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You/I 9

/You/I 9

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       「You/I 9」
                  作者かまぼこ

リジェルの過去 

「お前なんぞ、もういらん」
 主人は、ポケモン――――リジェルに無慈悲な言葉を叩き付けると、
まだ幼いリオルであった彼にを向けて、その場を立ち去ろうとした。
 そんな……これまでずっと主人のために頑張って、戦い抜いてきたのに。
今日まで主人と共に歩んできたというのに。
 その言葉が信じられず、リジェルは去りゆく主人を止めようと、
声を出し、手を伸ばそうとしたが、次の瞬間、顔に経験したことの無い激痛が走り、
リジェルは顔を抑えて地をのたうった。
左目に大きなダメージを負って、夥しい量の鮮血が流れ出た。
(――――!!)
 何が起きたのか理解できず、リジェルは無事な右目を動かして主人のほうを見ると、
主人の脇には見慣れた一羽の鳥ポケモンが、翼を広げて攻撃の構えを取っていた。
 その鳥ポケモンは、主人の手持ちの一匹で、これまで共に戦い抜いてきた
仲間とも呼べる存在であった。
 鳥ポケモンは、申し訳なさそうに負傷したリジェルを見下ろしていた。
済まない。主人の命令は絶対なのだ。悪く思わないでくれ――。
そう言いたげな、悲しい表情だった。
「お前のように、ほとんどバトルに勝てないような弱いヤツは、必要ない」
 リジェルは愕然とした。確かに、それまでの戦績はあまり良いとはいえないものだったが、
決して負けっぱなしだったわけではない。少ないとはいえ勝ち星も納めていた。
なのに――何故だ。どうして――?
「そこでそうして苦しみのた打ち回っているのがお似合いだ」
 そういうと主人は、傍らの鳥ポケモンに攻撃を指示すると、鳥ポケモンは、
苦しげに瞑目してながら身構え、指示通りに技を放ち――

「――――!!!」
 リジェルは、叫びと共に寝床から飛び起きた。
「夢…?」
 そう呟くと、リジェルは自室の窓から外を眺めた。まだ夜中で、外は真っ暗だったが、
雨音が響いていた。結構な雨量らしく、あちこちでバタバタとやかましい音を立てていた。
 リジェルは、廃墟街にある廃アパートの一室を自分の部屋にし、普段はここで寝起きをしていた。
彼の部屋には古ぼけた机と、寝床の藁が積み上げられているだけで、
 それ以外はほとんど何も無い殺風景な部屋だった。
もともと廃墟であるせいで、あちこちで雨漏りもしていて、
正直かなり暮らしにくい部屋ではあったが、リジェルは一人になる空間が欲しくて、
多少不都合であっても、ここのアパートの部屋を選んだ。
「まったく……嫌な夢だ」
 そう独りごちてから、手で汗を拭うと、リジェルは立ち上がって部屋の隅にある、
机に近寄ると、その引き出しをあけた。引き出しの中には、小箱が一つだけ入っていた。
「……」
 リジェルは、小箱を静かに取りあげると、ゆっくりとその蓋を開くと、
小箱の中には、ソフトボール大の石が入っていた。
黄色に青、そして茶色の3色の不思議な模様の石だった
(そういえは、この石を譲られた時も、こんな雨の降る夜だったか…)
 そう心中で呟くと、リジェルは目を閉じて、やさしくその石に触れた。


 深手を負わされたリジェルは、それでも主人の言ったことが信じられずに、
主人が去ったあと、傷ついた体で後を追おうとした。
 しかし、痛みと体中からの出血に加えて、発熱も起こしていて意識は朦朧とし、
だんだんと遠のいていった。体からも力が失われていき、ついにリジェルは
体が動かなくなって、膝を突き、地面に倒れた。
 そしてそのときにようやく、自分は捨てられたのだと悟った。
意識が朦朧としているのに、なぜか、そのときは冷静に考える事ができた。
同時に、主人に対しての怒りがこみ上げてきた。
(なんてやつだ。思い通りにならないからといって、こんな仕打ちをするとは。
自分はそんな身勝手な主人に仕えていたのか――)
 文句の一つでも言ってやりたかったが、既に主人はここにはいない。
悲しさと悔しさで、残った右目から涙があふれた時、声がかかった。
「おい、大丈夫か?」
 リジェルには返事をする力は残されていなかったが、どうにか右目を動かして、
声のした方を見た。声の主は、赤い体毛で、2メートルはありそうな長身のポケモンだった。
鳥ポケモンのような嘴に、額から伸びるV字の角と、後頭部の白い鬣。
そして手首から吹き出す炎が何より特徴的だった。
 たしか、南の地方で有名なポケモンだと記憶しているが、名前は思い出せなかった。
「……――」
 リジェルは返事をしようとしたが、それをする体力は既に残されてはおらず、声を出すことは叶わなかった。
しかし、赤いポケモンからは敵意や悪意の波導は感じられなかったので、安堵したリジェルは、
そのまま闇へと意識を手放した。

先代 

 次に目覚めた時、リジェルは見知らぬ場所にいた。どこかの家のようだったが、
窓ガラスは砕けて、物が床に散乱し、とても人間が住んでいるような場所とは思えなかった。
 ここは一体――?
 すると、困惑しているリジェルの前に、あの赤いポケモンが姿を見せた。
「よう、やっと目覚めたか」
 そういって、赤いポケモンは、抱えていたオレンの実をリジェルの横に置くと、
自分は数週間もの間眠り続けていたことと、傷ついた左目だけは完全に治癒できなかったことを告げた。
ショックではあったが、どうにか生き延びることが出来て嬉しくもあった。
「……助けた時、ちょいと一部始終を見ていたんだが……お前さん、捨てられっちまったみたいだなぁ。
まったく、ヒデェことしやがるぜ。でもむしろ、あんなのとは離れられて正解だぜ?
ああいう人間には、ロクなやつがいない。自己中心的でワガママだったり、すぐにヒスを起こしたり、
そのくせプライドばっかり高いやつばかりだから困るよなぁ」
 言われて、リジェルは主人の事を思い出す。確かに、あの主人にもそんなところがあった。
勝つためにポケモンを厳選し、格下の相手は見下していたし、ポケモンを道具のように扱い、
優しくしているような所など、見たことがなかった。
「俺と同じだな」
 その言葉に、リジェルは驚いた。見たところ、赤いポケモンは毛並みもよく、
人間の手持ちだと思っていたのだが。
 すると、赤いポケモンはゆっくりと告げた。
「お前…俺と来るか?」
(え――?)
 突然のことに、リジェルは戸惑った。
「俺も捨てられたポケモンなんだが、すこし考えていることがあってな。
お前みたいなポケモンを沢山集めて…そう、人間に反抗できる組織みたいなのを、
作ろうと思っているんだよ。今の世の中、お前の主人みたいに、
バトルに勝つためにという理由でポケモンをモノのように扱う人間がかなり多くなってる。
ポケモンの命が、軽く見られているんだ。だから人間達は平気でポケモンを厳選し、
簡単に捨てたりもする…俺は、そんな世の中を変えたい」
 その言葉からは、人間に対する哀しみを確かに感じた。
「まぁ、反抗っていっても、別に人間に復讐するとか、そういうんじゃない。
捨てられたポケモンを集めて徒党を組んで、人間に訴えていく――みたいな、まぁそんなカンジだな。
俺はこう見えても、暴力は嫌いなんでな」
「……」
「そうすりゃ、人間達がポケモンを捨てたりするのを、減らせられるだろ?
完全にはなくせないかもしれない。だが、少しでも訴えてりゃ、減らすことは出来る。
だが、俺達は喋れるんだ。大昔と違って、人間と話が出来るんだ。俺達ポケモンそのものが、
直接主張していけば、より説得力があるだろう?
だから、一匹でも多くの捨てポケモンが……仲間が必要なんだよ。
もちろん、そんな人間ばかりじゃないってのは、わかってはいるんだがな……
人間の勝手で、ポケモンが傷ついて悲しい思いをしている姿を見るのは、
正直、もう嫌なんだよな……」
 怒りと哀しみを湛えた表情で、赤いポケモンは言った。その言葉には――人の心を動かす、真剣さがあった。
これが、リジェルと先代の海賊リーダーとの出会いだった。

