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You/I 6

/You/I 6

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         「You/I 6」
                  作者かまぼこ

兄妹 

「はぁ…」
 水平線に沈む夕日を眺めながら、ニニギは嘆息した。
「お兄ちゃん。どうしたの?」
 横の林の中から、妹のサクヤが出てきて、ニニギに近寄った。
「とんでもないことになっちゃったなってさ……」
「そうね……」
 サクヤはニニギの横に降り立つ。
今までの平和な暮らしが壊された上、無関係なポケモンに迷惑をかけてしまっている
という罪悪感が、ニニギを苛んでいた。
「でも、そんなお兄ちゃんは、らしくないよ?」
「え?」
 意外な答えに、ニニギは声が裏返ってしまった。
「お兄ちゃんはもっとこう……いつも「僕に任せろ」とか「何とかする!」とか
言って、とっても頼もしいのに……今はなんか……」
「……」
 サクヤの言うとおりだった。
自分一人の手に負えない問題を前に、自信をなくしてしまっていた。
「一人で抱え込むから、そうなっちゃうのよ…ルギアさんだって、力になって
くれているのに……一人で抱え込まないで?そんなの辛いだけじゃない……
そんなお兄ちゃん見てるのは、嫌よ。いつものお兄ちゃんでいてよ……」
 サクヤは、愛くるしい瞳で、ニニギを見つめた。
妹の、透き通る宝石のような潤んだ瞳は、とても美しく、愛しい。
そんなサクヤを見ていると、ついニニギは胸が高鳴ってしまう。
「サクヤ……うん」
 そんな妹に見惚れて、ニニギは二の句が告げず、はっきりとした言葉が返せない。
(兄妹なのはわかってるけど……どうして僕は妹にときめいてしまうんだろう?)
 妹に対してこんな感情を抱いてしまうなど、あってはならないことなのに。
思えば、妹を意識するようになったのは、育ての親のおじいさんが逝った後からだ。
おそらく、親しい者を亡くした反動なのだろうが…と、ニニギは思っていた。
 自分達が暮らしていた島には、他のポケモンも何種類か生息していた。
無論、その中には牝もいたのだが、種族が異なるせいか、
いつも身近にいる妹の事ばかりが気になって、
いつしか妹を異性として意識してしまうようになっていた。
(人間で言う所の「シスコン」ってやつなのかな……)
 ポケ伝に聞いた知識を思い出しながら、ニニギは胸中で呟いた。
「お兄ちゃん?」
「へ!?あぁ!ゴメン……なんだっけ」
 言われてニニギは、惚けた顔をしてサクヤを見つめながらずっと黙り込んでいたことに気付き、
慌てふためいた。話もほとんど聞こえていなかった。
「もう!しっかりしてよぉ!最近お兄ちゃん、やっぱりヘンよ?」
「なるべく、いつもどおりにしているつもり…なんだけどな」
 サクヤが不満に頬を膨らませると、ニニギは苦笑する。
そんな姿も可愛らしくて、胸の鼓動はより早くなった。
「気持ちは分かるわ……でも、大変なことになったからこそ、みんなの力で解決するの! そうでしょ?」
「そ……そうだな」
変わったな……とニニギはドキドキしながらも感慨に耽る。
(小さかったときは、泣き虫だったのになぁ……)
 誰しも時を経て成長し、大人になっていくものだが、今のニニギには、それがなんとなく寂しく感じられた。
「早く解決すると良いね……」
「だな……」
ニニギは、サクヤと2匹で夕日を見つめた。明日も、晴れそうだった。
と――
「あー! サクヤねーちゃんだー!」
 素っ頓狂な幼い声が、浜辺に響き当たる。声のした方を見やると、透き通るような青色の体をした
 小さなポケモン、『マナフィ』が、ニニギたちを指していた。
 ルギアが出かけてからというもの、よくニニギたちに合いに来るようになって、
特にサクヤの事が気に入ったらしく、マナフィは彼女によく甘えるようになった。
「あら、マナくん」
 サクヤが呼びかけると、マナフィは軽くジャンプしてサクヤに飛びついた。
「!!」
 ニニギは硬直した。
サクヤの細い腕に抱かれながら、マナフィはサクヤの体をぺたぺたと触る。
「キャッ!ちょ……マナくんてば……ふふ……もぉう……」
「わーい♪ねーちゃんの肌柔らかーい♪」
 更に顔をうずめてゴリゴリと擦り付けたりもしている。サクヤは軽く悲鳴をあげたが、
まんざらでもなさそうであった。
(こ……このマセガキ!!! なんてヤツ!! 妹に顔をこすり付けるなんて……
僕ですらやったことの無いことを……羨……許せん!!)
 当のマナフィ本人には、そんな下心などは全く無いのだが、
ニニギはかなり齢の離れている(らしい)マナフィに嫉妬の炎を燃やした。
流星群をぶつけてやろうか――!?と大人気なくも思ったそのとき、目の前の海が、急に盛り上がって、
 ルギアが姿を現した。
「遅れてすまない、少しばかり時間がかかった」
「あ、るぎー、お帰りー」
 サクヤに抱きかかえられながら、マナフィはルギアに向けて手を振った。
「どうにか話はついた。力を貸してくれるそうだ」

聖剣士 

 カントー・ジョウト地方から遠く離れた「イッシュ地方」に存在する、
とある林の中を、彼女――Y・Kは進んでいた。
「本当にここでいいの?」
 彼女の肩に乗っている小さなポケモン、エモンガが尋ねた。
「ええそうよ…この林は彼らがよく目撃される場所…
地元の人間にも、あまり知られていない秘密の林…」
 言いながらも、Y・Kは歩を進める。
「でもさぁ、相手は伝説のポケモンでしょ?そう簡単に合えるのかしらね。彼らは人間を信用して
無いんでしょ?」
「…まぁ、会って話をしてみないことには、わからないわ」


 数日前の事であった。
「イッシュの『聖剣士』…ですか?」
 仲直り団のボス、ヤクモに呼び出されたY・Kは、部屋に入るなり指令を下された。
「ああそうだ。彼らを是非、我々の仲間に引き入れたい」
 伝説のポケモンを味方に出来れば、心強いのは理解できる。しかし、
聖剣士たちは、かつて人間が引き起こした戦のせいで、人間の前に姿を現さなくなったという
話があるくらいだ。捕獲することは容易ではないだろう。
「しかし、聖剣士たちは、人間を信用していないと聞きます。そんなポケモンを捕獲するというのは…」
 無理なのではないか?と言おうとしたY・Kの言葉を遮るようにして、ヤクモが言った。
「『捕獲』ではないよY・K。人間を憎むポケモンにそんな強制手段をとったら、
それこそ反発していう事を聞かなくなる。それに…人を憎んでいるポケモンだからこそ、
我々には必要なのだ。彼らは、ポケモン達を守るために、時には人間に制裁を加えたともいう。
そういうポケモンが我々の仲間になってもらうことが、計画には必要なのだよ。
あくまで説得した上で、我々の元へ連れてきてもらいたいのだ」
「説得…?ですが、どうやって?彼らは恐らく我々のいう事になど耳を貸さないでしょう」
 それに、捕獲にしても説得にしても、そういった伝説のポケモンを仲間にできた人間は、
過去の例から見ても極めて稀だ。
「我々の理想と計画の全貌を話すのだ。たとえ人を憎んでいたとしても、
まずはこちらの本心を語ることが大切だ。そうすれば、まず理解はして貰えよう。
それに彼らは、人間同士の争いに巻き込まれた、人のエゴの犠牲者とも言える。
我々の理想を聞けば、悪い顔はしないはずだ」
「はい」
 Y・Kは抑揚の無い返事を返す。
「……もしそれでも説得できなかった時は、これを」
 いいかけて、ヤクモは、机の下からトランクケースを取り出した。
計画開始宣言の時に見せた、例の白と黒の「石」が入っているものだ。
イッシュ地方の伝説のドラゴン、レシラムとゼクロムの封印形態――。
「こういうやり方は気が引けるが、もし説得できなかった時は、この2つの石が
我々の手の内にあることを伝えろ。そうすれば、連中はこちらの要求を飲まざるを得なくなるだろう」
 レシラムとゼクロムはイッシュの伝説の中でも最も有名で、イッシュを一度破壊したともいわれている。
ポケモン達を守っている彼らにとっては――脅威になる。Y・Kは僅かに顔を顰める。
(脅せという事ね……)
 唾棄したい気分だった。結局最後は力に訴えねばならないのか――
「これはあくまで最終手段だ。なるべく、説得した上で連れてきてもらいたい……
 かつてイッシュで殿堂入りをした、君のその実力を見込んで、頼みたいのだ……できるか?」
 しばしの沈黙の後、Y・Kは答えた。
「……は。理想実現の、ためならば、やってみせます」
 少々不満点はあるものの、ボスの命令ならば仕方が無いし、それがポケモン達の……人間達のために
なるのならば……と思い、Y・Kはしゃきりと背筋を伸ばし、承諾した。
「そうか……イッシュへの便は、既に手配しておいた。ホドモエのハルモニア保護団にも、連絡を入れてある。
何かあれば、そこを頼れ。いい報告を期待しているよ」
「は!」


