ポケモン小説wiki
You/I

/You/I

         「You/I」
                    作者かまぼこ

プロローグ    

 どこまでも続く蒼い海原の上を、一機の黒い大型ヘリコプターが飛ぶ。
そのヘリコプターは、腹に大きなコンテナを抱えており、
遠目で見れば、まるで食料を運ぶ虫ポケモンのようにも見えた。

 ヘリの操縦室は、張り詰めた空気に包まれていた。
これまで追っ手に見つからずに進んでこられたが、ここに来て事態が急変したからだ。
「レーダーに反応、もう追いつかれた……?」
 副操縦士(コ・パイ)が、モニタに映る2つの光点から目を離さずに、
後部座席に座っている黒服の男に言った。
「……取り戻しにきたんでしょう。想定の範囲内ですよ」
 黒服の男はそう言ってから席を立つと、操縦士たちに指示を出した。
「進路はそのままで。彼らはこちらで何とかします」
 そう告げてから操縦室を出て、コンテナの内部へと続く梯子(ラダー)を下りながら、その男は思う。
 まぁ、当り前だろうな――
 人もポケモンも、誰だって、大切なものを奪われれば、取り返したいと思うのは当然だ。
だがしかし、彼らには悪いが自分達の目標のためには、何としてもこの『宝物』が必要なのだ。
 そう自分に言い聞かせながら、男はコンテナの中に入ると、
その『宝物』が入っている、厳重にロックされたカプセルを一瞥してから、
腰から2つの紅白色の球体――モンスターボールを取り出す。
 男はヘルメットを付けたままで、顔はよく見えず表情もわからなかったが、
シールド越しに僅かに見える口元は、笑みを浮かべているように、見えた。
「申し訳ないが、お引取り願おう」
 そう呟いて、2つのボールを放った。

 その後方2キロほどに、ヘリを猛追する2匹のポケモンの姿があった。
 一匹は青と白の流線型で、もう一匹は同じような形をしていたが一回り小さく、色も赤と白で、違っていた。
 夢幻ポケモン「ラティオス」と「ラティアス」。
 どちらとも、伝説のポケモンと呼ばれ、目撃例が少なく、トレーナーであれば喉から手が出るほど欲しがる
希少性の高いポケモンであった。
 ヘリと二匹の距離はどんどん縮まる。彼らの種族は、ジェット機並みのスピードで飛行することが
出来る。そんな彼らにとってヘリコプターに追いつく事など、容易いことだった。

「見つけたぞ! 『宝』を返して貰う!」
 ヘリに接近しながら、青いラティオスが吼える。
 彼は人間が嫌いなわけではなかったが、テリトリーを犯し、尚且つ自分達の守る大切な宝を勝手に
奪っていくような輩には、容赦はしないと決めている。
「どうするの? お兄ちゃん」
 赤いラティアスが兄であるラティオスに問う。
「とりあえず、脅しをかけてみる!」
 その気になれば、あのような人間の乗り物など難なく撃墜することは可能だ。
 しかし迂闊に技を繰り出して撃墜すれば、連中の手に渡った宝も壊れてしまうだろうし、
 ここは海上。最悪、海の底深くに沈んで回収できなくなる恐れもあった。
 だから今、出来ることといえば、呼びかけるか脅すことだけだ。
 何とか撃墜せずに取り返さなければならないが、相手は何せ狡賢い人間だ。
返せといった所でそう簡単に応じるわけは無いだろう。
 ラティオスは期待せずに、脅しをかけてから細い腕にエネルギーを纏め、
威嚇のために『破壊光線』を放つ。
 真っ直ぐ伸びるエネルギー光線は、ヘリコプターの機体を掠めて、遥か彼方に消える。
「今のは威嚇だ! 『宝』を返せ!! 応じないなら、次はその乗り物を墜とす!」
 警告はしたものの、やはり反応はなかった。向こうもこちらが手出しできないのを
わかっているのだろう。予想通り、答えはノーということか。
 こうなれば、危険だがヘリの内部に強行突入して探し出し、奪還する他はないだろう。
「いい覚悟ね! それなら……喰らいなさい!! 流星ぐ……」
 そう言って、ラティアスが大技を発動させかけたが、ラティオスは、それを制止させた。
「駄目だよ!!撃ち落としたらマズい!あの乗り物に穴を開けて、中に入るんだ!!」
「わかったわ!」
 ラティアスは兄にそう告げて、ヘリの側面に回りこむ。
「穴を開けるだけなら! この技でも!」
 そのつもりで、『エナジーボール』を放つ。ラティアスの腕から放たれた、
緑色のエネルギー球が、ヘリに吸い込まれていく……

 しかし、攻撃が命中する直前に、ヘリはサラリと砂状になって崩れた。

 それまでヘリであった砂状のものは、風に乗って飛び散り、
エナジーボールは命中することなく、遠くへ行って霧散した。
「なっ!? 砂になった……!?」
「あれは一体、どういうの!?」
 状況を理解できず、二匹は驚き困惑する。
 テレポートでもしたのだろうか? しかしそれなら一瞬にして消滅するはずだ。
砂になって崩壊するなど、見たことも聞いたこともない。では、一体なんだ――?
 そこまで考えてラティオスは、一つの結論に行き着く。
「……そうか、あれは幻影!!」
 彼らは、光を屈折させる羽毛の効果で、透明化したり、幻影を作り出したりすることによって、
別の姿に「化ける」事がある。
 そんな芸当が可能な彼だからこそ、その結論に辿り着いた。
「幻影!? じゃあ、あれって……」
 あれが幻影ならば、目的のヘリは元々あそこにいなかったことを意味する。
ならば自分達が先ほどまで、追いかけていたのは――
「ニセモノ……囮か!」
「そんな!! 騙されていたというの!? じゃあ本物は!?」
 ラティアスがヒステリックに叫ぶ。
 無理もない。敵にまんまと騙されてしまったのだ。本物のヘリは今頃、どこか別の空域を悠々と
飛んでいるのだろう。
 屈辱のあまりラティオスは口を噛み締める。
「小賢しい真似を! ……え!?」
 そう呟いた直後、後方に強い気配を感じ、ラティオスは振り返った。
そこには、数秒前に砂になって消失したはずのヘリが、
腹に抱えた箱を開いて、何かを投下している所であった。

