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You/I 2

/You/I 2

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         「You/I 2」
                    作者かまぼこ

始動 

「……」
 薄明かりの差し込む部屋の中で、その男は目を覚ました。
ベッドの上で体を横たえたまま横を見やれば、黒いからだをした男の手持ちポケモンが、
すやすやと寝息を立てている。なんとも、幸せそうに。
 まぁ、昨夜はあれだけ求めてきたのだから、ムリも無いか。
そう思いつつ、男は体を起こして、上着を羽織ってから、寝ている彼女を起こしにかかる。
「朝だぞ……起きろ」
「ん……」
「早くしないと、仕事に遅れてしまう」
しかし、彼女――黒いポケモンは、眼を開けたものの、動こうとはしない。
「おはようのキスは……?」
「ああ、忘れていたな…すまない」
そう答えて、男は彼女に顔を近づけて挨拶の口付けを交わした。
そんなふうにして、一人と一匹は、種族を超えた愛を育んでいく。

「ふぅ……ああ、スッキリしたわ…ありがとマスタぁ。もっかい、する?」
 狭いシャワールームで体を洗い終えたゾロアークは、男に体を密着させて、そういった。
「勘弁してくれ……もうすぐ仕事の時間だし、おまけに今夜はアイツとシてやらなきゃいけないんだから」
「んもう……」
 ゾロアークは不満そうに頬を膨らませると、渋々タオルで体を拭き始める。
そんな彼女を見た男は苦笑しつつ、普段着である黒いスーツに着替えてからベッドに腰掛け、
部屋に備え付けの音声入力テレビをつけた。
「テレビON、ナンバー1」
 男がそういうと、テレビの電源が入り、指定されたチャンネルに切り替わる。
朝はいつも仕事開始の時間まで、ニュース番組に目を通すのが、この男の日課だった。
「本日午前4時ごろ、シンオウ地方のズイタウン近くの道路で、生まれたばかりの大量のチルットが捨てられているのが
発見されました。チルットの数は約39匹ほどで、トレーナーが捨てていったものと思われ……」
「嫌な話だわ……」
 暗い話題のニュースに、ゾロアークは顔を顰めて言った。
「そうだな。酷い話だ」
 男は、遠い目をして答える。この手のニュースは毎日のようにあって、聞くたびに気が滅入った。
(まったく、こういうトレーナーは、ポケモンが生き物だと分かっているのだろうか――)
 こうしたニュースを見るたびに、男はこのように思うのだった。
「しかし、俺達は――」
 そう言いかけたところで、壁に取り付けられている内線電話が鳴り、男は受話器を取った。
「私だ。ああ……ん?そうか、わかった。すぐに研究室へ行く」
それだけ言うと、受話器を置いて立ち上がった。
「なんですって……?」
 興味深そうにゾロアークが尋ねると、男は笑みを浮かべて答えた。
「ああ。例の『宝』の正体な……90%、間違いないらしい」
 それを聞いたゾロアークは目を輝かせ、希望に満ちた表情をした。
「じゃあ、とうとう……」
「ああ…『You・I計画』が本格的に動き出す」
 男はカーテンを開けて、窓の外に広がる大海原を眺めながら、感慨にふける。
世界が変わらないのなら、自分達が世界に溶け込み、内から徐々に変えていけばいい。
そんな思想のもと、各地方から集まった同士たちと水面下で動き続けて数十年。
ようやく、自分達の想いが形になる――
「テレビOFF……行くぞ」
 男はテレビを消すと、ゾロアークを連れて部屋を後にする。
部屋のドアに描かれている、ジャローダとミロカロスが絡み合って「R」の文字を形作っているエンブレムが、
差し込む朝日に輝いていた。

ジムバトル 

「ルーミ! “10万ボルト”!」
 アズサの指示を受け、彼のポケモン、ルーミは電撃を放つ。
対戦相手のポケモン“ホーホー”に強烈な電撃が直撃して、ホーホーは力尽き地に墜ちる。
「ホーホー戦闘不能!」
 キキョウジムの審判が、倒れたホーホーを見て、判定を下した。
「はぁ……」
 初めてのジム戦で、どうにか一体目を倒すことができたアズサは、安堵した。
2対2のバトルに、まずは一勝。なかなか好調な出だしだな、と思う。
ジム戦に備えて新しい技を覚えさせておいたのも、功を奏したようだ。
「よくやった、ルーミ!」
 彼はバトルフィールド上で戦っていた、ルーミを褒める。
「はい。ありがとうございます」
 ルーミはそう返事をすると、笑顔で彼に手を振った。
「でも、最後に出てくるポケモンこそ相手の主力だ。相性では有利だけど、油断するな?」
「はい!」
 ルーミに注意を促すと、彼女は再びキリッとして、反対側のスタンドに立つジムリーダーに向き直った。
キキョウジムは飛行タイプ専門のジムだ。電気タイプなら比較的有利に戦えるため、
今回はルーミを主力として前面に出し、草タイプで相性の悪いリエラは、戦闘に出していない。

「やるね……じゃあ、本命行くとしますか!」
 キキョウジムリーダーは、そういって、ボールからポケモンを繰り出す。
白と黒の体色で、カールした鬣を持つ鳥ポケモン、“ムクバード”だ。
「ムクバードか……」
 ムクバードはすばしっこい上、攻撃面が高く補助技も多く覚えるポケモンだが、
反面、耐久力はあまりない。だから、さっきのホーホーと同じように、速攻で倒した方がよいだろう。
 そう考えて、アズサはルーミに指示を出す。
「一気に攻めるぞ、ルーミ! “10万ボルト”!」
「やらせん! “影分身”!」
 ジムリーダも負けじと指示を出し、ムクバードの姿が無数に増える。
回避率を上げて攻撃を避けようという算段なのだろう。
 しかし、一回この技を使っただけでは、確実に避けられる程、回避率は上昇しない。
結果、ムクバードは10万ボルトをまともに喰らい、地面に墜ちて痙攣する。

