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a sacrifice

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a sacrifice 


これは1日で構想を練って書き上げた話です。
実験要素も多分にあるので相当読みにくいかと思いますが・・・
ポケダンを下敷きにそっからさらにブラックに進めてみまして。
ポケダンの設定と同じですね。世界観は少し違いますけど。青浪




拝啓、もっとも親愛なるディオネ様。

ディオネさん、近頃はいかがお過ごしでしょうか。文書ながら失礼いたします。
最近は季節の移り変わりが早く感じられますね。雪が降るたびに、あの日のことを思い出します。
もう8年も経ちますね。あの日、ギルドの入り口で迷っていた私をギルドに引き入れてくださってもちろん今でも本当に感謝しています。
ディオネさんがギルドを辞めて、しばらくして大学で司書をされてると耳にしたときは、本当に安堵したものです。でも親方は最初から知ってたみたいでしたが。
私は今はチームを組まずに、依頼の取りまとめを担当しています。ヘレネさんはチームの管理と依頼の配分を親方と一緒にされてます。
たまにヘレネさんと昔、3匹でチームを組んで活動していた時のことを、思い出して懐かしそうに話しています。
チームの任期が切れてから、私はかつてディオネさんが仰っていた、閑職というものに今私は付されているんじゃないかと思ってます。
ディオネさんがホウエン大学に勤めるようになられて、もう5年になりますが、ギルドはまだまだ拡大しそうな勢いです。

半年に1回程度、こうして手紙ながら連絡を取らせていただいていますが、たまにはお返事ください。横着ですみませんが。

ご多忙の折、身体を大事になさってください。では失礼します。

                                       ポーシャ・コマースギルド   レオン

追伸、僕にも彼女ができました。親方の姪っ子のエリスちゃんです。それで親方には目を付けられてるんです・・・




もう何年前なんだろう・・・僕がこの町にやってきたのは・・・そしてギルドに入ろうとしたのは・・・
レンガ造りの家々が並ぶ街並みを僕は見降ろしている。そして依頼者の内容伝票をパラパラとめくって見ている。アールグレイを一口含むと席に着いた。
そっか・・・もう8年か・・・


朝焼けの街を1匹、小さな黄色い身体を一生懸命に走らせている。左耳は目深に帽子をかぶっている。黒いラインのアクセントが黄色をより一層強調している。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・い、いそがないと・・・今日はギルドの・・・入団の試験の日だ・・・遅刻しそうだ・・・」

僕はレオン・・・って自己紹介してる暇ないって!とにかく急がないと・・・思いっきり腕を振るけど・・・なかなか速く走れない。
この町で一番大きなギルドの建物を目指して突っ走る。ギルドっていうのはこの町でいろんな困ってるポケモンの依頼を受ける便利屋みたいな組織だよ。
「あ・・・ギルドだ・・・間に合ったかな・・・」
ギルドの建物は白い壁に円をいくつかつなげたような・・・そんな形をしてる。屋根には細く赤い縁取り・・・まるで木のような、そんな建物です。

僕がなんでギルドに入りたいかって?・・・僕は変わりたいんだ・・・外見で僕を差別する奴らから離れたい・・・でもギルドもそうだったら?それは考えない。
ギルドの建物の入り口を走ってくぐる。受付と書かれた紙の貼ってある長椅子の上に本?を読んでるグレーの体に黒い長髪をもつグラエナがいる・・・
声かけづらいなぁ・・・でも!声をかけるんだ!がんばれ僕!

「あの~・・・」



「ふあぁぁぁっ・・・暇だな・・・この本も3周めだもんな。さすがに飽きるか。」

俺はディオネ。本好きのグラエナだ。このギルドではあまり本を読む奴はいないから、俺は変わり者ってのがもっぱらの俺に対するイメージみたいだな。
今はギルドの入団希望者の受付っていう閑職をしてる。前はチームを組んでいろんなところに行ってたんだが・・・すっかりロートルだな。
長椅子の上に身体をうつぶせに寝かせて前肢でページをめくっていく。今日はその入団希望者の受付のピークの日だ。
そもそも閑職に追いやられたのも・・・あの大きな窓の前でのんびり眠ってる緑の巨体の・・・ベイリーフのヘレネが、遺跡をソーラービームで破壊するから・・・
俺はヘレネのほうをみた。ヘレネは何やらのんきに口からよだれを垂らして寝てる・・・いい加減なかなかイライラするなぁおい。ついでに壁にかかってる時計を見た。
そのヘレネも俺と同じように入団希望者の受付と案内をしてる。

「もう・・・こんな時間か。そろそろ終わりの時間かな。今日は3匹か。まぁまぁだな。」
受付の長机の上に貼ってある計数用の出来そこないの正の字を満足げに見た。
ちらっとギルドの入り口から外に目をやると何やら小さな黄色いものがこっちに向かってくる。俺は気にも留めず再び本に向かう。
たったったったっ・・・という音は少しずつ大きくなってくる。やっぱり入団希望者みたいだな・・・少し本を読むのをやめて読む振りだけしとくか・・・
本には目を通すふりをするだけで俺はその音に終始聞き耳を立てていた。すごいあわててるのを感じる。

「あの~・・・」
声をかけてきたみたいだ。さて、相手するか。
身体を起こすと俺の眼前には左耳に帽子を目深にかぶったピチューが立っていた。じっとみていると恥ずかしそうにしてる。



なんだろう・・・このグラエナ・・・赤い瞳で僕のことじっと見てる・・・けど!受付を済ませてしまわないと。
「あぁ・・・ごめん・・・入団希望者かい?」
グラエナは聞いてくる。僕は肩にかけてたカバンから書類を取りだして、グラエナに見せる。
「は、はい。こ、これ・・・応募書類です・・・」
「うん・・・どうも・・・ふむふむ・・・」
そう言うとグラエナは僕の書類に見入っている。不備がないかチェックしているかな・・・どきどきするなぁ。
「よし。じゃあこれをあそこで涎垂らして寝てる・・・っていいやもう。俺が直接行くか。」
グラエナは寝転がってるベイリーフのほうを見たけど、ため息をついて長椅子から降りてきた。大きな身体で伸びをして黒い尻尾を震わせる。
どうにも話によるとそのベイリーフのところで書類にハンコをもらって試験、みたい。
「よし、じゃあ俺に付いてきて。案内するから。」
「お、お願いします。」
このグラエナは僕が思ったよりも柔和で優しい感じがするなぁ・・・警戒してちょっと悪い思いさせちゃったかな・・・