 ヘリから出てきたものは、純白だが歪な人型をしていた。
 丸い胴体に小さな頭部があって、両腕はやけに大きい。
 それは最初、ヘリから放り出されたように見えたが、すぐに手首や腰等から火を噴いて、
真っ直ぐラティオス達に向かってくる。
「……機械人形!? そんなもの!!」
 二匹には、実際そのようにしか見えなかった。人間の作った機械にしか。
 ラティオスは迎撃すべく、破壊光線を機械人形の顔に向けて放つ。
そして、機械人形の顔面に命中。破壊――するはずであった。
 だが、破壊光線は機械人形の頭部をすり抜けて水平線の彼方に飛んでいった。
「なんだ? 当たらない!? 何故!」
その事実を目の当たりにしたラティオスは焦ったが、
人間があのような機械などを用いて自分達を倒そうとしたことと、
攻撃をされても表情一つ変えない機械人形を見て、
自分達は嘗められてるのだと感じて、頭に血が上った。
(そんな機械ごときで、僕らを倒せると思っているのか――!?)
「バカにして……! ならッ!」
 今度は『サイコショック』を命中させてやろうと
機械人形に接近しようとしたときだった。

 機械人形は、腕の噴射を止め、巨大な両拳を前方に突き出すと、
握り拳の形をした黒い影を2つ、ラティオスに向けて、放った。
「何!?」
 予想外の攻撃に驚き、回避もままならずラティオスは2発直撃を食らう。
身を引き裂くような痛みが、彼を襲った。
「グ……『シャドーパンチ』か?」
 吐血し落下しながら、ラティオスは理解した。
あれは機械などではなく、見たことのないゴーストタイプのポケモンなのだ、と。
ゴーストタイプの技は、エスパータイプを持つ彼には効果抜群であり、
大ダメージを負ったラティオスは、もはや飛ぶことも出来なくなっていた。
『破壊光線』が効かなかった時点で、気付いているべきだったのに――と、
ラティオスは薄れゆく意識の中で、己の迂闊さを後悔した。
二匹は知らなかったが、あの機械人形は『ゴルーグ』と呼ばれる、
古代の技術で造られた人工ポケモンなのであった。

「お兄ちゃん!!!」
 ラティアスが叫ぶが、ラティオスは体勢を立て直すことなく、そのまま、海へ落ちた
「このぉ! よくもお兄ちゃんを!!」
 兄を撃墜されたラティアスが涙を浮かべ激昂し、純白のゴルーグに高速で突っ込む。
相手が何であれ、必殺の『流星群』を当ててやれば何とか倒せるだろう。
だが、相手は弱点が分からない上、あの兄を倒したのだ。
ヘタをすれば反撃を喰らうかもしれない――と薄々思ってはいたものの、
兄を倒された怒りで、ラティアスは冷静さを欠いてしまっていた。
「覚悟おぉぉぉ!!!」
ラティアスは至近距離で大技『流星群』をブチかましてやろうと、急接近をかける。
しかし、そのゴルーグの背で何かが動いているのを見て、ラティアスは急停止した。
「……!?」
 よく見ると、空中でホバリングするゴルーグの背に、
一匹のポケモンが掴まっているのがわかった。白く歪なゴルーグとは対照的に、
すらりとした人型で黒い体毛に覆われた、赤い鬣をもつポケモン。
そのポケモンは、接近してきたラティアスを見ると、
差し出されたゴルーグの左手にさっと移り、その掌の上で、腕を組み不敵な笑みを浮かべていた。
(こいつも見たことのないヤツだ)
 と、ラティアスは思った。
「どぅお?あたしの幻影……風景まで変えられるし、さっきみたくダミーも作れるのよ?」
 赤い鬣のポケモンは笑いながら、言った。
そのポケモンの余裕なセリフは、ラティアスを更に苛立たせた。
「くぅぅっ」
 だが兄を撃墜された今、『宝』を奪還できるのは自分だけだ。とにかくこいつらを
退けなければいけない――と、ラティアスはフルパワーで技を放つ。
「流星群!!」
 上空から無数のエネルギー体がゴルーグと、その背の黒いポケモンに襲いかかる。
だが、ゴルーグが片方の腕で光の盾を張って、流星群を防ぎきる。『守る』を使ったのだ。
「くっ……でもッ!!」
 ラティアスは、もう一撃しようと流星群を発動させようとした時――

「じゃあ、そろそろバイバイしないとね、お嬢ちゃん」
 そういって黒いポケモンは、ゴルーグの掌を蹴って空中に舞い上がり、
両腕を振り上げて攻撃態勢に入る。
まずい――そう本能的に感じたラティアスは距離をとろうとしたが、遅かった。
「『ナイトバースト』ぉぉぉ!!」
 黒いポケモンが両腕を振り下ろすと、漆黒のエネルギー波が黒いポケモンを中心に急激に広がる。
ゴルーグは再び光の盾――『守る』を展開して、防御体制に入っていた。
「う゛っ、ああああぁぁぁぁ!!!」
 ラティアスはエネルギー波に飲み込まれ、激痛に身を捩じらせる。
悪タイプであるこの技も、兄――ラティオスと同じタイプを持つ彼女には絶大な効果があった。
「ぐ……あぁぅ」
 兄よりも耐久力の高いラティアスは何とか耐えきって、
反撃を試みようとしたものの、既に、目の前に黒い拳が迫っており、
次の瞬間、彼女は再び激痛に襲われた。

