ポケモン小説wiki
You/I 7

/You/I 7

前回はこちら  
  
         「You/I 7」
                  作者かまぼこ

ポケモン海賊 

「乗客には船室にカギをかけろと放送を流せ!甲板の乗客は中央部のサロンに避難させろ!」
 船のブリッジでは、船長が的確な指示を出し、船員達が対応していた。
「船長、第三通路でクルーが応戦を試みていますが、押されています!」
「車両甲板で小規模火災発生! スプリンクラーが作動しています!」
「隔壁破損! 貨物室に侵入されました!」
『こちら機関室!エンジン冷却系故障! こっちにもポケモンが……!』
 次々に入る被害報告に、船長は胸中で毒づいた。
(まったく、今日は8歳になる娘の誕生日だってのに――)
 航海中のトラブルで予定を狂わされることは、船の仕事をし始めてから
何度となく経験し、そう珍しいことではなくなっていたのだが、
ポケモンによる襲撃という事態は、彼にとって初めて経験するものだった。
どごん!!という爆発音と共に、また船が揺れる。
「ぐ……」
 船長は焦燥に駆られた。
乗客の中には負傷者も出ている。これ以上ポケモン達に暴れられれば最悪の場合沈没も考えられる。
損傷箇所の修理もしなければならないが、この混乱の中では、整備スタッフを現場へ
回すこともままならないだろう。
「船長。連中はもしかしたら……」
 ブリッジが普段は想像もつかない喧騒に包まれているなか、
副船長が船長に囁くように言うと、船長は2秒ほどの間をおいて答えた。
「……ああ。間違いないな。チッ…ついてないな…」
 こんな連中に、まさか出くわしてしまうとは……。
船長が舌打ちして、そんな悪態をついた時だった。
「!!」
 突然、ブリッジの天井に設けられている換気ダクトの蓋が吹き飛んで、ダクトの中から2匹のポケモンが
現れる。一匹は、黄色に黒の縞模様で、野太い腕が特徴の電気タイプ『エレブー』。
 もう一匹は、人型をしていて、緑色の頭に大きな鶏冠と、肘に伸縮式の刀を持つ、エスパー・格闘の
複合タイプ『エルレイド』だった。
 エレブーが、副船長を含めたブリッジクルーを微弱な電気技で沈黙させると、
エルレイドが素早く船長に近寄って、“リーフブレード”を首筋に突きつけ、言った。
「……貨物室のハッチを開けて貰おう。さもなければ船を沈める。命は惜しいだろう?」
「う……」
 船長は、恐怖で呻き声しかでなかった。
「……何、要求に応じれば我々もすぐに退くし、お前達人間を必要以上に傷つけたりはしない。安心しろ」
「……わ……わかった」
 エルレイドの言葉を聴いた船長は、このまま船を沈められて、
多くの人命が失われるよりかはいいと判断し、恐る恐る要求に従った。

 貨物室の搬入用大型ハッチが開かれると、ポケモンたちが貨物室内に一斉になだれ込み、
積み込まれていた複数の食品用冷凍コンテナを皆で協力して船外へと運び出し、
待機していたラプラスの背中に乗せると、手早くロープで固定する。
そのほかのポケモンは、船の食料庫を目指して走る。
途中、乗組員達や乗客のポケモンの攻撃に遭ったが、これも数で押し切った。
食料庫に辿り着くと、ポケモン達は山積みになっているレストラン用の食材や飲み物、木の実などを
次々に運び出し、中には業務用冷蔵庫ごと持ち出すポケモンもいて、あっというまに、食料庫は空になった。
最後にのこったポケモンが、仲間全てが脱出したことを確認すると、
技を放って通路を破壊し、追っ手が来られない様にした。
「急げ!人間どもの警備隊が来る前に、さっさと引き上げるぞ!!」
 リーダ格であろう、手掴みポケモン『ヨノワール』が、開け放たれた搬入口の傍に立ち、
単眼を明滅させつつ、右腕を振り上げて他のポケモン達を急かしていた。


「なんなの!こいつら!?」
 ララは、飛び掛ってきたビーダルの腹に“マッハパンチ”を叩き込みつつ呟いた。
ララの特性『テクニシャン』によって強化されたマッハパンチを受け、ビーダルはさながら
ボーリングのピンのように他のポケモン数匹を巻き添えにして吹き飛び、ダウンする。
「……わからない!でももしかしたら……うわ!」
 海賊ポケモン達の猛攻をかわしながら、タクヤが続けた。
「最近噂の……ポケモン海賊ってやつかもしれない!」
 ポケモン海賊。最近マスコミを賑わせている、ポケモン達のみで結成された海賊。
組織の規模や拠点など、その全貌は明らかになっておらず、多くの謎に包まれているという。
タクヤ達がホウエンリーグの研修のために故郷のカイナシティに戻っていた時も、
地元の新聞やニュースで毎日のように見聞きしていたし、研修中にこの話題が出たこともあった。
「海賊ぅ!!?そんな連中が何で…!」
 言い返しつつもミリィが、エンペルトにインファイトを放ち、その勢いのままナッシーを
シザークロスで引き裂いてから、マリルリを蹴倒した。しかし、敵のポケモン達は、
次から次に、右に左に現れて、一向に減る様子が無い。
「まずいな……もうみんな限界だ」
 タクヤは焦った。
タクヤの他のポケモン達も疲弊し、満身創痍の状態で息を荒くしている。
複数で襲いくる敵にはとても対応しきれず、ダメージを蓄積させていた。
フライゴンのライゴに至っては、特徴である赤い防塵レンズが砕けて、目の周辺から出血している。
ポリゴンZのフィースも、高い特殊攻撃力を生かしたサイコキネシスで応戦してはいたものの、
段々と動きが鈍り始めている。
 それに海賊ポケモン達は、有利な相手を選んで攻撃しているようでもあった。
横を見れば、トレーナーのストライクに、海賊ポケモン達が、
火炎放射やツバメ返しなどの弱点攻撃を数匹がかりで敢行していたりと、堅実な戦い方をしていた。
このままでは、いずれはこちらが全滅する――。そう思った時だった
「……?」
 急に、ポケモンたちが退きはじめたのだ。
ポケモン達は次々と甲板から海に飛び込んでいく。水タイプではない泳げない
ポケモンは、水ポケモンの背に乗るなり、手を引かれるなりして、船から引き上げていく。
「何だ? ……あ!」
 状況を把握しようとタクヤは辺りを見回す。すると、敵味方問わず数多くのポケモンと
人間達が倒れている中に、アズサの手持ちであるルーミとジムスの
姿もあって、タクヤは慌てて2匹に駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「う……」
 ルーミは呻く。ダメージが深刻そうだったが、
アズサのことを気にしつつも、タクヤはルーミを助け起こすと、バッグから『元気の欠片』を取り出して飲ませる。
「これで大丈夫だ……おいミリィ。そっちにも飲ませてやれ」
 そういってミリィにもう一つの元気の欠片を投げて渡すと、ミリィは同じように、ジムスにそれを飲ませた。
それを確認すると、タクヤはアズサを探した。
「アズサ君……!? おい! どこにいるんだ?」
 タクヤは周囲を見回して呼びかけたが、反応はなかった。ポケモンと共に倒れている人間の中にも、
アズサの姿は見られない。
すると、手摺のそばで呆然と去りゆく海賊達を眺めていたリエラの姿が目に入った。
「おい、大丈夫か?」
 タクヤが声をかけると、リエラは体を震わせながら、ゆっくりと振り向く。
すると突然彼女は滂沱し、叫ぶように泣き崩れた。
「ご主人が…ご主人が…ああぁぁ…ご主人がああああぁぁああ!!」

