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atiettawaminiatnnahawiekot otukiednnususowakanonirom

/atiettawaminiatnnahawiekot otukiednnususowakanonirom

 このエピソードで何が言いたいのかとゆうと、よくわからない。
 ただ、とても小さなものがとても大きなものでありうること、だとか。
 あるいは、ぼくらはいともかんたんに、まよいこんでしまう。
 いろいろなものごとに対して。
 そういうことだとか。
 最近よく思うことは、すべてはばらばらでありつつ
 同時にすべてがつながっているということ。
 そしてそのことにすこやかに対処するのは、とてもむつかしいということだ。
 ある森にまよいこむこと。

 〜岡崎京子『森』より〜



atiettawaminiatnnahawiekot otukiednnususowakanonirom 書いたヒト:群々


【ガアI】 


 私はガラルの象徴として振る舞わなければならなかった。
 仮令(たとい)、日々していることが人々を各地へと運ぶことであったとしても。それが仕事である以上、時には私たちの社会の暗い側面を目の当たりにしなくてはならなかったとしても、私は威風堂々と振る舞わなければならなかった。それが、アーマーガアたる私の義務であるから。
 けれど一瞬気を抜いてしまうと、不意に風が私の頬をくすぐって、こう囁くんだ。いい事をしよう、と。
 いい事をしたい。
 ウォーグル、いや、その頃はまだワシボンであったけれども、彼のことを言葉のより深い意味において好きになったのは、まだ私がアオガラスのことだった。もちろん、私が雄であり、ワシボンという種族が雄しか存在しないということまでは知らなくとも、彼が彼であるということは知っていた。だからこそ、初めて彼のことをひどく慕った時には、私はとてつもなく取り乱したものだった。死ぬべきだとも思った。けれど今も私が生き永らえられているのは、単なる偶然でしかないような気がする。きっと、私は幸いだと言うべきなのだろう。私もそれなりにポケモンとは言われながらも社会に順応した身だ、報われないものがたくさんある、ということくらい承知している。それに対して、後ろめたさのようなものがないわけではない。けれど、この幸福は富のように分配することができない類のものでもある、ということも知っている。心というものだけは、きっと個人個人でしか処理できないものなんだ。だから、私はせめて幸いにも恵まれたこの境遇を心から享受しなければならない。そう言い聞かせる。
 こんなことをウォーグルに言うと、小馬鹿にされてしまうだろうな。
 でも、それがとてつもなく嬉しいんだ。私がそう思うことができないことを、平然と思い、信じてしまえる、ウォーグルのそんな強さが私には眩しくて、だからこそ、好きになっていた。
 好きになってしまった。
 そんな単純なことを、罪と罰、みたいに考えてしまう。きっと、私は馬鹿なんだろう。ウォーグルはきっと馬鹿って言ってくれるだろう。
 それが、せめてもの幸せなんだ。

【ウォーグルI】 


 ガアは時々、ワケわかんねえことを言う。正直、そこんところは適当に聞き流しているところがある。
 
 だって、俺、そこまで頭良くねえし。小難しいこと言われたって全然理解できないんだよな。

 それに、言おうと思えばもっと簡単に言えることなんじゃねえかなとも思っちまう。

 だって、よーするに、ガアのヤツ、俺と一緒にいるといい気持ちになれる、ってことなんだろ?

 ウッウだって言えるようなことを、ガアは随分遠回しに、まるで理解してもらわなくてもいい、みたいな感じで言うから俺もちょっとイライラしなくもない。

 なんだよ、良いじゃんか、俺とガアは、こうして一緒にいることができんだから、それに対して何をグチグチ言う必要があるんだろうな、って俺は思ってしまう。

 言葉が歪んでるよなあ。こういうの、生まれの違い、って言うの?

 まあ、アーマーガアって結構大変だし、めんどくさそうなトコってあるし、そういうところに、ちょっと俺とは違う世界を感じなくもないけど、でも、まっ、それはそれでちょっと面白いなっても俺は考えてるけど。

 そういうガアに好かれたわけだし、俺もどういうわけかこういうわけかで、ガアを好いている。そうすんなりってわけでもなかったけど、別に幸せだし、いいんじゃねえのかな。

 ガアと一緒にいると、気が楽になるし、なんだかんだ言って、俺はガアがココの頃からずっとそばにいたわけだし、こうなるのが筋ってやつなんだろうなと思ったりする。

 それに、ウォーグルに二言はない。

 あいつと連れ添うって決めたからには、最後まで連れ添うんだ。

 そんなもんだろ、世の中って、って俺は思うんだけどな。

【I】 


「これって、本当のこと、なんですよね」
 ウォーグルの胸に下嘴を預けながら、ガアは言った。
「本当も何も、本当だろ、本当なんだから」
「あははっ」
 ガアは鷹揚に笑った。
「良かった」
「変なヤツ」
「そんなこと言わないでください」
 ムキになって、ウォーグルをいじらしい目で睨みながらガアは叫んだ。鎧のような(こうべ)がカタカタと震えている。
「叶わないと思っていた願いが、叶ったんだ。私は、ええとっ、僕はっ」
「わーった、わーった」
 翼でガアの黒い頭を掻き撫でると、ココガラに還ったみたいにコーカオーカオと喉を震わせる。図体はデカいくせに、やっぱりそういうところはココガラのままなんだな、とウォーグルは呆れた。
「しっ、幸せですっ!」
 ぎゅっと下嘴を沈めながら、グラファイトのお腹を両翼で優しく揉みさすると、ウォーグルは堪らずに全身を震わせた。丸いお腹の中にある確かな筋肉が感じて、ガアは幸せな気持ちになった。
「おいおい、くすぐってえって」
「ウォーグル、ウォーグルぅ!」
「だから、わーったって」
「好きですっ、好き、好きっ」
「あいよ……」
「心からあなたのことを愛しています、ウォーグルうっ……」
 ガアの鋼鉄の鎧のような顔が火照り、その暖かさがお腹に伝わった時に改めて、こいつも心の奥底でちゃんと熱いものを持っているんだなと、考えてみれば当たり前のことをウォーグルは思った。
 幼馴染とはいえ、同じ雄同士ということもあり、まさかガアとこういう関係になるとは、その時になるまで考えたこともなかったが、こうしてガアに抱きしめられていると、俺というものが確かに「ある」んだなあと、そんな考えともつかないことをウォーグルは考えていた。
 こういうのを、幸せだとか幸福とか言うべきなんだろうか、そこまでは、経験の浅い俺にはよくわからない、そんなことカモネギのやつに聞くのも癪だし。
 けれど、ずっとこのままガアとカラダを重ね合っていても、全然いい気がした。性欲とか、そういうものはそこまで重要じゃなくて、ただこんな感じで互いに満足行くまでこうしていたって、ちっとも辛くも、面倒くさくもない、と思える。
「なんか、すげえ楽な気分」
「そうですか」
「なんつうか、羽ばたいてなくても勝手に空を飛んでる、っつうか」
「奇遇です。私も、そんな気持ちですよ」
「ホントか」
「本当ですよ」
「じゃあ、ホントなんだろうな」
「ええ」
 二羽はたまらなくなって、嘴を重ね合わせた。羽毛の奧が暖かくなって、それだけで、もう、良いような気がしていた。

【II】 [#1SkHid3] 


「そろそろ、貴様も気を遣ったらどうだ」
「ああ?」
 いつもの手合わせの後で、カモネギが変なことを言い出すものだから、ウォーグルも妙な受け答えをしてしまった。
「気、って何だよ、気、って」
 そう言うと、すかさずカモネギは肩に携えた太いながねぎで、ウォーグルの冠羽をペシン、と叩いた。
「鈍い」
「うぎゅっ」
「というか、浅い」
「だ・か・ら、気、って何のことだってのっ!」
 ながねぎの重みで崩れた冠羽を整え直しながら、ウォーグルは訊ねた。
「……貴様、一年前の今頃は、何をしていた」
「へ?……まあ、普通に修行して、なんつうか、ああ、やっと今の姿に進化したんだっけか」
「とすれば、大切なことがあるんじゃないのか」
「ん?……えっと、そうだな、うん」
「なんだ、言ってみろ」
「んだよっ、別に言葉にしなくたってわかるじゃんかよ」
「そうか?」
 カモネギはわざとらしく不敵に笑いながら、ふと視線を横へ移す。今日は、ワイルドエリアの鳥仲間のウッウがカモネギとウォーグルの手合わせを暇つぶしに見物している。
「なあ、ウッウよ。こいつの言いたいこと、わかるか?」
「んー」
 青い両翼をおっ広げたままで、ウッウは考えながら、考えなかった。
「私は、ウォーグル氏の言ってることがよく分かりません!」
「おいごらっ」
 すかさず、ウォーグルはツッコミを入れずにはいられなかった。
「コイツに聞いたってそりゃわかんねえだろうがっ! たまに俺らんとこ来るくれえなんだから、詳しいことなんざ」
「俺はよく話している。貴様のことはむしろウッウのヤツの方が知ってるくらいかもな」
 な? と、カモネギがウッウの方を向くと、すかさず両翼をピンと広げて、まん丸の胸を堂々と張った。
「私は自分に自信があります!」
「じゃあ、お前、俺の代わりに言えるか? え?」
「んー」
 ウッウは顔を天へと見上げて、しばらく考え込んで、それでいて何も考えなかった。
「私はそれはウォーグル氏のくちばしから言うことのようです!」
「だと」
「うぐぅ……」
「わかるんだったら、最初から言った方がわかりやすい。勇猛果敢なウォーグル『様』なんだから、なおさらだな」
 そういう時ばかり、ウォーグルに一般的なイメージを持ち出すカモネギにムッとしながらも、このまま黙って余計にやり込められるのもシャクだから、さっさと言うべきことを言うようにした。
「はいはい。ガアと一緒になって、丸一年、ってことだろ。わーってるっての、最初から、んなこと!」
「私は一緒にいるとはどういう意味か知りたいです!」
「野郎っ! 知ってるくせに! ウッウのクセに下世話だなっ!」
 いっそうと躍起になるウォーグルを見て、カモネギは微笑を禁じえなかった。あいつのことでイジれば予想以上の反応を返してくれる、揶揄い甲斐のあるヤツだと思った。
「俺は、ガアと契ったんだよ! あいつは俺の相棒だ、パートナーだ、伴侶だっ! ずっと一緒にいて、あれやこれやをする、そういうヤツだっ! いいかっ、誰にもバカにはさせねえからな!」
「私はあれとこれとが何を意味するのか教えて欲しいです!」
「うぐぐぐっ!……にゃろうっ!」
「はははははっ!」
 思わず、ながねぎを地べたに置いて、白い腹を抱えて笑ってしまった。羽毛と脂肪の奥にある筋の肉がヒクヒクと伸び縮みして止まないのを感じた。爽快な笑い声が晴れやかな空にこだましていた。
「俺はあっ!」
 すっかりムキになったウォーグルが叫び散らした。
「ガアと! 『えっちなこと』してんだよ! 悪いか! 良いだろ! 羨ましいだろ! ああ?!」
「私はウォーグル氏がわいせつなことを言ったことを残念に思います!」
「てんめええええっ!」
「ははははははっ!……………………………………………………ははははは!……」

【ウォーグルII】 


 別に、アイツらにからかわれたからってわけじゃない。ましてや、あのクソちょこざいなウッウの野郎に煽られたからってわけじゃねえ、絶対に。

 俺だって、そう思ってたとこだっし。ガアと契ってから、そろそろそういう記念でもするか、って頭の片隅にはあった。
 
 実際、誘ったのは俺の方だった。なあ、ガアさあ、俺たち、そろそろこうなってあれ、だろ? ってまあそんな感じ。記念にさ、たまにはどっか行かねえ?

 そしたら、ガアのやつ、しばらくきょとんとした顔をした。俺の顔をじっくりと見据えて黙り込むと、なんだか鎧みてえな顔がちょっと赤くなってるような、そうでもないような。ガアは一頻り、ワンパチが水を飛ばすように身震いさせた。

「本当ですか?」
「いや、本当だろ。俺がそう言ってるんだし」
「それも、そうですね」

 ガアは嬉しそうに、早速予定を立てましょうか、って言った。俺は別に、木の実木のままでいいだろと思ったけど、あいつには仕事があるし、何より記念なんだから、と言うのだった。

「あの晩は、どんな月だったか覚えていますか、ウォーグル」

 と、ガアはいきなり聞いてきた。

「月ぃ? そんなのいちいち覚えてるわけねえだろ」
「あははははっ!」
「なんだよ」
「やっぱり私はウォーグルのことが心から好きなのだなあ、と思いまして」
「変なヤツ」
「ふふっ」

 ガアが言うには、あの晩は綺麗な満月だったらしい。俺は全く覚えてないから、本当かどうか知らんけど。カモネギの野郎と修行してる最中に進化して、そのままエンジンシティへ飛んでってガアと何やかんやして、俺の頭に残ってるのはそれだけだった。

 とにかく、今度の満月の晩を迎える日に、俺たちはちょっとした旅をすることに決まった。ガアもその間は仕事の休みをもらえるようにしとくと言った。

 ガアはルミナスメイズの森に行きたいと言ったからそうすることにした。仕事であちこちを飛んで回ってるけど、ちゃんと降り立った場所は少なくて、その中でもちょっと気になってるとか言った。

 俺はもとより、住処にしてるナックル丘陵と、カモネギたちがいる巨人の帽子以外の世界はあまり知らないから、ガアとならどこへでも一緒するつもりだった。俺にとって大事なのは、俺の方からガアにそういうことを切り出すってこと。俺はそれができたから十分だった。

 そのことを、カモネギたちに伝えに言った時に、ウッウの馬鹿は言った。

「私はそんなウォーグル氏の勇気は意外だと思います!」

 そのノロマな頭を翼で引っ叩いてやろうと思ったが、カモネギの度太いながねぎが俺の背中を強かに打った。

 痛ってえ!

