く、キュウコンに追いつけないようだった。
 「すみません」
 追いついたブーピッグが謝る。キュウコンの方も努めてゆっくり歩いてはいるのだが、彼女の思う以上に速度差は大きかった。
 二人はまた肩を並べて歩き始めた。キュウコンにとっては、(かえ)ってしんどいスピードだ。
 「あなたたち探検家じゃなかったの」
 キュウコンはワルビアルがそう言ったのを思い出した。
 「それで戦闘とかできるの」
 「僕は調査要員なんですよ」
 ブーピッグは自分をそう表現した。
 「マッピングしたり、遺跡のあらましを前もって調べたり、掘り出したものの価値を鑑定したり、そういうことをやってます」
 「現地には行くのね。じゃあその体力だと辛くない?」
 「……はい」
 ブーピッグは気まずそうに答えた。本人も気にしていることのようだ。
 「リングマはこんな私抱えて遺跡探索なんかやってるんですよ」
 「あの人絶対強いよね」
 キュウコンは、昨晩ワルビアルを助け起こしたリングマを思い出していた。
 「それはもう。あの人がピンチになってるところ、見たことないです」
 「想像もできないわ」
 リングマの力が認められたことに、ブーピッグは嬉しそうに笑った。そして、キュウコンに(たず)ねた。
 「どうしてリングマじゃなくて、僕なんですか?」
 ブーピッグは戦闘もできず、女性の扱いを心得ているわけでもない。そのことは強く自覚しているようで、まさか自分が選ばれるとは思わなかったという口ぶりだった。
 それに引き換え、リングマは逞しく余裕のある男だった。どちらの方がメスに言い寄られるか。(かたよ)ることは予見できる。
 キュウコンはそれでも敢えてブーピッグを誘ったのだ。
 「私も最初はリングマさんかなぁって思ってたんだけど」
 キュウコンは答える。
 「あの人、相談に乗るの下手そうじゃない?」
 「そんなことはないですよ」
 ブーピッグは仲間想いだった。
 「彼は強いし、しかも賢いんです。僕が調べ物に行き詰まった時に相談すると、いつも僕が見落としてるところを指摘してくれるんです。注意深ければなんてことはないことなんですけど、彼は目ざとくそれを見つけられるんですよね」
 ブーピッグの語り方にはリングマに対する敬意が感じられた。それを聞いたキュウコンの反応は微妙だ。
 「うーん……」
 キュウコンは苦笑をこぼした。
 「やっぱりリングマさんではないかな」
 「そう、ですか」
 ブーピッグは仲間を弁護しきれずに気を落としたようだった。思い出したように、もう一人の候補者の名を出す。
 「あ、ワルビアルは?」
 「聞く? それ」
 淑女をマンコ呼ばわりするようなやつである。さしものブーピッグも、彼については擁護を試みることすらなかった。
 「消去法ってことですか」
 ブーピッグはそれで納得したようだった。
 「そうかもね」
 キュウコンの鋭敏な耳に、広場の喧騒が入ってきた。露天商や交易商、そして自治隊にとっては、人々の活動が盛んになりだす今頃が最も忙しくなるものだ。人々の往来と営みの様子が、音だけでも鮮やかに想像された。
 「お酒が飲みたいって言ってましたよね。朝からでもやってるところがあるのでそこへ行きましょう」
 騒がしさに慣れないため耳をそばだてるキュウコンを、ブーピッグが先導した。キュウコンは脳裏によぎった人物を話題に出すことにした。
 「私、好きな人がいるの」
 ブーピッグが足を止めた。顔をこわばらせて聞いた。
 「私以外の誰かのことですよね」
 「そうよ」
 ブーピッグがほっと胸をなでおろした。彼は、自分がキュウコンと釣り合うと思ってはいないようだった。今のキュウコンの言葉で、彼は自分の役目を理解したようだった。
 「いいですよ」
 ブーピッグが屈託のない笑顔を向けた。ブーピッグは、ウインディを知らない。彼氏の真似事をさせられた上に、どこぞの男とキュウコンとの痴話話をただ聞くだけ。そんなどうしようもなく益のない役割を引き受けることになっても、彼に不平はないようだった。