グラエナ・・・さんの後を僕は付いていく。ベイリーフの前に立つと身体を揺さぶる。
「おい、起きろ。ヘレネ・・・無駄か・・・まぁいいや、先行くか。ちょっとハンコ借りるよ。」
そう言うとグラエナさんは寝ているヘレネと呼ばれたベイリーフの前に置かれているハンコを僕の書類にポンと押した。

「そうだ・・・自己紹介するの忘れてたな。俺はディオネ。種族は見ての通り・・・グラエナだ。」



俺は自己紹介を目の前のピチューにすると、ピチューはにっこりとほほ笑んで俺を見た。
「えと・・・僕はレオンです。種族はピチューです・・・」
なんか可愛いな。まだあか抜けない感じがするし。ま、そんなことはいいや。さっさとレオン君を部屋に案内しないとな。
「じゃあ、今から試験をしてる部屋に行くから、知ってるか知らないかは知らないけど、この試験は面接で、自己紹介と長所、それだけ聞かれるから。」
いつもヘレネが志願者に説明してることを俺はレオンに説明した。少し緊張してるみたいだな・・・まぁ誰でもそうか。
「で、試験が終わって合格だと、訓練と実践経験を積んでチームを組むんだよ。そうするとチームとして本採用ってことになる。なれないと会計とか雑務。それで・・・」
俺はなぜかレオンのかぶってる帽子が気になった。
「あ、帽子だけど・・・」
レオンは身体を大きく震わせた。悪いこと言っちゃったかな?



ディオネさんが発した言葉に僕は身体を大きくびくつかせる。
「あ、帽子だけど・・・」
そっか・・・面接だと帽子取らないといけないんだっけ・・・でも僕は・・・取るとみんなに馬鹿にされる・・・僕は少し身体が震える。
「ごめん、大丈夫か?もしダメだったら帽子なら無理に取らなくていいぞ。俺が親方に掛け合うから。」
「ディオネさん・・・」
素直にうれしかった。今まで僕の帽子の話になるとみんなこの帽子の下に何があるのか、そんな話ばっかりしてきた。無理に帽子を取られてそのたびに僕はいじめられた。
でも、今の僕には帽子を取る度胸も必要なんだ。たとえ笑われても。
「大丈夫です。帽子・・・取れます。」
意を決して僕が言うと、ディオネさんはニッコリほほ笑んで前肢で僕の頭を撫でてくれた。誰かに頭を撫でられるのも久しぶりで、少し照れちゃうな。
ディオネさんのふさふさがとっても気持ちいい。でもディオネさんは僕の帽子の下に何があるか・・・気にしないのかな・・・
「あの・・・僕の帽子のこと・・・気になりました?」
「いやね、かなり目深にかぶってたから、紫外線に目が弱いのかなって。」
ディオネさんは僕の問いに考えることなく答えてくれた。みんなと全然目の付けどころが違う・・・ディオネさんの前なら帽子を取っても大丈夫かな・・・
僕は帽子に手をかけて帽子を取る。僕の左耳は普通のピチューとは違う、耳の両端に突起のあるギザ耳だった。
「これが・・・これが僕が帽子をかぶってる原因です。」
声が知らず知らずのうちに震えてる・・・僕の嫌な部分だからなのかな・・・・僕は顔をあげてディオネさんを見た。落ち込んでる僕に少し微笑むけど、僕は率直な気持ちをぶつける。
「・・・どうして気味悪がらないんですか?」
「・・・ここはギルド。そういうのはよそでやること。うちはうち。」
少し意地になった僕にディオネさんは優しさをこめた言葉をくれた。ここにきてよかった・・・僕はそう思った。
「さ、早く試験済ませて、俺とお茶でも飲みに行こう。いい紅茶知ってるから。」
「ホントですか?」
「合格したらおごってあげる。だから頑張れ。」
「がんばります!」
ディオネさんは僕にはっぱをかけてきた。すっかりやる気に・・・乗せられた僕は帽子を取ったまま廊下をスタスタとディオネさんの後に付いて歩く。



俺のお茶の誘いに乗ってくれてよかったー・・・俺はほっとしつつ面接の行われてる親方の部屋にレオンを連れていく。
でもなんでだろうな・・・ここまで短時間で仲良くなれるのは・・・ぷいっと後ろを向くと、もじもじしてるレオンがいた。
「また緊張してきた?」
しつこいかな・・・と思ったけど、声をかけずにはいられない。レオンは首を横に振る。
「トイレ?」
「違います!」
「ごめん。」
心当たりを2、3聞いたけど全部ハズレ・・・まぁいいや、レオンももじもじするのやめたみたいだし。
廊下を進んでいくと、親方の部屋のドアが目に入る。親方の部屋のドアは案外質素なもので、来訪者はここに驚く。中もそんなに派手でも豪華でもない。でも警備は厳重。
俺はドアの前でレオンのほうを振り返って説明する。
「え~。ではここが試験会場です。本来はヘレネ、さっき寝ていたベイリーフが一緒に入ってくれますが、ダメそうなので俺が一緒に入ります。」
まぁ仕方ないよな。ヘレネがのちのちこってり親方に絞られるのは自明だけど。
「覚悟出来た?もうちょっと待ってもいいけど。」
深呼吸したレオンを俺は少し急かした。いまさら緊張しても仕方ないけどな。レオンはもう一度深く深呼吸して俺を見た。
「大丈夫です。行きます。」
顔に迷いはなさそうだ。よし、と返事した俺はドアをノックする。はいは~いと威勢のいい返事が聞こえた。
ギィっとドアを俺は開ける。ゆっくりと部屋の中の光景が目に入ってくる。そして奥には・・・椅子に座ってるデンリュウ・・・
親方のポーシャさんだ。何やら書類とにらめっこしてる。試験の時はいつもこうみたいだ。書類を見てるふりをしてる。
「失礼します。入団希望者を連れてまいりました。」
俺はレオンが入ったことを確認すると開けていたドアを閉めた。