【ガアII】 


 思えば、もうそんなに時が経っていたのかと率直に言って驚きだった。ワシボンがウォーグルに進化したあの晩に、私の思いの丈を、心の底の澱まで全部吐き出してしまった。私は彼のことが好きで、好きで、たまらなかった。有り体に言ってしまえば、それだけだった。それだけのことだったのに、私はあまりにも大いなるものに突き動かされて、なんだか今思えば気恥ずかしくなるようなことさえしでかしてしまったのだと思う。
 私はきっと狂っていたのだ。それでいて、まともだと思い込んでいたんだからおかしい。心が暴走するのを止められずにしまった翌朝、私はむしろスッキリとした気持ちでいたのを覚えている。どんな言い訳をしたって、ウォーグルはきっと私を拒絶するだろう、と思っていたから。むしろ、そうしてくれた方が良かったのかもしれないなどと、幸せになったはずの後でも何度か考えてしまう私がいる。
 けれど、彼は、私のことを受け入れてくれたのだった。彼を突き動かすものも、私と同じで、極めて単純なのかもしれなかった。ウォーグルに二言はない、と彼はその時も言った。それは、ひたすらにウォーグルが好きでたまらない私の気持ちを汲み取ってくれたというだけではきっとなかったはずだ。こんなことを言うのもどうか、ということは私自身よくわかっていることだけれど、そんな忖度や配慮を利かせるほど、彼は決して計算高くはない。ワシボンの頃からずっと付き添ってきた私なんだ。
 ああ、こんなことを言う私を許して欲しいと思うのだが、ウォーグルは馬鹿なのだった。しかし、私はもっと馬鹿だったわけで、そんな馬鹿な私をすっかり受け止めて、愛してくれると言ってくれたのだ。
 正直な話、そんな彼の優しさに縋ってばかり来たのではないかと自問自答することは多かった。内面としてはとても充実しているはずなのに、どこか居心地の悪さというものが、ストリンダーの毒のように感じられた。幸せになってはいけないのに、幸せになっている、という決まりの悪さ、とでも言おうか。けれど、そんなことを感じているのはきっと私だけなのだろう、という気もした。実際、ウォーグルにそういうことをふと話したら、首をかしげられた。
「悪い、ガアの言ってることよくわかんねえや。でも、今ガアがいいって感じてんなら、それでいいんじゃねえ?」
 そうだ。きっと、きっとそうなんだウォーグル。私は物事を複雑に考え過ぎるし、それが正しい理性のあり方だなんて思い込んでしまっている。心を啓けば、世の中というのは私が思っているほどには複雑ではない。ワイルドエリアのみんなも、ガラル交通の仲間たちも、みな私に親切にしてくれたではないか。私がウォーグルと結ばれた時も、心の底から祝福をしてくれたし、落ち込んだ時には慰めもしてくれた。皆、良い人たちだし、良いポケモンたちだ。良くないのはきっと、私の疾しい心だけなのだ。
 私が素直にそれを受け入れるだけで、全ての物事は良い方向へと動くはずなのだ。どうして、私にはそれができないのだろう?
 有給を何日か取らせてもらったあとで、私はそんなことを考え続けていた。ウォーグルの優しい毛並みと逞しい体つきと、温かい吐息を感じているのに、私は意味も答えもないことを考え続け、しまいには眠ることすらできなかった。
 私は一体なんなのだろう? 私にもわからなくなっていた。

【III】 


「いいか、貴様」
「なんだよ」
「お前は雄らしく、最後までしっかり気を引き締めるのだぞ」
「……わーってるって」
「言い出しっぺはお前なのだからな。最初から最後まで、あいつを娶った雄として、立派に振るまうんだ、いいか?」
「余計な世話だっての。てか、ずっと前から立派に振る舞ってるからな?」
「私はウォーグル氏がこれによってアーマーガア氏に適切であるかどうかテストされたと思います!」
「あああっ、うっせえ、うっせえ!」
「ん、どうかしましたか、ウォーグル」
「いや、コイツらが……」
「初めて外の世界を見るから、緊張を解して欲しいのだと!」
「ああ?」
「私はウォーグル氏が神経質で哀れな姿を見せてくれるのではないかと懸念しています!」
「お前は帰ってきたら、殺す、いいな?」
「私はウォーグル氏に脅迫されました! それはとても怖いです!」
「あははははははっ! 大丈夫ですよ、ウォーグル」
「お前も笑うなって……頼むからコイツらの言うこと間に受けないでくれよ」
「わかってます、わかってますよ」
「ガアよ。此奴のことをよろしく頼む」
「カモネギ、さっきと言ってること違くねえ?」
「大丈夫ですよ、カモネギさん」
「私はカモネギ氏とともにアーマーガア氏とウォーグル氏の旅の幸福を祈る善良な市民です!」
「お前は、ちょっと黙れ、な?」
「私はウォーグルのことを、心から信頼していますから。今日のこともとても嬉しかったのです」
「うむ……」
「私はウォーグル氏がアーマーガア氏と同じくらい深い信頼を持っていると思いますかどうかを訊ねます!」
「まあ、せっかくの機会なのだから、楽しんでくるといいさ」
「てめえ、このアホウドリ……」
「ありがとうございます、カモネギさん」
「貴様、聞いてるのか」
「痛ってえ!」
「私は大笑いします! あはははは!」
「ぐぬぅ……」
「さて、そろそろ行くんだろ、貴様」
「行く、行くっての……クソっ」
「ウォーグル、今日はよろしくお願いしますね」
「……おうよ」
「私はアーマーガア氏のウォーグル氏への頬擦りを見つめているのが嬉しいです!」
「行くんなら、早く行け。こっちは修行をせねばいかん身でな」
「わーってるっての」
「私はウォーグル氏は雄に二つの言葉はないと言いますがそれは本当かどうか疑問に思います!」
「ねえっての! ウォーグルに! 二言は!」
「んっ!」
「やれ、やれ! 随分とお惚気な奴だ」
「私はそれを大胆で恥知らずとさえ思います!」
「くはあっ!……ふうううううっ!……はあっ……!」
「ウ、ウォーグル……」
「なんだよ」
「いきなりは、私も、ちょっと、照れちゃいます……」
「いいだろうが、俺たち、そういう関係なんだし」
「それも、そうなんですが……」
「ったく、昼になると急にモジモジしだすんだな」
「えっ」
「いつもだったら、お前の方から何やらかんやらしやがるくせに……」
「ちょ、ちょっと! ウォーグル! ウォーグルっ! ダメです、それはっ!……」
「私はそれをとても悪いことだと思います!」
「驕慢だし、破廉恥でもある」
「知るか! おらっ、行くぞ! ガア!」
「は、はいっ!……ではっ、カモネギさんとウッウさん、行ってきますっ!」
「うん、楽しんで来な」
「私は良い旅をお祈りします!」
「ありがとうございます、カモネギさん、ウッウさん……ああっ、待ってくださいウォーグル!……」

【IV】 


 下世話な連中の声を背中に聞きながら、ウォーグルとガアはワイルドエリアから飛び立った。目的地のルミナスメイズの森のあたりまでは、土地勘のあるガアが先導することになっていた。ウォーグルは時々気まぐれでエンジンシティやナックルシティの上空を飛び回ったりする程度で、ワイルドエリアの周辺の世界しかろくに知らなかったからだ。
 とはいえ、さっきカモネギやらウッウの野郎に妙にけしかけられたことがウォーグルにはカマスジョーの小骨のようにつっかかっていたし、ひたすらこちらをおちょくるような言い方には腹を立てていた。なんだか、記念の旅の最初っからガアに引っ張られる形になったことを、後でまた揶揄われるのではないかという気がしてきた。
「私はウォーグル氏の言葉と行動のミスマッチを極めて残念に思います!」
 と、想像上のクソ生意気なウッウが言った。
 先を行くガアの黒光りする尾羽を見つめながら、モヤモヤとしたこに感情をなんとか制御しようとしていたが、阿呆なウッウがあの青い羽を間抜けに広げて叫ぶ素っ頓狂な声が頭に響き渡ると、サイコパワーを切らしたイオルブがいきなり等速直線上に落ちるように、理性の糸がプツリと切れた。ウォーグルはガアの横に並び、そのまま追い越して前を飛んだ。
「どうしましたか、ウォーグル」
「ルミナスメイズってずっとまっすぐ飛んでたらあるんだろ」
「まあ、そうですが……」
「じゃ、もういいだろ。後は俺に続けよ、ガア」
「えっ、でも」
「いいから」
「ウォーグルっ」
 ガアが制止するのも聞かず、ウォーグルはルミナスメイズの森のあるらしい方向へとがむしゃらに飛翔した。しばらくは大空と、眼下に広がる街や道路の景色を眺めていたかった。こんなことで心を乱されるのはいかにも雄らしくないとは思ったが、ちょっとの間だけ気持ちを落ち着かせたかった。あいつら、俺のことを初心で未熟な鳥だと思いやがってからに、俺がこの一年の間にガアにしてやったことを知らねえで、好き勝手気ままに言いやがって。どれだけコイツが落ち込んだ時に側にいてやったと思ってる。どれだけコイツが求めて来た時に応えてやったと思ってる。修行だ修行だって御託はいいけど、結局そういうことには首突っ込みたがるんじゃねえか。童貞鳥どもがっ。羨ましいなら羨ましいって言えばいいんだっての!
「ウォーグルっ! ちょっと、ちょっとっ」
 気をつけなくては、と何やら言うガアの言葉は聞こえたが、ウォーグルは振り返らなかった。もしかしたら自分たちが王者然として飛んだかもしれないガラルの空を無我夢中で翔けていた。ガアからそんな話を聞いたことがある。空飛ぶタクシーを運ぶ座を巡って、むかしアーマーガアとウォーグルが争われたことがあると。結局は、血気盛んなウォーグルの性質は不向きだということになって今に至るわけらしい。だからどうしたという訳ではないがそれでガアを恨むという下卑た根性があるわけではないが、こうもウォーグルのプライドをおちょくられた直後だと、それすらも悔しくなってきてたまらない。頭にカッと血が上ったせいで、さっきのカモネギやらウッウの言葉がギュインギュインとエンジンシティで見かけたあのどデカい歯車みたいに、ウォーグルのおつむの中で回って、さらに取り返しがつかないくらいイキリ立たせるのだった。
「ウォーグルうううううっ」
 弱々しいガアの叫びがどんどん小さくなってくるのも、ウォーグルは敢えて無視した。どうにでもなれ、というヤツだ。それに、どうにでもなるだろ、とウォーグルは急に楽観的にもなり、ガアがここを真っ直ぐ飛んで行けば目的地のルミナスメイズの森に着くんだし、どうせガアは仕事で何度もこの上空に来てんだろうから、一匹だって平気だろう、それに俺はウォーグルだし、これまで色んな試練を一匹きりで乗り越えて来たことだっていくらでもある、平気じゃないわけがない!
「ああっ、くっっそおおおおおっ!」
 そんな自分でもわかったようなわからないようなことを叫びながら、ウォーグルは猪突猛進の体で空を突っ切って行ってしまったのである。

【カモネギ(ガラルのすがた)】 


 阿毘羅吽欠裟婆呵。座禅を終えて目を開くと同時にそう呟いた。
 なぜそんな言葉が嘴をついて出たかは知らない。しかし、不意に何かに祈りたくなるような不可思議な気分に捉われることがあった。俺は、全てに幸あれかし、と考えもする。羽毛がそよぐほどに鳩胸が熱くなっているのを感じる。如何にも、雑念の虜囚になっている、修行中なのにと、俺は苦笑をする。
 額に巻きつく「くろおび」の締め付けを覚えながら、俺はガアの奴のことを考えている。アオガラスの頃には「アオ」と呼ばれ、ココガラの頃は「ココ」と呼ばれて、それでいて事足りていた者。不良鴨の俺がひょんなことから、あいつと、それとあの馬鹿と出会って、奴らの生と関わり合うこと(羽目、とでも言い切ってしまおうか)になってから、確かに俺は奴らなしでは感じなかったであろうことを感じて来た。
 曇天の雨の下で、「アオ」から初めて聞かされた感情だって、俺が知らないものではなかった。だが、その瑞々しさや生々しさは「アオ」だった頃のあいつから教えられた。その為に、鳥に欠くべからざる風切羽すら毟り取ってしまうほどのものだとは、俺は思いもしなかった。
 それにしても、その相手がワシボンの馬鹿だったというのは、いくら「アオ」から、後々「ガア」になったあいつから理路整然と語り聞かされても、今ひとつ腑には落ちないところはあった。確かに、あの馬鹿にはタダならぬところがあることは、俺はこのカモネギの身をもって思い知らされた。敗北を知らされたことによって、俺はあのワシボンに興味を抱いた。その原石のような力の輝きは認めるところだったが、翼を犠牲にするまでの好意に値するほどの存在かどうか、あの頃の俺には良く了解できなかった。俺は意識こそしなかったが、偏見もあったのかもしれない。
 だが、あの瞬間に奴を覆っていたオーラとでも言うべきものは異様であった。血相を変えたワシボンが雄叫びを上げた刹那、何か形容のし難いものがその小柄な鳥の身を包んでいたのを俺は確かに覚えている。間もなく、強烈な一撃と共に気を失ったが故に、まるで夢のように印象は強烈でありかつ曖昧であるのだが、各地のスタジアムで見られるエネルギーによるものとも異なる力が、あのワシボンには宿っていると、そんなことを考えてやまない。あれ以来、ワシボンも、進化したウォーグルでさえも、そのようなものを帯びることはないし、あの馬鹿のことだから、自覚すらしていないのだろうが。俺が今もなお、ヤツと共にあるのは、その正体を知りたいからでもある。だが、その為にはきっと、俺自身もまた強靭であらねばならないはずだ。
 俺は脇に置いた自らのながねぎに向かって拝礼をする。俺を定義するもの、故に束縛をするもの。相反する感情を抱き続けてきたもの、だからこそ常に俺という存在の中心に在るもの。俺はカモネギであり、カモネギでなく、したがってカモネギであり、それにもかかわらずカモネギでない、そのような言葉では捉え切れないような境地へ至ろうと踠き続けて兎に角は今まで来た。無論、ウォーグルの馬鹿には微塵も理解できないことだろうが、俺はカモネギとしてそういう生き方を貫くものだ。
 一年か、と思った。よくもこうトントン拍子に事が運んだものだった。ガアの奴めも、ウォーグルの馬鹿も「雄」として開花しつつある。俺にはそのように感じられる。それと同時に、ネギガナイトにもなっていない己が身がもはや老いたように錯覚する。まだ老いるわけには到底いかぬのだが、慈愛という感情が俺をそうした境地へと運んでしまったのか。
「私はあびらうんけんそわかとは何を意味するのか気になります!」
 俺の修行の様子をずっとそばから眺めるともなく眺めていたウッウが言う。
「私はそれが何であるか訊ねます!」
「幸あれ、ってことさ」
 そう俺は言った。