海賊の根城 

(……んな……力のない……、役に……ねぇよ……うぜぇ……だ……消え……が!)
 尻尾に炎のともったポケモンのトレーナーが、何かを叫んでいるがよく聞き取れない。
すると、突然そのポケモンが、アズサに向かって火炎放射を放つ。
それは、何もかもを焼き尽くす「地獄の業火」のように見えた。
そのとき、黄色い稲妻模様の尻尾の小さなポケモンが飛び出して、アズサを突き飛ばすと、
代わりに炎の奔流に飲み込まれた。
(―――!!!)
 アズサは叫ぶ。しかし、その黄色いポケモンの姿は、もう見えない。
そこで、アズサの視界は暗転した。

 目を覚ましたアズサは、黄色いポケモンを探す。しかし、他のポケモンの亡骸ばかりで、
黄色いポケモンの姿は見えなかった。
そして、しばらく首をめぐらせて探し回っていた彼は、見てしまった。
(…!)
 黄色い体の半分が黒く焦げ、尻尾に至っては炭化して完全に崩壊し、
残った片方の丸く黒い瞳は、どこか遠くを見つめている。
もう二度と動かないその友達を見て、アズサは絶叫した。

「う……わぁぁあああああああああ!!」
 アズサは、目を見開いた。
すると、彼の目の前に見知らぬ2匹のポケモンの顔があったものだから、彼は驚いて体を跳ね起こした。
「うわ!!?」
 突然跳ね起きたアズサに、2匹のポケモンは驚いて跳び退った。
カントーやジョウトででよく見かける、ピカチュウの進化前であるピチューに酷似しているが、
耳の先は青く頬はマイナス模様のポケモン『マイナン』と、
もう一匹の方は、マイナンと模様と色が異なる『プラスル』であった。
「プラスルにマイナン……?」
 何でこんな所に……?と疑問符を浮かべた時、自分が見知らぬ場所にいることに気が付く。
土がむき出しで、天井から裸電球が一つだけぶらさがっており、所々に古びた材木で補強してある
部屋の中だった。むしろ部屋というよりも「穴」と表現した方が正しかった。
ここは一体どこだろう――?そう思っていたときだ。
「起きたか、人間」
 目の前にある古びた石造りの階段から一匹のポケモンが、ゆっくりと下りてきた。
人型の青い体毛に包まれた、格闘・鋼タイプのポケモン『ルカリオ』。
そして、その左目には、大きな傷があった。
あの船の上で、アズサに波導弾を放った、あのルカリオだった。
「……お前は!!」
 アズサはまた攻撃をされるんじゃないかという警戒心が働いて、思わず身構えた。
「安心しろ。もう攻撃をしたりはしない」
そういって、ルカリオは攻撃の意思は無いことを伝えると、アズサは構えを解き、
半眼でルカリオを睨む。しかしまだ油断は出来ない。警戒しつつもアズサはルカリオに尋ねた。
「ここはどこだ? ……お前達は何なんだ?」
「……ついてこい」
 アズサの質問には答えず、ルカリオはそういうと、今しがた下りてきた階段を再び上がり始める。
よく見れば、左目の傷は後頭部へと続いており、そこにある黒い房の一つに達っしている。
「……」
 アズサは言われるがままにルカリオの後に続く。アズサがいるのは、手掘りのトンネル内のようで、
ほとんど真っ暗であったが、所々に電球や篝火があり、最低限の明るさは確保されているようだった。
薄暗くて見辛いが、足元には赤錆びた2本のレールがあり、所々にツルハシやヘルメット。
削岩機らしきものも落ちている。
何かの鉱山だろうか――?
 そう思っていると、急にルカリオが声を発した。
「ここだ」
 ルカリオは右手で前方を指した。そこには、錆びてはいるが頑丈そうな鉄扉があり、2匹のドテッコツがまるで
門番のように鉄骨を掲げて左右に立っていた。ドテッコツはルカリオの姿を見ると、黙ってその扉を開いてくれた。
ギリギリギリ……と耳障りな音を立てて蝶番を軋ませつつ、扉が開いていくが、中は真っ暗で何も見えない。
「入れ」
 ルカリオが言った。自分をここに閉じ込めておくつもりだろうか?などと思いつつも、
アズサは恐る恐る足を踏み入れる。すると、何も見えない闇の空間に突然、
火の玉がぽっぽっぽっ…と次々に出現し、アズサを囲む。その数、九つ。
「“鬼火”か?」
 すると、九つの鬼火が一つに纏まって、部屋の天井付近で激しく燃え上がって、部屋を明るく照らした。
「ようこそいらっしゃいました。人間さん」
 透き通るような、美しい声。その声の主の姿が、鬼火の明りに照らされて美しく浮かび上がる。
金色の毛並みに、九つの尻尾。狐ポケモン『キュウコン』だ。
そしてその傍らには、茶色い毛並みの人型のポケモンで、何よりも目を引くのが頭から伸びている、
自身の身長と同じくらいはありそうな大きく長い耳を持つ、うさぎポケモン『ミミロル』の進化系、
『ミミロップ』が立っている。