僕は緊張して書類をじっと見てたデンリュウに多分ぼくのことだろう・・・を説明してるディオネさんをじっと見てた。手足はぶるぶる震えて・・・ひどい緊張だ・・・大丈夫かな・・・
「ふぅん・・・で、レオン君か。ディオネ、ヘレネどこ行ったの?」
その親方さんはディオネさんに何やら聞いていて、ディオネさんは淡々と説明してる。親方さんは納得したのか、書類を見るのをやめて、顔をあげた。
「さて、レオン君、自己紹介してくれる?書類じゃわからなくて。」
にこっとしてるけど、僕は恐怖を感じる・・・怖い。ととと、とにかく喋らないと・・・
「えっと・・・僕の名前はレオンです。み、見ての通りのピチューで・・・」
だんだんトーンダウンしていくのが僕自身でもわかる。言葉が浮かんでこない・・・足もがたがた震えてる・・・もうダメかも・・・
「え?何?聞こえないって。」
デンリュウは僕をどんどん追いこんでいく。負けじと声を大きくするけど、デンリュウは顔をしかめたままだ。
「・・・以上です。」
僕は言い終えると顔を完全にうつむける。もうダメだ・・・これはダメだな・・・
「ありがとう。あ、そうそう自己紹介するの忘れてた。私はポーシャ。見ての通り、デンリュウよ。このギルドのトップです。」
親方と呼ばれてるデンリュウ・・・ポーシャさんは喋り続けるけど、ほとんど内容が頭に入ってこない。顔を一応あげて入るけど・・・目線はさまよってる。
「さて・・・と。テストはこれで終わりじゃないよ。」
「え?」
僕ははっとしてポーシャさんをじっと見る。そのポーシャさんは座ってた椅子から降りてきて僕の近くにやってきた。
「説明受けたと思うけど、これから訓練と実践を経て、チームとして、団員として認めるか決めるから。面接テストはこれでおしまい。お疲れ。」
ポーシャさんはにこっと笑って僕のほうをじっと見てる。
「ディオネ?ヘレネ呼んできて?あとでこってり絞らないとね~。」
「はい。」
そう言うとディオネさんは僕を置いて部屋から出て行った。ポーシャさんと2匹っきりだ。怖い・・・
ポーシャさんのほうを見ていると、ポーシャさんは僕の書いた書類をペラペラめくり、何やら考えてるのか手で頭をポリポリ掻いて難しそうな顔をしてる。
ギィ・・・という音がして振り返るとさっきの寝てたベイリーフが申し訳なさそうな顔で、ディオネさんに連れられて入ってきた。
「親方。すみません!」
「いいの。それよりも・・・考えたんだけど、今日入ってきたの・・・4匹でしょ?3匹1チームだから・・・ディオネ、なんかいいアイデアある?」
ポーシャさんとディオネさんは僕そっちのけで何やら話してる。



唐突にアイデアを出すことを親方に強要されて、少し困ったぞ。頭を左の前肢でポリポリ掻いてみたけど・・・出てこない。
「ディオネ?」
ポーシャさんは俺のほうをじっと睨むように見てる。そんなことされてもアイデアは出ないんだって。
「ん~・・・じゃあ暇な奴2匹見つけてそいつとチーム組ませたらいいんじゃないですか?」
ヘレネが適当なことを言い出したぞ。暇な奴って・・・ポーシャさんは少し考えて笑顔になった。
「わかった。じゃああんたたち、2匹。」
「え!」
「え?」
俺もヘレネもびっくりして目を丸くしてる。
「そそそ、それは・・・」
「言いだしっぺでしょ?ヘレネは。ディオネもいつまでもロートルやってる場合じゃないよ。」
「わかりました。やります。」
思った以上に俺はあっさり答えられた。
「じゃあ決定ね。これからチーム編成に取り掛かるから、3匹用の部屋に移って、移って。」
ポーシャさんは俺たちに同じ部屋で生活しろ、そう言ってきた。
ちらっとレオンのほうをみると円くつぶらな瞳を輝かせて俺を見てる。うれしいのかな?悲しいのかな?まぁお茶に連れてってから考えるか。

今まで自分が占有していた部屋から荷物をどしどし運び出す。と、言ってもだいたい本ばっかり。
依頼者がたまに報酬と一緒に寄贈してくださるんだけど、最初に俺が本を貰ってから、ずっと本は俺の部屋にたまりつつある。現在6冊。

「この本、何なんですか?」
部屋に荷物をうつしかえるのを終えるとレオンが俺に聞いてくる。
「えっと・・・これは簡単な経済の本。こっちは情報処理。で、これは毒物、鉱物の本でしょ・・・で、これは生物の本。」
適当にかいつまんで説明してるだけなのにレオンはすでに飽き飽きしてる。
「聞いてる?」
「ええと・・・お茶に連れてってくださいよ。」
「ああ、そだった。ごめんごめん。」
首にお金を入れてるポーチを提げると俺はヘレネを置き去りにしてレオンとギルド内の喫茶に向かった。



「この建物ってなんでもあるんですね・・・」
僕は驚いてそう言う。今まで喫茶スペースのある建物ってあんまり見たことなかったから。
「まぁ、地域のみんなが使ってくれてるからね。」
ディオネさんはそう言うとカウンター席にちょこんと乗って僕もその隣に座るように促した。あんまり感じなかったけどディオネさんはイスに乗ると僕よりも結構大きい。
「何飲む?」
「えっと・・・あんまりお茶の種類知らなくて・・・」
あまりにも種類が多くて、メニューの前に僕は困惑する。
「苦いの苦手?」
「甘いほうが・・・」
「クセのある香りのお茶は?」
「あんまり・・・」
「そっか・・・ホットのアップルティーでいい?」
「は、はい・・・すみません。」
「いいの。そのうち慣れるよ。」
ディオネさんは僕にいろいろと聞いて、何にするか決めたみたい。
「すみません。アップルティーとアールグレイ、ホットで。」
そう注文すると、ディオネさんは僕のほうに目を向けている。つぶらな赤く輝く瞳に吸い込まれそう・・・
「・・・オン、レオン。お茶来たよ。」
「は、はい・・・すみません、ちょとボーっとしてました。ってあちち・・・」
急に声を掛けられて焦った僕はアップルティーをあわてて飲んだ・・・熱かった・・・やけどしたかな?
「焦らなくていいよ、ほら、砂糖。」
ディオネさんは僕に砂糖、とシールの貼ってある木でできた匙のささった小さな壺を置いてくれた。僕も匙に半分だけ砂糖を乗っけてお茶に入れる。
「あの・・・」
「ん?」
僕は優しくしてくれるディオネさんに質問をぶつけた。
「なんで僕に優しくしてくれるんですか?」
「理由なんているの?君に優しくするのに。」
逆に聞かれて僕は頭の中がパニックになった。優しくする理由?・・・わからないな・・・
「ないでしょ?ただね・・・こういう言葉がある。”詩人に欠員が出たら大変な事だ。仮にその席が埋まったにしても。”ってね。」
「詩人?僕がですか?」
「ちがうちがう。」
ディオネさんは笑うとポカーンとしてる僕に説明を続ける。
「神聖だってことだよ。」
「僕が・・・ですか?」
ますます悩む僕をよそにしてディオネさんは紅茶をまったりと飲んでいく。緩やかに時間が流れる・・・僕のアップルティーも口に含むたびどんどん冷めていく。
白いカップに入った紅いアップルティーを見てるとディオネさんの瞳に感じた者と同じものを感じる・・・温かさかな。僕が今まで感じたことのない温かさ・・・
アップルティーで喉が潤うと、僕は横に座ってるディオネさんを見上げた。ディオネさんも僕を見てる。
「終わった?」
「はい。」
「じゃ、行こうか。」
席から降りたディオネさんの後ろをトコトコと付いていく。確かにこの建物に入ってから、僕はいつも帽子を取ったときに感じる変な視線をまったく感じなくなっていた。