 トドメのシャドーパンチを喰らった彼女は意識が飛び、視界は完全にブラックアウトした。
もはや飛行することも出来ず、兄と同様に、ラティアスは海に落ちた。
その光景を見ながら、ゴルーグの掌に立つ黒いポケモン――『ゾロアーク』は、
軽い罪悪感を感じ、
「ちょっと悪いことしちゃったかしら……?」
と、呟いた。
『目標撃墜を確認。帰還します』
「はいはい。さ、戻って頂戴」
 合成音声で告げるゴルーグに、ゾロアークがそう返事をすると、
ゴルーグはゾロアークを掌に乗せたまま、腰から火を噴いて、ヘリへと戻っていった。

 傷つき海深く沈んでいく兄妹が、白く巨大な羽に包まれたのは、それから数分後のことだった。

 

 幼い少年は、燃え盛る炎の中、ただ呆然と目の前の光景を見つめていた。
 そんな少年を取り囲むように、周囲には幾多のポケモン達の姿があった。
 だが、そのどれもが地にその身を横たわらせて、物言わぬ骸と化していた。
 どのポケモン達もひどい火傷を負い、中には完全に真っ黒な塊となっている者もいた。
そして肉の焼ける香ばしい、バーガーショップの様なニオイが、本当に今しがたまで生きていたのかと
疑わせ、同時に、彼を気持ち悪くさせた。

 目の前には稲妻形の尻尾を持つ黄色の小さなポケモン。そのすぐ背後には、
まだ進化もしていないフシギダネや、イーブイ、トゲピーやピンプクといった小さなポケモンがいて、
身を寄せ合い震えていた。黄色いポケモンは、それらを守るように両手を広げ、
目の前の何かを睨みつけて、叫んでいる。
 そこには、その少年よりも年上の青年と、尻尾に炎が燈っている赤いポケモンの姿。

 青年が、赤いポケモンに指示を出す。
やめて!よせ――!!
少年は叫んだが、赤いポケモンは大出力の炎を口から吹いて、
黄色のポケモンも、その後ろのポケモン達も、そして彼をも焼き払った。
しばらくして、少年は意識を取り戻すと、焦げた服のままさっきのポケモン達を探した。
だが、黄色のポケモンが守っていたポケモン達はみな大地に倒れ、動かない。
 そして彼らを守っていた黄色のポケモンは、体の半分が真っ黒になり
特徴的な尻尾は崩れ落ちて黒い破片となって――二度と動くことは、無い。

 もう、あの黄色いポケモンはこの世にはいない。
 時に笑いあって、時に喧嘩をした友達。それまで、苦楽を共にしたパートナー。
 そんな存在が、もう彼の前にはいない。動くことも、笑うことも――

デビューの日 

「……ッ!」
 そこで、今は青年となった少年――アズサは目を覚ました。
「ん……しまった! マズイな、早く終わらせないと」
 そう呟きながら、彼は慌てて体を起こして、付けっぱなしになっていた
ノートパソコンに向きなおり、途中であった課題を再開する。
 自宅で課題の最中、少し疲れを感じ、休憩しようとベッドに体を横たえて目と頭を休めていたら、
いつの間にか熟睡してしまったようだ。ほんの数分のつもりだったのに。
「やっぱり体を横にしちゃ、だめだな」
 体を横にすると、つい睡魔に襲われてしまう。己の迂闊さに呆れつつも、
「はぁ……やな夢、見ちゃったな」
 嘆息して、アズサは呟いた。もうかなり昔のことなのに。夢に見てしまうとは。
 しかし、課題の提出期限は迫っている。不快な寝起きではあるが
明後日までには、何とかしなければなるまい――
 そのように考えながら、アズサはパソコンに文字を打ち込み始めた。
 あの悲しい喪失の経験から、十年以上が経過した今、少年は新たな一歩を踏み出そうとしていた。

 ジョウト地方の町、「ワカバタウン」。この町のはずれにある一軒の家に越してきたばかりのアズサは
ノートパソコンで大学のレポート原稿を作成していた。
 部屋には、机に箪笥(たんす)とベッドがあるだけで、まだ開けていない引越し荷物の入った
ダンボール箱が山積みになっている。
 大学生である彼は、今は研究発表会のレポートに追われていたのだった。
「なんかイマイチ…説得力のある書き方ができないんだよなぁ」
 そうぼやいていると、自室のドアがノックされる。
「はぁい」
 アズサが返事を返すと、ドアが開かれ、青色の4つ脚ポケモンが姿を現す。
大きな体に立派なツノの生えた、鎧兜を思わせる巻貝を身に着け、
両前足には1本ずつ剣が収めているのが特徴の、貫禄ポケモン『ダイケンキ』である。
「アズサ、今日はポケモンを貰いにいくのだろう? もう夕方だぞ?」
 そうダイケンキに言われて、アズサははっとして、
「やば……そうだった。すっかり忘れていたよ、ありがとう『ジュウロウ』」
と、ダイケンキ――ジュウロウにお礼を言ってから、
パソコンをシャットダウンして、あわてて外出の仕度を始める。
「暗くなってきたから、早くしたほうがいい」
 それだけ言うと、ジュウロウは左前足で器用にドアノブを掴み、ぱたんと閉めて出て行った。
この日、アズサはトレーナとしてデビューすることになっており、
この町のポケモン研究所から、ポケモンを貰う約束をしていたのだった。

