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You/I 3

/You/I 3

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         「You/I 3」
                  作者かまぼこ

宝の思い出 

「おじいちゃん、これはなぁに?」
 まだ幼いラティアスが、森の中の小さな祠を指差して、傍らに居る老人に尋ねた。
祠は、太い蔓が幾重にも絡まって、簡単には開かないようになっている。
「あれはな…遠い国の伝説のドラゴンポケモンに関する宝が祭られているんじゃよ」
「遠い国?」
「そうじゃ。その国の発展と平和に関わった伝説の2匹のポケモン……
お前達の先祖が持っていたものなのじゃよ。
しかしあれは、とても大きな力を秘めておる。使い方を誤れば、
災いを呼ぶことになってしまうとても危険なものじゃ……
そのドラゴンが認めた者にしか、真の力を発揮しないといわれてはおるが…
お前達は絶対に触ったり、外に持ち出しては行かんぞ……?」
 老人は、遠い目をしつつ言った。
「災い? そんなに危ないものなの?」
「そうじゃ。だからああして、わしのフシギバナの“ハードプラント”で
封印してあるんじゃよ……だからお前達、絶対に持ち出すでないぞ?」
「わかってます……『誰にも渡すな』でしょう?」
 ラティオスの言葉に、老人は無言で深く頷いた。
「この島にわし以外の人間が来ても、絶対にこの祠には近づけてはいかんよ?」
 そういって、老人は兄妹をつれて、足早に祠から離れた。
 結局、老人は死ぬまで兄妹にこれ以上の秘密を教えることはなかった。
兄妹も言いつけを守り、祠に近寄ることもあまりしなかった。

「やめろ! それに手を出すな!」
 デンチュラの“エレキネット”で拘束されたラティオスが叫ぶ。
オマケに麻痺させられ、自由に攻撃もできない。
「お願い! それだけは持っていかないで!」
 同じように拘束されているラティアスが、悲痛な声で叫ぶ。
突然、自分達の住む島に見知らぬ人間達が乗り込んできて、勝手に住処をあさり、
あまつさえ祠の中から『宝』を持ち去ろうとする。誰にも渡さぬようにと老人から言われてるのに――
 兄妹は、どうにかしてネットを振りほどこうとするが、ネットは余計に体に食い込み痺れてしまう。
何も出来ないまま、奪われてしまうのか?悔しくてラテイオスは歯噛みした。
すると、数人の黒服のうち一人が、動けない彼らのところへ近づいてくる。
恐らくリーダー格であろうその男に、ラティオスは、怒鳴りつけた。
「あれをどうする気だ! あれは僕らが代々守ってきた、大切な――」
「わかっている。だが、どうしても必要になった……」
 ラティオスが言い切る前に、男が言った。
「あれは身勝手なヤツが使おうとしても、使うことはできないって言われてる……。
僕達だって正確な使い方はよく知らないんだぞ!? お前達なんかに、使いこなせるものか!」
 しかし、男は事も無げに言い放った。
「使い方なら知っているさ。それに、これはポケモン達のためでもある」
男の妙に自信のある物言いに、言いようの無い威圧感を感じて、ラティオスは寒気立ち、
同時にこの人間は腕の立つトレーナーなのだ、と理解した。
「馬鹿な――」
 この男は宝を使って何をする気なんだ――?
 なぜ、自分達も知らない宝の使い方を知っている?いったい何者なのだ――?
 男はそれ以上ラティオスたちの言葉に耳を貸そうとはせず、ポケギアを取り出してどこかへ連絡を入れる。
「私だ。目標の入手に成功した。研究班の準備をさせておけ」
 男は電話を終えると、『宝』の入った頑丈なトランクケースを部下から受け取り、彼らに背を向け、黒い
ヘリコプターに乗り込もうとしていた。
 トランクケースの表面には、ミロカロスとジャローダが絡み合って、
「R」の一文字を描いているエンブレムが貼られており、それが一際目立っていた。
「やめろぉ!返せえええぇ!!」