「えっと、アップルティーとアールグレイで560カレンシです。」
俺は首に提げてるちっちゃいポーチからお金を取りだす。カレンシってのは通貨のこと。ちなみに俺の今の月の俸給は7800カレンシ・・・つまり、紅茶を飲みすぎると、赤字。
チームを組んで依頼をこなしてた頃は46000カレンシだった。すごい下がりっぷりだけど、当時の俺は親方によるとそこそこ活躍してたらしいから。
たまに1000カレンシくらいの諸手当が出る。依頼をこなしてた頃は全部貯めてたからね・・・今生活できるのも。
うちのギルドでチームを組んで依頼を月に5、6こなすと、最低でチーム1つ当たり90000カレンシは出る。そこから信頼を得ていって俸給は上がっていく。
だいたい依頼されると報酬はギルドを通じて俺たちのチームの1匹1匹、まぁ団員って言ったりするけど・・・に、わたってくる。
「はい、ちょうどですね~・・・ありがとうございました。」
少し軽くなったポーチを下げて再び部屋に戻る。
「ちょっと~・・・ディオネもレオンもどこ行ってたのよ・・・」
ヘレネは少し不満そうにむすっとふくれてる。
「お茶に連れてったんだよ。」
「依頼がこなせるようになったら私も連れてって、奢って。」
「なんで?」
厚かましい奴だなあ、とか半分思いながら俺は理由を聞いた。
「前チーム組んでた時は諸手当込みでディオネが一番多かったからでしょ?」
まぁそうなんだけどね。ヘレネの場合壊したモノに対する補償で俸給の額ががたっと落ちてたっていうのもあるし。それは自業自得だよ。
「ディオネさんってヘレネさんとチーム組んでたんですか?」
レオンが不思議そうな目で質問してきた。
「そうだよ・・・でもこいつが・・・」
「わぁわぁ!なんでもない。レオン、気にしないで。」
俺がなんで解散したのかを言おうとするとそれをヘレネが大きな声で遮った。レオンは首をかしげてる。



ヘレネさんとディオネさんの間に何があったんだろう・・・気になるけど。ヘレネさんが何かしたのかな・・・
「あはは・・・レオン。ディオネはすぐれたチームメイトだったからね。洞察力で右に出るものはいないって言われてたから。」
「へぇ・・・」
ヘレネさんの話を聞いてるとディオネさんってそんなすごい団員だったんだっていうのがわかった・・・もしかして僕のこと全部観察してたのかな・・・
「レオン。団員として絆を乱したらだめだよ。それが私から言えることかな。」
「はい。」
ヘレネさんは僕にそう言うと部屋から出て行った。話を遮られたディオネさんはすっかり本の世界にいるみたいで、何やら難しそうな顔して本を読んでる。
地面にうつ伏せになって前肢でページをめくってて、その難しそうな顔の割に尻尾振ってる。
ディオネさんとチームを組めてうれしいけど・・・足引っ張らないかな・・・さっきのディオネさんの昔の話を聞いたらすごく不安。
「あの・・・」
「はいはい?」
僕の呼びかけに黒い尻尾を大きく振って答えるディオネさん。
「僕、ディオネさんたちの邪魔にならないですか?それが不安で・・・」
この言葉にぴくっと身体を震わせて、ディオネさんは本をぱたん、と閉じた。身体を起こして僕に近づいてくる。
「そういうことは今考えることじゃないよ。邪魔、とか足引っ張る、とかその考えがチームを暗くしてしまうからね。」
「ディオネさん・・・」
「それに、ぜひとも積極的に邪魔したり、足引っ張ったりしてほしい。初めてなんだから、誰でも失敗はするよ。俺だってこのチームでこれから失敗しないか、とか考えるのに。」
ディオネさんの言葉で僕は胸につっかえていたものが取れた。僕は踵を返してまた本を読んでるディオネさんを見つめていた。

次の日だった。早くも最初の依頼を受けることになったのは。その日、僕たちは朝から呼び出されて、親方の部屋にいた。
僕の隣にディオネさん、そしてディオネさんの隣にヘレネさんが横に並んでいた。親方が僕たちの前を行ったり来たりしてる。
「さて、お三方に最初の仕事です。」
親方は険しい顔つきをして話をしてる。
「で、最初の仕事は、帰らずの洞の調査、です。まあレオンは初めてだし、荷が重いと思うけどね。」
帰らずの洞?その親方の言葉を聞いてディオネさんは身体をぴくっと震わせた。ヘレネさんは声を震わせて言う。
「もし、何かあったらどうするんですか?もうすでに・・・」
「何かあったから依頼が来たんですよ。ヘレネ、あなたはすでにギルドの中ではベテランです。レオンの補佐も仕事のうちですよ。」
反論するヘレネさんの言葉を親方が遮った。僕はただならぬ恐怖を感じる。
「じゃあ、チームに必要なスカーフを配布します。はい、ヘレネ。」
親方がヘレネさんにスカーフを渡している。ヘレネさんは首をかしげた。
「なんですかこの色?赤黒いというか・・・」
「どどめ色です。」
どどめ色?ディオネさんから渡されたスカーフは確かに見なれない色、赤黒い色をしていた。
「じゃあ解散。ちゃんと帰ってきて報告書出してね?」
おびえるヘレネさんと僕に親方は気楽に言った。



