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You/I 24

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        「You/I 24」

処分 

 チョウジタウン基地の地下深くにある一室。そこにY・Kはいた。
「関係者以外立ち入り禁止」とかかれたその扉の前に立ったY・Kは、扉脇のカードリーダーに
隊員証明書を通すと、電子音と共に扉のロックが解除され、自動で扉が開く。
 薄暗い部屋に足を踏み入れると、その真ん中に特殊な水溶液で満たされた大きな
カプセルが二つ、鎮座していた。カプセルは部屋の各所に設けられた様々な機材から
伸びるパイプやホースが繋がれており、中に存在するものが特殊なものである
ことを物語っている。
 Y・Kは二つあるカプセルのうち一つに近寄ると、口を開いた。
「起きて……起きなさい『ビギニング』」
 その声に、カプセルの中にいる物体が、ゆっくりとその空色の大きな瞳を見開いた。
『ああ……あなたか。てことは、とうとう僕の処分が決まったんだね……』
 カプセルの外部に設けられたスピーカーから、悲しげな声が響く。
『仕方ないよね……僕は不完全なんだもの……必要とされないんだもの……』
 自虐的で、夢も希望も無い言葉が、部屋の中に響き渡る。
 何もかもを諦めた、諦観の……絶望の声であった。
「ええ、そうよ。これからあなたを『処分』します」
 そういって、Y・Kはカプセルの基礎部分に設けられた操作パネルを操作して、中の
水溶液を排出し、カプセルを解放した。
『え……?』
 そのY・Kの行為に、その存在は怪訝な顔をした。処分するのではなかったのか――?
 その質問をされることを予想していたY・Kは、にべも無く答えた。
「これがあなたの『処分』行動よ。さぁビギニング、これに入って頂戴。時間が無いわ」
 そういって彼女はその存在――ビギニングに紫色の物体を差し出した。
 それは、モンスターボールの一つで、どんなポケモンでも捕獲することが可能と
いわれる特殊なボール、『マスターボール』だった。市販はされていない希少なものである。
 ボールに自分を入れるということは、誰かのポケモンとなることを意味する。
 自分を「処分する」といっておきながら、どうして生かそうとしているのか理解出来なかった。
「これ……モンスターボールだよね……? なんで……」
 言い切る前に、Y・Kが言葉を継げる。
「あなたに頼みたいことがあるの」
「頼みたい……こと?」
 尋ねると、Y・Kは一拍の間をおいて答えた。
「ある人を、助けてあげて欲しいの……あなたの力で……お願い。力を貸して頂戴」
 Y・Kの真剣な眼差しに、暫しの間をおいてから、ビギニングはゆっくりと頷いた。
「どうすればいいの……?」
 それを聴いたY・Kはその言葉を待っていたと言わんばかりに、笑顔を浮かべた。
「まずは――ここから脱出するのよ」

 用事を済ませたY・Kは、エレベーターに乗り込んで、基地の上層階へと向かっていたとき、
懐に入れていたポケギアが振動した。ヤクモからだ。
「こちらY・K。たった今、チョウジ基地へ到着しました」
『Y・Kか。決起の日時については、既に聞いているな?』
「は……」
『そのまえに、やってもらいたい事が出来た。頼まれてくれるかね?』
「例のトレーナーでしょうか……?」
 大体の事は予想していた。
 先日、T・Jの替わりに放った刺客たちを、あの青年が退けたという報告は既に聞いている。
『ああ、その通りだ。君の部下達すら歯が立たないとはな……ここは是非君の力で、
彼を止めてもらえないだろうか。君ならば、彼を誘い出すことも可能だろう?』
「私が……ですか」
『ああ。君にとって酷かもしれんが、決起前に、不安要素はなるべく
取り除いておきたい』
 ついに来るべき時が来てしまった――。
 避けようの無い現実を前に、Y・Kは嘆息した。そしてただ一言、小さく
「了解……」
 と告げた。
『私は、これから『あの島』へと赴く』
「わかりました。まずは部下達に彼の自宅と、通りそうな道を捜索させます。
行方が判明し次第、誘い出しに取り掛かります」
『うむ。任せたぞ』
 それきり、ポケギアは沈黙した。

