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You/I 4

/You/I 4

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         「You/I 4」
                  作者かまぼこ

崩壊 

 そのポケモンは、平和な日々を送っていた。
特にかわり映えのしない退屈な日々だったが、信頼できる仲間達と共に
過ごす時間は、彼にとって何物にも変えがたい大切なものだった。

 しかし、その平和はある日、脆くも崩れ去った。
突如襲来した3匹のポケモン達によって、群れは蹂躙され、
住処は破壊しつくされた。
 紫色のゴツゴツした体に、立派な角を持つボスらしきポケモンが、
仲間達を次々に突き飛ばしつつ衝撃波で地面を抉り、
その部下の粘液質のポケモンと、球体が二つ繋がったような体のポケモンが、
毒を撒き散らして土地を汚染した。
 3匹の実力はかなりのものだったが、更に不幸なことに、
群れの仲間のほとんどは、攻撃のための技を覚えていなかった。
結果、群れは成すすべもなく蹴散らされ、壊滅した。
 大概のポケモンは必ず攻撃するための「技」を習得できる。
しかし彼らの種族は、ある特殊な方法でしか技を習得することが出来なかった。
そのために、こうした外敵からの対抗手段は限られている上、元々備わっている力も、
他のポケモンと比べたら低いもので、非情に脆弱な状態であった。
 彼自身も、攻撃技は一切覚えておらず、ただ隠れているだけが精一杯だった。

 3匹は群れのポケモン達をあらかた倒し尽くすと、食料という食料を徹底的に奪い去って行った。
仲間は殆どが死に、住処も破壊された上に土地も汚染され、もうそこに住む事は不可能だった。
無事だったのは、彼を含めてごく少数。生き残った者たちも、住む事が出来なくなった
土地に見切りをつけ、彼を残して去っていった。
仲間と呼べるものは、誰一人としていなくなってしまった。
(攻撃できる術を覚えていれば、あいつらに対抗できたのに…
 対抗できていれば、ここまで酷いことにはならなかっただろうに…)
なんて自分達は無力なのだろう…。
 破壊された住処の跡に立ち尽くしていた彼は、絶望と喪失、そして無力感に涙した。

 そして……暫くしてから、彼は悟った。
あの時、誰一人として太刀打ちできなかったのは、ほとんどの者が、
戦うための術が、力がなかったからだ。
 だから、こんな悲劇を繰り返さぬよう、守りたいものを失わぬよう。
自分は強くならねばならない……と。

 そのためには、まず戦う術を身につけなくてはならない。
なるべくなら、大概の相手と戦えるような強力な技が望ましい。
技の習得も大事だが、同時に己自身を鍛える必要もある。
 そして、戦うには、非情にならねばならない。
そのためには、優しさや甘さは必要ない。邪魔になるだけだ。
 どんな相手でも甘く見ない。甘えない。油断してはいけない。
そして、いかなることも妥協してはならない。

 彼は決意し、住み慣れた場所を後にした。強くなるために。守るために。
それが彼――今はジムスと呼ばれている彼の、始まりであった。

逡巡 

 どごぉん!!
 バトルフィールドに轟音が響き、いつの間にかぼんやりとしていた彼は我に返った。
フィールド上では彼の主人、アズサの手持ちであるベイリーフのリエラが、リフレクターを張り、
対戦相手のポケモンである、舐め回しポケモン“ベロリンガ”と対峙していた。
 互いに傷を負い、息も上がっている。
「よし、葉っぱカッター!」
「はい!」
 アズサ指示通り、リエラは頭を振って葉っぱカッターを発射する。
無数の葉が、ベロリンガの体に傷を刻んでいくが、リエラ自身もベロリンガの
長い舌で“叩きつける”攻撃を喰らった。
「ぐぅ……!」
 強烈な衝撃に襲われたが、事前に展開していたリフレクターのおかげで、
何とか持ちこたえることが出来た。
「次、早く!! 攻撃指示は素早く出せって行ったでしょうが!!」
 これでもう一撃すれば、あのベロリンガは倒れる――そう判断して、
ドーブルのジムスはフィールド外からアズサに檄を飛ばした。
「分かってるよ!」
 焦りと緊張で半ば怒り気味に、アズサは返事をすると、攻撃指示を出そうとした。
「リエラ!葉っ……」
 そこまで言って、アズサは言いよどんだ。
相手のベロリンガの方を見やると、ベロリンガはいかにも辛そうに顔を顰めて、
片膝を突いていた。もはや限界なのだろう。確かに、ここで攻撃を加えれば、
こちらの勝利は確実なのだが……
「何やってんの! 早く攻撃!」
 ジムスが声を荒げるが、アズサは出せない。
(いくら練習とはいえ、あんなに苦しんでるんじゃ…)
 逡巡。既に弱っている者にこれ以上の攻撃を加えることを、アズサは躊躇った。
(そうしなきゃ……勝てないのは分かっているけど……!)
「ちょっと聞いてんの!!?」
 そして、過去の記憶が頭をよぎる。炎に焼かれゆく、ポケモン達の姿――。
冷や汗が、アズサの頬を伝う。