ニニギとサクヤ 

「……!?」
 力の限り叫んだラティオスは、そこで目を覚ました。
「ここは……一体?」
 ラティオスは体を起こして、辺りを見回した。
どうやら洞窟内のようで、目の前には盛大に水が流れ落ちる滝があり、その水飛沫の音が、なんとも心地よい。
さらにラティオスの左右には大きな2つの岩があり、それには巨大な鈴が取り付けられている。
どうやら人間の手も入っている場所のようだった。
 ここはドコなのだ?自分はあの時に、見知らぬ機械人形にやられたはずだが……
「どうやら、目覚めたようだな」
 状況を整理していると、不意に背後から声がかかり、ラティオスは振り返ると、
右側の岩の上に、自分の何倍もある巨大な白いポケモンがいて、彼を見下ろしていた。
「あ……あなた、は?」
 ラティオスがその大きさに圧倒されていると、白いポケモンの背後から、妹のラティアスが飛び出してくる。
「お兄ちゃん!!」
 ラティアスは、落涙してラティオスに抱きついた。
「お兄ちゃん……! 意識が戻ったのね!? うう……よかった」
「サクヤ!? 無事だったのか! ああ……」
 ラティオスは、妹のラティアス――サクヤを抱きしめる。心底、生きていてくれてよかった。と思う。
「この方が、私達を助けてくれたの。“ルギア”さんっていうのよ」
 サクヤが紹介すると、ルギアは羽を動かしてふわりとラティオスの前に降り立ち、改めて自己紹介をした。
「私はこの海域の守り神なんてものをやらせてもらっている者だ。人間達にはルギアと呼ばれている」
近くで見るとより大きく感じられ、より増した威圧感に、ラティオスは緊張しつつも口を開く。
「……助けてくれて、ありがとうございます。僕は“ニニギ”。このサクヤの兄です。ここは一体……?」
 ラティオス――ニニギは礼を言うと、再びルギアに向き直り、尋ねた。
「ここは『渦巻き島』の洞窟内。私の住処だ。お前達は数日前に、
 突然この海域に落ちてきた。大体の話は、妹から聞いている。宝とやらを奪われたようだな?」
そういわれると、ニニギは下を向いて申し訳なさそうに答える。
「は、はい……」
「なるほど、人間達が欲するのだから相当な価値か、強大な力を秘めている物の様だな」
 興味深そうにルギアが言うと、ニニギはどきりとした。図星だった。
「その様子では、間違いないようだな。私も昔は「海の神」といわれ、私の力を求めた人間に狙われた
ことが何回もあった……お前達の宝とやらがそうしたものなら、はやく奪還せねば危険なのだろう。
それこそ、人間達にもポケモン達にも、多大な被害を与えかねない様な物か?」
「……」
 指摘されたニニギは黙っていたが、このルギアというポケモンも、そうした強大な力を持つ、
伝説のポケモンなのだとわかると、やがておずおずと口を開いた。
「……そう聞いています。僕らが、代々受け継ぎ守ってきたという、大切な『宝』であり『力』――」

黒き石と白き石 

 山間部を飛行するヘリコプターの中で、組織のボスである黒服の男は微笑んでいた。
「嬉しそうねヤクモ」
 ヤクモと呼ばれたその男の隣に座っていたゾロアークが口を開く。
「ああ。長い間、古い文献を調べていた甲斐があったというものだ。ラティオス達が持っていた『宝』は間違いなく
“黒き石”と“白き石”…構造パターンは、42年前にイッシュ地方で確認された、ゼクロムとレシラムの
休眠形態と同じ…分析結果に若干の差異はあったが、間違いなく本物だ」
 ゼクロムとレシラムは伝説のドラゴンタイプであり、
古の時代、イッシュ地方の破壊と再生に関わったとされ、42年前『プラズマ団』がイッシュ地方で蜂起したときに
その『王』のたる青年がレシラムの覚醒に成功、当時のイッシュチャンプを打ち破り、
また、そのプラズマ団を阻止せんと、一人の青年トレーナーがもう片方のゼクロムを覚醒させ、
王と青年は互いに激突し、「イッシュ建国伝」が再現されたといわれていた。
 ヤクモは続けた。
「これでようやく、You・I計画を実行に移せる……」
「ふふ……“貴方と私”計画ね。私達の組織には、ピッタリの名前だと思うわ」
 ゾロアークは微笑みつつ言った。その笑顔は牝の色香が感じられて、なんとも妖艶だった。
「ああ、そうだ…人間とポケモンは、共に歩んでいく必要があるんだ。『カレン』」
「そうね」
 ゾロアークのカレンは答えると、ぴたりとヤクモに擦り寄った。
「42年前、イッシュ地方では「プラズマ団」が人からポケモンを解放することを謳っていた…
だが王はその必要は無いことに気付いて、自らもポケモンと共に歩む道を選んだ。
その後……結果としてポケモンと向き合うものは増えた。
だが、それでもポケモンを道具扱いし、虐げる者はなくならなかった。ポケモン達が喋るようになった、今も。
だから、そうした連中に知らしめ、見せ付け、考えさせてやらなければいけない……。
ポケモンは命があり、意思のある存在なのだと、再認識させてやらねばならないんだよ」
 ヤクモはカレンの鬣を撫でながら、囁くように告げた。
「その気持ち、分かるわ」
「知っているか……これも昔、ある地方の権力者の一人が、ポケモンを道具扱いし荒んだ世の中を正そうと
その地方を制し、力を誇示するため幻のポケモンを仲間にしようとしたことがあったと言われている」
「ええ……それと同じことを、あなたがやるんでしょ?」
 ヤクモは、大きく頷いた。
「そうだカレン……俺はレシラムとゼクロムを仲間にする。それが俺達の理想への近道だ。
だが、ゼクロムとレシラムは伝説のポケモン。彼らは、英雄と認めた者にしか真の姿を現さない……」
「大丈夫よヤクモ。あなたなら出来るわよ……だってあなたはこんなにもポケモンのことを想っているんだもの。
それに、あなたに付いてきた沢山の部下とポケモンと……私達がいるじゃない。きっとできるわ……ボスである、あなたなら……」
 そういってゾロアークは彼、ヤクモの頭に手を回して、熱い口づけをした。
「……ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」
 カレンと呼ばれたゾロアークが口を離すと、ヤクモは礼を言った。
「どういたしまして♪マスター」
 そうやって、彼らは人とポケモンの垣根を越えて認め合い、励ましあい、愛し合う。その絆は何よりも深い。
今日、この地下にあるチョウジタウンの秘密基地で計画の開始宣言をすれば、ようやくスタートする。
「理想」の実現まで、あと少しだ。本当に、あと少しで。
 ヘリの真下では、森の中に設けられた秘密基地の隠しヘリポートが、ヘリの着陸を待っていた。