 そうして、リジェルは彼の考えに賛同し、先代が以前から目をつけていたこの島を拠点とし、共に各地を回って、
自分達と同じ捨てポケモンを見つけては仲間に加え、メンバーは着々と増えていった。
シュナイドやミヤコ、そしてリオといった今のリーダーたちも、その過程で仲間に加わった。
同時に、悪い人間もいれば、慈悲深いよい人間もいることも知った。
先代はリーダーシップにもあふれ、面倒もよく見てくれて、仲間達からはとても慕われていたことに加え、
暴力は嫌いだと言ってはいたが、彼も元々人間の手持ちで鍛えられていたこともあって、
バトルの強さは仲間達の中でも群を抜いていた。そのおかげか、牝にもよくモテていた。
 リジェル自身もそんな先代に憧れていた。
まさに理想的なリーダーと呼べる存在ではあったが、リジェルがルカリオに進化して数年後に、
先代は病に伏した。
 彼が目指していた、人間に反抗する組織の創設は、
志半ばで頓挫してしまうかに見えたが、先代の願いを自分達が叶えたいという気持ちもあり、
リジエルを含む4匹が、継ぐこととなった。
 今際の際に先代は、例の石の一つをリジェルに託してくれた。
その石は、青・黄・茶色の3色模様で、その色合いは不思議と自分――ルカリオに似ているような気がした。
「困った時には、迷わずコレを使え。きっと役に立つ」
 そう言い残して、先代は逝った。今と同じ、強い雨が降る夜の事だった。


「ふぅ……」
 リジェルは、小箱を閉じると、ため息をついた。
「だが使えといわれても……肝心の使い方がな……」
 先代は自分に石を託してくれたが、その使い方は全く聞いていない上に、
自分にそれが可能かどうかもわからないのだ。
 だが、あの先代がくれたものなのだ。何かの冗談で自分に渡したとは思えないし、
絶対に何かがあるとは思うのだが……。
その折、リジェルの部屋の扉が、ノックされた。
「……!」
 こんな時間に、誰だ?
そう思ってリジェルは瞑目し、訪問者の波導をチェックする。
見知った者の波導だった。リジェルは静かにドアを開ける。
それは、リーダーの一匹、エルレイドのシュナイドだった。
豪雨の中を歩いてきたのか、体は濡れていた。
「どうした?」
 部屋に招き入れると、シュナイドは口を開いた。
「…昨夜お前が教えてくれた、例の6番坑道の件だ……。
さっき、こっそりと調べてきたが、何やら、妙なものがあった」
「妙なもの?」
 怪訝な表情で、リジェルは尋ねると、シュナイドは淡々と調査結果を語った。
それによれば、6番坑道に横穴があって、そこには妙な遺跡があり、そこには3体の像が鎮座していたらしい。
「3体の像……?なんだそれは?」
「わからん。ただの石の像にしか見えなかったが、お前の波導の力ならば、何か判るかと思ってな。力を貸してほしい」
それを聞いてリジェルはしばし沈思したあと、続けた。
「……わかった。あとで調べに行く。引き続き、そちらでも警戒を頼む」
「了解だ。そちらも、気をつけて行動しろ」
「ああ」
 話を終えると、シュナイドは静かに部屋を出て行った。
リオが良からぬことを考えているのは間違いない。はやくその全貌を掴まなければ、
手遅れになることもありうる。
 急がねばならない。そう思いつつ、リジェルは出しっぱなしになっていた小箱を、机の引き出しに戻すと、
外出の仕度を始めた。

尋問 

『いい加減に吐いたらどうなんだ。ええ?』
 モニターに写っている人間から、苛立ちの混じった声が発せられた。
画面には、どこかの個室の様子が映されており、
粗末な机とイスがあるだけのその部屋には、2匹のポケモンと、一人の人間がいた。
『そうすれば、逃がしてやっても良いんだぞ?』
 人間の男が苛立ちに渋面を作りながらも、目の前に拘束されているポケモンに語りかけた。
『……へッ、知らねーな。それよりメシまだかメシ』
すると、目の前のポケモン――黒い体に、左の耳だけが赤い『ニューラ』はそう吐き捨ててそっぽを向いた。
 ニューラは手足を縛られ、身動きが取れないように厳重に拘束されているが、
その顔には、笑みさえ浮かんでいる。こちらが手荒なことが出来ないのをわかっているのだ。
『まったく……』
 ニューラに語りかけていた男は、諦めたように嘆息すると、立ち上がってドアに手をかけ、
そのまま外へ出て行った、男の傍らで守るように立っていたもう一匹のポケモン
『ニドクイン』も、それに続いて部屋を後にした。
 こうして、彼――ニューラの尋問は終了した。


「ふぅ……」
 モニターが消えると、タクヤはため息をついた。
タクヤ達は、隣室で行われている尋問の様子をモニタ画面を通じて眺めていた。
手持ちのララとミリィのほかに、アズサの手持ちも1匹であるジムスも同席していた。
「結局、コイツも有力な情報は吐かなかったねぇ……」
 ミリィはイスから立ち上がってそう呟くと、タクヤは辟易した様子で答えた。
「ま、連中だって、仲間を巻き込みたくは無いだろうからな」
 タクヤが答えて、右手で目頭をおさえてから、両腕をあげて伸びをした。

 タクヤは、事件調査と連れ去られたアズサの捜索に協力するため、
この数日ずっと、ここアサギシティのポケモンセンターに留まっていた。
ホウエンのチャンピォンである彼が偶然乗り合わせていたことを知ると、
警察やレンジャーから是非協力をしてほしいと頼まれたのだ。
連れ去られたアズサの事も気がかりであったし、タクヤは迷うことなく申し出を受け入れた。
 このポケモンセンターには、襲撃事件で乗員達の抵抗にあって倒された
海賊ポケモンたちが10匹ほど収容されており、その尋問が行われていた。
本来なら警察署やレンジャー本部でやるべきことなのだが、捕縛された殆どのポケモンが負傷しており、
中には未だ意識が戻らないポケモンもいて、ポケモンセンターから出せない状態になっていた。
 そこで比較的傷が浅く、意識を保っているポケモンから、彼らの根城と
連れ去られたアズサの情報を得るために、ポケモンセンターの一室を取調室にして尋問を行っている。
しかし、尋問はこのニューラで10匹目。海賊ポケモン達の尋問を通しで見せられていると、流石に疲れてくる。
「にしても、あいつら腹立つねぇ…こっちが手出しできないのをいいことに、無礼(ナメ)た態度してさ!」
「私が一発ブン殴ってやったほうが、早いんじゃないですか?」
 ミリィとララが口々に怒りを露わにする。
「気持ちはわかるが…あいつらは一応ケガしてんだし、
それに…アズサ君への唯一の手がかりだからな。乱暴な手段には出れないぜ」
 タクヤは心底うんざりしたように、言った。
海賊は、皆口が堅く、なかなか自分達のことを話そうとしない。
恐らく、逃げおおせた仲間達の安全のためだろうか、彼らは無礼な態度に出たり、
黙秘を貫き通したりと、誰一人として口を割ろうとはしなかった。
威圧しても萎縮することもなく、「解放してやる」という懐柔にも動じない。強靭な精神力もあるようだった。
(こいつら……強い仲間意識で結ばれているんだな)
 恐らく、手荒な手段に出たとしても、海賊達は有益な情報を話すことは無いだろう。
体が傷ついたとしても、己が死んだりしたとしても、彼らは本当の事を話ことはないと思えた。
(厄介だなぁ……)
 そう思うと、タクヤはまた嘆息する。せめて連中の根城だけでも知る事が出来れば……。
しかし彼らが吐くのを待っていれば、いつになるか解からない。
 襲撃事件から今日で4日が経つが、日に日に焦燥感が強まり、
自分自身も冷静な思考が出来なくなりつつある。
「くそ……」
 こういうときこそ、冷静さが大切だというのに、それが出来ない。
連中の根城に関する情報も無い。アズサを助けにも行けない。
ないない尽くしの現状と、何も出来ない自分の無力さに、タクヤがそんな悪態をついた時だった。
「……あいつらだけが、今のところあの人の手がかりを知っているんだよね?」
 消えたままの画面を見つめていたジムスが、神妙な面持ちで言った。
「まぁ……そうだな。アズサ君は多分、あいつらの根城にでも連れて行かれたんだと思う。
その場所さえわかれば、すぐにでも助けに行けるんだけど……」
 連中が肝心な情報を吐かないために、事態は一向に好転しないのだ。
応えてからタクヤは嘆息すると、ジムスは続けた。
「だったらさ……ちょっと考えがあるんだけど――」