【ガアIII】 


 ルミナスメイズの森に飛んで来たのはいいが、ウォーグルはどの辺りにいってしまっただろう? 私は森の入り口にある、瀟洒な街灯の側で途方に暮れてしまっていた。
 ウォーグルがいきなり、不機嫌な口調で私を追い越して先へ先へと飛んで行ってしまって、私は余りのことに追いつくことすらできなかった。森をざわつかせないといいが、と思いながらも、彼がガラルの空を私よりもらしく翔けていく姿を目にして、思わず頭がぽうっと、してしまったこともある。やはりというかウォーグルの後ろ姿はカッコよくて、羨ましかった。私に欠けているあらゆるものを、彼は持っているな、という感じがした。
 同時に、私はいつかウォーグルになるであろう姿を思い浮かべながら虚しく過ごした夜のことを思い出して、自分の矮小さを責めずにはいられなかった。彼と結ばれて以来、捨てたと思っていた卑下の感情。けれど、気持ちが落ち込んだ時にはコオリッポの顔を覆う氷のように何度も現れてしまう。何ということだろう。そんな私は捨てたはずなのに、どうしてカジリガメの頭のように不意にもたげてくるものだろう?
 街灯の幻想的な光が私の漆黒の羽根を照らす。道行く人々やポケモンたちが、こんなところに佇んでいる不思議なアーマーガアを横目にしながら通り過ぎていく。まるで、霊験あらたかな像か何かであるように敬いながら。彼らにとって、私はガラルの象徴である。シュートシティの広場に設置された巨大なアーマーガアの銅像を私も側で見たことがあるが、誰もがその前で記念写真を撮ったり、感嘆したりしながら私たちに敬意を払ってくれている。
 しかし、しかし、私はそうしたアーマーガアに値する存在なのだろうか? 私の魂は宿るべき器を間違えてしまったのではないか? もう、どうして、こうも、よりにもよって、私は。
 駄目だ、そんなことを考えていたらウォーグルに嫌われてしまうかもしれない。私の頭で回る逡巡のあれこれも、彼にとってはとてもつまらないものに過ぎないのだから。言うまでもなく、彼の言うことは正しい、はずなのに、私は、こんなアーマーガアだから。やはり、さっき出立する前に、私はもっとウォーグルに肩入れして話すべきだっただろうか。カモネギさんやウッウに寄りかかって、つい私もウォーグルのことをからかうような形になってしまったが、それは彼と結ばれた私の立場として適切だったのだろうか? 実際、ウォーグルはかなり機嫌を害していたようだった。私を押しのけて先へ飛んで行ってしまったのも、もしかしたらカモネギさんたちだけではなくて、私に対する意趣返しなのかもしれない。
 だから、ルミナスメイズの森に着いたらまず先にウォーグルに謝らないといけないと思った。せっかく彼の方から誘ってくれたこんな機会に舞い上がって、失礼を働いてしまったことを。いくら夫婦に等しい関係であるにしても、プライドを傷つけるようなことはいけない。あれだけポケモン図鑑でウォーグルについての記述を読んだ私ではないか、どうしてそんなことにも気づけなかったのだろう?
 その上、ルミナスメイズの森の入り口にはウォーグルはいなかった。どこで降りるのかまでは説明しきれていなかった私のせいで、多分適当に森の中へ突っ込んでしまったのかもしれない。でも、そうなったらどうやって合流したものだろう? 私はあまりにも説明不足だった。ルミナスメイズの森はとても幻想的で美しい場所だとは言ったけれど、それ以外のことは何も話さなかった。ああ、私としたことが、あまりにも不用意ではないか!
 どうしよう、どうしよう、と私は考えた。どうしよう? このまま、ウォーグルと合流できないまま終わってしまったら? 想像するだに恐ろしかった。カモネギさんはきっとウォーグルをきつく責めるかもしれない。しかし、本当に悪いのは私なんだ、生半可なアーマーガアの不注意のせいで彼の率直な思いを台無しにしてしまったんだ。謝らないと。とにかく、彼に許しを請わないと、どうにもならない気がした。
「おい」
 私は、一体どうしたものだろう? このまま待ち続けていても甲斐ないことだけは確かだ。
「おい」
 でも、万が一すれ違いになってしまったら? もしかしたら空路を間違えて今頃迷っているかもしれない。
「おい、って!」
「あ!」
 聞き覚えのある声で、私は我に返った。瞬時に、周囲にざわめきとか、すぐそばの森からこだます風のそよぎが私のすぼんだ耳に帰ってきた。私は思わず深呼吸をした。
「ウォーグル!」
 私は声のする方へ首を向けて、とても驚いてしまった。まず、それを何と説明していいかわからなかったのだけれど、私の思考がキルクスの入り江のように凍りついてしまった、と言えばさしあたってはいいのだろうか。
「ウォーグル? って何だし」
「あ……」
 そこにいたのはウォーグルではなく、いや、確かにウォーグルに違いないと私の感覚は信じているのだけれど、一匹のワシボンだったのだ。

【ウォーグルIII】 


 どうだ、俺だって一匹だってできることはできんだ、行ったことねえ場所だろうが一応ガラルなんだから行けねえことねえんだ、褒めろよ、って言おうと思ったんだけど。

 一心不乱に飛びまくって、目印っぽいどデカいディグダの像を見つけたら、あ、近えなと思って。そしたら、多分らてらる? っぽい町が見えてきたからその近くにある森、っぽいのが多分ガアの言ってたるみなすめいずの森だろうと思って、俺はその入り口、じゃねえかなと思う辺りで急降下した。それは、まあいい。

 俺だって完全な鳥頭ってわけじゃないし。最低限の説明くらいで、ある程度見当はつくわけだ。あ、とりあえずここら辺で待ってりゃいいだろ、ってことぐらいウォーグルの俺にだってわかる。

 カモネギのやつは俺を脳筋だと思ってるらしいけど、そんな脳筋があのワイルドエリアで生きてけるわけねえってくらい、わかるだろうが。ああ、クソっ、腹立つ。おちょくってるってわかってても、すげえ、そういう度し難い感情が沸き立ってくる、っつうか。

 ってわけだから、まあ、ここでガアが来るだろう、ってことで、それを待ってればいいわけだった。いいわけだったんだけどさ。

 森の入り口前でぼんやりとした灯りに照らされながらガアのことを待ってた時だった。ここを通り過ぎる奴らはさも珍しそうに俺のことを見ていく。

 まあ、そうだろうな、こんなとこでボケッと突っ立ってる場違いなウォーグルがいたら、気になるに決まってるし。なんか眩しいのを焚かれたりして、思わず目をつぶっちまうけど、みんな俺に惚れ惚れとした視線を送るのはぶっちゃけ悪くはねえと思った。

 けど、けどだ。

 近くの茂みがガサゴソ言ったかと思うと、いきなりよくわかんねえヤツが飛び出してきた。

 ピンク? 色で顔がまん丸で、口から舌をベロバーって出してる、それだけで腹立つようなのが、俺に向かって馬鹿にするような顔をして、おまけに本当にバーーーカ! って叫んだもんだから、俺はプチっと来ちまった。

 ほとんど発作的に茂みの方へ突っ込んで行ったけど、あの野郎、器用にそれを避けやがって、ムカついて嘴をキツく噛み合わせてると、それが嬉しいみたいにゲラゲラ笑って。

 普段はそんなアレなことは考えないけど、出発までにあれやこれやあって沸騰寸前の俺は、もう、殺す、という言葉しか出てこなくなっていたわけで、こないだガアと一緒に見たナックルスタジアムのバトルで、ガアとは違うアーマーガアがぶれいぶばーど? って技をして、全身を炎みたいなオーラで覆って体当たりしてく、みたいなつもりであのクソ野郎に体当たりをした。

 けど、あんにゃろ、それをひらりとかわしやがって。俺は木の幹に脳天ぶつけてクラクラしてるっちゅうに、向こう側でお尻ペンペンだのしやがって!

 で、そんなクソ野郎を追っかけ回していたら、すっかり森の奥深くのどっかに来ちまったってわけで。

 うーん、どこだろうな、ここ?

 帰ろうと思っても、どこをどう来たか見当が付きゃしねえ。それに、あちこち周りをうろついてると、さっきのピンク野郎がキノコの陰から出てきていちいち俺を馬鹿にしてくるから、俺は相手にせざるを得ない。

 そんなことを繰り返してたら、このるみなすめいずの森で迷っちまったわけだった。どこへ行っても迷う。どこへ行かなくともあのピンク野郎が煽って来るからどの道迷う。

 そう言えば、ガアはどうしてんだろ? あいつのことだから、律儀に入り口のところで待ってるかもしれねえ。迎えに行ってやらなきゃってのも山々だけど、森ん中じゃ右も左もわかんねえし、どうしようかなあ……って思ってた時だった。

「あのっ」
「あ?」
「あっ……」

 甲高くて素っ頓狂な声がしたから俺はそっちの方へ振り向いたわけだった。

「すっ、すみませんっ……」

 俺の目の前で、ココガラがペコペコと頭を下げていた。

【半妖精たちの午後I】 


 ——憎悪する 私は けったいな騒めきを 静寂の森を切り裂く
 エアームドの翼の その残忍さ 野蛮さが 狂わせる
 私の心 感情までをも あたかも干戈が交えられ
 ザシアン ザマゼンタの鎮座する 古王国の於母影を

 蘇らせる 異物たる「音」 忽ちにして
 楽園は 儚くも崩れ 奥津城に成り果てる
 おお 荒地よ 蹂躙よ 殺戮よ 慈悲のない
 固定された過去を 繰り返すのは

 留めるのだ 穏静 静粛 静寂のニンフたち
 戒めに 呪いを与えられた 悍ましい光を放ち
 巣穴に潜む その如くに 好奇なる雑音より

 だが 侵犯する野蛮は 悉くも 神がかりに
 耐え難い 私を変貌させ 金切り声とともに
 懲罰の杖を振り上げる 永遠の迷いへと 誘う一閃を導こうと


 ——意地悪い 性悪どもを 斥候に送り出し
 断末魔を上げる ニンフの心痛を 悼みながらも
 俺は 擡げるのだ 黒き炎の髪を 舐めずりつつ
 報復の重い腰を 侵犯者へ向けて

 感知する イオルブの如く 眼前のこととして視る
 神聖なる ルミナスメイズを 横断する狼藉の影を
 その冠羽を ぴしゃり打擲 誘き出す 迷いの森へ
 後追いには 甘美なる影踏みを 残して

 罰には 今すぐ覚めて欲しい夢よりは 甘美なる夢
 永遠に覚めずとも構わぬ 微温湯こそが相応しい

 夢見るものは 弱さから 夢見るもの
 安逸な眠りにつけば アリアドスの糸で 絡めとるまで

【ウォーグルIV】 


「友達とハグれてしまったんです」
「ふうん」

 と、急に森ん中で鉢合わせたココガラは涙目で訴えて来た。そりゃ、こんな森だし、ハグれることもあるよな。

「どうしよう……このままずっと誰にも会えなかったら」
「心配すんなって」
「でも」
「でも、じゃなくてさ」

 俺は翼でポンと胸を叩いて見せる。ったく、こう勝手に不安になって勝手に落ち込むみたいなの、なんか誰かにそっくりって感じがするな。誰だろうな?

「実言うとさ、俺も友達、っていうかまあ、それ以上っていうの? とハグれてんだ」
「へ?」
「ま、一緒に探しゃいいだろ。お前だって、不安でたまんねえから俺に声、かけて来たんだろうし」
「は、はい……」
「じゃ、行くぜ」

 そう言って俺は、翼で自分の冠羽の生えた頭を指した。ココガラは少し戸惑った後で、ピョンとそこに飛び乗った。こうして、俺たちはこのるみなすめいずの森をあちこち、それぞれの友達(俺の場合は番いだけど、コイツにはそんなことわかるまい)を探すことになった。

 よくわかんねえから、とりあえず前へ進んどきゃいいだろうと思った。その方が面倒くさくねえし、面倒くさくなったら、どこか適当なところを見つけて空でも飛べばいいだろう。少なくとも、ヘマしたって死にやしねえし。

「ウォーグルさん、で良いんですよね」

 頭の上のココガラがさえずるように言った。

「おうよ」
「……」
「……」
「……」
「いや、何も言わねえのかって」
「す、すみません、つい……」

 と慌てて謝ってまた黙り込む。鈍臭い。

「で、どしたよ」
「いや、その……ウォーグルさん、スゴくカッコいいなって」
「そりゃそうだろ、ウォーグルなんだし」
「やっぱり、たくさん戦ってきたんですか」
「もちろん」
「スゴイなあ……」

 ココガラのまん丸いカラダがブルブルと震える。俺の冠羽が揺れる。ちょっと形が崩れたそいつを片翼で整えながら、俺は辺りを見渡してみる。森っていうだけに、樹がいっぱい生えている。ワイルドエリアでたまに転がってるキノコのデカいヤツがあちこちにあるし、それも変な光を放ってて、変な感じだ。

 でもそんなことより、さっきからあちこちでクスクス言ってる声の方が気にかかる。さっき、俺をおちょくりやがったヘンテコのピンク野郎、まだどっかで俺のことを見てんのか。一瞬でも顔出したら容赦しねえ。

 そうだった。友達とハグれたとかいうココガラと会って少し忘れかけてたが、俺はあのクソ生意気なピンクを追っかけて森ん中へ入ってったわけだった。元を辿れば、俺を最初におちょくったカモネギとウッウのせいなんだが、それも含めてあの野郎を凝らしめてやりてえ。