「それにしても、説得なんてボスも無茶なことを言うわね…なんでそんな
難しい任務、引き受けちゃったのよ?」
「まぁ組織のためもあるけど、私にしか出来ないことだって思ったから」
 それに、伝説のポケモンを従わせるというのは、トレーナーならば誰しもが憧れることである。
自分は既に若いとはいえない年齢だが、殿堂入りをした経験もあるし、まだまだ若いトレーナーには
負けないつもりでいる。力試しも兼ねて、Y・Kはこの任務を引き受けることにしたのだった。
「ふーん……でも、あのボス……ヤクモってヒトも、結構実力あるトレーナーなんでしょ?」
「ええそうよ。聞いた話じゃ、昔、殿堂入りしたこともあるらしいわよ?」
「そんなすごい実力があるなら、こんな任務自分でやればいいのに……」
「あの人は、組織のリーダーだし、色々と他の仕事もあるからね……忙しいのよ」
 仲直り団は表向きは『マーシーズ』という、捨てられたポケモンを保護する団体であり、
イッシュ地方のハルモニア保護団や、シオンタウンのポケモンハウスなど、
各地方にある保護組織とのつながりも深く、シルフカンパニーやホウエンの
デボン・コーポレーションなどから秘密裏に活動資金を出資してもらっているという。
団の中でもそこそこの地位にいるY・Kだが、それでも知らないことは多い。
 噂では、ポケモントレーナー協会の一部とも繋がりがあるらしい。
そうした多くの組織と繋がりを保ちつつ、ボスは組織の管理運営を行わなければならない。
チョウジの秘密基地で建造中のあるモノも完成間近であり、今は特に忙しい時期なのである。
「今日は、クチバシティの大好きクラブに顔を出したり、ヤマブキ支部の視察がある予定だから、
今頃はカントーのあちこちを回ってるんじゃないかしら」
「ふーん。組織のトップって大変なのね」
 肩のエモンガと会話しつつ、林の中を進む。
 林の中は、霧に包まれており、迷ってしまいそうなほど濃かった。
よく見ると、ポケモン達の姿も見かけない。まるで異世界にでも
入り込んでしまったかのように、林の中は寂寞としていた。
暫く進むと、そこだけ木々のない広場のような場所に出る。
「あれね」
 その広場の中央部分には、巨大な岩が鎮座していた。只の岩ではない。
真ん中に、大きく、何かで切りつけたかのような、3つの傷跡がある。
「『誓いの岩』よ。噂じゃ、ここに聖剣士たちは集まっているらしいわ」
「ふーん」
 エモンガは気の無い返事。
「さて、まずは…」
 そうY・Kが言いかけた時、彼女の脇を何かが駆け抜けていった。
「く!」
 そして僅かに、脇腹に僅かに痛みが走る。見ると脇腹のあたりの服が、切れていた。
「動くな」
 重みのある声が、霧の森林に響き渡る。すると、声の主が濃霧の中からゆらりと姿を現した。
青い体毛に2本の大角を持つポケモン…聖剣士のリーダー格『コバルオン』。
「やっぱり、好意的じゃないみたいね」
 エモンガは、呆れた声で言った。
「何だぁ!お前らはぁ!ここは人間が来ていい所じゃねぇ!とっとと出て行け!」
 続いて、野太い怒鳴り声が響き渡ると、聖剣士の一頭『テラキオン』が姿を現した。
前足で地面を踏みつけ、その巨躯から放たれる圧倒的な存在感で、Y・Kを威圧する。
「ここはポケモン達だけの聖域。人間が立ち入ることはなりません。お引き取りください」
 ゆったりとした、なだめるような声で、緑色の『ビリジオン』が姿を見せる。
3頭に取り囲まれながらも、Y・Kは辺りを見回した。すると、濃霧のためによく分からなかったが、
奥のほうに沢山のポケモン達が集まっているのが見えた。
(私達がここに来ると知って、あたりのポケモン達をここに避難させていたのね…)
 どうりで他のポケモン達を見かけなかったわけだ――納得しながら、Y・Kはリーダー格の
コバルオンに顔を向け、尋ねる。
「あなた達が聖剣士ね…コバルオン」
「いかにも」
 素気なく、コバルオンが答える。
「あなた達の場所に勝手に入ってしまったことは謝ります。でも、私達は、あなた達に
会いに来たの。あなた達に、頼みたいことがあって」
 その言葉に、テラキオンが片目を吊り上げ、吐き捨てるように言った。
「頼みたい事ぉ?は!人間の頼み事なんざ、どうせロクでもねぇことに決まってらぁ!!
ブッ飛ばされる前に(けぇ)れ帰れ!」
「残念ですが、私達は、人間には干渉しないと決めているのです。お引取りを…」
 テラキオンが怒声を上げ、ビリジオンが、かぶりを振って拒否した。
(やっぱりな……簡単にはいかないわね)
 やはり彼らの猜疑心を振り払うことは難しそうだ……と感じつつも、Y・Kは続けた。
「単刀直入に言うわ。あなた達の力がいるの……ポケモン達を、救うために」
 その言葉に3頭は怪訝顔をした。
「あ゛ぁ?なぁに言ってやがる。お前らは自分達の事しか頭に無いクセして、ポケモンを救いたいだぁ?
勝手な事を言いやがって!どうせウソなんだろう?ウソに決まってるぜ!」
「そうね……確かに人間はウソつきで身勝手……エゴの塊だわ。でも、その勝手を止めるために、これ以上、
不幸なポケモン達を生み出さないために、あなた達の力が必要なの。お願い、話を聞いて」
言いつつも、Y・Kは地面に座り込んで、土下座の姿勢を取った。
「なっ……」
 Y・Kの意外な態度に、テラキオンは困惑した声を出し、ビリジオンと顔を見合わせた。
人間が、自分達にここまで平身低頭するとは、思ってもいなかったようだ。
 2頭は、コバルオンに尋ねた。
「コバルオン……どうしますか?」
「俺は反対だぞ!?人間のいう事だ、何か裏があるに決まってらぁ!」
「ですが…いままで人間達が、我々に頭を下げたことなんて、ありましたか?
それに、あの人間からは、どこか悲哀のようなものも感じ取れます。何か事情がありそうですが…」
ビリジオンとテラキオンの問いに、コバルオンはしばし瞑目してから、口を開いた。
「……話だけは、聞こう」

