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かわいい娘のロコンが進化したらえっちすぎたので僕の息子も進化しそうです(4)

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かわいい娘のロコンが進化したらえっちすぎたので僕の息子も進化しそうです 

(4)逢引 [#4mPflIw] 


 「あのくそロコンめ……」
 ハブネークは樹上で枝に体を巻き付けて微睡みつつ、自のを口を散々に傷付けたメスのロコンのことを思い出していた。深い森は満月の光さえも遮って、果てのない闇と破れることのない静寂に包まれている。時たまヨルノズクなど夜行性のポケモンが闇夜に身を隠して狩りをすることなどがあるが、彼らは羽音すら立たないように作られている。この暗闇の中で音を立てるようなことがあれば、それは例外的な出来事だ。
 故にハブネークはそれを「聞き間違い」だとは考えなかった。片目だけを開く。彼の聞いた音の正体を知らずに眠れるほど、彼は恐れ知らずではなかった。
 カン、カン。
 彼は首をもたげた。遠い音だったが、聞き間違いであるはずがなかった。金属と金属が打ち付けられる音だ。本来なら、鉱山でもない限り聞こえるはずのない音だ。ハブネークは神経質に舌をちろちろと出し入れした。嗅覚を利かせているのだ。
 カンカン、カン、カン。
 音の方向が分かるほど近くから聞こえてくる。ハブネークはするすると枝から体をほどき、音の出元を警戒した。ハブネークは、それがなんの音なのか、過去の記憶から思い出すことができた。
 「『つるぎのまい』――」
 カンカンカンカンカン。
 一際強く響いたその音は、ハブネークが見ていた方向とは全く逆方向から発せられた。
 ハブネークは向き直った。それと同時に、急速に落下していった。枝を切り落とされたのだ。彼はそう考えた。この高さから地面に落ちてはたまらない。彼は、急所の集まる体の前半身を守るべく、体の後半身が先に着地するようにした。しかし、どうしたことだろうか。彼が体を手繰り寄せようとしても、何も起こらなかった。何かに体を掴まれている感覚はなかった。「まひ」や「こおり」にされる暇もなかった。彼は自分の体の後方を見ようした。
 そこに彼の体はなかった。切断されて血を噴く体の断面があるのだけが見えた。彼は、両断されていた。
 彼は受け身も取れなかった。地面に激突した彼は、トカゲの切られた尻尾のように無茶苦茶にのたうち回った。地獄すら生ぬるい激痛だ。彼は絶叫しようとしていた。切り裂かれた肺ではそれすらできなかった。彼の心臓が送り出す血液が、甲斐もなく地面に絵画を描いていた。
 「わーすごい」
 彼が今際の際に聞いた声は、言葉の間抜けさとは裏腹に肝すら冷えるほど冷酷な響きを持っていた。のたうつ力すら失いつつあるハブネークの眼前に、「それ」は身を踊りだした。
 月光を背に受けたそれは冬山のような白銀の体毛を揺らして立っていた。この暗さの中にあってもその双眸(そうぼう)は紅蓮の光を赫灼(かくしゃく)と放っていた。固まりかけた血液のようなどす黒さと渇きを湛えた、生気に欠けた赤だった。黒い肌が夜闇に紛れていたため、その瞳は何もない場所に浮いているように見えた。夜叉が白装束を身にまとって現れたようだった。
 アブソル。わざわいポケモンである。羽毛ですら自重で切れるほどの鋭さのある刃を頭部に備えたポケモンだ。ハブネークはこの刃の餌食になったのだった。
 そのアブソルは、青藍の宝玉を胸元にぶら下げていた。
 ハブネークが吐血した。夜叉の足元に血がばらまかれる。夜叉は自分の純白の毛が汚れるのを嫌ってか、脚をあげた。