 10歳になればポケモントレーナーの資格を得て、
各地方で8つのジムをめぐり、バッヂを集めてチャンピオンリーグに
挑戦し、殿堂入りしてリーグ公認トレーナーとなる――
これがデビューしたトレーナーの大まかなルートである。

 だが、そう簡単なことではない。
バッヂを手に入れるためには、ポケモン同士を戦わせ、ジムリーダーに勝たねばならず、
そのためには相手や自分のポケモンの技やタイプ相性等を知ったうえで
作戦を練り、訓練をしてポケモンを強く育てなければならない。
また、自らポケモンを捕獲し、頭数を増やしていく必要もある。
これらを一から始めるともなれば、結構な時間が必要だろう。
旅をしている間も食べていくための料理の技術、
ポケモンや己の健康管理など、気を配らなくてはいけない問題も数多くある。
ポケモンセンターという、無料でポケモンの回復と宿泊が可能な救済施設もあるが、
それでもポケモンと共に旅をするという事は、それなりに危険と責任が伴う。
そうであるが故に、殿堂入りをした者やある程度旅をした者は
経験が知識として身につき責任感のある人間となって、社会もそうした人材を求める。

 アズサはトレーナー免許はあるが、二十歳を過ぎた今日まで、ポケモンを連れて旅をしたことはない。
そのため、今まで珍しい奴だと周りから随分とひやかされたものだが、
母の手持ちであるジュウロウとのふれあいや、
大学のポケモン講座でポケモンの基礎を一通り学ぶうちに、
ポケモンを持ちたいと思うようになっていった。
また、大学の担当教諭から「将来のためにバッヂだけでも持っていた方がよい」と
アドバイスを受け、それならば……と、アズサはジム巡りの旅を決めた。
ジムリーダーに勝利すると手に入るバッジは履歴書に書ける資格にもなって、
アルバイトや就職活動などに大いに役に立つのである。

「アズサ、さっさと宿題終わらせなさいよ?単位落としたらマズイんだから」
 ズボンを履き替え、ジャケットを着込んでから
一階に降りてきたアズサに、台所から出てきた母のユキナが、声をかけた。
「わかってるよ、小学生じゃないんだから僕は……」
 そう返事をしたアズサに、夕飯の手伝いをしていたジュウロウも出てきて、言った。
「……ブーバーに気をつけるんだぞ?最近、この辺に
大量発生しているからな…草叢(くさむら)には近寄るなよ?」
「わかってるって。道路の方にはいかないから、大丈夫だよ」
「…そうかもしれんが、町中でも油断はするな。さっきも、町の入り口で
うろついているブーバーどもを見た。とにかく草叢には近寄らんことだ。
わかったな? 絶対だぞ? 絶対に近寄るなよ?」
「はいはい……芸人みたいなこと言うなよ」
 アズサは適当に返事をする。それを聞いて納得したのか、ジュウロウはのそのそと台所に戻った。
近頃29番道路でブーバーが大量発生し、草叢が燃える騒ぎが起きたこともあり、
気をつけるようにと数日前に町会から連絡があったのだ。
 アズサ自身も通学中に数匹のブーバーの群れを見かけたことがあった。
しかし町中での目撃例はなく、町から出なければ大丈夫だろうと思った。
「まったく、母さんもジュウロウも、心配性なんだもんなぁ……」
 不満そうに呟きながら、アズサはチロル帽をかぶり、靴を履いた。


 研究所は、歩いて数分の所にあった。
ここの元所長は、ポケモンがタマゴで生まれてくることを発見したことで
有名になったが、その所長も今は齢をとり、この研究所にはいない。

 こうした各地方の研究所では、初めて旅に出る初心者のために、ポケモンが配布される。
この研究所では草タイプのチコリータ・水タイプのワニノコ・炎タイプのヒノアラシの3種類。
所謂ジョウト御三家と呼ばれるポケモン達である。
「どうするかなぁ」
 三種類のポケモンが入った、3つのモンスターボールを前にして、アズサは悩んだ。
ジョウト地方は草タイプが苦手とするジムが多めだ。ここはワニノコかヒノアラシで――
そんなことを考えていると、突如左端のボールが開いて、中のポケモンが赤い光とともに現れた。
「わ、わっ……私を連れてってくださいぃ!!」
 その声の主は、緑色の、頭に葉の付いた草タイプ『チコリータ』だった。
高めな声からすると、牝の様だ。
「チコリータ?」
 チコリータは4つの足でアズサの左足にしがみついて離そうとしない。
「お願いです!ここで連れてってもらえないと私……行き遅れちゃう!!」
「はぁ? 何に……?」
 アズサが困惑していると、そばにいた研究員の一人が理由を説明してくれた。
「そいつ、ここにきてから誰にも選ばれていないんですよ……
まぁジョウトは草タイプが苦手なジムが多いもんですからどうも不人気でして、
よければ、連れてってやってくれませんか」
「ああ……そういうことか」
 なるほどな、とアズサは頷いた。なんだか可哀想であったし、自分も別に急いで
ジム攻略しようと思ってはいない。苦手なジムばかりなら対抗できる別のポケモンを
探せばいいだけだ。
 それに草タイプは比較的温厚で、初心者には扱いやすいといわれている。
アズサはチコリータのボールを手に取り、
「わかりました。この子を連れて行きます。よろしくねチコリータ」
 そういってチコリータに微笑んでやると、彼女は涙を浮かべうれしそうに飛び跳ねた。
「やったぁ! ありがとう!! ご主人様!」
 そんなに嬉しがると、こちらもなんだか照れくさいが悪い気はしないなと、思いつつ、
チコリータのボールをスタッフに差出し、ポケモンの登録をする。
「ニックネームはつけますか?」
 その問いに、彼は悩んだ。特に考えてはいなかったが
目を輝かせるチコリータを見て、ちゃんとした名を付けなければと、しばし考えてから
「えーと……じゃあ『リエラ』でどうかな?」
「はっはい! ありがとうございます……私、頑張ります。ご主人様」
 チコリータ――リエラは元気よく返事をして、微笑んだ。
素直ないいポケモンだなと、アズサは思った。