次のジムへ 

「いやぁ…一時はどうなることかと思ったよまったく」
 本日分の講義を全て終え、帰りの送迎バスの車内で、ジムスが言った。
「ああ、まさか最後の最後でヌケニンが出てくるなんて思ってもいなかったよ…」
苦笑しつつ、アズサが応えた。
 この日、大学に来る前、アズサ達は4つ目のジム、エンジュシティのジムに挑戦した。
ゴーストタイプ専門のジムであり、ジムリーダーの繰り出すゴーストポケモン達は、
姿を消したり、カベの中に入り込んだりして、中々に手強かった。
「ムゥマージも中々素早くて強かったけど、まさかヌケニンとはね」
 ヌケニンは、ツチニンがテッカニンに進化する際、その抜け殻に魂が宿った
存在だといわれているポケモンだ。
このポケモンの強みは、「不思議な守り」という特性にある。
この特性は、効果抜群の技しか効かないというものであり、したがって虫・ゴーストタイプである
ヌケニンには、炎・ゴースト・飛行・岩・悪の5種類しか当たらない。
アズサの手持ちには、これら5種類の技を覚えたポケモンがおらず、誰も手出しが出来ないかと思われた。
「いやぁ、本当に助かったよ。リエラが『毒の粉』を覚えていてくれて」
 そういって、アズサは横にいるリエラの頭を撫でた。
「うふふ。どういたしまして。まぁ、シザークロスが痛かったですけど」
 だが、この「不思議な守り」にはいくつか抜け道があった。
効果抜群意外は効かないのだが、状態異常や天候異常技、そしてステルスロックといった
トラップ技は無効にできないのである。
 霰や砂嵐になったり、毒や火傷状態になればダメージを受けてしまうのだ。
そこでリエラが相打ち覚悟で毒の粉を浴びせて、どうにか勝利することが出来たのだった。
「よく頑張ったな。ありがとうリエラ」
 そんなアズサの言葉が、嬉しくてたまらなくて、リエラは自然と短い尻尾が左右に振れた。

 その横に座るルーミは、少しばかり不機嫌であった。
(何よ…私だって頑張ったのに)
ルーミも、今朝のジムバトルではそこそこ活躍した。
素早いムクマージの攻撃に耐えつつ、10万ボルトを連射し、少々強引にだが倒すことに成功した。
 自分だって、同じくらい活躍したのに、なぜリエラばかりがこんなに賞賛されているのだ?
ルーミは頬を膨らませて、ブスッとしていると、
「でもまぁ、ルーミもジムスも、よく頑張った。ありがとう。明日のタンバジムもこの調子で頼むよ」
 そういって、アズサは微笑んだ。
 今夜は自宅に戻らず、クチバシティから出る船で5つ目のジムがあるタンバシティに向かうことになっている。
アズサは今の実力が何処まで通用するか試してみようと、早くも5つ目のジムに挑戦することを
考えていた。タンバシティへは、アサギシティから船に乗って、海を渡らなければならない。
 そのため、まずはアサギシティを目指さねばならないのだが、一度ジョウトに戻ってから陸路で目指すのも面倒で、
クチバシティから、アサギシティゆきの船があるのと、明日は休日で時間の余裕があることなどから、
船で一泊してタンバシティを目指すことにしたのだった。
 そんなアズサの言葉と表情に、ルーミは顔を綻ばせた。
ちゃんと、自分のことも分かってくれているんだ…と思えて、先程までの不機嫌がウソのように、
一気に不満が消え失せ、頭の中は、彼の想いでいっぱいになる。
「は……はい。ありがとうアズサさん……」
 ポケモンたちを気にかけてくれる優しい彼への想いは、日に日に大きくなっていく。
そして以前、観覧車の中で言いかけた本音を、そろそろ打ち明けてみるべきか――と胸中で思った。

タクヤ 

「しかし……これでジムは4つめか……」
 そう呟きつつ、アズサはバッヂケースを取り出し、バッヂを神妙な顔つきで眺めた。
8つのジムのうち、既に半分をクリアしたのだ。残りのジムも、この調子で突破していきたい
所だが、いかんせんまだ手持ちは3匹のみで、戦力不足感は否めない。3匹だけでは、これからの
バトルで苦戦することは必至だ。今朝のヌケニンのように、対応できない事態が発生することもありうる。
そろそろ、手持ちに残り3匹を加えることも検討しなくてはならない。
(今の手持ちは草・電気・ノーマル…幅広く対応できる水タイプが欲しいところだな…)
 そんなことを考えていると、バスはヤマブキシティの駅前に到着した。
いつもなら、ここからリニアに乗って、ジョウト地方へ帰るのだが、この日は
港町のクチバシティ方面のバスに乗り換える。ヤマブキシティからクチバシティへは
大した距離ではないものの、やはり時間がかかり、日没も間近だったので、バスを使うことにした。
乗車して1時間もしないうちに、バスは目的地へと到着した。
バスを下車してから、アサギシティ行きの船に乗るためフェリーターミナルへと向かい、
チケットを購入してから待合室に入る。吹き抜け構造の広い待合室には、沢山のイスが並んでおり、
乗船待ちの客やポケモンが乗船時間まで思い思いに過ごしていた。
「……ん?」
 待合室を見回していると、どこかで見たような顔が、アズサの視界に入った。
気のせいかと思って、再度そちらへ目をやり確認する。
「う……」
 アズサは呻いた。
一番奥の列に、2匹のポケモン――白い体に赤い模様のと、緑色の笠を被ったポケモンに
囲まれるようにして、その男は座っていた。肩まである長い髪の男――アズサの先輩。タクヤだった。
「おう、アズサ君どうしたの。こんなところで」
向こうもこちらに気付いて、そういって席を立ちこちらに向かって歩いてくる。
「先輩……どうしたんですかこんな所で……」
 タクヤは普段ヤマブキシティのアパートで暮らしており、大学以外で会うことはほとんど無い。
それがなぜ、こんな所にいるのだろうか?
「いやーララ達がアサギ名物「オクタン焼き」をどうしても食いたいって
いうからさ。明日明後日は休みだろ?だからついでに、エンジュシティとかも
観光しようと思っててさ…アズサ君こそ、どうしたんだ?君ん家ワカバタウンじゃなかったっけ?」
微笑みつつタクヤは尋ねた。
「……僕は、明日タンバシティにジム戦に……」
「ん……ああ、ジム戦か! 頑張れよ?」
 そういって、タクヤはぐっと親指を立てた。
やっぱりこの人は苦手だ…とアズサは思う。
手持ちとの相思相愛ぶりを見せ付けられるのもそうだが、
殿堂入りという偉業を成し遂げた彼に、嫉妬のような感情も抱き、常に余裕たっぷりな彼と
顔を合わせるたびに、それが顔に出てしまいそうになるから、なるべく会いたくはなかった。
「アズサはジム戦?がんばんなよぉ?かっこよく活躍して、あの子たちをメロメロにしちゃいな♪」
「だからそういう話は……」
 ミリィが首を突っ込んできた時、タクヤが割ってはいる。
「まぁ色々あるだろうから、あそこへ言って話そうぜ?腹も減ったしさ」
 そういって、タクヤは待合室の片隅にある、立ち食い蕎麦屋を指差した。

ララとミリィ 

 蕎麦屋は、よく駅の構内などにある、小さなイスが並ぶタイプの店だった。
厨房では割烹着姿のおばさんがネギを切り、頭にハチマキを巻き、
エプロンを身に着けたミルホッグが、うどんと蕎麦を茹でていた。
 タクヤはアズサ達の分も含めたかけ蕎麦の食券を7つほど買い、おばさんに渡す。
気まずくなったアズサは「自分で払う」といったが、「いいって。俺のオゴリだから」と、
アズサ達の分も全て支払ってくれた。
「へいおまち」
 程なく、ミルホッグから7つ分のドンブリを渡されると、2人と5匹はカウンター席に
並び、気まずい感情のままアズサも食べ始めた。
「いただきます……」
 ポケモン達は食べ方も様々だ。ジムスやルーミ、ミリィといった、
手のあるポケモンは、普通に箸を使って蕎麦を啜るが、4つ足のリエラは蔓を伸ばして箸を使い、
口に運んでいる。特にリエラは、2本の蔓でよくあそこまで麺を手繰れるなぁ……と感心しつつ、
アズサは蕎麦を口に運んだ。
「そうかぁ……もう4つ目か……凄いな……」
蕎麦を啜りながらも、タクヤが口を開く。
「……そうですか?殿堂入りした先輩の方が、もっと凄いと思いますけど」
「いや凄いさ。俺は確かに殿堂入りしたけど、リーグに出るためのバッヂを集めるのに、
1年半以上かかったんだぜ?ジムリーダーに何度も負けて、なかなか先に進めないことも
多かったってのに…それをまだ1月半ちょっとで、もう4つもバッヂを集めたなんて、凄いよ」
ストリートバトルをあまりしないかわりに、アズサは大学の空き時間に専用のバトル施設に通い、
そこでポケモン達を訓練してきた。勿論、負けることも何度もあったが、ここなら気兼ねなく
集中することが出来たし、専門講師からアドバイスももらえるために、外でバトルを繰り返すよりも、
効率がよく、それはポケモン専門大学に通う学生の特権ともいえた。
「……」
 やっぱり、苦手だけれど凄い人なんだな……とアズサは改めて感じた。
タクヤは、大学に入学する少し前に、殿堂入りを成し遂げたという。
考えてみれば、タクヤはそういうサポートなど一切無い状態でバッヂを勝ち取り、
リーグで四天王とチャンプを下したのだ。その努力は相当のものだろう。
「やっぱり、先輩はポケモンを鍛える時に、厳しく、辛くしたんですか?」
 すると、食べ終え口を拭ったミリイが言った。
「とんでもない!タクはとっても優しかったよ?タクもタクなりに頑張ってたから、
だからかな……段々、力になってあげたいなーって思うようになって、
アタイ達も自然とバトルに力が入るようになって…」
 その隣のララも頷く。
「そうね。マスターの頑張りに応えたいってのが、一番大きかったわね。
そんなことをしているうちに段々と…マスターの事が……ね」
 ララはポッと顔を赤らめる。
「そーそー。どんどんカッコよくなってってさー♪愛の力ってやつぅ?」
 両手で頬を押さえて、体を左右にくねらせるミリィ。
「まぁ愛の力かどうかはともかく……そりゃ時々は厳しくしたけど、
基本的には成功したら褒めたりとか、優しさを持って接したよ。
思いやりの心ってのは大事だよ。アズサ君」
 優しさを持って接するのはトレーナーの基本である。それがなければ、
よくニュースで目にするような、ポケモンを捨てる無慈悲で
身勝手な人間になってしまうだろう。
(……優しさは大事なんだな、やっぱり)
 苦手な人だけれど、やはり実力者の意見は参考になるな――思いつつアズサは再び蕎麦を啜った。