海の皇子と海の神 

「そうか。遠い地方の建国に関わったポケモンが……」
「はい……認めたものにしか、覚醒しないとおじいさんからは聞かされているんですが……それ以上の事は……」
 うなだれながら、ニニギは言った。
「僕達の住んでいた島には、人間の老人が一人だけいて、僕らはその人に育てられました。しかし、
この白と黒の石に関しては詳しく教えてくれなくて、そのまま2年前に……生前おじいさんは、
そのことを聞くと決まって『知らないままの方がいい』と言って……ですから、正確な覚醒方法とかは、
僕らは詳しく知らないんです」
「ふむ……お前達にも知らせないまま逝くとは、やはり危険なものということか。
 ルギアは腕……もとい翼を組んでしばし考え込むと、言った。
「よし……ならば、私も少し力になろう。知り合いにも、連絡を入れてみる」
しかし、ルギアの協力の申し出に、ニニギは顔を曇らせた。
「……でも、お気持ちは嬉しいんですが、あなた方に迷惑をかけるわけにはいきませんし……」
 この問題は、自分ら兄妹の問題なのだし、他のポケモンを巻き込むのは悪い。
やはり、自分達兄妹だけで解決しなければいけないと、ニニギは思った。
「僕達だけでなんとかしなくちゃ……」
 そういってニニギは体を浮かせようとしたが、途端に体に激痛が走った。
「ぐっ!!」
 そのまま、どさりと地面に落ちる。体が回復しきれていないのだ。
「まだ回復が充分でないようだな……そんな体では探しに行くのはまだムリだ」
 ルギアは冷静に告げるが、
「こんなの……“自己再生”で回復すれば問題は……」
ニニギは自己再生を発動させたが、その光は弱弱しく、技の回復量自体も充分では無いことがわかった。
「しかしなニニギよ……その連中が石をどこに持って行ったか、お前は知っているのか?」
「……!」
 ルギアがそう言うと、ニニギは言葉に詰まった。
思えば、自分も妹も撃墜されて、追いかけていたヘリがどこへ行ったのかは、もうわからないし、
島に乗り込んできたあの連中が何者で、何が目的なのかすら不明だ。
 わからないことだらけだった。
「お前達の話が本当で、その宝がそれ程危険なものだというのなら、もはやそれは
お前達だけの問題ではない。それに、宝を奪っていった連中の情報も少ない。
それに何故連中がお前達の宝の存在を突き止めたのか、目的は何か、そういうことも知っておく必要がある。
何、皆で協力すれば、早く見つかる。とにかく、お前達はしばらくこの島で体を休めていくといい。
情報を集めてから動いた方が、上手くいくものだ」
確かにその通りだな…とニニギは納得した。何の手がかりもなく探すよりも、そのほうが確実だ。
「……ご迷惑を……おかけします」
 ニニギはルギアに深々と頭を下げると、ルギアは微笑んで言った。
「何、困ったときはお互い様だ」
 相変わらず威圧感を放っているが、その顔からは優しさが感じられて、ニニギもサクヤも安心できた。
「知り合いに全国各地を飛びまわっている者がいてな、あいつらなら、きっと力に…」
「ねぇー、るぎー?ごはんまーだぁー?」
 ルギアがそう言った所で、突然洞窟内に幼い声が響き渡った。
兄妹は、声のした方に目をやると、滝つぼから一匹の小さなポケモンが顔を出していた。
体は透き通るような青色で、頭に発光体のついた2本の長い触角を持つ、見たことの無いポケモンだった。
そのポケモンは水から上がると、ルギアに近寄って不満げな声を上げた。
「おなかすいたぁ。ごはんまーだー?」
「またか……」
 ルギアは額に青筋を浮かべながら呟くと、語気を強めていった。
「……さっきオボンの実を20個もあげただろう!どれだけ食う気だ“マナフィ”!!」
「えー足んないよー。それにオボンの実もう飽きたー!、カムラないのカムラ」
「そんな貴重なものばっかり食べさせられるか!あれはお客用の高級品だ馬鹿者!」
 その言葉にマナフィと呼ばれたポケモンはでんぐりかえって幼児みたいに手足をばたつかせ駄々をこねた。
「いーやーだー! もっと美味しいの食べたいいぃ! チイラとかミクル、ヤタピとか食ーべーたーいいぃぃ!」
マナフィの駄々っ子ぶりに、怒りが頂点に達したルギアはとうとう怒鳴り声を上げた。
「だあああぁ! うるさああああぁぁい!!! ワガママ言うな!! 忙しいから向こうに行ってろ!!」
「あ゛ーーん!!」
 ルギアはサイコキネシスをマナフィにかけると、そのまま滝つぼに沈めて洞窟から追い出した。
ゼェハァと息を荒くしつつも、ルギアはわざとらしい咳払いをして兄妹に向き直る。
「スマンな……見苦しい所を見せてしまった。知り合いの預かり子でな。
海の皇子といわれているせいか、世間知らずでワガママ、食いしん坊な上グルメで……本当に困っていてな」
 そういってルギアは苦笑した。その顔はさっきまでと比べて随分と疲れているように見えた。
「……わかります」
 相当なワガママっ子であることは、ニニギも見てよく分かったし、妹のサクヤは幼い頃
自分やおじいさんにワガママを言ってだいぶ困らされていたので、ルギアの苦労はよくわかった。
気を取り直して、ルギアは続けた。
「まぁとにかく、私の方も少し動いてみる…まず『鐘の塔』に行って知り合いに話し、それからお前達を
 保護した海域に他に目撃したポケモンがいないか尋ねてまわってみる。お前達はしっかりと体を休めていろ」
「はい……ありがとうございます。ルギアさん」
 ニニギが礼を言うと、ルギアは、岩の隙間から大量の木の実を取り出し、ドサドサと兄妹の目の前に置いた。
「この島の木の実はかなり美味い。これを食えば元気になる」
 そういって、ルギアは先程マナフィを沈めた滝つぼに身を沈め、洞窟から出て行った。
外に繋がっているらしく、ルギア達はここから外海へと出入りしているようだ。
 置かれた木の実はどれも大きく、程よく熟していて、とても良い香りを放っていた。
しばらく何も食べていなかった兄弟は、貪るようにして木の実を食べ始めた。