 「クズが」
 夜叉はハブネーク血刀をくだした。ハブネークの右脳と左脳を繋ぐ脳梁が、乱れ一つない整然たる断面を作って断ち切られた。ハブネークは絶命した。何の為に殺されたのかも知ることなく、彼はこの世を去った。



 夜が明けた。
 キュウコンは一人街に繰り出していた。ある程度の数のポケモンがひとところに集まって、建築物を立て、各々異なる何かで日銭を得て生活を送る場所。それが街だ。
 野山で野生生物のように過ごしているポケモンと、彼ら街で過ごすポケモンたちには、生来からの違いと呼べるものは何もない。キュウコンのような救助隊は、こうした文明の一部を担うポケモンではあるが、その活動の性格上野生同然の生活を送ることが多い。街は彼女にとって自分の世界ではなかった。石畳の感覚がこそばゆかった。
 彼女は街に慣れてはいなかったが、仕事の都合で、一箇所だけよく通う場所があった。複雑に入り組んだ路地の奥、中心から外れた場所にある、ごく小さな広場の「依頼掲示板」の前にやってきた。どこか陰気なその立て看板は、街の隅の方で申し訳なさそうに縮こまっていた。
 近場の賊の討伐や、危険人物の捕縛や、あるいは出掛けたまま行方不明になった者の捜索に対して、報酬と依頼の内容がまとめて張り出されたもの。それが「依頼掲示板」だ。内容が内容なだけに、街の中心に置くのは厭われたのだろう。キュウコンはそれに目を通した。その中には「丸呑み注意」と書かれたハブネーク捕縛の依頼もあった。その掲示に描かれたハブネークは、本物より遥かに鋭い牙を光らせていた。似顔絵には誇張が入るものである。
 「あーッ!」
 キュウコンは振り返った。路地から広場に出るところに赤黒い鱗を鈍く朝日に反射させる、ガラの悪い男がキュウコンを指差していた。ワルビアルだった。彼は不格好に脚を動かしてキュウコンに駆け寄ってきた。
 「てめェ昨日のクソアマ!」
 詰め寄ったワルビアルは良く開く顎をガバガバ動かしてやかましく騒ぎ立てた。キュウコンは思わず笑った。昨日ウインディに蹴られてフラフラになっていたのを思い出して、今更それが滑稽に思われたのだ。
 「おはよう」
 「おはようじゃねェよ!」
 ワルビアルはキュウコンに掴みかからんばかりだった。キュウコンは全く怯まなかった。
 「てめェみたいなのがなんで掲示板見てんだよ?」
 「だって私、救助隊だし」
 「救助隊だァ?」
 ワルビアルはできる限りの汚い言葉でキュウコンを罵ろうとしていた。
 「マンコ屋はつぶれたのかよ、え?」
 「まあね」
 キュウコンは取り合わなかった。数少ない語彙から最高にウィットに富んだ皮肉を言ったつもりのワルビアルは、相手にされないことに苛立った様子だった。
 「てめェ如きが救助隊なんかやったらレイプされて終わりだろ。身の程わきまえな」
 「身の程わきまえるのはそっちのほうじゃないの?」
 キュウコンの闘争心がくすぐられた。女性器(マンコ)の名称で呼ばれるのはともかくとしても、救助隊としての資質を否定されるのは気に食わなかった。遠回しに父との日々を否定されたように思われた。
 「おう、やんのか」
 ワルビアルは望む所とばかりに牙を光らせた。
 「てめェが負けたらヤらせろよ。生意気なマンコにはシツケが必要ッてな」
 キュウコンの眉がぴきりと音を立てて吊り上げられた。キュウコンはわざとらしくワルビアルが姿を見せた路地に目を向けた。
 「あっ、リングマ」
 「あン?」
 キュウコンがワルビアルの背後に声をかけると、釣られたワルビアルは振り返った。朝の静かな空気と太陽に晒される煉瓦の壁があるだけだった。リングマの姿はどこにもない。
 「リングマなんか、」