邂逅 

そのおり、店に2人の客が入ってきた。
「いらっしゃい」
 黒服の男と、同じく黒服の赤い髪の女だった。そしてその後ろには、男の手持ちだろうか、
3つの首を持つポケモン『サザンドラ』がぬぅ……と暖簾をくぐり入ってきた。
男は食券を3つ購入し、「マトマ天蕎麦3つ」といってミルホッグに渡した。
「サザンドラだぜ……やっぱり凄い迫力だよなぁ。」
 タクヤが、黒服たちに聞こえないように小声でアズサに言った。
「そうですね…何でも食べてしまうって聞きますけど…」
 言いながら、アズサもサザンドラを見やった。
サザンドラは、差し出されたドンブリを片手で掴むと、もう片方の手で備え付けの
七味トウガラシを掴み取る(口に咥える)と、満遍なく降りかけた。
赤くなって、蕎麦が見えなくなるほどに。
 それを見ていたアズサは、口を押さえる。見ているこちらの口がヒリヒリしてくるような光景だった。
恐らく、辛いものが好きな性格なのだろうが、ただでさえマトマの天麩羅だけでも辛いというのに、
さらに真っ赤になるまで振り掛けるとは……。
 そして、サザンドラは、その真っ赤に染まったマトマ天蕎麦に口を近づけて、がつがつと一気に食べ始めた。
さすが何でも食べてしまうという種族だけあって、あっという間に汁すら残さす蕎麦を完食した。
辛くないのだろうか――?と疑問に思いながら、アズサは脂汗を浮かべた。
ゴトンと、サザンドラはカウンターにドンブリを置く。
「ふわぁ……ごちそーさま♪」
その一杯で満足したのか、サザンドラは笑顔になった。
「美味しいか…『アリネ』」
「うん、辛いのだーい好き♪ヤクモもね♪」
 そういって、サザンドラは嬉しそうに黒服の男の首に腕を回し抱きついた。少し高めの声から、
牝のようだった。男の横で蕎麦を食べている赤い髪の女が、若干不快そうに顔を顰めた。
恐ろしい外見だが、このサザンドラは優しい性格のようだ。
やはり見かけで判断するものではないな……と思っていると、
店のカベに設けられている超薄型テレビから音声が聞こえてきた。どうやら夕方のニュースらしい。
店のおばさんが、ニュースを聞こうと音量を上げたのだ。
アズサとタクヤは、テレビに目をやった。
『……タウンで発見された男性は、縛り上げられ、『私はポケモンを捨てました』
という、写真を添付した張り紙をされたうえで、屋外に放置されていたとのことで、警察は
保護された男性から事情を聞いています……。次のニュースです』
ニュース番組は、相変わらず捨てポケモンのニュースが流れていて、
『キンセツシティでタツベイが大量に捨てられた』
『捨てられたメラルバが、森林火災を起こしかけた』
といったものばかりだ。
「相変わらず…勝つために厳選しているヤツが居るんだなぁ…」
 神妙な面持ちでタクヤが言った。ポケモンに愛を注いでいる彼からすればとても許しがたいことだろう。
アズサ自身もそう思う。ポケモンだって笑い、泣き、怒ることができる、感情を持っているのだ。
まして生まれたばかりの何も分からないポケモンを捨てる行為は酷いと思う。
「俺も、そういうヤツを何度か見てきたけど…勝つために強いポケモンがいる。
それ以外はいらないって…ポケモンは『力だけが全て』って考えのヤツばかりだったよ」
「……ポケモンに対して、そういう考え方だけは、持ちたくは無いですね」
 それにかつてアズサはポケモンを失ったこともある。だからこそ、
ポケモンを大切にしたいという思いは、強い。
命を弄ぶようなマネだけはしたく無いと心底思う。
暗い表情で、テレビを見つめていると――
「君らも、そう思うかね」
 急に、黒服の男がアズサ達に話しかけてきた。
「私は、仕事でポケモンの保護団体をやっているのだが…君達のような、
若いトレーナーに、そういうまともな考えを持っている者がいてくれて、大変嬉しいよ」
 そういって、男は名刺を差し出した。
『ポケモン保護組織“マーシーズ”代表…イズキザキ・ヤクモ』とある。
「はぁ……保護団体ですか」
 タクヤが言うと、男は引き締まった真剣な眼差しで、2人を見つめて言った。
「だが、こんなマネをし続けていれば、やがて人間は大きな報いを受けると思わないかい?」
「報い……ですか?」
「そうだ。ポケモン達は身勝手な人間達に怒り、それこそ昔のポケウッド映画のように、
人間に反旗を翻すかもしれない…と私は思っているんだよ。
今のポケモン達は、言葉を話すことが出来るからね」
「たしかにありえるとは思いますけど……付き合い方を間違わなければ、
ポケモンと人間はよき友人で居られると思いますよ」
 アズサは本音を言った。上手く付き合えば、仲良くなれる。それは今も昔も変わらないし、
人間同士の付き合い方にも言えることだ。
「そう。まさにその通りだよ。だが、今も昔も人間はポケモンの力のみを求めて、
道具扱いをするものは多いし減ることは無い。なぜかというと、人間はポケモンの事を
下に見ているからさ。自分達とは異なる、生物だから……とね。
君は、何故ポケモンが言葉を話すようになったか、知っているかね?」
「……いえ。色々な説がありますけど、確か今でもよく判っていないんですよね?」


 ポケモンが言葉を話す理由――色々な講義で何度も説明されたことだった。
ポケモン達が人語を話すようになったのは40年ほど前からであり、そうしたポケモンが
野生、人間の手持ちを問わず、ぽつぽつと出現し始めたというのである。
しかし、今も研究が進められているが、何故喋るようになったのか未だよく判っていないのである。
学者達は『生物として「進化」を遂げた』説や『先祖還り』等、色々な説を唱えた。
しかしそれらも、なぜ40年前から突然起こりはじめたのかという肝心な部分が分かっていない。
思い切ってポケモンに喋れる理由を尋ねてみた学者もいたが、『親が喋れたから』
『自然と喋れるようになった』『ある時主人の言葉が急に分かるようになった』など
漠然としており、イマイチ理由がハッキリしなかった。