「やった……勝った! 勝ちましたよ!」
ルーミは、ムクバードが地面に落下したのを確認してから、アズサの方を向いて喜んだ。
しかし――
「……待てルーミ! まだだ!」
「え!?」
そのアズサの緊迫した声に、ルーミは振り返った。だが、遅い。
あっという間にルーミに接近したムクバードは両翼を力いっぱいルーミに打ち付ける。
「喰らいな!! “我武者羅(がむしゃら)”!!」
 ルーミはたまらず吹き飛び、勢いよく地面に叩きつけられる。
「ルーミ!!」
「う……」
“我武者羅”は、相手の体力が自分の体力と同じぐらいになるようダメージを与える技だ。
戦闘不能寸前である今のムクバードが使用すれば、かなりの威力になる。
 アズサはスタンドから降りて、ルーミの様子を窺う。戦闘不能にはなっていないが、
かなりのダメージを負ったようで、立ち上がるのにも苦労している。
「まさか電撃を耐え切るなんて……弱点を突いたのに?」
 普通ならば、こんなことは有り得ない。一体どうして――?
そう考えつつ、アズサは顔を上げてムクバードの方を見た。すると先程までムクバードが倒れていた位置に、
焼け焦げた布きれが落ちているのが見えた。あれはたしか――
「そうか、“気合のタスキ”……道具を持たせてたんだ!」
 アズサの声を聞いたジムリーダーが、大ダメージを負ったルーミを一瞥して言った。
「ご名答。セオリー通りというのは確かに大切だが、それゆえ対策もしやすい……」
「しまった……!」
 ジムリーダーの言葉に、アズサは、自分の愚かさを後悔した。
相手が道具を所持しているだろうという想定は、まったくしていなかったからだ。
ルーミに「油断するな」と言っておきながら、自分の方が油断しているとは。
(情けないな、僕……)
 これで、どちらとも後一撃で倒れることは確実。ルーミでは素早いムクバードに先手は取れない。
「まずい……」
 アズサの背筋に、冷たい汗が流れる。

「う……痛たた」
 ルーミはどうにか立ち上がって、ムクバードに向き直る。だが、もう体力が限界近い。
「へ、へ……油断したな電気野郎ォ……」
 立っているのがやっとのルーミを見て、ムクバードは息を切らしつつ、勝ち誇ったような顔で言った。
「私は……「野郎」じゃ……ない!」
 自分と電気タイプ全てを愚弄したムクバードの発言にルーミは苛立ち、声を大にして言い返した。
同時に(こんなのに、負けたくない!)という負けず嫌いの心に火がつき、燃え上がる。
 しかし、相手の方が自分よりも素早いのは明白だ。このままでは確実に先手を取られ、止めを刺されるだろう。
「終りだ電気野郎!」
 ムクバードは叫ぶと、“電光石火”で猛突進してくる。
「……!」
 もはやピンチは覆せそうも無い。そう思うと、悔しくて涙が流れた。
(アスサさん……ごめんなさい)
 ルーミは胸中でアズサに謝罪した時だった――

「ぐぁあ!!?」
 ムクバードは痙攣し、技を命中させることなくルーミの数センチ手前で停止した。
「「え……!?」」
 アズサとルーミは、何故ムクバードが麻痺しているのか理解できなかったが、これが最後のチャンスだった。
すかさず、アズサは攻撃を指示する。
「今だ! 10万ボルト!」
 ルーミは、渾身の力で電撃を繰り出し、動けないムクバードに命中させた。
今度こそムクバードは地に伏し、このバトルはアズサの勝利で終わった。

ルーミ 

「モココの特性“静電気”……それで麻痺したんだ」
 ポケモンセンターの食堂で、昼食をとりながらアズサは説明した。
“静電気”という特性は、触れた相手を時折麻痺させるものだ。
 後になって判明した事だが、打撃技である我武者羅を使った際にその特性が発動し、
ムクバードは麻痺してしまっていた……ということだった。
「まさか、あんなタイミングで……私も驚きです」
 アズサの隣で食後の水を飲んでいたルーミも、意外そうに言う。
「あの時、もうだめだって思っちゃいました……でも、なんとか勝てましたね」
 そういって、ルーミは笑顔を作る。
「ああ、そうだね。でも僕もまだまだ未熟だった」
 アズサは、バッヂケースを手に取ると、中の光り輝く“ウイングバッヂ”を眺めながらいった。
さっきのような想定不足など、自分にも改善しなければならない部分は多い。
「もっと、頑張んなくちゃね……」
 それに今回はある意味「偶然」に助けられたと言ってもいい。
あの時、相手が動けなくなっていなければ、確実に負けていた。
もっとトレーナーとして成長しなければ――
 そんなことを考えつつ、アズサは木の実リゾットを口に運んでいると、
食堂の天井から吊り下げられたテレビモニタに目が留まる。
 今は昼のニュースが放映されていた。アナウンサーとゲストが深刻な表情で
対談していて、テロップには『相次ぐ捨てポケモン 問われるモラル』とあった。
『……に、最近ではシンオウのズイタウンなど、捨てポケモンによる環境変化が著しく、
一時期は元からそこに住んでいたポケモンたちが『帰化ポケモン』に住処を追われるなどの……』
『トレーナーのモラルというものが形骸化しているのが……』
『生まれたばかりの命を躊躇なく……』
『やはり、厳選行為を推奨するバトルフロンティアが……』
等といった声が、テレビから聞こえてくる。
「……」
「嫌な話ですねご主人……」
 ルーミの隣でポケモンフーズを食していたリエラが、顔を顰めて言った。
「ああ、酷いことするなぁ…」
 こうした捨てポケモンの問題は大昔からあって、強さを求めるトレーナーが、
より強いポケモンを求め沢山のタマゴを産ませ、孵化させる。
 その過程で生じる不必要とされた多くのポケモン達が、トレーナーによって野に放たれる。
そうしたポケモンが生態系を乱してしまうことが、しばしばあった。ポケモンを野に放つことは、
特に違法ではないが、トレーナーのエゴで捨てられるポケモン達を想うと、アズサは心が痛んだ。
「そこまでして勝ちたいかね……」
 やはり生まれたばかりのポケモンをこうも簡単に捨てる行為は、無責任で非道だと思うし、
勝つことに固執するあまり、ポケモンを道具扱いしているではないか――と思う。
(ポケモンだって、人と同じ生き物なんだ。人と話して、理解し合えるのに……)
 父親がおらず、母とそのポケモンであるジュウロウと過ごしてきた彼は、
ポケモンは、友達であり家族なのだと考えている。そして、過去に取り返しのつかない失態をしてしまった
経験があったから、ポケモンを大切にしなければならない、と心の底から思っていた。
「僕は、そうまでして勝ちたいとは思わないな。ポケモンが可哀想だし、そんなことをしなければ
いけないなら、僕はバトルなんてやりたいと思わないよ」
 そう言ってアズサはリエラとルーミに微笑んだが、その笑顔はどこか寂しげだった。

