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You/I 8

/You/I 8

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         「You/I 8」
                  作者かまぼこ

厳選 

「よーし、そのまま遠くに行けよ?お前ら」
 深夜の山林の中で、一人の男が、こそこそと何かを行っていた。
男はまだ若く、ギリギリ20代前……といったところか。
 その男の足元には、大量のモンスターボールが並んでおり、
男はそれらを一つ一つ開いては、中のポケモンを解放していく。
 そのどれもが、地面タイプの長鼻ポケモン『ゴマゾウ』であった。
どのゴマゾウも、体は小さくまだ言葉を話すこともできない、
生まれたばかりの個体であった。
 男の言われるままに、ゴマゾウたちはあちこちへ散っていこうとするが、
中には状況が理解できずキョロキョロする者や、男との別れを惜しんで
悲しい目を向けている者もいる。
「お前らは用済みだ。これからはここで、自由に暮らせ」
 男は全てのボールを解放し終えると、そういって、その場から立ち去ろうとした。
そう。この男は、不要になったポケモンを野に放ち、捨てているのである。
 すると、野に放たれたゴマゾウのうちの一匹が、男の足にすがりつくようにした。
男と別れたくないのであろう。しかし、男は非情にも、そのゴマゾウを振り払った。
生まれたばかりでほとんど力の無い個体は、いとも容易く転がってしまった。
「お前らは用済みだって言っただろ!バトルに使えねぇお前らなんざ、
俺は必要ねーんだ! 消えな。目障りなんだよ」
 罵詈雑言をぶつけると、男は再び踵を返して、その場を去ろうとする。
しかし、それでもなお、そのゴマゾウは男についていこうとした。
「……!」
 業を煮やした男は、腰からモンスターボールをひとつ手に取ると、無造作に放りポケモンを
繰り出した。光とともに、赤色の体に大きな翼と、火の灯った尻尾をもつ、
ポケモン『リザードン』が現れる。
「身の程をわきまえねぇそいつを、少し痛めつけてやれ」
「おう」
 リザードンは返事をすると、そのゴマゾウをポンと蹴り上げた。
ゴマゾウの体は、悲痛な声と共に弧を描いて飛んでいき、草叢の向こうに姿を消した。
「まったく……煩わせるんじゃねぇぞ。ゴミが」
 男が、不機嫌な声で呟いた時だった。
「……ぎゃがあああ゛!!!!!」
 突然、リザードンが体を痙攣させて、その場にドサリと倒れこんだのだ。
「!!?」
 何が起きたのかわからず、男はただうろたえながら、自分の相棒を見やった。
リザードンは、体のあちこちからぶすぶすと煙を上げて、手足を痙攣させている。
まるで、弱点である電気技でも喰らった時のように――
「電気技!?」
 叫んで、男は辺りを見回す。敵のポケモンがどこかにいる――!
すると、声があたりに響いた。
「ご名答……」
 男は声の主を探す。すると、倒れたリザードンのカゲから、ポケモンが
一匹、ぬっと姿を現した。黒と水色の体毛。電気タイプ、
コリンクの進化系『ルクシオ』である。
「にーちゃんさぁ…今、何やってたのかなぁ?」
 尋ねながら、ルクシオはぱりぱりと放電させた。
おそらく、自分のリザードンを倒したのは、こいつだろう。
「たく……生まれたばっかの赤ん坊に、そこまでするか? フツー……」
 また、別の声がしたかと思うと、先程ゴマゾウが蹴り飛ばされた方向に
あった草叢が僅かに揺れて、無数の「光輪」が姿を現した。
それは暗闇の中で黄色く光り輝き、なんとも不気味だ。
 光輪が近づくにつれて、赤く輝く二つの「目」が浮かび上がり、
その正体が徐々に明らかになる。イーブイの進化系の一つ、『ブラッキー』。
「な……なんだおめぇはぁ……?」
 相変わらずうろたえている男を、ブラッキーはぎっと睨みつけている。
「で、お兄さん。今アンタ何してたのかなぁ……?」
「な……何って、ポケモン逃がしてただけだ! それが……何だよ!?」
 そう男が言うと、背後でまた別の声が響いた。
「知らないのか。ポケモンを許可なく捨てるのは、本当はダメなんだぜ?」
「!!?」
 男は驚いて後ろを振り向くと、闇の中から浮かび上がるように何かが現れた。
ポケモンではない。人間の男だった。上半身は白く、下半身は黒い。
そして肩の部分には、モノクロのジャローダとミロカロスが絡み合ったワッペンがある。
白黒服の男は、なにやら特殊なゴーグルをつけていて、顔は口元意外、よくわからない。
男は、そんな連中に取り囲まれる形となった。
(こ……こいつは……?)
 男は、彼らの不気味さにたとえようの無い恐怖を感じて、後ずさる。
が、すぐに落ち着きをとりもどし、冷静になることが出来た。
 不気味な連中だが、相手はルクシオとブラッキーの2匹しか連れていない。
それに、自分には、厳選に厳選を重ねて生み出した、特別に強い相棒達がいるのだ。
そこらのザコトレーナーやザコポケに後れを取るはずがないのだから。
 絶対の自信を胸に、男は別のボールを手に取って、自分を取り囲んでいる連中に言った。
「お、俺に何の用だかしらねぇが、バトるってんなら、うけてやるぜ!?」
 と、白黒服の男が、急に口を開いた。
「……お前は、ポケモンを厳選して育てているみたいだが、そこに倒れてるリザードンも、そうか?」
「あ……ああ、そうだよ。数千個のタマゴを孵してやっと手に入れた、高い能力を持つヤツだぜ」
 うろたえながらも、自信たっぷりに男は言った。
「他の手持ちもか?」
「そうだよ。みんなバトルの為に生まれた、精鋭たちだぜ」
 すると、白黒服の男は、口元に僅かに笑みを浮かべ「情報通りだ……」と静かに呟いた。
「……だがよ。そのために、お前は何匹の個体を捨てた?何匹をこのゴマゾウのように野に放った?」
 そういって、白黒男は先程リザードンが蹴り飛ばし、気を失ったゴマゾウを持ち上げて男に見せた。
「へッ。何を言い出すかと思えば。お説教かい」
 男は、心底バカにしたように冷笑を浮かべる。自分よりも年下であろうその男に、
そのような態度を取られ、白黒男――トクジは内心ムッとした。
 まったく、礼儀を知らないクソガキめ――。
「バトルに勝つために、強い個体を使うのは当然だろ?バトルフロンティアで頑張ってる
トレーナーのほとんどは、みんなそうしているんだぜ?」
「そのために、何千ものポケモンの命を犠牲にするのか?バトルってぇのは
あくまでスポーツのハズだ。そうまでしてバトルに勝ちたいってのは、どうかと思うぜ?
勝ちたい気持ちはわからんでもないが、あんたもトレーナーなら、もっとポケモンのことを
考えてやるべきだとは思うがね」
 トクジは、睨めるようにして、男に言う。
「だから、厳選をやめろってか?」
「そうだ。それに、どうしても不要なポケモンは、本来なら専用の引き取り施設に
預けるのが原則だ。逃がしたポケモンがどうなるか、知らないわけじゃないんだろ?」
 許可なくポケモンを捨てることは、ポケモン保護法により基本的には禁止されていた。
ポケモンを捨てるということは、トレーナーの責任放棄であり、親の育児放棄に等しい行為だ。
倫理的な問題もあって、飼育できなくなったポケモンは、保護施設に譲渡することが決まりになっていた。
 また、生まれたての個体を野に放った場合、その多くは生きていくことが出来ずに死んでしまう。
運よく生き延びていたとしても、自然環境に影響を及ぼす場合もあって、ポケモン協会の駆除対象になることもある。
ポケモン協会は、主にトレーナー情報や預かりシステムの管理をしている他、
限定的ながら立法権も有しており、ポケモンに関する法律・規定を立案したりもする。
 ポケモン保護法も協会が定めた法の一つだ。
 また、ポケモン関係の苦情なども受け付けており、警察やポケモンレンジャーと
連携して問題の解決に当たることもある。
 すると、男は『何を言ってるんだ……』というふうに、かぶりを振った。
「俺はバトルフロンティアでブレーンに勝つことを目標にしてんだ。
そのためには、強ぇポケモンが必要なんだよ。そうでもしなきゃ、連中には勝てねぇ。
あいつらだって、厳選しまくって生まれた強ぇ個体を使ってるんだ。
ブレーンが厳選を認められてんのに、俺らはダメだってんじゃ、不公平だろ。
フロンティアも『厳選した強い個体を使え』って薦めているじゃねぇか。
……それに、いらないポケモンを施設に預けようとしても、どこもかしこも満杯だって断りやがるし、
だったらこうして逃がして処分するしかねぇだろ?」
 男は、自分を正しいと思っているのか、自信満々に答える。逃がされて悲しく辛い思いをする
ポケモンのことなど、考慮してはいない。
 すると、ルクシオ――エリクが声を出し、攻撃姿勢を取って威嚇した。
「オイ……だからって、ポケモンを捨てていいのか?
それにだ。お前みたいなトレーナーが増えたおかげで、保護団体はどこも苦労してんだ。
ちったぁそのあたりのことも、考えて欲しいもんだぜ」
 男は見下した目線をエリクに向けて言い放つ。
「へ。そんな文句は、バトルフロンティアに言えよ。それにこっちだって、
保護施設がちゃんとしてくれねぇから、こうやらざるを得ねぇんだ。どうしろってんだよ」
(お前らが厳選をやめれば、済む話だろうが…)
 命を弄びやがって――トクジは、心のうちで憤慨した。
「それにな。捨てポケなんぞを保護する連中なんてのはな、弱いポケモンを好きで世話して、
好きで困ってるヤツらだ。捨てポケはほっときゃ勝手に死んでいくんだ。
保護なんて余計なことして勝手に困ってる連中のことなんざ、俺の知ったことか」
 この男、本当に自分の事しか考えていない。
(まったく。『フロンティア・ショック』のせいで…)
 それは、今に繋がる忌まわしき出来事の名前だった。

