ポケモン小説wiki
You/I 23

/You/I 23

前回はこちら 

        「You/I 23」

報告 [#6htxyqm] 

「ヤクモ様、チョウジ基地から、最終艤装が完了したと報告です」
「うむ。あとはこの二頭のみということか」
 執務室の椅子に身をゆだねたヤクモは、腰に付けた二つの紫のボールに目をやって、答えた。
 マスターボール。どんなポケモンも必ず捕まえることが出来る非売品の特製ボールである。
 この二つのマスターボールの中には、あのレシラム・ゼクロムがそれぞれ収められている。
 これから、この二頭をつれてチョウジタウンの地下にある施設に行くのである。
 建造中の、あるモノを起動させるために。
「いよいよですね、ヤクモ様」
 赤い髪の女性秘書――その正体はゾロアークのカレン――が告げる。
「ああ」
 いよいよ決起の時が来る。これで、理想実現が格段に近付く。
 個々まで来るのに、何年もの時間を費やしたか。
 人々の信用を勝ち取り、各地の保護団体と協力して資金を集め建造したアレがあれば、
ポケモン達を救うことが出来る。

 5の島基地の入り江の中にあるヘリポートには、既にチョウジタウン行きの輸送ヘリコプターが
エンジンを始動させて待機していた。
 ヤクモとカレンがそれに乗り込んだ時、ヤクモが何かに気づいて、乗り込もうとしたカレンを制止させた
「どうされましたか?」
「コラッタが入り込んでいるな……」
 そういってヤクモはコンテナ内部の一点を指差して、告げた。
「カレン、“火炎放射”!」
 その指示に、カレンは一瞬にして元のゾロアークの姿に戻ると、ヤクモの指した方向に炎を放った。
 すると、ボッと音がしたかと思うと、人型をした何かが一気に燃え上がり、その場に倒れこんだ。
「これは……あのときの『ゲノセクト』!?」
 驚きに。カレンが目を見開いた。いつのまに忍び込んでいたのだ――?
「やはりな。あの兄妹がどうしてこの基地までこれたのかよくわかった。あの島での戦いで、
連中はヘリにゲノセクトの一体を忍び込ませていたのだ。あのフシギバナ……なかなか抜け目が無いな」
 言いながら、ヤクモはコンテナの中に乗り込んで、コクピットへ通じるラダーを上った。
「すぐにこの基地を離れたほうがいい。ここの存在が向こうにバレた以上、このレシラム・ゼクロムを
狙って攻め入ってくる可能性がある。レシラム・ゼクロムの調整作業はチョウジ基地の方に移す」
「了解です、ヤクモ様」
 パイロットに告げると、彼は返事をしてから、機体を発進させた。
 レシラムとゼクロムの復元が完了したとはいえ、まだまだ完全ではない。そこをあのルギアとホウオウに
攻め込まれたら、相性が有利とはいえやられてしまう可能性があった。そうなれば自分たちの計画は
水泡に帰してしまう。
 彼らに攻め込まれる前に、この二頭と必要な機材をチョウジタウン基地に運び込み、そこで最終調整を
行うしかない。
「二頭が完全なものになれば、他のポケモンを寄せ付けない強力なポケモンになることだろう。
そうなれば、我々の理想を阻むものは誰もいなくなる。たとえ伝説のポケモンであろうともな」
「そうですね……これで少しはポケモンを思いやる人間が増えてくれるといいのだけれど……」
 カレンが答える。
 仲直り団の本当の目的は、これにある。そのための力が、このレシラムとゼクロムなのだ。
 彼なら……マスターであるヤクモなら、これをやり遂げてくれる。そう信じられる。
「チョウジ基地には、フリーザーの吹雪を解くように連絡を入れてあります」
「うむ。それからキキョウ支部のY・Kにも連絡を。決起は……」

記憶 

 闇。
 ただ闇が広がるだけの、何もない場所。そこに、ラティアスのサクヤはいた。
 ここは一体どこかしら――そう思っていると、段々と闇の空間に光が広がり、
彼女が置かれた状況が明らかとなった。
 そこは、どこかの部屋のようで、サクヤは冷たい金属質の台に載せられて、体を固定されていた。
 そして無影灯に照らされるサクヤを、複数の白衣の人間が取り囲んでいた。
 隣では、同じように大好きな兄が机に固定され、白衣たちに囲まれている。
 何――!?
 そして、彼女を見下ろす白衣の一人が冷たく告げた。
「R-LA380、投薬試験を開始します」
 その言葉に次いで、白衣たちは太い注射器を彼女の腕に突き刺し、よくわからない謎の
液体を体内に注入していく。
 次の瞬間、心臓が大きく脈打ちはじめる。
 苦しい。
 止まらない汗。
 視界が回転して、思考が混濁する。
 自分の皮膚を食い破って、無限に出現するビートルやケムッソなどの芋虫ポケモンが、全身に這い回る。
 不気味な光景のイメージ。
 何かの幾何学模様。
 動かなくなった、『壊れた』ニドランの体。
 罵りあうものたちの声。
 それらがサクヤの脳内をかき乱し、自己の思考と情報を爆発四散させ奪っていく。
 私が私で……なくなっていく――!!!
 ぞっとして、サクヤは悲鳴を上げた。
 そしてサクヤの意識は、現実に引き戻される。