「実を言うと」

 そんな沸騰してる俺の頭の上に乗っかっているココガラが囁いて、俺はハッとする。

「僕の友達はワシボンなんだ」
「へえ」

 ココガラとワシボン、ってことは昔の俺とガアと一緒ってわけだった。スゴい偶然もあるもんだな。

「勇敢なウォーグルになる! って言って、毎日特訓してて」
「うん」
「僕もいつもあちこち連れまわされるんだけど」
「うん」
「なんだか最近とても変な気持ちになってて」
「変な?」
「僕もよくわからないんです。けど、何だろう……」

 そこでココガラのヤツ、嘴をつぐんだ。何かを言おうとして、そのくせ言いたくないみたいな態度をするのがむず痒い。別に、赤の他鳥(たにん)なんだし、言っちまってもいいだろうに。

「ううん、やっぱり言えないです」
「大丈夫だよ。言ってみろって。別に誰にも言うでもねえし」
「でも……」
「また、でもっつったな、ったく」
「す、すみませんっ」
「いいからいいから、お前だっていつかはアーマーガアになんだからさ」
「えっと……ええっと……」

 何回かえっと……とそのっ……とあのっ……を繰り返してどもりながら、ココガラはポツポツと話し始めた。

「なんだかワシボンのことを考えると、胸が熱くなっておかしいな、ってなるんだ。どうしてかはわからない。でも、いつからそうなったのかははっきりとしてて」
「いつからだよ」
「その……僕とワシボンの秘密基地がダイオウドウに荒らされそうになった時に、ワシボンは全力で僕を守ってくれて」
「ふうん」
「傷だらけになって、僕はとても心配だったけど、ワシボンはそれが嬉しかったみたいで、『これでまたウォーグルに近づいたぞ』ってはしゃいでるのを見て、僕ビックリしちゃって。けど、その時からずっと胸が燃えるように熱いというか、何というか」
「同じだな」
「え?」
「俺も昔、同じことあったわ」
「そ、そうなんですか?」

 忘れるわけはない。いや、俺はわりかし最近まで忘れてたけど、ガアのヤツが事あるごとに話すから思い出したというか、改めて覚え直したというか。いま頭の上のココガラが言ったのとだいたい似たようなことが昔あって、まあそれがキッカケであいつは俺に「惚れた」ということらしい。

 その前から友達ではあったけど、それがなかったら俺とガアは今みたいな関係ではなかったかもしれない。いや、ガアのことだからきっと別のキッカケでどの道そうなったかもしれんけど。

「やっぱ、ダイオウドウに荒らされるってあるあるなんだなー」
「う、ううん……?」

 コイツの話のおかげで、ちょっと色々思い出してきた。流石に強かったな、あのダイオウドウ。でも強い相手目にするといやが上にも昂る性分だし、おまけに、あの時ダイオウドウはココを捕まえてブンブンと振り回しやがった。俺が考えたのはただ守ってやんねえとって感じだけだったんだが、思いがけない力が出て何とかそいつを撃退できたんだった。うん、確かそんなんだった。

「その胸が熱くなるってやつが、どういうことか教えてやろうか」
「えっ」
「それは、単純に、お前はそのワシボンのことが好」

 その時、草むらが激しくうごめいたかと思うと、いきなり飛び出してくるヤツがいて。見てみると、さっきのピンク野郎!

 俺は居ても立っても居られずに、頭の上のココガラのことも一瞬忘れてヤツににじり寄った。

「ご、ごらっ! テメエ……さっきはよくも」

 すると、そのクソピンクの後ろから、また別のヤツが飛び出してきた。顔つきは前にいる野郎と似てるけど、そいつとは違って頭からはヒトの髪の毛みたいなものが生えているし、下半身はピンクじゃなくてミドリ野郎で。

 そいつがピンク野郎の隣に来ると、ガッと頭を掴んで思いっきり前へと垂れさせた。二匹とも、俺に向かって平伏すような姿勢になっていた。

「さっきはうちの弟が迷惑かけてすんませんでした! どうか、許してください!」

 ほら、お前も頭下げるんだよ、バカ、と言いながら髪の毛が生えた方がピンク野郎の頭を地べたに激しくなすりつける。顔面をグリグリと押し付けられて痛そうだし、そいつが啜り泣く声も聞こえる。

「ごめんなさい……」
「ダメだろ、そんなんじゃ相手に聞こえないだろ!」
「ごめんなさい!」
「声張ってようが、誠意がないとダメだろうが!」
「お、おい……」

 そんなやり取りをされても俺の方が気まずいし、申し訳なくなってくる。そんなんじゃかえってシャクだ。俺はすっかり地面に伏せて謝っているコイツらに近づいた。

「わーったわーった、許すから、もうどっか行ってくれ」
「言ったな?」

 その急に悪どい声と同時に、俺の顔を激しく打つものがあった。

 痛っってえっっっっっ!

 カモネギのながねぎとはまた違った痺れるような痛みを顔面に感じて、しばらく目を開けられなかった。ただ、その「声」だけはやたらと聞こえた。

「やーい、引っかかってやんの」
「バーーーーーーカ!」

 やっと目が開いた。ピンク野郎と横のクソ野郎が思いっきり舌を出して俺のことをバカにしていやがる。

「こっ……このっ……どいつもこいつも……!」

 怒鳴る前に俺は奴ら目掛けて突進をかましていた。しかし、ちょこまかとあの二匹は俺をかわして、舌を出して尻を叩きながら草むらに飛び込んで姿をくらます。俺は無我夢中で奴らを追っかけた。そういえば、住処の近くを変なオレンジのデカい鳥が走り回ってるのを見たが、たぶんいまの俺もそんな風に森の中を駆けずり回っていた。

「ウォ、ウォーグルさん!」

 頭の上に乗っかったココガラが叫びを上げているのも構わず、ぶちのめしてやるとばかり考えて俺は走る。殺すまではいかねえけど、気持ち木の実半分くらいは殺してやりてえ気分だった。

「ウォーグルさあん!」
「うおっ?!」

 頭が殴られたように重くなって、俺は前のめりに倒れた。

【ガアIV】 


「丁度よかった」
 と、目の前にいるワシボンが私に言った。とても馴れ馴れしくて、まるでずっと前から見知っていたかのような態度だった。カラダは私の脚ほどしかないから私は見下ろしているはずなのに、見上げているように錯覚してしまう。
「いやさあ、友達と待ち合わせてたんだけど、そいつ鈍臭いからさ、何か道に迷ったっぽくて。でも俺この辺詳しくないからさ、一緒に来てくんない?」
「あ、あのっ」
「あの、じゃなくて」
 ワシボンはキッパリと言った。ふんぞり返りながら、ちょっと居丈高に振る舞う態度はどう見ても。
「はいかいいえだろっ。俺、細々としたこと言われてもわかんねえから」
「は、はい」
「決まり、じゃ、来て!」
 そういうわけで、私はこのワシボンに翼を引っ張られるようにして、森の中へと脚を踏み入れてしまった。ウォーグルとすれ違ってしまったらどうしよう、という恐れを心の中で引きずりながら。
 樹木の陰に生えたキノコが不思議な光を放って、ルミナスメイズの森に幻想的な空気を生み出している。ベロバーやネマシュたちが、キノコの陰や草むらをガサゴソと行き来しているのがチラリと見える。しかし、私はその光景にため息を漏らす余裕とてなかった。
 私の前を歩くワシボンは、まるでそんな景色には目も暮れずにどんどん森の奥へと進んで行くからだった。小柄なのに、何て脚の速さだろう。いや、寧ろ私の方が遅いのかもしれない。アーマーガアの体躯だと、道なき道の茂みを掻き分けるのも苦労する。しかしワシボンは、私の数十歩先まで行きかけると、まるで私がどこにいるのかわかっているかのように立ち止まって、クルリとこちらへ振り向いて来る。
 私はそれが偶然の一致だとは決して思わなかった。頭を覆う白い鬣も、額を飾る一枚の冠羽も、驚くべき純粋さを秘めたその瞳も、嘴の峻険な輪郭も、私は見間違えることなんてなかった。このワシボンは私にとってのワシボンだった。けれど、どうして?
「遅えよー」
「あ、はい、ごめんなさい……」
 私はそんなことも尋ねることができなかった。あり得ないことがあり得ているという事実に怖気付いて、出すべき言葉を失ってしまっていたのだ。そんな私の心など知らないであろう、ワシボンは私が追いつくとまたスタスタと前へと進んで行ってしまう。私は何とか追いつこうとして、彼が立ち止まってこちらを見て、私の心はもどかしくなって、その繰り返し。
「おっかしいなあ」
 ワシボンは首を少し傾けながら呟いた。
「あいつ、どこ行ったんだろ。ったく、もう」
「あの、ワシボン、さん?」
「んー?」
「その、あいつ、というのは誰か聞いていなかったと思うのですが」
「あれ、そうだったっけ」
 彼は無頓着そうに答えた。
「俺さ、友達のココと遊ぶつもりで来てたんだよね」
「ココ」
「そ。ココガラだから『ココ』」
 私は目を閉じて深呼吸を繰り返した。黒光りするダイヤと言われる自分のカラダを大きく膨らませては一息に肺を萎ませた。次、目を開いた時にはこれが幻ではないかと思った。しかし、ワシボンは相変わらず私の前で、あのワシボンであり続けていた。
「どしたの。急に息上がったみたいにゼーハーし出して、変なの」
「すみません」
 もう一度だけ深呼吸をさせて欲しかった。ぜえ、はあ、と私はアーマーガアの柄にもなく喘いだ。
「ふう……」
「大丈夫? じゃ、行こ」
 私の気持ちを察することもなく、ワシボンはまたしても森の先へと進んで行った。私は障害物だらけの森の中を不器用に歩いて、何とか彼に付いて行く。ベロバーが私を揶揄って笑っているような声が物陰からして、それはどんどん大きくなっているようにも聞こえた。
 先を歩き続けるワシボンの背中を見ていると私は堪らない気持ちだった。それは、私がまだその意味も知らないままに彼を思い初めた頃の姿そのものであったからだ。事情はよく飲み込めないままだったが、失われたものをこの翼に取り返したような胸のすく歓びを私は確かに感じていた。
 それと同時に、彼であって彼でない彼に対して、想いをぶちまけたいという強い衝動に駆られたのだ。本当だったら、ウォーグルに素直に伝えるべき類のことを、目の前を闊歩するワシボンに話す。可笑しなことではあった。私はこのワシボンがどうやら過去の彼らしいと察した途端に、彼にならどんなことでも話してしまえる、などと考えたのだから。明らかに倒錯した発想だし、卑怯でもあると思った。もしかしたら、このワシボンだって、そんな私を嘲笑うために顕現してきた「罰」なのかもしれない。私はつくづく馬鹿だと自嘲する。
 でも、嘴は開いて、言葉は出てしまう。情けない、けれど、求めていた。
「あの」
「どした」
「あなたは、『ココ』さんのことをどう思っているのでしょうか」



 atiettawaminhanntaiawtokei otukiednnususownakaonmori

【ガアV】 


「友達、だろ」
 ワシボンは屈託なくそう言った。
「そう、ですか」
「でもまあ、敢えて言うなら、なんだろうなー」
 頻りに首を傾げながら、ワシボンは考え込んだ。
「ちょっと特別ってとこはあるよな、なんだかんだずっと一緒だから」
 そんなとこかな、と言ってまたすたこらせっせとワシボンが先へ急ごうとした時、私は思い切って言葉を切り出した。
「あなたに私の罪を打ち明けても、いいでしょうか」
「つみ? って何だよ」
「わからなくても、構わないんです、ただ」
 私は前進が火照っていた。シュルシュルと全身が縮むような感覚だった。
「あなたにだから、言えることでもあるのです」
「変なの」
 ワシボンはそう言ったが、決して私のことを馬鹿にするでもなく、私が次に話す言葉を待ってくれていた。でも、まあとりあえず言ってみればいいんじゃん? そうなのだ。彼は彼なのだから。私が何かを打ち明けようとする時にはいつもそうしてくれた。もちろん、ワシボンだった頃の彼に、そんなことを話すにはあの頃の私はまだ色々な意味で幼かったのだが。
「私には愛している相手がいます。現に、彼も私を愛してくれもします。しかし、それにもかかわらず、私はうまくその幸せを噛み締めることができないでいます。別にその相手のことを不満に思っているわけではありません。とんでもない。そうではなくて、これは全て私自身の内面の問題に過ぎないのです。それだって分かりきっています。決まりきっている。決まりきっているからこそ、そんなことでクヨクヨ悩んでいる私がイヤで堪らない。彼を好きになればなるほど、強く思えば思うほど、自分のことが嫌いになっているのです。私は思い切って自らの思いを彼に告げました。結果的にはその思いは報われました。客観的に見て私は明らかに幸福ですし、そこには何の誤謬も、ええと、間違いもないはずです。それでも事あるごとに、これで本当に良かったのだろうか、と考えてしまうのです。私は彼に無理強いしてしまったのではないか、一時の感情の昂りだけで、彼を取り返しのつかない方へと引き摺り込んでしまったのではないか? それでいて、彼はそんなことちっとも考えていないだろうということはハッキリしているのです。私は勝手に彼の失われた未来を想像して、やましい思いをしているに過ぎないのでしょう。でも、私は私自身を責め苛むことがどうしてもやめられずにいます。好きです。とても好きです。好きなのです。どうして私は今愛している相手に対して片想いのような苦しみを抱き続けているのでしょう? どうしてそんなことをする必要があるのでしょう? 何もかも、私にはわからないのです……」
 私はハッとして(くち)ごもった。一度言葉を発したら、堰を切ったように溢れ出してしまった。明らかに私は喋り過ぎていた。一体、何をしているのだろう? しかも、相手は仮令彼だったとしても、無垢なワシボンなのに。胸のつかえが取れたような爽やかさと同じくらい、肝が冷えるような恐ろしさも感じた。
「うーん」
 沈黙を破って、ワシボンが言った。
「幸せをかみくだく? みたいなとこまで聞いてた」
 それから、小さくても鋭利な嘴を大きく縦に開いて長い欠伸をして眠そうにした。
「す、すみませんっ。変な話を延々として、可笑しいですよね、こんなっ……」
「そういうんじゃなくてさ」
 すると、ワシボンは私の正面に立って、じっと見据えた。とびっきり純粋で、真剣な目つきをしていた。
「別にかみくだかなくてもいいんじゃないの?」
「えっ」
「だって、ウマい木の実はウマいだろ。別にウマいって思わなくたって普通にウマいだろ。そんなことしたら逆にマズくなるだろ」
「は、はあ……」
「だろ」
「は、はい……」
 私はワシボンに圧倒されるがままに頷いてしまっていた。彼の言葉だけではなく、その心を見透かすような視線にゾクリとした。
「それにさ」
 額の冠羽を両翼でサッと整えてから、ワシボンは続けた。
「友達のこと、もっと信じたらどうなんだよ」
「友達」
「ま、あんたのいう『友達』って俺にとっての『友達』と同じかどうかは知んないけど。でもさ、そこまでクヨクヨできるんだったら、逆? みたいなことだってできんだろ」
 俺はできるよ、とワシボンは付け加えた。
「俺はココのこと好きだし、友達だから。一緒にいる以上は、守ってやんないとだし、ずっと楽しい気持ちにさせてやりたいって思ってるし!」
「ですがっ、あなたに訊ねるのですが、それはあなたにとっての楽しい気持ちを削ぐようなことにはならないのでしょうか」
「何、言ってんだっての」
 呆れたようにワシボンは言った。
「俺は楽しいよ。それに、勇敢なウォーグルにならなきゃだから、友達一匹楽しくさせられないでさ、なれないだろ、そんなの?」
「……」
「へ? どした?」
 ああ、彼はやはり彼なのだ。私は自分の愚かさをいよいよ恥じた。
「……いえ、そのっ」
「何、泣いてんだよ」
 ワシボンはその翼をそっと涙を流す私の頬に添えた。瞳から溢れ出した水滴が彼の空色の羽根へと伝って、点のように微かに濡らす。
「カッコ悪いだろ、お前、アオガラスのくせに」
「えっ」
「えっ、じゃなくて、だってお前、アオガラスじゃんか」
 私は虚をつかれたようにワシボンの不思議そうにする表情を見つめていたが、そういえば、私はアーマーガアのはずなのに、どうしてワシボンと同じ高さで視線を合わせているのだろう、と今更ながら気付かされた。別に彼が無理して羽ばたいているわけでも、私が首を低くしているわけでもないのに。
 恐る恐る、私は自分の翼を見た。青と黒で彩られたそれは、明らかにアーマーガアのものではあり得なかった。
「ほらな」
 ワシボンは驚くこともなく言った。