行動開始 

「ご主人様……」
「アズサ……さん……」
 リエラとルーミは、ポケモンセンターからほど誓い所にある防波堤の突端部に立って、
沈みゆく夕日を眺めながら力なく呟いた。そんな2匹の表情には、絶望が現れ始めている。
海は嵐でも近づいているのか、まるで彼女達の前に立ちはだかる壁のように、
高い波が次々に押し寄せている。
 アズサが連れ去られてから、4日が経過していたが、一向にその行方はわからないままだ。
テレビでは、連日のように連れ去られたアズサの事を報道してはいるが、
それも彼女達の焦燥感を高めるだけだった。
 そんな状況が続けば、彼女達は心身ともに疲弊していき、2日もたてば、
彼女達は食欲不振に陥って、すっかり食が細くなってしまっていた。
 助けに行きたい。でも、その行方は依然として知れない。
そんなもどかしさと不安から、また2匹は涙を流した。
「泣いてたって、事態はよくならないぜ?」
唐突に、背後からそんな声がかかって振り返ると、そこにはジムスが立っていた。
「なによ……」
 涙を浮かべつつも、不機嫌そうにいうリエラに、ジムスは告げた。
「……一応、あの人を助けに行ける目処が立ったんだ」
『!!!』
 それを聞いた2匹は驚きの声を上げた。何か手がかりが掴めたのか――?
「ほ…本当!?ご主人の居場所がわかったの!?」
「いや、わかんない」
 ジムスの即答に、リエラはがくりと頭を落としてから声を荒げた。
「もう! こんな時に冗談なんて――」
 そう叫んで、“葉っぱカッター”をお見舞いしてやろうかと身構えると、
ルーミが割って入り、ジムスに問うた。
「まって! ……居場所がわからないのに助けに行くって、どういうこと?」
すると、ジムスは無言で頷いてから、続けた。
「船に取り残されていた海賊の残りがいるだろ?そいつらをわざと逃がして、
こっそりその後を追うんだ。解放されれば、連中は絶対に根城に戻ろうとするだろうからね」
『……!!』
「今、タクヤさんが警察やポケモンレンジャーと話をつけてるんだけど、
あの人はチャンピオンだし、今は捜査協力者として発言権もあるからね。
もしかしたら意外と話が通るかもしれない」
「…じゃあ、助けに行けるのね!?」
「アズサさんに合えるのね!?」
「それはまだわからないけど、少なくとも事態は進む。ここで燻ぶっているよりは確実さ」
 それを聞いた2匹の目には、見る見るうちに光が宿り、希望に満ち溢れた笑顔を浮かべる。
「ただ、逃がした連中に気付かれたりしないように、慎重に動かなきゃいけない。
ボクらが追っていると知れば、妨害したり撒こうとしたりするだろうから」
「ええ」
「わかったわ」
 気合いの入った引き締まった顔で、2匹は答えた。
「とりあえずタクヤさんのところへ戻ろう。救出計画を練らなくちゃ」
ジムスがそういうと、3匹はポケモンセンターに向けて駆け出した。
 アズサの救出作戦が、ようやく動き始めたのだ。

会議 

「……というわけで、次の活動海域は、シンオウのミオシティ沖という事で、よいですね?」
会議場になっている廃墟ビルの室内で、卓上に広げられた海図に目を通しながら、
リーダーの1匹であるキュウコンのミヤコが告げた。
「ああ。あそこは大きな港もある物流の拠点だ。物資を積んだ船が多く集まるし、
狙うにはもってこいの場所だ。だが、それだけに海上警備隊やレンジャー連中も多くいるから、
慎重に動かなければならんな」
 エルレイドの『シュナイド』が、肯定的な意見を言ったものの、彼は渋面を作る。
人間の圧倒的な科学の力と、計算され尽くした組織的な行動は
人間以上の力を持っているポケモンでも適わない場合が多いからだ。
「ふん。問題はあるまい。そうした連中が来たら、真っ先に人間を狙って攻撃すればよい。
人間どもはパニックに陥って、ポケモンへの指示どころではなくなるし、
そうなれば司令塔を失ったポケモンなど、恐るるに足らん」
 ヨノワールのリオが、腕を組みつつ言った。
「リオ。俺たちは人間相手に戦っているわけではない。それを忘れたわけではあるまいな」
そういってリジェルは敵意むき出して語るリオを睨みやった。
「人間を憎むのは勝手だが、俺たちは団体で動いているんだ。個人感情を持ち込まれるのは困る。
それで迷惑がかるのは、この島全てのポケモンなのだからな」
「ふん」
 リジェルの言葉に、りオはそれ以上何も言ってはこなかった。納得したのか……? とも思えたが、
リオには頑な部分があるし、相変わらず激しい憎悪の波導を放っている。簡単に納得するとは思えなかった。
(リオ()、何を考えている……? 何をやろうとしている?)

追跡作戦 

「はぁ……はぁ」
 日も沈み、すっかり暗くなり人気も無くなった港の倉庫群を、
ニューラをはじめとする海賊の残党は駆け抜けていた。
「……まさか尋問と身体検査だけで解放されるたぁ、思ってなかったぜ。こいつぁラッキーだ」
 ニューラの隣を走るグラエナが、笑みを浮かべて呟いた。
「……だが、たったそれだけで解放させるなんざ、何だか変じゃねぇか?
仲間だって、全員解放されたわけじゃねぇし……」
 ニューラが、訝しんで言った。自分達は4日前あれだけの騒ぎを起こしたのだ。
人間に負傷者も出たし、害ポケとして駆除されてもおかしくはないのだ。
だというのに、それだけで済んで解放されてしまうとはどういうことだろう?
「まさか人間の奴ら、何か企んでるんじゃねぇだろな…?」
 ぽつりと呟くと、グラエナが返答した。
「まぁ何にせよ、解放されたんだ。とりあえず連絡を入れた方がいいな。
島にも戻りてぇし、さっさと『ポイント』に急ごうぜ?」
「……そうだな。お前ら、急ぐぜ」
 ニューラは頷くと、他のポケモン達を急かした。

「思ったとおりだ。やっぱり連中は根城に帰ろうとしてる…」
 そんな彼らの十数メートル後ろの倉庫の影で、タクヤとジムスは監視していた。
「ああ、そうみたいだな…しかし、本当に話が通るとはなぁ…」
タクヤは苦笑しつつ呟くと、その後ろから声が声がかかった。
「仕方ないさ。今は手がかりが全く無いんだからね」
「今はこれが最良の方法よ」
 声の主は、ポケモンレンジャーの赤い服を着た2人の男女だった。