 「私なんかでは力不足かもしれませんが、お話を聞かせてください」
 「ありがとう」
 広場の喧騒がすぐそこまで近づいていた。二人は、一日限りの恋人として、その中に身を投じた。
 狭い路地から視界が開けたかと思うと、広場は数十を数えるポケモンで賑わっていた。円形に切り抜かれたその空間に露天や出店がところ狭しとひしめき合って財貨を交わしていた。生の木の実、それを使った軽食、冒険の役に立つスカーフ、手軽に技を習得できるわざマシン、そして進化の石を含む貴重な鉱石を扱う宝石商。キュウコンの見たことのあるものはもちろん、見たことのないものも、それどころかこの世にあるものは全て集めたのではないかとすら思えるほど物で溢れかえっていた。
 「色々見ながら酒場の方にむかいましょうか」
 彼らは露店市場を冷やかしながら移動することにした。露店と露店の間は狭く、キュウコンほどの大きさだと、他のポケモンとすれ違う時には尻尾を畳まなければ並んだ商品をなぎ倒しそうになるほどだった。キュウコンたちは露店の屋根屋根を超える身長のあるバンギラスがいるのを見たが、彼がこの狭さの中どう移動しているのか老婆心ながら気にしていた。
 露天商たちは押しなべて商魂たくましく、「そこのきれいなお姉さん!」とキュウコンは幾度となく呼び止められた。最初のうちこそ律儀に応じていたキュウコンだったが、竹の板に描かれた怪しい文様のアクセサリーを買えとか、ただ装飾の用にしか立たないリボンを買えとか、挙げ句男性器を模した木像を「今使ってくれ」だの言われるうちに、キュウコンは彼らを無視することを覚えた。なお木像は焼かれた。
 「ああいうのは沢山いるので、ホント、相手にしなくていいですからね」
 ライチュウやシキジカ、マシェードやムウマージなど大小様々なポケモンとすれ違いながら、ブーピッグはキュウコンをエスコートしていた。人混みをかき分けることについては、キュウコンよりも彼の方が手慣れていた。
 「時間に余裕はありますから、何か見たいものがあるなら案内しますよ」
 ブーピッグはキュウコンを気遣ってそんなことを言ったが、キュウコンが買いたいものは今の所なかった。
 「ちょっと疲れたかも」
 人混み自体、キュウコンにとっては(まれ)なものだった。彼女が普段活動しているのは、深い森の中や、荒涼とした草原など、自分たち以外にポケモンがいるほうが珍しいような場所ばかりだ。父と自分以外に他のポケモンの存在を気にかける必要など、普段はほぼないのだ。
 「この時間だと、雰囲気の良いお店はやってないんですよね」
 ブーピッグは言った。昼から一杯やるような飲んだくれを相手にするような店が内装に気を揉むかどうか考えれば、それは自然なことのように思われた。
 「なんでもいいわ」
 ワルビアルのようなチンピラにも屈しないキュウコンにとっては、雰囲気などは大した問題ではなかった。
 「それだったら、こっちです」
 ブーピッグは無規則に並ぶ露店の只中にいても、方向感覚を失っていないようだった。左手に曲がって一際露店と露店が狭く並んでいる場所を滑り抜けると、広場の縁を囲う建物と、その付近に設けられた腰掛けに座って休息しているポケモンたちがいた。キュウコンはいつのまにやらこれだけ広場の周縁の方に来ていたのだ。
 ブーピッグは建物と建物の間の、薄暗い路地に入っていく。路地の入り口から数えて三軒目の、寂れた建物の前で立ち止まり、キュウコンを手招きした。広場の賑やかさと、その建物の静けさの対比が、この街の表と裏を表しているように思われた。
 予想していた以上に雰囲気の明るくない店に面したキュウコンは、しかしブーピッグに誘われて店に入っていったのだ。
 酒場は、明るい時間ともあって人がまばらだった。しかし客層を推定するには十分だった。ボスゴドラ、サイドン、グソクムシャ、ゴロンダ、他数匹。リングマ及びワルビアルの行きつけなのであろうことが容易に推し量れた。