同じ波動 

 南の海に浮かぶその島は、かつて人間達が石炭を採掘するための場所であった。
 しかしその事業が廃止されて数十年を経た現在では、人間は全ていなくなり、
島はポケモンたちだけの楽園となっていた。
 しかしそれも、既に過去の話である。
 この島に集まっていたポケモン達は、ほとんどが人間に捨てられてしまった者たちであった。
 そうであるから、当然人間に対し憎しみを抱いている者も多く、人間に希望を持っていた
者達とで小さな対立がいくつもあった。
 その火種は、あるポケモンが一人の人間を島に招き入れたことから大きく燃え上がった。
 結果として、その人間を巡り二つの勢力は血で血を洗う戦いとなってしまったのである。
 そして、最終的に介入してきた人間の集団によって、両勢力共に滅ぼされたのだった。

 その生き残りの彼は、今日も海辺の亡き想い人の墓前で立ち尽くしていた。
 打ち寄せる波の音だけが、彼女がもう存在しないことを告げるように響いていた。
 朽ちた木の枝を組んだだけの簡素な墓だが、それでも今の彼にとっては何よりも大切なものだった。
「……俺はあの時、お前を守ってもやれなかった……」
 彼は、後悔を墓に向かって告げた。しかし、返答するものはもういない。いないのだ。
 そう思うとやるせなさが心からあふれ出てきて、彼は顔を背けた。
 守れていたら。そんな後悔ばかりが頭の中を支配して、彼は茫然自失の日々を送っていた。
 あの戦いから、この島に住むポケモン達は大幅に減ってしまった。
 生き残った者達も、ほとんどが人間の目の届かないどこか別の場所へといってしまった。
 人間嫌いの否定派などは、特に。
 肯定派の者達も、半数が人間に引き取られ、残りはあの戦いで体に深い傷を負ったり、
神経症に陥ったりと、移動もままならない状態のものだけがここに残っている。
 そして、こうも思う。
 あの時人間達が介入してこなければ……あいつは死ぬこともなかったのに。
 そして、多くのポケモン達が余計に傷つき斃れることもなかったのに。
「人間……め……」
 彼は独りごち。歯を食いしばった。
 それは、肯定派だった者としては、口にしてはならない言葉だった。
「……許せはしないだろう?」
 不意に、知らない声が背後から響き、彼は慌てて背後を向いた。
「誰だ!?」
「波動使いがここまで近づかれても気づかない……それほどまでに深刻に思い悩んでいる
証拠だな」
 声の主は人間だった。黒いスーツに身を包み、見知らぬポケモンを傍において、
真剣な眼差しをこちらに向けていた。
 事実そうだった。いつもなら波動の力によって瞬時に感知できるのに、それが出来なかった。
 指摘されて、彼は顔を顰めた。
「人間が何の用だ……」
「単刀直入に言おう。リジェル、我々と来る気は無いかね?」
「!!」
 その言葉に、彼――リジェルは身構えた。
「何故俺の名を……!?」
 見知らぬ人間が、何故自分の名前を知っているのだろうか?
 特にここはポケモン以外いない島だ。そんな場所に住むポケモン一匹の名前を把握している
コイツは、一体何者なのだ――?
「我々は以前から、君たちの事を知っていたよ。裏切りを働いた、あのキュウコンからね」
「なに……?」
「ああ、大分前に、我々が君たちのことを初めて知った時にね。彼女はこの世界を
憂いていたよ。人間のやったことが、本当は許せなかった。だから人間に対して
あのような行動に出たのだろうね」
 その理屈はわかる。彼女だって人間に捨てられた経験のあるポケモンだったのだ。
少なからず憎しみを抱いていたことだって納得できる。
「そして、君の愛した雌は人間の攻撃で命を落としてしまった。これは到底許せるものではない……
君だってわかるだろう?」
 確かにあのポケモンレンジャーとかいう連中は、問答無用で自分たちを襲ってきた。
 そして、ミィカは命を落としてしまった。
「結局、人間にとってポケモンとはその程度の認識なのだよ。ただその辺にいる安い命の
生物なのさ」
「お前だって人間だろう。俺たちをそういう風にしか見ていないのだろう?」
 リジェルは身構えて、戦闘態勢を取った。すると、黒服の男は、
「そう思うのなら、私を君の波動で見てくれて構わない。そのほうが君にとって、
どんな言葉よりも証明になるだろうからね」
「……」
 その言葉に、リジェルはゆっくり男のほうに手を伸ばした。
 そして瞑目して、目に見えない波動を感じられるように神経を集中させる。
 後頭部の房が浮き上がり、波動の流れを感知し始めたそのとき。
「……!」
 リジェルは目を見開いた
「何故だ……!」
 同じだった。
 波動の色が。
 あの自分が島に招きいれた、あの男と。
 温かいオレンジ色をした波動。ポケモンを思いやる、優しい心を持ったあの男と。