 夕方にジムスが提案した『泳がせ作戦』は、タクヤの口から
警察とポケモンレンジャーに伝えられて、数時間ほどの協議の後に、
実行が決定された。当然、反対意見も出たが、現状では手がかりが
まったく無いことと、これまでの尋問で、海賊達は人間を憎悪し、
硬く心を閉ざしていることが判明したために、情報を吐かせるにはまだ時間がかかると判断された。
 ポケモンレンジャーのキャプチャ・スタイラで心を通わせて情報を聞き出すという提案も
あったが、心を閉ざしたポケモンをキャプチャすることはかなり骨が折れることであり、
1日2日で出来るようなことではなく、既に事件から四日が経過していて、
連れ去られたアズサの事も考慮すれば、これ以上時間をかけられないため、
確実性が高いこの案にゴーサインが出されることになった。
 そのときは、まさか通るとは思っていなかったので、タクヤは思わず目を丸くした。
この作戦に、ポケモンレンジャーのアサギシティ支部が全面協力を申し出てくれた。
ポケモンレンジャーはポケモンに関する事件や揉め事を解決するための組織であり、
サバイバル訓練も受けている。おかげで不測の事態にも柔軟に対応でき、
ポケモン絡みの事件に関しては警察よりもポケモンレンジャーの方が秀でている。
日が昇っている内は人気も多く、追跡に支障が出ることも考えられるために、
作戦は夜になってから実行に移された。
 今タクヤ達は、支部から派遣された2人のトップレンジャー候補である
レンジャー隊員『センザキ』と『シミズ』と共に、海賊残党を追跡中だ。
「発信機は良好。上手く作動してくれているわ」
 専用端末に目を通しながら、女性レンジャー『シミズ』が呟いた。
 画面には、複数の赤い点が点滅していて、解放した海賊残党の居場所が示されている。
「あいつらに発信機を?」
「ああ。解放する前に、あいつらに与えた食事の中に発信機を混ぜておいたのさ。
発信機は連中の腹の中。これなら簡単には取り除けない」
 もう一人の男性レンジャー『センザキ』が答える。
「おまけに超小型だから、口に入れた時にも気付かれる心配も無いし、
ポケモンの体にも害は無い。確実な方法だろう?」
「なるほど確かに……でもさ、そんなに便利なものあるんなら、わざわざ
こうしてボク達が連中の様子を伺いながら追跡する必要は無いんじゃない?」
 全く人間の科学は本当に便利なものだ……と感心しながらも、
ジムスは疑問を口にした。こんなものがあるなら、連中に気付かれてしまう恐れがある
こんなやり方をせずとも、離れた所で安全に追えるのではないか?
「なるべくなら、彼らの動きを監視しながらのほうがいいのよ。
彼らがどういう手段やルートで根城に戻るのかも、調べなくちゃいけないからね」
「ふーん」
「メンドーかもだけど、ここは……」
 話を続けようとしたとき、センザキが足を止めて道の隅にあったゴミバケツの陰に身を潜めた。
それに続いて、タクヤたちもその背後に身を潜める。かなりの悪臭が鼻についたが、ここは我慢だ。
「どうしたんです……?」
 小声で、タクヤがセンザキに話しかけると、センザキは黙って前方を指差した。
見ると、海賊達は港に停泊している小型船の上に乗って、しきりに辺りを見回している。
「……きっと、近くに仲間がいるんだわ」
 シミズが呟くと、海賊達の前に1羽のピジョットが降り立って、海賊達と何やら話しはじめた。
この距離からでは、よく聞き取れないが、何かしら連絡を取っていることは間違いなさそうだった。
「あのピジョット……何だろ?」
「……奴らの仲間かもしれない。多分、連絡係かなんかだな。
あらかじめ接触ポイントを定めておくなんて、あいつら……結構周到なんだな……」
 ジムスの呟きに、タクヤが感心したように答えると、海賊と話していたピジョットが、
どこかへと飛び去っていった。残された海賊達は、周囲を警戒しつつも、小型船の上に
居残り続けていた。
 ピジョットが飛び去ってから数分後、目の前の海から数匹のポケモンがゆっくりと浮かび上がってきた。
水、飛行タイプのカイトポケモン『マンタイン』である。
「マンタイン……そういえば、船が襲われたときも、海賊はあれに乗って現れたよね」
「そうだな。おそらくマンタインが、奴らの海上での足なんだろうな」
 タクヤが答えた。陸のポケモンが、ずっと泳ぎ続けていられるはずがない。
だから水上では水ポケモンの力は欠かせない。
おまけにマンタインはペリッパーやスワンナのように飛行タイプでもあり、
いざとなれば飛ぶこともできる水空対応のポケモンである。海上での柔軟性は非常に高いといえた。
「こりゃあ、モタモタしてると引き離されるな…こちらセンザキ。ボート頼む」
 海賊達が全員マンタインの背に乗り終え、海上を滑るように移動しはじめたのを確認すると、
センザキは通信機でどこかに連絡を入れた。
「逃げられちゃうよ。早く追わないと…」
「わかってる。すぐに迎えが来る」
 焦った声を出すジムスに、センザキが落ち着いて告げると、
それから30秒と経たないうちに、タクヤたちの目の前に、ポケモンレンジャーの
マークが描かれている赤色のクルーザーが到着した。
 タクヤたちが乗り込んだのを確認すると、クルーザーは急発進した。
体が倒れてしまいそうな急加速だったが、どうにか手摺に掴まって転倒をしのいでから、操舵室に入る。
 そこには、レンジャーの操舵手のほかに、リエラとルーミがベンチシートに座っていた。
「お疲れさまです」
 リエラが、入ってきたタクヤを見るなり、声をかけてくれた。
実の所、リエラたち3匹は、アサギシティで待っているようにいわれたのだが、
どうしても助けに行きたいと言って憚らず、仕方なくレンジャーたちが折れて、
作戦の邪魔にならないようにすることを条件に、同行を許可した。
 特に、足の遅いリエラとルーミは、先に船で待機しているように言われたのであった。
2匹は落ち込んでしょぼくれていた先ほどに比べて、引き締まった顔つきになっていた。
 その真剣な眼差しは希望の光を宿していて、アズサの生存を確信しているようだ。
(……この子達のためにも、アズサ君……無事でいろよ)
 そんな言葉を胸中で呟くと、タクヤは闇に包まれている海を見やった。

リオとリジェル 

「……あら?」
 島の中にある廃墟ビルに、見知らぬポケモンが降りていくのを、
小屋の子ポケの一匹であるムチュールは見ていた。
「どうしたの?」
 畑で木の実の手入れを行っていた仲間のコリンクが怪訝な声を出した。
「いや……ね」
 その動きは速くて、どんなポケモンかは解からなかったが、普段この島にはいない
ポケモンであることは間違いなかった。それにあの廃ビルは、リーダー達が会議室がわりに
使っている建物で、会議室はあのビルのほかにも坑道内や港の倉庫跡など有事の場合に
備えて何箇所かに設けられているのだが、それらは関係者以外の立ち入りは禁じられているはずだった。
ムチュールはビルに降り立った者の正体を確かめたい衝動に駆られた。
「ちょっと……どこいくの?」
「……水場で手洗ってくる。ミィカおねぇちゃんにも言っておいて」
 そういうと、ムチュールは駆け出していた。