「……ちぃぃ!!」
 痺れを切らしたジムスは舌打ちすると、バトルフィールド上に駆け出した。
「ジムス!?何を!?」
 アズサが声を上げたが、ジムスはリエラを強引にフィールド外へ押し出した。
「ちょ……何よ……!?」
 そんなリエラの抗議も無視して無理矢理交代すると、ジムスはベロリンガの方を向きやる。
ベロリンガは最後の力を振り絞って攻撃しようと、こちらにドスドスと駆けて来る。
 ジムスはベロリンガに向かって疾駆し、接近すると、相手の攻撃が決まる前に、
右腕を振りかぶり、超高速の乱打をベロリンガに打ち込んだ。“バレットパンチ”である。
 づだだだだん!!
という、なにやら発砲音にも似た重い音が響き、ベロリンガは何度か仰け反ると、
そのままドサリとフィールドに沈んだ。
「べ……ベロリンガ戦闘不能。勝者27番トレーナー!」
 審判員がアズサの勝利を告げた。


「よくやったな。リエラ、ルーミ。ありがとう」
 大学からの帰り道、アズサは、バトルで頑張ってくれた2匹に感謝の言葉を送る。
「はい!」
「ありがとう。アズサさん」
 褒められた2匹は嬉しそうな顔をした。
アズサは最近、大学内のバトル施設を利用し、手持ちポケモンの訓練をするようにしていた。
バトルはあまり得意ではなかったが、少しでも鍛えて強くしなければジムリーダーに勝つことは出来ず、
バッジの取得は進まない。この際、苦手意識も払拭してしまおうと、アズサは空き時間を利用して、
 ここでトレーニングを兼ねたバトルをしていた。時折強い相手や相性の悪い相手と当たり、
負けてしまうこともあったが、勝利回数も段々と増えてきており、少しずつポケモン達が
強くなっているのをアズサは実感していた。ただ1匹を除いて――
「どうして攻撃指示を出さなかったんだ?」
 険相をつくって、ジムスはアズサに問うた。
「ごめん……つい情が出て、躊躇っちゃって……」
 その言葉に、ジムスは語気を強めて言った。
「バトルは真剣勝負だ。相手に情けをかけるなんて甘すぎる!
そんなんで勝てるチャンスを逃すなんて、愚か以外の何物でもない!
キミ本当にバトルする気あんの!?勝つ気あんの!!?」
 正論だった。何も言い返せず、アズサは俯いた。
「……」
 そして、先程の過去の記憶――炎に焼かれるポケモン達の光景が、再び脳裏に浮かぶ。
彼が、バトルを苦手とする理由は、これに起因していた。
「ごめん……どうしても、ポケモンを大事にしたくてさ……昔いろいろあってね」
 子供の頃、そんな出来事かあってから、ポケモンを持つのを避けていた。でもやはり、
アズサはポケモンが好きだった。だからこそトレーナーとして再デビューしようと思ったし、
ポケモンに関わる仕事がしたいと思った。
 しかし、バッヂを集めるとなると、どうしてもポケモンバトルをこなさねばいけない。
再デビューを決意した時にそれも覚悟し、いまも払拭しようと頑張ってはいるのだが、
さっきのような過去のトラウマによる躊躇が、度々あった。
「……そういえばこないだブラッキーとモメた時も、特に指示出して
なかったよね。それも同じ理由なの?」
 アズサは無言で頷き、肯定する。
「……そんな甘い根性で、勝てるわけ無いでしょうが。やっぱりまだまだ、キミには従えないね」
 そういって、ジムスはそっぽを向いた。
「はぁ……」
 アズサは肩を落とし嘆息した。
ジムスが手持ちに加わってからというもの、全く指示をを聞かず、彼は逆に、何かにつけて
アズサに指摘をした。確かにジムスの指摘は正しいものばかりで、納得は出来たし、
ポケモン達の管理にも注意を払うなど、これまで彼に指摘された所は改善しようと努力した。
そのおかげか、あの夜のようなトラブルは起きてはいない。
 しかし、問題点をいくら改善しても、次から次に容赦ない指摘が出て、そのたびに
こうして「従えない」というものだから、まったく先が見えない。
 いつになったら、ジムスはいう事を聞いてくれるのだろう?
(僕がトラウマを克服できない限りは……ムリかもな)
 そう胸中で自問自答していると、リエラが、ジムスに食って掛かる。
「ちょっとあんた!いい加減にしてよ!次から次に文句ばっかり言ってご主人を困らせて!
あんたが指摘したところは直してるじゃない!何が不満なのよ!」
「根性が気に入らない」
そういうと、ジムスはまたそっぽをむいた。
 ジムスの態度は、アズサの存在自体を嫌っているような、そんな感じだった。
(……嫌われてるなぁ)
 アズサは悲しげな顔で、再び嘆息した。