自宅 

 電話で自宅に異常があるという知らせを聞いたアズサは、ポケライドハイヤーで
チョウジタウンを後にした。
「何があったって言うの?」
「わからない……とにかくウチが大変だって……」
 ジムスの問いに、アズサは答えた。シミズからの電話では、それしか言っていなかったから、
具体的にどうなっているかはまだわからない。
 火事か泥棒かガス漏れか……考えられうる限りの最悪の展開を想像して、アズサはぞっとした。
(もしかして、例の男達がやったのか……?)
 その可能性は大だ。なにせ家の場所は敵にバレているのだし、今彼らは必死で自分を
探しているはずだ。だとすれば、これは自宅に何かをして自分をあぶりだすための作戦とも
考えられる。
 そうなれば、母――ユキナの事も心配だ。ナナシマへ出張しているらしいが、
もし敵の手に落ちていたとしたら、大変なことになる。
(母さん……無事でいてくれ……)
 焦燥に駆られるアズサを乗せたピジョットは、そのまま真っ直ぐにワカバタウンを目指して
飛行を続けた。
 ワカバタウンの近くまで来た時、アズサはピジョットに降りる前に街の上空を旋回してもらい
上空から様子を伺おうとした。
「見た感じ……特に変わった様子はなさそうだけどね……あ、あそこ!」
 後部席で眼下の街を見ながらジムスが呟いたとき、自宅近くの広場に、こちらに向かって
手を振っている二人の人間を見つけた。
 その傍らには、鏡餅のような体型のポケモンもいる。センザキに、シミズとその相棒、
ペロリームのぷっちだ。
「あの人達がいる所に降りてくれる?」
「わかりました」
 返事をすると、ピジョットは手を振るシミズのところへ降下していった。

「ああ、アズサ君。大変なのよぉ!」
 ピジョットの背中から降りるなり、シミズはアズサの元へと駆け寄って口を開いた。
「一体何があったんです!?」
「あなたのお家を見張っていたら、突然……」
 そういって、シミズはアズサの自宅のある方向を指差した。促されて、アズサもそちらへと
目を向けると――
「……な……なんだぁ!?」
 アズサは目を見開いた。アズサの家の前に――黒いスーツの見知らぬ男達が数人立っていた。
 そして、カギを閉めてきたハズの玄関は開け放たれて、黒服の男達とその連れポケモンが
出入りしていた。見る限りでは、グラエナやヘルガーなどの嗅覚に優れる犬ポケモンがいた。
「アズサ君、これは一体……」
 センザキが訊いてきたが、例の者達であろうことは間違いなかった。
「本当に、家にまでやってくるなんて……」
 ジムスの予想が当たり、アズサは困惑した。
「今日の午前中のことよ……いきなり車が来たかと思ったら、中からあの男達が出てきて、
急に家に入ったの」
「鍵だってかけてあったのに……」
 アズサが呟くようにいうと、シミズは続けた。
「それが変なのよ……連中、ドアをこじ開けるでもなく、すんなりと玄関を開けて入ったの。
まるで合鍵でも持っているみたいに」
 妙な話だ。合鍵を持っている者は限られている。少なくとも、
「そんな……家の鍵を持ってるのは、僕と母さんだけなんですよ?」
「そのはずよね……」
 シミズは俯いて考え込んだ。
 すると今度は、センザキが口を開いた。
「あの連中以外、他に家に来たものはいなかったよ。君のお母さんらしい人物も、
現れなかった」
「そうですか……」
 返事をすると、アズサはポケギアを手にとって操作し始めた。
 着信履歴と留守録、メールボックスを検索し、それらしいものがないかチェックしたが、
やはり見当たらない。
 少なくとも、そんな電話は家を出てから一度も来ていないし、メール着信もなかったハズだ。
「……あいつらが、君の言っていた連中かい?」
「はい……おそらく」
 アズサの返事を聞くとセンザキは、胸のポケットから小さな双眼鏡のようなものを取り出し、
目に当てて、家の前に立つ男達の方に向けた。
「センザキさん……それは?」
「『デボンスコープ』、本来は透明になって隠れているポケモンを見つける道具さ。
こいつはそれを特殊な光学迷彩でも見破れるように改良したものさ。
シミズからの話じゃ、君を狙っている連中は、特殊な衣服で姿を変えられるそうじゃないか」
 説明しながら、センザキは家に出入りする者達――特に人間を重点的に見ていく。
 スコープの横に付いている調整ダイヤルを操作すると、黒スーツの男達は妙な白と黒の
服装に変わった。
「うん……確かに妙な連中みたいだな。あの白黒服が本当の姿か」
 センザキは告げると、スコープをシミズに貸した。
「どれどれ……初めて見る連中ね……」
 シミズはそういうと、今度はアズサにスコープを手渡して、覗く様に促した。
 アズサは、スコープを手にとって、男たちを覗くと、頷いた。
「……間違いありません。コガネシティで、僕達を追い回した人と同じです」
 そして恐らく、タマムシ大学の近くで遭遇したデカグースとサラリーマンも同じだろう。
 その後空中で攻撃を仕掛けてきたペリッパー達を指示していたのも、きっと。
 アズサはスコープをセンザキに返す。
「そういえば、お母さんは君が正体不明の敵に追われている事を知っているのかい?」
 スコープをしまいつつ、センザキが横目でアズサを見ながら訊いた。
「いえ……話していません。こないだの事件みたいに、余計な心配かけてしまうかと思って」
「ふむ……じゃ、出張に行ってから、電話か何かで連絡をしたりとかは?」
「それもないです……母は仕事が忙しいそうなので、あまり連絡をしないようにしているんです」
「じゃ、ずっと電話もしていないのか」
 センザキの言葉に、アズサははっとした。言われてみれば確かに、ユキナが出張に出てから
全然連絡を取っていなかった。
 アズサはポケギアを取り出して、登録してある母の電話番号に発信し、ポケギアを耳に当てた。
 これで母が出れば、一応の無事は確認できる。
 呼び出し音が数回、アズサの耳に響いた。
 すると――
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』
 その音声ガイダンスに、アズサは目を見開いた。
「な……どうして……どういう……そんな「使われてない」って…どういう?」
 アズサはパニックになって、しどろもどろになった。
 電話番号の変更や登録変更をしたという話も聞いたことがない。いつもこの番号に
かければ、母が出てくるハズなのに……。
 その様子を見たセンザキは、確信した様子で告げた。
「やはり君のお母さんに何かあったようだな。となると……」
「あっ!」
 センザキがそういいかけたとき、いきなりアズサのポケギアが振動した。
 メールの着信だった。
 もしかしたら母からかもしれない――そう思って、アズサはメールを開いた。
 そのメ-ルは、知らないアドレスからだった。
 そして、