宣言 

 ヘリが収容されると、チョウジ基地の中は急に慌しくなった。
「騒がしいわね……何かしら?」
 割り当てられた基地の一室でくつろいでいた3匹のポケモンのうち、ギャロップが、廊下から響く音に気付いて立ち上がった。
「ボスってのが来たんじゃない……?」
 寝そべっていたブラッキーも、眠い目を擦って頭を上げて言うと、突然部屋の扉が開き、
白黒服の人間の男が部屋に入ってきて、ポケモン達に声をかけた。
「おい、時間だ。キール、エリク、ユコ! 行くぞ! ほらキール……起きろコラ!」
「……もうボス来たの? “トクジ”ぃ……俺疲れてんだけど……」
「そうだよ」
 ブラッキーが、嫌そうに言いつつもゆっくりと体を起こす。
「……っだよ。さっきここに着いたばっかなのに……ちっとは休ましてくれよマスター」
「ボスの偉ーい説明があるんだよ!ほらお前もさっさと体を起こせエリク」
 トクジと呼ばれた人間の男は、そういってエリクと呼ばれたルクシオの体を揺すって起こしにかかる。
ブラッキーとルクシオは、ピアスや蝶ネクタイといったアクセサリーを身に着けていて、それが一際目を引く。
この2匹、先日ヤマブキシティでアズサのポケモン達に迫った、あのブラッキーとルクシオだった。
「まったく、夜更かしするからだ。だらしない牡はモテないぜ?」
 そうトクジが言うと、ブラッキーとエリクはさっきまでの気だるさがウソのように、シャキっと立ち上がった。
「当ったり前でぇ!牡は常にクールでキッチリしていないといな!なぁキール」
 そういって、隣にいるブラッキーのキールに同意を求める。
「ああ、それがモテる牡の常識だよな。牡たるものだらしなくっちゃ駄目だよな!」
「まったく……単純なやつら……」
 ギャロップの“ユコ”が嘆息してそんなことを呟いた。牝にモテることしか考えていないのか、この牡どもは――。
「分かったんなら、さっさと行くぞ」
 トクジはそういって3匹とともに部屋を後にした。

 通路を暫く進むと、10階建てのビル程の高さがある広大な地下フロアに出た。
そのフロアでは何かを建造している最中のようで、巨大な物体が占領しており、
それには所々にシートが被せられて、多くの作業員とポケモンが表面に取り付いている。
ドテッコツやゴーリキー等の力持ちなポケモン達が、大きな資材を持っては作業員のそばに運んだり、
分厚い鉄板を支えたりしている光景を見て、キールが呟いた。
「…まるで工場だ。こんな場所があったんだな…」
 まだここに着いたばかりで基地の事を良く知らない3匹に、トクジは立ち止まって説明してやった。
「正確に言えば、ここはチョウジタウンの地下なんだ。潰れた土産物屋の一つに繋がっててな、
この基地は昔、(ロケット)団って組織が使っててな。ここでポケモンの強制進化の
実験なんかをやってたらしいぜ?」
「ふーん」
 エリクが興味などなさそうに返事をする。
ロケット団――それはかつて、ジョウトやカントーに存在していた、
密輸や殺しなど、ポケモンを使い様々な悪事を行っていた犯罪組織の名だ。
 しかし42年前、組織は突然壊滅した。
当時のボスであり、カントーのジムリーダーでもあった男が突然、解散を宣言したのだ。
理由に関しては諸説あるが、とあるトレーナーに何度となく計画を阻止されて、己の力不足を
悟ったからだといわれていた。
「前から思っていたんだけど、どうして私達の組織の名前は、その犯罪組織と同じ『R団』なの?
私達の理念は、悪事を働くことじゃな……」
 ユコが疑問を口にすると、トクジの顔は急に引き締まって、それを遮るようにして言った。
「わかってる。俺達『Reconciliation(リコンシリエーション)団』……『仲直り団』の
目的は、人とポケモンの関係を良くすることだ……」
 トクジは言い終わると、再び歩き出す。その表情からは、硬い決意が感じ取れた。
「誤解されやすいが、頭文字が同じなだけで別につながりは無ぇよ。それに、俺らの組織は、
 元々はポケモンの保護団体だったんだぜ?そんなのが、犯罪とか酷い真似をするはずがねぇだろ……」
 トクジの言葉に耳を向けながらも、キールとユコ、そしてエリクは、コンテナからポケモン達が次々と
資材を運び出すのを眺めていた。作られている物が何なのか、3匹にはちょっとわからなかった。
「ぼんやりしてると置いてくぞ」
トクジが急かすと、3匹はあわてて彼の後を追った。