「……」
 アズサの言葉をきいて、ルーミは昨日ジュウロウから言われた「悪い人間ばかりではない」
という言葉が、改めて実感できた。
(本当に、この人はポケモンの事を思いやれる人間なんだ…)
 そう思うと、ルーミは心の奥底が温かくなる感覚がして、この人についてきてよかった、と思えた。
そして、自分がいくら求めても得られなかったものを、この人は持っている――とも。

 まだ野生で幼いメリープだったとき、ルーミには優しい母と父親がいた。
だが、父親は暴力を振ってルーミと母を拒絶し、やがて姿を消してしまった。
 父親は、人間に捨てられたポケモンだった。
野生社会で、人間と共にいるポケモンは“人付き”と呼ばれ蔑まれる。当然、そんな父と結ばれた母、
そしてその間に生まれたルーミも、他のポケモン達からは敬遠されていた。
 母と結ばれる時「“人付き”時代のことは忘れる」と約束したらしいが、父は忘れることができず、
野生である母とルーミを見下して暴力を振るい、泣かせてばかりいた。
そんな境遇であったから、ルーミは他の牡との接触もほとんどなく、
「男の優しさ」というものに、望んでもまったく触れることはできなかった。
「……!」
 そんな思い出に浸りつつ、アズサを見ていると、突然胸がドキッとしてルーミは慌てた。
彼の優しさに、心が引き寄せられていることに気付くと、無言でかぶりを振りそんな想いを振り払おうとした。
(何考えてるのよ私ったら。第一あの人は人間なのに……)
ルーミは、一瞬でも自分とは種族も違うアズサにときめいてしまった自分を恥じたが、
彼女の頬は朱に染まったままだった。
「そろそろ、行こうか。講義に遅れちゃう」
 そう言うとアズサは、食器を下膳口に出すと、2匹を連れてポケモンセンターを後にした。

キャンパス・ライフ 

 キキョウシティからバスに乗り、大都会コガネシティで下車し、リニアに乗り換えカントー地方のヤマブキシティへ。
駅前から出ている大学への無料送迎バスに乗り込んで十数分。隣町のタマムシシティの近くにある
山林の中に、アズサの通う大学はあった。
 “タマムシ大学”それが、その大学の名前だった。ポケモン関連の研究に関しては特に有名で、
かつての名ポケモン学者オーキド・ユキナリ博士もここの出身であり、ポケモン学者を目指す学生が
毎年多く入学してくる。ポケモン研究といえば遺伝子工学等をはじめとした「理系」のイメージが強いが、
実際は学部も様々で法学部や文学部、社会学部などの「文系」の学部も存在する。アズサは後者で、
所謂「文系の男」なのであった。

「……であるから、ポケモンは人間とのコミュニケーションを図るために、喋るようになったというのが、
今最も有力視されている説で、約40年ほど前まではごく少数のポケモンのみが……」
 この教室では現在『トレーナーと歴史Ⅲ』の講義が行われていた。
教壇に立つ50歳くらいの温厚そうな教諭が、要点を説明し、黒板に纏めてゆく。
「ここはテストに出すつもりですから、ちゃんと覚えておいて下さいね?」
 学生達はみな真剣に聞き入り、ノートをとって、真面目に授業に取り組んでいる
これだけならば、どこの大学でもある普通の授業風景である。
ただ一つ、教室内の所々にポケモンが居ることを除けば、だ。
 この大学内では、講義中周りに迷惑をかけさえしなければ、ポケモンをボールから出してもよいことになっている。
そうであるから、机の上でペンを回して遊んでいる女学生のプラスルも居れば、机の下で
丸まって眠っているヘルガーや、教室の後ろで床にどかっと胡坐をかいているサイドンなど、様々なポケモンがいた。
「えー何か質問はあり……」
 そういいかけて、教諭は最前列の席で堂々と机に突っ伏して寝息を立てている学生に目をやった。
 アズサである。
 いつもは真面目に講義を受けている彼が居眠りなど、珍しいこともあるものだ――と想いながらも、
教諭はそんなアズサを起こそうと、近寄って声をかけた。
「アズサ君?講義中ですよ……起きて下さい」
しかし、アズサは全く目を覚ます気配が無い。完全に熟睡しているのだ。
大学までの移動と初めてのジム戦による緊張から、疲労が溜まっており、
講義が始まって15分ぐらい教諭の説明を聞いているうちに、意識を手放してしまったのだった。
「……」
 やれやれ、仕方ない――というような顔で、教諭は腰についている2つのモンスターボールを手に取り、
床に放った。ぱかぱかんっ! とボールが子気味よい音を立てて、中のポケモン達が解放される。
 一匹は、淡い紫色をした四足のポケモン“エーフィ”と、もう一匹は、3メートルを越す長い体を
持つ緑色の大型ポケモン“ジャローダ”。二匹とも眼鏡をかけていて、それが結構様になっている。
「サニヤ、リリア。済みませんけど、お願いしますね」
教諭が苦笑しつつそういうと、2匹は各々返事をした。
「はぁい先生。おまかせ」
「……またなの?センセ」
エーフィは笑顔で返事をし、ジャローダは嫌そうな顔をして渋々寝ているアズサに近寄り、
それぞれ彼に顔を近づけると――
エーフィは突然アズサの耳をはみと甘噛み、反対側の耳にジャローダが優しく息を吹きかけた。
「ぅどぉああああああぁぁぁあ!?」
 突然、ぞわわ! と体に妙な感覚が走り抜けて、アズサはおかしな悲鳴をあげてイスからずり落ちた。
その光景に学生とポケモンたちが爆笑し、講義室は笑いの渦に包まれた。
「どうお?目は覚めたかしら?」
 何事かとパニックになってあたりを見回すアズサに、エーフィは笑顔を崩さず声をかけた。
エーフィに続き、ジャローダも声をかけた。
「あー恥ずかしい……まったく、こんなことさせないでよね?」
「あ……ああ、ごめんリリア……」
 ようやく何をされたのか理解したアズサは、嫌そうにしているジャローダのリリアに謝罪して、
床に落ちた教科書やペンを拾い、イスに座りなおした。
 この教諭――マナムラの講義では、誰かが居眠りをしていると、彼の手持ちのポケモン達が、
このような妖しい手段で起こす事が有名になっていた。ムリに起こすよりも平和的だからと
教諭のマナムラは言っていたが。
「まったく、最前列で堂々と居眠りとはいい度胸じゃない?どうするセンセ?今回は欠席にしちゃう?」
 ジャローダ――リリアの物言いに、アズサは少しだけムッとした。アズサはマナムラのゼミ生でもあり、
彼の研究室に訪れる機会が多く、そのためリリアともよく顔を合わせており、その性格は知っているつもり
だったが、この嫌味な性格はどうにかならないものか……といつも思う。
「こらリリア。そういう嫌がらせはよしなさい……講義を再開しますよ?アズサ君も、いいですね?」
「はい……すいませんでした。気をつけます」
 アズサが謝罪の言葉を述べると、マナムラは2匹をボールに回収し、黒板に向き直り講義を再開した。
終わったらもう一度ちゃんと謝罪せねば――と思いながら、今度は眠らないように集中してノートを取った。