失望 

 ジムスは、どうもアズサという人間が好きにはなれなかった。
(ポケモン好きな優しいだけの軟弱者じゃないか)
 アズサの手持ちに加わってからまだ日が浅いものの、彼を見ているとそのように思えた。
かつて群れを失い、一人で強くなろうとしていたジムスにとって、アズサという人間は
意思粗相な甘い精神の持ち主にしか、見えなかった。
住処を去るとき決意した、戦いに優しさや甘さは必要ないという考え通りに、
彼は今まで生きてきた。強くなるために、自主的に体を鍛えもしたし、
暫定的に覚えた技で敵と戦いもした。
 そんな暮らしをするうちに、彼は優しさというものを嫌うようになっていった。
(優しさ「だけ」が取り得のヤツと一緒にいたって、強くなれない……)
 だから、なるべく優しくポケモンと接しようとするアズサとは、反りが合わないと感じていた。
先日の身を挺して守ろうとした行動など、馬鹿げているとしか思えず、
正直、彼にとってアズサは苦手というよりも嫌いな部類の人間だった。
あの「先生」という人間…たしかマナムラといったか――に、
力になるよう頼まれているが、このアズサと共に居ても、
逆に弱くなってしまうのでは……という懸念すら抱いた。
(あの「先生」て人も、なんでこんな人間にボクを任せようとしたんだか…)


「でも……アズサさんは、トレーナーとして成長していると思うわ。
もう従ってあげてもいいと思うけど……」
 ルーミが、頑ななジムスに対し、口を開く。
「そーよそーよ、いつまでもそんな事言って、ご主人を困らせないでよね!?」
 ルーミに賛同し、リエラが言う。
(全く、牝ってヤツはこんな時だけいいコンビネーションを発揮するんだから……)
 同時に牝ポケモン達に庇われている彼を見て、ますます軟弱者じゃないかと思った。
(牝にチヤホヤされてさ……情けないとは思わんのかね)
 今のところ、アズサのパーティにはジムスしか牡がいないというのも理由ではあるが、
ずっと一匹だった彼にとって、そんなダメなヤツが慕われていて、
理解者がいるというのは、何だか腹立たしかった。
「あんただって、真面目にやる気が無いんじゃないの?」
 リエラのその言葉に、とうとうジムスの苛立ちが怒りの炎と化した。
「……ああそうだよ……ボクはこんな甘い考えの持ち主が大嫌いだ! こんな甘ちゃん
トレーナーに従えるわけがないだろう!? やる気なんて出るわけが無いさ!」
 頭に筋を浮かべて言い放つと、リエラは激昂し、まくし立てた。
「は?今後も従えないってこと!? 偉そうにするのも大概にしなさいよ! 何様のつもりよ!!
トレーナーとして成長すれば従うってこないだ自分でいった癖に! 約束破る気!?」
「そんなヤツのいう事なんて、聞けるものかよ!!……この男がこんな甘い
考えでいる以上、成長なんか望めないんだよ!」
「やめろ!」
口論をはじめた2匹をアズサは止めようとするが、ヒートした2匹は止まらない。
「そんなにご主人が嫌なら、出て行きなさいよ!!」
「……!!」
その一言に、ジムスは片目を吊り上げた。
「やめろって!!リエラ、ジムス!!」
 アズサが声を荒げると、リエラは申し訳なさそうな顔をして黙り込み、ジムスはわななく。
「……自分にトレーナーとしての落ち度があるのは認めるよ。
こんなダメなやつでゴメンな。でも……」
「そうやってすぐ非を認めるところも、嫌いなんだよ!!」
 アズサの言葉を遮って、ジムスが怒鳴った。
「……ジムス!!」
 そんなうろたえた呼び声すら、今のジムスには癇に障った。
「キミこそ、やる気あるのか!?甘すぎるんだよ!!こないだだって、
あんな連中にバカにされて……あんな連中は最初から攻撃して追っ払えばよかったんだ!
正直、キミには失望したよ!!キミみたいなヤツと一緒にいると、こっちまで弱くなる!」
 怒りに任せて、斟酌(しんしゃく)なく、アズサを批難する。
「ああ出て行ってやるともさ!!今日限りでボクはまた野生に戻る!
キミたちはそうやって甘い考えを貫いていればいい!!」
「ちょ……ジムス!!」
言い終わると、ジムスは踵を返して、近くの茂みに飛び込み、森の中へと姿を消した。
「ジムス……待てったら!!」
「ほっときましょうよ。あんな文句ばかりで何もしないヤツなんて……」
 アズサは後を追おうと駆け出したが、リエラがそれを止めようと言い放つ。
そんなリエラの言葉に、アズサは再び声を荒げた。
「そうはいくかよ!あいつは僕のポケモンだ!」
「うぅ……」
 突然の怒声に、リエラは首をすくめた。
アズサが駆け出すとと、リエラとルーミは面食らいつつもその後に続いた。
走りながらもアズサは続ける。
「考えてみれば僕は、ジムスのこと、全然知らないんだよな……もっと話して、
理解してやればよかったのに……それをしなかった僕の責任だ」
 アズサはそんな自分が悔しくて、顔を顰める。
思えば、出会ってからというもの、ジムスはあまりボールから出てこず、
会話もそれ程してはいない。
「許してくれるかどうかは分からないけど、あいつに謝りたい…
そして、あいつに認められるような、立派なトレーナーでいたいよ」
 そんなアズサの言葉に強い決意を感じ取りつつ、リエラは己の心無さを憎んで、俯いた。