『今夜12時、チョウジタウンで会いましょう。ユキナ』

 そんな文が一行あるだけだった。
 なぜチョウジタウンなのだろう。母はナナシマに出張に行っているはず。
 チョウジタウンでは全く逆方向だ。
 それにこの知らないアドレス。登録変更の話は聞いていないし、何故電話ではなく
メールなのか。直接話せないことでも、あるのだろうか。
「これではっきりしたな、チョウジタウンに行けば君の母さんもそこに現れるはずさ」
 その言葉を聞いて、まだ心が安定せぬままだったが、アズサは頷いた。
「そういえば……あなたのお母さんって、何やってる人なの?」
「えっと……会社員です。キキョウシティの支部に転属になって、ワカバタウンに引っ越してきた
ばかりで……」
「会社の名前は?」
「確か、『ヒンバス商事』っていう会社だって聞いてます……」
 それを聞きながら、シミズは手帳を開いて素早くメモを取った。
「OKわかったわ。私たちの方から、この会社に電話してお母さんの行方を調べてみる。
あなたは、センザキと一緒にチョウジタウンへ行きなさい。何か判ったら連絡を入れるから」
「あ、ありがとうございます……」
 アズサは礼を言った。
 とにかく、チョウジタウンへ行けば、全てがわかる。いつもの番号に繋がらない理由も明らかに
なるだろう。一応無事なことはわかったが、まだわからないことが多い。
(母さん……)
 もしかしたら、自分が母に相談しなかったばかりに事件に巻き込んでしまったのではないか――。
 そう思えて、アズサは気が気ではなかった。

 