 客の方も、女が入って来ることが珍しいらしく、キュウコンに気づくと目を見張ったり眉間に皺を寄せたり首を傾げたり、とにかく見慣れないものに対する反応をした。キュウコンもそれには気づいていた。確かに雰囲気の良い店とは思われなかった。
 「キュウコンさん」
 ブーピッグが手を振っていた。店の隅の空いてる座敷についていた。キュウコンはそこにそそくさと合流する。
 「こんなだけど、味はいいんですよ」
 ブーピッグが苦笑いしながら言った。キュウコンは落ち着かないというように店の中を見回した。ミミロップがお盆を小脇に抱えつつこちらに向かってくるのが見えた。ミミロップは、小さい煙をあげる紙の筒を咥えていた。
 「こんなので悪かったわね」
 ミミロップがブーピッグの言葉尻を咎めた。この店の給仕役らしかった。キュウコンは彼女の吸う煙草のニオイに顔をしかめた。ブーピッグは、見た目こそ愛嬌がありながらどこか荒削りな感じのするその雌ポケモンに注文を入れた。
 「ミミさん、いつものお願い」
 「いつの間にこんないい女引っかけて来たんだよ、あんた」
 ミミロップはニヤニヤしていた。ブーピッグがメスを引き連れてこの店にやってくるようなことはそうそうないと思われているのが、その態度からうかがえた。
 「腕のいい呪術師なんです」
 ブーピッグはさらりと大ボラを吹いた。
 「古い伝承に詳しいとのことなので話を聞かせてくれと言ったら、酒を奢れと」
 ミミロップは肩をすくめた。
 「あんたの言うことやっぱよくわかんないわ」
 ミミロップは難しそうな話の気配を察して、「いつもの二つね」とだけ言い残して調理場に戻っていった。
 「『キュウコン』って、ゴーストタイプでもないのに霊感の強い方が多いんですよね」
 「まあ、そうね」
 キュウコンにも心当たりがあった。
 「ああでも言わないと、ちょっかいがしつこいので」
 ブーピッグは、キュウコンの来歴を偽ったことにそうフォローを入れた。あの場で「この子はぼくの彼女(本日限り)です」などと言ったら、ミミロップはもちろん、それを聞いた他の客も、凸凹(デコボコ)なカップルの事情聴取をしようと大騒ぎになるだろう。
 「言いにくいことも色々あるとは思いますけど、お酒を入れれば話しやすくなると思います」
 ここに入ったのは、酒を飲むためでもあるが、キュウコンの相談にブーピッグが乗るためでもある。ブーピッグはキュウコンを安心させようとした。
 「僕は口が堅いですから何を話しても大丈夫ですよ」
 「自分で言う? なんか胡散臭いわ」
 「そうですね」
 キュウコンはくつくつ笑いをあげた。ブーピッグもつられて笑みをこぼす。
 「話したい気持ちにさせてくれるかしら」
 キュウコンが(たず)ねた。
 「善処させてください」
 ブーピッグの答えは控えめだった。いつもの麦酒二杯とポケマメの塩茹でを持ったミミロップが二人の座敷へ向かおうとしていた。



 一方その頃、ウインディは。
 「勃たない……」
 ウインディはコジョンド渾身のサービスを受けていた。彼女は男の気持ちいい所を知り尽くしていた。愛撫した時の男の僅かな反応で、良いか良くないかを正確に感じ取ることができるのだった。息づかい。瞳孔の向く方向。筋繊維の揺らぎさえ、男の考えを読む材料にできるのだった。
 「んー難しいですね……」
 そんな彼女がこういうのだから、事態は深刻だった。彼女はウインディの背後から手を回してウインディの睾丸をもにもに弄り回していた。彼女にとっては何気ない時間潰しだったが、大概の男はコレだけでフルチャージになるものである。ウインディは稀な例外だった。
 「すまない。どうしても気分が乗らなくて」
 「謝るのは私の方ですよ。物覚えが悪くて」
 男に自信を失わせたら不能になることも、彼女は知っていた。