仇討ち 

 ジムスは、何処とも分からない森の中を、走り続けていた。
そして走りつつも考える。今思えば、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう――
 冷静さを取り戻すと、少しばかり反省をした。
確かに、あのアズサは駄目な部分もあるが、以前よりもトレーナーらしくなってきているのは、
自分でも分かっていたし、それが出来れば事を聞くと約束もした。
 しかし、意地っ張りな自分は気に入らないという理由だけで、一方的に文句を言ってばかりで、
約束を守ろうとしていない。素直に彼の成長を認めてもいいはずなのに。
おまけに今、怒りに身を任せ、彼の元から逃げ出してしまっている。
軽率な行動をするなと、確かあのリエラというベイリーフにもそういったハズだ。
だというのに、今自分がしていることは何だ?他人の事を言えないではないか。
他者に変化を求め、自分は何もせずただ要求するだけ。
(僕って、ズルい奴だ……)
 罪悪感を感じて、自己嫌悪する。ジムスは目を硬く閉じて更に速度を上げた。走らずにはいられなかった。
 と――
 どすん!! と何か大きなものにぶつかって、ジムスは吹っ飛び尻餅をついた。
「いつつ……」
 尻を擦りつつ目を開けると、目の前にはゴツゴツとした紫色の大きい背中があった。
「あぁ~~ん?」
紫の体がゆっくりと振り向き、その鋭い眼光がジムスを射抜く。
頭頂部のツノが特徴的のドリルポケモン『ニドキング』である。
「アニキぃ、何ですかぁこいつ?」
 と、ニドキングの左隣にいた粘液上のポケモン『ベトベトン』が尋ねる。
「この辺じゃ見かけないヤツですねぇ」
 少しばかり甲高い声で言ったのは、右隣に居た球体を二つ繋ぎ合わせたような体の『マタドガス』。
彼らの姿を見て、ジムスは硬直した。
「……!!!」
 体に震えが走る。
(そうだ……こいつらは……こいつらは―――)
 自分達の群れを壊滅させた、あの3匹だった。

「んん~~~?お前、どっかで…」
 ニドキングが、震えるジムスに顔を近づけて、まじまじと観察していると、
横から、マタドガスが口を挟んだ。
「あ、アニキ!こいつアレすよ。大分前にドーブルの群れをやったじゃないスか!たぶんあんときの……」
「おお!あんときの生き残りか!どーりでどっかで見たような気がしたんだよ」
 合点がいって、ニドキングはポンと両手を叩いた。
「たしか~住処をぶっ潰して、二度と住めないようにしたんすよねぇ~」
 ベトベトンがドロドロの体を動かしつつ言った。
「ああ!連中、誰も何も技覚えてなくて、ほんとに弱いったらなかったぜ!
簡単に死ぬし、人間襲うよりも楽ちんだったもんなぁ」
 がははははは……と高笑いをする3匹を見て、ジムスは忌まわしい記憶と一緒に、
段々と怒りがこみ上げてきた。
「貴様ら……」
 ぼそりと、呟く。
「ん?」
「お?」
「あ゛?」
 間の抜けた怪訝声を出した3匹に向けてジムスは尻尾を構えると、
「貴っ様らぁあああああああああ!!」
 ジムスは咆哮し――“絶対零度”を発射した。仲間の仇に向けて。