 その背後のカベには、彼らのエンブレムなのであろう、いかにも「海賊」を思わせる、
大きな髑髏(どくろ)のマークが描かれている。
 キュウコンは優しく微笑んでから、続けた
「私は、当ポケモン海賊『スカルズ』のリーダーの一匹『ミヤコ』と申します」
 キュウコン――ミヤコが名乗る。
「ポケモン……海賊?」
 ミヤコの言葉に、アズサは冷や汗を浮かべた。ポケモン海賊のことは、
新聞やテレビである程度は知っていた。
そんな連中が、自分に一体何の用があるというのだろう――?
「それで……僕をこんな所に連れてきて、どうするつもりだ!?」
 目的を尋ねると、ミヤコはしばし間を置いて言った。
「あなたに、やってもらいたいことがあるのです。人間である、あなたに。
そのために、そこにいる『リジェル』に連れてきてもらったのです」
 するとミヤコは、その真紅の瞳で、アズサの顔を見つめた。
リジェルというのか、このルカリオは――と思いつつもアズサは再びミヤコに目線を戻す。
「そんな、困るよ!僕にだって色々予定があるんだぞ?手持ちだって船に置き去りに
しちゃったし……明後日は大学だって……!すぐにジョウトに返してくれ!」
 当然、アズサは声を荒げる。今日だってタンバシティに行くつもりだったのだ。
それに自分がいなくなれば、多方面に心配をかけることになる。
一刻も早く、ジョウトに戻らねばならない。
「あなたの予定を狂わせてしまったのは謝ります。ですがどうしても、
あなたのような人間が必要だったのです。彼らの…ひいては我々の未来のために」
 ミヤコは、悲しそうな表情になった。
未来?どういうことだ――?アズサは怪訝顔をする。
「……これから、あなたに幾つか質問をします。それに答えて下さい」
「……質問?」
「はい。あなたが、その役目を負う者にふさわしいかどうか、判断いたします」
 どうやら、人間なら誰でもいいというわけではなさそうだ。
「先ず一つ目。あなたは、ポケモンバトルに勝つためには、
高い能力を持った個体が必要と考えますか?」
 その質問にアズサは少しだけ考え込んだが、素直に答えを言った
「いいや。確かにそれは重要かもしれないけれど、僕はそこまでするほど勝つことに拘りは無い。
それに僕自身はバトルがポケモンの全てじゃないと思っている」
「…なるほど。次です」
 それを聞くと、ミヤコは目を細めて、次の質問へ移る。
「二つ目。どんな命でも、あなたは愛を注げますか?」
「命ある者なら、慈しむべき……だと思う」
 それはアズサ自身もよくわからず、歯切れの悪い返答になってしまう。
人としては普通の倫理であるが、人間の倫理がポケモンに通じるかはわからなかった。
「最後です。あなたにとってポケモンとは何ですか?」
 その質問をきいて、アズサは船に残して来てしまったリエラ達のことが頭に浮かぶ。
まだ出会ってそれほど長い時間が経ってはいないが、いつのまにかそばに居るのが当たり前に
なっていることを、彼らと離れ離れになってしまっている今、実感できた。
「友達であり、家族のように…とにかく、とても大切な存在…だと思う。
色々な意見があるだろうけど、僕はそう思う」
「……」
 ミヤコはしばらく黙り込んで、アズサを凝視すると、口を開いた。
「…よろしい。合格です。あなたのような人間ならば、心配は無いですね。
リジェルもご苦労でした。やはりあなたの目に狂いはないようですね」
 そういって、アズサの後ろに立つルカリオ――リジェルに目線を移すと、
「どうということはない」
とリジェルが目を伏せて言った。
「それで……僕にしてもらいたいことっていうのは、何なんだ?」
 再び彼女らの本当の目的を尋ねる。
「あるポケモン達に、人間というものを教えてあげて欲しいのです…
ミィカ……この人を案内してあげなさい。直接見てもらったほうが、わかりやすいですから」
「はい。わかりました。さぁこっちよ人間さん」
「え?……ああ」
 隣に立っていたミミロップ――ミィカはミヤコに返事をすると、アズサの手を取って部屋から連れ出した。

 アズサ達が出て行くと、鉄扉が再びドテッコツらによって閉じられ、部屋にはリジェルとミヤコだけが残された。
「……しかし、いいのか?人間を連れ込んだら、我々の拠点が露見する可能性もある。
あいつはポケギア…通信機器も持っていたし、通報でもされたら……」
 リジェルが尋ねると、ミヤコは事も無げにこたえる。
「心配はないわ……彼のポケギアは取り上げていますし、そもそもこの島は電波が通じません。
島に残されている電話も既に機能していませんし、周りは海です。
逃げようとしても、簡単には逃げられませんよ……」
 そういうと、ミヤコは妖しく微笑んだ。