【ウォーグルV】 


「ウォーグルさん、ウォーグルさん」

 鬣を頻りに引っ張られる感触で俺は目を覚ました。だから、痛えんだって! そこ引っ張られんのは!

「おうよ、わーったから、そこ引っ張るのやめ……」

 俺は腹這いの姿勢からグルリとひっくり返って、頭にのしかかっていたヤツを振り払う。そして、ムクリと立ち上がって、転がってるのを見ると。

「おっ」
「イタタタ……す、すみませんでした、ウォーグルさん」
「それはどうでもいいんだけど、あれ、お前」
「どうか、しましたか」
「いつの間にアオガラスに進化したんだっての」

 さっきまで俺の頭の上に乗っかっていた丸っこいココガラが、俺があの二匹組を追いかけようとしてるうちに、なぜだかアオガラスになっていた。まあ、確かにココガラが進化するとアオガラスになるのは、ガアもそうだったし知ってるけど、それにしてもいきなり進化するもんなのか。

「何を、言ってるんですか」

 しかし、目の前のさっきはココガラだったはずのアオガラスが首をかしげて俺をまじまじと見つめる。透き通った瞳がキラキラと輝いて見えそうなくらい。

「ウォーグルさんと会った時から、私はもうアオガラスでしたが」
「……そーだったっけ」
「そうですよ、ウォーグルさん」
「ふうん……」

 よくわかんねえけど、まあ、そういうこともあるんだろうな、と俺はなんとなく理解した。そりゃ、変だけど。現にそういうことになってるからなあ。ま、そういうことなんじゃねえの、って感じだ。複雑なこと言われても、よくわかんねえし。旺盛な年頃なんだろ、きっと。ココガラってそういうとこ、あるし。

「ま、いっか。で、友達まだ探すんだろ」
「はい!」

 アオガラスは元気よく言った。今度は別に頭に乗せる必要も無くなったから、首が凝らなくていいやと思った。俺たちはまたるみなすめいず? の森を真っ直ぐ進んで行った。ついでにキョロキョロと辺りに注意しつつ。万が一アイツらを見つけたら即ぶちのめしてやらなきゃいけねえと、ウォーグルとしての本能がチクチクと囁いてる。

 しかし、ガアのヤツはなかなか見つからない。アオガラスの友達だというワシボンも見当たらない。結構森の中はあらかた歩き回ったような気はする。ウォーグルに進化してから、あまり歩いてなかったこともあって、ちょっと脚がキツくなってきた。

 アオガラスのヤツは(やっぱり先はココガラだったよなあ)、軽快に森の中をトコトコと歩いている。小柄だから、ちょっとした茂みは飛んで避けられるし、地べたから生え出た根っこのデコボコをピョンピョンと渡って楽しそうでもある。

 それを見てると流石に昔のことを思い出してくる。ガアがココとかアオだった時も、特訓の合間にワイルドエリアのあちこちに行って、追いかけっことかして遊んでるだけでもすげえ楽しかったな、そういえば。

 一緒にいて、お互い楽しいというか。ずっと楽しくいるために、頑張らないとな、とか別にそこまで考えなくても良かったっていうか。

「どうしたんですか、ウォーグルさん」
「お、おう」
「なんだか、考え事をしているみたいでした」
「ちょっと懐かしいなあと思ってさ」
「懐かしい?」
「あ、そういや言ってなかったな。俺の友達、っつうか違うっつうか、とにかく俺が探してるの、アーマーガアなんだよ」
「そうだったのですね!」

 アオガラスは目を丸くした。偶然の一致に本気で驚いてるらしい。ま、そうだろうな、そりゃ。

「つまり、僕たちは似たもの同士ってことですよね」
「ん?……うん、ま、そういうこったな」
「あの、ちょっと、いいでしょうか」

 急にアオガラスが俯いて、草の生えた地面を見つめて黙り込んだ。

「あなたに私の、つ、罪……を打ち明けても、いいでしょうか」
「罪、って何だよ」
「わからなくても、構わないんです、ただ」

 また俯いた。嘴がピクピクと震えて、なかなか言葉が出てこないでいる。俺はアオガラスのことをじっと見つめながら、話し始めるのを待つ。

「あなたにだから、あなたがウォーグルだから、言えることでもあるのです」
「おう」
「僕はっ!」

 いきなり、アオガラスがデカイ声で叫んだから俺は思わず全身をのけぞらせた。何だか、あの晩、ガアにあらゆる想いをぶちまけられた時みてえだった。不覚ながら、こっちまで心の臓がバクバクしちまってる。

「……友達を『好き』になってしまったんだ」
「おう」
「でも、僕はっ、本当は彼に合わせる顔がないようなこともしてしまったんだっ」
「何をしたんだよ」
「……んっ」

 俺はアオガラスの顔をじっと見据えた。赤く燃えるような瞳が潤んで、今にも泣きそうだった。

「別に誰にもバラシやしねえから、言ってみろって」
「……大丈夫でしょうか」

 俺はコクリと頷いた。アオガラスは、自分の青い翼でグッと目元を拭うと、思いっきりその薄黒い羽根で覆われた胸を膨らませた。首元の黒い房毛がふんわりと揺れた。

「僕は、頭の中でワシボンに悪いことをしてしまったんだ」
「……悪いこと」

 ははっ。

「ふふっ……くっくっくっくっ……」

 俺は両翼で腹を抱えて笑い出していた。カラダん中の肉という肉がピンと張り詰めて、引き裂けそうなくらい笑った。

「はははははは!」
「あっ! 笑うなんて、そんな、ヒドいっ……」
「いやさ、ちょっと思い出しちまってさ」

 まあ、ちょっと聞けって。涙目で嘴をぎゅっと閉じているアオガラスのことを、翼を突き出してなだめてやる。

「俺の友達、ってことでいっか、そいつもっとスゲえことしてるから、お前が度胸見せたんだから、教えてやるよ」

 というわけで、ガアにはちょっとばかしアオガラスのために犠牲になってもらった。まあ、別にそれで減るもんでもねえし、いいよな、ガア? と言っても、教えてくれたの、お前が仕事で付き合ってるスマホロトムだったけど。

「……ってわけ、どうだ、お前よりヤバい、だろ? だから、落ち込むなって、上には上がいるんだからさ」
「それもそうですかね……ふふっ!」

「あはははははははははははは!」
「はっはっはっはっはっはっは!」

 俺と見知らぬアオガラスは、まるでずっと昔からの仲だったみたいに爆笑した。死ぬほど楽しい気分だった。さっきまでの湿っぽい感じは、俺たちの笑い声が全部かき消しちまった。るみなすめいずの森中をつんざくようなどデカイ笑いをしまくったら、俺は愉快で愉快でたまらなかった。

 いる、って感じがした。俺には何となくわかった。これだ、これだよな、って感じ。

 俺たちはすっかり笑い疲れて、腹が引きつるように痛いのを感じながら、草地へと寝転がった。ぼんやりとした光に灯された木の葉の間から青空が見える。首を横に向けると、アオガラスのヤツもちょうど俺に首を向けたところで、俺たちはピッタリと目が合って、それでも馬鹿みたいに大笑いした。

「あなたって不思議ですね」
「そうか?」
「僕の『友達』そっくりで、一緒にいるとすごく楽しくて、幸せで」
「お前がいきなり深刻なツラして泣き出すからだろ。俺は、そういうの、やだし」
「ありがとうございます。あなたに話して正解でした」

「そりゃさ」

 俺は言い切った。

「ウォーグルに二言はねえ」
「……ふふふっ! あははははっ」
「あ? 何だよ急に」

 俺を見るアオガラスは、なんだか妙にガキを見るような目をしていた。

「だって、あなたはまだウォーグルではなかったじゃあ、ないですか」
「はあ?」

 何を言われたのかわからなかった。俺は木々の間の空を見上げて、またアオガラスの顔を見た。なんだか、顔の周りがむず痒いような気がした。それに、俺の脚が妙に頭のすぐ側にあるように感じられた。

 俺は自分の翼を見てみた。間違えるはずがない。それは、ワシボンの翼だった。

「ね?」

 アオガラスは無邪気だった。

【ガアVI】 


「そ、そんな、そんなはずでは」
「そんなはずもなにも、お前、アオガラスじゃん」
「で、でも、私は確かにアーマーガアで、先ほどあなたはっ……」
「?」
 目の前のワシボンは本当に何もわからないとでも言うかのようにモクローみたいに首を傾げた。
「なんでそんなに慌ててんのか知んねーけどさ。そこに泉あるから、確かめてみれば」
 彼が首をくいと向けたところには、確かに泉があった。森の中の開けたところに広がるそこは、ノスタルジーを醸し出す光に照らされていて、御伽噺のように斧を落とせば女神が出てきそうに思えた。
 しかし、本当に、そんなことがあり得るのだろうか? ポケモンは進化することはあれど退化するなんてことは聞いたことがない。別の地方ではあるエネルギーを媒体とすることで特殊な進化を引き起こすことがあると、カロスから来たお客様をタクシーに乗せた際に伺ったことはあったが、私の身に起きているらしい現象はそれともまた違うようだった。
 私は俯いて何度か咳をして、ガーと喉を鳴らしてみた。その声は普段よりも明らかに甲高い鳴き声のように聞こえた。何も確信できないままに、私は恐る恐る泉のほとりへと近寄った。水際で首を上にあげると、鬱蒼とした枝葉から微かに外界の光が天啓のように差し込んでいるのは、ここがいかにも天然のカテドラルであるかのようで、本当に不思議な気持ちのしてくる空間だと思わされた。
「あれっ」
 ゆっくりと首を垂れて水面に目をやると、そこにはアオガラスになった私の姿が映っているはずだった。まだ羽毛が鎧のようには固まっていないいたいけな風貌と、苦々しい思い出がいっぱい詰まった青い羽根が、起きてしまったことは起きてしまったこととして、私の目の前に映し出されていなければならなかった。
「ど、どうして、どうしてっ」
 しかし、私はすっかり狼狽えてしまったのだった。取り乱して、叫ばずにはとてもいられなかった。なぜならば、ルミナスメイズの泉が映し出していた私はアオガラスですらなく、一羽の、あまりにも弱々しいココガラの姿であったからだ。元の姿からしゅるしゅると縮んだ末に、丸っこい体に戻ってしまった私には、一体何が起こったものやら見当もつかなかった。まるで、森の奥へ進めば進むほど時間が逆に進んでいっているような、お伽噺でしか聞いたことのないようなことが起こっているだなんて!
「ぼ、僕、私は、そうじゃなくて」
「そうじゃないなら、どうなんだよ」
 泣きそうになりながら振り返ると、私はまたしても呆気に取られてしまった。私の後ろにいて、何気ない声をかけてきたのが、もはやワシボンではなく一匹の立派なウォーグルであったからだ。というよりも、彼そのものだった。
「うぉ、ウォーグルっ」
「どうしたんだよ、そんなに泣いてさ」
 彼ならざる彼は、いつものようにいつもでなく、私に尋ねるのだった。
「私、私、どうすればいいんでしょう」
「どうするも何も、お前ココガラじゃんか」
「でも、私はアーマーガアで」
「?」
 ウォーグルは首を傾げた。ワシボンの頃から変わらない振る舞いで。私はどう言葉を継げばいいのかわからずに閉口してしまった。異常なことが起きていることは分かったが、私はそれを説明するだけの言葉を持てなかったのだ。
「お互い友達を探してるってわけで、こうして一緒に森ん中探し回ってるわけだろ」
「それは、そうなのですが……」
「だろ? ま、気楽に行こーぜ、せっかく会ったわけだし、さ。それに、俺がいれば、お前も安心ってわけだし、大丈夫だよ。どうせすぐ見つかるだろ」
「ま、待ってっ」
「どうしたよ」
「こう、なんと言っていいのかわからないのですが」
 私は全身を大きく膨らませるように呼吸して、カカカカと鳴いて声の調子を確かめた。正直、私にはこの状況は全く不合理なことに思えるし、どうしたって理解できそうにないのだけれど、いま私がすべきことはこの不思議さを受け止めることのような気がした。「彼」がそう教えてくれたのだ。くよくよして同じ場所を行ったり来たりしているくらいなら、思い切って先へ進んでしまえばいいんだと。
「ウォーグル、あなたは『彼』のことを愛しているのですか」
「なんだよ、いきなり」
 ウォーグルは翼の先端で冠羽を整えた。
「いえっ、そのっ……いやっ、僕はっ、私はっ、ただ、本当のことを確かめたいというか、自分に自信を持ちたい、というか。おかしなことを言っているかもしれないかもですけどっ」
「変なヤツ」
 上嘴を翼で撫でるようにしながら、彼は呟く。私はじっと彼の瞳を見つめ続ける。
「けど、愛してるよ、俺は」
「本当、ですか」
「ウォーグルに二言はねえ」
 胸を張った彼を見て、私のまん丸な全身がふんわりと風に揺蕩うような気がした。その言葉が、未来の彼と過去の私を不思議な縁で結んだのだ。私は叫んだ。
「あのっ!」
「どしたよ」
「僕がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、きっと『彼』、頑張ると思いますっ。あなたが信頼して愛してくれる分だけ、『彼』もあなたを愛したいと思ってるし、愛しますからっ、時々挫けそうになることもあるかもしれないけど、でも、どうか、どうかっ」
「……そうかよ」
 彼であって彼ではないウォーグルは静かに頷いた。その引き締まった顔立ちが少し赤らんでいる。その翼で私の小さなココガラの体を包み込んだ。彼の温かな羽毛と、豊かで逞しい筋肉の感触が私の顔いっぱいに広がって、こそばゆかった。
「よくわかんねえけど、俺たちに幸せになって欲しいんだな」
「はい」
 それは私の頼みであり、願いでもあり、狂おしい叫びでもあった。まるで業務中予期せぬ出来事に見舞われた時のように舌が絡れていたは、私の心を覆うガラルの曇天のような迷いが、これでさっぱり晴れ渡るようにと私はひたすらに言葉を放ち、ああ、ザシアン様、ザマゼンタ様に祈るような熱い気持ちにまでなっていた。
「優しいんだな、おまえ」
 吐息を漏らしながら、ウォーグルは言った。今度は私が上気する番だった。
「わーったよ。俺に任せとけって、な? あとは大丈夫だからさ」
 私は彼の大いなる翼に全身を飲み込まれた。羽毛の中でもみくちゃにされて息が苦しくなったが、彼の中に宿ったようで、私は喜ばしかった。
「おまえはゆっくりしていてくれればいいんだ」
 暗闇の向こうで彼は言った。はい、と私は小さく首肯した。