「さて……」
 準備にとりかかるとするか――。
本日のリーダー会議が終了し、部屋に誰もいなくなったのを確認してから、
ヨノワールのリオは部屋を出て行こうとした時だった。
「待てリオ」
 入り口の陰に隠れるようにして、ルカリオのリジェルが立っていた。
「……何を企んでいる?」
リジェルは、そういってリオを睨みやった。
「何の話だ?」
「嘯くなよ。ここ最近の貴様の不審な動きは、全て聞いている」
 ここしばらく、リオの行動が妙だという話を聞いたリジェルは、リオの監視をすることにした。
シュナイドから聞いた話では、最近否定派のポケモン達が、夜な夜な集会を開いていたり、
時々彼らだけで島から抜け出しているという。そしてその中心には、あのヨノワールのリオが
関わっているらしいことも。
 昨日の深夜、シュナイドからの報告を聞いたリジェルは、
島の南側にある落盤でふさがった坑道を密かに調査した。波導でくまなく調べたところ、
崩落部分に隠されたように横穴があって、その先には古代遺跡らしい部屋があり
3体の石像が置かれていた。落盤事故が起きたという事は聞いてはいたが、
こんな遺跡が出てきたという報告は聞いていなかった。
(誰かが意図的に、情報を伏せていたという事か……)
 その遺跡にあった3体の石像は、調べてみても負の波導のようなものは感じなかったので、
本当に単なる古代遺跡でしかないように思えた。しかし、ここがただの遺跡であるのなら、
情報を伏せる必要などないはずだ。
 だとすれば、この遺跡はただの遺跡ではなく、誰にも知られることの無いように
隠しておかなければいけないような秘密があるということになる。
 それに、ここの復旧作業はリオ達否定派の役目だった。
否定派の中で最も高い位置にいるリオなら、情報を秘匿することは可能だ。
(やはり奴は、何かをたくらんでいる)
 そう確信しつつ、リジェルは石像を見上げた。やはり何も感じないが、確かに妙な部分はあった。
この3体の石像は、おそらくポケモンを模したものなのだろうが、やけに歪な形をしている。
ガントルやギガイアスのような無機質さを感じさせるが、顔らしい部分には複数の
「点」があり、その並びは人間の文字や記号のようにも見え、より無機質さを引き立てている。
 この石像に、何か秘密が隠されているのだろうか?とにかく、もっとよく調べる必要がある。
そう思って、リジェルは遺跡を後にしたのだった。

「フ……警備の強化だよ。貴様ら肯定派が、あの人間を連れ込んでくれたおかげでな」
 嫌味をこめて、リオはリジェルに言った。
 アズサが連れ去られたことで、今頃、人間社会は大騒ぎになっているはずだ。
そうなれば当然、人間達はアズサの捜索をする。その過程でこの島の事が露見する危険性は、
充分にあるといえた。
「それに先日の襲撃で、我々の仲間数匹が人間の手に落ちている。あいつらの口は固い。
 簡単に我々の情報を吐くとは思えないが、もしもの場合も考えられる。
それを想定しての警備強化だ。ミヤコにも、話しておいたはずなのだがな?」
それをきいてリジェルは眉をひそめた。そんな話、自分は聞いていないが……?
「では、先月崩落した6番坑道に出たあの遺跡は何だ?
何故俺達に遺跡が出土したことを、報告しなかったのだ?」
 それを聞くと、リオは単眼だけをリジェルに向けて言った。
「あの遺跡には、何らかの秘密が隠されている……違うのか?」
「我々にとって必要が無いから報告をしなかったまでだ。人間の遺跡など、我々にとっては
何の価値もあるまい? 必要無いからこそ、復旧のためにあそこを岩で塞いでおいたのだ。
秘密も何もあるものか」
 リジェルは、リオの話を聞きつつも、その波導を感じ取っていた。
「……」
 もっともらしいことを言ってはいるものの、リオから発せられている真っ黒な悪意の波導。
それは、常日頃から彼が人間に対して抱いている憎しみの感情だが、
 以前に比べて大きく肥大化していて、もはや殺意といっても差し支えないものに成長している。
やはり、リオは何かを考えており、近々それを実行に移すであろう。
恐らくここ最近の不可解な動きはそれの準備か何かをしていたのだ。
リジェルはそう確信できた。
「わかった……ならいい。だが、絶対に我々の断りなく行動することは許さん。
それにリーダーたるものなら、皆を導けるように中立的な物の考え方をしろ」
「フン」
 そう念を押してから、リジェルは踵を返してその場から立ち去ろうとしたときだ。
「リジェルよ。貴様こそ、随分とあの人間を気にかけているように見えるが……?」
「……子供達が危険な目に遭わないように、監視しているだけだ」
 それだけ答えると、リジェルは素早くリオから離れていった。
奴が具体的な行動に出るまえに、こちらも手を打っておく必要がある。
そう考えながらも、階段をくだり外に出て、相談すべくシュナイドのところへ向かった。
(……)
 確かに、あのアズサという人間は、子ポケ達の教育には理想的な人間だった。
しかしアズサを連れてきた理由は、また別にあった。
ああいう人間ならば、ミィカも喜んでくれると思ったからだ。
 リジェルにとって、ミィカは唯一心の許せる存在で、親しく接する事が出来た。
はっきりと言葉には出してはいないものの、リジェルはミィカに好意を抱いていた。
彼女には、かつてやさしいトレーナーがいて、悲劇的な別れを経験している。
 そんな彼女を喜ばせようと、あの船で、かつてのミィカの主人のような優しい人間を探し、
ここへ連れてきた。結果それは上手くいき、子供達も人間というものを知ってくれた。
あの人間を連れてきたのは、ミィカに対するプレゼントのようなものだった。
自分もリーダーだというのに、個人的な感情で動いてしまっていることに少しばかり
後ろめたさを感じつつも、ミィカが喜んでくれたので、いいことが出来たと満足していた。
「…?」
その途中、小屋の子ポケの一匹であるムチュールが、息を切らせてどこかへと走っていくのを見かけたが、
きっと、木の実の収穫に使う道具でも取りにいったのだろうと考えて、リジェルはあまり気に留めなかった。


 リジェルが去ったのを確認すると、リオは『準備』に取り掛かろうと外に行こうとしたときだった。
「リオ様!リオ様ーー!大変です!」
 彼の部下である『グレッグル』が、上の階からリオの元へと駆けて来た。
「どうした騒々しい。何かあったのか」
 面倒くさそうにリオが言うと、グレッグルは息を切らしつつ、告げた。
「ハァ……ハァ……大変です!リオ様」
「だから何がだ?」
「今、ジョウトのアサギに常駐している連絡係の者が来まして……
人間達に倒され、捕らわれていた仲間数匹が、解放されたそうです!」
 その報告に、リオは瞠目した。
「本当か……!!」
「はい……その仲間達は闇夜にまぎれて、マンタイン部隊と共にこの島へ向けて
移動を開始したとのことでして……」
「……」
 それを聞いたリオは、暫く黙り込んでから、グレッグルに怒鳴るように告げた。
「哨戒の飛行ポケモン部隊を出せ! 海上警備を強化しろ! それと、哨戒部隊には、戻ってくる連中を、
島に近寄らせないように伝えろ! 連中が従わない場合、全滅も許可する!」
「は……? 何故です?」
怪訝そうにするグレッグルに、リオは怒鳴った。
「馬鹿者!仲間達をエサにして人間共がこの島の場所を突き止めようとしている可能性もあるだろうが!?
そうなれば、例の計画も水泡に帰すことは確実だ!それくらい想像できんのか!!」
「は、はい!そうでありますな……失礼しました!」
もしそうなら由々しき事態だ。人間たちにこの島の事が露見したら、
人間達は手持ちのポケモンとともに大挙してやってくるだろう。
場合によっては、無事に解放された連中を切り捨てることも考慮せねばならない。
「わかったらさっさと飛行ポケモン部隊を動かせ!」
「り、了解!」
 そういうと、グレッグルは慌てて離れていったが、リオは暫くその場で黙考した。
もしかしたら、これは計画を実行に移す好機かもしれない。そう思って、リオは笑みを浮かべた。
この計画は、肯定派のリジェルやシュナイドが知れば反対することは想像に難くない。
この島にはかなりの数のポケモンがいる。しかもその半数は否定派のポケモンなのだ。
少数である肯定派を除いても、人間達と戦うには充分な数の戦力を有している。
 我々の本気を見せ付けてやるチャンスだ。
 それに、忌々しいリジェルが連れてきたあの人間は、計画の重要なカードでもある。
そのためにまずは、肯定派どもを黙らせなければいけない。
「人間共め……思い知るがよい」
 そう呟いて、リオは急ぎ準備に取り掛かることにした。