「……!!」
 サクヤは目を見開き飛び起きると、先程の出来事が全て夢であってくれたことに、心から安堵した。
 その途端体に激痛が走り、その身を再び横たえた。
「無理をするでない。ニニギもお前も重傷なんじゃ…おとなしくしとれ」
 慣れ親しんだ、フシギバナのボウシュの声が彼女の耳朶を打った。
「ボウじぃ……ここは……?」
 訊きながら、サクヤは首を巡らせると、今の自分は何かの水溶液で満たされた水槽の中に
いることに気づいた。
 外から見れば、それはよくあるバスタブを縦にしたような形をしていて、前面はガラスのような
透明な物で覆われており、中のものを見ることが出来るようになっている。
「なに……これ?」
「治療用ナノマシン入りの水じゃ。ワシの主人が、生前お前たちを治療するのに使った、な」
 サクヤが声を出すと、ボウシュは目の前の画面に目を通しつつ答えた。
 そこにはニニギとサクヤのダメージと回復具合が表示されている。
「ここは?」
「島の地下研究室じゃ。主人はいざという時の為に、お前たちを治療したマシンを残して
おいたんじゃ。安心せい、ポケセンの治療マシン替わりにはなる」
「そう……でもお兄ちゃんは……」
 隣では、サクヤと同じように兄のニニギが、装置の中に浮いていた。
 まだ意識が戻っていないらしく、呼吸の度に腹部が上下しているだけだ。
「お兄ちゃん……」
「ニニギはお前よりも傷が深いが、今は安定している。じきに目を覚ますじゃろう。
しかし、お前たちが海の上に満身創痍で浮いているのを見た時は、寿命が縮まったわ」
 老体であるボウシュが自虐的なジョークを言ったが、こんな状況で笑っていられる者は
誰も居なかった。
「……あのね、私、変な夢を見たの。白い服の人間達が私たちを囲んで、いろんな事されて……」
 さっきまで見ていた夢のことが気にかかって、サクヤはボウシュに告げた。
 それを聞いたボウシュの顔が僅かに歪む。
(ラボでの記憶は、主人が消したはずなのだが……)
 実験で酷使され、心身ともにボロボロだった兄妹を二十年の長きにわたって治療した際、
ラボでの記憶は主人のミサキが完全に二頭の脳内から消去したはずだった。
 だからこそ、兄妹はここでミサキの遺言ビデオを見るまで、その真実を知らなかった。
 しかし、それでもそんな光景を夢に見たということは、
(体が覚えているということか……)
 体に刻まれた記憶を、主人の告げた真実が呼び覚ましたのだろう。
 そうとしか思えなかった。
「おう、やっと目を覚ましたようだな」
 研究室内に、エンテイの声が響いた。彼は丁度研究室入り口のスロープを下ってきている
ところであった。
「エンテイさん……私……」
「そう言うな。お前たちはよくやった。今ルギア様達が今後について話し合っている。
今はしっかり休め」


「すぐに奴等の基地を叩く! それしか方法はない!」
「しかし、奴らは一度我々を負かしている。もっと慎重に行くべきだ」
「あんなのを野放しにしたら、またあの兄妹のような目に遭うポケモンが増えることに
なってしまう! 先手必勝だ!」
「それは解るが、訊けば伝説のドラゴンは、電気タイプだそうだな。我々だけでは
不利だぞ」
 ホウオウとルギア、そして三聖獣たちの会議はすぐに攻撃をすべきと主張するホウオウと、
慎重を主張するルギアの意見が対立し、紛糾していた。
 彼らが敵の基地へ乗り込むべく5の島へ向かっていたときに、血を流して海に浮いている兄妹を発見し、
治療のため一向は一度島へ戻らなくてはならず、5の島基地への侵攻は断念せざるを得なかった。

「ホウオウ様、落ち着いてください。それに侵入がバレた以上、そのドラゴンは既に別の
場所に移されていると考えるべきです。5の島の拠点に攻撃を仕掛けても、もはや無意味です」
 冷静にスイクンが告げると、ホウオウは「むぅ……」と黙ってしまう。
 確かにその通りだ。あのドラゴンが大事なものなら、すぐに別の場所に移すだろう。
 そしてその行方は、もうわからない。
「もはや打つ手なしか……」
 ルギアが呟くと、その場に暗澹とした空気が流れる。
「いや、まだ手はあります。彼らがあの大きな力を持つドラゴンを使う以上、かならず
何か大きな動きがあるはずです。彼らが行動を起こすまで待っていることも一つの手だと
思うのですが」
 そう告げたのはエンテイだった。
 むやみに探し回っても、なかなか尻尾はつかめない以上は、事を起こすまで待っていた
ほうが得策だろう。
「それに兄妹の治療もありますし、あのドラゴンたちは、どうも彼らを執拗に痛めつけた
痕跡があります。つまりあのドラゴンたちはあの兄妹に反応しているということでも
あると思うのです。ですから、あの兄妹がカギになるのではないかと……」
「なるほど……それしかあるまいな」
 そういってルギアが頷き、ホウオウもまた首を上下に振った。

リーフィア [#1YUSzBC] 

