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You/I 19

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        「You/I 19」
                      作者かまぼこ

トクジの任務 

 コガネシティの裏路地。
 既に日も沈み、人通りもなく薄暗いその小道で、トクジは息を潜めて「目標」が
やってくるのを待っていた。
「で、ソイツは来るの?」
 足元で、ブラッキーのキールが声を潜めて訊いた。
「情報通りならな」
 路地の入り口から、大通りを行く人々の流れを眺めていたトクジが答える。
 一見ぼうっと眺めているようにも見えるが、その目はしっかりと往来の中から
ターゲットを探している。
 今日の制裁ターゲットは、この時間いつも近道の為にこの道を通る。
 数日前からココで張りこんでいたスタッフからの情報だ。まず間違いは無いだろう。
 トクジはポケギアを操作して、ターゲットの情報を表示させた。
 ポケモン協会に所属している仲直り団のシンパから流されたトレーナーデータを
基にして纏め上げられた、厳選トレーナーのブラックリストだ。
「……リストNo.127、『アルマ・ヤレル』。イッシュ地方の出身で、
筋金入りの厳選トレーナー。過去に大量のピチューの放棄経験アリ。
ジョウトにやってくる二年前に、育成途中のライチュウを捨ててる……か」
 トクシはターゲットの経歴に目を通していく。
「なお、そのライチュウは直後にシッポウシティ在住の別のトレーナーに
引き取られている……」
 保護施設に行かず、引き取り手がいただけでもまだいい方だな……と思いながら、
トクジはポケギアの画面をスクロールさせた。
「ジョウトに来てからは……確認されているたけでもキノココ約103匹、キバゴ約167匹、
タツベイ約323匹……」
「全く……こういう奴が居るから、保護施設が苦労するんだよ……」
 キールが顔を顰めて言った。彼を含めてトクジの手持ちは皆、
トレーナーの厳選によって捨てられ、保護施設に引き取られていたポケモンだ。
 その施設も膨大な数の捨てポケモンでパンク寸前で、食事もまともに行き渡らない
程だった。その苦しさを知っているキール達には、他人事ではない。
 こういう人間が、不幸なポケモンを生み出す元凶だ。
「ああ、許せねぇな」
 遊びで命を弄ぶ連中には、制裁を加えなければならない。
 そして自分の行っていることの酷さを、自覚させてやらなければいけない。
 本来、ポケモンを捨てることは法で禁止されていたのだが、様々な事情で
形骸化してしまったのが、今の社会なのである。
「このままじゃ、ポケモンは人の道具に成り果てちまう。そうなる前に、
俺たちがポケモンを救う」
 人間によって、ポケモンの全てを奪われる前に、行動を起こさなければならない。
 そのために、自分たち仲直り団は存在するのだから。
 そのための、You/I計画なのだから。

「それにしてもさ、転属決まって良かったよなぁ。あそこの基地って、
正直居心地悪かったんだよ」
 同じく、手持ちであるルクシオのエリクが言った。
 数日前、トクジに下された転属命令。それによって、トクジはそれまで所属していた
チョウジ基地を離れることになった。
 チョウジ基地の環境は、ハッキリと言えば悪かった。
 団員達の個室は地下な上に窓もないから、閉鎖的で圧迫感があったし、
計画に必要なものを建造する工廠になっていることもあって、機械音はうるさいし、
空調設備も良くないのか、オイルやバーナーなどで鉄の焼けるニオイ、
加えて体臭等様々なニオイがこもってしまい、過ごしやすい環境とはいえなかった。
 そんな場所からようやく開放されると思うと、キールの心は晴れやかだった。
「でもまぁ、忙しさはそんなに変わらないぜ? 転属していきなり任務だからな。
今までより忙しくなるかもな」
 トクジは数日前を思い返しながら、告げた。それを聞いて2匹はうげっと
渋面をつくった。

転属命令 [#4oJ6BmY] 

 それは、三日前のことだった。
「転属、ですか?」
 いつも通り仲直り団の任務をこなしてチョウジ基地に戻ったトクジは、突然告げられた
転属命令に困惑した。
「うむ。幹部のY・Kの希望でな。キキョウ支部へ移って欲しいとの事だ」
 基地責任者の部屋に呼び出されたトクジは、基地責任者と彼の上司から
転属に関する書類が入っている封筒を手渡された。
「ここ最近の君の活躍を、幹部の方々が認めてくれた」
「ですが……」
 今まで、仲直り団の下っ端でしかなかった彼には、未だそれが信じられなかった。
 確かに最近は、不良トレーナーを制裁する任務をいくつもこなしていた。
 しかし、それは他の団員達もやっていることで、自分は特別なことをしたわけではない。
 それに、自分はただ、ポケモンを粗末に扱うトレーナーが許せなかっただけだ。
 ほぼ個人的な感情で動いていたに過ぎない。それがこんな形で評価を受けるなど、
思ってもいなかった。
「それで、出世祝いにY・Kからプレゼントだそうだ」
 そういって、トクジの上司は、2つのモンスターボールを手渡してきた。
 それは良く見かけるタイプのボールで、黒と黄色の2色に、ボールスイッチの
上に「H」のマーク。『ハイパーボール』だ。既にポケモンが入っていることを示す
ランプが灯っている。
「中にもうポケモンが入ってる……? こりゃ一体……」
「私もどんなポケモンかは聞かされていないが、出してみたらどうだ?」
 その言葉に、トクジはその場でボールを開いてみた。
 閃光と共に、中のポケモンが開放される。すると、中から現れたのは、
下半身が雲に包まれた、筋肉質の人型をした2匹のポケモンだった。その頭にはそれぞれに
角があった。
「これは……『トルネロス』と『ボルトロス』!?」
 トクジが、思わず声を漏らす。上司と基地責任者も、驚き目を見張った。
 写真などでは知ってはいたが、そんな伝説のポケモンが自分の目の前に居ることが
信じられなかった。
「ホ? 何じゃあ貴様は?」
「この若造が、あの女が言っていた新たな主だというのか? フンッ笑わせる!」
 随分と、無礼な態度をとる2匹に、トクジはムッとした。
 何だコイツら、と思っていると、
「ホホ、しかし……あの女が選んだトレーナーだからのぅ」
「ヌゥ……ならば、それなりに力のある人間と言うことか」
 なにやら2匹で相談を始めた彼らを怪訝に思っていると、ドアが突然開き、
一人の中年女性が現れた。
 それを見たトルネロス達は、表情を引きつらせた。
 その女の顔は、団員であるトクジはよく知っていた。仲直り団の、幹部クラスの一人。
ボスであるヤクモの次くらいに偉い存在である。
「初めまして。私はY・K。幹部の一人をさせて貰っているわ。
あなたは来週までに、キキョウシティ支部に移ってもらいます」
 ただ事務的な口調で、女は続けた。

装具屋 

 この日の夕方、大学からの帰宅途中にコガネシティへとやってきたアズサ達は、ワカバタウン
行きのバスに乗り込む前に、町の中にあるアクセサリーショップへと足を運んだ。
 その店は、アーケード街にある個人の店で、時間のせいもあるのか客の出入りは少なかった。
「こんばんは」
「ああ君か。待ってたよ……おおい、持ってきとくれ」
 店に入るなり、アズサは店員に声をかけると、カウンターに座っていた初老の店主が、
店の奥へ向かって告げた。
 その数秒後、店の奥から小箱がふよふよと浮遊しながら現れると、それに続いて、
小さな灰色のポケモンが姿を現した。
 丸い目と、折りたたまれた両耳にフサフサの毛並み。エスパータイプの
自制ポケモン、『ニャスパー』だ。カロス地方に多く見られるポケモンで、ジョウトでは珍しい。
「お待たせしました……」
 表情を変えず、抑揚の無い声で、ニャスパーは声を出した。声からして
雄のようだった。
 彼らの種族はあまり表情を出さないが、ちゃんと喜怒哀楽の表情は存在する。
 ニャスパーは、サイコパワーで浮かせていた品物をショウケースの上に降ろすと、
ペコリとお辞儀をして店主のそばに立った。
 店主は小箱を手にとって開くと、それをアズサに見せた。
「このような形で、いいかね?」
「はい。ありがとうございます」
 箱の中には、銀色のロケットペンダントと、3色の螺旋模様がある石が嵌めこまれた
チョーカーが入っていた。
 先日タンバシティで手に入れた、メガシンカ用のキーストーンとメガストーン。
それらを装具へ加工するため、アズサは数日前から、この店に依頼をしていたのだ。