フロンティア・ショック 

 今から36年ほど前のことである。
ポケモンバトルをより楽しんで貰うために、各地方に『バトルフロンティア』と呼ばれる
専門の施設が建設された。ホウエンに最初に設けられたのを革切りに、各地方に増えていった
様々な形式のバトルが楽しめ、一般客には好評を博し、開業当時は大変な賑わいを見せた。
あちこちから実力派のトレーナーを集めて結成されたフロンティアブレーンとよばれる施設の
ボストレーナーたちも、その強さを存分に発揮し、中には伝説のポケモンを従えている者もいて、
その姿を一目見ようと、多くの人間が訪れたものだった。
 殿堂入りを経験した実力派のトレーナーも数多く訪れるようになり、やがて、フロンティアを制覇する
ことは、ポケモンリーグで殿堂入りをするより難しいと言われるようにまでなった。
 しかしある時、ある地方のフロンティアオーナーが、テレビのインタビューで、
施設のレンタルポケモンや一部のブレーンの手持ちポケモンは、
能力の高い個体を厳選し育成したことを明かしたのである。
育て屋にポケモンを預けて次々にタマゴを産ませ、孵った何百、何千という個体の中から、
能力の高い一匹を選び育成するという手段は、それ以前から度々行われていたことだが、
保護法と倫理問題もあり、それをやるものは少なかった。

 ポケモン協会公認の施設であったバトルフロンティアの人間が、
そのような行為をしていた事実は、社会に大きな衝撃を与えた。
 更にポケモン協会は事態収拾のために情報操作による隠蔽を試みたものだから、
これがまた火に油を注ぐ結果となり、人々のポケモン協会に対する不信感が高まった。
 当然ポケモンを大切にする慈善団体や大好きクラブ、環境保護団体などからは、
「ポケモンを道具扱いしている」「環境破壊に繋がる」
「命に対する冒涜である」「自分たちが法を破るのか」
 などといった非難の声が次々と上がり、一時期は「バトルを禁止しよう」などという者まで現れ、
ポケモンバトル界は騒然となり、フロンティアやポケモン協会に抗議が殺到した。
 それに加えて、『喋るポケモン』の出現もあった。
今でこそポケモンは野生、手持ちを問わず人語を話すが、当時はそうしたポケモンが増え始めた時期でも
あったため、これも騒ぎを大きくする要因となった。
 しかし、ポケモン協会はフロンティアを非難せず、黙認という形を取ったのだ。
ポケモンバトルを生業としている他の団体・企業などに、深刻な影響が及ぶことを恐れたためだというが、
恐らくその根底には、結局ポケモンは人間とは違う…という意識があったのだろうといわれている。
この対応は、良識ある人々を困惑・憤慨させ、協会の腐敗を露呈させる結果となった。
 黙認となった以上、ポケモン保護法は形骸化してしまい、
当然バトルに精を出すトレーナーのほとんどがそうした厳選行為に走ったため、
それまで以上に捨てポケモンの増加に拍車がかかる結果になった。
 当初、警察やポケモンレンジャーはこれらを取り締まってはいたものの、
あまりにも数が多くなりすぎて対応しきれず、また保護法の形骸化もあって、
現在では取り締まりに動くことは少なくなっている。
 また、今まで大切にしてきたポケモンですら、能力の低い個体だとわかると、
問答無用で手放すことが各地で相次ぎ、厳選行為に次いで問題となった。
(こちらは、ポケモンが喋るようになったことで、保護されたポケモンから
情報を聞きだすことが出来たため、前者の場合に比べて取り締まることは比較的容易だった)
 無論、全てがそういうトレーナーばかりではなく、自分のポケモンを愛で、
大切に扱うものも多く、ポケモン厳選が流行るにつれ、保護活動も活発になっていった。
命の大切さを訴え、ポケモン厳選を止めるようにキャンペーンが張られたりもしたが、
それでもあまり効果はなく、公営の保護施設は不用とされたポケモンであふれかえり、
これ以上受け入れられない状態に陥った。
 そんな状況を見かねて、大好きクラブや慈善団体など有志の手によって、
ポケモンのための保護施設があちこちに続々と設けられていった。
トクジ達の所属する仲直り団(表向きにはマーシーズ)もその一つである。
 しかし、それでもなお捨てポケモンは後を絶たず、それら保護施設もすぐにいっぱいとなり、
特に個人経営の保護施設などは、経営が困難になるといった事例も相次いだ。
喋るポケモンの出現もあって、ポケモン保護法も見直しが検討されているが、
予算や様々な懸念事項もあって話し合いは進んでおらず、現時点でも昔のままである。
 フロンティア・ショックは、多くの問題を残したまま、現在に至る。