「やった……外だ」
 数時間後、アズサ達はやっとスリバチ山の洞窟を抜けることが出来た。
 既に時刻は朝の六時を回っていた。吹雪は既に止んでおり、雲が殆ど無い
青空が広がり、昨夜の猛吹雪が嘘のように朝の暖かい日差しが照りつけていた。
「結局、寝てるヒマなかったねぇ……」
「そうだな……」
 ジムスの言葉に、アズサはげんなりした表情で答える。洞窟内でのセレビィによる
時渡り――タイムスリップ現象に巻き込まれて、眠って体を休めている暇もなかった。
 だから今のアズサは、軽い頭痛と眠気と気だるさで、気分が悪かった。
 それは、ボールから出ていたジムスやルーミをはじめ他の手持ち達も同じであったが、
これからチョウジタウンへ行ってジム戦を行わなければならないというのに、
このような体のコンディションでは、バトルに大きく影響が出てしまいかねない。
 ポケモン達はポケモンセンターの回復マシンにかければ一瞬で回復するが、
トレーナーは――人間はそうもいかない。
「困ったなぁ……」
 司令塔がこんな状態では、まともなバトルなど出来るはずがないだろう。
 これは、少しでも眠れば解決する問題ではある。だがしかし、今のアズサは追われる身であり、
誰かに追跡されている可能性があるのだ。少しでも気を抜くことは出来ない。
 洞窟内では疲れのせいでついうたた寝をしかけたが、本来はそれだって危険なことなのだ。
 眠りこけた隙に――などということだって在り得る。
(でも、まさかマトリの過去に関係していたなんてな……)
 胸中で、アズサは呟いた。マトリが以前話していた、捨てられたばかりのときに助けてもらった人間のこと。
 それがまさか未来――この場合はセレビィの時渡りでやってきた現在の自分であったとは。
 アズサによく似ていた、と話していたが、それは似ているハズだ。
 なんせ本人だったのだから。
(でも、不思議だよな……)
 まさか自分がマトリの生き方に関係し、影響を与えていただなんて。
 自分が助けたことで、彼女は現在まで人間に希望を失わずに生きてこれたのだから。
 自分のしたことが、こんなふうに自分に帰ってくるとは、夢にも思っていなかった。
 本当に不思議な縁、だと思える。
「とりあえず、どうにかして体を休めないと……」
 アズサは、マトリの事から思考を切り替える。マトリに関しては、あとでまたゆっくり考えればいい。
 今は、どうやって自分の体の疲れを取るかが問題だ。
 眠ることも許されないのであれば、どうやって体を休めればいいのだろう?
 危険の無い所であれば、思う存分眠ることができるだろう。しかし現状そんな場所は
存在しない。ポケモンセンターの宿泊施設だって、長居することはできないのだ。
 一体どうすれば――そう考えてアズサが頭を抱えたときだった。
「きゃあ!」
 突然、辺りに悲鳴が響き渡った。
「何だ!?」
 声の主を探すと、それは簡単に見つかった。
 アズサ達の五十メートルくらい前方の雪の上に、二匹のポケモンの姿が見えたのだ。
「あれは……」
 そのうち一匹は、四足で葉っぱのような形の大きな耳を持ち、額には小さな葉が突き出ている。
 イーブイの進化系、新緑ポケモン『リーフィア』だ。
 そしてもう一匹は、虫タイプで両腕の鎌が特徴の蟷螂ポケモン『ストライク』だった。
 なにやら二匹は道の真ん中でトラブルを起こしているようだった。
「とっととその木の実をよこしな!」
「やめてください!」
 見ると、リーフィアの首には小さな籠が提げられていて、その中に幾つかのオレンの実が入っている。
 それをストライクが狙っているようだった。
「よこせってんだよ、さもねぇと痛い目に……」
 言いながら、ストライクは自慢の鎌を大きく振り上げた。
 これはまずい。タイプ相性的に考えてもリーフィアが不利だ。
「ジムス!」
「まって……良し!」
 その言葉に、ジムスは頷きつつ、敵を“ロックオン”した。
 それを確認したアズサは攻撃命令を下す。
「“ハサミギロチン”!」
 言葉と同時に、ジムスがダッシュし、一気にストライクに肉薄した。
「あ!?」
 間の抜けた声を出したストライクが状況を把握する間もなく、ジムスの尻尾から伸びた
ビームシザーはストライクの体を鋏みこんでいた。
 ベキン!
 鈍い音と同時に、ストライクが「ぐげゃ」と潰れたような声を出して、その場に倒れこんだ。
 動けなくなったのを確認したジムスは、ストライクの顔を踏みつけ、吐き捨てた。
「ふん。自分で木の実を探す努力もしない奴が、偉そうにするなってんだ」
「ジムス、やりすぎだ……」
 アズサがそういって止めると、ジムスは素直にストライクから足を離した。
「それより、大丈夫かい?」
 リーフィアの身を案じてジムスが訊くと、彼女は「はい、大丈夫です」と告げた。
「危ない所を助けていただいて、有難うございます。おかげで木の実も取られずに済みました」
 そういって、リーフィアは笑顔を作った。その顔はジムスが思わずドキリとしてしまうほど
可愛らしいものだった
「そ、それは良かった……ああいうどうしようもないのも多いから、気をつけな」
「はい……何か御礼をしたいのですが……そうだ、私のお家に寄っていってくれませんか?」
「お家……?」

好意 

 リーフィアに案内され、道路を外れたアズサ達は、雪深い森の中に入った。
 吹雪は既に止んでいるとはいえ、かなり多くの雪が積もり、足を取られて進みにくい。
 暫く森の中を進むと、古びた一軒家が見えてくる。
 木の壁はあちこちが腐り、穴が開いている。もうずっと人が出入りしていない様子だった。
「廃屋……」
「ええ。元々人間さんが使っていたお家をのまま使わせてもらっています」
 そういってリーフィアは半分ほど戸が開いている玄関を潜り抜けると、
そのまま家の中に上がり、アズサ達を居間へと案内した。
 居間はボロボロのテーブルが一つに、椅子が二つほど。残りの椅子は足が折れて
使い物にならなくなって、片隅に放置されていた。
「ちょっと、待っててくださいね」
 リーフィアは、首から提げていた籠をテーブルに置くと、オレンの実の内の一個を
咥えて、空中に放り投げた。
 そして次の瞬間、リーフィアは前足の葉を伸長させて“リーフブレード”を放ち、
宙に浮いたオレンの実を一瞬にして五つに切り分けた。
 それを、テーブルの上に用意してあったピカピカの皿で受け止める。
「おお……すごい」
 その見事な動きに、ジムスは思わず声を出していた。
 するとリーフィアは照れくさそうに顔を赤らめた。
「そんな……さっきの“ハサミギロチン”に比べたら、私のなんてまだまだですよ……」
「いや、でもすごいよ。あんなに素早く技を出せるなんて」
「そ、そうですか……?」
 誉められて照れくささが増大したのか、言いながらリーフィアは顔をそらした。
「あ、改めまして、私は『レタ』です」
「ボクはジムス」
「そのトレーナーのアズサ。よろしくね」
 各々自己紹介が終わると、リーフィア――レタは「どうぞ」とオレンの切り身をのせた
皿を差し出した。
「それで…キミはずっとここに一匹で暮らしているのかい?」
 そうジムスが訊いたとき、レタは俯き、耳を垂れ下げつつ、告げた。
「昔は、マスターもいたんですけど……私弱いから……」
「そう……」
 その言葉だけで、大体の事を察したジムスはそれだけ答えた。
 恐らく、そんな理由だけでトレーナーから捨てられてしまったのだ。
「全然活躍できないからって……嫌われちゃいました」
 そういってレタは苦笑した。
「そっか……辛かったね。そういうトレーナーはポケモンの実力が引き出せないからって
すぐに諦めるから……そんなヤツからは、離れて正解だと思うよ」
 言いながら、ジムスはオレンの切り身を放り込んで租借した。
「ジ、ジムスってば……」
 口調が段々と辛辣になって元の主人を責めるような物言いをしたジムスを、アズサは制止しようとしたが、
「だってそうだろ? 好きでこの子を育て始めたくせに、ちょっと扱えないからって
捨てるなんて、この子をその辺のオモチャと同レベルに見ていたってことだろ?
そんなヤツは、他のポケモンにだってそうするさ」
 そうアズサに告げてから、ジムスはレタに向き直って続ける。
「だから、キミには何の罪も無いさ。むしろこんなに素早いリーフブレードを使える君を
活かす事の出来なかったトレーナーがバカだったってことさ」
「ジムス、言いすぎ!」
 アズサが声を大きくすると、ようやくジムスが黙った。
 するとレタは顔を上げてゆっくりと口を開いた。
「いえ……ジムスさんの言うとおりかもしれません。私のマスターは、
私以外のポケモンも、常にとっかえひっかえしていましたから」
「でしょ。むしろ今の生活のほうが気楽なんじゃないのかい?」
「そうですね……こうして雨や雪を凌げる場所も見つけて、木の実や食べ物を
探して……無理矢理戦わされるよりも良かったんですね」
「……!」
 そういって、レタは涙ぐんだ目のまま微笑んだ。そんな顔もまたジムスの心を
揺れ動かそうとする。
「そ、そうだね。キミは何にも悪くないんだから、トレーナーの事はもう忘れた
ほうがいい。キミはステキな雌なんだから、自由に生きていいんだよ」
 そう告げると、再びレタの頬が赤みを帯びる
「ありがとうジムスさん……優しいのね」
「そ、そう……?」
「さっきの“ハサミギロチン”、本当に格好良かったですよ? それに
こんな私をステキだって……嬉しいです」
 またまた、ジムスはドキリとした。やさしいだなんて初めて言われた。
(か、かわいい……!)
 あまりにも好みすぎるのと、かわいい笑顔に心が動揺してしまい、
平常心が保てなくなりそうだった。こ、ここにいてはダメだ――。
「そ、そろそろ行くよ。これからボクたち、ジム戦やらないといけないから」
 そういって、すっと立ち上がったとき、レタが、
「あ、待ってください……あの、また会えますか?」
「う、うん……」
「よかった……是非また会いに来てください。私もジムスさんに会うのが楽しみに
なってきました」