 トクジ達が基地内部に設けられたホールに到着すると、
ホールには、すでに沢山の団員とそのポケモン達が終結して、並んでいた。
 トクジ達も、その列に加わる。下半身は黒く上半身は白い制服姿の団員達が、一際目立つ。
団員のポケモンも様々で、コラッタやマイナンなどの小型ポケモンを連れているものも居れば、
ヘルガーやエレブー、ボスゴドラやバンギラスといった中型から大型のものまで、多種多様なポケモンがいた。
「ところでトクジ……ボスってどんな人なの? わたし見たこと無いんだけど……」
 トクジの耳に顔を近づけて、ユコが尋ねた。
「そうか。お前たちは見たことなかったか……ずっとヤマブキにいたもんな」
「で、どんな人なの?」
「みてりゃわかる……ほれ出てきたぞ」
 トクジの言葉に、ユコはホールにあるステージに目を向けた。
舞台袖から出てきた黒服の男が、アタッシュケースを片手に演台に立った。
齢は……30代半ば……というところだろうか?
 男に続いて、秘書と思しき赤い髪の綺麗な女性が、ステージの端に立つと、同時に
2匹のポケモン達が舞台袖から現れる。一匹は歪な人型をした純白の巨体で、
ガションガションと重い足音を響かせつつ、男の背後に立つ。生き物というよりも機械のような
印象を与えるポケモンであった。
 そしてもう一匹は黒い体で6つの翼を持つ、3つ首に見えるポケモンで、宙に浮きながら男の左側に静止した。
「あれサザンドラだろ?かなり強いんじゃ……」「すげぇ……色違いのゴルーグだ」「あの秘書……美人だな」
 そんな団員達の小声が、あちこちから上がる。
『皆様。これから計画開始宣言を行います。皆様、静粛にお願いします』
 赤髪の秘書がマイクで告げると、ざわめきは一気に収まって、ホールは沈黙に包まれる。
ステージ上の黒服の男――ヤクモが一礼してからマイクに手をかけ、ゆっくりと話をはじめた。
『皆様、こんにちは。初めての方も居ると思いますが……私が仲直り団の代表を勤めさせていただいております。
ヤクモと申します。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。皆様方の努力のおかげで、
本計画に必要な“白き石”と“黒き石”を、先日ようやく手に入れることができました』
 ヤクモはアタッシュケースから球形の2つの石を取り出してみせると、会場内にどよめきが起きた。
『5の島の秘密研究所での分析では、90%以上の確立で本物であることがわかりました。
皆様も噂に聞いたことがあると思いますがこの石はイッシュの伝説にあるドラゴン、
ゼクロムとレシラムそのものであります。この2匹が我々の仲間に加わることで、
我々の目的である、ポケモンと人が互いに思いやる社会を実現する本計画が、ついに実行可能となりました』
ヤクモは演台に2つの石を置くと、両手を広げて高らかに宣言する。
『今日この時をもって『You・I計画』の開始を宣言いたします』
 その宣言に、ホール中から拍手喝采とポケモン達の咆哮が響き渡った。

ルーミの悩み、アズサの悩み 

 通学中、自宅近くの道路で少年トレーナーに勝負を挑まれたアズサは、繰り出したリエラに攻撃を指示した。
「リエラ、葉っぱカッター!」
「はい!」
 アズサの指示に従い、リエラは相手のマリルに葉っぱカッターを放った。
それをまともに受けたマリルは崩れ落ちる。急所に当たったようだ。
「やりました! ご主人!」
「くっ」
 マリルのトレーナの短パン少年はマリルをボールに回収すると、今度はラッタを繰り出した。
リエラでも対抗は出来るが、ここは格闘技を覚えているルーミを出して対応した方が有利と
判断して、アズサはリエラをさがらせ、ルーミを繰り出した。
「ルーミ! 瓦割り!」
 しかし、ルーミは技を放とうとはしない。
「……ルーミ!!」
 声を強くして、ルーミを呼ぶ。すると、ハッと思い出したかのように、周囲を見回した。しかし、
時既に遅し。ルーミは“怒りの前歯”を喰らって吹き飛ばされた。立ち上がりつつ、ルーミは謝る。
「……ごめんなさい。ぼうっとしてて」
「……気をつけてくれ」
 気を取り直して、再び瓦割りを指示すると、今度はちゃんと攻撃を放ってくれた。
再度攻撃を加えようと飛び掛ってきたラッタの鼻面に手刀を打ち下ろすと、ラッタは轟沈した。
「……まいりました」
 これ以上の手持ちがいないのか短パン少年は降参し、ラッタをボールに回収すると
近くのポケセンへ駆けていった。
 アズサは、ルーミに目をやると、ルーミは俯いて目線をそらした。
その態度を少し不満に感じながらも、労いと注意をしてやった。
「よくやったルーミ。でも戦闘中はしっかりしてくれよ……?」
「はい……」
ルーミは俯いたまま、返事をした。