 雨が、降っていた。
 それも、何もかもを押し流すような土砂降りの豪雨。何かの到来を告げるように激しい
稲光や強風も起き、周辺に生えている南国特有のヤシの木を大きく揺らしていた。
 そんな森の中を、スイクンは息を切らせて駆け抜けていた。
「ルギア様、ホウオウ様! 大変です!」
 廃倉庫に着くなり、スイクンは声を大きくして言葉を発した。
「どうした、そんなに慌てて」
 その様子に、倉庫の中でルギアと話し合っていたホウオウが顔を近づけた。
 スイクンは雨に濡れた体を振るわせて水気を払うと、息も切れ切れな状態のまま告げた。
「ホウオウ様……エンジュシティの東……42番道路が……季節はずれの大雪に
見舞われていると……」
「なんだと!? どういうことだ」
 ルギアも、慌ててスイクンに顔を近づけた。
「スコールをやりすごすためこの島に立ち寄っていたペリッパー達が話していました。
42番道路からチョウジタウンにかけて、大雪が降っていると……」
 エンジュシティはルギアも何度か訪れているから、あの場所に関する気候や地形は
全て知っていた。
 中でもエンジュシティは一年中木々が紅葉している場所として知られており、雪が降る
ことなどは非常に稀な出来事だ。
 そんな街の周辺にある42番道路だって同じで、ほとんど雪など降らない。それも今は
冬でもないというのにそれほどの雪が降るなどあり得ないことだ。
「自然現象ではない、となると……これは人間の仕業か」
「しかし、人間が自然環境の天候を変化させるなど……」
 聞いたことが無い――今の人間では、そんなことは不可能だろう。事実、そんな
技術を手にしたという話は聞いたことが無い。
「いいやできる。ポケモンの技を使えばな」
 ホウオウが言った。確かにポケモンの天候変化技を使えば、可能ではある。
 しかしこれほど広範囲に雪を降らせるとなれば、氷タイプのポケモンを数百から
数千匹は揃えなければ不可能だろう。それほどの数のポケモンがいれば、流石に目立つはずである。
「それも、途方も無い力を持った、我々のような伝説のポケモンなら……どうだ?」
「まさか……」
「ああ、そんなことができるのは、私が知る限り一匹しかいない。カントーのふたご島に
住んでいる、フリーザーだ」
「ということは……そのフリーザーは」
「うむ。敵の手に落ちた……と考えられるな」
 その瞬間、彼らの予測を肯定するかのように、激しい雷鳴が響き渡り、稲光が倉庫内を
一瞬明るく照らした。
「やはり事態は一刻を争う。あの兄妹達はここに残して、我々だけでもジョウトに戻るべきだ」
 その言葉に、慎重派なルギアも頷いた。現にジョウトに悪影響が出始めているのを、
見過ごすわけには行かない。
「しかし、仮にその雪が敵の仕業だとして、彼らの目的がわかりません。
敵は、この島にあった『宝』から伝説のドラゴンを復活させるのが目的でしたが、
雪を降らせることとどういう関係があるのでしょうか?」
 その疑問を言ったのはエンテイだった。確かに、伝説のドラゴンと雪は、
一見関係がないように思える。
 だが、もしそれが何かを欺くための手段であったとしたらどうだろうか。とルギアは考えた。
「雪か……」
 雪が降れば氷ポケモン達は喜ぶ。しかし、人間にとっては交通が麻痺したりと不都合なものである。
 まして大雪となれば、人間達の動きは非常に制限されるであろう。
 動きを制限――
 そう考えた所で、ルギアの脳内で何かが繋がった。
「まさか……人払いのためか!?」
「……!」
 そのルギアの言葉に、ホウオウもはっとした。
 大型の伝説のポケモンを隠すのであれば、人気の無いところが望ましい。
 大雪で孤立した42番道路とその周辺は、まさにうってつけの場所と言えた。
「となると、敵は間違いなく人払いされた雪の降っている場所にいる!」
「どうやら、その可能性は高そうだな……」
 急がなければ――ルギアとホウオウは焦燥に駆られた。

追撃 [#7SSuFB7] 