「なかなか雰囲気良かったじゃないかジムス。脈あるんじゃないか?」
「うるさいな……別にボクはそんなつもりじゃなかったんだよ。ただ、元気付けられれば
いいかなと思って、ああいったんだよ。別に付き合いたいとか、そういうわけじゃ……」
「格好良くて、ステキだってさ。いいじゃないか、かわいい恋人が出来て」
「だから出来てないよ! 確かにかわいい子で、ドキドキはしたけど……」
 俯きながら、ジムスはブツブツと呟いた。
 雌は苦手であったが、雌からあんなことを言われたのは初めてだった。
 あれは自分に好意を寄せているということなのだろうか?
「まぁ、少なくとも悪いようには受け取られていないみたいだし、また会いたいんだろ?」
「まぁ……うん……会いたい」
 ジムスには珍しく、素直な感情を吐露した。
「そりゃあ……あんなかわいそうな境遇の子……なんか放って置けなくて」
 なんとかそれらしい理由を述べようとしたジムスに、アズサは、
こんなときくらい、素直になればいいのに……と思って苦笑した。
 アズサたちはレタの家を後にして、チョウジタウンに向かった。

チョウジジム 

 レタの家を出て、元の道に戻ってから三十分ほど歩くと、ようやくアズサ達は
チョウジタウンに到着した。
 一度街のポケモンセンターに行って手持ち達を回復させた後、そのすぐ隣にある
ポケモンジムへと足を運んだ。
「よく来たな挑戦者よ。私がここのジムリーダーだ」
 アズサの対面にあるトレーナースタンドに立つ初老の男――ジムリーダーがそう告げると、
いきなり部屋の床が二つに割れて、中から一面が雪に彩られたバトルフィールドが姿を現した。
 フィールドは全体が新雪に覆われ、所々に雪だるまや氷柱、かまくらといった雪ならではの
ものが並んでいる。これらを障害物として活用しろということなのだろう。
「ありがとうございます、雪で大変でした」
 アズサは、苦笑しながら挨拶をした。実際の所それだけではなかったのだが、タイムスリップ
という、非現実的な出来事に巻き込まれていたなどと、信じてはくれまい。
「私の故郷シンオウは、これくらいの雪はいつも降る。が、この程度で音を上げているようでは、
氷ポケモンと付き合っていくことはできないぞ?」
 言いながら、ジムリーダーはボールを放って、手持ちのポケモンを繰り出した。
 現れたのは、ズングリとした体のポケモンで、その背中からは無数の氷の針が突き出ている。
「行け、ジムス!」
 アズサも、ボールからジムスを繰り出す。
 すると、相手のポケモンを見たジムスが、アズサに訊いてきた。
「ねぇ、あのポケモンは何だい?」
 確かにこれまで見たことの無いポケモンだった。似た体型をしたポケモンならジョウトやカントーで
よく見かけるが、あんなポケモンははじめて見る。
「あれは、『サンドパン』だよ」
「サンドパン……? それって地面タイプじゃなかったっけ」
 ジムスが怪訝な表情になる。サンドやサンドパンといえば、地面タイプのポケモンのはずだ。
 だというのに、姿もタイプも異なるとは、一体どういうことなのだろうか?
「本来はそうだ。でも、アローラ地方のサンドパンは、氷・鋼タイプなんだ」
 それは『リージョンフォーム』と呼ばれる別のタイプを持つポケモンであり、他にもラッタやコラッタ、
ニャースやペルシアンといったポケモンが、アローラ地方では別形態が存在することを説明した。
 ついでに、アローラのナッシーは伸長が十メートル以上もあることを付け加えて。
「リージョンね……でもそれじゃ『サンド』パンではないような……」
 半眼で憎らしく苦笑しつつ、ジムスが呟いた。
 確かに、砂ではなく雪の中を生息地としている時点で、既に『(サンド)』とは呼べないだろう。
「あくまでサンド系の亜種扱いだからな。簡単に名前は変えられないのさ」
「ガクシャの世界ってのは面倒くさいんだな」
「ああ……それより気をつけろ。タイプが変わってる分、使える技も違ってくる!」
「了解っ!」
 ジムスが返事をしたそのときだった。
「……!?」
 一瞬眩暈がして、アズサはトレーナースタンド上でふら付いた。
 寝不足と疲れのせいだろう。
「く……大丈夫なのか僕は……」
 アズサは、少しだけ不安になった。