「あの、さっきはスイマセンでした。あとこれ、レポートです」
 講義が終わるなり、アズサはマナムラに再度謝罪し、昨夜纏めたレポートを提出した。
「はい。確かに受け取りました。しかし、珍しいですね、居眠りなんて」
「ええ、午前中にジム戦やったら、なんだか疲れてしまって……」
「ジム戦?じゃあもうポケモンを?」
「はい昨日。まだ2匹だけなんですけど、どうにか勝てました」
 苦笑しつつそういうと、アズサはバッヂケースと、リエラとルーミを外に出してマナムラに見せた。
「おお、それは……おめでとう御座います。それにどちらも進化済みとは……スゴイですね」
「ええと……」
 言われて、アズサは言いよどんだ。まさか昨日、命に関わるような目に遭ったなどと言えるわけ無い。
その結果としてリエラはベイリーフに進化できたわけだが、あの時ジュウロウが来てくれなかったら
果たしてどうなっていたことか――昨日のブーバー軍団との戦闘を思い出して、アズサはぞっとした。
 すると、マナムラの腰のボールが開き、再びエーフィのサニヤが現れると、
リエラとルーミをしげしげと眺めてから、
「でも、やっとポケモン持つ気になったのね」
 と、前足で三角形の眼鏡をくいっと上げた。その動作は「女教師」という単語がよく似合っていた。
ポケモントレーナーがほとんどのタマムシ大の中でも、アズサはポケモンを持たない学生として
教師間では割と知られていた。ポケモンを持っていないがために、将来はどうするのかと心配されていたが、
マナムラもサニヤも、安心した顔をしていた。
「ジムバッヂは資格代わりにもなるからね。頑張って♪」
「ありがとうサニヤ。それでは先生、また明日……」
「ああ、ちょっと…待ってください」
 次の講義に向かおうと講義室を出ようとしたアズサを、マナムラが呼び止めた。
マナムラは鞄をまさぐり、何かを取り出す。
「これなんですが……」
 モンスターボールらしいが、水色をしており、開閉スイッチの上には“S”の一文字。
通常のモンスターボールよりも捕獲率が高いといわれている“スーパーボール”である。
「昨日出逢ったポケモンなのですが、君が連れて行ってくれませんか?」
「僕がですか?」
「怪我をしていたところを保護して、そのまま私のポケモンになりましたが、
今の私は、自分の手持ちだけで精一杯なので……きっと、君の力になってくれると思います」
 そういって、マナムラはアズサにスーパーボールを差し出す。
 今のアズサの手持ちは2匹しかおらず、あと4匹分も空きがある。どんなポケモンかは
分からないが、力になってくれるのなら是非とも仲間に加わって貰いたい所だった。
 しばし黙考した後、アズサは決めた。
「わかりました。そのポケモンを連れて行きます」
 すると、マナムラは顔を綻ばせて、ボールをアズサに渡した。
「そうですか。ありがとうアズサ君…この子の事、宜しくお願いしますね。
ああ、名前(ニックネーム)は『ジムス』です」
 ボールを渡し終えると、マナムラは集めた出席表を輪ゴムで束ねて鞄に入れると、出入り口に向かって歩き出す。
「じゃあ、私は戻ります。また何かあったら、研究室に来て下さいね。ジム巡り、頑張って下さい」
「じゃあねアズサ君。頑張ってね♪」
 サニヤは可愛らしくウインクすると、マナムラとサニヤは講義室を去っていった。