 ムチュールは、数メートル離れた所にある階段の陰から、
息を潜めてリオとグレッグルの会話を聞いていた。
「……?」
 人間がこの島に迫っているだろうということはわかったが、計画とは――?
聞いたことも無い用語に、ムチュールは首をかしげた。一体何のことだろうか――?
「何をしているのですか?」
 そう思った所で、急に背後から声がかかり、ムチュールは体をビクリと震わせた。
背後には、これまたリーダーの一匹、キュウコンのミヤコが、優しそうな笑みを浮かべていた。
「あ……あの……」
 しどろもどろで答えようとするが、言葉か出てこない。
「ここはリーダー達の会議室です。許可なく入っていい場所じゃありませんよ?」
「ご、ごめんなさい」
「わかればよろしい。さぁ、下へ戻りなさい。もう夜も遅いですから」
 そういうと、ミヤコはムチュールを背中に乗せて、1階まで送ってやった。
「……ところで、あなた、リオから何か聞いた?」
 笑顔のまま、ミヤコが尋ねてきた。ミヤコは肯定派であり、信頼できると感じて
ムチュールは、リオがよくわからない単語を口走り、何かを企てているらしいことを素直に答えた。
「そう…それは困ったわねぇ」
 そういって、ミヤコが笑顔を向けたとき、ムチュールの視界は、暗闇に包まれた。

掃除 

「結構ゴミが溜まってるなぁ…」
 そう呟きながら、アズサはデッキブラシで、コンクリート製の底面に、
溜まっていた枯れ葉などのゴミや泥と一緒に赤錆びたスコップで掻き出して除去する。
 今彼アズサがいるのは、昨日アズサが調理のために訪れた炊事場跡の近くにある水場だった。
昔は炭住の住人が洗濯などに用いていたらしく割と大きめで、崩れかけているが屋根もあった。
その水場には、山からの湧き水が流れ込んでおり、水温はとても低く冷たい。
 アズサはこの日、ここの掃除をミィカ達から頼まれた。
 人間がいなくなってポケモン達の場所になって以降、ここは彼らの水飲み場として
活用されており、多くのポケモンがここにやってきては、喉を潤していくらしい。
しかし、屋外にあることもあって、ゴミなどが入り込んで底に体積したり、
 ポケモンが飛び込んで水浴びをしたりするために不衛生なため、
時折こうして水を止めて、掃除をせねばならないという。
 あらかた掻き出し終わると、今度はデッキブラシに持ち替えて、底面をゴシゴシと擦る。
このブラシも海賊達が奪ってきた物で、アズサが使っている道具の大半は海賊達の盗品である。
 その横で、昨日調理と食材運びを手伝ってくれたブイゼルのウィゼが“アクアテール”を使って
苔を落としつつ、“水鉄砲”を拭きつけながら入念に汚れを落としていく。
そのおかげで、水場の掃除は15分もしないうちにあらかた終わり、清潔な水場へと甦った。
「ふぅ……こんなもんかな」
 そういうとアズサは水を張ったバケツにブラシを突っ込むとため息をついて、空を見上げた。
太陽はもう沈もうとしており、4日目の夜が訪れようとしていた。
「それにしても……しばらく風呂に入ってないな……」
 顎をこすりつつ、アズサは呟いた。
ここにきてからというもの、一切入浴などしてはいない。
 無精髭も伸びているし、体は微妙に臭気を放っている。
そのせいで、今朝など子ポケ達に「臭う」と指摘されてしまった。
 良く考えれば、下着も服も着替えていない。
水場の掃除よりも自分を掃除したい気分になって、アズサは渋面を作った。
「……おつかれ、アズサ」
「悪いな。また手伝ってもらっちゃって」
「ううん、いいの。どうせ今日は当番じゃないから、忙しくないし、
それに…アズサのこともっと知りたいから……」
 そういってウィゼは、すこし恥ずかしそうに微笑んでから、アズサに近寄ってきた。
「あまり近寄らないでくれ…しばらく体を洗って無いんだから」
「そうお?あんまり臭わないけど」
 アズサの言葉に、ウィゼは怪訝そうに頭を傾げてから鼻をくんくんとさせた。
「臭いままだと、ポケモンにも嫌われるし、体洗いたいな」
 髭はともかくとしても、せめて臭いは消したい。
ぼやきつつ、アズサは赤錆びた大きなバルブを回して、掃除のために止めていた
湧き水を再び水場へ流し込む。見る見るうちに、水が溜まっていく。
いっそここで水浴びでもしてしまおうか――とも考えたが、
 ここは水飲み場所でもあるから、沢山のポケモン達が集まる場所だ。
そんな所で水浴びをするのは、なんだか恥ずかしい。
どうしたものかと困っていると、ウィゼが口を開いた。
「水浴びなら、あたしいい場所知ってるわ」
「え?」
「案内するわ、ついてきて?」
 言うが早いか、ウィゼはぱっと駆け出した。が、アズサが先ほどまで使っていた
デッキブラシを入れたバケツに躓いて、盛大に転倒した。
 けたたましい音を立ててバケツが転がり、ウィゼは汚水を頭から被ることになった。
その光景は、お笑い芸人があえて自分から水を被ってウケを狙うような場面によく似ていた。
「ううぅ……またやっちゃった……」
 バケツを頭に被ったウィゼは涙目になりながら呟いた。
昨日といい、この子はわりとドジな部分があるのだろうか?
そう思いつつも、アズサは汚水まみれのウィゼの頭からバケツを取ってやった。

ジュエルの小川 

 ウィゼに案内されたそこは、島の裏側の山中にある小川だった。
「へぇ……」
「ここなら、あまり他のポケモンもこないし、ゆっくりと水浴びできるわ。
あたしも時々ここでゆっくり水浴びしてるんだ」
 たしかに流れも緩やかで、それほど深くもなさそうで、水浴びにはもってこいの場所だ。
近くにはウィゼ以外のポケモンも見られないので、アズサはウィゼに暫く後ろを
向いているように頼んだ。いくら相手がポケモンでも、さすがに見られるのは恥ずかしい。
「うん、わかった」
 ウィゼは返事をしてから、後ろを向く。それをみて、アズサは服を脱いでから、
ゆっくりと小川に体を沈めた。水温が低くてかなり冷たいが、ここは我慢だ。
「~~~~ッ」
 身を凍て付かせるような冷たさだったが、どうにか耐え切り、手で体を擦って
汚れを落としていく。久々に体を清められたために、大分気分はすっきりした。
無精髭も剃りたかったが、こればかりはムリなので諦める。
 すると、後ろを向いたままのウィゼが言った。
「ねぇ、川の底を見て。何かキラキラしてるでしょ?」
「ん?」
その言葉に促されて、アズサは川底を見やる。
「……ん? 何だ?」
 言葉通り、小川の底がキラキラと光り輝いている。その輝きは、赤、青、黄色や緑など、
様々だ。どうやら、川底の石が輝いているらしい。
 アズサは川底に手を伸ばして、輝く石を一つ拾い上げてみると、それは掌サイズほどの
宝石だった。それは緑色に光り輝いていて、まるで新緑の草木を思わせる。
「これ……『草のジュエル』か? だとしたら……」
アズサはまた川底に手を伸ばして、別の色の宝石を次々に拾い上げる。
赤い『炎のジュエル』黄色い『電気のジュエル』に青い『水のジュエル』……。
 これらの宝石は、ポケモンの技を一度だけ強化することが出来るアイテムで。
バトルでもよく重宝されている宝石だった。
「すごいな…ポケモン用ジュエルがこんなに川の中に……」
「キレイでしょ?何故かこの川はジュエルがいっぱい出てくるの。
それに、ここにいると何だか力が湧いてくるみたいな感じがするし、不思議よね。」
 ウィゼの言葉に、アズサはなんとなく合点がいった。
ポケモンの力を増幅する力がある各種ジュエル。それが大量に埋蔵されているのだから、
ここにいれば力が湧き上がる感じがすることは納得できる。
 それにこの島は元々は鉱山の島。石炭以外の鉱物が出てきてもおかしくはない。
当時この島にいた人間たちは、このジュエル川の存在に気付いていたのだろうか?
 そんなことを考えながらも、アズサは川から上がって軽く水を払って服を着てから、
拾い上げたいくつかのジュエルをポケットにしまい込んだ。
「ありがとう。もういいよ……ぅわ!」
 アズサが声をかけると、自分も汚れを落としたかったのだろう。ウィゼは勢いよく川に飛び込んだ。
二股の尻尾を回転させて、暫く8の字に川を泳ぎ回る。時折ジャンプなどもして見せてくれたり、
首の浮き袋を膨らませて背泳ぎなどもやってみせ、その元気さを披露してくれた。
それにしても、昨日初めて出会った時は、随分と気弱な感じがした彼女だったが、
割と元気でアグレッシブなところがあるのだな……と見直した。
 泳ぎ終えたウィゼは川から上がって体を震わせ水気を払うと、再びアズサを見やって、言った。
「夜になったし、そろそろ戻ろっか」
「ああ」
 その言葉にアズサは首肯し、ウィゼと一緒に小川を後にした。