塔の島 

 ミィカに連れられて、アズサはトンネル内部を進んだ。所々天井が低いところもあり、
暗いせいもあってアズサは何度か頭をぶつけそうになる。
「その……ここは一体何なんだ?鉱山みたい……だけど」
おずおずと尋ねると、ミィカが言った。
「そうよ……見えてきたわ」
 ミィカが指さすと、前方に出口の明かりが見えた。太陽光が差し込んで、暗い場所になれた
目に眩しかった。光に顔を顰めつつ、出口を抜けると、そこは緑の生い茂る山の中腹であり、
よく見回せば似たような穴があちこちにあった。そしてアズサの眼下には、
コンクリート作りの建物が複数見えた。よく見ると、アパートらしい。
「これは……町……?建物がある…」
 その他にも、体育館とも思える建物や、木造の住宅らしき建物もいくつか並んでいる。
どれも古びてはいるが、間違いない。人間の町だ。そしてその町の前には、海が広がっている。
「こっちよ人間さ……ええと……」
 アズサの名前をまだ知らないミィカは言いよどんだ。
名乗らないと失礼だろうと思い、アズサは名乗りつつ尋ねる。
「僕はアズサ……それで、ここは……人間がいるのか?」
「正確には「いた」わ。といっても、それはもう50年以上も前の話らしいけど」
 ミィカが肩をすくめて、苦笑しつつ言った。
「ここは『塔の島』。私達はそう呼んでいるわ。そして…ここはポケモン海賊団『スカルズ』の根城でもあるの」
 その言葉に、アズサは再び眼下の町に目をやった。
確かに、所々に煙突や高い建物が多くそびえており、『塔の島』という名前の通りに思えなくもない。
 ミィカは続けた。
「言い忘れてたけど、海賊団でもあたし達は戦いに参加したりはしないから安心して」
 そういうと再び、ミィカは歩き始める。今度は、町に向かって伸びる細い山道を雑草を掻き分けて進んだ。
しばらくして町に入ると、町は予想以上に荒れていて、建物の窓という窓は例外なく割れ砕けており、
建物自体の塗装も、長年の風雨にさらされ続けたせいか、剥がれ落ちたり退色していたりする。
木造の建物は潰れたり、屋根が抜け落ちたりもしていて、もう長い間人間が住んでいないことがよくわかる。
「元々、セキタンって石を掘り出していた島だったらしいんだけどね…。
それが取れなくなって、この島にいた人間はみんな出て行ったんですって。
だから今じゃ、この島の事を知っている人間は、ほとんどいないらしいわ」
「へぇ…」
 なるほど。ここは炭鉱の島だったのか――。答えながらも、アズサは周囲を見回した。
確かに周辺には赤錆びたパイプラインや、朽ち果てたブルドーザーの残骸らしきもの、
ゴムが劣化したベルトコンベアー。そして、あちこちにある坑口から伸びる
トロッコの線路やインクラインなど、炭鉱であったことを偲ばせるものが数多く見受けられた。
また、山から見えた塔のような高い建物は、坑道内の排気するための排気塔や、
火力発電所の煙突、そして採掘された鉱石の運び出しに使う、
大型の巻き取り機がついた立坑櫓(たてこうやぐら)であった。
町の中も、看板が錆び付いてほとんど読み取れないが「○○シネマ」という映画館らしき建物や、
木造のレストランらしい建物もあった。
 すると、そのレストラン跡の建物から、小さな薄紫色のポケモンが出てきて、アズサと目が合った。
「……?」
 最初、それが何のポケモンだか分からなかったが、そのポケモンに続いて、体の大きなポケモンが、
中から姿を見せた。腹の袋で子供を育てるポケモン『ガルーラ』だ。
(ああ、子ガルーラか…)
 子供ガルーラはいつも母親の袋に入っていて、それ単体で見かけることは
あまりないため、一目見ただけでは分からなかったのだ。
(子供のガルーラは、母親といつもセットでいるものな…)
 アズサが思い出して納得していると、ガルーラは慌てて子供を抱き上げて腹の袋に入れて、
キッとアズサを睨みやると、踵を返して、さっさと建物の奥に引っ込んでしまった。
憎しみがこもっているような、嫌悪感のある表情だった。
「……」
 あらためて周囲を注意深く観察すると、建物の中や車両の残骸などの影から、多くのポケモン達が
身を潜めつつアズサを見ていた。やはり彼らも、さっきのガルーラと同じような嫌悪の眼差しを向けていた。
すると、ミィカが口を開く。
「……気をつけてね。この島には、人間を憎んでいるポケモンが多いわ」
「……そうみたいだね。でもどうして」
 アズサがその理由を問うと、ミィカは下を向いた。
「……」
 ミィカがそれきり黙ってしまったから、アズサはもしや……と思った。
さっきのキュウコンの質問も、人とポケモンの関係を問うものであったから、
なんとなく想像はついた。
「遅かったなミィカ」
 そのとき、突然背後から別の声が響いた。
アズサが振り返ると、そこには、ルカリオのリジェルが腕を組んで立っていた。
「あらリジェル…これからリーダー同士の会議でしょ?ここにいていいの?」
「ああ。お前達の方が気になったからな、行く前に、少しここの様子を見ておきたかった」
 話の内容から、このリジェルとやらも、海賊団のリーダーの一人らしい。
するとリジェルは、アズサに歩み寄って、言った。
「俺達の今後は、お前にかかっている…といってもいい」
 何やら重みのある言葉に、自分の役目は責任重大であるらしいことを感じて、
アズサは少しばかり緊張をした。
確かあのキュウコンは、人間というものを教えて欲しいというようなことを言っていたが……?
思い出しつつ、アズサは2匹のあとに続く。しばらく廃墟街を進むと、
リジェル達は、1つの古びた小屋の前で立ち止まった。
 するとリジェルは、小屋の錆びたドアノブに手をかける。
その小屋は、他の建物と比べてしっかりとしており、窓も割れたままにはなっておらず、
木の板で塞いであったりと、割と手入れが行き届いている感じがした。
ギィ……と、扉が開かれる。
「ここだ……入れ」
「……」
 アズサは無言で頷くと、恐る恐る薄暗い室内に目をやった。
次の瞬間、アズサは素っ頓狂な声を出した。
「え?」
 小屋の中に、沢山の小さなポケモン達が集まっていた。ポケモン達は、
そんなアズサの声に反応して、一斉にこちらに目を向ける。
「みんな、新しいお友達よ。これが『人間』よ」
「うわぁぁ!?」
 ミィカの呼びかけに、小屋の中のポケモン達が一斉に立ち上がって「わっ」とアズサの元へと殺到し、
アズサは驚きの悲鳴をあげた。
「スゲー!これがニンゲン?」
「布を身に着けてるわー」
「何?ホンモノ?」
 見た限りでも、ヨーギラス、コリンク、ナエトル、フシギダネ、ロコン、イーブイ、
フワンテやアチャモ、キモリ、エレキッド、ミズゴロウ、ブビィ、ムチュール、トゲピー、
チルットやポッポ、スボミーなど、様々な未進化系の幼いポケモンたちばかりだった。
彼らは、アズサのズボンを引っ張ったり、体に触れてみたりもしている。
口ぶりから察するに、彼らは人間を目にしたことが無いのだろう。
「……この子供達は……一体?」
 アズサが困惑しつつ、リジェルに目をやると、リジェルは伏し目がちになって口を開いた。
「……こいつらに人間を知ってもらうために、お前に来て貰ったのだ」