「喋れるようになった今のポケモン達は、人間とほぼ同等の存在になったといってもいい。
そうした現状で、人間達のエゴで不幸な目に遭うポケモン達がいては、やがてポケモンと人間、
両者の関係は断絶してしまうだろう。だから我々人間は、ポケモンに対する意識を改めなければ
いけない時期が来ていると…思わないかね?」
「はぁ……」
 現状、ポケモンに「人権」というものはない。確かに、この男の危惧することもわかるが…。
アズサはそう思いつつも、この男から妙な違和感を感じた。どこか危なげな、そんな感覚だ。
「人間は、ポケモンに対して慎まなければならない。その慎みをずっと保つことが
出来なければ、ポケモンは人間に失望し、やがて人間の前から姿を消すだろうな」
 その話を聞いて、アズサはシンオウに似たような昔話があったことを思い出した。
人がポケモンを乱獲し、そのためポケモン達が人の前に現れなくなったという話だ。
よく似ているな……と思いつつも、アズサは続けた。
「そうですね……強さや勝利を求めたり、そのためにポケモンを厳選したりする人は、
ポケモンは『生きている』という意識が出来ていないんだと思います。
何ていうんでしょう…熱中するあまり、周りが見えなくなる…みたいな。
ですから、バトルは程ほどにして、ポケモンは「生きている」という認識を
させれば、マシになっていくんではないでしょうか」
 アズサは本音を言った。
「そうだな……そういう認識が、強くありたいトレーナーには欠けているのだよ。
その認識こそポケモンと付き合うのには必要だというのに。
……君は本当に、ポケモンの事を大切に考えているんだね」
 そういって男は瞑目して続けた。
「だから君は……そういう意識を常に忘れないようにするんだ。
それが出来れば、心無いトレーナーになったりはすまいよ。
バトルに勝つためだけに、ポケモンを捨てたりするような、そんなヤツには……」
 そういうと男は立ち上がって、トレイを返却口に返すと、赤い髪の女とサザンドラもそれに続いた。
「ポケモンを大切に……その絆を大切にしなさい……失った絆は、戻らないのだからね」
 そういい残して、彼らは店を出て行った。
「あのおじさん、保護団体の人だけあって、ポケモンのことをしっかりと
考えているんだな。あのサザンドラ、よく懐いてる」
「そうですね……ポケモンの事を思っている人に悪い人はいませんよ。マスターみたいに♪」
 タクヤが言うと、ララが顔を綻ばせた。
確かに、そうだろう。思いやりの心がなければ保護活動など出来はしない。
だが、先程感じたあの妙な違和感は一体――?
「さて、そろそろ時間だぜ?行こう」
 乗船時間が迫り、アズサはその疑問について考えるのを中断し、店を後にした。
客がいなくなり、静かになった店内に、ネギを切る音と、ニュースの音声だけが、響いていた。
『次のニュースです。ポケモン海賊団による相次ぐ船舶襲撃事件ですが、
警察及びポケモン協会が合同で調査中ですが、彼らの潜伏場所は特定できておらず、先日も
ホウエン地方沖で発生した、大型フェリー『フエン丸』の襲撃も――』

風神と雷神 

 Y・Kは聖剣士達に、仲直り団の理念や目的を、詳細に伝えた。
捨てポケモンの現実。力こそ全てな人間達。誰かがそうした人間達を止めねばならないこと――
「話は分かったがよ…結局は人間のやったこったろう?自分の尻拭いくらい、できねぇってのか」
 不機嫌面でテラキオンが言う。
「本当はそれが理想だけれどね…。勝手を続ける人間達に、
思い知らせる必要があるの。やがて報いを受けると。昔、人間達と戦い、
制裁を与えていたあなた達なら、それが出来る……ポケモン達を救うためには」
「なるほど……でも私達が力をふるって、それで人間達が納得するとは思えませんね。
むしろ反発して、私達を力でねじ伏せようとするのでは?」
 ビリジオンが意見した。相手は人間なのだ、それは当然考えられうる抵抗である。
「そうでもしないと……痛い目を見ないと、人間は理解しない……自分達の過ちには気付かない。
だからあなた達の力を借りたいのよ」
 そのおり、コバルオンが顔を上げ言った。
「ポケモン達を救いたいという、お前達の理想はわかった。力で思い知らせることも、
必要ではあろう。我々もかつて人間達のイクサに巻き込まれたから、よく知っている。
だが、本当にお前達はそう考えているのか?それを証明できるものはあるか?」
 コバルオンの意見に、テラキオンが賛同する。
「そ、そーだ!お前が口で出まかせを言っているだけって可能性もある。
お前の言う理想が真実かどうかを証明して見せろ!」
「それは――」
「ウソじゃねぇなら早く見せてみろよ!」
 テラキオンが声を荒げる。Y・Kは言葉に詰まる。確かに今はそれを証明できるものは無い。
返答に困って立ち尽くしていた時だった。
「師匠!大変だよぉ!」
 最初にY・K達がやってきた方向から声が響き、一頭の若々しい水色の尻尾と赤い鬣を持つ
4つ足のポケモンが駆けて来る。コバルオンたちに比べて小柄で、顔には幼さが残っている。
「ケルディオか……どうした?」
 コバルオンが尋ねると、ケルディオは息を切らせつつ告げた。
「来たんだよ!あいつらが…あのオッチャン達が!」
 ケルディオが言った時、広場に哄笑が響き渡り、2匹のポケモンが現れる。
「ほーほほほ!こんな日はイタズラ三昧に限るのぉ!兄弟!」
「ヌフフ……ああそうだな。困った顔を見るのは、大層面白い」
 その2匹のポケモンは上半身は人型をしているが、下半身は雲上のエネルギー体に包まれている。
どちらも中年男性のように見えるそのポケモン達は、イッシュ地方でイタズラを繰り返す、
風使いと雷使いのポケモン『トルネロス』と『ボルトロス』であった。
「なんだ……ポケモンが見当たらんとおもったらこんな所におったのか……探したぞ?」
「相変わらず手回しがいいな聖剣士共……誰もいない林を駆け回るのは面白くも何とも無かったぞい」
 2匹は各々悪態をつき、心底つまらない…といったように顔を顰めた。
「まぁたあなたたちですか!迷惑だといってるでしょう!出て行きなさいトルネロス、ボルトロス!!」
比較的穏やかだったビリジオンが声を荒げて威嚇する!
「いいねぇその顔!怒った顔も素敵ですぞ?お嬢様」
 その言葉が癇に障ったのかビリジオンが益々威嚇の声を上げると、ボルトロスがコバルオンの
そばに立っているY・Kを見やり、言った。
「……んん?その人間はどうした?お前達は人間と接触しないときめていたのではなかったか?」
「こいつが俺達に勝手に会いにきただけだ!好きで接触したわけじゃねぇ!!」
 テラキオンが吼える。
「ほーほほ。なんだそーか。てっきり俺達はお前達が「そーいう趣味」に
走り始めたのかと思ったよ……ほほっ」
「てんめぇ……!!! ストーンエッジ喰らいてぇか!?ああ!?」
 バカにされたテラキオンは、前に出て怒鳴りつける。
「おうおう、相変わらず威勢がいいなぁテラさんは!」
 ボルトロスは『挑発』をして、彼らを苛立たせた。
「っっラぁ!!! ナメッじゃねぇぞゴラぁ!!」
「よせテラキオン……奥にはここのポケモン達がいるんだぞ」
 そういって、怒りに任せてストーンエッジを放とうとしたテラキオンをコバルオンが制した。
今ここで戦えば、奥に避難しているポケモン達にも被害が及んでしまう。
「ほーほほほ。どうだ聖剣士共よ、手も足も出まい?」
 トルネロスは嗤うと、突如“暴風”を放った。巻き起こされた旋風が、広場とその周辺の草木をなぎ払い、
林に多く住み着いているクルマユやフシデといった、飛行技が弱点であるポケモン達を吹き飛ばした。
「ぬわはは楽しいのぉ!これだからイタズラはやめられんのだ!」
言いながら、ボルトロスは“エアスラッシュ”を撃ちまくる。
 トルネロスと同様に、草木をなぎ倒し、ポケモン達へ被害を与えていく。
「やめなさ……ぐはっ!!」
 2匹による暴虐の嵐を止めようとしたビリジオンに、数発のエアスラッシュが襲い掛かり、
3頭の中で最も飛行技に弱いビリジオンはその場にくずおれる。
「ぐ……許さんぞ!!!」
「くそ!!失せやがれオヤジ共が!!」
負傷したビリジオンをケルディオが守りつつ、コバルオンが“ストーンエッジ”で攻撃を加え
テラキオンが悪罵と共にそれに続いた。
「ほぉほほほ……!」
 しかしトルネロスたちは、高速移動を積んで素早さを強化し、哄笑を響かせつつ聖剣士達の攻撃から逃げ回る。
「チッ……ちょろちょろと……ぐぁ!!」
テラキオンが舌打ちした時、トルネロスが放ったのであろう“気合い球”が前足に命中し、
テラキオンは、がくりと左前足を折ってくずおれる。岩タイプを持つ彼には、この技は大ダメージになる。
そして目の前には更に無数の気合い球が迫っていた。足を負傷し、機動力が奪われた彼には、
避けることもままならない。
「畜生……」
その時であった。
「『ミナリ』!“10万ボルト”!!」
 突如人間の声が響いたかと思うと、テラキオンに迫っていた気合い球が、
横から飛来した電気エネルギーの奔流とぶつかり小爆発を起こして、
気合い球は纏めて吹き飛んだ
「ぬわ……!何!?」
 トルネロスが腕で爆煙から身を守りつつ、驚きの声を上げる。
「余所見してんじゃないわよ!!ほら!!」
エモンガが叫び、素早く“電磁波”を発射する。
「ぐを……!!?」
ト ルネロスが麻痺し動けなくなった所に、エモンガ――ミナリは、渾身の10万ボルトを放った。
「ぐぅわああああああぁぁあああ!?」
 飛行タイプのトルネロスには電気技は効果抜群。大ダメージを受けた
トルネロスはふらつきながら飛び続けて、まだ倒れず無事に残っていた大木に頭を強打し沈黙した。
「き……兄弟ぃぃ!! おのれ人間の分際でぇぇぇ!!」
 ボルトロスが驚愕の表情で気を失ったトルネロスを見ると、憤怒の形相でY・Kに襲い掛かった。
ダイレクトアタック。トレーナー本人に電撃をお見舞いしようというのだ。
 しかしY・Kは臆することもなく、腰から新たなボールを手にとって、ポケモンを繰り出す。
現れたのは、茶色い体に金属の大きな角が目立つ、地面・鋼タイプ『ドリュウズ』。
 ボルトロスが放った電撃は彼女の目の前に現れたドリュウズが受けて、Y・Kに当たることなく無効化される。
地面タイプに、電気技は効果は無いのだ。
「『アカダケ』!!“岩雪崩”!!」
「応よ!!」
 ドリュウズ――アカダケは指示を受けて、技を放つ。
「お……ああああ!?」
 無数の岩がボルトロスの頭上に出現し、ドカドカと降り注いだ。
ボルトロスは岩に押しつぶされ、そのまま動かなくなった。
林を襲っていた暴虐の嵐は止み、元の静けさを取り戻していた。