 アズサは、大きく頭を振って気を取り直す。
「よし、いつもどおりまずは“キノコの胞子”だ!」
「あいよ!」
 ジムスが氷のサンドパンに向かって駆け出す。一方のサンドパンは鈍重な動きで
雪原を走り出した。ジムスと比べれば遅い。
 これほど動きに違いがあれば、ジムスが接近することは容易であった。
「もらった!」
 ジムスが緑色の胞子を纏わせた尻尾をサンドパンの顔面に叩きつけると、サンドパンは
一瞬にして眠りに落ちた。
 それをい確認すると、ジムスは即座に次の体勢に移る。もうアズサの指示がなくとも
やることはわかっている。次は照準を……“ロックオン”で狙いをつけて――
 そう考えたとき、サンドパンが隠し持っていた木の実を齧って、眠りが解除された。
 それを見てジムスは舌打ちをする
「チッ、対策済みってわけかい……」
「当然だ。サンドパンはあまり素早いほうではないからな」
 ジムリーダーが告げた。なるほど、先手を取られても行動可能なように
対策を練っておくのはある意味当然だ。そうでなくては、素早くないポケモンは
不利になるばかりだ。
「よし、“霰”!」
 ジムリーダーが指示を出すと、サンドパンは天を仰ぐようにして両手を広げると、
白色の雲がバトルフィールドの天井付近に広がりはじめ、大粒の霰が降り注いだ。
「いたたたっ!」
 大量の霰が体に打ち付けられて、ジムスが悶えた。大したダメージではないものの、
少しずつ体力を削り取られる。これで装備している「気合の襷」ももう機能しない。
そうなれば、こちらが不利だ。
 ここは早めにカタをつけなければならない。
「ジムス、もう一度!」
 言われて、ジムスはサンドパンに向き直る。だが次の瞬間には、サンドパンはジムスに肉薄し、
彼の頭部に“アイアンヘッド”を叩きつけようとしていた。
「くっ!?」
 ジムスは首を傾けてその攻撃を紙一重で回避することができた。
 そのままジムスは相手を蹴りつけて間合いを取ったが、サンドパンはすぐに反転して
ジムスに再度接近してきた。これは明らかに、さっきよりも――
「素早くなってる!?」
「ジムス、そのサンドパンはたぶん特性が『雪かき』だ! 霰状態では素早さが高くなる特性なんだ!」
「そういうことだ! “アイアンヘッド”!」
 ジムリーダーが吼えると、サンドパンは“アイアンヘッド”を連発してくる。
 そのうちの一発がジムスの側頭部に命中し、ジムスは吹き飛ばされて雪原に倒れこんだ。
「ジムス!」
「く……」
 どうにか攻撃を耐え、立ち上がるジムス。
 体力はまだ僅かに残っているようだが、足元がふらついている。
 しかしまだやれそうだ。そう思って、アズサは再度指示を出した。
「もう一度“キノコの胞子”だ!」
 その瞬間には、もうサンドパンがジムスに肉薄していたが――
「……だぁっ!!」
 サンドパンが攻撃をするよりも早く、ジムスは胞子を纏った尻尾をサンドパンの顔に命中させていた。
 木の実はさっき使用してしまったために、今のサンドパンは何も持っていない。
 今度こそ、眠りを解除することは出来ない。
「次!」
「おう!」
 次は、眠っているサンドパンに狙いを定め――“ロックオン”! そして――
「“ハサミギロチン”!!」
 尻尾からビームの鋏が発振され、その両の刃がサンドパンの体を一気に鋏み上げると、
鈍い音がフィールドに響き渡った。
 壁に表示されているサンドパンの体力ゲージが一気にゼロになり、サンドパンの腕が
だらりと垂れさがった、
『サンドパン戦闘不能。一体目は挑戦者の勝利です』
 場内にコンピュータ審判の判定放送が流れ、まずはアズサ達が一勝したことを告げた。

アローラキュウコン [#7svgZwm] 