 リエラと二人で、帰宅するため夕焼けの農道を歩く。周囲は畑以外何もなく、
山向こうに沈もうとしている夕日が、やけに綺麗だ。
その後、研究所の機械の調子が悪く、手続きに時間がかかって
すっかり遅くなってしまっていた。
 リエラはというと、
ちょこちょことアズサについて回りながらも、周りのものが珍しいのか、興味深げに
雑草や木製の電柱に触れたりしている。
 そんなリエラを見ながら、アズサは今後のことを考える。
さて、どうするか。キキョウシティは飛行タイプのジムだし、その次は虫タイプ。
やはり、リエラでは不利だから、岩タイプか電気タイプ。なるべくなら、
弱点の少ない電気タイプの仲間がいてくれたらいいな――バトルはあまり得意じゃないけど。
「え?ご主人、そうなんですか?」
「えぇ!? あ……」
 リエラの反応に、アズサは驚いた。どうやら無意識のうちに口に出してしまっていたらしい。
「うんまぁ、ね。技の種類やら相性やら、覚えるのが大変なんだ」
 本当の理由を知られたくなくて、アズサは咄嗟に嘘をついた。
自分の悲しい過去の失敗を知られたら、リエラはどう思うだろう――
「そうなんですか。でも、本当にありがとうございます。
 私を選んでくれて……やっと、旅に出してくれて」
 旅に出られたことが相当嬉しいのか、彼女はさっきから小さな尻尾を振っている。
「研究所に来るトレーナーさんは、みんな私を避けていくんですもの」
 そういうと、リエラはぷぅと膨れた。
トレーナーにとって、ジムはなんとしてでも突破しなければならない壁だ。
少しでも有利なポケモンが選ばれるのは、ある程度は仕方がないことだ。
「なぁに、これから沢山の経験を重ねていけば、きっと強くなれるさ。
それに僕だってこの年でジム巡りを始めるんだから、僕も充分行き遅れだよ」
 そういって、アズサはリエラを抱き上げ、頭を撫でた。
リエラを撫でつつもアズサは、過去のような失敗は絶対に繰り返さないように、
充分に注意しなければ、と心の中で呟いた。
「うふふ、これからよろしくお願いしますね……ご主人様」
 リエラは、行き遅れはしたものの、
このやさしそうな青年のパートナーになれて、よかったと思うのだった。
「さ、もう暗くなるから、今日は僕の家に行こう」
「ハイ!」
 リエラの返事を聞いて、再び歩き出そうとしたときだった。
アズサ達の横にあった雑草だらけの休耕畑が突如、大きな音を立てて爆発した。