「お……お前……なんで俺を助けたんだ……?」
 驚いた顔のまま、テラキオンは、Y・Kに尋ねた。
「危険が迫っているのに、見過ごすことは出来ないわよ」
 そういい、Y・Kは負傷したテラキオンの前足に傷薬を吹き付けた。
「ぐ……」
 傷がしみたが、傷を癒してくれる彼女の真剣な顔を見たテラキオンは、美しい、と思えた。
「……すまないな人間よ……借りが出来てしまったな」
 負傷し体を横たえているビリシオンに、回復用の木の実を食べさせていたコバルオンが、
立ち上がって礼を言った。
「……いいのよ。あのトルネロスたちみたいな連中は許せないじゃない……
それに言ったでしょ?ポケモン達を救いたいって」
 そういいながら、ビリジオンにも傷薬を吹き付けて傷を癒してやるY・Kを見ながら、
コバルオンは、少しだが心を開きはじめ、要求を呑んでもいいと思い始めていた。

告白 

 船の甲板で手摺にもたれつつ、アズサは、今まさに海に沈もうとしている夕日を眺めていた。
航行する船の周辺には、多数のキャモメやペリッパーたちが群れている。
「いやー綺麗だなぁ。やっぱり心が洗われるっていうか…」
 目を細めつつ、タクヤそんな言葉を漏らす。
「そうだねぇ……アタイ達が殿堂入りして、サイユウシティから帰るときに見た夕日を思い出すね…
そう……あんとき、アタイ達はタクに告ったんだよねぇ…」
「そうね……マスターがOKしてくれた時は、嬉しくて心臓止まりそうだったもの……」
 ララとミリイが、赤面し瞑目する。
また惚気話になりそうだったので、アズサは露骨に顔を顰めた。
「もう日も沈んだし、部屋に戻るぞ?……アズサ君はどうする?」
「あ、僕ももう戻りますよ」
「そっか。じゃまたあとでね」
 そういって、タクヤたちは、客室内へと続く入り口に向かいはじめる。
同じ船に乗ることになったが、流石にタクヤたちとは部屋が別々であった。
(もし相部屋だったら、ずっとお惚気模様を見せられるものな…)
と。アズサは相部屋にならなかったことを、幸運に思った。
「お前達、戻るよ」
 自分も船内に引き上げようと、自分のポケモン達に呼びかけ、
リエラ達が入り口に向かい始めたのを確認した時だった。
「……あの」
「ん?」
 急にルーミがアズサを呼び止めた。
「ちょっといいですか…お話があります」
 そういって、ルーミはアズサの袖を引っ張って、入り口とは逆の方向に向かい始めた。
「何?」
 何の話だろう……?もしかしてまた何か悩みを抱えているのだろうか?
そう思いながら、アズサはルーミに導かれるまま付いていった。
向かった先は、船の煙突の裏側。丁度、甲板にいる人間達からは見えない位置に、
アズサとルーミは立った。
「なんだい?話って……」
「……」
 尋ねると、ルーミは沈黙したまま、体をもじもじとさせた。
どことなく、顔があかくなっているようにも見える。
「アズサさん……その……この間の話…覚えていますか…」
 言われて、アズサは観覧車の中で、彼女の悩みを聞いた時の事を思い出した。
たしか、理由は言えないけれど、抱きしめてくれれば解決すると言って――
「その理由を……今、言います」
 そういうと――ルーミは、がばっとアズサに抱きついた。
「……え?」
 突然の事で、アズサは何が起きているのか一瞬理解できなかった。


「あら?ご主人は?」
 割り当てられた船室に向かうため、廊下を歩いていたリエラは、
アズサがいないことに気付いた。
「あれ?そういえばいないな?」
 ジムスも怪訝そうに周囲を見渡した。しかし、アズサの姿は無い。
「ルーミもいないわ…迷子になっちゃったのかしら?」
「いや、それはない。僕たちは来る時もこの廊下を通ったんだぜ?まだ外じゃないの?」
 ジムスは、今来た道を振り返る。まだ甲板への入り口から10メートルと離れておらず、
その途中に分かれ道も見当たらない。迷子になったわけがなかった。
「私、ちょっと見てくるわ。あんたは、先に部屋に戻っててよ」
「わかった」
 ジムスは返事をすると、そのまま部屋へと向かった。リエラは来た道を引き返し、
再び甲板へと出る。さっきまで夕日を眺めていた場所にも、アズサの姿は見当たらない。
「どこいったのかしら…あら?」
 見回していると、真ん中ほどにそびえる大きな煙突の影に、黄色と黒の特徴的な
縞模様の尻尾が僅かに見え隠れしていた。間違いない。あれはデンリュウの尻尾…ルーミの尻尾だ。
確信したリエラは、そこへ向かう。
「何してるのかしら?」