 メガシンカポケモンを使うトレーナーは、これらの石を指輪やタイピン、
ネックレスやブローチなどに加工して所持するのが通例となっていて、
アズサもそれに倣い、これらの石を装具化しようと考えていた。
 代金は依頼した際に前払いで支払っているため、今日はこれらを持ち帰るだけだ。
 アズサは早速これらを装備すべく、ルーミをボールから出した。
「さぁ、おいでルーミ」
「はい。お願いします」
 その返事を聞いて、アズサは、ルーミの首にメガストーンの嵌った黒いチョーカーを
カチリと取り付けた。
「大丈夫か? キツくない?」
「問題はないです……どうですか? 似合ってますか?」
 答えると、ルーミはその場でくるりと回って見せた。
「うん。よく似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます」
 誉められたことが嬉しくて、ルーミは顔を赤くした。
 デンリュウの首には元々黒い縞模様があって、チョーカーを取り付けても模様と
同化してさほど変化が無かったが、石が放つ不思議な光は、かわいらしい彼女の
魅力を一層引き立てているように感じた。
 そしてアズサも、ロケットペンダントを首につけて、店内にある姿見で確認してみる。
ジャケットの開いた胸元で、銀色でモンスターボール模様が刻まれたロケットが輝いている。
 更にその蓋を開いてみると、中にキーストーンが嵌め込まれていて、黄色い輝きを放っている。
 アズサがロケットを選んだのは、なるべく目立たないようにするためだった。
 キーストーンは希少品ゆえ、あまり目立つと盗難などのトラブルに遭いやすい。
 その点、ロケットなら普段は蓋がされて見えないし、シャツの内側やジャケットの
胸ポケットに入れて隠してもおける。
「それにしても、メガストーンなんて俺も久しぶりに見たよ。よくそんな珍しいもの
手に入れたねぇ君」
「僕もまさか手に入るなんて思いませんでした」
 店主の言葉に、苦笑しながらアズサが返した。
 タンバシティを訪れた際に、福引屋台で偶然、それも特当という、
そうそう当たりそうもないものを引き当てた。
 おそらくもうこのような幸運に恵まれることは無いだろうが、本当に奇跡としか言いようが無かった。
「俺が前にメガストーンの加工を依頼されたのは、もう5年前かな。黒いスーツで痩せたサラリーマン
みたいなヒトが、ブレスレットにしてくれって頼みに来て、それを仕上げたっきりだよ。たしか……
なんだっけ、あの黒くて首が三つあるポケモンは……」
 名前が思い出せずに頭を抱えている店主に、傍らのニャスパーが口を開いた。
「店長、『サザンドラ』です」
「おお。そうそう、それだ。すごく恐そうなポケモン連れてたんだけど、その男の人に
すんごい懐いててさ、やっぱり見かけによらないなって思ったよ」
「ん……?」
 それを聞いて、アズサは思い出した。
 確か、以前そんな人物に会っている。サザンドラを連れた、やせ気味の黒いスーツの男。
 あの事件が起きる少し前に、クチバシティの港の蕎麦屋で会った、保護団体の
代表を務めているという男。確かサザンドラと、女性秘書を連れていたのを覚えている。
 その男と、店主の話した男の特徴は、随分と一致している気がした。
 だが、サラリーマンでポケモンを連れている人など珍しくもないし、サザンドラだって
ジョウトでは珍しいポケモンであるが、レアな種族というわけでもなく、誰が連れて
いてもおかしくは無い。
(まぁ偶然……だよな)
 そのように思えた。

アズサの現状 

 用事も済み、ワカバタウンへ戻るべく、アズサ達は駅前のバスターミナルに
向かっていた。
 まだ日没を迎えたばかりで、ネオンの光が眩しい大通りは人々でごった返していた。
 道行く人々は、アズサをみて顔を見合わせ、足を止めてひそひそと話したりしている。
「……」
 先日の海賊事件から暫く経った現在でも、アズサへの注目は止む事がなく、
その影響なのか最近はよく勝負を挑まれるようになった。
 過酷な状況から生還したことで、アズサを相当な実力者だと勘違いして、
力試しに勝負を挑んでくるのだ。
 ベテラントレーナーから子供の初心者まで、様々な者たちが街や道で声をかけて来た。
 だが、中にはアズサがあまり好きではないバトル狂のような者もいて、まだ心身共に
回復しきっていないアズサは、今まで以上に気を抜けない状態となった。
 先日の旅行と2回のジム戦で、少しはバトルに対する抵抗感が薄まっていたものの、
完全ではないアズサの精神は磨り減る一方だった。
 本当は断ってもよいのだが、今後のジム戦や、それに備えた手持ち達の強化も考えると、
避けるわけにはいかなかった。
「お前、新聞に載ってたトレーナーだろ? かなりの腕前らしいじゃねぇか。
俺とバトルしてみねぇか?」
 そして今もまた、男のトレーナーが挑んできた。目のつりあがった人相の悪い
トレーナーだった。
 アズサの経験上、こういう顔をした者はやたらに自身過剰だったり、相手を見下すタイプの
人間だったりしたので、少し嫌な予感がしたが、見た目で判断するのは早計だと思い、
アズサはバトルに応じた。
「その力を見せてくれよ。俺は強ぇぜ」
 自信満々に挑んできた彼は、言うだけあって結構な実力の持ち主だった。
 あと一匹の所まで追い詰めたものの、僅差でアズサが負けてしまった。
 アズサの読み不足も敗因の一つだが、彼の手持ちはしっかりと調整されているらしく、
特に彼のボーマンダは、かなりの強さであった。
「なんだこんなもんかよ。結構な実力かと思ってたんだがなぁ……」
 残念そうに嘆息するトレーナー。アズサは少しムッとしたが、
なんとか笑顔を保って告げた。
「つ、強いですね。しっかり育てられてる」
「あったりまえだ。こいつらは皆、厳選に厳選を重ねて生み出した奴等なんだからな」
「厳……選……」
 それを聞いて、アズサの表情が曇る。
「それじゃ……やっぱりたくさんタマゴを……?」
 引きつった笑顔を浮かべながら、アズサは訊いた。
「ああ、大変だったぜ。来る日も来る日も育て屋に通って、タマゴ孵してよ。
いらねぇ個体もめちゃくちゃ沢山生まれて、そのたびに逃がしてよ……。
やっと望みのが生まれてくれた時は超うれしかったぜ」
 やっぱり……そう思うと、アズサは仏頂面になる。嫌な予感が的中した。
 今のアズサにとって、一番会いたくない人間だった。
 ほんの一握りの優良個体を生み出すため、何百何千もの命を無駄にする行為。
それを平然と、そして堂々と語れるこの男を、アズサは心底唾棄したい気分になる。
 それを見て、悟った男が告げた。
「あぁ? 何だよその顔は。まさかそこらの保護グループみたいに、厳選が
いけないとか言うんじゃないだろうな? こんなのどんなトレーナーだって
やってる事だぜ? アンタだってそうなんだろ?」
 その問いに、アズサは首を横に振った。
「この子達は皆、出会って仲間になったポケモンです。僕はそこまでバトルに
こだわってませんから……」
 相手を怒らせない程度に、控えめに告げる。ここで人間同士のトラブルを起こしても、
無駄なだけだ。
 アズサは別に、ポケモンを厳選してまで強さを求めるようなことは考えていない。
過去に、そしてつい最近に辛い経験をしたことで、ポケモンは大事にしなければ
ならないと思っているし、ジムを巡っているのも、資格取得……更に言えば来るべき
就職活動に備えるためだ。
 決してチャンプになることが目的であったり、最強を目指しているわけではない。
「それに、生まれたばかりのポケモン捨てたりするのはちょっと……」
「へっ、そうかよ」
 そう続けたところで、男が嗤った。
 ポケモンを厳選しない。それは即ち強くなることを諦めている負け犬根性の
持ち主だと悟ったからだ。
「ま、バトルで高みを目指すわけじゃないんなら、それでもいいんだろうがよ。
 俺からすりゃ、力のないポケモンなんざ生きてる意味も無ぇ。勝手にそこらで
野垂れ死んでりゃいいんだ。この世は強いやつだけが強い。弱いやつは弱い。
それだけなんだからよ。ま、アンタも強くなりたきゃ、強いポケモン使うこったな。
そうしなきゃ、いつまでたってもダセェ負け犬のままだぜ?」
 そういって嘲笑を浮かべながら、男は雑踏の中へと消えていった。
「……!」
 アズサは、俯いて拳を握り締めた。バトルに負けて悔しいわけではない。
 ポケモンの命をこれほど軽視するトレーナーがいることに、腹が立った。
 今までバトルをしてきた中で、そういう人間が全く居なかったわけではないが、
ここまでハッキリと口にする人間はいなかった。
 あの男からすれば、アズサのようにポケモンを大事にするという事は、
綺麗事に思えるのだろう。
 厳選トレーナーの生命倫理観はひどいものだ。強さを求めて、
厳選を繰り返してきた者達は、命を扱っているという感覚が、いつの間にか
薄れていってしまう。
 ポケモンは、人間の大事な友達、共に在るパートナーだ。
 そうであるからこそ、大切にしなければいけないというのに、あの言い草……。
(厳選厳選……バトルバトル……全く!!)
 アズサは、内心で激昂していた。
 あの事件で捨てポケモン達のことを知り、リオ達の反乱劇で本当の命の
やり取りを経験しているアズサには、こうしたトレーナーの言うことは、
現実を見ていないように思えるのだ。
 だから、あの男の言葉が非情に腹立たしく、そして悲しく感じる。
 ああいう者達は、捨てられたポケモンがどうなっているのか、
何を考え、どういう気持ちでいるのか、想像もしていないだろう。
 アズサが見たような、人間に対して強い憎しみを抱いている者達がいることさえも、
彼らには想像できまい。
(捨てられたポケモン達の事を、何も知らないで……)
 弱いやつは生きている意味がない。
 強くなければ、共にいられないというのか……。
 そんな人間ばかりだから、ポケモンは人間を嫌うようになるんだ――。