ナンパ男 

 とっぷりと日が暮れた夕方、本日分の講義を全て終えたアズサは、帰宅するためキャンパスを後にした。
昼間とは逆のルートで、通学バスでヤマブキシティのリニアの駅に移動して、電光掲示板で列車の時刻を確認する。
次の列車まで時間があったので、アズサは駅からそう遠くない場所にある百貨店のポケモン用品売り場に行き、
これからのジム巡りのために、バトルに使う道具や木の実、ポケモン用の傷薬や生活用品など旅に必要不可欠な
ものを大体揃えると、百貨店を後にした。
 すっかり重くなった通学用鞄で肩を痺れさせつつ、一部の荷物を2匹に持ってもらい、一人と2匹は駅へと向かった。
その道中、二匹のポケモンが道端で、こちらをチラチラ見ながら何か話し込んでるのが見えたが、
そのまま彼らの前を通り過ぎようとしたときだった。
「ねぇ君達、今ヒマかな?」
 ポケモンの一匹が、リエラとルーミに声をかけた。
アズサたちは、立ち止まって彼らの方を見やると、道端にいたポケモン達が近寄ってくる。
 どちらも4つ足のポケモンで、片方は電気タイプ“コリンク”の進化系“ルクシオ”と、
黒い体に光り輝く輪の模様が特徴の、ノーマルタイプ“イーブイ”の進化系の一つ“ブラッキー”であった。
 どちらもピアスや蝶ネクタイといった人間が用意したであろうアクセサリーを
身に着けていて、少々ガラの悪いスタイルだったが、毛並みもよく手入れされていて、
 どちらも外見はかなり格好いい牡で、所謂『イケメン』というやつだった。
「やぁ。お嬢さんたち、いま2匹だけかい?」
 ブラッキーが、クールボイスで話しかけてくる。その声もしぐさも、やたらに格好いい。
大概の雌ポケモンなら、一発でハートを射抜かれてしまうだろう。
 見た目からして、誰かの手持ちのようだったが、付近に彼らのトレーナーらしき人間は、見当たらなかった。
「え、あの……」
 リエラが困惑した声を出したが、それが聞こえていないのかブラッキーは続けた。
「俺は“キール”。ねぇお嬢さんたち今ヒマかな?よかったら、これから俺たちと遊びにいかないか?」
「うぉ!このモココ超好み! なぁお嬢さん、お名前は? トシは? ドコに住んでんの?」
ルーミのことが気に入ったらしいルクシオは、矢継ぎ早に質問する。
「あ、あの……」
「でも……」
いきなりのお誘いに、ルーミとリエラは困惑気味だったが、アズサには彼らの目的がなんとなく想像できた。
(ああ、ナンパってやつだな……)
「あの、わたし達には、トレーナーがいるの……ごめんなさい」
ルーミはそう言ってアズサを指すと、ブラッキーとルクシオはアズサの方を見やった。
すると、
「ふぅん……なんだか頼りなさそうなマスターだな」
「ホントだ。なんかパッとしねぇな。田舎者臭プンプンだし」
とブラッキーとルクシオはそのようなことを言って、蔑むような目線を向けるではないか。
明らかに、アズサを見下している。
 いきなり失礼なことを言われて、アズサはムッとした。
それに主人が目の前に居るのに、いきなりナンパをしようとするとは。
「いいじゃないか、あんなマスターなんてほっといて、俺達と遊ぼうぜ?」
ブラッキーは、前足でリエラに触れようとして、リエラはさっと身をかわす。
「ちょ……やめて」
「なぁ」
「だから……」
 同じようにルクシオもルーミに迫って、強引に連れて行こうとする。
あまりにも勝手なブラッキーたちの行為に、アズサは苛立って言った。
「ちょっと待った」
 その声に、ルクシオが「あ゛ぁ?」アズサを睨み付けた。
ルクシオの特性『威嚇』に気圧されて、一瞬アズサはたじろいだが、勇気を振り絞って言い放った。
「いきなり失礼じゃないか!この子たちは僕のポケモンだ、勝手なことしないでくれ。
それに嫌がっているじゃないか。大体お前達、トレーナーはどうしたんだ?」
「んだおい。お前なんぞにゃ聞いちゃいねンだヨ」
 ルクシオは、へっと嘲笑うと、遠慮せずに言い放つ。
「なあ、こんなカッコ悪いマスターよりも、俺達のほうが100倍はカッコイイぜ?
こんな女にもモテなさそうなやつ、ほっとけって」
「そうだよ。いいじゃないかそんな主人。どうせ、トレーナーとしての実力も大したこと無さそうだし」
 ブラッキー達の容赦ない言葉が、アズサの心を抉る。
「……」
 悔しいが言い返せなかった。
確かに、自分は友達少ないし、彼らのように流行のファッションでカッコつけたりもしない。
当然女にはモテないし人付き合いもあまりない、暗い部類の男だ。
 おまけに、自分は子供のときに取り返しのつかない失態をやらかしている。
トレーナーの実力も大したこと無い――こういわれても仕方の無いやつなのだ。
事実を指摘されて、アズサは悲しくなるばかりだった。
「さぁ、行こうよ。美味い物食える所、知ってるんだ。そこへ行こうぜ?あんな人間に構うこたないよ」
「そーそー。あんなのは、一人寂しく夜を過ごしていればいいんだから」
 言いたい放題の2匹に、リエラとルーミは――静かに顔を俯かせていた。
「さ、お嬢ちゃんたち、とりあえず俺達と行こうか…ん、どうしたんだ?」
 下を向いて黙っているリエラとルーミを怪訝そうに見つめるルクシオ。
「……を……に……な……」
「ん?何だって?」
 よく聞こえなかったので、ルクシオはルーミに聞き返したが――
「この人を!!バカにするなあああぁぁ!!」
 ルーミは叫ぶと、ルクシオの脳天に、これもバトルに備え覚えた“瓦割り”を打ち下ろした。
「ぶごッ!!」
 技を受けたルクシオは、まるでマンガのようにアスファルトに頭をめり込ませた。
「んな゛!?」
 豹変したルーミを目の当たりにしたブラッキーは驚愕し、目を白黒させた。そこへ――
「あ・ん・た・らああぁぁぁぁ!!」
 リエラがフルパワーの“葉っぱカッター”を放ち、もろに喰らったブラッキーは吹き飛ばされる。
「あ……あ……」
 驚愕しているのは、アズサも同じだった。コイキングのように口をぱくぱくさせ、唖然としている。
「ざけんじゃないわよ!! ご主人は言い放題言って相手を見下すあんた達よりも百倍はいい人だわ!!」
「お……お……お……」
 どうやら急所に命中したらしく、体を震わせ呻くブラッキー。
「最ッ低! カッコいい牡だなって一瞬でも思った私がバカだったわ!!」
 地面に埋まった頭を引き抜こうと必死になっているルクシオに、ルーミはそう吐き捨てる。
突然の叫びに、通行人とそのポケモン達も、何事かと足を止めて彼らを見ていた。
「どうせ、雌目当てで私達に声をかけたんでしょ?見た目はよくても中身は最低ね」
「ぐ……ぐ……このアマぁ!」
 ようやく頭を引き抜いて、よろよろとルクシオは立ち上がると、ルーミの言葉に怒りをあらわにして言い放った。
「優しくしてりゃ調子に乗りやがってぇ! 喰らえ!」
 いままで、こうして雌に手痛い反撃を受けた事は無かったのだろう。激昂して、チンピラへと変貌したルクシオは
飛びかかって“炎の牙”をルーミの首に突き立てた。
「くああっっ!!」
「ルーミ!!」
 大したダメージではなかったようだが、炎によって首周りの綿毛が真っ黒にこげた。
「く……あんた達……!」
とうとう攻撃まで加えたルクシオに、ルーミの怒りは爆発した。
「いい加減にしなさいよぉぉ!!」
叫んで、再度“瓦割り”をルクシオに打ち下ろそうとしたときだった。
 ルーミは高速接近してきたブラッキーに殴りつけられて、地面に倒された。“騙まし討ち”だ。
ブラッキーは、フンっと鼻を鳴らすと、体のリング模様を発光させ“月の光”で体力を回復させる。
「お嬢さんたち、ちょっとおいたが過ぎるかな?あまり俺らを怒らせないほうがいいと思うけど」
「な、何を言って……!」
ルーミが、口の血を拭って体を起こしたときだった。
 ぼろり……と、黒く炭化した綿毛の一部が崩れ落ちた。
「へ…?」
ぼろり。今度は首周りの毛がごっそりと崩れ落ち、普段は綿毛に隠されていた、僅かに張った胸が、
あらわになって――
「き……きゃああああああああああぁぁぁ~~~~~~!!」
 人間なら、往来で裸にされるも同然なのだろう。
ルーミはけたたましい悲鳴をあげ、恥ずかしさのあまり胸を隠してその場にへたり込んだ。
「へぇ……いい体してるねぇ。ますます欲しくなっちゃうなぁ……」
「はぁぁ……やっぱ好みだなぁ、そのむっちむちなボデー……」
 もはや本性を隠そうともせず、ブラッキーとルクシオは言葉で辱める。
「うっぐ……ひっく……」
 辱められたルーミは、泣き出してしまう。
「る……ルーミ、戻れ!!」
 アズサは、気持ちを察してルーミをボールに強制回収した。
すると、ブラッキーとルクシオは、残っているリエラに目標を変更し、にじり寄った。
「さて……残るは君だけだ。君もむっちりしてて俺の好みだけど、おとなしく付いてくれば、
さっきのモココみたいなことは、しないどいてあげるんだけど……」
ブラッキーはいやらしい笑みを浮かべて舌なめずりをした。
「だ……誰が行くもんですか!」
 リエラは、葉っぱカッターを飛ばす。しかし先程とは異なり、ブラッキーは技を受けてもけろりとしている。
体にも、全く傷が付いていない。ブラッキーはゆっくりとリエラに歩み寄りながら、再び月の光で回復する。
「“鈍い”を積んでるんだ。そんな威力の低い技じゃ…もう痛くも痒くも無いよ」
 素早さが低下するかわりに、防御力と攻撃力を上昇させるこの技は、ブラッキーの戦法の一つだった。
これでは、もはや大したダメージは与えられないだろう。ルクシオも、炎の牙を覚えていることが判明している。
 リエラが一人で戦うには、荷が重過ぎる。
「もうそっちは不利だなぁ。諦めて俺たちと来れば、こんな所で恥ずかしい思いしないで済むぜ?」
 嫌味たらしい顔で、ルクシオが言う。
「ぐ……」
 どうせ付いて行ったも、辱めるつもりなんだろうに。
リエラは、歯噛みした。こんな牡たちの手に落ちるなど、御免被る。