【ウォーグルVI】 


「あっ、あのっ」
「……」
「そ、その、すみません、ごめんなさいっ」
「……」
「ええとっ……ええとっ……」

 俺は相手に背中を向けて、必死に押し黙っていた。煮えくりそうな感情が喉の辺りまで出そうだった。でも、それを吐き出したらいけねえと思った。

 俺はウォーグルだから。今の見た目がワシボンであったとしても、だ。

 けれど突然自分がワシボンになってしまったことを悟ったからには、あの嫌な気分に立ち返らねえわけにはいかなかった。

 進化してからはもう二度と感じることがないと思っていたドロっとした気持ち。

「ごめん……ごめん……ワシボンさん……」

 背後でひたすら訳もわからずに謝り続けているアオガラスの声を聞くと、なおさら思い出したくない感情が蘇ってきやがる。俺は深く息を吐く。

 あいつが俺より早く進化してアオガラスになった頃、俺はとてもトゲトゲしくあいつにあたるようになった。わざと知らんぷりをしたり、何かと恵まれたあいつに対して嫌味を言ってみたり、とにかくアオを困らせたり、悲しい気持ちにさせたりすることに、どす黒い喜びを覚えるようになっていた。

 言ってしまえば、俺の嫉妬ってやつだったんだろう。いくら丹念に修練を重ねても一向に進化の兆候がない俺に対して、あいつは俺の後ろについているだけでアオガラスになっちまったんだから。

 今から振り返ればくだらねえ苛立ちだったことはよくわかっていた。けど、心の奥底だとどうしても合点がいかないというか、納得できないっていうか、なんつうか、不条理だ、ってそんなことを思ってたんだ。

 些細な諍いを起こしては俺は何度もアオを泣かせて、話を聞きつけたカモネギのヤツにネギで殴られたりもした。

 そんなこともあってか、アオの羽根が抜けちまった時にはさすがに俺も責任を感じたもんだった。よく知らねえけどしばらく飛べなくなったとか言われたから、俺もその時はそれなりに責任を感じたんだ。それは嘘じゃない。

 けど、まだ俺が進化しないうちに、アオはアーマーガアになっちまって、俺のことを差し置いてガラル中を飛び回るようになっていって、そうなってくると俺はそんなの雄じゃない、ウォーグルたる雄にあっちゃいけないってわかっていながら、やっぱりガアに嫉妬しちまって。

 あの頃はクソみたいな気分だった。カモネギにも毎晩みたいに説教されたし、勝負を挑んでも全然勝てなくなったし。気持ちがぐちゃぐちゃになって、処置なし。意を決して、進化するまでガアには会わないって誓うまで、そんな状態だった。まあ、ずっと毒を浴びてるみたいな、苦しい、辛い、とっととまともな状態に戻りたいって日がな一日思い続けてる。

 俺は、その頃の気持ちを思い出してしまった。

 ちくしょう、思い出しちゃいけねえんだ。思い出したが最後、忘れようとしたら思い出しちまう。俺はそこんとこ利口じゃないから、うまく俺の頭ん中を制御できなくなっちまって、ダメだ。

「ワシボンさん! ワシボンさん! ええっと……」

 後ろでは相変わらずアオガラスのヤツが俺に呼びかけ続けてる。まあ、こいつには関係のないことだけど、それでもこんな状況なんだから少しは不貞腐れさせて欲しいって思っちまって、これもいけねえとは思うんだけど。

 俺はもう一度息を吐く。言ってはいけないことを言ってはいけねえ。何かおかしいことが起きているらしくても、見た目がワシボンになってようが、とにかく俺はもうウォーグルなんだ。未熟だった俺なんかじゃない。

 思ったことをそのまま素直に言うってのが、時にはみっともないことってことくらい、俺はもう体得してる。冷静になれ、俺。冷静になるんだ、なってくれ、俺。

「ワシボンさん!」

 ようやっと俺は振り返ったんだが、余りのことに半笑いになっちまった。

「ワシボンさん! そのっ……なんというか、とても申し訳ないのです……はいっ」

 さっきからここまで慇懃に謝っていたのは、もはやアオガラスではなくて、俺の何倍もの体格のあるアーマーガアだったからだ。そりゃ開いた嘴が塞がらないってもん、だけど。

「だ……大丈夫、でしょうか……?」
「まあ、大丈夫、だけどさ」
「え、ええ……」
「どったよ」
「い、いや! なんということも……」
「……」

 俺はため息ばかりつく。そうでなけりゃ、深呼吸か。目の前のアーマーガアと同じくらいには、俺もなんて言えばいいのか、もうわからなくなっちまってる。

 なんつうか、こういうこともあるんだなあ。
 ワイルドエリアしか知らねえ俺には、ガラル? っていうか世界? って広えなあとは思う、うん。

 あんまり気分がいい状況じゃないってのは確かにそうだ。なんだかあいつでもないのにあいつがペコペコと謝ってきている、みたいなのは。
 俺がむすっと黙り込んでしまったせいで、あいつではないのにあいつを傷つけてしまっているような。
 ああ、くそっ。

 俺の悪意と良心がずっとせめぎ合ってる。俺が[[rb:開嘴 > かいこう]]一番何を言うかで、どちらになるかが決まる。よく全てを飲み込めてはいないなりに俺は、俺がちゃんと成長してるんだってことを身をもって示さなくちゃいけない、と思った、考えた、そう心に言い聞かせた。

「ワ、ワシボンさんっ……」
「おまえは謝らなくていいんだよ。立派なアーマーガアなんだからさ」
「あっ、ああ……」
「俺が悪かったんだから。……ゴメン。だから、もじもじすんなって。らしくないだろうよ」
「はい……ワシボンさん」

 あの頃の俺が言えたら良かったなと思っていた、ような、そんな言葉だった。

 アーマーガアはコクリと頷いた。瞳はウルウルとしていて、ココガラなのかアオガラスなのかわからねえや。
 やれやれ、本当にガアのヤツにそっくりだな。なんでこんなそっくりなヤツがたまたま、こんなところにいるんだろうな?
 
「俺は誰が何と言おうがウォーグルだ。雄なんだ。守りたいヤツのためならいくらでも向こう傷をつけてもいいって思ってる。だからさ、なんていうか……良くないんだ、こういうのは。みっともなかった、悪い」

 俺は(くち)ごもった。ガア相手でもないのに、なんつうことを俺は言ってるのかわからなかった。けど、偶然相手が同じアーマーガアだったせいなのか、つい嘴をついてそんなことを言っちまう。

 この俺の気持ちは言葉にしなくちゃいけない。そんな気がして。知らねえけど。

「あなたはその友達のことを、本当に大事にしているんですね」
「もちろんだっての」

 俺は小柄な胸を精一杯に張った。

「言っただろ? ウォーグルに二言はないんだからさ」
「ふふっ!」
「なんだよ。また俺変なこと言ったか?」
「いえ、違うのです。ただ」

 目の前のアーマーガアは燃えるような目で俺の瞳をじっと見据えた。心がふんわりとしてきた。

「私がこんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、きっと『彼』は、頑張ると思いますよ」
「?」
「あなたが信頼して愛してくれる分だけ、『彼』もあなたを愛したいと思ってるし、愛します。時々挫けそうになることもあるかもしれませんが」
「おう……」
「ああ、良かった!」

 目の前のアーマーガアはとても安心したように言った。なんでだろな、ガアじゃないのに、すっごくガアって気がする。
 こいつが何を言ってるのか、わかったようで、わかんねえけど。不思議な感じだった。

「私はもう行きます」
「え、どうして」
「もう大丈夫なのです。それに、あなたももう、大丈夫、でしょう?」
「……どゆこと?」
「言ったでは、ないですか」

 アーマーガアは言った。聞き覚えのある、やらかくてこそばゆい言葉遣い。

「大丈夫なのです。私も、そしてあなたも」
「だから、どういうことだっての」
「すぐにわかると思います」
「へ?」
「あなたにとって大事な方はすぐそこにいますから、早く行ってあげるべきです」
「え、うん」
「私もそろそろ『彼』のもとへ行かなくてはならないのです。短い間で遺憾ではありますが、あなたと会えて私はとても嬉しかったのです」
「……」
「では! もしかしたら、いつかどこかで会えるかもしれませんね」

 そう言って、アーマーガアは呆然としてる俺の前を飛び去っていった。黒光りの羽根が、この森が放つものすごい光に包まれて、なんだかものすごい。

 アーマーガアが残した鋼の羽根がふわふわと舞い降りて、森を見上げている俺の顔にどさり、と覆い被さった。

 ……いや、でっけえ!

 ワシボンになった俺の身には、そいつはずっしりと重くのしかかってくるんだった。うっかりしていた俺はそいつの下敷きになって、気を失った。



 ——気がつくと、なぜか俺は森の開けたところにいた。

 ふやけた状況がくっきりとし出すよりも早く、俺は強く地を踏み鳴らす音を聞いた。静かだけど、とても威圧感のある。

 何もかもかき消してしまいそうなモヤから、そいつはゆっくりと姿を現した。

 それは、一匹の巨大なダイオウドウだった。

 足元にはガア。じゃなくて、ココがいた。なんでかわかんねえけど、ココだって確かに思った。

【半妖精たちの午後II】 [#6Wmvf12] 


 ——まだか 恐慌が過ぎ去るのは 堪え忍ぶしかない
 繊細な身を かくも悶えさせる 災厄を
 振り払うには 呪わしい 宿痾から 己が身を
 捨て去るのか 蹲る 淡紅の髪のまにまに

 おお、魔女の苦悶は 毒の粉の 降り注ぐを浴び
 蛇蝎の如く マシェードの 笑みを 青褪めて
 恨めしい 耳鳴りと 頭痛が 断裂させる
 乱れ髪を 束ねる意気も 今は削がれる

 忌まわしい亡霊が ドラメシヤの如く 宙を巡る
 呼びかける 欣喜たる声 懊悩すべしと
 告知する 天使どもの 幻影が

 私は瞠目し 昂る熱とともに 凄まじい光を見た
 希望は 反語に過ぎないのか おお、神秘よ?
 ポニータの跳躍 軽やかな 横滑りは 彼方


 ——不届者は 送り届けた いとも容易く
 呪いをかけ 幻想を見せた カラクリも一つ
 森の奥へ進んでいけば 時計は反対へと進んで行き
 やがて辿り着くは 生も死もない 淵源の虚無

 鳴り止むだろう 痙攣させる「音」は 退行の果てで
 消え去るのだ それも瞬時 如何にも不思議
 神の御業だ 有が無に 蝋燭の灯を 一息で
 吹き消すがまま 呆気なく 無を無と思わず