「うわぁ!?」
 爆風がアズサ達を襲い、アズサとリエラは吹き飛ばされ地面に倒れた。
特に怪我をしなかったのは幸いであった。
「何だ、今の?」
「ご主人、あそこ!!」
訝 ったアズサに、起き上がったリエラが前足で、爆発した休耕畑を指した
爆心地のあたりは雑草が焼け焦げており、所々で枯れ草に火が燃え移り、炎が上がっている。
「畑が燃えてる……?」
 誰かがバトルでもしているのか?とアズサは思って、あたりを見回す。
そのとき、ガサリと近くの草叢が揺れて、火だるまになった何かが道に転がり出てくる。
 どうやら、ポケモンらしかった。
「きゃぁぁ!! 熱い!熱いぃ!!」
 アズサは慌ててジャケットを脱いで、それを火だるまのポケモンに叩き付けて消火してやった。
なんとか火を消し止めると、やっとその種類が判別できるようになる。
全身、火傷を負って痛々しいが、ピンク色の体に縞模様の尻尾、
そしてほとんど焼け焦げてはいるが、頭と首周りにフワフワの綿毛を持つポケモン――
「モココか……? 大丈夫か!?」
と彼は声をかけると、モココは呻いてから、アズサの方を見た。
モココは息も絶え絶えに口を開く。
「うう……いたい……よぅ」
 このモココも、声からして牝のようであったが、
かなりのダメージを負っていて、早く処置してやらなければ危険だったが、
アズサの脳裏に、先程夢に見た映像がフラッシュバックする。
 消し炭になったポケモン達――
 救えなかった友達――
 嫌悪、恐怖、同情、孤独。
様々な負の感情が頭の中を駆け巡り、体が硬直する。
 しかし。
(なんとか、助けなければ!!)
 そんな強い想いが、硬直していた体を突き動かし、彼はトラウマに打ち勝つことが出来た。
アズサはバッグからスプレー式の「火傷直し」を取り出して、
全身に満遍なく吹き付けたあとに、「傷薬」を吹き付けてやった。
 これでしばらくは大丈夫だろうと一安心した直後、
モココが飛び出してきた草叢から、また別のポケモンが現れる。
全身から炎を吹き出しているように見える赤い体の炎タイプ『ブーバー』である。
それも、一匹ではない。2匹・3匹・4匹…と草叢から続々と出現する。
 どのブーバーも体つきがよくがっしりとしていて、レベルも高そうだ。
その数、12匹。
 野生のポケモンはあまり人里には寄り付かず、
町から出なければ大丈夫だと思っていたが、まさか町の中にまで
侵入してくるとは――
 そう考えているうちにブーバー達はアズサ達を取り囲んだ。
「ああ~ん?こんなトコにいやがったかテメは」
「ひっ……!」
 群れのリーダーらしい一匹のブーバーがそう言って一歩近寄ると、
モココは涙を流し脅え、アズサのズボンにしがみ付いた。
どうやらこのブーバー達は、このモココを狙っているらしい。
横に居たリエラは、本能的に勝てない相手だと理解しているのか、
身震いしてはいたが果敢にも威嚇しつつ、怒鳴りつけた。
「ち、ちょっと! なんてことすんのよ! 酷いじゃない!! 牝によってたかって!!」
 怒鳴り声を聞いたボスブーバーはリエラを睨み付けた。
「ンだよ? 嬢ちゃん。俺らのナワバリに勝手に
入って来た奴ぁ! 追い出すのが当たりめぇだろがぃ!!」
 ぶわあぁ!とボスブーバーは炎を吹き上げて威嚇する。
その話からすると、このモココはブーバーたちがナワバリにしたこの場所に
知らずに入り込んでしまい、それを彼らは強制排除しようとしていたようだ。
だが、ひるまずリエラは更に続ける。
「は?ナワバリ?ここは人間の土地よ!?いつあんた達のものになったのよ!!
誰が決めたの?いつ決まったの?何年何月何時何分何十秒!?地球が何回周った時ぃ!?」
 リエラはヒートアップして、極めて幼稚な死語を使って捲し立てる。
何でそんな言葉知ってるんだ――とアズサは聞きたかったが
わなわなと震えるボスブーバーの姿を見て、慌ててリエラを抱え口を塞いだ。
 どうやら、怒らせてしまったらしい。
「よせリエラ!今のお前じゃ勝てっこない!!」
 今のアズサの手持ちはチコリータのリエラ一匹だけ。しかも、まだ戦闘経験がなくレベルは低い上、
相手は相性の悪い炎タイプで、おまけに複数。戦力差は絶望的だ。
ここは素直に逃げるべきだろう――そう判断して、リエラとモココを抱え
踵を返して逃げようとした。しかし、
「おっと待ちな!!」
 ボスブーバーが怒鳴ると、足で『ローキック』を放ち、
駆け出そうとしたアズサの右足に叩き込んだ。
「ぐっあ……!!」
 激痛と同時にグキッと嫌な音がして、二匹を抱えたまま地面に倒れた。
「逃げんじゃねーぞ人間。その威勢のいい嬢ちゃんも!
 俺サマを怒らせてタダで済むと思うな?こーなったらテメーらもドーザイだ!」
そう叫んでボスブーバーはローキックを受けたアズサの足を踏み躙った。
「あぐうっ……!!」
 更に激痛が走り、アズサは顔をしかめた。逃げられない!
「よくもこのオレ様にナメた口聞きやがったな…ぜってぇ許さねぇ!!
まとめてケシズミにしてやんぜ!!!」
 ボスブーバーが口を開くと、そこに小さく「大」の字の炎が浮かび上がる。
『大文字』を撃つつもりのようだ。
 このままでは、みんな本当に消し炭にされてしまう! せめてポケモン達だけでも
守らなければ――そう思って、アズサはリエラとモココに覆いかぶさった。
「うわはは!いいねぇ!泣けよ、這い(つくば)れよぉ人間!そのポケモンもぉ!」
 野生のポケモンは大概人間を嫌い、それに付き従うポケモンも目の仇にすることが多い。
このブーバーたちも、そんな考えを持っているのだろう。
アズサ達を見て高笑いをするボスブーバーは今まさに『大文字』を放とうとしている。
焼かれるのを覚悟して、アズサは目をぐっと閉じた。

しかし、大文字が彼らを焼くことは無かった。
恐る恐る目を開けてみると、ボスブーバーは驚いた表情のまま硬直していた。
「て……め……」
 何だ? と思ってアズサは注視する。するとボスブーバーの腹に、水色をした鋭い刃が
突き刺さっていて、ブーバーは白目をむき、炎ではなく泡を吹いている。
その背後には、見慣れた青い大きな体のポケモンがいた。
「じ、ジュウロウ!?」
どうしてここに――!? とアズサは言おうとしたが、その前に、ジュウロウは言った。
「まったく、帰りが遅いから心配して探しにきてみれば…案の定ブーバーどもに絡まれている……」
ジュウロウは倒したブーバーからアシガタナを引き抜いてから、
すぅ……と大きく息を吸い込んで、アズサに顔を近づけ――
「気をつけろといっただろおぉぉーーーーー!!!」
 流石は貫禄ポケモン。ダイケンキは一吼えで相手を竦ませるというが、やはり迫力があった。
その突然の怒鳴り声に、アズサは首をすくめ、彼に守られていたリエラは怯え縮こまり、
モココに至っては恐怖が臨界点を越えたらしく、がくりと気絶してしまった。
 近くに居た他のブーバーたちでさえ、怯んでいた。
「な、んだぁ!? でめぇはぁ?」
 別のブーバーがジュウロウに怒鳴りつけると、ジュウロウはブーバーを一瞥してから
「が、今は説教している場合ではなさそうだな、待っていろ、すぐに蹴散らしてやる」
 そういうとジュウロウはゆらりと二本足で立ち上がった。
そしてもう片方の前足で、前足に収められている、
もう一本の巨大な剣――アシガタナを抜刀し、二刀流のスタイルとなる。
そしてアシガタナに水を纏わせて、水の刃を形成する。
水タイプの、専用技『シェルブレード』だ。
ボスを倒され動揺しつつもブーバー達は、戦闘体制を取り始める。
「ひっひるむんじゃねぇ! テメェ……俺らが炎タイプだからってナメんじゃねぇぞ!!」
 部下のブーバーがジュウロウに襲い掛かるが、そこは炎タイプと水タイプ。
相性はブーバー達が圧倒的に不利だ。
 おまけに、彼は殿堂入り経験もあるレベルの高いポケモンでもあった。
「ぬぅん!!」
シェルブレードで一匹のブーバーが斬り倒される。ジュウロウは続いて『アクアジェット』で
もう一匹のブーバーに接近するついでに攻撃し、素早く首にシェルブレードを突き立てる。
 そこからまた別のブーバーに狙いを付け、二本足で高々とジャンプして、
落下と同時に逆手に持ったアシガタナをブーバーに突き刺したり、
足だけを斬り付け行動力を奪ったりしながら、ジュウロウはブーバー達を次々と倒していく。
炎攻撃を何回か受けたものの、タイプ相性とレベル差により大したダメージにはならない。