残された者 

 海賊が撤退し、重要部の応急修理を終えた客船は、定刻を大幅に遅れてアサギシティに入港した。
襲撃によって船体はあちこちが傷つき、所々で小規模の火災も起きて、船が動けるようになるまで
かなりの時間がかかった。しかし、あれだけの出来事があったにも関わらず死者は一人も出なかった。
攻撃を受けて傷ついたポケモン達は、船内にある簡易のポケモンセンターに運び込まれて、治療を受けた。
 その中には、反撃を受けて深手を負い、逃げられなかった海賊のポケモンたちもいた。
海賊ポケモンの中には恐慌状態となって暴れるものもいたが、看護ラッキーが
麻酔注射を打って強制的に大人しくさせることによって、襲撃騒ぎはひとまず沈静化した。
乗り込んできた海賊達は、船に積まれていた食料等の物資をあらかた奪うと、
それをラプラスやホエルオーといった大型の水ポケモンの群れと協力し、
わずかな時間で手際よく運び去っていった。しかし、不可解な点もある。
「連中の目的は積荷…ならなぜアズサ君を連れ去ったりしたんだ?」
『それはまだわかりません。ですが、人間が必要である理由が存在する…
という事は推測できます。それも、これだけ多くいる乗船客の中でも、アズサ様だけを
選んだのです。つまり、人間なら誰でも良いという訳ではなく、彼でなければならない
理由がある……ということです』
 タクヤの問いに、無機質な声でポリゴンZのフィースが答える。
「アズサ君でなければならない理由か…なんだろうな?」
 考えつつもタクヤは、船に取り残されたアズサのポケモン達に目をやった。
リエラ達は、現場調査にやってきた水上警備隊の男に詰め寄っていた。
「どこにいるか、わからないの!?」
 目に涙を滲ませて、叫ぶようにリエラがいった。
「連中の潜伏場所だって未だ特定できていないんだ、わかるわけないだろ」
「……そんな」
 警備員の言葉に、ルーミが絶望的な声を出す。
「さぁ、わかったらお前らもさっさと船を下りろ。仕事の邪魔だ」
 男は顔を顰めつつ険のある態度で言うと、踵を返してリエラ達から離れていった。
「あ……アズサさぁぁん……」
 ルーミは体を震わせ、はらはらと落涙した。昨日、彼に自分の愛を告げたばかりだというのに、
こんなことになってしまい、気が気ではないのだ。
「ちょ……ルーミ……泣かないでよ…私だって……ごじゅじんの……ごどがぁぁ……」
 リエラも、喪失感と悲しさが再びピークに達し、堰を切ったように涙を流し、すすり泣き出す。
その光景を見て、さすがにいたたまれなくなったミリィが、タクヤに言った。
「……タクぅ……あの子たち可哀相だわ。なんとかなんない?」
「でもなぁ…警察でも分からないんじゃ、どうしようもないし……連絡も出来ないんじゃ……」
 そういって、左手首に装着しているポケギアに目を向ける。
あの後、連れ去られたことをリエラから聞かされたタクヤは、一度ポケギアで電話連絡を試みたが、
どうやらアズサは電波の届かない所にいるらしく、全く通じなかった。
「せめて無事だと良いけど…」
 そう言いかけたところで、手摺につかまりながら水平線の向こうをじっと見つめていたジムスが口を開いた。
「あの人は生きてるよ」
「え?」
その声にルーミとリエラ、そしてタクヤ達が、怪訝顔をした。
「……気がするだけ、なんだけどね……意外と無事かもしんないよ」
 そういって、ジムスはリエラとルーミの方を向く。
「あの人は基本ポケモンに優しいからね…もしかしたら、元気でいるかもしれない」
 その言葉に、2匹は泣くのを止める。手持ちのポケモンにしか分からない説得力があった。
確かにアズサはポケモンに対して優しい部分がある。
その優しさを海賊達が認めているなら、無事でいる可能性はあった。
「今はそれを信じるしかないよ…まぁ、意外と他の牝ポケモンと、
宜しくやってたりするんじゃないかな…ってのぐわああああああ!!?」
 そういって皮肉げに笑ったジムスに、葉っぱカッターと気合い球の雨が降り注いだ。
「あんた……こんなときにナニヲ……」
「冗談にも程ってものがアルワ……」
 怒りの形相で、リエラとルーミがジムスににじり寄る。
「ちょ……やめ……冗談だって! ボクが悪かった! ゴメン! 許して! ああああ゛!」
 そんな3匹のやりとりを、タクヤは苦笑しつつも、
(アズサ君…無事でいてくれ)
 そう思わずにはいられなかった。