「アズサさん……あなたの事が、好きなんです」
 ルーミから告げられたのは、そんな内容だった。
ポケモンに好かれるのはよいことであり、別に悪いことではない。
しかし、普通に好きだというのなら、わざわざ2人きりになることを望んだりはすまい。
他の手持ちたちに聞かれたくないから、他者に見られないこの場を選んだのだろう。
つまり、普通以上の好意を持たれているということ。普通以上の好意…つまりそれは――
ルーミは、自分に恋心を抱いているということだ。
「……え?」
 アズサはまた素っ頓狂な声を出した。
「つまり……ルーミは僕の事が好き…っていうか、その――」
「はい……アズサさんのことを……愛しています」
 アズサは生まれて初めて、そんなことを言われた。愛の告白をされた。
彼女いない歴=年齢の自分が。メスのポケモンに。
――アズサはそのうち、アタイとタクみたいな関係になりそうな気がするし――
 先日ミリィが言った言葉が、脳裏をよぎる。まさか本当になってしまうとは。
「で……でもルーミ……」
 言いかけたところで、アズサの口が塞がれた。ルーミにキスをされて。
アズサの口の中に、ルーミの舌が入り込んで己の舌と絡み合い、熱く濃厚なものとなる。
(ああ…柔らかい)
 あまりの気持ちよさに、アズサは体の力が抜けていく。
ルーミは数秒間、アズサとのキスを堪能すると、口を離した。
「……私、アズサさんの事が大好きです……私の牡になってくれませんか。
 あの時は、恥ずかしくて本音が言えませんでしたけど……今の私なら」
「……」
 あの時、集中力がなく、自分と目を合わせなかったのは、自分に恋心を抱いていたからなのか――。
アズサは困惑しつつも合点がいった。好意を抱かれているのは嬉しい。しかし、ルーミはポケモンだ。
確かにルーミは控えめな性格で、リエラに負けず劣らず頑張り屋で、そう、優しい。
しかし、自分との間には種族のカベがある。これを突破していいものかどうか。
「アズサさん……急にこんな事を言ってごめんなさい。でもあなたの事を愛しているのは、本当です。
私がポケモンで、あなたが人間なのもわかっています。それでも、あなたの事が好きなんです」
 アズサは急に胸が高鳴った。
言いながら顔を赤らめたルーミは、正直に言って可愛い。
 よく見ると急に大人びたというか、なぜかは分からないが、とても魅力的に見える。
それはおそらく最終進化を遂げて、姿が変わったせいもあるのだろうが――
アズサが、言葉に窮していたとき、急に声がした。
「どういう、ことですか…?」
 アズサは絶句した。ルーミに抱きつかれたままのアズサの前に、リエラが立っていたからだ。

ジェラシー 

(どういうことなの…?)
 リエラは困惑した。何故ご主人は、ルーミと抱き合っているのだろう?
何故、ルーミは赤面して嬉しそうに抱き付いているのだろう?
何故あんな口付けを交わしていたのだろう?
その状況から導かれる答えはひとつだけだ。
つまり、ルーミとアズサは恋する関係にあるということだ。
 リエラ自身も、アズサの事は好きだし、淡い恋心を抱いてもいる。
しかし、ルーミは彼の唇を奪い、抱きついている。
「り……リエラ……その、これは――」
 アズサも困惑しながら、どうにか理由を説明しようとしている。だが……
――奪われた。私のご主人を。恋の相手を。私の牡を。
 その答えに行き着き、リエラの心は段々と黒く染まって、嫉妬のボルテージが上がっていく。
 よくも……よくも私の主人を……ルーミ()!!この盗人め――!
リエラは、葉っぱカッターを、2人に向けて放った。


「アズサさん危ない!」
 突然ルーミに突き飛ばされたアズサは、よろけて、煙突に背中をぶつけた。
それまで2人がいた空間を、葉っぱカッターが通過し、ギーン!と音を立てて、
葉っぱが鉄の手摺に当たって跳ねる。
「何をするの!!」
 ルーミが、抗議の怒声をあげる。
「ルーミ!!あんた……!!ご主人を……私の牡をよくも!!」
「『あなたの』……!?まさか!」
 その言葉を聴いたルーミは合点がいったらしく、驚愕の表情になる。
「……あなたもアズサさんの事が!」
「そうよ!なのに私の…私のご主人に……あんたは!!」
「何でよ!私は、アズサさんにちゃんと思いを伝えたわ!?あなたはどうなのよ!」
「……!!」
 リエラは言葉に詰まる。たしかに、恋心を抱いただけで、彼に思いを伝えてはいない。
そこには種族の壁があり、伝えたくとも伝えられないものだったからだ。
ルーミのいう事は正しい。こっちは踏むべきステップも踏んでいない。
しかし、このジェラシーは抑えられない。好きな牡を奪っていったルーミが憎くて仕方が無い。
「伝えてないのね!?自分で告白する勇気も無いくせに!みっともないヤキモチ焼かないで!」
「何ぃ!!?このぉ!この泥棒チョロネコ!!!!」
 リエラが“恩返し”で殴りかかり、ルーミは新しく覚えた
“気合い球”で応戦後、2匹は怒りのまま取っ組みあった。
(やばい――)
 ホームドラマや恋愛ドラマでしか見たことの無い修羅場が現実に展開されているのを
前に、アズサは戸惑う。そうだ。こういう場合は、まず止めなければ。
「や……やめろリエラ!ルーミも!」
 アズサは叫ぶと、2匹は殴り合いを中断し、ぎらりと険相をアズサの方に向けた。
「リエラ、お前も僕の事が好きなんだってことは分かったよ。それは嬉しいし、
 ルーミの好意も凄く嬉しい。でも、今の僕は、ジムを攻略して、バッヂを
集めるという目標がある。今はそれを達成しなきゃいけない。だから今は、
どっちが好きなんて、決められないんだよ…僕にはやらなきゃいけないことがある。
でもな。僕のために頑張ってくれるお前達の事は、とても好きだよ…素敵だと思う。
今は、決められないけど…この目標を達成したら、きっと答えを出すよ。だから今は待ってくれないか」
 自分への愛を告白されたことは素直に嬉しい。その好意を、無下にしても彼女達が可哀想だ。
だから彼女達の想いを断らず、「今は答えを出せない」という形にして、時間を稼ぐしかないが、
それでもいつかは答えを出さなければいけない。彼女達の愛を断らなければならない時の事を考えると、
アズサは悲しくなった。それに種族のカベもそうだが、実際の所アズサは迷っていた。
女の子と付き合った経験も無いし、どうすれば彼女達の愛に応えられるかわからない。
だから今は、こんな言い方しか出来ない。
「………はい……分かりました…今は待ちます」
「……暴れてごめんなさい……ご主人」
 その言葉を聴いた2匹は納得したのか、残念そうにしょんぼりとしたが、
横目で互いを睨みやりながら、目線で火花を散らしたあと、互いに「ふん」とそっぽを向いた。
「わかったな?……戻るよ、二人とも」
言いながらも、アズサは胸中で呟いた。
(ああ……こじれてしまった……)
 もしかしたら、先輩に相談する必要があるかもしれないな――と思いつつ、アズサは2匹と部屋へ戻った。

困惑 

 夜を迎えて、日付も変わったころ、アズサはカーペット敷きの船室で毛布に包まりつつ、
考えた。アズサの左右には、リエラとルーミが彼に抱きつくようにして眠っている。
ポケモンと一緒に寝るのは初めてだったが、これが思いのほか温かくて気持ちがよく、
特にリエラとルーミは体毛の無いツヤツヤとした体だから、さわり心地がとてもいい。
アズサと一緒の毛布に包まりすやすやと寝息を立てている2匹を見ながら、アズサは物思いに耽る。
種族のカベ。リエラとルーミの好意。恋愛と目標――
初めての経験で、頭の中が混乱してしまい、どうも上手く考えが纏まらない。
それに2匹の愛を受け入れれば、彼女らを贔屓する事に繋がって、ジムスや今後仲間になるであろう
残りの3匹との関係にも影響がでかねない。そう考えると、アズサは心配で眠れない。
「……!」
 とにかく、明日は5つ目のジム戦だ。寝ておかないと、体に響く。
アズサは毛布を被って、どうにか意識を手放そうとしたが……出来なかった。
結局、一睡も出来ないまま、アズサは夜を明かした。