 ――このウインディは、原因はともかく、機能不全に陥っているのだ。リザードンはそんな彼を見かねて、私に再起を託したのだ。
 彼女は今回の仕事をそういうものだと理解していた。彼女は、しばしば心無い揶揄を向けられるこの仕事に、しかしながら誇りを持っていた。
 「ちょっと変わったものに手を出しても良さそうですね」
 彼女は道具を使うことを考えた。彼女はそっと立ち上がって、天幕の隅に安置された箱を探り始めた。彼女は折り畳まれた布を取り出した。
 「モココの毛を使った敷物です。よく水を弾きます」
 言ってそれを広げる。ウインディは彼女の邪魔にならないように隅へ寄った。モココの毛を使っていると言う割に、そのマットは質素な感じの灰褐色だった。
 「こんなもののために命を落とすモココがいるのか」
 「嫌ですね。刈っただけですよ」
 コジョンドは一笑に付した。丸刈りにされるモココもそれはそれで同情を呼びそうなものだ。
 「そしてこちらが、」
 コジョンドは、革袋を取り出し、その中に指を突っ込んだ。 
 「ヌメルゴンの『ぬるぬる』です」 
 コジョンドが指を抜き取ると、ぬらりと伸びる透明な粘液が指から革袋の中まで続いていた。彼女は指でその液体を丸めて指と指の間に粘液の膜を作っていた。
 「こんなもののために命を落とすヌメルゴンが?」
 「ですから、たくさん出るのを採ってるだけですよ」
 安心してください、と言う物言いだった。モココの毛刈りよりはヌメルゴンの体液刈りの方が信憑性があった。しかし自分の体表から分泌される粘液をわざわざ集めるヌメルゴンというのも、なかなかに哀愁ある姿になるだろう。
 「どうぞマットの上へ」
 コジョンドの指示にウインディは従順に従った。
 「ヌメりが加わるとまた一層心地がいいんですよ」
 コジョンドはウインディの前に進み出て、先程と同じようにウインディの睾丸に手を伸ばした。
 「ん……」
 感触が変わるのは確かだった。ウインディは着実に攻略されつつあった。だが、彼を堕とすにはこれでは不十分だった。
 コジョンドの本気はこんなものではなかった。



 キュウコンとブーピッグの座卓ではささやかな宴が開かれていた。まるごとマトマのホイル焼き、ネコブを出汁にした吸物、おおきなキノコのニニク炒めその他諸々の皿とともに、各種の果実酒が殺風景な座卓に色合いを与えていた。キュウコンもブーピッグも既に三杯空けていた。キュウコンだけがほろ酔いになっていた。
 「その人はすごく強くてね、私何回も助けられてるの」
 キュウコンは深皿に注がれたオボン酒を舐めながら、「好きな人」についてブーピッグに惚気けていた。彼女の目尻と耳と口角は重力に負けるほど緩んでいた。
 「救助隊のパートナーだったんですね。その人」
 キュウコンはブーピッグに、好きな人の――つまりウインディの――説明をしていた。
 「私さ、思い込みが激しいっていうのか、『こう』って思っちゃうとそうせずにいられない性格で」
 それのせいで、ハブネークに締め付けられ、ワルビアルたちに邪険に扱われ、父にディープキスするようなのがキュウコンという存在だった。父に何度も注意されているが、生来の性分か、治る気配がない。
 「彼がいなかったら私百回ぐらい死んでるわ」
 「百回ぐらい助けられたってことですね」
 「付き合い良すぎると思わない?」
 「そうですね」
 ブーピッグはキュウコンの言うことをただ聞くだけだった。彼はまだ、キュウコンの抱く気持ちについての話しか聞いていなかった。助言すべきような内容がないため、彼はただ傾聴するだけだった。彼はそれでも退屈そうな素振りを見せなかった。
 「いつも助けられてばかりでさー、私あの人の邪魔になってないかな」
 「そんな風に言われたんですか?」
 「そんなことないけど」
 「じゃあきっと、大丈夫ですよ」
 「そんなもん?」
 「そんなもんです」