 いないじャねェか。と言おうとしたワルビアルの顔面に蒼炎が浴びせられた。「おにび」である。どんなポケモンでも一瞬のうちにやけどを負わせてしまうその炎は、ワルビアルにも覿面(てきめん)にその効力を発揮した。高温で顔面を(いぶ)されたワルビアルは思わず顔を覆う。苦し紛れにキュウコンに手を伸ばしてつかもうとするが、キュウコンはそれに噛み付いて捻り上げる。ワルビアルは顔と腕の両方に傷を負って痛烈な声をあげた。キュウコンは軽やかに跳んで掲示板に飛び乗った。細い板の上にも立っていられるほど、彼女の平衡感覚は優れていた。
 「生意気な……女が何だって?」
 キュウコンはワルビアルと同じ語彙を使えるほど口が悪くなかった。
 「アンタのビードルでどうやって躾るつもりなの?」
 代わりに彼女はワルビアルと全てのビードルを侮辱したのだった。
 「てめッ、ぶち、ぶち殺してやる」
 ワルビアルは涙目になりながら怒鳴った。短い腕を振り回してわめく姿にキュウコンは嗤っていた。彼女はワルビアルを観賞するのがよほど楽しかったのか、背後から迫る影に気づかなかった。
 キュウコンに近づいた影は、彼女の後脚を掴んで掲示板から引き釣り降ろした。彼女の天地がひっくり返った。彼女の視界に、茶褐色を背景にして金環食のような山吹色の円を描く体毛が映った。リングマの腹部だった。
 「こんなところで騒動は感心しないな」
 リングマは昨晩同様落ち着き払っていた。キュウコンはまだ何が起こったか理解できていないような呆けたように口を開いていた。実際に吊り下げられてしまうまで、キュウコンはリングマの接近を一切察知できなかった。
 「おうリングマ! そいつで『カイス割り』すッぞ!」
 ワルビアルの尻尾が光を放つ。「ドラゴンテール」だ。まだ状況の呑み込めていないキュウコンに向かって力を溜めて尻尾をぶん回す。尻尾はキュウコンのこめかみを捉えて彼女を粉砕――するようなことはなかった。リングマがひょいと腕を上げるとワルビアルの尻尾はキュウコンの下方を通過した。勢い余ったワルビアルはずでんと倒れ込んだ。
 「昨晩ぶりだね」
 リングマは仏頂面のままキュウコンに話しかけた。
 「は、はなして」
 キュウコンが訴える。リングマはそれに従ってぱっと手を離した。そこそこの高さからキュウコンが落下する。辛うじて頭蓋の直撃は免れたが、彼女は肩をしたたかに地に打ち付けた。
 地面から見てみると、リングマの背後に隠れていたブーピッグが彼女の瞳に映った。
 「だ、大丈夫ですか?」
 ブーピッグがキュウコンに問うた。キュウコンはまだ何が起こったかよくわかっていないようで、頷くだけだった。
 「いてて……」
 大技を空振ったワルビアルは横腹をさすりながら立ち上がる。ワルビアルはキュウコンが地面に横たわっているのを見た。それで彼は、自分の技がキュウコンを打ち付けたのだと思い込んで得意気に鼻を鳴らした。
 「へッ、いい気味だ」
 それを聞いたキュウコンがすっくと立ち上がる。彼女はさも不服だと言わんばかりにワルビアルを睨みつけた。睨まれたワルビアルが尻尾で地面を苛々と叩きつけた。リングマが間に割って入った。
 「喧嘩もいいかげんにしてほしいなあ」
 キュウコンはリングマには逆らえないことを学んでいた。彼女は、やり場のない怒りを、ブーピッグの腹をつつくことで解消した。ブーピッグの腹は絶妙な弾力があった。
 「なんでつついたんですか!?」
 ブーピッグの抗議をキュウコンは聞き入れなかった。
 「おいマンコ」
 ワルビアルはキュウコンと秘部との区別がつかなかった。
 「ブーピッグに手を出すんじゃねェよ」
 「だって気持ちよさそうだったから」