「では次だ!」
 ジムリーダーは撃破されたのを気にする様子も無くサンドパンをボールに回収すると、
二体目を繰り出してきた。
 白い閃光と共に現れたそのポケモンは、純白の体毛を持つ四足で、特徴的な九本の尾を
もっていた。
「ねぇ、あれってもしかして……」
 その姿はジムスにも予想できた。あんな尾をもつポケモンは一匹しか居ない。
「そう、『キュウコン』のリージョン。氷とフェアリーの複合タイプなんだ」
「よく勉強しているようだな……だが、知識だけではどうにもならんぞ?」
 ジムスは相手のキュウコンを睨み据えた。体型は元のキュウコンとそれほど変わっては
いなさそうだ。となると身体能力もさほど変化はしていないと見える。
 だとすれば――
「よし、“冷凍ビーム”!」
 ジムリーダーの指示通りに、キュウコンは素早く正確無比な“冷凍ビーム”を放ってきた。
 ジムスは右方向に走って回避しつつ、雪だるまの影に身を潜めた。
「やっぱり素早いか……いてて!」
 呟いている途中にも、サンドパンの残した“霰”がジムスの体力を削っていく。
「っ……早く晴れろよな!」
 苛立ったジムスが舌打ちをして、苛立ち紛れに雪だるまの後頭部にボスと拳を突き立てた。
 その衝撃で、雪だるまの頭部は半分ほどが崩れ落ちる。
 するとその瞬間、キュウコンの表情が暗く冷たいものに変貌していく。
「……雪を……」
「ん?」
「私の子を!!!!!」
 怒声が場内に響き渡ると、桃色をした力場がキュウコンの体から放出され、
ジムスの体を吹き飛ばしていた。“ムーンフォース”だ。
 ジムスは雪原に大の字になって転がり、戦闘不能となった。
『ドーブル戦闘不能』
 コンピュータ審判が判定を下す。
「ふん、雪を粗末に扱った報いだと思いなさい!」
 キュウコンが倒れているジムスにそう吐き捨てると、一緒に吹き飛ばしてしまった
雪だるまの元に駆け寄り、項垂れる。
「ああ、何て可哀想な……」
 粉々に飛び散った雪だるまの残骸を見ながら悲しみにくれるキュウコンは、
元は雪だるまの口だったであろう黒い墨の塊を前足でそっと救い上げた。
「雪や氷は限られた短い命……それが軽率な行動で失われるというのは、許しがたい
ことなのです。いえ……その儚さも、美しさなのかもしれませんが……」
 言いながらキュウコンば落涙した。
「もうこの雪だるまは元には戻らない……ああ……なんということ……」
 一体何を言っているのか、何故泣いているのか、アズサには理解できなかった。
 すると、キュウコンは涙に濡れた鋭い目をスタンドに立つアズサに向けた。
 睨まれただけなのに身も凍りそうな視線は、流石氷タイプといったところか。
「氷や雪というものは、冷たくそして儚いものなのよ。それを穢したあなた達を……私は許さない!!」
「僕たち……何かやっちゃったのかい?」
 アズサは思わず訊いた。するとキュウコンは更に激昂して、涙と唾を散らし絶叫した。
「しかも自分は何をしたのか理解もしていないなんて! あなたはそれでもトレーナーですか!!
この雪のフィールドは私が作った渾身の世界なのよ!! それを壊して……私の子を殺しておいて……、
そんな物言いをするなんて!! いいわ! あなたにバッヂは渡さない! ここで全員氷のオブジェに
してあげるわ!!」
 そこまでいわれて、アズサはようやくはっとした。このフィールドは彼女の作品であり、
ここにあるものは全て彼女が生み出した、子供のようなものなのだ。「私の子」というのは
そういう意味なのだろう。
 そう考えると、何か悪いことをしてしまったようで申し訳ない気分になるが
これはバトルだ、かわいそうだが悲しみにくれる彼女を倒さねばならない。
(でも……厄介だな)
 アズサは、ジムスをボールに回収しつつ考えた。
 キュウコンは結構素早いポケモンである。どうしても先手を取るには、こちらも素早い
ポケモンを使うしかないが、残りは二体。その中で素早いポケモンといえば……
「……ウィゼ! 頼むぞ!」
 アズサは迷うことなくフローゼルのウィゼを繰り出した。
 フローゼルなら素早さはかなり高く、そのスピードはキュウコン以上だ。
 だが向こうは特殊攻撃力が非常に高く、フローゼルの耐久面は心許ない。
 何かしらステータスを上げる技を使われると、対応しきれなくなる。
 ならば――
「ウィゼ、“挑発”だ!」
 その指示に、ウィゼは相手のキュウコンに向かって中指を立てる仕草をしてやった。
 それがキュウコンの視界に入った瞬間、キュウコンは物凄い形相でこちらを睨んできた。
 だが、これでもう相手は変化技を使うことが出来ない。
「……もう許さないわ!!!」
 次の瞬間、キュウコンはこちらに向かってダッシュしつつ、“ムーンフォース”を
放とうとしてくる。
「“アクアジェット”!」
 まずは相手よりも早く、攻撃を仕掛ける。先制技“アクアジェット”ならそれが可能だ。
 その狙いは一つ。兎に角相手に接近し、相手の懐に飛び込むことだ。
 素早い身のこなしで、水に包まれたウィゼはキュウコンの横腹に体当たりを敢行する。
 効果は普通。攻撃力も大してないが、狙いはダメージを与えることではないのだ。
「うぐっ!」
 いきなりの攻撃に、苦悶の声を出したキュウコン。間髪入れずアズサは次の指示を出す。
「ウィゼ! キュウコンの尻尾を掴め! 」
 その瞬間ウィゼは言われたとおりキュウコンの九尾のうち一本を掴んだ。
「はう!?」
「そのまま離さないで、“アクアテール”だ!!」
 ウィゼは、高速回転させた己の尻尾に水を纏わせてそのまま叩きつけてやった。
 壁に表示されているキュウコンの体力ゲージが黄色ゾーンまでまでグンと減る。
 元々キュウコンは物理防御能力はあまり高くないのもあるが、おそらくは急所に
当たったのだろう。
「……このォ!!」
 キュウコンは叫ぶと、九尾を大きく振り回してウィゼの手を振り払うと、
お返しにウィゼの腕に食いついた。
「“冷凍ビーム”だ!」
 キュバウッ!!
 冷凍ビームの接射攻撃を受けて、ウィゼの上半身が冷気ビームに呑み込まれて彼女は大きく吹き飛んだ。
 ウィゼの体力ゲージもまた、半分以上がごっそりと削り取られて黄色ゾーンに突入する。
「ウィゼ! 大丈夫か!?」
「う……どうにか……」
 彼女は氷の破片を散らしつつよろめきながらも立ち上がる。だが次に攻撃を受ければもうアウトだ。
 だが、“アクアテール”でここまで体力を減らせることが出来たのは僥倖だ。
 あとは――
「ウィゼ、あれをやるぞ!」
 そう告げると、ウィゼは頷いた。それを確認してから、アズサは右手のZリングに装着した
クリスタルに触れた。
 そして、両腕を交差させたあとに両腕をさながら大波のごとく数度揺らせると、
クリスタルからZパワーが解き放たれ、フィールド上のウィゼに送信され、彼女はそのパワーを
身に纏った。
 するとウィゼの周囲に水が出現し、それを身に纏った彼女は一気にキュウコンに向かって
突進した。
 キュウコンに体に激突すると同時に、纏っていた水が渦になり、キュウコンの体を
大きく舞い上がらせた。
 水タイプのZ技、“スーパーアクアトルネード”だ。
 まともに喰らったキュウコンの体は大きく吹き飛び、ぼすりと雪原に落下して、痙攣を起こした。
『キュウコン戦闘不能』
 審判メカが判定を下し、アズサは二体目の撃破に成功したのだった。