 来た道を戻りながら、アズサはウィゼに尋ねてみる。
「それにしても、僕のことはもう平気なのかい?」
「え?」
「君は人間の事が苦手だって、昨日ミィカから聞いていたんだけど…」
 その言葉に、ウィゼは渋面を作ったが、すぐに顔を赤らめつつ笑みを浮かべた。
「人間は苦手だけど、アズサなら平気かな……というか、初めて「一緒にいたい」って思えた」
「そうか。ならよかった……警戒心が強そうだったから、仲良くなれないかと思った」
「そうね……それはムリ無いかも……」
 突然、ウィゼは沈んだような声で呟き、俯いた。
その様子を見てアズサは「しまった」と思い、口をつぐんだ。
忌まわしい過去に触れるようなことを口走ってしまったか――?
「あたしも、皆と同じで人間に捨てられたの。なんでも「性格が好みじゃない」とか、
他にも「素早さが低いのは致命的」とかで、そのまま捨てられちゃった……」
 次第に、ウィゼの顔は曇っていき、目には涙が滲んでいく。
「それからは……酷い暮らしだった……あたしは野生で生まれたポケモンじゃなかったから、
1日を生きるのにも苦労して……どこの群れからも仲間はずれにされて……誰にも必要とされなくて、
一人ぼっちで……かなしくて寂しくて……」
「……」
 するとウィゼはアズサの右足にしがみ付く様にして、体を震わせ飽和を堪えた。
「捨てた人間を恨んだ事もあったけど……そんなことしても結局何にもならないことはわかった……。
 そう悟った時に、海賊が私の前に現れて、ここに連れてきてくれたの。同じような経験をした
ポケモンばかりだから、すぐに仲良くなれた。でも、アズサみたいにとってもやさしくしてくれて、
心の底から信じられるようなポケモンは、いなかったわ」
 確かに、野生で生まれた個体と違い、人の手で孵されたポケモンは、
野生の社会というものを知らないため、、野生環境に順応するのには苦労する。
ウィゼもきっと、想像を絶するような苦労をしてきたことだろう。しかしそれでも、
人間を嫌悪しなかったのは、彼女の精神力の強さと本来持つ優しさのおかげなのだろう。
「だから、あたし、こんなにやさしくされたの初めて…」
「……そうか。何か悪いこと聞いたね。ゴメンよ」
 そういうと、アズサはしゃがみ込んで、彼女の目線の高さにあわせてから、頭を優しく撫でた。
涙を浮かべていたものの、その顔には笑顔が戻って、ウィゼは嬉しそうに目を細めた。
「ううん。いいの。あたしはアズサに遭えたんだもん……一緒にいられるだけでうれしい」
 ウィゼは、アズサの胸に顔をうずめるようにして、擦り付けてきた。
本当は、寂しかったのだ。愛に飢えていたのだ。それを知ることが出来て、アズサは少しだけ嬉しくなった。
「……!!こっち!」
「おい……?」
 そのときだった。ウィゼが急に体をこわばらせたと思うと、アズサの手を引いて、
近くの山肌に開いていた坑口に身を潜めた。
「どうしたんだよ……?」
「静かに……!」
 アズサの問いをウィゼは制すると、坑道の曲がり角から顔を半分だけ出して、
外を見つめてから、指差した。
「……?」
 促されて、アズサもその方向を見つめると、先ほどまでアズサ達が歩いていた道を、
数十匹のポケモンの集団がゆっくりと通り過ぎていった。
種族も様々で、何処に行こうとしているのかはわからなかったが、皆眼をギラギラと、
異様に輝かせており、殺気のようなものを感じさせた。
「あいつらは……?」
 響かせないように、小声でウィゼに尋ねた。
「否定派のポケモン達よ。人間やその手持ちポケモンに攻撃を加えて
大怪我させたりする、海賊のなかでも特に人間を恨んで憎んでいる連中よ。
肯定派との間でもたびたび揉め事を起こすし、あまり良く思われていないわ」
「ミィカも言ってたけど…否定派ってのはそんなに怖い連中なのか?」
「ええ。アズサを見かけたら絶対に何かされていたと思う……よってたかって殴られたりとかされたかも。
前にも肯定派のポケモンを数匹でボコボコにしたことがったから……」
 その言葉に、アズサはもしそうなっていたら……との思いが頭をよぎり、ぞっとした。
「それにしても、こんな時間に何してるのかしら……?それに島の裏側は使ってない港しかないのに……」
 警戒しつつも、怪訝そうにウィゼは呟いた。
「……とにかく戻りましょ?ここにいると危ないかも…」
 そういって、ウィゼは否定派の集団が通過したことを確認すると、アズサの手を引いて
足早にその場を去っていった。