「ジュウロウのバトルしている所なんて、久しぶりに見た……」
そう呟くアズサの腕に抱えられていたリエラは、
「あれが、高レベルなポケモンの戦い……」
と、ジュウロウの戦う姿に見入っていた

 しばらくすると、あたりに動いているブーバーはいなくなった。傷の浅いブーバーは
脅えて逃げ去っていき、戦闘不能となり動けなくなったブーバー達は、うめき声を上げていた。
アシガタナを納刀し、4つ足の姿勢に戻ると、
ジュウロウはスタスタとアズサに近寄り、叱り付けた。
「あれほど気をつけろと言っておいたのに! それを守らないで迂闊に
草叢に近寄るなど! しかも草タイプを苦手な炎タイプに立ち向かわせて……
ああ!! このッ大バカ者め! 大体だなぁ! お前はいつも……」
 ジュウロウはガミガミとアズサに説教を続ける。人間がポケモンに怒られているという
極めて異質かつ奇妙な光景がそこにあったが、それはまるで父親が子供を叱るようであった。
アズサは理由を説明しようとしたが、ジュウロウの迫力に押されたのと、
結局はトレーナーである自分の責任なのだから…と考え、言うのは止めて素直に説教を受けた。
「……分かったか!!? ええ!?」
ジュウロウは一通り叱り終えるとゼェハァと息を切らしつつも確認の返事を待つ。
「はい……以後気をつけます、ごめんなさい」
「わかればよろしい……」
 アズサの返事を聞いてから、
「もう、あんなことを繰り返さないようにな……」
と優しく付け加えた。リエラは何のことだろう?と疑問に思ったが、
怪我をしているアズサが心配になって、今は頭の片隅に置いておくことにした。
「乗れ。足を怪我しているのだろう?」
 ジュウロウはうずくまって、その背に乗るように言った。
確かにこの足を動かすのは良くなさそうだ。モココもちゃんと手当てしてやらなければいけないし、
ここはその言葉に甘えて、気絶したままのモココをしっかり抱いて、ジュウロウの背に腰掛けた。
「重い……お前も、大きくなったな、アズサ」
「当たり前だろ、背中に乗せてもらってたのは、僕が赤ん坊の頃だよ?」
「そうだな……しかし体を張ってポケモンを守ろうとするなど、
お前は本当に無茶をしおって……だが、見直したぞ」
 ジュウロウは褒めて、アズサに顔をすり寄せ、頬を一舐めした。
「さあ、帰ろう……ユキナも心配している」
 そういって、ジュウロウはアズサを乗せて歩き始める。その後ろを、リエラが付いて歩き始めた。
 リエラは、ジュウロウをなんて頼りがいのあるポケモンなのだろう、
そう思うと同時に、その一人と一匹の関係を見て、
「なんだか、親子みたいです……」
とぼそりと呟いた。それが聞こえたのか、ジュウロウは、
「バカをいうな……私はポケモン、アズサは人間だ。そんなことあるわけ……」
ない。と否定しようとしたが、そう言い切る前にアズサが言う。
「そうだな……言われてみれば、僕はジュウロウをそういう風に見て
いたかもしれない。僕にはお父さんがいないからね。僕にとっては、
ジュウロウがお父さんの代わり……かな」
そ の言葉を聞いたジュウロウはたちまち赤面し、
「な……っ!? バカもん! そんなこと言っても、べ、べべ、別に……」
と、どもりながら、赤くした顔を見られたくないのか、俯いてしまった。
「本当にありがとうジュウロウ…格好良かったよ、さっきの」
「ふ、ふん」
 俯きながらもぼそりと「まぁ、嬉しいぞ……」と言ったのを
アズサは聞き逃さなかった。
 そんな微笑ましい光景を見て、リエラはクスリと笑った時――
「え?」
バチッと、スパークに似た音がして、リエラの体は光に包まれる。
「な、何!?」
 光は強くなり、リエラが完全に見えなくなる。
光の中で、彼女の体はめきめきと変化を始めて、形が変わってゆく。
「もう進化が始まった!?さっき研究所から貰ったばかりなのに!?」
 驚くアズサに対して、ジュウロウは冷静に言う。
「おそらく、ブーバー共との戦闘だろうな。進化の条件を満たす
程の経験地が入ったのだろう。一応、戦闘に参加してはいたし、
連中もそこそこレベルが高かった様だしな」
 リエラを包んでいた光が徐々に弱まり、やがて消える。
そこには、進化系である『ベイリーフ』に進化した彼女の姿があった。
「これが、進化!? すっごい!やったぁ!!」
進化を初体験したリエラは興奮して、ぴょんぴょんと跳ね回る。
そんな彼女を、アズサは拍手して祝ってやった。
「おめでとうリエラ。よかったね」
「ハイ!」
 今日一日で、二度も嬉しい経験をした彼女は、心底舞い上がっていた。