「おう、お早うアズサ君……どうした?顔色悪いぞ?」
 早朝、甲板に出てきたアズサに、タクヤは声をかけた。
甲板には彼ら以外のトレーナーもいて、気持ちよさそうに早朝の海風に当たっていたが、
アズサは目の下にクマを作り、病人のように顔色が悪い。
「何か眠れなくて……」
 そう答えるアズサの左右に、嬉しそうにぴったりと寄り添うリエラとルーミを見た
タクヤは、すぐに、ポケモン達と何かあったんだな、と悟った。
よく見れば、その2匹は互いに睨み合い火花を散らしている。
「何かあった?」
「ええ……いろいろと…先輩、少し相談に乗ってもらってもいいですか……」
 手摺にもたれかかりつつ抑揚の無い声でアズサは言った。
「……その様子じゃあ、この子達とのことかな?」
 アズサは一瞬顔を顰めたが、自分に解決できない問題だと思ったのか、素直に
「……はい」
 といった。
「それが……昨日――」
 アズサが言いかけたとき、誰かの声が甲板に響き渡った。
「おい!なんだありゃ!!?」
 声のした方向を見ると、多数のトレーナーとポケモンが、左舷側の甲板に集中し海原を眺めていた。
「何だ?」
 アズサ達も左舷側によって眺めてみた。
「ん……?」
 よく見ると、水平線のあたりに大量の黒いゴマ粒のようなものが見えた。
しかし、この距離からでは遠すぎて何なのかはわからない。
すると、タクヤはおもむろにモンスターボールを取り出して、ポケモンを繰り出した。
「『フィース』出て来い!」
 出てきたのは、ピンク色の細い胴体と棒状の両腕。そして体から離れて浮遊している
頭部が目立つ、人の手によって作り出された人工ポケモン『ポリゴンZ』であった。
『お呼びでしょうか。マスター』
 ポリゴンZ――フィースは合成音声でタクヤに尋ねた。
「フィース……遠くに見えるあれはなんだか分かるか?」
 タクヤが指差すと、フィースはその方向を向いて、アイセンサーを動かした。
『最大望遠…データ照会中…完了。あれはポケモンの群れです』
「ポケモン?キャモメかスワンナの群れか何かか?」
『いいえ…キャモメもいますが、それだけではありません。確認できる限りでは、オオスバメ、
ムクホーク、ムクバード、ピジョット、フワライド…今、追加されました。ヘルガー、マニューラに
レントラーにグラエナ、メタグロスにジバコイルなど複数のポケモンが確認できます』
 その報告に、タクヤは耳を疑った。
「おいおい……渡りをやる飛行タイプならともかく、なんで陸のポケモンが海の上にいるんだよ?」
『飛行可能なポケモンに、そうした陸上グループのポケモン達が乗っているのが確認できます。
更に水上にはラプラスやマンタインも確認しました。いずれもポケモンを背に乗せています』
 フィースの報告に、なにやら不穏な空気が流れ始めた。
『……更に、海中には水ポケモンの姿も確認できました。ヌオー、フローゼル、スターミーに
ランターン、シザリガー他多数。真っ直ぐこちらに向かってきています…
本船との接触まで――約10秒』
 そのとき、轟音と共に、船のすぐそばで巨大な水柱が上がった。
船が大きく揺らいで、乗客の悲鳴が響き渡る。攻撃を受けたのだと、アズサは理解した。

襲撃 

 船の周りに断続的に水柱が上がる。同時に、沢山の水ポケモン達が、
海面から跳ねて船に乗り込んできた。マリルリ、ビーダル、フローゼルといった水ポケモンが、
甲板にいた人間やそのポケモンに襲い掛かった。
 一人の男が水鉄砲を受け、床に倒される。誰かのニャースがアクアジェットを喰らい沈黙。
これまた誰かのエイパムが、ビーダルの“冷凍ビーム”攻撃を受けた。
「なんだ……! コイツら!? ララは“マッハパンチ”! ミリィは“インファイト”だ!」
「ルーミ“10万ボルト”! リエラは“葉っぱカッター”!」
 アズサ達は、応戦すべくポケモン達に指示を出す。
いつの間にか、空を飛んできたポケモン達も合流したらしく、ムクホークやエアームド、
アメモースやドータクンといったポケモンまでもが加わり、たちまち混戦状態となった。
更に、海面からジャンプして、船を飛び越えていくマンタインの背から、
他のポケモン達が次々と降下していく。降り立ったヤルキモノがベロリンガを“切り裂く”。
マニューラが“氷の礫”を撃ち、トレーナーの顔面に食らわせて昏倒させる。
レントラーが“放電”しつつ、船内へと駆けて行き、ヘルガーもそれに続く。
もはやどのポケモンが誰の手持ちで、どこにいるのか判別できなくなり、混乱が加速する。
一人のトレーナーが、自分の手持ちだと思ったのか、ピジョンに近寄ると、
ピジョンはそのトレーナーをつつきまわし、トレーナーが悲鳴をあげた。
「だめだよタク!数が多くて捌ききれないよ!」
 ミリィが悲鳴交じりの声を上げた。
「くそ……フィース!“破壊光線”だ!」
『この状況では周囲に甚大な被害を与えます。使用は推奨できません』
 無機質な声で、フィースは命令を拒否する。
「だめか……なら“サイコキネシス”……おぉわ!?」
 自分に向かって“必殺前歯”をかましてきたラッタを、タクヤは間一髪で回避する。
「まずいぞ……これは!みんな出て来い!」
 タクヤは腰にある残り3つのモンスターボールを手にとって、
一気にポケモンを繰り出した。
 青い体に、大きな尾鰭が目立つ『ラグラージ』。
 赤い防塵レンズが目を覆っているドラゴン『フライゴン』。
 捨てられた人形に、魂が宿ったとされる『ジュペッタ』。
「よし、『ラグリス』は“アームハンマー”! 『ライゴ』は
“ドラゴンクロー”! 『ミストラ』は“シャドークロー”だ!」
 額に汗を浮かべて、タクヤはポケモン達に指示を出し続けた。


「く……次から次へと……!」
 ルーミが10万ボルトでムクホークを撃墜し、気合い球でグランブルを打ち倒した時だった。
背後に気配を感じて、ルーミは振り向こうとしたが、遅かった。
 ルーミは、背中に弱点の地面技“ボーンラッシュ”の連撃を受けて、
意識が飛び、そのまま床に倒れこんだ。
「ルーミ!」
 アズサは叫び、駆け寄ろうとした時に、ルーミを倒した相手と目があった。
「あ……」
 2足歩行の青い体で、赤い瞳に特徴的な長いマズルの凛々しい顔。
あれは…格闘・鋼タイプのポケモン『ルカリオ』だ。
だが、そのルカリオはよくテレビなどで目にする個体とは異なり、左目に大きな傷があった。
「……」
 ルカリオはしばしアズサを見つめると、おもむろに片手で“波導弾”を放った。
「!!」
 突然の事で回避もままならず、アズサは鳩尾に波導弾を喰らって意識を失い、
その場にくずおれた。
「このぉぉぉ!!!!」
 その様子を見ていたジムスが“零度剣”を振りかぶり、ルカリオに襲い掛かる。
既に狙いは定めていた。だが――
「ぐふ……!!」
 それより早く、ルカリオはジムスの腹に、0距離で波導弾を叩き込んだ。
正式なバトルではなかったので、気合いの襷を装備していなかったジムスは、
吹き飛ばされて手摺に体を打ち付け、あっけなく沈黙した。
「……! ご主人!!?」
 ヌオーに葉っぱカッターを叩き込んだリエラは、そこでようやく、アズサの異変に気付いた。
アズサのいた方に目をやると、見知らぬルカリオが倒れたアズサを抱えて、連れ去ろうとしていた。
「ご主人!!」
 リエラはアズサを助けようと走る。
しかしその進路上に、敵のシザリガーが割り込んできて、阻まれる。
「邪魔しないで!!」
 リエラは叫び、葉っぱカッターを連射し、頭の大きな葉を振り回して退けるも、
その間にルカリオは、アズサを抱えたまま手摺を飛び越え、眼下の海に待機していた
ラプラスの背中に着地した。
「ご主人ーーーー!!」
 リエラは叫ぶ。しかし、無常にも、アズサとルカリオを乗せたラプラスは、
船から離れていった。
                            ――続く――


6話目にして、ようやく話が大きく動き始めました。長かった…orz
次回は、主人公が連れ去られた先での話が中心になると思います。
出来る限りペースを速めて頑張らねば…

まだまだ長編執筆に関して分からない部分が多いので、
よい作品作りのために感想や指摘、アドバイスをいただけると嬉しいです↓


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Last-modified: 2013-04-24 (水) 00:00:00
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