 あの夜から、ルーミはずっとこんな感じであった。
ブラッキーたちを退けた後、ポケモンセンターで回復を終えると、アズサは
己の力量不足で辱めてしまったことをルーミに謝った。
「自分も悪かったし気にしないでください」と微笑んで許してくれたが、それ以来、
最低限の会話しかしておらず、時々アズサと目が合っても目をそらされてしまう。
今回のように、戦闘中にボンヤリとしてしまうのも、1度や2度ではなかった。
おまけにあまりボールから出ようとせず、どうしたものか…とアズサは思う。
ルーミは牝、女の子だ。自分のことを許しはしてくれたが、辱められた心の傷の深さは計り知れない。
このまま元気が出ないようでは、今後のバトルにも影響が出るだろう。
「はぁ……まずいよな……これは」
ルーミをボールに回収すると、アズサは嘆息して呟いた。
もしかして、嫌われたのではないか……とも思えた。
「げ、元気を出して下さい。今回もバトルには勝てたじゃないですか……」
 そんなアズサに、リエラは心配そうにしつつも微笑んで声をかけた。
確かにバトルには勝利したが、素直には喜べない状況だった。
 先日マナムラから貰ったドーブルのジムスにはいう事を聞かないと宣言されるし、
現状まともに戦力になるのはリエラとルーミだけだ。それに次のジムは虫タイプのジム。
キキョウジムのときと同じく、草タイプのリエラでは不利。
その上、ルーミはこんな調子だ。このままでは次のジムにも挑めそうもない。
いっそのことルーミをバトルから外し、虫タイプに有利なポケモンを新たに探そうかとも考えたが、
今居るポケモン達と仲良くならないまま新たなポケモンを投入するのは、
ポケモンを置いてけぼりにする様で、少し気が引けた。
「まぁジムに関しては、他のジムから回るという方法もあるけど……」
まず解決すべきは、ルーミの問題だ。
 ルーミの心を癒せる方法は、何か無いものか…と持てる知識を総動員して考え込むが、中々浮かばない。
心の傷は、すぐには治らないものだ。それは、アズサ自身もよく知っている。
 頭を抱えてコダックの様に悩んでいると、腰の青いボールが開いて、ジムスが飛び出した。
「……また悩んでる…少しは前向きになるって、こないだ決めたばっかりだろ。
トレーナーがそんなじゃ、こっちまで不安になるってのに。もう、しっかりしろって」
 ジムスは相変わらずの半眼で言った。
「でもさぁ、心の問題だよ?しかも牝……女の子のだよ?どうすればいいか全然なんだよ……」
 それも自分以外の心の問題だ。謝ってすぐに済む問題ではないし、それだけではルーミの心は癒されないだろう。
深入りしていいのかどうかも迷うし、下手をすれば余計にルーミを傷つけてしまうこともありうる。
 異性にモテたためしの無いアズサにとって、この問題は未知の領域であり、ハードルが高すぎた。
 すると、ジムスが口を開いた。
「まぁ確かに牝の心ってヤツは繊細で、立ち直るにも時間かかるもんだけど…
そうだな、だったら気分転換になるような事でも、させてみたら?」
「気分転換ねぇ……」
ジムスの意見に、アズサは悩むと、リエラも口を挟んだ。
「私もそれ、いいと思いますよ?楽しいことしたり、美味しいもの食べたり…
そうすれば、だいぶ気分もリフレッシュできるんじゃないでしょうか」
「ううん……」
確かにそれも必要だが、肝心の『ルーミが楽しいこと』が何なのか分からない。
それがはっきりしないことには――
「あ……?」
 そこまで考えて、アズサはふと思いついた。
そうだ。分からないなら『誰でも楽しめる』ことをすればいいのだ。
 そしてそれが可能な唯一の場所が存在することも、同時に思い出した。
「そうか……あそこなら!」
そういって、急にアズサは走り始める。
「どうしたってのさ」
「何を思いついたんですか?」
ジムスとリエラが後を追いつつ口々に尋ねてくる。
「お前達、今日はこれから学校いく予定だけど……今日はパスだ!」
 そういって、アズサはバス停に急ぐ。ルーミの問題は、
今のアズサにとって授業よりも大切なことだった。


 ルーミは、ボールの中で、思い悩んでいた。
あの夜以来、アズサに目を合わせられない――。
無論それは、あのブラッキーたちのせいでもあるのだが、彼女の事情は少々異なっていた。
(アズサさんに……見られちゃった……)
 確かに、辱められたのはとても嫌だったが、あの日、種族が違うにも関わらず何故かアズサにときめいてしまった。
そんな意中の彼の前であんな痴態をさらされて、恥ずかしくて仕方が無かった。
それも、あんな未発達の胸の膨らみを見られてしまうなんて――
 以来、彼と顔を合わせるたびに胸が高鳴り恥ずかしくなって、平静を保っていられなくなってしまい、
バトル中に動けなくなることが相次いだ。彼の顔が脳裏に焼きついて離れず、心ここにあらずの状態だった。
(やっぱりこれって、あの人を好きになったって……ことなのかな……?)
 野生の頃、牡を意識したことはあったが、出自の経緯もあって、他の牡ポケモンと何かしらの関係を
持つことはできなかった。恋人はおろか、友達としてすらも。
アズサは人間であり、自分とは種族が異なる。叶わぬ恋であることは、自分でもよくわかっているハズなのに。
(こんなの……ムダなのに)
 だがそう思っていても、脳裏には彼の顔があって、常に胸はときめき鼓動は早くなり、
思考は混濁してしまう、自分でもどうすればいいか、よくわからなくなった。
(このままじゃ、顔を合わせられないし、それが続けばあの人を失望させてしまう)
 分かってはいたが、目をそらさぬ限り平静を保てそうもなかった。
 そんなことを考えていると、突然、ルーミはボールから出された。