真相 

 太陽が水平線に沈みかけて、段々と夜の闇が迫ってきていたが、
小屋は天井から小さなランプがつるされており、これが思った以上に明るい。
ブビィが低威力の炎技で着火したものだが、聞けば、炎ポケモン達が毎日交代で
明かりを灯す決まりになっているらしい。小屋に電球もあるにはあるのだが、
電力の供給もとの火力発電所は老朽化し、発電装置も壊れているために機能しないため、
炎による明かりに頼らざるを得ないのだそうだ。
 小屋の中でアズサは、相変わらず子ポケモン達にまとわりつかれていた。
胡坐を組んで座っているアズサの足の上には、一匹のイーブイがゴロゴロと体を横たえている。
その他にも、ロコンが背中に顔をこすり付け、コリンクがアズサに擦り寄り、
更に頭の上にはチルットが乗っかり、エレキッドが靴を奪い取ってイタズラし、
ポチエナがズボンの裾に食いつきぐいぐいと引っ張ったり、ブビィに体をつつかれたり等、
子供達は特有のやんちゃぶりを遺憾なく発揮していた。
 アズサの生い立ちや人間社会に興味を示したポケモン達から質問責めに
あったりもしたが、答えられる範囲で答えた。
まるで、珍しいポケモンを一目見ようとサファリランドに集まった見物客か、
はたまた人気芸能人に群がるマスコミのインタビューを思わせる光景だった。
(この場合、珍しいポケモンは僕のほうなんだよな…)
 埒も無いことを考えながら、アズサは膝の上のイーブイを撫でようと手を伸ばすと、
イーブイは仰向けになりながらアズサの指に前足でシュッシュとフックを繰り出して、楽しそうにじゃれ付いてくる。
アズサははそのままイーブイの頭に触れて、撫でてみると、イーブイは嬉しそうに目を細めて、
アズサの指をぺろぺろと舐め始めた。
(こんなにたくさんのポケモンに囲まれるなんて、初めてだな…)
 そう思いながらも、アズサはリジェル達に言われたことを思い出していた。


「人間のことを教えて欲しいって…この子たちにか?」
「そうだ。お前なら、それが出来るだろう」
 アズサは子ポケ達と対面後、改めてリジェル達に、自分をここへ連れてきた真意を尋ねた。
それによれば、このポケモン海賊団『スカルズ』は、船を襲うなどの海賊行為だけでなく、
時折人間の住む町へ出て、捨てられたポケモンを保護し、この島へ連れてきて養っているのだという。
そして小屋の子供達は、街中に捨てられていたタマゴを持ち帰り、それが孵ったものだという。
「……この島にいるポケモン達は、みんな人間に捨てられたりしたポケモンでね、
人間が信用できなくなっているの」
「感受性の強そうなお前なら、感づいていたかとは思うがな」
「……なんとなく、だけどね」
 さも当然のようにリジェルが言うと、アズサは俯きながら肯定した。
「町のポケモン達の目は…そうだな、まるでキライなヤツを見るような…そんな顔だった。
ただ人間を知らないってだけのポケモンなら、あんな態度はしない」
それにこの小屋にいる子供達は、各地方で最初にもらえるポケモン、いわゆる『御三家』や、
イーブイといった稀少な種だったり、進化すれば強力なポケモンになるといわれる種族も多かった。
すると、リジェルが重々しく続けた。
「あの子供達は、この島で生まれたから、人間というものを知らない。しかしこの島にいるポケモンは…
とりわけ海賊部隊の連中は、人間を憎み、いつか仕返しをしてやろうなんて、危ない考えを持っているような
ヤツばかりだ…。だが、あの子供達にはそんな考え方を持たせたくは無いんだ。
確かに人間には、ポケモンを捨てたり酷いマネをするやつもいる…だが、
そういう人間ばかりじゃないことをお前から教えてやって欲しい。心からポケモンの事を
思いやれるような優しい人間というヤツを、子供達に見て触れて…知ってほしかった」
 そういうリジェルに、アズサは訝しんで、尋ねた。
「何で……僕に出来ると思ったんだよ? 根拠は何だ?」
 確かに、リジェルたちの希望も分かるのだが、自分は彼らが言うほど正しい人間だとは思えないし、
それに、自分は過去にポケモンを死なせてしまう失態を犯したこともある。
そんなことをする器ではない…と思った。
「お前からは、特にポケモンに対する優しい波導を感じ取れた。
 そういう人間に教育してもらえれば、子供たちは人間に対して憎悪を抱くことなく生きていける。
俺達とは……違う生き方をさせてやりたいんだ」
 ルカリオや、その進化前のリオルは『波導』と呼ばれる特殊な流れを感じ取ることが出来る。
この波導は目には見えないが、あらゆる生物や物体から発せられているのだという。
「ポケモンに優しい人間なんて、僕以外にも幾らでもいるさ」
「確かにそうだ。だが、お前は特にポケモンの事を考え、大切に思っている…そうだろう?」
「……」
 流石、波導使いのポケモンだ。エスパータイプでもないのに、
まるで思考を読まれているかのようだ。事実を言われ、アズサは肯定する。
「……そうだよ。たしかに僕は、ポケモンを大事にしてる。
対戦相手のポケモンに情けをかけてしまうくらいね……」
 まえにジムスから指摘されたことを思い出して、アズサは苦笑した。
「相手を憎むばかりの生き方なんて、つまらないし、嫌じゃない…だからあなたのような人間の強力が
必要なのよ。お願いアズサ。力を貸して欲しいの。あの子供達の未来を不幸なものにしたく無いわ。
この島にいるような、人間を憎むようなポケモンに、なってほしくないの」
 両の手を組んでミィカは祈るように懇願する。
だから、自分をここへ連れてきたのか……アズサは納得した。
彼らの考えはよくわかる。しかし――
「一つ聞きたい。君達はどうなんだ?人間を憎んではいないのか?」
 そうアズサが聞くと、2匹はしばし黙ってから、リジェルが先に言った。
「憎んでいないと言えば、ウソになる。俺も生まれたばかりの時に捨てられたクチだからな。
だが、いいこともあった。少しの間だが、俺を保護してくれた人間もいたし、いい人間もいることは
わかっている…。俺達と、子供達の世話をする数匹のポケモン達は、人間を肯定している者達だ。
人間否定派の連中は、小屋には近づけないようにしている」
 その言葉にミィカも頷いた。彼女も同じような境遇であるらしく、人間全てを憎んでいるわけではないようだった。
「お願いアズサ……人間を憎んでばかりいる大人達に囲まれて、あの子達に偏った考え方を持たせたくないわ」
「……」
 これほどまでに懇願されれば、断るのも悪い。だが…
「でも、海賊なんてよくないよ。こんな事を続けていれば、ポケモン協会の駆除対象になるぞ?」
 ポケモン協会は、トレーナーの管理等が主な仕事だが、野生ポケモン被害の対応もしている。
人間の生活に酷い影響を与えるような野性ポケモンがいたりすると、駆除をする場合もあるのだ。
 海賊達は、自分達の生活のためとはいえ、船舶を襲うなど、多大な迷惑をかけている。
恐らくこの島に拠点があることがばれたら、ポケモン協会が駆除をしに駆けつけるだろう。
「わかっているさ、そんなことは…だが、俺達はこうしないと生きてはいけない」
「なら別の生き方を探せば…」
「人間に捨てられたポケモンが、簡単に野生社会で生きていけると思うか?
それに捨てられたポケモンを受け入れてくれる人間など…そうそういるはずがない。
人間社会にも野生にも、俺達の行く所なんてありはしない」
「……」
 捨てられたポケモンは、その時点で『弱い個体』という烙印を押されている。
当然、ほとんどのトレーナーからは、見向きもされないだろう。大多数の人間は、
ポケモンは強いほうがいい、と考えているからだ。
 野生社会でも、人に飼われていたポケモンが野生の群れに受け入れられることなど、稀だ。
きっと孤立を余儀なくされるだろう。このリジェルやミィカは、まだ幸運なほうなのだ。
彼らの暗い過去と行く末を想像して、アズサは暗澹とした気分になる。
考えた末に、アズサは「暫くの間だけなら」という条件を出して、彼らの願いを受け入れることにした。