「何処いったんだジムスは……」
 ジムスを追って林の中までやってきたアズサとリエラは、首を左右にめぐらせて、ジムスを探した。
と、どこからか、罵声のようなものが聞こえてきて、2人は動きを止めた。
「今の声、何処から聞こえた?」
「あっちみたいですよ!?」
 そういって、リエラは、右方向を前足で指す。
促されて、アズサもその方向を見やると、また声が聞こえてきた。
「野郎……! ッの!!ナメんじゃ……!!」
 よく耳を澄ますと、その声は森のもっと奥のほうから響いてくる。
「行ってみよう!」
「はい!!」
 アズサの言葉に返事をすると、2人はそこを目指した。

 ジムスは疲労が溜まり、動きを止めていた。おまけに顔色も悪い。
 彼の目の前には、驚いた表情のまま氷塊と化したマタドガスが転がっており、
残されたベトベトンとニドキングは、怒りの形相で攻撃を繰り返していた。
「死ねゃオラぁ!!」
 ニドキングが地面に拳を打ち下ろし、衝撃波を走らせる。“地震”攻撃だ。
ジムスはふらつきながらも跳躍し回避したものの、着地と同時に片膝をつく。
何度も回避行動を取っていたものの、いつの間にか毒を受けていて、
徐々に体力を消耗していた。倒れるのは時間の問題だった。
「テメェよくもぉ~!」
 逆上した2匹は、更に攻撃を加える。“メガホーン”と“のしかかり”。
どうにかジムスは回避行動を取って避けたが、それでも体力は磨り減る。
「くそ……マタドガスには当たったのに……!!」
 ジムスは絶対零度を撃ち応戦を試みるが、ことごとく外れる。
この技は命中率が極端に低く“ロックオン”や“心の目”といった命中補正対策をしない限り、
当てることは難しい。それはジムスも理解していたが、頭に血が上った彼は冷静な判断が出来なくなっていた。
ロックオンをするという思考自体、今の彼は浮かばなかった。
 とにかく残りの2匹を倒そうと、ジムスは憎しみを込めた攻撃を繰り返す。
補正ナシでマタドガスに命中させられたのは本当に偶然だった。しかし、そんな僥倖は何度も続くはずが無い。
「へへ……バッカだなぁオメェ。どぉこ狙ってんだぁ?」
「んな大技、そうそう当たるものかよ~!!」
口々に、ニドキングとベトベトンは言ってくる。
「ぐ……」
息が荒くなり意識も混濁し始める。もはや限界で、立っているのがやっとの状態だ。
(目の前に……仲間の仇がいるのに……倒せないなんて……)
 そう思うと、尻尾を保持している腕から力が抜けて、尻尾はぽとりと地面に落ちる。
足からも力が抜けて、がくりと地面に膝をついた。
昔から意地っ張りで、すぐ熱くなってつい言い過ぎて……さっきも、
頭に血が上って、アズサの元を抜け出してきた。
思えば、色々な考えを持つものが居るのは当然で、反りが合わない者がいるのもまた当然なのだ。
それを理解せずに、自分は一方的に否定ばかりしてきた。
「オラァ!!死・ねえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
 ニドキングが動きを止めたジムスに、トドメの“メガホーン”を当てようと、飛びかかる。
 悪かったよ……ワガママ言って。
意識を失いかけつつ、ジムスが胸中で謝罪したとき――彼の目の前に、何かが割り込んだ。