 キュウコンはブーピッグを無理やり抱き寄せた。キュウコンはブーピッグの頬を肉球で挟んで引っ張る。脂肪をたっぷり含んだブーピッグの頬は、少し力を入れただけで際限なく伸びる。ブーピッグの困り顔が横方向に拡大される。
 「僕からもちょっとやめてほしいかな」
 リングマの忠告にキュウコンは手を止めた。
 「ブーピッグは恥ずかしがりやだからさ」
 「ごめんなさい」
 リングマの要求にはキュウコンは素直に従った。解放されたブーピッグは息を吐いた。
 「何だよ。俺の言うことは聞けねェッてか? あ?」
 ワルビアルがしつこく因縁をキュウコンにふっかける。キュウコンは言い返そうと口を開いたが、そのまま噤んだ。まともに取り合えば切りがない。
 「リングマさん」
 キュウコンは、話し相手をリングマに変えることにした。リングマが血相を変えているワルビアルを制しながら返事をした。
 「なんだい」
 「三人は今日何か予定ある?」
 「特には」
 リングマは顎を掻く。
 「近場で探検できそうな場所があれば行こうかなあってぐらい」
 「探検隊なのね」
 リングマは頷いた。
 「てめェには関係ねェ」
 ワルビアルが逐一つっかっかってくる。キュウコンは、無視が最も有効な手段であることを学習しつつあった。
 「私お酒を飲んでみたくて」
 「ふーん」
 リングマはあまり関心がなさそうだった。
 「誰かエスコートしてくれそうな人を探してるの」
 「そっかー」
 リングマは全く興味がなさそうだった。
 「ワルビアルはしょっちゅう酒浸りになってるけど」
 「はァ?」
 ワルビアルがキュウコンに酒を紹介してくれることはなさそうだった。
 「こんなのと酒飲んだらまずくなッちまうだろ」
 「私も同感」
 キュウコンとワルビアルの心は初めて通じ合った。キュウコンはリングマに近づいた。
 「なんだい」
 キュウコンはリングマを品定めするようにリングマを観察した。気性の荒いワルビアルをいとも容易く制御し、注意深いキュウコンに気づかれることなく忍び寄る彼の力量は明らかだった。体毛に覆われているために分かりづらいが、鋼のように発達した筋肉が幾重にも折り重なっているのだろう。「強い男」とくっつきたいのであれば、リングマは申し分ない相手だ。ワルビアルのような乱暴者とも付き合える辛抱強さも期待できそうだ。
 「うーん……」
 しかしキュウコンは彼にはあまり惹かれていないようだった。鼻を近づけてニオイを嗅ぐ。
 「リングマから離れろよ」
 ワルビアルが文句を言った。キュウコンは、その言葉に従うわけではなかったが、リングマから離れた。
 「ぼくはワルビアルを見てなきゃ」
 「ごめんなさい」
 カップル不成立だった。
 「リングマがお前に呑ませるわけねェだろ」
 相変わらずワルビアルはうるさい。キュウコンはふと振り返ってみた。そこではブーピッグが、所在なげにしていた。彼はキュウコンの目が向いたことに気がつくと、控えめに視線を返した。
 キュウコンはブーピッグに近づいた。ブーピッグは不思議そうにキュウコンを見返した。彼は自分がキュウコンと共に酒を呑むことになるなどとは露とも思っていないようだった。
 キュウコンは、ブーピッグの柔らかな腹部に鼻を近づけた。ふ、と笑みを零す。ブーピッグがそれを見て、初めて自分が選ばれる可能性に思い至ったようで、目を真ん丸くしていた。
 「ブーピッグは暇?」
 キュウコンが「さん」をつけずにブーピッグを呼んだ。
 「えっ」
 「おや」
 「ア?」
 ブーピッグとリングマとワルビアルは三者三様の驚きようを見せた。
 「ぼくですか」
 ブーピッグがおずおずとキュウコンに聞き返した。キュウコンが首肯すると、そっと彼に耳打ちをするのだった。
 「私とデートしてくれない?」