 なんてことはない会話だった。格段相談を必要とするような内容は、まだ出ていなかった。ブーピッグの応答も、それに応じて当たり(さわ)りのないものにならざるを得なかった。
 「ウインディさんの気持ちが知りたいんですよね? 私で良ければ協力ぐらいしますよ」
 「わーたのもしい」
 「なんで棒読みなんですか」
 ブーピッグは笑いながらポケマメをつまんだ。ここまではよくある恋愛相談に過ぎなかった。「自分の気持ちを伝えたいが、相手に拒絶されるのが怖いから、代わりに聞いてくれ」など、古今東西若い男女に(あまね)く存在する悩みだった。
 悲しいかな、ブーピッグ自身はそうした経験を踏まえたことはなかったが、そうした悩みのあることぐらいは、知識として持っていた。
 キュウコンが核心に触れる時が近づいていた。
 「あの人が私をどう思ってるかは、だいたい分かってるの」
 キュウコンは昨晩口に含んだものを思い出していた。彼女の目尻に緊張が戻りつつあった。
 「それなら、攻勢あるのみじゃないですか?」
 両思いだと知りながら、まだ踏ん切りがつかないために自分の思いを秘めたままにしておく、というのもよくある話だ。ブーピッグも同じような話だと思ったようだった。
 「そうかしらね」
 キュウコンの垂れ下がっていた耳が、またピンと立った。
 「そうですよ」
 ブーピッグは肯定した。
 「それこそ彼をこの店に誘って……いや、この店はまずいですかね」
 ブーピッグは頭をかきながらはにかんだ。明るいうちはともかく、夜になればむさ苦しい雄ポケモンたちがどんちゃん騒ぎやら喧嘩騒ぎやらでしこたま飲み明かすのがこの店の本当の姿だった。恋人たちのための居場所はここにはない。
 キュウコンが一度深呼吸をして、言った。
 「それが実の父だとしても?」
 キュウコンは、ごく一般的な悩みだと思っているブーピッグに牽制を仕掛けた。その効果は顕著で、ブーピッグの表情筋が、傍目にはっきりわかるほど強張った。
 「実の父」
 ブーピッグがオウム返しに言った。かける言葉が見つからないという様子だった。
 「実の父じゃないんだけどね」
 牽制のつもりが、一言話すことで、以降の話も止まらなくなってしまっていた。
 「どっちなんですか」
 「両方」
 ブーピッグは困惑していた。彼は論理学には通じていないが、排中律程度のことは直感的に理解していた。
 「父さんはバレてないつもりでいるけど、私はあの人が父じゃないってわかってるの」
 キュウコンは注釈して矛盾を解いた。
 「確証は、あるんですか。父じゃないっていう」
 ブーピッグは理屈っぽい男だった。キュウコンの言っていることが思い込みでないか、その可能性を消すことを優先した。
 「ない。でも分かるの」
 キュウコンは理屈が必要なくなるほど父と過ごしていた。ブーピッグに向かって訴える。
 「あの人、お母さんが、どんな食べ物が好きで、何をするのが好きか、ちゃんと覚えてないのよ」
 さも今現在母が不在であるかのような物言いに、ブーピッグが目を見開いた。
 「お母さんがいらっしゃらないんですか。キュウコンさん」
 「あぁ」
 キュウコンは漏らした。
 「言ってなかったっけ。私が卵だったころに死んだんだって」
 ポケモンは卵から孵化することでこの世に生を受ける。胎生の生物と異なり、卵が孵化までの間に、母が亡くなることはあり得る。とはいえ、可能であれば、父母揃った状態での子育てをするのが通常だ。
 ブーピッグは言葉を失って、気まずそうに顔を伏せた。
 「子供を作るほど愛した人がいて、その人の好きなものを忘れるような、父さんはそんな薄情な人じゃない」
 キュウコンは、疲れ果てたかのように頭をべったり座卓に横たえて、肺にたっぷり空気を取り込んだ。胸郭が膨らむ。
 「つまり、最初から知らないのよ。母さんのことなんか」
 キュウコンの推理はこうだ。自分の母は何らかの理由で卵を手放し、それをウインディが引き取って、単独で育てた、と。