ドーブル 

「まずい……」
今度はリエラが危ない。アズサは、焦った。
だが、幸いこれはトレーナー同士のバトルではないから、ここはリエラを回収し逃げることもできる。
(ここは逃げたほうがよさそうだ……)
そう考えて、アズサはリエラのボールを手にとって、回収しようとするが、
その動きをブラッキーは見逃さず、持っていたボールを騙まし討ちで弾き飛ばした。
「う……何をする!」
「ムダだって……トレーナーは『勝負の最中に背中を見せられない』んだろ?」
「バトルを合意した覚えは無いぞ!」
 勝手にバトルをしていることにされて、アズサは思わず反論する。
「そうよ変態!こっち来ないで!」
「ちっ!しょうがねぇな」
 そういって、ブラッキーはリエラに向けて一回ウインクをした。
すると、ブラッキーから無数のハートが飛び出し、リエラを取り囲む。すると――
「はぁぁぁぁん……すてきぃ」
リエラは目をハートにして、体をくねくねさせる。“メロメロ”を使ったのだ。
「さぁ……俺と一緒に行こうか、ハニー」
「は……はぃぃ」
 などと、ブラッキーはハートスイーツのような甘い言葉をかけ、そのまま連れて行こうとする。
「リエラ!しっかりしろ!行くな!」
 アズサはリエラを引き止めるべく後ろ足を掴む。しかしその手をブラッキーは蹴り弾く。
「あだッ!!」
「そうはさせないよ。この可愛いお嬢さんは俺達が責任持って預からせてもらうから」
 勝ち誇ったような笑いを浮かべるブラッキー。ルーミは無力化され、もはやアズサに対抗手段は無い。
このままでは、リエラが連れて行かれてしまう。
 自分の手持ちを奪われるようなものだ。それだけは――
「絶対にさせるか!!」
アズサは絶対に離すまいと、リエラの体にしがみついて引き止める。
 そんな彼を、ブラッキーとルクシオは服に噛み付いてアズサを引き剥がそうとする。
「しつけーな!!!」
「僕のパートナーだ!手を出すな!!」
「諦めろよ、見苦しい!」
「『人のものをとったら泥棒』だろ!!」
 アズサは叫ぶと、目を硬く閉じて、リエラに覆い被さりしっかりと押さえつけた。
 大切なパートナーを絶対に離すものか!何をされようと、絶対に離すものか!その一心で。