優しさ 

「があぁ!!」
 目の前に割り込んできたそれは、よく見知った存在……
自分の主人――アズサその人だった。
 アズサは、メガホーンを肩にまともに受け、吹っ飛んだ。
ジムスも、ベトベトンも、技を放ったニドキングも、驚愕し目を見開いていた。
「あ……ぐ……」
 アズサは肩を抑えて呻いた。
ジャケットの左肩部分が破れて、そこから血が流れていた。
血がしみこんで、ジャケットが妙な色合いにっている。
「ご……ご主人!!しっかりして下さい!!」
「アズサさん!」
 リエラが駆け寄って、体を揺すっている。ルーミに至っては、既に涙目だ。
「だ、大丈夫だ……ぐ……!」
そういって体を起こそうとするが、激痛に顔を顰めている。
「ば……バカ!! 一体何やってんの!! ポケモンの技を生身で受けたら、
タダじゃ済まないってこないだ注意しだろう!?」
 半狂乱で、ジムスは怒鳴ったが、アズサは苦しみながらも笑みを浮かべていった。
「言ったろ……大事に……したいってさ。お前はボクのポケモンなんだから……大事に……」
 何をバカな。自分が死んだら何もならないだろうに――そういったのに。
「だからって……なんで自分を危険にさらすんだ!?どうしてポケモンを使わないんだよ!」
 彼の行動が理解できない。なぜこうも自分を傷つけてまでポケモンが大事なのか?
「お前を失望させたのは……僕の責任なんだよ。お前の期待に応えられない、
ダメな僕のせいなんだ……だから……責任をとりたいんだ」
「なんで……馬鹿なヤツ……」
 ジムスは罵りながらも、目に涙が浮かんだ。
(優しさなんていらないって思っていたのに……こんな甘ちゃんなのに……)
 なんで涙が出るんだろう……嬉しいと感じてしまうのだろう?
不思議でならなかったが、アズサが責任を感じていたことを知ると、
今までの一方的な自分が許せなくなって、
「ゴメン……」
 ジムスはアズサに謝罪した。
「いいさ……ルーミ……ベトベトンに“10万ボルト”」
 そういって震えながらも体を起こしつつ、対抗すべくルーミに指示を出すアズサに対して、
ジムスは少しずつだが信頼の感情を抱きつつあった。
 そして、この騒ぎは、自分が始末をつけねばなるまいとも、思った。
立ち上がろうとしたアズサを制すると、ボソリと呟くように言う。
「……指示を出してくれ……ボクがやらなきゃダメなんだ」
「でも……お前……体力は限界じゃ」
「やらせてよ……それにあの子らじゃ、あいつらとは相性が悪い…」
その言葉には、強い決意があった。
「それに、ボクはつい熱くなってしまうから……やっぱり指示が必要なんだ。頼む」
「……」
 アズサはしばし黙っていたが、
「わかった」
 と微笑んで了承した。
「ご主人……ムリですよ!そんな状態でバトルなんか!」
リエラが悲痛な声で言うと、アズサは無事な方の手でリエラの頭を撫でた。
「やれる……出来るさ」
 そんな彼の顔は、信頼と自身に満ちていた。

反撃 

 ゆらりと幽鬼のように立ち上がったジムスが、ベトベトンとニドキングの方を向くと、
 2匹は狼狽しつつ怒鳴る。
「な、なんだぁ~?おめぇ!もう限界のくせに!」
 限界に近いジムスは、妙な迫力を醸し出していて、2匹は気圧された。
「で、でも、そんな状態のヤツをぶっ倒すくらい、どってことねぇぜ!!」
 そういって2匹は再度攻撃を繰り出してきた。
「ジムス……!後ろの木の裏に隠れろ!」
 アズサが苦しみつつも指示を出すと、ジムスは言われたとおりに、
後ろにあった大木を背にして隠れた。もちろん、攻撃は外れ、
ニドキングのメガホーンは木の幹に突き刺さる。思ったより深く刺さったらしく、
引き抜くのに苦労しているようだ。
「そのまま木の上に移動してベトベトンに“ロックオン”!」
「了解!!」
 ジムスは高々と跳躍すると、一気に木の上へと移動し、狙いを定める。
攻撃を受ける前にジムスを倒そうと、木の上に移動したジムスに接近しようと
ベトベトンは木に張り付いてずるずると上るが、遅い。
 これでもう外さない。
そのまま尻尾を狙うように構えて――
「行け!!“絶対零度”!!」
 アズサの叫ぶような指示に、ジムスは絶対零度をためらいなく発射した。
一瞬にして、ベトベトンは氷漬けになり、木の幹から地面に落下した。
「次!!」
 ジムスは、残されたニドキングを睨みやる。
丁度木の幹からツノを引き抜き終えたところだった。
「くっそおおお!」
ニドキングはやけになって、ジムスのいる木を力任せに両腕でばきりとへし折った。
「うわ!」
 木がメキメキと音を立てて倒れ始める。しかし、すかさずアズサが指示をする。
「別の木へ飛び移れ! その後にロックオンだ! 出来るか!?」
「やってみせるっ!!」 
 ジムスは倒れゆく木から跳躍すると、隣の木に移動し、さらに別の木へ飛び移る。
その間に、ロックオンを完了させ――
「撃て!!!」
 発射した水色の冷気の奔流は、弧を描いて地上のニドキングに吸い込まれていき、
完全に氷漬けにした。