 「母さんは病気で死んだって聞いてるけど、それも本当だかどうだか……」
 「辛くはないんですか」
 ブーピッグがキュウコンの様子を見て()いた。物心がつく前とは言え、血の繋がった肉親を失い、育ての親は赤の他人。そんな境遇の話を聞いて、何も感じないような冷徹さは、ブーピッグにはなかった。
 「そうね……」
 キュウコンは顔を横たえたままだ。
 「何も思わないではないけど、でも父さんとの生活は、幸せだったから」
 だから辛くなかったと、言外で主張した。
 「母さんに会えるなら会いたいけど、どうしてもってほどではないかな」
 キュウコンは酒場の壁をじっと見つめていた。彼女の言は、「自分がどこからやってきたのか」という哲学的な疑問の正解を求めているという色合いが強かった。
 「それより、父さんの方がずっと好き」
 彼女は噛みしめるように目を閉じた。
 「こんな馬鹿な気持ち諦めて、ずーっと親子の関係でいるほうが楽なのかもしれない」
 キュウコンはそれで黙り込んでしまった。「父さん以外の男を見つけなさい」と言われた初日である。その初日に選んだ男に対して、キュウコンは最愛の人との関係をどうするべきか委ねていた。彼女の今後のどう行動するかは、ブーピッグの返答次第であった。
 沈黙によって発言を催促されたブーピッグが、丁寧に一語一語言葉を選びだして、応答した。
 「血縁者の間で婚姻するということは、常識としても、昔から、あまり良いものとしては描かれてきませんでした」
 兄妹でありながら恋に落ちたラティオスとラティアスの古典がある。古典の中では、その二人は恋を成就させるものの、夢幻の楽園を追放されて、永遠に二人しかいない異空間に幽閉された。二人の間に成した子はいずれも水子となって、二人は子供を求めて相手がわからなくなっても性交を重ねた。その古典はそういう結びになっていた。あまり、一般に知られている話ではなかった。
 「それら古典に(なら)うなら、キュウコンさんはそのままお父さんと娘であり続けるべきということになります」
 キュウコンは動きもしなかった。呼吸のために上半身がゆっくり動いているだけだった。
 「全然関係ない話していいですか」
 「なに?」
 キュウコンは聞くつもりがなさそうだった。
 「遺跡が崩れるとかとんでもない災厄が降りかかるとか、そういう途轍もない警句が記された石版があったり、そういう言葉が壁に刻まれた遺跡って結構あるんですよ」
 「探検の話?」
 「そうです。そういう遺跡って狙い目なんですよ。どうしてか分かりますか」
 「わからない」
 キュウコンはまだ聞くつもりがなさそうだった。ブーピッグは構わず続けた。
 「その遺跡の宝物や、中枢に人を寄り付かせないために、守るためにそんなことを書いてるんですよ」
 キュウコンの耳が動いた。
 「弱い犬ほど良く吠えるといいますが、それと同じようで、宝を守る仕組みの弱い遺跡ほど、怖いことを書いて宝から人を遠ざけようとするんです」
 ブーピッグはこれまでにどれだけの呪いが自分にかけられたのか、指を折って数えた。指は両手あわせて四本折れた。
 「リングマが暴いた遺跡の警句が全部降り掛かってたら、今頃私たちは、首なしで夜しか活動できず全身爛れて激痛に苦しみながら『はねる』しか使えない存在になってるはずです」
 キュウコンは笑ってしまった。ブーピッグはどこからどう見ても健康体だった。
 「キュウコンさん、探検家になるつもりはありませんか」
 ブーピッグはキュウコンを元気づけようとしているのか、微笑を浮かべていた。
 「どこの誰かが言い出したか分からないデタラメな呪いの言葉を押し切って、その先にある宝物を手に入れたいと、そうは思いませんか」
 「……思うわ」
 「なら話はシンプルです」
 ブーピッグは飲みかけていたシュカ酒を一気にあおった。キュウコンは体勢を変えてはいなかったが、耳だけはブーピッグの方向を向けるようにしていた。