リエラの辛さ 

「ご主人……」
 バトルに負けて傷だらけのリエラが、心配そうにアズサを見つめた。
 彼がああいうトレーナーに不快感を示すのは当然だと思う。アズサとは全く正反対の人間だ。
 自分だってあんな物言いには腹が立つ。
 何か励ましてやりたかったが、今のリエラにはそれが出来なかった。
(私には、そんな資格無い……)
 リエラは俯く。まして、普段からバトルで殆ど役に立っていない自分に、そんな言葉を
掛ける資格など無いと思えた。
 ルーミや他の手持ち達は、着実にレベルアップして力をつけ、進化しない
種族のジムスを除けば全て最終進化済みだ。
 そんな中、自分だけは未だ中間止まりで、強力な技も覚えられないままだ。
 ベイリーフは進化するとメガニウムになるが、自分にはそんな兆候は見られない。
(ルーミもジムスも、あの新入りたちだって、ジム戦で活躍しているのに……
ご主人の役に立っているのに……)
 リエラはこれまでジム戦で活躍したことは殆どなく、先日のタンバシティのジム戦でも、
相手を一匹も倒せずに交代せざるを得なかった。今のバトルだって、相性が不利なこともあって
やられてしまった。
(今のままじゃ、私はご主人の力になれない……)
 これまでに6つのジムを突破し、相手ジムリーダーのレベルも段々と高くなりつつあるのに、
ただ傍にいるだけで、何の役にも立てないのは、辛かった。
 それに、次は氷タイプのジムと聞いている。またしても草タイプが不利なジムだ。
おそらく次も活躍の機会は無いだろう。そう思うと、リエラは暗澹とした。
(私は……)
 一番最初に手持ちになったというのに、後から入った者達に次々と追い抜かれていく。
 そしてついに、恋のライバルのルーミはメガシンカという新たな力を手に入れた。
 それに比べて自分は、愛する主人の為に、何もできないでいる。
 何の言葉も、掛けられないでいる。
(私……役立たずだ)
 リエラは自分が情けなくなった。

 アズサの怒りは収まらなかった。だがしかし、こうして言えもしないことを
胸中で呟いていても始まらない。
 業腹だが、そういう人間も居る。そう割り切らないと、バトルはやっていられない。
 そう思って顔を上げると、アズサの視界に、何かが映り込んだ。
「……ん?」
 よく見れば、先程まで相手の男が立っていた場所に、一本のペンが落ちていた。
 拾い上げて確認すると、高そうな万年筆だった。おそらく、さっきの男の持ち物だろう。
「さっきの人が、落していったんですね」
「そうみたいだな……届けてあげないと」
「でも、これだけ人が居ると……」
 リエラが渋面を作る。ここは大都会コガネシティ。ここにいる多くの人々の中から
探し出すのは難しい。
「いや、さっきのバトルで、向こうにも戦闘不能のポケモンが出たんだ。
回復の為に近くのポケモンセンターに行っているかもしれないよ」
 戦闘不能のポケモンが出た場合、すぐに回復させてやるのがトレーナーの責任だ。
 厳選してまで手に入れた大事な手持ち達を回復させないとは考えられないから、
必ず近くのポケモンセンターに寄る筈だ。そこに行けば、また会えるかもしれない。
 気に入らない相手ではあったが、無くしたら大変だろうし、届けてあげなければ。
 そう思って、アズサはダメージが癒えていないリエラをボールに入れると、かわりに
戦闘に用いなかった無傷のジムスを外に出し、共にポケモンセンターへ急いだ。
 最近アズサは、よくこうして手持ちの一匹を外に出し連れ歩くようにしていた。
 昔から友達が少なかったアズサは、ずっと孤独感を感じていたせいなのか、
手持ちの誰かが傍にいてくれないと、心細く感じるようになっていた。
 だから、ポケモンが傍にいるということが、彼の心の平穏となりつつあった。

新たな任務 

 トクジは、チョウジ基地でY・Kからこれからの事について、数々の説明を受けた。
 そして、この2匹の入手経緯についても、簡単に説明された。
 少し前に、Y・Kがイッシュ地方へ聖剣士達の勧誘に赴いた際、そこに住むポケモン達を
困らせていたので、聖剣士達の目の前で悪事を働くこの2匹を倒して見せたのだという。
 その結果として、聖剣士達はY・Kの話を聞き、計画に同調してくれた。
 任務のついでに手に入れた2匹だが、彼らを含めて伝説のポケモンを6匹も仲間に
するなど、並のトレーナーにはできないことだ。
 Y・Kは若い時にどこかのリーグで殿堂入りしたというから、相当な実力の持ち主で、
その力は今も衰えていないということだ。
(やっぱり、殿堂入り経験のあるトレーナーってのは、違うんだな……)
 トクジは胸中で呟きつつ、話に聞き入った。

 チョウジ基地で建造している『P・F』がもう少しで完成し、仲直り団が本格的に
世に出て活動を開始するため、更に戦力を揃える必要があり、それを集めることが、
転属先でのトクジの任務となった。

 その「戦力」とは、人間に捨てられ虐げられたポケモン達であった。
 そうした人間に反感を抱くポケモン達を集めて、その主張を世に知らしめるというのが、
You/I計画の第二段階だった。