憤慨 

「テメェ!捨てられたポケモンのこと、考えたことあんのか!!?心が痛まネェのか!!ええ!?」
 エリクが声を荒げて、唸る。
「捨てられたヤツらは、誰も頼れないんだぞ!? 死んじまうんだぞ!?」
「弱いやつは淘汰されんのが世の常だろうが? 存在自体が許されねぇんだよ。無意味なんだよ」
 男が嘲笑って言い放った時、我慢できなくなって、ブラッキーのキールも牙を剥いて叫んだ。
「いい加減にしろよゲス野郎!! 勝手なことを! 捨てられたポケモンが、
どんな気持ちか、アンタにわかんのか!! 裏切られ見捨てられたヤツの気持ちが、わかるかァ!!」
 彼らの剣幕に、男は少したじろいだが、
「は! 弱ぇやつほどよく吼えるってな。ポケモンは人間のいう事を聞くのが当然なんだよ!
生意気なザコポケ風情がこの俺に説教たれやがって! そんなに俺のやることが不満なら、
俺に勝ってみせろやコラぁ!」
 叫んで、男は別のポケモンを2匹繰り出した。真紅の虫・鋼タイプ『ハッサム』と、
紫色の長い体を持つ、『アーボック』である。
「……く」
 ハッサムとアーボックの迫力に押されて、キールとエリクはたじろぐ。
やはり、この2匹も厳選された上で育てられた個体なのだろう。
他のポケモンにはない、「強い」と感じさせるプレッシャーのようなものを放っている。
「ホラホラ、どーした?びびって攻撃できないか? 所詮お前らは腰抜け。
ザコなんだよ。不良品だ。お前らみたいなのが束になってかかってきたって、
俺たちには勝てねぇよ!」
 そういって、男が高らかに哄笑すると、トクジがキール達に近寄って、囁いた。
「キール、エリク。落ち着け……こういうのにはな……」
 すると、キールたちは落ち着きを取り戻して、真っ直ぐ、相手のポケモンを睨みやった。
「なぁにぼそぼそ話してやがる。さっさと来な! 盛大に負かしてやるからよ」
男がそういうと、トクジは腕を振って指示を出した。
「……行け」
 具体的ではなく、漠然とした指示であったが、キールがハッサムに飛びかかった。
「は! バカが! 相性の悪いブラッキーなんぞに攻撃させやがって――!?」
 言いかけたところで、男は目を剥いた。ハッサムに攻撃を仕掛けるかと思われたブラッキーは、
そのままハッサムの頭を踏みつけて、その背後にいる男の元へと跳躍し――
男の顔面に、前足で“騙まし討ち”を叩き込んだ。
 鈍い音がして、吹き飛んだ男は空中で3回転すると、そのまま地面に沈み、白目を剥いて痙攣した。
「ま、マスター!?」
「ちょ……おい!?」
 男のハッサムとアーボックも、驚きを隠せない様子で、うろたえている。
こうしたケンカバトルに慣れていないのだろう。
 そんな様子を見ながら、トクジはギャロップのユコを繰り出した。
「ユコはハッサムにフレアドライブ。キールとエリクはアーボックを片付けろ」
 命令どおり、ユコは炎に包まれて、ハッサムに突進した。オロオロするハッサムは、
回避行動をとることもないまま、ユコの攻撃を喰らってダウンした。
それはアーボックも同様で、反撃することもなく、キールとエリクの攻撃を受けて、
あっというまに戦闘不能になり、倒れた。
「ふん。いくら優秀な個体のポケモンでも、司令塔を失っちまえば……」
 倒すことなど、造作も無い。野生の経験が無いポケモンは予想外の事態に弱いのだ。
普通のバトルなら、トレーナーへのダイレクトアタックはルール違反だ。
 だがトクジは、こうした連中相手に普通のバトルをする気は毛頭無い。
バカげた行動だが、この手の輩は説得にはまず耳を貸さない。実力行使をするしかないのだ。
相性の悪いハッサムにキールを飛び掛らせるフリをしたのも、男の油断を誘うためだった。
「弱いポケモンが無意味かどうかは、お前が決めることじゃない…「俺ら」が決めるんだ」
 トクジは呟きながら、昏倒して動かなくなった男を、バッグから取り出した縄で締め上げると、
男の顔面にぺたりと一枚の紙を貼り付けた。それにはその日の日付と時刻、そして大量のゴマゾウを
野に放とうとしている男の写真が添付されて、『この人間は、ポケモンを遺棄しました』と書かれている。
 作業が終わり、気絶した男をユコの背に乗せると、トクジ達は、その場を後にした。

 トクジ達は、重苦しい空気のまま、深夜の山林を進む。
あとは、この男を町に放置し、誰かに発見されるのを待つだけだ。
You・I計画開始以降、仲直り団は、こうして密かに捨てポケの犯人に制裁を加えている。
 これも、計画の一つだ。
 預かりシステムとトレーナー情報を管理するポケモン協会にシンパがおり、そこから寄せられる
情報を元に、ポケモン遺棄の犯人を見つけ出し、数日前から密かに監視し、捨てている瞬間の
決定的証拠を手に入れた上で行う。こうすることによって、ポケモンを捨てたトレーナーの社会的信用は
失われる。ニュースにでもなれば、その効果は絶大だ。
 それによる見せしめ効果を狙って、捨てポケモンを減らそう……というのが、計画の第1段階である。
少々乱暴ではあるが、保護法が形骸化している現状、こうしなければ不幸なポケモンを救うことはできない。
「……」
「……」
「……」
 3匹とも、俯きながら、一言も発せず黙り込んでいた。
何も言わないが、3匹とも、胸中では憤慨しているのだ。
(まぁ、無理もないか…俺だって、あんなのは許せないしな)
 それは、トクジ自身も例外ではなかった。
(キール達だって、もとはあんなトレーナーに捨てられたポケモンだったんだ。
あんな男の勝手な言い分を聞かされて、怒らないのがムリってもんだろう)
 そして、トクジはふと昔を思い出す。
 まだ若く、定職も見つからずブラブラしていた時にたまたま出会った、この3匹。
捨てポケモンで一杯の保護施設にいた、まだ進化もしていなかった彼ら。
食べものも充分に行き渡らないのか、痩せ細った体を横たえていた。
まだポニータだったユコなどは、体の炎も弱弱しく、立つこともままならなかった。
 その時トクジは、この3匹を助けてやりたい衝動が湧き上がった。
自分は勉強もろくにできず、職にもつけないロクデナシだが、こいつらだけは
助けてやりたい……と強く感じたのだ。
 その後、3匹を引き取る時に知り合った施設のスタッフの紹介もあり、
トクジはマーシーズに就職、そして、仲直り団の存在を知って現在に至る。
 彼に限らず、団員の手持ちはほとんどがキール達と同じような境遇のポケモンだ。
そうであるから、身勝手な人間を憎んでいるポケモンは、団の中にはかなり多くいる。
(だから、ポケモン達の役に立ちたいと思った。少しでも、こんなポケモンを救えたらってな)
 心の中で呟くと、急に、足元のキールとエリクが足に顔をすり寄せた。
普段は気に入った牝を見れば口説きにかかる程の牝好きで、ムダに自信と元気が一杯な2匹だが、
彼らは嫌なことがあったときなどは、よくこうしてトクジに甘えようとする。
「おいおい……歩きにくいだろ」
「うっせーな……今はこうさせてくれよ。じゃないと……俺……」
 エリクが、抑揚の無い声で、精一杯反抗してみせる。
トクジと目を合わせないようにしていたものの、その目は、潤んでいる。
 今、ユコの背で気を失っている男の言った言葉が、心の古傷を抉り、
過去の辛い思い出と繋がって、感情が飽和寸前なのだ。
(命が軽視される世の中は、なんとしても変えなきゃいけねぇよな……)
 だから、自分達がこの計画を進めなければならない。そう考えて、トクジは拳に力を入れた。

 人気の無い夜の町に着いたところで、ユコの背から男をおろすと、
トクジは、制服の袖部分に内蔵されているスイッチを押した。
 すると、白黒の制服が、見る見るうちにネクタイ付きの背広に変貌した。
そして、顔につけていた大型の暗視ゴーグルも、普通の黒いサングラスに変わる。
仲直り団の制服は、伝説のポケモン、ラティアス・ラティオスの光を屈折させる体毛を応用した
人工繊維で出来ており、服を変化させることによって、怪しまれず、尚且つ証拠を
残さず任務を行うための機能だ。風景と同化し、透明人間になることも可能である。
この服のおかげで、仲直り団の存在が世に知られることは無い。
 誰もいないのを見計らって、縛られたままの男を路上に放置すると、
トクジたちはそそくさと立ち去った。
 すると、手首に装着していたトクジのポケギアが唸りだす。
マナーモードにしているためにバイブレーション機能が働く。
トクジは建物のかげに入り込み、そこで電話に出る。
「コチラT・J。例のトレーナーは確保。今、街においてきた所です。
……はい。え……? そうなんですか!わかりました。すぐに戻ります」
 そういって、トクジは電話を切った。
「今のはだれ?」
「上司からだよ…至急もどれってさ」
 ユコが、尋ねると、トクジはポケギアを手首に戻しながら答える。
「幹部のY・Kが、例のポケモンを捕獲して戻ってきたんだとさ」