 わからずやの侵犯者は 己が未来に抱擁され
 閉目し 甘受する マホイップよりも 甘き眠りを

 そして 留められた過去から 一歩だに逃れられぬ
 永遠に悔いるだろう 繰り返される破局(カタストローフ)を 



 m0r!n0n@k@w0svsvnndə!kvt0 t0kə!w@h@nnt@!n!m@w@ttə!t@

【V】 


「おい!」
 毅然として場違いなダイオウドウに叫びを上げたのは、相変わらずウォーグルではなくて、ワシボンである彼だった。
 目の前に立ち塞がるダイオウドウは、イキリたった様子でそのショベルのような長い鼻を神経質に前後に揺らしてこちらを威嚇していたが、それは威嚇するというよりも、こちらが進化前なのをいい事に、それこそ塵を払うように自分を追い出そうとしているのがありありとわかった。
「くそッ……ワケわかんねえけど」
 羽毛の奥を流れる血が沸々と煮えたぎっていくのを彼は感じている。あの時、あの場所で感じたのと全く同じ、心の沸騰だった。
 それに、ダイオウドウの足元にはガア、ではなくココが倒れていた。その弱々しいココガラをなぜココだと確信できるのかも彼には見当もつかないのだったが、なぜかなんてわかりっこもないことを考えても仕方ない。とにかく現前していることだけに意識を集中させなければいけない。コイツを倒して、ココを助けなくっちゃ。
「かかってこい! ココに足出したら許さねえからなっ!」
 そう啖呵を切ったワシボンは鎮座する銅像ポケモンに勢いよく向かって行ったが、その足取りは辿々しかった。心はすっかりウォーグルとして成熟した彼にとっては、居心地の悪い夢の中みたいに思ったようにカラダが動かなかった。飛翔しようとしても、そう長く飛んでもいられなかった。一回りも二回りも小さくなったワシボンの肉体はとても不自由に思えた。
 そんなワシボンを歯牙にもかけないとでも言うように、ダイオウドウは鼻だけを弾みをつけて振り上げると、小柄な雛鷲はあっさりと突き飛ばされてしまった。
「このっ!」
 仄暗い草地を転げ回ったワシボンはまたぞろ立ち上がって、きっと相手を見据えた。ダイオウドウの足元に伏せっているココは、気を失っているのかピクリともしなかった。
「ココ! 今助けてやるからジッとしてくれよ」
 一歩ずつ爪で地を踏みしめながらワシボンだった頃の感覚を思い出し、彼はダイオウドウに向かって駆けた。容赦ない鼻の一振りをまともに胸や腹では受けては、草木やキノコの茂みにまで吹き飛ばされるのだったが、諦めもせずにまた立ち向かっていき、何度かの試みの末、襲いかかる触手のような鼻をステップを踏んでかわしてうまくそこに飛び乗ると、トタトタと平べったい鼻をつたって、ダイオウドウの眼前に辿り着いた。
「喰らえ! このっ」
 自分の首ほどもある相手の目に向かって思い切り鋭い嘴を突き立てると、さすがのダイオウドウも怯んで咄嗟に目を閉じた。その弾みで前脚のバランスを崩して前のめりに倒れた隙に、ワシボンは地面に飛び降りて、倒れたままのココへと駆け寄った。
「起きろ、ココ、起きろって」
「……んうっ」
「ココ!」
「んー……」
 ボンヤリと開いたココの瞳が、ワシボンの姿を捉えてさっと生気が吹き込まれたように光が灯った。
「あれっ……僕はどうして……あっ」
「どうしても何もあるかっての」
「ウォーグル!……じゃなくて、ワシボン……?」
「んだよ。なんか知らねえけど、俺たち進化前の姿になっちまったみたいでさ。で、なんか知らねえけど、ダイオウドウに襲われててさ。まっ、俺が助けに参上したってわけ」
「そ、そうなのですか。でもっ」
「でも、じゃなくてさ。そういうのは後で、だろ? とりあえず、コイツを何とかしなくちゃ」
「そ、そうですね……ワシ、ウォー……?」
「どっちでもいいっての!」
「……!」
 振り返ると、ダイオウドウは体勢を立て直して、またぞろワシボンたちへと襲い掛かろうとしている。状況がよくわからずにオドオドするココガラを支えつつ、危険な相手の足元を離れて安全な物陰へと連れて行くと、ワシボンは巨大なダイオウドウを向こうに仁王立ちした。ダイオウドウは鼻を振り上げて、けたたましい雄叫びをあげながら、小柄なワシボンを睨みつけた。白い象牙がギラリと光った。
「おらっ、かかってこいよ、こらっ」
「えっと……気をつけて!」
「わーってるって! 俺に任せとけって、な? あとは大丈夫だからさ」
 彼は精一杯に翼を広げて、ココガラの丸っこい身を包んで、キツく抱きしめてやった。
「おまえはゆっくりしていてくれればいいんだ」
「あっ……はいっ……!」
 ウォーグルの姿ならあちこち飛び回って相手を翻弄してカッコいいとこ見せられるのにな、と思いながらも彼はトテトテと駆け出した。同じ手は二度は食うまいと、ダイオウドウはいっそう激しく平たい鼻を振り回して、ワシボンを近づけまいとした。ならばとワシボンは相手の背後に回り込んでその背に飛び乗ろうとした。しかし、ダイオウドウの尻尾は短すぎて届かないし、何よりウォーグルの姿に慣れ切っていたワシボンが必死に翼をはためかせている間に、ダイオウドウは即座にこちらを振り向いてしまうので埒が開かない。二匹は、距離を保ちながらも僅かな隙を窺ってグルグルと巡りながら牽制し合っていた。
「あー……チクショウっ」
 バサバサと敵の周りを飛びつつ跳ねつつしていたワシボンの瞳には、敵意を剥き出しにしたダイオウドウの姿と、それをブルブルと震えて見つめているココの姿が交互に映っていた。あれだけ長い間この姿だったのに、あれだけ鬱陶しくて憎くて仕方ないとさえ思うくらいに付き合ってきたカラダだというのに、久々に戻るとなんだか色んなことを忘れちまってるなんて、あんまりだと思った。
「ワシボン! ワシボン!」
「心配すんなって!……う゛っ」
 ワシボンは余裕を込めて叫んだが、忙しく飛び回りながらダイオウドウと睨み合いをしているうちに、目が回ってきてしまった。瞳にグルグルとした渦を描きながらワシボンは着地したが、パッチール足で立っているのもままならないくらいだった。
「あー……」
「わっ、ワシボン、危ないっ!」
 ココが悲鳴を上げた瞬間には、いきり立ったダイオウドウの攻撃がワシボンに思い切り直撃した。重々しく疾駆しながら勢いを込めた鋼の鼻の一撃で、ワシボンのカラダはボールのように跳ね上げられ、最高点に達したところで、まるでサーブを打つかのようにダイオウドウは鼻を振り下ろした。
「ああっ!」
 ココは思わず目をギュッと閉じた。近くで何かが激しく打ち付けられる鈍い音の後、辺りは不気味なくらいに静かになった。恐る恐るココは潤んだ目を開くと、そこにはルミナスメイズの幻想的な光の下でダイオウドウが佇み、その視線の先に仰向けに伸びたワシボンの姿があった。
「ワシボン! ワシボン!」
 いても立ってもいられずにワシボンの側へ駆け寄ると、必死に友達のカラダを揺さぶったが、気絶したままなかなか目を覚ましてくれない。振り返ると、ダイオウドウはじわじわと自分たちのもとへにじり寄ってくる。ココは肝が冷える思いでワシボンを激しく揺さぶった。
「ワシボン! 起きて! 起きてっ……!」
「……んー」
「どどどどうしましょう……」
 ダイオウドウが少しずつ迫ってくる。ワシボンはうめき声をあげたまま動かない。いま自分がアオガラスかアーマーガアであったなら、巨大なポケモン相手でも立ち向かうことはできるかもしれないのに。ココガラの自分はあまりにもひ弱で役立たずで、ワシボンの背中に隠れていなければ何もできなかった。情けなくて、泣きそうだった。
「やだっ……やだっ……」
 あの時と同じだった。ナックル丘陵の秘密基地がダイオウドウに襲われたあの日も、ココはただ泣いて怯えるばかりで、ワシボンが決死の覚悟で立ち向かうのを見守っているばかりだった。けれど、あれからあった色々な思い出がこの小さなカラダの中には込められているんだ。同じことは繰り返したくは、絶対、なかった。
 ココは傷ついたワシボンのカラダを見つめた。吹き飛ばされて、地面に打ち付けられ、樹木の枝や幹に擦り付けられてできた傷が、小さな胸とお腹の羽毛を切り裂くように広がっていた。茶色の羽根が血で滲んでいた。でも、この傷こそがワシボンが堂々と敵に立ち向かった証でもあるということを、いまのココはもう知っていた。そうだ、これは痛々しい傷なんかではなくて、勇猛な戦士にふさわしい勲章なのだ。彼は傷ついてなんかいやしない。寧ろ誇らしいことだと感じて、微塵も悔いなんかしていないんだ。それを知っているいまの自分なら、もうオドオドしていることなんか何もないんだ!
「こ、このっ……」
 弱々しかったココガラが、少しずつ大きくなるダイオウドウをじっと見据えた。カラダがブルブルと震えなくもなかったけれど、その場から逃げ出すことはしなかった。
「こ、来させないぞっ、ここへはっ……!」
 ダイオウドウは足を止めて、目を細めて泣くまいと我慢しているココガラに訝しげな視線を向けたが、それも束の間で、またずっしりと巨体を揺り動かしながら近づいてくる。
「やめろっ、やめろっ!」
 恐怖の感情を必死にひた隠しながら、ココはダイオウドウの長く硬い鼻を睨み、鋭く尖った象牙を直視し、凶暴な相手の瞳に身を竦めることなくその場に立ち続けた。小さな翼を精一杯に広げて、倒れたワシボンに触れさせまいと頑張るが、そんな健気な姿を嘲るようにダイオウドウは歩みを止めず、とうとう二羽の手前までやって来た。ダメだ、このままじゃ、やっぱりあの時と同じで——
「……!」
 ココは意を決して、ダイオウドウへと突進するように飛び出した。ダイオウドウは意表を突かれた。忙しなく翼を動かしながら、ココは一気に相手の顔を飛び越えて、深緑の背中の上に着地すると、そのちんまりながらも鋭い嘴を、力の限り突き立てまくった。
「このっ! このっ! どっか行けっ!」
 ダイオウドウの背中が揺れ動く。波のようにうねっては、地震のように横揺れして、取り付いた邪魔者を振り払おうとしてくるのを、ぐっと脚で相手のカラダをつまむようにして踏ん張りながら、つつくの一撃を加え続けた。とにかく、ワシボンが目を覚ますまでは僕が頑張らなくちゃいけないんだ、と泣きそうな心に言い聞かせながら。
 ダイオウドウの動きが止まった。倒れたんだ、とココが思った矢先に、その巨体が勢いよく突き上がった。思いがけない動きにココの脚はダイオウドウの背中から離れると、そのままコロコロと巨像の眉間から鼻へと転がっていってしまった。丸っこいココのカラダが鼻先に達するかというところで、ダイオウドウは鼻を丸めて、懸命な小鳥をギュッと握りしめた。
「うわあっ!」
 鼻を巻きつけられたココは身動きが取れず、キリキリと力を強めてくるので苦しくて息をするのもせいぜいになってしまった。ダイオウドウが弄ぶかのように、その鼻を乱暴に上下へ振り動かすと、目の前の景色が激しく移り変わって、気持ち悪くて、とても怖くて、心細くて、助けて欲しくて、でも弱音なんか吐いてもいけなくて、グチャグチャになって、どうしようもなくて。
「ウォーグル! ウォーグル!」
 時の流れも関係なしに、ココは叫んでしまった。あっ、違う、ワシボンだった……とココが気づくよりも早く、それは起こったのだ。

【ウォーグルVII】 


 カラダはキズだらけだ。でも、ちっとも痛いなんて感じなくなってた。

 ああ、確かあの時もこういう感じだったっけ。そういや。

 そうだ。俺がちょっと気絶してる間にココがダイオウドウに捕まって、あの鼻に巻きつけられて苦しそうにしてて。あいつが俺のことを呼んだんだ。で、俺は目が覚めて。

 うん、あん時とおんなじだ。ただ、ココは俺のことを「ウォーグル」って呼んだけど、まあ、あれから色々あったから、言い間違えるのもしゃあない。

 俺はすっかりそん時のこと、忘れてたけど、いま、わけわかんないけど、おんなじことやらされてるうちに、思い出してきた、ような、気がする。

 メチャクチャ全身が、燃えるように熱いっていうか。それだけだったら、そういうもんだろって感じだけど。今になって思えば、まあ、その今が今になってるっていうか? ん? 俺の頭じゃ何が何だかわかんねえけど、とにかく、今になって思えば、本当に燃えてるというか、うん。鬣が、白い炎に変わってる、みたいな。

 俺も、ウォーグルになって成長してるとこは成長してんだ。けど、そんなことは置いといて。ココが、いや、ガアが、どっちで言えばいいんだろうな、わかんねえや、でも、あいつが俺のことを呼んでる。あいつはダイオウドウに捕まってる。俺が何とかしなくちゃいけないんだ。

「おい」

 ダイオウドウがこちらを見た。俺は雄叫びを上げると、奴に向かって駆け出していた。

 その不思議な感覚。何だろうな。夢の中みたいな。そこでダイオウドウと闘っている俺と、それをどこかで俯瞰してる俺が、同時にいるみたいな、変なの。俺は俺のことをとても冷静に、客観的に、淡々と観察して、説明できる、そんな感じの。

「ココを、放せよ」

 俺は軽やかに跳び上がった。ダイオウドウの背丈よりももっと高く、浮遊するように。相手は驚いて、キツく締め上げた鼻からココを落とした。ココは、コロコロと草の上を転がって、苦しそうに喘いでるのが見える。

 奴の鼻がやみくもに振り回される。俺にはそれが、とてもゆっくりと、スローに見えていた。かわすのは、とても容易くて、俺はいつの間にかあわてふためいてるダイオウドウの顔前にいた。くたびれきって、バタバタしてるそいつの汗が流れるのまで、俺にはよく見えてる。

「出ていけ。俺たちの『場所』からっ!」

 俺は全身の力を込めて奴の眉間目がけてたいあたりをかました。その時の俺は、何かとてつもなく大きなものに包み込まれているってわかった。あの時だってたぶんそうだったのかも。俺は言葉にできない、どデカい力を心の内に感じながらも、とは言え俺は、ひとまずはこう思った。

 俺の勝ち、ってな! えっへん!