 Y・K達が調べ上げた情報によれば、捨てられたポケモンたちが纏まって
暮らす集団があちこちに存在するらしく、そういうポケモン達を多く味方に
引き入れて欲しいとの事だった。 
 ポケモン達を救うという目的を達するには、こうしたポケモンたちの声が多く必要だ。
 しかし、捨てられたポケモンは大概、人間を信用していない。仲間に加えるには
苦労するだろう。
 だがY・Kは言った。
「我々が話を持ちかければ、聞いてくれる者は居ます」
 人間を憎み、復讐したいということは、人間に対して自分たちの意思を
示したいということであり、その機会を欲しているともいえた。
 不幸なポケモンを救うという、仲直り団の理念に耳を貸す者はいるはずだ。
「それにポケモンの群れには、必ず「長」と呼べるものが存在します。まずはそうした
ポケモンに接触して、我々の理念と目的を話してみることが重要です。あの聖剣士達も、
話を聞いてくれました」
 また、それらを行動で示すことも、重要だと付け加えた。
 それを聞いてトクジは、難しいかもしれないが、不可能ではないと思えた。
 実際Y・Kは、トルネロス達を倒して、人間嫌いの聖剣士達を仲間に引き入れることに
成功している。
 それに、長の言うことは絶対だ。その長を仲間に迎えることが出来れば、
その配下のポケモン達を引き入れることも容易になる。
 説得や交渉の類は苦手だが、やってみる価値はあると思えた。
「ただし、我々はポケモンたちの声を社会に伝えることが目的です。
ですから、これは戦いではないということを伝えておいてもらいたいのです」
「捨てポケモン達に、復讐の機会を与える……ってわけじゃあないんで?」
 トクジは尋ねる。むしろそのほうが、解りやすくポケモン達の意思を人間社会に
示せるし、簡単に無力な人間達を震え上がらせることが出来るだろう。
「我々は別に、争いが目的ではありませんよ。あくまで、人間に不当に扱われたポケモンたちの
声を集め、社会に訴えかけていくのが目的です。ボスもそうおっしゃっています」
 あくまで平和的に、ということか――
「しかし……最終手段として、そういうプランもお考えになっている様ですがね」
 まぁそうだろうな。とトクジは思った。
 人間社会がポケモンの『主張』に耳を傾けることなど、これまでほとんどなかった。
 なぜなら、大多数の人間にとって、ポケモンとは人間以下の存在だからであり、
数十年前までポケモン達は喋ることができず、人間にとってはただの動物、獣でしか
なかった。その頃の認識が、現在でも基本的に変わっていないからだ。
 ポケモン達が声高に自分たちのことを主張しても、聞く耳を持ってくれる可能性は低い。
 あくまで『最終手段』というわけだが、行使する可能性は十分にあるといえた。
「来週キキョウ支部へ移りしだい、さっそく任務に就いて貰います。カントー地方の
ふたご島へ向かってください。そこにも、人間に捨てられたポケモンの
グループが存在していると判明しています」
「……了解ッス」
「それから、これを」
 トクジが返事をすると、Y・Kはバッグから何かを取り出して、トクジに渡そうとした。
 一つは、白と紫の2色のボール。もう一つは、古い鏡のようなものだった。
 ボールのほうは、どんなポケモンでも確実に捕まえることが出来る、超強力な
キャプチャ・ネットを装備した『マスターボール』だ。
 その性能ゆえに、自然界に影響を与えることを懸念して、一般販売はされていない
レアなボールだ。
 そしてもう一つは、まるでどこかの遺跡から出土したかのような、古びた鏡だった。
歴史には疎いが、古代人が何かの儀式にでも使っていたもののようだった。
「これは、あの2匹の力を解放するためのものです。そして、このボールですが、
ふたご島には、伝説のポケモン、フリーザーがいるという噂があります。
もし障害になるようであれば……」
「コレ使って、フリーザーを捕まえてこいってことですか」
 大体の意図を察して、トクジが続けると、Y・Kは頷いた。
「そのための、ボルトロスとトルネロスです。氷タイプには不利ですが、優秀な特性を
持っています。それにボルトロスは電気タイプも含みますし、あなたはルクシオや、
炎タイプのギャロップも持っていると聞いています。うまく戦えば、捕獲は可能でしょう」
 なるほど。本命はそっちか――とトクジは思った。
 伝説のポケモンを捕まえることが出来れば、団の更なる戦力強化にもなるし、
民衆に対して自分たちの凄さを示すことにもなる。やりがいのありそうな任務だ。
「わかりました。必ずやり遂げてみせます」
 トクジは力強く返事をすると、頭を下げた。
「頼みます……『P・F』の最終艤装も終わりつつあり、5の島では英雄の2頭も復元作業中です。
蜂起の時は近いですから、団員一人一人の頑張りが必要です」
 いよいよ、組織が本格的に動き出す時が近づいている……その実感が、
トクジを僅かに緊張させた。
「トルネロス、ボルトロス。あなたたちも彼の力になってあげて頂戴。
くれぐれも、イタズラとかして彼を困らせないように、ね?」
 その言葉に、2匹は体をビクつかせた。
「あ、ああ……」
「仕方が無いのぅ……」
 トルネロスが動揺し、ボルトロスが嘆息して、答えた。
 このY・Kに対して、恐れを抱いている様子だった。
 彼らはY・Kに倒されてしまった訳だから、まぁ、そうだろうな……と思えた。
(よし……俺は必ずポケモンを救ってみせる)
 胸の内で呟きながら、トクジは腰についている、手持ちの入ったボールに目をやった。
 不幸なポケモンを、救ってみせる――。
 決意を新たにしながら、トクジはY・Kのあとについて、基地責任者の部屋を
後にした。

接触 

 そんなやりとりがあって三日が経過した現在、トクジはチョウジ基地での
残された任務をこなすべく、コガネシティに訪れていた。
「……まだか」
 ポケギアの時計を睨みながら、苛立ち呟いた時、
「おい、来たぜ」
 キールと同じく、ボールの外に出ていたルクシオのエリクが、大通りのほうを見ながら
言った。
 トクジも、その方向に目を向けると、一人の男がこちらに歩いてくるのが見えた。
 ポケギアのデータに添付されている顔写真と見比べる。間違いない。
 トクジは、手首に装着されていたリングを操作する。すると、彼が着ていた白黒服が、
いきなり青いシャツに変わり、トクジの顔も変化して、まったく別の外見をした中年男性となる。
 仲直り団員の制服に備わっている変装機能によるものだ。
 姿を変えたトクジは、ターゲットに近寄り話しかける。
「よう君、向こうで私とバトルをしてみんかね?」
「ああ?」
 ターゲットの男は、突如現れた中年男性――トクジが化けた姿――に怪訝な顔をしたが、
「まだ回復しきってないんだが……まぁ十分だ。いいぜ。返り討ちにしてやるよ」
 自信満々に告げると、トクジと共に裏路地に入っていった。

 アズサ達が、駆け足でポケモンセンターに向かっていると、ジムスが声を出した。
「あそこ。あの人じゃないか?」
 そういってジムスが指で右方向を指し示すと、さっきの男が、誰かと路地に
入っていくのが見えた。服装も同じだ。間違いない。
 さっさと落し物を渡そうとアズサ達も狭い路地に入る。50メートルほど進んで
曲がり角に差し掛かったとき、爆発音と共に、曲がり角から猛烈な爆風が
噴き出してきた。
「うわぁっ!?」
 アズサは驚きの声を上げた。あと一歩進んでいたら巻き込まれている所だった。
 同時に、ゴミ袋やポリバケツの蓋、張り紙といったモノや、コラッタなどの
パニックを起こした無数のポケモンが路地からあふれ出てくる。
「ポケモンの技だ!」
「あ、おい!」
 叫んで、ジムスがもうもうと煙が満ちる路地に入っていくと、アズサも咳き込みながら
それに続いた。

「チッ……」
 トクジは自身の左腕を押さえながら、舌打ちをした。
 そんな彼の目の前には、気を失った先程の男と、その手持ちのボーマンダが転がっていた。
「この野郎……悪あがきなんざしやがって……」
 いつもと同じに、まずはトレーナーを痛めつけてから、統率力を失って慌てふためく
ポケモンを打ち倒そうとしたが、身の危険を感じたボーマンダが放った攻撃が、
トクジの左手を掠めて、制服のコントローラーが損傷してしまった。
 ボーマンダは、アズサとの戦いのダメージが回復していないのか、相性が有利であるはずの
トルネロスとボルトロスの攻撃であっけなくダウンしたが、コントローラーが
壊れたことでトクジの変装は解け、彼はいつもの白黒の制服姿になっていた。
 もちろん、顔も素顔のままだ。
「大丈夫か、若いの」
 トルネロスが、声をかけた。
「別に……どうってことねぇさ。それより、変装機能がイカれちまった」
 軽い負傷よりも、変装機能が使えなくなったことのほうが重大だった。
 仲直り団は、これまでこの機能によって組織の秘密を保ちながら活動していた。
 もし、今この姿を第三者に見られでもしたら、組織の存在が危険に晒される可能性があった。
 そのような事になった場合、目撃者を捕らえて、リグレーやオーベムなどの
記憶操作が可能なポケモンを使って、仲直り団に関する記憶の一切を消去しなければならない。
 何の罪も無い一般人を巻き込むことになってしまうし、なるべく避けなければならない事態だ。
 これまで、ターゲットに対して団員が真の姿を晒したこともあったが、そんなケースは
ごく限られていたし、その後関係する記憶はほとんど消すか、全く別の記憶に
書き変えていたから、秘密は保たれていた。目撃証言がバラバラなのも、それが理由だった。

 幸い、先程2匹が放った攻撃によって、路地裏には煙が充満している。これに紛れて、
誰かがやってくる前に一刻も早くこの場を離れなければならない。
「よし。お前ら、今のうちにここを……」
 トルネロス達にそう告げたとき、背後から声がした。
「こっちだ!」
 そして、薄くなった煙の中から現れたドーブルと、トクジは目が合ってしまった。