「はぁ…」
 嘆息しつつふと窓に目をやると、外はすっかり日が沈んで夜になっていた。
あれだけハイテンションでアズサにまとわり付いていたポケモン達は、疲れたのか、
すやすやと心地よさそうに寝息を立てている。アズサの膝の上にいるイーブイも、
寝てしまっていたので、起こさぬようアズサはゆっくりと静かにイーブイを抱き上げて、
足からおろし、自分の横の床に置くと壁にもたれかかった。急にどっと疲れが出て、猛烈な睡魔に襲われる。
(疲れたな……)
意識を手放してしまいそうになりつつも、アズサはまた手持ちポケモン達のことを思い出した。
(それにしても……リエラ達は無事だろうか)
 腰のボールホルダに手をやっても、空のボールがあるだけだ。
連絡を入れようにも、ポケギアは没収されてしまった。
リエラ達は今、どうしているだろう?あの戦いで、酷い怪我をしていなければいいが……。
自分がいなくなって、心配しているだろうか?先輩達も……やはり心配しているだろうな。
のこされた者達の事を思いながらアズサはまた嘆息した。
「リエラ……ルーミ……ジムス……」
 アズサは、ぼそりと名を呼んだ。皮肉っぽい所もあるが少しお調子者なジムス。
昨日、愛の告白をしてくれたルーミとリエラ。大喧嘩になったが、努力家で、とても頼れる彼女達。
そして、昨日のキスの余韻と、彼女達と一緒に寝た昨晩のぬくもりを思い出す。
(あいつらがいないと……寂しいな)
 そう感じてしまうほどに、自分にとってはなくてはならないものになっている……。
彼らのことを思いながら、アズサは眠りに落ちていった。

畑仕事 

「……きて……おきて! おーきーてー!」
 そんな声に、アズサはゆっくりと目を開いた。
「……?」
 見ると、目の前に一匹のムチュールが半ば怒ったような顔つきで立っていた。
「ミィカねぇちゃんがよんでるよ!早く起きて」
 その言葉に、アズサはばっと体を起こした。既に夜が明けていて、子供達が続々と小屋の外へ
出て行っていった所であった。アズサが起きたのを確認したムチュールは、
「はやくはやく!」
 と、付いてくるように促した。アズサは彼女の後に続いて小屋の外へ出る。
子供達について小屋の裏手に回ると、そこには家2件分程の広さの木の実畑が広がっていた。
「畑……?」
「そうよ。おはようアズサ」
 アズサの呟きに答えたのは、ミィカであった。彼女の手には、人間が使うツルハシやスコップが握られている。
おそらく、ここの鉱山に残っていたものだろう。
「これから畑仕事をするの。あなたも手伝って頂戴」
 そういうとミィカはアズサに近寄って、スコップを渡した。
「畑仕事……?お前達は、自分達で木の実を植えて育てているのか?」
「そうよ。海賊が奪ってくる食料だけじゃ、全然足りないからね」
「ああ……」
 それをきいて、アズサは頷いて納得する。確かにそれに子供達は育ち盛りで沢山食べるし、
海賊が奪ってきた食料だけでは、すぐに底を付くのだろう。
「こうやって自給自足しないと…やってけないからね。アズサは木の実を埋める穴を掘って」
「あ……うん」
 言われたとおりに、木の実が一つ入りそうな穴をいくつか等間隔に掘った。
すると、先程アスサを起こしたムチュールが、木の実が大量に入った籠を念力で浮かせながら
こちらにやってくると、掘った穴に一つ一つ埋めていった。
横に目をやれば、他のポケモン達も、こちらは素手であるが穴を掘って、木の実を埋めていく。
中には埋める予定の木の実をつまみ食いしてミィカに注意される者もいたが、彼らの表情は
真剣そのものだった。昨晩のイーブイなど、体を土で汚しながら勢いよく穴を掘っている。
「……」
 彼らも彼らで、生きるのは大変なのだろうな――。
ポケモンだけの生活というものを肌で感じたアズサは、そう思った。
「なにしてるの!?はやく次!」
「ああ!ゴメンよ」
 ムチュールにせかされて、アズサは穴掘りを再開した。