 アズサは、センザキの運転するポケモンレンジャーのジープで、チョウジタウンを目指していた。
 ワカバタウンを出発したジープは既にエンジュシティの近くにまで到達していて、
後部座席に座ったアズサは、落ち着かない様子でそわそわとしていた。
「大丈夫だよアズサ君。メールの主がお母さんなら、一応は無事ってことだ」
「でも……」
 わからないことだらけで、落ち着いてなどいられない。
「ああ。やはり気になるよな」
 ハンドルを切りながら、センザキは頭の中でこれまでの経緯を整理した。
 謎の組織に追われるアズサと、連絡も無しな母親。
 ナナシマへ行っているハズが、チョウジタウンを指定したこと。
 母親が敵に捕まっていると考えるのが普通ではある。
 そして、何故このタイミングで音信不通になり、連絡先を変えたのか。
(何か絶妙に絡み合っているみたいな……)
 そこまで考えると、センザキの頭に一つの可能性が浮かんだ。
 普通は、有り得ない事であろうが……。
「いや……まさかね……」
「え?」
「いや……」
 センザキはすぐさまその予想を自分で否定した。そんな可能性はほぼなく、現実的ではないと
思えたからだ。
 それにアズサの名誉や尊厳を傷つけてしまうだろうとも考えて。
「とにかく、チョウジタウンへ急ごう。そこに行けば、なにかがきっと解るはず――」
 そうセンザキが言いかけたときだった。
 急に車の前方に、一匹のポケモンが飛び出してきて、センザキは慌ててブレーキを踏んだ。
 後部座席のアズサとジムスがつんのめって、前部座席の背凭れに体をぶつけた。
「いたた……あれ?」
 アズサは体を起こしつつ前方を見ると、車の前に一匹のポケモンが立ち尽くしていた。
 黄色い体に、水かきのついた短い足。頭頂部には三本の毛と大きな嘴。
 あひるポケモン、『コダック』だった。
「野生のコダックか……」
 安堵したセンザキが、コダックを避けて車を動かそうとした次の瞬間、コダックの表情が
ぎらりと鋭くなったかと思うと、コダックはこちらに向かって“水鉄砲”を撃って来た。
「うわあ!」
 水流が命中して大きく車体が傾いだ。その直後、コダックは後部座席にいるアズサに向かって
跳躍し、“乱れ引っ掻き”をしかけようとしてきた。
 アズサが防御姿勢をとった時には、既にジムスが零度の剣で止めを刺してくれて、
アズサは無事だった。
 氷塊となったコダックをジムスが車外に蹴り落としてから、叫んだ
「敵だ!」
 同時に、センザキはアクセルを踏み込んでジープを急発進させた。
 アズサ達の体が再び座席に押し付けられて喚き声を上げる。
「罠だった? 手の込んだことを……」
「どうやら、そのようだね」
 ジムスが呟くと、今度はセンザキが言う。彼はハンドルをさばきつつ、周囲に目をやると、
 茂みや街路樹、電柱の上やブロック塀の影などに、こちらを睨んでいるポケモン達が
多数見えたと思うと、一斉に飛びかかってくる。おそらく、これらが全て敵の刺客であろう。
 ニューラが、パチリスが、オオスバメとヒノヤコマが、一斉に技を放ってくる。
「くっ」
 センザキはハンドルを操作して、それらの一斉射を回避した。
 だが敵の数は増えている。いつまでも回避しきれるものではない。
「メララ!」
 センザキは、モンスターボールを後部座席に放り、ヌメルゴンのメララを繰り出した。
 その巨体に、アズサたちは座席の片隅に追いやられる。
「“龍の波動”!」
 メララの細い腕にエネルギーが収束し、それを一気に放つ。すると敵の
ポケモン達は一斉に体が吹っ飛び、戦闘不能となって路上に転がり、置いていかれる。
「なぁに……? 大して強くないじゃないコイツら」
 メララが鼻を鳴らしてから、呟いた。
「恐らく、敵の下っ端の手持ちかなんかだろうな。数で押し切るつもりなんだろう」
「トレーナー一人相手に、大げさなことね」
 そうメララが言った瞬間、ガンと大きな衝撃がジープを襲ったと思うと、車体が
傾き、がくがくと振動し始めた。
「まさか……!」
 そう思ってセンザキはブレーキをかけて車を停車させると、そのまま飛び降りて
ジープの後部へと回り込んだ。
「やっぱりか……」
 ジープの後輪に、小さな氷塊が突き刺さってパンクしていた。恐らくさっきのニューラの
仕業だろう。これではもはや、車を動かすことは出来ない。
 そうしている間にも、草叢からギガイアスがその巨体を飛び出させ、彼らの眼前に立ちはだかった。
「マトリ! 頼むぞ!」
 相手は岩タイプ。ならば地面タイプのポケモンを出せばいい。
 アズサは、ガブリアスのマトリを繰り出し、攻撃を支持した。
「ギガイアスに“地震”!」
 爪の先から放たれた衝撃波が地面を走ってギガイアスの真下で炸裂し、その巨体が横転した。
 ギガイアスを撃破することが出来たが、敵のポケモンは次から次へと現れ、ラッタが、ペンドラーが、
トゲデマルが、アズサ達を取り囲もうとしていた。
「仕方が無い……アズサ君、君はチョウジタウンへ急ぎたまえ」
「えっ!?」
 突然の提案に、アズサは驚き声を大きくした。
「ここなら、もうエンジュシティが近い、チョウジタウンはそこから洞窟を抜ければ
すぐだ。一人でも行けるだろう?」
「で、でも、センザキさんはどうするんです?」
「私はここで食い止めるから、その間にエンジュシティへ行きたまえ。街に入ってしまえば
敵もおいそれとは手出しできないだろうからね」
「でも……」
 理屈はわかるが、ここでセンザキたちを置き去りにしたら、彼らがどんな目に遭うか、
火を見るより明らかだ。
「私はポケモンレンジャーだ。ちゃんとポケモン達への対応方法は知っている。
だから、早く……行け!」
 どんと背中を押されて、アズサは前方へよろめいたと同時に、
ヌメルゴンのメララが攻撃を始めた。
「アズサ、アタシの背中に乗って!」
 突然、マトリが口を開くと、爪でこちらにこいと手招きする。
 言われるままアズサはマトリに近寄ると、彼女は身を屈めて背に掴まるように促した。
 アズサはジムスをボールに回収すると、そのまま体をぐっと彼女の背中に押し付けると、
大きな背鰭がぐにゃりと折れ曲がってマトリの背中とアズサの腹の間に挟み込まれる形となった。
 そして太い尻尾に跨ると、彼女の両肩にしっかりと掴まる。
「飛ばすわよ!」
 言ってから、マトリは両腕を広げて助走をつけると、その体がふわりと浮きがある。
そして体を水平にすると、滑空し始めた。
 本来ガブリアスはこのようにして飛行をすることが可能であり、その速度は音速をも
超えることが出来る。
 今の彼女は音速こそ超えていないものの、自動車に匹敵するスピードを出していた。