 ブーピッグの毛が逆立った。彼の鳩尾(みぞおち)に埋められた黒真珠が不規則に明滅を始めた。ブーピッグは返答しようとして口をぱくぱくさせていたが、声が出ないようだった。
 「あ、ぼ、ぼくは」
 「……だめ?」
 ブーピッグがぶんぶん首を振った。
 「決まりね」
 「ブーピッグお前」
 ワルビアルが何か言おうとしたが、それ以上何かを言うことはできなかった。キュウコンはワルビアルとリングマに向き直って、一言断りを入れた。
 「じゃあ、彼、借りるわね」
 キュウコンはブーピッグの腕を甘噛みして引っ張った。主導権を握られたブーピッグは、キュウコンに連行されるように歩き出した。リングマとワルビアルは、二人が朝霧の中路地へ消えていくのを見ることしかできなかった。
 「なんてこッた……」
 ワルビアルが腰を降ろした。キュウコンに向かって暴言と暴力と振るっていた彼とは打って変わってしょぼくれてしまった。
 「あいつが女に選ばれるなんて」
 「その言い方はブーピッグに悪いよ。ブーピッグがいいヤツには違いないんだから」
 「そうだけどよ……」
 ワルビアルはブーピッグがキュウコンに連れられて行った方向を見続けていた。
 「俺にすら女ができないのになんであいつが先に……」
 「それは、」
 リングマは言いかけたが、何も言わなかった。言うべきことが多すぎるが故に、敢えて何も言わない選択をするのが最適であると考えたのだろう。リングマは話題を変えた。
 「ぼくら二人ででもいいから探検しよう」
 「……気乗りしねェよ」
 「らしくないなあ」
 リングマはワルビアルの肩をポンポンと叩いた。ワルビアルが復帰するまでには時間がかかりそうだった。
 



 一方その頃、ウインディは。
 ウインディはでかい図体を丸めて、天幕の隅で寝そべっていた。二度寝だった。不貞寝でもあった。ウインディは長年の救助隊生活で寝覚めが良い体になってしまっていたため、二度寝しようとしても目が冴えるようになっていた。そんな彼が無為に時間を浪費しているには相応の理由があった。
 ウインディが目覚めた時、既にキュウコンは外出していた。本当なら今日は、キュウコンの進化祝いのために街で散財する予定だったのだ。食べさせたいもの飲ませたいもの見せたいもの聞かせたいものを考えていたのにそれが全部無駄になってしまった。「ロコンがキュウコンに進化するのが楽しみだ」という趣旨のことを昨日娘に言ったのは、これが楽しみであったのも理由の一つだった。
 「はぁ……」
 それはまだ、いい。ウインディを決定的に落胆せしめたのは、キュウコンの残した書き置きだった。救助隊をやるにあたって、ウインディは娘に「あしあと文字」による読み書きを教え込んでいた。キュウコンは、小ぶりな筆跡でこう残していた。
 彼氏を作ってきます――。
 ウインディは寝返りを打った。「他の雄を見つけろ」だの「娘を抱く父はクズ」だのと言ってキュウコンを泣かせたのは彼自身だ。故にキュウコンのこの書き置きに対して文句を言う筋合いは、彼にはない。
 しかし、だからといって、「キュウコンに『悪い虫がつく』のを指をくわえて見ていろ」と言うのも酷な話だ。彼はキュウコンの父親である。娘に男ができるというのに無関心でいられる父親がいようか。
 「あてつけかよ……」
 あてつけであった。ウインディはみじめだった。誰かの男の物になってしまう娘のことを思いながらでは何をする気にもなれなかった。かといって、無為に一日を過ごすのも彼の性分ではなかった。
 だから、リザードンが訪問してくれたのは、彼にとって僥倖であった。
 「ウインディー?」
 天幕の外から聞き慣れた声がした。ウインディは体を起こした。気は沈んでいたが拒む理由もない。ウインディは答えた。
 「どうぞ」