「帰らずの洞か・・・」
ついつい呟いてしまう。あそこは・・・ダメでしょ。
「どういうところなんですか?帰らずの洞って。」
レオンが不安そうに聞いてきた。そっか。この仕事に携わってないと帰らずの洞なんて知らないよな。
「えっと・・帰らずの洞っていうのは、今まで5回調査の依頼が来たけど、帰ってこれたのは1回だけ。それでも何も分からなかったっていう曰くつきの洞。」
「えっ・・・」
恐怖でレオンの顔がひきつった。
「情報としてわかってるのは岩肌は最初は深紅で次第に黒くなっていくってことだけ。一応いろいろ仮説を立てたんだけど、いまいちよくわかってない。」
淡々と説明する俺の横で・・・レオンは顔の色を完全に失っている。ゆさゆさとレオンの身体を揺さぶるけど反応はあまり芳しくない。
道具をいろいろと揃えないとなぁ・・・レオンも連れてくか。
「まぁ人探しとかじゃないだけマシだ。生きてたらいいだけだから。ところで、道具をそろえないといけないから買いに行くぞ。」
「え?・・・はい。」
はぁ・・・話しなきゃよかったかなぁ・・・レオンを連れ込んで後悔してる。
俺はレオンを連れて、ギルドから少し離れたところにある、探検チーム御用達の店へ向かう。
「いらっしゃい。」
店主のペルシアンは親方と同期で、ギルド創設時から依頼を受けるチームとして親方と一緒に最高の成績をあげていたらしい。
「えっと・・・木の実を全部3つづつで。あとリンゴを6つ。」
「おや、ディオネ。探検隊のまねごとでも始めるのかい?」
「まねごとっていうか、強制復帰ってやつです。」
「そうかい。ならサービスするよ。全部で1300カレンシね。」
ペルシアンは俺がまたチームで何かするっていうことを知ってかなり嬉しそうだ。俺も顔がほころぶ。
会計を済ませると、俺の横でぼーっと見ていたレオンに道具の説明を一通りして、店を後にした。
ギルドに帰るとヘレネが嫌そうに緑の身体をごろごろ転がしている。俺はレオンに出発するので荷物をまとめるように言う。ヘレネはもう済ませたみたいだ。
俺もさっき店で買ってきたアイテムを小さいポーチに入れてそれを首から提げるとレオンも荷物まとめましたよ、と笑顔で言ってくれた。
「よし、じゃあスカーフ巻いて、出発ね。」
「あ、僕が巻く!」
そう言うとレオンはどどめ色のスカーフを俺と、ヘレネに巻いてくれた。
「じゃあ出発!」



僕たちがギルドを出発すると、まだまだ昼前の明るさだった。
「太陽がまぶしいな・・・」
ディオネさんは目を瞑ってそう言う。僕はなんだかおかしくて、笑ってしまった。
「レオン。笑い事じゃないよ?まぁいい。帰らずの洞は、少し海を渡ったところにあるから、ラプラスの力を借りないといけない。」
「ラプラスってことは港に行かないといけないのかな?」
「そうそう。さすがヘレネ。まだ憶えてたか。」
ヘレネさんとディオネさんの会話に付いていけない・・・ちょっと2匹の先を歩いてるとつんつんと、身体を突っつかれたので、振り返る。
「ディオネさん・・・」
「ごめん、レオン。乗りなよ。疲れるから。」
そう言うとディオネさんは僕に背中を貸してくれた。僕がうつ伏せに黒い毛にしがみつくとディオネさんは走り出した。
「ディ・・・ディオネさん・・・速いですぅ・・・」
「まだまだ・・・」
「ひやぁぁぁぁ・・・」
僕の悲鳴をかき消すようにディオネさんはスピードを出していく。必死にしがみつくけど身体はすごく揺さぶられて・・・
しばらくして、ディオネさんのスピードが落ちてきた。顔をあげると海沿いの小さい小屋が見えてきた。
「レオン。着いたぞ。」
「は、はひ・・・・」
ディオネさんはさすがグラエナ・・・速かった。あっという間に話をしてたラプラスを借りれる小屋に着いた。
その小屋は古びた木をいくつか組み合わせて作られたみたいで、壁はうっすら白くなってる。
「おい、お前ら!」
後ろから僕たちを呼ぶ声がする。振りかえる前に足元に影が出来ていた。振りかえったディオネさんは僕を降ろすと姿勢を低くして唸る。僕も警戒して腰を低く構える。
「お前ら、誰の許可を得てここを通ってるんだ?」
アーボ、ラッタ、ニョロゾ、ヘイガニ、の4匹がこちらを睨んでいる。ディオネさんとヘレネさんは素早く戦闘準備を取った。僕も見よう見まねでやってみる。
「ソーラービーム!」
「ちょっ・・・まっ・・・」
ヘレネさんの一言とソーラービームで冷たい睨みあいは終わった。すでにアーボややられて倒れてる。
「ぐぇっ!」
ディオネさんの低い声が聞こえた。ラッタのすてみタックルを食らったらしく、なんとか構えてるディオネさんの身体は上下に揺れている。息も荒い。
僕はディオネさんがやられた怒りで自分を抑えられなくなった。
「ディオネさん!このっ!じゅうまん・・・ってこれは出来ない。かみなり!」
いままで僕はかみなりの成功率は勿論、いままでやられてばっかりでやったことはあんまりない。でも、渾身の力を振り絞って電気を出した。
「ぎゃぁぁぁ・・・」
「やったのか・・・な・・・」
力が入らない・・・立ってられない・・・力を使い果たしたみたい・・・ふらふらと2、3歩歩くと身体は大きく崩れた・・・でぃ・・・ディオネさん・・・
ドサッ・・・