子供達 

「ねーねーアズサ。お話してー」
 そういって、ムチュールがアズサに近寄ってきた。
「それよりさー俺とあそぼーぜー」
「いやいやボクと」
「アタシとー」
 そんな感じで、沢山のポケモンがアズサに群がり、騒ぎとなる。
アズサがこの島にきてから、3日が経過した。その間に、子供たちともある程度は
仲良くなれた。元々人間を知らないこともあって、子供達はすぐに興味を示し、
彼らに懐かれるのにはそれほど時間はかからなかった。
 またここ数日で、この島のポケモン達の事が、少しずつわかってきた。
この島のポケモン達は、ミィカやマトリたちのような、人間に対して好意的な
考えを持つ『肯定派』と、街中で出会ったガルーラのような、人間を信じず、
人間との接触を拒んだりと、人間に対して否定的な考え方をする『否定派』という
大きく分けて2つの派閥に分かれているらしく、それぞれの派閥からリーダーを選び出し、
双方の意見をすり合わせて、ポケモン達をうまく纏めているのだという。
 初日に出会ったキュウコンのミヤコは肯定派で、リジェルは双方の意見を
纏め上げるために中立的な立場をとっているのだとも聞いた。

 しかし、ポケモン達との生活は意外に大変で、木の実の栽培と収穫作業のほかに、
子ポケ達の管理、運動、躾…いろいろなことを一日のうちにこなさなければならなかった。
しかしそれでも、自分を見て嬉しがる子ポケ達の姿を見れば、そうした疲れもある程度は癒された。
「ちょっと……ああ、よせって……!」
 中にはアズサを巡ってケンカに発展しているポケモン達もいて、
アズサは彼らを制しようとしたが、いかんせん数が多く、思うようにいかない。
 悪戦苦闘していると、小屋の扉が開いて、子ポケたちの世話係兼アズサの監視役である
ミミロップのミィカが入ってきた。
「ほらほら静かに。アズサが困っているわよ? 順番!」
 そういって両手を叩いて促すと、騒いでいた子ポケたちは、口を揃えて「ごめんなさい」と謝罪し、
言われたとおりに静かになる。
(やっぱり、子供の扱いに慣れているんだな)
 懐かれはしたものの、自分はこれまで小さい子供を相手にした経験など無いし、扱い方もわからない。
子供達を制するミィカの姿を目の当たりにしたアズサは、自分のトレーナーの実力は、
もしやミィカにすら負けているんじゃないかと思って、少しだけブルーな気分になった。
「あれー? アズサ、どうしたのぉ?」
「ああごめん。なんでもない……」
 気落ちして俯いているアズサを見たムチュールが、怪訝そうに顔を覗き込んできたので、
アズサはとりあえず気をとりなおして、子ポケたちの相手をはじめようとした時、ミィカが声をかけてきた。
「そうだアズサ、あなた、お料理って出来るかしら?」
「え?簡単なヤツなら……」
 アズサは全く料理をしたことが無いわけではないが、母の手伝いで、
米を炊いたり、スープなど簡単なものしか作ったことが無い上に、
ここ最近は料理などしていない。だから正直、自信は無い。
「それでもいいわ。この子達に、人間社会の食べ物を一度味あわせてあげたいのよ。
人間の料理が作れるポケモンなんて、この島には誰もいないからね」
 そういって、ミィカは苦笑した。
 まぁそうだろう。料理を作るポケモンは存在するが。それは全て人間が教え込んだものだ。
ほとんど人間と接触を断っているこの島の連中に、そんなことが出来る者などいないだろう。
「それはいいけど、材料とかはどうするんだ?」
 料理には材料がいるし、道具もいる。ここに来てから食べているものは
木の実ぐらいだし、料理が作れるほど、素材がたくさんあるようには思えない。
そんなアズサの懸念に、ミィカは微笑んで答える。
「その辺は問題ないわ。海賊部隊が奪ってきた食料を保管してある場所があるの。
それに道具やお皿とかも、この島に残されていたものが結構あるから……ついてきて」
 いいつつ、ミィカは立ち上がって小屋のドアをあけると、手招きして付いてくるように促したので、
「ごめんねみんな。ちょっと手伝ってくるよ」
「ええ? おはなしはぁー?」
 手伝いに行くことを告げると、足元のムチュールが不機嫌そうに顔を顰めると、
他の子ポケ達も「えー」だの「なんだよー」などと口々に不平不満を漏らしたが、
「これがおわったら、また遊んであげるからさ。いい子だからおとなしくしててな?」
 そういうと、彼らは不機嫌面ながらも納得してくれたようで、
「約束よぉ?」
「絶対だぞ?」
「わすれんなよぉ?」
 口々に言いながら、アズサを見送ってくれた。


「ここよ」
 アズサは、崩れかかった船着場近くにある古びた倉庫の前に案内された。
長年の風雨と、吹き付ける海風のおかげであちこちが錆び付いており、屋根も抜けかかっている。
倉庫内は、穴や割れた天窓から日光が入り込んでいて、思いのほか明るかった。
「ほら、あれよ」
 そういって、ミィカは倉庫の真ん中辺りに並べられている、銀色に光る物体を指さした。
「あれは…」
 倉庫の真ん中に、無数の冷蔵庫が、無造作に並べられていた。その中の1台は、赤い色をしている。
どれも家庭にあるような形の冷蔵庫ではなく、スーパーやレストランなどで使う業務用の大型のものだ。
恐らくこれらも、船舶を襲って奪ってきた物なのだろう。しかし、ただ疑問なのは――
「冷蔵庫なのはわかったけど……これ、どうやって動いてるんだ?」
 冷蔵庫を動かすには電気がいる。しかしこの島の発電所は既に使えなくなっているはずだ。
坑道内の照明などは時間が限られるものの、電気ポケモンによって賄われているが、
冷蔵庫は常に電気が流れていないと機能せず、食材の保管は出来ない。
 いったい、どうやっているのだろうか?
「『デンキチ』さん。今日も宜しく」
(デンキチさん……?)
 ミィカの言葉に、アズサが怪訝顔をした時だった。
目の前にあった赤い冷蔵庫がガタガタと揺れだして、なんと勝手に動き始めたではないか!
「うわぁ!?」
 ありえない現象に、アズサは悲鳴をあげたが、ほどなくその理由が判明した。
「おう。ミィカちゃん。今日もキレーだねぇ。そいつが、例の人間かい?」
「そうよ。彼はアズサ。よろしくね」
 赤い冷蔵庫はいいながら、アズサのほうを向いた。その冷蔵庫には『目』があり『口』があった。
「これは……『ロトム』?」
「そう。ロトムのデンキチさん。冷蔵庫に憑依して、みんなの食料を保管してくれているのよ」
 ミィカがデンキチを紹介すると、デンキチは軽く体を傾けて会釈した。
「おう。よろしくなぁ」
 ロトム。電気・ゴースト複合タイプで、家電製品に憑依することによってタイプを変える事が出来、
それぞれの技を覚えることが出来るポケモンだ。
中でも冷蔵庫に憑依しているこの『フロストロトム』は、氷タイプである。
 なるほど、電気タイプのロトムならば電源になるし、憑依し一体化してしまえば半永久的に冷蔵庫を
動かすことが出来るというわけだ。
 さらにこのフロストロトムを中心に、他の冷蔵庫にも電力を供給することによって、
大量の食材を保管することに成功しているようだ。
「早速だけど、今日も食べ物を出してくれない?」
「うん?でもまだメシの時間にゃ早いだろ?」
 それを聞いたデンキチは怪訝顔をする。
「彼に、人間の料理を作ってもらって、子供達に食べさせてやりたいのよ」
「なーるほど。それなら……ホイ!」
 そういうとロトムは、冷蔵庫の一つを開いてくれた。ごとごとと中に入っていた色々な
材料が箱ごと飛び出して、床に積み上げられた。
フキヨセシティ産の野菜、大豆合成肉、食パン。モーモーミルク。フルーツや木の実……。
「どうだい人間さん。何か気に入ったものはあるかい?調味料の類は、オレの後ろにある棚の中に入っているぜ」
 人間に友好的なところを見ると、このロトムも肯定派のポケモンらしかった。
「ええと……」
 デンキチの問いに、アズサは材料を眺めながら考える。
自分は簡単なものしか作れないが、これだけあればどうにかなりそうではあった。
「じゃあ……これとこれと……」
 とりあえずアズサは痛んでいたり、賞味期限が切れていないことを確認しながら、いくつか食材を選んだ。