対峙 

 数メートルほど進んだところでやっと煙が薄くなる。すると、アズサの目の前に、
さっきの相手の男が、目を回して地に倒れているのが目に入った。その横には、
苦戦させられたボーマンダの姿もある。
「な、なんだ!?」
 何が起きているのかわからず困惑していると、
「オイ……なんだテメェらは」
 静かだが怒気を孕んだ声が、前方から響く。
「……?」
 アズサが恐る恐る目を向けると、声の主は目つきの鋭い白黒の服を着た男だった。
「テメェ、見たな……?」
「え……?」
 やけに迫力のある男の顔を見て、アズサは思わず手にしていたペンを落してしまう。
 アズサの本能が危険だ、と訴えていた。
 一体何が起きているのだろう。この人は何者だろう。考えてみても、まったく解らない。
 ほぼ意味を成さない思考をしていると、アズサは更に目を見張った。
 残留煙の中から、2匹の大型のポケモンがぬっと姿を現したのだ。
「トルネロスに……ボルトロス……?」
 それは、ポケモン図鑑でしか見たことが無い伝説のポケモンだった。
「やれやれ。見られてしまった様だぞい? どうする若いのよ」
 ボルトロスが、男に目を向けて問うた。
 それに男――トクジは、嘆息して口を開く。
「しゃぁねぇ。おいお前、悪いがちょいと来てもらうぜ……」
 そういって、トクジはアズサに歩み寄る。
 仲直り団が世の明るみに出るのは、まだ早い。
 コイツを団の施設に連れ帰って、仲直り団に関する記憶を消さなければならない。
 この青年には何の罪も無いが、自分たちの真の姿を見られてしまった以上、
そこに転がっているターゲットと同様に、痛い目にあって貰わなければならない。
「う……」
 アズサが後ずさる。
 男の右側に居たボルトロスの右腕が、パリパリと放電していた。
 電気技を放つつもりだと悟る。
 このままではマズイ。逃げたほうが良いと思ったが、ココは細い路地で、
逃げ場は後ろしかなく、左右にも逃げ場は無い。
 今、踵を返して走れば、間違いなく彼らの攻撃が飛んでくる。
 どうする――?
 そう思った瞬間、グンッとアズサの体が後ろに強く引っぱられた。
 同時に、ジムスが叫ぶ。
「目と口を閉じて!!」
 咄嗟に、アズサはその言葉に従って、目と口をしっかり閉じる。
 瞬間、ジムスは己の尻尾をアスファルトの地面に叩き付けた。
 ボフンっ!
 ジムスの尻尾から、緑色の霧が周囲に撒き散らされた。“キノコの胞子”だ。
「うぉ!!」
 煙で包まれていた路地が、今度は緑の霧で包まれる。
 それをまともに浴びて、ボルトロスは深い眠りに落ちて沈黙した。
「走って!!」
 再びジムスが叫ぶと、アズサは踵を返して走り出した。そのすぐ後にジムスが続く。
「クソッ、追えトルネロス!!」
 トクジも、片手で鼻と口を押さえて、催眠胞子を吸い込まないようにすると、
無事なトルネロスに指示を出す。
 ヤツを放置すれば、今後の仲直り団の活動に支障をきたすことは明らかだ。
 なんとしてでも、あの青年――アズサを捕らえて記憶を消さなければならない。
「クッ、転属前になんつぅ失態を……俺は……」
 トクジは独りごちると、気絶しているさっきの厳選トレーナーを、特殊ワイヤーで
一瞬にして縛り上げてから、アズサの後を追った。
 自分の失態は、自分で拭わなければならない。

逃走 [#57VzuuD] 

 アズサ達は、逃げ切るべく入ってきた路地を逆走していた。
 だが普段運動不足気味のアズサは、既に息が上がっている。
「それにしても……さっきのは一体……?」
「さぁね。でもさっきの白黒の人は、何だかとってもヤバイ感じがしたよ。
ポケモンも見たことの無いヤツだったし」
 いつもの半眼を更に細めて、ジムスが冷静に言った。
「……あれは、イッシュ地方の伝説のポケモンだ。そんなのを連れてるなんて……」
 そんな希少なポケモンをつれているのは、相当腕の立つベテラントレーナーか、
あるいは裏社会で希少なポケモンを売買しているバイヤーか、ハンター位だ。
 あの男から放たれていた雰囲気は、後者のそれに近かった。
 危ない修羅場に何度も足を踏み入れている人のような、そんな感覚だ。
「何か、とてもヤバイ事になったんじゃ――」
 アズサが呟いたとき、殺気を感じてジムスは後ろを振り返る。
 今通ってきた曲がり角から、あの片方のポケモン――緑色のトルネロスが
姿を現した。結構な速さで、こちらに追ってくる。
 反撃をしようかとも思ったが、あの素早さでは無理そうだった。
“絶対零度”のための“ロックオン”すらしているヒマもなさそうだ。
 さっきと同様に“キノコの胞子”を撒く手もあるが、同じ手は食わないだろう。
「何だかよく解らないけど、今は逃げに徹したほうがいい」
 妙な事態に巻き込まれ、危機に陥っているのは間違いない。
「とりあえず、さっきの大通りに戻ろう。人の多い所に出れば、
むこうだって迂闊なことはできないハズ――」
 その瞬間、アズサとジムスの間を“気合球”が通り抜けていった。
 トルネロスからの攻撃だ。まちがいなくこちらを狙っている。明確な敵意が感じられた。
 これで大通りに出る時間もなさそうだ。
「とりあえず今は逃げ延びる事だけを考えよう!」
 ジムスはそう言いつつ、迫ってくるトルネロスに“バレットパンチ”を放つ。
 飛んでいるトルネロスが、それを回避しようと体を傾けたそのスキに、
アズサとジムスは、近くにあった別の路地に逃げ込んでいた。

「どこへいった!?」
 トルネロスは、アズサ達が入っていったビルの間の空間を覗き込んだ。
 しかし、彼らの姿はどこにも無かった。
 アズサ達がここへ逃げ込んで、トルネロスが追いつくまで10秒と経っていない。だから、
まだそう遠くに行ってはいまい。きっとどこかに隠れている。
 そう思ってトルネロスは体を2メートル程上昇させ、高い所から探そうと試みたが、
やはり付近には見当たらなかった。
「この短時間で、どこへ行ったと……」
 トルネロスが首を巡らせていると、数メートル先にあったマンホールに目が留まった。
 そのマンホールは、蓋が僅かに開いていて、何かが出入りした痕跡があった。
 おそらく彼らはここに入っていったのだろう。
 だがこのマンホールの大きさでは、トルネロスは入る事ができない。
「小ざかしいマネをしてくれるな」
 敵の入れなさそうな所を選ぶとは。なかなか強かな連中だ。
 トルネロスは毒づいてから、新たな主が追いついてくるのを待った。

コガネ下水道 [#2xxEX2v] 

 マンホールから地下の下水道に降りたアズサ達は、その悪臭に辟易していた。
「く、臭い……」
 下水道の壁面に設けられた細い足場を進みながら、アズサは鼻を押さえて言った。
 ここに隠れようと考えたのはジムスだった。
 彼は逃げながらも周囲に目を配り、入れそうなマンホールを見つけていた。
 その上で、ここに逃げ込む時間を稼ぐために、トルネロスへ攻撃を仕掛けたのだ。
「仕方ないだろ。ココしか逃げ場がなかったんだから。それに……うっぷ」
 そう言ったジムスもまた鼻を押さえながら、元々白い顔面を更に蒼白にしていた。
「ボクのほうが……もっと臭いんだから」
 ドーブルはグラエナやヘルガーなどと同じで、嗅覚には優れているほうだ。
 そのため人間にとって臭いものは、彼には何十、何百倍にも臭く感じるのだ。
 もし、特に嗅覚が優れるペロリームなどがこんな場所に入れば、あまりのニオイに
卒倒していただろう。
「でもここなら、体のデカイポケモンは入ってこれないから……うう、目が……」
 目を赤くして、ジムスがぼやく。あまりの刺激臭に、目がツンとする。
 よく見れば下水道の所々に、ベトベターやベトベトン、マタドガスといった毒ポケモンの
姿もあって、それらの放つニオイも、原因の一つなのだろう。
「長い時間ここにいるのは、危ないな……」
 毒にでもかかったら厄介だし、マンホールで作業員が酸欠になった例もあるから、
はやく地上に出なければならない。
「でも今外に出たら、さっきのに見つかるでしょ」
「そうだよな……」
 ジムスの言うとおり、迂闊に地上に出ればさっきの白黒服の男と鉢合わせる可能性もある。
 きっとまだ自分たちのことを探しているだろう。
「もう少し遠くまで行ってからにしよう」
 そのアズサの言葉にジムスは首肯すると、揃って細い通路を足早に進みはじめた。
 出口はここだけではない。適当に進んだところで外に出れば、どうにか追跡を撒けるだろう。
「さっきの男……『見たな』とか言ってたね。見られちゃヤバイものだったのかな?」
 通路を進みながらも、ジムスは見聞きした情報を整理して、アズサに告げる。
「わからないよ……でもさっきのボーマンダのトレーナー、あの人が何かやったみたいだけど」
「少なくとも、あんな目に遭ったってことは、そうなんだろうな」
 ジムスの答えに、アズサは何か納得できた。
 あのトレーナーは『弱い者は生きる意味がない』とまで言い切った。
 ポケモン保護団体が聞いたら、激怒すること間違いなしだ。
 きっと、以前にポケモン絡みでトラブルがあり、今回あのような事になったのかもしれない。
「行く先々で敵を作りそうなタイプだもんな……」
 そう呟いたところで、アズサはふと思い出した。
(そういえば……)
 テレビニュースや新聞などで、複数のトレーナーが何者かに襲われる
事件が起きていると、暫く前から耳目に触れていた。
 犯人は幾つもいるのか、襲われたトレーナーたちの証言もまちまちで、
犯人像が絞り込めないという話も。
 もしかしたら――。
 さっき相手をしたボーマンダのトレーナーも、あの男に襲われていたようだし、
ジムスが指摘したように、あの白黒男の発言も、見られたことが問題であるかの
ような口ぶりだった。
 襲われるトレーナーと、見られたらマズイ事。そしてトレーナー襲撃――。
 全てが繋がったような気がした。
(まさか、あの白黒の人が、襲撃事件の――?)
 その瞬間、背後からものすごい風がアズサ達に吹き付けた。
「うわ!」
「何だ!?」
 風が押し寄せた方向に目をやると、後ろからトルネロスが迫ってきていた。
「さっきのトルネロス!? どうやって入ってきた?」
 アズサが言うのと同時に、再び大旋風が下水道内に吹き荒れた。
あまりの風圧に、目を開けていられない。
 アズサ達が入ってきたマンホールは、トルネロスには入れない大きさだったはずだ。
 すると、さっきの白黒服の男がトルネロスに続いて現れる。
「……簡単だ。ポケモンが入れなけりゃ、ボールにしまえばいい」
「ホホ……そういうことじゃ。残念じゃったのう」
 そう。彼はトルネロスを一旦ボールに戻してからマンホールを降り、
そこで改めて外に出したのだ。こんな簡単なことなのに、この慌しい状況下で、
アズサはそこまで考えが回らなかった。
「諦めてこっちへ来い。なぁに、ちょっぴり痛ぇだけだ」
 トルネロスは言うと、手刀の構えを取る。“エアスラッシュ”を撃つ気だ。
 あんなものを人間が受けたら、ちよっぴりどころではない。
 最悪大怪我では済まないだろう。
 さっきのビルの間よりも、多少広いスペースであるとはいえ、閉鎖空間だ。
 逃げ場も足場も限られる。
「どうすればいいんだ……!」
 焦燥に駆られつつ思考をめぐらせるが、はやりダメだ。思いつかない。
「逃げるには少し厳しそうだし、やっぱり戦うしかないんじゃない?」
 言いながら、ジムスはアズサの傍らで尻尾を構える。
 ジムスの言うとおり、簡単には逃げられない。となれば、もう戦うしかなかった。
 ヘタに言いなりになっても、何をされるかわかったものではないし、
もしこの男が一連の襲撃事件の犯人なら、目撃してしまった自分をタダで帰すハズがない。
(こっちの手持ちで無事なのはルーミとジムスだけだってのに……)
 手持ちの数も不十分な状態で、伝説のポケモンに挑むなど無謀すぎる。
 しかし、目の前の脅威には立ち向かうしかなかった。
「ルーミ、頼むぞ!」
 こんな無謀な戦いに出すことを許してくれと胸中で誤りながら、アズサはルーミを
繰り出した。