 「でも、宝を探しに行くのなら、仲間も同じ気持ちじゃないと危険です」
 「仲間?」
 キュウコンは首もブーピッグの方向に向けた。
 「お父さんのことですよ」
 そう言われて、キュウコンは散々自分を拒否した父の姿を思い出した。あの時は強引に父の拒絶を押し切ったものだった。
 「キュウコンさんのお父さんも、あなたと一緒に宝を探すつもりにならないといけません」
 自分だけが禁忌を犯すつもりでいるな。相手にも同じ禁忌を犯させることになるんだぞ。同じ覚悟を、相手にもさせるんだぞ。
 ブーピッグの忠告は、つまるところそういう意味だった。
 「例え血が繋がっていなかったとしても、お父さんは拒むでしょう」
 キュウコンがウインディに迫った話は、ブーピッグにはしていない。にもかかわらず、ブーピッグはウインディがどういう反応をするか言い当てた。
 「せめて、キュウコンさんもお父さんも、相手がこの関係が義理の親子関係であることを知っていることを知っている、という状態にしなければいけないと思います」
 「……ごめん、今のこんがらがっちゃった」
 耳で聞いて理解するのは困難なごちゃついた文章だった。ブーピッグは推敲した。
 「……要するに、義理の親子であることを周知のことにするのが最低条件です」
 「ああ、そういう意味ね」
 うまくまとめることのできたブーピッグは胸をなでおろした。
 「そうしたとしても、お父さんがキュウコンさんとの新しい関係を受け入れてくれるかはわかりません。ですが、」
 ブーピッグは一呼吸おいた。
 「その先どうすればいいかは、キュウコンさんの方がよく分かってるんじゃ、ないでしょうか」
 言い切って、ブーピッグは天井を仰いだ。内気な彼にとっては大変な大演説の終幕であった。彼はまたシュカ酒を飲もうと杯を手にとって、さっき飲み干したことを思い出して、杯を座卓に置き直した。
 「私の考えとしてはこんなところです。お役に立てましたか」
 「……ええ」
 親子で恋仲に陥るのは勧められることではない。
 それを知った上で自分の気持ちを優先するならそうすればいい。
 ただし相手の気持ちがどうなっているかについては配慮しろ。
 最低限、義理の親子であることは確定させなければいけないだろう。
 要約すれば、至極真っ当で、当たり前で、平凡な意見だった。
 だが、同じ内容の意見を伝えようとした時、ワルビアルやリングマがキュウコンを納得させることはできただろうか。
 キュウコンは、エスパータイプであるブーピッグが疲労するほど頭を使って紡ぎ出した数々の言葉を反芻していた。キュウコンは唐突に顔を上げた。
 「すいません!」
 ミミロップを呼んだ。遠くでゴロンダの猥談をあしらっていたミミロップが、これ幸いとこちらに飛んできた。ゴロンダが恨めしそうにこちらに視線を向けた。
 「何飲む?」
 「一番きついやつ!」
 「えっ」
 キュウコンの軽率な注文にブーピッグが制する間もなかった。ミミロップは口角をあげて注文を承けた。
 「二人分ね。了解」
 しれっと二人分の注文を取りつつ、撤回されないうちにミミロップは調理場へ戻った。
 「どうしたんですか急に」
 「なんか、すっきりしたら強いのが飲みたくなっちゃった」
 キュウコンは清々しい笑顔を浮かべた。ブーピッグはキュウコンの悩みが多少晴れてたことと、「一番きついの」が何であるのかを思い出すのとで、ぎこちなく笑い返した。
 その店で提供されてる酒で、最も度の強い酒は「ディープスロート」だった。


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Last-modified: 2019-07-10 (水) 23:33:31
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