反乱 

「おかしいわ…こんなに沢山、警備のポケモンが出ているなんて」
 島の裏側から戻ってきたウィゼは、夜空を眺めて怪訝な顔をした。
「え?」
 アズサが尋ねると、ウィゼは暗い上空を指差す。
暗くてよく解からないが、沢山の鳥ポケモンが舞っているのが見えた。
「本当だ……かなりの数だな。あれはムクホークにオニドリルかな……?」
 目を細めて、そのシルエットを観察する。よく見れば、鳥ポケモンだけではなく、
『バタフリー』や『アゲハント』、『メガヤンマ』といった虫ポケモンや、
球状の体が特徴の『フワライド』の姿も確認できた。
 確かに、この島に連れてこられてから、これほどの数の警備ポケモンが出ているのは見たことが無い。
「いつもは、警備ポケモンが数匹、島の周りを飛び回っているだけなのに…」
 さっき見た否定派の集団といい、これはただ事ではない。
そう感じて、ウィゼはアズサの袖口をぐっと掴んでから告げた。
「きっと何かあったんだわ……」
「……何かって……何?」
「わからないけど…何だか危なげな感じがする。急いで小屋に戻りましょ」
 不穏な空気を感じ取ったウィゼは、そういってアズサを引っ張って走り出した。
急に引っ張られて転びそうになりつつも、アズサはウィゼにあわせて走り出した時だった。
がさり……という突然の物音に、アズサとウィゼは体をビクつかせて振り返った。
『!?』
 急に、アズサ達の近くにあった草叢が揺れたかと思うと、数匹のポケモン達が姿を現したのだ。
ニドキングやサイドン、レントラーにドゴーム、バクオングなど種類は様々だった。
「おっとぉ?悪ぃんだがよ人間の兄サン。ちょーいと、俺達に付いてきてくんねーかな?」
 そういったのは、先頭にいたニドキングだった。アズサより体は小さいが、
ニヤついた笑みを浮かべる彼に、何やら得体の知れない恐怖感を感じた。
「き、君達は……?」
「んなこと別にいいからよぅ、ちょいと面かしなよ」
 おずおずと誰何の声を上げるアズサ。しかし、ニドキング達はじりじりと寄って来る。
(何だ……一体?)
 アズサはウィゼを見やると、ウィゼは不安げな表情でアズサの後ろに隠れるようにしていた。
「もしかして……かなりマズイ状況……?」
 彼らは皆屈強そうなポケモンばかりで、尚且つ自分はそれらに対抗できるポケモンを今は連れていない。
ウィゼは自分の手持ちというわけではないし、不安がっていている相手をムリに戦わせることはできない。
ここは…逃げた方が得策なのではないか――。
 そう思ってウィゼと顔を見合わせ、互いに頷いてから踵を返して一目散に逃げ出した。
「逃げんなオラッ!!」
 すると、レントラーが一瞬早くアズサに飛び掛ってきた。電気を帯びたその鋭いツメと牙が、
アズサの体を引き裂くべく迫った。このままではやられる――!そう思って、反射的に体を丸めた時だった。
ウィゼが体を丸めたアズサの肩越しに『水鉄砲』を放った。
「ぅお?!」
 その水流は、レントラーの顔面に直撃した、当たり所が悪かったらしくレントラーは地面をのたうった。
水鉄砲など、そんなに威力が高い技ではなかったはずだが――?思いつつ、アズサは目の前にいるウィゼを
見やると、その手には水色の宝石――『水のジュエル』が握られていた。
おそらく、さっきの川で彼女も拾っていたのだろう。
「さぁ、早く!!」
 力を使い果たしたジュエルがウィゼの手の中で粉々に砕け散ると、ウイゼはアズサを急かした。
アズサは足に全身全霊の力をこめて、再び走り出した。
「待ちやがれコラぁ!!」
「逃げてんじゃねぇぞクソ野郎!」
 アズサの背後から、次々とポケモン達の悪罵が響き、アズサを追ってくる。アズサは必至で
森の中の道を駆け抜けた。やがて目の前に、坑道の入り口が見えてくる。
あそこに入れば、一応は安全か…?そう思ったときに、アズサの頬を何かが掠めた。
「くっ!!」
 アズサを掠めたそれは、坑道の入り口横の壁に次々に突き刺さる。
よく見ると、それは鋭い形をした石だった。岩タイプの技『ストーンエッジ』だ。
恐らく、サイドンあたりが足止めのために放った技だろう。アズサは戦慄しながらも、
当たらなかったことに安堵しつつ、坑道に飛び込んだ。
「なぁウィゼ。あいつらは一体なんだよ!? 何が起きてるんだ?」
「あれも、否定派の連中だ」
 声を荒げて尋ねると、突如、坑道内に別の声が響き、アズサはハッとして声のした方向に顔を向けた。
すると、坑道の奥から見知ったポケモンがこちらに向かって走ってくる。
青い体毛の人型ポケモン。そして、左即頭部に大きな傷のある隻眼のルカリオ、リジェルだ。
「……どうやらお前は、狙われているようだな」
「え……?」
「俺にも詳しいことはよく解からんが…お前は早く小屋に逃げろ。
こんな所をウロウロしていたら危険だ。さっさと身を隠せ」
「でも……」
「迷っている場合か!本当に死ぬかも知れんのだぞ!?それに、ポケモンを連れていない今のお前は非力だ!
連中は俺が足止めするから、さっさと逃げていろ!この坑道を真っ直ぐ進めば、小屋の近くに出られる!
早く行け!」
「……わかった。気をつけて」
 そういうと、アズサは駆け出し、ウィゼもそれに続いた。
それを見送ると、リジェルはアズサを追って坑道内に入ってきた、
ニドキング達の頭上に、波導弾を無数に撃ちこんだ。
「うわぁ!!?」
 すると、老朽化した坑道は大きな音を立てて崩落し、ニドキング達は大量の土砂と岩石によって生き埋めとなる。
リジェルは巻き込まれる寸前に『神速』を使って坑道の奥へと目に留まらぬ速さで移動し、
どうにか崩落から免れることに成功した。だが一時的にしのぎはしたが、足止めに過ぎない。
今のうちに仲間と合流し、対策を立てねば。
「まったくリオの奴め……本気か」
 そう考えながら、リジェルはアズサ達の後を追いつつ、呟いた。

 暗い坑道を数百メートルほど駆け抜けると、目の前に、頑丈な鉄扉があり、
アズサは取っ手を掴むと渾身の力で扉を引いた。随分と重たい扉だったが、
ウィゼも協力してくれたおかげで、比較的楽にあけることが出来た。
扉を開くと、丁度小屋のある廃墟街の裏手だった。
建物の陰で解かりづらいが、街のあちこちから断続的に爆発音が響いてくる。
どうやら、ポケモン同士が戦闘を行っているらしいことがわかった。
アズサは路地を抜けて、メインストリートだった場所に出れば、目的の小屋は
すぐ目の前にあった。小屋の前には、子ポケ達と、ミィカとマトリ、
そしてキッシやフーレといった肯定派の仲間が不安げな表情であちこちを見回していた。
「ミィカ!マトリ!みんなも無事か!?」
 アズサが近寄って彼らに声をかけると、子ポケ達が今にも泣きそうな表情で、アズサの足元に擦り寄った。
体を震わせているものもいて、よく解からない事態に怯えているのがわかる。
「アズサ……無事だったのね!?」
「ああ。いったい何が起きているんだ?」
尋ねるとマグマラシのフーレが口を開いた。
「……否定派のポケモンが、いきなり大勢で肯定派エリアに攻めてきたんだ。
仲間の戦闘部隊が反撃に出てるが、ホントに何がどーなってんだ!?」
 理解できない事態への苛立ちを抑えきれず、フーレは声を荒げる。
 そのときだ。
「どうもこうも、こういうことでな」
 彼らの背後で知らない声がしたかと思うと、建物の陰から1匹のポケモンがぬっと姿を現した。
太く丸い胴体に、細長い頭には、赤く光る単眼をもつポケモン――『ヨノワール』だ。
それに続いて、複数のポケモン達が建物の間や地面から現れて、アズサ達を取り囲むようにした。
「……!!」
 そのポケモン達は、さっきのニドキング達と同様、目をギラつかせて殺気を放っていた。
「あなた達も大人しくしていて下さいね」
 また別の声が、小屋の屋根の上でした。その声には聞き覚えがあった。
アズサは小屋の上に目をやると、見知ったポケモンが、9本の尾を揺らしながら立っていた。
「さて、アズサ…私達の計画のために、生贄になってもらいましょうか」
 恐ろしく冷たい声で、キュウコン――ミヤコが告げた。
                          ――続く――


ようやく、この「島編」も山場に突入いたしました。
次回は、戦闘描写が多めになると思います。

まだまだ長編執筆に関して分からない部分が多いので、
よい作品作りのために感想、矛盾点等の指摘やアドバイスをいただけると嬉しいです↓

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  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  •  セレビィは幻のポケモンなため色んな人間に狙われるので人間を信じられないため、
    仰るとおり主人公を試しただけで、その過程でガブリアスに関することが「偶然」判明したため、
    最後にああ言った……というわけなのです。
     ジムス君にもやっと恋の相手が出来ましたが、6匹目は果たしてどうなるのか……?
     コメントありがとうございました。これからも頑張ります。 -- かまぼこ
  • リエラアアアアアアアアアアどうしても死なないといけなかったんですか……なんかめちゃくちゃで先が読めない。なにがなんだか…… -- ?
  • 御三家キャラは重要で本来退場すべきキャラではないのですが、それだけ大事な者を
    失うという展開を入れることでインパクトを持たせつつ、この展開が後の展開に繋がる
    重要な出来事になるよう退場となりました。先が見えない展開になってしまいましたが、
    よかったらこの先も見てくれると嬉しいです。コメントありがとうございました。 -- かまぼこ
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Last-modified: 2013-10-10 (木) 00:00:00
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