【ガアVII】 


 私はコロコロと地べたを転がりながら、彼の姿がずっと目から離れなかった。私が考えるよりも早く、祈りを捧げるかのように彼の名前を呼んだ瞬間に、ワシボンは立ち上がった。その姿を、当時の私はあまりにも気が動転していたせいか、朧げにしか記憶していず、彼への想いの余りに幻を見たとばかり思っていたのだが、そうではなかったのだ。私は確かにそれを見ていたのだ。
 一枚ながらも雄々しい冠羽からは何か紋章のようなものが光を帯びていた。紋章、と言えばいいのだろうか。デスバーンの棺に刻まれた紋様さえも思わせる。そしてその光は、ルミナスメイズのキノコたちが放つ光よりも荘厳で、物々しい力が込められているかのようだった。
 彼の鬣は炎のように立ち上がり、細かく揺らめいていた。その瞳も青白い炎のように灯り、闘志、という言葉には尽くせないくらいに大いなるものがそこに宿っているかのようで、溢れんばかりの生命力を私は横目でも感じないわけにはいかなかった。
 後ろ傷を嫌うワシボンの引っ掻き傷の刻まれた胸は、そんな彼の只ならぬ容貌も相まって、私の心を強く打った。世間知らずなココガラの頃には決して受け止めきれなかった崇高の感情が、草地に寝転がった私の小さな全身いっぱいに霊感のように漲っている。
 勝負は一瞬だった。ワシボンは、ウォーグルは、ダイオウドウを一撃の下に追い払ってしまった。しょーがねーから、俺がお前のこと守ってやるし、ってあなたはずっと言っていた。彼は決して私のことを裏切るなんて真似はしなかった。愚直なまでに誠実で、故にままならないこともあったけれど、それでも私みたいにへこたれることなんて決してない、勇猛たる戦士に相応しい、彼。
 私は震えていた。ああ、こんな姿を見せられたら、あなたを慕わないわけにはいかないでは、ないですか。
「ココ」
 全てが了解されてきて、私はもう戸惑う必要も、たじろぐ必要もない、という思いを強くしていた。ノメルの実を啄んだ時のように、爽やかな心地よい気分だった。
「おい、ガア?」
 覚悟してください、ウォーグル。どんなに不器用だろうと、時にはどんなに落ち込むことがあったとしても、あなたを愛することは、これはもう私の宿命だったんだ。
「ま、なんだか色々よくわかんねーけど」
 あなたはそう虚ろな私の顔を覗き込みながら言った。いつのまにか、彼はいつものワシボンの姿に戻っていた。けれど、先ほどの姿が幻なんかじゃないことは、もう十分に理解できていた。それだけでも、ありがたいことだった。彼は照れ臭く、顔を顰めた。
「とにかく、探したぜ、ガア」
「ええ」
 ココガラの息が健やかになった。
「とても、安堵しているのです、ウォーグル」
 幼い姿同士なのに、ごく自然に嘴を重ね合っていた。溶けるような熱がカラダの中に行き渡って、ずっと委ねていたい気持ちだった。

【VI】 


 それからのことは、本当に夢の後みたいに呆気なかった。
「あれっ」
「おっ」
「……私たち、元の姿に戻ったみたいですね」
「みたいだな」
 二匹がまどろみから覚めた刻には、時間は再び時計回りを始めていた。何事もなかったかのように、ワシボンはウォーグルに、ココガラはアーマーガアに、然るべく元の姿に戻っていた。
「結局、何がなんだかわかりませんが」
「なんだかんだ再会できたのは確か、だろ」
「ウォーグル、覚えていますか」
「何を」
 反復された昔の思い出が、新たな意味を付して立ち現れたことを彼は[[rb:恋鷹 > こいびと]]に話した。そこに漲っていたもの、言葉にし難い大きな力。忘れていたもの。認識できなかったもの。
「そういや、俺も不思議に思ってた……何だったんだろうな、あれ」
 考え込もうとした途端、ウォーグルはキノコの陰に視線を向けた。見覚えのありすぎるくらいのベロバーとギモーの二匹組が、クスクスと笑いながらこちらの様子を伺っていた。
「にゃろっ、そもそもと言えばお前らのせいで……」
 野放図に追いかけようとする伴侶を、ガアは引き止めた。
「ダメですよ、ウォーグル! 言い忘れてしまって申し訳ないのですが、ルミナスメイズの妖精たちにはむやむに手を出してはいけないのです。そんなことをしたら、痛い目を見るのですから」
「知るかっ、そんなの! 一発ぶちのめしとかねえとこっちの気が……!」
 二羽が揉み合っているうちに、彼らの背後に大きな影が現れた。悪戯っ子な妖精どもは、そそくさとその後ろへと隠れて、チラチラと顔を覗かせている。ガアとウォーグルは目を丸くして、そこに佇む強靭なオーロンゲの姿を見つめた。長い黒髪を妖美にはためかせながら、じっと彼らの姿を見つめている。
「おっ、何だ、決闘ってか?」
「だからやめてくださいよお……もうハグれるのはイヤですからっ」
 物々しいオーロンゲは、表情も変えずに彼らのことを見つめていたが、やがて濡らした髪のように重々しい口を開いて言った。
「……貴様らは幸いだ」
 妖精と悪の合いの子は、瞑想するように目を閉じ、穏やかな森の風をその肉体に受けていた。効果的な沈黙の後で、腹の底から声を絞り出してアーマーガアとウォーグルに語りかけた。
「だが、もう『魔女』を発狂させぬよう気をつけることだ。愛の奇跡も二度あるとは限らないのだからな」
 そう呟いて、オーロンゲは踵を返すと、足元にひっつきまわるベロバーとギモーを従えながら森の奥へと消えていった。
「おいっ、くっせえこと言いやがって。敵前逃亡なんて雄じゃねえぞ!」
「落ち着いてください、ウォーグル!」
「なんで」
「そっとしておいてあげましょう。静かな森で騒がれて、フェアリーたちの気が立っていたのです。私たちが迷い込んだ世界も、彼らが見せた幻なのです」
「幻? 俺がココガラに出会って、したらいつのまにかワシボンになって、ダイオウドウが現れた……あれが、幻?」
 自分たちの体験したことについてウォーグルに理解させるにはたくさんの言葉とたっぷりの時間が必要そうだった。ガアはため息をつく。だが、心から、とても嬉しそうに。
「ふふっ」
「いや、何で笑うんだっての……」
 ウォーグルはちらりと周囲を見渡した。太い木の枝に、ワシボンとココガラが並んで、微笑みながら自分のことを見つめていた。それをガアに伝えようとして、再度振り返った時には、そこには何もいなかった。

【半妖精たちの午後III】 


 ——見よ 凪いでくる プロスペローの杖の 最後の一振り
 掲げられた 祝盃が 夢の終わりを 告げるなどと
 信じがたくも 裂けんばかりの 大地が 縫い合わされ
 枯れた木々が 瞬く間に 芽吹くなどとは

 不毛の愛が 誤謬だったなどと だが 季節のような
 経巡りを 半妖精は 我が身に宿す 心得ぬのだ
 全か無を望む 滅裂ばかりに 唆されて
 さかしまの ヒバニーの疾走が 撒き散らす

 ひのこを 振り払って 我が苦痛に 終止符を打つ
 重ねられた 口吻の アブリーの如き 輪舞曲が
 あわのように 吹きかけられ 卒前とさせ

 涙ぐむ 呪わしい苦悩を 脱ぎ捨てて
 香り高い ポットデスの 一杯に接吻を施す
 忘れてしまった 気まぐれな 賽の試みさえも


 ——思いもがけぬ 奴ばらが 夢を生きなおしたなどと
 萎えた悪夢は もはや 雄弁な証言者となり
 トゥルバドゥールの 絶唱となって 乙女の袖を
 濡らしたのだ 侵犯者たちの 交歓は
 
 豊穣の王の カ・ムカンムルの 朗誦を喚起し
 不毛の地を 花開かせたというのか 然らば
 徒労だったか 我が投げた賽 裏目に出た
 斥候たちの 悪戯も 単なる道化芝居に過ぎぬ

 舌のような 黒髪が 虚しくも 宙を撫ぜ
 気まぐれな おまえの 月の満ち欠けに

 臍を噛むばかり だが 今はさて 打ち鳴らせ
 拝借した御手 麻痺すべき アモールの威厳を

【VII】 


「ウォーグル、あ、あのっ」
「どったよ」
「とても綺麗ですね、とっても!」
「おうよ」
「兼ねてより聞いてはいましたが、やはりルミナスメイズの放つ淡い光は見ていて惚れ惚れとするものがありますね……あっ、ポニータがキノコの側に佇んでいます! なんだか、絵になりそうな光景で素敵ですね……」
「そうだな」
「ふふっ」
「ん?」
「不思議なことがあったけれど、あなたと来れてとても幸せです、ウォーグル」
「まあ、よくわかんなかったけど、なんだかんだ良かったな」
「……」
「……」
「……」
「……ん」
「どうしました、ウォーグル」
「いや、その、さ」
「?」
「愛してる、ガア」
「私もあなたを愛しています、ウォーグル!」
「おうよ」
「……」
「ガア」
「はいっ!」
「頑張れよ」
「!」
「どした、顔赤いぜ」
「いやっ、えっと、どうしてっ、そのっ」
「?」
「ウォーグルぅ!」
「うおっ! 目の前で大きな声上げんなって」
「ご、ごめんなさいっ、でもっ、ウォーグル、聞いて欲しいのです」
「おうよ」
「私、頑張ります。ウォーグルが信頼して愛してくれる分だけ、私もあなたを愛したい、愛しますからっ、でも時々は挫けそうになったり落ち込んだりしてしまうかもしれないですがっ、でも、どうか、どうかっ」
「もう、大丈夫だっての」
「んっ!」
「……っ」
「……っはあっ……!」
「……」
「ああっ、ウォーグル……ウォーグルぅ……好きです……好きっ……」
「…………ふはあっ!」
「はあっ……はあっ……! ありがとうございますっ……ウォーグル」
「あんまり言うなよ。恥ずかしいっての」
「いいでは、ないですか」
「うおっ!」
「私は全力で愛をぶつけますから。どんなものでも、あなたが受け止めてくれると確信していますから、ウォーグル」
「……ったりめえだろ、ったく」
「……ふふふっ」
「うおっ!」
「愛してます!」

【ウッウ】 


んーそうです私はウォーグル氏がアーマーガア氏を招待するように促しました私は彼らをとても大切に感じています私は彼らのことをカモネギ氏から一方的に聞いたのですが私はそれを聞いてとても興奮しました私は雄同士の本物の愛を見つけたので大切に感じましたウォーグル氏は確かにアーマーガア氏のことを愛しています私はウォーグル氏をからかってもっとそのことに気づきました私は彼らの愛にもっと興味を抱くようになりました私はウォーグル氏の言葉と行動を一つ一つ観察しましたが私はそこにウォーグル氏の男性的な決意を見つけたと思いますウォーグル氏はとても男性的ですしかしウォーグル氏には傲慢さが見えません私はそれが非常にタイレーツのもののように見えることを知っています私はウォーグル氏がアーマーガア氏のために死ぬのを厭わないだろうと確信しています私はそれをとても高貴で美しいと思いますアーマーガア氏はそんなウォーグル氏に深く信頼を寄せているように見えます私はアーマーガア氏が彼の愛をウォーグル氏に告げた時のことをカモネギ氏から聞きました私は聞いて胸が熱くなりました私は現代にそんな無垢な愛があるということに感動しました私はそれをとてもいいと思います私は彼らの永遠の幸せを心から願っています万が一ウォーグル氏がアーマーガア氏を悲しませたとしたら私はそれをとても残念だと思います私はカモネギ氏にウォーグル氏を殴るように命じますそんなことはウォーグル氏にとっても屈辱的に思われるからです私はアーマーガア氏はウォーグル氏を諦めることはできないと思いますアーマーガア氏はそれよりも死ぬ方がいいだろうと思いますアーマーガア氏のウォーグル氏への情熱は並外れていますウォーグル氏がアーマーガア氏を疎かにしているとしたら私はそれが世界の終わりの時だと思いますしかしそのようなことはインテレオン氏が目標を逃すことが多くの場合不可能であるように思われるということです私は彼らが恋をしているのは確かに本物だということですアーマーガア氏はウォーグル氏を大好きですウォーグル氏もまたアーマーガア氏を大好きです私はカモネギ氏と一緒に彼らを見守るのが好きです私は本当に神がそこにいるのかどうかはわかりませんがもし神がいたら私は彼らが永遠に幸せになることを神に祈ります私は彼らがどんな困難も克服するだろうと固く信じています私は愛の偉大な力を心から信じたいです私は彼らの嘴が重なる瞬間に神様がいると信じます私は彼らに頑張って下さいと言いますウォーグル氏とアーマーガア氏は頑張って下さい!



 ——森の中を進んでいくと、時計は反対に回っていた。




後書き

ひとまず、この二羽の馴れ初めやら細かな設定についてはアーマーガアとウォーグル、あるいはpixivに投稿した一連の小説を読んでいただければと思いますが、まあガア君=ウォーグルのことが好き、ってことを抑えておけばあらかたOKなんじゃないかな。
このカップリングには何かと思い入れがあるっていう話は以前にもしたので省くけれども、それから1年経ったということで今作の構想を始めたものの、今に至るまで書きあぐね、結果としては半年遅れの投稿になったわけですね。いやあ、書くって苦しいことですねえ。
雄同士契って、時も経ったから記念旅行行こうぜ! からのなんだかよくわからないお伽噺に巻き込まれ、そんな中で互いの愛を育み、強める二羽なのであった……つまりは、そういうことです。

ず〜っとつっかえてたものが取れた。これでやっと連載に集中できそうですね……


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Last-modified: 2021-10-07 (木) 01:40:25
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