ユキナ 

 アズサ達はそのままのスピードを保ちながら、エンジュシティの中に入っていった。
 エンジュシティの和風建築の景色が川のように右に左に流れていく。
 途中何度か危うく人やポケモン、そして車にぶつかりそうになったが、スピードを緩める
わけにはいかなかった。
 何度目かの交差点を車にクラクションを鳴らされながら大きく右折すると、マトリは
そのまま42番道路へと出た。
 相変わらず真っ白な雪が積もっていたが、あの時とは違い雪も降っていなければ
吹雪いてもいなかったから、容易にスリバチ山の洞窟内に入ることが出来た。
 流石にこの中では飛行するわけにはいかなかったから、マトリから降りて
短い洞窟を自力で駆け抜ける。
 そして、雪深い道路を再度マトリの飛行で通過すると、日没前にチョウジタウンに
戻ってくることが出来た。
 敵の襲撃は、あれ以降はなかった。
「お疲れ様、ありがとう」
 さすがにマトリも大きく息を切らしていて、アズサはそういって彼女を一撫ですると、
ボールに回収し、替わりにリエラとルーミを外に出してから、ポケモンセンターに足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
 受付嬢が挨拶してくれると、アズサはロビーを見回したが、まだ雪の影響が残っているのか
人は誰もいなかった。
「だとしたら、この後来るんでしょうね」
「そうだな……待っていようか」
 約束の時間までまだある。それまでには現れるだろう。そう考えて、
アズサはロビーのソファに腰を下ろした。
 それから、数時間後。
 既に日は落ちて、闇が山間部の集落を包み込んだ頃、一台のチェーンをつけた
トラックがやってきて、薬や機材などをポケモンセンターに運び入れていったが、
母のユキナがやってくる様子は無かった。
(一体どうなっているんだろう……)

 焦燥に駆られつつもさらに数時間後。
 日付が変わったころ、眠気と疲れでアズサがうつらうつらしていたときに、
誰かがセンターの自動ドアを開く音がした。
「こんばんは」
 受付嬢の挨拶がロビーに響くと、アズサははっとして頭を上げて入り口の方を見やった。
 すると、そこには見知った女性が立っていた。見まごう事なき、自分の母、ユキナの姿だった。
「母さん……?」
 アズサは立ち上がって、声を発した。するとユキナは、物憂げな表情でこちらを振り返った。
「アズサ……」
 ユキナは、出張に行く前と同じ黒のスーツ姿で、旅行用のケースを片手にしていた。
 一見すれば、特に変わった様子は無かった。その姿を見たアズサはほっとして、
「よく無事で……」
 と口にしていた。
 しかし、次にユキナの口から出た言葉に、アズサは怪訝な顔をした。
「ごめんなさい……」
「え……?」
 何故謝る必要があるのだ――?
 そう思った次の瞬間だった。