 そのときであった。
バシュンッ!!という音と共に、腰にマウントされていたボールが勝手に開いて、何かが飛び出した。
目を開けて腰のボールホルダを見ると、先程マナムラから譲り受けたスーパーボールが開いていた。
「あー……もう見ちゃいらんないよ」
若干気の抜けた声がしたかと思うと、アズサのすぐ脇を、冷たい何かが駆け抜けた。
「な、誰だ……!? がっ!」
 がきん!
 狼狽しつつ、声の主を探していたブラッキーが突如「氷漬け」になった。
「は……私は、一体何を……?」
 メロメロが解除されたリエラは正気に戻ると、アズサが抱きつくように
体を押さえつけていたので、少し顔を赤くした。
「一撃で……これは“絶対零度”か?」
 命中率は悪いが、当たれば一撃で倒せる大技だ。しかし、どこから撃ったのだ――?
攻撃をしたであろうポケモンを探そうと、アズサはあたりを見回すと、再び声がした。
「ここだよ、ここ」
 その声は、アズサのほぼ真上から響いた。
「ご主人!あそこ!街灯の上です」
 リエラの言葉通りに、アズサは街灯の上に目をやった。
街灯の光が眩しくて分かりにくかったが、目を凝らすと、
白い人型のポケモンが片膝を突いた姿勢で、何かを構えているのが見えた。
あのポケモンは――
「あれは……『ドーブル』?」
 街灯の上に居たドーブルは、ヒラリとアズサ達の前に飛び降りてくると、
立ったまま左目を閉じて残っているルクシオに向け、尻尾を構える。
両手で狙うように尻尾を構えるドーブルの姿は、まるでライフルを構える狙撃手のように見えた。
その右目には、赤い照準ゲージが表示されており、“ロックオン”していることがわかった。
「あの……君が……?」
「ちょっと黙ってて……」
話しかけようとしたアズサを、ドーブルは制してから、再び尻尾を構えなおす。
「こ……コンニャロォォォォォォォォオ!!」
 ブラッキーを倒され、逆上したルクシオは、“雷の牙”を命中させるべく、ドーブルに飛び掛る。
「見苦しいんだよね、そういうのッ!」
 ドーブルは吐き捨てると、尻尾の先端から、冷凍ビームにもよく似た水色の冷気を放った。
冷気は一直線に飛び、飛び掛ってきたルクシオに命中し、ルクシオはブラッキーと同じく氷漬けになった。

 道の真ん中でいきなり氷漬けになったブラッキーとルクシオに、何事かと人が集まり始める。
「さぁ、騒ぎになる前に……早く!」
 そういうと、ドーブルはアズサの手を取って走り始める。リエラも僅かに遅れて、それに続いた。         **3匹目の仲間? [#m3729374]
 ブラッキー達を退け、ドーブルに手を引かれ逃げるようにその場を去ったアズサ達は、
リニアの駅の裏手にある、高架の下の資材置き場にもぐりこむと、一息ついた。
街中でのバトルは珍しいことではないが、あのような人の多い場所でバトルをやると、
通行妨害で警察が出てくることもある。
 アズサは、息を切らしながらも、ドーブルに話しかけた。
「それで……君が先生の……? ええと確か……「ジムス」、だよね」
 ドーブルは半眼でアズサを一瞥すると、一回頷いてから言った。
「君が僕の新しいトレーナーね……」
「そ、そうか、さっきは助かったよジムス、ありがとう、これから宜しくね」
 そういって差し出したアズサの手を、ジムスは右手で弾いた。
「へ?」
 突然の拒絶反応に、アズサは間抜けな声を出した。
「確かにあいつ等の言うとおり、頼りなくて、実力もたいしたことはないみたいだね」
「な…」
「ち、ちょっとアンタ! いきなり何を言うの!?」
 ジムスの言い方に、リエラは抗議すると、ジムスはリエラの方に向き直り、
「君達も君達だ。いくら主人がバカにされたからって、いきなり暴れるなんて。
ポケモンの責任は、全部トレーナーに行くんだぜ?指示もなしに、暴れていいもんじゃない。
トレーナーの事を思っているなら、そういう軽率な行動は慎んだほうがいい」
「う……」
 ジムスのいう事に、返す言葉も無い。リエラは俯き黙り込む。
「それで……」
 ジムスは再びアズサに向き直り、続けた。
「君さ、なんであいつらの言いたい放題言わせてたわけ?何で反論しなかった?
それに、怒ったあの子達を止めていれば、もっと穏便に済んだハズだ。
あのモココだって、あんな目に遭わずに済んだんじゃないの?」
「……」
 全くもってその通りだった。自分はあの時、ルーミたちの豹変ぶりに、ただ唖然としているだけだった。
そしてブラッキーたちに言い返せなかったのは、自分に自信が無いからに他ならなかった。
 自分の管理力と自信のなさが、こんな結果を招いたのだ。
「それに、体を張って守ろうとしてたけど、ポケモンの技を人間が受ければ、
下手すれば死ぬし、よくても怪我はするんだよ?そこんとこ、分かってんだろうね?」
そんなことは、分かっている。しかし、それでも自分のポケモン達を守りたかった。
「はっきりいって、無謀だよ」
 ジムスは、相変わらず半眼でアズサを見ながら続けた。
「ポケモンを大事にしたいって気持ちは分かるけどさ……トレーナーが傷ついたり、
死んだりしたら、そのポケモンはどうなる?考えてみなよ」
 ジムスに言われて、アズサは昨日のブーバーとのバトルのとき、自分の取った行動を振り返った。
自分が傷ついてもいいから、ポケモンを守りたい。その一心で、リエラとルーミを守ろうとした。
あそこで自分が死んでいたら出逢ったばかりのリエラを悲しませていただろうし、
 ルーミはあのまま衰弱死という最悪の結末を迎えていただろう。そして、ジュウロウや母を悲しませる
ことにもなっていたはずだ。
「もしかして、自分はどうなってもいいなんて考えが、頭にない……?」
「ごめん……」
 考えを見抜かれたアズサは弱弱しい声で答えた。
「ほれみろ」
 昨日も同じようなことをしてジュウロウに説教されたばかりなのに。
「トレーナーとポケモンの信頼関係……そういう大切なものを君のほうから壊すことにもなるんだぜ?
まったく、トレーナーなら、もっとしっかりしてよ」
「うん……」
「君にはポケモンがいるんだ。もう自分ひとりの体じゃないんだから、もっと自信を持って、自分を大切にしてよ」
 過去の失敗から今日まで、どんな危険な目にあったとしても、ポケモンさえ無事ならそれでもいい、と考えていた。
逆に悲しませ、トレーナーに必須な「You&I」の関係を破壊する結果になってしまうことなど、考えてもいなかった。
そういうところも、トレーナーとしてまだまだ未熟なんだな…とアズサは痛感する。
 俯き、落ち込んだ様子のアズサをみたジムスは非情に告げた。
「とにかく、そんな頼りなくて、ポケモンの気持ちを考えられない、自分を大切にできないようなヤツに、
僕のトレーナーになってほしくは無いし、いう事は聞けないね」
 そういって、ぷいっとジムスはそっぽをむいた。
アズサは過去の失敗と重ねて、自分は何て愚かなヤツなんだろう…と思った。
ポケモンを守ろうという気持ちだけが強くなって、他はあれから何も成長していないな…と。
「今の君には、はっきり言って従えない。でも、あのセンセイから君の力になれとも
言われているし、そうだな……もっとトレーナーとしてしっかりした所を見せてくれたら、
いう事を聞いてもいい。君にできれば、だけどね」
 言うだけ言うと、ジムスはさっさとボールに戻った。
「このままじゃ、だめだ……」
 ぼそりと、アズサは呟く。
 朝のジム戦といい、今のままでは、何度も同じ失敗を繰り返すばかりだろう。それではいけない、と思う。
それに、少しでも自身をつけないと、ジムスはいう事を聞かないし、さっきのブラッキー達のようなポケモンに
嘗められるばかりだ。そんなのは、悔しい。
 自分をもっと、変えなければいけない――
「……リエラ、僕、もっとしっかりするよ。だから、お前達も協力してくれるか?」
 顔を引き締めて、リエラに言った。
「勿論です……私も、あなたのポケモンとして、しっかりします。
さっきは勝手に暴れてごめんなさい。私も、気をつけますね」
「ああ……ありがとう」
 礼を言うとアズサは、ルーミを回復させるために、資材置き場を後にした。
回復を終えたらまず、あんな目に遭わせたことを謝らなければいけないな…と思いながら
ポケモンセンターに急いだ。