 そんなリエラを見てジュウロウはフッと笑って、
「私も、初進化したときは、こんなだったな……」
と、自分が始めて進化したときのことを思い出し、言った。
「へぇ……相当嬉しかったんだね?」
「それは、まぁ……うぐっ!!?」
 言いかけたジュウロウが突然、がくりと崩れ落ち、(うずくま)る。
「!?どうしたジュウロウ!?」
 顔に脂汗を浮かべていて、様子がおかしい。さっきの戦闘で、どこか痛めたのだろうか。
ジュウロウは苦しそうに口を開く。
「いや…久しぶりに戦ったせいか、それともお前を乗せたせいか…」
「な、何だよ?どうしたんだ!?」

「こっ腰が……」

 それを聞いたアズサとリエラは、ぽかんとしていた。
「私も、もう齢か?」
 やむなく、アズサはポケギアで隣町のポケモンセンターに電話をかけた。

二匹目の仲間 

 アズサ達は隣町、ヨシノシティのポケモンセンターに搬送された。
 ローキックを受け踏みつけられたアズサの足は腫れていたが、幸い重傷ではなく、
患部を冷やす簡単な治療で済み、腰を痛めたシュウロウも、
ただのギックリ腰で、湿布を張られただけだった。
モココも治療を受け、しばらくすると目を覚ました。

「助けてくれてありがとう人間さん……でも、何故私を助けてくれたんですか?」
治療を受け、火傷だらけの体もすっかり元通りになったモココは、
アズサが危険ではないと理解したのか、落ち着いた様子で彼に尋ねた。
 何故人間が野生である自分を助けたのか、気になっていたのだろう。
「見過ごせなかったんだ。いくら野生のポケモンでも、目の前で今にも死にそうに
なっているのを放っとくなんて、出来ないよ」
 アズサは、ストレートに理由を言った。
「えぇ……!?」
 その答えをきいて、モココは戸惑った。おそらく想像と全く違ったからだろう。
野性の世界では、人間は警戒すべき存在で、時には自分達に害をなすこともある。
そんな人間が助けてくれるなど信じられない――そんな表情をしていた。
 そこに、モココの気持ちを察したのか、ジュウロウが声をかけた。
「想像と違って驚いたろう?ま、そういうことだ。悪い奴ばかりじゃない」
 そう言われて、モココはアズサの顔をじっと見つめた。
「そんな人間も、いるんだ……」


「じゃモココ、気をつけて群れに戻るんだぞ?」
 センターの外に出て、再びモココを野生に返そうとした時だった。
「あの、もし良かったら、ついていっても、いいですか?
その……助けてもらったお礼もしたいし、それに、あなたのことをもっと知りたいんです」
 モココは、自分の想像とは違うアズサに対して興味を抱いた様だ。
丁度電気タイプを欲していたアズサには、断る理由など何もない。
 しかし自分についてくるという事は、彼女はこれまでの野生での
暮らしを捨てるという事になる。彼女にも家族や仲間などの関係があるだろうし、
それらの関係を断ち切るという事にもなってしまう。
快諾したいところではあったが、アズサは悪い気がして、その辺も含めモココに聞いてみる。
「そうか、ありがとう。でも、君はいいのか? 群れの仲間とか、家族とかさ……」
「……いいんです。そういうのは、いませんから……」
 モココは俯き、呟くように言った。

 それを聞いたアズサは首を捻った。
野生のメリープ個体は大概群れで暮らしている。単独行動している例は聞いたことがないし、
この周辺にはメリープ系は生息していないはずだ。
つまりこのモココは、どこか遠くからワカバタウンまで一匹で来たって事なのだろうか?
彼はそこまで考えてから、
(聞いたことがないだけで、実際にはそういう例もあるんだろうな)
と、結論付けて疑問を片付けた。
「じゃあ、名前も考えなくちゃな。えーと……」
そういって名前を考え始めたアズサに、モココが思い出したように告げた。
「あ、申し遅れました。私の名前は『ルーミ』です」
アズサとジュウロウは驚いて目を丸くした。
「驚いたな、名前があるのか……?野生だと思ってたが、捨てポケモンなのか?」
ジュウロウがそう聞くと、モココ――ルーミはかぶりを振った。
「いいえ……この名前は、お母さんが付けてくれたんです」
「へぇ、それは興味深いな」
 名有りの野生ポケモンは存在はするが大概の場合、人間が捨てたポケモンが野生化したものだ。
純粋な野生ポケモンが名前付きというのは聞いたことがなく、かなり珍しいことだ。
(もしかしたら、名付け文化のあるポケモン社会が
存在するのかもしれない。来年の卒論のテーマは、これにしようかな)
と、アズサは思った。
「……わかった。よろしくねルーミ」
「はい! これから、宜しくお願いします」
 ルーミは、屈託のない笑顔で、返事をした。

続く


自分も何か長編が書きたくなって、思い切って始めてみました。
とりあえずの目標
・なるべくわかりやすい話にする
・ポケモンを沢山出す(モブでもいいから)
・エロくする
・ブイズも出す
・起承転結をしっかりする
・自分の作品を客観視できるようにする

指摘、アドバイスや感想等、何かありましたら


トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-07-21 (土) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.