「レオン!しっかりしろ!」
俺は力なく倒れたレオンの元に駆けつける。レオンのかみなりは、俺が思った以上の威力だったみたいで、敵が全員伸びた。ヘレネもびっくりしてるのかぽかーんとしてる。
仰向けにしてゆさゆさと身体を何度も揺らすとレオンはゆっくりと目を開ける。
「大丈夫か?」
「だいじょぶです・・・ディオネさんこそ・・・」
俺は大丈夫だから、と言うとレオンは微笑んでふたたび目を閉じた。何度か揺さぶるけど、寝てるみたいだ。すやすや寝息を立てている。
ヘレネと何度か目を合わせると、レオンが目を覚ますまで、しばらく休憩、ということを伝える。
少し落ち着いてる間にヘレネはラプラスを借りれるように手配してくれていた。行く島は本当にすぐ目の前にある。何度か行った記憶はあるけど、洞には入ったことはない。
「よっと・・・」
ヘレネの助けもあって、再び背中にレオンを乗せた。いまだにすやすやと気持ちよさそうに寝てる。
俺たちはレオンを気遣いながら砂浜のラプラスの近くまで移動した。時折、顔を動かしてるみたいで背中の毛にレオンの顔の毛が地肌に当たってくすぐったい。
この黄色い小さな身体で自分の何倍もの敵をやっつけたんだからな・・・すごい奴だ。最初に会ったとき、少し哀しみを感じたけど、1日でここまで変わってくれるとは・・・
「ん・・・ん・・・」
レオンが俺の背中で小さく声を出す。何の夢を見てるんだろう・・・ヘレネに目をやると陽に当たって気持ちいいのかレオン以上にぐっすり寝てる。
「はぁ・・・こんなんで大丈夫かな・・・」
その心配も杞憂だろうか。無駄な取り越し苦労・・・黒い前肢のさきっちょについてる爪・・・この爪は・・・何のために・・・
「ふぁぁ・・・あっ!」
レオンのびっくりした声が聞こえた。すぐに俺の背中から跳び降りる。
「ディオネさん・・・ごめんなさい!」
「なになに・・・助けてもらったのに、そんなこと言う必要ないって。」
前肢でレオンの頭を撫でると、すごくうれしそうに目を細めた。



ディオネさんが撫でた前肢を降ろすと、ヘレネさんがこっちに来た。
「さ、さ、行こうか!レオン!」
「うん!どどめ色チーム、しゅっぱつ!」
ヘレネさんは僕に声をかけてくれた。僕の心はうれしくて躍る。ディオネさんがラプラスに声をかけると、僕たちに乗るように言った。
「おおう・・・」
「レオン、おっかなびっくりじゃん。」
落ちそうで身体が震えるのに、ヘレネさんはそんな心配はないよ、とばかりに僕をからかう。ラプラスの上に乗るとその浜から沖に向かってラプラスは出た。
青く澄んだ海は僕を飲み込んでしまいそうだ。慎重に手を海にだすと海水を掬って舐めた。
「しょっぱい・・・」
「ふふふっ・・・レオン、何やってるんだよ。」
しまった、ディオネさんに見られてる。恥ずかしくてディオネさんと目を合わせないように空を見た。ここは海の上。逃げる場所はないからね。ま、海じゃなくても逃げないけど。
空も雲ひとつないくらい晴れてるなぁ・・・そんなに距離はないって言ってたけど、ほんとにすぐなんだな・・・もう浜が見えてるし。10分も乗ってないよ。
「さ、もうすぐ着くよ。準備して。」
ディオネさんはそう言うとラプラスに上陸する浜の位置の指示と、2時間したらまた迎えに来てほしい、と言っていた。
波打ち際までラプラスに運んでもらうと、僕たちはバシャバシャと波音を立てて砂浜に上陸した。僕は背が低いから、何度か首に巻いてるスカーフまで波をかぶったけど。
「ほら、風邪ひくから、タオル。」
「ありがとうございます。」
「あ、そうそう。レオン。ここからは敬語禁止ね。」
「え?」
タオルをくれたディオネさんは僕に少し驚くようなことを言ったけど、いたって理由は簡単だ。大事な情報を共有するのが遅れる、ただそれだけ。
「じゃ、行くぞ。」
「うん!」



俺たちはゆっくりと進み始めた。茂みに異常はない。この島には島の管理者が住んでる。といっても所有者とか、そういう意味ではない。所有者は”スポンサー”だ。
ここに来るのは何年振りだろうか・・・少なくともギルドに入ってからは来ていない。”スポンサー”の所にいたころか。
風で茂みがガサガサ揺れるけど、この島には管理者しか住めない。この島は洞での事故があって以来、居住しようとする者はことごとく追っ払われる。ギルドと”スポンサー”にだ。
レオンをこういうことに巻き込みたくはないが・・・しかしこの忌まわしい依頼者は誰なんだ?
「ディオネさん!」
「ん?ああどした?」
考え事をしているとレオンに呼ばれた。どうやら道を指示してほしいみたいだ。茂みに覆われた道は終わり、岩肌が露出してる壁がもう見えてる。すぐそこだ。
まっすぐ進むようレオンに指示すると、再び思考を巡らせる。依頼者のことだ・・・親方はこの依頼を相当嫌がってたと思うが、破格の条件だったんだろうな。
なにしろウチはコマース、商業を生業とするギルドだ。破格の条件を吹っかけられたら、受けるしかないというものだ。前払いも相当な額だったんだろう。
岩肌の露出している面を慎重に進んでいくと、大きな口を見つけた。地獄への入り口だ。
「洞だ。」
「ここが?」
「そう。帰らずの洞。」
「さっさと調査して帰りましょう。」
ヘレネは不安な面持ちで俺たちに言う。俺は同意して慎重に洞の中に進んでいく。レオンを犠牲にしたくない・・・その一心で俺は先頭に立つことにした。
「入るぞ。」