ウィゼ 

「うう、重い……痛い」
 食材と調味料を選び終わると、アズサはこれらの食材を料理するため、
ミィカに導かれながら、大量の食材と調理道具を抱えて離れた所に
ある調理場を目指して廃墟街を移動している。
 これが結構重く、ここ数日の農作業のために痛んでいる腰にかなり響いた。
対するミィカは、勝手で重たそうな箱を軽々とかついでいる。
ミミロップの華奢な体に似合わず、人間以上のことを簡単にこなせるのは、
さすがポケモンだな……とアズサは思った。
「どうしたのアズサ。早く」
 ミィカが急かす。しかし、大量に積み上げた箱のせいで視界がふさがっているのと、
大鍋のせいで思うように進めず、アズサは蛇行しながら道を進む。
早く着かないかな…と脳裏で思ったときだった。
「……わ!?」
 横道から出てきた何かにドンとぶつかってアズサは吹き飛び、尻餅をついた。
同時にバラバラと食材の入った箱が路上に散乱する。
「あいたた……ん?」
 尻をさすりながら、アズサは前方に目をやると、そこに見知らぬポケモンが倒れて頭を抱えていた。
それはオレンジ色の体毛に、首周りに浮き袋の付いた海イタチポケモン『ブイゼル』。
その背中には、白い模様が1つだけ。どうやら牝らしい。
「あら、『ウィゼ』ちゃんじゃない」
 ミィカの声に、ブイゼルは身を起こした。
「あ……ミィカ……」
 どことなく、弱弱しい声だった。
「……ご、ごめん。前が見えなくて――」
 そうアズサがブイゼルに謝罪すると、ブイゼルは「キャッ……!」と叫んで、
ささっと建物の影に身を隠し、顔を半分だけ出して、こちらの様子を伺っている。
「……このブイゼルは?」
 尋ねると、ミィカは苦笑してから、
「『ウィゼ』ちゃんよ。肯定派のポケモンではあるんだけど……捨てられた時、
色々あったみたいでね……少し人間が怖いみたいなの」
 ミィカの説明が終わると、ブイゼル――ウィゼは、恐る恐る声を出した。
「こ……ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ。悪いのは僕のほうだし…」
 アズサが声をかけると、ウィゼはびくりと体を震わせた。
足元が震えている。人間に対しての強いトラウマがあるのだろう。
自分が恐れられているというのも、なんだか気分が悪いので、
ウィゼの警戒心を解こうと、アズサは優しく呼びかけ、右手をすっと差し出した。
「大丈夫だよ……おいで?」
「……」
 すると、ウィゼは入り口からゆっくりと、アズサのもとに近寄ってくる。
恐る恐る、アズサの顔を確認しながら。
「……おいで」
 しばしの間をおいて、ウィゼはアズサの手に触れると、ふんふんと入念にニオイを嗅いでから、
無言のままアズサの腕に顔をすり寄せた。
 ウィゼはまだ心配そうな表情をしていたものの、アズサは、もう片方の空いている手で
ウィゼの頭に手を添えると、軽く撫でてみた。
「ん……」
 一瞬体を震わせたものの、ウィゼは気持ちよさそうに目を細めた。足の震えもなくなり、
どうやら警戒心を解いてくれたようで、アズサは嬉しくなった。
「やっぱり……怖いかな?」
「ううん。もう大丈夫…」
 尋ねると、そういってウィゼは軽くかぶりを振った。
すると、その様子を見たミィカが口を開いた。
「へぇ……ウィゼちゃんはすごい人見知りで、人間怖がっていたのに。
マトリさんにも気に入られてたし、やっぱりアズサって、ポケモンに好かれやすいのね」
「そうかな。真心を持って接すれば、誰でも仲良くなれるとは思うけど」
「でも、人間が皆、そんなことが出来るとは思えないわよ。
世の中は心の汚れた人間のほうが多いくらいだわ。ポケモン厳選が流行る今の世の中で、
そんな風にしてポケモンと触れ合える人は……少ないわよ」
「そうかな……」
 自分以外にも、そんな人間は沢山いると思うのだが。
そう思いながらも、アズサは散らばった食材を集めはじめると、
「手伝うわ……」
 ウィゼが手伝いを申し出て、散らばった食材を集めてくれた。
アズサは連日の畑作業のせいで腰を痛めていたから正直凄く助かった。
「よいしょっと」
 ウィゼは集めた食材を積み重ねると、両手で持ち上げる。これによって、
アズサの持つ量は半分になって、先程と比べれば視界が塞がるようなことはなくなり、
とても楽になった。
「じゃあ、行きましょ」
 ミィカの声に、ウィゼは首肯してから歩みだす。すると――
「きゃあぁ!?」
 いきなりウィゼはすてんと転んで、運んでいた荷物が再び地面に散らばった。
「だ、大丈夫!?」
「ご、ごめんさい……」
 アズサが心配して声をかけると、ウィゼは強打した鼻を擦りながら謝罪し、
また荷物を集め、抱えて立ち上がる。
「気をつけて歩かないと……ね」
 そういってアズサに苦い笑みを向けてから歩き出した刹那、傍に放置されていた
錆びた自動車の残骸にドンと体をぶつけて、ウィゼは再び転倒した。
「……」
「あ……あははは……」
 自分で気をつけると宣言したばかりなのにこの体たらく。気まずい空気の中
またウィゼは苦笑し、荷物を拾い集めようとした時、大きなダンボール箱の角に足先を強打して、
ウィゼは悶絶した。
「ッ~~~~っ!!!」
 そんなウィゼの様子を見ていると、手伝ってくれるのは嬉しいし助かるのだが、
これ以上手伝ってもらうのはなんだか悪い気がしてくる。
「……ごめん。やっぱり自分で持つよ」

料理 

 そんなことがありながらも、再びミィカの案内で廃墟街を進み、アズサは炊事場に辿り着いた。
そこは、かつての鉱員食堂だった場所で、炊事用の設備もあるにはあったのだが…。
「ボロボロだね…」
 少なくとも、この島から人がいなくなってから50年以上が経過しているのだ。当然設備は老朽化しており、
目の前にある大型ガスコンロもあちこちが錆び着いていて、既に火すらつきそうになかった。
「大丈夫よ。だから皆に集まってもらったわ……入ってきて」
 戸口に向かってミィカが声をかけると、紺色のポケモンが物凄い速度で入ってきて、アズサに近寄った。
「アーズサ♪」
「ぐぇっ!」
 妙に浮かれた甘ったるい声で、紺色のポケモン、ガバイトのマトリがアズサに抱きつくようにした。
充分な体重とスピードの乗った体当たりに加え、物凄い力で抱きしめられて、アズサは潰れた悲鳴をあげた。
「ああん!会いたかったぁ♪」
 そういいながら、マトリは頬をすり寄せる。厳つい鋭角的な見た目と異なり、随分な乙女っぷりだ。
「く……ぐるじい……! ……な゛何故……?」
 苦しみながらも、アズサは疑問符を浮かべた。マトリとは、昨日一度会ったきりだ。
交流を深めるようなことはしていないはずだし、なぜ自分にこれほどまでに好意を抱いているのか理解できない。
アズサはどうにかマトリの腕から離れると、咳き込みながら尋ねた。
「げほ……君とは、昨日会ったばかりだぞ…?どうしてこんなに…」
 そういうと、マトリはしばし宙に目を泳がせてから、
「うーん、なんていうか…あなたは、ワタシのタイプなのよねぇ」
「た、たいぷ?」
「そう。どことなく頼りなさげなところがあって…なんか『守ってあげたい』って感じちゃうのよネェ」
 そういって、マトリは顔を朱に染めてモジモジした。
(んなバカな――)
 声には出さなかったが、そんなことをアズサは胸中で口にした。
人間の女性にモテたことすらなく、種族も違うというのに一目惚れとは。
(一体、どうなってんだ僕は!)
 リエラにルーミといい、これで3匹目だ。最近は随分と牝ポケモンに好意を抱かれる。
しかも今回は、自分から何か行動したわけでもない。一体全体、どうなっているのだろう?
「こほん……えーと、マトリさん、いいかしら?」
「あらゴメンなさいミィカちゃん……ふふふふふ」
(……?)
 ミィカの咳払いに、マトリは笑みを浮かべてアズサから離れた。その刹那、
ミィカの表情が険しくなったように見えたが、よくわからなかった。
 気を取り直して、あらためてアズサは部屋に集まったポケモン達を見た。
『ラッキー』と炎タイプのポケモン『マグマラシ』だ。
 この二匹は、ここに来てから見たことのないポケモンだった。
「こんにちは人間さん。わたくしは治療係の『キッシ』です」
ラッキーが丸い体をぺこりと傾けてお辞儀をした。
『オレは『フーレ』。今日は、よろしくな」
 続いてマグマラシも自己紹介をする。
「みんな肯定派のポケモンよ。今日は、彼らにお料理を手伝ってもらうわ。
 キッシさんは配膳。フーレは煮炊きをやってもらうわ…マトリさんは食べ物を斬る係ね」
最後だけ、抑揚の無い声だった。その途端、炊事場は異様な雰囲気に包まれる。
「ふふふ……合点承知よ……ふふふふふふふふふふふ」
「ほほほほほほほほほほほほほほほほ……」
 笑いながら、ミィカとマトリはにらみ合う。そんな光景に、ウィゼを含めた
一人と3匹は冷や汗を流した。
(なんだってんだ一体……?)