 にゅっとリザードンが首だけ天幕に入ってきた。彼はぎこちない微笑みを浮かべていた。
 「リザードン」
 「良かった。キュウコンいないんだな」
 リザードンは照れくさそうに、へへへと笑った。昨日キュウコンにつけられた三本の傷が頬に残っている。
 「なあウインディ。女買いたいって昨日の話だけどさ、まだその気があるか?」
 「あー」
 なんとも言えない反応だった。「キュウコンに欲情してしょうがないから、()け口をくれ」という趣旨での相談だったが、結局昨日はあやふやなまま立ち消えになった。
 あの後リザードンの知らぬところで、キュウコンの施しを受けたウインディであったが、今後もそれに期待するわけにはいかなかった。結局彼はキュウコン以外に性欲をぶつけられるような対象を作らなければならなかった。
 「……買おうかな」
 ウインディはキュウコン以外の女を知ることにした。リザードンはそれを聞いて安心したようだった。
 「良かった。無駄足になるんじゃないかと思っていたぜ。な、コジョンド」
 リザードンに言われて、一匹のコジョンドが天幕の中に顔を覗かせた。彼女は面の下半分覆い隠すように腕を軽く上げていた。特徴的な流し目と相まって、それが彼女に神秘的な印象を与えていた。ミステリアスな雰囲気がリザードンの好みにど直球であった。キュウコンとはまた違うタイプの美女だった。
 「おはようございます」
 コジョンドはこうべを垂れて挨拶をした。ウインディもつられて会釈した。礼儀の正しく、清楚な雰囲気だった。言われなければ、水商売に身を沈めている女性だとは思われないだろう。
 「彼のお相手すればいいんですか?」
 「ああ」
 コジョンドの質問に、リザードンはでれでれした表情で答えた。よほど惚れ込んでいるようだ。
 「キンタマ空っぽにしてやってくれ」
 「まあ」
 コジョンドは微笑みを浮かべながら、そっと天幕に滑り入り、改めて深々と頭を下げた。
 「コジョンドと言います。朝明るい時からではありますが、精一杯ご奉仕させていただきます。どうぞお手柔らかに」
 「……よろしく」
 コジョンドを買ったウインディはしかし気乗りしないようだった。よほどキュウコンに未練があるのだろう。しかしだからこそ、彼は他の女性に気持ちを向ける必要があった。
 「じゃ、そういうことだから、楽しめよ」
 「お前はどうするんだ」
 「配達があるからな」
 リザードンはそう言って去っていった。リザードンは忙しい身だ。本当なら日が昇るよりも早い時間帯に配達を始めなければいけなかっただろうに、余程ウインディが気がかりだったのだろう。
 「ここではなんですから」
 コジョンドはリザードンが去ると、ぼーっとしているウインディに声をかけた。
 「私の天幕に移りましょう」
 「ああ」
 ウインディが立ち上がると、コジョンドは彼にすり寄って、鍛え上げられた前脚をさすった。
 「たくましていい体つきをしていますね」
 「仕事柄」
 「そうなんですね。リザードンさんと同じ、運び屋とか?」
 「救助隊だ」
 「ならお強いんですね。あこがれるわ」
 ウインディは既にこの会話に辟易していた。明け透けなキュウコンとの会話が思い起こされた。天幕を一歩出て、燦々と輝く日光に彼は目を細めた。
 この時のウインディは、リザードンすら知らないコジョンドの暗部を知ることになろうとは、想像だにしなかった。


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Last-modified: 2019-07-10 (水) 23:32:07
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