「はい、ちょっとスイマセンねー通して下さい」
 そんな声を出しながら、一人のサラリーマン風のスーツの男が、
道の真ん中にある二つの氷塊にできた人だかりをかき分けて進む。
 男は氷塊の前に辿り着くと、おもむろにモンスターボールを取り出して放る。
ボールが解放され、閃光と共に、燃え上がる鬣を持つ炎タイプ“ギャロップ”が現れる。
「ったくこいつ等は……“ニトロチャージ”!」
 男が指示を出すと、ギャロップはパカパカと蹄を鳴らして、炎を纏い、氷塊に突進した。
瞬時に氷塊が融解し、中に閉じ込められていたルクシオとブラッキーが解放される。
「あぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ!!」
 ルクシオは炎が尻尾に燃え移り、走り回ったが、男は気にすることもなく、ポケギアでどこかに連絡をした。
「はい……どうもスイマセン、うちの馬鹿どもが…はい、すぐに向かいます!スイマセン!」
 電話を終え、ポケギアを懐にしまうと、男は2匹に怒鳴りつけた。
「この馬鹿ども!集合がかかってたのに、こんな所で何してやがんだ!」
 ルクシオは尻尾をフーフーしながら、男を見やる。
「あ?……ま、ますたぁ……」
「一体何してた!おかげで俺は上司に怒られっちまったい!」
「どーせ、またナンパでもしてたんでしょ?……いい気味だわ」
 そういってギャロップは2匹を罵った。すると男は呆れた様子で嘆息する。
「おまえらなぁ……ナンパで引っかかる牝なんて、そうそういねぇだろ」
「だってさ……かなり好みの牝がいたんだ。どうしてもモノにしたいじゃないか」
「それで反撃喰らったってわけね。いつかこんな目にあうと思ってたわよ……
いくらあんたらがイケメンだからって…牝ナメすぎ。“知らない人にはついていかない”
なんて、幼いポケモンでも知ってるわよ?」
 ブラッキーの言い訳に、ギャロップは益々呆れた。
「るっせぇな……オバハンに言われたかねぇ……」
 ぼそりとルクシオは漏らすと、ギャロップは声を荒げる。
「何よ!」
「何だよ!」
 ルクシオとギャロップがどうでもいい言い争いを始め、男はうんざりした様子でそれを遮った。
「あーもう!黙ってろお前ら!…とにかく集合がかかったんだ。行くぞ」
「どこに?」
 ブラッキーが尋ねる。
「チョウジタウンだ。ボスが来てるんだとよ。とうとう計画が始まるらしいぜ…」
「そうなんだ…俺達の出番なんだね」
「ああ、そうだ」
 そういうと、男はポケモン達をボールに回収すると、足早にその場を立ち去る。
「忙しくなりそうだぜ……」
 男の襟には、ジャローダとミロカロスが絡み合った「R」のエンブレムが輝いていた。

                            「次回へ続く」


どうもお久しぶりです。最近いろいろあって執筆がかなり遅れていましたが、ようやく再開させることが
できました。しかし見直してみるとかなり不自然な点が目立つので、再開にあたり第二話を大幅修正いたしました。
小説の書き方も勉強してみましたが、まだまだですね、自分…orz
リメイク予定の短編も早く仕上げなくては……。

感想、指摘、アドバイス等、いただけると嬉しいです↓




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Last-modified: 2012-10-27 (土) 00:00:00
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