 調理の前に、まず炊事場の掃除から始めた。とりあえずキッチンとその周辺の埃を払い、
濡れた布で軽く水拭きして最低限綺麗にしてから、調理にとりかかった。
 ミィカが集めてきたポケモン達のおかげで、料理は問題なく進めることができた。
使えないコンロの代わりに、フーレが鍋の下で火を吹き上げ、煮炊きを手伝ってくれたおかげで、
汁物を作ることが可能になり、ウィゼが弱い水技で野菜や木の実を洗い、それをマトリが
腕のヒレで切り分け、キッシがテキパキと盛り付けていってくれた。
 途中、ウィゼが転んで食材をひっくり返すトラブルもあったが、おかげで早い時間で作り上げることが出来た。
とりあえず、今アズサが作れるものとして、木の実と野菜のスープと、食パンを使った木の実サンド。
そして、甘い木の実とフルーツの盛り合わせ。どうにか見た目は、料理らしく纏め上げることが出来た。
 一応ポケモンが食べられるように味も調整した。味見もしてみたが、まぁ悪くは無い……と思う。
「ええと……とりあえず、完成かな。これで小屋のみんなの分はあると思うから……」
 その声に、ミィカたちは歓声を上げて喜んだ。
「じゃあ、小屋のみんなを呼んでくるわね。集まったら、夕食にしましょ……マトリさんも来てね?」
最後だけ重たい声で言うと、マトリは「はいはい…」と感じの悪い笑みを浮かべて、それに従い
彼女たちは炊事場を出て行った。
「やっぱり何かヘンだな、あの2匹……」
 そうぼそりと呟くと、鍋の下にいたマグマラシのフーレが出てきて、声をかけた。
「バッカだなぁお前。あれはな、マトリ姉さんもミィカ姉さんもお前の事――」
「フーレ君?」
 言いかけたところで、ラッキーのキッシが声をかけた。
「それ以上はいわないほうが良いわよ。他人の事情に首突っ込んでいいことなんてないんだから」
「そうかなぁ……」
「それにこういうのはねぇ……そのままにしといたほうが、面白いってもんでショ?」
 そういって、可愛らしい外見に似合わない黒い笑顔を浮かべ、くっくっく……と笑った。
「……それもそうか……へへ」
 そんな2匹の会話を、アズサは理解できなかった。

お食事タイム 

「う……美味ぇ……美味ぇよコレ!」
「ホントホント!こんなの初めて食べたー」
「おいしぃー」
 アズサの料理を口にした子ポケ達の反応は、様々だったが、どうにか好評を得たらしく、
否定的な意見はまったくなかったので、アズサは安堵した。
「うーまーいーぞぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
 そう叫びながら、口から破壊光線を吐いたり、変な踊りをはじめたりと
過剰なリアクションをとるものもいたが、舌鼓を打って喜ぶ彼らを見て、アズサもつい顔が綻ぶ。
色々と不安だったが、うまくいってよかった……と思えた。

「ふぉんふぉうに美味ひいわ。ほんあの久しぶい!」
 そういいながら、がつがつとマトリは豪快に料理を食す。
「食べながら喋るなって……」
 その注意の言葉に、マトリはゴクンと呑み干してからウインクを飛ばした。
「料理もできるなんて、ス・テ・キ♪」
「あ……ありがとう」
 正直それは可愛いというには程遠いものだったが、しぐさなど随所に
牝らしさがにじみ出ており、妙な色気のようなものも感じさせた。
「そうね……」
 すると、アズサの横で黙って食していたミィカが、ぽつりと呟いた。
人型ポケモンらしく、スプーンを手に持って、スープをゆっくりと口に運んでいる。
 その行動に、やはりミィカは、かつて人間と共にいたポケモンなのだなと実感した。
子ポケたちに目をやれば、彼らは人型に近い「手」がある種族も多いが、
そのほとんどは皿以外の食器を使うことなく、食べている。
食器を用いるという事は、人間社会の作法が身についているという事であり、
それは人間と共にいることによって初めて可能となるものだ。
「本当に……」
 なにやら、ミィカの様子がおかしい。俯いたまま段々と声が震えて、体も震えだす。
「ご……ごめん。口に合わなかったかな…?」
やはり失敗だったか――?そう思ってミィカに近づいた時、彼女の顔から透明の
何かがこぼれ、スープに落ちて波紋を作った。
(涙……?)
 泣いているのか……?そう思ったとき、ミィカはスープ皿を横において、
「ごめんなさい…!」
 と、足早に炊事場を出て行ってしまった。
突然の出来事に状況が理解できず、アズサはうろたえるばかりだった。
 すると――
「あ~アズサがミィカねーちゃん泣かせたぞぉ~?」
 素っ頓狂な声と同時に、子ポケ達はアズサを輪になって
取り囲み、『なーかしたーなーかしたー♪』と合唱しつつ、なにやら珍妙な舞を踊る。
「あーあ。追いかけたほうがいいんじゃねーの?」
 炊事を手伝ってくれたマグマラシのフーレが、もしゃもしゃとサンドイッチを咀嚼しながら言った。
「そうね。女の子を泣かすのは、牡としてどーかと思うわねー」
 さっきと同様の黒い笑みを浮かべて、キッシもアズサを責め立てる。
「……」
 まあ、確かにその通りだ。やっぱり、自分が悪いのだろうから、先ずは謝ったほうがいい。
そう考え、アズサはミィカを追いかけて炊事場を後にした。


「おおい、ミィカ?」
 炊事場を飛び出してアズサはミィカの姿を探して、首を巡らせた。
すでに日も沈んだ廃墟外は明かりも少なくて視界は悪い。途中で何度も何かに躓きそうになったが、
彼女の姿はすぐに見つけることが出来た。
「あ……」
 老朽化した波止場の突端部分に、ミィカは一人座り込んで、沖合いを眺めていた。
「……その、ごめん。マズイ食べ物つくっちゃって……なんなら、作り直すから……」
彼女に近寄りアズサは謝罪する。すると、ミィカが顔をこちらに向けることなく言った。
「そうじゃないわ……あなたの料理は…本当に美味しかった」
「え……? じゃあ……なんで、泣いているんだ?」
不躾かと思ったが、アズサは気になって尋ねた。
「なんかね……昔のマスターの事、思い出しちゃったんだ……」
「……君の、トレーナーだった人だね?」
 ミィカは無言で首肯した。
 彼女は捨てられたポケモンだ。そのトレーナーに対しては、辛い思い出があるに違いない。
それを自分の料理で思い出させてしまったのだろうから、アズサは申し訳ない気持ちで一杯になる。
「ごめん……嫌なことを、思い出させちゃって」
すると、ミィカはかぶりを振った。
「ううん……いいの。それ自体は、別に嫌なことじゃないから」
「え?」
 意外な回答に、アズサは怪訝に思った。捨てられた思い出が、嫌なことではないとは?
「……私ね。正確に言うと捨てられたっていうのとは、ちょっと違うの。
 本当はね、トレーナーだった人…マスターと、死に別れちゃったんだ…」