ルーミ奮戦 

「まさかZ技使いとは……いよいよラストということか……ではこちらは最後の一体を出させてもらうが、
こいつはどう突破するのか、見せてもらおう」
 ジムリーダーは最後のモンスターボールを放り投げて、中のポケモンを繰り出そうとした。
 一番最後のポケモンは相手の主力、とっておきの強力なポケモンであり、容易には勝てないのが常だ。
 一体どんな相手を出してくるのか――アズサは息を呑んだ。
 ボールが地に落ちパカンと開くと、閃光と共にポケモンが出現――しなかった。
「……え?」
 空のボールか? とも思ったが、ジムリーダーがそんなフェイントをしかけてくるハズがない。
 間違いなく、ボールが開いた瞬間にポケモンが繰り出されたはずだ。
 しかし、その姿が全く見えない。フィールド上でもウィゼがキョロキョロと首をめぐらせている。
 一体どこに――そう思った時だった。
 ヒュンと、鋭く風を切る音が微かに、そして断続的に聞こえてくる。
 間違いない。人間の目では捉えきれない速さで動き回っているのだ。
 そう理解した次の瞬間には、耳を劈くような音と共に、ウィゼの体が宙を舞っていた。
「ウィゼ!」
 ウィゼはさっきのジムスと同じように雪原に落下して、そのままがくりと力尽きる。
『フローゼル戦闘不能』
「へっ」
 審判メカが告げると同時に、ウィゼを撃破した主がフィールド上に姿を現し、冷笑を浮かべた。
 黒い二足歩行の体と、長い鍵爪に特徴的な頭部の扇状の頭飾り。
 悪・氷の複合タイプ、鍵爪ポケモン『マニューラ』だ。
「いくら素早くても、やっぱりアタイの速さにはついてこれないみたいだねェ……」
 言ってから、マニューラはその鍵爪を舌で一舐めした。
 元々、マニューラの素早さはかなりのもので、野生ではその高機動力を生かして集団で狩りを行う。
 そのため物理攻撃力もかなり高く相手にするとなると、なかなかに厄介なポケモンだ。
 アズサに残されているのは、ルーミのみだ。ルーミ――デンリュウは正直に言えば
あまり素早いほうではなく、むしろ鈍足といってもいい。メガシンカをすればその素早さは
更に下がってしまう。
「でも……うまくいけば」
 やれないことは無い。
「よし……出て来いルーミ!」
 意を決して、アズサはボールを放りルーミを繰り出した。
「“コットンガード”!」
「“辻斬り”!」
 アズサとジムリーダーの指示が重なり、ポケモン達が動き出した。
 だがやはりマニューラの方が一足速くルーミに無数の斬撃を喰らわせた。
 ずガりっ!
 ルーミの体に無数の切り傷が刻まれ、一気に痛々しい姿に変貌した。
 しかしそれでもルーミは、綿の盾を展開することに成功していた。
「もう一度“コットンガード”!」
「“辻斬り”だ!!」
 急所狙いなのか再度“辻斬り”を放ってきたが、ルーミは綿の盾で受け止めた。
“コットンガード”で防御力を強化したことで、簡単には倒れない。
 ルーミの綿の盾が更に丸い楕円形に変形して、防御力が最大まで上昇したことを示した。
 そしてルーミは、隠し持っていた『オボンの実』の切り身を口に放り込んで租借した。
 これで二度の“辻斬り”で大きく減ったルーミの体力がある程度回復する。
「なるほど、受ける方向で来るというわけか……」
 素早さが高くないポケモンは大概防御面に秀でている場合が多く、それを生かした
『受け』戦法が主体となる。デンリュウは防御はそれなりだが、防御力を一気に強化できる
この“コットンガード”があるおかげで、受け戦法が可能である。
 そのために今回はルーミにメガストーンは装備させず、かわりにオボンの身を持たせた。
 メガシンカさせればドラゴンタイプが追加されてしまい、氷相手には不利になってしまうからだ。
「ルーミ、“気合球”だ!!」
「なら“冷凍パンチ”!」
 相変わらず素早く技を放ってくるが、ルーミの防御力は最大まで上昇し、体力も完全とはいえないまでも
木の実で回復した。焦ることは無い
 ルーミは再び氷の盾を前面に構え、マニューラの攻撃を防ぎ、反撃をするべく空いている腕にエネルギーボールを形成する。
 マニューラは格闘タイプの技に弱い。この技なら大ダメージを負わせることができる。
「撃て!!」
 アズサの指示に、ルーミは“気合球”を放つ。
 だがしかし、高速で移動するマニューラにとって、動作の遅いルーミの攻撃などは、
余裕で回避が可能だった。
「うっ」
 マニューラはルーミの体を蹴り気合球を回避すると、ついでにスピンをかけスケート選手の
トリプルアクセルの如く華麗に宙を舞った。
「遅いってんだぃ!」
 速すぎて攻撃が当たらない。どうすれば――
 そのとき、またも視界が一瞬消失し、アズサはふらついた。
(こんなときに――)
 次から次に訪れるピンチの渦中にあるのに、体が言うことを聞かないとは。
(やっぱりテレビのヒーローみたいには、うまくいかないもんだね……)
 眩暈と共に思考が混濁しだして、埒もないことを考えてしまう。
 幼い頃は、テレビの特撮ヒーローに憧れたものだったが、やはりうまくはいかないものだ。
 あの時、ピンチに陥りながらもヒーローが敵に格好よく止めを刺した時のような――
(待てよ? ヒーロー……)
 その瞬間アズサは思い出し、その思考は過去から現実に戻っていた。
「ルーミ、盾を構えて!」
「また防御かい? デンリュウはそう何度も耐え切れないぞ? もってせいぜいあと一、二回というところか」
 ジムリーダーが呆れたようにいう。そんなことはアズサにもわかっている。
「“辻斬り”で止めを刺してやれ!」
「りょーかいマスター!」
 雪を蹴ってダッシュをかけ、マニューラはルーミに向かってぐんぐんと接近した。
 迫るマニューラに対して、ルーミは綿の盾を構えたままじっと動かない。
 そうだ、そのままでいろよ――今度こそ急所に当てて、敗北を味わわせてやる。
 そんなことを思いながら、ルーミに接近したマニューラはその長い鍵爪を振るい、“辻斬り”攻撃を放った。
 ザスン。
 生々しい音と共に、手ごたえのある感覚がマニューラの体を走り抜ける。だが、
「!!?」
 マニューラの鍵爪は、ルーミの綿の盾に食い込んでいるだけで、その本体には達してはいなかった。
「チッ……何!?」
 舌打ちをして、マニューラは綿の盾からその右腕を引き抜き、今度こそ止めの攻撃に移ろうとしたが、
爪が綿の繊維に絡んで抜くことができない。
 マニューラの爪なら綿の繊維など容易に引き裂くことが出来るが、“コットンガード”で防御を最大にまで
強化したルーミの綿の盾は、その繊維をも強化していた。
「今だ! “気合球”!!」
 開いている腕にエネルギー球を形成し、ルーミは動けないマニューラに思い切り叩き付けた。
 マニューラは素早さと物理攻撃に秀でているが、それ以外は並かそれ以下だ。しかもその性質上近接戦闘が
主体となるために、かならず相手に近寄らなければならない。それが仇となった。
「グワァァアァアァッ!?」
 悲鳴と共にマニューラは大きく吹き飛ばされ、雪原に沈んだ。効果は抜群だ。
 急所に当たったのか、マニューラはそれ以上起き上がってくることも無く、モニターの体力ゲージも
ゼロになっていた。
 アズサの――ルーミの勝利だった。