 息を切らせて、ジムスは地面に降りると、地面に寝かされているアズサに近寄る。
「よく……やったな。えらいぞ」
 不思議と、嫌ではなかった。あんなに嫌っていたのに。
「良く考えたら、ボクも、悪かった……これからは…ちゃんと……」
 最後まで言い切る前に、ジムスは力尽きてアズサの横に跪いた。
「頑張ったな……」
 呟くと、アズサはバッグから“毒消し”の錠剤を取り出して、
ジムスに飲ませた。これで、一応死ぬようなことは避けられる。
あくまで応急処置でしかないので、はやくポケモンセンターに
連れて行かなければならない。それに肩の傷も治療せねば。
 アズサはポケギアでポケモンセンターに連絡を入れると、
ほどなく遠くからセンターの救急ヘリの音が聞こえてきた。

和解と理解と 

「そうか…あのニドキング達に群れを……大変だったな」
「ああそうだよ。まったく……キミも、そうならそうと早く言ってくれりゃいいのにさ」
 アズサの言葉に、手の中でオレンの実を弄びながらジムスは毒づいた。
ちなみにリエラとルーミは、今はボールの中で待機している。
「ゴメン。僕もお前の事をもっと知っておくべきだったよ。情けないよな」
センターに搬送され、治療を受けたアズサとジムスは、待合室で互いに腹を打ち明けた。
不幸な過去と、今の自分の事を……。
 ジムスは相変わらず不機嫌面だったが、雰囲気はなんとなく柔和な感じがした。
「ボクのいた群れは、あまり部外者と争わない決まりだったから……まぁ悪く言えば、
みんな平和ボケしてたんだよな……ムダに争わない方針でいたから、いつしか戦うことをしなくなって……
そこにあいつらが襲ってきたから、やっと気付かされた……弱いままじゃダメだってさ」
「そうか……野生にはそんなルールがある群れもあるのか……
本当にごめん、お前の事を知らないままで、不快な思いをさせてしまって」
 アズサは、深く頷き、謝罪する。
「まぁ、ボクもキミのことをよく知らないで文句言ってたのは…
悪かったよ。そのポケモン…死んだんだ…?」
「ああ」
 アズサは、天井を見つめながら告げた。
「繰り返したくないんだ、あんなこと。だから何としてもポケモンを大事にしたいって思ってたんだ
これからは、躊躇わないように、過去を乗り越えられるように、頑張るよ。失望させてゴメンなジムス」
「いいさ……ボクもキミも互いに情状酌量の余地があるってことだし」
 ジムスはアズサに向き直ると、照れつつもおもむろに右手を差し出した。
「これからは、いう事は聞くよ。迷惑かけて悪かったね……」
 アズサは何だかおかしくなって微笑んだ。
「ああ。よろしく頼むよジムス」
 そういって、ジムスと和解の握手をした。
ジムスも嬉しくなったのか、微笑んでいる。しかし、
「言うことは聞…く…でも、もう二度とあんな体を張ったことするなよな!! 絶対にだ! 絶対だぞ!?
それにまだ問題があれば容赦なく注意はしていくからな!覚悟しておけよ!?」
突然手を振りほどくと、ギロリと睨んでジムスは告げる。
「ああ」
 その言葉に、アズサは母の手持ちのジュウロウのことを思い出した。
父親がわりのジュウロウも、何かにつけて五月蝿く言ってくる。
種族は違うが、ジムスもなんとなくジュウロウに似た部分を感じて、親近感を覚えたが、
ある疑問も同時に頭に浮かんだ。
「そういえば、お前はその技、どうやって覚えたんだ?」
 アズサは疑問をジムスに尋ねてみる。
「技?」
 アズサはスマホ方のポケギアを起動させ、ステータスチェックアプリを立ち上げて、
ジムスの項目の中の習得技一覧を開く。
 先制技の『バレットパンチ』相手を確実に眠らせる『キノコの胞子』、
命中率補正技の『ロックオン』に、一撃で倒せる『絶対零度』
野生のポケモンが覚えているにしては、計算されつくした構成だった。
「確かに強力で、補助技もいいやつばかりだけど…だれかに教わったのか?」
「ああ。あの先生って人に教わったんだよ」
「マナムラ先生が?」
 ドーブルは専用技“スケッチ”によって、他のポケモンが使った技をコピーし、
自らの技とすることが出来る。そうするには色々なポケモンのバトルを見なければならないし、
その技を使うポケモンを探すだけでも、かなりの苦労だろう。
「ああ、別に苦労はしなかったよ。スケッチするだけなら割と簡単だし」
 事も無げに、ジムスは言った。
「じゃあ先生は、技を覚えたポケモンをあらかじめ用意して、お前にスケッチさせたのか?」
それ以外考えられなかった。そうする以外にドーブルが技を覚える手段は無いはずだった。
「いや、何かバトルビデオってヤツを見せられた」
 予想外の答えが返ってきて、アズサは驚愕する。
「ええ!?ビデオ見て覚えたのか!?」
「うん。便利だねぇアレ」
「ちょ…え?スケッチ元は映像でもいいんだ!!?」
「ああ、動いていればなんでもいいよ。むしろこれまでの生のポケモンの技見て
 覚えるより手っ取り早かったよ。何か色んなポケモンが技を撃ってるヤツをいくつか
見せられてさ……人間社会は便利だねぇホント」
 そういって、ジムスはオレンをしゃくりと一齧りした。
 ジムスの言葉に驚きつつも合点がいった。アズサがジムスを譲り受けたとき、マナムラは
その前日にジムスと出会い保護したと言っていた。習得元が動画でもいいなら、ビデオを集める
必要はあるものの、技を覚えたポケモンを集める必要は無い。確かに短期間での習得は可能だろう。
それに、確かそんな内容のビデオが大学の図書館のビデオライブラリーに沢山並んでいた事を思い出した。
「それって、確か……『タイプ別ポケモン戦術指南』ってタイトルのヤツ?」
「そうそれ。ラプラスが絶対零度撃ってたり、エビワラーがバレットパンチ
繰り出したりしてた。それを見ながらささっとね」
ジムスは手に持った尻尾をびゅびゅっ!と振ると、凄いだろうと言わんばかりに胸を張った。
「まー最初は腹が減ってて、あの学校に食べ物探して入り込もうとしたら、車にぶつかっちゃって……
そこであの人に助けられたんだ。ボクの強い技を覚えたいって願いを話したら、聞いてくれてさ。
ついでに、何か『力になってほしい人が居る』って頼まれてさ。技も試してみたかったし、
技を覚えさせてくれた恩返しもしたかったから、引き受けたんだよ。でもまさか、こんな問題山積みの
ダメトレーナーだとはねぇ」
 かぶりを降りつつ、ジムスが嫌味を言った。
「し、仕方ないじゃないか!ポケモンを持つのは久しぶりだったんだし……それに……」
嫌味にアズサが声を荒げたが、口ごもると、
「わかってる」
 ふっ…とジムスは微笑んで、ぽんとアズサの体を叩いた。
「お互いに、頑張ろう。きっと乗り越えられるだろうさ」