島に着いてからディオネさんの顔つきが変わった・・・すごく怖い。真っ暗な洞をじっと見てる。入口は太陽光が入ってきてはいるけど・・・岩のごつごつした面を進んでいく。
「フラッシュ!」
僕は電気を起こして辺りを明るくする。途端にヘレネさんの顔つきが恐怖そのものに変わった。
「何これ!」
「わぁ!」
フラッシュによって照らされた洞の壁面は血のように紅い。いや、誰かが血をこぼしたのかもって思えるくらいだ。僕も驚きを隠せない。
「ここがこの世の地獄だ。しっかりと見ておけ。」
「ディオネさん・・・」
ディオネさんは僕たちに忠告するように言った。これが本当にあのディオネさんなのかな・・・壁面の色をもっと近くで見たかった僕は岩肌に近づいていく。
「本当に紅い・・・血だよね・・・」
壁面はすべてこの紅に染まっている。灯りを付けると余計に感覚が狂いそうだ。しかも少し血、のような匂いもする。僕は壁面の紅に手を当てる。
「普通の岩・・・かな・・・」
「成分としては普通の岩なのに、色だけが全く違う。ちょっとハンマー貸してみろ。」
そう言うとディオネさんはハンマーを使ってカンカンと岩を削り始めた。バキン!という音とともにカキン!と何かが落ちた音がした。
「見ろ!色が違うぞ。」
僕はディオネさんに駆け寄ると、驚愕した。削れた岩の断面は嗚咽を感じるような黒紫だったからだ。削れた表面はだんだんとムラが出来始めた。
「見て!色が変わっていくわ。」
ヘレネさんの言うとおり、黒紫の断面は次第に他の壁面と同じ紅に変わり始め、最後には全て紅に染まった。
「先に進むか?引き返すか?」
びっくりして身動きが取れない僕たちに、ディオネさんは迫る。
「い・・・いきます。」
僕が行く、というとディオネさんはため息をついた。行きたくないのだろうか。
「じゃあ行くぞ。」
ディオネさんはさっき削った岩のかけら・・・といっても大きなものだが、をポーチにしまうと先に進み始めた。
ヘレネさんは普段の快活さを失って、ただただ後をついてくる余裕しか残ってないみたいだ。ディオネさんは何か考えながら進んでいるみたいだ。
壁面は次第にさっき削った断面の黒紫に近くなっていく。
「うう・・・頭痛い・・・」
ヘレネさんが急に苦しみ出した。僕はパニックになってフラッシュを消してしまった。
「レオン!消すな!」
ディオネさんの怒号を聞いて僕はあわてて電気を起こした。少し息苦しさを感じながら、フラッシュをすると、さっきと同じ赤紫の壁面が再び広がる。
「ん?ヘレネの周りの壁・・・紅いぞ?こけた?」
「ぜ・・・ぜんぜん・・・」
ヘレネさんはもう息も絶え絶えだ・・・ディオネさんは少し目を閉じて僕たちに言う。
「出るぞ!急げ!」
「は、はいっ!」
僕たちはただただ走った。ヘレネさんは顔色が相当悪いけど、ディオネさんに介抱されながら、走っていく。壁面の色は再び深紅に近づいていく。
「光だ!」
滑り込むようにして僕たちは外へ出た。ヘレネさんの顔色はさっきとはちがってまた元気な色にもどりつつある。
「あ・・・ああ・・・頭痛いのはすこしおさまったけど・・・もう帰ろ・・・」
「ああ。もう帰るよ。」
ヘレネさんはもうこりごりみたいだ。
「でも、わかったぞ。帰らずの洞の意味が。」
「へ?」
ディオネさんはヘレネさんの状態がよくなったら説明する、とだけ言って黙ってしまう。ヘレネさんは歩ける、とだけ言ってトコトコとさっきいた海岸に向かって進んでいく。
海岸に向かって歩いてる間、僕はいろんなことを考えてた。なんでこんなことをしてるのか・・・とか、ギルドに入ったのは正解だったのか・・・とか。
太陽も傾いて海は朱に染まりはじめてる。さっきの洞の壁面の紅とは、全く違う。もう2時間たったのかな・・・
海岸につくとディオネさんは海に向かって走って行った。バシャバシャと水音を立ててラプラスが見えてたからなのかな・・・
なにか作業をしてるのかなディオネさんは・・・前肢をこそこそ動かしてる。ディオネさんは途端にニヤッと笑った。
「さ、乗った乗った。」
「ディオネさん・・・何してたんですか?」
「ん~いやね。検証ってやつ。」
「・・・」
僕たちは不満の残る中ラプラスにまた乗った。ヘレネさんは終始ディオネさんを脅している。
「何よ!何がわかったか教えないと落とすよ!」
「や・・・待ってくれ・・・落とさないで・・・」
「じゃあ教えなさいよ。報告書書かないといけないんでしょ?」
「そうだけど・・・」
ディオネさん・・・言ったらいいのに。僕たちはギルドのあるほうの浜に着くとラプラスの小屋でお金を払ってギルドへの帰路に着いた。



「いや~。お帰りお帰り。」
親方が玄関で俺たちを待ってた。よっぽどだったんかな?
「親方・・・」
「帰ってこれたっていうことはもちろん、逃げたってことじゃないよね?」
この睨むような目つき・・・催促してるな。
「はい・・・もう最悪でした。」
「悪態つくな!」
親方に怒られた。くっそ・・・この野郎・・・俺たち3匹は報告書をかく前に親方の部屋に通された。
質素な内装の親方の部屋で報告書の代わりに今ここで報告をしろ、そう言ってるのだろう。
「で、釣果は?」
「えと・・・ディオネ・・・よろしく。」
ヘレネもレオンも俺のほうばっかり見てるし。仕方ないか・・・
「じゃあ、簡単に説明を。帰らずの洞は、別になんてことないですよ。」
「ちょっ・・・ディオネさん!」
レオンも俺を厳しい目つきで見た。まぁ・・・結構大変だったからね。俺はポーチから欠片を取りだす。
「何その石。」
少し親方が食いついた。
「これは帰らずの洞の壁面の石です。この仕組みは・・・」
「ちょっ・・・ディオネ。後で聞くから・・・」
親方のあわてっぷりは尋常じゃない。もうちょっとゆすってみてもいいかな?
「どうしたんですか?親方?」
ヘレネは少しニヤリとして親方を見た。
「”スポンサー”さんにさ・・・報告しないといけないから。」
「また”スポンサー”ですか・・・ディオネにとってはスポンサーってよりストーカーですけどね~。」
「いいから!報告書出して出して。あ・・・ディオネ・・・今後のお話が・・・あるから残って。」
何か仕組んだな?親方は。
「ディオネの今後の話って何ですか?」
ヘレネは深く突っ込む。
「いや、ディオネがね、このままチームに残るか、また受付に戻るかって・・・」
「ふ~ん・・・」
ヘレネもレオンも全く満足してなかったけど・・・とりあえず部屋から出て行った。