 日が高く昇った頃には、木の実植えの作業もおわり、食事の時間になった。
アズサは建物の土台(だったらしいコンクリートブロック)に座り、
腰を抑えて苦悶の表情をしていた。
「いったたた……」
 すっかり腰が痛くなってしまったアズサは、運動不足を思い知った。
日頃あまり体を動かしていなかったことを軽く後悔する。
「ふぅ……お疲れ様アズサ」
 そういって、土で汚れた体のミィカが近寄ってきて、アズサの隣に腰を下ろした。
すると給餌係のポケモンが、沢山のオレンとモモンの実が乗った大きなトレイを持って、
アズサたちのところへやってくる。
「はいどうぞ」
「ありがとう『マトリ』さん」
 礼を言うと、ミィカは木の実をそれぞれ一つずつ受け取った。
「ほら、アズサも。一人一コずつね」
「あ、うん」
 ミィカに進められ、アズサも木の実を受け取る。
マトリと呼ばれたそのポケモンは、紺色の体の各部に生えるヒレが特徴的なポケモン、
フカマルの進化系『ガバイト』だった。腕の爪をトレイの取っ手に引っ掛けて、器用に保持している。
「ありがとう」
アズサも、ガバイト――マトリにお礼を言う。
食事といっても、オレンの実と、モモンの実が一個ずつ。
人間であるアズサに食べられないものではなかったが、随分と質素だなと感じてしまう。
とりあえず自分も空腹であるので、モモンを一齧りする。
「……」
普段は只の甘い木の実なのだが、何故だか妙に美味しく感じられる。
労働の充実感が、一層旨みを引き立てているのだ。
すると、ガバイトがじっと見つめているのに気付いて、アズサは手を止めた。
「……? 何……?」
アズサが尋ねると、マトリはぐっと顔を近づけて、言った。
「ふぅん……アナタ、結構いいオスねぇ……」
「は……は?」
 突然そんなことを言われて、困惑する。
「あのリジェルが連れてきただけのことはあるわね……優しそうで……ふふ、ホンキになっちゃいそう……」
 何やら意味深なことを言ってガバイトはにんまりとすると、じゅるりと舌なめずりをした。
妖しげな笑顔に、アズサは気圧され戸惑う。
「あの……何?」
「いいえ。なんでもないわ♪じゃ、またね」
 そういうとガバイトは、鼻歌を歌いながら去っていった、心なしか、足取りが軽いようにも感じられる。
去りゆくマトリのそんな様子を見て、ミィカが口を開いた。
「よかったわね。マトリさんに気に入られたみたいよ?」
「マトリさん?」
「いまあなたと話していたガバイトよ。私と同じで、子供達の世話係でもあるのよ」
ついでに、今日はマトリが食事当番であることを付け加えてから、ミィカはオレンに齧り付く。
「陽気な性格だけど……でも怒らせると、すっごく怖いから、あなたも気をつけてね?」
「へ、へぇ……」
 実際怒らせると怖いのだろうが、あのマトリというガバイトには、敵意のようなものを
感じなかったので、悪いポケモンではなさそうだな……と思いつつ、アズサは再び木の実を口にした。

リーダー達 

 坑道内の一室で、海賊団のリーダーたちが集まっていた。
リジェルとミヤコのほかに、3匹のポケモンが、古びたテーブルを囲んで話し合っている。
「人間など連れてきたのが、そもそもの間違いなのだ…」
 そういったのは、赤く光る単眼をもつ、手掴みポケモン『ヨノワール』。
アズサが乗っていた船を襲撃し、物資の運び出しを指示していた、あのヨノワールだ。
その問いに、リジェルが答える。
「あの男は我々に害を及ぼすような人間ではない。俺の波導が、そう感じたんだ」
「フン…信用できるものか。まして人間に傷を負わされ、弱まって
しまった貴様の波導など、あてにはならん」
 ヨノワールは敵意と不信感を隠すことなく、リジェルの頭の傷を指して言った。
彼は人間に対して否定的かつ攻撃的な考えを持ち、普段からリジェルをはじめとする
他のリーダー達との折り合いは悪いのだが、
今回は人間を連れてきたこともあって、特に不機嫌であるのだ。
「あいつは大丈夫だ。少なくとも、俺達を捨てたような、戦うことしか考えていない連中とは違う」
「どうかな…?人の気は変わりやすいものだ」
 すると、黙り込んでいた刃ポケモン『エルレイド』が口を開く。
「『リオ』よ…我々が憎むべきは、ポケモンを戦うためだけの道具にする人間だ。
善良な人間までも敵視するのは、間違っているぞ?」
 すると、ヨノワール――リオの単眼(モノアイ)がふっと消えると、呟くように言った。
「どんな人間であっても、私は信じない。むしろこの手で捻り殺してやりたいくらいだ……」
 リオは、拳を握り締めた。
「気持ちはまぁわかりますけれどね……あの人間は、あくまで子供達の教育のために連れてきたのです。
そのうち、ジョウトに送り返すつもりです。いまは我慢をしてほしいのです」
 ミヤコはそういうと、リオに近寄って囁いた。
「ちゃんと、考えてありますよ……ちゃんとね」
「……」
 そのミヤコの囁きは、炎タイプとは思えないほど、酷く冷たかった。

 その後暫く、リーダーたちは今後の事について話し合い、1時間もすると、解散となった。
部屋を出て行こうとしたリジェルに、エルレイドが声をかけた。
「リジェルよ……リオから目を離すなよ…何か企んでいるかもしれん。
あいつは多くの人間から捨て回されて、特に人間を憎悪している。その憎悪の矛先が、
あの人間に向かもしれん」
「わかっている……あいつの悪意の波導は、常に監視している……」
「ならいいが……最近、リオのヤツが妙な動きをしているらしい…くれぐれも…な」
 言いながらエルレイドは、横目で部屋を出て行くリオを見ながら続けた。
「人間全てを憎んでいるようなヤツだ。何かを始めても、おかしくはない…気をつけろよ」
「ああ、わかった」
 リジェルが返事をして、2匹も部屋を後にした。

 暗い坑道内を進みながら、リオは独りごちる。
「私達はもともと…バトルの為に…戦うために生み出された……」
と、リオの単眼が再び灯る。それは、禍々しい悪意を含んだ、赤い光を放っていた。
「ならば戦ってやるさ…私を生み出した、人間たちの望みどおりにな……」

                             続く


遅くなってしまいましたが、ようやく7話目です。
一月に1話を目標にしてはいたのですが、今回の「島編」話は前半の山場であるので、
慎重に執筆をしていたら、かなり時間がかかってしまいましたorz

まだまだ長編執筆に関して分からない部分が多いので、
よい作品作りのために感想や指摘、アドバイスをいただけると嬉しいです↓


トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2013-07-19 (金) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.