風神 

「“10万ボルト”!」
 まずは有利な技を打ち込んで、大ダメージを狙う。
 バリッと電光が輝き、ルーミから放たれた高圧電流がトルネロスめがけて飛んで行く。
 しかし、トルネロスは難なくそれを回避すると、“気合球”で反撃をしてきた。
 ルーミは直撃を受けて体を仰け反らせ、背中から倒れこんだ。
「ウッがっ!」
「遅い。遅いわい」
 言いながら、トルネロスは高速でルーミに近寄ると、その頭を掴みあげて、
勢いよく投げ飛ばした。ルーミの体は天井を這う配管に激突して落下し、
汚水の川に沈んだ。潰れた配管から勢い良く水が漏れ、トルネロスの体に飛沫が
かかったが、彼は気にする様子も無い。
「ルーミ!」
「うう……」
 ルーミは汚水に塗れながらもどうにか体を起こしたが、ダメージが大きい。
「ジムス、頼むぞ!」
「了解」
 返事と共に、ジムスは尻尾の先から零度の光刃を発振させる。低い唸りと共に、
水道内が水色の光で明るく照らされた。
 それを来て、トルネロスが嗤う。
「ホホ……よせよせ。そこらの雑兵が、ワシに敵うハズないじゃろうが」
「ふぅん? アンタの片割れは、簡単に眠っちまったけど?」
 その瞬間、トルネロスは“暴風”を放った。さっきまでの攻撃より、さらに強烈だ。
広範囲の攻撃技を受けてジムスは避けようもなく吹き飛ばされ、さらにルーミまでもが、
トンネルの壁面に叩きつけられた。
「ぐっ!」
「あッ!」
 アズサも、風に煽られて壁面に背中を打ちつけよろめいた。
「嘗めた口を聞くでない。ワシらを誰だと思っておる」
 ここは下水道という閉鎖空間だ。こうした場所では広範囲の全体攻撃を持つ向こう側に
アドバンテージがある。
 さっきの“暴風”のような大技を使われたら、自分も、ポケモンたちも逃げようが無い。
 おまけに、今いるここは一直線の道だ。身を隠すような所もないし、
普通に技を撃ち合うだけでは、こちらに勝ち目は無い。アズサは壁面に手をつきながら、
トルネロスを見やる。そこでふと疑問が浮かんだ。
(でも待てよ……トンネルの壁面?)
 そこから、アズサの脳内で状況整理が始まる。
 相手はトルネロス。即ち飛行タイプ。そして、下水道という閉鎖空間。
(そうか……だったら)
 アズサは顔を上げて、叫んだ。
「ジムス! “絶対零度”を撃ちまくれ!」
「相手が速くて、狙ってるヒマが無いよ!」
「当てなくていい。連射だ、早く!」
 納得できないままジムスは言われるままに尻尾から冷気ビームをトルネロスめがけて
連射した。
「なんじゃとぅ!?」
 トルネロスは回避行動をとりながらも驚愕した。まさか一撃技持ちとは――。
 あんなものが命中すればただでは済まない。“ロックオン”をしていないから
命中率は極めて低いが、万が一ということもある。油断は出来ない。
「チッ」
 トルネロスは舌打ちをしながらも、ジムスが放った三発目の“絶対零度”を
回避した時、彼の体は、トンネルの壁面にぶつかってよろめいた。
「ぐわっ!?」
「今だルーミ!」
 アズサは、手に入れたばかりのロケットの蓋を開けて、輝くキーストーンに触れる。
 その瞬間、ルーミのチョーカーに嵌められていたメガストーンが反応し、一瞬にして
ルーミは白い鬣の生えた姿に変貌を遂げる。
「10万……ボルト!!」
 メガシンカした彼女から、轟音と共に稲妻が走った。そして、狙い過たずトルネロスの
体を射抜く。
「ぬおおおおおおおお!?」
 効果は抜群だ。高威力の10万ボルトは、配管の漏れ水を浴びていたこともあって、
トルネロスの体力の全てを奪い、彼は汚水の川へ
頭から墜落した。
「メガシンカッ!?」
 トクジが驚きの声を上げる。コイツが、まさかメガシンカ使いだったとは。
 それに、この場所では圧倒的に有利な全体攻撃技を持つトルネロスを、
追い詰めてしまうなどと。
「いくら素早い飛行タイプでも、こんな場所じゃ……」
 アズサが呟く。本来飛行タイプは、大空を舞い戦うものだ。このような閉鎖空間は、
特にトルネロスのような大型の飛行ポケモンには狭すぎて、本領を発揮する
ことはできず、今のように、回避行動さえ制限される。
 逃げ場が無いのは向こうも同じだ。アズサはそこを突いたのだ。