戦闘後 

「ふぅ……よく頑張ったなルーミ」
「アズサさんの指示が良かったからですよ。それにしてもよくあんな戦い方思いつきましたね?」
 ジムリーダーから勝利の証としてバッヂを貰った後、ポケモンセンターで手持ち達を回復させてから
アズサはロビーのソファでルーミと話をしていた。
「子供のときに、特撮ヒーロードラマにハマっててさ、僕が一番好きだった作品の中で、
盾に相手の剣を突き刺して、そのスキに主人公が反撃するっていう戦い方をした回があったんだよ。
さっきは急にそのことを思い出してさ、使えるんじゃないかと思って、お前に指示したんだよ。
危ない目に遭わせちゃって、ゴメンなルーミ」
「いいえ、そのおかげで勝てたんですから、いいんですよ」
 そういって、ルーミは笑顔を浮かべてくれた。それだけでも、頑張ったという実感を
感じることができて、アズサは嬉しかった。
「勝利おめでとうございますご主人。これでバッヂ七つめですね」
 今回バトルには出なかったリエラも、祝いの言葉をくれた。
「そうだね」
 これでもうバッヂは七個目。後一つのジムに勝利することができば、ジョウトのジム巡りは
完了する。それと同時に、シロガネ山にあるリーグに出場権も手にすることが出来るが、
自分は四天王やチャンピオンになるほどの実力は無いし、これ以上バトルをして過ごすのも
遠慮したいから、リーグに出る気は無い。少し勿体無い気がしないでもないが、ジムを巡り
バッヂを八つそろえるのが目的なのだからこれを終えさえすれば、少なくとも
後に待ち構える就職活動では有利になる筈だ。
 そして、大学卒業後の進路についても考えないといけない。
(そろそろちゃんと考えないとな)
 ポケモンに関する仕事がしたいのはハッキリしているものの、まだ具体的に決まってはいない。
 どうにか大学卒業までには進路を決めたいものだが……。

(ジムバッヂは、後一個……)
 リエラは、考えた。
 それさえ集めてしまえば、このジムめぐりは終わり、大好きな主人と共にいる時間は増える。
 それに、終わるまで保留になっている、アズサの自分たちに対する答えも聞ける。
 自分とルーミと、新入りのマトリにウィゼ。この中で、主人は誰が好きなのかハッキリする。
 その答えが待ち遠しいが、内心怖くも寂しくもある。
 やっと研究所から出て、外の世界を知ることができたというのに、もうそれが出来なくなると
いうことは、とても寂しい。今のようにあちこちを巡る旅をすることもなくなるのだ。
 そして、もし自分以外の雌を選べば、のけ者にされるようで怖い。
 自分だってアズサのことは好きだ。研究所から連れ出してもらって、戦いを重ねていくうちに
種を超えた愛情を抱くようにもなった。
 だから怖い。自分じゃなかったらどうしよう?
 もし自分でなければ、それまで築いてきた全てが崩壊してしまいそうで。
 その怖さは、恐らく他の雌達全てが抱えているだろうと思う。
 もちろん、自分が選ばれればそれは嬉しいし、期待している。
 だが選ばれなかったら、自分は、そして他の雌達はどうなってしまうのだろう?
 そんな不安が、リエラの心を支配し、体が震えた。
「リエラ、どうしたんだ?」
「あ、いえ……」
 声をかけられて、リエラはそんな想像をしていたことを誤魔化した。
(でも、そうよね。ご主人がのけ者になんてするはずないわよね……)
 主人――アズサは、あれだけ優しいのだから、ボックス行きにしたり野に放ったり
することなど在り得ないだろうと思えた。
 少なくとも、選ばれなかったとしても別の形で共にいられる可能性はあるだろう。
 そう思うと、リエラは少しだけ安心できた。
「次はフスベシティ……ドラゴンタイプのジムだ。もしかしたら、お前にも
活躍してもらうかもしれない。そのときは頼むよ、リエラ」
 そういって、アズサはリエラの頭を優しく撫でると、リエラは頬を朱に染めた。
 本当に愛おしい雄だ、と思う。


 次のジムに向かうべく、ポケモンセンターを出て街の中を歩いていると、
ポケモン用の技忘れ・教え屋があることに気がついた。
「ジムス、どうする? ジム攻略は終わったし、また“絶対零度”に戻すか?
学校の図書館で借りてきた、絶対零度がある技ビデオも持ってるぞ?」
「そうだね……そっちのほうが慣れてるし」
 自分の“ハサミギロチン”を格好いいといってくれたあのレタというリーフィアには悪いが、
自分としてはこちらのほうが使い慣れている。

「うう……頭が痛い」
 結局、ジムスは技忘れ屋に入り“ハサミギロチン”は忘れて“スケッチ”を思い出し、
ポケモンセンターに戻ってビデオのある一室を借りて再生し、“絶対零度”を覚えなおした。
「やっぱりそうそう技忘れとかやるもんじゃないね……オエッ」
 忘れる際に頭痛に苛まれることをすっかり忘れていたジムスは、吐き気を堪えながら、
青い顔をして呟いた。
「まぁもうこんなことはないと思うから――」
 アズサが苦笑しながらそういったとき、急にアズサのポケギアが振動した。
「電話?」
 画面を見ると、相手はあのポケモンレンジャーのシミズからだった。
 アズサは通話ボタンを押して、電話に出た。
「もしもし」
『あ、アズサ君!? 大変よ、あなたのお家が――大変なのよ! すぐに来てくれる!?』

                             続く。


 やっと23話目です。今回は以前から「ジムス君にも女の子を」という要望があったので、
タイミング的にも今回がベストだと思い、やってみました。
 次回から山場に突入いたします。

 アドバイスや指摘、感想などお待ちしております。↓

最新の5件を表示しています。 コメントページを参照

  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  •  セレビィは幻のポケモンなため色んな人間に狙われるので人間を信じられないため、
    仰るとおり主人公を試しただけで、その過程でガブリアスに関することが「偶然」判明したため、
    最後にああ言った……というわけなのです。
     ジムス君にもやっと恋の相手が出来ましたが、6匹目は果たしてどうなるのか……?
     コメントありがとうございました。これからも頑張ります。 -- かまぼこ
  • リエラアアアアアアアアアアどうしても死なないといけなかったんですか……なんかめちゃくちゃで先が読めない。なにがなんだか…… -- ?
  • 御三家キャラは重要で本来退場すべきキャラではないのですが、それだけ大事な者を
    失うという展開を入れることでインパクトを持たせつつ、この展開が後の展開に繋がる
    重要な出来事になるよう退場となりました。先が見えない展開になってしまいましたが、
    よかったらこの先も見てくれると嬉しいです。コメントありがとうございました。 -- かまぼこ
お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2018-01-28 (日) 20:51:37
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.