 突然、ロビーの天窓が割れて、何かが落下してきたかと思うと、
それは床に落ちる寸前で跳躍し、近くにいたリエラに強烈な蹴りを見舞った。
「ギャっ!」
 悲鳴と同時にリエラの体が吹っ飛び、ロビーのソファを巻き込んで盛大に転倒した。
 その音に、何事かと奥から受付嬢とそのポケモンがロビーへ走ってきた。
「リエラ! ……何だ!?」
 アズサはリエラに駆け寄ると同時に、攻撃を仕掛けてきた物体を注視した。
 リエラを吹き飛ばした犯人は、すらりとした細い体型のポケモンだった。
 白と薄紫の毛並みに、腕から伸びる長い袖を持っている。
 格闘タイプの武術ポケモン、『コジョンド』だ。
「コジョンド……?」
 そのコジョンドはゆらりと立ち上がると、鼻を鳴らしてから口を開いた。
「あらごめんなさい。ジャマだったからつい蹴っ飛ばしちゃった♪」
「どういうつもり!?」
 その態度に、アズサの傍らに残っていたルーミが声を荒げた。
「どうも何も……こういうことよ」
 突然、コジョンドは床を蹴ってトレーナーであるアズサに向かって跳躍し、
得意技の“飛び膝蹴り”を見舞おうとした。
 その瞬間、ボールからアズサの目の前にジムスが躍り出て、“バレットパンチ”で応射した。
 コジョンドは、長い袖を盾にするようにしてバレットパンチを受け流し、数歩後退をかけた。
「なるほどね……あんたたちも敵ってわけか……」
「ええ。人付きにしては察しが良くて助かるわ」
 敵。ということは、やはり母は敵の手に落ちていたのだ。
「母さん……敵に捕まってたのか……」
 恐らくは、何か弱みを握られて、自分たちをおびき出す囮にでもされているのだろう。
 さっきの謝罪の言葉は、そういう意味だったのだ。
 だが、
「あら、それは少し違うわね」
 別の声が響き渡る。
 すると、割れた天窓から、小さなポケモンが床に舞い降りた。
 白黒の体毛に腕から背中にかけて存在する飛行用の膜 電気タイプの
モモンガポケモン、『エモンガ』だった。
 するとその時、アズサのポケギアが急に振動した。
 シミズからだった。現れたポケモン達を警戒しながらも、アズサは電話に出た。
「もしもし……?」
『アズサ君大変よ! 私のほうであなたのお母さんの事を調べようとしたんだけど、
キキョウシティに問い合わせたら、『ヒンバス商事』なんて名前の会社は存在しないって』
「え……?」
 それを聞いてアズサは凍りついた。
 勤めている会社が存在しない――? 一体、どういうことだろう?
 母さんは会社に勤めているはずなのに。
『アズサ君? どうしたの?』
 答えが帰って来ない様子から事態を察したシミズが呼びかけたが、アズサはポケギアを
下ろして、電話を切った。
「どういうことだよ母さん……あのよく解らない連中と何かあったんじゃ――」
 その言葉を遮って、エモンガが再び言葉を発した。
「ユキナは別に、何もされてもいないわよ。捕まってもいないしね。
そうでしょ? Y・K……ユキナ・カミコウ……いいえ」
 ユキナは俯いたまま、何も答えなかった。
 そして、そのままエモンガは続けた。
「仲直り団幹部の、ユキナ」 
 アズサは、ポケギアを床に落とした。              
                     続く


24話目です。どうにかこうにか山場(?)までこれました。
次回は母子の戦闘になる予定です。

 アドバイスや指摘、感想などお待ちしております。↓

最新の5件を表示しています。 コメントページを参照

  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  •  セレビィは幻のポケモンなため色んな人間に狙われるので人間を信じられないため、
    仰るとおり主人公を試しただけで、その過程でガブリアスに関することが「偶然」判明したため、
    最後にああ言った……というわけなのです。
     ジムス君にもやっと恋の相手が出来ましたが、6匹目は果たしてどうなるのか……?
     コメントありがとうございました。これからも頑張ります。 -- かまぼこ
  • リエラアアアアアアアアアアどうしても死なないといけなかったんですか……なんかめちゃくちゃで先が読めない。なにがなんだか…… -- ?
  • 御三家キャラは重要で本来退場すべきキャラではないのですが、それだけ大事な者を
    失うという展開を入れることでインパクトを持たせつつ、この展開が後の展開に繋がる
    重要な出来事になるよう退場となりました。先が見えない展開になってしまいましたが、
    よかったらこの先も見てくれると嬉しいです。コメントありがとうございました。 -- かまぼこ
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Last-modified: 2018-04-03 (火) 21:01:41
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