遊園地 

「ルーミ……ちょっといいかな」
目の前にはいつもの彼の顔があって、目が合えばやはり胸が高鳴った。
「!! な……なんでしょう?」
 ルーミは目をそらす。やはりどうしても直視することができない!
「突然だけど……今日はここで、2人で遊ぼうか」
「え……?」
 そういって彼が指差す先には、カラフルな建物や空中を曲がりくねる妙なオブジェがあり、
そこを、ポケモンを模した乗り物が人間を乗せて走り抜けていく。
 そうした乗り物は他にもあり、回転するものや、中の人間が上下に揺さぶられるもの等、
多種多様で、一見すると、かなり楽しそうである。
何なのだここは――?ルーミが疑問に思っていると、アズサが口を開いた。
「ここは……遊園地ってやつさ」
 聞いたことはあるが……彼は何故突然こんなことをしはじめたのだろう?
そう思って、疑問を口にした。
「あの……どうして突然?それに今日は、学校なんじゃないですか?」
ルーミの指摘にアズサはどきりとしたが、
「っ……そうだけど……ええい!! とにかく、今日は2人で遊ぶぞ!遊ぶったら遊ぶ!」
アズサは強引にルーミの手を掴んで入場した。
 そのとたん、ぼんっとルーミの顔は赤くなり、熱くなった。
同時に、彼と手をつないでいるという事実が嬉しくて、自然と顔が綻んだ。

 ルーミを楽しませるには、ここしかないと考えて、アズサは近場にあるこの遊園地を選んだ。
バトルをさせても、ストレス発散にはなるが、今のルーミはそれどころではないし、
 観光でエンジュシティの文化遺産の寺院を見て回っても、面白みに欠ける。
誰でも楽しめ、気分転換でき、(比較的)美味しいものが食べられる場所といったら、
大概の場合レジャースポットである。その中で最もメジャーなのが遊園地だ。
 ここ、キキョウシティの郊外にある遊園地がジョウト地方では割と有名だった。
園内には多くのアトラクションがあり、中には“大型、小型のポケモン禁止”や“人型グループのみ可”
という指定のあるものもあったが、アズサはパンフレットを片手に、ルーミが楽しめそうな乗り物を探した。
「そうだな……よし。あれにしよう」
そういってアズサは大きなカップ型のアトラクションを選択し、乗り込んだ。
ルーミを対面に座らせると、ブザーがなってから、それは動き出した。
(とにかく、ルーミを楽しませなくちゃ)
そう考えつつ、中央に設けられたテーブルを両手で掴んで力いっぱい右に回した。
「え? あの……ぁ?」
 ルーミの困惑声はカップの加速によって途絶えさせられた。
ぎゅいいいん!とカップが回転速度を上げて、周囲の景色が目に留まることもなく流れていく。
「ははは……どうだルーミ……こういうの初めてだろう?」
「は、はいぃ……でも、何か、こう、目が、回るん、です、ね……」
「そ、そうか。それが、コレの、面白い、ところ、なん、だよ……」
 うまくいったと思えて、アズサは更にテーブルを回転させた。
「そう、なん、でぃぃ……」
 アズサとルーミは目を回しかけつつ、そんなやり取りをした。
まるでコマのようにキリキリと回転するアズサ達の乗るカップは、
明らかに他のカップとは回転速度が違った。
カップが停止したときには、2人は完全に目を回して、ふらつきながら降りた。
(いかん、調子に乗りすぎた)
 肩で息をしつつ、アズサは反省した。目を回しすぎて頭痛がする。
それはルーミも同じで、息を荒くしてベンチに寝そべっていた。
 思えば、遊園地なんて小学生の時、母に連れられて行って以来だ。
これしきの回転で根を上げるわけは無いと思ってはいたが……不覚であった。
「だ、大丈夫かルーミ?ゴメン…なんか久しぶりで調子に乗っちゃって……」
「代書……大丈夫ですぅ……結構……面白かった、です」
 そういいつつ、ふらつきながら立ち上がり、蒼白ながらも笑顔を作った。
「そ……そうか。じゃ次は、アレに乗ろうか」
 アズサは空に向かって一直線に伸びる太い柱を指差した。

 「人型、及び2足中型ポケモンのみ可」という立て札を確認しアズサとルーミは
柱を中心にして円形に並ぶイスに座る。
「あの……これは?」
 ルーミが尋ねると、上から太い金属棒が降りてきて、ルーミの体を固定する。
更に腰にベルトを巻かれて、腕以外身動きがとれないようになった。
「これは……」
 アズサの答えをブザーが遮った。
答えを聞きそびれてますます困惑していると、ルーミは猛スピードで上空に押し上げられた。
「きゃああああああああああぁぁぁ~~~~~~~~~~!!」
 突然の、今まで味わったことの無い感覚に、ルーミは悲鳴をあげた。
柱の先端までイスが上昇すると、ゆっくりと回転しながらもその高さでピタリと停止する。
 高所から見る地上の景色は、どこまでも広く、眼下に広がるキキョウシティの町並みも、
遠くに見えるコガネシティのラジオ塔も、そして雪をかぶったシロガネ山さえも小さく見えた。
「綺麗……」
 今までは、生きることに精一杯で、あまりほかの事に目を向けることが少なかったせいか、
その光景は素敵で斬新に感じられて、思わずそんな言葉を漏らした時、
 ガクン!
「え?」
 突然イスが急降下を開始し、感動していられる時間は終了した。
「きゃああああああああああぁぁぁ~~~~~~~~~~!!」
 いきなりの高速落下にルーミは再び甲高い悲鳴をあげた。
しかし、それを数回繰り返すうち、次第に恐怖感がなくなっていき、
不思議と楽しく感じられるようになっていくのが、自分でも分かった。
(でも何だか……楽しい!)
 ルーミは笑みを浮かべた。いつの間にか、悩みや気まずさはどこかへと行ってしまっていた。