進化 

「よし、逃げるぞ!」
 行動不能になったトルネロスを見て、アズサ達は踵を返して走り始めた。
 しかし、みすみす見逃すことはできない。
 トルネロスはやられたが、まだ手持ちはいる。
「させるかよ!」
 トクジは、彼らに向かってボールを投げる。
 彼らの前に落下したボールが開いて、白い光と共に中からポケモンが現れる。
 小柄の黒い体に、黄色いリング模様。ブラッキーだ。その体には、ピアスなど
いくつものアクセサリーがついている。そのブラッキーには、見覚えがあった。
「悪いけど、逃がさないよ。メガシンカさん」
 クールボイスで、ブラッキーが言った。間違いない。こいつは――
「あんた……あのときのブラッキー!?」
「ん……? その声……もしかして、あの時のモココちゃんか?」
 声を上げたルーミに、ブラッキー、キールが応える。
 アズサがトレーナーデビューして間もない頃。
 そして、ルーミがアズサの手持ちに加わったばかりの頃。
 まだ最終進化を遂げていなかったルーミを辱めた、あのブラッキーだ。
「はぁー、デンリュウになっただけじゃなく、メガシンカまで出来るように
なってるなんて。ますますキレイになったんだねぇ」
「あ……」
 怒鳴り返そうとしたが、うまく言葉が続けられなかった。
 自分たちをナンパしたあのブラッキーが、今再び目の前に現れたこと。
 だがそれ以上に、アズサを狙う敵になっていることに、驚きを隠せない。
「あなた達が……」
 ようやく搾り出したルーミの言葉に、キールは、
「ああ、さっきの事? あのトレーナーはさ、ポケモン捨てまくってる
ような奴だったんだぜ? ボコられて当然だぜあんなヤツ」
「おい」
 怒りを露にするルーミに、軽々しくキールが言った所を、トクジが遮った。
 まだ仲直り団は秘密であらねばならないのだ。
「いいじゃん。どうせ記憶消すんだし」
「そうだとしても、迂闊な事を言うな」
「記憶を消す……?」
 アズサが呟く。やはり自分はこれから何かされる運命にある。
「そうさ。アンタは見ちゃいけないもんを見たんだ。本当なら消されたって
おかしくないんだぜ? 記憶を弄るだけで済まそうってんだから、優しいもんさ」
 おかしそうに、そして自分たちのやることが正しいかのようにキールは言う。
「あなた達……あなた達は、一体何なの!?」
「ふふふ……それは、俺たちについて来ればわかる……さッ!」
 瞬間、キールの体からハートが放出される。“メロメロ”だ。
 ハートの奔流に呑まれて、ルーミは瞬く間に魅了されてしまう。
「しまった……!」
「はぁぁ、あぁ……」
 ルーミは動けない。しかしまだ、ジムスがいる。
「ジムス、“キノコの胞子”を!」
 ブラッキーは鈍足だ。ジムスなら確実に先手を取れる。
 さっきのように、相手を眠らせてその場を離脱しようと考え、アズサは指示を出した。
 その様子に、キールは嘆息する。
「はぁ……オイオイ。まさか忘れてんじゃないだろうね?」
 その言葉と同時に、技を繰り出そうとしたジムスに、激しい雷が降り注いだ。
 防御面が弱いジムスは、その一撃で戦闘不能となり、壁面の足場に倒れこんだ。
「敵は、トルネロス(ソイツ)だけじゃないんだぜ?」
 地下水道の奥の暗がりから、青い体のボルトロスが姿を現す。
「ボルトロス……!」
 いつの間に、とアズサは驚いた。おそらく、トクジがマンホールに入った時、
トルネロスと共にボールから出していたのだろう。道具を使って、眠りを覚まさせた上で。
「ま、眠らせただけだしな」
 トクジが告げる。睡眠技はあくまでも一時的な時間稼ぎに過ぎない。
戦闘不能にしたわけではないし、目を覚ましさえすれば、まだ戦える。
「一体を戦わせ、もう一体をどこかに潜ませておく……ポケモンバトルってぇのは、
ルールのある試合じゃなけりゃ、こういう戦い方も出来るんだよ。やっぱフツーの
トレーナーって、その辺まで想像出来ないみてぇだな」
 ルールに縛られないバトルなら、ポケモンの動かし方は自由自在。
 普通のトレーナーは、ジムなどの試合の形式に嵌りすぎていて、それ以外の
バトルには対応しにくい……ということだ。
「さぁ、デンリュウちゃん? 俺たちとくれば、その辺のこともじーっくり
教えてあげるぜ? 寝床の上で一晩中な」
 ヒヒヒと下劣に嗤って、キールは魅了されたルーミに歩み寄る。
「もっともそっちのトレーナーさんには、なにもかも忘れてもらうけど……」
「ぐわっ!?」
 ボルトロスが、アズサの背後に回りこんで、彼を羽交い絞めにする。
 腕を締めあげられ、腰のボールに手が届かない。いや、仮に手が届いたとしても、
手持ちの殆どは既に戦闘不能だ。ジムスもやられ、ルーミはメロメロにされている。
 万事休すだ。
「くっ……」
 こんな所で、何だか良くわからないおかしな人間に捕まり、更に記憶を
弄りまわすようなことまでされてしまうらしい。
 何もかもわからない事だらけなのに、そんなのはゴメンだ。
 アズサは必死に身をよじって抵抗してみせるが、ポケモンに人間が敵う筈も無い。
「コラ、暴れるでない!」
 ボルトロスが怒鳴ると、手の先からスパークが迸った。
 やられる――! アズサは硬く目を閉じた。

 バシュン!
 すると、なにやら乾いた音がアズサの腰から響いた。それと同時に、衝撃が襲う。
「――!?」
 アズサを拘束していたボルトロスの体が弾き飛ばされ、トンネルの壁面に叩きつけられる。
 驚いて目を開け振り返ると、ベイリーフのリエラが、頭で壁にぐいぐいとボルトロスを
押さえつけていた。
「リエラ!?」
 リエラは先のトレーナー戦で力尽き、戦う元気は残っていないハズだった。
 にもかかわらず、彼女は傷だらけの体でボルトロスの動きを封じていた。
「ご主人……はやく逃げて……」
 そういうリエラの表情は苦悶に歪んでいる。瀕死の状態だというのに無理をしているからだ。
「リエラ! 無理だ、よせ!」
「……嘗めるでなぁぁい!!」
 リエラの首根っこを掴み、お返しとばかりにボルトロスがリエラを壁に叩きつける。
 崩れ落ちたリエラに向け、ボルトロスは両腕を突き出す。
「草タイプの死にぞこないがこのワシに楯突くなどと……百年早いわぁぁッ!!」
 叫んで、ボルトロスが腕から黒いエネルギーの奔流を放つ。“悪の波動”だ。
 絶体絶命。タダでさえ瀕死の状態であるというのに、これ以上の攻撃を喰らえば、
今度こそ命は無い。アズサは叫んだ。
「リエラぁぁっ!!!」
 爆発。
 すぐに煙は晴れたが、そこにはボロボロになったリエラが、その身を痙攣させ
横たわっていた。前足がおかしな方向に曲がり、頭の葉も千切れかけている。
「リエラッ!」
 血の気が引いて、アズサは駆け寄る。同時に、また昔の記憶がフラッシュバックした。
 失った友。そして、戦って散っていったポケモン達。
 また、ポケモンが……大切な者達が死ぬのを見ることになるのか。
 そんなのはもう嫌だ。ポケモンが無意味に命を落すのは、もうたくさんだ。
「しっかりしろ!」
「ぅ……ご主人……」
 震える口を動かして、リエラが答えた。かろうじて意識を保っているようだ。
「今ボールに戻してやる」
「ご主人が……無事でよかっ……」
「喋るな。今センターに連れて……」
 だが、尚もリエラは言葉を続ける。
「私……は、今までずっと……ご主人の役に立てなくて……。
ジムでも……相手を全然……倒せなくて……」
「そんなのいい! 今は……」
「だから私……もっと役に……立ちたかったんです。バトルで……
戦力になれるくらい……強くなりたいんです」
 そういうと、リエラはゆっくりと立ち上がり始める。まだ戦うというのか。
「よせ!」
 これ以上は無茶だ。アズサは制止しようとしたが、その目は
生気と闘志、そして優しさを宿している。
「あなたを、支えて……たいんです」
 リエラが優しく微笑んだ瞬間、スパーク音と共に彼女の体が光に包まれる。
「これは……!?」
 アズサが何度も目にした光だ。損傷だらけでボロボロだったリエラの体が、
光の中で再構築され、別の形へと変化していく。
 進化の光だ。
 頭の葉が消え、かわりに額に2本の触覚が生え、更に首が長く伸び、
その周囲に大きな花弁が形成される。体もそれまでより一回り大きくなる。
 ようやく光が収まると、それまで黄色だった体は鮮やかな緑色へと変わり、
首周りに美しいピンクの花を持つ、最終進化系『メガニウム』へと進化を遂げていた。
「ふぅぅぅぅ……」
 大きく息を吐くリエラ。その息は甘い香りを含んでいて、なんとも心地がよい。
 そしてアズサのポケギアに、進化を祝うメッセージサインが表示された。