俺と親方だけになった部屋。
「さて、その石の秘密を教えてもらおうかな?ディオネ?」
親方の狡猾な部分だ。決して情報は漏らさない。それがこのギルドのトップである証。
「はい。この石は・・・今はこう・・・紅いですよね?」
「うんうん・・・で?」
親方の普段使ってるコップに水が入ってるのを見つけた俺はそこに近づく。
「何よ?じらすのはよくないよ?」
ぽちゃん・・・俺は紅い石をそのコップに放った。石は泡を立てて色を変えていく。
「あーっ!アッー!石の色が・・・」
「これが全てのタネです。」
「へ?温度?」
「違います。」
「何?」
「空気ですよ。」
「空気?」
「生物の本に血液の仕組みが載ってましてね・・・その中に酸素を好むモノがある・・・それを思い出したんです。」
「・・・」
完全に親方は黙った。じっと聞き入ってるのか・・・それとも本当に俺の処遇を考えてるのか・・・
「で、洞の中は奥に進むにつれて空気の循環が悪くなる。だから空気の酸素濃度が低くなれば洞の奥は黒紫色に変わっていく・・・」
「なるほど・・・探検チームには生物の知識を詰め込んでなかった・・・それが4チームが全滅した要因だと・・・」
「好奇心だけで奥に進んでいくといずれ酸素不足になって死ぬ。で・・・」
「何?」
「この鉱物には何か利用価値があるかと。酸素濃度が低いところでは酸素を離し、高いところでは結合する・・・」
「とりあえず利用価値が定まるまで”スポンサー”と協議します。当面は閉鎖ね。」
そう言うと親方は書類を適当に破いて棄てた。やれやれ、といった表情だ。



「ディオネさん・・・戻ってくるの遅いなぁ・・・」
僕はイライラしてほっぺたに電気がたまるのがわかった。ほうこくしょ?もうちゃんと書きました。
とことこという音とともに、ろうそくの光に照らされた影がゆらゆら揺れながら近づいてきた。それに気付いた僕は部屋を飛び出す。
「ディオネさん!」
「おお・・・レオン。もう遅いから水浴びだけして寝よ。」
「うん!」
僕はタオルを持ってディオネさんと水浴び場に向かった。

「きゃぅっ!もうディオネさん!」
ディオネさんは前肢を動かして僕にバシャバシャ水を浴びせる。僕はうれしくてついついやり返す。
「レオン!つめてぇ~・・・」
「汗かきそうだね。」
「ああ・・・疲れた。」
僕たちは水浴び場から出るとお互いの体を拭きあった。ディオネさんのふさふさの毛が少しうらやましい。でも水気を切るのに結構時間かかっちゃった。
部屋に戻るともうヘレネさんは寝ていた。僕が星空の見える天窓をじっと見つめるとディオネさんは灯りを消した。

「綺麗だろ?」
「とっても・・・」
僕とディオネさんは同じ空を見て同じことを思ってる・・・僕はここに真のパートナーを得たんだ。その実感は眠気覚ましには十分だ・・・寝れないよ・・・

「寝れないだろ?」
「はい・・・」
「紅茶飲むか?」
「余計寝れないじゃないですか。」
「ふふっ・・・おやすみ。」
「おやすみなさい・・・」
そういうと僕は布団にくるまった。



拝啓、もっとも親愛なるレオン様

お返事が滞ってしまい、申し訳ありません。ようやく司書としての仕事もひと段落つき、とどく郵便物、手紙にも返事が出来るようになりました。
季節の移り変わりなんて、全く気にならないくらいの忙しさです。ホウエン大学はいいところですよ?一度見学にいらしてください。
と、堅い口調がすっかり移ってしまったみたいですね。司書として、図書館で勤務しているだけのはずなのに、たまに講師として講義に呼ばれることがあります。
緊張なんて忘れてたのに、40匹の学生を前にしては嫌がおうにも思い出さざるをえません。
あの3匹でつぎつぎと未知に挑んでいた姿はいくら時がたっても朽ちないですね、むしろ美化されつつあるように思います。
ギルドにもそのうち大学の広報誌がとどくと思いますので、一度ご覧になってください。
あ、ちょっと宣伝になってしまいましたね。実は今度、うちの経済の講師がギルドを訪問したい、と私に頼んできました。
おそらく、あと1カ月しないうちに帰れると思います。またおいしい紅茶を飲みましょう。では失礼します。

                                    ホウエン大学図書館司書兼たまに講師ディオネ

追伸、彼女ができたと聞いたので、お祝いがてら小切手を同封します。おいしい紅茶でも飲ませてあげてください。

                             **

ふふ・・・相変わらずだなぁ・・・ディオネさん。
僕は飲みかけのアールグレイを飲み干すとまた返事のネタ探しにかかることにした。依頼伝票をぺらぺらとめくる。僕のギルドでの日常だ。
・・・このアールグレイ・・・苦い・・・失敗したな・・・




「ところで・・・この依頼・・・いくらもらったんですか?”財団”ですか?」
「うう・・・言うわけ・・・ないでしょ?まあディオネには言ってもいっか。・・・」
パラパラと紙?をめくる音
「前金250万カレンシ・・・成功報酬が歩合制で最大400万カレンシ・・・この金は大きいでしょ?」
「血も涙もない金の亡者ですね・・・いまさら批判はしませんが。」
「このギルドもそして”財団”もこれからますます成長していくにあたって、関係を良好にしておこうと思ってね。これだけで満足してくれるかしら?ね?」
「さぁ?俺は”彼女”とはもう4年、会ってないですし。満足してくれるかどうかは・・・」
「御前にあいさつに行かなくていいの?」
「いずれいかないと・・・なにしろ強烈なストーカーより怖いですから。」
「私はこのギルドを守りたい。かつてのようにギルドに潰しあいをさせて成長した”財団”を牽制する必要もある・・・」
「”彼女”はそんな甘くないですよ。最近の手腕を見る限り、昔とは違います。」
「ふふっ・・・でしょうね。ディオネ、あなたがそう仕組んだ、そういう噂ももっぱらですけどね。」
「どこからそんな噂が・・・まあ俺には関係ないことですよ。では失礼します。」





最後まで読んでいただいてありがとうございます。構成力のなさを痛感する次第でございます。
なんかつづきが思いつき次第、また作ります。たぶんないかも。@10/07/04


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Last-modified: 2010-07-03 (土) 00:00:00
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