フリーフォールマシンから降りたとき、ルーミは涙目になって息を荒げていた。
「ど、どうだった?ルーミ」
 いきなり絶叫系はまずかったか……?と思いつつ、アズサは恐る恐る声をかけると、
ルーミは暫く黙っていたが、ぱっと顔を上げて笑った。
「こ、怖かったけど、楽しいです!次はあれに乗りましょうよ?」
そういって、ルーミは目に留まった次のアトラクションを指した。
その笑顔は、今までとはまるで別のポケモンのように、明るく愛らしかった。
「そ……そう?えっとあれは……“マッハガブりん”ってやつね。わかった、行こう」
「はい!!」
 ギャップに戸惑いつつも、効果があったと感じられて、アズサも段々と嬉しくなって、
色々なアトラクションを2人で夕方まで楽しんだ。昼食に、モモンのパフェを食べたルーミは、
気に入ったらしく2杯も頼んだ。

観覧車 

 日が沈もうとしている頃、2人は最後に観覧車に乗った。
「高い……でも綺麗ですね……」
「そうだね……」
 夕暮れ時とあって、町にも明りがともり、観覧車からの夕景はなんとも美しかった。
「さっきのパフェ……美味しかったです」
「そうか、よかった」
 そう、本当によかった。元気になってれて。表面上だけでまだ心は傷ついたままかもしれないけれど、
笑顔を取り戻してくれただけでも、遊園地に連れてきたことは、正解だったと思えた。
「……最近元気なさそうだったけど、元気になってくれてよかったよ」
 その言葉を聴いて、ルーミの表情は再び曇る。
(まずい!)
 余計なことを言ってしまった――?
ルーミの笑顔が嬉しくてつい口を滑られてしまったアズサは、慌てて口を塞いだ。
ルーミはしばし俯いていたが、やがて顔を上げた。今度は目をそらさずに、しっかりとアズサの目を見ながら。
「そうですね……心配かけて、ごめんなさい。なんだかあれ以来目を合わせ辛くて」
そういって、ルーミは少しだけ顔を赤らめた。
「やっぱり、あんな目に遭って、嫌だったよね……」
「それもあるんですけど……」
確かにそれもある、しかし、その原因は――
「僕のせいなら、言ってくれ!直すから!直すようにするから!」
アズサは、声を大にして聞いてきた。責任を感じて焦っているのがよく感じ取れた。
だが、まさか『あなたが好きになってしまった』などと言えるわけは無い。彼だって困るだろう。
ルーミは俯く。何もいえなかった。
「……」
 沈黙が、2人のゴンドラの中を支配した。
「やっぱり僕の事、嫌いになった……よね」
「!!」
 そんなことはない。そんなことは。でも、理由を言わなければ彼は納得はしないだろう。
嫌いではないといいたい。でも――。
 数秒後、ルーミは顔を上げ、口を開いた。
「アズサさんが嫌いになったわけじゃないんです。でも、すいません……今は理由はいえません。
でも……でも、解決方法ならありますよ……アズサさん、私のお願いを聞いてくれますか……?」
「お願い?」
 怪訝顔でアズサが尋ねると、ルーミは赤面して、モジモジとしだして、言った。
「……これから、降りるまででいいんで……その、私を…抱きしめてくれませんか…」
「え……?」
意外な答えに、アズサはきょとんとした。
「ダメ、ですか?」
ルーミが悲しそうな表情で聞くと、アズサは大慌てで了承した。
「あ……ああ! い、いいよ?」
「よかった……お願いします……アズサさん」
 そういって、ルーミは対面のアズサに近寄るとその膝の上に乗って、手を背中に回した。
アズサも、ルーミの背に手を回してしっかりと抱きしめる。
 ふわふわとした頭と首の綿毛が、なんとも心地よく、ピンク色の地肌から伝わる彼女の体温が感じられて、
アズサは心が落ち着いた。目を閉じながらも微笑んでいる彼女の顔を見て、とても可愛いと思えた。
 理由は結局説明してくれなかったが、彼女の問題が解決してよかったと、感じた。
観覧車が下に降りるまで、2人はお互いの温かさを感じあった。

続く。


というわけで、やっと第3話目が投稿できました。
ううむ、もっとペースをあげなければいけませんね……。
今回は敵側とラティ側の描写をメインにしたため、主人公サイドは短くなってしまいました…orz
新しく入ったドーブルをもっと掘り下げる予定でしたが、長くなってしまうと思い、次回に持ち越すことにしました。

まだまだ長編執筆に関して分からない部分が多いので、
よい作品作りのために感想や指摘、アドバイスをいただけると嬉しいです↓


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Last-modified: 2012-12-29 (土) 00:00:00
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