形勢逆転 

「進化したのか……」
「頑張るねぇ。でも、そっちが不利なのは変わらないよねぇ?」
 いくら足掻いてもこの状況を覆すのは無理だと、キールがククッと笑う。
 確かに進化したとはいえ、あのボルトロスがいる限り相性的にはこっちが不利だ。
 だが何かあるはずだ。この状況を打破する方法が――。
 そう思って、アズサはポケギアで、リエラのステータス画面を開いた。各種能力の中でも、
特に防御面が高い。これはどのメガニウムにも共通する特徴だ。
 見ると、いくつか技も変わっていた。進化すると同時に、新しく覚えたのだろう。
「“光合成”に“花吹雪”……」
 光合成は自己回復をする技だ。そして花吹雪は威力もそこそこ高い広範囲の技。
戦闘力は前より高くなったといえる。しかし攻撃技が草技だけなので、ボルトロスには
対応しきれない。覚えていたノーマル技“圧し掛かり”も消えてしまったらしく、
技の一覧には無かった。やはり、手数が足りない。
 どうする――?
 そう考えた所で、アズサは閃いた。
(待てよ……? 進化したのなら――)
 すると、アズサはおもむろにバッグに手を突っ込むと、トクジらの方を見ながら、
中をまさぐった。
「さぁ、とどめ!」
 ボルトロスが、再び腕に悪エネルギーを溜め始める。
 それを見て、アズサが指示を飛ばした。
「リエラ、“光合成”!」
 リエラの体が淡く発光したかと思うと、顰めていた表情に力強さが戻る。
 そして、トルネロスの放った“悪の波動”が再び命中し、またも爆発が起こった。
「やったか……」
 トクジが呟く。この技は天候に左右される。日光の射す場所なら回復量は増加するが、
地下のこんな場所では、回復量はほんの僅かだろう。
 その刹那、ボルトロスが吹っ飛んだ。
「どぅおおぉっ!?!」
 リエラが、爆煙を突っ切ってこちらへ接近し、エネルギーによって形成・伸張した尻尾の
鋭い一撃を叩き込んだのだ。
 吹っ飛んだボルトロスの体は、そのまま青白い光へと変化し、トクジの腰にあった
ハイパーボールへと吸い込まれた。
「何!?」
 強制的にボールに戻された――? 思わずトクジは狼狽する。そして攻撃を仕掛けてきた
メガニウムを見やると、その頭上で、何か平たい円盤状のものが回転しているのが目に入った。
「あれは……技マシン!?」
 そう。トレーナーなら誰もが一つは持っている、ポケモンに技を覚えさせるディスクだ。
「そうか……“ドラゴンテール”かよ」
 威力は低いがダメージを与えると同時に、相手を強制的に後退させるドラゴンタイプの技だ。
 ポケモンは進化すると、覚える技のレパートリーが増え、今まで覚えられなかった
技も覚えられるようになる場合がある。コイツは咄嗟に、それを考え付いたというわけか。
 そして先程の光合成は、ボルトロスの再攻撃に耐え切るためだったようだ。
 進化したことで耐久性がより高くなったことも計算に入れた上での作戦だろう。
「ルールに縛られないなら、戦闘中に技マシンを使ったって……」
「チッ」
 トクジは忌々しげに舌打ちをする。この期に及んでまだ抵抗してきやがるとは。
それも、ルール無用を逆手にとって。しぶとい野郎共だ。
 リエラの頭上で回っていたディスクの回転が止まり、ぽとりと地面に落ちた。
 アズサはそれを拾ってバッグに入れると、口を開く。
「ボルトロスさえいなくなれば……後はっ!!」
 残るはそこにいるブラッキーだけだ。アズサはすかさず指示を飛ばす。
「リエラ、“花吹雪”!」
 その一声で、リエラの体から無数の花弁が突風と共に吹き出された。
 新しく覚えた“花吹雪”は、残っていたキールの体を切りつけ吹き飛ばした。
 だが、ブラッキーも防御に優れるポケモン。それしきで倒れはしない。
 それに、ボルトロスは戻されただけだ。再び繰り出せばまだ戦えるし、
それ以外にも手持ちはまだ居る。
「フザけんなよ! まだ……!」
 終わっちゃいねぇんだ――そう続けようとして、他の手持ちを繰り出そうとした
トクジの腕を、がしっと何かが押さえつけた。
「いい加減にしようか……」
 倒したはずのドーブル――ジムスだった。ボルトロスの“雷”の直撃を受けて、
戦闘不能になっていたハズなのに。
「コイツ……なんで!?」
「頑張って、耐えた……」
 荒い息と共に、ジムスは掠れ気味の声を発する。
 バカな。あの攻撃を耐え切った――?
「ふふん、ルールのあるバトルじゃなきゃ、こういう戦い方も……でしょ?」
 トクジの狼狽を察して、ジムスは先程トクジが告げた言葉をそのまま返した。
「さっきの“雷”で……」
「あれは死んだフリ。そうすれば油断を誘えるからね」
 その言葉に、アズサはハッとしてポケギアを見た。確かにジムスの体力は
既にギリギリだったが、かろうじて瀕死にはなっていなかった。攻撃を受けたとき、
焦りからポケギアをよく確認していなかったため、アズサもあの“雷”で戦闘不能に
なったものと思い込んでいた。
「コイツッ!」
 叫んで、キールがジムスに飛びかかる。が、
 ビュィィーン! 
 尻尾から冷気の刃が発生し、ジムスは飛びかかってきたキールを袈裟懸けに
斬り付けた。その左目には照準マーカー。既にロックオン済みだった。
 あっという間にキールは氷の塊と化して地面に転がる。
「あんたが何者かは知らないけど……これ以上ボクらに関わるようなら……」
 トクジに向き直ると、ジムスは零度剣を突きつけ、振りかぶった。
 この野郎、(トレーナー)を直接やるつもりか――!!
 トクジは、思わず両腕で頭をガードしていた。
 バチィィ!!! 弾ける様な音がして、トクジは思わず身を震わせたが、
トクジの体には、何の衝撃も、痛みも来なかった。
「……?」
 恐る恐る目を開けると、「零度剣」の切っ先は、彼の左腰部にある
ボールホルダーに当たっていた。
 零度の刃は、ベルトにマウントされていた5つのモンスターボールを
凍て付かせていた。これでは、ポケモンを繰り出す事が出来ない。
「こういうことも、出来るんだぜ……?」
 ジムスが、ニヤリとした。
「テメェ……」
 ジムスの思いもよらぬ行動に、トクジは歯噛みする。
 これでは、戦う手段を全て奪われトクジはどうすることも出来ない。
 形勢逆転。完全に向こうのペースだ。
 このままでは、この目撃者達を確実に取り逃がすことになる。
 正体を見られ、その上敗北を喫するなど、到底許させることではない。
 ここでコイツを取り逃がしたら、自分は後が無い。転属の話もお流れになる。
 最悪、仲直り団としてポケモンを救う仕事に関われなくなるかもしれない。
(クソッ)
 トクジは胸の内で悪態をつくと、俯いた。
 俺はポケモン達を救いたい。だが今、その道は閉じかかっている。
 これまでか――。
 そうトクジが俯き諦めかけたとき、先程のバトルで壊れた服のコントローラーが
目に入った。
 そうだ、これなら今取り逃がしたとしても……まだチャンスはある。
「よし、これでポケモンは使えないよ」
「うん……ありがとうジムス。はやく外に出よう」
 メロメロにかかったままのルーミをボールに回収すると、
アズサは来た道を引き返し始めた。
「オイ、待ちやがれ」
 そういって、トクジはアズサの肩に掴みかかった。
 すると、その手をリエラが長い首を動かして弾く。
「近寄らないで。今のあんたには何も出来ないわ。もう負けたのよ」
 それだけ言うと、リエラもアズサの後に続いた。
「チッ……」
 忌々しく舌打ちをすると、息を大きく吐いた。
 まぁいい。まだチャンスはある。たった今ヤツのカバンに仕込んだ
小型発信機に気づきさえしなければ、いつでもヤツを捕らえ、記憶を消す
チャンスはある。
 今日のところはポケモンを無力化されてしまったが、体勢を整え
再び挑むことも出来る。
 あのY・Kへの言い訳は考えなければならないが、見失うようなことはない。
 当初の任務は達成したし、とりあえず今は基地へ戻り、服のコントローラーを
修理しなくては。
 トクジは、手袋を嵌めて氷漬けのキールを慎重に担ぎ上げると、近くにあった
マンホールの梯子を片手で器用に登っていった

                             ――続く――


 ようやく仕上がりました。次回以降はサンムーンの要素や新ポケモンが
登場するかもしれません。タブンネ。

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最新の5件を表示しています。 コメントページを参照

  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  •  セレビィは幻のポケモンなため色んな人間に狙われるので人間を信じられないため、
    仰るとおり主人公を試しただけで、その過程でガブリアスに関することが「偶然」判明したため、
    最後にああ言った……というわけなのです。
     ジムス君にもやっと恋の相手が出来ましたが、6匹目は果たしてどうなるのか……?
     コメントありがとうございました。これからも頑張ります。 -- かまぼこ
  • リエラアアアアアアアアアアどうしても死なないといけなかったんですか……なんかめちゃくちゃで先が読めない。なにがなんだか…… -- ?
  • 御三家キャラは重要で本来退場すべきキャラではないのですが、それだけ大事な者を
    失うという展開を入れることでインパクトを持たせつつ、この展開が後の展開に繋がる
    重要な出来事になるよう退場となりました。先が見えない展開になってしまいましたが、
    よかったらこの先も見てくれると嬉しいです。コメントありがとうございました。 -- かまぼこ
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Last-modified: 2016-10-09 (日) 20:45:05
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