 ルギアは、海から遠く離れた山中を飛行していた。
昨晩うずまき島を発ってから、夜通し飛行しており、大分疲労も溜まってきている。
「流石に夜通しの飛行は疲れるものがあるな…だがもう少しだ」
と独りごちつつ、目的の場所を目指しもう一分張りしようと翼に力をこめて、
目の前の一つの山を越えると、前方に、2つの塔が建つ街が見えてくる。
「エンジュシティ……いつ見ても穏やかな時間が流れているな……」
 大昔、街の西側にそびえていた『鐘の塔』が焼け落ち『焼けた塔』となってからというもの、
この街に訪れることはめっきりなくなっていた。
 しかし40年前に焼けた塔の再建が決まり、10年ほど前に30年の歳月をかけて『鐘の塔』が再建された。
以来ルギアも時折この街に飛来するようになって、“友人”とも以前のように出逢うようになった。
ルギアは、街の上空を避けるようにして迂回し、街の北側にそびえる『鈴の塔』を目指した。
街の上を飛んで人間達にその姿を見られ、伝説のポケモンが飛来したと騒がれるのを避けるためだ。
鈴の塔に降り立つと、夕焼けで赤く染まる空に向けて、その友の名を呼んだ。
「おおい、いるか、私だ」
 ルギアがそう声を出すと、ややあって、夕焼け空の彼方から、七色の光を振りまいて、巨大な
鳥ポケモンが、鈴の塔に飛来した。その姿はとても神々しい。
ふわりと翼を羽ばたかせて屋根に着地すると、そのポケモンは口を開いた――
「久しぶりだな、ルギアよ」

つづく


どうもお久しぶりです。4話目は先月中に投稿予定でしたが、どうもうまく話を纏められず、
練り直し書き直すこと約6回…完成間際にまた1からやり直し…なんてことがかなりあって、
だいぶ時間がかかってしまいました(汗)
しかしどうにか書き終えることができたので、次からはもっとペースを上げていきたいと思います。

まだまだ長編執筆に関して分からない部分が多いので、
よい作品作りのために感想や指摘、アドバイスをいただけると嬉しいです↓


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Last-modified: 2013-03-08 (金) 00:00:00
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