ミィカ 

 ミィカは、アズサが追ってきてくれた事に、嬉しくなった。同時に、
こんなに優しい彼になら、自分の全てを打ち明けてもいい……と思った。
「亡くなったんだ……?」
「うん……それに私のマスターは…そう、あなたとよく似てたの」
「え……?」
 思わぬ告白にアズサの声が上ずった。
「勿論姿は違うけど…性格とかポケモンに対する考え方とか…料理が出来るところとか、そっくり」
 淡々と、ミィカは続けた。話が進むたびに、彼女は段々と明るい表情になる。
「私は、そんなマスターの事が大好きだったわ。種族の垣根を越えるくらいね…」


「マスターも、私の事を愛してくれて、その……体を重ねたりもしたのよ?」
 顔を赤らめて、ミィカは俯いた。
「な……ッ」
 アズサは驚き、顔がボッと熱くなった。種を超えた愛がここにも?
だが、自分の身近にも手持ちとそういう仲になっている人間がいるし、
 そんな自分自身も、手持ち達に愛を告白され、そういう関係になりかけている。
あとはその好意を受け入れるかどうかだけだ。
(先輩もそういう経験をしたんだろうか……?)
 とアズサは思った。愛するもの同士がすること。別段不思議ではない。
しかし先輩といい、このミィカといい、種族のカベをこうも容易く超えられるものなのだろうか……?
「幸せだったわ……とっても。愛する牡と一緒にいられ…て…でも」
途端に、ミィカの表情が曇る。
「ある日マスターは……旅先で病気にかかって……そのまま……」
「……」
 アズサは、何も返せなかった。愛する者が急に病に倒れ、
そのまま帰らぬ人となる――それは何よりも深く悲しいものだっただろう。
「その後、私はマスターの親族に引き取られたこともあったけど、馴染めなくてね。
一人で出てきちゃった。一人で何ヶ月もあちこち彷徨って……
そこでリジェル達の海賊団に拾われたの。ここの牡たちから結構アプローチを受けたりもしたけど……
やっぱり、私はマスターのことが忘れられなくてね。他の牡を作る気になれなくて、断ってきたわ」
 そんな過去があったのか…。彼女の気持ちを察し、アズサは居た堪れなくなる。
「だからアズサ、あなたを見てると……マスターの事を思い出しちゃうの。
勿論、マスターとは別人なのはわかっているわ……でも……」
 感情の飽和が起こって再び涙が流れだし、ミィカは両手で顔を覆った。
「……」
 アズサは、ミィカの過去と自分の過去を重ねた。
自分も昔、初めて仲良くなったポケモンを死なせてしまう失態を犯したことがある。
あの時の哀しみは、今でも忘れることが出来ないし、ポケモンを大切に思う理由にもなった。
友達や愛するものとの永遠の別れは、そう簡単に忘れられるものではない。
「そうか…辛かったんだね」
 どんな言葉をかけていいか、思いつかなかったが、とにかく今は、
彼女の哀しみを和らげてやらなければいけない。そう思って、
アズサはミィカの額に手を添えると、ゆっくりと撫でた。
「……」
 頭を撫でられ、ミィカはしばしの間瞑目してそれに身をゆだねた。
「本当の事をいうとさ、僕は……子供の時、ポケモンを死なせてしまったことがあるんだ」
「え……?」
 そう告げると、ミィカは顔を上げる。すると、涙に濡れたミイカの顔が呆然とした表情になった。
「それ以来僕は、同じことを繰り返すのが怖くて、ポケモン持つのを躊躇っちゃってね。
だからトレーナーに復帰したのも、つい最近の事なんだ」
 ミィカが、驚きに目を見開く。
「取り返しのつかないことをしてしまったんだ。今でも時々怖くなる時がある。
気をつけてはいるけど、同じ過ちを繰り返さないかってね。
だから、体を張ってポケモンを守ろうとしたりして、手持ちからしょっちゅう注意されたよ。
『もしお前が死んだら、残されたポケモンはどうなるんだ?』って。
情けない話だろ?だから僕は、本当はあの子達と触れ合う権利だって無い。
僕は君達が望んでいるような立派な人間じゃない」
 そういうと、ミィカはこちらに顔を向けて、告げた。
「……でも、あなたの優しさはホンモノだわ。それに今はなんとか立ち直ったんでしょう?
いつまでも過去を引きずっている私なんかとは大違いよ。あなたは立派だわ」
「そんなことはないさ。ミィカだって辛い過去を乗り越えて、あの子供たちの
世話をしているじゃないか。それに比べてボクは……今でも過去を恐れているし……
結局立ち直れていないんだよな」
「……」
 その言葉に、ミィカはしばしの間をおいて続けた。
「そう……私達って、結構似ているのかもしれないわね」
「……かもね」
 そういうと、一人と一匹は互いに微笑みあった。
アズサとミィカ。互いに大切な存在を失った過去を持ち、その哀しみもほぼ同質のものだ。
似たもの同士のシンパシーが、互いを理解させ、その距離を縮めさせた。
しばし笑いあった後、ミィカが告げた。
「ねぇアズサ……この島にいてくれない……? あの子達もあなたに懐いているし、
そうすれば、きっとあの子達も喜ぶわ。私も……嬉しい。あなたみたいな人は私、大好きよ」
 ミィカは顔を紅潮させ、体をもじもじさせた。
「……でも」
 しかし、そうしてやりたいのは山々だけれど、自分にはやらなければならないことがある。
学校に通い、勉強せねばならないし、今はジムを巡りバッヂを集めなければならない。
 確かに、彼女を救ってやりたいとは思う。そのために、彼女を自分の手持ちに引き入れて
やることもできる。しかしミィカには、あの子供達のお世話係という大事な役割がある。
 ムリに彼女を連れて行ったら、あの子供達が可哀相というものだ。
あの子供達ごと引き取る……というわけにもいかない。
「でも、ずっとここにはいられないよ……」
 そういうと、ミィカはアズサにすがるようにして、言った。
「そんな……ここにいてよ! ……私を一人にしないでよ。私はあなたの事……好きなのよ!」
 その言葉に、ミィカはかつて愛した主人と自分とを重ねているのだと察した。
似ているからといっても、彼女が愛しているのは死んだ主人であって、自分ではないのだ。
「……僕には手持ちのポケモンだっている。ずっとここにいるのはムリだよ。
それに僕は、亡くなった君のマスターじゃない。その人の代わりにはなれないよ」
 ミィカは無言で俯いて、落涙する。
「でも、時々なら会いに来ることは出来るよ……そう悲観したモンじゃない」
「……」
「もう会えないってわけじゃないんだ。会おうと思えば会えるんだから」
 そう。アズサが死なせてしまったポケモンのように、もう会えないわけではない。
生きていれば会えるのだから。
「それに、君は一人じゃないじゃないか。子供達もいるし、肯定派の仲間もいるだろ?
あのマトリとか、あのラッキーとか…リジェルとか、僕なんかよりも頼りになる仲間がさ。
……でも、もし辛かったら、僕のほうから君に会いに来るよ…その…君の力になるよ」
 そういって、アズサは柄にも無く格好つけてみたりした。正直かなり恥ずかしい。
羞恥心に耐えつつアズサはミィカを見やった。
「うん……そうね。なんだか、色々とごめんなさいね……へんな事をいって」
 彼女は、涙を指先で拭うと、柔和な笑みを浮かべた。
(……!)
 その表情はどことなくアズサの男心をくすぐって、少しだけドキリとしてしまった。
「本当……アズサは優しいのね。ポケモンの事を大切に考えていて……
あなたの手持ちポケモン達は、とっても幸せなんでしょうね……なんだか羨ましいな」
「……」
 その言葉に、アズサの表情は曇る。自分はリエラとルーミに好意を寄せられているが、
彼女達の好意にこたえていいものかどうか、迷っている。
 断って悲しい思いをさせるのも気が引けるし、受け入れるにしても、
人の道を外れるようで、今ある全てが崩壊しそうで、怖いのだ。
 ポケモンと恋をしている先輩タクヤにそれを相談しようとした矢先に、
ここに連れてこられてしまった。だから、どうしていいか未だわからないままだ。
「そ……そうだね……良く考えればポケモンバトルって、戦うのはポケモンだもの。
だから、戦ってくれるポケモン達への感謝の気持ちはわすれちゃいけないと思う……んだ」
 それは本音ではあったものの、脳内では別の事を考えていたため、言葉がつっかえてしまう。
(戻ったら、ちゃんと相談しないとなぁ…)
 語りつつも、そう考えて胸中で嘆息しながら、神妙な面持ちでアズサは夜空を見上げていると、
いつの間にか背後に立っていたマトリが、声をかけてきた。
「あーら。アマアマねお二人さん」
「マ……!」
 と、ミィカが不機嫌顔で立ち上がり、マトリと向かい合った。
「な……何しにきたのかしらマトリさん……?」
 引きつった笑みを浮かべて、ミィカがいうと、マトリはフフンと不敵な笑みを浮かべる。
「いい雰囲気だったようだけど、残念ねミィカちゃん。アズサは私が予約済みよん」
「な……なんでそうなるのよ!マトリさんだってまだコクッたわけでもないくせに!」
 顔を赤くしつつ、ミィカは声を大にして言った。
「……まぁそうだけどね。でもタイプだといった時点で、それはもうコクッたも同然でしょ?」
「何それ!? 告白って言うのは、『あなたが好き』とか『愛している』とかはっきりと――」
 そんなふぅに言い争う2匹を見ながら、アズサは合点がいった。
さっきから2匹の雰囲気が悪かったのは、これだったのか……。
「ふふん。果たしてアナタにアズサの牝が勤まるかしら?
アズサはこう……大人の愛が好みなんじゃないのぉ?」
「な……別に僕はそんな…」
 そういわれて、アズサは顔を紅潮させうろたえる。
しかしそんなアズサの言葉を聞いているのかいないのか、両者は勝手に話を進めていく。
「いーえ!アズサは純情な愛のほうがスキに決まってますぅー!」
「どーかしらねー」
「絶対そうですぅー!マトリさんにアズサは絶対わたしません!」
「あら、ワタシだって絶対にアズサをワタシの牡にしてみせるから。
負けポチエナは黙って指をくわえて見ていなさいな。ほほほ……」
「くぅぅ!!」
 悔しげに睨むミィカに、マトリは哄笑をあげる。
(こ、ここでも自分を巡って争いが……?!)
 きゃいきゃいと言い争う2匹の姿を見ながらアズサは頭を抱えながら呟いた。
「本当にどうなってるんだ……」

3体の像 

 波止場に佇む彼らを、リジェルは錆び付いた大型クレーンの上から眺めていた。
「変わったな……いや、あれがアイツの本来の姿、ということか」
 リジェルは昔を思い出す。シンオウで彼女を保護したときのこと。
主人を失ったミィカは、失意のどん底にあって、食べ物ものどを通らない状態で
体中はあちこちの体毛が抜け落ち、痩せこけ、衰弱しきっていた。
リジェルたち肯定派の介護と、子供の世話役に抜擢したことによりだんだんと
元気を取りもどしていったが、それでもあんな生き生きとした彼女を見たのは、初めてだった。
(ミィカは、あの人間に新たな希望を見出したということか……?)
 それは、喜ばしいことであるが、一抹の寂しさもあった。
自分の知っているミィカが、いなくなってしまいそうで。
なんとなく、自分のところからミィカが離れていってしまいそうで。
彼女がかつて人間を愛していたことは聞いている。しかしそれは正しいことだろうか?
普通なら、そんなことはありえないことだ。それに種族を超えた禁断の恋はどちらにとっても茨の道だ。
「まったく……人間に愛情を抱くなどと……」
 間違っているだろう……とは口が裂けてもいえない。
それは彼女の生き様を否定し、悲しませることに繋がるからだ。
 だが、あの人間に対し好意を抱かせたままにしておくのは、色々とマズいだろう。
何よりも……見ていて不快だ。理由はわからないが、とにかく気に入らない。
「……」
 不快感を募らせながら、彼らを眺めていると、誰かの気配を察知してリジェルは、
後ろを向くこともせずに、その相手に呼びかけた。
「いるのはわかっている。そこで何をしているのだ『ゴウン』」
 そういうと、ほどなくリジェルの背後に一匹のポケモンがすたりと降り立った。
人型で白い体毛に頭から立ち上る炎。火炎ポケモン『ゴウカザル』。
「出歯亀とはいい趣味じゃないねェ……リジェルさんよぅ」
 ゴウカザル――ゴウンは顔をにやつかせながら言った。
「そんなにあの牝が気になんのかィ?やっぱオメェも牡なんだな……クク」
「……どうだっていい。それより、何故否定派の貴様がこんなところにいる?
ここは、肯定派のエリアだ。即刻立ち去れ。でなければ……」
 リジェルは右手に波導弾を生成させて威嚇する。
「カテェこと言うなってぇ」
 脅しもほとんど意に介していないのか、ゴウンはヘラヘラと笑っている。
「にしても……あのミィカって牝は、いい牝だよなぁ……俺らのなかでも、
あいつを自分の牝にしたいって話をよく聞くぜ?」
「やめろ……!」
「そーいやお前、よくあいつと一緒にいたもんなぁ……お前もあいつのこと――」
「やめろと言っている!」
 リジェルは怒鳴る。
「おお怖い怖い。わーったよ。本当は、リオのダンナに頼まれてな。
6番坑道の復旧を手伝いに行く所さぁ」
「6番坑道……」
 それは島の南側にある坑道の一つで、2ヶ月前に落盤があり、塞がってしまっていた。
「通行に不便だからさっさと直せってな…んじゃ、オレは行くからな」
 そういって、ゴウンは跳躍すると、倉庫の屋根から屋根へと飛び移って姿を消した。
 最近、リオが不穏な動きをしているという噂がある。復旧工事と言ってはいたが、
裏でなにをしているのか知れない。あとでこの目で確かめに行く必要がある。
「それにしても……優しい人間か……」
 やはりミィカにとって、ああいう人間と共にいることが望ましいことなのだろうか?
わからない。結論の出ない思考をして、リジェルは嘆息した。


 島の南側にある6番坑道。その中に、ゴウンは足を踏み入れた。
暫く進むと行き止まりになっている。以前はこの先も進めるようになって
いたのだが、今では大きな岩が積み重なり、全くふさがってしまっている。
するとゴウンは、周囲を見渡し、その場に誰もいないことを確認すると、
岩の一つを横にずらした。
 するとどうだろう。その先にはぽっかりと下へと続く横穴が姿を現した。
ゴウンはそこへ入ると、再び岩を元の位置に戻してから、その横穴を下っていった。
 暫く進むと、天井の高い空洞に出る。いや、空洞というには、部屋と呼んだ方が適切だった。
石で固められたカベと床。そして天井。あちこち亀裂が入ったり、剥がれ落ちたりしているが、
間違いなく、そこは人口の空間だった。そして、その部屋の中央には、古ぼけた3つの石像が
鎮座している。一つはごつごつとして、もう一つは丸い形をしたもの。そして最後の1つは
妙に角ばった形をしている。
 その石像の前に、見知ったポケモンが立っていた。ヨノワールのリオである。
「よぉ、来たぜリオのダンナ……んで?話ってな何だい?」
「そろそろ、件の作戦を実行に移そうと思っている」
「ほぉ?それじゃあ、準備が整ったのかい?」
「フフフ……ああ。丁度あの人間も来ていることだしな……それに、
先日の落盤で、コイツを見つけられたのが、何より僥倖だった……コイツは使えるぞ」
 そういって、リオは部屋の真ん中に並ぶ3つの像を指差した。
「ああ、こいつがあれば、人間どもに思い知らせてやることが出来る…
見ていろ人間どもめ……我々の本気さを、思い知るがいい」
 そういってリオは、赤い単眼で像をみやった。
彼らの目の前に立つ3体の像は、底知れぬ力強さを湛えていた。
                         ―つづく―


やっと8話目です。恋愛描写のほか新キャラのキャラ付けや設定などに
苦戦してしまい、今回もまた時間がかかってしまいました。
次回はバトルに突入して戦闘描写が多めになる予定です。

まだまだ長編執筆に関して分からない部分が多いので、
よい作品作りのために感想、矛盾点等の指摘やアドバイスをいただけると嬉しいです↓




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Last-modified: 2013-08-18 (日) 00:00:00
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